【俺の妹】伏見つかさエロパロ15【十三番目のねこシス】
彼女に言い寄る男子は、同級生から上級生まで、それこそ数えきれないほど居るに違いない。もしも彼女が昨日の
ような調子で俺に話しかけてきたりしたら、俺は翌朝、市内を流れる川に浮かんでいるかも知れねぇ。
「保科さんと親密に話す機会は、もう、あれっきりなんじゃねぇのかな……」
いや、待てよ。二週間後に保科さん宅で開かれる野点に、あやせ共々招待されていたっけ。
だが、あれも今となっては、夢幻だったんじゃないだろうか。
実際、招待状とやらを受け取っていない以上、本当に俺たちが招待されているのか否か、はっきりしないからな。
「お〜い、静かにしろ!」
いがらっぽい声とともに、頭がつるつるに禿げ上がった小太りの初老の男性が教室に入ってきて、ざわついていた
学生達を一喝した。
禿頭がタコ坊主を連想させることから、誰言うとなく『タコ教授』と呼ばれている民法の担当教授のお出ましだった。
「では、連休前の宿題にしておいたレポートを回収する。後ろの席から前の席に、順繰りにレポートを送ること」
俺のすぐ後ろの奴が、無言で何人分かが束ねられたレポートを俺の右脇に突き出してきた。
そのレポートの束に自分のレポートを重ね、俺もまた前に座っている奴に無言でレポートの束を突き出した。
そんこんなで、学部一年の全員のレポートは手際よく回収され、タコ教授の講義が始まった。
「では、物権の妨害排除請求権について……」
退屈で眠気を催す講義ではあるが、民法は必修科目だから聞き漏らすわけにはいかない。
俺は眠気をこらえながら、タコ教授の声に聞き入っていた。
眠いことこの上ない眠法じゃなかった、民法の講義の後は、学生に読ませ訳させるソクラテス方式で恐れられている
ドイツ語の講義を受け、学食で不味いラーメンを食い、午後は教養科目である物理学と、国際法の講義を聴講して、
本日の予定を終えた。
おっと、学生課に寄って、奨学金の申請書をもらうのを忘れるところだった。
あまり気は進まなかったが、壱号館の薄暗い廊下の奥にある窓口に行き、一通りの説明を受けて書類一式をもらっ
てきた。
何でも、四月に受け付けた申請者の中から、かなりの数の不適格者が出たとかで、追加の申請は一応は受理すると
のことらしい。
しかし、受理はされても、審査ではねられるおそれがかなり高そうだ。
奨学金は、高校での成績が余程いいか、親の年収が余程低いか、あるいは母子家庭とかなら、申請が認められるん
だが、あいにく、俺はそのいずれにも属しない。
「こりゃ、バイトも覚悟しておくか……」
奨学金が受けられそうにもないことを思うと鬱な気分になるが、ひとまず、今日の学内での用件は、これで終わりだ。
サークルにも何にも属してない俺は、後は帰宅するだけだ。
帰れば帰ったで奨学金の書類の記入と、明日の英文読解と刑事訴訟法の予習が待っている。
昨日、あやせと一緒に乗った路面電車に乗り込み、下宿最寄りの停留所で降り、車の往来が途絶えた隙を見て車道
を強行突破した。
俺はもうさすがに慣れたが、車道のど真ん中にあるくせに、乗降客用の信号も横断歩道もないなんて、物騒この上
ない停留所だな。これで死亡事故が起きてないんだから、世の中はよく分からない。
運命を司る神とか悪魔とかは、恐ろしく気まぐれなんだろう。
「さてと……」
下宿の女主人に帰宅した旨を告げるのもそこそこに、俺は自室に引っ込んで、学生課からもらってきた奨学金申請
の書類に、本人が記入できる事項を書き込んだ。それを『高坂大介様』と宛名書きした封筒に収めて封をした。明日は
講義が終わってから中央駅前の大きな郵便局に寄って、実家へ送付してもらえばいい。後は、おそらくお袋が、親父の
年収とか何とかを、適当に書き込んでくれるだろう。
「こういうのってのは、面倒臭くってなぁ」
時計を見ると午後六時近い。何だかんだで、一時間半も申請書とにらめっこしながら、それに必要事項を記入して
いたようだ。大学当局とか、この奨学金を管理している育英会とかの公的機関に出す書類ってのは、どうにも記入が
ややこしくていけねぇ。ミスったら受理されないから、勢い慎重にもなる。記入にはどうしたって時間がかかるのだ。
「すっかり遅くなっちまったぜ」
俺は、パソコンを起動した。明日の刑事訴訟法の講義に備えて判例を検索するためだ。あと一時間もすれば夕食の
時間だが、少しでも下調べをしておきたかった。
「しかし、インターネット様々だな……」
値が張る上に、分厚くてクソ重い判例集がなくても、今は重要判例を検索できる。まれに、インターネットでは公開
されていない判例もあるが、そうしたものだけを図書館常備の判例集で調べればいい。
「おっと、その前にメールもチェックしておくか」
パソコンのメアドは、大学当局には知らせてあったから、時折、当局から通知が来ることがある。それに、Amazonとか
で書籍を購入する際の連絡先としても、そのメアドを指定していたから、特典等を知らせるメールマガジンが、しばしば
入り込んでくるのだ。
だが……、
「件名『探しましたぞ!』、差出人『槇島沙織』だと?!」
沙織を名乗る者からの開封通知付きメールを認めて、俺は驚愕した。
バカな。沙織には、このパソコンのメアドは知らせていない。
「まさか、新手のネット犯罪じゃねぇよな?」
開封通知付きってのが怪し過ぎる。
開封せずに破棄しようかと思ったが、本当に沙織からのメールかも知れないかと思うと、それは出来なかった。
「ちょっと見て、怪しかったら、速攻で削除だ」
思い切って、そのメールをクリックした。
『沙織でござる。
京介氏、そちらに引きこもって以来、つれないではござらんか。
しかし、隠者のような暮らしにも、そろそろ飽いてこられたのではありますまいか。
いい加減、我々の前に、そのお姿を見せていただきたい。
京介氏が嫌だとおっしゃられても、近日中に、黒猫氏共々、そちらへ参上仕るのでよろしくでござる。』
「げ!」
沙織からのメールには違いなかったが、その内容は仰天ものだ。
「近日中に、黒猫と一緒に、こっちへ来るってか?!」
それがハッタリでないことを示すつもりなのか、文末には、『拙者は京介氏の居場所を突き止めておりまする』の文言
とともに、俺が世話になっている下宿屋の住所が記載されていて、おまけに、地図のURLまで貼ってあった。
「……そうだよな。沙織が超が付くほどのセレブだってのを忘れてたぜ……」
父親が議員であるという特殊な事情があったにせよ、あやせのような小娘でも、俺の居場所を突き止めたんだ。
大きなマンションに一人住まいを許され、自由に扱える資金も権限も十分にありそうな沙織ならば、あやせ以上に
様々な手段で、俺のメアドや居場所を突き止めることが出来るだろう。
俺がメールを読み終えるのを待っていたかのように、机の上に置いておいた俺の携帯が着信音を奏でていた。
確認するまでもない。相手は沙織だろう。さっきの開封通知で、俺がメールを読んだことを知った上での電話に違い
ない。
「俺だ、京介だ」
『おお! 京介氏。お久しぶりでござる。お元気そうですな』
この独特のヘンテコな言葉遣い。無駄に感嘆詞に力を入れるイントネーション。まさしく沙織だった。
「まぁ、元気っちゃ、元気かな……。なんとかかんとか、やってこれているよ」
本当は八方塞がり一歩手前といった感じだが、それを正直に告げたところで、沙織を無駄に心配させるだけだ。
何の益にもなりゃしない。
『それは何よりでござる。いや、拙者も黒猫氏も心配しておりましたぞ。本当に、ある日突然に、拙者たちの前から、かき
消すように居なくなられて……。きりりん氏も、京介氏の行く先はとんとご存じない。ご両親に京介氏のことをお伺いし
ても、いっこうに埒があかない。いやいや、拙者も黒猫氏も、京介氏がいかがなされたのか、本当に危惧しておりました』
「いや、沙織にも、黒猫にも、心配をかけてすまなかった。だが、事情が事情だけに、行き先をお前や黒猫に告げるわけに
はいかなかったんだ」
『その事情は、拙者も存じておるつもりです。ご両親が、京介氏ときりりん氏との関係を危惧されたからというのは、
拙者のみならず、黒猫氏も存じておりまする』
「そうか……」
俺がこんなところに隠遁させられている事情は、赤城もあやせも分かっていたんだ。沙織や黒猫だって気付くだろう。
『不躾ながら、事件の発端は、拙者、昨年夏の御鏡氏の登場と理解しておりますが、宜しいですか?』
「うん……。まぁ、そんなところなんだよ」
俺と同い年の男でありながら、エタナーの女社長のお抱えファッションモデル兼デザイナーで、常人離れした美貌の
持ち主。
その御鏡が、その女社長の工作とはいえ、桐乃の彼氏として俺の実家に出現したのが昨年の夏だった。
忘れようったって、忘れられない事件だったぜ。
『その御鏡氏に対して、京介氏は敵意を剥き出しにされた。それを京介氏ときりりん氏のお母上が、てっきり京介氏が
実の妹であるきりりん氏に執着されていると勘違いされたというのが、宜しくなかったんでござろう……』
「そう、最初は、お袋の勘違いだったんだよ……」
『でも、その事件がきっかけとなって、きりりん氏の本心をご両親も知るところとなった……。その結果、京介氏は、
そちらへ隔離……、いや、これはちょっと不謹慎でござった……』
「いや、本当の事だから、気にしてねぇよ。実際、桐乃から隔離するために、実家から放逐されているようなもんだからな」