【月より飛来する】新世紀エヴァンゲリオン【Mk.6】
布団に横たわり、溜め息をゆっくりと吐き出す。
言葉を濁したところで、エヴァパイロットの肩書きに割り当てられたに
過ぎない部屋を、一時間にも満たない逢い引きが、シンジを王に戴く神殿に
変えていた。
『ここに、マリが』
闇の中、つい先ほどまで、同じくこの空気を吸い、情欲を確かめ合い、
セックスをした模様を幾度も脳裏で反芻する。その度に口元を
にやつかせてしまう自分がおかしくてならなかった。
こんなに温かな笑いが、胸の奥から自然と込み上げてくるのは、いつ以来
だろうか。
あの天井よりずっと間近に自分の顔を見ていた。ためらわずに脚を広げて
自分を迎え入れた。腕を広げて自分を抱きしめた。
それは、抱くと云う婉曲な言葉とは逆の形ではなかったか。だから、次は
自分が抱かなければならない。抱いてやらなければならない。少しでも巧く。
―次は、わたしんとこでしよっか―
別れ際、靴の爪先をポーチに打ちつけながら、マリは確かにそう誘った。
だから、次の機会はある。あるのだ。どんなに素性の定かならず、謎めく少女で
あっても。
『まさか、美人局ってこともないだろうしさ』
出会ったことは必然であってほしい。そこに隠された意味は神聖なもので
あってほしい。うろんな大人たちの、父の仕組んだものだったとしても、自分の
手で運命の性格を変えることができるのが、人の縁ではないか。
その青い野心を支えているのはほてってまだ鎮め得ぬ情欲であることに、
潔癖さを裏打ちしているのは母の渇望であることにシンジが気づくには、他人を、
自分を愛する経験が不足していた。
いつの間にか開かれたふすまの向こうから投げかけられていれる、すげない
視線にも思慮を配るゆとりを持つにも。
『あれでも、割と普通だったんだな…』
―こんくらいのサイズだと、かわいい柄ってないんだよねぇ―
はだけたブラウスの下の、シックなブラジャーに閉じ込められる乳房の豊かな
感触も、指に、手のひらに、舌にまざまざと刷り込まれている。
だから、同年齢の同居人の見せつけてきた、今も寝具であるワンピースの下に
見せつけている、女の象徴のふくらみに心のふちをざわめかせることももう、ない。
それは驕るよりもずっと陰険な仕打ちだ。
マリの肉に陶酔しているシンジの自意識は、才能に見合った尊大な自負の裏に
駄々をちらつかせるアスカを切り捨てようとしていた。
「入るわよ」
一瞥し、また背を向けて横たわる。
そう云えば、帰宅した時から不機嫌だった。レトルトにあり合わせで揃えた
夕食に腹を立てたわけではなかろう。そもそも、自分の料理の腕に期待を
かけていたわけでもなかろう。
あの日なのか。それなら仕方もないか。無言でぱくついた後にバスルームへ
消えるのを見やりながら、シンジもまた無言で食器を洗ったのだった。
「エントランスで変な女に遭ったわ」
ずかずかと足音を立て、アスカが足元に腰を下ろす。
「ふぅん」
「ごちそうさま、…なんて云ってきてね」
『そりゃ、何て云い種だ』
そんなタイミングだったかも知れない。どこへ帰っていくのかはついぞ
知り得ぬところだが、二人がすれ違う可能性は充分にあり得た。
が、それがどうしたと云うのか。マリと結ばれた場所に他人が踏み入る、
踏み入らせることに不誠実さを覚え、シンジの神経はささくれ立った。それも
また駄々であることは判っているが。
「一体、何をごちそうになったのかしら」
数分間の沈黙の後、堪えられないようにアスカが切り出した。頭隠して尻
隠さず。芝居じみた大仰な口調と、含みを持たせた語尾。
「アスカには関係ないだろ」
関係ないから、出て行ってくれないか。
そう云う関係ではない。同じ屋根の下に住んで同じ釜の飯を喰っているから、
あますところなく話さなければならないわけではあるまい。居心地のよさが時に
忘れさせてくれていても、決して家族ではない。
では、居心地のよさの他に、何が家族の条件を充たすのか。それを今からでも
シンジは解ろうとしているだろうか。
「ないわけないでしょ!」
酷くヒステリックな叫びだった。何が、今まで見せなかった表情をさらすほど
アスカの癇の虫を起こしたのか。
「こんな、こんな臭い…、不潔よ…」
シーツは変えて隠した。可燃ごみの収集日に捨てなければなるまい。しかし、
慣れて判らないが、汗と精液と分泌液、それに血のすえた臭いはまだ
残っていたようだ。
確かにここはラヴホテルのような、男女の逢瀬の為の、それだけの部屋では
ないのだから、同居人に気を遣うのがマナーだろう。例えば、徹夜仕事で今も
本部づめの世帯主が、決して男を連れ込まないように。
そう、だから、連絡してきた先の、例えば男の部屋から、携帯電話に普通を
装った声を吹き込むミサトの姿もあり得るものと想像する。
加持に羽交い絞めにされ、首筋に舌を這わせられながらも喘ぎを押し殺して
自分との会話に努める、大人の女。
「これから気をつけるよ」
布のすれる音に遅れてシンジの腰に鈍痛が響く。
「って!」
「な、何がこれからよ! アンタ、アンタって最低よ!」
上体を起こしてひねるシンジの顔に、わき腹にめがけて続けざまに険しい
罵声が、蹴りが浴びせられていく。
「股開く女だったら誰でもいいんだ!? エッチ! スケベ! ヘンタイ!
この色情狂!」
謂れない中傷だとは云い切れまい。マリがまだ誰とも判らない、偽名を使った
かも知れない女であるのは事実だし、そうでありながら関係を持ったのも事実だ。
が、それを非として責め、罰する権利はアスカにあるのか。
一緒に住んで暮らしているだけで被保護者に甘んじなければならないのか。
他人と新しく関係を築くにも了承してもらわなければならないのか。それは
あまりに惨めだと思うから、飛んでくるかかとをつかみとった。
「アスカには関係ない」
自分が白旗を揚げればよいことは解っている。ごめん。悪かった。
反省している。二度としない。いつものようにそう謝れば、少なくとも
このとり留めのないけんかを終わらせられる。
しかし、嘘は吐けない。吐いた瞬間、今日あったことも全て嘘にしてしまう
ことになる。あったことをなかったことに、嘘や間違いにして今日を
終えれば明日はやってこない。これからの時間は手に入れられない。
アスカとの間に溝を作ろうとも、自分を初めての相手に選んだマリへの誠実は
守りたかった。これは潔癖の以前にある責任だ。
「関係な―」
「何でなのよ!」
アスカの肩が、うなだれる頭が、てのひらの中の意外と細いかかとが、声が
震えている。それは肺腑をえぐられるように痛切な、悲愴な様だ。
『あぁ…』
シンジはほぞを噛まずにはいられなかった。
女はずるい。そして、男はそれ以上にばかだ。どうして俺が罪悪感を
覚えなくてはならないのだ。あの前髪が長くてよかった。表情が見えなくて
済むから。
「何で、何であんな女なのよ…。どうして、そんな…、あんな…あんな女…」
そしてまた長い沈黙。シンジには返す答えが見つからない。恨みがましい
声に気後れしただけではない。
アスカが自分だけではなく、マリまでそう蔑みする理由が、怒りとは
似て非なるその烈しい感情を何と呼べばいいのか、判らなかった。愛することを
知らなければ、憎むことを知る由もなかった。
やがて、硬直の続く手からするりと抜けていったアスカの足は、しかし、
左右に大きく開かれる。自然とワンピースの裾もまくり上がる。
「…だったらさぁ、アンタ、…アタシが…股開いたら、する?」
鼻にかかった小さな声。シンジはのどがひりつくほど渇いていた。汗の引いた
全身の肌が総毛立っていた。あのアスカが腕を背後に突いて腰を迫り出し、
ショーツを、その下に隠されているものを覗けと、求めろと挑発している。
これは悪い夢ではないのか。当てこすっているだけではないのか。
「…しない? できない? アタシなんかじゃ、…嫌?」
「嫌とか、…アスカ、そんなこと、しなくても」
もし、云われるままにその肩を抱き寄せ、押し倒しでもしようものなら、
途端に平手打ちが飛んでくるのではないか。そうして今日が終わり、朝には
いつもの居丈高な顔を見せてくれるのではないか。
「うるさい! するの!? しないの!? …答えてよ…、ちゃんと…」
小さな嗚咽が、闇がもっと濃ければ見ずに済んだ、おとがいから伝う涙を
ぽつりと落とす凄絶な求めがただ怖ろしかった。呪わしかった。
アスカは自ら退路を断つことで、シンジの選択肢を狭めたのだ。
だから、アスカが上体を起こして腕を伸ばし、シンジの指をつかんで
触れさせてはならぬところにあてがうのを、テレヴィの中の一シーンを、
スローモーション映像を眺めるような心持ちで視認していた。
「ほら、こんなの、つっ、…簡単に濡れるよ? シンジの…手だったら…」
クロッチの、その下の緊張でこわばったままの女性器を指の腹で感じる。
『そりゃ、そうだよな』
それでもアスカは乱雑な手つきでこすりつけさせていく。
自分の手で慰めたこともないのだろう。慰めなければいられぬ女の生理を
自覚することも忌避したに違いない。
シンジの前では女であることを決して云いわけにしなかったアスカが今、
女であることを切り札にする。らしくないこっけいな、やけっぱちな使い方で。
「力抜かないと、痛いよ。アスカ」
この花の云うことを、俺は聞いちゃいけなかったんだ。シンジは自分の意思で
指を使い、アスカの力を退けてゆるりと這わせる。
誰が悪いのか、どうしたら誰も傷つけずに済むか、判らない。判るのはただ、
そんな虫のよい甘ったれた話はとっくに望めなくなっていたと云う事実。
堕ちた先には当然、無間の地獄が広がっているだけだったのだ。それは、
背伸びすれば脱け出せるような深さだろうか。
だから、これは優しさや気遣いではない。道連れを作っているだけだ。
「んっ」
アスカの上体が、顔がシンジの胸にしなだれかかり、圧しかかる。それも
これも、首に回された腕も意外に華奢なことに胸が痛んだ。
どうしてそんな当たり前のことに気づかなかったのか。気づこうと
しなかったのか。アスカもまだ十四歳の少女なのだ。
「もっと…好きなようにして、いいのに…」
ゆっくりと時間をかけ、指をほぐすようにうねらせながらも少しずつ性感を
充たす部位ににじり寄らせる。マリが教えてくれたところに。
鎖骨に途切れとぎれに、温かく湿った息が吐きかけられる。それが切ない色を
ほのかにたゆたわせてきたら、ふちから滑り込ませて直に触れる。
好きなようにしているさ。望むようにしているさ。苦痛だけを残したら、罪の
意識を共有できない。
「んふうっ」
探り当てたくぼみの中の膣口から、物欲しげに垂れているみだらなよだれを
指先ですくい、周りにすりつけていく。
「んうっ、シンジぃ…」
顔を傾け、首筋を締めつけるように腕に力をこめるアスカのほのかに上気した
頬にキスをする。
前髪の向こうの充血した目が驚いたように開かれ、そして、納得したように
伏せられる。この時間が過ぎれば後悔もしよう。今までの関係も壊れよう。
それでも口づけを交わし、そのまま互いの粘膜をすすり合う。
官能的なさえずり。内耳に届く音だけでも、気を許せば張り切った陰茎が
トランクスの中に射精してしまいそうだった。
『最低だ、俺』
シンジは苦い自嘲をせざるを得ない。アスカの云った通りだ。不潔だ。
ヘンタイだ。一日の間に二人と寝る。まるで盛った犬だ。マリを、綾波への
想いを裏切った。台なしにした。
なら、この街に来なければ、多くの人間に会わなければ最低な自分にならずに
済んだだろうか。楽しいことはあっただろうか。
空いている手をアスカの胸にあてがい、女を誇示する乳房を賛えるように揉む。
「んはっ、や、やぁっ」
マリに比べれば引けをとるが、同い歳を抱いている背徳感に浸かるには
丁度よい大きさと張りだった。
溺れたかのような息遣いをせわしく始める口を再び口でふさぎ、指も
総動員して愛撫をより烈しくしていく。
「んっ、ふむっ、んんっ、ふぁ、アタシ、アタシおかしくなっちゃう!
いやぁ!」
整った唇を唾液にまみれさせながらしゃぶり、白い歯を、口腔の奥に潜む舌を
舌先で突っつき、舐め、絡ませる。熱くぬめる粘膜をうごめかせ、互いの
昂ぶっていく情欲をかけ合わせる。
本当に嫌なら抵抗する。それは勝手な解釈だろうか。裾からワンピースの中に
手を差し入れて白磁のようになめらかな肌に這わせても、乳房を揉みしだいても、
アスカはシンジから離れようとはしなかった。
「だめ、えひっ、いや、や、止め―」
「おかしくなってよ、アスカ!」
二人で狂えば怖いことはない。独りでいるより、ずっと。あえぐアスカに
止めとばかり、二つの人差し指で隆起した乳首とクリトリスを弾く。
「いあっ、それ、それだめ、だめっ! あひぃっ!」
艶やかな悲鳴を上げたアスカの全身がひくつき、やがて脱力していった。
「はっ、はぁっ、…んはぁっ、…はぁ」
爛漫と咲き誇った花があえなく手折られ、しおれていくような神秘的な様に、
シンジはかける言葉もない。
目尻まで潤んでいるのは、絶頂に到らされたのが気恥ずかしいからだろうか。
嬉しいからだろうか。とり返しのつかぬ過ちを犯していることに気づいている
からだろうか。
そこに唇を寄せて溜まった涙を吸い、覚束ないアスカを支えて布団の上に
横たえさせる。
『…綺麗なんだな』
窓から拡がる街灯の余光がぼんやりと映し出す、一枚の絵画。ほんの
数刻前にはマリが描かれていたキャンバスの上に、今、違う女が重なってある。
絹のようなブロンドとワンピースを乱し、四肢をくねらせ、汗ばむ胸を
上下させて呼吸を整えている姿は祈りたくなるほど美しく、余計な心配を
してしまうほど無防備だ。
「アスカ」
シンジは立ち上がり、呼びかけながら服を脱ぎ捨てる。自分のセックスを
したくてぎらついている様を、ちゃんと見ていてもらいたかった。今、アスカの
肉を喰らいたくて堪らないことを、ちゃんと解ってもらいたかった。
最後のトランクスを脇に放る。我慢できずにこぼれた汁で、亀頭の先が
じんわりと濡れている。牡の本能が、目の前の獲物の胎内に吐き出してしまえと
急かしている。
「続けるよ」
まだ夢とうつつのあわいをさまよっているような、視線の虚ろなアスカの
耳元に口を寄せてささやく。
「…シンジぃ」
それは肯定の意味だから、ひかがみを支えて開く両足に力は入っていない。
体に重なり、ひじを突いた片手で頭を抱え、伸ばした片手でショーツを
這わせ、愛液の染みたそこに指一本を引っかけてめくる。
まだ指が、下半身が覚えていた。暴発しないように尾てい骨に力を込め、
挿れるべきところへ勇んで揺れる陰茎を定めていく。空振りし、あまつさえ、
あらぬところに精液を放ったら目も当てられない惨状だ。
「挿れるよ、アスカ」
想像していたよりやや下にある膣口はまだ充分に潤っていた。熱い粘膜が
触れ合う。そこから更に力を加えれば、やがて侵入に立ちはだかる処女の証も
突き破れば、もう二人はどこにも逃れられない。
「ふぁっ、うあっ」
「力抜いて。痛いよ」
アスカの瞳孔が大きく開く。眉間が歪む。自分の指でさえ触れられなかった
聖地を、指よりもずっと大きくごつく膨れた陰茎に踏みにじられていく衝撃は、
男には測り知れない。
しかし、それはこちらも同じことだ。陰茎にまとわりつく肉びらが、
ぎっちりと締め上げるひだが、それらを和らげようと溢れ出る愛液がシンジに
どれほどみだらな快楽を贈ってくれているか、アスカは判るだろうか。
『あぁ、凄い! セックスって…』
マリと済ませておかなければ、途方もない狂喜がそれら一つひとつの玄妙な
働きを感じとる間も与えず、腰をがむしゃらに振らせたに違いない。
その衝動を抑えつけるだけで自制心は精一杯だ。一度抜いて様子を伺う
余裕なぞ生じさせられない。自分がしがみついているのか、アスカが
くわえ込んでいるのか、官能にちりちりと燃える神経には判断できない。
「んはっ、シンジ…」
美しさに思わず感嘆していた。何かから解放されたような、藍色の瞳を涙で
にじませながらも晴れやかな、穏やかなアスカの微笑みだった。
「よかったぁ。…思ってたより、痛く、ない」
「アスカ…」
「くくっ、シンジだから、かな?」
らしくない、甘えた、可愛らしい仕種なのに、それが今までに見せた
どれよりも似合っているのはなぜか。
世界の誰もこのアスカを見た奴はいない。俺だけが見ている。俺だけの物だ。
俺だけの物になりたがっているんだ。目に映る全てが、胸に暗く潜んだ支配欲を
うずかせ、けしかけて止まなかった。
男の形に穿つようにゆっくりと、しかし、着実に腰を使いながら、顔を
落として口づけ。唾液だけでなく、舌だけでなく、魂まで吸い尽くして
しまいたい。
そうされるのが自然であるかのように、アスカの両腕はシンジの胸を回り、
背の上で組まれてより懐へかき寄せられる。
「うんっ、ふむっ、ふんっ」
生々しい鼻息が上唇に吹きかけられる。恥じらいもかなぐり捨てられるほど
昂ぶっているのだと思うだけで肌がそそけ立つ。
じゅぷじゅぷと粘液の撥ねる音。びしびしと肉の、恥骨のぶつかり合う音。
はあはあと悶えて喘ぐ呼吸の音。それらが官能的なハーモニーとなってシンジを
攻め立てる。
もう陰茎も情欲も限度を越えていた。陰嚢がむずがゆく縮んで送り出した、
模糊とした塊が局部からせり上がってきたら、やるべきことは一つだ。
「イくよ、出すよ!」
「ん、ん、いい、いいよ、イって! シンジ!」
尿道口から噴き上がるより速く腰を退かせて陰茎を抜く。うめきと共に
飛び散る精液がワンピースに次々と染みを作っていった。
「あ、あぁ、はぁっ」
脳内の酸素を使い果たしたシンジは、それでも最後で自分の劣情を
抑制できたことに満足しながら、眩む頭をアスカの胸に預ける。頬に伝わる
やわらかな感触が、鼓動がただ、心地よかった。
「外に出したんだ」
どれくらい気を失っていただろう。数秒か、数分か。
落ち着きをとり戻しているアスカの声が、しかし、やや当惑しているように
聞こえるのは、気のせいだろうか。
「そりゃ、…ゴムつけてなかったし」
「…そっか」
中指ですくいとった精液を目の前にかざし、不思議な物を観察するかの
ように見やっていた。短時間で四回目の射精は思った通りの少ない量だったが、
そうと気づくことはないだろう。
「そう、だよね…」
えも云われぬ表情からは、シンジは何も読みとれない。酌みとれないはずが
ないではないか。安堵しているに決まっているではないか。
妊娠と云う事実は、到底無視できるものではない。倫理的にも、社会的にも。
アスカが自分の子を身に宿す。そんなことがあり得てよいのか。
「あの子にも、外に出した?」
「…一回だけ、中に―」
アスカの目が一変し、猛禽のように鋭く絞って向けられる。その意味する
ところを推し量るより速く、てのひらが視線を遮るように迫り、シンジの
こめかみを鷲づかみにしていた。ブレイン・クロー。
「あいたたたっ! 何!?」
「うるさい! この、このバカシンジ!」
しょうがないではないか。初めてでそこまで巧く済ませられるわけがない。
「バカ、バカ、バカ、バカ! この種馬!」
叱責を浴びせ、五指をきつく突き立てたまま頭を揺する体罰の中で、シンジは
あれほどしおらしくなった少女が途端にいつもの態度を回復する様に、
少しばかり理不尽を覚えた。
全く、変節とか豹変とか云う生易しいものではない。魔が差したのだとすれば、
この世には色々な意味でいやらしい悪魔がいるものだ。
「つぅー、ったいなぁ、もう」
「…アンタさぁ、もう一回…くらい、…できるわよね?」
解放された急所をさすりながら、アスカの問いかけを反芻する。もう一回。
一体、何をもう一回。だから、どうしてそんなしょげ返った顔を俺に
見せているのだろう。
「アタシじゃ、…できない?」
本当に女はずるい。そして、それ以上に男は大ばかだ。
(終わり。多分続かないと思う)