琴姉ぇと3の倍数
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From:琴姉ぇ[kotone @ocharake.domo2.ne.jp]
Subject:おはよう!起きたかな?( ゚д゚ )
本文:
おはようヒデ君!
最高の朝だね!
新聞配達のお兄さんが元気に走り回ってるのがヒデ君にも聞こえてるかな?
今日は一日ちょっと特別な日を演出してあげようと私なりに考えたんだよ!
なーに、私とヒデ君の仲じゃないか。
詳しくは改行!
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「……今何時だと思ってやがる」
俺は琴姉ぇからのメールの着信音で目が覚めた。
現在、朝の4時25分。
昨夜夜更かししてしまったのでまだ少ししか眠っていない。
起こされた挙げ句、琴姉ぇのいつも通りのハイテンションなメールでうんざりした俺は携帯をマナーモードに設定し、布団を頭までかぶって再び眠りの世界に落ちた。
その場でメールを最後まで読むような気分にはなれなかった。
次に目が覚めたのは8時5分。
俺は寝ぼけ眼で目覚まし時計を見つめ、時間を認識すると同時にはね起きた。
「やっべ、なんで琴姉ぇ起こしてくれなかったんだよ!」
目の前の目覚まし時計は既にアラームの時間を過ぎており、昨夜セットしておいたにも関わらず既にアラームがオフになっていた。
つまり、寝ぼけて俺自身が止めてしまったということに他ならない。
携帯を開くと琴姉ぇからの着信やメールが数件入っており、メールの直近の数通の内容は「起きた?」「まだ起きないの?」「起こしに行こうか?」「私琴音。今あなたの家の前にいるの」などとなっており、琴姉ぇが俺を起こそうとしてくれていたことがわかる。
つーか眠っている人間に「起こしに行こうか?」なんて言われても返信できるわけないだろーが。
そんなこんなで8時10分。
ホームルームの開始は8時45分。
自宅から学校までは徒歩15分。
まだ十分に間に合う。
俺は布団をどけ、カーテンを開く。
外は9月のはじめの朝方多少涼しくなった、しかし日中には8月と同じレベルの暑さを予感させる青空が広がっている。
そのとき。
「まだ慌てるような時間じゃない!」
声が聞こえ、突然バタン! と音を立てて部屋のドアが開く。
白い夏服のセーラーに、黒の三つ編みのおさげを2つぶら下げた見慣れた幼馴染み。
言うまでもなく琴姉ぇ。
野母崎琴音こと琴姉ぇだ。
「おはようヒデ君! 目は覚めたかい?」
「あの、琴姉ぇ……なんで俺の部屋に……。うちの親いないから玄関鍵閉まってるはずだけど」
「それならなんのことはないよ!」
そう言いつつ琴姉ぇはセーラー服の胸元をゴソゴソいじり始める。
そして胸の谷間から何かを取り出す。
どうでもいいがそんなとこじゃなく鞄にしまえよ……。
「ジャジャジャジャーン♪」
某猫型ロボットの秘密道具の効果音を真似して琴姉ぇはありえないものを取り出す。
「ピッキング用針金!」
「いや……琴姉ぇ、それ普通に不法侵入だから……」
「いやいやヒデ君! 遠慮はいらないよ。魚心あれば水心だからね」
「……意味が分かりません」
俺はこれ以上琴姉ぇのペースに巻き込まれる前に朝の支度と朝食の準備を済ませようと琴姉ぇの横をすり抜けて階下に向かった。
少し琴姉ぇの抗議の声が聞こえてきた気がするが、無視した。
顔を洗い、歯を磨き、髪に櫛を通す。
鞄の中身は昨夜準備していたし、体操服とジャージも既に準備している。
さしあたっては朝飯だが……ん?
見れば、既に食卓の上には食事の準備が整っていた。
「あのー琴姉ぇ。これはもしかして……」
「うむ」
琴姉ぇは自信満々に頷く。
「ヒデ君のために朝食を用意しておいたよ。存分に食べておくれ」
「ありがとう、琴姉ぇ。気が利くな。……でもこのメニューは……」
皆の朝食の食卓はどんな感じだろうか。
和風派の人はご飯に味噌汁、納豆に卵焼き、野菜炒めとか。
洋風派の人はトーストにベーコンエッグ、はたまたシリアルやサラダ、オレンジジュースなんかが多いとは思う。
しかし、琴姉ぇが用意した朝食は明らかに異質だった。
餃子。
レバニラ炒め。
ニンニクの素揚げ。
山芋のすりおろし。
赤まむしの栄養ドリンク。
謎のゼリー。
「……琴姉ぇ、なんでこんなことになった」
「あれ、ヒデ君、メール読まなかったの?」
「メール?」
言われてふと気付く。
さっきは新着メールしか読まなかったが朝の4時に来たメールが読みかけだったことに気付く。
俺は携帯の受信トレイからさっきのメールを拾い上げる。
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From:琴姉ぇ[
[email protected]]
Subject:おはよう!起きたかな?( ゚д゚ )
本文:
おはようヒデ君!
最高の朝だね!
新聞配達のお兄さんが元気に走り回ってるのがヒデ君にも聞こえてるかな?
今日は一日ちょっと特別な日を演出してあげようと私なりに考えたんだよ!
なーに、私とヒデ君の仲じゃないか。
詳しくは改行!
(続きを読みたかったらわっふるわっふると言うべし!)
今日は普段欲求不満なヒデ君のために特別な企画を用意したよ!
3の倍数の時間に私がエロくなるから期待するべし!
詳しくはwebで!
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「……どんな企画なんだ、これ」
俺はこんな訳わからんメールのために4時に起こされたかと思うと無性に悲しかった。
しかし、琴姉ぇはそれを意に介した様子は一切なかった。
「ふふっ、若い男の子には嬉しい企画でしょ? そのためにも朝からしっかり食べてね!」
「今から学校行くのにニンニクの素揚げなんて食べられるわけないだろーが! つーかこのゼリー何、とてもフルーツには見えないんだけど」
「すっぽんの煮こごりだよ! すっぽんは滋養強壮、精力増強にいいよ!」
「そんなこと聞いてねぇよ! つーかこれうちの容器だろ! 朝から作ったのかよ!」
「そうだよ? あ、出汁とったスッポンは三角コーナーに捨てといたから」
台所を覗くと、三角コーナーの上にででんとスッポンのご遺体の姿があった。
「大惨事だよ! くそ、朝から片づけてる暇ねぇ!」
俺はとりあえずにおいを気にしなくてよさそうなレバニラと山芋を急いでかっこんだ。
そしてスッポンゼリーもスプーンで急いでかきこもうとし、思わず吹き出した。
「ぶふっ?! 琴姉ぇ! 何味だこれ?!」
「んー? 朝だしコーヒーゼリー味にしてみたけど」
「いや、それじゃ煮こごりじゃねぇから!」
口直しに赤まむしのドリンクを一気飲みし、鞄と体操服袋を手にする。
「琴姉ぇ、急ごう。学校に遅れる。……つーか、琴姉ぇ、琴姉ぇは朝ご飯は?」
「うん? 私はコーンフレークとヨーグルト食べたけど」
にっこりと笑って言う。
「普通の飯あったのかよ……」
もう起こる気力もなく脱力気味に突っ込むと俺は玄関に向かった。
青空の下、少し早歩きで学校に向かう。
朝方なので比較的涼しいがこうやって動くとじんわり汗がにじむ程度にはまだ暑い。
隣を見ると早歩きのせいでいつもより三つ編みのおさげが大きく揺れてる琴姉ぇの姿があった。
琴姉ぇはことねぇ、なんて呼んでるが同い年だし学年も一緒だ。
4月2日の琴姉ぇが小さい頃、わたしのほうがおねーさんなんからことねーってよびなさいよー、って言ったのがそもそもの始まりだ。
琴姉ぇと俺は幼稚園からの幼馴染みで幼稚園、小学校、中学校、そして高校とずっと同じ進路で進学し続けている。
……もっとも、全部公立に行っているので同じ区内に住んでいるから特別な事情がなければほぼ当たり前のことなのだが。
琴姉ぇは黙っていればかなりの美人だし、外見は大人しそうな三つ編みロングだし、勉強もできる方だから一見スペックはかなり高そうに見える。
が、今朝のようなことはある意味特別でないと言うくらい賑やかでトラブルメーカーなところがある。
学校でも俺を巻き込んでのドタバタが日常茶飯事だから完全に傍から夫婦漫才のように見えている節がある。
実際は俺が一方的に巻き込まれてるだけなのだが。
「えー? 私トラブルメーカーじゃないよ?」
「……心の中を読むな、心の中を」
「わ、私を思うままに蹂躙して貪るつもりね!」
「いや、それは思ってねーし」
「私に乱暴する気でしょう?! エロ同人みたいに!」
「……」
付き合いきれなくなって俺は目をそらす。
琴姉ぇも昔はこんなにおちゃらけた感じじゃなかったんだけどなぁ。
少なくとも小学校の時はこんな感じではなく、クラス委員を務めるようなひたすら真面目な感じだった。
中学以降だろうか、こんなに琴姉ぇが賑やかになったのは。
思春期の何かが琴姉ぇに影響を与えたのだろうか。
女はよくわからん。
追憶に浸っている内に正門にたどり着いた。
幸い、今から行けばお互いホームルームに間に合うだろう。
「じゃあヒデ君、9時を楽しみにしててね」
「ん? 何かあったっけ?」
俺は首を傾げる。
「んもぅ! メールだよ、メール!」
俺は朝のメールを思い出す。
『今日は普段欲求不満なヒデ君のために特別な企画を用意したよ!
3の倍数の時間に私がエロくなるから期待するべし!』
「……3の倍数がなんとかってあれか」
「そうだよ、6時の奴はヒデ君が電話出てくれなかったからできなかったし、もう今日は9時、12時、15時、18時、21時、24時の6回しかないんだよ!」
「……そうですか」
やたらハイテンションな琴姉ぇに付き合う気にもなれず、俺は琴姉ぇに背を向けるとプラプラと手を振った。
「じゃあまた昼休みにでもな」
琴姉ぇの抗議の言葉が聞こえてきた気がするが、俺はそのまま自分の教室に向かった。