ヤンデレの小説を書こう!Part40

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1名無しさん@ピンキー
ここは、ヤンデレの小説を書いて投稿するためのスレッドです。

○小説以外にも、ヤンデレ系のネタなら大歓迎。(プロット投下、ニュースネタなど)
○ぶつ切りでの作品投下もアリ。

■ヤンデレとは?
 ・主人公が好きだが(デレ)、愛するあまりに心を病んでしまった(ヤン)状態、またその状態のヒロインの事をさします。
  →(別名:黒化、黒姫化など)
 ・転じて、病ん(ヤン)だ愛情表現(デレ)、またそれを行うヒロイン全般も含みます。

■関連サイト
ヤンデレの小説を書こう!SS保管庫 @ ウィキ
http://www42.atwiki.jp/i_am_a_yandere/

■前スレ
ヤンデレの小説を書こう!Part39
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1289564970/

■お約束
 ・sage進行でお願いします。
 ・荒らしはスルーしましょう。
  削除対象ですが、もし反応した場合削除人に「荒らしにかまっている」と判断され、
  削除されない場合があります。必ずスルーでお願いします。
 ・趣味嗜好に合わない作品は読み飛ばすようにしてください。
 ・作者さんへの意見は実になるものを。罵倒、バッシングはお門違いです。議論にならないよう、控えめに。

■投稿のお約束
 ・名前欄にはなるべく作品タイトルを。
 ・長編になる場合は見分けやすくするためトリップ使用推奨。
 ・投稿の前後には、「投稿します」「投稿終わりです」の一言をお願いします。(投稿への割り込み防止のため)
 ・苦手な人がいるかな、と思うような表現がある場合は、投稿のはじめに宣言してください。お願いします。
 ・作品はできるだけ完結させるようにしてください。
 ・版権モノは専用スレでお願いします。
 ・男のヤンデレは基本的にNGです。
2名無しさん@ピンキー:2010/12/04(土) 11:11:53 ID:BCZGyKGR
ヤンデレのぬるぽを書こう!
3名無しさん@ピンキー:2010/12/04(土) 11:30:24 ID:FPDKTISI
ヤンデレのガッ!を書こう!
4名無しさん@ピンキー:2010/12/04(土) 12:53:42 ID:fqm5WdtE
スレ立て乙です
5名無しさん@ピンキー:2010/12/04(土) 14:36:28 ID:ZPIejHNo
>>1
お疲れ様です
6名無しさん@ピンキー:2010/12/04(土) 17:33:15 ID:ZLH7i9fQ
>>1
「…スレ立て、お疲れ様です」
7名無しさん@ピンキー:2010/12/04(土) 18:30:40 ID:ti/YwEM1
ウナのバーか
8名無しさん@ピンキー:2010/12/04(土) 19:19:00 ID:/scYhYAw
最近ヤンデレって感じのssないね。
9名無しさん@ピンキー:2010/12/04(土) 21:56:42 ID:ZPIejHNo
作品投下まだかな〜?
10名無しさん@ピンキー:2010/12/04(土) 23:40:54 ID:Wga3Poxy
ヤンデレ家族のスピンオフ作品まだ?
11名無しさん@ピンキー:2010/12/04(土) 23:48:21 ID:ZPIejHNo
>>10
作者がネトラレサイトへ永久追放されてるから無理かと
12名無しさん@ピンキー:2010/12/04(土) 23:51:02 ID:4gUy0Yl+
ヤンデレ家族とかww

今は糞な作品しかないからあきらめなよwww
13名無しさん@ピンキー:2010/12/04(土) 23:56:04 ID:Ulg7rNaM
保管庫が見れない
14名無しさん@ピンキー:2010/12/04(土) 23:59:54 ID:xhq1BKEt
今見てみたら普通に見られるから大丈夫
15名無しさん@ピンキー:2010/12/05(日) 00:09:55 ID:pamIXK90
>>14
確かに今見たら大丈夫だった。どうやら俺の勘違いみたいだな
わざわざすまん(´・ω・`)
16名無しさん@ピンキー:2010/12/05(日) 00:44:56 ID:vjMWqX4s
私、ステレオ〜っていう駄作書いている人なんですが、
明らかに一場面抜けて、不自然になっていました。保管庫で手直ししました。ごめんなさい。
ほかにも、誤用やおかしな表現がたくさんあったようなので申し訳ない。
17名無しさん@ピンキー:2010/12/05(日) 01:09:22 ID:+MsLPrQi
スレ立ておつ。


修正するだけでも良いかと。

正直大丈夫ですよ。次期待します。
18ブラック☆プラチナスオード:2010/12/05(日) 03:39:22 ID:olliWvrF
どうでもいいからヤンデロイドの続き書けよ
19名無しさん@ピンキー:2010/12/05(日) 05:14:38 ID:0dzTdpGb
触雷もな
20名無しさん@ピンキー:2010/12/05(日) 11:36:56 ID:ilBMG1Eo
>>11お前は人生から永久追放されろ‥


このゴミクズ野郎!!!!!
21名無しさん@ピンキー:2010/12/05(日) 12:42:44 ID:xog5jQ+h
作品投下まだかな〜?
22名無しさん@ピンキー:2010/12/05(日) 14:02:40 ID:3XTQ/AbB
ねえよ
23名無しさん@ピンキー:2010/12/05(日) 15:37:57 ID:OKaA5jUS
おまえさんが書けばいいんじゃね
24名無しさん@ピンキー:2010/12/05(日) 16:24:40 ID:E/kkzitP
ぽけもん黒来ないかな
来なきゃ年越せないよ
25名無しさん@ピンキー:2010/12/05(日) 17:26:08 ID:6jmkS+KD
サトリビト
私は人がわからない
赤と緑と黒の話
ぽけもん 黒
ことのはぐるま
ほトトギす
群青が染まる

どれか一つでも来てくれれば年が越せる
26 ◆m10.xSWAbY :2010/12/05(日) 17:58:21 ID:iRqkuuYa
そうやって時代にとり残されるアワレな童貞共であった…(・∀・)
27名無しさん@ピンキー:2010/12/05(日) 17:59:57 ID:xog5jQ+h
俺は「現物支給」と「触雷!」、「風の声」が来れば勝てる
28名無しさん@ピンキー:2010/12/05(日) 18:15:27 ID:ODdEg7dT
そろそろリバース来てくれないかな……
29名無しさん@ピンキー:2010/12/05(日) 18:30:49 ID:2URGQyDG
変歴伝の続きが読みたひ
30名無しさん@ピンキー:2010/12/05(日) 19:22:18 ID:6jmkS+KD
そろそろちんちこのアナにーの時間だ
31名無しさん@ピンキー:2010/12/05(日) 20:20:57 ID:lvnyFsGO
      )      )
         ゙ミ;;;;;,_           (
          ミ;;;;;;;;、;:..,,.,,,,,
          i;i;i;i; '',',;^′..ヽ
          ゙ゞy、、;:..、)  }
           .¨.、,_,,、_,,r_,ノ′
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        ".¨ー=v ''‐ .:v、,,、_,r_,ノ′
       /;i;i; '',',;;;_~⌒¨;;;;;;;;ヾ.ミ゙´゙^′..ヽ 
       ゙{y、、;:...:,:.:.、;、;:.:,:.:. ._  .、)  、}
       ".¨ー=v ''‐ .:v、冫_._ .、,_,,、_,,r_,ノ′
      /i;i; '',',;;;_~υ⌒¨;;;;;;;;ヾ.ミ゙´゙^′.ソ.ヽ
      ゙{y、、;:..ゞ.:,:.:.、;:.ミ.:,:.:. ._υ゚o,,'.、)  、}
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32名無しさん@ピンキー:2010/12/05(日) 20:21:39 ID:lvnyFsGO
誤爆しましたどうもすいません・・・
33名無しさん@ピンキー:2010/12/05(日) 21:16:39 ID:qB038Jca
俺ワイヤード好きだったんだけど
34名無しさん@ピンキー:2010/12/05(日) 22:01:21 ID:KN1Agiru
>>31
つかひでえ誤爆だなw
35名無しさん@ピンキー:2010/12/05(日) 23:28:37 ID:2URGQyDG
ここ数日、保管庫見ようとする度にエラーが出るのは俺だけなのか…?
36名無しさん@ピンキー:2010/12/05(日) 23:44:45 ID:hpG8cPRS

二次創作でスレチだけど
理想郷のリリカルって何ですかとルナティック幻想郷が
なかなか良いヤンデレ作品だったよ。

37名無しさん@ピンキー:2010/12/06(月) 00:39:31 ID:L2fMTHu1
リリカルって何ですかは、なのはとか全然興味なかったけど楽しめた
38ヤンデレの娘さん 見舞の巻  ◆DSlAqf.vqc :2010/12/06(月) 01:15:16 ID:TyGkuzAn
 こんばんは、ヤンデレの娘さんのモノです。
 今回は、お見舞いと父親と浴衣のお話。

 なお、前回のお話で設定のご指摘をいただいたのでちょっとだけ修正しておきました。
 と言っても体重の数値を少しいじっただけですが。
39ヤンデレの娘さん 見舞の巻  ◆DSlAqf.vqc :2010/12/06(月) 01:16:35 ID:TyGkuzAn
 「ひづきんが風邪をひきました」
 期末テストも近いある日の朝休みこと、俺は目の前の友人たちに向ってそう言った。
 「ナルホド、あの黒くてちっこいのが見当たンねぇと思ったらそういうことか」
 そう返すのは友人の一人、久々登場の葉山正樹(ハヤママサキ)。
 白い半袖ワイシャツ(袖と胸ポケットに星座と月を象った、ウチの校章が入っているのがポイント)のボタンを上二つまで開け、すっかり夏モードだ。
 「でも意外ね。みっきーのことだから風邪をひこうが足の骨が折れようが鮮血の結末しようが彼氏クンのところに来るものだと思ってたのに」
 そういうのはもう一人の友人、というよりみっきーこと緋月三日の親友、明石朱里(アカシアカリ)。
 こちらは半袖の白いブラウスに黒いベストを羽織っている。
 胸元に校章の入った赤いリボンをつけていたり、スカートがチェック柄だったり、ウチの制服は男子より女子の方がオシャレ度が高いっぽい。
 「本人はそのつもりだったらしいんだけどねー」
 そこで、俺は微妙に声音を変える。
 「『あまりに聞きわけがないので、力ずくでベッドに放り込んでおきました…』って連絡をくれた三日のお姉さんが」
 「おー、意外に似てる」
 俺の声真似に、なおざりに拍手する明石。
 「あ、明石はお姉さんのコト知ってるんだっけ?」
 「そりゃ、親友のお姉さんだし。ってか、去年の生徒会長だし」
 明石が当然のように答えた。
 そう言えば、三日のお姉さん、緋月二日(ヒヅキニカ)さんはこの夜照学園高等部のOG。
 現在は同大学部1年生の19歳だ。
 確かに、明石が知っていることに何ら不自然なことはない。
 俺は当時、生徒会のことにさほど関心が無かったので、知ったのは割と最近だったが。
 「生徒会長にして剣道部の鬼部長ってことで、知ってる人は知ってるわよ」
 「鬼部長てどんだけ…」
 明石の解説に、葉山が苦い顔をする。
 三日への印象が悪いだけに、すさまじいものを想像しているのだろう。
 それが間違っていると言えないのが、二日さんのすごいというか恐ろしいところだが。
 ちなみに、そのお兄さんの一日さんは演劇部だった。
 文化祭で女吸血鬼の役を演じ、男性ながら「血も凍るような美しさ」と評判だったとか。
40ヤンデレの娘さん 見舞の巻  ◆DSlAqf.vqc :2010/12/06(月) 01:17:09 ID:TyGkuzAn
 「それで、今日の放課後お見舞いに行こうと思って。ユカリ先生からプリント類を渡すように頼まれてるし」
 ちなみに、ユカリ先生はウチの担任。
 長い髪を後ろで束ねた快活な女の先生だ。
 担当は現代国語で陸上部顧問。
 旦那さまと万年新婚の甘甘ラブラブ、とは本人の弁。
 誰もその姿を見たことが無いので真実は不明。
 「あ、そうなんだ。じゃあ、お大事にってみっきーに伝えておいてくれる?」
 あっさりとした口調で明石は言った。
 「何だ、明石は行かないの、お見舞い?」
 「そうしたいのは山々なんだけど…ほんとーに山々なんだけど、私とみっきーは『友情<<<<<<(越えられない壁)<<<<<<恋愛』っていう共通の価値基準でつながってるから。アンタらを邪魔するようなヤボな真似はできないのよ」
 肩をすくめて明石は言った。
 少し名残惜しそうに言うあたり、本音なのだろう。
 「ン?朱里、お前好きなヤツとか居ンのか」
 明石の言葉に、葉山が怪訝そうに言った。
 念のために補足すると、明石朱里はクラスメートにして幼馴染であるところの葉山正樹に好意を抱いているというお約束な状態にある。
 肝心の葉山がそれに気づいていないのもお約束。
 「そ、そう、だけど……!?」
 目を白黒させたり顔を赤くしたり青くしたりしながら明石はわたわたする。
 青春してるなぁ、コイツら。
 「や、やっぱ正樹的には、知りたい?」
 おお。
 ドギマギしつつも顔を赤らめて上目づかいで葉山を見る明石の表情は、三日の居る俺でも感嘆するほどにかわいらしかった。
 恋愛漫画ならクライマックスに丸1ページ使うレベルのかわいらしさだった。
 「いや、別に」
 もっとも、そのかわいらしさは葉山にはろくすっぽ分からなかったようだが。
 「正樹のバカー!」
 ばしぃ、と教室中に音が鳴りそうなほどの勢いで葉山が平手打ちをかまし、明石が立ち上がる。
 「なんで気になんないのよ!せっかくアドリブでかわいいカオも作ったのにっていうかそっちから話振ってきたくせにー!」
 そう叫んで泣きながら教室を走り去る明石。
 「ちょ、おま!?もう授業始るぞ!?」
 「正樹なんて知るかー!」
 そんな明石を茫然と見つめる俺たち二人。
 「……何だってンだよ」
 「……青春ってコトじゃない?」
 はたかれた頬を押さえてブゼンとした顔をする葉山に、俺は言った。






41ヤンデレの娘さん 見舞の巻  ◆DSlAqf.vqc :2010/12/06(月) 01:18:04 ID:TyGkuzAn
 さて、時間は飛んで放課後。
 「部活もないからすぐに来ようと思ったら、ズイブン時間食っちゃったなあ」
 『緋月』という表札のかかった、それなりに立派な作りの一軒家を目の前に、俺はつぶやいた。
 ちなみに、今日何をしていたのかダイジェストで振りかえると…

 

 休み時間
 「正樹のバカ正樹のバカ正樹のバカ正樹のバカ正樹のバカ正樹のバカ正樹のバカ正樹のバカ……正樹なんてもう知らない……でも大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き……」
 「はいはい。とりあえず、アイツには明石を怒らせたことだけは納得させたから、もうこんな時間だし、戻ろう?」

 放課後 その1
 「はい、これが緋月ちゃんに渡す分のプリント。しっかりきっちりよろしくね」
 「分かりました、ユカリ先生。……って、もしかして、ネイル変えました?」
 「そうなのよ!よく気づいてくれたね。これはアキ……じゃなくて旦那様がネットで選んでくれた色でねー(以下延々と語りだす)」
 (わざわざ突っ込まなきゃ良かったかなー)

 放課後 その2
 「と、そろそろ三日のところへ…ってアレは、ウチのクラスのトショイイン(仮)じゃん」
 「あ、御神くん。この本を全部図書室に運ばなきゃいけないんだけど、私ひとりじゃ持ちきれなくて……」
 「分かった、俺も手伝うよ」
 「ありがと。御神くんってちょっといい人よね」
 「よく言われる」
 「いい人すぎて恋愛対象としては見れないタイプ」
 「よく言われる。って、見られても困るケド」

 放課後 その3
 「さあて、もういい加減三日のところへ……」
 「あれ、木偶の棒が置いてあるかと思ったら御神ちゃんじゃない?」
 「ああ、路傍の石だと思ったら一原先輩じゃないですか」
 「ちょーどよかった。チョット手が入り用だから生徒会室に来なさいな」
 「や、俺そんな暇でもないんですけど。どうしたんですか?」
 「いやー、ちょっと痴情のもつれでもみあってたら、倒れてきた本棚の中に妹が生き埋めになっちゃってねー」
 「どういう状況ですか…ってか一大事じゃないですか!?」

 放課後 その4
 「御神先輩、今日は緋月先輩がいないんですってね。どうですかどうですかこの河合直子とひと夏のアバンチュー「ごめんなさい」
 「言い終わる前にフラれたー!」




42ヤンデレの娘さん 見舞の巻  ◆DSlAqf.vqc :2010/12/06(月) 01:18:25 ID:TyGkuzAn
 と、放課後はこんな風に八割方(例外あり)人助け的な何かだった。
 「性分なんかねぇ……」
 我がことながら苦笑しながら、俺はインターホンのスイッチを押そうとした。
 『想定通りの…ジカン…に来たね』
 スイッチを押す前に、インターホンから声が聞こえた。
 『…ハジメマシテ…、私は緋月月日(ヒヅキツキヒ)。緋月三日の…チチオヤ…だ。少々軟禁状態の身の上だから外のお客さんと会うのは久しぶりでね、…ココロヨリ…歓迎するよ』
 思いのほかよく通る、落ち着いた声音。
 それが緋月月日さんと俺の初対面だった。
43ヤンデレの娘さん 見舞の巻  ◆DSlAqf.vqc :2010/12/06(月) 01:19:35 ID:TyGkuzAn
 緋月月日(ヒヅキツキヒ)。
 43歳。
 和装の男。
 緋月零日(ヒヅキレイカ)の夫。
 そして、緋月一日、二日、三日の3兄妹の父。
 職業は株式運用とIT関係のコンサルタント。
 知的で落ち着いた、しかしどこか本心を読ませない美声。
 病的なまでに白い肌。
 180cmは余裕である高身長。
 やせ形で、スラリとした体格。
 と、言っても痩せぎすではなく、今時あまり見ない作務衣を見事に着こなす、同性の俺でも惚れ惚れとする均整の取れたスタイルの持ち主。
 一挙一動がどこか優雅で、若い頃はとてつもなくモテたのだろうというのが顔を見るまでもなく推察できる。
 と、言うよりそもそもその顔は見えない。
 顔には全体を覆う鉄仮面。
 その上首には鎖の付いたゴツい首輪。
 その長い鎖がどこから伸びているのか、考えたくはない。
 和装にして異装。
 嫌でも警戒心を煽られる様相。
 それに、忘れてはいけない。
 この人は、とんでもない男なのだ。
 妻である緋月零日(ヒヅキレイカ、どんな人なのかはまだ知らない)さんだけでなく、実の娘である二日さんにも手を出しているらしいのである。
44ヤンデレの娘さん 見舞の巻  ◆DSlAqf.vqc :2010/12/06(月) 01:20:59 ID:TyGkuzAn
 「そんなに…カタク…ならないでくれよ」
 俺を招き入れた月日さんは飄々とした口調で言った。
 「この…カメン…は妻の意向でね。彼女に言わせれば、私の素顔は…ハンサム…過ぎて浮気を誘発するそうだ」
 独特の溜めを作る話し方で、月日さんは続ける。
 「居間に…アンナイ…しよう。何か用意をするよ」
 「いえ、お構いなく。プリントとかを渡しに来ただけですしー」
 月日さんの言葉に、やんわりと俺は言った。
 「…エンリョ…はいらないよ。正直、私は君に興味を持っている。以前、二日からもらった情報だけではやはり不十分だからね。1つ、このおじさんにつきあってくれたまえ」
 正直、俺的にはすぐ三日に会うつもりだったのだが、月日さんに促されるままにリビングに向かってしまう。
 意外と強引だ。
 清潔感のあるリビングに通され、ソファに座る。
 しかし、思ったよりもお金持ちの家だ。
 調度品にも嫌味にならない程度にお金がかかっているのが分かる。
 上流とはいかないまでも、中の上くらい?
 このソファもわりかしフカフカしてるし。
 「私と妻はいわゆる…トモバタラキ…という奴でね。双方ともにそれなり以上の稼ぎはあるんだ」
 自慢する風でもなく、菓子の用意をしながら月日さんは言う。
 「もっとも、数年前までは…ミカ…も病気がちだったから、金銭的な余裕ができたのはあの娘が中学に進級した頃からだけどね」
 そう言いながら、市販のジュースとクッキーを添えて出してくれた。
 小学生か、と思わなくもないが、折角出されたものを食べないのもよろしくない。
 「いただきます」
 俺はクッキーに手を伸ばして言った。
 「高校生の若者としては、恋人の家族というモノは…タイクツ…かな?」
 クッキーをほおばる俺に、月日さんは穏やかな声で言った。
 に、しても『恋人』か。
 改めて言われると、くすぐったいフレーズだなぁ。
 「そんなことは無いですよー。アイツの……三日さんのお兄さんやお父さんとは以前からお会いしたいとは思っていましたし」
 過保護、だとは思うが。
 いや、どうなのだろう。
 他所の家庭のことはよくわからない。
 「…ナルホド…。分析するにどちらかと言えば…カズヒ…の方に会いたかった、というのが本音のようだね」
 ドキリ、とすることを言ってくれる。
 月日さんの言うように、むしろ一日お兄さんの方が気になっていたところはあった。
 だって、お兄さんを語る三日ってどこかキラキラしてるんだもの。
 隠してるつもりらしいけど、明らかにブラコンだもの。
 ヤンデレって設定が崩れかかるレベルで。
 もし、三日の攻略にライバルがいるとしたら明らかに一日さんだろう。
 「悪いね。…カズヒ…の奴が行方不明で」
 「行方不明!?」
 月日さんが、何でもないことのようにすごいことを言った。
 溜めを作る場所を明らかに間違ってないですか。
 「まぁ、行方不明と言っても心配はいらない。元々、時折…フラリ…といなくなる性質だったからね」
 月日さんは何でもないように言うが、それはそれでどうなのだろう
 「どこかで野垂れ死んでなければ、今頃…イギリス…かどこかの屋敷を乗っ取って、芝居がかった口調の胡散臭い家主をやってる頃じゃないかな?」
 胡散臭いとかあんたが言うな。
 「何で、そんな両極端且つ具体的な推測なんですか?」
 「…ハッハッハッ…」
 俺がそう言うと、笑って誤魔化された。
 いや、仮面姿だから本当に笑ってるのかは分からないけど。
 全く持って本心を、正体を読ませない人だ。
 赤黒く光るその鉄仮面の下にどんな素顔が隠されていても驚かないかもしれない。
 本当に、やり辛い相手だ。
45ヤンデレの娘さん 見舞の巻  ◆DSlAqf.vqc :2010/12/06(月) 01:22:05 ID:TyGkuzAn
 その時、ふと目の前のテーブルの上の雑誌が目に入った。
 『TVプラス』、『特撮NEW-LIFE』、『特撮宇宙』、『スーパーヒロインタイム』などなど、テレビ番組や特撮番組関係の雑誌が置かれていて、いずれも1人の女の人が表紙を飾っているのが共通していた。
 華奢で小柄な女性である。
 年齢は十代前半、小学校高学年か中学生くらいに見える。
 ツインテールにした長い黒髪。
 雪のような白い肌。
 身につけている衣装は、体系を隠すほどにフリルを多用した、黒を基調とした毒々しいゴシックな服。
 所々に髑髏の異称が入っており、ゴスロリとゴスパンクを足して2で割ったようなデザインだ。
 そんな衣装とは対照的に、くりくりとした大きな眼をしていて、桜色の唇には無邪気な笑顔を浮かべている。
 『そっち』の趣味が無い人でも、思わず頭を撫でたり愛でたりしたくなるかわいらしさをもった女性だ。
 雑誌には、彼女の笑みに不釣り合いなおどろおどろしい字体で『悪のヒロイン特集』、『超人戦線ヤンデレンジャー・零咲えくり(魔女大帝役)独占インタビュー』といった文字が躍っている。
 ヤンデレンジャー、というのは休日朝に放映されているヒーロー番組で、魔女大帝というのはその悪役、狂愛帝国のボスだ。
 俺の父もメイクとして撮影に携わっている番組で、そのよしみで俺もしばしば視聴している。
 そう言えば、前に三日も「家族で特撮番組を観てる」とか言ってたっけ。
 それにしても、視聴者の女児とロリコンオタクに大人気の魔女大帝が表紙の雑誌ばかり買い集めることもないだろうに。
 何も知らない訪問者が、家族に女児かロリコンオタクのド変態がいるものかと誤解してしまうではないか。
 「・・・ロリ・・・は良い。ヒトのつくりし文化の極みだよ」
 月日さんが、しみじみとした口調で言った。
 ってオイ。
 「いや、間違えた。・・・ゴスロリ・・・は良い、だった。・・・ロリ・・・では事実に反しているからね」
 「・・・・・・」
 月日さんが言い直すのを、俺は渋い顔をしながら聞いていた。
 本当に言い間違いだったのだろうか。
46ヤンデレの娘さん 見舞の巻  ◆DSlAqf.vqc :2010/12/06(月) 01:22:44 ID:TyGkuzAn
 「それで、千里くん。…ミカ…とはヤッたのかい?」
 「ぶほぁ!」
 ジュース吹いた!
 不意打ち気味の月日さんの言葉に、俺は咽ながらもハンカチでテーブルを拭く。
 「良い・・・リアクション・・・くれるね、君」
 咽る俺を見ながら、月日さんが飄々として言った。
 「ゲホ、ゴホ…ず、随分とストレートにお聞きになるんですね」
 ストレートどころじゃねぇ!
 娘のヤッたヤらないなんて話を普通にする父親がいるか!?
 さっきのセリフといい、変態か、変態仮面なのか、この野郎!?
 「その様子だと…マダ…のようだね」
 「人間嘘発見器ですか……?」
 そう言えば、この人はあの二日さんのお父さんなのである。
 いくら首から下はマトモっぽくても、二日さんに匹敵する発言をかましてきても不思議では無かった。
 ……って言うか、二日さんのエロトークはお父さん譲りか。
 あの人のエロの師匠はアンタか、月日さん。
 「つまり、まだ…アトモドリ…が効く段階というわけか。道理で三日が日々気に病むわけだ」
 「や、俺ら割と世間でらぶらぶ(笑)だと評判ですよ?」
 特に、エロ大王の生徒会長からとか。
 美少女に目が無い会長閣下は、やはりというか何というか、一時期三日に目をつけていたことがあったらしい。(性的な意味で)
 それもあって、しばしば冷やかし半分にはやしたてられるのだ。
 あの人も大人げないというか何というか。
 その代り、いろいろ助けてくれているのであまり悪くばかりも言えないのだけれど。
 「私が君くらいの歳の頃は…ヤリマクリ…だったものだがね」
 「それはそれでダメだろがこの変態仮面!」
 しまった、つい本音が。
 「あ、スイマセン」
 「いや、…カマワナイ…。自分がどう見られているのかくらいは検索済みさ」
 本当に気にしていない様子で彼は言った。
 「ただ、三日の若々しく瑞々しい肢体は親からみても…ミリョクテキ…だからねぇ。知ってるかい、あれでも脱げば意外と…」
 「脱がしたんじゃねーだろなテメェ!」
 緋月月日、娘の二日さんに手を出している容疑のある42歳である。
 「失礼な。私は家族を…タベチャイタイ…くらい愛している美形中年だよ」
 「性的な意味で!?」
 「まったくもってその通り」
 「肯定したー!」
 引いた。
 さすがに引いた。
 具体的には5キロくらい。
 「ハハハ。そんなに引かなくても大丈夫さ。…タベタ…とは言ってないだろう?」
 「そ、それもそうですね。すいません・・・・・・」
 「三日に…ダケ…は手を出して無いさ」
 「今『だけ』って言ったー!」
 「…ハッハッハッ…」
 笑ってごまかすな。
 「こんなもの…ジョウダン…だよ、冗談」
 「じょ、冗談ですか……」
 「…ザレゴト…でも良いがね」
 笑いながら言う月日さんに、ホッと胸をなでおろす。
 そうだよなー、妻と娘とで二股、とかエロゲーみたいな展開はそうそうないよなー。
 「……と、言うことに…シテオコウ…」
 「今小声で何て言いました!?」
 「…ジョウダン…だよ」
 心臓に悪い冗談は止めてほしい。
 「と、言うか千里くん。私の言うことを…ホンキ…にしているときりが無いよ」
 どこか、シニカルな声音で、月日さんは言う。
 その表情の読めない仮面の下で、彼がどんな顔をしているのか、俺には想像もつかない。
 「私は、…ウソツキ…だからねぇ」
47ヤンデレの娘さん 見舞の巻  ◆DSlAqf.vqc :2010/12/06(月) 01:23:20 ID:TyGkuzAn





 「…カイダン…を上って一番奥が三日の部屋だよ。これは…ホントウ…」
 月日さんからそんな説明を受けて、俺は緋月家の階段を上っていた。
 月日さんは案内と称して俺に付いてくる気満々だったが、いきなりかかってきた一本の電話によって阻止された。
 今も階下から「ウワキじゃないウワキじゃない。誰ともリビングでフタリッキリになんてなっていない。ウン、なってないから。それよりレイちゃんこれから撮影だろ。いやいやゴマカシテ無いって」という月日さんの声が聞こえる。
 ちなみに、レイちゃんこと零日さんとは月日さんの妻、つまり三日のお母さんだ。
 「あんな捉えどころの無い人が旦那さんだと、零日さんたちも大変だ」
 俺は1人ごちた。
 いや、今しがた俺が一番大変だった気がするが。
 見事なまでに、月日さんに遊ばれていた。
 とはいえ、月日さんは仮面野郎な上にかなり胡散臭い人だったが、同時に家族に対する愛情は深い人のように感じた。
 彼自身、家族に対する愛情は『タベチャイタイ』くらいなんて言っていたし。
 軟禁状態、なんて嘯いていたけれど、家から出ようともしない(仕事は専らネットを通して行っているそうな)のは、家族といる時間を増やすためなんじゃないかな、なんて思う。
 楽観的で非現実的な邪推なんだろうけど。
 「ウチの家族とは、全然違うなぁ」
 良くも、悪くも。
 ウチは親一人子一人というたった二人の家族で、親は家を空けている時間が圧倒的に長い。
 と、言うより、俺達2人が会ったり話したりする時間が圧倒的に少ない。
 甘えたい盛りの時にはそれがひどく寂しくて、駄々をこねて親を困らせたこともあった。(だからなのか、しばしばささやかなことで嫉妬心を抱く三日の気持ちは何となく分かる気がする)
 その事実は、ささやかな傷跡ではあるけれど、それでも、俺に対しては十二分の教育費と愛情を注いでくれていると思うし、今更それに不平不満を言うつもりはない。
 けれど、誰かが待ってくれてる家というのも、誰かを待てる家というのも…
 「羨ましく思わなくもない、かな」
 そこで、階段を登りきる。
 奥から三番目の部屋に、『☆三日チャンの部屋☆』というえらいファンシーなプレートがかかっている。(誰が作ったんだろう?)
 「……一番奥じゃないじゃないか」
 ちなみに、その隣は『二日乃部屋』と筆で達筆に書かれた飾り気のないプレートがかかっている。
 廊下のゴミ箱に三日のと同じような、ファンシーな奴のが捨ててある気がするが気のせいだろうか?
 そのまた隣、一番奥の部屋には『KAZUHI'S ROOM』と流麗な筆記体で書かれたプレートがかかっている。
 そのプレートやドアノブにはやや埃がかぶっており、持ち主が短くない期間戻っていないことを伺わせた。
 「月日さんも、全部が全部嘘を言ってたわけでも無いみたいだな」
 とりあえずそれだけを小さく呟いた。
 ともあれ、今は三日だ。
 俺は彼女の部屋を軽くノックして声をかける。
48ヤンデレの娘さん 見舞の巻  ◆DSlAqf.vqc :2010/12/06(月) 01:24:03 ID:TyGkuzAn
 「三日、俺、御神。風邪ひいたって聞いて、お見舞いにきたんだけど、入っていいかな?」
 お見舞いなんて初めてだから、なんとなく妙な台詞になってしまう。
 「…はい、大丈夫ですよ。朝からずっと」
 すると、扉の向こうから聞きなれた儚げな声が聞こえてきた。
 心なしか、いつもより弱々しく、低い声に聞こえる。
 風邪のせいだろうか。
 「じゃあ、入るね」
 そう言ってドアノブをひねろうとして、俺はふと思う。
 思えば、三日の部屋にくるのなんて初めてである。
 と、言うより女の子の部屋に入ること自体初めてなんじゃなかろうか?
 このドアの向こうには、どんな光景が広がっているのだろう。
 ぬいぐるみとかが置かれたかわいらしい、女子然とした部屋だろうか?(イメージ貧困)
 それとも、ヤンデレなお母さんの教育の行き届いたおどろおどろしい部屋だろうか?
 その上、三日の部屋着(パジャマだろうか)が見れたりするわけで…
 「・・・・・」
 自分の顔が熱を帯びるのを感じる。
 三日の部屋なのに!たかだか三日の部屋なのに!(だからこそだバカ)
 とはいえ、扉の前で固まっていても仕方ない。
 鬼が出るか蛇が出るか?
 天国か地獄か?
 いざ行かん、本作メインヒロインのプライベートルームへ!
 「……ってあれ?」
 そこは、見慣れた光景だった。
 使い古された小ぶりなクローゼット。
 机上に、昨日宿題をした時のままシャーペンや消しゴムが無造作に置かれた勉強机。
 その隅に置かれた、使い古しのシルバーのノートPC。
 三段の本棚は、一番上が文庫や新書、二番目がマンガ、三番目が料理の本や雑誌がギッシリ詰まっていて、この月曜に買ったばかりのマンガ雑誌も収まっている。
 その上には春休みにバイトした金で音楽プレイヤー用スピーカー(一応特撮グッズで、所々にヒーローのシンボルマークが刻まれている)が置いてある。
 その向かいには白い蒲団が敷かれたベッドがある。
 明らかに男子の部屋だった。
 って言うか俺の部屋だった。
 さすがに、窓の形や部屋の広さは微妙に違ったが、それ以外のレイアウトは気味が悪いほどに、同一だった。
 ペアルックならぬ、ペア部屋ってヤツ?
 好きなアイドルと同じグッズを身につけるファン、というのは聞いたことはあるが、それにしたって部屋まで一緒にするなんて話は聞いたことも無い。
 「ただい……ま?」
 思わずそう言った。
 「…おかえりなさい、千里くん」
 三日が、それにナチュラルに答えた。
49ヤンデレの娘さん 見舞の巻  ◆DSlAqf.vqc :2010/12/06(月) 01:25:34 ID:TyGkuzAn
 しかし。
 しかしである。
 そんな描写はこの際どうでもいい。
 それを遥かに上回るような桃源郷がそこにあった。
 と、言うかいた。
 三日である。
 三日は洋装のパジャマを着ていなかった。
 代わりに、浴衣を着ていた。
 浴衣姿の三日である。
 浴衣女子の三日である!
 この衝撃がお分かりいただけるだろうか。
 三日は何度となく純和風の容貌と言われ続け、和服が似合うであろうことは想像に難くなかった。
 (実際、以前はよく身に着けていたらしい。俺は見たことが無いが)
 それが今目の前にいる。
 浴衣のデザイン自体は、黒字に鮮やかな彼岸花をあしらった、地獄少女も真っ青な重苦しい柄である。(あの変態仮面か二日さんのチョイスだろうか。あの人たちとは色々な意味で話し合う必要がありそうだ)
 しかし、黒いだけに所々にのぞくまっ白い肌が際立つというコントラスト。
 その上、三日のカラスの濡場色の見事な長い髪が浴衣の上にかかることで得も言われぬ美しさを醸し出している。
 その黒髪が、少し首を動かすだけで、はらりと胸元に移動する。
 やや乱れ、ゆるやかなカーブを描く胸の谷間が露になった純白の胸元に。
 その上、風邪をひいている為か頬は朱に染まり、いつになく艶っぽい雰囲気をかもしだしている。
 その光景に、俺は思わず生唾を飲み込んだ。
 女の子って、服装ひとつでこんなに雰囲気が変わるんだ・・・・・・。
 「・・・お待ちしておりました、千里くん」
 その場に立ち尽くしている俺に、彼女が言った。
 桜色の唇が動くのが、やけに色っぽい。
 「あ、ああ・・・・・・」
 いつまでも硬直してもいられない。
 俺は無理やりにも我に返る。
 「これ、先生から預かったプリント。机の上に置いておいて良いかな?」
 鞄の中からファイルを取り出して、俺は言った。
 「・・・そんなことよりも、こちらに来ていただけませんか?適当に、このベッドにでも座って」
 風邪のせいか、いつも以上にどんよりと濁った黒い瞳をこちらに向けて三日は言った。
 「んじゃぁ、この机の所にでも……」
 「このベッドに座って」
 机の上にファイルを置き、椅子に座ろうとする俺に三日は先ほどの言葉を繰り返す。
 ってあれ、なんか変わってない?
 「いや、そこには座れないっしょ。俺なんかが来たら一気に狭「座、って」
 三日の台詞が一言だけになった。
 俺はその言葉に従い(断じて三日の色香に圧倒されたわけではない)、彼女の眠るベッドに座る。
 ベッドを揺らしたり三日の足をつぶさない様にしながら。
50ヤンデレの娘さん 見舞の巻  ◆DSlAqf.vqc :2010/12/06(月) 01:26:36 ID:TyGkuzAn
 「・・・千里くん」
 俺が座り終えるか終えないかくらいのタイミングで、三日がガバッと抱きついてきた。
 首筋に飛びつくように、腕を絡め、体重をこちらに預けてくる。
 上半身が密着状態になる。
 「!?!?」
 密着状態になったことで俺の顔に三日の絹糸のように柔らかな髪があたるとか、あたってるのはむしろ柔らかな胸だとかって何で俺こんなことでパニクってるのかな!?
 「・・・ん、はむ・・・、ぅん、ぴちゃ・・・」
 「ゥン!?」
 やおら、首に柔らかな感触が連続して触れる。
 これは、もしかして舐められてるのか?
 首を?
 三日に?
 うわぁ。
 何だ、この言い知れぬ背徳感は。
 法的に何ら問題ないことをしてるはずなのに。
 「・・・れろ、はむ・・・、うん・・・」
 「ん、くぅ・・・・・・。み、か・・・・・・」
 三日が、俺よりも年下にも見えるような小柄な少女が、体を密着させて俺の首に舌を這わせている。
 その動作のたびに、長い髪が蛇のようにうねる。
 一頻り舐め倒すと、三日は俺の体から離れた。
 何だか知らんが、キスよかエロかった。
 もう数秒続いてたら理性がトんでたかもしれない。
 と、そんな色惚けな頭をすっ飛ばす台詞がこちら。
 「・・・他の女の匂いがします」
 「いや、今舐めてたよね!?」
 ああ、良かった。
 ようやくいつものノリに戻った。
 これ以上エロい空気が蔓延していたらどうなっていたことか。
 まぁ色々間違ってる気はするが。
 「・・・4人、いえ5人くらいですか?」
 「いやいや、どこまでカウントしてるのさ」
 たしかに、今日俺は4人の女性と話した記憶はあるが、だからといってやましい事は一切無い。
 「・・・5人、殺さなくっちゃ」
 黒曜石のような瞳に空ろな笑みを浮かべて三日が言った。
 この上なく禍々しく、それ以上に危うい笑みを浮かべて。
 って言うか普通に危なっかしい。
 「実行不可能なことを言うな」
 「ふみゅ!?」
 俺は、半ば無理やりに三日の上半身をベッドに押し戻した。
 「って言うか、今は体を休めることだけ考えなよ。あと、俺はそのヒトたちとは何も無かったから」
 「・・・それでも」
 三日が食い下がる。
 「・・・私と千里くんの会う時間を奪った相手なんですよ?妨害したんですよ?邪魔者なんですよ?殺さないと殺さないと殺さないと殺さないと。お姉様、朱里ちゃん、ユカリ先生、トショイインさん、会長さん、河合さん、みんなみんな殺ざ・・・ゲホゲホ」
 言い終わる前に咳き込む三日。
 風邪をひいていると言うのに、長台詞なんか喋るからだ。
51ヤンデレの娘さん 見舞の巻  ◆DSlAqf.vqc :2010/12/06(月) 01:27:43 ID:TyGkuzAn
 俺は、半ば無理やりに三日の上半身をベッドに押し戻した。
 「って言うか、今は体を休めることだけ考えなよ。あと、俺はそのヒトたちとは何も無かったから」
 「・・・それでも」
 三日が食い下がる。
 「・・・私と千里くんの会う時間を奪った相手なんですよ?妨害したんですよ?邪魔者なんですよ?殺さないと殺さないと殺さないと殺さないと。お姉様、朱里ちゃん、ユカリ先生、トショイインさん、会長さん、河合さん、みんなみんな殺ざ・・・ゲホゲホ」
 言い終わる前に咳き込む三日。
 風邪をひいていると言うのに、長台詞なんか喋るからだ。
 「誰も俺らを妨害しようなんて思っちゃいないでしょ。むしろ、明石なんてお見舞い来たがってたし。あと、さり気なく二日さんを加えない。明らかにお前を心配してるし」
 カバンから出したのど飴を三日にほうりつつ、俺は言った。
 二日さんは『力ずくで』なんて言ってたけど、要は三日に安静にして欲しかったわけだし。
 あの人は妹に対してツンデレ過ぎると思う。
 「・・・・・・・・・」
 のど飴を受け取ると、三日は布団をかぶり、恨めしげな目だけを俺のほうに向けてきた。
 「今日は、やけに病みモードじゃないか、風邪だけに」
 「・・・今日はずっと、待ってました。誰もいないこの部屋で」
 とうとうと語りだす三日。
 「家にはご家族がいたでしょ」
 それに対して俺は本心からツッコミを入れた。
 つい先ほど、俺は家族のいる家庭の良さをかみ締めたところである。
 「二日お姉様は大学の授業で朝からいませんし、お母さんは今日お仕事で帰りません。お父さんは・・・」
 「2人っきりか!それは大変だ!っていうか危険だ!」
 畜生、よりにもよってあんな変態仮面とうら若き乙女を2人きりにするなんてどういう了見だ!
 「・・・なんだか、うちの父親がとんでもない変質者の類として千里くんの脳に登録された気がします」
 「違うの?」
 「・・・・・・・・・そういう話ではなくてですね」
 三日が、目をそらした。
 話もそらした。
 「・・・私はずっと待っていたんです。ただ、待っていたんです」
 「何を?」
 「・・・何もできずに、何も飲まずに、何も食べずに」
 「食べれ!しっかりきっちりご飯食べて栄養とらないと治るもんも治らないって!」
 「・・・薬だけを呑んで」
 「薬じゃ足りないって!ちょっと待っててよ・・・」
 とりあえず、月日さんにお願いして台所を借りよう。
 他所の台所を借りるのは気が引けるが、何か作って食べさせないと・・・・・・
 しかし、
 「・・・駄目」
 立ち上がった俺の手をしっかりと掴み、三日は言った。
 「遠くに行くなんて駄目。離れるなんて駄目。駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄けほ駄目駄目駄目けほけほ駄目駄目駄目駄目駄目駄ゲ駄目駄目駄目駄目駄目駄目ゲホゴフぇえ」
 咳き込んでも言葉を続けようとしたため、三日はよりひどい咳をすることになった。
 「ゲホ、ゴホ、ガフォア!」
 「ちょ、大丈夫!?」
 「ゴホガホゲホガホゲボドホバドー!」
 「咳どころじゃねぇ!」
 いつのまにか、俺はまた座って三日の背中をさすっていた。
 三日は激しくせき込みながらも、掴んだ手を放そうとしなかった。
 その小さな手は、なんとなく、どこかさみしげに見えた。
 「もしかして、今日ずっと会えなくて寂しかった……とか?」
 「…ゲホ…ガハ……コクン」
 俺の言葉に、三日は咳き込みながも頷いた。
 「…ずっとずっと来てくれないから、気が狂うかと思いました」
 きゅっ、と俺の手を握りながら三日は言った。
 その手を、俺は優しく握り返した。
 「俺も、お前と会えなくて、何か、ヤな感じだった」
 「…ヤな感じ?」
 「具体的には、弁当を作る気が失せるくらい」
 「それは相当です!」
 三日が驚愕の表情で言った。
 俺って、そんなに料理キャラかしら。
52ヤンデレの娘さん 見舞の巻  ◆DSlAqf.vqc :2010/12/06(月) 01:28:47 ID:TyGkuzAn
 「それこそ相当……、でもないか、普通だ」
 「…むしろ、それ以外では動きません」
 「それは重症だ!」
 まさかとは思うが、本当にそういう設定じゃあるまいな。
 そのちんまいボディーはその伏線とか?
 「…あ、いえ。これは、多分昔身体が弱かったかららしいです」
 少し恥ずかしそうに、三日が言った。
 そう言えば、月日さんがそんなことを言っていた気がする。
 「…お腹とかに、昔の手術跡が残ってたりしてちょっとニガテなんですけれど…。そういうの見たい、ですか?」
 「いやいやいやいやいや」
 浴衣姿でお腹を見せようとすると、ほとんど半裸になるじゃないの。
 この辺、どこまで計算なのか天然なのか分からないから困る。
 「そうじゃなく―――って、何の話をしていたんだっけ?」
 何やら流れがグダグダになってきたので、軌道修正軌道修正。
 「…私が寂しかったという話?」
 「浴衣の三日がエロいって話?」
 同時に言って、同時に赤面。
 「…恥ずかし……。恥ずかしすぎる……。素直に『寂しい』とか恥ずかしすぎ……」
 真っ赤な顔を隠すように、三日が被った布団の中からそんな呟きが聞こえてくる。
 かく言う俺も、悶絶していた。
 いや、だってありえないだろう。
 女の子を目の前に『エロい』とかセクハラだろう。
 自分で自分の首を絞めるにも程がある。
 「や、違くて、ただ、すごく可愛いって―――可愛い?ってか綺麗ってかなんと言うか」
 俺の言い訳にもならない言い訳に、ベッドの中で悶絶していた三日の動きがピタリと止まる。
 「・・・・・・・・・褒められた」
 ぎゅう、と三日が体を丸めるのが分かる。
 「・・・・・・・・・褒められちゃった」
 そう呟く三日の声は、本当に幸せそうで、思わずこっちまで幸せな気分になるようで。
 「・・・あの、千里くん」
 布団の中から、三日が囁く様な声で言った。
 「・・・私、綺麗ですか?」
 「どこぞの都市伝説みたいな聞き方すな」
 マスクをはずしたらすごいことになったりしないよな。
 「・・・綺麗、ですか?」
 三日が再度言った。
 ギャグで誤魔化されてくれなかった。
 「まぁ・・・綺麗だけど。浴衣との相乗効果で」
 隠す理由もないので、俺は意味なく目を逸らしながら言った。
 浴衣云々はほとんど照れ隠しだけど。
 って言うか、三日にここまで萌えさせられるなんて思わなかったのですよ。
 そうか、三日って萌えキャラだったのか・・・・・・。
 初めて知った。
 「・・・浴衣が無いと、駄目ですか・・・・・・」
 シュンとした声で三日が言うので、フォローする。
 「いやいやいや。ンな意味じゃないって。確かに浴衣は偉大だけど、あくまで服で添え物、おまけみたいなモンでさー・・・・・・」
 いつものペースを取り戻しつつ、俺は言葉を続ける。
 「これは親が良く言ってたんだけど、服とか化粧ってのは元来身に着けてるヤツの良い所を120パー引き出すのが理想だとかで、今の三日がその状態?みたいな?」
 なぜ疑問系だ、俺。
 「・・・浴衣が無くても綺麗ですか?」
 布団の中から、目元だけを覗かせて、三日が言った。
 「YES!YES!YES!YES!YES!」
 なぜジョジョだ、俺。
 「・・・なら」
 言って、三日は布団の中から上体を起こす。
 そして、既に緩くはだけられた浴衣の襟に手をかける。
 「・・・これでも、綺麗だって言ってくれますか?」
53ヤンデレの娘さん 見舞の巻  ◆DSlAqf.vqc :2010/12/06(月) 01:29:26 ID:TyGkuzAn
 微かな衣擦れの音を立てて、三日の体から浴衣が落ちる。
 「え、ちょ・・・まっ!?」
 俺の心の準備など待つはずも無く、三日の裸体が露になる。
 染みひとつ無い、真っ白な肌。
 小さな肩。
 折れそうな程に細い、けれど伸びやかな腕。
 緩やかなカーブを描く胸には桜色の乳首。
 やや痩せ過ぎなきらいはあるが、細い腰。
 そして、胸元から腰にかけてまで、痛々しい傷痕。
 手術痕。
 決して、目立つようなものではない。
 けれど、無垢な真っ白な肌にあるからこそ、その傷跡は目立つ。
 真っ白な紙の上の、たった一点の染みが目立つように。
 しかし、
 「・・・・・・綺麗だ」
 俺は、その傷痕を観て心からそう答えた。
 「・・・本当に?」
 「もちろん」
 おずおずと聞く三日に、俺は即答した。
 「・・・気持ち悪くないですか?」
 胸の傷をなぞるようにして、三日が問いかける。
 「何で?」
 割と素で、俺はそう答えた。
 確かに、その傷跡は目立つ。
 目立つけど・・・・・・
 「何ていうか、男の勲章、みたいなものでしょ?」
 「・・・私、女ですよ?」
 もっともなツッコミだった。
 うーみゅ。
 言語化しづらいニュアンスをうまく伝えるのは難しい。
 「俺は経験無いから分からないけど、そういう手術ってやっぱ受ける方も大変らしいじゃない。だから、その傷跡は―――」
 傷跡、を直接触るとセクハラなので、それをなぞっていた三日の手を握る。
 「三日が頑張った記録じゃないか」
 「・・・千里・・・・・・くん」
 その手をぎゅっと握り返す三日。
 「・・・ありがとうございます、千里くん。・・・この傷跡は、裏設定的にちょっとコンプレックスみたいなものだったので。・・・お医者様からは、その内目立たなくなる、とは言われているのですが」
 確かに、ビキニの水着とか着れないだろうからなぁ。
 まぁ、体型的に着ても似合わなそうだけど。
 「そっか。ちなみに、俺の裏設定的なコンプレックスは身長だったり」
 「ええ!」
 俺の発言に驚いた顔をする三日。
 「・・・すごいかっこいい長身なのに」
 「だからだよ。『御神くんおっきくて怖い』なんてガキの頃何回も言われてさー。ほら、背が高いとどうしても見下ろす感じになるでしょ?それがどうにも相手をビビらせちゃって」
 今思えば、昔の俺に愛想が無かったからでもあるんだろうけど。
 「・・・私はちっちゃいから、大きいのは怖いというより憧れますけど」
 「ああ、二日さんとか」
 「・・・あとは、女装したお兄ちゃんとか」
 すさまじい美少女らしいからな、女吸血鬼一日さん。
 2人して人間的なスペックも高いし。
 美形で身体能力も高いらしいんだものなー。
 一日さんは更に成績優秀、の文字が追加されるが。(ちなみに、二日さんの学校の成績は人並み程度。必要なこと以外には本気出してなかった可能性も高いけど)
 少女漫画の主人公かよって感じである。
 そんな相手に囲まれていたら、確かに長身に対する憧れは助長されるか。
 っと、それはともかく。
54ヤンデレの娘さん 見舞の巻  ◆DSlAqf.vqc :2010/12/06(月) 01:29:49 ID:TyGkuzAn
 「ええっと、三日サマ」
 「・・・何でしょう、千里様」
 「体も冷えますし、そろそろ服を着て下さいませんでしょうか」
 今更のように目を逸らしつつ、俺は言った。
 特に描写はしてなかったけど、今までずっと俺の顔真っ赤だったんだろうなー。
 「そんな!」
 驚いたように三日は言った。
 その対応は不条理だと思う。
 「・・・綺麗って言ってくれたから、私を押し倒してきてくれるかとばかり思っていたのに!」
 「押し倒すか!」
 何を血迷ったことを言ってるんだこの病人は。
 やっぱりアレか?
 月日さんのせいか?
 あの変態仮面、娘の教育に悪影響しか与えて無いんじゃないのか?
 「ンなことしたら風邪が治らないでしょうが」
 「・・・治らないんですか?」
 「具体的な原因を皆まで言わせないでー!」
 とにかく、さっさと着せないと三日の健康にも、ビジュアル的にもよろしくない。(2m近い男と半裸の小柄な女の子―――犯罪の臭いしかしねぇ)
 俺は、三日のはだけた浴衣を手に取り―――
 「時を越えて、私、参上・・・」
 背後のドアが音も無く開かれ、1人の女性が現れた。
 黒髪ロング、長身の美女。
 「・・・・・・コンニチハ、ニカサマ」
 「ええ、御機嫌よう・・・。義弟くん・・・」
 俺が何とか答えた相手、三日の姉二日さんはうっすらと笑った。
 半裸の妹さんと、彼女の服を掴んでいる男。
 それを二日さんがどう解釈するかは明白な訳で・・・・・・
 「・・・こ、これは違わないけど違うんですよ、お姉様」
 「良いんですよ、別に・・・」
 要領を得ない三日の言葉に、やはりうっすらと笑いながら二日さんは言った。
 ただし、笑っているのは口だけで、目は全く笑っていない。
 「私は別に妹が心配で早く戻って来たわけでもありませんし、妹が義弟くんに抱かれようが肉奴隷にされようが一向に気にしませんわ・・・。ただ・・・」
 二日さんの光を反射しない瞳が、こちらを射抜くように見つめている。
 「最近私はお父様とご無沙汰だったというのに、それを差し置いてまだ明るい時間から乳繰り会っている様子を目の当たりにしていると湧き上がるこの気持ちは、何なんでしょうね・・・?」
 「・・・愛情?」
 三日の言った空気の読めない一言に、二日さんの堪忍袋の尾が切れた音が聞こえた気がした。
 「ありがたく思いなさい、2人とも・・・。お仕置きタイムです・・・」
 「「ぎゃー!」」
 それこそ吸血鬼を通り越して鬼のような顔になった二日さんを前に、俺たちは仲良く悲鳴を上げた。
 その後の地獄絵図に関しては・・・・・・思い出させないでくださいすいません。




55ヤンデレの娘さん 見舞の巻  ◆DSlAqf.vqc :2010/12/06(月) 01:30:30 ID:TyGkuzAn
 おまけ
 数日後
 「ンで、しばらく2人して休んでたワケだけど、そんなことが会ったのねぇ」
 体中にたくさんのガーゼや絆創膏を貼り付けて学校に来た俺達2人を見て、明石が言った。
 「別に、二日のせいばかりじゃないけどねー」
 俺は方をすくめて言った。
 「・・・千里くんは、ずっとずっとずーっと、私につきっきりで看病してくれたんです」
 ぎゅ、っと俺に腕を絡ませて三日は言った。
 柔らかな胸の感触が、あの時を思い出させるんですが。
 「俺はてっきり、みかみんが監禁陵辱されてんじゃねーかと心配してたンだぜ」
 葉山が言った。
 「かんきんりょーじょくって・・・・・・まぁ、ある意味それに匹敵するほどすさまじいことがあった気はするけど」
 仮面のおっさんに、お仕置きタイム、それに・・・その・・・三日のもにょもにょ・・・
 人生で最高に『濃い』数日間だった。
 「ああ、やっぱり手遅れだったか、みかみん」
 何を思ったか俺のほうを真顔で見る葉山。
 「まぁ、その何だ。まだ野良犬にでも噛まれたものだとおもえばな、ウン」
 「いや、たぶんそれ違う・・・・・・」
 妙な勘違いをしたっぽい葉山に、俺は渋い顔で言った。
 「いやぁ、愛する人にされるならアレでしょ?『我々の業界ではご褒美です』ってヤツ」
 まるで当然のように明石はそう言って、それから自分の言葉に落雷を落とされたような顔をする。
 「その発想なら・・・・・・私が正樹に何をしてもご褒美!?」
 そう言って、明石は葉山の肩をがっしり掴んだ。
 「正樹、ご褒美欲しいでしょ?」
 「何だか知らんがそんなご褒美はいらねー!」
 相変わらずフラグを叩き折るはやまん。
 「欲しいでしょ?」
 「いらねぇ!」
 「欲しいよね?」
 「だからいらんて!」
 「欲しいはず」
 「いらねぇっての!」
 「欲しい」
 「いらん!」
 「欲しれ」
 「何だその欲しいの命令形みたいなの」
 「欲しがりなさいよ!」
 「だからいらねぇって!」
 そんなやり取りが、教室にユカリ先生が来るまで続いたのは、また別の話。
56ヤンデレの娘さん 見舞の巻  ◆DSlAqf.vqc :2010/12/06(月) 01:34:04 ID:TyGkuzAn
以上で投下終了です。
お楽しみいただけたでしょうか。
やっぱり、えっちぃ描写って難しいです。
作中で濡れ場を書いていらっしゃる作者さんのスキルがうらやましいかぎりです。
それでは、またお会いできれば…
57名無しさん@ピンキー:2010/12/06(月) 01:44:00 ID:aOC3bBTz
お疲れ様です。
58名無しさん@ピンキー:2010/12/06(月) 02:41:01 ID:RZuFXvZo
長分お疲れさまだよ
59 ◆AJg91T1vXs :2010/12/06(月) 07:57:31 ID:uJ5+ffLu
>>56
GJです。
ヤンデレになろうとしてなりきれない三日さん、相変わらず可愛いですね。


こちらも第八話を投下させていただきます。
序盤にエロ、後半に微ホラーな描写ありです。
 朝方から降り続いていた冷たい雨は、今はすっかり止んでいた。
 空を覆っていた灰色の雲は姿を消し、その名残である残骸のようなちぎれ雲の間から、黄色い月が顔を覗かせている。

 乙夜の刻、宵闇の蚊帳が降りた街の宿場で、リディは独り窓に映る自分の影を眺めていた。
 消灯の時間は既に過ぎており、今は階下の宿泊客も眠りについている。
 そして、それは隣室にいるジャンも同様だ。

 窓に向かってほっと溜息をつくと、息のかかった窓ガラスが一瞬だけ白く曇った。
 腕の中に一枚の毛布を抱きしめて、リディは夕食時のジャンの様子を思い出した。

 今朝、自分はジャンの前で、迂闊にも亡くなった母親の話などをしてしまった。
 ジャンの中に自分の居場所を求めるあまり、返って彼に気を使わせることになってしまった。
 そして、その結果、ジャンは心なしか自分を避けているような気がしてならない。

 今日、夕食を食べていた時も、ジャンは必要以上に自分と関わろうとはしなかった。
 他愛もない会話の一つや二つは交わしたものの、話を始めるのは常にリディの方である。
 ジャンは決して自分から語らず、リディの話を聞くだけに徹していた。
 いつにも増して力を入れて夕食を作ったのに、向こうから感想を述べるようなこともしてくれなかった。

 やはり、今朝のことで、自分はジャンに嫌われてしまったのだろうか。
 だとすれば、どうしたらジャンは、自分のことを許してくれるのだろうか。

(折角、ジャンが帰って来てくれたのに……。
 これじゃあ、今まで頑張ってきたことも、全部無駄になっちゃうよ……)

 そもそも、ジャンが自分のことを嫌っているかどうかなど、実際には断言できないことである。
 生真面目な彼のこと、単にこちらに気を使い、不要なことを言わないようにしているだけかもしれない。

 だが、このまま何の進展もないままに時だけが過ぎて行くことは、リディにとって耐えがたい苦痛だった。
 相手がすぐ側にいるのに、決して手を触れることのできない現実。
 それがリディの不安を必要以上に膨らませ、想像を悪い方へと働かせてしまう。

「ジャン……。
 どうすれば、あなたは私を見てくれるようになるの……?」

 誰に言うともなく、ぽつりと呟くようにして零すリディ。
 ジャンがこの街に来て、リディの宿場で居候のような生活を続けて既に一週間と少しの時間が過ぎ去った。
 その間、当然のことながら、ジャンがリディのことを女として意識したようなことはない。
 十年前、まだお互いに幼い子どもだった時と比べ、ジャンは立派な大人になって帰って来た。
 だが、大人になったのは、なにもジャンだけではない。
 リディもまた、この十年で大きく成長したことは、最早言うまでもないのだから。

 大人になったジャンは、リディが思い描いていた以上に素敵な男性だった。
 少なくとも、リディ自身にはそう思えた。
 ならば、そんなジャンに、自分のことも見てもらいたいというのは我侭だろうか。
 大人になった自分を、大人の女として見て欲しいというのは、独りよがりな願望なのだろうか。

「ジャン……。
 あなたはやっぱり、この街が嫌いなのかな。
 この街も、この土地も……それに、私も……」

 答える者などいないはずなのに、口が勝手に言葉を発していた。
 何かを言い続けていないと、それだけで不安に押し潰されそうになって怖かった。

 すぐ隣には想い人が寝ているというのに、自分は指一本さえ触れることができない。
 まったくもって、運命の女神とは意地が悪いとリディは思う。
 どれほどジャンと同じ場所にいられたとて、このままでは単なる生殺しだ。

 腕の中にある毛布を抱きしめ、慈しむ様にして顔を埋めた。
 そっと息を吸い込むと、毛布からはほのかに男の香りがした。

 昼間、ジャンのベッドのシーツと毛布を取り替えるという名目で、リディは部屋にあった毛布を持ち出した。
 代わりの毛布は置いてきたので、ジャンが寒さに震えるようなことはない。
 が、夕刻まで続いた雨のせいで、シーツと毛布を干すのは翌日に回す他なかった。
 リディの手元にあるのは、そんなジャンの使っていた毛布である。

 本当は、いけないことだとわかっていた。
 自分の立場を利用して、ジャンの使っていたものを手に入れる。
 もし、これがジャンに知られれば、自分はますます嫌われてしまうかもしれない。

 しかし、そんな理性とは反対に、リディは自分の感情と行動を抑えることができなかった。
 今まで我慢をしてきた分、とうとう想いが外に溢れ出てきてしまったと言った方が正しいか。

「ん……ふわぁ……。
 ジャンの匂いだ……。
 暖かくて優しい……それに、懐かしい匂い……」

 毛布に染みついた香りを吸い込むたびに、リディは自分の脳がとろけそうになるのを感じていた。
 旅を続けていたために変わってしまった部分もあったが、本質的には何も変わらない。
 昔、この街で一緒に過ごしていた時と同じ、優しいジャンの空気がそこにあった。

 まるで、ジャンの代わりとでも言わんばかりに、リディは毛布を固く、きつく抱きしめる。
 ほんの少しでもジャンを感じられるものが側にないと、心が不安に負けてしまいそうになる。
 柔らかく温かい毛布を抱きしめている内に、いつしかリディの手は寝衣の中に伸ばされていた。
 自分の敏感な部分に指で触れると、そこが微かに湿っているのを感じた。

 もう、これ以上は我慢できない。
 寝衣として身につけていたネグリジェを脱ぎ捨て、リディは一糸纏わぬ姿となる。
 その胸元に、ジャンの香りの残る毛布を埋め、露わになった胸に自分の手を這わせた。

「あっ……んぅっ……」

 押し殺そうとしても、自然と声が出てしまう。
 一度身体が求めてしまうと、もう自分ではどうすることもできなかった。

 母を亡くし、この宿場を一人で切り盛りせねばならなくなった時から、リディは寂しさに負けそうになると、ジャンのことを思い出して自分を慰めていた。
 しかし、今日のそれは、今までのものとは違う。
 毛布から伝わるジャンの温もりを感じながら手を動かすことで、今までになく気持ちが高ぶっている自分がいる。

 毛布の端を胸に被せ、その上から手を添えるような形で、リディは自分の胸を揉みしだいた。
 想い人の匂いに包まれた毛布の上から手を触れることで、まるでジャンに触れられているかのような錯覚に陥ってくる。

「んっ……くぅっ……はぁっ……」

 段々と、呼吸が荒くなってくるのが自分でもわかった。
 毛布の下で、二つのふくよかな膨らみが、大きく左右に揺れ動く。
 その膨らみは、細く、小さな指からなるリディの手には収まりきらず、毛布で包まねば零れ落ちてしまいそうだった。

 大人になったのは、ジャンだけではない。
 十年という歳月の間に、リディもまた一人の少女から大人の女性へと変わっていた。

 そんな自分自身を、ジャンに余すところなく見てもらいたい。
 大人になった自分の全てを、ジャンにしっかりと受け止めて欲しい。

「ジャン……。
 もっと、私を見て……。
 大人になった……私を見て……」

 壁一枚隔てた向こう側には、自分が想いを寄せるジャンが眠っている。
 このまま声を出し続ければ、ジャンに気づかれてしまうかもしれない。
 自分の行為がジャンに知られ、ますます疎遠な態度を取られるかもしれない。

 そう、頭ではわかっていても、溢れ出る想いは止められなかった。
 いや、むしろ、ジャンに聞こえてしまうかもしれないという現実が、返って背徳的な刺激となってリディを昂奮させていた。

「――――っ!!」

 動き回っていた自分の指が、胸の上にある敏感な部分に触れた。
 毛布の上から触れているにも関わらず、二つの突起は僅かな刺激にも反応するくらい敏感になっていた。
 最早、胸を弄ぶくらいでは耐えられない。
 胸元から腹にかけて広がった毛布を伝わせるようにして、リディは右手の指を、そっと下へ伸ばしてゆく。
 そろそろと、それでいて迷いのない動きで、自分の最も敏感な部分へと指を伸ばす。

「んんっ……」

 指先が触れたとき、そこは既に十分過ぎる程濡れていた。
 少し指を這わせただけで、痺れるような快感がリディを襲う。
 ジャンの毛布を抱いていることで、いつも以上に感覚が過敏になっていた。

 自分の秘所へと指を滑り込ませ、リディはそれを中で激しく動かした。
 深夜、自分の他は誰もいない、音の無い世界だからだろう。
 そこまで大きな音ではないにも関わらず、自分の身体が生む厭らしい音が、リディの耳にもはっきりと聞こえた。
 吐き出される欲望の証がシーツを濡らし、ジャンの使っていた毛布もまた濡らしてゆく。

「あっ……はぁっ……やぁっ……だめっ……!!」

 ジャンに聞かれてしまうかもしれないという考えは、既に頭の中から消え去っていた。
 身体が命じるままに手を、指を動かし続け、波のように襲ってくる快楽に身を委ねて声を上げた。

「ジャ、ジャン……。
 私……私……」

 絶頂が近づき、リディは思わずジャンの名を叫んで毛布をつかんだ。
 その端を口に咥え、一瞬、眉根を寄せて身をよじる。

「はぅっ……んんぅぅぅっ!!」

 ジャンの残り香が口いっぱいに広がったところで、リディは自分の身体に電気が走ったような感覚に襲われた。
 そのまま指を動かし続け、怒涛の如く押し寄せる快感に身を任せて一気に果てた。

「はぁ……はぁ……」

 今まで溜まっていた欲望を全て吐き出したことにより、リディは自分の頭が少しずつ冴えてゆくのを感じていた。
 未だ、頭の一部はぼんやりとした感覚が残っていたが、それでも意識は鮮明だ。

(ジャンの毛布……汚しちゃったな……。
 明日、晴れたら洗濯しなくちゃね……)

 本当は、洗濯などしなくない。
 洗って日に干せば、それだけでジャンの匂いが失われてしまう。
 もっとも、このまま自分の欲望の痕を残したまま、ジャンに毛布を使ってもらうわけにもいかないが。

 仕方なく、リディは起き上がって寝衣を着ると、事の終わった後の毛布にくるまって眠りについた。
 明日、この匂いが消えてしまうのであれば、せめて今夜はジャンの温もりに包まれて眠りたい。
 毛布に残ったジャンの匂いを感じながら、ジャンに抱かれる夢を見ていたい。

 空は、いつしか雲がなくなり、月が完全にその姿を現していた。
 青白い月光に照らされながら、リディはジャンの毛布で体を包み、一時の幸せを噛み締めていた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 代わり映えのしない日々ほど、月日の流れるのは早く感じられるのかもしれない。

 ジャンが故郷の街に戻ってから、早くも二週間ほどの時が流れようとしていた。
 極月の頭に差し掛かり、今年も残すところ後一月もない。
 伯爵の病も、徐々に快方に向かっている。

 自分がこの街を離れるのも、そう遠い日のことではないとジャンは感じていた。
 年の暮を名もなき土地で過ごすのは少しばかり寂しかったが、辛い思い出のある生まれ故郷で過ごすよりはマシである。

 それに、自分の父を異端者扱いし、自分諸共この街から追放したのは教会の力も大きい。
 ジャンは無神論者というわけではなかったが、こと、この街において、教会の鐘を聞きながら聖夜を過ごす気持ちにはなれなかった。

 今日もまた、迎えの馬車がジャンのいる宿場へとやってくる。
 丘の上の伯爵の家に往診に行き、病気の経過を診て症状にあった薬を煎じる。
 そして、その後はルネの話し相手となり、彼女に旅先で見たものや聞いたものなど、自分が体験してきた様々なことを話す。

 多少の変化はあったものの、この街に帰ってきてから、特に代わり映えもなく続いている日常だ。
 何も知らない者から見れば、ジャンが流浪の医師であり、この街に対して複雑な感情を抱いたまま過ごしていることなどは、想像もつかなかったに違いない。

 だが、そんな平穏な日常においても、ジャンは己の立場というものを考えずにはいられなかった。

 あの日、リディが彼女の母親の話をした時から、ジャンはリディと少しばかりの距離を取って生活していた。
 いずれは街を去るであろう自分は、リディの心の拠り所になどなれはしない。
 それに、彼女に不要な期待を抱かせて、妙な依存心を煽ってしまうのも憚られた。

 一方、テオドール伯の娘であるルネに対しても、それは同様だった。
 クロードはジャンにルネの話し相手になるよう頼んだが、それとて伯爵の病が快方に向かうまでの、ほんの一時のことでしかない。
 過剰にルネを喜ばせて別れを辛いものにするのは気が引けたし、下手な同情心を向けて、後で裏切られたと思われるのも嫌だった。

 それに、何よりもジャンは、ルネの純粋さに惚れ込みそうになる自分がいることに気づいていた。
 無論、そんなことは叶わぬ夢である。
 身分の違いもさることながら、ジャン自身、自分はルネとは違い、酷く穢れた存在であると感じていたからだ。
 生まれながらにして他者とは異なる異質な容姿を持ちながら、その心だけは純粋なものを忘れずに生きてきたルネ。
 その一方で、不貞の父を持ち、その穢れた血筋を引き継いで、親子共々街を追い出された自分。

 異端とされた理由には、二人とも己自身に責任があるわけではない。
 が、しかし、自分とルネでは、あまりにも流れている血に違いがあり過ぎるとジャンは考えていた。
 純粋な心を持った貴族の令嬢と、不貞の父を持った旅の医者では、比べるまでもない。

(結局、僕は行きずりの医者でしか過ぎない。
 その場で苦しんでいる人を助けることはできても、それから先、誰かの支えになることなんて、出来はしない……)

 その日の診察を終えた後、ふとそんな考えがジャンの頭をよぎった。
 今までも、旅の途中で訪れた街や村を離れた時に、同じ想いに駆られたことがある。

 結局、自分がしているのは、偽善としか言えない行為なのだ。
 その辺の野良犬や野良猫に、気まぐれで施しを与えるのと同程度の行い。
 どれほど立派な医師であろうとしたところで、流れ者である自分にできるのは、その程度のことである。

 クロードは、ルネとは友人のような対等の関係になるよう望んできた。
 ルネ自身もそれを望んでいる節はあったが、それでもジャンは、彼女に自分自身のことを話すのだけは避けてきた。
 己の内面は一切語らず、あくまで旅先で見たものと聞いたことだけを伝える。
 そうすることでしか、今のルネと適度な距離を取る方法が見つからなかった。

 帰り際、ルネはいつも、伯爵邸の窓辺から去り行く馬車を眺めている。
 その姿を頭に思い描いただけで、ジャンは自分の心が痛んで仕方がなかった。

 これ以上、ルネに近づいてはならない。
 また、リディに対しても、居候の関係以上になってはならない。
 なぜなら、自分は彼女達の拠り所になれるような、懐の深い男ではないのだから。

 丘の上の屋敷から街まで続く一本道を、馬車を引く馬の蹄が規則的に叩く。
 時折、砂利を踏むような音を混ぜながら、夕暮れ時の街に向けて馬車は丘を下って行く。

 この生活は、あくまで一時のものなのだ。
 それが終われば、自分はまた当てのない旅に出る。
 そして、この土地に戻ることは、恐らく二度とないだろう。

 行きずりの人間として、あくまで他者とは一定以上の距離を取り続けること。
 それこそが自分の生き方として正しいものだと、少なくとも、この時のジャンはそう思っていた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 冬が訪れると、この土地では曇天が続くことも珍しくない。
 日が短いことも相俟って、丘と街を覆う空気も冷たさを増してくる。
 どんよりと曇った空には月明かりは勿論のこと、星の瞬き一つ見えることはない。

 丘の上の屋敷からは、街の灯りが良く見えた。
 晴天の刺すような日差しに比べ、夜の街を照らす灯りは、自分にとっても暖かいものだとルネは思う。

 この季節、陽射しが強くないことは、ルネにとっては好ましい。
 ところが、こと最近に至っては、曇天の空が自分の気持ちを代弁しているかのようで煩わしかった。
 強い日差しは自分にとって毒だとわかっていても、灰色の空を見ていると、それだけで憂鬱な気持ちにさせられてしまう。

 冬の雨と風、それに日の射さない日々が続くことが、養父であるテオドール伯の病を悪化させるということは言うまでもない。
 しかし、それ以上に、ルネは自分の中に一抹の不安を抱いて過ごすことが嫌だった。

 ジャン・ジャック・ジェラール。
 養父の主治医としてこの屋敷を訪れたその青年は、自分の容姿や出生に関係なく、実に気さくに接してくれた。
 クロードに頼まれてのことではあったが、自分の話し相手にもなってくれた。
 そして、なによりも、彼はこんな自分の姿を見て、何ら恐れることもなく話しかけてくれた。

 最初の内は、互いに単なる好奇心だったのかもしれない。
 ジャンはルネの容姿に、ルネはジャンの話に、それぞれ興味と関心を抱いていた。
 そんな関係だった。

 だが、ジャンの話を聞いている間に、ルネは自分の中で、ジャンの存在が大きなものになっているのを感じていた。
 その一方で、ジャンが決して自分のことを語らずに、ルネ自身と距離を取ろうとするのも気になった。

 自分はこの容姿故に、理由なく疎まれ、忌み嫌われてきた。
 自分を他の人間と同じように扱ってくれたのは、養父やクロードだけだった。

 養父であるテオドール伯の性格は、ルネもよくわかっている。
 気難しそうな顔をしているが、彼は人を見た目で判断することをしない人間だ。
 そして、身寄りのないルネに手を差し伸べるだけの、懐の深さも持っていた。

 クロードに関しては、最早言わずもがなである。
 彼は、その特異な身体故に、ルネのこともまた差別と偏見の眼差しで見るようなことをしなかった。
 その上、彼の伯爵に対する忠誠心は極めて強く、それはルネ自身にも向けられている。
 そんな彼が、ルネの不快に思うようなことを口にするはずもない。

 自分は愛されている。
 決して万人に好かれているというわけではないが、自分の側には娘として可愛がってくれる養父も、どんな願いでも聞き入れてくれる使用人もいる。
 そう、頭で理解しようとしていたが、ルネはその先に更なる愛情が欲しかった。

 同情や慈愛、それに忠誠心などではない。
 他者とは異なる容姿にとらわれず、自分の内面を見据えた上で、それでも無条件に愛してくれる者が欲しかった。

「ジャン……。
 あなたはどうして、私の前に現れたのですか……」
 細い指で窓ガラスを撫でると、夜露に濡れた窓に一筋の線が生まれた。

 ルネにとって、ジャンは初めて自分のことを恐れずに接してくれた人間だった。
 伯爵やクロードもそうだったが、ジャンの存在は、身内のそれとは決定的に違う。

 初対面の、しかも明らかに異質な容姿をした者に対し、何ら臆することなく話をする。
 その上、クロードから身体や出生の秘密を聞いたにも関わらず、彼は何の偏見も持たずにルネと話をしてくれた。

 そんなジャンだったからこそ、ルネもまた自分の内なる姿を躊躇いなくさらけ出すことができた。
 無論、一度に全てを見せるわけにはいかなかったが、少なくとも、他の人間には決して見せないような笑顔を意識せずに出すこともできた。

 それだけに、ここ最近のジャンの様子は、ルネにとっても気がかりだった。

 ジャンは明らかに、ある一線を越えることを躊躇っている。
 自分のことは決して語らず、あくまで旅先で見たものの話しかしない。
 ルネが望むものは何でも話してくれたが、ジャン自身のことについては、まったく話してはくれなかった。
 こちらから尋ねてみたこともあるが、その時も、適当に話を逸らされて終わってしまった。

 ジャンは、自分に差別と偏見の眼差しを向けるような人間ではない。
 では、なぜこうまでして、ジャンは己の内なる部分を語ろうとはしないのか。
 それがルネにはわからなかった。

 このまま、今の距離を保ったまま、ジャンはこの屋敷を去ってしまうのだろうか。
 致し方ないことと知ってはいても、やはり受け入れられない自分がいる。

「失礼いたします、お嬢様……」

 そこまで考えた時、戸を叩く音にルネは自分の意識を現実に引き戻した。
 あの声は、クロードのものだ。
 こんな夜更けに彼が訪れる理由。
 それは、ルネも十分にわかっている。

「入りなさい、クロード」

 扉の向こう側にいる者だけに聞こえるよう、ルネは決して大きくはない声でクロードを招き入れた。
 金具の擦れるような音がして、クロードがルネの部屋に入って来る。

「お嬢様。
 今宵の御加減は、いかがでしょうか?」

「少しだけ、喉が渇いていますわ。
 まだ、当分は我慢できると思いますけど……」

「そうですか。
 しかし、遠慮されることはありません。
 衝動が抑えきれなくなってからでは、手遅れになる可能性もあります故に……」

「そうですわね。
 でも、あなたは大丈夫なのですか?
 ここ最近、随分と私の渇きを癒してくれていましたけど……」
 ルネの赤い瞳が、不安そうな表情でクロードを見る。
 彼の身体のことを考えると、ここで自分の欲望のままに、クロードの首筋に口をつけるのは躊躇われた。

 定期的にルネを襲う、耐え難いほどの渇き。
 それは時に激しい衝動となって、生きている人間の血を求めた。

 本来であれば、月に二度ほど血を啜れば衝動も納まっていた。
 が、しかし、ここ最近に至っては、三日に一度の頻度で血を口にせねば満足できない自分がいる。
 一度に飲み干す血の量こそ減ったものの、回数そのものは増えている。
 結果としてクロードからもらう血の量が劇的に増えたわけではなかったが、それでも、こう間を開けずに血を求め続ければ、今にクロードの身体が持たなくなるのではないかと思ってしまう。

「私のことなら、心配は不要です」

 薄暗がりの中、クロードは表情一つ変えずにルネに告げた。
 やせ我慢などではなく、きっとそれは本心なのだろう。

「ありがとう、クロード。
 では、今宵もあなたの血で、渇きを癒させてもらうことにしますわ……」

 胸元をはだけ、露わになったクロードの首筋に、ルネはそっと唇を這わせて歯を突き立てた。
 流れ出る鮮血をこぼさないように気をつけつつ、それを丁寧に吸ってゆく。

 喉の奥を、鉄のような匂いのする液体が通り過ぎるのがわかった。
 いつもであれば、それだけでも十分に満ち足りた気分になる。
 だが、今日はいくら血を口にしても、ルネの中にある渇きを完全に抑えることはできそうになかった。

「どうされました、お嬢様」

 いつもより早くルネが口を離したことで、クロードは訝しげな顔をして後ろを振り返った。

 この数日間、初めは遠慮をしているのかと思ったが、やはり違う。
 ルネは他人の血だけではなく、何か別のものを求めている。
 それが、彼女の身体を襲う渇きと相俟って、衝動が生まれる周期さえも不安定なものにしている。
 確信はなかったが、クロードにはそんな気がしてならなかった。

「ごめんなさい、クロード。
 でも、駄目なのです。
 どれほどあなたの血を飲んでも、渇きが満たされなくて……」

「なるほど。
 やはり、そういうことですか。
 どうやらお嬢様は、私の血の他にも欲しているものがあるようですね。
 それが、お嬢様の内なる衝動と重なって、執拗なまでに渇きを覚えさせている……。
 そういうことではないでしょうか?」
「私に……欲しているものが?」

「ええ。
 ですが、それは私の口から申し上げるものではありません。
 お嬢様自身、既にお気づきのはずであると思われますが……」

 クロードの言葉に、ルネは無言のまま自分の胸に手を置いた。
 自分の心の奥底で、自分が求めているものは何か。
 そんなことは、聞かれるまでもなく明らかだった。

 自分が心の奥底で求めているもの。
 それは紛れもない、あのジャンだった。
 つい先ほど、クロードの血を啜っていた時でさえ、自分はジャンの血を啜っている想像に駆られていた。

 間違いない。
 自分はジャンを求めている。
 だが、向こうがルネのことをどう思っているのか、それはまだわからない。

 今までも、ジャンはルネに可能な限り、気さくに接するよう努めてくれた。
 だが、その一方で、決して己の内面を語ろうとはしなかった。

 自分はまだ、どこかで信用されていないのではないか。
 そんな不安が頭をよぎるが、すぐに今しがたの行いを思い起こして首を振る。

 秘密があるのはジャンだけではない。
 ルネとて、その心の内に仄暗い秘密を抱えている。
 定期的に襲ってくる衝動を満たすため、他人の血を啜らねば生きていけないという深い闇を。

 このことがジャンに知られたら、さすがに彼も自分を恐れるに違いない。
 その容姿だけでなく、行動までもが異質な存在であると知られたら、ジャンとてルネを受け入れることはないだろう。

 自分の秘密は、決してジャンに知られてはならない。
 しかし、ジャンのことを考えると、この衝動を抑える術が見つからない。

 己の内なる衝動に怯えながら、ルネは何も言わずにクロードを返した。
 今に感情を抑えきれなくなり、自分が自分でなくなるのではないか。
 一度そう思うと、それだけで体が震え、怖かった。

(ジャン……助けて下さい……)

 目の前のガラス窓が、ルネの目にぼんやりと曇って映った。
 赤い瞳から流れ落ちた雫は、その瞳の色とは反対に、実に清らかな輝きを持ってルネの足元へと舞い降りた。
70 ◆AJg91T1vXs :2010/12/06(月) 08:25:54 ID:uJ5+ffLu
 投下終了です。

 読んでいただけた方、ありがとうございました。
71名無しさん@ピンキー:2010/12/06(月) 09:53:36 ID:JuhL+tVM
GJ
72名無しさん@ピンキー:2010/12/06(月) 10:12:20 ID:TyGkuzAn
>70
Gjです
クロードさんマジ黒いです。
ルネはある種の特異体質による、吸血鬼的な何かのようですね。
 設定や人間関係が明らかになり、この先どうなるのか楽しみです。
73名無しさん@ピンキー:2010/12/06(月) 13:00:47 ID:GcAZl+g9
あたしが 誓と出会ったのはネットの中だった。
初めてネットの中で恋をした。
チャットで出会い、skypeをして 少し話しただけで 惹かれた。
ほしいと 思った。

今まで恋愛はしてきたつもりだけど
こんなに愛しいと思ったのは初めてだった。

あたしは恋愛対象に入ってないと諦めて
せめて、チャットや通話でも。。。と思っていたとき
どうしてだろう 告白された。

でも ほんとに誓はあたしのことが好きなのか
ネットだし騙してるだけなのだろうか と
不安になった
でも
騙されてもいい。嘘でもいいから
付き合った。

毎日通話をした。
メールできない間、通話できない間
発狂しそうになるくらいにせつなくてたまらない
かなりの遠距離だから 会うのはまだ先のこと。
会いたくてたまらない。

今、これだけ愛しいのに
会ったら・・・どれだけ愛しくなるんだろうか
怖い。でももっと愛したい・・・

誓はあたしに依存してくれた
男のメアドを全部消してほしいと言われた。  メアドを全部消して 自分のメアド変更した。
男に優しくするなといわれた 優しくしない、冷たくするようにした。
「宅急便も出ないでほしい
 家の電話も藍が出る必要はない」

誓だけいればいい。 誓以外なにもいらない。

だから全部言うとおりにした。
skypeのコンタクトも彼氏以外全員消した
ネットもやめることにした。

彼氏が嫌がることはしたくない
あたしが彼氏の言うとおりにすればするほど
彼氏はあたしを愛してくれる

殺して犯して食べたい 全部全部俺のものだと言われた
うれしい。涙がでる。

ぁあ。。。愛しい。。。
殺したい 全部あたしのものにしたい
あたしだって食べたい  全部全部食べたい 生でもぐもぐしたい。

好き好き好き好き好き好き
愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる

こんな言葉じゃ伝えられないほどに
愛しい。
74名無しさん@ピンキー:2010/12/06(月) 13:02:27 ID:GcAZl+g9
「浮気したら殺すからね?裏切っちゃやだよ?」

「するわけないよ 藍も浮気したら殺すから」

「殺していいよ」

殺してほしい。
わざと浮気して殺してもらおうか

誓に殺してもらえるなんて どれだけ幸せなことだろう
食べてもらえる?ひとつになれる? 考えるだけで・・・
おかしくなるぐらい嬉しい

少しメール遅れただけで
「浮気してたの?」のメール かわいくて仕方ない・・・

誓以外の男なんて興味すらない
誓以外の人間なんて興味ない

髪も指も目も鼻も口も腕も足も・・・
全部全部愛してる

絶対離さない
他の女のところに行くなら殺すだけ
近づく女は削除

あたりまえでしょう?

ずっとずっと・・・
死が二人を別つ時まで?
死んでもずっと
ずっとずっと 離さない。
75名無しさん@ピンキー:2010/12/06(月) 13:21:06 ID:0wqEHdBk
>>70
面白かったよ。続き期待して待ってる!
76ブラック☆プラチナスオード:2010/12/06(月) 13:33:23 ID:MDDw1B2e
ボク少女かボーイッシュのヤンデレ小説はありませんか?

Hシーンもないようなやつじゃなくて。
77名無しさん@ピンキー:2010/12/06(月) 14:36:24 ID:+hq2dUQW
知るかっ
78ブラック☆プラチナスオード:2010/12/06(月) 15:06:49 ID:MDDw1B2e
死ね
79名無しさん@ピンキー:2010/12/06(月) 15:47:33 ID:Ru93g0uU
>>78
とりあえずsageないとな。"死ね"とか随分低レベルな荒らしだな。
80名無しさん@ピンキー:2010/12/06(月) 19:07:05 ID:Naa/3Zaq
投下ラッシュだな
今日はよく眠れるぜ
81名無しさん@ピンキー:2010/12/06(月) 19:10:56 ID:AisDFEK1
病弱なヤンデレっていいよね
82名無しさん@ピンキー:2010/12/06(月) 19:19:30 ID:dlWx9Aw8
次の作品投下まだかな〜?
83名無しさん@ピンキー:2010/12/06(月) 20:51:40 ID:6N4nreDQ
gj!おお、これだこれだエロシーンばっかりじゃなくて、こういう純粋な
ヤンデレが見たかった
84名無しさん@ピンキー:2010/12/06(月) 20:59:43 ID:Wpu05yLU
誰かは知らんが荒らし報告代理ありがとう!
85名無しさん@ピンキー:2010/12/06(月) 23:51:08 ID:gUzsWS53
>>56
GJ!
自分の部屋の中を千里くんと同じにしていたりと、ほんのり異常な三日さんが素晴らしい。
でも朱里と正樹の関係がこの作品で一番好きだったり。本編そっちのけで二人の関係がどうなるのか気になる。

>>70
GJ!
ジャンを思って一人エッチしてしまうリディさん最高です。
リディとルネで2大ヒロインなんだろうけど、完全にリディ派です。
ただ、ここからリディさん的に何か悲惨な事が起こるんじゃないかとドッキドキです。
86名無しさん@ピンキー:2010/12/07(火) 13:05:51 ID:RWDJZgP+
ボーイッシュヤンデレをどうか
87 ◆m10.xSWAbY :2010/12/07(火) 18:39:28 ID:1ypuMa4M
巨乳でどうか(`ε´)
88名無しさん@ピンキー:2010/12/07(火) 19:14:20 ID:a7cjwkwp
>>86
>>87
言いだしっぺの法則って知っているよな?期待せずに待ってんぞ
89名無しさん@ピンキー:2010/12/07(火) 19:25:37 ID:iBwyjdjA
>>86男装少女、ボーイッシュ、ボクっ子はスレが有るぞ!
該当スレの保管庫を見てるなら良いけど見てないならそちらを先に見た方が良い
中にはヤンデレっぽい作品も有った筈だ
90ブラック☆プラチナスオード:2010/12/08(水) 00:02:18 ID:7hwlNdNi
エッチシーンの無い作品は糞。糞でいいです。
91名無しさん@ピンキー:2010/12/08(水) 00:25:56 ID:Mkfou3Gg
おお、娘さん来てた。GJ!
ラ・フェの人もGJ!
92 ◆m10.xSWAbY :2010/12/08(水) 05:36:14 ID:EIDAOjkO
>>90コイツの外しっぷりがぱないな(-o-;)
93名無しさん@ピンキー:2010/12/08(水) 11:41:55 ID:cfAZs1ts
>>90エッチが目的ならマジイキスレか小説家になろう系サイトのノクターンにでも行った方が良い
ここに居る理由が分からない
94AAA:2010/12/08(水) 14:03:31 ID:dlFKvczJ
風の声投下します
病みは増やしたつもり・・・
95風の声 第8話「風の傷」:2010/12/08(水) 14:04:53 ID:dlFKvczJ
「部活?」
「そう、部活」

人と接する努力を開始して早くも1ヶ月が経とうとしていた、あんな事件があった後なだけにほとんどの人が俺を恐れ近づいてこなかった
努力をしようにも、人との会話能力が無い俺は何もできずにいた。唯一会話ができるのが今の会話相手の舞だけだ

「部活って同級生だけの左右関係だけでなく、先輩との上下関係も築くことができるから、翼にピッタリだと思うんだけど」
「(上下関係は分かるが、左右関係って・・・)」
「どうかな?」
「いいかもしれないな・・・」
「本当!?じゃあ一緒に入ろうよ!どの部活にする?」
「・・・・・」
「どうしたの?」
「少し、考えてもいいかな?」
「・・・ドウシテ?」

今の舞の台詞が、少しばかり暗く、重く感じたのは気のせいだろうか?

「同級生と親しくなる事さえできていないのに、他のクラスや先輩とも親しくできる自信が・・・・・・無いんだ」
「・・・・・・嘘つき」
「?」
「努力するって言ったじゃない。それなのに、もう諦めるんだ」
「そりゃ諦めたくもなるさ。現実は簡単じゃないのだから」
「バカ・・・・・・勝手にすれば?」

バスから降りた舞は、この言葉を残し先に行ってしまった。
バス停から学校までのちょっとした距離。2ヶ月も2人で歩いていた為か、久しぶりの1人は少しだけ寂しかった

そういえば、クロウに会ってから俺にはちょっとした能力が目覚めた。周囲を吹く風が無数の流星群のように見えるのだ
今までの“風の声”は、いわゆる電波だったが今回のは電波ではなく“能力”として身についた
けれども、この能力がなんの役に立つのかは分からないし無駄な気もする
それでも、今みたいに1人の時は、これもまた寂しさを紛らわす為のものになってくれる
俺は流星として見える1つの風と昇降口まで一緒に歩いた
こうしてみると犬の散歩みたいでちょっとだけ楽しいし、流星が可愛くも見える
今日は久しぶりに風屋根に行ってみようかな?





私があなたを守るって言ったよね?あなたは何も心配しなくていい
もしも、あなたの身や精神に危機が迫ろうとした時は私が全てを投げ出しても守り抜く
部活に誘ったのだってあなたに人に慣れて欲しかったから、なのにあなたは・・・・

ごめん、最後の1文はウソ
本当はあなたと一緒に居る時間を少しでも長くしたかったから
ただ一緒に帰るだけよりも、部活をしながらいっぱい会話して、帰りのバスも一緒に居る
上下関係や左右関係なんか築かなくてもいい。
私がずっとそばにいる。それだけでいいじゃない
もしも誰かが私の思いや翼を邪魔をするというのなら、その時は・・・・私が・・・・・・・・・・・・・
96風の声 第8話「風の傷」:2010/12/08(水) 14:05:57 ID:dlFKvczJ
1ヶ月ぶりの風屋根。今日は風が龍のように舞い上がっていた、俺に見える流星たちも無数のロケットとなり大空へと飛び立っていた

「俺も、お前達のように“現実”という名の大空へ飛び立ちたいな・・・」
(何、上手い事言ってんだよ)
「(風につっこまれた・・・(泣))」
(・・・・・朝、彼女とケンカしただろ〜♪)
「彼女じゃない」
キーンコーンカーンコーン
「・・・・・」
(チャイムが鳴ったぞ。良い子の皆は教室に戻る時間だぞ〜♪)
「俺、良い子じゃないし・・・」
(悪い子の皆も・・・)
「分かったよ・・・・・・・・・チッ」

風と話すのも悪くは無いが、自分は人であるのだから、やはり人と会話をしたい
相手がいない会話は孤独を深く感じさせるからテンションが下がる
それでも会話相手がいない俺は、これをやるしかないんだ。望みたくは無いが一生続くかもしれない・・・
朝から俺にまとわりつく孤独感。大空 舞という人物が俺に与える影響の偉大さを改めて知る事になった

1週間前に席替えをした。場所は変わらず窓側の1番後ろの席。クラスに慣れていない俺にとってこの席はありがたい物だ
1つだけ問題があるが・・・・・
1週間前の席替えで席が替わらなかったのは俺だけ。つまり周りはすべてシャッフルされているわけだ
そして、俺の右隣の席になったのが・・・・言わなくても分かるだろ。いや、分かってくれ

「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・(チラッ)」
「何?」
「いや・・・・今日は不機嫌そうにしてるんだな」
「人付き合いが苦手な誰かさんのせいでね」

そう、大空 舞だ。
いつもは授業中にも関わらず話しかけてきたり、隣だというのに手紙を回してきたりなどするのに
今日は不機嫌で何もしてこない
何も・・ではないな。
机の横を通ろうとした時に足を出して引っ掛けようとしたり、俺がノートを取っている時に机を蹴ったり等
まぁ簡単に言えば“嫌がらせ”だ
肉体ダメージは少ないが、中学のトラウマを思い出すような内容だからか、精神ダメージの方がものすごく大きい
想像してみろ、トラウマを1日中やられる身を
学校が終わったのが、俺の心の中に“不登校”という選択肢が出る前だったのが何よりの幸いだった
HRが終わり、カバンを担ぎ教室のドアを出ようとしたときだった。後ろから足音が・・・・

「邪魔!」
「痛ッ!?」

ドアを出ようとした瞬間後ろからぶつかられ、俺の進行方向はやや右に反れ、そのままドアと正面衝突した
そんなに俺は恨まれるような事をしたのだろうか?
今、不登校の“不”の字が出てきた・・・
そんな事を思っているときに、ふと違和感を感じた
舞が歩く事により起こる微風がいつも見ている白い流星ではなく
じゃっかん黒っぽい流星だったことに気付いた
けれども、舞から離れてしばらくしているうちに普段の白に戻ったので
俺はあまり気にしない事にした
97風の声 第8話「風の傷」:2010/12/08(水) 14:06:41 ID:dlFKvczJ
それから数日が経過した
数日といってもそんな長期では無い、数日をXに例えて数式に表すと 1>X>4 となる。
簡単に言えば2、3日だな(最初からこう言えば良かった)
舞は相変わらず不機嫌で俺に話しかけてくる回数も減った
今朝の登校のときなんか『なんで一緒のバスに乗るの?』と聞かれた
答えは簡単。舞が駅で俺の事を待っているからだ。乗りたくないのなら先に行けばいいのに・・・

誰も話しかけて来ない。中学の時と同じだ。ときたま周りの奴らがあの時の奴らと同じように見えてしまう
孤独感だけでなく疎外感までもが俺の心の中に沸いてきたときだった。再び事件が起きた
今日も舞からの嫌がらせに耐え、帰りのHRが始まり担任の長い話を聞かず窓の外で風の流星が織り成す景色を見ていた
壁沿いに風が吹き降ろしているので窓一面には白いカーテンができ、素晴らしい景色だった
そんな景色に見とれていた時だった。突然俺の真横の部分だけ風が乱れた為か流星のカーテンが開いた。それもきれいに左右へと
不思議に思っていた時だった。目の前を黒い物体が落下していった





今、この光景を見た人間全て時が止まるだろう。それだけの光景が教室で、いや、俺の真横で起こっていた
今の現状はこうだ。俺の右腕が窓ガラスを突き抜けて血に染まり、その腕で物体・・・ではなく“人体”それも女子をつかんでいる
先ほど、落下してきたのは人であり、それに気付いた俺は右手で窓ガラスを殴って割り
ガラスを貫通した腕で落下してきた女子の腕をギリギリのタイミングでつかんでいた。
風のカーテンが開いたのはこの人の存在が風を遮ったのであんな光景が見えた
もしも、俺に風が見える能力が無かったら落下した事にすら気付かなかっただろう。改めてこの能力の価値を知った
けれども、いまだに危険な状況が続いている事に変わりは無い。つかんでいる人はいまだに外、ここは5階
右手の感覚は・・・・まだある。教室の奴らは時が止まっている。俺が協力を要請しないと1つの命が消える
けれども、俺には会話能力が無いし誰に対して話しかければいいのか分からない。唯一の話し相手の舞も気まずい状態だし・・
ヤバイ・・手の感覚が・・・・・

「大丈夫!?」
「え?」

反対側のガラスを開け、そこから顔を出そうとしているのは・・・

「舞?」
「早く、その人を渡して」
「無理言うな、窓を貫通してるから腕を動かせないし、女子の力じゃ持てねぇ」
「翼が頑張っているのに、それを見てるだけだなんて私にはできないよ!」
「でも・・・」

言いかけたその時だった。舞の行動に影響されたからか教室にいた奴らが俺らのほうに駆け寄ってきてくれ、手伝ってくれた
団結力とはすごい物だ。あっという間に女子は救われ、俺も解放された
女子が助かった時の歓喜はものすごい物だった。まるで、世界が響いているように思えた
その後、落下してきた人は保健室へと運ばれた
思うのだが、何故この学校の人達は病院ではなく保健室なのだろうか?
俺が倒れた時もそうだったし、今回もそうだ。
考えても答えは出そうにも無いので、この事には触れないことにした
そして、右腕から出血している俺も保健室へと直行した
保健室?
何か、ものすごい事を忘れている気が・・・・・・・・

「(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!?!)」

どうしよう・・・・・。あの人がいる・・・・・・・・・・・・・・・
98風の声 第8話「風の傷」:2010/12/08(水) 14:07:18 ID:dlFKvczJ
「・・・」
「・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」

さて問題ですここはどこでしょう?
世界のどこを探しても、こんなに沈黙が続くのは多分ここだけ・・・・・・保健室です
普段はそこらへんの保健室と変わらないのに今だけこんなに沈黙が続くのは2人きりだからだと思う
正確には3人(校医・ベッドで横になっている女子・治療を受けに来た人(俺))なのだが
1人は気を失っているのでカウントしない

「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・(気まずい)」

ここは勇気を出して話しかけるしかないよな・・・

「あの・・・」
(ヒュッ)

今、何かが頬をかすめたような・・・・

「発言許可は・・出してない」
「(軍人?)」

先生、あの子をベッドに寝かせたのはいいんですが、いつになったら俺の腕に包帯巻いてくれるんですか?
このままだと俺の足元に血の水たまりが出来て・・・

「そのまま・・・死ね・・」
「なんで俺の考えが分かったんですか?」
「雰囲気・・・」
「そういう先生の雰囲気は・・・・闇のように漆黒ですね」
「餓鬼に褒められても嬉しくないわ・・」
「(褒めてないのだが・・・)」

そういえば、先生の名前ってなんなんだろう?聞いてみた

「殺すぞ」
「(頃 須蔵(ころ すぞう)?)」

言おうと思ったけど本当に殺されそうなので止めといた。そのとき、ちょっとしたゲームを思いついた

「ねぇ、先生。先生の名前を当てられたら、俺の治療をしてくれ・・ますか?」
「勝手にしなさい・・・・外したら・・分かっているわよね?」

許可は得た(代償が命だが)。とりあえず、先生のイメージ・雰囲気から考える事にした
女、影、闇、病み、美・・・あれ?今出てきた漢字を2つだけ使って名前ができるぞ!俺はその思い付きの名前を言ってみる事にした

「美影 影美(みかげ かげみ)さん?」

・・・・・先生の動きが止まった
99風の声 第8話「風の傷」:2010/12/08(水) 14:08:05 ID:dlFKvczJ
とりあえず腕の治療はしてもらったものの、新たに傷が増えていた
本名を俺のような人間に呼ばれたことに怒りを感じたらしく、保健室で地獄が広がった
先生が保健室を後にし俺が保健室に残っていた時だった

「こ・・ここは?」

ベッドから小さな声が聞こえ寄ってみると気を失っていた女子が起きていた

「気付いた?」
「ここは?」
「保健室」

俺は今までの事を全て話した

「どうして助けたの・・・?」
「どうしてって・・」
「私の事なんか放っておいてくれれば良かったんです。こんな世界で生きる価値なんか無いですもの」
「だからって・・目の前で消える命を放っておける訳無いだろ!」
「いじめられた事の無い人が分かったような口をきかないでください!!あなたリストカットしたことある?
 ないでしょ。そんな臆病者が命を救うとか心にも無い事を言わないでください!!」
「あ?」
「私は怖くなんか無い・・・死ぬ事に対して怖くなんか無い」

見ると彼女の左腕には2、3本の切り傷の線が入っていた
それよりもこいつはなんて言った?死ぬ事が怖くない?リストカットできないから臆病者だ?
なんだろ、この心の奥底から湧き上る感情

「だから、私の事なんか放っておいて下さい」
「ふざけんな」
「え?」
「こんな世界生きる価値が無い?死ぬ事が怖くない?リストカットできないから臆病者?
 それらをやってのけたテメェは最強って事か?」
「そ、そうです」
「浮かれてんじゃねぇよ!!」
「!!?」
「テメェは最強なんかじゃねぇよ!現実に立ち向かわないただの雑魚だろ!
 自分の命を大切にもできない奴が偉そうにしてんじゃねぇよ!!」
「か、簡単に言ってくれるじゃないですか!!あなたも一度精神が潰れるまでいじめられればいいんですよ!!」
「誰がいじめられた事が無いって言った?」
「え?」

あまり乗り気じゃ無いけれどもリストバンドとヘアバンを外し傷を見せる。

「!?」
「言っとくけどこのリストカット全て自分で付けた物じゃないから」
「え?」
「自分でつけたのは1、2個。後は他者につけられた。この白髪だってそうだ
 俺は中学の時何度も命の危機にさらされた、けれども俺は生き抜いた。そういう目に遭うたんびに命の尊さを知ったから
 もしも、地球が滅びるくらいの災害が来ても俺は生き残ってみせる・・・・・死ぬのが怖いから」
「え!?」
「お前もそう思うようになるまで1回闘ってみろ。それでもダメなら俺に相談しろ、お前以上の目には遭っているのだから
 ほとんどの事には対応できる」
「・・・・・・」
100風の声 第8話「風の傷」:2010/12/08(水) 14:08:52 ID:dlFKvczJ
言いたい事を全て言い終え、保健室を出ようとしたときだった

「名前、なんて言うんですか?」
「1−B 風魔 翼」
「助けてくれて・・・ありがとう」

俺はその言葉を聞いて保健室をあとにした。彼女の考えが少しばかり変わったのならそれはそれでよかったと思っている
教室に戻る道中、俺は自分で言った言葉に少しばかり引っ掛かっていた。

『現実に立ち向かわないただの雑魚だろ!』

人に言えるような言葉じゃない。今の俺だって人との交流を恐れ舞の誘いを断った
彼女なんかよりも俺のほうが雑魚だ
俺には“舞”という支えてくれる人がいるにもかかわらず、闘おうとしない
俺も・・・・・・変わらないとな

教室と保健室のちょうど中間地点に来たときだった
視線の先に見覚えのある人がいた

「舞」
「あ、翼。大丈夫だった?」
「あぁ・・」
「あの子は?」
「あぁ、あの人なら無事だよ。命に別状は無いよ」
「(チッ)」
「?」
「それにしても翼。傷が増えている気がするんだけど・・・怪我したのは腕だけだよね?」
「校医が下手くそだった」

今、一瞬だけ寒気を感じた

「フフッ、そうなんだ」
「あのさ、舞」
「なぁに?」
「部活の件なんだけどさ・・やってみるよ」
「本当!?どの部活?」
「それはまだ決まってない。これから探す」
「私も一緒の部活に入ってもいい?」
「もちろん、友達が一緒のほうがやりやすい」
「友達・・・」
「何か言った?」
「ううん、何も♪   ねぇ翼」
「ん?」
「私が2、3日翼に冷たくしてた時どう思ってた?怒ってた?嫌いになった?」
「いや、どっちかと言うと寂しかった。だから、もう怒らせないから友達でいてくれないかな?」
「うん・・・私もごめんね」
「元は俺が悪いから」

舞とも仲直りしたし、部活も舞がいれば多分大丈夫
この考えが間違えだと気付いたのは、もっと未来の話
101風の声 第8話「風の傷」:2010/12/08(水) 14:09:41 ID:dlFKvczJ
計画通り
翼と2、3日離れ、さらに冷たく当たるのはものすごく辛かった
でも、翼の中で私の存在が大きくなった事は素直に喜んでいいわよね♪

それにしてもあの女、翼に傷を負わせといて無事だなんて
しかも、翼の話では怪我もしてなさそうだったし
自殺者が他人を巻き込んでんじゃないわよ
もっとも自殺者に限った話じゃないけどね
あの女、どう調理しようかな
まぁ、どこの誰かが分からないから今はやめとくわ
もしもまた翼を巻き込んだら・・・・・・・・・・
102AAA:2010/12/08(水) 14:11:06 ID:dlFKvczJ
以上です
流血シーンやヤンデレでありそうなシーンは
まだまだ先の予定だけど、応援よろしく
103名無しさん@ピンキー:2010/12/08(水) 17:04:02 ID:3yadRvjv
gj!!!
104名無しさん@ピンキー:2010/12/08(水) 17:22:09 ID:QVacFwEU
gj
105名無しさん@ピンキー:2010/12/08(水) 18:49:52 ID:cKGLnqj8
応援よろしく吹いたw
106名無しさん@ピンキー:2010/12/09(木) 00:57:57 ID:55oiNggP
(泣)とか♪とか気持ち悪い。携帯小説かよ。それで「応援よろしく」とかどやられてもな。

やっぱり荒らす片手間だとこの程度になるのか。
107名無しさん@ピンキー:2010/12/09(木) 01:28:27 ID:2FVjqwgR
wikiが携帯からだと見れんのだが俺だけか
108名無しさん@ピンキー:2010/12/09(木) 01:43:45 ID:KIexTMpL
携帯すら持ってないんだが俺だけか
109名無しさん@ピンキー:2010/12/09(木) 15:14:42 ID:oW+dbxMO
俺も前に見れんことあったが、多分一時的なもんだと思う。
110名無しさん@ピンキー:2010/12/09(木) 21:20:19 ID:IAj1FzeD
俺の携帯は見れるよ
何が原因なんだろうね
111ブラック☆プラチナスオード:2010/12/09(木) 23:36:33 ID:VIvlJO1c
携帯ってなに?
112名無しさん@ピンキー:2010/12/10(金) 01:39:16 ID:erRFQUFg
PC、携帯、iPhoneで確認
何なんだろうか
113 ◆Uw02HM2doE :2010/12/10(金) 02:11:18 ID:iAaJxc+e
深夜にこんばんは。今回は二十話を投下します。
よろしくお願いします。
114リバース ◆Uw02HM2doE :2010/12/10(金) 02:12:52 ID:iAaJxc+e
『……あれ?』
気が付くと教室に立っていた。どうやら授業中らしく目の前にいる黒川先生がこちらを睨んでいる。
『す、すいませんでした!すぐ席に――』
先生は必死に謝る俺を"すり抜けて"一番後ろで眠りこけている"白川要"の頭を叩いた。
「いてぇ!?……あ」
「おはよう白川。気持ち良さそうに寝ていたようだな」
クラスメイトが呆れたような視線で見つめる中、俺と先生のいつものやり取りが繰り広げられていた。
『……一体どうなってんだ』
そして同じく白川要である俺が、それを教室のど真ん中でぼーっと見ている。
『……誰も気付いてないみたいだな』
俺がど真ん中で突っ立ているにも関わらず教室内の誰も俺に気付いていない。何よりも一番後ろで今怒られているのはもう一人の俺、白川要だ。
試しに近くにある机を触ろうとするがさっきと同じようにすり抜けてしまった。
『死んだ……訳じゃないよな』
確か俺は撫子に刺されてそのまま倒れてしまったはずだ。あの後どうなったのか、全く分からないが何故か死んだという感じはしなかった。
『とにかく早く戻らないとな……』
おそらくこれも今まで見てきた記憶の一つなのだろう。いずれにせよ早く現実に戻らないと撫子や遥が危ない。
「白川……お前はもうすぐ夏休みだっていうのに――」
『っ!?』
急に視界が歪む。思わず膝を着いてしまった。周りの景色が目まぐるしく変わり生徒会室へと変化していた。

『……ここは生徒会室、か』
見慣れたホワイトボードやソファーは間違いなくここが生徒会室だと俺に教えてくれていた。
「全く要は相変わらずだな」
扉が開き優を先頭に要組のメンバーが生徒会室に入って来た。英がこちらに来たので座っていた席を立つ。
どうせすり抜けるのでどかなくても良いのだが、無意識に席を譲っていた。
「本当に要は物好きだね。最近毎日黒川先生に怒られてるしさ」
「要……。俺も黒川先生に虐められたい!」
「……亮介、気持ち悪い」
英と亮介がいつものように俺を茶化して、遥が冷静な突っ込みを入れる。これもまた、いつもの風景だ。
「仕方ないだろ?最近ずっと寝不足なんだよ……あ、わりぃ!俺もう行くわ!また明日!」
「あっ!兄……さん…」
記憶の中の俺は鞄を掴み慌てた様子で生徒会室を後にした。潤は俺が出て行った扉をじっと見つめている。
「……最近多いな、要は」
優が溜め息をつきながら皆にお茶を煎れ始めた。
「……毎日何処に行っているんだろうね」
「要、まさか彼女でも出来たんじゃ――」
「それはないだろう」
「兄さんが彼女なんて作るわけない」
「少し黙ってて」
亮介の言葉を遮って優、潤、そして遥が冷たい口調で言い放つ。その冷たい雰囲気に思わず亮介は黙り込んでしまっていた。
「とにかく早く原因を突き止める必要はある。遥と潤、情報収集を頼むぞ」
優の指示に二人は静かに頷いていた。
『一体どういう……っ!?』
また景色が歪み始める。どうやら場面が移動する時にこの現象が起こるらしい。平衡感覚を失い地面に膝を着いてしまった。
115リバース ◆Uw02HM2doE :2010/12/10(金) 02:13:35 ID:iAaJxc+e

しばらくして景色の歪みが収まってきた。今度は生徒会室ではなく薄暗い部屋になっている。何処かで見覚えがあるような気がする部屋だった。
『……ここ、海有塾の地下か……?』
以前桜花と修業をした場所と良く似ている。おそらくここは海有塾の地下にあるあの道場に違いなかった。
薄暗い地下道場の真ん中に二つの人影が見える。恐る恐る近付くと一人は白川要、つまり記憶の中の俺だった。そしてもう一人は――
「今日こそ朔夜を倒す!」
「まだ一撃も当てられない癖に良く言えるわね」
『……海有……朔夜』
長い黒髪に人形の様な端正な顔立ちをした海有朔夜だった。唯一見慣れないのはいつもの真っ赤なワンピースとは対照的な、真っ白なワンピースだ。
二人は対峙しておりお互いに間合いを量っているようだった。ただ一方は緊張感を身体全体から醸し出しており余裕が全く見えない。
もう一方は緊張感のかけらも見えずいつでも来いといった面持ちだ。圧倒的な実力差を感じながらも白川要は突っ込んでいくが――
「のわっ!?」
海有朔夜が右腕を軽く振った瞬間に吹っ飛ばされていた。
『しょ、衝撃波……?』
自分と同じ、いやそれ以上の威力をまともに喰らった白川要は呻きながら仰向けに倒れていた。海有はそんな彼にゆっくりと近付いて行く。
「……衝撃波なんて……反則だろ」
「反則?別にルールなんてないでしょ」
仰向けになったまま文句を呟く記憶の中の俺を海有は上から覗き込む。……相当意地悪そうな笑みを浮かべながら。
「衝撃波なんて……朔夜以外使えねぇじゃん」
「それが凡人の限界だからね。さ、約束通り明日も付き合ってもらうから」
「また土日が潰れる……」
溜め息をつきながらも何処か嬉しそうな俺を海有が起こしてくれていた。
『……衝撃波が……使えてない』
そんな二人を見ながら俺は決定的な違和感を抱いていた。この時の俺は衝撃波なんて使えなかった。
でも俺は確かに桃花と戦った時に使えたはずだ。じゃあ一体これは……。
『っ!?また……かよ……!?』
景色が歪み意識が朦朧としてくる。一体この記憶は俺に何を伝えようとしているのだろうか。その意図は分からぬまま俺は意識を失った。
116リバース ◆Uw02HM2doE :2010/12/10(金) 02:14:19 ID:iAaJxc+e
目を開けるとそこには真っ白な天井が広がっていた。まるで海有朔夜の着ていたワンピースのような白さだ。
「……現実……か」
背中に鈍い痛みを覚える。やはり現実に帰ってきたらしい。ゆっくりと起き上がると隣のベッドが目に入った。
「遥……!」
日の光を受けて輝いている白髪の少女は確かに遥だった。近付くと穏やかな表情で眠っているのが分かる。
「助かって……本当に良かった」
遥の寝顔を見て心からほっとしている自分がいた。もしあのまま死なせてしまったら後悔してもしきれないだろう。
寝ている遥の横に屈んで話し掛ける。伝えなければいけないことがあるから。
「遥……。寝たままで良いから聞いてくれ。本当はこんなやり方、卑怯だって分かってる」
「…………」
当たり前だが反応はない。でも俺は遥に話し続ける。これが自己満足でしかないことは言われなくても分かっている。それでも言わなければならないんだ。
「でも今は……勇気がないんだ。だからこれで許して欲しい」
そこまで言ってから深呼吸をする。遥は相変わらず穏やかな表情で眠っていた。
「……遥の気持ち、正直めっちゃ嬉しい。まさか告白されるなんて思ってなかったからさ」
遥と話して、会って生まれたこの気持ちはもしかしたら好意なのかもしれない。事実、彼女と話している時間は俺を癒してくれた。
「俺、遥のこと好きだ。……けど付き合えない。きっと違うんだ、俺と遥の"好き"は」
確かに遥との時間は俺を癒してくれた。でも俺は仲間としてしか遥を見られない。なぜなら俺の心には"アイツ"がいる様な気がするから。
「だから……ゴメン」
「…………」
遥に頭を下げる。こんなことをしても何の解決にもならないって分かっている。それでも言っておきたかった。
「……じゃあ、元気でな」
そのまま遥に背を向けて病室を後にする。廊下は静かで少し不気味なくらいだった。
「撫子は……」
病室のプレートをチェックするが撫子らしき名前は見つからなかった。もしかしたら違う階なのかもしれない。あるいは――
「ってことらしいのよ」
「本当に!?じゃあ隔離病棟行きね……」
「……危ねぇ」
咄嗟に物陰に隠れるとエレベーターから二人の看護婦さんが出て来るところだった。とりあえずこの病院を抜け出さないといけない。撫子のことは気になるが今すぐにあの人に聞かなきゃいけないことがある。
「……よしっ」
二人の看護婦さんを上手くやり過ごしてエレベーターに乗る。
「……はっきりさせてやるよ」
心の中のこのわだかまりを解消するために俺は海有塾へ向かった。
117リバース ◆Uw02HM2doE :2010/12/10(金) 02:15:25 ID:iAaJxc+e

「お茶、飲むかね?」
「ありがとうございます」
海有塾のちょうど中心に位置する塾長、源治さんの部屋に俺は案内されていた。患者服のままの俺に初め源治さんは驚いていた。
しかし「海有……朔夜のことで話があるんです」と言った瞬間、源治さんは表情を強張らせ俺をこの部屋に通してくれた。
「……それで……話があると……」
「……はい。師匠は……海有朔夜について何を知ってるんですか」
「……ついに……たどり着いてしまったんか」
源治さんは渋い顔をすると立ち上がり窓から見える庭園を眺め始めた。俺も立ち上がり近付こうとするが「そのままでいい」と源治さんに止められた。
「……師匠?」
「わしは……君に師匠なんて呼ばれる資格はない。……本当の君の師匠はあの子だからのう……」
「あの子……?」
「海有朔夜じゃよ。……わしの孫娘のな」
源治さんの背中は何処か悲しげだった。まさか孫娘だったとは……。同じ苗字だから可能性がないとは言えなかったが。
「あの子との約束じゃ。わしの知っている全てを話そう」
「約束……ですか」
「……要君、心して聞いてほしい」
源治さんの真剣な眼差しに思わず俺は強く頷いていた。



結局学校に戻れたのはそれから一週間も後だった。病院を抜け出さして海有塾に行ったことがばれてしまったのが原因であるが。
とにかくもうすぐ終業式という間の悪いタイミングで戻って来た俺を迎えたのは――
「要、おかえりっ!!」
「刺されたらしいじゃん!大丈夫だったのかよ!?」
「いやぁ、とにかく帰ってきて良かったぜ!」
「……なんじゃこりゃ」
入院する前とは打って変わってお迎えムードのクラスメイトたちだった。

「つまりあれか、無罪放免的な」
「まあそういうことだね。とにかく皆要に罪悪感があるんじゃないかな」
昼休み。やたらと構ってくるクラスメイトたちを何とか退けて英に事情を聞いていた。
英の話によると俺が入院した後、誰かがクラス中に俺の無実を証拠付きで流したらしい。
つまり"今まで白川要から送られたメールは別の誰かさんの仕業"というメッセージを、だ。
しかもご丁寧に教卓の上の誰かさん、要するに犯人である春日井遥の工作用携帯を置いてくれたらしい。
「それでこの騒ぎか……」
「ちょうど前の日に要と遥が病院行きになったからね。あ、それから大和さんは要を刺した写真が同じく教卓に置かれてたから……」
「……一体誰が…」
病院で聞いた話では撫子は隔離病棟で治療中らしい。理由を聞いたが守秘義務と言われ教えてもらえなかった。
いずれにしろこのままでは二人とも学校に戻って来られない。
「……何とかしないとな」
「うん。亮介が今、遥の携帯を置いた犯人を調べてるよ」
「珍しいな、亮介が自分から動くなんて」
亮介は基本面倒臭がりだ。だから要組で行動する時も基本受け身だったのだが。
「まあ面倒臭がりの亮介も好きな女の子の為には全力を尽くすんじゃないかな」
「そうだな……えっ?」
「あれ、言ってなかったっけ?亮介はずっと遥のこと、好きだったんだよ」
「亮介が……」
聞いたこともなければ想像すらしたことがなかった。まさか亮介が遥のことを好きだったなんて。
「……もしかして遥に告白されたり……した?」
鋭過ぎる質問に思わず振り向くと真剣な表情をした英がいた。
「……ああ。断ったけど……さ」
「……そっか。亮介にはそのこと、言わない方が良いよ」
「……ちょっと屋上行ってくるわ」
英の返事は待たずに教室を出る。頭の中が色々なことでパンクしそうになる。気分を変える為に俺は屋上に向かった。
118リバース ◆Uw02HM2doE :2010/12/10(金) 02:16:13 ID:iAaJxc+e

快晴といっても冬の寒さには我慢出来ないのか、屋上には誰も居なかった。そのまま転落防止用の網まで行って寄り掛かる。
「……どうすればいいんだ」
こないだ源治さんから聞いた話をもう一度整理する。源治さんの孫娘である海有朔夜は一般的な家庭に産まれた一般的な女の子だった。
ただ一つ、武道において卓越した才能を持っていたという点を除いてだが。

『あれを才能と呼ぶべきなのか……。とにかくあの子は幼い頃から既に人間の限界を遥かに超越していたのじゃ』

「人に非ず……か」
それでも幸せに暮らしていた海有朔夜を一つの悲劇が襲う。それは彼女の誕生日に遊園地に行った帰り、起きた交通事故だった。

『両親は即死じゃったよ。ただあの子……朔夜だけは生き残った。その類い稀なる"才能"での』

海有朔夜は生き残った。それもかすり傷程度の怪我だったという。彼女の防衛本能がそうさせたのかもしれない。
とにかくその瞬間に彼女は悟った。"自分は人間ではないのかもしれない"と。

『あの子はわしに引き取られた時には既に人として生きることを諦めていたんじゃ。自分は人間とは相容れない存在だと……』

それからずっと海有朔夜は道場の地下に住んでいたらしい。人を遠ざけ嫌い、誰とも関わらず生きてきた。
きっとそれが彼女なりの他者に対する配慮だったのかもしれない。もしくはただ単に他者との関わりを諦めていたのか。

『だからこそ心配だったのじゃ。……君のような"近しい存在"が現れた時、あの子は周りが見えなくならないのか、とのう……』

俺には人間の範疇ではあるが類い稀なる武道の才を持っているらしい。
俺が初めて道場に来てから一週間程で海有朔夜はそれを敏感に感じ取った。
"もしかしたら自分と同じなのかもしれない"と。

『それからのあの子の君への"執着"は凄まじいものじゃった。……ただのう』
『……何ですか?』
『ただ……君もそれを欲していそうじゃったよ。誰かに心から必要とされることをの』

「……心から必要とされる、か」
真上に広がる青空を見上げながら考える。俺は誰かから必要とされたかったのだろうか。
とにかく俺と海有朔夜は互いに惹かれあっていたのかもしれない。そして俺が海有塾に毎日のように通いだしてから約一ヶ月後――

『あれは7月の終わり頃じゃったか。君とあの子がいなくなったんじゃ。まるで神隠しにでも逢ったかのように、音沙汰なく…』

夏休みに入った直後、急に二人は疾走した。源治さんはそれから記憶喪失になった俺に会うまで二人に一度も会わなかったらしい。

『今もあの子が何処にいるのか……。むしろ生きているのかすら分からん……。これがわしの知っている全てじゃ』
『……ありがとうございました。……約束っていうのは?』

「探せってことなのか……?」
海有朔夜は失踪する前日、源治さんに"もし要が私のことを聞きに来たら知っている全てを話してあげて"と言われたそうだ。それが彼女と交わした約束だ、と。
「……何でこんな手のかかることをするんだ」
まるで俺が記憶喪失になることを知っていたかのような約束。結局源治さんには言えなかったが俺は既に海有朔夜と会っている。向こうは偽名を使っていたが。
「……とにかく海有朔夜を探し出すしかないか」
何故こんなことをするのか。お前と俺はどんな関係だったのか。失踪して何処に行くつもりだったのか。聞きたいことは山ほどあるが……。
「きっと……知ってるはずだ」
何故俺は記憶喪失になったのか。そして誰が俺を刺したのか。4、5ヶ月間探し続けて来た答えを彼女は知っているかもしれない。
119リバース ◆Uw02HM2doE :2010/12/10(金) 02:17:00 ID:iAaJxc+e

放課後。亮介がまだ遥の為に校内の聞き込みを続けていると聞いて俺と英、そして潤は協力することにした。
「亮介もいつもこれくらいやる気があったら良いのにね」
俺と潤は文化部の部活棟を聞いて回っていた。何処も忙しいらしく中々話を聞いてくれないがやるしかない。
「そうだな。……まさか亮介が遥のこと、好きだったなんてな」
「兄さんが鈍いだけだよ。ちょっと見てればすぐに気が付くって!亮介分かりやすいもん」
潤がさも当然のことのように言う。確かに亮介は分かりやすいタイプのはずだ。
「そうなんだよなぁ……。俺、相当鈍いんだな」
「今さら気が付いたの?……本当に朴念仁なんだね、兄さん」
潤は呆れたような表情をしてから俺の手を握ってきた。思わず潤を見ると少し頬が紅く染まっていた。
「……会長も遥もいなくなっちゃったから、怖いんだ。次は私の番なんじゃないかって」
「番って……そんなことないと思うけど」
「分かってる。けど怖くて……」
潤は心なしか震えているようだった。確かに潤にとってはクラスメイトで仲間の遥がいなくなったことはかなりのショックだったのだろう。
俺が潤を支えてやらないと。せめて今は兄らしい所、見せてやらないといけないな。
「大丈夫だよ。もし何かあったら俺が潤のこと、守るからさ」
「……うん」
潤は俺の胸に顔を埋めて来た。そのまま潤の頭を撫でてやる。潤は俺をぎゅっと抱きしめた。
「……兄さん」
「何だ?」
「記憶、蘇ってきた?」
いきなりの質問に戸惑ったが潤は顔を埋めているため、表情が分からない。多分少しでも安心したいのだろう。
「あ、ああ。まだ完全にじゃないけど……」
「……本当の私達の両親のことは?」
本当の両親。つまり今海外にいる叔父さん達じゃなくてあの暴力を振るい続けた男と病死した母さんのこと、か。
「……思い出したよ。母さんのことも、あの男のことも」
「そっか……」
潤の身体が微かに震え出す。虐待された恐怖を思い出しているのかもしれないし、ようやく思い出したから泣いているのかもしれない。
「……潤、今までゴメンな。俺も――」
「……ふふっ」
「……潤?」
「ふふふっ!あはははははははははは!!」
潤はいきなり笑い出した。全く生気の篭っていない目。思わず離れようとするが潤の抱きしめる力が強く離れられない。
「ふははっ!……これでやっと私の兄さんが帰って来たんだね?」
「じゅ、潤?一体何言って――」
「離れろ要!!」
怒鳴り声のする方向には亮介が息を荒くして立っていた。
その後ろには見覚えのない女生徒が二人、同じく苦しそうに息をしている。おそらくここまで全速力で来たに違いない。
「亮介……」
「離れろ要!!そいつだ!!そいつが遥や大和さんを陥れたんだ!!」
夕焼けが差し込む廊下で、亮介は潤を指差しながら思い切り叫んだ。
120 ◆Uw02HM2doE :2010/12/10(金) 02:18:10 ID:iAaJxc+e
今回はここまでです。読んで下さった方、ありがとうございました。
投下終了します。
121名無しさん@ピンキー:2010/12/10(金) 03:12:22 ID:NZyg8KEl
リバースキターーーー!!!GJ!!
潤は中ボスって感じがするのに朔夜は正真正銘のラスボスって感じがしまくるぜ!!
そして、亮介…彼は報われるのだろうか?
122名無しさん@ピンキー:2010/12/10(金) 07:35:11 ID:iyaMVl4Z
GJ!いよいよ大詰めって感じだな

潤はやっぱり怖いが亮介ちょっと可哀相だ…
123名無しさん@ピンキー:2010/12/10(金) 09:45:48 ID:fTm3dNhF
今、いろいろと保管したんだが
>>39-55
見舞の巻だけがなぜか保管できない
124名無しさん@ピンキー:2010/12/10(金) 09:48:21 ID:fTm3dNhF
見舞いの巻だけ5回のページ保存やったが効かなかった
wikiに何か問題でもあるのかな?
誰か代行頼む
125名無しさん@ピンキー:2010/12/10(金) 09:52:36 ID:fTm3dNhF
スマン
50000kbまでが編集可能だったのに56834kbもあるから編集できてないんだ
スレ汚して悪かった
part.1とpart2の2分割編集することにする
126名無しさん@ピンキー:2010/12/10(金) 12:10:42 ID:tRwZuh5w
>>125
テキストモードで編集してみろ
127名無しさん@ピンキー:2010/12/10(金) 17:51:00 ID:PHtY9YRv
えっらそうに
128名無しさん@ピンキー:2010/12/10(金) 19:18:33 ID:oMaWieCw
てすとーーーーーーーーーーーー










129名無しさん@ピンキー:2010/12/10(金) 22:33:34 ID:niObEJOb
>>120
GJ!
130名無しさん@ピンキー:2010/12/10(金) 23:51:25 ID:n1Ry0h7X
>>120
GJ!
 撫子生きててホっとした。
 しかし、隔離病棟って一体…?
131名無しさん@ピンキー:2010/12/11(土) 00:23:18 ID:OCKMjrMj
>>120 GJ!
要の葛藤がひしひしと伝わってくる。
是非ともヤンデレハーレムを作ってほしいものだ。
132 ◆AJg91T1vXs :2010/12/11(土) 01:22:59 ID:C6YpgTjh
>>120

リバース来てたんですね、GJです。
撫子さんは、集中治療室送りですか……。
このまま遥と一緒に、意識不明のままになってしまうのかな……?
ヤンデレ同士の戦いも、いよいよ大詰めという感じですね。


時間も遅いですが、こちらも第九話を投下させていただきます。
今回は、中盤にホラー描写、後半に微エロありです。
 その日の街には、いつになく冷たい空気が降りていた。
 曇天の空と、丘からの冷たい吹き下ろしは言うまでもなく、今日はおまけに霙まで降っている。
 雨だけでも相当に煩わしいものだったが、霙ともなれば、街が更に冷え込むというのは言うまでもない。

 宿場から外に出ると、雨とも雪ともつかないべたついた塊が、ジャンの頬と頭に降りかかった。
 それらを難なく片手で払い、ジャンは迎えの馬車へと乗り込んだ。

「今日は寒いね。
 あんまり遅くなると、風邪をひくかもしれないから気をつけてね」

「ああ、大丈夫だよ。
 君こそ、あまり無茶して体を壊すようなことないようにね」

 見送りに出てきたリディと簡単に言葉を交わし、ジャンはクロードに馬車の扉を閉めるように言った。
 馬車が出る準備が整うと、リディは少しだけ寂しそうな顔をしてジャンを見る。

 正直なところ、この見送りに対して、ジャンは複雑な気持ちだった。
 リディが自分に対して向けて来る視線。
 その向こう側にどうしても、あの雨の日の瞳を思い浮かべてしまうのだ。
 母を亡くし、一人で頑張って生きてきたことに対する寂しさを、ジャンに埋めて欲しいと願うような瞳を。

 彼女の甘えを許してはならない。
 この土地に腰を下ろすつもりのない自分にとって、他者との過度な関わりは余計なしこりを残す。
 リディに対しても、そしてルネに対しても、自分はあくまで一人の旅の医者であり続けなければならない。

 蹄の音と共に宿場が遠ざかり、ジャンとクロードを乗せた馬車が丘の屋敷へと向かう。
 霙を乗せた風は馬車の中にまで入ってこなかったが、それでもジャンは、空気そのものが妙に湿っているような気がしてならなかった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 空から落ちる霙の粒が、宿場の窓ガラスに降り注ぐ。
 ガラスに張り付いたその塊は、室内の熱気に当てられ瞬く間に水滴と化す。

 部屋の掃除と片付けを済ませながら、リディはふと、厨房に置かれていたカップに目をやった。
 ジャンが出掛けに飲んで行ったコーヒーが、底に少しだけ残っている。
 どさくさに紛れて洗ってしまわなかったのが幸いとばかり、リディはそれを恐る恐る手に取った。

 カップを口につけ、リディは感情の求めるままに、中に残っていたものを注ぎ込む。
 酒場の店主や妻もその場にいなかったため、思いの他、行動が大胆になっている。

 ゆっくりと香りを味わうようにして、リディは飲み残しのコーヒーを口に含んだ。
 ほろ苦い、それでいて酸味のある味が、口の中に広がってゆく。
 いつも入れているコーヒーと同じ味なのに、不思議と甘い感じがした。

「んっ……ふぅ……」

 口の中にあったものを全て飲み干して、リディはほっと溜息をつく。

 あの日、ジャンの毛布で自分を慰めてから、リディの気持ちはむしろ強くなっていった。
 それこそ、部屋の掃除の際に持ち出したジャンの枕やシーツなどを使い、夜な夜な自分を慰めた。
 今日のように、ジャンの飲み残した僅かなコーヒーでさえも、捨てるのが惜しくて自分で飲んだ。

 こんなことをしても、何も変わらないということはわかっている。
 だが、そうでもしなければ、自分の気持ちを抑えられそうにもない。

 母の話をしたあの日から、リディはジャンに避けられていると感じていた。
 寝床と食事に感謝の言葉こそ述べてくれるものの、それ以上は何も言ってはくれなくなった。
 昔話に花を咲かせることもないし、食事時以外は自室に籠って何やら本を読んでいる。
 当然のことながら、リディのことを女として意識するようなことはない。

 一刻も早く、こんな関係は修復したかった。
 決して多くは望まない。
 四六時中、自分と一緒にいなくとも、昔のジャンに戻ってくれればそれでいい。
 そんなささやかな願いさえ、叶わないのが辛かった。

(ジャン……。
 あなたはこのまま、何もなかったみたいにして、私の前からいなくなるの?
 あの日と同じように、私に何も言わないで……)

 遠い日の、リディにとっては忌むべき記憶が蘇る。
 ジャンが父親と共に街を去った、あの暗く静かな夜のことだ。

 もう、いっそのこと、ジャンに想いを告げてしまおうか。
 もしくは、いつまでもこちらに遠慮がちなジャンに対して、何か行動を起こすべきか。

 きっかけは、ほんの些細なことでいい。
 何か、彼に自分の想いを伝えるための機会さえあれば、それで構わない。

 誰もいない昼下がりの厨房で、リディは夕食の用意を始めることさえも忘れ、そんな想いにふけっていた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 気がつくと、既に時刻は夕暮れ時となっていた。
 外の霙は未だ止む気配を見せなかったが、窓の向こうに見える景色が、徐々に闇に包まれていることからも想像はつく。

「やれやれ……。
 まさか、こんな時に霙まで降るとは思わなかったな。
 これじゃあ伯爵の病気が、ますます悪い方に向かってしまうよ……」

 帰り際、ルネといつもの談笑を終えたところで、ジャンは廊下を歩きながら、独りそんなことを口にした。

 リウマチにとって、冷えは大敵である。
 伯爵の身体のことも考えると、この霙で病気が悪化しないかと考えるのは自然のことだ。
 この寒さで、今までの治療が無駄になってしまうのではないか。
 そんな一抹の不安が、ジャンの頭に浮かんだ。

(このまま伯爵の病気が快方に向かわなかったら、今年はこの街で年を越すのか……。
 正直言って、早く街を離れたいんだけどな……)

 自分にとっては嫌な思い出の多い街で、新しい年を迎えること。
 それだけは、どうしても避けたいことだった。

 街の住民とはほとんど顔を合わせていないため、ジャンのことに気づいている者は少ないだろう。
 しかし、自分の父親の所業を覚えている者がいないとも限らず、彼らの視線は常に気になることである。
 なによりも、そんな風に自分を色眼鏡で見る人間がいる場所で、心から新年の到来を祝えるとは思えない。

 やはり、この辺りが潮時なのかもしれない。
 リディやルネと必要以上に関わりを持つ前に、さっさと街を出た方がよいのかもしれない。

 テオドール伯には悪いが、薬の処方箋をクロードに渡しておけば大丈夫だろう。
 この数週間の間に、伯爵の身体の調子もだいぶつかめてきた。
 どのような気候で、どのような症状が出た時に、どのような薬を煎じればよいか。
 それさえ書き残しておけば、後は屋敷の者でも薬を用意できる。
 こと、あのクロードであれば、自分以上に器用にこなしてしまうかもしれない。

(この街とも、そろそろお別れした方がいいかもしれないな。
 本当は、父さんの骨を埋めに来ただけだったのに……なんだか、随分と妙なことになったよ……)

 街に来てからのことを思い出し、ジャンは心の中でそう呟く。
 今では当たり前のように宿場から往診に通っていたが、これはあくまで借り暮らしなのだから。
 宵闇の刻が迫る中、ジャンは屋敷の出口に向かって足を急がせた。
 門の前ではクロードが、馬車を用意してジャンを待っているはずだ。

 そういえば、今の時刻はどれほどなのだろう。
 ふと、時間のことが気になって、ジャンは腰につけていた懐中時計に手をやった。

「あれっ……!?」

 おかしい。
 いつもあるべき場所に、愛用の時計の姿がない。

「しまったな……。
 ルネと話をしていたとき、部屋に置いてきたのかもしれない」

 先ほど、ルネと話していた時のことを思い出し、ジャンは思わず自分の頭をかいて言った。

 そう言えば、今日のルネは、なぜかジャンについてのことばかり聞いてきた。
 生まれた場所がどこなのかとか、いつから旅をするようになったのかなど、とにかくジャンについての話を聞きたがった。

 無論、その場では余計なことは言わず、ジャンは必要最低限の情報を与えるだけに留めておいた。
 が、ルネの追及は治まることはなく、最後はジャンの持っていた懐中時計に興味を示した。
 二束三文で手に入れた安物の時計だったが、ルネは実に物珍しそうに、ジャンの時計に見入っていた。

 間違いない。
 時計を置き忘れたのはルネの部屋だ。
 一度、別れの挨拶をした後に部屋へと戻るのは気が引けたが、時計を置いたままにするわけにもいかなかった。

「ルネ、いるのかい?」

 扉を叩き、中にルネがいるかどうかを確認する。
 だが、先ほどジャンが部屋を出たばかりだというのに、部屋の中から返事はなかった。

「僕だ、ジャンだよ。
 悪いけど、ちょっと時計を忘れたみたいでね。
 取りに戻ったんだけど……開けてもらえないかな?」

 やはり、返事がない。
 我慢できずに扉に手をかけると、意外なことに鍵は開いたままだった。

「ルネ、入るよ。
 いいかい?」

 相変わらず何も返ってはこなかったが、ジャンはそっと扉を開けて、その先へと足を踏み入れた。
 部屋の中は思いの外暗く、先ほどまで話をしていた場所とは思えないほどだ。
 ランプの火も灯していないようで、ジャンは一瞬、部屋を間違えたのかと思ってしまった。
「ジャン……どうされましたの……?」

 部屋の中にはルネがいた。
 こちらに背をむけたまま窓辺に佇み、振り返ることなく呟いた。
 気のせいか、その声にはどこか生気がない。

「いや……ちょっと、時計を忘れてね。
 ドアの前で呼んだんだけど、返事がなかったものだから……悪いとは思ったけど、勝手に入らせてもらったよ」

「そう……。
 でも……別に、気にしませんわ……」

 そう言いながら、ルネはゆっくりとジャンのいる方へ振り返る。
 白金色の髪が揺れ、仄暗い部屋の中で別の生き物のようになびいた。

 薄暗がりの中、赤い二つの瞳がジャンに向けられる。
 その瞬間、ジャンは自分の背中に悪寒が走ったような感覚にとらわれ、思わず後ろに後ずさった。

「ル、ルネ……?」

 目の前にいたのは、確かにルネだった。
 だが、それはいつもの彼女ではない。

 宝石のように赤く清んでいた二つの瞳は、まるで錆びついた鉄のようにどんよりと濁っていた。
 白く、美しい肌は妖艶さを増し、同時に、まるで幽霊の如き冷たい気を放っている。
 項垂れるようにして下を向いた頭からは、特徴的な白金色の髪の毛が、柳の枝のように垂れ下がり揺れていた。

「ジャン……私、喉が渇いたんです……」

 ずるずると、何かを引きずるような動きで、ルネはジャンとの距離を少しずつ詰めてきた。
 相変わらず、その目は何かを渇望するようにして暗く淀んでいる。
 その周りにあるはずの白目は見えず、代わりにあるのは深淵の如き深い闇。
 宵の空をさらに黒く塗りつぶしたような中で、赤銅色の虹彩だけが輝いている。
 部屋の暗さと光の加減でそう見えただけかもしれなかったが、それでもジャンには、今のルネの瞳が闇の淵から獲物を狙う魔獣のものと同じに思えた。

 今、目の前にいるのは、自分の知っているルネではない。
 ただ事ではないと感じたジャンだったが、まるで蛇に睨まれた蛙のように動くことができない。
 進むことも、戻ることさえもできず、ただ目の前の異変に目を奪われてしまう。

 ルネの指が、動けないジャンの顔にそっと触れた。
 これが同じ人間のものかと思われるくらい、その指先は冷たかった。
「私の渇きを……あなたが癒してくれませんか……?
 私は、あなたに癒して欲しいのです……」

「い、癒して欲しいって……。
 ルネ……君はいったい、何を言って……」

「あなたが欲しいのです……ジャン……。
 あなたの身体に流れるものを……私の身体に注いでください……」

 ルネの指が、ジャンの頬を撫でながら首筋へと移る。
 あどけなさの残る少女の顔は消え失せて、その口から漏れる吐息がジャンの顔にかかる。
 美しいと感じるよりも、恐怖の方が大きかった。

「血をください……ジャン……。
 私に……あなたの血を……」

 光を失った瞳のまま、ルネの顔に怪しげな笑みが浮かんだ。
 微笑とも、冷笑ともつかぬ、底しれぬ暗さを湛えた病的な微笑み。
 それを目の当たりにした瞬間、ジャンの心の中で精神の堤が決壊した。

「う、うわぁぁぁぁっ!!」

 悲鳴と共に、ジャンはルネを振り払って部屋を飛び出した。
 懐中時計のことなど、もうどうでもよい。
 今はただ、この恐怖から逃げたいという一心で一杯だった。

 廊下を抜け、階段を下り、目の前の扉を開け放って外に出る。
 そこは正門とは反対の裏口であったが、そんなことに構っている暇はない。

 クロードが用意しているであろう馬車に乗る余裕など、今のジャンは持ち合わせてはいなかった。
 ただ、この屋敷から一刻も早く離れたいという感情に突き動かされ、街に向かう丘を駆け下りた。

 道のない丘の草原を下り、雑草と枯れ草がジャンの身体を打った。
 降り続く霙は髪と顔にはりついて、瞬く間に彼の体温を奪ってゆく。
 が、どれほど草木に阻まれようとも、どれほど冷たい霙が降ろうとも、ジャンは走ることを止めなかった。

 草原を抜け、街道へと入り、転がるようにして街の入り口である門をくぐる。
 街から伯爵の屋敷までは、人の足では普通に歩いて二刻ほどもかかるものだったが、気がつけばジャンは街に戻っていた。
 あれだけの距離を走り続けたという自分の体力にも驚いたが、それ以上に、恐怖から解放されたという安堵の方が大きかった。

「はぁ……はぁ……」

 行き交う人々の好奇の眼差しにさらされながらも、ジャンは呼吸を整えながら宿場への道を歩き始めた。
 レンガの敷き詰められた道を歩くと、足の裏や指先を鋭い痛みが襲ってくる。
 かなりの距離を走ったためか、足の裏が切れて、肉刺が潰れている可能性が高かった。

 全身を襲う寒さと足の痛みに耐えながら、ジャンはとぼとぼと街の中を歩き続けた。
 霙に当たって外套はすっかり濡れてしまっていたが、そんなことは、今のジャンにとってはどうでもよかった。
「ただいま……」

 一階の酒場の迷惑にならないよう、ジャンは宿場の裏口を開けて中に入る。
 リディに三階の部屋を貸してもらえるようになってからは、これがジャンの日課にもなっていた。

「お帰り……って、どうしたの、ジャン!?
 あなた、びしょ濡れじゃない!!」

 頭の先から足の先まで、霙に濡れて帰宅したジャン。
 その姿を見て、さしものリディも思わず声に出して叫んでしまった。

「平気だよ、リディ……。
 それよりも……僕の部屋、片付けは終わっているかな?」

「うん。
 それは大丈夫だけど……。
 でも、あなたこそ、一度体を温めた方がいいんじゃない?
 そのまま寝たら、絶対に風邪ひくわよ」

 この地方に降る冬の雨は、独特の冷たさを持っている。
 最も寒い季節のものになると、肌に触れただけで氷の刃で切りつけられたのではないかと思うほどだ。
 ましてや、それが霙ともなれば、身体の芯から凍りつくような寒さに襲われることだろう。

「離れ屋にあるお風呂、用意しておくから。
 今日はそこで、ちゃんと温まってね」

「ああ……。
 それじゃあ、そうさせてもらうよ……」

 気の無い返事のまま、ジャンは力なく三階へ続く階段を上がって行く。
 その後姿を、リディは不安そうにして見つめている。

(ジャン、どうしたんだろう……。
 丘の上の御屋敷で、何かあったのかな……?)

 今日のジャンは、いつものジャンとは違う。
 こちらと一定の距離を保とうとしているのは変わりないが、それ以上に、何かに怯えて疲れているようにも見て取れた。

(ジャン……。
 何があったかは知らないけど、あなたのことは、私が癒してあげるからね……。
 だからあなたも、私を見て……)

 押さえこんでいた気持ちが、再び湧き上ってくるのが自分でもわかった。

 理由はわからないが、今日のジャンはいつにも増して疲弊している。
 ならば、そんな彼の心を癒すことができれば、自分もジャンの居場所になれる。

 それに、これは大人になった自分を見てもらう、またとないチャンスにもなりそうだった。
 ジャンを癒してあげたいという想い。
 自分を見て欲しいという想い。
 その二つを同時に満たすことができるのであれば、この機会を逃すわけにはいかない。

 善は急げ。
 そんな言葉を思い出しながら、リディは一足先に、離れ屋にある浴室の準備をしに部屋を出た。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 外の空気は冷たかったが、その建物の中だけは、むしろ暑過ぎるくらいに温まっていた。
 まあ、無理もない。
 もうもうと立ち込める蒸気が石造りの建物を満たし、その中を常に温め続けているのだから。

 ジャンの国では、風呂と言っても蒸し風呂のようなものを用いるのが一般的である。
 着衣のまま蒸し風呂に入り、その後、別室で垢を落とすのである。
 夏は河で沐浴することもあるが、水が貴重な山間部では、冬場には蒸し風呂を用いることが普通だった。

 もっとも、それ以前に、今のこの国では風呂に入るという人間が少ない。
 田舎の村や街では入浴の習慣がある場所もあるが、都会に近づくにつれて、その傾向は強くなる。
 なんでも。体の洗い過ぎは返って毒になるとのことで、パリの貴婦人達は一年に数回しか風呂に入らない者もいるらしい。

 まったくもって、馬鹿馬鹿しい話だとジャンは思う。
 風呂に入らないということは、それだけ不衛生な状態に身を置くということに他ならない。
 その結果、返って疫病などが蔓延し、人々の死を早めているようにしか思えない。
 夏場、寄生虫だらけの河に飛び込んでまで沐浴したいとは思わないが、一年に数回しか風呂に入らないというのもまた、ジャンにとっては理解し難いことである。

 恐らく、風呂の入り過ぎが毒になるというのは、一種の流行りのようなものなのだろう。
 医学的根拠など何もないというのに、流行というだけで誰もが真似をする。
 体臭は香水で隠し、汚物は平気で路上に捨てる。
 ジャンも、都会を旅した時に何度か目にした光景だが、あれを真似しようとは絶対に思わない。

(それにしても……あれは、本当にルネだったのか?)

 部屋の中を漂う蒸気に身を任せながら、ジャンは今日の屋敷でのことを考えた。

 あの時、自分の前にいた少女は、間違いなくルネだ。
 では、彼女はいったい、なぜあそこまで豹変してしまったのだろうか。

 暗闇の中で光っていた二つの目は、ジャンの知るルネのものではなかった。
 自分では決して触れられないと知りつつも、外の世界の自然をこよなく愛していた少女の瞳ではない。
 貪欲に、血に飢えた獣の如く、獲物を求めて闇夜を彷徨う者の目だ。

「血か……。
 そういえば……ルネは、僕の血が欲しいって言っていたな」

 あのルネが、獣のようにジャンの血を求める。
 考えたくないことではあったが、あれが彼女の本性なのだろうか。
 外界との関わりを避けるようにして生きてきた少女は、話し相手として選んだジャンにさえも、偽りの姿を見せていたということだろうか。

 正直、これから先、ルネと普通に会話できる自身がなかった。
 そればかりか、今日の一件で、自分は伯爵邸での仕事さえも失うかもしれない。
 この街から離れられるのは願ってもないことだが、主治医として、患者の容体を快方に向かわせられないまま治療を終えるというのも納得がいかない。
 そうは言っても、結局のところ、自分がしてしまった行いを取り消すことはできないのだが。

 まったくも考えがまとまらないまま、ジャンは大きく項垂れて溜息をついた。
 すると、その吐息に合わせるようにして、浴室の扉がすっと開かれる。
 何事かと思い目をやると、そこには寝衣のような服をまとったリディの姿があった。
「リ、リディ!?
 君、宿の仕事はどうしたんだい!?」

「今は何もないわよ。
 お食事は出し終わったから、今頃は皆、勝手に食堂で食べている頃ね。
 食器はテーブルに置いておけば、後で私が片付けるって言ってあるし」

「そういうことじゃないよ!!
 そもそも、どうして君が、僕のいる風呂に入って来るんだ!?」

「あら、別にいいじゃない。
 どうせ今は、お客さん達はお食事中で、ここを使う人は誰もいないしね」

「いや……でも……。
 男と女が一緒の風呂に入るなんて……」

 突然のリディの来訪に、ジャンはなんとかして彼女を追い返そうと試みた。
 いくら幼菜馴染とはいえ、もう二人とも大人である。
 例え着衣のままであっても、一緒の風呂に入るなど許されるはずもない。

 だが、そんなジャンの考えなどお構いなしに、リディはジャンの隣に腰を下ろしてきた。
 肌が密着するくらいまで近づかれると、それだけで相手のことを意識してしまう。

「ねえ、ジャン。
 よかったら……私がジャンの背中、こすってあげようか?」

「なっ……。
 馬鹿なこと言うなよ!!
 僕だって、もう子どもじゃないんだし……そのくらいは、自分で出来るさ!!」

「そう……。
 ジャン、私にそういうことされるの、嫌いなの?」

 リディがジャンに寄り添うようにして、その身体を更に近づけてきた。
 自分の腕に柔らかいものが当たっていることを感じ、ジャンは思わず顔を赤くして距離を取る。

 いつもは仕事着とエプロンに隠されて気づかなかったが、リディの胸は明らかに、ジャンの知る一般女性のそれを越える大きさだった。
 診察の際、時に女性の患者の胸を診ることがあるジャンでさえ、その胸元に目が行かないと言えば嘘になる。
 患者を診る時とは違い、明らかに別のものを意識してしまう自分がいるのが情けない。

「いや……別に、そういうわけじゃないけどさ。
 でも、いくら居候みたいな暮らしだからって、君にそこまで甘えられないよ。
 それに、今はちょっと、そんな気分じゃないってのもある……」

 壊れそうになる理性を懸命に保ちながら、ジャンはリディに告げて立ち上がった。
 そして、そのまま小走りに扉に向かい、身体を洗う部屋へと逃げ込んだ。

「はぁ……。
 まったく……リディのやつ、いったい何のつもりなんだよ……」

 蒸し風呂から洗い場へ出ると、そこは幾分か涼しい空気に満たされていた。
 後ろからリディが追って来ないことを確かめつつ、ジャンは手早く衣服を脱いで、持ち込んだタオルで体を擦る。
 無心に体を洗うことで、ジャンは今しがた湧いてきた煩悩を、なんとか心の隅に押しとどめようともがいていた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
 霙の舞い散る丘の上、テオドール伯の屋敷の一室で、ルネは部屋に残された懐中時計を手にしていた。
 赤い瞳の見つめる先で、時計は無情に時を刻み続けている。

 今日、ジャンに自分が見せてしまった醜い姿。
 飢えた獣のように、人の生き血を求めて迫る己の本性。

 あの時、ジャンは自分のことを、心底怯えた目で見つめていた。
 衝動に駆られ、自分で自分を抑えきれなかったとはいえ、なんという失態をしでかしてしまったのか。

 もう、ジャンが自分の下へ戻って来ることはないだろう。
 あんな姿を見れば、怯えない方が無理というものだ。
 養父の往診には出向いてくれるかもしれないが、これから先、自分の話し相手になってくれるとは到底思えない。

「ここにおられましたか、お嬢様……」

 いつの間にか、ルネの傍らにはクロードの姿があった。
 その表情は、心なしか己を責めるようなそれに変わっている。

 ジャンが屋敷を逃げ出した後、ルネの異変に気づいて彼女の下へと駆けつけた時、全ては既に遅かった。
 感情のまま、欲望に身を焦がして血を求めるルネ。
 ジャンの名を叫びながら暴れる彼女を取り押さえ、自分の腕の血を吸わせることで、ようやく落ち着かせることができた。

「ここは冷えますよ。
 今宵は一段と寒くなりそうな気配です。
 早く、部屋にお戻りください」

「ええ、わかっています。
 ですが……私はもう、ジャンとお話することができないと思うと……」

 ジャンが部屋に忘れていった、古ぼけた懐中時計。
 それを固く握り締め、ルネは言葉を震わせながらクロードに答えた。

「お嬢様が気を病まれる必要はございません。
 ここ最近の、お嬢様のご様子を知りながら……ジャン様を信じて注意を怠ったのは私です。
 責めるのであれば、どうぞ、この私に罰をお与えください」

「その必要は、ありません。
 あなたを罰したところで……ジャンが戻って来るわけでもないのですから……」

「しかし、それではお嬢様のお気持ちが納まらないでしょう。
 お嬢様のためでしたら、私はどのような罪でも……どのような咎でも背負う覚悟でございます」
「ありがどう、クロード。
 ですが……今のあなたは、よくないことを考えていますね?
 私のために、ジャンを傷つけてでもこの屋敷に引き止めようと……そう、考えていたのではないですか?」

 いつもの屈託のない笑顔からは想像もできない、氷のような微笑だった。
 まだ幼さの残る顔であるにも関わらず、クロードはそんなルネに何も言えずに引き下がる。
 赤い、血のような色をした瞳に見据えられ、心の奥底まで覗かれているような気にさせられた。

「私のために、ジャンが傷つく……。
 そのようなこと、あってはなりません。
 あの人が私を恐れても……それは、仕方のないことですから……」

 最後の方は、憂いを込めた言い方になった。

 そう、これは仕方のないこと。
 自分は所詮、外の人間とは関わることさえ許されない存在。
 だからこそ、ジャンのことも諦めなければならない。
 そうすることが、きっと、互いのためにもなるはずなのだ。

「わかりました、お嬢様。
 ならば明日、改めてジャン様に、今宵のことを……お嬢様の秘密をお話しましょう。
 それで、ジャン様が理解を示されたならば、今まで通りの関係を続けることもできるはずです」

「そうですね……。
 でも、それは……」

「希望は最後までお持ち下さい。
 まだ、答えは出たわけではないのですから……」

 慰めにしかならないということは、クロードにもわかっている。
 だが、そうでも言わなければ、ルネがこのまま壊れてしまうのではないかと思い、心配だった。

 明日、ジャンを迎えに行った際に、改めてルネについての秘密を話そう。
 彼女の出生や伯爵との関係だけでなく、その身体に秘められし、呪われた運命の話を。

 全ては、己が忠誠を誓った者のため。
 その笑顔を守るためであれば、自分は悪魔にでもなれる。

 傍らで不安そうに佇むルネを気遣いながらも、クロードは自分の中で、ある決意を固めていた。
144 ◆AJg91T1vXs :2010/12/11(土) 01:32:50 ID:C6YpgTjh
投下終了です。
読んで下さった方、ありがとうございました。
145名無しさん@ピンキー:2010/12/11(土) 06:28:25 ID:eo31GHvo
極乙
146名無しさん@ピンキー:2010/12/11(土) 10:30:25 ID:Suw1oxqM
投下乙
少しずつ病みはじめてきたな
147名無しさん@ピンキー:2010/12/11(土) 12:27:37 ID:nSoi6TRX
超GJ!!

ルネがどんどん抑えがきかなくなってるのが良いですね。最後のクロードの描写をみてると次辺りから展開があるのかも
リディにも頑張ってほしいな…
148名無しさん@ピンキー:2010/12/11(土) 17:32:14 ID:KMnavy21
>>144
GJ!
徐々に病みだしたな
149名無しさん@ピンキー:2010/12/11(土) 18:28:51 ID:eGibOOVc
おもしろかったー。
150名無しさん@ピンキー:2010/12/11(土) 18:42:00 ID:u5wfTlty
リディに期待
151名無しさん@ピンキー:2010/12/12(日) 03:16:29 ID:JYVFaCY5
うへへ好みの展開すぎて辛い
涎出てきた
152名無しさん@ピンキー:2010/12/12(日) 03:26:31 ID:pl8WzQ3H
はやく続きが読みたくなる
153名無しさん@ピンキー:2010/12/12(日) 11:38:46 ID:QGhPXzXZ
力のある女性が恋愛で狂うと非常に厄介ですが
そういう話は大好きです
154名無しさん@ピンキー:2010/12/12(日) 13:31:12 ID:tl2qol/q
ルネが頭の中では砂子にイメージされる
155名無しさん@ピンキー:2010/12/13(月) 01:50:17 ID:MK/4+05h
>>144

GJでした!

一つ住人に聞きたいんだが、ヤンデレ妹が自分の血を溜めて兄の血液と総入れ替えするエピソードがあった話しを知らないか?


読んだ覚えはあんだけどなんだったのかわからん…

もしかしたらキモウトスレだったかもしれんから、みんな知らなそうだったらむこうで聞くわ


スレチ&長々とすまん
156名無しさん@ピンキー:2010/12/13(月) 01:55:58 ID:+tFcIkwR
ほトトギすだった気がする
157名無しさん@ピンキー:2010/12/13(月) 02:00:23 ID:MK/4+05h
>>156

これだ!

本当にありがとう!
158名無しさん@ピンキー:2010/12/13(月) 02:08:40 ID:f0qjjNqj
聞いてないかもしれんがおれもこの話好き。とゆーか、この作者さんめちゃ好き

159名無しさん@ピンキー:2010/12/13(月) 08:00:38 ID:MBtYDxIa
出勤前の俺妹の時間
160名無しさん@ピンキー:2010/12/13(月) 08:18:42 ID:MBtYDxIa
誤爆しました
161名無しさん@ピンキー:2010/12/13(月) 09:58:27 ID:XUuBhQ3V
この人投下がえらい早いな
162名無しさん@ピンキー:2010/12/13(月) 10:17:14 ID:nJzTkQD9
ヤンデレの娘が自分の計画もとい願望を書きなぐってるんだろうな

おや?家の前に見たこと無いバンが止まってるなぁ…
見てこよう
163名無しさん@ピンキー:2010/12/13(月) 12:56:09 ID:sVvtPzUV
現物支給されるんですね、わかります
164名無しさん@ピンキー:2010/12/13(月) 21:34:15 ID:ounfq2VF
最近投下少ないねえ
165名無しさん@ピンキー:2010/12/13(月) 21:35:22 ID:F6IwPif8
まったりいこうぜ?
166 ◆m10.xSWAbY :2010/12/14(火) 00:41:50 ID:BvH/btTw
大分落ち着いてきたな…
俺の仕事も終わりかな( ^ω^)ミコッ
167名無しさん@ピンキー:2010/12/14(火) 00:57:12 ID:Mk5dlZ+F
>>166やはり・・・・・・
そろそろ本職再開?
 こんにちは、ヤンデレの娘さんのモノです。
 今回はスピンオフ、あるいは過去編を投下させていただきます。
 明石朱里が病んでいるので、今までのイメージが崩れてしまう恐れがあるのでご注意をば。
 それは、緋月三日たちがまだ高等部一年生だった頃のこと―――

 夕暮時の夜照学園高等部。
 2人の少年が、後者から出てくる。
 1人は日本人とは思えないほどの高身長。
 一見して細身だが、良く見ると相応に筋肉が付いている。
 ともすれば威圧的になりがちな印象は、目を細めた温厚そうな(おっとりとした)表情に中和されている。
 そして、もう1人は明朗な雰囲気の少年。
 まだ男の子、という表現がしっくりくる印象で、目が大きく、よく表情の変わる。
 「それにしても、まーた一原先輩に呼び出されるとはねー」
 「そう言や、何だったんだ、みかみん。先パイの用事ってのは」
 「生徒会の助っ人。中等部の時と同じだねー。でも、あの頃みたく荒っぽいことにはならなそう」
 「なら良いんだがよ。コーコーセーになってまで殺伐とされちゃたまったモンじゃねー」
 「そうそう。中二病バトルが許されるのはそれこそ中学生までってねー」
 「いや、そりゃ何か違うだろ!」
 2人は仲良さ気に雑談をしながら歩いている。
 長身の少年が話す度に、もう1人が大げさなリアクションをとる。
 ボケとツッコミの関係が見事に確立していた。
 そんな和やかな、いかにも男同士の友情といった雰囲気を感じさせる下校風景を、少し離れた校舎の影から1人、明石朱里(アカシアカリ)は見つめていた。
 朱里は、かわいらしい少女である。
 茶色がかった短髪。
 水泳部らしく、適度に鍛えられた、しなやかに伸びる手足。
 目が大きく、愛嬌のあるかわいらしい顔立ち。
 明るい笑顔の1つでも浮かべたら、どんな男でもドキリとさせることだろう。
 もっとも、今はまるで般若のような形相をしているのだが。
 「オノーレ・・・・・・」
 朱里はドス黒い感情を乗せて、目の大きな男の子―――葉山正樹の方を見つめる。
 「どうして、正樹はそんなヤツを隣に置いているのかな・・・・・・」
 恨みがましく、見つめる。
 「正樹の隣はアタシのモノ、私の隣は正樹のモノ、なのに・・・」
 今度は、長身の少年、御神千里のほうを、殺意さえ込めて。
 「オノーレ」
 もし、朱里のそんな姿を彼女のクラスメイトが見たらさぞ驚いたことだろう。
 普段の明石朱里は―――換言すれば人前での彼女は、誰に対しても常に快活な笑みを浮かべ、クラスの女子たちの中心にいる社交的な少女である。
 そんな彼女が、ドス黒い負の感情を露にしているのだから。
 猫かぶり、という言葉はあるが、被った猫の下にこんな本性が隠れているなんて、誰も知らないし、分かるはずも無い。
 ハイド氏もびっくりである。
 さて。
 彼女がこのような状況にあるのには理由がある。
 そもそも、明石朱里と葉山正樹は物心つくかつかないかくらいからの付き合いとなる幼馴染同士である。
 幼馴染同士で、学校も同じだが、中等部の間はずっとクラスが違い、別れ別れになっていたのだ。
 朱里にとって、中等部時代は地獄だった。
 正樹がいない、というだけではなく、中学生というガキくさい反抗期と被るもとい多感で感じやすい年代だけに、クラスの雰囲気が若干殺伐としていたからだ。
 夜照学園は進学校であり、他の生徒は競争相手=敵であるという意識が強かったこともあるのだろう。
 少し人間関係を読み違えればグループの中からハブにされ、ひどい時にはいじめのターゲットになることもあった。
 そんな中で、正樹という以前からの付き合いのある相手を欠いた状態で人間関係を零から構築することは朱里にとって多大な労苦を伴うものであった。
 朱里にとって、中等部時代は地獄のようなものではなかった。
 地獄そのものだった。
 そんな日々の中朱里の神経は磨り減らされ、一方の正樹も部活に打ち込んでいたこともあって2人は相応に疎遠になっていた。
 しかし、朱里はむしろそれによって正樹とすごした日々を愛おしく感じ、彼に対する恋愛感情を自覚するにいたった。
 その想いは地獄の日々の中でより強く、より深くなっていった。
 そして、高等部に入ってようやく同じクラスになることができた。
 高校生になった正樹は、3年間別々のクラスにいただけで、幾分か変わっていた。
 背も伸びて精悍さを増し、男らしく、格好良くなっていた。
 人間関係も変わっていた。
 元々人好きのする性格ではあったが、小学校の頃以上に多くの男友達に囲まれ―――親友とかいう少年が隣にいた。
 正樹の隣は、朱里の特等席だというのに。
 そのせいか、正樹からのリアクションも薄い。
 例えば、同じクラスになってすぐのこと―――

 「正樹、正樹。ひさっっっしぶり同じクラスになれたね!」
 「まー同じガッコだからな。ンなこともあるだろ」
 「一学年でクラスがひぃ、ふぅ・・・」
 「十三クラス、だったな」
 「13分の1!これは最早運命!。英語で言うとですてぃにー」
 「ガンダムか執事漫画みたいなこと言うな。ソレを言うなら偶然だ、ぐーうーぜーん」
 「このまま卒業まで、ずーっと同じクラスだと良いよねー」
 「止せよ。ガキじゃねぇンだし、そんないつまでもベタベタしてられっか」
 「そ、そう・・・・・・。ところで、この後の放課後ヒマ?良かったら一緒に・・・・・・」
 「あー、悪い。先約がある。お、みかみんお待たせ」
 「ン、はやまん。もしかしてカノジョさんと一緒だった?」
 「ちげーよ、みかみん。コイツは明石朱里。昔ちーとばかり一緒につるんでただけだって」
 「そっか、じゃあキチンとご挨拶しないとなー」
 「人の話し聞いてたのかテメー!」
 「・・・・・・・アナタは?」
 「俺は葉山の親友の御神千里。同じクラスになったことだし、よろしくして欲しいかな」
 「そう。親友、親友、ね」(ゴゴゴゴゴ)
 
 と、まぁこんな具合である。
 「折角、正樹に会うために地獄の日々を生き抜いてきたのに・・・・・・」
 改めて、朱里は2人の少年たちを見た、もとい睨み付けた。
 物心付く前から愛しているのに、その想いに気づいてくれない少年を。
 そのすぐ隣というポジションにいる少年を。
 特に、千里に対してはドロドロとした感情を向けずにはいられない。
 妬ましいし、それ以上に憎い。
 自分の定位置を奪ったことが憎い。
 その上、それを誇るでもなく当たり前であるかのように振舞っているのが憎い。
 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
 だから
 「「(・・・)あんな奴が彼の隣にいるなんて許せない(です)」」
 独り言が、期せずして唱和した。
 それは、つまり近くに誰もいないと思っていた朱里の周りにもう1人いるということで・・・・・・
 「誰よ!?」
 「ひぅ!」
 朱里がそう叫ぶと同時に、がさがさーと近くの花壇の影から現れたのは、1人の少女だった。
 華奢で小柄な少女である。
 雪のように白い肌に細い手足。
 美しい黒髪を肩の上あたりでおかっぱに切りそろえている。
 良く見ると目鼻立ちのそこそこ整った、癖の無い顔立ちをしていて、その大きな目には怯えの色がある。
 「・・・」
 「いや、黙ってたら分かんないって」
 上目遣いでオドオドとこちらを見る少女に、朱里は言った。
 「・・・ひ、緋月三日です。…一年十三組の…・・・」
 「はい?」
 いきなり自己紹介された。
 「・・・そ、その、『誰よ!?』って聞かれましたから」
 当然といえば当然の対応であった。
 「アタシは一年十二組の明石朱里よ。それで、アンタ・・・・・・そんなトコで何をしてたの?」
 相手だけ名乗らせるのも難なので、朱里も名乗ることにした。
 三日と名乗った少女がさっきまでいた花壇を見ながら。
 誰にも気づかれずに花壇の影にずっと隠れているとか変な人以外の何者でもない。
 「・・・そういう明石さんこそ、何をしてるんですか?」
 三日も朱里の方を見ながら、質問を返した。
 「うぐ・・・・・・」
 冷静になって考えると、朱里は校舎の影でクラスメイトたちを見ながらブツブツ独り言を呟いていた変な人なわけで・・・・・・
 「う、うるさいわね!良いじゃない、好きな人を遠目に見ながら恋煩いしたって!フツーよフツー!」
 開き直って勢い良くまくし立てて誤魔化すことにした。
 主に、自分の羞恥心を。
 「・・・確かに、普通のことですね。・・・好きな人は二四時間三六五日見ていたいものですから」
 「そうよ、フツーよセージョーよ!」
 なぜか納得する三日に、畳み掛けるように言う朱里。
 どうやらこの三日という少女はいささかズレている部分があるらしい。
 と、一通りまくし立てて朱里ははたと気づく。
 「「って好きな人ぉ!?」」
 2人の声が再度唱和した。
 朱里の頭の中が、パニックに陥る。
 正樹の恋敵はほとんど排除したと思っていたのにこんなところに意外な伏兵がいるなんてでも地味な感じの子だしでも『緋月三日』ってあの一原先輩(美少女マニア)に目付けられてた子の1人だったような・・・・・・。
 思考がグルグルと回りだして、朱里はパニックに陥りそうになる。
 とりあえず、思考を落ち着かせるために深呼吸。
 とにかく、この恋敵(仮)から少しでも多くの情報を引き出さなくてはならない。
 たとえすぐに有用な情報が聞けなくても、些細なことがこの恋敵を排除する布石になるとも分からない。
 朱里がそう決意したことが伝わったのだろう。
 対する三日の表情も剣呑なものに変わっていた。
 「…」
 三日は無言でこそあるものの、「恋敵は殺す。全て殺す」という思いがビリビリと伝わってくる。
 見た目は非力な少女だというのに、朱里には彼女がどんな強敵にも勝る脅威に見えた。
 一瞬、気圧されそうになるものの、朱里はゴクリと唾を飲み込み口を開く。
 「まさか、アナタ正樹のことが―――」
 「・・・まさかあなた、御神くんのことが―――!?」
 2人はこれまたほぼ同時にそう言って、2人は互いの勘違いに気づく。
 「……そっち?」
 「…(コクリ)」
 無言で頷く三日を見て、一瞬前までの緊張が一気に解ける。
 「はー、あの親友クンに惚れてるとはねー」
 「・・・よもや、御神くんの隣の人に懸想されている人がいらっしゃるとは」
 隣の人、という無造作な表現に、朱里はなぜか少しだけムッとした。
 「隣の人とは何よ!正樹はね、ちょーすごくてちょーかっこいいヤツなのYO!中学の頃なんて後輩のために・・・・・・」
 それからずっと、朱里は延々と(彼女の知るはずも無いことも含めた)正樹の自慢話を始めた。
 ・・・・・・途中から『子供の頃の恥ずかしい思い出』といったプライベートなことの暴露話になっていたが。
 はっきり言って、身内以外にはどうでも良いことこの上ない話だった。
 「・・・そうだったんですか」
 朱里の話を三日はしかし、何一つ厭うことなく最後まで聞いていた。
 「・・・すみません、『隣の人』なんて言って。私はあの人―――葉山くんのことは名前すら知らなくて」
 それどころか、真剣な態度でそう言った。
 そう言って、くれた。
 「ま、下手に正樹のコト知ってたらアナタも惚れてたかもだしねー」
 思わず、柔らかい笑みを浮かべて朱里は言った。
 「・・・御神くんのことは、何も知らなくて」
 そう言って、三日はうつむいた。
 「・・・御神千里くん、一年十二組の生徒さん。・・・それが彼について私の知るほとんど全てです」
 うつむいている三日の表情は、朱里からは分からない。
 「・・・明石さんと違って、ほとんど何も知らなくて・・・・・・」
 三日の小さな手が、制服のスカートをギュッと握る。
 朱里はその手をそっと包み込んだ。
 三日は、朱里の話を真摯に聞いてくれた。
 朱里にとって何よりも大切な人の話を、真剣に聞いてくれた。
 それが何より嬉しかった。
 だから、今度は朱里の番だ。
 「ねぇ、三日ちゃん。今度はアナタの話を聞かせてくんない?名前とクラスくらいしか知らなくても、それでもあの親友クンを好きになった、アナタの話」
 朱里の言葉を受けて、三日は話し出した。
 三日の話はつっかえつっかえ、要領を得ない部分もあったが、朱里は変に催促することも無く、彼女の語るがままに聞いていた。
 幼い頃は病気がちで、他人と接する機会がほとんど無かったこと。
 家族のこと。
 大好きだったお兄さんのこと。
 お兄さんがいなくなってしまったこと。
 そのさびしい思いを抱えたまま、学校でも他人とどう付き合っていけばいいのか分からず、更に寂しい想いをしていたこと。
 そして、
 そんな頃に、御神千里が優しくしてくれたこと。
 「・・・一目惚れ、みたいなものなんだと思います。・・・けれど、彼の姿を見ている内に、ずっとずっとずっと好きになって。いつの間にか、彼が視界にいないことがおかしくなってたんです」
 はにかんだ表情で、三日はそう結んだ。
 彼女は少し、自分と似ている。
 そう、朱里は思った。
 好きな人に対して不器用で、けれどとても一途だ。
 だから・・・・・・
 「ねぇ、三日ちゃん?」
 朱里は言った。
 「アタシと手を組まない?」
 「・・・手を組む、ですか?」
 朱里の言葉に、怪訝そうな顔をする三日。
 「アナタの話を聞いて私は確信したわ!アナタは使える!!」
 「私使われちゃうんですか!?」
 何気にヒドい台詞を今日一番の笑顔でのたまう朱里に、三日は当然ながらビビる。
 「その代わり、アナタも私を使い倒しなさいな」
 ずずい、と顔を近づけて朱里は言った。
 「アタシは使えるわよー。何せ一年生1の事情通だし」
 「事情通、ですか?」
 「そう!」
 バッと手を広げて朱里は続ける。
 「情報を制するものはガールズの世界を制する!ぶっちゃけ、イジメの原因とかでも情報収集を怠ってクラスの立ち位置ミスったこともあるし」
 「・・・随分と具体的というか真に迫っているというか・・・・・・」
 体験談だった。
 「ま、まぁ中学時代の黒歴史はさておき!私にかかれば、あの親友クンの個人情報から生写真まで!何でもそろうわよ!」
 「・・・生写真!?すっごく、欲しい!」
 朱里の言葉に目の色を変える三日。
 ・・・・・・どんな写真を想像しているのだろうか?
 「その代わり、私の恋愛にも協力して欲しいの。言わばギブアンドテイク、同盟関係ね」
 「・・・協力、ですか」
 「そうよ。まぁ、親友クンを攻略してくれるだけでも十分過ぎるくらいの協力になるんだけどね」
 アレ何か入り辛いのよねー、と愚痴る朱里。
 「・・・分かりました、明石さん。・・・手を、組みましょう」
 「おっけー」
 そう言って、三日の方に手を伸ばす朱里。
 「?」
 「握手よ。これでアタシら、友達ってことになるし」
 怪訝そうな顔をする三日に、朱里は言った。
 「・・・随分と打算的な友達のような気がしますけど」
 三日は苦笑を浮かべる。
 「友達なんてそんなモンでしょ。宿題手伝わせたり、ノート見せてもらったり―――恋愛相談したり」
 「・・・そうですね」
 そう言って、三日は朱里の手を握った。
 「同盟、成立ね」
 笑顔でそう言う朱里に、三日もまた笑顔で答えた。
 「・・・私、お友達と握手なんてしたの初めてかもしれません」
 はにかんだような、嬉しそうな表情で三日が言った。
 「そりゃコーエーね」
 対する朱里も笑顔で返した。
 「・・・初めて。・・・初めてのお友達」
 「そりゃコーエーどころじゃないわね!」
 そこまで突っ込んで、朱里はふと気が付いた。
 「っていつの間にか正樹たちいないし!」
 「本当です!」
 どうやら、長々と話し込んでいる内に正樹と千里は帰ってしまったらしい。
 「追うわよ、三日ちゃん」
 「・・・いきなり駆け出さないでくださいよう。私そんな走れな・・・・・・」
 「大丈夫、下校路を考えるに、近道をすれば何とか追いつけるわ!」
 「・・・そ、その前に息が切れちゃいそうです」







 おまけ
 それから、数ヵ月後
 「てーづーまーりー」
 だらけた表情で、朱里は自室の机の上に体を投げ出す。
 「男の子を攻略するのに比べると、数学の問題が簡単に思えてくるわよねー」
 今日は2人で勉強会兼恋愛対策会議。
 彼女の目の前には宿題のノートの他に意中の相手に関する情報を事細かに書き記したメモ帳がある。
 もっとも、朱里はそんな情報が何の役に立つのだろうという気分になってきているのだが。
 そんな朱里を、三日は微笑みながら見ていた。
 「・・・数学苦手な朱里ちゃんがそんなこと言うなんて、明日は雹でも降りそうですね」
 おかっぱ頭からセミロングの長さになった髪を揺らして、三日は言った。
 彼女の手元のメモ帳には『料理部部員からの証言―――長髪が好み』と書かれている。
 「みっきーのいぢわる・・・・・・」
 じとーっとした表情で朱里は三日の方を見やった。
 「・・・いや、みっきーって何ですか」
 聞き覚えの無い呼称に、三日が珍しく突っ込む。
 「みっきーが某ネズミの王国のマスコットばりに、イヤミなくらいかわいーからみっきーよ。可愛すぎて死んじゃえ」
 「・・・褒められてるのか妬まれてるのか分からない渾名ですね」
 「だって、良く見るとみっきーってアタシよか可愛いし。美少女だし」
 「・・・いやいやいや。それは無いですよ」
 「新ジャンル:イヤミ可愛い。死んじゃえ」
 「・・・ええっと、美少女って言うのは私のお姉様みたいなことを言うんじゃないかなーって」
 「あんなのと比べたら誰だって不細工ちゃんよ!死んじゃえ!」
 一頻り叫ぶと、朱里は部屋の隅で体育座りをはじめる。
 「・・・・・・正樹ぃ、早くアタシの気持ちに気づいて迎えに来てよぉ。アタシはいつだって準備オッケーなのにさー。って言うか昔言ってくれたじゃん。お嫁さんにしてくれるって。ハハ・・・、あの頃のまーちゃんは・・・」
 「・・・朱里ちゃん!?何か目がウツロですよ!?戻ってきてー!」
 現実逃避を始める朱里に、三日が叫ぶ。
 そんな気安いやり取りをする2人の姿は、打算的でも何でもない、ごく普通の友達同士のものだった。
 以上になります。
 楽しんでいただけたでしょうか。
 それでは、またお会いできれば…
177名無しさん@ピンキー:2010/12/14(火) 22:23:41 ID:9JLwkL9h
>>176
娘さんキタ!
GJ!
178名無しさん@ピンキー:2010/12/14(火) 23:56:30 ID:FF7xDaeC
ドラゴンファンタジーが読みたい…
179名無しさん@ピンキー:2010/12/15(水) 02:04:30 ID:5B6Cgu0Z
>>176gj

>>178てめぇ〜他の作品の投下直後なのにワザと言ってるだろう!
このデコ助!
180名無しさん@ピンキー:2010/12/15(水) 04:52:39 ID:dBNgwqy4
触雷読みたい・・・
181名無しさん@ピンキー:2010/12/15(水) 05:49:50 ID:/3Un+hoO
触雷マダー?
182名無しさん@ピンキー:2010/12/15(水) 06:11:03 ID:byNyocOl
>179
半日経ってるんだから一々噛みつくな…
お前も人にどうのこうの言う前に先にGJしろやw
183名無しさん@ピンキー:2010/12/15(水) 07:15:30 ID:60MYH0c9
個人的には囚われし者や黒い陽だまりの続きが読みたい所だ。
特に囚われし者なんて、良い所で終わってるからな・・・
184名無しさん@ピンキー:2010/12/15(水) 09:11:05 ID:mNs3nKGJ
>>183
そう!おれもあの二つ大好きで何度も読み返してるけど全然投下されないんだよね
また戻ってきてくれないかな…
185名無しさん@ピンキー:2010/12/15(水) 10:37:55 ID:GqTTKVsm
虜にするために寸止めにしてるんだろうな
186ブラック☆プラチナスオード:2010/12/15(水) 11:36:51 ID:KWw2sVYt
で、ヤンデロイドの続きはいずこ?
187名無しさん@ピンキー:2010/12/16(木) 08:30:46 ID:JzG8pnVo
触雷!と現物支給の続きはまだかね?
188ブラック☆プラチナスオード ◆JG5fLsT9COuY :2010/12/16(木) 08:42:29 ID:b1DkoxEC
如月はオレの性奴だったってことにすれば、石原親父も規制を撤回するんじゃね?
189名無しさん@ピンキー:2010/12/16(木) 16:41:11 ID:JzG8pnVo
次の作品投下まだかな〜?
190シンタロー・ストーンワイルダネス:2010/12/16(木) 23:19:52 ID:m1xuePtd
規制されたくなけりゃさっさと作品書けよオラ。
191名無しさん@ピンキー:2010/12/16(木) 23:23:15 ID:kBceY6w+
今書いてる
短編しか書いたこと無いのに中編か長編になりそうだ
192名無しさん@ピンキー:2010/12/17(金) 00:11:15 ID:70YnsQSU
>>176
GJ!
幼馴染の女の子がヤンデレ化する設定は大好きです。
正樹の方が全然、想いに気が付いていない、っていうのも良いです。
これから想いが成就するのか、惨劇になってしまうのか。
何にせよ、面白かった。本編の方も期待して待っています。
193名無しさん@ピンキー:2010/12/17(金) 01:36:26 ID:8uGlJG4D
書けたので投下します
なにぶん新参なもので、何か不手際や間違いがあったらご指摘いただければありがたいです
194わたしをはなさないで 第一話:2010/12/17(金) 01:37:37 ID:8uGlJG4D
うちには拾って来たペットがいる
犬が二匹、猫が三匹、カメと女の子とが一匹ずつ
アパートはペットOKとはいえ、一人暮らしのフリーターには餌代だってバカにならない
なんだけど、どうしても我慢できずに拾ってきちゃうんだよなぁ
エゴだとは思うけど、捨てられてるの見てるとやっぱりかわいそうでさ

「ワン!」
「ニャー」
「………」
「おなかすいたー!」

まったく、バイトから帰るなり飯の催促か
少しは温かく迎えて欲しいもんだがねぇ

………うん、何が言いたいかは分かる
今この場にポリスメンが居たら、俺はこれから三食税金で食わせてもらえる楽しい楽しい別荘行きだ
けど、俺がこいつ―――古口夏樹(こぐちなつき)をここに住まわせてる理由
そんなのぶっちゃけて言えば他のみんなとおんなじ。[拾った]んだよ

「フミー! おかわりー!」
「ナツはちょっと遠慮して食え」

ああ、そういえば言ってなかった
俺の名前は笹原文祟(ささはらふみたか)。ピッチピチの22歳
ナツから……と言うか、この数年知り合いからフミ以外の呼ばれ方をした覚えが無い

「ほれ。俺も食べるからあんまり大盛りにはせんぞ」
「ええ〜〜っ」

嫌そうな顔をするナツに、イエノブとイエツグ(犬)がワンワンと抗議するようにほえた
俺たちはドッグフード一皿で我慢してんだぞ、とでも言ってるんだろうか
195わたしをはなさないで 第一話:2010/12/17(金) 01:38:14 ID:8uGlJG4D
「ところで、ナツ」
「なにー?」
「……口に物入れて喋るな。行儀悪いぞ」
「フミが話しかけてきたんじゃんか」
「……まあいいか。飯食ったら話すよ」
「? うん」

こいつ、本当に十六歳か?
うちに来たときから身分証のようなのは何も持ってないから自称十六歳ってのを信じてたが
今になってみるとやっぱ限りなく怪しい
背もちっこいし、言動行動子供っぽいし、食い意地張ってるし、子供度強化スキルの黒髪ツインテールだし
スリーサイズも残念なのは目に見えて分かる
俺のスカウターはおおよそ13・4歳だと言ってるね
……って、余計にやばいんじゃなかろうか、それ
マジなら俺の別荘での休暇期間が桁違いに伸びるぞ

「あっ、イエハルにイエシゲ! それわたしのカマボコー!」

うん、十六歳の分別ある乙女はカマボコ二切れを猫に取られたくらいで大騒ぎしない
あとナツ、追っかけまわしてるあいだにイエサダ(猫)がお前の皿からいそべ揚げ持ってったぞ



誤解してるやつもいるかもしれんが、これは誘拐じゃないぞ
二年前のどしゃ降りの日、こいつがずぶ濡れでうちのアパートの前に座り込んでたのが始まり
あのものずげえ胡散臭い自己申告を信じるなら、こいつが十四歳のときだな
そんでうちに連れて行って風呂に入れてやり……もちろん俺は入ってないぞ
シャツ貸してやって、熱いコーヒー出して、落ち着くまで待って、話を聞いてみた
なんでも、両親に捨てられたんだという
朝になったら家に一人きり。書置きも貯金もない。親族も無く、来るのは金返せとがなりたてる怖いオッサンばっかり
一週間もしないうちに家を追い出されて、当ても無く歩き、疲れ果ててこのアパートの軒先で休んでたとのこと
まあおおむねのとこは分かった。こいつの両親は、借金踏み倒すつもりで娘を残して夜逃げしたんだろう
まあしかしこれはポリスメンの仕事だ
さっさと警察に連れて行って保護してもらおう
そんな意味のことをマイルドに、言葉を選んで伝えると、こいついきなり泣き出しやがった
俺の服を掴んで、鼻が触れ合うくらいにまで顔を近づけてさ
甲高い声で叫んでるからあんまり聞き取れなかったが、この二言だけは耳に届いた

見捨てないで 追い出さないで

なるほど。考えてみればよく分かった
こいつは両親に捨てられたことと、住み慣れた家を追い出されたことが酷いトラウマになってるらしい
身寄りも頼る人もいなくなって、独りぼっちでどんなに寂しかったろう
そんなときに声をかけられ、家に入れてもらい、話を聞いてもらえた
その喜びは察するに余りある
その男に、じゃあ警察行こうかといわれればこの反応も無理はない
つまり簡単に言えば、俺はこいつに懐かれちまったんだ

……その後集まってきた隣人や大家には、こいつは俺の姪です。しばらくここに住みます
この二言で押し切った
その時、いつか引っ越しをするときは、隣に声が響かない壁の厚い部屋を借りると誓った
196わたしをはなさないで 第一話:2010/12/17(金) 01:40:20 ID:8uGlJG4D
「ごちそうさまー」
「おそまつさまだこの野郎」
「なに怒ってんの?」
「俺のいそべ揚げ二本食っちまっておいてなんだその言い草は」
「のろのろ食べてるフミが悪いんだよー」

はじめのうちは借りてきた猫みたいにおとなしかったのに、今ではこんな暴君に育ちました
すっかりうちに慣れたと言う事もできるが、いくらなんでもそりゃ好意的な意見すぎるだろう
それにあまり慣れてしまうのも、少し寂しいがあまりいいことじゃない

「ナツ。お前の両親のことなんだけどさ」

そう口火を切ると、ビクンと電気にうたれたようにナツの体がはねた

「何か警察から言ってこないか?」
「……知らないよ」
「でもなぁ、お前も会いたいだろ
 去年までたまにお前が財布に入れてる家族の写真見て泣いてたの、知ってるんだぜ」
「………」
「ナツ。お前もいつかは帰るんだ。両親のところか、さもなくば知らない縁戚の人のとことかな」

警察には、古口夫妻には以前とてもお世話になった者だと言って捜索願を出した
無論ナツのことは話してない
話せば当然ナツを引き渡さなきゃならなくなる
そうなれば泣いて叫んで大騒ぎすることは目に見えてたし、そんな姿を見たくはなかった
それに捜索願を出したのは、いろいろと忙しかったせいでナツを住まわせてから2ヵ月後
たぶん大丈夫だろうが、なんかの罪に問われたりすんじゃないかと思ったってのもある
ええ、俺骨無しチキンですから
そんで担当がずいぶんと熱心な警官に当たったみたいで、二ヶ月にいっぺんくらい捜査の進展状況を電話で教えてくれた
ナツのことは(俺の姪だと説明したが)知ってるため、電話応対を任せている
もっとも俺はバイトに出てる時間が長いため、必然的にナツが応対することになってるんだが、ここ一年まるで電話が来ないらしい
部署が変わってしまったのかどうか分からないが、捜査の進展が分からないのは歯がゆいものだ
197わたしをはなさないで 第一話:2010/12/17(金) 01:41:14 ID:8uGlJG4D
「わたし、行かない。ずっとここにいる」
「そう言うなよ。お前も両親に会いたいだろ? きっと今ごろ、ナツを置いていったこと後悔してると思うぜ」
「会いたくない。わたしにはイエノブとイエツグとイエハルとイエサダとイエシゲとイエツナ(亀)、あとフミがいればいい」
「でもな、ずーっとこのままってわけにもいかないぞ。例えば俺もお前もいつかは結婚するかもしれない。その時はどうするんだ?」
「いいもん。わたし、フミと結婚するもん」

俺にロリコンの気があればここでルパンダイブでもするんだろうがね
あいにくと俺はお姉様属性だ

「でも、どうしてそんなこと言うの? ………まさか」

あ、また始まっちまうか?

「フミ、わたしを捨てないで! ここに置いてよ! 私にはもうここしか、フミしかいないの!
 両親も親戚縁者ももうどうだっていいよ! フミがやれっていうなら何でもするから! 何されたっていいから!
 だからわたしを離さないで、わたしを愛してよぉ………!!」

しまった、いつもはもっとソフトに説得してるんだが、今日はちょっと地雷踏んじまったみたいだ
こうなったナツはそう簡単に収まらない
落ち着いて眠るまで、ずっと手を握っていっしょにいてやらなきゃ、たぶん明日までだって泣き続ける
しかもナツが泣き始めるのに合わせて、イエノブとイエツグがワンワン吠え出す
素晴らしいコンビネーションだ
これでお隣さんから苦情が来ても、犬が大騒ぎしてしまってすいませんで済ませられる

「わかったわかった。もう言わないから今日は歯磨いて寝よう、な?」
「……うん。でもね、フミ」

ナツのちっこい体が機敏に動いて、素早く口付けをかわす

「わたしは、絶対にフミのこと、離さないからね」
「はいはい」

ナツは寂しいだけなのか、それとも本当に愛されてるのか
俺にはどうしても分からなかった
198わたしをはなさないで 第一話:2010/12/17(金) 01:42:19 ID:8uGlJG4D
とりあえず一話終わりです
まだ相当微病みですが、こんな書き方でいいんですかね?
199名無しさん@ピンキー:2010/12/17(金) 01:54:36 ID:jgeuNH20
GJ!! 木曜にこんないい作品が読めるとは...
寝なくて良かった。
200名無しさん@ピンキー:2010/12/17(金) 01:55:13 ID:Syz4A9ya
いいですとも。
新たな楽しみになりそうですよー
201名無しさん@ピンキー:2010/12/17(金) 01:57:47 ID:DS4UuqMO
GJ!
これは期待せざるを得ない
>>197で主人公がオマケみたいになってて泣いた
202名無しさん@ピンキー:2010/12/17(金) 06:33:44 ID:59gZ1RCV
普通に面白かった
203名無しさん@ピンキー:2010/12/17(金) 08:56:16 ID:CovYuxXc
いいねぇ
204名無しさん@ピンキー:2010/12/17(金) 18:29:58 ID:4aR/o1xu
>>198
GJです!
205名無しさん@ピンキー:2010/12/17(金) 19:16:12 ID:tjYmL5Oy
GJ!もっと投下来ないかな?
206名無しさん@ピンキー:2010/12/17(金) 23:26:43 ID:8uGlJG4D
あの、ホント初歩的な質問なんですけど
>>144みたいに名前欄にIDみたいなのが入ってるのっていったいどういう意味があるんですか?
話書いてる人によく入ってるように見えるんですが
207名無しさん@ピンキー:2010/12/17(金) 23:53:01 ID:59gZ1RCV
>>206
成り済まし防止じゃない?
書いている作品を本人以外の別の人が勝手に書いたりしないためと思えばいいよ。

まぁ、簡単な話、本人証明書みたいなもんさ。
208名無しさん@ピンキー:2010/12/18(土) 00:09:42 ID:MSAZmxMu
わかりました、ありがとうございます
それじゃ私は今のIDをこれから名前欄に入れてみます
わたしをはなさないでの二話目、紙には書いてるので、これからパソコンに打ち込んで投稿します(打ち込み超遅いけど)
209 ◆MCTXn0LJMQ :2010/12/18(土) 00:53:13 ID:Fzs2ktXD
>今のIDをこれから名前欄に入れてみます

少し勘違いしてると思われ。
そのIDみたいなのはトリップと呼ばれる奴なんだが名前欄に#と好きな文字列を入れると
自動的に生成される暗号みたいな文字列のことです。
たとえば、俺は今名前欄に#yandereと入れて書き込んでいる。

すると名前欄が#yandereでなく ◆********* (#yandereで書き込んだ事ないので*********内がどういう文字列になっているかは知らない)

とトリップとして自動的に生成された文字列になるはず。

これは固有の文字列で#の後ろに入力する文字列が同じ文字列なら必ず同じトリップが生成される
それは他人がいれても同じ
故にその文字列(トリップキー)は自分だけが知っているものでなければならない。
そうでないと他人が同じトリップキーを入力することでその人物に成りすますことができる
210♯akasaka:2010/12/18(土) 02:26:23 ID:MSAZmxMu
丁寧な説明ありがとうございます
それじゃ、やっと二話書き終わったので投下します
211 ◆aUAG20IAMo :2010/12/18(土) 02:28:52 ID:MSAZmxMu
あれ、変換されてない
んじゃ文字列を変えてやってみよう
212:わたしをはなさないで 第二話:2010/12/18(土) 02:30:31 ID:MSAZmxMu
「……やっと寝たか」

時計を見ると、そろそろ太陽と顔をあわせることになりそうな時間
ナツもあまり騒がなかったからイエツグたちは早々に寝ることができたが、俺はそういうわけにはいかなかった
寝て数分後に、目を覚ましたナツに話しかけられる
無視して寝ようとすればまた泣き出すのでほっとくわけにもいかない
起きたときに両親がいなくなっていたときのことを思い出したのか、寝ていても俺の左手を離そうとしなかった
まあいい、これでやっと寝れるってもんだ
10時ごろになれば、腹をすかせてワンワンニャーニャーお腹すいたお腹すいた鳴きだすから、それまでは爆睡できる
今日と明日、日・月と非番にしといたのはまさに英断だったぜ
んじゃ、寝る前に携帯を充電器に繋いで………

「ん?」

メールが……21件? なんだこりゃ
俺にはこんなふうにアピールしてくる幼なじみで年上巨乳のヤンデレお姉様なんていないぞ。募集中だけど
恐る恐る受信メールを開いて

「あの、バカ」

ため息をついた
その受信元は全て同じ
『兼山直也(かねやまなおや)』
幼なじみは幼なじみだが、男でゲームと幼女大好きな人間中退者
しかもこんなのが警官だってんだから世の中恐ろしい
21件もメール書くとはごくろうさまバカ野郎としか言いようが無いが、言ってることはほとんど変わらん
[新しいゲーム買ったんだがぜんぜん勝てない。月曜日非番だから助けてくれ]
あいつ、明らかに自分より強い敵に真正面から突っ込んで死ぬタイプだからな
前作では回避なんぞ女々しいことはやらんと豪語しておいて、二日後に勝てないと泣きついてきたバカだ
まあ俺もそのゲームは買ってるし、あのバカよりもランクは高いみたいだから、たまには旧交を温めよう
ついでにナツの両親について聞ければありがたいしな
んじゃ、返信すっか

[把握した。飯と情報提供してくれたら手伝ってやる
 二年くらい前に俺が世話になった古口さんって夜逃げした家族の捜索願出したんだが
 その後の捜査はどうなってんのかわかんねえんだ。一般人が行って聞くのもなんだからな
 国家転覆規模の間違いか億単位の賄賂で警察になったお前に調べてほしいんだわ
 あと飯は肉な。肉以外は認めん]

これでよし。そんじゃおやす……ってもう返信きやがった
まさか、警官がこんな時間までゲームやってたんだろうか

[把握した。まあおまえ自身が届け出たんならそんなに難しくも違法でもねーしな
 んじゃ明日の10時、俺らの大学の頃行きつけのカフェで待ち合わせな
 昼飯には魚肉ソーセージを腹いっぱい食わせてやるよ]

バカ野郎、魚肉はもう食い飽きてんだ
そう書いてやろうかと思ったが、もう眠くて眠くて、携帯握ったまま布団の上にぶっ倒れた
左手はナツとつないだままだったから、ずっと右手でメール書いてて疲れた
んじゃ、今度こそおやすみだ
213:わたしをはなさないで 第二話:2010/12/18(土) 02:31:04 ID:MSAZmxMu
「おきろーーっ!!」
「あべし!」

貴重な休日の爽やかな朝は、同居人のフライングボディプレスから始まった
時計を見ると7時
こいついっぺん家から追い出したろか。本気じゃないにしても、思わずんなこと考えるほどムカついた
昨日の臆病さとしおらしさはどこに行っちまったんだか
普通に起こしてくれりゃ元気になったことを素直に喜べるってのに

「フミ、そろそろ起きなよ。仕事は?」
「カレンダーを見ろカレンダーを! 今日は非番だ! 神様だってまだ寝てるさ!」
「あ、そうだっけ、ごめんねー。それじゃわたしコーヒー入れてくるねー」

スタコラと台所に逃げるナツ
見ると俺とナツ以外に起きてるのは亀のイエツナだけ
子供と年寄りは朝が早いって言うがなぁ、まったく
そんじゃ、他のみんなを見習って俺も二度寝を……

「フ、フミーーっ!!」

そんな大声が聞こえたと思ったら、続いて鍋をひっくり返すような音がした
こりゃたぶんうちだけじゃなくて、アパート全体に響く目覚ましになったことだろう
……ちくしょう。休日くらいゆっくりしたいっての

それから朝食を作って食べた
ナツはパンが一枚少ないとぶーぶー文句言ってたが黙殺した
何で減らされたのかわからんほどのアホの子なんだろうか、こいつは

「ねえ、今日どっか行くの?」

パンを銜えながら、あいかわらず不満そうな顔を崩さず聞いてくる
こいつ、食事中は口に何か入れてしか喋れんのだろうか
もういちいちツッコむのも面倒くさい

「ああ。金下ろしたり、商店街でいろいろ買ったりしなきゃならん」

そう言うと、さっきまでの不満そうな顔もどこへやら
らんらんと目を輝かせて、期待に満ちた目で俺を見つめてくる

「ナツはイエツグたちの散歩に行ってくれ。それが終わったらどっか遊びに行ってもいいぞ」
「うん、わかった。じゃあイエノブイエツグと一緒に銀行と商店街に散歩に行くね」
「やっぱ商店街と銀行逆にしよう」
「じゃあわたしも逆にしよっと」
「やっぱ俺は買い物して荷物置きに一度帰ってから銀行行こう」
「じゃあわたしは商店街に散歩に行って、一度帰ってから銀行に遊びにいこっと」
「…………」
「一緒に行こ? ねっ?」

にこにこ笑ってるくせに、不退転の覚悟で絶対についてくるつもりらしい
行く前から、めんどくさいことになることが手に取るように分かった
214:わたしをはなさないで 第二話:2010/12/18(土) 02:31:42 ID:MSAZmxMu
俺が働いてるから生活できてる
その理屈は分かってるからか、バイトの時間についてナツは何も言わない
しかし非番のときは別らしく、トイレと風呂以外の時間は俺から片時も離れようとしない
いっしょにいたいから
理由を聞いたら、そんな答えのようなそうでないような微妙な回答をもらった

「んな、恋人同士じゃあるまいし」
「うん。わたしたちは、今は恋人じゃなくて、家族
 そして家族って言うのは、ただの恋人なんかよりもずっとずっとずーーーーっと強い絆で結ばれてるんだよ」
「そう、か」
「うん、そうだよっ」

思わず昨日の話をむし返しそうになったが、喉元まで出てきた出てきた言葉を止める
またあんあふうにナツを悲しませることも無いよな
ナツの思うような家族にはなれそうにも無いが、それでも今だけはつきあってやろう
お互い考え方は違っても、たしかに俺たちは家族なんだからな

「それじゃ、いっしょに商店街へGO−!」
「はいぃ?」
「どしたの? 一緒に行くことになったでしょ?」
「どうしてそういうことになったのかわからない。細かいことが気になるのが、僕の悪いクセ」
「あー、あのドラマ面白いよねー」
「俺は以前の体育会系の相棒しか認めん」

好きなドラマの話をしながら歩いてたらいつの間にか商店街に着いていた
しまった、図られたか
そう思って横を見ると、ナツだけでなくイエノブたちも[してやったり]という顔をしていた
215:わたしをはなさないで 第二話:2010/12/18(土) 02:33:04 ID:MSAZmxMu
「冬美ちゃん、今日もお兄さんと買い物かい?」
「はい。フミはすぐにいなくなっちゃうから、わたしがついててあげないと」
「イエノブー、イエツグー、迷子常習者のバカが偉そうなことぬかしてるぞー」

非番の日はしょっちゅう来るためか、俺たちはこの商店街ですっかり顔を覚えられている
冬美 っていうのはナツの偽名だ
とっさに思いついたのがそれだったんだね。ほら、夏の反対は冬だろ?
そうナツに言ったら安直だと大笑いされた。こんにゃろ
まあ買い物も終わったし、あとは銀行行くだけ―――
と思ってたら、行きつけの店の店頭で声かけられた

「あ、笹原さん。お願いされていたもの入りましたよ」
「えっ、マジで!?」
「お探しの映画は[博士の異常な愛情〜または私はいかにして心配することをやめ水爆を愛するようになったか〜」ですよね?」
「早口言葉みたいなタイトルコールお疲れ様」
「はぁはぁ。それじゃ、三本で390円です。楽しんでくださいね」
「存分に堪能させてもらうよ」

個人経営のレンタルDVD店、なんて珍しいよなぁ
ここは見たいものをお願いすれば可能な範囲で取り寄せてくれるお気に入りの店だ
白黒映画なんて大手の店じゃそう置いてないしな。早く帰って見なくちゃ

「………」
「あたたた!」

喜んでたら、いきなりナツに尻をつねられた

「なにすんだよ」
「デレデレしちゃってさ。綺麗なお姉さんにはすぐ笑いかけるんだから」
「なんだとぉ?」

まあたしかに、この人はビデオ屋の看板姉さんだ。しかし既婚者でそうは見えんが子持ちだぞ
そんな夫子ある人に色目使ってると思ってんのか、こいつは

「わたしにならいいのに。家族なんだから」
「あいかわらずわけが分からない理屈だな」
「わかりやすいでしょ! 家族ならそういう目で見てもいいけど、他の女はダメなの!」
「OK落ち着け、大声はNGだ。あとたぶんその理屈は逆だ」
「違わない!! わたしは家族で、家族兼恋人なんだからっ!!」

……閑古鳥が鳴いてる商店街でもこうまで静まり返ったことがあっただろうか
いや、ない。と思う
みんな一言も発さず、驚いたように俺たちのほうを見ていた
いやね、他の女を目の敵にしたり、俺の尻をつねるってのは今までもあったのよ
しかし、これはないわぁ………

「冬美ちゃん。結婚は16歳にならなきゃできないのよ」

佃煮屋のおばちゃん、それフォローになってないです
いたたまれなくなって、俺は荷物と一緒にナツを抱えてその場から駆け出した
イエノブとイエツグは置いてきてしまったが、こいつらはナツの数十倍頭がいい
ほっといても勝手に帰ってくる
いまはただ、一刻も早くこの場から逃げ出したかった
216 ◆aUAG20IAMo :2010/12/18(土) 02:35:28 ID:MSAZmxMu
二話投下終わり
まだあんま病んでないですが、気長に見てもらえると嬉しいです

しかしトリップ間違えて地名晒すことになったのがすごい恥ずかしい
217 ◆aUAG20IAMo :2010/12/18(土) 02:37:09 ID:MSAZmxMu
誤植発見

三本で390円→一本で130円
218ナサハ:2010/12/18(土) 04:20:42 ID:BZEA0GM1
グッジョブです!


これは可愛いヤンデレ(?)ですな〜

終わりがどうなるかかなり気になります。
219名無しさん@ピンキー:2010/12/18(土) 11:50:53 ID:8ocEgi8g
>>216
ぐっじょぶです。
 ナツの両親のことなど、病む下地は十分、これが今後どうなるのか気になります。
220シンタロー・ストーンワイルダネス:2010/12/18(土) 13:25:53 ID:3tIBg1bQ
ボーイッシュヤンデレないの?
221名無しさん@ピンキー:2010/12/18(土) 13:45:26 ID:yT3Lh7PE
>>216
GJ!
222名無しさん@ピンキー:2010/12/18(土) 19:40:27 ID:TqmeZXyE
>>216GJ


>>220キミは男装少女萌の保管庫に行った方が良い。
 ボーイッシュスレの作品は好みが別れる所だが、アソコなら大丈夫だろう。
223名無しさん@ピンキー:2010/12/18(土) 21:15:08 ID:F2MYUEQ2
キモオタと彼女の続きマダー?
224名無しさん@ピンキー:2010/12/18(土) 21:17:53 ID:bGeSSase
現物支給か触雷!の続き来ないと作者殺してあたしも死ぬ!!
225名無しさん@ピンキー:2010/12/18(土) 21:37:50 ID:wZnnOw9C
そういう来る可能性がありそうなのはほっとけ
もう何年も来てない奴を希望しろ
226名無しさん@ピンキー:2010/12/18(土) 22:58:42 ID:ytR9bDxl
そのあたりなら、そのうちきっと書いてくれる

わたしをはなさないでの続きマダー?
227名無しさん@ピンキー:2010/12/18(土) 23:17:26 ID:JdCTLV+5
不安なマリアが来てほしい
228名無しさん@ピンキー:2010/12/19(日) 00:13:29 ID:INDtfpZN
最近はいいヤンデレSSが増えてうれしいえ
229名無しさん@ピンキー:2010/12/19(日) 00:37:42 ID:uJRwv8v4
お前らは来てほしい来てほしいばっかだな。
230名無しさん@ピンキー:2010/12/19(日) 00:58:57 ID:K/LQlXRA
はげどう
231名無しさん@ピンキー:2010/12/19(日) 00:59:16 ID:2+zFqmvb
ヤンデレSSサイトですからね、作品来なきゃ何も始まらん!
232 ◆aUAG20IAMo :2010/12/19(日) 02:13:57 ID:kdSC4nYx
たてつづけですが、三話できたんで投下します
ようやくちょっとは病み始める、かも
233わたしをはなさないで 第三話:2010/12/19(日) 02:14:58 ID:kdSC4nYx
「……で、何か申し開きはあるか?」
「ないよー」

スパッと言い切ったなこいつ
ただ今、コタツ挟んで家族会議中
議題はもちろんさっきの商店街の出来事についての糾弾
それが延々続いてもう夜になろうとしている
ああ、せっかくの休日がこんなことで終わってしまうなんて
しかし俺がナツを筆頭に帰ってきたイエノブやイエシゲ達に向かう形になってるせいで、なんだか俺が糾弾されてる気になってくるんだが

「だって、私はフミの家族だもん。家族をほおっておいて他人にうつつを抜かしたりしたら駄目なんだもん」
「じゃああの恋人云々ってのは何だ。おかげで暫くはあの商店街に行けねぇぞ」
「いいじゃん。だってわたし、フミのこと大好きだよ」
「そのわりには色々と迷惑かけてくれるなおい」

早朝にたたき起こしたり、鍋ひっくり返したりな
今日以外でよければ星の数ほど罪状を読み上げられるぞ
冷蔵庫食い荒らしたり本棚ひっくり返したりボヤ起こしかけたり蛇口壊したりetcetc……

「だってわたしたちは家族だもん。いくら大好きな人でも、顔色を伺うようなことはしないよ」
「限度を知れ限度を」
「ドジっ娘って、好きじゃない?」
「お前のはただのドジと言うんだ。萌えポイントみたいに言うんじゃない」
「……ふーん」

あんまり世間様に背を向けるような行動をしちゃならんってことを分かってくれたと信じたい
けれど、そのときのナツの表情を見て悟ったね俺は
ああ。こいつ絶対に分かってないって

「でもさ、家族+恋人って、無敵じゃないかな?」
「……わりぃ、君が何言ってんのか俺にはさっぱりすっぱりこれっぽっちもわからない」
「だーかーらー……家族って言うのはぜ〜〜ったいに手放しちゃいけないものでしょ? 
 恋人って言うのはぜ〜〜ったいに守らなきゃいけないものでしょ? 
 その二つをわたしが兼ね備えれば、フミとはどんなことがあってもぜ〜〜ったいに離れられない存在になれるんだよ!」
「あ、そう、ッスか」
「だからフミ、わたしと付き合おう?」
「お姉様という存在の対極に居る子供には恋愛射程外」
「むぅ〜〜〜」

何度も言うが、お前やっぱ十六歳じゃないだろ
ほっぺた膨らませて怒るなんて、いまどき子供ですらやらんぞ

決めたよ、俺
一刻も早くこいつの両親探してやって、親元に帰してやろうって
いつまでもここにいたら、俺以上にナツにとってよくないよな
いつものふざけた調子じゃなく、真面目に話せばナツもきっと分かってくれるはずだ
234わたしをはなさないで 第三話:2010/12/19(日) 02:15:25 ID:kdSC4nYx
「ねぇ、晩ご飯食べようよ。お腹すいちゃった」
「もう少し待て。大事な話がある」
「?」
「お前の両親のことだ」

また、昨日のようにナツの体が跳ねる
けれども今回はちゃんと聞いてもらわなきゃならない話なんだ
聞きたくないと言いたげに耳に当てた両手を握り、まっすぐに目を見て話す

「明日俺は警察関係者に会うことになってる。そこでもう一度お前の両親か親族を探してくれと頼む」

まあ、どんなに腐っても警察関係者には違いない
もともとは遊びに行くつもりだった、なんてこの流れじゃ口が裂けても言えないけどな

「………フミ。冗談、だよね?」
「本気。お前はこの家に長く居すぎたんだよ」
「わたしのこといらなくなったの? 捨てるの!?」
「捨てるんじゃない。いつでも会いに来ていいしお前が携帯買ったらメアドも教える。けど、ここに住むのは駄目だ」
「なんで!?」
「お前は俺に情が移りすぎたんだよ。今は愛と情の区別がつかなくなってるだけだ」
「そんなことないもん!」
「いや、そうだ」
「…………」
「心配するな。今すぐ出て行けなんて事は絶対に言わない。両親や親族が見つかるまではここにいてもいいさ」
「………パパもママももう会いたくなんてない。フミがいい。フミじゃなきゃ嫌」

泣きそうな顔でこんなこと言われちゃ、思わずやっぱりうちにいろと言ってしまいそうになる
しかしそれじゃ元の木阿弥だ
この、慣れすぎていて忘れていた異様な関係に別離のときが来た。それだけだ
ナツは、イエハルたち動物とは違う。人間なんだ
当たり前すぎて忘れてたことが、ようやく俺の悪い頭にも思い出されてきた
ここにいろとは言えない
だからそのかわり、コタツ越しにその小さい頭を胸に抱いた

「ごめんな、ナツ」
「………謝るくらいなら、ずっとここにおいてよ」
「……ごめん」

この奇妙な共同生活終焉のカウントダウン
それが、今日この時から始まった
235わたしをはなさないで 第三話:2010/12/19(日) 02:17:13 ID:kdSC4nYx
この日、飯を食うことなく布団を敷いた
俺もナツも何も言わない
頑張って口を開こうとしても、この場にそぐわないことばかり言ってしまいそうになる
それが怖くて、俺は何も言えなかった
イエシゲたちもこの張り詰めた空気を理解したのか、一言も鳴かずに寝床に入っていった
ようやく言葉が交わされたのは、電気を消してからだ

「フミ」
「ん?」
「わたしって、フミにとってなんだったの? 邪魔な存在?」
「あいにくだが、そんな邪魔者を二年も養うほど広い心は持ってない」
「じゃあ、ただの居候?」
「それも違うな。しいて言えば……姪っ子、かな」

隣人達をごまかすためにそうにナツを紹介したが、今考えると本当にそんな気がする

「姪っ子を追い出したりしないでよ」
「婆ちゃん家に遊びに来て、家に帰りたくないって泣く子供いるだろ。今のナツはあんな感じだな」
「………子供じゃないもん」

目をつぶっていたから、不覚にも俺の布団に進入されるまで気が付かなかった
しかも少し触れた感触的に、こいつ服を着てない。この寒いってのに
動揺を悟られないように背中を向けるが、その背中にナツは裸のままくっついてきた

「子供じゃないもん。フミのためだったらなんだってできるもん」
「……服着て自分の布団に戻れ」
「やだ。フミにとってわたしは家族じゃないんでしょ。だったら、抵抗なんて無いでしょ?」
「おい」
「背もちっちゃいし胸もぺたんこだけど、わたしだってできるよ。わたしの体、好きにしていいよ」
「怒るぞ」
「いいよ。怒っても、ぶたれてもいい。だからわたしにフミをちょうだい。わたしを捨てられなくなる印をちょうだい」
「……」
「ねえ、フミはわたしが愛と情を取り違えてるって言ったよね。でもただの情で、こんなことはできないんだよ」
「……それは」
「フミに捨てられるくらいなら、死んだほうがいい。ううん。一緒に死ぬ」
「ちょっと待て」
「そうすれば、天国で今度こそ本当の家族に、恋人になれるかもしれないもん」
「…………」

恐ろしい
ほんの一瞬、俺はそんなことを思った
嘘や冗談というものは、どんなに上手く言ってもどこか芝居臭さみたいなものが出るという
しかしナツの言葉には、そんなものは一切感じることができなかったから

「な、なーんちゃって……びっくりした?」
「……冗談になってないぞ」

取り繕うような言葉、それが妙にさっきの言葉を際立たせる
そうして俺は体を捻り、ナツと正面から向き合って、また抱きしめた

「手は出さない。でもな、ナツ。俺はお前を家族じゃないなんて思ったことは無いぞ」
「うそつき」
「本当だ。それでも、ナツは本当の両親のとこに帰らなきゃいけない。俺のことは従兄弟のイケメン兄さんみたいに思っててくれ」
「やさしいね。イケメンじゃないけど」
「うるせー」

そうして、抱き合ったまま俺達は眠りに付いた
しかし、夢なのか現実なのかいまいち漠然としているのだが、こんな言葉が聞こえた気がする

「フミがわたしから離れようとしたって、わたしは絶対に、フミのことを離さない」
236 ◆aUAG20IAMo :2010/12/19(日) 02:21:07 ID:kdSC4nYx
3話終わり
次からようやくナツ行動開始、のはずです

ここ三日連投していて、他の投下したいと思う人の妨げになっていたらすいません
237名無しさん@ピンキー:2010/12/19(日) 10:06:12 ID:db7y8tkN
今更ながらGJ
238名無しさん@ピンキー:2010/12/19(日) 11:58:05 ID:2+zFqmvb
GJ!!良い病みを期待
239名無しさん@ピンキー:2010/12/19(日) 12:29:06 ID:3qHu/xD8
GJ!!

むしろ毎日投稿してほしいな
240名無しさん@ピンキー:2010/12/19(日) 12:38:00 ID:C2whOefr
自分の好きなペースで投稿していいと思う
241名無しさん@ピンキー:2010/12/19(日) 16:28:37 ID:2+zFqmvb
次の作品投下まだかな〜?
242名無しさん@ピンキー:2010/12/19(日) 18:46:06 ID:ds3pFibj
gj いいなー
243名無しさん@ピンキー:2010/12/19(日) 18:58:18 ID:z/4rTUqm
非常におもしろかった。
244名無しさん@ピンキー:2010/12/19(日) 23:03:18 ID:xH8a2odM
三日間連投した割には、大した作品ではなかったわね。

続きがあるなら読んで上げてもいいわよ?た、楽しみになんか絶対してないんだから♪
245名無しさん@ピンキー:2010/12/19(日) 23:40:25 ID:2+zFqmvb
これが噂のツンデレーラ…
次の作品投下まだかな〜?
246 ◆aUAG20IAMo :2010/12/20(月) 00:17:16 ID:K68n4F71
また投下です
四話、と言うか四話前の前座といったところまでです。楽しみにしてくれた方にはすみません
247わたしをはなさないで 第四話 前編:2010/12/20(月) 00:19:13 ID:K68n4F71
「……で、頼んだことについて調べてくれたか? あと応急薬半分よこせ」
「ああ、別段調べるってほどのことじゃなかったけどな。あとお前こそ支給用閃光弾全部取るなよ」
「調べるほどじゃなかった? そりゃどういうことだ。あと罠持ってきたか?」
「まあ待て、とりあえずその話は後だ。あとネットあるがツール忘れた」

月曜の10時過ぎ、喫茶店で携帯ゲームに興じる俺とギンの姿があった
……痛いとか言うな。一応非番なんだよ
今日は一人で出るつもりでナツをどう説得しようかと考えてたんだが、何も言わずに見送ってくれて正直拍子抜けした
意気消沈した、というわけでもなさそうなんだがなぁ。昨日のことがよっぽどショックだったんだろうか
大事なことだったといえども、妙に心が痛んだ

「やべえ! ……あ〜、死んじまった」
「お前、大剣使ってんだからやばかったら防御しろよ」
「防御は邪道(キリッ」
「お荷物連れて勝てるほど俺も強くねえんだよ。素材欲しかったら死なないように戦え」
「へいへい」

この万事テキトー男が友人で腐っても警察関係者、交番勤務おまわりさんの兼山直也(あだ名はなぜかギン)だ
ナツの両親のことを聞いてきてもらったんだが、こんな調子じゃその話の中身も期待できそうに無い、気がする
しかしいつも思うが、こんなに適当な男に警察が勤ま……ああ、また死にやがった

「おいおい頼むぜ。もう死ねなくなっちまったじゃないの」
「任せろ、俺はもう死なない」
「その根拠のない自信はどっから来るんだ」
「まあまあ。ああ、そういやさっきの話だけどさ」

こいつ自分が死んでベースキャンプに戻ったから余裕こいて話し始めやがった
まあ、俺はこの辺の敵にやられるほど弱くはない装備してるから平気だけどさ

「古口夫婦のことだろ。もったいぶらずに言ってくれ」
「ああ。けどな、俺は何話せばいいんだ?」
「なに?」
「だって本件調べてた坂本さん、お前んとこに古口夫婦見つかった旨を伝える電話したって言ってたぜ。半年前に」
「………えっ?」
「お前に直接話しては無いらしいけど、お前んとこに同居してる姪っ子に話したってさ」
「………は?」
「なんだ、聞いてないのか?」
「………ぜんぜん」

ナツは、両親が見つかったことを、知ってた?
それを半年間、俺に隠し続けてきた?
疑念がぐるぐると頭を駆け巡る
ゲームはいつのまにか、俺も死んでクエスト失敗になっていた
248わたしをはなさないで 第四話 前編:2010/12/20(月) 00:19:46 ID:K68n4F71
「それで見つかった古口夫妻なんだが、ひとつ問題があってな」
「…………」
「それどころじゃないって顔してるが、まあ聞けよ。娘が見つからないんだ」
「そ……それは大変だな」
「名前は古口夏樹、現在十四歳。夜逃げしたときに報知、それから消息不明。古口夫妻と交流があったお前なら知ってるだろ?」
「も、もちろん」

現在十四歳? あんな十六歳いるかと思ってたが、やっぱ歳を偽ってたか
昨日体を重ねていたらどうなってたか、考えるだけで冷や汗が出る
しかしなんだ、遊びに来ていたはずの、こいつのこの糾弾するような口ぶりは
まるで、何もかもお見通しみたいな―――

「そうか。フミ、一つ聞きたいんだが」
「……なんだ?」
「おまえに、姪っ子なんていたか?」

あっ、と思わず声が漏れそうになる
こいつとはもう十八年来の友達で、家ぐるみの付き合いをしている
お互い、親族が誰でどんな関係かまで知っているほどの仲だ
仕事を始めて最近は少し疎遠になっていたが、学生時代はほぼ毎日一緒に遊んでいたほどなのだ

「……それは、その」
「いや、いいさ。お前の家に居るのが誰なのか、察しはついてる」
「バカだと思ってたのに、こんなところは気が回るんだな」
「夫婦を見つけるのは無理だが、生来幼女関連は鼻がきくもんでね」
「……ギン、俺はどうなるんだ? 楽しい楽しい別荘行きか?」
「そうしたくないから誰にも言って無いんだろうが。親友を前科者にはしたくないっつの」

心の友よ
普通のおまわりさんなら拉致監禁暴行強姦殺人死体遺棄での逮捕状でも請求してるところだぞ

「まったく、久々に思いっきりお前とゲームやろうと思ってたのに、せっかくの休日が台無しだぜ」
「悪いな、本当に」
「まったくだ。しかしどういう経緯でお前んとこに夏樹ちゃんが居るのか知らないが、お前んとこに居なきゃ彼女
 一人で生きてたかも分からないしな。置き去りにしたって事で両親もものすごく後悔してたらしい」
「当たり前だ。娘置き去りにして後悔しないような鬼畜にナツを帰す気は無い」
「名前で呼んでるのか、妬けるな。写真見る限りかなり可愛かったから一度会ってみたいねぇ」
「わがままで大食らいで甘えんぼだがな」
「そんなことないもん。わたしが甘えるのはフミにだけだよ」
「ヒューッ、ますます妬けるね。付き合ってんのか? 未成年と? 夜も? 銃の試し撃ちしていい?」
「コラコラコラ」
「兼山さんとも、これから末永くお世話になりますねー!」

あはははははははははは
ねえ、これ何? 悪夢? お留守番してるはずのナツがどうして話に入ってるの? 
後ろから俺に抱き着いてるこのちっこい手、誰よ
嘘だといってよバーニィ
249 ◆aUAG20IAMo :2010/12/20(月) 00:20:41 ID:K68n4F71
思った以上に筆が進まず、今夜投下はナツが行動起こす直前くらいまでしかできませんでした
明日書ければ……
250名無しさん@ピンキー:2010/12/20(月) 00:23:20 ID:l5PhJX95
GJ!
ナツマジ可愛い
それにしても投下ペースすごいですねあこがれちゃうなー
251名無しさん@ピンキー:2010/12/20(月) 00:23:33 ID:t9y9wNVB
>>249
作者さんのペースでおk

GJ、乙です。
252 ◆AJg91T1vXs :2010/12/20(月) 00:56:27 ID:dWxH0GEx
前回より、少し日が開きましたが……第十話を投下します。
全体的に重苦しい展開なので、暗いの苦手な人は避けた方が賢明です。
 街を吹き抜ける風が、宿場の窓を叩いていた。
 霙はいつしか雨に変わり、夜の世界を容赦なく冷やして行く。

 三階に与えられた自分の部屋で、ジャンはその日、一日の間にあったことを再び思い出していた。

 光のない、淀んだ瞳を携えて、人が変わったように血を求めてきたルネ。
 そして、先ほどの浴室で、こちらを誘うようにして近づいてきたリディ。

 自分の周りで、何かが狂い出している。
 それが何なのかはわからないが、ジャンにはそうとしか思えない。
 ルネも、リディも、その行いは悪戯と言うにしてはあまりに酷い。
 なにより、彼女達が自分に悪戯を仕掛けて来る理由がない。

 いったい、あれは何だったのか。
 考えても答えなど出るはずもない。
 医者として、人の身体のことはわかっても、心の中まで覗く術など持ち合わせてはいなかった。

 煌々と輝くランプの火を前に、時間だけが無情に過ぎてゆく。
 窓を叩く風の音も、街を濡らす雨の音も、今のジャンの耳には届かない。

 どれくらい呆けていたのだろうか。
 気がつくと、既に時刻は丙夜の刻に入ろうとしていた。
 外からは相変わらず雨音が響いて来ていたが、風は幾分か落ち着いたようだった。

(これ以上、考えていても仕方ないか……。
 でも……明日、伯爵の家に行った時、僕はルネにどんな顔をすればいい……?)

 リディのことも気になるが、やはり気がかりなのはルネのことだった。

 彼女は拒絶を恐れている。
 それは、クロードから聞かされた話からも、ジャンは十分に理解しているつもりだった。
 が、しかし、自分は今日のルネを見て、思わずその場から逃げ出してしまった。

 薄暗がりの中、瞳に仄暗い闇を宿し、血を求めてこちらに迫って来る少女。
 あんな姿を見せられたら、普通は怯えて当然だ。

 そう、頭では納得しようとしていたが、それでもジャンにはどこか割り切れない部分もあった。
 ルネに何があったのかは知らないが、彼女を拒絶したことには変わらない。
 それは、彼女が最も恐れる行為。
 彼女に対する裏切りであり、彼女の心に傷を残す行いに他ならない。

 結局、自分がルネの話し相手になったのは、ただの偽善だったということだろうか。
 自分ではルネを理解しようとしていたつもりでも、本質的な部分で、彼女に偏見の眼差し抱いていたのではあるまいか。

 医者として、否、人として取り返しのつかないことをしてしまった。
 そんな自責の念だけが、今のジャンを支配していた。

 全ては明日、ルネに会えばわかること。
 そうしなければ何も始まらず、また変わらないと知りながらも、自分の過ちが悔まれて眠れそうにない。
(どうすればいい……。
 僕は……どうすれば……)

 いっそのこと、逃げるようにしてこの街を去ってしまおうか。
 元より長居は無用と考えていたのだ。
 自分にとっても居心地の悪いこの街を去るには、これは絶好の機会ではないか。

 時折、そんな逃げの気持ちが頭をよぎったが、それでも決断には至らなかった。
 ここで逃げても何もならない。
 自分の責任を放り出して逃げ出すことは、父の繰り返して来た愚行にも等しい。
 あの、忌むべき父親と同じ道に堕ちることだけは、どうしても避けねばならないという気持ちがある。

 逃げるか、それとも留まるか。
 堂々巡りの考えに頭を支配されたまま、時間は更に過ぎて行った。

 さすがにこのままでは、明日の仕事に支障をきたしかねない。
 そう思い、ジャンが寝床に就こうとした時だった。

 部屋の扉が、軋んだ音を立てて開いた。
 ジャンが振り返ると、そこに立っていたのは見覚えのある人影。
 片手にランプを持って佇む、寝巻姿のリディだった。

「ジャン……。
 まだ、起きてたんだ……」

「えっ……!?
 ああ……ちょっと、考え事をしていてね」

 先刻の浴室でのことが思い出され、ジャンは思わず適当に言葉を濁す様な言い方をした。

「考え事、か……。
 誰のことを考えていたの?
 今の患者さん?」

「まあ、そんなところだね。
 でも、リディが気にすることはないよ。
 これは、僕自身の問題だから……」

 言えるはずもなかった。
 ルネの身体のこと、その行いのこと、どれをとっても普通の人間には受け入れ難いものがあるだろう。
 それに、下手にルネのことを話して、彼女が誰かから好奇と偏見の眼差しを向けられるのも嫌だった。
 例え、それが幼馴染であるリディのものだったとしてもだ。

「ねえ、ジャン……」

 ランプを台の上に置き、リディがそっとジャンの側に立つ。
 いつもとは違う、どこか憂いを帯びたような口調だったためか、ジャンは思わず身構えた。

「実は、少し気分が悪いの。
 私のこと、ちょっと診てくれないかな?」
「気分が悪いって……大丈夫なのかい?」

「うん。
 なんか、熱っぽくってさ。
 最近は寒かったし、風邪でもひいたのかも……」

「そうだな。
 じゃあ、ちょっと診てみるから、額を出して」

 椅子から立ち上がり、ジャンはリディの額に手を当てる。
 冷え切った自分の手に比べれば暖かかったが、さして高い熱が出ているとは思えない。
 むしろ、至って普通なくらいの平熱だ。

「熱がある……ってわりには、そんなに熱くないね」

 訝しげな顔をしつつも、ジャンはリディの額にかざした手をそっと退けた。
 これで、頭痛がするなどと言い出すようであれば、薬を与えて部屋に帰せばよい。
 真偽の程は定かではないが、とりあえずリディに熱はないのだ。

「たぶん、単に疲れているだけだと思うよ。
 頭とか……どこか痛むって言うなら、薬を出しておくけど?」

「本当に?
 でも……もっと、ちゃんと診ないと、わからないんじゃない?」

 医者として適切な判断を下したつもりだったが、リディは納得していないようだった。
 あからさまに不満そうな表情を浮かべると、ジャンの頭に自分の手を伸ばして来た。

「冷えた手で触っても、きっとわからないでしょ?
 だから……ジャンのここで診て……」

 そう言いながら、リディは自分の額をジャンの額に押し付ける。
 口と口が触れそうになるほどに、二人の顔が近づいた。
 それは身体も同じことで、ジャンは自分の胸に、リディの胸元にある柔らかいものが当たっているのを感じていた。

「ちょっ……リディ!?」

「動かないで、ジャン……。
 私……熱っぽいでしょ?
 こうやって近づけば、ジャンだってちゃんとわかるよね?」

 リディの口から漏れる息が、言葉と共にジャンの口元にかかる。
 寝巻の下には何も着けていないのか、押し付けられる二つの膨らみが妙に生々しい。

 甘酸っぱい息と胸に当たる確かな感触に絆されて、ジャンは一瞬だけ自分の理性が揺らぎそうになった。
 が、すぐに屋敷で見たルネの顔が頭に浮かび、済んでのところで意識を戻す。

 暗闇の中で光る、赤銅色の二つの瞳。
 血に飢えた獣のようなルネの姿と、目の前で自分に顔を近づけるリディの姿。
 二つはまったく異なるものだったが、今のジャンには、それらの姿が重なって見えた。
「何やってるんだよ、リディ!!」

 自分の中に湧いてきた邪な気持ちを振り切るように、ジャンはリディの身体を引き剥がす。
 その言葉に、ただ茫然と立ち尽くすリディ。
 そんな彼女の姿を前に、ジャンは半ば呆れたような口調で言葉を続けた。

「いいかげんにしてくれないか……。
 君、熱なんてないんだろう。
 だったら、どうしてこんなことをするんだよ……」

「どうしてって……それは……」

「風呂場でのこともそうだけど……今日のことは、悪戯にしては性質が悪過ぎるよ。
 毎日忙しくて、リディと話ができないのはわかっているけど……こんな時間に、こんなことしなくてもいいだろう!?」

「そんな……悪戯だなんて……。
 私、そんなつもりじゃ……」

「だったら……悪いけど今は、ちょっと席を外してくれないかな?
 正直、冗談を言って笑っていられるような気分じゃないんだ……」

「なら、私に相談してよ!!
 私、ジャンのためなら何でもするよ!!
 こんな私じゃ頼りないかもしれないけど、ジャンの話だったら、どんな話でも最後まで全部聞くよ!!」

「そういうことじゃないんだよ……。
 今は、ちょっと一人で考えていたんだ……」

 懸命にジャンに縋るリディだったが、ジャンの表情は優れなかった。

 ここでリディに話をしたところで、何も解決しないことはわかっている。
 自分がリディの好意に甘えたところで、ルネを傷つけた罪が許されるわけでもない。

 ベッドの傍らで立ちつくすリディを他所に、ジャンは再び机の前にある椅子に腰かけた。
 そのままリディに背を向けて、両手を額の前で組んで考える。
 リディが後ろで何かを言っているようだったが、ジャンはそれに答えなかった。

 部屋を覆う静寂の中、外の雨音と風の音だけが聞こえて来る。
 何も言ってくれなくなったジャンの背中を見つめたまま、リディはそっと近くにあったランプを取った。

「それじゃあ……私、もう行くね。
 ジャンも、あまり遅くまで起きていると、身体に悪いよ……」

 やはり、返事はない。
 自分がジャンの気持ちを害してしまったことを悔いつつも、リディはそれ以上は何も言わず、そっと逃げるようにして部屋を出た。
 誰もいない廊下を渡り、すぐ隣の部屋の扉を開ける。
 入口近くの台の上にランプを置くと、そのまま鍵も閉めず、ベッドの上で丸くなった。

 夕方、浴室でジャンに近づいたのは、彼を癒してあげたいと思ったからだ。
 先ほど、ジャンの部屋を訪れたのは、もっと自分のことを女として見て欲しいと思ったからだ。
 だが、そんなリディの気持ちに気づくこともなく、ジャンはその全てを悪戯の一言で片づけてしまった。

 リディにしてみれば、精一杯の自己表現。
 そんな彼女の行いでさえ、ジャンに気持ちを伝えるには至らない。

 相手はすぐ隣の部屋にいるというのに、まるで遙か遠い異国の地に行ってしまったような気がしてならなかった。
 体は側にあっても、心は遠く離れている。
 十年前、ジャンがリディに何も告げずに街を去った時から、二人の心の距離は縮まっていない。

(ジャン……。
 どうして、気づいてくれないの……?)

 この時期の寒さには慣れているはずだったのに、身体の震えが止まらなかった。
 外の雨と風は未だ街を冷やしていたが、リディが寒さを感じているのは、それだけが原因ではない。

(寒い……寒いよ、ジャン……)

 本当は、今すぐにでもジャンの部屋に戻りたい。
 戻って、この気持ちを伝えて、抱きしめて欲しい。
 彼の腕で、胸で、冷えた心を暖めてもらいたい。

 だが、先ほどのジャンの様子を思い出すと、とてもではないができそうになかった。
 ジャンを求める気持ちよりも、拒絶を恐れる心の方が大きかった。

(ジャン……暖めてよ……。
 昔みたいに……私のこと、守ってよ……)

 近いのに遠い。
 手を伸ばせば届きそうなのに、届かない。
 しかし、無理に近づけば、それは更に溝を深める結果となる。

 拒絶の恐怖ともどかしさ。
 その二つに身を焦がされて、リディはひたすら暗闇の中で震えていた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 翌朝は、久しぶりに太陽が顔を覗かせていた。
 朝の陽ざしを額に受けて、ジャンは眠たい目を擦りながら起き上がる。

 机の上に置いてある眼鏡をかけると、ぼんやりとした視界が急にはっきりした。
 それと同時に、昨晩の記憶がまざまざと脳裏に浮かび上がる。

 昨日の晩、自分はリディに随分と厳しいことを言ってしまった。
 一人になりたかったのは事実だが、よくよく考えてみれば、あれは八つ当たりに等しい行為だ。

 髪を整え、服を着替え、ジャンは階下の食堂に向かって足を運ぶ。
 その足取りは、いつもとは異なりどこか重たい。
 昨晩のことがあるだけに、面と向かってリディと話ができるのかどうか不安だった。

 階段を下り、食堂の戸を開けると、そこにはリディの姿があった。
 どうやら一人で朝食の準備を進めているようで、テーブルの上にはハムとパン、それにチーズや卵などが並べられている。

「あっ、おはよう、ジャン」

「あ、ああ……」

 食事を並べながら、リディはジャンにいつもの笑顔を向けてきた。
 気まずい空気になるかと思っていただけに、これにはジャンも、いささか拍子抜けしたような顔になった。

 相手がこちらを責めるならば、覚悟を決めて謝ることもできただろう。
 ところが、リディはジャンを責めるようなことは一切せずに、いつもと何ら変わらない様子で接してくる。
 こうなると、次に何を話して良いのか、返って気にしてしまうものである。

「えっと……昨日は、その……」

「昨日?
 ああ、夜、ジャンの部屋に行った時のことね」

「ああ、そうだよ。
 あの時は、冷たいこと言ってごめん……。
 なんだか、ちょっと気が立っててさ……」

「そんなこと言ったら、私だって、ジャンの気持ちを考えていなかったもんね。
 だから、あれはお互い様。
 それ以上は、何も言わないことにしましょう」

 自分は何も気にしていない。
 そんな口調で、リディはさらりと言ってのけた。
 ジャンも、それ以上は追及する気にならず、二人の会話はそこで途切れた。

 自分の座った席に朝食が並べられてゆく様を眺めながら、ジャンは再び考える。

 リディのことは、今はよい。
 それよりも、今日の伯爵邸への往診が、果たして平穏に済むのかどうかが気がかりだ。

 昨日、血を求めて迫るルネの姿に恐れをなし、馬車にも乗らず逃げ帰った自分。
 そんな自分を、果たしてルネは許してくれるだろうか。
 信じていた者に裏切られたという事実が、彼女の心を再び閉ざすことになってはいまいか。

 考えれば考えるほど、ジャンの中から食欲が消えていった。
 周りでは、既に他の宿泊客も席に着き、それぞれがパンやチーズに手を伸ばしている。
 が、そんな光景を目にしても、パンを握るジャンの手が進むことはない。

「どうしたの、ジャン?
 もしかして……食欲ないとか?」
 気がつくと、いつの間にかリディがジャンの後ろに回っていた。
 他の客の目も気にせずに、こちらを心配そうに見下ろしている。

「いや、大丈夫だよ。
 昨日、寝るのが遅かったから、ちょっと寝不足でね。
 往診に行く時間まで仮眠をとれば、すぐに気分も良くなるさ」

 寝不足なのは事実だったが、食欲不振の原因は他にある。
 だが、それをリディに語ることはせず、ジャンは適当に理由をつけてごまかした。
 食べかけのパンを牛乳で流し込み、手早く皿を重ねて立ち上がる。

「悪いけど、クロードさんが来たら知らせてくれるかな。
 僕は昼まで部屋にいるつもりだから……よろしく頼むよ」

 食事の終わった食器をリディに預け、ジャンはさっと立ち上がって部屋を出た。
 他の宿泊客もいる手前、重たい空気を食堂に持ち込みたいとは思わなかった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 宿場の前で馬の蹄が止まった音で、ジャンは自分が往診に出かける時間だと知った。
 昨日、あのまま逃げ帰ってしまった手前、クロードに顔を合わせるのも気が重い。
 しかし、患者を放置したまま約束を破るわけにもいかず、ジャンは仕方なしに宿場の外へと出た。

「お待ちしておりました……」

 普段と変わらない無機的な空気を纏い、クロードがジャンに一礼する。
 感情を表に出さないのを常としているだけに、向こうが何を思っているのかはわからない。

「ああ……。
 それじゃあ、行こうか……」

 昨日の一件を、クロードは知らないのだろうか。
 ふと、そんな考えが頭をよぎったが、決めつけるには早過ぎると思った。
 それに、昨日のことは遅かれ早かれ、ルネの口から他の者に告げられるだろう。
 自分の不実はわかっていたが、それを知ったテオドール伯やクロードの顔を思い浮かべると、ジャンはどうしても気分が沈んだ。

 丘の上の屋敷向かう途中、クロードは始終黙ったままである。
 いつもであれば、そんな冷めた態度も気にならなくはなっていたが、今日は一段と馬車の中の空気が重たく感じられた。
 相手が感情を押し殺しているだけに、その奥に怒りや悲しみを抱えているのではないかと思うと辛いものがある。

「着きましたよ、ジャン様……」

 程なくして丘の上の屋敷に到着し、ジャンは促されるままに馬車を降りた。
 冷たい印象を与えるのはいつものことだと思いつつも、クロードの言葉の一つ一つが気になって仕方がない。
「どうぞ、こちらへ……」

 馬車を降りてからも、重たい空気は変わらなかった。
 顔には出していないものの、クロードの背中から発せられているものだけは、ジャンにも理解できる。

 やはり、クロードは昨日の件を知っているのだ。
 自分が信頼した相手に裏切られた怒りと悲しみ。
 それを、この男――ここではあえて、男と呼ばせてもらうが――もまた、心の奥で感じているのだろう。

 屋敷の中を、ジャンはクロードに言われるがままにして歩いてゆく。
 伯爵のいる部屋とは違う方向だったが、あえて何も言わなかった。

 長い廊下を歩き、クロードがその先にある部屋の扉を開ける。
 伯爵やルネの部屋ではなかったが、ジャンもその部屋には見覚えがあった。
 忘れもしない、クロードがジャンに伯爵とルネの関係を語った部屋だ。
 己の身体の秘密を明かしてまで伯爵とルネに対する忠義心の深さを語り、ジャンにルネの話し相手になるよう頼んだ場所である。

「どうぞお掛け下さい、ジャン様」

 部屋に入るなり、クロードはジャンに椅子に座るよう促した。
 立ち話もなんだということなのだろうが、クロードは椅子に腰を下ろすことなく立ちつくしたままだった。

「この部屋でお話をするのは二度目になりますね」

「あ、ああ……」

「何を緊張なさっているのですか?
 別に、私はまだ何も言っていませんよ?」

 氷のように冷たい視線が、ジャンの顔に向けられた。
 その青い目で見据えられると、心臓を貫かれるような気がして落ち着かない。

「では、単刀直入に申し上げさせていただきましょう」

 座ったまま固まっているジャンを気遣うこともなく、クロードは唐突に話を始めた。

「昨日、ジャン様は、お嬢様の部屋に戻られましたね?
 そこで、何を見たのですか……?」

「な、何って……それは……」

「正直にお答えください。
 返答次第では、私の手でジャン様に、しかるべき措置を取らせていただかねばなりませんので……」

「し、しかるべき措置って……。
 それ、本気かい?」

 思わず耳を疑ったジャンだったが、クロードは至って冷静だった。
 普段の彼の様子からして、冗談を言うような人間でないことはジャンも知っている。
 ならば、ここで下手に嘘をつけば、それこそ自分の身が危ない。
 伯爵やルネに対する忠義心の塊のようなクロードのことだ。
 場合によってはジャンを抹殺することでさえ、何の躊躇いもなく行うだろう。
「わかったよ……正直に話す」

 もう、隠すのは無理だとジャンは悟った。
 クロードは事実を全て知った上で、こちらを試しにかかっている。
 ここで隠し事をするような素振りを見せれば、それはジャン自身の業を重たくするだけである。

「昨日、ルネの部屋に忘れ物の時計を取りに行った時、彼女が僕に言ったんだ。
 喉が渇いた、癒して欲しい……そして、僕の血が欲しいってね……」

「なるほど。
 やはり、そうでしたか……」

 クロードの目が、一瞬だけ憂いを帯びた色になった。
 知られてはいけないことを知られてしまった。
 そんな時に見せる顔だった。

「あの時は、正直、僕も気が動転していたんだと思う……。
 ただ、ルネのことが恐ろしく思えて、無我夢中で逃げだしたよ。
 それが……彼女を傷つけることだと知っていても……自分が抑えきれなかった」

 ジャンも、俯きながらそう言った。
 ルネの行動に疑問こそ残ったが、自分が彼女を傷つけたであろうことは、紛れもない事実である。

「あの……クロードさん」

「なんでしょうか、ジャン様」

「ルネは……彼女は、どうして僕の血なんか欲しがったんだ?
 あの時の彼女の瞳は、まるでいつもと様子が違っていた。
 あなたは何か、僕にまだ隠していることがあるんじゃないですか?」

 遠慮がちに、それでも何とか勇気を振り絞って、ジャンはクロードに尋ねた。

 ルネに謝りたい。
 それは、紛うことなきジャンの本心である。
 だが、同時に、ルネについての真実を教えて欲しいという気持ちもあった。

 あんなものを見せられては、これから先も今まで通りに向き合える自信がない。
 例え謝罪を済ませたとしても、どこか納得のいかないまま、今まで以上にぎくしゃくした関係が続くことになるだろう。

「ジャン様……。
 あなたがそう望まれるのであれば、私からも真実をお話しましょう」

 クロードが、その表情をいつものそれに戻しながらジャンに言った。
「ただし、それには条件があります。
 一つ目は、心の底から昨晩の非礼をお嬢様に詫びること。
 二つ目は、今から話すことは、全てジャン様の心の中に留めておかれること。
 これらをお守りいただけるのであれば、お話しいたしましょう」

「わかった……。
 ルネにはきちんと謝るし、ここで聞いたことは誰にも言わない。
 それで良いんだろう……?」

「賢明なご判断です……」

 クロードが、ジャンの言葉に納得したようにして言った。
 ジャンもそれに、無言で頷いて返す。

 今から語られることは、きっと自分の想像を越えた話だろう。
 それこそ、クロードの身体のことなど比べ物にならないほどの内容に違いない。
 先入観は禁物であると知りながらも、ジャンの手には自然と力が入っていた。

「では、語らせていただきましょう。
 お嬢様と私しか知らない……呪われた血の宿命のお話を……」

 それからクロードは、ジャンの前でルネの身体の秘密について話し出した。
 顔は普段のままだったが、その口調だけは、先ほどの憂いを帯びたようなそれに戻っている。

 ジャンがまず驚いたのは、クロードの口から語られたルネの年齢だった。
 見たところ、彼女は十四歳か十五歳程度だろうと思っていたが、クロードの話によるとルネは十八歳とのことだった。

 彼女がテオドール伯の養女になるきっかけとなった落石事故。
 それから生還して以来、ルネは身体の成長が止まってしまったらしい。
 見た目は少女の姿のままに、既に四年も生きている。
 伯爵の養女になってから、彼女はまったく成長する兆しを見せなかったというのだから驚きだ。

 奇妙なことは、そればかりではない。
 その体質故に、ルネは確かに日光に弱かった。
 しかし、事故の前と後では、その耐性に大きな差が生まれたという。

 ルネの口から語られた話によると、事故から生還して以来、強過ぎる日光に当たると飛火や瘡蓋ができるようになったそうだ。
 酷い時には火傷のような傷を負い、慌てて木陰に逃げ込んだこともあるらしい。
 飛火や瘡蓋の話はジャンもクロードから聞いていたが、火傷をするという話までは聞いていなかった。

 また、その一方で、彼女の体質には他人とは異なる優れた面もあった。

 以前、何かの拍子で指を切る怪我をしたとき、ルネの血は瞬く間に乾いて傷口を塞いだというのである。
 薄い傷跡こそ残ったものの、出血は極めて最小限で済んだ。
 再生という程の大袈裟なものではないが、怪我に対する自然治癒力だけは、優れた力を持っているようだった。

 そして極めつけは、やはり彼女の嗜好である。
 昨晩、ジャンの前で見せた、他人の血を欲するというあれだ。

 普段は表に出ることはないものの、ルネは定期的に襲ってくる衝動に苦しめられているとのことだった。
 焼けるような喉の渇きに襲われて、ひたすらに生きた人間の血を求める。
 酷い時には自分で自分を抑えきれなくなり、そのままクロードに襲いかかったこともあるらしい。
 今までは衝動も月に二回程度だったが、ここ最近では、クロードの身体が限界に近くなるほどまでに血を欲してくるようになったとのことだった。
「以上が、お嬢様の抱えておられる秘密です。
 これで納得いただけましたでしょうか、ジャン様?」

 最後まで淡々とした口調で、クロードはジャンに問うた。
 その言葉に、やはりジャンは無言のまま頷いて返事をする。
 あまりに想像を絶する内容で、言葉を口にすることさえも躊躇われた。

「このことは、御主人様もご存じではないのです。
 血を求めるお嬢様に私自身の血を与え続けることで、今までは秘密を漏らすことなく過ごすことができました。
 もっとも、いつかこういった日が来るであろうことは、私も予想はしていましたが……」

「そうだったのか……。
 でも、どうしてあなたは、このことをテオドール伯に伝えないんですか?
 あの伯爵なら、ルネの秘密のことだって……」

「ジャン様の仰りたいことは、私にもわかります」

 ジャンが言葉を言い終わる前に、クロードがそれを遮った。

「しかし、さすがにこの秘密だけは、御主人様にもお話するわけには参りません。
 秘密を知ったことで、御主人様が苦しまれるだけであれば……いっそのこと、何も知らないままの方が良いこともあるのです」

「そんな……。
 それじゃあルネは……今までずっと一人で、自分の中に闇を抱えていたってことなのか!?」

「一人ではありません、二人です。
 私も、お嬢様の秘密を知る者の一人ですからね。
 もっとも、他人と容易に共有できない秘密を抱えているという点では、一人でも二人でも、あまり変わらないことですが……」

 その顔からはわからなかったが、ジャンはクロードの言葉から、確かに悲しみのようなものを感じ取っていた。
 身内にさえも語れない秘密を抱え、偽りの自分を演じ続けるしかない生活。
 純粋な心を持って生まれたが故に、その苦しみはジャンの考える何倍にも大きかったに違いない。

「ジャン様……。
 お嬢様は、世間では魔物として忌み嫌われる存在なのです。
 永久に歳をとらず、太陽の光を恐れ、その一方で、傷を負ってもすぐに傷口が塞がってしまう。
 己の内から湧き上る衝動に身を任せ、他人の生き血を啜ることでしか、その身体を襲う渇きを癒すことができない者。
 このような存在を、一度は耳にしたことはありませんか?」

「そ、それは……」

「私も、魔女や悪魔の存在を完全に信じているわけではありません。
 しかし、世間一般の者からすれば、お嬢様は間違いなく魔物ということになるのでしょう。
 世俗では、そのような者を……こと、吸血鬼と呼ぶようですね」

「馬鹿な!!」

 そこまで聞いた時、ジャンは思わず声を上げて立ち上がった。

 確かに、クロードの話を聞く限りでは、ルネは吸血鬼と言っていいのかもしれない。
 だが、だからと言って、彼女が魔物として忌み嫌われなければならない理由はない。

 ルネが他人の血を求める行為。
 あの場から逃げ出した自分で言うのも憚られるが、そこに悪意はない。
 少なくとも、クロードの話を聞く限りでは、彼女は自分の行いに心を痛めているようだった。

 それなのに、世間一般の者から見れば、彼女は間違いなく魔物となる。
 その容姿も行動も全てが異質な存在とされ、排斥される運命にあるのだ。
 自分がルネにしてしまったこと。
 ジャンの中でそのことが、今さらながらにして大きく悔やまれた。
 ルネは己の衝動を抑えようとし、苦しんでいたというのに、自分はなんということをしてしまったのか。
 謝罪の言葉を述べるだけでは済まされない。
 そんな自責の念が、ジャンの心を締めつけた。

「話はわかりました、クロードさん……」

 高ぶる気持ちを鎮めながら、ジャンは真剣な表情でクロードを見る。

「昨日、ルネから逃げ出したことは……謝っても許されることではありません。
 それは、僕も十分に承知しています」

 ジャンの言葉に、クロードは何も答えない。
 ただ、その話が終わるのを静かに待っているだけだ。

「だけど……だからこそ、僕はルネに贖罪をしなければならないと思うんです。
 もう、彼女が自分のことで苦しまなくて済むように……彼女が普通の女の子として暮らせるように……。
 そうすることが……医者としてしなければならない、僕の使命だ」

「ジャン様……」

「彼女が吸血鬼だなんて……そんな馬鹿げた話、僕は信じない。
 だから、僕は彼女を治す。
 例え、その姿が人とは違うもののままでも……せめて、血を求める衝動からだけでも解放してあげたいんだ」

 自分でも、言っていることが信じられなかった。
 あれほど街から離れたいと思い、それ故に、他人と深く関わることを避けてきた自分。
 それにも関わらず、気がつけばルネのため、自らこの土地に残る選択をしている。

 だが、不思議と嫌な気はしなかった。
 これがルネにとっての救いになるのであれば、そして、自分にとっての贖罪になるのであれば、受け入れてしまおうとさえ思えていた。

 自分にとって、ルネはいったい何なのか。
 それはジャン自身にも、まだわかってはいない。
 ただ、彼女のことを放っておけない自分がいるのは事実であり、医者として彼女の力になりたいと真剣に思っているのもまた本当だった。

 原因不明の衝動に駆られ、他人の血を啜ることでしか渇きを癒せない症状。
 そんな病気は聞いたこともないし、ジャン自身、治療の当てがあるわけでもない。
 それでも、今ここでルネを救うことができるのは、自分以外にいないとジャンは感じていた。

 部屋の中に、無言の静寂が訪れる。
 ジャンも、クロードも、互いに見つめ合ったまま何も言わなかったが、それぞれの心の内にあった憂いは晴れていた。

 もう、後戻りできないところまで来てしまった。
 そう思ったジャンではあったが、今はルネのために何かをしたいという気持ちの方が強い。
 だが、この時は、その選択が後の悲劇を生むきっかけになろうとは、クロードも、そしてジャン自身も気づいてはいなかった。
265 ◆AJg91T1vXs :2010/12/20(月) 01:05:51 ID:dWxH0GEx
とりあえず、今日はこれで終了します。
一応、結末までは頭の中に構想がありますが、年内での完結は少し難しそうです。

ここまで読んでいただけた方、ありがとうございました。
投下を終わります。
266名無しさん@ピンキー:2010/12/20(月) 01:17:24 ID:t9y9wNVB
>>265
いい感じになってきた‼
GJ!
267名無しさん@ピンキー:2010/12/20(月) 03:27:41 ID:zzv0c1wO
>>249
GJ!
268名無しさん@ピンキー:2010/12/20(月) 08:55:38 ID:JY7+wLzy
更新が待ち遠しいです。
269名無しさん@ピンキー:2010/12/20(月) 13:55:52 ID:7IB0DKZA
正直な話。
投下する気が全く無いならちゃんと報告してほしいわ
270名無しさん@ピンキー:2010/12/20(月) 16:41:12 ID:lWDZWSo6
>>269
誰が?
271名無しさん@ピンキー:2010/12/20(月) 20:42:41 ID:zTbhjAoY
次の作品投下まだかな〜?
272名無しさん@ピンキー:2010/12/20(月) 23:41:42 ID:Y7ED46pl
今日は俺の誕生日なんだ
お祝いに誰か投下してくれ
273名無しさん@ピンキー:2010/12/20(月) 23:59:09 ID:0v1SXw79
>>269そんな傲慢な態度だと
オタクの待ち作品は永久に来ないな


自滅乙
274 ◆aUAG20IAMo :2010/12/21(火) 00:14:29 ID:DbBUg7oP
毎日ちょっとづつでも投稿しないと自分でエターしちゃいそうで怖いので、また投稿します
書き始めたからにはちゃんと着地させたいですし
大作の後にこんなちょっぴり出すのも少し腰が引けますが、四話中編です
ようやく少し病んできました。楽しんでもらえれば嬉しいです
275わたしをはなさないで 第四話 中編:2010/12/21(火) 00:15:36 ID:DbBUg7oP
「で、その娘が噂の夏樹ちゃんか」
「……ああ。今日は家でお留守番してるはずなんだけどな」
「えへへ。フミと一緒にいたかったから、ついてきちゃった」

これが別人でしたってオチはありませんかそうですか
かくもこの世は世知辛い
あとギン、お前もナツを嘗め回すように見るなこのロリコン
ああ、本当にどうしたもんか
しかし、ここで俺の低スペックの脳味噌に電流のようなひらめきが走る
ナツの両親が見つかった
ギンが居場所を知っている
そして、ここに今ナツが居る

「ギン、ナツの両親が住んでるところって、ここから遠いか?」
「なに? ああいや、別に遠くないぞ。せいぜいこっから一時間って所だ」
「なら、今から行っむぐぐっ!!?」

言葉の途中で首にかかっていた手にいきなり後ろを向かされ、口を塞がれた、
俺の口の中に別人の舌が入り込み、動いているのが分かる
考えるまでもなく、相手はナツ
しかも最悪なことに、俺が反射的に発した大声のせいか、周りからの視線が痛いほどに感じられちまう

「ぷはっ……はぁ、はぁ………」

糸を引きながら、俺たちの唇が離れる
荒い息をしたナツがようやく俺を解放したとき、ザワザワとうるさい店内の全ての目がここに集中していた
ナツの唇、やわらかかったな
混乱した頭で最初に考えたのは、そんなどうでもいいことだった
無意識に現実逃避してたんだろうなぁ、うん

「兼山さん。わたし、フミとこういう関係なんです」
「え? は? なに? この死ぬ時は25〜28歳ボインボインのお姉さまに踏まれて死にたいって言ってた変質者が、君の恋人?」
「………フミ、年下で小さいけど、わたしでよかったらいつでも踏んであげるよ」

店内の視線が余計痛くなってくる
うるせぇ、死ぬ時は柱に縛られその周りを数十人の幼女に回られながら死にたいとか言ってたペドフィリア
あと踏んでくれるなら誰でもいいってわけじゃねえんだ。まず第一に………
いや、んなこと考えてる場合じゃない

「兼山さん、勘違いしないでくださいね。好きになったのも、告白したのもわたしからなんです
 そうして、フミはわたしを家族で恋人だって、そう言ってくれたんです」
「待てナツ、そんなこと言っ痛っ!」

ギンから見えないような角度で首に歯形が残る
その痕を舌でなぞりながら、誰にも聞こえないように、ナツは呟くように言った



[泣いちゃうよ。大声で]
276わたしをはなさないで 第四話 中編:2010/12/21(火) 00:16:07 ID:DbBUg7oP
ギンが何も言わなかったとしても、ここで大声で泣かれれば最悪警察沙汰になってもおかしくは無い
そうなれば、俺がナツをうちに二年間も住まわせていたことが明るみに出ちまう
行き着く先は国家権力の別荘だけだ。それだけは避けたい
バイト先の運送業者の社長も、行く行くは俺を社員にと言ってくれている
ここで前科者になってしまえば、そんな明るい未来もパーだ

「フミ、言ってくれたでしょ? お前は俺の家族だ。これからも一緒に暮らそう、って」
「あー……えー……うー………」
「ちゃんと、うんって言ってよ。ねっ?」
「う、うん……」
「よくできました。フミ、大好きだよっ」

でも、こいつを恨む事もできない
俺が好きで、俺といっしょにいたいってだけでこんなことをしてるナツ
酷い方法だが、その気持ちは本当に嬉しい
けれど、やっぱり駄目なものは駄目なんだ
俺と一緒に居たら、ナツはきっともっと駄目になっちまう

「ちょっといいか?」
「なんだ? ツッこみたいならいくらでも言ってボロを出させてくれ」

ギンの言葉につい本音が出ちまって、机の下でいつぞやのように尻をつねられた

「夏樹さんとお前が年齢を超えて交際関係にあることは良く分かった」
「わかんなくていいぞ」
「歳の差なんて愛があれば超えられるもん。警察の人が分かってくれてうれしいな」
「しかし、ならお前は何で古口さん探してたんだ?
 警官の俺が言うのもなんだが、今の状況を見たらたぶんお前に好印象を持たないと思うぞ。最悪会わせないようにするかもしれん」

ナイスだギン!
そうやってナツの嘘からどんどんボロを出していってくれ!
俺が口をつぐめば、おバカなナツに警察の追及を逃れることはできまい
……勝った。ナツにはかわいそうだが、これからも会うことはできるし、いつかは納得してくれるだろう

「フミが、ご両親に挨拶したいって言ってくれたんです」
「……はぃ?」
「あと二年してわたしが十六歳になったら、結婚しようって」
「しかしこいつに犬と猫と亀のほかに、嫁まで養えるか? 現実は厳しいぞ」
「今アルバイトしてる会社で正社員になれるって言ってました」
「もしも承諾してもらえなかったら、十中八九夏樹ちゃんは親元に帰されるぞ」
「その時は、訴えると言います。私の両親も娘を捨てて逃げ出したなんてことは今の生活で知られたくないに決まってるから」
「……君はそれでいいのか? 一度離れたとは言え、君の両親だぞ?」
「私にはパパとママより、フミとイエハルたちのほうがすーっと大事で、必要で、大好きですから」

…ナツ、お前はおバカじゃなかったのか?
なんでそんなふうに嘘がポンポン飛び出してくるんだ?
裏表の無い、正直なナツは、どこに行っちまったんだ?
277わたしをはなさないで 第四話 中編:2010/12/21(火) 00:19:13 ID:DbBUg7oP
載せてみて思いますけどホントにちょっぴりですね
もっとまとめるべきでした。すみません
しかし、こんな拙い作品をまとめに載せていただきましてありがとうございます
これからはもっときちんと書けるように精進しますので、お付き合いいただければ幸いです
278名無しさん@ピンキー:2010/12/21(火) 00:24:47 ID:H29Ud508
四話 前、中、後編とまとめて投下したら丁度いい量だったかもなw
まぁ、面白いから別にいいけど。
279名無しさん@ピンキー:2010/12/21(火) 00:37:14 ID:BjsT9Obs
>>276
>「しかしこいつに犬と猫と亀のほかに、嫁まで養えるか? 現実は厳しいぞ」
なんかワロタ

それはともかくGJ!
面白くなってきたなあ
続きも全裸で待ってます
280名無しさん@ピンキー:2010/12/21(火) 03:34:44 ID:uQTsQZZW
ss投下お二方gj!
281 ◆Uw02HM2doE :2010/12/21(火) 17:36:07 ID:Jda9/gGC
こんばんは。今回は21話を投下します。
いつもより少なめですが話の構成上きりがよかったので切ってしまいました。
よろしくお願いします。
282リバース ◆Uw02HM2doE :2010/12/21(火) 17:37:08 ID:Jda9/gGC

「……えっ?」
一体亮介は何を言っているんだ。潤が遥や撫子を陥れた?そんな馬鹿なことある訳――
「……千秋と理香子、何でここにいるの?」
感情の一切篭っていない声で潤が問い掛ける。その矛先は亮介の後ろで怯えながら潤を見ていた二人の女子に向けられていた。
ショートボブの活発そうな女子とロングヘアーの大人っぽい女子。校章が一年生用なのでおそらく潤のクラスメイトなのだろう。
ロングヘアーの女子は躊躇いながらもゆっくりと亮介の横に並ぶ。その目はしっかりと潤を見据えていた。
「……潤、私たち見ちゃったの」
「……見ちゃったって…何を?」
潤は俺を抱きしめながら訝しげにその女子を見つめている。
「……潤が最近元気なかったから千秋と一緒に元気付けようと思ったのよ。ね、千秋」
「う、うん……潤、元気なかったから……」
千秋と呼ばれたショートボブの女子もおずおずと前に出て来る。
「潤のお兄さんと遥と……それからもう一人の女の人が救急車で運ばれた日、あの日潤が――」
「兄さんの教室に入るとこ、見られちゃってたのか……。失敗したなぁ……」
潤は今までに聞いたことのないくらい寒気がする声で女子の話を遮った。亮介は表情をさらに強張らせ、二人の女子は潤の言葉に何も言えなくなってしまっている。
「あーあ、やっと邪魔物を全員病院に叩き込んでやったのに……。まさか密告されるなんてね」
潤は女生徒二人に冷たい視線を向ける。静かな怒りが口調から漏れていた。
「み、密告なんかじゃないよ!私達はただ――」
「言い訳?これだから他人は信用出来ないのよね」
「た、他人なんかじゃないよ!」
「他人でしょ?少なくとも私は貴女達のこと、そうとしか思ってないよ」
ショートボブの女子も必死に何かを言い返そうとするが、潤は聞く耳を持たなかった。部活棟を紅く染めている夕日が窓から差し込む。
ちょうど俺達と亮介達とを区切る真っ赤な川のように廊下を紅く染めていた。
「……少し、気に入ってたんだけどな。やっぱり敵しかいないんだ……」
283リバース ◆Uw02HM2doE :2010/12/21(火) 17:37:52 ID:Jda9/gGC
「潤……」
潤が俺にしか聞こえないくらい小さな声で呟く。何処か悲しげで、諦めてしまっているような声だった。
「……ひっく……あ、あれ……私……」
「千秋……もう十分頑張ったから」
潤の言葉に今にも泣き出しそうな千秋という女子をロングヘアーの女子が優しく抱きしめる。
「理香子……潤、私達のこと他人だって……」
「もういいから……帰ろう、千秋」
ロングヘアーの女子、理香子は潤を一瞥した後千秋の手を引っ張って行ってしまった。
「お、おい――」
「良いの兄さん!……私には兄さんが居てくれればそれでいいから」
二人を追いかけようとする俺の手を潤はしっかりと握って離さない。潤に好かれているのは嬉しい。
でも駄目だ。俺と要組の仲間だけの世界なんて狭すぎる。
「分かっただろ、要!そいつは……潤は友達を簡単に切り捨てるような奴なんだよ!」
「亮介……」
そんな潤を亮介は睨みつけていた。俺達は、要組は仲間なのにどうしてこんなことになっちまったんだ。
「私はただ事実を皆に教えてあげただけだよ?何で亮介がそんなに怒るのか、理解出来ない」
「わざわざ教える必要なんてねぇだろ!?遥は仲間だろうが!」
亮介は拳を握りしめていた。怒りを抑え切れていないようで、それほど遥を大切にしているのが伝わってきた。
「……私には兄さんさえ居てくれればいい。兄さんが虐められるなんて嫌なの」
「潤……」
確かにあのまま遥の工作が表沙汰にならなければ、俺はクラスで無視されたままだっただろう。つまり潤は俺を助ける為に遥の工作をばらしたのか。
「本当にそれだけかよ?」
「……どういう意味?」
「潤、俺達ずっと一緒に居たんだ。……要を手に入れる為にやったんだろ?」
「おい亮介!俺達は兄妹だぞ!?そんな訳――」
ないと言い切れるのか。その先が出て来ない。潤はもしかしたら、いやもしかしなくても俺を一人の男として見ているんじゃないか。
「……ふふふっ」
「じゅ、潤?」
「……何が可笑しいんだよ」
「兄さんを手に入れる為にやった……当たり前じゃない」
潤は微笑みながら俺をきつく抱きしめる。潤の身体はとても冷たかった。
284リバース ◆Uw02HM2doE :2010/12/21(火) 17:38:41 ID:Jda9/gGC
「私が一番兄さんの側に居るんだもの。私の他に兄さんは相応しくないよ」
さぞ当たり前のことを言っているかのような口調。思わず呆気に取られ俺も亮介も口を挟めない。
「亮介だって似たようなものだよ。遥の為にそこまで必死になってさ」
「違う!俺はお前とは――」
「好きなんでしょ?遥のこと。だったら何も変わらないよ」
「っ!」
潤の言葉の前に亮介は黙り込んでしまった。確かに潤の言う通りなのかもしれない。
亮介のやっていることは潤のしていることと何ら変わりのないものなのかもしれない。でも……。
「さ、行こう兄さん。早くしないと暗くなっちゃうよ」
「……違う」
「えっ?」
「潤と亮介は、違う」
抱きしめている潤を引き離す。潤は不安げな目で俺を見つめていた。
「に、兄さん?」
「亮介は誰も傷付けてない。……でも潤は仲間や友達を傷付けたんだよ」
ゆっくり、諭すように潤の目を見て話す。分かって欲しかった。潤のしていることもまた、遥と同じく許されることじゃない。
誰かが言わなければならないなら、家族の俺が言わなきゃいけないから。
「あ、あんな奴ら……」
「"友達や仲間なんかじゃない"なんて言ったらぶっ飛ばすぞ。寂しいくせに、意地張るんじゃねぇよ」
「寂しくなんか……ないもん。兄さんさえ居てくれれば……寂しくなんか」
潤は今にも泣き出しそうな顔をしていた。自分の気持ちに素直になれない思春期の女の子。ただそれだけなんだ。
「……素直になれよな」
潤は俯きながらも俺の話に耳を傾けてくれている。亮介も落ち着いたみたいだし、今回は間に合ったようだ。そんなことを思いながら俺は――
「潤はもっと暖かい奴だ。俺も……きっと里奈も今の潤は好きになれない」
「……"好きになれない"」
「潤……?」
潤の"何か"に触れてしまった。
285リバース ◆Uw02HM2doE :2010/12/21(火) 17:42:14 ID:Jda9/gGC

「はぁはぁ……!」
階段を何段か飛ばして駆け上がる。後は渡り廊下を通れば部活棟だ。
「間に合って……くれ……!」
迂闊だった。まさか亮介がこんなにも早く犯人を突き止めるとは思わなかった。
もし昇降口で泣いていた二人の女子に声をかけなかったらもっと気がつくのが遅れただろう。
「はぁはぁ……こっちか!」
いや、既に潤は壊れかけなのかもしれない。
ただ要への執着のみで精神を保っているように思えた。だからこそ二人きりにするのが彼女の為だと判断したのだが。
「……少し浅はかだったかな」
聞き覚えのある声がする。それを聞いた瞬間、藤川英はさらに速度を上げて部活棟を駆けていた。
全ては要組、そして英が初めて好意を抱いた彼女、白川潤の為に。



「嫌わないで……嫌わないで……!私、兄さんに捨てられたら……私っ!」
何がいけなかったのか。潤はいきなりうずくまると譫言のように何かを呟き始めた。
身体は震えていてとても正常とは思えない。何があったのかと潤に近寄る。
「潤……?」
「私には兄さんしかいないの。兄さんに気に入られる為だったら何でもするから。身体も心も兄さんに捧げます。だから私を見て。私だけを見つめていてよ。
他人なんか必要ないから。私には兄さんさえいればいいの。兄さんだってそうに決まってる。私がずっと兄さんの隣にいたんだもの。
今までもこれからも兄さんは私のものじゃなきゃおかしいんだよ。なのにどうして好きになれないなんていうの。兄さんは私のこと好きじゃないのかな。
そうか好きじゃないんだ。だったら簡単じゃない。全員殺せばいいんだ。誰もいなかったら兄さんは私を見るしかないんだから」
潤はまるで教科書でも読むかのように一切抑揚のない声で呟き続けている。
「……要っ!」
「は、英?どうしてここに――」
「話は後だよ!とりあえず潤から離れるんだ!」
突然英が現れて俺に潤から離れるよう促す。
どうして英が来て、そして離れるよう言ったのかは分からなかった。だけれども本能的にここから離れた方がいいとそう感じた。
286リバース ◆Uw02HM2doE :2010/12/21(火) 17:43:03 ID:Jda9/gGC
「兄さんを私から奪おうとする奴は」
「要、英っ!」
亮介がいきなり叫ぶ。足音に反応して振り返ると――
「死んで」
「……っ!?」
「えっ……」
英が潤に押し倒されていた。潤の右手にはいつの間にかナイフのような刃物が握られていた。
それを突き刺した英の腹部から抜き取る。そしてさらに刺そうとしていた。
「止めろ潤っ!!」
「っ!?……わ、私……あれ……英が……私が…………あ、あはは!あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
「……うっ……!」
「は、英っ!大丈夫か!亮介、職員室に行って来てくれ!」
「わ、分かった!」
先程までの怒りはとうに収まり亮介は職員室に駆けて行った。英は腹部から出血しており自分で刺された箇所を刺していた。
「英、しっかり――」
「僕じゃないっ!要、僕じゃない!君が駆け寄るべきなのは……!」
「兄さん」
顔をあげる。いつの間にか潤は少し離れた所にいた。右手には赤く染まったナイフを握っている。
「潤……?」
「ごめんね、兄さん。私、我慢出来なかった。兄さんが他人と仲良くなるの……見ていられなかった」
「……何言ってるんだよ」
「兄さんは優しいから……その優しさを独り占めしたかった。虐待されてたあの時みたいに」
潤はゆっくりと握っていたナイフを離す。赤く染まったナイフは音を立てて床に落ちた。
「潤、遥に謝りに行こう。まだ引き返せる。きっと遥も許してくれるから」
俺は潤に向かって手を伸ばす。もうこれ以上の悲劇はいらない。せめて潤だけでも守りたい。そんな想いで差し出した俺の手を潤は――
「……ありがとう。でも遅いよ。もう私……壊れちゃったから」
笑顔で拒否して走り出した。突然の行動に反応出来ずその場に立ち尽くす。
287リバース ◆Uw02HM2doE :2010/12/21(火) 17:43:51 ID:Jda9/gGC
「要、追いかけて!」
「わ、分かった!英は亮介が来るまで耐えてくれよ!」
英に言われてやっと硬直が解け潤を追う。今潤を一人にするのは危険すぎる。
潤が走り去った方向へ全速力で走る。突き当たりまで行くと上の階段から足音が聞こえた。
「上か!?」
階段を飛ばして駆け上がる。今度こそ悲劇を食い止めなければならない。
階段を上がりきると屋上への扉が既に開いていた。おそらく潤はこの先に違いない。
「潤!」
「兄さん……来てくれたんだ」
潤は既に転落防止用のフェンスを越えていた。穏やかな笑みを浮かべている。
「……潤、馬鹿なことは止めろ」
「兄さん、私分かったんだ。このままじゃ私、周りを傷付け続けちゃうって。大切だと思っていた仲間でさえ傷付けた」
潤は泣いていた。遥や亮介、そして英を傷付けた潤本人もまた、傷付いていたのかもしれない。
「潤……」
「兄さんといると我慢出来なくなるの。兄さん以外どうでもよくなっちゃう。だから……」
潤は掴んでいたフェンスをそっと離す。ほんの少し押せば落ちてしまいそうだった。
「潤っ!フェンスを掴め!落ちるぞ!?」
「私も兄さんみたいに記憶を無くせたら、ちゃんと生きられるのかな」
潤はフェンスに背を向いて空を見上げる。真っ赤な夕焼けが潤を照らしていた。俺は思い切り走ってフェンスをよじ登る。
「止めろ潤!!」
フェンスを登り切って潤へ手を伸ばす。死んだら全部終わってしまう。そんなの悲しすぎるし何も解決しないから。でも潤は俺の手を優しく拒んだ。
「きっと記憶を無くしても私、また兄さんを好きになるんだろうな。兄さん、ありがとう。……またね」
潤はゆっくりと身体を傾ける。咄嗟に潤の腕を掴もうとした俺の右腕は空を掴んでいた。
「潤っ!!」
そしてそのまま潤は――
「兄さん、大好き」
「止めろぉぉぉぉぉぉお!!」
地面へと落下していった。
288 ◆Uw02HM2doE :2010/12/21(火) 17:45:12 ID:Jda9/gGC
今回はここまでです。投下終了します。
読んで下さった方、ありがとうございました。
289名無しさん@ピンキー:2010/12/21(火) 18:43:28 ID:/CfQ17Dg
GJ!!リバースキターーーー!!
290名無しさん@ピンキー:2010/12/21(火) 19:41:16 ID:TSO/S4ku
GJ!リバース来てくれて良かった!
歪んでるけど一途な潤が好きだ!
291名無しさん@ピンキー:2010/12/21(火) 20:45:58 ID:008V/kRF
>>288 GJ!
波乱の展開だな。これも朔夜の策略なのか……。
292名無しさん@ピンキー:2010/12/21(火) 21:09:36 ID:3k0e9C/7
ま、妹は毛ほどもカワイクねーから死んでもいーわ
293名無しさん@ピンキー:2010/12/21(火) 21:11:40 ID:NyHyJh4w
リバースGJ
潤好きだったんだけどなあ

他の作品もどんどん来てくれ
294名無しさん@ピンキー:2010/12/21(火) 21:30:24 ID:CLlS5Lfk
この妹はクズすぎる
さっさと死んでくれ・・・
でないと話を読むのが苦痛になりそうだ
むごたらしく死ねよ
295名無しさん@ピンキー:2010/12/21(火) 22:32:51 ID:ZiVc5xf2
>>288
GJ!次回の展開に期待です!
潤は狂いきれなかったんだな。生きていて欲しいわ。じゃないと救われない…。
296 ◆AJg91T1vXs :2010/12/22(水) 00:59:42 ID:sJrqZ3eN
>>288
GJ!!
なんか、ここ最近になって次々にキャラが降板して行きますね。
ラスボス戦は間近ってことでしょうか?
後は、朔夜の今後の動向に期待。
297名無しさん@ピンキー:2010/12/22(水) 01:23:07 ID:H6n56ryG
あのおなごが助けるんじゃろう?
うみあ・・・おっと口がすべっちまったぜ!

潤結構好きw
298名無しさん@ピンキー:2010/12/22(水) 01:24:49 ID:9EtXPKFv
>>288
GJ!やっぱり朔夜さんがラスボスなのか?展開が全く予想出来ない。
299名無しさん@ピンキー:2010/12/22(水) 01:45:17 ID:jAQmeL5Z
いやあ。。俺も潤好きだわ。好み分かれるかもシレンがいいキャラしてるじゃない。
300 ◆aUAG20IAMo :2010/12/22(水) 01:57:36 ID:r8HcHtEL
大作の後に投下するのもなんですが、そろそろ四話にケリつけたくて書きました
今から投下します
301わたしをはなさないで 第四話 後編:2010/12/22(水) 01:58:22 ID:r8HcHtEL
「イエハル、イエシゲ、イエサダー。おみやげ買ってきたよー」
「ニャー」
「じゃーん! 白身魚の骨抜き切り身ー!」
「「ニャ!? ニャニャニャー!」」
「ほらほら、がっつかないのー。一枚づつだよー」
「………」
「イエツナにもあるよー。切れ端だけどそのくらいでお腹一杯だよね?」
「…………(モグモグ」
「ワン」
「イエノブとイエツグはお魚ダメだから、今日はおみやげないんだ。ごめんね。今度お肉屋さんに行ったら骨もらってきてあげるからね」
「……ワン」
「……………」
「フミもそんな死んだ魚みたいな目しないで元気だそうよ。わたしがご飯作ってあげるから。ねえ、何が食べたい?」
「………食えるもの」
「失礼しちゃうなぁ」

あの警察は当てにならん
あれからナツにすっかり手玉に取られたギンは、本件は警察でも秘匿しておくと言って帰っていった
しかもナツの口車に乗って、古口夫婦の住居も連絡先も言わないまま
それが良かったのか悪かったのかいまだに自分でも分からない
本当なら警察沙汰になるリスクを負ってでもナツを帰すべきだったかもしれない
しかし、怖い
今の平穏な暮らしが一瞬で崩れ去ってしまうことを考えると、どうしてもあの場で本当のことを言うことが出来なかった
これがドラマか小説かSSだったなら、きっと俺の役の男はカッコよく大見得を切って真実を告げるんだろう
現実にいない者だけができるカッコよさだ
一番大切なことは、暮らしを守ることと収入を得ること
それがとんなに体裁を取り繕ったって、現実に生きるものにとっての義務だ

「はーい、おまたせー! 夏樹特製焼き魚の出来上がりー!」
「……ナツ、俺の注文聞いてた?」
「? なんだっけ?」
「食えるもの、って言ったんだ。炭を食える人間はそういないだろが」
「大丈夫大丈夫。外の炭をはがせば中は美味しく……あれ?」
「外は真っ黒中は刺身か。器用なやつだ」
「あははは………ねえ、フミ」
「分かった分かった。卵焼きと焼き鮭でいいな」
「わーい。わたしシャケ大好きー!」
「……はぁ」

あんな異常なことがあって帰ってきたのに、ナツは気にする様子もなく……いや、さらに楽しそうになってる
自分でご飯作るなんていったのはどれだけぶりだろう
いや、以前それでボヤ起こしかけて俺が料理禁じたことがあったからかもしれんけど

「なんだか機嫌がいいな」
「そう? わたしはいつもこんな感じだよー。だーいすきなフミといっしょだもーん」
「そうか」

なんで、ナツは変わったんだ?
今までも俺になついてるようなそぶりを見せることも多々あったが、こんなふうに直接的なことは無い
せいぜいくっついてきたり、手をつないだりする程度だった
それが、なんで?

「ナツ、お前昨日からなんか変だぞ。商店街であんなこと言ったり、今日のコトだって」
「……あたりまえだよ」

上機嫌だった表情が急に今まで見たことが無いほどに歪み、大声が部屋を震わせた

「フミが、わたしをパパやママのとこなんかに帰そうとするからいけないんだっ!!」
302わたしをはなさないで 第四話 後編:2010/12/22(水) 01:58:53 ID:r8HcHtEL
「とこなんて、って……そんなこと言うなよ。お前の両親だろ」
「それがどうかしたの? 私を捨てて出て行った人を、なんで両親だと思わなきゃいけないの!?」
「いや、それは」
「わたしはね、家族に捨てられたの。本当に大切な家族に捨てられたの!」
「………」
「わたしには親も親戚も居ない! いるのはフミとイエノブたちだけ! だからわたしは、もう絶対に大切な者を逃がさない!!」

俺の左手首にはめられたのは銀の腕輪
そこにつけられた長めの銀の鎖の先にはもう一つの輪がついており、それはナツの右腕にはめられていた
簡単に言っちまえば、手錠だよこれは

「おい、なんだこれ? 外れないぞ!?」
「オモチャだけど丈夫だね。言ったでしょ? わたしは、絶対にフミを逃がさないって」
「そういう問題じゃない! いい加減にしないと怒るぞ!」
「わあ、怒ってくれるの? 嬉しいなぁ。今までフミは本気でわたしを怒ってくれなかったんだもん
 家族ならあたりまえなのに、なんだかフミは遠慮しちゃってたからさ」
「いいからこの手錠をどうにかしろ! 十秒以内に外さなきゃ殴る!」
「いいよー。フミがしてくれることならどんなことでも嬉しいもーん。あははははは!!」

どこを、見ているんだ?
どこを見て笑ってるんだよ、ナツ?
お前がしたことも、言ったことも、今だけは何も責めない
だから、せめて俺の顔を見て笑ってくれよ!

「フミはわたしが邪魔になったんだよね? 
 おとといわたしにパパとママの話をしたのも、邪魔になったわたしを追い出すためだったんだよね?」
「違う。そんなことない!」
「でも、そんなことさせないもん。わたしはもう絶対にフミから離れない
 わたしたちは家族、そして永遠の愛で結ばれる運命なんだから。そうだよね、フミ?」
「………狂ってる」
「狂ってる? ……そうかもね。もしかしたら、わたしはフミへの愛に狂っちゃったのかもしれないね」

抱きつこうとするナツから逃げようと――いや、鎖につながれた俺に逃げ場は無いんだが――する
怖い
昨晩感じた恐怖と同質のものを今のナツから感じる
その時、台所から焦げ臭い匂いが漂ってきた

「あ、そういえばシャケ焼いてたよね。早く火止めなきゃ、またわたしのみたいに焦げちゃうよー」
「……」
「ほら、早く行こうよ。ご飯は美味しくなくっちゃね」
「……ああ」

この事態についていけない
今のナツは明らかに異常だ
本当なら今すぐに、必要なら殴ってでも止めるのが正しいのかもしれない
けれど、どうしてもできない。さっきのは自分すら騙せないような嘘
俺を慕ってくれる女の子
その方法がどんなに間違っていたとしても、その気持ちが本当である限り、手を上げるなんてことできっこないんだ
303わたしをはなさないで 第四話 後編:2010/12/22(水) 01:59:22 ID:r8HcHtEL
表面が少し焦げたが、それが香ばしさを増している塩シャケと、ナツがかき混ぜて俺が焼いた卵焼きが完成
すでにご飯も炊けている
いつもなら腹の虫が早く食わせろと発破かけてくるような夕食
けれども今日に限っては、腹が減るというよりも胃が痛い
美味そうな夕食に吐き気を覚えるなんて、22年間生きてきて始めての経験だ

「どうしたの? おいしいよ。食べないんだったら卵焼きもらっちゃうよー」
「もってけ。食欲が無い」
「いただきまーす!」
「ニャー」
「シャケ欲しいのか? いいからもってけ」
「「「ニャー!」」」
「駄目だよ。猫に塩ジャケはしょっぱいよ。……あーあ、あっというまに全部食べちゃった」

俺の前に残ってるのはこんもり盛られた白米のみ
それすらも食べる気になれず、黙ってお釜の中に米を戻した

「フミ、食欲無いの? なんにも食べなかったら夜にお腹すいちゃうよ」
「……誰のせいだと思ってるんだ」

いけしゃあしゃあと、まったく悪びれる様子もなく接してくるナツ
その様子に、抑えてた怒りが臨界点を突破したらしい
正直に言ってしまえば、俺はここで何を言おうとしていたのかまったく考えていなかった
それほどに激しい怒りだったんだ

「俺はお前を捨てる気なんて無かった! ナツはおバカだけど、性根は寂しがりで優しい娘だって思ってたからな!
 けどこんなことをするやつは、もう俺の家族なんかじゃない! さっさと手錠を外してこの家から出て行けっ!!!」

その言葉の意味を実感したのは、全てを吐き出した後
何を言われたのか分からないといった顔で、ぼんやりと俺の顔を見つめている
―――言いすぎた 
出て行けなんて、ナツが一番怖がる言葉じゃないか

「ナ、ナツ。すまん、ちょっと言いすぎた」
「…………………のう」
「えっ?」
「……フミ………一緒……のう」
「もっと大きな声で言ってくれ。なんだって?」



「フミ、一緒に、死のう」
304わたしをはなさないで 第四話 後編:2010/12/22(水) 02:00:21 ID:r8HcHtEL
その時は、世界がスローモーションで動いたように見えた
ナツが左手で握る一本の箸
それをゆっくりと大きく頭の上に振り上げる
さっきのどこを見てるのか分からないような目
振り上げられた箸が俺の目元あたりを目掛けて振り下ろされる
その勢いに死を覚悟する
体が動きとっさに左手を掴む
ナツは顔色を買えずに箸を押し込もうとする
なんとか箸をもぎ取って台所に投げる
世界が正常に動き出す
俺は恐怖のせいで荒い息をつく
ナツは俺が掴んでいる腕を愛おしそうにそっと撫でる

「言ったよね。フミに捨てられるくらいなら、一緒に死ぬって」
「おまえ……いまの……ほんきか?」
「うん? 冗談だと思った?」
「……ぜんぜん」

あと数瞬遅れていたら、俺の脳髄まで箸が到達していたかもしれない
そう思うとあらためて背筋が凍りつきそうになる

「もうあんなこと言っちゃ駄目だよ。わたしだって、これからずーっとフミと一緒に生きてたいんだから」
「なら、この手錠外してくれ。これからどうするんだ。俺の仕事は? 給料無きゃ生きていけないぞ」
「平気だよ。仕事先にはわたしが代理で親戚の法事だって言って今月一杯お休みをもらったし、預金も××万あるし」
「トイレは? 風呂はどうする」
「鎖は長いの取り付けてあるから、トイレは別々に入れるよ。お風呂は一緒だけどねっ」
「……抜け目が無いな」
「とうぜんだよ。今月一杯で、もうわたし無しじゃいられないようになってもらわなきゃいけないんだから」
「……子供にゃ無理だろうよ」
「あはは。もう歳もばれちゃったもんね。でも、どうかなぁ〜〜?」

ナツを両親のところに帰そうとしたのがそもそも間違いだったのか
そんなことは無い。それは必要なことだと今でも思っている
しかし、自分がこんな目にあうと分かっていたなら、過去の自分はギンに相談などしただろうか?
……たぶん、否だろうな

「この手錠のカギは?」
「隠したよ。でも場所は教えない。だってフミはまだ素直じゃないもん」
「……だろうと思ったよ」

この約一ヶ月、自分の意思を守りきれるか、篭絡されるか
―――ああ。本当にナツを憎み切ることができるなのらば、意思を守るのは簡単だろうに
何度でも言う。意志薄弱な俺には、それがどうしてもできないんだ
305 ◆aUAG20IAMo :2010/12/22(水) 02:04:42 ID:r8HcHtEL
ようやく四話終了です
文章があまり上手くつなげられていないような気がしますが、頑張って精進していきます
呼んでくださった方々、ありがとうございます
306 ◆aUAG20IAMo :2010/12/22(水) 02:06:34 ID:r8HcHtEL
呼んで→読んで
呼んでって、自意識過剰すぎるよこれじゃ
307名無しさん@ピンキー:2010/12/22(水) 02:13:36 ID:pP4+pby+
リアルタイム更新GJ!

ナツが本気になってきたな・・・・
308名無しさん@ピンキー:2010/12/22(水) 09:56:54 ID:DhgM9eO3
 >>288
>>305
お二方共にGJです。
 『リバース』は、要がホントにひどい奴に見えてきたり。
 そういえばコイツ、対峙した女の子(の病み)をどれもバッサリ拒絶してるんだよな。

 『私を離さないで』は坂道を転がり落ちるように病んでいっていてますね。
309名無しさん@ピンキー:2010/12/22(水) 12:52:00 ID:j3WXNmv3
職人GJ毎回楽しみにしてるぜ
310名無しさん@ピンキー:2010/12/22(水) 15:21:44 ID:3dBUVLYT
>>306
GJ!
てかナツ怖えええ
311名無しさん@ピンキー:2010/12/22(水) 17:38:57 ID:udnMcVDr
GJ!! ナツはヤンデレの中でも一番質の悪い「モンスター」タイプかよ…主人公のありとあらゆるものを受け入れちまう(殺害も含む)怖過ぎるわ!
312名無しさん@ピンキー:2010/12/22(水) 17:50:40 ID:RwOhh7UT
なんだモンスタータイプって?
313名無しさん@ピンキー:2010/12/22(水) 18:24:11 ID:udnMcVDr
>>312
元から病んでるのが普通の状態、表は一見普通に見えるが心は常に病んでいる。一番の特徴は主人公のありとあらゆる全てを受け入れる(例えば、主人公になら殴られてもいいとか殺されてもいいなど)
314名無しさん@ピンキー:2010/12/22(水) 20:36:37 ID:RwOhh7UT
>>313
それってヤンデレなん?
なんかヤンデレの見方変わってくるな。
315名無しさん@ピンキー:2010/12/22(水) 22:02:53 ID:ZubVjU+P
 あのさ、寝取られ話で悪いんだけど、
 ヤンデレに対し、媚薬を盛った状態で型最高の巨根、そして絶倫、
 さらにすごい性テクニックを持った主人公以外の男が犯しまくったらどうなる?

 気分悪くしたらすまんね。
316名無しさん@ピンキー:2010/12/22(水) 22:10:40 ID:jit3ZF+8
わかってて言うくらいなら自分で考えれるだろ屑
317名無しさん@ピンキー:2010/12/22(水) 22:21:51 ID:RwOhh7UT
>>315
どうなるってそんなん経験者しか分からないだろ。
318名無しさん@ピンキー:2010/12/22(水) 22:24:28 ID:vCYvKXj2
触雷とか変歴伝こないかなあ
待ってるんだが
319名無しさん@ピンキー:2010/12/22(水) 23:01:37 ID:udnMcVDr
リバースが来たから、次に触雷!と現物支給が来れば天下無双!
320名無しさん@ピンキー:2010/12/23(木) 01:21:21 ID:vnvOyHdO
クレクレ厨乙w
321名無しさん@ピンキー:2010/12/23(木) 01:40:20 ID:0ALjq+K2
ウェハースがくれば世の中がつらくとも生きていける
322名無しさん@ピンキー:2010/12/23(木) 02:50:46 ID:0wMQb2eN
やっぱり投下少ないな
323名無しさん@ピンキー:2010/12/23(木) 02:51:13 ID:0wMQb2eN
やっぱり投下少ないな
324名無しさん@ピンキー:2010/12/23(木) 02:51:51 ID:0wMQb2eN
やっぱり投下少ないな
325名無しさん@ピンキー:2010/12/23(木) 02:59:59 ID:W1IX9Wpt
とりあえず、裸でまってるか
326名無しさん@ピンキー:2010/12/23(木) 07:58:46 ID:MT835eux
裸で待機してたらプラズマにかかりました
咳出て辛いです
327名無しさん@ピンキー:2010/12/23(木) 12:12:04 ID:vfpDzbqH
作品投下待ってたら負の感情を纏ってしまいました、どうすれば?
328名無しさん@ピンキー:2010/12/23(木) 12:54:42 ID:13q0Pw29
体育館の真ん中で体操座りで待つことを許可する
329名無しさん@ピンキー:2010/12/23(木) 13:43:24 ID:WnKC99AD
※ただし全裸に限る
330名無しさん@ピンキー:2010/12/23(木) 17:32:47 ID:JdmOacqp
投下まだかよと騒いでるやつは一度自分で書いてみることを勧める
やってみるのもう二度とんなこと言えなくなる
ソースは俺
331名無しさん@ピンキー:2010/12/23(木) 22:33:15 ID:vnvOyHdO
>>330そうそう!
試しに過疎スレで良いから苦労して書いた駄文を投下してみろ!

袋叩きにあうから

ソースは俺
332名無しさん@ピンキー:2010/12/23(木) 22:43:03 ID:dde73aSP
テンプレのルールさえ守っていれば叩くのはお門違いだよなぁ。
333 ◆aUAG20IAMo :2010/12/24(金) 00:39:10 ID:G+7SuvNs
少し話が進んだので載せます
今度はフミじゃなくギン視点です
334わたしをはなさないで 第五話:2010/12/24(金) 00:40:02 ID:G+7SuvNs
「………返信こねぇな」

交番で携帯を眺めながらぼんやりと呟く
こんなとこ上司に見られたら普通は減給ものだが、俺の不良警官振りはもう有名だ
しかもこんなところに上司が来ることなんてめったに無い
いやぁ、こんなとこあるんだねぇ
5時を回るとほぼ真っ暗、コンビニまではチャリを飛ばして30分
テレビもねぇ、ラジオもねぇ、たまに来るのが紙芝居。おらこんな村嫌だ、東京へ出るだ
しかし、最果てとはいえここがその東京なんだから始末に終えない
仕事といったら農家の手伝いや子供のおもり。就任以来一番の大事が牛のお産
これっておまわりさんの仕事じゃないよね?
しかしだからと言って交番でゲームやるわけにもいかない
俺は熱くなりやすいタチで、一度始めると他に目が行かなくなっちまうんだ

『兼山さん、この前大騒ぎしながら交番でゲームやってました』

こんなこと、たまに来た上司にチクられた時は生きた心地がしなかったね
言ったのが幼女で無かったなら後でお仕置きしていたところだ
まあそんなこんなで、俺は警官ライフを満喫している
しかし今、どうも心に引っかかってることがあるのだ

「バイトしてたとしても、一日以上返ってこないなんてなぁ………」

俺のクエスト手伝ってやるって言ったくせに、何もクリアしてくれなかったことについて俺の親友に文句のメールを送った
それから、一切連絡が無い
あいつは寝てる以外はメールには絶対に返信してくる男で、メールの切り時に苦労してると言ってたのを思い出す
まあ俺がかなりの携帯不精なため、ちょうど折り合いがついていたんだが
だから三日も返信が無いなんて、今までに無かったことといって差し支えない

「しゃあない、家電にかけてみっか」

べつにさしたる用件があるわけじゃない
ただ気になった、それだけだ
だいいちあのお姉様属性の極みみたいな男が、8歳も年下のロリを彼女にしたってだけでもおかしい
それにあの時はあいつに彼女ができたってことでお祝い気分になってたが、考えてみればあいつ、笑ってたか?
いつものあいつなら、ロリな彼女ができたなんつったら、俺に思いっきり自慢してくるってのに
335わたしをはなさないで 第五話:2010/12/24(金) 00:41:01 ID:G+7SuvNs
「はいもしもしー、笹原ですよー」

受話器越しから、聞くだけで元気になれるようなロリボイスが届く

「あ、夏樹ちゃん? 兼山だけど覚えてるかな? 三日前に喫茶店で会った」
「だいじょうぶです! しっかり覚えていますよー」
「君みたいな可愛い娘に覚えていてもらえたとは光栄だな」
「忘れるはずありませんよ。だって兼山さんは、フミの親友なんですから」

あ、なるほど。恋人の親友だから忘れてないってことね
昨日フミに話してたみたいなラフな話し方じゃなく、ロリが無理矢理丁寧に話そうとしてる感じなのがよけい萌える

「ちょっぴりショックだな。君には個人的にも覚えていてもらいたかったのに」
「そんなこと言って、フミに叱られちゃいますよ」
「どうだい? 今度一緒にディナーでも」
「フミが一緒なら行きますよー。その時はお肉でお願いします」

さすがは恋人どうし
言うことまでおんなじだ

「君には厚切りのステーキを何枚でもご馳走するよ。フミは牛丼で」
「だったらわたしもフミと一緒に牛丼を食べます。お腹一杯」
「妬けるねぇ。それでさ、そこにフミはいる?」
「………いません」

ガラッと口調が変わった
俺のロリ感知センサーが、夏樹ちゃんの純真無垢ロリ抽出数値がずいぶん下がったのを察知する
つまり簡単に言えば、彼女は何か動揺を抱えて―――何かを隠している

「夏樹ちゃん。本当はフミ、そこにいたりしない?」
「いませんよ。どうしてそんなこと言うんですか?」
「いやなに、優秀な刑事の勘さ」

刑事どころか巡査だけどね
だいたいロリ感知センサーで当たりをつけたなんて死んでも言えるか

「いませんといったらいません。うちにはイエハルたちとわたししかいません」
「しかしもう20時だ。あいつの仕事ならもうとっくに帰ってなきゃおかしいね」
「遅くなってるんです」
「でもね、俺はさっきフミの会社に電話したんだよ。もうとっくに帰ったってさ」
「……会社の人が間違えたんです」
「警察の捜索だって言ったのに、ちゃんと調べないなんてことあるかな?」

もちろんこれは全部ブラフだ
いくら親友のためとはいえ、ただちょっと[おかしいな]ってだけでここまではしない
しかし、ずいぶんと効果はあったようだ

「それは……ほら、あれです」
「あれって?」
「いや…ほら………その………」
「夏樹ちゃん、どうしてフミは居ないなんて言ったかは分からないけど、別に俺は怒ったりしてないから」
「…………」
「ただ、フミと話したいだけなんだよ」

たっぷり一分は無言が続いただろうか

「………二人の時間を、邪魔されたくなかったんです」

蚊が鳴くような声で、彼女は言った
336わたしをはなさないで 第五話:2010/12/24(金) 00:41:35 ID:G+7SuvNs
「そっか、ごめんね。でもちょっとフミにどうしても外せない用事があったんだ」
「わたしが代わりに聞きます」
「いや、駄目なんだ。本人でなきゃ確認が取れない事項が色々とね」
「フミのことなら私はなんだって知ってます」
「母親の旧姓と本籍地、知ってる?」
「…………」
「フミに代わってほしい。お願いだからさ」

彼女は酷くしぶしぶといった感じで、受話器を渡したようだ

「よお、ギン。どうした?」
「どうしたって言うわけでもないが、この前お前が妙に元気が無かったから気になってな」
「あはは、そんなことか」
「そんなことかって、俺はお前を心配してなぁ」
「いやいや、俺たちは至極円満さ。例えるなら………」

そこで一拍切って

「彼女のおかげで、平凡な高校生がAct2発現したような状況だぜ」
「……マジで? 本当にか? 冗談は抜きでか?」
「ああ、しかも今二人の間には『剛』と『柔』のしなやかな強さがあるものまでついてるぜ」
「嘘じゃないんだな?」
「もちろん。養分と引き換えのギブ アンド テイクを頼むぜ」
「………ああ、正直にわかには信じらんねーけどな。わかった」

受話器を彼女に返す
何を話したの? 意味が分からないよ。変なこと言わないで
そんな声が聞こえた気がする

「お話、終わりましたか?」
「ああ、ごめんね。二人の時間を邪魔しちゃって」
「……旧姓と本籍地は?」
「あ、それは……別にいいんだ。そういえば俺知ってたから、あいつの代わりに書いとけばいいしさ」
「フミのこと、何でも知ってるんですね。うらやましいな」
「なに、腐れ縁ってだけさ。それじゃ、お邪魔虫は早々に退散するよ」
「はい。また三人で会いましょうね。その時はフミの昔のお話を聞かせてください」
「ああ、約束するよ。じゃあね」

電話を切る
そうして俺はその足で、パトカーに飛び乗った
夏樹ちゃんがあいつを愛してるのは疑いようが無いけど、SOSを受け取ったからには行かないわけにもいくまい
俺たちがあの漫画の大ファンで本当に良かったぜ
こんな暗号、どんなに頭を捻ったところで一般人に分かるわけがないからな

「彼女のおかげで、平凡な高校生がAct2発現したような状況だぜ」
その漫画で、とある能力Act1を持つ高校生が同じく能力持ちのヤンデレ彼女に拉致監禁され、その戦いでACT2の力に目覚める

「ああ、しかも今二人の間には『剛』と『柔』のしなやかな強さがあるものまでついてるぜ」
これは体を糸にする能力で作った手錠を形容した言葉。今フミと夏樹ちゃんが手錠でつながれているとを言ってるんだろう

「もちろん。養分と引き換えのギブ アンド テイクを頼むぜ」
養分を吸い取る敵が、『助けてくれ』と言って仲間を誘い出せば命は助けるギブ アンド テイク。それを頼む。つまりSOSだ

「あーあ……これが解決したら、とことんまで手伝ってもらうからな………」

それでもサイレンは鳴らさないで走らせる
彼女も悪気があってやったのではない(と信じたい)のだし、できれば事を穏便に収めたかった
337 ◆aUAG20IAMo :2010/12/24(金) 00:45:19 ID:G+7SuvNs
投下分はここまでです
フミにどうやってSOSを出させるかで散々悩んで、こんな分かりにくい方法にしてしまいました
分からない人にはすみません。分かる人はニヤリとしていただければありがたいです
それでは、今日も読んでいただきありがとうございます
338 ◆AJg91T1vXs :2010/12/24(金) 00:46:00 ID:g6UM6UEf
 夜も遅いですが、第十一話を投下します。
 やはり、年内の完結は無理そうですが……。
 薄暮の迫る時分、ジャンはいつもの如く馬車に揺られながら、自分の寝泊まりしている宿場へと戻ってきた。
 街の空気は相変わらずで、冷たい風が路傍を吹き抜ける音がする。
 この地方を包む冬の寒さはジャンも十分に理解していたが、街を覆う空気が嫌に冷たく感じるのは、季節のせいだけではないだろう。

 この街は、自分の家族を追い出した街だ。
 そこに留まることが決して望ましいことでないというのは、当然のことながらジャンにもわかっていた。
 だが、ここで全てを投げ出して、ルネに何の贖罪の意思も示さないというのは気が引けた。

「つきましたよ、ジャン様。
 しかし……今日は、本当に驚きましたよ。
 まさかジャン様が、お嬢様の身体を治すなどと言われるとは……」

「別に、そう誉められたものじゃないよ。
 医者として、病に苦しんでいる人を助けたいって言うのは本当だし……これは彼女を傷つけた事に対する、僕なりの贖罪だからね」

「贖罪、ですか……。
 なるほど、確かにジャン様のお気持ちは分からないでもないですが……くれぐれも、無理だけはなさらないでください。
 私が最も辛いと感じるのは、お嬢様の笑顔が見られなくなることです。
 ジャン様に何かあれば、私は今度こそお嬢様に顔向けできませんので」

「ああ、気をつけるよ。
 でも、クロードさんも無理はしないで。
 ルネに求められて血を与え続ければ、今にあなたの身体だって持たなくなりますよ」

「ええ、それは承知しております。
 ですが、私はお嬢様のために死ねるのであれば、それも本望と考えております。
 全ては我が主であらせられるテオドール伯と……ルネお嬢様のためですから」

 一点の曇りもない眼差しを向けながら、クロードはジャンにそう告げた。
 その顔には珍しく、微かな笑みが浮かんでいる。
 機械のように感情を見せないこの男――――何度も言うが、彼の心はあくまで男である――――が、こんな表情を見せたことに、ジャンは少し驚いた。

「それじゃあ、今日はここでお別れですね。
 ルネにはクロードさんからも、よろしく伝えておいてください」

 馬車を降り、自分を送り届けてくれたクロードに一礼すると、ジャンは軽い溜息をついて肩を下ろした。
 吐き出された息は白い霧となって、その一部はジャンの眼鏡をうっすらと曇らせる。
 レンズについた霞を指で払い、ジャンはそのまま宿場の裏手にと回って行った。

「ただいま……」

 別に、自分の家でもないのに、そう挨拶して入るのが日課になっていた。
 借り暮らしの身であることが、無意識の内にそうさせていたのだろうか。

 遠慮がちに、足音を立てないように気をつけつつ、ジャンはそっと階段を上がって行った。
 従業員用の通用口から大声を上げながら中に入るのも気が引けたし、何より、リディのことがある。
 ジャンが帰って来たとなれば、仕事そっちのけで迎えに出て来る可能性があるのだからたまらない。
 下手に宿が忙しい時分に帰宅すると、それだけで他の宿泊客の迷惑になっているような気がして頭が痛かった。
「あっ、ジャン!
 帰ってたんだ!!」

 噂をすれば、なんとやらだ。
 ジャンが帰って来たことに気がついたのか、早速リディが姿を見せた。
 片手にレードルを持っているところを見ると、夕食の準備の最中だったのだろうか。
 だとしたら、何もそれを放ったままにして出迎えに来なくてもよいのに、とジャンは思う。

 昨晩のことがあるだけに、ジャンは今のリディに対しても後ろめたさが残っていた。
 今朝、朝食の際に「気にしなくてよい」と言われたが、どうにも納得のゆかない何かが心の中で燻っている。

 幼い頃のリディは、確かにジャンに頼っているような節のある少女だった。
 物静かで大人しく、家が貧しいことを周りから馬鹿にされても何の抵抗も示さない。
 彼女をいじめっ子から助けるのは、いつもジャンの仕事だった。

 だが、十年という歳月は、一人の少女を確実に大人に変えていた。
 あの日、初めてこの街に帰って来た日にジャンが見たリディは、一人でも立派に宿場の経営をする自立した女性だった。
 少なくとも、ジャンにはそう思えたのだ。

 しかし、だとすれば、昨晩のあの行為はなんだったのか。
 悪ふざけにしては程が過ぎるし、何よりジャンは、あんなリディの姿を見たことがない。

 いったい、自分はどこまでリディのことを知っているのだろうか。
 幼馴染であることで安心していたが、彼女もまた、ジャンの知らない全く別の顔を持っているということだろうか。
 それとも、いつもジャンに見せている顔の方が偽りであり、本当のリディの性格は、心の奥底に隠されているとでも言うのだろうか。

 居候に近い関係を続けながらも、相手の本心が見えない不安。
 そのことが、ジャンのリディに対する態度を妙に固くさせていた。
 今の彼女はジャンの知るリディなのか、違うのか。
 それがわからないまでは、迂闊に話をすることも憚られる。

「なあ、リディ……」

 何から話そうかと考えながら、ジャンは少し遠慮がちにしてリディに尋ねた。
 対するリディは、いつもと代わり映えのない顔をしてジャンが次の言葉を言うのを待っている。
 どうやら今のリディは、ジャンの知っている彼女らしい。

「前に、この街には長く留まらないって言ったけどさ……」

 慎重に言葉を選びながら、ジャンはリディに向かって話を続けた。
 気さくな女性になったはずの幼馴染に、なぜここまで気をつかわねばならないのかが、自分でもわからない。

「今日、伯爵の家で新しく仕事が入ってね。
 当分、この土地に留まることになりそうだ」

「えっ!?
 そ、それって本当!?」

「ああ、本当だよ。
 もしかすると、今年はこのままこの場所で、年を明けることになるかもしれない」

「そうなんだ……」
 気持ちを押し殺しながらも、リディは嬉しそうな顔でジャンを見てきた。
 そんな彼女の顔を見ると、次に告げる言葉を言うべきかどうか迷ってしまう。

「まあ、詳しくは言えないんだけど、新しく診なければならない患者が増えたからね。
 往診の時間も今まで以上にかかるだろうから、帰りは遅くなることも多いと思うよ」

「帰りが遅いって……。
 それ、どれくらいの時間なの?」

「たぶん、夜までかかると思う。
 だから、これからは夕食も要らないよ。
 僕はいつも通り裏口から入るから、悪いけど、そこの合鍵だけ貸してくれないかな?」

「う、うん……。
 ジャンがそう言うなら、私は別に構わないけど……」

 先ほどまで太陽のように明るかったリディの顔が、一瞬にして曇り空になった。
 ここ最近、ジャンの世話をすることに、リディは妙な生甲斐を感じていたようである。
 献身的と言えばそれまでだが、やはり自分がジャンのためにできることが減るのは、彼女としても不本意なのだろうか。

「まあ、そう言うわけで、今までよりもリディに迷惑をかけずに済みそうだよ。
 基本、部屋には寝に帰るだけになるからね。
 僕のことは気にしなくていいから、君は君で、自分の仕事に専念してよ」

「そっか……。
 でも……そういうことなら、仕方ないよね……」

 リディの視線がジャンから逸れ、少しだけ俯いたような姿勢になる。
 予想していたことだけに、ジャンもそれ以上は何も言わない。
 それに、この先も居候のような生活を続けさせてもらうのであれば、それこそリディの世話になり続けるのはよくないと思った。
 願わくは、年明けにでも新しく自分が暮らす場所を見つけ、そこで一人暮らしでもした方がよいとさえ考えていた。

 何も言わないリディの横を通り過ぎ、ジャンは三階へと続く階段を上る。
 ぎし、ぎし、という木の軋む音に混ざって、階下の酒場から賑やかな話し声も聞こえてきた。
 その後ろからリディが灰色に淀んだ瞳でジャンを見上げていたが、ジャンがそんな彼女の視線に気づくことはない。

 人の声が遠ざかってゆくにつれ、徐々に自分の寝泊まりしている部屋が近づいてくる。
 部屋の扉を開けると、少しばかり冷えた空気が外に漏れて足にかかった。

 薄暗い部屋の中、ジャンは備え付けられたランプに灯りをともし、鞄を置いて椅子に腰かける。
 先ほどのリディの様子も気になったが、今はそのことについて考えている余裕などなかった。
 ジャンの心の中にあるもの。
 それは、他でもないルネのことだ。
 クロードの手前、彼女の身体を治すと言ってしまったものの、その方法に見当がついているわけではない。

 人の血を啜ることでしか渇きを癒せない、原因不明の奇怪な症状。
 ジャンが旅先で診てきた患者はもとより、彼の持っている本からも、そんな症例はお目にかかったことはない。
 悪いのは身体のどんな部位で、それを治すために何が必要なのかさえも、これから探ってゆかねばならないのだ。

(このままだと……下手をすれば数年は、この街にいることになるのかな……。
 でも、僕は決めたんだ。
 僕がルネのためにできることをするんだって……)

 先の見えない不毛な戦いだということはわかっていた。
 しかし、ルネの身体の治療法を見つけることでしか、ジャンには彼女に贖罪するための術が見つからなかった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 翌日は、久しく晴々とした天気だった。
 宿泊客が起きるよりも早く目を覚ましたジャンは、朝食を摂ることもせずに宿場を出た。
 昨日、ルネの身体を治すと心に決めただけに、何か身体を動かしていないと不安だった。

 宿場を離れ、ジャンは珍しく街の中央にある図書館へと足を運んだ。
 いつもは買い物以外で街中を歩きたいと思わなかったが、今回ばかりは話が別だ。

 ルネの症状は、ジャンの中にある知識でどうにかできるものではない。
 大して役に立つ本があるとは思えないが、それでも僅かな望みに賭けてみたくなるのもまた、人間の性である。
 この街に古くからある図書館の蔵書にならば、ルネの症状についてのヒントくらいは載っているかもしれない。
 そんな微かな期待に賭けてのことだった。

 朝は図書館で本を漁り、昼から伯爵の屋敷に往診に向かう。
 伯爵の診察と薬の処方を終えた後、ルネの身体のことについて自分なりに調べてゆく。
 そんな生活が、しばらく続いた。

 朝が来て、夜が来て、また朝が来る。
 時間だけが刻々と過ぎて行き、気がつけば十二月も半ばに差し掛かっていた。

「はぁ……。
 やっぱり、僕一人の力でルネの身体を治すことなんて、無理だったのかなぁ……」

 薄暗い地下の一室で、ジャンは溜息交じりにそう呟く。
 ルネを助けると言ったことに後悔はなかったが、早くも焦燥感が現れてきたのは紛れもない事実だ。

 今、ジャンのいる部屋は、テオドール伯の屋敷にある地下室だった。
 もともとは物置小屋として使われていたような場所だが、ジャンの話を聞いた伯爵は、その部屋を彼に貸し出した。
 ルネの病の正体を探るための、研究室に使ってくれというのだ。
 四方を石で囲まれた地下の部屋は、日中でもランプがなければ辺りの様子がわからないほどに薄暗い。
 陽の光に弱いルネにとっては好都合な場所なのだろうが、さすがにジャンも、こんな湿っぽい場所にルネを閉じ込めておこうとは思わない。
 この部屋は、あくまで自分がルネの病を調べるための部屋である。
 そんな風に割り切っていた。

 だが、例え部屋を貸し出され、必要な道具まで一通り揃えてもらったとしても、それでルネの病の正体がわかるわけでもなかった。

 図書館から借りてきた本は、この数日で全て読み漁った。
 が、そこに書かれていた知識は、どれも今のジャンが欲していたようなものではなかった。

 馬鹿馬鹿しいと思いつつも、ジャンは吸血鬼にまつわる話の書かれた本も借りてみた。
 ルネのことを吸血鬼だとは思っていなかったが、もしかすると、伝説の中に何かのヒントが隠されているかもしれない。
 そう願ってのことだった。

 しかし、そんな彼の願いも虚しく、本に書かれていたのは下らない迷信のような話ばかり。
 しかも、本によって記述が実にまちまちで、何が嘘で何が真実なのかさえもわからなくなりそうだった。

 特にジャンが馬鹿らしいと思ったのは、吸血鬼の誕生に関する話のうちの一つだ。


――――吸血鬼に血を吸われた者は、吸血鬼になる。


 そんな下らない内容のことが、さも真実であるかのように書かれているから嫌になる。

 そもそも、吸血鬼は人間にとって、数少ない捕食者であると言えるだろう。
 しかし、捕食者が獲物を捕食した結果として新たな捕食者が誕生するとなると、これは実に困ったことになる。

 食事の度に仲間が生まれるとなれば、当然のことながら、吸血鬼の数はねずみ算式に増えてゆく。
 結果、瞬く間に捕食者の数が被捕食者の数を上回り、この世界のバランスが簡単に崩れることになるだろう。
 本の記述が正しければ、今頃はこの世界の殆どの人間が吸血鬼になっていてもおかしくはないのだ。

 それに、クロードの様子を見る限り、彼は――――その身体の特徴以外は、であるが――――至って普通の人間だった。
 ルネのように血を求めることもないし、太陽の下も平気で歩ける。
 クロードはルネの求めに応じて血を与えていたようだが、彼が吸血鬼になっているような様子はない。

 やはり、これは病気なのだ。
 そう信じて、ジャンはルネの身体を調べることにした。
 定期的に血を求める衝動に襲われること。
 怪我をしても瞬く間に血が固まって、傷の治りも他人よりも極めて早いこと。
 何かにつけて血に関する事柄が目につくことから、ジャンはルネの抱える病の原因が、彼女自身の血にあるのではないかと考えていた。

 彼女の血を摂り、それを調べること。
 何から調べてよいのかも見当がつかなかったが、とりあえずはそこから始めたい。
 そう思ったジャンだったが、研究は遅々として進まなかった。

 採血が済み、地下室へと運ぶまでの短い間で、ルネの血液はいとも容易く凝固してしまう。
 そうなった血は単なる巨大な瘡蓋の塊であり、何かを調べるには適さない。
 結果、ルネを地下室に呼んで血を摂ることになったが、それでも状況は好転しなかった。
 血が固まるまでに調べられることは限られていたし、ジャンの知識も不足していた。

 固まった血を戻す方法なども考えたが、ルネの血は、ジャンの持っているどんな薬にも反応しない。
 血液の巡りを良くするという東洋医学由来の薬も煎じてみたが、それを飲ませたところでルネの体質に何か変化が見られたわけでもなかった。

 ルネの抱えている病の正体は、いったい何なのか。
 その原因はどこにあり、何をどうすれば、彼女の体質を普通の人間と同じものにできるのか。
 あまりにわからないことが多過ぎて、ジャンは独り地下室で頭を抱えた。

 クロードの話では、ルネが血を求めるようになったのは、落石事故の後だったという。
 彼女は生まれつき、今のように人の血を啜っていたわけではない。

 だが、ルネの身体に現れた変化は、果たして本当に病なのだろうか。
 もしかすると、彼女は本当に伝説の吸血鬼ではないのか。
 そんな疑念がジャンの脳裏を掠めたとき、彼は地下室の扉が開く音を聞いて我に返った。

「失礼いたします……」

 部屋に現れたのはクロードだった。
 その手には、銀のトレーに乗せられた夕食がある。
 夜遅くまでルネの病を治す方法を研究するジャンに、伯爵が出させたものだった。

「クロードさんか。
 もう、夕食の時間になったんですね……」

「はい。
 お食事は、いつもの場所に置かせていただきます」

「助かるよ。
 でも……正直なところ、なんだか申し訳ないな。
 あの日、あなたと約束をしてから一週間以上も経つのに、僕はまだ何も解決の糸口を見いだせていない……」

「そうですか。
 しかし、そう簡単に事が上手く運ぶとは、私も思ってはおりません。
 それよりも……私はむしろ、ジャン様のお身体の方が心配です。
 お嬢様のために色々と調べていただけるのはありがたいですが、あまり無理をなさりませんよう……」
 珍しく、クロードはジャンの身体のことを心配するような素振りを見せた。
 感情を殆ど表に出さず、テオドール伯とルネのためだけに生きているような男の口から出た言葉としては意外である。
 もっとも、そのことをジャンが問うたところで、クロードは「あなたの身に何かあれば、お嬢様が悲しみます」としか言わなかったが。

「ところで……」

 机の上にある道具を片付けながら、ジャンはクロードに言った。

「あなたこそ、身体の方は大丈夫なんですか?
 いくらルネが求めてくるからと言って、彼女に血を与え過ぎれば、いずれはあなたの方が先に死にますよ」

「それは承知の上です。
 しかし、仮にそうなったとしても、私は本望ですよ。
 お嬢様のために死ねるのであれば、己の命など惜しくもありません」

 一寸の迷いもない口調で、クロードはきっぱりと言い切った。
 この男――――しつこいようだが、彼の心は正真正銘の男である――――にとっては、自分の命よりも伯爵やルネの喜ぶ顔の方が大切なのだろう。
 そのためならば、己の命さえ簡単に投げ捨てる。
 そんな彼の心を知ってか、ジャンもそれ以上は何も言わなかった。

 静寂が、再び部屋を包む。
 クロードが去り、地下室にはジャンが独り残された。

 運ばれてきた食事を適度に片付いた机の上に置き、ジャンは本を片手にそれに手を伸ばす。
 パンを口に運びながら読んでいるのは、古今東西に存在する血の病について書かれた本だ。

 血の病と一口に言っても、その種類は実に様々である。
 怪我をしてもなかなか出血が止まらないような病気もあれば、どこかにぶつけたわけでもないのに身体に紫斑が現れる病気もある。
 また、脱水症状の結果、血が濃くなり過ぎて身体に変調をきたすような病気などもあった。
 もっとも、それらの病のどれ一つとて、ルネの抱えている症状に合致するものがないのが悩みの種だったが。

 薄暗い、ランプの灯りに照らされただけの地下室で、本のページをめくる音だけが響いている。
 いつしかジャンは夕食を口にすることさえ忘れ、自分の手の中にある医学書を読み続けることに専念していた。

「ジャン……。
 まだ、そちらにおられますか?」

 突然、ジャンの後ろで声がした。
 扉の開く音さえも聞こえなかったため、いささか驚いた顔をしてジャンは振り返る。
 先ほど、夕食を置いていったクロードが再び現れたのかと思ったが、そこにいたのはルネだった。
「なんだ、ルネか。
 どうしたんだい、こんなところに一人で」

「いえ……。
 私は、ただ……ジャンのことが心配になっただけですわ。
 こんな暗い部屋に毎日閉じ籠っていては、きっと身体にもよくありませんもの」

「確かにね。
 でも、僕は決めたんだよ。
 君の身体を治す方法を見つけるまでは、この屋敷で研究を続けようってね。
 それが僕にできる、君に対しての贖罪さ……」

 自嘲気味な笑みを浮かべてジャンは言ったが、ルネは笑わなかった。
 彼女にとっては病を治すことなど二の次で、ジャンと一緒にいられることの方が嬉しかったのだ。
 ジャンが再び自分のところへ戻って来てくれた。
 自分の本当の姿に一度は恐れを成しながらも、それでも理解を示そうとしてくれた。
 その事実だけで十分だった。

 自分のためにジャンが苦しむ。
 それは、ルネにとって最も望ましくないことである。
 ジャンは贖罪と言っていたが、そんなものをルネは望んではいなかった。
 今までのように、父の往診に来てくれたついでに、紅茶を飲みながら他愛もない話ができればそれでよかったのだ。

 だが、そんなルネの気持ちを知ってか知らずか、ここ最近のジャンは地下室に籠りきりだった。
 当然、ルネと会話をする機会も減り、彼は何かにとり憑かれたようにして研究に没頭している。
 これでは例えジャンが毎日屋敷を訪れたとしても、ルネにとっては彼と引き離されているに等しい。

 彼女の血を求める衝動は、ここ最近になって更に強まってきた。
 ジャンと一緒にいられる時間が減ってゆくほど、ジャンに会えないと思う気持ちが強くなるほど、その衝動は更に高まった。

 クロードはルネの衝動に合わせて血を与えてくれたが、それでは既に満足できなかった。
 血の渇きは多少和らぐことはあっても、それ以外の渇きがまったく満たされない。
 このままではいけないと思っているのに、吸血という行為に縋ることでしか感情を抑えられない自分が嫌だった。

「あの……」

 遠慮がちに、それでも可能な限りの勇気を振り絞り、ルネはジャンに語りかける。

「なんだい。
 もしかして……どこか、具合が悪いとか?」

「いいえ、そうではありません。
 ただ、少しばかり、ジャンに私の我侭を聞いていただきたいと思いまして……」

「我侭?
 まあ、内容しだいでは聞いてあげられないこともないと思うけど……。
 いったい、何をして欲しいんだい?」

「はい、実は……」

 胸の中に大きく息を吸い込んで、ルネはジャンに自らの願いを告げた。
 それは、普通の人間から見れば、取るに足らないものだったかもしれない。
 だが、彼女のような身体を持つ者にとっては、それはあまりにも無謀かつ大胆な願いだった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 夕暮れ時の厨房で、まな板を叩く音がする。
 しかし、それは決して軽快なリズムではない。
 コン、コンと、まるで途切れるような感覚で、まな板だけを叩く音が響いていた。

 あの日、ジャンが街に残ると告げた時から、リディは家事に力が入らなくなっていた。
 宿場の掃除や客のための夕食作りは辛うじてできるものの、いかんせん、自分自身のことに身が入らない。
 今日も自分のための夕食を作ろうとしてみたものの、結局何もできずにまな板を叩いているだけだ。

 今まで自分は、ジャンのことを考えて夕食を作っていた。
 いや、夕食だけではない。
 朝食も夕食も、ジャンが喜んでくれそうなメニューは何かを考えて、常にそれを作るよう心がけていた。

 そんなジャンだったが、彼は彼女の前から姿を消した。
 同じ街に住まい、未だ宿場の三階に居候をしているものの、最近の彼は寝に帰って来るだけだ。
 朝食も夕食も外で済ませ、リディの作った物を口にする余裕はない。
 その上、何やら思いつめているようで、リディのことなど眼中にはないといった様子だった。


――――トン……トン……トン……トン……。


 光を失った仄暗い瞳で、リディはまな板を叩き続ける。
 ジャンは今、どこでなにをしているのか。
 そればかりが頭をよぎり、まともに夕食のことを考えるだけの余裕がない。
 考えても仕方のないことだとわかっていたが、それでも頭が勝手に考えてしまう。
 そして、そんな彼女の気持ちを代弁するかのようにして、無常な包丁の音だけが部屋を支配する。

 どれくらい、そうしていたのだろうか。
 気がつくと、リディの後ろには一人の女性が立っていた。
 厨房に入ってきた人の気配を感じ、包丁を握っていたリディの手が止まった。

 振り向いて顔を確かめずとも、それが誰なのかはリディにもわかる。
 宿場の一階を借りて、酒場を経営している男の妻だろう。
「まったく……。また、こんなところにいたんだね……」

 半ば呆れたような顔をして、恰幅のよいその女性は言った。
 腰に手を当て、ともすれば怒ったような視線をリディに向けて来る。

「リディちゃん……。
 あんた、また夕食を食べてないんでしょ?
 お客さんのお世話で大変だってのは、私にもわかるけどさ。
 こう何日も夕食を食べない日が続くと、さすがに身体に毒だと思うよ」

「すいません、おばさん……。
 でも……なんだか、どうしても自分の分を作る気が起きなくて……」

「まったく、しょうがない娘だねぇ。
 でも、そろそろ店も忙しくなってきたからね。
 悪いけど、こっちも厨房を使わせてもらえないと困るんだよ」

「それでしたら、どうぞ……。
 私は部屋にいますんで、何かあったら言って下さい……」

 どこか遠くを見るような視線のまま、リディは呟くようにして言った。
 その声にあまりに生気がないことに、酒場の店主の妻もぎょっとして目を丸くする。
 虚ろな目をしたリディが隣を通り過ぎた時、思わず冷たいものが背中を走った。

「ま、まあ……それでもリディちゃんは、今まで一人でよく頑張ってきたからね。
 たぶん、疲れも溜まっているんだろうし、今日はゆっくりしな。
 賄いでよければ、食事は私が部屋まで届けておくからさ」

 慌てて後ろから声をかけたが、リディは返事をしなかった。
 こちらに背を向けたまま頷いたようにも見えたが、はっきりとはわからない。

 いったい、リディはどうしてしまったのか。
 年末が近づき忙しくなっていることはわかっていたが、それにしても、あんな顔のリディは今までに見たこともない。

 しかし、いつまでも考えていたところで話は始まらない。
 酒場の客に出す料理を作るため、店主の妻はリディに代わって厨房に立つ。
 一通りの調理器具と贖罪を揃え、腕まくりをして気合を入れた。

「さあて……。
 それじゃあ今日も、一仕事させてもらうとするかね」

 包丁を握り、まな板に乗せたハムにその刃を当てる。
 数枚のハムを切り出したところで、店主の妻は、ふと隣にある鍋に目がいった。

 いつもであれば、リディが作った夕食が入っているであろう鍋。
 だが、今日に限っては、それもない。
 厨房に籠る時間が増えている割には、リディはまともに自分のための家事をすることがなくなっていた。
 宿場の客の世話はするものの、後は全てどうでもよいといった感じである。

「やれやれ……。明るく元気なところがとりえだったって言うのに……最近のあの娘は、どうしちまったんだろうねえ……」

 厨房を出るときのリディの様子を思い出しながら、店主の妻は独り呟いた。
 今まで、何があっても負けることなく宿場の経営を続け来たリディ。
 そんな彼女の中に生まれつつあった闇に、何も知らない店主の妻が気づくはずもなかった。
349 ◆AJg91T1vXs :2010/12/24(金) 01:00:34 ID:g6UM6UEf
投下終了です。

>>337
危うくニアミスを起こして投下が被るところでした。
まったくもって、申し訳ない……。

次からは、投下前に必ずページの更新をしてから投下するように気をつけます。
350名無しさん@ピンキー:2010/12/24(金) 01:06:25 ID:KZIQ7j0U
お二人ともGJでした!
投下ペースが早くていいですね
351 ◆aUAG20IAMo :2010/12/24(金) 01:14:44 ID:G+7SuvNs
被り時間一分以下とはほんとにすごい偶然ですね……
大作投下お疲れ様です
お前ももっと頑張れ? まったくです。投下ペースはそこそこのクセに少量遅筆でごめんなさい
352名無しさん@ピンキー:2010/12/24(金) 01:42:36 ID:TEOMKgL1
一気に二つ来てる!
うれしいね!
353名無しさん@ピンキー:2010/12/24(金) 02:01:31 ID:YOhVaDCi
>>338
いやいや、こんなにおもしろい作品が今年中に終わってしまったら困りますよ。もう一週間の楽しみの一つになってるっていうのに…

二つともお忙しいのにGJです
354名無しさん@ピンキー:2010/12/24(金) 12:29:29 ID:P46ev6CH
GJ!!
投下お疲れ様です!リディが
355名無しさん@ピンキー:2010/12/24(金) 13:19:07 ID:NWG3cHBu
>>288
GJ!
リバースキター!
356名無しさん@ピンキー:2010/12/25(土) 11:29:53 ID:eeMPTOz7
次の作品投下まだかな〜?
357名無しさん@ピンキー:2010/12/25(土) 11:46:01 ID:IfTX8/SO
シャットアップ
358名無しさん@ピンキー:2010/12/26(日) 00:28:10 ID:i1lhLZ3W
ナツ どうなるのかたのしみです
359ブラック☆プラチナスオード:2010/12/26(日) 01:43:59 ID:qPirxdPY
芙蓉楓は俺のエロ奴隷なのか?(unオーエン風に)
360 ◆m10.xSWAbY :2010/12/26(日) 02:00:13 ID:OHW1vIYl
おいおいケツほじくり回すぞクソガキ
楓は俺のモンだ(`ε´)
361 ◆aUAG20IAMo :2010/12/26(日) 02:39:50 ID:njgyMu8k
視点をフミに戻して、また少し進んだので投稿します

>>358
ありがとうございます。その一言でまだ頑張れます
362:わたしをはなさないで 第六話:2010/12/26(日) 02:40:45 ID:njgyMu8k
「フミ、変なこと言っちゃ嫌だよ」
「ああ、すまん。あのバカとのいつもの軽口だから気にすんな」

正直、今だけはあいつをバカと思いたくない
メッセージは伝えた。あとはギンに全てを託す
なるだけ穏便に済ませたいんだが、そこまで伝える余裕は無かった
いや、ただ単にあの瞬間にそれを表すネタが思いつかなかっただけなんだが
とにかくこの状況を何とかしたい
贅沢を言うなら、ナツに正気に戻って欲しい
今が正常なんて、あのドジで大メシ食らいだけど優しいナツを知ってる俺にしては絶対に信じたくないんだ

「じゃあさ、お風呂入ろうよ。フミが嫌って言うから昨日は入らなかったでしょ?
 体がべたべたで気持ち悪いよ」
「風呂は好きだ。でも一緒に入るのはどうしてもな」
「わたし、フミのこと大好きなのに。フミはわたしのこと嫌いなの?」
「好きとか嫌いじゃなくて、羞恥心の問題だ」
「でも、しょうがないじゃん」

腕を振ると、長い鎖がジャラリと音を立てる

「ねっ?」
「……ああ」
「そんなに嫌そうにしないでよ。今日はわたしが体洗ってあげるからさ」
「遠慮する」
「恥ずかしがらなくてもいいんだよ。家族なんだから」

家族なんだから
このゆがんだ関係が始まって、もう何度この言葉を聞いたことやら
ナツにとって、「家族」っていったいなんなんだろう?
少なくとも俺の知ってる家族と言う言葉とはかなりズレがあることだけは間違いない
ナツの言う「家族」とは、「友達」であり、「恋人」であり、「家族」でもある
そんな何と形容していいのか分からない不思議な関係だ

わたしを捨てないで
わたしを離さないで
わたしを愛して

こんな気持ちが鬱屈して、ナツの「家族」像が出来上がっちまったんだろう
両親の元に返す前に、少しでも俺がその気持ちを解きほぐせてやれればいいんだが少しでも
そんなことを思いながら、俺は死刑場に赴く囚人のような気持ちで、風呂場へと歩いていった
363:わたしをはなさないで 第六話:2010/12/26(日) 02:41:36 ID:njgyMu8k

「お客さん、気持ちいいですかー?」
「2…3…5…7…11…13…17…19……」

頑張って素数を数え、背中の感触から意識を切り離そうと頑張る
いえね、俺はロリコンじゃないよ。ボインボインの肉感豊かなお姉様が好みだよ。あのペド警官とは違うよ
ましてや家族同然だった女の子に欲情するような鬼畜じゃないよ
しかしぺったんこでも、子供でも、体こすり付けて洗われて欲情を感じないようにしろというのは酷な話だ
無理矢理振りほどいても、この鉄の手錠がある限り無駄なこと
だから俺はもうやられるに任せてる
………悦んでないぞ。本当だぞ

「フミの体、あったかいね。……このまま二人、溶けちゃいたいなぁ」
「23…28……いや…ちがう29だ。29…31…37…………」
「ねえ、聞いてるの?」
「うわぁっ!?」

背中から前に腕を回されかけるが、それをあわててブロック
いくらなんでもそれはまずい
子供に手を出す(出される)のは人間として絶対にやってはならない行為だ
YESロリータNOタッチ! の標語だってそう言ってるし

「だめ?」
「だめ」
「家族なのに?」
「家族でもそればっかりは駄目」
「恋人なのに?」
「いつ俺が恋人になった」
「生まれたときから」
「初耳だ」

こんなコントみたいな会話をしてる時だけは、今の狂った状況を忘れられる
ナツも以前みたいな笑いをしながら俺の顔を覗き込み、俺はそれに苦笑いで返す
ただ変わったことはこの腕にかけられた手錠と、まったくナツに寄り添わなくなったイエハルたち
やっぱり動物には分かるんだろう
この娘は、今までの家族だった娘とは違うんだなって

「愛してるよ。食べちゃいたいくらいに」

ナツは、そんなことを言う娘じゃなかった
こんなふうに唇にむさぼりついてくるような娘じゃなかった
こんな好色な笑みを浮かべるような娘じゃなかった
俺の体を淫らにまざくるような娘じゃなかった
そう思うと、先ほどまで感じていた劣情はすっかり鳴りを潜め、物悲しさだけが残った

「あれ……ちっちゃくなっちゃった。ごめんね。わたし、こういうこと初めてだから……次は頑張るね」
「そうじゃない。そういうことじゃねえんだよぉ……何でわかってくれねぇんだ………」

ただ悲しくて、ナツの体を抱きしめてほんの少し泣いた
けれども一番悲しかったことは、ナツがどうして俺が泣いているのか分かってくれなかったことだった
364:わたしをはなさないで 第六話:2010/12/26(日) 02:41:57 ID:njgyMu8k
風呂上り、いつもならイエノブやイエツグとじゃれ合ったり、イエシゲたちを膝に乗せて映画を見たりする時間だ
けど、今俺のそばに居るのはナツだけ。みんなナツを恐れて近づいてこようとしない
イエツナだけは亀らしく逃げようとしないが、我関せず と言った感じで寝てる
しかも、テレビも以前借りたDVDも見ることは許されない
そんなものを見るくらいだったらわたしを見て、だそうだ
テレビはべつに我慢できるが映画禁止は痛すぎる
せっかく借りられて楽しみにしてたモノクロ映画(博士の異常な愛情(略))も、もうすぐ返却帰還が来ちまうじゃんか
まあ本当に返せるかどうかも分からない現状だけどさ
そんな愚痴をこぼすと、呆れたような顔でナツが指を一本立てた

「しょうがないなぁ。じゃあ、キス一回ね」

ええ、しましたよ
昨日みたいに夜通し行為を迫られるのは健康に悪い
キス一回で映画見られるんなら安いもんだ
……なんか、俺の感覚も狂ってきたような気がしないでもないな

「フミ、これってどんな映画なの?」
「ブラックジョーク満載映画」
「ふーん。わたし冗談って大好きだよ! たのしみだなー」

いつもはイエノブの指定席になってる俺の膝の上
そこに今はナツが居座っていた
俺の胸に体をこすり付けるようにしてテレビに見入っている
始めは色がついてない映画なんてヤダなんつってたのに、ずいぶんと楽しんでるじゃないか

「フミー、つまんないよー」

………前言撤回
やっぱ子供には難しい映画だったか

「………く〜……す〜……」

しかも寝ちまった
画面見てると思ったら、その実ただ単にウトウトして目の焦点があってなかっただけか
よっしゃ、それじゃこのままゆっくりとスタンリー・キューブリックの名作を堪能………

「って、ちょっと待て」

これ、チャンスだろ。常識的に考えて
見張られてたから取り出せなかった携帯をゆっくりと引っ張り出し、音を立てないように明ける

[Eメール 93件]

……こんな表記、もう一生見ることも無いだろうな
バイト先からも数件あるが、そのほとんどはギンからだ
その最新のメールは……二時間前

[このメールを見てるか分からんが、今から向かう。死んでなかったらまた会おうぜ]
365:わたしをはなさないで 第六話:2010/12/26(日) 02:42:21 ID:njgyMu8k
あの野郎、縁起が悪すぎる
マジで一回殺されかけた身としては洒落にもならない
しかし、あのメッセージがきちんと伝わっていたのはありがたい
あいつの交番からここまで約二時間強
もうすぐここにつくだろうな
返信して、現状を伝えておこう

[心の友よ。ナツは寝てる。大きな音を立てないように頼む。魔法のアイテム警察手帳を駆使して大家から鍵を借りてきてくれ]

送信……っと。よし、あとはあいつが来るのを待つだけだ
さて、あとはそれまでキューブッリクの名作を存分に楽しもう

「メール、終わった?」
「ああ。あとはあいつが来るのを待つだけだ」
「ふーん」
「………おはよう」
「うん。おはよ」

これは、ひどい

「…………………待て」
「やっぱり、わたしがきらいなんだね」
「いやいやいやいや、そんなことはないぞ」
「だって兼山さん。警察呼んだんでしょ? わたしから逃げるために。わたしを捨てるために!!」
「待て待て!! そうじゃないそうじゃない!!」
「そうに決まってる!! フミはママやパパみたいに、わたしを捨てるんだっ!!!」
「捨てるんじゃないって! ただ、一緒に暮らすのをやめるだけだって!!」
「捨てるんだ捨てるんだ捨てるんだっ!!」

ポケットから出したのは、飛び出しナイフ!?
俺にまだ厨二病の症状が残ってたころ、衝動的に買っちまって一度も抜いてないでしまってたあれか!?

「フミ、死んで!! フミが死んだらすぐにわたしも後を追うから!」
「嫌だっつの! こんな若い身空で死にたかない!!」
「寂しくないよ! 死んだって、わたしがずっと一緒にいるから!! もう二度と離れないからっ!!」

絶叫とも言えるナツの言葉と一緒にナイフが振り下ろされたのと、ドアが蹴破られるような音が聞こえたのは、ほとんど同時だった
366 ◆aUAG20IAMo :2010/12/26(日) 02:45:32 ID:njgyMu8k
投下終了です
本日も短文ですが読んでいただきありがとうございます
私のほうはもしかしたら年内に終わるかもしれません
367名無しさん@ピンキー:2010/12/26(日) 03:44:43 ID:6KznMPUz
gj
いいとこで止めるなぁ
368名無しさん@ピンキー:2010/12/26(日) 10:07:09 ID:nDd5mAQu
GJ!
飛び出しナイフって銃刀法違反じゃないっすか
フミさんパネエな
369ブラック☆プラチナスオード ◆JG5fLsT9COuY :2010/12/26(日) 17:41:48 ID:/59jEpEq
ボク少女のヤンデレマダー!?
370名無しさん@ピンキー:2010/12/26(日) 19:55:34 ID:QpANJr/J
よし、好きな男の子のために
ダルマっ娘をプレゼントするヤンデレ
371 ◆AW8HpW0FVA :2010/12/26(日) 20:52:16 ID:Xac2tW7W
test
372 ◆AW8HpW0FVA :2010/12/26(日) 20:53:06 ID:Xac2tW7W
投稿します。
第十八話『ワールシュタット』

ブリュンヒルドが朝早くに出て行ったのを確認したシグナムは、昼頃になってから出立した。
出立する前に、オゴタイ王から二頭の駿馬を貰い、その馬で以って平原を駆け抜けた。
乗っている馬が疲れ始めたら、併走している馬に乗り代える。
高等技術であるが、シグナムには大した事ではなかった。
六日後にはエトナに到着し、そのまま船に乗り、サヴァンに向かった。
サヴァンまでは、一月程の船旅である。
ブリュンヒルドのいない一月は、シグナムにとって心休まる日々だった。
初めて西方大陸に向かった時の様なピリピリとした空気は感じられず、
ただ徒然なるままに釣りをしたり、賭け事などをして時間を潰した。
予定通り一月もすると、船はサヴァンの港に到着した。
久し振りに中央大陸の土を踏んだシグナムであるが、真っ先に向かったのは酒場だった。
もちろん、聞くべき情報は、この大陸の首都であるファーヴニルでの出来事である。
ガロンヌがどの様な政治で民を治めているのか気になったのであるが、
シグナムの耳に飛び込んできたのは、驚くべきものだった。
ガロンヌは、現在の大臣を放逐し、その空いた席に平民を置いたというのだ。
なんという愚かな事をしたのだ、とシグナムは怒鳴りたくなった。
今まで政治をした事もない平民に政柄を執らせて、なんになるというのか。
そんな事をすれば、政治は硬直化し、政務が滞り、朝廷は空中分解するのは目に見えている。
所詮は平民、大局を見通す目も持っていない、ただの凡人だったのだ。
それを賢人だと言った父は、なんだったのか。これではいい面汚しである。
怒りで煮えたぎっているシグナムには、
南の町ニプルへイムの住人が全員失踪したなどという話は、耳にも入らなかった。
即断したシグナムは馬を走らせ、サヴァンの真反対にある港町アーフリードに向かう事にした。
アーフリードは名前の通り、ブリュンヒルドの一族が治める領地である。
先行させたブリュンヒルドが、ガロンヌに自分の行き先を告げ、手を打ってくる可能性がある。
その魔手が迫る前に、シグナムはアーフリードに向かい、出港していなければならない。
サヴァンからアーフリードまでは、どんなに馬を走らせても二週間は掛かる。
シグナムとブリュンヒルドの時間の差に大差はない。
必死に走ればガロンヌの使者よりは早くアーフリードに着けるかもしれない。
シグナムはひたすら馬に鞭打った。途中で遭遇した人食い花を踏み殺し、
リザードマンを馬上からの一閃で斬り殺し、止まる事なくアーフリードを目指した。
その一方で、ファーヴニル城では、ブリュンヒルドが復命し、西方大陸の鎮撫完了の報告の後、
東方大陸への渡航及び援助をレギンに申請した。
レギンは代王ではあるが、まだ八歳であり、政治など分かるはずもない。
相変らず、レギンの傍に立っているガロンヌが政治を壟断している。
そのガロンヌが、首を縦に振った。こうしてシグナムは、東方大陸に向かう事を許可された。
ブリュンヒルドが退廷して自室に戻ると、ガロンヌの側近に呼び出された。
向かう先は、摂政ガロンヌの執務室である。執務室に入り、ガロンヌと相対した。
「正直……、君には失望したよ、ブリュンヒルド」
開口一番、ガロンヌはそう言った。
まだ三十五歳と若いはずなのに、眉間には皺がよっており、年齢より老けて見える。
いきなり貶されたにも関わらず、ブリュンヒルドは相変らず冷静だった。
「前にも申し上げましたが、王太子様は隙がないのです。
西方においても、私は別働隊を任されて、傍にいる事も稀で、下手に手を出せませんでした」
「果たして、そうかな……」
ガロンヌが、ギラギラと光る目を、ブリュンヒルドに向けた。
その視線には、どこか疑心の感情が含まれていた。
「確かに君の言う通り、別働隊にいたならば、なかなか暗殺の機会はなかっただろう。
だが……、なかなか、という事は、何度か機会があったのだろう。
君ほどの者であれば、その機会を逃さず、とうの昔に帰還しているはずだ。
君の報告を聞いていると、隙が見付からないのではなく、
見付ける気がなかったのではないかと思われるのだが、……どうかな?」
「そんな事は……」
「ふふっ、まぁ、もういいのだがね」
急にガロンヌは笑い出した。笑うと、歳相応の若さが蘇った。
その表情と笑いには、勝者の余裕が含まれていた。
「既にアーフリードに使者を送ってある。王太子の名を濫りに振りかざす輩を、
国内を混乱させた罪で処刑するように、という命令だ。
君の父上には、それ相応の位を用意してある。おそらく断らないだろうよ」
ガロンヌが言い終わらない内に、ブリュンヒルドは早足で歩き始めた。
「どこへ行くつもりだ?」
ブリュンヒルドの背中に、ガロンヌが感情のない声を投げ掛けた。
ブリュンヒルドは歩みを止めない。
「今から行けば、王太子様が無様に死ぬ所を見学できると思いまして。
……では、私はこれで失礼……」
「まぁ、待ちたまえ」
ドアノブを掴むのと同時に、ガロンヌがブリュンヒルドの肩を掴んだ。
「王は西方の大乱が鎮まった事を大いにお喜びになり、
今宵、功労者である君を賞する宴席を設けるとの事だ。
なので、主役である君に抜けられると、……困るのだ」
ねっとりとへばり付く様なガロンヌの声が、ブリュンヒルドにぶつけられる。
ブリュンヒルドは、ガロンヌに顔を向けた。その目には、怒りの火が灯っていた。
「当然、出席してくれるよなぁ……、ブリュンヒルド……」
そう言ったガロンヌの顔は、嫌らしい笑顔で飾られていた。
ひたすら馬を急がせたシグナムは、二週間の旅程を、なんと十日で走破した。
しかし、間に合わなかった。
アーフリードの町に入った瞬間、シグナムは兵達に囲まれ、槍を突付けられた。
「なんだ、貴様等は!この私がシグナム・ファーヴニルと知っての狼藉か!」
シグナムはそう叫び、剣を抜いた。日の光を浴びて、地面に赤い陽だまりが出来た。
「なにがシグナムだ!笑わせるな、この偽者め!さっさと剣を捨てて縛に付け!」
兵達の中から声が上がった。それが火種となり、次々と罵声がシグナムに投げ付けられた。
シグナムの剣を握る力が強くなった。
「ならば……、その偽者とやらに……」
赤い線が走ったかと思うと、目の前の兵の身体が両断された。
「殺されるがいい!」
シグナムは走り出した。突然の出来事に、兵達は怯んだ。
前も後ろも右も左も兵の海。これを剣一本で泳ぎ切らねばならない。
突き出される槍ごと兵を斬り殺す。横薙ぎにして悉く首を狩る。真っ直ぐ突き、心臓を抉った。
瞬く間に、石畳は血の川と変わり、無数の屍が転がった。
兵達が退却を始めた。シグナムはこれを追わず、港に向かった。
このまま船に乗り込み、力付くでも船を出港させる。
港に着いたシグナムであったが、そこでシグナムの足が止まった。
隙間なく並べられた弓兵の矢先が、こちらに向けられていた。
どうやら、ここに来る事はお見通しだったらしい。
間髪入れず、背後を槍衾で塞がれた。
「武器を捨てて跪け!これ以上の抵抗をするならば、
この場でお前を射殺しなければならない!さぁ、どうする!」
憎憎しい笑顔を浮かべながら放たれるその声には、皮肉が込められていた。
さぁ、どうする、と言われても、こうなっては勝ち目はない。
気に食わないが、やる事など一つしかなかった。
シグナムは、握っていた剣を手放した。
手から放れた剣は、弧を描き、石畳の上に倒れるはずだったが、
そのままなんの抵抗もなく、刀身全て地面に埋まった。
瞠目の表情を浮かべるシグナムを他所に、兵達が一斉に押しかけた。
シグナムは縛り上げられ、聖剣と紋章を奪われた。
息つく暇もなくその場で裁判が行なわれ、一方的に死刑を宣告された。
弁護士など存在しない、魔女裁判より酷い裁判である。
有無を言わせず、シグナムは土牢にぶち込まれた。
死刑執行まで一週間、カウントダウンが始まった。
日の光が当らず、ジメジメした土牢の中はとかく不潔である。
そのあまりの環境の劣悪さに、ここに入れられた者は悉く病を発症し、死んでしまう。
そこで死んだ者は、腐るに任せてそのまま捨て置かれる。
地面に敷かれた筵には、前住者達の汗が染込み、よく分からない蟲が生息し、
そこ等中に散らばっている汚物や屍には、ねずみが、蝿が、蛆が集っている。
そんな所に一週間も、さらに食事もなしとなると、死刑執行前に気が狂いそうになる。
シグナムは目に見えて衰弱した。服は汚物で汚れ、頬は痩け、目からは生気がなくなったが、
シグナムは気持ちだけは強く持ち、ひたすら動かなかった。
そのため獄卒は、シグナムを見張る事に飽き、刑執行の前日になると、遂には居眠りをしだした。
獄卒が舟をこぎ始めたのを確認したシグナムは、右手中指から細長い針を引き伸ばした。
それを鍵穴に入れ、上下左右に動かした。ガチャリ、という音と共に鉄格子が開いた。
その音に目を覚ました獄卒が、シグナムを捕らえようとしたが、
それよりも先に、シグナム右手が獄卒の腹を強く打った。
気絶した獄卒から服を剥ぎ取ると、自分の服を獄卒に着せ、猿轡を付けて、土牢に入れた。
この様な事は、以前にやっているので手馴れたものだった。
帽子を深く被ったシグナムは、多少ふらつく脚を叩きながら階段を登り外に出た。
外は夜で、見張りはいなかった。
シグナムがなんの抵抗もしないので、減らされたのだろう。
ほっと一安心したのと同時に、シグナムは強烈な吐き気に襲われ、嘔吐した。
なにも食べていないので、胃液しか出ない。
なにか食べなければならないと思ったシグナムは、身体を引きずる様に歩いた。
幸いにも獄卒の服を着ているので怪しまれる事はない。
シグナムは詳しくない城の中をうろつき始めた。
幾ら獄卒の服を着ていても、うろうろしていると怪しまれる。
やはり何人かの巡回兵が、この怪しい兵に目を向けた。
しかし、誰一人として声を掛ける者はいなかった。
それはその兵が糞尿と腐臭を放っていたからに他ならない。
この事をシグナムは計算に入れていた訳ではないが、探索には大いに役に立った。
シグナムが今すべき事は、腹ごしらえと聖剣と紋章の奪還である。
食堂や宝物庫が二階にあるとは考えられない。
なので、主に一階を探索し、場所を記憶していった。
その予想は当った。食堂と宝物庫を見付けたのである。
食堂は城内の最西端に、宝物庫は北にあった。
食堂の方は大した事はなかったが、問題だったのは宝物庫だった。
宝物庫に入るには、まず見張りの立っている扉を突破し、
さらにその奥にあるダイアル式の巨大な金庫扉を開けなければならない。
今の装備では、突破する事など不可能だった。聖剣と紋章は諦めざるを得ない。
いずれは必ず取り返す。心にそう決めたシグナムは、食堂の方に足を向けた。
まずは腹ごしらえである。それが終わり次第脱出する事にした。
食事を終えたシグナムは、急ぎ足にならない様に、正門を目指した。
もうそろそろ、臭いだけで兵達の目から逃れられないと思ったからである。
「ガロンヌに魂を売った売国者め」
振り向き様にそう吐き捨てたシグナムは、誰にも邪魔されずに正門まで来る事はできた。
「やはり、そううまくはいかないか……」
門の前に、誰かが立っていた。
見張りの兵が立っていないのを見ると、そいつが退かせたのだろう。
顔は暗がりで見えないが、シルエットでそれが女だというくらいは分かった。
この大陸で、武器を持っている女なんて高が知れている。
帰ってきていたのだ、あのクソ女が。
「ブリュンヒルド……」
シグナムは喉を鳴らした。よりにもよってとんでもない奴が門番をしている。
今の体調、実力、装備、全てを考慮しても絶対に勝てるはずがない。
他の道を探そうにも、高い城壁に囲まれたこの城から脱出するには、
どうしても正門を通る以外にない。
死を覚悟して正門を突破するか、もしくは大怪我覚悟で城壁から飛び降りるか。
目まぐるしくシグナムの頭脳が回り始めた。
「シグナム様!」
そんな時に聞こえてきたのが、忌々しいブリュンヒルドの声だった。
暗がりからブリュンヒルド心配顔が露わになった。
「不審な兵がいると聞いたので、もしかしたらと思って待っていたら、
やはりシグナム様だったのですね。よかった、ご無事で」
ブリュンヒルドは目に涙を溜め、今にも抱き着かんばかりだった。
なにがご無事だ、とシグナムは唾でも吐き出しそうになった。
「まさか、正門をお前が押えていたとはな。……私もこれで終わりか……」
「私は敵ではありません。今回の事は、ガロンヌに誑かされた父の独断です」
「敵ではないというのなら、なぜ助けに来なかった」
「下手に動くと怪しまれると思いまして、
刑執行前日、つまり最も見張りの気が抜ける今日を狙おうとしたのですが、
まさか、シグナム様が独力で脱出するとは思いませんでした」
白々しい言い訳である。シグナムは頭を下げているブリュンヒルドを睨み付けた。
その後に、脱出の準備をしておきました、と言われたが、信用できるものではない。
とはいえ、正門を抑えられている以上、この女の話に乗らなければならない。
「とにかく、今はここを離れましょう。船着場に船を用意しています」
そう言って、ブリュンヒルドは手を差し出してきた。
「その手はなんだ……?」
「ここから船着場まではかなりの距離があります。
あなた様は六日間もあの様な劣悪な場所にいたのです。立っているのもお辛いでしょう。
私が肩をお貸ししますので、どうか、お掴まりください」
差し出された手とブリュンヒルドの顔を、シグナムはじっと見つめた。
「いらん、一人で歩ける」
シグナムはブリュンヒルドの手を払い除け、歩き出した。
刑執行当日、アーフリードの城内は騒然となった。
土牢にいたはずのシグナムがおらず、代わりに見張りの兵が入っていたからである。
「偽者の行き先は東方大陸だ。今から高速船を出せば先回りできる。すぐに準備せよ!」
ブリュンヒルドの父アルダーが、声を荒げて兵達に命令を出していた。
せっかく捕まえたシグナムを逃す訳にはいかない。
報告が入ってきた。前日の夜、城内を徘徊する不審な兵を見た、というものである。
今さらになってその報告を伝えにきた兵に、アルダーは大いに激怒したが、
その報告は、アルダーより先にブリュンヒルドに告げた、とその兵は言った。
まさか、と思ったアルダーは、ブリュンヒルドの部屋に向かった。中は、もぬけの殻だった。
アルダーは唇を強く噛んだ。まさか身内から裏切り者が出るとは思わなかったからである。
確かにブリュンヒルドはシグナムの処刑に反対したが、
一族の繁栄のためだ、と言うと、頷いたので納得したのだと思っていたのだ。
娘も見付け次第、殺さなければならない。
渋い顔をしているアルダーの元に、高速船の準備が完了したのという報告が入った。
アルダーは頷かず、船着場に向かった。途中、再び報告が入った。
身元不明の大軍が、アーフリードに進撃中というものだった。
アルダーは壁に拳を叩き付けた。
なぜこの様な時に、と怒鳴り散らしたかったが、そんな事も言っていられない。
おそらくは野盗の群れであろうが、見過ごせば領地に被害が出る。
即断したアルダーは、船に配置した兵達も動員し出撃した。
謎の大軍とぶつかったのは、ワールシュタットという草原だった。
アルダーは、ここに来て自らの目でその大軍を目視した。
確かに大軍だった。目測で五万はいるだろう。
だが、統率はなっておらず、武装もしていない。どう見ても平民の行進だった。
「これならば、警備隊の兵力で十分ではないか!」
アルダーは何度目か分からない怒鳴り声を上げた。
今回に限って、なぜこれほど邪魔が入るのか。
込み上がる怒りを、アルダーは目の前の平民の群れに向けた。
「我々の兵力は三万だが、相手は高々平民の群れにすぎん。
さっさと蹴散らし、王太子の名を騙る偽者を追うぞ。……全軍……突撃!!!」
アルダーの号令と共に、全軍が平民の群れに突っ込んだ。
戦は勝っていた。先行する騎兵が平民を打ち上げ、その後を歩兵が進み、綻びを広げていった。
しかし、アルダーの表情からは喜びは感じられなかった。それは寧ろ、怯えの表情だった。
「おかしい、なぜ勢いが衰えぬ!なぜ我が軍が押されている!」
幾ら斬り殺しても、平民達は一向に退かず、寧ろ数が増えているという錯覚に襲われる。
まるで、ゾンビの群れでも相手にしている様だった。
兵達にも疲れが見え始めた。アルダーが一時退却を考え始めた時、腹部に激痛が走った。
振り返ってみると、アルダーの腰に槍が突き刺さっていた。たまらず、アルダーは落馬した。
なにが起きたのか理解できない。自分の周りは側近で固めていたはずである。
劣勢になったとはいえ、まだ平民達に突破されてはいないはずである。
なのに、なぜ。アルダーの思考が鈍くなり始めた。激痛が身体を支配する。
アルダーの周りを側近達が囲み始めた。
皆手に槍を持ち、照準の合わない目をこちらに向けていた。
「お前達……、一体どうしたと……」
全てを言い終わる前に、一斉に槍がアルダーを貫いた。悲鳴を上げる暇もなかった。
379 ◆AW8HpW0FVA :2010/12/26(日) 20:57:39 ID:Xac2tW7W
投稿終了です。
380名無しさん@ピンキー:2010/12/26(日) 22:38:57 ID:gO+ALkFI
相変わらずブレない面白さだ
続きを期待する
381名無しさん@ピンキー:2010/12/26(日) 23:31:28 ID:hIIZg224
GJ!
そういえばシグナムって、灰を操る程度の能力持ってたよね?
あの設定消えたのかな?
382名無しさん@ピンキー:2010/12/27(月) 01:00:44 ID:rkWg4Wj6
何故かいきなり「大丈夫、私ヤンデレだけど一応常識は判ってるから」というセリフが沸いてきた
383 ◆aUAG20IAMo :2010/12/27(月) 01:46:56 ID:9ieZzg9H
[わたしをはなさないで]の続き考えてたら、なぜか何の関係も無い短編一本書けてました
ヤンデレと言うのかどうなのか良く分からない掌編ですが投稿してみます
384走る走る僕たち:2010/12/27(月) 01:47:40 ID:9ieZzg9H
僕、坂本裕登(さかもとひろと)の日課は、5時に起きて近所の川辺を走る早朝マラソン
中学を卒業した5年前から続けていることで、今ではこれをやらないとすっきり目が覚めないほどだ
この日課を友人に話すと

『人間のやることじゃねえ』
『悪鬼の所業だ』
『布団様のご加護を不意にするとは』

なんてボロクソに言われちゃうけど、分からない人には分からなくていいと思う
この気持ちよさはやった者にしか分からないしね
早朝特有のひんやりした空気、若葉の萌える匂い、少しずつ太陽が昇ってくる風景
毎日見ても飽きないよ、これは
あと、このマラソンにはもう一つ嬉しいことがあるんだ
……あ、ちょうど来た来た

「…………」
「…………」

僕と逆方向から走ってくる彼女、いつものように二人笑って会釈を送る
そしてすれ違う
それだけ
毎日すれ違う、それだけの関係だけど、この関係はもう5年弱も続いている
僕が走り始めてから少しして、彼女の姿を見かけるようになった
何度も話しかけてみようかなと思ったけれど、今ではこの関係が逆に心地いい
背は低め、ショートカットの童顔、笑顔が可愛い、恐らく僕より1つ2つ年下
それくらいのことしか分かってなかったけど、僕はずっと彼女に親近感を抱いていた
彼女もきっとそう……だと思う
普通早朝に毎日おんなじ男と顔合わせてたら、コース変えるなりすると思うしね
でも、一つだけ気になることがあるんだ

「彼女、このへんに住んでるのかなぁ……?」

僕の家も含め、この辺は団地が密集している
だから彼女を見たことが無くても別段驚くほどのことじゃないんだけどね
もうここで20年も生きてきて、一度も見たことが無いって言うのも気になる
とは言っても、別にそんなに気になるわけじゃない。ちょっと興味がそそられる程度だ
後をつけてみようかと思ったこともあったけど、もしもバレてもう会えなくなるのも嫌だし
それ以上に、興味本位でそんな後ろめたいことをしたくは無かったんだ
385走る走る僕たち:2010/12/27(月) 01:48:00 ID:9ieZzg9H
「どぎゃあっ!!」
「あ、ごめん」

いつものマラソンに出かける時間
昨日酔って帰ってきて、居間でつぶれたカエルみたいに死んだように寝てた姉さんの足を踏んでしまったらしい
しかしこれが嫁入り前の23歳の悲鳴とは、世も末だね

「あんた、ごめんですんだら米軍はいらないわよ米軍は!!」
「もともと米軍はこんなこと取り合ってくんないよ。あと母さん達起きるから声小さくしてよ」
「……で、あんたどこ行くのよ? 大学?」
「授業は10時から。いつもの早朝マラソンだよ。姉さんも行く?」

自堕落な姉をからかう意味で言ってみただけ
このひどい寝起きじゃ、走るどころか歩くことすらままならないだろうしね
そんな冗談だったのに―――

「じゃあ、たまには不肖の弟に付き合ってあげようかな」
「えっ」

真に受ける人こそが、本当の「不肖」だと思う


姉――沙織(さおり)
23歳飲んだくれの会社員
得意技は飲んだくれた翌日の仮病の口実作り、と自分で笑って話してた
我が姉ながら情けなくて涙が出そうだ
歳が近いからか、一緒に買い物(という名の荷物持ち)に出た時、何度か恋人と間違われたこともある
そんな時は姉さんが何か馬鹿なことを言い出す前に、僕が全力で否定するのが日課になってる
いつもの時間だから、不肖の姉を彼女に見られたくは無いんだけど………
まぁいいや。走って置いてけば、そのうち疲れ果てて勝手に家に帰るだろうしね
それじゃ、今日は少しペース上げ気味で行こうかな

「じゃ、姉さんが着替えたら行くよ」
「ふっふーん。裕登、私の俊足に置いて行かれないように頑張って走りなさいよ!」
386走る走る僕たち:2010/12/27(月) 01:48:21 ID:9ieZzg9H
「ちょっと、あんたー……!! 可愛いお姉様を……置いていく、とか……鬼ー! ……悪魔ー……性犯罪者ー!!」
「罵倒はいいけど、息切らして最後のがなりたてながら走るのやめて欲しいんだけど」
「ペドー! ロリー! ブルマー! ニーソー! 競泳用水着ー! 足コキー!」
「あっ! この! 僕の部屋の秘蔵エロ本見たなっ!?」

妙に綺麗に片付けられてると思ったらこの超不肖の姉が片付けてたのか
しかしこの声で起きる人がいたかもしれないと、想像するだけで気が滅入る

「で、姉さん。ついて来れなくなったんなら帰ればいいでしょ。人の性癖暴露しながらフラフラ走らないでよ」
「いいじゃない。ロリコンだってギリギリ人権はあるの。走ってたくらいじゃまだ逮捕されないわよ」
「帰れ。今すぐ帰れ。お願いだから」

そんなこんなで、久しぶりに気分が乗らない早朝マラソンになってしまった
でも、そろそろいつもの彼女との待ち合わせ場所(ってわけでもないけど、いつも会う場所を僕はそう呼んでる)だ
いいかげんこのハイパー不肖の姉を黙らせなきゃ

「姉さん。ちょっと黙ってくれない? ちょっとでいいから」
「なに?」
「いつもここで会う人がいるんだよ。彼女に悪印象を持たれたくない」
「女? 妬けるわねぇ。もう持ち帰ったりしたの?」
「できれば黙っててくれない? 半永久的に」

この姉を川原のどこに埋めよう
そんな益体も無いことを考えていると、道の向こうから彼女らしい影が走ってくるのが見える
そのシルエットを見ると、いつものように口元に笑みが浮かぶ
そして、今日もいつものように微笑を交わす。それだけ
たったそれだけのことだけど、僕にとっては重要な儀式
だっていうのに―――

「あ、向こうから走ってきた娘。あの娘ね? いやぁ〜、ロリコンのあんたにふさわしい背丈と童顔ね」
「姉さん。綺麗な川原に生える雑草の肥料になる仕事しない? いや、やれ」

こんな不肖の姉グレートのせいで台無しだ

「なぁんですってぇ? お姉様にそんな口をきく弟は……こうよ!」
「うわっ!?」

まだかなり酒臭い女がいきなり抱きついてきた
後ろから抱き着いて、耳に酒臭い息を吹きかけ、彼女にそんな姿を見せつけるようにしてきた
おいばかやめろ

そんな姿を見て、件の彼女は一瞬立ち止まり、泣き出しそうな、激怒したような不思議な顔をして、すごい勢いでその場を走り去った

「弟君、失恋けってーい」
「姉さん。生まれて初めて人を本気で殴っていい? 返答はいらない」
387走る走る僕たち:2010/12/27(月) 01:48:43 ID:9ieZzg9H
昨日は、あの後ボディーブローで気絶した姉さんを川原に捨ててきた
今朝は、誤解を解く意味で初めて彼女に話しかけようと思う
そう思って昨日の夜から何度もシュミレートしてるんだけれど、何と声をかけたものやら

『昨日のアレは姉だから、君は心配しなくていいよ』

とでも言う?
バカな。恋人同士じゃあるまいし
でも、あんなのが恋人だなんて誤解されたまんまでいたくはない
それじゃ神聖な朝の儀式が台無しだ
まあなるようになるさ。とにかく、今日は彼女に声をかけてみよう
ほら、彼女の小柄なシルエットが見えてきた
輪郭もだんだんとハッキリしてくる
いつものようにほがらかな笑み……は浮かんでないか
優しく僕を見てくれる瞳……は虚ろ
そして、その手に握られた小ぶりのナイフ

「………どゆこと?」

そんな間抜けな言葉が、僕から彼女にかけた第一声だった
返答は無い
ただいつもと違うのは、明らかに僕に向かって走ってくること
何か考えるよりも先に僕はその場でUターンをした
そして、走る
いつもよりも心持ち速めのペースで

(え、なに? なに? なんなの?)

彼女の手に握られてる凶器さえなければ、きっと諸手を挙げて迎えていたかもしれない
しかしね、冗談抜きでブスッとされるのはあんまり僕好きじゃない
いつもいつも顔を合わせるだけの女の子
そんな程度の関係の娘に、何でナイフを向けられなきゃならないんだ?
肩越しに後ろを振り向くと彼女はいつものペースで僕の後を追ってきてる
相変わらず虚ろで、表情を変えずに



それから三時間、僕と彼女は走り続けている
人通りの多い場所ならば彼女も追ってこないだろうと思ったけど、何も変わらず一定ペースの駆け足で追ってくる
ナイフは隠しているものの、相変わらず僕をブスッとしようとしてることだけは分かる
言われたわけじゃないけど、なんとなく分かるんだよ
歩いちゃ駄目。話を聞く暇は無い。足を止めればブスッ
やっぱり、あの不肖の姉∞との事を見られたのがまずかったんだろうか
でもなんで、彼女は僕を追いかけてるんだ?
まさか、僕に彼女がいると知って嫉妬して?
…………まさかね
でも、それ以外にこんな状況で命を狙われる理由が思いつかないしなぁ……
どうなんだろう………
彼女に聞くことができれば一番手っ取り早いのに
そんなことを考えながら、僕らは走り続けている
太陽はちょうど頂上付近。もうすぐお昼だ
僕も彼女も、足元がもう昨日の姉さんみたいにフラフラしている
それでも彼女は歩みを止めず、僕も逃走をやめない
いったい、どうして逃げてるのかも分からないままに

ただ生きて帰れたら、絶対にもう一回姉さんを殴ろうと、僕は強く強く誓った
388 ◆aUAG20IAMo :2010/12/27(月) 01:51:54 ID:9ieZzg9H
ほんとに良く分からない話ですね。反省
少女の名前もセリフもありません
たぶん、この話を考えてるときに見てた(と言うかイメージソース)のが
スティーブン・スピルバーグの[激突!]だからだと思います
珍妙はお話でしたが、もしも少しでも楽しんでもらえれば嬉しいです
389名無しさん@ピンキー:2010/12/27(月) 02:14:20 ID:RUilS9E+
その才能が羨ましい!
390名無しさん@ピンキー:2010/12/27(月) 02:20:28 ID:2uujCV9F
ハードル下がったなぁと思う。
ゴタゴタあった後じゃ仕方ないのかね。
391名無しさん@ピンキー:2010/12/27(月) 03:55:30 ID:0iXN1+5y
>>390
もう黙ってろksg
392名無しさん@ピンキー:2010/12/27(月) 12:38:13 ID:ATeCI6Zt
GJ!
普通に面白い!
393名無しさん@ピンキー:2010/12/27(月) 14:26:05 ID:5XlDEAY5
せめてどこが面白いか書いてやれよw
394名無しさん@ピンキー:2010/12/27(月) 15:57:06 ID:O74HwnuR
おもしろかったー。
395名無しさん@ピンキー:2010/12/27(月) 17:16:25 ID:3rkaBQ1Q
なんか>>393の後にこう書くとイヤミに見えるが、面白かったよ
396名無しさん@ピンキー:2010/12/27(月) 17:54:09 ID:cqHyK3xD
>>379
ドラファンきてる!
面白いんだけど、女の子成分が足りんな、女キャラ増えんかな、まぁ面白いからいいんだけど
397名無しさん@ピンキー:2010/12/27(月) 18:24:34 ID:aFcPFpQ2
>>388
GJ!ドラファンきた!
ただヤンデレ要素がもっとほしい
398名無しさん@ピンキー:2010/12/27(月) 20:47:34 ID:ULWZc2AC
クリスマスネタないのん?


399名無しさん@ピンキー:2010/12/27(月) 21:36:46 ID:tofFvIkN
20xx年 どういうわけかスクウェア版のヤンデレゲーが開発される事になった

A「えーと。いまさら説明するまでもないと思いますが、ヤンデレの簡単な説明をします。
 えー……意中の幼馴染み主人公を泥棒猫に奪われて……」
野村「うーん。Aちゃんさあ。ヤンデレじゃ余りに平凡じゃない?」
A「はい?」
野村「オプスクーリタース・プエッラでどう?」
鳥山「ですね」
野村「それと主人公への監禁だけど、僕の解釈だとあれは監禁じゃないんだよね」
A「は?」
野村「あれは『守護』なんだよね。外界からの守護」
鳥山「『主人公を守る高貴なる女性騎士』ね」
野村「それと僕の解釈では、彼は主人公じゃないくて『アマートゥス』、泥棒猫は『アドウェルサーリウス』って呼びたいな。それとね……」



一時間後



A「……アドウェルサーリウスとの恋に酔いしれる『アマートゥス』は『オプスクーリタース・プエッラ』により
  彼女の部屋に封印されていった。しかしアドウェルサーリウスはそれに気づき、反撃の機会を伺っていた

400ブラック☆プラチナスオード:2010/12/27(月) 22:51:19 ID:k8TgvIqu
なあにこれぇ(遊戯風に)
401名無しさん@ピンキー:2010/12/27(月) 23:24:31 ID:m/pXpM3f
>>399
こんなスレにまでそのコピペが来るとは思わなかったw
402 ◆AW8HpW0FVA :2010/12/27(月) 23:44:56 ID:wyUqKfKq
投稿します。
403変歴伝 27 ◆AW8HpW0FVA :2010/12/27(月) 23:46:27 ID:wyUqKfKq
都では七日前から、郊外の広場で喧嘩が頻発している、という噂が立っている。
その噂の元凶は、業盛とごろつき達である事は言うまでもない。
時折やって来る検非違使には、稽古であるので非違ではない、と主張したが、
中にはごろつき達に聞く者もいた。それは既に対策済みであり、事前にごろつき達に、
自分と同じ様な回答をしろ、と言ってあるので、捕まる事などなかった。
稽古、と言ったが、その実は、業盛の憂さ晴らしみたいなものだった。
そもそも業盛には、ごろつき達を教育し、立派な兵にする気などさらさらない。
あちらが嫌気が差して逃げ出すまで、この稽古は終わらない。あくまでただの暇潰しである。
「うぁああああああ!!!」
「遅いわ、間抜け」
攻撃を躱した業盛が、ごろつきに金的を喰らわせた。
ごろつきは股間を押え、その場に昏倒し、動かなくなった。常時この繰り返しである。
この様に異常な光景ではあるが、本当に異常なのは、稽古を受けている二十八人だった。
この七日間、二十八人は毎日の様に業盛に痛め付けられているというのに、
誰一人として逃げず、次の日には、必ず稽古に参加しているのだ。
馬鹿か、こいつ等は、と業盛は多少の驚きをもって、二十八人を見た。
さっさと逃げ出せば痛い目に遭わずにすむというのに、しぶとく食い付いてくる。
よっぽど家来になりたいのだろう。ごろつきの癖に、無駄に純粋である。
それが業盛の気に障る。業盛は舌打ちをすると、
向かってきた最後のごろつきの顔面を掴み、地面に叩き付けて、稽古を終わらせた。
最初の内は楽しくて仕方がなかったのに、こうなってしまうと、つまらない。
まるであいつ等のためだけに来ていると思うと、むらむらと怒りが湧いてきた。
怒りに任せて業盛は、地面に刀を叩き付けた。風が起こり、砂塵が舞い上がった。
なぜこれほどまでに自分がいらつかなければならないのだろう。
いらいら解消のために見付けた玩具で、
この様な気持ちにされるとは、本末転倒もいい所である。
玩具は玩具らしく、苦しみ絶望していればいいというのに、
遊び手の期待を裏切るとは言語道断であろう。
その様な玩具は、さっさと叩き潰してしまった方が、心身によさそうであるが、
その玩具はれっきとした人間であり、そんな事をしてしまったら、
後がとても面倒であるというのは分かり切っている。
つくづく役に立たない屑共だ、と業盛は思った。
その様な怒りと殺気をない交ぜにした感情を内包し、帰路に着いた。
404変歴伝 27 ◆AW8HpW0FVA :2010/12/27(月) 23:47:09 ID:wyUqKfKq
翌日の昼、業盛はいつもの広場で二十八人の出迎えを受けた。
ごろつき達で憂さを晴らすという事は、既に飽きているというのに、
業盛は律儀にも稽古に付き合っている。
二十八人が逃げ出すのを待つより、こちらがここに来なければいいというのに、
それをやらないのは、まるで自分がごろつき達から逃げた様で気分が悪くなるのと、
逃げるのは嘘を吐いている様で業盛にはたまらないからである。
「ったく、また全員来やがったか。……いい加減に諦めたらどうだ。
この七日間、俺を動かすどころか、一撃も与えられていないじゃないか。
お前等には才能なんてないよ。これ以上は時間の無駄、労力の無駄だ」
とはいえ、業盛が稽古に倦み始めたのは、その言葉からでも察せられた。
どれだけ酷い事を言ってもしつこくやって来るごろつき達を、
いっそ殺して埋めてしまおうか、などと恐ろしい考えが頭を過ぎる。
このままでは、本当に殺ってしまいかねない。
どうしたものかと考えた業盛は、一つの条件を出した。それは、過酷なものだった。
「もしも、今日の稽古で誰も俺に一撃を当てられなかったら、今日を以って稽古は終了。
お前等を家来にするという話もなくなるから、そのつもりで来な」
当然、業盛にはこんな奴等の一撃を喰らうつもりなど毛頭ない。
さっさと終わらせて、帰って寝ようと思っていた。
目に見えて二十八人の表情が変わったが、業盛はそれに気付かなかった。

稽古が始まった。一人目を正拳突きで、二人目を回し蹴りで仕留めた。
激流の如く絶え間なく攻めてくる二十八人であるが、
業盛はそれを顔色一つ変える事なく、一撃で以って叩きのめしていった。
二十八人目を首投げで沈めた時、いつもであればこれで稽古は終了だった。
ところが業盛が帰ろうとした時だった。
「まっ……待ってください……」
業盛を呼び止める声と共に、二十八人が立ち上がったのである。
今まででたったの一撃で終わっていたのを思うと、随分と成長したものである。
「ほう……、多少は打たれ強くなったか。だが、それだけでは俺に攻撃は当らんぞ」
と、多少驚いた業盛であったが、
そのやせ我慢もあと一撃で砕け散るだろうと楽観し、再び円の中に入った。
しかし、状況は著しく一変していた。二十八人は再び業盛の一撃を受けて倒れても、
気絶する事なく立ち上がって向かって来る様になったのだ。
流石の業盛も恐怖感を覚えた。まるで瀕死者を踏み潰そうとして、足を掴まれた気分である。
この手の輩が、一番面倒だ、と業盛は唇を噛み締めた。
こういうのを死兵というのだ。死兵と戦う馬鹿はいない。避けて通るのが無難である。
だが、今の業盛は引く事が許されず、戦う以外に道はない。
「いいだろう。……そんなに死にたければ、……殺してやる!」
業盛は吼えた。言葉の通り、本気で二十八人を殺そうとした。
凄まじい速さの突きと蹴りが、一人、二人と貫いていた。
「雑魚は雑魚らしく……、地べたに這いつくばって……、土でも……食ってろ!」
夢中だった。拳や脚だけでなく、肘や膝にも血がべっとりとへばり付いていた。
最後の一人が向かってきた。突き出された腕を掴み、勢いそのままに背負い投げを叩き込んだ。全力を込めたためか、砂が舞い上がり、周りは土煙に覆われた。
これでやっと終わった、と業盛は一瞬気を緩めた。
刹那、急速に近付いてくる気配を業盛は感じた。
気配には気付けたが、土煙のせいで、相手を目視できない。
影が見えた時には、回避行動を取ったものの一歩間に合わず、蹴りが頬を掠っていた。
405変歴伝 27 ◆AW8HpW0FVA :2010/12/27(月) 23:47:49 ID:wyUqKfKq
業盛はなにが起きたのか理解できなかった。自分の頬に手を当ててみると、
僅かな痛みがあった。血は出ていないが、おそらく痕が出来ているであろう。
業盛は肩で息をしているごろつきの胸倉を掴み上げた。
「よくもまぁ、やってくれたものだな」
その表情は、怒りで歪んでいた。今まで誰にも負けた事のない自分が、
下級の、ましてや屑と見下していた奴等に、
初めて傷を付けられたのだ。これ以上もない屈辱だった。
「貴様等が蚊蜻蛉の如く向かってきたのは、俺が確実に油断するのを待っていたって所か?
まさか、その様な捨て身の策を打ってくるとは、思いも寄らなかったよ」
胸倉を掴む手の力が、さらに強くなった。死体に鞭打つ様な行為であったが気にしない。
「約束通り、稽古は継続してやろう。
これからも、その捨て身の策で、精々死なない様に気を付けるのだな」
「ちがっ……違い……ます……」
「違う……?一体なにが違うというんだ?」
業盛は胸倉から手を離してやった。この死に掛けがなにを言うのか興味を持ったのである。
開放されたごろつきは、二、三度大きく咳き込み、業盛を見つめた。
「確かに、私達はあなたが隙を見せるのを待っていました。
ですが、でたらめにやられていた訳ではありません」
「ほう……、では、なにを待っていたというのだ?」
くだらない事だったら許さない。今の業盛は頗る機嫌が悪かった。
本当に殺してしまいかねないほどの殺気が身体から溢れていた。
「あなたのしめの攻撃は、必ずと言っていいほど大技でした。
私達は、それに気付き、その隙を突いたのです。土煙は計算外でしたが……」
「なに……」
聞き捨てならない言葉だった。
自分でも気付かなかった癖に、このごろつき達は気付いたというのか。
それも、指十本では数え切れないほど、殴られ、蹴られる中で、それを見つけたというのか。
倒れていたごろつき達が、意識を取り戻し、呻き声を上げながらも、顔を上げ始めた。
それを見回した業盛は、ゆっくりと目を閉じ、しばらくすると立ち上がった。
「たとえ、俺の癖を見抜けたとしても、これから先、その様な隙を見せると思うなよ」
ごろつき達は声も出ない。ただ、業盛を見つめるだけだった。
「これからは、俺の攻撃を躱せる様な目を養え。滅多にない隙に付け込もうとするな」
初めて業盛が、明確な指示ごろつき達に出した。
それは業盛が、口には出さないものの、ごろつき達を認めた瞬間だった。
406変歴伝 27 ◆AW8HpW0FVA :2010/12/27(月) 23:48:24 ID:wyUqKfKq
一人の女が都を歩いている。
雲の上を歩くかの様な軽々しさは、その美しさと相まって、まるで天女の様だった。
その天女の照準の合わない目が、辺りを見回し、一人の男を見つめた。
男も女の色香に誘われ、導かれる様に、路地裏に消えた。
「なっ……なにか御用ですか、お嬢さん?」
「菊乃って呼んでください」
「えっ……、それじゃあ菊乃さん、一体なんの御用で……」
男は菊乃の顔を直視する事が出来ない。薄っすらと頬を赤らめ、目を細めているその様は、
じっと見ているとおかしくなりそうだったからである。
そのため、目線を下げ、胸元辺りを見ていたのだが、菊乃が襟を緩め、
胸元を大きく露出したため、次にどこを見ればいいのか分からず、目線を漂わせていた。
しどろもどろしている男の事など気にもせず、菊乃は折り畳まれた赤い紙を手渡した。
「あの……、なんですか、これ」
「ここまできて、まだ分からないの?」
クスリ、と笑った菊乃は、男の胸に手を当て、軽くなぞった。
「それを飲んで……。そうしたら、夢現も分からなくなるほど気持ちよくなるから……」
「っあ……」
今にも茹で上がりそうな男は、すぐさま赤い紙を開き、中の粉薬を飲み込むと、
菊乃の両肩を強く掴んだ。
「菊乃さん、わっ……私、もっ……もう……」
「もう……、効いてきたみたいね」
「えぇ、それは……も……う……」
急に男の身体が震えだし、その場に倒れた。
瞳は小刻みに揺れ、口からは涎が溢れて垂れだした。
「なっ……なん……で……」
「私ね、ここまで来るのに路銀を使い果たして、お金がないの」
菊乃の手が、男の頬に触れた。
「でもね、お金を稼ごうにも、出来る仕事なんて、身体を使う仕事しかないじゃない?
私、痛いのとか、男に触られるのが嫌だから、こうするしかないの」
男の首が、菊乃の手によって、あらぬ方向に向けられようとしている。
みしみしと骨の軋む音が聞こえ始めた。
「まっ……待って……。おっ……お金は差し上げます……から、いっ……命だけは……」
「駄目よ、そんなの」
男の助命の言葉を遮った菊乃は、満面の笑みを浮かべていた。ごきっという音が響いた。
「だって私……」
もう永遠に目覚める事のない男を見下ろす菊乃の目は見開かれていた。
「もう戻れない所まで来ちゃったんですもの……」
それはまるで底なし沼の様に、どこまでも濁りきっていた。
407変歴伝 27 ◆AW8HpW0FVA :2010/12/27(月) 23:49:02 ID:wyUqKfKq
あれから随分と時間が経った。
落ち込んで絶食していた時が長かったが、つい最近、やっと行動を移す気になった。
家にいても、苦しい事しか思い出せない。間男の処理もそろそろ面倒になった。
なので、家に火を付け、田畑を潰して、不退転の決意で村を出た。
そんな覚悟で村を出たとはいえ、もともと蓄財をしていた訳ではないので、
すぐに路銀を使い果たしてしまった。
雨露を凌ぐために、何度一夜の宿を借りたか数え切れなかった。
そこに住む人達は、とても親切な人ばかりだった。
お金がないといっても、笑顔でご飯を出してくれたし、一つしかない布団も貸してくれた。
とてもありがたかった。とても嬉しかった。でも、とても気持ちが悪かった。
男に声を掛けられると鳥肌が立った。男に見られるだけでも殺意が沸き上がった。
男の布団で寝ているだけでも虫唾が走った。なにもかもが気に食わなかった。
だから、寝ている男の首を絞めて、お金になるものを積めてから、家に火を付けた。
いい人達ばかりだったけど、罪悪感は微塵も湧かなかった。
そんな事を続けながら、やっと都に着いた。
都には、多くの武家が居を構えている。必ずここにあの人がいるに違いない。
早速聞き込みを始めた。だが、そんな簡単に見付かるはずもない。
持ち合わせの路銀も、宿代などですぐに消えた。
という訳で、手ごろな男に声を掛け、お金をもらう事にした。皆喜んで渡してくれた。
「銅銭五十枚……。これじゃ、宿代で全部消えちゃうわ」
紐に銭を通し、じゃらじゃらとやりながら表通りに出た。
多くの人が往来する表通り、なんとなしに目を凝らしてみると、
とても長いものを持って歩く男の人がいた。
驚いた。それが私の探している人、私の最愛の人だった。
考えるまでもない、すぐに追跡を開始する。
「やっと……やっと会えた。もう絶対に逃がしませんからね、業盛様……」


「ひぅ……、なんだろう、寒気を感じる……。……風邪……かな……」
408 ◆AW8HpW0FVA :2010/12/27(月) 23:49:55 ID:wyUqKfKq
投稿終了です。
409名無しさん@ピンキー:2010/12/28(火) 01:09:00 ID:LYlRsRzF
お疲れ
410AAA:2010/12/28(火) 02:05:52 ID:ANN1ZbIR
投稿します
411風の声 第9話「風の輪」:2010/12/28(火) 02:07:02 ID:ANN1ZbIR
「頼む!!」
「・・・何が?」

自殺未遂者を救った翌日。右腕が包帯状態の俺が教室に来るなり一人の男子に土下座された
土下座といっても土の上でなく机の上。真剣さが伝わらない・・・

「俺達の部活に入ってくれ!お前の反射神経が必要なんだ!頼む!」
「反射神経って?」
「昨日のあれだよ。あれ!落ちてきた人に気付き反応する反射神経、瞬発力、支える腕力
 それらが揃っているお前に入ってもらいたい!」
「何部?」
「男子バドミントン部、入部者数が少なく、さらに先輩が卒業し今は俺を含め1年生が2人なんだ
 あと1人いれば団体戦に出れるんだよ」
「ちなみに女子は?」
「入部者数ベスト1位」
「男子は?」
「ワースト1位」

バドミントン。名前だけ聞くと野原や公園でやる平和なイメージがあるが、あれは娯楽
本当のスポーツにもなるとスマッシュの初速が新幹線を上回る300kmも出る最速のスポーツだ
何故こんなにも詳しいかというと小学生の時にバドミントンクラブに入っていたことがあるからだ。やはり平和なイメージや
女子がやるようなスポーツというイメージを周りの奴らが持っていたため少しばかり偏見された

「さらに、女子と触れ合う機会が多いから恋愛もできるぞ!」
「恋愛してるの?」
「・・・5連敗中だ」

こいつは1年、学校が始まってからまだ2ヶ月ほどなのに、もう5人にも当たって砕けているのか
女子と触れ合う機会が多いから彼女ができるという考え自体間違いではないだろうか?

「触れ合う機会が多いって事は、一緒に練習しているのか?」
「(男子の)人数が少ないからな」

一緒に練習をするということは舞を誘っても問題が無いわけだ

「なぁ、頼むよ〜」
「分かった、分かったから無駄に近づくな。少し気持ち悪くなる」
「ん?あぁ悪い悪い。人が苦手なんだっけ?」
「分かっているなら離れてくれ」
「承諾しないならもっと近づくぞ!」
「俺はそっちの趣味は無い」
「で、入るのか?」
「分かった。入ってみるよ」
「マジで!?サンキュ風魔!」
「あぁ、ええと・・・」
「あ、そういえば自己紹介してなかったけ?おれ、天野 昇(あまの のぼる)」
「天に召されそうな名前だな」
「その言葉、自己紹介するたびに言われてる・・・」

その後、天野から入部届けをもらい、活動時間等を聞いた。舞にも話さないと
・・・ラケットどこにしまったけ
412風の声 第9話「風の輪」:2010/12/28(火) 02:08:00 ID:ANN1ZbIR
帰りのHRが終わり、舞に部活の事を話すと喜んで承諾してくれた
家についた俺は押入れの中で引っ越し業者の段ボールに入れられたまま保存されている物の中からラケット等の用具を探した
引越し前の俺が二度と使わないと思っていた物を探すのは、過去の俺の思いを否定しているみたいで少し変な感じだった
ラケットは2箱目の底で眠っていた。埃をかぶっておらず、ガット、フレーム共に目立った傷は無かった
シューズも見つかり、散らかした物を片付けようとした時一つの小箱が目に入った
ハートマークが入った小箱であきらかに女物、頭の上に疑問符を出しつつ小箱を眺めていたら電話が鳴った

「もしもし」
「お兄ちゃ(ピッ)」

『プルルルル』
「はい」
「なんで切っ(ピッ)」

『プルルルル』
「・・・」
『プルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル・・・・・』
「(あきらめたか)」『♪〜♪〜♪〜』

メールで攻めてきやがった
『私の小物入れがお兄ちゃんが引っ越したのと同時に見当たらなくなりました、ハート模様なんだけど知らない?』
返信を打つのがめんどくさいのでこっちから電話をかける事にした
そういえば、こっちから電話をかけるのは初めてだな

「もしもし、お兄ちゃん!?」
「大声出すな、鼓膜に響く」
「それよりも、何でさっきは電話に出なかったの?」
「お前からの電話だったから」
「お兄ちゃんっていつもそうだよね。私からの電話、そんなにウザイ?」
「そういう訳では・・・」
「このあいだだって、その前だって、いつもいつもいつもいつもいつも」
「・・・切るぞ」
「そんなにウザイんだったら私の兄をやめればいいのに、そっちの方が好都合だし」
「話を聞け(好都合?)」
「だいたいお兄ちゃんは・・・」

30分後

「・・・・あの頃のお兄ちゃんは優しくて気品溢れていたのに、今は」
「・・・小物入れあったぞ」
「そうそう、今は小物入れみたいになっちゃて」
「(・・・引きこもりって意味か?)」
「・・・・小物入れ?」
「あぁ、ハートマークの小物入れあったぞ」
「本当!?じゃあさ、明日土曜日だからさ、取りに行っていい?そんでもって、泊まっていい?」
「電車で1、2時間なんだから泊まらなくてもいいだろ。それに明日用事あるから」
「用事って?」
「部活」
「え?」
「だから郵送しとく。それでいいだろ」
「ナンデ?」
「何でって、物を届けるためには郵送しか方法はないだろ」
「そうじゃない!!」
413風の声 第9話「風の輪」:2010/12/28(火) 02:08:43 ID:ANN1ZbIR
受話器の向こうから響いた声
俺が生きてきた16年間で一度も聞いた事のない怒気に満ちた声だった
本当に電話の相手は夕美なのだろうか?そんな疑問が頭をよぎるほどの声だった

「部活って何?ちゃんと話してくれない?」
「別にたいした事じゃないからいいだろ」
「話して?」
「だから」
「ハナシテ?」
「・・・・」

いつもは能天気で気楽な明るい性格なのに今の夕美はその逆、暗くて負の感情があり一言一言に重みがある
いつもは軽く流せるのに今回は流すどころか流されそうだ

「へ〜そういうことがあったんだ」
「別にいいだろ部活に参加する事ぐらい」
「ひとつ聞いていい?部活に参加するってことは“人”と触れ合うって事だよ?
 それを知っていて入部するの?」
「・・・あぁ」
「また、あんな目に遭うよ?」
「遭わない。それだけは言える」
「そんな軽い考えだったからあんな目に遭ったんだよ。もう一度考え直せば?」
「信用できる友達が出来たんだ。だから・・考え直すつもりはない」
「どうせ今だけだよ。そんな奴ら信用できない、すぐにお兄ちゃんのことを裏切るよ」
「そういうネガティブな考えを言わないでくれ『実はそうなんじゃないか?』って考えそうになる」
「“考えそうになる”じゃなくて“そう思う”だよ。これは想像じゃないの、現実なの」
「もう、やめてくれないか?明日が不安になってくる・・・」
「お兄ちゃん、もう一度考え直して。そいつらはきっと、お兄ちゃんを・・・」
「やめろ!!」

力任せに通話を切り携帯電話を壁に投げつける。壁にぶつかった衝撃でバッテリーが外れた
いつもの俺ならバッテリーを元に戻すだろうが、今戻すと夕美から電話がかかってきて
俺を不安に煽る様な事を言われそうで怖かった。気付くと体が小刻みに震えていた
俺は夕食も食べずにベッドに潜り込んだ。けれども夕美に言われた言葉と過去のトラウマが俺の脳裏を駆け巡り
その夜はあまり寝る事が出来なかった

「(やっと信用できる仲間ができたんだ、絶対に失いたくない
  俺は舞や天野を信用して・・・・・・・・いいんだよな?)」





あれから何回も電話をかけているのにお兄ちゃんは電話に出ない
まさかお兄ちゃんが高校でいろんな事に巻き込まれているなんて思ってもいなかった
対人恐怖症のお兄ちゃんに入学式初日から話しかけてくる女
お兄ちゃんを殴った女
お兄ちゃんの腕を傷つけ面倒ごとに巻き込んだ自殺者
お兄ちゃんを“人”と触れ合わせようとする男
その他もろもろ・・・
お兄ちゃんを騙し傷付けようとする奴ら
こいつら皆・・・・・・・・・・・・・死ねばいいのに・・・
414風の声 第9話「風の輪」:2010/12/28(火) 02:09:32 ID:ANN1ZbIR
次の日、寝不足の俺は部活の準備をし、バイクでいつもの道を走った
駅で舞と合流しバスで学校へ、いつもと違う登校時間だったが、いつもと変わらない登校風景だった
体操着に着替え、体育館へ向う途中の廊下でバドミントン部であろう女子数人とすれ違った
“あの人達と同じ部活でやっていく”と思うと少し不安になり、夕美の言葉が脳裏に少しばかり浮かび上がった

「お、来たか」

体育館には既に舞と天野、他にも多数の人がいた

「はよう、天野」
「おう、マジで入部してくれて嬉しいよ」

天野と会話をしているとそれに気付いたのか1人の男子がこっちに近づいてきた
多分、もう1人の男子部員だろ

「あぁ、紹介するよ。こいつはもう1人の男子部員の高坂 大地(こうさか だいち)」
「よろしく、経験はあるのか?」
「少し、やってたことがある」
「そうか、天野よりかは出来そうだな」
「天野って下手なのか?」
「見ればすぐに分かる」
「・・・」
「お〜い、2人で何話しているんだ?」
「「別に 何でもない」」
「おっ、何かにぎわってるね」

茶髪でショートカットの女性が話に割り込んできた。体操着の胸に刺繍されている名前の色からして2年生

「新入部員?私、部長の黒沼 満(くろぬま みちる)」
「どう・・も、風魔 翼です」
「風魔?もしかして君が?」
「何がですか?」
「あれ?翼さん、ですか?」

声がしたほうを振り向くと黒髪でロングヘアーの女性が立っていた
どこかで見た事がある気がするのだが・・・

「あっ、さっちゃん。やっぱりそうだよね?」
「えぇ、この人がそうです」
「(さっちゃん?)」
「風魔君はまださっちゃんの名前を知らないんだよね。紹介するね、私の親友の・・・・名字も言って大丈夫?」
「はい、風魔さんは信頼できる人です」
「OK、私の親友の毒嶋 咲(ぶすじま さき)。自殺しようとした彼女をキミが救ってくれたんだよ。覚えてない?」
「あ・・・!」

覚えてる。あの時の自殺未遂者
415風の声 第9話「風の輪」:2010/12/28(火) 02:10:15 ID:ANN1ZbIR
「先輩・・だったんですね。敬語ばかり使うので同学年かと思ってました」
「さっちゃんはとある企業の令嬢だからね、私たちにも敬語を使うんだよ」
「(令嬢。もしかして・・・)」
「どうしました?翼さん」
「あの、聞いちゃいけないことかもしれないんですけど、毒嶋先輩が」
「下の名前で呼んでいただけると嬉しいです」
「あ、すいません。咲先輩がいじめられている理由って“令嬢”と“名字”ですか?」
「えぇ、そうです。よく分かりましたね」
「イジメのパターンでよくありますから、その人の名前や体格をネタにしていじめたり
 親が金持ちという事で金づるになる奴らなんてよくいますから」
「すごいね風魔君。私なんか全然気付かなかったよ」
「・・・黒沼先輩、一つ聞いてもいいですか?」
「何かな?」
「黒沼先輩は咲先輩の本当の友達なんですよね?」
「私を疑っているの?」
「一応聞いているだけです」
「満さんは私の親友です。自殺の原因は満さん以外の人です」
「そうですか・・・ならいいんです」
「少し話しすぎたね。じゃあ部活を始めようか。全員集合!!」

その後、ランニング、素振り、基礎打ち、試合をやって3時間ほどの部活は終了した
ちなみに試合の結果はこちら

風魔VS高坂  18−21 高坂勝利
風魔VS天野  21−13 風魔勝利
高坂VS天野  21−0  高坂圧勝

「疲れた〜。なぁ風魔と大空の新入を祝ってこれから殺ッテリアに行かないか?」
「あの駅前のハンバーガーショップか?この前も行ったじゃないかよ」
「不満があるなら高坂は参加しなければいいだろ。で、どうする?」
「・・・舞はどうする?」
「翼が行くなら私も行くよ」
「(どうしようか・・・)」
「よ〜し!じゃあ、俺と風魔と大空、あと女子を何人か誘おうぜ」
「ちょっ!俺は行くなんて・・・」
「さぁ、レッツゴー!」
「離せーーー!!」

俺は文字通り、天野に首根っこをつかまれ強制連行させられた
416風の声 第9話「風の輪」:2010/12/28(火) 02:13:02 ID:ANN1ZbIR
20分後、駅前の殺ッテリアに到着

「なぁ、ジャンケンしてさ負けた奴があれを頼もうぜ!」
「ノリノリだな・・・何を頼むって?」
「『スマイルください』って言う罰ゲーム」
「・・・・・・・・」
「翼、どうしたの?」
「それ止めといた方がいいぞ」
「何でだよ。おもしろそうじゃないか」
「俺、それで少しばかりのトラウマがあるんだ・・・」
417風の声 第9話「風の輪」:2010/12/28(火) 02:14:07 ID:ANN1ZbIR
「「トラウマ?」」
「うん、俺が中学でいじめられていた頃の話なんだけど」

2年前

「今日は風魔のおごりという事で食べようぜ」
「・・・・・」
「じゃあ俺、チーズバーガー」
「私、フィッシュバーガー」
「俺、メガバーガー。風魔、早く頼んで来いよ」
「俺が・・・・行くの?」
「当たり前だろうが、気が利かない奴だな。全額おまえ持ちだから」
「えっ・・・」
「あ、あと頼む時に『スマイルください』って言って来いよ。言わねぇと罰金だからな」


「そんな事があったんだ」
「それらの商品全額持ちって結構な値段だよな」
「それもだけど、トラウマになったのはそれじゃないんだ」
「じゃあ、なにがトラウマになったの?」
「注文の時なんだけど・・・」


「以上でよろしいでしょうか?」
「あ、あと・・・その・・・・・」
「?」
「ス・・スマイル・・・くだ・・さい」
「・・・・・」
「(やっぱり、恥ずかしいよ)」
「・・・・・・フフッ」
「?」
「フフッ、アハハハハハハ!、アハハハッハハハハハハハハハハハハハ!!
 ヒャハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハハ!!!、キャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」


「それ以来、殺ッテリアに来るたんびにあの笑い声を思い出すんだ・・・」
「「(たしかに、笑っているけども・・・スマイルじゃない)」」
「ちゃんとスマイル頼んだのに、罰金取られたし・・・」
「「(かわいそすぎて笑えない・・・)」」
「よし分かった!俺がその仇をとってきてやるよ」
「え、天野どうした?」
「俺がスマイルを頼んで、店員にクレームをつける。店側に責任を取らせる。それで少しは気が楽になるだろ」
「天野、止めといた方がいいと思うぞ」
「じゃあ、行って来るぜ。俺に惚れるなよ」
「(誰も惚れねぇよ(女子全員の心の声))」

3分後

「天野、どうだった?」
「・・・・・・」
「天野?」
「『フッ』って鼻で笑われた」
「「「・・・・・・・・・」」」
418風の声 第9話「風の輪」:2010/12/28(火) 02:15:28 ID:ANN1ZbIR
その後、俺達の歓迎会(?)は無事に終了し皆それぞれが帰路についた

「今日は疲れたね」
「そうだな、久しぶりの部活は結構ハードだったな」
「翼」
「何?舞」
「部活に入った事、後悔してない?」
「どうして、そんな事を聞く?」
「部活に誘ったのは私だし、もしも翼が嫌な思いをしているのなら私にも責任があるかなと思って・・」
「舞にはすごく感謝してる。俺の対人恐怖を治そうと協力してくれているのだから」
「そう、よかった」
「俺はそんな舞が好きだよ」
「!?!!!!!!」
「あ!!好きと言ってもLOVEじゃなくてlikeの方だから・・・」
「そ、そうだよね!ビックリした〜。でも少しガッカリかな・・」
「ん?最後のほう聞こえなかったんだけど何か言ったか?」
「ううん、何でもない。じゃあ明日の部活でね。バイバイ」
「うん、じゃあな」

とても楽しかった
こんな気持ちは久しぶりだ
舞の提案を受け不安もありながらも行動を起こしたのがこんなにもいい結果につながるなんて思ってもいなかった
初日から新しい友人はできたし、先輩とは少しだけど話もできたし
これなら、すぐに慣れて“人”に対する恐怖も消えるんじゃないかな
明日が、部活が待ち遠しい
こんな風に考えるなんて中学の時の俺だったら1ミリも考えなかっただろう
このまま楽しく嬉しい気分でいられると思った
けれども、人生は山あり谷あり。嬉しい事、楽しい事があった後には必ず辛い事が待っている
それを思い知らされる事となった

マンションに到着し玄関ホールのオートロックを開けて中に入る
エレベーターで昇り自宅の玄関へ向う、ここまではいつもどおりだった
けれども、俺は玄関前が視界に入った瞬間、さっきまでの高揚感が消滅した
玄関前に立っている人物、そいつは、俺が今一番会いたくない人物

「なんで、お前がここに・・・・?」
「あ、おかえり」
「どうして、いるんだよ・・・」
「昨日、電話で言ったじゃない。『取りに行っていい?そんでもって、泊まっていい?』って」
「郵送するって言った筈だ」
「待ちきれなかったから、それにお兄ちゃんとの話が終わってなかったしね」
「話って・・・まさか!?」
「さぁお兄ちゃん。愛する妹がお兄ちゃんの事を覚まさせてあげるね」

本当に目の前の人物はあいつなのか?
こんなにも負のオーラを抱えている人間だったか?
どうしたんだよ?


・・・夕美
419AAA:2010/12/28(火) 02:17:03 ID:ANN1ZbIR
以上です

皆さん良いお年を(笑)
420名無しさん@ピンキー:2010/12/28(火) 03:06:15 ID:LYlRsRzF
お疲れ
421名無しさん@ピンキー:2010/12/28(火) 03:12:26 ID:YCoruEOj
GJ!
面白くなってきた
422名無しさん@ピンキー:2010/12/28(火) 03:27:37 ID:KYOHQeBx
今回は作家気取りの「応援よろしく」はないんだな
まあ頼まれてもしないが
423名無しさん@ピンキー:2010/12/28(火) 09:23:15 ID:N+R+Kz0e
更新、楽しみです。
424名無しさん@ピンキー:2010/12/28(火) 09:53:23 ID:30BzO8Dp
>>419
GJです!
425名無しさん@ピンキー:2010/12/29(水) 02:10:13 ID:dSpsuGJ7
規制でもされてんのか?やたら人少なく感じるな
426 ◆UDPETPayJA :2010/12/29(水) 07:29:34 ID:njjhPHO2
第15話投下します。
恐らく年内最後になります
427天使のような悪魔たち 第15話 ◆UDPETPayJA :2010/12/29(水) 07:31:32 ID:njjhPHO2
「貴女にはお礼を言わなくちゃいけないね。」

それは、午前2時の出来事。
街中のあかりの内のほとんどが消灯し、眠りに就いた景色。
その一角の、さらに人目につかないような場所で、私は"彼女"と相対していた。

「貴女は私の願いを叶えてくれた。だから、今度は私が貴女の願いを叶えてあげるわね。」
「…どうかしらね。私は魔女の娘。私の願いを叶えられるものはどこにも…」
「いやぁね。意地にならないでよ。わかるでしょ?貴女の体の再生が行われていないのが。」
「−−−そんな、まさか」

彼女の言うことは当たっていた。
既に私の右腕は原形を留めないほどにへし折られ、腹部には鉄片が何本も突き刺されている。
普段の私なら5分もあれば軽い出血は抑えられる。だがそれも行われない。

「アナタが、私の力を抑えているというの?それも、超能力だけじゃなく、肉体の再生まで…」
「そうよ。はっきり言うわ。私は貴女より強い力を与えられて生まれ変わった。
…どうしたの。死にたいんじゃなかったの?それこそが永遠に死ねない貴女の、最大の望みなんでしょ?」
「あん、た…ねぇ…がふっ…」

痛みはかつて幾千回も味わった。とうに慣れたと思っていたのに。
どうして、体の震えが止まらないの?
−−−ああ、そうか。私は、自分が"死ねない"という事実に甘んじていたから。
どんなに辛い仕事でも8時間耐えれば解放される、と言う会社員さながらに。
どんなに辛い苦痛にも、インターバルはある。死ねないんだから、逃れようと足掻く必要はない。
終わるまで待てばいい、と今までは考えていた。
つまり私は今まさに、怯えているのだろう。死に対して。

「今から、貴女の心臓を消去するわね。
さようなら、亜朱架さん。ご冥福をお祈りするわ。」

胸を抉られたような激痛が襲い掛かった。途端に、肺が潰されたかのように息苦しくなり、一気に意識が遠退く。
…いやね。今まで何人もこの力で消し去って…殺してきたのに、いざ死に直面すると、死にたくない、と足掻きたくなってしまった。
だが、彼女がそんな請いを受け入れない、ということはわかっていた。

「あぐっ……………は……っ………」

なぜなら、彼女は世界で一番私が嫌いだから。
428天使のような悪魔たち 第15話 ◆UDPETPayJA :2010/12/29(水) 07:32:57 ID:njjhPHO2

* * * * *

文化祭まであと三日に迫った。
クラスの連中の様子は普段となんら変わりなく、いつものように過ごしている。
だが準備は、俺を始めとする文化祭実行委員が、水面下で行っていたのだった。

「何が「俺を始めとする」よ! うちのクラスの文化祭委員は貴方と私だけでしょうがッ!」
「いてて!耳を引っ張んなよ!」
「しかも大半の仕事を私に押し付けて!貴方の功績といえばメイド服を調達したことと、機材運びくらいじゃない!」

まるで小姑のようにがなり立てる穂坂。…こいつ、今までこんなキャラだったっけ?

「まったく…非生産的な性格だとは常日頃から思ってたけど、こんなに堕落してるとは思ってなかったわよ。」
「おいおい、ずいぶんな言われようだな。」
「事実よ。というか神坂くん…いえ、何でもないわ。
私はこれから委員の集まりだから行くわね。貴方には肉体労働してもらってる分、デスクワークは私一人で済ませてあげる。」
「へいへい、ありがとさん。俺はこれで帰るぜ。」

ええ、と言い残して穂坂は昇降口とは反対の方向に、生徒会の会議室がある方へ向かって行った。
今日はもう用事は何もない。俺はすぐに昇降口へと降りていった。
昇降口にはすでに結意が待っており、俺を笑顔で迎えてくれた。

「悪い、待たせたな。」
「ううん、大丈夫だよ。」

結意が退院してから一週間が経とうとしているが、毎日一緒に帰るのが日課になっていた。
学校にいれば、そして結意がいてくれれば俺は独りじゃない。そういう思いが、次第に帰宅時間を遅くさせてゆく。
家に帰るのが9時過ぎ、なんてのはザラだった。
嫌なことも何もかも忘れて、ずっとこのままならいいのに、と空想する事も多くなったと思う。
…あの家で、俺だけが血の繋がりがないのだ。
斎木 優衣なる人物の存在は、灰谷に夢で告げられるまでまったく知らなかったし、今だって謎のままだ。
つまり、俺には血の繋がった肉親がいないも同然。
その事実が、あの家は俺がいるべき場所ではない、と告げているような気にさせているんだ。
…姉ちゃんの消息が気になる。
後始末とは何のことなのか。そして、灰谷の残した意味深な言葉。

−−−刺客が来る。

刺客とは、いったい何のことなのか。それをなぜ俺に告げた?
俺は隼や姉ちゃんとは違い、所詮何の力ももたないただの人間なのに。
その刺客とやらは今更何の用があるってんだ?
…何だっていい。俺の大切なものを傷つけなければな。

「なあ結意。今日…俺ん家に来ないか?」

俺はさりげなく、結意にそう持ち掛けた。結意が断るはずない、とわかっててだ。

「え…いいの?」と尋ねてきたものの、結意の顔は既に嬉々とした様子が見てとれた。
「ああ。どうせ誰もいないしな。」寂しいから、とは言わなかったが、結意は恐らくわかってるのだろう。
なんたって、「俺の事ならなんでもわかる」らしいからな。
429天使のような悪魔たち 第15話 ◆UDPETPayJA :2010/12/29(水) 07:35:07 ID:njjhPHO2

* * * * *

−−−深夜。
結意と仲睦まじく同じベッドで寝ていても、暗闇の世界は容赦なしに俺を迎えに来た。
さすがに三回目にもなると少しは慣れてきたが、気味が悪いことには変わりない。

『おい灰谷、せっかく人が気分よく寝てんのに、今度は何の用だ。』

俺は虚空に向かってそう叫んでみた。
それだけで灰谷には聞こえている、というのを経験済みだからな。

『…飛鳥、少々厄介な事態になった。』やはり灰谷は俺の声に応じて、いきなり姿を現した。

『厄介?お前以上に厄介なもんがあるのか。』
『まあね。落ち着いて聞いて欲しい。…亜朱架が、心肺停止状態にある。』
『………なんだって?』
『簡潔に言えば、死んだも同然だ。』
『そんな、まさか。姉ちゃんは死なない筈だろ!?どんな傷もすぐに治るって、言ってたじゃねえか。』
『そう、傷なら治る。ただし…"消去"された箇所の穴埋めまではできない。』
『消…去…?』

そのキーワードで思い当たる節はひとつしかなかった。それこそ、姉ちゃん自身が持つ力以外にはない。

『姉ちゃんと同じ力を持ってる奴がいるのか?』
『…恐らく、亜朱架よりも強いはずだよ。でなければ亜朱架を瀕死になんかできないさ。』
『それって、こないだ言ってた"刺客"って奴なのか!?刺客って、誰だよ!』
『…すまない。僕にもわからないんだ。』

言葉を返せなかった。灰谷自身も、苦虫を噛むような表情をしていたから。

『僕の体が自由に動けば、刺客など叩き潰してやるのに…!
覚えておくといい、飛鳥。いや…君はとうに知っているよね。
…大切なものを傷つけられた人間が、何を思うのかをね。
とにかく飛鳥、僕には亜朱架の居場所を教える事しかできない。…迎えに行ってあげて欲しい。』

灰谷が右手を翳すと、俺の頭の中に鮮烈なイメージが流れ込んできた。
情報の洪水に揺られているような気分だ。目眩すら覚える。
だがそれも、一瞬のこと。目眩が収まれば、俺は姉ちゃんの居場所までの道程を"鮮明に思い出す"ことができるようになっていた。
まるで以前に、その場所に行ったことがあるかのように。
灰谷は、こんな力を持っているのか。

『………日に日に、会える時間が短くなっていくね。恐らく、夢で会えるのは次で最後だろう。
頼んだよ飛鳥。…どうか無事で。』

灰谷はいつものように、暗闇の中に紛れて消え去った。
だけど今回は、重力が崩壊したかのような感覚は、ない。
それを感じる前に、意識は現実へと帰っていったからだろう。
430天使のような悪魔たち 第15話 ◆UDPETPayJA :2010/12/29(水) 07:37:37 ID:njjhPHO2

* * * * *


夢から覚め、上半身を勢いよく起こすと、底冷えした夜の空気が俺の体を身震いさせた。
隣では結意が、気持ち良さそうに眠っている。…起こすのも偲びない。
俺は結意を起こさないように、そっとベッドから抜け出した。
寝間着からジーンズに履き替え、Tシャツの上にコートを羽織っただけの格好で、部屋を出る。
自転車の鍵と携帯だけを持ち、俺は家を出発した。

自転車に跨がってペダルを漕ぎ出すと、すぐに指先が冷たくなってきた。
しまった。手袋は俺の部屋の中だ。だが、取りに戻れば結意を起こしてしまうかもしれない。
俺は寒さを堪え、そのまま進むことにした。

灰谷が教えてくれた道筋を辿っていくと、次第に市街地から離れていった。
30分近く走っただろうか。その間、道に迷うようなことは一度もなかった。
最終的に着いたのは、数年前に全テナントが撤退し、取り壊しが決定したまま残り続けている、ボロいビルの前だ。

「ここにいるってのか?」と俺は一人ぼやく。
立ち止まっていても始まらない。自転車を降り、ビルの正面入口から進入した。
内部はひどい有様だった。
幽霊屋敷よろしく真っ暗で、瓦礫がそこいらに散らばって足元を掬われそうになる。
携帯電話のフラッシュ機能を懐中電灯の代わりにして、周囲を照らしてみると、奥の方の壁が不自然な形にぶち抜かれているのを見つけた。
ちょうど直径が、人一人分あるような円形の穴が空いている。俺は何も考えず、その穴の先へ進んだ。
穴は物置部屋のような空間まで繋がっていた。ちょうど中に入ったあたりから、鼻孔につく匂いが気になった。
この匂いは以前嗅いだ事がある。…血の匂いだ。
俺は携帯電話のフラッシュで、部屋全体見見回してみた。すると、部屋の隅っこに人影のようなものがあった。
まさか、と嫌な予感がした。ゆっくりと、その人影に近付いてみる。
その人影は、近くでよく見てみるとやはり人だった。
やや茶色がかって、胸元あたりまでの長さの髪。
小中学生くらいの体格をしたその少女の腹には、いくつもの鋭利な鉄屑が突き刺されていて、あまりに惨すぎる姿だった。

「姉…ちゃん…?」

そばに駆け寄り、体を抱き起こす。だが四肢は力無く弛緩していて、だらりとぶら下がる。
何より、人間の体がここまで冷たくなるものだろうか。脈打つ様子もない。

「おい、姉ちゃん!しっかりしろ!姉ちゃんっ!」

431天使のような悪魔たち 第15話 ◆UDPETPayJA :2010/12/29(水) 07:38:45 ID:njjhPHO2
どうすればいい。病院に…いや、駄目だ。
姉ちゃんは普通の人間じゃない、下手すれば死体ですら実験材料に…?
こんな時はどうすれば………そうだ。唯一アテになる奴がいる。
隼だ。隼ならどうにかしてくれるかもしれない。
携帯を開き、電話帳を呼び出そうとしたが、"圏外"の表示を見てやめた。
まずはビルから出なければ。だけど姉ちゃんを置いておきたくはなかった。ならば。

「よっ、と……少し揺れるけど、我慢してくれよ!」

姉ちゃんの体を抱きかかえ、出口へと走る。姉ちゃんの体は小柄なはずなのに、鉄屑を考慮しても、いやに重たい。
…死体は生前時よりも重くなる、と聞いたことはあるが………やめよう。
どうにかビルを出ると、携帯の電波はかろうじて一本だけ立っていた。
今度こそ電話帳から隼の番号を呼びだし、ダイヤルポタンを押した。
押してから、隼は寝ているだろう。もしかしたら出ないかもしれない、という危惧を抱いた。
だがそんな心配はいらなかったようで、なんと隼は3コール目で電話に出た。

「もしもし…どうした、飛鳥ちゃん?」
「隼か!姉ちゃんが、姉ちゃんが大変なんだ!」俺は電話口ですら冷静さを保てず、早口でまくしたててしまった。
「…亜朱架さんが?」
「腹に鉄クズが刺さってて…血も半端ねぇんだ!息してねえんだよ!」
「馬鹿な、だって亜朱架さんは死なないはずじゃあ…わかった。とにかく、今からそっちに行く。場所は?」
「よくわかんねーけど…廃ビルがあるところだ!」
「廃ビルねぇ…了解、すぐ行くよ。」

ツー、ツー、と電子音が聞こえる。それは通話が切れたことを示している。
隼が着くまでどれくらいかかるだろうか。俺が30分近くかかったから、恐らくそれくらいはかかるだろう。
吹き付ける夜風は、コート一枚羽織っただけの俺の体を、芯から震わせた。

「姉ちゃん………なんでだよ……」

俺は血にまみれた姉ちゃんの体を、力一杯抱きしめた。

「姉ちゃんまで俺を置いてくのかよ………血は繋がってなくても、俺にとって大事な家族なのに……!」

−−−返事はない。そんなことはわかりきっている。
だけど堪えられそうにない。明日香を失い、結意も一度は失いかけた。
この上姉ちゃんまで失ってしまうなんて、考えたくもなかったんだ。
432 ◆UDPETPayJA :2010/12/29(水) 07:39:52 ID:njjhPHO2
第15話終了です。

皆さん、ヤンデレ娘と良いお年を
433名無しさん@ピンキー:2010/12/29(水) 11:56:04 ID:bv4CNK9X
GJ!
434名無しさん@ピンキー:2010/12/29(水) 12:09:04 ID:11Kmol86
GJ!
バッドエンドが見え隠れしてるぜ…
435名無しさん@ピンキー:2010/12/29(水) 20:14:01 ID:awgj+Hsp
この静寂……マジで人いねぇな
436名無しさん@ピンキー:2010/12/29(水) 20:33:18 ID:Zp2jKg3y
>>435
うふふ、、、、あたしがいるよ、、、、、
437名無しさん@ピンキー:2010/12/29(水) 23:32:10 ID:dSpsuGJ7
人少なすぎだろw
438名無しさん@ピンキー:2010/12/29(水) 23:38:12 ID:71eMm38Q
>>437私がいるのにっ!!
439名無しさん@ピンキー:2010/12/29(水) 23:39:13 ID:6d1bRRaH
まぁ前みたいに荒らしがいっぱいだったよりはマシですよ。
ゆっくりと更新が来るのを待とうではないか( ̄∀ ̄)
440名無しさん@ピンキー:2010/12/30(木) 01:37:32 ID:7zK6wHC8
皆コミケでも行ってるんじゃないの?

しかし、今年のヤンデレスレは勢いがあったなあ。
2週間でスレ消費したときなんて、スレの初期を思い出したよ。
最近は、結構おとなしいように思うけれど。
441 ◆aUAG20IAMo :2010/12/30(木) 01:51:19 ID:g1YFg6Ak
最終話できたので投下します
442わたしをはなさないで 最終話:2010/12/30(木) 01:52:37 ID:g1YFg6Ak
「よう相棒。まだ生きてるか?」
「ああ。まだ死んじゃいないさ」

俺がナイフの握られたナツの右手を両手で押さえ、部屋に飛び込んできたギンが素早く羽交い絞めにする
わずかに切っ先が届いた肩口の皮膚が破れて血が滲んでるが、貫かれることを考えると我慢しておいたほうが得策だろう
すげえ痛いけどな

「放せぇぇぇっ!! フミと一緒に逝くんだっ! 邪魔しないでよぉぉぉっ!!」
「そういうわけにもいかないんだ。俺は市民を守るおまわりさんだからね」
「ならもっと早く来てくれよ。あと一分遅れてたら市民が二人逝ってたぞ」
「文句言うな。お前らの絶叫が聞こえたから強行突入したんだぞ。間に合っただけでも行幸だ」
「放して……放してよぉ……わたしは、フミから離れたくないだけなんだよぉ………」

チラ とギンが俺の顔を見る
放していいか? と目で聞いてきてるのがわかる
聞くまでも無いだろう。絶対に放すんじゃねえぞ、と俺も目配せをした

「しかし、俺たちはどうすればいいんだ? この体勢から夏樹ちゃん組み伏せるのは難しいぞ」
「お前それでも警察官か。そういった訓練はしなかったのか?」
「フケた」
「この不良警官」

軽口を叩きながらも、俺たちは手の力はまったく緩めていない
ナツがあまり喋らないのは、今もなおナイフを握る右手に全力を込めているからだ

「死のうよ。そうすればわたしたちは離れずにいられるんだよ? 誰にも邪魔されないよ? 家族になれるんだよ」
「いや、そのりくつはおかしい、ぞっ!!」

そう言いながら、俺はナイフを掴んだ
もちろん刃を握らないように頑張るが、手のひらに深い切り傷ができるのがわかる
それでも、ナイフを床に落とすことができた
それにタイミングを合わせるように、ギンがナツの両手を掴み、後ろ手に手錠をかける

「逮捕!」
「完了! ………痛ってぇ」
「…………」

ナツをその場に転がしハイタッチ、をすると手のひらに激痛が走る
こうなってはもっと暴れるかと思ったが、思いもかけずナツは殊勝な態度だった
殊勝というよりは、ショックで放心していた、と言ったほうが正しいかもしれないが
443わたしをはなさないで 最終話:2010/12/30(木) 01:53:03 ID:g1YFg6Ak
「俺はこれから、夏樹ちゃんを両親のところに連れて行く」

俺とナツの手錠を外してから(なんと部屋にあった針金一本で)、ギンはそんなことを言った

「えっ? 急だな」
「留置所や交番に泊めるなら事情を説明しなきゃならん。それはお前も本意じゃないだろ?」
「………まぁ、な。でもいきなり両親のところになんて……せめて明日とか」
「じゃあ、ここにもう一晩泊めてあげるか?」
「ごめんこうむる」
「………ひどいよ、フミ」

泣きそうな声も、今だけは何の罪悪感も無く聞き流せる
なんせこっちは命がけ。この若い身空で心中なんてまっぴらごめんだ

「夏樹ちゃん。それでいいな?」
「…やだ」
「でもな、それ以外じゃ俺はフミと君とのことをこれ以上隠してはおけない。そうすれば、君の大好きなフミは牢屋に入れられちゃうぞ」
「…………どうして? どうしてわたしはいちゃ駄目なの? 今までと同じように、一緒にいたいのに」
「……なんでだ、フミ?」
「お前は分かれよ。ナツは俺に依存しちまってるんだ。それを恋と勘違いしてる。だから、離れたほうがいいんだ」
「分かるような、分からんような」
「ぜんっぜんわかんないよ! 私は勘違いなんかしてないもん!」

勘違いしてるなんて、自分じゃ分かるわけないだろうに
しかしものすごく急な話になっちまったが、両親の元に返してもらえるなら頼んでもお願いしたい
そう思い、俺は二人に背を向けて、下を向いた

「ナツ、もう会うことも無いかもしれないけど、じゃあな」
「嘘……だよね? フミはわたしのこと離さないよね? お願いだから、わたしを捨てないで……」
「ごめん。こんなことになっちゃ、俺はもう無理だ。………ギン、頼む。ナツの私物は明日お前の交番に郵送する」
「あ、ああ」
「いやだ! わたしはフミといるんだ! パパとママのとこになんて行かない!」
「でも、ここにはもうナツの居場所は無い」

イエサダやイエシゲたちも顔を伏せて、極力ナツを見ないようにしてる
あの我関せずがモットーのイエツナも、そっぽを向いたまま動かない
俺も、ナツの顔は見ない
泣きそうな顔を見たら、もしかしたら、引き止めてしまうかもしれないから

「……なんで? 会いにきてもいいって、言ってたのに………」
「ああ。ナツがこんなことをしなくなったら、な。……ギン、行ってくれ」

そう言うと、俺は顔を畳にこすり付けるほどに伏せ、耳を両手で思い切りふさいだ
左耳に血のぬるりとした感触が来るが、無視してただひたすらに外部の音を遮断する
ほんのわずか、悲鳴のような泣き声が耳に届くが、必死で聞こえないふりをした
444わたしをはなさないで 最終話:2010/12/30(木) 01:53:30 ID:g1YFg6Ak
それからろくに話したこともないアパートの住人達からの質問攻めにあい、解放されたのは0時過ぎだった
姪との関係が悪化し、家出していたナツを警察に見つけてもらい、今両親の元に送った
どうも無理がある話だが、うまくごまかせていればいいんだがなぁ

「遅くなったな。みんな、ご飯だぞ」
「「「ニャー」」」
「「ワン」」
「………」

キャットフード、ドッグフード、亀の餌を出しただけの簡単な飯だが、みんながっつくように食べる
ああ、そういや今日、みんななんにも食べてなかったっけ

「ごめんな。俺もいっぱいいっぱいでな」

いいわけにもなってないが一応詫びておく
さて、俺はこれからナツの荷物をまとめなきゃならん
今日の朝一に出さなきゃ、ナツもかわいそうだしな
女の子の荷物を漁るってことに若干の抵抗は感じるが、緊急事態だということで勘弁してもらおう
え〜と、服。下着。財布。本。子供っぽいアクセサリー。宝の箱。
………宝の箱?
冗談じゃなく本当に、綺麗な小物入れみたいな缶にそう書かれてる

「…………緊急事態ゆえ、致し方なし」

自分を無理矢理に納得させて缶を開ける
そして、即座に開けなきゃよかったと後悔した
中に入ってた物はみんな俺がなくしてたと思ってた物
俺のボールペン。俺のアクセサリー。俺の刃ブラシ。果てや俺の下着や(たぶん)俺の使用済みティッシュまで入っていた。
……そんな鮮明に覚えてるわけじゃないが、このボールペンは少なくとも一昨年なくした物
そんな頃から、ナツはあんな鬱屈した想いを隠して抱えてたのか?
そう思うと背筋に薄ら寒いものが走る
早いところ荷物を片付けて送ってしまおう
そんですぐに新しい入居先を探そう。引っ越しだ
この場所にいれば、隙を見つけてまたナツが来ちまう
俺は怖い。いままで中のいい家族だった女の子が、急に怪物にしか思えなくなってしまった
逃げなきゃ
逃げなきゃ俺は飼われるか、悪くすれば殺される
一刻も早くこの家から離れなきゃならない
ペットOKのアパートが、すぐに見つかるといいんだが
445わたしをはなさないで 最終話:2010/12/30(木) 01:56:18 ID:g1YFg6Ak
それから一週間
ギンのメールによると、ナツは両親の家に帰ったらしい
それでも暫くは警察の保護観察下に置かれるみたいだ
それでも俺に何のお咎めも無かったってことは、あいつが上手くごまかしてくれたんだろう
感謝感激雨あられだ
初日は両親の話も聞かずただひたすらここに帰ろうとしてたみたいだが、翌日になると落ち着きを取り戻し
今では両親とも少しずつ打ち解けてきているようだ
それを聞いてもう一度ナツに会いに行こうかと考えたが、やっぱり俺が顔を出してもナツにとって悪影響にしかならない
俺はこのままここから消えようと思う。仕事にも復帰したし、新しい入居先も決まったしな

「おーい、明日は引っ越しだ。今度の家はもっと広くて壁が厚いぞー」
「「ワンワン!」」
「「「ニャニャニャー!」」」

俺の家族も大喜びだ
新天地に思いを馳せ、引っ越しの準備も整い、頭痛のタネも治りかけている
これぞ順風満帆と言うものだ
―――そう思っていたのだ。その着信が来るまでは

「ああ、はいはいもしもし」
「…フミか?」
「どうしたギン。そんな死んだような声をして」
「………悪い知らせと酷い知らせと最悪な知らせ、どれから聞きたい」

どれからと言われても

「………悪い知らせから」
「夏樹ちゃんが消えた」
「はぁ!? どういうことだ、ナツは今警察の保護観察、つまり監視下にいるんだろ!?」
「俺が見逃した」
「お前が見張ってたのか。しかし逃がしたって、いったいどういうことだ?」
「すまん。俺がパトカーの中で大連続狩猟クエストを始めちまったばっかりに」
「てめぇ、これで俺になんかあったら一生恨むかんな」

さっき感謝した俺がバカみたいだ
よりにもよって、命がけのこんなところで気を抜きやがって

「今まで、夏樹ちゃんは治る方向に傾いてる思ってたんだ。マジでスマン」
「……そうだ。ナツが家を出たからって、ここに来るとは限らんぞ。それに来たとしても、普通に会いに来るだけかも」
「ならいいんだが、そこで今度は酷い話だ」
「聞きたくもねぇ」
「だいたい一時間前に、夏樹ちゃんのお袋さんから相談を受けたんだ」
「聞きたくねぇつってんのに」
「一人で部屋に居ると壁に向かってフミという名を呟き続ける。ぬいぐるみにフミと名づけて持ち歩く
 心配した親御さんがフミという名を出すと烈火のごとく怒る………まだ続けるか?」
「……心から聞きたくなかった」

順風満帆だと言ってた俺、今はどこに行っちまったんだか
こうなってみるとやっぱりここから逃げ出そうとしたのは正解だった。そうなってほしくなかったけれど

「今パトカーをぶっ飛ばしてお前の家に向かってる。こっからならあと30分くらいだ」
「車内で携帯はいけないんだぞ」
「言ってる場合か。で、最悪の知らせなんだが……」
「聞きたくない」
「夏樹ちゃんの家が、全焼した」
「…………………」
446わたしをはなさないで 最終話:2010/12/30(木) 01:57:12 ID:g1YFg6Ak
脳が理解を拒む
これまでの酷い話なんて目じゃない、文字どおり最悪の知らせだ

「……はぁ!? そ、それでどうなったんだ!? 詳しく話せ!」
「ついさっき鎮火したんだが、消防士の話によると、家の中からガソリンの匂いが充満していたらしい
 そして焼け跡から出てきたのは中年女性と中年男性二人分の焼死体。家はすっかり焼け落ちて捜索は容易
 それでも、少女の焼死体は発見されなかった」
「そんな………」
「俺だって信じたくない。それでも状況証拠は一点を示してる。だからお前の家に急いでんだ」
「ああ。頼む。体が震えてきた。どんなに頼りないバカでもいいから早く来て欲しい」
「戸締りを厳重にしろ。俺が声をかけるまで絶対に鍵を開けるな」
「分かった。分かったから早く来てくれ」
「あと20分だ!」

とん とん

そんな大声とともに着信は切られる
ノックの音が、重なるように聞こえてきた
447わたしをはなさないで 最終話:2010/12/30(木) 01:58:17 ID:g1YFg6Ak
とん とん

「……………」

イエシゲたちが震えている
その反応を見るだけで誰が外に居るのか分かる
たしか、鍵はかかっていたはずだ

とん とん

施錠を確認したいが、玄関まで行くのが怖い
怪物が俺をさらいに来た
俺はまだ死にたくない
ギン、早く来てくれ

ドン ドン

ドアを叩く音が大きくなる
いやだ。来ないでくれ、助けてくれ
逃げなきゃ
そうだ、窓から出れば

ドン! ドン!

さらに音が大きくなる
窓が開かない
そうだ、うちの窓は立て付けが悪くていっぱいには開かないんだ
ちくしょう、こんな時に

……………

ノックの音が消えた
諦めてくれたか?
鍵をかけておいたからは入れはしない
そう思ったとき、俺は最大の誤算に気が付いた

ガチャ ガチャ

ナツに送った荷物
女の子のものだからと宝の箱以外はほとんど見ずに送った
ピンク色の、かわいらしい財布
その中には、うちの、合鍵が―――

ギィ……

ドアが開く
誰がいるのかなんて、見るまでもない
押入れに飛び込もうとするが、腰が抜けて立ち上がれない
聞きなれた、無邪気な、恐ろしい、声が、声が!!


「ただいま、フミ」
448 ◆aUAG20IAMo :2010/12/30(木) 02:01:42 ID:g1YFg6Ak
ずいぶん駆け足な終わり方だった気もします。楽しんでいただける話になってたでしょうか?
またネタが出れば書きたいと思っていますので、忌憚無きご意見をいただければ嬉しいです
では、たった半月足らずの短期間話でしたが、お付き合いいただきありがとうございました
449名無しさん@ピンキー:2010/12/30(木) 02:08:39 ID:7J5LtkWv
ナツ怖すぎワロエナイ
投下お疲れさまでした!
450名無しさん@ピンキー:2010/12/30(木) 02:08:45 ID:laTVrZZI
gj! なかなか怖かった・・・
451名無しさん@ピンキー:2010/12/30(木) 02:08:48 ID:I12Yqlu9
何故イエシゲ達が震える?
452 ◆aUAG20IAMo :2010/12/30(木) 02:23:49 ID:g1YFg6Ak
>>451

変わってしまったナツにフミだけじゃなく家族みんなが怖がっている
って描写を5話あたりにちゃんと書いた、と思ったら書いてたのは私の頭の中だけででした
すいません。うっかりの描写ミスです。以後気をつけます
453名無しさん@ピンキー:2010/12/30(木) 02:27:55 ID:t2Belg8Q
素晴らしいヤンデレSSだったぜ
次回作に期待
454名無しさん@ピンキー:2010/12/30(木) 04:06:40 ID:7ko3YjMp
>>452
これこそヤンデレGJでした!
455名無しさん@ピンキー:2010/12/30(木) 08:21:15 ID:6zpZbQbx
いいハッピーエンドだったな。
456名無しさん@ピンキー:2010/12/30(木) 11:00:00 ID:zf4YRWlV
あぁ、まさにヤンデレのハッピーエンドだな
457名無しさん@ピンキー:2010/12/30(木) 19:56:18 ID:rsHVIlY4
「寒い時期はやっぱり鍋よね! 病み鍋しましょ!」

――病み鍋

病み鍋(やみなべ)とは、ヤンデレ娘が思い人と二人きりで、自分以外には不明な自身の一部を用いた材料を、暗中調理して食べさせる鍋料理。
食事というよりは遊び、イベントとしての色彩が濃く、陶酔感と悦楽にひたるために行われることが多い。
元々は思い人にたかる雌猫の鍋を指していた。雌猫の肉は美味ではあるが、肉を煮ると煮汁が血のように赤く染まるため、このような調理法が考案されたという[裏出典]。

wikiの闇鍋を微改変してみた
458名無しさん@ピンキー:2010/12/30(木) 20:15:56 ID:ckhVUlgU
民明書房刊。とかつけられても違和感ないな
まあそれじゃあ最終的に中国武術の起源にされちゃうけど
459名無しさん@ピンキー:2010/12/30(木) 20:44:04 ID:I12Yqlu9
泥棒猫の肉は基本マズイんじゃねえの?w
460 ◆1If3wI0MXI :2010/12/30(木) 23:02:34 ID:nBzduQBb
投稿します。初ですが何卒よろしくお願いします。
読み辛い、文がおかしいという部分があるかもしれません。
そういった場合にはご指摘お願いします。
461Life第1話蓼食う虫も好き好き ◆1If3wI0MXI :2010/12/30(木) 23:12:06 ID:nBzduQBb
初夏6月、段々暑くなってきた今日この頃、
女性の歪んだ愛情が原因で色々と事件が増えているようだ。
なかでもストーカー、監禁、殺人、心中が多いらしい。中には意中の人を喰う奴もいるとかなんとか。おぉ、怖い怖い。
俺の通っている相楽(さがら)高校にも何人かやらかした奴がいる。
まぁ、学力、容姿共に中の中、人間関係の薄い高校2年の俺、樋野島康太(ひのしまこうた)には無縁のことかもしれない。
俺の人間関係といったら、高校からの知り合いで親友の折原泰男(おりはらやすお)通称ヤスとクラスメイトの数人の男子。その男子達も何人かは花瓶に花を挿して机に置いてあるという状態だ。
そして女子とのつながりがないという事はスルーしておこう。
ふと時計を見てみる。まだ11時前だ、退屈すぎる授業のおかげで睡魔が襲ってきている。
寝ても大丈夫だよな?ここの授業はもうばっちり理解している。席もドア側の1番端だし。それに俺には存在感を消すという技がある。よし、寝よう。
そして俺は深呼吸を2、3回してから辞書を枕に寝た。
462Life第1話蓼食う虫も好き好き ◆1If3wI0MXI :2010/12/30(木) 23:19:42 ID:nBzduQBb
授業も聞かずにぼーっとしてたらいつのまにか昼休みになっていた。
チャイムが鳴ったと同時に多くの生徒が飛び出す。無論、購買部のカツサンドをめぐって。
俺は生粋の弁当派だ。家の都合で一人暮らしだから自作というのが忍びない。
そんなこんなで教室に残っている生徒は10数人となった。いつもの事といえばいつもの事だ。
一人でいるのも暇なので弁当を急いでかきこみ、泰男の所に行く。
机に突っ伏している、がっしりとした体格そしてソフトモヒカンのヤスに声を掛ける。どうしたのだろう?
「おいヤス、元気無いみたいだけど大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題……ない」
首だけを動かし力なさげに言うヤス。朝からこんな調子だったけか。
「絶対大丈夫じゃないだろ。ホレ、言ってみ」
「ああ、俺もう限界だわ」と言って昨夜の、と言うより2週間程前からの出来事を簡潔にまとめて話してくれた。
なんでも、とある女生徒から毎日メールやら着信やらが来るのだという。
着信は拒否にしたらなんとか治まったようだがメールが倍に増えてしまったようだ。
おはようからおやすみまで、果てはプライベートなことまでメールが届いてくる。まるでずっと監視されているかのように。メアドを変えても無駄のようだ。
それから段々エスカレートし、今では家の前まで着いてくるようになった。
ヤスとは毎日一緒に帰っているが、ヤスの家とは方向が違うから5分位で別れてしまう。
そして別れたタイミングで女生徒Xがストーキングという訳だ。
「そりゃ凄い嫌がらせだな。で、その女生徒について何か解ったことあるか?」
「ああ、先輩だった。ほら、生徒会で副会長やってるあの人」
「あの去年のミスサガコンで準優勝した胸がバインバインのバレー部の副キャプテンか。名前は確か二巳莢(ふたみさや)さんだったな」
「そう、あの俺の好みの髪型してる普段活発そうな先輩」
二巳先輩はショートヘアだ。ヤスはショートが好きだったのか、初耳だ。
「でも何でお前なんかに?なにか接点はあるのか?」
別に僻んでるわけではない。親友の危機だ、れっきとした調査だよ調査。
話しているうちに楽になったのか、突っ伏した状態から起き上がり椅子の背もたれによしかかっている。
ヤスは話を続けた。
「えーっと多分、二巳先輩が学生手帳かなんかを落として走って届けたから?」
「どれ位の距離走った。」
「俺の家からずっといって高山町の先輩の家まで。町の人に二巳家の事を聞いて探し回ったよ」
「で、先輩は何て?」
「どうもありがとう。どうやって来たの?って。それで、神代市から走ってって言ったら凄い驚いてた」
「なるほど。そりゃあ二巳先輩は惚れてんだよ」
463Life第1話蓼食う虫も好き好き ◆1If3wI0MXI :2010/12/30(木) 23:21:15 ID:nBzduQBb
「なぜ惚れてるって解るんだ?」
うーんと唸るヤス。
ヤスはまだ気付いていないようだ。自分がどれほど凄い事をしたか。
ま、これ以上不安を募らせてもアレだしぱっぱと言うか。
「ヤス、よく聞け。まず俺達は神代(かみしろ)市という田舎っぽい都会に住んでいる。」
「うん、そうだな」
「そしてその隣にあるのが荒並(あらなみ)町、そのまた隣が田舎の高山(たかやま)町だ。距離的にかなりあるぞ。
普通はバスを利用するのだが……走りで来たとなればまさに漢だろう。
しかも校内新聞で二巳先輩は漢らしい殿方が好きみたいなことが書いてあったな」
つーかどんだけ体力あるんだよ、化け物か。
「つまり今までのは愛情表現っていうことか?」
ようやく気付いたか、ヤス。
「あとはお前が告ればもう執拗なメールも減るだろう。彼女になったんだからいちいちメールなんていらないだろ」
とても安易な考えだと思う。寧ろ彼女になったからこそいつでも側に感じたいとメールを送ってくるかもしれない。
「彼女が出来てメールも減る……一石二鳥だな!」
しかしヤスはしばらく考え込んでいた。
そして俺にこう言った。
「でも、俺に彼女が出来たら康太は一人になるだろ」
何を考えていたかと思えばそんなことか。
俺は肩をすくめて言う。
「気にすんなよ、俺にはバイトがあるし、家の方向も違うからすぐに別れるだろ。それに二巳先輩に脅されるのもやだし」
「何故脅される」
彼女がいない身としては察してくれればありがたい。だが、まあこういうのがヤスだからな。
「簡単さ。二巳先輩はお前の彼女だ。彼女は彼氏の隣にいるのが普通。俺が隣にいたら疎ましく思うだろ」
「そんなもんか、女ってのは」
「そんなもんさ、女ってのは」
その後、二人で笑いあった。なにが面白いのかは解らないがなぜか笑っていた。
こういう昼休みも悪くない。親友の相談を受ける。それに答える。
親友の恋愛を妬ましく思うことなんて無い、俺はサポートに回るだけさ。
「で、どうするんだい?告白すんのかい?」
「ああ、してみるよ。俺も二巳先輩の事は前から気になってたんだ。色んな意味で、な。康太のことが少し心配だけど」
「気にするなっていったろ?俺だって二巳先輩に負けないくらいの可愛い彼女を作ってみせるさ」
「なら、隣のB組の野坂雪子(のさかゆきこ)なんてどうだ?結構可愛いだろ。」
話が早いな、ヤスよ。
「いんや、俺はゆっくりやっていくよ。好きな娘ができればな」
「そっか、頑張れ」
「ああ」
キーンコーンカーンコーン
聴き慣れた電子音が校内中に響く。
「じゃ、放課後ちゃんと告れよ。俺が二巳先輩を呼び出しといてやるから」
「わかってるって」
短い会話をした後、俺は自分の机に戻った。
机の中をまさぐり次の授業の教科書を取り出す。
「次は……現国か。」
またも居眠りになりそうだ。本当に授業は退屈。
ま、必要最低限の知識は身に付けておかないとね、落第なんて勘弁だ。
パラパラと現国の教科書を捲っていたら、担当の教諭が入室。
なんとなくドアの方を見てみるとドア越しに見知らぬ女生徒が俺を見つめている。殺気溢れる瞳で。
俺、なんかしたっけ?

464Life第1話蓼食う虫も好き好き ◆1If3wI0MXI :2010/12/30(木) 23:22:00 ID:nBzduQBb
のこりの授業も適当に受けていたらもう放課後だ。
俺にはヤスの絶対にかなう恋愛を成就させる最後の仕事が残っている。
3年の教室へ行こう。ちなみに校内は1階が職員室と1年教室、2階が図書室と2年教室、3階が特別教室群で4階が3年教室となっている。


とりあえず4階に来たはいいものの二巳先輩がどこの組か知らないぞ。どうしたものか。
解らなかったら人に聞く、でも3年に仲良い人とかいないしなぁ。結構緊張する。
でも、俺も呼び出すって言っちゃったし、今更そんな事も言ってられないな。
あまり上がらないテンションで3年教室の周りをうろうろ。やばい、凄く怪しい人みたいだ、早く見つけないと。
お、ちょうどいいところに3年の女生徒が1人でいるぞ。グループでいる人よりかなり楽だ。
よし、あの人に聞こう。3年女生徒Aに駆け寄り一言。
「えっと、二巳先輩ってどこの組ですか」
いきなり声をかけらたもんだから少し驚いていたが、その後何かを悟ったようににやにやしながら答えた。
「二巳さんならD組だけど、多分もういないと思うわ」
もう、いない。となると
「生徒会ですか?」
「多分ね。もういいでしょ。」
「ええ、ありがとうございます。引き止めてしまってすいませんね、帰り道に気をつけて。では」
社交辞令的な挨拶で相手の気を悪くさせない。人間関係術その一だ。
「あなたも頑張ってね、男なら当たって砕けなさい。じゃ」
俺は苦笑いで返し、馴れ馴れしい女生徒Aは帰っていった。
うーん告白するのはヤスなんだけどなぁ。ま、ここまで言ってくれるんなら悪い気はしない。
一応、D組に足を運んだが案の定いなかった。
「やっぱいないか、ハァ」
少し溜息をつく。ここは4階、そして生徒会室は1階の端の方にある。認めたくない現実。面倒くさいこと極まりない。
いくしかないんだけどね。
465Life第1話蓼食う虫も好き好き ◆1If3wI0MXI :2010/12/30(木) 23:23:11 ID:nBzduQBb
重い足取りで生徒会室に到着。
ドアの上には生徒会室のプレート
ただの生徒会室という字が今だけは血で書かれた凄室に見えてくる。
生徒会役員なんてなったことないから入るのにそれなりの勇気がいる。
まあ、そんなことは置いといてだ。後は二巳先輩を呼び出して、学校の裏庭で待たせているヤスの所につれていくだけだ。
深呼吸をしてドアに手を掛ける。
ガラガラっと音を立ててドアがスライド。
どっかで見たことのあるような人たちが突然入ってきた俺を見る。凄く殺伐とした空気だ。
そんな空気を一切変えず一番最初に声を発したのは二巳先輩だった。
「なにか用?部外者は入れない筈だけど」
うん、自然だけどなんか敵意が見え隠れするような言い方だ。しかしここで引き下がってはいられない。
「ええ、そのぉ、何といいますか……」
駄目だ、この空気に耐えられない。しかも内容も内容だけに口ごもってしまう。
「さっさと出てってくれない?仕事がまだあるんだけど」
もっともな言い分だ。仕方ない腹を括って言ってしまおう。
「あの、二巳先輩に用件があります。今すぐ裏庭に行ってください」
「は?なんで?」
その場にいた生徒会メンバー全員が思った事だろう。中にはクスクス笑う男子もいた。
「えぇっと、俺の親友が伝えたいことがあるそうです。ハイ」
「あなたの親友?……仕方ないわね、会長ごめんね。ちょっといってくる」
「え?ええ、行ってらっしゃい」
まさかの返事に会長と呼ばれた女生徒は少々戸惑っていた。
二巳先輩はというと心なしか頬が赤くなっている。
内心、世界中の物凄いお祭りよりもテンションが上がっていることだろう。
二巳先輩はスタスタと生徒会室を出て、裏庭に向かった。
よし、後は事の成り行きを木陰から見届けるだけだ。
466Life第1話蓼食う虫も好き好き ◆1If3wI0MXI :2010/12/30(木) 23:25:23 ID:nBzduQBb
「二巳先輩、好きです。付き合ってください!」
マニュアル通りの簡素な言葉。
「ええ、こちらこそよろしく。」
二巳先輩は顔を真っ赤にして了承してくれた。
裏庭にて告白はうまくいったようだ。ていうか二巳先輩がヤスの告白を蹴る訳ないけどな。
よかった、よかった。おめでとう、ヤス。お前も立派な男になったな。ハッハッハ、ハァ。
今までの関係とは少し変わってしまったが、まぁ、いいだろう。俺は親友をサポートすると決めたんだ。
二人の邪魔をするのも悪いし今日はもう帰ろう。
そう思い後ろを振り返ると顔があった。
「うわぁ!」
凄い近くに顔があってびっくりした。あれ?この人、昼休みに俺を見ていた人だ。
よくよく見てみると間違いなく美人といっていいほどの楚々とした人だった。黒髪のロング、大和撫子のような和の雰囲気を醸し出している。
何か違和感があるけど。
「どうして……」
「え?なんだって?」
なにやら小声で呟いているが、まったく聞こえない。後、違和感の正体に気が付いた。この美少女、包丁を握り締めている。
「どうしてあんな事したんですか!ずっと見てましたよ、あなたがお昼休みに泰男様とお話しているところからずっと」
いきなり怒り出した、声を荒げて。どうして、と言われてもなぁ。
「相談に答えたらああなった、なにか不味いことでも?そういえば君の名前は?あと何年生?」
「大有りですよ!私はずっと泰男様の事を好いていたのに……あなたが泰男様を唆したからあんな永遠の2番手みたいな女を好きになってしまったのです!
あの女が泰男様の1番になってしまったのです!」
泰男様って、そんな堅苦しい呼び方はどうかと思うぞ。
「唆したって、ヤスは前から二巳先輩の事を気にしていたようだったけど」
「それは……とにかく、あなたが何もしていなければこんな事にはならなかったのです!天誅を下します!後、私は迎大和(むかいやまと)相楽高校1年生です」
はぁ、なんかすごい言いがかりだけどちゃんと俺の質問に答えてくれた。いい娘やないかい。うん。
てか、そんな場合じゃない。笑顔で包丁をこちらに向けている大和さん。天誅ってそういう事か、運がよくてかすり傷、最悪腹刺されて死ぬかもな。そんなことにならない為に俺は……逃げる!
「あ、待ちなさい泰男様の下僕!」
大和さんには俺はヤスの下僕に見えているらしい。これからヤスに敬語を使った方がいいのだろうか。
「俺はヤスの下僕じゃなくて親友だ!あと樋野島康太っていう名前がちゃんとあるんだよ、大和さん!」
走りながら言う。後ろを見てみるがやはり包丁を持って般若の形相で追いかけてきている。いつの間にか笑顔が鬼に変わったようだ。
「待ちなさい!下僕の山本!」
どうやらヤスの下僕は覆らないようだ。哀れ我が人生、なんつってね。
大和さんとの距離が短くなってきている。これは本気で走らないとやばいな。
467Life第1話蓼食う虫も好き好き ◆1If3wI0MXI :2010/12/30(木) 23:26:10 ID:nBzduQBb
校門を出てから3分、俺はまだまだ体力的に余裕があるが……大和さんはすでにバテているようだ。
「ハァ、ハァ、待ちなさいぃ、泰男ハァハァ様のハァハァ下僕ぅ」
見ての通りこの様である。しかし、好きな人の為に頑張るこの姿。本当にいい娘やね。いよ!大和撫子。
こちらも紳士としての対応をとるべきだろう。女性を気遣う一言の一つでもかけてやらないとね。
「大丈夫かい?大和さん」
そしてそっと手を差し伸べる。
「くっ、敵に情けを掛けられるとは迎一生の恥。腹切り御免!」
凄い極論。なんなんだこの娘は、前言撤回、大和撫子というより武士だった。ジャパニーズサムライ。
大和さんは包丁を持ち直し、刃を自分の腹に向けている。あれ?これって本物の切腹ってやつ?これは不味いな。
説得にとりかからんと。
「大和さんはその包丁で何をする気で?」
「切腹に決まっています」
大和さんは本気のようだ。大胆かつ慎重に、一つのミスで臓器を飛び出させたくないからな。
「確かに、敵に情けを掛けられるのは恥かもしれない、でもそれは昔々のお話だ。今は違う、お互いがどんな立場であろうと助け合う。そういう心を大切にしなきゃいけないんだよ」
くっ、とか、うっ、とか呻きながらも少しづつ包丁と腹との距離が開いていく。もう一押しだ。
「それに俺は大和さんに情けをかけたつもりはない。困っている人を見過ごせない。平和が一番。それだけさ」
臭い臭すぎる。俺ってこんなキャラだったっけ?しかも言ってることもだいぶ矛盾しているような気がする。
しかしながら以外にも大和さんには効果覿面のようだ。包丁を落とし俯いてる。
そろりそろりと近づき包丁をさっと拾い上げる。これにて一件落着。
切腹の危険性はなくなったが大和さんは未だ俯いたままだった。
「大和さん、どうした?」
糸の切れた操り人形のように無反応
「おーい、大和さーん」
それから数秒して大和さんは何かを決心したかのように大きく頷き、俺を見つめてこう言った。
「私、康太様の生涯の伴侶になります」
「うえええええええええ!!」
今年最大の驚愕かもしれない。変な叫び声を上げてしまった命を狙われたかと思ったらプロポーズ。こんな経験をしたのは世界で俺だけだろう。それかB級映画の主人公かな。
念のために聞いておこう。
「ヤスの事はいいの?」
「はい、もうあんな男はいいんです。いつもいつも私の妖艶な肢体を見てニヤニヤ笑い、その後はしっぽりムフフと行きたいですなとか考えている下衆のことなんか」
多分、ヤスの眼中には全く入っていなかったが、凄い言われようだ。さっきまでは泰男様泰男様と騒いでいたのに。というか大和さんの身体は妖艶と言うより幼児だと思うが……よし、もうひとつ聞こう
「あと、俺のどこが好きになったの?」
「康太様の全てです。逞しい肉体、凛々しいお顔、繊細な内臓、仏様のような寛容な心、そして、いつも平和でありたいと願う優しさ。これほど素敵な殿方は現代の日本にはいません。」
俺の身体は別に逞しくない、というより貧弱な肉体だし、俺の内臓って繊細だったのか、なぜわかるんだ。大和さんの眼球は人の身体をスキャン出来るのか?
大和さんの人体構造を考え込んでいたら返事を忘れていた。チラリと大和さんを見てみると期待に膨らんだ表情で俺を見つめている。正直、可愛い。俺の答えはもう決まっていた。
「こんな俺でよければ、よろしく。つっても俺が18になるまで結婚はむりだからな」
「許より、心得ています」
夕日を背に、見つめあったがなんだか恥ずかしくてすぐに目線を逸らしてしまう。
「じゃあ、帰ろうか」
「ええ、帰りましょう」
468 ◆1If3wI0MXI :2010/12/30(木) 23:38:24 ID:nBzduQBb
投稿終了です。
本当はまだ少し話があるのですが操作ミスで消えてしまいました。……orz
シリアスな展開はまだ先になると思いますが、ヤンデレ成分を増やしていけたらなぁ
と考えています。
有難うございました。
469 ◆1If3wI0MXI :2010/12/30(木) 23:48:57 ID:nBzduQBb
>467
変な叫び声を上げてしまった命を狙われたかと思ったらではなく
変な叫び声を上げてしまった。命を狙われたかと思ったら
ですね。以後気をつけます
470 ◆1If3wI0MXI :2010/12/31(金) 00:26:46 ID:YrNye4zI
>>466
ヤスの下僕は覆らないようだのあとに
あと名字間違われてるし
が入ります
重ね重ねすいません
471名無しさん@ピンキー:2010/12/31(金) 00:41:16 ID:aJi2Iyk8
>>468
GJ!
この先の展開がどうなるか気になります
472名無しさん@ピンキー:2010/12/31(金) 01:38:33 ID:L+B1pKJX
しっぽりムフフて真人かww
心変わり激しいヤンデレだなGJ
473名無しさん@ピンキー:2010/12/31(金) 02:56:28 ID:8kNkUDgq
life面白かったです!GJ!

夜中ですが投稿します。

初めてなので温かい目で見てやってほしいです。
474シスターズ!!1話:妹が訪ねて来ました。:2010/12/31(金) 03:02:44 ID:8kNkUDgq
「たかにい〜起きて〜」
いつもと変わらない朝が来た。
妹に起こされて朝食を取りに行く。
同じく朝の弱い父が母に起こされて・・・って来ないし。
「なぁ彼方、父さんと母さんは?」
「はぁ?お父さんから何も聞いてないの?」
先程起こしてくれた妹の宮城 彼方(みやぎ かなた)に呆れた表情をされた。
「お父さんが新しくフランスにできる会社を任されて、今日の朝フランスに行っちゃったよ。お父さんが行くならお母さんもついていくに決まってるじゃない」
あの二人もういい年なのに新婚みたいな仲の良さだからな・・・
「息子には何も言わないのかよ・・・」
少し悲しくなりながらも彼方が用意してくれたトーストをかじる。
「あ、でもたか兄あてに手紙を残していったよ」
そういって彼方は封筒を渡してきた。
中央に大きく<息子へ>と書かれている。
わざわざ手紙に残すほどの事なんてあるか?
と封筒を破りながら思った。
475シスターズ!!1話:妹が訪ねて来ました。:2010/12/31(金) 03:07:04 ID:8kNkUDgq
孝康(たかやす)へ

会社の新しいプロジェクトの一環で海外に出る事になった。かなり長い期間になるが、彼方がいるし大丈夫だろう。お父さんがいなくても寂しがるなよ。
お父さんがフランスに行く事になり、当然文子(母さん)もついてくる。
まだまだ二人でいちゃいちゃしたいからな。二人っきりになれると考えたら今回の仕事も悪くないかもしれない。・・・(略)


「ただの惚気を書いてるだけじゃねえか」
後ろから覗き込んでる彼方に悪態を吐く。彼方の特徴である黒の綺麗なロングが耳に当たってくすぐったい。
「・・・その先も読んで」
彼方が妙に感情のない声で手紙に目を向けている。
・・・彼方ってこんな声出すのか


母さんの話はこれぐらいでいいだろう。
孝康、お前には伝えなければならない事がある。
これは家族の誰にも言っていない。文子にもだ。
父さんには隠し子が二人いる。


「はぁ!?」
ありえないだろあんなに母さん一筋なのに!?
混乱しながら手紙の続きを読む。


どちらも女の子でお前の義妹になるかな。
あ、誤解される前にいっておくが浮気ではないぞ。
ただ諸事情があって母さん以外の二人との間に子供ができてしまっただけだ。


「完璧な浮気じゃねえか・・・」
今まで尊敬していた父親がそんなに爛れた性生活を送っていたなんて・・・
帰ってきたらまず殴ろう。そして殴ろう。





まぁその辺のいざこざを文子に伝えるのもフランスでなんとかしたいと思う。
正直生きて帰れるか不安だが・・・
定期的に連絡と入金はする。
じゃあな。


PS.この事は彼方には内緒にしておいてくれ。それと義妹の二人は多分近日中にコンタクトをとってくると思う。

隆(たかし)より

476シスターズ!!1話:妹が訪ねて来ました。:2010/12/31(金) 03:10:27 ID:8kNkUDgq
「・・・忠告が遅えよ」
もう後ろでばっちり彼方に見られてるじゃねえか。
「・・・」
彼方も何も言わなくなってしまった。
朝からヘビーな事を知らされて、重い雰囲気のまま朝食を食べ終える。

「・・・とりあえず学校に行くか」
「・・・うん」
着替えをした後、荷物を持って玄関を出る。
彼方と一緒に通学路を歩く。
二人とも学年は違うが同じ高校に通っている。
彼方は勉強が出来るのだからもう少しレベルが上の高校にいけるのだが、家が近いからという理由で俺と同じ高校に来た。
もう少し真面目に進路を決めろと言いたかったが、俺も同じ理由だから文句が言えない。

「あれ、もう着いたか」
「・・・」
いつの間にか学校に着いていた。
考え事をしているからか彼方はずっと上の空だ。
「じゃあまた後でな」
「・・・うん、たか兄じゃあね」
大分思いつめてるみたいだな・・・
心配しながら彼方と別れる。
何とかしてやらないとな・・・
そう思いながら席に着く。
すると、今の気分では絶対に会いたくない奴が待ち構えていた。
「孝康聞いてくれよぉ〜」
「なんだよ良人」
今、涙目になりながら話しかけてくるこいつは渡辺 良人(わたなべ よしと)
普段は面白いアホな奴だが、今のテンションだと正直扱い辛い。
「それがさぁ、今日転校生が来るって噂があったから職員室に突入したんだよぅ」
こいつの今のテンションからして多分男だったんだな・・・
「そいつ男だったんだろ?」
「違う!めちゃくちゃ可愛い女の子だったんだよ!!」
「なら何でこんなにテンションが低いんだよ?」
可愛い子を見たら頭の中では一緒に新婚旅行に行く位までは妄想するような奴なのに。
477シスターズ!!1話:妹が訪ねて来ました。:2010/12/31(金) 03:13:39 ID:8kNkUDgq
「いや・・・まぁこんなに可愛い子を見たのが初めてだったからかな・・・職員室で会った瞬間につい言っちまったんだ・・・」
「何て?」
「『子供は何人欲しい?』って」
アホすぎて何も言えねぇ・・・妄想と現実がごっちゃになってやがる
その時の事を思い出したのか遂に泣き出しやがった。
「もう一生忘れられねぇよ・・・あの時のゴミクズを見るような眼うわぁぁぁぁああ!!!」
・・・どれだけ怖かったんだよ?お前の顔がこんなにやつれたの初めて見た。
ナンパして初めて付き合い始めたのが実はオカマだった時でも平気だった奴なのに(後で写真を見せてもらったが、どう見ても女装した男で、良人のストライクゾーンの広さに尊敬した)
とうとう自己防衛のためか動かなくなってしまった良人を床に寝かせ、座りなおした時、先生が頭を掻きながら入ってきた。
「HRの前に転校生を紹介するからな〜」
かなり気だるそうに言った。転校生という単語が出た時、良人の身体が跳ねたから多分生きてはいるだろう。
「おい、入って来い」
先生が扉に向かって言うと扉を開けて一人の女の子が恥ずかしそうに入ってきた。
女の子が入ってきた瞬間、野郎共の咆哮のような怒声が教室中を包んだ。
「うるせぇな〜何事だよ」
あ、良人が起きた
「あばばばばばばば」
で、転校生見て泡吹いて倒れた・・・おもしれえなこいつ。

「では自己紹介をよろしく」
「はい」
先生に催促され女の子が黒板に綺麗な字で名前を書いていく。

九条 三つ葉 (くじょう みつば)

名前を見た時懐かしい感じがした。
俺にこんな可愛い知り合いいないけどな・・・

「それでは九条はあそこの席に座っておけ」
そう言って先生が指した場所は俺の後ろの席だった。
「はい、わかりました先生」
見ていて気持ちが良くなる位、凛とした態度でこちらに歩いてくる。
俺の横を通り過ぎる時、九条さんは耳元で囁いた。




「お久しぶりです、お兄様」




478シンタロー・ストーンワイルダネス:2010/12/31(金) 03:15:22 ID:ti93h10P
ろくにエロシーンもない長編は自分のサイトに引き込もってやれですよお前ら。
〜フランス〜
「文子。」
「なんですか?あなた」
「実は今まで秘密にしていた事があるんだ」
「パソコンにある女子中学生の画像ばかりあるフォルダの事ですか?」
「いや、それではな・・・って何故それを!?」
「前に見つけました。もちろん全部消させていただきましたよ?」
「3GBまでコツコツためたのに・・・」
「それで?秘密とはなんですか?」
「実はな・・・俺には孝康と彼方の他に子供が二人いるんだ」
「・・・冗談でしょう?」
「残念ながら冗談ではないわ」
「四つ葉!?なぜここにいる!?」
「・・・あなた誰よ」
「九条四つ葉。隆との子を持つ愛人よ、妻と言えないのが残念だけど」
「隆さんが浮気をするはずがないわ」
「したわよ。あんなに愛し合ったもの」
「・・・あれはお前が出張先で監禁してきたからだ!」
「嫌よ嫌よも好きの内ってね。隆も後半はノリノリだったじゃない」
「何故ここまで来たんだ?子供は?」
「隆に着いて来たに決まってるじゃない。三つ葉もあなたの子供の所に置いてきたし」
「お前の行動力に呆れたよ」
「あなた、ちゃんと説明して!」
「分かった、分かったから関節を極めようとするな!!」






「・・・孝康がんばれよ」

一応終わりです。

感想を頂けるとありがたいです。


それではよいお年を
481名無しさん@ピンキー:2010/12/31(金) 03:25:47 ID:8kNkUDgq
これで一応全部です。

感想くれるとありがたいです。



それでは、良いお年を
482名無しさん@ピンキー:2010/12/31(金) 04:36:08 ID:Qe0N+gwq
GJです

大事なことなので2回言ったんですね わかります

って微妙に違うwww
483名無しさん@ピンキー:2010/12/31(金) 07:25:25 ID:8vl8IN8p
文体は好きだGJ
でもこれで終わりてW

あと、この作品に限った話じゃないが、投下先はどう考えてもキモウトスレだろ良いお年を
484名無しさん@ピンキー:2010/12/31(金) 12:21:27 ID:3mYnb7/x
GJ!!
お父さんって…ロリコン?
485名無しさん@ピンキー:2010/12/31(金) 13:59:12 ID:CuSOZi59
GJ!
もう一人の隠し子が気になるな

あと、なんだか時々投下中に割り込んでくるやついるけど、故意にやってんのかね?
>1見てないのかね?
486名無しさん@ピンキー:2010/12/31(金) 14:06:20 ID:XSHT6tok
書き込みの内容からして明らかに荒らし
構ってやることはないさ
487名無しさん@ピンキー:2010/12/31(金) 14:09:23 ID:50INKyQ2
なーにかえってしえんになる
488シスターズ!!2話:新しい日常。:2010/12/31(金) 14:25:04 ID:8kNkUDgq
少し短いですが投稿します。
489シスターズ!!2話:新しい日常。:2010/12/31(金) 14:27:16 ID:8kNkUDgq
「今日はここまで。話についていけない奴は予習をやっとけよ」
国語の教師が教科書を閉じる。
・・・ここの高校は生徒を良い進路に導く気が無いのか?
今、教師が持って行った教科書(自称)は少女漫画だったぞ?


放課に入るとすぐにクラスメートの殆どが九条さんを囲んで質問をしている。
可愛らしい笑みを浮かべながらポニーテールを揺らす姿は中々愛らしい。
こういう時、いつも下ネタ関係の質問を出して女子に軽蔑されるが、
一部のムッツリに大好評の良人は九条さんを見ようともしない。
「孝康は行かないのか?」
「少し気になることがあるからな・・・」
久しぶりってことは会ったことあるのか?
思い出さないと九条さんに悪い気がするので、まだ話しかけてはいない。
九条さんもこっちを気にしているようなので、必死で思い出す。






「駄目だ、思い出せねぇわ」
放課後になっても思い出せなかった。
恥を承知で本人に聞いたほうがいいかもしれない。
しかし、九条さんの周りにはまだ人だかりができていたので諦めた。
待ち合わせに遅れると彼方が拗ねるし。
490シスターズ!!2話:新しい日常。:2010/12/31(金) 14:29:07 ID:8kNkUDgq
彼方と同じ高校に通うようになってから自然と一緒に帰るようになっていた。
先に校門に着いた方がもう一人を待つ事がいつの間にかルールになっている。
「たか兄遅いよぉ」
「ごめんな彼方」
頭を撫でてやる。
「みゅうぅ」
彼方はくすぐったそうに目を細めながら撫でられている。
・・・小動物みたいだな。


「そういえばもう大丈夫なのか?」
父さんに隠し子がいたなんて純粋な彼方には精神的にきついだろう。
「うん!」
元気に返事を返してきた。
立ち直るの早いな・・・俺はまだ気持ちの整理がついてない。
「だってお父さんに隠し子がいたって、会わなければいいんだよ!」
多分九条さんが父さんの隠し子の一人だよな・・・
彼方には九条さんの事は暫く黙っていよう。
「だって、たか兄の妹は私だけだもん」
そう言ってほほ笑む彼方を見てそう思った。



買い物を終えた後、
家に帰ると、そこにはダンボールの山があった。
「あれ?たか兄お父さん達からなにか聞いた?」
彼方は父さん達の荷物だと思っているようだ。
俺は普段ではあり得る事のないリビングから漂う紅茶の香りから、嫌な予感しかしなかった。
491シスターズ!!2話:新しい日常。:2010/12/31(金) 14:30:45 ID:8kNkUDgq
「先に帰ったのに遅かったですね」
予感が当たり、そこには紅茶を気品良く飲む九条さんの姿があった。
「たか兄・・・もしかしてこいつが・・・」
彼方、こいつとか言っちゃいけません。
俺はこれからの事を思い、胃がキリキリと痛んだ。





「えっと・・・今日転校してきた九条さんだ」
「宮城彼方です。たか兄の妹です」
なんか彼方の言い方に棘があるなぁ・・・
「九条三つ葉です。今日からここに住む事になりました。よろしくお願いしますね彼方ちゃん」
九条さんはフレンドリーに接しているのに・・・
「ってなにか聞き逃してはいけない事を言っていませんでした?」
ここに住むとか冗談だよな?
「えっ?ここに住む事ですか?隆様から今日のことをお兄様に伝えるようお願いするとお母様が・・・」


あのクソ親父め!
俺は急いで廊下にある電話に走った。
最近、俺の中で父さんの株が大暴落している気がする。



「・・・お兄様が行ってしまいましたね」
「たか兄の事を兄と呼ばないでください」
「・・・どうしてですか?」
「たか兄の事を兄と呼んでいいのは本当の妹である私だけですから」
「それは無理な相談ですね。私がどれだけお兄様の事を見守ってきたと思っているのですか?」
「知らないし、知りたくもない」
「だけれど、見守るだけでは駄目でしたね。今朝も貴方はお兄様の朝食に何を・・・」
「黙れ!!」
「でも・・・これからは、お兄様の事をしっかりとお守りする事ができます」
492シスターズ!!2話:新しい日常。:2010/12/31(金) 14:33:30 ID:8kNkUDgq


「あの節操無しめ・・・」
父さんに電話した後にリビングに戻ると、重々しい雰囲気に包まれていた。
初対面の二人を残しておくのはまずかったな。彼方も人見知りだし。


「彼方・・・父さんに電話で聞いたが今日から九条さんはここに住むそうだ。」
最後に父さんの電話の後ろから「また・・・女と電話をしてるのね・・・」と母さんの感情の無い声がした後、父さんの悲鳴で電話が切れたが自業自得だろう。

「そうなんだ・・・」
彼方が少し青い顔で答えている。
体調が悪そうだ。
「彼方・・・少し疲れているなら早めに休んだらどうだ?」
「うん・・・そうする」

彼方が少し頼りなく二階にある自室に向かったのを見届けた後、
俺は九条さんへ振り向いた。
「九条さん、迷惑かけるかもしれないけどよろしくね」
「ええ、あとお兄様。一つお願いが」
「何?」
「私のことは名前を呼び捨てで呼んで欲しいのです」
「え・・・あぁ」
義妹とはいえ、会ったばかりの女の子を呼び捨てで呼ぶのは案外抵抗あるな・・・

「じゃあ、これからよろしく。三つ葉」
「はいっお兄様!!」



少し変わった日常が動き始めた。


493名無しさん@ピンキー:2010/12/31(金) 14:36:19 ID:8kNkUDgq
これで最後です。

感想いただけると嬉しいです。


では、今度こそ良いお年を
494名無しさん@ピンキー:2010/12/31(金) 16:59:51 ID:dzWc1J5l
>>493
GJ!
495名無しさん@ピンキー:2010/12/31(金) 17:33:14 ID:3mYnb7/x
GJ!!
人物関係が色んな意味で酷過ぎる…
496名無しさん@ピンキー:2010/12/31(金) 21:55:49 ID:iVSEp0Co
ヤンデレに逆レイプなどで強制中出しさせられたい
497名無しさん@ピンキー:2010/12/31(金) 21:57:19 ID:iVSEp0Co
そんなSSや漫画などの作品はありませんか?
498名無しさん@ピンキー:2010/12/31(金) 21:58:55 ID:yA/lSeuv
保管庫の作品は全部読んだのかい?話はそれからだ
499名無しさん@ピンキー:2010/12/31(金) 22:00:36 ID:SNh4yVWo
>>493
GJ!





年明け同時にヤンデレが人生を年末にするストーリーが頭によぎった
500名無しさん@ピンキー:2011/01/01(土) 00:10:14 ID:IY4cd0Ao
 皆々様GJです&あけましておもでとうございます。
 終わる作品、続く作品、そして新たに始まる作品と、今年も楽しみ。
 こちらも同じ書き手としてガンバらせていただきます。
 つーか、いい加減投稿しないとヤンデレの娘さんにそろそろぶっ刺され…ちょ、ま、止め……ギャー!
501名無しさん@ピンキー:2011/01/01(土) 00:13:19 ID:iaD8WxHL
あけおめ!そして
>>500無茶しやがって(AA略
502名無しさん@ピンキー:2011/01/01(土) 00:29:18 ID:vW/SeIuj
>>500www
>>Arlあけおめ

今年も良いヤンデレssが投下されますように
503名無しさん@ピンキー:2011/01/01(土) 01:14:25 ID:LQRzc+43
病みましておめでとうございます!




504名無しさん@ピンキー:2011/01/01(土) 01:36:04 ID:wwVmDRpr
「あっ………イャ……助け…て……」
「なに言ってるの?もう、あなたに助けなんて来ないわよ。そう、これから永遠に……」
俺、恭弥(高2)は大晦日の晩御飯は可愛い妹(高1)と弟(小6)を喜ばせるため、すき焼きにしようとスーパーに買い物に行った。
数年前、親が亡くなったため、家事全般は俺がしなきゃならない。
その帰りの夜道で黒い制服を着たオッチャンに後頭部に手刀をやられ気絶した。
気が付いた時には知らない部屋のベッドの上で、腕を手錠で拘束されてた。
そして俺の横で俺の寝顔を眺めてた女………ヤン美だった……
ヤン美はある某財閥の娘。
人を1人監禁しようがどうでもいいやつら…
そして今……
「はぁ…はぁ…恭弥………くぅん……感じてる時の顔……可愛いよぉ……もう、……我慢できない!!」
「いや……あっ…………だ、誰か………助けて………」
「あ、そうそう……あなたの大事な妹さんと弟さんには死んでもらいますわ。
だって親は亡くなってるし、そしてあなたは私のものになるから、もうあの2人は必要ないでしょ?」
「え………まって…それだけは……ッ!……あぅ………ん……」
「フフッ………手に入れた…………それも新年の前に………ついに彼を手に入れたわ!!
もうこれからは死ぬまで一緒に暮らしていくの!!
もう、あたし以外の事を考えられないくらい一杯愛してあげるからね!!」
それから俺は………彼女の愛に溺れていった……

駄文ですみませんm(_ _)m

すき焼きにしたのは我が家は毎年大晦日はすき焼きだからwww
505名無しさん@ピンキー:2011/01/01(土) 01:47:25 ID:tv5cdGTQ
新年明けましておめでとう
初投下もありましたし今年も作品が豊作でありますように
506名無しさん@ピンキー:2011/01/01(土) 01:54:08 ID:4Xc4poLr
新年明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします

SSでも書こうと思ったけどさすがに唐突には浮かばなかったorz
507名無しさん@ピンキー:2011/01/01(土) 05:53:57 ID:nyI+Jp25
うさぎはさびしいと(周りの人が)死んじゃうんだよ。という電波が飛んできた
508 ◆1If3wI0MXI :2011/01/01(土) 11:31:48 ID:MHEI9UtV
明けましておめでとうございます。
急いで書き上げた短編を投稿します。
509あきましておめでとう ◆1If3wI0MXI :2011/01/01(土) 11:32:51 ID:MHEI9UtV
俺は今、暖房のきいたこの部屋から動けずにいる。
外では今頃、神社は初詣で賑わっているんだろうな。
俺も参拝して、おみくじ引いて、甘酒貰って、
帰ってきたら家で新春お笑いスペシャルでも見てる筈なんだけど。
「なんで監禁されてるんだろ」
アパートの狭い一室、
俺はベッドの柵と手錠で繋がれた自分の両腕を見て呟く。
隣でにこにこ笑っている祥子さんは何の悪びれも無く答えた。
「それは、一生、圭君と過ごす為よ」
2週間位前かな?この生活が始まったのは。



自炊の出来ない俺はいつものようにコンビニへ行こうとした。
勿論、弁当を買うために。
住み慣れたアパートのドアに鍵を掛け、さぁ、行こうと思ったときだ。
隣の部屋のドアが開き、鍋をもった女性が現れた。
そして俺に一言。
「あのぉ、作りすぎちゃったんでお裾分けしようと思ってたんですけど、貰ってくれます?」
俺は大きく頷いた。俺の隣に住んでるのは、美人女子大生の今村祥子さん。
その祥子さんの手料理と聞いたら誰だって貰うだろう。
急いで鍵を開けて、鍋を受け取る。
部屋に入り俺は小さなテーブルに鍋を置き、冷めないうちに食べた。
久しぶりの手料理、俺は涙がこぼれそうになった。
着々と箸は進み、あっという間に完食。
鍋を洗い、祥子さんに返す。
祥子さんに鍋を手渡したその時だった。
強烈な睡魔が俺を襲い、そのまま俺の意識は途切れてしまった。
顔から崩れ落ちる俺が最後に見たのは目には光が無く三日月の様な形をした口で笑う祥子さんだった。
510あきましておめでとう ◆1If3wI0MXI :2011/01/01(土) 11:33:45 ID:MHEI9UtV

気が付けば俺は両腕をベッドの柵に手錠で繋がれていた。
幸い足には手錠をかけられていない。
そして腰辺りに感じる違和感。
その違和感の正体、裸の祥子さんが俺に馬乗りの状態で座っていた。
「あ、おはよう圭君」
「おはよう、ございます」
あいさつをされたので一応返す。
あと圭っていうのは俺の名前ね。
とりあえずこの状況について聞いてみよう。
「えーっと、どうして俺は縛られて祥子さんは俺に馬乗りになってるんですか?」
「圭君への思いが限界に来ちゃってね、監禁しちゃった。それと、今からえっちするつもり」
監禁という言葉よりもえっちの方に衝撃を受けた。
未だ童貞の俺の初めてが祥子さん……こんなこと、夢にも思わなかった。
気付けば俺の息子は、はち切れんばかりに膨張している。
「じゃあ入れるね……ん、はぁ、あぁん」
祥子さんは処女だった。祥子さんのアソコから赤い液体が見えた。
女性の初めては痛いと聞くが祥子さんは全く痛がっている様子を見せなかった。
おそらく、痛みよりも快楽の方が勝っていたのだろう。
段々、祥子さんの腰の振りも激しくなっていった。
「ハァ、ハァ、圭君、圭君、気持ちいいよぉぉ、もっともっと気持ちよくさせてぇ」
俺の上で腰を振る祥子さんはとても淫らだった。いつもの清楚な祥子さんからは全く持って考えられない。
そうこうしている内に俺はイきそうだった。祥子さんの膣内で俺の息子は更に大きくなる。
「あっく……あぁぁ……まだ、おっきくなるの?だめ、もう私イきそうぅ、一緒にぃ一緒にイこう、圭君」
俺は黙って頷いた。今、少しでも声を出せばすぐにイってしまいそうだったから。
「ああ、イく、イっちゃうぅ、わらしぃイっちゃうのぉぉ、圭君、けい君、けいくぅぅん」
俺と祥子さんは同時に達した。俺の息子から大量の精が放たれ、祥子さんがそれを飲み込む。
激しい行為の後、息も絶え絶えの祥子さんが語り掛けるように言った。
「ハァ、ハァ、私たち、ハァ、しちゃったんだね。これで、ハァ、もう離れられない」
言い終えた祥子さんはすぐに眠ってしまった。



全てが祥子さんにまかせっきりで、一晩中セックス。
最初は、楽だし、気持ちいいしこのままでいいと思っていた。
しかし、毎日同じ事をしていると飽きてくる。監禁だ、仕方の無いことだろう。
俺の外に出たいという気持ちに気付いたのだろうか。
それから数日後、祥子さんは俺を外部とは接触させないようにした。
ベッドの横にある電話は線を刃物かなにか切断されていた。
俺の携帯電話もいつの間にか抜き取られ、見るも無残な姿になってしまった。
助けなんて呼べないし、ベッドからも動けない。
日に日にセックスが嫌になり足掻いてみたが、行為は激しさを増し祥子さんを悦ばせるだけだった。
511あきましておめでとう ◆1If3wI0MXI :2011/01/01(土) 11:37:53 ID:MHEI9UtV
そして今に至る。外に出る為には手錠の鍵を探すよりも説得の方が早いだろう。と俺は決断した。
「祥子さん、初詣に行かない?」
「行かない、圭君が逃げちゃう」
「そう言わずにさぁ、元旦だよ?今日ぐらい外にでようよ」
「行かないって言ったら行かないの。それ以上言ったら……解かってるよね?」
チラリとナイフを見せてくる。いや、これは脅しだけど脅しじゃない。
祥子さんは俺を殺せるはずないんだ。ずっと俺に依存してきたんだから。
「そんな事言って、僕を殺したら祥子さんはどうするの?」
「私も死ぬ」
やばい、本気だ。ここからは慎重にいかないと。
「あのさぁ、俺、祥子さんの着物姿、見たいなぁ」
「後で着てあげるからいいでしょ」
「いや、今すぐ外で見たい」
「圭君、私さっきなんて言ったっけ?」
ナイフをしっかりと握り、俺に刃を向けている。
「圭君と初詣に行きたいなぁ」
「そんなこと言ってない」
「圭君とお外に遊びにいきたいなぁ」
「圭……君……?」
とうとう首にナイフを当てられてしまった。
どうする、俺。
ん?今、祥子さんの服の袖から鍵のような物が……落ちた?
「ごめん、ごめん冗談だって。祥子さんが隣にいれば俺はいいよ」
そういって足で気付かれないように鍵を取る。
「ああ、よかった。私も圭ちゃんの事は殺したくないしね」
大丈夫だ、気付かれていない。後は祥子さんを買い物に行かせて逃げるだけだ。
「そうだ、祥子さん。俺、餅が食べたくなって来た。」
「餅?あったかしら……無いわね」
「無いのかぁ、じゃあ買って来てくれる?」
「うん、いいわよ。大人しく待っててね」
そういって祥子さんは出ていった。
よし!と思い鍵を手に移したことで気が付いた。
祥子さん、財布忘れてる。これひょっとして戻ってくるんじゃ……
俺は急いで鍵を落とし、足で隠した。それと同時に祥子さんが帰ってくる。
「ごめーん財布忘れちゃった。……ボソ怪しいところはないわね。」
祥子さんは怪訝そうに部屋を見回した後、財布を取り、出て行った。
よし!ようやく行けるぞ。鍵を足の指で掴み手に移す。
手に移した鍵を指先で摘んで鍵穴に差し込む。これにて開錠。
後は逃げるだけだ。
急いで靴を履き、飛び出す。
辺りを見てみるが誰もいない。
祥子さんは本当に餅を買いに行った様だ。
今頃になってなんだか祥子さんが可哀そうになってきた。
何も言わずに去るのもアレだし。手紙を書いておこう。

512あきましておめでとう ◆1If3wI0MXI :2011/01/01(土) 11:44:11 ID:MHEI9UtV
「よし、これで終わりっと」
祥子さんの部屋のドアに手紙を貼り付け俺は神社に行く。
俺の服装はジーンズにパーカーという格好だ。
監禁されていてもちゃんと新しい着替えには替えてある。
寒いけど、急ごう。
早く帰って来た祥子さんと鉢合わせたら大変なことになる。
一歩一歩確実に早く階段を降りていく。
階段を降りきり、アパートに一礼し、俺は走った。
いや、走ろうとしたが足が固まってしまった。
俺の目の前には祥子さんがいたから。
生気に溢れていた大きな瞳が、今ではどぶ川の様に濁っている。
この状況を打開できるかは解らないが、俺は祥子さんに新年の挨拶をした。

「あきましておめでとう」
513 ◆1If3wI0MXI :2011/01/01(土) 11:52:18 ID:MHEI9UtV
これで投下は終了です。
米澤穂信さんの遠回りする雛に収録されている、
あきましておめでとうという話を読んでいたら、ぱっと思いつきました。
やってしまった感と文の雑さが拭い切れません。
どうもすいませんでした。
514名無しさん@ピンキー:2011/01/01(土) 13:16:04 ID:u+CX6U1Q
元日から投下乙なんダナ。
米沢穂信のあの話を読んでこういう感じの物語を書くとしたら、
監禁されているほうが何らかの手段で外と連絡して助けてもらう、っていうのを考えてしまうな。

>>493
ギャルゲ的ラブコメ展開になったら俺得と期待
もうひとりの妹の登場を楽しみに待ってます
515 ◆1If3wI0MXI :2011/01/01(土) 13:33:10 ID:MHEI9UtV
>>514
そうなるともうまんまになってしまうので
設定を変えました。
というのは嘘です。
書き終えてから、あぁ、こうすりゃ良かったと思うところもありました。
516 ◆aUAG20IAMo :2011/01/01(土) 14:56:36 ID:ZHemnHzc
前後編の掌編です
流れが以前書いた[わたしをはなさないで]に似てるかもしれません
つか似てます。書いててそう思いました
でもいまさら消すのももったいないので前編投下します
楽しんでもらえれば嬉しいです
517弱気な魔王と愛され姫様・前:2011/01/01(土) 15:01:52 ID:ZHemnHzc
「王よ、貴様の大事な姫はもらっていくぞ!」
「おのれ魔王め! 姫を帰せーっ!」
「フハハハハ!!」

お姫様をさらう魔王
クラシカル、と言えば聞こえはいいが、簡単に言ってしまえば単に古臭い話だ
魔王に就任してすぐにそれをやった本人が言う言葉じゃないかもしれないが、僕に関しては仕方ない
父が死んで、世襲制で魔王に就任した僕には、どうしても何か実績が必要だったのだ
なにせ実績の無い魔王は何だかんだと理由をつけ、次期王を就任させるために処刑されてしまうからだ
死にたくない
次期王を就けるために処刑するくらいなら、世襲で魔王になんてしてほしくないのに
僕は姿も、筋力も、魔力も普通の人間程度
力だって空を飛ぶことができるくらい。でも、生きるためになんとかそれを駆使して大国のお姫様をさらってきたのだ

「……あなたは、魔王ですか?」
「いちおうね。ごめん、そのうちにきっと理由をつけて家に帰してあげるから」

僕の部屋で、さらってきたお姫様が怯えてた
無理も無いよね、まだ10歳くらいの女の子だもん
140センチ弱、りんごみたいなほっぺた、腰まであるさらさらしたブロンドの髪。見まごう事なき幼女
実は始めは20歳くらいの長女をさらおうと思ったんだけど、斬り殺されかけた
後で知ったんだけど、あのお姫様は国開催剣術大会の毎年優勝候補だってさ
僕、剣なんて握ったことないもん
危うく魔王就任早々死んじゃうとこだった
だから子供のほうをさらってきたんだ
卑怯だとは思うけど僕も死にたくないし、すぐに帰してあげようと思ってたから
それが、ほんの一週間でこんなことになるなんてね
思ってもみなかったよ、ほんと
518弱気な魔王と愛され姫様・前:2011/01/01(土) 15:02:41 ID:ZHemnHzc
「まおー! これの続きあるー?」
「はいはい。21巻だよね」
「ありがと」

僕は漫画やゲームが大好きだ
父からは次期魔王らしくないからやめろとよく怒られてたけれど、結局やめられていない
だから僕の部屋は巨大な本棚とゲーム入れが大きな顔をしてる
それを、姫(本当はすっごく長い名前があるけど、覚えられずにいまだに姫と呼んでる)が見てすっかり気に入ってしまったのだ
なんせあの王家はものすっごく厳格で、漫画やゲームどころか面白い話もろくに聞いたこともないみたい
しかも家族の仲は冷え切っていて、大人は財産のことばかりで、娘をどこの資産家の下に嫁がせるかなんてことしか考えない
彼女はそんな家が嫌いで心を許せる家族も一人もいない
そんな時、僕にさらわれたみたいだ

「あははははは!! まおー、これみてみて! すっごいおもしろいよ!!」
「ははは。喜んでくれて嬉しいよ」

それからずっと僕の部屋で彼女は楽しんでくれている
始めは良家のお姫様の一人らしく丁寧に話してたけれど、今ではすっかり喋りも砕けた感じ
嬉しいは嬉しいんだけど、ちょっと問題がある
姫、あの家に帰りたくないって言うのだ

「ご本もゲームも面白いし、ごはんもおいしいし、まぞくのみんなも、まおーもやさしいし。ボク、すっとここに住みたいな」
「姫、そんなこと言っちゃ駄目だよ。僕は人間そっくりでも魔族、姫は人間なんだから」
「ぶー」

なついてもらえるのは嬉しいんだけどね
幼女に振り回されてるって言うのは魔王としてどうなんだろう?
さらってきたのは実績を積むためだったんだけど、これじゃよけいに権威を失墜させちゃった気がする
姫は部下のみんなにも可愛がられてるし、大丈夫かなとは思うんだけど

「でもボク、もうおうちはやだ。楽しいこともうれしいこともなんにもない。あんなつまんないとこには帰りたくない」
「でもね、姫……」

「いいじゃないっッスか。お姫がここに住みたいってんなら、住ませてやれば」
「さすがスーさん、話がわかる!」
「スカルエンペラー、四天王の君でも言っていいことと悪いことがあるよ」
「おおむねスカルに同意」
「魔王軍でも可愛いは正義だしな」
「お姫を見に来るのが私たちの最近の癒しなので」
「ブーさん、ポイさん、ガンさんもこう言ってくれてるよ。ボク、ここの子供になってもいいよね?」

父が設立した、魔物の中でもエリートのみを選りすぐって作られた魔王直属軍
そこの幹部スカルエンペラー、ポイズンタイガー、エレキインセクト、デッドガンマン
彼らは四天王と呼ばれながら血気盛んな連中をまとめあげ、魔王である僕に近い権限と人望を集めている
僕に敬語を使わない珍しい魔物。別に敬ってほしいわけじゃないけどね
もっとも、こうやって姫を可愛がってるのは僕同様部下には内緒にしてるけど
ほら、沽券に関わるし

「あのねぇ。姫は王家の一員なんだから、僕らの決定でどうかできることじゃないよ」
「魔王が人間みたいなこと言うッスね」
「んなら俺が姫ちゃん引き取ろうか? お世話は隷蟲にお任せだがね」
「あなたの隷蟲は高電圧で、触るとすごく痺れるんですよ。ここは私の養女に」
「あんたの家、居間も寝室も銃で埋まってんじゃねえッスか。あんな家にお姫住まわせられねえッス」
「んなら結局娯楽もいっぱいで一番なつかれてる魔王さんのとこに居てもらうのが一番だな」
「意義ねーッス」
「私も異論はない」
「未練はあるが、まあここに来ればいつでも姫ちゃんには会えるしな」
「じゃあまおー、ボクのこと、ひきつづきよろしく!」
「……あれー?」
519弱気な魔王と愛され姫様・前:2011/01/01(土) 15:04:19 ID:ZHemnHzc
それからまた一ヶ月
姫はますます僕たち魔族になじんでいった
もともと子供らしくあんまり物怖じしない娘だったし、皆にも比較的好印象だったしね
四天王のほうは最初の週こそ時々来る程度だったけど、二週目以降にもなると毎日来るようになった
そのせいで軍部部下にもすっかり姫の存在がバレてしまう
そうなれば、姫の待遇をもっと変えねばならない。そんな意見が出ると僕は懸念していた
でも蓋を開けてみれば、すっかりみんなのマスコット的存在
姫も遊び相手が増えてすごく満足そうだ
よかったよかった………と言っていいのかな?
よけいに帰りたくないって言われちゃいそうなんだけど

「魔王様、報告があります」
「ん?」

郵便係の伝令烏が、泳ぎ疲れて姫とプールサイドでのんびりしている僕の肩に止まる

「お父さん。そのカラスさんは?」
「ああ、郵便係みたいなものだよ。……あとお父さんはやめなさいってば」
「以後、お見知りおきを」
「ちえー。ねえまおー、カラスさんってプール入らないかな?」
「烏は水はあんまり好きじゃないからね、嫌だと思うよ」
「すみません」
「ざんねん。いっしょに入ろうと思ったのに」
「………たまには水浴びも乙なものです」
「いいから、伝令」

ちょっとイラッってしたので、伝令烏の首を掴んでプール行きを止める
文字どおり、鳥が締められるような声が聞こえた

「……ゴホン。えー、姫様を奪還すべく、王国は伝説の戦士カニマヨを筆頭に編成された全騎士団をここに向かわせた模様」
「えっ。カニマヨって、二年前軍部に強襲をかけて、デッドガンマンとエレキインセクトを追い詰めたっていうあのカニマヨ?」
「その通りです。このままでは到着はおよそ三日後。我らも戦闘態勢に入るべきかと」
「なら、その前に姫を帰してあげれば」
「ヤダ! ボク帰らないから!」
「でも、姫が帰らなきゃ人間も魔族も、いっぱい死んじゃうんだよ」
「もっとヤダ! ここにいるのはみーんなとってもいい人たちだもん! 死ぬなんてぜったいやだ!」
「姫様、何とお優しい……魔族冥利に尽きるお言葉です」
「……………」

伝令烏は感動してるけれど、僕にはどうしても気になることがあった
姫はすっかり僕たち魔族を愛し、愛されている
じゃあ、人間は?

「姫、どうしたらいいと思う?」
「決まってるよ! そのカニミソっていうのときしだんをみんなやっつけちゃえばいいんだよ!」
「姫様、カニマヨです」
「………それでいいの? 戦うのは、姫とおんなじ人間なんだよ?」
「いいよ。あんなきたない人間なんかよりも、やさしくて楽しいまぞくのみんながぶじでいてほしいもん
 あ、でもいちばん大切なのは、お父さんだからねっ」
「お父さんって言うのは……」
「魔王様、もうお父さんでいいじゃありませんか」

いいとは思えない
姫は人間で、すぐに帰してあげるはずだったのに
何でこんなことを言うようになっちゃったんだろう
僕たちが悪かったんだろうか
でも、姫を本当に可愛がってあげたことが間違いだとは思いたくない
520 ◆aUAG20IAMo :2011/01/01(土) 15:09:11 ID:ZHemnHzc
………すいません
前編もうちょっと続くはずだったんですが、今見返してみてとんでもない矛盾が出ちゃう点があったので
後編を書いたら一緒にまとめて投稿します
なので、いったんここで筆を置きます
ありがとうございました
521名無しさん@ピンキー:2011/01/01(土) 16:39:02 ID:gjQXIH/n
  :::::::::::::::::::::::::::::   i!   ,ノミ '::::::::::::::::::::::::::::
    ::::::::::::::::::::   !i   r' ミ  :::::::::::::::::::::::::::::::::
  :::::::::::::::::::::::::::  ヽ('A`)ノノ`  ::::::::::::::::::::::::::::::
   ::::::::::::::::::::::    ( )     :::::::::::::::::::::::::::::::::::::
   :::::::::::::::::::::     ヽヽ     :::::::::::::::::::::::::::::::::
      ミ.'、  .i!          i!   ,ノミ
     ミ ハ i.!  T H E    !i   r' ミ
     ヽ`('A`)  E N D   ('A`)ノシ
      i´_(ヽ  _,,..,,,,_     ノノ、ヽ
      ))  ∩/ ,' 3  `ヽーっ  ((
          ∪l   ⊃ ⌒_つ
522名無しさん@ピンキー:2011/01/01(土) 17:23:55 ID:pjZXbZWH
>>520
なかなかよさげではないか!たのしみ
523名無しさん@ピンキー:2011/01/01(土) 22:00:28 ID:/gVqzbs7
>>520
GJ!
『わたしをはなさないで』と言い投稿ペースが凄まじいな。同じ書き手として感服する限り。
524名無しさん@ピンキー:2011/01/02(日) 00:08:48 ID:yOV/zNoU
とてもおもしろかった。
幼女ヤンデレもいいな。
あけおめ。
525 ◆1If3wI0MXI :2011/01/02(日) 00:21:05 ID:lDjoUJFN
投稿します。まだまだとおもっていたシリアス展開が
もう来てしまいました。なんだかなぁ。
私はいつも通り康太君の後をつけていた。
ちなみに、康太君がバイトの日は働いている康太君を拝む為に店に入る。
ただし、けして見つかってはならない。
これが私の日課。いつからこんな事を始めたのかは、もう憶えていない。
でも好きになった切欠は憶えている、単純な一目惚れ。
この気持ちも、もう1年以上も抱えてきた。
ただ、大好きな大好きな康太君を後ろから見つめているだけ。
これだけで死んでもいい位に幸せになれた。
でも、私は見てしまった。康太君が私以外の女と一緒に歩いているのを。
その光景は本当に恋人同士の様に見えた。
私はその女を憎んだ、嫉妬した、殺そうと思った。
しかし、殺してはいけない。
康太君は私にとって神のような存在。
いや、もう神だ。どんな神様よりも位の高い神。
しかし、私がその女を殺せば、私は死神となり、
康太君とは相容れない存在になってしまう。
それだけは避けなければいけない。
そして今日、康太君が一匹の雌猫に穢されてしまった。
例え康太君がその雌猫を好きになったとしても、
私は康太君の穢れを取り除かなくてはならない。
私は康太君の為だけにある存在。
康太君が神なら、私は天使。
神の使いとして働き、時には神の手助けをする。
そして常に神と共にあるもの。
どんな手を使ってでも、康太君を助けなきゃいけない。
それが私の使命だ。
そうと決まれば、作戦を起てなければいけない。
夜はまだまだ長い。完璧な作戦を起てよう。
しかし、その前にやる事がある。
じっとりとしたパンツの中に手を入れ秘部を触る。
「ん、あぁ、もう、こんなに濡れてる」
少しばかりの自慰に耽り、私はまず、手紙を書くことにした。
授業が終わった後、トイレを済ませ戻ってくる。
いつもの昼休み、いつもの教室、いつもの弁当。
そんないつもの風景に見慣れない物が一つ、俺の机の上に存在している。
女の子っぽいハートやらの模様が付いた可愛らしい便箋。
大きな文字で康太君へと書かれていた。
簡素な手紙を掴み、広げる。
辺りを見回してみるが、俺を見てニヤニヤしている奴はいなかった。
新手のいじめではないようだ。俺はホッとして、胸を撫で下ろす。
しかし、手紙を黙読するとそんな安心感も消え失せていた。
あまりに衝撃的過ぎる手紙の内容。

『康太君へ、
 突然ですがお話があります。
 今、付き合っている人と別れてください。
 今日中に別れた場合には   ご褒美をあげます。
 さもなくば、                   
 また他人に話した場合にも、                      N・Yより』

これは、脅迫だよな?うん、そうに違いない。
俺は大和と別れる気なんてサラサラ無い。
文体的には女子っぽいんだけど、
こんなことする奴なんてどーせそこらの根暗なブの付く人なんだろう。
不思議に思ったことは、なんでご褒美の後ろが空いているんだ?
それに、さもなくば、話した場合にも、の後が途切れていることが一層恐怖を煽っている。
一番の謎は差出人だ。まさかニューヨークよりという訳ではないだろうな。
だとしたら犯人は俺の近況をなにかしらでニューヨークから監視している事になる。
さすがにそんなSFチックなことは無い……と信じたい。
真面目に考えるとしたら、この高校にいる名前の頭文字にN・Yの付く人だろう。
だが一口にN・Yといっても、な〜の、や〜よが付く人間だ。
そんな生徒は結構な数いるだろう。
ヤスに聞こうと思ったが他言は無用。何をされるか解らない。
というかいなかった。多分、二巳先輩に連れて行かれたのだろう。
見当のつきそうも無い謎に頭を抱えていると、
廊下からバタバタという足音と大きな声が聞こえてきた。
「康太様あああぁぁぁぁ、お昼、御一緒してもいいですかあああぁぁぁぁぁ」」
俺を康太様と呼ぶのは一人しかいない。
昨日から付き合い始めた、迎 大和、16歳。しかし体は小学生並み。身長は150cm位かな?
まぁ、女の子は元気が一番だ、悪くない。
ただ、名前を様付けし、大声で叫びながら廊下を走り回るのはご遠慮願う。
この時点で2階にいる生徒は全員、俺を見たら蔑んだ目で見てくるだろう。
下級生に俺の事を様付けで呼ばせてる変態野郎と思われてるかもしれない。
こうして俺の薔薇色青春高校生活は音をたてて崩れ去った。ちゃんちゃん。
教室にいるのも凄い気まずくなってきたので弁当を持ち、逃げるように廊下に飛び出す。
こうなりゃヤケだ、高校生活も終わったし俺も大声で応える。
「いいぞおおぉぉぉぉお大和おおぉぉ!一緒に食おうぜええええぇぇぇぇぇぇ。
 あと、様付けすんなあぁぁぁぁぁぁぁぁ」
様付けすんなはもう、手遅れのような気がする
「解りましたあああぁぁぁぁぁぁぁ。康太さあぁぁぁぁぁん」
目の前にいると言うのに大声を出し合っている男女。
しかも俺は自然と大和を抱き寄せていた。
日本一うるさいカップルだと思う。正真正銘のバカップル。
大和は顔を真っ赤にして、「私の教室で食べましょう」と言ってきた。
無論それに、OKサインをだす。
今は手紙の事を忘れて大和と過ごそう。それがいい。
俺は大和と腕を組み階段を降りた。
その後、大和の友達に質問攻めを受け、
生徒指導部の教師に落ち着きを持ちなさい、
と怒られたのは言うまでも無い。
昼休み、私は康太君がトイレに行った隙に手紙を置いた。
手紙の内容はこう。

『康太君へ、
 突然ですがお話があります。
 今、付き合っている人と別れてください。
 今日中に別れた場合には性的なご褒美をあげます。
 さもなくば、いやぁ〜んな事や、あぁ〜んな事をします。
 また他人に話した場合にも、らめえぇぇな事やもう許してえぇな事をします。N・Yより』

一部の文字を、火で炙ると浮き出るペンで書いた。
これで康太君も恐怖に慄き、すぐに別れる筈。
もし、別れなかったら……その時はその時で。
康太君が帰ってきた。
私は怪しまれないように自分のクラスのB組に戻り、友達と喋る。
それから数分後
適当な話に適当に相槌をうっていたら、
友達Aが急に
「何か聞こえない?」
と言い出した。
私には、はっきりと聞こえていた。
あの忌々しい雌猫の声が。
友達の前なのに顔が歪むのが解る。
「えぇっと、大丈夫?」
友達Aは恐る恐るといった感じで怪訝そうに聞く。
大丈夫な訳が無い、康太君を穢す雌猫が来たのだ。
期待と不安を胸に教室を出た。
そこで私は更に衝撃的な光景を見てしまった。
康太君が雌猫を抱いていたのだ。
大きな声で会話をしながら抱いていた。
それから程なくして、雌猫は康太君と腕を組み階段を下りていく。
それと同時に私の心の中にどす黒い負の感情が湧き上がる。
あの雌猫……許さない、絶対に。
しかしまだチャンスはある。放課後には振ってくれる筈。
いや、振ってくださいお願いします。神様、仏様、康太様。
もし康太君が振らなかったら、私は康太君を……するしかないじゃない。
私は制服のポケットの中に手を入れ、スタンガンがある事を確認した。

放課後、ヤスを見てみると昨日よりもぐったりとしていた。
大体見当はつく、二巳先輩が連れ回してなんかしてるのだろう。
精気を吸われるような何かを。
声を掛けようか迷ったが、止めておいた。
今はそっとしておこう、それがベスト。
昼休みのテンションで大和の教室に行こうと思ったが、
そうは問屋が卸さない。
結局、手紙の謎はまだ解決していないのだ。
手紙を再度広げてみるが、不自然に空いた部分が気になる。
はて、なんぞや?と首を傾げてみるが解らない。
窓から差し込んでくる夕日の光が便箋を照らす。
ん?不自然に空いた所が夕日の光を反射している様に見える。
透明な何かがあるのか?
そういえば小学生の頃、年賀状にミカンの汁で「あけましておめでとう」と書いて
その横にサインペンで「あぶれ」と図々しく指示を出したものだ。
日の光に当てると文字の形が反射してキレイだったなぁ。
しかしこの反射の仕方……似ている。ミカンの汁で書いた時と。
まさか、同じ仕組みだとか?
今は何でもいいから文字の空いた部分を知ることが重要だ。
試す価値あり。火は理科室でやってる科学部の人からマッチでも何でも借りればいいだろう。
大和を連れて行きたいけど、やっぱり他言は無用。
もしかしたら大和に危害が加わるかもしれない。
ケータイのメールで今日は一緒に帰れない、と打ち送信。
10分程して返信が来た。やっぱり武士は機械が苦手なのかな。

件名:肥えたさんへ
解かりました。
今日はひてりで帰ります。
寂しいですが、何か用事があるのですね。
あと、バイトの件ですが
わたすもやります。
夜道には気をちけてさようなら。

件名なんていちいち書かなくてもいいのに、
律儀な人だなぁ、大和は。
でも、肥えたさんって何か太ってる人みたいだ。俺は太っていない。
それにひてりとか、わたすとか打ち間違い多いなぁ。
最後のちけては、なんか可愛いけど。
まぁ、10分も掛けて真剣に打ったんだ…………
駄目だ、大和が読み上げているのを想像したら笑えてくる。
そういや昨日の帰り道、途中でバイトの事を話したんだっけ。
洒落た喫茶店。
接客、食器洗い、店内清掃、を5時間ほど、時給800円。
俺のシフトは月、火は休みで、水〜日曜の午後5時から10時までがバイト。
てな感じの事を話して、大和も一緒にバイトしないか?と誘ったんだった。
大和が面接でやらかすとも思えないし、大丈夫だろう。
よし、じゃあ理科室にいこうか。
「どひゃあ」
そんな言葉が自然と漏れた。
大和から返信を受けた後、理科室に向かい何の滞りもなくマッチを借りることに成功した。
だめもとで炙ってみたら、まさかとは思ったが字が浮き出てきた。
俺は浮き出たことに驚いたのではなく、その手紙の内容に驚いた。

『康太君へ、
 突然ですがお話があります。
 今、付き合っている人と別れてください。
 今日中に別れた場合には性的なご褒美をあげます。
 さもなくば、いやぁ〜んな事や、あぁ〜んな事をします。
 また他人に話した場合にも、らめえぇぇな事やもう許してえぇな事をします。N・Yより』

犯人像をたててみたが、この人は変態ではなかろうか。
何をしても性的な方向にしか行かない。
つーか、らめえぇぇとか許してえぇってどんなプレイをしてるんだ、
SMか?SMなのか?
だが俺は虐められて快感を覚えるような人間ではないし、
また、その逆も然り。
俺は至って普通のプレイが好みだ。
特殊なプレイはNo thank you !
って、そんな場合じゃない、俺は大和を振っていない。
「ていうか振る気ないし」
目の前に犯人がいるかの様に言う。だが廊下には俺一人だ……多分。
帰り道、俺は正体の知れない何者かから身の貞操を守らなければいけない。
頑張れよ、俺。
とは言った物の、今すぐ帰るのも怖くなってきたので、図書室で時間を潰す事にした。
さて、何を読もうか……

外を見てみると夕日は既に沈みかけ、薄暗くなっている。
下校時刻も近づき、この図書室を離れなければいけない。
失敗したなぁ。もっと明るいうちに帰ればよかった。
生憎、俺の帰路には何故か街灯がない。
それに、今日は俺になんらかのお仕置きをするであろう、
人物がいるのだ、怖すぎる。
生徒玄関に移動し、靴を履き替える。
自分が物怖じしていては、全てが恐怖の対象になってしまう。
堂々と玄関を出たら、
「康太君」と声を掛けられた。
澄んでいて、惚れ惚れしてしまう綺麗な声。
声は俺の真横からしてくる。
首を90度曲げると、そこにはB組の野坂雪子さんがいた。
俺よりも少し低いぐらいの身長。
と、言っても俺の身長は177cm。女子にしては背が高い方だろう。
切れ長の目をしていて鼻筋も整っている。
そして肋骨あたりまである、特徴的なサイドテール。
少し、近づき難い雰囲気を放っている。
学園のマドンナで1位、2位を争う程の美しさ、
と、ヤスは語っていた。
実際、美女だ。
でも俺には大和がいる、今ではどんな絶世の美女も俺の大和には適わない。
そんな惚気はどうでもいいとして、野坂さんが俺に何の用だろう。
「なにか?御用で?」
「手紙の事だけど」
その言葉を聞いた瞬間、俺は固まった。
背中は変な汗を掻き、脳裏には昼の便箋がよぎった。
脅迫文にあった、N・Yより。というのは、野坂雪子より。
という意味だったのか、でも、解らないな。
何故、野坂さんは俺と大和を別れさせようとしたのか。
話は続く。
「あの女がいないって言うことは、別れたの?」
「いや、違うよ。今日は先に帰らせただけ」
「そう、残念ね。じゃあ、さようなら」
野坂さんは制服のポケットから黒い物体を取り出した。
先が二つに分かれているところが青白く光る。
護身とかで使う、スタンガンというやつか。
あの便箋にはえっちぃ事が書いてあったのに、これかよ。
まぁ、もともと期待してなかったけどね。
逃げる準備をしようか。
「野坂さん、ちょっと待って」
俺は前かがみになり、震える脚をグーで殴りつける。動け、動け、俺の脚。
「どうしたの?別れる気になった?」
「そんな気は一生起きそうもないよ。逃げるだけさ」
昨日の今日と放課後は連続で走ることになりそうだ。
学校から俺の住んでいるアパートは15分。
流石にそこまで体力は持たない。
適当にいつものルートを変えて撒くとしよう。
校門を出て2、3回曲がり、後ろ見ると誰もいなかった。
しかし、辺りは暗い。闇にまぎれて俺を狙っている可能性もある。油断は禁物だ。
周囲を警戒し、20分程歩くとようやくアパートの前に着いた。
野坂さんは多分もういないだろう。
階段を上がり自室の鍵を開け急いで入る。その後の施錠も忘れない。
ベッドに座り込み、大和にバイト場所の詳細を伝えようと、
制服のズボンのポケットに手を突っ込みケータイを探した。
俺はいつもズボンのポケットにケータイを入れている。
……あれ?無いぞ。胸ポケットや鞄の中。隅々を探したが出て来なかった。
もしかして、走ってるときに落としたか。
それは不味い、万が一野坂さんに拾われれば。大変なことになる。
俺はアパートを飛び出し、ケータイを探し回った。



結局、康太君は別れなかった。
それに、スタンガンで気絶させた後、
私の家で康太君と既成事実を作るという作戦も失敗した。
でも、その分の収穫はあった。康太君がケータイを落としたのだ。
コレを使えば私が直接手を下さずとも別れさせることが出来る。
早速、私は康太君のケータイで、あの雌猫にメールを送った。

件名:無題
大和、大事な話がある。
もう、俺にその顔を見せるな。
正直言ってお前、キモいんだよ。
俺が嫌々、付き合ってやるっていったら、
調子乗りやがって。
今日の昼休み、どれだけ死のうと思ったことか。
お前の顔見るなんて生き地獄だ。
いいか、絶対に俺の前に現れるな。一生だぞ。

すぐに着信がかかってきたが無視して着信拒否にした。
大好きな人から全否定される事。
どれだけ辛い事だろう。明日が待ち遠しい。
あの雌猫の絶望しきった顔、想像するだけで笑いすぎて呼吸が出来なくなる。
これほど愉快なことはないだろう。
恐らく、明日、康太君は私の所へ来る、
ケータイを取り返しに。私は大和さんも連れてきてと条件をつけ
連れてきたら康太君に大胆なアプローチをかけて
あの雌猫を完全に潰す。
「フ、フフフッフフフフフ、アハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
康太君、もう少しだよ、もう少しで康太君の穢れを祓えるよ。
533名無しさん@ピンキー:2011/01/02(日) 00:30:33 ID:JUYfm3Ed
C
534 ◆1If3wI0MXI :2011/01/02(日) 00:30:52 ID:lDjoUJFN
投稿終了です。ここから先はどうしたもんか・・・
535名無しさん@ピンキー:2011/01/02(日) 00:32:38 ID:Y6t+0Mb6
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
536名無しさん@ピンキー:2011/01/02(日) 00:51:19 ID:o8Sp1tXI
>>534
GJ!
537 ◆0jC/tVr8LQ :2011/01/02(日) 12:28:06 ID:O1fNCtyt
明けましておめでとうございます。
現物支給の第5話を投下します。
538現物支給 ◆0jC/tVr8LQ :2011/01/02(日) 12:29:42 ID:O1fNCtyt
「大丈夫ですか? ご主人様」
エアギターをかき鳴らしながら高らかに讃美歌を唸る陣氏を見て、フェルデリアは心配そうに問いかけた。
はっと我に返った陣氏は、讃美歌を止めてフェルデリアに問いかける。
「何でもない。それで、その救世主様、いや、護衛係はいつ来るんだ?」
「明日だそうです。ですが、ご心配には及びません。わたくしがきちんと説得いたしますので」
「いや、その必要はない」
説得でもされた日には一大事なので、陣氏は慌てて手を振った。
「俺が差しで会う。腹を割って話し合って、理解してもらう」
「……ご主人様。少し腰をかがめていただけますか?」
「? こうか?」
陣氏が体勢を低くすると、不意にフェルデリアは体を旋回させ、胸のバスケットボールで陣氏の頬をしたたかに張った。
「ぶべらっ!」
床にもんどり打って倒れた陣氏を、フェルデリアが見下ろす。
「ご主人様、お気は確かですか?」
それはこっちの台詞だと思いながら、陣氏は聞き返した。
「何が!?」
「奴隷を持つ身でありながら、他の女と2人きりで会うなど、言語道断です。少しは身分をわきまえなさい」
「全くです、天使様。少しは自覚を持ってください」
目を覚ましていたアレウナが、フェルデリア同様に陣氏を非難する。
「…………」
陣氏としては一言言い返したいところだった。だが、ここは我慢のしどころだ。譲歩して2人に謝る。
「分かった。俺が悪かった」
「分かっていただけましたか? ご主人様」
「ああ。で、明日のことだが、4人で会うというのはどうだ? それならいいだろう?」
「まあ、そういうことでしたら」
よし。これで何とかなる。
フェルデリアの同意を得た陣氏は、ほっと胸を撫で下ろした。後は、会見の場でアドリブを効かせて、フェルデリアとアレウナに帰ってもらうことだ。

翌日。
「おらあっ! 牝豚ども! 四つん這いになってケツを突き出せ!」
「ああっ! ご主人様っ! はしたない牝奴隷にお仕置きしてくださいっ!」
「天使様……淫乱修道女の淫らな体をうんと虐めてください……」
陣氏は朝から、フェルデリアとアレウナの調教に励んでいた。もちろん、縁切りまで後一歩というところで2人の機嫌を損ねて、問題を起こされては困るからである。
気合いを入れて調教さえしていれば、2人とも大人しくしていてくれる。
フェルデリアとアレウナを四つん這いにさせ、交互に犯しながら、陣氏は護衛係の来訪を今か今かと待ち続けた。
――早く来てくれ……
7秒に一回時計を見る。何度陣氏が果てても、フェルデリア、アレウナ共に、一向に疲弊した様子を見せなかった。このままでは、『もう止めて、陣氏のライフはもうゼロよ』になってしまう。
「ご主人様。まだ手温いですよ。もっと気合いを入れて凌辱してください」
「あ、ああ……」
539現物支給 ◆0jC/tVr8LQ :2011/01/02(日) 12:31:08 ID:O1fNCtyt
そして、太陽の高さがピークに達する頃、陣氏の体力は底を尽きかけていた。
――これまで、か……?
覚悟を決めようとしたとき、待望のインターホンが鳴り響いた。
ピンポーン
――やっとお出ましか!
「……俺が出る。お前達は服を着ていろ」
「ああ……はい……天使様……」
「かしこまりました。ご主人様……」
ベッドの上で大の字に股を開くアレウナから、男性器を引き抜いた陣氏は、素早くTシャツとズボンを穿いて玄関に出た。
「お待たせしました」
ドアを開けると、フェルデリアの同国人と思われる女性が1人立っている。
かなりの長身で、短めの金髪。性格のきつそうな顔つきだった。今はスーツ姿だが、軍服を着せたらさぞ似合うだろう。
見るからに、フェルデリアが昨日話していた護衛係だったが、一応陣氏は尋ねてみた。
「あの、どちら様で?」
すると女性は、流暢な英語で答えた。
『フォンテラーニ王国武官、ナワルシカ・サイトリョーシャだ。お前が朝霧陣氏だな?』
明らかに陣氏を見下したような、無礼な態度だった。まあ、向こうから見て陣氏は王女を奴隷にしている極悪人だから、そうなるのも仕方ないとは思うが、陣氏は少しむっとする。
少しからかってやろうと、あえてブロークンな英語で答えた。
『いかにもタコにもクラゲにも。わがはい、朝霧陣氏あるよ』
そのとき、陣氏の後ろから声がした。
「〒ΠΣνЫ‡χ……」
フェルデリアの母語、フォンテラーニ語だ。陣氏は、フォンテラーニ語にはいささか覚えがあるが、急だったので何と言ったのかは聞き取れなかった。
振り返ると、ドレス姿のフェルデリアが立っている。ナワルシカと名乗った女性は、フェルデリアに一礼して、フォンテラーニ語で話しかけた。今度は陣氏にも聞き取れる。
『お久しぶりです、王女殿下。ご機嫌うるわしゅう』
『大儀でしたね。ナワルシカ』
そしてフェルデリアは、陣氏の方に向き直って日本語で言った。
「ご主人様。中に入れてやってください」
「あ、ああ……」

『では、早速本題に入ろうか』
リビングのソファーに座り、陣氏と向かい合ったナワルシカが口火を切った。
フェルデリアとアレウナは、陣氏の左右に座り、彼の両腕をがっちりと抱えている。
『用件は大体、聞いてるあるよ』
『聞いているのか。それなら話は早いな』
『王女様の解放あるが、おおむね依存はないあるよろし。後はこれからどこに住むかとか、細かいとこ詰めるのことよ。それから……』
フェルデリアに口を挟む隙を与えないよう、陣氏は一気にまくし立てようとした。だが、ナワルシカは彼の発言を遮って言った。
『黙れ。王家を辱める極悪人』
『いや、あの……』
『貴様に決闘を申し込む。尋常に受けてもらうぞ』
『え!?』
540現物支給 ◆0jC/tVr8LQ :2011/01/02(日) 12:32:38 ID:O1fNCtyt
予想しなかった展開に、陣氏は驚いた。穏便にフェルデリアとアレウナを返すはずだったのに、何故そうなってしまうのか。
フェルデリアとアレウナは、不思議なことに何も言わない。2人の雰囲気からして、会話の内容が理解できていないとは思えないのだが。
とりあえず、陣氏は抗弁した。
『決闘、必要ないあるよ。普通に……』
『黙れ! 黙れ! 貴様のような不届き者を野放しにしては、王家の面目に関わるのだ!』
その王家って、クーデターで追放されちゃったんですよね? 陣氏はそう言いたかったが、無駄に面倒臭いことになりそうなので、あえて言わなかった。
『貴様が勝ったら、今まで通り王女殿下を奴隷にすることを認めよう。もし負けたら……』
『王女様返すある。分かってるあるよ』
しょうがない。鬱陶しいが、決闘とやらにわざと負けてやるかと陣氏は思った。
だが、次のナワルシカの発言で、目算が完全に狂うことになる。
『いや、貴様と貴様の家族の命をもらう』
「何!?」
驚愕した陣氏は、思わず日本語で叫んでいた。
「そんな無茶な……」
『一国の王女を奴隷にまで堕としめた罪、そのくらいしなければ償いにはなるまい。言っておくが、貴様が決闘を断った場合は、自動的に負けと見なす。王家の特殊部隊がお前達の命を貰い受けるから、そのつもりでいろ。それから、警察に話しても無駄だ』
「糞ったれが……」
拳を握り締めて、陣氏は毒づいた。何ということだ。自分だけでなく、家族まで巻き込んでしまった。こんなことなら、海外旅行になど行かなければよかったと思う。
『……交渉の余地はないのか? 王女とアレウナさんの解放だけで、手を打てないのか?』
『駄目だ。貴様が潔く戦うか、死を選ぶかだ』
「ご主人様。かくなる上は、決闘でナワルシカを破るしかありません」
フェルデリアが言う。陣氏は内心で激高した。
――他人事みたいに言いやがって! 全ての元凶が!
だが最早、フェルデリアを怒鳴り付けたところで何も解決しないのは明白だった。フェルデリアの言う通り、決闘でナワルシカに勝つしかない。
しかし、陣氏が勝つ見込みはどれほどあるだろう。
ナワルシカは武官の中でも、王女付きの護衛係だ。その実力は相当なものと見積もらなければなるまい。
――でも、弱気になったら駄目だ……
やるからには、何がどうでも勝たないといけない。陣氏は立ち上がって言った。
『ようし。やろう。素手か? 剣か? まさか拳銃じゃないよな?』
『素手だ』
『オッケオッケ。じゃあ早速場所を変えるか。人目に付くと、そっちも困るだろう?』
『ああ』
こうして陣氏は、3人を人気のない河川敷に案内していった。
だが、歩きながら、どんどん怒りが膨れ上がっていく。
一体自分が、何をしたと言うのか。人に恥じるようなことは、(大して)していないはずだ。
それなのに異国で戦車に砲撃され、王女とシスターを押し付けられ、挙句の果てには自分と家族の命が脅かされようとしている。
元々、県下きってのKitty Guyと呼ばれている陣氏である。怒りの沸点の低さは、他の追随を許さない。ヘリウム級だ。
「ぶち殺してやる」
両の瞳に、狂気の炎が灯った。もとより少年院行きは覚悟の上だ。
――この世知辛い世の中、数年ばかり娑婆を離れてみるのも悪くない!
そう思っていると、フェルデリアが日本語で話しかけてきた。
「ご心配なく。仮にご主人様が負けても、私の権力で全部チャラにしますから」
「そうか……」
しかし、フェルデリアがアテになるとは限らない。
顔を上げると、河川敷が目前に迫っていた。
541名無しさん@ピンキー:2011/01/02(日) 12:33:15 ID:eWjKfwH3
>>520
こういう汚い人間vs純粋魔族という図式が好きだ
後編期待して待ってます
542現物支給 ◆0jC/tVr8LQ :2011/01/02(日) 12:34:19 ID:O1fNCtyt
『では、参る』
河川敷で陣氏と向かい合ったナワルシカは、スーツを脱ぎ捨てた。下には動きやすそうなシャツとスパッツを着けている。
「…………」
陣氏は無言でTシャツを脱ぎ捨てた。事ここに至っては、死力を尽くすまでだ。
『始め!』
フォンテラーニ語で、フェルデリアが叫んだ。
さて、どう戦うか。陣氏は考えた。
気持ち的には完全にブチキレているのだが、怒りに任せて突撃すれば、簡単に返り討ちにされてしまうだろう。慎重にやらないといけない。
――少しずつ仕掛けて、様子を見るしかないな。
両手を拳にして構えた陣氏は、ナワルシカから距離を取り、フットワークを使って彼女の回りを回り始めた。
少しずつ距離を詰め、打撃の攻防に持って行く算段だ。
ところが、ナワルシカは一気に突っ込んできた。陣氏の顔面に拳が飛んでくる。
「くお!」
驚いた陣氏は、頭を左に振って辛うじてかわした。同時に右手でボディブローを放つ。
――駄目だ。浅い!
陣氏の拳は命中したが、手応えはあまりなかった。ナワルシカより陣氏の方が、リーチが短いからだ。
そして、そのままナワルシカは陣氏に組み付いてきた。
――寝技に持ち込む気か!
陣氏は両手でナワルシカの肩を押し、突き離そうとした。だが、相手の引き付ける力の方が強く、体が密着してしまう。馬鹿でかい乳房の感触が、陣氏の胸板に直に伝わった。
――まずい!
慌てた陣氏は、腰を後ろに引こうとした。相手との間にスペースができれば、膝蹴りを打てる。
しかし、その前にバランスが崩れるのを感じた。
――しまった!
ナワルシカが、自分から後ろに倒れ込んだのである。陣氏も一緒に地面に倒れる。
仰向けのナワルシカが下になり、その上にうつぶせの陣氏が覆いかぶさる形になった。
ナワルシカの両足は、陣氏の胴体を挟んでいる。そして、陣氏の頭は、ナワルシカの胸にがっちりと押さえ付けられた。
大き過ぎるバストに顔が埋まり、呼吸しにくい状態で、陣氏は思った。
――多分、下から関節技をかけてくる気だな……
だったらそれに乗ってみるか。陣氏は右手を伸ばし、密着するのを嫌がるかのように、相手の右肩を押してみた。
『かかったな。馬鹿め!』
その瞬間、ナワルシカの体が動いた。両手で陣氏の右手を掴み、左足を回して太股を陣氏の顔の前に持ってくる。
そこから体を伸ばせば、陣氏の右肘が伸びて関節が外れるというわけだ。
陣氏は左手で自分の右手を掴み、肘を伸ばされないようにした。
――かかったのは、お前だよ。
膝を上げて両足の裏を地面に付けた陣氏は、一気に立ち上がった。あたかもデッドリフトのように、ナワルシカの体が持ち上がる。
『何!?』
「でやっ!」
そのまま陣氏は、ナワルシカの背中を地面に叩きつけた。頭から落とせば致命傷になるが、そこまではしなかった。
543現物支給 ◆0jC/tVr8LQ :2011/01/02(日) 12:35:15 ID:O1fNCtyt
ナワルシカはぐったりとして、動かなくなった。
『それまで』というフェルデリアの声が響く。
やっと終わったか。安心した陣氏は、緊張の糸が切れ、地面に座り込む。
――やれやれ。事なきを得たな。しかし、これからどうしよう。
家族を守れたのはいいが、フェルデリアとアレウナを解放する話は、振り出しに戻ってしまった。
「お見事でした。ご主人様」
「さすがです。天使様」
フェルデリアとアレウナが、陣氏を讃えるが、憂鬱さが増すばかりだ。
「……帰るか」
とりあえず家で休もう。そう思って陣氏が言うと、フェルデリアがとんでもないことを言い出した。
「そうですね。ナワルシカへの懲罰を行わなければいけませんし」
「え?」
「何が『え?』ですか。ご主人様のご家族を害しようとした罪、存分に償わせなければなりません。当然のことです」
「でも、それは……」
「天使様、拷問の準備はすでに整っております」
いつの間にそんなことを。
「大体、拷問するって言って、ナワルシカさんが素直について来る訳ないだろう」
「では、本人に聞いてみましょうか」
「え?」
陣氏が振り向くと、ナワルシカは早々と復活していた。
『ご主人様が、お前に制裁を下される。異存はないな?』
『はい。ございません』
「なんで!?」
すると、アレウナが近づいて来て、陣氏に耳打ちした。
「ナワルシカは、元々マゾヒストの気があるのです。決闘の条件も、天使様を怒らせようとして、わざと付けたのだと思います」
「酷過ぎる……」
陣氏はがっくりとうなだれた。
「ご主人様。何を呆けているのですか? 早くナワルシカの服を剥ぎ取ってください」
「……拷問って、家に帰ってからやるんじゃないの?」
「いいえ。すでに始まっています。早くしないと大声を上げますよ?」
「わ、分かったよ……」
陣氏は慌ててフェルデリアを押し止め、ナワルシカの服を脱がせた。彼女は一切抵抗しない。
誰にも見られずに家に帰り付いたとき、陣氏は安堵のあまり、立ったまま失神した。
544 ◆0jC/tVr8LQ :2011/01/02(日) 12:36:12 ID:O1fNCtyt
今回は以上です。
次回あたり、フェルデリアの対立陣営の人間を出そうと思います。
545名無しさん@ピンキー:2011/01/02(日) 12:39:33 ID:JeBnsLeV
リアル更新きた!!

GJ!楽しみにしています。
546名無しさん@ピンキー:2011/01/02(日) 12:53:46 ID:2NmUzxGH
GJ!!
この時をどんなに待ち望んだか!!しかし、主人より奴隷の方が威厳があるとはな…
547名無しさん@ピンキー:2011/01/02(日) 13:00:29 ID:ruohB7Qx
GJ主人公かわいそす
548名無しさん@ピンキー:2011/01/02(日) 13:27:15 ID:tXFAwT/T
>>541
おまえ投下中に…無いわぁ…
549シスターズ!!3話:過去、現在、未来。:2011/01/02(日) 17:47:31 ID:JeBnsLeV
明けましておめでとうございます。

3話が書けたので投稿します。
550シスターズ!!3話:過去、現在、未来。:2011/01/02(日) 17:49:54 ID:JeBnsLeV
九条三つ葉は母子家庭で育てられた。
母から学んだ愛は歪だった。
父の存在を聞いてみても、濁った眼で
「隆はもうすぐ私の下へ帰ってくるわ」
としか返してこなかった。
しかし、三つ葉は知っていた。
父は決して此処に来ない事も、
母が夜、自分の部屋で泣いていることも。



好きな人ができた。
宮城孝康。それが彼の名前。
初めて会ったあの日、彼にとっては些細な事だったかもしれないが、
私にとってはかけがえのない出来事だった。
彼の事を調べていく。

父と母に妹が一人。
名が隆、文子、彼方。
父の名を調べたところで疑問になった。
確か、私の父の名も隆だったはず。
私は普段は入らない母の部屋へ向かった。
いつも泣いているのは父が関係しているのだろう。

母の部屋に入るとそこには無数のモニターがあった。
モニターには誰かの家が映されていた。
今、映っているこの男が隆だろう。
母の部屋に置いてある写真と同じ顔をしている。
他のモニターに目を向けると、信じられないものを見た。

孝康様が、映っている?

私は混乱したが、頭の中は冷静に考えていた。
恐らく、孝康様と私は兄妹なのだろう。
私の中に孝康様と同じ血が流れている。
そう考えるだけで、興奮している自分がいた。

その日から、孝康様を見守ることが日課となった。
母が仕事を終えて帰ってくる夜まで、モニターを見続けた。
孝康様の仕草や表情。
それを見守るだけで満足だった。
551シスターズ!!3話:過去、現在、未来。:2011/01/02(日) 17:54:00 ID:JeBnsLeV
母の部屋で孝康様を見守る事を始めてからしばらくすると、不安になった。
孝康様を見ているといつでも隣に妹の存在があったからだ。
いままでは、孝康様しか見ていなかったが、妹の存在を気にかける。
すると、妹の存在は想像以上に厄介だった。
孝康様の食事に自分の穢れた体液を混入し、
孝康様の洗濯前の下着で自慰をしていた。
更に次々と行われる孝康様を穢す行為を見て、怒りを覚えた。

自分は見ている事しか、出来ないのか。

今の自分の姿が母と被る。
見ているだけでは、駄目だ。
直接、私が守ろう。モニターの孝康様を見て、そう決めた。





「おはようございます。お兄様」
優しい声に導かれて目を覚ます。
そこには、優しげに微笑んでいる三つ葉がいた。
「おはよう。三つ葉」
「朝食の準備は彼方ちゃんがしてくれているので、私はお兄様を起こしにきました」
嬉しそうな顔をしながら、話す三つ葉。
「起きたようなので私も朝食の手伝いをしてきますね」
・・・可愛いなぁ
「って義妹相手になに興奮してんだよ俺は」
三つ葉が去った自分の部屋で頭を抱えた。

「いただきます」
妹二人が作ってくれた朝食を食べる。
「それにしても、彼方ちゃんの料理の上手さに驚きましたよ」
「毎日たか兄のご飯作ってるから当然だよ〜」
二人とも仲良くなったみたいだし、こんな日常も悪くないか。

552シスターズ!!3話:過去、現在、未来。:2011/01/02(日) 17:56:50 ID:JeBnsLeV
時間も余裕がなくなってきたので学校へ急ぐ。
俺の右側に彼方がいて、左側に三つ葉がいる。
両手に花状態なので、野郎共の嫉妬の視線が痛い。
嫌な汗を掻きながら歩いていると、良人が走ってきた。
「おっす孝康!今日の宿題やって・・・」
俺の左右を見て固まる。あ、眼が潤いだした。
「う、裏切・・・」
「お兄様、宿題というのは?」
「あぁ、まだ三つ葉は転校してきたばかりだから提出しなくてもいいと思うよ」
言われてもいない宿題を提出するのは無理だろう。
「あれ?孝康、今・・・九条さんのことを・・・」
「たか兄は宿題やったの?」
「当たり前だろ」
宿題忘れると怖いからな、あの先生。
気だるそうにしながら、忘れた三倍の量を持ってくるから性質が悪い。
「・・・」
ふと、良人を見ると物凄い寂しそうな顔をしている。
「そのまま幸せになってくたばっちまえ!」
微妙な悪口吐いて走って行ってしまった。
まぁいいか、良人だし。
「お兄様、誰ですかあの騒がしい人は?」
「俺らのクラスの問題児だよ」
三つ葉は告白されたことも覚えていなかった。




「HRを始める前に、転校してきた九条以外で宿題を忘れたやつはいるか?」
いつも眼の下にクマができている担任の気だるげな問い。
忘れるやつなんていないだろう。
「ここにいるぜ!」
・・・良人みたいなアホだけだ。
「渡辺だけか。因みになんで忘れた?」
「僕は貴方と二人きりになりたくて・・・」
「ほぅ、嬉しい事言ってくれるね」
28歳の担任(♀独身)まで口説こうとする良人に漢を見た。
「じゃあ放課後に化学準備室へ来い。丁度試してみたい薬品が有ったからな」
まぁ、相手にされてないが。
「今度の薬は最高の出来だ!雌に盛ってばかりだった飼い猫のミケが・・・」
「ミケが?」
「雄にしか反応しなくなった」
「嫌だぁぁぁぁぁ!!」
合掌。

553シスターズ!!3話:過去、現在、未来。:2011/01/02(日) 17:59:36 ID:JeBnsLeV
帰りも3人で下校する。
これが当たり前になっていくのだろう。
慌ただしい1日だったが直に慣れてくるだろう。
少し疲れるが、楽しんでいるのも事実だった。
「このまま平和に時が過ぎればいいが・・・」
俺を挟んでどちらが夕食を作るか言い争っている二人を見て無理だと悟った。












義妹が一人増え、少し騒がしくなった宮城家。
向かいのアパートのベランダから双眼鏡を覗く一人の少女がいた。
黒髪のショートカットで、活発そうな印象を受ける。
「お兄ちゃんの寝顔可愛いなあ・・・」
今にも涎を垂らしそうな、緩んだ表情をしている。
「お嬢様ぁ〜おはようございます〜」
「何で付き人の癖に主より起床が遅いのよ」
付き人と呼ばれた女性は、金髪の綺麗な髪をしているが、寝ぐせが酷かった。
「だってお嬢様、外が明るくなる前から起きて孝康さんを見てるからじゃないですか〜」
「付き人なら主の起床前に起きてコーヒーや朝食の準備をしなさい」
「そもそも何で孝康さんの家に行かないのですか?」
「・・・っ!ま、まだ心の準備が・・・」
(お嬢様も可愛いなぁ)
何時になったら孝康さんの家にいけるか、付き人には分からなかった。

554名無しさん@ピンキー:2011/01/02(日) 18:03:54 ID:JeBnsLeV
三話は以上です。

最後の妹を出せたので、そろそろ病ませていきたいです。

感想をくれるとありがたいです。
555名無しさん@ピンキー:2011/01/02(日) 18:47:18 ID:240rg7I1
GJ!
三つ葉さんかわいい
556名無しさん@ピンキー:2011/01/02(日) 20:26:52 ID:Z1HtMmTh
>>534
>>544
>>554
投下乙です!
新年はじまったばかりで
この投下のラッシュは嬉しい(^w^)
557名無しさん@ピンキー:2011/01/02(日) 23:19:52 ID:yOV/zNoU
投下ラッシュうれしい。
現物支給は程良いエロがいいな。
558名無しさん@ピンキー:2011/01/02(日) 23:20:39 ID:yOV/zNoU
失礼。興奮するという意味です。
559 ◆aUAG20IAMo :2011/01/02(日) 23:28:52 ID:ZyPeoDRc
前後編にするといいましたけど、前中後編にさせてください
今から中篇投下しますので、ほんとすみません

あと前編の訂正です
前編二つ目で姫の呼ぶ四天王は「スーさん、ブーさん、ポイさん、ガンさん」になってますが
ブーさんいません。二人目はエレキインセクトなので正しくは「エレさん」です
ブーさんは名前考え直した際に消えた者です。ほんとに失礼しました
560弱気な魔王と愛され姫様・中:2011/01/02(日) 23:30:02 ID:ZyPeoDRc
「城防衛隊のスケルトン部隊配備は完了したッス。しかし、たぶん全滅するッスね。騎士団の戦力を削ぐのが精一杯ッス」
「私の狙撃隊も、居場所を察知されれば終わりです。生存確率は著しく低いでしょう」
「自分の毒牙部隊は一番槍だから、全滅は確定されたようなものだがな。それでもカニマヨは自分が倒してやるよ」
「俺の電流蟲は最終防衛ラインに配置。できればここまで来て欲しくはないな」

四天王の報告を聞いて僕は暗澹とした気持ちになる
王国全騎士団の戦力を前に、姫の言うような犠牲の無い勝利など望むべくも無い
あの大王国を敵に回すなんて、人間と魔族の大戦争と言っても過言じゃないかもしれないんだ

「みんな。無理矢理にでも姫を帰すって手も、無いわけじゃないんだよ」
「まあ姫ちゃんが帰りたいって言うんなら、それでもいいんだがね」
「あの王家はお家騒動や財産のことで腐敗しているようですから。あんな可愛い娘が生きるにはふさわしくありません」
「お姫はワシら、っつかお父さんが大好きッスからね。お姫を最期まで護ろうっていうのは軍全体の考えッスよ」
「それにいまさら姫さん戻したところで、あいつらが大人しく帰るとは思えないな。メンツを潰されたと思ってるんだろうよ」

僕が魔王に就任した時は到底あの若造にはみなをまとめ上げることはできないだろうと陰口を叩かれたし、僕もそう思ってた
それでも今、僕たちは姫のため、本当に一致団結していた
姫が帰りたくないと言うのなら体を張って、人間から姫と魔族の意地と護る
これが総意

「でも、僕はみんなに死んでほしくない」

少し泣き出しそうな声になっていなかっただろうか
魔王就任早々にこんな大事を体験するなんて、僕に耐えることができるだろうか
そんな不安と、子供の頃から慣れ親しんだ仲間達が命を散らす悲しさを吐き出すように言った

「魔王、あんたが優しい事と平和を願ってるって事は、魔族なら皆知っていることだ」
「そんなあなただから、私たちは実力不足と知ってなおあなたを魔王に推したのです」
「しかし、優しいだけじゃ魔王を名乗ることはできないッス。苛烈に部下を切り捨てる覚悟、組織の頭にはそれも時には必要なんスよ」
「それに死ぬと決まったわけではない。なあに、自分の部隊がやつらを皆殺しにしてやる。後続に出番は無いさ」
「それにこいつらが敗れても、魔王と姫ちゃんは俺の分身の電流蟲が絶対に護ってみせる。なに、あんたさえ生きていれば魔族は再起できるさ」
「………ごめん。僕が弱いから」
「いやぁ、魔王が弱いのは生まれつきッス。しかたねーッスよ」
「ああ。あのカニマヨを倒すような逸材なら俺たちも安心できんだがね。ははは」
「カニマヨさえ倒すことができれば彼らの指令系統は瓦解します。しかし、真っ向からカニマヨを倒すことができる可能性のあるものなど……
 私か、ポイズンタイガーくらいでしょう。エレキインセクトやスカルエンペラーのような絡め手や魔術を使う者に奴を倒すことは難しいです」
「自分たちは一番槍。それで奴までたどり着くのは難しいか……」

誰からとも無く、ため息が漏れる
会議室はまた悲壮感に包まれた
561弱気な魔王と愛され姫様・中:2011/01/02(日) 23:31:08 ID:ZyPeoDRc
「まって!」

その時、大声が会議室に響き渡る
門番にこの会議室は出入り禁止だと言っておいたのに、どうして
どうしてこんな一番聞かれたくない相手に、一番聞かれたくない話を聞かれなくちゃならないんだ
戸惑うような顔でついてきた門番に、ポイズンタイガーが声を荒げる

「毒爪熊! どうしてここに姫さんを通した!」
「す、すみません隊長! 姫様がどうしてもとおっしゃるので……」
「いい。聞かれちゃったのならしょうがないよ」
「魔王、しょうがないですむ問題じゃない。これは重大な職務怠慢だ。我ら毒牙部隊にこのような惰弱な者がだな………」

顔に青筋を立てて怒るポイズンタイガー
怒り心頭、と言った様子で部下に説教を始める
その剣幕に僕だけじゃなく、他の四天王たちまで身をすくませた
かわいそうに。門番の毒爪熊だって、姫にどうしてもと頼まれて断ることができなかっただけだろうに
そして腕を振るいながら熱弁する中、その右腕にぶらさがるように姫が飛びついた

「姫さん?」
「だめだめだめ! ポイさんもスーさんもエレさんもガンさんもお父さんも他のみんなも死んじゃだめ!!」
「……自分だって部下だって死にたくはない。しかし、これはもう人間と魔族の意地の張り合いだ。今更イモを引くわけにはいかないんだよ」
「でも、そのカニカマって人をたおせばいいんでしょ? ボクにいいほうほうがあるもん!」
「お姫のいい方法? そいつはぜひとも聞いてみたいッスね。あとカニカマじゃなくてカニマヨ、ッス」
「しかし、もう君が帰ったところでこの戦争は止まらないぞ。彼らは魔族を皆殺しにする気で来ている。だから、私たちに任せろ」
「無理はしなくていいぜ。魔王と姫ちゃんだけは、俺が絶対に護ってやっから」

みんなにくしゃくしゃと頭を撫でられながら、姫は妙に落ち着いた声で、僕を見てこう言った

「みんな。お父さんを縛って」
562弱気な魔王と愛され姫様・中:2011/01/02(日) 23:31:40 ID:ZyPeoDRc
「えっ?」

そんな間抜けな声を漏らした瞬間に、僕の体は指一本動かせなくなっていた
食らったことは無いけれど、この技は知っている
たしか、エレキインセクトの―――

「局電蟲。魔王の体のツボに微細な蟲を張り付かせて電流を流させた。縛るよりも確実な方法だ」
「? どうして?」

わけがわからない
姫、どうして僕を?
エレキインセクトも、何で一瞬の躊躇も無く僕に蟲を張り付かせたんだ?
そんなに僕は嫌われていたの?

「すまねえ。俺だってこんなことしたくは無かったんだ」
「気にすんなッス。あんたがやってなかったらワシがやってたッス」
「私たちも同意だ」
「うむ」
「お父さん、ごめんね」

さっきの会議中なんかよりもずっと悲痛な顔を僕に向ける四天王
何かを決意したようだと感じさせながらも、微笑を浮かべる姫

「ボクが、カニマヨを殺すよ」

だからこそいつも見ている微笑が、凄絶に見えた気がした

「……姫、いくら僕でも、そんなこと言ったら怒るよ」
「ボクは、生まれてはじめてやさしいかぞくをもらったんだもん。みんなをまもるためだったら何だってやるよ」
「相手は最強の戦士。それ以前に人間だ。姫とおんなじ人間なんだよ」
「にんげんなんてどうだっていい。あんないきもの、しんじゃったっていい」
「姫! ……みんなも何か言ってくれ!」
「「「「…………」」」」

みんな、目をそらして何も言ってくれない

「ねえ、姫を止めて! みんなだって姫を人殺しにはしたくないでしょ!?」
「………あたりまえです」
「だったら!」
「お姫を止めて、それでどうするッスか? 人間との全面戦争に突入して、お互い死屍累々の惨状を晒すッスか?」
「で、でも!」
「自分たちは姫さんを護りたい。けれど、仲間達だって死なせたくは無いんだ。魔王、分かってくれ………ッ!」
「姫ちゃんが何をしようと、俺が絶対に怪我をさせない。……信じてくれ」

四天王は僕同様、一様に辛そうな顔をしてる
けれど、姫だけは笑ってた

「ボクは、みんなのためにがんばるよ。そしたら、ボクのことを自慢の娘だって、褒めてね。お父さん」

563 ◆aUAG20IAMo :2011/01/02(日) 23:35:57 ID:ZyPeoDRc
短いですが中編終了です

じつはもしかしたらこれでこっから長編作れるかな、とも思ったんですが
あんまり上手く書けなさそうなので止めときました
無理矢理なファンタジー感がありますが、お楽しみいただければ幸いです
564名無しさん@ピンキー:2011/01/03(月) 00:25:55 ID:7oglfF1b
GJ!

展開楽しみです(^ω^)

執筆頑張ってください!
565名無しさん@ピンキー:2011/01/03(月) 01:01:43 ID:h6NLeoSi
新年あけて見てない間に投下多すぎワロタ
現物支給のまさかの投下がビビったわ、しばらく止まってたし
566名無しさん@ピンキー:2011/01/03(月) 02:41:59 ID:jXz5iaAB
現物支給待ってました!!
567名無しさん@ピンキー:2011/01/03(月) 06:09:10 ID:FdsQw4bP
おもしろかった。
568名無しさん@ピンキー:2011/01/03(月) 12:55:00 ID:dl1xxsjx
478KBで容量がやばい
次スレ立ててくる
569名無しさん@ピンキー:2011/01/03(月) 12:56:38 ID:dl1xxsjx
ヤンデレの小説を書こう!Part41
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1294026978/
570名無しさん@ピンキー:2011/01/03(月) 13:06:32 ID:J1UgIBPz
>>569
おつ
571名無しさん@ピンキー:2011/01/03(月) 14:14:59 ID:rQHRdQ32
>>548
うっせーな
作品読んですぐ感想書き込んだらたまたま他の人が投下中だった、
ってだけだっつーの
人が荒らしになる気持ちがよくわかったわ
エロパロ板に関しては削除人が仕事しねーから、
あんまり煽るんじゃねーよ
572名無しさん@ピンキー:2011/01/03(月) 14:25:58 ID:wgXaNLWg
ミスはミスだ。認めろ
573名無しさん@ピンキー:2011/01/03(月) 15:45:49 ID:KCb1YlVm
荒らすことを他人のせいにするなよ
ミスしたのは事実なのに謝りもせず自分を正当化しかしない人間のいうことは滑稽だぞ
574名無しさん@ピンキー:2011/01/03(月) 15:58:56 ID:7oglfF1b
>>571

じゃあそう思うなら謝ってから言えよ
575名無しさん@ピンキー:2011/01/03(月) 17:10:18 ID:RECtnmyc
お前らってネット上と現実世界じゃ態度違うよね
576名無しさん@ピンキー:2011/01/03(月) 17:32:10 ID:BvT6P3uu
>>569
スレ立てお疲れ様です
577名無しさん@ピンキー:2011/01/03(月) 17:34:08 ID:uRTl+lzg
まだ去年の残存勢力が
息を潜めていると想うので
ssを読みたいと思ってる人間は
静かにしとけ!
578名無しさん@ピンキー:2011/01/03(月) 17:57:23 ID:SsQPJjT/
>>513
ナイス小ネタ!
こんなん雑に入らん、サクッと読めるし、またやらかして下さい

ってことでタイトル借りまして、スレの皆さま、あきましておめでとうございます。
しかし投下ラッシュだな
職人の皆さまGJ!
579 ◆FvYcw6pX6k :2011/01/03(月) 19:31:26 ID:bV8eizUT
サトリビト・パラレルを書いているものです。
続きができましたので投下します。
580名無しさん@ピンキー:2011/01/03(月) 19:31:53 ID:7sbmAVbG
>>569
大分遅れたがスレ立て乙さん
581 ◆FvYcw6pX6k :2011/01/03(月) 19:32:07 ID:bV8eizUT
「今日はクリスマスイブか〜」
目をキラキラと輝かせながら陽菜がそう呟いた。
……なぜか僕の横で。
「え、え〜っと……陽菜は何か欲しいものとかあるの……?」
こう訊き返さないといけない気がした。
「えぇ!?まさか慶太、私にプレゼント買ってくれるの!?」
やっぱりそう言う事だったのね……
しかも陽菜が大声で叫んだおかげで、またいつもの展開になってしまう。
「私にもお兄ちゃんからのプレゼントあるんだよね!?」
「えっ!?……も、もちろんさ!」
「慶太さんは優しい方ですね。まさかこんな姉にも用意して下さるなんて」
「……ははは」
「それで私とのクリスマスディナーはどこに予約したの?」
「ごめん結衣、さすがにそれは……」
陽菜を含めた4人とも無茶な事を言ってきた。
基本的にこの世界のお金はモンスターを倒さなければ手に入らない。
そんなお金、僕一人で入手できるとでも?
「そちたち、もっと慶太の事を考えたらどうじゃ?こやつにそんな金を手に入れるのは不可能じゃろうが」
なんか奥歯に物が挟まる言い方だが、イルカさんだけが僕のことを考えてくれた。
「イルカさん……」
「我はなにもいらぬ。そ、そなたが傍にいるだけで……な?」
ヤバい。イルカさんがとてもかわいく見えてきた。
ただそのイルカさんに付けられた変な首輪がさっきからものすごく痛いのはなぜなのだろう?
「と、とりあえず一度パーティを解散しない?僕にも色々と(主に金銭面での)準備がいるから」
「じゃあイブの夜にこの町の教会に集合ね」
陽菜の意見にみんなが同意した。このパーティ始まって以来の結束だ。
「それじゃあまたイブの夜にね」
よし!一刻も早くイブの夜までにお金を集めに行かなければ!
……ってあと数時間しかなくね?
582 ◆FvYcw6pX6k :2011/01/03(月) 19:32:49 ID:bV8eizUT
「そのような高価なものを売ってはいけませんよ」

モンスターを倒せない僕に残された方法。それは物品売買だ。
そう考えた僕は自分の持っている荷物を調べた。高く買い取ってもらえそうなものは、旅の最初で王様から貰った剣しかない。
もしこの事が王様にばれたら、絶対にいい気分はしないだろう。
だが背に腹は代えられない。だから売ろうとしたのに……
「そこをなんとかお願いしますよ!」
「と言われてもねぇ……」
「いくらでもいいんです!今すぐにお金が必要なんです!」
「そこまで言うのなら……」
渋々だったが店主は剣を買い取ってくれた。
10Gで。
「ふざけんなよ!お前さっき高価なものだって言っただろ!なんでこれっぽっちなんだよ!」
「だってこの剣じゃスライムぐらいしか倒せないし。それにいくらでもいいって言ってただろ?」
「うぐぐ……くそっ!」
確かにそう言ったけど、これはあんまりだろ。それに王様もそんな弱っちー剣をくれたのかよ。
「それでどうすんの?うん?」
「………………10Gくれ」
情けなかった。
意気揚々と持ってきた僕の最高の宝物を10Gで売ってしまった。陽菜たちにも内緒で。
「あとこの町では2.5Gだったらどんなものが買える?」
「そんなはした金じゃせいぜいお菓子くらいだろうな」
コイツ……僕が貧乏人だと分かってから明らかに口調を変えやがったな。
「お菓子じゃだめだ。せめて小物とかで」
「小物?確か隣の店に小さな鍋のふたが2Gで売ってたな」
そこで僕はキレた。
「女の子のクリスマスプレゼントに鍋のふたなんかあげる奴がどこにいんだよ!」
最低な客だ。この人は無一文の僕に10Gもくれたのに。
「……そっかクリスマスプレゼントか。ならぬいぐるみはどうだ?」
そう言うと店主は奥から大小様々なぬいぐるみを持ってきてくれた。
ここは武器以外にこんなのも取り扱っているのか。
「一番安い奴で1Gからにしてやるよ」
「店主さん……あなたはなんていい人なんだ」
さっきまでの非礼をお詫びします。怒鳴ったりしてごめんなさい。
「いいって事よ。さぁ早く選んじまいな。ラッピングもサービスしてやるよ」
「うっ……ううっ……あ、ありがとう……ございます!」
僕は泣いた。
583 ◆FvYcw6pX6k :2011/01/03(月) 19:34:45 ID:bV8eizUT
「よっしぁ!なんとか間に合ったな」
時間にして午後六時。僕は教会にたどりついた。
「あ!お兄ちゃんだー!」
教会の扉を開けたとたん恭子ちゃんに飛びつかれた。
「フフフお待たせ。あれ?なんかいつもと違うくない?」
「気付いてくれました!?」
そう言われてまじまじと恭子ちゃんの顔を覗くと、うっすらと化粧を施しているのが分かった。
「お化粧してるね。いつもかわいいけど、さらに一段とかわいく見えるよ」
「わぁ〜……嬉しいな嬉しいな!お兄ちゃんにそう言ってもらえて嬉しいな!」
最近、こんなセリフが自然と出るようになったのって、着々とジゴロの道を突き進んでる証拠なんだろうな。
でも恭子ちゃんがうれしそうならそれでもいいや。
「じゃあ皆にプレゼント渡すからちょっと離れてくれる?あとイルカさん、首輪が急に締め付け出したんですけど」
「何の事じゃ?わらわは何もしとらぬぞ?」
おれれ?変だな。てっきりイルカさんが遠隔操作かなにかをしてると思ったんだけど。
「まいっか。じゃあまずは恭子ちゃんからあげるね」
「わぁ〜い!!有難うー!!」
恭子ちゃんは飛び跳ねるようにしてプレゼントを受け取った。
こんなに喜んでいる彼女を見ると胸が締め付けられる。早く1Gで買った記憶を消去したい。
「中身は何かな?……あ!カワイイ!くまさんのぬいぐるみだ!」
ぬいぐるみをぎゅーっと抱きしめる恭子ちゃん。僕なんかのプレゼントで喜んでくれて本当にいい子だ。
とその時ぬいぐるみについていたのか、何やら紙が地面に落ちた。
「あれ、何か落ちちゃ―――えっ……?」
紙を拾い上げた恭子ちゃんの顔が絶望に染まっていく。その視線は紙に固定されたままで。
「どうしたの恭子ちゃん!?」
慌てて駆け寄ると、恭子ちゃんが話しかけてきた。
「あ、あは……嘘ですよね……きっと他の商品のがくっついていただけですよね……?」
「う、嘘?ちょ、ちょっとその紙見せて!」
半ばひったくるかの様に紙を受け取ると、そこにはこんなことが書かれていた。

 『3G→1G』

「あ、ああ……」
「嘘ですよね?お兄ちゃんからのプレゼントが……1Gのはずないですよね?スライム一匹分のはずないですよね?」
その時だった。今まで無言だった女性陣が目を覚ました。
「1Gとは……悲惨じゃの……ぷっ!」
「しょうがないよ。結局『妹』へのプレゼントなんだから。つ・い・で、なんだからね♪」
「慶太が来る前はあんなに『私へのプレゼントが一番愛情こもってるもん!』とか言ってたくせに……アッハハハハハ!!」
「みなさんあんまりですよ!確かに『1G』ですけど、一番愛情がこもってるかもしれないじゃないですか!『1G』の何が可笑しいのですか『1G』の!」
全員が笑顔になっている。見た目は怒っている顔の姉ちゃんも心の中では大爆笑しているのが手に取るように分かる。1Gって強調してるし。
とにかく僕は今、危機的状況に陥っている。
だって結衣と姉ちゃんへのプレゼントも1Gなのだから。
584 ◆FvYcw6pX6k :2011/01/03(月) 19:35:54 ID:bV8eizUT
「あー面白かった!!じゃあ次は私の番ね!」
結衣が期待を込めた目でこっちを見つめてくる。
僕は思考をフル回転させるがいいアイデアが思いつかない。
今僕の持っているぬいぐるみは1Gのものが2つに、陽菜用に買った5Gのものが一つ、自分のおこずかいの2Gがあるだけだ。
選択肢は3つ。
1Gのをあげて恭子ちゃんと同様の反応をされるか、5Gのをあげて陽菜に焼かれるか、何もあげないか。
「……お兄ちゃんにとって……私は1G……1G……1G1G1G1G1G」
……よし。とりあえず1Gのを渡すのはダメだな。
「さ、慶太。わたしにプレゼント頂戴」
いつのまにか結衣が僕の目の前まで迫っていた。
もう迷っていられない。
「あ、ああ!」
とっさに袋の中に手を突っ込む。こうなったら仕方がない。
「ハイ!クリスマスプレゼント!」
僕は5Gのぬいぐるみを失った。
「ありがと〜って!これあの子のと一緒じゃないの!?」
プレゼントの中身がぬいぐるみと分かった瞬間、結衣の表情が激変した。
「ち、違うよ、良く見てよ!これは一つ5Gもしたんだから!」
言ってから自分の発言の恐ろしさに気がつく。
恭子ちゃんの方を見ないようにしよう。呪文でも唱えていそうだからね。
「……ま、お金のない慶太にしてみたら5Gが精一杯よね。どっかの誰かさんは1Gだったけど」
後半のセリフから、結衣が5Gのぬいぐるみで満足していないのが分かった。
「うん、ごめんな。それと恭子ちゃん、これには深い事情があって、決して―――」
「嫌……嫌いや嫌嫌嫌嫌ああああああああああああああああ!!」
恭子ちゃんが自分の精神に遺悪羅を放った。つまりは恭子ちゃんの心が爆発した。
発狂した恭子ちゃんは全力で僕にしがみついてきた。
きっと僕に捨てられるとでも思っているのだろう。
だからそっとその頭に手を置いて、僕はゆっくりと撫でようと―――
「ごめんなさい!私と一緒に死んでください!」
―――した手を恭子ちゃんの口に移動させた。
「お願いだからやめて!たった4Gで命を粗末にするのはいけないと思うよ!」
「んんんんんんん!?(だったら私の方が好き!?)」
「大好きだよ!ほらね、『んんん』しか言ってなくても恭子ちゃんの言いたい事が分かってるだろ!?これは恭子ちゃんの事が大好きだからだよ!!」
「ちょっと!!私よりもこのクソガキの方が好きだっていうの!?」
「ちょ、違うよ!どっちも大好きだから!!」
「んんんんんんん!!」
「どっちもはダメだって!?そ、そんなこと言われても……」
「「どっち!?(んんん!?)」」
「あ、ああ、あああああああああああああああ!!」
二人の女性に詰め寄られ、僕は気が狂ったように駆けだした。
ある意味一心不乱に走った先で何かにぶつかる。
「あっ……」
「えっ……?」
ぶつかったのは陽菜だった。
そのまま僕たちは倒れてしまう。
どうやら僕の下は草しかなかったようで痛くもかゆくもなかったが、陽菜の倒れた方からは鈍い音が聞こえてきた。


―――ゴツンッ!―――
585 ◆FvYcw6pX6k :2011/01/03(月) 19:38:33 ID:bV8eizUT
陽菜の倒れた位置は非常にまずかった。
「よ……陽菜?」
陽菜は倒れたままピクリとも動いていない。
急いで駆け寄って頭を持ち上げると、その下には大きな石が存在していた。
悪寒がする。まるで極寒の地にでも行ったかのように、体の奥から冷たくなっていく。
抱えている陽菜の方も比喩ではなく、実際に冷たくなっていった。
「お、おい……嘘……だろ?ハハハ、陽菜も冗談がうまいな……」
まるで自分に言い聞かせるように僕はそう言い続けた。
陽菜が死んだ。その事実を否定したくて。
「もういいよ……もうそんな演技はいいから……目を覚ましてくれよ!!」

ピロリ〜ン♪

「頼むよ!いつもみたいに僕を燃やしてもいいからさ!」

早川慶太のレベルが一気に最大まで上がった!

「陽菜の事好きだったのに……なんで……どうして……っ!!」
その時だった。僕の耳に心地よいソプラノボイスが入って来た。
「……それは本当なの?慶太は……その……本当に私の事が好きなの?」
「っ!?」
先ほどまで閉じていた陽菜の目が開き始めた。
一体何がどうなっているのか理解できない。
「あ、あれ?あれ?」
「慶太が私の事を好きでいてくれる限り、私は死ぬわけにはいかないよ。ま、さっきは本当に死んじゃったけどね」
もう限界だった。
「う、うわーーーーん!ごめんなさいごめんなさい!」
そのまま陽菜に抱きついて僕は謝り続けた。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「いいよ。それに慶太が私の事好きって言ってくれたから……私は今幸せだよ」
陽菜も僕を抱きしめる。
僕たちは体を動かす事もなく、そのまま時が止まったかのようにそうしていた。
……そう……せざるをえなかった。
「…………………………」
「私も慶太の事好きだよ」
止まったはずの悪寒が再び僕の体を駆け巡る。それも尋常じゃない程。
「もう一回言ってほしいな?」
「な……何を……?」
僕は陽菜が何を言ってほしいのか分かっているのに、あえて訊き返した。いや、陽菜が求めるものを言いたくなかったのだ。
「私の事が好きだって」
言えない。言いたくない。もし言ってしまったら僕は……
「どうしたの?」



(アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!ついに慶太が堕ちた!!やっと、やっとこの日が来た!!どうしよう!!嬉しい!!死んじゃってもいいくらい嬉しい!!ダメダメ!!死んじゃうのはダメ!!死んじゃったら慶太が悲しむもんね!!
これからどうしよう!!ここでキスする!?ううんダメ!!私はいいけどやっぱり最初は慶太のペースに合わせなくっちゃ!!慶太がしたいって言うまで我慢しよう!!でも我慢できるかな!?あーそれにして嬉しいな!!今も慶太が私を抱きしめてくれてるなんて!!
いつかはこうなるって分かっていたけどやっぱり実際やってもらうと凄く気持ちいいよ!!なんでこんなにも気持ちいいのかな!!やっぱり私と慶太の相性が最高に良いからだよね!!うん!!きっとそう!!やっぱり私たちはこの世で最も最高の恋人なんだ!!)
586 ◆FvYcw6pX6k :2011/01/03(月) 19:40:18 ID:bV8eizUT
「む〜っ!!いい加減お兄ちゃんから離れてください!!」
(お兄ちゃんもなんで陽菜さんと抱き合っているのよ!どうして私だけを見ようとしてくれないのよ!)
抱き合っている僕たちを離そうと恭子ちゃんが僕たちの肩をつかんできた。
「離れて下さいよ!」
(私だけのお兄ちゃんに抱きつくな!触るな!近寄るな!)
ぐいぐいと力を込めてくる。
そんな恭子ちゃんに陽菜が一瞥を与える。
(本当にこの虫は私の邪魔ばかりしようとするなにが抱きつくな!触るな!近寄るな!よそれはこっちのセリフなのそうだ今すぐコイツを殺そう私たちはもう完璧に恋人なんだからきっと今なら私が何しても慶太は許してくれるどうやって殺そうかな呪文はダメ
やっぱりこいつを殺す感触が欲しいもんねじゃあ手足を引きちぎってのたうちまわるこいつをピーしてピーしてピーしよううんそれがいいでもやっぱり最後は二度とコイツが復活できないように眼羅象魔をMPが切れるまで……)
「陽菜!僕だけを見てよ!」
生まれて初めて聴いた陽菜の心の声。それは嫉妬という言葉では括ることができないものだった。
恭子ちゃんには可哀そうだが、こう言わないと最悪の結末を迎えていたに違いない。
「な……何でそんな事言うんですか……?どうして私を……見てくれないんですか……?」
恭子ちゃんを筆頭に結衣や姉ちゃん、イルカさんの心の声がはっきりと聴こえる。
でも今の僕にはそんな悲痛や激昂の叫びが入り混じった声すらも、蝉の鳴き声の様にただの音としてしか認知できない。
それほど『彼女』の声は強烈だったのだ。
「ふ〜ん成程のぅ……」
突如にイルカさんは暗い笑顔を作り始めて呟いた。
(――――――――――――――――――)
それはとても小さい声だった。
だがどんなに大きな叫びでも微動だにしなかった僕を動かした。
「あれ?どうしたの?なんで離れるの?」
陽菜の疑問―――に見せかけた脅迫にも僕は答えない。
全員が僕を見つめる中、僕は歩き出した。
一歩、二歩と僕が陽菜から離れるたびに頭の中の警告が鳴り響く。
僕の歩みはイルカさんにたどりつくまで止まる事はなかった。
「わらわに何の様じゃ?そちが好いておるのは陽菜だろう?はよぅ陽菜のもとに戻らんか」
拗ねたような口調だったが、その口は吊り上がっている。
間違いなく、それは僕が絶対にそうしないと自信に満ちた顔だった。
「嫌だ」
「はぁ?そちが自分から言ったんであろう?俺は陽菜が好きだ、と」
「あれは嘘だ。俺が本当に好きなのはお前だけだ」
俺は何を言ってるんだ?
この前のコンテストで変な毒を盛られたときも、自分の意志とは関係なく口が動いた。
だが今はあのときの感覚とは違う。
あの時は体の自由を奪われる事はなかった。それにこれはまるで―――イルカさんの理想の男を演じさせられているみたいだ。
「え?ちょっと慶太何言ってるの?慶太が好きなのは私でしょ?なのになんでそいつに……好きだって……言ってんのよ!!」
「ごめん陽菜。どうしようもないくらい……気が狂いそうなくらい……僕はイルカさんの事が好きなんだ。その証拠に―――」
僕の右手がイルカさんの顎を掴む。そして少し上に持ち上げる。
「っ!?やめてよ!!お願いだからそれだけはやめて!!」

「………………」
「っ!?///」

陽菜の願いもむなしく、僕はイルカさんにキスをした。
587 ◆FvYcw6pX6k :2011/01/03(月) 19:41:01 ID:bV8eizUT
以上投下終了です
読んでくださった方、ありがとうございました
588名無しさん@ピンキー:2011/01/03(月) 21:28:58 ID:2s2gmz4W
>>587
お久しぶりですGJです!
589名無しさん@ピンキー:2011/01/03(月) 21:31:08 ID:oiWS0m15
GJ!

いや久しぶりに来てマジ感謝ww
そして太郎君の活躍期待w
太郎君は俺らの希望!
590名無しさん@ピンキー:2011/01/03(月) 23:46:50 ID:h6NLeoSi
GJ
にしても本編の方が最近全く投下されていないが…
591名無しさん@ピンキー:2011/01/04(火) 00:48:30 ID:NgE2GtWD
陽菜最高!!!
592名無しさん@ピンキー:2011/01/04(火) 10:32:10 ID:BmQUz4Pg
ここは、ヤンデレの小説を書いて投稿するためのスレッドです。

○小説以外にも、ヤンデレ系のネタなら大歓迎。(プロット投下、ニュースネタなど)
○ぶつ切りでの作品投下もアリ。

■ヤンデレとは?
 ・主人公が好きだが(デレ)、愛するあまりに心を病んでしまった(ヤン)状態、またその状態のヒロインの事をさします。
  →(別名:黒化、黒姫化など)
 ・転じて、病ん(ヤン)だ愛情表現(デレ)、またそれを行うヒロイン全般も含みます。

■関連サイト
ヤンデレの小説を書こう!SS保管庫 @ ウィキ
http://www42.atwiki.jp/i_am_a_yandere/

■前スレ
ヤンデレの小説を書こう!Part39
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1289564970/

■お約束
 ・sage進行でお願いします。
 ・荒らしはスルーしましょう。
  削除対象ですが、もし反応した場合削除人に「荒らしにかまっている」と判断され、
  削除されない場合があります。必ずスルーでお願いします。
 ・趣味嗜好に合わない作品は読み飛ばすようにしてください。
 ・作者さんへの意見は実になるものを。罵倒、バッシングはお門違いです。議論にならないよう、控えめに。

■投稿のお約束
 ・名前欄にはなるべく作品タイトルを。
 ・長編になる場合は見分けやすくするためトリップ使用推奨。
 ・投稿の前後には、「投稿します」「投稿終わりです」の一言をお願いします。(投稿への割り込み防止のため)
 ・苦手な人がいるかな、と思うような表現がある場合は、投稿のはじめに宣言してください。お願いします。
 ・作品はできるだけ完結させるようにしてください。
 ・版権モノは専用スレでお願いします。
 ・男のヤンデレは基本的にNGです。
593名無しさん@ピンキー:2011/01/04(火) 10:33:07 ID:BmQUz4Pg
うめ

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○ぶつ切りでの作品投下もアリ。

■ヤンデレとは?
 ・主人公が好きだが(デレ)、愛するあまりに心を病んでしまった(ヤン)状態、またその状態のヒロインの事をさします。
  →(別名:黒化、黒姫化など)
 ・転じて、病ん(ヤン)だ愛情表現(デレ)、またそれを行うヒロイン全般も含みます。

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 ・男のヤンデレは基本的にNGです。
594名無しさん@ピンキー
うめ

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  →(別名:黒化、黒姫化など)
 ・転じて、病ん(ヤン)だ愛情表現(デレ)、またそれを行うヒロイン全般も含みます。

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