Bで
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546 :
417:2012/05/24(木) 21:47:34.23 ID:4hiW7TOa
書き込んでくださった皆様、ありがとうございました。
Bのルートで進めさせていただきます。
なお、投票が偶数個だった場合は、最初に投票してくださった方の書き込みで
進めます。
続きを投下します。
547 :
417:2012/05/24(木) 21:48:35.34 ID:4hiW7TOa
ページ13
1983年10月27日(昭和58年) 午前11時10分
北条沙都子 12歳
アサシン教団訓練生(療養中)
日本国 野永県 鹿骨市興宮町
涼千会興宮病院5階 516号室
ペリ、という湿った音がして、封蝋が外れる。
はらりと手紙が開き、その文字を私の目に晒した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
通 知
北条 沙都子殿
今回の貴殿の背信行為に対し、懲罰査問会は以下の処分を下すものとする。
・涼千会興宮病院での15日間の謹慎
・アサシン教団訓練生訓練課程の再受講
・アサシン教団アサシン選抜課程の受講資格を8年間剥奪
・500字詰め原稿用紙20枚以上の反省文の提出(手書き)
1983年9月31日
アサシン教団パドローネ
懲罰査問会議長 田々峰 陽子
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
まあこうなるだろうなと思っていたので、別段驚きもしなかった。
どんな理由があれ、教団の掟を破り仲間に対して無駄なリスクを負わせたのは事実。
ならば、こういう処置も当然のことだ。
だからと言って、後悔や反省は微塵もないが。
むしろ自分が誇らしくさえあった。
ずっとずっと、梨花と故郷の敵を討つことを望んでいた。
そのためにあらゆる努力をし、いかなる辛酸や苦痛にも耐えた。
そして、それで得た全てを賭けて私は戦った。
その結果鷹野は死に、私は生き残った。
・・・まあ、途中偶然に助けられはしたが。
とはいえ、鷹野など所詮は氷山の一角。
「今回の件は鷹野が勝手に暴走して起こした事件なのだから、もう復讐は終わりだろう」?
何を言ってますの?
あれを引き起こしたのが鷹野だとしても、それに協力した者たちはいる。
そして協力こそしなくても、それに賛同した者たちも。
そして、その者たちを飼い慣らし使っている組織も。
そういうものものを、一つずつ、念入りに、じっくりと、爪の一枚さえ残さず叩き潰す。
私の戦いは、ようやく少しずつ動き出したのだ。
「・・・ククククク・・・」
唐突に耳に響いたくぐもった嗤いに、私はこちらの世界に引き戻された。
声の主は、言うまでもなく真和さん。
鼻から息を何度も短く吐き出しながら、声を出さずに笑う。
・・・つくづく陰性の形容詞が似合う人だな。そう思った。
「・・・お前、反省してないだろ?」。
548 :
417:2012/05/24(木) 21:52:21.53 ID:4hiW7TOa
!
「そ、そんな事ありませんわ。私は・・・」
「良い子ぶる必要はない。ホントのところはどうなんだ?」
「私は、本当に・・・」
「ふ〜ん・・・」
私のことを意外そうな目で見ながら、真和さんはあっさりと言った。
「オレがお前なら、反省なんてしないんだがな」
・・・え?
驚いた。
驚いたから、ボロが出た。
「・・・反省、してない。よな?」
暗く笑いかけられそう言われる。
ためらいながらも、首をわずかに縦に振った。
「・・・フッ、ハハハハハハハハハッ!」
呵呵大笑。
「え・・・いや、あの、真和さん・・・?」
「いいぞ、沙都子!掟だなんだに縛られて肝心な時に動けない閉鎖思考人間なぞ、修羅場じゃ糞の役にも立たんからな!
さすがはオレの弟子だ!!」
怒られるどころか、むしろ褒められた。
私は恐る恐る聞く。
「・・・真和さん、私を嫌いになりませんの?」
「何故だ?一人で勝手に突っ走った挙句に勝手に死にかけて、そのせいで教団に決して低くないリスクを負わせた上、
師匠までこっぴどく叱られるような事態を招いたからか?たかがその程度のやんちゃをオレが一々気にするとでも?」
嫌いにもならないし、怒ってもいないことは分かった。
でも――
真和さんはいつもより陽気だ。
無理して、ではなく本当に。
そんなに、私がしたことが愉快なのか?
そう思って聞いてみると。
「まあ、おかげでオレも危うく何かの処分を喰らうとこだったが、谷内がうまくとりなしてくれたからな。結果オーライだ」
処分!?
・・・そう。この時の私は愚かにも、『私が勝手にやることなのだから、二人に迷惑はかからないはず』と思っていたのだ。
訓練生の監督責任はその師にある。
訓練生が問題を起こしたなら、師にも責任が問われるのが当然なのだ。
しかしそのことに気づかない私は、真和さんにそのことを尋ねる。
「処分って・・・!?」
その問いには答えず、真和さんは呆れたような声で返した。
「それより沙都子、オレの心配してる暇あったら自分の心配したらどうだ?・・・一万字、かなりの拷問だぞ?」
「え?一万って・・・あ」
500×20=10000。
私に課せられた反省文だ。
「オレは6000字でさえ結構キツかったからな」
?
6000字って、ひょっとして・・・
「真和さんも、こういう罰を受けたことがあるんですの?」
真和さんは愉快そうに嗤って答えた。
「しょっちゅうさ」
――だから、私を許してくれたのだろうか。
それにしても、何なんだろう。
この、胸にこびりつく違和感は。
549 :
417:2012/05/24(木) 21:53:50.38 ID:4hiW7TOa
他にやらなきゃいけないこともあるから、オレはこれで行く。
園崎の娘はすぐ来るだろう。
その茶封筒にも、しっかり目を通しておけよ。
「・・・お前にとって実に興味深いもののはずだ。園崎の娘にとってもな。
オレが許可する。見せてやると良い」
そう言って席を立ち、真和さんは部屋を出ていった。
一人残された私は、じっと膝の上の茶封筒を見つめる。
今すぐ開けたい衝動に駆られるが、少し我慢。
それよりも、試しておきたいことがあった。
「すー、はー。すー、はー・・・んぐっ」
・・・・・・・・・・
!?
「まさか・・・!すー・・・はー・・・んく・・・うっ・・・!!!!」
・・・・・・・・・・
あの手この手で試した。
息を限界まで大きく吸ったり、力を少し緩めてみたり。
でも、聞こえるのはあの甲高い音ではなく、誰でも出るただの風が吹きつけるような音。
こうして、私はこれよりしばらくの間、『力』――後に《鷹の目》と呼ばれることになるそれ――を失うことになった。
幸運なことに、その不運を嘆く間も与えず詩音さんが入ってきてくれた。
私は顔に浮かんだ暗い表情をさっと吹き消し、笑顔を取り繕う。
「詩音さん!」
「沙都子!良かった。無事だったんですね!?何か酷いことはされませんでしたか?」
「酷いことって・・・誰にですの?」
「あのゴミム・・・こほん、相原さんにですよ!」
・・・・・・・・
真和さん、あなたは一体何をしたんですの?
まあ訊かなくとも想像はつく。
・・・失礼な話かもしれないが、真和さんの性格は、決していいとは言えまい。。
真和さんは冷静沈着過ぎるのだ。いついかなる時であろうと。
人間としてそれは美点であるように聞こえるかもしれないが、実際に周りにいたらと考えてみて欲しい。
・・・・・・ほら、嫌気がさしてきたでございましょ?
「? 沙都子、まだ体調が万全じゃないんですか?」
知らず知らずのうちにため息が出てしまった。いけないいけない。
「全然平気ですわ。詩音さん。・・・それより」
私は膝の上の茶封筒を手に取り、封を閉じている紐を解く。
「これ、詩音さんと見ると良いって言われてますの」
550 :
417:2012/05/24(木) 21:54:17.45 ID:4hiW7TOa
封を開けると、出てきたのは一枚の紙。
詩音さんは紙を手に取り、上下にさらっと目を通す。
が、すぐに表情が変わり、最初から精読し始めた。
「嘘・・・これは・・・」
驚き。
「何ですの、詩音さん?」
詩音さんは私を見て、渡そうかどうか逡巡する。
「――どうせ、いつか知ることですもんね」
それは、自分自身への言い聞かせか。
最後まで読んでから、詩音さんは意を決したように紙を裏のまま私に渡した。
まず気づいたのは、何かがクリップで止められているなということ。
一体どんなものなのかと、紙をひっくり返して表を見ると――
クリップで止められていたのは、写真。
おそらくはどこかの街――日本ではないどこかの――で隠し撮りしたのだろう。
薄めのサングラス。
黄色いリボンベルトが巻かれた赤い帽子。
白のビジネススーツ。
そして、白く整った横顔。
――これは、同じ人なんですの?
だって、この人はこんなにも冷たそうで、まるで人間味なんて――
もはや遠まわしには書くまい。
そこには、私の知らない知恵先生が写っていた。
――これは、一体どういうことなんですの!?
私は写真がついていた紙の方に目を移し、一心不乱に読み始めた。
551 :
417:2012/05/24(木) 21:58:50.74 ID:4hiW7TOa
人物情報
ID:JAP19048
氏名 ナジェーズダ・ヤロスラファ=ドラゴミーロフ
生年月日 1953/12/25 年齢 29
家族構成 父(死亡) ヤロスラフ・アーノルデヴィチ=ドラゴミーロフ
ソビエト連邦GRUスペツナズ中佐
母(死亡) 知絵瑠 優樹菜
ユキナ・ドラゴミーロフ
専業主婦
所属組織 ソビエト連邦軍参謀本部情報総局(GRU)
役職 南・東南アジア方面秘匿工作員(全権限凍結済)
階級 大尉(全権限凍結済)
経歴 1968年4月
GRU入局。
GRUスペツナズ養成コースに参加。
1968年12月
養成コースでの成績を買われ、特別コースに配属。
1970年4月
GRUスペツナズ入隊。南・東南アジア方面秘匿工作員に任命される。
以後の足取りは不明。厳しく尋問するも、黙秘。
1975年4月
雛見沢分校に「教師 知恵留美子」として赴任。
以後、同村で生活。
1983年6月28日
自宅に来た山狗・県道に配備された山狗より逃走。
交友関係について 詳細不明。現在調査中。対象者は黙秘。
状況 尋問には比較的素直に応じるも、重要な箇所に関しては黙秘。
なお、対象に対する身体的・性的拷問は禁じられている(1983年10月1日現在)
戦闘能力 GRUスペツナズ体力テスト 781点/800点 女性隊員中2位 全隊員中4位
戦闘テスト 793点/800点 女性隊員中1位 全隊員中3位
総合成績 女性隊員中1位 全隊員中3位
専門 破壊工作・諜報活動・暗殺
関与したものと思われる作戦 詳細不明。調査中。対象者は黙秘。
教団との関係 アサシン教団ソビエト連邦支部のアサシン3名の殺害容疑(動機は不明)
教団から聖務執行のため派遣されたアサシン7名の殺害
教団に対する妨害行為
現在、インドネシア方面へと逃亡したとの有力情報があるが真偽は不明。
現地のアサシンにより捜索が行われているが、未だ行方不明。
また、東西両陣営の諜報機関からも追跡されている模様。(特にGRU、CIAから)
聖務執行の際は、細心の注意を払うこと。
資料保管元
アサシン教団日本支部
552 :
417:2012/05/24(木) 21:59:40.43 ID:4hiW7TOa
知恵先生が?
あの優しくて芯の強い、それでいてどこか抜けている先生が?
みんなに愛されていた、まるで聖母のような先生が?
嘘ですわ。
こんなの嘘に決まってますわよ。
きっと、きっと真和さんのタチの悪い冗談に決まってますわ。
真和さん、本当は少し怒ってらっしゃるんですのよ。
だから、こんなイタズラを――
私は無意識のうちに手に力を込め、資料の端をくしゃくしゃにする。
嘘だ。嘘だ。嘘だ。
全部嘘に決まって――
「・・・子?沙都子!?大丈夫ですか!?」
「・・・はっ」
気づいたら、詩音さんは私の肩に手を置いて私を見ていた。
「急に具合でも悪くなったんですか!?すぐにナースコールを」
「だ、大丈夫ですわ、詩音さん!ただ・・・」
私は資料を膝の上に置き、少し深呼吸する。
「・・・少し、びっくりしてしまいましたの」
「・・・」
詩音さんは哀しい目をする。
「・・・わかります。沙都子やお姉に比べたらはるかにつきあいは短いですけど、私も一応知恵先生の事知ってますから」
それから、まだ信じがたいといった表情で資料を手に取る。
「これ・・・要は『知恵先生はソ連のスパイでした』ってことですよね?そういう荒事から一番縁遠そうな人なのに・・・」
「そうですわよね・・・いくらなんでもおかしいですわよ・・・」
実際、まだ三信七疑だ。
あの知恵先生が、暗殺や破壊工作を得意とする工作員だった?
しかも、もうアサシンを10人も殺した?
余りにも馬鹿げている。
現実的に可能かどうか云々の話ではない。
知恵先生が、人殺しなんか――
そこで、思い出した。
鷹野の幽閉先の家の玄関に倒れ伏していた、三人の男。
あれは、知恵先生の手によるもの。
それに、あの地下室で。
知恵先生は、あちこちに人の中身が散らばった部屋の中、(部屋の惨状には)顔色一つ変えずに私の手当てをした。
――つまり、ああいう場面には慣れっこということではないのか?
そう考えると、どんどん知恵先生が工作員であるという話にも真実味が出てくる――というより。
これは、教団の資料。
教団の資料=事実ではもちろんない。だが、それでも教団はかなりの情報収集能力を持っている。
実際、鷹野の居場所を突き止めた。
ならば、知恵先生は私がどう思おうと思うまいと――
ソ連の、スパイだったのだろう。
しかし、まだわからないこともある。
『権限凍結済』とあるが、知恵先生は何をしたのか。
そして、なぜ日本の雛見沢を選んだのか。
その答えを、私は詩音さんが去ったあとに部屋を訪れた知恵先生本人から聞くことになる。
553 :
417:2012/05/24(木) 22:00:03.36 ID:4hiW7TOa
今回はここまで。
wkwk
レナママこと竜宮礼子とアキヒトの不倫話見たいです。
声とか(目は写ってないけど)顔もエロそうなママンなので。
556 :
417:2012/06/17(日) 16:42:05.74 ID:dISocKVq
続きを投下します。
今回は少し短めです。
557 :
417:2012/06/17(日) 16:42:44.79 ID:dISocKVq
ページ14
1983年10月27日(昭和58年) 午後0時41分
北条沙都子 12歳
アサシン教団訓練生(療養中)
日本国 野永県 鹿骨市興宮町
涼千会興宮病院5階 516号室
「・・・それにしても、知恵先生が・・・」
詩音さんは未だに信じられないといった表情で、また書類を眺める。
「この紙っペラだけじゃとても信じないですけど、写真付きじゃ・・・
信じざるを得ませんよね」
詩音さんは持っていた書類を封筒に入れ、ベッドの横の棚の上に置く。
それからいそいそと家から持ってきたカボチャの煮付けを私の皿に盛り、代わりに病院食のキャベツの千切りを口に放った。
「ううう・・・詩音さあん・・・」
「そんな恨みがましい涙目で見たってダメですよ。偏食は体に毒なんですから」
「うううううう・・・」
味気ないキャベツの千切りでさえ、カボチャに比べると宮廷料理に見えてくるから不思議だ。
詩音さんの料理は美味しい。
詩音さんの好意を無にすることになる。
・・・分かってたって、食べられませんわ!本能的に体が拒否してますの!
ほら、ご覧くださいまし、このカボチャの周囲に漂う磁場を!
私だけでなくて、カボチャも食べられるのを拒否してますのよ!
私の箸とカボチャとは、まるで同じ極どうしの磁石を近づけた時のような感じ。
見えない何かの塊が、お互いが接触するのを拒否しているのだ。
「・・・私、少し傷ついちゃいますよ。そんなに私の料理ってマズイですかね?」
「カボチャに限っては、もはや兵器同然ですわ」
「そんな・・・ひどいですよ・・・グス、ヒック・・・」
詩音さんはうつむいてしゃくりあげる。
ひどく哀れに、悲しみに満ちて。
・・・この姿に騙されてはいけない。
詩音さんは、自分の料理がけなされたくらいでへこむほどヤワな女性ではないのだ。
しばらく冷たい目で見ていると、やがて「・・・チェッ」という小声が聞こえた。
「・・・やっぱ、もう通じませんか?」
「6回も騙されたんですのよ?もう騙されませんわ」
「ううむ、新しい手を考えなきゃですね」
人が悪そうな笑みを浮かべながら、詩音さんは頭の中で私にカボチャを食べさせる算段を始める。
止めても聞かないことは言うに及ばず。自然に諦めてくれるのを待つほかない。
・・・何であれ、残してしまうことには罪悪感を感じる。早めに諦めて欲しいところだ。
昼食を終えると、詩音さんは家へと帰っていった、
「本当は泊まり込んででも看病したいんですけど、今日はどうしても外せない用があるんですよ。
ごめんね、沙都子」との事だ。
詩音さんには詩音さんの生活がある。仕方ないことだ。
また明日と言って、私はベッドに倒れ込――もうとしたその直後、病室の扉がガラリと開いた。
詩音さんが何か忘れ物をしたに違いないと思い、キョロキョロと辺りを見回す。
――? 特に何もないようですけど・・・
私は詩音さんにそう言おうと思って、ベッドから身を起こす。
起きて暫くしたせいか、身が少し軽くなった気がする。
だからすぐに、入ってきた人物を確認できた。
一人は顔に袋をかぶせられ、手首には手錠をされている。
だから人相はわからない。でも服装でわかった。
知恵先生だ。
558 :
417:2012/06/17(日) 16:44:46.74 ID:dISocKVq
知恵先生を連行してきたのは吾郎さん。
声をかけようとした私を、吾郎さんは目で制止する。
そのまま知恵先生を押しながら、さっきまで詩音さんが座っていた椅子に誘導する。
「座れ」
知恵先生は言われるままに腰を下ろす。
吾郎さんは知恵先生の頭頂部に手をやり、一気に袋を外す。
「・・・ふう」
知恵先生が軽く息を吸う。ずっと袋を被せられていたのなら、空気も足りなかったのだろう。
吾郎さんは平坦な口調で告げる。
「30分後に迎えに来る」
今の吾郎さんの言葉遣い自体は真和さんに似ている。
だが、普段があの優しい口調なだけに、私の背中には少し冷たいものが走った。
「はい。分かりました」
対する知恵先生は、前までと――私たちの先生だった頃と変わらない感じだった。
「・・・いいね」
そんな知恵先生に苛立ったのか、吾郎さんの口調が感情を帯びる。
「何度も言ったけど、もし沙都子ちゃんに何かあったら、お前は死ぬ。
それだけじゃない。もしここから逃げようとしても、随所に設置されてるトラップがお前を殺す。
変なことは考えるな」
「ええ。分かっています」
「・・・なら良い」
そして吾郎さんは私を向き、静かな声で言う。
「沙都子ちゃんの為に、真和さんはかなり危ない橋を渡った。そのことだけは忘れないで」
「吾郎さ・・・」
吾郎さんは早足に病室を出、乱雑に扉を閉めていった。
吾郎さんはかなり怒っているようだった。
真和さんがああだったから、ひょっとしたら吾郎さんも・・・と、思っていたのだが。
現実はそう甘くない。
沈む気持ちを察してくれたのか、知恵先生が優しく話しかけてくれた。
「北条さん、体の方は大丈夫ですか?」
「ええ。・・・本当にありがとうございました。知恵先生がいなかったら、私・・・」
「そんなの良いんですよ。教え子を守るのは教師の勤めですから」
変わらない知恵先生の声に誘われるように、雛見沢での平和な日常が浮かび上がってきた。
559 :
417:2012/06/17(日) 16:45:34.12 ID:dISocKVq
4ヶ月――実際には1月寝ていたわけだから、3ヶ月。
時は、風のようにすぎていく。
夏は完全に終わり、秋。
初夏の異常な暑さから想像された程には、夏はさほど暑くもなかった。
平年よりやや暑いか、それくらい。
ひぐらしの声が絶え、つくつくぼうしの声も絶え。
残暑ももはや昔のことだ。
「・・・北条さん?大丈夫ですか?」
黙りこくってしばし思いに耽っていた私に、知恵先生は心配そうに声をかける。
「大丈夫ですわ」
無理に少し明るい声を作ったが、自分でもわかるほどに不自然だった。
「北条さん、無理は禁物ですよ。まだ完治したわけではないんですから」
「詩音さんも、そう言っていましたわ」
「詩音さん・・・ああ、園崎さんの妹さんですね?北条さんのこと、ずーっと心配していましたよ?」
体が持たないから休んだ方が良いって何度言っても、『沙都子が目を覚ますまでは』って言って・・・」
そうだったのか。
詩音さんに対する感謝の念が湧き上がってくる。
「・・・いいお姉さんを持ちましたね」
知恵先生が、穏やかで嬉しそうな声で言う。
「・・・はい」
血縁や一緒jに過ごした時間だけが、家族の条件というわけではない。
アサシンの教えでもあるし、また前述したように、私自身の考えでもある。
信念で、友情で、愛情で――人は、血以上のつながりを得る。
そう、まさに部活メンバーのように。
それを知っていたからこそ、知恵先生も詩音さんのことを『お姉さん』という呼び方をしたのだろう。
「・・・北条さん。ひとつ聞いておきたいことがあります」
「なんでございましょう?」
「園崎さんのことが、大切ですか?」
だから。
「園崎さんのことを、本当に愛していますか?」
知恵先生も、分かってくれると。
「?・・・知恵先生、急に何を「どうなんですか?」」
そう思っていた。
「・・・もちろんですわ。園崎さんは、私のねーねーですもの」
どんな犠牲を払ってでも復讐をしたい、『家族』の仇の酷い死に様が見たいという、私の気持ちを。
「・・・その言葉に、嘘はありませんね?」
「はいですわ」
そう思っていたのに。
「もし本当にそう思っているのなら、アサシンになるのはおやめなさい」
少し間を置いて、知恵先生ははっきりと言った。
560 :
417:2012/06/17(日) 16:46:09.59 ID:dISocKVq
・・・
・・・・・・え?
『ごめんなさい。私、うっかり聞き漏らしてしまいましたの。もう一度おっしゃってくださいませ?』
そう言おうと思ったが、それを封じるために知恵先生ははっきりと言ったのだと気づく。
と同時に、静かなパニックに陥った。
頭が急にかっと熱くなって、背から汗が吹き出す。
一応頭の中はある程度の冷たさを保っているが、完全に冷静な判断を下せそうにはない。
「・・・どうして」
私は、喉から感情をひねり出す。
「どうして、そんな事を言うんですの?」
理性喪失10秒前。そんな声色になった。
今のところ冷静だが、ちょっとバランスを崩せば感情が爆発しかねない。
「北条さん。あなたは・・・何の為にアサシンになろうとしているんですか?」
何の為?決まっている。
「復讐のためにですわ。当然でございましょう?」
「つまり、アサシン教団の掲げる『正義』のためにではないということですね?」
「ええ」
「だったら、なおさらお止めなさい」
知恵先生は厳しく言う。
怒っているのではない。心から私の身を案じての言葉。
それが分かるからこそ、余計に腹が立った。
「・・・暴力は、いけないからでございまして?」
「違いますよ、沙都子さん。そういう問題ではありません」
「ならなぜだと言うんですの?知恵先生、はっきりおっしゃってくださいまし」
「・・・」
知恵先生は私から視線を外し、私の心電図に目をやる。
ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピという少し早めの心音が、私の心中を分かりやすく伝える。
知恵先生は、ずっとそれを見つめている。
知恵先生の言葉を待つのにも焦れた私は、知恵先生を急かそうとして・・・
気づいた。
知恵先生の、眼。
悲しみと、憐憫と、そして後悔とが入り交じった、その目に。
教師として決して雛見沢では見せなかった知恵先生の顔。
私の知らない顔。
私はその顔にしばし見とれる。
――綺麗だな。
なぜか、そんなことを思った。
そんな風にしているうちに、気づけば心電図の電子音はまた元の速さに戻っていた。
知恵先生はゆっくり目を閉じ、ぽつりと言った。
「・・・たとえ復讐を成し遂げられても、誰も幸せにはなれないからです」
561 :
417:2012/06/17(日) 16:48:18.03 ID:dISocKVq
今回はここまで。
乙ですん
あげ没ネタ
あの忌まわしい事件から30年。
鹿骨市雛見沢……かつて雛見沢村と呼ばれたところ。
過疎が進んで廃村寸前となっている。
ある日、一人の少年が村を訪れた。
名前は前原圭太。
そう、前原圭一とレナの息子だ。
やがて彼は……複雑な事件に巻き込まれる……
564 :
名無しさん@ピンキー:2012/07/21(土) 20:18:41.56 ID:/XlJJGKl
wowwowの一挙放送が楽しみでたまらん
実写もある意味楽しみです
565 :
417:2012/08/11(土) 23:29:50.53 ID:GQYGQIXz
お久しぶりです。お待たせいたしました。
続きを投下します。
566 :
417:2012/08/11(土) 23:30:29.65 ID:GQYGQIXz
ページ15
1983年10月27日(昭和58年) 午後1時10分
北条沙都子 12歳
アサシン教団訓練生 (療養中)
日本国 野永県 鹿骨市興宮町
涼千会興宮病院5階 516号室
「・・・分かったような口を聞かないでくださいませ!!!」
理性喪失。
知恵先生の諭しを、私は先生の優しさゆえの戯言だと判断した。
「知恵先生に、私の気持ちの何がわかるって言うんですの!?みんな、みんないなくなってしまって・・・
圭一さんも、梨花も、レナさんも、魅音さんも、みんな!!」
「・・・」
知恵先生は黙ってただ耳を傾けている。
「私は、私は絶対に許しませんわよ!!何年かかってだって、あいつらを、あいつらをこの手で引き裂いてやりますですわ!!!」
「・・・」
知恵先生は、うつむいてじっと何かを深く考えていた。
そして、顔を上げて私の目を見る。
「・・・北条さん、さっき『分かったような口を聞くな』って、そう言いましたよね」
言った。
言いましたとも。
「確かにほとんどの人には、あなたの辛さや悲しみを本当に理解することはできないでしょう」
そうですわ。その通りですわ。
「それは、・・・きっと、自分以外の一切を奪われるという経験をする人がまずいないから。
だから、頭で分かっても、心の底から共感できない。実感できない」
!
・・・それは・・・
そうかも知れない。というかそうだ。
「逆を言えば・・・そういう経験をした人なら、あなたを理解できる。心の底から共感できる」
そういう・・・ことになる。
でも、だからどうだと言うのか。
知恵先生は、そんな経験などしたこともないでございましょ。
だからこそ、さっきのような綺麗事が――
「わたしがスパイの道を志した理由、北条さん分かります?」
そんなの知るか。
だが、そう答えてはあまりに知恵先生に無礼なので、ぶっきらぼうに答えを返した。
「自分の国に尽くしたかったからじゃございませんの?それかお金のためとか」
その時知恵先生が私に向けた表情を、私は未だに的確に一言で言い表せない。
「違いますよ」
あんなにも哀れで、力なく、それでいて綺麗な微笑みは、その先もそうそう見なかった。
「わたしがスパイの道を進もうと思ったのはね、」
ただただ、全てが憎かったからですよ。
567 :
417:2012/08/11(土) 23:31:50.91 ID:GQYGQIXz
憎・・・かった?全てが?
そこで、ようやく私は「もしかして」と思った。
「・・・わたしの場合は、相手が誰かもわかりませんでした」
考えれば、なんで気づかなかったのか恥ずかしいくらい単純なことだった。
「分かっているのは、走り去っていく後ろ姿だけ」
知恵先生の発言をつなげれば、分かったはずだった。
「顔も名前も性別も、何もかも分からない。だから目的を果たすためには、可能な限り
多くの情報を集める必要があったんです」
さっき先生が言ったことが、先生の持論なのだとしたら。
先生が私を説得するためにここに来るはずがない。
温かく育った者の言葉など今の私には届かないと知っているからだ。
ということは――
「多くの情報に接する機会のある仕事で、なおかつ荒事にも強くなれる職業――
それが、スパイだった。それだけのことです」
先生は、私と同じなのか。
「体を鍛えて、GRUに見初められるまで2年。GRUの中でさらに訓練を重ね、実戦に出られるようになるまで2年。
・・・目的を果たすため必要な情報集めに、約5年(勿論任務の間を縫ってですが)」
先生が表情を吹き消す。
「脇目もふらず進み続けるうち、気づけば私自身の意思も目的に囚われてしまっていました」
先生の言葉は淡々とはしていない。自然な緩急や強弱がつく。
おそらく、私に口で伝えながら、自分でも思い出しているのではないだろうか。
今、自分の教え子が歩もうとしている道。
かつて自分も歩んだ道を。
「そうとも知らず、わたしは進み続け――相手を突き止めました。
だから、『行動』に出ました」
568 :
417:2012/08/11(土) 23:33:45.46 ID:GQYGQIXz
「・・・そして、わたしは人生の目的を果たしました」
知恵先生はベッドの脇の棚の上の花を見やる。
名前は知らないが、黄色い可憐な花だ。
「そうしたことでわたしは職を追われ、命さえ狙われる羽目になりました。
でもそんなのは些細なことです。殺し屋が来たってわたしなら返り討ちに出来ますし」
先生の資料を思い出す。
腕利きなんていうレベルじゃない戦闘能力。
日々訓練を積んでいる屈強なアサシンを何人も返り討ちにしているところからも、それは伺える。
「それより、何より問題だったのは・・・全てを終えたのに、何も変わらなかったこと――いや、変えられなかったこと
と言ったほうがいいでしょうね」
何を?
「全てを終えれば、何かが変わるんじゃないかとずっと信じていました。過去に決着をつけて、前に進めるんじゃないかと」
私は?
私はどう思っている?
どういう思いの下、どういう期待の下に復讐を?
「でも、何も変わらなかった。後にはただ、生きる理由をなくした『ナジェーズダ・ヤロスラファ=ドラゴミーロフ』の
抜け殻だけがあった」
知恵先生が、初めて自分の本名を口にする。
「逃亡先のバンコクの安モーテルで、わたしは自殺を図りました。首を吊ろうとしたんです。
・・・でも、失敗しました」
虚ろな目をして、小汚い粗末な部屋の中で、首に縄をかけ椅子を踏み外す先生。
少し前なら想像もできない光景だったが・・・あの冷たい知恵先生の写真を見たあとだったから、ぼんやりと脳裏に浮かべるくらいはできた。
「死ぬのを恐れて、半端な真似をしたのではありません――わたしは、十分な強度をもった縄を選び、しっかりと固定された場所に縄をかけ、
勢い良く椅子を蹴り倒したんです。・・・なのに」
知恵先生は首を自分で前から絞めるように手を当て、少し苦しそうな表情をしながら続ける。
「踏み外した瞬間、わたしの体は確かに宙に浮きました。視界が白く染まり、これが『死』というものなんだなと感じたんです。
ですがその次の瞬間には、わたしは床に無様に落ちてしまいました。縄をかけた場所が、天井の固定部ごと落ちたんです」
言うまでもなく、知恵先生は横綱体型ではない。
スレンダーで、無駄な贅肉は一切ない体だ。
――にも関わらず落ちた。
十二分に『死ねること』を確認したのに。
569 :
417:2012/08/11(土) 23:34:53.78 ID:GQYGQIXz
「部屋には落下の衝撃で舞い上がった埃が充満していました。わたしはと言えば――首を少し痛めただけ。
今頃は頚椎を破壊された私の亡骸がぶら下がっているはずだったのに、です。
わたしの魂は生きる気なんてもうなかったくせに――体の方は、首を吊る程度ではへこたれなかったんですよ」
先生は首から手を外す。
首には、うっすらと赤い跡が残っていた。
「その時、わたしはやっと気づいたんです。わたしを救ったのは――殺されてしまった両親なのではないかと」
!!!!
両親――!!
そうか。そうだったのか。
ようやく腑に落ちた。
私の復讐は、梨花と滅びた故郷のため。
知恵先生の復讐は、自分の最愛の両親のため。
「わたしが死ねば――二人の遺伝子が、思い出が。『二人が確かに存在した証』が、この世から消え去ってしまう。
何より二人が、娘が自分たちのもとに来ることを望まなかったのでは無いか、と」
都合の良い妄想だと切り捨てるのは簡単だ。実際にそうなのかもしれない。
でも・・・今の話を先生自身の声で直接聞いた私には、どうしてもそうは思えなかった。
「・・・それで、わたしは生きることに決めた。復讐のためでも国のためでもなく、自分のために。
だから、今まで住んでいた世界から逃げ出して日本に来たんです」
そして、教師に。
「名前や戸籍を手に入れるのは簡単でした。その流れの中で、偽造の教員免許も入手しました。
自分で言うのもなんですが、記憶力には割と自信があるんですよ、わたし。だから、必要最低限のことは覚えられました。
・・・とはいえ、必要最低限のことだけで都会の進学校に務めるのなんて無理ですから、田舎の小さな学校へ潜り込もうと思ったんです」
「・・・それが、雛見沢だったんですのね?」
先生の話に引き込まれていたので、口を開くのも忘れていた。
気がついたら、激情なんていう感情は私の中から消失していた。
「ええ。ちょうど当時の雛見沢はダム戦争真っ只中でしたね。国からの嫌がらせの一環として、分校は潰されかけてました。
ちょうど『誰でもいいから先生を!!』という声が湧き上がっていたところでしたから、身元調査もさほど厳重にはされませんでした。
・・・不愉快な気持ちになるかもしれませんが、わたしが雛見沢を選んだのは単に一番都合が良かったからなんです」
570 :
417:2012/08/11(土) 23:35:29.15 ID:GQYGQIXz
特に不愉快にはならない。
むしろ、この時だけは少しだけダム戦争に感謝したい気分になった。
結果的に、ダム戦争があったおかげで、私は知恵先生と出会えたのだから。
「先生は、どうして教師として生きようと思ったんですの?」
「・・・そこで、カレーライスが出てくるんですよ」
!?
まさか、この会話で『カレーライス』という単語が出てくるとは予想していなかった。
だがそれで、シリアスな空気は少し和んでくれた。
私は思わず笑ってしまう。
先生もクスクス笑う。
「カレーはインドにいた頃からずっと目にしてましたし、何度となく食べました。でもその頃は、カレーはただの食料だったんです。
・・・変わったのは、日本に来てからです」
そういえば。
前に魅音さんが部活の場で、「インドのカレーと日本のカレーは全く別物なんだってさ」と言っているのを聞いた覚えがある。
それだろうか?
そう聞いてみると。
「ふふ、確かにそれもありますね。でも違います。一番大きかったのは・・・」
店に来ていた子の、笑顔ですよ。
「笑顔?」
私は思わず聞き返す。
「ええ。カレールーとご飯粒を頬につけながら、ニコニコと幸せそうに笑って。それを見たその子のお父さんやお母さんも、みんな笑って。
・・・わたしにとってのカレーライスは、『象徴』なんですよ。子供の頃に失ってしまった、家族の幸せの」
知恵先生は一呼吸おいて続ける。
「わたしはもう失ってしまったけれど・・・他の子が持っている幸せなら守れるかもしれない。わたしと同じ運命を辿る子を、
一人でも減らせるかもしれない。そう考えて教師になったんです。
・・・そして8年間、わたしは雛見沢分校の教壇に立ち続けました」
571 :
417:2012/08/11(土) 23:36:43.03 ID:GQYGQIXz
知恵先生の、知られざる過去。
私は言葉も出ず、ただ圧倒されていた。
十数分前の自分を呪う。
知恵先生は、単なる優しさで言ったのではない。
自分の経験をもとに、教え子に忠告してくれていたのだ。
すぐにでもさっきの非礼を詫びたい気分になった――忠告を受け入れるかどうかは別として――が、その前に知恵先生が話し始めてしまった。
「教え子は絶対にわたしが守る。たとえこの身が焼かれようと。どうせ一度捨てた命、何を惜しむことがあろうか。
初任日にそう自分で決め、以来ずっとその誓いを守ってきました。
・・・去年だってそうでした」
去年。
意地悪な叔父さまと叔母さま。みんなから追い詰められ、私からも追い詰められ、擦り切れてしまったにーにー。
「北条さんの叔父と叔母があなたたち兄弟を追い詰めていると知った時、わたしはすぐ計画を立てました。
仕事柄、人の殺し方と『後始末』のやり方は熟知してましたし」
一瞬身震いする。そして、目の前の女性が恐ろしくなる。
だがすぐに、そんな気持ちも消えた。先生が私達兄妹を思いやってくれていたのが伝わったから。
「でもわたしが手を下す前に、あなたの叔母は誰かに殺されてしまった。叔父も逃げ出し、雛見沢から消えた。
・・・そしてそのすぐあと、あなたのお兄さん。わたしの大切な教え子までも、消えた」
知恵先生は、申し訳なさそうな表情をする。
「わたしが手を下すのが、あと一日早ければ。もしかしたら「やめてくださいまし、先生」」
私は遮る。
「そんなの、知恵先生が謝ることではありませんわ。それに、『殺さなかったからごめんなさい』なんて・・・
何か、おかしいような気がしますわ」
「・・・」
知恵先生は、私をどこか安心したような目で見る。
リアクションがおかしい気がして、私は訊く。
「・・・何なんですの?その表情」
「いえ・・・少し安心しまして。沙都子さんが、まだアサシンに引きずり込まされてなさそうでしたから」
?
引きずり込まれる、とは、また物騒な。
「何だか、また随分キツイおっしゃりようですわね。『引きずり込む』だなんて」
そう冗談めかして言ったら。
572 :
417:2012/08/11(土) 23:37:39.98 ID:GQYGQIXz
・・・あれ?
私、いま失言してしまいましたの?
何だか、部屋が一気に寒くなった気が・・・
「・・・沙都子さん、もう一つ忠告しておきます」
私の心臓が波打つ。
・・・この数秒の間に、知恵先生はどこに行ってしまいましたの?
そんなことを思った。
さっきまでの、温和で思いやりのある優しい声ではない。
その声色はまるで、冷たい鋼鉄の刃。
かすかに足が震えるのを感じながら、私は知恵先生――いや、ナジェーズダ・ドラゴミーロフの言葉を聞いた。
「どんなにフレンドリーな態度であなたに接してきたとしても、アサシンは、アサシンだけは、信用してはいけません」
「どう・・・してですの?」
口の中で何度も唾を作って、どうにか水分を確保して訊く。
「・・・平然と嘘をつき、ためらいなく人の心を弄び、人の命を軽々と奪い、人の幸せを易々と踏みにじり、
それでいて何の良心の呵責も感じない。それが、あのけだものたちだからです」
不覚にも安心してしまった。目の前の女性の声が、非常に厳しく冷たいものでありながらも、
私のよく知っている先生のものだったから。
先生は滅多なことでは怒らなかったが、その分怒ったときはこの世の終わりかと思うほどの迫力があった。
しかし、分校で私を震え上がらせたあの怒りすら、知恵先生にとっては第一形態に過ぎなかったのだ。
・・・それにしても。
アサシンを、『けだもの』とは。
スパイ時代に、何かアサシン絡みでよほど嫌なことがあったのだろうか。
沈黙が場を支配する。
しばらくして、唐突に先生が手を伸ばし、私の頬を包んだ。
「!・・・先生?」
くい、と力を入れられ、私の顔が先生の方に向けられる。
手の暖かさと柔らかさと、わずかに頭に伝わる圧迫感。
その全てが心地よかった。
「・・・沙都子さん」
初めて明確に意識する。
先生が、私を名前で呼んでいることを。
「あなたの癒されない辛さ、苦しさ、・・・そして、底のない憎しみは痛いほど分かります。
でも、それを消そうとしても、敵の血で癒そうとしても、・・・もう絶対にできないんですよ」
先生の必死の思いが伝わってくる。
――お願い、分かって。お願いだから、わたしと同じ道を歩まないで。
573 :
417:2012/08/11(土) 23:38:55.15 ID:GQYGQIXz
「今は全てを失ってしまった気分でしょう?でも――それは間違っています。あなたには、まだいるではありませんか。
あなたを心から愛してくれる、素晴らしいお姉さんが」
先生の顔が近付く。
「あなたの仲間が、あなたに無慈悲で冷酷な殺人気になってほしいと望むと思いますか?」
知恵先生の手がスライドし、私の体を滑る。
頬から首へ、方へ、腕へ、・・・そして、両手で止まり、私の手を包み込む。
「今なら、まだ引き返せます。・・・お願いします」
「アサシンと、縁を「それ以上言ったら、殺す」」
先生の声を、怒りに震えた声が遮った。
声のした方向を見ると――
いつの間にかドアを開けて、今にも引き金を引きそうなほど殺気の篭った目で知恵先生を見据える吾郎さんの姿があった。
574 :
417:2012/08/11(土) 23:42:24.46 ID:GQYGQIXz
今回はここまで。
いずれTipsなども追加したいと思うのですが、やはり保管庫に
入れる際に一緒に保管庫に直接入れるべきなのでしょうか?
ご意見いただけますと幸いです。
今回もgj
ここで投下してもいいんじゃないかな。ただ、容量には気をつけないとだけど
576 :
417:2012/08/15(水) 16:20:18.98 ID:dllXRChu
>575さん
コメントありがとうございます。
そうですか!それでは、ここで投下させていただきたいと思います。
絵羽〜
578 :
名無しさん@ピンキー:2012/09/17(月) 17:30:32.72 ID:3xEtdV2N
保管庫行ったらオムツssが
規制解けた
ベアトリーチェによる規制発動
傷口を朱志香に舐めさせる偽嘉音って有りか?グロエロで辻褄合わないけど
ありまくり
保守
584 :
名無しさん@ピンキー:2012/11/16(金) 02:59:23.83 ID:bt3b241H
戦人「復唱要求!黄金の魔女ベアトリーチェは目隠し鼻フック・ギャグボール・さらにはいやらしい格好で縛られてる癖に
アナルにバイブを突っ込まれ後ろから獣のように犯されながらケツぶっ叩かれて喜んでイキ狂ってる変態マゾ便器である!!オラッ!!きたねー汁体中から出してよがってね−で言えっつってんだよこの雌豚!!!!」パンパンバシバシパンパンバシバシパンパンバシバシパンパンバシバシ
ベアトリーチェ「おおおお!!おぼおおおおお!!ぼおおおお!!おおおお!!おおおおおおおおぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」ブシャッブシャシャ ブシャーーーブシャーーーーー
585 :
417:2012/12/01(土) 22:47:24.31 ID:UQ/2zM1F
大変お待たせいたしました。
続きを投下します。
586 :
417:2012/12/01(土) 22:48:13.58 ID:UQ/2zM1F
ページ16
1983年10月27日(昭和58年) 午後1時23分
北条沙都子 12歳
アサシン教団訓練生 (療養中)
日本国 野永県 鹿骨市興宮町
涼千会興宮病院5階 516号室
「まだ少し時間はあるはずですが」
知恵先生は首だけ90度回して、横目で吾郎さんを見るようにしながら言った。
「なぜもういらしたんです?」
喉の奥から舌の先まで凍てつききったような声で。
「・・・面会は終わりです」
しかし、対する吾郎さんの声も、負けず劣らず怖かった。
知恵先生と同じような調子ではあるが、温度が全く違う。
熱い。
声の隅々にこもったそれは憤怒か、それとも憎悪か。
普段から大人しくとても優しい人だから、吾郎さんが本気で怒ったところはあまり想像できなかったのだが。
「なぜです?」
だが、知恵先生の声はあくまで平坦だった。
「20分、という約束だったはずですが」
「確かに、そういう約束でした。でも、・・・もう違います」
「一方的に約束を反故にされると。そういうことですね?」
「原因を作ったのはあなたです」
一瞬驚いた。
当然『お前』と呼ぶものと思ったのだが。
「わたしが何かしましたか?」
「・・・まだ、わからないんですか?」
吾郎さんはもう爆発寸前だ。
「ええ」
「そうですか」
吾郎さんはゆっくりと知恵先生に近づく。
知恵先生は、依然として体を動かさない。近寄る吾郎さんを、ただ横目で見据える。
「あなたは、僕の家族を汚した」
吾郎さんの怒りに満ちた声。
どちらかといえば高めの、少年と青年の入り混じったような声。
「ただ殺すのみならず、兄弟を――自由のために命を賭して戦う同胞を侮辱したんだ」
右こぶしがぐっと握りしめられ、関節が鳴る。
「そして、今――あなたは沙都子ちゃんを言葉巧みに操ろうとしている」
「操る!?」
突沸。
知恵先生の大きな声が響く。
知恵先生はとうとう立ち上がり、吾郎さんを真っ向から見据えた。
「散々御託を並べた挙句、『操る』ですって!?
一体どこの世界に、自分の生徒を洗脳するような教師がいるんですか!?」
「Я знаю все, Драгомиров!」(全部知ってるんだ、ドラゴミーロフ!)
突如として言葉が変わった。
意味は分からないが、アクセントは流暢な感じだ。
「Когда вы были шпионом, я знаю, что вы были хороши」(スパイだったころのあなたが、何を得意としていたか)
知恵先生は瞠目する。
ここで祖国の言葉が出てくるとは思わなかったからだろう。
「・・・あなた、なぜ」
知恵先生の声を遮り、吾郎さんはぴしゃりと言う。
「いずれにせよ、もう面会は終わりだ」
吾郎さんは羽織っていたカーディガンの懐から布袋を取り出し、乱暴に知恵先生の頭にかぶせ――ようとした、その瞬間。
587 :
417:2012/12/01(土) 22:49:03.71 ID:UQ/2zM1F
「山本、やめろ!」
真和さんの、大きくはないが鋭い声が飛んできた。
吾郎さんはびくっとして振り返る。よっぽど驚いたのだろう。
「え、・・・佐原さん!?どうしてここに・・・」
佐原?
あ、そうか。真和さんの偽名でしたわね。
吾郎さんの質問には答えず、真和さんは吾郎さんに近づき、布袋をむしり取った。
そして、一言。
「アホ」
「え」
あ。
前にも見た目ですわ。
私がセーフハウスに匿われた初日、吾郎さんがアサシンについて話しすぎた時見せた目。
ただあの時よりは、怒りの占める割合が勝っているようですが。
「一度約束したなら、きっちり守れ。20分は、沙都子と話させてやるんだ」
「佐原さん!?」
吾郎さんの怒りは、真和さんに向かう。
「佐原さん、この女の味方をするんですか!?この人は「こいつが何であろうと」」
真和さんは言葉を遮る。
「こいつが与えられた時間をどう使おうが、それはこいつの自由だ。もともとこいつが
オレたちに悪印象を抱いてることは知ってただろう?」
吾郎さんが、怒った顔で真和さんを睨む。
だがその視線を叩き切り、真和さんは知恵先生の方を向いた。
「いや・・・悪印象、なんてものじゃないか」
知恵先生は能面のような無表情。
真和さんはしばらく視線を交錯させる。
沈黙を切ったのは真和さん。
「――何か、妙だなとは思ったんだ」
真和さんが、着ていたパーカー(緑色の無地)の内ポケットからクリアファイルを取り出す。
中に入っていたのは4枚のコピー用紙。
「アンタのことをもっと探ろうと、ソビエト支部に連絡を取った。・・・そしたら、これが渋る渋る。
資料提供から聞き込みまでな。何度となく繰り返し電話して、やっと仕入れたのがこれだ」
一番上。
「まずはアンタ。ナジェーズダ・ヤロスラファ=ドラゴミーロフ。中身は日本支部のとそう変わらなかった。
・・・だが、一か所だけより細かく書かれていた箇所があった。何だと思う?」
一枚めくる。
「アキム・フォミン」
知恵先生が、おや?という表情になる。
砂漠にスポイトでたらした水のような薄さだが。
もう一枚。
「ブラート・フィンコ」
最後。
「レフ・コブリン」
そして、私の膝に紙を放る。
反射的に手に取ったが、ほぼロシア語。すぐ読むのをあきらめる。
一番上には、でかでかと赤ハンコ。
[погиб в бою]
どういう意味なのだろう?
「・・・懐かしい名前ですね」
知恵先生が、初めてアサシン相手に小さく笑った。
「そうだろ?なんせ、アンタが殺した最初のアサシンなんだから」
588 :
417:2012/12/01(土) 22:50:05.41 ID:UQ/2zM1F
!
ということは――
知恵先生の資料を思い出す。
『アサシン教団ソビエト連邦支部のアサシン3名の殺害容疑(動機は不明)』
その3人が、それか。
真和さんは続ける。
「なんでこいつらの資料までわざわざ渡してくるのか、最初は理解できなかった。でも、すぐわかったよ」
「・・・」
「そりゃ、ソビエト支部も伏せたいだろうな。こんな事」
こんなこと、という真和さんの言い方に、知恵先生は一瞬驚いた顔をする。
「・・・あなたは、身内を――アサシンを庇わないんですか?」
「庇うさ。庇うに足る理由があればな」
「・・・驚きましたね。アサシンは、何が何でも非を認めないものと思っていましたが」
非?
「・・・正直、さ」
真和さんが知恵先生に一歩近づく。
「アンタはそんなの嫌なのかもしれないけど、同情した。アサシンを憎悪する気持ちも、よく分かった」
「・・・」
知恵先生が不可思議なものを見る目で真和さんを見る。
私は真和さんに訊く。
「真和さん、どういう・・・?」
「簡単ですよ」
質問には、知恵先生が答えた。
「私のお父さんとお母さんは、アサシンに殺されたんです」
衝撃。
吾郎さんは、驚いて口を半分開ける。
「それ、って・・・」
知恵先生の両親は、悪人だったのか?
でも、さっきの資料にはそんな事・・・
「真和さん・・・どういう事なんですの?」
私が訊くと、真和さんは逆に私に問うた。
「・・・沙都子、『三戒』覚えてるか?」
「え・・・ええ」
「言ってみろ」
「はい、・・・えっと」
589 :
417:2012/12/01(土) 22:50:45.12 ID:UQ/2zM1F
汝、己が刃、無垢なる羊に振るうことなかれ(罪のない人は傷つけるな)
闇に生き、光に奉仕する。そが我らなり(アサシンの存在を表にさらすな)
汝、いついかなる時も、友を陥れることなかれ(仲間を裏切るな、危険にさらすな)
私が『三戒』を諳んずると、真和さんは言った。
「さっき読み上げたこの3人は、そのうちの1つ・・・『罪のない人は傷つけるな』を破った」
「ということは」
『三戒』――アサシンの、最も重要な掟。
吾郎さん曰く、その罰は死。
「粛清されるはずだった奴らが、どういうわけかは分からないが生き延びた。で、この先生に殺られた」
「でも・・・それっておかしくありませんの?だって、何もしていない人は傷つけてはならないって」
破る=死という掟を、なぜ自分から破るのか。私には理解できない。
知恵先生が言う。
「沙都子さん。人間は、自分の欲望のためなら、大概のことは出来てしまうものです。
欲望、というのは、何もお金に限った話ではありません。
神の教えを広めたい――あるいは、神に敵対するものを滅したい。
自由を守りたい――つまりは、不自由を強いるものを滅したい。
そういう感情も、立派な『欲望』です」
二つ目の例は、明らかにアサシンへの皮肉だ。
吾郎さんが口を開く。
「その三人は、どうしてあなたの家族を襲ったんだ?」
「・・・」
知恵先生は答えない。
「あなたの家族に、何か恨みでも?」
「違います」
「では、なぜ?」
知恵先生はしばらく黙ってから、吐き捨てるように言った。
「・・・お金ですよ」
「え・・・!?」
アサシン寄りの立場に立っていた、吾郎さんも絶句。
「お金って・・・そんな」
「あなた方が支給する活動費を懐にしまうだけでは物足りなくなったんでしょう。あいつらは。で、物足りない分は
赤の他人の財布で補填することにした。まずは恐喝、次に空き巣。そして――強盗」
知恵先生の表情が憎悪に満ちる。
怒りに打ち震えた声で、知恵先生は言った。
「あいつらは、私たち家族の家に押し入り、まず一階の居間にいたお母さんに金のありかを聞いた。お母さんは、きっと答えなかったんでしょう。
で、騒ぎを聞きつけて二階の書斎から降りてきたお父さんも脅した。ところがお父さんは答えず――逆に反撃しようとした。冷静さを失った誰かが、
最初にお父さんを撃ち殺した。叫び声をあげたお母さんも、その直後に射殺。その後、詰められるだけ金品を詰め込んで、逃げた」
真和さんが無神経ともいえるほど直球で訊く。
「なぜアンタは生き残った?偶然出かけてたのか?」
おそらく、これが着火したのだろう。
「ええ・・・出かけてましたよ?」
知恵先生の冷静さもここまでだった。
「お父さんの誕生日プレゼントを買うために!!!」
590 :
417:2012/12/01(土) 22:51:30.28 ID:UQ/2zM1F
「人間にもいろいろいるように、アサシンにも色々といる。
無論、忠実に掟を守り、自由を守るためにのみ自らの力を使うという者が大半だが、
中にはそうじゃない奴もいる。己の技を、己の欲のためだけに使う輩もいる。
そういう奴らにとって、掟なんてのはただのお飾り。気になんてしない。
・・・そういう奴らを抑止するためのものが、掟だっていうのにな」
消灯時間はもう間近。
外はもう真っ暗だ。
知恵先生はもう帰った。
『今日は、見苦しい姿を見せてしまいましたね』
いえ、そんな・・・お気になさらないでくださいまし。
『あの、沙都子さん・・・』
はい?
『また、会いに来ても良いでしょうか?』
・・・もちろんですのことよ。知恵先生。
帰り際、吾郎さんは知恵先生に手錠もせず、袋を被せようともしなかった。
あの、吾郎さん。
『・・・何?沙都子ちゃん』
あの・・・本当に、ごめんなさい。
何が?
真和さんに、迷惑をかけてしまったこと?
そうかもしれない。でも、確信できない。
はっきりとは分からなかったが、とにかく私は、吾郎さんに謝らなければと思ったのだ。
『・・・いいよ。僕も、ごめんね』
何が?
きっと、吾郎さんも分からなかったと思う。
吾郎さんには、謝る理由なんてもともとないのだから。
でも、きっと吾郎さんも謝らなければと思ったのだ。
・・・いいですわ。
ともかく、吾郎さんも許してくれた。
それだけで十分だった。
「・・・知恵先生は、どうなってしまうんですの?」
『聖務執行』『細心の注意』『東西両陣営からの激しい追跡』
きっと、ただでは済ますまい。
訊きたいことを一通り聞いたら、殺してしまうのか。
それとも、知恵先生の身柄が欲しい組織に引き渡してしまうのか。
もし、そうなら。
・・・そうなら、私はどうするんだろう。
知恵先生には、絶対に行ってほしくない。これ以上、親しい人が消えるのはごめんだ。
でも、もし知恵先生を助けるために行動すれば、私が『東京』に復讐する機会はなくなる。
「順当にいけば、徹底的に尋問した後葬ることになる」
あまりにあっさり言うので、私は思わず抗議の声を上げようとした。
「そんな「やれるだけのことはやってみる」」
591 :
417:2012/12/01(土) 22:52:03.79 ID:UQ/2zM1F
!!
「やれることって・・・」
言って、改めて思い出す。
そうだ。真和さんは、第1級アサシンなのだ。
「真和さん」
「言っとくが、いくらオレが第1級アサシンだからって、聖務執行を止めるのは厳しいぞ」
そう言い、真和さんは壁にもたれた。
「最初の三人に関しては、原因が当人とそういう奴らを管理しきれなかったソビエト支部の責任ってことになるかもしれない。
だが、その後の七人は完全に知恵先生の責任ってことになるだろう。
仮に執行を止めたとしても、何らかのダメージは覚悟してもらわなきゃならん」
「何らかって?」
「指七本切断、とか、幽閉700年、とか」
若干伸びをしながら怠そうに言う。
「そんな!!」
「何が『そんな』だ。日本だって、三人殺せばまず死刑だろ?」
考えれば当然の話。
だが、受け入れられるわけがなかった。
「それに、谷内が協力してくれるか・・・」
「吾郎さん?吾郎さんが、どうして?」
「・・・お前の懲罰査問会の時、オレの台本作ったのは谷内なんだよ」
「えっ?」
びっくりして、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「オレは実戦は得意だが、どうもデスクワーク系には疎くてな。あいつ、そういうの得意なんだ」
意外や意外・・・と思いかけて、思い出す。
そういえば真和さんは、支部への定例報告書を全部吾郎さんにやってもらっていた。
弟の宿題を代わりにやってあげるお兄ちゃん、みたいな光景ですわね。
そう言ったら、真和さんにちびた消しゴムを投げられた。
「査問会の連中は見事に言いくるめられた。おかげでオレとお前の首はつながったって訳だ。
ただ今回は・・・」
「・・・谷内さん、やっぱり怒ってらっしゃるんですの?」
「さっき見た感じだと、最初ほど怒っちゃいなかったようだ。でも、まだアサシンを侮辱したことは許せない
って感じだったな」
「そうですか・・・」
私は肩を落とす。
「オレがにできること――それは谷内が作った言葉を、立場を利用して上にたたきつける。
そしてそのために、何とか吾郎を説得する。それだけだ」
そういうと、真和さんは壁から離れ、私の横まで来る。
「まあ、何もすぐに行動しなきゃならないって訳じゃない。時間はある。多少な。
とにかくお前はもう休め。今日は、病人にとってはきつすぎる一日だったんじゃないか?」
「ぜんぜんですわ」
半分は本心。半分は強がり。
色々なことが分かって、《外》のことがどうのという不安はほぼ払拭された。
だが――
こんなに人の激情に一日で触れたのは、生まれて初めてだ。
かつて、雛見沢で詩音さんに滅多打ちにされた時よりずっと濃かった。
濃密な感情は心の緊張を呼び、心の緊張は心臓のだるさを導く。
そして心臓が怠くなると、体の血の巡りが悪くなる。
なんだか、急に眠くなってきた。
その様子を見てとったか、真和さんは私から離れていく。
そして。
私がまさに眠りに落ちようとしていた、その時。
「ああ、そうだ」
理解はできる。でも反応は無理。
「言っておかないといけないことがある」
狙ったか、それとも偶然か、そんな絶妙なタイミングで。
「日本支部が、興宮支所の閉鎖を決めた」
脳がその情報を記録すると同時に、私は眠りに落ちた。
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417:2012/12/01(土) 22:53:03.74 ID:UQ/2zM1F
今回はここまで。
おつおつ