【田村くん】竹宮ゆゆこ 33皿目【とらドラ!】

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1名無しさん@ピンキー
竹宮ゆゆこ作品のエロパロ小説のスレです。

◆エロパロスレなので18歳未満の方は速やかにスレを閉じてください。
◆ネタバレはライトノベル板のローカルルールに準じて発売日翌日の0時から。
◆480KBに近づいたら、次スレの準備を。

まとめサイト3
ttp://wiki.livedoor.jp/text_filing/

まとめサイト2
ttp://yuyupo.dousetsu.com/index.htm

まとめサイト1
ttp://yuyupo.web.fc2.com/index.html

エロパロ&文章創作板ガイド
ttp://www9.atwiki.jp/eroparo/

前スレ
【田村くん】竹宮ゆゆこ 32皿目【とらドラ!】

http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1274222739/

過去スレ
[田村くん]竹宮ゆゆこ総合スレ[とらドラ]
http://sakuratan.ddo.jp/uploader/source/date70578.htm
竹宮ゆゆこ作品でエロパロ 2皿目
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1180631467/
3皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1205076914/
4皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1225801455/
5皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1227622336/
6皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1229178334/
7皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1230800781/
8皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1232123432/
9皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1232901605/
10皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1234467038/
11皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1235805194/
12皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1236667320/
13皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1238275938/
14皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1239456129/
15皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1241402077/
16皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1242571375/
17皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1243145281/
18皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1244548067/
19皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1246284729/
20皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1247779543/
21皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1249303889/
22皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1250612425/
23皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1253544282/
24皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1255043678/
25皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1257220313/
26皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1259513408/
27皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1260805784/
28皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1263136144/
29皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1266155715/
30皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1268646327/
31皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1270109423/
2名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 15:53:56 ID:UbmrBAfl
Q投下したSSは基本的に保管庫に転載されるの?
A「基本的にはそうだな。無論、自己申告があれば転載はしない手筈になってるな」

Q次スレのタイミングは?
A「470KBを越えたあたりで一度聞け。投下中なら切りのいいところまでとりあえず投下して、続きは次スレだ」

Q新刊ネタはいつから書いていい?
A「最低でも公式発売日の24時まで待て。私はネタばれが蛇とタマのちいせぇ男の次に嫌いなんだ」

Q1レスあたりに投稿できる容量の最大と目安は?
A「容量は4096Bytes、一行字数は全角で最大120字くらい、最大60行だそうだ。心して書き込みやがれ」

Q見たいキャラのSSが無いんだけど…
A「あぁん? てめぇは自分から書くって事は考えねぇのか?」

Q続き希望orリクエストしていい?
A「節度をもってな。節度の意味が分からん馬鹿は義務教育からやり直して来い」

QこのQ&A普通すぎません?
A「うるせぇ! だいたい北村、テメェ人にこんな役押し付けといて、その言い草は何だ?」

Qいやぁ、こんな役会長にしか任せられません
A「オチもねぇじゃねぇか、てめぇ後で覚えてやがれ・・・」

3名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 15:54:17 ID:UbmrBAfl
813 名前: 名無しさん@ピンキー [sage] 投稿日: 2009/01/14(水) 20:10:38 ID:CvZf8rTv
荒れないためにその1
本当はもっと書きたいんだがとりあえず基本だけ箇条書きにしてみた

※以下はそうするのが好ましいというだけで、決して強制するものではありません

・読む人
書き込む前にリロード
過剰な催促はしない
好みに合わない場合は叩く前にスルー
変なのは相手しないでスルー マジレスカッコワルイ
噛み付く前にあぼーん
特定の作品(作者)をマンセーしない
特に理由がなければsageる

・書く人
書きながら投下しない (一度メモ帳などに書いてからコピペするとよい)
連載形式の場合は一区切り分まとめて投下する
投下前に投下宣言、投下後に終了宣言
誘い受けしない (○○って需要ある?的なレスは避ける)
初心者を言い訳にしない
内容が一般的ではないと思われる場合には注意書きを付ける (NGワードを指定して名前欄やメ欄入れておくのもあり)
感想に対してレスを返さない
投下時以外はコテを外す
あまり自分語りしない
特に理由がなければsageる
4名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 18:38:10 ID:s19WF7AQ
ぬるぽくん
5名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 19:05:14 ID:Xli/BUCB
>>1
6名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 21:23:53 ID:VirFyM+F
          _
      ミ ∠_)
         /
         /   \\
 ウイーン   Γ/了    | |
  ウイーン  |.@|    | | ガッガッ
       | / |    人
       |/ |    <  >_Λ∩
      _/  | //.V`Д´)/ ←>>4
     (_フ彡        /
7名無しさん@ピンキー:2010/09/26(日) 11:32:29 ID:1/ycpSqH
>>1
乙だぜぇ〜乙だぜぇ〜超乙だぜぇ〜

「ちょっと竜児>>1に言う事あるでしょ?アホ犬!」
>>1さん今回もスレ立て乙でした!」
>>1あんたにしてはちゃんと立てられたみたいね。
そ、その・・・ありがとう・・・大好きだょ」
8名無しさん@ピンキー:2010/09/26(日) 20:00:23 ID:Qm7Zk6dM
新スレ おめ。
景気づけに第一投。

なお作中も結びの言葉は、亜美ちゃんが自分を励ますときの「おまじない」
みたいな感じです。
91/5:2010/09/26(日) 20:01:18 ID:Qm7Zk6dM

事件と生理は忘れた頃訪れる。

夏休みが終わり、数日たったある日のこと。
夏休み中には、志望校向けの最初の個別模試も終わった。
奨学金制度を有利に運用したいと考えている竜児にとっては、より良い成績での合格を目指しているわけだが、その
意味でも試験の結果は納得のいくものであった。
それなのに、どうしたことだろう。
心の中には原因不明の焦燥感があった。
いや…
(原因不明…じゃねーか…  やっぱ川嶋のことだよな…)
あの撮影現場の亜美を見たときから、竜児のなかで亜美に対する何かが変わっていた。
何と言ったらいいのか、少し身近になったというか、逆に彼女のことを意外に知らないことに気づいたというべきか。
他の友人達と同じように接しているつもりで、その実、彼女の事はどこか別の世界の住人のように思っていたのではなかったか?
こうして意識して見てみると、意外なほどこれまでの認識と違う彼女がいた。
そして、そんな風に彼女のことが気に掛かるようになったのが、どこか怖い気がしていた。
(でも、約束しちまったんだよな。 …勢いで大河にも話しちまったし、やっぱいつまでもほっとく訳にはいかねぇ。)
などと考えつつ、いつものように自販機コーナーにいくと、やはり、いつものように亜美が現れた。
「よ。」
「おう。」
いつもの通りに挨拶し、いつもの通り紅茶を購入すると、いつもの通り隙間に挟まる。
ただ、いつもと違ったのは、座るときにスカートをタイトスカートのように引き寄せなかったことだ。
いつもは引き寄せて折り込んで座ることで、スカートが拡がることを防止しているのだが、それをしなかったのだ。
つまり、彼女の正面に居る竜児からは、スレンダーなふとももの隙間の、やせた体に反して肉感あふれる股間が丸見えだった。
(うおっ、か、川嶋のやつ、また俺をからかって……)
だが、そう思って亜美の顔を見ると、想像とは全く違った表情をしていた。
僅かに顔を赤らめ、目が合わないように視線をそらし、ちびちびと缶の紅茶を飲んでいる。

実際、亜美のほうもドキドキであった。
(さ、さすがにこれはあざといかな… でも、これ位のことしなきゃ、この朴念仁には伝わらない…)
実のところ、亜美としては竜児に会うたびにスキスキオーラを放っているつもりだったのだが、竜児は全然気が付く様子も無く、
また、以前した食事の約束も果たしてくれそうな気配も無い。
そこで止む無く、この大胆なアピール作戦を考案、実行に移したわけだが、思ったよりもずっと恥ずかしかった。
本来、こんな下品な事は亜美の好みではない。 しかし、たしかに効果は高く、こぶし二つほど開かれた膝の隙間に、竜児の
視線は強力に吸引されているようだった。
(こ、これは… シルクか? さすが川嶋、あの光沢は相当高級な生地に違いねぇ……って、そうじゃなくて!!  あ、あれは
 もしかして…、いや、もしかしなくても… あの微かに、いや、わりとはっきりと見えるのはっ …すっ、すっ、す、すじ!?)
(パンツ小さすぎたかな…… ちょっと食い込む… ってか、そんなにガン見されたら…)
缶のあけ口から外れた唇が、微かに音を立てて息を漏らす。
「ぁ…」
(ヤ、ヤバッ!! あそこがジンジンしてきた……)
「たっ、高須くん、目つきエロッ。 ドコみてんの!!」
102/5:2010/09/26(日) 20:01:56 ID:Qm7Zk6dM

羞恥に耐え切れず、怒鳴る亜美。
竜児にしてみれば理不尽極まりないが、こういう場面では無条件に男が悪と、国連憲章かなにかで決定しているっぽい。
「うおっ お、おおぅ す、すまん!!」
飛び跳ねるように横を向く竜児。
(ああああ。 これじゃダメじゃん、あたし! ど、どうしよう… またからかってるだけだと思われちゃうよ…)
しかし、さしもの竜児も、そこまで鈍くは無かった。
(さっきのはわざとだよな… それに最初は見られて嫌がってるって感じでもなくて… どういう事なんだ? まさか…)
ちらりと自販機の隙間を見ると、今は膝を閉じた亜美と目が合って、お互い慌てて目線をそらす。
(こ、この反応… やっぱり怒ってるわけじゃねーような……)
(ど、どうしよう、なんかフォローしとかないとまた高須くんに勘違いされちゃう…)
(そういえば、こいつ、俺と北村以外の男と話してる時って、全然雰囲気違うよな…カマトトってんじゃ無くて、妙にお行儀が
 いいっていうか…)
(ああっ 休み時間終わっちゃうよ。 ど、どうする亜美ちゃん!)
欲情ぎみで冷静さを失った亜美は、ほとんど無意識のうちに隙間から立ち上がって、竜児の隣へと移動した。
それこそ、腕が触れ合う距離へと。
恐るべしは女の本能か。 今、この時点において、竜児に対してその行動は極めて高い効果を上げた。
いつもの隙間から彼女が出てきたこと、それは何か象徴的な意味をもって竜児の目に映ったのであり、そしてそれは、彼女
自身さえも認識していない真実を含んでいた。
90気圧の濃密なフェロモンの雲をまとう、男を焼き焦がす摂氏400度の究極の肢体。  ………それは正しくヴィーナス。
全天で最も明るく輝く、スター。
だが、竜児は今始めて本当の意味で、彼女の美しさや経歴等を飛び越え、ただの同じ年頃の女の子、一人の同級生として…
臆病で寂しがり屋で嘘つきで、見栄っ張りで強がりな女の子として……感じていた。

誰も寄せ付けない、自分だけの場所から立ち上がり…

そして、微かに触れ合う腕から伝わる、亜美の熱。

(か、川嶋… どういう事なんだ… まさか、本当に俺に好意を?)
いつもなら、どや顔で迫ってくる亜美は緊張したように俯いていて。
(………もしも、このまま抱きしめたなら、こいつは応えてくれるんじゃ…… いや、駄目だ!そんな事したら止まれなくなっちまう!)

そう思った竜児は反射的に体を離してしまった。 
まるで逃げるように。

不幸なすれ違いだった。
それが彼女にどんなメッセージを伝えることになるか、竜児には想像する余裕はなかったのだ。

「!!!」
(……たか…す…くん…… …そっか… やっぱり、そっか…  こういうの嫌なんだ…   あたしじゃ………)

「だ… め… なんだ…」

「え?」
「…授業、始まっちゃう。 じゃね、高須くん。」

搾り出すような声でそう告げると、飲みかけの缶を空き缶入れに捨てて、亜美は走り去った。

113/5:2010/09/26(日) 20:02:33 ID:Qm7Zk6dM

その日の放課後。
亜美は進路指導の先生に呼び出されていた。
大学進学を希望しながら、具体的な目標が一向に定まらない亜美に郷を煮やしたのだろう。
先生は亜美に指定校推薦枠をあてがおうと考えていた。
大橋高校は進学校であり、指定校推薦枠があったが、中堅以下の大学の枠はたまに希望者が居ない事がある。
普通に受験しても入れる可能性が高く、より上を目指す生徒達には、ほとんど意味が無いからだ。
とはいえ、希望者が居ないと、次年度は枠自体が無くなる事もあるため、学校側としては漏れなく生徒をあてがいたいのだ。
本来の成績的には厳しいが、平均評定なんか実際どうにでもなる。
指定校推薦枠で、それが『川嶋亜美』だというなら、私立大学として嫌気する理由は無いだろう、というのが学校側の打算だった。
(正直どうでもいいんだけど…… さっさと終わってくんない?)
そんな亜美の態度に、最初は進路相談だったのが、徐々に説教に変わってきた。
亜美はそんなの聞いているような気分じゃなかったから、益々不遜な態度になっていく。
結局、指定校推薦を受ける、というシンプルで喜ばしい話が、無駄にこじれて時間を食ってしまった。
窓の外は、下校時間がこんな時間にさえならなければ、降り出していなかった筈の土砂降りの雨。
(最低。 天気まであたしの敵かよ……。)

亜美の恋心はもはや折れる寸前だった。 というか、いじけていた。
(ホント、何もかも上手くいかねー… 今、告ったら玉砕確定だし、かといって遠まわしにせまっても気が付きゃしねーし……。)
(思えば、学園祭でもクリパの時でも、高須くんはあたしのことなんか見ちゃいなかった。 沖縄行った時だって、大河に言われる
まま、なるべく高須くんにちょっかい出さないようにして…… たぶん高須くんは、修学旅行の間あたしの方から話しかけたことは
一度もなかったって…気付いていない……。)

「所詮、こんなもんか……… 結局あたしは……」

(異分子なんだ…)

窓辺ではバタバタと雨がガラスに叩きつけられる音。 …少しばかり風が出てきたようだ。
亜美は、そんな激しい雨を降らせる空よりもどんよりとした顔を窓の外に向ける。
(見た目じゃタイガーにも実乃梨ちゃんにも負けてない。 ってか、勝ってる。 要するに中身が駄目って事よね…… そんなの
どうしようもないじゃん。 いまさら変われないよ……性格なんて、そんな簡単に変えれない……)

そんな悲観的なことを考えながら、とぼとぼと昇降口に辿り着いたが、説教が長引いたせいですっかり人影がなくなっていた。
(ふぅ… 適当な男子に傘貢がせようと思ってたけど…  これじゃ無理か。)
……なにげにブラック亜美ちゃん化。
そのまましばらくは、ぼんやりと校門のほうを眺めて突っ立っていた亜美。

「はぁ………」
(もう、どうでもいいや。  濡れて帰ろ。)

やがて深いため息とともに、雨の中へ歩き出したのだった。

124/5:2010/09/26(日) 20:03:06 ID:Qm7Zk6dM

一方の竜児の方もかなり悩んでいた。
自販機コーナーで亜美の背中を見送った後、彼女のことが頭から離れなくなっていた。
そのため、受験を控えたこの大事な時期にこんな事ではイカンと、竜児は放課後、図書室にこもって自主学習に励むことにした
のだが……やっぱり勉強に集中する事はできなかった。
目を閉じれば触れ合った腕の感触が、膝の隙間から見えた光景が、脳裏をよぎる。

(あいつのいう事はいっつも判りにくくって…だから適当に聞き流した事もあるのは確かだ。それにいっつも俺をからかって、玩具
にして… けど、本当に全部が全部そうだったんだろうか? 中にはあいつが本心で言ったこともあったんじゃないか?)

(今日のはふざけている様には見えなかった。 確信は持てないが、あれは『素』の顔に見えたんだ…。)

(でも、本当にそんな事があり得るのか? 俺の自意識過剰じゃねーのか? だって、あいつは物凄い美人で、人気モデルで、
しかも本物のセレブなんだぞ? それがなんだって俺なんかに? ……そんなの…普通に考えたらありえねぇだろ……。)

「わからねぇ。」
(大体、仮に川嶋が俺に好意を持っていたとして、俺はどうしたい? 川嶋にどうしてもらいたい?)
それを考えると脳裏に浮かぶのは、修学旅行時に再チャレンジして見事玉砕した櫛枝の顔であり、いつも一緒にいる大河の顔
であり。
少なくとも竜児が頭で理解している範囲では、亜美は3番手ですらなく、ランク外、すなわち『友人』という位置づけの筈だった。
(やっぱり、俺にとって川嶋は… ただの…)
だが、そう考えようとした時、不意にここ何ヶ月かの亜美との時間がフラッシュバックする。
ぬいぐるみで遊ぶ亜美、往来でいきなり鼻血を吹いた亜美、撮影の時のプロの顔、食事に誘ったときの笑顔、そしてつい先日の
連続5回も『可愛い』と言わされた後に見せてくれた笑顔………
そしてとりわけ、

『…授業、始まっちゃう。 じゃね、高須くん。』

今日、別れ際に浮かべた、酷く悲しそうな笑顔が……。
(くそっ! なんなんだよ、この気持ち悪さは… さっきの川嶋の顔を思い出すと、無茶苦茶嫌な気分になる……。)
(どうしちまったんだよ、俺は!!)

頭を抱えて机に突っ伏したまま十数分。
本当は判っているのかもしれない。 ただ、潔癖症の竜児には心変わりは認められないだけで。

やがて図書室の窓を叩く雨の音に、竜児はゆっくりと顔を上げた。
(雨…か。 ずいぶん遅くなっちまったな。 そろそろ帰るか。 大体、川嶋の気持ちもわからねぇのに、こんな事考えたって無駄だ。)
とりあえず、今は考えることを放棄することで心を落ち着けた竜児。
(まぁ、変に意識しねーほうがいいだろ。 ただでさえ何考えてるのかわからねぇ奴だし。)
昇降口に辿り着くまでは、まぁ、そんな風に思っていたわけだが……
靴を履き替えて傘を取り出した丁度その時、竜児のいる場所からは死角になっていたのか、柱の影から細身の美しいシルエットが
土砂降りの雨の中へ踏み出した。
「!!」
(あれは…川嶋!? っあのバカ! 傘もささねぇで…)
声を掛けることも忘れ、とっさに竜児は走り出していた。

135/5:2010/09/26(日) 20:03:43 ID:Qm7Zk6dM

『ザザァァ』
雨の音が急に布を叩く音に変わり、亜美はきょとんとして空を仰いだ。
空を仰ぐ視線を遮っているのは……黒く大きめの男性用の傘。
隣に立った人影は…考えるまでも無い。 亜美にこんな事が出来るのは大橋高校に二人しかいない。 北村祐作か……
「高須くん……。」 高須竜児だ。
「おう。 お前な、こんな土砂降りの中、濡れて帰るつもりだったのかよ…」
「傘忘れたんだから仕方ねーじゃん……」
「あのなぁ… やり方なんかいくらでもあるじゃねーか。 たったこれだけでそんなに濡れちまって。 家までだったら…」
「いいの! 濡れて帰りたい気分だったの!」
「良い訳ねぇだろっ!!!  …風邪ひいたらどうすんだよ。 …まったく、お前は変なところでガキなんだからよ……。」
「!」

「………わり。 つい怒鳴っちまった。」
「…う、ううん…」
「ま、相合傘には色々と不満もあるだろうが、このままお前の家経由で帰るぞ。」
「え? 不満?」
「おう。 お前、この間言ってただろ? 俺の一生で一度きりだってよ。 でも、これで二度目になっちまったからな。」
「………は?」

(な、なにそれ…そんなの言葉のあやに決まってんじゃん… 何そんなの真面目に考えてるのよ………)

「…………。」
「な、なんだ?」
「なんでもね。 なんか、亜美ちゃん色々わかっちゃった。」
「何がだよ…」

(そうか…高須くんは高須くんであたしが言った何気ない一言で傷ついたり、クソ真面目に考えたりしてるんだ。)
(だからあたしもちょっとした言葉尻捉えて落ち込んだりしても意味ないんだ… だって、高須くんが本当はどう思っているか
なんて判らないんだもん…。)
(それに、現にこうして、あたしにだって優しくしてくれる。 ちゃんと気にしてくれてる。 それだけでも…あたし……)

「ん〜〜〜。 教えなーい。」

「まーたそれかよ…。 って、もうこんなに水が溜まってやがる。 足元気をつけろよ、川嶋。」

注意を促されて足元を見る亜美。
足元の水溜りにぼんやり映った自分の顔。 はっきりとは見えないがそれでも……
『あたしってば、現金なヤツ』などと思い、クスッと笑みを浮かべ…
竜児に聞こえないよう、小さな声で囁いた。

「…うん。 よし…。」
「亜美ちゃん、今日も可愛い♪」

            〜 亜美ちゃんの平凡な一日 7 〜                            どっとはらい。

14名無しさん@ピンキー:2010/09/26(日) 20:05:35 ID:Qm7Zk6dM
いじょ。

本当は大河と竜児の会話も入れようかと思ったんですけど、
シリアスになりすぎると思って削除しますた。
15名無しさん@ピンキー:2010/09/26(日) 21:08:07 ID:u1HmlrdW
>>13
GJ!!
16名無しさん@ピンキー:2010/09/26(日) 21:43:35 ID:dmYYf37H
>>14
GJです。この後、ちわどら以外だと展開難しそうですね。次回もお待ちしています。
17名無しさん@ピンキー:2010/09/26(日) 22:57:03 ID:VN3L6GrO
イイヨイイヨー。亜美ちゃん可愛いよー
18名無しさん@ピンキー:2010/09/26(日) 23:00:14 ID:lm0hIDa+
>>14
この、お互いに好きで仕方ないけど相手の気持ちが分からなくてヤキモキする段階が堪らないです
好き好きビームとか
GJでした。
19名無しさん@ピンキー:2010/09/27(月) 01:34:36 ID:wv4Girfq
>>前スレの488
超GJ!!
インコちゃんのヤキモチめちゃワロタwwww
数グラムの脳味噌で、あれこれ考えてるかもしれないと思うと愛おしいなw

まさかインコちゃんに萌える日が来ようとは。
20名無しさん@ピンキー:2010/09/27(月) 01:55:19 ID:wprVvPJo
前スレ>>488
GJwwwwwwwちぇけらっちょいキターwwww
ってかこのインコちゃんいろいろとヤバイよwwww
21名無しさん@ピンキー:2010/09/27(月) 18:17:13 ID:3zlLatCC
前スレ>>488
まさかのインコちゃんwww
超GJでした!
22名無しさん@ピンキー:2010/09/28(火) 01:46:56 ID:3j55MujS
インコちゃんの人気に嫉妬しつつも前スレ>>488様にGJ!
そして新スレで早速投下してくれた>>14様にもGJ! 亜美ちゃんかわいいよ亜美ちゃん。
23名無しさん@ピンキー:2010/09/28(火) 02:15:51 ID:pag03e5B
やっちゃんで胸締め付けられた直後にインコちゃんに腹筋壊されて色んな意味で苦しい
前スレの>>475>>488は本当に同じ人なの?
24名無しさん@ピンキー:2010/09/28(火) 02:28:01 ID:gM8KaV0r
>>14 GJ 
今までの全部保存して、たまに読み返してます。
25名無しさん@ピンキー:2010/09/28(火) 07:38:22 ID:QCw9/oKn
174さんは化け物(ホメコトバ)
コメディーからシリアスまで降り幅がでかいし、基本どの女の子でもいけるし、
どんなめちゃくちゃな話でも面白いと思わす力があるしね

良書き手が多いこのスレでも、質量ともにいなかったらと思うとぞっとする職人さんだよ
26名無しさん@ピンキー:2010/09/30(木) 00:25:22 ID:7PX81L4W
×××ドラってヒロイン全員のその後が明らかになったけど、これで本当に完結しちゃったことになるのかな
27Jp+V6Mm ◆jkvTlOgB.E :2010/10/01(金) 20:43:44 ID:T3kNYCV/
こんばんは。遅筆です。以下SS投下させて頂きます。

概要は以下です。よろしくお願いします。

題名 : Happy ever after 第9回
方向性 :小説スピンオフねたで、ちわドラ。

とらドラ!P 亜美ルート100点End後の話、1話完結の連作もの
1話でもなんとか読めるとは思っているのですが、まとめサイト様で保管して頂いている過去のも読んで頂けるとありがたいです。

主な登場キャラ:竜児、亜美、少し大河
作中の時期:高校3年 夏休み
長さ :15レスぐらい

補足:
なんだかんだあって、劇中では亜美は高須家に居候中。
そんなこんなあって、劇中では高須家の食事当番は竜児と亜美の交代制。
28HappyEverAfter9-1/15:2010/10/01(金) 20:45:49 ID:T3kNYCV/

Happy ever after 第9回

日本の夏は暑い。その日も例にもれず蒸し暑い日だった。
強い日差しはもとより、湿気を含んだ空気がその熱を溜め、放散を妨げる。
もわりとした熱の塊が漂い、常に体に加熱を加えていた。
汗たっぷりの人間が常にまとわりついているような錯覚すら浮かんでくる。そんな日だった。

高須家の台所は、それにもまして暑く、温度計は三十八度に届かんとしている。
何故か
こんな日にも関わらず、揚げ物が作られているからだ。

時は昼時、竜児は弁財天でヘルプ中。
逢坂大河のオーダーを受け、川嶋亜美はせっせと、トンカツの調理に明け暮れていた。
ボトムは竜児のジーンズを借りていて、男物のパンツは彼女の自慢のスラリとした足といえど長いらしく、少しばかり折り返して上げていた。
上げた裾の下から、素足が少し出て、形のいい足の指が質素な床に侍る。
アップは簡素なTシャツ。日中の暑い最中だというのに長袖を着ている。
揚げ物の時は長袖着ろよとおばさん男に言われていたからだ。
高須お料理教室の生徒である川嶋亜美は授業中は常にふざける、手のかかる生徒。
けれど、先生のいないところでは、律儀に言いつけを守る真面目な生徒でもあった。

竜児は値段が手ごろな事もありプリントシャツをよく購入する。
特に、奇抜なメッセージや、奇妙なものは売れ残り、プライスダウンする事が多く、手が伸ばしやすい。
そのシャツも安売りセール時に竜児が購入したものだった。
プリントされている文字がセンスの欠片もなく、草食系と記されているのがバーゲンセール行きの大きな理由。
買った本人はこの文字が目つきを相殺してくれるかもと期待もしていた。
実際、彼が着るとグリム童話に出てくる、お婆さんに擬態した狼さんよろしく、怪しさ百万倍。
そんな事鵜呑みにするのは人を疑うことを知らない真っ赤な頭巾の子くらいだろう。
少しでも警戒心のある猟師に出会ったらその場で撃ち殺されてしまう。

その上、亜美には「高須くんそのまんまじゃん。もっと捻らないとつまんねー」と世間一般とは真逆の評価をされる始末。
竜児が亜美の前でたまたま着ていたそれを、そんな風に馬鹿にされた。
散々けなしたわりに、元モデルの実力を見せたいから着てみたいとも言う。試しに着させたTシャツはたしかに似合った。
けしてお洒落といえる代物ではないバーゲンセール品。
けれど彼女が着ると、わざと外しを入れた遊びのファッションに見えるから不思議なものだ。
「どうよ」と、左足を前に出し、前かがみ。右手は腰に、左手は前に出した足の膝に、そして笑顔を作る。
そんなモデルポーズで決めた、大きすぎる男物のシャツに身を包んだ亜美。
「可愛い…」と竜児も思う。思うが、けして口には出さない。その代わり、「まぁ、俺よりは少しはましだな」と意地を張る。
そうして、「そうそう、亜美ちゃんの方が似合よね。じゃ、これは私のもの♪」と言われるままに亜美にシャツを取り上げられる。
使い古しだというのに亜美は大きく喜んだ。

そんなシャツを着た亜美を、赤い、これ自身は品物もいい、これもいつのまにか竜児にねだって亜美が自分へのプレゼントと奪い取ったエプロンが着飾る。
贈り物を包装するようなラッピングペーパーのように彼女を飾り立てている。髪は邪魔にならないよう、ポニーテールにして、纏めていた。
台所に立つ彼女のうなじを玉の汗が露となり伝う様子ときたら、そこに風情を感じないものなどけしていないだろう。
29HappyEverAfter9-2/15:2010/10/01(金) 20:47:37 ID:T3kNYCV/

慎重に油から狐色に色づいたカツを長箸で取り上げると予めキャベツの千切りが盛り付けられている皿に置く。
二つの皿が並べれており、一つ目の皿には小さめの一口カツを、もう一つには大きな大判カツを置く。
これで完成。亜美はその皿をみて、小さく、満足げに頷き、急いで表情を作り直し、両手に皿をもつと居間に向かった。

「ばかちー、遅い。お腹ペコペコ」
「急にあんたがカツが食べたいって言ったからじゃん。予定通り素麺だったら楽でよかったのに」
「あんな薄い味のもの何度も食べてられるか」
「何度もって、五日前だっての」
「そういうのは一週間に一回で十分」
「トンカツは三日に一回でも飽きないってのに?。本当、こんな暑い中、よく食えるよね」

と亜美は文句をいうものの、カツを前に目を輝かせる逢坂大河を前にしては、
やはり、毎回、注文どおりに用意してしまうのである。

当の要望者は文句を言った表情はどこ吹く風。
ニコニコ顔となり、カツにソース(ブルドック)をたっぷりと掛け、それをおかずにご飯を水のように飲みながら、昼食を進めていた。
咀嚼する度にゆれる満足げな表情を見ると、
メニューを変更してよかったなと思い、また、上手く揚がってよかったとホッとする亜美であった。

そうして、飢えた虎は一膳目の飯を平らげ、腹四部タイガーに変化する。大河はふっー、と息を付くと亜美をジッと見つめた。
「ねぇ、ばかちー。肉……」
「ん?。肉がどうしのよ。確かに今日のは、三日前の閉店間際に買ってきた赤札が付いたやつだけど、狩野屋だし大丈夫でしょ。
 ほら、ゆりちゃんも言ってたじゃん。腐りかけが一番美味しい時期だって」
「違う、その肉」
と大河は箸で亜美の方を指し示す。亜美はカツがのった皿を引いた。
「これは私の分だからやんねーっての」
大河は意が伝わらないのを不満と、箸を戻し、戻しざまに、たくあんをつまんでボリッと噛み、その後、低い声で、

「夏って言えば、怖い話よね」
「なによ。急に」
「私が特別に話してあげる」
「亜美ちゃん、ホラーとか超苦手だから聞きたくない」
「あんた、冬休みの時の肝試しとか全然怖がってなかったじゃない。竜児と騒いでただけで。
 役者のくせに、芝居、みのりんに適わないんじゃないの?」

安易な挑発に亜美はあっさり乗る。
「ふん、幽霊とか存在するか解らないものなんか怖がってられねーての。世の中、怖いものばっかだってのに」
抗議を無視して話始める大河。
「私ね。インナーマッスルってのがすごくマッチョなんだって。だから、代謝がかなりいいの。水に浮かないけど……。
 その割に胃腸の吸収はそんなよくないから、かなり燃費が悪いの」
「で?、何が言いたいのよ」
「つまり、すっーごく太りにくい体質て事」
「自慢かよ?、胸糞悪い」
と心底嫌そうな顔をして、ケと呟く。内心は羨ましいさ一杯だが、そんな気持ちはおくびにも出さず、憎らしげな目で見返す。
大河は平静、マイペースなまま、語調を同じくして、先を続けた。
30HappyEverAfter9-3/15:2010/10/01(金) 20:49:43 ID:T3kNYCV/

「竜児の家でご飯摂る前は、ずっーとコンビニご飯とか、出前とかで済ましてた。
 その時もお肌とか、お通じとかよくなかったけど、少しも太らなかった」
「皮肉?、私はストレス太りで」
「最後まで聞くがいいわ。ここからが怖いところなんだから」
と大河はいったん息を吸い、山場に向かって話しを進める。

「竜児の家でご飯食べるようになったら、お肌も綺麗になって、体調もよくなったの」
「…………」
「あら、どうしたの?、ばかちー。黙っちゃって。私の話を静聴したい訳ね。いいわ」
急に押し黙る長身モデル、小柄なお姫様の薄紅色の愛らしい唇から恐怖体験が紡がれる。

「そんな生活を続けていたら、あっと言う間に、秋になる事には、外見が変わっちゃうくらい、まるまる肥えたの」
亜美の顔色が少しずつ青ざめていった。
「そんな事生まれて初めて。遺憾ながら、あんたの手までかりてダイエットしたものね。覚えてるでしょ。人の数十倍太り難いこの私がね」
そこで大河はニヤリと笑い、亜美に謝罪した。
「あ、ごめん。ばかちーには関係ない話か。あんたは誰よりも太り難い体質で、ダイエット戦士とは縁が無い存在だものね」
そしてとどめの一撃を放つ。
「ところでさ、最近、竜児の服、男物の服ばっかり着てるわよね。しかも、体のラインが見えない位、ぶかぶかのやつ」
「うきゃーーーーーーーーーーー」
川嶋亜美は頭を掻き毟りながら立ち上がって、そのまま凍りついた。


         ******


夕刻になり、高須竜児は早朝からの仕事を終え、帰宅した。
夏場のお好み焼き、鉄板、客の出入りを心配していたが、最近の売り上げを見る限り、杞憂に終わりそうだ。
夏休みに入って、学生客が増えたのが何よりの要因だが、
泰子考案の、冷やしお好み焼き始めました。の登りが功を奏した。それ目当てに来る客が増えたのだ。
但し泰子のアイディアは発案のみ、実際は存在せず、売り切れで今まではごまかして来た。が、限界に達していた。
売り切れの連続が話題を呼び、目当ての客が雪だるま式に増えてしまった。これが客が増えた真相。
その対策として、急遽、開発部長に任命された竜児がなんとか実体をひねり出す事を命じられる。
孤軍奮闘、悪戦苦闘の日々の末、苦労の甲斐もあり、自分自身でも満足出来る物がやっと出来た。
今日から正式にメニューにも載せた。
体はかなりの疲れをまとっていたが、精神を達成感が高揚させており、体は軽かった。
そんな達成感の元、憩いの我が家のドアを開けると、
鬼がいた。
「高須くんは女を駄目にする男だ」
と涙目の鬼女とエンカウント。どうやら玄関で待ち受けていたようだった。
充血した赤い目で睨む鬼チワワと化した川嶋亜美が立っている。
軽かった体が嘘のように重くなる。。高揚感が吹き飛ぶくらい怖かったのだ。
だから、悪夢を消す為に呪文を唱えてみた。
「……鬼は外」

だが、目の前の現実は消えることがない。わんずと竜児のエリを掴む。その手の中で彼の服は内に巻き込まれ、身動きがとれなくなる。
鬼は自分の姿を外にさらす事を嫌い、竜児を服毎をつかんで部屋に引きずり込むと、強く音が鳴るほどの勢いでドアをしめた。
31HappyEverAfter9-4/15:2010/10/01(金) 20:52:48 ID:T3kNYCV/

気づいた時は、ちゃぶ台の前で竜児は正座していた。
「このサゲチン!」
睨む亜美。何故、俺はここに座っているんだと、頭に?を付けて状況が一向に飲み込めない竜児。お茶を飲む大河。
そんなお茶の間。
「川嶋?、サゲチンの意味、解ってて言ってるんのか」
「高須くんが駄目男って事でしょ」
「たしかにそうだが、って俺は駄目じゃねぇ。てか女の子が破廉恥だろ。大体、そんな事お前とはしてねぇし」
「モデル仲間はみんな使ってる。だいたい何で駄目男ってのがえっちい言葉なのよ」
どういう意味がちゃんとわかってなくて使かってやがるな。こいつの言葉遣いが悪いのって、回りの女のせいかよ
等と竜児は思いながら、マルチタスクで、何が川嶋を怒らせてるんだ?と原因を考えていた。

飯の支度、最初の話以上に任せちまってる事か?。
そうだよな、初めは下準備は俺がするから調理だけって事だったが、川嶋が任せろって言ってくれた言葉に結構、甘えちまってるし。
何度も高須くんは馬鹿だから嫌いとか言われてるもんな。
そりゃ鈍いのは認めるが、しかたねぇだろ、この目つきのせいで、恋愛なんか諦めかけてたし。
櫛枝の時だって、大河が間に入るまでは、ほとんど話しかけられなかった。結局、告白する前に振られちまった。
そうなのだ。そういう場数を踏んだ回数ってのが圧倒的に少ない、というよりも、正直に皆無。
今現在がおかしいのだ。異常気象の影響で発生したモテ期としか思えない。

そんな自分ですら納得できない気持ちのまま、もう一方の当事者、川嶋亜美をチラリと見る。
美人だと思う。凶眼持ちとか、犯人面とか言われる自分とは対照的な整った顔立ち。
仕草は、計算され尽くしたものなのかもしれないが、確かに魅力的だ。時折、零れ落ちる吃驚した顔やモデル顔ではない笑顔は取り分け、可愛い。
なんでこういう女が自分に好意を持つのだろうかと改めて不思議に思う。そわそわと落ち着かなくなる。
そう思うと……。
たしかにそうだよな。と再度納得する。
女優業の足引っ張てはいても、助けて等いない。釣り合いなんか取れていない。ゆえにサゲチンと言われても否定出来ない。
責められても仕方ない気がしたので、謝罪する事にしたのだが、

「謝ってよ」「ごめんなさい」
「なんで理由も聞かずに謝るのよ」「すまん。何で怒ってるんだ」
「自分で考えなさいよ」
無限ループだった。

2杯目のお茶をすすり終わり、そんな状況に飽きた大河が、
「ばかちー、デブったんだって」
「ちび、余計な事言うな」
「川嶋が?」
じっと、亜美を見つめる竜児。見つめられた方は「な、何よ」と、
微妙にもぞもぞと体を揺らし、半身になって、体を両手で抱きしめるようにした。
けれど竜児には亜美の体が変化しているように思えなかった。顔が大きくなった訳でも、むくんでもみえない。むしろ、血色もよく、健康的だと思った。
と言っても、彼は逢坂 大河の体積が倍になるくらい、体重増加を問題視出来なかった位の節穴。
彼の母親故の反動なのか、女性のプロポーションにたいして強い願望がなかった。
亜美が知ったら大いに落胆したと共に、納得もしたであろう。年頃の男子高校生にしては異常といったレベルだった。
たしかに竜児だって興味はあるし、そんな本やDVDも隠してもいた。
だが、事ある毎に隠し場所を詮索する悪戯っ子が同居する事になって、泣く泣く、友人の春田家に疎開させた為、今は持っていない。
それなのに目の前の据え膳に手を出さない。
そんな難題を我慢出来てしまうという驚愕の事実。男子高校生にしては、ある意味、異常性欲な男だった。
32HappyEverAfter9-5/15:2010/10/01(金) 20:54:44 ID:T3kNYCV/

「でどこがだ?」
「お腹よ、お腹。今じゃ、ボン、ボン、プニ、ってもんよ。こいつ、座ると段が出来るのよ、二段に」
「だから、余計な事をいうな!。二段なんかじゃねぇし」
と、自分のお腹を両手で包み込み、前傾姿勢で竜児の視線から腹部を隠すように抱え込む。
その姿をみると、大河の言葉に疑いの余地は無いように竜児は感じた。少なくとも一段目はあるんだろうなと思った。
何を感づいたのか、そんな竜児を充血した目がギラっと睨みつけ、「なに?」と力が篭った声が聞こえてくる。
ここはフォローしてやった方がいいかと、安心する言葉を掛けようと勤めて優しい声を出し、
「少しくらい太めの方が健康的で良いんじゃな…、おう!」
新聞紙を丸めたものが飛んできた。
慌てて竜児は避ける。すると、「避けんな」と、座布団が飛んできた。
一応、当たっても怪我しないものを投げる分別はもってるようだな等と竜児は思ったが、それでも痛いので当たる訳にはいかない。

「何で避けるのよ!」と理不尽な抗議をまた飛んでくるので、竜児は諭す。
「女が思うほど周りは体重の事なんか気にしないぞ」
「甘い!、無責任。そんな事、みんな口では言うけど、どうせ裏ではメタアミ、メタアミって言うんだ」
「誰も言わないだろ」
「言うに決まってる。高須くんはやっぱり、女を駄目にする男だ」
チワワの目は狂気に満ちているように竜児には見えた。川嶋亜美の美への思い入れは人一倍強いようだった。
正直、怖かったのと、このままでは埒が明かないという思いもあり、建設的な提案をしようと竜児は
「運動すればいいんじゃねぇか?。大河の時みたいにスポーツジムに行けばいいだろ」
「それ私も言ったんだけどね」と大河。
「こんな姿、身内以外にみせられねー」子犬はわんわんと泣く。
「なら、あの時みたいに、クラスの奴らに手伝わせるか?。あれだけ膨れてた大河でさえ、みるみる痩せて……」
「余計に、みんなにばれる!」
「それなら、部屋の中で筋トレとか」
「マッチョにはなりたくない。無闇にやったら筋肉ついちゃう!」
「そこまで行かない程度ですませれば」
「ああいうのは程度が難しいの!、もう話かけないでよ」
もう、何を言ってもマイナスに捕らえるネガティブモード。亜美は反論を許さない。

と言っても、彼女自身、高須竜児が全て悪いとは思っていなかった。思い当たる事は沢山あるのだ。
まず、逢坂 大河が言ったように、最近、ご飯が美味しい。
だが、それは意識して節制をしたつもりではある。
けれど夏である事に油断もしていた自分もいた。
普段の夏であれば、食欲も減退し、3食、サプリメントと水で済ます事もある。
逆に、顔や、腕、胸、臀部と言ったところの肉が無くならないか、気を使わないといけないくらいなのだ。
けれど、一緒に食卓を囲む人間がいる事もあり、三食欠かさず食べている。
ともすれば、大河と一緒におやつも食べてしまっている。

なにより問題なのは、自分が食事を作る時なのだ。
何度も味見をしてしまっている自分がいる。
美味しく出来ているだろうか、レシピの抜けはないだろうか、あいつに不味いと思われないだろうか。
料理中に何度も、何度も、試食してしまっていた。
食事前にはお腹一杯になってしまう事もしばしば。
それで食事を抜こうとするものなら、高須家全員が心配する。我慢してでも、食事を一緒に取ることになる。
自分でも、ヤバイという認識があるので、味見を減らそうとは思うのだが、せっかく作るのである。不味いとは思われたくない。
なにせ不足点があると、それを見逃さず、先生気取りで指摘してくる奴がいる。
やれ最後に塩コショウで味ごまかしたろとか、火通しすぎだとか、この前、渡したがってんメモ読んでないだろとか、細部に渡って指摘する。
その後、竜児が時間を作って、料理教室を開いてくれたりする。
ただでさえ忙しいから交代で料理をしているのに手間は掛けさせたく無いと思う。何度も間違えるのは格好悪いと思ってしまう。
そして、上手く行った日は素直に褒めてくれる。亜美が工夫した点を言い当ててくれる。
やりがいを感じていた。
普段から、これくらい鋭いといいのにと別な不満も沸いたが、とにかく嬉しいのだ。
だから、自分の責任もほんの少しくらいはあるという自覚がある。
それだからこそ言ってしまう。
「高須くんのせいだ!」
むきになって、八つ当たりで、甘えもあって、竜児に文句をぶつけてしまう。
33HappyEverAfter9-6/15:2010/10/01(金) 20:56:43 ID:T3kNYCV/

「本当、めんどくさい女よね、ばかちーは」
「あんたに言われたくない」
と吠え立てる亜美に、大河は相手にしてられないと竜児を話し相手に変える。
「今日、昼前に帰るって言ってたけど、どうしたの?。冷やしお好み焼きの試食、駄目だったの?」
「いや、店のみんなは大好評だったし、オーダーも見届けてきた。お客さんもすげぇ喜んでたよ」
「じゃ、なんで帰ってきたのが今なのよ?」、
「高須農場に行ってきた。連日、こう暑い日続きだと、愛しの野菜たちが心配でな」

すんすんと泣いていた亜美だったが、自分を無視して会話をされる事になんだか腹が立ってきたので、言葉を挟む。
「高須農場って?」
「ばかちーは知らないんだっけ。竜児が作った学校裏の違法農場で、大麻草生産工場。
 それを育てながら、竜児はぐふふって笑ってるの。Jwal(ピー)も、のり(ピー)もこいつの犠牲者よ」
「人を本当の犯罪者にするな。あれは普通の小型農園だ」
「農園?」
「そうだっけ?」
「お前だってあそこの生産物の恩恵を受けてるんだからな。ニンジンさんに大根さん、シソに生姜。
 来たこともあるだろ。芋堀りの時はすげぇはしゃいでたじゃねぇか」
「そうだった。あの芋は絶品だったわ。みのりんと焼き芋楽しかったな」
「御芋掘り?、実乃梨ちゃんも一緒?」
亜美は懸命に記憶を探る。大橋高校での日々は騒動ばかりで、そのどれもが大切な日々だ。
時には痛く、苦い味がしたとしても、それは忘れえぬ宝物だった。
だが、いくら考えても、そんな記憶はない。

「私、知らない……」
「ばかちーは知らないの当然よ。だってハブったもの」
当然とばかり言い放つ虎。それを聞いて、亜美はキッと、竜児を睨みつけ、
「聞いてない!」
竜児は必死で言葉を探す。
「えーとな、お前、ああいうの嫌いそうだろ。かっこ悪いとか、ダサいとか」
「それは、……そうかもしれないけど…」
亜美は感情のままに怒りをぶつけたかった。しかし、素直になれない。
芋掘りがしたくて怒る川嶋亜美と思われるのは恥ずかしい。けれど、怒りたいのは高須竜児の川嶋亜美への思いに対してだ。
だから、どうしても不満も訴えたい。無理にでも言葉を捜す。
「…誘いくらい。そう、亜美ちゃんの機嫌しだいで文句言わないかもしれないし、場合によっては断らなかったかもしれないし」

それを聞いて竜児は嘘だと思った。絶対に文句を言うはずだ。精魂込めた愛しの農場を馬鹿にするに決まっている。
きっとこんな事言うに決まってる。
 『高須くん、頭への酸素が急激に減って急性酸素欠乏症とかになっちゃったんじゃない?。
  そんなお洒落じゃなくて、肉体労働な一次産業に三次産業の頂点たる美人モデルの亜美ちゃんが行くと思ってるの?
  太陽にやられて、頭ゆだってるんじゃない?』
そうだ文句を言わないはずはないのだ。
そんな事を口でいいながら、当日は場違いな位、気合の入った、洒落た服に身を包んで、農場に来たに違いない。
朝早いとか、やっぱ来なきゃよかったとか愚痴りながらもきっとそこにいる。
櫛枝の突っ込み役やって、俺をからかって、大河と小競り合いして、そんな事しながら
一生懸命、芋掘って、泥で服汚して、それでも、楽しそうに芋焼いて、笑いながらみんなで食って……
スケジュールさえ合えば絶対に来たはずた。
いや、前もって言っとけば、こいつの事だ、無理にでも調整して結構楽しみにしてくれただろうに。

竜児は亜美にあやまる事を決め、「誘わないで悪かった」と心のそこからの謝罪をする。
その素直さに面食らい、亜美は「別にいいけど」とあっさり受け入れる。
そして竜児は、今からでも遅くねぇと考え。
「いい運動にもなる。お前さえよければ、高須竜児農場に行ってみないか」
と彼女を彼の農場に招待した。
34HappyEverAfter9-7/15:2010/10/01(金) 20:58:49 ID:T3kNYCV/


         ******


「高須農場へようこそだ」
「へー、これが」
自慢げに大きく指し伸ばした右手の先は学校の片隅。亜美はそちらの方向へ視線を向けると
「ちっさ」
と侮蔑気味に言い放つ。続けて、
「もっとさ、見渡す限り一面の植物とか、花畑って感じを想像したのに。がっかり、なんだか小さい」
とさらにおとす。竜児はやはり文句言われたかと
「学校の片隅でそんな事出来るかよ」
「だって、農場って自信たっぷりに言ってたからさ。実乃梨ちゃんも大喜びだったって」
「……農場は確かに言い過ぎなのは認める。気持ちだけは農場なんだよ」
と、いじけ気味の呟きと、目つきを向ける。
亜美はそんな反応だけで楽しくなり、
「嘘嘘、ほらすねない。けっこう可愛いよ。こっちの向日葵とかさ」
とフォローを入れてみる。しかし、反応はより弱く、
「……そっちは園芸部のであって、俺はその名札から右だ」
向日葵から右側は、青々とした葉が生い茂る。美味しそうには見えても、綺麗とは言いにくい。
「より小さ。けど高須くん一人育ててるんだ。てっきり園芸部にお邪魔してるのかと思った」
「お邪魔といえば、お邪魔してるんだが、園芸部とは切磋琢磨する仲というか」
「つまり、一人ぼっちで、植物に水あげたり、肥料あげてニヤニヤしてる?」
「言い方が気になるが、一人作業なのは否定できん」
亜美はその姿を想像してみた。
方や、みんなでワイワイと水をあげ、植物の成長に一喜一憂、歓談をする園芸部。
その反対側の花壇で、集団から離れ一人、如雨露で水をあげ、土を盛り、鋭い目つきで凶悪な笑顔をする竜児。
「えーと、ごめん。フォロー出来ない」
亜美の唇は形だけ、笑みを浮かべる事に成功していたが、それ以外は失敗していた。困り果てた目で竜児を見る。
「何とでも言え。哀れめよ」
自分でも農場で一人でいると、もしかしたら「俺って寂しい奴?」と思う事があるだけに、より拗ねた感じが言葉に出てしまうのを竜児は自覚していた。
けれど、それ以外の気持ちもある事もたしかだ。だから、駄目もとで反論してみる。
「でもな、そういう事で落ち着くこともあるんだよ」
「…………」
亜美は表情を戻し、静かな表情で見つめる。
竜児は彼女からの罵倒の言葉を待つが、その表情のまま竜児を見つめ返すのみ。
「いや、なんか言えよ。言ってください。川嶋さん?」
何故か心配になり聞いてみる。すると亜美は微笑みにも似た優しい笑顔で浮かべ、
「ま、いいんじゃない。時にはさ」
「もっと酷い事言われるかと思ったが、何でだ」
「誰しもそういう事あるよねと思ったの」
と返して、照れ隠しと、話題を変える。
「それよりさ、すごいと思うよ。個人活動なのに、学校認めさせるなんて」
「…………」
今度は竜児が無言の答えをする番だった。その様子に異変を感じ、亜美はある可能性を思いついた。
35HappyEverAfter9-8/15:2010/10/01(金) 21:00:56 ID:T3kNYCV/

「もしかして、非合法?」
竜児はこくりとうなずく
「マジで?」
「マジで」
後ろ暗そうな背定の言葉に、今度は吹き出す様に亜美は笑う。
「あははは、高須くんって不良。真面目一辺倒かと思ってたけど、悪いんだ」
「ああ、そうだよ。非難してくれて構わない。解っててルール破ぶってるんだからな」
と、今度こそは酷い事言われるだろうと覚悟して竜児は答える。
すると亜美は新しい発見をした子供のような表情で
「へぇー」
「なんだよ。言いたい事があったら言えって」
「別にたまにはいいんじゃない。悪意がある訳じゃないし、人に迷惑を掛けてる訳でもないし。高須くんなら罰あたらないよ」
と言った後、今度はニヤリと悪戯顔になり、
「それとももしかして、本当にタイガーが言ってたような事してたりする?、隠れて大麻育てたりして?。
 うわーすげー、それってすげーよ。似合うんじゃね?」
とからかいに転じる。
「馬鹿、それじゃ本当に犯罪者じゃねぇか。第一、大麻は体に悪い。絶対に駄目だ」
「でもさ、ドハマリだと思うんだけどな。高須竜児が秘密の栽培だよ。やりそうだと思う人多いんじゃない?」
「お前までそう思ったりするのかよ?」
と竜児。本心で亜美を非難してる訳ではない。彼のわずかしか歩んでいない人生ですら、そういった嘲笑は沢山あった。
だから、どうせ世間様が人相悪を見る目はそういうもんなんだろうよ という自嘲を込めた半分ふざけての言葉に過ぎない。

「違うよ」
だが、亜美は今までの大笑いを何処かに置いてきたかのように、真面目な声で言った。
竜児は亜美の不意打ちに驚いて、急速にテレて、少し心に染みて、彼女を正面から見るのを止め、横を向いた。
「ならいいさ。そりゃ誤解されるのは嫌だが。俺を知らない奴がそう思うのは仕方ねぇよ。こんな人相だ。もう慣れた。
 だからといって、そんな偏見に応える義務なんかねぇけどな」
と一般論に摩り替えてみたりする。

そんな竜児に亜美は先ほどの真面目なトーンが嘘だったかのように、高いテンションに戻り、
「そっか。そうだよね。うんうん。そうそう。偏見どおりにしてなくてもいいよね」
「なんだニコニコして?。持ち上げてから、落とすつもりじゃないだろうな」
「素直に賛成してあげてるんだから、喜びなよ」
「そうか、それもそうだな。ああ、ありがとうな」
「うん、うん。素直でよろしい」

機嫌をよくした亜美は改めて、周りを見渡すと
「つまり、ここが高須くんだけの場所か」
「言っとくけどな別に俺だけの場所って訳じゃない」
「そうだよね。だって、実乃梨ちゃんもタイガーも連れてきてるんだもんね」
「悪かったって。だから、お前を今連れてきてるんだろ」
「いいの?」
「なにがだ?」
「なんでもな〜い」
亜美は足取りも軽く、元廃花壇、今高須農場の前に近寄り、スカートを気にしながらしゃがみこみ、植えられた植物たちに顔を近づけると
「葉っぱばっかりだね」
とシソの葉を右手で弄び、振り仰いで、
「どうして、全部、食べる系?。もっとこう実用性抜きのさ、例えば鑑賞目的みたいなお洒落な奴とかもやろうよ」
亜美は提言。が、竜児はこれを否定。
36HappyEverAfter9-9/15:2010/10/01(金) 21:03:02 ID:T3kNYCV/
「口に入れる事が出来る植物でも、けっこうお洒落なものあるぜ。香草とかな。お前、ポプリとかアロマとか好きだろ。
 この前ストバでお茶した時のあのハーブティーだって作れる。シソだってジャパニーズハーブだ」
「ハーブは好きだけどさ、しそ紅茶ってどうなのよ?」
「アカジソのハーブティはあるぞ。後、あっちに生えてるレモングラス、お前の好きなローズヒップと相性がいい。
 それと菩提樹の葉だな。今度、その三つで煎れてやるよ。
 おう、そうだ。ダイエットにも効果的だ。利尿効果が高いからトイレは近くなるけどってな。ってしそ、むしって投げつけるな。MOTTAINAI!」
「トイレの話しないでよ!」
ちょっとしたトラウマを抱える事になった居候女優は軽く怒りの表情を作る。
それは実際、演技でしかなく、それほど悪い思い出でもないので、すぐに表情を戻し、
「まあ、自家製ハーブティてのはちょっとカッコいいかもしれないけど」
竜児は優しく笑い、
「かっこいいかどうかは知らないが、自分で植えたものを食べるのは、ちょっとした感動がある」
と亜美が乗ってきた事に喜びを感じていた。
「なんかさ、そうやって自分の趣味、正当化しようとしてない?」
亜美は常に裏を伺い警戒する。大概の事にそれぞれの人間の都合のいい理由というものがある。
だが、亜美の目の前にあるのは純粋な善意の言葉。
「そんな事はねぇが、ただな、いいものはお前にも解って欲しいなんて思ったりもする…。
 無理強いするつもりはないけどな」
「ふ〜ん」
竜児が善人な事は解っている。彼が自己中心的な言葉をいうはずがないと信じている。
けれど不安な事もあるし、その口で聞いてみたい言葉もある。
立ち上がり、背中で手を組み、少し前傾姿勢になると、じっと竜児の顔を見つめだした。

「な、なんだよ」
「たとえば料理とかと同じ?、高須くんは解って欲しいと思う?」
「どうした急に?」
「答えて欲しいな」
亜美の言葉には、いつものようにからかって楽しんでいる雰囲気が満ちていたが、
真剣さのエキスがほんの数滴だが含まれている事を感じ取った竜児も真面目に言葉を返す。
「楽しいと思ってくれるなら俺は嬉しい」
「川嶋亜美が楽しいと、高須竜児が嬉しい?」
「妙な言い回しするな」
「違うの?」
竜児を覗き込む顔には、もう冗談はなかった。
「……違ってはいないが」
「なら、やってあげてもいいかな。やって欲しい?」
「それは強制ではなく、するならお前の意思でだな」
「欲しい?」
竜児は根負けして、
「……、植物を育てる楽しみを知って欲しいとは思う」
と内心の動揺を隠し切れずに少し声が上ずっている。
そんな竜児の反応に満足したのか亜美は
「苛めるのはここまでにしてあげる。いいよ。やろう。料理も楽しくなってきたし、もしかしたら面白いかも」
だが釘をさすのは忘れない。
「でも、育てるとしたらどんな奴?。大根とかはやだよ」
「ハーブて手ごろな奴がいいだろ?。そうだな。ローズマリーって知ってるか?。
 一年中、苗の植え付けが可能だから、今日からでも始められる」
「ローズってバラだよね。亜美ちゃんに相応しい名前。どんな奴?」
「頻繁な水やりもいらない、肥料もいらない、風にも強い。日陰でも十分育つ。初心者にはもってこいだ。
 もちろん日向に植えたらスクスク育つ。綺麗な花も咲く」
「高須くんの薦めならやってみようかな」
「そうしろよ。俺もサポートしてやる。いいぞ、うまく育てば花がつくのは十一月だ。
 強くていい植物でな。なによりしそ科なんだ」
「……しそ、本当に好きだね」
37HappyEverAfter9-10/15:2010/10/01(金) 21:05:37 ID:T3kNYCV/

そうして、竜児と亜美は花屋に苗を買いに行き、亜美はそこで同級生の少女と談笑し、
その少女の彼氏であるところのアルバイトと対面し、彼を見て、竜児を指差しで笑い、
買ってきた苗を、高須農場に二人で植える。

苗を運んで、土を掘り起こして、そこに根を広げて、土をかぶせて、水で固めて
亜美は竜児の手を借り、指示を受け自分でやってみたりする。そして、彼の作業する背中を目で追ったりした。

高校二年の時、教室掃除でも、よく彼の背中を追った。
掃除の時間は彼女にとって面倒臭いの言葉に尽きた。
まさに、「なんで亜美ちゃんが」であったし、するつもりなど毛ほどもない。
だから、適当にする振りをして、非力さをアピールして、いい所を見せたがる男子に任せた。
もちろん恩に着るつもりは一欠けらもなかったから、「ありがとう♪」とその場で、報酬をやった。
身分不相応のご褒美だ。釣りはいらないから、さっさと働けと思った。

けど、この小うるさいおばさん体質男は、非力さをアピールした所で、率先してやろうともせず、
「川嶋、ちゃんと働けよ」等と言う。
「なんで亜美ちゃんが 」等と言ってみても、「川嶋亜美が2-Cの生徒だからだろ」と直ぐに返しやがる。
仕方ないから、机なんぞを運んでみた。掃除好きの後を追って。
後ろから見る背中は、掃除程度だと言うのに真面目で、一生懸命で、彼女はそんな背中が好きだった。
箒をもって履いてみた。ゴミを送る先には塵取りがあって、それを持つのは目つきが異常に悪い奴だった。
気を配ってたのかもしれない。そうでないのかもしれない。彼女が行動に対し、当たり前にそこにいた。
そこには媚も諂いもなく、ただちょっとした気遣いがあるように感じた。そんな行動を少し感心したりもした。
モップの水を交換しようとして、「さすがにそれは重いから、女にはきついだろ」なんて代わりに持っていく、
たまにしか優しくない男がいて、アッカンベーなんて、そいつの前ではモデル以外の顔をしたりした。
そんな時間が嫌いではなかった。

三年になると、みんなの亜美ちゃんが掃除をすべき存在でない事がはっきりと解った。
女優となった亜美はなにをしなくても、媚びへつらう男どもに囲まれていたからだ。
「本当、アピールする必要がある分、2-Cの男の子の方がましだよね」
なんて、感謝もせず、男どもへの評価を下げていた。
だから、清掃の時間に物足りなさを感じていた。あんな時間はもう無くなってしまったのかと残念さを抱えていた。
それだけに、畑仕事という肉体労働を、久々のこんな時間だからこそ、亜美は楽しんだ。
苗植えも、雑草取りもそんなに苦にならなかった。
気づいた時には数時間が過ぎていた。

「川嶋、そろそろいい時間だし、終わりにするか?」
竜児は手を止めて、中腰にしていた腰を伸ばすようにすると声を掛けた。
「え〜、まだいいよ。そんなつまらなくは無いし、第一、まだ数十グラムくらいしか減ってない気がする」
「そんな一気に動いても、ぶったおれちまうだろ。それに」
竜児はしつこいかとも思ったが、それでも、亜美を心配する。
「多少、太ったとしてもそんな変わらないと思うぞ。もしろ、ふくよかな方が健康的に見えて俺は安心だ」
彼にとって、スタイルは二の次だ。それより彼女の健康の方が大事なのは自明の理だった。
「多少とかつけても、太ったとか言わない!。ウエスト60より上のモデルはこの世に存在しないの」
亜美はわざと怒った顔をして、ふざけて竜児を遮る。彼が心配してくれている事は解っている。けれどだ。
「だって、私からそれ取ったら何にも無いもの」
「どうした?。自信家なお前が」
「もちろん、美少女なのは当然、自信あり。常識でしょ。けど、それ以外はさ」
と軽く笑う。
38HappyEverAfter9-11/15:2010/10/01(金) 21:08:09 ID:T3kNYCV/

竜児にはその笑顔が少し寂しそうに見えた。そして、それは亜美がいつも間違いを犯す時の顔のように思えた。
だから先手を取る。照れくさくても、言いたいことはちゃんと言う。
「俺は川嶋をすごい奴だと思ってる」
亜美は慈愛に満ちた顔で竜児を見て、
「高須くんはいっぱいもってるからそんな事言えるんだよ。人のこと考えられる余裕がある」
「お前は現役女優なんだぞ。俺が一体、お前より何を持ってるてんだ」
言っている事が解らないと竜児は亜美を見返した。

「友達がいる。性格だっていい。家事だってこなせるし、料理だってすごく美味しい。
 それだけじゃない。選抜クラスに選ばれるくらい頭よくって、福男になれるくらい運動能力だってある」
「自分の性格の事はよく解らん。成績とかだって実社会に出て、活躍してる女優から比べたら取るに足りないだろ」
「そんな事ない。むしろ、実社会出て、自分のスペックてやつを思い知った。掛け値なしに能力のある人はいる。
 自分に焦りを感じて、今の仕事なんか偶然で出来てるて思うこともある」
「お前は十分に凄いと思うぞ。まだ始めたばかりだからそう思うだけで、初めては誰でもそう思うんじゃないか?」
「事実、才能ってやつは本当に存在するんだもの。
 例えばタイガー。ろくに勉強してる姿見せないのに、成績はTOP。そのくせ野生動物みたいにな身体能力がある癖に鍛えてる素振りもない。
 それどころか、あんな暴飲暴食しても太らない体質ってどうよ。さけんじゃないての」
と毒づいたかと思うと、
「これから言うこと絶対、チビに言わないでよ」と竜児に念を押す。
「ちっこくって、可愛くって、小柄で、最高級のフランス人形みたいに整ってる容姿。
 名前だって芸能人じゃないのに大河なんて、インパクトのある、物語の主人公みたいな名前。亜美なんてサブキャラでも通じるようなやつじゃない。
 その上、いくら遠ざけようとしても、人が近づいてくる愛され体質。あー、もう、着ぐるみでプリクラ取った時、思い出した。
 とにかくさ、アホみたいに純情で、純真で、すれてなくて、可愛い性格で……。 そりゃ、誰かさんも構わずに居られないでしょうよ」
竜児は心底驚いたという顔をして、
「お前でも、大河褒める事あるんだな」
「褒めてなんかない。単なる主観を省いた客観的意見」
そうして、竜児から視線を離すと、中空を見て、独り言のように亜美は続ける。
「で、その第三者の視点で川嶋亜美を見てみるとさ、
 腹黒、性悪、歪んだ性格。成績だってよくない。家事なんか解らない。料理なんかまだまだ。
 別に運動だって得意でもない。女優ってだけが特別で、それだってママが居てこそ、容姿もスタイルもママからのもらいもの。
 けど、ストーカーくらいのストレスで食べ物に逃げ込んで、高須くん家で気抜いて、すぐに太る」
「ストーカーの時だって、お前、怖いのに立ち向かおうとしてたからだろ。よくがんばったと思うぞ」
亜美は振り返って、竜児の言い聞かせるように、
「タイガーはストカーに正面から向かってた」
「お前は人一倍の気づかいで怖がりなんだ。しようがないだろ」
と竜児は思ってる事を口にするが、それでもチワワは変わらない。
「その辺りが、たぶん、決定的な違いの現れ」
「俺はその事もお前のいい所だと思う。というか、それを含めて全部が川嶋で。そんな川嶋を俺は…、えーとな、
 そうだ。すげいい奴だと思ってる」
「そう?、じゃ、高須くんは私の事、どういう風に見えるの?」
と亜美はあくまで、竜児を論破しようと質問してみる。
「お前は自信たっぷりで、我侭だ。けど、実は嘘つきで、人の心配をしすぎる臆病者で…、たくさんだ。たくさん頑張ってる」
39HappyEverAfter9-12/15:2010/10/01(金) 21:10:43 ID:T3kNYCV/

亜美はこの買いかぶりをどう説得しようかと少し考えて
「あのさ、私、小さい頃、自分の事を世界で一番のお姫様だと思ってた。
 ママとパパの遺伝子のおかげか、子供の頃から周りの子と比べて背も高くて、男の子よりも体力的に勝ってて、
 機転が利く自分を頭がいいと思って、他のやつが馬鹿に見えて、もちろん、今と同じ美少女。祐作をあごで使って、子分もたくさんいて王様気分」
「今とあまり変わってない気もするが……」
「うっさい」と軽く亜美は一喝。
そして、そっと、伺うように、盗み見るように竜児に目を向けて、
「一応言っとくけど、一緒にいた男の子、祐作だけじゃなかったからね。それに女の子の方が多かったし、
 そもそも、その頃は男とか女なんか全然気にしてなかったから」
「ああ、そうなのか」
「解ってる?、本当に?」
「別にいいさ。そんな事。どうでもいいんじゃねぇか」と強く竜児は返す。
「本当、解ってるのかな?。それでね。
 小学校高学年になると、モデルの真似事みたいな事始めたんだ。
 そこでもみんなからママに似て、美人だねなんて言われて、当然の事なんだけどさ。美少女なのは。
 でも、大人から見ても自分が美人で、未来の大女優だって思われるんだなと自信を深めたりもしたんだ。
 で調子に乗った私は、同じ中学校に行こうといってくれた友達の声も聞かず、お受験した。有名中学受けてみたんだ。
 そしたらさ。全部、落ちた。完膚なきまでに、一校も引っかからなかった。
 そこで初めて、あれ?、て思って、怖くなって周り見渡したらさ、いつも褒めてくれてた人たちが
 有名女優のコネがある癖に落ちる方が難しいって笑ってるのを知った。モデルの事も馬鹿にしてる事も感じた。
 怖くなって、誰も信用出来なくなって、ママに頼んで、誰も知り合いのいない中学校に入学した。
 今思えば下らない足の引っ張り合いが当たり前の世界だから、ママへの牽制程度の話しなんだろうけど」
そう言ってシニカルに唇を歪ませて、くだらない大人たちを笑い。
「あいつらにママ譲りの美人だけは馬鹿にされたくないって、私なりに頑張ったんだ」
正面から竜児を見つめて
「だからさ、ナルシーて言われたって自分の容姿には自負もあるし、労力と時間だって使ってる。
 けっこうプライドもあるんだよね」
と言い、今度は自分を笑うような笑みを浮かべ、
「裏を返せば、それしか私、無いから」
「お前間違ってるぞ」
竜児は強い言葉で告げる。
「変な慰めなんていらない。そうやって高須くんは甘いから嫌い」
「そうじゃねぇよ。と言うか少しむかついた。
 お前は顔とかスタイルのおかけで、木原や香椎が友達でいると思ってるのか?、櫛枝が褒めてたのはお前の見た目なんかじゃ無い。
 北村だって、能登だって、春田だってな。第一、大河や、それに俺がお前のそんなとこしか見てないと思うのかよ」

そう真面目な表情で問う。亜美はむきになって反論する。しかし、心は大きく揺れていた。だからこそ、強く出る。
「そんな事言ったってさ、現実は、見た目、ステータスって大きいもの。世の中、そんな奴ばっかり」
「言っとくが、俺はお前のモデルの外面なんか最初にから用は無かったからな」
「そんな甘い言葉に騙されるかって」
亜美はむきになったまま。勢いにまかせて、自分でも知らぬ間に、ここぞとばかりに不安をぶつけていた。
「例えばさ、私がゆりちゃんぐらいの年になって、先生みたいにお肌とか疲れちゃって。女優とか、モデルの仕事なくなったとして。
 タイガーなんかとコンビ組んじゃって、お笑いでしか金とれなくて。
 なんて、有り得ない、バットエンドの大全みたいな、そんな未来にだったら高須くんはそこにいるはずないもの」
そんな問いかけに、竜児はなんの躊躇いもなく、
「いるに決まってるだろ。当たり前だ。お前らが避けなければだが、いや、避けたって一緒にいるさ」

亜美はあまりの返答の早さに、その迷いの無さに、返す言葉を失った。
そのストレートな、簡素な言葉は亜美の気持ちに直接、響いた。
不安な気持ちが欠けて、弾けて、溶けていくのを感じた。
が、それでも、意地張りは矛を下ろさない。いや、むしろ、自分自身の気持ちの変化に動揺して、大慌てとなって言葉を返す。
「やっぱり、やっぱりうそ臭い、臭すぎる。てか絶対に亜美ちゃん信用しねー。
 亜美ちゃんが美人でなくなった時、いっぱい持ってる高須くんは見向きもしないに決まってる」
40HappyEverAfter9-13/15:2010/10/01(金) 21:12:44 ID:T3kNYCV/

そんな亜美の強い反応に、どうこの駄々っ子をあやそうかと思案に暮れる竜児。
「たく、なんて言えば納得するんだよ。わからずやめ。
 モデルだろうが、女優だろうが、お笑い芸人だろうが、関係ないって。
 能力だの、ステータスだけで人間関係が成り立ってる訳ないだろ。
 そんなの事でしりごんだり、二の足を踏むのはお前らしいが、釣り合いとか考える事自体が馬鹿らしいというかだな…、
 て……、能力?、釣り合い?、…なんだって?……」
「だって亜美ちゃん、世の中知ってるもの、高須くん以上に。
 そんな言葉に騙されて、後悔してからなんて遅いての。何を言われようと、ダイエットは止めない」
と説得されてなるものかと、強い口調で、一息で、反論を続ける。そうでもしないと蕩けてしまう
が、予想に反して先ほどまで間髪入れず帰ってきた竜児の言葉が返ってこない。
内心、竜児の反論を期待していた亜美は、急に不安になり横目で伺う。
竜児は苦虫を噛んだような表情で、ぶつぶつと呟いていた。なんだか腹が立ってきた。
「聞いてる?!」
「あ、ああ」
そんな、先ほどまでとは打って変わって、自分に干渉しない竜児を理不尽にも憤慨して。
「やっぱり、本気じゃないんだ。亜美ちゃんの事なんかどうでもいいんだ」
「そんな事はねぇが」
と返した後、急に理解を示し、
「そうだな。お前が何かしなきゃならないと思う気持ち、少し解った気がする。すまなかった」
「え、あ、うん。解ってくれれば、いいけど……」
相手が折れた事にぶつけどころを失ってしまい話を収める亜美。
「けどな無茶はするなよ。体壊したら元も子もない」
「解ってる。無理はしない。こっちはプロだし」
「ここ来る時は一人は駄目だからな。日射病とか熱中病も怖いし、結構、重労働だ。倒れると困る」
「もう、うるさいな。解ったて」
と相手の話を中断させ、言質をとりに掛かる。
「その代わり、農場行く時は必ず、私を連れて行く。弁財天から直接行く時も連絡する。絶対にハブにしない。いい?」
「おう。約束する」
「じゃあ、もう一時間がんばるからね」

そうして、二人はもう暫くの間、高須農場で時間を過ごした。
意地を張った結果、亜美は、次の日から数日、筋肉痛に悩まされる事になる。
けれど、その姿はけして見せない一流の意地ぱりだった。
筋肉痛が発症した二日目の朝食。亜美の席に置いてあった冷湿布はありがたく使わせてもらう事にした。
41HappyEverAfter9-14/15:2010/10/01(金) 21:15:11 ID:T3kNYCV/



追伸



その日からダイエットを兼ねた農作業は二人の日課になった。
風のある涼しい日は大河もやって来て、三人で作業をした。そんな日々が続き、亜美の体重は順調に減り始めた。
そうして、高須家の居間は平穏を取り戻し、一時期禁止(亜美の前では)されていた食後のお茶の時間が解禁となった。
泰子、大河、亜美がグデっと、気を抜いた体でちゃぶ台を囲む。消化器官以外は休憩モードだ。
お茶菓子兼食後のデザートは高須農場採りたてのプチトマト。まったりとした空気が場を支配していた。

お茶をすすっていた大河は、ちゃぶ台中央のトマトに手を伸ばすと、夕食後にも関わらず、
数個一緒に掴むと、可愛らしい口にほうり込み、ハムハムと咀嚼する。そして、竜児に視線を向け。
「今年のプチトマト、去年より甘さが足りなくない?」
「そうか?、春先、忙しくて、あまり世話してやれなかったからな」
と無念そうに竜児は呟くと、一つを自分でも摘み、口に入れ、
叔父貴、仇は必ず、と傍からは復讐を誓うアウトローの顔つきになっていた。

「無念だ。だが秋物は期待しろ。最近は過保護ってくらい世話してやってるから。畑たちは恩を絶対に忘れない」
「秋のことなんか聞いてない。私は、今、甘み分が物足りないの。そうだケーキ!、あのタルト」
「無い」
「プリン!」
「それも無い!」
「それを想定して、作っておくのがあんたの役目でしょ。まったく使えない駄犬ね」
「無茶言うな」と竜児は言いながら、それでも大河に甘い彼は妥協案を提示する。
「甘みなら蜂蜜金柑で我慢しろよ。特別に濃い目にしてやる」
それを聞いて大河の喉が鳴る。「しかたないわね」と無理をしている顔を見て竜児は楽しげな気持ちになり、立ち上がる。
台所に向かおうとするついで、亜美にも聞く。いつものやつでいいか確認をする。
「お前はエスプレッソでいいのか?。と言ってもそんな大層なものは無ぇえから、濃い目のコーヒーだが」
「いいや。あれは止める事にする。私には少し早いかな。タイガーと同じやつ。ハチミツ金柑。甘いのでいい」

亜美は連日の高須農場ではしゃぎすぎて、疲れていた事。そして、順調に減っていく体重に少しは自分を甘くしてもいいなかと思ってしまっていた。
それに、ここでは背伸びする必要もないのだし、竜児に甘えるのも悪くない。
なにより、蜂蜜金柑は亜美にとって特別なものだった。
最初の時は甘すぎるソーダに過ぎなかったが、二度目の味は、彼女の記憶に痺れるような記憶となって残っている。
口にする度に、あの高須家での気持ちを思い出すことが出来た。蜂蜜金柑は亜美にとって大きな誘惑だった。

しばらくして、竜児がお盆にマグカップを三つのせ、戻ってくる。そのカップを泰子、大河、亜美の前に置く。
だが、亜美のものだけ、カップを満たす色合いが異なっていた。赤く、透き通るようなルビー色の彩りだった。
「川嶋はハーブティにしとけよ。ローズヒップ好きだろ」
「なんで、亜美ちゃんだけ」
「お前、ダイエット中だしな」
42HappyEverAfter9-15/15:2010/10/01(金) 21:17:45 ID:T3kNYCV/

それを聞いて亜美は口をキュと結んで、大きな目だけで竜児を軽く睨むと、
「やっぱりそうだ。あ〜あ、男なんて信じられれない。なんだかんだ言って、痩せろて事じゃない。
 太ってても、君は魅力的だとか言ってさ」
「そこまでは言ってないだろ。ただな、考えたんだが。お前、次のドラマの台本読んでて、楽しみだ、って言ってたなと思ってな」
竜児は目を合わせないようにして、そっけない言葉で、不器用に気持ちを伝える。

亜美はそんな竜児を覗き込むように
「……それって、もしかしてさ。亜美ちゃんの事、あれからも一生懸命考えてくれてたって事?」
「ち、ちがう、と言うかだな。無理なダイエットなんか目の前でされるのはこっちの迷惑なんだよ。
 だからな、お前は当分、特別カロリー制限だ」
何故か竜児は怒ったように言い放つ。その姿に可笑しさを感じ、クスリと亜美は笑ってしまう。
「本当、私には厳しいよね。タイガーには甘いくせに」
まだ竜児は意地をはってぶっきらぼうなまま、
「そうだな。お前には厳しいかもな」
亜美は竜児の言葉に合わせて、しかし、笑いは抑えられず、クスクスと笑いながら、
「たくさ、私も甘いやつがいいのに」
と両手でカップを包むように持ち、そのまま紅茶を一口すすり
「しょうがない。今は優しい味で勘弁してあげる」
亜美の体に、ローズヒップの少し酸味のある、柔らかな味が広がっていく。
それは新たな、痺れるような感覚を伴って、忘れえぬだろう新たな優しい記憶となり、ゆっくりと亜美に染みこんでいった。


END

以上で全て投下終了です。お粗末さまでした。
後、2回で終わらせる予定です。読んでくださってる方、最後まで、どうぞよろしくお願いします
43名無しさん@ピンキー:2010/10/02(土) 00:26:37 ID:tJAkJ+x/
待ってるー
44名無しさん@ピンキー:2010/10/02(土) 00:36:35 ID:GfwoTM4i
この作品調教物ない?
45名無しさん@ピンキー:2010/10/02(土) 02:51:22 ID:OP5hVJGm
>>42
乙です。どんな締めになるか楽しみにしてますー
46名無しさん@ピンキー:2010/10/02(土) 11:44:11 ID:w1F0XYK5
>>42
GJ!

でもエロパロ的には痩せると言ったら・・・・・・夜の肉体運動じゃないのか?と、言ってみるw
47名無しさん@ピンキー:2010/10/02(土) 12:38:15 ID:W0DJX713
週末だ!暇だしとらドラでも見直すか!と昨日の夜から今までかけて全部見直した。
やっぱり面白いなとらドラ……。年月が経ってもスレは勢いを保ってるし、改めて感心。
48名無しさん@ピンキー:2010/10/02(土) 16:01:31 ID:w1F0XYK5
今日、思いついて中編を書いてしまった。
途中でヘタレてエロまで行けなかったけど、もしよろしければ投下したいと思います。

題:「嵐はもうすぐ」
趣旨:ちょっと珍しく(?)竜虎もの。
容量:約9レス
作中時期:原作本編終了後を想定

昔2編くらいショートを書いた事があるくらいで、はっきり言って下手かもしれませんが、よろしくお願いします。
もし、よろしければ3分後から投稿致します。
49嵐はもうすぐ 1/9:2010/10/02(土) 16:07:15 ID:w1F0XYK5
大河はその日、珍しく一人で目を覚ました。
毎朝、竜児に起こされている大河にとっては画期的なこと、と言えるかもしれない。
もっとも結局のところ、自分で起きたという訳ではないのだが。
「ぅわわわわぁ。眠い……」
大河は目を擦りながらベッドから身を起こした。
枕元のナイトデスクに置かれた時計に手を伸ばす。
二、三度伸ばした手は空中を彷徨って、ようやくそれを掴んだ。
引き寄せて見ると、時間は6時半。
いつもより全然早い。
「私……、なんでこんな早くに」
大河は時計をもう一度ナイトデスクに時計を置く。
ベットに背中から倒れ込む。
ぼふん、とベットが気持ちいい。
(ああ、睡魔が私を誘ってるわ……)
ここら辺、二度寝をする根性はたくましい。
眠たい時、寝られるうちは寝る主義なのである。
竜児にしてみれば、動物みたいなもんだ、とでも言うだろう。
ーーガン!
眠い時は寝る。それが一番。
ーーガガン!
そう、その方が人間の体にとって一番いいに決まってる。
ーーガガガンガン!
だがら私は一分一秒でも長く寝ようとーー
ーーガンガガガガンガンガッッッガ……
「うるさいわねッ!」
大河はベットから跳ね起きて叫んだ。
うるさくて寝られたもんではない。
「ええ!? 人が寝ようとしているって言うのに!」
大河は顔をブンブンと振り回す。騒音の元を見つけると、それは窓だった。
こんな状況、前にもあった。
「竜児?」
大河はベットから足を下ろして、窓に近寄る。
そして、それが竜児の立てた音でないと気付いた。
そもそも、今はあのマンションには住んでいないのだ。
「……嵐?」

*** ***
50嵐はもうすぐ 2/9:2010/10/02(土) 16:11:42 ID:w1F0XYK5

『ーー現在、南シナ海で発生した台風18号は、昨日深夜から本日未明にかけて、進行方向を大幅に変え、現在関東を横断しております。現在関東甲信越の以下の地域で大雨・洪水警報が発令され、一部の地域では河川の氾濫などがーー』
TVのお天気姉さんがモニタの地図を指差しながら喋っている。
その様子を、竜児は右手でリモコンを持ったまま、呆然と見ていた。
『おい、高須? 聞いてるか?』
左手の携帯から、北村が言った。
「お、おぅ!? 悪い。なんだって?」
『しっかりしろよ、こんな台風直撃なんて滅多にないんだぞ』
「おぅ……。にしても、凄い雨だな」
竜児は目の前にマンションしか見えない窓に目をやる。
見えるのは建物だけなのだが、それで激しい風と雨が窓を叩き付けているのがわかった。
『ああ、凄い雨だよ。聞いた話によると、地下鉄も今止まってるらしい』
携帯越しの北村の声も、この古いアパートの防音性能のおかげで、消されがちだ。
「それは凄いな」
『しかも街を流れる川も、警戒水位まで達したらしい。
木だって倒れているみたいだし、いつぞやみたいに、またまた本気で嵐だ』
「それで、学校も休みか」
竜児は同じことを繰り返しているTVを消した。
これ以上見ても、何も新しいことは得られそうにない。
『当然の処置って奴かな。そもそも先生方さえ学校に集まれる状況じゃないんだ。
大人しく家で嵐を過ぎるのを待つのが得策だと思うよ』
「わざわざ、ありがとな」
『いやいや、これもクラス委員長の仕事だよ。じゃあこれ、連絡網に回して欲しい』
わかった、と竜児は答えた。
連絡網というやつは、年度始めに用意はされるものの、使わないで済むことが多いのだが、今年は珍しく使うことになるらしい。
『明日には台風も過ぎ去るし、学校も再開すると思うが、まぁくれぐれも気をつけてな』
「おぅ。北村も、気をつけろよ」
『俺は外に出ないで勉強でもするつもりだ。部活もないし、時間があるからな』
「そうか」
そんなやり取りで、竜児は携帯を切った。
突然の休日である。
やることと言ったら、それこそ勉強くらいしかないのではないだろうか。
掃除は休日に既に一通りやり終えていたし、洗濯物は雨のせいで乾くはずもない。
すると、やることと言ったら……
「まぁ、まずは電話連絡。それから朝ご飯だな」
竜児は台所に戻った。
竜児と愉快な母と、彼の愛する彼女は、どんな朝でも、元気にご飯を欲しがるだろうから。
ちなみに、付け加えておくと、インコちゃんはとっくに気絶している。
気が小さいやつなのである。
台風は、彼の精神を一撃でもって夢の世界に連れ去ったのだった(黙祷)
51嵐はもうすぐ 3/9:2010/10/02(土) 16:16:09 ID:w1F0XYK5

竜児が料理を作り終えようとする頃に、アパートのベルが鳴った。
「ん?」
この時間、この嵐の中、誰が尋ねてくるのか。
エプロンに手を拭いた竜児は、玄関のドアの鍵を開けた。
するとすぐに小さな影がドアの隙間から入り込んで来た。
このサイズ、見間違えようもない。
「大河?」
「うぅぅぅ」
大河は、びしょぬれだった。
「またか!」
「そうよ! またよ!」
大河は幾分怒った顔で竜児に小さく怒鳴った。
ボロアパートの防音性については熟知しているのだ。
「どうしたんだ? こんな朝にそんな濡れて。まさか、歩いて来たのか?」
「外がうるさくていつもより早く起きちゃったのよ。それで家には誰もいなかったし。
することないし……、竜児に会いに来たのよ」
大河は少しだけ恥ずかそうに言った。
いくらもう親公認の仲の恋人でも、まだ恥ずかしさは残っているのだ。
「この雨の中をか? 隣りのマンションとは訳が違うんだぞ!」
「それよりこれってまた台風なの?」
「ああ……。って大河、おまえこんな濡れて、シャワー入ってこい」
そんなのいいわよ、と言い放った大河だが、くしゅんと小さくくしゃみをした。
「……風邪、ひくぞ」
鼻をすする大河。じとーっと竜児を見る。
「で、台風なの?」
「ああ、直撃だってさ。学校も休みらしい」
「ふーん。まぁしょうがないわね。凄い雨と風だったもの。
ここに来るまで何度も吹き飛ばされそうになったわ。
手強い敵だったわ。でももちろん私は勝ったけれど」
「まったく……、無茶するなよ」
その時、大河はその竜児の言葉に、ほんの少しだけ、欠片のように怒った声色が混じっていることに気付いた。
大河としては恋人である竜児に会いに来たかっただけで、自分では来れると思って出て来たのだが、
彼はそれをどう思うか、ということを考えるほどには、もう恋人である期間は長いのだ。
そう、その意味はきっと……。
「ごめん……」
一方驚いたのは竜児である。そしてきつい言い方になっていたかと、反省。
どうにもぶっきらぼうになるのは、竜児も自覚している悪い癖なのだ。
「え、いや、別に……」
お互い、気まずいやら恥ずかしいやらで意味もなく視線をそらす。

52嵐はもうすぐ 4/9:2010/10/02(土) 16:19:25 ID:w1F0XYK5

「やっちゃんは?」
玄関に棒立ちだった大河は、話題を変えるようにそう言った。
思い出したように靴を脱ぐ。
「それが、さっきお店が危ないからって出かけたよ」
「お好み焼き弁財天国? うわぁ、靴びちょびちょ」
「ああ、爺ちゃんからもらったタクシー券でな。俺が言ったんだ。
こんな酷い雨、歩いては行かせないって」
竜児は素早く新聞紙とキッチンペイパーを用意する。
「あんたにしては気がきくじゃない」
「俺は一緒に行くって言ったんだが……、あいつが大河と一緒にいろ、って言うからな」
竜児は素早く大河の靴にそれを詰め込んで、水を吸い取らせる。
可愛いブーツも、びしょぬれでは可哀想である。
「朝飯作って、行くつもりだったんだ、おまえの家」
「……遅いわよ、馬鹿犬。先に来ちゃったじゃない」
「それは……、悪かったよ」
竜児は大河の頭にその手をおいて、ぐしゃぐしゃとなで回した。
「風呂、入ってこい。朝飯はもうすぐだ」
「うん! お腹ぺこぺこだもん! 今朝は食うわよぉ」
「おぅ」
と言いながら、炊飯器の中のお米が足りるか不安になってきた。
でもまぁ、大丈夫だろう。
時間は一日たっぷり、あるのだから。

*** ***

風呂から上がってきた大河は、何回見ても、そしてバスタオルで体を隠してなお、
さらにさらにバスタオルどころでないものを見たことがあるにもかかわらず、
竜児の心臓の鼓動を早くした。
その軽く湿った肌、上気した頬、ほつれた髪のつくうなじ、綺麗で長い濡れ髪。
そして愛しく小さく、整った大河の顔。
「竜児ぃ、お腹減ったぁ」
「お、おぅ」
「……? 何ぼうっとしてんの?」
「い、いや、なんでもねぇ。できてるぜ、ご飯も三合炊いたぜ」
大河のその幸せそうな顔。
それだけで、竜児はとても幸せになるのだった。

*** ***
53嵐はもうすぐ 5/9:2010/10/02(土) 16:22:39 ID:w1F0XYK5

「ふぅ。おなか一杯」
竜児手作りの、そして暖かいご飯は、あるいはじっくり入ったお風呂よりも、大河の体を暖めた。
「ごちそうさまでした」
大河は小さくお辞儀する。
「おそまつさまでした」
竜児も、その凶悪な顔に笑みを浮かべながら、そう言った。
さぁ、これからこの女を食ってやるぜ、などと思っているのではない。(たぶん)
ただ大河の満足そうな顔に、頬が緩んでいるだけなのだ。
大河も、そんなことは百も承知だった。
そして、このまったりした食後の時間が、大河はとても好きだった。

*** ***

「竜児ぃ、竜児ぃ、ねぇねぇ」
「ん?」
食後、テレビを暇そうに見ていた大河ーーすでに濡れたレインコートやふりふりのドレスは着替えて、部屋着のジャージ姿だーーが竜児の部屋にやってきた。
竜児は一人で勉強していた。北村ではないが、彼も勉強には真面目な人間なのである。
「暇なんだけど」
竜児は小さく溜め息をついた。
「俺、勉強してるんだが」
「竜児の愛しい彼女が暇だっつってんのよ」
「あー、うーん」
竜児は机に広げている問題集に目をやる。まだ途中である。
「じゃあ、11時まで待ってくれ」
「えー」
と言いながら大河は時計を見た。
あと1時間くらいである。なんやかんやで、朝からごろごろして3時間くらいを過ごしたのだ。飽きるのもまぁ当然である。
「しょうがないわね、じゃあ11時にご飯を作りなさい」
「わかったよ、じゃあ昼飯作ってから、な」
「OK。まだ私、やり終えてないゲームあったのよね」
「わかったわかった、ゲームでもなんでも付き合うから」
……こうして。
時間は過ぎて行くのである。

*** ***
54嵐はもうすぐ 6/9:2010/10/02(土) 16:25:56 ID:w1F0XYK5

昼飯は高須特製、リゾットであった。
もちろん、大河好みの味である。
「竜児の料理、やっぱ美味いわ」
「そりゃあどうも」
大河はこれまた満足そうな顔でお茶の間に寝っ転がっていた。
実際のところ、大河にしてみたら、竜児の作る料理ほど美味いものはないのである。
自分で作る料理は論外のこと、お店で食べる料理だって、竜児の方が美味しいと思える。
ただでさえプロ顔負けの料理で、さらに彼が自分のために愛情をかけて作ってくれて、
その上、惚れた男の手料理である。
これで不味い訳がない。
「これで三食一緒に食べるようになったら、私は太るんじゃないかしら」
「それは俺が決して認めん。というか防ぐから安心しろ」
竜児は苦笑いだった。かつて自分が食生活を管理しなかったせいで、大河がころころと丸くなったことを、彼は忘れていなかった。あれは思い出すに恐ろしい悪夢である。
「私も、またクラスメイトに追いかけられて学校中は知るのはごめんよ」
どうやら、大河自身もそれを思い出していたようだった。
笑い話に出来るくらい、大河も角が取れたということだろう。
「ねぇ、じゃあゲームしようよ」
大河はごろごろと転がって、竜児の視界に入った。
「おぅ、しょうがねぇな」
「何ィ? 彼女とやるゲームが楽しくないだってぇ?」
「違ぇよ」
竜児は笑う。大河も笑う。
「あ、そうだ、もらいもんのパイナップルジュースあるんだった。飲むか?」
竜児は立ち上がりながら、そう言った。無論、大河は頷いた。
ぐーたらを決め込んだ大河は、こんなもんである。
竜児は冷蔵庫からそれを取り出し、二つのコップに注ぐ。ちゃぶ台に置く。
「うむ、よしよし」
大河はだらしなく横になりながら手を伸ばした。
「おいおい、気をつけよろ」
「わかってるわよ」
危なっかしげにそれを見つめている竜児だが、むろんそこは大河クオリティである。
「あ!」
倒した。
「おおおおいいいい」
「あらら、溢れちゃった」
竜児は慌ててキッチンから布巾とキッチンペイパを持ってくる。素早く吸い取る。
「おい、ジャージにも付いてるじゃねぇか」
「あら、遺憾だわ」
「遺憾だわ、じゃねぇよ」
竜児は溜め息をつく。そうだ、こいつはドジッ子大河なのである。
横になりながら飲み物を飲むような、器用な真似が出来るやつではないのである。
55嵐はもうすぐ 7/9:2010/10/02(土) 16:28:09 ID:w1F0XYK5

「それ、脱げ、洗濯するから」
「わかったわよ、代わりの服ちょうだい」
大河はそのまで脱ぎ出した。慌てて竜児はそっぽを向く。
例えそんな仲になったって、無表情でいられるわけがないのだ。
「ええい、仕事を増やしおって」
「それがあんたの役目よ」
竜児はタンスからすぐに泰子の部屋着を取り出し、眼を背けたまま大河に差し出す。
「そんなもんは彼氏の役目じゃねぇ」
そんな問答をしてるうちに、さらなる事態が起きた。
まぁ考えてみればありえない話ではないのだが。
停電である。
「きゃ! うえ! 電気消えたっ!?」
「うおっ! え! 停電!?」
「うわ、真っ暗!」
どこかで送電線が切れたんだろう。今の外の状況では仕方がないだ。
無論、隣りのマンションのおかげである。
さらに言うなら、凄まじい雨と風を引き起こしている、台風の厚い雲のせいだ。
「きゃ、見えない」
「あれ、大河おまえどこだ!?」
「え、あ、待って、今服脱いでるとこって、あっ」

接触。
そして、転倒。
沈黙。

大河は気付いた。今の自分は、竜児に押し倒された格好でいることを。
竜児も気付いた。今の自分は、脱ぎかけの大河を押し倒してることを。

「……馬鹿犬。なに私を押し倒してんのよ」
「わ、わりぃ」
竜児はそう言うけれど、大河の上からは離れようとはしなかった。
大河もまた、それ以上、何も言わない。
二人とも、何も言わない。
沈黙。
だが、決して静寂ではない。
「外、凄いね」
「ああ」
二人は自然と窓に顔を向けた。
雨は強く窓ガラスを叩き、風は窓をガタガタと揺らしている。その音が、他の音すべてを塗りつぶしていた。
聞こえない。
56嵐はもうすぐ 8/9:2010/10/02(土) 16:31:59 ID:w1F0XYK5

目の前にある、お互いの息づかい以外は何も。
「ねぇ」
大河は竜児の下のまま、両手で竜児の頬を触った。
その手は柔らかくて、小さくて、暖かくて、女の子の手だ。
この手がかつて手乗りタイガーと恐れられた、暴力を振るっていた手とは思えないほど、可憐な手だった。
そして、優しく竜児の顔をこちらに向ける。
竜児は否応なく大河のその大きな眼と見つめ合うことになった。
「ねぇ、こんなに外がうるさいとさ……部屋の中まで響いてくるよね」
「おう」
竜児は小さく頷いた。
「そしたらさ、隣りの部屋の音も聞こえないわよね」
「そうだな」
竜児は気付いていた。大河の瞳の中に、いつもとは違う、熱い色があることを。
「それってさ――」
大河の言葉は、途切れた。
竜児が止めたのだ。
「……んっ」
――ああ、熱い。
大河は必死にそれを受け止めた。
――なんて熱いんだろう。
――竜児の唇が、こんなにも熱い。
何度経験してもキスは慣れない。
慣れる日がくるんだろうか。
なんの胸の高まりも持たず。
この行為ができる日が来るんだろうか。
竜児が優しく、舌を入れてくる。大河もそれに、応えた。
そんな日が来るんだとしたら、それは素敵な日かもしれない。
――だけど、このドキドキは、失いたくない。
――慣れたくない。
――このドキドキは、いつまでも、新鮮に。
――感じていたい。
ゆっくり、竜児が顔を離す。
重なり合うような雨の音。
共鳴するような風の音。
「……馬鹿犬、エロ犬……」
竜児は何も言わない。
また、そっと顔を近づけて、大河の首に口づけ。
「ん……、これだから……、盛りのついた犬は」
大河は憎まれ口ってわかっていても、そう言葉が口をついて出る。

これが大河なのだ。

どこまで言っても拗ねてひねて――。
だが、竜児だけは知っている。
そんな上辺の取り繕いなんかとっくに見通して。
大河自身を知っている。
57嵐はもうすぐ 9/9:2010/10/02(土) 16:34:42 ID:w1F0XYK5

もう一度、竜児が顔を離した。
竜児は熱の浮いたような顔で大河の瞳を覗き込んでいた。
「なぁ、大河――」
「竜児、いいよ」
竜児は地面に着いていた右手を、ゆっくりと大河の頬に。
そして軽く、本当に軽く、壊れ物を触るような手つきで撫でて。
「好きだ、大河」
と言った。
大河は優しく笑う。
昔はできなかった笑い方だ。
そして、竜児が一番好きな笑い方。
「竜児、好きよ」

*** ***

「雨と風、だいぶ弱くなったね」
「おう」
二人は昼間っからひいた布団の中から、外を見ていた。
「もうそろ夕方だもんね」
「そうだな」
「もうデきないわよ。静かになっちゃったし」
「俺だって無理だ」
竜児は苦笑い。
「私だって無理よ。腰が痛くて痛くて。ホント、竜児ってアレの最中は性格変わるわよね」
「すまん」
「いいわよ、嫌いじゃないし」
竜児は優しく大河を抱きしめる。
その豊かな髪に軽く顔を埋めて。
「大河って、なんでだかいい香りするよな」
「なに気持ち悪いこと言ってんのよ」
大河は意地悪そうな笑みで竜児を振り向いた。
「悪かったな」
「でも」大河は竜児の両手を優しく握る。「竜児に包まれてると落ち着くわ」
「そうか」
竜児はぎゅっと抱きしめた。
「ねぇ、やっちゃんもうそろそろ帰ってくるんじゃない?」
「まぁ、そうだな」
「でも……、さ、もうちょっとだけ、このままで」
大河は小さな声で。
「嵐はもうすぐ過ぎ去るから」
囁いた。
58嵐はもうすぐ:2010/10/02(土) 16:40:28 ID:w1F0XYK5
以上、「嵐はもうすぐ」投稿終了です。
個人的には竜虎、次いで竜児×亜美が好きですが、今回は竜虎で書いてみました。
改めて読み返し、筆力がないな、と思います。
それでも、多少なりとも楽しんで頂けた方がいれば、幸いです。

保管庫ですが、もし可能でしたら、1レス目の《ナイトデスク》を《ナイトテーブル》に、
二カ所変更して頂いてから保管して頂けると幸いです。
投稿してから気付きました。本当にお手数をおかけして申し訳ございません。
ではでは。またいつ書くかはわかりませんが、いつか( *・ω・)ノ
59名無しさん@ピンキー:2010/10/02(土) 16:51:19 ID:W0DJX713
お疲れ様である。
60名無しさん@ピンキー:2010/10/02(土) 19:24:59 ID:kn/aENu9
高須竜児×狩野すみれを書いてくれる神に期待
61名無しさん@ピンキー:2010/10/02(土) 20:12:58 ID:yfxjj3o5
いやあ、このスレはすごいなあ。
職人さんGJです!
62名無しさん@ピンキー:2010/10/03(日) 01:04:50 ID:P2WhxSeO
※スルー推奨

これは俺が勝手に考えた自己満足SSです。見ないほうがいいのでスルー推奨にしました。


ある日、遊園地にあるカップルが来ていた。

「おい竜児!次はあれ乗るぞ!早くしろ!」

竜児と呼ばれた男は、目を合わせただけで人が殺せそうなほどの凶悪な顔をした人物であり、

「わかりました!わかりましたからっそんなに手を引っ張んないでください!すみれさん!」

すみれと呼ばれた女性は大和撫子という言葉がふさわしい美しい女性であった。

人々は思った「この二人は…カップル…なのか?それにしてはあまりにも不釣り合いだ」と。

そんな人々に好奇の目を向けられているとは露知らず二人はジェットコースターへ向かった。
_______________________________________

「ハハハハッやはり絶叫系はスカッとするな!」

「ハァ〜…ったくさっきから絶叫系ばっかじゃないすか…」

二人はそんな会話をしながらベンチに座っていた。

「よし!次行くぞ!次!」そう言ってすみれさんは立ち上がった。

(°д°)ハァ?もう絶叫系連続6回目なんですけど!?

さすがにきつかった俺は「いや…ちょっと休みましょう」と提案した。

63名無しさん@ピンキー:2010/10/03(日) 01:17:55 ID:P2WhxSeO
「なに?これくらいで疲れたのか?だらしないぞまったく…仕方ない私がアイスを買ってきてやる」
まってろ!と彼女がアイス売り場に走って行ってしまったのを見て

「ハハハッ…まったく…敵わないな…」とつぶやいた。

そういえばいつからこんな関係になったんだっけ…ああ、あの時俺が告白してからだったな…

そういえば初めて会った時はびっくりしたなぁ……かのう屋にあんな美人がいたんだもんなぁ


今日はここまでにします。糞文スイマセンでした。次は竜児とすみれが出会うとこを書きます。
本編とは内容が全く違います。こんなものでも読んでくださった方には心から感謝いたします。
至らぬ点ばかりと思いますのでいろいろとご指摘頂ければと思います。
64@takasusumire:2010/10/03(日) 01:22:56 ID:P2WhxSeO
連レスすいません
つぎからの投稿にはこのコテで投稿します
65名無しさん@ピンキー:2010/10/03(日) 02:49:20 ID:pISPu+/H
>>58 GJです  良い雰囲気で・・・
  次作期待してます

>>64 GJです 続き待ってます
  面白くなりそうなだけに、もう少しまとめて読みたいですよ
  勝手な事言ってすまそ
66名無しさん@ピンキー:2010/10/03(日) 09:25:40 ID:lqDrGLOv
スイマセン。ただ竜児×すみれが読みたい!!という気持ちがすごく強かったんです。
でもそのカップリングを書く方はあまりおられないので自分で書くしかないかなと思い書きました一週間以内にまとめて書こうと思っているので読んでくださる方は待っていて頂きたいです。

ちなみに北村づてに知り合うのではなく中学のときに出会うという設定で書こうと思っています。
勝手なストーリーが苦手な方はスルー推奨です。

あとどなたか竜児×すみれを書いて頂けないでしょうか。できれば長編で。
自分ではうまく書けないのでもっと実力のある方が書いたものが読みたいです。
67名無しさん@ピンキー:2010/10/03(日) 09:28:08 ID:lqDrGLOv
スイマセン。ただ竜児×すみれが読みたい!!という気持ちがすごく強かったんです。
でもそのカップリングを書く方はあまりおられないので自分で書くしかないかなと思い書きました一週間以内にまとめて書こうと思っているので読んでくださる方は待っていて頂きたいです。

ちなみに北村づてに知り合うのではなく中学のときに出会うという設定で書こうと思っています。
勝手なストーリーが苦手な方はスルー推奨です。

あとどなたか竜児×すみれを書いて頂けないでしょうか。できれば長編で。
自分ではうまく書けないのでもっと実力のある方が書いたものが読みたいです。
68名無しさん@ピンキー:2010/10/03(日) 12:34:03 ID:aV1H56ja
なんという溢れるリビドー……これが若さか
69名無しさん@ピンキー:2010/10/03(日) 17:12:25 ID:gmGPEPhQ
>>67
〔書き出し〕
中三位の時、かのう屋で見かけた綺麗だけれど、きっぷのいい御姉さん。
自分と正反対の豪放磊落さに密かに憧れていた。
もっともその気持ちに気がついたのは、大橋高校に入って、副会長として
登壇している彼女を見たときだったが…

教室から舞い散るサクラの花びらを眺め、睡魔と闘う季節はこれで2度目。
あの時はまだ、こんな関係になるなんて思っても見なかった。
ぼーっと見下ろすグラウンドの端、長い黒髪をポニーテールに纏めた彼女が、
間抜け面の俺を見つけ、ニヤリと笑うと、銃で撃つ仕草。
『ちゃんと前を向け』きっとそう言っているのだろうと、なんの不思議も無く俺は納得した。

―――タイトル挿入―――

そう、あれは…
(中学三年の出会いがらみの回想 途中まで)

…現在の教室に戻って結び。 1話終了。


2話もほぼ同じ構成で過去の回想シーンを終わらせる。
3話あたりから竜児2年のストーリー。
本編登場人物が絡み始めてラブコメ展開

……なーんて感じで書けない事もないかもしれない。

でも、完全にとらドラの二次創作というよりオリジナル作品になってしまいますね。
さらに、この展開でもやっぱり亜美ちゃんを優遇してしまいそうですww

70名無しさん@ピンキー:2010/10/03(日) 19:06:29 ID:lqDrGLOv
>>69
助言ありがとうございます
すごいですね!自分には文章力無いんで尊敬します。
まぁ自分は糞文しか書けませんができるかぎり頑張りたいと思います。
今のとこはキャラは竜児とすみれ以外出すか決めてません。
個人的にははじまり方を曖昧にしてしまってあとで読み直して自己嫌悪に陥ったりしていました。
でも読んで頂いている方には申し訳ありませんがこのまま突っ走りたいと思います。
71名無しさん@ピンキー:2010/10/03(日) 20:18:33 ID:ccUTM9xs
頑張って欲しいな
72@takasusumire:2010/10/03(日) 21:04:35 ID:lqDrGLOv
それはまだ高須竜児が中二のとき(春)

高須竜児はかのう屋の前にいた。これから店を襲撃しようと考えているわけではない。
実をいうと近所のスーパーが潰れてしまったのだ。スーパーが潰れるという思いもよらぬ事態に呆然としていたがあいにく家には買い置きがもう無くどこかから食材を調達しなければ今夜は飯抜きになってしまう。
それは泰子にとって致命的なダメージとなってしまうのでそれだけは避けたかった。
しかし他に近所にスーパーは無く一番近いといったらかのう屋だったのでここに来たのである。
前々からここの食材は鮮度がいいと評判だったのだが、なかなか遠いため放課後でないと買い物ができないということも相まって来る機会が無かったのである。
竜児は前々から憧れていた、かのう屋に入ると思い気合いを入れていた。
「よし!行くか。」道行く人々がかのう屋を避けていくのをしりめに、竜児はかのう屋へと入って行った。
ウイィィィィィン
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」思わず竜児は叫んだ。
店内はまるで食材の宝庫とでもいうようなほどたくさんの食材で満ちていた。
なかには前のスーパーでは見かけなかった食材もあり、竜児にとっては天国のようであった。
竜児はさっそく野菜売り場へと向かった。それにともない入り口近くの売り場にいたお客は次々に店を後にした。



PSPのためまとめて出せません。すいません。
73@takasusumire:2010/10/03(日) 22:12:56 ID:lqDrGLOv
野菜売り場にたどりついた竜児は驚愕した。どの野菜もひと目見ただけでわかるほど鮮度がよかったのである。といっても小さい頃から主夫業をいとなんできた竜児だからわかることなのだが。
竜児はさっそく食材を物色しはじめた。
「ふふっふふふ、それにしてもこれだけのものがあると何を買うか迷うな…」
他のお客は皆、竜児に気付かれないようにその場から去り、そのまま店を後にした。
竜児は野菜選びに夢中になっていたためにそれには気付かなかった。
「じゃがいもにネギにたまねぎにしめじ、エリンギ、きゅうり、キャベツ、白菜、アボガド…まぁこんなもんでいいだろ」そういって大量の野菜が入ったカゴを持って肉売り場へ向かった。
肉売り場には牛、豚、鶏にくわえてラム、鴨、鯨肉などもあった。牛では松阪牛があるなどまたもや竜児を驚かせた。
「うーん…鶏はなんにでも使えるし、豚は量のわりに安いからお得だし、初のかのう屋記念肉松阪ってのも…よし!今日は松阪ですきやきだ!たまにはこういうのもいいだろ。」
そういってふと竜児は不思議に思った。
客がいねぇ…。
それもそのはず野菜売り場でのように、ここでも竜児が来た瞬間に皆、顔を伏せ、そそくさと店から出ていってしまったのだから。
しかし店に入った瞬間から食材に目を奪われ、他のお客にまったく気付かなかった竜児は
人気があるという噂だったのに実際はあまり客はいないんだな。
というまったく見当違いの結論を出した。竜児の影響で客がいなくなったともしらずに。


今日は次の投稿で終わります。自分で書いてて思った、竜児かわいそw
74@takasusumire:2010/10/03(日) 22:17:19 ID:lqDrGLOv
>>73
いとなんできた

こなしてきた
に脳内変換しておいてください。
75@takasusumire:2010/10/03(日) 23:30:20 ID:lqDrGLOv
そんなこんなで買いたいものをぜんぶ入れたカゴを持って竜児はレジに並んでいて衝撃がはしった。
それは今までのような食材に関するものではなく、レジにいた女性を見た瞬間のことだった。
すごくきれいだ…まるで…そう、大和撫子のようだ!
咄嗟にそう思った。
その女性はお客のおばちゃんと話している。
世の中にはこんなきれいな人もいるんだなぁ
竜児はそう思った。ここでひとつ言っておくが、竜児は惚れたわけではない。
できればお近づきになりたいとふつうは思うだろう。だが竜児にとってはきれいな人がいる
というだけなのだ。存在認識でしかいないのだ。そういうふうにしか見れないのだ。
竜児がそうなってしまったのには理由がある。それはその顔にあった。
昔から凶悪な顔をしていたためみんなから避けられ、ずっと孤独でいたために
他人と話したことなどほとんど皆無に等しいという状況で生活していくうちに
人に避けられるのを仕方ないと考え、人との関わりをまったく考えなくなってしまったのである。
そんなこんなで今に至る。
おばちゃん「すみれちゃん、おおきくなったねぇ」
「ハハハッまだまだ子供ですよ」
どうやら女性はすみれというらしいすみれという女性の言葉使いはその姿に似合わず漢らしかった。
おばちゃん「それじゃあね。」
「ありがとうございました!またどうぞ」
俺の番がきた。ちなみになぜこの女性のレジに並んでいたかというと他のレジは、
清算をしていてここしか空いていなかったからだ。断じてわざとではない。
「いらっしゃいませ。ありがとうございます」
俺はカゴをわたした。
76@takasusumire:2010/10/04(月) 00:25:38 ID:JcHFvjtz
「じゃがいもが一点、ネギが二点…………………合計5840円になります」
あちゃー、買いすぎちまった。
「えっと…6000円で」そういってお金を差し出したのだがこっちをじっと見て動かない。
「あのぅ「おいっ」っ!な・・なんですか?」
「お前、歳は?」
「13ですが」Σ(´゚д゚`)・・・!?ハッいきなりなに?
「ほう、私は14だ」
「そうなんですか」だからなんなんだよ…
「名前は?」
「高須…竜児です。」この人なに?
「男ならもっとハキハキしゃべらんか!」バシッ
そういって俺の肩を叩いた。「ってぇ…高須竜児だ!」はぁ、もうわけわからん…
「よし、ちなみに私は狩野すみれだ。覚えておけ。」
「はぁ…わかりました。…つーかいきなりなんなんすか?」
「いやなに、若いかんじなのに野菜やらばっか買ってんで気になってな。おつかいか?」
「まぁそんなかんじです。」
「ほう、えらいじゃないか。」
そういって頭をなでてくる。
「なにすんすか!?」
「なにって、なでているんだが」
「いきなりなでるなんて変でしょう!」
「ほめるときはなでるのがふつうだろう」
いや…そうじゃなくて…
「なんだ?うれしくないのか?」
いや…正直うれしいですけど
「まぁいい。それともう一つ、お前、辛気くさい顔してんじゃねぇ!」
77名無しさん@ピンキー:2010/10/04(月) 00:26:29 ID:IwC/uRnW
しえん
78@takasusumire:2010/10/04(月) 01:06:13 ID:JcHFvjtz
そういって俺の両頬を持って左右にぐいーっと引っ張った。
「ふぁ、ふぁひふふんへふは!(な、なにするんですか!)」
「お前みたいな奴がいるだけで店の雰囲気が悪くなるんだよ!うちは笑顔の客以外お断りなんだよ!だから笑え!」
そういって竜児の頬を上下左右に引っ張る。
「はふぁへっ!(はなせっ!)」
「む、仕方ない」
すみれは竜児の頬を解放した。
「まったく…ブツブツ…」そういいながら俺は無意識に笑っていたみたいだ
「ほう、いい笑顔じゃねぇか、ほら、釣りだ」
そういってすみれは160円を竜児に渡した。
「じゃあな、また来いよ」そういってすみれさんは手を振っていた。
ウィィィィィィィィン
なんだったんだまったく…
そう思いながらも竜児は自分の心臓がドクンドクンと早鐘を打っているのを感じた。




なんか変なところとかたくさんあったけど気にしなーい気にしなーいw
79名無しさん@ピンキー:2010/10/04(月) 01:08:24 ID:JcHFvjtz
じゃ、もう寝ます。みなさんおやすみ
80名無しさん@ピンキー:2010/10/04(月) 01:16:11 ID:+ZoZrx6n
今後の成長が楽しみだな
81@takasusumire:2010/10/04(月) 07:35:07 ID:JcHFvjtz
今週テスト期間なので投稿出来ないんで

二人は今ラブホにいた。竜児もすみれも一糸纏わぬ姿で抱き合っていた。
「すみれ、本当にいいのか?俺はこういうのは結婚してからでも…」
「いいんだ。私は今、竜児が欲しいんだ。だから…お前という存在を私の身体に刻み付けてくれ」
「そうか…わかった。できるだけ優しくするからな?」そう言って俺は、彼女にキスをしながら、右手で彼女の乳房をなでるように揉んだ。
「んっ…しん・・ぱいす…るな…お前の…好きなように…してくれ…」そういってすみれは手を竜児の首の後ろに回して、自分の胸に引き寄せた。
その顔にはいつもの凛々しさはまったく無く、とろーんと蕩けたような切ないような表情で、竜児との行為に身を委ねているようだった。
ガラガラガラッ、竜児の理性の壁は崩れおちた。「しらないからな…」
そういって竜児は右手で愛撫を続けながら、もう片方の乳首に吸い付き、左手で彼女の尻を撫でまわした。
「はぁんっはぁっはぁっあっんっりゅ・・りゅうじ・もう…」
乳首を吸いながら、舌で固くなった乳首を刺激するとすみれは強く悶えた。そして俺は左手を彼女の秘裂へ向かわせた。
「あぁっそこはっ今さわっちゃっ…あぁっあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
すみれの身体は大きく跳ね上がり、ビクッビクッと小刻みに震えていた。
「イッた…のか?」そう彼女に問い掛ける。
「い…いうなっ」すみれは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに俯いていた。
あぁ…なんて可愛いんだろう…
竜児は、すみれがとても愛おしく感じた。


時間ないんでここまでで…つたない文章ですいません。本編とは関係無く濡れ場の練習に書いたのですが、いやーヘタクソですね。
本編の方も強引な流れになってしまいました。
でもそんなの関係なく突っ走っていきますんで。
82名無しさん@ピンキー:2010/10/04(月) 14:03:17 ID:V4mtef+0
>>81
(;´Д`)ハァハァ
83名無しさん@ピンキー:2010/10/04(月) 19:06:36 ID:QHi1rMGO
レジからいきなりラブホの急展開に驚愕w
84名無しさん@ピンキー:2010/10/04(月) 19:25:07 ID:JcHFvjtz
>>83
あ、いえ>>78の時点で 回想(出逢い) ということで一応一区切りつけたつもりです。
>>81では濡れ場の練習ということでつたないながらも書いてみました。
ただすみれさんがどういう喘ぎ声を出すのかとかこういう感じでもいいのかとかいろいろ考えて行き詰まっているところです。
85名無しさん@ピンキー:2010/10/04(月) 20:25:57 ID:QHi1rMGO
>>84
これからこれから テストも頑張って
86名無しさん@ピンキー:2010/10/05(火) 06:39:08 ID:qBEW1PQI
>>84
SSも試験も頑張れー
87@takasusumire:2010/10/06(水) 22:04:19 ID:JbEOragI
これから回想(出逢い)の続きを投下します。
※以降スルー推奨


あれから高須竜児は毎日かのう屋に通っていた。竜児は狩野すみれという女性のことをもっと知りたかったのである。
顔が極道顔という理由からか彼に好んで話しかけようという者は誰もいなかった。
だがすみれは、そんなもん(顔)関係ねぇとばかりにいきなり話しかけてきたのだ。
まぁいきなり「おいっ」はねぇだろ、と思ったけどな。それに人の肩を叩いたり……ブツブツブツ…
まぁ…言いたいこともいろいろあったわけで…
毎日通ったはいいもののまったくすみれには会えず、しかもお客に通報されかけたり、
目を合わせた瞬間に飛ぶ様に逃げられたりなど災難ばかりであった。まぁ最後のはいつものことだが…。
そういう日々が続き、一週間経った今日も竜児はかのう屋の前にいた。
「よし、入るか」そう意気込んでいたところに「おいっ!」反射的に振り返る。
そこには一週間前に出逢った狩野すみれその人が腕を組みながら立っていた。
ただ一つ違うところといえばその険しい表情くらいだ。
「あの「ちょっと来い!」そういって俺の手を掴み、かのう屋の隣りにある民家へと連れていく。
「ちょ…待って…」俺の制止も聞かず、狩野すみれはどんどんと進んでいき、居間らしき場所に着いた途端、手を離した。
そこには30代後半らしき男女が座っていた。どうやら見たところ彼らは狩野すみれの両親のようだ。
少し重い空気が漂う中、彼女の父親が口を開いた。「あの…まず…靴脱いできてもらえるかな…」そう苦笑した。
なっ!…今になって気付いた…俺は土足で人様の家に上がり込んでいる。一生の不覚!悔やんでも悔やみきれん!
そう思っていると、バキッ!横から鉄拳が飛んできた。
「なにやってんだてめぇは!人様の家に土足で上がり込むたぁいい度胸してんじゃねぇかおいっ!」
そういって竜児が倒れる前に胸ぐらを掴みあげ、グラグラと揺さぶる。
理不尽だ…理不尽すぎる…だいたいあんたが強引に連れてこなければ俺は靴を脱いでいただろう…
いや!脱いでいた!そして外側に向けて揃えていた!これだけは断言できる!それを…あんたは…あんたは!
…うっ…というか…さっきから息が…や、やばい!このままじゃ…誰か…助け…殺される…
竜児の意識が飛びそうになった瞬間、「すみれ!離しなさい!」すみれの父親の声が響いた。
すみれはしぶしぶながらも手を離した。ドサッと竜児は床に落ちる。
88名無しさん@ピンキー:2010/10/06(水) 22:23:54 ID:lXBa5mSC
しえんである。
89@takasusumire:2010/10/06(水) 23:08:52 ID:JbEOragI
「げほっげほっげほっぜぇーぜぇー」俺は勢いよく吸った空気が全身に巡っていくのを感じた。
そこで「すみれっ」今までおし黙っていたすみれの母親が口を開いた。
「あなたはどうしてすぐに暴力を振るうの!そういうことはやめなさい!」と、すみれに言うが
「母さん、それはできない。なぜなら私の信条は[人は拳で本音を語り合う]だから!」
あの…語り合うというか一方的に語られた挙げ句、こっちは語るどころか命を散らすところだったんですが…
哀れ、竜児にはそれを口にする勇気は無かったのであった。
「だいたいあなたはっ「やめなさいっ!…まったく今はそんなことを話すべきときではないだろう…」
すみれの母親もすみれもバツが悪そうにしている。そんな中、父強し!と竜児は密かに感動していた。
「すみれ、先程からの行動から察するに、お前がちゃんと説明もせず無理矢理彼をここまで連れてきたんじゃないのか?
靴を脱ぐ暇も与えずに。」
その言葉にすみれはハッとして「あ…わ、悪かった…私も急いでいたものでな…ま、まぁそういうことだ、許せ!ハッハッハッ」
そういって俺の背中をバシバシと叩く。
まさかこれほどまでの人だとは思わなかった。竜児は絶望していた。
「すみれ!」父親の声が響いた。
「本当にすまない!この通りだ」そういってすみれは頭を下げた。
「すまないね。高須くん…だったかな、娘がとんだ不始末を…」
「あ、いえ…大丈夫です。」もうあきらめてますから…
すみれの父親は「それで本題に移りたいんだが…まず、靴を脱いできてもらえるかな」
最初とまったく同じトーンで苦笑して言った。
あぁ、そうだった…すっかり忘れていた。ふと、今更ながらすみれの足もとを見てみると、そこに靴は無かった!
い、いつのまに!?今思い返してみてもすみれが止まっていた様子は無い。
じゃあ歩きながら脱いでいたということか!?な、なんて人だ…
驚きの視線を向けていると、すみれはそれに気付き、片手を顔の前に掲げ、「悪かった。」と微笑んでいた。
竜児は立ち上がって、玄関へと向かった。
そして自分の靴と…乱雑に脱ぎ捨ててあったすみれの靴を揃えた。もちろん外向きに。
ついでに汚れてしまった床を掃除しようとも思ったが、
なにやら急ぎの用事らしかったので、帰りに掃除させてもらうことにして今は居間へと向かった。そして居間に入り、先程まで座っていた場所に腰をおろした。
そしてすみれ父が話し始める。「それで話というのはだね…」

ここまでで
90@takasusumire:2010/10/06(水) 23:14:06 ID:JbEOragI
回想(すみれ家にて)ということで…

ごめんなさい
なんだか相当カオスな展開になってしまった…Orz
追加※キャラ崩壊注意!
91名無しさん@ピンキー:2010/10/06(水) 23:28:02 ID:JbEOragI
お目汚し失礼しました。
なんだか自分で読み返して竜児が幸太の様に見えてきてしまいます…
これも自分の文章力の無さのせい…
そんな私ですが投下することをお許し頂きたいです。
連レス失礼しました。
92名無しさん@ピンキー:2010/10/07(木) 02:12:10 ID:emllCI9M
イイヨイイヨー
93名無しさん@ピンキー:2010/10/07(木) 07:16:53 ID:mfKU7kaX
>>84 GJ
許すもなにも来て来て待ってる


突然ですが・・・

ななこーい 腹黒さまー ななどらー
んーーーっ  続き読みてー ジタバタジタバタ
94名無しさん@ピンキー:2010/10/07(木) 07:19:44 ID:mfKU7kaX
ごめん 
↑の>>84>>91
興奮して間違いた
95名無しさん@ピンキー:2010/10/09(土) 17:46:16 ID:Hz6UYZo8
>>91
GJ。まあなんか文章に違和感ある時もあるけど逆に言えば伸びしろがあるってことだしね。今後も期待してお待ちしてます
96名無しさん@ピンキー:2010/10/09(土) 20:35:01 ID:gKigCsZ9
インコちゃんの人また来ないかな
97356FLGR ◆WE/5AamTiE :2010/10/12(火) 02:33:40 ID:nuHe5MGy
ご無沙汰しております。356FLGRです。
久しぶりに書きましたので投下させて頂きます。

タイトル:ウタカタ・ハナビ
設定  :TVアニメ版の最終話がベースです。
登場人物:竜児、亜美
エロ  :無いのでございます。
レス数 :14

次レスより投下開始。
規制により中断するかもしれません
98ウタカタ・ハナビ 01:2010/10/12(火) 02:35:19 ID:nuHe5MGy

 三百年近い歴史を誇る隅田川の花火大会は東京の夏を彩る一大イベントだ。 
 言問橋上流の第一会場と駒形橋下流の第二会場から合計二万発もの花火が打ち上げられ、
観客数は百万人とも言われている。都市部で行われる大会のため打ち上げられる花火のサ
イズは最大でも五号程度と小振りだが、打ち上げ数は圧倒的で単純に計算すれば一秒に一
発以上が常に打ち上げられている計算になるほどだ。
 そしてこの花火大会の生中継特別番組にあたしはゲストとして出演している。
 中継席は第一会場から五百メートルほど上流のビルの屋上に設けられている。花火と出
演者を同時に撮影するためには適当な距離が必要なので会場から離れた場所に中継席が設
けられているのだ。お陰で花火の全体像はよく分かるのだけれど迫力は今ひとつと言わざ
るを得ない。
 番組の司会を務めるのはベテラン時代劇俳優と女子アナだ。進行を勤める女子アナが出
演者を紹介していく。
「最後は女優の川嶋亜美さんです」
「はい、よろしくお願いします」
 あたしの衣装は勿論浴衣だ。女子アナの浴衣が白ベースに淡い柄なのと対照的にあたし
の浴衣は黒をベースに白で薄墨色で百合の花が描かれた渋い物で、それに緋色の帯を合わ
せている。
「浴衣、似合ってるねぇ」
「そうですか? ありがとうございます。いいですよね、浴衣って」
「いいねぇ。普段も可愛いけど、浴衣だと色っぽくて大人の女って感じだねぇ」
 もう一人のベテラン男優が言った。台本通りの展開だ。
「えーっ、それって普段は子供っぽいって事ですかぁ? 傷つくなぁ」
「いやいや、そんなことないって。まいちゃうなぁ。助けてよ」
 ベテラン俳優は司会の時代劇俳優に話題を振る。
 プロフェッショナル達によって生放送はそつなく進行していく。

「それでは第二会場を呼んでみましょう……」
 モニターからあたし達の姿が消えて第二会場の画に切り替わった。ほっとする。やり直
しがきかない生中継はやはり緊張する。
「次、三分後です」
 スタッフが次の中継入りまでの時間を伝えてくる。
 あたしは後ろを振り返り花火の様子を眺めた。
 三重の牡丹が次々と夜空に咲いていく。
 打ち上げ会場から離れているせいで音は随分遅れてくる。

 咲いては消えていく光の花。
 遠くから聞こえるくぐもった破裂音。
 それが、ちくりちくりと胸を突く。 
 
 愛おしくて、甘くて、そしてとても苦い記憶がよみがえってくる。
 それは四年前の夏の事。あたしは高校三年生だった。

 ***
99ウタカタ・ハナビ 02:2010/10/12(火) 02:36:09 ID:nuHe5MGy

 八月下旬の日曜日。

 あたしはかこかこと下駄を鳴らしながら木造モルタル二階建てのオンボロアパートに向
かっていた。あたしが初めてその部屋を訪ねたのは一年以上前のことだ。ずっと付きまとっ
ていたストーカー野郎(のカメラ)をボコボコにしてやったところまでは良かったのだが、
その変態野郎が逃げ出した後であたしはすっかり腰が抜けてしまったのだ。高須君は雨に
濡れて路上にへたり込むあたしを家に上げてくれて着替えまで貸してくれたのだった。

 そんなことがあって、まあ、それだけじゃないけど、他にも色々なことがあって、
 あたしは不覚にも恋に落ちてしまった。
 見た目は極悪ヤンキー、中身は世話焼きおばさんという同級生の男の子に。
 もし、その恋が実っていたら、あの出来事があたし達の馴れ初めってことになったのだ
ろうけど、残念ながらあたしの恋花は実を結ぶことなくハラリと散った。

 結局のところ、
 逢坂大河は本当に自分を愛してくれる人に気付き、
 高須竜児は逢坂大河に惚れ抜いていることに気付き、
 晴れて二人は両想いであることに互いに気付き将来を誓い合った。

 ……までは良かった。

 それで納まるほど世の中は単純じゃ無かった。
 二人が両想いになったって、破産して逃げてしまった大河の父親が戻るわけでも、大河
の生活費がどこからか湧いてくるわけでもない。社会的な責任上、大河の母は大河を引き
取り面倒をみなければならないわけで、しかし、すでに再婚して子供を身籠もっている母
親が大河の都合に合わせられるハズもない。
 二人はその運命から一時は逃げようとした。でも、
 
『自分に誇りをもって… 竜児を愛したいから。』
 
 そう書き残して大河は消えた。
 たった一通のラブレターを残して、彼女は私達の前から、と言うよりは高須君の前から
消えてしまった。母親が暮らす、どこか遠くの街に行ってしまった。
 高須君はそれを受け止めて、彼女が戻ってくるのを待っている。
 皮肉なものだな、と思う。二人はそれこそ家族のように暮らしていたのに、気持ちが通
じ合うのと同時に逢うことすらできなくなってしまった。
 そんなわけで、高須君と大河は遠距離恋愛中だ。
 幸いな事に電話とメールは通じている。彼女の名字とケータイの番号とメアドは変わっ
てしまったけど今でも私達はちゃんとつながっている。

 アパートが見えてきた。
 相変わらず日当たりは悪そうだ。もっとも、真夏のこの時期、日当たりが悪いぐらいが
断熱なんて概念すらなさそうなあの建物にはちょうどいいのかもしれない。
 アパートの外階段を上がっていく。鉄製の階段に下駄の組み合わせは最悪で、とんでも
なく歩きにくい上に油断すると酷く騒々しい音がする。あたしは音を立てないようにゆっ
くりと慎重に階段を上がっていった。
100ウタカタ・ハナビ 03:2010/10/12(火) 02:36:36 ID:nuHe5MGy

 呼び鈴を押す。ドアのすぐ向こうでチャイムの音がする。音が筒抜けだ。
 しばらくしてドアが開いた。
「川嶋……」
 高須君は怪訝な表情を浮かべた。
 意外な訪問者だったのだろう。そりゃそうだ。だって、ついさっき、登校日を確認する
フリをして彼に電話したばかりなんだから。
「うぃす。高須君、元気にしてた?」
「お、おぅ。見ての通りぴんぴんしてるが……、どうしたんだ? 突然」
「この格好見てわかんないわけ?」
 あたしはかわいらしくポーズをとって見せた。まあ、これぐらいはお手のもの。
「浴衣だな」
 確かに浴衣だ。
 黒地に藍色と白の菊が描かれている。帯は紅。ちょっと大人っぽくて地味な感じだ。肩
から提げているトートバッグがミスマッチだがこれは仕方ない。
「そうよ」
「似合ってるな」
「でしょ」
「で?」
「で? じゃないっ」
 あたしは高須君の額にすこんとチョップを喰らわせた。
「いたっ!」「いってぇ……」
 高須君は額を押さえ、あたしは右手をぷるぷると振った。
 慣れないことはするもんじゃない。なんせ手加減が分からない。こういうのは実乃梨
ちゃんの領分だ。
「今日、花火大会でしょ。一緒にどーかなーって思って、亜美ちゃん、わっざわざ誘いに
来て上げたんですけどぉ〜」
 近くを流れる大きな川の河川敷公園で恒例の花火大会が行われるのだ。打ち上げ数は五
百発ほどで、はっきり言って大したことは無いけど地元の住民に愛されているイベントら
しい。
「花火? ああ、そういやそうだな」
「そういうワケだから、」
 にこっと笑って見せた。
「ひょっとして二人で、か?」
 あたしはコクコクと頷いて見せた。
「わりぃけ……」
 やっぱりそう来るか。しかーし、そんなことは予測済み。断らせたりしないもんね。
「おっじゃましま〜す」
 あたしは高須君を押しのけ、下駄を脱ぎ捨て台所に上がり込んだ。
「か、川嶋。お前、不法侵入だっ!」
 居間に突入したところであたしは振り返って高須君を見た。
「いいでしょ。たまには付き合いなって。あたしが観に行きたいって言ってんだからさぁ、
グダグダ言わないで護衛してくれりゃいいじゃん」
「護衛っつったって、お前なぁ。んな目立つことしちまっていいのかよ?」
 呆れたって顔で高須君はあたしを見てる。
「はぁ? ダメにきまってんじゃん。だからさ、ここでイメチェンしてくわけ」
「イメチェンだぁ?」
「そ、まずはさぁ、ちゃちゃっと三つ編みにしてよ」 
 あたしはさらさらヘアを摘んでその先っちょで彼の鼻をこちょこちょとくすぐった。
 彼はくすっぐったそうに顔をしかめて後ずさる。
101ウタカタ・ハナビ 04:2010/10/12(火) 02:37:24 ID:nuHe5MGy
「そんでぇ、コレ。伊達眼鏡ぇ―」
 猫形ロボット風に言いつつトートバッグから優等生っぽくて野暮ったい眼鏡を出した。
 それをかけて見せながら、
「地味ぃーな感じにしたら絶対バレないって」あたしは言った。
 大体、高須君が隣にいればあたし達をジロジロ見る奴なんているはずがないのだ。
 無いのだけれど、予想通り高須君はまるで人類の未来が彼の双肩にかかっているかのよ
うな深刻な表情を浮かべてフリーズしてる。
 まあ、遠距離恋愛とは言え彼女がいるんだから当然だけど。
「なに辛気くさい顔してんの。あたしじゃ不満?」
 まあ、そうだろうけどさ。
「そんなんじゃねぇよ」
 ぶっきらぼうに彼は言う。
「ならいいじゃん」
 ここは押しの一手で。
「良くねぇよ。わりぃけど、行くなら一人で……」
「なら行かない。その代わり、ここであたしの話、聞いてくれる?」
 あたしは前屈みになって下から彼を睨み付けた。
「話?」
「そう、大事な話。あんたと話したいことがあるのよ」
 渋い表情で彼は唸った。それから不意に、
「……ったく」
 高須君はそう言って小さくため息をついた。それからあたしの脇をすり抜けて自分の部
屋に入り、片手で椅子を持って居間に戻って来た。
「髪、やってやるから座れよ」
 俯いてそっぽを向いたまま呟く様に彼は言った。

 ***

 河川敷の公園に着いた時にはもう薄暗くなっていた。
 土手と河川敷には結構な人が集まっていて思い思いの場所にレジャーシートを広げて陣
取っている。すでに宴会を始めているグループや家族連れも少なくない。あたし達はそこ
から川上の方にしばらく歩いてから河川敷に降りた。そこは普段は草ぼうぼうの河川敷だ
けどこの花火大会のために雑草は綺麗に刈られていた。辺りには広げられたレジャーシー
トが点在しているが適度に間隔が取られている。ほとんどのシートには男女のペアがいて、
つまり、そういう人たちが自然と集まる場所なので、自ずと隣との間隔は確保されるとい
う事らしい。会場の中央付近が家族連れやグループで過密になっているのとは対照的な光
景だ。
「この辺りでいいんじゃないの?」
「ん? そうだな」
 そう言って高須君はぶら下げていたあたしのトートバッグからレジャーシートを出して
地面に広げた。多分、家族連れとか酔っぱらいの集団なんかにあたしが見つかることを考
えたらこのアベック地帯の方が安全だろう、なんてことを考えてるんだろう。
「これでいいか?」
「うん。上がっていい?」
 あたしは俯き加減で照れくさそうに高須君に聞いた。
「いいけどよ。フツーにしろよ。なんか調子狂っちまうよ」
「いいでしょ。せっかく清純な感じにしてるんだから」
 そう、高須君の見事なテクニック?であたしの髪の毛は綺麗な三つ編みになっている。
メイクもほとんど無しで眉をちょっと描いた他は薄いピンクのリップをつけただけ。おま
けに優等生眼鏡装備だ。誰がどう見ても文芸部か生徒会って感じだろう。
102ウタカタ・ハナビ 05:2010/10/12(火) 02:38:02 ID:nuHe5MGy
 事実、辺りが暗くなっていることもあって、ここに来るまであたしが川嶋亜美だという
ことはまったくバレなかった。ちらちらと見る人もいない。みんな高須君をちらっと見る
なりあたし達から視線をそらしてしまうのだ。
 そうやって、みんなが彼を傷つける。
「まぁ、悪くはないけどよ。……ああ、そうだ。虫除け使った方がいいんじゃねぇか?」
 高須君はバッグから虫除けスプレーを出した。
「あ、忘れてた。ありがと」
 自分でバッグに入れておいて使うのを忘れるところだった。あたしは下駄を脱いでシー
トに上がり、手足に軽く虫除けを吹き付けた。
 
 ビニールのシートに腰を下ろした。
 草の匂いがした。
 高須君がシートの端に腰を下ろして胡座をかいた。
 微かな風がうなじを撫でていく。
 彼の横顔をのぞき込む。
 彼は夜空を仰いでいる。バツが悪そうな彼の横顔に胸がちくりと痛くなる。

 観覧席の方からノイズが聞こえてきた。
 一瞬だけ響くハウリング。
『ただいまより ――』
 花火大会の開始を告げるアナウンスが流れた。それに続いて大会委員長とやらの挨拶が
始まった。渋いと言うより濁声の委員長は空気が読めないのかダラダラと挨拶を続けてい
る。幸いにもスピーカーはあたし達から随分離れた所に置かれていて、あたし達が話をす
るのにはなんの不自由もなさそうだ。
 
「高須君、」
 彼の横顔に話しかけた。
「ん?」
 彼は相変わらず濃紺の空を見上げている。
「ありがと」
「何んだよ? いきなり」
「一緒に来てくれて。どうしても、……」ちょっと恥ずかしくて躊躇った。
「お、」と高須君の声が漏れた。会場の照明が落とされた。
 河川敷を照らしていた照明も落とされて辺りは闇に飲み込まれる。
 会場がざわめく。
 司会の女性の声が響く。

『ごぉ』『よん』『さん』『にぃ』会場全体が一つになる。『いち!』

 しゅっと音がして火の玉が空へ駆け上がっていく。
 ライム色の小さい花が一つ、二つと広がり、そして夜空に光が弾ける。
 赤、緑、紫の三重の光の輪が広がる。
 わき上がる歓声。大きな破裂音。あたしの身体をびりびりと震わせる。
 ぱりぱりと小さな音を残して火の粉が闇に溶けていく。

 照れくさくて言えなかった言葉を心のなかで呟く。
 
 ― どうしても、一緒に観たかったのよ。高須君と、一緒にね ―

103ウタカタ・ハナビ 06:2010/10/12(火) 02:38:37 ID:nuHe5MGy
 きっと、これがあたし達の最後の夏だから。
 卒業したらあたし達はそれぞれの道を歩き出すから。
 そうしたら、あたしたちの道が交わることは、もう二度と無いだろうから。

「綺麗だね」
「ああ。やっぱり近くで観ると迫力が違うな」

 また一つ尾を引いて火の玉が上っていく。
 夜空に光の輪が広がる。
 破裂音が響く。
 人々の歓声が広がる。
 夜空にすぅーっと消えていく光の粒。
 感嘆とため息。

 打ち上げられるほとんどの花火は商店街のお店がスポンサーになっている。
 だから打ち上げ前にそのお店の名前がアナウンスされる。
 数は少ないけど結婚祝いや孫の誕生祝いなんてのもある。
 打ち上がる度にあたし達は勝手な感想を言い合った。

『……銀行提供。スターマイン……』
 おおっ、と河川敷にどよめきが広がる。
「中盤の山場だな」高須君が言った。
「どういうこと?」
「ああ。恒例なんだよ。この銀行のスターマイン、けっこう派手で盛り上がるんだ」
「へぇ」地元じゃ有名ってことか。
 
 しゅっ、しゅっ、と音を立てて幾筋もの光が空へ上り低い高度に小さな花を咲かせる。
 下打ちの中から銀色の帯が夜空に上る。
 幾つもの花火が広がる。
 赤い輪、紫の輪、弾けた後に銀色の星が蜂のように飛び回る。
 金色の百合が咲く。
 幾つもの破裂音。しゅわしゅわと炭酸が弾けるような音。
 最後に一際高く星が上り、弾ける。
 橙の柔らかな光が空を覆いつくす。
 歓声。そして体を震わす轟音。
 柳の様に降り注いでくる光の粒子。
 ちりちりと闇を焦がしながら、金色の光が降ってくる。
 歓声、どよめき、拍手、そしてため息。

「すごいね……」
「ああ。スゲーな」

 私の呟きに高須君が応えた。
 素直に、あたしは唯心のままに呟き、同じように彼は応えた。
 本当になんでもない事なのに、じわっと心が潤んだ。
 ああ、あたしは高須君と同じ世界に存在しているんだ。そう思えた。

104ウタカタ・ハナビ 07:2010/10/12(火) 02:39:02 ID:nuHe5MGy
「あの、最後のでっかい花火。あれ、いいよね。綺麗で」
「最後の…… ああ、ニシキカムロな」
「ニシキカムロ?」
「ああ、錦鯉の錦に冠って書いてニシキカムロ」
「へぇ」
 言いながらあたしは目を眇めた。
 高須君は目をそらして、ハーフパンツのポケットから折りたたんだ紙を出した。それを
ケータイのディスプレイで照らす。
「以上で第一部終了って感じだな。休憩十分、だってよ」
「誰の休憩よ?」
「そんなのしらねぇよ」
 高須君がケータイを閉じると辺りはすっと暗くなった。
 会場全体がざわついていた。
 仮設の観覧席の方を見ると沢山の人影が蠢いていた。あたし達の周りのカップル達から
はムーディーでラブいオーラが出まくっている。
「麦茶、飲むか?」
「うん。ちょっとだけ」
 そう応えると彼は麦茶のペットボトルを差し出した。
 私はキャップを開けて一口だけ麦茶を飲んだ。トイレに行ったらいつ戻ってこれるかわ
からない。
 河川敷を微かな風がながれている。
 高須君は右膝を立てて、左腕にもたれるようにして座っている。
 そのまま、ちらりとあたしを見た。
「川嶋」
「なに?」
「話したい事ってなんだよ?」
 そう言ってから、彼は目をそらした。
「うん……」
 すぐには話せなかった。
 覚悟が必要だったから。
 あたしは膝を抱えて、彼が編んでくれた三つ編みの先をちょっと弄った。
 大きく息を吐いて、それから彼の顔を見た。

「前にも相談したけどさ、やっぱ、女優、やってみようかなって」
 あたしには随分前から女優への転身という話が出てはいた。母親が女優・川嶋安奈なの
だから当然と言えば当然だ。
 でも、単純にそれに乗っかってしまうことには抵抗があった。
 なんとなく安易な気もした。
 けれど、その仕事に憧れもある。母への憧れはあるのだ。ずっと彼女を見てあたしは育っ
てきたのだから。
「いいんじゃねぇか。色々言われるかも知れねぇけどよ、そんなの無視しちまえ。川嶋が
やりたいことをやるのが一番いい」
「うん……」
「川嶋なら絶対上手くいくさ」
「ちぇ、なーんにも分かってないくせに、簡単に言ってくれるじゃない」
「悪かったな。そりゃあ、俺はそっち業界の事はよく分かんないけどよ、」
 高須君の顔があたしの方を向いた。
「その、お前の事はわりとよく知ってるからな。分かるんだよ、上手くいくって」
 照れくさそうだった。
「そう……。じゃあ、あたしはあんたを信じることにする」
「お、おぅ、それでいいんじゃねぇか」
 本当に、照れくさそうだった。
105ウタカタ・ハナビ 08:2010/10/12(火) 02:39:38 ID:nuHe5MGy
「でさ、こっからが本題なんだけど、」
 高須君は『え?』という顔をした。ここまでが本題だと思ったのだろう。
「なんだよ?」
「あのさ、」

 ― ごめんね、大河。あたし、今から最悪な事するから ―

「もし、役者として上手くいったら、ていぅか、あたしは成功するつもりなんだけど、
そうなったら、あたしさ、好きでもなんでもない人と抱き合ったり、セックスの真似事も
するようになるんだよね」
 高須君は黙って聞いている。
「それはいいんだけどさ、そういう仕事だから」
 そういう仕事なのだ。あたしはママがパパ以外の男の人と抱き合ったり、キスしたりす
るのをずっと見てきたけど、それは全部お芝居だ。
「必然性があれば、そういう表現だってやってみせるけどね」
 自信はないけど。
 だって、リアルで未経験なんだから。
「ねぇ、高須君」
「ん? おぅ」
「大河と、キス、した?」
「っ、な、なんだよ。いきなり話題がぶっとんだぞ」
 確かに、彼からすれば『ぶっとんだ』だろう。でも、あたしはそれをどうしても確認し
ておかないといけなかった。
 あたしは身体を捻り四つん這いになって猫のように進み彼の間近に迫った。
「いいから答えて。大事な事だから」
 目と目が合う。心ない大人たちから『人殺しの目』と揶揄されたことすらある三白眼を
あたしはじっと見つめた。
「ねぇ、答えて」
 軽い既視感があった。こんな風に彼を問い詰めるのは初めてじゃなかった。それはバレン
タインの夜のことで、あたしは『大河が好きなんだよね?』って彼に聞いて、彼は『大河
が好きだ』ときっぱりと答えた。
 そんな事を彼が記憶してくれているのかは分からないけど。
 彼はすっと視線を落として、
「したよ」と呟いた。
「そう、よかった……」
 本当によかった。
 あたしは四つん這いのまま後退して座った。
「ったく、いったい何だよ?」
 不機嫌そうに高須君は言った。
「初めて、だよね。キスしたの」
「あ、ああ」
「タイガーもきっとそうだよね」
 高須君は無言だった。でも、きっとそうだろう。
 あたしは高須君の顔を見つめて微笑んで見せた。
 それから、あたしは空を見上げた。
 雲の無い空を花火の煙が流れていく。煙の隙間から輝いている星が見える。
106ウタカタ・ハナビ 09:2010/10/12(火) 02:40:06 ID:nuHe5MGy
「ねぇ、高須君」
「ああ」
「あたし、仕事でキスするようになるんだよ」
「かもな……」
 ぼそっと高須君は言う。
「だよね」
 あたしもぽそりと言う。
「けどさ、……」
 ごめん、大河。ごめんね。

「初めてのキスだけは、本当に好きな人としたいの」

 首筋が熱を帯びた。耳が、頬がぼぅっと熱くなる。
 自分の心臓の音が聞こえてくるようだった。
 あたしは両腕で脚を抱え、震える膝に頬をつけて彼を見た。
 高須君は困惑している。
 あたしの言葉の意味が分からないほど彼は鈍感じゃない。
「だから聞いたの。大河とキスしたの?って」
 あたしは膝の上からゆっくりと頭を上げた。
「ごめん。無茶言って。でもさ、なんだろうね、初めてのキスの相手が好きでもなんでも
無い人になるかもって思ったら、悲しくって、ううん、怖くって。それやっちゃったら、
もう本当の事がわかんなくなっちゃうんじゃないかって、そんな気がして……」
 上手く言葉になんかならなかった。
 それがもどかしい。もどかしすぎて涙が出てくる。
「川嶋……」
「あたし、ひどいよね。高須君とタイガーの事をわかってて、二人の想いを信じてるから
こんなひどいお願いできるんだよね。あんた達の間にあたしなんかが割って入る余地がな
いって分かってるから……」
 つぅ―っと温い水が頬を流れた。
「できるんだよ」
 そこまで言って、あたしは俯いた。高須君の表情を見るのが怖かった。

 ぱん、と音がした。

 高須君が自分の頬を叩いたのだ。そのまま頬に掌を当てている。
 それから彼は項垂れて大きなため息をついた。
「川嶋。ひでぇよ。こんなのはねぇよ。俺に大河を裏切れって言うのか?」
 あたしは首を振る。
「好きになって、なんて言わないし、想ってくれなくていいの。あたしが勝手に高須君に
キスして、あたしが勝手に納得するから。全部、あたしの気持ちの問題だから」
 詭弁だ。
 高須君があたしの行為を許したとしたら、それだって大河に対する裏切りだろう。
「出来ねぇよ」
 そうだろう。
「……だよね」
「大河を裏切るなんて出来ねぇよ。けどよ、畜生。なんとなくだけど、お前の言ってるこ
とも分かっちまうんだ。ったく、なんなんだよ」
 弱々しく吐き捨てるように彼は言った。
「俺はどうすりゃいいんだよ?」
107ウタカタ・ハナビ 10:2010/10/12(火) 02:40:34 ID:nuHe5MGy
 それは自分に聞いているような言い方だった。
 じりじりと気まずい時間が流れる。
 高須君は二度三度と唸りため息を吐き、それから不意に両腕を振り上げてそのまま後ろ
にばったりと倒れ、大の字に寝転がった。
「まいったよ。けど、お前はこんなんで本当にいいのかよ?」
 あたしは小さく頷いた。
「高須君は?」
「よくねぇよ。良くねぇけどよ」
 彼がそう呟いたとき、しゅっ、という音がした。それに『ひゅぅぅ―』と笛のような音
が続き、寝転がる高須君の姿が赤い光で照らされた。わき上がる歓声。直後に『どんっ』
という破裂音。じりじりという音と共に赤い光は弱くなり辺りは暗さを取り戻す。
「そうだよね」
 そう、こんなのは良くない。分かりきってる。
 あたしは寝転がる高須君のすぐ傍に横座りした。
「眼鏡」と高須君が言った。
 あたしは眼鏡を外してバックの近くに置いた。
 彼の肩の近くに手をついて高須君の顔を見下ろした。
 高須君はあたしをじっと見上げている。
「目、瞑ってよ。はずかしい」
 ふっと息を吐いて高須君は瞼を閉じた。
 
 苦しいほどに心臓が早鐘を打っている。
 身体が火照る。
 ずんとした重いなにかに胸を締め付けられる。
 あたしは少しずつ彼の胸に身体を近づけていく。
 しゅるしゅると火の粉の蛇が空へ上る音がする。
 厚みのある彼の胸にあたしは身体をあずける。
 辺りが銀色の灯りに照らし出される。遠くで歓声が上がる。
 炭酸のような音を残しながら灯りは弱くなっていく。

 高須君、好きだよ。高須君、ごめんね。
 心の中で呟きながらあたしは瞼を閉じて、ゆっくりと彼の唇にあたしの唇を重ねた。

 柔らかい、
 熱い、
 甘い、
 そして、生々しい。
 好きな人をこんなにも生々しく感じることができるなんて、
 その悦びにカラダの芯が震えた。

 なのに、こんなに熱く触れ合っているのに、あたし達は……ちがうのだ。
 ああ、なんて……なんてことだろう。あたしは……あたしは……

 あたしはゆっくりと顔を上げて瞼を開けた。
 彼の瞼もゆっくりと開いた。
 表情は分からなかった。何もかもが潤んでぐにゃぐにゃに歪んでいた。
 溢れた涙が高須君の頬に落ちていく。
 ぽたぽたと止めどもなく落ちていく。
 
108ウタカタ・ハナビ 11:2010/10/12(火) 02:41:28 ID:nuHe5MGy
 嗚咽が漏れた。
 好きな人を感じることが出来た悦びと、
 その人に想いが届かないという悲しみと、
 自分が犯した罪の重さと、
 大好きな人に犯させてしまった罪の重さと、
 その全てにあたしの心は引き裂かれた。
「川嶋……、すまねぇ」彼は言った。
「ううん、高須君は悪くないよ。ぜんぜん、ぜんぶ、あたしが……」
 ぼろぼろと涙がこぼれていく。
 辺りが様々な色の灯りに照らされた。けれど、もうディテールは分からない。
 幾つもの破裂音が河川敷に響き渡る。
「ねぇ、たかす、くん。ないてもいいよね?」
「ああ」
 そう言って彼はあたしの背中をそっと抱いてくれた。
 感情の嵐が過ぎ去るまでの二十分、あたしは高須君の胸の上で静かに泣き続けた。

 ***

 最後のスターマインをあたし達は並んで座って眺めている。
 次々と夜空に色とりどりの花が咲き乱れる。
 しゅっ、しゅっ、という音。夜空へ駆け上がっていく光。
 赤、緑、橙、銀、大輪の花。
 一瞬、強く輝き消えていく。
 銀の蜂が飛び回る。
 二重、三重の光の輪が広がる。
 そして、最後に一際大きな赤い菊が夜空を染め上げた。 
 消えてゆく光を惜しむように人々がざわめく。
 夜空に静寂が戻り、うっすらと見える花火の煙がほんの少しだけ強くなった風に流され
ていく。
「これで終わり?」
 あたしが言い終えるのと同時に大きな破裂音がして金色に輝く三匹の竜が夜空へと上っ
ていった。
 三つの金色の巨大な菊が咲く。そして轟音。
 三発の錦冠に夜空は輝く金色の粒子で埋め尽くされた。
 地響きのような歓声とどよめき。
 降り注ぐ金色の火の粉。
 少しずつ、少しずつ、金色の砂は闇に溶けていく。
 誰からともなく拍手が起きる。
 あたし達も手を叩く。

「錦冠、だっけ?」
「ああ」と彼はたった一言だけ。

 大会終了のアナウンスが流れた。
 どよめき、ざわめき。観客達はそれぞれに帰り支度を始めている。
 仮設照明が河川敷を明るく照らす。
 
109ウタカタ・ハナビ 12:2010/10/12(火) 02:41:56 ID:nuHe5MGy
 あたしは伊達眼鏡かけて、それから少しだけ着崩れた浴衣を直した。
「どう? 変じゃ無い?」
「ん、ちょっと待ってろ」
 高須君はあたしの背中に回って帯の結び目を直してくれた。それから背中の布地を、軽
く引いてしわを伸ばす。
「いいんじゃねぇの」そっけなく彼は言う。
「うん」あたしは小さく頷いて振り向く。
「帰るぞ」「うん」
 あたしは下駄を履き、高須君はくたびれたスニーカーを履いた。高須君はレジャーシー
トを畳んでトートバッグに入れてバッグを肩に引っかけた。
「足場悪いから気をつけろよ」ぶっきらぼうに彼は言う。
「だったらさ、」
 あたしはおずおずと右手を彼の方に差し出した。
「手、引いてよ。くじいたら帰れないじゃん。明後日、仕事だし」
 一瞬、高須君はじっとあたしを見た。それから肩がすとんと落ちて項垂れた。
「ったく、どんどんダメ人間になっていく気がする」
 高須君の左手があたしの右手を包んだ。
 彼の手は少し冷たくて、大きくて、ごつごつしていた。
 手を引かれ、あたしはゆっくり歩き出す。
 河川敷は足場が悪くてやっぱり下駄では歩きにくい。
「あのさ、高須君はもっと女の子に冷たくした方がいいと思う」
 手を引いて貰いながら言う台詞じゃない。
「はぁ? お前が言うなよ」
「だよね。でもさ、女ってズルいのよ。今のまんまじゃ高須君は絶対大河を泣かせること
になると思う」
 あたし、彼を罠にかけておいて何言ってるんだろう。
 大河が知ったら泣くようなことを仕掛けたのはあたしなのに。
「ああ、よく分かったよ」
 吐き捨てるように彼は言った。
「ごめん」
「ゆるさねぇよ」
 それでも高須君は手を引いてくれている。
「高須君……」彼は応えない。
「高須君……」応えてくれない。
 あたしは段々怖くなってきた。彼は二度と話をしてくれないのかも、そんな気がした。
「高須君……」
「高須くん……」
「たかす、くん……」
 あたし達は土手の階段を上がっていく。
「ごめんね」
 すん、と洟をすすった。景色が潤んでよく見えない。
 階段を上りきったところであたしの脚は動かなくなった。
 先に進みたく無かった。彼の手も離したくなかった。時間が流れていくことが悲しくて
たまらなかった。今日という日が終わってしまったら、もう二度と彼と話すことは出来な
いのだと、そう思えて仕方なかった。
「川嶋……ったく、なんつー顔してんだよ」
 話しかけられて気持ちが溶けそうになった。
「だって、無視するんだもん」
「とにかく、そこに突っ立ってると邪魔だから来い」
 そう言って高須君はあたしの手を引いた。土手の端まで来ると高須君はポケットティッ
シュを出してあたしに渡した。
110ウタカタ・ハナビ 13:2010/10/12(火) 02:42:23 ID:nuHe5MGy
「ホントに狡いよな。とにかく涙と鼻水拭いてくれ。これじゃ、俺がお前にひでぇ事した
みてぇじゃねぇか」
「……ごめん」
 あたしは眼鏡を押し上げ涙を拭い、洟をかんだ。
「ったく。今日の事、絶対に大河に言うなよ。今回だけはそれで大目に見てやる」
 高須君はバツが悪そうに言った。男という生き物は目の前で女に泣かれるといたたまれ
なくなるらしい。
「言わない。誰にも」
 あたしは彼に誓った。
 でも、誓うまでも無く、あたしはこの日の全てを心に大事にしまっておきたかった。

 そう。この秘密はあたしと高須君、二人だけの物だから。
 大河の知らない、二人だけの大切な秘密だから。

 ***

 それで全部だ。高須君はあたしを家まで送ってくれて「じゃあな」と素っ気ない挨拶だ
け残して帰って行った。
 あたしは苦い思い出を心に刻み付け、それからしばらく罪悪感に苦しむハメになった。
 それは大河を裏切り、高須君を傷つけた事への当然の報いだと思う。
 救いだったのは高須君の態度があの後もそれほど変わらなかったことだ。さすがに二人
きりで一緒に出かけてくれることは二度となかったけど、友人達と一緒になら遊びに付き
合ってもくれた。もっとも、みんな受験勉強で忙しくてそれほど遊びに行く機会は無かっ
たのだけれど。

 だから、キスも手をつないだのも、その一度限りだ。
 結局、あたしは高須竜児の一番大事な女にはなれなかった。
 それでも、あの夜の出来事はあたしにとって痛いほどに甘い思い出で、あたしは彼との
キスや彼に抱かれた時の感覚を思い出しながらカラダを慰めたりもした。

 秋が来て、冬が過ぎ去った。
 卒業式の日、大河は突然大橋高校に現れて高須君と再会した。
 それから三年あまりが経つ。

 一週間前、二人の結婚式の招待状が届いた。
 学生結婚だけど出来ちゃったってわけではないそうだ。
 大河からのメールによれば、高須君のお母さんが結婚するそうで、それを機会に二人も
入籍することにしたのだという。まあ、二年も同棲しているのだからその方が自然だろう。
 あたしの方はドラマの撮影とかで何かと忙しいけれど、今からスケジュール調整してお
けばなんとか出席できるだろう。


「一分前」スタッフが告げる。

「好きなの? 花火」
 隣に座っている大先輩の女優さんだ。もうすぐ五十だというのに全然そうは見えないと
ても綺麗な女性だ。彼女も浴衣姿だけれど身のこなしが美しくて自分の未熟さを思い知ら
される。
111ウタカタ・ハナビ 14:2010/10/12(火) 02:43:07 ID:nuHe5MGy
「ええ。でも嫌いな人はいませんよね」
「そうね。でも、それにしては寂しそうに観るのね」
「え? そんな事ないですよ」
 否定するあたしに彼女は小さく笑って、
「いい表情(かお)してたわよ」と囁いた。
 あたしは彼女に微笑んで、『明るい笑顔』をセットアップした。

 次から次へとひっきりなしに花火が上がる。
 スターマインが夜空を華やかに染め上げる。
 けれど、どんなに大きな花火がどれだけたくさん夜空を彩ったとしても、あの夜、彼と
二人で見上げた錦冠ほどあたしの心を震わせることはないだろう。

 あの恋も、あのキスも、本物だったから。
 たとえ泡沫(うたかた)でも、それは全部本当だったから。

(ウタカタ・ハナビ おわり)

112356FLGR ◆WE/5AamTiE :2010/10/12(火) 02:44:16 ID:nuHe5MGy
以上で投下完了です。
supercellの「うたかた花火」をヘビーローテしてたらこんな話を思いついてしまいました。
読んでいただいた方、ありがとうございます。

356FLGRでした。
113名無しさん@ピンキー:2010/10/12(火) 04:39:55 ID:73fTRnUV
一応、支援
深夜にそんな高速投下は連投規制されちゃうよね
114名無しさん@ピンキー:2010/10/12(火) 04:43:55 ID:73fTRnUV
Gj
失礼。更新、俺が失敗してただけだった
115名無しさん@ピンキー:2010/10/12(火) 08:28:11 ID:lTkXyk8m
Gj
切ないけど良い話やったー
出勤前にいいもの見せてもらいました
116名無しさん@ピンキー:2010/10/12(火) 15:11:02 ID:EErGCoGi
GJです。
読んでいて辛くなりました。心が痛い。
こんな事が想像できるから、みんなあーみんに幸せになって欲しいと思うんですよね。
117名無しさん@ピンキー:2010/10/12(火) 15:54:46 ID:HZQJ2REV
GJ。
356FLGR氏はきすしてシリーズといい今回といい、なんでこうも切ない作品を生み出せるのか。
尊敬します。
118名無しさん@ピンキー:2010/10/12(火) 18:16:44 ID:F0HwiRrG
>>112
GJです
あーみん次は幸せになっておくれ!
119名無しさん@ピンキー:2010/10/12(火) 19:24:42 ID:Keqoz3O0
>>112
GJ!
通勤中の車内でこの歌流したら、思い出してすげー泣けた。
120 ◆/8XdRnPcqA :2010/10/12(火) 21:36:20 ID:RRXa3JWz
>>112
サイコーです!! これでこそ亜美ちゃん。
98VM的には、自分が書いたのを含め、ここ何皿かで最高に萌えました。
この亜美ちゃん。イイ。すばらしい。
あえてトリつきでGJを贈らせていただきます。 
苦手なイチャラブを書く気力が少し出てきましたww ゴチソウサマデシタ。
121名無しさん@ピンキー:2010/10/12(火) 22:31:39 ID:HZQJ2REV
98VMさんの新作にもwktk
122名無しさん@ピンキー:2010/10/14(木) 19:20:41 ID:Z5+edg7s
このスレの住人なら理解してくれると思うが俺は
喧嘩中のみのりんとあーみんを拘束して性的な拷問したい。
まず、みのりんに目隠しをして連続強制失禁絶頂責めをしてその様子を猿轡をしたあーみんにみのりんの潮や聖水が顔にかかる位置で見せつけたい。
次にあーみんのアナルに限界ギリギリまでせいすい浣腸して、みのりんに強制顔騎スカトロ責めさせたい。
2人の身体がほぐれて来たら乳首相撲をさせたい。乳首相撲に負けた方はお仕置きとして乳首にピアスを通したい。
次はクリトリスを糸で縛った状態で綱引きならぬ糸引きをさせたい。
制限時間は30分で今回に限り勝った方のクリトリスにお仕置きとしてピアスを通す(引き分けは両方にお仕置き)と告知し、時間一杯全力で競い合わせたい。
最後はルール無用のsexバトルをさせたい。何回イッても良いからとにかくどちらかが性的にギブアップするまでのガチバトル。勝った方は解放してやると告知して全力でヤらせたい。


多分、お前らもこんな趣味あるだろ?
123名無しさん@ピンキー:2010/10/14(木) 20:14:51 ID:880N2DlP
ぜひ、SS化してくれ
キャラへの愛と、エロは別腹だ。嫌いな人も当然いるだろうけどね。

エロレベルが低い俺には、そこまでは書けないので、よろしく
124名無しさん@ピンキー:2010/10/15(金) 00:56:37 ID:z6Xev1XY
俺は嫌だなぁそんなの
拷問だのスカトロだのSMっぽいのは嫌悪感が沸く
ラブラブきぼん
125名無しさん@ピンキー:2010/10/15(金) 04:35:12 ID:cdm0k83q
×××シリーズみたいにある意味突き抜けた物ならともかく、キャラすげ替えても通じる単なるテンプレエログロはちょっとね
126 ◆KARsW3gC4M :2010/10/15(金) 21:11:29 ID:ldJuxN3S
皆さん大変お久しぶりです。
[ある二人の日常]
の続きが書けたので投下させてもらいに来ました。
前回の感想をくださった方々、まとめてくださった管理人さんありがとうございます。
前の投下より時間が開いたので説明しますと
亜美×竜児で[伝えたい言葉]及び[言霊]の続編で今回は微エロ&男性にとって身が竦む描写があります、苦手な方はスルーしてやってください。
では次レスより投下します。
127 ◆KARsW3gC4M :2010/10/15(金) 21:13:20 ID:ldJuxN3S
[ある二人の日常(3)]


「うっわ…何よ人が多くね、コイツらどんだけ暇人よ」
それがバスを降りて徒歩五分水族館入り口前の広場についた瞬間の率直な感想、これは-1点だね…なんちゃって。
「春休みなんだから仕方ないだろ、それにまだ平日だから救いはあるぞ」
彼がそう言って辺りを伺う。
周りは人に人と人か人………恋人同士に親子同士や友達同士と楽しそうな話声が聞こえてくる。
紡ぐ言葉とは裏腹に私はワクワク、何せイルカが待っているからだ。
「だがカミツキガメがこんなに人気とはな……誤算だった、こんなに人が居たら撮れるか不安だぞ」
『撮るじゃねぇ盗るの間違いだろ、文句があるなら殺されるか死ぬか選べ』
と言いたげな顔をした竜児を見て横に居た兄ちゃんが真っ青になって逃げる、だけどそれは誤解で携帯のカメラを使えるか不安なのだろう。
「大丈夫だよぅ〜それは竜児の思い過ごしですからー、てかあんなカメが人気なわけねぇし」
私とのデートよりカメの方が大事? と遠まわしにヤキモチ、入場券売り場に向かいながらチワワアイでキャンキャン吠えてもみる。
「っていうか?? 普通に考えてぇラッコとかイルカとかマンボウ、んん〜チワワとかの方が可愛いし」
と自分を指差して右肘でツンツン、すると竜児が私を見て……
「おぅインコちゃんもな!」
と気持ちいい笑顔と共に親指を上に立てる、あーあ…これはマジムカつく減点だ減点、ブサインコとチワワを同列に並べてんじゃねぇよ。
「………ふん」
顔を横に背けた私は速歩きで彼より前へ出ようとする…ブサインコをライバル視するわけじゃないけどやっぱりイライラ、竜児には『川嶋亜美が一番』だと言って貰いたかった…。
「でも俺は亜美が一番可愛いと思っているぞ別格だ」
でも間髪入れずにそう言われた私は踏み出そうとした右足がピタリと止まる。さらっと言わないでよ……顔がにやけちゃうじゃん。
「インコちゃんを引き合いに出してさ…一言余計なの」
「おぅ? 何のことだか?」
竜児が何気なしに言ったのか、それとも狙って言ったのか…わかんないけどちょっとだけ恥ずかしい。
そっか竜児にとって亜美ちゃんは家族や友達とは別枠で…大切な大切な『一番』なんだ、ふ〜ん……………ふふ♪
「べっつにぃ〜、それよりも早くイルカを見に行こうよぉ〜カメなんて後回しっしょ」
ちょっぴり機嫌がよくなった私は彼の腕に組み付いて急かしウキウキ気分をお裾分けしてみる。


128 ◆KARsW3gC4M :2010/10/15(金) 21:15:13 ID:ldJuxN3S
「そうしてやりたいのは山々なんだが…ほら」
竜児が私に差し出したのはチケットと共に貰った館内パンフ、曰わくイルカショーは午前十時から二時間ごとに行われていて只今の時間は十時半過ぎ……。
カミツキガメに興味深々な竜児もどうせ見るなら最初から見たいのだろう、それは私としても同意見なわけで……。
「じゃあ適当に見て回って…だね、ラッコが見たい!」
「おぅ! でもカミツキガメも…」
「しつこい」
ピシャリと言い放った後はニッコリ、忘れずにちゃんと見てあげるわよ…『カメ』は。
「あは…きょーぼーなカメを亜美ちゃんにそぉ〜んなに見せつけたわけ? やぁ〜んこーわーいー」
「はあ…誤解を招く言い方をするな、ま…とにかくそういうことだし入るか」



「わ……やば」
館内に入り順路を進む人波に私達は混ざる、はぐれないようにしっかり組んだ腕にしがみついてデート中なのを周囲にアピールするのも忘れない。
こうすると周りが空気を読んでくれるのだラブラブオーラ全開で混雑していても近くに人が寄って来ないし、もしファンが私を見つけても声を掛けづらくなる。
ちなみに私は今、水槽の中で悠々と群れて泳ぐアジに見入っている。
私は魚に詳しいわけじゃないから多分アジ…サンマじゃないのは間違いない、説明文を見たくても髪を禿散らかしたおっさんが邪魔して見れない。
もしかしたら竜児に聞けばわかるかもね、でも私達は魚を観察しに来たわけじゃないデートしに来たのだ、抑えた照明の薄暗さは海の中そんな雰囲気を味わっていちゃつく為に来ているの。
だから魚が泳いでいればそれでいい、チビとらじゃないけど魚は食べるに限る鮮やかな色合いのやつなら別だけどね。
綺麗なモノにはトゲがあるの、うかつに触ったらチクッとな…愛でて楽しむだけにしときな、これ絶世美少女モデルからのアドバイス…あ、竜児は特別だよ。
「すげぇ数だな、並の包丁なら捌ききる前に刃がダメになる」
哀れなレジスタンスを路地に追い詰めた少佐殿のような顔付きでそう呟く彼を見て私はおかしくなる。
「その前に全部捕まえてみなよ、ぷふふ…」
「無茶言うな釣りすらしたことがないのにいきなり漁はハードルが高いぞ」
今更だけどカップルがデートでする会話じゃないよね色気もあったもんじゃない、けど…さ……こういう一時が重要だと私は思っているんだ。
麻耶ちゃん達みたいに常にあうあうドキドキしてたら心臓がパンクしちゃう。

129 ◆KARsW3gC4M :2010/10/15(金) 21:16:31 ID:ldJuxN3S
どうでもいい他愛のない会話の中にちょっとづつ散りばめられた愛情を一人になっている時に想い返してニヤニヤするのが楽しいんだもん。
「おぅ見てみろよネコザメだぞ」
竜児が指差す方に目を向けると小さなサメがウロウロ、やだ…ちょっと可愛いかも。
私は思わず水槽に両手を添えて覗き込む、もうちょっとつぶらな瞳でモコモコしていたらぬいぐるみにモーターでも仕込んでいるんじゃないかと妄想してみたり。
でもどんなに小さくてもサメはサメ、私が見えるのか偶然かはわからないけど目前で鼻先を向けて口を開いて鋭い歯を見せつけられる。
ビクッと肩を震わせると竜児がクスッと笑ってこんなことを教えてくれた。
「ちなみにコレ、カマボコの材料の一つだったりするのは知ってたか?」
「ウッソ…マジ? こんなに可愛いのを食べちゃっているワケ? …てことはカマボコってサメの擂り身なの?」

私は彼を質問責めする、だって本当なら次にカマボコを食べる時にガチ感謝しなければいけないし……。
「スケトウダラとかイワシがほとんどだけどたま〜にサメも混ぜるんだよ、加工食品だから雑魚も関係ないからな」
「ならいいけど…このサメが主だったらカマボコ食べれなくなるとこじゃん」
すると彼は首を傾げて私に聞いてくるのだ。
「お前ってサメが好きなのか?」
「うーん……このネコザメだけは好きになったかもね、でっかいのとかはダメ、中古の高級車に乗ったヤンキー並みにダメ」
いかにも俺は強いぞー偉いぞーなイメージなんだよねデカいサメも型落ち高級車のヤンキーも…小さいのはいいことだ、なんだっけエスプレッソだかカプチーノだったかコーヒーの名前みたいな軽自動車…ああいうのが好みだ。
「そんなもんなのか……そうそう順路からして次はペンギンとかラッコだな」
そう言われたら俄然私の興味はサメからペンギンとラッコに移る、ヨチヨチ歩きのペンギンが前脚をパタパタさせている姿やこっちをジーッと見ながらホタテ貝をガシガシ叩くラッコを見たい、触りたい、ギュッと抱きしめたくなるのは当然だ。
そりゃ見るだけで触れないし抱きしめもできないのはわかっているよ?
でもでも………小さいのがいいことなら可愛いは罪だ、亜美ちゃん自身が可愛いからよ〜くわかるもん抗えないもん衝動的に愛でたくなる。
「何してんの魚はもういいでしょ? 次に行こう…ほら急いだ急いだ!」
私はニヤケる頬を引き締め直して彼の腕を力強く引く。

130 ◆KARsW3gC4M :2010/10/15(金) 21:17:54 ID:ldJuxN3S
「はいはい…ペンギンもラッコも逃げねぇから落ち着け」
「は? 亜美ちゃんいたって普通なんですけどぉ?」
頑張って隠したはずのワクワク感は竜児にだだ漏れ、私は恥ずかしくて虚勢を張ってしまう…ちょっと可愛くない。
けど思い返す暇があるなら先へ進めというわけで私達は順路を進む、途中淡水魚の水槽に心奪われた竜児を急かし熱帯魚を後ろ髪を引かれる思いでチラ見しつつ……。
「そういえば水族館にペンギンとかラッコがいるのっておかしくない?」
「ん? 別におかしくはない………ような」
「いやおかしいって、だってペンギンやラッコって魚じゃないじゃん」
だよね? 私のイメージ的には水族館=水生生物なのだラッコはギリギリ譲るとしてペンギンは違う気がするの、ましてやカメは…………あれ? 一応は水生生物に含まれるわけ?
「それを言ったらイルカは哺乳類だ、海の中に住んでたりすればいいんじゃないか?」
「ペンギンは海に潜れるけど水中に住んではいないじゃん、それならここに白熊が居ないのはおかしいし」
「多分だが白熊は海には潜らないけどペンギンは海の中で魚を捕る、そんな微妙な範囲で決めている……のか?」
悩んだところで答えは見つからないし言ってしまえばどうでもいいことだ、ちなみに動物園でならペンギンも白熊も見たことがある、だから理解は出来る。
だけどこの水族館にはペンギンが居る………ああもういいや面倒くさい。
重要なのはヨチヨチ歩きパタパタなペンギンであって、ここが何を飼育しているかなんて関係ない。
この渡り廊下を越えたらとうとう出逢えるのだ、私の胸をときめかせるであろう可愛い生物に。
「……………ショボい」
とワクワクしていたらプール状の飼育場所の端にある小島にペンギンが一羽、数羽飼っているみたいだがどこにも見当たらない。
しかも無気力そうな感じを醸し出す可愛くない目つきで虚空を見詰めてたまに体が揺れるだけ……これって剥製? それともよくできたぬいぐるみ? 正直なところ期待外れだ。
「あー……えっと他のペンギンは体調不良らしいぞ」
そんな私のしょげる姿を見て竜児が近くの貼り紙の内容を教えてくれる、このペンギンが体調不良じゃないのどう見ても。
毎日毎日、人間が来てはキャーキャー騒がれてウンザリしているのかもしれない、でも亜美ちゃんが来ているんだからサービスしてくれたっていいじゃん。

131 ◆KARsW3gC4M :2010/10/15(金) 21:18:30 ID:ldJuxN3S
そう念を込めた視線をペンギンに送るとすぐに背中を向けられてしまう…ちょっと悲しい。
「……もう帰る」
私はがた落ちテンションで呟いて踵を返そうとした、しかし竜児の喜色な表情が視界の端に映り込んで…思わず彼を見てしまう。
「か、かわいいじゃねぇかコイツ」
ああ…竜児もショックだったんだね混乱しているに違いない。
「どこらへんが?」
私は振り向いてかのペンギンをチラ見してどこが可愛いのかを探ってみる、僅かな時間の間に腹這いになっている……確かに可愛い気もするけどさ…ポイントアップには繋がらない。
「よく見てみろよ、ほら尾を見ろ……、きっとアイツは不器用なんだ」
なぜか声を潜めてヒソヒソと私に語りかける彼をちょっと睨んでため息を漏らす。
「別に普通じゃん、てかあのペンギン感じ悪過ぎ…亜美ちゃんに愛想を振りまかないしぃ…」
と愚痴った後にジッと見てみるとある事に気付く、尻尾が……凝視しないとわからないくらい細かくピョコピョコと左右に振れている、やだ………可愛いかも。
「ま、まあちょっとは可愛いかもしれないけど……無愛想なのに変わりはないって言うかぁ……」
「テレビとかで見る限りペンギンは無愛想だぞ、ああ見えて歓迎してくれているんだと思う」
竜児はそう言って左手で私の髪を梳く、私は突然の行為にキョトンとするしかない。
「今から思うと去年の聖夜祭の頃の亜美があんな感じだったな、サバサバしている風に見えて実は……」
「うっさい……亜美ちゃんはもっと愛想いいし!」
近頃の竜児は色っぽい、鈍感なのは相変わらずだけど天然ジゴロっぷりには磨きが掛かってきて…この前だって奈々子が……
『高須くんって亜美と付き合い出してから色気プンプンだよね』
とか言ってたし、無意識にエロオーラを振りまくから気が気じゃない。
顔が真っ赤に紅潮していく……彼が私の耳を指先で撫でるから…だからきっと恥ずかしくて…………スキンシップが嬉しくて。
「おぅ、亜美は愛想がいいと思うぞ……俺には」
スッと耳たぶから指が離れていく、それが名残惜しいと感じている『川嶋亜美』をどこか遠くで見ている気がした、誰も居なければもっと触れてとせがんでみたい。
ザブンと大きな音を発てペンギンが水面に波紋を残して消える、甘々タイム終了の合図だ。
「ラ、ラッコ………」
132 ◆KARsW3gC4M :2010/10/15(金) 21:19:15 ID:ldJuxN3S
「ん?」
「ペンギンは潜っちゃったし次はラッコを見ようって言ってんの」
竜児は『いつものように』私に触れただけ、でも私はそんな彼の何気ない行為に一人興奮して…『えろちー』になってしまう、それが妙に悔しくてツンツンとぶっきらぼうな言い草になってしまう。
どんなに身体を重ねて満足しても次の日には元通り、私は常に持て余してしまう
『もっと抱いてもっと辱めて……もっと愛して』
留まることを知らないのだ、それを私は理性で抑えつけて自身に嘘をつく。
素の川嶋亜美は甘えん坊、それを受け止めてくれるから私はワガママになっていく…。
胸の鼓動が速くなり本能に火が着きそうになるのを堪え、彼の腕を強引に引いて順路を進む。

...
..
.

「おぅ、おぉう…」
ラッコを上の空で眺めて次は竜児お待ちかねのカメだ、ソワソワしながら辺りを見渡し感嘆の声を洩らしている。
私はここに来るまで別の意味でソワソワしていた、何度暗がりに連れ込んでやろうかと思ったことか……そんな勇気ないけどね。
「ようやく逢えたじゃん、てかカメがそんなに好きだったの?」
「いや、好きっつうか……おぅコイツらを見ていると時間を忘れてしまうんだ」
私は知っているよ、本棚に置いてある図鑑のカメのページだけがボロボロになっていることに…好きってことじゃん、遠回しに言って誤魔化そうたってそうはいかない。
「亜美ちゃんは好きだよカメ、首を引っ込めて縮こまっている感じとか可愛いと思うし」
彼の股関をチラ見しながら言ってみたりして、だが竜児はどこ吹く風で腰を屈めてミドリガメを眺めている。
「あー…コレ小学校のクラスで飼ってたよ、触ったこともないけど…」
「おぅ、実は一度だけこのミドリガメを飼ってたんだがインコちゃんが何故か凄く嫉妬してな…泣く泣く泰子の店の客に貰ってもらったことがあるんだ」
そう回想しながら彼は携帯のカメラでパシャッと撮影、とっさにミドリガメが首を引っ込めた。
「ふ〜ん、何でインコちゃんが嫉妬したんだかわかんなかったわけぇ?」
「俺には皆目見当がつかねえよ、泰子は知っているみたいだが何度聞いても教えてくれなかったな」
「ん……亜美ちゃんは何となくわかったかも…」
私は彼と並んで屈みガラスケースを人差し指で突っついてみる、インコちゃんは竜児が盗られるかと思ったんだ構ってくれないから嫉妬したんだよ。
133 ◆KARsW3gC4M :2010/10/15(金) 21:20:29 ID:ldJuxN3S
もし私ならそんな事態になったら相手に噛みつきに行くよ
『私の竜児を盗るな!』
って威嚇するもん絶対に…。
相手してくれなくなったら悲しくて自棄になるかもしれない。
「ま、鈍感竜児にはぜってーわかんないって…ふふっ」
そう言って立ち上がり後ろ手を組んで次のケースへと歩む。
「なんだ…泰子もオマエも結局は教えてくれねぇのかよ」
彼も私に続き不満そうに呟く、だから人差し指の腹で鼻を軽く押して一言。
「教えないよ」
そしてニコッて微笑んでからケース前で一緒に屈み彼と腕を絡めて頬を寄せる。
「だって"ラブ嗅覚"が敏感な女の子にしかわかんないことなんだもん」
そう告げると彼はわかったようなわからないような複雑な面持ちで私を見た後に頭を振る、気持ちの入れ替えといったところだろう。
「まぁ、なんだ、良い方に捉えておく」
「んぅ? 何々、ほれ亜美ちゃんに話してみ?」
「言わねぇ、教えねぇ、オマエだって教えてくれないんだからな」
と、ちょっとふてくされた竜児は可愛い、子供っぽいから母性をくすぐられて『イジワル』したくなる…でも私はあえてしない。
「女の子に"ヒミツ"があるなら男の子にも"ヒミツ"があるんだし気にしちゃダメだわ」
「でも……一言だけ言うなら……愛しているからこそ"嫉妬"してしまうってことかな?」
そう付け加えたのはヒントどころかアンサーだ、でも男の子には……特に竜児にはわかんないよ多分。
竜児はみ〜んな平等に〜な『博愛主義』だからね…『私以外』には………なんちゃってなんちゃって!! キャーキャー♪
私は心の中で惚気つつ彼と頬を寄せる『イジワル』はしないけど『イタズラ』はしたいから密着しなきゃ…。
周囲の客は子供しか居ない、そして子供ゆえにカメに夢中、竜児も私に気を向けてはいながらカメに集中……なら今しかないと私は手近なカメ目掛けて………。
「ほらクヨクヨすんなって元気出しなよ」
元気な声で言うわけじゃなく普通より少し小さめな声で私はそう彼の耳元で囁きサッと股関を掴む。
「うぉうっ!?」
驚いた竜児はビクッと身体を跳ねさせる、幸い誰も気づいてないし気にしてない。
「しーっ…わざわざ飼ったり写メを撮らなくても今飼っているミドリガメをカミツキガメにしてあげるからさ…」
もちろん私はノリノリで指を蠢かせる、その度に彼は弱々しく身じろぎする。
「ば、ばか…人前だぞ…や、やめ」
「どうせお子ちゃまばかりだからわかんないって」
134 ◆KARsW3gC4M :2010/10/15(金) 21:21:28 ID:ldJuxN3S
大胆? 痴女? 違うよスキンシップだってば…人前でするには過激な。
朝から欲情してる…んだと思う、ピンクな大人の世界を覗いたしキスしたし甘えん坊タイムしたし………昨日は久々にエッチしたし。
『スケベな亜美』が、淋しいよー構って構って! って彼を『その気』にさせたくて私にさせる、本当はこんな場所ですることじゃないけどしてしまう。
だから……スキンシップと言い訳して私は………。
手の平の中で『きょーぼーりゅーじ』が目覚め始めたことにワクワクし調子に乗ってチャックを……良かったねほらジャケットでいい感じに隠れるし? んん? なかなか出て来ない……。
「わ、わかったから……お願いだ止めてくれマジシャレにならん、おぅう…見ら、れているから」
………はい?
私は辺りを見渡してみる、すると真横に3歳くらいの女の子が指をくわえて不思議そうに見てるし…………っ!?
「ねぇねぇねぇおねーちゃんなにしてるのっ!?」
おさげ髪をぴょこぴょこと跳ねさせながら大きな声で元気よく。
「あああっ…と! えっと……うぅ、えっとねぇ、これは!」
「お、おぅ…お、お兄ちゃんお腹が痛くてな、お姉ちゃんに撫でてもらってるんだよ!」
冷や汗ダラダラな私達は作り笑いでそう答える、すると女の子は……
「ぁう…お兄ちゃんお腹痛いの? …………ひっ!?」
竜児の元へちょこちょこと駆け寄って私の手を引き剥がそうとして、ふと上を見上げたがよほど今の竜児は恐ろしい形相なのだろう、顔面を蒼白にし涙目で逃げ出した。
実のところ手を引き剥がされていたら非常にマズかったのだ、首を擡げたカミツキガメがちょっとだけこんにちわしてトラウマを植え付けかねない。
「ふぅ……一時はどうなるかと思ったよ」
額のイヤ〜な汗を拭って亜美ちゃんミッションコンプリート、カメを守りきった!
「それは俺のセリフだ…こんな場所でこういうことは止めてくれ、この歳で警察沙汰は………………おぐぅっ!!??」
ブツブツと文句を言いつつ彼はチャックを上げ始め、くぐもった呻きを洩らした後にブルブルと震えだす。
「ちょっ! どうしたの!?」
冷や汗が脂汗に変わり顔面が青くなったり赤くなったりしている彼の肩を掴んで顔を覗き込む。
「は、はははは挟んだ」
両膝を床につけ前屈みになり泣き笑いにも似た表情で彼は震える声で告げる。
「は?」
「挟んだ挟んだ…挟んだんだよ! うぅ……竿を……俺のムスコを……っ」
135 ◆KARsW3gC4M :2010/10/15(金) 21:22:39 ID:ldJuxN3S
「マジ!? 大丈夫? 痛くない!?」
とっさに私はカメと彼の顔を見比べてカミツキガメに噛みついたカミツキチャックを退治にかかる、…がそれを竜児を優しく制して一言。
「俺に任せろ、すぐに何とかする、オマエは周りを見ていてくれぇえ…」
半ば鼻声な彼を見て私は周囲を警戒、万が一バレたら警察沙汰どころか新聞の三面記事に載る。
『白昼堂々!変態カップルが亀の展示でカメ解放!.大橋市の高校生二人を補導』
とか書かれる!
脳内タイプライターが瞬時にそんなタイトルを打ち出していく、私は必死に周囲に目を配りその間に彼は在るべき場所に大事な大事なモノをしまい込み、内股でフラフラと立ち上がる。
「よ、よし…次はカミツキガメを見よう、そうしよう」
何が彼をそこまでさせる? 痛みを堪えるためか、それとも……。
きもち前屈みでちょい内股な竜児に寄り添う私は申し訳無ささでいっぱい、先ほどまでの高揚していた気持ちが一気に沈む。
「あ、うぅ…ね、ねえこのカメって竜児に似てない? うん似てる似てるぅ"りゅーじ"って名付けよーっと! あ、あはは………、…ゴメン」
でもいい雰囲気なデートをぶち壊したのは私、だから無理やり盛り上げようとして…やっぱり無理で。
目の前のカミツキガメを指差してわざとらしく振る舞ってみるけど落ちた気持ちは浮上しない、かと言って
『亜美ちゃん帰る!』
とかそんなワガママは言えるわけない、彼が許してくれるまで私は媚びるしかない、いや誠意を見せるしかないの…。
ショボンとうなだれている私を見ても彼はいつものように頭を撫でてくれない…優しく許してもくれない……そりゃそうだ十割中の十割、全てにおいて私が悪いのだから……。
「あ…」
でも…手は繋いでくれる、ギュッと強く強く握ってくれる。
それが何を意味するのかわからずに私の喉がか細く鳴る……。
恐る恐る指を絡めてみると絡め返してくれた、試しに肩を寄せても拒絶されない。
「いいからよぅ、気は使うな…直に治るからこんなの」
「でも…」
「いいって、その代わり水族館の帰りに少しキツい目にあってもらう、いいな?」
そう告げた彼に対して私に拒否権はない……だから微かに頷いて返してゆっくり目を合わせる。
「わかったよ」
私は目を離さない、この帰りに何をされるのかわからないけど……ちゃんと謝りたい…許して貰いたいから何をされたっていい。
136 ◆KARsW3gC4M :2010/10/15(金) 21:23:13 ID:ldJuxN3S
私は怖い、竜児に見放されるのが怖い、イヤ…そんなことになりたくないもん。
だから…それが私にとって不利だったり辱められることでも逃げない、そう伝えようと目で訴える。
「言っとくけど体力的にキツいことだからな、まあ亜美なら大丈夫だろうが」
そして頭を軽くポンポンと撫でられ、次第に彼が怒っているわけじゃないとわかってきたので安堵感を覚え、続いて私は頭の中で考えを巡らせる。
体力的にキツいこと……何だろ? ま、まさか………し、縛ったり…放置プ、レイ……? いやいやまさかの……仕返しにロウソ……はっ……今夜は帰さないし寝かさない!?
少し浮ついたことを妄想して私はジワリと汗が滲んでいく……おちんちんを挟んじゃったわけだからタダでは済まないのは確か。
「うぅ…頑張る」
そう返すのがやっとでサッと目を逸らす、見慣れた竜児の瞳を見れなくなるよぅ。
「おぅキツいのは俺も同じだから一緒に頑張ろうぜ、ちなみに"ソレ"が考えに考えたオマエを満足させれるデートの締めだ」
『ソレ』の部分を強調して彼はカミツキガメをパシャっと写メで何枚も撮る、その横顔は満足そうだ…対して私はドキドキ。
体力の限界まで何回も致す気なんだ……絶対にそうだ! 泣いて謝っても押さえつけて失神しても満足するまで……あぅ。
「竜児がそうしたいなら、さ…亜美ちゃんもいいかなぁって思うし……そうしてもらえたら気持ちも楽?だし…」
ゴニョゴニョと呟いて上目遣いで見やった私は今どんな顔をしているのだろう?
わかんないや…。
「ん? 多分オマエも喜んでくれると思うし、まあそういうのってあまりしたことがなかったしな…楽しみにしてくれてもいいぞ!」
自信たっぷりに語る竜児に一抹の不安を覚える、悪い意味じゃなくてさ……その『凄い愛し方』をしてくれるんだろうなぁ〜身体が保つかな?
とかとか…キスマークとか噛み痕をたくさん残されて仕事に行ったら恥ずかしいよぅ……なんてそんな『不安』だ。
「イルカショーまで時間もあるし昼飯でも食おうぜ、外にベンチがあっただろ? 行こう」
私は引かれるままに着いていく……数時間先に起こる事態を妄想し期待しながら………。




続く。
137 ◆KARsW3gC4M :2010/10/15(金) 21:25:39 ID:ldJuxN3S
今回は以上です。
次回からはエロ分が入ります、投下予定はかなり先な…(ry

また書けたら投下させてもらいに来ます。
では
ノシ
138名無しさん@ピンキー:2010/10/15(金) 21:28:58 ID:TGMtZOfd

亜美ちゃんかわゆすなぁ
139名無しさん@ピンキー:2010/10/16(土) 04:02:34 ID:buFy/Zaf
やたーきたー GJ
140名無しさん@ピンキー:2010/10/17(日) 00:21:13 ID:+bwP53JL
wwwカメwwwwwGJwww
亜美ちゃん無双は続く!
141名無しさん@ピンキー:2010/10/17(日) 01:03:54 ID:JvWFI80w
>>125
あのシリーズ、突き抜けてから一転して淡々とヒロイン視点で日常追ってくれたのが個人的にかなり好き
もちろん半端ない突き抜けっぷりも好きだけど
142名無しさん@ピンキー:2010/10/19(火) 03:26:39 ID:1sMfzmLG
ゴールデンタイムのエロパロまだー?
143名無しさん@ピンキー:2010/10/19(火) 03:53:52 ID:J9lL/65Q
あーみんは可愛いなあホントに!!>>137

エロ分を今から楽しみに待ってるよ全裸で
144356FLGR ◆WE/5AamTiE :2010/10/19(火) 23:19:01 ID:pPdYbvBx
356FLGRです。
先日、投下させてもらった「ウタカタ・ハナビ」をPDF化してロダに置きました。
私が縦書きエディタで作業してるってのもあるんですが、ああいうお話なので縦書きの方が
雰囲気が出るかなと思いましてためしに作ってみました。あわせて投下後に気付いたり
気になったりした部分をちょっとだけ直してルビふったりしてます。
フォントデータを埋め込んであるので大きい(0.9MB)のですがよろしければ。

ttp://www1.axfc.net/uploader/Sc/so/164633&key=utakata
※.zip形式で圧縮してあります。(__MACOSXフォルダは不要です。破棄してください)
ダウンロード期限は10月25日午前零時です。
145名無しさん@ピンキー:2010/10/19(火) 23:35:40 ID:TUdKXIQA
おおおお
GJ
146名無しさん@ピンキー:2010/10/19(火) 23:38:38 ID:uLIORXVG
>>144
GJ! 縦書きはとっても良いですね。私は縦書きの方が好きです。
147名無しさん@ピンキー:2010/10/20(水) 00:24:27 ID:NLmhkH2h
おお、絵がついてるのか。
GJ。

PDFってあんまり好きじゃなかったけれども
こうやって見ると文庫本と同じように見られるんだねえ。
148名無しさん@ピンキー:2010/10/20(水) 03:42:43 ID:cJZ12deZ
絵まで上手いってどういうことよwwwすげぇwwwww
149名無しさん@ピンキー:2010/10/20(水) 11:08:07 ID:wBFTEgPB
GJ
読みやすいし
本当に横書きと雰囲気が変わるのね
絵もよかった
150名無しさん@ピンキー:2010/10/20(水) 19:24:02 ID:xcvXWxpo
他の書き手が真似しても叩かれることないようなスレであってほしい

というか気に入ったSSを文庫っぽく編集して保存するってのもいいかも
151名無しさん@ピンキー:2010/10/22(金) 18:53:43 ID:9dXTS4Aa
>>144
これは参ったwww
完成度高いっす! GJっす!
152174 ◆TNwhNl8TZY :2010/10/23(土) 01:33:15 ID:UKkfHsxW
SS投下

「×××ドラ! ─── ×××ドラ! × n-h-k+ ───」
153174 ◆TNwhNl8TZY :2010/10/23(土) 01:34:18 ID:UKkfHsxW

一週間ほど前まであれだけ色めき立っていた街中はすっかりその様相を変えていた。
目を奪われずにいられない、色とりどりに鮮やかに煌く電球は知らぬ間に撤去され、籾の木代わりに飾り付けられていた街路樹は一年で一番の大役を終えたからだろうか、見上げる者がいなくなっても誇らしげに立ち並んでいる。
店先に掲げられていた赤白緑の垂れ幕やポスターは見当たらず、休業日程を告知する簡素な張り紙が身を潜めるように貼り付けられていた。
どこにだって置かれているのは縁起のよさそうな門松で、それまであったはずの星を頂くミニチュアの針葉樹は影も形もない。
薬局の入り口横に突っ立つ、年がら年中顔色の悪そうなカエルは世界中の明けぬ夜空を駆け抜けて、一日限りの郵便配達を粉骨砕身に勤しむ老紳士から、どこで売ってんだか、紋付袴のコスプレで客引きをしていた。
すれ違う人々の顔ぶれは浮き足立った男女から、厄を払うべくお参りに行く家族連れや、今もって年賀を迎える準備に慌てる者、今年最後の逢瀬を惜しむ者たちへと入れ替わっていた。
ただぶらついているだけだってのに、今年もいよいよ終わるんだなという哀愁をひしひしと感じるのは、自分もそれだけ歳をくったのかもしれない。
それとも、クリスマスも大晦日も男やもめで過ごしている切なさ虚しさ惨めさをごっちゃにしてしまっているんだろうか。
年の瀬もへったくれもない。このまま新年に入ったんじゃあんまりにもあんまりじゃないか。
思いきって真向かいからこちらにやってくる、友達同士だろうか、振袖に身を包んで楽しげにはしゃぐ女の子二人に声をかけて、万が一、誘いを快く承知してもらえたら。
あるいはなどという、不確定にしてご都合主義全開な妄想に沈む自分が果てしなくしょうもないながら、加速していくそれは光の速さで俺の制止を振り切り、姫納めからそのまま姫始めまでも夢じゃないんじゃないかとうつつを抜かさせる。
まったくもって、改めて思い知るね。破廉恥な意味合いを一切含まず、言葉の通り穴があったら入りたいよ。
俺っていう人間はなんて煩悩にまみれているんだろうな。
親の顔が見てみたいとか特にそういうことはなかったが、ある意味、その常套句が新婚旅行に熱海なんてしみったれた場所を選ぶかどうかで悩んでる、とかそこまでワープしていた妄想に歯止めをかける。
貧相なボキャブラリーを漁って帯の絞め方、解き方を引っ張り出そうとして、そういや身近にいる母親含むY染色体を持たない人間に着物を着るようなやつが皆無だったことを思い出し愕然とした。
わざわざこんなこともあろうかと、なんて着付け教室に通うような余裕も情熱もなく、ましてや知識すら持たない俺に、想像力だけであの面倒そうな布切れを意のままにできるわけがない。
二十年以上四半世紀未満も生きておいて何故俺は着付けの仕方ひとつ学んでこなかったんだ。
そんなこと、彼女らの横を完全に素通りしてから悔やんだってもう後の祭りなんだけどさ。
でも、あさっての方向から肩を落として帰ってきた、浅ましい期待に胸躍らせていた自分と、その見るに耐えない情けなさのみで構成されるヘタレ加減をまざまざと確認するよりはいくらかマシだった。
しかし勿体なかったというか、後ろ髪を引かれる思いが残るのはどうしたってどうしようもなく、つい振り返ってしまう。
やめときゃよかった。
あちらは連れ合いらしき男二人組みとちょうど合流したところだった。
さもしさ溢れるその自爆行為のせいで、独り身の辛さに拍車がかかったのは語るに及ばない。
先立つものはたいしてないくせに先に立つのは後悔ばかりで嫌になる。
後頭部を指先でポリポリ掻く。そうしてから、寒さを一層険しくさせたように思う道路を、行き先を自宅に向けて歩き出す。
道中の暖はコンビニで買った缶コーヒーだけだった。一緒に買った大量のビールと同じ袋に入れられていて、おかげでもう冷えてかけていた。
マフラーでもしてくりゃよかったという小さな後悔を遅まきながらまたもして、せめて少しでも温まればいいと、小走りで路地裏を抜けた。
154174 ◆TNwhNl8TZY :2010/10/23(土) 01:35:10 ID:UKkfHsxW
今年最後の夕焼けは雲一つなかった快晴を見事な唐紅に染め上げ、深まる前の青々とした夜が、あたかも縋るように後から空を覆いつくしていく。
毎朝毎夜終わることのない追いかけっこを永劫繰り返すあいつらも、年の終わりと初めは一入に躍起になるものなのだろうかと思うのはいくらなんでも情緒に過ぎるか。
それにひきかえ、俺に付きまとってるのは何だろう。
現状を鑑みるにつけ、陰鬱にして暗澹たる靄が肩組んで馴れ馴れしくしてくる幻視をリアルに見そうだ。
冗談じゃない。
無性に気分を変えたくなって何か別のことに注意を逸らそうとしたとき、変えるという言葉から連想したのかどうかはさて置いて、最近なんの気なしに開いた雑誌の、ある一文を思い出した。
人は過去は変えられないが、未来は変えられる。たしか、そんなことが書いてあったはずだ。
前者はそりゃあそうだろう。
過去なんて変えようがない。変えられるものじゃあない。
時間でも巻き戻せるなら話は別だが、そんなの漫画とか小説の中だけで間に合ってる。
現実でそんなことないとか言ってみろ、荒唐無稽の一言で一蹴されるだけだろ。白い目のおまけつきで。
そうじゃなくて、俺がそのとき気になったのは、未来なら変えられるというくだりだ。
一秒先だろうが一年先だろうが未来に違いはないし、何を定義に未来とするのか、なんていうのは難しすぎて俺には決められないので感性に頼るほかないんだが、その感性が違和感を訴え、そしてこう主張した。
いや、本当は未来は決まっていて、なるべくしてそうなるんじゃないのか。
そんな考えが唐突に浮上したのを不思議に思った反面、どこか納得もしていた。
運命とか予言とか、オカルトチックな類を信じるような性質じゃないけど、なんでだろうな、なるべくしてという部分がとてもしっくりくる。
どうしてそうなのか自分でもよくわからなくて、その一文を目にしてからと言うもの、これっぽっちも実益に繋がらない答え探しで散々時間を潰したんだ。
それまでの時間はいちいち明言しなくったって無駄だった。結局答えなんてでなかったのだから。
わざわざ無い知恵を絞らなくっても、待っていれば自ずと答えの方からやってきたのに。
そうだ、気になって気になってしょうがなかった違和感の答えは、呼んでもないってのに勝手に、それもいきなり転がり込んできたんだ。
意外というか、わりとさっき。
頭上の街路灯が通り抜けざまに明滅し、足元を薄白く照らした。
そうこうするうち、花も潤いも微塵も感じられない、少々雨だれの目立つ概観の、どこにでも在りそうなアパートが目前に迫っていた。
俺が起居しているアパートだ。
木造二階建て。築年数は古くもなく、かといって新しくもない。ちなみに部屋は二階の一番奥。
やや日が入りにくいのと、風の通りが若干よすぎなせいで今ぐらいの季節は暖房代がかさむのが悩みの種か。
選んだ理由は家賃の安さ以外にない。一人暮らしに贅沢は不要だし、ていうか贅沢できるようだったらまず部屋を変えている。
俺はコートの内ポケットをまさぐり、そこではたと手を止めた。つい癖で鍵を探してから、その必要がないことを思い出した。
今、この部屋に施錠はなされていない。
手をかけたドアノブはいとも軽やかに回り、ウエハースみたいな薄っぺらい扉は家主を迎え入れるために油の切れた蝶番を嘶かせて開いた。
せめて可愛い女の子が出迎えてくれでもしたら、こまごまとした諸々の不満なんてどっかに放り投げられるんだが。
現実はままならない。上手いこといったためしなんてない。理想とはかけ離れていくばかりだ。
ただし、そう悪いことばかりでもない。

「ただいま、と。すごいな」
155174 ◆TNwhNl8TZY :2010/10/23(土) 01:37:24 ID:UKkfHsxW
目を見張る様変わりようだった。
玄関の隣に設置されている、普段は食器でジェンガをしているような流し台は鏡みたいにピカピカに磨かれていて、その奥の一台きりのコンロではとろ火にかけられた土鍋がうまそうな匂いを湯気に乗せて上らせている。
可燃不燃を問わずそこに積まれていたゴミ袋は跡形もなく消えており、カゴに山盛りで放置していた洗濯物はベランダにて干され、
交じり合い熟成されるまで室内に漂っていた一嗅ぎすれば酩酊できること請け合いな異臭は開け放した窓から抜けていったらしく、冷たくて爽快な空気が肺に心地いい。
隅っこにて湿気と綿埃を栄養にすくすく育っていた頑固そうなカビまでが、いっそ憐れみを向けたいぐらい綺麗さっぱり根絶やしにされてるじゃないか。
これがあの男の汚い部分を汚い汁で煮詰めたような自室だとは、とてもじゃないが、にわかに信じられない。
しかもこれを俺が買い出しに出ているほんの数十分で終えたというのだから、なおさら驚きを禁じえない。
いやはや手際のよさもさることながら、その徹底した仕事ぶりたるや、それなりの金を払わないとむしろ罰があたるんじゃないだろうか。

「おう、おかえり」

見違えた室内に一種感動すらしていると背後から声をかけられた。
目を向ければ、そこには左手にカビ落し、右手に先端に布を巻きつけた棒を持つ、やたらと板についたエプロン姿の高須がいた。


「×××ドラ! ─── ×××ドラ! × n-h-k+ ───」


話は少し遡る。
前日行われた忘年会が四次会に突入した辺りまでは辛うじて思い出せたが、そこから先は真っ暗で、電源でも切れたように記憶が途切れていた。
いったいどうやって帰ってきたんだろう。まったくわからない。
着の身着のままで布団に潜り込んだようで、財布だの携帯電話だの、とりあえず失くなって困るものはちゃんと身に着けていたので一先ずは安心したが。
しかし諭吉の代わりに入っていたこの覚えのない領収書と、御座をかいて尻にしてる万年床よりも平べったくなってしまった財布との関連性は如何に。
気の早い除夜の鐘が鈍く鳴り響く頭は考えることを早々と放棄した。正直考えると怖かったというのが強い。
鉛みたく重たい体を起こし、安手の遮光カーテンごと窓を開け放した。仰いだ太陽は既に傾き始めていた。
それでもいいさ、こんなに晴れやかなんだ。年末年始は物入りな時期なんだし、どうせあぶく銭だったんだって。
それをおまえ、ちょっと飲み過ぎたからなんだよ、身包み剥がされるような店に入らなかっただけまだ良かったんだよ。
むしろ値段に見合うだけの良い思いはしてきたんだろう、これも覚えのない、キスマークがプリントされた桃色の名刺がなによりの証拠だ。
ほんの少し見栄張って調子に乗った果ての、自業自得だからって落ち込むようなことじゃない。泣くな、バカ。
そうしてたっぷり五分もの間自分を甘やかしてよしよしと慰めてやった。そうしないとその場に崩れてしまいそうで、やってられなかった。
不幸中の幸いとでも言うのか、生活に行き詰る程使い込んだわけではなかった。
雀の涙と悲観していたボーナスを二度と鼻で笑うまい。来年からは勤勉に働くと、後ほど参拝客の少ない近所の神社で約束してこよう。
けれども困ったことになったのは違いない。
さしあたって、手持ちの現金では心もとないな。
今日はこれから春田と北村に会うことになっている。
別に会って何をするというでもないけど、今日が今日だから自然と酒が入ることもあるだろう。
昨夜ほど羽目を外した飲み方はしないだろうが、にしてもいくらか懐に余裕がほしい。借りるというのも忍びない。
銀行はさすがに閉まってるだろうが、コンビニでなら引き出しができるだろうか。
そんな算段を立てていたときだった。
誰かがドアの前に立つ気配がすると思うとおもむろにノックされた。
そのままドアが開くのを待つつもりらしく、どうも郵便配達でもしつこい新聞屋なさそうだ。
奴らのノックはドアをストレス発散にうってつけなサンドバッグと勘違いしてるのかと邪推するほどにでかく、しかも玄関先で人の名前を連呼するという嫌がらせまでしてくる。
そんなことをせず、喚かないところを見るに、その手の人種じゃないことだけは把握できる。
156174 ◆TNwhNl8TZY :2010/10/23(土) 01:39:05 ID:UKkfHsxW
ならば誰だろう。ひょっとして春田だろうか。にしては早すぎなような気もするが、別段しっかり時間を取り決めてもいない。
おおかた暇つぶしがてら早めに来たのだろう。
そういったことが今までにないこともないし、今さら惨々たる有様なこの部屋に嫌悪感を催すあいつでもない。
こちらとしたって、いちいち際どい表紙をした卑猥な書籍を見られまいと慌てふためく相手でもない。
だが、ドアの向こうにいたのは思いがけない人物だった。

「高須?」

「よお」

両手にお手製の買い物袋を提げた高須が、そこに立っていた。

「どうしたんだ、こんないきなり」

顔を合わせるのもそうだが、高須がここを訪れるのは久方ぶりのことだった。
最後に来たのはまだ金木犀が香る頃で、回数だって、人手が足りずに急遽拝み倒して手伝ってもらった引越しを含めても片手で足りるほどしかない。
ああ、誤解を招く前に糺しておくが、あのとき拝み倒した相手は高須ではない。
高須ははじめ声をかけたときには二つ返事で快諾してくれたんだ。
俺が頭を下げに下げたのは高須の親御さんにだった。その日は休みで、たまたま実家に居たんだ、高須は。
これがタイガーないし亜美ちゃん、はたまた櫛枝辺りならまだいい。
焼け付くような威圧感と不機嫌極まる視線から放たれる熱波を浴びるか、何でもない言葉の裏にある罵詈雑言の暴風雨を耐えるか、欠片も綻ばない笑みから繰り出される大吹雪をどうにかして抜けれればいいのだから。
損ねた機嫌の取り方も心得ている。なにせ高須から聞き出したんだから間違いない。
高須ほどに効果を見込めるのかと言われれば生憎と首を横に振らざるをえないが、なに、少々の貢物と平身低頭の態度、そして忍耐力を発揮すればいいだけだ。
睨め付けられようとどんなことを言われようと、まともに受け取らず、右から左に聞き流すのもコツだな。精神衛生上はとても有効だ。
ちょっと友達借りるだけなのにそこまですんのかよとドン引いてるのは俺も同じだった。
けれどあの三人は同級生の誼みもあってか、なんだかんだで正当な理由があれば話しを聞いてくれないことはないんだよ。結果的にはだが。
しかしそれらを駆使しようと難航したのが、おっとりとかのんびりという感じが一目でわかる、高須との年齢差を考えると思わず首を傾げるか目を逸らさずにいられない、ずいぶん小さな女の子をつれた高須の親御さんだった。
とにかく何を言ってものらりくらりと煙に巻き、合わせようと試みようといまいち会話は噛み合わず、乱れるペースをとぼけた顔しながらしっかりと握られているような印象をたびたび受けたのはきっと気のせいじゃない。
食えない人だと思った。
恨まれただろうか、少しは。
休日に順番がやって来ることは滅多にないと奈々子様が愚痴ってたこともある。あれだけの数の家を日々転々としているんだ、無理もない。
その貴重な休日を台無しにしたんだから、多少なりとも恨まれていてもおかしくない。
だけどこっちだって背に腹は変えられない。
持たざる者にとって持つべきものは友達で、身勝手ながら、来てもらわなければその日の内に引越しを終えることも危うくなる虞があったのだ。
ひたすら頭を下げる以外に方法はない。
そんな俺を見かねたんだろう、結局ごねる親御さんを高須が説き伏せる形になり、渋々その日借りていく了承をもらった。
タイガーを筆頭に相手が奥様方ならこうはいくまいと、見方を変えれば亭主関白のように見えなくもない、妙ちきりんなあの親子のやりとりを目にしつつそう考えていたのは内緒だ。
その高須がだ、こんな日に事前の連絡もなしに急遽訪問してくるとは。
不思議に思わないわけがない。

「春田に呼ばれたんだ」

片方、持ち上げてみせた袋からはネギやら白菜やらが覗いている。
もう片方にはなんと米に餅までという、けっこうな大荷物だ。
これだけあったら自分なら楽々半月はしのげるという量の食料持参で、高須は続けた。

「能登のとこで集まるから、なんか飯作ってくれってよ」
157174 ◆TNwhNl8TZY :2010/10/23(土) 01:40:08 ID:UKkfHsxW
命知らずのアホめ。布石も打たずに魔窟からお宝をくすねたらどうなると思う。
日夜虎視眈々と抜け駆けを狙いながらも易々とは手を出せず、お互いを監視している状況にフラストレーション溜めまくりの魔獣どもに目をつけられても俺は知らないからな。
だが、まあ、今日のところはよくやったと素直に褒めておこう。
うまい飯が食えるのは大歓迎だ。賑やかなのはもっといい。

「そうだったのか。助かるよ。悪いな、わざわざ」

「いや、それはいいんだが」

人によっては卒倒ものな困り顔になった高須が顎で指したのは、足の踏み場を随時作らなければ移動もままならない、密林の秘境もかくやという窮屈な我が一国一城。
今しがたできあがったばかりの獣道から続くのは、全方位から徐々に侵食されつつある陸の孤島たる万年床だ。
言うに及ばず、他人をあげるには不適切な状態だった。

「ちょっと時間潰してきてくれたりっていうのは」

こんな時間にかよと物語るようにじとりと光るあの三白眼が、なんだか数年ぶりに背筋を凍りつかせ、その先を噤ませた。
泳ぐ視線がチラリと高須の手元を掠め、たらふく肥えて重くなった買い物袋の存在が肩に圧し掛からんばかりだ。
まいったな、こんなことになるんだったら掃除しときゃよかった。
それもこれもにくい演出をしてくれた春田のせいだ。あの野郎、こういうのはせめて一言確認とってからするものだろうが。
この場にいないやつに責任転嫁するのは至極簡単で、後でどうしてくれようかという非建設的なアイデアはごろごろ出てくるものの、肝心要、このゴミだらけの部屋をさてどうしたものかという解決策は、まあ片付けるしかないんだけどさ。
それができたら苦労はない。そんなにパパッと済むのならこうまで悩まない。

「能登」

高須だって二進も三進もいかず、人によっては即刻通報ものないい笑顔になってしまっている。
そのままゆらりと一歩前に身を出して、そして俺はその爽やかな怪しさに慄き、ゆうに三歩も退いた。

「頼みがある」

土間まで踏み込まれたところで最近忘れがちだったあることを思い出した。
いや、思い出させられた。
勘違いしていたことにも気づかされた。背筋が凍ったのはもっと別の理由だった。
元より鋭かった高須の眦がさらに吊り上っていき、赫赫とした光を灯すまでに血走るのを見るのは、決まって、そう。

「俺に、ここを、掃除させてくれ」

荒げる手前でなんとか押し留めたような区切りがちな語調でそう言いきると、頷き返す暇もなしに高須は状況を開始していた。
圧倒的で鬼気迫る高須のその迫力を前にした俺はというと、この場における不要さを痛く感じとり、取るものだけ持ち出して自主追放の道を選んだ。
言い訳をさせてもらえるなら、ああなった高須は普段のまともさというか落ち着きぶりが嘘のように歯止めが緩くなり、目先のこと以外見えなくなる。見境をなくすと言っても過言ではないだろう。
いくらなんでも実際にすることなんてないだろうが、カカシよろしく棒立ちしてるとまとめて粗大ゴミとして放り出されそうな、そんな雰囲気は確実にあった。
邪魔しちゃ悪いし、ならばすることは一つ。三十六計なんとやらだ。
飲み物を調達してくると、聞いてんだかないんだかの背中に言い置いて、俺は颯爽とアパートをあとにした。
万が一という疑惑の種が芽吹きかけたが、高須なら要らぬ心配だろう。
金目のものなんて俺が欲しいくらいだし、捨てられて大変なのは猥褻関係ぐらいだし、むしろそんなもの持って帰ってくれてもいっこうに構わない。
けど、それこそ要らぬ心配だったか。
その気になれば。そこまで考えて、その先を考えるのをやめた。下世話だろ。
仮に魔が差したとて、比較的保守派な高須をそこまで狩りたてるほどのブツが転がってるとは到底思えない。
それに、だいたいからして、そんなもの持ってることが発覚されただけでも大目玉だろうしな。
やはり心配することは何もないじゃないか。それに、こんな日にせっかく来てくれた友達を疑うのも、なんか、なんだしさ。
止まりかけたことも、振り返りかけたことも、一瞬のことで、すぐに歩みだした。
暮れ行く街並みを眺めながら、少しだけ、遠くの店まで。
そして時間は廻り、現在に至る。
158174 ◆TNwhNl8TZY :2010/10/23(土) 01:41:04 ID:UKkfHsxW
「すんません部屋間違えました」

最後にやって来た春田は開口一番に謝って、開けたばかりのドアをそっと閉めようとした。
気持ちはわからないでもない。あの北村だって同じようなことを入ってくるなり口走っていたからな。
俺なんて快適すぎる居心地に戸惑ってすらいるくらいだ。のびのび足を伸ばせるのはいつ以来だったろうか。
これも高須さまさまだ、声をかけてくれた春田にも一抹分は感謝してる。

「バカ言ってないで早くしろよ、待ってたんだぞ」

「だははは。わりーわりー」

身を縮ませながらも能天気に笑う春田がテーブルに着いた。
そのまま目の前に並べられていたビールに素早く手を伸ばすと突き出すように勢いよく掲げ、

「んじゃ、かんぱーい!」

音頭はなんの脈絡もなくとられた。

「もうちょっと何かあってもいいんじゃないか」

北村が苦笑交じりにグラスを傾ける。
一息で半分ほどを喉に流した春田はもう鍋をつついていた。

「堅っ苦しいのはなしにしようぜ。ていうか、もう俺腹へって腹へって」

「だからってお前なあ、たく」

だけどもまあ、たしかに高須の作った鍋はうまかった。これを先送りにするだけの長ったらしい挨拶もいらないだろう。
大仰なリアクションで舌鼓を連発する春田に、甲斐があったという感じで高須も満足げだ。
だから、もういい。北村からの目配せに頷いて、そこからはお互い無粋なことを言うのを控えた。
程なくしてささやかな宴会は盛り上がりを見せ、近況報告に愚痴自慢と広がる話題は尽きる気配がない。
次第にお互い話に出すことが最近の出来事から懐かしい高校時代へと移っていき、昔話に咲かせた花は絶好の肴になって興を添えた。
いい年越しだと思った。こんなのも、たまにはいい。
和やかな空気は、けれど長くは続かなかった。

「ときに高須」

箸を置いたのは北村だった。
声色から漂ってくる不穏なものを感じたのは俺だけだったらしく、相変わらず春田は飲むか食うかで、高須は早くも底の見えだした鍋に追加の具材を投入していた。
その高須の手がピタリと止まる。

「今さらなんだが、こんなところでこんなことしていて大丈夫なのか」

BGMを流すだけのテレビでは、どこのチャンネルも、とうとう数時間後に迫る新年に向けてを取りざたしていた。
この夜が明けたら、代わり映えこそしないが、そこは新しい年の第一日目だ。
今頃はどこの家庭でもこうして団欒を囲んで、それを待っていることだろう。
当然というか、タイガーたちもそうして過ごすつもりであったことは想像に難くないわけで。

「それはまあ、その」

濁す高須にため息ひとつ、北村は携帯電話を取り出した。
呼び出しを知らせる振動と、ランプが計ったように点滅し、すぐまた消える。
開き、操作し、こちらに見せつけた画面には、上から下まである人物の名前で埋まっていた。

「会長からひっきりなしに着信がくるんだが、俺には出る勇気はないぞ」
159174 ◆TNwhNl8TZY :2010/10/23(土) 01:42:05 ID:UKkfHsxW
それはつまり、出てしまったら庇いきれなくなることと同義だ。
電話越しとはいえ会長に相対して知らぬ存ぜぬで貫き通すのは、特に北村には不可能だろう。
とてつもない背任だ。根が真面目な北村にできるはずも、勘の鋭い会長に気取られないはずもない。
無視し続けていることにしたって、落ちれば地獄に真っ逆さまな綱渡りを一輪車でするような危ない行為だというのが窺える。
不安を紛らわせるようにラッパ飲みで飲み干されたビール瓶を、俺は北村からそうっと離したところに置いた。

「え、あれ、なに、高っちゃん、呼んじゃまずかったりした?」

春田がしどろもどろになった。やはり考えなしだったようだ。
高須が軽く片手を振った。

「いや、そんなことは。向こうは向こうでよろしくやってると思うんだが」

自信なさげだな。というか、その言い方だとまるで全員が一箇所に集まってるように聞こえるのは俺だけだろうか。
興味本位で確認をとってみたところ、ああと言って高須は肯定した。
嘘だろうと思ったが、なんでも最も部屋が広いタイガーの所で、ここと同じように集って宴会を開いているそうだ。
綺麗どころの共演に羨ましさが先んじたが、今一度踏みとどまって想像してほしい。
まず全員が子持ちだ。しかも数ヶ月前にそろいもそろって玉のように可愛らしい赤ちゃんを産んだばかりだ。まさしく幸せの絶頂期だろう。
そんなところに誘蛾灯に誘われる憐れな虫がごとくふらふら近づいたとして、得られる結果は目に見えている。
火葬場送りにされるのは人生もっと謳歌した後でいいはずだ、俺はまだしゃれこうべになりたくない。
それに、隣の芝生は青いとも言う。どんなに煌びやかで美麗に見えようと入ってみなければ良し悪しなんてわからない。
わからないが、にこやかに毒吐いたり、時折ギスギスするような場面に出くわす恐れがないこともない。
そういった予感は湧いては後を絶たず、そしてそういった予感を確信させるのが対面に座る高須だ。
その場に居たら居たで取り合い引き合いてんてこ舞いの争奪戦に発展しそうだが、居なきゃ居ないで、彼女らは面白くないだろう。
他人が甘えるのを見るのはそりゃ気に食わなかろうが、自分が甘えられないのはもっと腑に落ちないという気持ちはまあ汲み取れないでもない。
そうしてバランスをとっていたりもするんだろうし、ガス抜きは何にでも必要だ。
そしてもしもだが、もしストレスと名のつくガスが溜まり続けたら。我慢の限界を向かえたなら。
男と女とはとかく対岸に立っているようだと比喩されるが、向こうはたとえマリアナ海溝が隔たっていたとしても高須目当てに捜索を開始し、易々こちらにやって来ることだろう。
そんな様子を思うにつけ身震いする。のみだけでなく、思い出さずにはいられない。
ざっと一年近くも前になるか。ちょうど今みたいな季節だった。
俺と春田と北村とが拉致られた高須に追いついたときには事態はもう佳境だった
完成された包囲網、織り成すのは悪鬼を髣髴とさせる形相のタイガー、櫛枝、亜美ちゃん他。
狭まる輪の中心部では負けず劣らずの相貌に傲岸不遜を維持しつつの、両脇に高須とお子さんを抱えていた会長。
方々からしきりに発せられるさっさと諦めて悔い改めやがれといった具合の投降勧告は頑として退けられた。
引かない、媚びない、省みない。
仁王立ちってのはああいう雄々しい姿をさすんだろうと場違いに感心する俺の目前では、依然として会長は薄れることのない男らしさを存分に発揮しており、タイガーたちは今にも襲い掛かる寸前だった。
あれで自身らを妊婦とのたまうのだから女というのは恐ろしい。
いつかどっかのアホが口にしたような気がするが、母は強しというのはこの世の真実だと思わせるに充分な光景だった。
さらに恐ろしいのは、呼びつけておいて、到着した直後に北村を蹴り飛ばす会長だった。
容赦も躊躇もなくだった。場所が橋上であったため、北村は勢いそのままに落下していったが、足元に流れる川がもし浅かったらどうなっていたか。
巻き添えをくらった春田も、運が悪かったとしか言いようがない。
160174 ◆TNwhNl8TZY :2010/10/23(土) 01:44:07 ID:UKkfHsxW
挙句会長は落っこちてった北村に、次に唯一被害を免れた俺に拒否権なんか行使しやがったらただじゃおかねえぞみたいな目つきでタイガーたちの足止めをしろなんていう無理難題を、
怒声を張り上げるようにがなりたてていたのだが、それが裏目に出た。
気配を殺し、気づかれぬように忍び寄り、ここだと見やるや影を置き去りにするような速さでもって一気呵成に背後から飛びついたタイガーに、ついに会長は取り押さえられた。
そっから先は、あれ、ああいうのも家族会議と言っていいのか。
なんだっていいが、妙に裁判めいた様式をした弾劾の中、俺はすっかり春田の存在が意識の外にあったことに思い至った。
あまりにも普通に、かつ短時間で北村が橋脚をよじ登ってきたきたもんだし、会長の剣幕に面食らっていたのも大きい。
欄干から乗り出してみても、夜陰に溶ける川面は静かに流れるだけであり深さすらも測りようがなくて、視野いっぱいの暗がりに人影は捉えられない。
青褪める俺は涙を見せる乙女回路全開発動中の会長の姿とそのわけに涙するずぶ濡れな北村の首根っこを引っつかみ、見えない足場を確かめながらしてどうにかこうにか橋の袂まで降りた。
その間通報でもあったのかパトカーが高須たちのいる場所付近で停車したのだが、とんでもない金切り声の合唱が響き渡るやいなやすごすご退散していきやがった。
市民の危機だってのになんとも情けないと憤ったものだが、はたして自分があそこにいたならどうするかと考え、今度ばかりは多めに見てやろうと目を瞑った。
それよりも、優先すべきは苦情でなく、春田の安否である。
ゆらゆら揺らぐ水面は吸い込まれそうな宵色をたたえ、透明度なんて関係なしに何も見えない。
頼りにしていた月明かりはこんなときに限って雲間に隠れてしまい、暗中模索がこれ以上なく当てはまり、捜索は困難を極めるかに思えた。
いや、もしかしたらもうなどといった不安が否が応にも現実味を増していき、途方にくれているところだった。
ポンと肩を叩かれる。氷みたいな冷たさに小さく悲鳴がもれた。
血の気が一気に引いた。
化けて出るにしては早すぎじゃないかそれに俺なんもしてないじゃないか勘弁してくれよと込めて、うろ覚えの般若心経を早口で唱えていると、
藻のお化けみたいな頭をしたそいつはぽつりとまだ死んでねえよと呟いてからそろりとぶっ倒れた。
まじまじ見てみればうつ伏せに寝転がっていたそいつは、どうも下流まで流され、死に物狂いで川岸まで泳ぎ、そっから土手伝いに戻ってきたらしき春田だった。
驚かせやがってこの野郎と、安堵も束の間、春田は動くそぶりがない。
あんな高さから川面に叩きつけられるわ、真冬に凍てつく水中を泳がされるわ、よくぞ自力で帰ってこれたものだ。
あのまま流れに流されて、しまいには三途の川を漂うはめになっていたとしてもおかしかない。
それを思えば肺炎程度ですんだのは幸運だ。つくづく悪運のいいやつめ。
同じような目に合っといてくしゃみの一つもせずにすこぶる健康なままでいた、飛び降りと縁の深い北村についてはもう今さら語ることは何もない。
失恋大明神の加護を余すところなく受け賜った不死身メガネが大橋の七不思議に加えられる日は近いな。
今現在、七不思議枠全てが高須ファミリーに関わるものだからここらで一発新しい風を吹き込んでくれと願ったがそもそも北村が不死身っぷりを披露するのも大抵高須に関わるときなもので、
最終的にはやっぱり高須に起因してしまうのなら、はたしてそれは大橋の七不思議と呼称してよいのだろうか、高須七不思議に改題するべきじゃないのか。
なんとかは風邪をひかないといった名言と合わせ、はたしてそれはどうなのだろうかと思いはしたが、北村は満足に立つことすらできなくなった春田を担いで勾配のキツい土手を上ってくれたのだからどうだっていいか。
ともかく、そうして俺たちが春田を引き上げてくるのと入れ違いに、まるで売られていく牛のように高須がタイガーに引きずられていくところだった。
豪放磊落なくせに嫉妬に狂いやすい元凶こと会長の姿は既にどこにもなく、他の面子も三々五々に散っていく最中で、まるで何事もなかったようだった。
161174 ◆TNwhNl8TZY :2010/10/23(土) 01:45:12 ID:UKkfHsxW
なにがどうしてあんな大騒動が丸く収まったのかは別段詮索せずともいいだろう。
夫婦喧嘩は犬だって食わないらしい。どの道こうなることは予想の範囲内だ。
だけどもそれはあくまで、元鞘になることだけは予期できていただけであり、俺たちが辿った過酷な過程なんて当初は見当がつくはずもない。
理性を取り戻していて、かつ気の利いた誰かが手配してくれていた救急車の中では救急隊員の小言と呆れ顔もどうとも思わないくらいだった。
疲労困憊なのもあったが、いたたまれなさは俺よりも、死ぬ思いをした春田と、馳せ参じたというのに特攻をさせられていっそ死にたい北村の方が感じていた。
しかして、あの長かった冬の日の夜は外野にばっか犠牲を払わせて幕を閉じた。
ついでに新たな戦いの火蓋まで切られていたのを知ったのは後日のことだ。
しばらくの間入院を余儀なくされた春田の見舞いがてら、偶然亜美ちゃんに会ったことがある。
一人で歩いてるところに声をかけたんだが、いや驚いた、数日前までは腰よりも長かった髪を肩の辺りまでばっさり切っていたんだ。
イメチェンにしたって大胆すぎる。
髪は女の命とまで古い考え方を持ち合わせちゃいないが、思い入れがあったから手入れに手間がかかる長髪を長年保ってきたんだろうし、思い出だってあっただろうに。
先日の追いかけっこに何か思うところがあってだろうか。
視線がそちらに行っていた俺に、時間があればちょっと話さないかと亜美ちゃんが持ちかけてきた。
断る理由はないので即頷いた。
連れ立って入った喫茶店はカウンターとテーブル席と、そして個室を備えていた。
亜美ちゃんは慣れた感じで個室を選び、通され、ソファに腰を落ち着けるとメニューを一瞥して眉をしかめ、はずれちゃった、なんて可愛い声でぼやいた。
生憎カフェインレスの飲料は取り扱ってなさそうだったらしい。
仕方なしにホットのレモネードを注文する亜美ちゃんのその目の前でエスプレッソなんぞをやるのは気が引けたので、同じ物を頼んだ。
あわせなくってもよかったのにと笑われたが、いらない気を遣うのはもはや性分みたいなもので、そうしていないと逆に居心地悪い。
あんまり良い人もモテないよって、やっぱり笑われた。
そこまで悔しくなかったのは相応の説得力があったからだ。そういうことを亜美ちゃんが言うと様になってるし。
でも、そうだな、茶化すついでに矛盾は指摘しておこうか。
高須以上に良いやつがいるのか。
きょとんとした表情をみるみる朱に染めて、可笑しそうな、悲しそうな、どちらにもとれそうな顔で、またも亜美ちゃんは笑った。
あんなにひどいやつもいないけど、うん、そうだね。どこにもいないかな、あんなにいいひと。
粗く砕いた惚れた弱みを、ふんだんに垂らした惚気シロップで一緒に溶かしたレモネードは控えめな酸味をかき消すほど甘ったるかった。
エスプレッソなんて洒落たものはいらない、炒ったコーヒー豆をそのまま噛み砕ければそれでいい俺を知ってか知らずか、亜美ちゃんは与える印象を大幅に変えた髪を照れ隠しに撫でさすった。
そうして、ぽちぽちと語りだす。
髪を切ったのは願掛けだと言っていた。
赤ん坊の無事の誕生を祈願してなんて、あれで案外古風なんだなと意外に思っていた。
そんな内心は容易く見透かされていたらしく、それも当然あるけれど、でもそれだけじゃないと前置きし、笑わないでよと釘まで打った念の入れようをする亜美ちゃんが言うには、どうしても勝ちたいからだそうだ。
無論ミセス高須たちにだ。亜美ちゃんもその一人だ。
あの奥様方は身重の身でありながらなにやら対決をするらしい。その迸るバイタリティをお腹の子供のために費やせばよかろうに。
惨劇の予感に頬が引き攣らんばかりの思いだった俺は、けれども話が進むにつけだんだん首を傾げていき、盛大に疑問符を浮かべた。
大雑把に整理するとこうだ。
具体的な勝負方法はべつにない。ルールは無理をしないこと、邪魔をしないこと。判定を下す者は自分たち。もちろん負けてもなんもない。
それじゃあぜんぜん勝負にならないんじゃないかとか、する意義があるのかとか、疑問はいろいろと尽きなかったが、意地と尊厳と愛を賭けた女と女の戦いなのだと力説されれば苦笑いで返すしかない。
162174 ◆TNwhNl8TZY :2010/10/23(土) 01:47:06 ID:UKkfHsxW
まあ、勝てば手に入るのは愛の結晶なのだから、そりゃ負けるわけにはいかないよな。
俺はそういう風に自分にわかりやすく解釈することで強引に納得した。
このままいけばそのうち悟りの境地にでも立てそうだ。それとも俺があっちの色に染められたからか。
まだまだ話したいことはあったが亜美ちゃんの方が時間が迫ってきたらしく、その日はそこで切り上げることとあいなった。
別れ際、それまでずっと靡いていたものがなくなった後姿がなんだか小さくて、一瞬言っていいものかと迷ったのだが、勝てるといいなとその背に放った。
なにも亜美ちゃんだから特別そうしたというわけじゃあない。
そこにいたのが奈々子様だろうが木原だろうがゆりちゃんだろうが、俺は同じことを言った。それがたまたま亜美ちゃんだっただけだ。
亜美ちゃんは右手をひらひら気だるげに振るだけで、一度たりとも振り返らずに雑踏にまぎれていった。
あの言葉は届いたのだろうか。確かめようがなく、確かめる気もなかったので、それ以上それについて考えることはなかった。
その足で今度は春田の病室を訪れた俺は、今さっきの話を入院生活に飽き飽きしていた春田にしてやった。
食っては寝てばっかりでいい加減退屈していたあいつは大層羨ましがっていて、おまえだけずるいずるい俺だけなんでこんなのばっかなんだよとあんまりぶうぶうやかましいものだから、
喫茶店で買ってきた見舞いの品であるモンブランを丸々口に捩じ込んでやったら大人しくなった。
それでいい、病人は安静にしていろ。
しかしふて腐る春田はもぐもぐしながら尚もぶちぶちと文句を吐くのをなかなかやめようとしなかった。
鬱陶しかったんで、気休めに病院名と部屋番号を教えておいたんで見舞いに来てくれるんじゃないかと言った途端にケロリとふてぶてしくなりやがったが、気休めは最後まで気休めだったとだけ言っておこう。
たいして長引かずにさっさと退院できたんだから喜べばいいものを、ぬか喜びさせんなよなんて、そんなことで恨み言を言われる筋合いはなかったぞ。

「あー、あのさ。すんげえ聞きづれーんだけど、高っちゃん、聞いていいかな」

当の本人はそんなのすっかり忘れているようで、アルコールが回って赤くさせていた顔を今度は白黒させ、汗だくになっていた。
事ここに至りようやく想像力が働き出したらしい。
こんな節目の日に愛しの高須を持ち去った不届き者を、臨界点を超えたミセス高須たちは決して許しはしないだろう。
しかもあのはち切れんばかりだったお腹はとうに萎んでいるはずだ。これでもう、彼女らを戒めるものは何もない。
不届き者の末路は決まった。合掌。

「今日ここに来てんの、誰かに言ったりは」

言いつつの春田は傍から見れば完全に及び腰で、返答如何によっては我が身可愛さに一人でだって逐電するという腹づもりが見え透いていた。
そう何度も医者の世話になりたくない気持ちもわかるが、本当にそんなマネしてみろ、俺は生涯おまえを軽蔑してやるからな。

「まさか」

水を打ったような静けさに満ちる空間で、高須の投じた一言が波紋が浮かべる。
ぶはあとあからさまに安堵の息を吐いて、春田は浮かせていた腰を床につけた。
北村はメガネを外して目元の緊張を指で解し、俺は俺で、仰向けになり大の字になっていた。
考えればわかることだ。
居場所が特定されていたのならば会長が北村を呼び出す理由はない、まどろっこしいことなんかしないで直行してくる。
それがないということは、つまりそういうことだ。
しかし安心もできない。
行き先を伏せてきたとなると向こうは虱潰しに高須の行きそうな所を探すのは自明の理であって、そしてそんな所はそう多くない。
女の勘と野生の勘がよく利く彼女らのことだ、それらをフル活用し、高須の臭いを嗅ぎつけていずれはここに押し寄せてくるだろう。
とんでもなく由々しきことだ。高須にとってもだろうが俺にとってもだ。
男四人で埋まってしまうような狭っ苦しくってしょっぱいこの部屋は俺の家なんだ。
それをあんな、箍の外れやすいっていうか箍が外れた状態だろう高須の嫁さんたちに雪崩れ込まれたらどうなることか。
帰宅を勧めてしまいたくなる気持ちは山々だった。
163174 ◆TNwhNl8TZY :2010/10/23(土) 01:48:08 ID:UKkfHsxW
春田諸共不届き者認定をされるなんてそんな冤罪も甚だしい、俺はどちらかといえば被害者寄りだ、北村のように異常な回復力だって持ち合わせちゃいないんだよ、巻き添えはまっぴら御免蒙りたい。
保身的な考えは幾重も積もり重なって、今にも倒れてしまいそうだ。
だが、不意に気がついた。
くすんで仄暗かった蛍光灯が随分と鮮明な明かりを放っている。
切れかけていたらしく最近ではたまにちかちかとしていたんで、とっとと換えよう換えようと、新しい蛍光灯だって買ってはおいたのに、そのままずるずると今日までほったらかしにしていたそれが、天井で強く自己主張していた。

「なら、大丈夫なんじゃないか」

根拠はない。
こうしている間にも、もうそこまで近づいてるんじゃないかと不安の雲は晴れないが、蛍光灯が降らす光は充分明るかった。
それでいい。

「せっかくなんだからゆっくりしてけよ、高須」

誰にも覚られぬよう、胸の中、小さくちくしょうとごちた。まったくもって亜美ちゃんの言うとおりだ。
高須はなんてひどいやつだろう。これで怒り狂ったタイガーたちがやって来たらと思うとゾッとしないね、いろいろと大打撃だ。
だというのに、それがわかっていてそれでも、タイガーたちを惹きつけて止まないそのひどいやつを追い出せないんだから、俺もそうとうつけ込まれてるんだろう。
そういう言い回しをすると自分まで高須にいけない気持ちでも抱いてるのかと、我ながら気色の悪いこととてつもなかったが。

「いいのか」

「ああ。北村曰く、こんなところでよければだけど」

そんな胃の中身を吐きそうな考えを振り払うべく、わざとらしく強調すると、北村はバツの悪い顔をした。

「なんというか、言葉の綾だったんだが。そこまで気に障ったんならすまなかった」

頭を下げられるとこっちが恐縮するね。こんなところ呼ばわりされたところで、不快感なんてこれっぽっちも沸いちゃこない。
真面目なやつってのはどうしてこう冗談と冗談でないものの区別なく途端に真に受けてしまうんだろう。
人生疲れたりしないもんなのか。

「そうそう、遠慮すんなよ高っちゃん。タイガーたちにビビるこたあねーって」

北村とは逆に、こいつはもう少し人生に疲れるよう、脳みそに皺を刻むことをした方がいいだろうという春田はやれやれというような仕草で、もう安心しきっていた。
悲観に暮れられるよりかは遥かにいいが、あっけらかんと楽観してるのも、それはそれでどうなんだ。微妙に羨ましいけどさ。

「真っ先に逃げようとしてたやつがなに言ってんだ」

「違くって。あれはケツが痒かっただけなんだよ」

「ほほお、それでケツ捲くる準備をしてたと」

「だから違えって。ああ、あとそれに足も痺れちゃったりなんかしちゃったりして」

「言い訳がましい上に嘘くさいぞ」

「いやいや、マジマジ。本当なんだよ、信じてくれよ」

「どうだかな」

「なあ、高っちゃんと北村なら信じてくれるよな。友達だろ」

風船に詰めていけばその内飛んでいきそうな、空気よりも軽い言葉をべらべらとまあのべつ幕なしに捲くし立てる春田は、見苦しい同意を求めるべく照準を俺以外の二人へと向けた。
なんと返したらという表情の高須と対照的に、北村はきらりとメガネの縁を光らせ、不敵な面構えを見せる。
そうして北村は春田の肩に悠然と手を置いてから、冷厳に口を開いた。

「突然だが、俺はこう見えてけっこう根に持つたちなんだ」
164174 ◆TNwhNl8TZY :2010/10/23(土) 01:49:12 ID:UKkfHsxW
北村本人が自身をどう見られてるもんだと思ってるのかは定かじゃないが、俺の見立てでは北村が言うようなことはないだろうし、客観的に見てもそうだと思う。
会長が関係するようなこととなれば目の色変えて食いつくわ、挙句海の向こうまでくっ付いていくわ、その粘着さたるや凄まじいが、それも会長に限られている。
そんな北村が何でまたそんなことを言い出すんだ。

「あれはもう一年ほど前になるな。高須を追いかけて奔走した夜だ」

覚えてるだろう、覚えてなきゃあ許さんとばかりの高圧的な北村に春田がたじろぐ。
けれども言わんとすることはまだわからないようで、それは高須と俺も一緒だった。
ただ一つわかっていることがあるとすれば、

「お互い散々だったな、あのときは。まさか突き落とされるとは俺も思わなかった」

紛れもなく北村は怒っていた。それも春田に。
にじり這い寄る怒気と思わせぶりな物言いに思い当たる節を発見してしまったのか、春田の顔面をハテナマークから代わっていくつも縦線が浮かぶ。
やや置いて、敷いていた座布団を胡座から抜き取り、畳敷きの床に正座した。

「俺は春田のことを友達だと思っていたんだが、そう思ってたのは俺だけらしい」

「んな風に言わないでくれよ。わざとじゃなかったんだよ」

「だろうな。仕方なかったのもわかるが、しかしいくらなんでもあの場面で押すなんておまえ」

「俺だって落っこったじゃねえか」

「なにか言うことがあるだろう」

「ごめん」

なにやら不穏な会話を交わす二人だが、主導権は完全に北村の掌中にあり、春田はどんどん小さくなっていく。
しまいには土下座に近しい体勢で、額が床に触れる寸前まで俯いてしまった。
察するにどうも、眼前でぷるぷる震えて丸くなっているこの物体は以前の騒動で橋の上から突き落とされた際、巻き添えをくらわせてきた側である北村と揉み合いになったようで、それだけでも不幸だってのに、弾みで止めの一撃を入れてしまったらしい。
目にしたわけじゃないが、狙ってやったことではないのは断言できる。たんにいつものように、間が抜けていただけだ。
その間抜けにしたって直後に空から降る一条の星になったんだし、どの道結果は変わらなかったろう。
問題は、今の今までこのアホは謝罪をすっかり忘れていて、しかし北村はしっかり覚えていて。
それでいけしゃあしゃあと友達面して友達だろ、なんて言われた日には、もう語るに及ばない。
憤慨する北村の理由はわかった。もっともだと俺はうんうん頷いた。
煮ても焼いても骨ばって筋ばって食えたもんじゃないが、そんな春田でもよかったら好きなようにすればいい。死に水は灰汁取りようのお玉でとってやろう。
しかし、やはり北村は北村だった。

「まったく。今日はこれで水に流すが、今回だけだぞ。次は知らないからな」

腕組みをした北村は少しだけ仏頂面ながら、その広い懐で寛大なとりはからいをした。
怒気も重圧も霧散していて、北村の中ではもはや片付いた出来事らしかった。
別段複雑なものはなく、不可抗力の末とはいえ謝意を述べられないままだったことそのことが隘路だったらしい。
それさえきちんとしてくれれば他は大目に見てやっているのだから、北村も大概甘い。

「次って。二度とあんな目に遭いたかねえよ俺」

うなだれ気味の春田はまさに頭が上がらないと言った具合で、北村がグラスを空けるとすかさず恭しい態度で、茶瓶を満たす琥珀色の液体を注いでいた。

「それはたしかに。ああいうの、せめて向こう一年は勘弁してほしいよ」
165174 ◆TNwhNl8TZY :2010/10/23(土) 01:50:07 ID:UKkfHsxW
来年のことを言うと鬼が笑うそうだが、こっちは笑えないほど、かなり切実だった。
どっしりと重量感のありそうな深いため息に乗せ、相槌がてら俺は春田に便乗して言った。
春田がほんとだよなとしきりに首を上下させた。北村もそれに倣った。
その様子を眺めていた高須が心底同情するように呟いた。

「大変だったんだな、おまえら」

空っ風が部屋を通り抜けていったような、そんな気がした。
俺たちは顔を見合わせた。仔細な違いはあるものの二人の顔は似たり寄ったりなもので、きっと俺も、あまり変わらない顔をしていた。
誰ともなしに頷きあって、それが合図となる。

「そういう高須はどうだったんだよ!」

「高っちゃんにだけは言われたくねえんだけど!」

「いったい誰のせいだと思ってるんだ! おい、聞いてるのか高須!」

一斉に高須に対しての集中砲火が始まった。北村に至っては熱がこもりすぎて掴みかかる手前だった。
まるで他人事みたいな言い草にいろいろと思うところはあったし、口々に別々のことを言っている春田にしろ北村にしろ当然ながらそうだったろうが、でも、結局のとこ何が言いたかったかって、それはたぶんこんなもんだったろう。
おまえほどじゃねえ。
とうの高須はといえばあの凶悪な双眸を下げきるところまで下げた異様な苦笑いを貼り付けるのみだった。
それからのことを掻い摘んで話そうと思う。
沈下しかけた場の空気は一転高須をいぢり倒すことで再燃し、回り始めた酒の手伝いもあってさらに盛り上がっていった。
高須からすりゃいい迷惑だったろうが、こんな機会でもなけりゃ話だってろくにできないので、大いに語ってもらったさ。ていうか語らせたさ。
赤裸々にして生々しいあれやそれは最初こそ笑ってられたが、笑えない部分もそれなりの割合であった。
いわゆる夜の営みというあれだ。
俺の口から微に入り細に入り克明につまびらかしてしまうのは、高須の手前さすがに憚るというのもさることながら、吹聴して回ったりしたら後々どんな惨たらしい姿にされるかわかったものではないので控えさせていただく。
月夜の晩に背中を気にしながら歩くような生活は望んじゃいない。
ただ、大人しい草食動物は獰猛でしたたかで食欲他いろいろと旺盛な可愛い肉食動物に食べられちゃうと、そして食べられてしまった草食動物は高須だったと、それだけ言わせてもらおうか。
やっかみが過分になっていたのはご愛嬌だ。
そうそう、やっかみで思い出したが、いつぞや春田が持ちかけてきたトトカルチョの結果発表をついでに行った。
今度は誰が先陣切るのか予想する、なんていうくだらないお遊びだ。
そんなことをやっていたのを知らなかった高須はとても嫌そうなげんなりとした顔をしていたが、構わず発表は進んだ。
本命はタイガー。対抗に櫛枝、亜美ちゃんときて、大穴はあまりにも大穴すぎて、名前を聞いた瞬間高須は思わず春田の横っ面に良いのを五、六発ぶち込んでいた。
ちなみにその大穴は前回の一着だったもんだから、ともすればもしやと睨み、再度の番狂わせに望みを託し一点賭けをした博徒もいたが、高須は大穴からの熱烈な猛攻にだけは全力で逃げ切ったようで結局博徒もとい春田は殴られ損に終わった。
北村はそもそもこういうのを快く思わない方なので参加こそしなかったけど、会長の順位にだけは過敏な反応を示し、納得がいかなかったのか知らないが高須に詰め寄っていった。会長が絡むと本当に面倒くさいやつだ。
俺はというと、今度亜美ちゃんに会ったら茶でもご馳走しようかと、まあそういった案配だった。
166174 ◆TNwhNl8TZY :2010/10/23(土) 01:51:13 ID:UKkfHsxW
笑い声や咽び泣く声は絶えることはなくて、止め処なく飛び交う話題も尽きることはなかったが、だからこそ時間はあっという間に過ぎていく。
あれだけあった鍋の中身をすっからかんにし、しこたまに飲んで酒もなくなった頃だ。
そろそろおいとますると高須が立ち上がった。
慣れない一気を何度もやってすっかり酩酊だった北村はまたなと一声かけてからその場に潰れ落ちた。
春田も北村に先がけしばし前に夢の世界へと旅立っていて、しかし人の動く気配を感じたからかがばっと勢いよく体を起こして、それでもう限界だったのだろう、高須にもたれかかってまたいびきをかき始めた。
高須は小さく笑って、春田を横にしてやり、それから静かに玄関から出ていった。
一人で帰すのはなんだか気が咎め、それに冷たい風にも当たりたかった。酔い覚ましにはちょうどいい。
念のために一応戸締りをして後、高須のあとを歩いた。高須は一度止まって振り返り、追いつくまで待つと、無言でまた歩き出した。
遠くどこかで除夜の鐘が鳴っている。ごおん、ごおんと重厚な響きが厳かに、夜風に運ばれどこまでも。
道すがらふと、虚空にこだまするその鐘の音に被せるように、独り言を呟いてみた。
なんとなく聞いたらいけないような気がして、ずっと聞けずじまいでいたことがあったんだ。
返答なんて期待しちゃいなかったし、でも答えてくれなかったらくれなかったで気まずいから、独り言にして言ってみた。

「これで幸せじゃなかったら嘘だろ」

自慢か、はたまた聞きようによっては惚気のような口調だった。
どっちにしろ珍しくて、上機嫌なことが窺い知れた。
なら、もしもだが、愛想つかされて捨てられるようなことになったらどうする。
冗談っぽくそう尋ねると、高須はふむと顎に手を当て、しばらく考えてから朴訥に口を開いた。

「どうもこうも、なるようにしかならねえだろ」

それは俺もそう思う。一寸先のことでだって確然としてはわからないが、なるべくしてなるという思いは今もある。
でも。
そう付け加え、そこで一旦区切った高須の横顔は笑っているように思われた。

「本当にそうなるようなことがあったら、とっくにそうなってるよ」

呆けにとられたのも束の間、ひとたび噴きだすとそっからはもう、腹を抱えるぐらい笑っていた。
なにが可笑しいって、あんまりそのとおりすぎて。
高須もいつの間にか声を上げて笑っていた。
咽込むまで笑いあって、ひとしきり呼吸を整え、そうしてから俺は高須の背中を平手でおもいきり叩いた。
せいぜいそんなことにならないよう、今夜はこれからがんばってこい。
半歩ほど前のめりによろけた高須に発破をかけ、立ち止まった。見送りは、ここいらでいいだろう。

「またいつでも来いよ。匿うぐらいはできるからさ」

「恩にきる。マジで」

「春田じゃないけど、ま、友達だからね。それじゃあな、高須。元気でやれよ」

「おう」

踵を返し、今しがた歩いてきたばかりの道を戻る。背中合わせに、高須はそのまま真っ直ぐ歩いていった。
あいつはこの後どうなることだろう。
こんな時間までどこにいたんだと四方八方から責めたてられ、きつくお灸を据えられそうだ。
それで終いになればまだ御の字だ。いっても軽めの折檻ですめばいいが。
そんな様子を頭に浮かべて、でも、そこまで心配するようなことじゃあないかと思いなおした。
それに耐えられないようなら、それで嫌気がさすようなら、とっくに放り出しているだろう。
だけどそうはしないで、高須は自分の足で帰っていった。
しょっ引かれていくことも多々あるし、一所というわけでもない。
かなり変わってはいて、うんざりするような苦労なんて数え切れないだろうし、なにかある度いちいち姦しいことこの上ないが、それでも尚ああして足取りも確かに、自分の意思で自宅へと。
日付が変わるまでには辿り着くだろうか。もうあまり時間もなさそうだ。
耳を澄ませばまた一つ。一拍空けてもう一つ。
遠くどこかで除夜の鐘が鳴っていた。ごおん、ごおんと重厚な響きが厳かに、夜風に運ばれどこまでも。
明くる年の上げる、まるで、産声のように。

                              〜おわり〜
167174 ◆TNwhNl8TZY :2010/10/23(土) 01:54:09 ID:UKkfHsxW
本当におしまい
168名無しさん@ピンキー:2010/10/23(土) 03:08:40 ID:FL3pN73u
シリーズ最終回おめでとう。
乙じゃなくてお疲れ。
169名無しさん@ピンキー:2010/10/24(日) 01:16:26 ID:w4MksCJA
>>167
いろいろ考えたけど、二言

おもしろかったです。ありがとう。
170名無しさん@ピンキー:2010/10/24(日) 01:26:18 ID:UEQzDBay
ほんと良い作品だった。
終わると知って思わず悲しくなるくらいだ。
次のシリーズがあるなら期待してます!
171名無しさん@ピンキー:2010/10/24(日) 10:48:03 ID:m9GQaFzk
最後まで楽しんで読ませていただきました。
174さんほんとうにありがとう。また来てね。
172名無しさん@ピンキー:2010/10/24(日) 21:55:49 ID:57bjEw9e
完結おめとう&作品ありがとう

完結する事自体が大変な労力と多大なモチベーションが必要なのに
こんな長編、良作を完走、スバラシス

また、別な作品を読めると嬉しいな、シリーズ通してGJでした
173N+8f9z+y:2010/10/25(月) 00:58:25 ID:r7D3mfCX
どうもお久しぶりです。8月1日〜下旬まで外房の海水浴場でライフガードをし、
その後ライフセービングの大会で忙しかった上に規制でなかなか投下できませんでした。
駄文・ニュースネタとなっておりますがよければどうぞ。
次レスより投下します
174N+8f9z+y:2010/10/25(月) 01:02:03 ID:r7D3mfCX
みんな幸せ〜番外編〜

「ねえ、竜児。これみて。」

目の前に“ぬっ”と現れたのは大河のノートパソコンの画面だった…。

「てか、夕食の準備中だ、邪魔だからどけろ。」
「だ〜、いいからみなさいって言ってんでしょ、犬。」

はいはい。と返事を大河に適当に返しつつ、今までしていた作業を中断して竜児は居間に向かった。

「で?何なんだよ?」
「これよ、これ。」

http://zexy.net/contents/lovenews/article.php?d=20101018 (元ネタはmixiニュースから)

「草食男子と恋愛する方法だ?」
「そうよ、まるでどこかの誰かさんのことを書いてるみたいだったから…。」
「誰かさんって誰だよ?」

「お〜、こりゃあ確かにどこかの誰かさんそっくりだわ。」
「そうね〜。」
「櫛枝、川嶋おまえらいつの間に帰ってきてたのかよ。」
「そうだよ〜、おいらは部活から帰ってきて、あ〜みんは仕事帰りだっけ?」
「そうだよ、実乃梨ちゃん。あ〜、ここの部分なんかそのまんまね。」

『いいムードなのに、なかなかキスをしてくれない。強引さがない!(28歳)』

「いや、だから誰かさんって誰だよ?」
「「「はあ〜」」」

とため息を3人同時に付き…

「あんたの事よ、この鈍犬!」
「高須君以外にだ〜れが居るんだい?」
「ここまで来ると天然以上の何かね…。」

と3人に言われても気づかないのが高須クオリティである。

「は?そもそもなんで俺なんだよ?」
「だって〜、チビトラは知ってると思うけどストーカー事件の後に高須君とこの居間で2人きりになって私が迫ってたの覚えてる?」
175N+8f9z+y:2010/10/25(月) 01:07:56 ID:r7D3mfCX
あ〜、そんなこともあったわね、えろち〜。」
「ああ、あの時の事か?」
「ぬお〜、高須君とあ〜みんの間にそんなことがあったとは〜、高須君?私は…、私は遊びだったって言うのか〜〜〜。」

とバットを握っていた。

「いや、まて櫛枝。そこは追って離すから落ち着け。それと俺は一切川嶋に手を出していない。」
「チビトラはえろち〜言うな。で、実乃梨ちゃんは初めてこの事聞くんだっけ?大丈夫よ、その時は私から迫った訳だから。まあ襲ってくれなかったのが残念だけど。」
「な〜ら大丈夫だ〜。納得したよあ〜みん。まあ高須君もかなりの鈍感だからね〜。」
「結局あの後大河の機嫌が悪くて大変だったがな。」
「そ〜いや、高須君さ、大河の身の回りとかを甲斐甲斐しく世話してたよね?」
「おう、それがどうかしたか?」
「と言う事は校内で男子からかなりの人気がある大河を襲おうと思えば襲えたよね?」
「そう言えばそうね〜、でも襲わなかったのってひょっとしたら釣り竿が不全だったからとか?」
「み、みみ、みのりん…?ばかち〜?」
「な、川嶋?俺はそこまで不能じゃないぞ。それと『大河を襲えた』というのは無理だったな…。第一そのときには櫛枝って決めていた。第二に大河を襲おうとして実行に移すだろ?間違いなく俺の存在自体が危ういかこの世から討滅されてるよ。」

「あ〜、それは言えてるね〜。」
「なんとなくわかるわ…」

と2人とも苦笑する。

「そういうことだ。多分櫛枝が振ってくれてなきゃ大河の気持ちには気付かなかったな。」
「ちょっと、竜児?」
「あ〜、こればかりは反論できねえべ。大河。」
「そうね。」
「え〜、みのりんにバカチ〜まで…」
「まあ、こればかりは仕方ないな。」
176N+8f9z+y:2010/10/25(月) 01:12:59 ID:r7D3mfCX
「あ〜、それとここもそのまんまだべ。」
『優しさと優柔不断は紙一重のようです…。』
「そこもか?」
「あ〜、分かるかも。」
「うん。亜美ちゃんもなんとなくわかる。」
「だって私が大河の星割っちゃた時とか…」
「みのりんの事が好きなのに世話してくれたし…。」
「私の正体知っても普通に接してくれたし…。」

「まあお前らの言いたい事は分かった…、じゃあ夕飯の支度してくるわ。」
「待ちなさい、竜児。」
右手をがっちりと握ってくる大河
「そうだぜ〜高須君」
そして後ろからがっちりと胴を抱いてくる櫛枝
「た・か・す・くん。少し動かないでいてくれるかな?」

そして左側の腕を自分の胸におしつける川嶋

「え〜、と。この先なんか嫌な予感しかしないんですが?ん?『女性側が草食男子にアプローチする方法』『自分の感情をストレートに伝えたうえで、彼の気持ちを確認するのがベストです』か…。」

「そういうことよ、竜児。」
「高須君覚悟しな〜。」
「亜美ちゃんがたっぷり高須君のこと好きだってわからせてあ・げ・る。」

「というわけで、みのりん、ばかち〜。」
「エクストリーム寝場所確保やっちゃうか〜、ちなみに真上が高須君を襲えるベストポジションだぜい。」

「え、ちょ、まt。ぎゃああああ」

そしてこの日は竜児の右側が大河、左側が櫛枝、そして思い切り抱けるポジションを川嶋が取ったという…。

P・S 

「ところで、櫛枝?」
「おまえ、エクストリーム寝場所確保ってアンサイクロペディアからパクッたのか?」
「てへへ、バレた…?」

といったやり取りがあったとかなかったとか…。
177N+8f9z+y:2010/10/25(月) 01:17:30 ID:r7D3mfCX
投下終了です。しばらくSSを作ってないためクソ品質ですが、楽しんでいただければ何よりです。
では夜も遅いので失礼します。
178名無しさん@ピンキー:2010/10/25(月) 04:44:27 ID:uZagitiV
あーみんもみのりんもタイガーも幸せそうでイイね
こういうのだいすきだ
179名無しさん@ピンキー:2010/10/25(月) 04:50:23 ID:Y/zCA07r
テンポ良くてGJ
私もその記事読んだw
草食系に惚れた以上は覚悟決めなきゃねw
180名無しさん@ピンキー:2010/10/25(月) 09:19:26 ID:Egbw4FKO
GJ サクッとイイ感じでした
思い切り抱けるポジションを取った亜美ちゃんが
とろりんとしてそうでナイス
181Jp+V6Mm ◆jkvTlOgB.E :2010/10/26(火) 23:01:29 ID:csYI4LeL
こんばんは。以下SS投下させて頂きます。

概要は以下です。よろしくお願いします。

題名 : Happy ever after 第10回
方向性 :ちわドラ。

とらドラ!P 亜美ルート100点End後の話、1話完結の連作もの
シリーズものなので今回だけだと解らない所があるかもしれません。
まとめサイト様で保管して頂いている過去のも読んで頂けるとありがたいです。

主な登場キャラ:竜児、亜美、大河、実乃梨、北村
作中の時期:高校3年 夏休み
長さ :38レスぐらい

注意:
大河が少し損な役回りに回っている所があります。
実乃梨が少し損な役回りに回っている所があります。
亜美も少し損な役回りに回っている所があります。
 
補足:
なんだかんだあって、劇中では亜美は高須家に居候中。
そんなこんなあって、劇中では高須家の食事当番は竜児と亜美の交代制。

182HappyEverAfter10-1/38:2010/10/26(火) 23:04:17 ID:csYI4LeL

Happy ever after 第9回


林間を通ってくる山風は清廉で、涼しげな感じがするのは雰囲気に流されているからだろうか?。
街中にいると敵意すら感じる強い日差しも、木漏れ日ともなれば、温かく降り注ぐ恩恵にすら感じられる。

騙されるのは好きではないが、あえて嘘に乗るのも時には悪くない。
ただ、自然の中に身をおいて、風の音に耳を澄まし、一緒にを歩く奴らの存在を感じる。
何と言い表せばいいだろうか、既存の言葉に頼れば、連帯感?、一体感?、それとも気持ちの共有とでも言えばいいのか。
見るもの、聞くもの、感じる空気、湧き上がる気持ちが自分だけでなく、共にしている仲間たちも同じように感じているような気分になる。
そんな事がある訳がない事は知っている。自分の気持ちすら解らない時があるというのに、ましてや他人の心が解るわけが無い。
それはまやかしや、妄想、思い込みの類なのだろう。けれど、
それを楽しまない事こそ嘘だと川嶋亜美には思えた。

夏休みといえば、いつものメンバーで旅行だろうと、彼女の幼馴染がある日、高須竜児に提案してきた。
その提案を参加予定者達五名一人として、反論の余地は無いと思われたが、櫛枝実乃梨の予定が合わなかった。
体育大学進学に向けた準備。学費の捻出の為の労働。自らに課した厳しいトレーニングノルマ。
そんな事を理由に彼女は再三の辞退を申し出ていた。
しかし、大河がせがみ、竜児が誘い、北村が完璧なスケジューリングを行い、僅か、一泊二日ではあるが、
夏休みの終盤に五人の旅行が実現した。

打ち合わせと言う名のファミレスだらだら喋ろうの会で、亜美は初めから旅行先を海にする事を主張した。
夏とはつまりギラギラな太陽で、めくるめく浜辺なのだ。彼女の武器を、キュートな水着で、ビューティな体をアピール出来るのだ。
祭りの、縁日での失敗を取り戻すことに必死なのだ。

なにより、去年の夏の海は彼女の大切な思い出で、あのような事に出会えるならもう一度とも思うし、
あの様なシチュエーションに次に臨む事があるとするなら、なにかを変えてみたいとも思っていた。

だが、北村は山を主張。逢坂大河は山は疲れる、かと言って海は泳げないからどうでもいいと言う。
ただ遊びに行く事は乗り気ではある彼女は高須竜児に丸投げして、「何処でもいいけど、私が楽しめる所にして」と
何気に厳しい注文をしていた。
山1票、海一票、棄権票1、櫛枝実乃梨は欠席していた為、決定権は高須竜児に託された。
183HappyEverAfter10-2/38:2010/10/26(火) 23:07:01 ID:csYI4LeL

「高須くんはもちろん、海がいいよね」
亜美は誘導に掛かる。彼もあの夏の事を大事に思っていれくれれば、海を選ぶはずという計算、いや淡い期待があった。
が、竜児は現生徒会長の方に顔を向けると、なにやら無言で会話をして、
「北村の言うとおり、山でいいだろ」
と言った。これに憤慨して亜美は
「なんでよ。そうやって私の言う事はいつも無視してさ」
「無視なんかしてねぇが」と困ったように頭をかき、
「前、北村と話してたんだが、お前、修学旅行の時、学校居なかったろ。それって、ちょっと寂しいと言うかだな。
 て、お前を寂しい奴って言ってるんじゃ無くてだな。むくれるなって。何て言うんだ。俺達も何か物足りないと言うか。
 今は夏で、スキーなんか出来ないが、雰囲気だけでもだな…」
その後、「私が居なくって寂しかったんだ?」などとそれを武器にして、散々、高須竜児を亜美はおもちゃにしたものの、
そんな気遣いを見せられては、行く先が山になる事を拒否する事など彼女には出来なかった。

そうした訳で、今、彼女たちは山にいる。
男、二人が先導して、道を確認しペースをコントロールしながら歩き、かしまし三人娘はガヤガヤとはしゃぎながら、その後を歩く。
こうみんなで歩くと、山も悪いものじゃないと亜美は思うようになっていた。
つい、職業柄から人の目に敏感な彼女だが街の喧騒から離れた自然の中では、他人を意識する必要性を感じなかった。
それはそれで、彼女の自尊心をいたく傷つけたが、年相応にはしゃぐ彼女を銀幕での若手女優の姿と同一視出来なかったという理由もある。
何より、訪れた人は自然に接したくて来ている。時折、すれ違う登山客も挨拶程度のふれあいはしても、
困っているのでなければ必要以上に干渉してくる事もなく、自分達のペースで歩いている。

だから、彼女たちも自分たちの速度で、山に触れながら、仲間たちと歩くだけでよかった。
自然の中を進むだけでいいのだ。
他に娯楽がある訳でもなく、仕事に追われる訳でもなく、自らにプレッシャーを課す必要もなく、
ただ二日間、自然の中を気心知れた人たちと歩く事を楽しめばいい。

ゆったりとした時間だった。
高須家に居候をはじめた当初、亜美はゆったり時間つかう事に焦燥感を感じていた。
子供時代から、モデルとして業界に籍を置く彼女は時間に追われる事、時間が無いのが日常だった。
片付けなければいけないスケジュールは山ほどあった。
母にも言われた、成功する為には生き急ぐ位で丁度いい、立ち止まる暇などない。
ストーカー騒ぎで仕事が少なくなった時は時間に追わる事はなかったが、無為に過ぎる時間に恐怖すら感じた。
業界からも、雑誌読者からも、いわゆる記号としてのみんなから、忘れられるのではないか。
女優として、ある程度のネームヴァリューを得た今でも時間を使う事に一抹の不安を感じる。
だから、自分で選んだと言え、高須家で過ごす時間に罪の意識を感じる事もあった。
だが、竜児に教わっての受験勉強、家事や畑仕事、そんな他愛の無い一日の過ごし方に喜びも感じていた。
そんな毎日が日常となり、大橋高校にいる事に馴染んだ自分のように、高須家の生活に安らぎを覚える自分に戸惑いも感じていた。

いつのまにか成功というもの自体がよく解らなくなった。
やはり、”みんな”ではなくてもよかったのかもしれない。

ゆったりとした時間は、今や、彼女の敵ではなく、神様がくれた贈り物だった。
ましてや、山にいる彼女は焦って歩む速度を上げても予約したロッジに少し早く着くだけだ。
どうしても急がないと辿り着けない目的地があるならともかく、一人、追い抜いて、孤独に先を急いでも仕方が無い。
下手したら食事の準備や、ロッジの掃除を一人でしなければいけない。そんな貧乏くじを引く必要はない。
第一、あいつの楽しみを奪うのは可愛そうだ。
同じ道を歩いているのだ。なら、一緒に歩く事を楽しもう。今はゆったりした時間をすごせばいい。
184HappyEverAfter10-3/38:2010/10/26(火) 23:09:02 ID:csYI4LeL

そんな事を考えながら、先頭のおばさん男の背中を見ていたら、無性にからかいたくなり、亜美は歩を少しだけ早めた。
あいつの隣は居心地がよさそうだ。
「どうよ。高須くん。念願の山の感想は」
「ああ。自然はいいな。涼やかで、植物がたくさんあって。みろよ、あの実、食えるんだぜ」
「そりゃ楽しいよね。私が海行きたいって行ったのに。押しきって山だもの」
「だからな修学旅行の代わりに……」
「そうだよね。亜美ちゃんが映画撮影で頑張ってる間、みんな楽しく修学旅行。私だけすごく可愛そう」
「なら今回、楽しめよ」
「じゃ、高須くんが楽しませてよ。そうだ、修学旅行どんな事があったの?」
などと竜児に思い出話をせがんだ。せがみながら、自分も2-Cの一員として、旅行に出かけたらどんな事が起きただろうと考えていた。
別にスキーがしたいなんて思ってたわけではない。そんな事、個人でいくらだってやれる。
ましてや、団体指定のかっこ悪いスキーウェアなんて着るのは真っ平ごめんだ。
スキー自体には羨ましさ等、微塵もない。

だだ、旅行という事にかこつけて、劇的な変化が起きたかもしれないのでは、なんていう願望はもっていた。
一晩同じ部屋に泊まる事で、お気楽なガールズトークなんかをして、櫛枝実乃梨とのギクシャクした関係を改善出来たかもしれない。
それにだ。たとえば、もし仮にでの話だが、何かの偶然で、例えば、冬山で遭難でもしたとしたら、
その時、高須竜児は慌ててくれたのだろうか?。万が一の事かもしれないが、助けに来てくれたかもしれない?
そして、二人きりにでもなったとしたら、そんな極限状態であれば、もっと早く、もっと素直にいろいろな思いを告げられたのかもしれない。
なんて少女チックな想像で一人遊んでみたりもする。
そんなこと故にちょっと惜しいことをしたかなとも思う。が、後悔した所で、高校二年に戻れる事などない。
もし、大橋高校に転校した時からやり直せたらどうなるだろうかなんて、そんな話も興味はあるが、それはまた別な話。
今、山に来ている自分は、自分にしか出来ない事をするだけだ。

そう、だから、今、高須竜児を精一杯、
からかう。
全身全霊を掛けて、全ての能力を使って、竜児と言葉遊びをする事に決めた。
いつのまにか、北村祐作は後列グループに下がり、逢坂 大河と櫛枝実乃梨の接待に回っていた。

軽口を叩きながら、ただ歩く。いろいろな話をしながら二人は道を行く。
雨でも降ってしまえば、川底に沈んでしまいそうなか細い橋なら手を引かれて越えてみたり、
胸まである程の丈の雑草が道まで入っているような細い山道では、先頭に出て両手で草を分けて進む奴の背中を追いかけたり。
そんな背中をクスリ笑いをしながら亜美は眺め、後ろに従った。
後ろを歩くだけではない。時には隣を歩いたり、前を歩いたり、話しをしながら山道を行く。
竜児もいろいろな表情をした。楽しそうにもしてくれた。亜美のからかいにふて腐れたような顔もした。
そして、当然のように優しい顔もしてくれるし、心配もしてくれる。
今の亜美は寂しいなんて思うことは一欠けらもなかった。
185HappyEverAfter10-4/38:2010/10/26(火) 23:11:07 ID:csYI4LeL

そうやって、彼らは散策を楽しんだ。今回の旅はハイキングが主目的。
ゆるりと道中を楽しみ、本日宿泊予定の小さな県営ロッジに着いた時には午後二時を回っていた。
昼食は途中の休憩エリアで取っていたため食事には早すぎた。
「さて、どうすっか」と竜児。
荷物を部屋におくと、ラウンジに集合しなおし、これからの指針を確認する。

「まずは掃除から始めないと、前の人もいつ来たか解らないし」
面倒くさそうにしながらも、やらなくてはいけない事はとっとと済まさないとと、美味しいものは最後に食べる派の川嶋亜美が提案する。
その提案に竜児はニヤリと歯を見せて笑った。
けれど反論の元気な声がすぐさまあがる。
「えー、こんな大自然が目の前にあるんだよ。来る途中に大きな湖もあったし。掃除なんか後、後!」
と好物から食べ始めるの一番な櫛枝実乃梨。彼女はそう告げると、まっすぐに走り出した。目指すはあの青い水辺だ。
「そうだな、掃除はその後だ」
「み、みのりん。私も」
実乃梨の意見に賛成と、北村、大河が遅れるものかと走り出す。
亜美も実乃梨の意見に心が動き、
「私も行くけど、高須くんは?」
「う、ああ」
竜児は、掃除の魅力と湖面の魅力、仲間たちとの馬鹿騒ぎとの間でどれかを選らばなければならない。その運命に苦悶の表情を見せる。
高校最後の夏休みだ。もう二度と帰ってこない。
湖は青春ぽいし、櫛枝たちと騒ぐのは捨てがたい。大河がはしゃぎすぎてドジをしないか心配だ。今年の夏は親友の北村とあまり時間を共にしていない。
だがしかし、
このロッジを掃除出来るのは人生で一度きりかもしれないのだ!。
神様、俺になんて残酷な選択をせまるのだろう。掃除すべきか、しないべきかそれが問題だ。
と悩む。しかし、決めなくてはいけないのだ。だから、竜児は……

笑い声が響く湖。ウインドサーフィンをする男もいれば、水際でスカートをすこしだけ上げて、水の感覚をたのしむ女の子もいる。
湖面ではレンタル用の足こぎボートが何艘も漂う。そんな中で一艘だけ、郡を抜いたスピードで駈けるボートがあった。
その虎を形どったボートは水しぶきをあげ、目的もなく、ただ、そのエネルギーを発散することだけを目的に湖を行く。
右に大河、左に実乃梨が乗り、息をあったコンビネーションで船を漕ぐ、同乗しているバイク乗りの北村祐作でさえ、未体験の速度に顔色を変えていた。
そのボートから喜び一杯の笑い声がばら蒔かれていた。
ボートは疲れを知らず、何十分も湖面を往復した。
186HappyEverAfter10-5/38:2010/10/26(火) 23:13:05 ID:csYI4LeL

同時刻、同じように顔色を変えている男がいた。目をむき出すようにして、僅かな埃も見逃さないと、
竜児は床を雑巾で丹念に拭いていた。
そして、ふと、思い出したように顔をあげて、
「なんで、残って掃除してるんだ。お前は?」
「何よ、邪魔だって言うの?」
床から見上げる竜児の眼の前にはデニムのホットパンツからスラリと伸びた生足があった。
先ほどまでの、日焼け避けを意識した登山ルックとはうって変わって、ブルーベルのカットソーにデニムパンツと
軽装に着替えた亜美がそこに居た。窓を拭いていた女優はその手を止め、文句を言った。
目の前のおみ足をありがたがる事もなく竜児は
「そうじゃねぇが、みんな遊びにいってるんだぞ。お前も行けばよかったろ」
「高須くんは行かないじゃん」
「別にいいだろ。俺は掃除が好きなんだ」
「なんで掃除がそんなに好きなのさ、高須くんは」
亜美は窓を拭く手を休め、呆れ顔をした。

「今日、泊まるとこだ。それが礼儀だ。それに少しでも綺麗な所にお前だって泊まりたいだろ」
「でもさ。来て早々することないんじゃない。泊まるのだってだった一日だよ。寝室だけ綺麗にしてさ。
 共有スペースなんて管理人がしてくれるって。そんな事に時間使うなら遊びに行くのが正解だと思うな。
 湖には沢山、楽しい事あるのに。実乃梨ちゃんとか」
亜美はそういうと竜児がピカピカに磨き上げた床に胡坐をかいて座り込む。中断した掃除を続行しない宣言だ。
「けど、到着したら、まずはする事があるだろ。遊ぶのはする事を終えてからだ」
そんな竜児はもう一頑張りと掃除を再開。床を磨き上げる。二度拭きを開始する。
「硬いよね。相変わらず。でも来て早々なんてさ。実乃梨ちゃんの意見の方が正解だと思うな」
「だからお前も行けばいいじゃねぇか」
「なんかさ、時々、綺麗なもの見ても物足りない時があるんだよね。
 それに、一人だけ損する奴がいるのってイライラするって言うか、気持ち悪いっていうか」
亜美は胡坐をかいたまま、体を前後に揺らし子供のような仕草で会話を続ける。
「俺は掃除するの損なんて思った事ないぞ」
「偽善者」
「偽善者じゃねぇよ。もっとも、善人だとも思ってないがな。
 湖へ行きたいやつが行く。掃除したいやつがする。それでもいいだろう」
「善人は意識的にしないから善人であって、意図的に行動するやつは偽善者か」
「何か言ったか?」
「別に何にも」
竜児は床のほとんどを磨き上げ、向きを変える。残りはある障害物が邪魔になって拭けない箇所だけだ。
その障害がある、亜美が座るエリアに目を向ける。

「そういうのって高須くんはさみしくないの?」
亜美は体を揺らすのを止め、少し真剣な面持ちとなり、問う。
「何がだ?」
「みんなが楽しそうにしてるのに、自分だけ感じる事が違うとか。
 掃除しようって言ってるのに、誰も賛成してくれないとか」
「そういう時もあるだろ。みんな考える事が違うんだから」
「でもさ、なんで上辺しか見てくれないんだろう、気づいてくれないんだろうとか思わない?」
187HappyEverAfter10-6/38:2010/10/26(火) 23:15:01 ID:csYI4LeL

竜児は亜美の近くまで、拭き終わると、その真下に取り掛かる前に一旦停止、顔を上げて質問に答える。
「俺はその気づけない奴の方だからかもしれないが、そう思った事はない。だがな、
 その見れない奴でも、本当は見たいんじゃねぇかと思う。見える奴や、努力してやっと見えるようになった奴がいて、
 そいつが見てる景色があるなら、俺はそれがどういうものか見たいと思う」
「そういうのって見えるようになるもの?」
「わからん。だが、諦めるの早いだろ。やってみねぇとな」
「そっか」
そういうと竜児は少し長話になるがと掃除を一旦諦め、床に腰を付ける。
「後な、見える奴の話は解らないが、見て欲しい奴の話なら解る」
「なにそれ?」
「俺はホラーもののDVDとか時々観たりするんだが、あれは話が怖いのと見た目が怖いやつの両方がある」
「あるけど、それが?」
「見た目で脅かす奴の中には外見は醜悪だが中身は善人で、それをわかって貰うために努力するなんて話もある。
「それで」
「ああいうのを観ると思うんだ。生まれつきのものは変えようがない事だってあるが、それでも理解してもらえる事もある。
 周りもちゃんと見ることを努力してくれる」
「しょせん作り物の話、嘘で出来てる」
「お前も言ってたろ。嘘をなんで信じるのか。それはそこに信じたいものが含まれてるからじゃないかって。
 そういう話を信じたいと思う奴がいてくれるなら、努力する価値はあるんじゃねぇか?」
「高須くんってやっぱりお子様だよね」
「なんとでも言え」

そう言って竜児は亜美をどいたどいたと立ち上がらせると、彼女がさっきまで座っていた床を拭き出す。
亜美の体温を残した床に少しドキマギを感じてしまうが、それでも、話は真剣にする。
「ところで、さっきの話だが、偽善者がいたとして、それの何が悪いんだ?」
「褒められはしないよね。結果から逆算して、見返りを見越して、演技で行動してる。嘘つきだから」
亜美は壁に持たれると、自らを笑うような笑みを浮かべる。
「善人だか偽善者だろうが、いい事をする事には変わらないと思うんだが」
竜児は亜美に目を向ける事無く、ひたすら床を磨く。
「結果はそうかもしれないけど、過程は違う」
「いいことをされる側にとっては同じだろ。むしろ、考えた上でそういう行動が取れる奴はすごいと思う」
全ての床を拭き終わり、満足げに頷くと竜児は顔を上げる。
「ふ〜ん。それはいかにも、善人の発想だこと。高須くん」
亜美は半分あきれたように、残り半分は感心したように笑いかける。
「考えすぎの、偽悪者の発言だな。川嶋」
竜児は亜美をからかうように、包み込むように、一笑に付す。大丈夫だと。心配なんかする必要ないんだと。

亜美はそんな竜児の表情に、言葉に釣られるように、引き寄せられるように彼のいる方に足を運んだ。
そっと、手を竜児の頬に添える。すこし腰を屈めて竜児を覗き込むように顔を寄せる。長い髪が垂れ、竜児の耳に触れる。
「川嶋……」
「あのさ…」


その時、ドアが勢い良く開いた。赤髪の少女が元気良く入ってきた。
「高須くん、あーみん、ごめんね。二人だけ働かせて」
188HappyEverAfter10-7/38:2010/10/26(火) 23:17:13 ID:csYI4LeL

亜美はステップバック、壁際に跳ねる様に戻る。竜児も素早く立ち上がると後ろに飛び下がる。二人で実乃梨を振り返る。
「櫛枝!」「実乃梨ちゃん!?」
「いや、湖を満喫しちまった。すまんね。なんか山登ってたらテンション上がっちゃって、居ても立ってもいられなくなっちまった」
「ま、満喫してた割りには早かったんだね」
「うん。でも水の上を十二分に走り回ったんだ。たまには水面を爆走するのも乙だよね。そのまま走って帰ってきちまった」
「そ、そうなんだ」

「みのりん、速すぎ」
数分遅れて、汗まみれの逢坂 大河と、その大河のペースに付き合って走ってきた北村祐作が到着する。
「悪いな高須、俺達だけ遊んで来てしまって」
「そうだよね。ごめんね。高須くん達だけ掃除させてちゃって」
と実乃梨はぺこりと頭を下げる。そんな実乃梨を亜美は
「いいんだって、実乃梨ちゃん。なんでも、竜児は好きでやってるんだってさ。だから感謝なんかする必要ないんだって」
「そうだ。俺は好きでやってるんだから気にするな」
そんな二人の言葉に実乃梨は頭を上げると
「そうかい。そう言ってくれるならお礼はしないよ。じゃ、あーみんにだけ、あーみんありがとね」
「別に私は…、そりゃ、遊ぶ事より掃除が好きって言う変態じゃないけど」
「みのりん、こいつも別の意味で好きでやってるんだから、お礼なんかしなくていいのよ。あー、やらしい。やらしい」
「ちび、お前は少しくらい感謝しろっての」
「自分の得の為でしょ、これだから偽善者は」
「!!」
「まあまあ、逢坂に亜美もせっかくの旅行なんだ、大騒ぎするのは別な事でしないか?。それに高須、まだ仕事残ってるんだろ」
「若干な」
「それなら、遅ればせながら私達も手伝うよ」
「なにがあるんだ?」
「寝室は女子部屋がまだ掃除してない。それから夕食の支度だ。蒔も買ってこないといけない」
「蒔きは力仕事だから俺が引き受けよう。で、夕食の支度だが、悪いが、これは高須に頼みたい。
 女子は掃除の残り終わらせて、終わったら高須の手伝い。これでいいか?」
とリーダー気質溢れる北村祐作が分担を指示する。
「竜児、メニューは何?。私、うどん餃子がいい」と食いしん坊虎
「逢坂、なんだそれは?」
「なんていうの?、餃子の具炒めて、後からうんどを焼いて…、それでね、えーと」
と大河が答えるが、途中で止まる。頭の中のイメージはしっかりしてるのだが、どう言葉で表現すればいいか解らない。
そこで、亜美が助け舟を出す。
「餃子の皮の代わりにうどんを見立てる感じかな。うどんは焼いて固める。結構簡単なんだ」
「お、亜美も作れるのか」
「まぁ、あれぐらい簡単な料理ぐらいならさ」
当然と亜美は返す。最近はヘビーローテーションの品目なのだ。
手間も掛からないし、残り物を具として使えば、冷蔵庫の整理にもなる。作れば大河が喜ぶ。
いいこと尽くめだと思っていた。
189HappyEverAfter10-8/38:2010/10/26(火) 23:19:33 ID:csYI4LeL

「家庭科実習でさえ、木原と香椎にまかせきりのお前がな」
幼馴染の成長振りに感慨深げに北村はうなずき、
「それは興味あるなが、楽しみだ」
と北村は竜児を見るが、竜児は楽しみにしてくれて嬉しいのだがと言った上で否定の言葉を告げる。
「残念ながらうどんは持ってきてない。持ってきてるのはカレーの材料だけだ」
「カレー?、せっかくのキャンプなのに、あんた手抜きすぎよ」
「外で支度するの面倒いから、仕方ないんじゃない。明らかに手抜きだけど」
と高須家食卓を共にする大河と亜美は不満気な様子を隠そうともしない。
二人とも高須竜児に対する食の要求は高い。
その分、美味しいと思った時は大げさな程褒めるし、殆どの食事で美味しいと思ってしまう二人ではあったのだが、

「手抜き、手抜きってお前らな」
あからさまな非難に、竜児は言い返そうとするが、先に親友が援護射撃をしてくれた。
「いいじゃないか。俺達のキャンプの夕食と言えば、ズバリ、高須のカレーだろう」
「き、北村」
期待してくれる人がいるのはやはり嬉しい。前回よりも素晴らしいものを作ってやると竜児は誓う。なにせ、今回は
「おお、まかせろ。高須特性スパイスを今回は持ってきてる。長年の組み合わせの試行錯誤の結果から選び抜いたブレンドだ」
絶対に美味いと言わせてやると誓うが早速、水を掛けられる。
「いつもの味、飽きた」と大河
「たしかに、感動はもうないかも」と亜美
日常の贅沢に慣れきって、ありがたみを失った、現代病患者めと竜児は苦虫を噛み潰す。
「そういうなよ。お二人さん。櫛枝はこの日をどれだけ待ち望んだか。ソロモンよ。私は帰ってきた」
と今度は櫛枝実乃梨は素早くフォローを入れる。そして、竜児を満面の笑みで振り仰ぎ、
「私は高須くんのカレー大好きだよ」
竜児は感激が沸いてくるのを感じていた。
やはり、櫛枝実乃梨は違った。我が家の女どもと違って優しすぎる。これこそが、THE 女の子 というものだろう。
そして、昔の自分に出来ることなら忠告してやりたいと思った。
人間、一番大事なのは性格だ。笑顔だ。やはり櫛枝は素晴らしい。
性悪で、意地の悪いニヤリ笑いをする女なぞ、手が掛かるだけだ。
嬉しそうな竜児。ジト目で不満げに睨む亜美。
そんな事にまったく気づかない彼は感謝の意を示そうと、
「まかせろ。お前のためにスペシャリテな一品を作ってやる、て、いてぇな、川嶋。つねるんじゃね。何しやがるんだ」
「え?、高須くんが夢見がちにならないように躾けてるだけじゃん」
「意味わかんねぇよ」
「解ってないから躾けてるのよ」

そう言って亜美は「掃除、掃除」と言いながら、部屋を出て行き、「あーみん私もいくぜ」と実乃梨が後に続き、
「みのりん」と大河が追いかけた。
190HappyEverAfter10-9/38:2010/10/26(火) 23:21:11 ID:csYI4LeL


         ******


「竜児、私は甘いのじゃないと食べられないからね」
「私は辛口がいいの!」

掃除を終えた大河と亜美は竜児の手伝いと調理場に来ていた。しかし、手伝う事そっちのけでカレーの味について揉めていた。
北村祐作は調理用の蒔を置いていった後、残り分でキャンプファイヤーの準備を行っており、実乃梨もそのサポートでここにはいない。

「ねぇ、竜児!」
あえて、二人の争いに我関せずと決め込んで、料理に集中しているのは竜児。カレー鍋の中身をかき混ぜていた。
彼女たちの喧嘩は所詮、動物の子供のような甘噛みのじゃれあいに過ぎない事を知っている。
むしろ、「仲いいよな、いつもながら」と笑っていられるようになった。
夏休み中、毎日のように繰り返されるその光景は、もはや竜児の日常だ。

「聞いてるの?、駄犬」
「わかってるよ。お前用は別鍋で作ってる。その端の鍋だ」
既に織り込み済みなのだ。大河のカレーは甘口、これはいまや高須家の常識だった。
「ならばよし」
大河は満足した様子で頷くと邪悪な笑いを亜美にして、「みのりんの手伝いに行こう♪」と勝ち逃げを決め込んだ。
亜美はほぞを噛んで、大河を見送ると、その敗北感を抗議に変え、竜児にぶつける。

「またタイガーだけ特別扱いして。甘やかすのもいい加減にした方がいいよ」
「それくらいいいだろ。ベースは同じだ。少しのミルクとケチャップを加えるだけで甘めに仕上げられるんだ。そんな手間じゃ無い」
「ケチャプなんてどこにあるのよ。牛乳は?」
「持ってきてる。ミルクはココナッツミルクを粉末状にしたやつがある。タイのカレーでも良く使われてるやつだ」
「わざわざ、チビのためだけにそんなものもってきたの?。呆れた。本当、タイガーは特別なんだね」
「そういう訳じゃねえって。一人だけ特別扱いなんかしてねぇよ、大河が辛いの駄目なのはわかってるんだから、気使うのは当たり前だろ」
「どうだか。あのさ、そういうの特別扱いされない他の女の子に嫌われるよ。実乃梨ちゃんでもさすがにうんざりするんじゃない?」
「今日はやけに櫛枝の事で突っかかるな」
「知らないわよ」
と亜美はファッション雑誌でのモデル顔が嘘のように、頬をぷくりと膨らまして、子供のように機嫌の悪さを示す。

「呼んだ?」
「おおう」「わぁあ」
櫛枝実乃梨が大きな木材をもって、いつのまにか彼らを覗き込んでいる。
191HappyEverAfter10-10/38:2010/10/26(火) 23:23:19 ID:csYI4LeL
「実乃梨ちゃんって、なんでいつも気配ないの?、突然出てくるし」
「そうかい?。それはね、高須くんとあーみんの会話が気になるからさ。なんて、冗談。なんかタイミングなのかな」
そう言うと、竜児の手元の鍋に気づき、
「こ、これが高須くんのカレー。光り輝いてみえるでよ。私はこのカレーを一年待っていたんだ!」と絶叫先生。
「なんだよ。おおげさな」
実乃梨はかぶりを振って、真剣な面持ちで
「そんな事ないよ。本当、美味しかったんだ。もうガツーン頂いたて感じでさ。超辛くて、超美味しくって。
 実乃梨はあの夜、食べた以上のカレーなんて今まで食べた事ないし、これから先、食べる事もないと思ってた」
「そういってもらえると嬉しいが」
「そのカレーをまた食べれるかと思うと。生きててよかったと!と感激しております。
 て、もう待てないから、味見させてくんろ?」
「ああ、味見がてらたのむ」
とお玉で混ぜていた鍋から小皿にルーをすくうと、櫛枝に渡す。実乃梨はそれを吐息でふー、ふーと冷ますと
その健康的な、血色のよく、柔らかそうな唇を皿につけ、すする。
「ど、どうだ?」
「美味しい。美味しいけど、高須くんちょっと味変わった?。痛いような。熱いような、びっくりするような刺激があったような……、
 あはは、ちょっと思い出補正で美化してたのかな?。ううん、これは、これでね、すごく美味しいんだよ」
と櫛枝実乃梨は馬鹿笑いを始める。
そこに同調するように亜美は口だけで「そっか」と笑って、
「実乃梨ちゃんは竜児特性スパイス知らないものね。
 海行った時は市販のルーで作った奴で、実は竜児の好みのやつじゃない急造だったみたいなんだ。これが高須竜児の本当の味なんだよね」
「そうなのかい?。なるほど、そういわれると大事に食べないといけないよね」
と実乃梨は謎が解けたように、うんうんと頷く。そこに竜児が自慢げに注釈を入れた。
「安心しろ。これをベースにして、別鍋で櫛枝専用カレー、辛口SPを作る予定だ。これに高須スパイスコレクションから、
 レットでホットなチリペッパー等、数々の辛味スパイスを加える。必ず、お前を唸らせてやる」
「本当!。すげーや。高須くん。やっぱり、期待を裏切らない男だぜ。夕飯、楽しみにさせてもらうね」
実乃梨はまた笑うが、今度は馬鹿笑いでなく、目を輝かせるように笑う。そんな表情を見て竜児も楽しげに
「おう。びっくりさせてやるからな」
「うん、じゃ、むこうでキャンプファイヤーの準備の続きしてるね」
と蒔きを持ち直し、移動を再開。スタスタとその場を去っていく。

竜児は「スパイスがいろいろあると融通が利くからいいよな」と自分の調味料コレクションの品揃えに満足した。
そして、先ほどの自分の言葉が嘘じゃない事の証明にもなったと、
「な」と残っていた少女に同意を求めた。帰ってきたのは痛覚だった。
「痛ぇて。だから、なんで抓るんだよ」
「なにが、「な」よ。馬鹿じゃないの?。意味わからねーし」
「だから、大河だけ特別扱いしてないって事だ。あいつだけ別鍋って訳じゃない。ちゃんと櫛枝だってそうだ」
「そう言う意味じゃないての。まったく」
と亜美はつねるのを止める。だが、指は離さない。彼のシャツをすこしだけ摘むようにして、上目遣いで聞いてみる。
「で、亜美ちゃん専用はどんな味なの?」
192HappyEverAfter10-11/38:2010/10/26(火) 23:25:06 ID:csYI4LeL

とそこで、蒔きがまた竜児の近くを通る。亜美は素早く指を離す。今度の配送人は男だった。
「よう、高須。もう少しでカレーが出来上がるみたいじゃないか」
「おう。もうすぐだ。ちょっと待ってろ。でお前はどうした?」
「蒔きが足りないと逢坂がな。どうせなら派手にやろうと」
「そんなに使って大丈夫か。せめて明日の朝、湯沸かす分くらいは残して欲しいのだが」
「さすがに残るだろう。だが、キャンプファイヤーの時、蒔きが無くなってお開きてのは侘しいすぎる。
 念のために持っていくだけだ」
「はたして止まるのか。大河と櫛枝の乗りが」
「俺の乗りも忘れるなよ」
「止める気はねぇのか」
竜児のあきれた表情に北村は笑顔を浮かべる。祭りはとことん、中途半端は愚の骨頂、彼の信望する前生徒会長も言っていた。
口には出さないが、それが彼の親友や幼馴染の後押しになればとも考えていた。

「逢坂と櫛枝に聞いたんだが、今日のカレー。かなり気合の入った出来みたいじゃないか。
 しかも、各人ごとでスパイスを変えてるなんて、高円寺マキト級だな」
「悪い、お前は俺達と同じレギュラーだ。だが、レギュラーは長年の研鑽のはてに行き着いたブレンドだ。楽しみにしてくれ」
「そうなのか?。だがそれも美味そうだな。なら俺も期待して腹をすかせることにするよ」
「おう、キャンプファイヤーの方頼んだぞ。大河と櫛枝、暴走させるなよ」
と去っていく北村の背中に釘を刺す。そして、改めて亜美の方に向き直り、
「悪い。なんの話だっけ?」
「たく、だから、亜美ちゃん専用カレーの味の話。まさか、祐作と同じって訳じゃないわよね」
「そうだが?」
亜美は大きく憤慨。子供のように拳を握り、「もう」と両手を上から下に振り下ろして、体で異議を唱える。
「ちょっと待ってよ。なんで、実乃梨ちゃんもタイガーも特別性で、私が祐作と同じその他なのよ」
「北村だけじゃなく、俺もそのルーだ。と言うか、それが高須カレーの標準の味だ。辛口だし、この前の夕飯でお前も超辛口より好みだって言ってたろ?」
「そういう意味じゃなく。あー、もう、はっきり言わないとわかんないの?。私は扱いの事を言ってるの
 なんで私だけベーシックで、他の子はスペシャルなのよ」
「だから北村もだぞ」
「祐作はどうでもいい!」
「お前がなにを怒ってるのかよくは解らんが、大河みたいに甘口じゃなきゃ食べられない奴や、櫛枝みたいに喉が焼けるくらいの辛さが大好きだとか、
 各人の好みはあるだろうし、その味覚が俺と合わないからと言って、文句を言う気もねぇ。
 それくらいの手間で好みになるて言うなら、味くらい調える。ちょっとしたスパイス一つで喜んでくれるならお安い御用だ」
亜美は不満の目で睨む。文句を言うのも馬鹿らしくなった。なんでこいつは解かってくれないんだろうと思う。鈍さ、ここに頂点に至りだ。
私だってそのスパイスが一つまみ欲しいって言ってるだけなのだ。一言だけでいい。私も入れて欲しい……
そういった億劫を胸に抱え、亜美はふて腐れた。
193HappyEverAfter10-12/38:2010/10/26(火) 23:27:06 ID:csYI4LeL

彼女の思いも知らず、竜児は自分がいいと信じてる事を話し続ける。
「そりゃ俺だってベーシックを食って欲しいって気持ちはある。俺自身が一番いいと思ってる味だからこそベーシックなんだ。
 料理を始めてから、今までいろいろスパイスを組み合わせて辿り着いた味で、けっこう苦労したし、工夫もした。
 だからどうしたって話しなんだが…」
そこで、亜美を覗き込む。
唐変木。
亜美は思った。けれどその遣唐使が持ち帰った変な木のような奴の声が少し弱くなった気もした。なにかを求めるような目をしている。
こいつでも、こんな顔、する時があるんだ。と亜美はみとれる。竜児は気づかずに先を続けた。

「料理するようになったお前なら解るだろ。美味いもん食べてもらいたいって料理して、それで、我ながら美味く出来たってものが作れた時。
 それを笑顔で食べてもらるたなら、すげぇ嬉しい。
 なんて言うんだ、自分が褒められた気になるというか、相手と気持ちが通じたというかだな。
 だから一番いいと思ったものを食ってもらいたいとは思う。やっぱり駄目かお前も、この味」
と最後にははっきり解るくらい自信無く聞いてきた。が、すぐに竜児は頭をふって、両手にスパイスを持つと
「ええい。解った。お前の好きな味、どうすればいい。好み言ってくれ。川嶋スペシャル作ってやる。飛び切り美味い奴な」
と頭を切り替える。
自信はあるだけにショックはあるが、自分が間違ってるなら直すしかない。
大河も駄目。みのりの好みも違うと来て、今度は亜美も今の味が駄目だと言うなら、きっとそうなのだろう。
特に亜美の味付けを竜児は解っているだけに信用度も高い。ちゃんと上達してる。真面目に取り組んでる奴の意見だ。
そうだとしたら、真剣に味の見直しを考えないといけない。
やっぱりこいつにも美味いと言って欲しい。亜美の喜ぶ顔はどうしたって見たかった。
それに、亜美ばかりにだけ自分の好みを押し付けるのは理不尽な行為だとは解ってはいた。

けれど亜美は
「……も、もういい。あーもう。なんか、もういいや。わ、私もキャンプファイヤーの手伝いしてくるから」
と言って、顔を背けると、逃げるようにその場を立ち去った。

一人残された竜児は
「なんだってんだ。そりゃ」
と不完全燃焼のまま、スパイスを両手に持ち、それを追加するか、しないか、亜美好みの味について悩み続けた。


         ******


194HappyEverAfter10-13/38:2010/10/26(火) 23:29:14 ID:csYI4LeL
そうして、大きな火を囲んで、高須竜児のカレーは振舞われた。
実乃梨は愛くるしい唇を腫れさせてまで、カレーをかき込み、辛いといっては叫び。
「怖いも憂鬱もふっとんだ」と親指を立てて竜児を称えた。
北村も竜児のカレーを絶賛し、大河も食べ慣れたと言いながら、美味しいとスプーンを動かす。
「高須くん、やっぱり、あんた最高さ!」
「まあ、竜児のカレーはそれなりに食べられるわよね。お代わり!」
「はえーな。だが、カレーは沢山作ってある。というか、食わねーと、明日の朝食もカレーだし、
 下山時は各自MYタッパーでお持ち帰りだ。だから食え〜、残さず食え。」
「そうなのか、じゃ、俺もだ。」
「よし、よこせ、たっぷりよそってやる」
竜児は料理の醍醐味ってこういう事だよなと幸せを感じていた。
そして、すぐに気持ちが落ちてしまう。亜美の反応が無かった。
やはり怒ってるのだろうかと気になっている。

「川嶋、ほら水」
「え、ああ、ありがとう」
「もしかして美味くないか?」
「そんな事ないけど、どうして?」
「いや、お前だけ何も言ってくれねぇし。お前の好み考えて、結局、今の味しか思いつかなくて、特別カレー作ってやれなかった。だから怒ってるんだろ」
「不正解。あんなつまらない事で、感情使う程、亜美ちゃん暇じゃねーし」と軽く笑った後、
目線をそらして、
「それはそれで特別だしさ」と言って、空を見上げ、
「たださ」
少し真剣な表情を浮かべる。
「ただ?」
「味わって食べてるだけ。こんな星の下でさ、外でご飯食べてる。それなのに寂しくなくて。
 夏なのに、火囲んで。わざわざ、苦労して山のぼって、ご飯食べて、寝て、帰るだけなのに。
 なんだろう。もったいない気がしてさ」
「いくらだって自分で作ればいい。山だって、登ろうと思えば何時だって来られる。
 自分じゃねぇな。俺達で、何度だって、こういうこと出来るだろ」
「そうなのかな?」
「俺が保障する」
亜美は安心したように口元を和らげ、目元から力を抜いて、そっと竜児をみると
「じゃあ、お代わり」
「おう」
竜児は満足げに皿を受け取りと、カレーを足しに行く。空になった皿を見て、やっと竜児も安心できた。
195HappyEverAfter10-14/38:2010/10/26(火) 23:31:20 ID:csYI4LeL

亜美は手持ちぶたさになり、周りを見る。
大河が北村祐作と楽しそうに話しながら、そして、お行儀の悪いことに、カレーを食べ続けている様子が目に入った。
目線は北村に行っていて、スプーンに行ってない。それでいて、スプーンにはいっぱいのルーを乗せている。
明らかにルーが垂れる。あれでは服を汚してしまう。

「ほら、チビ虎、食い散らかすんじゃねーての。ちゃんと見て食えよ」
「うっさいなー、ばかちーは」
「カレーが服についたらどうすんのよ。洗うの大変じゃない。うちに帰るまで洗えないんだから染みになるての」
「付かないように食べてる」
「嘘つくな」
「だいたい、付いたところでばかちーに迷惑掛ける訳じゃないんだし」
「誰が洗濯すると思ってるのよ」
「竜児!」
「あたしよ、あたし。キャンプ帰ってから高須くんは弁財天に出ず張りだから、私がするの」
「なら、私のだけしなくていいから」
「そんな訳に行くかての、素直に聞け。ただ気をつければいいだけだろ、チビすけ」
そんな様子をみていた実乃梨が優しく笑い。
「あはは、あーみん。なんかお母さんみたいだね」
「みのりん、気持ち悪いこと言わないで」
「ごめん、ごめん。でも、なんかそう見えちゃったんだ。
 高須くんがパパ役で、あーみんがママ役、大河が子供役て感じ。じゃあ、私はどこだ」
そう行って、実乃梨はおどけて、左右を見渡すように大きく首をふる。
「大河のお姉さん役だ。おー愛しの妹よ!」
と大声で叫ぶと、大河の頭を抱えるようにして体を振る。
「みのりん。重い。カレー落としちゃう」
「すまない、妹よ。危ないからカレーは私がたべちゃる」
「あー、駄目だよ、私の、みのりん」
「あま〜い。あま〜いけど美味〜い!」
「櫛枝、すると俺はどうなるんだ?。お前達の兄貴か?、もしかして、弟なのか?」
「うんにゃ、北村くんは近所の叔父さん。箒もって、いつも朝の挨拶してくれるの」
「レレレ、それは寂しいぞ。俺も仲間にいれてくれ」
「駄目なのだ」
「遊ぶのはいいが、カレーこぼすなよ。て、綺麗になくなってるな。そうだ。そろそろお茶でもするか
 美味いハーブティ飲ませてやる。嫌な奴はコーヒーだ。インスタントだから味は知らない」
竜児はそう言うと席を立ち、焚き火で熱していた薬缶を手に取る。
「ハーブティでいいやつ手上げろ。大河、櫛枝、北村、それに…川嶋?、いらないのか?」
亜美は一人、下を向いていた。竜児の問いかけに反応して顔を上げる。やけに明るい、可愛い亜美ちゃんといった表情を見せる。
196HappyEverAfter10-15/38:2010/10/26(火) 23:33:09 ID:csYI4LeL
「うん、いいや」
「お前はコーヒーか?。エスプレッソに戻すのか?」
亜美は首をふって、否定を表すと
「て言うか、お茶自体いらないかな。なんか急に、生理中みたいな気分になっちゃった。
 ごめん。先に休ませてもらう」
「大丈夫かよ。連れて行ってやろうか?」
「ううん。いい。一人の方がいいや」
そう行って、立ち上がると、一人、ロッジの方へ歩き出す。その背中に
「あーみん。大丈夫?。私のタンポン使う?。私には丁度いいんだ。すごくジャストフィットで快適なんだ」
竜児が固まる。
「けど大河は大きすて、痛いって言うんだ」
「みのりん。言わないで」
実乃梨ちゃんはおもむろに何かを取り出し、手でつかんでゆらゆらと揺らしながら、
「これなんだけど、あ、そうか、あーみんは小さすぎるかもって言ってたっけ?。あれ、それって香椎さん?。あーみんナプキン派だっけ?」
「大声で言わなくていいから!」
さすがに亜美は振り返りで制止すると、また歩き出した。
「亜美のやつ大丈夫そうじゃないか。なあ、高須」
北村は竜児を振り返る。だが目つき悪は櫛枝実乃梨の手からぶらぶらする物体を凝視していた。
「櫛枝の大きさ、大河には大きすぎる…、川嶋には…小さいぃ!」
「エロ犬、口にだすんじゃねー」
大河が殴った。


         ******


「それ蒔きを集めろ。火にくべろ。ほら、大河も一緒にやるよ」
「うん、みのりん」
「さぁ唱えるんだ。クフアヤム ブルグトム ブグトラグルン ブルグトム アイ! アイ! ハスタァァァァ!」
「アイ! アイ! ハスター」

竜児は頬を摩りながら、火に蒔きを放り込み、元気にはしゃぐ二人を見ながらお茶をすする。
そうしながら、なんとなく頬を触り続ける。別に痛い訳ではない。大河が手加減をしてくれたのか実際は腫れてもいない。
「さて、これからどうする?。高須」
「あいつら見てるだけで飽きないから、このままでいいんじゃねぇか?」
「ああ、そうだな」
北村祐作も楽しげに火の前の女の子二人を見る。
「しかし、あいつら何やってるんだ」
「櫛枝はホラー好きだからな」
「そんなもんか」
そんな風にボーっと眺めてると、実乃梨たち邪教信仰者ごっこに飽きたのか、竜児たちのところに戻って来た。北村が出迎える。
「なかなか、上手く行かないもんだね。なにも来ないや」
「相手は大物だからな」
「みのりん、ベントラ、ベントラの方がよかったかな」
「そうだね。私も今年こそは見れるようになりたいと思ってるんだけど」
197HappyEverAfter10-16/38:2010/10/26(火) 23:35:09 ID:csYI4LeL
とよく解らない会話をしていたが、竜児はついていけなかったので、いい突込みができねぇなと思っていると
「高須くん、つまらない?。やっぱり心配」
「そうじゃないが…」
「なら、ダンスでもしようか?、えーとなんだっけ?。定番のみんなで踊るやつ。
 あ、解った。ハリケーンミキサーだ」
「オクラホマ・ミキサーな」
「あ、そうそう、それ。でも、オクラホマ・ミキサーとハリケーンミキサーって似てるよね」
「ミキサーだけだけどな」
「そうなんだけど、どっちも大技ぽくない。フィニッシュホールドて感じだもん。決めるべきときに叫ぶととかっこいいと思うんだ。
 私、やろうかな。今度から三振取りに行く時、両手広げて叫ぶの。オクラホマ・ミキサーって。
 なんか魔球ぽくね?」
「それがボールになると寂しくないか?」
「そうか、じゃ、ハリケーンミキサーの方を開発するよ。すごくダンスフルなフォークダンスみたいな感じしない?」
 スピンがたくさん入ってるんだよ。3回転半ジャンプぐらいするやつ」
「それは最早やフォークダンスじゃない」
そこで、実乃梨は言葉を止めると、口調を変え、まじめな口調で、強いまなざしで火を見つめながら
「高須くん。あーみんは大丈夫だと思うよ。でも、心配なら、そうちゃんと表現してあげる方がいいと思う。
 だって、あーみん、ああいう娘だし」
「ああ、解ってる」
「そうか。そうだよね。高須くんならあーみんを解ってくれる。よし、大河、踊るよ。ハリケーンミキサーだ」
「まって、みのりん」
「ほら〜、高い高い高い!、高い高い高い!」
ギュンギュンと大河は、
「みのりん、目が回る」

本当に櫛枝実乃梨は太陽みたいな、エネルギッシュな奴だなと、過去に恋した少女を見つめる。
今は胸の痛みも、高鳴りも薄れたが、それでも、あいつを見るたび、元気になると思った。
そして、今を思う。空を見上げる。
今夜は雲一つない満天の星空だった。人工の光も少ない山中だ。沢山の星たちが良く見える。
その中の一番地球の傍の、自分にもっとも近い星を竜児は飽くことなく見つめた。


         ******


朝は訪れる。明日を望むものも、望まぬものにも均等に。
その日、高須竜児は思わぬほど早く目を覚ました。まだ朝の五時にもなっていないだろうか。
昨晩の夜は仲間たちとの大騒ぎ、街中では見られないほどの星の下で時間をすごした。
けれど足りていなかった。その空が美しければ、美しいほど、充足するには何かが欠けいているような気がした。
そのせいだろうか、眠りは浅く、夢と現の狭間にたゆたうように時を過ごし、気がつけば、いつの間にか朝だった。
二度寝をするという行為は、竜児にとってMOTTAINAIというジャンルに入ってるしまうもので、
そんな人生の贅沢を自ら放棄してしまっている貧乏性は身支度を整える。

さて、何をしようか
ふと、部屋の窓から外の様子を覗くと、すでに弱い日差しが照らし、朝の澄んだ空気を山全て行き渡らせる様なゆるやかな風が流れていた。
あの中を歩いてみると気持ちよさそうだという誘惑に駆られ、一人、外に出る準備を始めた。
198HappyEverAfter10-17/38:2010/10/26(火) 23:37:10 ID:csYI4LeL

ロッジの外に出て、軽く息を吸う。早朝の山の冷たく、濃い酸素が肺と脳に行き渡る。
目が冴えてく事を感じた。見渡せば周りは薄く霧が立ち込めて、幻想的な気分にさせられる。
少し先にある林は霧が強めでより、その雰囲気が強い。
それならば、と一人、林の方に足を踏み出す。きっと、話の種になる。
「けれど、やはり話だけてのはMOTTAINAIな」
と残念に思いながら歩く、すると、人影らしきものが見えた。どうやら、その人物もこちらを見つけたらしく、小さく手を振っているようだった。
目を凝らして、前を見る。

「川嶋?」
「高須くん、おはよう」
「おう。朝、早いんだな。どうしたんだ?」
「あれ、メール見てくれてないの?。てっきり私は」
そう言って、深いため息をついたかと思うと、今度は深呼吸を亜美はする。
「別にいいや。大した事書いてないし。来てくれたなら」
そう言いながらも亜美は携帯を取り出しメール確認。
「本当だ。返信もくれてない。チェックくらい、まめにしてよね」
怒り顔を作ってみせる。竜児が素直に「すまん」と言うので、
「なら、埋め合わせして」
「メール見るのが少し遅れたくらいでだな」
「亜美ちゃん様のありがたいメール、そんな事言うのは高須くんくらいだっての」
「そうかい。そりゃありがとうな」
「もう。すまないとか全然思ってないじゃん」
その言葉に竜児は反省、ふざけるのをやめて、
「たしかにそうだな。悪い。で、何をすればいいんだ?。あまり無茶な要求は駄目だぞ」
そこで、やっと怒った顔を亜美は解いて、
「思い出作り」
冗談にしては乙女チックな要求が帰ってきたことに竜児は少し驚く。もしかしたら、めずらしくも素直な言葉なのだろうかと考える。
「何て言った?」
「何度も言わせないで」
と口早な返事。その反応でめずらしい方だと判断した竜児は、
「おう。で何すればいいんだ。お姫様」
「取り合えず、散歩しない?。王子様」
望むところだった。


         ******


夏の強い日差しも朝はやはり控えめで、目を凝らせば、まだ星の光の残滓が見えるのではないかという程に空気は透明で澄んでいた。
199HappyEverAfter10-18/38:2010/10/26(火) 23:39:30 ID:csYI4LeL

「で調子はどうだ?」
「一晩あったから何だかすっきりしちゃった。今は調子いいよ」
「そりゃ良かった」
「おかけでロッジの外にいた高須くんに会えた」
「おう。早起きは三文の得だな」
「ふ〜ん。なんか自信たっぷり、さも、自分は価値があるんだぜって発言。感じ悪い」
「ん?、いやお前の事ではなく、俺が……、て、何でもない」
と竜児は口を濁す。どうしても、キザな台詞や気の利いた言葉を使う事には抵抗がある。
「よく解らないけど、ま、いいや。それで?、私が居なくなった後、どうだった?。
 もしかして、なし崩しでお開きとかになっちゃて無いよね」
「おう。櫛枝の提案でダンス大会だ。オクラホマ・ミキサーだか、ハリケーンミキサーだか知らんが」
「そっか。よかった。さすが実乃梨ちゃんだね」
「ああ、櫛枝はいつも元気だな」
「ねぇ?。高須くんは踊った?、実乃梨ちゃんと」
竜児は笑って
「いや、言っとくが俺は北村としか踊ってないぞ。櫛枝が大河と踊れって言ってたけど、あんな高速回転、俺には出来ないからな」
「実乃梨ちゃんは強いね。ちょっと前までは、全部なかった事にしてずるいと思ってたけど、それでも、それを押し通すのは強い」
「何の話だ?」
「実乃梨ちゃんは太陽だなと思って」
「そう言えば、そんな事お前言ってたな」
「そうよ。そっか、昨日の晩は楽しかったんだ。よかった」
「ああ、楽しかったよ」
そうでも言わないとお前、心配するだろ なんて言葉は心の中だけに留める。
竜児は、こいつにも昨日の晩の分くらいは楽しんで欲しいと思い。
「あっちの林、なんかいい感じなんだ。行ってみないか」と亜美を誘った。

朝靄の中を二人で歩く。林に向けて足を進める。
歩くといのは一人でする事と、二人でする場合とこうも意味あいが違うのかと竜児は実感していた。
確かに一人の方が効率がいい場合もある。一人でしか行けない場所もたくさんある。
しかし、同じように二人でないと行けない場所、歩いていられない場所もあるのではないかと思った。

水を含んだ空気が揺れる。朝の霧は熱を保持しておらず、蒸し暑さを感じさせない。
特に今年の夏は暑い日が続いていただけに、そんな湿り気は優しく体を包んだ。
それは木々、葉や花も一緒なのだろうか?。
霧に包まれシルエットしかみえないそれは柔らかに今を楽しんでいるように見える。
曲がりくねった枝。その先にはさらに細かな枝が派生し、豊かな葉が静かな風に揺れる。
昼の虫たちの合唱が今は無く、鳥たちの互いを呼び合う鳴き声が耳に優しい。

そんな林の中を歩いた。木々の隙間を抜けて、藪を避けて散策をする。
時々、ポツリと言葉をつなぐ。だが、その程度、ただ感想を言い合うだけ。
あの木は形がカッコいいとか、獣道があるねとか、今鳴いてる鳥の名前なんだろうとか
会話と迄はいかない呟き程度、ただ、朝早く起きて、林を歩くだけ。だがそれだけで満ち足りた気分になれた。
そんな時間を二人は過ごし、半時程たっただろうか、亜美が髪に気にする仕草が増えた気がした。竜児は問いかける。
「どうした?」
「少し髪濡れちゃって」
朝露のせいか、亜美の長く艶豊な髪はしっとりと濡れ、前髪のいくつかが額に張り付き、それを細い指先でよけていた。
その姿に竜児は数瞬、目を奪われる。
200HappyEverAfter10-19/38:2010/10/26(火) 23:41:04 ID:csYI4LeL

プールや海、最近では風呂上りの亜美に、同じ様子を見ていたが、
このように、改めて彼女を見つめる時、ドキリと心臓が胸を打つ。
いつまで立っても慣れないなと、自分を笑うことでペースを戻し、
ポケットから竜児はハンカチを取り出した。そうして髪をぬぐう。

「んぅ」
「髪拭いてやるから」
「子供じゃないんだからいいって。なんか手くすぐったい」
「いいから、動くなって」
「もう、ん、耳はいや」
「わりぃ」
竜児は反射的に亜美の頭から手を離す。だが亜美は目を伏せながらも
「嘘、冗談。別にいいよ」
「あ、ああ」
竜児は再び、長い髪をすく様に、ぬぐっていく。亜美は目を閉じ、声が出ないよう強く口を結ぶ。
彼は川嶋亜美が我慢している事を解っていたが、その手止める事を出来なかった。

亜美の髪の中に手を差し込む事。その柔らかな感触。なによりその体温をいつまでも感じていたいと思ってしまった。
しかし、霧程度の水分と言っても、亜美の長い髪は豊かで、ハンカチは小さすぎた。
ハンカチは水分を含み、ただそれを薄く亜美の髪に広げているだけにすぎなくなっている事に気づく。
「すまない。髪、濡れたままだな。ロッジに戻って乾かすか?」
「え、それは……、なんかヤダな」
「けど、体が冷えちまう」
「それなら、少し先にログハウスがあるみたいよ。そこで一旦休憩してからにしない?」
亜美は媚びるような、初めて出会った時に被っていた猫のような表情で、
「それに、なんだか、亜美ちゃん疲れちゃった。病み上がりだし」
と甘えてくる。病み上がりの自覚があるならセーブしろよ。子供め。と竜児は思ったが、
その人間を無闇につれ回してしまっているのは自分である事を思い出し、苦い顔をすると、
「解った。案内してくれ」と亜美を促した。

亜美は携帯を取り出し操作をする。竜児はそんな彼女を見て、やっぱり調子悪そうじゃないかと思った。
時折だが、苦しそうに見えたし、寒さのせいか、指が震えている。
だが、制止しても聞く奴じゃない。それに、暴虐無人の我侭女の代名詞たる川嶋亜美だが、
その実、本当にしたい事は隠して、我慢する女だという事を竜児は知っている。
自分の前では我慢なんかしないで欲しい。自分の前では素直になって欲しいなんて男の願望みたいなものもある。
キャンプの時くらい、無理させてもいいだろ。帰ったら、家でゆっくりさせればいい。
そう思って、気づかない振りをする。
小屋までの道も亜美が案内すると言ったわりには、迷っている様子だったが、それに対しても何も言わない事にした。

長い距離ではなかったが、多少時間を掛けログハウスにつく。それは小屋というには多少広く、十八畳ほど。
土木作業用の道具がしまい込まれていた。この山を管理する人間の物置になっているようだった。
雑然さが大橋高校の体躯倉庫をなにやら連想させる。
竜児はそのちらかり具合から、掃除したい衝動に駆られていた。
掃除するならどこから手出すのがいいだろうか等といつもの癖で頭の中でシュミレーションしてしまう。
が、それより重要な事に思いをはせる。おもむろにTシャツを脱ぐ。
竜児は上半身裸のまま、亜美に近づく。
201HappyEverAfter10-20/38:2010/10/26(火) 23:43:15 ID:csYI4LeL
上腕二頭筋も、胸筋も、腹筋も、そこは高校三年生の男の子、兼、働き者で、バランスの取れた食事を推奨してるおばさん男。それなりについている。
亜美は、別に男の上半身程度で驚くほど、純真じゃありません。という気概はあるものの、それはそれ。
やはり、気になる奴のそれはちょっと違って。
密室で二人になるなり、おもむろに服を脱いで近づいてくる目つきの悪い男によって、胸の鼓動を早くなってしまった事を感じた。
適当な単語を思いつく事が出来ず、半分口をあけたまま何も喋れず、両手の手を握ったり、開いたりと気持ちを揺らしていた。

そんな亜美に対し、竜児は脱いだTシャツを渡す。
「なに?、これは?」
「Tシャツだ」
「そういう意味じゃなくて、私にどうしろって言うのよ」
「お前が嫌じゃなかったら、適当にそれで拭けよ。汗はかいて無いし、着てからそう時間もたってないから大丈夫だとは思う」
「いやじゃないけど、そういうのではなくて」
と亜美はシャツをくしゃりと握り締めて、不満げな表情。竜児は良く理解できないといった顔つき。

亜美は「もう」と言い放つと、竜児のシャツを置いて、おもむろに上着を脱ぎだす。シャツまで脱ぎ、下着を露にする。
現れたのは赤いハーフカットのブラだった。隠れずにいる胸の上側、その白さに思わず目が行き、急いで目を逸らす。
「馬鹿、なに脱いでるんだ」
「だって、湿気含んじゃってなんか気持ち悪いんだもん。それに、竜児だって脱いでる」
「ならTシャツ返せ。着る」
「返せな〜い♪」
亜美は手元のシャツを用具が詰まれた部屋の隅に投げ込む。
「お前な」と竜児は亜美の方向に再び、視線を向け、また急いで外す。
「あれ?、もしかして竜児、欲情しちゃった?」
「そんな訳あるか」
竜児の発言にプライドを傷つけられた亜美は竜児を少し睨んだ後、靴を脱ぎ、
「うわ、水溜り足突っ込んじゃったから、中までペチョペチョ」とワザとらしく言いながら靴下を脱ぎだす。
長い足を片足ずつ上げ、ゆっくりと靴下を下ろしていく半裸の亜美。
スカートがめくれてチラチラと露になる太もも、張りのあるふくろはぎ、体を支えているとは思えないほどキュと締まった足首。細く長い足の指。
親指から、小指まで。その部位は男の自分とはまったく違う作りに見えてしまう。
直視は出来ないものの、つい、目の端で見、目を離せずにいた。

「竜児。何見てるのかな?」
「悪い」
亜美はクスと笑い。
「いいのに、しっかりガン見して」
「見れるか!」
「なんでさ。現実の亜美ちゃんもOK出してるのに」亜美は不思議そうに、そしてちょっと考えて、
「これだけ露骨にサインだしてるのに、まだ不足してるって事?」と強めの口調で言う。
「お前、無理してるじゃねぇか。なんか意地はってるていうか、そうじゃねぇな。よく解らないが、とにかく普通じゃない」
竜児のそんなまとまりのない言葉に、亜美は急に声を大きくして反論する。
「私の普通って何よ。だって、無理しなきゃいけない時だってあるもの。そうしなきゃいけないの」
「そういう事はなし崩しにする事じゃなくてだな」
「思い出作りしようって言ったじゃん」
「それは結果だ。それを作る事を目的にする事自体が不自然だ」
「だって時間ないんだもの。旅行も今日で終わりだし」
「悪ふざけはやめろって」
「私は真剣。どんな時だって本気だった」
そう行って、言葉通りの一本気な目をしたかと思うと、それが嘘にように、また、しなをつくり、胸に手をやり、
「ねぇこのブラどう?。男の子からも可愛いと思ってくれる?。ショーツはこれとおそろいだけど、もっと可愛いんだ」
そうして、スカートに手を掛け、下着が見えるか、見えないかというギリギリの位置まで自らの手でまくる。
202HappyEverAfter10-21/38:2010/10/26(火) 23:45:10 ID:csYI4LeL

服を脱ぐ姿というものは、どうして扇情的で、男の劣情を誘うものなのだろうか。亜美はゆるやかに服を脱ぎだす。
亜美はウエストのホックを外し、スルリと腰から外す。それを足の下に落としていく。
赤の小さめのショーツが姿を現した。後ろはヒップを覆い隠すというより、豊かな膨らみを強調し、その半分以上を晒し、引き上げるように逆三角形を描く。
正面はウエスト部がハーフレースでくまれ、素肌が透けて見える。レッグのエッジ鋭く股間を露骨に鋭角を刻む。
竜児ははたして、これを可愛いと表現するセンスをどの男が持っているのだろうかと疑問を持つ。
可愛げ等なにもない、むしろ対極だ。強敵で、厳しく男の弱みを付いてくる。欲望がむくむくと沸いてくるのを認めざる終えなかった。
彼は健全な高校三年生男子だ。
好奇心はもちろんあるし、衝動だってある。ましてや、恋だってする。
目の前で、そんな感情が真っ先に向いてしまう気になる女が服を脱いでいる。
彼女の意思で、その先の目的の為に、自らの手で服を脱ぎ捨てる。
その事の意味合い。目の前で、そんな姿を晒す彼女の決意を想像する。
自分は何もしないと言うのに、あの臆病ものにさせるのかよという男の矜持もある。それだけに…

「川嶋、服、着ろよ」
彼女のプライドを砕く事なのかもしれない。人に偉そうな事を言って自分に嘘をついてるだけだろう。本当は彼だってしたいのだから。
一言で言えば、責任を取りたくないだけのヘタレ男だ。
たが、浪漫をもって言い換えれば、惚れた女の前で格好をつけたい男の意地みたいなものだった。
けれど、亜美は竜児の言葉を無視して
「早くしないとタイガー来ちゃうよ」
「そういう問題じゃない。こういう事はちゃんとした流れでだな」
「…ねぇ、竜児。もっと見てよ。 私、今、すごくドキドキしてる。竜児が私をそうさせてるんだよ」
もちろん、彼だって心臓の鼓動が自分でも聞こえる。開放してくれと叫んでいる。
それにもまして自由を求める叫びをあげているのは下半身。はちきれんばかりにパンパンだ。
自分でも説得力がないような気がしていた。だが、彼も意地を張る。

「俺だってドキドキしている。けど、それにしたって、こういう場所じゃないだろ。だから服きてくれ」
「それは駄目、それ以外なら聞いてあげる。いいんだよ。竜児がしたい事、なんでもね」
亜美は譲歩しない。それどころか、片目を閉じて、開いて、竜児を誘う。
竜児は軽く硬直。頭のうしろが痺れてくるよう感じが強くなっていく。男の意地にも限界はある。

だが脳髄は急制動。体に電流が走る。慣れ親しんだ声がしたのだ。
「ばかちー!。ここにいるの?」
小屋の外で声がした。強く驚く。
「な、大河!?」
竜児は大声を上げそうになり、けれど、今の現状に思い至り、なんとか、その声をかみ殺す。
「りゅ、竜児〜。どうしよう!」
だが、亜美が大声で、慌てたかのように叫ぶ。
「ば、馬鹿」と竜児が静止しようとするが、同時に
「朝ぱらから人呼び出すんじゃないわよ。調子悪いってのに、一人でうろついてるからこういう事になるのよ」
そう愚痴りながら外の人間が小屋に入ってくる。そして硬直。
203HappyEverAfter10-22/38:2010/10/26(火) 23:47:08 ID:csYI4LeL

亜美は首を少しひねり、顔を多少、後ろに向けて大河の方を見ると、ワザとらしく
「竜児。竜児。どうしよう」

硬直していた大河は少しづつ金縛りが解けていくように、だんだんと体を震えさせる。
そして髪を坂立てるような勢いで、竜児を睨むと
「竜児!。あ、あんたこんなところで一体なにしてんのよ」
「これは違うんだ」
「ばかちーが珍しくメールで助け求めるから、緊急事態だと思って急いで来てみれば」
亜美は舌をだして、テヘっと笑い。
「そうだっけ?。亜美ちゃんわかんな〜い」
「竜児も竜児よ。ばかちーが体調悪いっていてるのに、朝からべったらべったら」
「それは…、そうなんだが……」
確かに昨晩の亜美の体調を考えれば、自分の都合で散歩に連れ出した事は攻められてもしようがないと竜児。
「逢坂さん。竜児は私の為を思ってしてくれてるの?。怒らないで」
そう言って、完全に逢坂 大河に振り返ると亜美は下着姿の肢体を誇示するようにして
「私も一汗かけば直る気がするんだ。高須くんが体で介抱してくれるっていうし」
大河は震えながらも、亜美の事は無視して、怒鳴りつけように
「竜児!」
「違う。それは嘘だ」

必死で竜児はつげる。信じて欲しい大河の目を見て語る。が、すぐに視線が遮られる。
亜美が視線の間に入ったのだ。大河に背中を見せ、後ろ手でブラのホックを外す。そして、そのまま地面に下着を投げ捨てる。
竜児はその行為に驚き、口を封じられる。そんな姿を見ながら亜美は笑顔のまま
「ねぇ、竜児。続きしよ」と甘くねだる。そしてまた、大河の方を振り向き
「逢坂さんも見学してく?。竜児と私のsex」
「川嶋。お前なに言ってる」
「いつもしてる事じゃない」と振り向きもせず竜児には告げ、続けて、
「チビ。あんたがご飯食べてる家で、あんたが居ない時にたくさんしてた」
「竜児!、あの部屋でそんな事!?」
「大河、嘘だ」
「嘘じゃないわ。男と女が二人きりだもの、する事なんか決まってる。どうせあんたもしてたんでしょ。
 でもね。あんたが竜児と作った時間、塗りつぶすように沢山SEXしてやった。何回もした。
 あそこの匂いはもう、私と竜児の汗と愛液の臭いが染み付いてる」
大河は顔を蒼白にして、口をわなわなと震わせるが、言葉が出てこない。亜美は完全に振り返ると強く睨む。
「何?。ぶるぶる震えちゃって、ネンネ気取りで。それとも認めたくない?。あんた以外とそういう事する竜児を。
 ここで何してたか見せてやるから、しっかり目見開いて現実を見ろよ。
 見られた方がこっちも燃えるかもしれねぇし」
ケラケラと笑う。

大河はきびすを返し、乱暴にドアを開くと、外に飛び出す。小屋に残った女は笑い声のボリュームを上げる。
「……うふふっ、くくく……、キャハハハハハハハ!
 高須くん、見たぁ?、今のタイガーの悔しそうな顔、すっげーいい気味。マジで超おかしい〜」


         ******


逢坂 大河はただ走った。来る時と同じように全速力で走った。来た道を走った。
今はあの小屋から一刻も離れたかった。
林を抜け、そこで途方にくれる。どこにいけばいいのだろう。道で立ち止まる。
しばらくして、足はいつのまにか、ロッジに向かっていた。いろいろな事で頭が一杯だった。
今は、櫛枝実乃梨に話をしたかった。
204HappyEverAfter10-23/38:2010/10/26(火) 23:49:01 ID:csYI4LeL

「大河。おはようさん。朝はやいね。散歩かい?」
「みのりん?」
「私かい?、私は日課のランニングをしに行こうかと。て、どうした?、目赤くして」
「みのりん、みのりん」
大河は実乃梨に飛びつく。その勢いに実乃梨は数歩下がるが、上手く力を殺し、それを受け止める。
優しく大河の頭に手を置き。「どうしたんだい?」
大河は溢れる衝動を抑えきれない様子で、呼吸を乱しながら言葉を吐き出す。
「竜児が、竜児が」
「高須くん?」
「……ばかちーと…」
そこまで言って大河は傍としゃべるのを止める。
実乃梨は目をゆっくりと閉じると、深く息を一つした。そして瞼を開いて、いつもの櫛枝実乃梨を取り戻し、そのまま大河を受け止める。
しばらくして、大河は静かに喋りだす。

「あのね。竜児とばかちーが裸で、二人でいて」
「うん」
「前から、竜児のうちでそういう事してたらしくて」
「うん」
「でも、あの家はやっちゃんと竜児と不細鳥と、私の4人家族の家で」
「うん」
「ばかちーは竜児の事好きだから仕方ないのかな?」
「そうだね。それは…」
実乃梨は困ったように、言葉を捜す。だが、大河は返答を待たずに、思いの丈をぶつける。

「私ね。ばかちーをうちに居候させていいかって、竜児に聞かれて、すぐに答えられなかったの」
「うん」
「それはね。ばかちーが竜児の事好きだって知ってたから」
大河の右手が強く、実乃梨のシャツの端を掴む。

「冬休みの肝試しの時、ばかちーが竜児に言ったの
 全部一度チャラにして、自分も初めから見て欲しいって、ちゃんと恋愛対象としてみて欲しいって。
 泣きそうな目で竜児を見て、あのばかちーが懇願するみたいに」
「そうなんだ。そんな前から」
「ううん、もっと前から解ってた気がするの。ばかちーが転校してきて、あのストーカー退治の日、
 みのりんには誰もいないって言ったけど、竜児のうちに、二人がいて。
 竜児はあたしの事を好きになるのかって、すがりつくような顔でばかちーが。
 あいつがああいう顔するのはいつも竜児だけ。
 それなのに。ううん、それだからばかちーをばかちー呼ばわりして、竜児から遠ざけようとして」
大河の表情自体が何かを訴えかけるような顔つきになっていた。だから実乃梨は静かに確認した。
「大河は高須くんがまだ…好きなんだよね」
櫛枝みのりは微笑を抱えて言った。
205HappyEverAfter10-24/38:2010/10/26(火) 23:51:19 ID:csYI4LeL


         ******


「大河!」
「ちびトラのあの顔、最高。もしかして泣いてたんじゃないの?」
その声に竜児はドアに向けていた視線を、亜美に戻す。
「川嶋。お前、なんてことしやがった!」
「単なる悪戯じゃん」とニヤリと亜美は笑う。
「今回は悪趣味すぎる。笑えない」
「怒ってるの?。これくらいの事で」
「ああ、これは怒らないといけない事だ」
「なら怒れば?。器の小さなやつ」
亜美はふんと顔を逸らし、相手に気づかれないよう、体を固くする。竜児は強い口調で、叱り付ける。

「こんなことしちゃ駄目だろ」

亜美は素面に戻り、ぽかんとした後。
「なにその、小学生を叱るみたいな言い方」
「こういう事はもうするなって事だ。悪い事は悪いってはっきり言う。どんな理由があってもな。で、言えよ」
「意味解んねえ」
「なにかあるんだろ?。お前のことだ。どうせまどろこしい、無駄に考えちまった理由」
「そんなのない!。て言うか、大河いいの?、追いかけなくって」
「そうだ。大河だ!」
「あの娘、どうせ一人でベソかいてるよ。いい気味だけど、お父さんは慰めにいかなくていいの?」
「おう。そうだ。じゃ行くぞ」

彼は無造作に掴む。彼女は自分の手をみる。
「て、なんて私の手掴んでるのよ」
「一緒に謝ってやるから。お前らがいくら仲良くたってな、やっていい事と悪い事がある」
「高須くんだけをあの子は待ってるの。私は行かない」
「当事者のお前が行かなくてどうする」
「私はどうだっていいんだって。言っとくけど私は絶対にいかないから」
亜美が腕を引くので、彼は諦めて、手を離すと
「しょうがねぇな。なら、お前が落ち着くまで待つ。その後、大河の所に二人で行く」
しばらくの間、無言のまま、二人は意地張り合い。持久戦が続く。

「川嶋、取り合えず服着ろよ。風邪引いちまう」
最初に折れてしまうのは、やはり竜児だった。
亜美も今の状況を再確認。いそいで胸を腕で隠した後、少しだけ思案し、腕を下ろす。
逆に胸を張って、軽い口調を心がけて
「ねぇ。高須くん。続きする?。高須くんの好きな事していいって話。あれは本当だから」
様子を伺うようにしながら、問いかける。だが、竜児は乱暴な口調で、少し攻撃的に。
「いいから、服きろ」
亜美は明るい様子で、
「そりゃそうか。そうだよね。そんな気になんかなんないか。ほら、いいよ、早くタイガーのとこ、戻りなよ」
「だから俺一人でどうする、一緒に行くぞ」
亜美はやっと、気持ちの動揺を押させる事に成功する。そして馬鹿にするように
「まだわかんないの?、ちびをからかう道具になってくれてありがとう。さようなら。
 もう用済みだから。とっとと朝ご飯の支度でもしに戻ってくれないかな。邪魔だから」
とスカートを履く。竜児をまったく相手をしていない事を示すように、裸の胸はさらしたままで隠そうともしない。
206HappyEverAfter10-25/38:2010/10/26(火) 23:53:04 ID:csYI4LeL

「だから、下手な芝居をするのはやめろって」
「何、本当の私は違うとでも言いたいの?。これが私の本性、文句ある?。高須くんって女の子に夢持ちすぎ。てか勝手に決め付けてるだけじゃん。キモ」
「そう言う訳じゃねぇが、いきなり変わりすぎだろ。そんなんじゃ、いくら俺でも気づく」
「私はね、あんたを落とすって宣言したのに事ある毎に邪魔するタイガーが憎らしくて仕方なかったの。だから、仕返しした。それだけ」
「お前がそんな事で仕返しなんかするかよ。だいたい、大河が邪魔?。なんでそんな事する必要がある」
亜美は竜児を真剣な顔で見つめ、
「あの娘、高須くんの事、好きだよ」
竜児はまた川嶋の考えすぎたと、
「あいつは北村を好きなんだ。俺と共同戦線だって張ってた」
「そりゃまあ、残酷な事で。本当、高須くんらしいよ」
「残酷?、俺が?」
「そう。だから実乃梨ちゃんとの恋にも協力させたり出来る。そうだ。謝っとく。実乃梨ちゃんと高須くんが上手く行かなかったのも私のせいだから」
「……どういう事だ?」

「私ね。去年、海行ったとき、気づいちゃったの。高須くんは実乃梨ちゃんが好きで、タイガーは高須くんが好き、で異分子が一人。
 異分子はね。自分が中心じゃなきゃ満足出来ない、どうしようもない性悪でさ。 
 輪に入りたくって、誰も気づかないなら私だけはって、そう自分まで騙して、チビに肩入れした。
 単にチビに自己投影したかっただけなのにね。
 そうして、タイガーの味方する振りして、実乃梨ちゃんとあんたの間に亀裂をいれた」
亜美はシニカルに、唇を吊り上げ、自分に皮肉を告げるように告げる。
「なにをしたてんだ?」
「タイガーがあの生徒会長の所、殴りこみに行った時、覚えてる?。あの時、実乃梨ちゃんに言ってやったんだ。
 罪悪感は無くなった?って」
「それがどうして俺と櫛枝が上手くいかない理由になる?」
まったく理解出来ないと竜児。
「あの頃ね。実乃梨ちゃん、高須くんの事、もう好きだったんだよ。高須くんもてるから。
「俺がもてる訳ないだろ」

亜美は完全に竜児の言葉を無視して続ける。
「でも、タイガーの事も大事で板ばさみになってた。で、実乃梨ちゃんもタイガーの高須くんへの気持ちも感じていた。私と同じくらい。
 ただね。あの時、タイガーが祐作を少しでも本気で好きなら、高須くんに好意を寄せても許されるんじゃないかと思ってたと思うんだよね」
「お前の想像に過ぎないだろ、現に俺は振られた」
「だって高須くんは馬鹿。なのに私は頭いいもの。全部観えてる。解ってる上で、釘を刺したんだ。罪悪感は無くなった?って。
 あの子を裏切るつもりなのかって?、許される訳ねぇーだろって。最低でしょ。私。
 結果、実乃梨ちゃんはイブに高須くんを振ることになる」
「それは櫛枝の気持ちに俺が足りてなかっただけで、お前が責任を感じる必要なんてない」
「……邪魔ものの実乃梨ちゃんを排除した後、黙ってても、タイガーと竜児の仲は進展するはずだった。
 けど、ここで正体を現したのは黒幕の亜美ちゃん。チビの味方をするなんて気取ってて、
 その実は一からやり直せないかと狙ってた。チャンスと見るや建前を放り投げたんだ。酷いよね。
 で、弱ってた竜児の心に忍び込んで、色仕掛けで、唇奪って、印象付けた。
 有利を確信してから、ライバルの前で宣戦布告。まさに計画通り」
「嘘だろ。本当にそう思って行動したてのか?」
「そう、本当。でも、そこまでしても、竜児が不甲斐ないものだから、不安な亜美ちゃんは、竜児の家に、同棲決め込んで、
 高須家とタイガーのほんわか家族を切り裂いた。そこまでもしても、なんだか勝算が得られなくって
 で、留めとばかりに今日、ちびを呼び出して、秘め事を見せ付ける。そういう策略。残念ながら最後だけ未遂だけど」
「信じられないな」
「惜しかったね。もう少しタイガーがくるの遅かったら、いろいろ出来たのに。
 最後に何でもさせてあげるつもりだったのに。思い出作りに」
207HappyEverAfter10-26/38:2010/10/26(火) 23:54:58 ID:csYI4LeL
そう言って、髪を掻き揚げて、気持ちを整えると。竜児の目をしっかり見て亜美は
「以上、これが計画のすべて。今日で終わりだから高須くんに教えてあげる。
 上手く行き過ぎて、興ざめしちゃった。よく考えたら竜児、亜美ちゃんと釣り合う程、スペック高くないし」
亜美はしつこく繰り返す
「惜しかったね。もう少しタイガーが来るの遅かったら、いろいろ出来たのに。
 最後くらい、何でもさせてあげるつもりだったのに」

そんな川嶋亜美の言葉を聴いて竜児は


         ******


「大河は高須くんがまだ…好きなんだよね」
大河ははっと、実乃梨の顔を見る。そして今、やっと思い出したかのように、おずおずと
「みのりんは?」
「私は」
実乃梨は困った様子で何とかそう言うと、ついで、自分の両頬を手の平でピシャリと叩き、気合をいれ、続ける。
「人に聞いて、自分が嘘をついたらどうしようもないね。私も好きだったのかもしれない」
その言葉を聴き、大河は天から降りてきた蜘蛛の糸を掴むような表情ですがり付く。
「竜児も!、竜児もみのりんの事が好きな…、好きだったの……」
徐々に声は力を失っていくが、それでも続ける。
「もし、みのりんがまだ竜児を好きなら………」
だが、実乃梨が妨げる。

「大河、あの時はね。私も高須くんとだったら、一緒に幽霊を見れるんじゃないかと思った。
 けど、ある人からの言葉を聴いてね。そうじゃないかな。自分で決めた事だもの。
 私は一番大事なものを選ばなければいけない時、その一つを胸を張って口に出すって決めてた。
 だからね。考えたんだ。考えて、それで。
 高須くんに酷い事をした。高須くんの気持ちを聞く事すら否定した。
 真正面から受け止めて、受け入れるでもなく、拒否するでもなく。傲慢に高須くんの気持ちを無視した。
 だから、もうないんだ」
そう、さびしそうに告げる。それでも大河は諦めることをせず。、
「そんな事ない。やり直せない事なんてない」
「駄目なんだよ。だって私、今も後悔してない。
 後悔しないって決めた。誰かに悪い事をしても、自分の罪を認めて、それでも、それをする。
 別な選択を出来るようになるとしたら、たぶん、それは私が何か変わらないといけない。でも、私は変わってない」
そう自分に言い聞かせるように言うと、今度は表情を和らげて続ける。
「大河はどうなんだい?。大河の気持ちは大河自身と、高須くん以外は止める権利なんて誰も持ってないんだよ」
「私は、私は……」

大河は俯くきながらも答える。
「私は大好きなみのりんが竜児の事好きで。竜児が、私の好きな竜児もがみのりんの事好きなら、幸せになって欲しいと思った。
 あの時はそう思った。誰がなんと言おうとそれは嘘じゃない」
最後の言葉ははっきりと、声を大きくして、顔をあげて、実乃梨に強く言う。そして、また、顔を俯き、小さい声で続ける。
「ばかちーは、性格悪くって、馬鹿チワワで、でも、そんな悪い奴でもなくって
 それなのに、あいつが転校するって聞いて、ちょっとだけホッとして、でも、やっぱり寂しくって」
「うん」
「竜児がね。ばかちーが転校してから、すごく勉強するようになったの。イベントも積極的になって、相変わらず私に優しくって。
 でも、なんか嫌だったの。時々、寂しそうな顔して、休み時間によく居なくなって。心配になって探した。
 探したら、自販機の近くで、壁にもたれて、自販機の隙間、ずっと見てた」
「……」
「ばかちーが帰ってきて、私、嬉しかったの。本当に嬉しかった。でも、なんか怖くて
 竜児に色目使うばかちーが嫌いで、相変わらずお節介なばかちーが好きで
 ばかちーと楽しそうに話す竜児が嫌いで、元気になった竜児が好きで」
「大河……」
「だから、ばかちーが竜児の家に住むことになって嫌だったの。
 でも、ばかちーはやっぱりいい奴で」
208HappyEverAfter10-27/37:2010/10/26(火) 23:56:45 ID:csYI4LeL
櫛枝実乃梨は優しげな声で、だが、はっきりと、諭すように言葉を返す。
「大河、あーみんの事、抜きに考えないと駄目だよ。後で後悔する事が解ってるのにしないのは駄目なんだ」
だが、大河も反論する。柔らかな笑顔を持って。
「ううん。いいの。だって、今の竜児は、昔みたいに楽しそうに笑うから。
 竜児がばかちーの事好きで、やな奴だけど、嫌いじゃない、いい奴なばかちーが竜児の事好きなら、
 あいつらも幸せになって欲しいと思う」
実乃梨は胸に貯めていた何かを、深い吐息と一緒に吐き出すと
「もしかしたら、私たちは椅子取りゲームみたいな事をしてたんじゃないかと思うんだ」
「椅子取りゲーム?」
「うん。その逆みたいな感じ。座る席は一つしかなくて、大河と私とあーみんと三人で周りを歩いて、
 ふざけながら、おしゃべりしながら。みんなで椅子を軸に歩いてた。
 でも。お先にどうぞって言っちゃうんだ。だって、みんなそこに座りたい事わかってるんだもの。
 けど、周りを踊っているのも楽しくって、誰かが座ったらゲームがお仕舞いな事も知ってて、
 自分だけではなくみんながこのゲームを終わらせたくないと思ってるていう甘えもあって、いつまでも一緒に居られたらと思ってさ」

そして、実乃梨は空を見上げて。
「多分、高須くんに告白をさせなかったのも、私の未練だったんだろうね。
 あの暖かい関係を壊したくなかった。
 だから、こんな偉そうな事言っても、あーみんが高須くんを落とすなんていった時は、動揺しちまったよ。
 スキャンダールなんて…。寒いギャグだったろ」
顔を下げ、笑顔のまま、大河を正面から見て。
「そうなんだよね。あーみんは動いた。
 ちゃんと、私たちの事を考えてくれた上で、それでも、欲しいものを欲しいと言って、自分を傷つけながらも叫び続けて、
 それを高須くんもちゃんと受け止めてる。仕方ないよね。祝福してあげないと」
そして、大河を離し、前を向いて歩き出す。大河もそれに従う。実乃梨は続ける。
「もしさ、もしもの話だけど、あーみんが動く前に、私が高須くんを受け入れたとしたら、
 あーみんも祝福しれくれたと思うんだ。きっと大河も」
「当たり前」
「そうだね。でも、今日みたいに、大河は影でベソかくよ。きっと。それでも、大丈夫って笑顔を見せてくれたと思うんだ。
 もしかしたら、私たちを安心させる為に、北村くんと一芝居打ったりしてさ」
「ベソなんかかかない」
「それはね。大河が高須くんに告白しても同じだよ。私は親友の事を心から祝福するし、きっとあーみんもしてくれる」
そして、一旦言葉を止めて、少し、無言で歩いて。そして、言い聞かせるように
「ただね。最初に動いたのはあーみんだったんだ。仕方ないよね。祝福してあげないと」
そして、一つ、深呼吸。
「ねぇ、大河、夏は、夏はさ、暑くて、心も汗をかいちゃうよね」


         ******


「たく、どこで捻じ曲がったら、そんなひねた考え方になるんだよ。お前は」
竜児は心底呆れたという顔をした。
「なにがよ」
「何もかもだ。お前がどう悪知恵を働かそうが、上手く行った試しなんて禄にないだろう」
「ま、また馬鹿にして」
「そりゃそうだろ、ばかちーなんだからな。大河の人物評はさすがだよ。
 なんで一人で背負い込む。お前が悪戯しかけようが、心配しようが、相手だって、ちゃんと考えて行動する。
 お前の話が仮にそうだとしても、お前だけの責任なんかじゃねぇ」
209HappyEverAfter10-28/37:2010/10/26(火) 23:57:57 ID:csYI4LeL

「私は責任なんか感じてない!。ちゃんと話聞いてる?」
「じゃあ、なんで態々、自分の悪行なんか説明するんだ。安い悪役の最後じゃねぇんだから」
「そ、それは、とにかく、私は高須くんを嫌いになったの。だから言ってる」
「嫌いになった理由、話せよ」
「嫌いだから、嫌い」
「急に嫌いだとか言われて、はい、そうですかと引き下がる程、大人なんかじゃねぇよ。いいから話せ」
「…」
「ほら、嘘じゃねぇか」
「…馬鹿だから、高須くんは馬鹿だから嫌い!」
「ガキかよ。睨むな。悪かった。ちゃんと頭つかうようにする。他にあるのかよ」
「そうやって人の気持ちなんか知ろうとしない所!。どうせ、ままごとみたいな関係の中、
 子供役の気持ちとか。その輪に入れなかった奴とかの事なんか考えた事なんかないんでしょ」
亜美は睨み続けた。困ったような、悪戯をして叱られている子供のような目で、それでも竜児を睨む。

「クリスマスの忠告な。ちゃんと考えたさ。なんでお前を泣かせる事になったか考えた。そんな思いはもうさせない」
「また同じ事がおきてるじゃない。私が今度はそういう事してる」
「たまたま言葉が重なっただけだ。お前の考えすぎだ」
「高須くんが考えてないだけ」
「違うだろ。俺は偽者みたいな関係であいまいにしていた訳じゃない。
 ましてや、大河を子役にして利用して、お前との関係を俺は作ってるつもりはねぇし。距離を保とうと自分を偽ってる訳じゃない。
 お前だって大河を利用してる訳じゃねえ。大河だって、子供役で我慢してる訳でもない。
 大河がカレーこぼしそうになって、お前がフォローした。いつもの事だ。別に不自然な事じゃない。そんなのお前自身も解ってるだろ」
「実乃梨ちゃん」
「櫛枝があの時のお前のポジションにいるとでも言うのかよ。言っとくが、俺はあいつに振られてる」
「だから、私がそう細工をしたからで、実乃梨ちゃんは今でも高須くんの事が」
「そうだとしても、今の俺は櫛枝より好きな奴がいる。
 軽薄かもしれない。振られた位であっさり、好きな奴を変えるお調子者に見えるかもしれない。自分で勝手をしてるのも解る。だが、そうなんだ」
「なによ!。好きなんて一度も言ってくれない癖に」
「好きなんだよ!。川嶋亜美が」

亜美は数歩下がった。竜児から距離をとり、腕で胸を必死に隠し、縮こまる。
「嘘。違う。どうせ私に、仲間外れだった私に同情して、そういう事言ってるだけ」
竜児は強く右足の一歩を踏み込む。
「同情?。違う!。同情なんかで俺はキスなんてしない!」
亜美はまた下がる。下がるが、目を見開いて、精一杯、立ち向かおうと上体を前に倒す。
「……ふん、童貞男が色仕掛けに引っかかっただけじゃない」
「俺はあの時、お前に魅かれてる自分に気づいた。キスした時に好きになった訳でもない。
 いつからかなんて解らない。そういう風に、お前が俺を好きになるなんて思えなかったし、俺もお前が恋愛対象にしていいなんて思ってなかった
 だが、そんな理屈抜きで気づいた。俺は、本当の川嶋亜美ってやつを、俺のクラスメイトだった川嶋亜美をいつのまにか好きになちまってた」
「だって、嘘、だって、私が転校したのに追いかけてもくれなかったのに」
「それは謝る。正直、自信がなかった」
「ほら私が好きだって本当には思ってない。あやふやだったて事じゃない」
210HappyEverAfter10-29/37:2010/10/26(火) 23:59:53 ID:csYI4LeL
「好きだって事は疑いようがなかったよ。お前が転校した後、痛感した。自信がないってのは。女優のお前と、単なる高校生の俺との差だ。
 女優としての大事な時期で、初めての映画撮影。それに俺が邪魔していいのか。お前はそれだけで一杯一杯になるんじゃねぇか。
 足引っ張るんじゃねぇか。あの時ほど、お前のはるか後ろを歩く俺を不甲斐なく思った事はなかった」
「そんな事……、そうだよ、その通り。当たり前じゃん。だから言ったじゃん。高須くんと私は釣り合わないって」
「だがな、今は違う」
「なによ。もう追いついたつもりでいるの?。偉そうに」
「あの時の考え方が子供だった。足りてねぇ。不甲斐ねぇ。
 当たり前だ。お前みたいに努力してきた訳じゃない。今更、焦ったって努力してない過去は変わらない。
 それなら、これから努力すればいいだけだ。欲しいなら、頑張ればいい。
 いい男じゃねぇえ。足ひっぱるだけだ。だからどうした。
 今、足引っ張ったて、大事な時に手ひっぱれるようになればいいんだと解った。
 俺のせいで、お前が本来、辿り着ける場所に行けないとしても、別な幸せを俺がやれればいい。
 そもそも能力とか、釣り合いなんか関係ない。お前と対等になるのに、そんな事、絶対条件じゃなかった。
 お前に惚れられる男になって、お前を幸せに出来ればそれでいい」
「…な、なによ〜、そ、その空手形。なんの保障もない」
「そうだな。俺を信じられるか、信じられないかだ」

亜美は失敗をした。泣きそうになっている自分を見つけてしまった。それに耐えようとする。けれど、
「し、信じない。だって、だって、タイガーは、実乃梨ちゃんは」
竜児も今にも泣きそうっている亜美を見つけた。まるで、苛めているような気分になる。

けどな…。
竜児は少し困った顔をして、頭を掻くと
「なあ、多分、今から言う事は脅しかもしれねぇ。いや、完全な脅しだな。
 お前の気持ちを知ったつもりになった傲慢が、川嶋亜美の足元をみて、その上で言うんだが」
そして、表情を引き締め、怯える亜美に話しかける。
「お前が転校してから考えた事がある。大橋高校を卒業したらしようとした事で、お前が戻って来た事でやめようと思った事だ」
「脅迫するんだ。最低な男だね。もしかしてモノマネDVDの事?、残念ながらあれは返してもらってる。もしかしてダビングでもしてた?」
「イタリアに行って、料理人として修行してみようと思ってた」

亜美は抑えていた涙がどこかに行ってしまうほど驚く。
「なに…突飛な事言ってるのよ」
竜児は淡々と続ける。
「泰子に庇われて、大河に依存して、北村や能登、春田。木原に香椎。櫛枝。仲間たちに気使われて、
 そんなんだから、お前の孤独に気づいてやれなくて、一人にさせてちまったんだと思った。
 だから、俺自身も言葉も通じない異国で、自分で食い扶持を稼がなきゃいけない世界で、
 異分子から初めて、それを乗り越えたいと思った。お前が通った道を、自分で通ってみたかった。
 なにより、お前を忘れたくなかった」
亜美はキッと竜児を睨む。いやな予感がした。だがそれをあえて無視して懸命に睨む。
「は、そんなんしたとしても、私がなびく訳ないじゃん。料理人程度が一流女優と対等だとでも思ってるの?」
「そんな事は思ってない。ただ男としての中身の話だ。お前が帰ってきて、初めて俺の家で蜂蜜金柑飲んだ日に言ったこと、覚えてるか?
 あれ、まんざら思いつきではないんだぜ」
211HappyEverAfter10-30/37:2010/10/27(水) 00:02:06 ID:csYI4LeL

「で、それのどこが脅しなのよ」
「ここからだ。もし、お前が俺を振ったら、明日にでも実行しようと思う」
「!」
嫌な予感はどうしてこうもあたるのだろうか。自分でも血の気が引くのを感じた。
「ああ、本気だ」
「泰子さんはどうするの。置いていくつもり?」
「説得する。俺には自分の代わりに大学出て欲しいみたいだから、苦労はするだろうが、
 あいつも駆け落ちしたくらいだ、理由話せば理解してくれると思う」
「私との約束は?、大学行くってやつ」
「あれは守れない。すまない」
「嘘つき!。最低!。余計嫌いになる」
「悪い。が、曲げるつもりはない」

体の芯から振るえが来る。亜美は止めようとしたが、どうしても止まらない。止めないといけないのに。
「ねぇ。タイガーは?。あの娘、一人になんて出来るの?。あの生活無能力者を?」
「言いすぎだ」 と竜児は笑い。
「手乗りタイガーは伊達じゃねぇ。あいつはすごい奴だよ。この前だってお前に隠れて料理教えて欲しいって言ったんだぜ。
 お前が偉そうに料理作るのが気に入らないだと。ばかちーだけ任せる訳にはいかないて」
そして笑いを止めて
「万が一、あいつのピンチの時には地球の裏側からでも助けに行く。
 けどなお前とか櫛枝とかが近くに居てやれるだろ。俺は心配してない」
「高須くんが傍にいなきゃ意味ない。大河と付き合えばいいじゃん」
「決めた事だ」

亜美は睨み続ける。けれど、やはり振るえが止まらない。それどころか、止まったと思った涙が沸いてくるのを感じた。
次から次と、封じたと思った感情が沸いてくる。
「だって、そんな事したって、私が高須くんに惚れるなんて事、絶対に無い」
「一度あった事は二度あるさ。それで駄目なら、また男を上げる手を考える」

「何年も、遠くにいたら、私、別な男作ってるかもしれない」
「なら、その男から奪い取る」

「そもそも、高須くんの事なんか忘れてるに決まってる」
「会う度に思い出させてやる」

「しつこい!」
「そうだな。お前が言ったようにストーカーの才能があるらしい」

亜美は震えた。駄目だと思う。怖いのにまったく反対の感情も沸いてくる。こんなはずじゃない。いろいろな気持ちが漏れてきている。
「も、もし、もしさ、私が高須くんを振らなかったら」
「お前のそばにいる」
「最低、お、脅しってそういう事?」
212HappyEverAfter10-31/37:2010/10/27(水) 00:04:10 ID:csYI4LeL
「ああ、最低な男だ」
亜美は涙を一粒流した。一度壊れた堰は止まらない。ぽろぽろと次々に涙が流れ始める。亜美は両手で、指で懸命に、何度も何度も目をこするが止まらない。
「でぇも、あたしにはどうしようもなくてえ」
「俺がどうにかしてやる」

川嶋亜美は追い詰められていた。
夜を徹して考えたはずだ。なにが正しくて、何が間違っているのか。
世界はどういうふうに出来ているべきなのか、確信があったはずなのだ。
だが、まったく解らなくなっていた
本当に正しいことなどあるのだろうか。未来は初めから、出会いの時から既に決まっているものなのか?
混乱と願望。現実的な自分と空想的な自分が入り混じって何一つ確かなものが解らなくなっていた。

今、どういう表情をつくるのが効果的なのか解らない。どんな台詞を吐けば、相手に通じるのか浮かばない。
どうしようもなくなって、それでも、自分の中でたしかなものを、大切なものを探した。
そうだ。大切な言葉があった。忘れないと誓った夜に貰った言葉だ。

つらくなった時はまっすぐに表現すればいい。

「やなの、やーなの。どうしようもないの。泣き叫べば救ってもらえるなんて都合のいいことなんかある訳ない」
「泣き叫べよ。文句言えよ。苦しいって言えよ。俺の前では今みたいにしろ。俺がなんとかしてやる」
「実乃梨ちゃんとギクシャクしたままなのも、それなのに、いつまで立っても自信無くて、実乃梨ちゃんを牽制しちゃう私もやなの。
 タイガーから高須くんを奪うのもや。あの子を救うと決めたのに、一番、裏切ってる自分がや。
 高須くんを私の知らない女に取られるのも絶対に嫌。
 タイガーとか、実乃梨ちゃんなら許せるかもとも思った。それでも、高須くんと一緒にいすぎて、もう我慢なんか出来なくなって、
 そんな嫌な女の今の私もヤダ」
亜美は泣いて、叫んで、苦しいと言った。
「高須くんとなんか出会わなければよかった。こんな寂しいなんて思うことなんて今までなかった。
 自分が嫌な女なんて事、初めから解ってたはずなのに。タイガーに嫉妬したり、実乃梨ちゃんに皮肉いったりする性悪な自分が嫌。
 そんな性格ブスな女でいて、高須くんに嫌われたくない。今を壊したくないの!。このままじゃいつかそうなる。だから先に手を打とをと思ったのに。
 でも、それもやだ。高須くんが変な事いうから、これじゃ駄目なのに。解ってるのに。
 もう全部がいやで、今がいやなの。だけど、そのどれも無くしたくないの。それなのに、高須くんは自分からいなくなるなんて意地悪言って」
後は言葉にならない恨み言をいい、亜美はただ泣きじゃくった。

「俺程度じゃ、救ってやれないかもしれないが。話聞いてやる。一緒に悩んでやる。いや、悩ませろ。
 お前を不幸になんかさせない。お前を逃がしもしない。俺ならお前を幸せに出来る」
そう言って竜児は亜美を抱きこむ。
「無責任。全然説得力ない」
亜美は抵抗する事なく竜児の腕に身をゆだねるも、素直な返事をせず。文句を言う。
泣き顔でぐちゃぐちゃになった顔を上げ、竜児を見つめる。
「俺の人生をかけて幸せにしてやる。俺の残りの人生全てやる。だから……。
 嫁に来いよ。川嶋」

亜美が何か言いかけようとしたが、竜児は亜美の唇をふさいで、喋らせなくした。
213HappyEverAfter10-32/37:2010/10/27(水) 00:06:13 ID:csYI4LeL


         ******


大河、櫛枝、北村の前、三人が朝食の準備を終えた頃、竜児と亜美が現れる。
二人の元に三人が心配げに集まる。
実乃梨達は竜児達がなにかあった事は気づいていたが三人の誰もがあえて問いただす事はしなかった。
竜児のシャツはしわくちゃで、亜美の目は真っ赤に充血し、まぶたもはれている。
なにより、二人の手、指はしっかりと繋がれていた。
竜児の親指の隣に亜美の親指、亜美の薬指の隣に竜児の薬指。五指が全てしっかり、互いの指を離すまいと求めていた。

開口一番、竜児は大河に謝罪する。
「大河、すまん」
そして亜美も。
「タイガー。ごめん。あれは全部嘘。高須くんとした事なんかない」
「ふん。あんた達が乳くりあってようが、どうでもいいけど」
と大河はそっぽをむくが、それでも受け入れる。

続けて亜美は実乃梨に向き直る。
「……実乃梨ちゃん。罪悪感…なんだけど、ごめんなさい。私、計算尽くで言ったのかもしれない」
「うんにゃ、あーみんはそんな奴じゃないよ。それに私は自分の事は自分で決めてる」
実乃梨は正面から受け止めて、微動たりともしない。
亜美は前を向いていた顔をやっとといった感じで、顔を下げる。そして、「頑張ったな」と握ってくる指に全てを預け、
誰へとでもなく「ありがとう」と告げた。

そして、竜児も
「川嶋があんな悪い冗談をしちまったのも、俺がはっきりしなかったからなんだと思う。
 だから、みんなにも報告する。俺は、俺達は、俺と川嶋は付き合うことにした」
「スキャンダール パートU!!」
「……」
「それはよかった。というか高須。お前達はまだ付き合ってるつもりじゃなかったのか?」
実乃梨は大げさにアクションを取り、大河は少しだけ俯く。北村はニコニコと喜ぶ。

「みんなには本当、いろいろと迷惑掛けた。すまない。このとおりだ」
と竜児は頭を下げる。それを北村は即座に止めようとする。
「大げさだな高須は。俺達は祝福はしても、迷惑がかかったなんて思うわけないだろ。なぁ、逢坂 、櫛枝」
と後ろの二人を振り返り、同意を求める。
大河は「う、うん」と同意をしめすが、櫛枝実乃梨は違った。

「甘〜い。甘いよ。北村くん。MAXコーヒーより甘い」
「ど、どうしたんだ。櫛枝」
北村祐作の問いを右手の平を見せることで制止すると、実乃梨は竜児を見て
「高須くんがこういってるんだもの。すっきりさせてないと駄目。いいよね。高須くん」
「お、おう」
竜児に拒否の選択権などあろうはずもない。だが、次の瞬間、後悔の念が湧き上がる。
櫛枝実乃梨はいつもの部活での、マウンド姿のように肩を回す。
過去、彼女の投手姿を竜児は何度も理由をつけて覗きに行った。
その楽しそうな顔、輝く汗。男の自分でも驚くほどの速い球。目の奥に焼きついている光景だ。
その急速は竜児が遠くから盗みする事しか出来なかった1年生、友人として、近くで過ごした2年。そして現在の3年。
確実に速くなっている。有名体育大の推薦を勝ち取った彼女のウィンドミル投法は並ではない。
214HappyEverAfter10-33/37:2010/10/27(水) 00:08:07 ID:Xflh2kKp
-
「ちょっと、歯食いしばってくれるかな?」
そう言って、セットポジションを取る。
「櫛枝、お前それって」
「頬に一発、きついのいくよ」
思わず、竜児は後退する。
逆に隣の女が一歩前に出ようとする。同時に指先から緊張が伝わってきた。
竜児は思わず、笑った。
女優の顔で大事なんだろ。そう思うと、勇気が出た。どんな奴にも負けない気がした。
強く手を引いて、彼女が一歩進みでる事を阻止する。
彼氏なんだ。惚れた女にいい所みせるチャンスだしな。竜児は足を踏ん張り。亜美が巻き込まれないように手を離す。
「おう!。やってくれ」と叫ぶ。
「じゃ、約束どおりいくよ。おしおきだべー」
「ド、ドクロベイ様?」北村と大河が驚く、櫛枝実乃梨が力強く動きだした。

ゆっくりと上体を倒し、溜めを作る。十分に力を溜めた事を確信し、竜児をまっすぐに見つめる。竜児と目があった瞬間!。
身体を起こし、利き足を後ろから前に一歩、少し遅れて後足からワンステップでジャンプ。両足を地面から離し身体ごと前へ跳躍した。
後から出した左足から着地し、そこを軸として体全体の運動エネルギーをそのまま前方にもって行く。
利き足で最後の一歩を踏み、同時に利き腕を下からぐるりとアッパー上に回転。跳躍力、体重、遠心力の合算の力の塊だ。

通常は真下に腕が通った時点でボールにエネルギーを預け、キャッチャーに送るのだが。今回は全てのエネルギーを竜児の頬にぶつける。
男、一人がぶっとぶには余りある力だった。衝撃が体を襲い、遅れて痛覚が悲鳴を上げる。うめき声を反射的にあげる。
瞬間、竜児の意思は亜美を探した。心配そうな顔をしてたり、怯えていなければいいがと、亜美を見る。
それは杞憂に終わった。
彼女は強い目をして、瞬き一つするものかと、竜児を見つめていた。自分の男と一緒に戦っている女の目だ。
「なんだ、そういうことか」
と思った。自分をわかってくれる人間が一人でもいるなら大丈夫だという意味を竜児は知った。

竜児は格好をつける為、すぐに立ち上がろうとする。なかなか体がいう事を聞かないが、それでも見栄をはろう、膝を立て、手をかけて立ち上がろうとする。
「よし、それでこそ高須くんだ」
実乃梨は嬉そうに行った後、
「さあ、大河」と促す。
竜児はよろよろと立ち上がった。すでに足に来ている。だが、覚悟は硬い。
手乗りタイガーはスポーツ少女の比ではない。そんな事は解っている。だが、他ならぬ逢坂 大河なのだ。
大河を俺が受けないでどうするという気概がある。
けれど、促された本人は乗り気ではなく。
「み、みのりん。でも」
だが、実乃梨が激励する。
「ほら、高須くんの為にも。がんばれ大河」
大河はこぶしを握って、竜児を見る。竜児は大河を感じて、亜美が見ている事を確信して覚悟を決める。
大河に向かって、目で「おう」と応える。
猛虎は走る。竜児の元へ。渾身の力と思いで、竜児の目に映る大河がとんどん大きくなる。
「竜児の馬〜鹿〜!」
その言葉を頭の片隅で聞き、大河の表情に不思議さを感じながら竜児は意識を失った。


         ******


何処までも高い、青い空があった。
竜児は目の前にある空間に目を凝らす。
215HappyEverAfter10-34/37:2010/10/27(水) 00:12:01 ID:Xflh2kKp
そこには活動的な力の塊である太陽が浮かぶ。意識しなくても目に飛び込んでくるような存在感がある。
その太陽のあまりにも強い光も目がくらみ、手を目にそえて、ひさしを作る。
雲が見えてきた。大きく白い雲だ。太陽の下、ゆったりと流れている。
そうか、結構、風が吹いてるのか。
気づけば竜児は自分の腫れぼったくなった頬を風が冷やしてくれる事が解ってきた。
そこでやっと鋭い痛みと頬の熱を認識する。舌で口内の奥を撫でてみた。奥歯があった事にホッとする。

気持ちに余裕が出来たからか、いろいろな物が見えてきた。
雲の下で、二羽の鳥が飛ぶのが見えた。高い声で生きる事を謳歌するように鳴いていた。
あの鳥はどういう名前なのだろう等と考える。あいつに教えてやりたいと思った。
こんな気持ちいい空だ。見せてやりたいと思った。
綺麗な物を見て、自分が素晴らしいと思える事を見つけて、一人ではいられない自分にいつのまにかになっていた。
それを共感させたいと思うようになった欲深な自分はきっと昔の高須竜児には戻れない。

そんなとりとめもない思いつきに思考を委ねていると、視界にまた一つ、光を捉えた。
キラキラとした、けれど、太陽のように強い光ではない。
それは月光のような、色の薄く、か細く、弱い光。
つまり透明な、相手に自分の色強制する事もなく、我という熱を抑えた繊細な、優しさに溢れた光。
月や星に見えた光の源は、川嶋亜美の大きな瞳だった。
川嶋亜美が覗き込んでくる。竜児は自分が寝そべっている事に気づいた。
後頭部には柔らかな感触、川嶋亜美に膝を枕にしている事に気づいた。

「川嶋、これって一体」
「気づいた?」
「ああ、だが状況がよく飲み込めない」
「もしかして、また忘れちゃった。もう一回、一からやり直したい?」
亜美は悪戯笑いを浮かべ、竜児に聞いてきた。けれど、竜児は今の自分も気に入っている。
「いやいい。もうその必要はないだろ」
「うん」

なにせ、今の竜児は、キラキラ輝く太陽の下、風に吹かれ、亜美の膝の上で身を休めていられるのだ。
世界の何処をさがしてもこんな贅沢を出来る奴はいないだろうと将来のバカップル候補は思う。
しかし、なんでこんな素晴らしい状況でいるのだろうと疑問を浮かべ

「なあ、川嶋」
「なに?」
「なんで、俺はお前の膝を枕にして、こんな丘で寝てるんだ?」
「罰だって」
「なんだって?」
「実乃梨ちゃんがね。撤収準備とか、掃除とかさせないのが高須くんには一番の罰になるだろうって」
「酷い罰だな」
「そうだね」
竜児は意識がボッーとした感覚の中でなんとなく、頬を亜美の足に摺り寄せてみた。
亜美は一瞬、目を大きくしたが、一回、瞬きをした後、柔らかな目姿にもどり、そっと竜児の頭を撫でた。
216HappyEverAfter10-35/37:2010/10/27(水) 00:14:13 ID:Xflh2kKp

「それとね。私も罰ゲーム中。タイガーの発案」
「大河がお前に?」
「江戸時代の拷問で石抱きっていうのがあるんだって。正座して、膝の上に重しを載せるらしんだけどね。どう思う、石さん?」
「足、痺れてないか?」
「大丈夫」
「なんて嘘。痺れてる。けどね、何か痛気持ちいいていうかさ。それにこれは罰だから我慢しないと。せめて祐作たちが呼びに来るまで、このままでいないと」
嘘つきはクスリと笑って、白状する。自分の願望とか。
「そうだな」
「そうだよ」

朝からの快晴は変わることなく、ただ悠然と雲は流れ、空に太陽は輝いている。
けして強すぎる日差しではない。暖かなぬくもりを運ぶ。
風が拭いていたが、突風という訳ではない。さわさわと草花を揺らすのがやっとという程度のそよ風が竜児たちの髪を揺らした。
時折、彼の顔にかかる木の葉はご愛嬌といった所。ふざけながら亜美がその綺麗な指でその度に取り除く。
鳥の声、風の音意外はそこに音はなかった。二人を楽しむ事に会話など必要なかったからだ。
ただ、時間が流れる。亜美はその時間を放棄する事に憐憫を感じたが、あえて静寂を破る事にする。言っておく事があったからだ。

「ねぇ、高須くん」
「なんだ?」
「高須くんは私が嬉しいと幸せ?」
亜美は微笑みながら尋ねる。竜児は照れながらも、真摯に答える。
「お、おう」
「あのさ。高須くんの気持ちを知ったつもりで、
 傲慢に、相手の足元をみて、その上で言うんだけど、言っていい?」
「まっすぐに表現する約束だろ。遠慮なんかするなよ」
竜児は少し緊張気味に亜美の言葉を待つ。亜美は「うん」と言って、空を見上げて
「あのさ。高須くんは残りの人生全部、私にくれるって言ったけど
 私は、残りの人生全部なんて高須くんにあげられないよ」
竜児は身構えていただが、「なんだそんな事かと」緊張を解く。
「ああ、俺は好きで、お前にやるとはいった。けど同じものを要求してる訳じゃない。川嶋の人生だ。好きに使えよ」
と答える。亜美は彼の顔に笑顔を送り、「そうする」と答え、また、目線をそらし

「それで、高須くんが寝てる間、考えたんだけど…。高須くんの人生も私いらない」
竜児はおもわず上体を起こし
「それって、お前!?」

「ううん。そういう意味じゃなくって、なんて言うかな?。これからの高須くんの人生が全て、私の為ってやつが嫌なのかな。
 高須くんは自分の責任で、自分の人生を生きて、自分自身が幸せになる為に、私を嬉しがらせて。
 だって、高須くんが幸せになるには私が嬉しくないと駄目なんでしょ?。」
「ああ、間違いない」
「高須くんの人生全部、私に責任転嫁なんて、そんな甘え許さない」
竜児は驚かせやがってと、再び、亜美の膝に頭を戻し
「厳しいな。川嶋は」
「そうだね。高須くんには厳しいかもね。
 でも、その代わり、私は私自身を幸せにする為、高須くんと一緒にいるから。だから、その責任はとってよね」
「おう、まかせろ」
「うん」
そう言って、二人は風にただ吹かれた。
217HappyEverAfter10-36/37:2010/10/27(水) 00:15:09 ID:Xflh2kKp
けれど、すぐに亜美が我慢しきれなくなって
「あのさ。ちょっと上、こっち向いてよ」
竜児が亜美の顔を見上げると、唇があった。驚いて、頭を上げようとするが、それでは壮大なヘットバットをしてしまう。竜児は理性で動作を止める。
と、少し湿り気のある、熱く、やわらかい感触が自分の唇に、亜美の味がする。頬は髪の柔らかな感触。息遣いを耳は捉え、鼻腔は彼女の匂いが満たす。
五感が亜美で一杯になるのを竜児は感じた。
そして、名残惜しくも、一斉に亜美たちは竜児から離れていく、その代わり、亜美の笑顔が視界に現れる。

「高須くんと話してたら、キスしたくなっちゃった」
「お、おう」というのが竜児の精一杯。
「嘘。話してたらじゃなくて、顔みてると、なんかね」
「もしかして」
「ごめん、高須くんが意識戻る前に何度かした」
と舌を出して亜美が謝る。
よく膝枕したまま、そんな事が出来るなと竜児は質問してみる。
「それって、体勢にかなり無理がないか」
「ちょっと、体痛かった」
素直な自白が、竜児の笑いの壷を捕らえ、くくくと笑ってしまう。
「なによ、その馬鹿にした笑い方。怒った。別れてやる」
そう言ってむくれる亜美に竜児は
「なぁ、川嶋、頭少しさげてくれないか」
「なんでよ」
「キスしにくい」
「……はい」

竜児はそっと顔を近づける亜美を求めて、頭を起こして自分の唇を近づける。
ちょっと悪戯心を起こして、近づける。
亜美に感化されちまったかなと思う。が、「まぁ、いいか」と自分に許可を出す。
何度もキスさせたんだ。そのお返しをしないといけない。手を引っ張る事の予行練習だ。

フレンチ流に重ねた唇。亜美はいつも待ちの姿勢。合わさると力を抜いて柔らかく預けてくる。
竜児は不器用に力をこめて重ねる。
亜美は小さく心の中で微笑む。「料理の時と違ってこういう時は不器用なんだよね」と彼氏に暖かな気持ちが沸く。
「口、もごもとしちゃってさ」
すぐにそれが間違いだと気づく。驚きで目を丸くして、されるがままにされてしまう。
竜児は唇を重ねた後、意図的に唇を開いたのだ。ぴったりとくっつけた唇は、竜児の動きにつられ、亜美の口も僅かに開く。
その隙間から舌が進入して来た。
218HappyEverAfter10-37/37:2010/10/27(水) 00:18:02 ID:Xflh2kKp

亜美はどういう反応をすればいいか解らない。ゆっくと自分の舌に同質の柔らかく、暖かく、湿った感触を受ける。
驚きから回復するまでもない一瞬で、竜児の唇と舌は亜美からすぐに離れた。
それはディープと言える程のキスなんかではなく、ただ、普通のキスに舌が加わっただけだった。
だが、特別な事をされてしまった事は本能的に解る。その事実が甘い痺れとなって頭を麻痺させる。
そんな熱で浮かされた瞳に竜児のしてやったという笑みが目の前に現れる。

「なまいき」
と文句を言ってみた。反撃をしないといけない。今までのキスとは味が違ったのだから。
鉄の味がしたから。

血の味だ。竜児の口の中はさきほど切れたばかり、まだ塞がっていなかった。これは自分の為に流してくれたものだ。
だからこの血は私のものだ。
亜美は怒った顔をあえて作って、強く唇を寄せた。
そして、竜児に舌を捧げる。口内に入ることを許されたそれは傷口を求め、優しく感謝を込めて舐めた。
其の後は互いに舌と舌を重ね、絡め合う。柔らかい感触と血の味。そして唾液の味。それが身体を高ぶらせ、
休むことなくキスを繰り返した。

そうして、二人は試行錯誤をしながら、笑いながら、夢中になって、なんども舌を唇を、飽きること無く重ね、求め合う。
可愛そうな櫛枝実乃梨が二人を呼びにきて
「パートV!!」
と驚きの叫びをあげるまで、止めることをしなかった。


END


以上で全て投下終了です。お粗末さまでした。
次回でラストです。読んでくださってる方、もう少しお付き合い下さい。
今回が物語のクライマックスのつもりなので、次回の内容はそれなりですが…

まとめサイト管理者様 投下1レス名の題名まちがえちゃいました。まとめて頂けるとき修正お願いします
誤)Happy ever after 第9回
正)Happy ever after 第10回

お手数ですがよろしくお願いします。
219名無しさん@ピンキー:2010/10/27(水) 04:06:09 ID:DBS4j7Fb
ぐっと来た

一番槍でGJ
夜中まで起きてた甲斐があった!
220名無しさん@ピンキー:2010/10/27(水) 20:22:22 ID:4hIHc1O4
GJ!GJ!
なんと言っていいのか
参りました

次回で完結なのが寂しいのである
221名無しさん@ピンキー:2010/10/27(水) 21:27:32 ID:6KYyORNL
>>218
超GJ!!
いろんな意味で痺れました。

一字一句こぼさないよう大事に読ませてもらいました。

222名無しさん@ピンキー:2010/10/28(木) 03:39:30 ID:BY0H/q5B
なんかあーみんが『生きてる』って感じました! <br> <br> <br> <br> ウルッときちまったよ… <br> <br> 最大級のGJを!
223名無しさん@ピンキー:2010/10/31(日) 17:55:13 ID:0WoIGk8D
奈々子様
224名無しさん@ピンキー:2010/11/01(月) 07:53:43 ID:MwgtNrzC
そういえば、新刊どうだった?未だに書く人現れないし、語る人さえいない…人気ないのか?
225名無しさん@ピンキー:2010/11/01(月) 07:54:18 ID:MwgtNrzC
すまん ageちまった
226名無しさん@ピンキー:2010/11/01(月) 12:13:20 ID:upDVwNrL
>>224
とらドラの1巻よりは導入・説明で終わってる感じなのよね。
2巻が出れば物語の続きを妄想しはじめるけど、まだまだかな、と。

むしろまだその前に1つ、とらドラで書きたいです。
227174 ◆TNwhNl8TZY :2010/11/01(月) 18:50:11 ID:0OY8+B2Q
SS投下

「私はだれ、あなたはだれ」
228174 ◆TNwhNl8TZY :2010/11/01(月) 18:51:19 ID:0OY8+B2Q
およそなんの実感の湧かない我が家にての第一声がこれだった。
「やっちゃん、キレイ好きだったんだ」
「だったら良かったんだけどな」
肩に提げていた荷物を開け、ほとんどが代えの下着類を洗濯カゴへ入れてきた竜児が居間へと踏み入る。
泰子は感心しながら整理整頓が行き届いた流し台や居間を順に眺めていき、これも実感のない自室の襖を開け、苦笑。
「だと思った」
精密検査は思いのほか早く終わった。というよりも、することがなかったというべきか。
あれはなに、そこはどこという至極簡単な応答ではよどみなく正答ができていた。
ペン、花瓶、テレビ。地名や、今居るのが病院だということも、きちんと理解できている。
言葉もはっきりしており、呂律もしっかりしていた。言語に支障をきたしてはいない。
いつもの間延びした、ちょっと子供っぽい口調も健在だった。
だけど、思い出せない。
自分が誰で、どうして病院に運ばれてしまっているのか。
名前もわからなくなってしまった自分を抱きしめた、名前もわからない少年のこともそう。
何も思い出せない。
代わる代わる現れた医師による目まぐるしさを覚えるほどの様々な質問や診察の甲斐もなく、よくわからない、なんだかおっかない機械に全身を収められても、結果は何も変わらなかった。
合間に受けた諸々の治療は拍子抜けしてしまうような軽いものでしかなく、頬にできた擦り傷はすぐに見えなくなり、膨らんでいたこぶも同様だった。
いたって健康そのもので、だから、帰宅許可は案外すんなりと下り。
「おかえり」
肝心の記憶が戻らないまま、数日ぶりに泰子は自宅へと帰ってきた。
「ただいま」
当たり前のその言葉はすぐには口をついて出ることはなく、まだほんの少し、違和感が残る。
服や化粧品が乱雑に散らかっている自室をはじめ、なにもかも見覚えも馴染みもなくなってしまったここが、なんだか他人の家のように感じられて、落ち着かないのが、なんだか辛い。
寂しげにたたずむ泰子の肩に、ぽんと、背後から竜児が手を置いた。
泰子の顔が申し訳なさで歪む。
「ごめんね」
「なに謝ってんだよ。なんもないだろ、謝ることなんて」
「ううん。だって竜ちゃん、学校だって」
今は平日の、まだ日が空で爛々と照っている時間だ。
本来なら学校に行っているところを、竜児はわざわざ欠席していた。
今頃は授業を受けているだろう大河は、朝は一緒に行くと言ってきかなかったが、一人で充分だと竜児は断っていた。
「気にすんなよ、そんなの」
そうは言ってくれるが、そういうわけにはいかない。
「でも、だって」
母親が、お母さんそんなんじゃだめなのだ。
振り返った泰子の目の前にいる、こんなに大きな男の子は自分がお腹を痛めて生んだ、正真正銘のわが子、らしい。
それを聞かされた時のことはまだ鮮明に覚えている。驚いたなんてものではない。
なんとなく親しいような感じはしてはいたが、それでも、そんな関係だったとは思いもよらなかったのだ。
しかしへたり込んでしまった竜児に寄り添い、声を大にして力説する大河からは嘘を言っているような印象は受けなかった。
真剣で、必死に思われた。
なら、この女の子もそうなのだろうか。
柔らかそうな長い髪に人形のような精緻な作りの顔をした、それでいて活発さも感じられる小柄な女の子。
尋ねると、気の強さを如実に物語る吊り目が今は下がり、信じられないという風にこちらを見つめた大河は首を横に振った。
ただ、大雑把な説明によれば、家族同然に接していたという。
大河は他にもいろいろと教えてくれた。
自分の名前。泰子の名前。竜児の名前。
どんな風に暮らしていたか、大河から見た自分はどんな人間だったか。
聞くにつけ、なおのこと悲しくなった。
教えてくれたことの何一つとして覚えていないことが、それ以上に、そのことで二人を悲しませることが。
「いいんだ。俺がいいって言ってんだから」
真面目な顔で正面から合わせられる竜児の視線に、泰子はそれ以上何も言えなくなった。
こくんと頷き、口癖のようにごめんと言いかけ、慌てて訂正する。
「ありがとう」
「おぅ。それよりも疲れたろ、座ってろよ。すぐ昼飯にするから」
「うん」
229174 ◆TNwhNl8TZY :2010/11/01(月) 18:52:14 ID:0OY8+B2Q
精一杯の笑顔を浮かべた泰子が畳の上に腰を下ろした。
うーんと伸びをしてから足を崩し、少々むくんでしまった筋肉を揉んで解す。
退院し、病院からの道を歩いて帰ろうと提案したのは竜児だった。
異存を唱えず素直にあとを歩く泰子だったが、想像していたよりもずっと家路は長かった。
それでも文句を言うことはなく、いや、口を開くことさえしなかった。
半歩先を行く竜児は一言も喋らない。だから何も言えなかった。
道すがら、思い出話でもするのだろうかといくらか構えていた泰子は肩透かしをくらい、それに遅れて次第に居心地の悪いような感じを覚える。
どんなに些細なことでも、言葉を交わすことに意味はあるのだ。なのに、なんで口をきいてくれないんだろう。
何か話してくれたなら。それはそれで、何かがきっかけになるかもという淡い期待にはたぶん応えられないと思う。
でも、こんな風に、無言でいられるのはもっと辛い気がする。
こちらから話しかけるのも、どうにも勇気が要った。
への字に引き結んだ口で、睨むような目つきの横顔が怒っているようにも見えて、声をかけづらい。
居心地の悪さがより強くなって、沈みがちな内心を反映するかのように少しずつ歩調が遅れだして、一歩、二歩と距離が開く。
影に目を落としながら泰子が歩いていると何かにぶつかってしまった。
慌てて顔を上げると、そこには竜児がいて、何してるんだと言わんばかりに見下ろしている。
あ、だの、う、だのと声にならない声が喉からもれ出て、わけがわからない。
子供みたいだ。
おずおず見上げた先、特徴的な竜児の瞳に映った自身は、そう喩えて差し支えなかった。
なんとなく、嫌われてるのかもと、重い心で呟く。
だから口をきいてくれない。だからあんな怒ったよう顔で、不機嫌そうなんだ。
そう思った矢先だった。竜児が無言で泰子が持っていた荷物に手を伸ばした。
そのまま黙って受け取ると、元から提げていた荷物と一緒くたにして、空いた手で泰子の手を握った。
そうして、また何も言わずに歩き出す。
力強い足取りに引かれ、嫌われているわけじゃなさそう、といくらか安堵した泰子も黙って歩を進める。
日中にも関わらず吐息がほのかに白かったが、歩く分にはちょうどよく、街中から住宅街に入ると人通りも少なくて静かだった。
結局アパートに着くまでの道すがら、会話は交わされなかった。
繋いだ手が解かれることはなかった。
居心地の悪さは消えていた。
芽生えていたのは、離れないように、放さないように、痛いぐらいに固く繋いだ手から伝わる陽気にも似た暖かさで。
「もうちょっとだけ、歩いててもよかったかなぁ」
思い出すとどうにも表情がにやけそうで、何故だかもったいないような気持ちになる。
とはいえ疲労感もそれなりだ。
徒歩で、しかも途中から荷物は全部任せきりで手ぶらだったというのにこの体たらく。
あまり運動らしい運動はしていなかったらしい。
パンパンに張ってしまったふくらはぎをさする泰子に、背中を向けたまま竜児が声をかける。
「なあ、今なんか言ったか?」
フライパンがじゅうじゅうと音を立て、炒められた具材が踊り、食欲をそそるいい匂いを漂わせている。
誘われるように、立ち上がった泰子が竜児の隣までやってきた。
「気のせいじゃなぁい」
そう言われれば、確かにそんな気がする。
あまり深くは詮索せずにそうかと返す竜児に、泰子が尋ねる。
「ねぇねぇ、なに作ってるの?」
手際よく振られるフライパンを一瞥すれば大体の見当はついたが、それでも。
「炒飯。本当はもうちょっと凝ったもんにしたかったんだけどな」
そのわりには手抜き感はしてこない。慣れた手つきに感嘆する。
興味深そうにまじまじと見つめる泰子に、竜児がくつくつと笑った。
「そんなに腹減ってたのかよ」
「うんと、そんなことぉ、あるけど」
実際空腹だ。見ているだけでよだれが溢れそうで、腹の虫がやんややんやの喝采を上げそうだ。
それはいささか恥ずかしいので、我慢しておく。
「そうだぁ。やっちゃんも手伝おっか? ううん、手伝いたい」
「なら、そっちの棚から皿取ってくれ。ああ、それとインコちゃんにごはんやってくれると助かる」
「は〜い」
230174 ◆TNwhNl8TZY :2010/11/01(月) 18:53:13 ID:0OY8+B2Q
何がそんなに楽しいのか、明るい泰子を横目に、竜児は笑みを深くする。
こうしていると、まるで何事もなかったかのようで、ここ数日のことは悪い夢だったんじゃないのかとさえ思ってしまう。
「なぁに?」
そんな竜児に気づき、泰子が棚から取った皿を渡しつつ言った。
受け取り、出来上がったばかりの炒飯を皿に盛っていく竜児は、
「ねぇ、そのぉ、インコちゃんって、なんだっけ」
けれど唐突に、これが現実なのだと突きつけられた。
こんなこと少しでも気を回せばわかっただろうに、ついいつもの調子で頼んでしまい、それ故に後悔するはめになった。
だれ。なに。そうなんだ。
この数日、何度も口にする度に浮かべている表情を、きっと今もしているんだろう。
申し訳なさそうで、苦しそうで、泣きそうな顔を。
そんな顔をさせたくなくて極力気をつけていたつもりが、帰ってきて早々これだ。
竜児が深く静かに息を吐き出す。
「ほら、できたぞ」
つとめて何でもないようにして、先ほどの明るさを少々欠いた泰子を伴い居間へと戻る。
食卓に並んだのは質素倹約の代名詞みたいなものだが、味は胸を張れる。
「おいしそう。竜ちゃん、お料理上手だねぇ」
鼻先まで近づけると柔らかな湯気が顔にかかって、焦がした醤油の芳ばしい香りがまた一段と腹を空かせるようだ。
「こればっかりはな。もう長いことやってるし」
そうなのだろう。見る限り、一朝一夕の腕前でないことは明白で、泰子は内心複雑だった。
家事の一切合切を押し付けてしまっているんじゃないかと薄々勘付いてはいたが、まったくもって的中していたらしい。
いったい自分はどんな母親だったのだろう。
まさか育児放棄でもしていたんじゃ。
「どうしたんだよ、んな難しい顔してよ」
どうやら表情に出てしまっていたようだ。
どんなお母さんだった? なんて聞くのは、容易だけど困難で、目の前にはほんのり湯気を昇らせる、せっかくのおいしそうな炒飯がある。
温かいうちに食べたいし、重い雰囲気にしてしまうのも恐くて、泰子は首を横に振った。
「なんでもないの。早く食べよ」
「おぅ。おっと、そうだった」
と、なにやら思い出したようで、竜児が一度立ち上がった。
なんだろうと泰子が首を巡らせてその背を追うと、台所から小皿を手に竜児が戻ってきて、背後を通り過ぎていった。
「遅くなってごめんなあインコちゃん。お腹減っただろ」
部屋の隅に掛けてあったカゴからシートを取り払うとくぐもった声がする。
「ああ〜。インコちゃんって、その子のことだったんだ」
泰子が納得顔になる。
見てみれば、カゴの中には小皿によそわれたごはんをはぐはぐむぐむぐ凄い勢いで啄ばむ小鳥がいた。
しげしげとこちらが様子を窺っていることに気がつき、やや興奮したように鳴き声を上げる。
「お、おかか、おかえ、おかえり、おかえり」
「おお、すごいぞインコちゃん、ちゃんとおかえりが言えるなんて」
気を良くした竜児がインコちゃんの頭を撫でてやると、嬉しそうにぐえっぐえ鳴く。
ひとしきり愛鳥を褒めてから竜児は泰子の対面に座った。
「かわいいねぇ」
「だろ。なんせ我が家のアイドルだからな」
「それにお話できるなんてすごいね。教えてあげたの?」
「いや、あれは特別俺が教えたわけじゃないんだけどなあ」
頭が良いらしい。個性的な容姿も含め、なかなかに可愛らしい。
「まあ、インコちゃんも喜んでるんだろ、おかえりってさ」
「そっか。竜ちゃんが言うんならそうなんだよね、きっと。ただいま〜、インコちゃん」
お返事をしているのだろうか。カゴが微妙に揺れるほど翼をはためかせ、高く長い奇声を上げている。
機会があったら今度はちゃんとごはんを持っていってあげよう。
話し相手にもなってくれるかもしれない。
「そんじゃ、そろそろ食おうぜ。冷めちまう」
言うと、竜児はさっさと食事にありついた。
それを見た泰子も手を合わせる。
「いただきまぁす」
久方ぶりの病院食以外の食事であり、初めての自宅での食事は新鮮で、微かに懐かしいような味がした。
目を見張るような大げさなものではないが、とてもおいしい。
「おいしい」
231174 ◆TNwhNl8TZY :2010/11/01(月) 18:54:11 ID:0OY8+B2Q
素直に言葉にすると、竜児が鷹揚に頷いて、どこか誇らしそうで嬉しそうで、もっとおいしくなる。
箸が進む。舌鼓が止まらない。
こんなことになる前はこれが当たり前で、毎日こんなおいしいごはんを食べていたのかと思うと贅沢な気持ちになった。
たった数日前からぷつりと途切れた幸せが、おいしいおいしいと口いっぱいに頬張ると戻ってくるような気がして、すぐに飲み込んでしまうのがもったいなくって、でも苦しくて。
しきりに顎を動かして、詰まりそうな喉で嚥下して、膨らんだ頬がだんだんしぼむ。
「おいしい。すっごくおいしい。ほんとだよ。ほんとにおいしい」
それもまたすぐに膨らんだ。息をつくのも惜しむようだ。
あんまりにもおいしくて、おいしすぎて、やがて視界がぼやけてきた。
何で忘れてしまったんだろう。どうして思い出せないんだろう。
おいしくて幸せなはずなのにそんなもやもやが積もっていく。
晴らそうと躍起になればなるほど余計にもやもやが厚くなっていって、胸の底、沈んでいったそれが淀んでしまう。
「ゆっくりでいいんだ」
言い聞かせるように竜児が言った。
「ゆっくりでいい。焦んなくっていい」
嘘みたいに心が晴れたということはなかったが、泰子が小さく頷き、言われたとおりにゆっくりと飲み下していく。
初めて食べたのに懐かしい味がする炒飯は、少しだけしょっぱかった。
                    ***
異変というほど大げさなものでもない。しかし些細な違和感を感じ取ったのは、やはり実乃梨だった。
その日、大橋高校のとある教室はひどく静かだった。
先日のこと、竜児と大河が同時に欠席したときよりもなお静けさで満ちている。
そんな静けさの中心に大河はいた。
登校してからというもの、大河はほとんど誰とも口をきいていない。面白半分、もう半分は彼女は頑として認めないだろうが、心配からいつものように憎まれ口を叩く亜美を睨むことすらせず、ただ黙ってそこに座っていた。
唯一実乃梨とだけは一言二言、簡単に言葉を交わしはしたが、それも内容のあるものではない。
誰もが竜児の不在と関係があるのだろうと当たりをつけてはいたが、ただならぬ大河の様子に、誰も核心を突こうとはしなかった。
四六時中重苦しい雰囲気がたち込めている。
発生源は、当然大河だった。
苛立ちを辺り構わず放つのならばまだわかる。気性の荒さは周知の事実であり、藪をつつけば虎が顔を出すのは級友たちの間ではもはや常識ですらあった。
その虎を宥めることのできる数少ない人間である彼が傍にいなくて、それで彼女が不機嫌であるならば、なんと単純明快だったことか。
だが、そうではない。そうではないと誰もが思っていた。
不機嫌だから、苛立っているからといって、大河が大人しくなどなるはずがない。
曲がりなりにもこれまで同じ空間を共有し、同じ時間を過ごしてきたのだ、その程度はわかる。
それに、フォローする者がいないままドジを重ねて、その都度無感動にたたずむ大河は、誰の目にも痛々しかった。
喜怒哀楽に当てはめれば、断然怒りではなく、哀しんでいるように見えて仕方がない。
昼休みに入って、ようやく見かねた者がいた。北村だ。
孤立してしまったみたいにぽつんと自席に座ったままでいる大河の下へ歩んでいこうとして、しかし間に人影が割り込む。
北村を阻んだのは亜美だった。その横をすり抜けて、実乃梨が大河の横に立った。
「どおしたよぉ? 揉め事か?」
おどけた口調に返事はこない。臆せず実乃梨は続けた。
「そういや、さっきも階段とこで転んでたっけね? 私ゃまた心配しちまったぜ? またべそ掻いて泣いてんじゃねえかと思ってよぉ」
肩に腕を回し、常ならばさすがにしないような人を小ばかにした態度。
亜美に倣って、いくぶん度の過ぎた絡み方をしてみる。効果は皆無だった。
「なんでもないの」
大河はか細い声で言って、実乃梨の腕を力なく払いのけた。
いよいよ実乃梨からも作り笑いが消える。
「本当、どうしたんだよ、大河」
ゆっくり大河の目の前へと回り込んだ。俯き加減な彼女を見下ろす実乃梨は、そこから動こうとしない。
しばしそうしていたが、いたずらに時間が流れることを実乃梨はよしとしなかった。おもむろに大河の頬に両手を添えて上向かせる。
232174 ◆TNwhNl8TZY :2010/11/01(月) 18:55:08 ID:0OY8+B2Q
そこで違和感を感じた。
手のひらに触れる大河がなにやら細く思われる。熱も少し低めなように思う。
よくよく注意して見れば目元にはうっすら影ができてしまっていて、顔色もちょっと悪い。
「ねえ。ごはん、食べてないんじゃない」
日頃ダイエット戦士を自称する実乃梨でなくとも、大河のやつれ具合には気がいっただろう。
しかし、実乃梨の頭の中にあったのはそれだけではなかった。
大河の食生活はよく知っている。
半年ほど前まではそれはもう酷い有様だったが、今はだいぶ改善されていたはずだ。
この場にいない竜児のおかげで、でも、事実この手に感じる大河はその酷い有様だった頃と比べてもさらに酷そうだ。
実乃梨の予感は的中していた。
大河は今日の昼食も用意していなければ、今朝も、それに昨夜だってろくに食事をとっていない。
「ううん。そんなことないよ」
嘘だ。
見抜くのは容易かった。けれど指摘することは憚られた。
どうせ押し問答になるのは目に見えている。
原因が大河の食生活を一手に担っているはずの、最近元気のなさそうだった竜児にあるのだろうというのはわかるが、聞いても大河は言ってくれそうにはない。少なくとも今は。
いったい何があったのだろうか。
そこまで言いづらい訳だったらと考えると、人目の多い教室だと余計に口を噤んでしまうだろう。
知られたくないことを無理強いして言わせても、もっと塞ぎこまれるかもしれないし、第一そんなことしたくはない。
だったら今は、近づき方を変えるとしよう。
「大河、お昼まだでしょ」
包み込んだ両手の中、一瞬なんのことだと目を丸くした大河だが、壁に掛かる時計が視界に入ると、もうそんな時間だったのかと思いつつ、こくりとわずかに首を振る。
「そっか。じゃあさ、お願いがあんだけど、いいかい」
パッと大河から手を離し、実乃梨はその手を今度は自分の腰に持っていき、抓むような仕草。
「この頃一段と寒くなってきたからか、こいつが蓄えちゃうんだよねえいろいろと」
ぷにぷに。もみもみ。
制服の上から人差し指と親指を引っ付き合わせたり離したりを繰り返し、残念ながら残念でしたねとでも言われたような、悔しそうな顔を作る。
「こいつはダイエッターには見過ごせない事態だよ」
「だからなに?」
痺れを切らした大河に、実乃梨がやわらかく微笑んだ。
「私のおべんと、食べてよ」
言うが早いか、実乃梨がだだだっと駆け足で自分の机から提げていたバッグを引っ掴むと、大河の前の席を拝借し、腰を落ち着けた。
「いやぁ〜助かっちゃった。ほんとこれどうしたもんかと困ってたんだよねえ。捨てんのもあれだし」
手早く包みから取り出した弁当箱は女の子らしい控えめな大きさだった。
それを実乃梨は大河の机で広げ、準備完了、いつでも召しあがれと腕を広げる。
開いた口がふさがらないのは大河だった。
いまいち要領を得ないと、実乃梨と弁当箱とを交互に見やる。
「みのりん、あの」
「ん。どしたい」
やっぱり悪いからいいよ。その言葉をかき消して、きゅうと何かが囀った。
体は正直なもので、じわじわ大河の血色が良くなっていく。
「あ、あ、あ。今のは」
「大河」
わたわたふためく大河を、実乃梨はしっかりと見据える。
「ありがとね。私のことに付き合ってくれて」
十秒ほどの間を空けて、羞恥と緊張で硬直しかけた大河の表情がくしゃっとしわくちゃになる。
照れ交じりに鼻先を掻いた実乃梨がくししと笑った。
「ほらほら早くそれ食べちゃっておくれよ。これじゃ拷問だよ」
促すと、大河は聞き取れないほど小さな声で何事か唱え、差し出された弁当を静かに食べ始めた。
ごめんね。そう聞こえたような、聞こえなかったような。
もし本当にごめんねと言っていたのなら、そのごめんねは、どんなごめんねだったんだろう。
実乃梨はそれについて深く考えることはしないで、黙って大河を見つめていた。
二人のその様子を先ほどから少し離れた位置で見守っていた者たちがいた。
「あんたにあんな風にできた?」
「断言してもいい。むりだ」
張り合いのない大河に調子の狂う思いでいた亜美と、その亜美に大人しくしていろと言われた北村だ。
二人の視線の先、大河はぽちぽちと実乃梨の弁当を食べている。食事をとれているのなら、一先ずは、一安心といったところか。
233174 ◆TNwhNl8TZY :2010/11/01(月) 18:56:12 ID:0OY8+B2Q
隣の北村に気づかれぬよう表面上なんでもないようを繕いながら亜美が胸をなでおろす。
こういうことは真面目が取り柄の幼馴染よりも、万事抜けることなく気を回すことができ、相手からしてもあまり気を遣わないような人物が適任だ。
できないことはないかもしれないが、やはり自分にはそういう役回りは不似合いだと判断した亜美は、同じく始終大河を気にかけていた実乃梨に大河を任せた。
結果としては微々たるものだが、今のところ実乃梨の優しいおせっかいはプラスに働いているように思う。
にしてもだ。彼女のあの落ち込みようはいったいぜんたいどうしたことか。
それにここ数日の竜児もどこかおかしい。大河と一緒に欠席した日からだろうか、心ここにあらずという体で、まるで地に足がついていない感じがする。それも併せて気にかかる。
今日にいたっては欠席までしているし、その途端大河がこれだ。
「ねえ、祐作はなんか聞いてないわけ」
「なにがだ」
「高須くんのこと。最近調子悪そうだから」
わからんと素で返す北村に、そっ、と素っ気なく返した。
言い方は悪いがあまり期待はしていない。
何か事情を知っていれば北村のことだ、言えないようなことで、言わないようにしていても態度には出てしまう。
はぐらかそうとしているにしてもこの堅物が自分を煙に撒けるような人間でないことは重々承知しているし、平気で嘘をつくような性格をしてもいない。
これ以上こうしていてもしょうがないかと、亜美は身を翻した。
そうして教室から出ていこうとして、しかしその足が止まる。
逡巡するようなそぶりをして、そして亜美はまた北村の傍に戻ってきた。
「祐作。それ、まだ開けてないわよね」
細く白い指先で差したのは北村が握るアイスティーのボトルだ。
二本あるのは、もう一本は大河に渡すために買っていたのだ。それを渡してから話を聞こうというつもりだったのだが、結局渡しそびれたままだった。
「いらないんならちょうだいよ。てか、二本もいらないでしょ」
ずいっと手を伸ばす亜美に、北村はああと頷き、二本ともを譲った。
「あのさ、べつに一本でも」
それ以上何か言おうとする前に亜美に下手くそな目配せをし、それからポンと北村は彼女の背を押した。
その目配せの含むところを理解した亜美は、意外にも気の利いたことをしてみせた北村の意を汲み、勢いをとめることなく素直に歩いていく。
「ひゃっ」
突然首筋にあてがわれた物体のその冷たさに、大河が仰け反り素っ頓狂な声を上げた。
「なんだ、けっこう元気そうじゃん」
にやにやとした笑みを貼り付けた亜美は、口にしていたものが喉に詰まってしまいけふけふ咽ている大河の横の席にどっかと腰を下ろす。
実乃梨がいきなりどうしたのだろうかとじろじろ見ていたが、亜美の手にあるボトルに気がつくと、得心しふふっとこぼした。
そんな実乃梨のことはわざと意識の外にやり、亜美は大河の呼吸が落ち着くまで待つ。
「なにすんのよ」
じとりと大河が視線をめぐらす。ふむと亜美はむくれ気味な顔を覗きこんだ。
心もち、顔色は良くなったようだ。普段の威勢のよさはまだなりを潜めてはいるが、無視しなくなっただけでも上々としておこう。
嫌がらせしてきたかと思えば人のことを穴が空くまで見ているわけのわからない亜美に、沸々と血圧を上昇させられていく大河はキッと吊り上げた瞳を向ける。
「だ、か、ら。なにすんのよって聞いてんのよ」
「ごめーん。なんか辛気臭いからうざったくって、つい」
そんな大河のことなぞどこ吹く風。亜美は殊更にいやらしく言ってのけた。
鼻持ちならない憎たらしさに、思わず大河が席を立とうとしたときである。
「ああ、そうそう。ほらよ」
北村から託されたアイスティー。
それを亜美は大河にふわりと軽く投げよこす。
中途半端に浮いたお尻をぺたりと椅子に乗せ、落っことしそうなおっかない手つきでお手玉をする大河は、やっと両手でボトルを捕まえた。
「なによこれ」
キャッチしたボトルを手の中でころころ転がしながら見てみる。
そこの踊り場に設置してある自販機で買える、ただのアイスティーだ。
「あげる」
あらぬ方向に向けた顔で、投げやりに聞こえるような感じでぽしょりと亜美は言った。
大河が目を丸くした。
234174 ◆TNwhNl8TZY :2010/11/01(月) 18:57:09 ID:0OY8+B2Q
「ばかちーがなんかくれるなんて、気味悪い」
いつもどおりのあまりにもあんまりな言い草に、そりゃむかっ腹は立った。
立ったが、おくびにも出さないでもう一本、北村から受け取ったボトルを開ける。
ほんの少しだけ、いつもどおりの大河に安心している自分を見つけて、それだけで充分だった。
と、それまでさてどうするのやらと面白そうににこにこ眺めていた実乃梨が割って入った。
「あーみんはやさしいのう」
「でしょ? 亜美ちゃん超かわいい上に超やさしいから。もう完璧すぎてまさに女神のごとくだから」
実乃梨の言葉にあたりきしゃりきとばかり得意満面笑んでみせ、これ見よがしに胸まで張る。
そんな亜美が気に入らないながらも、でも、そこまで嫌な気持ちにもならなかったのは、気持ちの深い部分では大河もなにかを感じとったのかもしれない。
「言ってなさいよ。このばかばかちー」
口にしたアイスティーはほのかに甘かった。喉を流れ、鼻腔から抜ける茶葉の香りが頭をすっきりさせていく。
胸に沈んでいたものを乗せるように、ほうっと深い息をつく。
知らず知らずのうちに張り詰めていた心がたしかに安らいでいくのを感じて、大河は二人の存在に感謝したが、だからこそ、黙っていなければならないことが一層辛くなる。
実乃梨も亜美も、きっと本音では何があったのか気にしているだろう。でも、今は何も言わずにいてくれている。
いつもどおりでいられるように。
心苦しさでいっぱいになった。
それでも竜児が自分で打ち明けていないことを、竜児の目がないところで勝手に誰かに教えてしまうのは間違っている。
だけど。
大河はぐっと歯を噛みしめ、堪えた。
降って湧いた、いっそのことすべてを話して、助力を仰ぎたいという考え。
そんなことでどうする。そんなことをしていったい何になる。
竜児のママが記憶喪失なのと、そう言って、それで。そこからのことはこれっぽっちも進みはしない。
泰子のこと。治すことが仕事である医者が何もできずじまいで、家族ですらない自分たちにはたして何ができるのか。
結論はわかりきっていた。なにもできない。
ましてや現実感すらあまりないような難病だ。信じさせることだけでだって多少なりと時間が必要だろうし、目の当たりにしていないなら尚更のことだ。
しかしながら、そもそもからして泰子と接点のない二人であり、こちらに関しては然程気を揉むことはないだろうと大河は思った。
問題は、竜児のこと。大方の事情を理解している大河でさえ接し方を慎重に選んでいる今、その事実を唐突に突きつけられた形の二人がその後取る行動に、大河は責任をもてない。
もちろん実乃梨だって亜美だって、浅はかなことをしたりはしないはずである。
でも、それを竜児がどう思うかは竜児しだいだが、なんとなく良いようには思われないだろう気がしてならない。
235174 ◆TNwhNl8TZY :2010/11/01(月) 18:58:09 ID:0OY8+B2Q
今朝だってそうだった。さらに言うならば、もっと前からも。
退院の日取りは事前に聞いていた。今日の午前中だ。
竜児は無論のこと、大河も泰子のことを迎えに行くつもりでいた。それをすることは当然のことだと大河自身は思っていた。
竜児はそうではなかった。
なにもおまえがそこまですることはないと遠慮して、なおも食い下がる大河の同行を頑として受けつけなかった。
単位だの出席日数だの、他諸々の評価なんて大河にとっては歯牙にもかけないようなどうでもいいことではあったが、最終的に折れたのは大河であり、彼女は渋々竜児の言うことを聞いた。
甚だ的は外れていながら、それが純然たる優しさからくるものであることはわかっていたからだ。
だから、大河はそれ以上なにも言うことなく、飛び出すような勢いで高須家をあとにした。
朝食と、それに弁当がどうだのという竜児の声はあえて聞かないふりをした。顔を合わせたままでいると怒りだしてしまいそうで、嫌だった。
通学路。早朝独特の痛いくらいに澄んだ寒さが身に沁みる。空虚な感情と空腹に泣き虫な腹の虫は後悔を訴えるが、無理やり黙らせる。
途中のコンビニで簡単にすませようと何度自分に言い聞かせ、何軒素通りしただろう。
食欲はないこともなかったが、それすらも億劫だった。
いや、そんな味気のないものに魅力を感じなかったからという方がまだ正しいか。
ここ最近竜児は泰子に付きっきりでいた。大河も時間の許す限りは竜児と共に見舞いに訪れてはいたが、毎日となると難しい。
その上、あのわからず屋はさっきみたいなことを言うのだ。もう暗いからとか、先に休んでろとか、こちらを案じる言葉を添えて。
疲れているのはよほど竜児の方だろうに。
そんな竜児を置いて一人帰るわけにはいかなかったが、だけど決まって最後は押しきられる。
昨夜もそうであり、そうなると竜児と一緒に食事をする機会もなく、間に合わせのものを口にする気はさらさら起きてこない。
おかげでここしばらく、まともな食事にありつけないでいることが多い。
自分以外誰も居ないマンションの一室は殺風景で冷たく、することだって何もなく、したいことだってなく、張りつくような疲労からも逃れるように、帰ったらただ眠りについた。
まどろみの中、竜児が帰宅すればすぐにわかった。夜も深い時刻になっておしかけ、余計な手間をかけさせることなんてできなかったため、足の遅い睡魔がやってくるまで窓からもれる明かりを眺める。
そうしている間だけは、どこかが空っぽになっていることを誤魔化していられた。
でも、明かりはじきに消える。そうなるともう誤魔化しきれない。
広がる暗がりで。誰もいない部屋で。隣に歩く者のいない通学路で。竜児のいない教室で。
役立たず。空っぽなどこかから染み出してくるその言葉が、まるで所詮そんなものだと思い知らせるかのように木霊する。
竜児のことを支えてあげたい。なんでも受け止めてあげたい。ちょっとでいいから力になりたい。
そんなの全部できないかもしれないけど、でも。
せめてこんなときぐらい、もっと頼ってほしかった。
いつか虎と竜は並び立つものだと自分に教えた張本人はその実、差し伸べる手のことごとくを取らずにどんどん一人で行ってしまう。
236174 ◆TNwhNl8TZY :2010/11/01(月) 18:59:09 ID:0OY8+B2Q
並び立つということは、対等であるということではなかったのか。なのに実際にはこの関係はあまりに一方的なものであり、それどころかおまえなんて必要ないと、今やそれに等しいほどだ。
少なくとも大河にはそう感じられてならないし、不可視の壁でもはさんだように遠くにある竜児がとことん不安定なように見える。
脆い足場で強引に踏ん張り、すぐにも倒れそうな危うさを隠すのは、偏に、背負った泰子のため。
無理をしているのは誰の目にだってあきらかで、何故一番近くにいるはずの泰子が気づかないでいるのか大河には理解できなかった。
記憶なんてなくても、それとなくわかって然るべきだろうに。
ぶつけどころがなくて膨れ上がった不満が、見当外れにもほどがある方向に矛先を向けていることに気がつくと今度はそれが何より腹立たしく、大河は自分でももうどうしたらいいのかわからなかった。
泰子のせいでは断じてない。もちろん竜児のせいなんかじゃない。結局誰のせいでもありはしない。
何もさせてもらえない役立たずの小さな自分。頼ってももらえないその非力さ無力が、どうしようもなく苛むのだ。
竜児にとっての自分の存在価値が希薄なようで。泰子からしたら会ったばかりの頃の赤の他人に戻ってしまって。
家族の輪から除かれてしまったようで、ただ、悲しかった。
不意に突き出されたのはハンカチだった。ごく淡い藍の生地に百合の白い花弁が刺繍された落ち着いた風合いのもので、宙に浮いたまま眼前で静止している。
「使いな、これ」
「え」
縦にゆらゆら振られたハンカチは、どうも下を見ろというジェスチャーらしい。
緩やかな動作で胸元に目を向ければ、水滴が制服の上で筋を作っていたり、雫になっていたり。
シャツには薄茶色の染みが広がっているところであり、そこで大河はやっと何が起きていたのかを把握した。
「ドジねえ、あんた」
亜美が呆れ顔という他にはなんとも喩えようのない表情を浮かべている。
大河は中身が半分以下になってしまったアイスティーのボトルを置いて、実乃梨からハンカチを受け取った。
「これ、ちゃんと洗って返すね」
ゴシゴシと力任せにあちこち拭きながらそう言うと、実乃梨は顔の前で手を振った。
「いいよいいよ。それよりも大河。ここ、こーこ」
そのまま人差し指だけを立てると、それを唇の端にもってくる。
そんな感触はしなかったが、口元まで濡れていたのか。
こぼしてしまっただけでも恥ずかしいというのに、まさかボトルに口をつけたままこぼしていただなんて、そんな間抜けな様を想像するともう火が点きそうだった。
いそいそと大河が口元を拭っていると、
「あー、まだだね。もちっと上」
実乃梨はさっきよりも少しだけ上の方を指す。
ほとんどほっぺたであったが、大河は疑うことなくハンカチを当てる。
すると実乃梨はわかってないという風に顔をしかめた。
「違うよ、もっと上だってば」
「まだなの?」
大河も不思議に思い始めた。これよりも上となると、鼻の位置よりも高くなってしまう。
さすがにそんなところにかかってしまうほど大げさにこぼしたことはないだろうし、下ならともかく、口よりも上に飲み物を持ってくるだろうか。
「まだまだだよ。どれ、貸してみ」
実乃梨は大河からハンカチを取ると、一度折り目を裏返し、皺を伸ばすようにぱんぱんとはたく。
それからそのハンカチを大河のおとがいからそっと沿わせ、口元、頬と、徐々に上らせていく。
大人しくされるがままでいた大河だったが、その視界が突如暗くなった。ハンカチで覆われたのだ。
押し当てられているようで、実乃梨の手の温もりがほのかに伝わってきて、じんわり暖かい。
「だめじゃんか、しっかり拭いとかなきゃ」
目は見えない。でも、だから目には見えない実乃梨の優しさが、普段よりもずっと身近に感じられて。
「ほんと、ドジなんだから」
見ないフリをしてくれているのだろう亜美の茶化すような口ぶりが、決壊寸前のものを寸でのところで堰きとめてくれて。
淡い藍のハンカチが次々に濃い水玉を浮かべる。点々としていたそれがいつしか繋がり、広がって、吸いきれずに染み出てきたものが、実乃梨の手のひらを熱く濡らしていく。
いまこの一時だけは何もかも忘れて、大河は声を殺して泣いた。
237174 ◆TNwhNl8TZY :2010/11/01(月) 19:00:27 ID:0OY8+B2Q
おしまい
ずっと言いそびれてましたが補完庫管理人さん、タイトルをつけていただきありがとうございました。
素敵です。
238名無しさん@ピンキー:2010/11/01(月) 20:29:40 ID:EjxzVYty
GJ!!
...だがこれで終わりっつーのは残尿感...
続きが欲しいっす
239名無しさん@ピンキー:2010/11/01(月) 23:08:29 ID:WVHp6aFG
GJでした。がやっぱり、悲しいままは辛いです。
是非、続きを切に望みます。
240名無しさん@ピンキー:2010/11/02(火) 22:51:48 ID:AqKsCem/
もしかしてこれ途中から始まってる?
241名無しさん@ピンキー:2010/11/02(火) 22:56:09 ID:e/OZ7p16
力作ですね〜
今回は伏線回かな?。原作で表現しきれなかった大河の自立が期待出来そう
面白そうだ。頑張ってください
242名無しさん@ピンキー:2010/11/02(火) 23:02:33 ID:d+d5VWSY
>>240
補完庫にあります。
243名無しさん@ピンキー:2010/11/02(火) 23:13:01 ID:AqKsCem/
>>242
ああ、やっぱりそうだったのか
教えてくれてありがとう早速読んでくる
244名無しさん@ピンキー:2010/11/03(水) 00:40:07 ID:NRZgKU2K
補完庫のと通しで読んできて、改めて
>>237
GJでした
これからどうなるのか非常に気になります
続きを待ってるので頑張ってください
245名無しさん@ピンキー:2010/11/04(木) 02:02:11 ID:Objgp+ol
補完庫ってどれだああ
19皿目までしかないじゃないかぁ;
246名無しさん@ピンキー:2010/11/04(木) 04:22:30 ID:8Nk18UPd
247名無しさん@ピンキー:2010/11/04(木) 22:10:42 ID:Xb/vhQKH
ななこいの続編、もうこないかなー

248名無しさん@ピンキー:2010/11/05(金) 01:10:01 ID:cQXlxRtB
>>237
GJです。大河の、竜児を抑える所とラストの実乃梨たちとの
やりとりがしんみりしましたが特に良かったです。


ところで原作をまだ読み切ってないんだけど奈々子様と竜児が直接話すとこってある?
249名無しさん@ピンキー:2010/11/05(金) 19:44:43 ID:M1LNagZl
あーみんのローマの平日の続編まだかなー・・・
250名無しさん@ピンキー:2010/11/05(金) 19:54:25 ID:M1LNagZl
連投すまん
心のオアシスの続編も楽しみすぎる
251名無しさん@ピンキー:2010/11/05(金) 21:32:02 ID:4NL+UYm8
なら俺は腹黒様
252名無しさん@ピンキー:2010/11/05(金) 23:33:37 ID:KCxZlirf
あーみんを肉便器にしたい
253名無しさん@ピンキー:2010/11/05(金) 23:36:42 ID:grpZ/6cq
勇者さま〜 帰ってきて

他にもいっぱいあって開く度になんか更新あるかドキむねするよ
254名無しさん@ピンキー:2010/11/05(金) 23:54:18 ID:4wfdqII3
KARsさま待ち
255名無しさん@ピンキー:2010/11/06(土) 16:33:32 ID:so/AqXeb
まとめサイト見てきたけど勇者の代わりに〜が面白かった
あーみんとすみれがチート過ぎて絶望した
てかこの2人だけ設定背景がやけに暗くて重い気がするわ
256アラサーの高須&櫛枝:2010/11/06(土) 20:21:26 ID:lzCYBpoH
「おうっ?櫛枝!?」
残業明け。深夜のプラットフォーム。終電に乗りかかった鉛のように重い右脚を、俺は一歩後ろに引き摺り、乾いた唇を手で塞いだ。しかしそれは既に手遅れだったようだ。
「え?高っ、高須くんじゃんYO!」
思いの外、荒げてしまった声が、かき上げていた彼女の髪の下から覗く、小ぶりな耳に届いてしまったようだ。
マズイ。このタイミングで、一番出会ったらマズイ人物だった。しかし彼女は、そんな俺の胸中など知るよしもなく、屈託のない笑顔を咲かせ、振り向きざまに俺の方へ駆け寄ってくる。
そう、初めて恋した、あの頃と変わらない眩しい笑顔を。
「うおおっ高須くーん!ひっさしぶりではないかー!ぬははっ!一昨年の同窓会ぶりだよねえ?どうだい?お主は。元気にしてたかね?!」
パスっと、叩かれる肩。そして呆然としている俺の腕を、彼女は強引に引っ張る。
「おうわっ、ととっ!見ての通り、全然元気だって!だから、突然俺の腕を引っ張るんじゃねえよ!驚いちまうよ!」
動揺した。何故なら力強く引き寄せられた反動で、彼女の肩を思わず抱いてしまったからだ。鼻先にほんのり、フローラルの香りがした。
「おぅふっ!引っ張んなったって、高須く〜ん!危うく君、ドアに挟まれちまうトコだったって!挟まれたら痛えよ?危険が危ないってばよ!」
そう言って彼女は、俺のすぐアゴの下で、ピンク色の唇を震わす。そんな無邪気な表情に、邪気溢れる俺の心臓が締め付けられる。そして堪らず目を逸らした。
「そ、そうだな?助けてくれたのに文句言っちまって、すまねえ。でもまあ、お互い元気そうで何よりだよな?」
大急ぎで取り繕った、アルカイクスマイルは、目の前の彼女以外には、狂気の表情にしか見えなかったようだ。周囲の乗客達が、ザザッと後ずさりする中、彼女は安心したように鼻息をひとつ。
「そ☆だ☆ね!私もおかげさまで、ここんとこ忙しくて、みんなとマトモに連絡とってないから、丁度今、元気でやってっかな〜って考えてたトコなのだよ!っそーだ!ユアワイフ、大河はどうだい?仲良くしてるかね?」
彼女はそう訊いてきた。俺は自分の女房の名前を聴いた瞬間、眉を顰めてしまった。周囲の乗客は、さらに距離をとる。
「た、大河は。まあ、普通だ」
自分の唇に手を当て、そう呟くように動かした。ふと気付けば、アゴの下にある彼女の細い眉が、八の字に変わっていた。
「ヘーイ高須くん。キミは相変わらずウソが下手ですのう。思い切り顔に出ちまってるよ。ねえ。大河となんかあったの?」
本気の心配顔。それは俺のためか、女房のためか。
「あ、いや。今朝、ちょっとな。喧嘩したんだ。まあ、今朝だけの話じゃねえんだが」
そうだった。高校卒業して直ぐに結婚して、大学を出た後にガキが出来た。そして数年経ち、恋人から妻になった大河とは、まだ幼いガキの進路のことで、言い争いになった。教育ママというのは、遺伝するのか。
「へえ、そう。でもさっ!喧嘩するほど仲がイイって言うしね?長年付き添ってれば、そんなこともあらぁな!そだ!偶然にも再会したんだし、私、高須くんちに一緒に行くよ!明日休みでしょ?大河とも会いたいし!」
大きく手を広げ、彼女は願ってもない提案をしてくれた。変わらぬオーバーリアクションは、周囲の乗客が引いてくれていたおかげで、思う存分繰り広げられていた。そして俺は、心と裏腹、目を閉じ、首を横に振る。
「いや。俺も久しぶりに櫛枝との再会を祝って酒でも酌み交わしてえんだが、この時間ガキが寝てっからムリだ。大河に叱られちまう」
再び目を開けると、少し寂し気に揺れる、彼女のどんぐり眼が飛び込んできた。
「そっか〜、残念!でもそうだよね。私、結婚してないから、そういうの気が回らなくて。ゴメンなさい」
そう言って彼女は、瞬時に表情を明るく替えた。それを見て俺は、終電に乗る時に彼女を見つけ、ヤバいと感じた展開通りの妄想を口にしてしまう。
「いや、いいんだ。俺こそ、折角櫛枝の提案を断っちまって。すまねえ。そんなワケでウチはマズイんだ。だからさ」
一瞬悩んで口が止まる。だが、
「ん?なあに高須くん」
もう口が止まらない。その時は彼女、櫛枝実乃梨の手を俺、高須竜児は握っていた。
「次の駅で降りて、二人きりで呑まねえか?」
そこは大橋駅よりかなり手間の都内の駅。駅が近づき、電車が速度を緩める。居酒屋のネオンが車窓を流れる。そして、ラブホテルの看板が、目に映り込む。


以上妄想です。すいませんでした。
257名無しさん@ピンキー:2010/11/06(土) 21:52:34 ID:2al8A44F
>>256
GJ!
たまにはこういうのもいいなぁw

続きが見たいw
258名無しさん@ピンキー:2010/11/07(日) 02:12:55 ID:PKz33r61
>>256  GJ

>>257 んだな
259名無しさん@ピンキー:2010/11/07(日) 02:13:49 ID:PC9Jfwdh
GJ!いい感じです。
私も続きをキボン。
260名無しさん@ピンキー:2010/11/08(月) 13:56:20 ID:Ff6pXZYg
>>256
うはっ、いいね!
ホテル入るところをあーみんが目撃とかもあったら…
妄想が膨らむw
261名無しさん@ピンキー:2010/11/09(火) 16:23:43 ID:4YOCw9ST
>>260
あ〜みんなんでそんな時間に繁華街にいんの?
262名無しさん@ピンキー:2010/11/09(火) 16:26:17 ID:eUCNiw/N
もちろん、竜児をストーキング中
263名無しさん@ピンキー:2010/11/09(火) 16:34:50 ID:y19pofa7
奈々子様が能登と春田に竜児をストーキングさせる話を思い出した
あれは面白かったな
264名無しさん@ピンキー:2010/11/09(火) 17:02:59 ID:6/gGjMMO
>>263
kwsk
265名無しさん@ピンキー:2010/11/09(火) 20:03:54 ID:rkIDXXz9
なんだってー!
266名無しさん@ピンキー:2010/11/09(火) 22:34:39 ID:hZOP5PW/
奈々子様SS最近来てないからなあ
ななこい腹黒様高須棒姉妹は復活してほしいなあ
267名無しさん@ピンキー:2010/11/09(火) 23:03:41 ID:4IQri3QB
確かにどれもずっと待ち望んでる作品だな…
268名無しさん@ピンキー:2010/11/10(水) 01:57:33 ID:nkDDStY2
>248

しかし、奈々子様なんて、本編中に竜児と会話があったかあやしいなあ
ゲームでは会話あったのかな?持ってないから知らんが。
麻耶ちゃんは北村の件で絡んでたが。

主人公の竜児からすると、ヒロインでもなく、サブヒロインもあやしく、その他の一クラスメイトの女子という位置づけだろう
269名無しさん@ピンキー:2010/11/10(水) 03:15:38 ID:QHeH1Byg
それを妄想で埋めるのがSSの面白さだよな。
そういう意味でSSの奈々子様話はかなり好きだわ。何か一番興奮するし
270名無しさん@ピンキー:2010/11/10(水) 03:47:10 ID:nkDDStY2
キャラの裏の背景があまり見えていないからこそ、いろいろと妄想できるし、入り易い
ヒロイン級の3人はそれぞれが強いクセのあるキャラだから、好きな人はハマるが、自分みたいにどの子も好みでなければ、サブもしくは他のキャラが魅力的に感じる
エロゲでもそうだけど。
これほどSS作者にメールやら感想を直接送れないのが悔やまれることもない……
271名無しさん@ピンキー:2010/11/10(水) 05:51:31 ID:Ph/mkN+/
>>263>>264
174氏のNOETの事でしょう
272名無しさん@ピンキー:2010/11/10(水) 08:44:26 ID:8hAxP0td
>>271
わざわざありがとうございます。
それってテンプレのまとめサイトに載ってますか? 見た感じ無いんです。
273名無しさん@ピンキー:2010/11/10(水) 09:12:18 ID:P741zJut
あるよ、一通り探せば
274名無しさん@ピンキー:2010/11/10(水) 09:23:12 ID:Ph/mkN+/
まとめWikiの画面やや下部にありますよ
NOETをキーワードに画面内検索すれば見つかるハズ
275名無しさん@ピンキー:2010/11/10(水) 09:47:56 ID:8hAxP0td
了解!
やってみます
276名無しさん@ピンキー:2010/11/10(水) 21:35:42 ID:O60s/XDR
懐かしいな、NOET
あれも続きが読みたいよ

しかし174さんも息が長いな
かれこれもう丸二年は居るんじゃないのあの人
277名無しさん@ピンキー:2010/11/11(木) 00:25:54 ID:4V7QjQcI
>>268

ん…サンクス
ちょっと何か考えてみよう…
278名無しさん@ピンキー:2010/11/11(木) 01:19:32 ID:AONco9o+
>>276
良作を書いてくれる作家さんが多数居てくれるというのは
大変ありがたいことだね
実を言うと原作よりSSのほうが好きだったりする
279名無しさん@ピンキー:2010/11/11(木) 01:59:21 ID:7935OP6Q
俺もSSの方が好きだわw
まあ原作が魅力的で土台がしっかりしているからこそSSが成立するんだけどさ
280名無しさん@ピンキー:2010/11/11(木) 23:46:53 ID:7935OP6Q
最近の作品ではHappy Ever Afterの竜児のウンチクっぷりや潔癖症を前提としたギャグが
すごいハマってて笑えるwww
281名無しさん@ピンキー:2010/11/11(木) 23:57:06 ID:a+JxCqdx
ゴールデンタイムはこのスレ的にはどうなの?
いまいちキャラが薄味な気がするけど
282名無しさん@ピンキー:2010/11/12(金) 18:43:29 ID:OsEwpTbl
未読
283174 ◆TNwhNl8TZY :2010/11/14(日) 13:08:08 ID:CRNj3M8S
小ネタSS投下
「NOET 3.5ページ目」
284174 ◆TNwhNl8TZY :2010/11/14(日) 13:09:05 ID:CRNj3M8S

深まる秋も終わりを告げはじめた十一月の半ば。
そろそろ夜長にも慣れだし、吹きつける寒気に人々が人恋しさに心揺さぶられる、そんな時分である。
場所は大橋高校のとある教室。時は下校時刻を大きく過ぎた、すっかり人気のない頃合だ。
いかがわしい不順異性交遊にはおあつらえむきのシチュエーション。
しかし、もし本当にそうであるならば、教室内に二つある影の片方、長身長髪の男子らしき生徒はそうとうにマニアックなご趣味をお持ちだろうと察せられる。
何故なら彼はもう片方、これも長髪の女子生徒の前で正座なんぞしているのだから、若人にあるまじきアブノーマルっぷりだ。
甚だに将来が危ぶまれる。
一応彼の小指の爪の先にくっついた鼻くそよりもみみっちく矮小な名誉のために言わせてもらうなら、そこまでの変態性は持ち合わせてはいない。
校舎内、それも女子更衣室に平然と忍び込み、学内屈指の美少女のスカートに顔を埋めくんかくんかもふもふし、あまつさえ孤独な遊戯に耽っていたという紛う事なき変態ではあるものの、被虐的嗜好に倒錯するような高みにまでは至っていない。
それも時間の問題かもしれないが、今はまだ、人の道と言うものの端っこをおっかなびっくりよたつきつつも踏みとどまっている。
彼女の方においてはそんな危ない男子など恋愛対象として見ていようはずもなく、しかしてこの状況も、健全な不順異性交遊なぞのそれとは決して重ならない。
一体何用でこんな時間にこんなことをと思っているのは彼とて同じである。
また今日もフラグを数えるお仕事が始まるよin校内をため息と共に終え、また今日もフラグを数えるお仕事が始まるよin校外のためにストーカー行為を続行する相棒の後をついていこうとした矢先、彼の肩を、目の前にいる彼女が掴んで止めた。
そしてここに居残っていろと小声で囁く。
すわとうとうお仕置きかと、心当たりのないようであるような恐怖に慄く彼を相棒は平気で置いてけぼりにし、自分の仕事を完遂するためにとっとと先を行ってしまった。
追い縋る自分から全速力で離れる、天晴れなほど保身根性剥き出しの相棒を彼は恨んだ。それはもう呪わんばかりに恨んだ。
恨んだが、それ以上にこんな面倒なことに首を突っ込んだ自分自身を彼は恨み、何でもっと早く袂を分かたなかったのかと腹の底から悔い、そして絶望しながら教室から一人、また一人と生徒が帰るのを見送った。
別れの挨拶をいちいち大げさに交わす彼を、級友はどんな思いで見ていたのだろうか。
おそらくは一様にアホがとち狂ってると思っていたことだろう。彼に向けられていた眼差しはどれも生温かった。
そうして日は暮れ、二人っきりになり、見回りの事務員もやり過ごし。
他人に見られる心配はこれでないだろうと判断した彼は真剣な面持ちで席を立ち、椅子に座り頬杖をつく彼女の前で流れるような動作でおもむろに土下座の構えをとった。
すみませんすみませんと泣きを入れるみっともなさでは右に出るものの思いつかない情けない男子を尻目に、ほぅっと女子はこめかみに人差し指をあてた。
とりあえず顔を上げさせはしたものの、はてさて何から言えばいいのだろうか。
悩んでいても仕方なく、このままこうしていたところで埒も明かない。
怯え竦み上がる彼をこれ以上拘束するのも可哀想だし、本音を言えば、あまり近しいお付き合いをしたくもない。
言うだけ言ってみますか、と。
そして、彼女からしたらわりと控えめにあるお願いを頼んで、けれど彼からしたら唐突突如突然に死刑宣告に等しい、ある命令を仰せつけられた。
彼の胸中たるや、さながら地獄へのエレベーターだぜ。

「いやだあああああああああああああああ!?」

デニム地を裂くような野太い野郎の悲鳴が、真っ暗な廊下に木霊した。

「しー。春田くん、静かに。お口にチャックして」

「できっかあ!? ていうかそうじゃねえよ! 何だって俺がそんな!?」

必死に前言撤回を求めているのは春田浩次である。既におわかりであろう。
そんな春田に声を潜めて優しく注意をしているのは香椎奈々子だ。
本来ならばもう一人、お馴染みの目立たないメガネは今はもう自宅へと向けて疲れた体を引きずっている頃だろう。
285174 ◆TNwhNl8TZY :2010/11/14(日) 13:10:07 ID:CRNj3M8S
ちなみに今日の戦果は、買い物先であるスーパーにおいて大河が買い物カゴにこっそりと紛れ込ませた育児雑誌でそこはかとなく不穏なアピールをかまし、
店を出たところを待ち構えていた実乃梨が偶然を装いつつ「一緒に帰ってもいいかな」と背後から声をかけたそのときに、一度自宅まで帰ったのだろうか、
この季節では少々肌寒いだろう露出の多めな服装に着替えてきた亜美が「これからどっか行かない?」等と息を切らせて上気する頬、弾む胸をこれ見よがしに押し付けて誘い、
大河と実乃梨が二人がかりでそれを懇切丁重にお断りし、往来の真っ只中で燃え盛る火柱三つがわけも分からずしどろもどろに眺めているしかなかった竜児を奪い合うという比較的穏やかなものだった。
そんなもんを見せつけられている方の心労は推して知るべしである。
ではなにゆえ今日のこの日に限って能登が単独行動をしているかというと、それは春田が奈々子に捕まっているからであり、何故奈々子は春田を残らせたかというと、ある頼み事があったからだ。

「もぅ、そんなに難しくないでしょう。いつもやってるのと大差ないじゃない」

奈々子からしてみればついでのつもりでという、簡単な頼みだった。
だから春田のあまりにもぞんざいな言い草での拒否ように唇をとんがらせ、ぷっくりほっぺを膨らましたりしてみる。
なかなかに可愛らしい。だけでなく愛らしい。しかも子供っぽいのがどことなく扇情的だ。
こんな人気のない夜の学校でそんな無防備かつ拗ねた仕草なんてとられた日には押し倒されたって双方合意の上だったじゃんと勘違いされても仕方なかろう。
若さとはえてしてそういうものだ。勢いが、そして今が大事なのだ。
仄暗い影の中からぬっと欲の望みがかま首をもたげ耳元まで這いずり上り、誘惑の言葉に甘い吐息を振りかけて囁く。
お前の栄光時代はいつだ。長いこと一緒にいるけどよ、俺あそんなもんについぞ出合ったことはねえ。
先に送って送って、その結果がこれだよ。他人の幸せを羨んで、指くわえてぼけっと見てるだけ。
いつだって待ちをくらって、それでわりをくうのも俺の方だってのにな。
待てど海路の日和なし、いったいいつになったら新しい世界に乗り出すことができんのかね、たく。
おおっと、勘違いすんな。べつに責めちゃいねえからよ、お前は俺で俺はお前なんだ。
数々の苦労を分かち合いバケツに溜まるほどの涙をお猪口で酌み交わし肩を抱き合い励ましあってここまで進んできたじゃあねえか、委細知ってるに決まってんだろう、お前のことなんて。
そんな俺だからさあ、お前がまさかそんな奴じゃねえってこたあよおっく理解してんだよ。骨身に染みてるよ。
でも、ほら、ちょっと手を伸ばせばさ、な? こんなまたとない好機なんて、な? 俺たちゃ男であっちは女で、な? 言わなくったってわかんだろ、な?
そりゃあよ、栄光時代ってのは省みるものであって目指すべきところじゃあねえよ、単なる通過点に過ぎねえよ。
通った後になってから、ああ、あれがそうだったんだって初めて気がつくのが大半だよ、それでいいんだ。
だけど、その栄光時代があるとしたら、紛れもなく今がその時だぜ。
他の誰がなじり誹って批難しようと、俺だけは力いっぱいよくできましたねって誉めてやるよ、だから。
ユー、やっちまいなよ。
などという葛藤ややんちゃなジョニーの自己肯定的言い訳にはこれっぽっちも耳を貸さず、春田は持って生まれた強い意志でかぶりを振った。

「どこがだよ、ぜんぜんいつもと違えよ!」

「そうかしら」

あくまで態度を崩さぬ奈々子に春田は床を手の平でバッシバッシと力いっぱい叩く。
痛みが熱となって広がるが知ったこっちゃない。
他に込み上げるやり場のない感情を発散する術がないのだ。
相手が女の子じゃなければとこれほど切に願ったことはないだろう、でなければとうにぶん殴っている。

「俺さ、確かに聞いたよな。何もしなくていいんだよなって」

確認を取るべく、春田がまるで懇願するような四つん這いの体勢で苦々しく口を開く。
それはあの日のここで、夕焼けの中誓いを立てた、否、立てさせられた時に唱えたセリフ。
紙くず同然のものだとて約束は約束だ。何らかの効力を持って然るべしだ。それを条件にあんな理不尽極まる頼み事を飲んだのだ。
なのに、である。

「何で高っちゃんだけじゃなくて、タイガーたちのことまでつけなきゃなんないんだよ」
286174 ◆TNwhNl8TZY :2010/11/14(日) 13:11:08 ID:CRNj3M8S
しかも春田一人でだ。
ここで今日これまでの能登と春田の過酷な日常を掻い摘んで述べよう。
まだ薄暗い時間、目を覚ました能登は登校準備を終えると学生鞄を引っ提げ、春田の自宅へと向かう。
寒い眠いめんどくさいと渋る春田を迎えに行くのだ。
これが女子だったらまるで学園ドラマの定番であるが、やってくるのは幼馴染でちょっと地味なしっかり者のおさげ委員長でなく、冴えないメガネの男である。
想像しただけで吐き気がする。そんなのはお互い様だった。
朝っぱらから景気の悪そうな顔でぶちぶち文句をたれつつの二人が足を止めたのは学校ではない。
竜児の家の前だ。
能登と春田の一日が本格的に始まるのはここからと言っていい。
電柱の後ろに隠れながらしばらく待ち、大河を伴った竜児が通学すると即座にその後を追い、何かあれば逐一余さず記録する。
澄んだ空気を肩で風きり過ぎ去った道にぺんぺん草も下を向かせる淀んだ何かを残す二人は何かに追い立てられるように竜児から一定の間隔を保ちつつ歩を進める。
学校に着いてもそれは変わらない。むしろ着いたと同時に試合開始のゴングが鳴る。
多くの在校生、並びに教師にとって、竜児の存在は無視できないものだ。
ヤンキー高須の名は本人の与り知らぬところでその蛮力を恣にし、市内はおろか県内でさえもはや掌握が完了していると言って過言でない。
まさに魔王である。
実際には寄ってくる女子を追っ払う大河が、時折竜児を亡き者にせんとする愚かで不幸な他校の不良を「あんたたちもね、あんたたちもそうなのね」と勘違いしてこてんぱんにのしていたのだが、
どこをどうしたらそんな尾ひれまで付いたのか、ヤンキー高須が篭絡した木刀女に身の回りの世話を焼かせているという噂が真しやかに巷に流れ、
巡り巡って駆け抜けたその噂は多大な感染力と恐怖でもってすっかり近隣に定着してしまっていた。
真実はまったくの真逆であり、その木刀女の世話を焼いているのはあのヤンキー高須の方であるというのに。
しかしこれならば大河がその勇名を馳せそうなものだが、彼女は男女の隔てなしに決まって胸を張り、ほっぺを色づき始めた苺みたく染めつつこう言った。
「あいつは私のもので、私はあいつのものなの」と。
笑顔で宣言した大河のそれをとどのつまりはヤンキー高須が強力な戦力を二重の意味で抱き込んだと誤解され、ただでさえ厄介な立ち位置が更に厄介なものにされていた。
当の竜児本人は全く関与せず、また耳にしたことすらないためそんな噂の存在自体知らない。
なので、以前よりも若干強く感じる自身を取り巻く畏怖の念と視線にちょっと傷つき、余計に目を細め、それがまた周囲に要らぬ恐怖心を植えつけているという悪循環に。
これは竜児をよく知らない人間に特に顕著に見られる傾向であり、彼の人となりを少しでも知っていればその境遇に同情すら覚える。
2-Cや同学年の生徒においては比較的竜児の評価は悪くない。好感を持っている者も少なくない。
そして、竜児にそんな印象を抱いているのは押し並べて女子生徒ばかりである。
特別な感情と言い換えても差し支えない。
奇っ怪千万だ。
関わったら新築物件の人身御供か風呂屋に沈められるとまで恐れられているというのに、直接関わった者は近いうち偏見を捨て去り、なんでもなかったかのように普通に付き合えている。
それは性格やら人間性をひっくるめ、偏に竜児の持つ徳と言ってもいいが、にしたって異常なのだ。
無自覚な分たちが悪い、その誑しっぷりが。
竜児は面倒事に巻き込まれることが多い。
大河を引き合いに挙げれば、彼女の起こしたドジにはほぼ毎度毎度巻き込まれる。
それだけ竜児と大河が一緒に行動しているのだからと言えなくはないが、傍らに大河がいないところにあっても竜児は何らかの事態に出くわす。
それはナンパされる下級生の前であったり、ソフト部マネージャーと体育倉庫に閉じ込められたり、麻耶が階段から足を滑らせるところにだったりと、枚挙に暇がない。
共通しているのは皆女性であることと、事態が収束する頃には竜児を見る目が変わっているということ。
まるで恋する乙女のような。
極々一部の男子が極々たまにそんな目を竜児に向けていることがあるが割愛させていただく。
もしかしたら成就するかもしれない恋と、もしかしなくても成就しない恋というものが世の中にはあるのだ。
とにかく竜児は歩けばそんな場面にぶつかることがままあるのだ。顔見知りであろうと初対面であろうと関係なく。
287174 ◆TNwhNl8TZY :2010/11/14(日) 13:12:10 ID:CRNj3M8S
ならばどこでそんなどぎつい桃色をしていそうなものにぶつかるのかといえば、学校がその多くを占める。
当然だ。竜児は学生であり、日々の大半をこの学び舎で過ごすのだから。
あちらが校門をくぐるとにわかに能登と春田が忙しなくなる。
特殊な磁場かはたまた力場でも生まれているんじゃないかと疑ってしまうくらい、行き交う人々は竜児から一定以上は離れる。目も合わせようとしない。
真っ二つに分け開かれた道を、慣れたもので、大河は意にも介さず悠々と竜児を引き連れ歩いていく。
と、一瞬だけ大河がキッと目を吊り上げた。当然竜児には見られぬように。
女の勘はとても鋭いものなのだ。
加えて野性のそれも持ち合わせていそうな大河の勘はとても、とても鋭い。
具体的にどのくらいかというと、足音や話し声などの雑多なざわつきに混じってこっちへ来ようとする特定の気配を敏感に察知できるくらい鋭い。
大体の方向もわかる。目つきを険しくしたのはそちらへ向けて威嚇したのだ。
今回はそれだけで片がついたらしい、何事も起こらなかった。
が、腹に据えかねる大河はむらむらと立ち上ってきた怒りのままに駆け足で下駄箱まで。
なにも野性の獰猛さでもって狩りに行ったわけでも追い討ちをかけんとするためでもなく、下駄箱の中をチェックしに行ったのだ。
自分のではない、竜児のを。
これは毎朝のことである。竜児は戦々恐々となった。これも毎朝のことである。
テレビの星座占いで「乙女座のあなた、今日死にまーす」なんて未来を占われたような顔をしており、牛歩のごとく足が進まない。
先に靴を履き替えていた大河が何故か不機嫌になっていることがある。
理由は皆目見当もつかないが、そうなるとと思うと気が滅入る。
知らないということが罪なら竜児はとっくに縛り首にでもなっているだろう。
そうでなくても既に大河がその首に愛と名のつく鋼鉄製の首輪を嵌めているかもしれない。伸びる鎖が一本とは限らないが。
その日は不審な果たし状は確認できなかったので、大河はけろりと竜児に早く行くわよと促す。
校庭から竜児の姿が消えると、安堵の空気が一面に漂う。
少しだけ、嫌な気持ちになる。
あいつらの気持ちもわからないでもないがと能登と春田は複雑に思うものの、途端それ以上に嫌な気持ちにさせられるものを目撃してしまった。
大河に阻まれて渡しそびれてしまった弁当箱を抱え、ぽつんと寂しげに佇む下級生。
なけなしの勇気を振り絞ったことは想像に難くない。
能登は誰かの代わりにごめんと呟きつつ彼女のことを手にして構えていたノートに記し、竜児たちが入った頃だろう教室へと向かった。
何食わぬ顔で二人が戸を開けるとそこは凍てつく雪国も真っ青のいつもの2-Cだった。
普段はわりと遅めに登校する亜美は今日は竜児と大河よりも早く到着していたようで、朝の軽い挨拶をにこやかに交わしている。
竜児とはまるで恋人にでもするような甘いものであり、次の大河とは傍から見れば完全に罵りあいである。
ほっぺにちゅっはさすがにやりすぎだ。
そして窓の外からは実乃梨の喚き声が拳骨よりも大きいソフトボールと共に投げ込まれている。
げに恐ろしきは正確無比と例えてなお足りないほど的確に開け放った窓に狙って入れられる制球力でも抜群の肩でもなく、彼女は如何にして竜児の現状を察知できたのだろうか。
みのりんレーダーの繊細精緻かつ膨大強力な受信力侮りがたし。
そうしていつもどおり活気というか騒音に満ち満ちた朝は担任独女がHRを終えるまで続き、その後しばらくは冷戦状態に突入する。
さすがに授業中まで好き勝手やってたらあまり良い結果にならないことくらい誰しもわかっているのだ。
合間合間に挟まれる休み時間も大したことはできない。何かしようにも短すぎる。
だから一日のうち、昼休みが最も熾烈激烈猛烈を極めるのは語るに及ばない。
どんなあれやそれが勃発しているのかは呼吸すらも億劫だというように消沈しきっている能登と春田の疲弊度合いを見ればおおよそ把握できることだろう。
しかし一日の大半のエネルギーをその約一時間に持ってかれた彼らに、未だ休みは訪れない。
クラスメートがなだらかに惰性で過ごす午後の授業であっても気を張り詰めさせ、時折突然神隠しに遭うゆりがいなくなったLHRも終え、放課してからが踏ん張りどころだ。
褌を締めなおして臨まねばならない。
外の世界は未知で溢れている。出会いの宝庫だ。
いつどこでフラグとも地雷ともつかないものに遭遇するかわかったものではない。
288174 ◆TNwhNl8TZY :2010/11/14(日) 13:13:08 ID:CRNj3M8S
なにより、まかり間違っても竜児がお持ち帰りされるようなことになるようならそれとなく出しゃばり、いい雰囲気に水を差して台無しにしてやらなければならない。
相応に本気であり、望みをかける乙女たちにとってこれほど迷惑で卑怯な邪魔のされ方もないが、能登と春田にしてみても命懸けに本気なのだ。
特定多数から怨まれるのと失恋に崩れた奈々子の相手をすることを秤にかけた末の苦汁の決断なのだから、あまり責めてやるのも酷というものである。
だが、あっけないほどに何もない日もある。
校外は想定外の事態が起こることがしばしばあれど、竜児がすんなり帰宅できる日も確かに存在する。
そう、奈々子が春田に大河たちのことを探ってこいと仰せ付けた原因はこれに起因する。
ふと気になったのだ、彼女たちが何をしているのか。
行動した後になってみなければ何をするのかわからないのは当たり前であり、事前に知っていれば対策を練るのは容易であることも当たり前である。
情報を制する者はなんとやらとは使い古された陳腐な名句ながらも、知るということは掛け値なしで力なのだ。
詭弁である。
最近奈々子は多分に焦りを感じていた。
先の竜児が風邪をひき、そのお見舞いに行ってからというもの、どうにも前にも進めず後にも引かず、足踏みをしているだけのように思えてならない。
特に何もしないのであれば自然にしていればいいのに、それでは満足できないというか、けれどいきなり馴れ馴れしくするのも違うだろうし。
そんな風に一歩も動けないでいる間にも、大河たちは竜児を手中に収めようと躍起になり、絶え間なく数多のアプローチをしかけているというのに。
恋慕の情が募るに従いジレンマも肥えていく。
膨らむそれをありのままぶつけるには、奈々子の勇気はまだ幼かった。
なので、だ。
その勇気が成長するのを待ちつつ、また、いずれ迎える予定のその時、万全に万全を期するため。

「そこをなんとかお願いできない、春田くん」

なんとしても頷いてもらわねばならない。
それはもうなんとしてでもだ。

「なんとかって、んな勝手な」

だがしかし春田だってはいそうですかなんて唯々諾々と了承するわけにはいかない。
男にストーカー行為を働くというのもそうではあるが、女の子にそんなマネを働くというのはもっと抵抗がある。
現代日本で仮にも高等教育を受けている彼はそのFM-8ばりの処理速度の脳みそをフル回転させ、もっともらしい理由での断り方を必死に検索する。
なかなかうまく丸め込めそうなものは見つからないが、奈々子の頼みを聞いてしまった場合の展開は、目を逸らしたいのにまざまざと瞼の裏に映し出される。
ただでさえ竜児一人を追いかけ回すのに二人ががりでやってるのに、一人で、それもあんな大人数だって? 冗談じゃない。
しかも事が露見してしまえば社会的にせよ肉体的にせよ抹殺されるだろう、必定だ。
人生棒に振りたかないし、まだ天に召したくなんてない。

「俺は絶対に嫌だからな。なに言ったってムダだからな」

頑として譲るわけにはいかない。
ご主人様によく躾けられたわんちゃんよろしく四つん這いという格好ででも、断固拒否の姿勢を貫き通し、春田は突き放すように言った。
これには奈々子も眉根をひそめ、困ったという顔になる。あくまで表面上は。

「どうしても?」

「どうしてもだよ」

「こんなにお願いしてるのに?」

「どんなに頼まれたって、なに言われたって、俺は絶対やらないからな」

そう、と呟き、奈々子が悲しげに目を伏せた。
差し込む月明かりに照らされた横顔に、儚く一筋星が流れるのを春田は見てしまい、打って変わって動揺しだす。
断固拒否の姿勢はどこへやらだ。

「な、なにもそんな、泣かなくったって」

あんなもん演技に決まってんだろ、今までだってこの手でさんざんっぱらハメられてきたじゃないか。
そうは思ってみても、罪悪感は高まる一方である。
十人に尋ねれば十人ともが首肯するというまでに春田はほとほとアホだったが、悪い人間じゃあなかった。
少なくとも泣いている女の子をほっとけないほどには。
289174 ◆TNwhNl8TZY :2010/11/14(日) 13:14:06 ID:CRNj3M8S
「だって、だって」

ぐしゅぐしゅ両袖で目元まで拭う奈々子はただ「だって」と小声の涙声で繰り返すばかりで、その様子はまるで叱られた子供そのものだ。
どちらかといえば同年代の中では大人びた印象を与える彼女のそんなギャップに、いよいよ春田の顔から血の気が失せてきた。
そのくせ発汗は尋常ではない、おそらく背中はびっしょりで地肌が透けて見えるだろう。
とかく女の武器というものは実に使い勝手がいい。なおかつその威力は無類である。
それを実証でもするように、みるみる春田の心の氷を溶かして流していく。
硬く閉ざしたそれを丸裸にするのにさしたる時間は必要なかった。

「もういい」

しばしの間ひっくひっくしゃくりあげていた奈々子が、聞こえるか聞こえないかというギリギリの大きさでそう呟いた。
恐る恐るおもてを上げた春田に、ごめんね、と前置きをおくと、早口で捲くし立てる。

「春田くんがそこまで嫌だったなんて気付かなかったの。春田くんならきっとって。ごめんね、そんな風に勝手に決め付けちゃってて」

「い、いや、ちょっと待ってくれよ。そういう言い方されるとなんか」

「こんな遅くまでくだらないことで残らせちゃってごめんね、ほんと。あたしのことなんて気にしなくっていいから、今日はもう帰っていいのよ」

「だ、だからちょっと、俺の話も」

「もういいってば。先帰ってて」

とうとう奈々子は机に突っ伏し、顔を隠してしまった。
やおら春田が立ち上がる。
長時間正座を強いられていた足は血流がせき止められていたためにふらつき、固いはずの床は無いも同然の感覚で、踏みしめる度じんじんとした独特の痺れを訴える。
無視し、細かく肩を震わせる奈々子の対面に回り込んだ。やや腰も屈め、合わせようと目線を低くする。

「な、なあ、俺が悪かったからさ、な?」

「しらない」

とりあえず謝ってみるも効果はむなしく、にべも取り付く島もない。
すっかり拗ねられてしまっていた。
ここまで塞ぎこまれるほどに酷い行いなんてしてないだろ、と憤る反面、ここまで真剣だったのかと軽く衝撃を受ける。
水面に小さく揺らぎを作った波紋。
次第に輪を大きくしていったそれは、ついにはさざ波から巨大な津波へと発展し、春田を飲み込む。

「ばか」

奈々子がぽつり。
次の瞬間、春田は頭を掻き毟り、その無駄にリンスだコンディショナーだとトリートメントに気を遣っている長髪を振り乱した。
試合終了のホイッスル。決着の合図。心が折れる音。
例えようはいくらでもあるが、そんな感じの音が春田にははっきり聞こえた気がした。

「あああもうっ、わかったよ、やりゃあいんだろやりゃあ!? わかったから泣か」

「ほんと!?」

勢いよく顔を上げた奈々子は素早く机の横に提げたカバンに手を突っ込み、鮮やかな、実に鮮やかな所作でとある紙の束を取り出した。
なにやらどこかで見覚えがある紙の束。ここのところ四六時中否が応でも視界に入るそれ。
ノートだ。
それは能登が後生大事に持ち歩いているノートと瓜二つだった。
いや、一箇所だけ違った。
今一度目を擦り、よおく瞬きして瞳を潤わせ、刮目して見てみる。
新品のそのノートは常日頃相棒が死んでも手放さないと、よもや愛着すら抱いているのではと勘ぐりそうなほど大切にさせられているあれにそっくりだ。
表紙、厚み、大きさ。どれを取っても寸分違わず同じに見える。
290174 ◆TNwhNl8TZY :2010/11/14(日) 13:15:06 ID:CRNj3M8S
何が異なっているのだろう。
穴が空くほど見つめていると、ようやく違和感の正体をつきとめる。
その時である。

「それじゃあはいこれ。引き受けてくれてとっても嬉しいわ。期待して待ってるから、これからもよろしくね、春田くん。じゃあね、また明日」

手渡し、機関銃の如き速さで捲くし立てて言い切ると、そそくさと春田を残して奈々子は一人先に帰ってしまった。
ご満悦なその表情に翳りは一片たりともなく、意識はもう夕食をどうしようかというものにすり替わっているのがなんとなく把握できる。
足音がしなくなるまでぽつねんと見送り、残された春田はノートをブルブル震えた手で握り締め、聞く者のいない闇に重々しく唱える。

「ばか」

誰がだろうか。
きっと下段右端にピンク色の可愛らしい丸文字で書かれた「はるたくん」と言う名の彼に向かってそう言ったに違いない。
こんなオチになることなんて簡単に予想できていたのに。
ゆうに数分は立ち尽くしていた春田が思い出したように動き出し、精気の感じられない足取りで教室を後にし、外へと出た。
いつ頃からそうだったのか、この時期には珍しく霞のように柔らかく雲のかかった月が、まるで朧月夜のようだった。
十一月の朧月夜。
とぼとぼ肩を落として夜道を帰る春田の目には、そんな風光明媚なものは映らない。
映ったとして、月をバックに優しげに微笑み、軽く手まで振っている奈々子の幻影を見てしまいそうだが。
竹から生まれてクレーターだらけの天体に還っていったとんちきなお姫様もびっくりのワガママぶりだ。
浪漫もへったくれもない。
それにしても、けっこう重てえんだなあこれ、と横目で小脇をちらり。
あてがわれた自分専用のノートが放つとんでもない重さに、こんなものをずっと持たされていた能登を改めて不憫に思う。
これが責任の重さだとでも言うのか。責任とはかくも押し潰さんばかりの重圧をかけてくるものだったのか。
あいつは今んとこ耐えちゃいるが、自分はやってけるのだろうか。
自信はこれっぽっちも湧いてこようはずもなく、あいつはあいつでいつこの重責にいつ何時負けてしまうかわかったもんじゃない。
終わりだって、これ、ちゃんと来るんだろうな?
未だまっさらなノートは、しかし捨てることも放置することも許さず、与えられた使命を死ぬ気でまっとうしろと語りかけてくるのみだった。


                              ・
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                              ・


翌日のことだ。

「よく来たな、こっち側に。歓迎はできないけど心から同情するよ」

「うっせえよ黙らないとぶっ飛ばすぞこの駄メガネ」

半日ほど前に舞い降りた悲劇を聞き終えた能登の第一声がそれであり、春田は口ではそんなことを言いつつも覇気はなく、げんなりと落ち込んでいた。
能登にしろ本気で茶化したわけではない。
茶化されでもしないとやりきれない、やってられないという春田の思いを誰よりも切実にわかってやれるのはきっとこの世で彼だけだろう。
一蓮托生、死ぬときは一緒だぜのこの関係が生コンを塗りたくられたようにより強固なものになったことが窺い知れる。
しかしまさかこいつにまで仕事が回されるとは思いもよらなかったと頭の隅でぼやく。
そもそも春田がこんなことに巻き込まれたのは半分は覗き見なんぞやらかした自業自得とはいえ、もう半分は自分のせいではないのかという引け目が少なからずあった。
元を辿っていけば竜児に行き着くことはそうなのだが、責任を全てなすりつけるにはあまりに可哀想だった。
能登からしてみたらどう見ても幸せそうには見えなかったから。
むしろ、と。そこから先は考えるのをやめておく。幸不幸を他人が決めるものではない。
それはそうとして春田である。
確かに春田は当初の宣言どおり能登の補佐程度のことしかしていない。
もっと的確に言い表すなら、隣にくっついているだけで何もしちゃいない。せいぜいが見張りかそこらだ。
それは能登が意図的にそうさせていた部分もある。
結局はビタリと背後に張り付いて事細かく何があったかを記録するだけなのだから一人でだって事足りる。
追跡を気取られたくないのであれば二人よりも一人でやってる方がいいだろう、春田は一々大げさにしているので目立つ。
あまり役に立ってはいないし、何か任そうにも余計な心配事を増やしそうなので何もさせやしないが、それでも一人よりは二人である。
291174 ◆TNwhNl8TZY :2010/11/14(日) 13:16:07 ID:CRNj3M8S
そう思えてしまう辺り、春田は精神的な面では少なからず支えになっているようだ。
野郎同士のことだとなんと気色の悪いことであるか。
そんな春田に訪れた転機。口が裂けても好いものだとは言えない。
能登は腹の底から湧いて出る憐憫の情を一言に乗せる。

「元気出せよ」

肩に置かれた手は暖かかった。
どぶんと春田の涙腺が決壊し、鼻からも汚い汁を滴らせる。

「ごめ、俺、ごめ」

「いいさ、なんも言うなよ」

一時能登は蹲る春田に背を向けた。能登なりの優しさだった。
ともあれいつまでもこうしてはいられない。

「それで、どうすんだこれから」

頃合を見計らい、能登は足元の春田へと声をかける。
鼻を啜りつつすっくと春田が立ち上がる。

「どうって、やるしかねえだろ、やるしか。じゃなきゃ何されるかわかんねえし」

「ま、そうだよなあ」

あまり報告を待たせると今度はどんな理不尽を仰せ付けてくるか知れたものではない。
手を抜いたり、虚偽の情報を記したりし、それが公になったとあってはそれこそ何をされるやら。
従順素直で迅速な体はあからさまなほどに見せておいた方が得策である。そのスタンスだけでもだ。
まったく、こういうことにはせっかちなのに、こと恋愛に関してはのんびり屋なのは如何なるわけか。
前者は単純明快であれど、後者は複雑怪奇である。
深遠なる乙女心に触れ、どちらともなくため息がもれる。

「気をつけろよ。高須と違ってあっちはいろいろネジ外れてるから」

「おまえ、けっこうひでーのな」

「なに言ってんだよ。これでも心配して言ってやってんだぞ」

女の子に対していささかあんまりな言い草ではあるが、能登の忠告は至極真っ当なものだ。
恋する乙女とはかくありきであるという決まりはないとはいえバラエティーに富みひたすらに奔放な大河たちを鑑みるに、心配の種は尽きない。
そう、春田の相手はあの大河たちである。
ネジなんてもの外れてるどころか締めてあったのかどうかさえ疑わしい。
能登はお鉢が自分に回ってこなかったことを思わずガッツポーズをしてしまうくらい、心底から喜べてしまう。
ひとしきり生を噛みしめた能登は、死神に目を付けられた不幸な相棒をいかにして生き永らえさせるかという思案に耽りだす。
へた打ちゃ命がない。
他はまだしも、あの三人に見つかってしまったら警察や学校といった類の公権力ないし、家族会議の被告人席へ突き出される前に墓穴へ直送されるだろう。
292174 ◆TNwhNl8TZY :2010/11/14(日) 13:23:02 ID:CRNj3M8S
無論火葬でなく土葬である。並木の中にあって一際色鮮やかな花びらをつける桜があればその根元に埋められていることだろう。
他人事とはいえ看過できない事態だ。
今日まで培った豊富でありながら褒められたものではない経験を踏まえつつ、能登は尾行の鉄則と称した注意事項をわざわざはるたくんノートの最初のページに上から下までビッシリ書きこんでやる。
口頭で伝えきるにはあまりに多かった。
つまり春田が一度に覚えきれる文字数を遥かに凌駕する情報量であり、一日の長というか、伊達に先んじてこんなヤクザな仕事を押しつけられていない的確なものであった。
書き終え、目と目をしっかり合わせる。
これだけは念入りに念を押しておかなければならないと言い聞かす。

「いいか、絶対にバレんなよ。万が一バレても慌てて逃げたりするな、それで捕まったら最悪だ」

「じゃ、じゃあどうすんだよ、見つかっちまったら」

「言い逃れできる場面だったら全力で言い逃れろ。あれ、偶然だな〜ぐらいの機転は利かせられるだろ。てか利かせろ」

「できなかったら?」

ふうっと能登が目を逸らし、どこか遠くを見つめる。その肩が少しだけ震えているように見える。
言葉はいらなかった。
意味するところを十二分に察した春田から表情が消える。

「バレんなよ、絶対」

「お互いな」

ゆめゆめ見つかるようなヘマだけはするまいと固く誓う春田だった。

「あの、ところでさ。春田」

「あん?」

重苦しい空気を払うように能登が一転、よそよそしい口調でそう切り出す。
春田ははるたくんノートを他に入れるもののないカレイかヒラメみたいに平べったい学生鞄にしまいつつ、竜児が出てくるのを今か今かと物陰から探っている。
もう登校しだしてていい時間だった。

「もしバレてもさ、俺のことだけは黙っててくれるよな。友達だろ、俺たち」

「高っちゃーん! ここにストーがぶふぅ!?」

友達の右拳は容赦なく鳩尾に突き刺さった。
頼れる能登の見事な手の平の返しように幻滅した春田の嫌がらせと悶絶の絶叫は幸いにも高須家にまでは届かなかったようで、直後に出てきた竜児と大河はいたって普段どおりに登校していった。
見届け、咄嗟にゴミ捨て場に放り捨てた春田を能登が引っ張り出す。
鼻が曲がりそうな強烈な異臭を放つ春田はぺっぺと口にまで入ってきたゴミを吐き出し、シャレのわからないメガネを一睨み。

「なんか文句でもあんのか」

キラリとレンズを光らせた能登の、その奥で爛々と輝く光を見て何も言えずに引き下がったが。
293174 ◆TNwhNl8TZY :2010/11/14(日) 13:25:02 ID:CRNj3M8S
「たく、もう少しで気付かれるとこだったじゃないか。ほんの冗談なのに真に受けんなよ」

「え、それおまえが言うの」

あれ完璧自分に飛び火しないようにするための予防線だったじゃんと春田は思ったが、思うことを考えなしに口にするという愚行を繰り返すのを避けた。
それこそ愚行以外の何物でもない。
アホはアホなりの学習能力を発揮した。鉄拳指導は一度でたくさんである。

「はあ〜、もういいよ、なんでも。てかさー俺らも早く行こうぜ。高っちゃんのこともそうだけど遅刻しちまうよ」

「そうだな、と。悪い、ちょっと」

制服をはたきながら歩き出す春田の後ろで能登がなにやらポケットを弄る。
マナーモードに設定し忘れたため、先を行く春田の耳にまで着信音が届いた。
数年前に携帯電話を主題にしたことで話題を呼んだとあるホラー映画において、作中頻繁にかかり、その映画を象徴するものとなったあれ。
あの着信メロディである。
放映当時ならいざ知らず、今時ノリで設定するには微妙すぎるそれをわざわざ特定の一人から着信がきた時だけ鳴るように能登は設定している。
よほど嫌いな相手なのか。
それとも、そんなに恐ろしい存在なのか。

「ああ、さっき出たとこだけど。は? え、それだけ? わかった、じゃあ」

通話は十秒にも満たないで切れ、能登はマナーモードに切り替えたケータイをポケットに突っ込む。

「なんだって?」

「いや、高須が今なにしてるかって。それだけ」

「ああ、そう」

通話相手が誰なのかは考える必要もなかった。
束縛の強い彼女を持つと苦労しますなあと軽口を叩いてやろうかとしたが、そんな気分にもなれず、春田は口を噤む。
だってそのとおり過ぎていっそ怖気すら感じてしまう。
人を使って素行調査をさせているだけでは飽き足らず、現在の様子まで知りたがる束縛ぶり。
彼女をそういう意味での彼女にした上で浮気なんてしようものなら、さてどんな結末を迎えるのだろうか。
背筋を駆け抜けていった悪寒が全てを物語っていた。

「高っちゃん、大変だよな」

「そうだな。大変だな、高須」

二人の未来予想図は夢も希望もない、とても未来ある高校生が描くものではなかった。
もちろん竜児の未来像だが。
そんな能登と春田の心配を嘲笑うかのように、二人の目の前では早速合流した実乃梨が大河と仲良さげに抱き合いながら背骨の折り合いを開始していた。
不毛なのは恒例と化すほど毎朝同じことをする大河と実乃梨の方だろうか。
それとも遠目から克明にその様子を書き記す能登と春田の方だろうか。

「もうやだ俺」

「しっかりしろ。一人でやらなきゃならないんだろ。そりゃ俺だって何度も、今だってそう思ってるけど、案外続けられるもんだって」

つまるところ、それ、強く出れずにやめるにやめられないだけだろうが。
早くも挫けかける春田は、気を遣ってくれる能登にこれ以上の負担をかけまいと、そんな内心を曖昧に笑って誤魔化した。
所詮同じ穴の狢である。
あの奈々子相手に強く出れるとか、それができるようだったらこんな苦労は背負っていなかった。

                              〜おわり〜
294174 ◆TNwhNl8TZY :2010/11/14(日) 13:27:06 ID:CRNj3M8S
おしまい
個人的なことで恐縮だけど、書き始めてから今日でちょうど丸二年なのと、なんだか珍しく名前が出てたんで小ネタを。
295名無しさん@ピンキー:2010/11/14(日) 15:04:43 ID:pu6CxSAq
174さん乙っす 毎度大変だなあこの二人w
296名無しさん@ピンキー:2010/11/14(日) 15:19:12 ID:Atpifcmg
>>294 GJ!
まいどおおきにでございます。

FM-8ばりの処理速度 ってあなた
297名無しさん@ピンキー:2010/11/14(日) 21:02:27 ID:hkTRfKNu
>>294
GJ!です。
こんなに楽しい文章読めるのは、数少ないスレなんですよね。
298名無しさん@ピンキー:2010/11/15(月) 02:39:10 ID:xbUA9YDO
GJ!!
299名無しさん@ピンキー:2010/11/15(月) 16:07:25 ID:qThvCyqZ
面白かったです。
次は女性陣のノートが・・・
大河の凶暴性がいいなあ。
300名無しさん@ピンキー:2010/11/17(水) 03:33:01 ID:QjA+IyVb
>>294

GJ 相変わらず面白いなあこのシリーズ
301名無しさん@ピンキー:2010/11/18(木) 20:09:59 ID:AfUtz/cO
まとめにあった耳かきのヤツ、今更ながら続きとか期待している俺
302名無しさん@ピンキー:2010/11/19(金) 00:42:33 ID:FedO8RR6
>>301
ここにもいますぜ
あれは竜児の丁寧さが伝わってきて気持ちよく読めるな

大河がリベンジするバージョンとか見てみたい
303名無しさん@ピンキー:2010/11/19(金) 14:54:57 ID:bSdGq2em
ありゃ奈々子様がエロ過ぎるwww
304名無しさん@ピンキー:2010/11/21(日) 14:31:19 ID:i0m4sbDN
亜美にはベタな展開が似合うな

芸能界の知り合いにしつこく迫られて困ってるから
高須くん彼氏のフリしてくんない?とかで付き合ってるんだったら
キスくらい平気だろ?なベタな展開とか。
305名無しさん@ピンキー:2010/11/21(日) 22:03:04 ID:6kOrlKSJ
>>304
ベタでいい
よろしく頼む
書いてくれ
306名無しさん@ピンキー:2010/11/22(月) 02:29:10 ID:xdT7JIMK
田村君の作品を待ち続ける俺はここでは異端なのか?
307名無しさん@ピンキー:2010/11/22(月) 02:42:22 ID:AKyTbrkq
>>306
おれもだ
308名無しさん@ピンキー:2010/11/22(月) 13:49:42 ID:GZ1MLHhG
>>306
おれもおれも、田村君よみてー。
つか田村のキャラが面白すぎwあとちょっと卑怯。
309名無しさん@ピンキー:2010/11/24(水) 20:23:24 ID:AZ9hMiu3
はじめから日記読んだらニヤニヤしながら寂しい気持ちになってきた
310名無しさん@ピンキー:2010/11/25(木) 08:48:00 ID:45Ey2iA6
なんでだろう
>>307が能登、>>308が春田のような気がしてならない
というか自動的に脳内で音声に変換されるんだが
311名無しさん@ピンキー:2010/11/25(木) 09:46:28 ID:l5t6vDKY
>>310
もう>>307-308が能登と春田の声で固まったぞコラwww
312名無しさん@ピンキー:2010/11/25(木) 19:57:29 ID:CAuUeDzq
流れを破壊してすみれ分を希望してみる
313名無しさん@ピンキー:2010/11/25(木) 21:42:28 ID:d16dO8qc
いい加減補完庫がやばいな
314名無しさん@ピンキー:2010/11/25(木) 22:44:19 ID:StqgAYwV
>>313容量が?
315名無しさん@ピンキー:2010/11/25(木) 23:35:31 ID:1aa1PGN3
>>313
その内更新するよ。
316名無しさん@ピンキー:2010/11/26(金) 11:53:33 ID:tUjludqg
>>315
今までありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
何時まで経ってもこのスレの住人で居てください。

ってプロポーズになっちゃってる
317名無しさん@ピンキー:2010/11/27(土) 13:02:27 ID:DAWBXJrc
ななこい。の
続編こないかな〜
318名無しさん@ピンキー:2010/11/27(土) 23:25:37 ID:EADoBw+l
ここってエロ以外禁止なの?
319名無しさん@ピンキー:2010/11/27(土) 23:57:31 ID:dMibX+2F
>>318
いや全然
320名無しさん@ピンキー:2010/11/28(日) 02:21:13 ID:twfUz/98
>>318
ただしカップリングがとらドラ&ちわドラならキャラ板にスレあり。
とはいえちわドラもほとんどこっちですがね。
少なくともとらドラ全年齢は向こう行け、な感じ。
321名無しさん@ピンキー:2010/11/28(日) 03:33:05 ID:aqn4HzTi
>>318
キャラ板の竜虎スレは別格として後はエロなしはちわドラスレでもここでもいいんじゃないのかな?
非エロでも微エロでもなんでもばっちこいですよ。
322名無しさん@ピンキー:2010/11/28(日) 05:04:00 ID:z68+pVo+
保管庫の補完庫更新されましたね
管理人さんありがとうです
323名無しさん@ピンキー:2010/11/28(日) 15:54:54 ID:hTufmAwd
>>319
>>320
>>321
レスどうも、
チワドラキャラ板に投下した亜美の別荘に竜児だけ行ったと仮定したIF物なんですが
ストーリーがまとまったので、こちらに投下しようと思ってます。
324名無しさん@ピンキー:2010/11/28(日) 18:17:30 ID:xNYgx2Iq
向こう見てきたが、おまえさんはまずsageることを覚えた方がいいと思うよ

余計なお世話だというのは重々承知の上で老婆心ながら言わせてもらうけど
必要以上に目立つ行為は厄介なのに目をつけられ易いってことでもあるし
sageることがおまえ自身のため、引いてはこのスレの存続にも関わることになる
325名無しさん@ピンキー:2010/11/28(日) 18:34:00 ID:hTufmAwd
>>324
了解です。
326名無しさん@ピンキー:2010/11/28(日) 19:15:00 ID:C7BgpAov
>>325
dameってなんだ?w
E-mail欄に「sage」でお願いしますねー
327名無しさん@ピンキー:2010/11/28(日) 20:32:44 ID:hTufmAwd
>>326
これでいいの?

スレッド 下げ でググったらdameて入れれば下がるって書いてあったから
328名無しさん@ピンキー:2010/11/28(日) 21:01:56 ID:+m7NkUjA
>>327
元のを読ませていただきました。
あれだけ長い物ならは、せっかくですからもう少し心理描写や話の切替を入れて、台本形式ではなくした方か読み易いし、
より臨場感があるようになるとおもいます。
余計なお世話ですか。
329名無しさん@ピンキー:2010/11/28(日) 22:09:22 ID:z6rvk4Pq
VIP出身なのかな?
俺は台本形式も十分アリだと思うけどね。話が良ければ。
330名無しさん@ピンキー:2010/11/28(日) 22:48:06 ID:xafXz9xP
補完庫更新乙なんだけど前スレ>>468-475>>487-488が収録されてないな
331名無しさん@ピンキー:2010/11/29(月) 20:19:18 ID:A65qpOos
>>328
今書き直ししてます。
ただ、元が長いので心理描写なども書き加えるとちょっと時間がかかりそうです。
332名無しさん@ピンキー:2010/11/29(月) 22:56:46 ID:dh1tH0R1
なんでもいいけどトリ付けてくれ
一々IDからNGするの面倒だから
333名無しさん@ピンキー:2010/11/29(月) 23:58:44 ID:S/JfdljO
一行目は保管庫の人がまとめる時にも分かりやすいので同意だが、二行目は完全に蛇足だな
334名無しさん@ピンキー:2010/11/30(火) 05:23:59 ID:qQqGEHyA
蛇足じゃなくて中傷ね
335名無しさん@ピンキー:2010/12/04(土) 12:20:08 ID:c2VRN9z6
奈々子様エロかわいいよハァハァ
336名無しさん@ピンキー:2010/12/04(土) 18:32:05 ID:hKHgAOIj
奈々子様はほんと冷遇されすぎだよな
相方の麻耶は北村や能登の事で出番も多かったりメインヒロイン張れたりしたのに、
やはりラブコメにおいて誰とも恋してなかったってことは大きなハンデなんだなー
337名無しさん@ピンキー:2010/12/04(土) 21:04:04 ID:cWXAtQOH
友達に薦められて「とらドラ」読み始めたんだけど
途中にあるスピンオフだっけ?ああいう番外編的なものは時系列的順に本編と会わせて読んだほうがいいのかな?

ラノベ初心者の私には0,5巻的な存在がメンドくさいんだよね・・・
338名無しさん@ピンキー:2010/12/05(日) 01:54:16 ID:ponKntXk
>>337
あくまでスピンオフなので、気にする必要は無し。
全部本編読み切ってから、余裕があったら読んでみよう。

まぁスピンオフ読んでからまた本編読むと楽しいんだけどね。
ここや竜虎スレの作家さんもちょいちょいスピンオフのネタを
うまく挟む方がいるから、読んで損はないのは確か。
339名無しさん@ピンキー:2010/12/05(日) 02:27:29 ID:uGQfKF1Z
>>336

ポジション的に、麻耶がヒロインの友人。
で、奈々子様はヒロインの友人の親友。※注・ヒロインの友人でもある。

印象の濃さだけでいえば、こんな感じか…
340名無しさん@ピンキー:2010/12/05(日) 15:56:54 ID:TAxfgXA2
>>336
だがそれがいい
341名無しさん@ピンキー:2010/12/07(火) 09:54:40 ID:TDcMiGHY
最近の作品では「きすして」の奈々子様が秀逸
342名無しさん@ピンキー:2010/12/08(水) 11:45:43 ID:xvr7q/q1
亜美ちゃん系のはいくらなんでもめんどくさい性格にしすぎのが多いな
343名無しさん@ピンキー:2010/12/09(木) 01:43:53 ID:xSY38Qse
>>342
だがそれがいい
344名無しさん@ピンキー:2010/12/09(木) 21:13:09 ID:hmv9tpVN
奈々子さま万能すぎ
345名無しさん@ピンキー:2010/12/10(金) 18:36:04 ID:vwxR0iSg
>>342
亜美中心SSだから原作で存在感がやや薄かっただけに
描写を強くしようとがんばりすぎたんだろう。
346名無しさん@ピンキー:2010/12/11(土) 02:51:57 ID:bZvqxUvO
奈々子さま万能ねぎ
347名無しさん@ピンキー:2010/12/11(土) 19:49:16 ID:aVjwzQnB
書き手さんたちの亜美の書き方、俺的にはイメージ通りだったりする
348名無しさん@ピンキー:2010/12/11(土) 23:22:06 ID:Ioo+XT8q
最近あーみん成分が足りず、苦しいです。
書き手さん、よろしくお願いします。
349名無しさん@ピンキー:2010/12/12(日) 20:29:00 ID:HbJPcyag
奈々子さまPS3
350名無しさん@ピンキー:2010/12/12(日) 23:46:29 ID:XVxiwLBk
年末忙しすぎて、時間が取れない、書けないです。
ゴジラーだから、推敲、10回ぐらいはしたいのに
351名無しさん@ピンキー:2010/12/12(日) 23:54:42 ID:BoYMlbds
書き手アピールうざ
352名無しさん@ピンキー:2010/12/13(月) 18:29:33 ID:5mHuv0aO
>>350
そういうレスは荒れる元になるだけなので誤爆スレへどうぞ
353名無しさん@ピンキー:2010/12/14(火) 14:36:03 ID:snDq5hVy
待ってるよ〜
354356FLGR ◆WE/5AamTiE :2010/12/19(日) 16:52:44 ID:2kCuzTEi

356FLGRでございます。長さ3レスの小ネタを投下
355356FLGR ◆WE/5AamTiE :2010/12/19(日) 16:53:20 ID:2kCuzTEi

「いいですか? 狩野先輩」竜児は静かに言った。
「ああ。やってくれ」
 切れ長の目に納まった澄んだ瞳がちらりと竜児を見て、すっとそれた。
「はい」
 竜児は桜色に染まった入り口をのぞき込み、手にしたモノを柔らかな入り口にあてがう。
「ん、……っく」
 すみれの細い肩がひくんと震えた。
「先輩。力を抜いて」
 竜児に言われてすみれは自分の身体が強ばっていたことに気付いた。
「あ、ああ。すまん」
「じゃあ、続けますよ」
 竜児は慎重にソレをすみれの中へと侵入させ、繊細に、彼女の内側を探る。
 軟らかく繊細な内側を丁寧になぞってゆっくりと舐るようにソレを引き抜く。
 具合を確かめて竜児は再びすみれの中へ。撫で回すように肉壁をなぞりながら徐々に奧
へと進んでいく。
「んっ……」
 色の薄い唇が微かに開いてぴたりと閉じた。
 痛かったのか尋ねようとした竜児に、すみれは視線で続けろと言った。
 本当に弱音を吐かない女性なんだな、と竜児は思った。
 怖いとか、痛いとか、そういうことは言わない性分なのだろう。でも、それはちょっと
違うんじゃないかと竜児は思う。
「先輩。痛かったらそう言ってください。俺も先輩に気持ちよくなってもらいたいから、
そうしてくれた方が助かります」
 すみれは竜児を眇めて、
「優しいんだな。私にそんな風に言ってくれるのはお前ぐらいかもな」
 呟く様にそう言ってから、すみれは瞼を閉じて、
「痛かったわけじゃない。不慣れなんでな」と自嘲するように言った。
「じゃあ、続けますよ」
 竜児は微かに濡れた棒を繊細に操り、すみれの内側を優しく撫でる。
 胸の奧が疼き、すみれは堪らず息を漏らす。

 はぅ……んっ…… 

 白い頬が仄かに桜色に染まりだし、伏せた瞳が潤み始める。
 体験したことのない感覚。沸き上がってくる幸福感。それに抗うことは難しい。
 
 ……ぁ…… 微かな声が漏れる。

 なんとはしたない女なのだろう。
 屈辱だった。自らがこんなにも身体からの要求に弱いとは想像もしていなかったのだ。
 だが、しかし……
 はしたなくても、いやらしくても、それが人間、それが女というものなのかも知れない。
 そんな風にも思えてくる。

「どうだ? 私の、その、中の具合は?」
「綺麗ですよ。すごく」低い声が優しく答える。
 綺麗……か。噛みしめたその言葉もすみれの心を優しく撫でる。
356356FLGR ◆WE/5AamTiE :2010/12/19(日) 16:53:46 ID:2kCuzTEi
 胸の疼きがため息になって漏れだす。
 全てが痛いほどに甘い、夢の様な、そんな時間が流れていく。
 もっと、もう少し。すみれは思う。けれど、甘い時間は長くは続かない。

 奧から浅い部分へと、竜児はゆっくりと撫でるように引き抜いていく。
 すみれの唇から憂いを含んだ声が漏れる。
 
「先輩、終わりました。反対側もやりますか?」
「あ、ああ」
 すみれはおぞおずと身体を起こした。 

 ―― 話は三十分前に遡る ――

 生徒会長、狩野すみれは聞き捨てならない噂の真相を調査するために副会長、北村祐作
と共に高須家にやってきた。
 驚きの表情で二人を迎えた竜児にすみれは、
「高須。お前がうちの女子生徒を代わる代わる家に連れ込んでいるという噂があるのは
知ってるか? 真偽はともかく、副会長の友人にそんな噂があるというのは生徒会として
も問題でな。ちょっとばかり調べさせてもらうぞ」
 いつも通りの毅然とした態度で言い放った。
「俺は連れ込んだりしてませんよ」
 弁明する竜児だったが、
「上がるぞ」
「悪いな、高須」
 二人はずかずかと高須家のお茶の間に乗り込んだ。そして、
「こ、これは、なんという……」すみれは青ざめ言葉を詰まらせた。
「高須。これは……」北村にも言葉がない。何故ならば、
 高須家の狭いお茶の間に表情を蕩けさせた女子が約三名。
 あまりにも妖しくいかがわしいその状況に会長と副会長は凍り付いた。
「あれ、北村君」
 ふわふわワンピース姿の大河がもそもそと起き上がる。
 その隣で丸くなっていたのは制服姿の香椎奈々子で、
「ま、まるお。なんで此処に?」
 横座りの体勢で瞳を僅かに潤ませているのは木原麻耶だった。
「高須! これはどういう事だ」
 すみれは竜児の胸ぐらを掴み睨み付けた。
「どういうって言われても、これは……」
「耳掃除にきまってるじゃない」
 むくりと起き上がった奈々子は艶やかな表情で囁くように言った。
「そうよ。いいところ……だったのに」
 すみれと北村の来訪で作業中断になってしまった麻耶は猛然と抗議しかけて、意中の北
村にとんだところを見られてしまったことに気付いて顔を伏せた。
「耳掃除……だと?」
「はい」と竜児は一言だけ答えた。
「お前は彼女達の耳を掃除していたと、そう言う事なのか?」
「はい」
 すみれは指を解いて竜児を解放した。
「わけがわからん」
 男子生徒の家に女子生徒が集まって耳かきパーティーをやっている、なんてのはどう考
えても非常識だった。すみれにはそうとしか考えられない。
「耳掃除なんてものは自分で済ませればいいだろうに」
 ぼそりと呟いたすみれに、
「そんなの、高須君にやってもらえば分かる事だわ」
 奈々子はそう言って妖しく微笑んだ。
357356FLGR ◆WE/5AamTiE :2010/12/19(日) 16:54:06 ID:2kCuzTEi

 ―― と、言うわけで、話は戻る ――

 すみれは身体を捻り、ふたたび竜児の膝に頭をのせた。
「先輩、ちょっとそれだと」
 竜児は申し訳なさそうにすみれに言った。
「ん? どうした?」
 すみれは竜児の方を向いて膝に頭を預けてしまったのだ。なので、すみれのすぐ目の前
にあるのは竜児の股間である。
「あんた。何、竜児の股間、匂ってんのよ!」
 大河が冷たく言い放ち、
「うふふ、天下の生徒会長様が高須君の股間をくんかくんか……」
 奈々子はにやにやと薄い笑みを浮かべながら言った。
「バ、バカを言うなっ!」
 ぼっと顔を真っ赤に染めて、ガバッとすみれは起き上がった。
 拳を握りしめ奈々子と大河を阿修羅の表情で見下ろしたすみれだったが、
「ふんっ!」
 ぱたん、と寝転がって竜児の膝に頭を預けた。
「北村」
「は、はい。会長」
「お前は何をやっているんだ?」
「いや、あの、ちょっとメールを……」
 北村は白々しく答えた。
「お前はそれでメールが打てるのか?」
 すみれが言うのも無理はない。
 開かれたケータイのディスプレイはすみれの方を向いているのだ。そして、すみれの異
常な視力はディスプレイに表示されているボイスメモという表示を見逃さない。
「いや、あの……」
 北村は言葉を詰まらせた。
 実は会長の微妙にえろっちぃ声を録音してました〜なんてことは言えなかった。まして
やそれを何に使うつもりなのかはもっと言えない。断じて言えない。それは墓穴まで持っ
て行かねばならない男の秘め事だ。
「まあいい。後でケータイを調べさせてもらうからな」
 がくり、と項垂れた北村の手から携帯電話がぽろりと落ちた。
 それからすみれは瞼を閉じて、
「高須、頼む」と呟いた。

 ……んふ……、ぁ、ぅん…… 
 
 すみれの唇から甘い声が漏れる。細い指先が、ぴくりぴくりと微かに震える。
 大河はそれを憂いを帯びた表情で眺めている。
 成り行きで放置プレイになってしまった麻耶は畳に「の」の字を書いている。
 北村は背中を向けて台所で膝を抱えて座っている。

 奈々子はふっくらとした唇を緩ませて、
 微笑みながら、そんな静かな修羅場を眺めている。

(おわり?)
358356FLGR ◆WE/5AamTiE :2010/12/19(日) 16:54:25 ID:2kCuzTEi
以上で投下完了。
耳かきするとβエンドルフィン(脳内麻薬)が出るらしい。
356FLGRでした。
359名無しさん@ピンキー:2010/12/19(日) 23:06:40 ID:Y4rnX0Bh
これはいい物だw
耳掻きネタは鉄板だなあ
360名無しさん@ピンキー:2010/12/20(月) 00:37:53 ID:wwW9429p
乙。とっても良かった。こういう系の作品大好き
361名無しさん@ピンキー:2010/12/20(月) 13:28:11 ID:Q08cu/FV
(;´Д`)ハァハァ
GJ超GJ
362名無しさん@ピンキー:2010/12/25(土) 11:21:58 ID:XNLofDrQ
奈々子がエッチくて良かった。
363名無しさん@ピンキー:2010/12/27(月) 11:55:54 ID:p3H0yQgH
このあと北村がやってもらうと変な声ばっかだして会長に〆られるんですねわかります
364名無しさん@ピンキー:2010/12/29(水) 23:41:20 ID:h2YhKdsa
竜児と大河の立場を入れ替えてみると・・・

廊下でぶつかった小柄で大人しい女の子(大河)を力いっぱいぶん殴る竜児
放課後の教室で、大河の荷物を漁り、奪おうとする竜児
その夜、一人暮らしの大河の家に木刀持って忍び込んで暴行を働く竜児
その後、大河の弱味を握り、自分の衣食住の面倒をみさせる竜児
学校でもパシリに使い、ジュース買ってくるのが遅いと蹴りを入れる竜児
そんな奴隷生活なのに、何故か満足気に竜児の面倒をみ続けるM女大河
気分次第で暴力を使い続け、一向に成長しない竜児をなぜかマンセーしまくる生徒達
365名無しさん@ピンキー:2010/12/30(木) 00:48:55 ID:TT6JYj1F
あかん。人間の屑や……
366名無しさん@ピンキー:2010/12/30(木) 18:13:37 ID:Za41+k14
>>364
全然ありだな

そして短小なので大河に徹夜で海パンに詰め物させるわけですね。
367名無しさん@ピンキー:2010/12/30(木) 18:22:03 ID:7YNdfa/P
じゃあ大河vsすみれじゃなく


ドラゴンvs裸王・・・!?

368名無しさん@ピンキー:2010/12/30(木) 18:26:32 ID:yR0qmrcU
>>367
女にグーパンチいける>>364高須さんなら戦えるなw
369名無しさん@ピンキー:2010/12/30(木) 20:57:48 ID:cOgoA+uq
>>367
違うな。
裸王は裸王でなくなる…男の癖に「姉貴」と呼ばれるんだ
そして、この際、露出癖あるのはすみれの方なんだ
370名無しさん@ピンキー:2010/12/30(木) 23:11:45 ID:ZlcavkML
>>368
なんですかそのキャラすげかえ禁書目録
371名無しさん@ピンキー:2010/12/31(金) 02:17:15 ID:uO6WMno2
その妄想を俺がぶち壊(ry
372名無しさん@ピンキー:2010/12/31(金) 10:47:23 ID:ZEYKpUwm
でみのりは、やんちゃなスポーツ系の少年か、内面の葛藤は表に出さない明るい感じ
亜美は…、性転換してもいい奴だな、
軽薄そうなイケメンが表で、実は仲間思いの、思慮深いタイプで、優しさもある
惚れるな
373名無しさん@ピンキー:2010/12/31(金) 11:25:27 ID:raJFeMrK
上の流れは別に性転換じゃないだろ
374名無しさん@ピンキー:2011/01/01(土) 03:13:17 ID:hAK6HajK
あけおめ
375名無しさん@ピンキー:2011/01/01(土) 10:13:43 ID:ECtSMYgs
あけましておめでとうございます奈々子様
376名無しさん@ピンキー:2011/01/06(木) 15:50:44 ID:FbrAP8Ab
あーみん
377名無しさん@ピンキー:2011/01/07(金) 00:09:36 ID:XxdsNG0C
あーみんは水泳対決で大河にブラ外されておっぱいポロリだな。
「きゃああああ」 男達の前で乳首さらして
『プールでポロリ事件に遭遇した男子達の、今夜のおかずが決定しました……』みたいな話しか。
378名無しさん@ピンキー:2011/01/07(金) 07:05:14 ID:upwtFDw2
ななこいの続編出たら働こうと思ってる
379名無しさん@ピンキー:2011/01/07(金) 13:33:18 ID:UfK8vOX+
君はまずその目標を見直しなさい
380名無しさん@ピンキー:2011/01/08(土) 01:22:59 ID:aUzdkaGx
逆に考えるんだジョジョ、自分が働けばななこいの続きが見られる、と
381 ◆KARsW3gC4M :2011/01/10(月) 23:00:48 ID:h1a2G8Bn
皆さんお久しぶりです。
[ある二人の日常]の続きを書いたので投下させていただきます。
前回の感想をくださった方々、まとめてくださった管理人さんありがとうございます。
私情で投下ペースが激遅で申し訳ありません。
今回もエロ無しでちわドラです、苦手な方はスルーしてやってください。
では次レスから投下します
382 ◆KARsW3gC4M :2011/01/10(月) 23:01:40 ID:h1a2G8Bn
[ある二人の日常(5)]


「ま、軽くだ軽く、別に早起きなんかしてねぇよ、まあ…学校に持っていく弁当よりは力が入っているけどたいしたことない」
コインロッカーに預けたカバンを取って水族館脇のベンチに向かう途中、彼がそう言った。
「へぇ……昨日の晩御飯とどっちが豪華なの?」
ちょっと試すような口ぶりなのは計算したうえの事、会話のキャッチボールをするには重要だからね。
「今日の弁当の方が僅差で勝ちだな」
ほんの少し思案した後、彼は口端を上げてニヤリと笑う。
ちなみに昨日の晩御飯のおかずは鮭のムニエル、バターの風味とコショウがうまい感じにマッチしていた。
「ま、昨日は時間が無かったから手早く作れる物だし手抜きと言えば手抜きだ、でもその代わりに明日からはちょっと肉率が増す…牛だぞ牛」
そう、昨日の昼の3時から狩野屋で超特売があって竜児はしこたま食材を買い込んで来たの、その恩恵を私も受けるので樋口さんを一枚献上したのは言うまでもない。
「え〜牛は乳臭い〜鶏は? 鶏は買ってないの?」
「牛さんの悪口を言うな、鶏は……アレだインコちゃんが怒るから少しだけ買った、2パック以上はマズいんだ」
「あ、そうなの? なら仕方ないや」
インコちゃんも大事な『家族』だから竜児は機嫌を損ねたくないんだろうね、だからそれ以上は言及せずにテクテク歩いてベンチへ。
「ふふん♪ さっ早く食べてイルカ見よーイルカ♪」
お弁当を真ん中に私達はベンチに座ってまずはお茶を一口、食欲よりイルカな私は早くお弁当を広げろと催促してみたり…。
「おぅおぅ待てよ、イルカは逃げないし弁当も逃げないから」
竜児がカバンを漁りつつそう言い、三段重箱を恭しく取り出す。
なぁ〜にが『軽く』よ、気合い入りまくりじゃん? 可愛い亜美ちゃんのために頑張ったのかな愛しい竜児は?
「へぇ…竜児の"軽く"は重箱かぁ、じゃあ気合い入れたらどんな感じになるのよ?」
「いやいやぁこれは本当に"軽く"だぞー、ちなみに気合いを入れたら聖夜祭で作ったアレ、うんアレくらいにはなる」
かな〜りワザとらしい、あぁ…もう可愛いなぁマジで。
人目がなければちょっとギュッと抱き締めあげたくなるくらいキュンとする、たまに竜児は私の母性本能を暴走させようとするから困る。
「いただきます」
「いただきます」
と互いに口にしてまずはふわふわ卵焼きに箸を伸ばす、甘くなく辛くもないほんのり塩気の効いた味。

383 ◆KARsW3gC4M :2011/01/10(月) 23:02:47 ID:h1a2G8Bn
これさ実は亜美ちゃん好みに作ってくれてるんだよね、甘い卵焼きが苦手な私のために竜児が……とか自分が『特別』なのを噛み締める。
「はい竜児…ほら早くぅ」
続いて唐揚げに箸をつけたところで私はちょっとしてみたいことがあったのを思い出したのだ、いわゆる『あ〜ん』ってやつ。
こう見えてコレをやる機会に今まで巡り会えてなかったのだ、飴を口移しで舐め合ったり〜なんてバカップル丸出しな行為はしたことがあっても初歩を踏んでいない。
それに気づいたら即実行、ほら…やっぱり順序は大事だしぃ? 恋人同士として避けて通れないしぃ?
「お、おぅ…」
目をパチクリさせた彼が頬を赤く染めて人差し指で軽く掻く様は見ていて嬉しい、まだ口にすらしてないのに照れちゃってさ…。
パクッと一口で唐揚げを食べて咀嚼する竜児を横目で確認した後、私は俵に握ったおにぎりをモグモグ。
何の気なしを装っている私は心の中でデレッとしていた、食べさせてあげたのだから彼は当然私にも同様に返してくれるハズだと期待して待っているのだ。
竜児はアスパラのベーコン巻きと私をチラチラと交互に見やりタイミングを見計らっているようだ、私は今か今かと待ち受ける。
「亜美よぅ」
「んぅ?」
意を決したのか彼が私に呼びかけてくる、もちろん待ってましたと私は竜児へ顔を向ける。
「このアスパラは新鮮で程よい歯ごたえもあるが決して芯で堅くはないしベーコンはカリカリに焼いてある」
「うん、美味しそうじゃん」
と男女の駆け引き(?)を2人して行う、人目を気にしなければ『食べさせろ』おねだりしているだろう、だけど公衆の面前だからこそ彼には自発的に動いて欲しいわけで…。
「ついでにチーズも包んであってシンプルながら今日一番の自信作と言っても過言じゃねぇ、ああ…つまり、な……そのだなぁ」
ここで彼はまごまごしながらベーコン巻きを箸で摘む、そして私と視線を合わせて何かを言おうとしては閉じ、また開きを繰り返す。
「た、食べるか?」
「ん」
私は頷いて瞳を閉じて口を開く、ここまで来たらもう大丈夫。
親竜児から餌を貰う雛亜美ちゃんと言ったところだ、ちょっとドキドキしてきた。
やっぱりこういうのって……照れるよね、こうしろと仕向けたのが自分であっても……。
口の中にそっと忍ばされたベーコン巻きを噛み、心中では何を紡ごうかと巡らせて、口をついて出た言葉は……。
「竜児は亜美ちゃんに自信作を自慢したかったわけだ?」

384 ◆KARsW3gC4M :2011/01/10(月) 23:03:26 ID:h1a2G8Bn
そんな軽口、天邪鬼だから素直に喜びを現せずに言った後に少し後悔する。
この後に照れあっちゃったりしてみたりとかしたかったが照れ隠しの言動でどう転ぶかわからなくなった。
「亜美のために作ったんだから自慢したいに決まってるじゃねぇか、で…どうだ美味いか?」
でも意外と彼は素直に返し私の方がまごまご…、チラッと上目遣いで見てコクンと頷くのが精一杯。
自身を省みてみると『お約束』をしてみたい反面『意外性』を求めている、だからかなり舞い上がってしまう…表には出さないけどね。
じゃあ次は私の番とベーコン巻きをそっと彼の方へ……。
...
..
.
お昼ご飯は始終『あ〜ん』でしてしまい思った以上に時間を取ってしまった、もちろん気分は最高です。
食後にお茶を飲んでカバンは再びロッカーに封印、暖かい陽気と同様に私の気持ちも暖かい。
恋に恋する乙女なんかじゃないけど、私は記憶の引き出しにこの出来事をそっと仕舞って帰ってから楽しもうとニコニコと笑う。
ちなみに重箱の中身2/3を竜児に『あ〜ん』したのは内緒、さすがに半分を受け持つのは出来ないよぅ……肥るし、本音を言うなら食べれるけど。
腹八分目どころか六分目で抑えておいた方が色々と無難なの、竜児には悪いけど、さ…。
「おぉ……これはさすがに人気だな」
え? 亜美ちゃんのこと? ん〜まあ亜美ちゃんってばマジ天使だし?
てな意味ではない、イルカショーの記念フォトの抽選だ。
件の限定三組というアレ、但し書きによると抽選に当たるとフォトを撮ってくれる代わりに席が後方、外れると席が前列になるらしい。
どう転んでも美味しい思いは出来るようにという配慮みたい、ショーが始まる三十分前までに受け付けたカップルが対象で……とか何とか。
私達の前に十一組のカップルが居て時間は締め切りギリギリ、つまり十二組で三枠を取り合うということ。
「ま、それが売りみたいだしね」
私は彼と腕を絡めてピッタリ寄り添う、そしてこう聞いてみるのだ。
「抽選……当たるかな?」
「ん? 当たるようにお祈りするしかねぇな」
二言、三言…短い会話を残して二人は前を見据える。
列が進むにつれ抽選の方法が次第にわかってきた、どうもアミダクジらしい…ふむふむ彼氏が名前を書いて彼女が用紙に横棒を二本書き足して…と。
そうこうする内に私達に順番が回ってくる。



385 ◆KARsW3gC4M :2011/01/10(月) 23:04:04 ID:h1a2G8Bn
「よし書くか」
「うん…いっちゃって」
とは言っても一枠しか残ってないから選びようがない、つまり……私の……川嶋亜美の運が試されているわけだよね?
渡されたボールペンをクルッと指先で回してよく見定めたらまずは横棒を一本、二本目は……。
「ねぇ……あの娘ってモデルじゃない、ほら何って名前だっけえっとぉ…」
「は? マジ?」
とか外野から聞こえちゃってるんですけどぉ? あれれぇ?
今日はぁプライベートで大好きな彼氏とラブラブデート中だから困っちゃうなぁ〜んふ♪
そんな雑念を振り解くように二本目の横棒を書き足して係員にボールペンを返した。
「はい、ではこちらの方で抽選をして当選されたカップルをお呼びしますのでしばらくお待ちください」
そう言われた後、周囲を見渡して竜児が私に目配せをする。
『腕を離しといた方がいいんじゃないか?』
多分そんな意味合いで、職業上プライベートで目立ったらスキャンダルになるかもという配慮だろう。
でも私はそれを無視してより強く彼にしがみついて寄り添う。
『今更遅いよ…堂々としていよう?』
私はニコッと笑ってアイコンタクト、それが通じたかはわからない……けど竜児はどこか嬉しそうだ。
彼が嬉しいなら私はもっと嬉しい、こちらをチラ見するカップル達なんか無視して二人の世界へ…と思った矢先に係員が大声で抽選が終了したと伝えてきた。

「大変お待たせしました結果が出ました! まずは一組目…」
告げられたのは別のカップル、まあまだ二枠ある大丈夫。
わっと沸き立つそのカップルを横目にドキドキしながら続きを待ちわびる。
二組目も残念ながら私達ではない、ちょうど一つ前にいたカップル達が当たった。
「では最後の三組目は………」
当たれっ!
「………さんカップルです♪」
…………読み上げられた名前は私達ではない、そう……抽選から見事に外れた。
ガクッと肩を落としたのは私ではなく竜児の方だったりする、私は………そりゃあ残念だけど……うん期待通りにいかないのが世の常、しかたないものはしかたない。
「すまん、あと五分早ければな」
「いいって、私が書いた位置のせいかも……だし」
「おぅ……いや亜美は悪くねぇよ」
「はいはいわかったわかった、ほら落ち込むヒマがあったら席につこうよ」
あえてサバサバ、何だかんだ言って実は悔しい…けどあえて見せたらあざとい、私はそういうのは竜児に見せたくない。
強い娘でいたい…。



386 ◆KARsW3gC4M :2011/01/10(月) 23:04:48 ID:h1a2G8Bn
ちょっぴり残念なのは確かだけど、いつまでもしょげてなんかいられない、待望のイルカショーを楽しまないとね。
彼に引かれるまま座ったのは最前列中央のやや右寄り、ほぼ真ん中と言ってもいい。
「真ん中じゃないとかありえないんですけどぉ?」
「贅沢を言うな、ほら見てみろちびっ子達は大人しくしているぞ、いいじゃねぇかほぼ中央だし」
と、数段後ろの子ども達を見つつそう諭される。
ワガママを言うのは彼に構って欲しいからに決まっている、私は頬を膨らませて手の甲を抓って嫌がらせとかしてみる。
「地味に痛ぇから止めろ」
竜児が人差し指で私の頬を押してくるのであっさり降参して一言。
「ま…亜美ちゃんは竜児とイルカが見れたらどこでもいいし? あ、話は変わるけど聞きたいことがあるんだよね…」
「おう?」
「これが終わってから行く場所……ほら何か私に辛い目にあってもらうとかどうとかってやつ、あれってどういう意味?」
朝からエロエロ妄想で脳内ピンク色の私が思い浮かべるのは……アレやらコレやらソレとか……だし。
もし違っていたら恥ずかしいじゃん? 竜児にその気がなかったら亜美ちゃんだけ浮かれて馬鹿を見るわけだしハッキリさせとかないと。
「どういう意味も何もそのまんまの意味だ、そうだな場所は山…いや丘?」
「は……山? 丘?」
ニヤリと意地の悪い笑みで返す竜児がどこか憎い、てか………山とか丘って野外ってことだよ、ね?
私の顔がみるみるうちに紅潮していく……ジワリと下着を汚してしまう感覚も同時に……。
つまり彼が言わんとしているのはあ、あお……か………ちょ……待ってよ!
それはダメ! ほ、ほらまだ肌寒いし? ちょっと早めに冬眠から醒めたカエルが居たら……居たら……居ないか、じ・ゃ・な・く・て!! あうあうああぁ……う。
「おぅ? どうしたんだよさっきから顔が真っ赤にして風邪でもひいたか?」
顔を俯かせてモジモジする私の頬を両手で支えた竜児がコツっと優しく額を重ねてくる。
「あ……」
暖かい彼の手は心地良く私を溶かし至近に迫った顔面と……大好きな竜児の匂い、トロンと蕩けてしまいそうで思わず洩れた声は甘く媚びた啼き声で……。
ただ額を重ねて体温を計ろうとしているだけ、なのに…唇を重ねる直前に似た状況で更に高揚していく。
求愛されて甘く啄まれる感触を思い出し熱く蕩ける感覚を無意識に求めてしまいそうになる。


387 ◆KARsW3gC4M :2011/01/10(月) 23:05:31 ID:h1a2G8Bn
「熱なんてないよ…」
でも理性が打ち勝って彼の胸を軽く両手で押し返して一回身体を震わせる。
「でも………」
その先は絶対に言わないもん……『何なのか』は後で確かめてみなよ、もう確定…竜児は私を山で………ごくり
あえて人目につく場所から少し離れた場所で……とか、誰も居ないからって見晴らしのいい場所とか……かなり罰当たりだけど神社の境内だったりして……。
やだ…やだけど竜児はしたいんだよね? 誰かに見られるかもしれない状況でしたいんだよね? 『こういう愛し方』をしたくて興味深々で妄想して実践したくて……。
亜美ちゃんは……私は……竜児の彼女だもん、今より仲良くなりたいと思ってるから………もっと大好きになって欲しいもん、だから……いいよ?
私は押し黙ったまま妄想して悶々となり両手を太ももでギュッと挟みもじもじ、私達の年頃はデートとエッチはセットなの…。
竜児は男の子だからそれしか頭にないよ多分、亜美ちゃんだってエッチは嫌いじゃないしむしろ好きだし、あ…もちろん竜児とするから好きなんだけど……あ、あおかん……は前々から興味があったと言えばあったし?
ちょっと暴走気味かな?
よくよく考えてみたら彼から言質は取れていない、山だか丘に行くのは言っていたけど何をするかまでは……でもでもデート=エッチの年頃だし。
やっぱりするよねそこへ行ったら竜児は竜になってカミツキガメを呼び覚ます、そして私を木にし、縛っ……。
「お〜い亜美どうした? 急にボーっとして」
その言葉にハッと気づいて脳内での葛藤は霧散し、気付かれないようにデニムの上から下着を軽く撫でてみると………さっきより濡れていてヌルヌルしてかなり居心地が悪い。
「え……な、ぁ、う………、あーっと………イルカ……うん! イルカって可愛いよね!」
「お、おぉ」
私は羞恥を誤魔化したくてあたふたしてしまう、何事かと怪訝な顔をして返す彼を見てみると喉元に目線がいく。
決して太くはないけど男の子らしい喉元についた赤い内出血の痕……それは昨夜に私が強く求愛した痕、愛情を言葉に載せて紡ぎながら強く刻んだマーキング。
普段見たらそう気にならないしかし今見てしまうと妙に艶めかしい、自身の身体にも同じ痕が何ヶ所にもそれこそ誰にも言えない恥ずかしい場所にも。
ああ……ダメダメ今は何をしてもエッチぃ事に直結して考えてしまう。



388 ◆KARsW3gC4M :2011/01/10(月) 23:06:24 ID:h1a2G8Bn
右手を額に当てて大きく溜息を吐く、挙動不審な様を彼がどう思っているか……言わずとも見ざるとも何となくわかる。
「イルカな、イルカと言えばショーもそろそろ始まるな、待ちわびてたんだろ?」
そして彼は目を泳がせて会話のキャッチボールをしようと試みる。
「ま、まぁね! 実はこの手のショーって見たことがないんだよね」
私はもちろん受けて立つ、どことなくギクシャクし始めた雰囲気を少しでも和らげたくて…。
「俺も初めてだ、昔から泰子は忙しくてなかなか連れて来られなかったらしくてよぅ」
と、彼が話した所でステージに司会者が現れてマイクを片手に開催を告げる、内容は簡単に言うなら二匹のイルカが芸をするということらしい。
通路状のステージより少し奥はプールになっていて調教師二人とイルカ二匹が脇から現れ、待ちに待った楽しい一時が始まる。
まずはイルカが名前を呼ばれて挨拶代わりに可愛くキューキューと鳴く、私はこの時に初めてイルカが鳴くと知った。
続いて調教師が二人で持った大きなフラフープを水面から飛び上がったイルカがくぐり抜けご褒美に餌を貰う。
芸の合間合間に司会者がイルカの生態なんかを掻い摘んで紹介してくれる。
放られたビーチボールを鼻先で受け返し、調教師を背に乗せて悠々とプール内を泳ぎ、その愛らしさに私は夢中になる。
テレビなんかで見るより実際に見てみると興奮する、だから司会者が教えてくれた蘊蓄も耳に右から入ってそのまま左へスルーしてしまったのだ。
時間にして一時間未満といった所か、全ての演目を終えて楽しいショーが終わりに近づいた頃にそれは起こった…。
調教師と共に方鰭を振ってバイバイした後、イルカ達はプールから去ろうとしていた。
一匹は大人しく調教師に連れられて行ったが残る一匹が私達の前でピタッと止まりこちらをジーッと見詰めてくる。
調教師が促しても動じずにジーッと見定めるように…だ、この姿に私と彼は微笑ましい気持ちになる。
だが起こってしまったのだ、とある出来事が……。
イルカが水面から少し背伸びをして右鰭をスッとゆっくり持ち上げた、つぶらな瞳は明らかに私達二人を照準に収めている。
そして……
バシャッ!と大きな水音がした……そう鰭で思いきり水面を叩いたのだ。
逃げる暇もなければ声をあげる暇もなく私達を含め周囲の観客に飛沫が……いや水の塊が降り注ぐ。


389 ◆KARsW3gC4M :2011/01/10(月) 23:07:02 ID:h1a2G8Bn
この状況に唖然とする観客を見てイルカは
「くけけけ〜」
としてやったりな笑い声に似た鳴き声をあげた、司会者が言っていたじゃないか
『イルカは悪戯好き』
だと。
...
..
.
「……サイアクッ!」

「ま、まあ落ち着け! 仕方ねぇじゃねぇか、イルカのちょっとしたオチャメだろ、なっ?」
私は怒り心頭しながら靴を荒々しく踏み鳴らしながら水族館の出口へ向かって歩いていた、その背後には宥めようとする竜児。
そんな二人の手にはタオルが握られ、彼はカバンとポラロイド写真。
イルカがオチャメをしたお詫びにと特別に撮ってくれた写真と身体を拭けと渡されたタオルだ。
ちなみに写真にはもちろん悪戯イルカが写り込んでいて頭からびしょびしょの私達二人もまた微妙な表情で写っている。

私は彼の言葉を聞こえないフリして足早に進む、服が肌に貼り付いて不快だしちょっとクンカクンカしたら生乾き洗濯物フレーバー、気合いを入れた化粧は崩れまくりだしセットした髪も乱れた。
デートはこれでおしまいじゃないまだ昼よ? お日様は頭の上でさんさんと輝きこれから盛り上がるというところでテンションダウンされたのだ。
イルカめっ! イルカめっ! とか毒づいても可愛かったのは認めるしかなく、振り上げた手の落としどころもなく低く唸るしか出来ない。
「くしゅん!」
「ほらだからちゃんと拭けって言っただろ」
盛大にくしゃみしたのと同時に彼は私に追いつき左手を掴む、強く強く暖かくてちょっぴり嬉しい。
ワガママが過ぎて引っ込みがつかなくなっていた私を力強く引き寄せてくれる……それを亜美ちゃんは振りほどいたりしないもん。
「髪の毛……ぐしゃぐしゃになるんですけどぉ」
彼がタオルで私の頭を拭く、撫でるように優しく優しく…決して乱暴にではなくて壊れ物を扱うように。
機嫌が悪い様を演じているが内心デレデレしている私がいた、今日はずっとこんな按配だけどさ……ごめん言い直すね『昨夜仲直りしてから』だね。
ぷいっと顔を背けて黙々と私は道を進み彼は三歩後ろからついてくる、嬉しくて照れる私は何も言えなくなってこの喜びをどう表そうか思案する。
飾らない素で彼に『楽しいね』と紡いで甘えたい、人前だと諫められるから……誰も居ない場所へ。
そんな場所が近場にあるのか……うん実は目星はついているんだ、今回は大義名分もある。



390 ◆KARsW3gC4M :2011/01/10(月) 23:07:46 ID:h1a2G8Bn
「おい、そんなに急いでどうしたんだよ……道に迷うぞ」
と、竜児は水族館に行くバスから見つけた『アレ』の方へ誘導しているのに気づいてない様子、私から誘うべきか否か……。
だが迷っている時って自分の中ではもう答えが出ていたりする、後押しが欲しいだけだったりする。
私は立ち止まり後ろを振り返る。
言った方がいいよね? このままワガママを続けていたら竜児に嫌われる。
「亜美ちゃんも竜児も全身びしょ濡れじゃん頭からつま先まで、だから服を乾かせれる所に向かってんの」
一息にそう言った後、彼の方に歩み寄り強く右手を握る。
「仕事で移動中に"偶然"見つけてどこらへんにあったかは覚えてるし、風邪をひく前に……ほらこっち!」
もちろんこれは言い訳この街に来たのは今日が初めてだしモデルの撮影は大橋付近ではしない、有無を言わせずに握った右手を引いてグイグイと引っ張って早歩きしてみる。
「まさかコインランドリーじゃねぇよな? 着替えなんて持って来てないぞ」

「んなわけないから、ま…行けばわかるよ」
『服を乾かせて体を温めれてかつ二人きりになれる』
そんなのラブホテルしかない、安直だけど朝からの目的も果たせて一石二鳥だ。
ちょっと前に竜児と入ろうとしたら制服なのを理由に断られたことがある、当たり前だけど…。
そのリベンジも兼ねている、どっちみち服を乾かさなきゃ交通機関を利用出来ないわけだから時間の有効利用。
『代わりの服を買えばいいんじゃないか』とツッコまれたとしても『MOTTAINAI』と返せばいい、それなら彼もそれ以上は言えない。
記憶と感を頼りに三十分程歩くと目的地が見えてくる、幹線道路沿いだから迷いはしない。
「もしかして…だが、目的地はアレか?」
信号待ちをしていると彼はようやく気づいて私に小声で訪ねてきた、私は言葉じゃなく握った手を恋人繋ぎに変えて指を絡ませて返事とした。
「おぅ…確かにドライヤーで服を乾かせるな」
と呟く彼の手の平が徐々に汗ばんでいくのを感じた、ガラにもなく緊張しているのかな?
信号が青になり横断歩道を渡ってラブホテルまではあと少しの距離、ここが大橋じゃなくてよかった。
学校の子に見られてしまったら話に尾鰭がついてしまう、私としては気にしないが先生に呼び出される可能性は無きにしも非ず。
ちなみに前回のチャレンジは大橋だけど街外れだったから入りやすかった、ただし今回は人目につくのが難点。



391 ◆KARsW3gC4M :2011/01/10(月) 23:08:46 ID:h1a2G8Bn
真っ昼間からカーテンを潜れば嫌でも見られちゃう、けど入ってしまえばこちらのものだ。
ホテルの目の前まで来てしまったらタイミングを計るだのは言ってられない、立ち止まろうとした彼を力いっぱい引っ張ってカーテンを潜り駐車場を抜けてロビーへ足早に進む。
私達二人の間に会話はない、童貞処女というわけではないけど緊張しまくりなのだ……夜なら終電が無くなったからとか言えるけど真っ昼間から………なんて。
ラブホテルに来る目的が『服を乾かしてシャワーを浴びたい』なんて誰にだって建前だとわかる、本音はエッチ意外にないじゃん普通、しかも私がノリノリで連れて来た。
てかまだ昼なのに他の客も居るんだね……。
駐車場には数台の車が止まっていた、目的は皆して同じなので別に恥ずかしくもない。
自動ドアを潜ってロビーに行くと客と店員が顔を合わせずに会計が出来るように配慮されていたりする。
私は初めてだから勝手がわからないけど、お金を払うのは帰る時みたい……まずはパネルから部屋を選んでボタンを押してカギを受け取ればいいのだろう。
知識で『休憩・宿泊』は知っていたがフリータイムというのもあるらしく、この時間帯は一律フリータイムらしい。
夕方までは誰にも邪魔はされないのならいつもよりいちゃいちゃ出来る!
いつもはやっちゃんが寝てるし激しくし過ぎるとインコちゃんが私の喘ぎ声を覚えて連呼しそうだからコソコソしていたし、私が世話になっている親戚宅はちょっと………ね? 叔母さんにバレたから一回しかしてない。
「どの部屋にしよっか?」
彼に部屋選びを促して私は全室の写真をチェックしてみる、うわ……SM系な部屋とかあるし……それに大理石調お風呂に滑り台?
「こ、これなんかどうだ?」
竜児の指さす写真は柔らかなベージュ色の内装の落ち着いた部屋、無難だね。
「えー亜美ちゃんはこっちとか気になるなぁ」
対して私は『和』な畳の部屋を指さす、ほら普段はベッドじゃん? 直に敷かれた布団と枕二つって……なんかエッチだよね。
ちょっと旅行で温泉に来ましたよーみたいな雰囲気が気に入った、枕元の行灯照明とかあったりするし……。
「ならここにしとくか」
と竜児は私の選んだ部屋のボタンを押してディスプレイ下に落ちてきたカギを受け取る、ああ…とうとうラブホテル初体験が始まる。
「うん……じゃあ行こっか」
私達は手を取り合ってエレベーターまで向かった……。



続く



392 ◆KARsW3gC4M :2011/01/10(月) 23:09:31 ID:h1a2G8Bn
以上です、続きが書けたらまた来ます。
では
ノシ
393名無しさん@ピンキー:2011/01/10(月) 23:19:45 ID:LJ6BCx0s
こ、こんなトコで、、続く、とか。。
394名無しさん@ピンキー:2011/01/11(火) 10:41:34 ID:A4oj3taC
まってました。ちわドラいいですね。GJです
395名無しさん@ピンキー:2011/01/11(火) 11:24:15 ID:zjZMq4hw
お疲れ様です
今後も楽しみにしています
396名無しさん@ピンキー:2011/01/11(火) 18:28:56 ID:+6lpwkGX
>>368
上条当麻ですね?わかr(ry

>>392
早く、続きをぉぉぉ!

そういや「気合い入れたらどうなるの?」ってあったけど、竜児が気合いを入れた場合炊飯器で調理…。
あれ?>>370の言う通りになってしまったぞ?
397名無しさん@ピンキー:2011/01/12(水) 03:18:20 ID:PAiOKhA1
やはりこのスレのチワワはいいですな

しかし昨日、ドラゴンクライシスみてたらローズの声を大河の映像にあてたら
いちゃいちゃMADになるな、と想像してただけに久々にメインの大河のSSはこないかねぇ
398名無しさん@ピンキー:2011/01/13(木) 00:42:31 ID:esGo+lho
KARs様きてたー!GJ!GJ!
寸止めに磨きがかかってます!w
399名無しさん@ピンキー:2011/01/13(木) 02:18:31 ID:fQz0dZRA
GJ!!
興奮してコーヒーと灰皿を間違えて灰を飲んジュリエッタ
400名無しさん@ピンキー:2011/01/18(火) 21:57:31 ID:i1+MEQJh
テスト
401名無しさん@ピンキー:2011/01/18(火) 22:39:42 ID:znxWXKdp
>>400
投下前テストだと嬉しい!
雑談相手でも楽しいけど
402名無しさん@ピンキー:2011/01/20(木) 23:33:40 ID:H+iJhB1O
このスレはとらドラを良く理解してる人が多いだろうから質問があるんだけど

みのりんは竜児が精一杯勇気振り絞って思いを伝えようとしたのを聞きもしないで断って
大河が隠しとうそうと決めた想いを無理やり吐かせようとしたって解釈でおk?
403名無しさん@ピンキー:2011/01/20(木) 23:56:05 ID:/or599bU
それはちょっと、実乃梨を悪役にしすぎでは…
404名無しさん@ピンキー:2011/01/21(金) 00:05:43 ID:u3EflKUl
>>402
周りの女は大河と竜児の互いの思いに感づいているが当の二人は気がついていないということなんだよ。
405名無しさん@ピンキー:2011/01/21(金) 00:41:44 ID:cSqjdDIe
>>402
表現がちょっときついけれど、そういう解釈でいいのでは

大河の気持ちを知っていた実乃梨は竜児の告白をさせない事で、竜児との関係、大河との関係を現状維持したかった。
そして自分の気持ちを隠して、大河の竜児への思いを後押しする役に回った。

同じ内容なんだけど、言い方変えてみました。
あと、私見なんですが
実乃梨も、イブの日に大河がマンションから飛び出して号泣してるところに、たまたま遭遇しなければ
きっと、違った選択ができたんじゃないかなと思ってます。

406名無しさん@ピンキー:2011/01/21(金) 21:23:44 ID:+MYq5LKM
>>404
例えそうだとしても
竜児の告白を聞かない理由にはならないでしょ?
407名無しさん@ピンキー:2011/01/21(金) 21:46:52 ID:rcwo1U9l
聞いちゃえば心も揺らぐほど惹かれてると、希望的観測
まぁ言わせてしまえば、断ろうと、今まで通りではいられなくなる、ってのが真実だろ
大河が隠し通そうとした、とかは実乃梨だって自分の気持ちは隠そうとしたが
素直にさらけ出した上で大河にも自分の決断を望んだんだし
そう非難されるやり方でもあるまい
408名無しさん@ピンキー:2011/01/21(金) 22:26:39 ID:Zr+KvYmW
大河のためを思えば、本意ではなくても竜児の好意を踏みにじらなければならない
でも両想いだと分かってる相手に対してそんな残酷な仕打ちをする勇気がどうしても出せなくて
もし本当に告白されてしまったら断れる自信がなかったのかも

もしくは敢えて告白させなかったことで大河に対して「イブの夜に呼び出されたけど何でもなかった」って
ウソくさい言い訳を事実として成り立たせようとした(=大河に譲る意思を実乃梨なりに示した)とか
409名無しさん@ピンキー:2011/01/22(土) 02:17:36 ID:aTgtH0Kr
スレも末期の様相
410名無しさん@ピンキー:2011/01/22(土) 02:21:57 ID:4fGC3Nio
>>409
ゆゆぽスレなんだからまだまだだろう。
まだ現行作品ではパロも出来るほどネタがないってだけで。


まぁローマの祝日シリーズが完結するまでは維持でも保守る。
411名無しさん@ピンキー:2011/01/22(土) 02:46:40 ID:Yt0DmyhF
>>410
410を支援
412名無しさん@ピンキー:2011/01/22(土) 03:04:18 ID:RbCpVVNJ
BD化するようだねえ。
413名無しさん@ピンキー:2011/01/22(土) 05:07:29 ID:24h/LpJs
みのりから受け取った逃走費用をかえす描写がないよなw
414名無しさん@ピンキー:2011/01/23(日) 00:48:57 ID:PlxjIgtM
あまり使ってねーだろww
415名無しさん@ピンキー:2011/01/23(日) 08:51:13 ID:JHDXxt0g
使ってないならなおさら返せよw
416名無しさん@ピンキー:2011/01/23(日) 10:04:14 ID:XJyDsPLH
すみません。SS投下したいんですけど、すると480オーバーします。
けれど、次スレの立て方が解りません。立てられる方いるでしょうか
417名無しさん@ピンキー:2011/01/23(日) 10:15:14 ID:JHDXxt0g
スレたてなら任せろー(バリバリ)
418名無しさん@ピンキー:2011/01/23(日) 10:37:12 ID:XJyDsPLH
>>417
ありがとうございます。
もう少し見直しして、今晩にでも投下させていただきます
419名無しさん@ピンキー:2011/01/23(日) 14:24:08 ID:fwhm4sWH
>>417
やめないで!
420名無しさん@ピンキー:2011/01/23(日) 20:28:48 ID:JHDXxt0g
Q投下したSSは基本的に保管庫に転載されるの?
A「基本的にはそうだな。無論、自己申告があれば転載はしない手筈になってるな」

Q次スレのタイミングは?
A「470KBを越えたあたりで一度聞け。投下中なら切りのいいところまでとりあえず投下して、続きは次スレだ」

Q新刊ネタはいつから書いていい?
A「最低でも公式発売日の24時まで待て。私はネタばれが蛇とタマのちいせぇ男の次に嫌いなんだ」

Q1レスあたりに投稿できる容量の最大と目安は?
A「容量は4096Bytes、一行字数は全角で最大120字くらい、最大60行だそうだ。心して書き込みやがれ」

Q見たいキャラのSSが無いんだけど…
A「あぁん? てめぇは自分から書くって事は考えねぇのか?」

Q続き希望orリクエストしていい?
A「節度をもってな。節度の意味が分からん馬鹿は義務教育からやり直して来い」

QこのQ&A普通すぎません?
A「うるせぇ! だいたい北村、テメェ人にこんな役押し付けといて、その言い草は何だ?」

Qいやぁ、こんな役会長にしか任せられません
A「オチもねぇじゃねぇか、てめぇ後で覚えてやがれ・・・」
421名無しさん@ピンキー:2011/01/23(日) 20:30:24 ID:JHDXxt0g
すんません、遅くなった上にミスりました

次スレ誘導置いときます
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1295782102/
422Jp+V6Mm ◆jkvTlOgB.E :2011/01/23(日) 21:40:57 ID:XJyDsPLH
こんばんは。以下SS投下させて頂きます。
421様、スレ立てありがとうございました。

概要は以下です。よろしくお願いします。

題名 : Happy ever after 第11回
方向性 :ちわドラ。

とらドラ!P 亜美ルート100点End後の話、1話完結の連作もの
シリーズものの最終回なので今回だけだと解らない所があるかもしれません。
まとめサイト様で保管して頂いている過去のも読んで頂けるとありがたいです。

主な登場キャラ:竜児、亜美、安奈
作中の時期:高校3年 9月
長さ :16レスぐらい

前提:
竜児と亜美は交際してます
夏休み中、亜美は高須家に居候していました

423HappyEverAfter11-1/16:2011/01/23(日) 21:42:47 ID:XJyDsPLH

Happy ever after 第11回


once upon a time
それはとある街での、とあるゴールデンウィークから始まるお話。
少年が少女に出会った理由は至極、平凡なもの。二人は共通の友人の紹介で出会った。
天然を装う女の子と強面の男の子。嘘つきの臆病ものと心優しい無粋もの。

その出会いはコメディ映画のように最悪で、
少女は田舎ヤンキーと陰で笑い、少年はそんな裏の顔を目の当たりにする。

ほどなくして、少女は危機回避の理由もあって友人と同じ学校に転校してきた。
当然、友人の近くには少年もいた。別に運命的な再会でもなく、偶然でもない。
少女は少年とクラスメイトという事もあり、同じ時間を過ごす事が多くなった。
その日々は毎日がイベントのような騒がしい日々だったが、別段、幸福な高校生の生活としては飛びぬけて珍しいものでもない。

ただ、普通の高校生とは違う点がいくつかあった。
少年は同年代の男の子よりも少しだけ思いやりがあって、世話焼きで、かなり目つきが悪くて、
その分、見た目で判断する事の残酷さを知っていて、表面と中身は別物である事を理解していた。
少女は他の女の子よりも、性悪で、意地悪で、嘘つきだと、自分とこの世界をそう思い込んでいて、
それゆえに、真実を見抜く事に必死だった。
だから、
出会ってすぐに、少女は少年の事を陰で笑うことをしなくなり、面と向かって馬鹿にする事をよしとした。
少年は初めから少女の裏の顔を認め、むしろ、彼女らしいと笑った。

いつのまにか少年と少女は仲良くなった。
そういうふうに、できていた。

「くそ……」
朝、七時三十分。天気快晴、ただし室内暗し。
木造二階建て、二階部分の借家。私鉄の駅から徒歩十分。南向き2DK。
「もうやめだ」
竜児は億劫を抱えながら、携帯を握り締める。
「いやだめだ。もう一回」
再度、かかるはずの無いナンバーをダイヤルする。
亜美の声が聞きたかった。
二学期が始って一週間、彼女が実家に帰ってから十日が立っていた。それは彼女と連絡が取れなくなった時間だ。

数日前の夏休みの終わり、竜児は亜美を送り出した。
亜美は親に話しをして来ると高須家を後にしていた。
僅か一ヵ月半程度の共同生活。それがあるから大丈夫だと彼女は言った。
その日々を大切にしたいからこそ、逃げ出すように家を出て、竜児の家にいた事を両親に詫びなければいけないと言った。
そうしたところで竜児との仲が祝福されるとは考えていなかった。
認めてはもらいたいが、解ってもらえる可能性は低いと考えている。
むしろ反対されるだろう、否定されるに決まっていると確信していた。
だからこそ、それは電話であってもいけないし、ましてや、メールや手紙でも駄目だ。
直接、会わなければいけない類のものだと思っていた。だから、家に戻ると彼女は言った。
424HappyEverAfter11-2/16:2011/01/23(日) 21:44:12 ID:XJyDsPLH

亜美には心配事がある。竜児がどう思っているか。彼の事を気に掛けている。
彼の家庭環境。実家と縁を切った母一人子一人の家庭の起因は母親の駆け落ちだと聞いた。
別段、母子家庭と言う境遇を憂いた事もないと彼も言っていたし、実際、そうなんだろうと一緒に生活した彼女も確信している。
ただ時折、母親がどれだけ苦労したかを話す竜児。それに報いたいと言う竜児。、
例え、自分の親でなくても、竜児は亜美の両親の事を同じように考えるだろうと思った。
同じ事を繰り返してしまうような負の連鎖は彼を傷つけてしまう。そんな彼は見たくない。
少しでも上手くやって交渉まで持って行きたい。両親との妥協点は引き出したかった。
彼が悔いる道の先は彼女の幸せに繋がっていない。これは自分の為だ。

「二、三日ぐらいじゃ戻って来れないかもしれないけど、必ず帰ってくるから待っててね」
「安奈さん、解ってくれるといいな」

その竜児の言葉はやはり亜美の想定内で、けれど、そんな事はありえないと思っている。だから釘をさす。
自分たちの行動で損害を受けている人たちは存在するし、その人たちから非難を受けて当然なのだ。
善意のつもりでしている事の結果が別な人間には悪意になるという可能性などこの生まれながらの善人は思いもしないのかなと思った。
現実の不意打ちを受けて、苦しんでほしくない。準備はしておいて欲しい。自分たちは悪い事をしていると考えていれば痛みは減るだろう。
そう思って、皮肉交じりに言葉を返す。

「高須くんは甘いよね。現実は厳しいし、私たちがしてる事は、ママや事務所の人から見たら単なる我侭だよ」

竜児は苦虫を噛んだような表情をする。それでも亜美は続けようとした。
耳に痛い話だろう。いやみな奴だと思われるに違いない。けれど、それは自分の役目。
悪い未来、痛みを想定しておいた方が傷は浅くなる。竜児は頭をかきながら、

「迷惑は掛けちまってるな。けど、我は通す。自分がしたい事はする。その上で迷惑を掛けちまった人にはいつか其の分を返すように頑張ってみる」
「偽善者、卑怯者」
「まったく、その通りだな。我ながら勝手な奴だ」
と竜児は確信犯めいた笑いを浮かべてくれた。これなら大丈夫だと思った。
自分達の為に傷つく事も、迷惑を掛ける事も理解してくれてる。わかった上で愛してくれると言ってくれてる。
「ふ〜ん。高須くんも悪人だ」
安心した笑顔を亜美はうかべ、
「けど彼氏としては合格。私を幸せにしてくれそう」
その犯罪者顔にキスを一つした。

だから、「行ってきます」と一時的な別離を宣言し。
「言ってこい」との声を聞いて、戻る場所を確認した後、高須家を離れた。

それが十日前だった。
亜美は竜児に「待っててくれ」と言った、だから彼は待とうと思った。
彼女が実家に戻る事も亜美一人で決めたことではない、竜児も事前に話しを聞いている。
二人でしなくてはいけない事だと確認した。
彼女一人で背負い込んでいる訳でもない。竜児が背負うことも許してくれている。互いを対等と捉え、共に戦っている。

けれど、焦燥感はある。
三日が過ぎて、メールを送った。
五日目からは電話を掛けた。
しかし、返信は無く、呼び出し音はするも、繋がる事はない。それが彼の中の焦りを煽る。
425HappyEverAfter11-3/16:2011/01/23(日) 21:46:17 ID:XJyDsPLH

二学期が始ってからは登校の際、亜美を探した。
学校に来るくらいなら、その前にメールくらい帰ってくるはずなのは解っている。
それでも亜美が来ているのではと首を振り、行きかう女生徒の中に亜美を探す。
その目つきで悲鳴を挙げられるが落ち込まず探す。落胆するのは彼女を見つけられない事が解ってからだ。
そして、教室に入り、席に座り、僅かな希望はあっさりと潰えた事を毎朝確認するのが日課となっていた。

休み時間には、木原麻耶、香椎奈々子が亜美の出席状況を教えてくれた。
彼女たちにしたって、いい知らせを伝えたいのだろう。それでも我慢強く、欠席という正しい情報を教えてくれる。
体は正直で胃の中は苦さで一杯になる。だか感謝しなければならないと強く思う。虚偽は敵でしかない。
今、欲しいのは残酷でも真実だけだ。

そんな日々が一週間。

そして、今、竜児は携帯を握り、別な手はないかと考える。
きっと、いい男と言うやつは
「信じてくれてるなら、あいつの行動を全て受け止める事しか出来ない」
なんて、相手を全肯定して、自分の思いを制せる奴の事をいうんだろうなと、亜美の癖が移ったような自嘲を浮かべる。
確かに、亜美を信じる事、待つしかないのが正解なのは解っている。
余計な事をすれば不必要なトラブルの種になる可能性が高い。足を引っ張るだけだ。
それでも何かをしたかった。好きだという気持ちが彼を急き立てた。
以前の彼から退化したのか、成長したのか、そんな事は自分でもまったく解らなかった。

行動する事、それは亜美を信じていないからか?。裏切り行為なのか?。
違うと竜児は思う。
彼は自分が幸せになる為に、自分の時間を使う事を大事な人に約束していた。
やれる事があるなら、行動してみたかった。ただ、亜美の為、なにより自分の為に何かしたかった。

以前のように、勉学に力を入れたり、学校行事に参加したりといった方法も戦いの手段だ。
つながらないと解っている電話を入れるのも、メールをするのも、その一つだと硬く信じる。
それが空高く飛ぶ爆撃機を地べたから竹で突付くような行為や厚い城壁を崩そうと壁を食むアリ程度の行為だとしても。
笑いたい奴は笑うがいいさと割り切る。出来る限りの事はしてみようと思う。手段は常に探している。

だから竜児は手の中の携帯電話を見る。亜美に繋がらないなら別な人間から繋がってみようと考えた。
「考えなしの行動だと怒られるかもしれないな」と、アドレス帳を開き、川嶋安奈の番号を探す。
やれる事があるなら、そのまま何もしないでいる事など出来ない。試してみる。
もちろん、安奈が陽気に電話に出てくれるなどとは思っていない。冷静に考えれば出てくれるはずもないだろう。
亜美へのコールと同じなはずだとは思っている。
けれど、まだ試していないのも事実。
可能性がある以上、電話してみる。落ち込むのはその後で十分だ。
数回の呼び出し音の後、あっさり電話は繋がった。

「…………」

426HappyEverAfter11-4/16:2011/01/23(日) 21:48:23 ID:XJyDsPLH

安奈と繋がったことに驚きを隠せない。すぐに声が出ない。着信拒否をされて当然だと思っていた。
そうでなくても今の状況だ。着信名が出て、自分からのコールだと知ったなら、電話に出るはずが無いと思っていた。
もしかしたら登録すらされていなかったという事だろうか?と疑問を持つが、すぐにその回答がなされた。
「こんにちは、竜児くん」
感情の篭らない平坦な女の声が携帯から響く。
「お、おひさしぶりです。安奈さん」
「お久しぶり」
「なんで、出てくれたんですか?、電話」
竜児は気持ちそのままに疑問を口にした。
「出ないと思ってたのにかけたの?、竜児くんは」
「……は、はい」
正直に答える。
「根性無しのつまらない男」
声色に初めて感情が篭った。冷淡な、軽蔑の色がした。

急いで訂正しなければと言葉を捜す。
悪い未来を想定して、失望した場合の逃げ道を予め用意する余裕など自分にはない事に気づく。
「い、いえ。電話に出て頂いてありがとうございます」
「ふん、それで、何の用かしら?」
安奈が少しだけ興味を持ってくれたように感じた。
それを逃すまいと、気持ちをそのままにぶつける。
「か、川嶋…、亜美は今、そっちらにいるんですか?。連絡が付かなくって」
「いないと言ったら」
「夏休みの最後の日、安奈さんの所に帰ると言ってました。ご連絡しなくてすみません。
 自宅の前に無事についたとメールが来たんです。だから亜美は戻ってます」
「そう。では訂正するわね。帰って来たけれど今はいないわ。
 それと、亜美はあなたとはもう会いたくないって」
「嘘です」
「それで」
竜児は詰まる。何を安奈が言っているか解らないのだ。
彼女が嘘をついている確信はある。自信過剰だと言われようとも、亜美を信頼している。だから、安奈の嘘を指摘した。
けれど、安奈は微動だにしない。

「君が嘘だと思って、それを私に指摘して、それでどうなるの?。ぺらぺらと君に都合のいい話しでもすると思った?
 それに私は本当の事を言っている。訂正する必要なんてないわね」
「は、はい」
安奈は容赦無く、切れ味鋭く言葉を返す。氷のようにつめたい。
「嘘だと断罪するのは、裏を取る努力をしたものが言っていい資格。解りなさい
 それと、そう宣言した後、どう有利に話を持っていくかまで考えないと意味ないわ」
竜児を蹂躙する。厳格な教師が出来の悪い生徒を指導するように淡々と指摘を続ける。
「すみません」
彼女の言葉を聞き入るばかりだ、さきほどから安奈の迫力と言葉に打たれ続けるサンドバックを甘受する。
「それだけで言いたい事は終わり?」
言いたい事はある。胸のうちは亜美の事で一杯だ。が、声帯がいうことをきかず、声が出ない。
安奈に失望されたくないという気持ちも芽生えていた。叱責を受けないよう言葉を選ぼうとするが見つからない。
そもそも考えがまとまらない。
自分を不甲斐ないと思ってしまう。安奈はそんな沈黙を答えと受け取り。
「本当に、つまらない…」と言いかける。竜児が言葉を挟む。
上手く言葉を使えなくても、頭の良い言い方が出来なくても、亜美の事を安奈と話せる機会を失ってはいけない。
いくらでも言葉で殴れば良い。失望されるのは怖い。自分が絶望に向き合うのは恐ろしい。
けれど亜美はもっと大事だった。だから、
「安奈さん!」
「ん、どうしたの?」
「俺は亜美と付き事になりました」
竜児は亜美を思う気持ちと安奈に何かを言わなくてはいけないという焦りを同時に表現した。
「ふ〜ん、そうなんだ。それで、それを君を嫌っている亜美の母親に告げてどうるするつもり?」
その馬鹿みたいな発言にも、安奈は平然と受ける。
427HappyEverAfter11-5/16:2011/01/23(日) 21:50:25 ID:XJyDsPLH

竜児も自分が愚かな事を言ってしまったと思った。それこそ、あいつに考えなしと怒られるだろうなと、
亜美の表情が心に浮かんだ。呆れたような、今にもため息をつきそうなそんな顔だ。
その顔に向かって「本当の事なんだ。隠すことないだろ。ましてお前のお母さんだ」と話しかけた。
すると、イメージの中の彼女は「しかたないな」と呆れ気味だが、優しい顔をしてくれた。
魔法のように、今までの緊張が解けていく事を竜児は感じた。現実に目を向け直す。安奈に向かって彼は

「亜美を俺に守らせてください」

安奈は、彼の声の響きに激昂するように声を大きくした。

「馬鹿おっしゃい。なに、都合のいい事言ってるの」
「都合のいい事言ってます。すみません。けど、俺と亜美は付き合う事を決めたんです。
 付き合うって決めて、二人でいると、よくわからないんですが、そういう気持ち沸いてきて。
 信念みたいなものにいつの間にかなっていて」
「訂正、つまらない以前に、心底、馬鹿な男のようね」
苛つきをもった声が返って来る。竜児はその通りだと、「はい」と肯定する。
「…あんた、周りに馬鹿ってよく言われるでしょ」
「はい。大…、妹みたいな奴と、それに亜美に」
「そうでしょうね。あの子、私と同じで馬鹿な男は嫌いだから」
「よく怒られます。竜児は馬鹿だから嫌いだって」

軽く見下すような笑い声がした。
「ねぇ、亜美が君の家にご厄介になる時、竜児くん、言ったわよね
 責任をもって亜美を預かるって。その本人が手篭めにするなんて洒落になんないわね。嘘つきなんだ盛った雄犬くんは」
竜児は言われるままに、「すみません」とあやまる。
駆け引きなんて器用な真似は出る頭は無い。正直に話すのが自分の誠意だと思っていた。

「手出して偉そうな事言ってんじゃねぇんだよ、で、どこまでよ。まさか、中に出したりしてないでしょうね」
「キ、キスしました」
「それだけな訳あるかての。正直に答えなさい」
「すみません。一回だけじゃなく。何度か、いえ、付き合ってからは毎日、キス…」
「はぁ?」
その程度で済む訳がない。安奈は彼の家に亜美を預けた時からそんな事は信じていない。
高校生だ。そしてお互い好きあってると恥ずかしげも無く言い合うやつらなのだ。普通に考えてありえない。
彼女は竜児を確認しているだけ。どの程度嘘をつけるのか、高須竜児のふり幅を計っている。
川嶋安奈は亜美の上を行く嘘のスペシャルリスト。つく事も、見抜くことに対しても余人には負けないという自負を持っている。
「ふ、そう。最近の高校生は進んでるのね」
と小物を嘲笑するように言った。安奈は竜児の言葉を正確に捉えた。いい意味でも、悪い意味でも竜児の誠意は通じた。
「本当、すみません」
そんな野暮ったい言葉にさすがに呆れたと、駆け引きもせず、
「出鱈目言ってる訳じゃないみたいね。だったら中途半端な自白なんかしないか」
と思わずと言ったように、ケラケラと地で笑う。

竜児は意味が解らなかったが、自分が悪いとは思っていたので「すみません」を繰り返す。
「ねぇ、高須くん。スターの条件の話、覚えてる?」
「たしか、太陽みたいな子の話ですか?」
「覚えていなかったら電話切るきっかけになったのに残念。あれには続きがあるの。教えてあげる」
「それって何の話ですか。俺は亜美の話をしたくて」
「年上の話しは聞くものよ」
と強い声が返ってきた。竜児はまたもや「すみません」と謝罪をして、安奈の言葉を待つ。
428HappyEverAfter11-6/16:2011/01/23(日) 21:52:24 ID:XJyDsPLH

「主役を張れるタイプ、私はもう一種類いると思ってる。
 具体的に言うと。そうね。例えばサンタクロースをいつまでも信じていられるような人間」
「サンタクロースですか」
「そう、サンタじゃなくても言いのだけれど。自分が憧れる、夢をくれる存在が明確にあって、イメージをいつまでも持っていれる。
 周りがどんなに存在を否定しても、自分では決して認めない。サンタが自分の家に来ない事に気づいても諦めない。
 ならばと、自分がサンタのように夢を配る真似事をしながら、サンタを待ち続ける。そんな子。イメージ出来る?」
「純真な奴って事ですか?」
「それだけじゃないわね。意志が強くって、我も強くって。サンタの真似みたいな事も恥ずかしげ無くやれる子。
 たぶん、そのサンタからプレゼントをもらった子供たちは、その存在を本物のサンタみたいだと思うでしょうね」
とクスリとした息遣いが携帯から聞こえてくる。
「つまり、そういう事。自分の考えを信じれて、行動出来ないと欲しいものは手に入らないわよ」
「は、はぁ」
「私が言いたい事は終わったわ、竜児くんが言いたい事がなければ、切るけどいい?」
会話を続けたいと竜児は思ったが、言葉が見つからない。
言いたいことは言った。亜美の事を確認したくてもただ質問するだけでは安奈が話す訳がないと理解した。ところで、サンタって何だ?
混乱している自分しか見つからない。ただ、時間だけがすぎる。
電話越しに安奈がこちらの言葉をいつまでも待っている気配がした。それに気づいた竜児は。
「ありません」
「そう。じゃあ、最後にもう一つ。私はつまらない男に割く時間は一秒たりとも持ってない。何も行動しない男もね。
 そして、馬鹿な男は大嫌い。そういう奴はとことん苛めたくなるから、肝に銘じるように」
そう言って安奈は電話を切った。


         ******


亜美の実家は高級マンションだ。大物芸能人にして、資産家の彼女の親は都内に住まいをもっていた。
母の安奈の意向、馬鹿は嫌いだから高いところは嫌 という理由で、比較的低い層である三階に住まいを持つ。

その一室、亜美にあてがわれた部屋で、彼女は立てこもり引きこもる。所謂、引き篭もりと化して抵抗をしていた。
叔父の家を飛び出した理由は安奈に竜児へ近づこうとする事を否定されたから。
実家に戻ったのは、竜児の交際を少しでも認めて欲しいから。
誠意をもって、言葉を尽くして説明した。
彼女に甘い父親から説き伏せて、その協力を得て、事に当たるといった搦め手からも攻めてみた。
だが、安奈は折れなかった。
むしろ、力を尽くせば、尽くすほど、「小娘が騙されてる」といった格好を崩さなかった。

今は持久戦だ。譲歩してくれるまで、女優、川嶋亜美は仕事をしない。
彼女自身にとっても痛いが、おそらく、母親の方が痛手は大きい。
亜美のデビューに関して、安奈はその人脈、政治力、そして、資金力を駆使してバックアップしてくれていた。
事務所の役員としての立場もある。正直、恩には感じている。母にとっての仕事の重要さも知っている。
重要だからこそ、それは弱み。したたかに利用する。性悪、川嶋亜美の見せ所だ。
429HappyEverAfter11-7/16:2011/01/23(日) 21:54:55 ID:XJyDsPLH

なので引き篭り。交渉の余地を残すため、安奈の目の前でストライキする事が重要なのだ。働いたら負けかなと思ってる。
食糧は父親からの補給線。トイレは隠れて行くか、最悪、緊急避難ですませる。
自分でも理不尽で、大人の対応ではない事は知っている。
喧嘩して家出、家出中は男の家に転がり込んで同棲みたいな事をして、帰ってきて、開口一番、その男と正式に交際するから認めろ。
親の立場から見れば、「いいかげんにしろ」だろう。その事は亜美もよく解っている。
それでも、本気なのだ。我ながら自分勝手だし、昔の自分ならもっと上手く、要領よくやれただろうにとは思う。
だがらこそ、今の自分だからこそ、正面から両親に話さなくてはいけないとも思ってる。きっと、あいつもそう言ってくれる。
「竜児色に染まっちゃったかな」なんて、ちょっと浮かれて、今日も今日とて部屋にいた。
台本を読み直したり、共演者が過去に出ているドラマの映像をチェックしたりして過ごしていた。

そんな時、何処かでコツコツといった音がした。ドアを見る。が違う。そちらからの音ではない。
たしかに考えてみれば、木製のドアを叩く音ではない。
もっと硬質で、衝撃を吸収する事なく跳ね返すような音、例えばガラスのような…

恐る恐ると窓を見る。あのストーカーの記憶が甦る。血の気が引く気がした。
去年の春、窓の外での物音を不審に思い、開けた窓。そこにはニタニタとげひた笑いを浮かべカメラを向けるあの気味の悪いストーカーの顔。
頭を左右に振って、浮かび上がったイメージを散らす。
竜児の前では、あの時のように、ストーカーのカメラを踏み潰すような強がれる彼女ではあったが、
実際の亜美は人一倍、臆病な女で、今だにあの嫌悪感を払拭出来ていなかった。

「まさか、気のせいだよね」と自分に言い聞かせるように、窓を凝視する。
なんの変化もないようだった。「やっぱり、大丈夫」と、ホッと胸をなでおろす。
すると目の前で窓が衝撃音と共に揺れた。ビクリと反射的に体をはねる。そんな弱虫な自分に怒り。
「ふん、負けるかっての」
と大またで窓まで歩み寄り、勢い良く開いて
「誰かいるの!」
と一括する。そして、実は閉じていた目をゆっくりと開くと、
「よう」
と木にしがみ付いて、木の実を片手にもち、こちらに投げようとしていたヤクザのような三白眼の男が挨拶してきた。
「高須くん?」
「悪い、川嶋。お邪魔していいか?」


         ******


「いや、まいった。大きな木の近くがお前の部屋だってのは解ってたんだが、いくつかあるのな。かなりあせったぞ」
竜児は窓から亜美の部屋にのり込むと、靴を脱いでやっと一息。たくと呆れ気味の亜美に促され、彼女のベットに腰を掛ける。
ベットに座るや否や、シーツや枕カバーが気になって、手触りをチェックしたり、洗濯時を確認したりするものだから、
余計、亜美を怒らせる。

「高須くんって本当、馬鹿。まさか運だのみの偶然だけでこの部屋見つけた?」
亜美は椅子の正面背面を逆にして座り、背もたれを両手で抱え込むようにしてもたれかかると不機嫌な表情のまま、呆れ顔で問う。
430HappyEverAfter11-8/16:2011/01/23(日) 21:57:15 ID:XJyDsPLH

「そうでもないぞ。まえお前から聞いた話がヒントになったからな。木の近くに窓がある三階の部屋。
 で、川嶋を尋ねてる訳で、お前がいないとしょうがないから明かりがついている所。
 後はたしかに出たとこ勝負だったな。近くまで行って、カーテンとか、見えるものがお前の趣味ぽいかで見当つけた」

「そ、そう。私の好みで判断したんだ」
そうして、亜美は髪を掻き揚げ、時間を作った後、台詞を探し、馬鹿にするように話しかけ、やっとの事で抵抗する。
「やっぱり、高須くんストーカーの才能あるよね。何時の間に実家の場所調べたのよ」
「北村に聞いた」
「祐作のやつ。後でギタギタにしてやる」
幼馴染を悪役にすることでその動揺を抑える。

そんな彼女の内心に気づく事なく竜児は取り合えずと部屋を見渡す。
あるのはベットと机、それに椅子。テレビとかオーディオ機器。いくつかのペットボトル。それくらいだ。
後は大量の引越し業者のロゴ入りの箱。
「しかし、ダンボールだらけだな」
と何も考えずに質問する。と帰ってきた言葉は
「ママが叔父さん家から勝手に運び出しやがった。絶対これ、このまま送り返すから。だから開けたりなんかしない」

「負けん気の強いやつだ」と竜児は軽く笑う。同時に「じゃあ、あれはなんだろう」と思う。開けたダンボールが一つあったからだ。
「こいつは?」
「そ、それは、しょうがないじゃん。どうしても必要なものが、そう、生活必需品が入ってたんだもの」
と早口で亜美は言い返す。

「おう。そうなのか」素直に受け容れる竜児だが、
それなのに、亜美は勝手に盛り上がって、「疑ってる?」という風に尋ねてくる。
「いや、そんなことないが」
「そうだ。入ってた下着、付けてあげようか?。今、適当なやつしかつけてないから丁度いいし。
 亜美ちゃんの生着替え、生亜美だよ」
なんて、首を傾けて、しなをつくって、竜児を見つめる。少し話しをずらしにかかる。
竜児もあっさりのって、
「馬鹿、そういう事しに来たんじゃねぇ」と真剣になって、否定する。
亜美はしめしめと心の中で笑った後、あえて「つまんないの」と不満の顔をして、
竜児が来るまで話し相手にしていたぬいぐるみを手に取ると、最近の癖でギュッと抱きしめた。
ヌイグルミのちびチワワが家に来てから、亜美はやな事があった時、不満を感じた時、こんな事で自分を慰めている、
けっこう寂しい娘だったりする。
今回はあくまで、演技だったので気分が落ちてる訳ではない。むしろ、ひさびさの軽口だ。テンションは上がってきている。
いろいろと面白くなってきて、亜美は自分自身、そらした話がなんだかすら忘れていく。

「たくさ、彼女の部屋に来て、やることとか他にあるんじゃない」
と、手に抱いたチワワのぬいぐるみを竜児にけしかけ、「ばう!」と鳴いた。
「おう、それって、俺が作った奴だろ。ちゃんと持っててくたのか」
竜児は嬉しそうにぬいぐるみの頭を撫でた後、「貸してみろよ」と亜美から受け取ろうとするが
「やだ」と亜美は素早く胸元に戻し、再びチワワを抱きしめる。

「いいじゃねぇか、減るもんじゃねぇし」
「へる!」
「プレゼントした時、お前、文句言ってたろ」
「それはそれ、これはこれ。この子はもう亜美ちゃん家の子。一度、自分のものにしたら、絶対、手離さないのが私の主義だもん」
とふざけてはいるものの、頑なに拒否する。
431HappyEverAfter11-9/16:2011/01/23(日) 21:59:08 ID:XJyDsPLH

そんな態度に、「大事にしてくれてるんだろうな」と竜児も楽しくなる。しばらくぶりの会話だ。こういうおふざけも悪くない。
ならばとそのチワワは諦め、別なものはと見回し、ベットの隅の別なぬいぐるみを見つけた。
手を伸ばし、代わりにそれを手に取ろうとする。

「ぬいぐるみなんか自分のキャラじゃないとかいいながら他にあるじゃねぇか」
とその目つきの悪い、枕状のぬいぐるみを手を伸ばす。
「へなちょこ。お前に決めた」と、チワワとのバトルに挑もうとする。
手に取ったそいつは、ボロボロで、顔には噛まれた後が多数残る。体など何度もさば折されたかのように長い体にフニャとしたところも出来ている。
なにか人事じゃない気がして、バトルは取りやめようと思う。なんか、こいつではチワワに勝てそうに無い。

竜児がそのへなちょこを手に取る姿を見て、亜美は一瞬動きを止める。その後、目を大きくして叫ぶ。
「な、ちょ、ちょっと」
そして亜美は体ごとぶつけるようにして飛び掛る。竜児は不意打ちを受けて背中から後ろに倒れ込みんだ。
「なんだ、いきなり」
「これは駄目!」
竜児からドラゴンのヌイグルミを奪い取る。取り戻そうと右腕が伸びるが亜美はさせるものかとその手首を掴む。
その間に先ほどまで座っていた椅子の方向にヌイグルミを避難的に投げつけた。
ぱふと、椅子の下に転がったチワワにぶつかり、そこに落ちた。
すぐさま、空いた手で竜児の左手首を掴み、自由を奪う。

「乱暴だな」
「高須くんがデリカシー無いことをするから」

と言っても二人は怒っている訳でもなければ、不満を抱えている訳でもない。
ただ言葉を遊ばせ、感情を躍らせてみた結果に過ぎない。その結果のじゃれあいの末のレクリエーション。
気はつかっても、遠慮はしない。配慮はしても、自分が信じる行動は抑えない。行き着いた末の二人の距離だ。
言葉遊びをして、その場の流れに任せて気持ちを絡ませて、じゃれあっているだけ。
抑えている竜児の手首も、振りほどけないほどの強さでもない。甘つかみともいうべき程度。
押し倒されたといっても、そこはベットの上だ。衝撃などない。
亜美にしたって羞恥心はあったが、それは竜児を思ってこその恥ずかしさ。
実際、竜児の体に触れてしまえば、そんなものは吹き飛んでしまう。掴んだ指から体温を感じる。
気がつけば、息がかかるほどの距離に顔を近づけている。彼の体臭を鼻腔が捉える。そして、ここはベットの上だ。

「これから……乱暴…しちゃおうかな……」
彼氏、彼女の関係だ。少し位のスキンシップはいいのではないだろうか、自分への言い訳が立つ。
亜美は少しだけ舌を出して、唇を舐めた。
合理的な行動だと思った。
リップをしっかりつけていなかったせいか、カサカサになっている気がしたからだ。たぶん、このままじゃ痛い。
竜児もそんな感触なんかは楽しくないだろう。
そう思って、亜美は唾液を舌で運び、唇に塗った。

あえて、竜児の瞳を見つめながら顔を近づける。
「動揺したら可愛いのに」
そんな悪戯心をもって、ゆっくりと、出し惜しみをして近づけている。
のに、がっかりだと思った。
少しも慌てた様子がない、むしろ、竜児に瞳の底に劣情を感じた。竜児の了解の意思を感じ、それに亜美の女が反応する。
自分も欲情している事を知った。速度を上げて竜児の唇を奪う。

「ちゅ」と濡れた粘膜同士が重なる音がした。
432HappyEverAfter11-10/16:2011/01/23(日) 22:01:04 ID:XJyDsPLH

最初は軽く唇を合わせる程度。二度、三度と笑顔をかわしながら繰り返す。ついで竜児の上唇を軽く噛む。
くわえた後、軽く吸いながらゆっくり引く。
彼の唇の厚みを確かめるように何度か繰り返す。そうする事で、竜児と自分に摩擦という刺激を与え続ける。
いつもまにか、キスの音は

「ちゅるちゅる」

という合わさる音と吸う音が重なりだす。
普段は外気に触れない唇の裏側がヒリヒリしてくる。当然だ。なるべく接触粋を多くしたいが為、二人はその奥まで使っている。
外気に触れない世間知らずなその皮膚は、苛烈な刺激にさらされていた。それが気持ちよく感じる。
後を引いて、もう一回、さらに一回とその皮膚が刺激を求めている。

そこだけではない、準備運動は終わっただろと、いつの間にか唇全体が快感を求めうずきだす。
少し口をあけて、彼の口自体を甘噛みするように口を合わせる。そして、ゆったりと閉じる。唇全体をこすり付けるようにあわせる。
しばらくしてから、また開く。なんどもお互いを重ね続けた。

亜美はキスというもの夢を持っていた。
ドラマや映画のラストシーンに相応しく、お互いの愛を誓うような、自分の恋心を愛をささげる様な行為であると思っていた。
情熱的なものや、淫微な激しいものにしたって、それは気持ちの表現なのだろう。
精神的な気持ちの共有みたいなものがその本質なのだろうと考えていた。

だが、それだけではなかった。想像するのと、経験するのとは大違いだ。この行為は性行為だ。
敏感な感触帯である唇を互いこすり合わせる行為。
快感を得たいが為、何度も何度も、こっけいに求め合う。

自分から、気持ちよくなりたいと唇を寄せる。男が自分に快感を求める事を実感して支配欲を満たす。
欲望に溢れるばかりの行動だ。
亜美は自分の行動をそう分析していた。

その実感を確かにした行為、
亜美は唇を開く時、竜児もそれに合わせてくれる事を確認して、ゆっくりと舌は伸ばす。

「高須、くん…」
「ん…川嶋…」

より敏感な器官をパートナーの口内に侵入させようとする。
果たして、愛を伝えるため舌を伸ばす必要があるのか、動物のようにぴらぴらと舌を揺らす必要があるのか。
否。それは気持ちを伝える為ではない、あなたと気持ちよくなりたいという合図だ。

高須竜児に川嶋亜美は快楽をせがんでいる。

その認識が彼女のひだをふるわせた。竜児の舌が欲しい。彼の舌で、自分の口を、舌を犯して欲しい。
少しだけ伸ばした舌を、彼の舌に会合させるため、もう少しだけ伸ばしてみる。

自分が男を求める女の一人にすぎないのは解っている。
それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。快楽に弱い女だとがっかりされたくないという少女じみた気持ちもある。
だから、隙あれば、「高須くんは女の子に幻想抱くタイプだよね」等と言って、予防線を張っているのだ。
433HappyEverAfter11-11/16:2011/01/23(日) 22:02:50 ID:XJyDsPLH

けれど、もう唇だけのキスでは切ない。一度、知った感触と気持ちを忘れる事は出来ない。
舌をからませあった時の高ぶりを再び感じたい。あの熱を教えたのは目の前の男だ。
恥ずかしくても、高須竜児の熱を求めずにはいられない。
彼も同等の好意を持っていてくれると唇で確かめたい。特別なことをしたという事実を積み重ねたい。
亜美は舌を少しずつ伸ばしていく。

「あっ」

舌の先に、柔らかな感触を感じた。竜児が彼女を迎えるように自分の舌を伸ばしていたのだ。
快楽と共に安心感が後頭部辺りに電流のように走る。
ほんの数mm程度の表面積接触だというに体の芯から震えが来て、自分が濡れるのが解った。

その震えと安心感から、気を抜いてしまい、舌が内に引っ込んでしまう。

一瞬だけしか、あの気持ちは得られないのかと失望感が襲ってくる。
が、それは思い込みだった。
竜児の舌が彼女を追って口内に侵入して来る。
そして、逃げるなとばかり、絡めてつけてくる。亜美も追いかけてきたそれに報いようと精一杯、竜児の動きにあわせて舌を動かす。

男も、女も、ついこの前まで、軽めのキスしか知らなかった二人は、ぎこちなくも動かし、お互いを求める。
それは経験も技術もなかっただけに、乱暴で、原始的、そして本能的だった。
ぬめりと互い唾液を潤滑油にして、すべらせ、舌自身を舐めあう。
舌が一瞬はなれたかと思えば、歯の裏や、頬を、すべてを征服しようと舌を伸ばす。
けれど、もう一方がそれを許さない。追いかけ、求め、絡める。
捕まった方も、素直にそれを受け入れ、倍にして愛情を返した。

「ちゅ、ちゅっ…んんっ…高須くん…」

互いの唇と舌を貪る。飢えた獣のように貪欲に、鼠のようにねちっこく舌を絡ませる。
密着時間を少しでも延ばそうと 、息を止め、何十秒もお互いを求める。

「ふ…、は…はぁ、川嶋…」

粘着質の音と、息苦しい声だけが部屋の沈黙を埋める。
息継ぎをする為に唇を離し、互いの名を呼び合う。愛しさで胸をいっぱいいして、真っ直ぐに互いの瞳を見つめあう。
時間が惜しいと唇を吸いあう。

…んんん…ぢゅっ、んむ…ちゅ、ぱっ…はあ、あ、あは…

二人はただ、キスに没頭した。息遣いだけが部屋を満たす。
だが、ただのキスといっても疲労はする。
一日、部屋に篭城して、現在のしとねも、竜児に体を預け、上からキスを続ける亜美はまだしも、
竜児はただでさえ負荷の高い一日を過ごし、亜美の家まで駆けつけた。
現在もベットの上とはいえ、亜美の体を支え、重力に逆らって舌を伸ばし続けるのは相当な消耗だった。
竜児は舌を口内に納め、顔を離すと、新しい酸素を体に取り入れる為に深く息をすった。

だが、亜美は止めたくなかった。体力はある、それに川嶋安奈との孤独の戦いを強いられてきた彼女は、
表面上は強がっていても、温もりを求めていた。
そして、目の前には高須竜児。心の底から求める男の子。舌の動きを止めることが出来なくなっていた。

精一杯、自分の舌を伸ばした、竜児の舌を追う為に。
434HappyEverAfter11-12/16:2011/01/23(日) 22:04:58 ID:XJyDsPLH

気づいた時には、そんな、発情した犬のように舌を伸ばす自分と、そんな大胆な行為をしている自分を驚きの目でみている竜児。
羞恥心が蘇り、急いで引っ込めようとするが、それも出来なかった。いつもの竜児の目、亜美にはおだやかに見える目をして、
亜美の舌を唇だけで噛むととゆっくり引く、まるで舌を愛撫するように何度もそれを繰り返す。

ちゅっ、ちゅっ…ちゅぶっ、るりゅ…

粘着質の音だけが部屋の沈黙を埋める。
亜美の舌が竜児の口の中で音を立てていた。それはやらしく、けれど、やさしく、亜美の脳髄をやいた。

いつまで、私は舌を出していられるのだろうか
一秒がもっとゆっくり流れてくれれば良いのに

あられもないと思いながらも、むしろ、舌を舐めてもらいやすいように真っ直ぐに伸ばして、
少しでも接触域を増やそうと精一杯伸ばす。
甘かった。純粋な味覚ではなく、空気が。熱かった。室温なんかじゃない。血液の温度が。
この一瞬に近い抱擁だけでも、登り詰めんばかりに酔いしれる事が出来た。

陶酔していく気分。反比例して力が入らなくなる肢体。力がはいらずとも動きを止めたくなくて舌を伸ばす。
頭がクラクラする。意識が飛んでしまうのではないかと思える。
それを察した竜児は、なんの予兆もなく行為をやめて唇を離す。

「止めないで欲しい」と強く思った。あと、もう少しで何かを越えられる気がしていた。だから言った。
「高須くん。私、すごく、喉が渇いてる」

舐め続けてくれた竜児の口内には沢山の唾液があるのは解っていた。
竜児が下で、亜美が上だったから自然な流れでそれが得られる事はなかった。
亜美は自分からねだった。もう少しで完全に染まる事が出来ると思った。

竜児は亜美の熱で朦朧となったような声に誘われるまま、体を抱きしめ、体制を逆にする。亜美が下で竜児が上。
上体をかぶせるようにして強いキスをする。彼の唇を彼女の唇にかぶせる様にして唾液を口移しする。彼女の口腔へと流し込んだ。
亜美の彼のつばをすする音が聞こえる。それが興奮を誘い、竜児の体の奥から、次から次へと唾液が沸いてくる。
フェロモン溢れた甘い唾液だ。

「飲んでくれ」
「んっ…。」

亜美は熱い吐息を鼻から漏らしながら、んく、んく…と小さく喉を鳴らして嚥下する。
彼の体から出た液体が意識を犯す。亜美を犯した。亜美の目はトロンとして色になり、媚びた光を浮かべる。
彼の色に少しでも染まれたような気がして、下半身の女が震える。

ゾクゾクと背中も揺れる。自然と身震いをしてしまう。下半身がむずむずとして太ももをすり合わせる。
目の前の男が欲しくなって彼の瞳を覗き込む。彼自身も求めてくれているように思えた。
このまま流れに身を任せてみたいとも思う。

けれど、ここで頭をもたげてしまうのが彼女の悪い癖。考えてしまった。
435HappyEverAfter11-13/16:2011/01/23(日) 22:07:06 ID:XJyDsPLH

相手は…
問題無い。というよりも、これ以上何を望むのだろうか。

タイミングは…
それ程よくない。今は安奈との戦争中だ。そんな中、押しかけて来た竜児に言いたい事はたくさんある。
そんな最中だからこそ、来てくれた事も嬉しく思う。
そういう意味では悪いわけでもない。

場所は…
最悪だ。自分の部屋というのは悪くない。もっと掃除しとけばよかったとは思うが、それぐらいだ。
一流ホテルのスィートを用意しろと言うのではない。ふざけて言う事もあるが、けして真意ではない。
ただ清潔なベットがあって、身体を洗い流せるシャワーがあれば十分だ。
シャワーが欲しい。
体臭が気になる。立てこもりが五日間。その間、当然、お風呂はおろか、身体を拭くこともしていない。
コロンは部屋にあるが、この状態で、「ちょっと、待っててね」と言って、つけてから
「どうぞ」なんて言えるわけもない。「準備万端、いたしましょう」なんて恥ずかしい真似は出来ない。
でも、「意外と体臭きついな」なんて言われた日には。竜児を刺して、私も死ぬ!とさえ、突発的に思ってしまう可能性が高い。
特に下半身は蒸れた日だと自分でも解るくらい匂いが強くなる時がある事は確認すみだったりする。
こういう日を想定してのシュミレーションは欠かしていない。

自分からだと言うのも少しやだ。山の時とは状況が違う。なし崩し的にするよりは、出来れば男の意思で求められたいのが女心。
初めてなのだ。出し惜しみをする気はない。むしろ捧げたい。だがそれなりに誠意も示してもらいたい。
我ながら面倒臭い女だとも思う。
せっかくなのだ。最高のものにしたいという願望がある。
特に最初のキスがあまりにも大事な記憶になっているだけに、初めてのSEXで同じくらいのものを手に入れたいと願ってしまう。

最大の問題はドアの外、他の部屋に人がいるであろう事。彼女の説得ないし監視の為、見張りが常にいた。
行為の最中に入てこられたりしたら、竜児との仲を反対される強い論拠になってしまう。

冷静に考えれば、してはいけないと彼女の理性が判断していた。彼氏彼女の仲なのだ。機会などいくらでもあるだろう。

だが、それが解った上で、「どうしよう」と亜美は思い悩む。
体は火照っていて、本能は「どう」を放り投げて、「しよう!」と亜美の理性にささやき掛ける。
今なら、自然な流れな気がする。きっと、彼も「したい」と思ってくれている。
こいつが求めてくれるなら……

「高須くんがそうしたいなら」
だから、誘いの言葉を掛ける。

「いいよ」

「何がだ?」

帰ってきた言葉の意味を彼女は理解出来なかった。相手がもっと今の状況をよくわかってないという言葉だと気づいて、
「やぁー、もう!」
毛細血管が破裂しそうなほど怒りが沸く、恥ずかしさも吹き飛んでしまう。
「だから、この続き」
436名無しさん@ピンキー:2011/01/23(日) 22:08:05 ID:sQjWfMnn
C
437HappyEverAfter11-14/16:2011/01/23(日) 22:09:23 ID:XJyDsPLH

竜児は考える素振りを見せる。それだけで腹が立つ。忍耐で作れている彼女の心の我慢の袋が急激に膨らんでいく。
ここまで私がリードしてるてのに、普通は彼氏がやってくれる事だろう。

「今はやめとかないか」
「なんでよ!」

と「やりたい」と隠さずに言ってしまった事に気づいてと亜美は手のひらで口を押さえた。
竜児はそんな事が解っているのか、いないのか淡々と
「そりゃ、俺だって川嶋と先に進みたいとは思ってる。けど、それをしたくて来たわけじゃなかった」
「それなのにこんな事するんだ」
「ごめんな。突っ走ちまった」
竜児は後悔の念を顔に出して謝罪する。亜美はそんな顔を睨みつけていた。
腹が立っていた。
恥ずかしかった。
恥をかかされた…のとはちょっと違う。
こんなに自分は求めてるのに、こいつは同じくらい欲しいと思ってくれない。
そう感じて、腹が立って、恥ずかしくって、イライラした。
そんな亜美に気づかずに竜児は話続ける。
「俺はただ、お前の顔が見たかっただけなんだ」
「なに、たったそれだけの為に泥棒紛いな事までしたの?。いっそ、駆け落ちしようとか言うくらいの気概があってもいいんじゃない?」
亜美は気持ちを整理出来ずにいた。馬鹿だとは思った、大馬鹿だと思った、自分に会いたいが為だけにこれだけのリスクを侵す馬鹿。
嬉しかった。
自分でも訳が解らない。その勢いのまま暴言のような発言が口から出てしまっていた。
駆け落ち
亜美自身、駆け落ちといった手段が正しいとは思ってない。むしろ、そう竜児が言った時用に反論の用意をしていた。
「現実的じゃない」とか「無計画すぎる」とか。
それなのに竜児から不意打ちで混乱した気持ちのまま、自分からそんな事を言ってしまった。
高校生の駆け落ちなんて成功率が限りなく低い。
第一、反対する人間を切り捨てて、周りに迷惑を掛けて、二人は幸せになりました。それではあまりにも子供の振る舞いだ。

ただ、亜美が好きな竜児は、そういった情熱的な一面がある様に思えていた。
そして本気で竜児がそう言うなら、最後まで反対する自信は彼女にはなかった。

竜児はそんな亜美の言葉をいつもの冗談だと思って、軽く笑い。
「駆け落ちなんてお前が反対するだろ」
「当たり前じゃん」
「そんな大げさな事じゃないが、もう一つ目的があった。これこそ、お前をうんざりさせるかもしれない」
「これ以上、呆れることなんかないって、約束してあげるから言ってみて」
「その為に来たんだものな。えーとな。つまりだ。頑張ってくれてありがとうな。だ
 俺が言うまでも無く、お前はしてくれてるだろうから礼だけでも。その上でお願いだ。
 安奈さんに逆らうなんて大変だろうが、これからも頑張ってくれ。俺も頑張るから。
 て既に頑張ってる人間に言う事じゃないな。悪い」

それを聞くと亜美は急に口をつぐむ。
「解ってくれている」
キュッと唇を強く結び、喉まで出掛かった言葉を外に漏れないようにする。
「その上で自分も頑張ってくれると言ってくれた」
瞳に力を入れて何かに耐えるようにする。しかし、体の芯から来る震えを今度は抑える事が出来ず、体を一度震わせて、
それでも、意地を張って
「バッカじゃないの。呆れて何にも言えない」
と一言だけ頑張ってみた。
438HappyEverAfter11-15/16:2011/01/23(日) 22:10:51 ID:XJyDsPLH

「やっぱり怒るよな」と反省気味の竜児に、「大好きだよ」と言いたくて、言えなくて、亜美は別の言葉で彼に応える。
「あのさ、頑張ってくれるのはちょっとは嬉しいけど。でもね、あんまり無茶しないでよ。
 泣いても、笑っても、後五日で決まるから」
「?、五日間でなにがあるんだ?」
「撮影が始まるの。夜十一時くらいのドラマだけど、それでも準主役。私にはすごく大きな仕事。
 マネージメントに回ってるママにとってもね。つまり、それがリミット。その仕事をボイコットしたら引き返せない」
「引き返せないってどういう意味だ」
「つまり、それを超えたら女優、川嶋亜美は終了って事。これはママと私のブラフの掛け合い。
 ママのカードは従わなければ芸能界から干すってカード。譲歩条件は高須くんと別れる事。有り得ないての。
 私のカードはママが組み立てた仕事、ボイコットして、川嶋安奈の面目丸つぶれにするって札。譲歩条件は付き合うのを認める事」
竜児は顔色を変えて、
「だが、お前が俺の為に芸能界やめるてのは!」
亜美はにこやかに笑う。
「言ったでしょ。私は私の幸福の為に人生を生きて、自分の幸福の為に高須くんを愛してあげるって。
 全ては自分の為にやってるの。高須くんの為じゃない」
「そうなんだろうが。けどな…」
亜美は今度は笑顔を辞め、真剣な表情で
「竜児。あんたは女優の亜美が好きなの?。それとも目の前の川嶋亜美が好きなの?」
その言葉に頭が下がり、
「すまん。お前を侮辱するような事言うところだった」
「大丈夫だって。心配してくれてありがとう。でも今回に限って言えば勝算十分。ママの方が分が悪い。
 この仕事つぶしたら、ママが長年作った人脈と信用が大崩壊だもの。リスクが多すぎて、そんな賭けは出来ないはず。
 私たちはこの簡単な勝負をクリアして、強い意志を示す。私達が譲歩する気がないって解らせれば目的達成、あとはママに従う」
「それならいいが」
亜美は竜児が安心するように言葉を掛けるが、考えている事は違った。
(どちらにしろ今回の仕事が終わったら、序序に手引いて、最終的に私は事務所から放逐なんだろうけど。
 ママ、身内にも容赦ないし。どうせ、七光りだけじゃいつまでも仕事取れないし、そんなんじゃ芸能界じゃやっていけないもの)
なんて気持ちは竜児につげない。

「今日もけっこうヤバ目だったんだけどさ。キャストのクランクイン前の最後の顔あわせがあったんだ。サボってやった。
 ママ、妥協案くらい出してくると思ったんだけど、何の反応も無し
 昨日の昼までは、交渉ぐらいしたんだけど、夕方くらいからかな。急になにも言ってこなくなって。
 さては何かあったか、て踏んでるんだけど」
「昨日の夕方?、俺、安奈さんに電話で怒らせちまった」
「え、ママ電話出たの?、私の前では高須くんに事、散々こきおろしておいて。言語道断。話す価値もないって言ってたのに」
「そんな風に言われてたのか」
「もう酷い言い方でさ。実際、聞いたら立ち直れないと思うよ。タイガーの悪口の比じゃないもの。
 当然。私のかわいい憎まれ口なんか足元にもおよばない」
「川嶋の憎まれ口がかわいく聞こえるとしたら相当なものだな」
「なによ〜」
またじゃれ合いモードになりそうになるが、そんな自分に急ブレーキを踏む亜美。なにか引っかかる。
「ねぇ。高須くん。なんで私に会いに来てくれたの?」
「だから言ったろ。お前の顔見たくなって。なんの助けにもならないかもしれないが、何かしたくなった」
「そうじゃなくて、来てくれたのは嬉しいし、それだけで助けにはなるんだけど。どうして、そう思ったのかって」
「理由?、そう言われてもな…。急にお前に会って、礼言いたくなったとしか…」
「ごめん。ちょっと待ってて」
439HappyEverAfter11-16/16:2011/01/23(日) 22:13:23 ID:XJyDsPLH

亜美はベットから立ち上がると、ゆっくりとドアを開いて外の様子を伺う。
少しして、竜児を部屋に残し外に出て行く。

「信じられない。誰もいない」
亜美は戻ってくると、驚きを竜児に伝える。
「留守なのか?。俺、いいタイミングだったな」
「あのさ、高須くんは最初から木登って、私の部屋に来ようとした?」
竜児は笑って
「さすがに最初は正面から入ろうとするさ。けど、マンションの玄関で駄目だった。
 自動ドアは閉まってるし。インターホーンはあっても部屋番号は解らない。そもそも安奈さんに入れてくれなんて言えない。
 一応、いろいろ入り口探したが解らくてな、最後の手段だって、木に登った。
 俺、この目つきだろ。住んでる人にジロジロ視られて、通報されないか心配だった」
と冗談交じりでしゃべる。亜美は余計、真剣みをました顔をして
「ねぇ、竜児、今がチャンス。一緒にここ出よ」
「駄目だろ。それは」
「これはね千載一遇の機会なんだって。監視が誰もいないことなんて今まで無かった」
「いや、だが。安奈さんが心配するだろ。あの人は敵じゃないんだ」
「竜児は甘い。それに、私が竜児と別れなくてすんで、女優も続けられる絶妙なタイミングなんだって。
 まだリミットまで五日間ある。三日ぐらい身をくらまして、ママに、私たちの本気とリスクを思い知らせる。
 それで前日か、前々日に交渉するの。ママが考える時間。クランクインに準備する期間。両方ある」
竜児はその駆け引きがどういう効果を引き出すかよく解らなかった。
が、亜美が女優が続けられる見込みがあると聞いて、その案を受け容れる。
「わかった。お前のアイディアなら、俺が考えるより間違いない。いくぞ」
「うん」
と亜美は慈愛の女神の笑顔で応えた。



竜児は窓に片足を掛けると、亜美に手を伸ばす。
「俺がフォローしてやる。行くぞ」
だが、つがいの女の子は腕を組んで仁王立ち。
「亜美ちゃんがそんなとこから降りれる訳ないでしょ。第一、竜児のフォローなんて信用出来ない」
「外に行くんだろ?。それじゃどうするんだ?」
「正面から出ればいいじゃん」
「お、そうか」と間抜けな顔をする来た道でしか戻る発想のなかった竜児を尻目にコロンを入念に身体に纏うと、
「ちょっと待ってて」と家を歩きまわって準備をし、逆に竜児の手を引いてマンションを堂々と進む。
あまりの堂々さに竜児は不安になり、
「裏口からソロソロと出たほうがいいんじゃないか」とか「鉢合わせしないように急いだ方がいいんじゃないか」
等と言うが、まったく受け付けず、むしろ、誇示するように歩く。
「こういうのは、当たり前な顔して、堂々としてた方がいいんだって」との言葉に「そんなもんかと」と従う。
亜美はすれ違う住民たちには笑顔で軽く挨拶するくらいの余裕を見せる。
竜児はその度に、握った手を離そうとするが、それすら許さず。
「恋人同士なんだもん。それなりの態度とってよ」
と言い渡し、正面門から、威風堂々と勝者の歩みでマンションを亜美は後にした。
目指すはお気楽でゆったりとした憩いの我が家、高須家だ。


         ******


440Jp+V6Mm ◆jkvTlOgB.E :2011/01/23(日) 22:14:38 ID:XJyDsPLH
以上で今レスでは投下終了です。お粗末さまでした。

すみません、注意書きで書かないといけない事なのかもしれないんですが、
エロ有りです。微というかキスシーンだけですが…

閉め部分は次スレで投下させて頂きます。もう少し推敲してから投下させて頂きますので、
規制されない、且つ、他の投下と重ならなければ2、3日中にさせて頂きます。
読んでくださった方、どうぞ最後までよろしくお願いします

スレ立て、支援ありがとうございました。
441名無しさん@ピンキー:2011/01/24(月) 02:39:58 ID:wpTGXOA+
お待ちしていました。
遂に終盤戦ですね。
楽しく待ちまーす。
442名無しさん@ピンキー:2011/01/24(月) 12:44:10 ID:OMvF0Tk8
GJ!
ワクワクして待ってます!
443名無しさん@ピンキー:2011/01/25(火) 02:28:46 ID:l/ML1q5+
+   +
  ∧_∧ + 
 (0゚・∀・)
 (0゚∪ ∪ +
 と__)__) +
444名無しさん@ピンキー:2011/01/26(水) 04:55:13 ID:NH7Ftyk1
いつのまにかCV:釘宮のヒロインが「りゅーじ好き好き」言うアニメが始まっていた……。
そんな埋め。
445名無しさん@ピンキー:2011/01/26(水) 15:21:48 ID:tvdOrmTV
kwsk埋め
446名無しさん@ピンキー:2011/01/26(水) 19:26:11 ID:Dhj0KGjk
ドラゴンクライシス
447名無しさん@ピンキー:2011/01/26(水) 22:10:51 ID:v46qspVD
なんと
448名無しさん@ピンキー:2011/01/26(水) 22:50:28 ID:r+frIqPB
こっちは竜児
あっちは竜司
449名無しさん@ピンキー:2011/01/26(水) 23:01:21 ID:k6fDCOCb
むしろ、「りゅーじ、すき」しか言わないから背中がむず痒い、そんな今日この頃。
埋め。
450名無しさん@ピンキー:2011/01/27(木) 19:43:26 ID:gpX621oY
流動する情勢に従って株価はいとも容易く変動し、電気の信号は休まることなく通信の網を駆け巡り、目下のところニュースは食傷を訴えるぐらい飛び込んでくる。
何億年も前から降り注ぐ太陽光が大地を恵み、気温と湿度の相互効果で風向きは気まぐれに変わり、月欠け満ちて潮騒ぐ。
非常にどうでもいいことだ。どこか遠い世界の話だろうとさえ思う。
そう、そんなのは非常にどうでもいいの。昨日の天気よりどうだっていい。
わたしが今気にしていることはといえば、ただ一つ。
「心配ね、ブサコ。最近じゃ鳥もインフルエンザに罹るんだって」
インベーダーにしてプレデターたるあの抉れ胸から、いかにしてか弱いこの身を守り通せるかということに尽きる。
麗らかな昼下がり。いつものようにごはんを用意していた竜ちゃんは、途中でどこかに出かけていった。
たぶん買い物かなにかで、それはいいの。
よくないのは、これまたいつものように居座り、お客様気分全快でごはんを待っていた抉れ胸が、暇つぶしの材料としてわたしに目をつけたこと。
抉れ胸はポータビリティーで機能的、それでいて通気性のよすぎるわたしのお部屋を無造作にテーブルに置いてからというもの、なにが面白いのか、一方的に口を動かしている。
頬杖つきながらテレビを眺め、お里が知れるような品のなさでおせんべいを黙々と噛み砕いているだけだったらいいものを、出てくるのはせんべいくさい二酸化炭素と、わたしを震え上がらせるような意地の悪い台詞ばかり。
ひたすらに鬱だわ。いい加減本気で嫌になる。
我慢の限界はとうのとうに迎えてるというのに、一向に嫌がらせは終わらない。
「でもま、あんたには関係ない話よね。元々インフルエンザ拗らせてるような顔してるんだし」
本当にもううんざり。だいたい、それと病気と何の関係があるというんだろう。
どれだけこじつけてみようとしてみても、わたしにはこれっぽっちも納得いきそうにないというよりも納得いかないむしろ絶対納得なんかしたくない。
「にしても、おっそいんだから、竜児。もうお腹と背中がくっつきそうだわ」
五枚も六枚もおせんべい齧っといて、いや、七枚目に手を伸ばしておいて、いったいどの口が言うんだろうね。
ていうか、そのままおっぱいと背中がくっついて全てに絶望すればいいのに。
そんな風なことを考えつつ、憎しみで人がころっと逝っちゃうなら三回は逝かせられるだろうこと請け合いなくらい鋭さを増すわたしの視線は、
本人に直接ぶつけてやってもいいけど、合わせようものなら心臓麻痺を誘発させそうな抉れ胸の目つきは本能に訴えかけてくるくらい、怖い。
しかも彼我の体格差は絶対であり、圧倒であり、もし万が一相手の機嫌を下方修正させてしまった暁には、きっといたいけなわたしは強制的に巣立たされるか、はたまた、腹を空かせたそいつの胃袋に納められるかもしれない。
おぞましくって生々しい未来予想図に鳥肌が立つ。串刺しにされて火炙りにされるなんて真っ平ごめんだ。
451名無しさん@ピンキー
仕方なしに窓に映る憎いヒンチチを睨んでやるしかなく、そして向こうが何をほざこうと無視を決め込んでやるのがわたしなりのささやかな反抗だった。
「なによ、珍しく静かにして。なんか喋んなさいよ。こっちは暇だしお腹へってしょうがないんだから」
隙間から進入してきた人差し指に、爪弾くようにして頭を小突かれる。
しまった。ささやかな反抗は微妙に裏目に出た。あちらは確実に苛つきの度合いを増している。
何をしても機嫌を損ねる上に何もしなくってもどっちみち機嫌を損ねるんだからこの女は手に負えない。
ああ、早く帰ってきて竜ちゃん。
じゃないとわたし食べられちゃう──猟奇的な意味で。
「たく」
さもつまらないと言わんばかりに、半円にまでなったおせんべいを放り込むようにして、一口で平らげた抉れ胸がふて腐れた声を出す。
「あんたはいいわよね。いくらブサイクで気持ち悪い顔してたってご飯は勝手に出てくるんだし」
だから顔は関係ねえっつってんだろ。あんまりしつこいとその内てめえのそのツラ啄ばむぞコラ。
あとさっきから失礼なことばっかり言って、わたし全然気持ち悪くなんかないんだから。
だって竜ちゃんが世界一可愛いって言うんだから、それがこの世の真理。
抉れ胸の美醜感覚が麻痺してるだけでしょ。
おっぱいだけじゃなくっておつむも可哀想なんだから、まったくやれやれだわ。
「それに、なんにもしなくったって、何があったってずっとここに居られるんだし」
ふいに、いたずらに突っついてくるだけだった指先が頭上までやってきて、振ってきた指の腹が触れると、前後にかすかに揺れた。
「あんたのご主人様だって、可愛がってくれるしね」
時間にしたらわずかに数秒のこと。
ちょっとだけ羨ましいわと、抉れ胸は柄にもないようなことを呟いてから、撫でつけるその指先を引っ込めた。
甚だ意外なことに、抉れ胸は留守を預かるこのたかだか十数分たらずで、寂しさから人恋しくなっちゃったみたい。
なんてお子様なんだろうか。見かけよりもよほど幼い精神年齢をしてるんだろうか。
まったく本当にやれやれだわと、心優しくて大人なわたしはその指を追いかけて、大きく嘴を開け、おもむろにかぶりついた。
そうして、普段竜ちゃんにしかしない愛撫を特別に披露してやる。
甘辛くてべたついているのはおせんべいのせいなんだろう。いささか不快な味と舌触りを、けれど目を瞑ってやり、優しく舌を這わせる。
ありがたく思いなさいよ抉れ胸。こんなサービス、滅多にしないんだからね。
と、そのとき玄関が開く音がして、いくらもせずに竜ちゃんが入ってくる。
「ただいま。なにしてるんだ」
「あっ、竜児。見てよこれ、こいつ噛みついたのよ。インフルエンザになったらどうしよう」
「はあ?」
いまのいままでの物鬱げな態度が嘘のように、抉れ胸はじゃれつく猫そのままに竜ちゃんに飛びついていった。
少しでも心を開いてやろう、慰めてやろうと思ったわたしがバカだった。
もしいつか本当にインフルエンザにでもなることがあったなら全身全霊でこいつにうつしてやろうと固く決意した、そんな麗らかな昼下がりの話。

                              〜おわり〜