ヤンデレの小説を書こう!Part36

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1名無しさん@ピンキー
ここは、ヤンデレの小説を書いて投稿するためのスレッドです。

○小説以外にも、ヤンデレ系のネタなら大歓迎。(プロット投下、ニュースネタなど)
○ぶつ切りでの作品投下もアリ。

■ヤンデレとは?
 ・主人公が好きだが(デレ)、愛するあまりに心を病んでしまった(ヤン)状態、またその状態のヒロインの事をさします。
  →(別名:黒化、黒姫化など)
 ・転じて、病ん(ヤン)だ愛情表現(デレ)、またそれを行うヒロイン全般も含みます。

■関連サイト
ヤンデレの小説を書こう!SS保管庫 @ ウィキ
http://www42.atwiki.jp/i_am_a_yandere/

■前スレ
ヤンデレの小説を書こう!Part35
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1282516914/

■お約束
 ・sage進行でお願いします。
 ・荒らしはスルーしましょう。
  削除対象ですが、もし反応した場合削除人に「荒らしにかまっている」と判断され、
  削除されない場合があります。必ずスルーでお願いします。
 ・趣味嗜好に合わない作品は読み飛ばすようにしてください。
 ・作者さんへの意見は実になるものを。罵倒、バッシングはお門違いです。議論にならないよう、控えめに。

■投稿のお約束
 ・名前欄にはなるべく作品タイトルを。
 ・長編になる場合は見分けやすくするためトリップ使用推奨。
 ・投稿の前後には、「投稿します」「投稿終わりです」の一言をお願いします。(投稿への割り込み防止のため)
 ・苦手な人がいるかな、と思うような表現がある場合は、投稿のはじめに宣言してください。お願いします。
 ・作品はできるだけ完結させるようにしてください。
 ・版権モノは専用スレでお願いします。
 ・男のヤンデレは基本的にNGです。
2名無しさん@ピンキー:2010/09/12(日) 10:15:36 ID:Eu5U+aqy
>>1
3名無しさん@ピンキー:2010/09/12(日) 10:19:45 ID:Eu5U+aqy
>>1失礼ちゃんと書かないと…お疲れ様です
4名無しさん@ピンキー:2010/09/12(日) 10:22:09 ID:SgZsCTkU
>>1お疲れ様です!
5名無しさん@ピンキー:2010/09/12(日) 10:44:19 ID:Qx4MgNYa
>>1
お疲れ様です!
「ネトラレ・レイプネタ控えてください」忘れとる
6名無しさん@ピンキー:2010/09/12(日) 11:20:14 ID:D47Us6Il
>>1


別にNTR・レイプネタも良いだろ
規制する意味がわからん
「俺が嫌だから書くな」って理論で規制すると何も書けなくなるしな
7名無しさん@ピンキー:2010/09/12(日) 11:30:46 ID:BkgJKyCN
逆レイプとかあるしな。
8名無しさん@ピンキー:2010/09/12(日) 11:32:17 ID:Afautr59
ですな
9名無しさん@ピンキー:2010/09/12(日) 11:33:07 ID:1MPWD8No
>・苦手な人がいるかな、と思うような表現がある場合は、投稿のはじめに宣言してください。お願いします。

最初にしっかりと宣言してれば問題ないかと嫌な人は自分でNGすればいい訳ですし
10名無しさん@ピンキー:2010/09/12(日) 12:26:36 ID:aP3Ow3Xg
たぶんNTRが嫌いって言ってる奴同一人物だろ
11 ◆AJg91T1vXs :2010/09/12(日) 12:35:06 ID:2Zg9Ktfl
 前スレが512KB越えで、投下がぶち切れた……orz
 っていうか、最初に確認しておけって話ですな……。

 毎度毎度、空気読めない阿呆で申し訳ありません。
 迷い蛾第参部、もう一度最初から投下しても良いですかね?
12名無しさん@ピンキー:2010/09/12(日) 12:42:02 ID:8fnXz/qU
ちょつ
お願いします
13 ◆AJg91T1vXs :2010/09/12(日) 13:04:11 ID:2Zg9Ktfl
 気を取り直して、迷い蛾の詩第参部投下します。

 今回は、ラストにちょい修羅場あり。
 不安と嫉妬を少しずつ醸成してゆきます。
14迷い蛾の詩 【第参部・鬱蛹】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/12(日) 13:06:15 ID:2Zg9Ktfl
 その日の朝も、梅雨時にしては晴れていた。
 夏の日差しの下、煩わしい雨から解放された人々が、何かに憑かれるようにして道を急いでいる。

 しかし、そんな空模様も、夕刻になれば様変わりするものだ。
 昼過ぎには空一面を覆ってしまった灰色の雲は、今や大粒の雨を辺り一面に撒き散らしていた。

 雨の多い季節とはいえ、誰もが常に傘を持ち歩いているわけではない。
 朝の天気だけ見て油断した生徒達が、それぞれに文句を言いながら下校して行く。
 折り畳みの傘を持っている者は良いが、そうでなければ雨宿りだ。

「やれやれ……。
 こんなことなら、今日は歩いて来るんだったかな……」

 軒先に滴る雫を眺めながら、陽神亮太はうんざりした顔をして言った。

 通学に自転車を使っている亮太にとって、この季節の雨は天敵である。
 朝、晴れていると思って自転車を使えば、今日のように夕方からは雨が降り出す始末。
 傘を差して自転車に乗るのは危険だし、かと言って、屋根もないような学校の駐輪場に自転車を放置しておけば、瞬く間にチェーンやギアが錆びついてしまう。

 生憎、今日は折りたたみ傘を鞄に入れて来るのを忘れてしまった。
 その上、置き傘の類もない。

「仕方ないな。
 濡れるの覚悟で、自転車で帰るしかないか」

 諦めにも似た独り言をこぼし、亮太は下駄箱の中から自分の靴を引っ張り出した。
 この視界が悪い中、自転車で帰る事を考えると気が滅入ったが、それも仕方のないことだ。
 そう、亮太が思った時だった。

「あ、あの……」

 自分が声をかけられたと気づくのに、数秒の時間を要した。
 亮太が振り向くと、そこにいたのは黒い傘を胸に抱えた少女。
 昨日、わざわざ自分にジャージを届けに来た、月野繭香だった。

「月野さん?
 どうしたの、こんなところで?」

「陽神君、今日は自転車だったんですね。
 だったら、調度いいです。
 この傘、先日お借りしたものですけど……今、お返ししますね」

 そう言って、繭香は亮太に傘を手渡した。
 まさに渡りに船といった状況だったが、それでも亮太は、不思議そうな顔をして繭香を見る。

 見たところ、繭香は自分に手渡した他に、傘を持っていない。
 通学にはバスを使っているようだったが、それでも傘なしで帰るわけにはいかないはずだ。
15迷い蛾の詩 【第参部・鬱蛹】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/12(日) 13:07:58 ID:2Zg9Ktfl
「ねえ、月野さん。
 傘を返してくれたのは嬉しいけど、君は大丈夫なの?
 学校にはバスで通っているみたいだけど、君だって、傘がなければ困るんじゃないか?」

「は、はい……。
 ですから……よかったら、一緒に帰りませんか?」

「一緒にって……そう言われてもなぁ……。
 俺、自転車だし……。
 月野さんと一緒にバスで帰って、自転車を雨ざらしにするわけにもいかないよ」

「それなら平気です。
 実は、今日は私もバスの定期券の期限が切れてしまって……。
 今日だけ切符を買うのも勿体ないから、歩いて帰ろうと思っていたところなんです」

「そうなの?
 だったら、別に問題ないかな。
 どっちにしろ、俺も自転車を押して帰らなきゃいけないし……」

 繭香の言葉に、亮太は何ら疑問を抱かずに頷いた。
 そんな彼の姿を見て、繭香も思わず笑顔を返す。

 定期券の期限が切れたというのは、実のところ嘘だ。
 ただ、亮太と一緒に帰るためには、そのくらいの嘘も必要だと思った。

 どのみち、自分は既に多くの者を欺いて生きているのだ。
 それに比べれば、この程度の嘘など可愛いものではないか。
 亮太も傘がなくて困っていたようだし、別に咎められるような事をしているわけではない。

「それじゃあ、俺は自転車を取ってくるから。
 月野さんは、ちょっとここで待っていてくれよ」

 繭香から渡された傘を片手に、亮太の姿が駐輪場の方へと消えてゆく。
 その後ろ姿を見送る際、繭香の胸の中を、ほんの少しだけ寂しい気持ちがよぎった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 降り続く雨の中、一つの傘の下で身を寄せ合って歩く少年と少女。
 少年は自らの傍らにある自転車を押し、少女の歩調に合わせて足を進める。

 路線バスで十分程かかる道は、歩いてゆくと、それなりに距離のあるものだった。
 いつもは、バスの座席の上でまどろむ暇もなく通り過ぎてしまう通学路。
 それも、こうして歩いてみると、なかなかに遠く感じられるものである。

 だが、今の状況は、繭香にとってはむしろ好都合だった。
 こうして他愛もない話をしながら、亮太と同じ時を過ごせるのだから。

「ねえ、月野さん。
 君の家って、どの辺りなの?」

「森桜町のバス停から、少し歩いた場所です。
 電車の駅まで遠いから、使うのは、いつもバスなんですよね……」

「それ、ちょっと不便だね。
 俺みたいに、自転車で登校したりとか、考えないの?」
16迷い蛾の詩 【第参部・鬱蛹】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/12(日) 13:09:08 ID:2Zg9Ktfl
「たぶん、無理だと思います。
 今日みたいに雨が降った時は、さすがに自転車を使うのは危ないですし……」

「そっか……。
 まあ、それもそうだな。
 雨の日は視界も悪いだろうから、転んでケガでもしたら大変だし」

 繭香の言葉に、亮太は妙に納得した表情で頷いた。

 彼にしてみれば、何気なく言った一言。
 しかし、それを聞いた繭香は、亮太の言葉を純粋に嬉しく思った。

 今まで、自分に向けられてきた心配は、裏を返せば心配している者自身の保身だった。
 親も、友人も、教師も、その誰もが、繭香が傷つくことで自分が恥をかく、もしくは自分が責められることを恐れていた。

 己の可愛さ故に向けられる、歪んだ同情。
 そんなもの、繭香は欲しいとも思わなかった。
 ただ、亮太のように、本心から自分の事を心配してくれる者が欲しかった。
 妙な損得勘定は抜きに、真っ直ぐに自分を見てくれる人と話したかった。

 学校でのこと。
 趣味の話。
 好きなものや、嫌いなものについて。

 僅かな時間の間でも、こうした話ができる相手と一緒にいるのは楽しかった。
 未だ、堅苦しい敬語を交えた言葉でしか話せないものの、自分から積極的に他人とかかわろうとしてこなかった繭香にとって、これは大きな前進と言える。
 もっとも、それは亮太の持っている、誰にでも対等に向き合おうとする姿勢があるからこそ出来たことなのかもしれないが。

 気がつくと、既に雨は止んでいた。
 空は未だ灰色の雲に覆われていたが、とりあえず、傘を差して歩く必要はなさそうだ。

「雨、止んだみたいだな」

「そうですね。
 でも……」

「それじゃあ、俺はこの辺で失礼するよ。
 傘、わざわざ持ってきてくれてありがとう。
 今日は、月野さんのお陰で助かった」

「私はただ……お借りした物をお返ししただけですから……」

 自分が本当に言いたかった言葉の続き。
 それを口にするには、まだ少しだけ勇気が足りなかった。 
 本当は、最後まで一緒に帰りたかったのだが、今日のところは仕方がない。
 つくづく、梅雨の空とは、移り気で気まぐれなものだと思う。
17迷い蛾の詩 【第参部・鬱蛹】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/12(日) 13:10:24 ID:2Zg9Ktfl
 ふと、繭香が足元を見ると、そこには見た事もない花が揺れていた。
 いや、見た事もないというのは、少々語弊があるだろう。
 どこかで見た事があるのだろうが、その時は、さして気にも留めずに通り過ぎていただけなのかもしれない。

 雨露に濡れ、葉の先から小さな雫を垂らしている素朴な花。
 曇天の薄暗い空の下、黄色い花の色だけが、やけに映えて見えた。

「へえ、マツヨイグサじゃないか。
 こんな場所にも、咲いているんだな」

 花に見とれている繭香の後ろから、亮太が声をかけた。
 どうやら彼は、この花の名前を知っているようだ。

「マツヨイグサ?」

「そうだよ。
 宵を待つ草って書いて、マツヨイグサ。
 普通の植物と違って、夕方から夜にかけて花を咲かせるんだ」

 そう言われて、繭香は改めて足元の花を見つめた。

 確かに、亮太の言う通り、この花は今しがた蕾を開いたばかりのようだ。
 夕刻が迫ると花を畳んでしまうようなアサガオやヒルガオとは違い、これからが自分の時間だとばかりに、精一杯に花開いている。

「陽神君、お花に詳しいんですか?」

 繭香が亮太に聞いた。
 今時の高校生で、植物に詳しい男子生徒などは珍しい。

「いや、別に俺も、そこまで詳しいわけじゃないよ。
 ただ、田舎の爺ちゃんの家に行った時、たくさん咲いているのを見たから。
 それで、覚えていただけさ」

「そうなんですか。
 でも、変わった花ですね。
 昼間は大人しくしておいて、夜になると花を咲かせるなんて」

「まあ、確かにそうかもね。
 でも、他と少しだけ違っていることなんて、どんな世界にでもあるものだろ?
 人間だって、植物だって、それは同じだよ。
 だから、俺は別に、変わった花とは思わないけどな」

 あくまで、さらりと流すようにして言う亮太。
 そんな言葉の一つ一つでさえ、繭香には心地よく感じられた。

 変わり者を奇異の目で見て拒絶するのではなく、そのままの姿を受け入れる。
 そんな事ができるのは、やはり亮太の持つ一種の才能なのかもしれない。
 そして、それは繭香にとって、亮太が自分の心の枷を外してくれるのではないかという、淡い期待を抱かせることにも繋がっている。

 梅雨の日の空気は、湿って重い。
 それでも、亮太を見送る繭香の周りからは、陰鬱で湿った空気は消え去っていた。

18迷い蛾の詩 【第参部・鬱蛹】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/12(日) 13:11:43 ID:2Zg9Ktfl
 それから数日は、とくに何事もなく穏やかに過ぎ去った。
 六月の長雨は止むことなく、今日も妙に生温かい雫を街に振りまいている。
 数日前の気まぐれはどこかへ消え去り、当分の間、太陽の姿は拝めそうにない。

 その日、繭香が亮太の姿を見かけたのは、偶然からのことだった。
 昼休み、購買部へ足りなくなった学用品を買いに行ったところ、たまたま亮太と鉢合せたのだ。

「あっ、陽神君」

「ああ、月野さんか。
 もしかして、月野さんも購買部のパンを買いに来たとか?」

 そう言う亮太の手には、少し潰れて形の歪んだ焼きそばパンが握られていた。

「いえ、私はただ、ノートを買いに来ただけですから」

「そうなんだ。
 まあ、この時間のパン売り場は、女の子には近寄りづらいかもしれないね。
 俺も、さんざん押されまくった挙句、手に入ったのはこれだけだったし……」

 学校の購買部は、昼ともなると人で溢れかえる。
 運よく早めに辿り着ければ良いが、そうでなければ、満員電車のような人の壁を押しのけた挙句、残り物を掴まされることになるのだ。

 今日、亮太が手に入れたのは、最後に余っていた唯一の焼きそばパン。
 それ以外は、既に他の生徒達によって、買われてしまった後だった。
 育ち盛りの高校男子にとって、これでは昼食として、いささか物足りない
 もっとも、繭香にとって、これは好機以外の何物でもなかったが。

「あの、陽神君。
 もし、よかったら……お昼、私と一緒に食べませんか?」

「月野さんと?
 まあ、俺は別に構わないけど……。
 この雨じゃあ、外で食べるってわけにもいかないよな……」

「それだったら、生徒用の休憩室で食べませんか?
 あそこなら、この時間でも空いていると思いますから」

「そうかい?
 だったら、ここは月野さんにお任せしようかな」

 そう言って、パンを片手に繭香と一緒に歩きだす亮太。

 生徒用の休憩室は、購買部と同じ一階にある。
 普段は殆ど使用する者がおらず、昼食時でも人影はまばらだ。
 自販機の類こそ置いてあるものの、食堂とは違い、テーブルの数も少ない。
 そのため、飲み物を買う時を除いては、あまり使われることのない場所だった。
19迷い蛾の詩 【第参部・鬱蛹】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/12(日) 13:12:45 ID:2Zg9Ktfl
 一階の角にある休憩室は、どことなく日陰になっていて薄暗い。
 もっと明るい造りにすれば、人も集まり易いだろう。
 そう思った繭香だったが、今は他の生徒がいない事が、返って好都合だった。

 休憩室の窓から見える花壇に、アジサイの花が雨に濡れているのが見える。
 それを横目に、亮太と繭香は向かい合うようにして席についた。

「ねえ、陽神君。
 もしかして……今日のお昼、それだけなんですか?」

 亮太の手元にある焼きそばパンを見て、繭香が心配そうに尋ねた。

「ああ、そうだよ。
 今日は、ちょっと四限の授業が長引いてさ。
 慌てて購買部に向かったんだけど、残念ながら、これしか買えなかったよ」

「そうなんですか……。
 あの……。
 もし、よろしければ、でいいんですけど……」

「なに?」

「私のお弁当、少し食べていただけませんか?
 私、小食だから……いつも残してしまっていて、少し勿体ないと思っていたんです」

 これは、嘘ではなく本心だった。

 繭香の弁当は、早朝にやってくる家政婦の人が作っている。
 夕食の時もそうなのだが、どうもあの家政婦は、繭香の食べる量というものを誤解しているらしい。

「なんか、こっちがねだっているような気がして悪いな。
 でも、折角だし……月野さんがいいって言うなら、今日はもらってもいいかな?」

「はい。
 それじゃあ、遠慮なくどうぞ」

 自分の作った物でないというのが少し寂しい気もしたが、それでも繭香は、亮太のために何かできた事だけでも嬉しかった。

 今までは、頼まずとも周りが自分のために何かをしてくれた。
 しかし、それはあくまで、外向きに作り上げた繭香の姿に対して向けられたもの。
 名前や外見に関係なく、純粋な気持ちから手を差し伸べてきたわけではない。

 そんな自分が、今は亮太のために何かができる。
 傍から見れば些細な事かもしれないが、繭香にとっては重要だった。

 先日の帰りと同じように、互いに談笑しながら食事をする亮太と繭香。
 周りに他の生徒もいないためか、繭香もいつも以上に気兼ねなく話をしていられる。

 ところが、そんな二人の会話を遮るようにして、唐突に携帯電話の着信音が鳴り響いた。
 音の主は亮太の携帯らしく、ポケットから取り出した電話を慌てて開く。
20迷い蛾の詩 【第参部・鬱蛹】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/12(日) 13:13:48 ID:2Zg9Ktfl
「あっ、しまった!!
 ちょっと、ゆっくりし過ぎたかも……」

「どうしたんですか、陽神君?」

「俺、昼休みに、友達に宿題を教えることになってたんだよね。
 図書室で待たせてたの、すっかり忘れてた!!」

「そうですか……。
 だったら、仕方ないですね……」

「ごめんね、月野さん。
 今日の借りは、必ずどこかで返すからさ」

 そう言うと、亮太は携帯をズボンのポケットにねじ込んで、そのまま鞄を手に休憩室を出て行った。
 後に残された繭香は、独り窓の外のアジサイを眺めながら溜息をつく。

 別に、自分は亮太の彼女でも何でもない。
 なによりも、彼とはまだ出会って日も浅い。
 それなのに、この寂しさはなんなのだろうか。

(私は……もっと、陽神君と一緒にいたいのに……)

 誰かと一緒に同じ時間を過ごす。
 今までは、ただ煩わしい事としか思わなかった。
 あの日、亮太の自転車に乗せてもらう、その時までは。

 清らかで穢れのない、誰にでも笑顔で接することのできるお嬢様。
 そんな作り物の姿に関係なく、人として対等に向き合ってくれた亮太。
 その存在は、今や繭香の心の中で、代えの効かない程に大きなものになっていた。
21迷い蛾の詩 【第参部・鬱蛹】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/12(日) 13:14:35 ID:2Zg9Ktfl
 早朝から降り続く雨は、夕刻になっても止む気配を見せなかった。
 それどころか、校舎の外に響く雨音は、ますますその強さを増しているようにも感じられる。

 その日の授業を全て終え、亮太は足早に下駄箱へと向かっていた。
 天気予報によれば、今日は夜から雨の降りが激しくなるという話である。
 あまり遅くまで学校に残っているのは、自転車の使えない亮太にとって望ましいことではない。

「ねえ、亮太。
 悪いんだけど……生物と化学のノート、ちょっと貸してくれない?」

 隣を歩きながら、亮太にノートの普請をしてくるのは理緒だ。
 この歳の少女にしては、理緒は悪筆な方である。
 その上、整理整頓も決して上手くない。
 故に、暗記系科目の重要事項をまとめるためには、もっぱら亮太のノートに頼っているのが現状だ。

「仕方ないな。
 でも、俺も明日は授業でノートを使うから。
 悪いけど、三限が始まるまでには返してくれよ」

「大丈夫、大丈夫。
 どうせ、その辺のコンビニでコピーを取るだけだから」

「やれやれ……。
 少しは自分でも努力するってことを、いいかげんに覚えてくれよな……」

 大げさに肩をすくめ、亮太は渋々とノートを理緒に差し出す。
 こんな事は既に日常茶飯事なのだが、それでも一方的に利用されているだけのように思ってしまうのは気のせいか。
 いつか、ノートの使用料でも、本気で請求してみようかと思うくらいだ。

 嬉々とした表情でノートを鞄に仕舞いこむ理緒を他所に、亮太は下駄箱で靴を履き変えた。
 傘立てから飾り気のない黒い傘を取り、そのまま外へ出ようとする。
 が、外の激しい雨からふと目を逸らした瞬間、亮太の脚が思わず止まった。

「あれ、月野さん?」

 そこにいたのは、月野繭香だった。
 白い、少々高級感の漂う傘を手に、誰を待つともなく佇んでいる。
 繭香は亮太の姿を見つけると、直ぐに軽く頭を下げて、笑顔に溢れた表情のまま近づいてきた。

「陽神君、もう帰るんですか?」

「ああ、そうだよ。
 今日は、なんだか雨が激しくなりそうだからね」

 こうして話している間にも、外の雨音はますます強くなってきているようだった。
 どうやら風も強くなっているらしく、ガラス窓を雨粒が叩く音が、そこかしこから聞こえて来る。

「あの、陽神君。
 もし、よろしければ……今日も……」

 そう、繭香が言いかけた時だった。
22迷い蛾の詩 【第参部・鬱蛹】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/12(日) 13:15:28 ID:2Zg9Ktfl
 亮太の後ろから、繭香の知らない女子生徒が姿を現した。
 その少女、天崎理緒は、鞄を肩にかけながら、亮太に向かい急かすようにして言う。

「ほら、何やってんのよ、亮太。
 雨、酷くならないうちに、早く帰ろう」

「ああ、ごめん。
 ちょっと、この娘と話していただけだから」

「この娘って……。
 亮太、あなた、この娘が誰だか分かって話してるの!?」

「誰って……。
 同じ、一年生だろ?
 そう言う理緒こそ、月野さんのこと、何か知ってるのか?」

「知ってるもなにも……月野繭香って言ったら、女子の間では有名なお嬢様よ」

 理緒の視線が、亮太を挟んで反対側にいる繭香に向けられた。

 月野繭香の名前は、一年の間でもそれなりに有名だ。
 今時、珍しいくらいに清純で、穢れを知らないお嬢様。
 それ故に、多くの男子生徒を魅了しながら、誰一人として近づくことを許されない高嶺の花。
 女友達の間で言われている話は、少なくともこのようなものである。

「それにしても……」

 亮太と繭香の顔を見比べながら、理緒が妙に意味深な顔をしながら続けた。

「亮太も随分と勇気があるわよね。
 あの、難攻不落の城と言われている月野繭香に、まさか自分から手を出すなんて」

「手を出すって……。
 別に、俺は変な気持ちで月野さんと話していたわけじゃないぞ。
 それに、月野さんが理緒達の間でどう言われているかなんて、全然知らなかったんだし」

「そうなの?
 まあ、亮太はその辺り、妙に疎いところがあるからね。
 でも、月野さんがお嬢様ってことは本当よ。
 それこそ、今時珍しいくらい清純派な、絵に描いたような人なんだから」

 それからしばらくの間、理緒は繭香がいかに清らかな少女であるかを得意げに語った。
 時折、何も知らずに繭香と話をしていた亮太のことを、あれこれと冷やかすような言葉を混ぜながら。

 正直、繭香にしてみれば、理緒の話は鬱陶しい以外の何物でもなかった。
 当の本人を差し置いて、その人間が周囲から持たれている印象についてベラベラと話す。
 そのことで、本人がどれだけ苦しまされてきたかも知らない癖に、まったく無神経にも程がある。
23迷い蛾の詩 【第参部・鬱蛹】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/12(日) 13:16:14 ID:2Zg9Ktfl
 今まで、亮太は繭香のことを、何の先入観もなく見てくれていたはずだ。
 ただ、それはあくまで、亮太が繭香のことについて、あまり知らなかったからという話。
 ここで、自分が周りから持たれている印象について語られれば、それは亮太の瞳に不要の色眼鏡をかけさせる事に繋がるかもしれない。

(陽神君は、私が何と言われているか、知らなかったの……?)

 繭香の胸の中で、不安だけが膨らんでゆく。
 このままでは、亮太が今までのように、自分の事を真っ直ぐに見てくれなくなるかもしれない。

(陽神君も、私から離れてゆくの……?
 嫌だ……。
 そんなの、嫌だよ……)

 もう、これ以上は耐えられそうになかった。
 次の瞬間、繭香は深く息を吸い込むと、自分でも信じられないくらいの大声で叫んでいた。

「もう、やめてください!!」

 一瞬、何が起きたのか、誰も分からなかった。
 下校中の生徒達の動きが止まり、亮太や理緒だけでなく、様々な方向からの視線が繭香に向けられる。

「あっ……」

 自分のしてしまった事に気づき、繭香は思わず辺りを見回した。
 亮太と繭香、それに理緒。
 三人に向けられる、好奇の視線。
 時が止まってしまったかのような静寂が訪れ、外に降る雨だけが、バケツをひっくり返したような音を立てて大地を打っている。

「わ、私……」

 今更ながら、頭が熱くなってくるのが分かった。

 これ以上は、この場にいられない。
 そう思っても、既に後の祭りである。

「私……あなたが言うほど、お嬢様じゃありませんから!!」

 それだけ言うと、繭香は雨の中、傘も差さずに飛び出した。
 大粒の雨が容赦なく身体を打つが、そんな事に構っている場合ではない。
 今はただ、ひたすら逃げ出したかった。
 もう、一秒たりとも、あの場所にいたくはなかった。

 濡れた身体のままバスに飛び乗り、繭香は奥の座席に素早く滑り込む。
 いつもであれば短く感じるバスの時間が、今日に限って異様に長く感じられた。

 森桜町のバス停につくなり、繭香は逃げ出すようにしてバスを飛び降りる。
 やはり、手にした傘は閉じたまま、ひたすらに家までの道を走った。
24迷い蛾の詩 【第参部・鬱蛹】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/12(日) 13:17:06 ID:2Zg9Ktfl
 地面を打つ雨の音と、自分の脚が濡れた水しぶきを上げて道路を蹴る音。
 それ以外には、何も聞こえて来るものはない。
 濡れた前髪を伝わって、額から頬にかけて雫が流れる。
 瞳から溢れ出るものは雨に混ざり、どちらが顔を濡らしているのか、繭香にも分かっていなかった。

 やがて、繭香の目の前に、見慣れた門が姿を見せる。
 それでも足を止めることなく、繭香は取り出した鍵で素早く戸を開けて家の中に駆け込んだ。

 誰もいないと分かっていながらも、いつもであれば形だけの挨拶をする。
 しかし、今日はそんな何気ない習慣でさえ、繭香の頭から消え去っていた。

 玄関に靴を放り出し、そのまま二階にある自室へと走る。
 廊下に雫が落ちて濡れたが、そんな事は関係ない。

 自室の扉を開け、しっかりと鍵をかけると、繭香は着ていた制服の上下を無造作に脱ぎ捨てた。
 スカートも、シャツも、下着さえ放り捨て、生まれたままの姿になってベッドに転がりこむ。
 薄手の毛布で、雨で冷えた身体を隠すようにして包み、ひたすらに泣いた。

 陽神亮太が自分に向き合ってくれたのは、単に自分が外に見せていた姿の事を知らなかったから。
 だとすれば、今日、あの女の言った言葉で、亮太も自分と距離を取るようになるかもしれない。

(そんなこと、ないよね……。
 陽神君に限って、そんなこと……)

 そう、心の中で繰り返すも、不安は決して消えなかった。

 生まれて初めて、自分に向けられた真っ直ぐな瞳。
 それを失ってしまうことが、繭香には、ただひたすらに怖かった。
25 ◆AJg91T1vXs :2010/09/12(日) 13:20:44 ID:2Zg9Ktfl
 とりあえず、第参部はここまでです。
 まあ、修羅場ってほどの大げさなものでもないですが。

 次回以降、更に病み化を進行させたいところです……。
26名無しさん@ピンキー:2010/09/12(日) 13:27:45 ID:gwZqWeN+
いいねいいね〜期待してるよ!
27名無しさん@ピンキー:2010/09/12(日) 13:42:01 ID:Qx4MgNYa
「ヤンデレ家族」作者の現在の失踪先⇒http://www42.atwiki.jp/ntrntr/
28名無しさん@ピンキー:2010/09/12(日) 13:49:29 ID:SgZsCTkU
GJ!
面白くなってきたな!次に期待だ!
29名無しさん@ピンキー:2010/09/12(日) 14:23:05 ID:8fnXz/qU
GJ
醸成開始っすね
30名無しさん@ピンキー:2010/09/12(日) 14:46:25 ID:wqeZEoll
>>27ここのどこにいるん?
おら教えろ〜♪
^ω^
31名無しさん@ピンキー:2010/09/12(日) 14:48:56 ID:4dPJ7POd
失踪先(笑)
延々と見えない相手と戦ってろよw
32名無しさん@ピンキー:2010/09/12(日) 14:51:57 ID:wqeZEoll
>>31見えない相手ぢゃなぃぢゃんかぁ♪
ことばのぉつかぃかたぁぉかしぃょ
33名無しさん@ピンキー:2010/09/12(日) 15:11:11 ID:XEa4Mzrq
>>27
意味がわからん
34名無しさん@ピンキー:2010/09/12(日) 15:20:24 ID:YnGjg8wY
あそこにいるわけないじゃん。スルースルー
35のどごし ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/12(日) 16:59:47 ID:4iKpRBc0
ウェハースと(埋めにつかうつもりだった)短編の二本を投下します
僕的に日曜は見る番組が無いので、暇つぶしになれば幸いです
36ウェハース第三話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/12(日) 17:00:58 ID:4iKpRBc0
「寝ちゃったね、穂波ちゃん」
「いつもよりはしゃいでたから、藤松さんのおかげ。今日は本当にありがとう」
皿洗いを終え、台所から出ると穂波はソファーで寝息を立てていた。
「かわいい。本当に天使みたい」
「穂波って名前、いい名前だと思う?」
うん、と穂波の頬を優しく撫でながら藤松さんは頷く。
「父さん意外と凝り性でさ、穂波の名前を決めるのに一ヶ月掛けたんだ」
「すごーい!何か意味でもあるの?」
「穂っていうのは昔の人にとって幸せとか、大地から受けた恵みを意味していたんだって。そんな幸せとか、恵みが波のように押し寄せてくるように付けられたのが”穂波”だって」
「幸せが波のように……か」
「聞いたときは安直だなぁって思ってたんだけど、穂波が生まれてからずっと幸せだった気がするよ」
等間隔で上下する穂波の胸に、少し昔を思い出した。
思えば、穂波を笑わせるために顔芸を練習したんだっけ。
「穂波、上に運んでくる。藤松さんはゆっくりしてて」
「うん、わかった。」
もう、お姫様抱っこも慣れたな。最初は落っことして母さんにドツきまわされたな。
抱えた掌だけで穂波と母さんの部屋を開けて、布団を敷き、穂波を横にさせた。
歯磨きはさせてないけど、今日のところはご愛嬌だろ。
一階に降りると、藤松さんがウフッといった感じの笑顔で僕を迎えてくれた。
「そろそろ帰ってアリバイ作っとかないと、非行に走ったと思われるから帰るね」
「送るよ」
「いいよ、穂波ちゃん一人になっちゃうし、それに……」
「実は家が近所じゃない?」
図星って感じの顔になる藤松さん。そりゃ分かるだろ普通。
「クラスの女子から聞いたよ、本当は最寄の駅△△△駅なんでしょ?」
申し訳無さそうに、藤松さんは見せる。
「うん。嘘付いてごめん……」
「謝んないでよ、近いのはあってるし。母さんももうすぐ帰るってメールも来たし、逆に早く送らないとちょっと面倒なんだよね、実際」
「あ、邪魔者発言ですか?それは」
怒った風に、眉間に皺を作る藤松さん。
「ほら、行こう?駅までだけでも送らせてよ」
また藤松さんがウフッて笑った。
「じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとう、真治君。あ、それとね……出る前に聞いときたいんだけど」
「うん?」
「明日も朝来てもいいかな?」
じっとこちらを見つめる瞳。揺れる事もなく静かに僕だけを捉えるそれは少し不気味だ。
「勿論、穂波も喜ぶ」
「…そう、じゃなくて、さ」
静かにだが、深淵の暗闇から突然浮かび上がる泡のように藤松さんの小さな声が響いた。
「真治君のために……、来てもいいかな?」

37ウェハース第三話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/12(日) 17:02:19 ID:4iKpRBc0
家を出ると昼間よりも気温は下がったけど、湿度は上げましたよって言った感じの空気で満ちていた。
ジワリと暑い。
「お邪魔しましたー」
穂波を起こさないように藤松さんは申し訳程度の声で言った。藤松さんが玄関を出てから鍵を閉めて、家を後にした。
帰り道は朝の登校の時と変わらずいつも通り、僕が藤松さんを笑わせるためにずっと喋りっぱなしだった。
映画、ドラマ、アニメのパロディや創作ネタのオンパレードである。まぁ創作ネタなんて八割ぐらいが即席モノなんだけど。
藤松さんはお腹を抱えて笑ってくれた。特に好評だったのが『武士の情け』という映画で木村裕也が目が見えなくなってから家の中で歩くたび柱に当たるという目の不自由の恐怖を訴える所のシーンのマネ。
僕の自信作だ。これを映画を見に行った後の平沢の前でやったらすごくウケて一週間くらい会うたびにアンコールされてた。
「だ、駄目、ふ、ふっきんがぁ」
しかしこれには大きな弱点がある。映画を見た人になら誰にでもウケるが、みんなが爆笑するので普段クール系やおしとやか系の人の仮面を剥がしてしまう。
藤松さんも学校では物静かで、清楚で、少し影があるって感じの女子なのにさっきまで笑い転げていた。
その仮面が剥がれるところまざまざと見せつけられる。面白いが故の苦痛でもある。
まぁ、藤松さんは笑顔も可愛いから結果オーライなんだが、やっぱり心境としては少し複雑だ。
ちなみにこの映画で主演の木村裕也、通称『キムヤ』が失明したきっかけはトリカブトの根を食べたからなんだが、この根の名称は『附子(ぶす)』といい、
僕らが日常でお顔が残念な人に罵倒や哀悼の意を表すために使う「ブス」の語源であったりする。
なんでも、食べた人は猛毒に苦しみ、七転八倒、阿鼻叫喚の末、恐ろしいほど顔が歪み、その顔が目を背けたくなるほど酷い有様になるんで顔の表現に使われるようになったとか。
閑話休題。そうこうしている内に駅のロータリーに出た。
駅に入り、改札の前まで来ると何だか少し名残惜しくなった。
「……じゃあ、また明……」
言葉が遮られた。背中に藤松さんが急に抱きついてきた。
ブラの少し硬い部分が抱きつく事で押され、潰されていく。形を変えていくのが服越しにだが分かる。
「ごめん……もう少しだけ、一緒にいて。お願い」
心臓が鷲掴みにされたように、全身の血流が止まった。いや心臓をいきなり止められても血流は三回は全身を回って心臓に戻ってくるが、そんな野暮な事はどうでもいい。
表現の問題なんだ、こういうのは。
「ごめんね、ワケ分かんないよね。でも、私もそうなんだ、ワケが分からないの。なんだか離れたくなくって……ごめん…。ごめんね」
彼女、藤松小町は震えていた。
「わかった、とりあえず駅一回出ようか」
「……うん、ごめん」
彼女はそう言ってから僕の手を握った。
僕は彼女を手を引いて駅を出た。
38ウェハース第三話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/12(日) 17:03:03 ID:4iKpRBc0
三十分くらい彼女の手を握りながら夜空を見上げていた。
駅の近くにあるブランコと鉄棒、それからベンチしかない公園の前にはさっきみたいな人通りはない。たまに犬の散歩でもしているおばちゃが通り過ぎるくらいだ。
「俺さ……、藤松さんの告白ウソだと思ってたんだ」
藤松さんはただ僕の手を握り返すだけで反応をみせる。
「女子とかは『えー、だって神谷くん面白いからモテそう』って言うんだけどさ、実際そんな事無くって、人に好きになってもらえた事なんてなかったから藤松さんの告白も面白がった女子グループのドッキリかなって思ってた」
藤松さんはまた手を握り返してきた。ちょっと手が汗ばんできた気がしたけど、全然不快じゃなかった。
「だから、ごめん。簡単に付き合うって返事言ったりして」
「……、じゃあなんで」
「ん?」
「なんで付き合ってくれたの?」
「ドッキリってさ、失敗するとドッキリ仕掛けた人が一番辛いんだよね」
僕は藤松さんに笑って見せた。なんだかそうしないと自分が潰れてしまいそうで、多分こういうのが僕の仮面なんだと思う。
「だから、そういうの分かってる僕がノってあげたら誰も傷つかないし、面白い。そう思ったんだ」
そう言うと、藤松さんは恥かしそうにして、顔を伏せた。ちょっとクサかったかな?
「……ズルいよ、いい事さらっと言っちゃうんだもん」
少し、藤松さんの握る力が強くなった。
やはり相当クサかったみたいだ。我ながら聞いた人の方が恥かしがる事を言うなんてどうかしている。
「あ、あのさ、」
藤松さんは恥かしそうにして、握っていた手を見る。
「い、今は……」
「……」
「なんで付き合ってくれてるの?」
そうなんだ。もうドッキリじゃないって分かったら、僕としては付き合う必要は無いんだ。
「それを答える前にさ、僕も一つ聞きたいんだけど……」
少し間をおいて、息を吸う。じゃないと押しつぶされてしまいそうだから。
「なんで、僕が好きになったの?」
藤松さんはきょとんとした表情のまま首を傾げた。
「俺、藤松さんとなんも接点無かったでしょ?何回か喋った事があって、ただそれだけ。メール交換したことも無ければ、アドレスも知らない同士だったのに」
「えっ……?そんなにおかしい事かな?」
「いや、うん。多分おかしいと思う。だってそれって……」
「一目惚れみたい?」
薄っすら笑顔を浮かべて藤松さんは僕の言葉を紡ぐ。
「……うん」
「私、告白とか付き合うとかそういうの初めてだけど……、一目惚れっていう理由は充分だと思うけど」
藤松さんと繋いでいない左手を握りしめる。駄目だ。そんな簡単な理由じゃ、僕は駄目なんだ
39ウェハース第三話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/12(日) 17:04:18 ID:4iKpRBc0
「あるよ、ちゃんとした理由」
少し暗くなった僕を見かねたのか、藤松さんはいつものウフッて笑いながら続けた。
「初めはね、少し一目惚れも入ってたけど、それはただのキッカケ。興味を持つための」
「きっかけ?」
「うん。でね決定打があったの。それも決定打なんて言ったけどそれが三回も」
藤松さんは握っていない方、左手の親指で小指を押さえ人差し指、中指、薬指を上げて見せた。
「告白する前に一回、知り合ってから一回、さっきの入れて三回。あっ、でもこれだと付き合う前のヤツが決定打だね」
穏やかな彼女の笑顔が夜の闇にとても栄えて見えた。
「初めてなの、他の人の事にこんなに心が占められるの。それから私のこと見て欲しいって思った。いつもは放っておいて欲しかったのに、皆の輪の中にいる真治君がとっても遠くて、自分が惨めに見えた」
目を伏せる藤松さん、僕もなんだか居場所に困ってただ向こうに見えるブランコを見つめるだけだった。
「なんとかしなきゃって、必死に考えてやっと行動したのがラブレター。それも自信がなかったから。真治君を私って言う人間一人だけの魅力で二人っきりになれる自信が無かったから宛名も書かなかった」
ズルいよね?そう言って自嘲気味の笑みを見せる。
「私それまであなたに近づくために必死だった。周りの人と喋ってみたり、メールの打ち方勉強したり……。でもやっぱり駄目だった。そんな事をしても無駄って分かっただけ」
「知らなかった」
「だって、あなたの事は一度も他の人に聞かなかったから。なんだか、名前を呼ぶのも書くのも意識しちゃって……馬鹿みたいだね」
ココまで聞くと小学生男子みたいな奴だな、と素直に思った。
「恥かしいけど、勉強とかしてる時にね……その…笑わないでね?」
「いや、聞いてみないことには…なんとも」
「じ、じゃあ言わない!」
恥かしがったり、怒ったり、ころころ表情を変える藤松さんが何だか僕には新鮮だった。いや、呆気に取られていたといってもいい。
「分かった、努力する。気になるから早く」
「うー。えっとね…、その……苗字とか変えた名前書いたり、してたの」
「は?」
「だ、だから…苗字の藤松のトコ変えて……、神谷小町とか、書いてみたりしてたの……」
恥かしがる藤松さんを置いて、僕は笑いを噛み殺した。それも唇を噛んで必死に笑いを堪えた。
だって、そんな痛いことするの思春期の男子ぐらいだと思ってたから、なんだか妙にツボに入って、笑えてくる。
駄目だ、堪えきれない。
僕は藤松さんとは違うほうを向いてから爆笑した。
一分間爆笑した後、待っていたのは藤松さんの涙を溜めた視線だった。
「……うそつき」
拗ねた藤松さんの表情も、とても可愛かった。
40ウェハース第三話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/12(日) 17:05:08 ID:4iKpRBc0
それから藤松さんを宥め、二人で少し談笑した。小学校の時の夢とか、中学校での思い出。とにかく色々だ。
最後に僕の中学の話をした。
僕の中学で靴下に関する決まりで、靴下は踝未満は駄目で色も白に統一されていた時があった。僕たちは勿論労働組合(生徒会)に立候補し、教師達と戦った。
もう生徒の声なんか頭ごなしに聞くようになっていた教師達の対応に怒り心頭だった僕らは生徒集会の最後の直談判の翌日。
僕らのクラスの全員が黒のニーハイソックスを穿いて登校する計画を立てた。勿論下半身はブルマだ。これには少し男子生徒としての正義も入っている。
しかし穿いて来たのは僕と平沢を含む男子数名だけで、逆に緊急集会で吊し上げにされただけであった。
これが学級新聞に取り上げられ、それを見たPTAの人が直談判し、学校側は事件をもみ消す代わりに、靴下の制限を無くしたのだ。
しかし、その体罰をネタにして文化祭のクラスの出し物の候補にニーハイソックス喫茶を提案したら担任がブチ切れ、主謀者である僕と平沢を殴り、これまた不幸な事に殴られるダメージを減らすために殴られる瞬間に
同じベクトルに飛んだ平沢にパンチがクリーンヒットし平沢は慣性の法則にしたがって壁に突き刺さった。
そして、学校側はこれをもみ消すためにニーハイソックス喫茶を許可した。
ここで、藤松さんは爆笑した。目に涙を浮かべ、腹筋を痙攣させている。
少しオチは弱いが、それはいくらでも肉付けすればどうにでもなる。
藤松さんの爆笑の波が過ぎて、やっと落ち着き始めた時。
僕の携帯が鳴った。母さんからだ。時計を見るともう十時前。
来たのはメールだった『帰りにアイス買ってきて』帰りが遅くて心配させたかな?と思ったがなんだか損した気分だ。
時間を告げると、藤松さんは少しビックリしてから、困ったように笑った。
「送るよ」
「うん。ありがとう」
今日四回目の駅前のロータリーを抜けて、改札まで行く。
それから僕は藤松さんに聞いた。
「決定打はなんだったの?」
「駄目、教えない」
財布から定期を取りながら藤松さんは悪戯っぽく笑う。
「だって、一つって言ったでしょ?」
『でしょ?』の語尾の上がりだけで胸がキュンとした。なんだかもう笑うしかない。
「それじゃ、」
「うん。また明日」
僕は藤松さんが改札を抜けて、手を振るのを見た後、踵を返して駅を出た。
駅を出る前にもう一度振り返ると、まだ藤松さんがいた。じっと僕を見つめている。
なんだか反応に困ってとりあえず手を振ると、藤松さんはどう形容していいか分からない笑顔を浮かべて手を振って返事をしてくれた。
41のどごし ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/12(日) 17:06:52 ID:4iKpRBc0
ウェハース第三話投稿終了です
次に短編投下行きます
42椿姫 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/12(日) 17:07:52 ID:4iKpRBc0
僕達は確かに愛し合っていた。公園で初めてキスした事も、時間も覚えている。
彼女と過ごした時間はまるでエメラルド。優しい光に満ちていて、思い出す度に頬が緩んでしまう。
好きだった。愛し合っていた。でも……、僕らは途轍もない大きな力によって引き離された。
国、両親、互いのルーツ。僕らの今までが僕らの邪魔をした。
全てが僕らを否定して、拒絶した。
彼女は泣き叫び、僕の手を必死に縋り付いた。
でも…、彼女とは違い、僕の方は幾分冷静だった。気付いていたのだ。こうなる事を。
恐れのために言えなかった。愛を失うのが怖かった。
でも、いざそれを明かした時、僕は悲しいことに冷静だった。
愚かしい事を選択せず、冷たい正解を選択したのだ。
彼女は今まで見たこと無いくらい取り乱していた。泣き喚き、押さえつけていた人も引き剥がし、僕に縋り付いてきた。
でも、僕は彼女を拒絶した。その方が彼女を、多くの人を傷つけずにすむから。そんな理由で。
僕はいわゆる『在日』という奴で、彼女の家は世間で言うところのいわゆる右寄りの人達だった。
差別が、国が、価値観が憎たらしかった。でも、僕はこうなる事は分かっていたんだ。
そしてどこか安心していた。
彼女は純粋な人だった。それゆえに愛に貪欲だった。
だからたまにその愛が重かった事もあった。
43椿姫 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/12(日) 17:08:27 ID:4iKpRBc0
昼食を終えると、予鈴の十分前だった。食堂はそんな事もお構い無しと言った感じでまだ騒がしい。
「おい、金本」
金本と言うのは僕の日本の名前だ。高校からこれで通している。
中学以前は決められた民族学校に行っていたから元の名前でも全く問題は無かった。
「次の講義、受けるのか?」
コイツは墨田と言って、まぁ言うところの僕の友人だ。
「次は…」
「朝野の哲学だよ」
「あぁ…、受けるけど。出席票か?」
「おう、頼むよ!これから軽音のメンバーでミーティングがあるんだ。だから…」
「分かった。お前の学籍番号、いくつだっけ?」
墨田は謝辞を告げ、大袈裟なリアクションで僕への感謝を表した。
「あー、そういえば…」
墨田はついでに、と言った感じで言った。
「ストーカーの子、正門にいたぜ」
思わず溜息が出た。墨田の言う『彼女』と言うのは、高二の頃付き合っていた”高峰椿(たかみね つばき)”
という娘で、大手薬品メーカーの社長の娘でかなりのお嬢様だ。僕らは高三の春休みに別れた。それから今の大
学の二回の後期に至る今日まで真面目にストーキング皆勤賞の記録更新を続けている。
「サンキュー、助かるよ。今日は西門から帰るか…」
「お前も大変だねぇ、何なら誰かに紹介とかしてみたら?あの子なら引く手数多だろ?」
墨田はケラケラと笑いながら僕の肩を叩く。
「お前、一年の後期になって来なくなった西中島って知ってるよな?」
「うん?ああ、ジャズ研に入ってた奴ね」
「アイツ、ちょっかい出してからそれっきりらしい…」
「…マジかよ」
僕はもう頷くだけだった。彼女の愛は深かった。僕を忘れるどころか、下宿先のアパートも買い取り毎日何かに
付けては僕の部屋に侵入して来るまでになった。
家賃は振込みで良かったのにわざわざ徴収に来たり、晩御飯を作りすぎたからおすそ分けに来たり…。理由は
様々だった。挙句の果てがさっきも墨田が言っていた校門にまでお出迎えだ。
彼女は僕がどれだけ説得しても、邪険に扱っても、こういった事をやめなかった。
僕ももう諦め掛けているぐらいだ。あとは向こうの家庭に任せよう…と。
44椿姫 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/12(日) 17:09:02 ID:4iKpRBc0
最後の講義が終わり、教科書をリュックに詰め込んだ後、教室を出た。
墨田はさっき正門って言ってたけど、どこから出ても同じなんだよな、実際…。
望みの一縷を頼って、西門から出る。すると一縷は簡単にもみ消されてしまった。
「講義お疲れ様。裕太くん」
小鳥のさえずりの様な声が後ろから降ってきた。
すぐに声の主は僕の右隣に駆けて来て上品な笑顔を浮かべて僕に喋りかけてきた。
「今日はね晩御飯裕太くんの好きなオムライスにしようと思って…、あっ、あの…」
僕は無視して歩みを速める。そうでもないと向こうは腕を組んでくるからだ。彼女は小走りになって追いかけてくる。
「ま、待ってよ!裕太くぅん!!」
こうなると、周囲の眼には可愛い彼女に八つ当たりしている彼氏に見られて、『可愛い彼女いじめて楽しんでじゃねぇよ』と言った感じの殺気のこもったモノになるので、
僕は椿に追いつかせる速度まで落とさなければならないのだ。
椿も以前まではこんな事はしなかったのだが、味を占めたのか最近はこれを乱用するようになっていた。
「あんまり意地悪しないでよ…」
「付いて来るなよ」
睨んでみるが、椿には逆効果だ。笑ってさえいる。
「アパートに帰るんなら、私も一緒の道だから」
「親父さん、五月蝿いだろ」
ここにきて、椿の顔色が変わった。
「お、お父さんは関係ないよ…」
「お前の行ってる大学まで一時間半掛かるあのアパートも親父さんに買ってもらったんだろ?」
「わ、私のお金だよ!今まで溜めてきたお金で…裕太くんのために…」
「何でも俺のせいにすんの止めろ」
椿の表情が一瞬こわばる。目の淵には涙が溜まりだしている。
「ご、ごめんなさい…、そんなつもりじゃなくって…」
これじゃ僕が悪役じゃないか。現に何人かの格好をよく見せようといきがっている連中はもう臨戦態勢に入っていた。
袋にされてパンチドランカーになる前に、ここから逃げ出そう。
僕は泣き出しそうな椿を尻目に、歩みを再会した。
椿も…、嗚咽を堪えながら僕に付いて来た。
45椿姫 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/12(日) 17:09:41 ID:4iKpRBc0
アパートに着いて、部屋に戻ると三十分ほどで椿が戸を叩いてきた。
どうせ居留守をしてもマスターキーを使役して侵入してくるから放っておいた。
ノックを最初から数えて五回目。ガチャっと、錠が開く音がした。
「裕太くん、いるんなら開けてよ」
家では完全に無視する。ここでは周りの眼が無いからな。
「す、すぐに準備しちゃうからね!」
僕からの反応をいつも待つあの態度が無性に腹が立つ。まるで僕が椿に気を使わせてるみたいじゃないか。
椿は今日あったこと話しながら料理を作る。どうでもいい。
僕はイヤフォンを付けて、シャットアウトするのが精一杯だ。十分ほどして横目で椿を確認すると、まだ口が動いていた。ストレスが溜まる。
椿のそういう計算高い所も、僕は把握していた。きっと僕の今の良心の呵責も計算されてるに違いないのだ。
今日、はっきり言おう。心の中で僕は誓った。今日こそはっきりさせてやる。そう心の中で誓って目を閉じた。
………
……

「きみ、金本君とか言ったね?」
厳格そうな声の調子で、椿のお父さんは僕に問いを投げかけてきた。
「はい…」
「君は…、日本人かね?」
隣にいた椿が顔を上げる。驚きが混じった顔で。
「いえ、僕は……」
言葉が喉に詰まった。始めから予感はしていたのに。
「在日の…」
そこまで言うと椿のお父さんに遮られた。
「そうか……、すまないが金本君。娘と…別れてくれないか」
時が止まった。分かっていたのに、こうなる事は、分かっていたのに。
「分かりま…」
「イヤよ!!」
今までに聞いたことの無い椿の怒鳴り声。
「関係ないもの!私達は愛し合って…」
「椿…、分かってくれ」
「五月蝿い!!嫌ったら嫌よ!!」
椿が置いていた湯飲みを父親に投げる。
「椿!!お前!!」
椿を僕が静止すると…

46椿姫 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/12(日) 17:10:18 ID:4iKpRBc0
「裕太くん、ご飯できたよー」
椿が僕の肩を揺らして目を覚ました。美味しそうなデミグラスソースの匂い。起きて、テーブルを見ると二つのオムライスが並んでいた。
「ほら、冷めちゃうから早く食べよう?」
椿が冷蔵庫から麦茶を取り出しに行こうと立ち上がった背中に僕は声を掛けた。
「椿、話がある」
一瞬椿がビクッと、身体を震わせた。
「な、なに?」
「座って聞いて欲しい」
「うん…」
椿は麦茶を諦め、僕のテーブルを挟んで正面に座った。
「お前も…分かってるだろう?俺たちは別れたんだ。こんな事しても、もう戻れないんだよ」
椿は何か言おうとしたが、また溢れ出してきた涙を堪えるために声ごと飲み込んだ。
「アパートを買っても、毎日飯を作りに来ても、帰りを健気に待ってても、もう…」
「私は…!」
椿の大きな声が響く。涙も溢れてしまったようだ。
「私は、勝手にやってる事だから…裕太くんには関係ないよ」
「関係あるんだよ。お前がまだ俺に未練があるせいで夏休みに、実家にお前の親父さんから電話があったらしい」
「そんな…未練だなんて」
「違うって言うのかよ」
「私はまだ…裕太くんの事…」
恥かしそうに目を伏せて椿は、この女はまだそんな事を言う。教えてやる、僕とお前がもう関係が無い事を。
「おい高峰、よく聞けよ」
高峰と言われたのに椿はまた一層激しく泣き始めた。何だと言うのだいったい。
「泣いても駄目だ、高峰。俺とお前は別れたんだ。それなのにお前はまだ付き合ってると思って…、こんな風に追いかけて、執着して…、お前みたいなやつの事はストーカーって言うんだよ」
椿はもう泣くのを堪えようとはしなかった。大粒の涙がいくつも落ちていく。
「これっきりにしてくれ。家賃も振込みで払うようにするし、炊事も自分でする。もうココに来なくてもいい。
俺の事も…、もう忘れろ」
言い終わると、部屋は椿の嗚咽だけになった。
五分ほど僕は椿の嗚咽に耳を傾けるだけだった。それからようやく収まったのか椿が口を開いた。
「わ、私、うぐっ、裕太くんじゃなっ、いっ、い、っとイヤなの、グス…、だ、だから、えぐっ、あ、あ、諦められないっ、うっ、の…」
「知らないよ、そんなの」
「ゆ、裕太くんは、うぐっ、平気な、の?」
涙を拭いながら椿は僕に聞き返してきた。
47椿姫 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/12(日) 17:15:17 ID:4iKpRBc0
「…ああ。ずっと前からな」
ここでまた椿を突き放す。椿の涙腺がまた決壊した。
俺はもう手加減無しに椿に言葉をぶつけていった。椿がもう二度とここに来れない様にするために。
「いや、ぅっ、イヤだよぅ、ず、ずっと、いっ、一緒にい、いたいよぅ…ゆ、裕太く、くん」
「そうやって自分だけの気持ちを押し付けて、自己満足するだけだから忘れられないんだよ。もっと考えろ俺にだけじゃない、皆に迷惑掛けてるんだよ、お前は…」
「うぐっ、な、何でもっ、するから…」
「……」
「お、お金だって裕太くんが欲しい時に欲しいぶ、分あ、あげるし、え、エッチな事だって…」
本気で腹が立ってきた。僕が目先の欲ごときで考えを変えると思っているのだろうか、この女は。
「そうやってモノとか性行為で俺を釣ろうとするな。そういうのを考えてるって事はお前は勝手に俺の事を見下してるんだよ、飯をわざわざココに作りに来てるのだって俺にチャンスをあげてる気分になってるだけなんだよ。
いいか高峰。それは自己満足なんだよ。オナニーと同じだ。そんな事は家で一人でやってくれ」
「ち、違うよ!そ、そんなつもりじゃ…!!」
「何が違うって言うんだ!何も言わない俺に尽くすのと、何が違うって言うんだよ!」
「ゆ、裕太くんの事しか考えてないの!それは自己満足なんかじゃないよ!!」
「考えが歪んでるんだよ!お前は!!」
「ゆ、歪んでるなんて…」
動揺する椿に、俺は最後の一押しを加える。
「もう話す事なんて無いんだよ高峰…、ほら立て、帰ってくれ。もう二度と俺に関わらないでくれ」
「そ、そんな…、私の話もき、聞いてよぅ…」
僕は首を横に振って、ドアを指差して見せる。
「いや!嫌あああ!!」
癇癪を起こしたみたいに椿は大声を出して、机に突っ伏した。いい加減にしてほしい。僕だって傷ついたんだ。お前だけじゃない。
「立てよ!!」
強引に手を掴み、引き摺るように玄関まで椿を引っ張っていく。
「嫌!いや!いやぁぁあああ!!」
駄々をこねる子供みたいに、泣きじゃくりながら、大声で椿は訴える。
「もう二度と来るな!!」
「待っで、お願い、入れで、ながに入れて!!ゆうたくん!!ゆう、た、くん…」
△△△
それから椿は僕の前に姿を見せなくなった。流石に効いたのだろう。
墨田もわざわざ探してしまうほど、あっけ無くストーキングは幕を閉じたのだ。
大学が終わった後も、集金の納期にも椿は姿を現さなくなった。
48椿姫 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/12(日) 17:16:15 ID:4iKpRBc0
大学の後期試験が終わり、春休みに入った直後、実家から電話が入った。それも電話を寄こしたのは椿の家族からだった。
『娘と連絡が取れない』
椿の親族は僕にアパートの方を調べて欲しいと言ってきたのだ。僕にも原因があるかもしれない。そんな馬鹿な考えが胸に引っ掛かった。
僕は少し躊躇いながら了承してしまった。もう少し考えてからでも…なんなら断ってもよかったんだ。


一番端にある鍵が二つ取り付けられているドア。そこが管理人の部屋。インターホンのボタンも少し凝った装飾がなされているのがいかにも管理人の部屋って感じだ。
二回ベルを鳴らしてから、四回ドアを叩く。反応が…あった。鍵がゆっくり回されて、錠を解く音がした。
ノブをゆっくり回すと、扉が開いた。チェーンもしていない。ドアをゆっくり開くと中は明かりも点いていない。
入ってすぐにしたのは甘い香り。白い花が玄関に挿してあった。玄関に入ってすぐにあるキッチンは人が住んでいるとは思えないほど手入れがされていて、コップ一つ置いていない。
思わず、寒気を感じた。
「高峰、いるのか?」
リビングに移動すると、そこには異様な光景が広がっていた。
「俺の…、写真?」
部屋中に僕の写真が貼られていたのだ。毛穴が一気に開いたのを感じる。寒いものが背中を走った。高校の一年の頃から、大学に入った頃のまで揃えられていた。
「これ中学の頃の…」
驚く事に、中学の頃のまであった。
ビデオデッキに積まれたビデオも全て僕の名前と年齢がシールラベルに記入されていて背中が寒くなった。
「何なんだ…、一体」
「あなたへの愛の印よ…」
ふいに後ろから声が掛かって、振り向いたのがいけなかった。というよりこの部屋に来たのがそもそもの間違いだったんだ。
ハンカチの様なものが口と鼻を覆った。アルコールのような刺激臭を嗅いだ後、意識が切れるのが分かった。
49椿姫 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/12(日) 17:16:59 ID:4iKpRBc0
△△
高嶺家でのゴタゴタの後、僕らの関係はもちろん気まずくなった。
僕は自分の事について余り語らなかったからだ。
つまり僕はこうなる事は分かっていたから黙っていたわけだ。そういう事なんだ。今が気まずくなってるって事は。
椿はその事には、僕が黙っていた事については全く責めなかった。
お父さんの事は気にしなくてもいいから。椿は何度もその事を言っていた。でも、気にしないわけには、通らずにいられるわけが無かった。
「椿…」
「ん…?」
「別れよう…、俺、もう…」
「お父さんの事なら私達には関係ないよ…、それに、私、裕太くんのためなら家も…出れるよ?」
「そういう問題じゃないのは分かってるだろ?俺たち以外の人にも迷惑が掛かるし、それに…」
「か、関係ないよ、私達の邪魔ばっかりする人達じゃない…、」
「今までを捨てれるわけが無いんだよ、椿」
「だ、だから、裕太くんを捨てれないんだよ!今までで一番大切なんだもん!私の一番なの!」
「もう…、忘れてくれ」


ひっきりなしに掛かってくる電話を無視して、学校で話しかけてくる彼女も無視した。
すると彼女は僕の家族を出汁に使ってきた。僕が留守の時に遊びに来て、よく家に上がり込むようになっていたのだ。
両親にも媚を売り、当たり前のように僕の家にいるようになった。このままじゃいけない。僕は両親に全てを話し、椿を入れないようにした。
それから始まったのがストーキングだった。どれだけアドレスを変えても来るメール。帰り道の待ち伏せ。僕と接点を持つ事に椿は必死だった。
ついには受験する大学すら合わせようとしていた。教師と椿の両親のお蔭で一緒にならずに済んだが、椿はそのかわりに大きな買い物をした。
アパートを丸々一つ買ったのだ。僕が住むと決めていたアパートをだ。思えば、この頃からこうなる事を椿は計画していたのだろう。

50椿姫 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/12(日) 17:17:33 ID:4iKpRBc0
▽▽
薄暗い、打ちっぱなしの壁。手首と足首にはそれぞれ二つずつ、計八個の手錠。
衣服を剥がされ、裸で大の字に寝かされ、四肢を拘束された僕にはもう何が起きたかは大体予想が付いていた。
覚醒して、一時間ほどで椿が重いドアを開いて帰ってきた。声の調子から見るに、かなり上機嫌だ。
「おはよう、裕太。よく寝てたね」
僕の許まで来ると椿は僕の顔を撫でた。薬で眠らされたのかまだ頭が薄ぼんやりといった感じで少し気持ちいい。
「さっき家に電話してきたの。公衆電話で。裕太と駆け落ちするって」
「かってなこというな」
駄目だ、まだ言葉に力が入らない。
椿は服を脱いで、僕の上に覆いかぶさるようにして抱きついてきた。それから喉を鳴らす猫のように僕の胸に顔を擦り付けてくる。
「あったかい。裕太の心臓の音」
赤ん坊は母親の心臓の音で安心すると聞いたことがあるけど、今の椿もそんな様子だった。
「えへへ、寝ちゃいそうだった」
そう言って、僕の顎に軽くキスをする。
「大丈夫だよ、裕太」
「何が」
「ここには私達よりも先に生まれたモノは一つとしてない。だからルールとか常識もない。裕太と私を引き離した偏見も、差別も、ココには無いの」
そう傷ついたのが僕だけではない。椿も傷ついたのだ。そして打ちのめされ、絶望し、希望を模索した。
その結果がこの人工の世界。椿は新しい世界を作ることで常識や偏見を殺したのだ。
あるのは真実の言葉と、屈託の無い愛。なんていう事だ。神様が世界を作るために必要とした素材が揃えられていた。
「もう我慢できない、昨日あなたをココに寝かせてからずっと我慢してきたの…」
椿は蛇のように僕の胸から這ってくると、そのまま僕の唇を奪った。
貪るように、舌が絡んできた。何度か椿は身体を震わせたりして小休止も挟んだけど、それでも長い間キスをしていた。
唇を離すと、椿は僕の頭の後ろに手を回し、耳元で呟いた。
「裕太、愛してる」
51のどごし ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/12(日) 17:21:58 ID:4iKpRBc0
投稿終了です
「迷いの蛾」の人には申し訳ないんですけど、私事の都合で投稿出来る時間が今しかなかったんで、迷惑を承知で投下しました
ごめんなさい
ちなみに短編の椿姫は同名の小説を少し齧ってます
最後になりましたが、>>1スレ立て乙です
52名無しさん@ピンキー:2010/09/12(日) 17:22:12 ID:yoOTGf+W
支援
53名無しさん@ピンキー:2010/09/12(日) 21:02:28 ID:nQ0sZXg1
投下祭り最高!
54名無しさん@ピンキー:2010/09/12(日) 22:55:29 ID:ja6LzQzG
GJ!!!
55名無しさん@ピンキー:2010/09/13(月) 00:08:59 ID:GDr7CdzS
GJ!
これがヤンデレ的デススパイラルって奴か…
56名無しさん@ピンキー:2010/09/13(月) 00:11:54 ID:GDr7CdzS
age失礼。orz…
57Are you Youta?:2010/09/13(月) 00:28:00 ID:rKGw24w1
どうも
今回も暇つぶし程度に見てください

投稿します
58Are you Youta?:2010/09/13(月) 00:29:21 ID:rKGw24w1


皆さんは転生という言葉を聞いたことはあるだろうか。
転生とは生まれ変わること。つまり一度死の経験を味わい、またこの現世に舞い戻ること。
俺はあまり現国が得意な方ではないから転生についてはこんな感じにしか言えない。

何故いきなり転生について語ったかというと、俺は転生してしまった。本当に





結局葬式では俺がいきなり蘇り、かなりの混乱を起こしてしまったが、蘇って良かったオーラが出てきてなんとかその場は収束した。

そして時早く5年が経ち、俺こと陽太は

「陽ちゃん〜。朝ご飯できたよー。」
「あいよ。」


風上陽太ではなく、雲下陽太として新たな人生を歩むことになった。

今更だがここで過去の俺の状況を確認。
風上であった時の俺は中学1年生で後1ヶ月と少しで2年に進級という時に屋上からフェンスと仲良く落っこちて死亡した。
原因は幼なじみの斎藤 星奈によって追い詰められたからだ。
雲下になった時にテレビのニュースでたまたま俺の事故?がやっていたので少し驚いた。もちろん、風上陽太が生きてたこともニュースで取り上げられていた。
さらに風上陽太は記憶喪失になってしまったともニュースで言っていた。




多分現在の風上陽太はあの世であった小学生、本来のこの体の持ち主である雲下陽太君だろう。
雲下陽太について分かることはまず当時小学5年生であった彼は肺癌になってしまい、小学1年生の時に県の病院に入院。
手術を何回か行うが良くなるどころか悪化を辿る一方。そして2年生の時、まだまだ子どもだというのに余命3年の宣告。
そして俺こと風上陽太が落っこちた日に雲下陽太も宣告通り死亡。
まあ、その二人があの世でこんにちはをしてお互いまさかの復活のチャンスに遭遇。
そして俺達はお互いにまた再開する約束をして現世に。


59Are you Youta?:2010/09/13(月) 00:30:13 ID:rKGw24w1

ところが蘇ったまではいいが俺風上陽太と雲下陽太は違う方の声に応えてまさかの入れ替わりになってしまう。

そして俺は今回のことは勝手に転生だと自負することにした。
正直、めちゃくちゃうれしい。自分の体ではなく、親も別人で、環境も違うが、星奈から逃れられたことはとても最高の状況だ。

星奈とは風上であった時の俺の幼なじみ。肩胛骨辺りまである髪は漆黒に染まり、顔は現代の大和撫子。まだ幼さが残っていたが今じゃ完璧になっているだろう。
文武両道、才色兼備なヤツは中学に入ってからかなり告られていただろう。



しかしイケメンさんだろうがその告白を全て断っていた。理由は………風上陽太を好きになっていたから。

昔から俺………いや、今の俺は雲下だから……昔から風上陽太によくくっ付いていたが、まさか好きでいたとは思わなかった。
早く気付いていれば良かったが風上陽太は斎藤星奈の愛に1ミリも気付かず中学最初のバレンタインデーを迎えてしまったんだ。
その日が最悪な一日になると知らずに。
あまり思い出したくないからこの日はまた後日ということで。まあ、簡潔に言うと星奈の我慢は限界だったわけだ。


「陽ちゃん〜早くしなさいな。」
「はいはい。」

ちなみに下から現在の俺、雲下陽太を呼ぶ女性の声は母親の雲下 優子さんだ。
彼女は穏便な性格で爽やかな表情以外見たことがないが、雲下陽太が入院していた時はかなり荒れていて今だと想像すらできない。
葬式の日では号泣しながら俺に抱きついていたが、顔は歓喜いっぱいの笑顔だったので俺は未だに優子さんのマイナスの表情を知らない。
知らなくていいことだからいいけど。

「さてと…」

俺は2階まで伝わる朝飯の匂いに釣られてリビングに向かった。


60Are you Youta?:2010/09/13(月) 00:33:42 ID:rKGw24w1


*********


「陽太起きろ。」

目覚めたら目の前にゴリラがいた。

「…動物園?」

次の瞬間ゴリラは俺の腹にかかと落としをしてきた。

「ゲハッ!!!何すらこのゴリラ!!!」
「まだ寝ぼけているらしいな。」

流石に顔に8発ビンタを喰らえば目が覚める。

「いてて……もう少し優しく起こしてよ…」「何言ってる。もう下で梓と星奈ちゃん、母さんが待ってるぞ。」
「本当に!?」

急いで顔と歯を洗い、ブレザーに着替えリビングに行くと同じみの顔が4人定位置に座ってた。

「おはよう」

まず母さんが俺に挨拶。

「まったく……おはようさん」

ゴリr………父さんが呆れ顔で朝の挨拶。

「おはよー、兄ちゃん」

次に我が妹の愛が鬱陶しく俺に抱き付いて来た。

「おはよう、あなた。」

最後に幼なじみの星奈が誤解度100%のセリフ言ってきた。

「はあ?星奈さんはいつから私の許可なく兄ちゃんの嫁さんにでもなったの?」
「あら?愛ちゃんはあたしと陽太を夫婦と認識してくれたの?ふふふ、ありがとうね。」
「認めてなんかいないよ!兄ちゃんの一生の伴侶は私って決まってるの。」
「おい、陽太。貴様可愛い我が娘に何をした?」



まだ何も喋っていないのに何故か父さんが戦闘体制になる。
「おはよう。母さん朝食はオムレツ?」
「そうだから早く座って食べなさい。」

そんな父さんを無視して椅子に座り朝食にいそしむことにした。
うん、今日の母さんのオムレツは変にしょっぱいよ。

俺、風上陽太は記憶喪失者である。
5年前屋上から落っこちた際に意識不明の重傷になり、2日後に奇跡的に目を覚ましたが頭を強く打ったためか記憶を失ってしまった。

だが、不思議なことに自分の名前と誰かとの約束は覚えていた。


61Are you Youta?:2010/09/13(月) 00:36:16 ID:rKGw24w1

誰なのかと思い出そうとすると何故か自分の姿が出てきてしまいうやむやになり、結局約束は果たせずにいる。

約束の内容は『再開』。これだけは絶対に頭から離れず、強く意識している。

「兄ちゃん兄ちゃん!兄ちゃんからも言ってあげてよ。『俺の妻は愛だ』って。」

気付くと妹が俺の横にいた。こいつは俺を犯罪者にするつもりか?

「馬鹿ね。兄妹の結婚は法律上認められてないのよ。更に陽太君はあたしともう一生を過ごすって約束をしてるのよ。」

星奈もいつの間にか横にいた。てか、初めて聴いたよ。そんなこと。


「見なさいよ。兄ちゃん『なんだそれ?』って顔してるじゃん。つまらない嘘はやめて。」


「それは陽太が記憶喪失だから。小学生の頃にはもう約束したんだから。」

今更だが星奈。お前見た目と違って結構喋るな。別に構わないけど。

「だったら、わ……私は兄ちゃんが記憶を失う前にキスしたんだから!!!」
「や、やめてよ!父さん!俺は無実だ。」
「黙れ。お前は死刑だ。」

不意にラリアットを仕掛けてきたよゴリラが!

「陽太。愛ちゃんの話は本当なの?」
「まずい。星奈まで俺に危害を加えるのか!?」
「あら?オムレツがまだしょっぱいわ。何がいけないんだろう…」


母さん、それは塩の量一択だよ。次回はもっと少なく!そしてよくのん気に朝食済ましてるね!?

「わ…わたしが兄ちゃんとキスか………くふふっ。」

「妹。お前絶対嘘ついただろ!?早く誤解解け!」
「さあ馬鹿息子よ二度目のあの世を楽しんで来い。」
「陽太に常識叩き込まなきゃね?」

妹が自分の世界にトリップしたため、俺は毎度の如く死闘を繰り広げた。
ちなみに今回は軽傷で済んだ。


62名無しさん@ピンキー:2010/09/13(月) 00:38:05 ID:rKGw24w1
2話投稿終了


また前回みたいに不可解な点があったらすみません
63名無しさん@ピンキー:2010/09/13(月) 00:45:12 ID:jGnLJ+2d
じーじぇい!

投稿区間短いのは嬉しい
64名無しさん@ピンキー:2010/09/13(月) 02:26:55 ID:7/ykRNcS
>>51
GJ 経験者として裕太に共感できるな・・・
65名無しさん@ピンキー:2010/09/13(月) 04:53:26 ID:5NFkhecL
みんなgj
>>64 自分を語りたいなら、まずSSの形にしてこいよって思うよね
66名無しさん@ピンキー:2010/09/13(月) 18:16:33 ID:o0SRA5kP
ここって丸一日書き込み無いってことあるのかな?
67名無しさん@ピンキー:2010/09/13(月) 21:25:51 ID:/GjA+L2W
158 : ◆ Uw02HM2doE 2010/09/13(月) 18:01:26 ID:N6hpsFd+0

こんばんわ。規制続きなのでこちらに投下させていただきます。
ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いいたします。
今回は11話です。

*話の回想部で虐待の描写があります。苦手な方は申し訳ありませんが
 閲覧を避けてください。


68名無しさん@ピンキー:2010/09/13(月) 21:26:12 ID:/GjA+L2W
159 : リバース ◆ Uw02HM2doE 2010/09/13(月) 18:03:06 ID:N6hpsFd+0

学校は退屈だ。授業はつまらないし制服も好きではない。
何より私には周囲全てが"敵"に見えるのだ。だからこの教室にいる限り私が落ち着くことは決してない。
外は大粒の雨が降り注いでいて窓に当たった雨粒が心地好い音を奏でる。
こんな時だけはこの窓側の席に感謝する。
元々雨は好きだった。だって雨が降れば兄さんは外で遊べなくて家にいてくれる。
そうすれば兄さんは私に構ってくれた。
だから雨は好き。
「……ということで今日はここまで。来週は二年生の修学旅行があるが君達は休みじゃないからな」
眼鏡をかけた中年の教師が教室から出ていく瞬間、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。



「潤〜!お昼食べよ!」
「とりあえず千秋は落ち着きなさいよ」
昼休み。二人の女子が左右から私の席に寄って来る。
左のいかにも活発そうなショートボブは佐藤千秋(サトウチアキ)。
そして右側の大人びた黒髪ロングヘアーは長谷部理香子(ハセベリカコ)。
いずれも私のクラスでもある1年1組に所属している、いわゆるクラスメイトというやつだ。
「そうだね、食べようか」
「よっし!机くっつけるからね!」
「ほらほら、焦らないの」
今日は生徒会室が会議で使えないと会長から要組の皆にメールがあった。
だからお昼は別々だ。私は席を立ち同じくクラスメイトで"仲間"の春日井遥に声をかける。
「遥、お昼食べよ?」
「……うん」
そう一言だけ発すると遥は私の席まで椅子を持って来る。
「おっ、今日は春日井さんも一緒かぁ!こりゃあ嬉しいね!」
「はいはい。いいから早く席に着く」
千秋と理香子のやり取りは亮介と英のやり取りに似ていて結構好きだ。
遥以外の仲間に会えない日はこうやって彼女達の話を聞いて気を紛らわす。
……彼女達とは決して分かりあえないだろうし、"敵"であることに変わりはないのだけれど。


69名無しさん@ピンキー:2010/09/13(月) 21:26:27 ID:/GjA+L2W
160 : リバース ◆ Uw02HM2doE 2010/09/13(月) 18:04:40 ID:N6hpsFd+0

「良いよね〜。二年生は来週、修学旅行かぁ」
「でも旅行先、そんなに遠くないらしいよ?去年は沖縄だったみたいだけど」
千秋が卵焼きを摘みながら羨ましそうに話す。
それに返す理香子のお弁当は見た目とは随分ギャップのある可愛らしいものだ。
「そういえば潤のお兄さん、二年生だから修学旅行だよね?」
「……うん。あんまり修学旅行の話はしないけど」
「良いなぁ〜。早く来年にならないかなぁ」
呑気に話す千秋とは正反対で私は憂鬱だった。
……修学旅行になんか行ってほしくない。しばらく兄さんに会えないなんて堪えられない。
そういう意味では私も千秋と同じく、今年の修学旅行に着いて行きたい気持ちだ。
「でも潤ってお兄さんと凄く仲良しなんでしょ?」
「えっ?」
「本当にっ!?」
理香子の急な問い掛けに思わず言葉が詰まる。
千秋は目を大きく開いており、遥は黙々とお弁当を食べていた。
「う、うん…。そうだけど…」
「部活の先輩が言ってたんだよね。この学校の中で1番美形かつ1番仲良しな兄妹が白川兄妹だ、って」
「へぇ、潤のお兄さんって格好良いんだ!羨ましいなぁ。ウチの兄貴なんかさぁ……」
千秋が何か言っているようだったが既に私の耳には届いていなかった。
私と兄さんがそんな噂となって学校に広がっていると思うと自然と頬が紅くなる。
「…って感じでこないだもさぁ……潤?」
「へっ!?な、何の話?」
気が付いたら千秋の顔が目の前にあった。
「さっきから上の空だったね。まあ千秋の話じゃ仕方ないよ」
「理香子さんそりゃあんまりですって!」
「……潤、大丈夫?」
遥が心配そうに私を見つめてくる。
「だ、大丈夫だよ。昨日夜更かししちゃったから」
「……そう」
私の答えに遥は若干納得いかないといった表情をしていたが、それ以上は聞いてこなかった。
「次は黒川先生の科学かぁ……。潤、寝ないように気をつけてね!」
「潤は千秋じゃないから大丈夫じゃない?」
「……理香子のサディスト!鬼畜眼鏡!」
「いや…眼鏡かけてないから」
また始まった千秋と理香子のやり取りを見ながら私は兄さんを想う。
兄さんがさっきの噂を聞いたらどんな反応をするのだろう。そして何と答えるのだろう。
もし私と同じ気持ちだとしたらどんなに嬉しいことだろうか。
「兄さん……」
早く兄さんに会いたい。
幸い今日は要組の活動もなければ雨で部活もない。
兄さんは右腕を骨折しているから海有塾にも行かない。
きっと今日は兄さんとゆっくり過ごせるはずだ。
「……潤、凄いにやけてるけど」
「千秋の話に……って訳じゃなさそうね」
「………」
そんな潤を二人は呆れたような、そして後一人は射抜くような目で見ていた。


70名無しさん@ピンキー:2010/09/13(月) 21:26:48 ID:/GjA+L2W
161 : リバース ◆ Uw02HM2doE 2010/09/13(月) 18:06:27 ID:N6hpsFd+0

目の前には目が血走った男が一人。
どうやら激昂しているようでその矛先は自分に向けられていた。
「潤…お前はいつもいつも……俺が…俺がぁぁぁあ!!」
「きゃぁぁぁぁぁあ!!」
意味が分からない単語の羅列を吐き出しながら私を殴ろうとする男に思わず叫び声を上げる。
……相手は実の父親だというのに。
「やめろっ!!」
殴られる直前に男の子が私の前に立って代わりに父の拳を受けていた。
「お、おにいちゃん!?おにいちゃん!?」
「ぐっ…じゅ、じゅん…だいじょうぶ…か?」
その男の子、兄さんが苦しそうに腹部を押さえて呻く。小さな私はただ彼の背中を摩ることしか出来なかった。
「何だぁ?そうか要…お前も俺に逆らうのかぁ!?だったらお前も仕置きだ!!」
「あ、あなた止めてっ!」
「うるせぇ!!」
至る所が痣だらけの母が飛び出して父を止めようするが簡単に払いのけられてしまう。
よく見ると兄さんも私も母と同じくらい痣だらけだった。
そういえばこの痣が原因で小学校ではよく虐められていたんだっけ。
「も、もうやめろ!!かあさんもじゅんも、なぐらないで!!」
「……じゃあてめぇなら良いのか!!?」
一瞬だった。父の拳がまだ小学生の兄さんの腹部に吸い込まれ、兄さんは宙に舞う。
小さくてどうしようもなく役立たずで使えない私はただ叫ぶことしか出来なくて――



「兄さんっ!!?」
「……白川、大丈夫か?」
辺りを見回すと教室中の視線がこちらを向いていた。
黒板にはよく分からない科学式が並んでおり、黒川先生が近付いて来る。
……どうやら授業中に寝てしまったらしい。
「あ…えっと……私…」
身体中に嫌な汗をかいている。気持ち悪い。
よりによってあの時の、あの屑の夢なんか見るなんて。手は震えていて自分では抑えられなかった。
「……顔色が悪いな。ちょっと保健室に行ってこい。おい、保健委員は」
「一人で行けます。……すいません」
「おい、白川!」
急いで席を立ち逃げるように教室を出る。
早足でトイレまで行き顔を洗う。何度も。何度も何度も何度も何度も。
「……忘れろ」
また顔を洗う。あの記憶を忘れられるまで。
それが出来ないのなら、せめてこの手の震えが収まるまで。
「……兄さん…助けて」
結局私はチャイムがなるまで顔を洗い続けた。
あの記憶を、兄さんが記憶喪失で忘れてしまった悪夢を私も同じように洗い流せるまで。


71名無しさん@ピンキー:2010/09/13(月) 21:27:03 ID:/GjA+L2W
162 : リバース ◆ Uw02HM2doE 2010/09/13(月) 18:07:57 ID:N6hpsFd+0

体調不良ということで学校を早退することにした。
結局手の震えは収まらず黒川先生に半強制的に早退させられた、と言った方が正しいかもしれない。
雨の中を歩くと心が落ち着く。雨が傘や木々や地面に当たって奏でる雨音は私の心を癒してくれるから。
「……公園…か」
歩いていると小さな公園が目に入った。昔は兄さんと二人で日が暮れるまでよく遊んだものだ。
「…懐かしいな」
久しぶりに公園の中に入ってみた。昔と何も変わっていない。
あの赤いシーソーも、少し低めの鉄棒も。そしてよく二人で遊んでいた砂場も。
砂場には誰かが忘れたであろうスコップが一つぽつんと放置されていた。
「……あ」
砂場に幼い頃の私たちがいる。
あれは遠い昔の記憶。
『きょうはおしろをつくるからな!でっかいのつくってかあさんにみせるんだ!』
『うん!おかあさん、よろこんでくれるかな?』
『よろこんでくれるにきまってるだろ?かあさんはおしろがだいすきなんだから!』
……いつも二人きりで遊んでいた。
仲が良いから。確かにそれもあったが何より私たちには友達がいなかった。
父の悪い噂は近所に広がっていたし、四六時中近隣に響く彼の怒鳴り声が近所の話題にならないはずがない。
そしてそれは子供たちの間にも広がっていき皆が私たちの環境や身体に出来る痣を馬鹿にしていた。
だから私たちはいつも二人ぼっち。
『よっし!これで完成だ!……じゅん、どうした?』
『……何でわたし、いじめられないといけないのかな?わたし、なにかしたのかな?』
『……じゅん』
『ひとりは……つまらないしさみしいよ…』
当時の私の心は既に限界だった。確かこの頃から周囲が敵に見え始めたような気がする。
震えながら訴える私を兄さんは優しく抱きしめてくれた。
『ひとりじゃ……ないだろ?』
『おにいちゃん…?』
『みんないなくなってもおれがいる。おれはずっとじゅんのそばにいるから』
『うん……』
『だから…その…か、かなしそうなかお、すんなよな!』
『……うん!』
砂場には抱き合って笑い合う、ちょっと変だけど暖かい二人の姿があった。
「兄さん……」
傘を差しているはずなのに頬が濡れていることに気が付いた。視界もぼやけてあまりよく見えない。
昔から変わらず泣き虫な自分に嫌気がさす。
気を落ち着かせる為、あの場所に行くことにした。
72名無しさん@ピンキー:2010/09/13(月) 21:27:23 ID:/GjA+L2W
163 : リバース ◆ Uw02HM2doE 2010/09/13(月) 18:11:24 ID:N6hpsFd+0

この公園の隅には小さなベンチがある。
昔私がちょっとしたことで泣いてしまった時は兄さんがここまで私を連れて来て慰めてくれた。
だから私にとってこのベンチは少し特別な場所なのだ。
「………?」
ベンチに近付くと違和感を覚えた。
何故かベンチの周辺だけ全く濡れていない、というかそもそも雨が降っていない。
そしてこんな雨の日なのにベンチには既に先客がいた。
腰ほどもある黒髪で真っ赤なワンピースを着た女の子だった。
とても端正な顔立ちをしていてこの雨の中で一際存在感を放っている。
「こんにちは」
「え、えっと……こんにちは…」
いきなり話し掛けられて思わずたじろいでしまった。女の子は微笑みながら隣を指差している。
「座らないの?」
「あ、はい……」
女の子に促され隣に座る。
ベンチから見ると雨がカーテンのように公園とこのベンチを区切っておりまるでここだけ別世界のような感覚に陥る。
「ここ、良い場所よね」
「は、はい……」
何だろう、この違和感は。
隣に座っている女の子は確かにすぐ傍にいるはずだ。
なのに、どうしてこんなにも遠いのだろう。手が届きそうで届かない。まるで雲を掴むような感覚だ。
「貴女もよく来るの?」
「たまに……」
「そう」
女の子はずっと公園の方を見ている。
つられて私もその方向を見るが雨のカーテンを除けば特におかしな物はない。
「私は鮎樫らいむっていうの」
「鮎樫……ってあのアイドルの…」
「同姓同名なのよ。毎回言われるから、もう慣れたけどね」
こちらを見ながらさっきのように微笑む女の子、鮎樫さん。
でも有り得ない。鮎樫らいむは半年前突然失踪したトップアイドルだ。
私たち要組も偶然彼女に関わる事件に遭遇したことがあるが目の前の女の子は全く知らない。
何よりアイドルの鮎樫らいむは金髪と澄んだ青い目が特徴だったはず。
確かに彼女の言った通り同姓同名という可能性もあるが鮎樫なんて苗字、滅多にいない。
では一体この女の子は何者なんだろうか。
「貴女の名前は?」
「……白川、潤」
「…潤。良い名前ね」
本当は名前なんて教えるべきじゃなかった。でもそんな心とは裏腹に口が動いていた。
本来ならばこのベンチは安らげる場所だったはずなのに今私は何故か目の前の女の子、鮎樫さんに恐怖のような感情を抱いている。
「ねえ、潤?」
「な、何?」
「……お兄さんのこと、好き?」
「えっ?」
心臓の鼓動が高鳴る。
何故?何故彼女が兄さんのことを知っている?いやそもそも私に兄がいることが何故分かった?
頭に疑問の渦のようなものが出来る。


73名無しさん@ピンキー:2010/09/13(月) 21:27:44 ID:/GjA+L2W
164 : リバース ◆ Uw02HM2doE 2010/09/13(月) 18:12:41 ID:N6hpsFd+0

「ふふっ、怖がらなくていいよ。ただ潤がお兄さんのことを好きなら一つだけ覚えておいて欲しいの」
「……な、何よ」
声を出すのがやっとだ。とにかく怖い。
このベンチから一刻も早く逃げ出したいのに身体が言うことを聞かない。
そんな私に女の子、鮎樫さんは耳元で囁いた。
「貴女を守ってくれた"兄さん"はもういないのよ?」
「………あ」
私の中の何かが壊れそうになる。
そうだ、昔私を父から、周囲から守ってくれた兄さんはもういないんだ。
今の兄さんは記憶を失ってあの時のことをすっかり忘れてしまっている。
つまり私が大好きな兄さんはもう……。
「……今日は会えて楽しかったわ。また今度会いましょう。お兄さんによろしくね」
「……えっ?」
顔を上げると既に鮎樫さんはいなかった。そしてそれが合図かのようにベンチにもたちまち雨が降り始める。
私は傘を差すのも忘れてしばらく呆然とするしかなかった。



重い足取りで通学路を歩く。家に帰るのが何となく憂鬱だった。
……いや、理由ははっきりしている。ただ認めたくないのだ。
自分が大好きだった兄さんがもうこの世にはいないという事実を。
鮎樫らいむと名乗る少女の言葉が私の心に深く突き刺さっていた。
「……潤?」
「……あっ」
振り向くとそこには兄さんがいた。息が荒く傘も差さずに何をしているんだろう。
いつも通りの兄さん、私だけの兄さんが近付いて――
『貴女を守ってくれた"兄さん"はもういないのよ?』
足が止まる。思い出してしまったから。
目の前にいる兄さんは私の知っているあの"兄さん"ではないんだ。
「潤か!やっと見つけた!黒川先生が潤は早退したって教えてくれたんだけどさ」
見知らぬ男が兄さんの顔をして近付いて来る。
「でも家に帰ったらいないから急いで探しに来たんだ。何かあったんじゃないかって…」
「……うるさい」
見知らぬ男が兄さんの声で私に話し掛ける。
一体コイツは誰? 兄さんに限りなく近い、それでも兄さんじゃないならば誰なのだろう。
「潤?……大丈夫か?」
「触るなっ!!」
肩に置かれた冷たい手を払いのける。私に触って良いのは兄さんだけだ。
コイツは……違う。
「わ、わりぃ…。でも体調不良なんだろ?だったら早く」
「兄さんのふりをするなっ!!」
何かが私の中で爆発した。兄さんによく似た誰かは呆然と立ち尽くしている。
「何も知らないくせに!!父さんが私たちにしたことも!母さんが私にしたことも!
私がどれだけ苦しんで来たのかも!!何も知らないくせに兄さんのふりをするな!!」
目の前の男に思い切り掴み掛かる。男は抵抗せず私たちは倒れ込む。
男はとても辛そうな、そして何処か悲しそうな顔をしている。
そんな男に私は叫び続ける。
「兄さんを返してよ!兄さんだけが私を救ってくれるのに!約束したのに!兄さん!!兄さん……助けてよっ!!」
返事は返って来ない。聞こえるのは雨音だけ。
目が段々と霞んできて視界がぼやける。また泣いているのだろうか。
身体から急速に熱が奪われていくのを感じる。同時に意識が朦朧としてきた。
「……潤?潤、しっかりしろ!?おい潤!?」
最後に私が聞いたのは叫ぶ誰かの声。遠い昔に聞いた、誰かの……。


74名無しさん@ピンキー:2010/09/13(月) 21:27:56 ID:/GjA+L2W
165 : リバース ◆ Uw02HM2doE 2010/09/13(月) 18:15:02 ID:N6hpsFd+0

「……んっ」
目を開けると見慣れた天井があった。
どうやらここは自分の部屋らしい。身体を起こす。自分の身体がとても重く感じる。
頭も鈍痛がする。とりあえず立とうとするが怠さからか、中々立ち上がる気になれない。
「おっ、気が付いたか」
扉が開いて兄さん……男が入って来た。両手のお盆に小さな鍋を乗せている。
「……何、それ」
「お粥だよ。体調不良なんだろ?しっかり食べないとな。味は……まあ何とかなる」
「……いらない」
そのまま布団を被る。今は兄さんのことは考えたくなかった。
「……そのままで良いから聞いてくれ」
「………」
ベットが少し揺れる。男がベットの端に座ったようだった。
「ゴメンな。自分のことで手一杯で潤の気持ち、考えられなかった」
「………」
「俺は潤の知ってる白川要じゃないし、潤の苦しみは分からない」
歯を食いしばる。例え事実だとしてもそれを兄さんの声で聞きたくはなかった。
「潤と過ごしてきた日々も知らなければ、潤の知ってる"兄さん"にも……なれない」
もう止めて。それ以上は……。
「……でもさ、これからだと思うんだ」
「………?」
「俺は確かに今までのこと、全然知らない。でもそれで終わりじゃないだろ」
何だろう。この気持ちは。コイツは兄さんじゃないはずなのに……。
「例え記憶を失っても俺は潤の兄さんで潤は俺の……俺の大事な妹だよ」
「………」
心臓が高鳴る。さっきの恐怖とは違う。
兄さんの言葉を確かに聞いている自分がいた。
「だから、すぐにとは言わないけど……俺のこと、また兄さんって呼んで欲しい」
ベットが揺れる。兄さんが出てっちゃう。
何か言わないと。別に気にしてないよって言わないと。
「……お粥、ちゃんと食べろよ?」
扉が閉まる音と共に起き上がる。
そのまま机の上のお粥に目がいった。無言で口に入れる。
「……熱っ」
少し水っぽくて味が薄かったけどちゃんとお粥になっていた。
……それにとても暖かくて心に染みてきた。
「…あれ?」
いつの間にか涙を流している自分がいる。何で気が付かなかったんだろう。
お粥を作ってくれたのも、雨の中傘も差さずに私を探していたのも全て私の為なんじゃないか。
払いのけた時の兄さんの手はとても冷たかった。きっと私のことを雨の中ずっと探してたんだ。


75名無しさん@ピンキー:2010/09/13(月) 21:28:09 ID:/GjA+L2W
166 : リバース ◆ Uw02HM2doE 2010/09/13(月) 18:16:12 ID:N6hpsFd+0

「兄さん……!」
いてもたってもいられなくなり扉を開ける。
そのまま一階に降りリビングに入る。ソファーでは兄さんがテレビを見ていた。
「ん?潤、どうし」
「兄さんっ!」
そのまま兄さんに抱き着く。
雨に濡れた兄さんの身体はとても冷たくてお風呂にも入らず私を介抱してくれたことが分かった。
「じゅ、潤?」
「ごめんなさい!私…私…兄さんに酷いことを言った!兄さんだって苦しんでたのに……!」
そう。兄さんだって苦しんでいたはずなんだ。
記憶喪失になって何も分からず苦しんでいたはずなのに。私は自分のことしか考えなくて。
私こそ妹失格なんだ。
「……ありがとう」
「…えっ?」
顔を見上げると兄さんと目が合う。私の大好きな兄さんが確かにここにいた。
「許してくれてありがとう。やっぱり俺の妹だな。それともお粥効果かな」
私をぎゅっと抱きしめる兄さん。私も負けじと抱きしめ返す。
少し照れ臭かったけどとても暖かくて幸せな気分になれた。
「兄さんも苦しんでいたんだよね……」
「……まあ、な」
兄さんは何処か悲しそうな笑みを浮かべた。
本当は分かっていた。兄さんが記憶を失って苦しんでいること。
でも気付かないふりをしていた。きっと兄さんを誰にも取られたくなくて、他のことを気にする余裕がなかったんだと思う。
「これからいっぱい思い出作れば良いんだもんね」
「ああ、そうだな」
二人で笑い合う。まるで昔に戻ったみたいに。
そう、例え記憶を失っても兄さんは兄さんなんだ。
「……あの、潤さん?」
「どうしたの、改まって?」
「そろそろどいて欲しいんですが……」
言われて私が兄さんに覆いかぶさっていることに気が付いた。
兄さんは右腕を骨折している為私を退かせられないようだ。
「……ふふっ、成る程ね」
「今何か良からぬこと、考えませんでしたか潤さん!?」
「……熱って汗をかくと下がるらしいよ」
「思い切り良からぬことじゃねぇか!」
兄さんをソファーに押さえ付け顔を近付ける。
心なしか赤くなっている兄さんが私をさらに良からぬことへ走らせようとする。
「ちょ、待て!?」
兄さんとの距離が縮まって――
「おはよう〜……あれ?」
「お、おはよう里奈!」
「……おはよう」
里奈がリビングへと降りてきた。どうやら二階でお昼寝をしていたらしい。
瞬間、私と兄さんは距離を取っていた。流石に昼間から小学生に濡れ場を見せるわけにはいかない。
「……プロレスごっこ?」
思わず二人同時に吹き出した。


76名無しさん@ピンキー:2010/09/13(月) 21:28:30 ID:/GjA+L2W
167 : リバース ◆ Uw02HM2doE 2010/09/13(月) 18:17:38 ID:N6hpsFd+0

夜。里奈を先に寝かせ私の部屋で兄さんと話す。里奈は……何故か分からないが苦手だ。
まだ2、3日しか一緒に暮らしていないからかもしれないが、妙に兄さんに懐いているのも気になる。
だから兄さんと二人きりになれて正直ほっとした。
「だから修学旅行っていっても全然大したことないんだよな」
「そうだね。去年は沖縄だったらしいけど」
「有り得ないぜ……。何で今年に限ってこんなにショボいのかな」
あれから兄さんは過去に何があったのか、私に聞こうとはしない。
遠慮しているのかもしれないし、私が話すのを待っているのかもしれない。
どちらにせよいずれは話さなくてはならない。両親のことも兄さんに起こったことも。
「ふふっ、それじゃあ亮介が可哀相だよ」
「でも亮介の奴、いつも女のことばっかでさ……」
でも今だけは、この安らぎだけは守りたいから。
きっと本当のことを話したら兄さんは壊れてしまうから。だから、良いよね?今はまだ……。
「おっ、もうこんな時間か。じゃあまた明日な。夜更かしすんなよ」
「うん。……兄さん、今日はありがとう。おやすみなさい」
「おう、おやすみ」
扉が閉められて部屋を暗闇が包む。今日は疲れたからぐっすり眠れそうだ。



深夜。潤の部屋。ベットには潤が幸せそうな顔で眠っている。
そしてその顔を見下ろす影が一つ。
「……上手く行ったみたいね」
部屋に射した月光が彼女の真っ赤なワンピースをより一層際立たせている。
「これで後は……」
月光に照らされた彼女、鮎樫らいむの笑みはとても妖艶で、まるで一輪の真っ赤な薔薇のようだった。


77名無しさん@ピンキー:2010/09/13(月) 21:28:43 ID:/GjA+L2W
168 : ◆ Uw02HM2doE 2010/09/13(月) 18:20:58 ID:N6hpsFd+0

今回はここまでです。読んでくださった方、ありがとうございました。
次回は修学旅行とあの人登場です。投下終了します。

毎回申し訳ありませんが転載の方、よろしくお願いします。


78名無しさん@ピンキー:2010/09/13(月) 22:17:18 ID:1ER7yopd
GJ!
79のどごし ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/13(月) 23:48:24 ID:JuuaUsde
やっと書き終えた
ウェハース第四話投下いきます
80ウェハース第四話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/13(月) 23:51:27 ID:JuuaUsde
僕らが付き合い始めて二週間が経った。
期末試験のテスト日程が公開され、アンニュイな気分で平沢と昼ごはんの焼きそばパンを齧る。ちなみに母の手作りだ。朝の残り物をコッペパンにブチ込んだ漢気溢れる作品。
味は腐っても焼きそばパンと言うか、まあ焼きそばパンを不味く作るなんて逆に難しいけど。
「どこまでやったんだよ?」
「おいおい平沢、テスト勉強なんか中学以来してないだろ?俺たち」
僕が通うこの高校は、偏差値が意外と高く、『ちゃんとお勉強さえしておけば第一志望も夢じゃなかった』ぐらいの奴らが集まっている。
いわば、校区内で滑り止めの大御所といった感じの学校で、そう言った所は高校生になった途端勉強をさらにしなくなる奴が多い。
僕と平沢なんていい例だ。
高一の時は何とか追試は免れたけど、今回ばかりはもう駄目かもしれない。何しろ僕たちは勉強していない。自信すらある。
「そういえば、俺一年の夏休みに入る前から俺化学以外五十点以上見てねえな」
そういえば僕も数学と物理、化学以外の三教科以外でいい点数取ってないなぁ。
なんで理系科目かというと単に僕たちが理系科目が得意なだけであって深い意味は無い。
「俺、今度の三者面談どうしよう……」
将来なんて考えているわけがない。高校二年生なんてたかが知れている。
ギター職人になるべく学校を後にした友人だっている。彼は今ロシアに蟹の密猟に出稼ぎで日本から出て行っているらしい。
夢なんてそんなもんだ。高校二年生の本気なんてそんなもんだ。
何も知らないのに、何が決められる。何も聞いていないのに、何を答えられる。
テストで、たかだか十七年間の常識でこれから先を決めるなんて無謀すぎる。
うん?じゃあ、いつ決めるのがいいんだ?
「なあ、平沢」
「あん?んだよ」
ダルそうに、この灼熱にウンザリした様に、平沢は僕に気の無い返事を返す。
「留年決まったら、学校辞めるわ」
「そりゃ誰だってそうだろ?」
「いや、辞めない奴もいるって、多分だけど……」
そう、そんなの分かるわけがない。だから高校生ぐらいじゃ、分からないに決まっているんだ。
「って、そういうんじゃなくってさ、俺が聞きたいのはさ、マツコとどこまで進んだ?って話」
「前にも言ったろ?手ぇ繋ぐだけで満足しちゃうんですよ、童貞君は」
「ぜってー、ウソだ。朝のラブラブ登校から見ても分かる。ありゃかなり進んでるね」
前からずっとこの調子だ。本当に進んでないんだから仕方ない。僕としても現状維持が望ましい。
別に宗教の問題とかED、同性愛、異常性癖とかそんな理由で彼女との、藤松さんとの肉体関係を拒んでいる訳ではない。
ただ一つの考えが行為に歯止めを掛けている。
もしもその行為を行った時、次はどうすればいい?どうすればいいんだよ?
何を持っていいか、その行為が正解かも分からない。
理解できない事は怖い。だから人は考えて、話し合って、情報を共有していく。

81ウェハース第四話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/13(月) 23:52:14 ID:JuuaUsde
「平沢、一つ聞いていいかな」
「んだよ?」
「セックスって気持ちいいか?」
まだ理解出来ていない事を平沢に尋ねる。
「うーん、相手によるな。相性みたいなもんがあると思う、あれは」
「そうなのか……」
頭を珍しく捻っている平沢に僕はもう一つ質問した。
「お、オナニーとどっちが気持ちいい?」
「ぶっちゃけ、あんま変わらん。それこそ相性次第だな」
相性って何だよ、水属性とか火属性とかか?
「そうか」
「そうだ。いや気楽さと手軽さで言えばオナニーだな」
じゃあなんで、SEXなんてするんだ?
「そうか」
「ああ。しかし……なんでいきなりそんな事を聞く?」
平沢はいつに無く真剣に聞いてくる。
「ああ。実はな今日藤松さんの家に行く事になった」
バサッと何かが地面に落ちる音が聞こえた。平沢は落としたカレーパンが入った袋を拾わず、唖然といった表情で聞いてきた。
「…お前マジなのか」
「ああ。さっきココに来る前お前も会っただろう?」
「お前だけに用事って言ってノリで付いて行くフリしただけですごい剣幕で『真治君だけ、ね』って俺が怒られた?」
少し藤松さんの真似を取り入れ平沢が確認する。
「ああ、うん。そう」
「なあ、神谷それってさ、多分な…」
平沢は意味ありげに言葉を切る。切った先は僕にも分かった。
「ああ、分かってる。きっとヤル気だよな、藤松さん」
「ああ、赤頭巾が『おばあさんの家に行くの』って言った時の狼だ。お前を喰う気だ、藤松さんは」
どうしよう、本当にどうしよう。
「こ、断ろうかな?ってか、断れるかな?」
「友人として、男として聞く。卑俗な奴だと思ってくれてもいい。マツコ……、藤松さんの”あの日”分かるか?」
「スマン」と僕。平沢は僕の肩を叩いて頷いた。
「そうだよな、知ってるぐらいだったら、もうお前が食ってるわ」
「とりあえずだ」平沢は牛乳のパックを開け、豪快にラッパ飲みをする。
「お前は今日男になるかもしれない。それだけは覚悟しておけ」
それから平沢は財布を取り出し、札を入れる所から掌に収まるくらいの黒い包みを渡してきた。
「餞別だ。いいか、漫画とかビデオみたく『初めての生挿入!』なんて粋がったマネはするなよ」
何だかいつもより平沢が大人に見えた。多分勘違いだと思う。


82ウェハース第四話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/13(月) 23:53:06 ID:JuuaUsde
△△△駅と言えば芦屋みたいな感じで高級住宅街で有名だ。いかつい門が設けられている庭(芝)付き一戸建て、噴水がド派手に演出してみせるマンション。
僕の駅と一駅しか違わないのに土地の値段に雲泥の差が出るこの辺りは成金がものすごく多い。それと大型犬も多い。なんなんだ?ココに住むための条件に『大型犬の飼育』なんて馬鹿げた決まりが設けられてるのか?
「藤松さん、あのさ……」
「なに?」横にいた可愛らしい彼女は嬉しそうに僕に素早く聞き返す。相変わらず学校の時とのギャップが凄まじい。
「ここに住む条件にさ…」耳打ちするように、小さく彼女に聞く。
「大型犬を飼うってのがあるの?」
「えっ?」と束の間彼女は虚を衝かれた様な顔になり、それからやっと意味が分かったのか破顔一笑する。
「違うよ、あれはね今の”流行”」
「流行?」鸚鵡返しで聞き返す。
「うん、この辺りではよくある事。つまらない見栄の張り合いみたいな…そんな感じ」
なんて、なんてお金持ちなんだここの奴ら。なんか友達の家に行って、晩飯をごちそうになるってなった時の驚くべき他の家の食卓!!みたいなそんな衝撃だ。
「もしかして、藤松さんの所も?」
「え?私?私の所は飼ってないよ、不毛だもん」
ここで僕は一抹の不安を感じた。もしかしたら、もしかしたらこの辺りで一番の金持ちって藤松さんなのかもしれない。
延々とおしゃれなブロック詰めの道が続く。それとこのあたり柵がずっと続いている。庭が道路側から丸見えだ。
それにどの家の庭にもスプリンクラーやら、見た事もないぐらいでかい花壇やら、何かしらのギミックを搭載している。
『見栄の張り合いみたいな……』確かに。ここの人たちは誰と何を競っているのだろう?
それから何を目指しているのだろう?
不毛。確かに、この状況にこれ程合う言葉も無い。
「私ね、ここが嫌い」
「うん。何となく分かるよ」
「でしょ?肩肘張って生きてるって感じがするの、学校にいる時に似てるっていうかずっと緊張しっぱなしで……」
憂鬱な表情を覗かせる藤松さん。僕の家にまで迎えに来る理由には地元の息苦しさを感じていたからかもしれない。
「あそこ、見える?」藤松さんが深い藍色の屋根の家を指差す。二階建ての一軒家、見た目はかなり立派だ。しかし他の家と違い庭が無い。
あるのは小洒落た西洋風の門と、そこから玄関に上がる階段。階段の横には車が二台ぐらい入るガレージ。
「もしかして……」
「うん」と藤松さんは頷く。
「私の家」
ちょっと待て。確か今から六年前、藤松さんが小五の頃は新聞配達で家計に助力をさせてしまうほど貧乏だったんだよな?この六年間で何があったんだ、藤松家。
「築三年でローンバリバリ。私のお父さんと、お母さんの努力の賜物」
確かに、この六年間尋常では無かっただろう。
「いらっしゃい、真治君」
僕はいつものウフッてかんじの藤松さんの笑顔を見て、平沢の言葉を思い出していた。
『お前は今日男になるかもしれない。それだけは覚悟しておけ』
僕は少し間を置いてから、門をくぐり言った。
「おじゃまします」

83ウェハース第四話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/13(月) 23:53:39 ID:JuuaUsde
一応、この大切な決戦の準備期間中に交際中の異性の自宅を訪問したのには安っぽい建前がある。
多分、メジャーリーガーの松井秀樹が言っても嘘だと思われるだろう。
建前と言うのは俗に言うところの『お勉強会』だ。
ちなみに僕の場合に限った事では無いが、このお勉強会というのは大概「家で、一人でやったほうがよかった」と散々な結果になる。
それも僕らは男と女。交際中の男女。いいのか?いいや、絶対駄目だ。
平沢には悪いが、アイツからの餞別を使うのは今日じゃない。
「ど、どうぞ」
スリッパを履いて、大き目の玄関に靴を揃える。緊張してきた。
「こ、こっち」
リビングを左手に、廊下をまっすぐ行くと階段に突き当たった。
廊下はかなり長かった。リビングどんだけ広いんだよ
二階に上がる途中、思わず藤松さんの制服のスカートから伸びる太股の内側、僅かだが影が出来たら分かる筋肉の分かれ目に目が行ってしまう。盛ってる場合か、神谷真治。
二階に上がって、可愛らしいアルファベットで『KOMACHI』と書かれた表札が掛かったドアの前に立つ。
「……入ってて、着替えてくるから……」
「え?ああ……、分かった。あの、急がなくていいから」
「う、うん。分かった」
ぎこちない二人。僕の家では全然緊張しなかったのに僕らは初対面の二人見たく緊張している。
意識しすぎだろ!僕もだけど、藤松さんも。
「じゃあ」藤松さんは階段をまた下りていった。
部屋に入ると、覚悟はしていたが、やっぱりいい匂いがした。僕は頬を叩いて、気を強く持って、十七歳にして始めて乙女のテリトリーに足を踏み入れた。
部屋を見渡す。ざっと見で八畳半。壁紙は白、部屋には結構な数の人形、シングルベット、勉強机、本棚、テレビ、小さめの机、(多分)最新のCDプレーヤー、全身が映るぐらいの鏡など標準的なオプションは揃っていた。
しかしやはり藤松さんも女子高生、目を引くのは可愛らしい人形の数々。
大きさ、種類、布の素材様々だが、数がスゴイ。
枕元には架空の動物、バクを模したフカフカの枕、クマのぬいぐるみ、部屋にはディズニ○やサン○オのキャラクターのぬいぐるみもある。クッションも二、三。不思議な事に部屋は埃っぽくない。
これが乙女マジックか。
とりあえず勉強机ではない方の机、そこに荷を下ろす。
座布団すらかわいく見えて、座るのを躊躇ってしまった。
とりあえず勉強をするために来たので、鞄から筆箱、ノート。それから苦手な英語の教科書を机の上に出した。
天井を見上げていると、壁に書けてある時計に目が留まった。
シンプルだが赤い外枠がお洒落に見えるその時計の短針は四と五の間を指している。
呼吸を整えると、嗅覚はもう部屋の匂いには反応しなくなっていた。環境への適応が一番早い感覚器官の強みでもある。
部屋に入ってまだ五分も経っていないのに、僕は疲弊していた。
それから十分ほどして、階段を登ってくる音に気が付いた。思わず身が固くなる。
「ごめん、真治くんここ開けてくれる?両手塞がっちゃってて……」
返事よりも先に、ドアを開けた。
「ありがとうー」
彼女は着替えてきたようで、胸元に小さいリボンをあしらった白のチュニックに七分丈のスリムジーンズという服装。
正直、私服姿は初めてと言うこともあってものすごく似合って見えた。というか、こうやって見ると足が長い。
こういうのをスタイルがいいって言うんだろうか?僕よりも十センチぐらい小さいのに、離れて見ると背が高く見える。
藤松さんはお盆に載せたコーヒーとチョコパイの入った皿を置いてから「どうかした?」とマジマジと見ていた僕に首を傾げた。
「いや、私服可愛いなあって感心してた」
藤松さんは照れながら微笑む。
「そんな……普通だよ、これくらい」
似合ってる服を選んで着れるのがファッションセンスって言葉を思い出した。そういう意味では彼女のセンスはピカイチだ。
「うん、いいものが見れた」

84ウェハース第四話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/13(月) 23:54:43 ID:JuuaUsde
勉強を始めると、予想通り藤松さんが僕に教えると言った形式になった。
まぁ、赤点なんて言葉を今まで知らなかった人と、平均点以上って言葉をすっかり忘れていた人が一緒に勉強したらそうなるに決まっているのだけれど。
不思議と勉強に身が入った。久しぶりのシャーペンの握り心地に脳が驚いているのだろうか。
六時になる頃には試験範囲は大体目を通した形となった。
「スゴイな、分かる人がいるとこうも違うもんなんだね。いや、平沢とやるのとはワケが違うや」
「神谷君にもやる気があったから……。それに英語なんて使って欲しい文法を読み取れたら後は語彙力の問題だから」
「あはは、僕どっちも無いや」
それからまた僕の馬鹿話をした。チョコパイにも手を付けてなかったからそのついでに。
僕と平沢は中一からの付き合いで、あの高校を第一志望にしたのもノリだった。
しかし、ノリで来てしまったため夏休みに入るぐらいにはすっかりダレていて、テスト勉強に全く身が入らなくなっていた。
しかし、僕たちは互いにビビリだったので「流石に赤点はヤバイ」とクラスの有志を募りテスト対策委員会を結成した。
長時間(十分ぐらい)の議論の末、完璧なカンニングの模索を提案するタカ派と必要最低限の点数を取るために助け合って一夜漬けを推すハト派の二つに分かれる事となった。
しかし、大事な期末テストにカンニングを用いる度胸のある奴はタカ派にも一人か二人程度しか存在せず、已むを得ずハト派の一夜漬けが通った。
テスト当日、僕たち有志達は蓄積した疲労と、指先の疲れにかなりグロッキーになっていた。
そしてテスト日程最終日。現代文のテストの折、事件は起きた。
そうカンニングがバレたのだ。
密告者はエミリーこと、長友恵美。
密告されたのは名著「宇宙からの帰還」を書いた立花さんと同姓同名の立花隆。あだ名はタカシブライアン、もちろん馬面である。
タカシは掌一杯に赤いペンで答えを書き連ねていて、掌には百済や高句麗、漢字の書き写しやら、そういうので掌を真っ赤に染め上げていた。
タカシは速攻で職員室に拉致られ、その日の内に査問会まで開かれた。事の重大さにここに来てやっと気付いた隆は掌の事を聞かれて、とにかくこの場を収めるべく上手く言い逃れようと必死に考えた結果こう答えた。
「卵アレルギーで皮膚が爛れてしまって、それを隠すために爛れた皮膚と同じ色の赤いペンで答えを書いて患部を隠したんです」
教師達はブチ切れ、追試も落とした隆はギター職人になるべく家を出たものの、パワーストーンでネズミ講に遭い、ロシアの択捉まで蟹の密猟に出稼ぎに出されているらしい。
もう藤松さんは涙を浮かべて笑っていた。よかったな立花、一矢報いたぞ。
立花のオチが付いて、テスト内容を軽く見直していると、時計の針がもう少しで七に届く所まで来ているのに気が付いた。
僕が時計を見ているのに気が付いたのか、藤松さんの表情が少し曇った。
「もう……帰る?」
「うーん、そうだね。少し考えてる」
藤松さんがソワソワしている様に見えた。
「あ、あの……ね」
ふいに、平沢の言葉が蘇った。
『ああ、赤頭巾が『おばあさんの家に行くの』って言った時の狼だ。お前を喰う気だ、藤松さんは』
「今日ね……、お母さん、帰りが遅いの」
ああ、狼がここにいた。
85のどごし ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/13(月) 23:57:22 ID:JuuaUsde
投下終了です
一日一回投下しないと、という変な義務感に駆られて投下しました
リバースの人、間を置かなくてすみませんでした
明日は昼寝せずにお昼には投下したいです
86名無しさん@ピンキー:2010/09/14(火) 00:19:30 ID:cRobm/4U
GJ
リバースいつも楽しみに見てます。
それにしても鮎樫らいむコワイ…

ウェハースもここからエロ+ヤンが始まるのかな?
投下の早さはすごいですね…関心します。
それにしても昼寝って、今夏休み中(大学生?)?
87名無しさん@ピンキー:2010/09/14(火) 00:34:20 ID:InwIxOv/
本物のライムは今頃わたるとキャッキャウフフしてるハズ
何者なんだろうか気になる
ともあれリバース投下お疲れさまですGJ


ウェハースはどういった経緯で病んでいくのか
投下早いね、自分のペースでいいと思います。
88名無しさん@ピンキー:2010/09/14(火) 01:00:06 ID:X8O+v5W2
本物のライムってこっちだろ
アイドルの方が偽物じゃね
89 ◆AJg91T1vXs :2010/09/14(火) 01:04:26 ID:ssizEYfj
 GJ
 リバース、久々に潤のターンかと思いきや、全ては鮎樫らいむの計略!?
 いつの間にか部屋に侵入とか……素で恐ろしいな、この人……。


 ウェハースは、至極普通の高校生ライフに見える分、日常崩壊が始まった時のギャップが凄そう。
 清純派を装いながら、藤松さん、実はもう既に病んでそうな気がして怖い……。


 兎にも角にも、投下が早いのは羨ましい限り。
 かくいう自分は、未だ四日毎の更新ペース……orz
 なんとか水曜には投下できるよう頑張ろう……。
90名無しさん@ピンキー:2010/09/14(火) 01:20:15 ID:eQzOO4QS
>>77GJ!!
次に期待!
91名無しさん@ピンキー:2010/09/14(火) 02:16:22 ID:dZ1/yQzE
そういえば前作の主人公であるわたるはどうしてるんだろうな?
リバースでも出て来るのか?
92名無しさん@ピンキー:2010/09/14(火) 06:54:04 ID:OVglvZxo
リバースGJ!
鮎樫らいむの目的が気になるな……。
修学旅行ってことは大和撫子さんのターンか!

ウェハースもGJ!
ただ投下はもう少し間置いた方が良いんじゃないか?
93名無しさん@ピンキー:2010/09/14(火) 13:16:22 ID:UO9q2xkW
リバース来てたのか、gj!
あの人登場って一体誰だ?
94のどごし ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/14(火) 15:49:07 ID:1Hqvk10p
>>92
やっぱりそうですよね、今後は自重します
DTBが面白いです
それではウェハース第五話投下します
95ウェハース第五話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/14(火) 15:50:45 ID:1Hqvk10p
「今日ね……、お母さん、帰り遅いの」
切りそろえられた前髪から覗く彼女の瞳は僕を捉えていた。
「だから、もう少しいてくれても全然迷惑じゃないから」
彼女としては気が気ではないであろう。証拠に白い肌が微かに紅潮している。視線は僕を逃がし、伏せられどこかを泳いでいる。
「あー…、えっとさ」
「ん」と藤松さんは僕を見ずに反応する
「そんなに意識しなくてもいいから。俺そんなにガっつかないって」
「えっ」藤松さんは頬を紅潮させたまま、僕の方を一度見ると、また目を伏せて溜息を吐いた。
「神谷君……」
「ん?なに?」
目を伏せながら、藤松さんは囁くように言った。
「他に好きな人がいるの?」
「へ?」僕は間の抜けた声を出す。
「学校の友達が言ってたの、一ヶ月の間にエッチな事をしてこない男子はホモの人か、付き合ってる女の子が好きじゃないか、他に好きな

人がいるって……」
心にチクリと小枝が刺さった。
そうだ、きっと僕は本当に藤松さんの事が好きなわけじゃない。だからこの前藤松さんにドッキリじゃなかったって分かっても付き合って

いる理由を聞かれたとき、上手い具合にはぐらかしたんだ。
僕にとって藤松さんは綺麗な宝石と変わらない。見ているだけで満足している。宝石だから恋をすることはない。でも綺麗だから手放した

くもない。
なんて都合のいい奴なんだろう、僕は。
「手を繋ぐだけ。それも学校じゃ嫌がるし……。ねえ、黙ってても分からないよ。答えてよ」
いつの間にか、藤松さんの眼が僕を捕らえていた。その瞳は揺れずに僕だけをその水面に映している。
「私、その子になるから……、その子みたいになるから、神谷君が好きな女の子になるから、だから…、だから……、好きって言ってよ」
涙が藤松さんの白い頬を伝って落ちていった。僕は何も言えず、ただ俯くしかなかった。
「ねえ、誰なのその子」
「いないよ、そんな子」
鼻を啜る音が聞こえて、すぐに「ウソ」と藤松さんの冷たい声が聞こえた。
「ウソじゃない、本当だよ」
「本当なら、目を見て言って」
顔を上げる。泣き顔の藤松さん。目が充血している。
「藤松さんの事が好きだよ」
そう言うと彼女はとうとう本格的に泣き出してしまった。
ただ、僕は「前にもこんな事があったな」と少し昔を思い出していた。
96ウェハース第五話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/14(火) 15:52:15 ID:1Hqvk10p
初恋の人を思い出していた。
僕の初恋は小学校三年の時、席替えで三回も隣になった女の子。名前はもう覚えていない。
地味な子だったというのは覚えている。昼休みは外でドッチボールやサッカーをするよりも室内の端で読書や仲のいい子たちと談笑してい

たイメージが強い。
僕としては嬉しい感情だった。僕の周囲にはませた子供も多かったから自分に好きな人が出来ないのが少し不安だった。
誰に聞かずとも、その娘と話す時の上手く噛み合わない感じが恋だと分かった。
僕はその頃から人気者で、人気者の僕が地味な女子に過度に話しかけているに勘のいい男子が気付き、囃し立てた。
「神谷、もしかしてコイツの事好きなんじゃねえの?」
僕はどうでもよかったのだが、そんな事を女の子には慣れない事だったのだろう、ついに泣き出してしまった。
「場が白ける」といった状況を僕は初めて身をもって体験した。
男子達は何も言わず、四方八方に散っていき、廊下には僕と泣きじゃくり、その場に座り込んでしまった女の子だけになった。
とりあえず休み時間が終わるまでに泣き止ませようと、僕は女の子に声を掛けた。
女の子は涙を必死に拭いながら言った。
「神谷君なんか嫌い」
その子の名前も、顔も今となっては思い出せないけど、その時の声だけは今でも鮮明に覚えている。
初めての恋は叶わなかった。僕の築いきた周囲、環境に彼女は傷つけられたのだ。
その時、僕はこう思った。「僕は人を好きになってはいけない」と。
だから僕は生き方を変えずに成長した。彼女への思いを切り捨てたのだ。
僕はそれからその女の子と口を聞く事はなかった。
今の僕の前にいる藤松さんは両手で顔を覆い、泣いている。
「ごめん」そう言って、身を乗り出してテーブルを挟んで向かいに座る彼女に手を伸ばした。涙を隠す左手を出来るだけ優しく取り、両手

で包み込む。
藤松さんはまだ泣いている。
「好きな女の子がいないのも、藤松さんが好きなのも本当だよ。手しか繋がないのだって、僕が恥ずかしがり屋だから、だからごめん。こ

、小町…、さん」
彼女はハッと顔を上げる。
「……うん。嬉しい、もっと呼んで」
「えっ?えっと……」
僕が言いあぐねているの見て藤松さんは、小町さんは笑った。
「ふふっ、ごめん。少しイジワルだったね」
そう言えば小町さんは付き合い始めの頃から僕の事を下の名前で呼んでいてくれたんだっけ。本当にどうしようもないな、僕は。
「あの……、あのね」
「う、うん?」
僕らは付き合い始めた翌日に戻ったみたいに、互いに緊張していた。なんだかこそばゆい。
「あのね……キス、してみない?」
時が止まった音がした。

97ウェハース第五話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/14(火) 15:53:10 ID:1Hqvk10p
「えっ?ええっ!?」
驚きを隠せるハズがなかった。小町さんはさっきよりも頬を赤くして、俯いた。
「キス、してくれたら……、さっきの信じるから。だ、だから」
握っていた小町さんの左手が、僕の右手を握り返してくる。
逃げる術も、逃げる理由もない。だけど、覚悟も無い。ああ、草食系男子とかヘタレとか僕みたいな奴の事を言うんだろうな。
「……いい?」
小町さんはテーブルに身を乗り出し、目を瞑り、小さな口を差し出す。
白い肌とは色と少しの起伏でしか区分けされていない小町さんの唇はいつもより艶やかに見えた。
心臓の音がやけに五月蝿い。少しは黙っていて欲しい。止まってもどうせ五分間は生きていられるのだから。
おい、脳味噌!過剰にホルモンを分泌するな!少しは空気を読め!慎め!!志操堅固という四文字熟語を思い出せ!!
いかん。手汗が半端なく湧いてきた。呼吸も少し荒くなってきた。
どうしよう!どうしようどうしよう!!
『お前は今日男になるかもしれない。それだけは覚悟しておけ』
五月蝿いよ!こんな大事な時にお前の顔なんぞ思い出したくも無いわっ!!
ああ、神様!人前で話をしても恥かしがらない肝っ玉だけが俺のとりえだったのに!!こんなに恥かしいなんて!!
おい平沢!これが男になるって事なのか!?チクショウ、こんな土壇場にアイツに質問なんて恥かしい!!
うわあわわわわああああああああああああ!!
とりあえず落ち着こう。それで、『フレンチキス』とやらで済ましておこう!!
こういう時って、確か男も目を瞑ってイった方がいいんだよな。よし落ち着け…、落ち着け、神谷真治……。ビックリするぐらい落ち着け


なんなら、「これが日常茶飯事ですけど?」ってぐらい落ち着け。
呼吸を三回して、自分を落ち着かせる。ここでお腹の下辺りにまで空気が行き届くのイメージするのがミソだ。
包んでいた左手を小町さんの肩に乗せる。刹那、小町さんが震えた。いや今も震えている。
無理をさせているのを痛感した。
とりあえず、まだ目を閉じずに距離を詰める。空調の音が妙に浮きだって聞こえた。
ある程度、距離を詰めると肩の震えを止めるように少しだけ強く掴んだ。右手を握り返される。
俯いて、聞こえないように息を吐いて、吸った。
顔を上げると、今までになかったぐらい藤松さんの顔が近くにあった。
周りから音が消えていた。僕の眼には小ぶりな小町さんの唇だけが映っている。
こんな時になんだが、『本当に顔小さいなあ』とか『肩柔らかいな』なんて思ってしまう。
思わず愚息が反応したのが分かる。このまま顔を近づければ、唇は触れ合うだろう。
……覚悟を決めた。そして目を閉じる。
近づいていくのが分かる。藤松さんの可愛い鼻息が鼻にに当たったからだ。
それからきっかり五秒後、僕は自分の唇に温かいものが触れたのを感じた。

98ウェハース第五話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/14(火) 15:54:02 ID:1Hqvk10p
優しく触れて、ゆっくりと唇を離す。
離す途中で、目を開くと小町さんと目が合った。
微笑んで見えたその瞳は深い亜麻色で底が見えない。
「ねえ……」
まだ距離はそんなに離れていない。吐息がかかる。
「そっちに行ってもいい?」
妖しく微笑む小町さんの質問に、僕は心臓を鷲掴みにされたような気分になった。だからただ頷くだけ。
小町さんはウフッて笑うと、立ち上がって、僕の隣に座った。
「フフッ、何だかいつもより近くに感じる」
そう言って小町さんは僕の手を握る。また汗が噴き出してきた。
「ねえ、どう……だった?」
「どうだって、そりゃ。チョコパイの……匂いがした」
またウフッて小町さんが笑った。
「ねえ、真治君」
小町さんの両手が僕の頭の後ろに回る。
「んっ!」
再び、唇が塞がれる。さっきよりも長く強い。唇の肉が圧されて形を変える。
そしてまた離れる。
「藤松さん!?」
「もう戻ってる……」
また口付け、さっきとは僅かに違う。僕の上唇を小町さんが口に含んでいる。
もう小町さんは僕の膝の上に乗っていた。小町さんは次に下唇を舐めた。
僕は頭の芯が痺れたみたいになって、身体が麻痺していた。されるがまま、無心に僕と接吻を続ける小町さんを止める事は出来なかった。
どれぐらいそうしていたのだろうか?
小町さんは息が荒れていて、僕の顔は涎で濡れていた。
「はぁ……はぁ…、しん、真治君……!」
身体を時より震わせて、小町さんは微笑んでいた。
それから、また口付けをした。今度はさっきよりも深い。舌が口の中に入ってきた。
それに臆して、僕は舌を奥に引っ込めたが小町さんの舌はお構い無しに口の中を動き回った。
「舌を……ハァ…、出して」
言われるがまま、舌を申し訳程度に出すと小町さんはそれに吸い付いた。
口から引き出されたように舌が引っ張り出された。
舌がようやく解放され、小町さんのキス攻めが一端終わる。
「藤松、さん……」
「大丈夫、任せて」
また深い口付けをされる。小町さんは僕の胸に手を置いて、押され、そのまま押し倒される。
キスはまだ続いている。押していた手はいつの間にか僕の顔に回っていて顔を固定されている。
「ま、まって!!」
やっと、唇から束縛から抜け出して、僕はやっと藤松さんを制止する。

99ウェハース第五話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/14(火) 15:54:30 ID:1Hqvk10p
「どうしたの?」
「駄目だ、こんな風に大切な事を簡単に決めちゃいけない」
手を掴み、馬乗りの形で僕の上に乗っている藤松さんを見上げる。
「それは、私の事が好きじゃないから?」
僕は努めて静かに首を横に振る。
「そんなんじゃない」
藤松さんは僕の眼をじっと見つめてから、息を吐いた。
「分かった……。ごめんなさい」
「いや、僕も意気地が無いから、ごめん」
「私のことを大事に思ってくれてる。そう感じるから、私嬉しいの」
藤松さんは僕に覆いかぶさる形で僕を抱きしめる。
僕も彼女の腰に手を添える。きつく抱きしめると折れてしまうんじゃないかっていう腰の細さに少しドキリとする。
「でも、こういうの止めるのって大体女の子方だと思うけど」
少し笑って、胸元の藤松さんの頭を撫でる。
「そうだろうね」
手触りのいい細い髪が。触れてみると砂みたいに掌から滑って落ちていく。
「ねえ」
心地のいい声で耳元に呟かれた。
「うん?」
「今は、私のこと好き?」
『なんで付き合ってくれてるの?』あの時の藤松さんの不安でいっぱいの表情を思い出す。
「……うん」
腰に回されていた腕の力が強くなった。
「そう、よかった。本当によかった」
そう言って藤松さんは顔を僕の胸に埋める。自然と手が藤松さんの頭を撫でていた。
穏やかに、時間が過ぎていく。

100ウェハース第五話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/14(火) 15:55:21 ID:1Hqvk10p
「今日はありがとう」
「いや、僕の方こそ教えてもらってばっかりで……、ごめん」
藤松さんはウフッと笑うと、僕の頬に沿って指を滑らせた。
「また、明日向かいに行くから」
「あっ、うん。また明日」
「うん。駅まで送れなくてごめんね」
「いや、じゃまた」
手を振って玄関を出た。
階段を降りて門をくぐって、夜空を見上げる。僕の地元より、星が多く見える。
唇に触れて、ついさっきの事を思い出す。
「なんで俺なんだろう?」
あれだけ尽くしてくれる理由をまだ僕は知らない。
知らない?そういえば、今日テスト勉強したよな?
あれ?何したっけな?
「ああー。やっぱ家でしか勉強できないか」
僕はやけに星が栄える夜空を見ながら今日やった事を思い出そうと記憶を辿りながら駅を目指した。

101のどごし ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/14(火) 15:58:07 ID:1Hqvk10p
投下終了です
できたら、また明日
102名無しさん@ピンキー:2010/09/14(火) 16:55:56 ID:m1EFGXo9
gj
103名無しさん@ピンキー:2010/09/14(火) 18:29:45 ID:GulcDPo4
GJ!
オレには、椿姫が結構な名作だったぞ
104黒い陽だまり ◆riLyp5qrlZvj :2010/09/14(火) 22:07:01 ID:X+WXGXmG
黒い陽だまり第三話投下します。
105黒い陽だまり ◆riLyp5qrlZvj :2010/09/14(火) 22:08:09 ID:X+WXGXmG
龍治さんと話した後、僕は結局会社には戻らず、そのまま家に帰った。
到底、会社で仕事の続きをするような気分にはなれなかったからだ。
家路についている間、僕の頭の中は様々な思考が錯綜した末、完全な混乱状態となっていた。
薬物中毒の奏者と壊れたピアノでも、もうちょっとまともな旋律を聞かせてくれることだろう。

「慣れ」は、人間が持つ最も有用な能力の一つと言える。
慣れによって人は、安月給に耐え、狭い家に堪え、社会への不満を抑え、先の見えない現状を受け止め、混乱する政府を受容し、鼠が踊る遊園地に満足するようになる。
そして、今僕を無意識のままに愛しの我が家へと導いてくれたのも、他ならぬ慣れの賜物だ。
実際の所、僕には帰り道の記憶がほどんど残っていなかった。電車に乗った記憶すら曖昧だ。

「あれ、今日は随分早いね。どうしたの?」
リビングに入ってくる僕を見た美香は、意外そうな声でそう言った。
「いや、今日は珍しく仕事が早めに終わったんだ」
「ああ、そうなの。じゃあ、ちょっと早めに夕飯作るね」
「分かった。頼むよ」
僕は飲み会などの特別な用事がない限り、あまりより道はせずにまっすぐ家へと帰るようにしていた。
だから、家に着く時間は毎回ほとんど一定だ。
美香が夕食を作る間、邪魔にならないよう果林の相手ができる時間帯を選んでもいた。

美香が夕食を作っている間、僕は少し緊張気味に果林と遊んだ。
幸いにも朝のように、果林に彼女の影を感じることはなかった。
そこにいるのは、確かに僕の愛娘だ。
僕は安堵の息をついた。

受話器が耳障りな音で鳴り出したのは、午後10時ごろのことだった。果林は既に布団の中で、美香は風呂に入っている。
僕はその時、リビングでソファの上に横たわり、煙草をぼんやりと吸っていた。

僕は、煙草を片手に受話器を取った。
「もしもし」
「おう、晃文か。俺だ俺、竹井だ」
竹井昇。
高校、大学と僕と同じところを出ている友人だ。
彼女のことももちろん知っている。
不器用ながらも情に厚く素朴な性格で、誰からも嫌われたことが無いような男だった。
他人の悪意や、理不尽な不幸の存在を知らない人間。
僕はそんな印象を持っているけど、だからといって彼を嫌っている訳ではない。
むしろ、そういう生き方を貫けている彼のことを、ちょっと尊敬してさえいた。
「ああ、お前か。ちょっと待ってくれ、灰皿取ってくる」
「何だ、まだ煙草吸ってるのか?」
「大した量じゃないよ。それに時々だ」
家ではあまり吸わないようにしていたけど、今日は色々あったせいか、気がついたら口にしてしまっていた。
やはり、多少平常心を失っているようだ。
「吸ってるんなら同じことだよ。ほら、『煙草は緩やかな自殺だ』とか、よく言うだろ。やめといたほうがいいって」
昔から、彼は大変な嫌煙家だった。
「ああ、そうだな。考えとくよ」
反論するのも面倒で、僕はとりあえずそう言っておいた。
だけど、緩やかな自殺じゃない人生なんて、一体どこにあるというのだろう。
どういうわけか、彼はそれが存在していることを絶対的に信じているようだ。
死は、常に自分とはかけ離れた場所にあるとでも思っているのかもしれない。
そうだとしたら、彼はどうやって、毎年正確に歳を重ねていく自分自身と折り合いをつけているのだろう。
僕には見当もつかなかった。
106黒い陽だまり ◆riLyp5qrlZvj :2010/09/14(火) 22:09:22 ID:X+WXGXmG
「ところで、突然何なんだよ」
「いや、久々に声が聞きたくなってな」
彼は、少しうわずった声で言った。
これほど分かりやすい人間も、そうはいないだろう。
「他に用事があるんだろ?彼女のことじゃないのか?」
訂正する猶予を与えるための間を少し空けた後、僕はしょうがなくそう言った。
僕がそのまま気付かないふりをしたなら、彼はおそらく、本来の用事を告げられないまま通話を終えていただろう。
「ああ、何だ、分かってたのか。まあさすがにばれるわな」
電話だから当然顔は見えないけど、彼が苦笑している図は簡単に想像できた。

「もう、10年経ったんだな」と彼は感慨深げに呟いた。
もう、10年。まだ、10年。どちらの表現が正しいのか、僕は未だに分かっていない。
我ながら、未練がましいことだ。
「墓には、行かないよ」
自分で思ったよりも幾分冷たい声が、僕の口から飛び出してきた。
「そう意固地になるなって」
彼の言う通り、少し意地になっているのかもしれない。
だからといってそれは、墓参りに行くかどうかとはまた別の話だ。
「急にどうしたんだよ。今までそんな電話、寄こしたことなかったじゃないか」
最初は龍治さんから頼まれたのかとも思ったけど、龍治さんは、確かに諦めると僕に誓った。
龍治さんは、そんなことを言った後に、人づてに頼むなんてことはしない人だ。
「いや、な」と彼は少し言いよどんだあとに言った。「実は、今朝夢に出てきたんだよ」
何が?と聞きそうになって、僕はその言葉を飲み込んだ。
会話の流れからして、彼女以外にはありえないだろう。
「別に何を言うわけでもないんだよ。ただ、ずっとこっちを見てるんだ、あの綺麗な眼で。それがどうにも頭から離れなくてさ。思わず、」
電話したんだ、と彼は言った。
朝には娘に彼女の面影を重ね、昼には彼女の姪に彼女の面影を重ね、夜には彼女の夢を見た友人から連絡が入る。
まるで、死者である彼女が、何らかの方法で現世に帰ってきたかのようだ。
今日はお盆か何かだったのだろうか。
思わず壁にに目をやったものの、そこには、お盆なんてとっくに終わりましたよ、とでも言いたそうに九月を指し示したカレンダーが、ぽつんと寂しげに掛かっているだけだった。
今度、横に何か絵でもかけてやろう。
僕はそう心に決めた。

「なあ、墓に行きたくないのは分かったよ。無理強いする気もない。でも、一つだけ聞かせてもらっていいか?」
「何だ?」
「あのさ。死ぬ前のあいつと、死んだ後のあいつ。今のお前にとっては、どっちの方が大きいんだ?」
僕は、何も答えられなかった。
死ぬ前と、死んだ後。
どちらも、計りようもないほどに大きすぎた。
もっと言えば、僕の中で、彼女はまだ死んでいないのかもしれない。
彼女の死を認めるたくないから、墓を目にしたくないという心理。
その可能性に気づいた瞬間、僕は自分の心の中に、生命維持装置に繋がれ、呼吸だけ続けさせられている彼女がいる姿をイメージした。
もし実際に、そんな状態の彼女が僕の目の前にいたなら。
おそらく僕は、苦悩しながらも、生命維持装置のスイッチを切ると思う。
彼女に意識があったなら、そんなふうに生きながらえることを望みはしないだろうから。
なら、僕の心の中の彼女に対しても、同じことをした方がいいのだろうか。
分からなかった。
107黒い陽だまり ◆riLyp5qrlZvj :2010/09/14(火) 22:10:41 ID:X+WXGXmG
「いや、悪い。こんなこと聞いたって、答えられねえよな」
しばらく沈黙が続いたあと、彼は慌てたような早口でそう言った。
僕が、機嫌を悪くしたと勘違いしたらしい。
「もう切るぞ」
少し一人になりたかったのもあり、僕は彼の勘違いに乗る形でそう言った。
「ああ、分かった。じゃ、また今度」
彼はそう言って電話を切った。
僕はその後しばらく受話器の前に立ったまま、どんな絵を壁に掛けるかについて色々と悩んでみた。
よし、草原の風景画にしよう。
僕がそう決めたのは、それから数分後のことだった。



その日の夜、僕は布団の中で考えていた。
これから僕が考えることは、全て妄想だ。
それがもし妄想じゃなかったとしたら、僕が今まで地面と思って歩いてきた大地が、地面ではなかった、ということになる。
そんなことはありえない。妄想は妄想でしかないはずだ。

まず、彼女が死ぬ前に言っていたあの言葉、あれは「転生して僕と結ばれたい」という意思表示で、実際に彼女の転生が行われたとする。
これで前提条件は整った。さあ、思考を始めるとしよう。

仮説1。彼女は果林に転生した。
根拠は、彼女と果林がかなり似ていることと、今朝の夢だ。
血の繋がっていない果林と彼女が、あれだけ似ているのだ。関連付けて考えたくもなる。
ただ、夕食前に遊んでいるときは、彼女の影を感じなかった。
また、彼女と重なって見えたのも今日が初めてだ。
人格だって彼女と同じとは思えない。
転生しているとしても、果林が完全に彼女そのもの、というわけではなさそうだ。

仮説2。彼女は希ちゃんに転生した。
いや、彼女が死んだときには既に希ちゃんは生まれていたから、転生というよりは乗り移ったと言ったほうが近いかもしれない。
今日見た希ちゃんの写真は、ほとんど彼女そのものだった。
正直、日曜に会うのが少し怖いほどだ。
しかし、彼女が死んだ後、何度も希ちゃんと僕は会っている。
その時も希ちゃんは彼女に似ていたけど、今ほどではない。
乗り移るまでに、何年かのタイムラグがある。
多少不可解な話だ。

仮説3。彼女の魂が二分され、二人に転生した。
あくまで妄想とはいえ、あまり考えたくない仮説だ。
しかし、これなら二人とも彼女に似ていることの説明がつくし、二分されたせいで、二人とも完全に彼女の人格にはなっていない、とも言える。

あれでもない、これでもないと、まるで転生そのものが事実であるかのように悩みながらも、僕は自分でも気付かないうちに深い眠りに入っていた。

その日の夢には、彼女も果林も希ちゃんも出てこなかった。
繋がれる者のいなくなった生命維持装置が、主を求めるようにぽつねんと横たわっている。
ただそれだけの夢だ。
僕は生命維持装置の前で立ちすくみながら、考えた。
もし。
もし、そこに繋がれていたのが彼女だったとしたら、彼女は一体、どこにいったのだろう。
思考がそこまでたどり着いた所で、僕は唐突に夢から覚めた。
朝だ。今日も朝が来た。これまでと、何も変わらないはずの朝が。
108黒い陽だまり ◆riLyp5qrlZvj :2010/09/14(火) 22:12:19 ID:X+WXGXmG
投下終了です。
短い上に、女の子の出番少ない感じで申し訳ないです。
次回は希ちゃん登場の予定です。
109名無しさん@ピンキー:2010/09/14(火) 22:24:49 ID:igExRgBx
ぐっじょ!


質問だけどカニバったりするのってアリかな?
後ネタを本筋としたSSとかも許されるんだろうか、教えて病んでる人
110名無しさん@ピンキー:2010/09/14(火) 22:36:41 ID:rD947hNb
個人的には病んでれば何でもOKだなぁ
始めにカニバリズム注意って書けばいいだろ
111名無しさん@ピンキー:2010/09/14(火) 22:55:01 ID:qXVMTcLO
外伝も許されるけど外伝がスレの趣旨から離れすぎていたらアウトだとおもう
後やんでさえいればの病みが愛ゆえに病むいう一番重要な条件をみたしているかだな
112名無しさん@ピンキー:2010/09/14(火) 22:56:28 ID:MDr+aITm
ヤンデレさえ出ればいいょ
113名無しさん@ピンキー:2010/09/14(火) 22:58:45 ID:9w00b3Ml
>>108
GJです
そこはかとなく漂うホラーな雰囲気がたまらないですな
次回にも期待
114名無しさん@ピンキー:2010/09/14(火) 23:02:47 ID:dyq4Czss
いいなぁ…

これからやっかいな波乱が来ますよってプンプン匂いますね。この作者さんは病みの表現がすごく上手いから楽しみです
115名無しさん@ピンキー:2010/09/14(火) 23:12:47 ID:igExRgBx
>>110-111
把握
書いてみる
116名無しさん@ピンキー:2010/09/15(水) 00:32:59 ID:/KCgO573
黒い陽だまりGJ!!俺の第六感が次回は修羅場になると告げているのはきっと気のせいだ!
117名無しさん@ピンキー:2010/09/15(水) 03:00:08 ID:Gdtk6E2H
>>108
毎回非常に楽しみにしております。娘も希ちゃんもまだあまり描写されてないのにかつて無いほどツボに嵌りました。
次回が待ち遠しいです。
118名無しさん@ピンキー:2010/09/15(水) 05:28:25 ID:tb9SRblV
>>101
GJ
藤松さんエロいなあ…
攻めてくれるあたりかなりツボだ
楽しみにしてます!
119名無しさん@ピンキー:2010/09/15(水) 08:23:52 ID:RoQduUcK
8
120 ◆AJg91T1vXs :2010/09/15(水) 13:16:45 ID:u4Rt96y1
 迷い蛾の詩、第四部、ただいまより投下します。

 全開に続き、ちょっとした修羅場あり。
 病んだ愛情表現も、少しだけ追加。
 試験というものは、非情なものである。
 学校か、それとも塾かは覚えていないが、どこぞの教師が言っていたような気がする言葉だ。

 確かに、試験というものは容赦がない。
 その試験を受ける人間が、物事を習得するために必要としている時間など関係なく、日時を一律に同じとして実施されるのだから。

 中学や高校において、まず喜ばれないであろう学校行事の一つ、定期試験。
 繭香の通う高校においても、当然のことながら期末試験の日は徐々に近づいていた。

 いつもであれば、試験のために休み時間さえも勉強に費やしているところだろう。
 父や母の手前、学業は常に優秀な成績を修めねばならなかったから。
 そうでなければ、両親からの愛でさえも、享受する資格がないと思っていたから。

 しかし、今の繭香にとって、それはもうどうでもよい事だった。

 昨日の一件で、亮太は自分の事をどう思ったのだろう。
 彼を信じたいと思う気持ちは強かったが、それと同じくらい、不安も強かった。

 このまま、亮太が自分の事を色眼鏡で見るようになったら。
 今までのように、真っ直ぐに自分と向き合ってくれなくなったら。
 そう思うだけで、何事も手につきそうになかった。

 周りの評価とは関係なく、亮太には自分を見て欲しい。
 しかし、自分の全てさらけ出すほど、今の繭香には勇気もない。
 現に、自分は未だ亮太の前で、堅苦しい敬語で話している始末だ。

 自分を見て欲しいという気持ちと、全てを見せる事で嫌われてしまうかもしれないという恐怖。
 その板挟みが、繭香の枷となっていた。

 八方塞、四面楚歌。
 繭香には、こんな気持ちを分かってくれるような友人はいない。
 今の自分には、ただ、心の中で痛みに耐えることしかできないのだ。

 昼休み。
 木陰にあるベンチの上で弁当を広げながら、繭香は生気のない瞳で校庭を眺めていた。
 時折、箸を動かしてはみるものの、何を食べているかはよく分からない。
 ただ無意識に、目の前の食物を口に放り込んでいるだけだ。

「月野さん」

 突然、後ろから声をかけられて、繭香はハッとした表情で我に返った。

「あっ……。
 陽神、君……?」

 気がつくと、そこには亮太が立っていた。
 片手には購買部で売っているパンの包みを持ち、繭香のことを見降ろしている。
「ねえ、隣、いいかな?」

 そう言いながら、繭香が首を縦に振るよりも早く、亮太はベンチに腰を下ろした。

「昨日はごめん。
 なんか、友達のせいで、嫌な思いさせたみたいで……」

「えっ……!?」
 
「あいつは……理緒は、ちょっとがさつで無神経なところがあるからさ。
 たぶん、月野さんがあそこまで怒るなんて、考えてなかったんだと思う……」

「で、でも……。
 あの人が言っていたことは、本当ですよ。
 私の家、確かに礼儀には厳しいですし……」

「それでも、人によっては、やっぱり言われたくない事ってあると思うんだ。
 だから、あの時、それに気づけなかった俺にも責任はあるよ」

「そ、そんなことないです!!
 私は、ただ……陽神君に、変な気づかいをされたら、それは嫌だなって思って……」

「なんだ、そんなこと?
 だったら、気にする必要なんてないよ。
 噂とか、家とか……そんなこと関係なく、月野さんは月野さんでしょ?
 俺、そういうの、あまり難しく考えない方だからさ」

「そうなんですか……。
 あ、ありがとうございます!!」

 目の前を覆っていた霧が、一度に晴れてゆくような感じがした。

 やはり、亮太は最初から、繭香の思っていた通りの人間だった。
 周りが繭香のことを何と言おうと、亮太はあくまで、繭香と対等に向き合おうとしてくれる。

 それから繭香は、昨日のように亮太と談笑しながら昼食を口にした。
 今までは味のしなかった弁当が、急に美味しく感じられる。
 他愛もない話に花を咲かせていると、時間は瞬く間に過ぎていった。

「それじゃあ、俺はそろそろ行くよ。
 試験も近いし……また、図書室で勉強しないといけないからさ」

 パンの入っていた紙袋を丸め、そのまま鞄に押し込む亮太。
 そんな彼に名残惜しそうな視線を送ると、繭香は立ち上がろうとした亮太の手を咄嗟に抑えた。

「あの、陽神君……」

「なに?」

「私も……一緒に行ってもいいですか?」

「えっ?
 まあ、別に構わないけど……」

 亮太はなぜか渋い顔をしたが、繭香には関係なかった。
 ただ、少しでも彼と一緒にいたい。
 それが叶うだけで、幸せだったのだから。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 物事というものは、全てが自分の思い通りになるとは限らない。
 頭では分かっていても、今の状況を受け入れるのは、繭香にとっては心苦しいものがあった。

 亮太と共に向かった図書室で待っていたのは、昨日、亮太の前で繭香の事について話した女だった。

 天崎理緒。
 亮太曰く、中学時代からの腐れ縁。
 根は悪くないが、少々がさつで無神経な部分もあるらしい。

 もっとも、そんな些細な事は、繭香にとってはどうでもよかった。

(この女が、余計なことを言わなければ……)

 昨日、自分のいる目の前で、理緒は繭香が周りからどう思われているか、亮太に喋り続けた。
 そのせいで、繭香がどれほど不快な思いをしていたか。
 どれほど、不安な気持ちに襲われたのかも知らずに。

 図書室に入るなり、亮太は理緒に昨日のことを謝らせた。
 理緒も口では謝ってくれたものの、どこまで本心かは分からない。
 きっと、そこまで深刻になることではないと、どこかで高をくくっているはずだ。 

 黙々と課題をこなす繭香の反対側で、理緒は事あるごとに、亮太にあれこれと質問している。
 やり方というよりも、答えその物を聞いているような理緒の態度に、繭香は苛立ちを隠しきれなかった。

 自分は今まで、周りの期待するような自分を作ることに必死になってきた。
 当然、辛い努力を続けねばならなかった事なども数多い。

 それに比べ、この女はなんだろう。
 自分から努力する事を放棄し、ただ亮太に頼るだけ。
 その場限りの間に合わせで、全てをやりくりしようという適当な態度。

(不愉快だわ……)

 見ているだけで、虫唾が走った。
 亮太の言った通り、確かにこの女は、がさつで無関心だ。
 その上、亮太の良心に甘え、自分で努力することさえもしていない。
 今ならば、亮太が自分を図書室に同行させるのを渋ったのも、なんとなく分かるような気がする。

 気がつくと、鉛筆を握っていた繭香の手は、完全に動きを止めていた。
 予鈴が鳴り、次の授業の始まりを告げられたことで、繭香は初めてそのことに気づいた。

「嘘、もう時間なの!?
 あのバーコード、ハゲの分際で、遅刻だけはやたらと厳しいのよね!!」

 遅刻を注意するのに、ハゲは関係ないだろう。
 そう思った亮太だったが、あえて口にするのは止めておいた。
 理緒の数学嫌いは、今に始まったことではない。
 その嫌悪の矛先は、自然と担当の教師にも向けられる。

 机の上に広げていた勉強道具をかき集め、理緒はそれを強引に鞄にねじ込んで席を立つ。
 鞄の口から顔をのぞかせている教科書はそのままに、慌てた様子で駆け出してゆく。

「それじゃあ、俺達も、そろそろ戻ろうか。
 なんだかんだで、数学の先生に睨まれるのは、俺もごめんだからね。
 月野さんも、次の授業があるんだろ?」

「それなら大丈夫です。
 私、次は古典なんですけど……あの先生、いつもまともに出席は取りませんから」

「そうなんだ。
 でも、今日はなんだか、無理につき合ってもらったようで悪かったかな。
 月野さん、あまり勉強がはかどってなかったみたいだし……」

 亮太から心配そうな視線を送られて、繭香は思わず胸を抑えた。

 理緒に対して不快な思いを抱いてから、彼女のノートは白紙のままだ。
 まさか、そのことから、自分の黒い一面を悟られてしまったのではないか。
 繭の中に隠れ潜む、醜く汚い蛹の部分を。

「そ、それは……。
 実は、私も途中から、よく分からなくなってしまって……」

 繭香の口から適当な嘘がこぼれ出た。
 教科書に載っているようなレベルの問題など、繭香にとっては難しくもなんでもない。
 これはあくまで、自分の醜い部分を隠そうとしているだけの話だ。

「なんだ、そうだったのか。
 そんなことなら、直ぐにでも言ってくれればよかったのに」

 何ら勘繰ることもせず、亮太は繭香に向かって言った。
 その言葉を聞き、繭香はほっと胸をなでおろす。
 どうやら、自分の知られたくない感情は、亮太に悟られずに済んだようである。

 結局、その時は、授業に遅れるという理由で亮太と別れた。
 嘘をついてしまったことに罪悪感を覚えたが、今の亮太との関係を壊したくないと考えると、致し方なかった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 六月とはいえ、下旬にもなると日は徐々に短くなる。
 未だ、六時頃になっても外は明るいものの、夏至の日から比べれば確実に短くなっていることだけは確かだ。
 時計の短針が進むよりも遅い、微々たる変化ではあるが。

 日の落ちかけた校庭には、既に生徒の姿はない。
 試験前ということで、部活動はどこも休みに入っている。
 勉強や委員会の仕事で学校に残っていた者達も、今はその殆どが帰宅していた。

 宵闇の迫る街中を、亮太を乗せた自転車が走る。
 その後ろには、なぜか繭香も乗っている。
 腰に手を回すだけではなく、繭香は顔を亮太の背につけるようにして、自分の身体を彼に預けていた。

「それにしても、随分遅くなっちゃったな。
 こんなことなら、もう少し早く、今日の勉強を切り上げるんだったよ」

 顔だけは前を向いたまま、亮太が後ろにいる繭香に言った。

 昼休み、繭香の勉強がはかどらなかったことを知った亮太は、繭香に放課後に一緒に残って勉強しないかと提案した。
 無論、繭香がそれを断るはずもなく、二人は今の今まで図書室にこもって勉強をしていたのだ。
 そして、気がつけば時刻は六時を当に過ぎ、慌てて学校を出る事になったのである。

 本来、繭香はバスで通学しているはずだったが、今日は亮太の自転車に乗せてもらっていた。

 運悪く、否、繭香にとっては運よくと言った方が正しいのかもしれない。
 彼女がバス停に着いた時は、次のバスが来るまで十五分近く待たなければいけなかった。
 ただでさえ帰宅が遅れているのに、ここで待ちぼうけするのも好ましくない。
 そんな亮太の判断から、繭香は再び、彼の自転車で送ってもらうことになったのである。

 夕方とはいえ、六月の下旬は蒸し暑い。
 それでも、亮太の背中で風を感じている繭香にとっては、今の空気は至極心地よい物に感じられた。

「ねえ、月野さん。
 今日は、森桜町のバス停まで送れば大丈夫かな?」

「はい、そこで大丈夫です。
 バス停から家までは、五分とかかりませんから」

「そうなんだ。
 電車の駅に遠いっていうのは不便だけど……まあ、バス停が近いから、まだマシだよね」

 他愛もない会話を繰り返しながら、亮太は力強くペダルを踏む。
 だが、二人も乗せた自転車を操りながら、意識を他所に向けて走り続けるのは少々危険だった。

「あっ……!!」

 次の瞬間、亮太は思わず声を上げてハンドルを切った。
 家路に急ぐ彼の前に、路地裏から一匹の猫が飛び出したのだ。
 タイミングからしてぶつからないと分かっていても、物陰から唐突に飛び出されれば、慌てない方がおかしい。
「だ、大丈夫ですか……陽神君?」

 見ると、繭香が自分の顔を上からのぞきこんでいる。
 自分と違い、どうやら彼女はそこまで激しく転倒したわけではないようだ。
 自転車が完全に倒れる瞬間、うまく受け身を取ることが出来たのかもしれない。

「ああ、平気だよ。
 それよりも、月野さんこそ怪我はない?」

「私は大丈夫です。
 でも、陽神君の腕が……」

 そう言って、心配そうに亮太の腕を見る繭香。
 半袖のシャツからのぞいた彼の腕は、転んだ時の衝撃で大きく擦りむいていた。

「ああ、これか。
 この程度なら、別に大したことないよ。
 唾でもつけておけば、直ぐに治るって」

「だ、駄目です!!
 傷口から変なバイキンでも入ったら、化膿しちゃいますよ!!」

「化膿って……。
 家に帰って、直ぐに洗えば平気だよ」

 怪我をしたとはいえ、たかが擦り傷。
 高校生にもなって、この程度で大騒ぎするのも馬鹿らしい。

 そう思った亮太だったが、繭香は治療をすると言って譲らなかった。
 ポケットから取り出した汚れのないハンカチを手に取ると、それで亮太の腕の傷を軽く撫でる。
 そして、そのまま傷口に布地を押し当てて、彼の腕から流れる血が止まるのを待った。

「とりあえず、これで血は止まりましたけど……。
 まだ、どこか痛くないですか?」

「心配性だな、月野さんは。
 それよりも、君のハンカチ……俺の血がついちゃったけど、よかったの?」

「気にしないでください。
 こんなハンカチより、陽神君の怪我が酷くならない方が大事ですから」

 繭香の顔に、久方ぶりの笑顔が戻る。
 そういえば、今日は亮太と一緒にいても、心から笑顔になることは少なかったように思う。
 きっと、心のどこかで、常に不安を抱えていたからなのだろう。

 血の付いたハンカチを躊躇いなくしまい、亮太の自転車を起こすのを手伝う繭香。
 それから先は、再び亮太の背に身を預け、バス停までの道を走った。

 程なくして目的の場所につき、繭香は名残惜しそうに亮太の背中から身体を離す。
 そのまま自転車から降りると、バス停の向こう側に去ってゆく亮太を見守った。

 帰り道、繭香はふと、ポケットに入れていた自分のハンカチを取り出してみる。
 薄い水色をした布地には、亮太の傷を拭いた跡がしっかりと残っていた。

(これ……陽神君の……)

 鼓動が激しくなってゆくのが、自分でも分かった。
 胸の奥から湧き上って来る何かに突き動かされるようにして、繭香はひたすらに家までの道を急いだ。

 自宅の門が近づくにつれ、繭香は息が荒くなってゆくのを感じた。
 全力で走っているからなのか、それとも、何か別の感情によるものなのか。
 繭香自身、その答えは、どことなく気がついてはいた。

 鞄から取り出した鍵で扉を開け、家に入ると同時に素早く鍵を閉める。
 逸る気持ちを抑えながら脱いだ靴を揃え、そのまま二階の自室へと駆け上がった。

 無駄なく整理された、自分の机。
 その机と対になって置かれている椅子に腰かけると、繭香は先ほどのハンカチを取り出した。
 そのまま鼻と口を覆うように、そっと布地を顔に近づける。

 もとからハンカチについていた柔らかな匂いに混じって、泥と汗と、そして血の匂いがした。
 一点の汚れもない、優しく包み込むようなハンカチの香り。
 それを壊すようにして、布地に染みついたヒトの匂いが鼻腔を刺激する。

「んっ……はぁ……。
 これが……陽神君の匂い。
 あの人の……身体に流れていたものの匂い……」

 一度考え出すと、もう止まらなかった。
 自分の胸の奥から溢れ出て来る熱いものを抑えきれず、繭香はひたすらに、布地に残された匂いから亮太を感じた。

「陽神君……私……」

 周りの期待に応えるために、常に繭の中へ閉じこもるしかなかった自分。
 そんな自分に初めて向けられた、真っ直ぐな視線。
 その瞳を自分だけのものにしたいというのは、果たして本当に我侭なのだろうか。

「もっと……ずっと、一緒にいたいよ……」

 ハンカチを机の上に戻し、繭香は手前の引き出しをそっと開けた。
 中から取り出したのは、一本のカッターナイフ。
 仕込まれた刃を迫り出して、尖った切っ先を左手の薬指に突き立てた。

「――――っ!!」

 瞬間、その名の通り刺すような痛みが走り、繭香は思わず眉根を寄せた
 しかし、この程度で怯む繭香ではない。

 薬指の先端に、赤いものがぷっくりと膨らんでいるのが見える。
 指先を自分の口に入れることなどせず、繭香はそれを、机の上のハンカチに押しつけた。

 ハンカチに付いた亮太の血。
 薬指から出た繭香の血。
 その二つが布地の上で混ざり合い、赤い染みを大きく広げてゆく。

 いけないことをしているのは、繭香自身も分かっていた。
 自分のしている行為は、決して誰にも見られてはならないし、知られてもいけない。
 学校のクラスメイトはもとより、教師も、そして両親でさえも。

 そう、頭の中では分かっていても、繭香は自分の気持ちを抑えきれなかった。

 陽神亮太と、もっと一緒に繋がっていたい。
 彼と一緒の時を失うくらいなら、いっそのこと死んだ方がマシだ。

(陽神君の中のものが、私のものと混ざって行く……。
 私の中に、陽神君が流れて一つになる……)

 薬指に流れる血管は、心臓に直結していると言われている。
 その指先から出る血液と、ハンカチに残る亮太の血。
 二つが混ざり合うことで、少しでも自分が彼と深く繋がっていると感じられた。

 誰も知らない、繭香だけの秘密。
 互いの身体に流れるものを重ねることで、相手との繋がりを感じることのできる、血の儀式。

「陽神君……。
 どこにも……いかないでね……」

 水色の布地が、赤い鮮血で染められる。
 ここまで汚れてしまえば、もう使うことはできないだろう。
 だが、今の繭香にとってみれば、そんなことは些細な問題でしかなかった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 翌日も、梅雨時にしては晴れ渡った空だった。
 六月も終わりに近づいてくると、晴天の日も増えてくる。
 この分なら、梅雨が明けるのも時間の問題なのかもしれない。

 その日から、繭香は積極的に亮太に会いに行くようになった。
 狙い目は、昼休みではなく放課後だ。
 試験が近いということを口実に、学校に残って一緒に勉強することができる。
 放課後ならば、鬱陶しい理緒も周りにいないために好都合だった。

 理緒とは違い、繭香は亮太に最初から最後まで頼りきることはない。
 どちらかと言えば、自分で出来ることは自分でやりきる人間だ。

 ただ、それだけに、亮太との勉強は互いの身になるものだった。
 互いに分からない箇所を教え合う、自主学習としては理想の姿。
 たかが試験のための勉強でも、こうして相手のためになれるのが、繭香には嬉しかった。

 ほんの一時のことでしかないが、それでも繭香にとっては至福の時。
 今まで色褪せていた学校生活が、急に楽しく感じられてくるから不思議なものだ。

 だが、永遠というものは、決してこの世に存在はしない。
 それは、人と人の関係においても同じ事。
 変革のない世界など存在せず、物事は常に流動的に動いてゆく。
 気まぐれに川筋を変える沢のように、時に良き流れに、時に悪しき流れに変わりながら、その流れに身を任す者達を翻弄するのだ。

 清楚で清純で、穢れを知らないお嬢様。
 そんな印象の強い繭香が、放課後まで学校に残り、男子生徒と一緒に勉強を続ける。
 その上、帰宅まで一緒となれば、妙な噂が立たない方が不思議というものだった。

 いつもであれば、決して人の集まることのない繭香の机。
 そんな彼女の机の周りには、その日に限ってクラスの女子によって囲まれていた。

「ねえ、月野さん。
 あなた、E組に彼氏がいるって本当なの?」

 クラスメイトの一人が、繭香に聞いてきた。
 詳しく答える必要はないと思った繭香は、適当な事を言ってごまかそうとする。

「べ、別に、彼氏じゃないですよ。
 陽神君には、ただ、勉強を教えてもらってるだけですから……」

「へえ、勉強ねぇ……。
 でも、ただ勉強を教えてもらうだけで、家まで送ってもらうものかなぁ?」

「家って……。
 ど、どうして、そんなこと……」

「どうしてって……。
 月野さん、本当に知らないの?
 あなたとE組の陽神君のこと、既にあっちこっちで噂になってるわよ」

 年頃の少女が少年と二人きりで遅くまで学校に残り、しかも毎日男の自転車の後ろに乗って帰る。
 これでは、二人のことが噂にならない方が不自然だ。
 まあ、この程度であれば、繭香としても許容範囲ではある。
「それにしても、月野さんも意外と隅に置けないわよね」

 問題なのは、今、この場で話をしているクラスメイト達だった。
 こちらの気持ちなどお構いなしに、勝手な想像の下、話を膨らませてゆく。

「初心な顔して、その裏ではしっかり男を捕まえているんだもんね」

(ちがう……)

「本当、羨ましいわよね。
 月野さん、可愛いから……きっと、どんな男でも引手数多なんでしょうけど」

(煩い……)

「あーあ。
 私も彼氏欲しいなぁ。
 どこかにいい男、転がってないかなぁ」

(転がっていないかなんて……。
 私の陽神君への気持ちは、そんな軽いものじゃない……)

「ねえ、月野さん。
 もしよかったら、私にも陽神君を紹介してくれない?
 別に、彼氏とか、そういう関係じゃないんでしょ?」

 繭香の机を囲んでいる女子生徒の一人が、少し意地の悪い笑いを浮かべて言った。
 本人にしてみれば、単にからかっただけの話。
 ちょっとした冗談のようなものだったのだろう。

 だが、次の瞬間、教室中に乾いた音が響き渡り、その場を覆っていた空気が一瞬にして変わった。

「もう、いいかげんにしてよ!!
 清純とか、清楚とか……そんなの、あなた達が勝手に思ってるだけじゃない!!」

 気がつくと、繭香はクラスメイトの一人の頬に、思い切り平手打ちを食らわせていた。

「ちょっと、なにするのよ!!
 こっちは冗談のつもりだったのに……そんなに怒らなくてもいいでしょう!?」

 頬をはたかれた生徒も、負けじと繭香に詰め寄った。
 いつもなら、ここで繭香が身を引いて終わりになるはずだ。
 しかし、今日に限っては、繭香も決して引き下がる姿勢を見せなかった。

「あなた達に、なにが分かるのよ!!
 私は……私は……!!」

 それ以上は、上手く言葉に表せなかった。
 ただ、とめどなく溢れ出る感情を、抑え込む事ができないだけだ。

 自分の荷物さえそのままに、繭香は教室を飛び出した。
 己の行いを悔いた時は、時既に遅し。
 今まで、繭によって守ってきた自分のイメージを、まさかこんな形で壊す事になろうとは。
 階段を駆け上がり、繭香は屋上へと続く扉を開け放った。
 立入禁止の校則など関係ない。
そのまま外へ飛び出すと、しがみつくようにして緑色のフェンスに指を絡めた。

(どうしよう……どうしよう……どうしよう……どうしよう……どうしよう……)

 今まで、自分の心の奥に隠していた、醜い蛹の一面。
 それを表に出してしまったことが、亮太に知られたらどうなるか。

 答えなど、誰かに聞くまでもないだろう。
 今度こそ、自分は亮太に嫌われてしまう。
 そう思うと、もうなにも考えることができなかった。

 五限の始まりを告げる予鈴が、校舎の中に響き渡る。
 しかし、その音を聞いてもなお、繭香は教室に戻る気配を見せようとはしない。
 屋上の隅で丸くなり、亮太に嫌われる恐怖に怯え、ひたすらに泣いた。

 一時間、そして二時間と過ぎ、やがて六限の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
 それを耳にした時、繭香はようやく腰を上げ、屋上から下の階へと続く階段を下りだした。

 亮太の事を勘繰られ、思わず感情的になってしまった自分。
 その上、今日は授業もサボってしまった。
 どうか、この事が亮太の耳に入っていませんように。
 今はただ、そう願う以外に方法はない。

 長い廊下を抜け、繭香はE組の教室に向かう。
 いつも、放課後に会う約束をしている以上、亮太に会わないわけにはいかなかった。

 その日の授業を終え、帰宅を始めた生徒たちとすれ違いながら、繭香はE組の教室まで辿り着いた。
 が、教室の中を除いたところで、思わず扉の向こうに身を隠してしまう。

 E組の教室には、確かに亮太の姿があった。
 いつもであれば、直ぐにでも声をかける繭香だが、それはできそうにもない。
 なぜなら、彼の横には、あの天崎理緒の姿もあったのだから。

 こちらの気持ちなどお構いなしに、亮太の前で要らぬことをベラベラと喋った女。
 亮太の迷惑も顧みず、勉強の事は彼に頼り切っている女。
 繭香にとって、理緒はそんな印象しかない嫌な女だ。
 そして、それは今も変わらない。

「ねえ、亮太。
 今日、C組で起きた喧嘩の話、聞いた?」

 相変わらず、理緒は亮太に下らない噂話を吹き込んでいるようだ。
 聞き流してしまおうと思った繭香ではあったが、それでも何故か、今日に限って理緒の話が気になった。

 教室と廊下を隔てるドア越しに、繭香はそっと聞き耳を立てる。
 もっとも、理緒の地声はかなり大きく、そこまで近づかなくとも十分に繭香のところまで聞こえていたのだが。

「今日の昼休みにあったことなんだけどさ。
月野さんが、朝子のことを引っ叩いたんだって」

「月野さんが?
 それって、彼女がそこまで怒るようなことを、誰かが言ったんじゃないの?」

「いや、それが全然なのよね。
 朝子も軽い冗談を言っただけみたいだったし……。
 私も、初めて聞いた時は、びっくりしたけどね」

「冗談、か……。
 でも、人によっては、言われたくないことだってあると思うし……」

「そうは言っても、いきなり平手打ちってのはないわよ。
 まあ、大人しい顔している人間ほど、怒らせると怖いって聞くけどさ」

 そこまで言った時、扉の揺れる音がして、亮太と理緒は音のした方へと振り向いた。
 開け放たれた扉の向こう側。
 放課後の廊下に佇む少女の姿を見て、二人は何も言えずに言葉を失う。

「つ、月野さん……」

 理緒の口から出たのは、それだけだった。
 噂話を噂の当人に聞かれてしまったという気まずさもあるが、それ以上に、目の前に佇む繭香の視線が怖かった。

 どんよりと、光を失って淀んだ瞳。
 絶望という名の言葉に支配され、その背中には、灰色に濁った重たい空気を背負っている。
 それは、まるで今まで晴天だった空を、一瞬にして曇天に変えてしまえるかのような力さえ持っているかのように錯覚させた。

 このままでは、自分も平手打ちを食らわされる。
 そう思って身構えた理緒だったが、彼女の予想に反し、繭香は教室に入っては来なかった。

 繭香の濁った瞳から、一滴の涙が頬を伝って流れる。
 喚くこともせず、叫ぶこともせず、繭香はそのまま二人に背を向けると、脱兎の如く教室の前から走り去った。

「月野さん!!」

 繭香が走りだすと同時に、亮太の足も教室のタイルを蹴った。
 後ろで理緒が何か言っていたような気もするが、今の亮太には聞こえない。
 階段を駆け下りる繭香の後を追い、放課後の校舎を亮太は駆けた。

 放課後の階段を、何かから逃げるようにして繭香が走る。
 途中、すれ違う生徒達の視線を感じたが、今の繭香にとっては些細なことだ。

 廊下の反対側から歩いて来る生徒にぶつかりそうになり、繭香はそれを払いのけるようにして走って行く。
 後ろから、何やら悪態が聞こえたが、そんなことはどうでもよい。

 一階の廊下を駆け抜け、下駄箱の前まで辿り着く。
 靴を履き変えようとしたその時、繭香の腕を誰かが掴んだ。
「おい、ちょっと待てよ」

 声の主は亮太だった。
 あれから直ぐ、繭香のことを追ってきたらしい。

「は、離して下さい!!
 私は……」

 亮太の手を振りほどこうと、繭香は懸命に腕を振った。
 しかし、亮太もまた引く事なく、繭香の肩を掴んで振り向かせる。

「いいから、ちょっと落ち着きなよ。
 君と友達の間で何があったか知らないけど……いきなり逃げることはないだろ?」

「でも……天崎さんの言っていたこと、本当です。
 私……クラスの子に冷やかされて、頭にきて……」

「だったら、尚更逃げたりしちゃ駄目だよ。
 確かに、いきなり手を出したのは良くないと思うけど……月野さんにだって、理由があったんでしょ?」

 亮太は腰を落とし、繭香と同じ目線に立って言った。
 一瞬、二人の視線が重なったが、繭香は直ぐに視線をそらす。
 胸の前で拳を握りしめたまま、側にいる亮太にしか聞こえないくらいの声で尋ねた。

「陽神君は……私のこと、怒らないんですか?」

「怒るも怒らないも……まだ、理由も何も聞いてないからね。
 一方的な噂話だけで人の中身を決めつけるなんての、俺、好きじゃないからさ」

「ひ、陽神君……」

 それ以上は、言葉が出なかった。
 ただ、亮太の優しさに触れたくて、それだけで涙が溢れてきた。

 いつしか繭香は亮太の胸に、その顔を埋めて泣いていた。
 亮太はそんな繭香の肩をそっと抱くと、そのまま彼女に寄り添うようにして、下駄箱の前を後にした。

 通用口の付近は、生徒の出入りが激しい。
 あんな場所で泣いていては、いつ、誰に見つかり、何を言われるかも分からない。

 亮太が繭香を連れてきたのは、以前、二人で昼食を食べた休憩室だった。
 ただでさえ活用する生徒が少ない上に、今は食事時でもない。
 幸いにして、休憩室には他の生徒の姿はなかった。

「そろそろ、落ち着いて話せるかな?」

 繭香がひとしきり泣いた後、亮太はそう言って彼女の顔を覗き込んだ。
 その言葉に、繭香はただ、何も言わずに頷いて答える。

「それじゃあ、話せるところだけでいいから、話してくれないかな。
 あのまま逃げられたんじゃ、俺としても、なんだか気分が晴れないからさ」

「はい……。
 でも、私が話すことなんて、殆どないですよ。
 天崎さんが言っていたこと、全部本当ですし……」

「理緒が何を言っていたかなんて、そんなのは関係ないよ。
 それに、月野さんにだって、理由があったんでしょ?
 俺が聞きたいのは、そこだけかな」
 怒ることも、恐れることもしない。
 そんな亮太の態度に押され、繭香も少しずつ、今日の昼休みにあったことを語りだした。

 自分の知らないところで、亮太と妙な噂になっていたこと。
 それが原因で、クラスの女の子に冷やかされたこと。
 最後には、性質の悪い冗談を言われ、とうとう頭にきて逆上してしまったこと。

 繭香が全てを話し終えるまで、亮太はただ、彼女の話を黙って聞いていた。

「なるほど。
 そんなことがあったんだね」

 繭香の話を全て聞いても、亮太はその態度を変えることはなかった。
 あくまでいつも通り、何の差別も偏見もない瞳で繭香を見つめてくる。

「陽神君は……私の事を、酷い人とは思わないんですか?」

「酷いなんて……そんなことはないよ。
 そりゃ、叩いた相手には、後で謝らなきゃならないだろうけどさ。
 でも、俺は月野さんが、全部悪いとは思わない」

 一瞬、亮太の言っていることが、繭香には分からなかった。

 他人の期待を裏切る事は、それそのものが罪である。
 そう信じて生きてきた繭香にとって、今日の昼休みの出来事は、一方的に糾弾されてもおかしくないはずだった。
 そして、自分の醜い一面を知った亮太もまた、自分の事を拒絶するとばかり思っていた。

 そんな繭香を他所に、亮太は独り話を続ける。
 繭香の問いに答えるというよりは、自分の考えをひたすらに述べているような話し方だった。

「前、言ったことあるよね。
 人によっては、言われたくない事もあるって話」

「あ……」

「それに、噂とか家とか関係なく、月野さんは月野さんだって話もね。
 だから、俺は何にも気にしてないよ」

 あくまで優しく、いつもと変わらない口調で、亮太は繭香に向かって言った。
 その言葉に、繭香は再び亮太の胸に顔を埋めて泣いた。
 もっとも、今度は悲しくて泣いたわけではない。
 亮太の気持ちに触れ、嬉しかったからこそ流した涙だ。

「あ、ごめん……。
 俺、もしかして、変なこと言ったかな」

「いえ……そんなこと、ないです……。
 ただ……陽神君に嫌われなくて、よかったと……」

「おいおい、大げさだな。
 人には色々と事情もあるんだし、こんなことで、簡単に好いたり嫌ったりなんてしないよ」

 亮太にとっては、繭香を落ち着かせるために口にしただけの一言。
 無論、本心からそう思っていたのには間違いないが、そこまで重たい意味を込めたものではない。
 ただ、率直に、自分の考えを述べただけだ。
 ところが、繭香にとってその言葉は、暗闇に落ちかけた自分に向けられた一筋の光明のように感じられた。

 亮太は、自分のことを嫌っているわけではない。
 その事実が、彼女の中で今まで躊躇っていたものを押し上げる源となる。
 心の枷の一部を外し、亮太との距離を縮めるための一言を告げる。

「あの……。
 今日は、もう一つだけ、我侭を聞いてもらってもいいですか?」

「我侭?
 まあ、ものによるかなぁ……」

「私……陽神君のこと……名前で呼んでもいいですか?」

 言った。
 あの日、バス停で知り合ってから、初めて繭香の方から亮太に何かを頼んだ。
 
 傍から見れば、下らないこと。
 大した決意もなく、簡単に言えることかもしれない。
 それでも、繭香にとっては大切な一言だった。

「なんだ、そんなこと。
 別に、俺の方は構わないよ。
 ただ……」

 繭香の言葉に軽く頷きつつも、亮太は最後に言葉を濁らせた。

「それにはちょっと条件があるかな」

「条件、ですか?」

「そうだよ。
 俺のことを名前で呼ぶなら、俺と話すときは、敬語を使わないこと。
 それと、俺も月野さんのことを名前で呼ぶけど、構わない?」

「は、はい!!
 勿論、大丈夫です!!」

 それは、繭香にとって願ってもないことだった。
 嬉しさのあまり、いつも以上に即答する繭香。
 が、額を亮太に小突かれたところで、早くも自分が先の約束を守れなかったということに気がついた。

「あっ……訂正するね。
 勿論、大丈夫だよ」

「なんだ、ちゃんと普通に喋れるじゃん。
 だったら、今度からは、そんなに固くならないで欲しいかな」

 休憩室の椅子から立ち上がり、亮太は繭香に微笑んだ。
 繭香もそれに、笑顔で答える。
 今しがた泣き腫らしていたにも関わらず、彼女の瞳には、既に涙の色は浮かんでいなかった。
136名無しさん@ピンキー:2010/09/15(水) 13:39:36 ID:bH+Pjgb6
支援
137 ◆AJg91T1vXs :2010/09/15(水) 13:39:53 ID:u4Rt96y1
 投下終了です。
 色々と詰め込んだら、文字数が前回の一倍半くらいに……。
 予定では六話程で終わるつもりでしたが、実際にはもう少し長くなりそうです。

 次回は、また日曜辺りの投下になると思いますので、その際は宜しくお願いします。
138名無しさん@ピンキー:2010/09/15(水) 14:26:23 ID:mT19wxVE
GJ
きたきたきた・・・ハンカチのとこはぞっとした
どんどん病んでってる感じがすごくいいです
139名無しさん@ピンキー:2010/09/15(水) 14:40:53 ID:vrAbywIo
GJですよ
しっとりとした文体と描写に引き込まれます
繭香の静かな病み具合も良いものだ…

>予定では六話程で終わるつもりでしたが、実際にはもう少し長くなりそうです。
こちら側からすれば、むしろご褒美ですわw
140名無しさん@ピンキー:2010/09/15(水) 14:56:29 ID:/1ULMkWK
終わるのがもったいないよね
141名無しさん@ピンキー:2010/09/15(水) 15:20:49 ID:RjjQHLw+
カニバの意味わからんやつもいると思う
142名無しさん@ピンキー:2010/09/15(水) 19:21:20 ID:cBXIRs5X
マガジンのスーパーハカー漫画
ストーリーはクソだけど、俺好みのスパイ少女が主人公にベタ惚れしてから注目してる
これで嫉妬とかし始めたらいい感じのヤンデレになりそう
143名無しさん@ピンキー:2010/09/15(水) 19:35:07 ID:IGAMPonY
test
144 ◆AW8HpW0FVA :2010/09/15(水) 19:36:28 ID:IGAMPonY
規制が解除されました。今の内に投稿します。
変歴伝ではありません。
第十四話『西方の統一』

ピドナを攻略したシグナムは、そこから軍を動かさず、今後の統治について話し合った。
これは、勢力の拡大により、今までの統治方法に限界が来てしまい、
新たな政策を模索せざるを得なくなったからである。
火急の問題として上がったのは、占領地の統治についてと、流民の救済についての二つだった。
話し合いの結果、占領地統治については、シグナムが土地を郡と県に区分し、
郡には守、県には令を派遣し、支配させる、所謂、郡県制を提唱し、それを実施する事になった。
この制度により、政府の命令がスムーズに行き渡るだけでなく、
さらに君主が役人を選んで派遣するので、君主権力の強化にも役立った。
次に、流民の救済に関しては、トゥルイとバトゥが、
流民達に田畑を与え、それを戸籍として登録し、
そこから上がる収穫物を税として取るという民屯を提唱し、それを採用した。
この制度は、税の割合は五:五とかなり高かったが、戸籍が持てるという旨味もあってか、
多くの流民達が役所に殺到した。この制度は戦時中にはあまり役に立たなかったが、
戦後三年が経ってから、多くの作物が実り、非常に大きな成果を上げる事になった。
とりあえず、大まかな事は決め終えたシグナムは、城壁に上った。
春の心地よい風が、シグナムの顔を撫でた。ここにいると、外の騒乱が嘘の様だった。
気持ちよく風に当っていると、後ろから声を掛けられた。トゥルイとフレグだった。
「気持ちよさそうですね」
「シグナム様、私も混ぜてください」
二人はそう言うと、シグナムの許可なく傍に侍った。
シグナムが咎めない時は、了承されたという意味であると二人は心得ていたのだ。
シグナムは苦笑いした。この二人に完全に癖を見抜かれていると分かったからだ。
元より断るつもりなどない。シグナムは身を乗り出し、外の景色を眺めた。
ピドナは大平原にある都市であり、城壁からは地平線の彼方まで見る事が出来る。
シグナムはすぐにここが気に入った。トゥルイ達も気に入ったらしく、穏やかな表情をしていた。
上機嫌なシグナムの耳に、雑音が入ってきた。ブリュンヒルドである。
穏やかだったシグナムの表情が、一瞬の内に無表情になった。
「なにか用か?」
振り向き様に、ブリュンヒルドにそう声を掛けた。表情と同様に無感動な声である。
ブリュンヒルドは、シグナムの無表情を気に掛けた様子でもなく、
「この城をくまなく調べた所、隠し部屋を発見しました。
中には百数門の大砲と火薬が確認できたので、その事の報告に参りました。
つきましては、シグナム様にご検分いただきたく存じます」
と、言って頭を下げた。
大砲、という言葉を聞いて、シグナムは一瞬目を見開いたが、すぐに元の表情に戻った。
「お前は大砲を見たのであろう。だったら私が確認するまでもない。
大砲に関しては、その手のものの整備知識を持っている者がいるはずだ。
その者を探し、大砲の整備を命じ、火薬はしけっているのなら新しいのを買っておけ。
……それくらい、お前であれば聞かずとも分かると思っていたのだがな……」
それだけ言うと、シグナムはさっさと城壁から下りていった。
相変らず、シグナムはピドナに軍を留め、政務に励んでいた。
この間、シグナムは軍隊を動かさなかったが、西の残存勢力に領土を侵される事はなかった。
軍内ではこの進軍の停止に、特に新参であるハイドゥが疑問の声を上げた。
しかしシグナムは、それらの事に耳を傾ける事なく、
専ら政務と放った間諜が持ってくる情報に耳を立てていた。
ある時、政庁にブリュンヒルドが参内してきた。
ブリュンヒルドは跪くと、
「シグナム様、あなた様の威名はこの大陸を覆い、多くの民達がその神徳に服しております。
どうか、シグナム様におかれましては、王の位に即かれ、民達を導いてくださいませ」
と、言った。
周りの百官達がざわめき始めた。次にきたのは、百官達の即位の懇願だった。
周りの騒ぎを余所に、シグナムはクスリとも笑わなかった。
シグナムは、騒ぎ立つ百官達に目を向け、
「この件は、もう少し待ってもらいたい。もうじき答えが現れる」
と、少し不明瞭な事を言って、この騒ぎを沈黙させた。
その日からシグナムの下には、入れ替わり立ち代り即位を求める臣下がやって来る様になった。
シグナムはそれ等に対して明確な答えはせず、ただ、
「もうじき答えが現れる」
とだけ言って、その者達を引き下がらせた。
「ブリュンヒルドめ、余計な事を……」
誰もいなくなった政庁で、シグナムは苦々しく呟いた。
それからもシグナムは、即位を懇願する臣下を煙に巻いていたが、
一人の間諜の持ってきた情報が、大きく流れを変える事になった。
シグナムは情報を聞くと、バトゥとトゥルイに千の兵を率いさせ、自らも兵を率いて出陣した。
向かう先は、残存勢力が残っている西ではなく、既に占領したエセンという田舎町だった。
ここは主に家畜を飼う事を生業としている町というだけで、別に戦略上重要な所ではない。
バトゥもトゥルイも首を傾げていた。
馬から降りたシグナムは、とある民家の前に止まり、戸を叩いた。
中から出てきたのは、十歳後半の少年だった。
「あなたが、テムジン様にございますね」
シグナムは、その少年に懇切丁寧に声を掛けた。少年は驚いたが、首を縦に振った。
それを見たシグナムは、満面の笑みを浮かべ、
「やはりそうでしたか。なるほど、高貴なお顔をしていらっしゃる。
私はあなた様を迎えに参りました。どうぞ、こちらへ」
と言って、テムジンを兵達の前に導いた。
「シグナム様、この少年は?」
バトゥは首を傾げ、その少年を見た。シグナムは笑いながら、
「このお方こそ、先の大戦で唯一生き残られたオゴダイ王国の王子、
そして、今日より我らの主となるテムジン様だ」
と、後ろにいる兵にまで聞こえる様に、大きな声を出した。
一瞬の沈黙の後、どよめきが兵全体に広がった。シグナムはそのどよめきを手で制し、
「この中には、私が王になるのではないか、と思っていた者もいる様だが、
私は他国者、言わば部外者だ。その部外者が、この国の王になる訳にはいかない。
私は今日まで、この国の王に相応しい人物を探し、やっと見付け出す事が出来た。
私は、今持っている全ての権限を王に奉還し、新たな指示を待つ事にする」
と、言って、テムジンの前に跪いた。
それを見たバトゥとトゥルイは、同じく跪いた。後は、これに続けとばかりに兵達も跪いた。
一方のテムジンは、この展開に付いて行けず、おろおろとするばかりだった。
シグナムは、無闇やたらに間諜を放っていた訳ではない。周囲の地形や敵の情報だけでなく、
先の大戦で滅んだ亡国の君子を探し出す様に極秘の命令を下していたのだ。
これは降伏の使者も同様で、発見したら報告と共に知らせ、
出来なかったら報告だけして、その場から立ち去る様に、と告げていたのだ。
ピドナに凱旋したシグナムは、早速テムジンを王位に即けて、オゴタイ王国を復興させた。
この事に、百官達や残っていた兵士達は、なんの批判も上がらなかった。
唯一、不満そうな表情をしていたのはブリュンヒルドだったが、シグナムはそれを無視した。
シグナムは、即位したテムジン直々に宰相兼大将軍の位に任ぜられ、さらに斧鉞も与えられた。
これにより、シグナムは軍事における専断権を握る事が出来た。
大将軍任命の叙任式が終わり、トゥルイがシグナムに近付いてきた。
シグナムは笑いながら、
「私の事がなんでも分かるお前でも、流石にこれまでは分からなかった様だな」
と、茶化すように言った。トゥルイも笑いながら、
「王位を迫られた際に、答えを遅らせたので、なにかあるとは思っていましたが、
この様な結末は予想しておりませんでした」
と、答えた。トゥルイの裏をかけて、シグナムは優越感に浸る事が出来た。
そんなシグナムの機微を察してか、トゥルイは、
「ですがシグナム様、私はあなたの選択は正しかったと思います。
例えあのままシグナム様が王位に即いても、誰も非難はしなかったでしょうが
その瞬間、あなた様は我欲に溺れた凡人に成り果てていたでしょう。
自らの天分を弁えたその行為は、一月もしない内に大陸全土に広がり、
いずれ多くの者があなた様に平伏すでしょう」
と、予言めいた事を言った。シグナムは、その言葉を胸に刻んだ。
トゥルイの言う通り、シグナムの行ないは、一月もしない内に大陸全土に広がり、
今まで野に伏せていた賢人だけでなく、
日和見な態度を取ってきた豪族崩れや没落貴族の勢力なども、王国に帰順した。
オゴタイ王国の意気は、まさに天を衝かんばかりの勢いとなった。
この勢いそのままに、シグナムは軍を動かしてもよかったが、
最後通告として、残存勢力に降伏勧告の使者を送った。
その間にも、シグナムは、バトゥ、トゥルイ、フレグを大将に、
ブリュンヒルドを別働隊大将に、ハイドゥを大将控に任命し、いつでも出陣出来る様にした。
殆どの勢力が帰順を誓う中、それでもオゴタイ王国と戦うという勢力があった。
それらの勢力が連合を結び、オゴタイ王国に徹底抗戦を呼び掛けたのだ。
その連合軍の中心となったのが、大陸最西端にある堅城、
通称、偉大な都市、堅城ミクラガルズに立て籠もるマイケルの率いる軍だった。
さらに、このミクラガルズには、テルムの戦いで討ち漏らしたジョニーも入っており、
それを聞いたバトゥは、私を先陣に、と息を荒くして懇願した。シグナムはそれを了承した。
これが、シグナムの西方における最後の戦いとなった。
シグナムは、ブリュンヒルドに三十万の兵を与え、周辺の抵抗勢力の駆逐を命じ、
自身は、バトゥ等と共に総勢四十五万の兵を率いてミクラガルズに向かう事になった。
シグナム達が最初の目標としたのは、ガガ湾の北部にあるルメル・ヒサルの城塞だった。
ミクラガルズは、東をガガ湾、南、北をカルカラ海に守られ、唯一の陸路である西も、
古代の領主が、防御力強化のために築いた城壁により蓋をされている難攻不落の堅城だった。
その堅城攻略のために、シグナムはルメル・ヒサルの城塞を攻略する必要があった。
城塞の兵力は、先の調査で一万程度と知れている。
シグナムは最初、通常の行軍速度で、ルメル・ヒサルに向かっていたが、
あと一日で到着するという所まで来て、急に速度を落とした。
シグナムは、城兵に最後の時間を与えてやれ、とだけ言って、そのままの速度を維持した。
結果、シグナム軍がルメル・ヒサルの城塞に着いた時、城兵達は雪崩を打って降伏してきた。
「これで、連合軍は一枚岩ではない、という事が証明されたな」
と、シグナムは微笑みながら言った。
ルメル・ヒサル攻略後、五万の兵を城塞防衛のために残し、シグナムは軍を二つに分けた。
バトゥ、トゥルイの二将に三十万の兵を率いさせ、ミクラガルズの西側の城壁に向かわせ、
自身は、十万の兵を率いて沿岸にある城塞アナドル・ヒサルの攻略に向かった。
軍を分けたといっても十万の大軍である。アナドル・ヒサルの城兵達は、恐れ戦いて降伏した。
制海権を握ったシグナムは、城塞にあった軍艦十隻と、
降兵一万をハイドゥに率いさせる事にした。ここにきて、やっとハイドゥの出番という訳である。
ハイドゥは元海賊であり、海指能力には優れているはずである。
シグナムはそれを期待し、ハイドゥを大将控から海軍大将に任命した。
海軍大将になったハイドゥは、勇み立ち、すぐさま降兵達の再調練を開始した。
この調練が終了するのは、夏が本格的に始まる頃だった。
一方で、ミクラガルズの城壁に到着したバトゥ達は、苛烈な攻撃を掛けていた。
ピドナで見付けた百数門の大砲を一斉に城壁に打ち込んだのだ。
大砲の命中精度はそれほどよくはなかったが、城壁に直撃し、大きく抉ったり、
壁上の兵に当るなどして、大いに城内の士気を低下させるのに役立った。
しかし、マイケル軍も大砲を持っており、負けじと打ち返してきた。
これにより、バトゥ達も被害を受けた。戦況は、一進一退だった。
この戦況は、アナドル・ヒサルに駐屯していたシグナムの元に届いた。
ちょうど海軍の再調練が終了し、いつでも出陣可能だったので、
シグナムはハイドゥに、海上からミクラガルズを攻める様に命じた。
シグナムは相変らずアナドル・ヒサルに留まり、戦況を静観していた。
シグナムの元には、多くの報告が引っ切りなしに入ってきた。
「ブリュンヒルド隊、帰順した勢力と共に各地を転戦」
「バトゥ、トゥルイの部隊、城壁を越えられず立ち往生、未だに戦況好転せず」
「海軍、海上の城壁も高く、ガガ湾の入口は鎖が張り巡らされ、小型船以外は通れない」
と、ミクラガルズ方面の軍事行動は、硬直していると言ってもよかった。
この硬直状態を見たフレグは、
「我々が賊を攻めるより、あちら側から攻めさせる様にするべきではないですか?」
と、献言した。それを聞いたシグナムは、少し考える素振りを見せ、
「フレグ、もし一昼夜にして城の中に兵が現れたら、お前は驚くか?」
と、奇妙な事を言い出した。フレグはきょとんとした表情で、
「兵が……ですか……。それはもちろん驚きますよ」
と、答えた。その答えに満足したのか、シグナムは、
「フレグ、城の中は無理でも、湾内にはそれが出来そうだぞ」
と、言ってのけた。その表情は自信に満ちたものだった。
ハイドゥの艦隊が、いったんアナドル・ヒサルに戻ってきた。
軍艦から下りたハイドゥの表情は険悪だった。
幾度となく、目の前を敵方の救援物資が積まれた小型船が通り、
その度に拿捕しようとしたが、船の速度は速く、追い付く事が出来ないでいたのだ。
その表情のまま、ハイドゥはシグナムと対面した。
ハイドゥがなにか言おうとしたが、それよりも先に、シグナムが口を開いた。
「将軍、我々はこれよりガラト(ガガ湾の北岸にある都市)北部の山を切り開き、道を作る。
将軍にも手伝ってもらいたい」
と、言うと、シグナムはハイドゥの返答も待たず、軍を率いて出立した。
ハイドゥは小さく溜め息を吐くと、すぐに補給を終わらせ、シグナム達の後を追った。
一方、先に出立したシグナムは、相手方に気付かれない様に、静々と行軍していた。
ガラタ北部の山に着くと、早速木を伐採し始めた。
十万の兵力なのである。十日ほどでガガ湾までの道を切り開いた。
次に、伐採した木に油を塗り、それを地面に置き、木の道を造った。
シグナムはこの道を使い、二十日ほど掛けて、湾内に十隻の軍艦を入れた。
この奇策は成功した。突如として湾内に現れた軍艦に、
ミクラガルズの城兵は大いに驚いた。
それだけではなく、ガガ湾を塞いだ事により、敵方の補給線も塞ぐ事ができた。
これにより、ミクラガルズ城内の士気は一気に地に墜ちた。
これを好機と見たシグナムは、遂に総攻撃に移った。
陸上側のバトゥ達も、休む事なく城壁を攻撃し、ありったけの砲弾も打ち込んだ。
そして、その時がきた。兵達が城壁を乗り越え、城門を開けたのである。
バトゥが突撃の号令を下した。一斉に兵達が城内に突っ込んだ。
こうなると、ミクラガルズは抵抗できなかった。
バトゥは城内で逃げ惑う怨敵ジョニーを見付け、討ち取り、
トゥルイは総大将のマイケルを討ち取った。
総大将の戦死により、ミクラガルズの戦いは、幕を閉じた。シグナム軍の大勝利だった。

ミクラガルズの統治を部下に任せ、シグナム達はピドナに戻る事にした。
途上、フレグがなにかを思い出した様な声を出し、
「シグナム様、連合軍の頭は討ち取れましたが、まだブリュンヒルド将軍が各地で戦っています。
こちらの戦いは終わったのですから、援軍に向かった方がいいのではないですか?」
と、言った。しかし、シグナムはフレグの方に振り向く事なく、無表情で、
「彼女は、なによりも名誉を大切にする性分だ。
仮に我々が援軍に駆け付けたら、その性分ゆえ、事を急いで失敗するだろう。
このまま帰った方が彼女には都合がよいのだ」
と、言って、援軍を出す事を拒否した。さらにシグナムは、
「それに、……この程度で死ぬならば、苦労はないんだがな……」
と、呟いた。この呟きは誰にも聞こえず、皆歩みを止める事はなかった。
こうして、シグナム軍は、ピドナに帰還した。
ブリュンヒルドが残存勢力を駆逐して、ピドナに帰還した時、季節は夏真っ盛りであった。
150 ◆AW8HpW0FVA :2010/09/15(水) 19:45:12 ID:IGAMPonY
投稿終了です。
151名無しさん@ピンキー:2010/09/15(水) 20:07:50 ID:Q6pYU5sm
GJ!
久しいな!
この作者の様にベテランの一人だったヤンデレ家族の作者
だが、HPでヤンデレ家族の没ネタ載せてるぞ!
ヤンデレ家族再開のような事も書いてるし、期待しませう!
まぁ、ここに載せないみたいな事も書いてるが
152名無しさん@ピンキー:2010/09/15(水) 20:08:36 ID:Q6pYU5sm
GJ!
久しいな!
この作者の様にベテランの一人だったヤンデレ家族の作者
だが、HPでヤンデレ家族の没ネタ載せてるぞ!
ヤンデレ家族再開のような事も書いてるし、期待しませう!
まぁ、ここに載せないみたいな事も書いてるが
153名無しさん@ピンキー:2010/09/15(水) 20:09:20 ID:Q6pYU5sm
規制ようやく終わった
154名無しさん@ピンキー:2010/09/15(水) 20:47:24 ID:QtJMVeQY
gj!
まさかここでコンスタンティノプールでの艦隊の山越えが
見れるとは思わんかったwww
155名無しさん@ピンキー:2010/09/15(水) 21:30:49 ID:RFcFD6Bq
GJ
156名無しさん@ピンキー:2010/09/15(水) 23:02:30 ID:DkWMx0TM
gj
152kwsk
157のどごし ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/15(水) 23:17:45 ID:aOHfBpVC
今回は二本立て
ターンA面白かった……
投稿行きます
158のどごし ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/15(水) 23:18:25 ID:aOHfBpVC
今回は二本立て
ターンA面白かった……
投稿行きます
159ウェハース5.5 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/15(水) 23:18:55 ID:aOHfBpVC
見つめるのは闇、あるのは孤独。沈黙する私を救い出そうとする人はいない。
毎日と言う時間の経過に埋没していく自分に退屈していた。何か夢中になれるものが欲しかった。
惰性が自分の中に蓄積して、溜息として吐き出す工程を休みなく繰り返していた。
私、藤松小町はとても退屈な人間だと思う。
趣味もなく、可愛げもなく、小賢しい娘。
人がどうすれば喜ぶか、どうすれば自分の味方になってくれるか何となくだが小さい頃から分かっていた。私は人並みに以上に顔の造形がいいらしく、黙っていても評価は人並み以上だった。
ただそう言った性格のせいか私は人よりも計算高い性格だった。
新しい学年に上がって、人間関係が一新されてもすぐまた皆から好かれる環境を作るのは容易だった。
すぐに飽きてしまった。シーソーゲームなど在りはしない。
駆け引きの前に、信頼関係が始まるよりも前に人には好みがあり、傾向があるからだ。
斜に構えた子供が抱えた不安も両親に隠すのは他愛もなかった。
結局人は訴えるものがなくては聞く耳を貸さないのだ。
思わせぶりな態度、いつもとは違う声の調子、視線の移動。
変化の兆しを見せなければ、心の表面を見せたりしなければ人は分かろうともしない。
輪にも葛にも掛からないとはこういう事だ。
頭打ちになった現状に私は絶望も悲しみも感じなかった。
そんな事になるのは薄々気付いていたから。私は他人と衝突しないまま、小学校を終えた。
中学に上がってすぐ告白された。
相手は同じクラスの男子で、小学校も同じだったハズだ。
彼はクラスでも中心人物的立場で女子からも人気だった。
告白されても何の感情も起こらなかったというのが少し悲しかった。
私は適当に告白を断り、その後も何回もされる告白を蹴り続けた。
一度だけ、私に告白してきた男子に聞いた事があった。
『私のどこが好きなの?』
男子生徒は性格だとか、なんとか言ってたけど。私ではなかった。私の事ではなかった。
本当の私を見抜いていない。まるでドラマみたいで笑えてきた。
どうせ顔だけの癖に、変な見栄を張らないで欲しい。
そうして、中学生活が終わった。
高校受験の折、初めて私は失敗と言う言葉を味わった。第一希望だった私立高校に落ちたのだ。
しかし、それでも落ち込んだり、感傷に浸ったりはしなかった。
そこそこの公立には受かっていたし、それで落ち込まなかったかもしれない。
何よりどこにいても同じという考えもあった。
高校に入っても始めの内は詰まらなくて仕方がなかった。
私はそのうちコミュニティから外れていき、孤立するようになっていった。必然的に男子からの告白数も減った。
生徒の気性が変わったのも関係するだろうが、それは私にとってありがたかった。
人間関係から解放された私を待っていたのは穏やかな時間だけであった。
ゆっくりとだが、確実に流れる時間は私にとっては心地のいいものだった。
遠くからクラスメートを眺めているのは少なくとも心労にはならなかった。
そして、いつものように蝉が鳴き、馬が肥えて、木の枝に雪が積もり、それが溶けて桜が溢れた。
何も得ず、何も失わず、私の高校生活一年目は終わったのだ。
春休みも一人っきりの家で読書して過ごした。
160ウェハース5.5 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/15(水) 23:19:52 ID:aOHfBpVC
高校生活の二年目の始まりの前に父から電話が入った。
内容は一緒に海外で暮らさないか、というものだった。
私としてはそれはそれで面倒だったので、言葉を濁しておいたが、父は私と暮らしたいらしく「考えておいてくれ」と半ば強引に話を置いていった。
高校二年目のクラスは始業式当日から騒がしいものだった。いや、不思議と心弾むものだった。
私が笑ったのだ。
私の列の一つ横の席の男子。神谷真治。彼の話はとても面白かった。
彼は送れて教室に入ってくるなり、担任に遅刻した理由を咎められた。
彼は荒れる呼吸を整えるなりこう言ったのだ。
「家を出たら自転車が地面に突き刺さってたんです!!」
開口一番のそのセリフに私は小さく笑い声を漏らした。
彼が事の次第を説明していると今度は平沢という男子が遅刻してきた。
先生がまた平沢君にワケを聞くと彼は言った。
「家を出たら自転車が庭に突き刺さってたんです!!」
その答えにクラスは笑い声で溢れた。二人は担任に頭を小突かれると、席に座って置くように指示された。
「いや、まさか地面に突き刺さってるとはなあ、思わず写メ取っちゃったよ」
担任の教師が教室から出て行くと、彼は携帯の画面を皆に見せた。
いつもなら、私はそこで傍観者に戻っていたのだけれど、妙にさっきの事が気になっていた。
彼はそんな私に気付いたのか、私に柔らかな笑みを向けると「君も見る?」と携帯を見せてくれた。
そこには地面からハンドルが生えている画像が映されていた。
思わず、笑い声を上げてしまった。ハッと我に返ると彼が笑みを浮かべていた。
「すごいだろ?」
私は言葉を失くした。屈託の無い、と言うのを初めて見た。
私はただ力なく頷くだけで言葉を返す事が出来なかった。
「おい、神谷俺にも見せろよー」
行かないで。言葉があとに続かない。
「おー、分かった。ごめん、じゃあね」
彼は私に見せていた携帯を他の男子生徒に見せ、談笑を始めた。
それから彼の話に人が集まり始めた。担任が帰ってくるまで、彼の周りで笑い声が途切れる事は無かった。
彼と話してみたい。素直にそう思った。慣れない気持ちが少し不快だった。
彼の下の名前を知ったのはその後だった。
その日の晩、私は父に電話を入れ、誘いを断る意思を告げた。
161ウェハース5.5 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/15(水) 23:21:02 ID:aOHfBpVC
翌日から、私は彼を気に掛けるようになっていた。
分かったのは四つ。彼はとても人当たりがいいという事。
あれは人と争った事も無いような性格だ。人をいじった後もしっかりと侘びを入れ、気遣いの良さを見せる。
根が優しい人なのだろう、いじられた人も彼にならその行為を許容しているようだ。
二つ目は交友関係の広さ。彼はとても交友関係が広い。クラスだけに止まらず、違うクラス、違う学年にも話しかけられているのをよく見かける。しかし奇妙な事にこれは男子に限った事なのだ。
女子生徒とは同じクラスか、前に同じクラスであったかぐらいの人数としか喋らず、自分からも話しに行こうとしない。
同性といる方が気楽なのは分かるが、当人の方に苦手意識があるように見える。
三つ目は勘なのだが、多分家族内に年下の家族がいる。
時たま見せる気配り、面倒見の良さ、人付き合い。どれを取っても彼は同年代より頭一つ抜けている。多分歳も結構離れているのだろう。
そして最後にだが、彼は私と同じ。人の考えが分かるように見える。
皆から笑いを取る時の喋り方、話のテンポ、オチの付け方、アジテーションどれをとっても人の笑いのメカニズムを完全に理解し、掌握している。
歳を重ねるごとに変わって行くそれらも熟知し、教師達を笑わせる場面も良く見た。
何より彼は博識なのだ。俗に言う話のネタを数え切れぬほど持っている。知識の幅は音楽では落語から洋楽。映画やドラマ、アニメに関しても知識があり、どんな人とも話が合う。
そして自ら進んで大衆の笑い者になっている。私のように人に絶望することなく、人と関わり、それに対して喜んでいる。
分からなかった。私の生き方、考え方を全て間違いだったと、愚かだったと言うようなその生き方に私はさらに興味をそそられた。
彼と話がしたい。その考えは変わることは無かった。
六月に入るかどうか、そんな時に私は教室に忘れ物をした。
慣れない事だった。バス停を降りた時に忘れ物に気付き、そのままバスでとんぼ返り。
部活動は始まって一時間ほど経っていてもう校舎には教師を除いて暇な生徒か受験生ぐらいしか残っていなかった。
クラスの前まで来ると中から話し声が聞こえた。普通ならここで構わず入っていって忘れ物を取って帰るのだけれど、私は引き戸に手を掛けなかった。
中から聞こえた声は、彼の、神谷君の声だったからだ。耳を欹てる。
「お前さ、なんでそんな真面目なこと言えんのに皆の前であんな馬鹿なことすんだよ?」
この声は、たしか平沢とかいう男児の声だ。
「ああ、なんていうかさ、俺さ小さい頃から何となくだけど人の笑いのツボって言うの?そういうの分かるんだよ」
「へえ、そうなの?」
うん、と彼は肯定する。私は何だか嬉しくなっていた。私と一緒の人がいた。それが無性に嬉しかった。
「それでさ、人を笑わせていたらそれが嬉しいとか楽しいって思うようになった」
「殊勝じゃねえか」
うるせえよ、と神谷君は擽ったそうに言う。
「でも中学くらいの頃かな?イジリってのが出てきたんだ。面白くないヤツもあった。でもいじれば面白くない奴でも笑いを取るのは簡単だし、何より自分が汚れないから、やりたい放題」
「ああ、確かにいるよな、イジリネタしかしない奴」
だろ、と彼は苦笑いを交えて相槌をうつ。
「それでさ、俺以外が望まない汚れ役になるぐらいだったら俺がそうなろうって。俺ならつまらないイジリだって面白く出来る、そう思ってさ。あ、これ恥かしいな」
ああ、彼はなんて……。
「汚れる気が無い奴とは泥遊びは出来なけど、やってる姿を見て楽しそうだなって思って欲しいんだ、俺は」
彼はなんて強かなのだろう。なぜそんな事が思えるのだろう。私は諦め捨てていたのに彼はそれに殉ずるという。
自らよりも軽率で、聞き分けも無く、助けもしてくれない他人になぜそこまで出来るのだろう。
けっして誰にも気付かれる事はないだろう事を胸に秘め、馬鹿にされ笑われるだけ。

162ウェハース5.5 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/15(水) 23:21:32 ID:aOHfBpVC
あえてならない人も卑怯。でも求める大衆もまた卑怯なのだ。
人々は優れた生贄を求めているだけ、自分達が盛り上がるために血が見たいだけ。それにあえて買って出るなんて、それではまるで。
「ただのピエロじゃないか」
ああ、と彼は相槌を打つ。
「でも、相手を貶めた所で相手に好かれるわけ無いだろう?そういった人たちを咎めるのも同じ事だし、結局は堂々巡り。なら技量も覚悟ある俺が一肌脱ごうって思った」
「ちょっと出しゃばりだけどな」と照れ隠しなのか、恥かしそうな彼の声が後から着いて来た。
いがみ合いでさえ他人の事なら笑ってしまう人がいるのに。そんな破廉恥な人達すら彼は内包しようとしている。
これだけ優しい人が、なぜこんなに辛い決断をしなければならなかった。
なぜそんな決断をした人を知れずに彼を笑える。なぜ彼は、こんな風に見ず知らずの隣人達を慈しむ事が出来るのだろう?
いつの間にか私はその場から駆け出していた。
人の気配の無い三階に上がり、非常口に出てようやく気が付いた。
私は泣いていたのだ。私に微笑みかけてくれた彼の表情を思い出す。
私も彼の優しさの中にいた、分け隔て無く彼はこんな私にすら、包んでくれていた。
それがたまらなく嬉しい。心が震えたのだ。そして彼がそうしてくれたのが嬉しいのだ。
嗚呼、身体が軽い。解放と同時に見つけたのだ。
いかなる束縛も断ち切り、どのような障害も物ともしない『夢中になれるもの』を。
胸が疼き、気持ちが昂る。慣れない感情に少し戸惑ったが、大丈夫、今なら受け入れられる。
私はその日、彼に恋をした。
163のどごし ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/15(水) 23:22:33 ID:aOHfBpVC
5.5話とりあえず終わり、続いて六話行きます
164ウェハース第六話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/15(水) 23:23:44 ID:aOHfBpVC
テスト日程が全て滞りなく進み、全科目の答案が返された。
そしてテスト返却の今日、教室には憂鬱な顔の奴もいれば、満足な顔の奴もいる。
「おい、神谷。これはどういった事だ」
「ああ、俺にも不思議で仕方が無い」
机上に並べた僕の答案に僕と平沢は目を疑っていた。
「平均点未満が一つも無くて、英語に関しては七割越え?神谷、てめえタカシの事忘れたのか」
「ビビリの俺がカンニングなんてするかよ」
カンニングと聞くとタカシと蟹を思い出すのは僕だけではなかったようだ。
「……、だよなあ。ちくしょう追試俺だけかよ」
肩を落とす平沢を慰める。世界史を落としたらしい。
「でもスゲェな、お前実は勉強に目覚めたとか?」
「いや、藤松と何回か勉強したぐらいか?」
僕はもう藤松さんに『さん』を付けなくなっていた。本当は名前で呼ぶのが普通なんだろうけど藤松さんに注意されない限りこう呼んでいる。
「はあ、いきなり何を言い出すかと思ったら……。おい、神谷。お前……」
平沢が何かを言おうとした時、肩を叩かれた。
「真治君、テストどうだった?」
「おっす、藤松。おかげさまで赤点無しだ!」
「あはは、目標低いよ真治君」
「……」
机の上に散乱している答案を纏めて、藤松さんに見せる。
藤松さんは感心しながら答案に目を通していく。気付くと、その動作を平沢は険しい表情で見つめていた。
「へぇ、ホントだ。でもさこれ赤点っていうより平均点未満が無いね」
微笑みながら藤松さんは机の上で答案をある程度纏めてから僕に返す。
「二週間前から意識して勉強したらもっと伸びるよ」
そう言ってウフッと笑う彼女がものすごく頼もしく見えた。なぜか唇にばかりに視線が行ってしまう自分が情けない。
「あー、オホン!藤松さん、悪いけど今日はコイツ借りてくぜ?」
そう言って平沢が肩を組んできた。
「えっ?」と藤松さんは驚く。
「それ聞きに来たんだろ?悪いね、最近コイツ付き合い悪いんだよね。おい神谷、今日ぐらいは俺を慰めてくれよ」
平沢は目配せする。そういえば最近藤松さんに掛かりっぱなしで平沢と遊んでいない。
「ああ、そうだな。悪い、藤松今日はコイツに付き合う」
「そう。でも今日は穂波ちゃん迎えに行くんじゃないの?」
藤松さんは薄い笑みを浮かべながら平沢に言う。
「今日は午前で終わるし、コイツとブラブラして時間潰してから行っても大丈夫だよ」
「そうなんだ、分かった」
彼女は表情を曇らせる。なんだか一緒に帰れないだけでここまで落ち込んでくれるのは少し嬉しい。
それから藤松さんは僕を顔を見つめた後、平沢に微笑んで席に戻っていった。
「お前ら、仲いいな」
平沢はニヤニヤしながら僕の肩を殴った。僕は少し躊躇って、うるせえ、と平沢の肩を殴った。

165ウェハース第六話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/15(水) 23:24:14 ID:aOHfBpVC
テストが終わって、明日は土曜と来たらもう学生としては遊ぶしかない。
地元までは同じなので平沢とは駅も同じだ。
「サイゼで飯でも食おうぜ」
平沢のリクエストでのファミレスに寄る事になった。
昼食を食べ終え、僕が二回目のドリンクを補充して帰ってくると平沢が神妙な面持ちになっていた。
「どうしたんだよ、なんかあったのか?」
「藤松さんはあんなに笑う人だったけなと思ってさ」
やはり、そうなのだろう。藤松さんはよく笑うようになった。
それは感覚的にも、動作からだって分かるレベルだ。
変わってきているのか?分からない。まだそこまで彼女の今までを知らない。
そう、僕はまだ知らない、彼女が僕に引かれた理由も、彼女が僕に尽くしてくれる理由も。
「人が嬉しそうに笑ってる顔ってのは見てて楽しいけど、藤松さんほどの人の笑顔になると……、なんか、こう胸に迫るものがあるよな」
ただただ、同感するだけだ。人を惹き付ける人。平沢にしたって、藤松さんにしたってそう言った魅力がある。
僕には無い魅力が。
「何にしたって、お前にしちゃ上手く立ち回ったな」
「何もしてない、向こうが勝手に惚れて、尽くしてくれてるだけだ」
「そういうのを、上手く立ち回ったって言うんだよ」
そういうものだろうか。
「ところでさ」平沢が話を切り返す。
「お前さ、藤松さんからなんか俺に関して聞いてる?」
別に、とだけ答える。思い当たる節は無い。それから続けて「例えば?」と聞き返す。
平沢は少し困った風に笑うと「うーん」と歯切れが悪い返事をする。
「何だよ、はっきりしないな」と本心を告げる。
「あー、うん。まあ仕方ないか」
勝手に納得する平沢、何なんだ一体?
「神谷、俺お前の彼女から嫌われてるわ」
はぁ?と僕はクエスチョンマークを浮かべる。平沢はメロンソーダを一口飲むと腕を組んだ。
「学校でさ、お前と一緒にいると睨まれるんだよね」
学校で僕といると?僕は聞き返した。
「ああ、今日の学校の時みたくお前と喋ってる時に藤松さんを見たらスゲー睨んでるんだ」
睨んでいるというのは凶相の一種だ。人に向けるようなものではない。それも藤松さんほどの人が他人対して見せるものではない。
「でもさっきは笑ってたじゃないか」
分かってねえな、と平沢。
「目が笑ってねえんだよ、あいつ」
ついにはアイツ呼ばわりだ。
でも、平沢は人を見る目はあると僕は思っている。今までだって、そうだったのだから。
でもどんな事にだって例外や間違いはある。今回もそうかもしれない。用は僕が見極めればいいんだ。
「悪い事は言わない、用心しろ。アイツは、藤松は難しい」
気を使ったのか平沢は藤松と言い直す。
「ああ。たまにそう思う」
これは正直な気持ちである。

166ウェハース第六話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/15(水) 23:24:48 ID:aOHfBpVC
分からない理由が山積しているが、でも今はなぜ平沢を嫌っているのか気になる。
ちょっかいを出したわけでも、嫌悪感を露わにして彼女を刺激したわけでもない。
では何をした。
平沢は気が置けない人以外には滅多に本音を見せる事はない。
だから滅多に人と衝突することも無い。
というか、基本的には人当たりがいいので衝突しているのは見たのは教師達ぐらいだ。
だとすると、単純に藤松さんが平沢の事が嫌いなだけ?何もされていないのに?
それもありえない。そんな事で人を嫌いになる人ではないのが僕にだって分かっている。
やはり考えれるのは平沢の何らかのアクションが彼女の気に障った、ぐらいか?
「平沢が……何かしたってのは、無いな」口に出してみたが、やはりそれも考えられない。
「当たり前だろ」と平沢は苦笑する。
聞いてみるのが早いか。僕に解決できる問題ならそれを正せばいいだけの話だ。
しかし、頭が痛い。仲のいい友人と交際中の人が仲が悪いなんて、気まずい事この上ない。
「眉間に皺が寄ってるぜ?」
問題の当人でもあるコイツがこんな調子だから、やはり頭が痛い。
「何にしろ、お前が選べよ」
「何が?」
「藤松さんの気持ちを知ろうとするか、どうかだよ」
そんなの……。
「そんなの、知りたいに決まってるだろ」
平沢は溜息を吐いて、人差し指を眉間に当てて少し何かを考えているように見せた。本当に分からない奴だ。
「難しいだろうな」平沢は溜息を吐きながら、一緒に言葉を吐き出す。
「何を考えているか分からない奴を相手にするのは、難しいぞ」
「それなら俺は慣れてる。お前のおかげでな」
なんだよ、それ、と平沢は呆れた顔になる。
やはり気付いていなかったのかコイツ。
「少しは……、気にしたほうがいいよお前」
「そうかなぁ、俺ってそんなに重いか?」
「思い?」僕は思わず聞き返す。
「ああ、だって今の『難しい』っていうの藤松さんと一緒に考えたんだろお前」
それはそうだけど、僕は言葉を詰まらせる。そういう意味だったのか?
「だったらそういう事だよ」
頭を抱えてしまう。『重い』って何なんだ。
「なあ、重いってどういうんだ?」
まずは小さなことから始めよう。そこから、そこからでも遅くは無い筈だ。
平沢と分かれたのは五時過ぎだった。保育園に迎えに行くには充分な時間だ。
保育園に向かうまでの間、藤松さんの事を考えていた。
僕は付き合っている人のことを何も知らない。おかしな話だ。

167ウェハース第六話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/15(水) 23:25:08 ID:aOHfBpVC
空は微かに赤みを帯び始めていた。
「今日は晩飯何にしようかな?」
囁く程度の声で考えてもいない事を口にする。
頭の中は分からない事だらけだ。この三週間ぐらいでここまで問題に抱えるなんて、迂闊にも程がある。
保育園に着くと、やけに騒がしいのに気が付いた。
保育園に入り、いつもの保母さんに迎えに来た事を告げると保母さんは二人の名前を呼んだ
「穂波ちゃん、小町ちゃーん。真治君来たわよー!」
驚いて間もなく穂波を連れて制服姿の彼女が来た。
「えっ!?なんで?どうして!?」
藤松はウフッと笑って、手を繋いできた穂波に目配せした。穂波も笑っている。
「さっきね、たまたま通りかかったら穂波ちゃんに見つかって…」
「ほなみがね!あそぼーってさそったの!!」
「さそったのって、お前……」
あらあら、と年配の保母さんも上機嫌な様子で話に加わる。
「穂波ちゃんの知り合いらしいから園内に入れたのよ。可愛い子だったし、みんなにも気に入られたみたいだしね」
それに可愛い子は必須条件だったのだろうか?
「よかったの?」
「ええ」と微笑を湛えたまま彼女はじゃれる穂波をあやす。
「おにいちゃん、帰ろう?」
「えっ?ああ、それじゃあ僕らはこれで」
「はいはい、またね穂波ちゃん」
穂波が手を振ったのを見て僕は保育園を後にした。
すぐに追いかけてきた穂波と手を繋ぐ。
穂波の左手には藤松さんが手を繋いで、右手は僕を繋げている。穂波は嬉しそうにしているのを見て自然と頬が緩んだ。
「じつはね、お昼ご飯の材料買いに行った帰りにたまたま通りかかって、穂波ちゃんを見つけたの。それで挨拶ぐらいに済ましておこうって思ったんだけど、ついついね。遊びすぎちゃった」
苦笑いを浮かべる彼女に穂波は面白かったねえ、とフォローのつもりなのか言葉を掛ける。
「藤松さんに落ち度は無いよ、保母さんもああ言ってたし」
「ねえねえ!おにいちゃん!!」
そう言って穂波が僕の手をぐいぐいと手を引っ張る。
「今日、おねえちゃんとよるごはん食べたい……」
穂波は上目遣いで訴えてくる。藤松さんの方を見ると僕を心配そうに見つめていた。
多分僕が来る前にもう穂波が彼女に先約を告げていたのだろう。
「いいの?藤松さん」
穂波は次に彼女の方を見上げる。
「うん、さっき約束したもんね?穂波ちゃん」
「うん!!」
穂波の笑みが眩しい。
「ほなちゃん、家まで競争しようか!」
「うん!するー!!」
僕は藤松さんに鍵を渡すと二人は駆け出した。楽しそうな二人を見て思わず心が和む。
それにしても……。
「それにしても、材料買わなかったのかなあ」
168のどごし ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/15(水) 23:26:33 ID:aOHfBpVC
ウェハース第六話投稿終了です
短くてすみません
それでは、また明日会えたらよろしくお願いします
169名無しさん@ピンキー:2010/09/15(水) 23:27:44 ID:u37DiqZU
>>151
HPを載せてくれ
170名無しさん@ピンキー:2010/09/15(水) 23:28:57 ID:dMs97KZM
ググレカス
171151:2010/09/15(水) 23:53:01 ID:Q6pYU5sm
まぁ、ヤンデレ家族とうてばでてきますよ。

規制解除されて嬉しい!
172名無しさん@ピンキー:2010/09/16(木) 00:09:28 ID:iBHQY1kG
GJ!
俺的にはヤンぼうよりもリバースの作者のHP載せてほしい。
探しても出てこないんだが…。
173名無しさん@ピンキー:2010/09/16(木) 00:31:24 ID:yiD6SHRL
>>170お前罵倒しかできないの?


かわいそう………
174名無しさん@ピンキー:2010/09/16(木) 04:31:17 ID:9/MLIfpe
ウェハースの投稿は速えな、速いといっても作品が雑になってないのがすごいな
175名無しさん@ピンキー:2010/09/16(木) 05:27:00 ID:qRoP77HT
>>173
ググレカスが罵倒ならお前掲示板なんて見れないぞww
176名無しさん@ピンキー:2010/09/16(木) 07:00:41 ID:ydCvItzu
ようやく規制から開放された…………!!
177名無しさん@ピンキー:2010/09/16(木) 10:15:19 ID:8zL0FPMW
ウェハースgj!
>>174
何気に作者の作品を通してのメッセージがエグいのもスゴいよなwww
178名無しさん@ピンキー:2010/09/16(木) 23:30:09 ID:Au0F59gI
今日は投稿なしか
179ヤンデレの娘さん 恋敵の巻:2010/09/16(木) 23:37:14 ID:gqlJWWuV
 こんばんわ、「ヤンデレの娘さん」のモノです。(作者だからお父さん、ですかね?)
 今回はいつもよりちょっとだけ短め。皆さまの息抜きや暇つぶしになればと思います。
 昼ドラのお約束、「この泥棒猫!」って奴です。
180ヤンデレの娘さん 恋敵の巻:2010/09/16(木) 23:38:18 ID:gqlJWWuV
 少女には、片思いの相手が居た。
 その相手は料理部にしばしば助っ人に来てくれる二年生の先輩。
 御神千里(みかみせんり)
 一見すると眠そうな目元の持ち主で、実際居眠りの常習犯らしい。
 けれど背は高く、容貌は悪くない。
 「分からないコトとかあったら言ってねー、協力するからさー」
 いかにも気楽そうに、間延びした口調でそう言って―――料理のことにはズブの素人だった少女に、一生懸命親身になって教えてくれた。
 その時の嬉しさが、恋愛感情に変わるのにさほど時間はかからなかった。
 学年が離れている上、掴みどころのない人なので、アプローチは難しかった。
 何やら最近彼女が出来たとかいう話があるが、そんなことは関係ない。
 あんな地味っ子よりも自分の方が容姿面で優っている―――筈と彼女は思った。
 『たとえ付き合っていたとしても』
 と、少女は思う。
 『チューして押し倒しちゃえば、御神先輩であろうとどうにでも籠絡できるのですよ!』
 案ずるよりも産むが易し。
 当たって砕けろ、レッツ告白!
 と、言うわけでこの放課後、少女は御神先輩に告白しようとドキドキワクワクしながら、呼びだした彼の元に向かっていたのだが―――
 「…河合直子さん」
 少女こと、河合直子はいきなり背後から話しかけられた。
 「…一年三組出席番号三番、血液型B型、身長175cm、体重45キロ、得意科目は理科、苦手科目は数学、そして―――ここの所やけに2年生の先輩であるところの御神千里くんに色目を使う河合直子さん」
 ささやくようなか細い声音はまるで幽霊。
 直子は恐る恐る振りかえった。
 窓から差し込む夕焼けに照らされた、1人の少女が居た。
 真っ白な肌。
 触れれば折れてしまいそうな、小柄で華奢な体躯。
 今時珍しい、腰まで届くほどの長い黒髪。
 そして、その瞳には、逆光のせいか一切の生気が宿っていないように見える。
 先輩と付き合っているという噂の、件の地味娘である。
 名前は確か―――
 「…緋月三日(ひづきみか)…」
 「…先輩、をお忘れですよ。河合後輩」
 そう言って、彼女は一歩近づく。
 ズッ、と何かを引きずる音。
 「…ご存知、ですよね?私と最愛の御神くんが名実ともに永遠の愛で結ばれていることを。事情通情報通のあなたのお耳に入らないはずがない。
 …それなのに、何かにつけて御神くんに接触したり密着したり揚句の果てには腕を絡ませたり。無神経―――の一言では説明できませんよね?
 …その上、今日は御神くんを空き教室に待たせてどうしようと言うのです?まさか、愛の告白、なんて言いませんよね?」
 怒りもせず、笑いもせず、緋月三日は言う。
 「そうだ、と言ったら?」
 不敵な笑みを顔に作り、直子は言う。
 「私はあの人に恋をしている!抑えきれないほどの激情が、この胸で暴れてるんですよ!それを『恋人がいるから』なんて理由で止められてたまりますか!
 大体、あなたみたいな地味な人、先輩の恋人にふさわしくないんですよ!先輩にはもっと明るく華やかで胸の大きい女がふさわしい!おや、どこかにそんな女が居た―――と思ったら私でした!」
 勢いのまま、直子は目の前の少女に向かって激情を吐きだした。
 「そうですか…」
 それに対し三日は何ら動揺する様子も見せず、直子に近付き、手に持ったモノを両手で正面に向け―――ることはできなかったので肩に担いだ。
 「…河合さん、あなたの気持ちは痛いほど分かる。それでも私は、あなたを許さない」
 言って三日は手に持ったモノを振りおろした!
181ヤンデレの娘さん 恋敵の巻:2010/09/16(木) 23:39:07 ID:gqlJWWuV
 ド!と重い衝撃が廊下にたたきつけられる。
 それは大鉈だ。
 こんなものが当たれば怪我では済まない。そんなものを、この女は直子に向かって躊躇なく振りおろした!
 当たりこそしなかったものの、直子の本能が警鐘を鳴らす。
 逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!
 咄嗟に走り出す直子。
 「フハハハハハ!その武器がどれほど強力であろうとも、逃げ切ってしまえば、告白さえしてしまえばよいのです!勝ちなのです!!」
 ブン!ブン!と走る直子の背に、空振った鉈が振るわれる音が聞こえる。
 階段を全力でのぼり、廊下を走る。
 全力で走るさなかにも、ズ、ズ、という鉈を引きずる音が聞こえる。
 不運なことに、直子は運動のできるタイプではなかった。
 すぐに息が切れてしまう。
 「だ、駄目…。もう無理…」
 そして、不運なことに彼女はヘタレだった。
 いくばくか走ったところでとうとう足を止めてしまう。
 そうしているうちにも、ズ、ズ、と鉈を引きずる音が聞こえる。
 ほとんどホラーである。
 直子の脳裏に、大鉈で切り殺される自分の姿が浮かぶ。
 ズ、ズ、という音が少しずつ近づいて来る。
 どこまで近づいてきているのだろう。
 振りかえりたくなる衝動。
 振りかえりたくないという恐怖。
 悲鳴を上げずにいられるのが、直子自身でも不思議だった。
 そうこうしているうちにもズ、ズ、という音が近づいていき――――止まった。
 止まった。
 もう、「しーん」という擬音が欲しいぐらい完璧に。
 恐る恐る直子が振りかえると、そこには三日がいた。
 ただし、自分と同様に足を止めた三日が。
 いや、直子よりも酷いかもしれない。
 三日はその場にぺたりと女の子座りをし、頬を上気させ、空気を求めて喘いでいる。
 まるで事後、というよりは全力疾走した後のようだ。
 いや、実際したのだろうが。
 弱りすぎにも程があった。
 「緋月三日―――先輩?」
 思わず怪訝そうに言う直子。
 「…な、鉈が…鉈が、重くて…」
 息も絶え絶えに言う三日。
 確かに、直子と違って三日の手には鉈がある。
 あんな細腕でよくこんな大きな鉈なんて振るえたものだと思ったが―――やっぱり細腕だったらしい。
 「・・・」
 どうしよう、と直子は思った。
 今ならこのまま三日を見捨てて御神の元にたどり着くのは簡単そうだが、そうすると妙な罪悪感が生まれそうな予感がした。
 たとえるなら、自分が獅子なのに脆弱で病弱な子ウサギどころでない小動物を相手に全力を尽くしてミンチになるほど叩き潰すような感じだろうか。
 「こーら」
 その時、間延びした口調の救世主が現れた。
182ヤンデレの娘さん 恋敵の巻:2010/09/16(木) 23:39:43 ID:gqlJWWuV
 直子の想い人、そして三日の恋人の御神千里である。
 「御神先輩!」
 直子は思わず叫んだが、御神はあっさりそれをスルーし、一直線に三日の元に向かう。
 「河合さん待ってたら、廊下が騒がしくなったんで来てみたら…」
 ひょい、と御神は三日の手から鉈をとった。
 「駄目だろー、ひづきん。こんなモノ盗み出して、その上後輩追っかけ回したりしちゃぁ」
 論点がズレてるのか、合っているのか分からないお説教をかましだす御神。
 って言うかこの光景だけで何があったか分かるのかと。
 「…で、でも、御神くんを惑わす雌狐は…しっかりきっちり排除しないと…」
 息も絶え絶えのままそう言う三日。
 「お前の場合さー、排除するんじゃなくてされる側だろ?元々そんな某ひ○らし的大鉈なんてまともに扱う腕力なんて無いんだし、河合さんがちょっと本気だしたら返り討ちっしょ?」
 そう言えば、さっき大鉈を振るった時もかなりフラフラだったような気がする。
 良く考えれば、振りおろしたのも、むしろ肩から落っこちたようにも見えたし。
 怖がる必要は無かったのかと色々と複雑な気分になる直子である。
 「ええっと、河合さん。そちらは大丈夫?コイツに何かされてない?ってか、コイツに何もしてない?」
 と、そこで初めて御神は直子の方を向いた。
 「あ、はい、声掛けられて目の前で鉈振られて追いかけられただけで、大丈夫です。あと、緋月先輩には何もしてないです」
 まだ半ば混乱しながら、直子は言った。
 「そりゃ良かった。お互いにとって」
 それはそうだ。
 「河合さん、本当にごめんね。緋月の迷走を止められなかったのは俺の責任だ。コイツの分まで謝らせて欲しい」
 そう言って、(珍しく)真面目な口調でペコリと頭を下げる御神。
 「い、いえ、それは良いんです!いや、良くないけど良いんです!」
 ぶんぶか手を振って言う直子。
 そして、半ば勢いのまま言葉を続ける。
 「先輩!私、御神先輩のこと好きです!好きです!大好きです!超愛してます!だから付き合って下さい!」
 それは、御神にとっては超展開以外の何物でもなかっただろう。
 一瞬、面喰ったような顔をしたが、すぐにいつもの調子で言った。
 「ゴメンね、その気持ちは嬉しいやなんでもない」
 じーっと緋月が見つめるので言い直す御神。
 「俺、コイツの恋人だから」
 と、緋月を指さすのである。
 「なら、別れるまで待ちます!いつまでも待ちます!」
 「悪いけど、向こう100年位別れる予定無い。って言うかコイツが離してくれそうにない」
 「無理矢理付き合わされてるんですね!なら私が解放してあげます!って言うかそいつ抹殺します!」
 「ゴメン、そしたら俺、即君の敵になるや」
 そう言って、御神は緋月の体を持ち上げた。
 いわゆるお姫様だっこである。
 「障子紙より弱いくせに思いっきり頑張る方向間違えて人に迷惑かける奴だけど、それでも可愛い所あるから」
 そう、えらく幸せそうな顔で言うのである。
 「だから、君とは付き合えない」
 御神からの最後の言葉に、直子の恋心はボッキリと折られたのであった。








183ヤンデレの娘さん 恋敵の巻:2010/09/16(木) 23:40:10 ID:gqlJWWuV
 おまけ

 数日後

 「ふははははは!この河合直子、一回や二回フラれたくらいで諦めてなるものですか!恋心は死なんよ!何度でも蘇る!なのです!」

 「…御神くん、アレ殺しちゃダメですか?」

 「……止めときなって」
184ヤンデレの娘さん 恋敵の巻:2010/09/16(木) 23:43:18 ID:gqlJWWuV
 以上になります。
 今回はキャラが少なくて、他のコたちが好きな人には申し訳ありません。
 台詞のみ登場の連中もいずれ何らかの形で活躍させたいと思っています。
 それでは。
185名無しさん@ピンキー:2010/09/16(木) 23:56:39 ID:5wNfWyXe
gjっす
186名無しさん@ピンキー:2010/09/17(金) 02:16:27 ID:LoVGTkVA
wikiの絵についてなんだけど完結してない現行してる作品の絵は控えてくれないかな…
187名無しさん@ピンキー:2010/09/17(金) 03:33:16 ID:eUJkmDJG
何言ってんだ馬鹿野郎
イラスト支援が作者の活力になるという事が分からんのか
嫌なら見なけりゃいいだけの話
188名無しさん@ピンキー:2010/09/17(金) 04:00:05 ID:HI09WjdS
何言ってんだ馬鹿野郎
イラスト支援(笑)が厨房の活力になるという事が分からんのか
絵師気取りが死ねばいいだけの話
189名無しさん@ピンキー:2010/09/17(金) 04:26:32 ID:eUJkmDJG
何だ、何でもいいから荒らす糸口が欲しかっただけか
190名無しさん@ピンキー:2010/09/17(金) 04:30:34 ID:ReLjpaV5
>>184
GJ!
貧弱すぎて泥棒猫にまで心配されるヤンデレ娘とかなにそれ萌える……
その反動か御神君の男前っぷりがステキなことになってるし。


>>186-188
支援としてのイラスト投下には、なんも問題あるまいよ。
っつーかそんなことで議論する方が、作者のモチベ削るし、厨房の雑談を招くし。
普通にSSとおなじようにルール守って投下されるなら、それでいいじゃんか?
191名無しさん@ピンキー:2010/09/17(金) 04:53:06 ID:gdYsqCPZ
>>189
何でも荒らし認定して誤魔化すのはどうかと。
>>190
自分も書き手だけど確かに嬉しいとは思うよ。
でも自分の想像するイメージとかけ離れた絵が多くて
書いてる途中のSSのイメージがごちゃごちゃになったりとかあった。
あくまで個人の意見です。
192sage:2010/09/17(金) 05:13:35 ID:aMctF97K
別に作者に口出ししないならいいんじゃね?
193名無しさん@ピンキー:2010/09/17(金) 05:14:44 ID:aMctF97K
ミスったw
194名無しさん@ピンキー:2010/09/17(金) 05:24:04 ID:bS7OftPv
>>191自分のイメージなんて曖昧なもん出されてもな
絵なんてここに投下されてねーしスレチ何だよハゲwikiのBBSでやれチンカス
195名無しさん@ピンキー:2010/09/17(金) 05:35:08 ID:gdYsqCPZ
>>194
せっかく投下してくれたんだから全部見ようと思ってたんだ悪かったね
ごめん
素直クールで頭冷やしてくるよ
荒れそうだからもう黙っとく
196名無しさん@ピンキー:2010/09/17(金) 05:53:17 ID:PMZHWs3C
こんなナルシストのオナニー野郎にキャラクターデザイン(笑)で粘着される方がよっぽど作者のモチベ削れると思うが

124 名前: Nice@名無し 2010/09/06(月) 23:23:55 ID:QsctEw6w0
ヤンデレ家族フィナーレおめでとうございます
ttp://freedeai.saloon.jp/up/src/up1925.jpg
ttp://freedeai.saloon.jp/up/src/up1926.jpg

完結記念に作者様にご感想を。
ヤンデレ家族と傍観者の兄のテーマに帰結した楽しめる作品でした。
予想していたシナリオに近いものだったので、余計にそう感じるのかもしれません。
(ラストのシーンがやっぱりジミー君が一人プラモで作ってるっていう予想が大当たりでした。)
傍観者が主人公であること、ヤンデレ家族が物語りの軸になること、
魅力的なキャラクターがどんどん出てきてもそこはぶれていなかったのが素敵でした。
連載中IFの話を読む限り、(物語の)人々は過去がどうあれ今の現実と日常・人付き合いを大事にすべき・・・
という暗喩が含まれていると思っていましたが。

キャラクターデザイン面で言えば、
ジミー・ロマンス:90年代ギャルゲー主人公タイプ(東鳩1タイプ)
弟:2000年代ギャルゲー主人公タイプ(東鳩2タイプ)
妹:可愛い普通の妹
葉月さん:物語のエンジン役?美人
などなど勝手に憶測してました。
キャラクター重視の後日談とかあれば読みたい位どのキャラも良かったです。

最後に完結お疲れ様・おめでとうございます。
197151:2010/09/17(金) 06:20:50 ID:mZPEkwSH
まぁ、ヤンデレ家族とうてばでてきますよ。

規制解除されて嬉しい!
198名無しさん@ピンキー:2010/09/17(金) 06:25:19 ID:mZPEkwSH
ミスった
199名無しさん@ピンキー:2010/09/17(金) 06:34:09 ID:V+yWla2H
>>183
まったりするなあ。この雰囲気はいい。
200名無しさん@ピンキー:2010/09/17(金) 06:44:14 ID:A2viycCq
>>196
うわぁ・・キャラクターデザインとか鳥肌出たわ
こいつラノベ絵師のつもりか?
SSスレに寄生する絵描きってまともなのが居ないな
201名無しさん@ピンキー:2010/09/17(金) 08:52:26 ID:lwcuutaQ
>>197
前も同じこと書き込んでたろ。ヤンデレ家族に執着しすぎだ
別にここは「ヤンデレ家族」スレじゃないんだぜ
202名無しさん@ピンキー:2010/09/17(金) 09:48:40 ID:ULc9Fdet
そんなにヤンデレ家族の作者に執着してんならネトラレSSに逝けば良いやん
203名無しさん@ピンキー:2010/09/17(金) 10:12:36 ID:x+FPh/3N
216 名無しさん@ピンキー sage 2010/03/21(日) 08:53:54 ID:+QyNgfR6
批判や文句で職人叩いて追い出して居心地よくなった連中が
今度は書き手になりすまして追い出しを自己正当化してるような
某スレ数日前の気持ちのわるい書き込みの流れにうんざり
541 名無しさん@ピンキー sage 2010/09/04(土) 23:39:52 ID:5LkDemNg
自分がここまでメンタルに左右される人間だとは思わなかった。
自演騒ぎやスレ住人同士のちょっとした言い争い(すぐ沈静化したけど)を目の当たりにして「なんだかなー」って感じになって、あからさまに投下速度が落ちていくんだ、これが。どんだけ精神力弱いんだ、俺。
165 名無しさん@ピンキー sage 2010/09/11(土) 20:17:11 ID:h8NmSlbU
なんか書き手を追いかけて他スレを荒らせって唆されてるみたく感じるのは気のせいだよな
ヤンデレスレなんかは一月も貰えりゃ廃墟にする自信はあるがね
自己主張の強い書き手に、度し難いまでに利己的な住民
今のあそこは、当時のここ以上に危険な状況にあるよ
でも、俺には関係のないスレだから関わるつもりなど全くないよ
ただ似たような悲劇だけは二度と起こしてもらいたくないな
これは一書き手としての本心だ
204のどごし ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/17(金) 10:59:46 ID:9UEy9fHN
昨日書きながら寝オチしてしまった
せっかく一日一回更新できてたのに……
私事ですが、「私立探偵濱マイク」のDVDボックスを買ったのですが、OPのスプレーのシーンが…残念です
まあ、面白いからいいんだけどね
それでは投下行きます
205ウェハース第七話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/17(金) 11:01:55 ID:9UEy9fHN
夏休みに入って三週間。僕たちは休みを謳歌していた。授業のある学校生活より疲れ果てて毎日家に帰ると泥のように眠り、そしてまた体
力のギリギリまで遊びに行くという地獄の鉄人レースのような毎日を繰り返していた。
今日も平沢、武藤と隣町の山の麓にある河川敷にまで遊びに出かけた。
「やべー……、足折れたかも知れねえ」
武藤は暗くなり、山を降りた頃から足が痛い、折れただの五月蝿い。
「マジ折れたかも、ちょい見てくれよ」
「馬鹿野郎、この暗さでお前の臭い足見ても何にもわかんねえよ……」
お前が押したせいだろ、と武藤は半べそをかいて言う。
昼間、高低差のあるちょっとした滝のようになっている所から僕たちは飛び降りたりしていた。
しかし僕たちの中で『ピグレットよりチキン』と評判のピグレット武藤がそれを躊躇っていた。平沢はその様子に業を煮やし、武藤の背中
を押したのだ。
ここまでなら、まぁよくある話なんだが、武藤は引きの悪さもあり、一時期イーヨー武藤とも呼ばれていたぐらいだ。そして今回もその引
きの悪さを発揮してしまった。
彼はなぜか着地してしまったのだ。深くなっている底まで行かず、水深三十センチぐらいの所に足を着いてしまい、慣性の法則に従い運動
エネルギーを吸収するという大技を水のクッションを使わず自分の身一つでやってしまったのだ。
膝を曲げ、腰を落としても、顔だけは水面から出ていた彼を見て、僕と平沢は腹を抱えて笑っていた。
それが今になってこんな風にグチグチと文句を言うだけになってしまった。
僕と平沢が疲れ果て、あまり相手にしなかったのにも起因しているのかもしれない。
まあ、多分大丈夫だろう。
やっと山を下り、街灯がちらほら見え始めた頃にはもう夕闇が辺りを包んでいた。
「おい、頼むよ神谷、平沢ついに無視し始めたからさぁ」
いい加減五月蝿いので僕が診る事にした。
僕は武藤の足を見て、度肝を抜かれた。明らかに左右バランスがおかしい。
左足は普通なのだが、右足がまるで超人ハルクの様に青々として肥大化している。思わず言葉を失う。多分こんな場所で使う言葉では無い
が、その光景はまさに壮観の一言に尽きる。
「おい、平沢」
「ん……、うわ」
平沢の小さな「うわ」という言葉が惨劇を物語っていた。
なんかもうどこぞのサッカー漫画の日向くんみたいなバランスになっている。
「おい、何だよ。どうなってんだよ?」
こ、これは……。
「お、折れてるな」
「ああ、間違いない。アイツどんだけだよ」
平沢が舌打ちをする。お前が押したせいだろ。
「しかし、すごいな」
「俺なんか今ブランカ思い出したわ」
「俺はハルク」
「結局、緑じゃねえか」
小さい声で確認を取って、武藤に出来るだけオブラートに包んで事実を告げた。
「武藤、右足もんっすごい折れてる」
武藤は青い顔で、嘘だろ、と訊ねてきたから僕らは首を横に振ってから平沢が言った。
「お前右足だけブランカみたいになってる」
僕はハルクの方が合ってると思うんだけどなあ、まあこの際一緒か。
武藤はその後失禁し、僕らは病院まで武藤を運び、病院で武藤の両親に頭を下げてから家に帰った。
206ウェハース第七話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/17(金) 11:05:01 ID:9UEy9fHN
昨日の事件により、僕らはいったん身体を休める事に集中するようにした。
というか事件により地元にいる平沢と武藤の身動きが取れなくなったのがデカイ。
事件の翌日の今日、十一時間も寝ていた僕はある事を思い出した。
「夏休みの宿題、やらなきゃ……」
そうしてそれから晩御飯を食べて二時間後の今、僕は頭を抱えていた。
英語、国語は両面印刷で十枚、化学、数学U、B、物理、生物は小冊子一冊ずつ、世界史にいたっては自分の興味の持った歴史上の出来事を深く調べる。といってレポート十枚を義務付けられている。
「無理だな、これは」
いっその事シュレッダーに掛けるかどうか迷っていた時、携帯が鳴った。
画面には『藤松さん』と表示されている。
藤松さん……小町さんとは夏休みに入って今から一週間前に遊んだだけで、それ以外は電話でしか話していない。
僕は通話ボタンを押して、携帯に耳を当てた。
「もしもし、藤松ですけど……」
携帯に携帯から電話してるんだからそりゃ小町さんでしょ、なんて事が浮かんだが口からは出さなかった。
「うん、どした?」
「えっとね、明日空いてるかなって思って、私も真治君に会いたいし……」
「小町さん、ごめん」
「えっ……?」
不安がこぼれた声になる。なんでそんな泣きそうな声を出すんだ小町さん。
「……夏休みの宿題、手伝って」
「えっ?えっ?」
電話の向こうはパニックに陥っている。
余計な事するんじゃなかった。煩わしく思いながら僕は現状の説明を彼女を落ち着かせるのと同時進行ですることにした。
「……というわけで、二時間でした事は呼吸と瞬きと自己嫌悪だけだ」
説明に五分も掛けてしまった。電話の向こうの小町さんはようやく落ち着きを取り戻し、今ではクスクスと可愛らしい笑い声を僕の耳にこだまさせている。
僕は声フェチなのかもしれないと一瞬思ったけど、あまりにどうでもいい事だな、とすぐに思いをかき消した。
「うん。分かった」
やっと分かってくれたようだ、これでやっと宿題をシュレッダーに掛ける事ができる。
「明日から宿題付き合ってあげるね」
「へ?いいの?だって俺まだなーんもやってないよ?本当だよ?シャーペンの炭素も付けてないよ?」
「うん。私もう終わっちゃったし」
スゴイ。やっぱり出来る子ってスゴイ。
「もうね、一生付いてく。ありがとう小町さん……」
「それほどでも……あるかな?えへへ」
ああ、クエスチョンマークってなんて偉大なんだろう?電話の向こうではにかむ彼女の顔が容易に想像出来る。
「それじゃ、明日朝の……、八時からでいい?」
僕は驚いて、思わず聞き返した
「は!八時ぃ!?」
向こうの彼女は不思議そうな声の様子でえっ、というと「だって、早く会いたいじゃない?」と続けた。
にしたって八時は早すぎるだろ。なんとか用事がある振りをして時間をズラすか。
「穂波も送らなきゃいけないし、昼ごはん食べてからにしない?」
小町さんは逡巡の後、「じゃあお昼に会おうよ」と言った。
これは何だろう、昼ご飯一緒に食べようよ?って意味なんだろうか?

207ウェハース第七話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/17(金) 11:07:04 ID:9UEy9fHN
「お昼ごはん、一緒に食べたほうがきっと美味しいよ?」
そういう意味だった。
それから、なぜかミスター味っ子を思い出した。いや忘れてくれ。
昼は確かに両親はいないけど……、お昼の家庭事情を考えていると、彼女の家の事情を思い出した。
誰もいない一人の食事。たまにだったらなんとも無いだろうけど、それが長い間続いて当たり前になって……、他の人ととご飯を一緒に食

べてその寂しさが急に重く感じるようになったら、僕ならきっと耐えられない。
「……、明日は一緒に食べよう小町さん」
「えっ?」
「一緒に食べたほうがきっと美味しい」
「う、うん!じゃあ……場所、どこにする?」
すっかり予定を決めた気になっていた僕は場所と聞かれて少し間を空けた。
勉強するんだし、図書館とかの方がいいよな。
「じゃあ、図書館でいい?」
「……わかった」
多分、分かっていない。そういう声の調子で言っていない。
「はぁ……、小町さん行きたいトコあるんなら言ってよ」
ほんとうにいいの?電話の向こうからの声はさながら小動物を思わせる。
「もちろん何処えなりと」
「じゃあね……」
どこでも行けるさ、なんたって今日は早めに寝るからね。と軽い気持ちで言った。それが間違い、いや失敗だった。
「真治君の家!」
「駄目だ」
「うっ、返答早いね……。なんで?」
「エッチな本隠さなきゃいけないから」
「えっ?持ってるの?」
「男子の嗜みです」
「ふーん。でもさっき『何処えなりと』って言ったよね?」
何処えなりとの部分だけ僕の声を真似て低い声で言う小町さん。似てねぇ、と僕は本音をグッと堪えた。
「うん」
「じゃあ交際中の女の子の頼み事を断るのも、嗜み?」
向こうで悪戯な笑顔を浮かべているのが分かる。それがおかしくて僕も口元だけで笑ってしまう。
「分かった、じゃあ俺んちに……えっと」
「八時!!」
「だから八時は早すぎだから!」
迅速に却下を下す。これ以上の譲歩は危険だ。その内今日からとか言い出しかね無い。
「じ、じゃあ八時半!!」
「とりあえずそれでも早すぎだから!本当に勘弁して!!」
結局議論に議論を重ねた末、僕が少し折れる事になり、約束の時間は十時に決定した。
小町さんはそれでも不服そうで、声の調子をあからさまに落としていた。
僕は電話を切る前に「さっきの声真似全然分からなかったけど?誰の真似したの?」と聞くと彼女は何も返さず、そのまま電話を切った。

208ウェハース第七話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/17(金) 11:09:20 ID:9UEy9fHN
穂波に起こされる朝は土日に限定されていたのだが、今日は土日でもないのに穂波に起こされた。
時計を見ると八時ちょっと前。まあ、いいだろう。部屋を出ると、ジメッとした空気に思わず部屋に戻りそうになった。
それでもめげずにリビングに下りると母が最近になってハマり始めたカレーライスが食卓に並んでいた。
「あら、アンタの分無いわよ?」
実にありがたい事だ。僕は心の内を悟られないようにいいよ自分でなんか拵える、と台所に立った。
朝からカレーとは強靭な胃袋だ。口も臭くなるしな。
「母さん、牛乳と一緒に食って歯磨いてから行けよ」
分かったわよ、と母さんは穂波に幼児用のスプーンを渡す。
とんだゲテモノ食いだな。
ちなみにゲテモノとは漢字で『下手物』と書く。じゃあ『上手物』もあるのかって?勿論ある。
下手物とは本来大衆向けの廉価版みたいな意味合いで使われていた。しかし戦争や時代の波などがあり、下手物は廉価版なのにさらに質を落とさなければいけなくなった。
そして下手物は使えない物、食べられない物という意味で使われるように変わっていった。
さっき、僕が母さん達の朝食に使った意味は『信じられないもの』として使った。現代ではこういう風に派生する事もある。
それから母と穂波を見送り、皿を洗い、洗濯物を干し、リビングに戻ってニュース番組の前日までの甲子園ハイライトを見ていると、インターホンが鳴った。
時計を見ると九時十五分。宅配便ってこんなに早くからやってるなんて凄いなあ、大変だなあ、と呑気に思いつつ判子を持って玄関を出ると、とても宅配便を持ってきた人に見えない格好の人物が立っていた。
割と幼く見える顔に黒髪の栄える白のシフォンワンピース。細い足が際立つ黒のタイツ、靴は可愛らしい夏を意識させるサンダル。
思わず見とれてしまう。彼女、藤原小町は自分に似合う服と言うのが十二分に分かっているらしい。
はっきり言ってジャージに白の生地に下山と黒い字がプリントされているTシャツ姿の僕とは住む世界が違うように見える。
「あぅ、えっと……」
首を可愛らしく傾げ、癖の無い彼女の表情が微笑む。
「なに照れてるの?」
クスクスと笑う彼女に照れている自分が本当に情けなかった。
「て、照れてないよ。それよりまだ九時なんだけど……」
「え?ホントに?」彼女はワザとらしく驚いてみせる。確信犯か。
ちなみに確信犯とは間違っていると分かっていて、なお実行する事では無く、本人が正しいと思って実行する事を言うらしい。
でも間違っててもやるのと、正しいと思ってやるのとは結局同じではないだろうか?
現に彼女は間違ってても自分は正しいと思ってここに来た。同じ行動をどういう角度から見るか、それだけの話だと思う。
「家の時計壊れちゃったのかな?ごめんね。ワザとじゃないんだよ?でもこのまま外にいると熱中症になるし、家は遠いし、中に入れてほしいなー」
僕はエロ本、DVDの位置を頭の中で整理し、作戦を練った。
でもなんでアダルトDVDの事を未だにAVと呼ぶんだろうか?ADになるんじゃないの?まあどうでもいいか。
溜息を吐いて、彼女を招き入れた。すれ違った時に彼女からほのかに香った匂いに少し愚息が固くなったのは秘密だ。
「ねえねえ!真治君の部屋に行っててもいいかな!?」
目をキラキラさせて小町さんは普段見せない、出さない声で尋ねてきた。
「いいけど、あんまいじるなよ?」
彼女は二回頷くと、僕の部屋に向かった。あれは絶対エロ本を探す気だな。
大丈夫、昨日あれだけシュミレーションしたんだ。僕がお茶とお菓子を持って部屋に行くまでの時間しか彼女に探す時間を与えなければ僕の勝ちだ。

209ウェハース第七話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/17(金) 11:10:44 ID:9UEy9fHN
コーヒーと牛乳を二対八の割合で混ぜ、氷を二個入れておく。
スプーンでかき混ぜるとそうしたものを入れた二つのコップを台に乗せ、シュガースティック、マシュマロ、チョコパイを乗せた皿も同じく台に乗せ、台所を出た。この間実に三分。
行ける!何の問題も無い!!急ぎすぎず、かといって慎重過ぎずといったペースで歩を進める。
部屋の前まで来た。時間は四分に手が掛かるかどうかといった所だ。
「おまたせー……」
部屋に入ると、僕のコレクションが机の上に出されていた。
「ちょっ、おま!!」
台を適当な所に置き、空しい抵抗として、本の何冊かを拾い集める。
彼女は真顔で僕を見たまま、数冊の山を分かるように叩いて見せた。
「男の子の嗜みって、案外即物的なんだね」
初めての彼氏の部屋訪問でお宝を探す彼女と言うのは少し珍しいのではないのだろうか?
っていうかどんな拷問だよ、これ。ぜったい寝る前に思い出して恥かしさのあまり胸を掻き毟るだろ。
「頼むから、大人しくしててくれ。ホント頼むから……」
なぜか勝ち誇った笑みを浮かべる彼女に、初っ端から疲労してしまった僕。
こんなんで宿題出来るのだろうか、少し不安になった。そりゃあ色んな意味で。
「それじゃ、始めようか」
「……うん」
彼女が僕の部屋に来て始めての共同作業は宿題の教え合いではなく、エロ本の整理だった。

※※※

夏休みの宿題と言うのは約四十日間の休暇の間に学力の定着及び苦手範囲の克服を目標としているのであって、物量を嘆くものではない。
宿題を終えた時に残っているのは達成感ではなく、苦手科目を克服、学力の定着による安心感であるべきだと『永遠の学徒』と称された教師が言っていた。
はっきり言おう、そんなのを感じる高校生は稀だ。多分将来の夢は「警視総監です!!」とか真顔で言っちゃうタイプだ。
僕の様な落ちこぼれた高校生にとって忌むべき存在である夏休みの宿題はそのような存在に昇華する事はこれから先も絶対にない。
いつからだろう、宿題を煩わしいものだと感じ始めたのは。小学校の頃の僕はどんな事があっても宿題を真面目に、従順にこなしていた。
鍵を忘れて締め出されても、玄関の前でやっていたぐらいだ。
多分中学に上がって、平沢達と出合った頃、穂波が生まれたぐらいからだ。少しだけ芽生えた親への反抗心、未だに分からぬ社会への稚出な知識から出来た不安。
研修に行っただけで自分達を分かった風に振舞う教師達への反抗。それらが合わさって、社会の縮図である学校へサボタージュを起こしたのだ。だからって何か変わるわけも無いのに。
「お、終わった!!」
あれから三時間で驚く事に国語の宿題が完了していた。
「はい、おつかれさま」
小町さんは僕の肩を揉んで健闘を称える。
「あー、やった。頑張った、頑張ったな俺!」
「そうだね、倒置法の問題間違えた時は心配だったけど」
僕の浅はかさを笑う彼女。でも悪い気分ではない。
「少し休憩しようよ、ね?」
彼女は急かすように僕に言う。
210ウェハース第七話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/17(金) 11:14:09 ID:9UEy9fHN

そうしようかと「よっこいしょ」と席を立つと、よろめいてしまった。小町さんの方に力が働いているのを感じる。小町さんが僕の手を掴んで引っ張っていたからだ。
僕はもうバランスを崩していた。そのまま彼女は僕を力任せに引っ張った。抱き寄せられる感じで、彼女の方に引き寄せられる。
「えへへぇ、捕まっちゃったねえ?」
そのまま彼女はベッドの方にバランスを崩す。二人してベッドに倒れると
彼女の瞳はさっき見たキラキラとした宝石ではなく、光を捕らえたまま反射する事はない宝石に見えた。
彼女の瞳に映る僕に気を取られていると、いきなり唇を奪われた。犯すような動きで侵入してくる小町さんの舌に僕は反抗することは無かった。
瞳が、宝石が僕を閉じ込めたままだったからだ。蛇に睨まれた蛙。その動けない理由を僕は体験していた。
ネチャネチャと舌が絡み合う音がどれだけ続いただろう。僕はもう骨抜きになっていて、指先まで動けなくなっていた。
「この一週間、何をしていたの?」
「えっ?」
やっと離れた口から互いに出た言葉は問う言葉とそれに戸惑う言葉。
彼女は咎めるように続ける。
「また平沢君でしょう?」
微笑みながら彼女は言う。僕は平沢の台詞を思い出していた。
『目が笑ってねえんだよ』
この大きな目が、僕を捕らえて離さない。
「真治君、あの人にばっかり付きっきりだね」
「ごめん」
僕よりも小柄な、二周りぐらい小さな彼女からの圧しに思わず謝ってしまう。
「ん?なんで謝るの?」
彼女が顔に手を伸ばしてくるのに怯えて目を瞑ってしまう。伸ばされた手は瞳の横をなぞる。
「ねえ、しようか?」
艶かしい声の調子でそう言った彼女は、僕の顔をなぞっている方とは違う手をTシャツの下から中に入れてきた。ゆっくりと上がってくるその手の侵攻を止める事なんて僕には出来なかった。
彼女は片付けた場所の一つである本棚の方に一瞥をくれると僕に尋ねた。
「あんな本見て興奮してるんだから、いいよね?」
Tシャツが捲くられていく。
「お、俺……」
彼女からの拘束からやっとのことで抜け出し、声を絞り出した。
「ん?なに?」
彼女は余裕のある微笑を浮かべ、僕の必死の声に耳を傾ける。
「……俺なんかで、いいのか?」
情けないが、本心でもある。ここまで来ても僕はまだ心の底では彼女の好意が信じられなかったのだ。
彼女は妖しい微笑を見せてからそのまま僕を抱きしめる。
耳元が濡れる。ピチョピチョと濡れる音がする。彼女が耳を舐めているのだろう。
軟骨に沿って下りていって、耳たぶに吸い付く。背中に冷たいものが走る。
「いいよ。愛しいだけじゃ不安だもの」
確かなものが欲しいの、彼女はそう続けた。
「そう、愛しいだけじゃ物足りない」
だからこれは誓いの印。
破瓜の痛みが誓いの証、ならば僕はなんの痛みを負うのだろう。
「ウフフッ」
不敵に、妖しく微笑む彼女は続けた。
「私も、ずいぶん即物的だね?」
瞬きの瞬間にある、刹那の闇が僕に呟いた。「もどれなくなるぞ」と。
211のどごし ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/17(金) 11:17:24 ID:9UEy9fHN
とりあえずこれは昨日の分
今日中にもう一話投稿したいけど……出来なかったらいきなりペースが落ちると思います
なんたって学校が始まるからね
それでは、また
212のどごし ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/17(金) 11:25:39 ID:9UEy9fHN
今読み直して、いや投稿する前にも読み直してるんだけど……
全然病んでないね、ごめんなさい
213のどごし ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/17(金) 11:49:08 ID:9UEy9fHN
すみません、小町の服で訂正があります
タイツ→ストッキングで修正お願いします
夏場にタイツとか冷え性対策かよ、暑いぞ
214名無しさん@ピンキー:2010/09/17(金) 12:00:05 ID:3JHDIA+a
ぐっじょb!
215のどごし ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/17(金) 16:23:03 ID:9UEy9fHN
いいいいいいやっっっほうううううううう!!!
書き終わったぜええええええ!!!
そんじゃ投下行きまああああああすっ!!
216ウェハース第八話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/17(金) 16:25:51 ID:9UEy9fHN
「んぐ……」
僕は両手で顔を固定され、唇を重ねられる。吸い上げられる涎と舌。流し込まれる小町さんの涎。
吐き出す事は叶わず瞳は開いて僕は捕らえたまま、小町さんの舌がそれを喉にまで押し込んでくる。
荒くなった小町さんの鼻息が彼女の状態を如実に表していた。
「っん、勉強してる時にしようかなって思ってたんだけどね……」
そう言って満足そうに微笑む彼女に掛ける言葉が見つからない。
彼女は舌なめずりをして、ワンピースを脱いだ。ブラは淡い桜色、黒いストッキングが妙に艶かしい。
「破れちゃ不味いから脱いじゃうね?」
そう言って彼女は状態を起こすと素早くストッキングを脱ぐとそれを畳んで、ベッドの下に置いた。
マウントポジションを取られても、僕は何も言わなかった。
なんだか不思議な気分だった。身体が少し浮いている様な感じがして、現実ではないと錯覚してしまう様な、甘ったるい雰囲気。それに飲まれていたのかもしれない。
「真治君も服脱いじゃおっか?」
僕の返事も聞かずに、彼女は一人で僕の服を脱がしてくれた。でも、僕が拒絶してもきっと服は彼女の手で脱がされていただろう。なぜかそう思った。
「少し、太り気味かな?」
彼女は微笑みながら、僕の乳首を口に含んだ。
「っ!」
途端、乳首が吸われた。少し痛かった。彼女は片方を終えると、もう片方の乳首も同じように吸った。
吸い終わった後、彼女の口から乳首へ細い糸が架かった。それが何となく不快に思えた。
彼女は僕の全身に舌を這わせるつもりなのか、乳首を吸い終わった後、舌をそのまま下へと這わせていった。臍の辺りまで降りると、臍の周りと、臍を舐め回し始めた。
正直言って気持ち悪かった。体中が汚されていくように思えた。一体何処まで……。
そんな事を思っていると、先程から妖しく蠢くものに気が付いた。
彼女の左手が僕のペニスをボクサーパンツ越しに摩っていたのだ。
何となくそれで終着駅を予想出来た。
彼女の顔を見ると、貪るように、一ヶ月ぶりにご飯にありついたように、一心不乱に僕の身体を舐めているのが分かる。
僕の身体は彼女の涎が反射して軌跡としてキラキラと光っていた
「フゥ、フゥ…フゥ……ッン!!」
身体を震わせた彼女の目が血走っている。禁断症状を抱える中毒者のようにも見えたその彼女の姿は学校で見せていたものでも、僕の彼女として見せていたものでもない。
彼女の今まで抑圧していた内面、本性を体現したものなのだろう。僕は恐怖による震えを止めるのに必死で彼女に対して何か行動を起こそうなどとは全く考えなかった。
怯える僕の視線に気付いたのか、彼女は努めて穏やかな笑みを浮かべると、僕のパンツをずらした。
ペニスは、いつになく勃起していて隆起する血管が少しグロテスクに見える。
なんで僕は勃起しているんだ?
興奮も、性欲も全く湧いていないのに、むしろ彼女の行為に嫌悪感すら感じていた。なのに、どうして。
「私に興奮してくれてるんだね?嬉しい」
さっきまでの顔を彼女は穏やかな笑顔で隠す。
「このままおあずけ、なんて可哀相。すぐにシてあげるね」
彼女はそういうと小さな口で僕のペニスを咥えた。
それからゆっくり上下運動を開始する。
頬を窄める彼女の顔に胸がしまった。不思議な事に切なくなったのだ。
次第に唾液が絡み始め、じゅぽじゅぽとイヤラシイ音を立てはじめた彼女のフェラチオ。
不思議と湧いてくる射精感に僕は身を震わせた。
217ウェハース第八話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/17(金) 16:27:03 ID:9UEy9fHN
「はい、ちょっと休憩」
「え?ええっ!?」
彼女は状態を起こし、腰に座って状態を起こすと戸惑う僕の手を拘束した。
そのまま素早く、僕は強引に両手を回されると両方の手首にガチャリと金属の感触と何かが締まる音がした。
「えへへ?どう動ける?」
彼女は悦に満ちた笑みを浮かべながら僕に尋ねる
「なに?これ?」
どう動かしても手が後ろで何かに繋がれて動きを限定されてしまう。
そんな僕を射精感が急かす。はち切れる寸前のそれは本能から直々の通達を伝えているのだ。
「て、手錠?」
情けない声で僕は後ろで拘束する物の名前を口にする。
「うん、正解。高かったよー、それ」
彼女は鍵を見せると、それを部屋の端に放った。
「ねえ、射精したいの?」
彼女は僕の耳元まで来るとそう囁いた。
身をよじるが彼女はそれをものともしない。いや無駄だと分かっていたのだろう。
彼女の左手が少しだけペニスを上下する。
利き腕でなく、しかも他人のものをしごいているから、その動きはどこか不器用だ。
でも、急かせる本能を刺激して追い込むには充分過ぎた。射精を間近にして焦らされすぎたのか少し尿道が痛い。
彼女は手を離し、触れていた左手を僕に見せる。僕のカウパー液が彼女の白魚の様な手に粘着して、糸を引いていた。
「ほらぁ見て。これとってもしつこい臭いがする」
彼女はそう言って液が付着している人差し指と中指を口に含む。それから味わうように口を動かし、やっとのことで呑み込む。
「射精したいんだよねえ?真治ぃ?」
「っ!!!」
彼女は足、膝の裏で、僕のペニスを挟むか挟まないかといった具合の力で包む。
「……し、したい」
「ん?聞こえない?」
「したいです。し、射精したいです……」
性欲に屈してしまった自己嫌悪から小さな言葉だけ。彼女に届く最低限の声量で言う。
「射精したいの?んー、誰にさせて欲しいの?」
二人しかいない、手が後ろで繋がれマウントポジションを取られて何も出来ない僕と、膝の裏で僕のペニスを刺激し笑っている彼女しかいないのに彼女は尋ねた。
「小町さん、にです」
勝手に「さん」が付いて出てきた。これじゃまるで奴隷だ。
「なら……」
彼女はもう一度左手を口に含むと唾を絡めたそれを僕に見せた。
「舐めなさい」
僕はそれを舐めようと必死に首を伸ばし、口を開け、舌を伸ばす。
酷く滑稽だっただろう。そこまでしても届かない所に彼女の涎で濡れた指先があった。
彼女はそれを笑ってみていた。滴る涎の糸が、必死に指先を目指す僕の舌に垂れてきた。
「美味しい?」
僕は彼女の機嫌が変わらないことを祈りながら頷きコクコクと飲んで見せた。彼女はそれを見てひどく上機嫌な笑みを見せると、手の高さを低くしてくれた。
僕はそれと同時に小町の左手にしゃぶり付く。無心で、彼女の希望を叶え、ペニスをしごいて貰うために。
少しの間彼女の手をしゃぶると彼女は僕の顎にキスをした。僕はもう気が気ではなく、射精する事しか考えていなかった。
彼女は状態をマウントに入る前、フェラチオをしていた状態に戻した。
小町は右手でペニスを掴む。それだけでもう呼吸が乱れた。
「このまま、擦ってもいいけど。手が疲れちゃった」
「えっ?」
「持っててあげるから、自分でしていいよ?」
多分嘘だろう、だって彼女は右手を数回しか使っていなかったから。
でも僕は腰を動かした。必死で動かした。
また精液が上がってくるのを感じる。精巣からジワジワと上がってくるそれに身体が震える。
あと何回かしごけば射精、といった所で彼女は手を離した。
「えっ!?なんで!!?」
驚きと恐怖が心に広がっていく。
「射精する時にね、言って欲しい事がるの?」
僕が身をよじってベッドでペニスを擦ろうとするのを膝に乗る事で彼女は阻止する。
218ウェハース第八話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/17(金) 16:28:47 ID:9UEy9fHN
「な、何でもっ!!何でも言うから!!お願い!出させて!!」
必死だった。声は大声になり、彼女に射精を懇願する。
「じゃあね、イク時に、小町愛してるって言って?」
僕は何度も頷き、了解の意思を伝える。
彼女はそれを読み取るとさっきより強くペニスを握ってくれた。
「ほら、イきなさい」
必死に腰を動かした。そして、程なくしてやっと射精。
天井に着くんじゃないかと思うほどの勢いで飛び出した精液は、彼女の顔、布団、僕の腹色んな所に飛散した。
「あっ!あっ!!」
思わず腰を浮かしてしまうほどの快感。爪先まで力が巡っていく。
「ウグッ!!、アアッ!!!こま、小町!!駄目だ!!」
彼女は僕がイって射精による快感に浸っている最中フェラチオを開始した。
いやらしく頬を窄め、尿道にまだ残っている精子を吸いだすそれはオナニーごときで達する事のできないエクスタシーのもう一つ上の段階へと快感を昇華させた。
「ッ!あがッ!!」
頭がおかしくなりそうだった。いやもうおかしくなっていた。
彼女がフェラチオを終えた頃、身体はひどく疲弊し、意識は朦朧としていたのだから。
「ううっ、真治のだから飲めると思ったのに……」
萎えたペニスの方を見ると、小町さんが顔をしかめていた。
掌には大量の白濁液。そうか、僕はまたイってたのか。彼女のフェラチオで僕は二回目の射精を悟った。
「ん?どうしたの真治?そんなに気持ちよかったの?」
彼女は僕がひどく疲れた顔をしているのに気が付いたのか横たわる僕の身体を這って再び視線が合うところまでやってきた。
這ってきた肌の感触に時折粘着質な感触があった。飛散して僕の身体に付いていた精液が潤滑剤になったのだろう。
それを思いひどい不快感を覚えた。
「これ、真治の涎となら飲めると思うんだけど……」
どういう事だ、自分の精液を自分で咀嚼して飲ませろって事か?
彼女はいいよね?と囁くと僕の返答も聞かずにそれを自分の口に含み、そのまま唇を合わせてきた。
粘性のある精液はひどく臭く不快だった。吐き出そうと舌を押し出すが逆にそれが彼女に火を点けた。
彼女の舌の動きは激しくなり、互いの唾液と精液が混ざり合い、粘性が無くなった時、彼女は僕の口の中の水分を全部吸い込むんじゃないかと言うぐらいの勢いで精液と涎を吸いだした。
気分は最悪、体力もかなり消耗し、意識は朦朧としていた。おまけに身体は自由が利かない。
「やっぱり……、飲めた」
今は満足げな彼女の薄い微笑を見上げるのが精一杯。
それから彼女は萎えたペニス、亀頭を指先で刺激し始めた。一回で二回分の快感を出し切ったハズのペニスがまた息を吹き返し始めた。
状態を起こし、血管の隅々にまで血を送ると、筋肉が活性化し再び勃起に至ったのだ。
僕自身信じられなかった。
彼女はさらに機嫌を良くして、今度はショーツを脱いだ。露わになる女性の性器。
不思議とそこに目が行く。彼女は僕の顔に跨ると言った。
『ほら、舐めなさい』
それは許可でもなく、ましてや依頼でもない。拒否する事を許さない命令だった。僕は何か言おうとしたけど、本能はそれを許さなかった。僕は何も言わず、彼女の性器に舌を這わせたのだ。
初めての異性の性器の味は無味無臭だった。もっとも意識が朦朧としていたせいでよく分からなかったのかもしれない。
初めから湿気ていたそこは柔らかく僕の下をどこまでも飲み込んでいくように思えた。
「んっ!」
彼女は小さく声を漏らしたと同時に肉の壁が緊張するのが分かった。
少し締まったが、僕の舌は少し窮屈さを覚えただけでそれ以降は彼女の命令を従順こなしていた。
そうしていると、涎以外に肉の壁に湿気を感じた。
それは少し酸味を帯びていて、徐々に溢れ出してきた。
それから舌が何か若干硬度がある。といっても軟骨ぐらいの柔らかさのモノに触れた。
219ウェハース第八話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/17(金) 16:29:57 ID:9UEy9fHN
「んんっ!!」
彼女の二度目の震えは激しいものだった。舌が軽く絞られるように圧迫されると今度は液が溢れてきた。
「ゴホっ!!」
彼女は力無く僕の上に覆いかぶさると、キツく僕を抱きしめて二、三度身体を震わせた。
イったのか?僕が不審に思っていると彼女は状態を起こし揺ら揺らと危なく落ち着かない瞳で僕を見つめた。
「き、きもちいひー」
焦点を合わせるのを忘れている彼女の意識は今どこにあるのだろう?
馬鹿になった彼女は僕のペニスに一瞥をくれると締まりの無い顔で笑った。
「……する?」
僕はすでに頷く事すら出来なかった。
彼女はふらっと立ち上がり、ブラを外して部屋の隅に放り捨てた。
彼女は持ってきた鞄の中から箱を取り出しそれを開封した。
内容物は包みが何個も連結しているっといったものだった。
あれは……コンドームだ。彼女は包みを開き、コンドームを取り出す。
それから僕のペニスに装着する。あれ?でも、コンドームってサイズとか無いのかな?とは考えたけど、考えがまとまる前に彼女は僕のペニスを跨ぎ、自分の性器にあてがった。
さすがに緊張しているようだ。しかしさっきの快感が未だに身体に残っているのか脹脛まだ小さく震えている。
「ふぅ…ふぅ…ふぅ、っ!!」
彼女は腰を下し、性器は亀頭一気に呑み込んだ。中はひどく窮屈で柔らかく小さな舌ならまだしも、硬さを帯びたペニスだと少し痛みを感じる。
「ひっひっ!、ッング!!」
彼女の体中から破瓜の痛みが身体を突き破ろうとしているのか、彼女は今までに無いくらい表情を歪め、涙を流し、しゃっくりをするように呼吸を乱していた。
「い、いい、痛い……っひ!ひ、っ!!」
言葉にならない痛みを呑み込み、彼女はさらに重く腰を下し始めた。
亀頭の先が彼女の中を引き裂いていく。ブチブチと緊張した糸が切れるようなそんな感触が伝わってくる。
「あっ!あがっ!!」
やっと根元まで入った時には血がペニスを伝って滲み、ベッドに染みを作っていた。彼女も方も疲労困憊で目は宙を泳いでいた。
ここで終わればそれはそれで良かったのだが、僕のペニスにはもう血が廻っていたのだ。
なけなしの体力を振り絞り、僕は腰を、ペニスを突き上げた。
「っひ!!」
彼女の怯えた声が聞こえる。
それに構わず、もう一度突き上げる。
「あっ!…ああ…!あっ!!」
何かが壊れた音がした。気が付くと僕は彼女を天井に押し上げる勢いで腰を動かしていた。
彼女は動く事がで出来ず、何かを叫ぶのだけれど僕は聞く耳を貸さずただただ腰を乱暴に、躊躇無く動かす。
その内彼女の声も悲鳴から、嬌声に変わっていた気がする。
痛みで狂ったのか、最後には自分から腰を動かしていた。
僕が果てたのは、彼女が腰の動きを合わせ始めてちょっとしてからだった。
220ウェハース第八話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/17(金) 16:32:14 ID:9UEy9fHN
午後四時半。結局僕らは昼ごはんを食べる事はなかった。
僕が果てた後、僕ら二人は昏倒してしまったからだ。
彼女は僕よりも早く目を覚まし、まだ痛みの残る身体を引き摺りながら部屋を片付け、手錠を外し僕に新しい服を着せてくれていた。
夢じゃなかったのかと一瞬思ったが、染みの残ったシーツが一気に幻想を打ち砕いた。
そして頭が割れるように痛かった。
彼女は歩く際にふらふらとするようになっていた。
「嬉しい、痛みだよ」
そう言って微笑む彼女に、僕は顔を背ける事しかできなかった。
「悪いけど、家まで送ってくれる?」
僕は頷くしかせず、終始無言だった。まるで大切なものを無くしてしまったような、そんな気分だった。
彼女の家まで送る間彼女は僕に寄り添って歩いた。
僕はただ空を見ていた。考えがまとまらない。頭の痛みは覚醒ではなくただ集中力を乱すだけで、ぼうっとしておかなければ痛みばかり気にしてしまう。
彼女の家に着いて、階段を上がるのを手伝うと、彼女は僕に触れるだけの軽いキスをした。
「明日も勉強しよう?」
小町ははそう言って妖しい笑みを浮かべる。
断るっと言った選択肢は無く、浮かんですら来なかった。
ただただ、了承するので精一杯だった。
「明日は、私の家にしようか?まだ歩くの辛いし」
健気な彼女の笑みも、僕にはもうどうでもいいことだった。
早く帰って休みたい。ただそれだけだった。
「じゃあ、また明日」
帰り道は覚えていない。気付いたらベッドの前に立っていた。
そのまま、ベッドに倒れこむ。薄れていく意識の中で、僕は一本の長くて黒い髪の毛を見つけた。彼女のだろう。
そうして今日のことが夢じゃないと、また印象付けされた。瞬きの直後、もう世界は闇で満ちていた。
携帯の時計を見る。深夜の三時半になっていた。
酷く口の中が乾いていたので皆寝静まって暗くなったリビングに這い出た。
頭は昼間に比べてマシだが、まだ痛かった。
台所の電気を付け、麦茶をがぶ飲みする。
気付くとテーブルにカレーがラップされて置いてあった。食べなくては、と思ったが、食欲が全くなかった。
そのまま、麦茶を冷蔵庫に戻し、寝床に戻った。
寝る前になって頭の痛みが薄れ始めた。冷静になっていくにつれ、涙が滲んできた。
僕は傷つけられた。そして彼女を傷つけたのだと、後悔したのだ。
彼女はセックスをする度に今日のことを思い出すだろう、無理やり押し広げられた破瓜の痛みを、永遠に忘れないのだろう。
そう思うと泣かずにはいられなかった。
泣き声を必死に噛み殺し、丸くなる。この激しい感情が外に逃げ出さぬように。この肉体に封じ込むために。
このままではだめだ。このままでは互いが傷つけ合うだけだ。
僕は静かな闇と、薄ぼんやりと光を湛える月光の照らされる中、一人、決意を固めた。
……彼女と、藤松小町と別れよう。
221ウェハース第八話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/17(金) 16:39:02 ID:9UEy9fHN

翌日は午前から酷く暑かった。異常気象です、と気象予報士が口をそろえて評していた。
僕は彼女に電話で行く時間を告げるとシャワーを浴びてから家を出た。
太陽に焼かれて、家から持ってきたタオルはすぐに汗で滲んだ。
電車に乗り、高級な住宅街の通りを行き、彼女の家のインターホンを押す。
彼女は十秒もしないうちに玄関から出てきた。
階段を下りる際のおぼつかない足取りに心が締め付けられる。
「いらっしゃい。あれ宿題は?何も持って来てないみたいだけど……」
彼女の笑顔がいつもより眩しく感じる。心の持ちようでここまで変わるものなのか。
僕は握りこぶしを作り、固めた意志をさらに強く念じる。
「小町……、話があるんだ」
やっとの事で切り出した。
「それ、大事な話?」
頷く。もう彼女と言葉を交わせなくてもいい。このまま彼女を傷つけるくらいなら、そうなっても。
「分かった。入って」
彼女に続いて家に入る。
「先にリビングに行ってて、コーヒー入れてくるから。それまでさっきまで私が見てた映画でも見てて」
映画?僕は気にも留めず、リビングに入った。
リビングは暗く、映写機が動いていた。そして映写機が映し出していた先を見ると、僕は愕然とした。
『な、何でもっ!!何でも言うから!!お願い!出させて!!』
嘘だ、こんなの……。
『ウグッ!!、アアッ!!!こま、小町!!だっ、駄目だ!!』
映写機から映されていたのは昨日の僕たちのセックスシーンだった。
力なく、近くにあったソファーに腰を下す。
『ッ!あがッ!!』
映像の中の僕はだらしなく涎を流し、白目を剥いている。なぜか涙が頬を伝って落ちていく。
『ゴホっ!!』
「これね……」
いつの間にか横に小町が座っていた。僕の手を握り、肩に体重を預けてくる。
「昨日出来たんだ。久しぶりに徹夜しちゃった」
嬌声が部屋中に溢れる。耳を塞ぎたかったけど、彼女が僕の膝の上に乗りキスを求めてくるので叶わなかった。
数分間のキスの後、彼女は思い出したように僕に尋ねてきた。
「そういえば、大切な話ってなに?」
妖しい笑みを浮かべ、そう尋ねる彼女の心境が僕には分からなかった。
ただ、今流れている映像は僕を殺すには充分な武器だった。彼女が僕の首もとにナイフを突きつけている様な、そんな錯覚を覚える。
「言ったでしょう?」
昨日の眼だ。黒い、宝石。
「確かなモノが欲しいって……」
それは、この今流れている映像?それとも破瓜の痛み?僕の昨日の懇願?
「今日もいっぱい愛し合いましょう?」
頭の中の疑問の言葉をかき消され、押し倒される。彼女は上着を脱ぎ、ブラを外し、僕に情熱的なキスを求める。
ただ、目はずっと僕を捕らえたままだった。
僕は彼女の瞳の中、音も光も届かない宝石の中に、閉じ込められている自分を見た。
222のどごし ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/17(金) 16:41:02 ID:9UEy9fHN
以上で投稿終了です
これ以上は今日期待しないでください
それではまた今度
223名無しさん@ピンキー:2010/09/17(金) 18:55:08 ID:ULc9Fdet
GJ!!
何かすげぇ展開なう!!
224名無しさん@ピンキー:2010/09/17(金) 20:02:29 ID:za6dChy6
GJ!
225名無しさん@ピンキー:2010/09/17(金) 22:15:06 ID:oAnODbeZ
GJ

正直小町が恐すぎるww
226名無しさん@ピンキー:2010/09/17(金) 22:53:06 ID:mkFZ1b0V
GJ!
 この話の主人公は何の落ち度も無い、つーかかなり頑張ってる方なのにヒロインに追いつめられてるのがスゲェ。
227名無しさん@ピンキー:2010/09/18(土) 13:02:29 ID:j/sSWG0i
ドSの小町さん最高すぎる
続き超楽しみです
228名無しさん@ピンキー:2010/09/18(土) 13:54:35 ID:zD59L0Pt
GJ!
ヒロインの行動に鳥肌が立ちまくったw
229名無しさん@ピンキー:2010/09/18(土) 17:39:49 ID:51bsAI61
GJ!小町さん病んでキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
230名無しさん@ピンキー:2010/09/18(土) 17:59:04 ID:hnHNjMJs
そういえば『我が幼馴染』と『氷雨デイズ』はどうなったんだろう。
氷雨デイズはもう2年以上続きが無いけど
231名無しさん@ピンキー:2010/09/18(土) 18:11:14 ID:9ods7wg/
>>222
怖え
232名無しさん@ピンキー:2010/09/18(土) 19:09:39 ID:JVzTsaXS
>>230
確かにそれも気になるが、風雪と触雷!も気になる
233名無しさん@ピンキー:2010/09/18(土) 19:24:56 ID:L7YDQAxi
>>230
二年も投下無かったらもう書く気もねーだろ。
234名無しさん@ピンキー:2010/09/18(土) 19:43:17 ID:iX2LqbLL
サトリビトもこないな
235名無しさん@ピンキー:2010/09/18(土) 19:45:56 ID:LiszMAFL
ぽけもん黒が来てくれればどうでもいい
236名無しさん@ピンキー:2010/09/18(土) 20:16:59 ID:xOttyRFY
うだうだ言わないで黙って待とうぜ
237 ◆ZWGwtCX30I :2010/09/18(土) 20:56:38 ID:4bPJ1TpH
どうも、今回は異常に長くなってしまったので、6話と6.5話に分けて投下させて頂きます
238我が幼なじみ ◆ZWGwtCX30I :2010/09/18(土) 20:58:03 ID:4bPJ1TpH
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
優の部屋

「んぅ……優君のパンツ、良い臭い……んぁ……ふ……あっふぁぁぁ!……はぁ……えへへ……イっちゃったよぉ、優君……」

私が余興に浸っていると……

「お兄ちゃーん!遊ぼー……え?何……これ?」

え……?どうして糞虫がここにいるの!?出かけているんじゃ無かったの!?

「風ちゃん……あの……これは……」

糞虫が無言で睨んでくる。こんなチビに睨まれたところで、どうってことないけど

「風ちゃん……この事は優君には言わないで……お願い」

今はなんとしても、優君にバレる訳にはいかない

「そんなの分かりません、言うかもしれないし、言わないかもしれません」

遠回しに言うことを聞け、と言っているのが分かった
239我が幼なじみ ◆ZWGwtCX30I :2010/09/18(土) 20:59:23 ID:4bPJ1TpH
「どうしたら……言わないでいてくれる?」

はぁ……こんな奴がいなければ、こんな事にはならなかったのになぁ……

「じゃあ……お兄ちゃんに二度と近づかないでください」

は?何言ってるの?この糞虫は
私と優君が離れる訳ないのに……
糞虫って、脳みそあるの?
あったとしても腐ってるんじゃないの?

「どうして、そんな事を言うの?」
「……由美子お姉ちゃんが大嫌いだからです」

私もアナタが大っ嫌い!
今すぐ殺してやりたいくらいに

「どうして?」
「それは……由美子お姉ちゃんが酷い事を言ったから……」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜
三年前 優の部屋

私は当時、仲の良かった糞虫と、よく遊んでいた

「風ちゃんは好きな人とかいるの?」

私が何気なくそう聞くと、風ちゃんは顔を赤くして俯いた

「いるよ……」
「そうなんだ!クラスのお友達?」
「ううん……違うの」

私は少し考えてみたが、風ちゃんの友達が誰か、それ以前に、風ちゃんに友達がいるのかすら、知らなかった
240我が幼なじみ ◆ZWGwtCX30I :2010/09/18(土) 21:00:34 ID:4bPJ1TpH
「優君は今トイレだから、言っちゃいなよ〜」
「うん……えっとね、風奈の好きな人はね」
「うんうん!誰かな」

言葉というのは、とても恐ろしい。たった一言で、その人物に対する見方、感情等が全て変わってしまうことがある
友人関係や、夫婦間の仲もたった一言で、崩れることがある

それ程、言葉というのは恐ろしい魔力を秘めている

「風奈の好きな人はね……お兄ちゃん!」

え……?今なんて言ったの?

「え……誰?」
「風奈はお兄ちゃんが好きなの!」

風ちゃんは優君が好き?
何それ……まだ優君と知り合って数ヶ月しか経っていないのに、優君が好き?

異常な程、怒りがこみ上げてくる

……ふざけるな、優君の事を大して知らないクセに、好きなんて、ふざけないで……

「でも義理とはいえ、兄妹だよ?」
「うん……それでも好きなの」

私は我慢できずに言った
241我が幼なじみ ◆ZWGwtCX30I :2010/09/18(土) 21:01:44 ID:4bPJ1TpH
「……優君の事を、そんなに知らないのに好きなの?」
「風奈は、お兄ちゃんの事をよく知ってるもん!」

お前なんか人間じゃない……糞虫だ。消えてしまえばいいのに……

「……アナタなんかが、優君を知ってるなんて、気安く言わないで!」
「……え?」

糞虫は、何故私が怒っているのか分からず、呆然としていた

「私は、アナタなんかより、もっと優君を知ってる!私は優君と、昔からずっと一緒で、アナタなんかよりも、沢山の優君を知ってる!」

口に出したいことは沢山あったけど、最後に一つだけ、一番言いたいことを口にした

「アナタなんか、ただの妹、優君の好みも、何も知らないただの妹……優君は優しいから、アナタを哀れんでいるから、大事にされてるの……妹じゃなかったら、見向きもされないんだよ……」

"そんな奴が、私と優君の邪魔をしないで"
そう言おうと思ったけど、私は何故か言えなかった

そして、優君が帰ってきた

「優君、私帰るね……」
「え……あ、あぁじゃあな……」

私はすぐに帰ったから、その後、どうなったのかは知らないけど
それ以降は、あの糞虫とは遊ばなくなった
そうなると、必然的に優君の家には行けなくて、とてもつらかった
242我が幼なじみ ◆ZWGwtCX30I :2010/09/18(土) 21:02:37 ID:4bPJ1TpH
6話の投下終了です。すぐに6.5話投下します
243我が幼なじみ ◆ZWGwtCX30I :2010/09/18(土) 21:05:01 ID:4bPJ1TpH
〜〜〜〜〜〜〜〜〜

こんな事が、三年前にあった
全部糞虫が悪いんだけどね

「由美子ー!風呂空いたぞ!」

チャンス!

「うわーん!優く〜ん!風ちゃんが酷い事言うんだよぉ」
「どっどうした由美子!何で泣いてるんだ?……それに風奈も帰ってたのか」

「風ちゃんが、私の事大っ嫌いって、優君と関わらないでって言うの……」
「本当か?由美子」
「本当だよ……嘘だったら泣かないもん……」

あ!!優君が頭ナデナデしてくれてる〜!!

「風奈……どういう事か、説明しろ……」

流石優君!優君はいつだって私の味方なんだね……大好き!
それにしても、怒ってる優君も格好いいなぁ……

「お兄ちゃん……風奈は悪くないよ……?」

えへへ〜あの糞虫、泣きそうな顔してる、私と優君の邪魔をするからいけないんだよ?
このまま自殺すればいいのに
244我が幼なじみ ◆ZWGwtCX30I :2010/09/18(土) 21:06:04 ID:4bPJ1TpH
「じゃあ、何で由美子が泣いてるんだ?」
「それは……きっと嘘泣きしてるんだよ!」

諦めの悪い糞虫だなぁ
おまけに馬鹿、この状況で、そんな事言っても信じてもらえるわけないのに

「ふぇ……ふぇ〜ん!風ちゃん酷いよぉ……」
「風奈!そろそろ怒るぞ!!」
「そんな……風奈は嘘ついてないもん!!由美子お姉ちゃんが、お兄ちゃんのぱんつで変な事してたんだもん!!」

言ったね……まぁどうせこの状況じゃあ、何言っても無駄なのに

「風ちゃん……最低だよ……そんな、嘘つくなんて!」

嘘じゃないけどね。優君のパンツ……良い臭いだったなぁ

「風奈……お前がこんな奴だなんて……最低だよ、お前……」
「お兄ちゃん信じてよぉ……嫌いになっちゃやぁ……」

あっ!優君の腕に触れないで!優君は私だけのモノなの、糞虫みたいな汚い生物が触れてはいけないモノなの!

「行こ……由美子」
「……うん」
「お兄……ちゃん……行かない……でぇ」
245我が幼なじみ ◆ZWGwtCX30I :2010/09/18(土) 21:09:47 ID:4bPJ1TpH
私、今凄く幸せだなぁ、義妹よりも幼なじみを信じてくれた優君、ますます好きになっちゃうよぉ……

〜〜〜〜〜〜〜〜〜
優の自室にて

これが優君の部屋かぁ……さっきは○○○ーに夢中で気付かなかったけど

やっぱり、昔とは違うんだなぁ……
何だかちょっとだけ寂しいな……

「由美子……ごめんな?」
「どうして優君が謝るの?」
「一応、風奈の兄だからな」
「別に優君が謝らなくていいのに……」
「それでも……な?」

かっこいい……優し過ぎるよぉ!!優く〜ん!

「うん……」
「さて……これからどうするかな……由美子、家に居辛くなっちまったな……」

優君は凄く申し訳なさそうにしている

「ううん、いいの……私、大丈夫だから」
「でも……」
「じゃあ……優君、ずっと一緒にいて……?」

ずっと……永遠に
246我が幼なじみ ◆ZWGwtCX30I :2010/09/18(土) 21:10:34 ID:4bPJ1TpH
「分かった……はい、これ」

そう言って、タオルを渡してくれた
優君、私が汗かいてるのに気づいたのかな?
細かい所まで気配りができる優君……紳士だなぁ
でも、汗は舐めとって欲しかったなぁ……

「あ……ありがと。それと、迷惑かけてごめんね……」
「いいっていいって、俺はお前といると楽しいしな!」
「優君……私も……優君といると楽しいよ!」

私といると楽しいなんて……その言葉だけでイっちゃうよぉ!

「そうか、なら良かった!」

突然、優君が真剣な表情で見てきた……濡れてきちゃった

「なぁ……由美子」
「何かな?」
「今度さ、久しぶりにどこか行かないか?」

…………!?

「え!?私と!?」
「あぁ、由美子と行きたいんだ……」

"由美子と行きたいんだ"
なんて大胆過ぎるよ!優君!!……今すぐ襲っちゃうよ?

「わっ私で良ければ!!」
「ははっ!良かった……喜んでもらえて」
「うん!本当にありがとう!優君!!」
247我が幼なじみ ◆ZWGwtCX30I :2010/09/18(土) 21:11:20 ID:4bPJ1TpH
優君とデートができるなんて!夢にも想わなかったよぉ!

もしかしてチャンスかな?

優君に告白するチャンスかなぁ
でも……まだ早いかなぁ

うん……やっぱり、まだ早いよね!
楽しみだなぁ、デート!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜


まさか、風奈があんな事をする奴だったなんて
でも……何であんな事したんだ?
何か理由でもあるのか?

とりあえず、数分間考えてみたが、出てきた答えが

1、アイツは重度のブラコンだ、だから俺を独占するために邪魔となる、由美子を追い出そうとした
2ただ単に由美子が嫌いだから

それともどっちでもないか……
自分で考えといてアレだが、一番は流石に自意識過剰すぎだな

まぁ、考えていても仕方ないな、早いとこ聞いて、なんとかしないといけないな

さっきは事情も聞かずに怒ってしまったし……
248我が幼なじみ ◆ZWGwtCX30I :2010/09/18(土) 21:12:02 ID:4bPJ1TpH
とにかく、この問題を放っておく訳にはいかない

……俺は由美子の悲しむ顔は見たく無いしな
もちろん風奈も

だから、風奈と話し合わなきゃいけない

「由美子……少し部屋で待っててくれないか?」
「どこに行くの?」
「やっぱり、風奈と話してくるよ」
「え……でも……」
「お願いだ……由美子」
「うん……分かった、お風呂借りるね」
「あぁ……ありがとう」

そう言って、俺は部屋を出た
249我が幼なじみ ◆ZWGwtCX30I :2010/09/18(土) 21:14:00 ID:4bPJ1TpH
これで投下終了です。8話辺りで夏休み編は終わりそうです

>>230 こんな作品ですが、待っていて下さってありがとうございます!
250名無しさん@ピンキー:2010/09/18(土) 21:20:42 ID:JVzTsaXS
GJ!
もなや、この先地獄だな……邪神はどちらのヤンデレに微笑むのか?
251名無しさん@ピンキー:2010/09/18(土) 21:38:24 ID:hnHNjMJs
>>249
ナイス過ぎる
252 ◆AJg91T1vXs :2010/09/18(土) 21:56:27 ID:3X4D0uXt
>>249

常に修羅場と化す可能性を持った、巨大な爆弾を抱えた家。
本格的に病みが発動したら、逃げるに逃げられないという恐怖……。

でも……そこがいい!!
253名無しさん@ピンキー:2010/09/19(日) 00:41:26 ID:el/duMFl
>>249
いい所で投下終了とか・・・











ぶわ・・・
254名無しさん@ピンキー:2010/09/19(日) 01:00:05 ID:1/z6cZhm
255名無しさん@ピンキー:2010/09/19(日) 01:14:24 ID:1/z6cZhm
256名無しさん@ピンキー:2010/09/19(日) 03:36:44 ID:uCU9dN1W
ここの小説で主人公がヤンデレ並に優秀なものなんですか
257 ◆AJg91T1vXs :2010/09/19(日) 18:46:03 ID:YGAbCuqa
 また前回より日が空いてしまった……。

 ただいまより、迷い蛾第伍部投下します。

 試験の当日というものは、誰しも嫌な気分になるものである。
 できれば、今日は学校に行きたくない。
 そんな気持ちに駆られるものの、結局は行かざるを得ないという現状。
 この日本において、多くの中高生が感じていることだろう。

 だが、そんな中にも、真面目に試験を受けようと考えている者は存在する。
 そういった者は、試験当日の朝早くから、何の躊躇いもなく学校に来ているというのが相場である。
 それこそ、不安な顔一つせずに、どこか自身に溢れた表情で。

 その日、繭香はいつもより早く学校へと向かった。
 今日は定期試験の最終日。
 これが終われば、後は夏休みを待つだけとなる。

 試験の日はいつも早めに起きると決めていた繭香ではあるが、今朝の早出の理由はそれだけではない。

 校門をくぐり、生徒用の通用口で足を止める。
 早朝ということもあり、辺りに生徒の姿はほとんどない。

「ちょっと、早く着き過ぎちゃったかな?」

 そう言って、辺りを見回す繭香だが、やはり周囲に人の姿はまばらだ。
 時刻を見ると、午前七時半。
 試験の開始時刻までには、まだ相当の時間がある。

 とくにするべきこともなく、繭香は下駄箱に寄りかかったまま、ぼうっと天井を仰いだ。
 時折、鞄の中から取り出した単語帳に目を通し、雑念を払うような素振りを見せる。

 やがて、十分程すると、今まで静かだった通用口にも生徒の影が見え始めた。
 その中に目的の人物の姿を見つけ、繭香は単語帳をしまって側まで駆け寄る。

「おはよう、亮太君」

「ああ、おはよう。
 繭香は、今日は随分と早いんだな」

「そんなことないよ。
 私も、今さっき着いたばっかりだし」

 待ち伏せしていたとは、さすがに言えなかった。
 あくまでさりげなく、それでいて確実に、自分の伝えたいことを告げること。
 そのためならば、この程度の嘘をつくことは平気だった。

「ねえ、亮太君」

 視線だけを上に上げ、繭香が亮太の顔を覗き込むようにして問う。
 恥じらいの中に見せる精一杯の感情が、繭香の存在を亮太にも否応なしに意識させる。

「今日、試験が終わった後……何か、用事とかあるのかな?」

「用事?
 いや、別にないよ。
 今日も午前中で学校は終わるけど、俺の部活が再開されるのは明後日くらいからだし……」

「だったら……今日、私と一緒に早瀬川の花火大会に行ってくれるかな?
 あっ……でも、他にやりたい事があるなら、別にいいんだけど……」

 繭香の口から出た、唐突な申し出。
 思わず目を丸くする亮太だったが、特に断る理由は見つからなかった。
 花火大会のことなど完全に頭から抜けていたが、別に何か他の用事があるわけでもない。
 それに、誘われて悪い気がしなかったと言えば、それは嘘になる。

「ああ、いいよ。
 俺も、特に用事はないしね。
 でも……待ち合わせの場所とか、どうするつもりだい?」

「それなら、森桜町のバス停にしようよ。
 私の家からも近いし、早瀬川までも、歩いてそんなにかからないから」

 そういえば、森桜町のバス停は早瀬川にも近かった。
 待ち合わせ場所としては、少々無粋なような気もしたが、代わりの場所を聞かれると言葉に詰まってしまう。
 他に良い場所も思いつかず、亮太も繭香の提案に頷いた。

「それじゃあ、待ち合わせ場所はそこでいいかな。
 時間だけど……六時くらいでも大丈夫?」

「私は何時でも平気だよ。
 今日の六時だね……。
 ちょっと、今からでも楽しみかな……」

「おいおい……。
 その前に、まだ残りの試験があるのを忘れない方がいいよ。
 繭香のことだから大丈夫だとは思うけど……これで追試とかになったら、洒落じゃ済まないし」

 亮太は冗談のつもりで言ったようだが、繭香は笑わなかった。
 代わりに、少し照れた顔を隠すようにして、亮太からそっと視線をそらす。

 時刻は既に、八時を回ろうとしていた。
 辺りには、次第に登校してくる生徒の姿も増えてくる。

亮太と繭香は互いに今日の試験について話しながら、そのまま教室へと続く階段を昇った。
花火大会のことは、あえて今は触れないでおく。
 余計なことに気を散らせ、先ほどの冗談が現実になってしまったら元も子もない。

 やがて、C組の教室が見えたところで、繭香は亮太を見送った。
 もうじき予鈴が鳴りそうな時間ではあったが、しばしの間、繭香は去り行く亮太の後姿に見惚れていた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 辛い時間というものも、終わってしまえば呆気なく感じる。
 その日の試験を全て終え、天崎理緒は大きな欠伸と共に腕を伸ばした。

「ふわぁ〜。
 終わった、終わった……色んな意味で」

 折り畳んだ試験問題を無造作にクリアファイルの中に放り込み、理緒は早々に鞄を肩にかけて席を立つ。
 教室には未だ試験の答え合わせ大会を行っている者もいるが、正直言って、あんな輪の中に入ろうとは思わない。
 入ったところで、恥をかいて笑いのネタにされるのが関の山である。
 試験など、追試の恐怖から逃げられれば、それで良い。

 談笑を続ける級友達の姿を尻目に、理緒は自分の斜め右上にある席へと向かって歩いた。
 その席では、同じく試験を終えた亮太が、やはり帰り支度を進めている。

「ねえ、亮太。
 今日の夕方だけど、何か用事とかあったりする?」

「なんだ、理緒か。
 どうして、急にそんなこと聞くんだよ」

「どうしてって……。
 今日は、早瀬川の花火大会があるでしょ。
 亮太が暇してるんなら、一緒に行ってもいいかなって思ったんだけど」

「ああ、そういうことか。
 だったら、悪いけど他を当たってくれないかな。
 今日は、ちょっと先約が入ってるからさ」

「なぁんだ、残念。
 まあ、そういうことなら、私は私で別に友達を誘おうかな」

 口ではそんな事を言いながらも、理緒はどこか名残惜しそうな顔をして亮太を見る。
 しかし、そんな彼女の気持ちとは裏腹に、亮太は独り鞄を手に教室を出て行った。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 何かを待っている時というものは、同じ時間でも妙に長く感じられるものである。
 特に、楽しみにしているものを待つ時の時間は、同じ一分一秒でも一時間程に感じてしまうから不思議だ。
 ましてや、これが数時間ともなれば、悠久の時のように感じると言っても大げさではない。

 自室で浴衣の着付けを済ませ、繭香はふと壁にかかっている時計に目をやった。
 待ち合わせの時間までは、まだ小一時間ほどもある。
 逸る気持ちを抑えようとするも、どうしても無題にそわそわしている自分がいる。


――――コツン……。


 ふいに、乾いた音が繭香の部屋の窓を叩いた。
 思わず目線を音のする方へ移すと、そこには一匹の白い蛾の姿があった。

 何かに縋り、追い求めるようにして、蛾は不器用にその羽をバタつかせる。
 時折、窓に張り付いては羽の下に隠された腹を見せるものの、すぐにまた飛び立ち、見えない壁に身体をぶつける。

 夏至を過ぎたとはいえ、まだ七月に入ったばかりの頃。
 夜の帳が世界を包むまでには、ほんの少しだけ早い時刻。

 だが、宵闇に紛れて蠢く虫たちは、徐々に活動を始めているようだった。
 繭香の見つめるその先で、白い蛾は何度も窓ガラスに身体を叩きつけている。


――――コツン……コツン……コツン……コツン……。


 断続的に聞こえて来るその音に、繭香は耳を向けたままガラス窓の側に立った。
 そのまま右手を窓に添え、懸命に羽を動かす蛾の姿に目を落とす。
 追い払うでもなく、気味悪いと声を上げることもない。
 ただ、無言のまま、窓辺で羽ばたく蛾を見つめていた。

 入相の鐘に誘われ、彼らは光を求めてやって来る。
 己の醜い姿を昏黒の闇に隠し、決して届かないと知りながらも、命果てるまで光を求める。

 机のスタンドの灯りをつけ、繭香は代わりにそれ以外の灯りを全て消した。
 ぼんやりと、淡く優しい光が部屋に溢れ、窓の外の蛾は興奮したように宙を舞う。

 例え、刹那の泡影であったとしても、光を求めたいという想いは繭香も同じだ。
 そんな迷い蛾から光を奪ってしまうのは、どうにも無粋なことに思えたのである。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 亮太が森桜町のバス停に着いた時、そこには既に繭香の姿があった。
 思わず遅刻したかと思ったが、時計を見ると、まだ十分ほどの余裕がある。
 一瞬、慌ててしまったものの、どうやら繭香の方が先に着いていただけのようだ。

「ごめん、待たせたかな?」

「ううん、平気だよ。
 なんだか焦らせちゃったみたいで、ごめんね」

 肩で息をしながら駆けこんできた亮太に、繭香は笑顔でそう答えた。
 そんな彼女の顔を見て、亮太はしばし繭香の方を向いたまま言葉を失う。

 普段は見る事さえ叶わない、浴衣姿の繭香。
 時折、降ろした髪が風に揺れ、腰に巻かれた青い帯が涼しげな空気を演出している。
 白い布地に描かれた薄紫の花からは、ほのかに甘い香りさえ漂ってきそうな気さえした。
 昨今の、黄色やピンクに彩られた派手な浴衣ではない。
 雨露を糸にして織り込んだような、爽涼さを感じさせる美しさだった。

「どうしたの、亮太君?」

 自分を見つめたまま固まっている亮太の顔を、繭香が怪訝そうな表情で覗き込む。
 下から見上げられているような視線を感じ、亮太は慌てて言葉を返した。

「いや、浴衣っていうのも、なんだか新鮮だなって思ってさ。
 俺、いつも学校にいる繭香しか知らないから……」

「そんなこと言ったら、私だって、学校にいる亮太君しか知らないよ。
 だから、今日は私も学校以外の亮太君が知れて、ちょっと嬉しいかな」

 それ以上は、互いに言葉を交わすことが躊躇われた。
 なんとなく、微妙な空気がバス停に流れる。
 話題をそらそうと、亮太は繭香の手にしている紙袋に目を向けた。

「ところで……その手に持っている袋、なんだい?」

「残念だけど、今は秘密。
 花火大会が終わったら、教えてあげる」

「そうなんだ。
 だったら、俺も楽しみは最後までとっておくよ」

「うん。
 でも、あんまり期待しないでね」

 袋の中身を見られないように隠しつつ、繭香は亮太に向かって微笑んだ。
 普段は大人しく、感情の起伏さえも見せない繭香。
 それだけに、彼女のこういった何気ない仕草にも、亮太は一々反応してしまいそうになる
 早瀬川の河川敷までは、バス停から歩いて直ぐの場所だ。
 談笑しながら歩いていると、いつも以上に短い距離に感じられるのは不思議なものである。

 二人が河に着いた時、既にそこは見物客で溢れかえっていた。
 橋の上の歩道は人でひしめき合い、その一部は車道にはみ出ている。
 一応、車一台が通る程度の隙間はあるものの、こんな危険な場所に、わざわざ車で乗り入れる者もいないだろう。
 どうやら交通規制も入っているらしく、今日はちょっとした歩行者天国のようになっている様子だ。

「はぁ……。
 それにしても、凄い人だな……。
 こんなことなら、俺だけ先に来て、場所を確保しておけばよかったかも」

「そうだね。
 でも、私は別に気にしてないよ。
 亮太君と一緒に花火が見られれば、それでいいから……」

 最後の方に言った言葉は、人ごみの中に響く雑音に混じってかき消された。

 亮太は目ざとく人と人の間にある隙間を見つけ、そこに繭香を手招きして誘う。
 橋の手すりに腕を乗せて、二人は夜のカーテンが落ち始めた空を無言のまま見上げた。

 河川敷に取り付けられたスピーカーから、何やら低い声が聞こえて来る。
 雑音が酷く、殆ど何を言っているか分からないものの、それが花火大会の開始を意味するものであることだけは理解できた。

 一瞬、今まで好き勝手に話をしていた観客達の目が、夜空の向こうに釘づけとなる。
 宵の河に流れる涼しい風が頬を撫で、夜空に花の咲く瞬間を待ち続ける。

 祭りの開始は唐突に訪れた。

 白く輝く尾を引いて、第一の蕾が天高く昇る。
 その蕾が轟音と共に花開いたのをきっかけに、次々と夜空を彩る花の蕾が打ち上げられた。

 赤、白、黄色、大小様々な花が、夜の空を飾ってゆく。
 バチバチと、何かが弾けるような音を立て、夜空に散った花びらは風ながされ消えてゆく。

 ふと見ると、橋の下に流れる河も、その水面に夜空に咲く花の姿を映し出していた。
 風に揺れる水面の中で、ぼんやりと輝く光もまた幻想的である。

 どれくらい、二人で夜空を眺めていたのだろうか。
 気がつくと、第一弾の打ち上げは幕を閉じていた。
 これから第二弾の打ち上げに入るようだが、そのための準備には少し時間がかかるらしい。

 束の間の夢から解放され、時間は再び動きだした。
 にわかに人の数も増え、橋の上の熱気はますます上昇してゆく。
 先ほどまでは、夜風に当たりながら空を見上げることができたものの、この混み具合ではそんな悠長なことも言っていられそうにない。

「ちょっと、混んできたみたいだね。
 今の内に、少し空いている場所に移ろうか」

「そうだね。
 実は……私も人混みの中にいるのは、あまり好きな方じゃないんだ」

 人の発する熱気は、独特の重さと匂いがある。
 中には全く気にしない者もいるが、大抵の場合、長時間さらされれば息が詰まってしまうのが普通だ。

 橋の上から河川敷のベンチまで移動すべく、亮太は人と人の間を掻き分けて脱出を試みた。
 しかし、既に観客の数は亮太の予想を超えており、なかなか思うように前へと進めない。

「待って、亮太君!!」

 後ろで繭香の呼ぶ声がする。
 このままでは、人に押されて離れ離れになってしまわないとも限らない。

「大丈夫かい、繭香。
 ちゃんと、ついて来れる?」

「ちょっと……無理かも。
 あの……はぐれないように、手を繋いでもらってもいいかな?」

 年頃の少女と手を繋ぐという行為に、亮太とて恥じらいの気持ちがないわけではない。
 が、今は状況が状況だ。
 このまま繭香を置いてゆくわけにもいかず、亮太は仕方なく彼女の手を引いて人混みの中に足を踏み入れた。

 目の前に立ち並ぶ人の山を、簡単な謝罪の言葉を述べて掻き分ける亮太。
 その左手は、しっかりと繭香の右手を握っている。
 時折、無理に押されて手を離しそうになったが、なんとか無事に人の山を抜け出した。

「ふぅ……。
 さすがに、この時間になってくると人も多いな。
 ちょっと、その辺のベンチで休もうか」

 幸い、橋から少しはなれたベンチの周りには、人の姿もまばらだった。
 亮太は繭香を座らせると、自分は側にあった自販機に硬貨を放り込んでボタンを押す。
 同じ種類のお茶を二つ買い、その内の一つを繭香に手渡した。

「これ、飲みなよ。
 こう暑いと、喉も乾いていると思うから」

「うん、ありがとう」

 手渡されたペットボトルの蓋を開け、繭香はそっと口をつけた。
 冷たいものが喉の奥に流れ込み、火照った身体を冷ましてゆくのが分かる。
 いつもは決して美味しいと思わない自販機のお茶も、今日は何故か抵抗なく飲むことができた。

「しっかし、凄い人混みになってきたな……。
 繭香、人混みが苦手だって言ってたけど……大丈夫?」

「さっきは少し息苦しかったけど、今はもう平気だよ。
 ちょっと休んだら、また花火がよく見える場所を探そう」

「そうだな。
 ここからじゃ、木の陰になって、あんまりよく見えそうにないし」

 そう言って、亮太はベンチの上に枝を広げているポプラの木を見上げた。
 真夏の暑い盛り、昼間は木陰で休む人に安息を与えているはずの、大きく張り出した梢を持っている。
 そんな木に対して失礼ではあるが、花火を見るのには、少しだけその存在が邪魔となった。

 河の水面を撫でるようにして走る風が、ポプラの梢をざわざわと揺らした。
 決して強い風ではなかったが、それでも木々のざわめきは、亮太と繭香の二人に近づく足音を消すには十分だった。

「あっ、亮太じゃん!!」

 突然、横から名前を呼ばれ、亮太は声のする方に顔を向けた。
 見ると、そこには繭香と同じく浴衣に身を包んだ、『腐れ縁』の相手がいる。
 もっとも、赤い浴衣に黄色い帯という装いは、繭香のそれとはまるで正反対であるが。

「えっ……理緒?
 どうして、君がこんなところに……」

「何よ、それ。
 私が花火大会に来たら、何か悪い事でもあるの?」

 驚く亮太に、わざとむくれて見せる理緒。
 心なしか、どうにも機嫌が悪いように思われる。

 今日の試験が終わった時に、亮太は理緒の誘いを断った。
 もしや、そのことで腹を立てているのだろうか。
 だとすれば、形だけでも謝っておかないと、面倒なことになりそうである。

 だが、そんな亮太の考えなど関係なく、理緒は亮太の持っていたペットボトルを彼の手から奪い取った。

「亮太の持ってるやつ、美味しそうじゃん。
 喉乾いたし、ちょっとだけくれない?」

 そう言って、止める間もなく蓋を開ける理緒。
 亮太が席から立ち上がった時、既に理緒は彼の手から奪ったお茶を口にした後だった。

「ああ、生き返る!!
 やっぱ、亮太は最高の親友だね!!」

「勝手に飲んでおいて、よく言うよ。
 しかも、それ、俺の飲みかけだってのに……」

「あっ、そういえば、そうだったね。
 じゃあこれ、亮太と間接キスってことじゃん。
 うわぁ〜、やっちゃったよ、私!!」

 間接キス。
 その言葉の部分だけを事更に強調し、理緒は大げさにはしゃぐような素振りを見せた。
 辺りに流れる微妙な空気など関係なく、どこか露骨に、見せつけるようにして跳ねている。

「あの……私……」

 先ほどから、事の成り行きを見ていた繭香も席を立った。
 その顔は、どことなく寂しげに、そして悲壮感に包まれている。
 それこそ、先日E組の教室の前で見せた、灰色に淀んだ瞳に勝るとも劣らない。

「私……もう、帰ります……。
 やっぱり……ちょっと、気分が悪いので……」

「気分が悪いって……。
 大丈夫なのか、繭香?」

 独りで勝手に盛り上がっている理緒を他所に、亮太は繭香の方へと身体を向けた。

「はい……。
 やっぱり、あの人混みに戻るのは、ちょっと辛くて……」

 人混みが苦手なのは、繭香の本心だ。
 しかし、気分が悪いのは、何も人混みだけのせいではない。

 亮太のいる手前、彼に心配をかけたくないという気持ちも確かにある。
 が、それ以上に、今は自分の目の前にいる相手に対し、強い嫌悪の念を覚えてならない。
 これ以上、この場にとどまれば、今の自分の心境が表に出るのを抑えきれそうになかった。

「ねえ、なにしてるの、亮太。
 早く戻らないと、次の花火、始まっちゃうよ」

 独り帰ろうとする繭香のことなど眼中にないかのように、理緒が亮太のことを急かす。
 服の袖を引っ張って、強引に橋の方へと連れて行こうとする。

 だが、そんな理緒の手を冷たく振り払うと、亮太は俯いたまま夜道を帰ろうとする繭香の側に駆け寄った。

「悪い、理緒。
 俺、繭香を送って行くよ。
 気分が悪いって言ってるのに、放っておけるわけないしさ」

 片手を上げ、形だけの挨拶を済ませると、亮太は繭香と足並みを揃えて歩き出した。
 歩く速さも半分に、あくまで繭香の歩幅に合わせて足を出す。
 時折、繭香の体調を気遣う素振りを見せながら、寄り添うようにして暗がりの道を進んでゆく。

 二人の姿は、いつしか宵の闇へと消えていた。
 後に残されたのは、ポプラの木の前に佇む天崎理緒、ただ一人。
 夜風に吹かれながら見つめるその先には、既に誰の姿もとらえることはできなかった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

267名無しさん@ピンキー:2010/09/19(日) 18:53:24 ID:GAjP6y0Q
◆AJg91T1vXsさん・・・ナイス過ぎる

 早瀬川にかかる橋から程なく離れた場所に、その神社はあった。
 祭りや正月の時期ともなれば賑わう境内も、今はただ静寂に包まれている。
 時折、そよ風が木々の葉を揺する音が聞こえてくる以外は、他に何の音も聞こえてこない。

 人のいない神社の境内。
 その、社の縁側で、亮太と繭香は夜の風に身を涼ませていた。

 二人の手にあるのは、昔ながらの線香花火。
 吹けば飛んで消えるような小さな火だが、それでも懸命に火花を散らしている姿を見ると、どこか懐かしい気持ちに包まれる。

「ごめんね、亮太君。
 私が気持ち悪いなんて言ったから、結局、花火大会を最後まで見れなくて……」

「いや、別に構わないよ。
 それに、こうして二人だけの花火大会をするっていうのも、いいものだと思うよ」

 バス停で、繭香が隠すようにして持っていた紙袋の中身。
 それこそが、今、二人の手につままれている線香花火だった。
 どうやら繭香は花火大会が終わった後に、亮太と二人きりで楽しむつもりだったらしい。

 迫力という点では全く敵わないが、繭香にとって、早瀬川の花火大会はあくまで前座だ。
 本当の本番は、二人だけでする線香花火だったのだから。

 パチパチと、何かが弾けるような音がして、線香花火の光が亮太の顔を橙色に照らす。
 特に何かするわけでもないが、こうして同じ時を過ごしているだけで、繭香は幸せだった。

 夜の神社に二人きり。
 周りには、亮太と繭香の邪魔をする者は誰もいない。
 学校の噂好きの級友達も、あの無神経な天崎理緒もいないのだ。

(このままずっと……明日にならなければいいのに……)

 一度、そう思い始めると、感情が溢れるのを止められそうになかった。
 それでもなんとか堪えようと、繭香は新しい花火に手を伸ばす。
 何かをしていないと、高揚する気持ちが抑えきれなくなりそうで怖かった。

 だが、繭香が新しい花火に火をつけようとしたその時、乾いた羽音と共に、一匹の蛾が迷い込んできた。
 花火の火種として、縁側に立てていた一本の蝋燭。
 その灯りに釣られ、迷い出てしまったのだろう。


―――― バサッ!!


 一瞬、繭香が手にした花火を落としそうになるくらいの音を立て、白い羽の蛾は蝋燭の炎に飛び込んだ。
 薄く、白い羽が瞬く間に炎に包まれて、見る見るうちにその身を焼き焦がしてゆく。
 赤い焔によって翼をもがれた蛾は、そのまま落ちて、じたばたともがく。

 気がつくと、蝋燭の炎は完全に消えていた。
 その下では先ほどの蛾が仰向けになり、微かに足を震わせている。

(可哀想に……。
 でも……あなたも、光が欲しかったんだね……)

 この歳の少女であれば、その殆どが薄気味悪いと言って近寄ることさえしない虫。
 しかも、翼をもがれて芋虫同然の姿となった、無様な死体。
 そんな迷い蛾の慣れの果てを、繭香はそっと慈しむように愛でた。

 己の姿を白昼に晒すことを恐れ、夜の帳が下りた世界でしか飛ぶ事を許されない迷い蛾。
 そんな彼らが恋焦がれるのは、己の身を焼き尽くさんばかりの眩い光。

 光に触れれば、破滅することは分かっている。
 分かっているはずなのに、それでも光を求めてしまう。
 いつしか繭香は、そんな迷い蛾の姿に自分を重ね合わせていた。

 もっと、自分を見て欲しい。
 もっと、自分を分かって欲しい。
 その光を、自分だけのものにしたい。

 それらの気持ちが限界まで高まった時、迷い蛾は躊躇うことなく炎へと身を躍らせた。
 ならば、自分はどうだろう。
 今の自分もまた、亮太に対する想いを抑える事ができないのではないだろうか。
 この感情の高まりを、解き放っても良いのではないだろうか。

「ねえ、亮太君……」

 蝋燭が消え、月明かりだけが照らす中、繭香はそっと亮太の方へ身体を向けた。
 その瞳はどこか艶っぽく、声色はいつも以上に甘美なものになっている。

「私……もう、我慢できないよ……」

 そう言うが早いか、繭香は亮太の胸に飛び込んだ。
 いや、飛び込んだというのは、少々語弊がある。
 強引に押し倒すと言った方が正しい形で、繭香は亮太の上に自分の身体を重ね合わせた。

「ちょっ……!!
 ま、繭香!?」

 突然のことに、驚きを隠せないまま繭香を見つめる亮太。
 しかし、そんな亮太の言葉など聞こえていないのか、繭香はそのまま亮太の首の後ろに両手を回した。
 頭を抱きかかえるようにして顔を近づけ、一切の躊躇いなしに唇を重ねる。

「んっ、ちゅっ……ふぁ……んんっ、ちゅっ……れろっ……はぁ……」

 口と口を軽くつけるような、ソフトなキスではない。
 まず、繭香の舌が亮太の口の中に入り、それから絡め取るようにして口の中で暴れた。

 細く、柔らかく、それでいて熱い感触。
 それは、亮太の全てを食らいつくさんばかりに、彼の中で激しく動く。
 繭香の舌先が口内を這いずりまわる度に、顎の筋肉が徐々に弛緩してゆくのが分かった。
 いったい、自分はなにをされているのか。
 なぜ、このような状況になってしまったのか。

 崩壊しそうになる理性を懸命に繋ぎ止めながら、亮太は混乱した頭で考えた。
 が、正しい答えなど出るわけもなく、そのまま繭香に翻弄されてゆく。

「んっ……はぁ……」

 唾液を糸のように引いたまま、繭香は亮太からそっと口を離した。
 その目は既に、亮太の知る繭香のものではない。
 なにか憑かれたようにして、溢れ出る感情を直接ぶつけてくる。

「どうしたんだよ、繭香……。
 急に……こんなこと……」

 持てる理性を全て使い、抵抗を試みたが無駄だった。
 繭香は浴衣の胸元をはだけると、亮太の腕をつかみ、耳元で囁く。

「ねえ、亮太君。
 私、亮太君のこと、本当に好きなんだよ……
 今も、こんなに胸の奥が熱いんだよ……」

 そう言って、自分の胸に亮太の右手を押し当てた。
 絹糸のように白い肌が露となり、押し当てられた右手が吸いつくように繭香の胸に沈む。
 掌に繭香の鼓動が伝わり、亮太は自分の中の欲望が物凄い勢いで膨らんでゆくのを感じた。

 このまま、勢いに任せて抱いてしまおうか。
 ふと、そんな邪な考えが頭をよぎる。
 その間にも、繭香は亮太の腕を自分の胸に当てたまま、再び唇を重ねてくる。

 もう、理性を保つのは限界に近かった。
 このままでは、本当に成されるがまま、感情に任せて繭香を求めてしまう。

「ちょっ……駄目だよ、繭香!!」

 残された最後の理性を振り絞り、亮太は繭香の身体をなんとか押しのけた。
 その、意外な行動に、今度は繭香の方が驚きを隠せない。
 社の縁側に腰をついたまま、茫然とした表情で亮太を見つめる。

「ど、どうして……!!
 私……亮太君のこと、本当に好きなのに!!
 こんなに……こんなに好きなのに!!
 やっぱり、私なんかじゃ駄目なの!?
 亮太君も……私の事、重いとか考えてるの!?」

 繭香の目に、溢れんばかりの涙が浮かんできた。
 その顔は、既に先ほどの、亮太を魅了していた時のものではない。
 理緒の噂話を耳にして、亮太の目の前から走り去った時の灰色の瞳だ。

「違う……。
 そうじゃないんだよ、繭香」

 今はまず、繭香を落ち着かせねばならない。
 そう頭では分かっているものの、亮太の口からも上手い言葉が出ない。

「だったら、どうして拒むの!?
 私は、亮太君と一緒になれるなら、なんだってするよ!!
 亮太君がして欲しいことも、なんだってしてあげるよ!!
 なのに、どうして……どうして、本当の私を見てくれないの!?」

 繭香の手が、亮太の腕を再びつかんだ。
 しかし、亮太はそんな繭香の手を握ると、そっと彼女の胸元に押し戻す。

「ごめん……。
 俺も、繭香のことは嫌いじゃないけど……。
 でも、やっぱり……いきなり、こういうのって無いと思う」

「なんで!?
 どうして!?
 迷う必要なんてないんだよ!!
 躊躇う必要なんてないんだよ!!」

 白い肌を露にしたまま、なおも亮太に懇願する繭香。
 それでも亮太は、小さく項垂れたまま答えることはない。

 月明かりの下、時間だけが無情に過ぎてゆく。
 遠くから聞こえていた打ち上げ花火の音も、いつの間にか消えていた。

 一秒が一時間にも感じられる程に、辛く重い時間。
 これ以上は、繭香の心が耐えられそうになかった。
 そして、それは亮太にとっても同じことだ。

「……行こう、繭香」

 そう、手を差し伸べたものの、繭香は何の返事もしなかった。
 縁側に座したまま服の乱れを直し、音もなくその場で立ち上がる。

 光のない、灰色に淀んだ目。
 その奥に見えるのは、夜の空よりも濃い深淵の闇。

 差し伸べられた手を取らず、繭香は黙ってその場を走り去った。
 慌てて追いかける亮太だったが、繭香は何も言わず、そのまま神社の石段を駆け下りて行く。
 そして、石段に続く道を曲がったところで、繭香の姿は闇に消えた。

「繭香……」

 暗がりの中、街灯の灯りだけを頼りに、亮太は繭香の後を追う。
 が、既に路地裏にでも入り込んでしまったのか、繭香の姿を見つけることはできそうになかった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 祭りというものは、終わってしまえば至極呆気ないものである。
 つい先ほどまでは花火大会で盛り上がっていた早瀬川も、今はもとの静寂を取り戻していた。

「はぁ……。
 結局、何もできないまま終わっちゃったか……」

 見物客の去った橋の上で、天崎理緒は独り呟きながら溜息をつく。

 自分が亮太のことを意識し始めたのは、いったい何時の頃からだろう。
 きっと、かなり以前から、心のどこかで気になっていたはずだ。
 もっとも、そんな自分の気持ちに気づいたのは、ごく最近のことなのだが。

 きっかけは、あの月野繭香が亮太の前に現われたことだった。
 いつ、どこで出会ったのかは知らないが、亮太は繭香と随分と親しい様子だった。
 そんな二人の姿を目にした途端、なんだか無性に腹が立ってきた。

 中学時代からの腐れ縁。
 その程度にしか考えていなかったが、実は自分も亮太のことが好きだった。
 ただ、いつも一番近くにいるからといって、その状況に安心しきっていた。
 普通に話をして、時に喧嘩をして、何事もない日々が続くものだと思っていた。

 しかし、繭香の登場で、そんな日常にも変化が訪れた。

 亮太は毎日、試験の勉強と称して繭香と放課後まで図書室で勉強するようになった。
 それだけでなく、繭香を自転車の後ろに乗せて、家まで送る始末である。
 そのことに気づき、慌てた時には既に遅かった。

 自分と繭香では、初めから勝負になりはしない。
 清楚で清純なイメージの繭香と、腐れ縁程度にしか思われていない自分。
 亮太がどちらを選ぶかなど、火を見るよりも明らかだ。

 だから、理緒は自分から亮太と繭香に関する噂を流した。
 そのことで、周りの人間が繭香に抱いているイメージが崩れれば、幸いだと考えたからだ。

 案の定、繭香は噂によって心を乱され、クラスメイトと喧嘩になった。
 それを利用し、今度は亮太に繭香の行為を誇張して伝える。
 そうして二人を引き離そうとすることでしか、自分には勝機などありはしなかった。

 ずるい女だと言われても構わない。
 卑怯者と罵られてもいい。
 亮太との日常を失わないで済むのなら、そのくらいの罵倒は甘んじて受けるつもりだった。

 だが、それでも、亮太は最後まで繭香を見限ることはなかった。
 今日の花火大会も、自分とは一緒に行ってくれなかった。
 最後まで諦めずに誘ったつもりだったが、結局、亮太は繭香と一緒にいることを選んだ。

「なんだかんだで、最初から勝ち目なんてなかったのかなぁ……」

 できることなら、ここで綺麗さっぱりと諦めたい。
 しかし、それができないことは、理緒自身が一番よく知っている。

 繭香と亮太は、いったいどこまで進んでいるのだろう。
 亮太の口から聞いてしまえれば楽なのだが、さすがにそれは怖くてできない。
 もし、自分の一番聞きたくない返事を聞かされたら、恐らく二度と立ち直れない。

「明日……月野さんに、聞いてみようかな……。
 よし、そうしよう!!」

 顔をはたいて気合いを入れ、理緒は大きく伸びをして歩き出す。

 勝負はまだ、完全に決着がついたわけではない。
 野球だって、九回の裏まで勝負は分からないと言うではないか。
 ならば自分にも、まだ少しの望みは残されているかもしれないのだ。

 祭りの終わった橋の上を、理緒は気分を新たにして立ち去った。
 もっとも、その時は、今の決断が自分に何をもたらすのか、まだ気づいてはいなかった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 自宅にある自室にて、薄明かりの中、繭香は独り窓辺に映る月を眺めていた。

 部屋の電気は、机のスタンドを除いてつけてはいない。
 出かけた時の様子はそのままに、繭香は窓ガラスの上から三日月をなぞるようにして指を動かした。

 窓越しに見える黄色い月の輪郭が、ぼうっと滲んで見えていた。
 抑えようにも、自分で自分の気持ちを操ることができない。
 頬を伝わる涙が床に零れ落ち、雫は小さな染みとなって吸い込まれた。

「亮太君は……私のことが、嫌いなの……?」

 自分の問いかけに、答える者などいはしない。
 そう頭では分かっていても、声に出さずにはいられない。

 あの時、亮太は確かに自分のことを拒んだ。
 しかし、同時に繭香のことを、嫌いではないとも言っていた。

 ならば、なぜ、亮太は自分のことを拒んだのか。
 考えれば考える程に、いったい何が正解なのか分からなくなってくる。


―――― コツン……。


 窓辺に佇む繭香の耳に、ガラスを叩く小さな音がした。
 見ると、部屋の明かりに誘われて、一匹の蛾が窓を叩いていた。

 出かける前にも、自分はこんな光景を見たはずだ。
 光を求め、宵の闇の中を彷徨う一匹の迷い蛾。
 再びその姿を見た繭香は、自分の中で何かが弾けるのを感じた。

≪俺も、繭香のことは嫌いじゃないけど……。
 でも、やっぱり……いきなり、こういうのって無いと思う≫

 あの時、亮太の言っていた言葉と共に、繭香は彼の顔を今一度思い浮かべる。

 自分を拒んだ時の亮太の瞳にあったのは、嫌悪ではなく躊躇いの感情。
 このまま繭香を受け入れるべきか否か、迷い、苦しんでいるようにも思われた。

「迷う……。
 そっか……。
 亮太君も、迷っていたんだね……」

 亮太が自分を拒んだのは、何も嫌っていたからではない。
 繭香が本当の自分をさらけ出すのを躊躇っていたように、亮太もまた、迷いを抱えていたのだ。
 きっと、そうに違いない。

 あの日、初めて会った時から、亮太は常に自分と真っ直ぐに向き合ってくれた。
 そんな亮太が、自分のことを受け止めてくれないはずがない。
 少なくとも、繭香自身はそう考えていた。

 だが、そんな彼でも、迷いが生まれれば話は別だ。
 今まで繭香に向けられていた真っ直ぐな瞳は失われ、彼は遠からず、繭香のことを避けるようになってしまうに違いない。

「このままじゃ、亮太君が亮太君じゃなくなっちゃう……。
 私のことを見てくれた、亮太君の瞳がなくなっちゃう……。
 そんなこと……耐えられない……」

 このまま亮太の心に迷いが残れば、それは繭香にとって、最も辛い終焉を迎えることになる。
 ならば、自分が亮太に対し、すべきことはなんなのか。

 そんなことは、誰に聞くまでもなく明白だ。
 亮太を迷わせ、自分から彼の瞳を奪う者
 その全てを断てばよい。

「なあんだ……。
 私にだって、亮太君にしてあげられること、あるじゃない……」

 繭香の口が、月明かりの下で妖しく歪んだ。
 いつもの繭香からは想像できない程に、毒々しい色に染められた病的な笑み。
 その瞳には、既に生きた人間の光はない。

 陽神亮太を迷わせる原因。
 それについては、繭香にも思い当たる節がないわけではなかった。

 再三に渡り、自分と亮太の間に割って入った者。
 思えば、あの女に初めて会った時から、随分と振りまわされてきた気がする。
 そればかりでなく、亮太に余計なことを逐一吹きこんでいたのもまた、他でもないあの女なのだ。

「うふふ……。
 待っててね、亮太君。
 今、私があなたの迷いを断ち切ってあげるから……。
 あなたを迷わせるもの、迷わせる人……私が全部払ってあげる……。
 そうすれば、あなたもまた、私を見てくれるようになるはずだよね……。
 あの日に出会った時と同じ目で、本当の私だけを見てくれるよね……」

 誰に言うともなく、繭香は窓越しに夜空を見上げながら呟いた。
 外では先ほどの迷い蛾が、規則正しいリズムで窓を打っている。

「ふふふ……。
 あはっ……あはははははっ……。
 あははははっ……あはっ……あははははははははっ!!」

 月の明かりが射し込む部屋に、繭香の狂笑が響き渡る。
 その笑い声に呼応するかのようにして、窓の外の迷い蛾もまた、激しくその身でガラスを叩き続けた。
276 ◆AJg91T1vXs :2010/09/19(日) 19:05:58 ID:YGAbCuqa
 投下終了です。
 途中、タイトルが『第五部』から『第伍部』に変わっていますが、正しくは『伍』の字の方です。
 最初のやつは、純粋な誤変換。
 お目汚し申し訳ありません。


 とりあえず、全四話を経て、ようやく繭香を蛹から毒蛾に覚醒させられました。
 反面、話数が進む毎に文章量が増え、改行のタイミングに困っています。

 ヤンデレッ娘は、同じ様な内容の言葉を繰り返し叫ぶからなぁ……。
 これだけで加速度的にスレを消費してしまうのが、他の良作に対して申し訳ない限り。
 
 次はまた、水曜日辺りの投下になります。
 自分で宣言した四日以内更新の約束だけは、なんとか初志貫徹したいところです。
277名無しさん@ピンキー:2010/09/19(日) 19:09:47 ID:IdWBg9hW
おつ
278名無しさん@ピンキー:2010/09/19(日) 20:27:56 ID:+wPAaciK
GJです
279名無しさん@ピンキー:2010/09/19(日) 20:33:10 ID:Td8Ybe7I
GJ…
もうなんつうんだ?完全に餓の怪物化してるような…
280名無しさん@ピンキー:2010/09/19(日) 21:16:08 ID:4e1kmEfL
GJ...!!
続きが気になるな、これは。
281名無しさん@ピンキー:2010/09/19(日) 21:21:30 ID:q2IC2kcd
GJです
相変わらず綺麗な文で読み応えがあるなぁ

普通の恋愛モノなら今回辺りで繭香の想いが成就してもおかしくないのだけど
悲しいけど、ここヤンデレスレなのよね

そしてもの凄い勢いで死亡フラグを押っ立てた理緒の危険が危ない
282名無しさん@ピンキー:2010/09/19(日) 21:35:25 ID:7e3As6GX
 GJ!
 毒蛾となった繭香の「どくりんぷん」が、全てを殺してしまいそうな悪寒…。
 亮太、骨は拾ってやる(まだ死んでないけど)
283名無しさん@ピンキー:2010/09/19(日) 22:34:10 ID:F58Gj1JG
>>276 GJ!
284名無しさん@ピンキー:2010/09/19(日) 22:47:51 ID:3bUfyEsl
ヘーイGJ
何でかモスラvsバトラという言葉が頭によぎった
285 ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23:40:24 ID:l+2rZwWw
GJ!
続きが楽しみです!

こんばんわ。やっと規制が解けたようなので12話を投下します。
今まで転載してくれた方、本当にありがとうございました!
今回は修学旅行(前編)です。
286リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23:41:39 ID:l+2rZwWw

修学旅行と聞いて皆さんはどんな気持ちになるのだろうか。
嬉しい?
ワクワクする?
待ちきれない?
まあ様々な気持ちはあるだろうがプラスの感情を抱く人が殆どだと思う。
いつもはクールぶってる秀才君も悪ぶってる不良君も修学旅行と聞けば少しはプラスの感情になるのが一般的ではないだろうか。
そういう意味では俺は、いや俺達東桜高校二年生一同は少数派に入るのかもしれない。
「修学旅行かぁ……」
窓の外を見つめながら亮介が呟く。
電車の窓はかれこれ一時間ほど、同じような田んぼを写し続けている。
「まさかこれほどとはね……。去年が羨ましいよ」
「言うな英!気が滅入るからそれ以上は言わないでくれ……」
英の恨み言を咄嗟にシャットアウトする。
去年が沖縄だったのに対して今年が僅か二時間ほど電車で行ったところにある姉妹校で二日間授業を受けるだけ、
と聞いたら今の俺なら発狂してしまう可能性があるからだ。
「ま、まあ元気だそうよ!授業が終わった寝るまでは自由時間だし向こうで友達作ろう!ね?」
大和撫子さんは何が嬉しいのか俺の隣でウキウキしていた。瑠璃色のポニーテールを嬉しそうに揺らしている。
「……大和さんはポジティブなんだね」
「はい!白川君とだったら何処でも楽しいです!……あ、えっと…」
いきなり顔を真っ赤にする大和さん。忙しい人だけど見ていて飽きないな。
「お世話でも嬉しいよ、ありがとう」
「えっ、あ…はい…」
今度はしょんぼりとしてしまった。一体どうしたっていうんだ。
「主人公って何で決まって朴念仁なんだろうね」
英がこちらを見ながら笑顔で何か言っている。意味はよく分からないが言葉に棘があるような気が…。
『次は終点、終点、東雲(シノノメ)〜東雲です』
アナウンスがしてようやく二時間にも及ぶローカル線の旅が終わった。



西桜(セイオウ)高校。
東雲町のちょうど中心部に位置するこの学校は約30年前、
つまり東桜高校と同じ年に創設された伝統ある高校で東桜高校の初代創設者とは昔から親友だったそうだ。
そこで二人の創設者はお互いの高校の親睦を深めるため何年かに一回、交互にお互いを招待しようと誓いあったらしい。
そしてそれは30年経った今でも両校の伝統として脈々と受け継がれているのだった。
「それで今年がちょうど俺達東桜側がこの西桜高校に招待される年だった、って訳だね」
西桜高校の廊下を歩きながら英が感心したように言う。
校舎には所々にヒビが入っており改築中だった。
「しっかし大きいな!ウチの二倍くらいあるんじゃねぇか!?」
亮介の言う通りこの高校はとにかく大きかった。教室の数も東桜の倍近くあるんじゃないだろうか。
「東雲町は田舎だからね。土地が安いってのもあるし、創設者が元々は地主だったらしくてね。町に学校を作る為の土地を無料で提供したらしいんだ」
先頭に立って俺達2年4組の生徒を先導してくれる西桜高校の先生が説明してくれた。
歳はとても若くまだ二十代前半で教師に成り立てと言った感じだ。
その後も先生は西桜の色々な場所を案内してくれた。
当人も二年前からこの学校で教鞭を振るっているらしく「まだ見習いなんだけどね」と苦笑いで話していた。
その割に生徒、特に女生徒からよく声をかけられるのはその中性的で整った外見のせいかもしれない。
学校紹介を終えて西桜高校の校門に戻った俺達。どうやら今日はこれで終わりらしい。
「とりあえず学校案内はこんな感じかな。明日からは時間割通り授業だから、遅刻しないようにね」
こうして俺達の東雲町での生活が始まった。
287リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23:43:15 ID:l+2rZwWw

東雲町はありふれた田舎町といった感じだった。コンビニはあまりなく田んぼがちらほらと見える。
俺達が泊まるホテルはビジネスホテルといった感じでその周辺だけが微妙に都会だったが。
「やっぱり空気は美味しいな」
ホテルに着いた後、夕食まではひとまず自由時間らしいので一人で散策することにした。
本当は英や亮介も誘った方が良かったのだか、何となく今は一人になりたい気分だった。
大和さんに呼ばれていたような気もしたが……まあ気のせいということにする。
「公園か……」
町をぶらぶらと歩いていると公園が目に留まった。
家の近くにある公園と似ていて何だか懐かしくなったので寄ってみることにする。
決して広くはない公園にはブランコや砂場、滑り台などがあり端には青いベンチがあった。
「……あれ?」
そしてそのベンチに人が座っていた。地元の人だろうか。いや、あれは……。
「外国…人……?」
風邪になびく金髪に透き通った青い目。
まるでよく出来た西洋人形のような女性がそこに座っていた。
「……何か用ですか?」
「え、えっと……」
話し掛けられて始めて女性をずっと見ていたことに気が付く。
しかも彼女の声もまた美しく透き通っていて、聞くものを皆魅了してしまいそうだった。
「……制服?」
「あ、その……俺、修学旅行でこっちに来ている高校生なんです」
緊張しながらも女性の問いに答える。
会長も日本人離れした容姿をしているがこの女性はとても日本人には見えない。
もっと声を聞きたくて自然と彼女の隣に座っていた。
「修学旅行……。こんな田舎に?……嘘みたいね」
「俺もそう思います。でもウチの高校の伝統行事みたいなもので」
「伝統行事?」
「はい。何でも30年くらい前に……」
見ず知らずの人とこんなに会話するのは初めてだ。
女性も俺の話に興味があったようで気が付けば二人で意気投合していた。

「じゃあライムさんも最近この町に?」
「ええ。旦那がね、この町は空気が綺麗だからって」
女性はライムさんといって、想像通り日本と外国のハーフだった。
ここでも"ライム"だなんて最初に名前を聞いた時は驚いたが、ここ最近起こっていることに比べれば大したことはないのかもしれない。
むしろ日本人で"らいむ"なんて名前の方が珍しいだろう。思わず鮎樫らいむの顔が浮かんだが考えないことにした。
何処の国とのハーフなのかは教えてもらえなかったけれど、旦那さんがいて今妊娠6ヶ月らしい。
よく見ると確かにライムさんのお腹は膨れていた。
「本当はね、外に出るのは禁止されてるの」
「今の時期、危ないですもんね。事故にでも遭ったら大変ですし」
「……まあ、そんなところかな」
ライムさんは何処か寂しそうに呟く。ちょうどその時、5時を知らせる鐘が町に響き渡った。
「やっべ!もう5時か!?急いでホテルに戻らないと!あ、ライムさんは?」
「私は旦那をここで待つから」
「じゃあ気をつけて!今日はありがとうございました!楽しかったです!」
ライムさんに一礼をしてから公園を走り去る。
「私も楽しかったよ!ありがとう、白川君!」
あの透き通った声で名前を呼ばれたのが嬉しくて、帰り際にまた一礼をしてしまった。
288リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23:44:49 ID:l+2rZwWw

「ふぅ、良い湯だなぁ。なっ、亮介!」
「お、おうっ!」
夕食の時間ギリギリにホテルに着いていつものように黒川先生にお説教(公開処刑版)をくらった後、俺と英と亮介は露天風呂に来ていた。
他にも結構な数の男子がいるのだがこのホテルの露天風呂は泳げるくらい広く、おまけに室内風呂まであるので意外とゆったりと湯に浸かれた。
「……要、何だが今日はやけに上機嫌だね?」
「まあな。ここのところ有り得ないような出来事が連続しただろ?」
「確かにな。アンドロイドにクローンにめっちゃ強いメイドさん……。正直今でもあんまり実感ないぜ」
「そうそう。だからたまにこうやってのんびり出来るだけで、そりゃあ上機嫌になるさ」
本当は今日のライムさんとの出会いが少なからず影響しているのだろうが、そのことは何となく秘密にしておきたかった。
「……そういうものかな」
「そういうものさ!……ん?何だこの穴……」
「穴?」
背中に違和感を覚えて移動すると俺が座っていた部分に穴が空いていた。
お湯の中にぽっかりと空いているその穴は、ちょうど人一人が通れるくらいの大きさだった。
「……何だろうね、これ?」
英が不思議そうに頭を傾げる。
亮介が潜って先を見てみたがお湯の濁りであまりよく見えないようだった。
「謎の穴、だな」
「……どうしたの要?」
たまたまそういう気分だったのかもしれない。
もしくは旅行先の思わぬ出会いで浮かれていたのかもしれない。とにかく無性にこの穴の先が気になった。
「……俺、ちょっと行ってくるわ」
「おう……っておい!?」
「か、要っ!?」
英と亮介が止める隙もなく俺は潜って穴の中に進んだ。
穴は途中から少し曲がっていたが何とか通れる。問題は息継ぎだ。無我夢中でお湯の中を泳ぎつづけるが中々穴の出口にたどり着かない。
(さ、流石にこれは……あっ!)
息止めも限界に達しそうになった時、やっと穴の出口にたどり着いた。上には光が見える。
(ま、間に合えぇぇえ!)
こんな所で死んだら洒落にならないからな。全力で進みようやく――
「っぷはぁ!!……はぁはぁ、た、助かった……」
息を吸うことが出来た。
何回か思い切り深呼吸をして地上の素晴らしさを実感した後、周りを見回してみる。
「……同じ露天風呂、か」
潜る前と同じような景色が目の前に広がっている。露天風呂内を繋ぐ穴だったのか。
「……とんだ無駄骨じゃねぇか」
溜息をつきながらその場から動こうとする。今頃英と亮介が慌てている頃だ。早く二人の元に戻らなければ。
「……タオル?」
岩影からタオルが流れてきた。誰かのが流されたのだろうか。岩影から顔を覗くと人影が見えた。
「やっぱり同じ露天風呂かよ……」
タオルを掴んで近付いて来る人影に放り投げようとしたその瞬間
「あ、ありがとうございます!タオル流されちゃって」
「っ!!?」
聞こえてきた声に反応して咄嗟に岩影に身を潜めた。
……何だ今の声は。まるで……まるで女の子の声だったような。
「あ、あれ?確かこの辺に人影が見えたんだけどな……」
「……マジかよ」
どうやら俺の耳は正しかったようだ。近くで女の子の声がする。
まさか……ここは露天風呂でも女湯の方でこの穴は禁断の……。
289リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23:45:50 ID:l+2rZwWw
「あっ、あったあった!あたしのタオル」
「っ!!」
自分がタオルを持っていることに気が付いた。これが声の主が探しているタオルか。
というか声の主がこちらに近付いて来る。こうなったら――
「えっ!?」
「………」
突然岩影からタオルを持った手が出て来たら誰でも驚くだろう。しかし今の俺にはこれが限界だった。
もし右腕が骨折してなかったら衝撃波で女の子を吹き飛ばすという選択肢も……いや、これしかないだろ。
「あ、ありがとう」
「………」
恐る恐るタオルを受け取る女の子。よし、そのまま帰ってくれ。
「……貴女、一人で入ってるの?」
「………」
良いじゃないか一人だって。人間誰しも独りになりたい時くらいあるだろうに。
とテレパシーで伝えようとするがそれに反するように女の子は岩影に近付いて来る。
「もし良かったらあたし達と一緒に入らない?これも何かの縁だと思うから」
「………」
何と言うお節介を。いや、決して悪い人ではないのだが今の俺には悪すぎた。
一体どうすればこの窮地を脱することが出来るのだろうか。
仕方ない少々辛いがこの穴を通って戻るしかない。
(かなり疲れるが仕方ねぇ……せーの!)
「とりあえず隠れてないで出て来なよ」
「なっ!?」
潜ろうとしたその瞬間、出したままにしていた左腕を引っ張られ、態勢を崩してしまった。
勢い余ってそのまま岩影の外へ――
(……ありえねぇ………)
どうやら走馬灯というのは本当に存在するらしい。音も光も全てがゆっくりと動く。
そして見事に女の子の目の前に引っ張られた勢いのまま飛び込んだ。
「……へっ?」
呆然とする女の子。
そりゃあそうだろう。女子だと思っていた奴が女湯にいるべきではない男子なんだから。
このまま叫ばれて俺の高校生活は終わりか……。
「し、白川……君?」
「……えっ?」
「や、やっぱり白川君だ。こんな所で何してるの……?」
瑠璃色の髪を束ねたその女の子は何と大和さんだった。
何と言う偶然。大和さんの頬は紅潮し目は獣を見るようだ。
これは神様が俺にくれた蜘蛛の糸かもしれない。慎重に答えないと……。
「あ、えっと……。そこにある穴がさ!」
「穴?……!黙って!!」
「なっ!?」
「撫子〜?タオル見つかった?」
「おっ、あったみたい……ってアンタ、何してんの?」
一瞬だった。
近くに友達がいること瞬時に感知した大和さんは巻いていたタオルをカーテンのように広げて俺の姿を隠してくれたのだ。
まさに早業。
しかし急に広げられたので思わず目の前に現れた彼女の引き締まった身体を凝視してしまった。どうやら大和さんは着痩せするタイプのようだ。
……これはもしかしたら潤よりあるかもしれない。
「い、いやぁ何か暑くて!こうすると涼しいかなぁ!?」
大和さんの声は少し震えていた。
彼女が顔を真っ赤にして目に涙を溜めながら射殺す勢いでこちらを見ていることに気付いてすぐさま目を閉じる。
……いかん、どの道死亡エンドだ。
「大丈夫?私たちもう上がっちゃうけど」
「う、うん!わ、あたしはもう少し入るから!」
「じゃあロビーで待ってるからね」
そう言うと大和さんの友達は離れて行き、周りには誰もいなくなった。
「……た、助かった」
「………白川君?」
どうやら助かったと思うのはまだ早いようだ。
290リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23:47:13 ID:l+2rZwWw

「……ということなんだ。本当にゴメン!」
「…………」
あれからしばらく気まずい、というかひたすら無言で睨まれ続ける。
このままではやがて死亡エンドに成り兼ねないので必死にここまでの過程を大和さんに説明していた。
「でもさっきも言ったけどわざとじゃないんだ!偶然ここに繋がっていて!」
「……見たでしょ?」
「うっ……」
何を?なんて馬鹿な台詞は死んでも言えない。この状況で"見た"物なんてたった一つしかないのだから。
「見たんだ。見たんだ。……み、見たんだ!?」
さっきのように顔を真っ赤にさせて俺を殴ろうとする大和さん。
「た、確かに見た!見たけど忘れた!いや、忘れます!」
それを躱しながら必死に弁解をする俺。端から見ればじゃれ合っているようにも見えるがお互い必死だ。
一方は羞恥心と怒りをぶつけようとし、一方は上手い打開策を考えている。
「はぁはぁ……。な、何で全部避けられるの!?」
「……鍛えてるから?」
つい最近まで桜花と一緒に特訓していたし、彼女や桃花に比べたら大和さんは全然速くない。
まあそもそもあの二人を基準にすること自体が間違っているのだが。
「何で疑問形なのよ!……もういいっ!」
「あ、大和さん!」
俺を殴ることを諦めて立ち去ろうとする大和さんの腕を、俺は咄嗟に掴んでいた。
このまま終わっても誤解されたままだ。それだけは何とか解かなければ。
「……何よ」
「その……本当にゴメン!俺、何でもするから!」
頭を下げて謝る。我ながら情けないとは思うが仕方ない。パンチでもキックでも受けるしかない。
「……何でも?」
「ああ!…あ、家買えとかは無理だけど」
「じゃあ付き合って」
「勿論!………へっ?」
顔を上げると大和さんが俺を見つめていた。
何故だろう。彼女の目を見た瞬間、言葉では言い表せないような身の毛のよだつ寒気を感じた。
俺は周りに誰もいないこの状況をすっかり忘れていたんだ。
時折聞こえるシャワーの音が唯一俺達をこの世界に繋ぎ止めてくれているようだった。
291リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23:49:00 ID:l+2rZwWw

「うわぁ…。やっぱり綺麗だね、星空」
「ああ、そうだな」
深夜。俺と大和さんはこっそりとホテルを抜け出して東雲町を散歩していた。
「桜ヶ崎から見る星空とは全然違うんだ」
「こっちの方が空気は澄んでるからな」
大和さんの言う通り夜空には満天の星が広がっており、それぞれがキラキラと輝いている。
「ゴメンね、付き合わせちゃって。一人だと、抜け出す勇気なくって」
「それ分かるわ。まあ何でもするって言ったしさ」
あの後大和さんの協力により、何とか女湯を誰にも見つからず脱出した。
英と亮介は脱衣所にいて、俺を見た途端亮介は「友よっ!」と言って抱き着いて来た。
英は俺が無事戻って来たことに安堵しているようだった。
二人に一部始終(大和さんの名誉の為に一人で脱出したことにしたが)を話すと、
英には「よく生きて帰って来れたね」と感心され、亮介には「主人公補正って恐ろしい…」と何故か怖がられた。
「でも迷惑じゃなかった?いきなり星空を見たい、だなんて」
大和さんが不安げな表情で俺を見てくる。
瑠璃色のポニーテールを揺らしながら聞く彼女は、バックの星空と相まって中々絵になっていた。
「むしろ最近バタバタしてたから良い気分転換になったよ。ありがとな」
「……それなら良いんだけどね」
大和さんは顔を赤らめてそっぽを向いてしまった。
……結局「付き合って」というのは"散歩に"という意味で彼氏彼女の関係とか、そういうものではなかった。
安心したような残念なような、複雑な気持ちだ。これだから思春期はいかんな。
何でもすぐ好意やフラグだと思ってしまう。冷静にならなければ。
「白川君ってさ」
「ん?」
「白川君って……す、好きな人とかいるの?」
「……はい?」
思わず間抜けな返事をしてしまった。大和さんはまた顔を真っ赤にしながらも、俺を真っすぐ見つめている。
「い、いるの!?」
「いや、そうじゃなくて……いきなりどうしたの?」
「い、いいから質問に答えて。何でもするんでしょ!?」
「……マジっすか」
「マ、マジっす…!」
おいおい。いきなり何だこの展開は。
何でクラスメイトの前で好きな人を言わなきゃならない。修学旅行の夜の恋話でもあるまいし……。
あれ、今って修学旅行の夜か。じゃあ、あながち間違っては……いやそういう問題じゃねえだろ。
「いるの?いないの!?」
大和さん、目が血走っています。しかし好きな人って言われてもな。
ふと鮎樫らいむの顔を思い浮かべる。透き通るような長い黒髪に端正な顔立ち。たまに浮かべる妖艶な笑み。
そして――

『記憶はなくしたって身体は覚えている。心に刻まれている。そう簡単には忘れないわ』
『…本当の要を、知りたい?』

……何でこんな時に鮎樫さんのこと思い出すんだ。
「……白川君?」
「あ、えっと……好きな人なんていないよ」
「そ、そうなんだ。へぇ…そうなんだ。ふふっ、そうなんだ」
何が嬉しいのか、にやけた顔を隠そうともしない大和さん。
結局そのまましばらく星空を見た後、ホテルに戻った。
大和さんが別れ際に「良かったらまた明日も」と言っていたので、どうやら明日も散歩しなければならないようだ。
部屋に戻ると英と亮介はすでに寝ていた。
俺も二人を起こさないようにベッドに潜り込んで寝ようとしたが、鮎樫さんのことが頭から離れない。
「鮎樫らいむ……か」
今日公園であったライムさんとは全くの別人だ。
なのに名前が似ているだけでこんなにも気になるものなのか。
「……考え過ぎだよな」
関係があるわけがない。
今日偶然会ったライムさんと、あの鮎樫らいむの間に繋がりなんてない。
そのはずなのに得体の知れぬ不安感は拭い去れなかった。
292リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23:51:35 ID:l+2rZwWw

修学旅行二日目。俺たちは西桜高校で授業を受けていた。
結局のところ、2年4組がそのまま東桜から西桜に移動して勉強するだけだ。
まあ先生が違ったり前もって決めておいた班で実験やディスカッションしたりと、細かい箇所は違うが些細なことだった。
つまり修学旅行というなの通常授業なわけで、そりゃあ盛り上がるはずもなく放課後を迎えた。
「悪かったね、色々手伝って貰っちゃって」
「いや、好きでやってるんで」
社会科準備室に地図や資料などを運び込む。
昨日学校を案内してくれた、佐藤晧(サトウコウ)先生の手伝いをしていた。
まあ手伝いと言っても右腕が使えないので、左腕で軽い教材を持つくらいなのだが。
「せっかくだからこの東雲町のこと、知ってもらおうと思ったんだけど……」
俺と先生の持っている資料の殆どには"東雲町郷土史"と書いてある。
「失敗したんですか?」
「……大多数の人達が寝てたかな。やっぱり郷土史は退屈だもんね」
苦笑しながら社会科準備室の鍵を閉め、歩き出す佐藤先生。俺も後からついていく。
確かに郷土史は退屈だったが俺は佐藤先生が好きだ。
これといった理由はないが何となく先生の話を聴き入っている自分がいた。

佐藤先生とたわいのない話をしながら昇降口へと向かう。
ふと先生を見ると星型のストラップが一つだけ付いている、シンプルな黒い携帯を開いているところだった。
「そのストラップ……」
「ああ、これ?綺麗だろ。好きなアイドルのコンサートに行って買ったんだよ」
誇らしげにストラップを見せてくる先生はいつもとギャップがあって面白い。
まさか先生の中に"好きなアイドル"なんてものが存在していたこと自体が驚きだ。
「先生に好きなアイドルなんていたんですね」
「まあね。芸能界を引退した、とか言われているけど僕は彼女の復帰を信じているよ」
佐藤先生をそこまで熱中させるアイドル。一体どんな人なのか気になった。
「先生、そのアイドルって……」
「ああ、分かっちゃった?やっぱり半年前くらいまでは大人気だったもんね、鮎樫らいむは」
「いや、知らな………えっ?」
急に息が苦しくなる。心臓が痛いくらい鼓動しているのが分かる。
今先生は何て言ったんだ。
「でも仕方ないと思うな。あの金髪に澄んだ青い目。そして透き通る歌声。コンサートに行った時はそれは大興奮だったね」
「……………」
冷や汗が止まらない。頭が割れるように痛いし、心臓の鼓動もより激しい。
つまり……いや、待てよ。金髪に澄んだ青い目?俺の知っている鮎樫らいむとは全くの別人じゃないか。
やっぱり俺の勘違い――

『ええ。旦那がね、この町は空気が綺麗だからって』

「っ!!?」
「し、白川君!大丈夫か!?」
息苦しい。呼吸が出来ない。自分の心臓の音が頭の中で鳴り響いていて先生が何を言っているのか分からない。
ライムさんは……あの人は一体何者なんだ。そして鮎樫らいむは……いや、本当の"鮎樫らいむ"は誰なんだ?
薄れゆく意識の中でそんな疑問がぐるぐると渦巻いていた。
293リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23:52:33 ID:l+2rZwWw


雨が降る町の中を一組の男女が歩いていた。
一本の傘の中、二人は寄り添うように歩いている。
「何でわざわざ傘に入ろうとするんだよ。自分で避けられるだろ」
要は文句を言いながらも隣を歩く彼女が濡れないように傘を持つ。
「全く分かってないわね?避けられる避けられないの問題じゃないわ」
そして彼女もまた、要が濡れないようになるべく彼に寄り添っていた。
「じゃあ何が問題なんだよ?」
「それはね、男子が女子をエスコートしなければならないということなのよ。この雑誌にもね……」
長い黒髪を携えた彼女が鞄から一冊の雑誌を取り出す。それを見た要は溜め息をつきながら彼女を制した。
「もうCamCamはいい。その雑誌には嘘しか載ってないって何回言えば分かるんだ」
「いやいや、要。これさえあれば誰でもモテかわガールになれるんだよ」
その雑誌はCamCam、通称"キャム"と呼ばれる10代後半から20代前半の女性をターゲットにしたファッション雑誌で、若者の愛読書とも言われている。
よって世俗の知識が皆無な彼女が、それをまるでハウツー本のように崇める気持ちも分からないではないのだが。
「その雑誌には嘘が多過ぎるんだよ」
それでも『モテる笑顔術☆』や『男を一発で落とす表情と仕草!』など読んだ結果、
どう考えてもふざけている様にしか見えない特集の数々を要は認めることが出来なかったのだった。
「この前見せたのはたまたま駄目だったけど今度は……あ」
「ん?どうした?」
急に立ち止まり大きなビルのスクリーンを見上げた彼女につられて要も見上げる。
そこには今や国民的アイドルとなった"鮎樫らいむ"の姿が映っていた。
煌めく金髪に澄んだ青い目。そして透き通る歌声は、今いる日本のどんなアイドルも到底敵わない。
「鮎樫らいむ、またアルバム出すのか。凄い人気だな」
周囲を見回すと皆、立ち止まってスクリーンを見つめている。
この異常な光景もまた、鮎樫らいむの人気を物語っていた。
「私、彼女と知り合いなんだ」
「ふーん………はぁ!?」
彼女の爆弾発言に要は思わず公衆の面前で叫んでしまう。
「要、うるさい」
「あ、わりぃ……じゃなくて!本当に鮎樫らいむと知り合いなのか!?」
「うん。だって私が"鮎樫らいむ"って名前、考えたんだよ?」
次々と彼女の口から飛び出す爆弾発言に要は呆然とするしかなかった。
そんな要を尻目に彼女は話を続ける。
「あの子、本当はライム=コーデルフィアって名前で小国コーデルフィアの王家……あ、これオフレコだ」
彼女があまりにもリアリティのない話が逆に真実味を醸し出していた。
「じゃ、じゃあ……鮎樫らいむって名前は……」
「鮎樫らいむという人物は存在しないわ。どう?中々良い名前でしょ」
スクリーンでは鮎樫らいむ、もといライム=コーデルフィアが新曲を歌い終えて挨拶をしている所だった。
「……らいむは本名だから分かるけど、鮎樫って」
何とか爆弾発言の数々を受け止めた要は至極当然の質問をする。
"鮎樫"は珍しい、というかアイドルとしては致命的なくらい覚えにくい名字だ。
「それはね……凄い偶然だったんだよ」
彼女はスクリーンを見ながらその時のことを思い返すように目を細めていた。
「偶然……?」
「そう。つまり"リバース"の関係なのよ。彼女と私はね」
こちらを向いた彼女は意地悪そうな笑みを浮かべていた。こういう時の彼女は謎掛けをして要をからかっているのだ。
溜め息をつきながらも要は考え始めるのだった。
294リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23:53:29 ID:l+2rZwWw

「……ここは?」
「お、目覚めたか。どうだ、気分は?」
目の前には黒川先生の顔。部屋の作り的にここは俺達が泊まっているホテルのようだ。でも何か良い香りがするな。
「俺……」
「西桜高校の佐藤先生から連絡があってな。とりあえず私の部屋で寝かせておいたんだ」
「……今、何時ですか?」
「8時くらいだな。それより何処か悪いところはないか?」
「大丈夫です。ただの寝不足だと思うので」
8時か。じゃあライムさんには今日はもう会えないな。
夢…にしてはリアリティのあったな。もしかすると今まで見てきたのも全て夢じゃないのか。
「白川、大丈夫か?」
「あ、はい。ご迷惑をかけてしまい、すいませんでした」
「とりあえず部屋に戻った方が良い。何かあったらすぐ私に言うんだぞ?」
「はい。失礼します」
部屋を出て扉を閉める。英と亮介、心配してるかな。早く戻らないと。
「……リバース、か」
さっきの夢に出て来た少女。あれはどうみても鮎樫らいむだった。
でも本当の鮎樫らいむはアイドルの偽名でそれはライム=コーデルフィア。
……そしてそのアイドルは俺が昨日会ったあのライムさんとそっくりだった。
「……一体どういうことなんだよ」
わけが分からない。じゃあ鮎樫らいむと名乗ったあの少女は何者なんだ。

『…私たちはね、生まれ変わったんだよ』

「っ!!?」
頭が割れそうだ。思わず廊下に倒れ込む。
あの少女のことを考える度に激しい頭痛が俺を襲う。まるで身体が思い出すことを拒否しているようだ。
……思い出す?一体何を思い出そうとしているんだ。
「…はぁはぁ」
何とか立ち上がることは出来た。だがまだ鋭い頭痛は止まない。
「……明日、行こう」
ライムさんの所へ。それではっきりするはずだ。
ライムさんの正体や鮎樫らいむの正体。そして俺の記憶も取り戻す。
潤や英、亮介や会長や遥。皆との日常を俺は絶対取り戻してみせる。



深夜。ホテルのロビーには人影が一つあった。
その人影はしばらくロビーをうろうろとしていたが、諦めたのか瑠璃色のポニーテールを揺らしながら部屋に戻っていった。
「……罰ゲーム、だからね?白川君…」
295 ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23:56:39 ID:l+2rZwWw
今回はここまでです。長くなってしまい申し訳ありません。
ようやく鮎樫らいむの謎に突っ込めそうです。
次回は修学旅行(後編)です。投下終了します。
296名無しさん@ピンキー:2010/09/20(月) 00:27:07 ID:W5TpXplH
GJ!リバース待ってました!

ライムさん来た!元気そうでなによりだ。
次回なんかやばそう…。
297名無しさん@ピンキー:2010/09/20(月) 00:31:59 ID:J4GnPl14
GJです。
リバースは相変わらず面白いわ。
結局鮎樫らいむは何者なんだろうな?
298名無しさん@ピンキー:2010/09/20(月) 01:06:37 ID:uNqDqXGy
GJです。

鮎樫の謎がもうすぐ解るのか…
それにしてもキミトワタルから、ここまで考えられてるとは驚嘆する
俺もSS書いてるけど凡人な俺には、考えもつかないよ

個人的には撫子が楽しみです。
299名無しさん@ピンキー:2010/09/20(月) 01:22:44 ID:OpYmV18V
海有サクヤだっけ
もっかい読み直してくる
GJ
300名無しさん@ピンキー:2010/09/20(月) 01:51:52 ID:qVD/xOJv
GJです

設定とかが被ってる事はまま他の作品にも見かけるけれどここまで深くリンクさせてるのはスゴイと思う
301名無しさん@ピンキー:2010/09/20(月) 05:42:19 ID:xt4XLJZu
GJ!規制解除おめでとうございます!

きみわたから読んでるけど、この作者さんは本当に考えるわ。
リバースも引き続き応援してます!
302 ◆0jC/tVr8LQ :2010/09/20(月) 10:19:10 ID:PS+EYuy/
こんにちは。ご無沙汰しておりました。
触雷!第16話です。
303触雷! ◆0jC/tVr8LQ :2010/09/20(月) 10:22:25 ID:PS+EYuy/
どのくらい眠っただろうか。僕は先輩に起こされた。
おっぱいで顔を塞がれ、窒息させられては起きるしかない。
「げほっ、ごほっ……」
「起きましたか? また更生のカリキュラムやりますよ」
「1日に、そんなにやらなくてもいいんじゃ……」
疲労の抜けていない僕が、眠い目をこすりながら(そして若干むせながら)言うと、先輩はわっと泣き出してしまった。
「詩宝さん……私をレイプしたこと、償ってくれないんですか……?」
そう言われては、やらない訳に行かない。
「やります。やりますから泣かないでください」
僕は起き上がった。
先輩は一転してうきうきした表情になり、僕の手を引いてどこかに導いていく。
通された部屋は、なんと旅客機の内装のようなセットになっていた。
「これは一体……?」
「ちょっとここで待っていてくださいね」
先輩が出て行く。しばらくすると、エメリアさん、ソフィさんと一緒に戻ってきた。
3人とも、フライトアテンダントの格好をしている。
「次の台本です」
エメリアさんに冊子を渡される。
目を通すと、今度の僕の役回りは、飛行機をハイジャックするテロリストだった。
駐機中の旅客機に立て籠もり中、しびれを切らしてフライトアテンダント達を犯し始めるという筋書きだ。
ちなみに、僕扮するテロリストが要求するのは、衆議院の解散総選挙。今の与党に不満があるという設定らしい。
「では、早速始めましょう」
ソフィさんが僕に、玩具のナイフを渡す。いきなり本番だ。

「おらっ! スチュワーデスども、さっさと裸になれっ!」
ナイフを3人に突き付け、台本にあった台詞を叫ぶ。
「乱暴は止めなさい。要求は当局に伝えてあるから」
そう言ったのは、機長の格好をした華織さんだ。
台本には、テロリストとフライトアテンダント3人の台詞しかない。
ところが急に華織さんが来て、「私も詩宝ちゃんの更生に協力するわ」と強引に割り込んできたのである。
おかげで、いろいろアドリブを入れなければならなくなった。
「うるせえ! 早くしないと刺し殺すぞ!」
「わ、分かりました……」
「今脱ぎます」
「お願いだから殺さないで……」
フライトアテンダント3人が、服を脱いで座席(どうも本物っぽい)に置く。
それは台本通りなのだが……
「ちょっと、何で機長も脱ぐのよ!?」
「この流れだったら、女機長も脱がないとおかしいでしょう!?」
「テロリストが求めてるのは、若いスチュワーデスの体なの! 機長のオバサンは関係ないのよ!」
「じゃあ、テロリストさんに聞いてみましょうか」
「え?」
全裸になった華織さんが、僕の方に迫ってきた。
20代にしか見えない容姿に、先輩より一回り大きなバスト。
「どうかしら? 機長は脱がなくていいの?」
「……台本では、脱ぐのはフライトアテンダントになっていますから」
「台本に縛られては駄目。悪のテロリストに成りきって、これから犯す牝を物色するの。私は対象外かしら?」
「あの、それは……」
何て言ったらいいんだ。
304触雷! ◆0jC/tVr8LQ :2010/09/20(月) 10:23:33 ID:PS+EYuy/
迷っていると、とうとう先輩が怒りだした。
「やめてお母様! 義理の息子に何をする気なの!?」
「あら。これくらい母子のスキンシップよ」
もう台本もへったくれもない。無理だ。
僕はナイフを投げ捨て、部屋から逃げ出そうとした。
ところが、華織さんに襟首を掴まれ、床に投げ倒される。
「うわっ!」
「さあ詩宝ちゃん! ママのおっぱいチュウチュウしながら気持ちよくなりましょうね」
華織さんが僕にのしかかると、先輩達3人も殺到してきた。
「止めて!」
「お止めください!」
「私達が優先です!」
4人から揉みくちゃにされた僕は、一溜りもなく意識を失った。
そのまま僕は、朝まで気絶したままだった。
広いベッドで目を覚ますと、今日は僕一人だ。
「これから、どうなるのかなあ……」
1人つぶやいていると、部屋のドアが開いて、先輩とエメリアさん、ソフィさんが入ってきた。
「あ、お早うございます」
「昨日はごめんなさい。よく眠れました?」
「ええ。まあ……」
先輩の問いに、曖昧な返事を返す僕。
ちなみに、先輩は学校の制服姿。エメリアさんとソフィさんはスーツだ。
「詩宝さん。私これから、学校に行ってきますね」
「は、はい……」
「早く帰ってきますから、待っていてください。くれぐれも外に出ないように。いいですね?」
案の定、僕は留守番だった。「……分かりました」と頷くと、先輩は傍らのエメリアさん、ソフィさんに言う。
「エメリア、ソフィ、詩宝さんが逃げないように、しっかり見張っておくのよ」
「かしこまりました。お嬢様」
「イエス、ボス」
2人が頷く。こちらは見張られていなくても、逃げようなどとは思っていないのだが。
先輩が学校に行くと、エメリアさんとソフィさんは、にやにや笑いながら、僕の両腕を捕って地下室に引っ張っていった。
「さあ、今日もみっちりカリキュラムをしましょうね」
「レイピストの更生は、長く険しい道なのですよ。うふふ……」
「あの、せめて先に何か食べさせてください……」
昨日の朝から何も食べていないので、僕は2人に懇願する。
しかし2人は、「大丈夫です」と言って、そのまま僕を引きずって行った。
305触雷! ◆0jC/tVr8LQ :2010/09/20(月) 10:24:54 ID:PS+EYuy/
「牝豚ども! さっさと働け!」
で、次の僕の役は、若い女性を拉致監禁して奴隷にしている鬼畜性犯罪者。
「あうう……申し訳ありません」
「今ご用意します……」
被害者役のエメリアさん、ソフィさんは、全裸に首輪という格好で四つん這いになっている。
2人の乳房や腹、お尻には、“肉便器”“牝豚”“超マゾ”“ド変態”といった下品な文句がびっしりと油性のマジックで書かれている。(もちろん僕が書かされた)
「お食事の用意ができました。ご主人様……」
床をいざりながら、エメリアさんが料理を乗せたお盆を持ってくる。
シチューのいい匂いがした。早く食べたい。
「おい、テーブルだ」
台本通りに僕が言うと、ソフィさんが僕の前で四つん這いになる。
「どうぞ。この淫乱な牝豚の背中をお使いください」
「よし。置け」
「はい……」
エメリアさんが、ソフィさんの背中にお盆を置く。ちょっとぐらぐらしている。
「どうぞ……」
エメリアさんが、スプーンでシチューを僕の口に運ぶ。
「うまい……」
思わず本音を漏らすと、エメリアさんが急に怖い顔になった。台本にない台詞を言ったのがお気に召さなかったらしい。
僕は慌てて、エメリアさんの乳首をつねる。
「まずいぞ。変態牝豚!」
「あううん! 申し訳ありません……」
その後、僕は奴隷2人への“お仕置き”を台本通りに行った。
鞭だの浣腸だの蝋燭だのと、使い方が全く分からなったが、2人に教わりながらどうにかやりとげた。
「お、終わった……」
「まだレイプが残っていますよ、ご主人様」
「さあ、フィニッシュをどうぞ!」
疲労困憊して椅子に座る僕に、エメリアさんとソフィさんは、蝋で真っ赤になったお尻を容赦なく向けてきた。

「…………」
午前中のカリキュラムが終わった後、僕は一室のベッドで1人ぼんやりとしていた。
何をする気力も湧かない。もっとも気力があっても、今の環境では何もさせてもらえないだろうが。
――あのカリキュラムって、どうなったら終わりになるんだろう?
そんなことを考えた。
僕を更生させるためのプログラムなら、更生したかどうかを判断する基準がどこかにあるはずなのだが、全く聞いていない。
――先輩達が、フィーリングで判断するのかな……
そう思ったとき、扉がノックされた。
「あっ、はい」
「失礼いたします」
ドアが開き、30代ぐらいの男の人が入ってきた。道善さんの秘書の水下(みずもと)さんだ。
306触雷! ◆0jC/tVr8LQ :2010/09/20(月) 10:26:41 ID:PS+EYuy/
「詩宝様。お疲れのところ恐れ入ります。会長がお呼びでして」
「道善さんが?」
僕はベッドから跳ね起きた。
「はい。こちらにお召替えを」
水下さんは、下着とズボンとTシャツを用意してくれていた。全裸だった僕は、急いでそれを着る。
着替えている間に、水下さんは説明を始めた。
「実は先程、総日本プロレスの社長がお見えになられまして」
「総日本プロレスの……」
総日本プロレスというのは、あの晃が所属している団体だ。中一条グループとつながりがあると聞いたことがある。
「舞華お嬢様と詩宝様のご婚約のお祝いに来られたそうです。それで、ぜひ詩宝様にお目にかかりたいと」
「そ、そうですか……」
社長さんとは、晃の紹介で会ったことがあり、面識がある。婚約のことは、晃から聞いたのだろう。
――でも、なんで僕が今この屋敷にいるって分かったんだろう?
そんな疑問が浮かんだ。まあ、ここに来てから道善さんに聞いたのかも知れないが。
「あれ、でもそうしたら、こんなラフな格好でいいんですか?」
「はい。会長と総日の社長はごく懇意の仲でして。堅苦しい席ではございません」
着替えて水下さんと部屋の外に出ると、後ろから「詩宝様」と声をかけられた。
振り向くと、スーツ姿のエメリアさんとソフィさんが立っている。
「あの、それが……」
「会長がお呼びなのだ。来客があってな」
僕の代わりに、水下さんが答えた。
途端に、エメリアさんとソフィさんは何かを警戒するような、険しい表情になる。
「でしたら、私達もご一緒します」
エメリアさんがついてこようとすると、水下さんが止めた。
「いや。会長がお呼びになったのは詩宝様だけだ。お前達はこなくていい」
「私達は詩宝様の秘書でもあるのですよ。お呼びでなくてもついて行くのが当然です」
「たかだか屋敷の中で、そこまで密着せんでもいいだろう」
水下さんが抵抗すると、ソフィさんが前に進み出た。
「会長は、どちらで詩宝様をお待ちなのですか?」
「? 1階の第一応接室だが……」
水下さんが答えた瞬間、ソフィさんの蹴りが飛んだ。
ドスッ!
足先が水下さんの下腹部にめり込む。
水下さんは一言も発せず、その場に崩れ落ちた。
「では参りましょうか、詩宝様」
「ひ……あ……」
目の前で起きた惨劇に、僕は戦慄するしかない。
ソフィさんはそんな僕を抱え上げ、のしのしと歩き始めた。
307触雷! ◆0jC/tVr8LQ :2010/09/20(月) 10:27:45 ID:PS+EYuy/
地下室から1階に上がったところで、僕はようやく自分の足で歩くことができた。
「あの、水下さんは大丈夫なんでしょうか?」
「屋敷の使用人が、そのうち誰か気付くでしょう」
エメリアさんの答えは、にべもない。
ソフィさんが応接室のドアをノックする。
「失礼いたします。詩宝様をお連れしました」
中に入ると、車椅子の道善さんが強張った表情で、エメリアさんとソフィさんを見た。
「……水下はどうした?」
「体調不良だそうで、地下で休んでいます」
そっけなく答えるソフィさん。すがすがしいほどのしらの切りようだ。
「そ、そうか……」
道善さんは、気を取り直したように言う。
「さて、詩宝君。呼び立てて済まなかった。こちらの長木(ながき)さんが、どうしても詩宝君に会いたいと言うのでね」
「いやあ、しばらくぶりだね、紬屋君」
総日本プロレスの社長こと長木さんが、椅子に座ったまま僕に挨拶する。
「こちらこそ、ご無沙汰してまし……」
挨拶を返そうとした僕は、長木さんの後ろに立っている人物に気が付いた。
「よっ、詩宝」
「あ、晃……」
どうして晃まで。
今日は平日なのに、学校に行かなくていいのだろうか。
まあ、学校を休んでいるのは僕も一緒だけど。
「どうしたの? 今日は……」
「ところで会長」
質問しかける僕を無視し、晃は道善さんに話しかけた。
「今日一日、詩宝をお借りできないでしょうか?」
「えっ?」
思いがけない展開に、驚く僕。
エメリアさんとソフィさんからは、一瞬にして殺気が立ち昇る気配がした。
「ご存知の通り、自分と詩宝は昔からの親友でして、今回の詩宝と舞華お嬢様のご婚約は、総日本プロレスと中一条グループの関係を一層深めるものと思います。そこで、詩宝に総日の事務所に来てもらって、皆に改めて紹介したいと思うのです」
僕やエメリアさん、ソフィさんを無視して饒舌に語る晃。
「そういうことなら……」
道善さんが頷きかけたとき、エメリアさんの怒声が飛んだ。
「いけません、会長!」
「でも、詩宝君も毎日この屋敷じゃ息が詰まるだろうし、一日くらい……」
「会長……」
ソフィさんが底冷えのするような声で、道善さんを見下ろした。
308触雷! ◆0jC/tVr8LQ :2010/09/20(月) 10:28:58 ID:PS+EYuy/
「…………」
見る見る道善さんが委縮していく。
そこに晃が割って入った。
「何か不都合な点でも?」
エメリアさんとソフィさんが放つ凶悪なオーラをものともせず、晃は2人を見据えた。
この雰囲気に耐えられなかったのか、長木さんはすでに白目を剥いて失神している。
僕もちびりそうだ。
「それとも、会長がいいと言うのを止められるほど、あなた方は偉いんですか?」
晃の挑発的な台詞が飛ぶ。
「ぐっ。そういうことなら私達もご一緒に……」
エメリアさんが言うと、晃は首を横に振った。
「いいえ。うちの道場は女子禁制なので。女性の方はご遠慮願います」
そして、晃は長木さんの顔に容赦ない平手打ちを入れる。
バシイッ!
「ギャアッ!」
「いつまで寝てるんですか。帰りますよ」
晃は長木さんを無理やり立たせると、僕の手を取って応接室を出ようとする。
振り返ると、エメリアさんとソフィさんは目を血走らせながらわなわなと震えており、道善さんは青ざめていた。
外に出ると、晃がドアをバタンと閉める。
途端に部屋の中から騒がしい音が聞こえた。
ドスッ! バコッ! ボキッ!
「ギャアア!」
「すぐにお嬢様と奥様にご連絡を!」
「このKY会長! 死ね!」
「ま、待て。話せば分かる」
メキメキッ! ゴシャッ!
「あ、晃……」
廊下を歩きながら、僕は後ろ髪を引かれる思いで応接室を振り返る。
「いいから。早く早く」
それでも晃は、僕の手を引く力を緩めなかった。
僕達は、長木さんの運転する車で、中一条家の屋敷を出た。
ところが、着いた先は総日本プロレスの事務所ではなく、晃の家だった。
「ご苦労さん。もう帰っていいよ」
晃は長木さんを帰し、僕を家の中に引っ張り込む。
そして2人だけになると、晃は僕をがっちりと抱き締め、耳元でささやいた。
「じゃあ詩宝。今までのこと、洗いざらい全部白状しようか?」
309 ◆0jC/tVr8LQ :2010/09/20(月) 10:30:07 ID:PS+EYuy/
今回は以上になります。
紅麗亜サイドをご期待の方、申し訳ありません。
しばらくは晃サイドになります。
310名無しさん@ピンキー:2010/09/20(月) 11:00:24 ID:XgXYIVxS
触雷キタ!
GJです!
311名無しさん@ピンキー:2010/09/20(月) 12:36:54 ID:ID40uAW9
触雷が久しぶりにきて歓喜!
312名無しさん@ピンキー:2010/09/20(月) 12:40:55 ID:2fKuSbfy
触雷gj
313名無しさん@ピンキー:2010/09/20(月) 13:13:31 ID:D4tpl9XZ
触雷!キターーーー!!次はずっと晃のターンか!!道善さん…気の毒過ぎる&ソフィとエメリア人外過ぎるだろ…
314 ◆q7H2.K2ZLM :2010/09/20(月) 15:33:08 ID:O9GssJjf
315名無しさん@ピンキー:2010/09/20(月) 19:02:00 ID:doWaMWEj
触雷!GJ!
途絶えたかと思ってヒヤヒヤしたぜ
316名無しさん@ピンキー:2010/09/20(月) 22:02:22 ID:CNK1eFe/
317兎里 ◆j1vYueMMw6 :2010/09/20(月) 22:42:27 ID:0lY2Zvwi
いつの間にか規制されて、いつのまにか解除されてたっていう。

投下します。
318Tomorrow Never Comes話 ◆j1vYueMMw6 :2010/09/20(月) 22:43:04 ID:0lY2Zvwi
14話「Typhoon Bambi」

 21時半。お兄ちゃんはこれから、1階の部屋をくまなく掃除する。掃除機をかけ、ホコリ取りで見えないところも綺麗にし、水周りのカビを徹底的に磨き落とす。
床にワックスをかけたり、害虫対策の霧状薬剤を撒くこともあるが、経済上の理由から、最近は月末だけにしているみたいだ。ちなみに、2階はあまり汚れないせいか、掃除は週末にまとめてする。
 終わるのはだいたいいつも22時半。しかも今日は、珍しく伯父さんが帰ってきている。場合によっては雑談などでさらに遅れる可能性もある。
 少なくとも1時間、お兄ちゃんは確実に2階には上がってこない。
「最後にトイレの掃除をするから、その間に戻ればいいよね・・・」小さく口に出して確認し、再び枕に顔を埋める。そのまま大きく鼻で息を吸い、そのまましばらく呼吸を止める。
 お兄ちゃんの匂いが鼻を通って、肺を満たす。それが血液に乗って全身を巡っていくのを想像すると、この上なく幸せな気持ちになる。
 30秒ほどで限界が訪れ、弾ける様な勢いで口を開放した。
「はぁ、っ・・・・ふぅ」
 少しだけ枕から頭を持ち上げて、息を整える。そして、呼吸が落ち着けば、もう一度。これを何度も繰り返す。昨日からこれを何回したのか、多すぎて見当もつかない。
今なら薬物中毒の人の気持ちが少しだけ分かるような気さえする。
 今の私を支配するのは、幸福感と充足感。空を飛んでいるかのような、フワフワとした感覚に包まれている。
 今までの私は、何をするにもどん臭くて、いつも周りの人に迷惑をかけてきた。それなのに、事故に遭い、さらに役立たずになってしまった。
 そんな救いようの無い私に、お兄ちゃんは手を差し伸べてくれた、助けてくれた。私が困っていれば、すぐに駆けつけてくれるし、何か失敗をしても、笑って許してくれたお兄ちゃん。
 そんなお兄ちゃんに、ようやく私は恩返しをすることができた。何も出来なかった私が、しかも独りでやり遂げたのだ。
 お兄ちゃんは私にニコニコと、優しく笑いかけてくれる。それだけで充分。口に出さなくたって、お兄ちゃんが私を褒めてくれるのが分かる。
 やっつけた。お兄ちゃんを唆して、私達のことを邪魔する敵を、私が独りでやっつけた。本当は見えないところでやるつもりだったが、結果的にお兄ちゃんも喜んでくれているのだから、問題はない。
「おにぃ・・・ちゃ・・・・」
319Tomorrow Never Comes話 ◆j1vYueMMw6 :2010/09/20(月) 22:43:28 ID:0lY2Zvwi
***
 真夜中に、洗面所で馬鹿でかい蜘蛛と対峙した時、あまりの衝撃で数分間動けなかったことがある。ただでさえ衝撃的な出来事が、予想だにせず起きると、人間は思考、肉体共に固まってしまうようだ。
 そして今、自室の部屋の前で俺は硬直している。ドアノブに手をかけようとしたままの状態で、どうするべきか分からずにいる。
 部屋の中から聞こえてくる悩ましき声は、くるみのもので間違いないだろう。
 くるみが俺の部屋にいることは知っていた。扉の立て付けが悪いせいで底が床に擦れてしまい、1階にはかなりの音が響く。居間にいれば扉の開け閉めは把握でき、慣れればどの部屋かすら分かるようになる。
 本来、この時間の俺は掃除をしているはずである。しかし、予想外の来訪者のせいで、掃除は明日に持ち越すことにして、下手に絡まれる前にさっさと風呂に入ろうという算段だったのだが、それすらも崩されてしまった。
「あっ、おにぃ・・・」相変わらず、扉の向こうからは熱のこもった声が小さく聞こえてくる。
「・・・どうしたものかねぇ」
「なにが?」
「ぬぉっ」突然、背後から声を掛けられたせいで、驚いて前にのめってしまった。そのまま、扉に顔をぶつける。
 部屋の中から、まるで女の子が驚いてベッドから落ちたような音が響いた。というか、確実にそれだろう。
「どーしたの、ケンちゃん」
 振り返ると、バカみたいにニコニコと笑う姉がいた。
「どうもしない」
「あー、ケンちゃんがウソついたー」どうでもいいところで勘がはたらくのがこの人である。「まぁいいや。ケンちゃんあれ貸して、あれあれ」
 そう言って姉が口にしたのは、俺が集めている内で最も好きな漫画だった。お色気が多く、女性受けするようには思えないものだが、何故か姉もこの漫画を全巻読んでいる。
 貸すのは構わない。だが、今部屋に入れるのは、流石に気が引ける。くるみも気まずいが、俺のほうが数倍気まずい。
「あれさ、この前のが最終巻だったろ?だからもう読むのはないよ」
「後日談的なのが出たんでしょ?」
「まだ買ってないんだ」
「ウソだー。ケンちゃんこの前、買ったってメールで言ってたじゃん」
 不覚。やはり咄嗟についた嘘では勝ち目がない。
「ああ、そっか。じゃあ後で持ってくよ」
「いいよ、悪いし」
「いや、大丈夫だから」
「それに、ケンちゃんの“後で”は遅いんだもん」
「ちゃんと持ってく、すぐ」
 名案も浮かばぬまま、必死に時間を稼ぐ。部屋の中のくるみが上手いこと隠れてくれるのを期待してみるが、こういう時の彼女はあまりアテに出来ない気もする。

 うだうだと押し問答をしていると、姉が急に口を閉ざし、俯いた。波がかった黒髪がフワリと目元にかかる。
『言葉のAk-47』と呼ばれる姉が口論の途中で黙るのは、どこか不自然に感じる。ちなみに、母の異名は『言葉のBARRET』である。いずれも名付けたのは父だ。
AK-47というのは命中率の悪い機関銃で、BARRETは1500m向こうの兵を真っ二つにしたライフルらしい。言い得て妙、というやつだ。
「なにをかくしてるの?」姉がポツリと、呟く。
「は?」
「ケンちゃんの部屋の中に、なにがあるの?」
「いや、だから」
 なにもないよ、と言いかけて言葉が詰まる。姉の急激な態度の変化に、違和感を覚えずにはいられない。
「どいて」
 言葉のでない俺を押しのけて、姉はドアノブに手をかけた。
 そして━━
320Tomorrow Never Comes話 ◆j1vYueMMw6 :2010/09/20(月) 22:44:01 ID:0lY2Zvwi
 そして、姉はドアに挟まれた。「ふぐぇ」という蛙が潰れたような情けない声を上げながら。
 姉がドアノブに手をかけようとした瞬間、扉が内側から唐突に開かれた。目の前にいた姉はそのまま正面から直撃を受け、壁との間に挟まれた。
 部屋の入り口には、くるみが立っていた。顔を真っ赤にして、涙目のまま、直立している。
「お、おに、おにおにおにい、ちゃちゃちゃちゃちゃ・・・」
「とりあえず落ち着きなさい」
「ここここここれ、か、かりりりるよっ」そう言って突き出した手には、姉が言っていた、例の漫画があった。
 言い終わると俺の脇を抜け、一目散に自室へと駆け込んでいく。
 彼女なりに頑張って考え出した作戦であったのであろう。悪くはないと思う。
「あぅあー」
 なんともいえない脱力感のある声と共に、ゆっくりと扉が元の位置に戻っていく。それに比例して、床にへたり込んでいく姉が見えてきた。
「大丈夫か、姉ちゃん」
 目の前で手を振ってみる。目で追ってはいるが、崩れかけのジェンガよろしく、身体はグラグラと左右に揺れている。
「はな、いたい」真っ赤な鼻から、鼻血がつつっと垂れていった。



・・・
 地獄のテスト週間、そして悪夢のテスト返却が終わると、終業式となる。これを『夏休みの前の最後の関門』と取るか、『夏休みへの入り口』と取るか、その違いによってこの日のテンションは大きく変わる。
ちなみに、俺は後者だ。
「ぬぁー、校長の話なげぇっつうの」
「ヘチマの神様の話なんかもう何回も聞いたわ、あの野郎」
 どうやら佐藤と叶は前者らしい。
 1学期最後のホームルーム後、校門の前で、俺と佐藤と叶の3人でダベっていた。ウメちゃんは用事があるらしく、もう帰ってしまった。
 おあつらえむきな晴天の中、誰も彼もが晴れやかな表情をしている。この時ばかりは、受験生の3年でさえも嬉しそうだ。この顔が9月には片っ端から真逆になると思うと、夏休みの意義について考え直したくなる。
「成績表なんか捨てて、思いっきし遊ぶぞー」
「海だー、山だー、温泉だー」
「お前らバレーしろよ」
「遊び優先だこの野郎」
 暑さのせいか、佐藤はともかく、叶までネジが緩んでしまったようだった。
 8月目前、それはつまり夏の序盤戦が終わり、いよいよ中盤戦にさしかかろうという時期だ。暑さは日に日に増していき、際限なく上がるのではないかと不安になってしまう。
しかし、大抵の人間はその疑問に胸をはらはらさせる前に、熱でやられてしまう。判断力が鈍るのも、奇行に走るのも、好きでもないあの子に思わず告白してしまうのも、全部、『夏のせいなんだ』と言い訳できてしまうほどに。
「何してんのよ、アンタら」
 冷ややかな目線を送りながら、遊佐が校門から出てきた。今日は女子バレー部は活動するはずだが、と疑問に思ったが、鞄を持たず、その手には長財布があることに気づく。
さらに、同じように財布だけを持った女子が数名、遊佐の後ろにくっついている。そのうち数名は遊佐と同じく冷たい目を、数名はおびえきった表情で佐藤と叶を見ていた。――違った、俺のことも含めてビビッてるようだ。
「俺に訊かないでくれ」
「浅井ってこんなキャラだっけ?」
「今日は暑いから」
「ああ、なるほど」自分で言ったものの、あまり納得しないで欲しい。
「遊佐は買い物か」
「そ。女バレでお昼ご飯をね」
321Tomorrow Never Comes話 ◆j1vYueMMw6 :2010/09/20(月) 22:44:54 ID:0lY2Zvwi
 遊佐が後ろを振り返りながら言うと、さっきまで冷ややかな目をしていた、見覚えのある何人かが笑顔で手を振ってきた。やっほー、だとか、ちわー、と気さくに挨拶をしてくれる彼女らは同学年だ。
1年の付き合いともなれば、俺があだ名ほどの人物どころか、実は大した奴じゃないことに気づいてくれるらしく、近頃ではこうやって、普通に接してくれる。
そして、その後ろで怯えながら頭を下げるのは1年生だ。こっちはまだ、俺のことが怖いらしい。正直、泣きたい。
「大丈夫よー、こいつただのヘタレだから」だがまぁ、遊佐のおかげで誤解が解ける日は近そうだ。十中八九、偏見が生まれるだろうが。
「ねぇねぇ、大将さ」お下げの子が話しかけてくる。確か、女子部のリベロの子だ。「1年の窪塚さんと付き合ってるってホント?」
 急なことに弱いのは相変わらずで、返事も出来ずに固まってしまった。あの子のことだから、きっとわざと広めるとは思っていたが、いざその時となるとキツい。
「あー、あたしも気になってたんだ」
 それを火種に、後ろに控えてた何人かが押し寄せてくる。どうして女性はこの手の話が好きなのだろうか。他人の色恋なんか聞いて楽しめる神経は、理解の範疇を超えている。
さっきまで怖がっていた1年生も、気になって仕方ない、といった表情に変わっているのにはさすがに呆れた。
「どういう経緯で付き合ったの?」
「やっぱ落ち込んでたあの子を慰めてあげたとか、そんな感じ?」
「もしかして、前々から狙ってたとか!?」キャーと黄色い声が飛び交う。
 これぐらいだったら、普段ならばため息1つぐらいで流せる。ただ、どうしても、1つだけ許せないと感じてしまう。
「はいはい、そこまでね。憲輔も困ってんでしょー」遊佐が間に入って、今やテンション最高潮の女性陣を窘める。
「えー」
「杏が一番気にしてたんじゃん」
「いいから、アンタ達はさっさとコンビニ行ってきなさい」
 遊佐が一喝すると、しぶしぶといった感じでその場を離れていく。
すれ違いざまに、「後で聞かせてね」とか、「急にごめんね」などという言葉を残して、彼女らはここから歩いて5分ほどのコンビニに向かっていった。
「ごめんね、あの子たちったら」
「さすが部長。部員を見事に統括してらっしゃる」
「ばーか」チョップをしてきた遊佐は、少し照れくさそうだった。
 我が校のバレー部は男子女子共に夏休み突入前に早々と敗退し、3年生はかなり早い、とはいえこの部としては例年通りの引退を迎えた。
ただ“1人”を除いて、という点が腑に落ちないが、今更どうこう言える話ではない。
 それから、男子バレー部の部長が佐藤登志男、女子バレー部の部長は遊佐杏に決まった。大将なのにヒラってどうなの?と、遊佐を始め多くの知り合いに言われたが、佐藤本人に言われたのが一番しんどいというか、堪えた。






 未だに雄たけびをあげている2人をしばらく見てから、遊佐は辺りを気にしつつ、小声で話しかけてくる。
「で、本当にりおちゃんと付き合ってるの?」
「結局お前もか」まさか遊佐から訊かれるとは思てなかったので、苦笑を漏らさずにはいられない。「ホントだけど、なんていうか、その・・・」
「わけあり?」
「まぁ、うん、そう」
「よくわかんないけど、くるみちゃんから逃げるのは」
「わかってる、それは」
 ならいいのよ、と言った遊佐は、そのまま黙ってしまった。目線を泳がせているが、今度はどうも、辺りを気にしているという風ではない。
「あの、さ」しばらく、微妙な空気が流れた後、遊佐が切り出してくる。「海行こうよ、海」
「海?ああ、合宿の話か。ちょっと個人の負担額が大きくないか?」
「いや、そうじゃなくてさ、個人的に、って意味」
「個人的?」
「そ。気晴らしにはパーッと遊ぶのが一番なんだからさ」
 腰に手を当てて、遊佐は笑う。その顔にはまだどこか、照れ隠しのようなものが見え隠れしているように思える。そして、態度には表れなくとも、こちらを心配してくれていることも、伝わってくる。
「気晴らしか・・・いいかもな」
「決まり!じゃあ場所とかさ」
322Tomorrow Never Comes話 ◆j1vYueMMw6 :2010/09/20(月) 22:45:40 ID:0lY2Zvwi
「よーし、場所は俺に任せとけ。こう見えて、俺の一家は旅行好きが多くてな」遊佐の言葉を遮って、佐藤が割り込んでくる。
「海か、随分と行ってないな。よし、久しぶりに沖まで泳ぐか」
「なんでアンタらまで参加することになってるのよ!」
「他に海に行く予定がないからだよ!ここで割り込まなかったら今年も青春イベントお預けになっちまう」
 むしろここまでくると清々しいなと思う反面、佐藤のキャラ崩壊が不安で仕方ない。
「なんだよ、お前。まさか憲輔と2人きりで――」そこまで言った叶の腹部に、遊佐の拳がつきたてられる。非常によろしくない音がした気がする。続いて、叶に便乗しようとした佐藤の尻に回し蹴りが炸裂した。
 このままでは収拾がつかない。間に入るしかなさそうだ。
「いいんじゃないか?気晴らしならみんなで行ったほうが楽しいし」
「憲輔まで!」ぐだっている佐藤の胸倉を掴みながら、すごい剣幕で返事をしてきた。気圧されそうになる。
「私も参加したいですっ」
 突如、背中に重みを感じる。同時に、本能的に幸福感を感じずにはいられない、柔らかなものが押し付けられていることにも気づく。肩越しに細い、綺麗な肌をした腕が伸びてきていて、俺の胸元あたりで合わさっている。
「窪塚さん?」耳元でした声は間違えようのない、彼女の声だった。
「半分当たりです」
 頭を捻ると、ギリギリ彼女の顔を捉えることが出来た。眉をハの字にして、別の答えを期待するような、強請る様な表情でこちらを見上げている。
 半分?なんのことなのか、皆目検討もつかない。
 首を傾げていると、窪塚さんはわざとらしいため息を1つ零し、俺から離れた。そして俺の横に並ぶのだが、密着といっても語弊がないほど、ピッタリとくっついてきた。周りの目も痛いが、遊佐がじっと見てきているのがその数倍痛い。
「私も行きたいです、海」ニッコリと無邪気で可愛らしい笑顔を浮かべながら、片手を高々と挙げ、遊佐に向かって、『はい、先生』といった風に意見する。
「りおちゃんまで・・・わかったわよ、じゃあみんなで行きましょ」

 遊佐はやれやれと言いながらも、どこか楽しそうに見えた。対して、さっきまではハイテンションだった佐藤と叶は、目に見えて戸惑っていた。
 無理もない。昨日の今日と言ってもいいぐらい、俺らにとってこの前の事件は、まだ色濃く残っているのだ。
「そうねぇ。バレー部で、ってのもいいけど、この面子なら生徒会慰安旅行ってことでもいいかな。浅井はおまけで」
そんなことは露も知らない遊佐は、楽しげに計画を広げている。「梅本君誘って、あとはくるみちゃんも呼ばなきゃねぇ」
「引率とか、いなくてもいいのかな」窪塚さんが一瞬、険しい表情を見せたので、慌てて話題を変える。これ以上肝が冷えるのはごめんだ。
「どんだけまじめなんだよ、お前」叶が合わせてくれる。
「ん〜、引率は置いとくにしても、足が必要なのは確かよねぇ」
「あし?車ってことか?」
「そうそう。電車とか、けっこーバカになんないし。あたし含め、参加者のほとんどはバイトしてないでしょ」
 そういえば、叶がしているというのは聞いたことがあるが、他の面子は俺の知る限り、バイトをしていないはずだ。
「向こうに着いてからもちょくちょく移動するだろうし、今からバイト始めたら夏休み中には叶わなくなっちゃうしねぇ」
 一瞬、姉の名前を出そうかと迷ったが、すぐに却下した。確かにあの人は免許を持っているし、帰郷する時は車だ。
だが、あの人の運転で少なくとも4回程、九死に一生を得ている身としては、みんなをそんなジェットコースターに招待するわけにはいかない。なにより、俺が乗りたくない。
「あぁ、それなら俺ん家で車出せるかも」意外な助け舟の主は、佐藤だった。「今、親戚が遊びに来ててさ、頼めば車出してくれるかもしんねぇ」
「ホント?でも、ちょっと申し訳なくないかな」
「でーじょーぶだって。人が良いのが取り得だし、なにより旅行好きだからさ。きっと喜ぶって」
 それ以外に挙がった人数の問題も、車を二台出す、ということでまとまった。なんでも、その親戚の人が婚約者を連れてきたらしく、その人に頼んでみるそうだ。
随分と迷惑をかけることになるが、佐藤曰く、『そういうのが嬉い人たち』らしい。まだまだ捨てたもんじゃないなぁ、なんて感慨深く思っていたが、遊佐の、「ドMってこと?」という発言で全部台無しになった。
「んじゃ、細かい話し合いとかはまた今度ね。メール回すから」そう言い残すと、遊佐は走ってコンビニへと向かっていった。
 それからすぐに、叶は用事で商店街へ、佐藤は親戚を待たせてるとのことで、その場で解散となった。
323Tomorrow Never Comes話 ◆j1vYueMMw6 :2010/09/20(月) 22:46:10 ID:0lY2Zvwi
「楽しみですねぇ、海」
 しがみつくようにして俺と腕を組んでいる窪塚さんは、ニコニコとしながら、さっきから同じことばかりを言っている。その笑顔はあまりにも純粋で、演技という感じは微塵もしない。
そのせいか、俺の警戒もだいぶ緩んでしまっていた。
「反対してくると思ってた」
「まさか。私はそこまで露骨な真似はしませんよ」口元に手を当ててクスリと笑う。「あの女じゃあるまいし、周りから怪しまれるような行動したら本末転倒です」
 甘かった。蜂蜜漬けのキャラメルよりも甘かった。

「確かに、他の女と一緒に、ましてや海なんかに行くなんて、正直、言語道断としか言いようがありません。ですが、そこに私も行くなら話は別です。
確かに遊佐先輩は全体的にスタイルがいいですけど、胸なら私のが勝ってます。あの女は問題外です。勝負になりません。
それに私は先輩の彼女だと、全校生徒のほとんどが知っていますから、流石にあの女も、みんなの前で迂闊に手は出せませんしね。一方的に見せ付けるチャンスです。
この夏休み中に先輩を海に誘う計画はしていたので、水着にもぬかりはありません。2人きりで行くのが叶いませんでしたが、もう一回行けばいいだけのことですしね。
あ、ちなみに水着はしっかりと、綿密に先輩の好みをリサーチした上で選びましたので、ご心配なさらず。行き先が決まれば2人っきりになれるポイントとかもチェックしなきゃですね。
あ、ゆなちゃんからカメラも借りてこなくちゃですね。先輩の貴重な水着姿をしっかりとおさめなくてはなりません。授業のプールでは見ることが出来ませんでしたから、今度こそはしっかりと撮らなくちゃですね。
アルバムに保存する用と拡大する分とあとは・・・どうしました、先輩?」

「・・・頭痛い」
 今、彼女が口にしたことは、常人からしたら充分に狂っている。狂っているのだが、今までの彼女と比べると、どうしても微笑ましく感じてしまう。
そして、そう感じ始めている、状況を理解していない自分に対して頭痛がしてくる。
324Tomorrow Never Comes話 ◆j1vYueMMw6 :2010/09/20(月) 22:46:53 ID:0lY2Zvwi
***
「はい、くーちゃん」
 お姉ちゃんが笑顔でガラスのコップを差し出してくる。お礼を言って、それを受け取る。氷の入った、よく冷えたカフェオレからは、明らかにカフェオレとは違う匂いが感じられたが、口には出さずにおいた。
 一口飲むと、やはり、明らかにカフェオレとは違う味がした。あまり甘くない。コップを机の上に置く。
 いま私がいるのは1階のリビングで、時刻は12時半。平日は毎日やっているお昼の代名詞ともいえるバラエティを観ながら、2人で昼食とその片付けを済ませ、のんびりとしだしたところだ。
本当ならお兄ちゃんを待つはずだったのだが、用事で少し遅くなるそうなので、先に済ませてしまった。
 お昼はお姉ちゃんが作ってくれた。「何か作ろっか」と言って冷蔵庫を開けて材料を確認すると、あっというまにドリアを作り上げてしまった。
「簡単だよー」と笑っている通り、ドリアを作るのはそれほど難しくない。私だって作れる。
けど、『ドリアを作ろう!』と思って作るのと、『冷蔵庫にあるものから何か作ろう!』と思い立ってドリアを作り上げてしまうのでは、天と地ほどの差が、決定的な経験の差がある。
私ではそんな真似はできないし、こんなに手際よく作り上げるのも無理だと思う。
 私の記憶では、お姉ちゃんはそこまで出来る人じゃなかったはずだった。むしろ、ドジばっかりしてた覚えがある。
そのことをお兄ちゃんに言うと、「あの人は努力が趣味だからなぁ」と皮肉なのか褒めてるのかよくわからない返事をくれた。
「晩御飯はくーちゃんに任せようかなー」自分の湯飲みと玄米抹茶を淹れた急須を手に、お姉ちゃんは私の向かいの椅子に座った。
「私のなんかより、お姉ちゃんが作った方が良いよ」
「そぉ?でもケンちゃんが絶賛してたから、あたしも食べてみたいなぁ」
 お兄ちゃんが絶賛。話半分だとしても、たまらなく嬉しい。

「ところでさ、くーちゃん」余韻に浸っていると、お姉ちゃんが静かに、呟くように話しかけてきた。まるで、独り言のように。「なんか隠し事、してない?」
 一転、胸元が、くっと絞まる。お姉ちゃんは微笑を浮かべながら、テーブルの上で組んだ手に顎を乗せて、こっちを見ている。
「なーんか隠してる?」
 言葉が出ない。
「くーちゃんだけじゃなくてさ、ケンちゃんもなんだけどね。隠してるよね、なんか。ううん、絶対隠してる。少なくともケンちゃんは。あの子、隠し事ヘタなんだよねぇ。言葉が雑になって、短くなるんだよね、話し方が」
「そうなんだ」初耳だった。次からは気にしてみようと思うが、それどころはない。
 どこまでかはわからない。でも、お姉ちゃんは何かを知っている。もしくは、感づいている。
「くーちゃんはなーんか余所余所しいし、ケンちゃんは無駄にニコニコしてると思ったら急に難しい顔するし」
 壊される。このままでは私とお兄ちゃんの平穏が壊されてしまう。手を打たなければ、何か手を打たないと、手遅れになってしまう。でも、どうやって?
325Tomorrow Never Comes話 ◆j1vYueMMw6 :2010/09/20(月) 22:47:26 ID:0lY2Zvwi
 私が必死に考えを巡らせていると、突然、小さな唸り声と一緒に、お姉ちゃんは大きな伸びをした。
「・・・くーちゃんは、昔の話、知ってたっけ?」
「昔?」
「知らないかぁ。んじゃ、ケンちゃんが何で怪我したかとかも知らないよね?」
 お兄ちゃんの怪我、といえば右足首の怪我のことだ。激しい運動の際には少し痛むらしく、部活のときはサポーターをつけているのを見たことがある。
日常生活にはさほど支障がないようで、普段は気にさえならないが、治るようなものではないと、お兄ちゃんは言っていた。
「事故に遭った、としか聞いてないよ」
「事故かぁ。間違ってはないんだけどね」
 お姉ちゃんはそこで、憂いとも慈しみともつかないような、微妙な表情をした。どこか弱々しく感じる微笑みを浮かべながら真っ直ぐと私のことを見据え、話し出す。
「私が小学校6年のころだから、ケンちゃんは3年生だね。夏休みに山登りに行ったんだよ、家族で。富士山とか、あさ、あさ・・・ま、やま?とかみたいにすっごい山じゃなくてね、
小さい、遠足とかで行けちゃうような小さな山だったの」楽しそうに話していたかと思うと、急に下を見て、「家族が揃うの、久しぶりだったからさぁ」と、お姉ちゃんは零した。
「あたしねー、しょーじきに言うと、あの頃はケンちゃんのこと、大っ嫌いだったんだよ」
「ホントに?」
 今のお姉ちゃんを見ていると、驚かずにはいられなかった。お姉ちゃんは私以上にお兄ちゃんとスキンシップをとっているし、帰省してきてからはしょっちゅう絡んでいるからだ。
「だって、あの頃のケンちゃん、平気な顔してヒトのことを自分よりも優先するんだよ?」
「今もそうじゃないかな、お兄ちゃんは。それに、それはお兄ちゃんの良いところの1つだよ」
「今はそうだよ?でも、あんなちーさい頃に、ってゆーのは、ちょっとおかしくない?」
 想像してみて、確かに、と納得してしまう自分と、流石はお兄ちゃん!、と賞賛する自分とに分かれた。
「だからね、けっこー冷たくあしらってたんだけど、ケンちゃんは今と違って人懐っこくてねぇ。いっつもあたしの後おいかけてきてたんだよー」
「人懐っこい・・・甘えてくるお兄ちゃん」――私に。すごく、いい。
「その日もあたしの後ろから、『おねーちゃん、おねーちゃん』って言いながらピッタリくっついてきててねー。ちょっと、というか、かなりうっとーしくてさ、我慢できなくて怒鳴ろうとしたんだ」
 私に甘えてくるお兄ちゃんというのも想像しづらいが、お兄ちゃん相手に怒鳴るお姉ちゃん、というのも中々に難しい。
「山道だったんだよね、それなりの。そこで勢い良く振り返ろうとして、あたしは足を踏み外したの」
「ちょっと待って、事故にあったのはお兄ちゃんじゃないの?」
「うん、そーだよ。怪我をしたのはケンちゃんで、あたしはしてないよ」
「じゃあ」
「ケンちゃんは、あたしを庇って落ちたの」
326Tomorrow Never Comes話 ◆j1vYueMMw6 :2010/09/20(月) 22:47:54 ID:0lY2Zvwi


 そう言った時のお姉ちゃんの顔は酷く悲しげで、それでいて、とても大切な思い出に触れているような、優しい顔をしていた。それを見ただけでも、彼女の心境が伝わってくるようだった。
 足場の崩れたお姉ちゃんを前に、お兄ちゃんは咄嗟にその手を掴み、引いた。体勢を崩しかけていたお姉ちゃんは何とか持ち直し、そのまま前のめりに倒れこんだ。
それと入れ替わるようにして、お兄ちゃんは踏み出した足場が崩れ、斜面を落ちていった。
 不幸中の幸いというか、それほど急な坂ではなかったこと、木々や岩が少なかったこと、そして、下がそれほど深くない川でたまたまその日、鮎の放流が行われていたおかげで多くの釣り人がおり、
すぐに引き上げられたことから、命に関わるような怪我は負わずに済んだ。とはいえ、現在まで後遺症が残るような大怪我を負ったのは事実で、当時は数ヶ月ほど入院する羽目になったとのことだった。
 しかし、お姉ちゃんの話はそこで終わり、というわけではなかった。むしろ、ここからが本題、いよいよ核心に触れる、といった趣さえ感じられる。
「病室で包帯ぐるぐる巻きになって横たわってたケンちゃんが、あたしになんて言ったか分かる?」私は黙って首を横に振る。「『お姉ちゃんは怪我してない?』って言って、
『お姉ちゃんが無事でよかった』って笑ったの、あの子。想像できる?小学生が、動けなくなっちゃうような大怪我して、泣くわけでも怒るわけでもなく、他人の心配をして笑ってる。
その時に思ったの。この子はきっといつか、こんな風にして死んじゃうんだ、って。自分ばっか損する人生を送って、他人のために死ぬんだ。だから決めた。この子はあたしが守る。
守ってあげなくちゃいけない。もしあの子を傷つけるような人がいたら、あたしは容赦しない」
 お姉ちゃんは俯き、少し間を置いてまた話し出す。
 今まで見たことのない真剣な表情で私を睨みつけてくる。
「それが例え、くーちゃんでも」
 この人は、味方じゃないのかもしれない。
 少なくとも、この人は“私の”味方ではない。
327Tomorrow Never Comes話 ◆j1vYueMMw6 :2010/09/20(月) 22:48:17 ID:0lY2Zvwi
・・・
「はい、ケンちゃん」
 姉が笑顔でガラスのコップを差し出してくる。礼を言って、それを受け取る。氷の入った、よく冷えたカフェオレからは、明らかにカフェオレとは違う匂いが感じられたが、一応、一口だけ飲んでから判断することにした。
 口に含み、舌の上でよく味わい、飲み込む。これはもう疑いようがない。
「姉ちゃんに言いたいことが、2つあるんだが」
「んー?」
「まず1つ、普通カフェオレからきなこの匂いはしない」
「おー、流石ケンちゃん、よく気づいたね。砂糖が切れちゃっててさ、代わりにきなこを使ってみましたー」
「2つ目だ。姉ちゃん、種類にもよるけど、きなこ自体はあんまし甘くない」
「・・・・ふぇ?」
 窪塚さんと別れて帰宅した俺を迎えたのは、相変わらず牛のきぐるみパジャマを着た姉だった。どうやら、くるみは眠ってしまったらしい。当然、俺の部屋でだ。
 くるみは現在、姉の部屋を自室としているため、必然的に姉の居場所がないということになる。姉の帰省直後にどうするものかと考えていたのだが、父からすぐに、
『姉と同じ部屋』か『一人でリビング』の二択をつきつけられた俺は、迷うこともなく後者を選び、結果、くるみが一時的に俺の部屋を使うことになった。それを告げたときのくるみの輝いた顔は、当分忘れられそうにない。 

「あー、そうだ、ケンちゃん」
「ん、どった?」
「れーっつ、かーみんぐあうっ」
「・・・あい?」姉は突然、泡立てをマイクよろしく、俺の口元に突きつけてきている。 
「しーくれっ、しんぐす、れーっつ、かーみんぐあうっ」
「日本語でおっけー。っつか泡立てを下げなさい、顔に当たってるから」
 いつもよく分からない人だが、今日はいつにも増して意味不明だった。これは骨が折れそうだ。くるみが部屋に篭って眠ってしまったのも分かる気がする。
「姉ちゃん、落ち着いて、1から話してくれ」
 何度訊いてもなだめても、姉は妙な態度で妙なことを言うばかりで、結局、10分近く無駄なやり取りを行う羽目になった。俺が根気強く聞き続けると姉はどんどん俯き、小さくなっていく。
「ケンちゃん、何か隠してる」
 きなこ味のカフェオレを飲みながら、どうしたものか思案していると、ようやく、姉が口を開いた。
「隠し事あるよね?ねーちんに」
「そりゃあ、隠し事の1つや2つはあるお年頃だし」
「ふざけないで!」姉は急に立ち上がり、机を強く叩いた。怒鳴り声に驚きはしたが、姉の顔から覇気は感じられない。「心配なんだよ・・・っ」
 崩れるように椅子に座った姉の目からは大粒の涙が、止め処もなくこぼれていた。それを両手で拭いながら、彼女は話を続ける。
「心配なんだよ、ケンちゃん。ケンちゃんはいっつもそうやって1人で抱え込んで、周りのみんなに負担をかけないように全部自分で解決しようとして・・・知ってるんだよ?
そのせいで何回も損をしてきたのも、つらい思いしてきたのも。足の怪我だって・・・・」
 彼女が誰よりも家族のことを思っているのは知っていた。だからこそ、俺は自身のことは全部自らの手でどうにかしようと決めていたのだが、どうやらそれも裏目に出てしまったようだ。
「あたしは頼りにならないかもしれないよ?でも、でも、なんだってしてあげるつもりでいるんだよ。家族の、ケンちゃんのためだったらあたしはなんだってできる。だから、ねぇ、頼ってくれて良いんだよ」
 顔中を涙で濡らし、しゃっくりを繰り替えしながらも、姉は必死で笑顔を作ろうとしている。
━━俺は間違っていたのだろうか?
 ここまで来るまでに、俺は多くの人を巻き込み、言い表せない程に迷惑をかけてきた。だからこそ、この問題は、自らの手で解決すべきだと、そう考えていた。
━━頼ってもいいのだろうか?
━━弱音を吐いてもいいのだろうか?
━━俺は・・・


A:全てを打ち明ける
B:これ以上巻き込むわけにはいかない
328兎里 ◆j1vYueMMw6 :2010/09/20(月) 22:50:24 ID:0lY2Zvwi
とりあえず終了です。またもや間が空いてしまって申し訳ないです。

選択肢を出してみましたが、この投下ペースでルート分岐なんてやったら顰蹙物なのは見え見えですので、
『本ルートorBAD直行』の2択になってます。
基本はBADを先に拾って行きたいと思います。

ではでは。
329名無しさん@ピンキー:2010/09/20(月) 23:54:45 ID:CNK1eFe/
330名無しさん@ピンキー:2010/09/21(火) 00:32:57 ID:wraeEyRS
待ってましたのGJ!!

いつも作品を読んでいてみんなルート分岐してくれればイイのになぁ…なんて思っていたらまさかトネカムでやってもらえるとは……

バッドエンドかなり気になりますねぇ。それから姉にも病む素質が見えてきたのでこれからに期待
331名無しさん@ピンキー:2010/09/21(火) 01:00:52 ID:98GxfHuc
楽しみにしてました!gj
332名無しさん@ピンキー:2010/09/21(火) 01:03:24 ID:uLlPbqA8
GJ、次も期待してるぜ
…窪塚死なねーかな
333名無しさん@ピンキー:2010/09/21(火) 02:01:50 ID:dDa3i/jT
GJ!
ついに足の真相がわかったわけだ

>>332
リオちゃんかわいいじゃねえか
最期は悲惨になりそうだが個人的には頑張ってほしいなあ
334ヤンデレの生徒会長さん:2010/09/21(火) 20:33:33 ID:wqwK8cNq
 こんばんは、『ヤンデレの娘さん』のモノです。
 今回は上記とはあんまり関係の無い短編です。
 ヤンデレ+ハーレム=それなんて修羅場? という電波を受信した結果こうなりました。
 今回、主人公が百合を通り越してガチレズ(つーか中身はただのヘンタイ)なので、そう言うのが苦手な方はご注意をば。
 それでは、投稿開始します。
335ヤンデレの生徒会長さん:2010/09/21(火) 20:34:19 ID:wqwK8cNq
 ねぇ、君は可愛いものが好きかな?

 もっと言うと女の子が好きかな?

 あーんど、その女の子は少ないより多い方が良いよね?

 …オーケー。

 そこまで分かってくれる君なら、私が可愛い女の子をたくさん集めてウッハウハになりたいって気持ちも分かるよね?

 わたしは一原百合子!

 この夜照学園高等部2010度生徒会会長!!

 夢はでっかく、世界一のハーレムを作ること!



 …なんだけどね
336ヤンデレの生徒会長さん:2010/09/21(火) 20:37:10 ID:wqwK8cNq







 「ふぅ…」
 昼休みの生徒会室でわたしはため息をついた。
 ポニーテールにした茶色がかった髪にハッキリとした目鼻立ち。
 自分で言うのもナンだけど、控え目に言って少女漫画のヒロイン位はやれる容姿だと思う。
 明朗快活な正統派って感じで。
 「上手くいかないものね、わたしのハーレム拡大計画は」
 パサリ、と手に持った書類を長机の上に投げ出す。
 その書類は生徒会活動に関するもの―――ではなく、学園内の美少女リストである。
 ほとんどの少女の名前にバッテンがついている。
 いずれも、わたしのハーレム加入要請をやんわりと断ったか、他に思い人が居るかのどちらかである。
 「某生徒会の○存シリーズに例を取るまでも無く」
 両手を後ろ手に組んで無感動な口調で語るのは、夜照学園高等部3年で生徒会副会長の氷室雨氷ちゃんである。
 若干17歳の高等部二年にして、大人びた容貌の眼鏡ッコだ。
 「自分からハーレムハーレム言っている人間は、周囲からドン引きされてしまうものです」
 眉ひとつ動かさずに、聞きたくない所をズバーっと言ってくれる雨氷ちゃん(以下うーちゃん)
 ちなみに、かく言う うーちゃんも私のハーレムメンバーの1人だったりする。(いやホント)
 「私は好きだけどね、あの主人公。生徒会に入って第一声がメンバーへの告白なんて、男ながらアッパレよ。女の子にもマメだし」
 はしたなく椅子の上に胡坐をかきながら、わたしは言った。
 ちなみにこの姿勢、下手をしたらパンツがいるのだが、今この生徒会室に居るのは私とうーちゃんだけなので何ら気兼ねする必要は無い。
 むしろ、見せているのである。
 誘い受けである。
 「そもそも、私には会長のハーレム拡大計画にどんな意味があるのか分かりかねます」
 「ハーレムは女の浪漫よ、うーちゃん!?」
 うーちゃんの言葉に思わず立ち上がって反論するわたし。
 「そもそも…」
 感情を感じさせない声で言葉を紡ぎながら、後ろ手に組んでいた手をほどくうーちゃん。
 その手をピタリとわたしの喉元にあてる。
 あ、ゴメン、言い間違えた。
 正確には「その手に『持った大ぶりのナイフ』をピタリとわたしの喉元にあてる。」だった。
 いやー、思わず意識的に言い間違えちゃった。
 ……現実逃避したくて。
 「私があなたのことを100人分は愛しているのに、どうしてそれ以上を求める必要があるのですか?私の愛情に何の不満があるというのですか!?
 うーはとてもとてもとてもとてもとてもゆーちゃんのことを愛しているのですよ!?ゆーちゃんがいなければ生きていけないカラダなのですよ!?なのにどうしてどうしてどうしてどうして…」
 ああ、私への呼び名が「会長」から「ゆーちゃん」に!
 いつもはベッドの上でしか言ってくれないのに!!
 これがデレか…
 うわ、デレたのにナイフ突き付けられてるから全然嬉しくない!!!
 「まぁまぁ落ち着いてうーちゃん」
 「うーは落ち着いています!!」
 一人称うーでも敬語は変わらないのね。
 「確かに、うーちゃんがわたしのことを愛してくれてるのは知ってるわ!おはようからおやすみまでわたしのことを見守ってくれてるし、わたしの分のお弁当は拙いながらも作ってくれてるし、メールは1日100件以上だし。
 正直ウザいとか思わないでもないけど、そのウザさが興味深い位ゾクゾクするくらい愛しいわね!でもね、人間とは欲深なものなのよ!!たった1人の重い位の愛だけじゃ満足できないの!!たった1人より大勢の娘の愛が欲しいのよ!!」
 「何と言う最低理論!?けれど、それも含めてあなたなのですね!!」
 「ああ、最低な恋人(わたし)に苦悩するうーちゃん萌え!!」
 「だから、わたしを殺してあなたも死にます!!」
 「逆!?」
 わたしが死亡フラグを立てまくっていたその時、生徒会室の扉が勢いよく開け放たれた。
 「ちょっと待ったぁ!!」
337ヤンデレの生徒会長さん:2010/09/21(火) 20:37:32 ID:wqwK8cNq
 そう言って生徒会室に入ってきたのは高等部一年の一原愛華。
 生徒会での役職は庶務。
 その名の通りわたしの実の妹である。
 身長も胸もわたしやうーちゃんには及ばないが、無いは無いなりに良いものだということに気づけたのは、愛華=あっちゃんのお陰である。
 「お姉はアタシと添い遂げるんだからね!副会長さんは離れて!」
 ああ、ツンデレになろうとしてもなりきれない妹萌え!(ただ今ナイフを向けられ中)
 「黙りなさい、庶務!実の姉に欲情する変態が何を言っているのですか!!」
 「うるさい!!そんなこと言ったら女に欲情するアタシら全員変態じゃない!!」
 ああ、あっちゃん。
 わたしのために頑張ってくれるのは良いんだけど、辛い現実を突き付けないで。
 「だとしても、ゆーちゃんは私のことを愛しいと言ってくださいました!イコール添い遂げるべきは私!」
 うーちゃん、うーちゃん、興奮のあまり論理展開が破綻してるわ。
 開始数分でクールキャラを脱ぎ捨てないで。
 ギャップ萌えの甲斐が無いわ。
 「アタシなんてあの伝説の大桜の下でお姉に『大好き』って言ってもらったんだから!」
 「そんな設定があったのですか!?」
 うーちゃんが驚き、わたしの方を見る。
 「しょーがないじゃない!桜の花の下で『お姉、だいすき!』なんて言われて抱きつかれたら『わたしも大好きだよー』って言うしかないじゃない!可愛すぎてエッチシーンに突入するしかないじゃない!」
 「アタシはお姉のそう言うサイアクな所もだいすきだよ!」
 わたしの開き直りに、あっちゃんがこれまたズバッとツッコンでくれる。
 あっちゃん、たくましい子……!
 「…どうやら、あなたは排除する他無いようですね」
 「奇遇だね!アタシも副会長さんは地獄に行ってもらわないとって思った所だったんだ」
 ナイフを向けるうーちゃんに、どっからともなくバットを取り出してあっちゃんが応じる。
 …そう言えば、あっちゃんは女子野球部だっけ。
 こりゃまたトンデモバトルが見れそうだわ。
 見るつもりもないけど。
 二人の意識がわたしから逸れた隙に、ソロソロと逃げ出すことにしよう。
 ぶっちゃけこの場に居たら身がもちそうにない。
 「ハッ!ゆーちゃんが居ません!」
 「アハ!お姉はアタシのなんだからねー!」
 私が生徒会室から離れると、2人の殺気だった声が聞こえる。
 「「待てええええええええええ!!」」
 「アハハハ、追いついてごらんって言うか追いつかないでー!」
338ヤンデレの生徒会長さん:2010/09/21(火) 20:38:51 ID:wqwK8cNq
 うーちゃんとあっちゃんから全力疾走で疾走で逃げていると、出会いがしらにとある巨乳と正面からぶつかりそうになる。
 「OH!マイハニーユリコ。どうシたのデスか?」
 「あ、エリちゃん先生!」
 この金髪美人は英語教師のエリス・リーランド先生。イギリス人で通称エリちゃん先生。
 「エリちゃん先生、ウチのハーレムが暴走してるんです!何とかなりませんか!?」
 エリちゃん先生の後ろに隠れながら、わたしは言った。
 「ソういうコトなら、ワタシの家に避難しましょウ。ジャパニーズスタイルのアパートでスが、ユリコ好みのカワイイコーディネイトなノで、一生出たク無くなりマス」
 「エリちゃん先生ルートは監禁ルート!?」
 リアクションを取るわたしの肩を掴み、どこかへと引きずろうとするエリちゃん先生。
 「…先生、力強いですね」
 「ムカシ、キックボクシングで体力を付けまシたから」
 「その体力をこんなトコで使ってほしく無いかもです」
 「ダイジョウブです。痛いのハ最初だけでスから」
 「いや、最初も何もわたしと先生は何度となくキャッキャウフフしていたような…」
 「さァ、let'goです。二人だけのElysionへ!」
 「明らかに人生の奈落へと堕ちるルート!?」
 と、その時、エリちゃん先生が眠るように倒れこむ。
 先生の首筋には眠り薬が塗られた手裏剣が。
339ヤンデレの生徒会長さん:2010/09/21(火) 20:39:30 ID:wqwK8cNq
 「無事でござったか、百合子殿」
 「しぃちゃん!!」
 川のせせらぎのように清楚可憐な声を古風すぎて最早ギャグな口調で台無しにしているのは、高等部二年で生徒会書記の李忍(り・しのぶ)。
 通称しぃちゃんだ。
 中国人と日本人のハーフで、中国人のお父さんがなぜか(微妙に間違った)日本マニアの忍者マニアなので、可憐な雰囲気の彼女もその影響を大いに受けているカオス萌えな娘なのよ。
 書道をしているお陰で字が上手いのは大助かりだけれど。
 「時に百合子殿、我が家は対犯罪者用に八百万の罠を備えた忍者屋敷。よろしければ今すぐこちらに避難を。もちろん、そのまま一生出なければ最大限の安心安全が保障されるでござるが……」
 「要は監禁されろと!?」
 くぅ、この娘、妙な萌えを見出してハーレムに引き込まなきゃ良かったかも…!(でもかわいい)
 「さぁ、百合子殿、今すぐ我が忍者屋敷に我が家の婿として…!」
 「本音が駄々漏れよー!」
 そんなことを言ってると、いきなりわたしの体が廊下に押し倒される。
 「アハハハ、李も他のヤツらも馬鹿だなぁ。そんなに百合子が欲しいなら、問答無用で押し倒しちゃえば良いのにさァ!」
 「りょうちゃんったら、何てワビもサビも無い事を!?」
 わたしに馬乗りになってそう叫ぶのは、高等部二年で生徒会会計の霧崎涼子。
 なぜか自分が男の子であるかのようにふるまい、ショートカットの髪型に男子制服に身を包んでいるが、女性らしい体つきを全く隠せていない。(特に胸とか)
 「アハ、ゾクゾクするなぁ!ねぇ、分かる!?今からぼくの(自主規制)が百合子の(自主規制)を(自主規制)するんだよ!」
 りょうちゃん、放送禁止用語連発中。
 コレでも、普段はわたしに対して子犬のようになついてくれてるって裏設定があるのよ?
 「りょうちゃん、りょうちゃん。りょうちゃんから乱暴に(自主規制)されるのもスリリングではあるんだけど、しぃちゃんもいるし、他のコ達もそろそろ追いついてくるから、また今度にしよ、ね…?」
 「アハ、百合子は何を言ってるのさ。ぼくは男だよ!?あんなヒョロいばかりの女の子たちに負けるはずが無いじゃないか」
 大きな胸を揺らしながらヒドいことを言うりょうちゃん。
 ……この子、本気でアレな子じゃないかしら。最近心配になってきた。
 と、狂ったように笑っていたりょうちゃんが乱暴に蹴っ飛ばされてブッ飛ばされる。
 「リョウコ、アナタのような生徒にはお仕置きにspankingが必要なようデスね。さぁ、アナタのassを数えなさイ!!」
 見ると復活したエリちゃん先生が見事な蹴りを決めていた。
 「言ってくれるね!たかだか女教師がさぁ!!」
 屈辱に顔をゆがませ、懐から伸縮式警棒を取りだすりょうちゃん。
 様子を見ていた しぃちゃんも背中から日本刀を引き抜く…ってソレ明らかに銃刀法違反よ!?
 「それではわたしはこの辺で〜」
 ソロソロとその場を抜け出そうとするわたし。
 「待って下サい、ユリコ!」
 「お待ちなされ、百合子殿!」
 「アハ、逃がさないよ百合子!」
 もちろん、3人が見逃す筈も無く、すぐに追いかけてくる。
 「待ってよよ、お姉ー!」
 「私はゆーちゃんのもの!イコールゆーちゃんは私のもの!」
 後ろを振り返ると、あっちゃんにうーちゃんも追いかけていた。
 「たーすけてーい!」
 叫びながら校舎内を全力疾走するわたし。
 ふと、その光景を見ている一般生徒の会話が耳に入る。
340ヤンデレの生徒会長さん:2010/09/21(火) 20:40:37 ID:wqwK8cNq
 「あー、またやってるなー、あの人たち」
 「…確か、生徒会の人たちですよね?」
 「そだよー、お前は生徒会長には近付いちゃいけないよー」
 「…生徒会長さん、ですか?追いかけているいかにもアブない感じの皆さんでなく?」
 「そうそう。理由はまー色々あるけれど……」
 「…あるけれど?」
 「あんなアブない人たちに『笑顔で』追いかけられている人が控え目に言ってマトモなわけなくない?」
 「…なるほど」














341ヤンデレの生徒会長さん:2010/09/21(火) 20:41:17 ID:wqwK8cNq
 わたしは一原百合子!

 この夜照学園高等部2010度生徒会会長!!

 夢はでっかく、世界一のハーレムを作ること!

 ……なんだけど、それは当分上手くいきそうにない。

 嫉妬深くも愛おしい、このハーレムメンバーが居る限り。

 って言うかわたし、明日の命も知れぬ身なんじゃない!?

 お願いだから誰か助けてー!
342ヤンデレの生徒会長さん:2010/09/21(火) 20:45:21 ID:wqwK8cNq
 以上になります。
 「ヤンデレ『の』生徒会長さん」の『の』は所有格の『の』になります。
 コイツは自分のハーレムに振り回されているのやら逆なのやら…。
 主人公を女性にしたのは、男性だとあまりに最低(笑)すぎて笑えないかな、と思ったからだったり。
 では、今度は『ヤンデレの娘さん』でお会いできれば…
343名無しさん@ピンキー:2010/09/21(火) 23:18:28 ID:C2kEkDhv
以上、作者の自分語りでした
344名無しさん@ピンキー:2010/09/21(火) 23:31:40 ID:tbqCPLbW
>>343
くだらないレスつける暇があったら何か書いてみろよ
345名無しさん@ピンキー:2010/09/21(火) 23:46:02 ID:Ojc+vDV8
>>342
百合ヤンデレとはなかなか良いではないか!!!会長特権乱用し過ぎに大爆笑
346名無しさん@ピンキー:2010/09/22(水) 07:36:59 ID:E8slR0TG
こういうバカなノリは大好きだ
次も期待GJ
347名無しさん@ピンキー:2010/09/22(水) 18:15:21 ID:PZgbzSPD
そう言えば今日「迷い蛾の詩」だったね
348名無しさん@ピンキー:2010/09/22(水) 20:51:09 ID:e/47rGCW
ヤンデレが泥棒猫を抹殺しようとして泥棒猫が天性の運でそれらを乗り越えるという夢を見た
小銭拾うためにかがんだら頭の上をナイフが飛んでった、みたいな。
349 ◆AJg91T1vXs :2010/09/22(水) 23:27:48 ID:pP/NcvhP
>>347

 今日は仕事が遅くなってしまいました。
 ヤンデレの嫁さんいたら、間違いなく詰問された上で、同僚の女子を誤解から包丁で刺しに行くような展開ですね……。
 別にやましいことなんてなく、単に残業続きなだけなんですけど……。


 前置きはこの辺にして、ただいまより迷い蛾・第六部投下します。
 が、今回は、最初に注意があります。


 とりあえず、グロ注意。
 流血、惨劇、狂気みたいな描写が苦手な人は、スルー推奨。
 毒蛾モードの繭香は容赦ないんで、心臓が弱い人は読んだら駄目です……。 
350名無しさん@ピンキー:2010/09/22(水) 23:28:54 ID:h45Gp2Ei
自分語りイラネ

 その日、陽神亮太は珍しく家を遅く出た。
 いつもであれば遅刻を気にして早目に出るものの、今日に限って寝坊をしてしまった。

 寝坊の原因は、間違いなく昨晩の寝不足にある。
 あの、神社での一件があった後、亮太は自室で独り繭香のことを考えていた。

 なぜ、繭香はあの場所で、あんな行動に出たのだろう。
 自分の行動は、繭香を傷つけてしまったのではないか。
 だが、あそこで繭香を抱いてしまうことが、果たして本当によかったのだろうか。

 いくら考えても、結論は出そうになかった。
 どれほど時間をかけようとも、同じような考えが堂々巡りで頭の中を回るだけだ。

「今日は、遅刻ぎりぎりかな……」

 自転車で坂を下りながら、亮太はふと、そんなことを呟いた。
 全身で風を切る心地よさはあるものの、どこか気持ちが晴々としない。

 大通りを抜け、バス停が近づく。
 校門の向こうに、見慣れた校舎が姿を現す。
 だが、今日に限って、通い慣れた校舎は酷く大きく恐ろしいものに感じられた。
 まるで、全てを飲み込まんとする怪物のように、亮太の前に立ち塞がっているように見えたのだ。

 あの門の向こうには、きっと繭香もいる。
 昨日のことがあるだけに、どんな顔をして話をすればよいのか分からない。
 そう考えている間にも校門との距離は縮まり、亮太は流されるままに門を抜けた。

 駐輪場に自転車を止め、鞄を抱えて通用口へと急ぐ。
 予鈴が鳴るまでには五分ほどあったが、それでも遅刻ぎりぎりだ。

 下駄箱で靴を履き変え、亮太は教室へと続く階段を目指して駆けた。
 周りには、他の生徒の姿はない。
 きっと、既に教室でホームルームの準備をしているに違いない。

 このままでは、本当に遅刻してしまう。
 そう思い、亮太が脚に力を入れた時、唐突に彼を後ろから呼ぶ声がした。

「おはよう、亮太君!!」

 人気のない通用口に響く、軽快な声。
 それが誰のものなのかは、顔を見なくとも直ぐに分かった。

「繭香……」

「どうしたの、亮太君。
 今日は、随分と遅かったんだね」

「あ、ああ……。
 ちょっと、昨日は寝付けなくてね。
 油断してたら寝坊したよ」

「そうなんだ。
 でも、亮太君が無事でよかったな。
 もし、交通事故とかに合ってたらどうしようって……心配したんだよ」

 そう言いながら、繭香は屈託のない笑顔を亮太に向けて来る。
 その顔からは、昨晩に感じた仄暗い灰色の空気は感じられない。
 妙に快活な部分はあるものの、それ以外は至って普通の繭香のままだ。

 昨日のあれは、いったいなんだったのだろうか。
 そう、亮太が考えた時だった。

「ねえ、亮太君……。
 昨日は……その……ごめんね」

「えっ……!?
 あ、ああ……」

「亮太君だって、迷ってたんだよね。
 なのに……私、一人だけ怒って、先に帰ったりして……。
 本当に、ごめんね」

「い、いや……。
 それを言うなら、俺も悪いところはあったしさ。
 驚いたとはいえ、女の子を突き飛ばしたんだもんな。
 繭香の方こそ、怪我はなかった?」

「うん、私は大丈夫だよ。
 だから、亮太君も、あんまり気にしないでね」

 そう言って、繭香は亮太に微笑んだ。
 いつも、繭香が亮太に見せていた、愛くるしさの中にもいじらしさを感じられる笑顔だ。

 昨日のことが、気にならないと言えば嘘になる。
 しかし、繭香の方から謝ってきたのだから、それをこちらから蒸し返すのも野暮というものだ。
 それに、亮太としても、昨晩のことはあまり考えたいと思わなかった。

 ふと、そんなことを考えながら目を落とすと、繭香の足元にある学生鞄が目に留まった。
 繭香の鞄にしては珍しく、今日は随分と膨らんでいる。
 まるで、食事を終えたばかりの鯨のように、今にもはち切れんばかりの様相を呈しているのだ。

「ねえ……。
 ところで、その鞄……随分と大きくないかい?
 今日、そんなに荷物が必要なこと、あったっけ?」

「うん、ちょっとね……。
 それよりも、早く行かないと遅刻するよ。
 急ごう、亮太君」

「ああ、そうだな。
 繭香の荷物、重そうだけど大丈夫?」

「平気だよ。
 ちょっと膨らみすぎちゃったけど、大して重いものが入ってるわけじゃないから」

 繭香が鞄を、亮太の前で大げさに持ち上げる。
 見たところ、確かに繭香の言う通り、そこまで重い物は入っていないようだった。

「よし。
 だったら急がないとな。
 繭香、走れる?」

「うん、大丈夫。
 亮太君も、転ばないようにね」

 始業ベルの音と共に、亮太と繭香は階段を駆け上がった。
 遅刻寸前で教室に駆け込むと、教室中の生徒の視線が一斉に自分に向けられて痛々しい。
 唯一の幸いは、未だ担任が教室に到着していなかったということだろう。

「ふぅ……。
 ギリギリセーフってところかな……」

 周りの目は気にせず、亮太は机の上に鞄を置いて突っ伏した。
 いつもは遅刻など決してしないだけに、こんな姿を人前でさらすのは少し恥ずかしい。

 だが、それでも亮太にとっては、繭香から昨日のことを気にしていないと言われたことは救いだった。
 こうなると、明け方までかけて悩み尽くしていたことが、急に馬鹿らしくなってくる。

 梅雨明け間近の夏空が、教室の窓越しに温かな光りを運んでくる。
 どこから見ても平穏無事な、何気ない教室の風景。
 そんな安穏とした空気の裏で、確実に狂気が進行していることを、この時の亮太が気づくはずもなかった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 試験の終わった後の私立高校は、午前中で授業も終わりになることが多い。
 その授業でさえも形だけのものであり、試験と通知表が返却されれば晴れて試験休みに突入である。
 そして、流れるままに夏休みに入り、後は九月の頭まで学校はない。
 規律の厳しいことで有名な私立の高校ではあるが、こういったところは、公立高校よりも優れていると思わざるを得ない。

 午前中の授業を全て終え、天崎理緒は独り教室の椅子から立ち上がった。
 周りで談笑している友人に軽く挨拶をし、一足先に教室を出る。

 理緒が向かおうとしたのは、同じ一年の教室であるC組だった。
 昨晩、橋の上で考えた結果、月野繭香に聞こうと思っていたこと。
 自分の中での亮太に対する答えをはっきりさせるためにも、ここは臆さずに教室に向かわねばならない。

 そう思っていた理緒だったが、E組の教室を出るなり出鼻をくじかれた。

「えっ……。
 つ、月野さん!?」

 彼女の目の前には繭香がいた。
 手には大きく膨らんだ鞄を持ち、こちらをじっと見つめている。

「あの……天崎さん」

「な、なに?
 言っておくけど……亮太に会いたいんだったら、自分から声をかけてよね。
 あなた、亮太とは仲がいいんでしょ?」

「いえ、そうじゃないんです。
 今日は、天崎さんにお話があって来たものですから……」

「へっ……。
 わ、私に……!?」

 意外だった。
 同じ一年の中でもお嬢様との呼び声が高い繭香が、まさか自分から声をかけてくるとは。
 しかも、理緒は繭香と数回しか話しをしたことがないばかりか、あまつさえ嫌われているかもしれないと思っていたのに。

 だが、これは理緒にとっても好都合だった。
 亮太との関係を繭香に聞こうと思っていたところだが、実際はどう声をかけてよいか分からなかった。
 そんなところへ自分から赴いてきてくれたのだから、これほど都合のいいことはない。

「まあ、話があるって言うんなら、私は聞いてあげるわよ。
 調度、私もあなたに聞きたいことがあったしね」

「それは奇遇ですね……。
 では、こんな場所で立ち話もなんですから……よろしければ、屋上で話しませんか?」

「屋上?
 なんだって、またそんな場所で?」

「人に聞かれると……ちょっと、恥ずかしい話しなので……。
 あの……駄目、でしょうか?」

「いや、別に駄目ってことはないわよ。
 分かったわ。
 今から、屋上で話しましょう」

 繭香の申し出を断る理由は、理緒にとっても特になかった。
 なにより、理緒自身、人前で話すには少々気が引けるようなことを聞こうとしていたのだ。

 屋上に続く階段を、理緒が軽快な足取りで昇って行く。
 その後ろから、繭香が妙に大きな鞄を抱えて着いて行く。
 他の生徒は皆、真っ直ぐに通用口に向かってしまっているためか、幸いにして誰ともすれ違うことはなかった。

 正午を迎えたばかりの屋上は、夏の風が吹き抜けていて心地よい。
 空に浮かんでいる雲が、校庭に小さな影を落としながら流れてゆく。

 両腕を青空に向かって突き出しながら、理緒は大きく体を伸ばした。
 いざ、繭香に亮太との関係を聞くことになると、やはり緊張するものだ。
 心を落ち着かせるためにも、まずは新鮮な空気を取り込むことから始めたい。

 夏の日差しが降り注ぐ中、理緒は屋上に流れる清んだ空気を胸一杯に吸い込んだ。
 そして、未だ鞄を持ったまま後ろに佇んでいる繭香の方を向き、思い切って尋ねてみた。

「ねえ、月野さん。
 あなた、私に聞きたいことがあるって言っていたけど……いったい、どんな話なの?」

「私の話は、別に後でも構いません。
 まずは、天崎さんからどうぞ」

「そう?
 だったら、先に聞かせてもらうけど……」

 緑色のフェンスに寄りかかるようにして、理緒は繭香の方を向いたまま言った。
 フェンスを形作る針金に指を絡ませたまま、決意を固めて繭香に問う。

「あなた……亮太とは、どんな関係なわけ?」

「どんな関係……。
 それは、どういう意味ですか?」

「そんなの決まってるじゃない。
 あなただって、自分と亮太の間に妙な噂が流れているのは知っているんでしょう?
 私が聞きたいのは、その噂がどこまで本当なのかってことよ」

 噂を流したのは、何を隠そう理緒自身。
 それだけに、どこか白々しいとは思ったものの、自分の言葉を撤回しようとは思わない。
 亮太と繭香の関係を知るためには、この程度の嘘は何ら恥ずかしいと感じない。

 ところが、そんな強張った表情の理緒とは反対に、繭香は軽い吐息と共に言葉を吐きだした。
 その、あまりに予想と違う反応に、理緒の方がぎょっとした顔で繭香を見る。

「なぁんだ、そんなことですか……」

 今まで表情一つ変えずにこちらを見ていた繭香の顔が、ふっと笑った時のそれに変わった。
 目を細め、どこか虚ろなその顔に、思わず理緒は何かを感じ取って後ずさる。

「亮太君は、私にとって大切な人です。
 出会った時から、ずっと……あの人の真っ直ぐな瞳が忘れられないんです……」

「な、なによ、それ。
 答えになってないわよ!?」

「私と心から向き合ってくれたのは、亮太君だけだったんです。
 だから、亮太君だけが、本当の私を見てくれる……。
 亮太君だけが、本当の私を分かってくれる人なんです……」

 そう言いながら、繭香はじりじりと、理緒との距離を縮めてくる。
 その瞳を改めて見た理緒は、喉まで出かかった悲鳴を辛うじて堪えるので精一杯だった。

 焦点が合わず、仄暗い沼の底のようにどんよりと淀んだ目。
 真夏の太陽の下、まるで白昼夢に支配されているかのように、繭香はゆっくりと理緒に近づいてゆく。

「ねえ、天崎さん……」

 もう、手を伸ばせば届きそうなくらいに近づきながら、繭香は理緒の名前を呼んだ。
 その言葉には、既に感情らしいものさえ感じられない。
 別世界の幻に向かって話しかけているように、繭香の口から出る言葉もまた虚ろなのだ。

「今度は、私の番です。
 天崎さんは……亮太君にとっての何ですか?」

「えっ、私!?
 わ、私はと亮太は……ただの腐れ縁よ!!
 中学が一緒だったから、今でも気軽に話しているってだけで……」

「…………嘘ですね、それ」

 しばしの沈黙の後、繭香はバッサリと切り捨てるように言い放つ。
 心の奥底をナイフで抉り出されたような気分になり、理緒は何も言い返すことができなかった。

「天崎さんも、亮太君のことが好きなんですね。
 でも、それは駄目です。
 亮太君には、私だけを見ていてもらいたいから……。
 本当の私を見てくれるのは、亮太君しかいないから……」

 繭香の手が、その腕に抱えられていた鞄の中に伸びる。
 中からタオルにくるまれた何かを取り出すと、繭香は鞄を自分の後ろに放り投げた。

 ドサッという音がして、鞄が砂埃を上げながら屋上の床を転がる。
 その音を合図に、繭香はゆっくりと手にした塊をタオルの拘束から解き放つ。

 屋上を吹き抜ける風に、繭香の手にしたタオルが揺れた。
 そのままタオルから手を離し、繭香は中にあったものをしっかりと手に握り締める。

「ちょっ……月野さん!?」

 繭香の手にした物を目にし、理緒は短い悲鳴を上げながら言った。
 鈍い、銀色をした物体が、繭香の手の中で夏の日差しを反射して輝いている。

 それは、学校の屋上で清楚な女子高生が握るには、余りにも不釣り合いで物騒な代物。
 研ぎ澄まされた刃を持ち、本来であれば魚をさばくために用いられる調理道具の一種。
 が、今はそれも、単なる凶器としての役割しか果たしていない。

 鋭く細長い形をした刺身包丁。
 繭香の手に握られている刃の先は、真っ直ぐに理緒の喉元を狙っていた。

「ごめんなさい、天崎さん。
 でも……あなたが悪いんですよ。
 あなたが、亮太君を惑わすから……。
 亮太君を……私だけを見てくれるはずの亮太君を、変えてしまおうとするから!!」

「な、なに言ってるのよ、月野さん!!
 あなた……ちょっと、おかし……!?」

 それ以上は、何も言葉が出なかった。
 代わりに聞こえてきたのは、激しく何かが噴き出す音と、喉から空気が漏れる音。
 目の前の景色がだんだんと真っ白になり、理緒は力なくその場に倒れ伏した。

 ベチャッ、という音がして、理緒の身体は真紅の泉にその身を沈めた。
 彼女の首元からは、泉の源である赤い鮮血が止め処なく溢れている。

 薄れゆく意識の中、理緒は天を仰ぐような姿勢で繭香を見た。
 繭香の手に握られた包丁は、理緒の首を斬り裂いた時についた血で真っ赤に染まっている。
 最早、起き上がることさえも叶わなくなった理緒のことを、繭香は冷ややかな顔で見つめていた。

「まだ……終わりませんよ、天崎さん」

 既に返事をすることはないであろう理緒に向かい、繭香がぽつりと呟いた。
 そして、手にした包丁を逆手に構え、その切っ先を理緒の顔に向ける。

「この口が悪いんですよね。
 あなたが亮太君に、変なことを吹き込むから……。
 例え間接的にでも……亮太君の唇を、あんな形で奪って見せつけるから……」

 理緒の頭に、繭香の手にした包丁が振り下ろされる。


―――― ザクッ……ザクッ……ザクッ……ザクッ……。


 刃が肉を斬り裂く音がするたびに、その切っ先が理緒の口内を犯すようにして突き刺さった。
 舌を切り、口を裂き、肉を抉り、喉の奥を蹂躙してもなお、繭香は理緒の口に刃を突き立てることを止めようとはしない。
 理緒の顔が口から溢れた赤黒い血液にまみれたところで、ようやく繭香は刃を収めて立ち上がる。

「はぁ……はぁ……。
 これで……もう、亮太君を迷わす口はありませんよね……」

 興奮も覚めやらぬ様相で、繭香はかつて天崎理緒であったものの側からそっと離れた。
 先ほどまでは肩で息をしていたにも関わらず、直ぐにいつもの平静を取り戻している。

 何も言わず、血だまりに沈む理緒の残骸を見降ろしながら、繭香は返り血を浴びた制服を脱ぎ棄てた。
 シャツも、スカートも、靴下さえも脱ぎ捨てて、下着だけの姿になる。
 誰かに見られたら、などという羞恥心はない。
 血濡れた服を無造作に丸め、包丁をくるんでいたタオルで靴についている血も丁寧に拭き取る。

 最初に放り投げた鞄の中から、繭香は代えの制服を取り出した。
 普通は一帳羅でしかない制服も、彼女には数枚の代えがある。
 今までは金持ちの家に生まれたことを疎ましく思っていたが、今日に限っては、自分の生まれと育ちに感謝しなければいけないと思った。

 新しい制服を素早く身につけ、血に染まった衣服と凶器を鞄に詰める。
 去り際に、既に物言わぬ塊と鳴り果てた理緒の方へと顔を向け、繭香は感情のこもらない眼差しを送り呟いた。

「さようなら、天崎さん……。
 もう、何も話すことはありませんよね……」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 帰り際、駐輪場で自転車の鍵を外そうとした瞬間、陽神亮太は自分を呼んでいる声に思わず振り向いた。

「あっ、亮太君!!」

 見ると、繭香がこちらに向かって手を振っている。
 片腕には朝方に見た大きく膨らんだ学生鞄を抱え、その長い髪を風になびかせながら駆けてきた。

「ごめんね、急に呼び止めたりして。
 亮太君は、今帰るところなの?」

「ああ、そうだよ。
 今日は、学校も午前中で終わりだし、部活もないからね。
 試験も終わったし、久しぶりに羽を伸ばそうかなって思ってさ。
 繭香も、これから帰り?」

「うん。
 天崎さんに呼ばれて、ちょっと遅くなったけどね」

「理緒が?
 そう言えば、今日は四限が終わった後、姿が見えなかったな」

 いつもであれば、帰り際に一声かけてくるであろう理緒。
 最近は繭香と一緒に帰っていたため、あまり意識はしていなかった。
 が、いざ繭香の口から聞かされると、妙に彼女のことが気になって来る。

「なあ……。
 理緒のやつ、また、繭香に失礼なこととか言ってなかった?」

「それは大丈夫だよ。
 話はすぐに済んだし、天崎さんは一足先に帰ったみたいだから。
 それよりも……亮太君は、今日はこれから、どこかへ出かけたりするの?」

「いや、特に予定はないかな。
 久しぶりに、机の上で埃を被っていた本の続きでも読もうかと思ってたんだけど……」

「へえ……。
 亮太君、読書家なんだね」

「そんな大層なものじゃないよ。
 気が向いた時に、自分の好きな本を適当に読み漁るくらいさ」

 他愛もない会話が、二人の間で繰り返される。
 昨晩、あれだけのことがあったのにも関わらず、繭香の様子は至って普通に見えた。

「ねえ、亮太君。
 今日は、お昼ごはんをどこかで食べたりするの?」

「いや、別にそんなことはないよ。
 親は夜まで仕事だから、家に帰って自分で作らなきゃならないね。
 そうでなければ、コンビニでパンでも買うかな」

「いつも購買のパンなのに、それじゃあ栄養が偏るよ。
 もし良かったら……私の家に、食べに来ない?」

「えっ……。
 で、でも、それは……」

 昨晩の神社での記憶が、再び亮太の頭を掠めた。
 このまま繭香の申し出を受け、再び昨日のようなことになったらどうするか。
 今度ばかりは、自分も理性を抑えられる自信がない。
 かといって、自分を求めてくる繭香に対し、傷つけずに断るための言葉も見当たらない。

 だが、ここで繭香のことを袖にしてしまうのは、あまりも酷い気がしてならなかった。
 なにしろ、自分は昨日、既に繭香のことを傷つけているのだ。
 ここで申し出を断れば、繭香は本当に自分に拒絶されたと思うかもしれない。
 あの時、神社から無言で走り去った繭香の瞳を思い出すと、どうしても断るに断りきれなかった。

「仕方ないな……。
 それじゃあ、今日はお言葉に甘えて御馳走になるけど……本当にいいのかい?」

「大丈夫。
 亮太君一人に御馳走出来ないほど、私も落ちぶれてなんかいないから」

 そう言うと、繭香は亮太の自転車の後ろに自分から飛び乗った。
 今日に限って妙に繭香が積極的なのが気になったが、昨日のようにいきなり迫られないだけマシだろう。

 繭香を後ろに乗せたまま、亮太の自転車が校門を抜ける。
 バス停の前を通り過ぎ、繭香の家のある森桜町を目指して道を走る。
 あの日、初めて出会った時のように、繭香の存在を背中に感じながら。

 昨日のことは、何かの間違いだったのだろう。
 そう思ってペダルを踏む亮太だったが、既に彼の日常は、水面下で崩壊の時を迎えていた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 繭香の家に上がるのは、亮太にとっても初めてのことだった。
 いつもはバス停までしか送っていなかったため、家の場所までは知らなかったのだ。

 今日は繭香の案内で、森桜町のバス停から一緒に歩いてきた。
 バス停からは近いと聞いていたが、ものの五分とかからない。
 自転車を降りて押して行っても、十分に時間の余裕はあった。

「それにしても、繭香の家って広いな。
 俺の部屋なんて、この家の風呂場くらいの大きさしかないのかも……」

 リビングに通された亮太が、部屋の中を感心した表情で見回している。
 豪邸とまではいかないものの、やはり繭香の家は金持ちのそれだ。
 同じ私立高校に通っているとはいえ、自分の家とは雲泥の差である。

「そんなに感心されると、ちょっとくすぐったいよ。
 確かに大きな家かもしれないけれど、家族は私と両親の三人だけだもの。
 無駄に広くて、持て余しているって言った方が正しいかな」

 何かを刻む音と共に、キッチンの奥から繭香の声が返ってくる。
 トン、トン、という小気味良いリズムは、野菜か何かを切っている音だろうか。

 繭香の話では、彼女の両親はいつも仕事で遅くまで帰らないとのことだった。
 その上、今日は家政婦も休暇をとっている。
 繭香が学校から早く帰って来るという話を聞き、ここぞとばかりに休みをもらったのだ。

 まあ、早い話が、学校が早く終わるならば、たまには自分で家事をやれということである。
 多少の不満がないわけではなかったが、それでも今日は、むしろこの状況に感謝していた。
 何しろ、自分のこの手で作った料理を、亮太に食べさせることができるのだから。

 程なくして調理を終え、繭香は出来上がったものを亮太の前に運んできた。
 トマトソースとバジルを使ったパスタと、朝方から仕込みをしていたというカボチャのスープ。
 ソースを作るのに使ったトマトは、中身だけくり抜かれてサラダの容器になっていた。
 その容器の中にマヨネーズで和えたツナを詰めるなど、簡単ながらも芸が細かい。

 およそ、金持ちの娘が作ったとは思えない、どこか家庭的な雰囲気の漂うメニュー。
 だが、嫌みのない感じが返って幸いしたのか、亮太は変に気取ることなく繭香の作った料理を口にすることができた。

「味付けは、一応レシピ通りにしたつもりなんだけど……どうかな?」

 こちらの様子を探るようにして、繭香が亮太の顔を覗き込む。
 この状況で、自信と不安が入り混じった瞳を向けられて、不味いと言える者がいるだろうか。
 もし、仮にいるとするならば、それは神をも恐れぬ蛮行を平気で犯すような輩に違いない。

「いや、すごい美味しいよ、これ。
 その辺のファミレスなんかで出してるのより、全然美味い」

「よかった、亮太君に喜んでもらえて。
 じゃあ、遠慮しないでどんどん食べてね」

「ああ。
 それじゃあ、お言葉に甘えていただくよ。
 でも……これ、一人分にしては、少し多くないかな?」

「それなら大丈夫。
 これ、私と亮太君ので、二人分だから」

 そう言って、繭香も亮太と向かい合わせになるようにして席に座った。
 大皿に盛られたパスタにフォークを伸ばし、亮太と一緒に一つの料理を口にする。

「ねえ、亮太君。
 もしよかったら、私が食べさせてあげようか」

「えっ……!?
 いや、その……気持ちは嬉しいけどさ……」

「うふふ、冗談だよ。
 でも、亮太君が食べさせて欲しいっていうなら、私はいつでも食べさせてあげるよ」

 何の恥じらいもなく、繭香は亮太に笑顔で答える。
 傍から見れば、単に愛らしいだけにしか映らない繭香の好意。

 だが、それでも亮太は、そんな繭香の態度に違和感を覚えずにはいられなかった。
 下校時には分からなかったが、なんだか今日の繭香は妙に積極的だ。
 その上、こちらに向けられる笑顔からも、不自然なほどに作り物めいたものを感じてしまう。
 まるで、心の奥底に隠した深い闇を、亮太に探られまいとするように。

 やはり、ここに来たのは間違いだったのか。
 そんな雑念が頭をよぎり、亮太は思わずフォークを握る手を置いた。

「どうしたの、亮太君?」

「いや、なんでもないよ。
 ただ、ちょっと喉が渇いたかなって思っただけだから……」

 こちらの考えを悟られないようにしつつ、亮太はコップに注がれた水を一気に飲み干した。
 冷たい水が喉を通ると、それだけで気が楽になる。

(俺、何考えてるんだ……。
 繭香はただ、一緒に昼食が食べたくて、俺を誘ったんだろ……)

 頭の中で自分に言い聞かせるようにして、亮太は再びフォークを手に取った。
 しかし、二口、三口と食べてゆくにつれ、どうにも頭が重たくなってくる。

「あれ?
 亮太君、手が止まってるよ」

「あ、ああ……。
 ちょっと、ね……」

 そう、口で言うだけが精一杯だった。
 いつしか亮太は完全に睡魔に支配され、やがてその場に崩れ落ちるようにして倒れ込む。
 食器と食器がぶつかる音がして、飲みかけのスープがテーブルに零れた。

「うふふ……。
 駄目だよ、亮太君。
 食事中に寝るなんて、お行儀が悪いんだから。
 でも、それも仕方ないよね。
 私と亮太君が、ずっと一緒にいるためだもん。
 亮太君には、私だけを見てもらいたいんだから……」

 動かなくなった亮太に向かい、繭香は淡々とした口調で話しかける。
 その目は深い闇に支配され、今や完全に光を失っている。
 昨晩、神社で見せた瞳と、天崎理緒を刺殺した際に見せた瞳。
 それと同じものが、今の繭香の目には宿っていた。

「さあ、行こう、亮太君。
 私が亮太君を……もとの亮太君に戻してあげるよ……」

 既に、答える者は誰もいないと分かっていながらも、繭香は倒れたままの亮太に向かって語り続ける。
 こぼれたスープの雫が床に滴り落ちてもなお、繭香は亮太に向かって話すことを止めなかった。
363 ◆AJg91T1vXs :2010/09/22(水) 23:47:30 ID:pP/NcvhP
 以上で投下終了です。
 最近、ほのぼのとした作品なども多い中、露骨にグロイもん投下してすいません……。
 

 やはり、スクイズ辺りでヤンデレデビューした影響が、自分には少なからずありますな。
 書いてる途中に、言葉様が降りて来てしまった……。
 血が嫌いな人には、ホント申し訳ない限りです。
364名無しさん@ピンキー:2010/09/22(水) 23:47:55 ID:IRT26cFb
365名無しさん@ピンキー:2010/09/22(水) 23:49:53 ID:IRT26cFb
>>363
366名無しさん@ピンキー:2010/09/23(木) 00:05:21 ID:fuJwcIXD
 グッジョブです!
 やっぱり理緒は死んじゃいましたか…。ご冥福を祈ります。
 すぐに亮太が後を追いそうな気がしないでもないがどうなることか…
367名無しさん@ピンキー:2010/09/23(木) 00:32:53 ID:/xxgdp1t
繭香がまんま言葉なのに吹いた!
368名無しさん@ピンキー:2010/09/23(木) 00:43:58 ID:vgu5aHhi
ぐっじょ
遂に平穏が破られちゃったか・・・
369名無しさん@ピンキー:2010/09/23(木) 00:44:00 ID:Pq7fOoyX
理緒は報われなかったかあ
好きだったんだが残念
370名無しさん@ピンキー:2010/09/23(木) 04:33:00 ID:JIDCOwRa
371名無しさん@ピンキー:2010/09/23(木) 07:36:32 ID:JIDCOwRa
372名無しさん@ピンキー:2010/09/23(木) 10:54:21 ID:SZGZ1fDl
最近また自分語りする作者増えてきたな
ssが読みたいんであって、誰もお前の身の周りの事なんざ知りたくねーんだよ
373名無しさん@ピンキー:2010/09/23(木) 11:28:49 ID:/nypBqyP
ssの部分だけ読めばいいだけなのにアホだのうw
374名無しさん@ピンキー:2010/09/23(木) 12:41:42 ID:R0ZSrbeo
お前がそう思うんならそうなんだろう、お前ん中ではな。
375名無しさん@ピンキー:2010/09/23(木) 14:23:47 ID:ufHNghVX
何様のつもりなんだろうか
376名無しさん@ピンキー:2010/09/23(木) 14:39:13 ID:/xxgdp1t
秋だなぁ…
377名無しさん@ピンキー:2010/09/23(木) 15:00:10 ID:3VSxSK8l
質問なんですか
ここに投下された
やつってwikiにいきますが
それって作者が更新して言うんですか?
それとも有志の方がやってくれんですか
誰か教えてくださいな
378名無しさん@ピンキー:2010/09/23(木) 15:04:42 ID:vgu5aHhi
基本的に有志の方が片っ端から保管して下さってます
いやな場合はwikiの掲示板かここで知らせれば保管されないと思います
379名無しさん@ピンキー:2010/09/23(木) 18:47:06 ID:VGoJA97W
いち早く保管されたい場合は自分の手で保管してもいいんじゃよ?
380のどごし ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/23(木) 19:21:39 ID:aQqOV8y4
こんばんは、大学忙しすぎワロタwww
投下行きます
381のどごし ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/23(木) 19:22:21 ID:aQqOV8y4
何かを得るためには、それを叶えようとすると行動すること。それが何かを得るためのコツであり、必須条件でもある。
しかし、逆に何かを捨てるための……、捨てようとする人は滅多にいないが、その秘訣は忘れる事だと思う。または忘れられる事。
僕はあの日から小町の家に通っている。約束していない日でも形態に携帯でお呼びが掛かる。
『今日も家に誰もいないの……、今から家に来ない?』
メールを返信しなければ留守電に繋がるまで携帯に電話を十回入れ、それにも出なければ家に掛けてくる。
電話に出れば嬉しそうな声の調子で僕がなぜ出なかったのか聴いてくる。
僕はテキトーな嘘を用意するのだけれど、簡単に見破られ、彼女はこう言う。
『この前撮ったビデオ、編集したの。今から私の家で一緒に見ない?』
彼女の言うビデオ……。あれから、あの日以来、僕らは何度も身体を重ねあった。
彼女は行為に及ぶ度、その一部始終をビデオに収めていた。
最初は部屋のどこか、タンスに収めている本と本の間や、鞄の中に隠しながら撮影していたのだが、最近では隠さずに見えるところにカメラを置いて、撮影しているのが普通になってきている。
僕はそれに何か文句を言ったり、撮影を止める事は出来ない。止める気が起きない。
撮影の最中に以前撮ったモノが上映されているからだ。彼女は以前撮ったものを上映しながら性行為をするのが好きらしく、行為中はぞれがずっと流されている。
僕はその映像と聞こえてくる自分の声に打ちのめされる。やめてとか、撮らないでと言う言葉は出てこない。
恐れているのだ。小町がビデオをネタに僕を脅してくるのを。
一度味を占めると、彼女はきっと何かある度にそれを武器に使ってくるようになる。
例えば僕が別れを切り出した時、それを使われれば僕だけではなく、彼女も傷つく事になる。
しかし、彼女はいざとなれば冷たい斧を振り下すだろう。
現に彼女は僕が別れを決意し、彼女の家に向かった日にこう言ったのだ。
『確かなものが欲しい』
彼女は、藤松小町は歪んでいる。いや彼女の『愛』という感情は歪んでいる。それは愛するという事においても、愛されるという事においてもだ。
彼女の愛は完全を目指し、僕の愛は破綻を目指している。
相反するはずの二つが共存する僕らの関係、きっとその先にあるのは悲しい結末だけ。
キリキリとネジが勢いを無くしていく音がする。
平沢には相談できない。アイツは今謹慎中だ。
それに出来たとしても上手く説明できる自信も、話を切り出す事すら難しい。
なんて言えばいい?「彼女に僕が必死に射精を懇願しているビデオを撮られた」というのか?そんな事できるわけがない。
ならば彼女に飼い殺され、言いなりになる?それも出来ない。
ならばどうするか、飽きてもらうしかない。彼女が飽きればそこで終わる。
ビデオも使われずに済むだろう。そうだ、それしかない。
彼女に見放されるために僕は彼女を満たそう。
抵抗すれば、彼女の僕に対する『教育』という喜びを与えてしまう。
それから僕にも変化が必要だ。例えばそう、ダイエット。
彼女は僕が太っている……今現在八月二十一日において前より一キロプラスの肥満体だが、彼女は太っている僕に恋をした。
つまり彼女にはフェチズムとして太っている男性に好意を抱く傾向があるのではないか?簡単に言うとこうだ、
「彼女はデブ専ではないか?」
何の根拠も無いが、これは残された数少ない抵抗の一つだ。見逃すなんて出来ない。出来る事があるならそれにしがみ付く。
彼女がそうするなら、僕だってそうしてやる。
382ウェハース第九話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/23(木) 19:24:18 ID:aQqOV8y4
夏休みも残るところ十日となった今日も彼女からメールが届いた。
『今日、会えない?』
僕は深呼吸をして了解の内容のメールを返信すると、すぐにジーパンにTシャツとファッションに興味が無いなりに気を利かした服装に着替えて家を出た。
電車に乗り、いつもの通りを越え、彼女の家のインターホンを鳴らす。
ぱたぱたと小走りの音が聞こえてすぐに彼女の家のドアが開いた。彼女の服装に僕は今日も目を引かれた。
深い藍色で胸元に可愛らしい白のキルト調の装飾をあしらったスカートの丈が短いワンピースに、七部丈ぐらいのスリムジーンズを合わせている。
「いらっしゃい」
よく顔を見ると、学校でトレードマークだった縁が赤い眼鏡を掛けている。勉強でもしていたのだろうか?
「どうしたの?」
「あっ、いや、眼鏡似合ってるなって……」
本音がすんなり出てしまい少し気恥ずかしい。僕が思わず下を向いてしまった。
「フフッ。ならずっと掛けてようかな?」
顔を上げると、少しだけ小町も頬を赤くしていた。目を少し薄くし、唇の端を少しだけ上げて微笑んでいる。
「入って。暑かったでしょ?」
僕は何も言わず、小町の後に続いて玄関に入った。
靴を脱いで、二階に上がり、小町の部屋に入る。もう何回目か自信が無くなってきたこの一連の動き。
彼女は僕が入って少ししてからコーヒーを淹れて茶菓子と一緒に持ってくる。
机にそれらを置くと、僕の足の上に腰を下す。人間椅子と言うわけだ。そう来ると分かっていて既に胡坐をかいていた自分が少し憂鬱だ。
僕の胸に背中を、僕の膝の上に手を、僕の中にすっぽりと収まってしまう小町。
彼女はひどく機嫌のいい声で、僕に囁く。
「真治、今日もいい匂いがするね」
小町は僕の匂いが好きらしい。自分では分からないので、どんな匂いか一度尋ねてみると小町は「あったかい匂い」とのこと。
彼女は艶かしい笑みを浮かべると、上半身だけを捻って瞳を閉じて僕に口付けをせがんだ。
僕は一体どんな顔をしているんだろう。そんな事を思いながら、優しく彼女の唇に自分の唇を合わせた。少しだけ唇の肉がプレスされるぐらいの力で。
しばらくして離すと、小町はゆっくり目を開けて「ありがとう」と微笑みながら囁いた。
「いつもごめんね。重い?」
「全然平気。それに小町もいい匂いがするから、僕も嬉しい」
小町は嬉しそうな笑みを浮かべて「どんな匂い?」と訊いてくる。
「花の匂い……。香水みたいにしつこくなくて、もっとさっぱりしたいい匂い」
桃の様な、優しくて温かい。そんな匂いだ。
「そう?シャンプーの匂いかな?」
クルクルと前髪を回しながらスンと彼女は前髪を嗅ぐ。
僕は周りを見渡す。カメラは見当たらない。小町にも僕が心配している事が伝わったらしく、手を繋いできた。
「今日はしないよ?」
「えっ?」
蹲るように、僕の胸の中で小町が小さくなる。
「いつもごめんね……、カメラに撮られるの嫌だよね」
言葉が続かなかった。気付いていたのだろうか?
「でもね、でもああでもしないと不安だったの……」
「不安……?」
もたれ掛かる小町は懺悔でもするみたいに言葉を続ける。
「私、あなたに捨てられるのが怖かった」
捨てられるのが怖い。ふいに、平沢の言葉が蘇った。
『どうせ高校生活が終わるか、それぐらいには別れてるだろ?』
383ウェハース第九話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/23(木) 19:24:57 ID:aQqOV8y4
「いつか、来て欲しくないけど神谷君が私の事を煩わしく思って私と別れようって話をしてきたら……、私きっとあれを使って神谷君を縛り付けると思う」
いつのまにか小町の手が僕の手を握り締めていた。少し震えている。
「どんな事をしてでも……きっと、そうする」
言葉はどこかに吸い込まれるみたいに、すぐに消えてしまった。
僕は少しの間考えて、小町に質問する事にした。
「小町が、僕のこと煩わしく思ったらどうするの?」
ビデオを使って別れる?と訊いてみる。
小町は振り返って、僕と目を合わせる。それから少し笑って僕の顎先に触れるような軽いキスをした。
「今考えてみたけど、私……、真治の事嫌いになれるのかな?」
「きっと、そっちの方が可能性高いよ」
彼女の顔に哀しみの色が浮かぶ。
「そんなの……、イヤだな。それだけは絶対にイヤ」
「今はそう思うかもしれないけど、そうなった時はせいせいしたとか、なんであんな奴と付き合ってたんだろう?って思ってるよ」
彼女の不安を消そうと、少しだけ微笑を浮かべる。しかし、小町の悲しみは深まるだけで、むしろ逆効果だった。
「なんで……、そんな事言うの?」
小町の眉間に見慣れない縦皺が刻まれる。
「本当の事だよ」
「違うよ、そんな事考えも出来ない。真治、もしかして私と別れようと思ってる?」
五臓六腑全部が鷲掴みにされたような、そんな錯覚を覚えた。
「私、私真治とずっと一緒にいたい。幼稚だけど、結婚して真治の子供を産みたい」
瞳は全く揺れず、僕だけを捕らえている。
「今だけだよ、小町。そう思えるのって」
僕は視線を逸らし、小町から逃げるように握られていた手を解こうとする。
しかし、手は離れる事は無かった。指を絡ませ、掌を合わせる小町の手はさっきよりもずっと強い力で僕と繋がっていた。
「なら、今の気持ちを実行するのが正解なんだね……」
小町は僕の襟を掴むと力任せに引き寄せ、強引にキスをした。小町の舌が乱暴に口の中に入ってきて暴れ回る。
「ん…くちゃ……んふ…」
彼女の眼を見たまま、接吻は続けられた。
一分ほどしてから、やっと解放された頃にはすでに押し倒されていた。長い髪が僕の服の上に降りてきていた。
「今日はしないんじゃなかったの?」
「気が変わったの。真治が今だけだって言う気持ち……、それを永遠にしたいから」
薄い笑みを顔に貼り付け、小町は続ける。
「今から避妊せずにセックスするけどいいよね?」
言葉が続かない。小町の眼は据わっている。多分本気で言ってるんだろう。
でも、ここでいつもみたく引いてはずっと小町の言いなりだ。そう自分に言い聞かせて小町を見上げる。
「駄目だ。そんな事しちゃ」
「なんなら……」
小町は僕を嬉しそうな笑みで見て、屈んで僕の耳元に唇を付けた。。
「ビデオ、撮ろうか?」
一言の囁きに怯んでしまう。それは、僕の弱みだから。気付くと小町の手が僕の腰に伸びていた。
「私、知ってるんだ。真治君が撮られて興奮してるって」
小町の手がジーパンのベルトを揺るめていく。
「カメラのレンズに向かって気持ちいい顔してる真治君はいっつも嬉しそうだよ?それで私の名前を震えた声で呼んでるの。私それで何回もオナニーしちゃった」
ベルト緩めると、今度はチャックを下げ始めた。
「いつもは明るくて、笑顔でいっぱいの真治君が、私にだけ”あれ”を見せてくれてると思うとゾクゾクするの。ああ、私だけの真治なんだって思えて」
もう、学校での清楚なイメージは払拭されていた。目の前にいる彼女はもうそんな可愛らしいモノではなくなっていた。
384ウェハース第九話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/23(木) 19:25:32 ID:aQqOV8y4
それから小町はこう続けた。
「穂波ちゃんにも見せてあげようか?」
「えっ?」
「お兄ちゃんが家で見せない表情、穂波ちゃんどう思うかな?」
絶句する。ここまで、ここまでやるのか。
僕は彼女にビデオを使わせないために今まで慎重にやってきたが、それは無駄だった。小町はいつでも使うつもりだった。僕が少しでも抵抗したら静かに鎌を首に添えて、横に引く。
「大丈夫。言うとおりに大人しくしてたら私が全部やってあげる。全部私の責任。もしもこれで子供が出来ても、真治は悪くない」
諭すように、やさしい物言いで小町は少し状態を起こして瞳の中に僕を収める。
「でも、もしも私を拒絶するんなら……」
鎌が、静かに僕の首に添えられる。
「あなたに、私しか残らないように全部壊す……、徹底的に」
抵抗の余地は無かった。決意は固く、行く手は封じられ、全力の彼女はもはや僕では抑えきれないほどに強大な存在になっていた。
小町は微笑を浮かべて僕に一言尋ねた。
「いいよね?」
頷きもせず、首を横にも振らない僕を見て彼女は了解とでも取ったのだろうか、僕の服を瞬く間に脱がせ、全裸にすると愛撫を始めた。
首筋を薄く舐め、乳輪をなぞる様にして蹂躙すると、僕の腋を上げてそこも嘗め回した。
また変な浮遊感に包まれて僕はぼぅ、と彼女の愛撫を見ているだけ。
彼女は一通り舐めて満足したのか、立ち上がり、机の引き出しの中から半透明のボトルを出す。中に入っている液体は粘性がある。
蓋を開けて、掌に液を出すと彼女は両手でそれを広げる。
「お尻、してあげるね」
何を言ってるのか全く意味が分からなかった。
彼女は僕の上に馬乗りになって、湿らせた指先で僕の尻の穴をなぞった。
「ちょっ!っと!!!」
気付いた時には遅かった。彼女の人差し指が肛門に一気に挿し込まれた。
痺れが頭に一気に逆流して、括約筋が絞められる。
痛みで声が出ない。今はただ食いしばり、目を力いっぱい閉じるだけ。
「絞めすぎだよ、もっと力抜いて」
指先が動くたびに激痛が走った。ウニウニと侵攻を続ける指先が奥の奥まで行ったとき僕はもう気絶するんじゃないかってぐらい痛みを耐えていた。
「奥まで入ったね、すごいよ」
「うっ、うごっ、かさなっい……で」
息も絶え絶えといった感じでようやく言葉が出た。
しかし小町には全く届いていないみたいで、彼女はさらなる進軍を口にした。
「中指、入るかな」
「やめで!!」
もう僕が制止に入る前に中指の頭が入っていた。激痛に耐えるために思い切り握り拳を作る。
「あはは、真治スゴイ顔だよ?」
そういうと中指が一気に奥まで入ってきた。肛門が切れた気がする。
「うーん、狭いな。えい!!」
いきなり肛門が大きく開かれた。鋏を開くように人差し指と中指が開かれたのだ。激痛に思わず悶絶する。
「あがっ!いぎぃ!!」
「これで、真治の処女も貰っちゃったね」
一瞬頭がおかしいんじゃないかと思った。小町は僕が痛がってるのに嬉しそうに喜んでる。それがよく分からなかった。
385ウェハース第九話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/23(木) 19:26:01 ID:aQqOV8y4
見て、彼女の言葉を聞き、首を起こすと彼女の性器が濡れているのが分かった。
「真治の顔見てたら濡れてきちゃった。もう入れてもいいよね?」
涙で視界が濡れる。
小町はゆっくり腰を浮かすと、そのまま僕の性器を自分の性器に挿入した。
いつもより奥に届いている気がする。
やっと痛みの波が安定してきた時、また小町の指先が僕の肛門を触り始めた。
「もう……やめてよ」
「大丈夫。痛いのは今だけ、すぐに慣れるから」
息を荒げながら、彼女は言う。
「すっごく、気持ちいいから。ね?」
僕の返事も聞かず、小町はまた指が入れる。今度は何かを探るように動く指先に妙な不快感を覚える。
「うぐっ!!」
いきなり指先が壁を圧迫した。それと同時に痛みと快感の弱い波が流れる。
「気持ちいいの?」
妖しい笑みを浮かべながら小町は腰を振る。
「イキそうになったら、言って?もっと気持ちよくしてあげるから……」
激しくなるピストン運動。指先の動きは止まったが、ずっと肛門の中にに留まっている。
「あっ、お尻ヒクヒクしてきた。イキそうなの?」
僕は目を力いっぱい閉じる事で射精が近いことを彼女に告げる。
「ほら、じゃあいつも言ってる事、言ってくれる?」
「ぼ、僕は小町さんのことが大好きですぅ!!」
肛門の壁を圧していた力が一気に強くなる。それから射精の感覚が一気に亀頭の先まで駆け巡った。
「ああああああっ!!!」
「うっ、ぐ!!」
いつもよりもスゴイ射精の快感が廻ってきた。括約筋がコレでもかと締まる。
小町さんは僕の射精を全て受け止めたせいか、ぐっと何かを耐えるように腹を守るように身を丸くして震えている。
僕はまたここで自分のした過ちに気が付いた。しかしもう遅い。
一体どこまで遡れば、僕は足を踏み外さなかったのだろう。脅されても、止めるべきだったんだ。
自分の保身ではなく、彼女と彼女のこの先を考えて行動すべきだったんだ。
「あった……かい」
小町がそう言って顔を上げる。
彼女は涙を流しながら微笑み、愛しそうにお腹を撫でている。僕らを繋げている所からは粘性のある白濁の液がドロリと垂れてきていた。
それに目を背けてしまう自分が情けなかった。
それから小町とシャワーを浴びた。僕は一人で浴びたいと小町を先に浴びに行かせてからシャワーを浴びに行ったのだけれど、僕が入ってすぐに小町が再び入ってきたので仕方なく二人で入ったのだ。
浴室で小町は舐め回すように僕の身体を見ていた。どこか美味しそうに、獲物がそこにいる猛禽類のような目で。
体の隅々まで汚されているような、そんな錯覚を覚える。
シャワーを終えて、部屋に戻ると小町と一緒に横になった。酷く眠かったのだ。
僕は家に帰ろうと提案したが、小町が家で少し休めばいいと聞かなかった。
横になるとすぐに眠気が襲ってきた。横で僕に寄り添う彼女がやけに嬉しそうだ。
ぼんやりした頭で、天井を見る。
そういえば……。
そういえばもう夏休みが終わるな。
386のどごし ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/23(木) 19:29:45 ID:aQqOV8y4
投下終了です
短くてごめんなさい
最後に質問なんですが、wikiで読み直したら誤字脱字がひどいですね
あれって僕の方で書き直してもいいんでしょうか?
387名無しさん@ピンキー:2010/09/23(木) 19:38:39 ID:w4qDoZ8P
投下乙。小町さんエロいってレベルじゃねーぞ

wikiの利点は誰でも編集できるってことなんだしガンガンやればいいと思うよ
388名無しさん@ピンキー:2010/09/23(木) 20:33:43 ID:ya6jcLbw
     :.:/:.:.:/:.:.:./:i:.:.:.i:、:.\:.:.:.:.:il:.:.:.:.:.ヽ:.:.:.:.:ヽ:.:ヽ
    /:.:.:/:.:.:./:.:.:./i:.i:.:.:.:i:.:.l:.:.:.ヽ:.:.:.il:.:.:.:.:.:.l:.i:.:.:.:.:.l:.:.:!
   l:.:.:.:/:.:.:./:.:.:/il:.:l:.:.:.:.il:.:.i、:.:.:ヽ:.:.i|:.:.:.:.:.:l!:.l:.:.:.:.:l:.:.:l
   |:.:.:/:.:.:.l:.:.:./ il:.:i!:.:.:.:.il、:lヽ:.:.:.ヽ:.il:.:.:.:.:.:il:.:l:.:.:.:.l:.:.:l
   |:.:.l:.:.:.:.|:.:./  |:.!l:.:.:.:.:ilヾ! ヽ:.:.:.:l:il:.:.:.:..:.ij_:|:.:.:.:.|:.:.l
   l:.:.l:.:.:.:.|:.:/  l:i l:.:.:.i| i! ヽ:.:.:l:i!:.:.:.//´_`ヽ:.:l:.:.!
   |:.:l:.:.:.:.:l:/二ー-i! |:.:.:|ーli 二ヽ:i:i:.:.:// ,'::::::! l:.:l:.:l もしもし
   |:.:il:.:.:.:i:lヽ ト'`l`i  l:.:.| '"´ト'`l`/li:// ,'::::::::i /:.l:.:l K察ですか?
   l:.:!l:.:.:.:lゞ、_`ー' )-‐ヾi(´ `ー',)=l、/ ,':::::::://:.:.l:.:l   基地外がいるんです
   .!:i li:.:.:.l::l ` ̄ l   i!  ̄ ̄〃 i、ヽ:::::::://i:.:.:.l:.:!    
    l:! li:.:.:.l::l     |        /:::ヽ \ヾ!:.:!:.:.:l:.l
   . l! !:.:.:l:i:l    `      ,/-‐、::ヽ V 7:.i:.:.l:.!
    i! |:.:.l:i:::ヽ、   ニニュ  r'-‐‐=、 ヽj  Y:.:.i:.:.l:|
      !:.l:.i:i:.:.:.i\    / ̄\ `    .l:.ヾi:.:l:!
     _,. |:.i:.:i:ii:.:i:l ヽ、  `ニ ̄ヽ      l`ヽ、;j
  ,イ |´  |:.:.:.:i:.ii:.ll    ̄_,. -‐フ 〉      /    `l ヽ、
/ | ヽ、 |:.:.:.:l:.:ii:l|   /,.-ー ノ`!     /i      / / \
   ヽ ヽ、!:.l:.:l:.:ii:ilー// / ,.イ    /:.:l    / /
ヽ 、   ヽ |:.l:.:.l:.ii::l/   / / l    /:.l:l:l -‐ '  /
    ` ヽ、l:.:l:.:.l:i/     /  |    l:.:l::l:l:|-‐ '



389名無しさん@ピンキー:2010/09/23(木) 21:17:39 ID:+MGCKXmR
GJ!
小町が良い味だしてるw
390名無しさん@ピンキー:2010/09/23(木) 22:08:43 ID:fuJwcIXD
 GJ!
 小町さんマジどSすぎる!!
391名無しさん@ピンキー:2010/09/23(木) 23:11:37 ID:cca+Vl+t
GJ!!
小町さんにドキッってきちまった。
あと、途中でやせなきゃっていうくだりがあったけどやせるコトによってモテだしちゃうっていう流れにならないかな。そうすれば小町さんのエスカレートしたドSが拝めるのになぁ…
392名無しさん@ピンキー:2010/09/23(木) 23:33:10 ID:4ZY/5jIs
それにしても主人公ってメンタル強いな。俺なら耐えかねて自殺しかねん。
ナイフで腹切った後に放火とかな。
骨だけになるからヤンデレも愛でられんだろうと予測。
393名無しさん@ピンキー:2010/09/23(木) 23:35:10 ID:GRPkHY4o
>>386

乙です。

今、自分が一番楽しみにしている作品です。

応援しています。
394名無しさん@ピンキー:2010/09/23(木) 23:44:58 ID:NPFzTvVo
なんだかんだいっても
気持ちいいことされたら
我慢できるよ
395名無しさん@ピンキー:2010/09/24(金) 00:20:38 ID:Ws59Zh1e
>>392
どうしてもモノに出来ないからって権力者に斬首してもらって
その首だけ譲り受けたってヤンデレが居たりするからな
396名無しさん@ピンキー:2010/09/24(金) 01:27:14 ID:u8ROOha6
>>386

やっときた!!
ドSな小町さん最高…!!
397名無しさん@ピンキー:2010/09/24(金) 02:36:39 ID:xe8pHZ7j
いいぞ
398名無しさん@ピンキー:2010/09/24(金) 09:43:16 ID:tei97+bX
399名無しさん@ピンキー:2010/09/24(金) 16:40:11 ID:SNvelV12
400名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 00:18:50 ID:K0PUvAQp
投下KONEEEEEE
401名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 00:24:28 ID:WvSW73pp
NTRが駄目だと投下しにくい。
402名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 00:30:49 ID:SPU1waSW
NTRばっちこいな俺は少数派なのか…
403名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 00:32:47 ID:krZ99seS
巣に帰れ
404名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 01:33:23 ID:179uyP/G
あんま好きじゃないが毎回注意書を事前にとNG登録のため名前欄にタイトル書いて投下するなら許す
405名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 02:21:15 ID:yk9RpaM2
そうしないとヤンデレ家族の作者の二の舞だな
406名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 03:40:05 ID:EKqLhO3i
許すとか何様だよ
407名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 03:47:25 ID:jxxpQerl
お子様
408名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 04:58:05 ID:ufdJdDyq
前の時の事考えれば苦手な人多いことくらい分かるじゃない
それでも人前に発表したいなら2chに限らずいくらでも方法あるじゃん
409名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 05:34:03 ID:conwyEBl
NTR書きたいなら専用スレあるんだからそっち行けば良いじゃん
410名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 05:34:42 ID:6a2IrO3g
無駄に騒いでたのは1人だけだと思うけどね
・趣味嗜好に合わない作品は読み飛ばすようにしてください。って>>1にも書いてあるし合わなければスルーすればいいのに
しかし最近向こうもここもこの話題ばっかりで小ネタ的な物がなくて寂しいな
411名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 05:47:23 ID:zO1v85EQ
馬鹿が我慢できずにレス付けるからダメなんですお
>>1が全て何だから>>1よく読め
作者も読み手もな、子供じゃないんだからワガママ言うなよ
412名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 07:27:23 ID:X0dTM2GU
409<kwsk
413名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 07:53:43 ID:dCLn9Eik
すっかり秋になって寒くなってきたな
そろそろヤンデレ娘達が手袋編む時期か
俺のために
414名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 07:55:28 ID:1/UrG4lc
自分の髪の毛で編むんですね分かります
415名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 09:19:09 ID:hH6qO+ld
>>414
自慢の長い髪を切って手袋を編み始めたら、前の長髪好きだったんだけどなとか言われて
失意の中手袋を編み続けるヤンデレ。まで妄想した
416名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 10:35:55 ID:jnrvbBc3
意中の男の髪が薄くなったから、自分の髪でカツラを作ってプレゼントするヤンデレという電波を受信した
417名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 11:19:38 ID:jAnzJA/s
流石に髪の毛だけで編んだ品物じゃ気味悪がられますがな
黒い毛糸を使って中に髪の毛、さらには陰毛を混入するのがいいんじゃないかと
418名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 12:26:15 ID:30ag7DSw
来月のハロウィンで『trick ortreat!』と言いイタズラしてくるヤンデレを想像した
419名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 12:43:36 ID:0w8dOzsP
>>418

そんな作品が前にあった
420名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 13:25:54 ID:MeFCV0lX
trick or!か今読んできた、無事結ばれたようでなにより
日本はどんどん外国の祭りを取り入れていくべきだな
421名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 14:51:57 ID:V0qQ/CqP
イースターとかはアレか、殺された主人公が復活するのか?
422名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 15:37:48 ID:wZ5thdAf
だからなんで殺す殺さないって話になるんだ
ヤンデレ→刃傷沙汰っていう脊髄反射はやめてほしい
423名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 15:53:55 ID:Yj2C9MWg
>>405
ふざけんなヤンデレ家族はこのスレのキングだろうが。お前みたいなただの読者が無礼であろう。
424名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 16:23:14 ID:x2L3CG7f
そういう神格化もキモいけどな
425名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 16:26:07 ID:mUpZsoDZ
どう考えても>>423は荒らしだと思うぞ構うなって
426名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 16:49:34 ID:Ux63Q0QO
もういちいち相手にしなくていい
427名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 17:27:07 ID:Vo0sGcWm
まったくだ
428名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 18:17:20 ID:yk9RpaM2
秋だな
429名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 18:55:50 ID:W/lwNXWV
ハロウィンっていいよね
430名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 19:24:52 ID:/QoJMqeB
431名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 19:51:19 ID:O0Wz7oGa
ウェハース次が待ち遠しいなあ
432名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 20:05:27 ID:X1RoeoNp
触雷の晃のターンはまだか
433名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 20:43:39 ID:sG9ScOo3
ぽけもん黒...
434名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 21:06:08 ID:yk9RpaM2
風雪の加藤レラのヤンデレが見たい
435名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 21:32:35 ID:/QoJMqeB
436名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 22:14:50 ID:Yj2C9MWg
>>435
同じ事を何回も言うなクズ!!
連載中の作品では鮎樫らいむ以外は正直どうでもいいな、俺は。
437名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 23:02:17 ID:hiC2C6MF
>>436
チラシの裏にでも書いてろよクズ
438名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 23:02:42 ID:mf7eMkHH
>>436


なんなのコイツ
439名無しさん@ピンキー:2010/09/25(土) 23:07:12 ID:yeqp+ujE
>>436

           ___   ━┓
         / ―  \  ┏┛
        /  (●)  \ヽ ・
       /      , (●) /
      /     \   /
    /´     ___/
    |        \
    |        |
     |        |
440名無しさん@ピンキー:2010/09/26(日) 00:32:57 ID:3k6q7+CG
これしかできないのかお前は
もっと荒らし方を工夫しろ
441サトリビト・パラレル ◆7mmBvdBzwo :2010/09/26(日) 00:49:51 ID:PNJndRgl
お久しぶりです
サトリビトを書いているものです
パラレル第六話ができましたので投下したいと思います
よろしくお願いします
442サトリビト・パラレル ◆7mmBvdBzwo :2010/09/26(日) 00:50:39 ID:PNJndRgl
「久しぶりだな、慶太」
……あれ?もしかして父さん?
「大きくなったわね」
母さんまで!
目が覚めると目の前に父さんと母さんがいた。
「どうしてここに……いや、そんなことはどうでもいっか」
久しぶりの家族水入らずの時間なのだ。余計なことを考えて台無しにしたくない。
「慶太もやって来たことだし、何か食べにでも行こうか。慶太は何食べたい?」
「お寿司!」
「慶太ったら、相変わらずお寿司が好きなのね」
「だっておいしいんだもん!」
えへへ♪お父さんもお母さんもだ〜好き!
そんなとき、ぼくにいへんがおきた。
「あれ!?なんだかからだがとうめいになっていくよ!?」
「っ!?くそっ!悪魔どもの仕業か!」
「こわいよ!おとうさん、おかあさん!」
「お願い!慶太を奪わないで!」
「いやだよ!ここにいたいよ!たすけておとうさん!」
「手を離すんじゃないぞ!」
「だめ!てがきえていく!」
「慶太!」
「おかあさ〜〜〜〜〜ん!!」
     ・
     ・ 
     ・


「お願いだから目を覚ましてよーーー!!」
切実な声が聞こえる。この声は恭子ちゃんに違いない。
「……恭子ちゃん?」
「っ!?お、お兄ちゃ〜んっっ!!」
僕に飛びついて来た恭子ちゃんは、何があったのか、顔をくしゃくしゃにしながら泣いていた。
「どうしたんだよ?そんなに泣きじゃくって」
「だって……だっで……もう……うわ゛〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!」
何があったのかは知らないが、こんなにも儚げな恭子ちゃんを放っておくことはできない。
僕は優しく抱きしめながら頭をなでた。
恭子ちゃんの髪は、まるで上質の絹糸の様にとてもさわり心地が良い。
「ほら、僕ならここにいるから。どこにも行かないからさ」
「本当!?ずっと私の傍にいてくれる!?」
「あぁ、恭子ちゃんが望むならね」
「っ!!好き!!大好き!!もう絶対に離れたくない!!」
かわいいかわいい我が妹の抱擁だ。肋骨のきしむ音なんて気になんかならない。
「そんなに僕の事が好きかい?」
「好きすぎておかしくなっちゃうくらい好き!!お兄ちゃんの全てを誰にも渡したくないくらい好き!!」
「ふふふ、そう言ってもらえると嬉しいよ」
「お兄ちゃんは!?お兄ちゃんは私の事好き!?」
調子に乗っていたら嫌な質問をされてしまった。その類の質問だけは何よりも避けたかったのに。
「決まってるじゃないか。そんなのだ……大好きだよ。もちろん、陽菜や結衣、姉ちゃんもね」
あ、あれ……?言えた……のか?毒に犯されているはずじゃあ?
さきほどまでは心に思った事を強制的に言わされたはずなのに、今はなぜか死を回避することができた。
なぜに?
これは実験するしかない。
「イルカさんって本当に綺麗だよね。まるでどこぞの絵画から飛び出したような美しさを感じるよ」
「なっ!?ななななななななな!?//////////////」
結果。
い、いやった〜!!死んだ事が功を奏したのか、毒が完全に消えている!!
考察。
イルカさん以外の女の人が恐かったです。もし生き延びる事が出来たら、今後はその辺を注意していきたいです。
443サトリビト・パラレル ◆7mmBvdBzwo :2010/09/26(日) 00:51:35 ID:PNJndRgl
「やっぱりそちは分かるようじゃの。このわらわが命の恩人だと言う事を」
イルカさんが言い間違えたようだ。これは本人のためにも、優しく訂正させてあげないといけないな。
「命の恩人?殺人鬼の間違い―――ぐべぇ!」
「いかにも。わらわの復活の呪文のおかげでそちはこうして蘇ったのじゃ。感謝せぇ」
人のお腹を足でぐりぐりしている人に、何を感謝しろって言うんだ。
「やはり気に入った!この度の大会が終わり次第、そちをわらわの従者に招き入れよう!」
僕の意思とは関係なく、僕の人生が決まっていく。
どうやらあの髭を生やしたイルカさんの従者っぽい人たちの一員になるらしい。
ジェネレーションギャップとか、大丈夫かな?僕、職場で仲間はずれとかにされないかな?
「一つだけ、窺ってもよろしいですか?」
「なんじゃ?言っておくがそちの意思など、わらわの権力をもってすれば皆無な事は承知じゃろうな?」
「あ、それは何となく気が付いていましたけど……陽菜様達の許可を得ない事には……なんとも……」
僕のご主人さま。
望んでなったわけじゃないけど、表向きは違うけど、いつの間にかなっていた僕のご主人さま。
「しょうがないの〜。おい、そこの女人ども。この男は貰っていくが、異存はないよの?」
恐いもの見たさで4人の顔を見てみる。
僕の考えている様な雰囲気はなかった。4人ともビックリするような笑顔だ。ちょっとショックだ。
「「「「…………………………ふざけるのも大概にね?その年で顔がぐちゃぐちゃになるのとか嫌でしょ?」」」」
まるで台本でも読んでるかの様だった。口調にも、タイミングにも、寸分の狂いはない。完璧だ。
「……というわけで、今回のお話はなかった事に―――」
「まぁ、この大会で優勝すればそちたちも諦めがつくじゃろ。なにせそういう決まりごとらしいからのぉ」
なぜその事をイルカさんが知ってるの?それに僕はその事を了承した覚えはないよ?
「そうじゃったな、太郎とやら!」
イルカさんの掛け声とともに、筋肉隆々の人達に連れられた太郎君がやって来た。
あの人たちも僕の同僚になるのかな?なんか嫌だな……
「は、はい!確かにこの大会で優勝した人が早川を一週間好きにできるってレディ達が!」
太郎君は今まで拷問でも受けていたのか、口調がやたらはきはきしていた。
そんな彼に僕ができるアドバイスは一つだけだ。
いくら拷問を受けたからといって、例えそれがどれだけ辛かったからといって、陽菜の気に障る発言をしてはいけない。
もう遅いだろうけど。
「余計な事をいちいちと……太郎君、そんな事より私の頼みごとの方はもう済ませてあるの?」
陽菜の頼みごと?
「い、いえ!それが薬品を探しているうちに捕まってしまって……」
薬品?
「………………そ。分かったわ」
僕は静かに目を閉じた。音の方は完全に遮断できなかったけど、直接映像を見るよりははるかにましだ。
○月×日。僕は一人の仲間を失った。
444サトリビト・パラレル ◆7mmBvdBzwo :2010/09/26(日) 00:52:15 ID:PNJndRgl
「時間の方がだいぶ押してきているので、第2ステージの方へ参りたいと思います」
陽菜や恭子ちゃんの番が回ってこなかった。
ぶっちゃけ、岡田やイルカさんたちよりも聞きたかったのに。
「第2ステージは小悪魔対決!やはりかわいい女の子と言えば、この要素は必須ですよね?」
たしかに小悪魔さはいいかもしれない。姉ちゃんにちょっとした意地悪とか…………されてみたいな。
なによりこれを機に、魔王様も小悪魔程度にレベルダウンとかしてくれないかな?
「ルールは簡単。まず様々な性格を記した紙が入っているこの箱から、それぞれ一枚引いてもらいます。そしてそこに書いてある役を演じていただき、より演技力、可愛らしさをアピールできた方を慶太君に選んでいただきます。じゃあ陽菜ちゃん、どうぞ!」
「なんで僕限定何だよ!演技だけならまだしも、可愛らしさを含んだ順位付けなんてできるわけないだろ!」
僕の叫び声は会場全体に響くものだったが、陽菜はまるで聞こえなかったかのように箱に手を入れ始めた。
……まぁ、わかってたけどね。
「さ〜陽菜ちゃんの引いたカードは……な、なんと!!」
カードに書いてある言葉を見た瞬間、司会者の顔が妙に青白くなった。そんな顔をされるとすごく不安になるじゃないか。
「ふ〜ん、私はこれになりきればいいのね?」
なんだ?ま、まさか『奥さん』とか書いてあったんじゃ……い、いやそれはそれで嬉しいはずだ!
「それでは陽菜ちゃんに演じてもらう女の子はこちらです!!」

 
   [ツンデレ]


「ちょ、ちょっと勘違いしないでよね!別にあんたのために今まで眼羅巳を撃ったんじゃないんだからね!」
陽菜は何か誤解している。
ツンデレって言うのは、ツンの中にもデレがある人を指す言葉のはず。眼羅巳を撃つことのどこにデレがある―――いや、そう考えるのはよそう。
きっと陽菜だって良くも分らずに、嫌々こんなことを言ってるんだ。
そんな彼女に僕ができる事は、ちゃんと相手役を努める事だよな。
「そ、それにどうして他の女の子ばっかり見るのよ!」
え〜と、ツンデレ相手の男って、確か朴念仁を演じればいいんだから、
「お前には関係ないだろ?何怒ってんだよ?」
これでいいのかな?
「ふ〜ん……私には関係ないのか……そっかそっか……」
「ちょ、ちょっと陽菜!?何だか今の雰囲気と発言は全然ツンデレらしくなかったよ!めちゃめちゃ素が出てたよ!」
危なかった。危うく陽菜の得点と僕の命が消えるところだった。
「あ、そっか」
あ、そっかって……
「か、関係ないけど!ない……けど……」
「ないけど何?」
「……嫌……だから……」
陽菜は今まで見たことないくらいに弱気になっていた(演技だけど)。
こうしてみると、本当に女の子だって実感する。僕が大好きだった女の子だって実感する(演技だけど)。
「……ごめんな?もう、陽菜以外の女の子なんて見ないよ」
「!ご、誤解しないでよ!私はあんたに特別な思いなんか、こ……これっぽっちも……」
「分かってるよ。ただの俺の片想いだって。それでも俺は陽菜に誤解なんてされたくないからさ」
「……慶太」
何やらいい雰囲気になっってしまった。
こんな陽菜だったらマジで付き合いたい。そう思えるくらい、本当にかわいい。
だけど僕は勢い余って告白なんて絶対にしない。
例えこれが演技だと知らなかったとしても、そんなことはしない。
だって陽菜は隠しきれていなかったのだ。無性にギラついている眼を。まるでこれから僕を捕食しにかかっているような獰猛な眼を。
やっぱり陽菜は大魔王だった。
445サトリビト・パラレル ◆7mmBvdBzwo :2010/09/26(日) 00:53:53 ID:PNJndRgl
「まるで最後はホラー映画のようでしたね!」
殺す。あの司会者、絶対に殺す。
「次は恭子ちゃんの番です!ではカードを引いて下さい!」
恭子ちゃんが例のボックスに手を入れた。
恭子ちゃんのツンデレとかだったら、かわいかっただけで済んだんだろうな……
「これにします!」
「ありがとうございます!さて、恭子ちゃんの引いたカードは……こ、これは!?」


 [甘えん坊(依存)]



「んふぅ〜お兄ちゃん大好きぃ♡」
「そ、そっか。あ、ありがとね……」
恭子ちゃんの引いたカードは、まさしく恭子ちゃんにぴったりのカードだった。素がでまくりだ。
「で、でも、もうちょっと離れてくれた方が、お兄ちゃんとしては嬉しいかな……?」
「いやですぅ〜♡お兄ちゃんとはぜ〜ったいに離れないもん!」
二人の間を接着剤でも塗ってあるかのように、恭子ちゃんは僕に抱きついていた。
正直嫌ではない。というかめちゃめちゃ嬉しい。
こんなかわいい子が全身を使って僕に愛情表現をしているのだ。男冥利につきる。
でもこのままいくと『アレ』だから、早く止めないと。
「そ、そろそろ本気で離れてくれないかな?」
「………………………………………………………………そんなに嫌ですか?」
目を潤ませて見上げてくる恭子ちゃん。
え?なにこの目?まさか魔法?
「私はお兄ちゃんとこんなにもくっついていたいのに……お兄ちゃんは嫌なんですか……?」
だめだよ恭子ちゃん。その魔法は僕に効果抜群だから使っちゃだめだよ。
「嫌だぁ!お兄ちゃんと離れたくない!ずっとこのままでいさせてよぉ!」
僕は魔法を無効化する呪文も装備も持ち合わせていなかった。
「……僕だって恭子ちゃんとずっとこのままでいたいよ」
自分の愚かさに気づかされる。
かわいい妹のお願いを無視して、僕は自分の命の心配をしてしまった。
なんて最低な野郎なんだろう。どっちが大切かなんて、考えなくても分かるじゃないか。
「本当!?」
「あぁ僕だって恭子ちゃんとこうして抱き合っていたい。もう誰にも渡したくない」
全身が痒くなるようなセリフを淡々と話す。今の僕には一点の迷いもなかった。
「一生こうしていよっか?」
「うんっっ!!絶対だよ!?このまま一緒にいるんだよ!?」
「分かってるよ」
そうだ。このまま恭子ちゃんと一生抱き合っていよう。
どうせ僕の一生は間もなく終わるのだからな。
いや、一回死んだから二生かな?
446サトリビト・パラレル ◆7mmBvdBzwo :2010/09/26(日) 00:54:37 ID:PNJndRgl
「さすが勇者!何度でも蘇ってきますね!」
「……毎回毎回イルカさん、ありがとうございます。そして司会者、死ね。マジ死ね」
「次は早川結衣ちゃんです!私の一番のお気に入りの結衣ちゃんの引いたカードは……」


[クーデレ]



「……好き」
こいつはこいつで、随分と短絡的な事を言いやがるな。それだけじゃ全然クールでもなんでもないぞ。
「……好き」
…………
「……好き」
「分かったよ!ありがとう!結衣さんにそう言ってもらえて僕は幸せな人間だな!」
もはやただの恐い人になっている。
目の前で好きしか言わない子に、僕は一体どうすればいいっていうんだ。
「慶太は……私の事……好き?」
マジかよ。またこの手の質問かよ。
もしここで『好き』と答えたら、またイルカさんにお世話になる気がする。イルカさんの機嫌と残りMP次第だが。
もしここで『嫌い』と答えたら、またイルカさんにお世話になる気がする。イルカさんの機嫌と残りMP次第だが。
どっちも同じ結末か……
「そうだな。これから好きになるかもしれないな」
男として最低の答えをしてしまった。まるで本命はいるけど、一応キープしとくかみたいな。
「どうすれば……私の事……好きになって……くれる?」
ってか全然クールじゃなくね?しゃべり方はどことなく冷たいけど、クールの割にはしゃべりすぎじゃね?
「……答えて」
―――グッ―――
「答える!答えるから!頸動脈を締めるのはやめて!」
なんて恐ろしい子なんだ。陽菜は二人もいらないよ。
「え〜と……僕の好きなタイプは優しくて、暴力なんか絶対に使わない子だから、そんな風になってくれると好きになるかも」
こう言えば、少なくとも岡田、あわよくば恭子ちゃんまでが僕に対して攻撃しなくなるだろう。
はっきり言って、今までものすごく痛かったんだから!
「……じゃあ慶太に優しくしたら……恋人になってくれる?」
「……え?」
「もう二度と……慶太に呪文を使わなかったら……私と付き合ってくれる?」
「そ、それは……」
あ、ああん!
447サトリビト・パラレル ◆7mmBvdBzwo :2010/09/26(日) 00:55:11 ID:PNJndRgl
「祥子さんは何のカードを引くのかな……?」
優しいお姉さんとかだったらいいな―――って、あの悪魔どもの考えたカードだ。そんな当たりカードは入っていないだろう。
「……?あの、すいません。このカードに書かれている言葉の意味は何ですか?」
どうやら姉ちゃんは難しいカードを引いたようだ。
「あ!これは当たりを引きましたね!」
司会者が嬉しそうに姉ちゃんに意味を説明している。
なんとなく、この場を抜け出したくなった。



 [ヤンデレ]



「ウフフフフフフフフフフフフ。慶太君はとってもかわいいですね♪」
姉ちゃんの手が僕の頬を撫でる。
「でもだからと言って、言い寄ってくる他のメス豚どもと仲良くすることはないんですよ?」
これは演技だ。皆同様、姉ちゃんだって仕方なくこんな事を言ってるんだ。決して本心じゃないはずだ。
「慶太君はお姉ちゃんだけを見ていればいいんですよ。ほら、お姉ちゃん大好きって言ってごらん?」
「え?で、でも、それを言ったら陽菜達が―――」
バチーーーーーーーン!!
久しぶりに味わったものすごい衝撃。歯が数本折れた。
「陽菜?慶太君の口にしていい女の名前は『し・ょ・う・こ』だけですよ?分かってますよね?」
「は、はひ!」
「じゃあもう一度」
「お姉はん大ふき!」
「よくできました♪いいですか?これから慶太君の口にしていい言葉は、『お姉ちゃん』『祥子』『大好き』『はい』の4つだけです。」
「……はひ」
落ちつけ自分。もう少し……もう少しで姉ちゃんの持ち時間がなくなるんだ。そうすればきっと、あの優しかった姉ちゃんに戻るはずだ。
「ところで慶太君は陽菜ちゃんの事が大嫌いよね?」
「…………」
お姉ちゃん、祥子、大好き、はい。この4つの単語だけでこの質問に答えるのは無理です。
「どうしたの?早く答えて?身の毛もよだつほど嫌悪してるんでしょ?」
え……えっと……
「……………………」
陽菜の視線を感じながら、僕は何て答えればいいんだ?
「お姉ちゃん大好き!」
「フフフ、ありがとう♪でもお姉ちゃんの質問にはちゃんと答えてね?それで陽菜ちゃんは―――」
「お姉ちゃん大好き!お姉ちゃん大好き!お姉ちゃん大好き!」
とりあえず、こうやってごまかすしかない。
「ふ〜ん……それが慶太の答えなんだぁ……へ〜……」
陽菜が攻撃態勢に入った。
ち、ちくしょう!結局やられちゃうのね!
448サトリビト・パラレル ◆7mmBvdBzwo :2010/09/26(日) 00:55:56 ID:PNJndRgl
「ふむ!最後はわらわじゃな!」
もうこの際、何が来たって構いはしない。僕にはもう失うものは何もないのだから。
いや……一つだけあった。
あの純粋な恭子ちゃんだけは心の綺麗な女性に育ってほしい。
それだけが最後の望みだ。
「イルカ姫に引いてもらったカードはこちら!」


  [キモウト]



「……キモウト?なんじゃそれは?」
僕にも分からん。どことなく妹にニアンスが似てないでもないが。
「まぁ簡単に説明いたしますと、ヤンデレの妹バージョンです」
司会者の説明に笑いがこみ上げてきた。
「アッハハハハハハハハハハハハ!!」
マジ……かよ……
「ふ〜ん、なるほどの〜」
イルカさんが何か決意を決めたかのような表情で僕に近付いてくる。
「なんですか?」
「ぁ……愛しておる……ぞ……兄上どの///」
それだけじゃないんだろ?キモウトというからには、その続きがあるんだろ?
「だ、だから……わ、わらわを愛してはくれぬか……?」
イルカさんの発言は僕の予想と真逆のものだった。
そんな彼女をちょっとだけかわいいと思ってしまった。
「兄上どの……」
僕は妹フェチなのかもしれない。
恭子ちゃんもそうだが、僕を兄と慕ってくる女の子がとても愛くるしく見える。
気がつくとイルカさんの腰に手を回していた。
「あああああ兄上殿ぉ!?」
「かわいいよ、イルカさん」
顔を真っ赤にして悶えている彼女がたまらなく愛しい。
このまま本当の妹にしてしまおうか?
そんな事を考えていたとき、僕の第6感が警告を鳴らした。
何か危険が迫ってくる。そんな警告だ。
しかし辺りを見渡しても、これと言って変わった事はない。陽菜達がブラックスマイルになっているのだっていつもの事だ。
じゃあこのいいようもない不安はなんだ?
僕の不安は数秒後に現実のものとなった。
449サトリビト・パラレル ◆7mmBvdBzwo :2010/09/26(日) 00:57:07 ID:PNJndRgl
「ふざけんなっっ!!」
そんな声とともに、抱きしめていたイルカさんの姿が忽然と消えた。
その後ものすごい衝撃音が聞こえ、その方向に目をやると壁に吹き飛ばされたイルカさんの姿があった。
誰かがイルカさんを音速で吹き飛ばしたのだ。
それを成し遂げたのは、なんとあの天使の恭子ちゃん。
「お兄ちゃんの妹は私だけだ!おまえなんかが気安く兄と呼んでいいはずがないだろっっ!!」
イルカさんの従者数人に押さえつけられているにも拘らず、それでも恭子ちゃんは前に進んでいた。
まるで猛獣だ。まったく止められる気がしない。
対するイルカさんは足をふらつかせながらも、立ち上がる事ができたようだ。この世界の女性は不死身なの?
「な、何をするのじゃ!今はそなたの出番ではないではないか!」
「黙れ!お兄ちゃんに気安くしゃべりかけるんじゃないっっ!!」
二人の間に火花が散っている。
イルカさんはともかく、恭子ちゃんがこんなに怒っているのを見たのは初めてだ。
「そんないきり立ちおって一体……そうか。さてはそなた、わらわに兄上殿が取られると思い、不安を感じているのじゃな?」
サトリがほぼ皆無になった僕でもわかる。これは火に油を注いだ発言だ。
「なっ……!なんでお前ごときに私が不安になるって言うのよ!!お兄ちゃんの妹は私だけなのに!!」
「しょうがないではないか。そなたとわらわでは、そもそも顔の良さが大きく異なるからな。だからきっと兄上殿も、わらわを妹としたいのじゃろうて」
「お兄ちゃんがお前みたいなブスを気にいるわけない!お兄ちゃんが好きなのは私だけなんだから!」
二人にはいつ殺し合いが始まってもおかしくないくらいの雰囲気があった。
今までイルカさんと恭子ちゃんはいろんな意味でいい友達になれると思っていたのに……
「まぁ、でも実妹はそなたじゃからな。言いたい事も分かる」
イルカさんはそう言って口元の血を拭った。
どうやら僕の恐れていた事は避けることができたらしく、年配であるイルカさんの方が折れたようだ。
戦争にならなくて良かった。
「しかしの?それ故にわらわとこやつは夫婦になる事が出来る。そ・な・たでは無理じゃがのぉ?」
「!」
「せいぜいわらわと兄上が婚姻の儀を取り行うまでは、優しくしてもらうんじゃぞ?あっははははははははは!」
―――ブチッ!―――
なにかを噛み切ったような音が聞こえてきた。
「………………す」
恭子ちゃんは口から大量の血を流しながら何か呟いている。さっきのは唇を噛み千切った音だった。
「……殺す……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すっっ!!」
口から流れている血が、もう大変な事になっている。バイオハザードに出てくるゾンビみたいだ。
「お願い陽菜!そんなあからさまに嬉しそうな顔をしてないで、二人を止めてよ!」
「え〜……じゃあ止めたら何してくれる?」
「何でもするから頼むよ!」
「じゃあ、この大会の優勝者を私にしてくれる?特別審査員特権で」
「僕にそんな権限があるはずもないけど、僕は陽菜に票を入れるからお願いします!」
「その言葉忘れないでね♪」
陽菜はそう言うと、お互いに髪を毟り合っている二人に向かって手の平を向けた。

 「挫羅鬼遺魔」

陽菜の呪文のおかげか、二人はピタッと動かなくなった。
450サトリビト・パラレル ◆7mmBvdBzwo :2010/09/26(日) 00:58:36 ID:PNJndRgl
「それではいよいよ今大会の優勝者を決めたいと思います!!」
このまま審査を続けると色々とマズイと判断したのか、コンテストは強制的に終幕の方向に向かわれた。
「期待しててね!」
陽菜は眩しい笑顔を僕に振りまいて、その手はガッツポーズの形になっている。
「慶太……優勝……したら……約束……守ってね……」
もう審査は終わったんだから、そのキャラは解除してよ。
「フフフ……慶太君はモテモテですね……フフフ」
……あの『ヤンデレ』とかいうキャラを演じてから、姉ちゃんの目が黒く濁っているように見えるのは気のせいなのだろうか?
三人は僕を囲むように、自分の名前が呼ばれるのを今か今かと待ち続けていた。
いつもならもう1人、この会話に加わってくる人物がいる。
だがその子は陽菜の呪文によって眠りについていた。
恭子ちゃんとイルカさんはあれから一度も目を覚ますことはなかったが、陽菜曰く「ちょっと強めの眠りの呪文だから!」との事なので心配する事はないだろう。
「さぁ、それでは発表したいと思います!!……ちなみに今回の優勝者は慶太君の独断と偏見だけで決定しましたのであしからず」
最後までこの司会者は僕の敵だった。
まぁいいさ。陽菜が優勝だから、とりあえず陽菜からの拷問は受けずに済むだろう。それだけで十分さ。
「栄えある慶太君が選んだ優勝者は―――」


「イルカ姫ですっっ!!」


「「「「………………………………………………………………………え?」」」」
あ、あれ?言い間違えたのかな?確かに僕は陽菜に票を入れたのに―――
「慶太……どういう事?」
「ち、違います!僕は確かに陽菜様に票を入れさせていただきました!これはきっと何かの間違いです!!」
岡田も姉ちゃんもかなり危険な雰囲気になっているが、それ以上に陽菜がやばい。
「私に票を入れるって言ってたよね?それなのになんであのクソガキが優勝なの?」
まままままままずい!
こんな時に限って太郎君は違う世界に旅立っている。もう僕に残された手はない。もう誰も陽菜を止める事はできない。
したくもない覚悟を決めさせられようとした時、ある人物から救いの手が差し伸べられた。
「気持ちは分からんでもないが、そのくらいにしてもらおうかのう。その男はこの瞬間をもって、わらわの物になったのじゃ。人の物に手をだすものではないぞ?」
場の空気をかき切るように、その声は凛と通った。
全員がその方向に目を向ける。
そこには眠っていたはずのイルカ姫が不敵な笑みをうか出て立っていた。その横には目と口をぽかんとあけたままの恭子ちゃんの姿も。
「慶太、早くこちらへ来んか」
流されるがままに生きてきた僕は、とりあえずイルカさんの指示に従った。
「素直でよろし。そんなそちにとっておきのプレゼントを与えようぞ」
そう言ってイルカさんは指を一回パチッと鳴らすと、従者の一人が30p四方の箱を抱えて現れた。
どうやら僕はこれを受け取るようだ。
「!?慶太君逃げてぇ!その中には呪いのアイテムが入っているわよ!」
突然叫んだ姉ちゃんに、今まで動きを止めていた女性陣が一気に駆け寄って来た。
「フン!もう遅いわ!」
だが一足早く、イルカさんが箱を開け、中に入っていたものを僕の首に巻きつけてきた。
「い、いでっでででっでででででででで!!!な、何だよこれ!!」
首に耐えがたい激痛が走る。そこには棘のついた首輪が巻きつけられていた。
「そ、そんな……慶太君に何て事を……!」
「何を言う。こやつはわらわの下僕となったのじゃ。下僕にきちんと誰が主人かを分からせてあげるのが、わらわの務めじゃ」
「あ、あの……この首輪は一体……?」
「安心せい。その首輪はただの―――」
イルカさんは一呼吸置いて、まるで母親が子供に見せるような穏やかな表情でこう言った。

「『服従の首輪』じゃ」
451サトリビト・パラレル ◆7mmBvdBzwo :2010/09/26(日) 00:59:47 ID:PNJndRgl
以上投下終了です
読んでくださった方、ありがとうございました
452名無しさん@ピンキー:2010/09/26(日) 01:05:19 ID:8iAgSluu
GJ!
しかし、俺は本編の方が気になってしょうがない
453名無しさん@ピンキー:2010/09/26(日) 02:14:41 ID:VJzMpKSP
GJ!!
かれこれ一か月ぶりか!?すっかり投稿無くなったから不安だったぜ!!
454名無しさん@ピンキー:2010/09/26(日) 02:51:26 ID:u3KwW26N
GJ!

もうこないかと心配してましたよ
とりあえず無事で安心しました
パラレルも本編ものんびりお待ちしてます
455名無しさん@ピンキー:2010/09/26(日) 15:09:50 ID:UFaq2KkP
荒れそうな雰囲気のところサトリビトに救われたぜ

次は是非太郎くんメインの外伝「ネトリビト」を
456名無しさん@ピンキー:2010/09/26(日) 16:17:52 ID:hDg5JVac
折角荒れそうな雰囲気になってたのにサトリビト空気嫁
というわけで流れを戻すべく爆弾を設置してみる

と申しております
457名無しさん@ピンキー:2010/09/26(日) 16:55:14 ID:VJzMpKSP
ヤンデレ家族効果がここまでとはな…ネトラレサイトへ永久追放された作者の怨念は恐ろしいな
458名無しさん@ピンキー:2010/09/26(日) 17:27:30 ID:yYyAJ5sv
459名無しさん@ピンキー:2010/09/26(日) 18:14:31 ID:h1zpHj5d
GJ 続き期待してますがんばってください!!
460名無しさん@ピンキー:2010/09/26(日) 18:39:14 ID:+YsEnYuq
>>451
なんか凶悪な効果のありそうなアイテム。
本編ともども続きが気になりますね、GJ
461名無しさん@ピンキー:2010/09/26(日) 18:40:16 ID:92XRr0nA
久しぶりに来たが、毎回荒らしに律儀に反応する優しいスレなんだな
462のどごし ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/26(日) 19:00:41 ID:TClGu358
>>422
禿同
埋められる前に投稿行きます
463ウェハース第十話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/26(日) 19:01:55 ID:TClGu358
携帯のデジタル表記で九月一日の午前三時。大学生未満の学生なら確実に憂鬱な気分になるであろう今日、僕はこの前から続く憂鬱を作る原因に頭を悩ませていた。
暗い、光といえば月光ぐらいの自室のベッドの上で夏休みの内にあった事を思い出す。
あれから暇があれば僕か彼女の家にいた。それは彼女があれからずっと僕と一緒にいたという意味で。
彼女は家に帰り、眠り、朝食を済ませるとすぐに僕の家に電話を掛けてきた。携帯では確実性に欠けると判断したんだろう。
あれからたまにセックスはするけど、どれも僕は気が進まなかった。四日前なんかは外でやった。
映画を見に行った際に、小町が急にトイレに行きたいと言い出した。やたらと付いて来て欲しいとねだる小町に妙な疑問が浮かんだが、最近の小町の様子から考えて、今に始まった事ではないと思い僕は一緒にトイレに行く事にした。
男子便所に入ると、小町も一緒に入ってきて、そのまま一緒に個室に詰め込まれた。
彼女は最初からヤル気満々でトイレに誘ったのだ。
個室に入ると自ら乱暴に衣服を脱ぎ捨て、小町は僕を誘った。
僕はこんな所ではイヤだ、と言ったのだけれど、小町はもうに臨戦体制に入っていて、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。
『ここで大声出したら、誰も真治の言う事信じないよ?』
乱暴に衣服を脱ぎ捨てたのはそういうシチュエーションを作るためか。と感心してしまった。
その後僕はゴムを二回変えるまで彼女とヤり、放心状態で途中からの映画を見ていた。
もう僕は小町の事がよく分からなくなっていた。その中でも一番分からない事は、小町が僕の子を生む覚悟を決めた事だ。
彼女は思慮深い。それだけは確かだ。先のことなんか全然分かっていない僕よりもはるかに優れた視力の持ち主である事は付き合っている僕が一番良く知っている。
その小町があんな安い言葉に乗り、その場で自分の将来に関わる重大な決断をその場で安易に下したのが信じられない。
僕も状況に飲まれていたとは言え、小町は幾分冷静だったはずだ。
彼女は学校が始まってから一週間後に検査薬で確かめてみると言っていたけど、もしそれで反応が陽性であれば、それからどうするつもりなのだろう?
きっと彼女はその子供を出産するだろう。どれだけ反対してもそれを押し切って。
僕はその時どうなるのだろう?ここまで来てやっと自分の事に気が付いた。それに笑ってしまう。
彼女のその後についてばかり気がいってしまっていた。
僕はその場合、一人の人間の父親になる。
そうなったら、僕は家族からも白い目で見られるようになるのだろう。
『全部私の責任。もしもこれで子供が出来ても、真治は悪くない』
そんなわけが無い。僕が彼女の膣内に射精したという現実は誰が悪いとか、誰の責任だとか、そういう問題じゃないからだ。
放っておけば、そうなる事を知っていた。後は結果だけが残る。
受精し、妊娠する。僕と彼女の遺伝子を受け取った新しい命が出来るだけ。
素晴らしい事でも、奇跡でもなんでもない。
その命の誕生に喜ぶのはきっと彼女だけだろう。彼女の父親や母親は覚悟決めたとか、もうしょうがないとか、親らしい立派な言葉を彼女に掛けるのだろうけどきっと心の内では小町を呪うだろう。
彼らがあんな所に家を建てたのは彼女と自分達の幸せのためであり、彼女が子供作りのセックスに励むためではない。
子供は彼女の両親から快くは思われないだろう。
可愛くて、手塩にかけてきた自慢の娘が、学校では落ちこぼれのだらしなく自己管理も出来ない男に引っ掛けられ、結果として子供を作る。
親が親ならおろせ、と言うかもしれない。
僕はその時どれだけの人から、非難を浴びるのだろう。
両親、小町の両親、学校の皆、相手方の親戚、穂波の保育園の保母さん、……。
数えだしたらキリが無いぐらいの人達に聞いたことも無い非難を浴びるのだろう。
だって相手は自分より小柄で、体重もかなり差がある女性。抵抗できたならするべきだ。そういう付け入る隙も無い正論で僕の言い訳は論破され、非難されるのだろう。
そうだ、もう何もかも遅いんだ。
464ウェハース第十話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/26(日) 19:02:41 ID:TClGu358
九月に入ってもすぐに涼しくなるというわけではなく、緩やかに涼しくなっていくのが日本の気候だ。
四季があるのは珍しいのかも知れないけれど、猛暑とか寒波とかは勘弁願いたい。
僕は暑いのも寒いのも嫌いだ。極端な意見は人の判断を鈍らせるし、話を聞こうともしなくなる。なにより面白くない。
あれから眠れなくてシャワーを浴びてからケーブルテレビで映画を見た。
映画は『カッコーの巣の上で』。僕はこの映画を見たのは三回目だった。結構好きな映画で、自分で借りてきて見ていたのを思い出す。
ジャック・ニコルソンは僕のお気に入りの俳優だ。
しばらくして母さんと穂波が起きてきた。穂波は上機嫌ではしゃいでいる。小町が来ると昨日言っておいたからだろう。
時折「小町ちゃんまだかなぁ」と僕に確認してきたから間違いない。
今の僕の気持ちとは正反対だなと少し苦笑いをしてしまう。
「あんた」
母さんがコーヒーを置いて、それを機に話しかけてきた。
「あの子にいい加減な事するんじゃないよ」
「ん。分かってる」
いい加減な事とは避妊具をせずに性交渉したり、性交渉の一部始終をフィルムに収める事だろうか?
それならもう後の祭りだな。ここまで来ると他人事に思えてくる。
コーヒーを半分ほど飲んでから、ラップで口を塞ぎ、冷蔵庫に入れた。歯を磨きに洗面所に行くとインターホンが鳴った。
「ほなみが出る!!」
穂波はそう言って飛び出した。多分小町だろう。
時計を見ると約束の時間よりも十分早かった。歯を磨いて、ついでに顔も洗う。
鏡越しに見る自分の顔はいつもより老けて見えた。
「珍しく早起きしてると思ったら」
母さんが邪まな笑みを浮かべて僕を茶化す。
うるせえ、と言い捨てて足だけでスニーカーを履いて玄関を出た。
穂波と小町さんが夏休み前と同じように談笑している。穂波は小町とは夏休みの間にも遊んでいたからもしかしたら夏休み前より楽しい談笑なのかもしれない。
「おはよう、真治」
「おはよう」
出てきた僕に微笑みかける小町さんが少し不気味だった。
「それじゃあね、ほなちゃん」
穂波に見送られ、家を出るとすぐに小町が腕を組んできた。心なしかいつもより密着している気がする。セーラー服に僕の腕を押し付けているせいか、胸の形が少し変わっている。
「今日のお昼ご飯何にする?」
始業式と言うのは大抵昼前には終わる。翌日、もしくは来週から始まる新学期に備えて英気を養っておけよと言わんばかりの処置だ。
小町はそれを知っていて、今日の昼ご飯について僕に尋ねてきた。そういえば最近は一人で昼ご飯を食べた記憶が無いな。
「あのさ……、小町」
嬉しそうな小町に僕は今朝来たメールの内容をそのまま伝える。
「武藤君の退院祝いに行くの?」
しゅんと眉の端を下がり、腕を組んでいた力が少し弱まる。
「うん。夏休みのうちに誘われてたんだけど、平沢と僕の予定が合わなかったから……」
僕が言い終えると、小町は僕の表情を下から覗き込んできた。疑われているのだろうか?
そんな事を思いつつ、僕も彼女の顔を見る。
今日は髪を後ろで束ねていて、すっきりした感じに収まっている。
美人はどんな髪型も綺麗だなぁ、なんて呑気に思っていると小町は薄く微笑んでまた組んでいた腕に力を戻した。
「分かった、今日は我慢する」
時々、今でも彼女が狂おしいほどに僕を愛しているのが冗談だと思えてくる。出来すぎた人だけど、それが出来無すぎの僕にとっては重い。
ふと、彼女のお腹に視線が行く。
なぁ、そこに誰かいるのか?
465ウェハース第十話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/26(日) 19:03:48 ID:TClGu358
学校の始業式は円滑に進められた。
夏休み明けでまだ浮ついている生徒は教師に怒られたりしていたが、この炎天下の体育館の中に誰もずっと居たいわけも無く、校長も自慢の演説もナリを潜め、ものの三十分ほどで始業式は終了した。
「おい、神谷」
体育館用の靴を履き替えていると、平沢と武藤がニヤニヤとイヤラシイ笑顔を貼り付けてやってきた。
「男になったんだな、おめでとう」
平沢が肩を殴ってきた。何で分かるんだろう?
「何がだよ?」
「とぼけんじゃねえ、あの以前よりも増した女性の色気。間違いないだろ」
平沢はうんうんと頷きながら言う。何が間違いないんだろう。
「まあ、やったのは確かだけど……」
「ほらみろ!」
「すげえな、あの”可憐のマツコ”を落とすなんて」
武藤はなんだか感動しているみたいだった。
誰も小町の本当の顔を知らない。それが少し怖かった。高圧的で自分の行動に疑いを持たず、良心の呵責も存在しない。
「三組の高田夏休み明けに告るって言ってたけど、どうすんのかな?」
「知るかよ。ってか彼氏持ちの女に告る奴って大概性格悪いんだよな」
ふと教室、教室の角を見ると小町がこっちを見ていた。
僕は少し迷ってから、手を振った。小町はそれに笑顔で答える。
それから武藤と平沢に殴られたのは言うまでもない。

※※※

大腿骨と言うのを知っているだろうか?
股から膝までの間にある骨で結構な太さと、長さの骨だ。人体の中では結構な太さと頑丈さのある骨で、強靭な骨である事が知られている。
武藤が折ったのはその骨で、見事なほどに綺麗に折れていたらしい。
そのおかげで骨の接合も早く済み、退院も早く出来たらしい。
退院祝いの席で武藤の入院した病院にいた一人の看護師とのやり取りについて話を聞いた。
入院から二日目、ボルトを入れる手術からの全身麻酔が切れ、武藤はやっと現実の世界に帰ってきた。
しかし全身麻酔から目覚めるとメラトニンの分泌がよく働かない事があり、目覚めたその日はよく眠れないらしい。
武藤が目覚めたのは午後七時頃で親と少し話すとすぐに面会時間が終わり、いつもより早めの就寝をすることになったらしい。
しかしよく眠れず、かといって寝返りも打てず、三時ごろまで真っ暗な病室の天井を見ていると沸々と尿意がこみ上げてきた。
しかし術後で上手く体も動けず、武藤は渋々ナースコールのボタンを押した。
十分ほどで若い看護師が来た。茶髪交じりの黒髪で童顔の白衣がよく似合う看護師だったらしい。
彼女に尿意の事を告げると看護師はベッドに設置されていたカルテをペンライトだけで読み、武藤の病状を調べた。
看護師はニコリと笑うと、一度病室を出てからある物を持ってすぐに帰ってきた。
看護師が持ってきた物とは、尿瓶である。
武藤はエロDVDなので得た拙い知識でそれが何なのかを瞬時に理解すると、唾を呑んだ。
『ま、まさか!!高校生なら全員憧れる手取り足取りの白衣の天使の手コキが見れるのか!!』と思い一人興奮したらしい。
しかも看護師の手際が悪く、ズボンを脱がす時妙にその時の脱がし方がエロかったらしい。
武藤はまな板の上の鯉よろしく、もう完全に相手に任せていたらしい。
そして尿瓶にナニを挿入する際瓶の口が彼のナニに少しかすめ、彼のナニは病の床に伏せているというのに空気も読まず見事な勃起をかましてしまったらしい。
不幸な事は重なるもので、尿瓶の口は小さく三日ぶりにフルパワーを発揮してしまった武藤のナニは尿瓶の口を塞ぎ、さらに膨張し口から溢れ出ようと必死に大きくなっていった。
尿瓶の口から外せなくなり、今度は看護師が院内関係者にだけ渡されているPHSで外科にナースコールをするハメになったらしい。
外科医が来るまでの間、武藤は看護師からすっと励まされていたらしい。
「大丈夫です!皮は切らなくて済みそうです!!」
僕らはそれを聞いてファミレスで爆笑してしまった。
466ウェハース第十話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/26(日) 19:04:39 ID:TClGu358
武藤の話に大爆笑した後、平沢が僕に尋ねてきた。
「お前、藤松とのセックスはどうだったんだよ?」
僕は曖昧な笑顔を浮かべて、「まぁ、よかったよ」と言うだけだった。
「初めてはどこだよ?」と武藤。
「俺の部屋だよ」
おお、と平沢と武藤が驚きに近い声を上げる。
「結構な数こなしたんじゃねぇの?」
「まぁ、そこそこ」と僕。
すげぇな、と武藤が感心して僕の肩を叩く。平沢の方を見るとなんだかあまり楽しそうではなかった。
「しかし、神谷にあの子がゾッコンだとはな」
「ああ、そうだな」
僕は今、上手く笑えているのだろうか。少し自信が無かった。
目の前にあるメロンソーダには、入っていた氷が溶けて小さくなって浮かんでいた。
全然飲んでなかったんだな。と今になって気付いた。
「おい、神谷」
「うん?」
「この後、空いてるか?」
平沢が真面目な顔で尋ねてきた。
「は?」
「武藤これから通院がしなきゃいけねえんだ。まだ四時ぐらいだし、もうちょっと二人でブラつかねえか?」
武藤は携帯の時計で時間を確認してから、そうだったと僕に頭を下げた。
「じゃあ、そろそろ出るか」
とりあえず僕らはここで別れる事になった。会計を済ませ、武藤の後姿を平沢と二人で見送る。
「テキトーにぶらつくか。金もないし」
僕はその案に頷く。金が無いのはお互い様だ。
しばらく歩いて、駅のロータリーを出た。西日はまだ暑い。
「なあ」
「ん?」
「粕中行かねえ?久しぶりに」
「おう、いいね」
きっとどこでもよかったんだけど、僕らはそこへ行く事にした。僕らのかつての学び舎に。
校門は開け放たれていた。まあ部活動があるから当然なんけど、
「ひっさしぶりだな。覚えてるか?二年の時、松田が勉強ノイローゼになってナチスのプロパガンダになったときの……」
「ああ、校門に地図の表記で寺の記号書いた事件な。アイツあれから入院したらしいけど、どうなったんだろう?」
「知るかよ。生徒会長と部活の副キャプ掛け持ちしてて頭ぶっ飛んだ奴なんて今日日珍しいぜ?」
「真面目な奴だったんだよ、あいつ」
僕らは当時の思い出を語りながら当時とあまり変わらない廊下を歩く。
階段を五回登り、三階より上にたどり着く。古めかしい大きなドアが階段の途中を塞いでいる。
ドアノブを捻ると金属音がしてそれ以上回らなかった。
「ありゃ?」
「閉まってるか?」
掌を見ると埃の玉が付いていた。僕らが卒業してから一度も開かれていないらしい。
「ジャジャーン!」
掌の汚れを叩いて落とすと、平沢が鞄からポケモンの携帯の画面クリーナーストラップが付いた鍵を出した。
「久しぶりだな、それ」
「こんな事もあろうかと、常に忍ばせているわけですよ」
「絶対忘れてただけだよな、それ」
467ウェハース第十話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/26(日) 19:05:12 ID:TClGu358
屋上に出るといきなり強い風が吹いてきて、額に光っていた汗を落としていった。
「懐かしいな、ここも」
屋上と言うのは大概フィクションの世界では立ち入り禁止となっているので、分からない人もいるだろうが、結構汚い。
黒いカビに、苔なんてザラだ。寝転ぶなんてとんでもない。
僕らは学校で配られた保健室だよりのプリントを敷いてその上に座った。
西日はさっきよりも少し角度を鋭くしていた。
グランドからは部活動に励む後輩達の声が響いてくる。
「懐かしいっていいな。行く意味も無い場所に来る意味を作ってくれる」
少しセンチメンタルな気持ちになって、西日を二人で見つめる。このまま映画とかなら違うシーンに変わるのだろうけど、僕は少し恥かしいなって思い、臭いんだよ、と平沢にツッコんだ。
二人で少し笑ってから、また西日を見つめた。僕たちは臭いセリフも、大ボラも大好きだった。僕らは互いにロマンチストだったからだ。
「なあ」
「うん?」
少し間を置いた平沢は人差し指でコメ髪を掻くと、座りなおした。
「藤松となんかあったのか?」
そのセリフを聞いて、平沢の方を見た。平沢はまだ夕日を見ていて、西日が表情を照らしていた。
僕は俯いて、何でもないよ、と返す。
「ウソつくなよ。学校で藤松に詰められたんだ」
溜息を吐いて、平沢が続ける。
「もう、私と真治の邪魔しないで、ってさ」
僕は額に手を置いて、溜息を吐いてから平沢に何を言われたか聞いた。
「正直、邪魔者以外の何でもないってよ。アイツ俺が何か言ったら殴る気だったぜ、多分」
「そうか、ごめん」
いいけどさ、と平沢はバツが悪そうにそっぽを向いた。
「アイツとは距離置いた方がいいぜ、神谷。人の彼女にどうこう言うつもりは無いけど、恋人からの束縛は精神的にキツいぞ」
少し分かるような気がする。現に僕は今、ストレスで少し食が細くなってきているのだ。
「ああいう優等生タイプは特にそうだ。人を好きになるのが初めてな場合が多い。そういうのは初恋をどんな事をしても成就させようと必死になる」
「なんだ、やけに詳しいな」
「中学の時に付き合った村田がそうだった」
「あの委員長か。お前にしては随分地味な子と付き合うなぁ、と思ってたけど」
「毎日、朝と晩に無言電話、ストーキング皆勤賞なら俺でも折れるよ」
平沢は苦笑いを浮かべ、懐かしそうに遠い目をする。
「アイツはアイツで必死だったんだろうな」
平沢の呟きに僕はそうかもな、と頷く。
少なくとも、小町も僕との間には何よりも真剣なんだ。
『今はそう思うかもしれないけど、そうなった時はせいせいしたとか、なんであんな奴と付き合ってたんだろう?って思ってるよ』
それなのに僕は彼女にあんなことを言ってしまった。いくら冷静な彼女でも怒るだろう。
相変わらず、僕は大馬鹿者だ。
「なあ、平沢」
一言、どうしても平沢に聞きたいことがあった。
「んだよ?」
「村田とはなんで別れたんだ?」
その後の結末。平沢は人の気持ちを無碍にはしない。だからその後の事の顛末が僕にはどうしても気になった。
「親の都合で転校したって聞いてたけど、本当にそれだけだったのか?」
それから平沢は少し黙ってから、僕の問いに答えた。きっと言葉を選んでいたのだろう。
「村田も少し束縛がキツくてさ、俺が別れようって言ったら手首を切っちまった。それから入院して、精神病院の患者になった」
今でもたまに手紙を貰うよ、と平沢は何とも言えない表情を浮かべる。
そういえば村田は中二の三学期から転校が告げられる中三の始業式まで姿を見なかったのを、僕はここにきて思い出していた。
468ウェハース第十話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/26(日) 19:05:42 ID:TClGu358
屋上でしばらく二人で黄昏てから学校を後にした。
それから近くにある公園で平沢と別れた。
結局、平沢には何も放さなかった。というより平沢が深く聞こうとしなかった。多分平沢なりの気遣いだろう。
全く、本当に人のいい奴だ。
僕はここに来てやっと平沢に言う覚悟が出来てきた。心の整理とでも言うか、久しぶりに頭がスッキリしてきたからだ。
まずはどこから話すべきなのだろう?
ビデオの事……からの方がいいのだろうか?
事の始めはアレからだし、多分そうだろう。
そんな事を考えながら帰路に着く。気付けばもう家の前の続く通りにいた。
早いもんだなあ、と思いながら家のリビングから出ている光を見る。
やけに騒がしいな。
今日、父さんは確か飲んで帰ってくるって言ってたよな。なら今家にいるのは穂波と母さんだけのはずだ。
何か不吉な予感がした。なんとも形容しがたいけど、確かにした。
鍵を開け、ノブを捻り、帰宅の言葉を告げる。
まず、僕を出迎えたのはリビングから飛び出してきた穂波。声の調子から見てかなり興奮している。
「おにいちゃん、おかえりー!!」
「おう、ただいま」
玄関の靴を見ると、コンバースの見慣れない靴があった。
「誰か来てるのか?」
うん、と穂波が頷きと共に答える。靴の大きさからして、多分女性だろう。
「小町ちゃん!!」
一瞬耳を疑った。するとリビングから誰かが出てくる気配がした。
その人は紺色のTシャツに色も生地も薄いロングスカートを合わせていて、見慣れた綺麗な黒髪を靡かせている。
僕と視線が合うと、穏やかな笑みをつくり「おじゃましています」と言いつつ近づいてきた。
穂波は僕から離れ、彼女の足に抱きつく。
「小町なんで……」
僕がそう呟くと、小町はまた微笑んでこう言った。
「おかえり、真治」
469のどごし ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/26(日) 19:06:39 ID:TClGu358
以上で今回分は終わりです
ありがとうございました
470名無しさん@ピンキー:2010/09/26(日) 22:05:00 ID:VJzMpKSP
>>469
GJ!!
毎回楽しみにしてます!!
471 ◆AJg91T1vXs :2010/09/26(日) 22:58:21 ID:Tlcr6hDO
>>469
GJ!!

一見して感情の赴くままに行動していそうで、実はその行動に一切に無駄がない小町さん……。
まさに、ヤンデレモンスターですね。
病んでいる事が常態というのは、ある意味で最も恐ろしいような……。


遅くなりましたが、迷い蛾の詩・第七部を投下します。
監禁・逆レイプなどの描写があるので、苦手な人は避けて下さい。
 陽神亮太が目を覚ました時、そこは彼の覚えのない場所だった。
 辺りは一面が闇に覆われ、今が昼なのか夜なのかも分からない。
 彼の周りを包む空気は、どこか湿っていて埃臭い匂いがする。
 分かっているのは、自分が椅子の様なものに座っているということだけだ。

(ここは……)

 辺りの様子を確かめようと、亮太はその場から立ち上がろうとした。
 が、直ぐに両腕や両足を押さえつけられるような感覚に襲われ、思わずその場で顔をしかめる。

「――――っ!!」

 暗がりでよく分からないが、どうやら自分は手足を椅子に縛りつけられているようだった。
 それも、ただ縛られているのではない。
 寸分の遊びも許さないほどに、しっかりと縄で椅子に固定されている。
 これ以上強く縛られたら、手足が鬱血してもおかしくない。

「あっ、気が付いたんだね、亮太君……」

 ヒタ、ヒタ、という階段を下る音と共に、聞き覚えのある声が亮太の耳に響いた。
 ぼんやりとした橙色の灯火が、徐々にこちらへと近づいて来る。

「ま、繭香……!?」

 薄明かりの中に見える、亮太にとっても馴染みのある少女の顔。
 だが、その瞳は既に、亮太の知る繭香のものではない。
 この部屋を覆う闇よりも更に深い暗闇に支配され、淀んだ視線をそのまま亮太にぶつけてくる。

「おはよう、亮太君。
 あっ……でも、今の時間だったら、こんばんはって言った方がいいのかな?」

「冗談はやめてくれよ、繭香。
 なんで、こんなことするんだよ!!
 こんなことして……いったい何の意味があるんだよ!!」

「冗談なんかじゃないよ、亮太君。
 私はただ、亮太君を元に戻してあげたいだけ……。
 だから、お薬を入れたお水を出して、亮太君をここに運んだんだ。
 お母さん、たまに眠れないって言って、お薬を飲むことがあったから……それを、ちょっと失敬したんだよ」

「薬を入れた水……。
 ま、まさか……!?」

 だんだんと、亮太の頭に記憶が戻ってきた。
 あの時、繭香が昼食と共に運んできた水。
 きっと、あれには睡眠薬か何かの類が混ぜ込んであったに違いない。
 それを飲んで眠ったところを、繭香はこの部屋に運んだということなのだろう。

「ねえ、亮太君……。
 それより……お腹すいてない?」

「なに言ってるんだよ!!
 こんな状況で、腹なんて……」

「あはは……。
 我慢しなくてもいいんだよ。
 亮太君、私がここに運んでから、もう丸一日と半分は寝てるもんね。
 お水に混ぜたお薬、少し効き過ぎたみたいだね」

「なっ……丸一日!?」

 なんということだろう。
 自分では気づかなかったが、どうやらかなりの時間、この部屋に拘束されていたようだ。

「なあ、繭香……。
 これ、何かの間違いだろ?
 俺に悪いところがあったら謝る。
 だから……これを解いてくれないか?」

「ごめんね、亮太君。
 悪いけど、それはできないよ。
 亮太君が元に戻って……迷わずに私を見てくれるようになるまではね」

「迷わずにって……何を言ってるんだ、繭香!!
 俺には、君の言っていることが分からないよ!!」

「可哀想、亮太君……。
 でも、安心してね。
 亮太君を迷わせる女は、ちゃんと私が始末したから……。
 だから、亮太君も、すぐに私だけを見てくれるようになるよね……」

 近くにあった箱のような物の上に燭台を置き、繭香が亮太の頬をそっと撫でる。
 予想以上に冷たい手に、亮太は背筋に冷たいものが走るのを感じて震え上がった。

 繭香は、自分を迷わせる女を始末したと言った。
 まさかとは思うが、あの繭香が人を殺したというのだろうか。
 信じたくはない、受け入れたくはない想像だったが、それでも亮太にも心当たりがないわけではない。

「なあ、繭香……。
 君が始末した女って、まさか……」

「あっ、気づいてた?
 そうだよ。
 亮太君の想像している通り……天崎さんは、私が殺したんだ」

「――――っ!!」

 屈託のない笑顔を浮かべながら、恐ろしい台詞を平然と言ってのける繭香。
 その、あまりに純粋すぎる頬笑みが、今は返って亮太の恐怖を助長した。

「そ、そんな……。
 だって……君は、あの時、理緒は先に帰ったって……」

「うん、そうだよ。
 天崎さんは私達よりも先に、ちゃんと『土に』帰ったの。
 だから、もう二度とこっちに戻って来ることはないよ。
 亮太君を迷わせて、私から奪ってゆくこともないんだよ」

 衝撃的だった。
 目の前にいる月野繭香が、同級生でもある天崎理緒を殺す。
 今の繭香の表情からは想像もできないことだが、嘘をついていないということだけは、何故かはっきりと確信できた。

「ねえ、亮太君。
 それより、さっきの質問なんだけど……」

 右手に持った皿を差し出しながら、繭香が再び尋ねた。

「亮太君、お腹すいてるでしょ?
 これ、夕食の残りなんだけど……よかったら、私が食べさせてあげようか?」

「勘弁してくれよ、繭香……。
 こんな状況で、食欲がある方がどうかしてる……」

「だめだよ、亮太君。
 ちゃんと食べないと、身体が弱って病気になるよ」

 自分から暗闇の中に拘束しておいて、今さら何を言い出すのだろう。
 そう言葉に仕掛けた亮太だが、直ぐにそれを喉の奥へと飲み込んだ。

 先ほどから、自分と繭香の会話は微妙に噛み合っていない。
 ここで何かを言ったところで、繭香はきっと聞き入れようとはしないだろう。
 もっとも、両手を縛られたこの状況では、食事をするにしても箸も握れないのだが。

「わかったよ、繭香。
 それじゃあ、食事をしたいから……両手の縄だけでも、外してもらえないかな……」

 別に腹など減ってはいなかったが、それでも亮太は敢えて繭香の申し出を受けることにした。
 食事をするふりをして、自由になった手で拘束を解く。
 我ながら古典的な手法だとは思うが、ここは少しでもチャンスに賭けるしかない。

 だが、そんな亮太の考えを見越したかのようにして、繭香は料理の乗った皿を、燭台とは別の箱の上に置いた。
そのままゆっくりと亮太に近づき、鼻と鼻がぶつかり合う程の距離まで顔を近づけてくる。

「大丈夫だよ、亮太君。
 亮太君が動けないのは分かっているから、私が亮太君に食べさせてあげるね」

 そう言うが早いか、繭香は皿の上に盛られている料理を口に入れると、それを細かく咀嚼した。
 そして、料理を口に含んだまま、椅子に縛り付けられた亮太の上に身体を重ねて口をつける。

「んっ……んんっ……はむっ……はぁ……」I

 繭香の口を通して、亮太の口の中にどろりとした物が注ぎ込まれた。
 甘酸っぱい、それでいて粘性の高い液体が口の中に流れてくる。
 繭香の唾液と息が混ざり、正直なところ、なにを食べさせられているのかさえ分からない。
 思わず吐き出しそうになるが、それでも繭香は自分の口の中にあるものを、強引に亮太の口内に流し込んでゆく。

「あっ……がっ……かはっ……」

 こちらの呼吸を無視して食物を流し込まれ、亮太は思わずむせ返った。
 しかし、それでも繭香は口による給仕を止めようとはせず、次々に料理を咀嚼しては亮太の口に入れて行く。

「んっ……んむっ……ちゅっ……ふぅ……」

 最初は口に咀嚼した食物を注ぎ込むだけだった繭香だが、その舌先は、徐々に亮太の舌を欲するような動きに変わってゆく。
 舌を絡め、歯茎の裏を舐めるようにして、繭香が亮太の口を犯す。
 それは、繭香が亮太に給仕を続ける程に強くなり、やがては食事そっちのけで、繭香の方から亮太をひたすらに求めた。

「あっ……はぁっ……亮太君……」

 耳元で、繭香の荒い息遣いが聞こえてくる。
 膝の上に乗っている太腿が熱くなり、繭香の指が、亮太のシャツのボタンを一つずつ外してゆく。

「ちょっ……何してるんだよ、繭香!?」

 これから自分が何をされるのか。
 それが分かった時、亮太もさすがに声に出して叫んだ。
 が、いかに叫ぼうと、抗おうと、両手両足を縛られていては何もできない。

 いつしか、亮太はシャツの胸をはだけさせられ、繭香もそれに合わせるようにして上着を脱いだ。

 上着の下には、繭香は何もつけていなかった。
 白い胸が露になり、燭台の灯りに照らされて妖しい雰囲気を纏っている。

「亮太君……。
 今、私が亮太君を、もとの亮太君に戻してあげるからね……。
 亮太君を迷わせる女のことなんか、全部忘れさせてあげるからね……」

 そう言って、繭香は自分の胸を亮太の胸に押しつけてきた。
 膝の上に乗り、亮太の身体を抱きしめるようにして、撫でるように胸を動かす。
 繭香の胸の先にある尖ったものが、亮太の肌の上を這いまわって刺激した。

「好きだよ……亮太君……。
 私には、亮太君しかいないの。
 亮太君しか、本当の私を見せられる人はいないの……」
 一つ、また一つと言葉を告げるたびに、それに合わせて繭香の動きも激しくなる。
 ただ抱きしめるだけでは飽き足らず、最後には亮太の頭を押さえ、再びその唇を求めて口を重ねてきた。

「ふぁ……ん……亮太君……」

 拒むことは許されなかった。
 給仕の時と同じように、繭香の舌が亮太の口を強引にこじ開けて入ってくる。

「ん……はぁ……。
 りょ、亮太君のことは……んちゅ……私が……愛して……あげる。
 私が……んん……亮太君を……癒やしてあげる」

 唇の裏、歯の裏、そして舌の裏。
 亮太の口内を余すところなく味わうと、繭香は名残惜しそうにして、その口を離した。
 そして、今度は亮太の首筋に舌を這わせ、その身体に流れる血を吸い出さんばかりの勢いで口づける。

「くっ……」

 皮膚を刺すような感触に、亮太は思わず声を上げて眉根を寄せた。
 そんな亮太を愛でるかのようにして、繭香はそっと首元に残る赤い痕に指を添えた。

「うふふ……。
 これが、私と亮太君の愛の証だよ。
 亮太君の瞳は、誰にも渡さないからね……」

 そっと、慈しむように触れながら、繭香の指と舌が、亮太の身体を撫でてゆく。
 首筋から胸へ、そして、胸から腹へと降り、最後は亮太の履いている制服のズボンへと伸びた。
 腰のベルトに手をかけて外し、ジッパーを降ろして、下着の上から亮太のものを包み込むようにして撫でる。

「嬉しい……。
 亮太君も、私のことを、ちゃんと感じていてくれたんだね……」

 先ほどからの行為で、亮太の下半身にあるものは、既に十分すぎるほどに大きく成長していた。
 こんな異様な状況下でも、身体だけは正直に反応してしまうのが情けない。
 が、いくらそう頭で考えたところで、理性だけで全てを堪えるのは限界に近かった。

 繭香の手が、亮太の履いているズボンを一度に引きずり下ろす。
 同様に、下着までも脱がせると、繭香は椅子に縛り付けられたままの亮太のものに、そっと手を添えて握ってきた。
 そのまま、未知のものに触れるかのようにして、ぎこちない手つきで亮太のそれを弄ってゆく。

 最初は触れる場所や力の加減を気にしているようだったが、やがてそれは、亮太の神経に快楽を与える部分を的確に刺激するようになった。
 触れる度に反応を確かめながら、繭香は確実に亮太の敏感な部分を捕えてくる。

「や、やめろ、繭香……。
 こんなことをしたって、俺は……」

「駄目だよ、亮太君。
 身体はこんなに正直なのに、無理をするのは心に毒だよ。
 それとも……自分に素直になれないくらい、周りが見えなくなっちゃったのかな……?」

「なに言ってるんだ、繭香!!
 周りが見えていないのは、むしろ……!!」

 そこまで言った時、亮太の背中を痺れるような快感が走った。
 恐る恐る下を見ると、なんと、繭香が彼女の手の中にあるものに、そっと舌を這わせていた。

「うっ……くぅ……」

 もはや、言葉さえ口にすることもできず、亮太はひたすらに繭香の行為に耐える他なかった。
 動きそのものはぎこちなかったが、繭香は様々な角度から、亮太の反応を確かめるようにして指と舌を動かしてくる。
 どこに、どのように触れた時、亮太の身体が最も反応したのか。
 それを探るようにして、絡みつくように亮太を攻めてくるのだ。

「んっ……ちゅっ……んはぁっ……」

 左手と口で亮太を愛撫しながら、繭香は右手で自分自身を慰めていた。
 まだ、下着の上から触れるだけだったが、それでも繭香の白い肌は、薄明かりの中でもはっきりと分かるほどに激しく紅潮していた。

 やがて、自分の手の中にあるものが十分に成長したことを知ると、繭香は自身もスカートと下着を脱ぎ棄てた。
 暗がりの中、燭台の炎に照らされた裸体が、亮太の精神を否応なしに魅了する。

 これ以上見てはいけないと思い、目を閉じて顔を背ける亮太。
 が、そんな亮太の顔を半ば強引に自分の方へ向けると、繭香は再び亮太の膝に身体を乗せてきた。

「ねえ、亮太君……。
 私も、もう我慢できないの……。
 だから……このまま一つになろう」

 そう言いながら、繭香は亮太のものを自分の花弁に当ててくる。
 そして、そのまま一気に腰を沈め、自らの身体の奥まで貫いた。

「はぁっ……あ、あぁぁぁぁっ!!」

 優しく包み込むような感触ではなく、きつく締め上げるような感覚。
 そして、その奥にある何かを突き抜けた時、繭香が一団と激しく身体を震わせた。

「――――っ!!」

 自分のものが繭香の破瓜を突き抜けたことが、亮太にもはっきりと感じられた。
 繭香は亮太の肩に手をついたまま、自分の肩を激しく震わせている。

 初めは痛みに堪えているだけかと思った。
 しかし、繭香は何ら躊躇いを見せず、亮太の上でゆっくりと腰を上下させてくる。
 痛みからくる涙なのか、それても嬉し涙なのか、犯されている亮太には皆目見当もつかない。

「ああ……亮太君、亮太君、亮太君、亮太君、亮太君……」

 ひたすらに亮太の名前を連呼し、繭香は目に涙を浮かべたまま身体を動かした。
 その瞳に涙を浮かべたまま、どこか焦点の合わない目で亮太との行為にひたすら耽る。
 時に優しく、時に激しく、そして時に温かく、繭香の中は亮太に刺激を与えていった。
 何度も、何度も、亮太の全てを包みこみ、食らい尽くさんばかりに貪欲に。

「うっ……あぁ……」

 亮太の口からも、思わず声が零れてしまった。
 暗闇の中、椅子に縛られたまま知り合いの少女に犯される。
 自分の意志とは関係なく、喜びを与え、同時に与えられる。
 あまりに非現実的なこの部屋の空気が、凄まじい勢いで亮太の脳を痺れさせてゆく。

「ねえ、亮太君。
 もっと、私と繋がろう。
 もっと、私と一つになろう。
 そうすれば、もう何も迷うことはないんだよ……。
 二人でいれば、苦しみも、悲しみも……全部喜びに変わるから……。
 私も、亮太君も……」

 激しく息を荒げながら、繭香が更に強く亮太を求める。

「だから、ずっと一緒にいよう。
 もっと強く……もっと深く……私の中で一つになろう……」

 あまりにも甘美で耐えがたい誘惑。
 その言葉に、亮太の理性はついに限界の淵を越えた。
 最後の力でなんとか抗おうとするものの、湧き上る衝動を抑えることができない。

「だ、駄目だよ、繭香……。
 こ、こんなことは……」

 そう、言葉にするのが精一杯だった。

 己の意志とは反対に、亮太は繭香の中に自分の欲望を全て吐き出した。
 その瞬間、繭香の身体が一瞬だけ大きく仰け反り、亮太の肩に爪が食い込む。

「ん……はぁぁ……」

 虚ろな表情を浮かべ、繭香は亮太と繋がったままの姿勢で天を仰いだ。
 身体の中に、熱いものが流れ込んでくるのが分かる。
 それこそが、亮太と自分が繋がった証。
 そのことを意識するだけで、なんとも言えぬ満たされた気持ちになれた。

「ふふ……あったかい……。
 亮太君が……私の中に……」

 燭台の火が、闇の中で妖しく揺らめく。
 その光に照らされたまま、繭香は果てたばかりの亮太の身体を、全身で感じながら抱いていた。
479 ◆AJg91T1vXs :2010/09/26(日) 23:08:51 ID:Tlcr6hDO
 以上で投下終了です。
 今回は、少し文章量少なめでしたが……。

 次回は、また水曜日辺りに投下します。
 だいたい、残り二話くらいで終わるかな?
480名無しさん@ピンキー:2010/09/26(日) 23:15:18 ID:w9hbS43F
えぇー!あと2回で終わっちゃうんですか!?
とても好きで楽しみにしてたのに残念だなぁ…。でもこのクオリティーで投稿間隔が短くてすごく楽しませてもらえました

GJです!!
481名無しさん@ピンキー:2010/09/26(日) 23:23:51 ID:nPllSZ6Q
うひょーーー
今日はss祭りじゃーーーー
482名無しさん@ピンキー:2010/09/26(日) 23:36:42 ID:aGRBmMsn
破瓜って破れること自体を指す言葉だから
破瓜を貫くって文章おかしくない?それともそういう表現でもあってるのか?
483 ◆AJg91T1vXs :2010/09/27(月) 00:03:49 ID:92b/IsHz
>>482

ご指摘に感謝いたします。

辞書で調べたところ、どうも、私が言葉の使い方を間違えたようです。
以前の物にも誤字・脱字があるようですし……。
Wikiに転載された際は、こちらで合わせて修正しておきます。
484名無しさん@ピンキー:2010/09/27(月) 00:46:32 ID:3+bEACx9
どんなバッドエンディングになるか楽しみだぜ!
485名無しさん@ピンキー:2010/09/27(月) 02:02:54 ID:TjZqQsWQ
犯罪を犯すは正しい表現らしいし、日本語って難しいよなあ
これからも期待してます
486名無しさん@ピンキー:2010/09/27(月) 02:24:51 ID:IVrIR6M/
きっと使用人ですら始末しそうな勢いですな
487名無しさん@ピンキー:2010/09/27(月) 09:11:07 ID:/oY2mewm
そろそろ次スレか?
488名無しさん@ピンキー:2010/09/27(月) 14:39:40 ID:FT2+qwzi
489名無しさん@ピンキー:2010/09/27(月) 17:36:41 ID:Z6uqRqbu
泥棒猫を始末しちゃうヤンデレって結構多いけどさ、なぜ逮捕されないのだろう
日本の民警では彼女たちを止められぬということだろうか。
490名無しさん@ピンキー:2010/09/27(月) 18:50:20 ID:Hyfd5DoU
愛の力か
491名無しさん@ピンキー:2010/09/27(月) 18:53:05 ID:rHYUsS6c
最近埋まるペースが早いな
492名無しさん@ピンキー:2010/09/27(月) 19:04:28 ID:EHybRHAh
ウェハースと迷い蛾がすごいペースでぶち込んできてるからな
493名無しさん@ピンキー:2010/09/27(月) 19:17:22 ID:gp7hJ/+8
いいことだ
494名無しさん@ピンキー:2010/09/27(月) 19:41:58 ID:IVrIR6M/
この勢いで「触雷!」「風雪」も更新して欲しいな
495名無しさん@ピンキー:2010/09/27(月) 20:34:40 ID:SZwM5ysB
>>494
だな。楽しみだ。
496名無しさん@ピンキー:2010/09/27(月) 21:00:24 ID:wCp2dfBa
はやくぽけもん黒こないかな
ポケモンブラッククリアしちまったが
497名無しさん@ピンキー:2010/09/27(月) 21:54:37 ID:3bXMEPAE
ワイヤードはもう期待できないのか?
498名無しさん@ピンキー:2010/09/27(月) 22:01:46 ID:Nmib0SRE
出来ない
出来ない
499名無しさん@ピンキー:2010/09/27(月) 22:09:06 ID:6+oisVfH
ヤンデレの小説を書こう!Part37
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1285592936/
500名無しさん@ピンキー:2010/09/27(月) 22:09:19 ID:yX3kw+OS
そろそろ新スレ立てないとな
501名無しさん@ピンキー:2010/09/27(月) 22:51:18 ID:WGLueRao
>>499

埋めネタ期待
502名無しさん@ピンキー:2010/09/27(月) 22:57:00 ID:75qVLQ63
今回早かったな
503名無しさん@ピンキー:2010/09/27(月) 23:00:25 ID:yX3kw+OS
GJ!
とりあえずwikiトップは変更しといた
504名無しさん@ピンキー:2010/09/29(水) 04:58:04 ID:BF11IcwC
ヤンデレヤンデレ、テストテスト
505お弁当:2010/09/29(水) 05:09:14 ID:BF11IcwC
作品名:お弁当
短編SSです。グロテスクな表現も出てくると思われるので苦手な方は
読まないことをオススメいたします。
それでは、はじまりはじまり。

前編

私の大好きな海斗君。
大学に入学してからの三年間、私は海斗君に片思いをしていた。
海斗君は私のことなんて名前も顔も知らないのに。
でも、いいの。私は海斗君とお話ができなくても
その日大学内で海斗君を見つけることができたら幸せだったから。
講義室ではいつも海斗君の真後ろの席に私は座るの。
海斗君、講義中にうたた寝したら駄目だよ?
でも、そんな海斗君も可愛い。
あ、海斗君、今日のお昼は学食でAランチを食べるんだね。
私、海斗君がAランチを好きなの知ってるよ。
だから、私もAランチを頼むの。海斗君とそのお友達が座ってる席の
近くに座りながら私もAランチを食べるの。
ちょっと席は遠いけど……食べてるものは同じだし、距離は近いし
幸せだよね。
506お弁当:2010/09/29(水) 05:20:59 ID:BF11IcwC
作品名:お弁当

中編

私と海斗君が付き合えるようになったのは、友達の美砂のお陰だった。
美砂の彼氏の和弥君は海斗君とお友達だったの。
美砂と和弥君のお陰で私は海斗君とお友達になることができた。
今まで見つめていることしかできなかった海斗君が、今、目の前にいる。
携帯電話の赤外線で連絡先を交換して、私はずっとどきどきしていて
海斗君の顔をまともに見ることができなかった。

それから、私と海斗君はメールをして、電話をして、美砂や和弥君も混ぜて
四人で遊ぶようになった。たまに二人でも遊んだりした。
五回目のデートでやっと海斗君は私に告白してくれたの。嬉しかった。

だから、ね、海斗君。私、毎日海斗君のためにお弁当を作るね。
学食のAランチはね、学食のおばさんが作ってるから許せないの。
だって、海斗君に料理を作るのは私だけでいいじゃない。ね?
学食のAランチの内容はハンバーグがメインだったね。
ハンバーグもこれからは私が作るからね。
他の女が作った料理を食べるの、やだよ?
507お弁当:2010/09/29(水) 05:39:02 ID:BF11IcwC
作品名:お弁当

後編

ところで、海斗君。私ね、海斗君のことは何でも知っているの。
ごめんね、勝手に携帯電話見ちゃった。
だって、海斗君のこと何でも知りたかったんだから……仕方ないよね?

大学内を歩いていると美砂と出くわした。
「美砂、今日の講義はもう終わったし、これから美砂の部屋に行っていい?
もうすぐテストだし、一緒に勉強しない?」
「あー。そだね。一緒に勉強しよっか」
私と美砂は、美砂の部屋へ向かった。
部屋に入り、私は持ってたスタンガンをぐっと美砂の身体に当てた。
美砂はその場で倒れた。
私は料理の準備に取り掛かる。あらかじめ用意しておいたロープで
美砂の身体を縛って動けないようにした。口にはガムテープを貼った。
続いてロープと同じくホームセンターで購入したノコギリで
美砂のふくらはぎを切り落としていく。
美砂は悲鳴にならない悲鳴をあげる。だけど、そんなの知らない。
「……美砂が海斗君と浮気するからいけないんだよ」
私は海斗君の携帯電話を見た。海斗君と美砂のメールのやり取りは
ただの友達という関係ではないことはすぐに分かった。
それにしても、人間の足を切り落とすのにはなんて力がいるのだろう。
何時間もかかって、やっと足を切り落とすことができた。

翌日。私は海斗君を私の部屋へ招き入れた。
「おー、今日はハンバーグか」
海斗君、ハンバーグが大好きだもんね。
「でも、これ不思議な味がする……。あれ。今なんかジャリってした」
海斗君はそのジャリっとしたものを口から出した。
「これ、爪……?」
「不味くはないと思うよ。海斗君の大好きな女の子のお肉をミンチにして
作ったハンバーグだから」
私がにっこり笑ってそう言うと、海斗君はその場でハンバーグを戻した。
爪も一緒に吐き出される。美砂が毎日綺麗に整えてネイルを塗った爪。
その爪が今じゃお世辞にも綺麗とは言えない。
「美砂のこと好きだったんでしょ? なら、食べてあげて。
吐き出したりなんてしたら駄目だよ」
私は海斗君が吐き出したものをかき集め手で掬い海斗君の口に無理矢理突っ込んだ。

-BAD END-



ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。
508名無しさん@ピンキー:2010/09/29(水) 22:57:47 ID:kxGcJ7Yn
>>507
GJ
思わず「ひぃぃぃ」って言っちまった
509名無しさん@ピンキー:2010/10/01(金) 09:07:16 ID:Clg0NTnt
                 \  nfj.!j)
           _   ∧_∧  ( _,,ツ ヽ .!  /
   _     ー    ( ・ω・)= l  |丶    / /
      ̄  n  _  (っ ≡つ)  /  )_       _
    _  ぎい、    /   )/ ∠,   <⌒> 
   ̄    \ `ー=ラ/`J  ィ,ノ )/   、 \
   _ ─  `ー‐-y   ミ゛/v⌒V   / i 丶 ヽ
 ─          /   ヾ,/   /   ./ !  ヾ
      ィ  /./ 、r' , ,)       /   i i   \
  ィ      / , /  ノ /           ヽ
        f´ r´.(  (、_      /    i  i
  / ∧∧ ./ j,   `ー、 )、_∧ m、
    ノ⌒ヽ/ ,ノ  /^ し'←ー‐、).(' ,)   i    i
   ( (  / く  //`V   , ヽ/ /
   r'r' ど,ッ‐' 「ょノ /、,  /゙\_ノ        ,-─、
   レメ       ( 永 .,ソ     ∧∧ i  / /_wゝ-∠l
    ∧∧      `y´ 人     イー、)    ヾ___ノ,. - >
  f⌒⌒k,)  /  ./ ,∧ )   ( t ハ   ,/|/(ヾY__ノミ
 ,「,「 r'ヽ\,    / ,ツ,ィ一'    从 ノ    {   rィ  ノ
,[/[/´∧∧    「 y´^       [ノ[ノ   i  k-‐彳ヾ、  ゝ、_,〃 frど`ヽ∧_∧
   ノ⌒ヽ)    じ'   ∧∧     ,...- ' ゙゙ (^Yヽ, ),," (ー==ニヽ )) ( ・ω・ )
  ( ( ノヽ_      _/ソ⌒ヽ)  , '´ヽ ヽ    ⌒ノ j! >ゝ(. 彡  (廴rぃィ⌒  ヽ
  _ノノ>    ∧∧  ( ( く  /   j´  `'ー、_ j ゝJ^ `J.     ̄ー=え l⌒ヽ )
  レ^´  ,厂/⌒ヽ)   に)>)  /`´      !ノ              'ー(__ムノ
       ( ( え,    く(´。丶
   ∧∧  rノノ      /  ゞ、 ヾ  ヽ
  ノ⌒ヽ) .L(´      /  vゞヽ  、うめ
510名無しさん@ピンキー:2010/10/01(金) 09:08:18 ID:Clg0NTnt
うめてやんよ
 ∧_∧
 ( ・ω・)=つ≡つ
 (っ ≡つ=つ
 /   ) ババババ
 ( / ̄∪
511名無しさん@ピンキー
        埋*'``・* 。
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