>>1 「そうら、いちおつだ」
黒服に身を包む彼はそっと虚空に手をのべ、言葉を投げ掛けた。
まるで「はじめに言葉ありき」と云うかのように。謳うように。
僕は彼に「いちおつって、なに。どういう意味なの」と尋ねる。
そうしたら彼はこちらを振り返り朱の口元に笑みを刷き云った。
「いちおつは……いや、なんでもない。呪文のようなものだよ」
誰に見せるでもなく美しく端正に整った貌の彼は僕に云うのだ。
「しいて云えば…そう、君が居てくれて良かった、ってことさ」
なんだか騙されているような気がするが、そう云う彼のあまりに
優しい眼差しに耐えきれず僕はうんと呟いて彼の目線を避けた。
僕はいちおつという言葉を大事に胸に仕舞った。この胸の中に。
いつか僕も彼に云えたらいいのに。貴方に逢えて、良かったと。
>>1乙。
>>2 私、立石双葉は山岸くんというクラスメイトが気になっている。
どこにでもいるような人に見えるけれど、意外にそうではない。
彼のことを意識しだしたのはいつだったか。今は思い出せない。
しかし最近、変なのだ。山岸くんは、授業中も放課後も上の空。
上の空、というか、本当に、文字通り中空を見つめているのだ。
「山岸くん、あの、授業で解らない問題とか……あるの……?」
話掛けるのは簡単だけど本当に訊きたいことは上手く云えない。
もどかしいけれど、とにかく何か話したくて、私は問うてみる。
「うん…」そう云って山岸くんは心細そうな顔で見返してくる。
「最近誰かに空から見られているような気がするんだ。何故か」
……空から見られている気がするとはどういうことなのだろう。
でも、とりあえず私の視線を気にしているわけではないようだ。
ほっとしつつもなんだかちょっぴり淋しい気もするのが不思議。
「誰かがもうすぐ来るのかも知れないね」そう云いつつ思案顔。
いつか来るかも知れない誰かに私は嫉妬し、来ない事を願った。