【朝ドラ】ゲゲゲの女房でエロパロ2【昭和のかほり】

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689寒い夜だから 6:2010/11/11(木) 23:24:20 ID:cbRvM34M
「あらま、お父ちゃんまでこぼして!藍子とそっくり」
セーターの胸元を濡らした茂に、布美枝が笑って布巾を手渡し
ちゃぶ台を拭こうと前に屈んだ。

その時、娘が何かに気付いた。
「おかあちゃん、よごしたの?」
「え?」
藍子が指差した先には、布美枝の首に、昨夜茂から受けた口付けが
紅く掠れた印となって残っていた。
「これはっ……」
慌てて手で隠す。
「とれないの?」
物をこぼした染みか何かとでも思っているのかもしれない。
子供の純真な眼差しが心苦しい。
「あの、大丈夫、放っておけば消えるけんね」
つい正直に答えて、ブラウスで何とか隠そうと襟を直す。
一人そ知らぬ顔で沈黙を守りつつ、そのくせ忍び笑いしている目の前の
夫をねめつける布美枝だった。今日こそは途中で中断せずに
しっかり仕事しなければ、と改めて心に誓いながら。

(終)
690名無しさん@ピンキー:2010/11/11(木) 23:53:38 ID:IwDuoT7g
>>684
だんだん!
リアルで楽しませてもらいました
エロかわいくて、らしさもあって最高ですけん!
無邪気なフミちゃんがかわゆすぐる
691名無しさん@ピンキー:2010/11/12(金) 01:31:18 ID:ScUOg1/x
>>684
フハッ!GJ!
後ろから抱きしめられてせめられるというのが自分はめっちゃ好きなんだw
積極的な布美ちゃんにちょっこし圧され気味のゲゲがイイ!
藍子につっこまれて慌てる布美ちゃん&忍び笑いのゲゲも可愛い
692名無しさん@ピンキー:2010/11/12(金) 21:01:37 ID:78ZG/Sn2
>>684
GJ!
ふみちゃんの母性的な余裕がエロにも優しさにも繋がってて良いなぁ
夫婦かわいいよ夫婦
693名無しさん@ピンキー:2010/11/13(土) 22:02:13 ID:cKVKlwuF
良い作品が並ぶ中、お目汚しに参上いたしました。
忘れもしない、6月14日の放送分で、「決して間男に来たのではない!」という浦木から、
深読みをしまして。
微エロ程度の小話ができてしまいました。
投下しようとするたび、規制に引っ掛かり…。
遅ればせながらの投下です。
誤字脱字方言間違いは、ご容赦ください。

時期は、藍子ちゃんの誕生より前、とお考えください。
694間男未満 1:2010/11/13(土) 22:07:18 ID:cKVKlwuF
「浦木さん、浦木さん!」
「・・・かーっ。」
「どげしよう・・・。」
村井家の茶の間で、布美枝は途方にくれる。

少し前まで、ここでは夫、浦木、はるこ、そして自分の4人で、夕餉を囲んでいたのだ。
昼から、はるこが「勉強を兼ねて!」と茂のアシスタントに来ていた。そこへ以前、彼女の予定を聞きだしていた浦木がまた「奇遇ですね!」と偶然を装いやって来た。
すったもんだの末に、気がつけば夜。時間も時間だったため食事を出した、という流れだった。
茂を尊敬しているはるこは、色々と夫に話しかけ、どれが面白くない浦木は、ものすごい速さでお酒を飲み、つぶれた。
今現在、夫ははるこをアパートまで送ってやっている。
「すぐ帰る。」
と言い残して出かけた夫を思い出し、なんだか唇の端が上がった。
「はるこさん・・・。」
むにゃむにゃと呟く声に布美枝はわれに返り、再び起こす作業に入る。
「浦木さん、起きてごしない!」
「んー。」
やっとぼんやり目を開いた浦木に、ほっとする布美枝。
「夜も遅うなりますけん、早いとこ」
「はるこさん!」
「は?」
ぼんやりと自分を見上げていた浦木が、焦点の定まらない目のまま、自分ではない名前を呼ぶ。
「はるこさんー!」
「きゃーっ!」
しゃがんでいる所へ飛び掛られ、布美枝はバランスを崩す。浦木はそのまま、体を押し付け、ぎゅうぎゅうと抱きしめてきた。
「違います!浦木さん、私は、はるこさんで、ふゃんっ!」
はるこさんではありません、と言おうとした。しかし、浦木が顔を胸にこすりつけたのが、胸の先を刺激し、思わぬ声が出てしまった。
そのまま、胸に顔を埋められ、がっちりと捕獲され、布美枝は焦った。

するり、と何かが尻に触れる。それが浦木の手だと理解して、布美枝は血の気が引く。
そのまま、触れた手は片方の丸みを鷲づかんできた。
怖くて目に涙がにじむ。必死になって、何かを叫ぼうとした時。
695間男未満 2:2010/11/13(土) 22:08:15 ID:cKVKlwuF
「「こんの…だらずがぁっ!」

ドカッという鈍い音ともに、上にのしかかっていた重みが消えた。
「あなた!」
「布美枝…。」
いつの間にか帰ってきた茂が、浦木を思い切り蹴飛ばしたのだ。
「無事か。」
「え、ええ。」
確認をとるとすぐ、茂は浦木の襟首をつかみ、ゆすり始めた。
「おい、イタチ!起きろ!」
「う、ぐ、ぅ?」
首が閉まって起きた浦木は、唸り声をあげる。
「おう、ゲゲ。」
「おうじゃ無いわ!貴様、今、何しちょった!」
「何って…夢を見ちょった。」
「ほーう、どんな夢じゃ?」
間男する夢でも見ていたなら、今後出入り禁止にしてやる!と茂は心に決めていた。
「は…はるこさんの夢だ!」
「嘘つけ!」
「本当だ!はるこさんと、甘美なひと時をすごしとったのに、お前が首絞めたせいでだなぁ!」
今度は浦木が茂に詰め寄る。そこで、はたと浦木が気付く。
「って、おい、はるこさんはどげした?」
「お、お前が寝てる間に、帰られたわ。」
「なぁにぃ?!はるこさんをこの暗い中、歩かせたのか!」
「いや、ちゃ」
「こうしちゃおれん!奥さん、ごちそうさまでした!」
「は、い。」
上着をひっつかむと、嵐のような音ともに、浦木は出ていった。

「なんじゃあいつは、本当に騒がしい。」
「そげですねぇ。」
「はるこさんなら、ちゃんと送って行ったっちゅうに。」
と、ここまで普通に会話して思い出す。
さっきまで妻は、イタチに襲われていたのではないか。
幸い、ことに至る前に救えたものの、やはり、胸にいら立ちが募る。
「…すまんかったな、あんな男と二人にしてしまって。」
「いえ、最初から、私のこと、はるこさんと間違っておられたので…。」
しかし、確かに怖かった。
自分の愛する人以外に触られるのがあんなに恐ろしいものだと、初めて知った。
今さら、震えが来る。
「おい!」
ほろり、と涙が落ちたのを見て、茂が慌てた。
「す、すみません、なんか、急に、怖くなって。」
二滴、三滴と、涙はゆっくりと流れ落ちる。
右往左往していた茂だったが、ふう、と深呼吸すると、布美枝を抱きしめた。
「すまんかった。もう、怖くない。」
小声ながら、はっきりとしたその言葉を、夫の腕の中で聞いた。布美枝は身体から緊張が抜けていくのを感じ、頭を茂の肩にもたれさせた。
696間男未満 3:2010/11/13(土) 22:10:02 ID:cKVKlwuF
「ちなみに…何をされた。」
「へぇっ?!」
唐突に聞かれ、布美枝は素っ頓狂な声を上げる。
「イタチにだ。どんなことされた。」
言葉に詰まる。具体的に言うのも恥ずかしいうえ、夫がなぜそんなことを尋ねるのかが分からない。
「えと、その…抱きつかれ、まして。」
「ほーう、それで?」
「そ、それから、うぅ…お、お、お尻を、ちょっこし、触られました。」
言葉にすれば短いものだが、いつまでたっても純情な布美枝には、恥ずかしすぎた。
おずおずと、上目遣いになりながら、茂を見る。
「そうか、そんなことをされたか。なら…」
茂は、なぜかにっこりと笑う。
「消毒せんとな。」
「は?」
「イタチなんぞに触られたままでは、良くないからなぁ。ここはやはり、一晩かけて、俺が消毒してやらんと。」
とてもいい笑顔で茂が言う。しかしその心の中では、俺の嫁に触りやがって!というイタチへの嫉妬が渦巻いている。
「え?え?」
なんで怪我もしてないのに消毒?一晩もかけて?と布美枝は訳が分からない。
「さあ、頑張るか。」
「はぁ?」
疑問符をまき散らす布美枝の手を引き、茂は布団を目指すのだった。


そのころ。
「ったく、ゲゲの奴、思い切り揺さぶりおって。首ががくがくしたわ。」
浦木は終電に揺られながら、独りごちていた。
「しかし、ゲゲの奥さんは、良い反応を返してたなぁ。涙目もこう、ぐっとくるものが…いかんいかん、俺にははるこさんという人があるんだ!」
そうブツブツつぶやきつつも、機会があれば、ちょっと間男の真似をしてみるのもいいかもしれない、と心の隅で思った浦木だった。

おわり。
697名無しさん@ピンキー:2010/11/13(土) 23:55:52 ID:i1Ze8P6/
>>694
GJ!萌えた!
やっぱ嫉妬ゲゲは良いな〜
一晩かけて消毒してる様子も読みたいw
698名無しさん@ピンキー:2010/11/14(日) 00:31:46 ID:C3eBTvSR
>>694
GJ!
イタチ、完全にはふみえとはるこ間違えてなかったんだなw
ぜひ次は消毒の描写もry
699名無しさん@ピンキー:2010/11/14(日) 02:55:12 ID:0S0Zi98c
>>694
未遂キター!思わずゲゲの「だらずがあ!」にニヤけた。
前にもあったけど、今回のはなんか全体が可愛いなw
はるこはゲゲに逆送りオオカミはしなかったのか?
700名無しさん@ピンキー:2010/11/14(日) 21:38:22 ID:cbVqSjHe
はるこ大嫌い
701名無しさん@ピンキー:2010/11/14(日) 23:42:05 ID:8wNbxz/v
部屋にあがっていきませんか?と誘うはるこ
イタチと2人っきりにしてしまったふみえが気になり、はるこの言葉が耳に入らないしげる
702名無しさん@ピンキー:2010/11/14(日) 23:43:48 ID:MRhy9jlJ
>>684
手を温めあう夫婦かわいいな
積極的なふみちゃんイイ!

>>694
胸に擦りつけられたのがバレて胸だけで一回イカされてしまうんですねわかります
703【魔法使いの弟子】前書:2010/11/15(月) 02:30:54 ID:XMmHaA3g

需要は皆無、場違いなお目汚しと知りつつ、タイミングも悪くて気が引けますが、あえて投下に踏み切ります。
ゲゲ&はるの、出逢いから20年以上を振り返っての、拡大妄想。
布美さんは登場しないので、お嫌な方はどうぞ平にご容赦いただき、華麗にスルー願います。
704【魔法使いの弟子】1/9:2010/11/15(月) 02:35:50 ID:XMmHaA3g

T.エッカーマン未満

「あれ」
 襖を開けた茂は、居間を見渡す。
 女房に娘を連れて里帰りさせて以来、無頓着に散らかしていた部屋が、すっきりと片付いている。
 洗いものも、洗濯も済ませてある。
 そういえば、知り合いの娘が訪ねてきて、掃除やら何やらしていた気配はあった。
 その後、幼なじみの男まで上がり込んでは、隣室で言い合いをされるのが煩わしく、つい一喝してしまったが。
 卓袱台の上には、小さな置き手紙。
 “お仕事の邪魔してすみませんでした”。
 ぽりぽりと襟足を掻く。
「…ちょっこし、強く言い過ぎたかな」
 仕事に没頭すると周囲への配慮を怠ってしまうのは、昔からの悪癖だ。
 わかってはいても、治るものでもない。
 せめて、せっかく綺麗にしてくれた部屋を、なるべく汚さずに使おうかと考えてみる。

 深沢の許で知り合った若い少女漫画家は、気の置けない後輩だ。
 向こう見ずなところもあるが、猪突猛進の勢いで漫画に打ち込む情熱は、微笑ましいものがある。
 以前、締め切り前の窮地を手助けしてもらったこともあり、身内めいた意識もあって、彼女の貸本にも目を通していたりする。
 暢気に先輩ぶれるほど、こちらも安定した立場ではないが、彼女にもいずれ芽が出れば良いと、見守る思いで気にはかけていた。
705【魔法使いの弟子】2/9:2010/11/15(月) 02:45:15 ID:XMmHaA3g

   *   *   *

 上京した当初、三海社の消滅と共に頼れる当てがなくなり、途方に暮れた時。
 脳裏に浮かんだのは、唯一面識のある漫画家の、水木しげるその人だった。
 自宅へ押しかけた自分に、急場凌ぎとはいえ、仕事を手伝わせてくれた上、アルバイト代まで出してくれた。
 デビューどころか入賞もしていない新人の卵に、そこまでしてもらえるとは予想しなかったので驚いた。
 対等な同業者として扱い、労力に対する正当な報酬を払ってくれたのかと思うと、本格的にこの業界に足を踏み入れた実感が湧き、改めて奮い立った。
 まだ漫画への理解が浸透したとは言えない御時世、東京で独立すべく一念発起はしたものの、度胸や努力だけでは補えないものもある。
 自分にとって彼は、夢を目指すための心張り棒だった。
 あの人のいる空間、時間。
 そこに僅かでも関われるだけで、嬉しかったし、励みになった。
 一心不乱に仕事に打ち込む広い背中に、身動(じろ)ぎできないほど魅了された。
 あの背を毎日見つめることのできる、彼の妻がたまらなく羨ましく、また、男が酷く遠くも感じられた。
 惹かれるな、なんて、どうしたって無理だ。
 陽射しに温もりを感じるな、というくらいに無茶な話だ。
 細君が実家に帰っていると聞いた時、まさか彼らに限ってと驚いた反面、少し…ほんの少し、何かを期待する漣(さざなみ)が胸の内を揺らしたのも事実だった。
 その波に直面し、敬愛の名の下(もと)に埋(うず)めていた初心な恋情が、ひょっこり顔を覗かせるのを自覚してしまった。
 自分は、迷い猫だ。
 故郷を飛び出し、都会で一人、夢に生きる道を必死に模索した。
 あの人のいる家を仰ぎ、偶に会って笑顔を見られれば、心は軽くなり、元気が充電される。
 隣になんて、立てなくてもいい。
 そんなことは、端(はな)から無理とわかっている。
 温かく朗らかなその家の空気は、時にいたたまれなくて、敷居が高くもなるけれど。
 ただ、あの優しい黒檀色の眸が、時折向けられるだけで良かった。
 それで充分だと、己の甘えを戒めては、押し殺した。
 せめて訪ねる際は、多少なりとも仕事の進展を、胸張って報告できる自分でありたい。
 堂々と背中を追えるようになりたい。
 そう、思っていた。
706【魔法使いの弟子】3/9:2010/11/15(月) 02:50:19 ID:XMmHaA3g

   *   *   *

 他人の事情に自ら首を突っ込むなど柄でもないと、内心では照れ臭い気もした。
 だが訪問早々、悄然と去っていこうとする背中が、いつも以上に小さく見えて、妙に引っ掛かり。
 男の自分でさえ生半にはこたえる生業を、若い女の身で懸命に背負う姿がいじらしくもあった。
 しかし、同業者だからこそ、安易な慰めなど無意味と知っている。
 力量はあっても、運と機会を掴みきれずにやむなく筆を折った者たちを、これまで数々見てきた。
 厳しくも、それが現実だ。
 が、冷徹には片付かない、距離感を測りかねた戸惑いも、この子に対してはあった。
 まして、涙には困る。
 泣く女に、男は最初から負けているようで、太刀打ちできない。
 か細い肩を震わせる、仔猫みたいな娘に縋りつかれ、どうしてやればいいのかと狼狽する。
 それは、師弟めいた関わりの淵に不意に立たされた、無意識の危機感に近かったかもしれない。
707【魔法使いの弟子】4/9:2010/11/15(月) 02:55:07 ID:XMmHaA3g

   *   *   *

 どの雑誌社でもまともに扱ってもらえなかった原稿を、彼だけは無下にしなかった。
 同業者として、それは漫画家の精魂を注ぎ入れた血肉に等しいという、礼儀や共感に過ぎなかったとしても。
 感激を通り越して、…痛かった。
 一人前になろうと尽力していたはずなのに、甘えて泣きつくなんて真似を晒してしまったのが恥ずかしい。
 東京を離れる前日。
 報告と挨拶に出向いた日、細君の在宅にほっとした。
 最後まで一後輩として、自制を失わず、きちんと暇(いとま)を告げることができる。
「気持ちが残ってたって、つらいだけですから」
 漫画への未練も、彼への想いも、この場所ですべて、終わらせるつもりだったのに。
 懇切に諭してくれる笑顔に、自分はこの人にとって、どうでもいい相手ではなかったのだと知った。
 まるで、想いまでも諦めなくていいと言われているようで。
 妻女の同席がなかったら、きっとまた泣き出していただろう。
 一度でいいから、この人を――好きだと、声に出してみたかった。
 咲いて散るだけの、永遠に実ることのない、憧憬。
 それでも、その存在に支えられた歳月は嘘ではない。
 共に過ごせた僅かな時間、かけられた言葉、微笑み、まなざし。
 少ない想い出を、一つも取り零さず抱きしめて。
 新しい道を探してみよう。
 たとえ、もう一度、人生を選び直せるのだとしても。
 また苦しむのだと、最初から知っていても。
 やはり、この人に出逢いたいから。
 彼に感化された、情熱の軌跡を誇りたい。
 未熟な弟子を支え、導いてくれた、大切な――。
(先生)
 一度も名を呼ぶことのないまま、呼称の輪郭のみを残し、その中味を守ってゆく。
 彼とこそ同行したかった寺巡りも、空想の内に留め。
 最後まで迷った、御守代わりの家族写真も、東京に置いていくことにした。
 気持ちを残すことだけ許してもらえたら、欲しいものはもう無い。
 立つ鳥、跡を濁さず。
 それが、精一杯のけじめだ。
708【魔法使いの弟子】5/9:2010/11/15(月) 03:00:01 ID:XMmHaA3g

   *   *   *

 夢破れた同業者を見送るのは、珍しくない。
 なのに、あの娘に限って、多弁に励ましめいた言葉をかけていた。
“何とかなる…か。そうですね”
 やはり女は、泣いているより、笑っている方が良い。
 彼女のその後の消息を知ったのは、年の暮れ、漫画賞受賞の折だった。
 授賞式の記事が新聞に載り、電報が届いた。
 祝いに連ねて、教師を目指して勉強中であることが添えられていた。
 努力を弛(たゆ)まぬ強さを持った娘の、真っ直ぐな目を思い出す。
 創作とは、孤独な作業だ。
 誰にも代わってもらえず、心身が枯渇するまで絞りきって尚も生み出し、立ち止まらずに走り続けねばならない。
 苦労しても認められるとは限らない。
 労力に比例する上乗せ報酬もない。
 それでも。
 己が心血注いだことを、自分自身は知っている。
 全身全霊で燃焼させた漫画家魂は、形を変えても存続する。
 突撃は命懸けだが、退却も勇気の要ることだ。
 命を懸けるにしろ、勇気を持つにしろ、どちらかでもあれば、どこであっても何をしても、生きていける。
 茂は、電報を畳み直し、受賞の記念楯と共に置いた。
 頑張れ、とは言わない。
 頑張っているのは、他の者も同じ。
 生きることは闘いだ。
 常に、闘志と矜持と、楽しむ心を。
(――忘れるな)
 唯一人の女弟子へ。
 自らの生を語る術(すべ)を失ってくれるなと、願う。
709【魔法使いの弟子】6/9:2010/11/15(月) 03:03:33 ID:XMmHaA3g

U.二十年愛

 妻子や肉親に向けるのとは違う。
 助手や編集者への態度とも異なる。
 そんな父が、なぜか見知らぬ男性めいて、胸がざわめいた。

 プロダクション設立二十周年記念パーティは、予想以上に盛況であった。
 父の長年の稼業を見守り、助力してきた人々が、引きも切らずに言祝(ことほ)ぎ、村井一族の面々は対応に追われた。
 娘の自分にも挨拶してくれる人は少なくなく、懐かしい顔ぶれとの再会に喜び、直接の面識はなかった相手からも温かい言葉をかけられ、
改めて父の偉業と母の内助を顧みた。
 妹と共に感慨に耽っていた藍子はふと、会場の人混みの中、一人の女性と語らう父の姿を見出した。
 母よりも若く、ショートボブの似合う、小柄で愛らしい人だ。
 彼女の話を、父は穏やかな表情で聞いている。
 その横顔に、心臓が小さく鳴った。
「誰かな」
 妹より四年分長く、父の周辺を見てきた自分は、かろうじて覚えている。
「…昔、漫画を描いていた人で、お父ちゃんのアシスタントやったこともあるって」
「あ〜、あの人がそうかあ。お父ちゃんが招待したんだよね。学校の遠足にも呼ばれたんじゃなかったっけ」
 かつて、スランプに陥った父を再生させる、きっかけをもたらした人。
 だが、それよりも。
 鮮烈に記憶に焼きついている場面がある。
 母以外の女性に、寄り添われた父。
 その実、二人の間には何もなかったようだし、父もまったく頓着していないけれど。
 幼い直感の延長は、おそらく外れてはいないだろう。
 話を終えた様子で、父はこちらを指し示している。
 彼女の円(つぶ)らな猫目が、姉妹を見てふわりと和んだ。
710【魔法使いの弟子】7/9:2010/11/15(月) 03:07:36 ID:XMmHaA3g

「こんにちは、藍子ちゃん」
 懐かしげに目を細めた女性が、歩み寄ってくる。
 黙って、会釈を返した。
「前にお宅にお邪魔した時は、挨拶だけでゆっくり話せなかったけど。本当に大きくなったね。って言っても、覚えてないか」
「…いえ」
「こちらは喜子ちゃんね。お父さまに雰囲気が似てる」
「こんにちは」
 妹は明るく返事する。
「水木先生に聞いたの。藍子ちゃんとは同業者になったのね。子どもたち相手の仕事は神経使うし、体力的にも大変でしょう」
「…はい」
「あたしは最初に目指した道とは違うから、慣れるまで結構かかったけど、それでもなんとかやれているし。藍子ちゃんも、気を楽に、ゆったり構えてね」
 こくりと、首で頷くだけに留めた。
 反応の悪い自分を、隣で妹が訝っている。
 会場の喧噪が遠のき、いつかの光景が脳裡に点滅した。
「河合、さん」
「なあに」
「不躾かもしれませんが。まだ、父のことを…想っていらっしゃいますか」
「え」
 瞬く眸に、僅かに翳りが差す。
 父に向けられた、異性としての慕情の健在を、その時確信した。
「そ、っか。藍子ちゃん、覚えてるんだね。あの時は、みっともないトコ見られちゃったな。
先生にもご迷惑かけたし、ご家族の方たちまで驚かせてしまって。本当に、ごめんなさい」
 ぺこりと詫びる相手と姉を、喜子が見比べているが、説明する気にはなれなかった。
「父はもう、イイ歳をしたおじさんですよ」
「そうね」
「頑固だし、わがままだし、寝ぼすけだし、食いしん坊だし。しょっちゅうおならするし、南国ボケするし、お墓巡りが趣味の、おばけ大好きな変人です」
「ええ」
「第一」
 父には、母がいる。
 両の拳をきゅっと握り締めて、俯いた。
 彼女のまなざしは、静かだ。
 もっと後ろめたげにうろたえてくれたら、本気でなじれるのに。
「…」
 向こうよりも、なぜかこちらに、気まずい空気が流れた。
711【魔法使いの弟子】8/9:2010/11/15(月) 03:11:40 ID:XMmHaA3g

「あたし、ね」
 はるこは、姉妹を交互に見やる。
「初めて水木先生の漫画を読んだ時、…凄いと思った。こんな人がいるんだ、こんなふうに描ける人がいるんだって、衝撃を受けた。
あたしにとって先生は、誰かの夫であるとか父親である前に、最も尊敬する、第一級の漫画家だった」
 彼女の面差しが、未来を語る少女のそれに戻る。
「元々、漫画家になるのは、子どもの頃からの夢だったけど。先生に逢って、目標ができた。
いつか、あの人と同じ土俵に上がれるような、プロの漫画家になるんだって」
 「力不足だったけど」と、おどけて肩を竦めてみせる。
「それでも、東京で漫画修業をした三年間は、無我夢中だった。あんなに必死になれた時間は、他にないくらい。
結局、結果は出なかったけど、根性だけは培ったと思ってる。あの頃の苦しさに比べたら、大抵のことはなんとかなるって」
 夢にも恋にも苦しんだろう、その人は今、晴れやかな笑みを浮かべる。
「漫画を諦めて、郷里に帰ることになった時も、先生に励まされた。漫画を描く以外の生き方を考えてなくて、
抜け殻になってたあたしに、不滅の漫画家魂を吹き込んでくれた」
 それは父の、不屈の情熱の片鱗。
「先生の近くにいられたのは、三年。ご家族との二十年以上の歴史に比べたら、たった三年きり。でもね、あの三年間がなかったら」
 不意に、強い瞳に射抜かれる。
「あたしは、――あたしではいられなかった」
 まるで父に似た光のようで、藍子は怯んだ。
「だから、決めたの。夢が叶わなかったからといって、人生に捨て鉢になるのはやめようって。頑張ることも、諦めることも、それでも挫けないことも。
あたしは全部、知っている。幸運な人や、成功した人とは、違うやり方ができるかもしれないって」
 夢も恋も、叶わなくとも。
 擦れ違うだけの出逢いでも、確かに意義はあったのだと。
「先生と逢えたから、先生に教わったから、できたこともあるんだって、一つでも見つけて成し遂げて、報告に行こうとずっと思っていた。
それが、せめてもの恩返しだから」
 新たな道を選び直し、一人前になった姿を、父はきちんと認めてくれたのだという。
712【魔法使いの弟子】9/9:2010/11/15(月) 03:15:08 ID:XMmHaA3g

「あのね。あたし、結婚することになったの」
「え?」
 声を揃える姉妹に、はるこは頷く。
「あたしももうイイ歳なのに、今更貰ってくれるような奇特な人も、世の中には案外いたみたいね」
 相手は、同じ職場の教員なのだとか。
「あたしの漫画家魂の話を、真面目に、莫迦にしないで聞いてくれた。あたしの中の、先生の存在を受け入れてくれた」
「そのこと、父には」
「さっき、お話しした。“めでたいな”って言ってくれた。それと、“あんたの地元は良ぇ所だな”って。いつか、ご家族の皆さんを連れていきたいって」
 父が妖(あやか)しに遭遇したという、清やかな緑深き郷(さと)へ。
 「実はね」と声を潜め、はるこは唇に人差し指を立てる。
「その人、笑った時の印象が、少し水木先生に似てるの」
 「先生には内緒ね」と悪戯っぽく目を輝かせている。
(…ああ)
 藍子は、すんなりと肩の力を抜くことができた。
 二十年の歳月が流れたのは、村井家だけではない。
 父を想う、数多(あまた)の人々それぞれに、日々の暮らしがあり、歩みがあったのだ。
「藍子ちゃんが心配するようなことは、何もないし、何も起こらないよ。先生もご家族も、もう困らせたりしない」
 凛と佇む彼女を、藍子は率直に、綺麗だと思った。
 姉妹の許を辞去する後ろ姿を見つめ、喜子がぽつりと呟く。
「あの人、男の人を見る目はあったってことだね」
「河合さん!」
 思わず、藍子は呼びとめた。
 振り向いたはるこが、首を傾ける。
「本日はお越しいただいて、父を祝ってくださって、ありがとうございました。あたしも、仕事頑張ります、負けないくらいに。それから」
 父を慕ってくれた人の、不幸を願う気性など、持ち合わせてはいない。
「どうぞ――お幸せになってください」
 彼女の柔らかな微笑みに、ようやく笑顔を返せた。

 どうか、父を支えてくれた総ての人たちに、嘉(よ)き未来が訪れますように――。


713名無しさん@ピンキー:2010/11/15(月) 22:49:57 ID:Oob/EXM3
>>704
乙!
そーいやはるこって藍子がふみちゃんのお腹の中に居た頃から知ってるんだよな
最終形態の藍子は同業者になってるし相当感慨深いだろうな…
714名無しさん@ピンキー:2010/11/15(月) 23:53:26 ID:fiaedYbU
>>704
乙!!
心情の表現が深いなぁ。
そういえば20周年パーティのときはるこいなかったな。
ゲゲがスランプから立ち直るきっかけを作ってくれたんだし、
いてもおかしくはなかったんだが、中の人の都合かな。
今回のでそこんところが補完されたので、だんだん。
715名無しさん@ピンキー:2010/11/16(火) 01:39:07 ID:vWpzUH4P
三者の想いが絡み合うのがいいね
物語上のはるこの存在は割と気に入ってるので
美味しく頂きました
だんだん
716名無しさん@ピンキー:2010/11/16(火) 02:04:50 ID:QDM5eVGm
自分は、はるこもだけどそれ以上に中森さんがいないのが気になった>20周年記念パーティー
ふみえなら「はるこさんや中森さんも招待したらどげでしょう」とか言いそうだし
717名無しさん@ピンキー:2010/11/16(火) 02:31:30 ID:46pDuFIr
はるこや中森さんは、
ゲゲの漫画家人生を左右する存在ではなかったのかなー、と思って
あまり不在は気にならなかったなぁ…
(はるこがゲゲ復活のきっかけをくれたんだけどさ)
中森さんは、悪魔くんのキター!のあとに調布にキター!!があったから、
結構たくさん会えた印象がある
718名無しさん@ピンキー:2010/11/16(火) 07:01:03 ID:AjlLtEvb
パーティーは出版の関係者向けだからあの時点で一般人のはること中森さんは呼べなかったのでは
はるこは小峰さんみたいに正式に雇ったアシストじゃないし
719名無しさん@ピンキー:2010/11/16(火) 07:07:47 ID:AjlLtEvb
アシストじゃないよアシスタントだよ…orz

そういやあきねーちゃん夫婦も一般人だ…
けど身内だしね
720名無しさん@ピンキー:2010/11/17(水) 12:24:30 ID:Wteguxer
元々ゲゲはそれ程はるこに思い入れがある感じはしなかったしな。
田舎から出てきて漫画家になるために頑張ってる女の子が女房と仲良くなり、自分のアシスタントも時々してくれる
くらいの認識かなと。
721名無しさん@ピンキー:2010/11/17(水) 13:15:58 ID:gWGUexp3
そういうのは倉田といずみも同じだろうな。いずみは姉みたいにもしかしたら自分は倉田と結婚するかもと考えても
いずみは単に若くて可愛いだけで結婚したいとは考えてないだろな
722名無しさん@ピンキー:2010/11/17(水) 13:45:15 ID:IdiQysD6
>>720
>元々ゲゲはそれ程はるこに思い入れがある感じはしなかったしな。

禿同!
特に「女性としてのはるこ」には、全く興味を示さなかったよね

漫画家魂を語るくだりも、こみち書房の政志を優しく説いた時と変わらない
最初から最後まで、ゲゲにとってはるこは、気になる存在でも特別な存在でも無いよ
723名無しさん@ピンキー:2010/11/17(水) 14:03:33 ID:Jlnk+y/M
あれはイヤこれはキライ言ってないでもっとポジティブに萌えを語れよ…
724名無しさん@ピンキー:2010/11/17(水) 14:34:00 ID:Wteguxer
イヤとか嫌いって言ってるわけじゃなく、そういう感じなのかな…と思っただけだよ。
725名無しさん@ピンキー:2010/11/17(水) 21:44:25 ID:tD2qpFzO
>>704 の書き手です。

正直、総スカンで無視されるのを覚悟してたので、読んでもらったりコメントをもらえたことに吃驚してます。
でもスレの雰囲気を悪くするのは本意ではありません…(投下しておいて今更ですが)。

今までゲゲふみばかり書いてきましたが、たまには番外編的なサイドストーリーをやろうと思ったのと、
はるちゃん視点で本編を観直してみたら、しげぇさんが随分と優しかったんで(アッキーナに対する向井氏の気遣いかも?)ちょっと驚き、
情愛抜きのほんのり男女風味の師弟関係もアリかな…くらいで試みたお話でした。

彼女のことが嫌いな人もいるだろうし、ゲゲふみが『最大のお約束』なのは重々承知してますし、自分もこの二人が基本設定ではありますが、
あのドラマの、特定の人物の想いや価値観だけを絶対視しない温かさが好きだったので、
蔑ろにされやすい当て馬的キャラでもそこで終わらせずに、一度くらいは一対一の関わりを大事にして書いてあげたかったのです。
決して浮気だの不倫だのトライアングルだのを推奨しているわけではないです。
しげぇさんを好きになってくれた人を自分は厭えなかった(だからラストの藍子の願いは個人的な代弁)、というだけのことですので、なにとぞご容赦くださいませ。

ちょっこし言い訳の追加でした、はい。
726名無しさん@ピンキー:2010/11/17(水) 23:19:26 ID:aguJtLAO
>>725
改めて、乙!

プロデューサーのブログがちょこちょこ更新されてるけど、
「紅白必見」とあるから、やっぱりおかあちゃんの応援におとうちゃん参戦するかな。
けど、審査員席に来年の妻がいると思われるので、そのあたり泥沼化したりしてw
727名無しさん@ピンキー:2010/11/17(水) 23:38:14 ID:U1oT/RYC
>>726
ゲゲゲのグランドフィナーレーらしいから、そういう展開にはならないと思うが
NHKだから、どうなるか分からないねw

楽しみだけど、グランドフィナーレーと言われると何か寂しいな
728名無しさん@ピンキー:2010/11/18(木) 00:18:54 ID:ZrnEAlSw
…ごめんなさい。
一方的かつ自己チューなはるこは、
好きになれなかったので、
とりあえずスルーさせて頂きました。


ゲゲさんとフミちゃんの、
心暖まる萌え虹なら、いくらでも読みたいで〜す♪

紅白(応援)も楽しみ♪♪
729名無しさん@ピンキー:2010/11/18(木) 00:22:12 ID:B7TUCyXS
わざわざ煽るなんてやなやつw
730名無しさん@ピンキー:2010/11/18(木) 00:55:43 ID:0QPpgH8L
>>725
ほんと乙
また思いついたら遠慮なく投下してごしない
あなたの書く大人藍子が家族想いで好きだ
731名無しさん@ピンキー:2010/11/18(木) 01:11:23 ID:LkouAL9N
>>725
720ですが、あくまでドラマを見ての感想であって>>725さんの作品は楽しませていただきましたよ。だんだん!
自分も>>725さんの描く大人藍子が好きです。
7322.5DAY/0:2010/11/18(木) 04:40:26 ID:7O+KRaCI

変にスレを掻き回してしまったお詫びとお口直しに(でもスピンオフ)、以前こっそり投下した、いちせんパロの続編を連投。
>>566 さんがまだいらしてるかわかりませんが、時間経過は >>359 のさらに後日談です。
馴れ初めは公式サイトに準じてアレンジしてありますが、プロフィールや嗜好などは御本人を参考にしました。
7332.5DAY/1:2010/11/18(木) 04:42:49 ID:7O+KRaCI

 男の人を、綺麗だと感じたのは初めてだ。
 バイト先の居酒屋のキッチンで働いていた彼の姿は、多忙な店内にあっても、不思議と端然だった。
 賑わうホールの忙しなさに振り回されそうになる時も、てきぱきと注文を捌(さば)くその落ち着きぶりに、よく励まされた。
 黙々と調理に打ち込む真剣なまなざしを、ずっと見ていたいような、振り向いてほしいような。
 そんなもどかしさが、しばしば身を熱くさせた。
 言葉を交わす機会が増え、少しずつ親しむ雰囲気が深まり。
 大人びた佇まいとは裏腹に、少年みたいな笑顔を向けられるたび、胸の奥がさざめいた。
 途方に暮れたように、明かりが灯るように、想いはしっとりと自覚される。
 2人が付き合い始める、半年前のことだった。


「店、継ごうと思うんだ」
 バイトからの帰り道、連れ立って駅まで向かう途中、祐一がぽつりと語った。
 彼の家が、地元でも有数の老舗であることは、前から聞いていた。
 密かに進路に迷っていたことも。
 生半な決断ではないだろう。
 それでもこの人は、自らが進む道を決めたのだ。
 淡々と将来を志す横顔は、いつも以上に爽やかで、綺麗で。
「大丈夫よ」
 餞(はなむけ)には、自分の言葉など無力かもしれない。
「職人さんの大変さとか、伝統とか、難しいことはあたしにはわからないけど」
 静かに眩しい人に、何か伝えたかった。
「一緒に働いてて、あたしも皆も、いつも祐一くんを頼りにしてた。周りの人の頑張りも、ちゃんと見ててくれた。
それがすごく、励みになってたんだよ」
 派手に前に出るタイプではないが、常に全体を見、必要なことを指示し、率先して動き、他人の努力を認めてくれる人。
 自らが背負うものの意味も、きっとわかっている彼ならば、半世紀の重みも継いでいけるだろう。
「祐一くんなら、大丈夫だよ」
 彼がバイトを辞めれば、今までのようには会えなくなる。
 けれど。
 これから新しい道を歩こうとする人に、余計な気持ちを告げて、紛らわせたくはない。
 ただ、精一杯の笑顔で、背中を見送ろう。
「頑張ってね」
 困らせないように、寂しげには見えないようにと、願う。
「…」
 彼は、黙ってこちらを見ている。
 駅はもうすぐだ。
 離れたくない本心が、自然と足取りを遅くさせた。
 ぴたりと祐一が立ち止まる。
 ふぅっと肩で呼吸する彼を、隣で仰いだ。
「――付き合おうか」
 何度も惹かれた、柔らかな微笑み。
「え。…って、どこに? これから?」
 真面目に訊き返せば、直後、彼は噴き出した。
 くつくつと笑われて、戸惑う。
「しっかりしてるかと思えば、結構天然だもんなあ、綾ちゃん」
 大きな掌に、ぽん、と頭を撫でられる。
「そういうところも、――好きだよ」
 夜陰に流れる風を縫って、優しい声が届く。

 この日、彼は綾子の恋人になり、やがて老舗の3代目となり、数年後には夫となった。
7342.5DAY/2:2010/11/18(木) 04:44:32 ID:7O+KRaCI

  □□□

 2人の誕生日は、1日違いだ。
 2月7日が祐一、8日は綾子。
 結婚する前から、合同で祝うのが恒例だった。
 今年は8日が店の定休日に当たるので、7日の夜に祝いも兼ねてのんびりしようと決めている。
 料理全般が得意な祐一は、毎年ケーキやデザートを作ってくれ、そのレパートリーを綾子はいつも楽しみにしていた。
 お酒好きの彼と一緒に飲もうと、スパークリング・ワインも買ってある。
 もう1つサプライズがあるが、それはまだ内緒だ。
 聡い相手に気づかれぬよう、さりげなく振る舞うのは結構難しい。
「なにニヤニヤしてんの」
 店番中のカウンターの背後から、ひょいと声が掛かる。
「祐ちゃんの手作りケーキ、楽しみだなあって考えてたの」
「新作、自信あるよ」
 スマートなウィンクを1つ。
 佐々木家の若旦那は、いちいち男前だ。
「そろそろ店仕舞いにしようか。夕飯、俺が作るから」
 心遣いが嬉しく、こちらからのお披露目にも驚いてほしいし、喜んでほしいと祈った。


 濃いピンクにデコレートされたホールケーキが、シュガー製のリボンに覆われている。
 リボン地も淡いピンクの水玉模様に見立てられ、間に瑞々しい苺がいくつも飾られている。
 まるでケーキ型のプレゼントBOXのようだ。
「可愛い…」
 食べてしまうのがもったいない。
 携帯で撮って、実家の父親にもメールしておくことにする。
 甘いもの好きで食いしん坊な父は常々、婿の手料理を羨ましがっていたから、妻の特権で自慢したい。
 ワインを開けてもらい、フリュート・グラスが満たされる。
 金のボトルから注がれるシャンパンゴールドに、繊細な泡が立ち上(のぼ)った。
「それじゃ、一足早く」
「お誕生日」
「おめでと」
「おめでとう」
 また1つ、2人の想い出を刻む。
 ささやかで、大切な歩みを確かめる。
 夕食も夫お手製の、ビーフシチュー。
 ほのかに甘い、桃の香りのワインを一口飲んでから、美味しくいただいた。
「祐ちゃん」
「ん〜」
 ハムスターみたいにシチューの南瓜を頬張っている、夫に告げる。
「もう1つ、お知らせがあるの」
7352.5DAY/3:2010/11/18(木) 04:46:05 ID:7O+KRaCI

「? なに」
「――名前、考えて」
 ぱちりと瞬く彼の瞳に、じっと見入る。
「4代目の名前、祐ちゃんに決めてほしいの」
 しばし固まっていた祐一が、やがて、ごくんと飲み下す。
「綾子」
「はい」
「…ホント?」
「ほんと」
「どれ、くらい」
「2ヶ月半だって」
 まじまじと、夫は目を見開く。
「…すごい」
「え」
「すごいよ、綾子」
 実感の重みに吸い寄せられたように、彼は、妻の腹部を凝視している。
 みるみるうちに、喜色が露わになる。
「そっか」
「ん」
「子どもか」
「うん」
「――ありがとう」
 少し潤んだ目で感激され、綾子も感極まって、声を詰まらせ頷いた。
 さらなる幸せが、いずれ目に見える形となる。
「予定日は秋かぁ」
「来年の今頃はもう、3人で迎えてるんだね」
「じゃあ今年は、2.5人でお祝いだ」
 グラスを飲み干した祐一が、はたと止まった。
「待った!」
 綾子の手首が掴まれる。
「酒はダメだ」
「これ、ノンアルコールだよ」
「ちょっとは残存アルコール分があるだろ」
「グレープジュースやりんごジュースと変わらないぐらいだって。1日当たり1杯未満で、週1回程度なら問題ないって、
お医者さんに聞いてきた」
 「今日はお祝いだから1杯だけ、ね?」と上目で窺うと、夫は「う〜」と唸り、渋々了承した。
「でも、これからは極力、禁酒だからな。俺も付き合う」
「祐ちゃんまで無理しなくていいよ」
「いーや。綾子が大変な時なのに、俺だけ暢気にしてられない」
 家族想いの彼に、新しく家族を増やしてあげられることが喜ばしい。
「仕事、しっかりやんないとな」
「祐ちゃんは、良くやってくれてるよ」
「もっと、もっとだ」
 頼もしい夫の決意に、綾子は目を細める。
 2人は、少し前まで『彼氏と彼女』で、今は『夫と妻』で、もうじき『父と母』になる。
7362.5DAY/4:2010/11/18(木) 04:47:46 ID:7O+KRaCI

  □□□

 入浴を済ませて、寝室に上がると、床(とこ)は整っていた。
「体、冷やすなよ」
 掛け布団を持って、寝かしつける気満々の夫に、ちょっと笑ってしまう。
 大人しく横になると、静かに羽毛布団が置かれる。
 じっと見ていた祐一が、「入っていいか」と訊いた。
「ん」
 隣に潜り込んできた彼に、やんわりと抱きしめられる。
 まだぺたんこの腹を、そうっと手で摩(さす)られた。
 徐(おもむ)ろに胸の弾力に顔を埋めてくる、安らいだ空気が微笑ましい。
 彼の髪に指を絡め、じっと動かぬ頭を撫でた。
「…っ」
 不意に、パジャマの上から、膨らみに唇が押し当てられる。
 乳頭を探られ、甘噛みされて震えた。
「ゆ、ッ…」
「しないよ」
 「最後まではしない」と夫は微笑む。
「触りたいだけ。すごく嬉しいから」
 腰を撫でる動きは、愛撫よりもいたわりに近い。
「俺は店を継げたけど、命を繋いでくれたのは、綾子のお手柄だ」
 服越しの間接で乳首を吸われ、堪らず頭を包み込んだ。
 妊娠の影響なのか、久しぶりの接触の所為か、感覚が過敏になっている気がする。
「ゆぅ、ちゃ」
 舌足らずな甘えに気づいたのか、夫は顔を上げ、軽く口を啄ばんだ。
 そのまま離れていこうとする唇を、綾子は追う。
「、ッふ」
 滑らかに互いの舌が絡まった。
 くちり、と音を立てながら、吐息を奪い合う。
「は、…ぁ」
 解(ほど)けた唇を彼の耳元に寄せ、広い肩に縋る。
「祐、ちゃん」
 囁くように、「…して」とせがむ。
「だめだよ」
 腹に触れた祐一が、「コッチのが大事」と苦笑する。
「でも」
 彼を困らせたくはないのだけれど、体内に点(つ)いた、火照りが消えてくれない。
 ぎゅっと胸にしがみついていると、上から小さく溜め息が落ちた。
「仕事の為なら、何でも努力できるのに」
 夫がもぞりと腕を動かす。
「俺って、綾子に関しては、昔から辛抱できないんだよな」
 見上げると、甘い光を湛えた瞳に迎えられる。
「付き合う前も。本当は、気持ちを言わずにおこうと思ってたのに」
 2人がただのバイト仲間だった、遠い過去。
「あの時も、綾子、そんな目をしてた」
「…あたし?」
「“離れたくない”って、泣きそうな顔してたろ。だから俺も、言う気になったんだ」

 “離したくない”って。
7372.5DAY/5:2010/11/18(木) 04:49:35 ID:7O+KRaCI

 口を触れ合わせての動きで「いい?」と問われ、こちらが欲しがったのにと、綻んで肯(うべな)った。
 擽るような頬へのキスに、軽く首を竦める。
 着痩せする夫は、その実、腕が太く、胸板も厚い。
 強く抱き込まれると、安堵と高揚が混じり合う。
 髪を掻き上げられて項(うなじ)を柔く噛まれ、綾子は、のけ反って息を漏らした。
 負担を掛けぬ気遣いか、横抱きにされて、首に肩に鎖骨に吸い付かれる。
 歯と唇で巧みにパジャマのボタンを外され、剥き出しになった乳房を揉みしだかれた。
「あ、――ッ、…ン」
 肌を弄(なぶ)る指の隙間から、舌にも襲われる。
 尖った乳首に軟らかく歯を立てられ、舌先で執拗に押し潰されては、猫みたいに鳴いた。
「ふ…、ぁッん――もぅ、そこ…ばっかり…」
「綾子はさっき、ケーキの苺食べたろ。俺はコッチ」
 ちゅ、と吸い上げられるたび、足の奥がじわりと熱く潤む。
 シーツに耳を擦(こす)り付けて、自分の指を銜えた。
「ん、…もぉ、――も、っと…」
 もっと、この人のものになりたい。
 とろみが湧き出す下肢を、もどかしく蠢かす。
 するりと寝巻きを滑り下ろした祐一の手が、下着の上から陰部の縁(ふち)を確かめる。
 じっとりと湿っているそこを、爪先で優しくいじられ、綾子は悶えながら腕を伸ばした。
「ぁ――あ…、ぅちゃ…」
 片手を絡ませ合い、指をくねらせて急かす。
「ね、…ッ…舐め、て――」
 全部にキスして、どうか愛して。
 晒された秘部が、彼の視線に囚われる。
 大腿を押し広げられ、臍の下に唇が置かれた。
「聞こえるかな」
「…え」
「こういうコトしてるから、おまえがそこにいるんだよって、わかるかな」
「もぅ」
 笑いが零れ、夫の癖っ毛を愛おしく梳いた。
 そのまま、淫液の源泉に口づけられる。
 充血した襞に舌が潜り、自在に遊泳する。
「ハ…、――ん、ッん…ぅ」
 大好きな長い指に、濡れた萌芽を開花させられる愉悦に、綾子はうっとりと酔った。
 自ら膝を広げて、腰を突き出してしまう。
 恥じらう余裕は、とうにない。
 器用な指数本に愛撫され、乳暈を詰く吸われつつ、自身の望み通り、快楽の淵から落下した。


 絶頂感に惚け、肩で息をしていると、夫が下肢を拭ってくれているのに気づく。
「…ぅ、ちゃ…」
 始末を終えた彼に、ぽんぽんと頭を撫でられ、まさかと瞬いた。
「あた…し、だけ?」
 祐一が笑って、ちょん、と額にキスをした。
「控えめになんて、抑えられる自信、ないよ」
 淡泊な彼の、意外な情熱は知っているし、それが嬉しいとも思っている。
 まして、我慢などさせたくない。
 意を決し、気怠い体を起こした。
 きょとんと訝る夫を座らせ、その足の間に入り込む。
「綾子?」
 下腹に顔を近付けると、慌てて止められた。
「え、っと。無理、しなくていいよ。俺は大丈夫だから」
「あたしだけなんて…イヤ」
 大切に慈しまれるばかりで、十二分に返せたことなどないけれど。
「あたしだって、祐ちゃんに、してあげたいの」
 愛される以上に、彼にも与えたいと、ずっと考えている。
7382.5DAY/6

  □□□

 既にそそり立つ男根の先端を、ふわりと掌で撫でてみる。
 ぴくりと反応したそれを、筒状に曲げた指でやんわりと握り込み、口内に招き入れた。
「…ッ」
 頭上で夫が、小さく息を飲むのが聞こえる。
 舌で雁首を押し上げると、滲み出た先走りと唾液が絡まって、粘つく音がした。
 大きな手にゆったりと髪を梳かれ、綾子は快く目を閉じる。
 裏筋に舌を這わせるたび、硬度はますます強まった。
 歯を当てないように注意しつつ、全体を舐め回す。
「ふ、――ぅ」
 祐一が低く嘆息する。
 熱い猛りに頬擦りし、ぐっと奥まで含んだ。
「…綾、――」
 呼ばれて、彼と視線を合わせる。
 普段は涼しげに端正な面差しが、耐えるように歪んでいるのを、恍惚と見上げた。
 唇を窄めて隆起に吸い付き、頭を上下に動かす。
「も、…ぃい、よ。マズ、イ」
 引き離そうとされるのを、黙って首を横に振ることで答える。
 このまま、――食べてあげたい。
 決壊が迫る気配を察知し、陰茎を摩りながら、敏感な鋒(ほこさき)に甘噛みを施す。
「――ッ、…!」
 祐一が鋭く呻いた。
 烈(はげ)しい射精に直面した綾子は、濃厚な液をどうにか飲み干し、果てた彼の分身をも丁寧に舐め取る。
「擽ったいって」
「まだダメ」
 体を捩(よじ)っていた夫は、観念したふうに大の字になって寝転ぶ。
 素直に身を預けてくれる無防備さ。
 仰臥する相手を見つめて信頼感に浸っていると、ひょいと伸びてきた腕に、頭ごと抱き寄せられた。
 わざと大雑把なキスが、それでも濃やかさに満ちている。
「あたし、ちゃんと…できてた?」
 唇が重なる寸前で訊いてみると、満面の笑みが返る。
 悦んでもらえたことにほっとすれば、多少の顎の痺れも気にならない。
 彼のこめかみ、髪の生え際に、伸び上がって口づけた。
 肩口に寄り掛かるように、腕枕をしてもらう。
「…ナンか」
「なあに」
「気持ち良過ぎて…眠たくなった」
 ぽやんとした声で、目元を擦る夫が可愛い。
 あどけない子どものようにも見え、両手に囲い込んで守ってあげたくなる。
 常に守られてばかりの自分にも、母性の芽生えを実感した。
「祐ちゃんに、似てると良いなあ」
 腹を撫でる手の上に、彼の掌が重なる。
「俺は、綾子に似てる方が良い」
「じゃあ、両方にしとこっか」
 くすりと噴いては、また抱きしめ合い。
 2人、至福の眠りへ溶けていく。
 やがて、3人分の明日を迎える、その日の訪れを指折り数えながら。


<終>