かりめろのばら色帽子
ttp://calimelo6519.blog34.fc2.com/blog-entry-79.html 複雑な親心〜そして僕は途方にくれる〜
2010.02.16 *Edit
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「オ…オスカル…こっこれは…いったい…」
とその一言をやっと言うと…レニエはその場に倒れた…。
末娘オスカルのために『婿養子になりたい人、この指とまれ!』舞踏会を開催したものの
当のオスカルはまるでとんち問答にこたえるようにすんばらしい礼服に身を包み、しかも部下である衛兵隊員達をその舞踏会に招き…。
ジャルジェ家がその名に懸けて催した舞踏会をひっちゃかめっちゃしてしまった。
あまりにも想定の範囲外であったこの失態に…レニエの血圧は…そのバロメーターの針を振り切ってしまった。
どれくらいの時間、レニエは気を失っていたのだろうか…?
ふと目を覚ますと見慣れた天蓋が目の前に現われ、自分がベッドの中であることをすぐにわかった。
「父上!お目覚めでございますか!」
聞きなれた末娘の声にレニエは顔をその声の方向に向けた。
「…大丈夫だ…。少々、驚いただけだ…。…オスカル!何事だ?その…すんばらしい…ドレスは…!」
「父上…。お気は確かでございますか?私は父上のおっしゃるとおり、
『婿養子になりたい人、この指とまれ!』舞踏会にて最高に豪華な装いをし、
婿を選べとのご命令に従ったまででございます。そしてここにいるアンドレと…」
「そうです、旦那様…あ…今は…父上でございました…。」
はぁ?ときょとんとするレニエを前にさらに“婿殿”は続ける。
「今日は…旦那さま…申し訳ございません…。お父上にご報告がございます。」
レニエは、上半身を起こしながら応えた。
「ほぉ…なにかね…?」
いまいち、状況を把握できていないレニエではあったがそれは近衛隊の将軍。
動揺を隠しつつ“婿殿”の“報告”を聞いた…。
「来月には、お父上をご安心させることができます。」
「…どういう…。」
わからない…。
いつから“婿”になったのだろう…。しかも…“ご安心させることができる”とは?
戸惑うレニエを見て、オスカルがおもむろに右手でドレスを裾を掴み、左手を広げると…。
「ご覧ください!」
「いかがした!オスカル!かように腹が膨らんで!奇妙な太り方をしたなっ!何かの病かっ!」
「何をお戯れをっ!身ごもっておるのです!」
「み、み、み、み、みご…みごごご…。」
レニエには…まるで天井からかねのたらいが落とされたような衝撃的“告白”…。
そんなレニエにアンドレの畳み掛けるような一言…。
「来月には、お父上に男の孫をお抱きいただくことができると…。」
「ら、ら、ら、らい…来月…!」
そして…末娘のだめ押し…。
「そんなにお喜びいただけるとは…。父上!さわってご覧になりますか?もう動きます。」
と、末娘はそのふっくらとした腹をレニエに差し出した。
すると…レニエはまるで何か溜め込んでいたものを吐き出すかのように叫んだ。
「このぉ〜!おおばかものっ!」
「はぁ〜!なにがおおばかものなのです?“強く賢い男の子をうんでわたしをあんしんさてほしい”
とおっしゃったのは父上ではございませんか!でかしたぞとのお褒めのお言葉をいただいてもおおば
かものとどやさるおぼえはございません!」
レニエは…戸惑いを通り越し…なぜか腹が立ってきた。どういう展開でこのような事態になっているのか…。
「何を言うか!わしの知らんうちにそのぉ〜、なんだ、アンドレとあ〜してこ〜して…」
「私を安心させろとご命令されたのは父上でございますぞ!」
「あ…そのぉ…確かに…言った。いったが…。では…なぜ…アンドレ?」
「はぁ!?自分の気に入ったものを“婿”にせよとおっしゃられたのは父上ではございませんか!
アンドレのどこがお気に召しませんのでしょうかっ!?」
そうだ、確かに言った…。
しかもアンドレならレニエ自身、“婿”として一番安心できる相手ではある。けれどアンドレとは
身分が違う。いや…彼が戸惑っている理由は…“身分”など言うことではない…。
「“強く賢い男の子をうんでわたしをあんしんさてほしい”とおっしゃられたのでこうしてアンドレ
と励み、こうして父上にご報告しておりますのに!」
「は、は“励む”な!第一…。第一…。は、早すぎる!うん、そうだ、そうだ!早い!早い!
早すぎる!今夜舞踏会を開いたというのにどうしてそこまで腹がおおきのだ!」
「善は急げと申しましょう!わたくしはすでに三十路。急がねば父上に“強く賢い男の子”
をお見せできない、父上が亡くなれてからでは遅いと思い、アンドレと寝食を忘れて、励みに励みましたのに!」
「勝手にわしを殺すなっ!寝食を忘れるな!励むな!わしはこの通り元気だ!」
「現実問題でございます!」
「あぁ…!オスカル!お前…お前…アンドレとなんだ?なにかしをなにかして、あれをあれして
それをそのようにして……い、いつの間に…。」
「もちろんでございます。なにかしをなにかして、あれをあれしてそれをそのようにしなければ、
みごも訳がございません。それは、父上とて同じこと。ご経験済みでございましょう!!」
「いや…。その…わしのことはこの際、棚に上げておいて…。」
「そのような“棚”は必要ございません!それともアンドレではいけませんか?」
「いや…お前が…人の“妻”になり…“母”になるが…なんとなく…寂しい…」
「…父上…」
「…いざ…そうした姿を見ると…孫に会えるという喜びよりも先に…お前が…わしから…去
っていくようで…寂しい…。」
「父上…。」
そうなのだ…。
確かにレニエがオスカルの結婚を望んだ。それは…跡継ぎが欲しいというのではなく、
自分が信頼できる男にこの末娘を託し、守って欲しいという親心からなのだ。
けれど現実を目の当たりにすると寂しさが心一杯に広がる。
いや…そんな生半可な気持ちではない。
大事な宝物を…可愛い宝物を失ってしまったような…喪失感という感情のほうが適切かもしれない。
「父上。アンドレは“婿”でございますれば同じ屋敷内に住まいます。しかもアンドレは父
上もよ〜く知っている男ではございませんか!」
「おおばかもの!」
寂しさあまって憎さ百倍といったところであろうか。
レニエは自分のこの言葉に言い表せないほどの喪失感を伴う寂しさを理解していないような
オスカルに腹が立ち…。再びその怒りのボルテージは最高潮…。
「はぁ〜?おおばかものぉ〜〜?」
「お前は私の娘であればいい!いいか!誰かれの“妻”になることは決して許さん!アンド
レであろうが、誰であろうが絶対に許さん!」
「このぉ〜わがままおやじっ!わたくしを“男”として育てたり、結婚せよと命令したかと
思えば、今度は嫁ぐなですとっ!大体…」
オスカルの声が遠くなっていく…。レニエは体が大きく揺れるとそのまま…気を失った…。
「あなた!あなた!」
遠くなっていくオスカルの声にかわって…妻の声が段々、近くに聞こえてくる。
「あなた!どうなさいましたの!何か悪い夢でも?」
レニエが目を開けるとそこには愛しい妻が心配そうに彼の顔を覗きこんでいる。
「あ…ここは…わしは…?」
「舞踏会で…オスカルの部下がやってきて…あなた、そのままお倒れになりましたの。
こちらにお連れしてからは“おおばかもの”“オスカル”と交互に叫ばれて…。」
「あぁ…。」
レニエはほぉとため息をついた。なんと…疲れる夢であったろうか…。
「確かに…。あの子のしたことはおおばかもの!ですわね。けれど…。」
「…もう何も言うな…。疲れた。…悪いが…一人にしてくれ…。」
「そうですわね。お疲れでございましょう。ごゆっくり、お休みくださいまし。」
パタンとジャルジェ夫人が寝室のドアをしめると。レニエはベッドから起き上がり、バルコニーに出た。
レニエの頬を晩夏の風が優しく撫でる…。
オスカルを嫁がせようと画策したのは確かにレニエ自身である。
混乱し始めているこのフランスにあって、一刻も早く軍から身を引かせねばならない。
けれど、実際…。
夢に現われたオスカルをみて自分の本当の心の内を知ってしまった。
すでに嫁いだ娘たちと異なり、オスカルはレニエにとって特別な娘だった。“男”とし
て武官の道を進むように教育したこと…。確かにそれが一番ではあるけれど。
嫁がせようと思えば、いつでもできたことだ。
本当は…。
“末娘”であるからこそ、手放すことができなかったというところが本音なのだろう。少し…。
長く手元に置きすぎたのかもしれない。いまさら…末娘を…他の男にやるなど…。
しかし…。このまま軍においておくわけにはいかない…。けれど…レニエの可愛い末娘が人妻
になることには…どうしても心がついていけない…。
が…。このまま、軍においていくわけは…。けれど末娘が人妻になることは…
「あぁぁぁ…!」
堂々巡りのすえ…。レニエは頭を抱えてしゃがみこんでしまった…。
オスカルがもし…この結婚話を承諾したとしても…次なる関門は…自分自身のこの親心である
ということに…レニエは呆然とした。
晩夏の夜が更けていく…。
レニエは…複雑な自分の親心に…途方に暮れてしまった。