おそらく、昔々に、二人きりでツリーの飾り付けでもやったことがあって、それを今でも懐かしんでいるのかも知れない。
そんなことを思いながら、 美由紀はポケットを探ってマンションの合鍵を取り出すと、それを鍵穴に差し込んで解錠
した。時刻は、午前十一時半。平日のこの時間であれば、両親は都心に構えたばかりの『高須特許商標事務所』で忙
しく働いているはずだ。だが…、ドアを開けると、ほっとするような暖かさが感じられ、次いで、嗅ぎなれた香ばしい匂い
が美由紀の鼻腔をくすぐった。
母親が日常的に焼いているパンの匂いだった。玄関の土間には、その母親が通勤に使っているローファーが揃えて
あった。
『ママが居る!』
想定外の状況だった。書き置きしてから家出するなんて悠長なことは出来ない。いっそ、このまま回れ右して、玄関か
ら飛び出そうかと思った矢先、
「あら〜、お帰りなさい」
キッチンの方から、その声と、次いで近づいてくる足音が聞こえ、玄関からリビングに続く廊下に、黒いエプロン姿の
亜美が姿を現した。
「早かったのね。あ、そうか、今日は終業式だけだっけ?」
エプロンのポケットに入れていたタオルで手を拭いながら、亜美は玄関に突っ立ったままの美由紀に近づいてきた。
美由紀は、「う、うん…」とだけ曖昧に頷いて、亜美の表情を窺う。その亜美の鼻の頭には、白っぽい粉のようなもの
が付着していた。
「ママ、お鼻のてっぺんに小麦粉が…」
亜美が自分に注目するのを逸らそうという苦し紛れの一手だった。亜美は、きょとんとして、鼻の頭に手を遣り、本当
に粉が付いているのを確認すると、「あら、やだ…」と呟いて苦笑した。
「あんたにも言っておいたけど、今晩は、祐作おじちゃんや、すみれおばちゃん、それに能登のおじちゃん、麻耶おばちゃ
んが来て、クリスマス・パーティーをする予定だから、その準備のためにまずはパンを焼いていたのよ」
しまった…、今夜は、高須特許商標事務所の開業祝いとかで、父母の友人がやって来ることになっていたんだっけ。
そんな大事なことを、悪夢のような成績を取ったせいで、完全に失念していた。
「パーティーのお料理は、パパが下ごしらえしておいてくれたけど、もう一手間が必要なのよね。特に、今回のメイン
ディッシュである牛肉の煮込みは、これからパパ特製のドミグラスソースを加えてじっくり煮なくちゃいけないから、ママ、
お仕事はちょっとお休みしちゃった」
「そ、そうなんだ…」
「あら、何よ、意外そうな顔して…。ちゃんとしたものを出さないと、お客さんに申し訳ないでしょ? だから、事務所のお
仕事はパパに任せて、ママはこうしてパーティーの準備をしてるのよ」
まずいことになった。これでは家を抜け出して川嶋安奈宅に亡命するのは、ほとんど不可能である。だが、チャンスは
あるかも知れない。美由紀は、気を取り直し、出来るだけ子供らしい笑顔を心掛けて、亜美に向き直った。
「じゃ、じゃぁ、私もママのお手伝いするぅ〜」
とにかく、勉強とは関係ないことへと亜美の注意を逸らして不本意な成績が発覚するのを少しでも遅らせる。その間
に隙を見て逃げ出せばいい。美由紀は、小学四年生とは思えない小賢しさで、そんなことを考えていた。
母親の亜美は、我が子の意図を知ってか知らずか、害のなさそうな淡い笑みを浮かべている。そうした笑顔は、娘か
ら見ても美しい。
「それなら、まずはちゃんと手を洗って、うがいして、それからあんた専用のエプロンを着なくちゃ。身支度がちゃんとして
いないと、人様に出す料理なんか作れないわよ。それと、お昼ご飯だけど、賄いっていうのか、パーティーに出す料理の
味見も兼ねて、それをおかずにして適当に食べるけど、それでいいわね?」
「うん、うん」
美由紀は二つ返事で頷いた。通知表のことを取り敢えず誤魔化せるのなら、何でもオーケイだった。
とにかく、ランドセルを子供部屋に置いて、コートを脱ぎ、セーターも脱いでブラウス姿になった。そして、洗面所に行き、
うがいをして、手を薬用石鹸で十分に洗浄した。父母、特に父は万事清潔であらねばならぬという信念の持ち主だから、
その娘である美由紀も、自然と綺麗好きになっていた。
うがいをして手を入念に洗い終え、キッチンに赴くと、母親である亜美が、美由紀専用の空色のエプロンを用意して
待っていてくれた。
「はい、あんたのエプロン…」
そのエプロンを頭から被り、背後で紐を縛った。既に何度となく着用しているので、手探りででも紐は結べる。
身支度が完了して、ちょっと落ち着くために、美由紀はキッチンをぐるりと見渡した。コンロの上ではブイヨンで牛肉
の大きなかたまりを煮込んでいるらしい寸胴鍋が湯気を上げていた。別のコンロでは、パーティーの初っ端に出すらし
いスープが煮えている。スープは、美由紀も好きなカボチャのポタージュであるようだ。
「今年は、パパもママも忙しくて、冬至カボチャを食べられなかったから、スープだけど、これでカボチャを戴こうって寸法
よ。あんたも、カボチャのスープは好きでしょ? 生クリームをたっぷり入れて、口当たりをよくするから、きっと美味しい
はずよ」
亜美はそう言って、悪戯っぽくウインクした。
今は、カボチャをブイヨンで柔らかく煮ている段階なのだろう。カボチャが十分に柔らかくなったら、フードプロセッサ
で砕いて、更に裏ごしにする。その手順なら、以前、亜美を手伝ったことがあるから、覚えがあった。
美由紀は、父がアングル材を組み上げて自作したオーブン用のラックに目を向けた。そのラックに乗っているオーブ
ンの庫内は、遠赤外線を含む熱線で、丸く成形された大きなパン生地が赤々と照らされていた。
温度は二百三十度ぐらいだろうか。亜美のパンのレシピは、高温でしっかりと焼き、表面に歯ごたえのあるクラストを
作るのが特徴だった。噛めば噛むほど味のあるパン。学校給食に出てくるフニャフニャの白パンとは大違いだ。
「ママ、このパンもライ麦入れたぁ?」
高須家でパンといえば、ライ麦を入れた、ベージュや褐色のパンが普通だった。だから、美由紀は、初めて学校給食
で白パンを見た時は、逆にちょっと驚いたものである。甘いもの、柔らかいものを子供は一般に好むとされるが、パンに
限っては、歯ごたえのない量産品の白パンよりも、固いが旨味が凝縮された自家製パンの方が断然美味しい、と美由
紀は思うのだ。
「ああ、それねぇ。入れてはあるけど、ほんのちょっとだけ…。お客様が食べるんだから、我が家の流儀を押し付ける訳に
はいかないでしょ? ドイツパンじゃなくて、万人向けのフランスパンのレシピで作ってるのよ」
「そうなんだ…」
庫内では、直径二十センチ強の丸いパンが熱で炙られて膨らみ始めていた。パン・ド・カンパーニュを焼いているらし
い。いつものドイツパンではないけれど、これはこれで美味しいかも知れない。
「さてと…」
亜美は寸胴鍋の蓋を開けた。その寸胴鍋では、オーブンで表面を焼かれた牛肉のかたまりが、セロリや、玉ねぎや、
ニンジンやらの野菜と、月桂樹の葉っぱや胡椒、タイム等の香辛料をガーゼにくるんだ『ブーケガルニ』とともに、ブイ
ヨンの中で、ことことと煮られていた。
「どうかな? そろそろ煮えていると思うんだけど…」
亜美は、竹串をおもむろに牛肉のかたまり突き刺して引き抜き、その引き抜いた竹串の先端を検分している。
「柔らかくなっているし、血みたいな生っぽい汁が付いてこないから、頃合いかしらね…」
そして、牛肉を煮ているブイヨンを小皿に少し掬って味見をした。
「うん…、いいかも!」
「本当? 私も味見するぅ!」
亜美は、もう一回、小皿にブイヨンを掬い、それを美由紀に差し出した。
「本当だぁ、美味しい!」
その一言で、亜美は得意そうな笑みを浮かべた。
「このお料理はねぇ、ちょっと前に、あんたとパパとママとで、事務所開業祝いに、ホテルのレストランでご馳走を食べた
でしょ? その時のメインのお料理を、パパが再現しようとしたものなのよ。全く同じ物は出来ないかも知れないけど、
そこそこ旨く仕上がりそうな感じよね」
「あの時の、お料理なんだぁ…」
それは、美由紀の記憶にも鮮やかだった。大きな牛肉のかたまりをシチューのように煮て、ステーキのように切り分け
られた料理。ドミグラスソースの濃厚な味わいが、まったりとしていて、本当に美味しかった。
「お昼ご飯は、このブイヨンをスープにして、後はカボチャの煮た奴をちょっと失敬して、それから作りおきしてあるライ
麦パンとハムとチーズで簡単に済ませましょ。今晩は、もの凄いご馳走の連続だから、あんまりお昼でお腹一杯にしちゃ
うと後悔することになるかも知れないわよ」
肉料理だけでもお腹一杯になりそうだったが、竜児も亜美も、前菜からスープ、魚料理、肉料理とフルで出すつもりら
しい。それを想像すると、生唾が湧いてくるが、諦めなくてはならなかった。ご馳走の誘惑は断ち難かったが、何よりも、
亜美の隙を見て、川嶋安奈宅へ亡命することを優先しなければならない。
「そろそろお昼だから、軽く昼御飯にしましょ…」
ちょうどオーブンではパンが焼き上がったらしく、亜美はキッチンミトンをはめた手で、オーブンのドアを開け、トング
でアツアツの大きな丸パンを取り出し、ケーキクーラーと呼ばれる平たい金網に置いた。
「え、そのパン、もう食べちゃうの?」
亜美は、苦笑してかぶりを振った。
「このパンは今夜のお客さん用。だから、ライ麦をあんまり入れなかったのよ。あたしたちは、作り置きしてあるいつもの
ライ麦パンを食べましょ」
亜美は、冷蔵庫からジップロックで密閉されたゴーダチーズのブロックを取り出すと、チーズ専用のナイフでそれを
薄切りにした。そして、ハムを入れたジップロックも冷蔵庫から取り出し、二枚の平皿に、そのハムを二枚ずつ、先ほど
薄切にしたチーズとともに載せていった。
「美由紀、悪いけど、テーブルにライ麦パンが載ってるでしょ? それをパン切り包丁で薄く切っておいて頂戴」
「う、うん…」
母親に命ぜられて、美由紀は刃が細かく波打っているパン切り専用の包丁を手に取った。何でも、結婚前に、デート
も兼ねて行ったらしい浅草近くのプロ用調理器具専門の店で買ったものらしい。以来、十数年以上も毎日のように酷
使されているが、切れ味は未だに新品同様の鋭さがあった。
「その包丁は、一生ものだから、よく切れるのよ。だから、あんたも手を切らないように注意してね」
実用的な道具や、書籍といったものには金に糸目をつけないのが、美由紀の両親である。『安物買いの銭失い』と
いうようなことは、美由紀の家で愚の骨頂であるらしい。
その包丁で慎重にパンを切っていく。ライ麦百%の濃褐色のパンはえらく固いが、細かく波打った鋭利な刃先の前に
は無力だった。パンは、およそ四ミリメートル幅で、亜美の分として四枚、美由紀の分として三枚切り分けられた。見た目
は少ないが、ライ麦百%のパンは、みっちりと詰まっていて、少量でも腹もちがよい。
「あら、今回は以前よりも綺麗に切れたじゃない。あんたは器用だから、勉強でも何でも、本当に飲み込みが早いわね」
母親から誉められたのは正直嬉しかったが、『勉強』という語句で、美由紀は、びくっとした。話題が勉強がらみに
なるのは避けなければならない。
「う、うん…。この前のサンドイッチの時は、ちょっと厚みにムラが出来ちゃったから、今回は厚みを揃えるようにしたんだよ」
ちょっと頬が引きつっていたような気がしたが、にっ、と白い歯をわざとらしくむき出して、亜美に笑い掛けた。
その亜美も、優しげな笑みを湛えている。よかった、この場は、なんとか誤魔化すことが出来たようだ。
「それじゃ、スープとパンと、ハムとチーズと、煮たカボチャだけだけど、お昼御飯よ」
そう言いながら、亜美は寸胴鍋からブイヨンの上澄みを掬って、二つのマグカップに満たした。
「スープは熱いから気を付けてね」
亜美から受け取ったマグカップには、ちょっと濁った琥珀色のブイヨンが満たされ、それが、ほかほかと暖かな湯気を
上げていた。牛肉の濃厚な匂いと、セロリや玉ねぎ等の香味野菜、それにタイム等のハーブの清々しい香りが食欲を
そそる。
「はい、じゃぁ、戴きます」
「い、戴きます…」
亜美と二人、ダイニングのテーブルに着席し、「戴きます」を合図に、美由紀はマグカップのブイヨンを一口啜った。
先ほど味見をしたので分かってはいたが、やはり美味しい。カボチャも、ブイヨンで煮たものに、摩り下ろしたパルミ
ジャーノ・レッジャーノをちょっとだけ振り掛けただけだが、カボチャの甘みと、ブイヨンのうま味と、チーズの風味があい
まって、美味しかった。ライ麦パンは食べ慣れたものだが、いつ食べても飽きがこない。この分なら、今夜の晩餐の料理
は、かなり期待が持てそうだ。美由紀は、亡命するのはやめて、成績が下がったことを正直に告げて、両親の許しを請い、
その上で今夜の晩餐を楽しんだ方がいいかも知れない、と思い始めてきた。
「お昼を簡単に済ませたら、牛肉の煮込みにドミグラスソース加えて、とろ火で煮て味をしみ込ませるのよ。ドミグラス
ソースを入れちゃうと、途端に焦げやすくなるから、お鍋につきっきりで居なくちゃいけない。ママは、キッチンでお鍋の
番をしてるから、あんたは、少し休んでていいわよ」
「う、うん…」
逃げるなら、今のうちかも知れない。ともちゃんの家に行くとか言えば、この家をエスケープ出来るだろう。だが、晩餐
の誘惑を断ち難かったし、パーティーの準備を楽しそうに進める母を見ていると、それを裏切ることが憚られた。
「ママ、洗い物は私がやるぅ」
せめてもの償いのつもりだったのかも知れない。家出をするのであっても、皿ぐらいは洗ってからにしようと思った。
「そう、じゃぁ、お願いね。正直助かるわ…」
亜美は嬉しそうにそう言うと、別の鍋で竜児が作っておいた特製のドミグラスソースを、ブイヨンで牛肉の塊を煮てい
る寸胴鍋に加えていった。琥珀色のブイヨンは、たちまち暗褐色を呈し、子牛の大腿骨や脛肉、それに多種の香味野菜
がローストされ、煮出された深い風味を備えていった。
その濃褐色の煮汁を、亜美は僅かに掬って味見している。
「うん、もの凄く美味しい。やっぱ、パパ特製のソースは秀逸ね」
そうして、亜美は娘のためにも、うま味がいっぱいの煮汁を掬い、それを小皿に注いで差し出した。
食器を洗う途中だった美由紀の手は洗剤まみれだったので、亜美は「ほらぁ、あんたも味見」と言って、その小皿を
彼女の口元に持っていった。美由紀もまた、亜美が支える小皿から味見した。
「本当だ、凄く美味しい…」
以前に一家で外食した時の料理を模倣したということらしいが、それと甲乙つけ難い美味しさが期待出来そうだ。
やっぱり、亡命は中止するか? 内心ではそんなことを悩みながら、美由紀は皿洗いを終えた。
リビングで電話のベルが鳴ったのは、その時だった。
「ママ~、電話ぁ~」
だが、キッチンの亜美は、笑顔ながらも首を左右に軽く振っている。
「ちょっと、手が離せないから、あんたが出て頂戴」
どちらかと言えば引っ込み思案の美由紀にとって、電話で見知らぬ誰かに応対するのは得意とは言えなかったが、
母の命令とあらば致し方ない。だが、電話機のディスプレイに表示された『パパ携帯』の文言で、美由紀はほっと安堵
した。
「ママ~、パパからだけどどうする?」
その一言で、亜美は、一瞬、浮足立ったようにも見えた。だが、すぐに、元の落ち着いた態度で鍋の方に注意を向けて
いる。
「う~ん、やっぱあんたが出て頂戴。話によって、ママが出るかどうかするから」
「うん…」
美由紀は、ハンドセットを持ち上げて、「はい、高須です…」というように、いつぞや亜美に躾けられた通りの応対を
心掛けた。番号通知で相手が父親であることが明白であっても、定石通りのマナーは大切だ。
『おう、美由紀か、パパなんだが、ママはどうしている?』
聞き慣れた父の声に雑踏らしいノイズが重なっていた。どうやら、父は事務所を出て、どこかの街を歩いているらしい。
「ママは、牛肉の煮込みが焦げないように、お鍋の番をしているよ。どうする? ママと代わる?」
『そうか、忙しそうみたいだが、弁理士の仕事のことで是非ともママに知らせておきたいことがあってね。それも、とびっ
きりのビッグニュースだ。悪いが、ちょっとママと代わってくれないか』
美由紀は父親に対して、「うん、分かった…」とだけ告げ、次いでハンドセットの送話器を手で塞いでから、
「ママ~、パパが弁理士のお仕事のことでビッグニュースがあるから、電話に出てくれって言ってるよぉ」
と、キッチンの亜美を呼ばわった。
亜美は、鍋の火を一旦消すと、「しょうがないわねぇ…」と呟きながら、リビングに赴いて、美由紀からハンドセットを
受け取った。
「はい、もしもし、あたしだけどぉ?」
面倒臭そうにしながらも、本心では夫からの電話が嬉しいのだろう。亜美は、ハンドセットのカールコードを半ば無意
識に指先に巻き付けるようにして弄んでいる。そうした仕草は、おそらく、結婚前からなのだろう、と美由紀は想像した。
まるで小娘のような風情で夫との電話を楽しんでいた亜美が、いきなり素っ頓狂な声を上げた。
「ええっ! ほ、本当?! あ、あたしたちに、新規ブランド、新製品開発のコンサルティングをやらせてもらえるのぉ!!」
父親からの音声は、美由紀には全く聞こえないから、会話の詳細は不明だし、何よりも小学四年生に父母のビジネ
スを十分に理解するのは難しかったが、それでも両親に大きな仕事が任されるらしいことは雰囲気で察せられた。
「やった! やったじゃん!!」
娘が居るにもかかわらず、亜美は子供のようにはしゃいでいる。普段から、笑顔を絶やさない母だったが、こんなにも
喜色満面なのは、見たことがない。
「うん、うん…。これは、祐作とか麻耶とかにも祝ってもらわなくちゃ! だとすれば、ちょっと贅沢だけど、シャンパン開け
ようよ。え? いいじゃん、こんな目出度いニュースなんだからぁ。それに、コンサルティング業務が軌道に乗れば、今回
贅沢に飲み食いしたって、すぐに元は取れるわよ。え、赤ワインと白ワインは、そこそこのもんがあるから、シャンパンは
要らないですって? バカ! もう、本当にバカで頑固でムードないんだからぁ…。と・に・か・く、祝い事にはシャンパン!
大口ビジネスが獲得出来たんだから、ちょっとぐらいの贅沢でがたがた言わない! いいわね?!」
夫との電話を終え、ハンドセットを電話機に戻した亜美の顔が上気していた。その自覚があるのか、亜美は、目を潤ま
せて、その頬に両掌を当てている。
「ママ…」
その亜美の様子から、美由紀にも、大変なニュースであることが理解出来た。
「うん…。ちょっと、ママ取り乱しちゃったけど、本当にもの凄いニュースだったわ…。先月末に、パパとママは、大きな
会社からお仕事を貰えるように、その会社に行ってお願いしてきたんだけど、それがそのまま認められるなんて、本当に
夢じゃないかと思うくらい…」
成功すれば、両親が経営している特許商標事務所は、大躍進することだろう。今まで以上に両親は忙しくなるだろう
が、その分だけ、裕福な暮らしが約束されるに違いない。
「お仕事、いっぱい来るの?」
亜美は頷いて、傍らに立つ美由紀の頭を優しく撫でた。
「そうよ、いっぱいっていうか、大きなお仕事が来るのよ。パパとママのお仕事は、その会社の行く末そのものも左右する
ような大切な仕事なの。だから、お金がどうとかってよりも、責任ややりがいがあるお仕事なのよ」
亜美は、エプロンで目頭をちょっと押さえると、微笑した。
「あらやだ…、お目出度いってのに湿っぽくなっちゃった」
自嘲するように呟くと、キッチンの片隅にある戸棚の最下層の扉を開けた。そこは、高須家のささやかなワイン保管
庫になっていて、横置きのラックには、暗緑色をした瓶が何本か収められていた。
「う~ん、シャンパンとはいかなくても、カバぐらいだったらあるかと思ったんだけど、ないわね…」
カバとは、スペイン産のスパークリングワインである。倹約を旨とする高須家では、祝い事でスパークリングワインを
飲む時は、もっぱらこれだ。シャンパンに近い味わいを持ちながら、シャンパンよりもリーズナブルなのが有難い。しかし、
それでも一般のワインよりは割高である。
「ママ、どうするの?」
ラックに屈み込んだまま、眉をひそめて唸っている亜美が心配になって、思わず美由紀は声を掛けた。
その呼び掛けで亜美は我に返ったように、はっとして振り返った。
「あっと、ごめんなさい。さっき電話ではパパにシャンパンを買うとか息巻いたけど、やっぱ贅沢は敵かなとか思っちゃった…」
「じゃ、お酒は買わないの?」
亜美は一瞬瞑目してから、大きな瞳を娘に向けた。
「ストックしているワインでも十分かなとも思ったんだけど、やっぱりそれじゃケチ臭いかなって…。だから、ちょっと悩まし
いけど、ママ、これからお買い物。駅前のお酒の量販店で、シャンパンを、そうね…、お客様は祐作おじちゃんと、すみれ
おばちゃんと、能登のおじちゃんと麻耶おばちゃんだから、二本ぐらい買っておこうかしらね」
そう言いながらも、ラックから白ワインを三本取り出した。
「正直、シャンパン二本じゃ足りないけど、残りはこっちの白ワインで我慢してもらうとして、赤ワインは十分にあるから、
いいかな…」
取り出した白ワインを冷蔵庫に仕舞うと、亜美は黒いエプロンを脱いだ。
「ど、どうしたの…」
不安そうな美由紀に、亜美は微笑むと、電話に出るために一旦消したコンロを再点火し、牛肉の入った寸胴鍋をとろ
火で温め始めた。
「あんたにお願い…。さっきは、ちょっと休んでいてとか言ったけど、申し訳ないけど撤回させて頂戴。ママはこれからお
酒を買いに行くから、その間は、あんたがお鍋の傍に居て、お鍋の中身を木べらでかき混ぜててね。そうしないと、すぐに
焦げちゃうから…。どう? あんただったら出来ると、ママは信じているんだけど」
亜美は、軽くしゃがみこんで、目線を美由紀の瞳に合わせ、念を押すように淡い笑みを浮かべた。それに、『信じてい
る』とまで言われると、それに抗うことは出来そうもない。
「う、うん…。で、出来るよ…」
ちょっと、ためらいがちだったが、はっきりとそう告げると、亜美は笑顔で「よかった…」と呟いて、美由紀に木べらを
手渡した。
「とろ火だけど、ドミグラスソースは焦げやすいからね…。その木べらで、あ、そうそう、そんな感じで、時々でいいから、
ゆっくりとかき混ぜていてね」
意外にしっかりとした美由紀の手つきに亜美は安心したのか、リビングのコートハンガーに掛けてあった紺色のダウ
ンジャケットに袖を通し、ポケットに携帯電話機と財布と合鍵を放り込んで、前のジッパーを上まで閉めた。そして、竜児
手製のエコバッグを手にすると、キッチンの入口から美由紀に声を掛けた。
「じゃぁ、ママは出来るだけ早く戻るけど、その間だけ、お鍋の番を宜しくね。くれぐれも焦がさないこと、それと、火を長
時間止めないこと。この二つをきちんと守って頂戴」
「う、うん…」
美由紀が、軽く頷くと、亜美も満足そうににっこりとし、そのままリビングのドアを開けて廊下へと出て行った。ほどなく
靴を履くらしいごそごそとした気配があり、玄関のドアを開閉する音と、それを施錠する音とが聞こえてきた。
その後は、とろ火の上でふつふつと煮える鍋の音だけが静まりかえった室内に響いていた。
「ママ、行っちゃった…」
川嶋安奈宅に亡命するなら、またとない好機だった。だが、任された仕事を放擲して、家出するなんてのは最低だ。
何よりも、母である亜美は、美由紀に対して『信じている』とまで言ったのだ。それを裏切ることは出来なかった。
「どうしよう…」
亡命か、このまま家に居て、成績表のことを素直に詫びるか、美由紀は、物憂げに鍋の中身を木べらでゆっくりとかき
混ぜながら懊悩した。
鍋からは、ドミグラスソースと香味野菜の香りが広がっていた。こってり、まったりした感じの芳醇な香りなのだが、ロリ
エやタイムが効いているのか、意外に爽やかでもある。ボリュームのある料理だが、後味はすっきりしていることだろう。
父母、特に父である竜児が手掛ける料理は、嫌味のないうま味が特徴である。父は、弁理士にならなければ、調理師に
なっていたかも知れない、と以前、祐作おじちゃんが教えてくれたことがあったが、どうやら本当らしい。
「それにしても、美味しそうだなぁ…」
鍋をもう一回かき回して、中身が焦げ付かないようにすると、美由紀は冷蔵庫を開けてみた。
そこには、三枚に下ろされた鰯らしいものと、輪切りにされたサーモンの切り身が、それぞれ別々のバットに並べられ
ていた。
「凄い…」
サーモンはムニエルにでもするのだろうか、だとしたら嬉しい、と美由紀は思わず生唾を飲み込んだ。バターの風味
がする小麦粉の衣は、脂の乗ったサーモンの身と相まって、頬っぺたが落ちそうなほど美味しいことだろう。
鰯か何かの方は、オリーブオイルで焼いて、バルサミコ酢で味付けするつもりらしい。子供向きとは言えない料理だ
が、これも美由紀は結構好きだ。
「おっと、お鍋、お鍋…」
冷蔵庫の中身に気をとられて、肝心の鍋を焦がしてしまっては元も子もない。
美由紀は、先ほど同様に鍋の中身をゆっくりとかき混ぜながら、キッチンの隅々まで改めて見回してみた。
棚の上の方に目を遣ると、見慣れない赤いケーキが目についた。どうやら、昨夜のうちに、父か母かが焼いておいた
ものらしい。赤いケーキは、クリームの飾り付けもトッピングも何も施されていない。つまり、素のままの状態で臙脂色の
ような赤みを帯びていた。形はクグロフにそっくりだが、生地そのものが赤いことで、別物のようだった。正体不明だが、
ワンパターンすぎて、さすがにもう飽きたな…
旨そうなことは間違いない。
「やっぱ、亡命は、やめとこうか…」
普段から美味しい物を食べ慣れている美由紀にとっても、今夜の御馳走は素晴らしい物に思えた。
外食を含めても、こんな御馳走は、そうそうはないかも知れない。
美由紀は、今晩のメインディッシュである牛肉の煮込みを、ゆっくりとかき混ぜながら、見入ってしまった。少なくとも、
川嶋安奈宅では、ここまで手の込んだ料理は出ないだろう。それだけは確実だった。
「やっぱ、亡命はやめ!」
美由紀は、鍋が焦げないように十分にかき混ぜると、大急ぎで子供部屋に行き、コートのポケットに入っていた携帯
電話機を手にしてキッチンに戻ってきた。
木べらで鍋の中身を探るようにかき混ぜて、焦げていないことを確認すると、携帯電話機で川嶋安奈へのメールを
タイプし始めた。
「えーと、『おっきなママ、いろいろあって』、この後の文はどうしようか…」
自分の方から言い出しておいて、それを撤回するというのは、何であれやりにくい。
美由紀は、どうすれば祖母である川嶋安奈の心証を害さないかに悩み、携帯電話機を握ったまま、うんうん、と唸っ
ていた。
「ただいまぁ~」
「えっ?」
メールの文面をどうするかに気を取られていて、リビングに亜美が入って来たことに気付かなかった。慌てた美由紀
は、迂闊にも何かのボタンを押してしまい、そのために書きかけの文面がそのまま安奈へと送信されてしまっていた。
「うわぁ!!」
完全に後の祭りだった。慌てふためいても、送信したメールは消去出来ない。
「美由紀~、ちゃんとやってるぅ?」
更には母である亜美がキッチンの方へ近づいてくるようだ。まずい、一時的とはいえ、鍋の番をせずにメールを送信
しようとしていたのだ。美由紀は、携帯電話機をエプロンのポケットに仕舞うと、慌てて鍋の中身を木べらで掬ってあら
ためた。
「よかった…。なんともない」
時間にして、ほんの二・三分というのが幸いしたようだ。そのまま木べらで鍋の底をくまなくこそげるようにしてかき混
ぜ続け、あたかも、亜美が留守の間にずっとそうしていたかのような振りをした。
「お、ちゃんとやっとるな、感心感心…」
紺色のダウンジャケットを脱ぎながら、亜美が鼻歌交じりで呟いた。床に置いたエコバッグには、先端を金属箔で覆
われたシャンパンのボトルが二本と、子供向けのスパークリングワインもどきの炭酸飲料が四本ほど入っていた。
ダウンジャケットを脱いだ亜美は、そのエコバッグを手にキッチンに入ってきた。
「お、お帰りなさい」
美由紀の返事に、亜美は満足そうに「うん、うん…」と頷いている。
オリキャラだって平気だぜ
支援
そのまま冷蔵庫のドアを開けて、シャンパン二本と炭酸飲料四本を押し込んだ。
「もう、中はいっぱいだけど、どうにか入ったわね…」
「子供用の飲み物、四本も買ったの?」
亜美は苦笑している。おそらく、四本全部が美由紀のものだと、美由紀が思っていると勘違いしているのだろう。
「これはねぇ、あんたも含めた、お酒の飲めない人向けなのよ。ほら、すみれおばちゃんは、全然飲めないわけじゃないけ
ど、一口でべろんべろんに酔っぱらうから…」
そう言って、亜美は悪戯っぽく相好を崩した。たしかに、今年の夏に、北村とすみれの夫妻が遊びに来た時、ビールを
一口飲んだだけで、すみれは完全に酔っぱらい、しばらくはソファーにもたれてひっくり返っていた。宇宙飛行士で、もの
凄く頭がよくて、何でも出来ちゃう北村すみれだったが、思わぬところに弱点があるのだ。こうした、完全無欠ではない
ところが、人間の面白いところなのかも知れない。
父である竜児も、聡明で、万事をそつなくこなすスーパーマンみたいな人だが、怪談やホラーものが大の苦手という
ことを美由紀は既に見抜いていた。だからこそ、美由紀は父である竜児が大好きだった。
それに、機転が利くけれど、身内には少々口が悪い、母である亜美のことも大好きだ。
「ママ、うがいと手洗うの、忘れてるよ」
そのままキッチンに立とうとした亜美に、美由紀はすかさず突っ込んだ。何かの問題点があれば、誰でもが忌憚なく
言える。それが高須家の暗黙のルールである。
「おっと、いけねぇ、いけねぇ…」
もっともなことを指摘され、亜美はぺろっと舌を出して、洗面所に向かった。
そんなコミカルな仕草で、美由紀は、ほっとした。亜美なら、本当のことを話せば分かってくれるだろ。そして、父である
竜児も、美由紀の成績がガタ落ちしたことを、感情的に咎めることはないはずだ。
問題は、川嶋安奈への『そっちには行けない』旨のメールが中途半端な状態で送信されてしまったことが、実の祖母
とはいえ、多忙であるはずの大物女優が、孫の拙いメールのことをいちいち気になどしないだろう。
「さぁてと、もう三時過ぎか…」
リビングに置いてある時計を見た亜美が呟いた。何でも、パーティーは午後七時には始めるらしいから、それまでに
牛肉の煮込みと、カボチャのスープは完成させ、お客様が来たら、前菜と、サーモンのステーキだかムニエルだかを手
早く作っていくという段取りらしい。
そして、食後は、美由紀が初めて目にする赤いケーキが、粉砂糖か生クリームの飾り付けをされて、振る舞われること
だろう。
「あんたは、もうちょっと、お鍋の番をしていてね。ママはカボチャのポタージュの仕上げをするから」
言うなり、ブイヨンで煮られて十分に柔らかくなっているカボチャを、煮汁であるブイヨンごとフードプロセッサに入れ
た。煮汁には玉ねぎと、ご飯粒が少々混じっている。
「前もそうだったけど、何でご飯粒が入ってるの?」
何かの手違いで、ご飯が混じったんじゃないかと、美由紀は思っていた。
だが、亜美は、にこにことした笑みを浮かべている。
「そのご飯粒は、スープにとろみをつけるためのものなのよ。一般には小麦粉とバターを混ぜた、ブールマニエっていう
のを使うんだけど、本当はご飯を使った方が、口当たりが滑らかで、美味しいの。これは、大阪で料理が美味しいことで
有名なホテルのレシピに出ていたのね。で、パパがそのレシピ集を昔々に手に入れて、ママも読ませてもらった…、
というわけ」
「ふ〜ん」
そういえば、子供部屋の隣にある両親の書斎は本だらけだ。主には数学や化学、デザインや法律の専門書だが、
ずいぶん昔に刊行された料理の本もかなりある。父も母も職業柄、勉強は欠かせないし、古い文献を漁るために神田
の古本屋には時々出向いている。その時に、専門書以外にも、こうした料理の本もついでに買ってきているのだろう。
「料理とは全然関係がないけど、ご本は、買わずに後悔するより、買って後悔しろってね。これは、パパとママの大学の
大先輩で、今は大学の先生になった榊のおじちゃんが教えてくれた言葉。本は借りて読んだだけじゃ駄目ね。自分の
お金で買わなきゃ。そして、読み終わっても、本棚に立てておいて、背表紙が見えるようにしとかないと駄目。背表紙を
見ると、不思議なことに、そのご本に何が書いてあるのかを思い出すことが多いのよね」
そう、諭すように言いながらも、亜美は手を休めずにカボチャのポタージュ作りをしている。フードプロセッサで、カボ
チャやご飯粒や玉ねぎがこなれたと判断したら、それを今度は裏ごし器でこした。馬の尻尾の毛で構成された黒い網
目の上に残った残滓は、木べらで丁寧に網目に擦り付けて、完全に網目の向こう側に押し出した。
「お正月に、きんとんを作る時と同じだね」
「そうよ、きんとんは甘く煮た白いんげんをこうやって裏ごししてるでしょ? クリスマスが終わったら、また、あんたにも
手伝ってもらうから、頼りにしてるわよ」
裏ごしで滑らかにしたものを琺瑯引きの鍋にあけ、それを火に掛けた。そこに生クリームを注ぎ、煮立つ寸前に火を弱
めて味見をする。
「うん、もうちょっと塩が欲しいかな? それと、ホワイトペッパーでパンチを利かせよう」
塩をほんのちょっとだけ加え、ホワイトペッパーを一振りした。
「うん、旨い! あんたもどう?」
美由紀も小皿に注がれたカボチャのポタージュを味見した。ブイヨンのうま味に、カボチャの甘さ、それに生クリーム
の風味が渾然一体となって、えも言えぬ味わいになっている。
「うん、すっごく美味しい!」
「でしょ?」
娘のコメントと笑顔が嬉しかったのか、亜美はちょっと誇らしげに胸を張った。
最初のうちは夫である竜児に教わる一方だったが、徐々にレパートリーを増やし、今では並の専業主婦では及びも
つかないレベルまで到達していた。特に自家製パンの水準はプロ並であり、この分野だけは竜児も全く敵わない。
「さてと、スープはいいとして、後は付け合わせの野菜ね…」
亜美は、昨晩に仕込んでおいたらしい片手鍋の蓋を開けた。中身は、ニンジンのグラッセだった。
「これ、牛肉に付け合わせるの?」
「そうよ、あんたもニンジンはあんまり好きじゃなさそうだけど、こうしてバターとお塩とお砂糖で煮たグラッセだったら
食べるからね。それに、ニンジンのグラッセは牛肉料理と相性がいいのよ」
「あと、お魚料理とかも出すんでしょ?」
冷蔵庫を盗み見たのがバレてしまうが、どんな料理が食べられるのかという好奇心が優先した。
「お魚料理は出すわよ。前菜に鰯をオリーブオイルで炒めたものと、キャビアと行きたいところだけど、イクラとトビコで
代用したカナッペ、それにサーモンのステーキかしらね」
ムニエルではなく、ステーキだったが、焼き立てのサーモンのステーキは、脂が滴ってとろけるように美味しいのだ。
レモンバターか何かが添えてあれば、ムニエルでなくても美由紀は満足だった。
「鰯の付け合わせは茹でたブロッコリーあたりがよさそうね。バルサミコ酢の混じったオリーブオイルとよく合うし。
サーモンの方は、ほうれん草のバター炒めかしらね」
ほうれん草は美由紀も苦手だったが、バター炒めにすると食べられる。高温で炒めるからだろうか、ほうれん草の
えぐみがなくなり、ほんのりと甘くなるのだ。
「ほうれん草は下茹でして、いつでも炒められるようにしておいて、ブロッコリーは食べる寸前に茹でないと美味しくない
わね。あと、牛肉にはクレソンを合わせたいけど、買っておいたかな…」
そんなことを呟きながら、亜美は冷蔵庫を物色した。しかし、ほうれん草やブロッコリー、それにグリーンサラダに使う
トマト、パプリカ、レタス、キャベツ、マッシュルーム、アルファルファは十分にあったが、クレソンだけが見当たらない。
「あれぇ? 昨日、買っといたはずなんだけどなぁ〜。もしかして手違いで買いそびれた? だとしたら、さっきシャンパ
ン買いに行った時に何で買って来なかったんだろう…」
万事に抜け目がない亜美にしては珍しい失態だった。美由紀にとって、クレソンはそんなに好きな野菜ではないから、
むしろない方が有難いのだが、『牛肉の付け合わせにはクレソン』というのが亜美にとっては法規のように厳格なルー
ルであるらしい。実際、今回のメインの料理の原型となった、ホテルのメインディッシュにもクレソンが付いていた。
「ママ、何なら私が買ってこようか?」
亜美はこれから野菜の下ごしらえをしなければならない。その亜美に代わってやりたいという気持ちがあった。それに、
このまま亜美と一緒にキッチンに居ると、料理関連の話題も底を尽き、今学期の成績について言及されるのは間違い
ない。もう、亡命はしないし、通知表も両親に提出するつもりだったが、成績が成績だけに、披露するのは出来るだけ
先送りにしたかった。
「そう、じゃ、お使いお願いね。クレソンは、駅前の八百屋さんか、スーパーまで行った方がいいかも。ちょっと遠いけど、
小学校の近くだから大丈夫よね」
「うん…」
「そう、じゃぁ、コートを着てらっしゃい。外は結構寒いわよ」
美由紀は子供部屋に行き、エプロンを脱ぐと、セーターを着て、ハンガーに掛けてあった紺色のダッフルコートに袖を
通し、首にはマフラーを巻く。そして、エプロンのポケットに入れていた携帯電話機は、コートの右ポケットに忍ばせた。
その姿でキッチンに戻ると、先ほどまで着用していたエプロンを亜美に差し出し、亜美からは財布とエコバッグを受け
取った。
「はい、あんたのことを信じているけど、万が一財布を落とすことがないとは言えないから、お金は千円ちょっとしか入れ
てないわ。でも、クレソンを買うだけなんだから、これでも十分でしょ」
賢明な判断だと美由紀も思った。所詮、自分は、分別のない小学生に過ぎないのだ。まかり間違って何万円も入った
財布を託されたら、扱いに困ってしまうだろう。
「うん、分かった…。それと、クレソンだけでいいの? クレソンはどれくらい買えばいいの?」
娘の意外にもしっかりした指摘に、亜美は一瞬だが双眸を丸く見開き、苦笑した。
「そうね…。クレソンだけでいいわ。そのクレソンも、二束もあればいいかしらね。何せ、あんた、クレソン嫌いでしょ?」
図星を指されて、美由紀は、一瞬、息を飲んだ。さすが、身内に対して遠慮のない亜美だけのことはある。
「ママ…」
「ほら、ぼけっとしてないで…。でも、急がなくてもいいわよ。まだ、四時過ぎだし…」
そう言いながら、美由紀の襟元を正し、マフラーを巻き直した。
「これでよし。外は寒いから、気を付けてね。それとクルマに注意するのよ」
「う、うん…。い、行ってくる…」
マフラーを巻き直すために屈み込んできた亜美と目が合い、美由紀はちょっとドキリとした。褐色の大きな瞳はいつ
ものように静謐で、美由紀の心の奥底まで見透かしていそうだったからだ。
多分、美由紀の成績が思わしくないことを既に察しているのだろう。ただ、その成績がどれほどひどいかまでは把握
していないだけなのだ。
「ママは何でも知っている、か…」
玄関を出て、美由紀は、ぽつりと呟いた。
親を欺いたつもりでも、実のところは、概ねは見抜かれているのだ。まして、母親である亜美は、直感に優れている。
端々で図らずも挙動不審になっていた美由紀の様子から、美由紀の成績が芳しくないことはお見通しであろう。
「ママは、パーティーが終わるまで、私を泳がせておくつもりなんだろうなぁ…」
せっかくのパーティーの前に、美由紀を詰って凹ませてしまうと、パーティーそのものの雰囲気に影響すると思って
いるのだろう。それに、下がったといっても、そう大したことはないと高を括っていて、パーティーが終わった後に、夫と
ワインでも飲みながら、『あははっ! あんた、天狗になってるから、足元すくわれたのよ』とか、ほろ酔いで笑いながら
くさすつもりであるらしい。
「でも、成績は笑えないんだけどね…」
父も母も、美由紀の成績を見たら、目が点になり、口に含んでいたワインを噴水のように吹き出すかも知れない。
その時の惨状を想像すると、美由紀は憂鬱になってくる。
「私も、直感はママ、内省的っていうのかな、いろいろ思い悩むのはパパに似たのかなぁ…」
我ながら小賢しくて、子供らしくないと思う。担任の女教師と、当初から相性が悪いのも道理であった。
「それにしても、三学期がいやだなぁ…」
美由紀を目の敵にする女教師とは、顔を合わせたくなかった。授業の度にあらぬ言いがかりをつけられ、テストで
高得点を上げても通知表の評価は低いというような不条理な仕打ちを、三学期も受けることは確実だったからだ。
「まじで、あの先生、居なくなってくれないかなぁ…」
強圧的態度に恫喝を交えた、ある種の暴力で教室を支配している、あの女教師が居なくなれば、クラスの児童は
ほぼ全員が万歳することだろう。だが、学級崩壊を起こさずに担任を努めているということで、学校側や教育委員会
からの評価は高いらしいから、それは望めそうもない。
「三学期だけ我慢して、クラス替えで別の先生が担任になることを祈るしかないかなぁ…」
だが、五年生になってもあの女教師が担任かも知れない。そう思うと、美由紀は背筋がそくっとした。
「転校…。とかって無理だよね…」
転居せずに転校するのは余程の事情がないと認められないらしいことを、美由紀は何かで知っていた。それに、この
成績の悪さの原因が、担任の側にあるということを主張しても、親が納得するとは思えない。それは世間一般の水準
よりも物分かりがよさそうな竜児や亜美であってもそうだろう。溺愛してくれている祖母の川嶋安奈だって、にわかには、
美由紀の主張を信じないはずだ。
「はぁ…、なんか、救いがないなぁ…」
自殺する子供の気持ちが分かるような気がした。自殺する子供は、結局、真摯に相談出来る相手にも見放され、この
世界に身の置き所ないことに絶望して、死を選ぶのだ。
「せめて、クリスマスのパーティーぐらいは楽しもう…。その後で、成績が悪いことで怒られるのも覚悟する…。そして、
冬休みのせめてもの二週間、あんな嫌な先生のことは忘れよう…」
自殺する子の気持ちは理解出来たが、自殺する気にはなれななかった。美由紀が死んだりしたら、件の担任は、
『ざまあみろ』ぐらいにしか感じないだろう。それを思うと、むかついて自殺なんか出来るわけがない。
「いじめに負けて死ぬのは、やっぱり負け犬…」
冷酷だが、それが現実なのだ。死は何も解決してくれない。
そんなことを、悶々と思いながら、美由紀は小学校の前を通り過ぎ、さらに三百メートルほど進んで駅前のロータリー
に出た。私鉄の急行停車駅にしてはこぢんまりとしたそのロータリーには、中規模のスーパーマーケットと、先刻、亜美
がシャンパンを買ったらしい、酒類と欧州からの輸入食品を扱う量販店、それに、乾物屋や魚屋、八百屋等の、量販店
やスーパーマーケットが出来る前から、この駅前で商いをしてきた、ちょっと古臭い個人商店が並んでいた。
その個人商店のうちの一軒である八百屋を、美由紀は、立ち並んでいる買い物客の隙間から覗いてみた。
小さな店だが、規模の大きなスーパーに伍して商売をしているだけのことはあるのだろう。買い物客が引きも切らず、
子供の美由紀では、その買い物客に割って入っていくことは出来そうもない。
「こりゃ、スーパーに行くしかないなぁ」
こっちの八百屋の方が安くて新鮮らしいが、列に割り込むことすら出来ないのでは致し方ない。
美由紀は、踵を返してスーパーに向かった。取り敢えず何でも揃うという点では、やはりスーパーマーケットは有り難
いし、売り場が広いから、買い物客で足の踏み場がないほど混雑するというおそれも、小さな八百屋ほどではない。
「えーと、クレソンは…」
野菜売場の冷蔵棚の上下左右を、美由紀は見渡した。クレソンは、そうそう毎日入り用になる野菜じゃないから、ある
程度の規模のスーパーであっても、扱いはささやかなものである。必然的に、目につきにくい場所に置かれる。それを、
美由紀は目を皿にして探していった。
「あった!」
野菜売場の冷蔵棚の中段、その右端に、根元の方をテープで束ねられたクレソンが置かれていた。これなら、美由紀
でも背伸びせずに手が届く。いくつか手に取ってみて、一番瑞々しそうなものを二束選んで、スーパーのカゴに放り込んだ。
「さてと、これでよし…」
他に必要な物はなかったはずだから、後は、レジで会計を済ませればいいだけだ。
レジに向かう途中、漬物売り場の前を通りかかった。その棚には、沢庵や柴漬、千枚漬、すぐき、壺漬といった日本の
漬物の他に、赤い色が毒々しいキムチが並んでいた。
その棚の前で、背を丸めてキムチを物色している女の客が居る。女は、キムチのように真っ赤なコートを纏っていたが、
そのコートは煤けたように薄汚れていた。
「あのコートは何? 色が派手だから、汚れが目立っちゃってる…。それに、よく、あんなもの食べる気になるわね」
美由紀はキムチが嫌いだった。子供にとっては辛すぎるし、何よりも、腐臭と呼ぶべきその臭いが我慢ならなかった。
父母も同様で、父に至っては『キムチは発酵食品じゃない。発酵を通り越して腐敗している』と言い、母も『あれは人間
の食べるものじゃないわね…』とまで断じている。
それに高須家で漬物といえば、父が子供の頃から管理している糠床で漬けられた糠漬と決まっていた。糠床も悪臭
の温床呼ばわりされるようだが、それは糠床の管理が悪く、乳酸菌以外の雑菌が繁殖しているからである。高須家の
ように、毎日、かき混ぜて、適量の糠を補充していれば、悪臭どころかむしろ良い匂いがするものなのだ。
「キムチって、うちの糠床みたいな衛生的な管理がされてないんだろうね」
キムチも乳酸発酵と一応は目されているようだが、あの悪臭は、どう見ても雑菌による腐敗であろう。そのことを、
感覚が鋭敏な両親、特に父親から優れた味覚や嗅覚を受け継いだ美由紀は、子供ながらに見抜いていた。だから、
今、目の前でキムチを物色している女の客は、定めし味音痴なのだろう、ぐらいにしか思わなかった。
だが、目の前の女の客が、振り返った瞬間、美由紀は、「あっ!」と絶句した。
「せ、先生…」
浅黒い肌に、糸のように細い陰険そうな吊り目、それに張り出したエラ。今、この世で美由紀が一番会いたくない
担任の女教師だった。
女教師は、陰険な吊り目で美由紀を射すくめ、
「小生意気なチョッパリのガキが」
とだけ、小声だが、美由紀にはっきり聞こえるように吐き捨てて、レジへと大股で歩いて行った。
「こ、こんなことって…」
スーパーに向かう途中で、あの女教師のことを悪し様に思ったことがいけなかったのだろうか。それにしても、女教師
の面相、特に目が恐ろしかった。その目に宿るのは憎悪か嫌悪か、それとも侮蔑であろうか。
「それにチョッパリって何?」
発音からして日本語ではないことは美由紀にも分かった。英語でもない。もちろん辞書にも載っていないだろう。だが、
その言葉が、何かの蔑称であることは、子供である美由紀にも察せられた。
ぞくぞくと悪寒がしてきた。担任の女教師は、美由紀の想像を超えた、とんでもない存在であるらしい。三学期になっ
ても美由紀には執拗にいやがらせを行うことは間違いない。その嫌がらせは、美由紀が学校から去るまで続くことだろ
う。下手すれば、自殺にまで追い込むかも知れない。一瞬だが、美由紀に向けられた目には、そうした常軌を逸した残虐
性が窺えた。
「ど、どうなっちゃうんだろう、私…」
美由紀は、その場に凍りついたように立ち尽くしていたが、どうやら女教師がレジでの会計を終えて、スーパーから出
て行った頃合いと見て、自身ものろのろとレジへと向かった。それでも、周囲を警戒しながら、レジで代金を支払い、
購入したクレソンを薄いビニール袋で包んでからエコバッグに入れた。
C
「まだ、あの先生が近くに居るかも知れない…」
そう思うあまり、バッグを持った手が震え、身体がぎくしゃくと強張ってしまう。美由紀は、いくぶん、おぼつかない足取
りでスーパーを出て、駅の改札口の前を横切った。
ちょっと前に都心からの急行電車が停車したのか、改札口からは、ざわざわと人の波が吐き出されている。
「美由紀ちゃん、美由紀ちゃんじゃないか!」
唐突に背後から呼ばわる声に、美由紀はその場で飛び上がりそうなほど驚かされた。だが、聞き覚えのある男性の
声であることに思い当り、恐る恐る、声の主に振り向いた。
「能登のおじちゃん…。それに、おばちゃん…」
薄暮の中にコート姿の能登久光と麻耶の夫妻が並んで立っていた。能登は、美由紀に伸ばしかけていた手を中途
で止め、眼鏡の奥の目を、鳩が豆鉄砲を食らったかのように、まんまるに見開いている。いつになく、おどおどしている
美由紀に戸惑っているのだろう。
「どうしたんだい、こんな時間に、こんなところで…」
美由紀は、自分を呼びとめたのが能登夫妻であることに安堵した。だが、青ざめ、強張った表情は、スイッチが切り替
わるように笑顔にはならなかったようだ。
「これ…」
美由紀は、固い表情のまま、おずおずと買い物用のエコバッグを差し出した。
「お買い物なの? 美由紀ちゃん一人で?」
心待ち眉をひそめて問うてきた麻耶に、美由紀は黙って頷いた。
「亜美たんは、こんな年端もいかない娘に一人で買い物をさせるのか? ちょっと、意外だな…」
能登も、合点がいかないのか、口を微かに歪め、首を傾げている。
二人は、亜美が美由紀に買い物を命じたものと勘違いしているようだ。
「あのぉ、私が自分からお使いに行くってママに無理言って出てきたの…。だから、ママは悪くない…」
美由紀は、拙いながらも母親の弁明を試みた。
状況を上手く説明出来ないまま、自分の母親が非難されるのは、誰だってやりきれない。
「そ、そうか、そうだな、子煩悩な亜美たんが、そんなことを命令するはずがないよな。だとしたら、美由紀ちゃんは偉い
ぞぉ。普通の子だったら、美由紀ちゃんみたいに一人で買い物なんて出来ないからね」
改めて、能登が美由紀に手を差しのべてきた。その大きく温かい掌が、美由紀の右手の甲を優しく包む。
それでも、先ほどのショックが癒えぬのか、美由紀の身体は悪寒がするように、ぶるぶると震えている。
「ちょっと様子が普通じゃないわよ」
「そうだな…」
麻耶の指摘に、能登も頷いた。
「何か怖いことでもあったのか? やっぱり一人っきりでの買い物は、おっかないからね。でも、もう大丈夫だ。おじちゃ
んとおばちゃんが、美由紀ちゃんと一緒におうちまで行くからね」
能登の問い掛けは嬉しかったが、それでも身体の震えはなかなか治まらない。
「歩きながらでいいから、何があったのか、よかったら、おばちゃんやおじちゃんに話してくれない? ね、話した方がすっ
きりして安心出来るかも知れないし…」
いくぶん赤みを帯びたセミロングの髪を、ふんわりとまとめた麻耶が美由紀の目線に合わせて屈み込み、美由紀に
向って、害のない笑みを向けた。
よかった、本物の、いつもの能登のおばちゃんとおじちゃんだ、と美由紀は、漸く気持が落ち着いてきた。
それが能登のおじちゃんにも分かったのだろう、美由紀の手を引くと、彼女の家に向かって、ゆっくりと歩き出した。
その後ろを守るように、麻耶がつき従っている。
「道々でいいから、何があったのか話してくれないかな? おじちゃんやおばちゃんが見たところ、美由紀ちゃんは、何か
怖いもの、誰か怖い人に出くわしたような感じなんだけど、どうかな?」
美由紀は、こっくりと頷いた。
「そうか…。もしかしたら、不良とか、いじめっ子とかかな?」
美由紀は首を左右に振った。
「なるほど…。美由紀ちゃんを怖がらせた人は、子供じゃないんだな? 大人の怖い人というわけか…。で、その人は、
前から美由紀ちゃんを知っている人なのかな?」
美由紀は、再びこっくりと頷いた。能登のおじちゃんは作家志望の新聞記者だ。さすがに訊き方が上手い。
「そうなると、かなり絞られてくるな…。美由紀ちゃんと顔見知りの大人なんて、パパやママ、おじちゃんやおばちゃんたち
を除けば、あとは学校の先生ぐらいだろう。どうかな、美由紀ちゃんは、おじちゃんやおばちゃんに会うちょっと前に、
学校の先生に出会った。で、その先生に、意地悪なことを言われたか、怖い目に遭わされた。そうなんだな?」
「ちょっと、ちょっと、久光、美由紀ちゃんは優等生でしょ? なんで、その美由紀ちゃんが先生からいじめられるの?
理屈に合わないじゃない」
「うん、確かにそうなんだけど、実は取材していて、気になる事例があったんだよ。俺の勘だけど、美由紀ちゃんの場合も、
その事例と符合するはずだ」
相方にそれだけ言うと、能登は、美由紀に再び問い掛けた。
「言いにくいかも知れないが、イエスかノーかででもいいから答えてくれ。美由紀ちゃんは、さっき学校の先生から怖い
目に遭わされた、そうなんだね?」
「う、うん…」
美由紀はおずおずと返事した。
「やっぱりな…。で、その先生からは、どんな目に遭わされた? または、どんなことを言われたんだい?」
美由紀の脳裏に、あのスーパーでの光景がよみがえってきた。憎悪とも嫌悪ともつかない表情で、糸のように細い
吊り目を邪悪に光らせ、美由紀に告げたあの言葉。
「せ、先生は、わ、私ことを、『小生意気なチョッパリのガキ』って言ってた…。その時の先生の顔が怖くて…」
「美由紀ちゃんのことをチョッパリって言ったのか? 学校の先生が?」
「う、うん…。たしか、そう聞こえた。何を言ってるのか全然分からないけど、悪口らしいことは感じた…」
その時を思い出すと、美由紀は背筋が、ぞくっとしてくる。
一方の能登は、眉を心持ちひそめて、相方に頷いた。
「やっぱりな…。取材した事例とそっくりだよ」
「そっくりって、どういうことなの? それにチョッパリって、朝鮮人による日本人の蔑称なんじゃないの?」
「ああ、朝鮮語で『豚足』を意味するチョッパルから来た言葉なんだ。昔、足袋を履いていた日本人の足元を、二つに
割れた豚の蹄にたとえたものだよ。朝鮮人にしてみれば、我々日本人は、豚野郎ってところなんだろうな」
「で、でも、言ったのは美由紀ちゃんの学校の先生、もしかしたら担任なんでしょ? そんな人が、朝鮮語での悪口を
言うなんて、ちょっと信じらんない」
「取材した事例もそうだったが、美由紀ちゃんの先生も生粋の日本人じゃないな。在日か、帰化しているかは分から
ないが、とにかく出自は朝鮮人だ。それも、日本に住みながら、日本や日本人に仇なす、危険な存在だな…」
「せ、先生、日本人じゃないの?!」
思いがけない能登の話に、美由紀は仰天した。美由紀が通う学校は、日本の、東京のものではなかったのか?
「でも、日本の学校、それも公立の学校に、朝鮮人が教師として働けるの? 無理でしょ?」
麻耶が、もっともな疑問を夫にぶつけている。公務員、それも教職に日本を快く思わない外国人が就くという話は
荒唐無稽と言ってよいからだ。
その問いに、能登は、口をへの字に曲げて、自身も納得がいかぬことを顕わにした。
「取材した俺も信じられないんだが、平成三年から外国籍でも公立の学校の教師になれることになったんだ。以来、
在日、特に北朝鮮系の教師が増加傾向で、あちこちで問題を起こしている」
「具体的にはどんな?」
能登は、ちょっと周囲を警戒するように辺りを見渡し、人の気配がないことを確認してから、話し始めた。
「大阪では、小学校の児童に朝鮮語でのあいさつを強要し、日本と日本人が残虐で悪辣な存在だと刷り込んでいた
在日教師がいた。神奈川県では北朝鮮系在日教師が日教組を事実上支配し、在日の北朝鮮系教師が年々増えて
いるのは確かだという。横浜では、日本人教師の変死が何件も起きているほどひどい状況だ」
「信じられない…。そんなことが起こっていたなんて…」
麻耶も、恐ろしくなったのか、能登に倣って周囲を神経質そうに見渡した。既に日はとっぷりと暮れ、薄暗い街灯が
青白い光を頼りなさそうに路上に放っていた。
「その上、日教組の反体制的思想と、この国の破壊活動をもくろむ在日朝鮮人との思惑が合致して、かなり前から、
日教組は朝鮮人の組織も同然になり果てている。その日教組からの突き上げで、学校側も在日の教師を何かと持ち
上げる。日本人教師の評価は二の次さ。在日教師による反日教育も問題だが、本来まともであるはずの日本人教師
までもが、そうした不公平さにやる気を削がれている。結果、公立学校の授業の水準は、俺たちが学生だった頃とは
比較にならないほど劣化していた。これも、在日による日本破壊工作の一環なのかも知れないな」
そこまで一気に話し切った能登の袖を麻耶は引いた。
「ね、ねぇ、日本破壊工作とか、そんな怖い話、こんな暗い路地で話すなんて物騒よ。どこで誰が聞いているか分かった
もんじゃない…」
能登も怯え気味の妻の言い分はもっともだと言わんばかりに、首を縦に振った。
「確かにな…、連中は日本のどこにだって潜んでいる。だが、俺が取材した気になる事例を簡単に説明させてくれ」
「ま、まぁ、いいけど、穏便かつ、手短にね」
「ああ…、心掛けるよ」
そう言ってから、能登は、不安そうに見上げている美由紀と目を合わせた。
「実は、おじちゃんが仕事で調べた事件があったんだが、その事件では、小学生の男の子が、在日、つまり美由紀ちゃん
の担任のように日本人じゃない先生に、『先生が日本や日本人を悪く言うのはおかしい』って言ったんだ、そしたら…」
「そ、そしたら?」
美由紀は、思わず固唾を飲み込んだ。その子はどんな恐ろしい目に遭わされたというのだろう。
「その子は頭がよくて、学校の成績もよかったんだが、その日以来、何をやっても先生に認めてもらえなくなった。オール
五だった通知表には一と二ばかりが並び、授業では、あらぬ難癖をつけられて、しょっちゅう叱られる…」
「ひどい…」
だが、翻ってみれば、それは件の担任による美由紀自身への仕打ちと同じだった。
「最後には、その子はいたたまれなくなって、転校していった。そうでもしなければ、最後には自殺でもするしかなかった
かも知れないんだ」
「ちょっと、ちょっと、久光、それ実話なの? にわかには信じられないわよ」
大人の麻耶でさえ、あまりの不条理さ、理不尽さに驚いている。
「これは、脅かしでも何でもない、事実なんだ。在日は、相手が日本人だと、考えられないほどの非常識な手段や態度
で追い詰めるんだよ」
美由紀の手を引いていた能登は、ちょっと立ち止まると、腰を屈めて美由紀の顔を覗き込んだ。
「おじちゃんにも、美由紀ちゃんがどんな仕打ちを受けているのかは分からない。辛いことだろうから、言いたくなければ、
おじちゃんやおばちゃんには話さなくてもいい…。でも、パパやママには正直に伝えるんだ。そして、分別あるパパやママ
の判断を仰ぐことだな」
「で、でも…」
美由紀は思わず口ごもった。こんなひどい成績では、担任に理不尽な仕打ちを受けていることを訴える以前の状態
だと思ったからだ。
「さっきも言ったろ? 何をやっても先生に認めてもらえなくなった、オール五だった通知表には一と二ばかりが並び、
授業では、あらぬ難癖をつけられて、しょっちゅう叱られる、って…。想像だけど、今の美由紀ちゃんにも、それがそっくり
当てはまるんじゃないか? ならば、通知表にはそれを臭わせる何かが書かれているはずだし、頭のいいパパやママは、
それを見逃さない。とにかく、パパやママに、本当のことを隠さずに話すことだ。そうすれば、何とかなるさ」
『臭わせる何か』で、美由紀ははっとした。『テストの点もさることながら、道徳において問題があるようです。したがっ
て、その懲罰も兼ねて厳しい評価をさせていただきました』という理不尽な評価のコメント。これこそが能登の言う
『臭わせる何か』に他ならない。
美由紀の表情の変化を読み取ったのか、能登は、ほっとしたように相好を和らげた。
「どうやら、おじちゃんが想像した通りのことだったみたいだが、同時に、パパやママが美由紀ちゃんの味方になってくれ
ることも理解出来たらしい。であれば、何も怖がることはない。正直に、ありのままをパパやママに話すんだ。そうすること
で美由紀ちゃんはきっと救われる」
「う、うん…」
未だ身体が強張ったような感じがしたが、能登の言葉は美由紀にとって何よりの救いだった。小賢しく嘘で切り抜け
るよりも、真実を告げる。その上で、どうするかを父母とともに決めるのだ。それこそが、互いに何でも言い合える、高須
家の美徳でもあった。
「よっしゃ、おじちゃんからの話はここまでだ。美由紀ちゃんのパパやママは決して分からず屋じゃない。本当のことを話
せば、ちゃんと分かってくれる。だから大丈夫だ」
三人は、美由紀が暮らす賃貸マンションに行き着いた。行きはよいよい帰りは怖いではないが、小高い丘の上に
あるこのマンションは、ここから駅に行くのは下り坂だから楽だが、駅からは上り坂で、慣れないと結構つらい。
「ふぇ~、いっつもエレベーターばっか乗ってるからかな? 息が切れた…」
ちょっと小太りになった能登のおじちゃんは、白い息を吐きながら、荒くなった呼吸を整えている。
「久光は運動不足なのよ。そのままだと、メタボ一直線ね」
麻耶による、辛辣だが、もっともな指摘に、能登はばつが悪そうに苦笑いした。
「さぁてと、時間は五時ちょっと前だから、早く来過ぎたな。亜美たんは居るみたいだし、高須の奴も居るかな?」
呟きとも、美由紀への問い掛けとも判じ難い能登の一言に、美由紀は首を左右に振った。
「パパは、まだ帰って来ないみたい…」
「おっと、そりゃ残念だ。色々と話したいことがあったんだが…。まぁ、ちょっと早いけど、お邪魔させてもらうか」
美由紀に先導されるようにして、能登と麻耶はエントランスからエレベーターに乗り込み、五階で降りた。そして、ドア
に飾られている竜児お手製のリースの出来栄えに、「相変わらずマメだねぇ…」という感嘆とも呆れとも受け取れそうな
コメントを添え、美由紀に促されて、その玄関から入っていった。
その気配に反応して、キッチンからは、「美由紀なの? クレソンは買えた?」という亜美の声が聞こえてきた。
「ママ、クレソンはちゃんと買ってきたよ。それで…」
その美由紀に続いて、麻耶が、よく通る声でキッチンに居るはずの亜美に呼び掛けた。
「ごめ~ん、亜美ちゃん。駅前で美由紀ちゃんと一緒になっちゃって、それで、ちょっと早いけど、旦那と一緒に来ちゃっ
たぁ」
キッチンからは「あらやだ奇襲攻撃じゃん。こっちは迎撃準備が整ってねぇのに…」という、おどけた感じの声が返り、
ほどなく、廊下にはエプロン姿の亜美が現れた。
「亜美たん、お久しぶり」
軽く会釈した能登に、亜美も笑顔で応じた。
「能登くんもお久しぶり。でも、新聞社って忙しいんでしょ? 大丈夫?」
能登は、苦笑いしながら、右の頬を、ぽりぽりと引っ掻いている。
「いやぁ、ちょっと、取材するって適当に言い訳して、早退しちまった…」
「大丈夫? 上司にばれたら、ただじゃ済まないよ」
「俺のいる社は、記者は結構自由に動けるから、まぁ、こんなもんだよ」
亜美は、「ふ~ん」とだけ呟いて、能登の言い分を了解したようだった。業界が違えば、しきたりも違ってくる。今や
すっかり弁理士業以外には疎くなった亜美には、マスコミで働く能登の話は、ある種、新鮮なのだろう。
「で、麻耶ちゃんは、女性雑誌の副編集長なんでしょ。その責任者が、こんな時間に我が家に現われていいの?」
ちょっと、皮肉に聞こえなくもない亜美の指摘にも麻耶は微かに笑っている。お互いに本性は知り尽くしているから、
今さら遠慮も何もないからだ。
「最新号は、昨日で校了だったから、今日はオフにしたの。何せ、昨夜は半徹で、ろくに寝てなかったから…。で、昼近く
になって起き出して、旦那にメールしたら、こいつも社を抜け出すから、どっかで遅い昼飯を食ってから、こっちに行くっ
てことにしたのよ」
言われてみれば、麻耶の目の下には、うっすらと、くまが出来ている。雑誌の編集、それも最新号の最後の大詰めと
なる校了日は、地獄とも言えるような忙しさらしい。
「昼夜が逆転してんじゃん。それって、かつての泰子さんみたい…。気ぃつけなよぉ、あんま無理すると、ママになる前に、
ババになっちゃうから」
辛辣だが、おどけた調子の亜美が可笑しかったのか、麻耶は、思わず口元に手を当てて、「ぷっ!」と噴き出してしまった。
「ま、まぁ、私らも、美由紀ちゃんみたいな娘が欲しいけど、なかなか恵まれなくてね」
いわゆる、Double Income No Kids(共働き収入、子供なし)。互いに忙しくて、出産、子育てへの思い切りが悪いのは、
世相そのものと言えた。
「のっけから、きっついこと言ったけど、まぁ、勘弁。そんなところに突っ立っているのもなんだから、とにかく上がってよ」
亜美は、能登と麻耶にスリッパを勧めると、美由紀に向き直った。
「それじゃ、ママは能登のおじちゃんとおばちゃんをリビングに案内するから。それと、お財布と、買ってきたクレソンは
ママに預けて頂戴」
美由紀は、「うん」と頷いて、財布と買ってきたクレソンが入っているエコバッグを差し出した。そのエコバッグの中を
亜美は覗き込む。
「うん、上出来。これで今夜のパーティーの料理に必要なものは全部揃ったわね」
そう満足そうに呟くと、美由紀に対して、「あんたはコートを脱いで、手洗いとうがいを忘れないこと」と念を押し、その
エコバッグを手に、能登と麻耶をリビングへと案内していった。
「ふぅ…」
子供部屋でコートとマフラーとセーターを脱ぎ、ポケットに忍ばせておいた携帯電話機を机の上に置くと、美由紀は
気抜けしたようにため息をついた。能登のおじちゃんが言うように、正直に言えば、パパやママは分かってくれるかも
知れない。気は進まないけれど、すべてを打ち明けよう、と思った。
そう思いながらも、美由紀は、一旦は机に置いた携帯電話機のフリップを開いてみた。
「着信は、特になし…」
祖母である川嶋安奈から何らかの連絡がないかどうか気にはなる。しかし、兆候は全く認められない。
「おっきなママは忙しいんだもん。私みたいな『チョッパリのガキ』を相手にする暇なんかないんだろうなぁ…」
おっかない担任から直に言われた時は、びびったが、『チョッパリ』という言葉には、多分に幼児語めいた低レベルな
響きがある。能登のおじちゃんに励まされたというのもあるが、こんな下品な言葉を使う奴は、教師であろうが何だろう
が、所詮はその程度だ、と美由紀は割り切ることにした。
「おっと、ぐずぐずしていると、ママにまた嫌味を言われちゃう…」
何でも指摘し合えるのはガス抜きにはなるが、言う方も言われる方も、油断も隙もない。美由紀は、携帯電話機を机
の上に再び置くと、洗面所で手を十分に洗い、入念にうがいをした。今年の冬もインフルエンザが流行し始めていた。
昔は、小学校ではインフルエンザワクチンの集団接種があったらしいが、今はそんなものはない。だから、出来るだけ
手洗いやうがいで対処するのが、高須家の不文律となっていた。
「手を洗って、うがいしたよ~」
リビングへ赴いた美由紀は、キッチンに引っ込んでいるはずの亜美に向ってそう言った。リビングには誰もおらず、
先日、美由紀と亜美とが飾り付けたささやかなツリーが、発光ダイオードを明滅させている。
「ママ~、おじちゃん、おばちゃん、どこぉ?」
そう言いながら、ダイニングを覗くと、そこにはワイシャツを腕まくりした能登が居て、前菜のカナッペを作ろうとしていた。
「お、美由紀ちゃんもやってみるか?」
そう言った能登は、クラッカーの上に、スライスしたカマンベールチーズや、イクラ、トビコそれに能登本人が持って
きたらしい真っ黒な魚の卵のような物をスプーンで盛り付けようとしていた。
キッチンでは、亜美がサラダ用の野菜を切り刻んでいて、麻耶は、中性洗剤で入念に手を洗っている。
その亜美が振り返った。
「美由紀、おじちゃんからの差し入れで、本物のキャビアよ! あんたの口に合うかどうかは分からないけど、滅多に
手に入らない高級珍味なんだから!」
言われた能登は、ちょっと恥ずかしそうな、それでいて誇らしいような顔つきで、亜美と美由紀の方を交互に向いた。
「いやぁ、以前、社の広告局に頼まれて、ロシアへの投資を募る広告記事を書いたら、その原稿料代わりに広告局から
貰ったんだよ。何でも、お歳暮として、ロシア当局から新聞社の広告局に届いた物らしい。俺と麻耶だけで食うのはもっ
たいないと思って、持ってきたんだ」
「でも、それって、凄いじゃん。ロシア人も能登くんの文才を評価したってことだよね? さすが、執筆のエキスパート」
「おい、おい、誉め殺しかい? 勘弁してくれよ」
そんな能登を美由紀はじっと見つめ、それからキッチンの母親に向って言った。
「ね、ねぇ、私はうがいして、手を洗ってきたよ。おじちゃんやおばちゃんは、うがいとかしなくていいのぉ?」
来客に対して不躾ではあったが、ルール違反は、やはり釈然としなかった。こうした馬鹿正直な潔癖さは父親ゆずり
なのだろう。
「美由紀、おじちゃんやおばちゃんは手はちゃんと洗ったから、細かいことは気にしなくていいの! 外から帰ってきて、
うがいをするのは家族にとっては義務だけど、それをお客様にまで強制する権利はないのよ」
「義務と権利…」
柳眉を心持ち逆立てた亜美をなだめるつもりなのか、亜美のお古らしいエプロンを着用した麻耶が、「まぁ、まぁ…」
とか言って、亜美のカットソーの裾を軽く引いている。
「義務とか権利とかって、小学生には難しいよね。それよか、美由紀ちゃんの指摘はもっともだから、あたしと久光は、
うがいをしてくるよ」
「俺も、そう思うな…。郷に入っては郷に従うんだから、うがいを怠ったのは、明らかに俺たちに非があるよ」
亜美は、軽く嘆息して苦笑した。
「そぉ? 悪いわね。どこの誰かさんに似たのか、変なところが杓子定規で、融通が利かないのよ」
「まぁ、高須くんの娘らしくていいじゃん。それに、変に意地っ張りなところは、亜美ちゃんに似たような感じだけどね」
そう言われて亜美が苦笑すると、麻耶も微笑した。てっきり怒られるかと思っていた美由紀は、ちょっと目を丸くして
二人の大人を眺めていた。
「まぁ、あの二人は、高校生の頃からの友達だからね。て、いうか、おばさんになっても、未だに高校生ぐらいのつもりで
いるらしい。面白いだろ?」
「う、うん…」
その程度であれば可愛いものだ。何しろ、祖母である川嶋安奈に至っては、決して『お祖母ちゃん』とは呼ばせない
のだから…。
「じゃぁ、美由紀、おじちゃんとおばちゃんを洗面所に案内して。あっと、麻耶ちゃん、コップはこれね」
そう言って、麻耶に二つのコップを手渡した。
「洗面所は、こっち…」
リビングから廊下に出て、美由紀は能登と麻耶を先導した。洗面所のドアを開けて電灯を点け、ポビドンヨード入りの
うがい薬を麻耶に手渡す。
「うちではこれを使ってるけど、刺激が強いから、普通のお水でもいいよ」
「大丈夫、おばちゃんもこれ平気だから。有難く使わせてもらうからね」
「うん…」
美由紀は、二人に軽く頷いて、廊下で待つことにした。うがいをしている人の背後で待つのはさすがに失礼だと思っ
C
たからだ。
「それにしても、私って、気まぐれに大人に逆らったりする…。なんでだろう」
根は臆病で小賢しいくせに、何か間違っていると思うと、どうしてもそのことを口に出してしまうのだ。
「学校でもそう…。あの時、先生にも、何であんな口答えをしたんだろう…」
学校の件は、もはや後の祭りだが、妙なところで頑固になるのは今後は気を付けようと思う。こんなのは何かと損だ。
洗面所からは、「「ガラガラガラ…」」といううがいの二重奏が聞こえていたが、それが止み、ドアが開いた。
「うがいってのは、やっぱりさっぱりするな。今度から、おじちゃんやおばちゃんも毎日の習慣にするよ」
能登は笑顔で、美由紀に使用済みのコップを差し出した。美由紀は、それを受け取ると、頬を染めてぺこりと軽く
お辞儀した。
自分の頑固さで、能登と麻耶に面倒を掛けてしまったことを今になって思い知り、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
能登が持ち込んだ本物のキャビアで、大幅に豪華になったカナッペが出来上がった頃、美由紀の父が、北村夫妻を
伴って帰宅してきた。
「ただいま」
「お帰りなさい。祐作たちも一緒だったの?」
「ああ、特許庁で審査官と面接してきたが、意外にあっけなく片付いたんで、ついでだから特許庁のすぐ近くにある文科
省に寄って、北村たちを拉致してきたんだ」
「というわけで、高須に引っ張られてきたんだが、ちょっと早く着き過ぎたみたいだな?」
カシミヤのコート姿の北村は、そう言って、ちょっと申し訳なさそうに、人差し指で側頭部をぽりぽりと引っ掻いている。
亜美は、微笑してかぶりを振った。
「一足早く、麻耶ちゃんと能登くんも来てるのよ。二人には、前菜作りを手伝ってもらって、そのうちの一つが、今しがた
出来上がったところ。むしろいいタイミングよ」
亜美は屈み込んで、来客にスリッパを勧めた。
「いい匂いがするな? 高須の料理は楽しみだ。今夜は、ご馳走になるぞ」
相変わらず口調が男勝りな北村すみれに、亜美は苦笑した。
「先輩もお変わりなく…。ただし、料理の仕上げは、あたしと、娘がやってるんで、過剰な期待は禁物かも知れませんよ」
「細工は流々、仕上げを御覧じろ、ってところだな…。準備はどこら辺までいっている? カナッペが出来ていて、鰯とか
サーモンは焼く寸前になっているってところかな」
夫の突っ込みに、亜美は、目を眇めて頷いた。
「美由紀が手伝ってくれて、大助り。肉料理はもう完成して、ちょっと温めるだけで配膳出来るわ。サラダも作ってあるし、
残るは、魚料理とその付け合わせね」
「よし、じゃあ、選手交代だな。取り敢えず、スーツを普段着に着替えてくるよ」
「うん、真打ち登場ってことで、宜しくね」
そのまま竜児は寝室に行き、亜美は、北村とすみれをリビングに案内した。
「コートはあそこのハンガーに掛けて頂戴」
既に能登と摩耶のコートが掛けられたハンガーに、北村は自身とすみれのコートを掛け、更には二人のマフラーも
引っ掛けた。
「大先生、お久しぶり」
「能登か、それに木原。久しぶりだな」
北村と能登は、久しぶりの再会を笑顔で喜んでいる。
「木原かぁ…、旧姓で呼ばれるのは久しぶりね」
懐かしいのか、本当は『能登麻耶』と呼ばれたかったのか、麻耶は苦笑している。その空気を北村は敏感に読んだ
のだろう。
「いや、学生時代はこう呼んでいたからな。かといって、今さら『麻耶さん』ってのも変な感じだし…」
「いいよ、こうして高校卒業してから十四年経って集まったんだから、昔の呼び方でいいんじゃない? だから、私も
『まるお』って呼ばせてもらうし、まるおの奥さんのことも、『狩野先輩』って呼ばせて戴くわね」
「私としては不本意だが、まぁ、いいだろう。であれば、私も、木原に川嶋と呼ばせてもらうことにしよう」
宇宙服のヘルメットをかぶるために長い髪をバッサリと切ってしまったすみれが、かぶりを振った。首筋までの中途
半端な長さだが、それでも高校時代と同様に、艶やかな黒髪は美しい。
昔話に花を咲かせている最中、美由紀がカナッペを載せた大皿を持って、しずしずとやって来た。
「お、美由紀ちゃん、お久しぶり」
一見、日本人形のように美しく、たおやかでありながら、気性・言動などの思い切りがよい北村すみれが、みゆきに屈
み込んできた。美由紀は、そんな輝かしい女傑である、すみれおばちゃんに、「お久しぶりです」と、そつなく答えて、大皿
を慎重にテーブルの上に置いた。
そこへ、チャコールグレーのデニムに黒いセーター姿の竜児がリビングに入ってきた。
竜児は大皿に載せられたカナッペを見て、「おっ!」と感嘆した。
「こいつぁ凄い。本物のキャビアが載ってるな…」
そうして、キッチンに向かって、心持ち大きな声で問うた。
「おい、亜美、シャンパンだけじゃなくて、こんな高い物まで買ったのか? いくら、祝いの席でも贅沢過ぎるぜ」
竜児に呼ばわれて、亜美が微笑しながら、キッチンから顔を出した。
「そう言うと思った。でも、そのキャビアは、能登くんからの差し入れなのよ。何でも、ロシアへの投資を奨励する広告
記事を書いたら、広告担当の人に誉められて、原稿料代わりにもらえたんですって」
北村と竜児は、傍らに立つ能登に見入った。能登は、ちょっと得意そうに、それでいて微かに頬を染めて、頷いている。
「凄いじゃないか! さすがは未来の大作家だな」
「弁理士である俺も、文章を書くのが仕事だが、それは形式が決まった事務的なものだからな。人様が読んで感動する
ような文章は到底無理だ。文才のあるお前が羨ましいぜ」
北村や竜児の誉め言葉に、能登は、右の掌を二人に向けて、ひらひらと左右に振った。
「夢は作家だが、まだまださ…。広告の文章ってのもパターンがあるから、書くのはそんなに難しくないんだよ。それに
社命で書いたんだから、本当なら、俺なんかが貰い物をしちゃいけないんだ。だったら、この場でみんなで食べた方が
いいかなって思ってね」
「お前って、思った以上に謙虚だな…」
静謐な面持ちでの竜児の呟きに、大橋高校の生徒会長であったすみれは野太い声で、笑い出した。
「お前は、今頃気付いたのか? 私が仕切っていた大橋高校に居たのは、みんないい奴ばかりだ。お前や川嶋も、木原
も、そして…」
すみれは、自身の伴侶を指差した。
「こいつもだ…」
その瞬間、すみれの透き通るように白い頬が微かに赤みを帯びたような感じがした。男勝りである彼女なりの、惚気
であるらしい。
姉さん女房の唐突な振る舞いに当惑しているのか、それとも内心は嬉しいのか、北村もちょっと赤面している。北村
は、その恥じらいを払拭するかのように、こほん、と一つ咳払いをした。
「ま、まぁ、それはさておき…、ここへ来る途中、高須が白状したんだが、何でも、大口のビジネスを獲得出来たそうだな。
それも、亜美、お前が見事なプレゼンをしたおかげだっていうじゃないか」
「ああ、あれ? でも、草稿を書いたのは竜児だから…」
「なら、言い直そう。プレゼンの成功は、お前たち二人の手柄だ。俺たちからも、祝わせてもらうよ」
そう言って、北村は、手にしていた包みを亜美に手渡した。
亜美は、「何よ、これ…」とか呟きながら、包みを開封していたが、中身を確認して、目を丸くした。
「ゆ、祐作ぅ! ド、ドン・ペリニヨンじゃないのぉ!」
包みの中は、シャンパンの中でも高価なことで知られる通称『ドンペリ』だった。
「マジか?! ドンペリなんて、弁理士試験の合格祝賀会で、一杯だけ飲んだきりだぞ」
その竜児に、亜美はボトルを差し出した。それを竜児は目を丸くして凝視した。間違いない、本物のドン・ペリニヨンだ。
「この酒は、私の実家であるスーパーかのう屋からのものだ。うちでも入り婿の幸太の提案で酒類を扱い出したんだが、
仕入れたものの、高価過ぎて売れなくてな。で、私が、幸太からもらってやったという次第なんだ」
竜児と亜美は、こともなげに言う北村すみれの顔をまじまじと見てしまった。『もらってやった』と言うには、当然に何ら
の見返りも、幸太というか、かのう屋にはせずに持って来たのだろう。
「うん? 高須に川嶋、私の顔に何か付いているか? まぁ、これは幸太が仕入れをミスったのがいけないのだ。だから、
私は、そのフォローを、何の見返りも幸太には要求せずに、執り行ったというわけだ。分かったかな?」
何の罪悪感もなく、自信たっぷりに言われてしまっては、反論の余地もない。
「あ、いえ…。な、何でもありません。そ、そうですか、先輩は、義理の弟さんの後始末をされたんですね。ほ、ほほほ…」
すみれに睨まれて、苦し紛れに亜美は引きつった笑いを浮かべている。
その亜美に、竜児が耳打ちした。
「お、おい、こ、これって、民法九十六条の強迫じゃないのか?」
「そ、そんなこと分かってるわよ。でも、狩野先輩にそうは言えないから、こうしてるんでしょ。察しなさいよ」
北村すみれ。元は大橋高校の辣腕生徒会長で、工学博士号を有する宇宙飛行士。そして、文科省の官僚である
北村祐作の妻。しかしながら、有無をも言わさぬ剛腕ぶりは、今もって健在であり、かつ、地獄耳だ。
「法律の専門家であるお前たちは、何か言いたいことがあるようだが、細かいことは気にするな。第一、これは私と幸太
との諾成契約だ。最終的に私と幸太とで文句がなければ、問題はない」
竜児と亜美は、顔を引きつらせて苦笑した。諾成契約は、当事者の合意だけで成立するが、一方が無理強いをする
強迫の場合には、それが無効となる(民法九十六条)。だが、それを、すみれに言ったところで、何になろう。
「そ、そうすね…。シャンパンは有難く頂戴致します。しかし、冷えてないから、こいつを開けるのは、パーティーの締めに
しましょう。初っ端は、うちで用意した普及クラスのシャンパンで我慢してください」
万事が杓子定規では、人生は面白くない。楽しめる時には、楽しむべきなのだ。
だが、そう考えながらも、竜児はあることを思い出して苦笑した。
「おっと、大事なことを忘れていた。キッチンに立つ前に、手洗いとうがいが必要だったな…」
「そうね…。それが我が家のルールだったし」
そう、竜児に応じた亜美は、北村とすみれに向き直った。
「祐作に狩野先輩。申し訳ないけど、竜児と一緒に手洗いとうがいをお願い出来ませんか? 何せ、インフルエンザの
季節なんで」
「ママ…」
美由紀は、思わず母親の顔を見上げた。その母である亜美は、美由紀にウインクして微笑した。
「さっき、あんたが能登のおじちゃんやおばちゃんにうがいをするように言ったのは、間違いじゃない。ママは、あんたに
うがいを強制する権利はないって叱ったけど、インフルエンザが流行っているんだから、あんたの言い分が正しかった
ようね」
「え?」
「ほら、何をびっくりしているの。別嬪さんが台無しでしょ。何でも杓子定規にいくのは問題があるけど、例外を全部認め
ていたら、この世の中はおかしくなっちゃうの。だから、間違っていること、おかしいと思うことは、遠慮なく言っていいの
よ。それが、我が家の流儀なんだから」
「う、うん…」
能登のおじちゃんが言ったように、やっぱり美由紀のママは話の分かる大人だった。美由紀は、ほっとすると同時に、
嬉しくなって、にこにこと子供らしい笑みを亜美に向けた。
この人の作品は大好きなんだけどな
政治的ルサンチマンは作品に入れてほしくなかったな
素で面白いんだからニュー極的ネトウヨ思想を入れなくてもいいじゃん
「そうそう、あんたは、顔の出来は悪くないんだから、そうやって笑っているのが一番。特に今夜は、パーティーなんだか
ら、楽しまなきゃ、ね?」
最後に念を押すように、美由紀に対して、にやりとした。『ママは何でも知っている』のだ。美由紀の成績が悪いことも、
能登のおじちゃんとおばちゃんにうがいを強制したことを今になって申し訳なく思っていることも、そして、歌手になろう
ということをクラスメートから誘われていることすら、お見通しかも知れない。
「だったら、リビングでお客様と一緒に居るか、キッチンでお手伝いをするか、とにかく、あんたがしたいこと、楽しみたい
ことをしましょ」
それだけ言うと、亜美はキッチンに引っ込んでいった。美由紀もその後を追う。
「ブロッコリーは茹でてざるにあけてあるから、これでいいとして、シャンパンで乾杯出来るように、鰯はそろそろ焼き始
めた方がいいわね」
亜美は、フライパンにオリーブオイルを注ぎ、それを火に掛けようとした。
「なんだ、もう始めちまったのか」
うがいを終えた竜児が、エプロンの紐を背後で縛りながら、キッチンに入ってきた。
「ええ、お客様を待たせる訳にはいかないから…」
「でもよ、昼間っから、ずっと働き詰めなんだろ? ここは俺に任せて、お前はリビングで北村たちの接待をしててくれ」
「そう? じゃぁ、ちょっと麻耶と一緒に、祐作にちょっかい出してくるからぁ」
双眸を細めた、お馴染みの性悪笑顔を竜児に向けると、美由紀には「あんたはどうする?」と尋ねた。
「あ、あたし、パパのお手伝いする…」
そういう返事が返ってくることは想定内だったのだろう。亜美は、「うふふ…」という、一見、毒がありそうな性悪笑顔
のまま、何も言わずにリビングへ戻っていった。
「何も、キッチンで手伝わなくてもいいんだぞ。それよりか、お前の大好きな能登のおじちゃんとか、祐作おじちゃんとか
に可愛がってもらえ」
「うん、でも、私、お手伝いするの好きだから」
健気さが窺える美由紀の一言に、竜児は微笑した。そして、
「そうか…。なら、大助りだ。助手をしっかり頼むぜ」
と嬉しそうに言い、オーブンの予熱を開始した。鰯料理が出来上がったら、間髪入れず、サーモンをオーブンに突っ
込んでステーキにするのだろう。
シャンパンを開け、本物のキャビアが載ったカナッペと、鰯料理で来客をもてなしているうちに、オーブンでサーモン
を焼き上げるという段取りらしい。
竜児は、亜美がコンロの上に置いたフライパンの中にオリーブオイルが引いてあることを確認すると、コンロを点火し、
フライパンを熱し始めた。
「美由紀、冷蔵庫の中に、ママが三枚に下ろした鰯がバットに並べてあるはずだ。それをパパのところに持ってきてくれ」
美由紀は二つ返事で応ずると、冷蔵庫を開けて、昼間のうちにその存在を知っていた、鰯を入れたバットを竜児の
ところへ持っていった。
「偉いぞ、バットは、ここに置いてくれ」
竜児の指示通り、コンロの脇にバットを置いた。竜児は、その鰯に軽く塩とタイムを振った。そして、フライパンが適温
になったと判断したのか、トングでバットから鰯をつまみ出すと、それを熱くなったフライパンの上に並べていった。
「いい匂い…」
青魚特有の生臭みも微かにあるが、それがタイムやオリーブオイルの風味と相まって、食欲をそそる匂いに変わって
いる。美由紀が苦手なほうれん草も、バターで炒めれば微かな甘味が出てくる。調理というものは、美味しいものを
生み出す化学反応なのだ。
「さてと、鰯は火が通ったみたいだな」
竜児は、バルサミコ酢を適量垂らして軽く加熱した。キッチンにバルサミコ酢特有の濃厚な香りが漂った。
「美味しそうだね」
フライパンの中を物欲しそうに覗き込む美由紀の態度が可笑しかったのか、竜児は、引き締まった頬を少し緩めて
微笑した。
「鰯はこれでいいだろう」
芳ばしく仕上がった鰯を、大皿の上に放射状に並べていく。その大皿の中心には、亜美がついさっき茹でたばかりの
ブロッコリーを、小山のように盛った。
「よし、次はサーモンだ」
竜児は、オーブンの予熱が完了していることを確かめると、冷蔵庫からサーモンの切り身を取り出した。それに、軽く
塩胡椒をして、予熱が済んでいるオーブンの天板の上に並べていった。
「これでよし。サーモンは、みんなとシャンパンを飲んで、鰯やカナッペをつまんでいるうちに焼き上がるだろう。後は、
かぼちゃのスープをいつでも出せるように、弱火で温め始めるか…」
竜児は、その言葉通りに、昼間、亜美が作っておいてくれた、かぼちゃのポタージュが入った琺瑯引きの鍋をコンロに
掛け、蓋を開けたままとろ火で温め始めた。
「じゃぁ、美由紀は、この鰯を載せた大皿を、リビングに持っていってくれ」
「うん」
小学四年生とは思えないほど、確かな足取りで、大皿をしっかりと持った美由紀は、リビングへ歩いていった。
その後ろを、シャンパンと、ノンアルコールの炭酸飲料と、人数分の取り皿を持った竜児がフォローする。
「こりゃ凄い! いい匂いだし、何よりも旨そうだ」
カナッペに続いて出てきた鰯料理のバルサミコ酢とタイムの芳しい香りを、北村が瞑目し、鼻の穴を大きく広げて、
くんくんと嗅いでいる。その仕草が可笑しくて、美由紀は、思わずくすりと微笑した。
「あ、竜児、ごめんなさい。話に夢中になってて…。グラスは、あたしが用意するから、美由紀と一緒にリビングでゆっくり
して頂戴」
入れ替わりに亜美がキッチンへ向かい、ほどなく、盆の上に七本のフルートグラスを載せてきた。
それを、テーブルの上に並べていった。
「あっと、ナイフとフォークが未だだったわよね」
すかさず美由紀がキッチンに戻り、籘の細長いバスケットに入っていた魚料理用の角張ったナイフとフォークを、
そのバスケットごと持ってきた。
「偉いぞ、美由紀ちゃん。ちゃんと、魚料理のナイフとフォークを持ってくるなんて」
能登が感心している。でも、美由紀は、あらかじめ洗って揃えてあったナイフとフォークを持ってきただけなのだ。
「なんやかんやで、ドタバタしちまった。まぁ、兎小屋での素人料理だから、段取りが悪いのは勘弁してくれ」
「テーブルが狭いから、立食形式ね。大皿に載っている料理を、皆さんお好きなだけどうぞ。ナイフも持ってはきたけど、
基本的にフォークだけでも食べられるんじゃないかしら」
亜美は、各人に取り皿とフォークを渡していった。ナイフの方は、籘のバスケットに入れたままである。オプションで
あり、各人が任意に使用してよいということらしい。
よく冷えたシャンパンのコルクが抜かれ、それが六つのグラスに注がれた。小学生である美由紀のグラスには、
スパークリングワイン様の炭酸飲料が注がれる。
「本物は微かに緑色を帯びているけど、子供用はいかにもカラメルで着色しましたって感じね…」
亜美の指摘が、美由紀にはちょっと不満だった。大人と同じフルートグラスに注がれていたが、中身が違うのが明ら
かなのは面白くない。
「はい、あんたの分。あんたが何を考えているのか知らないけど、お酒は二十歳になってからよ。少なくとも、もっと大きく
なってからね」
亜美は、自分の娘に、にやりとした含みのありそうな笑みを向けながら、グラスを手渡した。
「さて、シャンパンのグラスは行き渡ったかな? それでは、不肖私、北村祐作が乾杯の音頭をとらせて戴きます」
すみれの次代に大橋高校の生徒会長であった北村は、往時を彷彿とさせるような凛々しさで、声を張り上げた。
それを合図に、居合わせた全員が、グラスを手にして直立した。
「では、高須特許商標事務所の開業並びに高須竜児くん、高須亜美くんの両名の益々のご活躍を祈念して、乾杯!」
「乾杯!!」
張りのある声がリビングに響き、銘々がグラスを干した。グラスがテーブルに置かれると、ぱらぱらと拍手が起こり、
出席者から、「おめでとう」「頑張ってね」といった祝いの言葉が発せられた。
「さぁ、みなさん、暖かいうちに召し上がって。このオードブルが片付かないと、次のスープとサラダが出せないから」
亜美が、鰯料理を摘むためのトングを大皿の上に載せた。大皿のまん前に居合わせていた能登が、まずその料理を
賞味した。
「うん、旨い! だがこの味付けは何だろう? イタリアっぽいのは分かるが…」
首を傾げている能登に、竜児は「バルサミコ酢をちょっぴり使っているんだ」と教えてやった。
「能登と美由紀ちゃんが作ったカナッペもなかなかだぞ。本物のキャビアを使っているせいもあるが、トビコとかイクラ
とかのありふれた材料のやつでも美味しい。何よりシャンパンに凄く合う。トビコって鮨ネタくらいにしかならないと思っ
ていたが、こうした食べ方もあるんだな」
シャンパンを飲みながら、北村はご満悦だ。その傍らでは、早くも酔ったのか、すみれが顔を真っ赤にしてソファーに
へたり込んでいる。
「狩野先輩、二杯目はシャンパンじゃない方がいいですよね?」
竜児の問いに、すみれは、「ふにゃー」とか、「ぐにゅあー」とか、意味不明なことを言っている。超人的な思考力も、
鉄のような意志も、何もかもが吹っ飛んでしまっているらしい。竜児は、苦笑すると、すみれのグラスに、美由紀が飲ん
でいるのと同じ、ノンアルコールの炭酸飲料を注いでやった。
一本目のシャンパンは忽ちなくなり、二本目が開けられた。鰯料理とカナッペがあらかたなくなったのを見計らって、
大きなボウルに入れられたサラダと、カボチャのポタージュが琺瑯引きの鍋ごとテーブールの上に置かれた。
「スープは、銘々が好きなだけ掬っていいわよ。サラダもそう。本当なら、個々に配膳すべきなんだろうけど、テーブルに
全員が着席出来ないから、こうした手抜きで許してね」
来客たちにサラダ用の新しい皿と、スープ用の椀を手渡しながら亜美が釈明めいたことを言っているうちに、竜児は
キッチンに戻り、オーブンの様子をチェックした。庫内では、サーモンの切り身が炙られて、じくじくと脂を噴き出している。
「あと、三分というところだな…」
竜児は再びエプロンを纏うと、亜美が下ゆでして灰汁を抜いておいてくれたほうれん草のバター炒めを作り始めた。
フライパンを熱し、そこにバターを適量放り込む。パターが溶けて、泡立ってきたのを確かめて、灰汁抜きしたほうれん
草をフライパンに入れて炒め始めた。
「パパ、ほうれん草はサーモンの付け合わせ?」
いつの間にか竜児の背後に美由紀が立っていた。その美由紀が、鮮やかとしか言いようのない竜児のフライパン
捌きをじっと見つめている。
「どうした、せっかくのパーティーなんだ。こんなところに居ないで、楽しんでこい」
それでも美由紀は、竜児の傍らから離れようとしない。
「ねぇ、パパ…」
「うん?」
「偉い人が居て、でもその人が変なことをしているとか、間違ったことを言っているような時、パパだったらどうする?」
意味深な質問を唐突に投げ掛けられて、呆気にとられたのか、竜児は、束の間、目を丸くして美由紀を見た。
「偉い人ってのは漠然としてるなぁ。しかし、偉い人が誰であっても、明らかにおかしいことは反論しなくちゃいけない。
少なくとも、パパは、自分が正しいと思ったことを言うだろう」
「う、うん。やっぱそうだよね」
竜児の一言で、美由紀の表情にも変化があったのだろう。竜児は、フライパンを振りながらも、しばし、娘の意思を
窺うかのように、その顔を凝視した。
「パパはママに比べて、小細工や駆け引きは得意じゃない。だから、反論すべき時には反論する。しかし、反論しても
無駄と分かったら、そういう奴は相手にしない。それだけのことなんだよ」
「パパは嘘が嫌いだもんね」
「パパは馬鹿正直なんだよ。要領よく立ち回ることが出来ないんだ。だから色々と損もしてきた。だが、欺く、つまり嘘を
ついてまで上手く立ち回って何になる。そんなずるいやり方は、いずれ失敗するからね」
諭すように言いながら、竜児はほうれん草のバター炒めを作り上げ、それを大皿の中央に盛った。
「おっと、サーモンも頃合いのようだな」
キッチンミトンをはめて、オーブンのドアを開けた。芳ばしい匂いがキッチンに充満する。
そのサーモンのステーキが乗った天板を引きずり出し、シンク脇の鍋敷きの上に置いた。
「うわぁ、美味しそう!」
竜児は、子供らしくはしゃいでいる美由紀に苦笑すると、焼き立てのサーモンを大皿に並べていった。
「ねぇ、ねぇ、レモンバター載せるんでしょ?」
「ああ、今日ばかりは、ママもダイエットとか言わないからな。たっぷりと載せておくよ」
竜児は、冷蔵庫からガラスの密閉瓶を取り出すと、その中から、作り置きしてあったレモンバターを、アツアツの
サーモンの上に載せていった。
「これでよし、大皿はパパが持っていくから、お前は冷蔵庫から白ワインを二本ほど出して、持って行ってくれ」
そう言って美由紀の父は、大皿を両手で支えて、リビングへ向かった。
美由紀は、言いつけられた通りに、冷蔵庫から冷えた白ワインを二本取り出しながら、呟いた。
「反論すべき時には反論する、か…」
経緯を話せば、竜児も分かってくれるだろう。それに、今回の件で未だ嘘をついていなくて本当によかった。そう思う
と、美由紀は少しだけ気持ちが楽になってきた。
宴は滞りなく進み、サーモンのステーキもメインディッシュの牛肉の煮込みも、来客たちには好評だった。
「このソース、もの凄く美味しい!!」
麻耶は竜児特製のドミグラスソースにご満悦で、食べ終えた皿に残ったソースも、亜美が昼間焼いておいたパンで
綺麗に拭って平らげた。
「おい、おい、意地汚いぞ」
夫がたしなめたが、麻耶は双眸を半開きにして、うすら笑いを浮かべている。
「何言ってんの、お皿に残ったソースは、こうやってパンで綺麗に拭って食べるのがマナーなのよ。そうすることで、この
お料理が本当に美味しかったんですっていうのが作り手にも伝わるから」
「そ、そうなのか?」
「あんたも試してみなさいよ。亜美ちゃんの手作りパン自体が美味しいし、それにソースが付くと、本当に文句なし」
言われて、能登も、北村も、すみれも、パンでソースを拭って、料理を余すところなく賞味した。
「ふぇ~、こんなにうまい物を食ったのは、久しぶり、いや、初めてかも知れないな」
腹をさすりながら、すみれが呟いた。アメリカや欧州にも出張することがある北村すみれだったが、それでも今夜の宴
の料理に匹敵する美食にはお目にかかったことがないらしい。
「さぁ、メインのお料理はこれで終わりですけど、後は狩野先輩から戴いたドンぺりを開けて、締めの乾杯をしましょう。
その後は、自家製ケーキがありますので、お楽しみに」
再び、フルートグラスが用意され、冷蔵庫の中で十分に冷やされたドン・ペリニヨンが開けられた。それを銘々の
グラスに満たしていく。
「私は、そんなに飲めないから、少しでいいぞ」
そう言う、すみれのグラスにだけは、他の者の三分の一程度の量が注がれた。
「では、改めて、メリークリスマス、そして、来年もよい年でありますように、乾杯!」
能登の乾杯の音頭で、銘々はグラスの中のシャンパンをじっくりと味わった。
「気のせいかしらね、普及品のシャンパンとは格が違うような感じがする」
亜美のコメントに竜児も頷いた。
「何ていうか、香りや甘みや酸味の成分が、よりいっそう複雑っていう感じがするんだよな。化学分析を精密にやってみ
たら、普及品にはごく僅かしか含まれていない、若しくは全く含まれていないエステルや有機酸が検出されそうだな」
「高須ぅ~、そんなこたぁ、どうだっていいだろうがぁ!! てめえは理屈が長いんだよ。ぐだぐだ言わずに飲めぇ~」
人並みの三分の一程度の量だったのだが、北村すみれには致命傷だったらしい。そのまま、へなへなとソファーに
へたり込み、グラスを手にしたまま、大きないびきをかき始めてしまった。
酒に弱いのは、高校時代からまるっきり変わっていないらしい。
「しょうがないなぁ…。高須、済まなかった。すみれが言ったことは気にせんでくれ」
北村は、早くも白河夜船になったすみれに、亜美から受け取ったタオルケットを掛けてやった。
「なぁに、これが俺なんだ。今さら変えようったって変えられない。そんなに器用じゃないからな。だったら、不器用なりに
一生懸命やっていくしかないんだ。幸い…」
竜児は、傍らに居た亜美の手を握り、その身体を軽く引き寄せた。
「機転が利く優秀な同志にも恵まれている」
「竜児…」
亜美は、夫の顔を見上げるように覗き込んだ。その竜児は、目を北村と能登の方に向けたまま、彫像のように整った
顎を心持ち持ち上げた。
「この同志のおかげで今まで何とかなってきた。そして、これからも俺たちは頑張っていく。それだけなんだ」
力むつもりもなく、自然体で言い切ったつもりだったが、宴の場には何か厳粛な雰囲気が漂い、誰もが暫し無言と
なった。
もしかして次スレいるかこれ
パチ、パチ、パチ…。
不意に、能登が一人で拍手をした。それにつられるように、麻耶が北村が拍手した。
「高須王国なんだな、ここは…。事務所を構えて独立したっていうのもあるが、高須も亜美たんも、本当に徒手空拳に近
い状態でここまで頑張ってきたんだ。高須が王で、亜美たんが王妃で、そして美由紀ちゃんがお姫様だな。この王国に
栄えあれ。俺は、そう願わずにはいられない」
「俺もだ、高須王国に栄えあれ」
「亜美ちゃんと高須くんに栄えあれ」
能登に続いて、北村も麻耶も、竜児と亜美を祝福した。思いがけない祝辞に、竜児は驚き、亜美は涙ぐんだ。
「み、みんなありがとう。あ、あら、いやだ、おばさんになると、涙腺が緩くなっちゃうのかしら。でも、パーティーはまだまだ
お仕舞いじゃないから。シャンパンの後は、ケーキと紅茶で締めましょう」
そう言うと、亜美と竜児はキッチンへ引っ込んだ。二、三分ほどごそごそ何かをやっている気配がしたが、ほどなく
亜美が赤いケーキを載せた盆を、竜児が人数分のティーセットを載せた盆を持って戻ってきた。
そのポットをテーブルに置くと、極上の紅茶らしい茶葉本来の芳しい香りが、リビングに漂った。
「亜美ちゃん、何? このケーキ、生地自体が臙脂色をしてるよ」
女性雑誌の副編集長として、いろいろなスイーツを見てきた麻耶も初めて見る物のようだ。
「オーストリアに伝わっている赤ワインを入れたケーキなのよ。夕べ、竜児と一緒に作っておいたの」
「なるほど、臙脂色は、赤ワインの色なんだな」
そう言った北村に亜美は軽く頷き、手にしたナイフでケーキを切り分け始めた。切り分けたケーキは銘々皿に取り分
ける。
その傍らで、竜児は、紅茶をボーンチャイナのカップに注いだ。
「こうして、散々に飲み食いした後だから、しつこい味付けはどうかと思って、砂糖はあんまり使ってないんだ。でも、一口
食べてみて物足りないようだったら、オプションでホイップした生クリームを絞り出すけど、どうかな?」
美由紀も、父母が作った赤いケーキを一口食べてみた。しっとりとして口当たりがよく、甘さも控えめながら十分だった。
「パパ、ママ、凄く美味しいよ。これなら、クリームもお砂糖も要らない」
「そうねぇ、おばちゃんもそう思うわ。第一、これでクリームが載っていたら、デブになっちゃいそう…」
「男にとっちゃ、これでも十分に甘い。それに、高須がいれてくれた紅茶は、砂糖なしでも美味しい。言うことなしだな」
能登夫妻も満足しているようだった。
クグロフのような蛇の目型で焼かれているが、クグロフよりも軽くふんわりとしていて、後味がよい。赤ワインの微かな
香りも上品で嫌味がなかった。
美由紀は、大ぶりのケーキを、ミルクティーと一緒に食べ終え、すっかり満腹になってしまった。
「何だか、ねむ~い…」
腹の皮が突っ張れば目の皮が弛む、とはよくぞ言ったもので、美由紀は、いつしか、健やかな寝息をたてながら、穏や
かな眠りに落ちていった。
(以降は次スレにて…)
以上で、前半は終わりです。
なお、小道具で、きな臭い話が紛れ込んでいますが、困ったことに実話なんですねぇ。
後半は、いつものお約束どおりに、めでたしめでたしですが…、
「安奈さん、ストライクバック!」がしっかりとあります。
>387 嫌なら読まなきゃいいじゃん
えーと…
いっきに埋まってるしw
ローマ続編、27皿目はムリでした。すんません。
ついでに、トリップというものの実験。
SL66氏。。。。
自分ワールドを公開したいならとらドラのキャラクタにくくりつける必要はないよ?
キャラクターの名前を拝借してるだけにしか見えない。
新スレの方で出てた言葉を使うなら愛が感じられない。
とりあえず大量投下乙
オリキャラを出すのも度が過ぎなければ別に構いやしないし、どんなネタで書くのかも
作者の自由ではる。でもエロパロスレなのだから究極的にはエロがないとスレ違いに
なるんじゃないかなぁ、とは思う。もちろんエロしか認めないようでは先細るだけだし、
作品はあくまで個人が趣味で書く領域なので、それを強制することもできない。
でもやっぱりエロい物が読みたいんですよ、これが。だからこのスレに居る。
自分がそのキャラにどんなエロいことをしたいか?
それを文章にするだけだって決して無為ではないはず。どうか御一考のほどを。
埋め代わりの何か。
大河は引っ掻く癖があるのが困る。その時の締め付けはまさに最高潮なのでつい痛みを忘れがちだが、
何しろ虎の爪は深く食い込むのだ。大河以外のそんな傷がないわけじゃないが、大河のはやはり一味違う。
ちなみに背中だと他の傷よりも低いところにできるので判別は容易だ。あんまり生傷を増やすのも
どうかと思ったので、後ろからしてみると引っ掻かれることもなく具合が良い。調子に乗って連続で
5回ほどしたら俺の背中の代わりに枕が裂けた……困ったものだ。
櫛枝はその時の顔を隠したがる。絶対みっともない顔してるから、とは櫛枝の言だが個人的には
そうは思わないんだがな。手とかで隠そうするからもう少しなのがすぐに分かるのはちょっと便利。
それを無理矢理こじ開けて顔を拝むと滅茶苦茶恥ずかしがってくれるのでかなり燃える。
後で何度も文句を言われてもこれはやめられそうにない。櫛枝もまんざらじゃないみたいだし。
実際どんな顔なのかは……それは俺だけの特権だな。
川嶋は叫ぶ。女優の娘だからかよく通るその声が艶をまとった叫びとなると、俺の安アパートだったら
近隣住民に筒抜けてしまうところだ。その甲高い音色は俺の背筋をゾクゾクさせながら響くし、キスしながら
ラストスパートで突き上げてやって漏れる呻き声も何とも言えない。話は変わるが最近ちょっと
攻撃的になったとか言われる。川嶋の声が枯れる程度まで何度もしたぐらいでそれはないんじゃないか。
後で殴られたの俺だし。仕返しにまた川嶋の声を枯らしてやろうと誓う。
香椎はとにかくキスしたがる。上の口はよだれまみれになって、よく濡れる下の口共々ぐっちゃぐちゃだ。
身体中で繋がったまま俺を感じたいからとのことで、気恥ずかしくはあるがかなり嬉しい。
情が深いって言うのか、そんな香椎に求められるまま可能な限り俺を与えてやりたいと思いつつ注ぎ込む。
他との兼ね合いもあるのでほどほどにお願いしたくはあるのだが、香椎はそう安々と許してはくれないのだった。
口元のホクロのせいか、妖しく笑っておねだりしてくる香椎は反則だと思う。
木原は痙攣癖がついた。ポリネシアンは手間のかかる分だけ半端ない気持ちよさなのだが、女性の方も
それは同様のようで木原は最初気絶していた。目の焦点は合っていないようで、おかしくなったんじゃないかと
心配になるほど激しく身体が跳ねている。奥を突く度にそうなるものだから、なにかそういう空気か何かで
葉ねるおもちゃを連想してしまった。そんな木原を跳ねさせるのを楽しく感じてしまったのは不謹慎だろうか。
おもちゃと明確に違う点は楽しいだけでなく、とても気持ちいいということなのは言うまでもない。
独神はとにかく絡み付いてくる。そんな焦らんでもいいと思うのだが、唯一年齢的にも社会的にも妊娠しても
大丈夫(?)なためか、基本的に中に出すように懇願してくるのだ。必死だなぁと思わないではないが、
なんにせよ求められて悪い気はしない。オスとしての本能に従い、腰にガッチリと絡んだ脚はそのままに
可能な限り奥まで貫く。そうすると何度もありがとうって言われるんだが、なんか申し訳ない気分になるから
不思議だ。返礼代わりに直後で敏感になってる奥をまた突き上げることにする。
>>426 埋め代わりなんて勿体無い
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