「あ、申し遅れました。私はのえるって言います。平仮名で"のえる"です」不意に少女が自己紹介をし始めた。
「苗字は?」
「あ〜…ただの"のえる"です。苗字ないんです、私」
「ふぅん…」
妙な話だ。苗字がないだなんて、聞いたことがない。…単に言いたくないだけか、ならいい。
「なんたってあんな所で倒れてたんだ」
「それがですね…」
のえるは何とも奇妙なことを喋りだした。
「こないだバイト先のコンビニが潰れちゃいまして…こんな見た目なもんだからネットカフェにも泊めてもらえなくて、仕方ないから当てもなくさ迷ってたんですね。
…でもさすがにごみ漁りまでする気にはなれなくて。財布のお金も底をついて、気がついたら一週間、公園の水しか飲んでませんでした」
「おい待て。バイト先だと?」
「はい。このあたりからならだいたい10キロほど先にあったんですけど」
「そんなことはいい。あんた、まだ中学生かそこらじゃないのか?」
「はい。…身体は、ですけどね。私、1982年10月30日生まれなんです。まあ、14歳と156ヶ月ってところです」
「よしわかった。明日お兄さんが病院に連れてってあげよう。ちゃんと頭を検査してもらえ」
「本当ですよ! なんなら、証拠見せますから!」
のえるはポケッから定期入れらしき物を取り出し、その中から学生証とおぼしき、やけに擦り切れた紙切れを出した。
見てみると、"○○高等学校 有効期限2000年3月31日"と書かれている。写真には9年前のものと思われるのえるが写っているが、ぶっちゃけ今と大差ない。
というか、なぜそんなもんが定期入れに入れっぱなしなんだ。まさか、このためだけに持ち歩いているのか?
「信じてもらえましたか?」
「ああ、よくできた紙切れだな」
「う〜! 本物ですよぉ! …はぁ、仕方ないか」
のえるはため息をつくとベッドからはい出た。まだ足元がふらついている。
「無理するなよ。何も出てけってんじゃないぞ」
「いえ…ハサミ貸してくれませんか」
「? 構わないが」
僕は勉強机の引き出しからハサミを取り出し、のえるに手渡してやった。
何を思ったか、のえるはハサミを受け取ると、自らのツインテールの片方にハサミをあて、一思いにじょきっ、といった。
「いきなり何してんだ!?」
「見ててください」
切り離された髪の毛はばさばさっ、と床に散った。長いからかき集めるのには苦労しないだろうが、いきなりなんなんだ?
と、僕はとある違和感に気付いた。
たった今髪を切ったはずなのに、のえるの髪は量が減ってないように見える。よく近づいて、切断箇所を見てみた。…気のせいではない。切った痕跡が見当たらない。
「よくできた手品だな。宴会で使えそうだ」
「……………っ!」
僕は率直な感想を述べただけなのに、のえるは思いっ切り不服そうな顔をして、何を思ったかスウェットを膝下まで下ろし、ハサミを振りかぶった。…え?
ざくり。なんて鋭い音はしなかった。ただ、ハサミの刃はのえるの太股に大きな傷を作った。
「何考えてるんだ馬鹿野郎!?」僕はのえるからハサミを奪い取り、部屋の隅へ投げ飛ばした。
「痛っ…いいから、よく見ててください!」
「えっ…?」
のえるが指差した傷口は、僕の目の前で徐々に塞がっていき…しまいには傷があったのがわからないほどにまで治ってしまっていた。30秒もかかっていない。
「これも、手品だと思いますか?」
「…いや」
「だから病院はだめ、って言ったんです。行ったら最後、そのままどこかの施設に連れてかれて一生帰ってこれなくなりそうで…。
私年取らないし、傷もすぐ治るんですよ。昔の知り合いが、"格爆弾で自爆するか火山口に飛び込まないと死ねないな"って言ってましたけど、まさにそんな感じです。
あ、でもそのおかげでお風呂はあんまり入んなくても平気なんですよ? そこだけは助かってますね」
にわかには信じがたい話だ。ラノベにだってそんな設定は滅多にないだろう。だがあんなものを見せられては…
「…悪かった、信じるよ」
「ほんとですか!?」のえるは嬉々とした表情を見せた。
「ああ、ただし…もうこんな事するな。髪を切ったり太股を刺したり…いくら治るからって、もっと自分を大切にしろ」
「……そんなこと言われたの、初めてですよ。昔の友達だって、言ってくれませんでした。けど…わかりました」
「わかればいい。あと…いつまでその恰好でいる気だ? 僕は子供のパンツを見て喜ぶような性癖はないぞ」
「わっ! み、見ちゃダメですっ!」のえるは顔を真っ赤にしてスウェットをたくし上げた。
子供の、とは言ったが…紐パンはないだろおい。色気づいたって、ませたガキにしか見えん。さっきの太股の傷さえなければ、そう決め付けられたものを…あれで27歳か?
僕は頭の中を一旦整理すべく、のえるにこう促した。
「とりあえず、風呂入ってこい」
#####
「ふぅ…さっぱりしました。お湯って贅沢ですねぇ」
「あんたの生活が異常だっただけだ。風邪引くから早くドライヤーで髪乾かせ」
「大丈夫ですよ、風邪なんてひいたことありませんから」
「さっきまで寒がってぶるぶる震えてただろうが…」
風呂から上がったのえるは、用意しておいた着替えを身に纏いリビングに出てきた。やはりその小柄な体型には僕のシャツは大きすぎたようで、かなりだぼついている。
台所で洗い物をしながら遠目で見てもわかるくらいだ。
「あの…いろいろありがとうございました。それで、お願いがあるんですが…」
「なんだ」
のえるは台所にいる僕のもとへ来て、こう言った。
「あの…一晩泊めてくれませんか? 床でもいいので。明日になったら出ていきますから」
「でもあんた、一週間さ迷ってたって…」
「はい。両親はもう死にましたから。今まではバイト先の店長の家でお世話になってたんですけど、お店潰れちゃったしご迷惑かけると思って出てきたんです。
明日からまた家賃の安い物件探して回るので、せめて今日だけ…だめですか?」
…なんとも理解しがたい複雑な事情だ。だが、それに対し僕はこう返した。
「阿呆」
「…?」
「事情はうまく飲みこめんが、あんたみたいなちんちくりんに家を貸す奴なんかいないぞ。僕ですら、太股の傷を見るまでは…正直今も半信半疑なんだからな。
不動産屋にいちいちあれをやるのか? その前に門前払いを喰らうのが関の山だ。第一、あんたみたいな子供を放り出したら保護責任者遺棄といってな、
僕が役人の世話になっちまうよ」
「えっと、つまり……」
「…一晩とは言わん、好きなだけうちに居ろ」
「!! ありがとうございますっ」
のえるは心底ほっとしたような表情と、歓喜の折り混じった顔をした。…やはりどう見てもガキだ。
まあ父さんにも電話でうまく説明したからいいか。
「でも私、子供じゃないですよ」
「体は子供だろうが…」
#####
30分前―――
Prrrr…Pi
「父さん…今大丈夫?」
『ああ、少しならな。珍しいな、真司から電話してくるなんて』
電話先は、会社にいる父さんだ。
「頼みたいことがあってな。…家出少女が行き倒れてたから拾った。しばらくうちに泊めたいんだけど」
『…また突拍子もない話だな。だか真司は昔から率直にものを言う子だったからな、かえって信じやすい』
「ごまかすのが面倒なだけだよ。で、いいかな?」
『ああ、かまわんよ。家のことは全て真司に任せてあるからな』
仕事で忙しい父さんは、昔から滅多に家に帰って来ない。母さんは…五年前に死んだ。だからこの家には僕一人なのだ。
別に不自由はしていない。無駄遣いしなければ十分足りるほどの生活費を僕の口座に送ってくれるし、社会勉強の一環と思えばいい。
『昔からお前には寂しい思いばかりさせてるな…すまん』
「僕なら大丈夫だ。父さんは、仕事はどうなの?」
『最近また忙しくなってきたな。まあそれだけ稼ぎは増えるが…。今度、アメリカの企業の社長との会食も控えてるし…またしばらくは帰れそうにない。
その娘がいい話し相手になってくれればいいな』
「まだわからないよ。…父さん、無理するなよ。雪も降ってるし、体に気をつけて」
『ありがとう。…真司も、気をつけてな』
「ああ」
#####
現在―――昨日のカレーから作ったカレーうどんをのえると二人で食べ、そのまま部屋に戻ってきていた。
「はぁー、暖房って贅沢ですぅ」
のえるは暖房の効いた僕の部屋で、かれこれ1時間はにへらにへらと幸せそうな顔でカーペットの上をごろごろしている。
外の雪はさらに激しく降り、窓から見てもかなり積もっているのがわかる。6時のニュースでも「一足早く冬到来!?」と、どこも同じ話題で持ち切りだったくらいだ。
「しかし今日は本当に寒いな…」
「ええ。でも雨じゃないだけましでしたね。雨なら服がびしょびしょになっちやいますし、雪と違ってシロップつけて食べることもできませんから」
「………今のは冗談か?」
「実体験ですよ?」
「よくそんなもん食う気になれたな。酸性雨からできた雪なんざ、僕ならごめんだが」
「女は度胸、何でも試してみるもんです」
この娘は一体今までどれだけ薄幸な生活を送ってきたのだろうか? 聞いてて不敏になってきた。
「あ…そういえば、まだお名前伺ってなかったです」
「―――そういやそうだった。僕の名前は、桐島 真司だ。真司と呼んでくれて構わない」
「真司さん………逃げちゃだめだ逃げちゃだm」
「はいストップ。それ以上は色々まずい」
意外とアニオタなのか? …水城と話が合いそうだな。今度会わせてみるか…いや、そのうち嫌でもエンカウントするだろう。そのときは…いとこを預かったとでも言い訳をしておけばいいか。
「ちょっと隣の物置部屋から布団をとってくる」僕はのえるにそう声をかけ、部屋を出ようとした。
「私、床でも平気ですよ? カーペット敷いてありますし」
「僕が気が気でないんだ。悪いが無理にでも使わせるからな」
まったく、今日は体をよく動かす日だな。さすがに疲れた。布団を敷いたらさっさと寝よう。明日は日曜だし、のんびりできる。
布団はしばらく使ってなくて少し埃っぽいが、僕が使う分には困らない程度だ。僕は軽くはたいてから布団を持って自室に戻り、床に敷いた。
疲労困憊な僕はそのまま布団に潜り、寝の体制に入ろうとした。
「あ、あんたはベッド使って寝てくれ。シーツはさっき替えといた」
「そんな、悪いですよ! 私が下で寝ますよ」
「はいはい、おやすみ」
無理にでも布団を占領してしまえば、のえるはベッドで寝るしかないだろう。僕はそのまま寝たふりを決め込むことにした。
「zzz…」
「あ、もう……じゃあ、ありがたく使わせていただきますよ…」
のえるは渋々ベッドに潜ったようだ。
「電気、消したほうがいいですよね…よし。おやすみなさい、真司さん」
電気は消え、すぐにすやすやと寝息が聞こえはじめた。それを確認した僕も、本当に寝ることにした。
今日は疲れた。おかげでぐっすり眠れそうだ。
しかし、明日から一体僕はどうなるのやら。季節外れの雪といい、突如現れた27歳(自称)で不老不死(自称)の少女…次はなにかとんでもないものが来そうだ。
杞憂に終わるといいが………はぁ。
投稿終わります。
続きます。
650 :
名無しさん@ピンキー:2010/02/09(火) 18:52:42 ID:/fVwCP2G
GJ
続き楽しみにしてます
規制抜け後初書き込みGJ
ひめねぇはまだかまだなのか!
GJ! 期待してます
題名のない長編その七が読めないよぅ・・・
面白いのに
職人達いつも楽しみにしてますぜ
続き待ってます
さて、バレンタインが近づいてきたけど
この機に行動を起こすヤンデレはやはり多いのだろうか
まぁ、貰えない俺にとっては普通の日と変わらないけどな…(´・ω・`)
実家住みなら最低2つはもらえるだろ
おかあと姉ちゃん
3つじゃね?
妹からのも含めて
いやいや4つだろ?
ツンケンしてる幼なじみからも
いやいや、各々がそれぞれ雌豚製品を処分するだろうから巡りめぐって0個だろ
昨年は朝に校門で貰って恥ずかったな
同じ奴に9個貰って持ちきれ無かったよ
> そういえば、あの女の子をよく見る。
> なんだか白い感じの女の子だ。
> いつもひとりでいる。
>
> -------------
>
> 例の女の子。
> 今日はその子と目があった。
> どうしていいかわからず、思わず笑顔で返す。
> その子はちょっと戸惑ったような顔をして、すぐ目をそらした。
>
> -------------
>
> 死にゆくネコの絵が面白いので、ときどき描いている。
>
> -------------
>
> 例の女の子の話。
> 入巣京子というらしい。
> いつもひとりでいる。
> いつもひとりでいるところを、ぼくがよく眺めている。
>
> -------------
>
> 入巣京子がぼくのノートを覗いている。堂々と。
>
>
> まだ誰もいない教室に入って、
> ノートを置いたままトイレにいって、
> 再び教室に入ったら、まあそんな感じの光景が広がっていた。
>
> 思わず身を隠して、そんな入巣京子を物陰から眺めていた。
> 人のノートを勝手に見るなんて。
> なんて素敵な子なんだろう。
>
> ……
>
> しばし待つ。
> 改めて教室に入ると。
> 入巣京子は、何事もなかったように自分の席にちょこんと座ってた。
>
> -------------
>
> 入巣京子の話。
> なんと表現すればいいんだろう。
> 眺めていると楽しくなる子だ。
> あんな子に殺されてみたいなと思った。
>
> -------------
>
> ここのところ、入巣京子はいつもぼくの近くの席に座る。
> 気がする。
> 考えすぎだろうか。
> 近くといっても、間に空席を4つほどあける。
> このすき間になんの意味があるというのだろう。
> もっと近くに座ってくれればいいのに。
この男が捻くれてなければハッピーエンドだっただろうに
ごめん
ごばく
四夜連続投下です。バレンタイン関係ないですが投下します。
くーびちょんぱ♪ くーびちょんぱ♪ なーたをつかーってくーびちょんぱ♪
くーびちょんぱ♪ くーびちょんぱ♪ にーくをえぐーってくーびちょんぱ♪
かーわはいで〜♪ もーつかーきまわしってぐっちゃぐっちゃぐっちゃぐっちゃ♪
めーだまーがおーちたーらとーろけーるのーみっそ♪
(オーゥイェー! 今夜はボクの大好きなビーフストロガノフだね♪ 愛してるよマイハニー!)
くーびちょんぱ♪ くーびちょんぱ♪ ちっしぶーきふっかせってくーびちょんぱ♪ くーびちょんぱ♪ くーびちょんぱ♪ ばーらばーらしたいのなーいぞううまい♪
(ぎゃー! なぜ殺しやがったー!)
おーぅいぇー。なんて邪悪な歌を口ずさみながら尻を振って料理をしてやがりますかこの女は。そして何故に裸エプロン?
甘ったるいスウィートボイスでスパイシーな電波猟奇ソングを歌う女の尻を眺めながら、俺はどうしたもんかと考え続けていた。
鼻腔をくすぐるカレーの美味そうな匂いを嗅ぎながら思うが、電波ソングの歌詞と作ってる料理が関係ねえ。
しかしなんだ、これは。もうあれだ。うんあれだ。
わけが分からん。
桃のような形の良いぷるりとした尻。まな板の上からゴリゴリと聞こえる音。そして立てかけられている血まみれの凶器。
深く考えたくない不思議空間。その中にどうして俺は縛られて転がっているのだろうか。なんか後頭部が激しく痛い気がするし。
手足を結ばれて芋虫のような状態で女の尻を眺めること数分。いい加減股間がはちきれそうである。
いやはやしかし、これはなんとも言えぬ光景である。まさか裸エプロンで料理している女の後ろ姿がこれほど素晴らしいとは……ッ!!
シミ一つ無い白い肌。余分な脂肪の無い肢体。腰のくびれから尻、そして太ももまでの素晴らしいライン。
太すぎず細すぎない魅惑的な太ももから、ふくらはぎからキュッと締まる足首までの脚線美。女体とは芸術である。脚フェチにはたまらん。
動く度にぷるんと揺れる桃尻を凝視しながら、俺の頭脳は今まさにフル回転している。
――ええ尻しとるやないかい。……じゃなくって、なんなんだ?
これはあれか? 最近話題の肉食系女子か? 肉食系は男を拉致(?)って裸エプロンで料理して男を墜とすのが流行りなのか?
いやいや、もしかしたらこれは尻……じゃなく料理が美味くなるためのおまじないやもしれぬ。油使う時は気をつけろ。
料理を食べさせてあげるから代わりに君を(性的な意味で)食べさせてね! だったらありがたい。顔が見えないが尻で判断すると美女に間違いない。
尻が……いやいや、そろそろ本気で考えよう。真面目に考えないと状況が状況だけに危険かもしれん。縛られてるし。
縛られている俺と裸エプロンで料理をしている桃尻女。そして見知らぬファンシーな女の子の部屋。
シックなデザイン家具に甘い香りのする清潔な空間。(カレーの匂いも混じって微妙であるが)そして可愛らしいぬいぐるみと金属バット。
結論――わかるわきゃない。コ○ンも金田○もわからないだろう。
つーか本人に聞けば良いのだが、電波ソングが危うい内容になってきて正直怖い。なんでママの首がないんだ?
それにしても血まみれの凶器が気になる。無造作に部屋の壁に立てかけてある金属バットに血がべったり。
これは見てはいけないものを見てしまったのだろうか。犯罪に使った凶器を知るということは探偵ものでは死亡フラグなんだけどなあ。
いやいや、きっと勘違いだ。バットは甲子園を目指していた兄の形見なのだ。不慮の事故で亡くなり、そのとき血がついたままなのだ。
なんか後頭部が激しく痛い気がするけど、これも気のせいだろう。
……うん、このままではいかん。尻……じゃなく時の流れに身を任せて尻を見続けるのも悪くないが、俺とて肉食系日本男児。ええ、やるときゃやりますよ!!
起きましたよーと気付かせるために咳払いを一つ。見知らぬ女性に背後から声をかけるのはどうかと思ったわけである。
すると、ぴたりと歌が止み、女がくるりと振り返った。思ったより小さな咳払いだったが女は気付いてくれた。おお、かなり美人だ。
……どこかで見た覚えがあるような気がするなあ。でもまったく見覚えがない。変な感覚である。なんぞこれ?
「あ、起きた? もうすぐ食事ができるからね。辰巳君はカレー好きよね?」
「ああ、うん」
「もう少し待っててね」
「うん」
……なんと気の抜けた短い返事だと思うことなかれ。質問に質問で返してはいけない。だからこれはしょうがないのだ。
それに待っててくれと言われたら待つしかない。だからこれは俺が情けないわけでは決してないのである。しょうがないのだ。
そんなわけで、料理ができあがるまで俺はもうしばらく美女の尻を眺めることにした。
それにしても、どうして姓が変わる前の俺の名前で呼ぶのだろうか? 今の姓は遠見(とおみ)なんだがね。
「味はどう?」
「うん、美味いよ」
そう褒めると、彼女は嬉しそうに顔を赤らめて微笑んだ。初々しい少女のようで可愛い。抱きしめたい。でも縛られてるから無理だ。
正直な感想を言えば、味はよく分からなかった。なにせ赤ん坊のように「あ〜ん」と食べさせられていて嬉し恥ずかしいからだ。
しかし裸エプロンの美女が作ってくれて、あまつさえあ〜んされて食べる料理が不味いはずがない。
辛さが足りないとかイモが大きいとかという文句など決してない。でもニンジンが多いのは……いや、文句など断じてない。
彼女は親鳥が雛に餌を与えるかのごとくスプーンを口に運んでくる。二十歳になって雛鳥の気分になるとは思わなかった。
「ごちそうさまでした」
「いいえ、こっちこそ。辰巳君に食べてもらって嬉しかったわ」
おお、なんということだろうか。こんな美女が俺に、俺に……ッ! 幸せすぎて夢の如きかな! いや、マジで夢じゃなかろうか?
……しかし、無情にも現実は厳しい。夢のような現実とはいえ、夢は覚めるものだし現実は直視しなければいかん。
この突如起きた非日常タイムも目の前の裸エプロンも、深くく考えないとそろそろ縛られた手が痛いのだ。
「あのさ、ところでなんだけど」
「ん、なに?」
食器を片づけて立ち上がろうとした裸エプロン(命名)に話しかける。屈んだ時に乳首が見えて興奮したが、それは不可抗力なのだから俺に罪はない。
「そろそろ縄を解いてくれないかな。別に逃げたりしないし」
「うん、いいよ」
……あれ? あるぇー? 即答ですか?
断られると思ってたのにあっさりすぎない? んじゃなんで縛られてたのさ? 縛ってた意味なくね?
彼女が背後に回り込み、もぞもぞと縄を解いていく。よほど固く縛ってたのか少し時間がかかった。
ようやく縄が解かれると、肩と肘の関節が少し痛んだ。足首の縄は自分で解き、やっと自由になる。今度縄抜けの練習をしよう。
肩を解しながら胡座で座り直し、食器をキッチンに置いて戻ってきた彼女とテーブル越しに向かい合う。食器を水に浸すのは基本だ。
う〜む、しかし分からない。こんな良い女は知り合いにいないぞ。大学も人が多いとはいえ、これだけの顔なら目立つし記憶に残る。
魅惑的な瞳は色気を醸し出しているし睫が長い二重瞼。鼻もすっと通っていて形がいい。唇も形良く厚すぎず薄すぎず。
小さな顔は輪郭が良い。顔全体のバランスが見事なまでに良いのだ。そこいらのアイドルや女優に負けない可愛さだろう。
おまけに胸は大きいし乳首は見事なまでにピンク。尻も素晴らしいし色気たっぷりの美脚だ。完璧超人やないかい。
……知らん。こんな美女なんてまったく知らんぞ。知ってたら十年前のパソコンの容量に劣る俺の脳みそでも覚えているはずだ。
俺の人生に関ったこともない女だ。いや、現在進行形では関わってるけど。それでも――
「まだ思い出さない?」
彼女は少し拗ねたような表情でそんなことを言ってきた。美女のうえに読心術? まさか忍者? はっ、実は俺はサトラレだったとか――
「うん、まあその……」
「仕方ないわよね。でも辰巳君には自分で思い出してほしいの。だからヒントをあげる」
「ヒント?」
なにを仰りますか奥さん。思わず質問口調で返してしまう。奥さん?
「五年前と六年前、二回隣の席に座っていたわ」
五年前と六年前といえば中学2年と3年の時だ。思い出したくもない記憶である。……あの頃の自分は中二病だった。
脳みその奥深くに押し込んで深く埋めていた記憶をほじくり返してみる。嗚呼、思い出したくない懐かしき日々。セニョール、懐かしき暗黒の日々よ。
過去の記憶を検索する。中2と中3の時に隣に座っていた女子――うーむ、ヒットしない。二十年前のパソコンよりは脳の容量は良いはずだが。
目の前の美女と過去の同級生の女を照らし合わせみる。中学の頃にこんなダイヤの原石があっただろうか?
彼女はじれったそうに、そして期待と不安と苛立ちの混じった顔で俺を見つめる。よせやい、そんなに見つめられると照れるじゃないか。
照れるのだが――それにしても彼女の瞳の奥が少し怖い気がするのは気のせいだろうか。
なんというか、例えるならば、濁っているというかどこを見ているか分からないというか、深く暗い海の底のような瞳に少し背筋が寒くなる。
「それじゃ、中学二年の秋と三年の春よ。まだ思い出せない?」
大盤振る舞いだなおい。どうやらよほど思い出してほしいみたいだ。これは是非とも思い出さなければなるまい。彼女の瞳と視界の端に見えるバットが怖いし。
普段使っていない脳みそよ、小宇宙(コスモ)よ、今こそ燃え上がらないでどうする。二十年前のパソコンに負けるな俺! 頑張れ俺ッ!!
ウィーン、カタカタと音がしそうな頭の中をスコップで掘り返しまくる。なんせ美女が凝視してくるのだから時は一刻を争う。
中学生の頃を思い出す。あの頃の俺は妙に尖っていた。尾崎でもあるまいにバイクに乗って走っていた懐かしき日々。
男子にも女子にも全員に嫌われ、友達といえばペットのチャーリー(雑種犬・5歳)と幼なじみの将臣(まさおみ・隣の中学)だけだった日々。
そう、思い出せ。なにも前世を思い出せってわけじゃないんだ。たった5、6年前のことじゃないか。思い出したくねえけど思い出せ!
脳みそフル回転。シナプスよ今こそ燃えろ! キーワードはあるんだ!
中2の秋と中3の春。中2の秋と中3の春。中2の秋と中3の春。中2の秋と中3の春。
「あとドロップキック」
なんじゃそりゃ? 俺は仮面ライダーか。ドロップキックがなんの関係が…うんん!?
「中2の秋と中3の春、ドロップキック。中2の秋、ドロップキッ…………あっ」
「思い出してくれた?」
テーブルの上に身を乗り出して期待に満ちた彼女を見つめたまま、俺は口を開いて呆然とした。
6年前の秋――確か記憶が確かなら正確には十月頃だったと思う。
隣に座っていた女子の記憶と、目の前に座っている美女が脳内で交差して混じり合う。まったく面影がない。思い出せるわけがない。
いや、まさか、そんな――
「お前……平坂、なのか……?」
「そうよ。やっと思い出してくれたわね、辰巳君」
目の前の女――平坂睦美(ひらさか むつみ)は、とても嬉しそうに笑った。
投下終了です。レス数考えたら2日で済みそうですが連投規制が怖いので4日です。もしかしたら3日になります
671 :
名無しさん@ピンキー:2010/02/13(土) 11:05:38 ID:pU1x8Tlj
GJ
GJ!!
投下します。スレ容量ギリギリなんで入りきらずアウトになったら勘弁してください。
>>665-
>>669のタイトル忘れてましたが『起』承転結です。で、今回が起『承』転結です。
「思い出してくれて嬉しいわ。あの頃から五年も経って私も随分変わったし、驚いて当然よね。でも辰巳君も変わったわね」
金魚のごとくパクパクと口を開いては閉じている俺に、平坂睦美は懐かしそうにそう言った。
目の前の裸エプロンの美女こと平坂は少し複雑な表情に変わる。きっと俺はもっと複雑で変な、ピカソの絵画的な顔になっているだろう。
「ずっと会いたかった。転校したあの日から今日まで、一日も辰巳君のことを考えなかった日はなかったわ……」
おお、なんと嬉しいことを言ってくれる。美女にこんなこと言われるなんて。
でもなあ……過去の平坂を思い出してしまっては素直に喜べない。
だってあの平坂睦美だぞ。過去の面影なんて微塵もない。別人すぎるにも程がある。つーか別人だろお前。
過去と現在の平坂が交差して入り混じり、ソフトクリームのように重なって螺旋を描く。チョコとバニラのダブルソフトは反則だよな。まさにそんな感じ。
「今でもはっきりとあの時の事は覚えてるわ。びっくりしたなぁ……だって、あんなの初めて見たから」
過去の記憶がじわじわと蘇る。ああ嫌だ、思い出したくないのに俺の脳みそってば勝手に過去をリプレイしやがって……。
ここで中学生時代について少し説明をしなければならない。したくもないが平坂と俺の話なのでしなければならないのだ。
あの頃の平坂は平凡で地味で暗く、少し太っていて、おまけにイジメられていた。友達はいなかったようだ。
地味で地味でそして暗い平坂は、いつも本と向き合っているか勉強をしているかだった。
思い出してみれば、平坂はどんな時でもずっと席に座っていた。そしてひたすら本と向き合いながら自分の世界に没頭しているようだった。
中2になって同じクラスになり、隣の席になるまで俺は平坂の存在に気付かなかった。確かその時は夏休み明けだったはずだ。
その頃の俺はというと思春期真っ盛りで、両親の離婚問題に祖父の他界、さらに夏休みに覚えた夜遊びでアホになっていた。
部活を辞めて勉強もせず、意味不明な苛立ちを持て余していた中2の頃。思い出すだけで恥ずかしい。完全な中二病だ。だって中二だったしなあ。
そんな時に隣の席になった平坂はというと、早速夏休み明けからクラスの女子数人にイジメられていた。
イジメられやすい空気を身に纏っていたのだろう。そしてイジメられる者にはそういう体質みたいなものがある。
イジメとは風邪のようなもので空気感染する。イジメは周囲に“移る”のだ。
最初は数人だったイジメもだんだん人数が増え、あからさまにクラスの女子全員を巻き込んだ。あと男子数人も混じっていた。
俺は関わらなかった。面倒で関わるのが煩わしかった。だから無視して放っておいた。大体1ヶ月くらいか。助ける気なんて微塵もなかった。
――で。
机をぶん投げて椅子を振り回して、止めに入った担任にドロップキックをかましたのには深い理由がある。マリアナ海溝よりは深くなく、昔掘った落とし穴よりは深い。
だってそりゃあ隣の席は近い。手を伸ばせば届く距離だ。そこで毎日うんざりするほどうるさくイジメがあれば近所迷惑というものだ。無関心でも鬱陶しい。
日々エスカレートしていくイジメに耐える平坂。それと比例して日々苛立ちがジェンガのように積もる俺。俺に対する嫌がらせにしか思えなかった。
なので「うるさいからやめろ」と言ったらば、翌日にはクラス中に俺と平坂ができているという話が広まっていた。
朝教室に入ると、俺と平坂に向けられる奇異と侮蔑の視線。そして丸聞こえの俺に対する中傷。黒板に書かれた――
そこで、俺の中のジェンガが崩れた。こう、ギリギリの一本を勢い良く引っこ抜いた感じでがっしゃーんと。
近くで笑っていた男子(加害者)に自分の机を投げつけた。次に近くにいた男子(加害者)に椅子を投げつけた。
女子(主犯格)が何かを言っていたので近くの椅子をぶん投げた。後は手当たり次第に机と椅子を振り回し、窓ガラスが全部割れた。
ドロップキックの理由は担任もイジメを知りながら黙認していたのと、あと元々嫌いだったからだ。
その後の記憶はしこたま親父に殴られて痛かったという記憶だけだ。もうフルボッコでしたよ。
で、その日を境に俺に話しかけてくる者はいなくなり、平坂へのイジメもパッタリと止んだ。そして、俺は平坂と並んで暗い学校生活を送ることになったのだ。
そして三年生になってクラスが変わり、奇遇にも平坂も同じクラスになった。そして何の因果か再び席が隣になり、少しだけ平坂と話すようになったのだ。
相変わらず平坂に友達はいなかったようだ。ひたすら本と向き合うだけの地味で暗いふくよか貞子だった。
それからしばらくして平坂は家庭の事情で転校した。そして俺の両親も離婚して、俺もすぐに転校したのだ。
test
「どう、思い出した?」
「うん、できることなら忘れたままでいたかったけどな……」
おお、チャーリーよ、将臣よ。彼らは元気に過ごしているだろうか? 将臣は去年彼女ができたらしいから死ねばいい。ホント死ねばいい。
よくもまああの事件の原因である平坂を忘れていたもんだ。中2といえばその事件、その事件といえば平坂なのだ。
あれから俺の人生は山あり谷ありおむすびころりんである。まあ大学にもなんとか入れたし今のところは無難な人生まで軌道修正された。
相変わらず彼女ができない寂しい人生だが、友達がいるだけで良しとしよう。うん、女友達がいるだけ勝ち組だ。
そして現在、平坂がここまで変わって再会するとは夢にも思うまい。いやあ変わったねえ君。まさか裸エプロンの美女に変身するとはな。
「って変わり過ぎだろ!?」
「ふふっ、その反応が見たかったの」
なんだそれ? 本当に嬉しそうに笑うね平坂。ちくしょう可愛いなぁおい。
目の前の平坂は全くの別人になっている。そりゃあ記憶に該当する人物なんて浮かばないわけだ。
裸エプロンこと平坂睦美は(それにしてもなぜ裸エプロンなのだろう?)何か遠くを見ているかのような表情で言葉を紡いだ。
「イジメられていたあの時、自殺しようと悩んでいたわたしを辰巳君が助けてくれたのよ。あの時辰巳君がいてくれたから、今のわたしは生きているの」
聞いてるだけで恥ずかしくなるから止めてくれ。それ以上仰天告白をしないでくれ。顔で茶を沸かせそうだ。
「あの時はどうしてイジメられているのか分からなかったわ。ただ、きっとこれからもずっと続くんだろうなって思ってた。
両親は毎日喧嘩してたし学校ではイジメられるし、友達なんていなかったから誰にも相談なんてできなかった。どこにも居場所なんてなかった」
平坂の独白は不思議と懐かしそうに聞こえる。そんな辛い過去を笑って話すのは今が幸せだからなのだろうか?
いや、辛い過去は思いだしたくもないもんだ。蓋を閉めて厳重保管で記憶の海に沈めるのが一番だろう。俺だってそうだったし。
「どうして笑って話してるか不思議? だって、あのイジメがあったおかげで辰巳君のことを知れたんだもの。
わたしにとっては辰巳君との“出逢い”のきっかけになったんだよ。だから今では良い思い出なの」
疑問が顔に出ていたのだろうか、平坂は俺の表情を見て微笑みながら俺の疑問に答えてくれた。
なんとまあ、あんな陰湿なイジメを受けておいて良い思い出とは豪胆ですなあ。俺にとっては最悪のメモリー(思い出)ですよ。
「でも、あの頃の辰巳君は恐かったなあ。目つきも鋭かったしいつも怒ってるみたいで。人が吼えるのなんて初めて見たし。
でも、わたしには救いだった。だって助けてくれたのは辰巳君だけだったんだもの。
親が離婚して転校して、遠くに離れてもずっと辰巳君のことを考えてた。ねえ辰巳君、わたしが転校する前に話したこと覚えてる?」
「話したこと? 悪いけど、俺は平坂と違って記憶力には自信がないんだ」
「もう、覚えててほしかったのに!」
頬を膨らませて怒る顔も可愛いぜ! でもな、んな昔の話した内容まで覚えてる程記憶力が良けりゃもっと良い大学入ってるんだぜ!
いや、実は覚えてるんだけどな。なんせ例の事件以降は平坂しか会話する相手いなかったし。
そう、思い出せば次々と記憶が蘇ってくるが、平坂と会話をした人間って実は俺しかいないんじゃなかろうか?
「どうしてあの時助けてくれたの? って聞いたら「ムカついたから」って答えたのよ。おまけに「お前もやればスッキリしたのに」って言ったの。
ムッスリした顔で言うのよ。あれはどう答えればいいか分からなかったなぁ……」
楽しそうに笑って平坂が両手の細く白い指を重ね、その上に顎を乗せる。その仕草すら様になるから美女とは得である。
6年前の俺よ。まさか平坂がこんな美人になるとは思うまい。隣のふくよか貞子はシンデレラに化けるぜ!
しかし、記憶の中の平坂と目の前の平坂は重なりそうで重ならない。どうしても過去の姿をダブらせようとするのは何故だろう?
きっと記憶を繋げたいのだ。過去と現在のギャップとブランクを埋めようとしているのだ。それが無意味と分かっているのに。
「そこまでは覚えてないな。そんなこと言ったか?」
「言ったわよ。わたし辰巳君と会話したことは全部覚えてるんだから!」
真面目な顔でそんなこと言われたら恥ずかしいじゃないか。どんな顔でどう答えればいいというのだ。
「親が離婚して転校するって話したら「お前もかよ」って言ったのよ。それ聞いてまたビックリしたわ」
「俺の両親も離婚する寸前だったからな。あん時は妙な親近感が湧いたよ」
「わたしは運命を感じたわ」
「おいおい、運命って……」
随分と乙女だなあ平坂よ。こいつの発言は聞いてるだけで恥ずかしくなる。つーか離婚で運命て。
「それでね、思ったの。転校したら生まれ変わって可愛くなって、辰巳君と必ずまた会おうって。ふり向かせようって誓ったの」
おーじーざす。平坂の衝撃告白は俺を驚かせてばかりであります。まさか俺の知らぬところでそんな乙女の誓いがあったとは。
この美貌は努力の結晶なのだな。シンデレラも真っ青な生まれ変わりっぷりではないか。きっと血の滲むような努力をしたのだろう。
まさか一人の女性の人生にいつの間にか俺が深く関わっていたとはなあ。
「そうだったのか」
「捜して見つけるのは大変だったのよ。辰巳君も離婚して引っ越したし、大学に進学してまた引っ越したでしょ。
高校を卒業してから自力で調べたの。再婚した義父さんはお金持ちだったけど、誰にも頼らずに自分だけで探したわ」
すげー、すげーよ平坂。なんて無駄な努力してんだよ。俺なんか捜す暇があるなら良い男見つけて幸せになれよ。
今の平坂ならよりどりみどりだぞ、もったいねえなあ。その気になれば芸能界入りも夢じゃないだろ。
「4年ぶりにようやく見つけた時は嬉しかったわ。でもどうやって話しかけようか悩んだ。
運命的な再会って素敵な出逢いにしたかったの」
「4年前? だって中3から5年経ってるだろ?」
平坂の説明は疑問が残る。一年の空白はなんなのだろうか。
「ええ、だから辰巳君を見つけたのが去年なの。でも……」
「でも?」
「自信がなかったの。久しぶりに会ってどう話せば良いんだろう、どんな反応をするんだろうって考えちゃって恐かった。まだ勇気がなかったのよ……」
あと一歩のところで踏み出せなかったってわけか。無駄に行動力あるくせにそこんとこ抜けてんのな、お前。
「で、一年経ってようやくの再会か。そこまでは分かった。それでやっと今の現状について質問できそうなんだけど」
「その前に聞きたいんだけど、ねえ辰巳君、あの女って辰巳君にとってなんなの?」
……あの女?
なんだろう、いきなりのこの質問は。そして平坂の顔から笑顔が消えたのはどうしてだろう?
顔から感情が抜けたような、無表情というのとは違う、何か寒気を感じさせる。うん、なんかヤバイ気がします。
――どうやら現状について聞けるのはまだ先になりそうである。
投下終了です。四夜連続とか言っといて真っ昼間です。嘘つきです。
GJ
実にいい
GJ!
これは凄いな。続きも楽しみ。
684と685どっち使うよ?
早く立ってた方でいいんじゃない?
688 :
名無しさん@ピンキー:2010/02/14(日) 00:45:08 ID:uTOesi0l
684で。
689 :
名無しさん@ピンキー:2010/02/14(日) 01:56:10 ID:6ZMHYmyA
684に投下しちゃった
二月十四日。
それは圧制の影で密かに愛し合う者たちの結婚式を挙げたというセント・バレヌンティウスが処刑された日である。
今日この日は、その素晴らしきバレヌンティウス様の死を悼む日であるべきなのだ。
そう、決して女子がモテル特定の男子にチョコレイトなどをあげる日であるはずがないのだ。
まったく今日という日に本命だの義理だの友だのとまったく日本は商魂逞しい国だな呆れるぜ。
おいそこの男子。そわそわしてんじゃねぇよ。何一抹の望みを待ってるんだよ。
いや、もういいや。どうせ俺には関係ねぇ。
朝起きて真っ先に思い浮かんだものがこれじゃあ、今日一日憂鬱になってもおかしくないな。
まあいい。それよりも今日は日曜だというのに登校しなければならない。
半ドンらしいが、なんでも新型インフルエンザの影響で学校閉鎖になった分授業が遅れているそうだ。
せっかくの日曜なのに。仮面ライダーが見れないじゃないか。
最近の、平成ライダーシリーズだっけ?あれはいいよな。昔のものはバトルばっかりだったけど今のライダーはストーリーが深い。
まあ最後は結局暴力で解決するのは変わってないが。
閑話休題。
何時もより早く高校に着いた俺は、ありえないものを発見してしまった。
俺の上靴の上に、綺麗に包装された何かが置かれているのだ。
いや、そんなにありえないことじゃないのか。何せ今日はバレンタインディなのだから。
まったく、誰だ?こんな悪戯をしたのは。中学の頃からそうだったが、人間を精神的にいたぶるのはそんなに楽しいのか?今度俺もやってみようか。
しかし残念だったな。この手はなれてる。今の俺の心の壁はルガーランスでも壊せはしない。
ふと、赤いリボンの間に紙が挟まっているのに気付いた。
二つ折りになっているそれを開いて見る。
『今日の放課後、一時に屋上で待ってます』
おお、なんてベタな。しかしこれで確信した。これはドッキリだ。
放課後。
恐らく待っているだろう女子になんて言おうかを考える。
ドッキリは引っかかった方がいいのだ。以前ドッキリ企画を真っ向から否定したら訳もなくボコにされた。
なんというジャイアニズムだろうか、と当時は思ったが、それもしょうがない。ああいう人種には既に真っ当な思考をすることは願っていない。
そうだ!新しいリアクションを試してみようか。
罰ゲームかなんかでしょ、とか言えば否定したことにもならないし、一応は騙されたことにはなるだろう。うん、一度これでいってみよう。どうせ後二年同じことが続くんだろうし。
対処法を決めて屋上のドアを開ける。
そこには案の定クラスメイトの女子の顔が・・・って、え?
そこにいたのは女子でなく、いや女子だけど生徒じゃなくて、何故か担任の教師が立っていた。
常日頃から黒いパンツスーツで艶やかな黒髪を後ろで纏めて、所謂ポニーテールにしている。切れ長の鋭い視線の所為で生徒からは少々距離を置かれている。
「先生、どうしたんですか、こんなところで」
もしかして、ドッキリを企てた生徒を追っ払ったのだろうか。それはマズイ。あいつらの報復は恐いんだよな。
「ああ、来てくれたのか。時間より十分も早い。流石は○○」
何を言ってるんだろうこの人は?
「私の気持ちは受け取ってくれたか?一応手作りなんだぞ。カカオから作ったわけではないがな」
先生が頬を緩める。笑っているんだろうが、何故だろう、敵の幹部にしか見えない。
しかし何故に先生がここに・・・。追い払ったような雰囲気でもないし、先生自身がドッキリ的なものを企てるとも思えない。ましてや
生徒のドッキリに手を貸すような下種な教師でもない、いたって真面目な先生の筈・・・。考える程に分からなくなる。
支援
そう思って先生を見つめていると、何故か先生は顔を赤くした。
「おい、そんなに見つめるな・・・照れるだろう」
何故照れる。こんなことで照れていたら教団にたって話なんか出来ないだろうに。
「そうやって見つめられるのも悪くはないが・・・そろそろ本題に入るとしよう」
本題?だからそれは何なんだろうか。まさかこんなところで指導ですか。あ、でもさっきみたいなのよりはそっちの可能性の方が高いのかな。しかし、
「あの、先生。僕最近何か問題になるようなことしましたっけ?」
そう、ここ最近、というよりこの高校に入学してからは何の問題行動も起こしていない。無遅刻無欠席、さらには成績も学年では上位に入っているし。
何の問題もないだろう。対人関係も、最近はあいつらもなりを潜めていた。まあ今日久々にアクションがあったわけだけど。
「問題?そんなこと○○は起こしてないだろう。優秀な生徒だよ君は。ただ優秀すぎて構えないのは難点だな」
さっきから何を言ってるのかさっぱり分からない。指導でもないんなら一体なんなんだ。
「本題というのはな、実は私な、○○のことが、その・・・す、好き、なんだ・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・はい?
え、ナにこれ?え、あ、最近何もないと思ったら、今日この日のための布石だったわけか!流石にあいつらもマンネリじゃ駄目だと思ったのか。うん、下種にしては中々の進歩じゃないか。見直した。
しかし教師を使ってドッキリとは。斬新だなあ。もうこの学校に自分の頼れるものはないという絶望感を味わわせ、しかももっともこういうことをしなさそうな人を投入するとは。
うん、残酷だなあ。前述のジャイアニズムというのは撤回しよう。あいつは一応友達思いのいい奴だからな、何気に。
しっかし何だ、ん?ここまで来ると笑うしかないよな本当に。下種とかそんなの通り越して感心するよ。なんなら尊敬してもいいな、教師まで引き込めるそのコミュニケーション能力には感服だよ。脱帽ものだね。
「そ、その、返事をくれないか?いや、教師と生徒というのが嫌なら、私は教師を辞めてもいいし、君が卒業するまで待ち続けるから・・・」
ハハ、ヤバイ、本当に笑えてきた。何これ、先生メチャクチャ可愛いんだけど。これがドッキリじゃなかったらどれほど良かったことか。学校を辞める、卒業するまで待つなんていう人に惚れないわけないじゃないか。
ああ、くそ、なんて返そうな。ドッキリでしょう、か?罰ゲームでしょうか?それともかかったフリでもするか?
「ああ、そうだ。ドッキリでも罰ゲームでもないぞ。これは、その、私の正直な気持ちだ。
○○を直接嘲笑の対象にしていた奴なら今年留年するぞ。丁度成績も、君と違って悪かったからな。もう君の傍にあんな出来の悪い屑は置かないから。
すまなかったな。今まで野放しにしていて。君を観察し出してから気付いたんだ。脅しておいたしもう何もないだろう。君が望むなら屠殺してきてもいいぞ」
満面の笑みでそう言う先生。
俺は言葉が出なかった。
「さあ、返事を聞かせてくれ。今日という日を楽しみにしていたんだ。さあ、早く・・・」
「あ、えっと・・・」
「どうした?・・・そうか、私が担任だから答え辛いんだな?そんなことは気にするな。さあ、さあ、さあ・・・」
にじり寄ってくる先生。ヤバイ。目がヤバイ。
「言葉が出ないのか?案外恥ずかしがり屋なんだな。そんなところも可愛くて好きだぞ。ならこうしよう。
下駄箱にチョコが入っていただろう?それを今ここで食べてくれ。さあほら早く。頑張って作ったんだぞ。これでも料理はうまいんだ」
俺が断るなんてことは微塵も思ってないらしい。
俺は黙ってチョコの包みを取り出し開封した。中にはハート型の可愛らしい小さなチョコが幾つか入っていた。
その中の一つを齧る。・・・あれ、なんかフラフラしてきた。苦しいてか、何か暑いな、まだ二月なのに。
「ふふふっ、半信半疑だったが本当に効くものだな。さあ、私の家に行こうか。今すぐ結ばれようじゃないか」
その言葉を最後に俺の意識は途切れた。不思議と、満足感があった。シアワセナキブンニナッタ。
ノリでかいた
駄文でスマン