イナズマイレブンでエロパロpart5

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475名無しさん@ピンキー
・同性愛描写注意
・根幹はゲーム、そこにアニメと個人的な理想と妄想を入り組ませた設定です
・ゴールデン2話以降、入院組メイン




フットボールフロンティア優勝の帰り道からの襲撃。
母校は見るも無残に破壊され尽くした後であった。
エイリア学園のジェミニストームと名乗る宇宙人チームとの試合で
雷門イレブンは大きな痛手を負うこととなる。
圧倒的な実力差、桁外れの身体能力。
パフォーマンスとラフプレーの狭間のスタイルでの犠牲者は複数人。
ある者は肩を、ある者は腕を、ある者は脚をやられた。
そして、ある者は仲間の必殺シュートのカウンターによる腹部強打。
彼らは応急手当では間に合わず、病院へと運ばれた。


「怪我をしたのは、オレの鍛え方が足りなかったからだ…!」
見舞いに来た円堂に対し吐露された少林寺の悲痛の叫び。
病院に縛り付けられたメンバー全員の心境であった。
ベンチに待機していたマネージャーとは違い、同じフィールドに立っていて
何度も何度も相手の餌食になっても尚無事な、目の前に立つ円堂と比較して。
学園を破壊した宇宙人よりも、目をつけられて標的にされてしまった不運よりも
彼らの恨みは、攻撃に耐え切れず、怪我をしてしまった自分自身に向かってしまっていた。
その気持ちを汲み取った円堂と木野は彼らを諭し、病室を後にした。

仇を討つために、もうこれ以上の犠牲者を出さないために。
事はマイナス方向へ運ぶことはあれど、プラスに進むことは無い。
それでも彼らは旅立った。
治癒に専念する彼らは、それを歯がゆい想いをしながらも見送った。
『どうか仇を討ってください』
『どうかこれ以上の犠牲を出さないでください』
『どうか無事に戻ってきてください』
『どうかまた、一緒にサッカーしてください』
各々の気持ちを残存メンバーに託して。


その夜、すすり泣きが洩れていた。
無念。
声にならずとも、その意思が伝わってくる。
何せ皆同じ心情の同士だ。
こらえきれなくなったのか、次第に嗚咽へと変化した。
我慢していた他の者も、感情が溢れようとしたときだった。

静粛な場所にそぐわないほどの大音量。
誰かが拳を壁に打ち付けたのだろう、反射的に顔をあげた。
「いい加減にしろよ!!!!いつまで泣いてんだ!!!
 悔しいのはお前だけじゃねーんだよこのハゲ!!!!」
病床を仕切るカーテンが勢い良く開かれ
飛び出した松野が少林寺に掴みかかる。
「やめろマックス!!宍戸、抑えろ!」
「松野センパイ、落ち着いてください!!」
怪我をした部位を庇いながら、半田と宍戸が抑えつけにかかる。
解放された少林寺も、言葉にならない言葉で吠えていた。
「放せ!!放せよ!!!」
ふたりがかりで止められても尚、彼は眼光を鋭くさせながら暴れていた。
医師から絶対安静を言いつけられ、臨床器具に縛り付けられた体でもできること。
現場を眺め、考えながら、手にはナースコールが握られていた。
いずれ騒ぎを聞きつけ、夜勤の医療スタッフが駆けつけてくるだろう。
476名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:16:49 ID:2btl0YWR
夜が明けて。
病室内で"サッカー"に関する単語は禁句という暗黙のルールが存在した。
誰が言い出したわけでもない、自然にできた共通の了解。
あれから駆けつけた看護師にこっぴどく叱られた後、抑えつけられていた松野は
無言でふたりを振りほどき、自分の寝床に戻っていった。
残された者たちは目配せし、頷き合いそれぞれ病床へ。
最後に怒りのオーラを漂わせた看護師が出て行って、
それから昨夜から現在までの、わずか数時間で築かれた連帯責任。

今でもメンバーは始終無言だ。
音楽を聴く者、ゲームに没頭する者、携帯電話をいじる者
何をするわけでもなく、無為に時間を浪費する者。
「暇。超ヒマ」
ふいに音漏れ程度の音しか無い空間に響く声。
「ねー、暇なんだけど。ひーまー」
「もう今日のリハビリ終わっちゃいましたし、仕方ないですよ…」
巻き込まれた宍戸が視線を携帯電話から松野に向け、相手をする。
「暇なんですけどー、何とかしてよー」
「何とかって…ちょっと、やめてくださいってば」
困ります、と言った拍子に宍戸に絡む松野が閃いたのか目を輝かせる。
「そーだ!!ねぇ、ベッド替えしない?」
「…はぁ?何だそりゃ」
突拍子な発案に半田が即ツッコミを入れる。
「席替えならぬベッド替えだよ!
 いつまでも同じ場所じゃつまんないじゃん、やろうよー」
「ベッド替えねぇ……」
「気分転換にはいいかもしれませんね」
半田も宍戸も賛成のようだ。
何せ皆暇だったのだ、反論する理由が無いのだろう。
「よーし、決まり!
 じゃ、クジつくるから。ちょっと待ってね」
いそいそとメモ用紙を細かに割いた後、何やら書き込んでいる。
「できた!回るから引いてねー」
隣りの宍戸、正面の半田と少林寺に行き渡る。
「仁、引いて」
「……え?」
ただ漠然と眺めていたときに声を掛けられ、予想外だった。
「ほら、早く」
「………」
急かされたので、ふたつ残ったクジの手前の方を引いた。
「はーい!みんな引いたねー!
 ドア側から数えて1番、あとは順番だから!
 それじゃ、チェンジ!!」
各々が私物を整頓しはじめた。
「しょーりん、俺3番だからどいて」
「ごめーん、ちょっと待ってー」
「おいマックス、俺前のと変わらないんだけど…」
「作業免除でよかったね」
ぼーっと他人事のように眺めていると、はっと思い出し手元のクジを見た。
「……1番………」
「仁、何やってんの?
 ボクここだから早くどいてよ」
4番のクジをヒラヒラさせながら彼は言うが。
「…俺、医者から絶対安静って言われてるんだけど」
「関係ないし。
 …てゆーか移動の準備すらやってないじゃん。
 ちょっと半田!手伝ってあげてー!」
477名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:17:14 ID:2btl0YWR
「なんで俺が」
「仕事できたじゃん、よかったね」
「仕方ないなー…
 宍戸、しょーりん、お前らも来てくれー」
「はーい」
半田の呼び掛けでじゃれ合っていた二人が来る。
3人がかり(松野は見てただけ)で整頓された
腹の臨床器具を含む私物は数分経たずして1番のベッドに移動した。
「お前ら、せーの、で仁起こすから」
半田がメンバー全員に対して指揮を取る。
「いくぞ。せーの…」
「……ぃ……」
腹部に痛みが走る。
「ごめん、仁」
「痛むの?もうちょっと我慢して」
半田と、最後に残った本人の移動の際には参加した松野からの一言。
申し訳なさそうに後輩ふたりの顔が歪む。
「だい、じょうぶ…だから」
どうせ影の存在なのだ、居ても居なくてもどうでもいい存在。
5人の中でもひとりだけDFのあぶれ者。
同情してくれる気持ちはありがたいが、こんなことで悲しまないでほしい。
「…よーし、到着〜!」
「影野センパイ、大丈夫でしたか?」
「……うん、平気。だから」
余計な心配しないで。
「あ〜、疲れた……」
「暇だったんでしょ?丁度よかったじゃん」
「お前なぁ〜…」
軽口を叩き合うふたりに同調してクスクス笑う少林寺。
側に居た宍戸も一礼して彼らの所へ行った。

こうして、松野発案の『席替えならぬベッド替え』は無事終了した。
しかし昨晩あったあのいざこざが夢ではなかったのかと思うほど
始終和やかな雰囲気だった。
松野がメンバーに謝った形跡らしきものは見当たらないというのに。
あのときはどちらの気持ちも理解でき、責めることも、嗜めることもできなかった。
ここに居る全員、同じ心境の同士。つらいのは皆同じ。
半田と宍戸も、ただ暴力はいけないという概念で動いただけであり
暴れる松野を抑えるふたりの顔は苦痛に歪んでいた。
戻ったのだ。あの事件が起こる前に。
彼らが笑い合い、それを眺める傍観者がひとり居るという状態に。
少林寺の様子が少しギクシャクしているのが唯一の気がかりだが、時間が解決するだろう。
初期MFという同じポジションの集団だ、互いに勝手が分かり合えている。
謝罪の言葉が無くとも、まるで自浄作用が働くかのように修復する関係。
羨ましいとは思うものの、己は決して立ち入ることのできない関係。
自然に振舞おうとする少林寺が時々じっと考え込むかのように
メモ用紙を眺めるのは、替わる前までの場所がよっぽど気に入っていたから
…と思うことに決めて、目を閉じた。
478名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:17:43 ID:2btl0YWR
次に目を開けたとき、視界いっぱいに広がったのは般若顔をした看護師だった。
そろそろ検温の時間だったか、という思考回路に怒号が乱入する。
「影野さん!!!
 安静にするようにと先生からの説明がありましたよね?!!」
言われてベッドを移動したことを思い出した。
「スミマセン……」
皆は、目を合わせないように各々の暇つぶしという名の作業に取り掛かっていた。
……元気になったら覚えとけ。


翌日早朝、他のメンバーとは治療内容が違う自身は両親と共に
大量の書類にサインと捺印する作業に追われていた。
手術ひとつするのに、これだけの同意確認書。大変だ。
ようやく終えた後に集団部屋から個室への大移動。
ベッド替えから24時間も経たないうちに、再び場所を替えることとなった。

自分ではなく周りが慌しかった午前中。
元同室のメンバーは診察やリハビリに向かった、そのはずだ。
「…松野」
「マックスだよ」
「松野」
「………何?」
「何でここに居る?」
「居ちゃいけないの?」
「…リハビリは」
「終わった。部屋に居ても暇だし」
ここに居れば暇ではないというのか、ため息をつきながら考えた。
「いけないんだー、幸せ逃げるよ」
「………居てもいいけど邪魔しないで」
「えー、だってその本おもしろいんだもん」
差し入れの本を横から覗かれている現状は、とても落ち着けるとは言い難い。
暗にやめろと言っても引く様子の無い彼に読みかけの本を差し出す。
「…貸す」
ほぼ強引に受け取らせた本を離し、他の本を読もうと漁った。
これだと決めて表紙を開けば、また奴が覗き込んできた。
「…さっき貸したやつ読めば?」
「今、仁が読んでる本が読みたい」
例えこの本を差し出したとしても、また次にもこう言ってくるのだろう。
相手は己を構い倒すつもりでいるらしい。
ならば、腑に落ちないがこちら側が折れてやるしかない。
横から覗いても、何も言わず読み進めていく姿に満足したのか
松野は忍び笑いをこらえることなく眺めていた。
479名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:18:10 ID:2btl0YWR
夕方、突然の来訪者に身構えた。
「やっほー」
「……また来たの?」
まだいじり足りないというのだろうか。
さっさと自室にお引取り願いたい。
「今度は何?」
「うわ、傷つくなぁ。
 お見舞いついでに遊びにきたのに。
 ぼっちだし、どうせ暇でしょ?もてなして」
酷い言い草なのはそっちだろうと言いかけ、こらえる。
口達者なコイツに言えば、数倍に膨れ上がってはね返ってくるだろうから。
「トランプならあるけど」
「いいね、やろっか」

「ボクさー、トランプといえば大富豪だというイメージがあるんだよね」
「ふたりだけでやるつもり?」
今までやったゲームはブラックジャック、神経衰弱、7並べ、その他諸々。
「仁のチョイス、渋すぎ」
「なら、もうやめる?」
勝敗はほぼ互角、ややこちらがリードしてるかたちだ。
「いんや、もう一回。
 ボクが勝ち越すまで」
負けず嫌いの気がある彼が食い下がるまで
あれから更に数時間は消費したと思われる。

「はい、あがり」
「あー!もー!!仁チートしてるんじゃないの?!」
失礼な物言いで後味の悪い勝利を収め、窓の外を眺めていた。
「そろそろ夜も更けてきたし、部屋に戻れば?」
辺りは暗くなっており、戻らないとまた看護師のカミナリが落ちるかもしれない。
それに明日は手術の予定が控えている、体力を温存しておきたい。
自室に帰ることを促していると、神妙な顔つきで名前を呼ばれた。
「――ねぇ、仁」

「仁はさ、お腹をやられたんだよね」
「そうだけど…」
その象徴として設置された臨床器具、離被架(りひか)。
掛け布団の重みから患部を護るためのものだそうだ。
「痛む?」
「動かなければまだ平気」
この前のベッド替えで"絶対安静"破りをごり押しした奴が何を言うのか。
やはり動かすのはまずいだろうと渋る半田たちを『今更変更なんて認めない』
と無理やり従わせた程の気迫が、今はなりを潜めていた。
「明日の手術、何時からなの?」
尚も松野からの質問は続く。
「正午ってきいてる」
「正午…お昼の12時……」
呪文のように繰り返す姿が気になり、声を掛ける。
「…松野?」
「…あ、うん。ごめん。
 明日、正午、昼の12時だね。
 わかった」
「松野、あのさ…」
「………」
再び考え込んでしまった松野に「早く帰れ」とは言いにくかった。
「そうか。うん、そうだよね……」
独り言を呟く彼は、自分の世界へとトリップしてしまったのだろうか。
ならば早めに現実世界へと引き戻したほうがいいだろう。
480名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:18:43 ID:2btl0YWR
「松野」
「仁」
タイミングがかち合って、気まずい。
「…何?」
「そっちこそ」
「……もう、夜も遅いし」
「今からさぁ!!」
先に言えと促しておいて言葉を遮るとは何事だ。
「今から、明日の昼までってかなり時間あるよね?!
 半日以上あるんじゃない?長いよね?!!」
「……そうだね」
意図がわからない、つまり何が言いたいのか。
「だよね!長いよね!!
 じゃあさ、今のうちに抜いておいたほうがいいと思うんだ」
「………はい?」
「やだなぁ、溜まってるんでしょ?
 手術からしばらくの間できないじゃない、つらいでしょ?
 なら、今のうちにヤっちゃおうよ。ボクも手伝うし」
我ながら名案だと頷く松野に冷たい視線を送った。
こいつは何を言ってるんだ。
しかし奴はそんなものどこ吹く風で掛け布団を取り去ってしまった。
「ちょ…!本気でやめて……!」
奴をこれ以上暴走させてなるものか。
反射的に上体を起こそうと力んでしまい、腹部に激痛が走った。
「…っがああ!!!!」
「仁!!」
痛みに耐えかね、病床に舞い戻る。
「…駄目だよ、仁。お腹、痛いんでしょ。
 ちゃんと寝てなきゃ……」
離被架を外され、脚に擦り寄られる。
「ねぇ仁、ボクに任せて…」
静かに、諭されるように呟く。
「仁はここで、ただ寝ててくれればいいから…」
「…ぅ……く……」
腹の痛みで声が出ない。
悪魔に捕縛されたと、ただ頭の片隅で警鐘を鳴らすのが精一杯だった。


「痛みを忘れるくらい、気持ちよくしてあげるね」
寝巻きをずらされ、晒された下腿を指でなぞる。
「仁って着痩せするタイプなの?
 もっとモヤシかと思ってたのに、意外と肉つきいいじゃない」
太腿に口付けを落とす。
「ふふ…白いね」
人が気にしていることをズケズケ言う態度が気に入らない。
声が出ないのならばせめてと歯軋りで返してやった。
「あ、ごめん。今のへこんだ?
 けどね、仁。
 そういうのも全部含めてボクは好きなんだよ」
こちらはその全てが憎たらしい。
「好きだよ、だいすき」
何度も何度も脚に吸い付かれた。
翌日は手術があるので見えるところに痕をつけるのは勘弁願いたい。
481名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:19:18 ID:2btl0YWR
終いにはとうとう下着まで奪い取られた。
護るものは、もう、何も無い。
「…これが、仁の……」
はっと息を呑む音が聞こえる。
「……でも、萎えてるね
 もしかして、インポなの?」
かわいい、と言い切る様に寒気がする。
そしてその発言は名誉毀損だ。
「やめて…」
痛みは治まり、少しだけ出るようになった声を絞り出す。
「…? どうして?」
「汚い、から…」
触らないほうがいい、と続けたいが、途中で嗄れてしまう。
「綺麗にしてるでしょ?
 …もし、汚かったとしても」
言い終わらないうちに松野の上体が覆いかぶさってきた。
「ボクが今から綺麗にする」
大きく口を開け、頬張る。
舌を這わせて舐めまわしたり、唇で擦られたり。
先端から付け根まで、余すところなく刺激を与えられた。
「ぅ……ッ…」
「…あは。
 勃ってきたね〜…
 よかった、ホントに不能じゃなくて」
これだけ弄ばれたのだ、反応しないほうがおかしい。
でなければ本当に勃起不全を疑わなければならないだろう。
「気持ち…わるい……」
「仁が勘違いで性行為に嫌悪感を抱いてるのは知ってる。
 でもね、これはキモチイイことなんだよ。
 気持ち悪くなんてない、覚えておいて」
嫌でも身体に刻み付けてあげるから、まるで覚悟を決めたような口調で呟いた。
「いやだ……やめろ…」
「やめない。
 …過去に何があったかまでは知らないけど、大丈夫。
 仁の精根は枯れ果ててなんて無い、ボクが保障する……」
トドメを刺さんとするばかりに、手と口の動きが激しくなる。
鈴口を吸い上げられ、睾丸を揉みしだかれた。
「ぁ…っ、あ……!」
根負けし、吐精してしまう。
「…イッた……!」
嬉しそうに、歓声を上げる松野。
「ね?!ボクの言ったとおりでしょ?
 仁は普通なんだよ、性欲はちゃんと存在してる!!」
勢いはあまり無い、湧き出る精液を松野がティッシュに包んでゴミ箱に放り投げた。
482うふ〜ん:うふ〜ん ID:DELETED
うふ〜ん
483うふ〜ん:うふ〜ん ID:DELETED
うふ〜ん
484名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:21:00 ID:uJg8e5iQ
ようやく定員の11人が揃った部活動は、諦めないという熱意に押され
今までとはうって変わって本格的に活動を開始した。
良く思わない周りからは「まるでテスト直前の一夜漬け」などと酷評されたものだが
それでも部の存続という希望を信じたい彼らにはどこ吹く風であった。

「みんなさぁ、よく頑張るよね〜」
「それだけ必死なんだと思う」
「今までサボりまくりだったのに?」
「それでも廃部になるのは寂しいし、嫌なんじゃない?」
ストレッチの最中の無駄口。
「影野は優しいねぇ〜」
「…別に、そんなこと無いと思う」
ときに教師にすらスルーされる、自身の存在感を少しでも出したくて。
彼らを助けたいという気持ちも無いわけではなかったのだが。
我ながら不純な動機で、優しさとは正反対だろう。
「そうだね、そんなこと無いね」
「………」
サッカーはまだやったことが無く
退屈しなさそうだという理由で入部を決めたと豪語する松野。
不純な動機の者同士、彼にだけは言われたくなかった。


「影野って、本当に転校生じゃないんだよね?
 ボク気付かなかったんだよ、今までウチの学校に影野が居たなんて」
またか。
他の部員にも言われた台詞。
雷門がマンモス校であることと、自身の影の薄さは認めるが
それを訴えたところで、己にどういうリアクションを求めてるというのか。
非常に困る話題のひとつだ。
「…喋ってたらあとでバテるよ」
「おあいにくさま、元々ボク助っ人として各部を渡り歩いてたから。
 こう見えても結構器用なんだよね〜」
心配無用と言いたいのだろう。
こちらは話を終わらせたいというのに。
「ということで影野くん、ボクはキミのことを知りません。
 なので友好を深めるために今から質問をするので答えてください」
誕生日は、血液型は、兄弟とか居る?
質問責めもまた、非常に困る話題のひとつだ。
「趣味は?」
「読書」
「読書ねぇ……何読んでるの?」
「わりかし何でも読むけど…」
「じゃあさぁ、エロ本とかも読んじゃうわけ?」
彼の言葉が日本語だと理解するのに若干遅れた。
「………は?」
「恥ずかしがらなくていいよー、中学生なんだし」
「いや、恥ずかしいとかそういうのではなくて…」
何故こう話が飛躍したのか、こいつは何を言っているのか。
「どういう系で抜いてるの?
 セクシーなの、キュートなの、どっちが好きなの?」
「………」
もう何も言えなかった。
目の前の同期の新人は
帽子だけではなく頭の中身までピンク色をしていた。
「ちょっと、質問に答えてよ〜」
「…練習に集中したら?」
いいかげんにくどいと感じ、強引に話題を終わらせた。
「はーい…真面目のいい子ちゃん。
 まったくもぅ、面白い反応してくれるんだから」
最後の捨て台詞は、聞かなかったことにする。
485名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:21:36 ID:uJg8e5iQ
人間は哺乳類で、繁殖は胎生であることは知識としてあった。
そして自分自身は人間であることも理解している。
しかし心では納得できないという拒絶反応もあった。

幼い頃、忘れられない過去。
真夜中に、トイレに行きたいと目が覚めた。
家の構図的に、目的地にいくためには一旦リビング前を通過しなければならない。
さっさと済ませ、寝室に戻ろうとした帰り道、ふと"音"が漏れてきた。
何だろうかと、僅かな隙間が開いた扉から見たものは。
薄暗い部屋の中で、繰り広げられていた狂宴。
獣の如く、雄が雌を食らおうとばかりにまたがるその姿。
水音と、悲鳴と、荒い息遣い。
"音"だけが空間を支配していた。
母親の泣き叫ぶ声などはじめて聞いた。
父親の切羽詰ったような声などはじめて聞いた。
人間の鳴き声などはじめて聞いた。

最初は、父親が母親に暴力を振るっているのかと思った。
あの優しい両親のひょう変かと。
…後々思うに、ひょう変なことには違いないだろうが。
しかし勝手が少々違う。両者とも衣服を身につけていなかった。
あのときはただ、立ちすくむしかなかった。
何にせよ、ふたりを止めなければ。
頭ではそう考えるのに、何故かしら身体は動いてくれなかった。
ここから飛び出せば、行為を中断させることはできる。
しかし、よくわからないが割り込んではいけないのではという想いもあった。
それに当時はとても怖かった。
どうして、なんで、と答えの出ない問いを繰り返す。
やがて幼い正義より恐怖が勝り、すり足でその場を後にした。
気付かれるな。気配を殺せ、存在を抹消しろ。
自らに念じ、寝床についても緊張を解くことができず頭から布団にもぐりこんだ。
うるさいほどに跳ねる心臓を押さえる。
いつから泣いていたのかわからない涙を拭うことも無く、うずくまる。
これは夢。明日になれば覚める夢。
自己暗示をかけながら、強制的に薄い眠りについた過去。

翌日、何事も無かったかのように振舞う両親に安堵したものの
しかし昨夜のできごとが脳裏に焼きついて離れず
夜間になると気配を消す習慣が悪化し日中の、日常生活にまで影響したり
見てはいけないものを見てしまったという後ろめたさから
前髪というフィルター越しでなければ人の目を見ることができなくなる
という障害を残してしまった。
やがて時が過ぎ、あのときの両親の行為のことを全て理解し
学校の授業で第二次性徴について学習したとき
いつしか己の身にも起こることなのかとトラウマとだぶらせ
世界の全てに失望した過去。

いつしか学校内で、影野仁の素顔を含む存在そのものが
学校の七不思議のひとつとして一部に祭り上げられる頃には
既に退路は絶たれ、孤高を生きるほかの選択肢は無かった。
元々内向的な性格であったため友人は少なく
孤独には慣れているつもりではあったが、時々ふと寂しく感じることもあり
いつか自分を変える必要があるのではと考え始めるようになった。
そして何故か自分に白羽の矢が立った、円堂のサッカー部部員募集の宣伝活動。
まるで、ならばチャンスを与えるという天の声に
導かれるままに入部を決意した過去。

そして現在。
486名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:22:01 ID:uJg8e5iQ
「おーい仁ー、起きてるかー?」
あの日から形成された閉鎖空間から現実世界に呼び覚ます声で我に返った。
最近とくに意識が遠のく回数が増えた気がする。
…全部あいつのせいだろうが。
「…ぇ、あ、ごめん。何?」
「アイス、超たれてる」
散々な結果を残した帝国戦から随分経った。
部活終了の帰り道、特定のメンバーでの寄り道の最中。
今までぼーっとしていたことは事実だが、食べる口は休めなかったはず。
なのに制服はべとべとに汚れていた。
「……なんで………」
「なんでって…さっきマックスが……」
あんだけ派手に騒いだのに、気付かなかったのかと視線で訴えられる。
見るとアイスを収めるコーンの先端が底抜けになっていた。
そこから溶けて流れ出てきたのだろう。
「あっはっはっははははは!!!」
犯人が手を叩きながら激しく笑う姿を見て、段々と苛立ちが募った。
またお前か。
その苛立ちが怒りに変わり、周りの状況が再び見えなくなろうかというとき――
「うわっ!!
 ちょ、仁!何やってんだよ?!!」
つい力んでしまい、まだ残っていた分ごと拳を握りしめてしまった。
「あ…うわ、どうしよう……」
「ティッシュ!!
 誰か仁にティッシュあげて!」
「タオル水で濡らせー」
オロオロする自身と、フォローに必死な周囲を尻目に
大元の原因はたまらんとばかりに音量を上げた笑い声を響かせていた。


「かーげの」
「なんだ松野か」
「なんだとは何さー」
「どうでもいいから、用件は何?」
数々のちょっかいを出されて疎ましく思っても、同じ部活に所属する以上シカトはできない。
軽くあしらわれてやや不満が残る様子だったが、それは無視して用件を促した。
「…あのさ、影野はボクのこと未だに『松野』って呼ぶよね」
サッカー部になってから随分経ち、他のメンバーたちと馴染んだ今では
後輩と目金以外は皆、彼を『マックス』と呼び、己を『仁』と呼ぶようになった。
「あのときにも言ったけど、ボクのことは『マックス』って呼んでいいよ〜」
彼の言い分は理解できるが、しかし。
「……松野も俺のこと『影野』呼びじゃないか」
「それはそれ、これはこれ」
呼んでいいよと言いながら、むしろ呼べと催促するような返答に、言葉に詰まる。
「……じゃあさ、影野のこと『仁』って呼んだら
 ボクのこと『マックス』って、呼んでくれる?」
「それは…」
「仁」
「………」
「ねぇ、仁。『マックス』って、呼んで?」
無言を貫き、考え抜いた先での結論は。
「………松野」
「…何っだよそれー、ボクは『マックス』だってば!」
「本名は松野空介だろ」
視界に入ると警戒心を持つ相手。
些細な事ではあるのだが、照れも乗じて今更変えることなどできなかった。
「呼んでくれるまでずっと仁って呼んでやる!!」
「松野」
「あー!もー!!」
些細な事だが、なんかスカッとしたので意地でも呼びません。たぶん。
487名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:22:33 ID:uJg8e5iQ
廃部の危機を逃れ、部活動としても軌道に乗り始めた頃。
様々な事情が絡んで、円堂の夢語りで終わると思われていた
フットボールフロンティアへの出場を見事果たし、以前にも増して熱意に溢れていた。
練習メニューも増強され、本格的にスタートをはじめた頃のこと。
途中参加で、運動神経はあまりよくないことを負い目に感じていた。
ベンチの目金を除く他の同期ふたりは、片や陸上部の元エース。
片や過去に数々の運動部の助っ人をこなした、運動神経抜群の天才型。
もちろん両者とも日頃からたゆまぬ努力を続けた結果だとは思うものの
自身と彼らを比較すると、引け目を感じてしまう。
入部したての頃は、ルールの制限上、居るだけでも役に立てるとは思っていたが。
入部の動機は不純ではあったが、やるからにはやり遂げたかった。
学校から離れ、河川敷とはまた違う人気の少ない穴場。
休日や部活終了後から日が落ちるまでの間
たとえ短時間でもここに来て自主トレをした。
頭脳派としても、特に気の利く作戦を思いつくことは無く
戦力が見込めそうに無いため、せめて他人の足を引っ張ることだけは避けたかった。

たとえ悪天候でもこの場所で練習した。
今日も練習日和とは言いがたい、今にも降り出しそうな天候ではあったが
それくらいしなければ、皆に追いつくことすらできない。
無理は禁物であることは承知の上だが、あまりに酷いとき以外は決行した。
今までは特に問題が発生することもなく、順調に己のペースでこなしていた。
今までは。
しかし今日、イレギュラーが存在したのである。

ひとまず休憩しようと息をついたところ、誰かが近寄る気配がした。
「はーい、お疲れ様〜!」
「………」
いつから居た?とか、何故ここに居る?という疑問を通り越して絶句する。
「がんばるキミに差し入れもってきたよ〜」
「………松野」
詰まりながらもようやく出た言葉は酷く情けなかった。
手にドリンクやタオルの詰め込まれたカバンを持つ相手に疑問を投げかける。
「何しに、来たの…?」
「酷いなー、仁の応援に決まってるじゃない。
 いつも頑張ってるんだもん、しかも知り合いだし
 頑張る人には応援したくなるものでしょ?」
「"いつも"……?」
「うん、ボクん家ここの近所だから。
 さすがに土砂降りのときとかは中止してたっぽいけど
 雨の日でもよくやるなぁ、頑張るなぁ、って。
 ずーっと。いつも、見てたよ」
「………!」
長い髪が素顔を隠してくれていて助かった。
顔から火が出るとはまさにこういうときのことを言うのだろう。
上手くなりたいと願う反面、知り合いに見られたら恥ずかしいとも思った。
なので学校から離れた場所であるここで特訓していたのだが。
誰かに見られていた。よりにもよって一番見られたくない相手に。
しかも『ずっと、いつも見ていた』とは不覚だ。
一旦、物事に集中すると、のめりこみ周りが見えなくなる性質を改善せねばと
常日頃から思っていたが、そのまえに墓穴を掘ってしまうとは。
「もしもーし、ってまた自分の世界に没頭しちゃってるね。
 はいはい、考え込むのは後にしてとりあえず汗ふきなよ。
 風邪ひいちゃうよー?」
「………」
「ほら、タオル。
 ふいたら水分補給しなね」
488名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:22:58 ID:uJg8e5iQ
「……帰れ」
こちらの心情などお構い無しに物事の指揮を取る相手に何故か腹が立った。
「どうでもいいからタオルで汗ふいて。
 ドリンクも持ってきたし、持ち分の水が無かったら…」
「帰ってくれ」
「ちょっと、何?
 さすがにボクも怒るよ?」
照れ隠しのやつ当たりで、おとなげないと思いつつも止まらなかった。
「いつも暇つぶしにいらんちょっかいかけるくせに。
 本気で何しにきたんだよ。いいかげん俺に構うのやめろよ」
「急に何の話すんのさ。
 応援にきたって言ったじゃん。話きいてたの?」
「どうだか」
「…あのさ、何に対してキレてんのさ。
 ボク何もしてないし。不機嫌さを撒き散らすのやめてくんない?」
今まで散々悪事を働いてきたくせに
この期に及んで「何もしてない」とはどの口が言うのか。
「松野の俺に対する態度を腹立たしく思ってる。
 相手をからかう趣味とか相当だと今でも思ってる」
言葉のブレーキが利かない。止まれと命令しているのに壊れたかのように。
「そんなに暇なら俺以外の誰かとつるめばいいのに
 他人と居る姿をあまり見ないし。
 過去に助っ人で部活を掛け持ちしてたくせに」
やめろ、これ以上は。
「知り合いは無駄に多いけど
 そのなかで友達って、実は居ないんじゃないか?」
言い終わった瞬間、頬に衝撃が走った。
殴られたのだろう。口の中が切れて鉄の味が広がった。
ふと相手を見ると、肩を怒らせ射殺さんとばかりに睨みつけていた。
どうやら相当酷なことを言ってしまったらしい。

「ごめん。言い過ぎた」
今回は完全にこちらの分が悪かった。
「謝る、ごめん。
 差し入れとか気遣ってくれてありがとう、嬉しい」
「………」
多少は落ち着いたのか、まだ興奮状態にある相手の目の鋭さが若干緩和された。
「けど本当に帰ったほうがいい。
 タオルは持ってるし、水もまだある。
 もうすぐ雨も降りそうだし、松野は傘持ってきてないでしょ?」
ドリンクのボトルとタオルがつめられた半透明のバッグから、折り畳み傘の存在は見られない。
勿論、普通の傘を持ってきてもいない。
自身のカバンには折り畳み傘を常備しているが、他人に貸し出せる分までは無い。
私服姿の松野をこれ以上付き合わせるつもりは無かった。
「…仁は、ずるい」
「……ん、何?」
「言いたいこと言って、勝手に謝ってずるい」
「………」
これでも普段は結構溜め込んでいる方なんだけど。
「これじゃあボクが謝れないじゃない、ずるいよ」
タオルを取り出し、ボトルの中の液体で濡らしはじめ
それを頬にあてがわれた。
「………殴ったりして、ごめんなさい」
「…自分からも謝ってるじゃないか」
「………」
反論するも、それから黙り込んでしまった相手に付き合う。
冷たく心地よい刺激を堪能していたいが、天候はそれを許してくれそうにない。
489名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:23:21 ID:uJg8e5iQ
やがて雲行きは怪しくなり、ぽつりぽつりと大地を濡らす。
それでも松野は尚も動こうとしない。
もっと酷くなる前に帰らせたいが、本人にその意思が無ければ意味が無い。
それに松野の家の場所を知らないから元も子もない。
「雨、降ってきたね」
「………」
「俺も、もう引き上げるから」
「………」
あれ以降一言も発せず、こちら側から折れてもまだ動いてくれない。
風が生ぬるくなり、とうとう本格的に降りだしそうな気配がした。
帰る気も、動く気も無いのなら、と最後の手段。
頬に添えられた手を握り、魂が現実世界に居ない相手を引いた。
「こっち、走るよ」
行く途中で荷物を引っ掴み、雨宿りの出来る場所へと駆け出した。


雨の脅威から身を守るために駆け込んだ、おおよその密閉空間。
発見したのが10年前だったなら、新たな秘密基地だとはしゃいでいたかもしれない。
隣に居る彼が通常の状態ならば、もしかしたら今でも喜ぶかもしれないが。
激しくなる前に避難できてよかったと外の様子を伺っていると
不意に背後から重みを感じた。
「……どうしたの、疲れたの?」
「………」
「ねぇ、松…」
言い終わる前に口を塞がれた。
「…やっぱり、口の中切れてたんだ」
血の味がする、と言い捨て再び合わせようと顔を近づけられた。
「ちょっと、何するんだ」
何度も同じ手を通用させるものかと静止させる。
「切れたところ、痛いでしょ?舐めてたら治るよ」
「何言って……っふ…!」
また不意打ちを許してしまった。
喋っている最中だったため、開いた口の間から舌が侵入してくる。
切れたところを中心に蠢く舌が、己のものと重なり、絡み合う。
もっと深く繋がるようにと後頭部を片腕で抱きかかえられ、息が詰まる。
「…ふぁ……ぁ…」
僅かに開いた隙間から、酸素を求めて呼吸する。
同時に吐息と、交じり合い容量を超えた唾液が滴り落ちた。
舌をむさぼらんとする水音に混じり、聞き覚えのある金属音が聞こえる。
ジャージのファスナーを下ろす音だ。
そこから手が滑り込んできて、縦横無尽に撫ぜられた。
「ちょ…!何するんだ!」
「仁の身体、冷えてる…このままだと風邪ひいちゃう」
摩擦熱を生み出そうとしているのか、手をさすり合わせていた。
「雨も降ってて、ここから動けない。
 …なら、寒くないようにこのまま暖めあうのが手っ取り早い」
「どうしてそうなるんだ…やめろ!」
「やめない!」
なるべく強い力で押し返そうとするも
かえって相手の心に火をつけてしまったのか
全体重をかけてのしかかられてきた。
バランスを崩し、そのまま相手も巻き込み倒れこんでしまう。
490名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:23:44 ID:uJg8e5iQ
「う…痛、い……」
反射的に後頭部を引き相手を庇う形で倒れこんだ。
松野を抱きかかえる姿勢をとったため、受身をとれず背部を強打。
力なく横たわる自身を、松野が上から覗き込んできた。
「仁…」
痛々しそうな瞳で名前を呼ばれた。痛いのはこちらだというのに。
「仁は、優しいね……」
「…ぅ……そんな、こと…無い……」
いつかどこかでやりとりしたような言葉、その返答。
違うのは場所とその後の展開と、呼び名。
「そんなこと無くなんて無い。仁は優しい」
今まで散々と振り回された結果、力があまり入らないことをいいように弄ばれる。
「仁…好きだよ。
 確かにボク、知り合いは多いけど、友達はあまり居ない。
 けど、いい。要らない。仁が居てくれればそれでいい」
とんでもないことを口走りながら、顔中を口で啄ばみ、手は体中を探られる。
上からの重圧で抵抗はあまり望めない。
「仁じゃなきゃ、嫌だ」
重い。2つの意味で。

己の言葉がトリガーとなり、今やトランス状態の彼に怖いものは何も無いらしく
こちらからの言葉は届かず、ただひたすらに愛の言葉と名前を呼ばれる。
抵抗も重力を味方につけた更に強い力でねじ伏せられてしまう。
もはやされるがままの状態を強引に受け入れている状態だ。
「はぁ……うぐっ……!」
「仁…気持ちいい?」
これはまるで、幼い頃に見てしまったあの光景そのものではないか。
父が母の上にまたがり、泣き叫びながらも歓喜の声を上げるあの奇妙な光景と。
途端、忌々しい思い出がフラッシュバックし、吐き気をもよおした。
「うぇ…ごほっ……」
「どうしたの…?仁……」
様子がおかしいことに気付いたのか、気遣う様子が見られる。
「冷えたの?風邪、ひいちゃった?
 ごめんね、今すぐ暖めてあげるね…ちょっと、待ってて」
指を数本ねぶり、着衣のまま衣類の隙間から腕を滑り込ませ
卑猥な水音をたてながら自分で自分の内部を彼は弄る。
「ぁ…んんぅ……!ひ…あ、あぅ……っ!」
ちゅく…ずちゅっ……
たまにうわ言のように「仁、仁」と己の名前を呼びながら
恍惚の表情で喘ぐ松野の姿が、あの日の両親の姿と重なった。

「げほっ……!」
息苦しさが最高潮に達し、ヒュウヒュウと鳴る音が聞こえる。
目が回り、頭がガンガン割れそうなほどに鳴り響く。
「ごほっ!!ゲホッゲホッ!!う…げほっ!!」
嘔吐すれば楽になるかもしれないが、みぞおち部分に絡まる何かの感覚。
吐きたくても吐けない。
腹を抑え庇うように丸くなり、ひたすらえずいた。
「かはっ…!ごほっごほっ、げほっ!!」
地面、出っ張った岩、松野自身。
縋れるものには手当たり次第縋り、耐えようとした。
「え…?仁?
 ちょっと、どうしたの仁?!」
松野の心配する声が遠くから聞こえてきた。
痛みがする頭の片隅で、すぐに落ち着くからと伝えたいと考えるものの
咳き込むことしかできない。
唾液を垂れ流しながら苦しむ背中をさする手を、申し訳なく感じていた。
「いやだ…!ねぇ、どうしたのさ?!
 しっかりしてよ!!仁、仁ってば!!!!
 うわぁああああぁああああああああああ!!!!!」
491名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:24:08 ID:uJg8e5iQ
症状が落ち着き、今度は泣きじゃくる松野を落ち着かせることにした。
だるさの残る身体を起こし、抱きしめる形で背中をさすってやる。
「……じ…、ん………」
「ごめん。ありがとう、もう平気だから」
「本当に、本当?」
「大丈夫だから、泣き止んで…」
「…ぅぇええええん……」
相当に驚いたのだろうか、逆効果だった行為に戸惑いを隠せない。
何が起爆剤になるのかわからないため、彼が落ち着くまで無言で背中をさすり続けた。

「俺に性欲なんて存在しない」
松野が落ち着いたであろう頃を見計らい、ぽつりと呟いた。
「もともと存在しなかったんだ、性行為は憎悪の対象でしかない」
「そんな…!」
軽く流されるだろうと思ったが、意外に食いつかれてしまった。
「そんなのおかしいよ…笑えない冗談言わないで」
「無いものは無いんだ」
「だって、でもそんな…」
納得いかない様子の彼を無視し、近くに置いていたカバンを引き寄せる。
「雨足も弱くなったし、今のうちに帰ったほうがいいよ」
完全に降り止んだわけではないが、随分小降りになった外の様子を見て
常備していた折り畳み傘を差し出した。
自身の分はなくなってしまうが、今はジャージ姿。
このまま走って帰り、すぐに洗濯すれば翌朝までにはギリギリ乾くだろう。
「え…仁のは?」
「俺は平気。もう少し休んでから帰るから」
「なら、ボクも…」
「いいから、先に帰れ」
ひとりになりたい、しばらく考え事をしたい。
若干きつい物言いになってしまったことを後悔したが
己の気持ちをくんでくれたのか、松野はやや渋々だったが頷いてくれた。
「仁…あ、あのさ」
「…ボトルとタオルは洗って返す」
「え?…あ、うん。別にそんなの気にしなくていいけど…」
それを言いたいわけではないことはわかっている、日頃の仕返しだ。
「…別に、軽蔑したりとかしない。
 驚きはしたけど、恨みとかは無い」
そもそもの原因は彼にあるのだが、怒らせてしまったことと
酷く苦しいときに側に居てもらったことは、とても心強かった。
「差し入れもありがとう、嬉しかった」
ようやく目当ての返事がもらえたことに満足したのか、強く頷き出口へ向かう。
「傘、ありがと。乾かして返すから」
「わかった」
「じゃね、また学校でね」
振り向かず、そのまま駆け足で遠ざかる松野を見送った後
緊張が解けて脱力し、ずるずると壁にもたれ掛かった。
彼の思考回路はまったくもって理解できないが
今は性別などを視野に入れないものとして考え、
自身に好意をもってくれているという部分だけはかろうじて理解した。
受け入れるに、かなり抵抗があるが。
日頃のちょっかいは愛情の裏返しであったとは、変化球すぎて予想不可能だった。
軽蔑しないと約束してしまった以上、恋愛感情抜きにしてつきあうことは決定済みだ。
部活で顔を合わせる以上、約束もへったくれも無いのだが。
「なんか、もう、面倒くさい…」
頭の中の整理を、放棄したくなった。
ふと視線を天井から地面にずらすと、松野が置いていった差し入れが映った。
492うふ〜ん:うふ〜ん ID:DELETED
うふ〜ん
493うふ〜ん:うふ〜ん ID:DELETED
うふ〜ん
494名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:25:55 ID:TmV6rLOr
「さーって、どうしよっかな〜」
注意はされたものの、善処する気などさらさら無い。
野球、バスケ、テニス、水泳、陸上、剣道。
ラグビーに柔道にサイクリング。
相撲は除外として、運動部はほぼ制覇したと思われる。
「応援団も文化部もボクの肌には合わないしなー…
 あーあ、どっかに面白いことでも転がってないかなー」
サークル棟前でブラブラしていると、誰かに呼び止められる。
「なぁ、俺たちとサッカーやらないか?」

話を聞けば、一週間後に控える練習試合のために
急きょ部員をかき集めている最中だというサッカー部のキャプテンが居た。
「サッカーね。そういえばそれはまだやったことがなかったな」
色々な意味で問題を抱えまくりなそれを見落としていた。
「他のスポーツには飽きちゃったし、今なら入部してもいいよ」
「本当か?!よっしゃー!!」
「じゃ、よろしくね」
いえいえ、こちらも新しい刺激が丁度欲しかったところだったし。
入部しただけで、ここまで喜んでもらえるとはちょっと新鮮。
「ただ!」
声を荒げたため、相手が一瞬ビクついた様子でこちらを見た。
「あんまり退屈させないでよね。
 ボクって飽きっぽい性格みたいだから」
495名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:26:17 ID:TmV6rLOr
「ふぅん…サッカー部、ね……」
「廃部にならなかったんだし、問題ないでしょ」
突然のスカウトから数日後。
再度呼び出された理事長室で、以前言われたとおり入部届け提出すると
面白くなさそうにお嬢様がひとりごちていた。
「まぁ、これで良しとしてあげます」
「よっし!じゃ、ボクはこれで」
「お待ちなさい」
引き返そうとするのを言葉で静止される。
「何?もう用は済んだでしょ」
「部活動の件についてはね。でも」
一息ついてから、頭に乗っかる帽子を睨んで言葉を続けられた。
「帽子は校則違反、前にも説明したわよね?」
しまった、入室する前に脱いでおくのを忘れていた。
「校則違反はいけません。
 これは理事長の言葉と思ってもらって結構です」
必死に言い訳をひねり出そうと頑張ってみる。
「…バンダナ」
「はぁ?」
「円堂もバンダナしてんじゃん。アレには注意しないの?」
「そ、それは…」
あれ?ちょっといい反応。これで攻めてみましょうか。
「理事長の言葉なんでしょー?
 その理事長がえこひいきするとか駄目じゃない?
 生徒には平等に接しなきゃいけないと思うなーボクは」
言いながら出入り口の扉に手を掛ける。
「円堂がやめたらボクも考えてあげる。じゃねー」
何も言い返せないお嬢様を残して扉を閉める。
後々、校則が『帽子を含む全てのかぶりものを許可する』
に変更されたときには思わず笑ってしまったけれど。
夏未さまファンクラブに今日のことを教えたら、彼らはどんな風に発狂してくれるだろう?
「…ぶっ……!」
想像して吹いた。
大勝利ということで、この日はとても気分が良かったのだ。


「いやぁ〜、お待たせ〜」
「マックスか、遅かったな。何してたんだよ」
「ま、ちょっとしたヤボ用で」
まだルンルン気分が抜けない状態で適当に返す。
「ん?いいの食べてんじゃん、一口ちょーだい!」
先に集まっていた皆のアイスの買い食いに注目する。
「自分で買ってこいって」
「えー、他人のだから美味しそうなんじゃない。
 それに買っちゃったらその味しか食べられないし。
 ボクは少しずつ、色んな味を楽しみたいの!」
「お前なぁ…」
「まぁ、マックスらしいけどな」
ほぼ何でも『マックスだから』で通用する便利な性格に感謝しつつ、恵んでもらった。
「影野、影野」
ひとり隅っこで黙々と頬張る影野にも声を掛けてみる。
「ちょっと、聞こえてるの?
 影野のも一口ちょーだいってば!」
496名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:26:54 ID:TmV6rLOr
スカウトに来た円堂の側で風丸が突っ込みフォローや茶々を入れており
ふたりの隙間に割り込むことなどできなかったので
仕方なしに眺めていたら、隣に感じた薄暗い空気。
たぶんドン引きっていうのはこのときのことを言うんじゃないのかな、と。
この距離まで近付かなければ気付かなかったなんて、とてもおかしい。
あー、このテのタイプははじめてだ。
孤独をこじらせてしまった末の究極進化形態。
自分の世界に入り浸ったり、気付いたら隅っこに居たりとか
アッチ方面へ超次元に抜き出ている最凶の存在。
最後のひとりを誘ってから部室までの移動のとき、呆然と見上げることしかできなかった。
ぼっちを通り越して孤立にまで登りつめているこの人に、興味津々です。
その、いろんな意味で。

「影野が何の反応もしてくれない件について」
「…動いてはいるから、寝てるってことはないよな……?」
「仁が考え事をするのはよくあることだけど…これは……」
ボクにあげたくないってか。
それでもこの距離でシカトは酷いんじゃない?
「ちょ、おいマックス」
「さっきからアイスばっかだったし、丁度コーン食べたかったんだよね」
腹いせに、手からはみ出ていた部分をかじってやった。
「それでも一番下って鬼畜すぎんだろ…」
「たれてる、超たれてるから」
「マジで?マジで? あっはははは!!!!」
シカトは悪いことだから、これくらいは許されるはず。
「お前ホントSだな…」
「つか呼び覚ましたほうがよくね?
 おーい仁ー、起きてるかー?」
その後、混乱した影野が残りを握りつぶして大惨事になり
腹の底から笑わせてもらった。
まったく、この部はボクを退屈させてくれないね!


サッカー部にとどまる前までは、各部を転々と渡り歩いていたため
人付き合いも多く、うわさ話とかそういった類のものは
自然と集まるかのように自分のところに舞い込んでいた。
元々そういうのが好きだったというのもあるけれど。
その中に一応、影野主体のうわさ話もあるにはあった。
小学生時代の影野を知る人からの情報によると、もとから控えめな性格で
詳細は不明だが、ある日突然ほの暗いのから暗黒へと変貌したという。
昔から彼には多少のからかいの声はあったが
その日を境にピタリと止んでしまい、いつしか神出鬼没の性質が逆に持ち上げられ
ステレス特殊能力の持ち主という噂が広がって、存在そのものがレアとなり
早朝に挨拶することができるとその日の運気は上昇するというジンクスの当人。
…という何とも言えない噂の有名人だったことが発覚。
噂どおりの人物ならば、そりゃ知らないのも無理ないなと思った。
だって普段から気配が無いなら会うこと自体むずかしいし。
人づてに名前は知っていても、姿を知らなければいまいちイメージが沸かない。
「影野さぁ、その年で猥談嫌いっておかしいでしょ。
 もしかしてインポなの?勃たないの?」
「…公然わいせつ罪で怒られたいの?」
「そっちこそキョーハク罪じゃないか」
そんな噂をされてしまって、他人はたぶん、人間扱いしなかったんじゃないかな?
おかげでどんどん取り残されて、気が付いたらひとりしか居なくて。
そして今のようになってしまった、と。
497名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:27:17 ID:TmV6rLOr
「仁」
「…松野か」
「マックス」
「松野」
「…頑固だなー……諦めなよいいかげん」
全然と言っていいほど、思い通りにならない彼。
「なんで呼んでくれないの?」
「あだ名は他人と自分の間にある好意と信頼で成立するものであって
 無理やり呼んだり、呼ばせるものじゃない」
「本当に頭固いねー。
 これだから面倒くさいんだよいい子ちゃんは」
だからといって離れる気はありませんけども。
予想外の反応がとても刺激的で、つい構ってしまう。
「断りも無く髪を触るのはやめてほしい」
「ん? いやー、指どおりいいなと思って
 シャンプーとか、こだわってんの?」
「いや、特には。家にあるやつを使ってる」
やめろと言いつつも突き放さず、むしろ律儀に返事をするのが面白い。
「前々から思ってたけどさ、仁の髪ってウザイくらい長いよね」
「放っといて」
「手入れとか大変じゃね?面倒じゃない?
 髪の毛長いから、余計に気味悪がられるんだと思うよ」
前髪に隠れた瞳を見た者はだれひとりいないなんていう、くだらない噂の原因なのに。
「それとも、伸ばす理由が何かあるの?」
「別に…」
苦い返事をされた。
何か、とても言いにくいことでも隠してるね。
「…マックスこそ。
 帽子、なんでいつもかぶってんの」
「え?」
反論されて戸惑った。
「別に、いいじゃない。違反じゃないし…今は」
「何か理由でもあるの?」
「…仁がボクのことに興味を持つなんてめずらしいじゃん。
 そうだね、仁が教えてくれたら教えてあげる」
「………そう」
あれから黙り込まれて会話は途切れてしまったけど。
特別な理由なんて無い。
いつもかぶってたから、それが習慣になって今もかぶってるだけ。
でも今決めた、仁のためにかぶることにする。
無意識に気配を消して、だれにも見つけてもらえなくなったときは
この色調の目立つ帽子を目印に、ボクを見つけてくれればいい。
ボクも必死に探すから。



底辺からの再スタートをはじめたサッカー部は
キャプテンの円堂を中心にあらゆるトラブルやイベントを巻き込み
退屈することもなく、大変充実した生活を送らせてもらっていた。
はじめは数週間続けば良いほうだと思っていたが、予想以上に長居している。
サッカーが楽しい。
ひとつのボールを追いかけるこのスポーツが、とても楽しい。
そしてもうひとつ。
「今日もやってるねぇ……」
サッカーを通じて知り合った人が、これまたとても良い。
ふたつのものとの出会いから、帽子以来の習慣となったもの。
サッカーの練習と、家の近所のとある場所で練習する彼の観察。
498名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:27:48 ID:TmV6rLOr
ボクは器用だから、ひととおり何でもこなせたので苦労はそこまで無いけれど
やっぱり上手になるためには練習は必要で。
そのために訪れたあの場所は、すでに先客に取られていた。
「影野じゃん…何でここで」
はじめたばかりの頃の素人目でもわかる、彼の下手糞っぷり。
学校では一緒に練習しているので、運動能力は知ってたけれど。
目金ほどではないにしろ…
「ま…仕方ないか。せいぜい頑張りな〜」
人に頑張る姿を見せたくない者同士、エールを送ることにする。

それから数日後、小雨の日。基礎は固まってきたように見える。
まぁ褒めてあげよう。進歩おめでとう。
にしても、外見的な意味で雨の日に会うのは結構ホラーかも。
髪の毛が湿気を含んで、こう、のっぺりとしてて。
どっかのビデオみたいに、井戸から這い出てきそう。
「…素顔、どんなんだろう?」
想像してみたが、すぐにやめた。タブーだこれは。
見ようと思えばいつでも無理やり見れるけど、でもそれじゃ意味ない。
相手が自分から見せてくれるからこそ面白いのだから。

雨の日、練習も訓練もお休み。
只でさえこう、じとーっとしていて億劫なのに。
外に出られないのはつまらない、雨の日は嫌いだ。
「……居るわけないよねぇ…」
本当につまらない。

結構日にちが経って、まぁまぁ板についてきたように見える。
あくまでも基本に忠実なスタイルで大地を蹴っている。良い感じだ。
「やるねぇ…よーし!ボクも頑張ろっかな」
あらゆる違いはあるけれど、競い合う相手が居るというのはやる気に繋がる。
「ボクも負けてられないしね」
気合いを入れて自分も練習に向かおうかというときだった。
「…あ、転んだ」
遅れて笑いがこみ上げてきた。やっぱりまだライバルとは言えないかも。

自分のプレイスタイルの確立ができたのか
基本的な動きに交えて、トリッキーな面も魅せてくれる。
まだまだだけど、これでも初期に比べるとかなり上達していた。
「本当に頑張ったね、仁。凄いよ」
影が薄いことを逆手に取ったその機転に脱帽です。帽子は脱がないけど。
一皮むけたご褒美に、何か差し入れでも持って行ってあげようか。
ならば、マネージャーたちの普段の動きなども見ておいて損は無いだろう。

あの奇抜な動きは必殺技の試作段階だったことが発覚。
相手を翻弄する動きで混乱させて、ボールを奪ってしまうというもの。
そろそろ完成間近といったところ。できたら差し入れ持って行こうか。
嬉しいのは仁のほうだろうに、ボクのほうが喜んでいる不思議。
新しい必殺技の名前も一緒に考えよう、万年補欠の命名係りには邪魔させない。
カバンにタオルと特製ドリンク入りのボトルをつめて準備万端。
傘は…要らないか。
天気はあいにくの曇り空で、にわか雨が降ると天気予報が言っていたけど。
仁は真面目だから、持っているだろうから。
持っていないと言えば仁の性格的に考えて、渋々となりに入れてくれるだろうし。
嫌いな雨の日が、今日をきっかけに好きになれればいいなと思う。
499名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:28:18 ID:TmV6rLOr
「松野の俺に対する態度を腹立たしく思ってる。
 相手をからかう趣味とか相当だと今でも思ってる」
嫌だと言いつつも、なあなあでのらりくらりしていた彼からの本音。
確かに嫌がられてはいるだろうなとは若干思っていたけれど。
こうはっきりと伝えられると、ショックが何十倍にも跳ね上がった。
普段、物静かな人が怒るとこんなにも怖いなんて。
「そんなに暇なら俺以外の誰かとつるめばいいのに
 他人と居る姿をあまり見ないし。
 過去に助っ人で部活を掛け持ちしてたくせに」
頭が痛くなってきた。
嫌だよ、仁と一緒に居たいからつるんでるのに。
「知り合いは無駄に多いけど
 そのなかで友達って、実は居ないんじゃないか?」
気付いたときには、頬に手を当ててこっちを見ている仁と
痛いくらいの力で握り拳を作っている自分。
殴った? ボクが、仁を。
どうしよう。謝らなきゃ。謝らなきゃ…
「ごめん。言い過ぎた。
 謝る、ごめん。
 差し入れとか気遣ってくれてありがとう、嬉しい」
「………」
焦って混乱している間に、相手側が折れてしまっていた。
更に気を遣って礼まで言われたら、もう何も言えない。
雨が降りそうだから帰れとか言っているのを無視して、ちょっと悪態をついてやる。
「…仁は、ずるい」
「……ん、何?」
「言いたいこと言って、勝手に謝ってずるい。
 これじゃあボクが謝れないじゃない、ずるいよ」
言うだけ言って、自己完結なんてしないでほしい。
殴ってしまった落とし前として
腫れているであろう頬の応急手当くらいはさせてもらうから。
「………殴ったりして、ごめんなさい」
ついでに、さっき謝りそびれた分も謝らせてもらうから。

あれから仁もボクも動くことなくただ立ち尽くしている。
態度が腹立たしいのなら、今すぐ振り払って拒絶すればいいのに。
それならそれで、こっちも踏ん切りがつくし。
「雨、降ってきたね」
「………」
「俺も、もう引き上げるから」
「………」
なら、置いて帰ればいいのに。なんでボクに合わせようとするの?
差し入れに行こうってはしゃいでた数時間前の自分がバカみたいじゃないか。
嫌いなくせに。同情なんてしないでほしいのに。
考え事をしていると、急に手を引かれて、危うく転びそうになった。
「こっち、走るよ」
踏み出した足のままで駆け出した。ふたりで。

屋根のあるところへと逃げ込んでから、すぐに雨足が強くなる。
暇つぶしに構うなと、態度が腹立たしいと言ったくせに
こうして優しくしてくれる理由がわからない。
仁に触れられた部分が熱い。
どうしてこんなに自分を振り回すことばかりしてくるのだろう。
そんな態度だから、つい居心地がよくてつけこんでしまうというのに。
500名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:28:41 ID:TmV6rLOr
どんどん激しくなる雨の様子を窺う背中に体重をかけてみた。
鬱陶しがって突き放してくれという気持ちと
嫌いなくせにどうして今一緒に居てくれるのかという疑問を込めて。
「……どうしたの、疲れたの?」
「………」
返ってきたのは気遣いの言葉。だからなんで。
言葉をひとつひとつ発する唇を眺めていると、さっき殴ってしまったことを思い出す。
痛くないのかな、中、切れてるんじゃないかな。
確かめたい。唇が塞がれる前にこっちから塞いでやった。
「…やっぱり、口の中切れてたんだ」
血の味がする。仁の身体を流れる血が。
「ちょっと、何するんだ」
「切れたところ、痛いでしょ?舐めてたら治るよ」
「何言って……っふ…!」
さっきのはただの確認だからノーカン。今からのやつが本番。
最初は癒すつもりでやっていたけど、段々歯止めが利かなくなってきた。
逃げる舌も、血の味も、漏れる吐息も、もっともっと欲しい。
反射的に逃げを打つ頭を抱きかかえる形で引き寄せた。
「…ふぁ……ぁ…」
口元からこぼれる唾液がもったいない。
抵抗していたくせに流されて、甘い声まで出しちゃって。
嫌なら噛みついたらいいのにそれすらしないなんて。
ボクとのキスに、夢中になってくれているんだろうか。
もしそうだとしたら、どこまで許されるんだろう?
疑問は興味に変化して、首から下の身体に手をつけてみた。
「ちょ…!何するんだ!」
「仁の身体、冷えてる…このままだと風邪ひいちゃう」
これは事実。だけど口実。
「雨も降ってて、ここから動けない。
 …なら、寒くないようにこのまま暖めあうのが手っ取り早い」
もうわけがわからなくて、いっそのこと泣き出したいのに涙が出ない。
中途半端な同情なんて要らない。再起不能なまでに嫌われたかった。
「どうしてそうなるんだ…やめろ!」
「やめない!」
これくらいしないと激しく抵抗してくれないんでしょう?
もっと困らせてやる。全体重を相手にかけてやった。


人間は、危機的状況に陥ったときに本性を表すといわれている
と、どこかできいたおぼろげな記憶。
一瞬、世界が反転したのかと思った。
相手がとっさに取った行動は、凄い力で抱き寄せて。
腕の中に閉じ込められる形で庇われた。
「仁…」
困らせたいとは思ったけれど、傷つけようとは思わなかった。
本日二度目の暴力。
「仁は、優しいね……」
「…ぅ……そんな、こと…無い……」
好きだから嫌われたかったのに。
こんなことされたら、諦められるものも諦められない。
「そんなこと無くなんて無い。仁は優しい」
痛いくらいに。
予定変更、やっぱり嫌わないで。もう手遅れかもしれないけれど。
突っぱねることも無く、むしろ咄嗟に庇われて、受け入れてもらえたんだと。
今までのように内心嫌がられていても
側に居ることを許されているという錯覚をしていたかった。
501名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:29:07 ID:TmV6rLOr
「仁…好きだよ。
 確かにボク、知り合いは多いけど、友達はあまり居ない
 けど、いい。要らない。仁が居てくれればそれでいい」
うわさ話を広げた張本人も、それを信じた他の人間も。
仁のことを人間扱いせず、孤立させた関係者すべて。
みんな嫌い。
「仁じゃなきゃ、嫌だ」
仁の言う"友達"が彼らのことを指すのなら、友達なんて必要ない。


身体をまさぐる手は休めず、顔全体を啄ばんだ。
前髪に隠れた額から、閉じたまぶた。鼻先を滑って少し腫れた頬。
そこは他の箇所と比べて若干熱っぽい気がした。
「はぁ……うぐっ……!」
ちょっと痛かった?それとも苦しい?
もしかして怖いとか。下ネタは特に嫌いだったもんね。
でもそれは我慢して。こっちだってはじめてで手探り状態なんだから。
「仁…気持ちいい?」
吐息ごと全部飲み込みたい。半開きの口をもう一度むさぼる。
唇を割って、傷を舐めて、ついでに舌も舐めて。
歯の裏側も舌を這わせて…綺麗な歯並びしてんじゃん。
舌の表面のざらざらした感覚を楽しんで、絡めたり突いたりして遊んだ。
今度は唾液を垂らさせないように、溢れてきたら角度を変えて音を立てて吸う。
一度出したものを再度取り込むのは勇気が要るけど、半分は仁のだと思えば平気だった。
「うぇ…ごほっ……」
「どうしたの…?仁……」
さっきとは違って息継ぎのチャンスは結構あげたはずなんだけど。
ちょっと苦しそうな表情にぞくりとする。
煽るつもりだったのに、逆に煽られた。
「冷えたの?風邪、ひいちゃった?
 ごめんね、今すぐ暖めてあげるね…ちょっと、待ってて」
こういうことをするとは全然予想していなかったから(むしろしてたらヤバイ)
ちょっと脱ぐのに面倒な服を着てきたことを若干後悔したけれど。
上手く隙間から滑り込ませて後ろを自分でほぐしはじめる。
物凄く欲しかった。
いつも受け入れてもらってる分、今度はこっちが彼を受け止めたかった。

「げほっ……!」
何事だろう、ビックリして集中力が途切れた。
「ごほっ!!ゲホッゲホッ!!う…げほっ!!」
「え…?仁?
 ちょっと、どうしたの仁?!」
大きく咳き込み、荒々しい呼吸を繰り返す仁。
これは演技ではなく、本当に苦しんでいる。仁は嘘をつける器用な性格じゃない。
地面を引っかく指が白く変色していて、相当な力が加えられていることがわかった。
次に伸びてきた手に全身を引き寄せられ、痛いくらいに締め付けられた。
でもこんなもの、力むことで耐えているのなら、こっちだって我慢できる。
少しでも呼吸の楽になるのならと丸くなった背中をさする。
「かはっ…!ごほっごほっ、げほっ!!」
なのに彼の症状は悪化する一方で
目の前で苦しんでいる仁に対して、何もできないというもどかしさを感じてしまう。
怖い。このまま、もっと、苦しみだしてしまったら。
「いやだ…!ねぇ、どうしたのさ?!
 しっかりしてよ!!仁、仁ってば!!!!
 うわぁああああぁああああああああああ!!!!!」
502名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:29:32 ID:TmV6rLOr
縋りつく仁からの拘束が解けはじめてきた頃に、別の意味で拘束されていた。
膝元で転がる彼が起き上がり、肩口に顎を置いてもたれ掛かっていた。
「……じ…、ん………」
「ごめん。ありがとう、もう平気だから」
嗄れた声で言われても、あまり説得力が無かったけど。
「本当に、本当?」
「大丈夫だから、泣き止んで…」
弱弱しい力で、ゆっくりとしたリズムで背中をさすり返されてる。
起き上がれるくらいには回復したのは信じるけれど、やっぱりまだ苦しいんでしょ?
なのに、このひとは。
「…ぅぇええええん……」
他人の心配より、自分のことを優先させろとか色々考えて。
自分は何もできなかったのに、相手に逆に気遣われて。
とても申し訳なかった。優しくされて苦しかった。
縋りつかれたときとは違う、倒れこんで庇われたときと同じ痛みで泣いてしまった。

まだすんすん言っていた自分に対してポツリと呟かれた言葉。
「俺に性欲なんて存在しない」
笑えない冗談だった。
本日三度目の、最大の暴力は。あのときの暴走が原因だったなんて。
「もともと存在しなかったんだ、性行為は憎悪の対象でしかない」
俺の前では二度と話題に上げるなと言わんばかりに、続けざまに発せられる。
謝罪も、反論も、全部の言葉を封じられたような気持ちだった。
「無いものは無いんだ」
「だって、でもそんな…」
「雨足も弱くなったし、今のうちに帰ったほうがいいよ」
強引に切り上げられ、目の前に傘が差し出されている。
「え…仁のは?」
「俺は平気。もう少し休んでから帰るから」
「なら、ボクも…」
「いいから、先に帰れ」
強く言われて自分の失言に気付く。
そうだよね、全部ボクのせいだ。一緒に居たくないはず。
「仁…あ、あのさ」
でも、ボクはワガママだ。
最初は嫌われようと振舞っていたくせに、いまさら嫌わないでほしいなんて。
言葉尻を濁していると、彼から先制を打たれた。
「…ボトルとタオルは洗って返す」
予想外の言葉にややずっこけそうになる。
「え?…あ、うん。別にそんなの気にしなくていいけど…」
いや、そうじゃなくて。
つか一口も飲んでないし、タオルもこっちが勝手に濡らして使っただけだよね。
「…別に、軽蔑したりとかしない。
 驚きはしたけど、恨みとかは無い」
急に核心を突くことを言われて戸惑う。
その様子を見て笑っているということは…からかったね?
「差し入れもありがとう、嬉しかった」
でもお礼の言葉で話をしめられると苛立ちが消えた。単純すぎるでしょ、自分。
欲しい言葉をもらえたんだから、そろそろ退却したほうがいいかもしれない。
「傘、ありがと。乾かして返すから」


あんなことをされても軽蔑しないと言い切った仁。
部活でほぼ毎日顔を合わせるから仕方無しに折れてくれたのか、それとも。
自惚れてしまっても、いいのだろうか。
いっそのこと雨に濡れてしまいたかったが
せっかく傘を貸してくれた好意を無駄にはできない。
「やっぱり、仁はずるいよ…」
傘が水を弾く音がうるさく響く。
やっぱり雨の日は嫌いだ。当分の間、好きになれそうにない。
503名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:29:56 ID:TmV6rLOr
消灯時間がとっくに過ぎた夜の病院。
巡回の看護師を寝たフリでやりすごし、自室とは違う病室に忍び込んでいた。
あれから本当に彼は軽蔑せず、普段どおりに接してくれている。
変わらない態度に心底安堵したということに嘘は無いが。
「やっぱりボクはワガママだね〜……」
だからといって改善する気は無いけれど。
つまりそれは言外に「ありがとう、でもゴメン。これからも友達でいよう」
という意味が含まれているわけであって。
そもそも相手は友達としても見てくれていないかもしれない。
呼び方的な意味で。

あの一件以来、両者とも避けていた性的行為について切り込んだ。
サッカーというやりがいが奪われてしまったので
自然と関心が仁に集中してしまっていた。
…向こうにとっては迷惑極まりないことだろうけど。
「でも、仕方ないよね〜…」
人間の三大欲求のひとつと言われている性欲が欠けているとは、信じたくなかった。
他人が人間扱いしていないのに
自らまでもが人間ではないというような発言は認めたくなかった。
きちんと存在しているということは今宵証明してみせたけど。
行為の後、すぐに眠ってしまった彼を見遣る。
本当によく眠っていて、無理をさせてしまったのではないかと若干後ろめたいけれど。


そういえば以前見たあのホラー映画では、ビデオを見ている最中に画面から出てきた
前髪で顔を隠した女の素顔を見せられると死んでしまうという内容だったが。
もし仮に、その女が仁だとして、自分が見せられる側の人間だったらとしたら。
たぶん死んでしまうだろう。別の意味ででも。
妄想にふけながら、指どおりがいいと以前言った彼の髪をいじる。
「寝る前に最後に会って、今枕元に立ってて。
 いっそ夢の中ででもボクが出てくれば面白いのに〜、あはは」
「……………
 マックス………」

「………………へ?」
空耳? 幻聴?
いやいやいや、あんだけ呼ぶのを嫌がっていたんだから。
聞き間違いだ、絶対。
そう言い聞かせるのに、顔の火照りが静まらない。
ふいうちだ、卑怯だ。本当に自分の夢を見ていただなんて。
寝ぼけて言ってしまっただけかもしれないけど
どちらにしても、呼んでくれた事実は変わらないわけで…
「…ん………」
「え、やばい起きる…!わ、ちょ、待って!待って!!」


くだらない言い合いの応酬をしてから、また相手はすぐに眠ってしまった。
素顔を晒すことを嫌がっている彼が、他人の前で無防備に眠っている。
今なら寝顔が見放題だ。見ないけど。
自分にだけは気を許しているのではという錯覚にすら陥りそうだ。
「こういう事するから、勘違いしちゃうんだってば…」
わかっているのだろうか、当の本人は。
504うふ〜ん:うふ〜ん ID:DELETED
うふ〜ん
505うふ〜ん:うふ〜ん ID:DELETED
うふ〜ん
506名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:32:42 ID:E6586aq0
「松野」
「ん?なーにー?」
「この本、この前の読みかけ。
 松野も読んでたやつだし、また一緒に読む?」
カバーを見せながら呼びかけるが、返ってきたのは歯切れの悪い返答だった。
「あ、えーっと…」
「どうする?また横から覗く?」
来るならどうぞという意味で、ベッドの端をポンポンと叩いた。
「え?………そこで?」
「うん?」
そんなに変な事を訊いただろうか、小首をかしげながら問い直す。
「………いや、今日はいいや。ありがと」
「…そう?」
「代わりにさ、その、他の本借りてもいい?」
言うや否や、そそくさと横の棚に積まれた本の束まで移動された。
「いいよ、好きなものどうぞ」
いつもは喜んでちょっかいを出してくるであろうに、珍しい展開となった。
まぁいい。こちらは邪魔をされずに集中できるし
あちらも読書で時間つぶしができるしで一挙両得だろう。
「えと…じゃ、コレで!」
顔を合わせてから言いたいことは山ほどあったが、うやむやにされそうだという予感と
本を選んですぐに距離を取った相手に、声を掛けてまで呼び寄せるのは至難の業で
今まで通り水に流したほうがよさそうだ。
物事をうやむやにしているのは自身のほうかもしれないが。
たまにはこんなことがあってもいいだろう。


読書するのに最適な静かな空間に、扉を叩くノックの音。
「影野さーん。
 手術の支度をさせてもらいますねー」
もうそんな時間になっていたのか。
「あー…じゃあボク部屋に戻るね」
言い終え、読みかけの本を閉じ伸びをしている。
「それ、持ってっていいよ」
「ん、さんきゅ。じゃ、またねー」
訪れた看護師と入れ替わりに松野が病室から出て行った。
「はい、では影野さん。
 まずこのお薬を飲んでもらって、それから処置させてもらいますねー」

処置や前準備で色々と大変で、手術予定時刻にはあっという間であった。
現在カラカラと音を立てるキャスター付きのベッドで運ばれている。
側を歩くのは医療スタッフと、ひとり足りない元同室のメンバー。
「松野センパイは病室で爆睡中です」と答えたのは宍戸だったか。
麻酔が効いてきて、ずいぶん意識が朦朧としてきた。
そのまま手術室に到着したらしく、聞こえてくる声援が遠くに感じられた。


麻酔が切れてきたと思う頃、辺りは真っ暗で手術などとっくに終了したのだろう。
今までの腹の痛みとは種類が違う、じくりとしたものではなく
内臓を丸ごと握りつぶされるかのような感覚。
「ぎ……ぐぁあ………!」
とてもじゃないが眠れるわけがない。
真夜中に、医療機器の電子音と己のうめき声を延々と聞かされていては
睡眠妨害もいいところだろう。
ただでさえ彼らは行動制限されているのに、更にストレスの原因にはなりたくない。
痛覚が支配する中で、改めて個室に移された理由をかみしめた。
507名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:33:04 ID:E6586aq0
傷を治すために手術を受けたのに、以前よりも酷くなっているように感じるとはどういうことだ。
医師も医師だ、もっと痛み止めを注入してくれればいいのに。
痛みのせいで吹き出る嫌な汗がつっと目尻を通り頬を伝った感じがした。
「うぁぅぅぅ…!」
声の出だしでほんの、極々僅かではあるが和らぐ気がする。
またすぐに痛みが戻ってくるのだが。
短くうめいて、切って、またうめいてを繰り返す。
点滴の管が刺されていないほうの熱っぽいてのひらを
シーツの冷えた部分に押し付け、握り締めた。
熱くなればまた別の場所へと移動する。
足を動かすと別方向からの痛みが腹部に走り、悲鳴が漏れる。
「ぐっ…ぁぁあぁああ……!」
腕が動く範囲のシーツが全て熱が移って温くなり、行き場をなくした手を額に押し当て
自身の髪を強く握り締めると、その手を取られてしまった。
「駄目、髪の毛なんて引っ張ったら」
どこかで聞いた声、親だろうか。
付き添いのために泊り込んでいるといったところなのだろう。
正直、残られても何もしてもらうことなんて無いのに。
…戻ってくれたほうがいい。
先ほど取られた自身の手は、髪を引っ張ることを中断させられて
そのまま相手の両手に包まれるように握られた。
労わりの気持ちはありがたいが、その手の中はとても生暖かく
冷たさを求める今の状態では非常に申し訳ないが解放して欲しい。
悪いと思いつつ手を振り払い、また備え付けられた腹部の臨床器具を掛け布団の上から引っ掻いた。
「ぃた…痛い……」
言っても仕方の無いことだが、つい口から出てしまう感覚の名前。
うめき声に痛みの主張が入り混じり始めた。
「うん…痛いね。仕方ないけど、苦しいね」
頭を撫でられながら、同意される。
先ほど乱したらしい髪を手櫛で梳かれたあと、放り出された手を布団の中に入れられ
病室を出て行く音を聞いていた。


「はい、はい。影野さん、聞こえますか?」
「…ぅ………」
この病室は人の出入りが多すぎる。
暗くてよく見えないが、声から察するに医師だろう。
「聞こえていたら手を握ってくださいねー」
こちらは看護師か。指示通りに強く握る。
「はい、影野さん。
 今から鎮痛剤を追加しますのでね…
 今よりも痛みが少しは楽になるかと思います」
時間にして数秒、薬剤が注入されたらしい。
「はい終わりました。
 まぁ、しばらくはこれで大丈夫でしょう」
「何かありましたら手元のナースコールを押していただくか
 また付き添いの子に呼びに行ってもらうかしてくださいね」
作業を終えた医療スタッフが出て行き、また電子音が耳にうるさい空間になる。
「少しはマシになった?」
「……っうぅううぅう……」
楽になった気はしないでもないが、痛みが消え去ったわけではない。
「やっぱ、すぐには効かないか…」
期待した返答ではなかったために、半ば諦め気味に言い放たれた言葉。
自傷気味な笑い声に、額の汗が拭かれるのをされるがままに受けていた。
508名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:33:29 ID:E6586aq0
東側の空から朝焼けの光が弱く差し込もうかという時刻。
あれから一睡もすることはなかった。
ずっと荒く息を吐き、うめき声をあげ続け、シーツを握り締めていた。
それでも目覚めた直後よりかはまだマシだった気がする。
薬のおかげか、はたまた緩やかに流れてくる風のおかげか。
一晩中ずっと付き添っていた親が団扇で扇ぎ続けていた。
して欲しいことは無かったはずだったが、これはありがたかった。

「量を抑えたとはいえ、本来なら連続投与は致しかねないのですが…」
あれから数時間後に来た医師に愚痴られもしたりしたが
痛み止めの薬剤を少量は追加してもらったり。
体には良くないと思うけれど、今は痛みが多少楽になるほうを優先させたい。
鎮痛剤の効能が現れ始めるのはそれから更に数時間後であった。

普通に喋れるようになるのに数分、夜が明けきり部屋が明るい。
「んぅう……」
うめき声ばかりだった自身の声に、まともな言葉が混ざり始める。
「おはよー、仁」
目の前に立っていたのは親ではなく、小さな団扇を持つ松野であって。
「松、野……?」
「おはよ」
「…おはよう…」
繰り返される朝の挨拶になんとか応対する。
「やっと喋れるようにはなったんだね」
「まだ、痛い…けど」
「うん…わかるよ。声、苦しそうだもん」
「……続けて…」
「え?」
「風、気持ちいいから…」
沈んだように見えた表情に、先ほどとは違う種類の笑みが零れた。
「ふふ、りょーかい。ボクに感謝しなね」
「ん、ありがと…」
満足げに言う彼に、素直に感謝の意を述べる。
するといつもの調子を取り戻したのか、よくできました、と少々からかい紛いに返された。
「ねぇ、いつまで続けよっか?」
「まかせる…でも、できれば……長く」
「はいはい患者サン」
軽口を叩く彼には、先ほど見せた憂いはもうなくなっていた。

あれからどれ位の時間が経過しただろうか。
途中、何度も扇ぐ手を交代しながら続ける松野があくびをする。
「ふぁ〜…」
「疲れたの、なら…もう…」
「うぅん、ちょっと休憩したらまたやるよ」
先程からずっとこの調子だ。
扇ぎ続けて腕がだるいのに、それでも食い下がらない。
「できれば長く続けてって言ったのは仁じゃん」
「けど…」
そうなるまでやって欲しいとは望んでいない。
「ボクが勝手にやってることだから仁は気にしなくていーの。
 …よし、休憩終わり」
全然休んでおらず、疲れなど癒せていないくせに再開しようとする。
そこまで食らいつこうとする理由は何なのか。
「俺、寝るから。
 松野も…適当に、切り上げ…」
「はいはい、わかってるよ。
 満足したらやめるから……おやすみ」
509名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:33:51 ID:E6586aq0
手術後から二度目の夕暮れ時。
目覚めたときは既にその時刻を経過していた…これが昼夜逆転というものか。
松野もさすがに帰ったらしく、安堵したと同時に一抹の寂しさを感じる。
「………ぅ…」
そうなると、意識は自然と腹部の痛覚に集中する。
昨晩よりも幾分マシとはいえ何か、気を紛らわせそうなものは無いか。
枕元に置かれた一冊の本。…昨日、逃げ込んできた松野に貸したもの。
他の本はベッドから少々離れた位置にある棚に積まれており
寝たままで手を伸ばすのは困難だ。
薄暗い橙色の光に照らし、手に取った本をそのまま読み進めた。


「仁ー、助けてー」
「…また説教部屋?」
「今日の昼食にカボチャが出てきたんだけどね
 しょーりんが「好き嫌いは駄目です」ってボクに無理やり食べさせようと…」
身振り手振りで説明をする松野を通して
食に関しては特に厳しい目を持つ後輩の不満そうな顔を思い浮かべた。
少林寺の肩を持ちたいところだが、目の前の彼の機嫌を損ねさせるわけにもいかない。
「やっと流動食が食べられるようになった俺からしたら羨ましいな」
手術前から絶食を強いられて、ようやく食べ物を口にした自身の素直な感想。
「あ、そっか。ごめん。
 …えっと、流動食ってどんな味?おいしいの?」
「正直、まずい。
 食感も悪いし、薄味どころか無味無臭で塩分が欲しい」
「…あはは、何それ」
どうやら話題の根本を逸らすことに成功したらしい、ほっとする。
「ふふ…まずいけど頑張ってるんだ。なら今度からボクも頑張ってみようかな…?」
「今度、じゃなくて今すぐ頑張ってください」
開けっ放しにされた出入り口から、追ってきたらしい不機嫌な顔をした少林寺と
何とか彼をなだめようとする宍戸が立っていた。
そのまま室内に居る松野の腕を取り、引きずるようにして元の病室へと戻ろうとする。
「ちょっと、しょーりん何すんだよ!放してよー!」
仁助けて!という悲鳴が遠ざかっていく。
「……すみません、お騒がせしました」
事のてん末を唖然と眺めていると、宍戸が謝罪のあと一礼し、ふたりを追いかけていった。

やつれた松野が戻ってきたのは数分後のこと。
「おかえり」
「…ただいま……」
そのままベッドの足元付近に突っ伏した。
「食べ終わるまでずっとしょーりんが見張ってんの。
 宍戸は役に立たないし、半田は我関せずだし…もう何なの……」
「それは災難だったね」
その様子がありありと思い浮かび、笑い出しそうなのをぐっと我慢しながら本で顔を隠す。
「あー、その本…」
気持ちを切り替えたらしい松野の興味が本に移った。
「うん、この前松野に貸したやつ」
「あのとき仁寝てたから、分かりやすいところに置いといたの。
 けどまだそれ読みかけなんだよねー」
「…読み終わったから返してくれたんじゃないの?」
何故そんな中途半端な状態で返却したんだ。
「えー、だって、また一緒に読んだらいいじゃん。
 ……ねぇ、となり行っても…いいかな?」
前回誘ったときは断ったくせに、まったく彼は気まぐれだ。
「…どうぞ」
嫌いな食べ物を凄い状況下で克服してきたのだ。
それくらいの矛盾は流してもいいだろう。
「へへ…ありがと」
心なしか満足げな表情をしているので、これで良しとしておく。
510名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:34:29 ID:E6586aq0
手術後から二度目の夕暮れ時。
目覚めたときは既にその時刻を経過していた…これが昼夜逆転というものか。
松野もさすがに帰ったらしく、安堵したと同時に一抹の寂しさを感じる。
「………ぅ…」
そうなると、意識は自然と腹部の痛覚に集中する。
昨晩よりも幾分マシとはいえ何か、気を紛らわせそうなものは無いか。
枕元に置かれた一冊の本。…昨日、逃げ込んできた松野に貸したもの。
他の本はベッドから少々離れた位置にある棚に積まれており
寝たままで手を伸ばすのは困難だ。
薄暗い橙色の光に照らし、手に取った本をそのまま読み進めた。


「仁ー、助けてー」
「…また説教部屋?」
「今日の昼食にカボチャが出てきたんだけどね
 しょーりんが「好き嫌いは駄目です」ってボクに無理やり食べさせようと…」
身振り手振りで説明をする松野を通して
食に関しては特に厳しい目を持つ後輩の不満そうな顔を思い浮かべた。
少林寺の肩を持ちたいところだが、目の前の彼の機嫌を損ねさせるわけにもいかない。
「やっと流動食が食べられるようになった俺からしたら羨ましいな」
手術前から絶食を強いられて、ようやく食べ物を口にした自身の素直な感想。
「あ、そっか。ごめん。
 …えっと、流動食ってどんな味?おいしいの?」
「正直、まずい。
 食感も悪いし、薄味どころか無味無臭で塩分が欲しい」
「…あはは、何それ」
どうやら話題の根本を逸らすことに成功したらしい、ほっとする。
「ふふ…まずいけど頑張ってるんだ。なら今度からボクも頑張ってみようかな…?」
「今度、じゃなくて今すぐ頑張ってください」
開けっ放しにされた出入り口から、追ってきたらしい不機嫌な顔をした少林寺と
何とか彼をなだめようとする宍戸が立っていた。
そのまま室内に居る松野の腕を取り、引きずるようにして元の病室へと戻ろうとする。
「ちょっと、しょーりん何すんだよ!放してよー!」
仁助けて!という悲鳴が遠ざかっていく。
「……すみません、お騒がせしました」
事のてん末を唖然と眺めていると、宍戸が謝罪のあと一礼し、ふたりを追いかけていった。

やつれた松野が戻ってきたのは数分後のこと。
「おかえり」
「…ただいま……」
そのままベッドの足元付近に突っ伏した。
「食べ終わるまでずっとしょーりんが見張ってんの。
 宍戸は役に立たないし、半田は我関せずだし…もう何なの……」
「それは災難だったね」
その様子がありありと思い浮かび、笑い出しそうなのをぐっと我慢しながら本で顔を隠す。
「あー、その本…」
気持ちを切り替えたらしい松野の興味が本に移った。
「うん、この前松野に貸したやつ」
「あのとき仁寝てたから、分かりやすいところに置いといたの。
 けどまだそれ読みかけなんだよねー」
「…読み終わったから返してくれたんじゃないの?」
何故そんな中途半端な状態で返却したんだ。
「えー、だって、また一緒に読んだらいいじゃん。
 ……ねぇ、となり行っても…いいかな?」
前回誘ったときは断ったくせに、まったく彼は気まぐれだ。
「…どうぞ」
嫌いな食べ物を凄い状況下で克服してきたのだ。
それくらいの矛盾は流してもいいだろう。
「へへ…ありがと」
心なしか満足げな表情をしているので、これで良しとしておく。
511名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:35:16 ID:E6586aq0
個室に移って以来、ずっと誰かしらの訪問が続いている。
担当医師と看護師はもちろんのこと、元同室のメンバー、そして両親。
「もう痛みもほとんど無いし、近いうちに元の病室に戻るだろう、って」
「そう、母さん安心したわ。
 にしても…あんたゲームなんて持ち込んでたの?」
元同室メンバーの中でも特に松野の訪問回数が多く
棚の上に積み上げられた本に混じり、彼の私物が不釣合いに置かれている始末である。
「…それは俺のじゃない」
「なら、あの松野って子の物?帽子をかぶった…」
「知ってるの?」
「ああ、手術の日の夜に、付き添いについて看護師さんに色々聞いてたら
 「ボクが側についています」って言ってきた子だからね。
 よく印象に残っている」
「え…?」
両親が知っているとは予想外だ。
「そのときの松野くんの熱意に負けてしまって…
 申し訳なかったけど、彼に任せてその日は帰らせてもらったよ。
 …いい友達を持ったな」
「………」
「そろそろ日も暮れてきたし、私達は帰るわね」
「あ…うん」
両親が帰った後の病室で、ひとり物思いにふける。
『ボクが側についています』と主張し、両親を説得させたという証言。
当時、気付いてなかったわけではない。
痛み止めを打ち終えたあと、看護師は『付き添いの"子"』と言っていた。
もしそれが両親ならば『親御さん』などの言葉を選び『子』など言わないはずだから。
それに松野と両親の声を聞き間違えることなど、あり得ない。
ただ自身が認めたくないだけだ。
「………」
ぶんぶんと頭を振り、思考を霧散させる。
手持ちぶたさを紛らわせるために、読みかけの本に手を伸ばそうとしたときだった。

「失礼しまーっす!」
スライド式の扉が勢いよく開けられ、次にまた勢いのいい声が聞こえてきた。
「宍戸、一発芸いきまーす!」
そこに立っていたのは元同室メンバーの後輩だった。
本当にこの病室には訪問者が多い。
「四次元アフロ〜、少林寺収納〜」
しゃがみ込み、となりに居る少林寺を頭の中に収めてしまった。
「はい不思議〜、宍戸のアフロは小宇宙〜!」


……
………

どうリアクションしていいのかわからない状況に、沈黙が流れる。
「……ぇ、あ、あの〜……センパ、イ…?」
「………」
何なんだ、とか、本当に収納できてあぁ凄い、とか、でも首の腱は大丈夫だろうか、とか。
色々感想はあるのだが、でもこのいきなりの訪問にどう対応していいのかわからない。
「ぶふぁぁああ―――ッ!!!」
室内からは死角になっていて見えないが、側に控えていたらしい半田がその静寂を破る。
相当こらえていたらしく、腹筋が崩壊する勢いで笑い転げていた。
「寒ッ!!やりやがった…アヒャひゃはは!!コイツら!!!
 『四次元アフロ』って…ひ――――ッひっひっはっぁははははは!!
 げほっ、げほッ!! な、何なの?!!ふひふははッははは!!くるしい……!
 く、苦し―ッゴホッ!!っはっはっはっはっはっははははははは!!!!」
ヒィヒィ言いながら床を叩き付けており、廊下なので音がとても響いていた。
512名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:35:52 ID:E6586aq0
「半田センパイ!!笑いすぎですって!!!」
「ししど、あとはお願いね」
「しょーりん!!やめろ!逃げるな潜り込むな!!!」
とりあえず、大笑いしている半田を見て笑うのが正しいリアクションなのかと思い
「わー…おもしろーい……」
便乗してぱちぱちと拍手をしながら先程のギャグを褒めてみた。
「ちょ!!!逆効果ッッッ!!!!!!」
「か、影野センパイまで……」
結果、更に半田を笑わせ、宍戸を絶望させる羽目となった。

笑いすぎて声が枯れたらしい半田と、傷心の宍戸を部屋に招き入れる。
「ぁー……生き返った。サンキュー仁」
未だ涙目の半田から先程渡したお茶入りの紙コップを受け取った。
「急に来て、ちょっと驚いたよ…」
「いや、ちょっと遊んでて。
 負けた奴は罰ゲームで仁の病室前で一発芸……ぶッッ!!!!」
「……モウ…ヤメテクダサイ……」
ゴメンゴメンと謝罪の言葉を述べながら、髪から抜け出てきた少林寺と共に宍戸を慰めている。
「罰ゲーム、か…」
明るいとは言えない単語が妙に引っかかり、誰にも聞こえない音量でぽつりと漏らす。
そういえば、部屋の隅でうずくまる宍戸、そのすぐ側に少林寺と半田。
あとのひとりはどこに居る?
「マックスなら部屋で爆睡中」
「え…?あ、そう……」
無意識のうちに松野を探していたことと、それを見抜かれてしまったことに赤面する。
「お前ら仲良いもんなー、いっつも一緒に居るし」
「……別に、あっちから勝手にちょっかい掛けられてるだけで……」
「え…そうなんですか?」
どん底から這い上がってきた宍戸が話に混ざってきた。
「だって影野センパイと一緒に居るときの松野センパイ、すごく輝いてますよ?
 いつもはふてぶてしいっていうか…あ、いえ、別に不満があるってわけじゃなくて…」
「そ。なーんか自己中っつーのかな…?
 悪い奴じゃないんだけど、ときどき意味わかんねーんだよな、あいつ」
割り込めないほどに結束が固いと思っていた、彼らの口から語られる松野への本音に驚く。
「お前ら同じ時期に入ってきたし
 よく一緒に居るしで仲良いって思ってたんだけど…」
今までの概念が崩されていく。
「けど…この前の、あの夜の騒ぎのとき…
 次の日、何事も無かったように振舞っていたのは…?」
入院初日の夜に起こった、あの事件について問うてみた。
「えぇ…!?」
意外だ、と言わんばかりに三人の顔が合わさって戸惑った。
「仁には来てねーの?謝罪メール」
「メール?何それ…?」
「次の日に松野センパイから一斉送信されたやつなんですけど…」
宍戸が困ったように説明するので、慌てて携帯のメール画面を起動する。

新着メール あり
−−−−−−−−−−−
from:松野
sub :(無題)
昨日はごめんなさい
   −END−

−−−−−−−−−−−
513名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:36:14 ID:E6586aq0
自らを器用だと称する彼の、なんて不器用な謝罪。
病院だからと、電源を切っていたのが災いした。
しばらく絶句していると、おずおずとした様子で問いかけられる。
「影野センパイ…?」
「来てた…」
「おいおい…メール不精にもほどがあるだろー…
 マックスが仁にだけ送らないとかありえねーしな」
呆れ気味に言われ、反省する。
「にしても…皆のほうが仲が良いと思ってたのに、意外だ…
 だから謝罪無しでも変な空気がないものだと…」
「別に仲悪いわけじゃないけど、俺らも俺らで結構ぶつかり合いはあるし。
 あの日は特別激しかったけどまぁ暴走はいつものことっつーか。
 メールが無かったとしても引きずるつもりは元からねーけど
 でもやっぱ、わだかまりは残っちゃうし、何より当事者が気の毒じゃん」
側に待機する少林寺の表情が若干強張った。
「まーそれは向こうも薄々気付いてたっぽいからいいとして。
 仁の手術の日のマックスは結構甲斐甲斐しかったぞ。
 付き添いで泊ろうとしてたお前の両親を説得しちゃうし。
 なら俺らも交代でやるって言ったら凄い勢いで断られたし」
「…え……?」
半田の口から語られる、あの夜の真相。
「看護師から患者だから寝てなきゃ駄目とか言われたけどごり押しで却下。
 で、夜中に騒がしいと思えば「痛み止め追加してやれ」って医者に食って掛かってたり。
 けど薬の投与の決まりがあるとか何とかで揉めてたけど、あいつゴネまくってたなー。
 それを「勝手にちょっかい掛けられてるだけ」ってかわいそーじゃね?」
おそらく冗談半分で言っているのであろうが
話を聞いていた自身は、そのままの感想を口に出していた。
「……なんで、そこまでしてくれるの…?」

「あのさ、仁。
 お前、俺らに遠慮してねー?」
笑顔から一転、真顔になり問いかけられた。
「そんな事、は…」
図星すぎて、言葉にできない。
「そうですよ。さっきから一歩引いてるみたいな意見ばっかりですし。
 オレたち仲間じゃないですか」
「仲間…」
完全に復活した宍戸の言葉の一部を、言い聞かせるかのように繰り返した。
「仲間で…いいの?」
「何言って…当たり前だろ」
「今更ですよ」
苦笑気味に返される。
何が目立ちたいだ。何が自身の存在感を出したいだ。
仲間だと言ってくれる存在が近くにありながらも、それに気付かないとは。
孤独から脱出したいと願いながらも、自分自身が殻に篭っていれば無意味なことだ。
目からウロコ、というか。申し訳なさと感謝の気持ちが溢れてくる。
「…気付けてよかった。ありがとう、みんな」
例のメールも、変に先入観を持ってしまっていた事についても。

「ねぇ、かげのセンパイ」
今まで黙っていた少林寺が袖口を引っ張りながら呼びかけてくる。
「かげのセンパイも、オレのこと
 皆と同じように『しょーりん』って呼んでくれませんか?」
「え…?」
呼び名に関しても、遠慮するなということだろう。
皆の間で好意と信頼が改めて成立したのだから、と回りくどく考えた末に。
「…しょうりん……」
「えへへ、はい。よくできました」
さも嬉しそうに微笑まれ、こちらも貰い笑いしてしまう。
自身にも、彼にも。もう胸に巣食う闇は消滅したのだろうと思いたい。
514名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:36:55 ID:E6586aq0
「ふふ…仲間か」
遠慮は要らないことを逆手に取り、先日の出来事をネタに茶化しながら質問する。
「なら俺も好き嫌いしたら食べ終わるまで監視されちゃうの?」
「はい、センパイといえども容赦しません」
「おっと」
「こえーよ」
若干目が本気のマジレスを貰いながらも、心の壁が壊れた今。
その後の談笑は弾んだものとなった。

「少し寄るだけのつもりだったのに、随分長居しちゃったな…」
「オレたちそろそろ戻りますんで。
 センパイも早く、こっちに戻ってきてくださいね」
各々が挨拶をしながら出て行くのを見送る最中、また袖口を引っ張る感覚。
「…まつのセンパイは、悪い人じゃないから」
「………」
話題が重なり、すり替わってしまったあの話の核心部分。
「しょーりーん?」
「今行く!」
ついて来ていないことに気付いたふたりの呼び掛けに、慌てて後を追う姿を黙って見送った。

またもひとりになった静かな空間に戻った病室内。
短い時間で多くの概念が崩れ去った有意義なひととき。
変わった視点、変わった後輩の呼び方。
ふと以前、違う人物から同じニュアンスの言葉を言われたことを思い出す。
―「ねぇ、仁。『マックス』って、呼んで?」
脳裏によぎる、先程まで居なかった彼の過去の声。
どんどん他人の証言から明らかになっていく当時の出来事。
なぜそこまで己のためにしてくれるのかの予想はあらかたついている。
彼との間に信頼が無いわけではない。
ただ種類が異なる好意が認められないだけだ。
そして最後の「…まつのセンパイは、悪い人じゃないから」
「…知ってる」
半田たちの言うとおり、いつも一緒にいたからこそ。


「仁、仁ってば」
また深く考え込んでいたらしい、呼び戻される。
「…その癖、いいかげん直したほうがいいよ」
「うん、ごめん…」
軽い挨拶をされた後の注意。
これは確実にこちらが悪いので素直に謝罪する。
「で、何か用事?」
「何も」
「………」
「嘘、冗談だってば。
 声聞きたくなったから来た。だから何か喋って」
「……凄く理不尽なんだけど……」
松野が思いつきで行動することは珍しくは無いが
急に振られても話題など特に思いつかない。
「はーやーくー」
「………」
今まで彼のことについて悩んでいたのに
その張本人を目の前に喋れと言われても、とても無茶な要求だ。
…待てよ、ならばそれについて話せばいいのではないだろうか。
他に話題は思いつかないのだから。
515名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:37:27 ID:E6586aq0
「メール、届いてた」
「…え?」
「あの夜、松野がしょうりんに…」
「その話はパス」
「次の日に一斉送信したアレ」
「だからその話は嫌だってば!」
やはりあの事件は松野本人にも、しこりが残っているらしい。
だが何か話せと要求したのは松野だ。
「病院だからって電源切ってて確認したのは最近。
 ごめん、返信しなくって」
「…はいはい、院内で電源切ってて偉かったねー。
 じゃあこの話はこれで終了」
あまりにも嫌がっているのでこの話題は要望どおり終わらせる。
「それと手術の日の夜の付き添いのことだけど…」
「…その話もダメ。やめて」
「やめない」
「ちょっと?!」
話せと言ったのはあちら側なのに随分と要求が多い。
あれもダメこれもダメだと話題が尽きてしまうので強引に話を進めさせてもらう。
「親が残るって言ってたのを説得して帰らせたとか
 患者だから付き添いダメって禁止されたのをごり押ししたとか
 痛み止めの投与のことについて医者と揉めたとか」
「………」
「この話とメールの話、全部半田たちから聞いた」
「………あいつら……」
中断の要求を突っぱねてからそっぽを向かれてしまい表情は確認できないが
非常に不機嫌な声で返された。
「半田たちも交代しようかって言ったらしいけど断ったんだって?」
「別に。ひとりでも大丈夫だったからだよ」
そんなに嫌なら話題を変えるなり部屋に戻るなりすればいいのに。
機嫌を損ねつつも相槌を打っている、この自称器用の器用貧乏は。
しかしそれを言うと当り散らすだろう、指摘した瞬間は優越感に浸れるかもしれないが
その後のまわりの被害を考えると酷くハイリスク・ローリターンな行為だ。
「親からも「松野くんによろしく」ってきいてる」
「あっそう!」
「鎮痛剤も…」
「もうさ、いいかげんに…」
さすがにちょっと意地悪だったかもしれない。
限界が近い相手のために、そろそろ核心に迫ったほうがいいだろう。
「…松野、聞いて。
 あの夜とても痛かったから、松野が掛け合ってくれて助かったし。
 付き添って、ずっと風を送り続けてくれたことも」
「………」
「本当にありがとう、マックス」

「……ぇ………え?」
いたたまれなくなって今度はこちらが顔を背ける。
「あ、あの…仁?」
あぁもう、そんなに嬉しそうな声を出すな。
恐らく己の視界の反対方面で痛いほど凝視しているのであろう相手に。
「…俺からの話はこれでおしまい。今度はそっちが何か話して」
「………」
覚悟はしていたつもりでもダメージが桁外れだ。
相手に嫌な事をすると、その嫌な事がはね返って来るという故事成語を
今まさにこの身をもって証明することになるとは。
空耳と思っているのか、戸惑っているのかは不明だが何も返答が無い。
この病室は自室、先程までの相手の立場とは違い戦術的撤退はできない。
相手から待ちの姿勢を崩す様子は伺えない。
詰んだ。完璧に自爆だ。
「……何でもいいから話して………マックス」
516名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:38:10 ID:hC5rzvL6
最初は只のつまらない意地だった。
それがずっと続き、もはや行き着くところまで行き着き、引き返せなくなった。
今になって思う。これはサッカー部に入部するまでの自分と同じ。
自分を変えたいと願っていたのに、同じことを繰り返すとは今まで何ら変わっていない証。
どんどん孤立していく状況に仕方ないとあきらめ逃げた過去と
心情吐露した相手への返事を考えることを放棄し逃げた過去と。
ぐだぐだと考えを廻らしていると、ついに相手が口を開ける。
「あはっ…!
 あははははっ!じーん!!」
高らかに笑い、ベッドへとダイブしてきた。
「呼んでくれた!やっと『マックス』って呼んでくれた!!」
「呼び方くらいでそんな…」
互いに抱く好意は種類が違うものの、好意ということには変わりない。
信頼は元より成立している…仲間なので。
そう強く念じる。
「だって呼んでくれたんだもん!」
「…別に付き合い方変えたりするわけじゃないんだし」
呼び方は変わったけれども。
今までの変化球に対し、ストレートすぎる感情表現。
「うん!仁だいすき!!」
相手にとっては、呼んだという事実が最重要であとは二の次らしい。

散々じゃれつかれた後に、疑問に思っていたことを問うてみた。
「あの時どうして腕がだるくなっても扇ぐのをやめなかったの?」
するとフッと相手の声のトーンが下がった。
「……役に、立てたんだよね?」
「うん…?」
急にどうしたのだろうか。疑問を混ぜた回答を返す。
「よかった…」
起こしていた己の上体に擦り寄りながら呟いている。
「もう、苦しくならないよね?」
「うん…たぶん」
痛みも無く、臨床器具も取り外されたので。
「たぶんじゃなくて!…約束して」
すっと目の前に小指が差し出されたので、己も同じように差し出し、絡めた。
離れてからもしばらく小指を眺めて、満足そうに微笑んだ。
「信じる……ありがと、仁」
近かった距離を更に詰められ密着状態になり、口元に柔らかい感覚を残された。


ちゅっと音を立てながら一瞬で離れた唇。
またこの手か。内心戸惑いつつもできる限りの冷ややかな対応をする。
「…何やってんの」
「何って…キス。
 友達になったんだから、次のステップ行かないと」
先程の殊勝な態度はどこへやら、いつも通りの口調で説明していた。
「次って何?」
「恋人」
「…付き合い方を変えるとは言ってないよね?」
思考回路がぶっ飛んでいる相手を嗜めるように問いかけた。
「うん。つか今の仁が好きだから変えられたら困る」
「だったら…」
「関係の名前が"友達"から"恋人"になるだけで、付き合いそのものは変わらないよー」
「納得できるかそんな屁理屈!」
「別に納得しなくてもいいから」
先程のやり取りから、自然と膝上付近に腰を下ろしていた相手に押し倒された。
今までの態度はこの状況を作り出すためのものでは、と疑う。
嵌められた、完璧に油断した。
「じゃ、はじめよっか」
電光を背に陰を落とした彼の表情を見て、やられた、と後悔するのは遅すぎた。
517名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:38:35 ID:hC5rzvL6
両手とも指の間に指が絡められシーツに縫い付けられている。
脚は掛け布団の中にあり、それごと上に跨られている。
「ちょっと…嫌だ、って」
また無抵抗のままやられてしまうのか。
近づいてきた顔に反射的に背け、自然に晒された首筋に吸い付かれた。
「……っひ………ぅ………」
つい出てしまった変な声に気を良くしたのか、重点的に首を攻められる。
動かせないとわかっていてもつい手を動かそうとしてしまい
その度、相手の指に力が込められる。
何度も吸い上げられ、位置が変わり
「…ぅわぁ………っ!」
耳を弱く噛まれ驚いてまた声をあげた。
膝を曲げたりなど、無意味な行動をとってしまう。
「敏感だよね、仁」
たのしい、とか。面白がらせているなんて冗談じゃない。
「……ふざ、け………」
「ふざけてない、本気」
今度は反対の耳を口に含まれる。
耳の裏側を舐め上げられる感覚に身を竦ませた。
動くと帽子の横にぶら下がる房が喉の皮を掠める。
「いや…嫌だ……」
すると、片方の手が開放された。
しかし相手の手も自由になり、手のひらから離れたところに触れようとする。
慌てて阻止しようと相手の手首を掴んだ。
その様を横目で見た後、腕を引き自身の指先に口付けられる。
「仁のこと、好きだし」
癪に障る。何が好きだ。
力ずくで押さえつけて、抵抗を封じているくせに。
これだから性的行為は。
「嫌だ。…こんな、無理やり……!」
わずかな間、相手の動きが止まった気がするがすぐに顔が近づいてくる。
また口でも狙っているのだろう。
「嫌だ…!嫌だ!!」
離被架はもう無いのに、行動を制限される新たな檻。
ほとんど動かせない、縛り付けられた四肢にできる限り力を込め
唯一自由な首を振りせめてもの抵抗を試みた。

今まで押さえつけられていた手の拘束の力が緩む。
隙を見逃さず、思い切り振り払う。ぱしりと渇いた音が辺りに響く。
「押しなよ…ナースコール」
興奮し、叫んだおかげで荒い息をついている最中に言われた。
「今の状況見たら引き剥がされて接触禁止令くらい軽いよ」
「………」
無言で続きを促す。
何がしたいのか、相手の心理が見えない。
「せいぜい暴力って処理されるだろうし。
 心配しなくても仁は手術後だから殴られる側だって思われるよ」
行為はやめるくせに、出て行く意思は無いとか。
「それから付き添いの件ね。
 前、苦しそうなのに全然役に立てないってすごく嫌だったから。
 風はすごく寝汗かいてて、熱いのかなって思って勝手にやった」
「ま…」
聞き捨てなら無いセリフにストップをかけようとするが、相手は止まってくれない。
「もう、早く押しなよ…
 何するかわかんないよこのままじゃ」
518名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:39:00 ID:hC5rzvL6
「今、なんて言ったの?」
「だから早く押せと…」
「違う、その前」
「…『心配しなくても仁は手術後だから…』」
「そうじゃなくて。『前、凄く嫌だったから…』」
中間分を省略して言いたいことを伝える。
「…今は関係ないじゃん」
「なら何でさっき言ったの」
「………」
黙秘権を行使する相手に返答を催促する。
「答えて…マックス」

「…ずるいよ、仁」
あだ名呼びの効果は抜群だ。己にもはね返る諸刃の剣だが。
「で、何について言わせたいの?」
熱の無い、はすっぱな物言いをする相手。
「前っていつ?」
「……仁が、必殺技完成させた日………」
「………」
あの衝撃の日か。
確か、かなり相手に迷惑を掛けた日でもあるはず。
「あ、あのとき、苦しそうで、何しても全然楽になってくれなくて…
 手術のあとも、あのときみたいに苦しそうにうめいて…」
やはり。彼にかなりのショックを与えてしまっていたのだと改めて思う。
「ごめん…」
「謝らないで!」
怒られてしまった。
「謝らないでよ…」
「うん…」
「今度は、役に立ちたかった…それだけだから」
言い難そうに自白したあと、俯く。
「わかった。…ありがとう」
頑なに扇ぎ続けた動機や、痛み止めの件の交渉を辞さなかったのは
あの時の決意からだったのか。
「けど、いつでも寝れるからって徹夜しなくても…」
「…別に。寝貯めしてたし」
「"寝貯め"……?」
聞き慣れない、新たに出てきた単語に反応する。
「な、なんでもな…」
「話して」
慌てて訂正の言葉を言い終える前に阻止。
「…部屋に戻った後、手術が終わる頃まで寝てました……」
事前に寝ていたので、真夜中に起きていても平気だったということか。
朦朧とした意識の中で、爆睡中だという言葉を聞いたことを思い出した。
「…ダメだったらどうするつもりだったの?」
"寝貯め"がその通りの意味ならば。
もし両親が納得しなければ、もし付き添いを許可されなかったら。
「知らない…!そんなもしも理論」
「もし…」
「あー!もー!!知らない知らない!!!」
もう話を聞いていない。
考え込むのが己の悪い癖なら、感情のブレーキが利かないのが相手の欠点といったところか。

「ねぇ!もういいよね!!」
もはや自暴自棄になり、ナースコールに手を伸ばしている。
「押すから!もう押しちゃうから!!」
押させるわけにはいかない、再び手首を掴んだ。
519名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:39:23 ID:hC5rzvL6
そのまま落ち着けといわんばかりに肩を掴んで揺さぶる。
まだ話は終わってない。
「聞いて。
 寝貯めとか無計画すぎる。
 本当に、失敗したらどうするつもりだった?」
「………」
「………」
二度目の黙秘権には無言の圧力で応対する。
「……知らない」
予想通りの返答。終いにはお互い無言に。

「馬鹿でしょ。
 自分の生活リズム崩してまで真夜中に付き添いとか」
「…仁?」
「けど、嬉しかった。…ありがとう、マックス」
未だ微動だにしない相手を抱き寄せた。
完敗だ。彼はどこまで己が好きなんだと熱に犯された頭で考える。
「…ボクのこと好き?」
相手の気持ちに応えたいという思いはあるが
「友達としてなら」
最後の最後で照れに対する防御壁が形成されてしまう。

逃げないと決めたのだ、自分を変えるのだと。
覚悟を決め自分から唇を重ね合わせた。
彼からのものとは違う、激しさを伴わない触れ合わせるだけのものだが。
離れてから確認した相手は、驚いた様子で硬直していたけれどそれは数秒だけで。
「…"友達"はこんなことしないよ」
クスクスと笑いながら正論をぶつけられた。
「ねぇ言ってよ仁。ボクのこと好き?」
「……言ってほしいのなら、言わせてみて」
あだ名のように。
自身の中で答えは出ており、相手の予想通りかつ望むもの。
認めたくは無いが、"友情"だろうが"愛情"だろうが好意という意味では変わりまい
と自分で自分を納得させた。
「…何ソレ……じゃ、覚悟しといてよね」
しかしこの答えで喜んでいる彼は潜在的Mの素質があるのではないか。
M野なだけに。
答えない代わりに先程の行為を再開させた。


「……いいんだよね?」
何も言わず、もう一度口づける。
「じゃ、許可貰ったんで。
 嫌って言っても、もうやめないけど」
「平気」
本当は万全な体制ではなく、少々めまいがしている。精一杯の強がりだ。
直後にまた押し倒され、口を吸われた。
咄嗟に距離を置くために伸ばしてしまった腕の力を緩め、代わりに相手の服を強く握る。
もう片方の手は頭上にある鉄でできた円柱のベッド枠を握った。
何かを握り締めていないと突っぱねてしまいそうな己への自戒のために。
「………ん…」
唇を割り、進入してきた舌を噛まないように招き入れる。
口腔内を縦横無尽に動き回り口蓋を舐られた。
その舌を捕らえ、己のものと絡ませた。
「ぅ……」
離れ際に漏れる吐息と、つっと繋がった唾液の橋が重力に逆らわずに唇から頬に垂れてくる。
追って近づく口に、今度は何も言わずに舐め取られるのを受け入れた。
520名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:40:12 ID:hC5rzvL6
服を掴む手をはなし、代わりにシーツに爪をたてた。
独特の音を立てながら爪痕に沿って波の皺が寄る。
緩やかに引っかき続けている間、上半分の衣服を捲り上げられ
切開痕を避けながら、まるで労わるかのように手のひらで円を描くように腹を撫ぜられた。
次第に撫ぜる面積が広がり、横腹にも届く。
「……っ!」
咄嗟に手首を掴んで行為を中断させてしまった。
「ぁ……ごめ……」
慌てて手をはなす。
「ごめん、続けて」
動きを再開した手が蠢くのは予想通り横腹で、声が漏れないよう先程の自身の手で口元を覆った。

腹部から胸部へと移動した手は現在、乳首を中心に攻め立てている。
両手で同時につまんだり、押しつぶしたりといいように弄ばれている。
己はというと、覆うだけでは間に合わず指を噛んで刺激をやり過ごすことに必死だった。
「……っ…!」
「噛んじゃダメ、痛いでしょ」
引き剥がそうとされるがそれには応じない。
こっちにやめさせたいのなら、そっちも弄るのをやめろ。
「やれやれ…仁ってばホントにもー……」
諦めた様子で呟かれ、そのまま今度は腕に愛撫の手が伸びた。
頭上の柱を掴んでいた方の腕に沿わされ、ツッと指先でラインをなぞる。
「―――っ!!!」
腋に添えられた瞬間、思わず相手の手ごと挟んでしまった。
「え?! ちょ、ちょっ仁!?」
驚かれ、腋以外の愛撫の手が止まる。
「……っ! 手、どけて…!抜いて!」
「抜けって言われても…こんなに力まれたら無理だってば!」
それでも抜こうと試みる相手の指が、挟まれた状態で同時にうごめき、腋に刺激が送られる。
その動きを封じるために、さらに挟む力を強めてしまう。
「っ!……やめっ…ちょ、マックス!」
「だってこうでもしないと抜けないじゃん」
「動かすな!」
「だったら力抜いて!」

やっとのことで腋から手が引き抜かれ、安堵の息をついていた。
変な疲労感というか、とても嫌な疲れ方をした。
「仁…感じすぎ」
「………放っといて」
「だってさ、首もダメ胸もダメで腋はあんなんとか。弱点多すぎでしょ」
「………」
こっちだって、あんなに刺激に弱かったとは思わなかった。
「ねぇ何で?」
「知らないよ…あんなところ触られたことなんか今まで無かったんだ……」
「………
 ふ〜〜〜〜ん………」
何か良からぬことを思いついたような声に不安になる。
「……何?」
「ん、他のところはどうなのかなって。全身性感帯かどうか調べさせてよ」
「―――っ! ぃ…嫌、だ」
あまりの言い草に禁句が口から出てしまった。
「嫌って言ってもやめないよって、ちゃんと仁も了解したじゃん。
 だからだーめ!」
逃げようと身体を引くも、相手の動きのほうが素早くいとも簡単に捕らえられてしまい
再び自由を奪われた四肢と、覆いかぶさってくる相手の映像が飛び込んできたのだった。
521名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:40:33 ID:hC5rzvL6
「平気な場所より感じるところの方が多いって、ちょっとヤバくない?」
あの言葉から、地獄と呼ぶにふさわしい愛撫の嵐が始まった。
行動から言葉まで、あらゆる抵抗を今まで以上に封じられた状態で。
「先天的な全身性感帯ってホントに居たんだ…」
感心するかのように呟く目の前の相手を息も切れ切れの状態で小突いた。
「ごめーん、今のへこんだ?」
散々喘がされたこちらの気持ちを理解させるには、同じ体験をさせた方が手っ取り早い。
見下ろしてくる身体に己の体重を掛け同じ目線に引きずり落とすと、途端に相手の顔色が変わる。
「え…あ、あの。マジ怒っちゃった? ご、ごめんなさ…!」
手を掛けると「ひっ」と身を竦ませる相手の首筋に噛み付き、手を腰付近に這わせた。
「ぎゃーー!!!なにすんのさ!仁の変態!!へんたい!!!」
同じことをしておいて非難してくるとは何て奴だ。
ほぼ手加減なしで繰り出される攻撃を受け流し、更に進めようとすると
間髪いれずに再び弱点に手を差し込まれて撃沈してしまった。
「あまい」
「…っ!抜いてって、ば……!」
「仁ほど敏感な人なんて滅多に居ないし、こんなのでボクが負けるとでも?」
何やら喋っているようだが、生憎こちらは腋に挟まれた手を抜こうと必死だ。
動かされては堪らないので片方の手で固定し、もう片方の手で引っ張り出そうと力を込める。
「…イタズラする仁にはお仕置きね」
「―――っ!!!」
腋に気を取られ、ガードが薄くなっていた下半身に手が伸ばされた。
「ひっ……!ああぁ!!」
更なる弱点を弄ばれている。阻止しようと掴みかかるがもはや意味の無い抵抗だ。
「や…だ、っぁあ!!やめて……!!」
「ほらーこっちでも感じてね〜」
腋と股間と同時に攻め立てられ、わけのわからない感覚に翻弄され
禁じ手だの禁句だのを構うことなく連呼してしまう。
「あはっ!いい声!もっときかせてね〜」
「このっ…はぁ……!へんたい……!」
「……は〜〜〜ん……」
先程言われた言葉をそのまま返してやると、途端に相手の表情が曇った。
「そんなこと言っちゃうんだ?」
「んんぅ…!」
「どういうことなのかなぁ…?自分の立場わかってないのかなぁ…?」
瞬間、腋から手が離れ、次に下着ごとずり下ろされ性器を露出させられた。
「!!」
「もっと鳴かせちゃる」
言うが早々に咥え込まれ、口と舌とで追い詰められていく。
「う……わぁぁああ……!!」
一度体験したことのある感覚が再び襲い掛かってくる。
ついこの間に行ったことで学習したのか、弱いところを徹底的に追い立てられていった。

次第に湧き上がる快感、そろそろ限界が近い。
「まっ…やめ……も…ぅ……!」
脚の間にある帽子を掴む指に力を加え引き離そうとするがその意図が伝わらない。
「ぁ…ああぁ……!」
「!!」
下肢が爆発したかのような絶頂、そして開放感。
荒く息をつく自身の傍らで同じく咳き込む相手が見える。
「けほっ!ちょっと…ごほっ!イくときはちゃんと合図…!」
「ご…ごめ……」
涙目で訴える姿にひどく申し訳ないという感情が湧き上がり、謝罪しようとしたときに。
ふと、以前言われた台詞を思い出した。
「抵抗、無いんじゃなかったの?」
522名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:40:54 ID:hC5rzvL6
「…何の話?」
まだ落ち着かず涙目のまま睨みつける相手に問い詰められたので。
「『本当は飲んでもよかったんだけどね〜』…」
あのときに言われた台詞をそのままリピートして聞かせる。
「…ぁ」
思い出したのだろう、次第に頬に朱が混じっていく様を見ていた。
「ばっ…馬鹿馬鹿!!仁の馬鹿!!なんでそーゆーくだらないことばっか覚えてんの?!」
照れ隠しで力の篭った拳を振り回されるのを必死でガードして。
見つめられたので逆に見つめ返してやると、いたたまれなくなった相手側から視線をそらされる。
「だっ…大体!あのときは、仁が抵抗あるからって…遠慮してあげただけで…
 そのっ、今だって性行為嫌いだって言うし、だから、かわいそうだって思って…!」
今まで憎たらしい発言ばかりだった彼が、あまりにも面白い反応をするものだから
あのとき不発に終わってしまった復讐を、いまいちど。
「え?ちょっと…?」
確かに性行為に関していい思い出など全く無くトラウマさえ抱える程で。
今でも限界ギリギリの綱渡り状態ではあるが。
「べつに、遠慮とか要らないけど?」
「うわぁあああぁあぁああ?!」
やられた通りの仕返し、自身の躊躇いごと奴の性器を頬張ってやった。
「ヤだ!!何やってんの仁!?やめてやめて!!」
髪を強く引っ張られたり、頭を押しのけようとしたりと慌しい。
「そんなことしなくてもいいから!やめてってば!!バカ!痴漢!へんたい!!」
しかし、こうも罵られながらの行為は…心情的に、とてもよくない。
やかましく吠える口を手で塞いでやった。
「ん――!む――――ッ!!」
相手の片方の手が、口を塞ぐ手を外すようにと回ったため
こちら側への暴行が若干弱まったような、そんな気がした。


相手の行為を模倣しているつもりなのだが、どうにも上手くいかない。
やはり経験の無いまま見よう見まねでやってみても駄目なのだろうか。
「むぅ―――っ!」
そういえば、ずっと口を塞いだままだった。
このままだと窒息で死んでしまうかもしれない、そろそろ開放しないとまずそうだ。
確実に罵倒雑言の嵐だろうなと覚悟を決めて手を外した。
「ぷはっ!!…げぇっほ!!…じ…じん……」
相当に息苦しかったのか、いつもの威勢のいい声では無い。
咳き込むマックスの背を呼吸が楽になるように撫でた方がいいかと考え
行為を中断しようとした矢先に。
「ぁああ――っ!!」
外そうとして、焦るあまり思わず立ててしまった歯が決定打になったのか。
甲高い悲鳴を上げながら吐精され、もろに顔面に受けてしまった。
「………ぁ」
「…仁のばか……」
とても弱々しい声で呟かれた己への中傷は、意外にもその一言だけであった。

やはり無理をしたのかもしれない。
先程浴びた精液は手早く拭き取ったものの、未だどろりとした感覚が残っている。
聞いた悲鳴が過去の忌々しい記憶を呼び起こし、くらりとふらついた。
「…ふっ……ぅ…」
嫌な汗が吹き出る。
今はこちらが加害者側だというのに、まったくどちらが被害者なんだか。
荒ぶる気持ちを抑えるため比較的楽な姿勢をとり、深呼吸している際に声を掛けられた。
「ねぇ、仁…」
同じく隣りで呼吸を整えるマックスからの呼び掛け。
「何…?」
己のコンディションをなるべく悟られないように返答する。
このタイミングで何用なのだろう?続けざまに発せられる言葉を待った。
523名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:41:26 ID:hC5rzvL6
「苦しくなんてないよね?」
問い掛けというよりも、諭すかのような口調。
「約束したもん、もう苦しくならないよね?」
再び差し出される小指。
数分前に行われた行為を繰り返す。
「平気」
眩暈、吐き気、嫌悪感。今の不調を頭の片隅に追いやった。
「嫌だと言ってもやめない、じゃなかったっけ?」
「…うん、そうだった」
若干茶化す言い方に同意された後、俯いたマックスから雫が零れる。
「泣いているの…?」
小指を絡めていない側の手で彼の目元を拭うと、濡れた形跡があった。
「………なんでもない!」
手が振り払われ、勢い良く身体を捕まれ逆方向に向けられてしまう。
「さっきの口封じが、苦しかっただけだから」
「…あの……」
「振り向かないで!
 ……今からやること、ちょっと、見られたくないから」

背中から聞こえる控えめな水音と抑えられた喘ぎ声。
羞恥心か、はたまた以前同じシチュエーションで気分を害した己に対する気遣いか。
暫くしてから全てが止み、マックスから「向いていいよ」と許可が下りる。
振り向いてからすぐに膝の上を陣取られて、性器をなぶられる。
「ちょっ…!」
抗議の声も飲み込まれ、喰らい尽くそうとせんばかりに呼吸を奪われた。
「ごめんね…余裕ないや」
息継ぎの合間に、ついでという感じで説明された。
「そんな、がっつかなくても…ふぅう!?」
喋っている最中に再び唇をむさぼられ、開いた口から舌が挿入された。
角度を何度も変えながらどんどん深く繋がっている間にも、性器を弄る手は休まらない。
最後に軽く吸われ、唇で唇を噛まれた後、名残惜しげに離されていく。

「"こっち側"って、すごく負担かかるから」
「…うん」
「だから、任せて。仁は…あの……」
「………」
無言のまま、身体に置かれた相手の小指に自身の小指を絡めた。
「…上出来」
ニヤリと笑い、膝立ちになった彼がゆっくりと腰を下ろしていく。
「ぅうう……っ…ああッ!!」
耐え切れずに漏れる悲鳴が痛々しい。
「…くっ……!」
指で弄られているときとも、口に含まれたときとも違う感覚に身震いした。
先程から忘れようとしている脳を揺さぶられるような頭痛と合い混ざり、微妙な感覚を残す。
「痛…痛い……!」
元々、性行為のための部位ではない。
違う使い方をしているマックスへの負担は、行為前の説明よりも壮大なものなのだろう。
「痛い!痛い痛い!!ぁああああ!!!!」
肩口に噛み付かれ、性器に添えられていた手は
ほぼ半分まで沈んだ頃に背中へと回され、思い切り爪を立てられている。
こちらも中々痛い。
「ぃ…っ大丈夫…大丈夫だから」
あやすというよりも、先程から繰り返している「大丈夫」は自己暗示に近い。
「…大丈、夫。だいじょ…ぶ」
…苦しくなんか無い。
互いに必死だった。
片や壮大な痛みと。片や過去のできごとからくる体調不良と。互いに戦っている。
意識を飛ばしそうになりながらも約束の象徴として絡めた小指は
滅茶苦茶な状態になっても尚解かれることは無く
あらゆる意味で繋ぎとめるために一層強く繋がったままであった。
524名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:41:55 ID:wJjcjbFm
気だるい感じから覚醒すると、マックスを抱える形でベッド端にもたれ掛かっていた。
どうやら努力もむなしく、最中に意識を完全に飛ばしたらしい。
マックスもマックスで脱力し、自身を支柱にしてもたれ掛かり動かなくなっている。
「腹上死…」
縁起でもないことをぼやくと、天罰が下ったのか頭痛が襲い掛かってきた。
ズキズキ痛むこめかみを押さえながら、未だ繋がったままの状態から脱しようとする。
相手が痛みを感じない今のうちにやるべきことだろう。
結合部は酷く汚れており、おまけにぬめり気が酷い。直視しないように慎重に引き抜いた。
「……う…」
どちらからともない呻きが漏れ、引き離れる。
「…気色悪い」
感覚と、自分自身が。さっさと身奇麗にして外の空気でも吸ってくるに限る。
まだ身体の都合で行動制限があるが
空気が篭った室内よりも病室前ロビーのほうがマシだろうと考えつつ。

部屋に戻るとマックスが呆然として宙を仰いでいた。
「起きたの?」
「……うん、ついさっき」
「ティッシュとかタオルとか要る?」
「あー…うん、そこ置いといて」
けだるいのだろう。今は動きたくないという気持ちがわかる。
「落ち着いたら早めにやった方がいい、心地悪いだろうし」
「…仁ってさぁ……」
「………何?」
「…やっぱいいや、なんでもない」
言おうとして中断されると余計に気になったが、そうか、と軽く流すことにしておいた。

しばらく経って、まあ明言するのも面倒な色々な雑用ごとを終えてから
マックスがベッド上でくつろぐ自身に体重を掛けてきた。
ちょっかいをかけにきているのか、甘えているのか。真相は彼しかわからない。
「重い。狭くなるからそっちの椅子行ってくれない?」
「やだ、めんどい。動くのだるい。もうちょいつめてよ」
「………」
自業自得、だが連帯責任でもあるので従う。
「……これでいい?」
「はいどーもー。
 …けど意外だったなー。あれだけ性欲無いとか言ってた仁がヤッてくれるなんて」
「ちょっと外出てくる」
「行かせないし」
阻止され再び腰を下ろす。下ネタは苦手なのにこれこそ自業自得というもの。
「黒歴史。魔が差した。若気の至り。一時の気の迷い。未熟さ故のあやまち」
「そこまで言う?
 でもさ、好きかどうかは言わないくせに」
「………」
「順序逆じゃない?」
正論すぎて何も言えない。
ついでにコイツは己の気持ちを確信している。
「ねー仁、それってどうなの?」
「………うるさい」
「なーにー?きこえなーい」
本気で向き合えないこちらの心境など露知らず、顔を覗き込もうとする相手が心底憎たらしい。
「…結局は変わるきっかけが欲しかったのかもしれない」
ネガティブ方向へ自己完結してしまう悪癖、思い込みの類。
だからといって、己が最も嫌悪する
性的行為という手段を用いたのは我ながら飛躍しすぎとは思うが。
それが祟って、今では別方面の嫌悪やら羞恥やらが入り混じって
混沌とした感情を抱くようになってしまった。
525名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 23:42:23 ID:wJjcjbFm
気だるい感じから覚醒すると、マックスを抱える形でベッド端にもたれ掛かっていた。
どうやら努力もむなしく、最中に意識を完全に飛ばしたらしい。
マックスもマックスで脱力し、自身を支柱にしてもたれ掛かり動かなくなっている。
「腹上死…」
縁起でもないことをぼやくと、天罰が下ったのか頭痛が襲い掛かってきた。
ズキズキ痛むこめかみを押さえながら、未だ繋がったままの状態から脱しようとする。
相手が痛みを感じない今のうちにやるべきことだろう。
結合部は酷く汚れており、おまけにぬめり気が酷い。直視しないように慎重に引き抜いた。
「……う…」
どちらからともない呻きが漏れ、引き離れる。
「…気色悪い」
感覚と、自分自身が。さっさと身奇麗にして外の空気でも吸ってくるに限る。
まだ身体の都合で行動制限があるが
空気が篭った室内よりも病室前ロビーのほうがマシだろうと考えつつ。

部屋に戻るとマックスが呆然として宙を仰いでいた。
「起きたの?」
「……うん、ついさっき」
「ティッシュとかタオルとか要る?」
「あー…うん、そこ置いといて」
けだるいのだろう。今は動きたくないという気持ちがわかる。
「落ち着いたら早めにやった方がいい、心地悪いだろうし」
「…仁ってさぁ……」
「………何?」
「…やっぱいいや、なんでもない」
言おうとして中断されると余計に気になったが、そうか、と軽く流すことにしておいた。

しばらく経って、まあ明言するのも面倒な色々な雑用ごとを終えてから
マックスがベッド上でくつろぐ自身に体重を掛けてきた。
ちょっかいをかけにきているのか、甘えているのか。真相は彼しかわからない。
「重い。狭くなるからそっちの椅子行ってくれない?」
「やだ、めんどい。動くのだるい。もうちょいつめてよ」
「………」
自業自得、だが連帯責任でもあるので従う。
「……これでいい?」
「はいどーもー。
 …けど意外だったなー。あれだけ性欲無いとか言ってた仁がヤッてくれるなんて」
「ちょっと外出てくる」
「行かせないし」
阻止され再び腰を下ろす。下ネタは苦手なのにこれこそ自業自得というもの。
「黒歴史。魔が差した。若気の至り。一時の気の迷い。未熟さ故のあやまち」
「そこまで言う?
 でもさ、好きかどうかは言わないくせに」
「………」
「順序逆じゃない?」
正論すぎて何も言えない。
ついでにコイツは己の気持ちを確信している。
「ねー仁、それってどうなの?」
「………うるさい」
「なーにー?きこえなーい」
本気で向き合えないこちらの心境など露知らず、顔を覗き込もうとする相手が心底憎たらしい。
「…結局は変わるきっかけが欲しかったのかもしれない」
ネガティブ方向へ自己完結してしまう悪癖、思い込みの類。
だからといって、己が最も嫌悪する
性的行為という手段を用いたのは我ながら飛躍しすぎとは思うが。
それが祟って、今では別方面の嫌悪やら羞恥やらが入り混じって
混沌とした感情を抱くようになってしまった。