649 :
酒池肉林:
*
部屋に入ったみさ兄は、先ずはあやのの表情を観察した。
「ん?どうしたの?」
その視線に気付いたのか、
あやのは首を横に傾げながらくりくりとした特徴的な瞳で見返してくる。
「いや、どんな結論が出たのか、早く聞きたいだけさ」
みさ兄はそう言い放ったが、実の所はあやのの表情から結論を読み取ろうとしたに過ぎない。
(特に不満な様には見えない。寧ろ、満足すら称えられている。
って事は、柊さんが要求を引っ込めたか、
或いは柊さんは俺とやりつつもあやのに不公平感を抱かせない提案をしてみせた、
のどちらかって事かな)
みさ兄は冷静に分析していた。
あやのとかがみを間違えて卑猥な行為に及んだ直後よりも、
幾分か心は落ち着いていた。
少なくともあの時以上に状況が悪化する事は無い、
そう思えるからこそ出てくる余裕であろうか。
「それは直ぐに説明するよ。でも、説明するのは私じゃなくって、柊ちゃんよ。
柊ちゃんの発案だから、柊ちゃんの口から説明する方が正確を期す事ができるから」
みさ兄はかがみに視線を流した。
かがみは自信満々の笑みでその視線に応じながら、口を開く。
「結論から言えば、貴方には後一発だけ、頑張ってもらう事になったわ。
でも普通のプレイじゃない。今日は後一発が限界なんでしょ?
だからちょっと趣向を凝らしてみたいの」
その結論を聞いても、みさ兄はさして落胆しなかった。
(へぇ、目は薄いと思っていたが、そっちが出たか。
って事は、あやのを説き伏せたのか。どういう論を展開したのか気になるな。
まぁ、いいや。どうせ後一発、それで今日は解放される。
気楽なもんさ。まぁ、想定していた最悪の事態ではあるけれども、
その最悪でさえこの程度だもんな)
後一回で終わる、そう思い気を奮い立たせる。
「んで、その趣向ってのは何?」
「簡単よ、まずはこの椅子に座って?」
みさ兄の部屋に備え付けられている椅子を指差しながら、かがみが告げた。
「ああ」
みさ兄は言われたとおりに、その椅子に腰をかける。
「それと、縄か紐か無いかしら?」
「みさお、取ってきてやってくれ」
みさおは口を一切開かずに部屋から出て行った。
(ふーん、縛りプレイって事か。まぁ予想の範疇だな。
いや寧ろ、尿道プレイだのアナルプレイだのかました事考えれば、
ノーマルに近いプレイだ)
みさ兄は胸を撫で下ろした。趣向を凝らす、そうかがみが口走った時、
不安に駆られたのは確かだ。
だが、不安の中で想定していた方法のうち、緊縛はかなり易しい部類に属する。
それが彼に安堵の念を植えつけていた。
程無くしてみさおが戻ってきた。
手には荒縄と、無骨な鋏が握られている。
「柊、ほら。縄と切る用の鋏」
「ありがと。きつすぎたらごめんね」
かがみはそうみさ兄に告げると、器用な手つきで彼の手足を椅子に縛りつけた。
「縛りプレイ、ってヤツか」
「そういう事。分かってるじゃない」
続いてかがみは、みさ兄のズボンのチャックを外し、
下着から彼の性器を取り出した。
650 :
酒池肉林:2009/12/11(金) 21:09:49 ID:3+1Bnymq
「じゃあ、最後の一発のご奉仕、お願いね。
憶えてるわね、私と峰岸との間の議論の前に口走った言葉。
その決定に、皆拘束されるって事を」
「ああ、憶えてるよ」
確かにそう言っていた。記憶のままに、みさ兄は口を動かす。
「日下部は?」
かがみは次いでみさおに問いかけていた。
「憶えてるよ」
みさおもみさ兄と同じ言葉で、問いかけに応じていた。
「そう、じゃあ。早速始めましょうか」
「いいなぁー。最後の一回受けられるなんて。羨ましいよ」
心底羨ましそうな声で言葉を紡ぎながら、あやのはみさ兄の後ろに回りこんで椅子を押さえた。
(転倒防止、ね。確かに激しく動かれると危ないからな。
抑える役は重要だよな。でも、よくあやのはそんな役回りまで引き受けたな)
みさ兄は益々、かがみの展開した論に興味を持った。
そういった事に興味を抱ける程にまで、
彼は状況を楽観視してしまっていた。
だが、次のかがみの台詞に、そんなみさ兄の呑気な気分は吹き飛ばされた。
「ほんと、羨ましいわよね」
(ん?)
──違和感。
それが
「でもいいじゃない、峰岸。私達はたっぷりとヤったんだしさ」
決定的になった。
「えっ?」
思わずみさ兄の口から素っ頓狂な声が漏れ出る。
(ちょっと待て。柊さんが俺とヤるんじゃないのか?
その口振りじゃ、柊さんじゃない。あやのでもない。
じゃあ、誰だ?)
答えは出ている。一人しか居ない。
だが、それは受け入れる事など到底できない現実だ。
「じゃ、日下部。アンタの番よ」
「…えっ?」
「嘘だっ」
みさおの訝しげな返答と、みさ兄の咆哮が重なった。
「何呆けてんのよ。日下部が彼とセックスする番、そう言ったのよ。
ああ、避妊具が欲しいのか。安心して?まだゴムはあるから。
全く、こんなに備蓄してるなんて、ホント峰岸と彼は仲良かったのね」
「柊ちゃん、まだ詳細な説明を彼もみさちゃんも聞いてないわ。
それ説明してあげないと」
「ああ、そういえばそうだったわね。私か峰岸か、どちらかがその最後の一発を受けたら、
不公平になるでしょ?それは最初の約束である、貴方は私たちを平等に愛する、
ってのに反しちゃうわ。そこで私、考えたの」
かがみは一旦言葉を切ると、交互にみさおとみさ兄の顔を一瞥してから話を続けた。
「そもそも現状が平等と言えるのか、ってね。
ほら、考えてみなさいよ。一人だけ、交わってない人が居るじゃない。
それこそが、皆仲良くして欲しいという要求を突きつけた日下部その人よ」
みさ兄は息を呑んだ。確かに、この三人での性交を提案したのはみさおが発端だ。
だが、だからと云ってみさおまで巻き込む必然性が見当たらない。
「だからね、最後の一発は日下部が受ける事によって、
それで初めて不公平が無くなるの。日下部は皆と仲良くしたいんでしょ?
なら、私達三人だけで仲良くするんじゃ足りない、一人足りない、当事者が足りない、
それを求めた人が抜けてるから」
かがみもあやのに倣って椅子を抑えると、みさおに鋭い視線を向けながら迫った。
651 :
酒池肉林:2009/12/11(金) 21:10:46 ID:3+1Bnymq
「だからね、日下部。これはアンタが望んだ事なの。
皆と仲良くしたいって言ったのはアンタ。なのに私と峰岸だけやらせて、
自分だけ高見の見物なんて許されると思う?
それにアンタも、貴方も、約束した筈よ。
私と峰岸の下した決定に拘束されるって」
常軌を逸する展開に呆けていたみさ兄だったが、事此処に至って、漸く口を挟む。
「一寸待てよ。仲違いしたのは柊さんとあやのだろ?
だからみさおを巻き込む必要なんて無いじゃないか。
それに、考えてみろよ。てゆーか知ってるだろ?
俺とみさおが、兄と妹だって事」
「どうして私達が仲違いを止めて仲直りしたのか、
その発端は日下部がそれを望んだからよ。
なのに日下部だけ弾いて私達だけ関係進めていくんじゃ、
日下部の望んだ方向へと向かわない可能性が色濃く残る。
だから、日下部も私達と同じ立ち位置に付く必要があるの。
巻き込むというよりは、日下部の要求に私達三人が巻き込まれている感じよね」
みさおに責任がある、そう言いたげな口振りだった。
これでは、みさおも拒み辛いだろう。
「でも…柊…」
躊躇う口振りを見れば、かがみの要求を拒みたいという思いが伝わってはくる。
だが、その態度は弱々しかった。
そんなみさおに、あやのが追い討ちをかけた。
「みさちゃん、私も柊ちゃんや彼だけじゃなく、みさちゃんとも今まで以上に仲良くなりたいな。
一緒に気持ちいい事して、四人で仲良くなろ?
それにね、みさちゃん、彼と仲悪くなっちゃったでしょ?
私はみさちゃんにもお兄さんと仲直りして欲しいな。
恋人の彼と、友達のみさちゃん。この二人の関係がギスギスしてるなんて、
私が板挟みになっちゃうよ」
みさ兄は愕然とした思いで、あやのの言葉を聞いていた。
(あやのまで…どうして…。どうしてあやのまで、こんな異常な提案を容認してやがるんだ?
こんな提案、どうしてあやのは呑んだんだ?
しかも…僅か3分で…)
その疑問が脳裏を揺さぶっている最中、一つの可能性が閃いた。
その可能性もまた、倫理に反した内容ではある。
だがその閃き通りであれば、みさ兄とみさおの性交に対して、
かがみとあやのにとっての意味が与えられる。
かがみの要求が必然性を持ち、あやのの認容にも必然性が付与される。
(そんな事があって堪るかよ…)
652 :
酒池肉林:
反発する思いに駆られながらも、みさ兄の脳は凄まじい勢いで回転し、物語を紡いでゆく。
一旦芽生えてしまった疑念は止まらない。本人の意向など無視し、勝手に成長していく。
成長した猜疑は、この部屋で交わされたであろう議論の内容を、
彼の脳裏で二人の声を以って再生させた。
『ねぇ、峰岸。このままじゃ彼、私達二人とも捨てる可能性があるわ』
『えっ?』
『彼がさっきの三人でのプレイの提案を呑んだのは、多分日下部を慮っての事。
日下部に仲直りするよう言われたから、呑んだに過ぎない。
それで私達は日下部の望み通りに仲直りしたじゃない?
でもね、私達の仲違いの原因は、彼を巡ってのものだった。
そして私達が仲直りした今や、彼は私達二人を同時に切る事ができる。
だって、仲違いの原因が消滅するからね』
『そんなぁ、困るよ』
『大丈夫、よ。逃げられないようにすればいい。日下部をこの関係に巻き込んでしまえば、
もう彼は逃げられない。つまり、ね。最後の一発、それを日下部に受けさせるのよ。
妹と関係を持ってしまえば、もう彼は逃げられない。その縁は切れないから。
そしてまた、私達に決定的な弱みを見せる事にもなるわ。近親相姦をした、というね』
『でも…』
『何逡巡してんのよ。峰岸は気付かなかった?彼、私達とヤってる時、
倦怠に満ちた顔をしていたわ。嫌々ながら付き合ってる、そんな感じだった。
だから今日追い込んでおかないと、切られて終わるわ』
『セックスに夢中で、気付かなかったよ…。でも確かに、
その方法に依れば彼を拘束し続ける事ができるね。でも…いいのかな』
『躊躇ってる時間は無いわ。リミットは近い。すぐに決断しないと、
その扉が開いてこの策を使う事はできなくなる。彼を留める手段を行使する機会を、
永遠に失うの。いいの?彼に逃げられても、峰岸はいいの?』
『よくないっ。んー、よくよく考えてみると、みさちゃんと仲良くし始めたのも、
彼に接近する機会を確保する為だったしね。今も尚仲良くしてるのも、
彼の歓心を買う為よ。それに…私今までみさちゃんのお世話沢山々々見てきた。
だから、そろそろ恩返ししてもらってもいいよね。
でも、どうやるの?』
『それは私に任せて。峰岸は、私を援護してくれればいいわ。
まずは彼の身体の自由を奪うから。その後、日下部に畳み掛ける』
『分かったよ』
『あっ、そろそろタイムリミットね。あの扉、開けるわよ。
そしてこの部屋に彼を招き入れて、この関係に彼を閉じ込めるわよ』
「嘘だっ」
みさ兄はその想像に耐え切れず、絶叫していた。
それは勿論、彼の妄想に過ぎない。
だが、単なる絵空事とは思えない程に現実味のある空想だった。