鼻をつく生臭さにロイドは眉をひそめた。腹の底でぐるぐると渦巻くどす黒い何かが這い上がって来そうになる。
激情に任せてクロエを抱いてしまった。仕掛けてきたのは向こうとはいえ、騙し討ちのような卑怯な方法で半ば強姦のように。
しかも、自分以外には寄る辺の無い少女の弱みにつけ込んだのだ。
「最低だろうが……」
ロイドは低く唸る。自分がそこまで腐っているとは知らなかった。聖職者の身でありながら、女人に劣情を催し、あまつさえ行動に移してしまった。
女性経験があるとはいっても、商売女しか相手にしたことはない(それすら御法度ではあるのだが)。後腐れの無い乾いた関係。朝起きればベッドはもぬけのからである。その時のことは夢のようなもので、罪悪感を感じることなど微塵も無かった。
だが、今朝は違う。目を覚ませば乱れた僧衣を纏ったクロエが控え目な寝息をたてている。鼻につく臭いも手に残る肌の感触も何もかも生々しい。
ロイドは涙の跡の残るクロエの頬をするりと撫でる。黒い僧衣に点々と落ちる白い染みと、細い足にこびりついた体液の名残が清々しい朝の光のもとに痛々しく照らし出された。
「ロイドさんがいないと生きていけない、か……」
嬉々として言わせた筈の台詞も、今繰り返してみるとひどく陳腐で下らない。
興奮に飲まれて欲望が剥き出しになった自分が恥ずかしい。人間の本能を前にして、神への誓いなど紙のようなものだ。
腫れた目瞼にそっと触れると、クロエは僅かに身じろいだ。ん、と小さな声をあげて、涙でぱりぱりになった黒い睫毛が持ち上がる。
ロイドはどうしたらいいか分からず、黙ってそれを見ていた。何と声をかけたらいいのか分からない。だが、慌てていなくなるのもおかしいような気がした。
緑色の瞳がゆるりと周囲を見渡す。はたとロイドを見止め、クロエはくっと喉をひきつらせた。
その目に浮かぶのは、明確な怯え。色を失った唇が噛み締められる。
それはそうだろう。あくまで優しく穏やかな男を装っていた。それが、急に獣のように自身に牙をむいたのだ。怖がるなという方が酷だ。
――自業自得だ
苦々しく自嘲するとクロエは一層怯えたように僧衣を握り締める。ロイドはそれを見て悲しく表情を歪めた。
「人が来るまでまだ時間があるから、水を浴びて着替えなさい」
ばさりと上着を羽織る。クロエは吐息のように返事をするとふらふらと部屋を去ろうとする。貸そうとした手をロイドは引っ込めた。
教会の空気は静謐で、一切の生臭さを感じられない。いつもはいとわしい冷たい石のような空気が、今は心地よかった。
ロイドは聖典に目を落としたが、読みなれた筈の活字を眺めるばかりで何一つ頭には入ってこない。
「おはようございます、神父様」
仕立て屋の針子達が開かれた扉をくぐって入ってくる。ロイドはいつものように穏やかな表情を顔に貼り付けた。
「おはようございます」
ぽつり、ぽつりと人々は祈りを捧げに教会を訪れる。そして用が済めば皆帰ってしまう。ロイドは強く孤独を感じた。自分には相談の出来る友人もいないのだ。
ロイドは視線だけで、かのアシュレイ卿の姿を探す。話を聞いてくれそうな人間ならば、誰でもいい。たとえそれが悪魔だろうと構わなかった。しかし教会の中にアシュレイ卿の姿はない。
ずぶずぶと沈み込むような暗澹とした気持ちになり、ロイドはぼんやりと外を眺める。シンシアの夫、靴屋の主人がクロエと何か話しているのが見えて、どろりと胃のあたりが痛んだ。靴屋の主人は四十を少し過ぎた、色の白い痩せた男だ。
――真面目なだけが取り柄の、退屈な男
シンシアはそうこぼしていた。ロイドはその人の良い笑みを浮かべた面長の顔を睨み付けた。硝子越しにでも、殺気じみたものを孕む視線に気付いたのか、男はロイドに向けて軽く会釈をする。それにつられるように、窓硝子に背を向けていたクロエが振り返った。
自分はそんなに酷い顔をしていたのだろうか。クロエはロイドの顔を見て身をすくめると、男と二、三、言葉を交わして早足に去っていく。窓枠の中からいなくなったクロエは、ややすると教会の扉をくぐって再びロイドを怯えた目で見上げた。
「あ、あの……」
「何を話していたの?」
おずおずと紡がれた言葉を遮るとクロエはびくりと肩を震わせる。ロイドはそれを苛々とした気持ちで見ていた。あの男と話していたときは、どんな顔をしていたのだろうか。
「私に言えないようなこと?」
潤んだ瞳がロイドを映す。
「ち、違います。……今日はいい天気ですね、とか、そういうことを……」
語尾は徐々に力無く消えていく。今にも泣き出しそうな顔を見下ろして、ロイドは溜め息をついた。
「そう。もういいよ。裏から水を汲んできておいて」
逃げるようにいなくなるクロエの後ろ姿を見送って、ロイドは冷たい石の壁にもたれ掛かった。誰もいない教会の広いホールは、自分の心音が反響しそうなほど静かだ。
ロイドはずるずると石の床に座り込む。手のひらで目のあたりを覆い隠し、天井を仰いだ。
「子供じゃあるまいに……」
なにもかも思い通りにいかないやるせなさをクロエにぶつけてしまい、より自己嫌悪に襲われる。目の奥がじんと熱くなり、ロイドは指で目頭を押さえたが、瞳からは何も零れ落ちてこなかった。
******
地面から生えるポンプに手をかけ体重を乗せると、澄んだ水が勢いよく噴き出す。懸命に水を汲み上げながら、クロエは暗い気持ちで水飛沫を眺めていた。僧衣の裾にぽつぽつと濃い染みが出来ている。
ロイドに触れられて嬉しかったのは本当だ。肌を重ねてこの上なく幸せだったのも嘘ではない。
だが、そこに一切の打算がなかったと言えるだろうか。温かい食事と柔らかな寝床、おおよそ今までの人生で手に入れられなかったものが転がり込んできて、浮かれていたのではないか。それらを手放したくない一心で、ロイドに体を売ったも同然ではないのか。
ロイドがいなければ生きていけないというのも、半分は本当で半分は嘘だ。ロイドがいなければ今のような生活は望めないが、野良犬のように生きる方法をクロエは知っていた。
クロエは大陸の東の出身である。長い内乱のため国は荒れており、あまり治安が良いとは言えない。そのまたさらに荒廃した貧民街の外れで、クロエは産まれた。
物心ついた頃には同じ年頃の子供達と、暴力と退廃の臭いのする街を生きていた。まともな人間ならば大人の男も近寄らないような場所だ。そんな場所でも生きるために、クロエは必死だった。
道行く大人の財布をすったことも、行き倒れた人間の懐をあさったこともある。端金欲しさに娼婦のような真似をしたこともあった。何かを得るために足を開くことに、あまり抵抗はないのかもしれない。
無理矢理犯されることもあったが、息をひそめて大人しくしていれば過ぎ去る嵐のようなものだ。下手に逆らって痛めつけられ殺されるよりずっとましである。
そんなつもりで、ロイドの求めに応じたのかもしれない。
「最低だ……」
水面に映る自分の顔がぐにゃりと歪む。喜びも幸せも、全て悲しみが上塗りしてしまった。
ロイドのことは好きだ。優しくて、たまに意地悪で、そして寂しそうな人だ。温かい大きな手で頭を撫でられるのも、時折からかわれるのも好きだ。
「心がけ……」
心がけ次第で傍に置いてやると言ったロイドの冷たい声を思い出してクロエは身震いした。
全部見透かされていたのだろうか。自分自身でさえ気付かなかった浅ましい打算を。
ロイドは自分に何を求めているのだろう。それを満たせなかったら、自分は捨てられてしまうのだろうか。
ロイドの善意で取り交わした教会に置いてもらう約束は、クロエの打算のせいで契約に変わってしまったのだ。ロイドには対価を支払わねばならない。ロイドの気に障ることをしないようにせねばならない。
苛立たしげなロイドの視線が怖かった。自分など、簡単に放り出されてしまう気がした。
しゃがみ込んだクロエは膝を抱える。クロエ、と名前を呼ばれて首だけで振り向くと、教会に遊びに来た子供達がにこにこと笑っていた。
「クロエ、またクッキー作った?」
「約束したでしょ!」
子供達は口々に言いながらクロエを囲む。
「ごめん。今日は作れなかったの。また今度ね」
クロエがそう答えると子供達は押し黙った。
「クロエ……悲しいの?」
亜麻色の髪の少女――エマがクロエの顔を覗き込んだ。他の子供達も神妙な顔をしてクロエを見つめる。
「ううん、そんなことないよ」
クロエが笑ってみせるとエマは悲しそうな顔をした。
「でも、どうして泣きそうなの?」
クロエは自分の頬に触れる。そんなに悲しそうな顔をしているのだろうか。
黙り込んだクロエと悲しそうなエマの間に割り込むように、赤毛をなびかせてティミーが飛び込んできた。
「クロエは抜けてるから、失敗して神父様に怒られたんだろ!」
クロエはひゅ、と息を飲む。エマは頬を膨らませた。
「神父様はそんなすぐに怒らないもん!」
「し、しらねーよ、そんなん!」
ティミーはしゃがんだままのクロエの膝を軽く蹴っ飛ばした。
「俺が大きくなったらクロエをお嫁さんにしてやるから、俺のお嫁さんは泣いちゃ駄目なんだ!」
「シスターは結婚できないんだよ、そんなことも知らないの?」
うるせえ、とエマを睨み付けるティミーを見て、クロエは小さく笑った。
「大丈夫。本当はね、水を運んでたら転んじゃったの」
「クロエはバカだなぁ!」
自分に信頼の視線を寄せる子供達の期待を裏切りたくない、と思ったのだ。
同時に、ロイドの寂しさの理由が、少しだけ分かったような気がした。
投下終了
>>647から何故か処女非処女がどうのって流れになってるけれど
別に誰も非処女だから読まないだなんて言ってなくね
そうカリカリすんなよ。ただ658が非処女萌だってそれだけだろ
別に処女好きは消えろと言ってるわけでもなし
>>663 GJ! 二人とも相談相手がいないから大変だな。捻じれて拗れてしまうがいいさ。
そしてエロスな翌日とかに小さな子供と話してる女というシチュがなんかちょっと好き。
背徳的なエロスの後だと特にいいね。
紳士の登場に期待しつつも、相談相手のいない二人の暗中模索も楽しみだったり。
GJ!
処女とか非処女とか強調して書くから気になってくるんだよ。
普通に書いてれば問題ないよ、頑張って。
669 :
名無しさん@ピンキー:2009/10/22(木) 20:43:06 ID:3xHVobc4
期待あげ
投下開始
ぎし、と控えめにベッドが軋む。クロエの陶器のように白い頬に触れると、クロエは黒い睫毛を震わせ緑色の瞳を伏せた。
ロイドは頬に影をおとす睫毛と、瞼に透ける青い静脈を見下ろす。
ぷつ、ぷつ、と僧衣のボタンを外していく。繊細なビスクドールでも扱うような手つきで、優しく。ほう、とクロエは小さな息を吐いた。
息を吐き出した唇に、ロイドは自身の唇を寄せる。ちゅ、と小さく音がする。唇に柔らかな感触。乾いた唇が、僅かにしとりと湿った。
優しいのはそこまでで、ロイドはクロエを乱暴に押し倒す。ベッドに押し付けられて、クロエは苦しげに声を漏らした。
歪められた表情にロイドの胸は高鳴る。猛る欲情がどくどくと脈打った。同時に、胸の奥でどこかがちくりと痛んだ。
「……んっ、んっ、ふ」
舌で口内を蹂躙され、クロエは身を固くする。ロイドはクロエの薄い胸の頂で、ぷくりと存在を主張する乳首を戯れに指先で弾いた。
「きゃう!」
犬のような声をあげて、クロエはびくりと肩を跳ねさせる。ロイドは手のひらでクロエの乳房を包むようにして、手のひらが大分あまる胸を揉みしだいた。
肉の感触より肋骨の感触が勝るような貧弱な体を撫で回す。薄い乳房はロイドの手の中で形を変える。赤く手の痕が残りそうなほどに強く揉むと、クロエは押し殺したように呻いた。
「痛いの?」
痛いようにしているのだ。クロエは首を左右に振った。それが、痛くないという意味なのか、もう止めて欲しいという意味なのか、ロイドには分からない。
「脚を開きなさい」
命じるとクロエは素直に脚を開いた。
――つまらない
クロエは一切の口答えをしない。何一つロイドに逆らおうとしない。ただ淡々と言うことを聞く。怯えたような目でロイドを窺いながら。
ロイドはアシュレイ郷の言葉を思い出した。
――欲しかったのは可愛い人形?
いいや、違う。そんなわけがない。その証として自分は何一つ満たされていない。これならば頭を撫でてやるだけだったこの間までの方がずっと幸せだった。
ロイドはクロエの瞳を見る。上等のエメラルドのように煌めいていた瞳が、どろりと白濁しているような気がした。
クロエをこんな目にしたのは、誰でもない自分だ。
二度も抱けば罪悪感も薄まるだろうかとクロエを寝室に呼んだのだが、続きをする気にもなれなくて、ロイドはクロエの横に自身の体を横たえた。クロエは不思議そうにロイドを見つめる。奉仕を求められていると思ったのか、おもむろにロイドの上に跨り陰茎に触れた。
そんなクロエをロイドは手の動きで制止する。クロエはいよいよ困ったように視線を泳がせた。
ロイドはクロエの手をひき自分の傍らに寝そべるよう促す。そして、毛布ごと巻き込むようにクロエを掻き抱く。小さな体が潰れそうなほどに強く抱き締めた。
「……ロイドさん?」
腕の中でクロエは身じろぎする。ロイドは逃がすまいとより腕に力を込めた。
「ロイドさん、……苦しい。ロイドさん」
このまま腕の中で殺してしまおうか。どうせもとより身寄りの無い娘だ。突然いなくなったところで、気にかける者など誰もいない。
――ばかばかしい
ふ、と腕の力を緩める。クロエは身じろぎを止めて肩で息をした。けほけほと小さな咳が聞こえる。
そんなことをして何になる。今でも死んでいるのとさして変わりのない娘を殺したところで変わり映えはしない。
クロエはもう二度と自分のために笑ってはくれないのだろうか。ロイドさん、ロイドさん、と邪気無く自分を呼んではくれないのだろうか。
人形のような無表情を見つめる。ビイドロの瞳がロイドを見返した。その何かが抜け落ちたような瞳を見ていられなくて、ロイドは目を背けた。
かわりにクロエの華奢な背中に手を回す。滑らかな背中を撫でると、クロエはふると震える。力任せに抱き寄せると、クロエはロイドの胸の中でひゅうと息を漏らした。
「君は、私がいないと生きていけないんだよ」
クロエの耳元で語りかける。ねえ、そうでしょう。と耳朶に口付けるとクロエはこくりと頷いた。
「はい、ロイドさんがいないと、生きていけないんです」
ロイドはそれに満足したかのように唇を歪めた。何度も口にすれば、嘘も真になる気がする。
「私と一緒に居たいでしょう?」
「……はい。ずっと」
「ちゃんとお願いしてごらん」
「あ……、私をロイドさんとずっと一緒に居させてください」
どくん、と体のどこかが脈打つ。無理矢理興奮しようとしているのか、頭ががんがんと痛む。インク瓶をひっくり返したように脳が濁った青色で滲んでいく。
ロイドは溜め息を一つついて、クロエの脚へ手を伸ばす。弛緩した脚を手で広げ、手探りでそこに陰茎をねじ入れた。クロエの喉がひっとひきつる。
少しも慣らしていない女陰は、ロイドをぎちぎちと締めあげる。ロイドは抵抗の大きさを無視して目茶苦茶に腰を動かした。
「ふっ、ふっ、ひ、ひ、いた、い……!」
声にもならない悲鳴をあげるクロエの眦から涙が零れる。ロイドは目を細めてそれを見下ろした。
羨ましい。涙の流し方など、とうに忘れてしまった。神父になって手に入れたのは、仮初めの尊敬と虚栄の仮面だけだ。
自衛本能なのか、乱暴な扱いに感じているのか、結合部からぐちゅぐちゅといやらしい音がする。それがより苛烈な情交を煽り立てた。
「あ、あふっ、ひゃ、あ、あ」
クロエの声にも艶が混ざる。早くも自分の限界が近いのを感じて、ロイドは腰の動きを早めた。
「あぁっ、いぃ……、ひゃぁぅ……!」
「っは、良いの?中に出したらここに居られなくなるかもよ」
目を見開くクロエに暗い笑みを投げかける。
「神父もシスターも姦淫は御法度なのに、神父の子供を孕んだシスターなんか笑えないよ」
格好だけとはいえ周囲にシスターと認知されているクロエが大きなお腹を抱えている光景を思い描いていやに興奮した。
対照的にクロエは顔を青くして手足をばたつかせる。
「ひっ、や、やだっ、いや……」
「何が?」
「いやだぁっ、外に、外に出して!中にはいやぁっ!」
ロイドは構わずに快感を追う。じゅぽじゅぽと激しい音をたてながら出し入れを続ける。
「……!クロエ出すよ」
「うあ、やだっ!ロイドさん!いやだよ!やめてよっ!」
びゅくびゅくとクロエの体内に精液を吐き出す。体内の違和感にクロエは絶望的な目をした。
がたがたと震えるクロエの様子にロイドは唇を噛む。
――私の子を孕むのはそんなに嫌か
自分で言い出したことなのに、自分勝手にも憤る。いっそ妊娠してしまえばいい、と精液を奥へ送るようにゆっくりと腰を揺らす。
――女の子がいい。クロエによく似た
子供が出来れば、クロエが自分から離れることはないだろう。産まれるまで教会の奥に人目に触れさせず閉じ込めておけばいい。
不意に、射精後特有の虚脱感に襲われる。ロイドはクロエの中から陰茎を引きずり出した。
――虚しいな
いまだにふるえているクロエに背を向けて、ロイドはベッドに身を沈める。すすり泣きと共に体内から精液を掻き出す気配を背中に感じながら、ロイドは何も知らないふりをした。
******
クロエは冷たい石の床に膝をつく。見よう見まねで胸の前に指を組み、頭をたれた。ウィンプルを外した頭の、黒い髪が肩を伝って滑り落ちる。
教会の偶像に見よう見まねの祈りを捧げるのが、クロエの最近の日課になっていた。こうしている時だけは、ロイドの冷たい視線を忘れられた。そして、ロイドの温かい指先を夢見ることができた。
柔らかで優しげな曲線を描く偶像の姿を見上げる。クロエは思う。ロイドの寂しさを。
冷えた膝がじんじんと痺れる。クロエは息を吐いた。
ロイドは、一人なのだ。たくさんの人間に囲まれて、慕われて、それなのに一人なのだ。
その理由が、クロエには少しだけ分かった。きっと、クロエが子供達に自分の格好悪いところを見られたくないのに似ている。ロイドは一人ぼっちだ。
――私がいるのに
クロエは思い、そして小さく首を振る。厄介事のように転がり込んできた痩せっぽちの小娘に、頼ろうとする人間がいるだろうか。
――それでも、
差し伸べられたロイドの温かい手にクロエは救われた。数を集めて自分を紛れ込ませるためだけの殺伐とした集団に生きてきたクロエにとって、差し出された無償の愛はあまりに眩しかった。
だから、クロエはロイドの傍を離れられない。短い間とはいえ、まるで憧れの町娘のように幸せだった自分を忘れられない。
利己的だろうか。利己的なのだ。どこまでも自分勝手で、傲慢で。そのせいで与えられた愛も自ら投げ捨ててしまった。
足りない足りないと子供のように駄々をこねて、ロイドから愛情を搾り取ろうとした。誰よりも愛情を必要としていたのはロイド自身であったのに。
――神様、お願いします。どうかロイドさんが少しでも寂しさから抜け出すことが出来ますように
神様、神様、神様――。クロエは何度も祈る。冷たい床についた膝に痣ができるほど、組んだ指に白く関節が浮く程に。
クロエはのろのろと立ち上がり、軋む体を少し伸ばす。平らな下腹部をするりと撫でて、小さく溜め息をついた。月のものが、遅れている気がする。気がする、というのもクロエは幼年期の貧困のためか元々周期があまりはっきりしていない。
――そうしたら、また一人だ……
本当は、少しだけロイドの子供が欲しいと思った。腹に子が宿れば、自身の身の内に巣くう孤独感も埋まるかもしれない。
クロエは自嘲的に笑む。自分はいつだって自分のことしか考えていない。だから、きっと、誰にも愛されないのだ。
クロエはベンチに座って波打つ分厚い硝子窓を見つめる。
万が一子が出来たら、エインズワースへ行こう。人がたくさん居る場所へ行けばなんとかなるだろう。その気になれば赤子など一人でも産める。クロエは貧民街でそんな娘を何人も見てきた。
――男の子がいいな。ロイドさんに似た格好良い男の子
そして、目一杯の愛情を注いであげたい。自分のように寂しい思いはさせたくない。自分は学がないけれど、子供には勉強をさせてあげたい。そのために自分はたくさんたくさん働いて、そして子供が一人立ちする頃にひっそりと死にたい。
本音を言えば、ずっとロイドと一緒に居たい。だが、今以上にロイドに迷惑はかけられない。
――ロイドさんと私と子供と一緒に居るのは駄目なんだ。出来ないんだ
クロエの夢想の中のロイドは以前のように優しく微笑んでいて、クロエは無性に悲しくなった。
つん、と目の奥が痛む。クロエはぐしぐしと目をこすった。クロエが泣くと、ロイドは嫌そうな顔をするのだ。
背後で扉が開く音がする。今の時間に教会を訪れる人はいないから、それはロイド以外に考えられない。予想通り聞き知った声がクロエの名を呼んだ。
「……ロイドさん」
今気付いたふりをして、クロエは振り返る。
憔悴したような顔でロイドはクロエの隣に腰掛けた。ロイドの手が、クロエの膝を撫でる。そのまま僧衣をたくしあげられそうになって、クロエはその手を振り払った。
ロイドが呆然としたようにクロエを見つめる。クロエもロイドに逆らうという初めての体験に戸惑っていた。
クロエは偶像を見上げる。穏やかな顔のそれに見られているとあっては、そういう行為をする気になれない。それに、もしも腹に子が宿っていたら、あまり負担をかけたくなかった。
「あ、の……私……」
ロイドはクロエの言葉を無視して立ち上がる。
ロイドさん、と呼び掛ける悲痛な声をロイドは低く遮る。
「君はどこでも行きたいところへ行けばいい」
クロエは息を止めた。ぐにゃりと景色が歪む。
――ああ、自分は必要とされていない
もうなんだか、何もかも滑稽にかんじられた.
投下終了
ロイドがゲス野郎にしか思えなくなってきたw
しかし歪んで捻れたような関係なのに依存しあうってたまりませんなぁ
GJ
読んでてもどかしい位噛み合わずに空回りだな
GJ!
さてそろそろ次スレの時期かな
じゃあ、投下するのは次のスレまでまった方がいいみたいだね。
半年ROMってからにしようぜ
いやいや、あと3回は最低でも投下に耐えれるでしょ!?
いや、新しいスレがどうとか言ってるからもう無理なのかなぁって思ってさ。
まぁ、それだけ。
3レス〜5レス程度の投下なら大丈夫だろ。ものは試しに投下してみるといいさ
私待ちます
私も待ちます。
わたし、ま〜つわ、いつまでも、ま〜つわ
20レスぐらい使ってしまうけど大丈夫かな…?
ばっちこい
足りなくなったら新しく立てればいいさ
中身スカスカなら20レスでも容量は問題ないんじゃね?つか容量くらい自分で調べられるだろ
んなことよかダメ神父とRPGまだ?
投下します
昔からそうだった……誰かに頼りっぱなしで自分の意思を貫けない性格。
子供の時から常に自分のすることを春香に決めてもらっていた。
春香もそれが楽しくて幸せだと言っていたが、与えてもらっただけで俺は春香に何も返せていなかったんじゃないだろうか…?
俺がちゃんと春香の彼氏として役に立っていたのかなんて、今ではもう春香に聞くことすらできないが、成長できない俺を昔のように目の前に来て怒ってほしい――。
そう願うのは罪になるのだろうか?
最近は鈴村や美幸ちゃんが友達になって楽しい時間を過ごさせてもらっている。
その数少ない友達の美幸ちゃんを裏切ってしまった…。
助けを求めていたのに、差し出された美幸ちゃんの手を握る事ができなかった…。
自分の罪もロクに背負えないのに他人の人生に触れるなんて、できる訳がない。
そう決めつけて美幸ちゃんから逃げた。
春香のように他人の人生を自分の人生のように想える心が俺にもあれば…。
そう考えると後悔の波が津波となって押し寄せてきた。
後悔――春香の「死」で学んだはずなのに…。
やはり俺はあの日から何一つ変わっていない。
そう…三年前のあの日から――。
―――――
――――
―――
――
―
「そう…そんなことが…」
「あぁ…」
今俺は自宅のリビングで鈴村に美幸ちゃんの家でおきた事実をすべて話していた。
人に言ってもいいことなのか迷ったが、自分ではどうすればいいか分からず、鈴村なら信用できると思ったので相談することにした。
「…それであんなに泣いてたんだ?」
「ぐッ……うるせーよバカ…」
鈴村は真剣な表情で話しているがバカにされてる気がしてならない。
美幸ちゃん宅から帰ってきた俺は恥ずかしい事に高校三年生にもなって同級生にしがみついて大泣きしてしまった…。
それを笑いもせず真剣に俺の背中をさすってくれたのは鈴村が優しい性格だからだろう。
「夕凪くんが悪い訳じゃないよ、そんなこといきなり話されたら僕だって混乱するって。」
「そっか?でも…美幸ちゃんは……」
多分俺の事を軽蔑しただろう…おじさんに帰っても大丈夫だと言われたがあそこは美幸ちゃんの話を聞いてあげるべきだった…。
「美幸ちゃんか……まぁ、少しの間はギクシャクするかもしれないけど…でも、大丈夫だよ!美幸ちゃんが夕凪くんの事を嫌うわけないだろ?友達なんだから。」
「友達だから許せないことだってあるだろ…」
「友達だから許せることだってあるでしょ?」
「…」
ああ言えばこう言う…と言いかけたがそれは俺のほうかもしれない…鈴村の言うように友達同士の些細な喧嘩をしたならゴメンですむ話しだろう…。
だけど美幸ちゃんのあの叫び声を直接聞いたのだ……美幸ちゃんに謝ってすむ話ではない事ぐらい安易に想像がつく。
「大丈夫だって、明日美幸ちゃんと話そうよ。
美幸ちゃんもわかってくれるはずだから。」
前のソファーから立ち上がり、テーブルを回り込んで俺の隣に腰を掛けると、俺の頭を両手で抱え込もうとした。
「な、なんだよ…?」
鈴村の意味の分からない行動に、鈴村の手が俺の首に回る寸前で避けて後ずさる。
「えっ?…あの…ハグしてあげようかと…」
「ハグ!?な、なんでそんなことされなきゃならないんだよ!」
「いや、落ち込んでたし…それにさっきしてたじゃん。」
鈴村が不思議そうに俺の顔を覗き込む。
冗談ではなく本気で抱き締めようとしていたらしい。
鈴村が言う「さっき」と言うのは泣きながら鈴村にしがみついた時のことだろう…。あの時は恥ずかしさとか男同士だとか気にする余裕が無かったのだ。
単純に慰めてくれようとしてる鈴村には悪いが素面で男に抱き締められるなんて絶対にイヤだ…。
「い、いや、もう大丈夫だよ…それより風呂に入るわ。」
いろんな意味で疲れたから早く風呂に入って寝たい…。
「そう……わかった。それじゃ、お風呂入ろっか。」
なぜか残念そうにうなずく鈴村に少し危機感を覚えたが、あまり深く考えず風呂場へと向かうためにリビングを後にした――。
「……なぁ?」
「んっ?なぁに?」
俺の問いかけに鈴村が大きな目をぱちくりさせ、不思議そうに顔を傾げる。
「おまえが先に風呂入るのか…?」
俺は確かに鈴村に風呂に入ると発言したはずだ…なのになぜ鈴村は俺と同じように脱衣場にいるのだろうか…。
「えっ?一緒にお風呂入るんじゃないの?」
「……………は?」
今こいつなんて――
一緒に風呂に入る…?聞き間違いか…?
いや…鈴村はすでに上の服を脱いでいるので聞き間違いではないだろう…。
……だとすると冗談か。
「は、はは…ハハハ、おも、面白いな、鈴村!おま、おまえでも冗談言うんだなぁ〜いやぁ〜ビッ、ビックリしたぁわ!」
鈴村の発言に思考が停止しているせいで、喉のどの部分から出たのか分からないような声が出てしまった。
「え………友達の家に泊まったことないから分からないけど、友達の家に泊まったら一緒にお風呂入るもんじゃない…の…?」
戸惑った表情で問いかけてくるが、鈴村以上に戸惑っている俺がいる。
確かに友達と一緒に風呂に入るぐらい普通のことだろう…。
別に男同士見られて困るような物はついていない。
だが、何か抵抗がある…別に野郎の裸なんて見ても問題ないのだが――
「いや、入るヤツもいると思うけど…まぁ、一人で入れ。先に入ってもいいぞ?」
「う、うん。」
そう言うと脱衣場に鈴村を残してリビングに戻った。
「……はぁ」
リビングにあるイスに雑に腰を掛ける。
それと同時に大きくため息を吐いた。
なんだろう…たまに一回り小さい人畜無害な鈴村に警戒心を抱く時がある。
別に一緒に居てて嫌な気分にはならないのだが、たまに鈴村が女に見える時がある…。
行動なり、仕草なり、そこらへんにいる女より女らしいかも知れない。
だから鈴村に接する時、些細なことだが体に触れるのを躊躇するのかもしれない…。
「……気持ち悪いな俺…」
なに考えてるんだ…。相手は同級生の男だぞ?
こんなこと考えるから警戒心を持ってしまってるだけじゃないのか…?
本当は鈴村に警戒をしてるんじゃなくて俺が危ないのか?
「……なんかイライラしてきた。」
美幸ちゃんの事で悩んでる今、たかが同級生の事で悩んでる自分にイライラしてきた。
しかも自分だけ…鈴村は普通に接してるのに俺だけがパニックになっている…その事でどうしようもなく腹がたってきた。
「くっ、くっ、くっ……俺だけパニクるなんて許せん…」
確か脱衣場にバスタオルは一枚も無かったはず…。
畳んであるバスタオルを一枚鷲掴みにすると脱衣場へと歩きだす。
「ふふふ…鈴村のパンツを隠してやる…」
鈴村が風呂に入ってる時脱衣場はもぬけの殻、パンツを洗濯機に放り込んでしまえば明日までノーパンだ。
バレてもバスタオルを持って来たと言う口実でなんとか誤魔化そう。
小学校以来のイタズラ心に火がついた俺を止める者は誰もいないのだ。
「…」
脱衣場の扉に耳をつける。音はまったくしない…湯船に浸かっているようだ。
「…」
男の入浴は決して長くはないはず。
早くしないとタイムリミットが来てしまう。
「よし…行くか…」
恐る恐る脱衣場の扉を開けて中へと侵入する…。
――「えっ?なん……夕凪…く…」
「……?」
あれ…なんでコイツまだ脱衣場にいるんだ…?
それに真っ裸だかで…あぁ、風呂に入るんだから裸で当たり前なのか…………あれ?
「う、うあ、うぁあッ…ッ」
見る見るうちに鈴村の顔がゆでダコの如く真っ赤になっていく。
「あうあッぁぁうぁぁッ!!?なッ、なんでぇ!?なんで夕凪くん入ってくるのぉ!!?」
固まっていた鈴村が我に返り、慌てたよう体を手で隠してその場に座りこんでしまった。
泣きそうにキョロキョロと周りを見渡し、身体を隠すような物を一生懸命探している。
「わ、悪いッ!バッ、バスタオルなかったからっ!!こ、これ!」
鈴村の行動を眺めていた俺も、重大なミスを犯した事に気がつき慌てて鈴村にバスタオルを手渡して脱衣場から抜け出した。
「はぁ、はぁ、はぁ、……最悪だ。」
これではただの変態だ……。
鈴村が出てきたらなんとか弁解しなければ。
「ま、まぁ、なんとかなるか…」
考えててもしょうがない…。それに1つ安心したことがある。
「ちゃんとついてたんだな……。」
そう、ハッキリと見てしまった…。
中性的な容姿をしているので少し不安だったのだが、鈴村の一部分を見ることで完全に男だと認識することができた。
これからは鈴村に対して躊躇なく…容赦なく接することができる。
「それにしてもアイツ毛が………んっ?」
テーブルに置いてある携帯が光っている。
誰かからメールが来たみたいだ。
「……親父?」
携帯の画面には小さく一文字で「父」と書かれている。
メールかと思ったが着信のようだ。父から電話なんて珍しい…。
此方から折り返し電話するのもめんどくさいので、メールすることにした。
「これで……よしっと。」
『電話した?』とだけ書いてメールを送る。
父から電話が掛かってくる時は日本に帰って来るか俺の誕生日の時ぐらいだ。
俺の誕生日はもう過ぎているので多分日本に帰ってくるのだろう。
5分もしないうちに父からメールが返ってきた。
『明日家に帰る。』とだけ書かれている。
素っ気ない文だがいつもの事なので気にしない。
素っ気ない文に対してこちらも素っ気ない文で返す。
『わかった。』
メールを送り返すと今度は携帯をテーブルに置かず自分のポケットに放り込んだ。
「ふぅ……鈴村に着替え貸してやらなきゃな…。」
鈴村は家に帰らずそのまま俺の家に来たので着替えを家から持ってきていないのだ。
俺の服では大きいと思うが我慢してもらうしかない。
二階に上がり、私室のタンスからスウェットとTシャツ、を取り出してもう一度一階へと駆け降りる。
自分の下着を持っていこうか悩んだが、新しい下着がないので鈴村には我慢してもらうことにした。
「…」
脱衣場の前にたどり着くと、中からシャワーの音が聞こえてきた。鈴村が風呂に入ってる証拠だ。
もうあんなヘマはしない…もう一度同じことを繰り返すと鈴村の中で俺は確実に変態扱いされてしまうだろう。
軽くノックをして少しだけ扉を開ける。案の定脱衣場には誰もおらず、風呂場の扉には鈴村のシルエットが写っている。
「……鈴村ー?寝間着ここに置いとくからなぁ〜?」
持ってきた服をかごへ放り込むと、鈴村の返答を聞かず脱衣場から離れ、二階の私室へと向かった。
「……風呂入るの明日でいいや…」
部屋に入り、一人ベッドに寝転がると、ポケットから携帯を取り出して無意味に携帯をいじる。
――何もすることが無い……少し前なら当たり前だったのに。
最近は何もすることが無いという状況を異常に感じてしまう自分がいる。
だから今日、鈴村と美幸ちゃんを家に招いたのかも知れない。
恥ずかしい話、人恋しくなるのだ。
皆とよく遊ぶ様になってからより一層その気持ちが強くなったのかも知れない。
「はぁ……どうするかなぁ…」
鈴村と話す事で紛らわせていた気持ちがまた溢れ返ってきた。
脳裏に美幸ちゃんの笑顔と泣き顔が何度も交互に浮かんでは消える…。
鈴村は話せば大丈夫と言っていたが――
「……めんどくさい…」
考えるのを諦めたように目を閉じる…しかし美幸ちゃんの事が頭から離れない。
あの時どうすればよかったんだろう……美幸ちゃんの話を聞いてなんて言うんだ?
所詮他人事…俺がどうこう言える問題では無いと思う。
でもあの時俺が手を差し伸べていたら……。
頭の中でいろいろと考えてるうちに、能が考えることに疲れてしまったのだろう…仰向けのまま泥のように深い眠りについてしまった。
◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇ ◇
「はぁ……どうしよう…」
先程起きた事故を、ぼーっとする頭で整理する。
バスタオルを持ってきた夕凪くんに僕の裸を見られた…多分全部。
その後発狂した僕に一言謝ってバスタオルを渡してすぐに脱衣場から出ていった。
「……なにも可笑しなことないじゃないか…第一男同士なんだ。は、裸の一つや二つ…」
夕凪くんが持ってきたタオルで濡れてる体を水分が無くなるまで拭き取る。
ふと目線を下に向けるとカゴの中にはスウェットとシャツが入っていた。
お風呂に入る前にはなかった。だとすると夕凪くんが持ってきてくれたのだろう。
何も言わず置いていってくれたのは夕凪くんの優しさなのか…ただ僕が聞こえなかっただけなのか。
「どうでもいいけど……大きいなぁ…」
シャツを両手で広げて大きさを確認する。夕凪くんの服なのだろう…僕が着ればブカブカに違いない。
この様子だとズボンも…。
「まぁ…着れたらなんでもいっか。」
案の定ズボンもブカブカだった。
――服を着た後、脱衣場から廊下に出た僕は、夕凪くんにお風呂を出たことを報告する為にリビングへと向かった。
――「……あれ?」
リビング前まで来たのだが、すでにリビングの明かりは消えており、リビングの中からは人の気配は感じとれなかった。
だとすると多分、夕凪くんは自分の部屋に先に戻っているのだろう。
そう予想した僕は、リビングの扉を開けず、夕凪くんの部屋に向かう為に階段を上がることにした。
音がしないようにゆっくりと階段を上がり、夕凪くんの部屋の前に到着すると、礼儀として軽く扉をノックする。
「お〜い、夕凪く〜ん?」
…返事はナシ。
扉の隙間から光が漏れているので中にいるはずなんだけど…。
もう一度。今度は若干強くノックをする。
しかし、部屋の中から返事が返ってくることは無い。
「……夕凪くん、入るよ?」
仕方なく扉を開けて、そ〜っと中を確認する。
「……夕凪くん?」
部屋の中を顔だけ入れて確認すると、ベッドにうつ伏せで倒れ込んでる夕凪くんが視界に入った。
恐る恐るベッドに近づき夕凪くんの顔を覗き込む…。
大きく口を開けて、携帯を握り締めたまま気持ち良さそうに爆睡しているようだ。
「ったく、夕凪くんは…」
夕凪くんの顔を見ていると、呆れて自然とため息が出てしまう…。
友達が遊びに来てるのに先に寝るとは……と少し思ったが、美幸ちゃんの事で精神的に疲れたのだろう。
無理に起こすのは止めておこう。
「…ふぁ〜あッ…………なんか…僕も眠たくなってきたな……」
小さく欠伸をすると、ポケットから出ているストラップを雑に掴み、携帯を取り出し時間を確認する。
11時40分。
もうすぐ日付が変わってしまう…。
こんな遅くまで起きてたのは初めてかも知れない。友達の家にお泊まりという事実にテンションが上がってたからあまり眠気を感じなかったが、夕凪くんが寝た今、いきなり眠気が襲ってきた。
「てゆうか……僕はどこに寝ればいいんだよ…。」
周りを軽く見渡すが僕が寝る布団は何処にも敷かれていない…。
床はフローリング――こんな所で寝たら体が痛くて眠ることなんてできるはずがない。
――「……まぁ…仕方ないよね……うん……仕方ない…」
5分ほど考えた結果、ある行動に移す事にした。
仕方ないと自分に言い聞かせて、なるべく音をださず、電気を消して夕凪くんに近づく。
「おやすみ……夕凪くん。」
◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇ ◇
「ふぅ〜……まだ、夜は寒いわねぇ………」
肌寒い風が薄い服の隙間をすり抜けていく。周りの家の明かりは既に消えており、歩いてる人は愚か、虫の鳴き声すら聞こえない…。
辺り一面には闇が広がり、一歩前へでると一瞬で飲み込まれそうだ。
「なにか羽織るもの持ってこようかな…」
後ろを振り返り自宅を眺める。
勿論他の家同様、我が家も静寂に包まれている。
――皆が寝静まった深夜の一時…私は今、自宅前の道に一人立っていた。
別に誰かを待っている訳では無い……今から隣にあるハルの家へと向かうのだ。
夜遅く、自宅を後にする私を娘達が見たら疑問に思うはず…。
なので娘達が眠りについた後、誰にも気づかれないように家を後にする…1ヶ月ほど前から繰り返しているが娘達は多分気づいていないだろう……無論ハルも。
「…もういいわ…それよりも早くしなきゃ…」
カーディガンを持ってこようか考えたが、一々娘達を起こすような行動に出ることは無い……。
我が家から目を離すとすぐさま踵を返し、ハルの家の玄関へと早々に足を運ばせた――。