「ええっ!? ラクチェ、それホント!? ラナってファバル兄さんとつき合ってたの!?」
「うん。どうも本当みたいよ、パティ。私も聞いた時はビックリしたけど」
「だって、ラナってセリス様一筋じゃなかったの!?」
「私もそう思ってたわよ。わかんないモノよね」
「ユリアがシャナン様とラブラブな関係になったのも驚いたけど、ある意味それ以上に信じらんない……」
ここはペルルーク城の女性用お手洗い。
たまたま出くわしたラクチェとパティが、なぜか洗面所で恋愛話に花を咲かせていた。
昔はシャナンを巡っていがみ合ってた2人。
しかし当のシャナン本人は、記憶喪失の少女ユリアといい関係になっていった。
そしてラクチェとパティにも、それぞれヨハルヴァ、レスターという恋人ができた。
そんな関係の変化の中で2人はすっかり打ち解け、今では親友といっても差支えない間柄になっている。
「まさか兄さんとラナがねぇ……。じゃあラクチェ、セリス様と怪しいのって誰だと思う?」
「私の勘だけど……フィーっぽくない?」
「フィー……。あぁでも、言われてみればそんな気もする!」
「ナンナは最近の様子だと、やっぱりアレス様が本命なんでしょうね」
「うんうん! それでリーンがリーフ様とでしょ?」
「みたいね。最初の関係が入れ替わったって所じゃない?」
「アルテナさんは……ま、しょうがないか。それじゃあさ、ティニーは誰だと思う?」
「ティニー……ティニーか。ちょっと私には想像つかないかな」
「あたしセティ様じゃないかと思ってるんだけど、違うかな?」
「考えられなくもないけど……」
「うーん……」
「あ、ラクチェさんパティさん」
パティとラクチェが顔を見合せ首をひねっている所へ、1人の少女が現れた。
リボンで飾られた独特な髪型に、上はノースリーブ、下はスカート姿。
話の渦中の人物、ティニーその人だった。
「こんにちは」
ティニーは柔らかい微笑を浮かべ、2人に会釈をする。
「あ、ティニーこんにち……」
「あーっ! ティニー、ちょうどいい所に!」
挨拶を返そうとしたラクチェの声は、突如発されたパティの大声にかき消された。
「あのさあのさ! 聞きたいことがあるんだけど、ティニーの好きな人って誰?」
いきなり直球ド真ん中の質問を繰り出すパティ。
「え? 好きな……人?」
あまりにも唐突すぎる展開に虚を突かれたか、ティニーは目を丸くしてその場に固まった。
かと思うと、一瞬にしてその顔が真っ赤に染まる。
「ちょ、ちょっとパティ! いくらなんでもストレート過ぎ……」
「いいじゃんいいじゃん! 別に減るものじゃないんだし!」
たしなめようとするラクチェの言葉をさらりと流すパティ。
「で、どうなの? 誰かいるんでしょ? 好きな人!」
瞳を輝かせ、パティはティニーに追撃をかける。
「い、いえ……。べ、別にいませんけど……」
目を泳がせ、どもりながら答えるティニー。
「へーえ、いないんだー。でも、そう言う割には顔が真っ赤になってるけど?」
「そ、そんなこと、ないと思います」
言いながら、首をぶんぶん振るティニー。
「いやいやいやいや。さすがにどう見ても真っ赤だし」
分かりやすすぎるティニーの反応に、ラクチェは思わず苦笑を洩らした。
「と、と、とにかく、本当にそんな人いません。ほ、本当です」
手をわたわたさせ、あからさまに焦った様子のティニー。
その姿は、誰がどう見ても『わたしウソをついてます』といった雰囲気だ。
「だってさ、ラクチェ」
パティはにやけながら、ラクチェの方に顔を向けた。
「うーん……ふふっ」
笑みをこぼしながら、パティと顔を見合わせるラクチェ。
「そうね。ここまで慌てられると、何だか私もすごく気になってきたわ」
「ねえねえラクチェ。ちょっと耳貸して!」
「ん?」
「こんなのどう? まずラクチェが……で……あたしが……」
ラクチェの耳元に顔を近づけ、何事かを囁くパティ。
「さすがにそれは……じゃない?」
渋い顔をし、今度はラクチェがパティの耳元で囁いた。
すると、今度は再びパティがラクチェの耳に顔を近づける。
「だからそれは第1……でその後……」
「それは……言う……」
「でしょ……って感じで……」
「うん……かも……しれない……」
体を寄せ合い顔をくっつけ、何やら小声でこそこそ相談をする2人。
「あ、あの、わたしお手洗いに入りたいんで……」
さっきまで慌てていたティニーだが、さすがに2人の妙な雰囲気を感じ取ったらしい。
恐る恐るといった感じで2人の横を通り抜け、奥の個室に向かおうとした。
と、その時。
「ティニー覚悟!!」
突如、ラクチェがティニーの背後から襲いかかった。
「ひっ!?」
いきなり背後から組みつかれ、驚きの声をあげるティニー。
しかしラクチェは意に介さず、問答無用でティニーの体にしがみつく。
そしてあっという間にティニーを取り押さえると、その体を羽交い締めにしてしまった。
「な、何をするんですか!?」
身を捩って逃げようとするティニーだが、ラクチェとの力の差は明白。
かよわいティニーがどんなに頑張っても、とても抜け出せるものではない。
もがくティニーの前に、両手を腰に当てたパティが仁王立ちになった。
「ふっふっふ……。ティニー? 大人しく白状した方が身のためだよ?」
そう言うと、パティはティニーの足もとにゆっくりとした動作でしゃがみ込む。
そしておもむろに、ティニーのスカートの裾に両手をかけた。
「もし言わないなら……スカートの中が見えちゃうかもしれないよ〜?」
悪戯っぽい表情でティニーを見上げながら、パティはスカートの裾を少しずつ持ち上げ始めた。
「な……!?」
絶句するティニーを尻目に、じわじわと、しかし確実にスカートをめくり上げていくパティ。
「ほらほらほら、早く言わないと……」
いくらもしないうちに、隠されていたティニーの可愛らしい膝が丸見えになる。
「ちょ、パティさん何を、ちょっと!」
「今のうちに、早く言った方がいいんじゃない?」
パニクっているティニーの耳元で、静かに囁くラクチェ。
「ま、待って! 本当です! 本当にそんな人いないんです! 信じてください!」
懸命に訴えるティニーだが、パティの魔手はとどまる所をしらない。
ついには、ティニーの白いしなやかな太ももまでもが露わとなった。
「さ〜てと。あとちょっとめくったら本当に見えちゃうけど?」
「ダ、ダメです! 本当にやめてください!」
声だけでなく、内股になったティニーの脚はプルプルと細かく震えている。
無駄な努力とは知りつつも、太ももに全力を込めて脚を閉じようと頑張っているようだ。
「今教えてくれれば、これ以上は何もしないよ?」
「どう? 正直に白状する?」
「イ、イヤ……」
パティとラクチェの脅迫に、羞恥が混じった弱弱しい声を発するティニー。
しかしパティは容赦がない。
「じゃあ、あと5秒だけ待ってあげよっか。いくよ? ごーお、よーん……」
考える暇を与えさせまいと、カウントダウンを開始するパティ。
「さーん、にーい……」
「うぅ……」
蚊の鳴くような声を発し、苦悩の表情を浮かべるティニー。
やがて覚悟を決めたのか、その目がぎゅっと固くつぶられた。
――ところが。
「……いません」
ティニーの口から発されたのは好きな男性の名前ではなく、頑なな否定の言葉だった。
「へ? 今何て?」
思わず聞き返すラクチェ。
「……ですから、本当にいないんです」
目はきつく閉じられたままだが、その声色は数秒前とは違っていた。
冷静さを取り戻したような、落ち着いた声。
「そんな答えでいいの? 本当にめくっちゃうよ?」
「そうすることで、パティさんとラクチェさんが納得してくれるなら、わたしは構いません……」
再度脅しをかけるパティだが、ティニーは決して屈しなかった。
パティとラクチェは顔を見合わせ、ほぅ、とため息を漏らした。
「さすがはティニー、って所かしら?」
「……う〜〜ん。強情だなぁ」
そう言うと、パティはギリギリの所までたくし上げていたティニーのスカートから両手を離した。
「しょうがないなあ。その強情さに免じて、スカートめくるのは許してあげる」
しぶしぶ、という表情を浮かべ、パティはその場から立ち上がった。
そんなパティの様子を見て緊張から解き放たれたか、ティニーはほっ、と息を吐いて瞳を開いた。
「ありがとうございます。信じてくれて」
ティニーは羽交い締めにされたまま、パティにお礼を言い、頭を下げた。
そんなティニーに向かって、パティは満面の笑みを浮かべると、言った。
「え? 信じたわけないじゃん。それに、これで追及が終わると本気で思ってる?」
「……え?」
パティの不穏な言葉に、ティニーの表情が凍りついた。
「ねえ、ラクチェ?」
「そうね。そこまでひた隠しにするなら、私もどうしても聞き出したくなってきたし」
パティの言葉にうなずくラクチェ。
「素直に教えてくれればいいのにね、パティ?」
「ある意味予定通りだけどね。それじゃ、作戦第2段階に入ろっか、ラクチェ」
そう言いながらパティは両手の指をわきわきさせ、ティニーの体へ少しずつ近づけていく。
「オッケー」
ラクチェの方も改めて力を入れ直し、ティニーの腕をがっちりと抱える。
「え、え……?」
さっき以上の危険な空気を感じ取ったか、再びティニーの表情に焦り、そして恐怖の色が浮かんだ。
「それにしても、ティニーって綺麗な腋の下してるよね〜。羨ましいな〜」
パティはそう言いながら、ティニーのむき出しになっている腋の下に手を伸ばした。
そしてスルン、と両腋を一撫で。
「きゃっ!?」
突如襲ってきたくすぐったさに可愛らしい悲鳴をあげ、ティニーの体がピクン、と反応した。
「あ、良い反応! これはくすぐり甲斐がありそうだな〜」
ティニーの反応を確認し、満足げに笑うパティ。
「ま、まさか……」
パティの言葉にこれから何をされるか察したか、ティニーの顔がひくっ、とひきつった。
「素直に教えてくれないから、こんなことしなくちゃいけないのよ?」
「ま、しょうがないよね〜」
「あ、言っておくけど、私は白状するまで絶対に離さないからそのつもりで」
「あたしも、今度は白状するまで絶対やめないからそのつもりで!」
2人の口から交互に紡がれる死の宣告に、ティニーの顔がたちまち真っ青なった。
「や、やめてください! わたし、くすぐられるの本当にダメなんです!」
震える声で懇願しながら、どうにかして今の状況から逃れようとジタバタするティニー。
しかしどんなに頑張っても、ティニーの動きを封じているラクチェの腕はピクリとも動かない。
「大丈夫大丈夫。素直に教えてくれれば終わりにするから」
「さあ、どれだけ耐えられるかな〜?」
「やめて! やめてくだ……」
しかしティニーの叫びは、パティの開始宣言の前に打ち消された。
「それじゃスタート! コチョコチョコチョ〜ッ!」
パティは再度ティニーの腋の下に手を伸ばすと、今度は本格的にくすぐり出した。
「きゃあああああっ!!」
ティニーは甲高い悲鳴をあげ、全身をビクビクと震わせた。
「ううっ、あ、うくっ、……うう」
体をモジモジさせながら、健気に笑いを堪えるティニー。
「あ、ダメ……あは、あははは! きゃはははははは!!」
しかし、残念ながら無駄な努力だったようだ。
すぐにティニーは、身を激しく捩らせて笑い始めた。
「あははははっ! やめて、くださいっ……きゃはははは!!」
ティニーをくすぐっているパティの指は、縦横無尽に細かく動いて全く容赦がない。
「……見てるだけでくすぐったくなってくるわ」
パティの指の動きを後ろから覗きこむように眺め、思わず顔をしかめるラクチェ。
「ま、指先の器用さには自信があるから。伊達に盗賊やってるわけじゃないってこと!」
「きゃはははははは、ひーっ!!」
2人がそんなやり取りをしてる間にも、ティニーの苦しげな笑い声はどんどん大きくなっていく。
「ダ、ダメです! トイレに! ひははははは!! トイレに行かせてくらしゃひひひいひひいひひ!!」
その場で小刻みにピョンピョンとジャンプを繰り返し、切羽詰まった声を発するティニー。
「あ、そういえばティニー、トイレ行きたかったんだっけ」
しかし、パティは腋の下をくすぐる手を緩めることはなく。
「じゃあなおさら早く言わないと。このままじゃ、大変なことになっちゃうんじゃない?」
ラクチェもティニーを解放するそぶりは全く見せなかった。
「た、助けて!! 苦しい!! きゃははははははは!!」
悶えまくるティニーの耳元に、ラクチェがそっと顔を近づける。
そして。
「ふーっ……」
「んああああああっ!?」
突然耳の穴に息を吹き込まれ、艶っぽい声をあげるティニー。
「あ、ラクチェすごーい! 見てみて、ティニーの体。鳥肌立ってるよ」
「え? だって何だかティニーがすごく可愛くって。つい私もいじめたくなっちゃった」
そう言うと、ラクチェは再びティニーの耳元に唇を近づけた。
そして……。
「ふっ!」
「いやあああああん!!」
またも耳に息を吹きかけられ、ティニーの体が激しくくねる。
「あたしも負けてられないな。そ〜れ、コチョコチョコチョ……」
「ひひひゃははは!! あきゃはふふふふはははひゃひゃ!! *#△◎+〜〜!!」
腋の下を激しくくすぐられ、耳に息を吹きかけられ、ティニーは狂ったように笑い悶えた。
「も、もれちゃいます! 本当にぃ!! ひーんひひひひ!!」
普段の彼女なら絶対言わないであろうはしたない言葉を発し、激しいタップダンスを踊るティニー。
両手がむなしく虚空を握り、助けを求めるようにもがいている。
その瞳から、涙が一滴こぼれた。
「も、もうダメ!! 言います言います!! 言うから許してえええ!!」
数秒後、2人の激しい責め苦の前にティニーの心は完全に折れた。
「あ、喋る気になった? それじゃあ早く教えて教えて!」
そう言いながらも、パティはあくまで腋の下をくすぐる手を緩めない。
「きゃはははは!! しゃ、喋れません!! 止めてくれないと喋れないぃ!!」
髪を激しく振り乱し、必死に許しを請うティニー。
「でも、言わないとやめてあげないよ?」
「ほらほら頑張って早く言わないと。トイレに行きたいんじゃないの?」
2人の女悪魔はあくまでも非情だった。
「きゃ〜っはっはっは!! あははっははっはは!!」
体をダンシングドールの様にガクガクと痙攣させるティニー。
そしてついに、断末魔の悲鳴のような告白がトイレ中に響き渡った。
「コープルさん!! 私が好きなのはコープルさんですぅぅぅっ!!」
「え!?」
「コープル!?」
ティニーの口から発された名前はラクチェ、そしてパティにとっても完全に予想外だったらしい。
ぽかん、と呆気に取られた表情を浮かべる2人。
パティの指の動きは止まり、ラクチェの腕から力が抜ける。
その隙にティニーは激しく身を捩らせると、ラクチェの腕から逃れた。
荒い息をつきながら、ティニーはその場にへたりこんだ。
「はぁはぁ……けほっ」
そのまま数秒間放心状態のティニーだったが、やがて何かを思い出したように表情が強張った。
慌ててその場から立ち上がり、ダッシュで奥の個室へと駆け込んで行くティニー。
バタン!!
大きな音と共に、個室の1つが閉じられた。
それからすぐに、水が流れる音が響く。
後に残されたパティとラクチェは、気まずそうにお互いを見つめた。
「ビックリしたねー……」
「まさかコープルとは思わなかったなぁ……」
「ねえ……。ティニーって……もしかして、ショタコンなのか、な?」
「い、いや……。さあ……。ちょっと、それは何とも言えないけど……」
戸惑いの表情を浮かべる2人。
「…………」
「…………」
しばしの沈黙の後、ラクチェが口を開いた。
「冷静に考えると、私たちってティニーに酷いことしたよね……」
「いくらティニーでも、あんなことされれば怒ってるよね、多分……」
いつもあっけらかんとしているパティも、さすがにやり過ぎたと思ったらしい。
その顔には、濃い反省の色が浮かんでいた。
しばらくして、再び水の流れる音が聴こえたかと思うと、個室の扉が開いてティニーが姿を現した。
「あ、ティニー……。ごめんなさい……」
「その、あたしたち、ちょっと調子に乗り過ぎちゃったかも……」
ティニーの姿を認めた2人は、ばつが悪そうにしながら謝罪の言葉を口にした。
しかしティニーは2人を責めることはせず、穏やかな表情でゆっくりとかぶりを振った。
「いえ、いいんです……。誰かに知ってもらって、何だか気持ちがスッキリしました」
そう言うと、ティニーは頬を桜色に染めて照れ笑いを浮かべた。
「でもやっぱり恥ずかしいので、絶対他の方には秘密にしてくださいね……?」
※※※
それからしばしの時が流れた。
聖戦はセリス軍の勝利に終わり、英雄たちは皆、自分の国へと帰って行った。
シレジアへ旅立つ若き司祭コープルの傍らには、マージファイター、ティニーの姿があった。
パティとラクチェの尽力の結果、2人はめでたくカップルとして結ばれたのだ。
後にシレジア王となったコープルは、ティニーにこう語ったという。
『別れの際、父上がティニーさんに向けていた暖かい眼差しを、僕は一生忘れることはないでしょう』
と……。
―おわり―