591 :
ニセドラ!2:
「はあっ、やばかった…」
トイレ(大)を無事終わらせた竜児は、洗面台でしっかり手を洗い、鏡で入念に前髪チェック。
よしっ!と、トイレのドアを思い切り開けたその時だった。
ゴンッ!!
かなりの手応えを感じた。そして、竜児の足元に、黒くてヒラヒラした物体が転がっていた。
「おううッ!すっすいません、大丈夫ですか?」
ものすごく痛いはずだ。しかしその物体は、涙が零れるのを我慢しているようだった。そして
ブツブツと何か唱えはじめた。(ツータッタ…ツータッカ、あっ間違えた…)呪文のような何かを。
「あの…ほんと、すいません。怪我っ…お、うっ?」
なんとなく、既視感に襲われる。この少女…たしか去年の七夕あたりに…いや…記憶が…微妙。
「ったい……。ぉのれぇぇ…我が魔族最凶の劇烈黒魔法を喰らえ!冥界で、永劫後悔するがいいっ!」
カーッ!気合一閃。そう吐き捨て、涙夜こと、玉井伊欧は女子トイレへ。
どちらにせよ、ガマンの限界だったようで、勢い良く女子トイレの扉がバタン!と閉まる。
…はぁ、驚いた…と竜児は、言ったつもりつもりだったが、あれ?声が…声が出ない?!
声が出ない代わりに、ウウッっと、変な呻き声が出た。そこへトイレに来た男性客が、竜児を見て驚いた。
今まで、凶器のような三白眼を持つ竜児としては、驚かれたり、ビビられたりするは、よくある事…
のはずなのだが… 何か違う。おかしい。違和感。その…カラダの感覚も、あれ?毛もフッサーっと…
竜児は、おもむろにトイレに戻り、洗面台に手をかけ、鏡を見た。
「ウッ!!、ウォォ〜ン!」
竜児は、犬の姿をしていた。
トイレに、犬が紛れ込んでるっという男性客の通報でファミレスの店長がモップ片手にトイレにやって来た。
ただでさえ混乱している竜児(犬)は、さらに混乱。モップを振りかざす店長の横をすり抜け、パニック状態の
店内を駆け抜け、入店しようとする女性客の足下をくぐり抜け、日が暮れかかった街の中へ逃げ出した。
***
須藤氏の営む喫茶店。須藤コーヒースタンドバー、通称スドバに、大橋高校の制服を着た一組のペアの姿があった。
メガネが似合う(かわいくない)能登久光が、最近人気のアーティストのCDを、亜麻色の髪が似合う(かわいい)
木原摩耶に借りようとしていたのだ。ふたりがオーダーしたコーヒーは、ほとんど手を付かずだ。会話が途切れず、
話し続けているからだ。しかし、仲良く見えないのは何故だろうか。
「な〜んで俺がそこまで言われなくちゃいけない訳??」
「能登のくせに、えっらそーなクチきくからだよっ」
「そんな事言ったら、木原だって…何あれ?」
能登の指先の先には、じーっとこちらを見ている犬がいた。…見てるというか、睨んでる。睨んでるようにみえる。
なぜなら目つきが恐いから。
「能登っちって、犬にも嫌われているんだ…ちょっと同情しちゃう」
「え?本当?…あれ?これって、俺喜んでいいトコなの?」
せっかく竜児(犬)は、気付いてもらえたが、スドバのふたりは、またもやいい争いを始めてしまった。
竜児(犬)は諦め、駅前に向って駆け出した。
続く