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ニセドラ!1:
「なあ。一生に一度くらい、本当に魔法が使えたら、イイよな」
土曜日の夜6時。ドリンクバーで、アイスコーヒーをチョイスした高須竜児は後悔していた。
まずひとつめは、今日の昼休みに、夏と言えば怪談っ!という事で、仲の良い三人で、
オカルトな話題を交していた時に、自分の口から出た言葉に対してだ。まほうって魔法の事?と返され、
『えっ…高須、それって、マジで言ってんの?』
『ほえ〜、高っちゃんって以外と、メルヘンチックじゃん☆』
自分ではそんなにおかしな事言ったつもりはないのだが…シラっぽくなった空気が立ちこめていた。
そしてふたつめ。竜児は今、待ち合わせしているのだった。受験勉強どころか、試験勉強しないと、
卒業が危うい春田浩次とふたりで勉強会の約束をしていたのだ。竜児は紳士的に10分前行動。
しかし、約束の時間を過ぎても当の本人がこない。今日の夕食は、外食すると母親の泰子には
伝えてあったので、すきっ腹での三杯目のコーヒーを飲み干せるか、思慮していたのだ。
「ボナペティ、ムッ〜シュ!!みのりん特製、ポテイト盛り盛りの高須くんスペシャルだぜっ!
…って、まだ来ないの?春田くん、遅いね。メールとか着てないのかい?」
と言って、ドドーンと、マンガでしか観た事無いような山盛りポテトを運んできた眩い笑顔の
ウェイトレス登場。その名は櫛枝実乃梨。竜児が1年の時から、片思いしていた、ちょっと
ユニークでかわいらしいこの天使は、このファミレスでアルバイトをしている。今日も元気で健康的だ。
「おうっ、メール受信してるっ。春田からだ…どれどれ…えっ来れない?」
「そうなの?どしたの?何故ゆえっ?」
「えー…、ごめん高っちゃん、行けなくナッチッタ☆ 家を出たら、風で飛んで来たバケツに
ぶつかって、驚いた自転車に突っ込まれて、ヨロめいた拍子に、溝に落ちて、犬に噛まれて、
鳩のフンが掛かって、ネコに引っ掻かれて、街路樹の太い枝が、頭に落ちてきたから帰った☆
…らしい。」
あー、よくある事よのお…と納得し、実乃梨は仕事に戻った。
…しかたねえ。ポテト食べたら帰ろう。
***
ピンポ〜ン。
来店客が、『御用の際はボタンを押してください』ボタンをプッシュした音だ。呼び出し番号が光る。
「んはーーっいいっ、ただ今っ!」
食べ終わったテーブルの片付けをしていた実乃梨は、軽いステップで、呼び出し番号のテーブルへ。
「お待たせしました!!ご注文どう…ぞ」
そのテーブルの上には、トコロ狭しと、プリントアウトした絵?…のようなモノがブチ巻かれている。
そして…真っ黒な髑髏のオブジェが、テーブルの上に鎮座していた。この手の趣味に対して抵抗のない
実乃梨は、おもわず、ジーッと見入ってしまったのだ。
「ドリンクバーひと…。貴女、一介の給女なのに、このイラスト。興味あるの?解るの?」
夏だというのに、全身漆黒。しかし、サテンテープが胸もとでクロスし、リボンとフリルの可憐な
カットソー、スカートはメッシュ素材で、ミニで、フレアーで、ギャザーで…まあ、定番のゴスロリだ。
正々堂々、正真正銘、完全無欠、神聖、戦慄…、一言では表現するのが出来ないほどの『超』の付く美少女。
人を寄せ付けない雰囲気は、出会った頃の親友、大河に似ている…ただ服装同様、髪の毛は真っ黒。
そう、この美少女を一言で表現すると、黒大河だ。
「あっ、はい、そのなんつーか…時空を超えた小宇宙、壮厳で、神秘的で幻想的なクライシスですよね?」
黒大河ちゃんは、目を開く。宝物を見つけたトレジャーハンターの様にワナワナ瞳が輝く。
「あなた、異端ね…平民の給女が、魔女の心の欠片を的確に名状するなんて…」
どうやら気にいって頂いたらしい。なんか怪しいものがいっぱい入っていそうなポーチから、黒大河ちゃん
は、小瓶のついたネックレスを取り出した。なんか、粘り気がある緑の液体が入っている…
「えっと、櫛枝さんっね。これを授けるわ。有難く受取りなさい。わたしの二つ名は、涙夜。憶えておいて。
偽愛パラノイアのマスター…謁見を許可するわ。あ、これアドレス…です」
名札で実乃梨の名前を憶えたらしい黒大河ちゃんは、実乃梨に、まるでタロットカードのような名刺を渡した。
わたしはこういう娘に好かれるんだな…
少し離れた席。竜児は、特盛ポテトを6杯目のアイスコーヒーで、なんとか完食寸前。
「…もう喰ねぇ」
そして、ゴロロロロロっと腹部から悲鳴。トイレに駆け込んだ。