「先に言っときます」
先制したのは麻子だった。手塚、堂上の前に並んで座らされ郁と2人ぶちぶちつつきあってる。
「なんだ」
「ガールズトークは、男性陣には絶対に耳に耐えれませんが、それでよろしければどうぞ」
言い切って麻子が外方を向く。
「…忠告ありがとう…で、なにをした」
唸る様に声を出す堂上に郁が顔を上げ、落とす。そして手塚を見て、外方を向く。
「…郁…」
「だって…」
いたたまれずに、手塚が席を立とうとして、麻子が噛み付く。
「あたしも連れて行きなさいよっ」
「お前は当事者だろうがっ?!」
「じゃあ居なさいよっ!絶対に居なさい」
「なんでそんな強気なんだよ…」
膝から力が抜ける様に手塚が椅子に座り直す。絶対、俺、ヤバい。きっとヤバい…。手塚は頭を抱えた。
…熊の話になって、カモミールの話になって。一方的にキスをして。告白は、キスで。
「お前の話だけじゃないかっ!」
聞くに耐えんわっ!怒鳴った堂上に郁も怒鳴り返す。
「そっちが聞いたんでしょうっ!」
「なにもかもさらけ出す気かっ?!」
「甘いっ!ガールズトークはまだエグいですっ!」
麻子の郁の援護にギョッとしたのは手塚だ。エグいってなんだっ?!矛先が男性陣に変わる。
「男同士でも似た様な話してるでしょうっ?」
「そーですよっ!どこぞのお店のミミちゃんが可愛いだの!」
「あそこのお店は、サービスがいいだのっ」
ぎゃいのぎゃいの…。この…機関銃の様な口はっ…。
バンッ!と音を立ててテーブルを叩いた。ビクッと身体を竦ませた郁と麻子が口を閉じる。
「…横槍をいれて悪かった。」
謝った堂上に郁が折れる。でも…と、郁は言葉を選びながら堂上を見上げた。
「…本当にわかんない…ねぇ…」
「あたしも、ちょっとだわ…」
でも、郁は言いにくかろうと、麻子がその部分は引き受けた。そもそもキーポイントはここだ。
「処女喪失の話だもんね」
手塚が椅子から転げ落ちそうになる。郁は、不思議そうに首を傾げた。
「でも、小牧教官だよ?それはそれは、優しく…」
「頼むっ!しゃべるなっ!」
悲鳴を上げたのは手塚だった。横で震える堂上の不気味なオーラに腹から震える。
「俺が、優しくしなかったようだなあぁぁっ!」
「何も言ってないじゃないですかっ?!」
郁の悲鳴に麻子がニヤリと笑う。
「そーよねぇ…ムツ…」
言いかけて止めた言葉にさすがに郁も堂上も度肝をぬかれた。
「あんっ…たっ?!売ったわねっ?あたしを教官に売ったわねっ?!」
「郁っ?!おまえっ…ちょっと来いっ!」
首根っこ掴まれて連行されていく郁に麻子が手を振る。その笑顔は果てしなく清々しい。
ドッタバッタと床を踏み鳴らす音が聞こえ、バンッと扉が閉まった。
事の成り行きについて行けず、固まってた手塚に麻子の呟きが聞こえた。
「あら…奮発したわね…」
手塚慧の中元のスコッチの事だ。手塚のグラスを手元に引き寄せ、舐める。アルコール度数の強さに顔をしかめた。
「…ムツ…てなんだ」
「聞かない方がいいわよ」
さらりと言われ、口を噤む。ムツと言われて魚しか出てこない手塚にはどこに話が通じるのさえ分からない。
「…郁の話のどこかで、毬江ちゃんが泣いたのは確かだもの」
猫の水呑みの様にスコッチを舐めながら訝しげに呟く。手塚は溜め息を吐きながら、小牧と堂上のグラスを片付け出した。
「…2階には上がらない方が己の為のようが気がする」
「こーゆー時こそ、弱味とか…嘘よ。そんな顔しないで」
目を剥いた手塚に苦笑いして立ち上がった。「和室で寝ましょ。お布団出てるし」
そういいながら、一端和室に戻った麻子の片手にバスタオルと着替え。
「じゃ、先にお風呂頂くね」
「誰が和室片付けるんだよっ?」
「あら、奥さんが他の男とお風呂でかち合ったらどうするの。」
しれっと言い返されぐうの音も出ない。
「今だったら、双方取り込み中だし、あんたはあっちとこっちで片付けしてたら、予防出来るじゃない。」
それとも…うふんと、艶やかに笑った。
「一緒に入る?」
そりゃ、最初は痛かったけどさ…郁の言葉に毬江も覚えがあるので頬を染めながらも、目線を落とす。
痛いんだ…みんな…そっか…。
でも、ヤバかったのはその後だよぉ〜。も、わけ分かんなくなるし…変な声でそうになるしさぁ…。郁の呻きに麻子がつつく。でも、何だかんだ言って、最後までしたんでしょ。そりゃ、…まあ…一応は、多分…。
じゃれあう二人の言葉が聞こえなくなる。最後…まで?毬江は必死に初めての夜を思い出す。
辛くて、痛くて、でも…優しくて…
でも…小牧さん…は?…。
貫かれたと思った瞬間、固まった毬江はその後大泣きした記憶しかない。小牧を顧みる余裕も無かった。
気がついたら泣いていた。郁と麻子がいきなり泣き出した毬江を見て驚いた声を上げる。その声も聞こえてなかった。
「…あー…」
2人きりになって、小牧の膝であやされながら、途切れ途切れに毬江が言葉を繋ぐ。
ようやく、なんとなく事情がわかった小牧は一瞬、申し訳なさそうに階下にいる四人を思う。たまに、堂上の怒鳴り声が聞こえるが…。麻子に任すか。
責任を放り投げ、小牧は自分の恋人に向き直った。
「ほら…泣きやんで」
目許にキスしながら、スカートのなかに指を走らす。
「んっ…やぁっ」
スカートに滑り込んで来た小牧の手をびっくりした毬江が押さえる。
「…今は、最後までちゃんとしてるでしょ?」
押さえられた場所で、指先だけサワサワと動かす。
「…毬江ちゃんのココ、とても狭いから、俺、いつも大変」
「…大変って?」
手間が掛かるって事?そう言い兼ねない毬江の口を塞いで、わざとイヤらしく耳元で囁いた。
「…俺の締め付けて放してくれないの。俺、結構、余裕ない」
「…馬鹿…」
毬江の手から力が抜ける。するりとその下から抜け出して…
「…なんか、濡れてる?」
「馬鹿ぁ…」
毬江が顔を覆った。その顔を覆った手に指にキスを降らして。
「んっ…」
指先が、下着の上からも分かるよう小さく屹立した芽に触れる。
爪先で引っ掻く様にすると、まだ刺激が強いのか、痛い…と声が上がる。
「こっちは?」
「ふっむっ…」
下着の隙間から、指が一本蜜壺に差し込まれ…毬江の身体が、ビクンと跳ねた。
「さすがに一本は…」
「いやっ…」
小牧の口を押さえようとして、指先を咥えられる。
「かわいい、毬江ちゃん」
刺激を痛みと感じないように、器用にずらしながら…
「ほら、2本でぎゅうぎゅう…」
「あぁぁ…んっ」
クッチクッチとイヤらしい音が響く。
「やっ…やっ…」
毬江の首に舌を這わせる。毬江の足の指が伸びたり縮んだりを始める。
「い…や…」
「ん?なんで?」
「一緒…一緒に…」
一緒がいいとねだる毬江に、んーと考え込む振りをするが。
「いったん気持ち良くなって。」
「やっんんっーーっ」
毬江の中がギュッと締め付ける。それに逆らう様に、指を出しいれしようとして…毬江が身を捩った。
「やっ!」
ぎゅっと小牧の身体にしがみつき、身体を硬直させて…身体の奥の指を咥え込んだまま。身体の力がほどけると、小牧の指に絡み付いていた媚肉も緩む。たまに思い出したかの様に、やんやりと締め付けて…小牧の指を楽しむ様に。
「毬江ちゃん、イク時って…、動かないでって言うよね…」
「いじわる…」
「かわいいって言ってんの…」
キスを交わしながら、ベッドに縺れ込み、ちょっと考える。まぁ、この部屋のベッド配置なら、問題ないと思うが…。隣室から一番離れたベッド。毬江が上げる嬌声の範囲からしたら問題ないだろう。小牧はゆっくりと身を屈めた。
「…だってガールズトークだもん…」
久しぶりにベッドで正座で説教のパターンに郁が唇をとがらす。
「喋ったのかっ?お前、自分が肉食だとか俺がムツゴロウだとか?」
「相手は柴崎ですよっ?あの緩急自在な尋問に耐えれるほどあたし頭良くないですもん!」
しばらく考えて…
「…あの頃は、ドツボに嵌まっていたこともあり、もっと頭が回ってませんでした」
外方を向いた郁に、魔のバレンタインを思い出し、さすがに堂上も溜め息をつく。
確かに、そこらへんで俺も小牧に愚痴を零した。意識のすりあわせがなんとかと…。
「…でも…なんでだろう…」
そうとは言え、やはり心配なのだろう。郁の指が組んだり解けたりする。
「…その、…しょ…」
ムグムグ…言い辛い事このうえない。
「まさか、まだだったとか…」
あり得ない話じゃないかも…と郁が青くなる。嫁入り前の娘になんて事を…。
「あた…し、謝って」
ベッドから飛び出そうとする郁を慌てて掴まえる。
「いいっ!そこは、問題ないっ!」
「だけどっ…」
「問題じゃないんだっ…多分…」
多分、問題なのは…堂上は溜め息をついた。誰にも言うなよ、と固く口止めする。
「…小牧から一回だけ、毬江ちゃんの事で相談があったことがある」
夜中の電話だった。叩き起こされて、何事かと電話をとると、珍しく取り乱した小牧からだった。
病院行った方がいいのかっ?
開口一番で眠気が覚めた。
怪我でもしたのかっ?
怪我なのかっ?
聞き直され、ちょっと考える。ここ二、三日を思い出し、外泊届で、毬江ちゃんとデートだとか…。…怪我って…まさか、そっちの怪我かっ?
まて、落ち着け、落ち着け小牧。その状態で病院とかなると、毬江ちゃん傷つかないか?意識がないっ?って…あ…え…と、お前が性急なわけはないから…ねむい?…えっと…。ものすごく、動転したのを思い出す。
次の日、小牧が左手の薬指に指輪を嵌めて、お騒がせしましたと、ビールの半ダースを届に来た。
「…小牧もパニックだったが、俺も肝が冷えた…そういう状況は、さっぱりだからな…」
いかんせん、そーゆー情報は、いくら男子寮だとはいえ、漠然としたものしかない。出来る限り優しく。ただ、それだけだ。
「…っで、どうしてお前が泣く…」
ボロボロと泣き出した郁に頭を掻いて、引き寄せる。
「…毬江ちゃ…ん」
「まあ、個人の体質というもんもあるんだろう。」
郁の頭を撫でながら。
「…まあ、噛めと言われて歯形つけたのもいるし…」
「ひ…ど…」
お…。堂上はちょっとのけ反った。涙で潤んだ目で拗ねられて。結構、グッときて…
……んっ…やぁ…
ビクッと郁の身体が声をしたほうを向く。
「…え…」
「余所見をするな」
「…え…えーっ?!」
固まったまま、押し倒された。郁の弱点の耳にキスを降らしながら一応、釘をさす。
「あんまり、声あげんなよ。我慢できなかったら、なんか噛んでろ」
「…ぐぅ〜」
いいお返事で。堂上はニヤリと笑って見せた。
和室に布団を敷いて溜め息をつく。二階では先程まで、堂上の声もしていたようだが…。
溜め息をついて、頭を振った。関わるな。関わるな…俺は、関わらん方がいい…。
キッチンに戻り、麻子が飲みかけてたグラスを一気に呷る。喉の焼ける感覚に、顔をしかめた。あいつ…よくこれを猫のように舐めてたな…。と気がついた。
あいつ…風呂から出て来たか?
キッチンと和室のグラスやらおつまみの空などを片付けて、布団まで敷いたのに、麻子が戻ってない。
慌てて、風呂の扉を開ける。
「おいっ?!麻子っ!」
ガラッとすりガラスのドアを開けて手塚は固まった。
綺麗に茹だった麻子が伸びていた。
バスタブから出た所で力尽きたのか、気持ち良さそうにあられもない姿で伸びてる。
阿呆かお前はっ?お前は俺かっ?酒で痛飲した時に、ポカリで目を回した事がある手塚は頭を抱えた。酔っ払ってたなら、風呂にはいるなっ。
手塚は麻子を抱き上げた。キッチンに続く扉の影から階段を窺う。誰も下りて来る気配なし。全裸の麻子のうえにバスタオル一枚で和室まで走り抜ける。
後ろ足で、襖を閉め当たりを窺うが…気配なし。盛大に溜め息が漏れた。
麻子を布団に寝かせ、とりあえずタオルケットをかける。
そういえば…バスタオルを引っ張りだした際、バラバラと麻子の下着類をばらまいた気がする。あーっなんで俺がっ!頭をかきむしるが、このロッジに自分の教官とはいえ、男が二人いる以上、片付けないわけにもいかず。手塚は和室を飛び出した。
息荒く、下着類を片手に和室に戻り…さすがに目が回って手塚は麻子の横に倒れ込む様に布団に伸びた。あーくそ、やっぱり兄貴の酒だ。いらんことばかり起こしやがる。
慧の取り澄ました様な笑顔まで見えた気がして、目を強く閉じる。ちくしょう…少し休んだら、麻子を起こして…着替えさせて…
そこで手塚の意識は途切れた。
朝、目が覚めた毬江は郁と麻子に謝らないとと焦っていた。
せっかくガールズトークで楽しんでいたのを毬江の涙で台無しにした。
まず、同じ階の寝室の扉をノックしようとして、後ろから小牧に止められる。しーと唇に指を当てられ、小牧がドアに耳を当てた。
しばし、中の様子を窺って…小牧は毬江の手をひき、そこを離れた。
「なんで?」
「ん〜取り込み中みたい」
馬には蹴られたくないからね…。そういいながら、キッチンに向かい…あれとつぶやく。
「手塚達は起きてるみたいだよ」
キッチンに電気がついてる。
「…和室かな?」
毬江が麻子の姿を探して襖を開けて…。
「小牧さんっ見たらだめっ!」
「うわあっ?!」
「きゃーあぁぁっ?!」
毬江の悲鳴と、手塚の悲鳴。そして飛び起きた麻子の悲鳴と…
「…っ…と…いっ…ヤァァァァっ?!」
もう一回、麻子の悲鳴が上がった。
階下で連続して上がった悲鳴に、二階から2人が飛び出して来る。
「柴崎っ?!」
「どうしたっ?!」
「あー……」
こちらも、あられのない姿だ。堂上のシャツを肩にかけ、前を押さえただけの郁と、トランクス一枚の堂上。
「キャーっ?!」
今度は毬江が堂上を見て悲鳴を上げる。
「…なにこの大惨事…」
小牧は、天井を見上げて大きく溜め息をついた。
お粗末。
予定より長くなっちゃいました。
慧+毬江+小牧
とりあえず最後の予定。
小牧×毬江に慧が絡むなど許さんの人は、回避よろしく。
二回に分けようかと思いましたが、一気に投下するので、11使います。
個人使用失礼。
あと、毬江ちゃん、ちょいピンチです。苦手な人も逃げて下さい。
痛みを感じる余裕は無かった。だが、撃たれた衝撃は身体を貫いた。バランスを崩して座り込みそうになるが、木にすがりついて立ち上がる。
「バンビちゃんヒットーっ!」
「ばーか、獲物倒れなきゃ意味ねぇんだよ」
パシッと音がして、手をついていた木が赤く染まる。ペイント弾。
「外していて、偉い事言ってんじゃねぇよ」
ゲラゲラ笑う男2人の姿を目の端に捕らえ、毬江は走り出した。
「お、逃げた逃げた」
「10カウントしたら追っかけるからな〜」
毬江は溢れてくる涙を乱暴に拭った。許さない。絶対に許さない。胸元からホイッスルを取り出す。唇に当ておもいっきり吹き鳴らす。
新芽が息吹く前の枯れ山に鋭い音が響き渡るが、その音は男達の嗜虐に油を注いだ。
枯れ葉の山に足を取られ、低い崖から身体ごと落ちる。崖の下に転がり込み、身を縮める。追って来る?分からないっ。耳をすましても、男達の足音も拾えない。
泣き叫びそうになるのを袖を噛んで堪える。声を上げたらダメ。携帯を取り出し、開こうとして指が滑る。崖の斜面を滑り落ちて行った携帯に、絶望的な気持ちになる。
お母さんっ…お母さんっ…小牧さんっ…助けてっ…。
ザッと枝が激しくしなり、男の独りが崖から飛び下りて来た。
「こっちは、ダメだよ。学校じゃん」
ルールは守れよと言わんばかりの口調に睨み付けるだけしかできない。震える足を叱咤し、立ち上がる毬江に男は短く口笛を吹いて感心してみせた。
「このバンビちゃんは、なかなかだね」
「いたかぁ」
「こっち」
もう1人崖から下りて来て。毬江は男達を見据えてホイッスルを口に当てた。
「お、やるね」
男達がエアガンを構える。
毬江がホイッスルを吹き鳴らした瞬間、見計らった様に肩と胸に衝撃が走る。拡がるペイント。まるで血の様な。衝撃に膝から崩れた毬江に男達がニヤニヤ笑いながら構えていた銃を下ろす。
…誰か…助けて…
唇はそう動いた。
「…誰か…助けてっ!」
上げた悲鳴はあまりにも小さく。声を出した毬江に一瞬驚いた表情をした男が肩を竦めた。
「んな声じゃ聞こえねぇよ」
そう言い切る前に、男の膝が鮮血を吹いた。男の悲鳴は無声に近く、倒れて行く様は、スローモーションの様だ。
「おいっ?!」
膝を抱えてのたうつ男に駆け寄ろうとした男の肩から、今度は鮮血が吹く。
「ギャッ?!」
肩を押さえ倒れ込んだ男達の後ろから、スーツに身を包んだ男二人が崖を上って来るのが見えた。
『落ちてました』
毬江を立たせながら、身体の大きい男が毬江の携帯を見せる。
『多分、壊れてます』
携帯は崖を滑り落ちた際にぶつけたのだろう。ヒビが入り画面はブラックアウトしたままだ。毬江は呆然と差し出されるがままに、それを受け取った。
『歩けますか』
そう男の携帯できかれ、頷こうとして膝から崩れた。力が入らない。
毬江を片手で抱き留めた男が、地面でのたうつ男達を見下ろしている方を見る。やや細身の男は、行けというように顎をしゃくった。
『あなたを、ここから出します』
そう言われ、抱き上げられる。不安定感がないまま、藪を突き抜け降りた所は学校の敷地だった。
黒のセダンが二台止まっていた。毬江を見て、後ろに止まっていたセダンから3人崖に消えて行く。
毬江をそっと下ろし、痛ましげに男はその姿を見た。
『けがないですか』
藪を逃げ惑ったからだろう。枝先であちらこちらに傷ができてる。服も裂けていた。
そして赤く染まった身体。自分の身体の惨状に呆然となる。なぜ…ここまでされたのか…なんで…どうして…。
前の車のドアが開いた。
「毬江」
鋭く呼ばれて、緊張した顔をしたその人を見た瞬間、堰が切れた。
手塚慧は胸に飛び込んで来た毬江をためらうことなく、きつく抱き締めた。毬江を抱いて崖から下りて来た男が運転席に回る。
「ここを離れるよ」
毬江に声をかける。毬江は顔を伏せたまま大きく頷いた。
早く、早くどこかに連れて行って!
手塚はもう一度強く毬江を抱き締めると、その肩を抱きながら車に戻った。
カモミールのアロマの香りがする。ゆっくりと、女性が毬江の腕を湯船に戻した。女性の指が肩に回され、毬江の濡れた髪をタオルで拭う。
毬江の身体を湯船の中で回させ、細い項から背中を確かめる様に女性が検分する。足から、背中から腕から…。
まるでお医者様が小さな子にするようにその女性は毬江の傷を調べ、安心させるように笑った。
心配ないわ。唇の動きだけで読み取る。
擦り傷と打撲だけ。そう言って、鎖骨と腰と胸を指差す。その箇所が打撲なのだろう。エアガンを受けた所だ。
痕にはならないから、大丈夫よ。
そう口を動かして、もう一度、蛇口を捻る。熱めのお湯が出てカモミールの香りが一瞬強くなった。バスタブの横に脱ぎ散らかされた毬江の服を集め女性が出て行く。
毬江は投げ出された様に湯船に伸ばされた自分の脚をまるで他人のものを見る様な目で見ていた。
鋭い刃物でつけたような傷が赤い筋になっている。逃げてる途中で枯れ木に引っ掛けたのだろう。特に膝から下…何か所も。見苦しい…そう思った。
『うちの学校、今、なんか落ち着かないんだよ…』
ノートテイクのボランティアが愚痴る様に呟く。
『当麻先生の事があったじゃん…あれから、検閲はいるかいらないのかで学生運動みたいになっててさ…』
大学の至る所にビラが撒かれていた。
ふと思ったのだ。もし、大学でもこういう活動が活発になっているって知ったら、小牧さん喜ぶかな。
小牧のすごいねと褒めてくれる顔が見たくて。
踏み付けられているのもあったが、綺麗なのを一生懸命探しながら歩いていた。
気がついたら、人気がなかった。戻らなきゃ…と身を返そうとした時、口を塞がれ藪に連れ込まれた。
『最近じゃさぁ、図書隊対良化隊とかいって裏の山でサバゲーしてる野戦オタまでいるんだよ。学生じゃないから、学校側も注意ができなくてさ…。たまに、女の子に悪さする奴等もいるって聞くから』
…気をつけてね…。
ザバッと乱暴に湯船から立ち上がる。お湯を止め、髪を巻いていたタオルをそのまま床に投げ捨てた。
髪からしたたる水滴が邪魔で掻き上げたら、曇り止めの効いた鏡に見た事のない表情をした自分が映った。
小牧さん、これだけビラ集めたら喜んでくれるかな…。
バンビちゃん、逃げなきゃ。
気をつけて。
「うるさい」
頭を巡る言葉に思わず呟く。
聞き分けてくれたら嬉しいな…。
「うるさいっ!」
振り切る様に、頭を強く振り、風呂場の扉にかかっていたガウンを羽織り外に出た。
深緑のカーペットにポタポタと毬江の身体から水滴が落ちる。毬江は構う事なく、そのまま歩いた。毬江が歩いた後に水を吸って黒く沈んだ足跡ができる。
風呂場から出て来た毬江を見た慧は微かに苦笑いした。耳に当てていた電話を置き、大きな書斎机の上にばらまかれた様な書類を片付ける。
立派な革張りの安楽椅子から立ち上がった慧に、毬江が机の上の電話を指差す。その先からも雫が落ちた。
「外にかけれる?」
慧が頷き、受話器を取り外線ボタンを押し毬江に差し出す。毬江はためらう事なく家の電話番号をプッシュした。
すぐに電話を取った母親が帰りが遅い毬江にどうしたの?と聞く。
「携帯、落としてしまったの。連絡のしようがなくて…。今、ノートテイクの人の家に寄って電話借りてる。携帯の手続きまでして帰りたいから、遅くなる。心配かけたくないから小牧さんには連絡しないで」
一息に言い切った毬江に、迎えに行こうかと焦る声がするが、早口に言葉を遮った。
「人のおうちの電話からだから迷惑になったらいけないから、切るね。お礼?伝えとく。じゃあ」
受話器を置いた毬江に慧が苦笑いをした。
「…とんでもないお姫様だ」
慧が再び電話の受話器を取り上げ内線を押し、誰も通さないよう秘書に命じる。
慧が電話の受話器を置いた瞬間、濡れた身体のまま毬江は慧の身体に抱き付いた。慧のカッターシャツが水分を含みあっというまに色が変わる。
…着替えたばかりなのに…苦笑いをしながら補聴器に囁かれた。
「脱げば?」
「今、風邪を引くわけにはいかなくてね」
「そうなの」
知った事じゃない。毬江は、目を閉じたまま慧の身体に回した手に力を込めた。大きく息を吐く。
小牧の身体は見た目スラッとしているので、そんなに筋肉があるように見えないが、抱き付いた時、硬いと思った事を思い出した。慧はしなやかで…細い。
慧の身体が書斎机に預けられた。毬江に抱き付かれながら、腕を伸ばし毬江の腰の辺りで指を組む。
慰めるわけでもなく、泣くわけでもなく。毬江の指が無意識に慧の背中を上下する。カッターシャツの生地を確かめる様に…。
「…バンビって呼ばれた…」
「獲物の呼称だろう」
「最悪だった…」
「それには、同情する」
「…誰も助けには来ないと思った」
毬江の指が慧の背中に爪を立てた。
「ホイッスルを鳴らしたわ…鳴らして…鳴らして…」
誰か助けてと言う悲鳴は、誰にも聞こえないよと一笑された。
「…どんな魔法を使ったの」
毬江が低く聞く。目の前で倒れた2人。音は聞こえなかったが…多分、銃。
「明日の新聞には、許可を得ずサバイバルゲームをしていた社会人同士が、諍いを起こし1人が膝に、もう1人が肩にボウガンを打ち込まれ重傷と出る」
ボウガン?そんなものは見えなかった。ただ見えたのは鮮血のみ。
「なお、この二人は以前少女を拉致し追い回し、強姦傷害でも…」
「言わないでっ」
毬江の鋭く上がった制止の声に慧は口を噤む。
「…最低…」
なにが?なにもかも。最低だわ。あの男達も…そして私も。
「あの馬鹿どもは、社会的抹消される」
…いい気味だと口に出そうかと思って止めた。知った事じゃない。そう思った。
「獲物は、手に入れた人の物よ」
奇妙な感覚だった。やめなさい、お行儀が悪い。だからなに。はしたない。だからなによ。みっともない。うるさい。黙れ。
「…私は、もう子供じゃないわ」
まるで自分に対する宣戦布告だった。慧の身体に身を預けたまま…もう一度呟く。
「子供じゃない」
知らない男の香りがした。シトラス?部屋の中には、カモミールのアロマの香りがただよっているのに、慧の身体からは、柑橘系の香りがする。悪くないわ…そう思った。
毬江の腰の当たりで組まれていた指が解けた。
身体を回され、気がついた時には書斎机の上に投げ出されていた。もともと羽織っていただけのガウンは大きく前がはだけ、毬江の身体を照明の下に晒し出す。
「……」
照明が眩しい…。ぼんやりとそんなことを考えていた。投げ出された腕も脚も力は入らず、まるで自分の物じゃない感じだった。
気がついたら、慧が覗き込んでいた。照明の逆光で表情が見えにくい。だが、いつも毬江に見せる柔和な表情ではなかった。どこか…痛ましげな表情…あぁ、日比谷公園のレストランで見た辛そうな…。
慧の手が、毬江の脚に触れた。ピクっとその指の冷たさに身体が慄く。一瞬、慧の動きが止まったが…慧はそのまま身体を毬江の上から引いた。
ゆっくりと毬江の脚の感触を確かめる様に指を走らす。右脚の外側を撫でるように…慧が膝をついた。
「……」
声が上がりそうになった。慧の手が毬江の足首を捉え…唇を当てた。ゆっくりと、毬江の白い華奢な脚に唇を当てて行く。脛…ふくらはぎ…そして膝上…。そこで慧は毬江の右脚から手を放す。左足首を取られ、毬江は小さく身を捩った。
気にかけない様子で、慧は再び足首に唇を当てた。そして当てる場所を変えて行く。
その静かな仕草が…毬江のなにかを呼び戻す様に…。
慧が脚から手を放し、身体を起こした。毬江の身体の脇に手を置いて、逆の手で毬江の投げ出された右手を取る。
「……っ」
慧の唇が毬江の手の甲に走った傷に当てられた。逃げ惑った際、枯れた枝先で掠ってできた傷。毬江が瞬きを忘れた様に見つめる前で…慧はひとつひとつの傷にキスを落としていった。
「…っ…ふっ…」
喉が震えた。力の入らない右手を引き寄せて、口を覆った。
慧の唇が左腕に移る。
…ごめんなさい…
呟きは、涙で零れた。ごめんなさい…ひどいことをして…ごめんなさい…ごめんなさい…
額の傷に当てられたキスが涙に気がつかない振りをして、慧が少し身体を引いて、屈めた。
「ごめんなさっ…いっ」
腰に唇が落とされ、毬江の手が初めて慧の肩にかかった。
「ごめんなさいっ…」
鎖骨に唇を当てられ、毬江は身体を捩る。書斎机の端に積まれていた書類が音を立てて散らばった。
毬江が慧の胸を叩く。だが、慧は頓着しなかった。毬江の抵抗などなんの苦にもならないように身体を起こす。
「止めてっ!…いやっ…」
胸の膨らみに唇を落とされ…きつく吸われ。毬江は泣き叫んでいた。
「小牧さんっ、小牧さんっ…」
目茶苦茶に腕を振り回して…。
ふっと毬江の身体にのしかかっていた体重が退いた。
泣きじゃくりながら、毬江が必死に身を起こし、はだけたガウンを掻き寄せる。
毬江から離れた慧は、ゆっくりと扉に向って歩いていた。
「自暴自棄になってる女には興味はない」
そう言い捨てられ、毬江は嗚咽を上げた。
「…ごめっ…んなさっいっ…」
優しくしてくれた人なのに。助けてくれた人なのにっ…。なのにっ…私っ…。取り返しのつかない事をした。甘えて、つっかかって、自分を傷つける様に仕向けた。なんてことをっ…。
慧の後を追う事も出来ずに、毬江は書斎机の上で大きな声をあげ泣き続けた。
部屋に入って来たのは風呂場で毬江の身体を洗ってくれた女性だった。着替えを手にしたまま、なにも言わず、毬江に手を貸し、書斎机から下ろす。
思わず、すがりついて泣いた。傷つけてしまったの。私、ひどいことをしてしまったの。優しくしてくれた人なのに。助けてくれた人なのに。
女性は宥める様に、背中を撫でていてくれた。毬江が落ち着いた頃、もう一度、風呂場に向かわせる。
顔を洗う様に言われ、冷たい水で顔を洗った。顔を上げた毬江は、ぼんやりと鏡に映った自分を見つめた。行き場を無くした子供みたいな顔をしている。
女性が後ろから毬江の首にホイッスルを掛けた。鈍く光るホイッスルが、行き場を教えてくれる様で…ホイッスルを握り締めて、唇を噛んだ。再び、涙が溢れかけて女性が差し出したタオルで顔を覆った。
女性が揃えてくれた服を着て、風呂場から出ると、男が立っていた。毬江を抱き抱えて崖を下りた男だった。毬江に携帯を差し出す。壊れたはずの携帯は、同じ型の新品に変わっていた。データも全て移して…毬江は男の顔を見上げた。
「消すように言われました。」
慧のアドレスだけ無かった。
「家まで送ります」
女性が白のコートを差し出す。毬江が着ていたコートと同じ物だった。赤のペイント弾でひどい有様になったはずのコート…。
「なんで…」
「…中の服までは揃えられませんでしたが…コートだけは同じ物をと言われました」
「…家を出た時と違うコートでは…親御さんが、心配なさいます」
なにもなかったように。
毬江は再び涙が零れそうになるのを堪えた。これ以上泣いたら、家に着くまでに元に戻らない。
「…もう会えないんでしょうか」
男に聞いた。男は一瞬痛そうな顔をしたが…首を横に振った。
「会長は、移動なさいました。もう、ここには戻られません」
「また、訪ねてきてはいけませんか?」
「おやめください。」
女性が答えた。先程までの優しさをどこかに捨ててきた口調だった。
「迷惑です。」
一言で片付けられ、毬江がクッと唇を噛む。だが…男も思わず唇を噛んだのを見逃さなかった。
「迷惑…なんですか?」
男に聞き縋る。だがやはり…男は頷いた。
「迷惑だと思います。詳しくは話せませんが…」
しばらく逡巡して。やはり首を横に振った。
「送ります」
毬江はゆっくりと頷いて、コートを手に取った。
パス報道が日常になりつつある頃だった。学校のノートテイクのボランティア室で毬江が何気なくテレビを見ていて…。
「……?!」
手からボールペンが落ちたのにも気がつかなかった。思わず、テレビを食い入る様に見る。
「あーこの人…」
毬江のボールペンを拾いあげながらボランティアの人が音量を上げてくれた。
『一か月前ぐらいに学校に来てたね』
ノートに落書きされ、毬江が慌ててペンを走らす。
『なんで?』
『多分、当麻事件の事じゃない?うち、良化法肯定の教授がいるもん』
『肯定なの?』
ボランティアが首を傾げる。いや…と呟きながら。
『…未来企画って、中立派だと聞いていたんだけど…』
すると、テレビを見ていた男子学生が、ノートに混ざる。
『未来企画は、方針を変えたんだ。今、良化法を是正しなければ、日本は民主主義じゃなくなる。テロに国家が屈した見本になる』
あんた、もしかして?と突っ突かれた男子学生はどーでもいいだろうといいながら、テレビに向き直る。
『手塚…慧?なんて名前?』
『てづか さとし』
毬江は、それだけ聞いて立ち上がった。
『帰る?』
頷く。じゃあ、校門まで送ると言われ頷く。なるべく1人では行動しないようにしている。
学校内は、未だに落ち着いてはいなかった。それでも、良化法が必要だと叫んでいた学生を見る事はなくなった。
変わり出している。
そう感じた。小牧が守っている物。図書館の意味。そして、手塚慧。
ふと気がついて、横に立つ男子学生に携帯を見せた。
『あのテレビの人、兄弟いるかな』
男子学生が自分の携帯を出して文字をうつ。
『弟がいる。中澤さんがよく行く図書館の防衛員だと思う』
どこかであったことがあると思った。弟が小牧の部下の手塚なら…。毬江は静かに微笑んだ。確信めいた物が心に浮かぶ。
大丈夫…きっとまた会える。
あなたとは生活が重ならない。いいえ。重なってた。最初から。
だから、きっとまた会える。
隣りを歩く男子学生が眩しいものを見る様に毬江を見下ろしていた。
静かなざわめきがホテルのロビーを満たしていた。あちらこちらに華やかなドレスに身を包んだ女性が笑ってまたお喋りしている。
小牧の側を離れないように気をつけていたのだが…小牧が堂上に呼ばれて席を外した。
しかたがないので、お手洗いにいく振りをして、ブライダルカウンターを覗きに行く。興味はあるのだ。
純白のウェディングドレス。
ワインレッドのカクテルドレス。
ガラス越しに指先をつけて眺めていたら…後ろにふっと影ができた。肩を軽く叩かれる。
「…まだ、中澤さんなの」
一瞬、涙が零れそうになった。何年になるのだろう。ようやく…会えた。
「小牧が大事にしすぎるのかな」
軽いからかいの口調は昔のままで…。
「…大学を卒業したらって約束しました」
振り返った。質の良いダークスーツに白のネクタイ。2年前と変わらない、柔和な笑顔で。
「なになさってるんですか?」
毬江の言葉に軽く肩を竦める。
「新郎より先に、花嫁見て来てクソ兄貴って怒鳴られてきた」
思わず呆気にとられて吹き出した。
「それは、ひどいと思う」
「まあね」
しれっと頷く慧に2人して吹き出して。
「柴崎さん…綺麗でした?」
2人でなんとなくブライダルカウンターの中を見ながら会話が続く。
「月並みだけど、綺麗だとしか言えない。そういう語彙は少ないな僕は」
うーむと悩みながら答える。
「一生に1度の事だから…」
くすくす笑いながら。…会話が途切れた。
「…元気だった?」
「はい」
「会うことはないと、思っていた」
「…私は、会えると思ってました」
ガラスに映る慧が少し驚いた顔をする。
「…あなたと生活で重なる部分はない。そう言われたけど、その後二回会えたから…三度目もあるって思ったんです」
そう言って、小さく笑う。
「私、魔法を使えますから」
二人で小さく笑って。いつの間にか、慧が消えていた。入れ替わるように小牧が走って来る。
「毬江ちゃん」
探したよと言われ、毬江がドレスを指差す。
「毬江ちゃんなら、どんなのでも似合うね」
軽く肩を抱かれて耳に囁かれて笑う。小牧の優しさに甘えて。ふと消えた慧を思った。なんにも…伝えなかった。ごめんなさいも、ありがとうも。
伝える言葉は、タイミングを逃すと兎の様に逃げていく。
「式始まるよ。行こうか」
頷いて、どちらからともなく手を繋いで歩き出した。
おわる。
毬江ちゃん大変でしたが、持ち堪えた。
どーにか、収拾つきました。
お目汚し失礼。
手塚×柴崎、二人の初めて。エロあり少し長いです。
時系列は付き合い始めて4ヶ月後くらい。
NGワードはタイトルでお願いします。
―――何かそんな感じになったみたい。
事件の後、繋いだ手を離さないまま人目に触れた。素直になり時を見失わなかった恋は、同時に振り向いてやっと成就した。
しかし、恋愛下手な二人は、やっとお互いを見つけ出したにも関わらず不器用なままだった。
カレンダーを4枚ほど捲った頃には、キスの数は付き合う前からの10倍くらいは増えた。もうそろそろ、と思われる頃合いなのだが、未だ二人は清い関係のままだ。
「なんていうか、……手を出し難いです」
神妙な面持ちで言う手塚を前に、やっぱりね、と小牧は内心で呟いた。やっぱり、手塚の悩みの種はこれだったか。
このところ、仕事で手塚のミスが目立つようになっていた。目立つと言っても本当に些細なことでしかないのだが、郁を見習ったのかと思う程、同じようなミスを何度も重ねていた。過ちを犯しても、同じ轍を決して踏むはずがなかった手塚だからこそ、小牧は気になっていた。
「なんかあった?話なら聞くよ」
終業間際、誰も居ない特殊部隊事務室で声を掛けたのは、手塚がそんなミスに落ち込んでいるときだった。そしてその日の夜、上官の言葉に甘えるように、手塚は小牧の部屋を訪ねていた。
「まあ、判らなくもないけど。あんなことがあった後だしね」
ビールを片手に、自然と出る励ましの言葉。
付き合うようになって4ヶ月。男性側としては、そろそろ彼女の心も身体も、と思う頃である。そして相手はあの業務部の華とまで言われた柴崎だ。手塚の自制がよくぞここまで持ったと、感心すらしてしまう。
「あいつ、まだきっと傷が癒え切れてないと思うんです」
「何か、感じることがあったの?」
小牧の問いかけに話す事を少し躊躇ったのか、短い沈黙を作った後に手塚が口を開いた。
「少し前に、一緒に見た映画で、女性が乱暴されそうになるシーンがあって」
その言葉で、手塚の言わんとすることが理解できた。
「映画の後の食事のとき、あいつ浮かない顔してて」
一つ溜息を挟む。
「そんなシーンがある映画だって知ってたら、見に行かなかったんですが」
なるほどね。そんな気遣いが出来なかった自分も悔しいわけか。小牧がまた心で呟く。
「まあ、それは仕方ないとして、さ」
少しだけ上官風を吹かせて、諭すように口火を切る。
「お互いもういい大人だから、タイミングって自分達で見つけなくちゃいけないんだけど。君たちはヘンに真面目で不器用だからなあ」
助け舟っていうわけじゃないけど、と言うと、穏やかな表情に戻って話を続ける。
「以前、館内に酔っ払いの男が居座った件、覚えてる?」
唐突な昔話に、手塚が痛い表情をした。手塚にとっても痛い過去なのだろう、あの土下座は。
「忘れたくても忘れられないですよ」
苦虫を噛んだ様に言った手塚に、小牧も苦笑する。
「言いたいのはそのことじゃなくて。あの時、あの男が笠原さんに抱きついて、ちょっと問題になったよね。同情してくれた笠原さんがよっぽど優しい女神に見えたんだろうけど」
「女神ってタマじゃないでしょう、奴は」
相変わらず郁に対しては辛辣な意見が出る。それに少し笑うと、話を続けた。
「抱きつかれた後、笠原さんに堂上が何て言ったか知ってる?」
さあ、と首を傾げる手塚に、小牧は言い放つ。
「そのスーツ、すぐにクリーニングに出せ、ってさ」
手塚は少し考えた後、何かを思いついたように、あ、と小さく漏らした。
「堂上一正が、ですか?」
「そう。思いっきり妬いてたんだよね、堂上の奴。この話は柴崎さんから聞いててさ、いつだったか、からかいの種にしてやったら、堂上めちゃくちゃ怒ったけど」
当時を思い出してか、くくっと喉を鳴らしながら、小牧は続けた。
「柴崎さんに至っては、『直後にスーツ全部ひっぺがしてやりたかったですよね?』なんて火に油注ぐし。あー、あの時は面白かった」
同僚を怒らせて面白かったというのは通常ではあまり考えられないが、これは逆に上官の二人の仲の良さを顕している。その場に居なかった手塚ですら、そのシーンが手に取るように視える。
思い出し笑いがツボに入りそうな直前で自制を効かせて、小牧は息を整えながら可愛い部下に発破を掛けた。
「その時にさ、柴崎さんが言ってたよ。『彼氏なら上書きしたいとい思うだろうし、そうであってほしい。女だって
イヤなことの後に、好きな男に上書きされたいですもん』って。確かに俺だって、彼女がイヤな目に逢ったら抱きしめて忘れさせてあげたいしね」
手塚ははっと表情を変えて、衝かれたように立ち上がると、
「失礼します!」
とバカ真面目に礼をした後、小牧の部屋を後にした。
その背中を見送ると、
「本当に世話が焼ける人たちばっかりだねえ」
と微笑んでひとりごちた。
我ながら単純だと思った。上手く煽られているだけなのかもしれない。でも、笑う正論と言われる上官のことだ、話の内容に嘘はないだろう。
部屋に戻ると携帯を取り出して、メールを早打ちする。今度の公休には、逢って買い物の付き合いをする約束をしていた。思いに至ってしまっては、もうこの限界を延ばせそうになかった。決意を伝えるなら、今しかない。
着信したメールに気付いた柴崎が、内容を読んで眉間に皺を寄せた。
「なにこれ」
すわ、相手を間違えて送信したか?と思える内容に首をかしげたが、手塚のことだ、きっと気付いて正しい相手に送りなおすだろうと思い、そのまま何も告げずに公休日を迎えた。
当日、約束していた買い物に手塚を付き合わせ、夕飯どうしようか、という話題になる頃合に、手塚は柴崎の手を取った。
「なに、どうしたの」
「予約してある」
「なあに?高級レストランでも奮発してくれるのー?」
からかう口調で話し掛ける柴崎を無視すると、手塚はきらびやかなエントランスへと足を踏み入れた。
「ここ?へえ、アンタにしては気が利いてる」
都内の一流ホテルに連れて来られ、柴崎は少しだけ声のテンションを上げた。そんな柴崎の一方で、手塚は一人胸を撫で下ろした。とりあえず第一関門は突破だ。
「食事するんでしょ?ここのフレンチ、食べたかったんだー」
と、軽やかな足で歩き出した。
食事もデザートへと移り、さすがオンナの別腹だと思わせる柴崎の食べっぷりに呆れながらも、途中で席を立ってチェックインすることも忘れなかった。
鍵をジャケットに忍ばせて、さあ部屋へ、と意気込んだとき、
「そういえばさあ」
と柴崎の口が開いた。
「メール、間違えて届いたけど、大丈夫だった?」
意外な言葉に、手塚は次の動作を忘れた。
「間違い?……いや、そんなことないと思うけど」
最近、誰かに間違いメールなんか送ったかな、と手塚は自分の携帯を取り出した。柴崎もそれに倣い、互いに自分の携帯をチェックする。
手塚が首をかしげていると、柴崎がその画面をこちらに見せてこう言った。
「ほら、これ。誰かにファイル作成でも頼まれたんでしょ?」
その画面には、小牧に相談を持ちかけた後に、意を決して柴崎に送ったメールが載っていた。
『上書きするから』
「その人にちゃんと確認したー?」
その言葉にがっくりと項垂れる手塚の様子を見て、柴崎が怪訝な表情を見せる。
「どうしたの」
伝わってない。俺の決心が全然伝わってなかった!その事実は、もう手塚を立ち直らせる術を持たなかった。
「いや、いいよ、もう……」
明らかに落胆した様子の手塚が、精算へと向かう。遅れて到着した柴崎が、財布を出した手塚のポケットからカードが落ちるのを見た。
「手塚、カード落とし……」
代わりに拾おうとした華奢な手が止まる。一見して判る、このホテルの部屋のカードキー。
「あっ……」
見上げる目と、焦る目が合った。鍵の存在が、手塚のメールの真意を悟らせた。
「……バカね。あれじゃ判んないって」
少しおどけた口調で言うと、柴崎はキーを手にして階数を確認し、エレベーターの方に足を向けた。
深い。いつにも増して深く重なる唇。それが、これからコトに及ぼうという前触れのキスだ。今まで、手塚が我慢してくれていたと判る程に、深い交わり。舌が入り込んでくる頃には、柴崎も手塚の背中に手を回していた。抱きしめて、優しくて激しい舌を受け入れる。
経験値が少ないという割には、攻めどころを衝いて来る手塚の唇。呼吸が苦しくて、柴崎は思わず吐息を漏らし続ける。
ベッドに抱き下ろされ、横たわる柴崎の隣に腰を掛けてシャツを脱ぐ手塚を見つめる。
一見すると線が細く見える手塚の体は、しなやかな筋肉で出来上がっていた。戦闘職種と聞けばもっとがっしりした肉体を思い浮かべそうだが、手塚の身体はアスリートのそれを彷彿とさせるようなものだった。
身体の端々に、うっすらと切り傷のような痕が見える。その中には、自分の窮地のとき、ガラス窓を破った際に作られたものも含まれているのだろうか。
「どうした?」
視線を感じて振り向いた手塚の顔をまともに見ることが出来ず、柴崎は慌てて目を逸らした。
「な、なんでも」
「言いたいことは言え。イヤだったら止める」
まさか見惚れていたとは言い難い。しかしこの沈黙は誤解を生む。よってその誤解を解くほうに天秤を傾ける。
「イヤな訳ないじゃん」
「そうか?」
手塚の声にはまだ疑いが含まれている。どうしてこの期に及んで拒否なんかすると思うのだろうと、起き上がって疑問を投げる。
「っていうかさ、どうして今までこういうふうにならなかったの?付き合ってから結構経つし」
「……それは……」
今度は手塚が言い澱む。暫く目線を泳がせていた手塚が、観念したように口を開いた。
「あんなことがあってすぐに触れられるわけないだろ、男に嫌悪感持っても仕方がないような事件に巻き込まれたんだから。前見た映画でもイヤなシーンあって、お前浮かない顔してたし、忘れろったって忘れられないだろうし。でも、上書き……」
言いかけて一つ咳払いを挟む。
「あんなことがあったからこそ、触れて欲しいっていう考え方があるって小牧一正から聞いて。自分でも単純だとは思ったけど」
「けど?」
続きを促されて、困惑しながらも続けた。
「…………やっぱり俺、お前とこういうこと、したい」
プッと噴出して笑う柴崎に、
「笑うことないだろ!」
と、憤る手塚。その背中に触れると、体温が上がっているのか、少し熱い。
「ごめん。あんたらしくて。……心配、してくれてたんだ」
「当たり前だろ」
「映画はね、3Dだったでしょ。あたし立体映像弱かったのね、自分でも気付かなかったけど。ちょっと気分悪くなっただけ。それと、」
背中から抱きしめて、囁く。
「さっきはね、キレイな身体だなーって思って見惚れてたの。あたしの好きになった人が、こんなにカッコよくて、見惚れるくらい整った身体で。さすがあたしって思ってたのっ」
「お前なあ……」
相変わらず自分の功績を賛美する言葉に呆れて振り返ると、柴崎の唇が迎えてくれる。
柴崎からのキスは重なっただけで離れ、
「……あたしもアンタに、上書きされたい」
その言葉が合図のように、柴崎の身体は再度ベッドに横たえられた。
なんだろう、この感じ。
今まで感じたことのない感覚が、柴崎の身体を巡る。
以前、上官と恋愛遍歴をからかったことがある。常に受身で、決して自分からは積極的になることなく終わったであろう手塚の恋。彼の容貌から察するに「初めて」ではないだろうし、同様に自分のことを彼もそう思っているはずだ。
しかし、自分に触れる指から伝わってくる感覚は、今までのどの男からも感じることが出来なかったものだ。
「あっ……」
声が自然に零れる。演技が要らないなんて今までなかったのに。
耳に熱い息がかかる。その息が身を震わせる。
「だめ、っ……てづかっ……」
徐々に殺せなくなる声を、抗いに替えてみる。
「だめなんて言うな」
耳朶を舐られた後、鼓膜に直接響く、低くて熱い声。
「止まらない」
そう宣言した手塚の指と舌は、躊躇いを取り払って柴崎の身体を余すところなく触れ回る。首や鎖骨、二の腕にキスの雨が降る。両胸が手と唇によって占領されていく。もう硬くなっている頂上は、唇で優しく手塚の口内に吸い込まれていく。
指が、柴崎の下腹部へと伸びる。濡れそぼっていたそこは、容易に指を招き入れた。狭い中を探るように、手塚の指が蠢く。少しだけ膨らんだ場所を見つけ出すと、指の腹で軽く擦った。
「んんっ」
一段と大きな声で啼くと、柴崎は足を所在無げに揺り動かした。他の誰とも違う、女ならココが気持ちいいんだろうと識ったような独りよがりではない、その触れ方に思わず反応してしまう。
「やっ……てづか……だめ……っ……」
絶妙な強弱の付け方で、中を攻めてくる。奥底から湧き出る感覚が強くなって、手塚の指を濡らし続けている。
「もうっ……んっ……」
このままでは指で達してしまう。二人の初めては二人で同時に、と思ってたなんて言ったら、きっと笠原はここぞとばかりに反撃してくるだろう。柴崎だって乙女じゃん、と。
もうダメかも、と感じる一歩手前で手塚が指を抜いた。呼吸の間隔が狭かった分、深呼吸をするように大きく息を吐く。
一方の手塚は一度柴崎の身体から離れて背を向けると、ベルトを外して避妊具の準備をした。
ゆっくりと、しかし着実に進入してきた手塚の表情は苦しそうだった。男を受け入れるなんて何年ぶりかという柴崎の中は、確かにキツイかもしれなかった。時間を掛けて全てを柴崎の中に収めると、
「入った」
と、手塚は一息吐いた。
「バカっ」
聞かされた側の柴崎は顔を赤らめて、そっぽを向く。このシーンで言われると非常に恥ずかしいセリフである。
「動くけど、大丈夫か?」
どこまでも真面目な手塚らしい問いかけだが、これも返答に困るものである。大丈夫に決まってるでしょ、とも言えず、柴崎はそっぽを向いたままで頷いた。
抽送が始まると、奥の疼きが手塚をより強く求め出す。自分から動くことなんてありえなかった。でも今、自然と動き出す下半身に、柴崎自身が驚いていた。
次々と溢れてくる愛液が、手塚の足も濡らしていく。そしてそれが響く音となって、二人の耳に届く。
恥ずかしい。
なんでこんなに正直なの、あたしの身体。
こんなに、―――気持ちいい、なんて。
強く動きさえすればいいという考えがミエミエだった、あたしに気持ちよがっている演技をさせていた、以前の男たちが、記憶からキレイに消えていく。もちろん、あの忌まわしい出来事も。
―――上書きって、本当にあるかも。
「……んんっ……んっ……あっ………っ……」
柴崎は声を抑えることも忘れ、軽く意識が飛びそうになるような快感に身を委ね、
―――――気持ち、いい
喘ぎ声と一緒に、思わず言葉にしそうになったとき、
「麻子」
初めて呼ばれた。
はっとして目を開くと、真剣な眼で見下ろされて、もう一度呼ばれる。
「麻子」
彼の唇が、自分の名前を載せる。
彼の声が、自分の名前を紡ぐ。
彼の瞳が、自分だけを映す。
愛情の籠もった、唇で、声で、瞳で。
―――こんな幸せなことってあるかしら。
「光」
自分も応える。愛情を込めて、愛しい名前を呼ぶ。
手塚は安心したように微笑み、ちゅっと軽いキスをした後、速度を上げた。
愛されてるなあ、と思える抽送が、柴崎を高波へと運んでいく。そして、程なくして、二人は同時に一番高い波に攫われた。
「ごめんな」
手塚の謝罪の意図が見えなかったので、首を傾げて聞き返す。
「何が?」
「いや……」
アトでこういうことを言うのはなんだかフェアじゃない気がするけど、と小さく呟いた後、手塚が言った。
「お前、今日、俺がこういう決心して来たって知らなかったわけだろ?……メールの意味、判ってなかったくらいだし」
「そりゃ、まあ」
「女って、いろいろ準備、とか。したかったんじゃないかとか思って……だから、」
下着とか、まあ、いろいろ、と言い難そうに言葉を続ける手塚に、柴崎は、
「判ってないわねー」
とおどけて見せた。
「色々怠るように見える?完全無欠の麻子さんが」
「いや、まあ、そりゃ……」
そんなことはないだろうとは思ってはいたが、やはり心の準備をさせないままに行為に持ち込んだ気がしてならないのだろう、手塚はまだ何かを言い澱んでいる。
「あのね、」
そんな手塚を愛しく思えて、柴崎も思わず本音が出る。
「あたしはデートの度に、いつだって光とこういうこと出来るように用意してたわよ。今日だって、一番のお気に入りの下着だったし」
「え」
「光と早くこういうことしたかったのは、あたしも同じだったってこと!」
早口で言い逃げしてシーツの下に潜り、顔を隠した柴崎を、
「お前、……可愛すぎだろそれは!」
と、唇を奪うために手塚もシーツに潜って追いかけた。
了
有難うございました。
2の改行、一部仕上げてなかったです、読みにくくてすみません。
導入部長い割りにエロが短くてすみませんでした。
でもまた萌えたら来ます〜ノシ
GJ!
GJ!
柴崎かわええ・・・!
正直な身体のとこで悶えました・・・
手塚も大事にしすぎて手が出せないって、手塚らしくてニヤニヤ
またお願いします
こことか、いろんな二次創作サイトを見て回ってたら
どれがどこで読んだのかわからない。
なんとなく、記憶に残ってて、も一回と思っても
読めない・・
自分も読みあさってた時はそうだったな
逆に、なんか読んだことあるようなと思いながら読んでて、
終盤まで来てから既読だったと気付くとかw
あと、話の作り方がうまいサイトさんでの設定読んだりすると
原作の設定なのか、二次の設定なのか、錯覚する時あるよねw
あるあるw上手いとこは原作ネタとの絡め方もまた上手かったりするから余計w
前、プロフ聞いてた人は設定確認とパロ書き順調だろうか
シアター!2を読んで司と千歳萌えが止まらない。
千歳で妄想しようとするとモデルの声優がちらついて先に進めない…。
>>413 同じく、同じく。
1の時からいいなぁと思っていたけど、2でやられた。
何だよ、あの電話のやり取り、反則すぎる…!
フリーターの社長が好きだった自分は司の上司の部長が好きだ。
いつか司が仲人頼みにいったらいいと思うんだww
空の中 高巳×光稀落とします
5です。
お目汚し、失礼
「わかった!取りあえず!ストップ!」
高巳の声にベッドのマットレスの上で暴れていた光稀が肩で息をしながら振り返る。
…あーもう…
乱れた髪の間から光る目が、一瞬にして怒りから驚き、そして哀しみに変わる。
そんな泣きそうな顔をするなら、暴れなきゃいいのに…。高巳は両手を降参というふうに上げ、深く溜め息を吐いた。
「…かわいい下着だねと褒めて、すいませんでした」
再び光稀の瞳に怒りが走る。なんでそこで、怒るかな?俺のためじゃないのか?首を傾げたくなるが、光稀の機嫌を執り成す方が先決と判断し、両手を上げたままさらに、光稀から少し離れた。
光稀がそろそろと上半身を起こす。ある程度まで身を縮めた所で、高巳を睨む。
「…エロじじい…」
ガックンと頭が落ちそうになる。いや、落ちかけて片手で額を押さえた。
…俺は、ただ、そういう雰囲気になった恋人同士が、こう、甘ったるい状態で、…今まで見た事のない可愛らしいブラジャーだったからなぁ…。褒めたらいけなかったのか…。
わけの分からんところで感心しそうになって、光稀の瞳が恥ずかしげに逸らされるのを見て、納得した。
…照れてるだけか…
甘い雰囲気に慣れてない彼女は、甘い雰囲気を取りあえず、ぶんなげて踏み付ける癖がある。
ある程度まで雰囲気に流されたら抵抗は小さいが…今日は、まだ流されてなかったらしい。みごとに、ぶん投げられる所だった。
「…どうしたもんかね」
ふうっと、ベッドの上で胡座をかき、まるで猫の様に逆毛立つ光稀を見てもう一度溜め息を吐いた。
たまにしか会えない彼女とここまで来て、はい、さようならとできるほど、大人ではない。
…またきっと、そう言ったらこの彼女は泣きながら帰るのだ。自分のせいだと後悔しながら。そうさせるのは、可哀相だという気もした。
…だが…さっきのエロじじいの件は…納得がいかない。
恋人同士で彼女にエロで何が悪い。
高巳はもう一度、両手を上げた。
「光稀さん、ならこうしよう。俺は今日光稀さんの背中しか触らない」
妙な事を言い出した高巳に光稀の瞳が訝しげにひかった。
「…背中?」
大仰に頷く。
「背中、揉んだげる。だから、光稀さんはベッドの上に寝てるだけでいい。」
「なんだそれはっ?」
逆に驚いた声を上げた光稀に高巳が苦笑いする。
「俺は今日はそれでいい。…ここで、触れられないで帰るって言われる方が辛い」
高巳の言葉に、光稀の目が違うと彷徨う。だが、構わずに高巳は続けた。
「…下着の件もごめん。触られるのがいやみたいだから、自分で脱いで。そんで、ライトも自分で加減して。」
譲歩されているのか、注文されているのかわからず、光稀はやや唖然と高巳を見た。
「俺からのお願いは、三つ。まず、ここに触らせて」
高巳の指が自分の鎖骨の部位を指す。
「なんで」
聞き返した光稀に丁寧に説明する。
「リンパの出口なんだ。まずそこを軽くほぐしてから、マッサージするのがお約束。テレビとか…見てないね…」
小さく笑われて、睨む。そういうのには興味はない。
「本当だから、誰か詳しい人に聞いてもいいよ」
そう言われ、取りあえず頷く。もう一つ、と高巳が指を立てた。
「このベッドで片側からマッサージだと安定しないから、光稀さんの背中、跨がらせて」
ぎょっとした顔をした光稀に言い含める。
「光稀さんに、もし俺が背中揉んでって頼んだら光稀さんなら、多分そうすると思う姿勢だけど、想像できる?」
背中というより、臀部に近い腰に跨がって自分が高巳の背中を揉む姿は想像できたが…段々視線が上目遣いになる。
「なに考えてる…」
「別に、なんも」
高巳はこう言って首を竦めた。
「三つ目。俯せになったら身体起こさないでね。さすがに、俺、理性きかない」
それだけ伝えると、くるりと光稀に背中を向けた。
「準備ができるまで、見ない。だから、安心して」
光稀はしばらくその背中を不信感たっぷりに眺めていたが…ゆっくりとサイドボードのライトの摘みを高巳が思うよりぎりぎりまで絞った。
「…いいぞ」
しばらくゴソゴソしていた光稀が、結局約束どうり一度も振り返らなかった高巳に声をかけた。
「長いよ…」
待ちくたびれたと言う口調にカッとなりかけて、…自分でも…そう思ったので堪えた。
ベッドに身体を横たえ、白い背中だけ暗闇に浮かぶ。なにに手間取ったかと言えば…念のため、自分の回りにシーツで土手を作っていたからだ。腰から下は布団の中だ。
なるべく隙間がないように。丁寧な仕事に高巳は思わず吹き出しそうになる。逆を言えば…光稀はこのシーツの人型から出られないという事だ。
顔もわざと高巳から逸らして壁を向いてる。
「じゃ、よろしくお願いします」
そう光稀に声をかけて…高巳は人の悪そうな笑いを浮かべた。
ギシッとベッドが軋む。自分の腰の当たりのスプリングが沈んだ感覚に身体に力を入れた。
「鎖骨、触るからね」
静かな声が背中から降りて来る。言われていた事なので小さく頷いた。肩越しに指が下りて来る。指で窪みを探り、二、三度ほぐすように動いた。離れる。本当にほぐすだけの動きにちょっと力が抜けた。
「じゃあ、ゆっくりと指圧していくから、力の加減教えて」
肩甲骨の当たりを押さえ込まれていく。くぅ、という小さな呻きが光稀の口から上がり、高巳が指の力を抜く。
「強い?」
光稀が首を横に振る。
「いや…なんか、痛気持ちいい…」
素直な言葉に高巳が笑った。加減は分かった。
「じゃ、本格的に行くよ。」
光稀の背中の上で軽く高巳が両手の指を鳴らす音が聞えた。
「…結構…凝ってる?」
高巳の言葉に首を傾げる。
「わからん…こういう事はされたことがない」
「…ここ…ゴリッて分かる?」
肩の内側が高巳の指でゴリッと動く。
「…なんだそれは…」
「いや…肩凝りの凝りだと思うけど…」
そうか…凝りってそれの事なのか…。
「…詳しいな」
適格につぼを押していく指に、気持ちがよくなり目を閉じた。
「まあね…俺、肩凝り常連さんだから」
肩甲骨の窪みを押されていく。
「ここにもあるよ…」
確かに今、高巳の指の下でゴリとなにかが動いた。
「偏頭痛とか、ない?」
「…ない…」
頭痛など…空の青さですぐに消える。空の中の美しさ…ここに自分しか…いない。
「…高巳…うまい…」
思わず呟いた。気持ちがいい…。その気持ち良さに…白状したくなった。
「…さっき…すまない…」
「どの事?」
そう聞かれ、声を出さずに笑った。
「…下着…」
あぁと、一瞬指がとまりまた動き出す。
「…店員に…からかわれたんだ…」
それなら彼氏もきっと喜びますわ…思わず余計なお世話だと怒鳴りそうだった。彼氏がいないと、こういう可愛い下着を買ったらいけないのかと…。
だがしかし…そこで躓く事自体が、そういう目的の為で…あると…ぐるぐるしていた所で、可愛いと言われ、変なスイッチが入った。気がついたら恥ずかしさで逆上していた。
「気にしてないけど、なるべく早く可愛いとか、綺麗だねとかいう褒め言葉に慣れてくれたら、俺は嬉しいけどね」
そう言われ…しばらく考えて声を立てずに笑った。
高巳からそう言われる度、身の置き場がなくて憎まれ口か、手か足が出るのは自覚があった。考えたらひどい話だ。でも、きっとそうなる。やや、反射だから仕方がない。
「高巳…少しぐらい体重かけて構わん…」
ん?と苦笑いした気配がした。気がつかないと思っていたのだろう。ずっと中腰で背中を指圧していた。鍛えていないサラリーマンには結構きつい姿勢のはずだ。
「いや…光稀さん、薄くて…」
そう言われ、わからずに首を振る。
「…女性って、こんなに身体薄いのかとちょっと、驚いた」
背中に手の平が当たる。ゆっくりと手の平で身体を押さえられ…あぁと溜め息が漏れる。薄い…そう高巳が呟いた。
「…鍛え方が違う。乗れ…」
何気なく言った言葉に、少し後から後悔した。はしたなかったか?
「…じゃあ…」
ゆっくりと腰の上に体重がかかる。それでも加減している高巳にまた、声を立てずに笑った。
闇に目が慣れて、白い背中が空気のように揺れる。安心しきったように身体をシーツに投げ出し、顔の下で腕を組んでる。
気持ちがいいのだろう…髪の間から覗く口元が柔らかい微笑みを浮かべている。
両肩に流れるように落ちた髪から項が覗き…色っぽかった。
自分の手の平の下に…光稀がいる。あの戦闘機の前の座席に座っていた背中は…こんなに華奢だったのか…。不思議な気がした。
肩幅でも…自分の手の平二つ分ぐらい…。背中を真っ直ぐに走る背骨。二つ丘を作る肩甲骨。括れた腰。
「…光稀さん…」
名前を呼ばれ、光稀が少し眠たげな声で返事をした。
「背中に触ってもいい?」
改めて聞かれ…また声を立てずに笑われた。…一応、了解得たからな…。心の中で小さく舌を出し、さっきと違うタッチで首の後ろの窪みに触れた。
「…ふぅ…ん…」
甘い声が漏れた。でも…気がつかなかった。指が…背中を走る。ゆっくりと…柔らかく…。触るか、触らないかの柔らかい指の走りは、静かに光稀の身体を捩らせた。
目を閉じ、夢うつつのように口元には笑みを浮かべたまま…光稀の唇が小さく開く。
「…気持ちいい?」
囁くように聞くと、少し頬を染めた光稀がシーツに顔を擦り付けるように頷く。その表情が見たくて、光稀の顔にかかっていた髪を耳に掻き揚げた。
頬に触れた指に少し眉を潜める。約束は覚えているらしい…。
可愛いんだか、強情なんだか…高巳は小さく笑った。目を閉じたままの光稀の横顔が闇に浮かぶ。
「…キスは、だめ?」
返事が無かったので、横顔に啄むだけのキスを落とす。んっ…と光稀が息を詰めゆっくりと吐いた。
あやすように首筋を撫でる。すると解けたようにまた口元に笑みが浮かぶ。左の肩に唇を落とした。
背中が…熱い…。
はぁっ…と息に熱が籠る。熱い…。脇腹に添えられた高巳の手が熱い。高巳がゆっくりと唇を背中に当てた後が熱い。その唇の間から伸びた舌先が熱い…。
「…ん…高…巳…」
「動いたら、駄目」
制止されると動きたくなる。
「…あつ…い…」
やんわりと首筋を唇で覆われて、息を吐かれる。軽く甘噛みされて身が捩る。
シーツの土手が崩れた。光稀の腕が堪え切れず上半身を上げようとする。それを背中に置いた手の平で押し返す。
「…今日は、背中だけ」
光稀の喉が小さく唸った。目を閉じて、約束を反芻する。
鎖骨に触るだけ
腰に跨がるだけ
身体を起こさない
「…んなの…知らない」
身を捩るように上半身をくねらせ高巳を見上げた。あらわになった胸を見て、高巳が苦笑いをする。
「…理性きかないって」
光稀の腕が高巳の首に回された。
「そんなの…いるか…」
誘うようにキスをねだり、誘われたようにキスを落とす。
ようやく甘い雰囲気に流れてくれた光稀の耳に囁いた。
「エロじじいって言った…」
「…悪かった…」
謝るように光稀が唇を啄む。女性にしては薄い唇が柔らかく高巳の唇で遊ぶ。
光稀は、深いキスが少し苦手だった。深いキスを光稀から仕掛けても途中、どういうわけか高巳が主導している。いつか、主導してやると思っても、今の所無理なのでバードキスを好きなだけ高巳に仕掛ける。
「…結構、傷ついた」
高巳の珍しく拗ねた物言いに声を立てずに笑う。
「…後でさっきの下着…ちゃんとつけて見せて」
そこか…もう一度、笑って…。ぐいっと自分の方に高巳の身体を引き寄せた。
「好きなだけ…見せてやる…」
高巳の為に買ったものだ。
「…可愛かったか?」
聞いた口を塞がれた。
「中身が、可愛い…」
二の句が告げず、思わず固まる。みるみる赤くなる顔をしっかり見つめて…高巳がようやくすっきりしたように笑って肩に顔を埋めた。
おわる
この二人好きだ。
失礼しました。
おぉwwしばらくみない間にこんなにたくさん投下されてるとは驚きw
いやー嬉しいなw
読ませてもらいました!さんくす!
>412
プロフ聞いたのは自分ですw
今回はあまりプロフ関係ないところに逃げました。
今は玄折目指してますw
こないだアニメ見直したら、一話で玄田の年齢出ててびびりましたww
そうそう。
話がある程度投下されてきてるので
そろそろまとめWikiも編集しようかなと思ってるんですが…載せないで欲しいって職人さん(作品)はおられますかね。
原作スレ向きかもしれないんだが、アニメDVD特典の小説見てちょっと気になったんだけど
手塚っていつから堂郁の恋愛感情気づいてたっけ?
両想いなことには実際に付き合うことになって初めて気づく
+それでもしばらくは尊敬する上官の相手が…と
全面は納得できてない感じかと思ってたから、付き合う前に分かってるような描写あって驚いた
保守の代わりにでも。
「…そう。そのまま腰を下ろせば良い」
「…んっ」
あぐらをかいた状態で座っている俺をまたいだ彼女は顔を真っ赤にしている。
俺の肩に置かれた彼女の両手は微かに震えていた。
「…不安なら止めたらどうだ?無理してやることじゃない」
「だって、正常位ばっかりじゃマンネリ化するで、って…」
無意識のうちに真似てしまった口調から入れ知恵した主に思い至る。
「ゆかりか…」
おかしいとは思ったのだ。
普段どちらかと言えば受け身の彼女が俺のモノを自分から口に含んできたり
蚊の鳴くような声で「上になってみたい」と囁いてきたり。
女性が積極的になることにやぶさかではないが、無理させるのは本懐じゃない。
そもそもマンネリになるほど俺たちはまだ身体を重ねていないんだが。
高ぶりの先端が潤みに到達したものの、決心が付かないのか彼女の動きが止まる。
(…そこで止められるのは、正直キツイんだが)
細い腰に添えた手を思い切り引き寄せて一気に突き上げたい衝動を深呼吸でやり過ごす。
その深呼吸をため息ととらえたのか彼女の表情が一瞬強ばった。
おびえたような視線の中に間違いなく浮かんだ強情さ。
(本当に負けず嫌いだよな…)
意を決したように再びゆるゆると腰を下ろし始める。
「…っく」
「は、んんっ…」
全てが収まったとき、大きなため息をつき彼女が俺にしがみついてきた。
「…よくできました」
労をねぎらうつもりで頭を軽く撫でてやると彼女はガバッと身体を引き離し
「もう!こんな時まで子供扱いしないでください!」
と頬をぶぅっと膨らませた。
「…こんな時、ね?羽田さんは今がどんな時だと思ってるの?」
「えっ…?」
「俺が『子供』相手にこういうことする趣味のある男だと思ってるわけ?」
「っ!ひゃんっ…」
大きく腰を突き上げてやるとのけぞった彼女の柔らかそうな膨らみが目の前で揺れた。
すでに赤く充血していた頂を口に含む。
「っいや…!ちょっ待って…」
「充分待たされた。も、限界」
自分も限界です。誰かこの2人で書いて下さい。
>426
GJ!いいぞもっとやれ!!
gj!!!!!!
限界なんて言わずにそこをなんとか!!