○ユリウス
レオニード、僕幸せだよ・・・
こんな風にあなたに抱かれて年が越せて・・・
○レオニード
寒いのではないか?
もっとそばへ寄るがいい。
○ユリウス
ううん、大丈夫だよ。貴方がいれば・・。
(遠慮して手で胸板を押し返す)
○レオニード
そうはいかぬ。今からもっと暖かくしてやるぞ。
これで・・・
(枕を手に取る)
○ユリウス
え・・・
何をしようっていうの・・・?
○レオニード
これを使えば、結合が深くなるのだ。
(枕をユリウスの腰の下に差込れて揃えた両脚を胸に抱え込む)
○ユリウス
レオニード・・・!
は、離してよ・・・
(身体を動かすもがっちりと抱えこまれ身動きがとれない)
○レオニード
ユリウス、おまえの抵抗はいつも見せかけだな。
だが、それが却って私を挑発していると言う事に気付かぬのか?
(両脚を抱え込んだまま一気に怒張を膣奥まで到達させる)
どうだ・・・?いつもと違う体位は・・・
○ユリウス
ああぁ・・・・っ!
そん・・なの・・・答えられな・・・・
(身体の奧に突き刺さるようなあまりの感覚に耐えきれず、かぶりをふる)
○レオニード
ふふ、聞くまでも無かったな、
おまえのその顔を見ればわかる。
これから、どうして貰いたいかもな・・・
(ゆっくりと、大きく腰を動かしながら片手をベッドにつき、
覆いかぶさる体勢で口づけ、舌を絡める)
ユリウス、私のことをどう思っている・・・・?
○ユリウス
あなたと・・・もっと深く・・・
こんな僕で・・・いいと言ってくれる・・の・・・?
○レオニード
おまえはどうして何時もそのように控えめなのだ・・・。
しかも次々と新しい反応を見せる・・
そんなおまえだからこそ、私はこうして毎晩
まるで初めてのような気分でおまえを抱いているのだ・・・。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
○レオニード
ユリウス・・・、
私がおまえの望むものを最後まで与えなかった事が
今までに一度でもあったか?
それに、おまえの口から我侭など一度も聞いたことが無いぞ。
(暫しの沈黙の後、独り言のように)
自分の都合をおまえに押し付けてばかりの呆れた男なのだ、私は・・・・・・。
○ユリウス
レ・・オニードの都・・合・・・?
んんっ・・・・・ぁあっ・・・・んっ・・
(答えようと思うが、舌を絡められ、
濡れそぼった両の口からは水音が溢れだし、うまく答えることができない)
ゆっくりと抜き差しされるその緩慢な動きに耐えられず、
引きずり出されるペニスを追うように思わず腰がせりあがる。
○レオニード
ユリウスが枕を当てられた腰を艶めかしく動かし始めた事に気付き、
レオニードは一度体を離すと、
揃えたまま抱え込んでいた脚を自由にしてやり、再び両腕を膝裏に回すと、大きく開かせた。
「都合とは・・・・、こういう事だ」
まるで刑を宣告するかの用に低く強く言い放つと、
戸惑う表情を見せるユリウスに構わず、両手で掴んだユリウスの脚を更に高く持ち上げながら
血管を浮き彫りにして脈打つペニスを強引に彼女の膣奥深くに押し込んだ。
「私はこんな事をする男なのだぞ・・・。 もう一度聞く、ユリウス、私をどう思っているのだ・・・・」
○ユリウス
「・・・!!!!」
一気に押し入れられたたペニスがぐっと体の奧を圧迫し、
鈍い痛みをともなう甘美な感覚に体が跳ね上がりそうになる。
ぐりぐりと押し込まれたまま問われ、
はっきりと体の中に打ち込まれているものの存在を感じながら
絶え絶えの息でようやっと声を発することができた。
「レ・・オニード・・、僕は・・・あなたに・・・
あなたに悪いと・・・ だって、あなたには・・・・」
そこまで言うと両の目から涙がこぼれ落ちた。
○レオニード
ユリウスの双眸から溢れる涙に、レオニードは怯んだ。
「・・・わかった、それ以上言わなくてもよい」
卑怯な自分への苛立ちから、この弱々しい少女に酷な事をしたと悔い、
掴んだ両足を離してやると、今度は壊れ物を扱うようにそっとユリウスを抱き寄せた。
融通が利かない男、そう言われるのも無理は無い。
相手を思い遣る心が欠けているのは百も承知だが、今このような時にそれが顔を出して
ユリウスを悲しませる事になろうとは。
「・・・・すまなかった。」
自分の胸に顔を埋めて涙を流すユリウスに、憐れみを感じて
手で顔をこちらに向かせると、頬の涙を口づけでぬぐってやり、
思いを込めてユリウスの唇に自らの唇を重ねた。
○ユリウス
さっきまでの激情がまるで嘘のように、優しいレオニード。
安堵を覚えると同時に、
心の中に穴があいたような寂しさを感じて、ユリウスはレオニードに縋り付いた。
「レオニード、ちが・・違う・・・!
そんなに優しくしないで・・・!!
僕はあなたにアデール夫人がいると知りながらあなたのことを・・・
ねえ、レオニード!!あなたの心はどうなの!?僕のことを本当に・・・?
お願い、本当のことを言って!
僕はもうあなたがいないとだめなんだ・・・
僕をめちゃくちゃに・・・・・!」
○レオニード
必死に訴えかけて来るユリウスに益々愛おしさがつのって、
レオニードは彼女を抱く腕(かいな)に力をこめた。
「私は優しくないのだ、少しもな・・・・」
乱れた金色の髪を撫でながらレオニードは呟くように言った。
そうとも、これは真の優しさではない。
ユリウスに真実を隠している後ろめたさから来る自己嫌悪と罪悪感への
免罪符なのだ。
レオニードはユリウスの青い瞳を真っ直ぐ見つめて強く言った。
「・・・だが、おまえを愛している気持ちに偽りは無い」
優しく接してやらねばと、理性では思うものの、めちゃくちゃにして欲しいとのユリウスの言葉に
体の方は意に反して昂ぶって来る。
レオニードの顔に一瞬、自嘲の笑みが浮かんだのをユリウスは知る由も無かった。
初めからやり直し、と言う訳ではないが、
ユリウスをもう一度高めるために、レオニードは彼女の耳たぶ、首筋、鎖骨、と唇を這わせて行き、
乳房にたどり着いた所で丹念に両手で揉みしだきながら、左右の乳首を交互に口に含んだ。
ユリウスの口から再び甘い溜め息が漏れ出すのを聞くと、
体を下に滑らせて、膝を割らせると、そのもっとも敏感な部分に口づけた。
○ユリウス
「あんっ・・っ・・・っ・・・・っ・・・!」
レオニードの舌の動きにあわせて、体の奧が収縮する。
中心からは熱いものがとろとろと流れ、
先ほどくわえていた物を求めて狂おしいほどひくついていた。
「レオニー・・ド・・ もう・・だめ・・・」
入れて欲しいとも言えず、快感に耐えながら何度もレオニードの髪をかき混ぜる。
○レオニード
レオニードの愛撫によって身悶えする如くに震えるユリウスの秘部。
執拗に秘唇の奥を舌先で探るように舐めては、可愛らしく勃ち上がった肉芽を吸いながら首を振った。
するとユリウスの手がレオニードの黒髪を掴んできたが、かまわず、
今度は己を求めて蜜液をとめどなく溢れ返らせる膣口に舌をズブリと差し入れる。
ペニスを一度挿入されているそこはすでに熱く柔らいで、湿った音を立てながら舌の出し入れも容易に受け入れた。
中に溜まった蜜を掻き出すように舌を動かしながら、
同時に内壁の滑らかな感触と味を愉しんでいたが、
ユリウスの快感に耐えかねた、もうだめ、と言う喘ぎ声にレオニードはようやくそこから顔を離すと、
体を起こし、怒張しきったペニスの根元を掴むとユリウスの濡れそぼった膣口にあてがった。
亀頭の先を蜜で濡らして3、4回肉芽に擦り付けた後、一呼吸おいて今度はゆっくりと、
挿入を求めて縋りつくようにひくついているユリウスの、膣の奥深くにペニスを飲み込ませた。
○ユリウス
「んっ・・・・・・・・・・!」
膣を押し分け、体の奧にゆっくりとペニスが沈み込んでいく。
それを膣全体で感じながら、
ユリウスは先刻レオニードの発した言葉を思い浮かべていた。
「おまえを愛している気持ちに偽りは無い」
射抜くような真っ直ぐな瞳が、それが嘘偽りのない言葉だと物語っていた。
ペニスが最奧まで到達すると、思わず「ぁぁ・・っ・・・・」とため息が漏れた。
深く繋がり、根本もぴったりと入り口と密着していた。
レオニードの恥骨がぐりぐりと肉芽に擦りつけられ、
そのたびに跳ねるように膣内が収縮する。
それでもなお、もっとレオニードを感じたくて
ユリウスは無意識に腰をまわしてレオニードのペニスを擦りたてた。
結合部からは温かいものが流れ、ぐちょぐちょと卑猥な音をたてる。
○レオニード
ユリウスがレオニードを感じるほどに、
膣内は狭くなり、肉襞は絡みついてペニスを締め付ける。
そのなんともいえない快感にレオニードは思わず出そうになる声を噛み殺しながら
ユリウスの膣内を満遍なくかき回すように動かしたり、浅く深く不規則に出し入れする。
やがて早くも達しそうになったため、一度、ユリウスの膣からペニスを抜き去った。
何が起きたのかとユリウスが戸惑い、目で問いかけてくるのを封じるように、
再び最奥へペニスを侵入させた。
グチュッという淫猥な水音と共に、うっ、とユリウスが呻き声を上げ、体を仰け反らせると、さらにもう一度ペニスを抜き去る。
レオニードはペニスを咥え込んでいたユリウスの膣壁が閉じるのを待っては、
改めて侵入させるという動作を繰り返した。
頂点を迎える寸前だった熱がやや冷めたのを見計らって、
レオニードはユリウスの両脚を肩に担ぐと、火照りきった膣にペニスを突き刺し、
空いた両手を彼女の太腿の外側からまわして
両の乳房を荒々しく揉みながら、激しく腰を打ちつけた。
その間にもユリウスの美しい肌に口づけを落とし、花びらが散ったような紅色の愛の印を刻み付けてゆく。
○ユリウス
レオニードの荒々しい侵入と愛撫に
ユリウスは自分が何をされているのか分からないまま
あまりの快感から逃がれるためシーツをぎゅっと掴んだ。
それでも襲い来る快感に、思わず「いやぁっ・・・!!」と声を漏らしてかぶりをふる。
だがレオニードが行為をやめるはずもなく、ますます体の中心に強く打ち付けられる。
数回打ち付けられたその刹那、
今までとは違った快感が体を突き抜け、体が痙攣するように仰け反った。
○レオニード
きつく締まっていたユリウスの膣が、一瞬緩んだかと感じた次の瞬間、今までにない強さで締まり上がり、
レオニードのペニスに絡み付いていた肉襞も例えようもない蠢きと収縮を繰り返しはじめた。
レオニードはその直前に限界を感じながらも、ユリウスを追い越さないように自制していたために、
彼女のオーガズムによる激しい痙攣に巻き込まれるように、ほぼ同時に頂点を迎えた。
理性の力で最後の一線を踏み越える事を懸命に耐えていたことから、
いやがうえにも高まっていた緊張が一気に解き放たれた時、
目の眩むような熱い快感が押し寄せて、声を噛み殺すことすら忘れてしまった。
「うっ!ぁああ!ユリウス・・・!!」
ユリウスの膣内でレオニードのペニスが熱く脈打ちながら、子宮に大量の精液を送り込む。
一方、ユリウスは体内にレオニードの熱い想いを感じ、さらに深い快感を得て身を震わせる。
レオニードは大きく腰を打ち付けながら、
ユリウスが痙攣しながらも、徐々に満ち足りた表情に変わっていくのを見逃さなかった。
(何があってもおまえだけは守ってやらねば)
快感の只中にあっても冷静に、初めてユリウスを抱いた時の決意を心の中で反芻した。
肩に担いでいたはずのユリウスの両脚はいつの間にかレオニードの肘に架かっていた。
その脚をそっと外して、曲げられていたユリウスの体を元どおりにするべく、
体を離そうとした時、彼女に引き止められた。
どうしたのだ、と目で問いかけると、ユリウスが消え入りそうな声で言った。
「・・・抜かないで・・・・・。あなとずっとこのままでいたい・・・・」
何を言い出すのかと思ったら、とばかりに薄く笑いかけたが、
ユリウスの瞳に涙が光っていることに気が付くと、レオニードは小さく溜め息をつき、
望まれるままに、繋がったまま体を横たえてユリウスを、宥めるように抱きしめた。
「おまえにはかなわんな・・・、初めて言った我侭がこれか」
レオニードはくくっと小さく笑って、ユリウスの金色の髪に顔を埋めた。
-END-
〜新春かくし芸〜
○レオ「正月に因み、スレの者達に披露しよう」
レオニードを不安げに見上げるユリウスを、なだめるべく額に口付けると、上の体制をとり・・・・
ユリ「っあ・・っあ・・やぁあ――――っ・・・!!」
ユリウスの膣に刺し込まれたレオニードのペニスは上壁のひだを強く執拗に擦り上げ・・・・
律動のリズムに合わせて吹き上がるキラキラと輝いたほとばしり――――
レオ「水芸だ」
○ユリウスの体内深くにペニスを刺し込んだまま立ち上がり、
激しく揺さぶりながらそっと手を離していく・・・・
「あっ、ああっん、もう駄目・・!」
「もう少し耐えろ」
レオ「バランス芸だ」
○秘唇を両指で大きく拡げられ、露出した膣口からクリトリスにチロチロと舌を這わせ、
ユリウスを次第に追い詰めていく・・・
「レオ・・ああっ・・もうっ・・・」
「すまない・・今日だけは耐えるのだユリウス、私も本当は・・」
「い・・や・・ぁんあ・・あぁん・・・」
レオ「忍耐芸だ」
○ユリウス
お・・・ねが・・い・・・舌だけ・・・で・・いい・・から・・・・
中に入れて・・・
○レオニード
「隠し芸は終了だ」
ゆっくり膝を抱え上げると、中心のぬかるみにペニスを飲み込ませ、
腰をつき出すようにぐっと体重をかけ、最新部を擦り上げる・・・
「重たくはないか・・?」
○ユリウス
満たされぬ思いに悲鳴を上げる寸前まで追い詰められていた最奥部の肉襞が、
にわかに与えられた褒美に縋りつく。
「はあぁぁ・・っ・・!
・・・あなたの・・重みを・・・じかに感じれるから・・・・・・
これが一番・・・好・・き・・、あ・・・ん・・っ!」
○レオニード
「私も、おまえの中にこうして温かく包まれていること・・が・・うっ」
じっとしていても、
とめどなく収縮を繰り返すユリウスの膣壁に、
腰を震わせ、たぎりをこらえる。
○ユリウス
焦らされていたとはいえ、あまりに早く頂点に達してしまうのが恥ずかしく、
階段の最後の一段を上らずに耐えていたユリウスだったが、
レオニードが動きを止めたことにより、ひとつ大きく息をついて、
繋がった部分から体中に拡がってゆく幸福感を伴った熱い圧迫感に 甘い溜め息をもらしつつ、
彼の背中に回した両腕に力をこめた。
「あなたとずっとこうしていたい・・・・。朝なんか来なければいいのに・・・・・」
それは独り言のような、間近に顔を寄せているレオニードにさえ聞こえるか聞こえないかの、小さな声だった。
○レオニード
「・・・堪える事はないぞユリウス。」
頂点を迎えることを、臆するように耐えているユリウスに、己への多大な気遣いと、
愛おしさがこみ上げ、
もっと良くしてやりたい想いと、
女の性を、とことんまで狂わせてしまいたいという、相反する気持ちに見舞われ、
気付くと、自分の恥骨を押し付けるように、中でひときわみなぎったペニスの先をグリグリと子宮の口に擦りつけていた。
「うっうぅ・・ユリウス・・私は一度達くぞ・・・・」
○ユリウス
レオニードの動きによってクリトリスと子宮口に同時に与えられる意識を遠のかせるほどの快感・・・・。
達してしまえば消え去ってしまうこの実体の無いものを、少しでも永らえさせようとユリウスは
再び意志の力で自分から切り離そうとした。
けれど、結部から全身を支配する快感に体が意志を裏切って、レオニードの律動に呼応して腰が動いてしまう。
ベッドが激しく軋む音の中にやがてレオニードの苦しげな声が聞こえ、体内に熱いほとばしりを感じるに至ると、
ユリウスは抵抗を諦め、そのまま息も出来ないほどのオーガズムの只中に身を投じた。
「・・・・・・・・・っ!」
いつもなら声を上げるその瞬間、この絶頂感の一部が声と共に体外に出て行きそうな気がして
ユリウスは咄嗟に声を噛み殺した。
その分、体中がまるで痙攣を起こしたように震え、その快感の波はしばしの間、去る事はなかった。
○レオニード
今までに無い程に、悦びの悲鳴を上げながら大小さまざまな収縮を不規則に繰り返し、
己の行為が与える快感の脈動を、充血し切ったペニスにこれでもかと伝えながら、うねり続けるユリウスの膣に、まるでそれが喉を鳴らしているかのごとく、
ごくり・・ごくりと子宮の奥に飲み下されながら、欲望のたぎりが次々と放出された。
「ユ・・リ・・!くっ・・・・ぁ・・・ぅ・・!!」
暫しの間、最大の膨張と、最大の収縮をもって昂奮の頂を迎えたペニスと膣は、まるで結合部にもひとつの大きな心臓を共有しているかのように、
意識とは別の場所で、リズムを同じくし、とくとくと踊り跳ね、脈打ち続けた。
それがいつまでも続くようにも、
儚げに終わる事にも感じられ、
どの路、それの快感に身を任せないなどという事は酷でしかなく、喉の奥から言葉にならないほどの悦声が引きずり出されたのは、
認めるまでもない事であった。
ユリウスの膣がようやく緩み出した頃、
そのまま眠ってしまいたいほどの甘やかな余韻にレオニードは、包まれていたが、
それでも伝えておきたかった。
「お前は、私の内にある。」
―――と。
END
11 :
無題(1):2009/06/13(土) 17:28:39 ID:aj8XKP/a
授業が終わるとダー様の腕をぐいぐい引っ張って、
人けのないレッスン室へ駆け込むユリ。
『どうしたんだい?そんなに慌てて♪』
「・・おねがいだ・・今すぐ・・」
『今すぐ、なんだい?次は指揮法の時間だね♪ヘルマンだから、
遅刻はできないねぇ・・♪』
「ダーウ゛ィト・・!!」
『ん?なんだい?♪』
「僕をこんなにした責任をとってくれよ・・!」
ジッパーを下げるとユリウスを寝かせ、こわばったペニスの先で、
濡れ光り、ひくひくとうごめいているユリウスの女陰を、
なぞり、グリグリと膣に埋めこむように行き交わせながら・・・
『こんな場所で、しかもこんな時にユリウス、君は
僕のこれを欲しがっちまうのかい・・?』
「・・誰がっ・・違うんだ・・ああっ・・」
『じゃあ、指で満足できるんだね?♪』
「あぁん・・い・・や・・」
『ユリウス、どっちが欲しいの?欲しいものを君の口からちゃんと言って・・♪』
愛する人のペニスであるから尚更、先端の刺激だけでも陰唇の感度を最高潮に高められ、
レッスン室の床まで密を大胆に滴らせたユリウスが、
身を起こし、ダーウ゛ィトにぎゅっとしがみつきながら
唇を震わせ、我が耳をも疑うような淫らな欲望を、
消え入りそうな声で彼の耳にそっとすべり込ませる・・・
ユリウスの艶づいた吐息が耳粱をあたため、
ダーウ゛ィトにも一気に少年ならではの突き上げるような性の大きな欲望と、ユリウスへの愛おしさがどっと押し寄せた。
ダーウ゛ィトはユリウスの頭をよしよしと撫で、
唇に軽くキスをすると、
ユリウスの膝を大きく抱えあげ、膣のうねりを楽しむように何度か腰を小刻みに振るってペニスを2.3度中ほどまで出し入れすると、
強く膣肉を割り、ペニスをユリウスに飲み込ませ始めた。
ユリウスがいつになく、もうたまらない様子で腰を大きく振って、ペニスの最新部への到達を促す。
「ぁ・・あ!・・ぁあぁあんっ・・大き・・い」
今までに見ない大胆なユリウスの所作に、
ダーウ゛ィトは急に真顔になり、奥を何度も突き上げはじめた。
「あっ、ぁっ、あっ・・ゃあっ・・!」
いつになく、欲望をあからさまにしたダーウ゛ィトの激しい膣奥への突き上げに、
ユリウスの膣全体は一気に充血し引き絞られ、
また、ダーウ゛ィトのペニスも限界まで細く締め付けるユリウスの膣に、強く激しくしごかれた。
12 :
無題(2):2009/06/13(土) 17:29:00 ID:aj8XKP/a
『・・ずっと、こうしたかったよ・・ユッ・・リウス!』
ユリウスは、うんうんと何度もうなづきながら、
瞳から感嘆のしずくを滴らせた。
「ご、ご・・め!・・ダッ・・もう・・っ・・ごめっ・・!」
律動が始まって間もないというのに、
ユリウスが早くも申し訳なさそうに首を振りながら限界を告げ、ダーウ゛ィトの肩口に強くしがみつき、
脚を巻き付けながら結合を強くして、絶頂感に身を震わせはじめている。
ダーウ゛ィトは、それをただただ愛おしいと思い、手を下にまわし腰をやさしく抱き締めてやる。
律動を緩めるどころかさらに早めてやって、自分だけが知っている
ユリウスの膣奥の最も弱い点をえぐるように、時に窮つように連続して突き上げていく。
ユリウスの声が一気に切羽詰まり、切なく甲高くなっていくと、
慌てて唇を塞ぎ、ユリウスの悦声を我が口に押し込める。
終焉に駆け抜けようとしている二人の唇の間から、
くぐもった吐息が断続的に漏れ、
ユリウスの膣が快感から締め付けてくるのを、ペニスの大きな膨張がそれでも押し広げようと、 せめぎ合っている。
そんなせめぎ合いの狭間から溢れ出す密は、
しだいに勢いを増し、高さを増して飛び散りはじめた。
ダーウ゛ィトはごく自然に欲望のままに、ユリウスの膣の強い痙攣に飲まれるように、
奥から込みあげてくる熱いたぎりを、腰を隙間なく密着させ、何度もユリウスの深い所へ叩きつけた。
「温かいよ・・ダーウ゛ィト・・」
痙攣を終えたユリウスも、戸惑うどころか進んでそれを受け入れるように、
目を閉じてその熱さをじっと感じ入り、密着した腰を離さずギュッと押し付けた。
呼吸が落ち着くと、ダーウ゛ィトはユリウスの腰を持ち上げ、
欲望の証と、奥に溜った蜜を垂れ流さないように注意を払いながら、
膣口に唇を密着させ、それを強く吸い上げてやった。
「あ・・ん、気持ちいい」『けれどこれでお終いだ。ほら、きれいになった。』
ユリウスに目配せする彼の笑顔に欲望の色は既にみじんもなく、
ユリウスは、取り残されたような気持ちに軽く頬を赤らめた。
終わり
○ユリウス
ゆっくりと押し広げながら入ってくるのもいいけど
急な荒々しい侵入も好きだよ、レオニード。
○レオニード
こうか?
○ユリウス
あ・・・ん
○レオニード
今夜は、このままでよいか?
私が、重いか?
○ユリウス
・・・ううん、
あなたの重みがうれしいんだ・・・
・・ん・・っ
○レオニード
このまま果ててしまうのは勿体無い・・・。
(繋がったまま、ユリウスの脚を高々と持ち上げると、
爪先から太股まで、片足ずつ丹念に唇を落とした。)
○ユリウス
もっと・・・もっと動いて・・
お願い、レ・・オ・・・
(意外な行為を始めたレオニードに焦らされて、自分で腰を動かし始める)
○レオニード
・・・・よいのか?
(唇を離し、ユリウスの体をくの字に折ると、
そっと体重を掛け・・・)
では、お前の声を聴かせてもらおう。
(ユリウスの腰の動きに合わせ律動を開始し、時に不意打ちをかけるように、
強く子宮を突き上げる。)
○ユリウス
・・っ・・・あっ・・そんな・・っ・・
(レオニードが始めた激しい動きに戸惑いながらも、
体の奥底に響き渡るような快感に涙さえ零れて)
すごく・・いい・・っ・・もう・・・だめ・・・・・
○レオニード
(ユリウスの奥の収縮をペニス全体に感じると、身を離し、
膣内を埋めていたものを二本の指に変え、
ペニスに擦られて膨張した膣の上壁をくすぐる)
ここが、限界か?
(愛撫を待つようにふくらんだクリトリスに舌を這わせ、
時に根本から吸い上げる。)
○ユリウス
(レオニードの二度目の予想もしなかった行動に、
ユリウスの官能はいっそう高まって)
いや・・・やめて・・!だめだよ、そんな・・・あっ・・・
(指によって達するのを必死で拒否し、首を振る)
レオニード、そんな意地悪しないで・・!
僕の中に入ってきて・・!
あなたの熱いものが欲しいんだ・・・!
○レオニード
まだだ。
(クリトリスが硬く勃ち上がって、膣は指をしめつける。
全体を舐めていた舌を、今度はクリトリスの先に集中させて小刻みに嬲る。)
○ユリウス
だめ!やめて!いやあ・・っ・・!!
(渾身の力でレオニードの執拗な愛撫から逃げようと、
手足をばたつかせ腰を引く)
○レオニード
舌でも果てさせてやりたかったことに、
愛撫の中止を惜しんだレオニードであったが、
二つのものを突きこまれ、
十分に押し広げられた入り口は、
ひくひくと震えながら充血し、蜜を滴らせ、
レオニードの欲望の侵入を、ただもう待っていた。
レオニードはユリウスの懇願に、無言だが性急な動作で、
その傷口のようにぱっくりと開いた花弁に、
反り返って血管の浮き出たペニスを近づける。
手を添えずとも、腰を突き出しただけで
ペニスはみるみるうちに膣に飲み込まれていき、
花弁を自らの形いっぱいに押し広げながら、
一気にユリウスの子宮の口に到達した。
それと同時に、レオニードは堰を切ったように、
激しく律動を繰り返しながら、ユリウスの唇を吸った。
熱い膣壁の強くまとわりつくような感触に溜息が出る・・・
「・・・もっとか?」
○ユリウス
今か今かと待ち焦がれていたものを与えられたユリウスの膣は
レオニードのペニスを根元まで呑み込んで、
二度と離さないと言いたげにきつく締め付ける。
圧倒的な存在感に体内を満たされながら、唇を吸われる喜びに、
結合部からはとめど無く熱い愛液があふれ、
レオニードが動くたびにそれは泡立ち、シーツを濡らしていった。
やがて、膣の奥深くに今までとまるで違う感覚が生まれて、
そこで感じる快感は徐々に大きなものとなりユリウスを夢中にさせ、
無意識のうちに両手で自分の乳房を掴んでしまうのだった。
激しいペニスの出入りさえ、分からなくなり始めたその瞬間、
ユリウスの膣は激しく収縮し痙攣した。
「レオニード・・、一緒に・・・!!」
ユリウスは気が遠くなりそうな快感の中で小さく叫び、
男の体にしがみ付く。
○レオニード
行為に夢中になるあまり、そして、魂の寄り添いあった男女だからこそ、その終焉はあまりあっけなく訪れ、
いつまでもこうしていたいという双方の想いを裏切るかのごとく、皮肉にも一気に快楽の頂点へと押し上げてしまうのだった。
ユリウスの膣の激しい収縮が、レオニードのペニスを痛みさえ感じるほどに強く圧迫し、
一瞬だけ膣が弛緩したすきに、今度は膨張したペニスがにわかに、膣壁をすみずみまで容赦なく押し広げ、ユリウスをさらに高みへ追い詰めてしまう。
「ユリウスッ・・・!」
膣がまたいっそう強く収縮し、
レオニードのペニスをくまなく包みこんだ時、その波にさらわれるかのように、
あまりに自然に、腰の奥から電流のような快感が突き抜け、
一気に尿道を掛け上がってペニスの先を熱く痺れさせ、震わせた。
「くっ・・・!」
あまりの快感に、男である己とて、漏れてしまいそうになる声。
それを逃すべく、ユリウスの細い腰を強く引き寄せ、
腰を押し付け合うように抱きすくめながら、ユリウスの膣に、自らの精を存分に絞りとらせた。
ユリウスの膣と、レオニードのペニスは繋がったまま、幾度となく大小さまざまな収縮を規則的に繰り返し、
心臓とは、また違ったその二つの愛の鼓動が、弱まり消えていくまで、
舌を吸い、唇を幾度も重ねあった。
局部の二つの脈動が緩んでいくごとに、
むさぼるようだった激しい口づけも、労り合うようなそれに変わり、
最後は軽く触れ合うほどの優しいものへと変化した。
そして、一気に訪れた心地良い疲労と充実感に、
そのまま上で眠ってしまいそうな我をとどめ、
すぐ下で眠りについてしまったユリウスを起こさぬよう、
体勢をそっと変え、腕の中に包みこんで、髪を撫でながら眠気の到来を待った。
これまでにないほどの幸福な、寝入りであった。
END
17 :
無題:2009/06/13(土) 17:34:34 ID:aj8XKP/a
言わないけれど、
騎乗位のとき・・・
上下に動く僕の腰にそっと添えてくれる貴方の手が好き!
意思を持たず、ただそっと当てられただけの、大きな手の温もりを感じ、
冒険をしてみようとついに自分から左右にも動かしてみた。
僕が奇妙な動きをし始めたと同時に、
まるで言葉に出来ない感覚を感じ取ろうとしているかのようにレオニードは
軽く目を閉じ、僕を視界から消してしまった。
どういうこと?
思い起こせば・・・
初めてレオニードの上に乗った時は、どう動けばいいのか、全く分からず
暗闇を歩く、そう手探り状態だった。
この体位の時だけは、レオニードは、一切動きを止めてしまい、行為の全てを僕に委ねてくる。
不思議な時間の始まりだ。
責任を纏った僕の腰は、僕の意志で、不安を伴いながらぎこちなく上下運動を繰り返す。
自由を与えられた四肢と五感で、冷静な感覚で、
耳に入る淫靡な音を聞きながら、
無言で動き、問い掛ける。 「これで、いいの?」
聞こえない声は勿論レオニードには届くはずもなく、彼は何も言わない。
だが、そろそろ僕の、そんな余裕も終わりに近付こうとしていた。
言葉を発しないレオニードは、
何も、言わない代わりに、暫く続いた僕の試乗のような一連の遊戯に終わりを告げるかのように、
腰を、それまでとは180度違う強い力で掴むと、一気に下から突き上げる。
「はぁ・・っ・・・」
もう自分のペースではなく、レオニードのなすがままに呼吸を乱される。
子宮を何度も打ち付ける怖いくらいに硬度を増したペニスが、挿入の度に僕の粘膜を凄い速さで押し広げ、
時に角度を変えてそれは、何度も出し入れを繰り返した。
こうなって来ると、わけが分からなくなってきて、
ただ人形のように揺さぶられるだけになってしまう。
そして夢中で叫びながら、快楽の奈落に落ちて行く。
揺れる僕を、揺らす僕を、下から見上げる貴方の目も好き!
そしてこの時ばかりは、と
僕の腰を固定するように、時には支えるように 強く掴む大きな手。
いつか教えたい、
僕は、貴方の手のフェティシストなんだ、と。
END
18 :
題名のない夜:2009/06/13(土) 17:35:35 ID:aj8XKP/a
「あ・・ん・・。レオニード・・・、聞いてもいい?
どうして僕はこんな体をしてるのに、自分のこと
“僕”って言うんだろう?」
無心の耳に届く声・・
それは久しぶりの愛の行為の只中
しかも律動のさ中に涙ぐみ、女らしく色っぽい喘ぎ声を上げながら問い掛ける
ユリウスの質問だった。
(こんな時に・・)
レオニードは、言葉にこそしないものの、投げ掛けられた質問に
何らかの理由があり、恐らくは男として育ったのだろう、と言う
これまでユリウスに抱いていた漠然とした想像が日の目を見たのを感じた。
不意にユリウスがこの邸になってきた最初の出会いの日を思い出す。
レオニードは、用意の出来ない答えの代わりと言わんばかりに更に深い挿入を試みるのであった。
(ユリウスの抱える苦しみを私はどれだけ除いてやれるだろうか・・・)
が、不思議なくらいに添うからだの繋がった部分から沸き起こる官能は
残酷なほどにレオニードの思考に歯止めを掛けてしまった。
全ての神経が麻痺をし、下半身だけに集中したような激しい熱の熾りに無我になってしまう。
この時だけは、今・・このひと時だけは何も考えまい。
(すまない、ユリウス・・・奴を想っていたおまえに私はこんな・・・)
謝罪の言葉を飲み込み
更に両の足を広げ、怒張の果てに変化した昂るペニスを欲望のままに突き込むと
ユリウスの膣内は、強弱をつけながら出入りを繰り返すペニスに反応を合わせるように
瞬く間に小刻みな微動を伝えて魅せ付けてくる。
心までか、体さえもユリウスに浚われていくレオニードであった。
「・・さあな、私にはわからん。もしも、おまえ自身が気になると、言うのであったら
試しに今度から私の前で、僕ではなく『わたし』と言ってみるといい。」
遅い答えをようやく口にするレオニード。
「わ・た・し・・?」
膣を満たすペニスを感じながら朦朧とした視線の焦点を、レオニードの揺れる黒髪に合わせるユリウス。
その背後に、何か恐ろしい、過去へと繋がる扉のようなものを感じたが、ユリウスは思わず目を閉じた。
(いやだ、このままでいい!!)
「“僕”じゃダメ?」
咄嗟に出た言葉に、一呼吸置いて返事をするレオニード。
「・・・私は、構わんが・・・」
ユリウスは、レオニードの
一瞬浮かべた照れ臭そうな笑みを見逃さなかった。
「このままでいても、いいの?いいんだね?」
流れゆく夜の時間は、激しく軋むベッドの上のふたりを、優しく見守るように静かに流れた。
−翌朝−
朝まで何度も抱き合い深い眠りに包まれている
レオニードとユリウスの一糸纏わぬ姿が、そこにはあった。
END
19 :
無題:2009/06/13(土) 17:36:24 ID:aj8XKP/a
ユリウスは、今夜のレオニードに戸惑った。
何故なら・・いつものようなキスも、乳房への時間を掛けた愛撫も、今夜は無くて・・・
いきなり足首を掴まれ、左右に開こうとしたからだ。
『な、何をするの?』
思わず、声にして叫びそうになったが、聞いた所で何になる、と踏み止まる事にした。
既に自分は何も身に付けてはいないのだし、ある程度の覚悟をしたからこのような関係にもなった。
それだけではない、
ユリウスは、レオニードがする事であったら、何でも許そう、と
そう思える境地にまで、信頼を高めていると言う自負のようなものも無意識に持っていた、から・・。
だが・・
「・・ぁ・・っ・・!」
一旦閉じようと試みた足首を、難なく離れたレオニードの手は今度は両の腿に掛かった。
腿の肉を揉むようにして擦り終えると、大きな手一杯に掴み、左右にガッと開いた。
開かされた中心部を暫く凝視されたことにより、ユリウスの羞恥は限界に達した。
レオニードの視線は、まだ同じ場所を刺しているのだろうか・・
顔を左側に思いっきり背けながらも、ユリウスは膣口付近の肉が隆起してくる感覚に
自分でも、どうしていいかわからなくなり、首を左右に振って意思を表示し始めたが、
それは空しく、愛の折檻は、なかなか終わらなかった。
見られているだけでもこんなになってしまう自分の体に、どこか変なのかもしれないと
そんな疑問を投げ付けてみたくなる程の長い時間、視姦は続いた。
浅く息を吐き、絶え間なく襲う快感を逃そうとした時、
腿を掴んでいたレオニードの手は緩み
今度は、滴ってきた愛液の滑りで自ら開きかけた左右の陰唇をきゅっと限界まで開こうと
悪戯なその役目を買って出た親指が、見るも耐えないような卑猥な動きを開始した。
パックリと中の色を露呈した膣口にレオニードはぬめぬめと舌を差し込んだ。
先を意識して尖らせ、なるだけ限界まで侵入させてから、特に膨らんだ上の部分を中心に蠢かす。
同時に空いた指で、それまで放置しておいたクリトリスにも愛を与えてやる。
自ら溢れさせる滑りを塗り付けられ、摩擦を絶え間なく繰り返された芽芯は
赤く色付き光り、レオニードの指に応するように、形を変え性感を訴えているようだった。
やがてユリウスは、婉曲でないレオニードの舌と指だけで達してしまった。
レオニードは、思わぬ誤算により
冷静に膣内の収縮の波を、冷静な指で味わうことが出来た。
レオニードは、魅惑の閉り具合を伝えてくれた膣から指を引き抜くと、
まだ呼吸の整わないぐったりとしたユリウスの、光ってだらしなく開いた唇に自分の唇を重ねた。
情熱を注ぐようなキスを始めると、ユリウスは舌を絡めてレオニードに応えた。
今度は自らの熱源を鎮める目的で、いつものようなフルコースを尽くそうとする背に、
達しても尚、これ程までにレオニードを求めてしまう自分の性を恨めしく思いながらも、
愛される喜びを伝えようと、必至で両腕をまわすユリウスであった。
夜はまだ、
まだ始まったばかり・・・。
END
20 :
無題(1):2009/06/13(土) 17:37:46 ID:aj8XKP/a
「んっ・・・ぅんっ・・」
耳の横にぴたりと当てられた白い両膝。
それを支える大きな手。
力強くリズミカルな突きに合わせて空を切り、快感に折り曲げられ、
踊り跳ねる爪先。
体位のせいで、いつもあたっている場所になく、
入ったことのない場所まで深々と収まっている
ユリウスのぬかるみの中で大きく膨らんだレオニードの充血した器官。
自分の膣内に興奮し、喜びを感じているから、
レオニードがそうなっていることへの優越感と感動で、
涙が溢れそうになる。
「何か、恐れているのか?」
「ちが・・・うんだ」
いつもならベッドにかかとがしっかりとついているおかげで、
彼の与えてくる愛の律動をもっと貪欲に感じようと、
愛しき彼の事も、もっと気持ちよくさせてあげようと、
自分の膣の行き止まりの壁の部分で、
レオニードのペニスの先をピストンに合わせて強く突き返せるのに、
そして、それがたまらなく気持ちがいいのに、
ユリウスはこの体位のせいで完全に動きを支配されてしまい、
体を拘束されたようないささかの不安と、
いつもの感覚と違うものが、繋がった箇所からはじけ飛びそうなのを感じた。
尿意と似たような・・・いや、もっと言うと
体の中の水風船が、破裂してしまいそうな感覚。
「だ・・めっ・・レオニードツ・・・!」
ただひとり心を許しきったレオニードを受け入れるためだけに、
完全に上を向いてさらけ出された膣の入り口から奥は
今夜もすでに数え切れぬほどペニスに擦りたてられて、
幾度も絶頂に押し上げられていたが、いよいよまたきつく締まりはじめ、
腰を揺らすレオニードのそれを離すまいと膣全体で強く咥え、
何度目かの頂点に達しようとその時を待っていたが、
やがてやってくる得も言わさぬ開放感に期待をよせると同時に、
その水風船の割れてしまいそうような感覚に、
今回ばかりは、先にあるものを制御して、強く首を振ってしまう。
21 :
無題(2):2009/06/13(土) 17:38:13 ID:aj8XKP/a
「いや・・・・!」
中を締めないように・・・感じすぎないように・・・
ユリウスは膣の入り口の力をできるだけ抜いて、敢えて快感を逃してみる。
それでも、快感から無意識に締まり始める膣口。
ユリウスはそんな繰り返しに、気が違ってしまいそうになった。
ユリウスが何かを意識しながら力を抜くと、
レオニードには繋がったところの膣の粘膜がペニスを引き出すたびに、
愛液といっしょに引き攣れてめくり出されるのがはっきりと見てとれた。
己が与える律動の刺激で、
その膣肉は絶頂に向けてどんどん充血し、赤みを増してことに男も昂ぶり、
さらに強く突き上げる。
「あっ・・・あぁ・・あんっ・・・」
初めての体位に双方、特に女は大胆な格好をさせられているという
恥じらいをともなった苛烈な興奮を覚え、
結合部からいつも以上になまめかしい音を、部屋中に響き渡らせながら、
狂ったように激しく互いの性器を擦り合わせることに、
二人は夢中になった。
だが、快感の頂点が見え始めると、ふいに襲う何か得体の知れないもの。
それはあと何突きかでオーガズムを迎えることを体で悟りきっているユリウスに
徐々に近づき、尿道口のほうまで一気に競りあがってきた。
「いや・・・だ!」
レオニードはつと動きを止め、いぶかしげにユリウスを見た。
22 :
無題(3):2009/06/13(土) 17:38:40 ID:aj8XKP/a
「・・・何か、恐れていることでもあるのか?」
動きを止めたレオニードの前髪の先から、汗が滴り落ちた。
「何かが違う・・僕の中の何かが、破裂してしまいそう・・なんだ・・」
「何も、恐れる事はない。安心して私にすべてを委ねるのだ。
私もお前のすべてを受け止める。」
レオニードに動じた風は、一切見受けられない。
「レオニード・・・」
レオニードはユリウスの動揺と恐怖を感じ取ると、唇、喉元、鎖骨へと音も立てずに、
唇を押し当てて、その金髪をそっと撫ぜた。
そしてふいに動きを緩めるどころか、今度はさらに激しく、
ユリウスを強く揺さぶり、精の解放へと自らも急いだ。
「あっ、あっ、あっ・・・!」
自分の膣口が、射精をすぐ先に控え一気に膨らみを増したレオニードのペニスに
急激に押し広げられていくのがよく分かる。
ユリウスの息も、嘆息呼吸のように切れ切れになり、
ペニスを強く挟み込んでいる膣の周りと小陰唇は、
オーガズムを迎えるために薄桃色から濃い桃色に卑猥に変色していき、
陰唇全体の肉を高々と隆起させた。
そうなってくるとレオニードの限界も近い。
欲望をむき出しにし、動物となった二人の動きの影がまるで同じ生き物のようになって、
部屋の壁に映った時、
ユリウスの絶頂と共に、上を向いた尿道口から温かいしぶきが細く勢いよくほとばしり、
レオニードの下腹部と、恥毛から陰嚢までをしとどに濡らした。
ユリウスは、自分では見えないそれに驚いて、
思わずレオニードを突き放そうとしてしまうが、
さらにのしかかり、腰を強く抱いてきたレオニードのペニスに擦られるのに呼応するように、
何度も迸り出て、レオニードの体に射ち当たっては、
さらさらと垂れ落ち、シーツに大きな染みを作っていった。
二人は、快感と初めての出来事の神秘に、新しい喜びを深め、
さらに手を強く握り合うのだった。
END
○ユリウス
いや・・だ
行ってしまうの?
ひとりで眠ったって、ちっとも温かくなんてないや・・・。
嫌いなんて嘘だよ!
ダーウ゛ィト・・!
(抱きつく)
○ダーヴィト
どうしたんだい、ユリウス?・・・急に甘えるなんて!
昨日から君は少しおかしいぞ?
(ユリウスの震える体をきつく抱き締めながら、髪を撫でる・・)
ユリウス・・・僕には、
君の「嫌い」が、ちゃんと「好き」に聞こえたよ。
○ユリウス
(心の内を見透かされ、耳までが赤く染まっていく)
ダーウ゛ィト・・おねがいだ・・
一人にしないでくれ。
もうこれ以上僕の前から、誰かが居なくなってしまうのは、
たくさんなんだ!!
○ダーヴィト
何に怯えているのか知らないが、僕は何処にも行きはしない。
安心が欲しいのかい?
それとも約束か?
君が望むものを、僕は持っているのだろうか?
何を怖がっているんだい?
ひとりが不安だと言うのなら、今夜はここで一緒に寝てもいいが、
君は、それでいいのかい?
(抱き締めた腕を、一瞬緩める)
○ユリウス
ああ、怖いんだ・・・。
目を閉じれば、君はおろか、僕の存在するこの世界までが消えてしまうだろう?
僕の隣に寝ていてほしい。君の温度を、肌で感じていたいんだ・・・。
(腕にしがみつく)
何もいらないから、
いいね?
今夜はここで・・・。
○ダーヴィト
特別な想いを抱いていたユリウスを、
今夜こうして腕に抱いていると言う喜びと、
このまま、何の逡巡もなく、
男として生きてきたユリウスを女にしてしまってもいいのだろうか?
どこまで許してくれるのだろうか?
と言う様々な諸問題が葛藤を始めたが、ユリウスの今の想いを大切にしてやりたい・・
ただそれだけを優先してユリウスと共にベッドに体を横たえる。
ユリウスは、そっと毛布を掛けてくれたが
その頃には二人は、生まれたままの姿をしていた。
「君の肌はとても温かい。君も僕を感じるかい?」
ダーヴィトはユリウスの形のいい唇にそっと手を伸ばした。
「こうしているなんてまだ信じられないよ・・」
お互いの体温が溶け合って、心臓の鼓動が更に早く鳴る。
ユリウスが目を閉じたのを合図に、ダーヴィトは唇を重ねた。
覚悟を探るような口付けは、やがて熱を持ち激しいものへと
変貌を遂げた。
○ユリウス
ユリウスは、思いのままに自分の唇を味わうダーヴィトの背中に強く腕を絡めることで、
自分の中にある決意を見せた。
閉ざしていた心の奥に亀裂が入り、自分でもとめられないほどに流れ出す彼への想い。
弱さや醜さまでをも包み込んでくれる相手が、目の前にいる人なんだと知った時、
心までもが弛緩していくようだった。
「ん・・」
舌で口内を蹂躙され、かき回されるうちに何故だか
腰周りが熱くなるような感覚に襲われ、それは脚の間・・・
その奥から不思議な熱を生み出し、その違和感に耐えられなくて
太股をすり合わせると、知らずあふれ出していた濃厚な蜜が泡立ち、
くちゅりと音を立てた。
その不快感と混乱に、ユリウスは慌ててダーヴィトをはねのけ、
視線を逸らしながら、正直な思いを告げた。
「ダーヴィト・・・僕の体はおかしくなってしまったのだろうか・・・?
君の腕に抱かれていると、いつもそうなるんだ・・・。
でも、今日はもっとそれが・・・」
背中に絡み付くユリウスの腕(かいな)。
込められた力から、彼女の決意を感じ取ったダーヴィトは、
まだ僅かに、本能と理性の狭間を行き来して
揺れ動いている己の意志に確信を与えると同時に、
ユリウスの体を押し開いて行く決意を固めるのだった。
待っていた・・
待たされていたのではなく、待っていたんだ・・。
この時が来るのを、ずっと・・・・。
余計な言葉など、必要ないと思える夜。
口の中も性感帯なんだと、教えるように、
ざらついた舌の感触を、貪り合うように、
交わす口付けに、
口内の粘膜から官能の火が熾り
それが、ユリウスの女の部分にどのような変化を齎しているか
ダーヴィトは、察しがつかない訳ではなかったが、
そこに触れることはしなかった。
下腹部の違和感を、素直に訴えるユリウスが愛おしくて、
直ぐにでも、思いのままにしてしまいたい衝動に駆られたが、
時間を大切にしようと思い立ち、先ずは胸から愛することに
して、隠さず露呈させていた桜色の乳首に唇を押し当てた。
ユリウスは驚いたのか、少し跳ねたが、逃れることはしなかった。
優しく包み込むように、両の乳房を交互に揉みしだきながら、
ダーヴィトは乳首を食みながら、説明を始めた。
ユリウスが、女としての性を受け容れなければ、
挿入は難しいと思ったからだ。
「こうしているんだから、当然の反応なんだよ。恐れることはない。
僕を信じていればいいんだ。出来るね?」
ダーヴィトは、こくりと頷くユリウスの
胸への愛撫に激しさを加味して、攻めの姿勢を露にした。
乳首を擦るようにして強く摘み上げ、強く吸ってみたりもした。
あくまでも、ユリウスの反応を確めながら、
ゆっくりと体を拓いていくダーヴィトの
体の一部も熱を伴い痛い程に変化をしていたが、それは、まだ
ユリウスには見せることは出来なかった。
ユリウスの、湿った吐息と
快感を逃そうと足を擦り合わせる衣擦れの音だけが、
静寂の支配する部屋に洩れ始めた。
○ユリウス
ダーウ゛ィトが胸の先に与えてくる刺激に、
堪えきれないような吐息を漏らし始めた。
乳首に赤子のように吸い付かれたり、弾くように弄ばれていくうちに、
自分でも見たこともないような形状に、色を増して硬く膨れあがっていた。
だが、そうなるにつれて乳首から腰、腰から脚の間には、未知の快感のようなものが広がり始めた。
「ダーウ゛ィト・・・ああっ・・・」
ユリウスは、体を支配していくものから逃げ出したい気持ちと、
翻弄されて、そのまま我を失ってしまいたい二つの気持ちの間で、
揺れ動きながらも、ダーウ゛ィトの唇の動きに目が離せなくなった。
○ダーヴィト
こうされて、乳首が硬く尖り立つことを、
恐らくユリウスは、今夜初めて知ったのだろう。
ユリウスの表情からそれを読み取ったダーヴィトは
言葉の代わりに、穏やかな笑みを向けるのだった。
ユリウスの、夜目にも眩しい金色の髪
鼻腔を擽る馨しい香り、
すらりと伸びた肢体、
可愛い鳴き声に、滑らかな皮膚感、
未知の快楽に怯えの色を隠せないでいる碧い瞳
それら全部を五感で感じながら、ダーヴィトは胸中で思った。
いつか、それは遠からぬ未来・・
少女から大人に変身した時
今にユリウスは、男としての生活に限界を感じるようになるのでは
ないだろうか、と。
だが、
先の心配より、目の前の黄金比に息を飲む。
このような美しい体を、これまで制服の下に隠してきたと言う事実。
その裸身のバランスは完璧を誇っていた。
徐々に柔らかく溶けて行く体を、今一度抱き締めると、
ダーヴィトの唇は、初めての愛撫に打ち震える乳首を置き去りにして、
首筋を渡り、紅色に染まる耳朶に辿り着いた。
髪をかき上げながら、ふぅーと、息を吹き掛けると示すユリウスの反応は、
敏感なのは、胸だけではない、と 証明しているかのようで、
その感度の良さを受けて、ダーヴィトは、
既に火照っていた耳朶を甘く噛み、舌先を、耳の穴に入れ、抜き差ししながら
「ユリウス・・・綺麗だよ・・・」
と、低く囁く言葉の愛撫を、聴覚に届けた。
周到な耳への愛撫を続けながら、手は、
肩や背中 腰の辺りを優しく撫で擦り、やがて腿の内側を弄り始めた。
内腿の皮膚は、微かに発汗していて、しっとりと手に吸い付いてきた。
○ユリウス
耳へとダーヴィトの熱い息が、絶え間なくかかり、
繰り広げられる愛撫を受けて、それは全く慣れないものであるのに
頭の中心が熱を帯びたように朦朧とし、
ダーヴィトが耳の奥をなめずる音がじかに響く羞恥と、
それに呼応するように、脚の間が呼吸をしているように、
開いたり窄まったりしている。
もちろん、ユリウスにはそれが何かは分からないが、
とにかくその何かに耐えることが苦しくなりはじめ、
ダーヴィトの名前を小さく呼び続けながら、
腰の中心の熱を、太股を強く擦りあわせることでしか逃すことができない。
だがそれもまた、性への目覚めを知らなかったユリウスの誤算だったのである。
大陰唇の中ですでに充血し、興奮し始めていた肉芽が、
両の太股に強くはさまれ、擦られたことによる刺激で
ユリウスの中枢を、もっと強く刺激してしまったのである。
「あ・・・」
気づけば、耳の奥まで続けられる精巧な舌の動きを感じながら、
まるで自らでその快感を付け足すように、
太股の内側に力を入れたり緩めたりして、
夢中でクリトリスを刺激してしまっていた。
額や内腿がじっとりと汗ばんでくるのが分かる。
だが、そんな浅ましい行為をダーヴィトには知られたくない。
ダーヴィトの手が、腰や内腿をさすりはじめると、
もっと・・・ユリウス自身も知らない核心の部分に触れて欲しいとの叫びを、
意識より先に、体があげはじめていた。
○ダーヴィト
ユリウスの体の懇願≠ヘ、
帯びた熱により色を変えた肌からも、感じるとることが出来た。
張りのある腿の、程よい肉感を確めたあと、
手は、ようやくユリウスが待ち望んでいた要所に到達した。
「なんて言う顔を、僕に見せるんだい?」
心を許した恋人にだけ見せるエロティックな姿態、
淫靡な香りに酔わされながら、
高い場所を、二人で一緒に目指そう
と言う、目的意識を新たにするダーヴィト。
ユリウスが、自分でも無意識の内に腿を摺り合わせ、動かすことで
堪えきれない性感を処理しようとしていたことは、想定内だったが、
待たされる時間、施される愛撫に比例して高まる感度 とは言え、
ユリウスのそこの濡れ方は尋常ではなく、
焦らされたことへの悲鳴とばかりに、膣口は、たっぷりと蜜を滴らせていた。
愛液は、ユリウスの取った苦肉の策(腿を摺り合わせること)によって、
性器全体に滑りを広げ、淫靡な光沢を放ち、
その光景は、いきり立てたままのペニスに、また新たな血流を送り込んだが、
ダーヴィトは意識を集中させることによって、もたげた欲望を抑制するのだった。
「こうすると、ユリウスの中が柔らかくなって、入りやすくなるんだよ」
大切なものを扱うように、そっと這わせる指先は、
息衝く花弁の一枚ずつを交互に摘んで、少しだけ圧を加えて刺激を与えたあと、
今度は性器の形状のままに辿り、なぞりあげ、秘境の縦線をゆっくりと往復させる。
その動作を何度も繰り返すと、ユリウスは嗚咽にも似た声を漏らし始め、
充血のため隆起し、それによって開きかけた膣口からは、
新たな蜜が止め処なく溢れ、容赦なくダーヴィトの指を濡らす。
それを受けて、ダーヴィトは膣口に隙間なく唇を宛がい、
中に溜まった蜜をも搾り取るようにして
強く吸い上げた。
吸われる際に聞こえてくる淫らな音を聞かされながら
吸われる行為に耐えるユリウスは、
まるで震えながら大粒の雨に可憐に耐えている
野の花のようだった。
口の中に吸い込んだ、ユリウスの感じた証し
それをダーヴィトは、ゴクリと鳴らしながら、喉の奥へと飲み込んだ。
○ユリウス
「ダ・・ダーウ゛ィト、汚いだろう?・・・そんなところっ・・や・・め・・」
ユリウスは、脚の間を強く吸われることに驚いた。
また、ダーウ゛ィトの唇をこんな場所に触れさせて、
分泌液まで飲ませてしまっていることに、
一種の拷問を受けているような気持ちになった。
だが、はじめての異物を受け入れて、
その動きを快感だと捉えはじめていた初々しい道は、
ダーウ゛ィトの唇のもどかしい動きと、
秘所と舌が密接して起てる音にはじらいながらも、けなげに反応をかえしていた。
中の粘膜は、指で舌で優しくこすられ、桃色に染まり出した。
ユリウスの無意識下で・・・。
自分でもよく知らない場所をダーウ゛ィトにじっくり観察され、
あろうことか、蜜までを味わわれてしまい、
感じていく体と、高まっていく羞恥との落差に、消えてなくなりたい気持ちになった。
完全に混乱したユリウスは、悦声をあげざまに、
小さく叫び続けていた。
「だめ・・やめ・・て、ダーウ゛ィト・・あぁ・・ぁ」
○ダーヴィト
ユリウスの叫ぶ声が苦痛からくるものでない分
ダーヴィトは、今はまだ、救われた気分でいられた。
吸い尽くしても尚、熱い膣内に、今度は指の挿入を試みる。
入れた指の腹で感じた中の感触は、思ったよりきつく、
処女幕が、立ちはだかる厚い壁のようにも感じられたが、
ぬぷっと言う音を道連れに、根元まで沈み込ませることが出来た。
感じているユリウスの、綺麗なこの顔を、
数分後には苦痛に歪めてしまうかもしれない
と思う罪悪感に、ダーヴィトは居た堪れなくなる。
急に止めた指の動き 黙り込んだ姿に
どうしたのかと、問うような視線を向けるユリウス。
「ユリウスのここ、とっても感じているみたいだから、感動しているんだよ・・」
どれ程の痛みがこの先待っているのか、知る由もない無垢な処女幕に閉塞感を与えられながら
膣の内壁伝いに指をくまなく這わせると、粘膜は収縮をみせ指を包み込んだ。
その内壁のちょうど上の部分の、他の粘膜とは異質な形を成した箇所、
そこを指の腹で擦りながら
神経の先端のように赤く膨らんだクリトリスの、尖った先を剥きあげ、
円を描くように丹念に別の指でも刺激を与える。
一度ユリウスに、
イク感覚を覚えさせておきたいと思い立ったダーヴィトは、
指先を、尖らせた舌先に変え、強弱をつけてクリトリスに刺激を送る。
ユリウスは、迫る快感から逃れようと腰をずらして逃げる為、ダーヴィトはそれを追い掛けた。
ずり上がっていく腰を追い掛け続ける内に、ユリウスは変化を見せ始めた。
腰を浮かし、足を突っ張らせる行動をとるようになったのだ。
ダーヴィトは、その時が来たことを悟ると
逃げる腰を両手で捉え、固定をし、
ユリウスがイクための、援助を惜しまないと言わんばかりに、
最後の仕上げに取り掛かった。
舌先に更に力を込め扱きあげる。
「ユリウス・・このままイってみて!」
○ユリウス
「あ・・はぁ・・・はぁ・・」
味わったことのない感覚、でもそれはひたひたと着実に押し寄せ、
ユリウスを苛もうとしている。
自分をさらっていく大きな波。
その波にもし飲まれ、溺れてしまっても、
目の前のこの人が、僕を受け止めてくれるだろう。
どんなに、溺れもがいても━━━━
ユリウスは、白んでいく意識の中、
ぼんやりと、そんなことを思い込んでいた。
ダーヴィトが、常用しているかのように
慣れた口ぶりで紡ぎだした言葉の意味を、
よく飲み込めぬままでいたが、
このまま、彼が与えうる快感に、
溺れてしまってもいいのだと判断したユリウス。
一番敏感な箇所を舌先が擦り上げるたびに、
そこの感覚はどんどん研ぎ澄まされ、じんと痺れるような陶酔感が
ユリウスを襲った。
小指の先ほどに満たない小さな器官であるのに、
それに完全に支配され、我を失いかけているユリウス。
とどめだと言わんばかりにクリトリスを扱き続けるダーヴィトの舌。
意識の途切れる手前、
ユリウスは、舌をより求めて、
股間をダーヴィトの顔にぎゅうぎゅうと強く押し付けてしまう。
「ああ・・・あっ・・ダーヴィ・・・・!!!」
彼の名を呼ぶ語尾は、引きつるように上がって消えた。
頭が真っ白になり、感じる部分を舐められている以外の音も感覚も麻痺し、
その先に見えたものは・・・・。
ユリウスは、内腿でダーヴィトの顔を何度も挟み込み、
シーツを強く掴み、背を限界まで仰け反らせながら
初めて達した。
○ダーヴィト
ユリウスの腿に頭を挟まれ、こんな恰好も悪くないなぁ、と
余裕を構えるダーヴィトであったが・・・
ユリウスの意識はそこにはなかった。
「そう、それでいいんだ・・」
ダーヴィトの両頬に、ひと際強い、腿からの圧力が加わったその刹那
裸身を弓なりに硬直させ、心の扉を全開にして、
疲れることを知らない舌の攻撃だけをクリトリスに受けて
ユリウスは達した。
腿に挟まれた感覚と、残像が残る頭で、ダーヴィトは高揚感に酔う。
ユリウスがエクスタシーに達する瞬間に立ち会えた悦び
全てを委ねてくれた喜び
そして、未知の体験に果敢に挑んだ褒美と、称賛をこの言葉に託す。
「綺麗だよ、ユリウス・・」
そして、落ち着くまでは、夜にのみ咲く白い花、
香りのいいメキシコの月下香(花言葉は、危険な快楽・魅惑的)を
ユリウスに重ねながら、髪を撫でた。
オーガズムに達して、まだ力(現実)を取り戻していないユリウスの、
しな垂れたままの裸身に、再び口付けの雨を降らせていくダーヴィト。
感想を聞いてみたい、と言う気持を込めて、2度目のキスを交わす。
上唇と下唇を交互に吸い、中に舌を割り入れた途端、ユリウスの変化は見られた。
自ら舌を絡め、吸い付いてきたのである。
ダーヴィトは、ユリウスに主導権を持せることにした。
言葉では表現しきれない思いを、伝えようとしているかのように、可愛い舌は積極的だった。
それを十分に味わった後で、今度はダーヴィトが・・・・
ダーヴィトが優勢を保ったままの状態に終わりはなく、
口内を侵すその激しい動きに、ユリウスは呻いた。
セックスのような激しいキスの最中
硬くなったダーヴィトのペニスが、ユリウスの下腹部を打つ。
だが、ユリウスからは、もう気にならない、という感じを受けたので、
ダーヴィトはそれを試す為、白い手を取った。
「ユリウス・・握ってみて・・」
○ユリウス
このまま、自分の中の全てが乾ききってしまうのではないか・・・
絶頂を極め、ダーヴィトの顔まで濡らすほど溢れていた蜜は、
流れが弱まったのもつかの間、深いキスの最中にまた多量に溢れ出していた。
ユリウスの手は、ダーヴィトの下腹部に自然に導かれていき、
硬く、でも体温と同じ温かさをもったものに触れた。
これから起こる事への恐れと恥ずかしさで、破裂してしまいそうだったが、
ダーヴィトの落ち着きが、ユリウスの手を初めての感触に導いた。
「あ・・」
あまりの大きさと硬さに驚く。
一度引っ込めた手を再びとられ、
もう一度、今度はしっかりと握るように促された。
怖々と握ってみるとそれはひたすらにあたたかく、
手の中に心臓を収めたように脈打ち、跳ねていた。
さっき、自分が脚の間に感じた鼓動と同じリズムだった。
何となくそれを直視できなくて目を閉じたまま、
握った手を先端に沿って滑らせると、
この時のユリウスにとって、
またそれは、どこまで向かっているのかと思わせるほどの長さをもっていた。
これが、ダーヴィト・・・・?
性の違いをはっきりと実感するとともに、
圧倒的なそれの存在感に、ユリウスは放心してしまった。
やっと辿りついた先端は、先が溝のように割れ、
その中心に震える指先を這わせると、ぬるりとした温かいものがユリウスの指を濡らし、
先が小さく跳ねた。
自分の体に起こった反応を思い返しながら、
ダーヴィトもこのようになるのだと、少しばかりの安堵と愛おしさを覚え、
もう一度付け根まで、握った手をすべらせていく・・・・。
いつまでこうしていいかわからなくなり、
ユリウスは恐怖心も混じり、ベッドの上で皺をつくったシーツの上に視線を泳がせながら、
この動作を何度か繰り返した。
動きを繰り返す手の中で、ダーヴィトのそれは硬さと大きさを増しているように思えた。
それに比例して、ユリウスの心臓も早鐘を打ち、
何かに期待しているのか、怯えているのか分からなくなった。
○ダーヴィト
初めて眼界に入れたのだろう。
ダーヴィトが、まだ、オーガズムの余韻覚め遣らぬ、ユリウスの手に触れさせたもの。
その滾った欲望の形を見るユリウスの目には、驚きの色が宿っていた。
触れさせたからと言って、無垢な少女に何も求めてはいない。
愛し合う男女の間に存在する知り合う権利
それを当然のように、ユリウスにも与えたかった。
見て、触れて、感じて、知って欲しかったのだ。
もし、この先痛みを感じても、これが入る痛みだと思えば
恐怖心が薄れるはずだ、と言う確信を持って。
引っ込めた手は、ユリウスの拒絶反応と、見て取れたが、
ちゃんと掴むように命じると、今度は素直に従い、硬くいきり立つペニスを
怯えながらもユリウスは、そっと手の中に収めてくれた。
たどたどしい動きの末に、ユリウスの指は先端部分を撫で始め、
そこは既にカウパー腺液で濡れ光り、ユリウスの指にぬるっとした滑りをつけた。
教えた訳でもないのに、上下に何度も扱く手に、手の感触に、
ダーヴィトは恍惚の境地に導かれ、ペニスは、更に熱い塊へと化し、
ユリウスは、それを不思議そうな面持ちで、
瞳の中に映し出していた。
「これが、ユリウスの中に入るんだよ」
言い聞かせてから、ダーヴィトは
落ち着いてゆっくりとユリウスの上体をベッドに倒し、
足を開かせ
新しい蜜によって再び光らせたクリトリスに、ペニスの先端を宛がい、
そのまま秘裂に添って上下に擦り始めた。
照る先端は時折、膣口のぬかるみに沈みかけたが、
だが気に留めずに、それを規則正しいリズムで続けた。
「その顔も、その声も僕の前でだけだよ。
明日、学校に来たら、クラウスやイザークの前では、普段どおり
男子生徒として振舞うんだ。 いいね?」
いつもの口調で、性戯を施しながら淡々と言い聞かせるダーヴィトの下で、
ユリウスは吐息交じりにそれを耳に入れた。
ユリウスの膣から溢れ出た蜜液
ダーヴィトのペニスの先端から洩れ出たカウパー液
その二つが交じり合い溶け合った秘密の味を、ダーヴィトは人差し指に絡め取ると、
「指、舐めて・・。僕たちの味だよ・・。」
そう囁きながら、ユリウスの口の中に差し込んだ。
○ユリウス
陰唇を擦りたてる、という予想だにしなかった行為。
その感触は、指より熱くまた先程より多くの蜜をユリウスから溢れさせた。
また違った初めての快感に、擦れる肌同士が立てる音に戸惑いながら、
身をよじらせるユリウスに、静かにダーヴィトの口からつむぎ出される言葉。
‘普段どおり’と、普段と変わらない声の調子で諭すダーヴィトに、
ユリウスは親に従順な子供のようにこくりと頷いた。
クラウスは・・イザークは・・・僕とダーヴィトとの間に起こった関係に、
僕の身に起こった事からくる外的変化に気づいてしまうだろうか━━━
半ば、助けを求めるように彼を見上げた折、
ダーヴィトの指がユリウスの唇を割って口中に入り、
混合液を口内に収めたユリウスをじっと見守っている彼に耐えられなくて、
初めての味をすぐに飲み下してしまったユリウス。
だが、舌に残る後味に思いを馳せる。二人だけが知っていることからくる優越感、
二人にしか作れない、世界でたったひとつの味・・「甘み」
これから二度と戻れないであろう秘密の情事に、
後ろめたさを感じないわけでもない・・「酸味」
それは複雑な想いとともに、これまた複雑に絡み合った味を舌の表面に伝えた。
だが、ただ一つ
愛し合っているからこそ二人の体内から溢れたものなんだと、
彼にも、自分にも愛おしさを覚えたのはいうまでもなく、
その感慨を押さえられず、表情に出してダーヴィトを見上げた。
体内から流れ出てしまうものは、想いと同じでどうにもできないんだ。
むしろ、想いの強さ、そしてそれが互いの喜びになっているのだと、
そう教えられたようで少し安堵したユリウス・・。
そう思った瞬間から、
同じリズムで擦られ続けている部分が、溶けそうに熱くなりはじめ、
ユリウスの最後の砦を護るように閉じられていた花弁は、蜜のすべりによって
徐々に口を開き始めた。
左右の陰唇は、ふっくらと厚みを増して色づき、
膣は、ユリウスが意識せずとも愛する人と繋がりたい欲求を覚え、
ペニスを咥えたがるように、奥に続く桃色の肉壁を惜しげもなくあらわにしはじめた。
擦り上げられて再び硬く尖ったクリトリスは、ぴくぴくと空を突き刺すように小刻みに動いた。
総じて淫らな変化を見せ始めたユリウスの女陰の全景は、
ダーヴィトの落ち着きと理性とを、押し流していく。
二人に言葉はなくなり、息の上がってきたダーヴィトに、
ユリウスの、自分とは思えない吐息が混じりはじめ、
高鳴っていく蜜の音とあいまって、
部屋に響く淫猥なハーモニーを生み出し始めた。
膣口は、まだ味わったことのないダーヴィトのペニスを、
先がもぐりこむたびに反射的に口を広げ、
奥に飲み込むような貪欲なうねりを見せはじめた。
体の変化によってダーヴィトを悦びに導いていることにユリウス自身は気づいていなかったが、
吐き出される吐息に、戸惑いがちな声が混じり始める。
「あ・・ダーヴィト・・もうっやめ・・・」
水面下に留まっていたユリウスすら予想しない女としての果てしない欲望は、
まだ、頭をもたげたばかりだった。
○ダーヴィト
ユリウスに教えた大人の味。
セックスの味を、子宮や膣内だけでなく、味覚からも神経に伝えたくて、
そそらない味であることを承知の上で、ダーヴィトはユリウスの口内に運んだ。
その趣旨を、どこまで理解しているのだろう、と、
陰部の全形と、その内部の秘肉までもを曝け出しながら、
困惑の色を携えた碧い瞳を向けるユリウスに
ダーヴィトは思うのだった。
秘裂の形状を無視するかのように摩擦を与える
責め苦のような時間にも、終わりがやって来た。
声で、視線で、
訴えるユリウスに、挿入を延ばす意味など、もう何処にもないと悟ったダーヴィトは、
ユリウスにも知られた呼吸のまま、一旦ペニスを離した。
視線を注ぐ先の膣口は、溜まった愛液が行き場をなくし、
それはまるで潤滑の役目を早く果たしたいと言わんばかりに
透明な光りを放っていた。
「欲しいの?」
了解を得ずに、侵入を待ち侘びる膣口にペニスの先を埋め込んだ時、
「・・・っ・・」と、ユリウスは声にならない声を発したようだったが、
隆起した陰唇によって開口し、中を覗かせる膣内の綺麗な桃色に、
すっかり欲情を駆り立てられているダーヴィトの耳には届かなかった。
中は狭く、閉塞感を打破しようと、何度か腰を前後に送ってはみたが
愛液に手伝われても、砦のように立ちはだかる処女膜は
根元まで埋め込む行為を簡単には、許してくれなかった。
ここで一気に突くことも可能なのに、ダーヴィトは征服欲を手放すと
この膜の先に待つ、恐ろしいほどの快感を教えたくて、ユリウスに促す。
「僕の上にまたがって」
言い終えると、ダーヴィトは仰向けになった。
言われるままにユリウスは、そそり立つペニスを眼下に置き
ダーヴィトの腹上に立て膝の体勢をとって跨る。
ダーヴィトは、上体を起こすと、下から膣口にペニスを宛がい
ユリウスの背中を抱き締めてから、耳元で囁いた。
「そのまま、腰を沈めてごらん」
戸惑いが続く時間の果てで、ダーヴィトは、
ユリウスをひと際強く抱き締めると、腰を送り下から一気に突き上げた。
ペニスを締め付ける内壁、粘膜の感触に、更なる性感を渇望しないわけではなかったが、
今はただ、ユリウスのことを思い、ユリウスが持った痛みが遠退くのを、
そのままの姿勢で抱き締めながら待つ事にした。
挿入したペニスを動かさずに感じる膣の中は、痺れを齎すほどに心地良く、温かだった。
温もりが欲しいと縋ってきたユリウスの温もりに
逆に溺れてしまいそうな自分を見つけたダーヴィトは、
一方では、ユリウスとひとつになれた喜びと、男の本能との狭間で戦っている
戦士となっていた。
○ユリウス
「━━━━!!」
言葉にならない小さな呻きが漏れた。
その瞬間は、先程までのゆるゆるとした心地よさを、全て押し流してしまった。
体の中心が大きく裂けてしまったようだ。
部屋の空気や、波長までが変わったように、ユリウスの視界はぼんやりと霞んだ。
腰を浮かしてしまおうとするが、中心に打たれた野太い杭は、
形の合った鍵のように深々と入り込んで、体にまるで力が入らない。
痛いという言葉を超えていたが、それ以上の形容すら全く見つからなかった。
「っつう・・・」
少しでも動くと、その部分から焼けるような感覚が走り、
ユリウスは凍りついたように固まってしまった。噛み締めた唇から血の味がする。
目を閉じると愛する母親の顔が、瞼の裏に浮かびはじめ、やがて自分に背を向けて消えようとしている。
待って・・・!かあさん・・・!!
ごめんなさい、ぼくは。
ぼくは、今この瞬間あなたを欺いたかもしれません。
けれど、愛したり、愛されたり温もりを分け合ったり、
それを教えてくれたのは、目の前の彼なんだ・・・・。
ユリウスは、包み込むように握られているダーヴィトの手を強く握り返した。
愛しているんだ・・!僕だってこんな日が来ると思わなかったよ。
けれど、その時が来たんだ。僕は、女の子なんだ・・!!
激痛に絶え入りそうになりながら、それを証明しているような開かれたばかりの道に力を入れ、
中のダーヴィトを強く感じとった。
かあさんのこと、愛しているよ。
でも、それ以上に大切な人に出合ってしまったんだ・・・!
かあさんは、僕に何も言わなかったけれど、本当は、僕の幸せを一番に望んでくれているんだよね?
僕だって、女の子として人並みの幸せを手にしてもいいんだよね?
いいと言ってくれ・・・おねがいだ・・・かあさん・・!
瞼の裏の母親は背を向けていたが、ユリウスの心の声に振り返り、歩み寄ってユリウスの頬にそっと触れた。
そして見た中で一番優しく、全てを許してくれるような微笑みを浮かべると
ふっと見えなくなり、消えた。
かあさん・・好きだよ!!
目を開けると、下から見つめ続ける優しげな瞳が目に映る。ずっと、見守ってくれていたようだ。
感覚のなくなっていた指先が、ダーヴィトの大きな手にあたためられ、少しずつ温度を取り戻していく。
ダーヴィトの細く整った顔の輪郭、通った鼻筋、
端正な口元が歪んで見えなくなりはじめ、ユリウスの目からぼろぼろと涙がこぼれた。
したことに対する負い目からか、
喪失による激痛からか、ダーヴィトを受け入れることが出来た感慨からか、
分からなかった。
━━━この痛みをくれたのもダーヴィト、
乗り越えるのは、僕。
ユリウスは痛みに冷や汗を流しながら、少しづつ体を前に傾けていく。
ダーヴィトの温かく広い胸の上に、白くしなやかな裸身が折り重なった。
愛し合う痛みをくれたことに、唇を震わせユリウスは小さく「ありがとう」と呟いた。
○ダーヴィト
誰の立ち入りも許さない深遠の世界から
ひとつの葛藤を克服したかのような安堵の笑みを浮かべて、ユリウスは帰ってきた。
まだ痛みに耐えているようだが、階段を一歩上ったような清々しい表情だった。
どれほどの苦痛がユリウスを襲ったのか、男のダーヴィトには知る術もなく、かと言って
その場所を見ることも憚られる無音の夜の調べの中
ユリウスの発した小さな声がダーヴィトの耳に届いた。
「ありがとう」と振るわせる唇に、優しくキスをして、しな垂れかかる裸身を両腕で抱き留める。
「痛かったかい? 男にはわからないからなぁ。
すなまい≠ニ謝ろうか?こんな時、どう言えばいいのだろうね?」
言葉を紡ぎながら、ダーヴィトはユリウスの流す涙の訳を考えた。
『趣味でない限り、女の子が男のなりをして暮らすには、それ相応の訳が存在するはずだ。
その涙は、体の痛みからくるものだけではな事ぐらい、察しはつく。
ユリウス、君は、男子生徒の中にあって無防備なのだから・・。
理由なんて、ユリウスが自分から言わない以上は知るべきではないんだろうなぁ・・』
そんなことを考えながらも、ダーヴィトは冷静に、
女になっていくユリウスの、膣内の変化を、
内部に挿入させたままの自身の体の一部で、感じ続けていた。
○ユリウス
汗ばんだ髪から漂う、甘い香りが鼻腔をくすぐった時
ユリウスの背中を擦っていたダーヴィトの手が、細い腰のくびれたラインを辿り始めた。
膣内に、ぴったりと収まっているペニスの感覚が、敏感に反応をして、神経が研ぎ澄まされていく。
ダーヴィトは、このまま子宮を突いて、膣襞を擦り、もっとユリウスを喘がせてみたい、声が聞きたい、
自分も感じたいと、男の欲望を満たす行為に移ろうとしたが、それは未来の想像の中に飛ばすことにして、
心身に起こった試練を、受け止めることに必死なユリウスに寄り添った。
いくら体を女にしたからと言って、ユリウスが女になったからといって、
明日から、スカートを穿いて学校に来る訳でもない。
秘密の味は背徳の香りを携えて今、始まったばかり。
「僕はこの日を忘れはしないよ。
ユリウスと僕の記念の日になったのだからね」
官能というのは、背徳や悲しみを伴った純愛の末に存在するのだと
これまでは、自分なりの持論を所持していたダーヴィトであったが
普遍の愛の中にも、それは存在するのだと、確かな愛を感じた今、もう一度思い直すのであった。
「また温もりが欲しくなったら、いつでもここにおいで。
喜んで歓迎するよ?」
『こんなに痛い目に合わせておいて、酷いよ!よく平気でそんな事が言えるね?』
『あんなに感じていたのは、どこの誰だい?』
無言の二人は、重なり合わせた体で、こんな会話をしていたのかもしれない。
「愛してるよ」
ユリウスだけに囁くダーヴィトの声は、夜の静寂の中に溶けていった。
今、ユリウスの体は大きな愛に包まれている。
もちろん、心も・・・。
「もっとユリウスを感じたい。感じさせてあげるよ?・・・だから・・ユリウス、
そろそろ動いてもいいかな?それとも君が上になって動いてみるかい?」
だが、動く≠フ意味を知らないユリウスは、どう答えていいか分からず
さりとて、疼き始めた子宮や膣内の感覚は、到底言葉には出来ず、ダーヴィトに伝えあぐねていた。
「返事をくれないんだね。酷いなぁ・・」
ダーヴィトは、笑いながら愛しい恋人の
その存在の全てを掻き抱くように、体の一部を繋げたまま、回した腕にぎゅっと力を込めた。
ペニスにも血流が回復し、それはユリウスの中で跳ね、膣の筋肉の収縮を誘った。
もう体で感じ合える二人には言葉は要らないのかもしれない。
だが、ダーヴィトは聞きたかった。 ユリウスの声を。 心の声を。
41 :
訂正:2009/06/13(土) 18:33:42 ID:aj8XKP/a
○ユリウス
今すぐ体を離してしまえば、痛みからは簡単に逃れられる。
けれど、痛みを超えたもっと深い場所での繋がりが、
ユリウスは欲しかった。今でなければいけなかった。
女に生まれながら、ユリウスだから当て嵌まる禁忌だといえる行為を、
こうなってしかるべきであったんだと思えるまで、
これが僕なんだと思えるまで、ダーヴィトの腕の中に抱かれていたかった。
これから起こる新たな人生の行き詰まり、
自分以外の女性は決して味わうことの無い心の闇、孤独を今だけは忘れてしまいたかった。
ここでは、ダーヴィトの前だけでは息を潜め、臆することなく、堂々と呼吸していたかった。
もはや、この先何が起きようと彼だから全てを託して良かったのだと、
今夜の決意に後悔は無いと、思い続けていたかったから・・・。
ユリウスは、これから起こるであろうめくるめく愛の悦びの全ての鍵を、
握らせるつもりで、ダーヴィトの聡明な額にそっとキスを落とした。
すると、先程まで痛みしか感じなかった部位に、
ずくんと甘い感覚が沸き起こってきたのを、脳髄で感じ取った。
今度は、唇で熱を分け合う・・・
膣内に生まれ始めていた甘い痺れは、徐々にはっきり快感として享受されはじめ、
顔を傾けて口付けをしなおすたびに、埋め込まれたダーヴィトのペニスの先が、
疼き始めた膣の奥のいろいろな箇所を突きさし、奥から降りてきた蜜が合わせた体の間で
薄く塗り広げられていく。
覚えたての感覚に対する感動を、そのまま如実に示すように、
ユリウスの口付けは激しいものとなっていった。
「ん・・・ぅんっ・・・・・愛して・・・るよ・・・ぁ・・・・」
気づけば、声と舌の動きに合わせるように、膣を締めたり緩めたりしながら、
中のみなぎりを、腰全体で感じ取っている自分がいた。
うっすらと萌えた恥丘をダーヴィトの下腹部に夢中で擦りつけ、
性器の入り口と根本で隠微な音色を奏ではじめた蜜の音に、
繋がったままで絡めあう舌の淫猥さに、
自ら信じられないくらい息を上げ、昂ぶり、
その驚きも、すべてが新たな快感として全身に拡がりゆくのだった。
熱く、早くなったユリウスの吐息が、ダーヴィトの口内に飲み込まれていく。
唇を離すと、透明の細い糸の架け橋ができて消えた。
「ダーヴィト・・・・僕はおかしい?・・・君のすべてを、僕の体に刻み付けてほしいんだ・・・
僕を・・・もっと・・・いますぐ・・・・」
ユリウスは、顔を上気させながら、
ダーヴィトに、夢の続きの全てを託すべく、
淫らな懇願を、途切れ途切れに精一杯言葉にした。
○ダーヴィト
ダーヴィトは、温もりを伝え合い、存在を感じ合った膣内から、収めたままであったペニスを一旦引き抜くと、
ユリウスを正常位の体勢に組み敷き、見下ろす形をとった。
「もっと?・・・もっと、どうして欲しいの?」
乾ききらない涙の破片を、キラキラと目じりに残したままの顔で哀願するユリウスには、それは酷でしかなく、
ダーヴィトは、質問を破棄すると
たった今ペニスを抜いたばかりの膣口に、視線を向けた。
そこには愛液と混合して、赤い血の色があり、ユリウスの激痛を物語っていた。
ダーヴィトは悲愴な面持ちで、
裂けてしまった処女膜にそっと唇を押し当て、無言の詫びを入れるのだった。
そして、ペニスの先端を、膣口に押し当てるとユリウスを下に見ながら、
まるで、物を探し当てるかのような神妙な動きを以って、ずぶずぶと奥まで挿入させていく。
怒張したペニスは、再び蜜を纏いながら進み、あっという間に隘路を質量で満たした。
そのまま腰を送り、結合部を見ながら、熱の抽送を開始した。
「いっぱい、感じさせてあげるからね」
ダーヴィトはユリウスの顔に囁くように告げると
今度は出し入れをしながら、というの行為続行の中で、
膣内の感触を、粘膜全体で愉しみ、味わった。
ペニスが膣襞を擦る度に、内部は予想以上の反応を示し、ダーヴィトも腰に甘い痺れを覚えるほどだったが、
先端は、まだ一度も子宮口を突くことはなかった。
ただ単調に、浅く、ゆっくり、を遵守して、ピストンを繰り返すだけ。
掻き出される愛液が奏でる淫音も、それと同じリズムを醸し出し、部屋に小さな音を響かせた。
そうする内にユリウスの膣道は、
更なる快楽を求めるかのように、強い力でペニスを締め付け、脈動を伝えてくる。
抗えなくなったダーヴィトは、その懇願を受けて、
今までゆっくり送っていた腰を、激しく突き立てるピストンに切り替えた。
子宮口を突き、擦り、膣襞を抉るように挿入を繰り返す、という激しい行為に移行すると
ユリウスは白い顎を見せ、顔を左右に振って、声をあげ始めた。
「ユリウス、痛かったら言うんだよ?」
そう言いながらもダーヴィトは、ある時は、浅く、ある時は最奥まで
ペニスの角度を変えながら、中を掻き回すように何度も突き刺す。
更には両足を肩に担いで、深く、強く、子宮の奥の、そのまた奥までユリウスを突き、
皮膚と皮膚が密着する度に、ピタピタと言う音まで響き始めた。
上だけ見れば、苦痛に顔を歪めている美しい天使
下半身では、男のペニスを隆起させた膣口いっぱいに銜え込み
左右の陰唇を靡かせながら、蜜をからませたペニスを出し入れされ
抽送の度に汲み出される愛液は、気泡と共に垂れ下がり・・・・ という
あり得ない程の構図の中で、ダーヴィトは、落ち着き払ってユリウスに言う。
「ユリウス・・もっと、乱れていいんだよ?」
○ユリウス
ダーヴィトは、ユリウスの膝を抱え上げると、
狭い肉の隙間を掻き分けるようにして、最深部にぐぐっ・・と割り入ってきた。
「んんっ・・・!」
その刹那、自らが発した半ば苦しげな声の色も鼻を抜け、耳を疑うほどに艶を帯びていたが、
隙間を完全に満たすそれは、ユリウスに深い感奮を与えた。
二人は最も深い結合がもたらす喜びに、しばらく視線を絡ませ合い、
そんな奥の隙間にも、快感はたちまち根をおろしはじめ、
息の上がり始めたユリウスの指は、震えながらダーヴィトの頬や唇に忙しなく触れた。
両足を肩に抱えられた状態で、見えない部分を彼に見つめられながら、
思いのままに揺さぶられている。
折り曲げられた自分の腿に、乳房が押しつぶされ突き上げられる調子にあわせ、
前後に揺れ動き、
先程手で触れたダーヴィトの欲望のぬめりが、今度は膣内に流れ出し、
自分のものと一緒にかき混ぜられている。
予想以上の素晴らしい行為に、このまま離れたくなくなったら・・・
という危惧を、ユリウスは抱いてしまいそうになった。
そんな浅ましい思いを悟られる事にはまだ抵抗があり、乱れてもいいという言葉に、
正直困惑し、また乱れ方も分からず首を振るだけだった。
だが、体の奥底に眠っていたものを段階を追って呼び覚ましていくように、
さまざまな角度から、膣に送り込まれる官能に抗う余裕を奪い続けていくダーヴィトの愛の行為。
ユリウスは、頭で考えることが困難になり、
この時にはすでに、一挙手一投足をダーヴィトの瞳に十分に釘付けにさせていた。
彼は満足げに微笑み、最深部の疼きの源をさらに否応なく突いてきた。
「あっあ・・んっ・・好き・・好・・き・・だっ」
悦びを膣で、吐息で、発汗で、染まり始めた頬でダーヴィトに伝えていく。
言っても言っても足りないほどに、ユリウスはその言葉をうわ言のように繰り返した。
白い腰は呼応するようにさざ波を打つように揺れ、汗ばんだ白い額に、
前髪が乱れて貼り付いた。
やがてユリウスは、突起を舐められて達した時よりもさらに大きな動作で、
背を上下に仰け反らせはじめたのである。
子宮を突き上げられる感覚、そしてペニスの太いくびれが、膣内を引っ掻く出入りの快感に味を占め、
我を忘れはじめたのである。
膣内はペニスそのものを離さなくなり、開かれたばかりだというのに、
閉じてしまうのかと錯覚するように、入り口が強く窄まり始めた。
それは、ダーヴィトにも喜びをともなった痛みを与える。
蜜の出口は締まりによって閉ざされたが、
それでも、膣内に修まらなくなって肌の合わせ目から絶えず跳ね上がった。
「あっ・・ぁあっ・・はっ・・・あんっ・・」
苦しげに嬌声を上げるユリウスは、やがて言葉を出せなくなった。
ダーヴィトにとっても、待ち望んでいた時が迫ってきたのである。
○ダーヴィト
ダーヴィトの額に、玉の汗が見え始めた。 表情にも、どこか焦燥の色が窺える。
ユリウスの終わりが、直ぐそこまで来ていることは、膣内の蠕動や、
喘ぎ声から察することが出来た。
ユリウスを、膣内でも絶頂に導くつもりで行った激しいピストンにより、
自身の射精をも早めてしまう結果になろうとは・・。
ユリウスの余裕を奪うことにより、ダーヴィト自身も余裕を無くす。
これが、ダーヴィトの誤算だった訳だが、
男の生理を知らないユリウスに、理解の余地は皆無だった。
こんなに感じている・・・! 愛している・・・!のだと、
目で訴え、甘美な喘ぎ声をあげ続け、我を忘れた状態でしがみ付いてくるユリウス。
「僕もだよ」
と、ダーヴィトが言葉をかけずにいられないほど、ユリウスは必死だった。
ついにその時が来た。
「中に出すよ」
早い腰の動きを贈りながら、ダーヴィトは喘ぎ続けるユリウスに告げる。
絶頂の印 強い締め付けをペニス全体に感じ、ダーヴィトも少し遅れて
白濁した生温かい精液をユリウスの子宮に放出させた。
子宮全体に浴びせるように、それは多量に注ぎ込まれた。
ダーヴィトは、力を無くしたユリウスを気遣いながらも、刹那の心地良さ、その余韻に酔う。
一体感 満足感 膣とペニスという生殖器の相性
それに、絶頂を迎えるタイミングをも含めた上でのユリウスとのセックスは、
想像を超え、これ以上の快楽など、この世には存在しないのではないかと思わせるほどの
思いを生む素晴らしい共同作業だった。
○ダーヴィト
脱力し、放心したままのユリウスの頬を撫でると、まだ荒い息を吐く唇同士を重ねる。
ユリウスの呼吸を飲むように舌を絡めていくと、やがては交わす口付けにも力が漲って来て、
射精を終え、一旦は強烈な膣内の圧力に、するり、と押し出されそうになりながらも、
挿入させたままであったペニスにも、血液が集り出し、
硬度を回復したそれは、ユリウスの膣内で再び脈動を始めた。
ダーヴィトは、見てみたい光景があって、もう一度ユリウスを上に乗せる。
上に乗せられると、膣内から愛液と混ざり膣温でどろりと溶けた精液が流れ出し、
ユリウスを困惑させたが
「自分で動いてみて!動く君を僕に見せて」
とダーヴィトに、畳み掛けられ
「!」戸惑いながらも、甘い痺れを再び膣内で感じ始めて、自ら腰を動かすユリウス。
それを下から見上げるダーヴィトは、どこか誇らしげな笑みをユリウスに向ける。
そして、暫時見守ったあとぎこちない動き≠介助するかのように、ユリウスの腰を掴むと、
下から補助をするだけだよ、と言わんばかりの遅い速度で、途中甘い動きを加えながらも、
絶えることなく腰を送った。
ゆったりとした抽送の度に、形のいい胸や腕もたおやかに躍動し、それに合わせるように
ユリウスも小さく息を弾ませる。
馬上ならぬ、腹上豊かに金色の髪を揺らしながら、跳ねるユリウスは想像以上に美しく、
繋がっている部分がペニスを入れた腰だけ、という不安定感
一度ならず、さっきは膣内でもイってしまった、しかもダーヴィトと一緒に、という高揚感
それに、今度は下から愛しい人に表情を見られている、という恥じらいからか、
肌は基より、頬も薔薇色に染まり、
「綺麗だよ、ユリウス。いい眺めだ・・・」
と、今度は悪戯っぽく笑うダーヴィトに、膣内でペニスを感じながらも
はにかんだ笑顔を見せるのだった。
それを愛しいユリウスに、ダーヴィトがいつまでも許すはずもなく・・・・・・
ダーヴィトのピストンを早めた腰の動きが前後左右に激しくなるにつれ、
ユリウスはやがて官能の息を漏らし始めた。
掴まれた腰を、そうやって何度も突き上げられると、はにかんだ少女の顔は次第にどこかに消え、
いつしか色っぽい声を出し、やがては女の顔に表情を変えて行くユリウス。
やはりダーヴィトに余裕を奪われ、喘いでしまうユリウスなのだった。
○ユリウス
「いっ・・い・・いやぁっ・・あっ・・ぁっ・・あ・・・!」
体の奥の肉が、硬いものに押し上げられる痛みに似た強い疼きに、
戸惑いを覚えるユリウス。
上の体勢で、ほぼ全体重がかかっているのに、
ダーウ゛ィトの切っ先は、少しも屈することなく硬度を保ち、ユリウスの肉をうがつように正確に突き上げ続けた。
金髪が軽やかに弾んで香り、胸を見下ろせば突き上げに合わせて、
上下にたわんでおり、ユリウスはその羞恥から胸を隠すように、
両手を上から添える。
だが、それは掌に当たる敏感になった乳首の感度を高めてしまうことになり、
ユリウスはあっという間にダーウ゛ィトの上で昇りつめ、強いうねりを繰り返す膣が、彼の吐精を促した。
太股でダーウィトの腰を強く挟み、膣に精を感じながら背中を限界まで反らせて、数秒ほど制止したかと思うと、
ゆるゆるとダーウ゛ィトの上に崩折れる。
胸と胸が激しい鼓動を伝え合い、汗のぬるつきも心地好く互いの肌になじみあった。
弛緩していく膣とペニスの隙間からは、
新たな白い証が多量に流れ出し、
ダーウ゛ィトの下腹にとどまらずシーツに垂れ落ち、
独特の香りを放った。
ユリウスが早い呼吸に混じり口付けのあとに、二度目に告げた
“ありがとう”。
戸惑いも、禁忌を犯したとう負い目の感情はもはや含まれず、
その蒼い瞳が、はじめての慣れない行為からくる心地好い疲労に、自然と閉じられるまで、ただ一人の少年を写しつづけていた。
END
48 :
無題(1):2009/06/13(土) 18:45:29 ID:aj8XKP/a
「・・ん・・っ・・頭が重い!・・・頭はおろか、体全体が鉛のようだ・・・」
意識不明だったこの邸の主が、漸く目を覚ましたのは、
病の床に就いて、数えること3日が経とうとしていた夜半過ぎのことだった。
「レオニード?・・気が付いた?ここがどこだか、わかる?」
聞き覚えのある、跳ねるような女の声が、鼓膜に響く。
「ユ、ユリウス?・・・おまえか・・。・・・・私は、一体どうしたと言うのだ?」
「覚えていないんだね。・・3日前の事だよ。赴任先の戦地で流行り病に罹り、
一向に意識の戻らない貴方を案じた軍医が、急ぎの馬車を遣わし、この邸に搬送してくれたんだ・・」
「・・・この・・私が?・・・私がか?」
「信じられないって顔をしている・・」
「病に倒れるなどとは・・・・」
レオニードは、番狂わせを理解したのか
天井に埋め込まれた精巧な彫刻を、虚ろな目で追いながら溜息に乗せて虚無感を吐き出した。
だが、焦点は合っていないようだった。
「自分こそは、と言った過信や、絶対にそんなことはない、と言う自信を持っている人ほど
いざそう言う目に遭うと、うろたえるものなんだよね!現状を受け入れられないんでしょ?」
「ふんっ・・おまえに何が分かると言うのだ」
レオニードは、傍らのユリウスを横目で見ると、再び虚空を見つめ、そして静かに目を閉じた。
深呼吸を繰り返しているのか、掛けられた毛布が、
軽く上下に拍動をしているかのような動きを見せ、ユリウスの目に留まった。
空気を入れ替える目的で、椅子から立ち上がり、窓辺へと歩いていくユリウスの後姿を
レオニードは視界に捉える。
重いはずのカーテンがふわりと舞い
流れ込んでくる夜風は、春が近いことを語っているようで、床に伏すレオニードの所まで
新しい空気を運んでくれた。
49 :
無題(2):2009/06/13(土) 18:46:03 ID:aj8XKP/a
「少し寒い?・・・気分は、どう?」
風が甘く感じたのは、レオニードの錯覚だろうか、訊ねるユリウスの声さえ甘く、耳をくすぐり
戦果を気にする頭脳を落ち着かせた。
「じゃ、ぼくはヴェーラ達を呼んで来るね。」
次の瞬間
窓を閉めたての足を、今度はドアに向けて歩き出す、ユリウスを引き止めるレオニードの声が響いた。
「待て!みなは既に休んでいる時刻だ。報告なら明朝で構わんだろう」
「あなたが、そう言うのなら・・」
冴えた判断は、瞬時にユリウスの思考を大人しくさせた。
傍らの椅子に落ち着くユリウスを視界に収めると、レオニードはそっと瞼を閉じる。
暫く会話が途絶え、無音の時間だけが、二人の間を静かに流れた。
そんな沈黙を破ったのは、思いを溜めたようなレオニードの声だった。
「おまえがずっと私の傍に?」
「うん、でも、ぼくは何もしていないよ。早く熱が下がるように、額のタオルを取り替えていただけだよ」
小さな声で遠慮気味に、返事は返ってきた。
「愚か者めが、それを看病と言うのだ。」
「ふふっ、・・・すっかりいつもの貴方に戻ったみたいだね。
その調子ならもう大丈夫だ。明日には食欲も出るね。」
ユリウスの笑顔に心をさらわれるレオニード。
「・・・・」
かざした威厳を根元から薙ぎ倒されたような
さりとてそれは、屈辱ではなく
これまで味わったことのないような風変わりな味を、レオニードは心の中で噛み締めるのだった。
力で捻じ伏せることなど造作もない、この異国の少女に一本取られて
鉄の軍人は、それっきり黙りこんでしまった。
「あれ?眠っているの?」
ユリウスは、スヤスヤと寝息を立て始めたレオニードの額に、今一度ゆっくり手を当てると、
何かを確信したような笑みを浮かべ、そっと部屋を後にした。
急接近はなくても、同じ邸に暮らす二人には、交わす言葉や仕草が新鮮で
それが、恋なのか時めきなのか、当の二人にさえ自覚はなく、
互いに抱える心の闇さえも、寄り添えば透明になってしまいそうな、
溶解でも不溶解でもない化学式が、この二人には確実に成り立っているようで
摩訶不思議な空気を作り出していた。
ユリウスの想いは恋?憧憬?
レオニードは、
恋と呼べる感情は、これが初めてではないだろうか。
“私の妻は皇帝の姪だ”と、ユリウスに誇らしげに話していた
あの頃のレオニード・ユスーポフ侯爵は、もうどこにもいない。
そこにあるのは、
任務と恋を無意識下で天秤に掛け、それを不器用に揺らす、一人の男の姿だった。
おわり
50 :
再会(1):2009/06/13(土) 19:01:59 ID:aj8XKP/a
雑踏から外れた通りの一角で
ロストフスキーの姿を見失った直後にユリウスは、レオニードと再会をした。
彼の行く先には必ずレオニードがいると、踏んだだけの
確証のない尾行の末での再会だった。
「レオニード!?」
祖国の行く末と、我が身を思った時、ユリウスに対して責任を取れないと悟って
それゆえに彼女の身を案じたからこそ故郷のドイツに帰したはずのユリウス。
レオニードの視界に飛び込んだのは、
自分の庇護下で暮らしていたあの頃のひ弱な彼女ではなく
宿敵の革命家と結婚し彼の妻となり
市民としてロシアの街で暮らすユリウスの姿だった。
レオニードは冷静の仮面を脱ぎ去り、再会の驚きに身を投じて一人の男として彼女に駆け寄る。
「ユリウス・・・!私の心づもりがわからなかったのか?」
少女が大人へと変貌を遂げる、ちょうどそんな花の頃の幾年を、
軟禁という残酷な形で私はユリウスから奪ったのだ。
今更思ってみたところで仕方のない自責の念が、レオニードの心の中で活性化する。
レオニードもアレクセイとは違った形であれ、ユリウスを心の深い所で今も愛しているのだ。
「幸福でいるか?」
愛すればこそ、想いは言葉となり口を次いで出てしまうもの。
レオニードのその言葉には、短いながらも彼の精一杯の愛情と慈しみが込められていた。
案じたからこそ故郷に帰そうとしてくれた。
そんな彼の心づもりを無視してしまったかのような今の自分に、後ろめたさを覚え
『愛されているのか?』と問われているようで
ユリウスは、言葉を見つけることが出来なかったのは言うまでもなく・・。
・・・なんと言う深い眼差しを、この人は自分に向けるのだろう。
しかもこんな至近距離で! あの頃と変わりなく優しい目で!・・・
穏やかだが、つい目を逸らしてしまいたくなる程の強い瞳に光りに、ユリウスは思い出す。
運命の人、夫になったアレクセイの瞳を・・。
アレクセイとレオニード・・
自分を見つめる時の瞳は、とてもよく似ているのだ。
全く違うタイプの男の中に共通項を見出し、ユリウスの心は振り子のように両者の間を行ったり来たりする。
・・・アレクセイ、ごめんなさい。レオニードは僕の恩人なんだ。だから、
こんな風に会ってること、今から告げることも許してくれるよね?・・・
51 :
再会(2):2009/06/13(土) 19:02:29 ID:aj8XKP/a
「あ、あのね、レオニード・・。ケレンスキーと言う人を知っている?」
愛しい夫に詫びながら、ユリウスは懸命に言葉を紡ぐ。
自分の仕入れた情報を、さも重要とばかりに必死に伝えてくるユリウスの純真に、レオニードは想いを被せる。
「その事なら心配はいらん。
それより、何処へでもいい、亡命するんだ。来年の2月までにな。
必ずアレクセイに伝えろ。よいな?」
「な・・!?」
足早にレオニードがユリウスの元から、立ち去ろうとした矢先のことだった。
遠方からこちらに向かって押し寄せる大勢の民衆の姿が、レオニードの視界に映った。
「まずい!こっちに来るんだ、ユリウス・・」
「何が?どうしたの?」
ユリウスは自分の手を引いて駆け出すレオニードに、戸惑いながらもついて行く。
「私と一緒の所を奴の仲間に見られる訳にはいくまい?奴に余計な説明をしたくはないだろう」
「・・・!」
「ここまで、来れば大丈夫だ。」
「ここは?」
バタン・・ドアが閉まったと同時にユリウスは、レオニードの後に続いて入った
この付近のアパートにしては珍しいほどの小奇麗な家具・調度品に囲まれた
広い一室を訝しげな目で凝視する。そこは、どうやら2階のようだった。
「今はもう居ないが、以前に私の部下が使っていたアパートだ。万が一の為にと、まだ借りてある」
「それは、スパイ・・・ということ?」
ユリウスの即座の問いに、レオニードは返事をしなかった。
してはいけない質問・・立ち入ってはいけない空間が、二人の間には存在し、それは高い壁となってレオニードとユリウスを隔てていた。
その衝立がはらはらと崩れる音がしたのは次の瞬間だった。
「まるで悪いことをしているみたいだね、あなたと二人で・・・」
何気なく放ったユリウスのひと言で、部屋には背徳の香りが漂い始めた。
背を向けて立つレオニードは、ユリウスの顔色を窺おうとはしなかったが、
路上で始まった市民と革命家たちの街頭会議を見守りながら、それでもユリウスとの会話を続けた。
「民衆が去れば、おまえは来た道を帰るがいい。この辺りに住んでいるのだろう」
今度はユリウスが返事をしない。
凍り付いた空気を感じて振り向いたレオニードの目に映ったのは、ユリウスの頬に光る一筋の涙だった。
「何故、泣く?」
流す涙の理由を考えながら、無言で歩み寄るレオニードは
密室で、敵の妻となったユリウスの体に、初めて自らの意思で触れる。
懐古の気持ちも手伝って、レオニードはあの頃のようにユリウスの隣に座ると
そっと手を握ってやることにした。
52 :
再会(3):2009/06/13(土) 19:02:56 ID:aj8XKP/a
触れた手から温度が伝わり、二人の記憶が重なった時、ユリウスは呟いた。
「お願いレオニード!アレクセイを捕まえないで!・・でもぼくは、あなたも助けたいんだ!」
「何を言い出すのかと思えば・・・・。馬鹿者めが!・・私とおまえは、今は敵同士なのだぞ?
それを分かって言っているのか?」
「分かっているよ。でも、アレクセイと暮らしてみて
ぼくは、どれだけあなたに守られていたかってことに気付いたんだ・・。
感謝の言葉をどれだけ並べたって足りるものじゃない。」
「ふっ、私に感謝などする必要はない。私は数年間に渡り、平気でおまえを欺いていた男なのだからな。
それに今であってもおまえを人質に取り・・・」
「あ、貴方は・・そんな人じゃない!」
「甘いぞユリウス。忘れてもらっては困る。私は軍人だ。目的の為とあらば手段を・・・」
「あなたのキス・・・ぼくは忘れたことはなかった・・」
ユリウスの突飛な言葉はレオニードから、顧みて他を言う余裕を奪い去り、代わりに、目を見開いて息を飲むという狼狽を与えた。
ユリウスと交わした最初で最後のキス
その時の唇の感触を思い出しながら、レオニードはこれまで考えたこともないある境界線を思った。
それは地球と宇宙とか、地平線と水平線と言った目で見る境界ではなく
男と女の間にある人としての境界線の事だった。
男女の関係はどこまで行けば不義と呼ぶのだろう・・。
自分でもコントロール出来ない感情というのは確かに存在する。人はどうやってそれを抑制するのだろうか。
あの時ユリウスは、確かに私への特別な感情を持っていた。
自惚れではない、はっきりと口にしたではないか・・だが、今それを確めたところで何になる。
心で完全否定はしても、ユリウスの温もりを、レオニードは離そうとはしなかった。
試薬のようにユリウスの半開きの唇に、自分の唇を重ねると
ユリウスは抵抗せず、寧ろ粘膜を受け取るように唇をピッタリと合わせてきた。
その甘さと予想を逸脱した反応にレオニードは官能を侵され、思考力をも奪われる。
無抵抗なユリウスに後押しされるように今度は舌を口内に分け入れると、心なしか、
気弱にユリウスは舌への愛撫を返してきた。
−ユリウスはどう思ってこの行為を容認しているのだろう−
問い詰めたい心境に駆られたが、それを保留のままレオニードは次の行為に移った。
唾液と舌の粘膜を擦り合わせるような激しい動きを繰り返し、口内を蹂躙すると
その度に音が洩れ、ユリウスの息も甘く変化していく。助長するかのような大胆な舌の動きにレオニードも応え、
やがてユリウスを抱き上げると、そのまま激しいキスを交わしながら設えてあるベッドへと運んだ。
皺ひとつ無い張り詰めた真っ白なシーツは、ユリウスの体重を受け取って少しだけ波打った。
そこに覆い被さるように沈んだレオニードの重みも加わって更に大きな皺を作る。
53 :
再会(4):2009/06/13(土) 19:03:20 ID:aj8XKP/a
・・・止めるなら今。
引き返すならきっと今をおいて他にないのだろう。
そして、何もなかったかのような顔でユリウスは奴の元に帰るのだ。
ユリウス、なぜそうしない!? なぜ私を拒まない?・・・
何か言葉の代わりになるものがこの行為にはあるようで、レオニードは不思議な感覚に囚われる。
レオニードは、不義≠フ文字を頭に据えながら、自らも服を脱ぎ去ると、そっとユリウスの肌を開いていく。
視界に飛び込んだのは、衝撃とも言える、頂点に淡い桃色を施した女のそれだった。
初めて見るユリウスの両の乳房に目を奪われる。
打ち震える感動を隠してそこを口内に含むと、吸ったり舐ったりして味わった。
レオニードの口の中で、可憐な乳首は先の形を天に向けて尖らせ、堅さを伝えた。
「・・・あ・・んっ・・・」
強く吸う度に左右に腰をひねるように仰け反り、比例して喘ぐユリウスの声は例えようもなく、
手を下腹部に滑り込ませると、そこは既に滑りを指に絡ませるほどになっていた。
刺激を続けると、反応は過剰なほどに顕著になっていった。
『奴にもこのような声を聞かせるのか?』と嫉妬心に苛まれるレオニードは、どこから見ても、
油に火を注いで火傷する自制心を捨てた愚かな軍人にしか見えなかった。
今、ユリウスを乱しているのは紛れも無く自分であり
今、ユリウスは、私の指と唇に反応を示しているのだ。
そう思えば思う程、一層ユリウスの秘裂をなぞる指先は複雑な動きを見せ、ユリウスも激しく身悶えている。
レオニードは堪らず指を2本膣内に飲み込ませると、中で攪拌させては抜き差しを繰り返した。
透明な液はぬちゃぬちゃと音を立て、レオニードの指を容赦なく濡らし、女の匂いと光沢を与えた。
こうなってくると、レオニードが膝に手を掛けるだけで
ユリウスは抵抗もなくあっさりと両足を左右に開き、愛液でぬかるんだ淫靡な場所を見せてくれる。
視界いっぱいに見せ付ける性器の現状はレオニードの想像を遥かに超え、次の刺激を待っていた。
臆する事なくレオニードは、性器全体を舐めつくすように舌を上下に這わせていたが、
理性だけはどこかに残しているようだった。
クリトリスの表皮を剥きながら、舌先で扱きながら、その残った理性で考える。
膣口に陰茎を挿入しなければ不義にならないのではないか・・と。
ギリギリの境界線は、ここなのか?
54 :
再会(5):2009/06/13(土) 19:03:49 ID:aj8XKP/a
しかし、ペニスの先端は既にユリウスの隆起して蜜を垂らせ、淫靡に照る膣口に宛がわれていた。
少しだけなら・・と思い、先端部だけを中に差し込むと、ぬぷっと言う音を立てて膣は飲み込んでくれた。
気が付けば半分以上を埋め込んでいる。
窮屈な入り口を抜けると、膣内は皮膚とは違う生温かい温度と
えもいえぬ痺れる感覚で絡み付いてきて
レオニードの張り詰めたペニスの粘膜を甘い刺激で導き、その先へと誘惑する。
その魔の刺激が導火線となり、根元まで深々と埋め込みたい、と言う次なる欲望を与えレオニードを苦しめた。
ペニスの先端は本能で子宮口を切望せずにいられなくなり、吸引力と言えばいいのだろうか
ユリウスの膣内もペニスを扇動するように生き物のように動いているようで、
それがある種の拷問を受けているような錯覚にとって代わり
レオニードは、勝手に動き出す腰を止めることが出来なくなってしまっていた。
それでも挿入しても中で動かさなければいいのだと必死で抽送を耐えた。
中に挿入させても動きさえしなければいいのだ。
もう思考は無効だった。
痛い程に膨張をしたペニスは、既にユリウスの膣の深くに深々と刺さっていて
その形を受け、限界まで広がったユリウスの膣の内部は、
そんなレオニードの、鉄の意志を破壊するかのように自ずと蠢く。
子宮と膣と言うユリウスの与り知れぬところでも意思は存在しているかのように・・。
初めはゆっくりと、しかし徐々に子宮の入り口を先端で擦るようにペニスは躍動を繰り返す。
境界線はいつしか霞んで、視界から消えていた。
そこに居るのは壮大な快楽に身を委ねるしかなくなり、只管に愛を貪る一組の男と女。
レオニードが激しく突く度にユリウスは罪の意識をまといながら跳ねた。
やがて抽送をコントロール出来なくなり、無我夢中で腰を送り続けたレオニードは
『許せ、ユリウス!』心の中でそう叫ぶと同時に
恐ろしいほどの快感に身を任せユリウスの温かな膣の中で果てた。
ユリウスの膣内はほとばしる精液を受けて恭悦するかのようにうねって応えた。
本当の別れがそこまで迫る黄昏のベッドの中で、レオニードはユリウスの存在を十分に体に沁みこませる。
そして荒い息が整うのも待たずにユリウスを覗き込んだ。
もう二度と会うこともないだろうユリウスの碧い瞳はに光るものがあった。
「後悔している?」
ユリウスはレオニードに問う。
「私に後悔など・・・」
「ぼくも、していないよ。貴方を愛したたことを・・」
レオニードは身なりを整えながら外の気配を窺った。
外は静まり返り、人っ子一人居なくなっていたが、街角は夕暮れ色に染まっていた。
「もう行くよ・・」
レオニードは振り向かなかった。
「亡命を、忘れずに奴に伝えろ」
『さようなら。ぼくの愛したレオニード・・』
−終わり−
55 :
夢の続き 1:2009/06/14(日) 14:35:01 ID:OdMnw7ZB
レオニードを、眠りの淵から這い上げたのは愛しむべき存在の口付けだった。
目を開いたその先に、朝日より先に頬にかかる柔らかな金髪の眩しさに目が眩み、
反射的に、先程より強く瞼を閉じ合わせてしまう。
朝の光の中で、昨夜の残り火を分け合うような穏やかな愛を確かめ合ううちに、
ユリウスの体は両手で抱きかかえられ、強靭な皮膚の下に硬い筋肉を携えた体躯の下に隠された。
その態勢をとったことで、互いに意識してかせずか、
自然に位置をあわすように、まだ火照りを宿しているその場所が触れ合わされていった。
レオニードのそこは、これ以上に無いほど緊張感を持ってすでに限界までみなぎっており、
ユリウスのそこも、昨夜の狂おしい数々の絶頂の余韻でぽってりと口を開け、
男の現象を如実に醸した硬く尖ったペニスの先が触れると、
反射的に続きを期待してしまうかのように、
怒張した先を包み込んで柔らかに口を開け始めた。
ユリウスの膣は、数時間前にはレオニードの大きさに割り開かれていたため、
それを飲み込んでしまうことはおそらく昨夜より容易に違いなく、
自身が脱力すれば、すぐにでも子宮に彼を迎え入れることができそうだった。
だがユリウスは、咄嗟に首を振った。
胸の奥を見透かすような瞳と彼の行為に、
顔を赤らめながら、レオニードのペニスから逃れようと腰をひねって位置をずらした。
顔を完全に横に向け、心とは正反対の拒絶をして見せる。
56 :
夢の続き 2:2009/06/14(日) 14:35:29 ID:OdMnw7ZB
(昨夜あれだけ愛してもらったのに、僕はなんて・・・・)
一度期待に高まった膣の鎮まりを待つユリウスの心境を、打ち裂くように、
レオニードはユリウスの体が強く望んでいるものを、心ごともっと渇望させるようにと、
何度も位置をそこに合わせてくる。
「やっ・・・」
逃れようとしたが、今度は片手でぐっと強く腰を掴まれしまい動けない。
それは、普段であれば彼が昇りつめる際に、たびたびしてくる癖となっていたものだった。
その圧で柔らかな白い腰に無骨な指が入り込み、幾分かの痛みと心地よさで
さらにユリウスの肌は高められてしまった。
(恥ずかしいというのか?)
ユリウスの姿すら映らない漆黒の瞳は、そう問いかけている。
表情も動かさず、ユリウスの瞳を焼くように見つめる。
(僕の顔を・・見ないで。・・恥ずかしいんだ。)
昨夜の余韻で柔らかく敏感になった蜜の入り口に、ペニスの先が幾度も当たった刺激、
しかもそれが昨夜よりも硬さをもっていることに、
数時間前に奥まで揺ぎ無く愛された場所が、
行為を思い出すかのように触れている膣口から全体を強くどうしようもない疼きに導いてしまった。
ユリウスの遠い意識下ではペニスの先に口付けをするように、膣の入り口がひくひくと蠢いており、
その刺激と蜜のすべりで、敏感な亀頭がさらに硬く脈動をもって膨れ上がり、
膣の浅瀬に違和感無くもぐりこんでいった。
「ん・・・・・」
膣の入り口にあてられていたものに、
彼が手も添えないことは初めての試み・・・平素ならばレオニードのみなぎりの中で一番大きく張り出した部分を
少しでも痛みを与えずに通すために、
彼がいつも指で、その花弁を左右に開くという行為をすることもなく、
中へとぐっとペニスが潜りこんでくるのを感じると、
それまでにない驚きと喜びに、ユリウスの呼吸は不規則に早まっていった。
それと同時に、奥からじゅくっとあふれ出す熱いものを感じ、
彼に知られたくなかった奥底の淫欲に素直に向き合う決心と、
実はそれを遥かに上回り続けていた、再開される行為への期待に胸を撃ち震わせ、
膣の入り口の力をさらに抜いて、奥への到達を望んだ。
57 :
夢の続き 3:2009/06/14(日) 14:35:52 ID:OdMnw7ZB
ユリウスの両脚は恥じらいを含みながらしどけなく大きく開かれていき、
膣も同じようにもっと大きく口を開き、ペニスの侵入を最も促しやすい形となった。
レオニードの腰が、ユリウスの両脚の間に入りしっかりと固定され、
二人の体勢は自然に、一番気持ちのよい結合ををするときのものとなり、
子宮へと続くその道の向きまで知り尽くしたレオニードのペニス。
それに手を添えることもなく、膣のカーブに合わせるように、
蜜のすべりだけを便りに自身の体重だけをぐっとかけると、これまでにない速さで
抵抗してくる膣の折り重なったひだを、ペニスの先で掻き分けながら、
ずっぷりと奥まで飲み込ませた。
「う・・・・っん!!」
反射的に出てしまったユリウスの声は、恥じらいから出すまいと思うより先であったため、
彼女自身も驚嘆するほかはなかった。
数時間前までレオニードの形のままに、大きく拡げられていた肉壁が、
喜びの叫びをあげながら、また大きくひだを拡げていき、
その後すぐにぺニスに縋り付くように、吸い付いきはじめた。
ユリウスの体温と同じ温度の蜜をまとっていたペニスは、帰る場所を求めたかのように、
再びあたたかい蜜に根元までずっぽりと包まれ、
その中で吸い付くユリウスの肉とせめぎ合うように、ふいに大きさと熱さを増した。
「手も添えなかったが・・・痛くはなかったか・・?」
掠れかかった声を正しながら、形だけの投げかけをするレオニード自身も、
省いてしまった行為に後ろめたさを感じるよりも、ユリウスの中の状態や表情が
示す壮大な満足感を悟ったことで、知れず喜びを抱いていた。
「ううん・・嬉しかったんだ・・・」
レオニードは、わかっていても、
事の性急さにまだ信じられない面持ちで繋がった箇所に指をやり、
自身の全周とユリウスの膣口との合わせ目をなぞり、視線をやって、
まぎれもない深い結合を確かめ、指先に絡む蜜の量の多大なことを知り、満足げにふっと口角を上げた。
ユリウスの亀裂の上端の小さな突起に指先で触れると、
すでに硬く尖り、そこにも行き場を無くした蜜が絡み、隠微な光を放っていた。
58 :
夢の続き 4:2009/06/14(日) 14:36:13 ID:OdMnw7ZB
「ぁっ・・」
ユリウスは、耳まで赤く染めながら強くかぶりを振る。
ひとりで達することをまだ恐れるように、レオニードの指を手で押しやった。
「あ・・あなたこそ、その・・すごい・・・よ・・昨日あんなに・・・」
彼女が知ることもない朝に起こりうる男の現象により、
それがいつもより硬さと質量をもっている事をさしているのだろう。
ユリウスの子宮は既に低く降り、
快感の頂がもうそこまで押し寄せていることをレオニード自身に告げた。
降りてきている子宮の硬く窄まった入り口を、ペニスの先で感じ取り、
先の亀裂を子宮の口に食い込ませるように押し付けながら、
ユリウスの唇を挟み込むように、ゆるゆるとした腰の動きと同じように
押し付けながら口付けをした。
彼女の呼吸が次第に早く、急きたてたものになっていく。
ユリウスは、淫奔と認めざるをえない自らの体を恥じ、
レオニードはこんな自分をどう思っているのだろうかと快感に霞む頭の片隅で考えながらも、
それを凌駕するほどの内部と口腔に与えられる強い快感に、
漏れ出る吐息と、滴る蜜を抑えられなかった。
その後、昨夜ユリウスに与えてしまった疲れを気遣い、
レオニードはそのままの態勢でしばらくこうしていようかと、
体重をかけぬようにいたわりながら肩肘でバランスをとって、
ユリウスの裸体に覆いかぶさった。
寝ても輪郭を保ったユリウスの美しい乳房の先が、レオニードの胸に触れるか否かの距離感だった。
心地よい一体感と素肌の触れ合い・・・レオニードにとっては労務を前に、
静かに、だが日常を逸脱したように流れていく朝の一時・・・。
しかし、ユリウスの腰は意ともせぬ場所で、
自然と少しずつ浮き上がったり、もどかしくくねったりしながら、
レオニードのペニスをもっと感じようとするような、淫らな動きを見せはじめた。
レオニードはユリウスの大胆な動きに驚いたが、
じわじわと畳み掛けてくる温かい膣の快感に、
一度このまま緩やかに果ててみるのも悪くないかもしれないなと眉間に皺をよせ、目を閉じた。
59 :
夢の続き 5:2009/06/14(日) 14:36:36 ID:OdMnw7ZB
膣ひだはやがて、レオニードのペニスの形に合わせるように、
ゆっくりと先端のくびれの隙間にも吸い付き、
二人の高揚感と喜びを一層強めるのだった。
「レオニード・・・もう無理だよ・・・」
そのまま、また交わされる長い口付け。
「昨日・・・あれだけ愛してもらったのに、すごく・・あの・・・気持ちがいいんだ・・
僕はどうしたら・・・」
ところどころ震える声に、
心底では貪りたい快感を無理に押さえているような遠慮が見てとれた。
「どこが、気持ちがよいのだ?」
「レオニードの意地悪!・・・・・・・中だよ・・・・」
ユリウスは、頬を朱に染めてレオニードから視線を外し、
恥ずかしい本意を消え入りそうな声で告げた。
「・・・私もだ、ユリウス。とてもよいぞ・・・。」
「えっ・・・?」
繋がっているためか、子宮を通して体の奥にずんと響くような心地の良い低い声と
滅多にかけてくれない快感を訴える貴重な言葉に、
ユリウスは一瞬耳を疑ったが、その膣内は、早くも収縮を繰り返し始め
奥は膨み、手前はペニスを強く締め上げ、達しようとする一歩手前の形態までに
変化を遂げていった。
「・・・ユリウス!」
その性急なユリウスの高まりに、今一歩のところで爆ぜてしまうのを深い呼吸で逃して留め、
驚きの目をユリウスに向けた。
「そんなに・・見ないで」
「やはりお前は、望んでいたのだな。言葉だけでこのような・・・」
「あ、あなたこそ・・・」
深部の強い圧迫感からは少し開放されたものの、
今度は、ペニスの根本あたりに強く絡みつくユリウスの秘肉・・・・。
奥は、レオニードの切っ先が吐精の時のように、上下にびくびくと跳ねるたびに、
徐々に広く膨らんでいき、子宮の手前の上壁を何度も叩きつけた。
「無理はさせないつもりだ・・・辛くなったらいつでも言いなさい。よいな?」
「あなたは・・・大丈夫なの?」
「心配はいらぬ。」
レオニードは低く呟きユリウスにそっと口付けし、最後の理性をみせると、
ユリウスの白い両膝を、高々と隆起した広い肩に担ぎ上げた。
「あ・・・・・」
ユリウスは、怯えたような期待を含んだ表情でレオニードに全てを任すように見上げた。
60 :
夢の続き 6:2009/06/14(日) 14:36:58 ID:OdMnw7ZB
それを皮切りに、夜の情交までをもなきものかにするような、
激しい律動が行われた。
数時間前に交じり合わされた半透明の証は、激しいペニスの出入りで泡立つ音をあげながらすぐに漏れ出て、
ペニスに掻きあげられながら飛び散り、
二人をさらに駆り立てる性の馨りを放った。
「あ・・・あっ!あっ・・・」
いきなり強く揺さぶられたことに驚きながらもしっかりと昨晩のように
レオニードの首の後ろに手を回し、しがみつくユリウス。
むしろ、言葉とは上辺だけのものでユリウスとこうしている状況で
動かずに時を過ごすことなど、
はじめからとうてい堪え切れそうもなかったのはレオニードの方だったのである。
強くなり始めた朝の光の中で、あとどのぐらいこうできるだろうかという
焦燥もあいまって二人は時間も忘れ、
乱れる髪、不規則に上がってかかり合う吐息に気もくれず、
上になり下になり、互いを貪り合った。
広々としたべッドの中央がギシギシと軋んで波打ち、部屋の外を通りかかる者達には
自身の耳だけが知っているユリウスの美しく乱れた悦声を
聞かせかねないという事態に陥ってしまったが、
全身全霊で心のすべてを曝け合うこの時間の前に、
それに気を配る余裕は、いまどちらにも残されていなかった。
レオニードは、前髪の毛の先から汗の雫を振り落としながら腰を前後左右に猛然とふるい、
ユリウスに、昨晩の夢の続きを与えるように、
数え切れないほどの快楽の頂をくれてやる。
そのたびに誰よりも美しいユリウスの歓喜に満ちた声は
寝室と書斎の二枚の重い扉を突き破って、通り掛かる者の耳に届いたであろう。
あまりの高揚に労わりすら忘れそうになりながら、
雄の本能の支配されるがままに、
レオニードは、欲望のままに自身を出入りさせ、
子宮を強く強く突き上げてしまう・・・。
ふとしたところでしまった、と我にかえりユリウスの顔を見ると
ユリウスはかえってそのことに昂ぶっていて、
子供が嗚咽するような高らかな声をあげながら涙を滲ませ、胸元には玉の汗を浮かべ、
首を振って狂おしい反応を見せているのだった。
それならばと断続的に子宮を突くと、
膣はみるみるうちに入り口から蜜をキラキラと跳ね飛ばしながら、
壁を盛り上がらせて、さらなる頂点を迎えようとしていた。
61 :
夢の続き 7:2009/06/14(日) 14:37:24 ID:OdMnw7ZB
ますます硬く反りかえっていくレオニードのペニスに悦びを感じながら、
どんな動きにも柔らかくうねりながら無数のひだで柔軟に受け止め、
はずみながら押し返し
時に窄まりながら強くしごき上げ、悦楽を送り続けるペニスに、
礼を返すように、余りある刺激を与え続けるユリウスの膣。
男の捌け口を受け止める器官・・・そういった概念で女性の膣を捉えていたレオニードは、
これが、このように多種多様な動きを見せることに驚きをかくせなかった。
レオニードに子宮を再三突き上げられ、様々な角度からこすり上げられて達するたびに、
ユリウスの全身は自身でも気づかないような甘い雌の馨りを強く上げ、
レオニードの雄をまたも誘うのだった。
「あっ・・ああっ・・あんっ・・!溶けてしま・・いそうだよ・・・」
「・・・私もだ。・・・ならばもっと試してやろう」
ユリウスはその瞬間のひとつひとつを、シーツを強く掴んだり、
レオニードの腰に脚を絡めたり、
汗の滲む背中に振り落とされまいとしがみ付きながら、喉を反らして迎えた。
ユリウスの吐息もまた、膣の締まりに合わせて切迫した嬌声になったり、
満足しきったように甘く緩んだり、声を含まないものになったりと
とさまざまな変化を遂げ、耳を退屈させなかった。
目からも耳からも、そして繋がった箇所からも手に取るような期待以上の甘やかな反応に、
侯爵は心からこの娘を愛おしんだ。
湯気までが立ち昇りそうな、ユリウスの全身から発せられる馨りに魅せられるように、
ペニスが与える幾度と無い絶頂に、しだいに膣は滑らかさと柔軟性を増していき、
侯爵をこの上ない歓喜に導いた。
先端部の括れや、先の奥まった部分にまで、
ペニスの摩擦で熱を孕んだ膣のひだの一つ一つが絡み付き、
隙間のない密着がレオニードの高揚をいよいよ限界まで煽り立てる。
62 :
夢の続き 8:2009/06/14(日) 14:37:48 ID:OdMnw7ZB
「くっ・・・!」
がくりと力尽きてユリウスの金髪の中に顔を埋めた頃には、
陽は高くなりはじめ、
違った角度から二人の汗の雫までをも精巧に照らし出していた。
「・・・大丈夫?・・大丈夫?レオニード?ごめんなさい・・・ぼくは」
体の重みをユリウスの上に完全に預けてしまっていることに、
申し訳なさを感じつつも、一気に重くなった体をしばし起こすことも出来ず、
荒い呼吸の鎮まりを待つレオニード。
「すまぬ・・・」
それを言うのがやっとで、
ユリウスの胸の音を掻き消してしまうほど、早くも正確な鼓動が、
彼の肌を通して重なった胸に伝わってくる。
「疲れさせてしまったよね・・・」
互いに、酷使させてしまった体を案じつつ、
途絶えがちな会話の中にも、労りの言葉を紡ぎ出そうとするが、
成るべくしてこう成った二人を誰に止めることが出来ただろう。
「・・私がそうしたかったから、したのだ。」
レオニードは、呼吸を継ぐあいだに、途切れ途切れに息を弾ませながら言った。
それを聞き取らないうちに、ユリウスは口元を緩め、
微笑んだように満ち足りた顔で再び眠りについてしまっていた。
その後。
この少女をひとり置いて部屋を後にすることに、どれほどの勇気を奮っただろうか。
何度引き返し、頬を寄せ、再び手を握ったことだろうか。
部屋の中央まで差し込んできた弱々しい晩秋の光に包み込まれるように
眠ってしまったユリウスの胸に、
この男の逡巡など、伝わるはずは無かった。
END
63 :
無題:2009/06/14(日) 14:41:13 ID:OdMnw7ZB
ドレスを着たユリアがリュドミールと一緒にスケートに興じ
それを見守るレオニードとヴェーラ。
ところが、リュドとユリ、転倒
ヴェーラ「リュドミール!」
レオ「ユリア!」
笑って起き上がり、再びスケートに興じるユリアとリュドミール。
その様子を見て、安心しながら
「そうしていつまでもご覧になってるだけですの?」と冷静に切り込むヴェーラ。
「・・・」
ロストフスキーにアイコンタクトして、コートを着てその場から去ろうとする侯
そのレオニードの前に、滑り込むユリア。
「!」
「ねぇ、上手くなったでしょう?」
ユリアをガン見して、そのまま無言で出かけていくレオニード。
「ねぇ、レオニードは今度は何に怒っているの?」無邪気に尋ねるユリア。
ヴェーラ「そうね・・・リュドミールのフランス語が上達しないこと、かしら」
リュドミール「姉様ったら!」
ヴェーラとリュドミールは、ユスーポフ家の親族の屋敷に招かれて留守。
居候ユリアはお留守番。
退屈なので、一人でスケートして、表情を優雅に舞う姿を
馬車で帰ってきたレオニードは目撃。馬車を止めさせて
「いい加減にせぬか!ロシアの冬を侮らないことだ」と一喝。
いきなり叱られてしゅんとするが、レオが帰ってきた嬉しさに笑顔のユリアは
レオニードのところへ猛スピードで息せききって「おかえりなさいレオニード!」
「ああ、ただいま」あっさり答えた自分にびっくりのレオニード。
超がつく不機嫌になり、「戻るぞ」とユリを促し馬車に同乗させる。
その夜はヴェーラもリュドミールも、アデールもおらず
レオニードとユリウス二人だけの初めての晩餐。
金髪と白い肌が生えるワイン色のドレスを着たユリウスが
大階段から降りて来るのを、見つめるレオニード。
いつもの晩餐室へ行こうとするユリアをレオニードは客間へ連れて行く。
客間の暖炉の前に小さなテーブルが出されていて、
「お前はこっちだ」より火に近い席へユリアをエスコート。
黙々と食事をしていたレオニードは、カトラリーを使っているだけで
ユリアが一口も口にしていないこと、顔が赤いことに気づく。
「具合が悪いんだな。それならすぐ寝室に戻って休め」
「だって・・そうするとあなたは一人で食事をすることになるでしょう?」
「ハ!この私をリュドミールと一緒にされてはかなわんな。
いいから、寝室へ戻れ。後で、ホットワインを届けさせる」
ユリアは素直に侯爵の言うまま、席を立とうとするが、ふらついてしまう
彼女を抱え上げるレオニード。大階段を上りながら
「あんな時間まで氷の上にいるからだ」←フランス語
そう咎めるレオニードに
「こんな時間なのに、氷の刃の腕に抱かれているのはいいの?」←ロシア語
と答えるユリア。息を飲むレオ。
END
64 :
無題:2009/06/14(日) 14:51:43 ID:OdMnw7ZB
オペラ座でテロリストが投げた爆弾はユリアの左腕を裂き
侯爵の軍服にも転々とその赤い跡がついた。
いかなる時も冷静な上官の顔が死人のように青ざめたのを
ロストフスキーは一種の感嘆と諦観を感じながら見つめていた。
密林の豹のように血にも飛び散る肉片に慄いたことのないこの軍人は
恐る恐る足元の血だまりを見つめ、そこに肉片がないことを確認すると
すぐ側に、上官をじっと見つめて緊張してる部下がいることなど
忘れたように、ユリウスの血で汚れたまるで宝石のように撫でていた。
細いユリウスの指が奏でるピアノの旋律は、いつの間にか侯爵自身でさえ
知らなかった心の奥深くにある場所を占めていたのだった。
「家へ」一言、そうロストフスキーに告げて馬車へ乗り込むと
彼はもう1度腕の中にいるユリウスの鼻腔の辺りに指を近づけ
呼吸してることを確かめずにいられなかった。
指が僅かに湿ったと、彼女の胸が呼吸に上下しているのを見て
侯爵は我知らず安堵のため息をついた。
記憶をなくしてから、ユリウスは侯爵の姿を追うようになった。
屋敷に戻ると、誰よりも早く彼を迎えようと廊下を走り
「おかえりなさい、レオニード」そう微笑むユリウスに
いつの間にか微笑み返す侯爵の精悍な顔に浮かぶある感情は
ロストフスキーにもヴェーラにも、リュドミールにさえ知られていたが
侯爵だけが頑固にその感情を認めなかった。
「今は」と彼は、ユリウスの爆風で汚れたままの頬にそっと頬を寄せた。
その時だった。「アレクセイ・・・」彼女の口からあの禁忌の名前が漏れた。
彼はハッとしたように彼女を見たが、まだ意識が混濁したままの彼女を
もう1度そっと抱えなおし、再び彼女の頬に頬を寄せた。
氷でできた男、妻にそう罵られた彼の心には、流刑にされたあの革命家と
”皇帝の隠し財産の鍵”を持つユリウス
二人への同情とも憐憫とも違う何か、たとえるなら
階級も人種も性別も違うが、嵐の中の同じ船に乗り合わせた乗客どうしが持つ
不思議な運命共同意識が芽生えていた。
人智を超えた何かと立ち向かわねばならないことに変わりはないが
自分もユリウスもアレクセイも、嵐が過ぎるのを船底で怯えて待つ種類の人間では
決してない以上、嵐の中で裏切り・憎しみという人間の業に直面し立ち向かい
刀折れ矢つきた後、3人の誰一人船上には残っていないだろう
侯爵ははっきりと予感した。
「レオニード」、そう言うと侯爵が自分のすぐ側にいるのを確かめて
ユリウスは眼を上げて微笑んだ。
「傷むか?」
「いいえ」
「嘘をつくな」
「温室でね、僕が庭師と育てたユリが咲いたんだ。
あなたはユリが好きだよね?」
「ああ、好きだ・・・」
「よかった」
「いいから、もうしゃべるな。傷が開くぞ」
わかりました、という証拠にレオニードの軍服のボタンを握りしめ
ユリウスは目を閉じた。彼女を見つめる侯爵の慈愛の目に気づくことなく。
END
65 :
無題:2009/06/14(日) 14:54:55 ID:OdMnw7ZB
膨らみ切り、充血して厚みを増したユリウスの膣内の温度に融かされた
レオニードのペニスは、ユリウスに見せる為に抜かれてしまった。
垂れ下がるほどの愛液をまとい湯気さえも漂わせて満足そうに
反り返るペニスの角度に驚きの色を隠せないユリウスの頬は紅潮していた。
絶え間ないストロークを期待していたユリウスは
そんなレオニードの思いもがけない行動に、成す術もなく
ただ亀頭の光沢に向けて唇を開き甘い息を掛け、
レオニードの反応を待つのだったが・・・・
END
○ユリウス
あ・・りが・・とう・・・
(ふらふらする体で、水を受け取って飲む)
ーーー数分後ーーー
はぁっ・・・・・くるし・・・・
体の奧が・・熱い・・・・
レオニード・・・(縋り付く)
○レオニード
一体どうしたと言うのだ・・?
(体の奥が熱い、と艶めいた声で訴えるユリウスに)
そうか、では私が熱を取ってやろう。
(夜着の裾のみをはだけ、下着を取り去ると、ユリウスの下半身が剥き出しになった。
両膝を立てた形で足を開かせると、太腿に腕を回し、自分が体を寄せるのでは無く、
ユリウスを自分のほうへ引きずるような形で強引に引き寄せた。
そのままユリウスの体は、まるで蝋燭が蝋燭立の剣に突き立てられるように
花びらに取り囲まれたレオニードだけが知る場所で彼の逞しいペニスを飲み込んだ。
レオニードの性急でやや乱暴とも言える挿入に、ユリウスは驚きながらも
一番欲しかった物を与えられた悦びに押さえ切れない声を上げた。
まだ十分に潤っていなかったユリウスの膣に痛みを与えまいとしてレオニードは腰を動かさなかったが、
程なく、ユリウスの膣の中で温かい愛液にペニス全体がしっとりと包み込まれるのを感じた。
もう大丈夫だろうと、ユリウスが最も感じるらしき場所を数回突いた後、
急に動きを止めるなり、含み笑いを浮かべてわざと聞いてみる)
どうだ・・・?少しは楽になったか?
○ユリウス
あっ・・・・・・・・
(急に動きを止められ、欲しい物が手に届きそうで届かないもどかしさに
膣の奧が身悶えるようにぎゅうっとペニスを締め付けた。)
レオニー怒・・っ・・嫌だ・・止めないで・・・!!!!!
お願・・い・・・
(瞳に涙さえ溜め、懇願しながら
まだ差し込まれたままの剛直を少しでも感じたくて、
レオニー怒の腰や背にしがみついて引き寄せ、
自らも擦りつけるように腰を浮かした。)
はぁっ・・・あな・・たは意地悪だよ・・・
○レオニード
「私の意地の悪さを舐めているようだな。まだまだ、こんなものではないぞ」
皮肉な笑みを浮かべると、ユリウスが求めてやまないものを取り上げるとうつ伏せにさせ、
脚の間に入る。
腰を両手で掴み、持ち上げさせると片方の手で自身の根元を握って、
ユリウスの中心を先端で探るように動かす。
するとユリウスが焦れて自ら場所を合わせて来るが、それでも中に入れてやらずにいると、
堪らなくなったのか、体の下から手を伸ばして来て
ペニスを求めて口を開けている花びらの中心に、自分で捉えたそれをあてがった。
必死に自分を求めてくるユリウスが愛おしく、もう少しだけ様子を見ている事にする。
「どうして貰いたい・・・・」
その問いに返事は無く、繊細な手で捉えた脈打つばかりに怒張したペニスを何とか自分の中に導こうと
ぎこちない動作で体を寄せてくるが、今一歩積極的になれないようで、亀頭の先すら埋まらない。
それどころか、大きく開いた花びらまでがその奥から大量に溢れてくる蜜でぬめり、
焦れば焦るほどペニスの先があらぬ方へ逃げてしまうが、それが却ってクリトリスを刺激する事になって
ユリウスは一層追い詰められて行く。
「さあ、遠慮していては何時まで経っても思い通りにならぬぞ」
レオニードの声にはからかう調子など全く無く、それがますますユリウスを惑乱させ、
欲しいものが全く与えて貰えないその部分から流れ出した愛液は太腿の内側までも濡らした。
レオニードの協力無くしては望みは叶わないと観念したユリウスが、消え入りそうな声で哀願する。
「レ・・オニード・・・、お願いだから・・・、早く中に入れて・・・・・!」
レオニードの方も望んでいたユリウスからの懇願を目にし、耳にする事が出来て漸く
「では仕方あるまい」と、満足げにひとこと言うと、ユリウスの腰を掴んでいた左手に力をこめて
右手に握られた怒張しきったペニスでユリウスの花びらの中心を一思いに貫いた。
膣口の肉がペニスによって内側に押し込まれながら広げられる感覚に続いて、ずっしりとした質量のものが強引に入り込んでくる。
どうにもならないほどに熱く疼いていた膣内を一気にレオニードに満たされて、ユリウスも声にならない声をあげた。
レオニードはユリウスのしなやかなくびれた腰を今度は両手で掴むと、自分に引き寄せるように、同時に自分の腰も突き出すように
ゆっくりと抜き差しを開始した。
様子を見ながら、徐々に律動のスピードを上げて行くと、
ユリウスはあまりの快感に体を起こしている事が不可能となり、状態をベッドに突っ伏してしまったが、
それでもレオニードのペニスは膣奥まで入ってくるので、突かれるたびに出る声が逃げ場を失ったような色を帯びてくる。
顔をベッドに埋ずめているためくぐもったユリウスの悦声が、レオニードの耳に心地よく届き、結合部から生じる快感とは別に
こんな形で繋がり快感を分かち合う自分とユリウスの状況がいっそう気持ちを高揚させて、ますます激しく腰を打ちつけた。
ユリウスの方もレオニードに荒々しく犯されているような錯覚に陥り、それがまた興奮を呼んで
底の見えない深い官能の谷底へ落ちて行くのだった。
END
68 :
無題 上:2009/06/14(日) 15:17:42 ID:OdMnw7ZB
陸軍幼年学校に入って最初の休暇、リュドミールは新しくできた友人たちに
夢中になり、休暇になると彼らの別荘で過ごし、屋敷には帰ってこなかった。
2度目の冬、友人達を引き連れてペテルブルグの屋敷に帰ってきたリュドミールは
ユリウスの姿がそこにはないことを知った。
士官候補生たちの訓練と勉学の合間、リュドミールが語る雪の夜、彼の屋敷にやってきた
記憶をなくした異国の少年のような美女の物語は、彼らの間に熱狂を生み
この冬の休暇先はユスーポフ侯爵家だと満場一致で決まっただけに
若い士官候補生たちは失望を隠さず、リュドミールが嘘をついたか、
幻でも見たのかと囃し立てたが、傍若無人な若さにあっても貴族の子弟である彼らは
屋敷の実質的女主人であるヴェーラに異国の麗人について尋ねる非礼は犯さなかった。
若い将校候補生たちの喧騒は、普段は静かなこの屋敷にカーニバルのような陽気さをもたらし
子供時代には決して許されなかった社交生活、夜会や晩餐の日々で
すぐに「リュドミールの屋敷にいる異国の麗人」は話題にされなくなった。
リュドミールは1度だけ姉に「あの人はどこへ行ったの?」と聞いたが
ヴェーラは「お兄様にお聞きなさい」と言ったきり、答えてはくれなかった。
相変わらず軍務で多忙な兄は、弟が帰省したからと行って休暇を取るようなタイプではないだけに
果たして休暇中に兄と話す機会があるのかどうかリュドミールにはわからなかった。
今は自分よりも背が高く、うっすら髭も生えてきた弟が、
小さかった頃そのままにふくれっつらをしたのを見てヴェーラは笑顔になったが
リュドミールは、子供の頃しばしば感じた不公平感、
大人である兄と姉だけで共有する事象(それは時には夜会であったり、
ユスーポフ家の家政だったと様々だったが)から、13万字さんのSSのSSです。
13万字さんのSSを損なう、読みたくない、という方はスルーでお願いします。
陸軍幼年学校に入って最初の休暇、リュドミールは新しくできた友人たちに
夢中になり、休暇になると彼らの別荘で過ごし、屋敷には帰ってこなかった。
2度目の冬、友人達を引き連れてペテルブルグの屋敷に帰ってきたリュドミールは
ユリウスの姿がそこにはないことを知った。記憶をなくしたままの異国の少年のような美女
に会うために、休暇中にも関わらず軍服でやってきたリュドミールの友人たちは
失望を隠さず、リュドミールが嘘をついたか、幻でも見たのかと囃し立てたが
さすがの彼らも、屋敷の実質的女主人であるヴェーラに異国の麗人について尋ねることはしなかった。
若い将校候補生たちの喧騒は、普段は静かなこの屋敷にカーニバルのような陽気さをもたらし
子供時代には決して許されなかった社交生活、夜会や晩餐の日々で
すぐに「リュドミールの屋敷にいる異国の麗人」は話題にされなくなった。
リュドミールは1度だけ姉に「あの人はどこへ行ったの?」と聞いたが
ヴェーラは「お兄様にお聞きなさい」と言ったきり、答えてはくれなかった。
相変わらず軍務で多忙な兄は、弟が帰省したからと行って休暇を取るようなタイプではないだけに
果たして休暇中に兄と話す機会があるのかどうかリュドミールにはわからなかった。
今は自分よりも背が高く、うっすら髭も生えてきた弟が、
小さかった頃そのままにふくれっつらをしたのを見てヴェーラは笑顔になったが
リュドミールは、子供の頃しばしば感じた不公平感、
大人である兄と姉だけで共有する事象
(それは時には夜会であったり、ユスーポフ家の家政だったと様々だったが)から、
最年少の彼はいつも除け者にされていた感をまざまざと経験させられて
相変わらず彼を子ども扱いしてる姉を一瞥すると、精一杯の大人らしさを見せて
「姉上失礼、これから友人と遠乗りに出ますから」と踵を返した。
翌日、帰宅したレオニードはヴェーラから弟との会話の一部始終を聞き
もの問いただけな妹に、「かまわん、捨て置け」と告げた。
晩餐の席で、姉と共に現れたこの館の主人である兄は
鋭利な刃物がそこに鎮座してるような様子は以前と少しも変わらなかったが
兄の「皇帝陛下に、そして諸君の未来に乾杯」とよく響く声
グラスを持つ指、リュドミールたち将校候補生の憧れ、皇室近衛隊の制服に包まれた体躯
「おどろいたな、お前の兄上って、色香があるな」
友人達の中で誰よりも口が軽く、そして楽観的な少年がリュドミールにつぶやいた。
69 :
無題 下:2009/06/14(日) 15:18:22 ID:OdMnw7ZB
子供部屋感から出た少年が皆そうであるように
リュドミールも、性と呼ばれてきたものに捕らえられる年頃になっていて
それだけに、兄が漂わせる男性らしさ、が
ユスーポフ家の本来の女主人、義姉、と呼ぶのもはばかられる
高貴な貴婦人がもたらしたものではないことは察しがついた。
では誰が?
晩餐の席でリュドミールの頭に浮かんだ疑念が、確信に変わったのは
外套を着た兄が、その長身の影をロストフスキーの持つランプの光りに守られながら
ゆっくりと、屋敷を出て行き、庭を歩いている姿を見た時だった。
庭を横切る兄は、温室へと消えたが、そのままリュドミールと彼の友人達が
交代で寝ずの番をしていたにも関わらず、兄は温室に消えたままだった。
翌朝、朝食のテーブルにいる侯爵を見て、リュドミールとその友人たちはどよめき
「諸君、朝から騒がしいぞ」、そう顔を上げて注意した侯爵の顔は厳しかったが
目はどこか微笑みを称えていた。
リュドミールの家にいたはずの異国の麗人、そしてリュドミールの家の
武勇がロシア全土にとどろいている憧れの軍人の謎めいた行動
この2つのミステリーは、自分に翼があることを知ったばかりの若鳥のような
士官候補生たちの好奇心を描きたてて、遂に彼らはリュドミールを隊長に
彼の私室を本部にして、このミステリーを説くための作戦を開始した。
ある時彼らは、ヴェーラが外出した隙を見計らって
「夜会に胸に飾る花が欲しくて」そんな理由で侯爵が消えてしまった温室を検証し
彼らにお茶を運んできたユリウスが気に入っていた侍女の一人を捕らえ
次にユリウスにあこがれていた下男を(彼を今度娼館にお供させるという約束で)説得した。
「ねぇ、あの人はどこへ行ったの?お願いだから教えてよ」
リュドミールのこの疑問に答えてくれたのは、先代からこの家に仕える老いた庭師だった。
「話したら、もぅこの家で悪さはなさらないだな」そう念押しした老人に
「軍人の名誉にかけて誓うよ」答える士官候補生たちは
長いロシアの冬でもそこだけは常夏のような温室に、整列していた。
「あのお方は、あのお方をこの国で見つけ救った若様とご一緒に
この屋敷の領地の森の、ほれ、あの泉の側にいらっしゃるだよ」
「では・・・!」リュドミールの疑念が確信に変わったときだった。
その森の奥には、この地をユスーポフ侯爵領として大帝ピョートルから拝領した
ユスーポフ侯が、大帝の欧州歴訪に同道し帰国した時持ち帰った最大の美術品
異国の美女を住まわせるために建てた館があった。
長い長い年月の間に、粋で洒脱な宮廷貴族の家から、謹厳実直な軍人の家系へと変貌を遂げた
ユスーポフ家にとっては、愛人の館は長く用を成さず
森での散策に疲れた時に憩うための東屋にすぎなくなっていたが
(そうだ、兄はあの泉までよく好んで散策していたのだった)
遠いユスーポフの先祖が欧州から連れ帰った愛人の館を囲む森には
その愛人の国に伝わるある伝説
むかし、むかし、王は一人の乙女を愛しました
王妃の嫉妬から宮廷の陰謀から 彼女を守るために
王は彼女を森の奥に住まわせました
その森の木々は迷路のようになっており
王の愛する人を王から奪おうとする悪い人間たちから
乙女を守っているのです
でもある日、森の奥にパンを届ける小間使いのカゴから
小さな糸巻きが落ちて、迷路への道しるべになりました
リュドミールは、温室のガラスの向こうに広がる森を見つめた
(完)
70 :
アレクの煩悶:2009/06/14(日) 15:19:59 ID:OdMnw7ZB
脱獄したアレクセイは、同志とともに、変装してストラーホフ伯爵邸へ向かった。
ヨーロッパ演奏旅行から帰ってきたアナスタシアと会うためだった。
「アレクセイ・・・!」
「アナスタシア・・・何年ぶりだろうか・・・君の助けには、心から感謝している・・・」
再会してから二人は、これまでお互いの身に起きたこと、アカトゥイ監獄での生活、
ストラーホフ伯と結婚した後、サロンを開くと見せかけて革命活動を行っていたこと
などを語り合った。
そして話題がアレクセイの亡命生活、ドイツで音楽学校に身元を偽って転入していた
ことを語ると、アナスタシアが、
「あら、そのことならもう知っているわ。ユリウスという方から聞いたの。
ユスーポフ侯爵邸で。」
「ユリウス・・・?あいつを知っているのか!?あいつはユスーポフ侯爵邸に
いるのか!?」
アレクセイの脳裏に、モスクワ蜂起のときの記憶がよみがえった。セミョノフスキー
連隊の先頭に立って指揮をとっていた軍人。
「このまえは弟の命に免じて見逃した。これでもう貸し借りはなしだ。容赦はせぬぞ・・・」
という冷徹な声。皇帝の義理の甥、陸軍親衛隊の氷の刃と呼ばれる男。
そんな男とユリウスがどうやって知り合ったのか。
アレクセイはアナスタシアから、市街戦に巻き込まれて流れ弾に当たったユリウスが
ユスーポフ侯の部下に救出され、その後、アレクセイを探していると侯に告げたせいで
邸に軟禁されたことを知った。
「これは噂なんだけどね・・・彼女、今ではユスーポフ侯の愛人になっているらしいのよ。
ユスーポフ侯は奥方のアデール夫人とうまくいっていらっしゃらないみたいだし。」
「・・・!!」
ユリウスが・・・あいつと・・・ユスーポフ侯と・・・
もちろん、祖国の革命にこの身を捧げると誓ったときから、色恋などは自分の
一生には縁がないものと切り捨ててきた。
だからこそ、ペテルスブルクでユリウスと再会したときも振り捨ててきたのだ。
いくら俺を追っても無駄だと。・・・しかし、それでも心のどこかで一生、
ユリウスが自分のことだけを想っていてくれるのを期待していたのだ。
アカトゥイ監獄から生還してからは、ときおりユリウスの面影が目に浮かぶ
ことがあった。
だからといってどうにもなるものではない、彼女を二度も突き放してきたのは
他ならぬアレクセイ自身なのだから。
・・・しかし・・・ まぶたの裏にユリウスの姿が浮かんだ。あの輝く金色の髪、
細くしなやかな肩・・・それが他の男の手の中にあると思うと・・・他の男の手が
ユリウスに触れるところを想像すると・・・嫉妬と怒りで身悶えしそうだった。
ユリウスの白い裸身があの男に組み敷かれ、絡み合うさまを想像してめまいがした。
END
71 :
訂正:2009/06/14(日) 15:22:31 ID:OdMnw7ZB
その日、ズボフスキーが用意してくれた部屋に帰ってからも、今日アナスタシアから聞いた話が頭の中で反響していた。
「しっかりしろ、革命の闘士になると誓った男が、この程度のことで激しく動揺していてどうする!」
そう自分に言い聞かせて着替えをし、その夜は早々とベッドに入った。
気分を落ち着かせて早く寝ようと思いながらも、ユリウスの面影が目から離れなかった。
自分があきらめたものの重さを思い知らされ、ベッドの中で転々と寝返りを打った。
あの男・・・レオニード・ユスーポフ侯は、ユリウスを無理やり手篭めにしたのだろうか?それとも、ユリウスのほうもあの男に
惹かれるようになっていったのだろうか。もし後者だとすれば・・・
少年時代、兄とアルラウネが恋仲であることを知って破れた初恋の夢・・・あのときも一晩中涙を流したものだが、
今回はそれを上回る胸苦しさだった。
あの男はユリウスを何回抱いただろうか。
あの黒髪の男がユリウスに接吻し、乳房の谷間に顔を埋め、ユリウスが喉を反らせ、金色の髪を枕の上に乱し、
甘い吐息をつき、うめき声を上げ・・・
おまけに、ユリウスがユスーポフ侯の愛人になったということであれば、これからのアレクセイとユリウスは
敵同士の立場に立つわけだった。運命の皮肉に、アレクセイは思わずうめき声を上げた。
これが祖国に身を捧げることへの代償なのか・・・!?
END
73 :
アレクの煩悶:2009/06/14(日) 15:25:46 ID:OdMnw7ZB
その後、アレクはユリウスのことを忘れるため、何かに憑かれたように革命活動に取り組んだ。
仲間たちからも、「同志アレクセイ、そんなに仕事に打ち込んで、体に毒ですよ」と言われるほどだった。
だが、アレクセイにとっては、革命活動に奔走することによって、やっと気を紛らわせることができたのだ。
そして、少し彼の気持ちが落ち着いてきた半年後、アレクセイは街で偶然ユリウスの姿を見かけた。
長い黒髪の女性と一緒に歩いているユリウスは、以前突き放してきたときとは別人のような
艶めかしさを漂わせていた。男に愛される女だけに見られるしっとりとした美しさ、妖艶さ・・・
一緒にいる黒髪の女性に話しかけるユリウスは心から楽しそうだった。
建物の陰にかくれて見ていたアレクセイは胸を突き刺されるような痛みを感じた。
おまえをそんなに艶やかにしたのはあの男なのか?ユリウス・・・
中央委員会や印刷所を行き来し、ズボフスキーたちと行動をともにして数ヶ月が過ぎた。
その間も、折に触れユリウスのことが心に浮かぶ。
あきらめよう、思い切ろうとするその先から彼女のまぶしい瞳を思い出す。
「おれはどうかしている・・・こんなことでは兄貴の遺志も継げなくなってしまう・・・
何もかも祖国の人民に捧げたはずではなかったのか・・・」
74 :
アレクの煩悶:2009/06/14(日) 15:26:33 ID:OdMnw7ZB
苦悩するアレクセイの頭に、あるひとつの案が浮かんだ。
「馬鹿な・・・おれは何を考えているんだ・・・未練がましいぞ。二度も振り捨ててきた女に、
いまさらどうしようというのだ・・・」
同志ゲオルギー・バザロフ(エフレム)が射殺された後、ペテルスブルク・ソビエトは
ユスーポフ侯爵邸に、女性の同志を女中として送り込んでいた。
その女性に、ユスーポフ家の人々が邸を留守にする日がないか聞き出してみたのだ。
アレクセイは、新しく出入りする指物師に身をやつして変装した。
そして、家具を修理するためと称して、ユリウスの部屋まで導いてもらったのだ。
「ユリウス様、あの・・・指物師が家具の修理に来ておりますが、部屋に入れても
よろしいでしょうか」
「どうぞ」
懐かしいユリウスの声を聞いた瞬間、熱いものがこみあげてきた。
部屋に入り、女中に扮した同志には外で見張っていてもらうことにした。
中に入ると、ユリウスが「ご苦労様」と声をかけてきたので、彼女の前で変装を解いた。
次の瞬間、ユリウスが「・・・!」と驚愕するのがわかった。
「クラウス・・・クラウス・・・君は死んだはずじゃなかったのか・・・?どうやってここへ?」
アレクセイはユリウスのそばへ寄って、肩をがっちりとつかんだ。
思わず、
(ユリウス・・・おまえはなぜあんな男に身を任せたのだ。これがオルフェウスの窓が
おれたちに用意した宿命だったのか。おまえはその華奢な、抱きしめれば
折れそうな身体で、どうやってあの男の愛に応えたのだ・・・)
と言いそうになるのを、やっとの思いで堪えた。
「同志たちが、自分たちの命を犠牲にして、俺一人だけアカトゥイ監獄から脱出させて
くれたんだ・・・」
ユリウスの体が震え、次に、
「クラウス、ぼくは・・・」
という言葉が漏れると、
「知っている。お前は、今ではユスーポフ侯の愛人になっているんだろう」
アレクセイの苦悩に満ちた表情を見て、ユリウスは何といっていいのかわからなかった。
クラウスを追ってロシアにやってきたときの狂おしいほどの恋慕の情、彼がシベリアで
獄死したときいたときの絶望を思い出し、涙が目にあふれた。
75 :
アレクの煩悶:2009/06/14(日) 15:27:07 ID:OdMnw7ZB
そのとき、ドアの外から女中の声がした。
「同志アレクセイ、これ以上長くいると、邸の者に不審に思われます。」
アレクセイははっとしてドアのほうを振り返り、それからユリウスを見つめると、
いきなり彼女を抱き寄せて長いくちづけをした。それから踵を返し、元通りに
変装をすると、すばやくドアの外に走り出て行った。
ユリウスはそんな彼の後ろ姿を呆然として見守るしかなかった。
その数日後、レオニードが邸に帰ってきて、食卓でユリウスと顔を合わせた。
彼女がいつになく沈んでいるのをみて、
「どうした、ユリウス。顔色がすぐれないぞ。体調でも悪いのか?」
と問いかけるレオニードに、ユリウスは、
「ううん、なんでもないよ」
と、心の中の動揺を悟られないように気をつけながら答えた。
その夜、いつものようにレオニードの傍らに横になりながら、クラウスのことを
思い出すと、涙があふれてきた。
彼女の様子を見たレオニードが、
「どうしたのだ。おまえ、今日は何かおかしいぞ」
「たいしたことじゃないんだ。ただ・・・昔のことを思い出すと、つらくて・・・」
それを聞いてレオニードは、てっきりユリウスが過去の殺人の記憶を思い出したのだと
勘違いして、優しく抱き寄せた。
いつもならこうしてレオニードの腕に抱かれていれば、不安感も消えうせていくのだが、
今夜はあとからあとから涙が出てきて止まらなかった。
レオニードはユリウスの涙をぬぐってやり、彼女の夜着の前を大きくはだけ、
上から下へとゆっくりとキスをしていった。
アデール夫人というれっきとした正妻がいる男、その男の愛人になっていながら
クラウスのことを考えている自分は、二重の罪を犯しているのだ・・・
こうしてレオニードの腕に抱かれ、肌を合わせていながら、クラウスのあの
苦悩に満ちた表情が忘れられないとは、自分はよくよく罪深い人間なのだろうか。
レオニードの愛撫が優しければ優しいほど、彼に対して申し訳ない気持ちで
いっぱいになる。
76 :
アレクの煩悶:2009/06/14(日) 15:28:16 ID:OdMnw7ZB
ある日、レオニードはスパイとしてボリシェビキに潜入させていたロストフスキーから、
驚くべき報告を受け取った。シベリアのアカトゥイ監獄で焼死したはずのアレクセイ・
ミハイロフが生きていたというのだ。
「あの男・・・生きていたのか・・・!いったいどうやって・・・」
とにかく、こうなったからには、革命家どもに対する戦略も練り直さなければならない。
ボリシェビキに対する対策を考えているうちに、ふとユリウスの顔が浮かんだ。
ユリウスには、絶対にこのことが知れないようにしなければならぬな。
レオニードは、アレクセイ・ミハイロフがアカトゥイ監獄で獄死したという知らせを聞いたときの
彼女の反応を思い出した。
ようやく精神的に落ち着いてきたユリウスがこのことを知ったら、感じやすい彼女はまた
不安定になるかもしれない。
・・・それにしても・・・レオニードは以前、アレクセイ・ミハイロフが獄死したという知らせを
聞いたときのことを思い出した。
あのとき、アレクセイの死を信じられぬ思いとともに、なにかのこだわりがとれたような
妙な気分になったものだった。
そして、アレクセイが死んでからは、ユリウスを自分のものにすることにも、しだいに
ためらいが消えていった。
アレクセイ・ミハイロフが生きている間は、あの男と正々堂々、正面から争いたいという
気持ちが心のどこかにひそんでいたのだ。
ユリウスの頭からは、クラウスと再会してから、彼のことがなかなか離れなかった。
自分がユスーポフ侯の愛人になったことを知って、彼はおそらくユリウスに裏切られた
ような気分になっただろう。
ユリウスのことを、あまりにもあっさりと他の男に心を移した女と思っているかもしれない。
もちろん、クラウスのほうでは2度も彼女を突き放してきたのだから、世間並みに考えれば
裏切りということばは成り立たない。
けれどユリウスとクラウスの間には、二人がオルフェウスの窓で出会ったという
こだわりがあった。
あの窓で出会った相手こそが、真の、生涯かけての恋人なのではないか?
クラウスは、聖ゼバスチアンでの、輝かしい青春時代と結びついた存在だった。
77 :
アレクの煩悶:2009/06/14(日) 15:30:08 ID:OdMnw7ZB
その一方、この数年間、ユスーポフ邸でレオニードやヴェーラやリュドミールに世話になった月日も、
彼女の中で大きな重みを持っていた。
思えば、生まれてこの方、女とばれないように気を使わずにすんだのは、ユスーポフ邸で暮らした
歳月だけだったのだ。
さらに、ユリウスの過去――忘れようとしても忘れられない殺人の記憶――それを打ち明けたことで、
ユリウスの心の中にはレオニードに対する特別な感情が芽生えていた。
夜中に、悪夢にうなされて目を覚ましたとき、あるいは不安感に苛まれたとき、傍にレオニードがいて、
その胸に抱かれて慰めてもらったことが幾度あったことか・・・
クラウスはいくら追いかけても彼女の指の間からすりぬけていく存在だったが、レオニードは
生まれて初めて、彼女に対して安息を与えてくれたのだ。
レオニードは、最近になってユリウスの様子が微妙に変わったことに気がついた。
いつもぼんやりと物思いにふけっていて、レオニードに話しかけられてからはっと
気がついたり、暗い表情で沈み込んでいることが多かった。
「妙だな・・・」
いろいろその原因について考えてみたが、とくに思い当たるような節はない。
すると突然、突拍子もない考えが浮かんだ。
「ユリウスは、アレクセイ・ミハイロフが生きていることを、何かの方法で
知ってしまったのではないか?」
しかし・・・まさか、そんなはずはない。ロストフスキーが送ってきた報告書は、
ユリウスには絶対にわからないような場所に隠してあるし、誰かがそこを
触ったような形跡もない。
あるいは、ユリウスは、街を歩いているときに、偶然アレクセイ・ミハイロフと
再会したのだろうか?しかしそれならヴェーラが気づくはずだ。外出するときは
ユリウスから目を離さないようによく言い含めておいたし、数歩離れて護衛の者も
付けてある。
・・・まさか、アレクセイ・ミハイロフは、自分の留守中にこの邸に忍び込んで、
ユリウスに会ったのだろうか?
「たわけた妄想だ」
そう考えて雑念を振り払ったが、一度思い浮かんだ考えはレオニードの心から
消えなかった。
もしユリウスがアレクセイ・ミハイロフの生存を知ってしまったのだとしたら、
彼に対する恋慕の情も再燃したのではないか?
しかしレオニードには、そのことをユリウスに直接問いただすことができなかった。
もしレオニードの思い過ごしにすぎないのだとしたら、わざわざ彼女にアレクセイの
生存を教えるようなものだ。
何度もそんなはずはないと思い込もうとしたが、そのとき以来、この考えは
レオニードの心の中に刺さった棘のようになってしまった。
真相がわからない上に、それを確かめるすべもないというのは、人間の心を
不安にさせ、いらだたせるものだ。
78 :
アレクの煩悶:2009/06/14(日) 15:34:42 ID:OdMnw7ZB
ある日、レオニードは遅くに帰ってきて、ユリウスを抱き寄せると、いつになく
強引で荒々しい愛撫を彼女に加えた。
いつもの、こわれものを扱うような彼の優しい愛撫とはまるで違っていたので、
ユリウスは驚いてしまったが、そのうち彼女の身体はその荒々しいやり方に
慣れてしまい、しまいにはこちらからぴったりと身体を寄せ、彼の身体に
絡み付いていた。
このまま彼の身体に組み敷かれたまま、頭の中から様々なこと――クラウスの顔、
殺人の記憶などを追い出してしまえたらどんなに楽な気分になるだろうか。
しだいに快感は高まっていき、男に征服されるという恍惚感に支配され、
ユリウスの側も激しく乱れた。
アレクセイ死亡の報せを聞いた後、ユリウスを手に入れたとき、これでこの女を
完全に自分のものにしたという満足感に浸ったものだった。
しかし今は再びあの反逆者の顔が目に浮かぶ――
いくらユリウスが彼の腕の中で快楽にわれを忘れ、歓びに声を上げていても、
そのことが頭から離れないのだった。
アナスタシアは、相変わらず音楽家としての活動をかくれみのにして、革命運動に
参加していた。アレクセイも、ときには彼女と会う機会があった。会うたびに、
アナスタシアがアレクセイに対して抱く恋慕の情が伝わってくるのだが、アレクセイは
どうしても彼女に対して感謝の念、あるいは友情以上の感情を抱くことができなかった。
アナスタシアは命の恩人であり、申し分のない女性であり、アレクセイのために実家の
クリコフスキー家を裏切って尽くしてくれているのだった。
・・・しかし、ユリウスは生きている歓び、情熱的な愛を与えてくれる存在だった。
ユリウスはいつも生き生きとしていて、何をしでかすか予想がつかなかった。
彼女は大胆で、正義感が強く、同時に愚かしく、精神的にもろかった。
彼女はアレクセイ(クラウス)に、彼が彼女の世界のすべてで、彼女はクラウスのために
生きているのだ、と感じさせた。
ある夜、ユリウスとレオニードは、サロンでユスーポフ家の美術コレクションを鑑賞していた。
壁にかけられた、『ユピテルとイオ』『黄金の雨を受けるダナエ』などを見ながら、ユリウスが言った。
「ねえレオニード、思うに、神は古代からさまざまなやり方で人間の女と交わり、半神を生み出して
きたに違いないよ。そしてつねに女にとっては、神に愛されるということは死ぬことであり、死んで
永劫の幸福を得ることだったんだ。」
「おまえは妙なことを言うな・・・ではわたしはユピテルか?」
「うふふ、そう。」
「アクタイオンのように、女神の裸体を見たために死ぬはめになった男の話も存在するぞ。」
次にユリウスは、アビラの聖テレサを描いた絵に目を向けた。
天使が、神意を告げ知らせる光の矢を手にして、失神したテレサに対している。
テレサの告白によると、このとき天使は、心臓に火の矢を突き刺し、激しい痛みとともに
神の愛撫による絶対的な恍惚を感じた。
聖母マリアは、自らは天寿をまっとうしたかもしれないが、自分よりも愛しい者を死なせた。
彼女は、みごもりの瞬間に、その子が夭折することを知っていた。
「あまりにも大いなる愛を引き受けることは、女にとって、必ず自己の滅びを意味するんだ。
マリアは、恐れ、自らあやぶみつつ、神を愛するゆえにこそ、あるいはただ神を信ずる
ゆえにのみ、平俗な自己にとってはおそらく耐え難いその役割を身に受けたんだよ。」
「ふん・・・」
成人してからは、それほど深い信仰心を持つこともなくなっていたレオニードは、ユリウスの
言葉を軽く受け流した。
その後、ふいにレオニードの胸を、不吉な予感がかすめた。二人の関係は、いつか悲劇的な
結末を迎えるのではなかろうかと。
END
79 :
無題:2009/06/14(日) 15:37:36 ID:OdMnw7ZB
おそらく何か難しい顔をして歩いていたと思う。
(僕には考えなければいけないことが山ほどある)
すれ違いざまに、誰かが僕の髪をかき上げ、頬に唇が微かに触れた。
「なっ何をする!誰だ!」反射的に叫ぶ。
そして振り返る・・その時には犯人の予想がついている。
「ダーヴィト・・また君かっ、君は何度こんなことをしたら・・」
そこまで告げると耳元で、ひとこと何かつぶやいて
(おそらく綺麗だとか・・そんなことだ)
こちらが目を見開いているうちに、ひらひらと手を振って軽やかに去っていく。
彼は僕が女性であることを・・
正確にはそのことを知っていたという事実を僕に伝えてから
こんな悪戯を時々しかけてくる。
その告白の時を僕はあまり覚えていない。(あまりにも動揺したからだ)
このことは他言しない。僕は君の味方だ・・そんなことを熱心に伝えてきたと思う。
そんなことがにわかに信じられるわけがなく、恐怖と諦めと覚悟を持って
登校を続けたのだが、周りの態度に何一つ変わった様子は無かった。
数日が過ぎ、やっと安堵の息がつけたころ、彼の悪戯が始まった。
初めは、何かの脅しなのかと疑っても見たが、それ以上のことはなく
全く僕をからかっているだけのようだった。だが、次第にそれは
僕の精神が張り詰めているタイミングに起きるということが分かってきた。
そして、今日も・・怒りで頬を紅潮させながらも、心が笑っていることに気づく。
その時まで、心を支配していた想いが僅かの時ではあるが姿を消している。
僕は彼の優しさを完全に理解した・・と思う。
いつか駄目になるときが来る・・これは僕の中にある確信だ。
そうなるに、ダーヴィト、君には心からの感謝を伝えたい。
END
80 :
無題 1:2009/06/14(日) 15:39:15 ID:OdMnw7ZB
その日、アレクセイが部屋で本を読んでいると、外でバタバタという騒がしい足音がし、
部屋の中のものを隠す暇もなく、憲兵が乗り込んできた。
「アレクセイ・ミハイロフだな!?」
(くっ・・・!しまった・・・)
そういうと彼らは家宅捜索を始め、机や戸棚から革命関係の文書・新聞・書物などを
見つけ出した。
「アレクセイ・ミハイロフ、おまえを反逆容疑で逮捕する!」
そう宣言されると、憲兵たちによって小突かれ、あっという間に護送馬車に乗せられてしまった。
てっきりペトロパブロフスク要塞に連行されるのかと思っていたら、馬車はネフスキー
大通りをまっすぐ進み、豪奢な貴族の邸の前で止まった。
「降りろ!」
といわれ、邸内の一角の部屋の中に入れられた。
しばらくすると、部屋のもう一方の入り口から、一人の軍人が入ってきた。
「・・・!」
その男には見覚えがあった。
(あのときの少年の兄だ・・・!汽車に轢かれそうになったとき助けてやった・・・
そう、確かレオニード・ユスーポフといった・・・)
「久しぶりだな・・・アレクセイ・ミハイロフ・・・反逆者ドミートリィ・ミハイロフの弟・・・」
「いったい俺に何の用だ?」
「ほかでもない。おまえに会わせたい人間がいてな。」
そういうと、召使に向かって合図をした。
しばらくして、部屋に入ってきた人物を見て、アレクセイはわが目を疑った。
ふわりとなびく眩い金色の髪、少年の服装、まぶしい蒼い双眸・・・
(ユリウス・・・!?そんな馬鹿な・・・いったい、おまえがどうやってここへ・・・)
ユリウスは青ざめた顔でアレクセイを見つめ、アレクセイは目の前にいる人間が
幻ではないかと思い、思わず手を伸ばして頬に触れた。
ユリウスは何も言葉を発せず、ただだらだらと涙を流し続けている。
「この女はな、わざわざロシアまでお前を追ってきたのだ。わたしはこの女に、
お前に会わせてやると約束したのでな。」
そう言って、レオニード・ユスーポフは皮肉っぽい目で二人を見つめた。
アレクセイの当惑ぶりを意地悪く面白がっているふうでもあった。
81 :
無題 2:2009/06/14(日) 15:39:46 ID:OdMnw7ZB
そのとき、ユリウスがいきなりアレクセイに抱きつき、
「クラウス・・・クラウス・・・」
と言った。
アレクセイがどうすることもできず、ただユリウスの背を撫でてやると、
「どうした?おまえをここまで追ってきた女に対して、何か声をかけて
やらないのか?この女はお前の何なのだ?」
とレオニードに言われ、はっと気づいた。
(もしユリウスがおれたち革命家の仲間だと思われたら、彼女の身にまで
危険が及ぶことになる・・・!)
そう考えて、ユリウスの身体を押しやり、こう言った。
「俺の亡命先のドイツで知り合った女だ・・・俺に片思いをしていて、しょっちゅう
つきまとわれて迷惑していたものだ。まさかこんなところまで追ってくるとはな。
俺たちには縁もゆかりもない女だから、さっさとドイツへ送り返してやってくれ。」
「・・・!」
ユリウスの顔色が変わるのがわかった。
「クラウス・・・なっ・・・」
「ほう・・・」
レオニードが皮肉な視線でクラウスを見た。
しばらくの間、ユリウスは信じられないという表情でクラウスを見つめ、
アレクセイは彼女と視線を合わすことを避けていた。
するといきなりレオニードが、
「憲兵隊!入れ!」
と叫んだ。
憲兵たちが部屋の中に入ってくると、
「この男をペトロパブロフスク要塞まで護送せよ」
と命令し、アレクセイは部屋の外へ出され、再び邸の外で待っていた
護送馬車に乗せられた。
「クラウス・・・!」
と言ってユリウスがその後を追おうとすると、レオニードにがっちりと腕をつかまれた。
「放せ・・・!」
「追ってどうする?あの男はおまえにつきまとわれて迷惑だと言っていたぞ。
それともペトロパブロフスク要塞の中までついていくつもりか?」
(革命の闘士に恋など何の価値があるものか)という、過去のレオニードの冷酷な
言葉が心に浮かんだ。そう・・・クラウスにとって、自分は足手まといになる存在なのだろう。
ロシアに行こうと決心してから、そのことからは目を背けていたが、ここに至って現実を
直視せざるを得なくなった。
次の瞬間、はっと気がついて、レオニードに次のような質問を浴びせた。
「ユスーポフ侯!彼は・・・これからどうなるんだ?」
レオニードはユリウスを冷然と見下ろしたまま言った。
「おそらくは、ペトロパブロフスク要塞に監禁の後、裁判にかけられ、練兵場に引き出されて銃殺刑だ」
「銃殺刑・・・」
頭の中がくらくらして、思わずその場にへたりこんでしまった。
82 :
無題 3:2009/06/14(日) 15:40:16 ID:OdMnw7ZB
しばらくの間、絶望感に支配されていたが、やがて顔を上げると、
「ユスーポフ侯・・・何とかして彼の命を救う方法はないのか!?」
とレオニードにたずねた。
「ないこともない・・・が、おまえにそれが可能かな?」
と、レオニードはユリウスに背を向けたままで答えた。
「なんでもするよ・・・ぼくにできることなら。だから、彼の命を助けてくれ」
「そうだな・・・それでは、お前がこのわたしに身を任せるがよい。そうしたら、
あやつを死刑から無期懲役に減刑するよう嘆願してやってもよい」
「・・・!!」
クラウスの命を救うために他の男に身を任せる・・・それは、ユリウスにとって、
あまりにも残酷な選択だった。
そもそもユリウスが死ぬほどの思いをして国境を越え、ロシアにまでやってきたのは、
クラウスの腕に抱かれるためだった。
クラウスに会えるという希望があったからこそ、最後の力をふりしぼることができたのだ。
しかし、このままでは彼は確実に死刑にされてしまうだろう。
ユリウスの脳裏に、血まみれになって処刑場に横たわるクラウスの姿が浮かんだ。
「ああ・・・!」
ユリウスが絶望に満ちた叫び声をあげると、レオニードは、
「別に無理にとは言わんぞ。奴はお前に、『「俺の亡命先のドイツで知り合った女だ・・・
俺に片思いをしていて、しょっちゅうつきまとわれて迷惑していたものだ。まさか
こんなところまで追ってくるとはな。俺たちには縁もゆかりもない女だから、さっさと
ドイツへ送り返してやってくれ。』などと冷酷なことを言っていたではないか。そんな男の
ために犠牲になる必要もあるまい。」
と、冷ややかに突き放した。
ユリウスはしばらくうなだれていたが、やがて涙に濡れた顔を上げ、
「しばらく考える時間をぼくにくれ・・・」
と絶望に満ちた表情で言った。
自室に戻ってから、ユリウスは苦悩のあまりあえぎそうになった。
確かに彼に会うことはできた、クラウスが逮捕されるというかたちで。
そして革命家である彼は、いまや死刑の執行を待つ身なのだ。
「彼の命を救うために、この身を投げ出そうか。」
けれど・・・クラウス、クラウス、君だけがぼくのただひとり愛する男性なんだ。
ぼくが抱かれたいのは、君の腕だけなんだ。
他の男に身を任せるなんて、死んでも嫌だ・・・
ロシアに行きさえすればクラウスに会える、そこにこそ光があると信じて
生命の危険をおかしてまで彼を追ってきたのだ。けれど今直面しているのは、
ドイツにいたときよりもはるかに耐え難い苦悩だった。
ロシアに行くことを決心したとき、万一クラウスのもとにたどりつけなくて、
辱めを受けるようなことがあったら服毒自殺しようとまで考えていた。
ぼくにとって、クラウスの命と、自分の貞操と、どちらが大事なのだろうか?
うめき声を上げ、床についてからも悶々と考え続けた。
83 :
無題 4:2009/06/14(日) 15:40:49 ID:OdMnw7ZB
3日後、ユリウスはレオニードの書斎を訪れた。
彼女の顔は青ざめ、目には泣きはらしたあとがあった。
「ユスーポフ侯・・・ぼくは決心したよ。ぼくはあなたに身を任せる。だから、その代わり、
アレクセイ・ミハイロフの命を救ってやってくれ。」
「ほう・・・」
レオニードにとっては意外なユリウスの答えだった。てっきり彼女が拒否すると思っていたのだ。
(この少女はそこまであの男を・・・あの男のために己を犠牲にするつもりなのか・・・)
そう思うと、もとはといえば自分が言い出したことなのに、なぜか無性に腹が立った。
「おまえはそれで本当によいのか?後悔はせぬのか?今なら、まだ取り消すこともできるぞ。」
レオニードがそういうと、ユリウスは彼の顔を見つめて、
「しないよ。彼のためなら・・・」
と言った。
「よかろう。奴の助命嘆願書を書いてやる。お前はもう下がれ。」
そう言い捨てて、レオニードはユリウスを自室にひきとらせた。
その夜、レオニードはユリウスの私室を訪れた。ちょうど長椅子にもたれかかっていたユリウスは、
はっとして立ち上がった。
レオニードが近づくと、彼女は身体を硬くし、かすかにその身体を震わせていた。
彼がユリウスの手を取ると、震えはますます大きくなり、両の目から涙がこぼれ落ちた。
次の瞬間、ユリウスは気が遠くなって、ふらりと倒れそうになり、レオニードはあわてて彼女の
身体を支え、そのまま抱き上げて寝台まで連れて行った。
しばらくして、ユリウスの鋭い叫び声が、ドアの外まで聞こえてきた。
ショックと痛みで死んだようになっているユリウスを残したまま、レオニードはさっさと衣服を
身につけ、彼女の部屋を後にした。
84 :
無題 5:2009/06/14(日) 15:41:12 ID:OdMnw7ZB
その後、夜になると、レオニードはしょっちゅうユリウスの部屋を訪れるようになった。
一度、ユリウスが彼に抵抗すると、
「この際、おまえにはっきりいっておく。
もしおまえがわたしを拒めば、わたしは上部に願い出て、あの反逆者を死刑にするか、監獄での
待遇を特別に悪くしてもらう。
あるいはまたおまえが自殺したり、この邸から逃亡を図ったりしたときも同様だ」
それを聞いてユリウスはぐらりとなった。
(ぼくは虜囚なんだ・・・黄金の鳥籠の中に入れられた小鳥・・・)
彼はユリウスの身体を愛撫しながら言った。
「あの反逆者は、お前の片思いで、付きまとわれて迷惑だと言っていたが、実際のところは
どうだったのだ?」
思わず、(違う・・・!)と言いたくなるのを必死にこらえた。
「あの男にとっては、どうやらおまえよりも革命のほうが大事だったようだな。おまえもわざわざ
ロシアまでやつを追ってきて、とんだ骨折り損だったものだ」
残酷な言葉とは裏腹に、レオニードの愛撫はどんどん優しく繊細なものになっていった。
彼女の身体に刺激を加えながら、冷ややかにそれを観察している。
その黒い眼が、さあ、おまえはどう反応するかな、といっているようで、それが恐ろしかった。
何度も身体を重ねているうちに、最初の苦痛は徐々に消え、甘い疼きを感じるようになっていたのだ。
ある夜、ユリウスはとうとう耐えかねて、
「いや・・・もうやめて・・・お願いだから・・・」
とレオニードに哀願した。
すると彼は、
「そんなにいやなら、なぜお前の身体はわたしを受け入れている?」
と答えた。
「もしわたしがおまえを自分のものにしたと知ったら、あの男は平気でいられるかどうか、わからぬな」
「ユスーポフ侯・・・!」
ユリウスの顔が青ざめたのをみて、レオニードは彼女のひざを割り、再びユリウスの中に入ってきた。
そして彼女の身体を愛撫しながら、
「おまえは、このことがあの男に知れるのが恐いのか?」
と嘲笑するように言った。
やがてユリウスから身体を離したレオニードは、まだ快楽の余韻に我を忘れ、息をはずませて
横たわっている彼女を冷ややかに見下ろしたまま、
「女は心と身体を使い分けられるのだな。お前のあの男への愛はその程度のものか?」
愛してもいない男に抱かれるのもさることながら、それ以上に辛いのは、彼に言葉でネチネチと
いたぶられることだった。
彼の言っていることがいちいち的確であるだけに、なおさら彼女の苦悩は深まっているのだった。
ユリウスの頬を涙が伝い落ちるのを見て、さすがにレオニードも良心が咎めた。
(わたしはなぜ、ここまでこの女を嬲る必要があるのだ?こいつが反逆者の女だからか?)
アレクセイ・ミハイロフが逮捕された今、この女はもはや用済みだ。ドイツへ強制送還しても
いいのではないか?)
――それにしても・・・この少女は何者なのだろう?身に着けていたものの上等さや、言葉遣いや、
物腰からすると良家の子女に見えるが、それにしては身体に銃創があるし、なによりもアレクセイ・
ミハイロフのような革命家とつながりがあったというのが解せぬ。
そしてあの男は、わたしの知らぬこの女の正体を知っている・・・わたしの知らぬ、この少女の
人生の一部分を・・・
そう思うと、自分でもはっきりわからないながらも、妙な煩悶を感じた。
一方ユリウスは、レオニードの人の心の底まで見抜くような眼、こちらの感情の動きまで
知られてしまいそうなその冷徹な眼つきが恐ろしかった。
彼女がおびえたような表情を見せると、それに嗜虐心をそそられ、レオニードは再び彼女の上に
おおいかぶさった。
85 :
無題 6:2009/06/14(日) 15:41:34 ID:OdMnw7ZB
ある日、レオニードはユリウスを裸に剥くと、そのままの姿で寝台に横たわらせた。羞恥で消え入りそうな
思いをしている彼女を見ながら、ランプの光を向けると、暗闇の中で彼女の白い裸身が彫像のように
くっきり浮かび上がった。
(わたしにはどんなことだとてできる。この女を憲兵隊に引き渡すことも、寝台の上でこの女を嬲ることも、
この細腕を折れそうなほどねじって、身元を吐かせることも。けれどこの女の頭の中にある、
あの男への想いだけは破壊できぬ・・・)
そう思った次の瞬間、ユリウスの身体をうつぶせにし、うなじから背中へと、その白い肌の上に指を滑らせた。
酒・葉巻・皮革などのいりまじった男の体臭が漂い、その愛撫の心地よさにユリウスは目を閉じた。
頭はくらくらし、全身が火照り、体中の血が騒いだ。
男の指が背中の窪みや腋下を滑るとき、なにかせつない快感に彼女はわなないた。
ユリウスは全身総毛立ちながら、この愛撫が少しでも長く続くことを願った。危うくその快感に屈服しそうに
なったとき、クラウスの顔が浮かび、はっとしてとび起きた。
起き上がってからレオニードの顔を見ると、彼の眼は暗く、そして冷たい怒りが燃えていた。
一瞬、殴られることを覚悟したが、彼はあくまで冷静で、服を身に着けると、身を翻して部屋を出て行った。
次の朝、ユリウスは食卓でレオニードと顔を合わせるのが怖かった。
「彼を怒らせてしまった・・・まずい・・・」
おそるおそる食堂に下りていくと、レオニードはもう先にテーブルについていて、彼女を冷たい眼で見据えた。
ヴェーラが気をつかっていろいろと話しかけてくれるので、なんとかその場をしのぐことができた。
ばつの悪い気持ちで食事を終えると、レオニードはさっさと出かけてしまったので、ほっとした。
その後一週間ほど、レオニードは仕事で軍部に泊り込んでいたので、その間はユリウスもリラックスして
すごすことができた。
邸の主人がおらず、アデール夫人も社交界を出歩いてしょっちゅう留守にしている今は脱走するには
格好の時期だった。
(でも・・・もしぼくが脱走したことを知ったら、ユスーポフ侯はクラウスに何をするかわからない)
それに、ロシア語もろくにできず、金もないユリウスが脱走したところで、どこにも行く当てはなかった。
そうしてユリウスが迷っているうちに、レオニードが邸に帰ってきてしまった。
(ああ、また夜になると言葉で責められるのか)
そう考えて憂鬱になったが、その夜のレオニードはいつもとは違っていた。
彼女を傷つけるようなことは何も言わず、ベッドの中に入ってくると、彼女の華奢な肉体を捕らえ、
乳房をまさぐり、唇を接吻で塞いだ。
これまでは彼女の反応を冷たく観察しているだけだったのに、今夜は彼自身も燃えて、彼の荒い息が
狂おしげにユリウスを欲するのを感じた。
彼の手と唇が、彼女の肌の隅々までまさぐり、味わい、最後にレオニードは彼女自身を貫いた。
男の興奮を感じながら、彼女の側でもいつの間にかしっかりと彼の身体にしがみついていた。
やっとのことでレオニードがユリウスの身体から離れると、彼女も愛の行為の疲れで間もなく
寝入ってしまっていた。
その顔を見つめながら、
(わたしはこの女の肉体を支配している・・・だが、精神的には逆にこちらが振り回されているのだ。
この少女のあの男への愛は揺らぐことはなく一貫している。だがわたしのほうは・・・)
そう思うと、自分自身の愚かさに自嘲的な気分に陥り、ふっと笑った。
THE END
ある朝、軍人達が慌しく屋敷に何かを運び込んだその日は、
本当なら僕は姉様と少し離れた領地まで馬車で出かけるはずだった。
もう馬車の仕度は整い、召使がトランクを運び込もうとしたその時
ロストフスキーから何かを告げられた姉様は踵を返して行ってしまい
外套を着たまま玄関に捨て置かれた僕は、失望が怒りに変わり
泣き暴れたけれど、姉様は一向に戻って来ず、結局その日一日
子供部屋に閉じ込められたのだ。
侍女たちの噂話で、僕の屋敷に運び込まれた「それ」は少年の服を着て
雪と泥にまみれていたけれど、実は女の子で
おそらくロシア人ではないということを僕は知った。
余所の女の子にかまけて、僕との約束を反故にした姉様にも
その女の子ばかりに気を取られている侍女たちにも、憤懣やるかたなかった僕は
たった一人で朝食を食べた後、僕も雪と泥にまみれれば、姉様も屋敷のみんなも
僕だけを大切にしてくれるんじゃないかと思い、庭に出て暴れまわって屋敷に戻った。
「リュドミール様!まったく、ヴェーラ様に言いつけま・・」
そこまで言って言葉を呑んでしまった侍女の視線の向こうに、「それ」はいた。
白い服、白い顔、背中を流れる金色の光、呼吸すらしていないような表情
「白い貴婦人だ!」僕は直感した。
家庭教師から習ったその白い貴婦人は、誰の知り合いでも友でもないのに
ある日屋敷に現れる。彼女が現れた家は滅びゆく宿命。
僕の家が滅びるなんて!僕は、白い貴婦人を退治する石を拾おうと玄関に走り出たその時
「騒がしいぞ、リュドミール」ぶつかって転びかけた僕を支えた兄上は
いつものように僕の巻き毛に手を入れ、あの厳しいが優しい顔で微笑みかけようとしてくれたのに
すばやく僕の前を走りぬけ、階段を駆け上がった。
白い貴婦人が兄上の頭上からゆっくりと落ちてくる。
だめだよ、レオニード兄様、それは凶の化身、僕達の家が滅びてしまう!
そう叫んだつもりだったのに、僕の耳には僕の声が聞こえず
僕は、白い貴婦人が僕に呪いをかけ、口をきけなくしてしまったと思ったけれど
呪いから逃れたらしい僕の目は、朝の陽光を受けて怪しいまでに輝きながら
流れ星のように落ちてくる白い貴婦人を兄が抱きとめ、
その瞬間、兄の大きな背中のマントが、つむじ風のように揺れるのを見ていた。
兄様が焼け落ちてしまう!僕と同じ恐怖を抱いたのだろうか
「侯!」階段の下で、ロストフスキーが叫んだ。
随分長い時間だったようにもほんの一瞬のようにも思えるその不思議な瞬間
まるで僕の家中の時計が止まったようだった。
「客人を寝室へ運ぶ。ロストフスキー、軍医の報告書を持って私の部屋へ」
振り返りもせず、背中越しに告げて階段を再び上っていく兄の軍服の腕から
金色の髪が覗いていて、それは意志を持った蛇のように兄の腕から体へと
巻きついているように見えた。
細い蔦が、大木をも倒してしまうことを庭師の爺さんから聞いて育った僕は
今度こそ、白い貴婦人から兄を助けようと階段に向かって駆け出したが
「いけません」ロストフスキーに制止され、泣き喚いた僕は
あっさり侍女に引き渡された。
「離せよ。離せったら」僕は、泣きながら叫んだけれど、虚しかった。
「ぼっちゃま、あのお部屋には行ってはいけません」
これは、僕には探検に行け、という暗号だった。
大人しく図書館で本を読んだフリをした後、僕はこっそりと
あの白い貴婦人の寝室に行って、寝台の下にそっと隠れた。
ロシア語でヴェーラ姉様が話しかけたが返答はなく
侍女のいつもの悲壮ぶった嘆き声「まぁ、どういたしましょう、ヴェーラさま」
それに答える姉様のいつもの「落ち着きなさい」
それから姉様はフランス語で話しかけ、安堵のため息をついたその時
ドアが開き、足音だけで僕はレオニード兄様が部屋に来たのがわかった。
寝台の下から見た兄様の軍靴は、黒々と光っておりどんな雪原を歩いても
雪にも泥にも汚れないように見えて、僕は心強くなった。
白い貴婦人の横たわる寝台から少し離れて礼儀正しく揃えられたその軍靴が
ゆっくりと踵を返したその時、白い貴婦人が叫んだ。
「ねぇ、アレクセイミハイロフを知っている?」
擦れてはいるけれど、夏の雲雀のようなよく響く声。
フランス語だったけれど、彼女の口から出た人の名は、子供の僕でも知っている
皇帝が口にするのを禁じた名で
それは、この部屋の空気を凍りついたものに換えてしまった。
ああ、どうしよう、やはり彼女は白い貴婦人で、
口を開いただけで、僕の姉様も兄様も氷の柱に返られてしまったのかしら?
不安に固まってしまいそうな僕は
ゆっくりと兄の軍靴が再び寝台に向き直ったのを見て、安心した。
「君に忠告しておこう。ロシアにいるならその名は口にしないことだ」
兄様の声音には、暗い深い闇夜に瞬く三つ並んだ英雄のベルトのように
辺りを払い、少ない語彙の底にわかる人間にだけわかる命令を潜ませているのも
いつものとおりだった。
(リュドミール、後でお前がこの部屋にいた理由を聞こう)
兄は寝台の下を覗き込んだりしなかったのに、僕がここにいるのはお見通しだった
寝台の下で僕は、これから起きることを考えて苦しくなり
それもこれも、吹雪のように予告なくこの家にやってきた白い貴婦人のせいだと思って
ますます彼女が嫌いになった。
兄の軍靴が扉の向こうに消えてしまったのと同時に
姉様が「兄はあれで優しい人だから、安心して。さぁ、眠って」
そう優しく(ちょうど、僕を寝かしつける時のように)呟いて
彼女が睡ってしまった後、僕の隠れていた寝台のシーツがそっと持ち上げられた。
「出ていらっしゃい、リュドミール。
お客様を起こさないようにそっと静かにね。
そうすれば、お兄様のところへ行くあなたの騎士を務めてあげる」
僕は思わぬ騎士の申し出に多いに安堵した。
姉様に手を引かれて部屋を出る直前、そっと盗み見た彼女は
吹雪の中、還る巣を見失ってしまった小鳥のようで、
ついさっきまでキライだったのに、なぜだか胸が痛んだ。
決まってそれは、兄様が居ない日だった。
彼女は遠い祖国に置いてきた彼女の物語を僕に話してくれた。
「彼はイザークって言うんだ」
その人が奏でる旋律は天上の調べ、
今に世界中の人が彼の名を知るようになると、彼女は言った。
僕は、英雄と聖人の名を持つその人は、僕の兄様のように軍人だと思っていたから
ピアノの学校の生徒だと聞いて、いささかがっかりしてしまって
彼女の物語でもっとも胸躍るお話、あるカーニバルの日
お姫様と騎士を悪い奴らが襲撃し、騎士は姫を守って
ヴァルハラ(ああ、なんという響きだろう!)に難を逃れた話をせがんだ。
その騎士の名前は「クラウス・ゾンマーシュミット」。
湖の騎士ランスロットのように、彼には尊敬を捧げる貴婦人がいて
その美人の名は「アルラウネ」。断頭台の側に咲く花と同じ名のそのレディは
無慈悲で残酷で、でも魅惑的だという。
「悪い人たちから逃れた姫様は、どうなったの?」
「離れ離れになった騎士とまた会うために冒険の旅にでたんだ。」
「女の人が?あなたみたいに男装をして?」
「そうだよ」
男装の彼女は、初めて階段の踊り場で僕を震え上がらせた
あの白い貴婦人の禍々しさはなく、むしろ、家人が寝静まっている間に
家のミルクをそっとふやしておいてくれたりするいい妖精のように見えた。
「魔女ってのは、昼間は正体を現さないもんですよ。ああ、恐ろしい!」
僕が生まれる前からこの屋敷にいる、生まれつき頭の足りない下女は
彼女を見ると、決まって十字を切って、姉様に嗜められていたが
魔女と呼ばれた本人は一向に気にしなかった。
僕も、彼女がもしかしたら白い貴婦人であるかもしれないということは
ちっとも気にならなくなったが、僕の屋敷で暮らす彼女は
何事にもうわの空で、彼女の心はどこか遠くにあることがありありとわかるだけに
今こうしてこの屋敷に現実に彼女と暮らしている僕達は
実は彼女の見ている夢の住人でしかないような不安な気持ちにさせた。
「ねぇ、何か弾いてよ」そんな時僕はいつも彼女に頼んだ。
その日もいつものように彼女がピアノを弾いていて
演奏に心奪われていた彼女は、兄の足音にもドアの開いた音にも気づかなかった。
「兄さ・・・」言いかけた僕を手で制した後、兄様は指をそっと口に当て
静かに長椅子に腰を下ろした。腕を胸のところで組み、彼女をじっと見つめていた。
兄さまの組まれた腕に守れた胸に、その時どんな思いが去来していたのかは
僕にはわからないが、兄様が、この時まだ青年と呼べる年齢だったことに
気づいたのは、遥か後だった。
「後で書斎へ来なさい」唐突に声をかけた兄様の存在に
椅子から跳ね上がるようにして立ち上がった彼女は、自分を注視していた兄様を
決意を固めた小鳩のような目で睨みかえし、部屋を出て行く兄様の後に従って
部屋を後にした。ピアノを弾いている時と、兄様と対峙する時だけ
彼女自身は気づいていなかったかもしれないが、彼女は夢の住人ではなく
この現世に『生きて』いる人間だった。
僕は、礼儀作法を謹厳に守る兄様が、いくら男装してるとはいえ
女性である彼女のためにドアも開けず、処刑人よりも無愛想に
彼女に一瞥もくれずにさっさと階段を上って行き
一方彼女は彼女で、ドラゴンの洞窟に向かう騎士のような不敵な後ろ姿で
兄様に従っている、そんな二人の様子は、
僕と姉様、そして屋敷の召使たちを心配させ、
そして、よくないことだが、わくわくもさせた。
彼女の異変に気づいたのはその翌日の晩餐だった。
絹の手袋をした手で食事をするよりも
素手でパンをちぎるのを好むのはヴェーラ姉様と同じだったのに、
彼女の手は絹の手袋で覆われていた。
わけを知っていたのだろう、姉様は非難の一瞥を兄様に投げかけ
兄様は、憮然と姉様を睨み返し、
ユリウスは、相変わらず、心をどこかに置いたままの風情で
その彼女に給仕をする召使は涙ぐんでいた。
僕は・・・その日は僕の大好きなブラマンジェが早く出てこないかを
考えることにして、その晩餐をやり過ごした。
後で、二人になった時彼女に手袋をしてる理由を聞いたけれど
どうして?と聞いても「ロシアは寒いから」としか彼女は答えなかった。
「なんてことをなさるの!
この家を収容所にして
侯爵のお兄様は看守に成り下がるおつもり!」
激高した姉様の声は兄様の書斎のドアを抜けてしまい
家中がこの家の女主人である姉様の機嫌の回復を願うと同時に
姉様を激高させた兄様を非難する空気になった。
兄様は、さっさと軍務にでかけてしまい、残された僕達は
なんとか姉様の機嫌を取ろうと知恵を絞った。
この家の女主人である姉様の激高をなだめようと、女中頭が僕に
「リュドミール様、納屋に行ってリンゴをいくつか取ってきてくださいな。
ヴェーラ様のお好きなリンゴのジャムを皆で作りましょう」
あのジャムは僕も大好きだったので、彼女の思いつきに異を唱える理由もなく
駕籠を持って出かけようとすると
「お供いたします、リュドミール様」そう言ってエフレムがついてきた。
田舎訛の抜けない下男だけれど、文字が読め、僕に木の枝を使って
ダビデが持っていたような武器を作ってくれた彼を、僕は好きだった。
納屋につき、エフレムが樽を開けて、僕はどのリンゴを選ぼうかと吟味していた時、
エフレムが聞いてきた。「あのお客様にもお持ちしましょうか?」
「ユリウスに?」
「ユリウス、とおっしゃるのですか。皆がドイツ人だと噂してますが」
「レーゲンスブルグにいたんだ。そこにはクラウスもいて」
僕はユリウスが話してくれた、騎士と姫と悪者のヴァルハラの話を
エフレムにもしてあげることにした。
「クラウス・ゾンマーシュミット!」
エフレムは息を呑んだが、僕は彼がなぜユリウスの語るその騎士の名を聞き
絶句したその理由は、エフレムが
僕とリンゴを取りにやってきたこの納屋の下で、絶命する日まで知らなかった。
アレクセイは、レーニンをはじめとする革命家たちに多大な影響を与えたといわれる、
セルゲイ・ネチャーエフの著書をひもといてみた。
「革命家は死を宣告された人間である。彼は、個人的関心、事情、感情、愛着物、財産、
さらに名前すらももたない。彼のうちにあるすべては、ただ一つの関心、一つの思想、
ひとつの情熱、つまり革命によってしめられている。」
「革命家は死を宣告された人間である。彼は一般に、国家にたいしても、特権をもった
教養ある人々の世界にたいしても憐みはもたず、彼自身にたいする憐みも期待しない。
この両者のあいだには、公然、非公然を問わず、生死をかけて連続的な非和解的な
たたかいがおこなわれている。つねに彼は死ぬ用意がなければならず、拷問に耐えうるよう
自己を鍛練していなければならない。」
「彼は自己にきびしくあるとともに、他の人々にもきびしくしなければならない。家族、友情、
愛情、感謝、さらには名誉といった柔弱で女々しい感情はすべて、彼のうちでは、革命の
事業をめざす唯一の冷徹な感情によって抑制されねばならない。彼にとっては、ただ一つの安らぎ、
慰め、報酬、満足が、つまり革命の成功があるだけである。昼夜をわかたず彼は一つの思想、
一つの目標を、つまり仮借なき破壊をいだいていなければならない。冷静にたゆむことなく
この目標の達成につとめながら、彼は、みずからが非業の死をとげる用意があるだけでなく、
目標の達成を妨げるすべての者をみずからの手で殺す用意がなければならない。」
そうだ。しょせん、ユリウスは“同志”ではないのだ。俺たちの側の、献身的で、俺たちの
綱領を完全にうけ入れた女ではない。それどころか、いまとなっては俺たちの敵である
ユスーポフ侯の愛人となった女だ。
そう考えて、アレクセイはユリウスへの想いを振り切った。
「おれにとって本当に確かなもの、命をかけるに値するものは、祖国への熱情だ。
過ぎ去った青春の日々の思い出などではない。」
ある日、ユリウスが自室で本を読んでいると、玄関のほうでガヤガヤと騒ぎがし、まもなく
執事の、「若様っ!大変でございます!」と叫ぶ声が聞こえた。
ホールのほうへ降りていくと、レオニードやヴェーラたちが集まっていて、
“サライェボ”“オーストリア皇太子夫妻”などという単語が途切れ途切れに聞こえてきた。
その後、レオニードはすぐに自室にひきとり、外出の仕度をしたあと、従僕とともに邸を出て行った。
あとになってヴェーラが、事件について教えてくれた。
「ユリウス・・・大変なことになったわ。サライェボを訪問していたオーストリア皇太子夫妻が暗殺されたの。
撃ったのはセルビア人の青年らしいわ。」
「・・・!」
「お兄さまは当分、仕事で忙しくて邸には戻れそうにないわね」
その後も次々とニュースが入ってきた。
「オーストリアがセルビアに最後通牒を突きつけた」
「ロシアが総動員令を発動」
「オーストリアがセルビアに宣戦布告」
「ロシアとドイツが戦争状態に突入」
「フランスが参戦」
「イギリスが参戦」
・・・・・・
リュドミールがユリウスに、
「街はすごい熱気だよ。みんな戦争に熱狂している。『オーストリアとドイツを叩き潰せ!
スラブ民族の栄光とギリシャ正教会を守るのだ!バルカンからオーストリアを追い出せ!』
と叫んでいる」
と言ってから、はっとしてユリウスの顔を見た。ユリウスがドイツ人であることを、つい忘れていたのだ。
ユリウスはリュドミールとヴェーラの顔を見ながら、
「二人とも気をつかわないで。ぼくはこの国に来たときから、この地で朽ち果てるつもりだったのだから」
気まずい沈黙が広間に漂った。
ヴェーラは思った。
(いくら故国を捨てる覚悟で来たといっても、まったく気にならないということはないはずだわ。この人にも、
故郷に家族はいるはずだし)
そう考えて、ユリウスが哀れになった。
久しぶりにレオニードが邸に帰還したが、その表情は暗く、疲れきっていた。
帰宅した彼はヴェーラとリュドミールに、
「わたしは会議で最後まで反対したが、結局、ロシアはこの戦争に参加することになった。
いまは民衆も熱狂しているが、戦争が長引き、生活も苦しくなれば、必ずや厭戦気分がみなぎってくるだろう」
と語った。
その夜、レオニードは久々にユリウスの部屋で過ごしてくれた。
「すまぬ。」
「え・・・?」
「とうとうロシアはお前の祖国であるドイツと戦争をすることになってしまった。おまえにとっては
つらいことだろうな。わたしがおまえを愛人にせず、故国に送り返してやれば、こんな苦しい思いを
せずともよかったのだ。」
「ううん・・・そんな・・・どのみちぼくは、殺人を犯したせいでもう故郷には戻れないんだから。」
ユリウスはひさしぶりに、マリア・バルバラのことを思い出した。
(マリア・バルバラ姉さまは、今もあの邸で、アーレンスマイヤ家を守っているのだろうか・・・)
しばらくして、レオニードはユリウスの髪をかき上げ、そのうなじにそっと口づけをした。
その合間に漂ってくる男の匂い・・・今では、第二の自分のように感じられるものだった。
彼に抱かれて寝台に向かうユリウスの頭からは、戦争のことも、故郷のことも消えていた。
1916年の雪の日、ユリウスが窓から外を見ていると、ユスーポフ邸の前に馬車が止まった。
馬車から降りてきたのは、意外なことに、かつて皇帝の命でレオニードと離婚したアデール夫人だった。
レオニードが玄関まで彼女を出迎えるのが見えた。
「アデール夫人・・・いまごろ何の用があって、この邸にやってきたんだろう」
その夜、レオニードは遅くまで彼女と二人で話しこんでいた。
数日後、ユリウスはどうしても好奇心を抑えきれなくなって、ヴェーラに、
「この間、アデール夫人がこの邸に来ていたけど、何の用だったの?」
と聞いてみた。するとヴェーラは、
「あの人は、お兄さまのある計画に協力してくれることになったの。政治向きの話だから、
今は言えないけれど、何もかも終わったら、きっとお兄さまの口からあなたに打ち明けてくれるわ」
「・・・・・・」
もちろん、普段からレオニードは、政治や軍の仕事にかかわることはユリウスに話さないように
していたから、それは当然のことだった。
しかし、アデール夫人がそこにかかわってくるとは意外だった。
(夫婦間のことは、他人にはわからない・・・あれだけ冷え切った仲でも、やっぱりあの二人は
夫婦だったのか・・・)
クラウスのことを思い出して、
(人の心とは勝手なものだな・・・僕自身、クラウスのことを完全に忘れたわけではないのに、
アデール夫人がレオニードに協力するという話を聞いただけで落ち着かなくなる・・・)
数週間後、ユリウスは、ユスーポフ家の召使たちが興奮した口調で叫んでいるのを耳にした。
「ラスプーチンが何者かに殺されちまったってよ!」
「ほんとうか!?」
「死体は毛布にくるまれてネヴァ河へ放り込まれていたそうだぜ!」
「なんでも、ラスプーチンを暗殺したのはうちの旦那様だとか・・・」
「そんなまさか!」
「でも、街の連中はみんなそう噂してるぜ」
(ラスプーチン・・・)
ユリウスはかつて、ユスーポフ邸から憲兵によって拉致され、冬宮のなかで会ったあの不気味な
僧侶のことを思い出した。あの青灰色の目、あの薬物の異様な香り、あの人を催眠状態に
おちいらせる声・・・思わず身震いし、
(あの僧侶を、レオニードが・・・じゃあ、アデール夫人が協力者になった計画というのはこのことだったのか)
とさすがに驚いた。
数日後にレオニードが邸に帰ってきた夜、ユリウスは彼に直接聞いてみた。
「レオニード・・・あなたは、ラスプーチンを・・・」
すると彼はふっと笑って、
「街じゅうの噂になっているからな。ああそうだ、わたしが奴を暗殺した。アデールは、奴をおびきだすために
協力してくれた。これでお前も、あやつに付け狙われずにすむぞ」
「で、あなたに対する処罰は・・・」
「皇帝陛下はわたしのやったことを了解してくださった」
「そう・・・よかった」
ラスプーチンが死んだこと、またレオニードが罪に問われなかったことでほっと安堵の息をついたが、
ユリウスにはもうひとつ、気になることがあった。
「アデール夫人は・・・なぜあなたに協力してくれたの?」
「あれも、ラスプーチンを憎んでいるという一点では昔からわたしと共通していたからな。これで
ロマノフ王朝は長い長い悪夢から覚めるといっていたぞ」
「そう・・・」
それっきり黙りこんでしまったユリウスをみて、レオニードは、
「なんだおまえ、アデールのことが気になるのか?」
「いいえ、そんなこと・・・むしろ、あなたがたの長年のこだわりが取れてよかったと思っている」
「まさかわたしが、おまえに対して心変わりしたとでも思っているのか?」
「ううん・・・」
そうはいったものの、内心の落ち着かない気持ちが顔に出たのか、
「どうした?まさかわたしが、アデールとの関係を復活させたとでも疑っているのか?」
とからかうようにいわれた。
「アデール夫人は・・・皇帝の姪で、ちゃんとした実家があって・・・その上、あなたの政治上の
協力者にまでなってくれたんだよね。それにひきかえ、ぼくはいつもあなたに頼り、甘えかかって
ばっかりだ・・・」
「なんだおまえ、そんなことを気にしていたのか!?」
そう言うと、彼はユリウスの手をとり、
「おまえは今のままでいよいのだ。わたしは、あるがままのお前を愛したのだからな」
そして彼はいつものようにユリウスを寝台に導いた。
寝台に入ってからも、ユリウスが浮かない顔をしているのを見て、レオニードは、
「さあ、もう機嫌を直せ。さもないと、わたしは本当にあれとよりをもどすぞ」
といい、とうとう彼女の身体を開かせてしまった。
久々の愛の行為に、ユリウスの身体のほうも歓びに震え、最後には十代の子供にかえった
ような気分で、レオニードの身体にしっかりとすがりついていた。
ある日、ユリウスは身体の不調を感じて、ヴェーラに頼んでユスーポフ家の侍医に身体を診てもらった。
診察の結果は――驚くべきものだった。
妊娠したというのだ。
もちろん、あれだけ長い間レオニードと愛し合っていれば、子供ができても不思議ではなかった。
しかし、なぜか、自分自身の身にそのようなことが起ころうとは、考えてもみなかったのだ。
当初の驚きの感情が落ち着くと、ふとクラウスのことを思い出した。
(クラウス・・・これでもはや、ぼくは永久に君のもとに行くことはできなくなってしまったのか・・・)
そして、自分が1905年にサンクト・ペテルブルクの駅に降り立った日のことを思い出し、
運命の皮肉に思いをはせた。
(あのとき、ぼくはただひたすらクラウスに再会することだけを夢見ていた・・・でも今や、ぼくと
彼は敵同士の立場に・・・)
ユリウスの妊娠を知って、レオニードも彼女に負けず劣らず驚いた。そして、いまの動乱のロシアの
政治情勢を考えると、改めて彼女を愛人にしたことは軽はずみだったのではないかという考えが
浮かんできた。
ユリウスの部屋へ彼女を見舞うと、体調の悪さから、もうベッドに横になって眠っていた。
そばの椅子を引き寄せて座り、彼女の寝顔を眺めながら、何があってもこの女のことは最後まで
責任を持とう――そういう考えが浮かんできた。そして眠っている彼女に接吻し、そのまま
部屋を後にした。
ユリウスが身ごもってから、ヴェーラはこれまでのぴったりした男物の服に替えて、ゆったりした
女物の服を用意してくれた。最初、ユリウスは女物の服を着ることを嫌がったが、ヴェーラから、
「これからお腹が大きくなってきたら、どのみちその服では無理よ」
といわれて、しぶしぶ同意した。
ヴェーラがあつらえてくれた服を着て、鏡をのぞくと、そこに映っている女の姿に驚いた。
母、レナーテにそっくりだったからだ。どこか悲しげで、頼りなげな女・・・
(母さん、ぼくはいつのまにか、あなたと同じ道をたどっている・・・)
ユリウスは15歳のころ、正妻がありながら自分の母を権力ずくで愛人にして、みごもらせたまま
捨ててしまった父を憎んだことを思い出した。
そして、アネロッテから、前アーレンスマイヤ夫人がシュワルツコッペン大佐と密通していて、
「お父さまがあなたのお母さまを愛したのは、何もかも知っていらして母さまの裏切りに苦しんで
いらしたからなのかもしれないわ」
と言われたことも。
(人の心というものはわからないものだな・・・自分の心の中でさえ、見定めることはできないのに、
まして他人の心の中など・・・)
ボリシェビキは、女中に身をやつしてユスーポフ邸に潜入していた女性の同志に、ユスーポフ侯
暗殺計画の指令を出した。
彼女は長い間邸に勤めている間に、ユスーポフ一家の日常生活にも通じるようになっていた。
出入りの商人に扮したもう一人の同志が、しょっちゅう彼女と会い、ダイナマイトを少しずつ
邸宅に持ち込んだ。
彼女は、邸の構造に関する知識を得た結果、召使たちが住み、彼女自身も住んでいる1階の
部屋が、ちょうどユスーポフ侯の書斎の真下にあることがわかった。これなら、彼が帰宅して、
書斎に入ったときに、ユスーポフ侯を暗殺することができる。
しかし、1回の召使部屋と書斎の間には護衛兵たちの部屋があって、もしダイナマイトを爆発
させれば、彼らも巻き込むことになる。だがボリシェビキの幹部は、平然と命令をだした。
1回から爆発の力で書斎の床板をぶち抜くには、大量のダイナマイトを集める必要がある。
彼女は、毎回同志に会うたびに、少量のダイナマイトを持ち帰ると、それを自分の部屋に隠しておいた。
そして、最終的には100キロ以上のダイナマイトを蓄えることができた。
その日の夜、レオニードは食卓にユリウスの姿がないのを見て、ヴェーラに、
「あれはどうした?」
と聞いた。ヴェーラは、
「つわりがひどくて、食事を受け付けないので、自分の部屋にこもっています。お兄さまも、
あとで見舞ってあげてくださいませ」
と言った。
食事を終えたあと、レオニードはまず書斎へ行って書類を片付け、それからユリウスの部屋へ向かった。
彼女が女物の服を着て、長椅子にぐったり寄り掛っているのをみて、
「どうしたのだ、おまえ、その服は。」
「ぼくは嫌だって言ったんだけど、ヴェーラに無理やり着せられたんだ・・・こんな歩きにくい服、嫌だよ・・・」
レオニードはふっと笑って、
「いいではないか。おまえはもともと女なのだから」
と言った。
奇妙なことに、妊娠してからの彼女は、それまでよりもいっそう美しくなっていた。レオニードの愛人に
なってからは、それまでの少年のような中性的な美しさが消え、妖艶さをましていたのだが、今は
その上に面やつれし、憂愁をおびた陰りを漂わせた瞳に吸い込まれそうだった。
レオニードが彼女の横に腰かけ、あごに手をかけて顔を上に上げ、接吻しようとすると、足元の床が
震え始め、邸内で、重い、ただならぬ轟音がした。
「レオニード・・・!なっ、なに?あれは・・・」
「落ち着け!いいか、おまえはこの部屋でじっとしているのだぞ」
彼は急いで部屋の外へ駆け出していった。
レオニードが自分の書斎の方角へ戻ると、空気中に、火薬のにおいが広がっていた。
レオニードや従僕たちが書斎の中に入ると、すべての窓が壊れ、壁の数ヶ所に穴が開き、
家具は倒れ、あらゆるものが濃い埃と灰の層に覆われていた。
レオニードは書斎の状態を見とどけてから、すぐに下の護衛兵たちの控え室に行った。
そこは灰や煙が充満していて、床は吹き飛ばされ、割れた板や石や灰が山積みになっていた。
いたるところに、腕や足など人体の一部が散乱していた。
ランプの光に照らされて、壁に黒い染みができているのが見えた。
護衛兵たちには、負傷者、瀕死の者がおり、うめき声と助けてくれと懇願する声が聞こえた。
レオニードは直ちに部下に命じて、消防隊員と医者と看護婦たちを呼ばせた。
悪夢のような一夜が過ぎ、おおかたの状況が判明した。
もしレオニードの書斎の部屋の床が硬い花崗岩でなかったら、書斎も護衛兵たちの詰所と
同じように吹き飛んでいたに違いなかった。
彼は護衛兵たちの葬儀と埋葬を命じたあと、報告のために軍部に向かった。
ヴェーラは、ユリウスの身体を気遣ってあまりこの件について彼女に話したくなかったのだが、
「ぼくは大丈夫だよ。どんな話を聞いても動転しないよ」
とせがまれて、詳しい状況を話してやった。
「・・・おそらくボリシェビキのしわざでしょうね。召使を雇うときに、もっと身元を注意深く確認
すべきだったわ」
「ボリシェビキ・・・」
(じゃあ、じゃあクラウスもこの計画のことは承知だったんだろうか?彼はぼくがこの邸に
いることを承知の上で、暗殺計画に賛成したのだろうか?)
もしユリウスがレオニードの書斎にいれば、彼女も巻き込まれていた可能性が高い。
クラウスはそのことを承知の上で・・・
(クラウス、きみはぼくをもはや完全に敵と見做しているのか・・・)
ユリウスの顔が青ざめているのをみて、ヴェーラは、
「ごめんなさい、やっぱりこんな話をすべきではなかったわね」
と言った。
そのころ、ユスーポフ邸に潜入していた女性の同志は、無事ボリシェビキのアジトに
逃げのびていた。
彼女は、ユスーポフ侯暗殺に失敗したことで、ひどく落胆しているようだった。
「召使部屋と書斎の間に護衛兵の詰所があってね・・・あれさえなければ、書斎も
ぜんぶ粉々に吹っ飛んだはずなんだけど。でも、あの夜、たまたまユスーポフ侯は
彼の愛人の部屋に行っていて、書斎を空けていたのよ」
「残念だったな、同志」
報告が終わると、みなで今後の対策を練った結果、解散して帰路についた。
彼女はアレクセイのそばに寄ってきて、
「同志アレクセイ、結局、暗殺計画は失敗に終わってしまったわ・・・ごめんなさい」
「君が気に病むことはない」
「ふだんの侯は夜、長い間書斎で調べものをして過ごすんだけどね。あの日に限って
愛人の部屋に行くとは思わなかったわ。彼女が妊娠しているので、気をつかって
見舞いに行ったのかしらね」
「妊娠・・・?」
「ええそう。ユスーポフ侯の愛人は、このごろとみに美しくなったわ。憂愁を帯びて、
神秘的にすら見えるほど。あれでは侯ならずとも、男なら誰でも心を奪われるでしょうね」
(ユリウスが・・・あいつの子を身ごもって・・・)
アレクセイは、もはやユリウスを“敵の女”とみなすことにしていた。だからこそユスーポフ邸を
爆破する計画が持ち上がったときも、それに反対しなかったのだ。
だが今の同志の言葉は、彼の胸を突き刺した。
END
97 :
ユリの脱走 1:2009/06/14(日) 16:04:43 ID:OdMnw7ZB
シベリアの兵士の反乱を鎮圧して、ペテルスブルクに帰ってきたレオニードは、その日、
窓から民衆のデモを見ていたとき、不意にめまいに襲われた。
ちょうどアデール夫人がでかけるところだったので、ロストフスキー中尉を含む護衛兵たちは
正面玄関に集まっていて、裏口にはだれもいない状態だった。
それを見たユリウスは、隙を見てユスーポフ家の裏口からこっそり出て行った。
しばらくして、レオニードは召使に助け起こされて、自室に戻って休んでいたが、数時間後、
ヴェーラが、
「あの・・・お兄さま・・・じつは、あの子の姿がどこにも見えないのですけれど・・・」
と、青ざめた表情でやってきた。
「なんだと・・・!」
「申し訳ございません、侯・・・ちょうどあのとき、奥さまがでかけようとなさっていまして、
召使たちも全員お見送りに集まっていたものですから」
恐縮するロストフスキーを前に、
「よい、わたしも迂闊だった。それより、一刻も早くあの娘を探し出してくれ」
ロストフスキーが部下たちを連れて出て行った後、
(なんといっても女の一人旅だ、そう早く遠くへは逃げおおせまい。ロシア語もできない
外国人の身では、すぐに不審人物とみなされるだろう・・・)
と考えたが、一種の怒りといらだちはなかなか消えなかった。
(あの娘・・・また性懲りもなく脱走しおって・・・今度連れ戻したら、どうしてくれようか・・・)
98 :
ユリの脱走 2:2009/06/14(日) 16:05:08 ID:OdMnw7ZB
(なるべく上流階級の人々が出入りしないようなところへいこう・・・)
そう考えたユリウスがたどりいたのは、ペテルスブルクのセンナヤ広場だった。
強盗、泥棒の巣窟であり、イカサマ賭博の賭場やいかがわしい娼家がひしめいている。
日曜ごとに開かれる市には、スリ、空き巣、ひったくり、詐欺、強盗、その他もろもろの
不正手段で手に入れた品物が売りさばかれる。
さすがのユリウスも、最初にここに足を踏み入れたときは怖気づいたが、
「クラウスに会えるのなら・・・」
と考え直して、木賃宿に泊まることにした。
意外なことに、ここでフランス語のわかる一人の男性に会うことができた。
その男性は、もとインテリゲンツィアの革命家で、シベリアから脱走して舞い戻ってきたのだという。
「ここには、法律に照らして潔白な人間などほとんどいないからね。脱獄囚や強盗も、一時の
隠れ家をここに求めるのさ」
とその男は言った。
「ぼくにでもできるような仕事はこのあたりにはない?ピアノなら弾けるんだけど。それが無理なら、
給仕の仕事でも・・・」
「ロシア語ができないんじゃ話にならないな」
木賃宿の自分の部屋に戻ったユリウスは、
「どうしよう・・・手持ちの金を使い果たしたら、もうここにはいられなくなる・・・」
と考えて、ベッドに入った。
次の日、ユリウスは宿から出て、通りを歩いていたが、彼女の身に着けている上等な服は、
この地区の住人の中ではいやでも目立つらしく、みんなの視線が注がれるのがわかった。
(まずいな・・・市でもっと安手の服を買おうか)
そう思ったとき、ユリウスの前に、一人の男が近づいてきた。どうやら泥酔しているらしく、
酒の匂いがぷんと漂ってきた。
「なっ・・・なんの用だ!?」
そう言ってから、ここではロシア語しか通用しないことに気づいた。次の瞬間、男はユリウスの
腕を引っ張って路地裏に連れ込み、彼女のポケットから金を探って引き出した。
ユリウスが悲鳴を上げて逃げ出そうとすると、後ろから男が追ってきて、彼女の身体を捕まえると、
胸もとに手を入れてまさぐったので、彼女は恐怖にかられ、パニック状態に陥って、再び悲鳴を上げた。
次の瞬間、銃声がして、男がうめき声を上げ、身体が彼女から離れ、ぐらりと倒れた。
驚いて顔を上げると、ロストフスキー中尉と彼の部下たちが、彼女と倒れた男を取り巻いていた。
ユリウスは、馬車に乗せられた後になっても、まだ恐怖と興奮がおさまらなかった。
自分に向けられるロストフスキーの冷ややかな視線を感じながらも、泣くのを止めることができなかった。
99 :
ユリの脱走 3:2009/06/14(日) 16:05:29 ID:OdMnw7ZB
その日、レオニードが書斎にいると、執事が、
「若さま!ロストフスキー中尉が、無事あの娘を連れて戻ってまいりました!」
と叫んで、部屋に駆け込んできた。
「そうか・・・!」
ほっと安堵の吐息をついて、階下のホールに下りていくと、服に泥がつき、ブラウスの一部が
破れたユリウスが、ロストフスキーに引き据えられていた。涙が頬を伝い、彼女はしゃくり上げていた。
「愚か者め。本気でこの邸から逃げおおせると思っていたのか?」
そういってから、召使に、
「この娘を着替えさせて監視しておけ」
といいつけ、ロストフスキーに、
「お前の報告を聞こう」
と言った。
「・・・危ないところでした。もしあのとき我々が駆けつけなかったら、あの娘は酔漢に暴行される
ところでした」
「・・・そうか、今日はご苦労だったな、ロストフスキー」
ロストフスキーが下がってから、ふーとため息をついて、
(あの娘の様子を見に行こうか・・・)
と考えて、廊下を歩いていると、偶然ヴェーラとすれ違った。
「あ・・・お兄さま。」
「なんだ?」
「ユリウスのところへ行くのなら、彼女を厳しく処罰したりなどなさらないでね」
一瞬驚いたが、思わず、次の瞬間、
「わかっている」
と答えていた。
娘の部屋へ入ると、彼女はわたしを見て、おびえた表情を浮かべた。
わたしはつかつかと娘に近寄ると、
「馬鹿な女が。このわたしから逃げられるとでも思っていたのか?」
娘は顔をそむけた。
「おまえがここから脱走しても、以前にも言ったように、不審な外国人として官憲につかまって
ペトロパブロフスク要塞に放り込まれるか、あるいは街娼にでも身を落とすか、どちらかだ。
その程度のこともわからぬのか?」
娘はまだ恐怖とショックが消えないらしく、身体がかすかに震えていて、手で涙をぬぐっていた。
それを見ているうちに、当初の怒りがだんだん消えていった。彼女が脱走した直後は、もし無事に
戻ってきたら殴ってやろうかとすら考えていたのだが。
レオニードは心の中でうめいた。
(わたしはなぜ、この女を殴ることができないのだ?わたしに逆らって、2回もこの邸から脱走を
企てたこの女に。)
この少女は、どうしようもなく弱く、愚かしく、一途で、そして美しかった。命令に逆らって逃げ出した
彼女に対して怒りを感じる一方で、ユリウスが、酔漢の手から無事救出されてこの邸に戻ってきた
ことを、心のどこかで喜んでいる自分がいた。
「よいか、3度目の脱走を企てたら、今度こそわたしはおまえを憲兵隊にひきわたすぞ」
そう言い捨てて、バタンと扉を閉めた。
THE END
100 :
酒 1:2009/06/14(日) 16:06:47 ID:OdMnw7ZB
その夜、書斎で調べものを終えたレオニードは、めずらしくウォッカを飲んでいた。
それを見ていたユリウスが、
「ねえ、レオニードはお酒に強いんだね。あなたが酔っ払ったり、乱れた姿を見せたりしたところを
見たことがないよ」
といった。
レオニードはふっと笑って、
「わたしが近衛連隊の士官だったころは、こんなものではなかったぞ。近衛連隊の士官将校は、
皇族および名門貴族の子弟と決まっていて、18、9から20代の若い近衛士官たちのどんちゃん
騒ぎは有名だ。窮屈な邸を離れて、士官たちは傍若無人に飲み騒ぐものだ。学生たちの馬鹿騒ぎより
すさまじいぞ。『肘で飲む』という方法があって、肘の長さにグラスを並べて、一気に飲み干すと
いうやり方がある。あるいはまた、『階段で飲む』というのもあって、階段の一段ごとにグラスを
並べ、飲みながら上まで登る。たいがいの者は途中で酔いつぶれるがな。
もっと凄まじいのは『狼飲み』で、冬のさなか、素っ裸で雪の中に飛び出し、シャンペンを満たした
バケツに口をつけ、狼のように吠えながらがぶがぶ飲む。そしてジプシーたちの集落に行き、一夜を
あかして一緒に踊り歌う。首都の郊外に住むジプシーたちは、放浪はせず、訪れる客に音楽と
踊りと性的な享楽を与えて生計を立てている。」
「そ、そうなの・・・?ロシア人のお酒の飲み方はすごいんだね・・・」
ユリウスも、聖ゼバスチアンに通っていたとき、上級生が隠れて酒を飲んでいるところに
ときどき出くわしたし、カーニヴァルの乱痴気騒ぎで町の人々が泥酔しているところもよく
見たが、ロシアの場合はスケールが違うらしい。
実は近衛連隊には、暴飲乱酔、放蕩無頼のほかに、もうひとつの悪徳がある。男ばかりの
集団の中で、必然的に、男同士で愛人になるものが多い。ジプシーの集落になだれこんで、
士官同士抱き合い頬をすりよせ踊る姿を、レオニードは何度も見てきた。さすがにユリウスには
そのことは言わなかったが。
101 :
酒 2:2009/06/14(日) 16:07:09 ID:OdMnw7ZB
ユリウスは好奇心にかられて、
「ねえ、それ、ぼくにも飲ませてくれる?」
と言った。
「おまえが・・・?」
ユリウスはいつも食卓でワインをたしなむ程度で、ウォッカやブランデーといった強い酒は
口にしたことがなかったのだ。
「酔いつぶれてもしらんぞ」
そういいながら、レオニードはもうひとつグラスを取り出し、そこに酒を注いで、ユリウスに
渡してやった。
ユリウスは口をつけたものの、あまりの強さにむせ返り、せきこんでしまった。
それを見てレオニードは笑いながら、
「そら見ろ、やっぱりおまえには無理だ」
そう言われてユリウスはむっとして、
「そんなことはないよ。慣れればぼくだって・・・」
と言いながら、ちびりちびりと飲み続けた。
そのうち、アルコールの酔いがまわって、ユリウスの頭はくらくらしてきた。顔が火照り、
まっすぐ立っていられなくなりそうになり、レオニードの胸にもたれかかった。
息づかいが荒くなっている。彼女の身体のかぐわしい香りが、レオニードの官能を刺激した。
レオニードは若いころ、仲間の士官たちと一緒に遊んだときの経験で、女が自ら防備を解くとき、
酔いは格好の自己欺瞞の口実となることを知っていた。
こういう場合、彼女らは、自分が男にもたれかかっているのは、酔いのためであって、淫らな
振る舞いではないと、自分を納得させるものだ。
しかしユリウスにはまったくそんな下心はなく、本当にはじめて飲んだ強い酒のせいで、
倒れそうになっているらしかった。
彼は我慢できなくなって、彼女を引きずるようにベッドまで連れて行った。
「レオニード・・・なに・・・」
意識が朦朧となったユリウスが聞いた。
彼女の身体をベッドに横たえると、その髪が金糸のように乱れて散らばった。
一列に並んだ服のボタンをひとつずつ外していくのももどかしかった。
102 :
酒 3:2009/06/14(日) 16:07:30 ID:OdMnw7ZB
女の身体は複雑だと、レオニードはいつも思う。ユリウスの身体は、彼と戯れているとき、
思いがけないところが蜜に変わり、喜悦の沼は底なしになる。
レオニードの手は彼女のうなじを滑り、乳房をなぞり、下腹に移動し、叢を分け入って、
ユリウスのもっとも敏感な部分にまで入り込んだ。
彼がユリウスの下腹部に顔を埋めると、彼女はすぐに甘い声を上げ始めた。
しばらくすると、ユリウスはレオニードの頭に手を掛け、懇願するような表情でなにかを口走った。
その意味を察したレオニードは、彼女の両脚を肩に担ぎ、腰を引き寄せて、彼自身を指を添えて
あてがった。
ユリウスの声が、最初はうめき声に、次第に泣くような高い声になっていった。
ようやくレオニードがユリウスの身体から離れたとき、彼女は自分が眠っているのか
目覚めているのか、よくわからない状態だった。
ようやくユリウスの気分が落ち着いたとき、レオニードは、
「やっぱりおまえにはあの酒は強すぎたかな」
「う・・・ん、そうだね、まだ頭がくらくらしてる」
「下手にわれわれロシア人の酒の飲み方を真似ないほうがいいぞ。恐ろしいことになるからな」
THE END
103 :
無題 1:2009/06/14(日) 16:08:50 ID:OdMnw7ZB
クラウスは・・・そのことのためにぼくの心を去り・・・レーゲンスブルクを去ったのか・・・!?
ぼくがあれほどにも知りたがってきたのは・・・これか・・・!?
労働者や農民たちと一緒に皇帝にはむかって闘うこと・・・!?
由緒ある侯爵家だとヴェーラはいっていた。そんな貴族の生まれの彼がなぜ・・・
ここへくるまえに街中で見かけたあの異様な連中の仲間だと・・・
なぜ・・・!?なぜ・・・!?
あのすばらしい才能をこのことのためにひきかえにしたのか!?
身分をかくし、憲兵に追われ、こそこそと逃げまどい、みずから望んでこんな地獄を背負って・・・
ああ!ぼくはここにきて何ヶ月もの間いったいなにをしていたんだ!
知らなくてはいけないことはいっぱいあったのに!見なくてはいけないことはいっぱいあったのに!
ユリウスはクラウスの思想を知りたくて、レオニードの留守にこっそり彼の書斎にしのびこんだ。
驚いたことに、そこにはマルクスの『資本論』をはじめ、革命関連の書物も数多く置かれていた。
ユリウスは知らなかったが、ロシアでは、たとえ皇帝が禁止した書物でも、賄賂を使えば、
外国から持ち込むことができるのである。そして、禁止されるとかえってそれを読みたくなるのが
人情というものである。かくして、それらの本は、全ロシアの教養階級に読まれることとなるのだった。
104 :
無題 2:2009/06/14(日) 16:09:11 ID:OdMnw7ZB
ユリウスは、リュドミールに勉強を教えに来る家庭教師に、隙を見て話しかけてみた。
「ねえ先生、教えてもらいたいことがあるんですけど」
「なんの御用でしょう?」
「ロシアの労働者や農民たちの生活は、どんなものなの?」
「なぜそんなことに関心がおありなのです?」
「ぼくはこの邸から出ることが許されていないから・・・でも、この国の事情をもっと知りたいんだ」
家庭教師は一瞬ためらった。この外国の少女に、そんなことを話してもいいのだろうか?しかし
彼女には純粋で、なにかしら人の警戒心を解かせるようなものがあった。
しばらくして、彼は、
「この国の民衆の生活は悲惨です。工場で女工が失敗すれば罰金を取られます。罰金をとられない
場合は、かわりに鞭打ちの罰が待っています。農村から都市へ出稼ぎに来た労働者は、1日に
12時間以上も働かされ、賃金は低い上に支払いも不規則で、ときには大規模な労働争議が
起きるときもあります」
「農民の生活も惨めなものです。先々代の皇帝アレクサンドル2世の時代に農奴解放が行われて、
農民は自由な身分になりましたが、与えられた土地は十分ではなく、多くの農民は貴族地主から
土地を借りざるをえませんでした。でも農民のほうは、高騰する地代を現金では払えないので、
地主の手元に残った土地を耕すという方法に頼らざるを得ません。
彼らは人頭税や地方税のほか、分与地の償却支払金を毎年政府に納めなければならず、そのため、
収穫した穀物の多くを売らなければならないのです。食糧不足のため、地主から借金したり、
家畜を売ったり、隣人に物乞いをしなければならない場合もしばしばです。凶作に襲われた年には
飢饉が発生します」
ついユリウスに対して熱く語ってしまった家庭教師は、はっとして、
「わたしがあなたにこのような話をしたことは、どうかユスーポフ侯には申し上げないようにお願いします」
「ううん、そんなことはしませんよ。先生も、ぼくがロシアの事情についてたずねたことは、ユスーポフ侯に
言わないでください」
そう言ってユリウスは彼と別れた。
105 :
無題 3:2009/06/14(日) 16:09:33 ID:OdMnw7ZB
どうやら、ロシアの民衆が相当に悲惨な生活をしているらしいというのは理解できたが、それと
革命を起こすということはユリウスの心の中ではなかなか結びつかなかった。
信仰心の強い彼女には無神論はなじまなかったし、テロを正当化するというのもよくわからなかった。
レーゲンスブルクにいたころも、キッペンベルク家の横暴に対しては怒りを感じたが、だからといって
資本家や皇帝を倒すなどという考えは心に浮かんだことはなかった。
ある日、ユリウスは部屋でヴェーラと二人きりになったとき、彼女に対して質問してみた。
「ヴェーラ、ぼくはこの国に来てすぐ、街中で集会やデモをしている異様な連中を見たんだ。警察に
逮捕された仲間のために、建物の中から狙撃している者たちもいた。・・・あれが・・・革命家たち
なの・・・?」
ヴェーラは彼女の問いに驚き、ユリウスに対してこんなことを話していいものかと迷ったが、
ずっとユスーポフ家に軟禁されている彼女を気の毒に思う気持ちもあったので、
「そうよ」
と答えてやった。
「皇帝陛下を倒して、ロシアを社会主義への道へ進ませるのが、彼らの目的」
「革命家たちの主張の中には、男女平等や身分・階級制度の廃止というのもあるわね。
人々は旧弊なしきたりから解放されるべきだと」
そのとき、ヴェーラの声がかすかに震えたのがわかった。
「ドミートリィとアレクセイのミハイロフ兄弟だけど・・・彼らは貴族でありながら、なぜ革命運動に
身を投じたりしたんだろう?」
ヴェーラはため息をついた。
「ユリウス・・・ロシアではね、昔から貴族がそういう活動に携わる例が多いのよ。この国は
西欧に比べて、ブルジョワジーが未発達だから、近代的な高等教育を受けられる者の
ほとんどが貴族なの」
「・・・・・・」
そのとき、ヴェーラがはっとして扉口のほうを見たので、ユリウスも振り返った。そこには、
レオニードが立っていた。
彼は冷たい眼で二人を一瞥してから、ユリウスに、
「ユリウス、わたしの書斎へ来るように」
と声を掛けた。
106 :
無題 4:2009/06/14(日) 16:09:54 ID:OdMnw7ZB
ユリウスが彼の後を追って書斎までついてくると、レオニードは椅子に腰掛けたまま、
「おまえは、なぜヴェーラにあのようなことを聞いていたのだ?」
一瞬、躊躇したが、ごまかしても仕方がないと考え、
「革命家たちの思想と、彼らがなぜあんなことをするのか知りたくて・・・」
と答えた。
するとレオニードは皮肉な口調で、
「おまえは反逆者アレクセイ・ミハイロフを追ってロシアまでやってきたのだろう?
にもかかわらず、奴の思想について何も知らなかったのか?」
と言った。
その言葉はユリウスの心を突き刺したが、反論することができなかった。彼の言っている
ことが本当だったからだ。
「あの男の思想も、この国の実態も知らず、ただ恋慕の情だけで奴をロシアまで追ってきたのか。
まったく女というものは愚かしいものだな」
ユリウスが思わず、
「彼は・・・貴族の生まれでありながら、なぜ富も名声も地位も捨てて、あのような
活動に身を投じたのだろう・・・」
とつぶやくと、レオニードは、
「お前こそ、良家の子女でありながら、なぜ安楽な暮らしを捨てて、奴をロシアまで追ってきた?
故郷で平凡な幸福を手に入れようとは思わなかったのか?」
と尋ねた。
ユリウスの脳裏に、レーゲンスブルクを発つ前、イザークに、
「ほしかったのは・・・きみだけだ!ぼくではだめか!?ぼくではだめか!?」
と言われて、このままこの腕にふみとどまり、すべてをゆだねてしまえばという
思いに駆られたときのことが浮かんだ。
レオニードは、おもわず黙り込んでしまったユリウスをしばらく見つめていたが、
そのうち、ユリウスにとっては意外なことを口にした。
「先々代のアレクサンドル2世陛下は農奴を解放なさったが、その結果、どうなったと思うか?」
「・・・・・・」
「陛下は、『人民の意志』党員のテロに斃れることとなった」
「・・・!」
ユリウスは驚き、
「なぜ・・・?農奴を解放した皇帝が、そんな目に・・・」
「それがロシアという国だ・・・革命家のやつらがやろうとしていることは、月曜日から
いきなり水曜日に跳ぼうとするようなものだ」
そしてレオニードは、彼女に、
「もういい、行け」
と言った。
107 :
無題 5:2009/06/14(日) 16:10:15 ID:OdMnw7ZB
レオニードの書斎から出て廊下を歩きながら、ユリウスは、ロシアという国も、革命家
たちのことも、ますますわからなくなっていた。
(わからない・・・わからない・・・クラウス、君はいったいどういうつもりで・・・)
ユリウスが出て行った後、レオニードはしばらく考え込んでいたが、おそらく、今の彼女には
革命家たちのことも、ロシアのことも理解することはできないだろうと思った。
なんといっても彼女はまだ十代の少女だし、ずっとユスーポフ邸に閉じ込められていて、
ロシアの労働者や農民と接触する機会もない。
そして、アレクセイ・ミハイロフへの想い・・・あの少女は、やつが自分の恋を受けいれて
くれると思っているようだが、あまりにも甘い考え方だ。革命の闘士にとって、同志でも
ない女など、足手まといでしかないことは容易に想像できる。
だがユリウスはロシアの政情も、革命活動の実態もよくわかっていないようだ。
この邸に閉じ込められて、生活の変化もなく、食事と住まいだけは確保され、あくせく働く
必要もない状態では、追憶を繰り返すほかはなく、男に対して幻滅をおぼえる機会はなく、
初恋の男の姿は純化され、ひたすら心に刻みつけられていくだけなのだろう。
これだから女というものは・・・
THE END
108 :
迷信 1:2009/06/14(日) 16:13:04 ID:OdMnw7ZB
ロシアで長年暮らしているうちに、ユリウスは、この国の人々が異様に迷信深いことに気がついた。
あるとき、召使の一人が、自分の故郷の、一風変わった悪魔祓いの能力を持つ男のことを話してくれた。
その男はほとんど口もきけない全くの白痴なのだが、彼が悪魔憑き患者の胃を拳で殴りつけたり、
樽に詰め込んだりすると、悪魔を祓うことができるのだという。
また、レオニードに連れられてオペラ劇場に行ったときに、社交界のご婦人連の会話に耳を傾けていると、
ユロージヴィ(聖白痴)、治癒者、透視能力者、占星術師などに関する話が耳に入ってくる。
「××大公夫妻のところで、ある魔術師が、先代の皇帝アレクサンドル3世の亡霊を呼び出すことに成功した」
「○○を助けるかもしれない、奇跡を行うイコン」
「▲▲大公妃は、パリからきた心霊術師を出入りさせている」
ユリウスは、あるときユスーポフ家の執事に尋ねてみた。
「ねえ、レオニードはなぜ、あんなに迷信や神秘主義を嫌っているの?」
「若様はもともと理性的で意志の強いお方です。そのようなものに溺れるのは意志薄弱で愚かしい人間だと
おっしゃっておいでです」
「それだけ?」
と聞くと、執事はしばらくためらってから、
「実は、先々代のユスーポフ侯夫人――つまり、若様の祖母に当たるお方ですが――この方は、
予言者や祈祷師、呪い師、ユロージヴィを信じ、そのためにご次男を生後3ヶ月で死なせておしまいになりました。
ご次男が熱病にかかったとき、夫人は医者に見せることを許さず、そのころしばしば呼び寄せていた祈祷師の
指示に従われました。そのため、赤ん坊は死んでしまったのです。しかし、それでも夫人は新しい予言者や
祈祷師を呼び入れることを止めようとはなさいませんでした。
そして若様の母君は祈祷師の出入りを嫌い、姑と不仲になりました。
若様はもともとあのようなご性格の上に、祖母君のこの行いのせいで、ますます神秘主義をお嫌いになるように
なりました」
「そう・・・」
109 :
迷信 2:2009/06/14(日) 16:13:25 ID:OdMnw7ZB
ある夜、ユリウスはレオニードの部屋で、
「ねえ、社交界のご婦人方には、神秘主義に傾倒している人が多いんだね」
と言ってみた。レオニードは、
「ふん・・・馬鹿な女どもは、すぐにああいったまやかしにひっかかるものだ」
と答えた。そのとき彼は、ラスプーチンのことを思い浮かべていた。
「・・・ぼくも・・・オカルティストに催眠療法をかけてもらえば、記憶を取り戻すことができるかな?
あるいは、吹雪の夜に脅えることがなくなるかもしれない・・・」
「何を言っている!おまえまでがそんなことを考えているのか!?」
レオニードは思わず怒って大声を上げたが、彼女が涙ぐんでいるのを見ると、気を取り直して、
「そのような迷信に頼る必要はない。この邸でゆっくり養生して、記憶が戻るのを待つのが一番よい。
吹雪の夜が不安なら、わたしの部屋に来ればよかろう」
「・・・うん・・・そうだね・・・」
ユリウスを見ているうちに、記憶がなくて、自分が何者かわからないということは、想像以上に
人間の精神を不安にさせるのかもしれないと思った。
なによりも、レオニードは、本当はユリウスがどこの誰であるか知っているのに、そのことを隠して、
彼女を欺いているのだ。そのことに対する良心の咎めが、怒りをおさめさせた。レオニードは
気を取り直して、
「今夜はもうおそい。休もう」
と言った。
110 :
迷信 3:2009/06/14(日) 16:13:47 ID:OdMnw7ZB
その夜、ユリウスは悪夢を見た。何か恐ろしいものが後ろから追いかけてきて、彼女はそれから
逃れようとして、息を切らせながら必死に走っていた。すると突然、彼女の目の前に黒い悪魔が
現れた。彼女は悲鳴を上げて目を覚ました。
目を開けると、レオニードの黒い瞳が彼女を覗き込んでいた。
(あ・・・夢だったんだ)
と思って安心したが、悪夢にうなされたせいで身体には汗をかき、まだ恐怖感が残っていた。
彼に、
「ひどくうなされていたが・・・悪い夢を見たのか?」
と聞かれたので、
「うん・・・そう・・・」
と答えた。
しばらくして、レオニードが彼女の額の汗をぬぐってやると、ユリウスのほうから抱きついてきた。
息づかいが変わっている。彼女のほうから求めてくるというのは珍しいことだったが、不安感を
鎮めてほしいという気持ちが理解できたので、夜着の前を大きくはだけると、真っ白な裸身が
薄暗い中に浮かび上がった。
レオニードはユリウスの胸の谷間に顔を埋め、乳房を揉みしだき、薔薇色の乳首をつまんだ。
彼の手と唇が、彼女のウェスト、腰、尻、太腿、下腹部と下がっていき、最後に指がユリウスの
泉に沈み、それを迎える蜜の豊潤さを確認した。
レオニードのものが押し当てられると、ユリウスは背中を反らし、腰を上げ、股をさらに大きく開いて
彼が突いてくるのを待った。
彼女の身体の中へものが入ってくると、ユリウスは声を上げた。一瞬、あの黒い悪魔の顔が
浮かんだが、まもなくそれは消え、レオニードの動きとともに性感が上昇し、いつの間にか
彼女の声はああ、ああ、という泣くような高い声になっていった。
二人の肌を打ち合う音が大きくなり、レオニードの動きが速さを増し、息が荒くなってくる。
ユリウスの中で、レオニードのものが熱くなり、脈打ち、精が注ぎ込まれるのを感じ、
彼女自身も絶頂感へと誘われた。
その夜は二人とも、互いを求め合い貪り合って狂った愛欲の嵐に身を任せ、明け方近くになって
やっと眠りについた。
111 :
迷信 4:2009/06/14(日) 16:14:08 ID:OdMnw7ZB
朝になって目覚めたレオニードは傍らのユリウスの寝顔を眺め、その涙のあとをぬぐってやった。
もしユリウスに本当のことを打ち明けてやれば、彼女の精神も少しは安定するかもしれない――
しかしそれはできない相談だった。
(わたしはこの女を愛していながら、この女の心を救ってやることはできぬのだな)
そう考えながら、ふと脳裏にアレクサンドラ皇后のことが浮かんだ。
姑の皇太后とは折り合いが悪く、社交界の受けも悪く、おまけに息子である皇太子の血友病に
悩まされている皇后。
(皇太子殿下が血友病でさえなかったら、あのクソ坊主もここまで宮廷で幅を利かせることは
なかったであろうに・・・)
記憶を失ってから、精神的に不安定になり、吹雪の日には脅えてレオニードにすがりつくように
なったユリウス。けれどレオニードにとっては、彼女は憩いの港のようなものだった。
ユリウスやリュドミールを相手にしているときに感じる幸福感は、アデールと一緒にいたときには
ついぞ感じたことがないものだった。
(わたしは自分の意志と理性の強さに、自信を持ちすぎていたのかも知れぬ・・・女などに心を
動かされるとは・・・)
THE END
名高きパリのオペラ座でリハを終えたイザークは、
少し外の空気を吸いたくなって、外へ出た。
香水と葉巻と高価な皮の香りに満ちたオペラ座と違って
そこにはイザークが慣れ親しんだ市井の匂いが満ちていた
肉の臓物を煮た香りと安物のワインと腐りかけた野菜の匂い。
彼は過去を想起させるその匂いを憎んでいたけれど、
彼が初めて愛し、知ったアマーリエの魔力のように、その匂いは彼を捉えてもいた。
アマーリエが彼に提供した、あの肉体の魅惑・・・・
忘れねば、と彼は首を振った。セーヌ河畔まで歩いた彼は、都市のありとあらゆる匂いを
抱えたその川を見下ろしながら、彼の鼻腔は故郷のあの清冽な川の匂いを嗅ぎ取ろうとしていた。
対岸に、夜目にも鮮やかな金髪の女性が、嬌声を上げているのを捕らえた彼は
金髪を見るたび、振り返る癖を克服したばかりだったので、
自分がかした掟にさえ背く自らの無力さに再び打ちのめされてしまい
異邦人たる彼の安全な隠れ家、ホテルガルニエに戻った。
「おかえりなさいませ、ヴァイスハイト様」
彼の居室には、彼のために諸事万端を整える執事がいて
部屋には彼の好きなレーゲンスブルグの赤いバラとその香りに満ちていた。
赤いバラのなまめかしさは、彼にいつも一人の乙女を連想させた。
修道院付属の男子校で紅も指さないのに、赤い唇をして
彼とその青春を支配した、ユリウス。
あの日、彼の腕に瞬時とどまりはしたが、往く春を追うように
飛び立ってしまった、かよわくも残忍な彼の運命の恋人。
「イザーク・ヴァイスハイトの演奏は静謐ながら至高の情熱をはらんでいる」
彼をそう表現したパリ・マッチの新聞記者は慧眼だった。
新進気鋭の演奏家として脚光を浴びたイザークが、その脚光に甘んじることなく
更なる高みを目指しているのは、彼を殉教者に選んだ芸術の神々のため、ではなく
彼のエウリディケをもう1度、見出すためだった。
世界に響け、僕の音色、僕の名前。彼女の耳に届け!
誰知るでなかったが、この思いが、彼の音楽への原動力だった。
そして、彼のその願いは、彼が知らない場所で密かに叶えられていた。
ラジオから流れ出た、クロノスが持つような思いハンマーで奏でられた『皇帝』
彼の青春の嫉妬・苦悩・愛・尊敬、その全てだった二人が
その演奏をパリから遥か遠いロシアで聞いていた。
歩行さえおぼづかず、地獄から現世に連れ戻されたばかりの病み疲れた
けれど、現世への情熱を少しも失わぬ、ストラディバリを愛し愛された男は
吹雪がそのまま差し込むような粗末な小屋で
鮮血の色をした故郷に咲くバラも、自らの名前すら遥か彼方に置き去りにした
緑の目の乙女は、豪奢な侯爵の館で侯爵の膝の上で。
<END>
「どうした?なぜそんなに震える?」
彼の首に廻されたひんやりしたユリウスの腕の戦慄が
ラジオから流れ出る皇帝の曲と呼応してることに気がついた彼は
彼女の耳朶を通じて、彼女の何かを呼び起こそうとしているその演奏から
守るように彼女の耳をふさごうとした。
しかし、彼女は、彼に抗議するように首を振って
「お願い、この演奏を聞かせて」と彼に懇願はしたが
実際のところ、彼女は自分の膝下にいる誇り高き侯爵に命令したのだ。
弱しく見せながら実は強かな彼女のその擬態が、彼を不機嫌にさせたのだろう、
彼は指の中にある貝殻のようなその耳に歯を立て、彼女は口の中で悲鳴を押し殺した。
彼女はラジオから流れる旋律と、自分を膝の上に抱く男の腕の心地よさに
手放しで犯され、混乱していた。
彼は彼女の耳朶に舌を侵入させたかと思いきや、すばやく退却させ
「いや・・!いや・・・!待って」
彼女が彼のやりように抗議して混乱する様を楽しんだ。
やがて彼女は彼の首から腕を放して彼を押しやろうとしたが
本気で彼から逃れようとしない証拠に、彼女の手は
彼の熱さを隠そうともしない場所に落ちて行き、いつの間にか彼女の手首を捉えた彼の手に導かれるままに
ピアノの象牙の鍵盤に老いてこそふさわしい細い白い指で彼自身を包みこみ
握り締めた時、押し殺されたうめき声が侯爵の口から漏れた。
氷の男の唇から漏れた吐息は、熱く苦しげでいて官能に満ちていて
それがまだ少女のようなか細さを残した彼女を大胆にした。
目前にある勝利を確かなものにしようとするように、彼女は顔を彼の胸にうずめると、
彼の軍服のボタンをひとつずつ噛みちぎった。野蛮で淫猥でそして美しいその眺めに
侯爵は生まれて初めての降伏の予感を感じて、その心地よさに全身を浸したくなる
衝動を感じた途端、彼は自分の胸を包む整然と並ぶ皇帝の印璽を模したボタン
〜軍人の矜持〜を、彼女が口に含んだと思うと無情に床に散らしていく様に
殺意にも似た憎悪を覚えた。
彼はユリウスの顔を上向かせると唇に指を進入させ彼女の舌を捉えると指で押した。
「嘘吐きの背信の女め」
「売国奴の娘」
「テロリストの女」
ロシア語で彼の膝をしたたかに濡らす彼女をロシア語で罵倒しながら
彼は部屋中に満ちた皇帝の旋律のリズムに合わせて彼女を貫いた。
「ああ・・・きっと
そう、この皇帝を演奏してるピアニストは・・・・・
レオニード、あなたのような黒い目して」
彼女の瞳の緑が更に濃くなるのを彼は驚嘆して見つめながら
「お前の心の一部でも占めるなら」
占めるなら、奇跡の調べを奏でるその指を切り落とし
その黒い瞳をえぐり、お前がその亡骸を抱いて嘆くことも出来ぬ程灰にしてしまおう
侯爵の若い四肢は彼女の中でそう宣言していた。
114 :
無題 1:2009/06/14(日) 16:19:02 ID:OdMnw7ZB
(
>>80-85の続き )
アレクセイたちシベリア流刑囚は、鉄道で護送され、途中から行き先ごとに分けられ、馬車に乗せられて
監獄まで護送されることになった。
森の中の道を馬車が進んでいくと、途中で武装した集団が現れた。
「わあーっ!」
「反逆者のやつらだ!!」
「囚人を奪われるな!!ねらっていたんだこいつら」
馬車の周りの騎兵や衆人を護送する役目の看守たちを倒すと、その中の一人が、
「さあ急いで同志!」
と言った。
「きみたちは・・・!?」
「きみたちを官憲から奪い返すために働いている。もう心配はいらないぞ」
それをきいてアレクセイは、
「同志たち・・・おれたちを逃がすために活動してくれていたのか・・・!」
と、感激で胸がいっぱいになった。
仲間に救出されたアレクセイは、いったんシベリアの農家に仕立てたアジトで休息を取った後、
汽車でペテルスブルクまで帰ってきた。
ペテルスブルクに帰ってきたとき、アレクセイの心は喜びにあふれた。
(ペテルスブルク・・・もはや二度とこの街に帰ることは叶わないと思っていた・・・)
同志の一人が、アレクセイが隠れ住むアパートを用意してくれたので、そこに落ち着くことになった。
しばらくの間は、ペテルスブルクに戻れた喜びに浸っていたが、そのうちふと、ユスーポフ邸で会った
ユリウスのことを思い出した。
(ユリウス・・・あいつはどうなったのだろうか・・・いまごろ、ドイツに強制送還されているだろうか・・・)
115 :
無題 2:2009/06/14(日) 16:19:26 ID:OdMnw7ZB
アレクセイは、再び同志たちとともに地下活動を開始した。
そんなある日、ユスーポフ邸に潜入して情報を手に入れていた同志の報告の一部として、
「あの邸には一人のドイツ人女性が軟禁されている」
という話を聞いた。
(な・・・ユリウス・・・あいつ、まだあの邸にいるのか・・・!?)
ある日、ユリウスがレオニードの部屋の前を偶然通りかかると、
「囚人護送馬車が・・・!!そ、それでは・・・」
というレオニードの声が聞こえた。
ドアの外で聞き耳を立てていると、
「はい・・・アレクセイ・ミハイロフを含む革命家たち数名を取り逃がしました」
というロストフスキーの声が聞こえた。
(クラウス・・・きみは逃げることができたのか・・・!)
立ち聞きしていたユリウスの胸が騒いだ。
(クラウスが脱走できたのなら・・・また再会できるかもしれない・・・)
そう思って喜びにひたっていると、
「誰だっ!?」
と声がして、レオニードがいきなりドアを開けた。
そこに青ざめた顔のユリウスが立っているのを見て、
「・・・聞いていたのか・・・」
と、彼女を冷たい眼で見据え、
「おまえは自分の部屋へ戻れ」
と命じた。
116 :
無題 3:2009/06/14(日) 16:19:46 ID:OdMnw7ZB
ユリウスはユスーポフ邸の長い廊下を歩きながら、まだ胸の動悸がおさまらなかった。
クラウスが終身刑になったとき、これでもう彼に再会する希望は絶たれたと思っていたが、
彼は無事に逃げることができたのだ。
その後数週間、レオニードは非常に多忙になり、軍部にずっと詰めたきりになっていたので、
ユリウスはじっくりとクラウスのことを考えることができた。
(もしクラウスがペテルスブルクに戻ってきているのなら、また再会できるかもしれない・・・
ああ、なんとかしてこの邸を逃げ出すことができたなら・・・)
ユリウスにとって、愛してもいない男に抱かれる毎日は苦痛以外の何ものでもなかった。
あのときはクラウスの命を助けたい一心で身体を投げ出したけれど、彼が自由の身に
なった今は、無理にユスーポフ侯に身を任せる必要もないわけだった。
そのとき、
(仮にこの邸から脱走して、クラウスのもとにたどりつけたとして、ユスーポフ侯に抱かれた
ぼくを彼は受け入れてくれるだろうか・・・?もし彼がぼくを“汚れた女”と見て、受け入れて
くれなかったとしたら・・・?)
という考えが浮かんだ。しばらくの間、悩んでいたが、
(もし彼がぼくを受け入れてくれなかったとしたら、それでもいい。とにかく、今の虜囚の
ような状態に比べれば、どんな境遇でもましだ)
と考え、クラウスのもとに行こうと決心した。
(邸の警備が手薄になったときがあれば、隙を見て逃げ出そう・・・)
レオニードは、軍部から邸へ帰る馬車の中で、あれこれと思いをめぐらしていた。
(アレクセイ・ミハイロフが脱走したとすれば、革命家どもへの対策も、新たに練り直さねば
ならんな・・・)
ふとユリウスのことを思い出し、彼女をどうしようかと考えた。
(あの女を餌にして、アレクセイ・ミハイロフをおびき出すという手もあるな)
117 :
無題 4:2009/06/14(日) 16:20:13 ID:OdMnw7ZB
アレクセイは、革命運動の合い間に、“ユスーポフ家に軟禁されているドイツ人女性”
について同志に尋ねてみた。
「ユスーポフ邸に潜入したわれわれの同志にも、くわしいことはよくわからないらしい。
彼女がユリウスという名のドイツ人女性であること、ある日、街で市街戦に巻き込まれて
負傷し、ユスーポフ侯の部下によってあの邸に運び込まれたことくらいだ」
(ユスーポフ侯はなぜいつまでもユリウスを自邸に軟禁しているのだ?ふつうなら、さっさと
ドイツに強制送還しそうなものだが。あいつをおれたち革命家の仲間だと疑っているのなら、
官憲に引き渡して取調べを受けさせるだろう。いったい何のために・・・)
彼の脳裏に、聖ゼバスチアンで過ごした日々がよみがえった。
(おれはあいつに対して自分の正体を隠していたが、考えてみれば、おれのほうもあいつの
ことをほとんど知らないんだな・・・なぜ男のふりをして音楽学校に入学していたのかも、
あいつが育った環境がどういうものだったのかも・・・)
いっそのこと、ユリウスをユスーポフ邸から脱出させようかという考えが頭をかすめたことも
あったが、
(おれ自身、官憲に終われる身だからな・・・たとえユリウスと一緒になっても、安定した
生活など与えてはやれない)
118 :
無題 5:2009/06/14(日) 16:21:10 ID:OdMnw7ZB
その夜、久しぶりに邸に戻ったレオニードは、以前と同じように彼女を求めようとしたが、
ユリウスはきっぱり拒否した。
「もうあなたに抱かれるのは嫌だ!もうこんなことはやめにして!」
しばらくの間、レオニードは冷ややかに彼女を見つめていたが、やがて、
「・・・それは、アレクセイ・ミハイロフが脱走したことを知ったからか?」
と尋ねた。ユリウスはしばらくして、
「・・・そうだよ。彼こそが、ぼくの唯一愛する人なんだ。こんな状態が続くのは、拷問と同じだ」
「おまえがやつのもとへ行ったからとて、やつがおまえを受け入れてくれるとは限らんぞ。
他の男に抱かれたおまえを、あやつは拒否するかもしれぬ」
「仮にそうなったとしてもかまわない。ぼくはどうせ、故郷を出るときに何もかも捨てて
きたんだ。ぼくに残された唯一の希望である彼が受け入れてくれなければ、そのときは、
絶望の中で死ぬだけだ・・・」
「・・・・・・」
ユリウスのアレクセイ・ミハイロフに対する恋慕の情の強さを見せつけられ、さすがの
レオニードも驚いていた。
(この少女のどこに、これだけの意志の強さが潜んでいたのだ・・・?)
彼はしばらく彼女の顔を見つめていたが、不意に彼女の腕をつかんでぐいと引き寄せ、
その身体を軽々と抱き上げると、寝台のほうへ連れて行き、その上にどさりと投げ出した。
「な・・・!ユスーポフ侯!」
彼女の反応など気にとめず、レオニードは彼女の服を一気に裂いた。服の裂け目の間に、
輝くような白い肉体が現れた。彼の手が無造作に乳房をつかみ、果実でも?ぐように
荒々しく揉みしだいた。
「やめて・・・!そんなことをするくらいなら、いっそぼくを撃ち殺して・・・!」
今まではネチネチと言葉でいたぶられることはあっても、こんな暴力的な扱いを受けたのは
初めてだった。
「あの男への貞節を守るつもりか・・・?ふん・・・」
ユリウスは彼を引っ掻いたり、膝で蹴ったり、唾を吐きかけたりして滅茶苦茶に抵抗した。
さすがにレオニードの顔にも怒りの表情が浮かび、彼女の両腕を折れそうになるほど掴むと、
ユリウスの身体の上に荒々しくのしかかった。
男の逞しい肉体の下に組み敷かれ、彼女を傷つけようとするかのような荒々しい愛撫に
必死になって耐えた。
レオニードが彼女の中に入ってきたときには、痛みで悲鳴を上げた。彼は、まるで自らの
苛立ちをぶつけるように、激しく突いてきた。
次の朝、寝台の上で眼を覚ましたとき、レオニードの姿は消えていた。身体のあちこちに
痣のあとがあるのを見て、みじめな気分になってすすり泣いた。
119 :
無題 6:2009/06/14(日) 16:21:31 ID:OdMnw7ZB
次の夜、レオニードがやってきたときには、ユリウスはもう彼を拒まなかった。
抵抗しても痛い目にあうだけだ、ならば人形のように横たわったまま、じっとしていよう――
そう考えて、ユリウスは彼の愛撫にもできるだけ反応を示さないように努力した。
レオニードは、ひととおりのことを終えた後、白けた雰囲気を漂わせて出て行った。
(このまま、彼がぼくに飽きて寄り付かなくなってくれればいいのに・・・)
数日後、ユリウスは、邸の中の人々が忙しそうに立ち働いているのに気づいた。
明日は、宮廷の公式行事に、ユスーポフ家の人々がそろって出席しなければならない
日なのである。この日ばかりは、ふだん不在がちなアデール夫人も戻ってきて、レオニードと
夫婦ともども宮廷に出る。その準備にみんなが追われていた。
(チャンスだ・・・明日、警備の隙を見て逃げ出そう・・・)
その日、ユスーポフ邸の表玄関には馬車が何台も用意され、レオニード、アデール夫人、
ヴェーラは仕度をして乗り込み、召使たちと警備兵はみなそちらへ集まっていた。
(助かった・・・裏口には誰もいない・・・)
そのおかげで、ユリウスはそっと邸から出ることに成功した。
120 :
無題 7:2009/06/14(日) 16:21:52 ID:OdMnw7ZB
ユスーポフ邸からの脱出に成功した後は、囚人がはじめて外へ出たときのような
気分だった。
(クラウス・・・!やっとぼくは自由になれたよ・・・!)
取りあえず、辻馬車に乗り、ユスーポフ邸とは逆の方角の、下町のほうへ向かった。
下町で辻馬車から降り、近くの食堂に入り、お茶を注文して、これから先どうするかを
考えていた。
(クラウス・・・脱走に成功した君は、この街のどこかに身を潜めているのか・・・
もしそうなら、どこかでばったり再会することができるかもしれない・・・
君にぼくを捨てさせたものとは、あのすばらしいバイオリンの才能を犠牲にさせた
ものとはいったい何なのだ?どんなことをしても、君を探し出してみせる・・・)
あれこれ考えごとに熱中しているうちに、時間がどんどん経っていくのにも気が
つかなかった。
不意に、彼女のそばに巡邏の兵士が立ち、
「おい、ここで何をしている」
と聞いてきた。
ユリウスがフランス語で、
「何?」
と聞き返すと、兵士は舌打ちをして、しばらくすると上司らしき人物を連れて
戻ってきた。彼はフランス語で、
「おまえはここで何をしているのか?」
と尋ねたので、
「お茶を飲んでいます」
と答えると、
「茶を飲むのに、3時間もかかるのか?」
そのとき、給仕がユリウスのほうを見ていて、目が合うと視線をそらせた。
(この男が、ぼくのことを不審人物として密告したのか?)
「誰を待っている?」
「別に誰も待ってはいません」
「パスポートか、身分証明書を見せろ」
「・・・・・・」
「パスポートも身分証明書も持たない外国人が、ここでいったい何をしている?おまえはスパイか?
それとも非合法活動の秘密連絡係か?」
121 :
無題 8:2009/06/14(日) 16:22:13 ID:OdMnw7ZB
ユリウスは知らなかったが、ロシア帝国の国家警察局には密告を担当する秘密の協力者が
存在していたのだ。彼らは必要に応じて召使、門番、新聞の売り子、鉄道員などに変装し、
不審人物を通りや列車の中や劇場やレストランで監視することに専念していた。
また、ロシアでは、貴族・名誉市民・承認・聖職者は、無期限の身分証明書を与えられている。
町人、職人、農民は、期限つきの身分証明書を交付される。税金を滞納すると、取り上げられる。
今のユリウスは、パスポートも身分証明書も、どちらも持たない身だった。
ユリウスが警察の部屋に入れられ、取調べが始まったとき、恐怖で全身から血の気がひいていった。
狭い部屋で、後ろ手に縛られ、鞭で打たれ、棒で殴られた。
「お前は何者だ?スパイであることを自白しろ!」
「違う!」
髪の毛をぐいとつかまれ、口の中に布が押し込められた。そのせいで強烈な吐き気を
覚えたが、布のせいで吐き出すことができない。胃から逆流する吐物が、行き場を失って
鼻孔から流れ出た。
もしユリウスが本当にスパイであれば、すぐになにもかも白状していただろう。しかし、
いくら拷問に掛けられても、本当に何もしていないのだから答えようがない。苦痛から逃れる
ために、でたらめな答えを言おうかと考えたとき、
「こいつを独房に移せ」
という声が聞こえた。
122 :
無題 9:2009/06/14(日) 16:22:35 ID:OdMnw7ZB
レオニードたちが冬宮から戻ってきたとき、執事が青ざめた顔で、
「あの・・・若様・・・あの娘が逃げ出してしまいました・・・」
と告げた。
「なんだと・・・!」
彼はただちに憲兵隊長や国家警察局本部に連絡して、ユリウスに該当するような
人物が勾留されていないか調べさせることにした。
2日後、レオニードのもとに連絡が来た。
「それらしき人物がみつかりました。女性、金髪、年齢は十代後半、しゃべるフランス語に
かすかにドイツ語訛りがあるということです」
レオニードは、ペテルスブルクのフォンタンカ河岸通り16番地にある国家警察局の本部に行き、
長官に面会し、ユリウスの釈放を要求した。
「閣下、現在あなたが監禁しておられるあの娘を、すぐに釈放していただきたいのです」
「ほう・・・」
この長官が、ラスプーチン派の者であることを、レオニードも知っていた。彼は、今この場で
レオニードと敵対しても利益がないと判断したらしく、
「もちろん、貴殿の要求には喜んで応じましょう」
そう答えて、彼は手続きをとったが、途中で、
「ところでユスーポフ侯、いったいあの娘は何者なのですかな?」
と聞いてきた。
「政治上の理由で、それにお答えすることはできません」
彼は残念そうな表情をしたが、ふいにレオニードに対して嫌がらせをしたくなったらしく、
「わたしはあの娘が拷問を受ける様子を窓から見ていたのですがな、鞭の一撃のもとで
身をねじったときにしなやかにたわんだ腹部、金髪をわしづかみにしてぐいと後ろに引いた
ときののけぞった白い喉、苦しげな喘ぎのもれる口、それらはなかなか刺激的な見世物
でしたよ」
レオニードは、目の前にいる相手を殴り倒したくなる衝動を必死にこらえた。
123 :
無題 10:2009/06/14(日) 16:23:41 ID:OdMnw7ZB
独房の中では、外部の状態がどうなっているのか、まるでわからない。扉の下の
小さい受け口から食事が差し入れられたが、拷問の痛みでぐったりと横たわっている
ユリウスには、口をつける気さえ起こらなかった。
暖房がないので、氷の中にいるようだった。時間の感覚が狂い、独房に入れられてから
どのくらい経ったのかわからなくなった。
(ひょっとしたら、永久にここに閉じ込められたままなのだろうか・・・)
意識が朦朧としたままユリウスが横たわっていると、錠前の鍵を回す音がし、扉が開き、
看守とともに何人かの人物が入ってきた。
そのうちの一人を見て、ユリウスは、
「ユ・・・スーポフ侯?」
と呟いた。
彼の顔は青ざめ、恐怖心がうかんでいた。やがて彼はユリウスを毛布にくるんで抱き上げ、
独房の外へ連れ出した。抱き上げられただけで、身体のあちこちがひどく痛んだ。そのうち、
彼女は苦痛と疲労で意識を失ってしまった。
ユスーポフ邸に連れて帰られたユリウスの姿を見て、ヴェーラは思わず悲鳴を上げた。
身体のあちこちに打撲傷と鞭の傷があった。ロシアに来てすぐ、街中で流れ弾に
当たったが、あのときよりも苦痛は激しかった。
ヴェーラが医師を呼ぶ声、召使たちが部屋の中でささやきあう声、医師が周囲の者に
指図する声などがぼんやりと聞こえた。
「若旦那さま、身体のあちこちに怪我をしておりますが、幸い命に別状はございません」
医師がそう述べると、
「そうか・・・」
と、ひとまずレオニードは安堵したものの、自分自身のうかつさを呪った。もっと邸の
警戒を厳しくしておくべきだったのだ。
傷だらけで独房に横たわっているユリウスの姿を見たとき、彼は心臓が凍りつきそうになった。
ユリウスを独房から連れ出して馬車に乗った後、なるべく衝撃が身体に伝わらないように、
ずっと彼女を膝の上に横たえていた。
(まさかこんなことになるとはな・・・それにしても、愚かな娘だ・・・以前、ここを逃げ出したところで
行き着く先はペトロパブロフスク要塞の中だと言っておいたのに・・・)
彼女の病室に様子を見に行くと、ヴェーラがそばについていた。
「かわいそうに・・・十代の女の子にこんなことをするなんて、警察のやり方はひどすぎますわ」
「自業自得だ。わたしが忠告しておいたのに、この女は懲りずに脱走を企てた」
そう言いながらも、兄の声がかすかに震え、心中では激しく動揺していることを、
ヴェーラは見抜いていた。
124 :
無題 11:2009/06/14(日) 16:24:02 ID:OdMnw7ZB
ある日、アレクセイは仲間から、
「同志アレクセイ、ユスーポフ邸に軟禁されている例の女性だがな、いったんあの家を脱走したんだが、
途中で警察に捕まって拷問を受けたらしいぞ。結局、ユスーポフ侯が身柄を引き取って連れ戻したらしい」
「なんだって・・・」
(あいつが・・・警察で拷問を・・・!なんてことだ、このような事態を恐れていたからこそ、おれはあいつを
突き放してきたというのに)
「それで、彼女の容態は?」
「身体のあちこちに怪我をしているが、命に別状はないらしい」
アレクセイはほっとして、同志に礼を言って別れたが、自分のアパートに帰る道すがら、
(やっぱり、おれとあいつが一緒になるのは無理なのか・・・いつ警察に捕まったり、シベリア流刑に
なるかわからないような生活をあいつにさせるわけにはいかん・・・)
と考えていた。そして、ユリウスが警察の取調べでどんな扱いを受けたかを想像すると、胸を
抉られるような思いがした。
今ごろ、心身ともに傷ついて寝込んでいるであろう彼女を見舞って、慰めてやることもできないのだった。
数週間後、やっとユリウスの傷は治って、寝床から起き上がれるようになったが、身体の傷よりも、
精神的なショックのほうが大きかった。
同時に、自分がいかに世間知らずだったかも思い知らされた。レオニードが迎えに来てくれなければ、
再び拷問を受けるか、ずっとあの独房に入れられたままだったかもしれないと思うと、今でも
身体に震えが走った。
同時に、なぜクラウスが自分を突き放してきたかという理由もわかったような気がした。おそらく、
彼はユリウスにはこのような危険な活動は耐えられないと考えたのだろう。
ユリウスを国家警察局から取り戻して以降は、レオニードも彼女の部屋に近寄らず、彼女の
傷が完治し、精神的に立ち直るまでそっとしておくつもりでいるようだった。
ヴェーラはそんな彼女を心配そうに見ていたが、ある日彼女はレオニードに、
「お兄さま、一度ユリウスをクリミアに保養に連れて行ってあげてはどうかしら」
と提案した。
「ん・・・?」
「気候のいいところでゆっくりと保養すれば、彼女の回復も早まるかもしれませんわ」
レオニードはしばらく迷ったが、あれ以来いつも元気のないユリウスの姿を思い出し、
「よかろう。あれを連れて行くがいい」
と言ってしまった。
125 :
無題 12:2009/06/14(日) 16:24:24 ID:OdMnw7ZB
クリミアにあるユスーポフ家の別荘に到着したユリウスは、この地の温暖さと澄み切った
空気に驚いていた。
(ペテルスブルクではついぞ味わったことのない感覚だ・・・)
目の前には黒海を臨むことができ、付近には色とりどりの花々が咲いている。
ユスーポフ家の別荘の近くには皇帝一家の別荘であるリヴァディア離宮もあった。
ここの空気は彼女の身体をふんわりとやわらかく包み込むようで、緊張感が
しだいにほどけていくのを感じた。
別荘のテラスに座って、外の景色を眺めながら、
(ぼくはこれからどうすべきなのだろう・・・)
と考えていた。
殺人を犯して逃げてきた以上、ドイツに帰る気はない。とすればロシアに留まるしか
ないわけだが、なんのあてもなく彼女がクラウスを探しに行っても、この間のような
ことになるに決まっていた。
(では、このままユスーポフ家に軟禁されたままでいるのか・・・)
クラウスに対する恋慕の情はいまだ消えてはいない。できることなら会いたいと
願っている。しかし、以前の拷問の体験で、この国にやってきた当初のような
強い意志が弱まっていた。
(とりあえず、いまはあまり思いつめないようにしよう。元気になってから、ゆっくり
考えればいい)
リュドミールと一緒に馬に乗ったり、彼が摘んできてくれた花を部屋に飾ったり、
美しい風景を眺めたり、ヴェーラが用意してくれたこの地方特有の珍しい料理を
食べたりしているうちに、少しずつ彼女の精神は健全な状態を取り戻していった。
ペテルスブルクに戻ってきたとき、彼女の肌の色艶はだいぶよくなり、精神状態も
かなり回復していた。
あの事件以来、レオニードが彼女の部屋を訪れることはなくなっていたので、
(彼はもうぼくに飽きたのかな。それなら嬉しいけど・・・)
と考えていた。
貴族の中には、バレリーナ、女優、ダンサー、高級娼婦などを愛人にしている
者も多い。別宅を与えて一緒に暮らし、子供まで生ませる。
現皇帝のニコライ2世も、アレクサンドラ皇后と結婚する前は、バレリーナと
交際していた。
(ひょっとしたら、彼は誰か新しい女性を見つけたのだろうか・・・だとすれば、
ぼくの部屋にはもう来ないかもしれない)
そう考えると、ユリウスは気分が軽くなった。
126 :
無題 13:2009/06/14(日) 16:24:45 ID:OdMnw7ZB
そのころ、アレクセイたちの革命運動も、新しい問題に直面していた。
ひとつは資金の問題である。
第一次ロシア革命までは、革命運動の資金はブルジョワや急進的なインテリ
ゲンツィアから出ていた。だが流血の1905年に、ロシアの暴動の残酷な実態を
見たインテリゲンツィアたちは慄然とし、資金の提供を中止してしまった。
困ったボリシェビキは、資金を得るために、戦闘隊による略奪を擁護した。
1905年にテロリストたちが殺した人数は223名、それが1907年には1231名に
なっていた。革命家たちの党の資金の必要が大きくなるほど、殺戮と収奪が
増えていった。
その後、まがりなりにもドゥーマ(国会)が開かれたことで、革命家や自由主義者
たちの間でもこの問題にどう対応するかで意見が分かれていた。
第一回の選挙では、カデット(立憲民主党)が187議席を獲得して圧勝した。
メンシェビキは17議席を獲得し、エス・エル(社会革命党)と武装蜂起を支持する
ボリシェビキは選挙をボイコットした。
一方、極右組織の「黒百人組」は、ドゥーマが開設されると、これをユダヤ人の
意のままに操られる道具だといいふらした。
「神から祝聖されたロシア皇帝専制に代えるに憲法と議会をもってせんとする
努力は、ユダヤ人、ポーランド人、アルメニア人ら吸血鬼の輩の使嗾によるものである!
わが国のすべての受難、すべての不幸の根源はユダヤ人である。裏切り者を屠れ、
憲法をうぶせ!」
こんな内容のビラが街や村にばら撒かれた。
そして、1906年にはピョートル・ストルイピンが新首相に任命された。
彼が就任してから3年間に、3769人の反体制派が処刑された。
この時期、ロシア全土にテロが澎湃として湧き起こり、政府の要職にある役人は
うっかり劇場にも行けないような事態となっていた。
ストルイピンの自宅にも爆弾が投げ込まれ、大勢の使用人と、彼の二人の息子が
負傷した。首相自身は幸運なことに難を免れた。
アレクセイは、自分のアパートの部屋で、ストルイピンについて考えていた。
(やつはなかなかのやり手だな・・・あいつはテロルや反対派に対しては
断固とした態度を貫き、労働組合が解散させ、多くの雑誌と新聞、書物を
発禁処分にした。その一方、やつが進めた土地改革によって、革命運動への
支持が以前に比べて弱まっている。レーニンが言うように、奴の改革が成功すれば、
ロシアにおける暴力革命の可能性が無くなるかもしれない。おれたちにとっては
非常に厄介な事態だ)
127 :
無題 14:2009/06/14(日) 16:26:44 ID:OdMnw7ZB
その日、レオニードの乗った馬車は、冬宮からの帰りに、××運河のそばの通りを
走っていた。そのとき、若い男が、馬車を目指して駆けてきた。男は小さな白い包みを
持っていた。彼はさっと手を振り上げた。
耳をつんざくような爆発が起こり、白い煙の雲が馬車を包んだ。後続の馬車に乗っていた
ロストフスキーが血相を変えて駆けつけてきた。
「ヴェーラ様!大変です!ユスーポフ侯が!」
めずらしく動揺したロストフスキーの声が聞こえてきたので、ヴェーラをはじめ、ユスーポフ家の
人々が階下へ降りていくと、ホールに血まみれのレオニードが、担架に乗せられた状態で
横たえられていた。
ヴェーラが青ざめた顔で、
「お兄さま!」
と叫んで駆け寄り、召使たちがあわてふためき、すぐに医者が呼ばれた。
医師がレオニードの手当てをしている間、やっと落ち着きを取り戻したヴェーラが、ロストフスキーに、
「いったい何があったの?くわしい話を聞かせてください」
と言った。ロストフスキーは、
「ユスーポフ侯が冬宮からこの邸へお帰りの途中、××運河のそばを通っているときに、爆弾が
投げつけられました。侯の馬車の御者と、そばにいた護衛の兵士は死亡いたしました。」
「わかりました。ロストフスキー大尉、ご苦労様でした。今日はもう下がってかまいません」
そう言ってから、ヴェーラはレオニードの病室に向かった。
医師に、
「怪我の状態は?」
と聞くと、
「ご安心ください、お命に別状はありません。ただ、全治するには数週間かかるかと・・・」
それを聞いたヴェーラはほっとしたが、レオニードがかすかに眼を開けて、
「ヴェ・・・ラ?」
と言った。
「おにいさま、よくご無事で」
「ああ、わたしとしたことが油断したものだ・・・まさか、あんなところにテロリストが潜んでいたとはな」
「あまりしゃべるとお身体に毒ですわ。完治するまで、ゆっくりお休みになって」
そう言って、彼女は部屋を出た。
部屋の外に出ると、ユリウスがそこにいて、
「ヴェーラ、ユスーポフ侯の容態は?」
と質問してきた。
「命には別状ないわ。完全に治るには数週間かかるようだけど」
「そう・・・」
「もうおそいわ、今夜は寝みましょう」
といって、その日は各自、自分の部屋へひきとった。
128 :
無題 15:2009/06/14(日) 16:27:22 ID:OdMnw7ZB
今回の傷は、軍人であるレオニードにも、さすがにこたえた。ひどい高熱に悩まされ、体中が
切り刻まれ、焼けた鉄を押し付けられるようだった。
レオニードが昏睡状態にあるとき、ユリウスはこっそり彼の部屋へ様子を見に行った。
彼女は、これほどの痛みに耐え続けるこの男の勇気と精神力が信じられなかった。
ときおり、彼は痛みに耐えかねて低く苦しげに呻いた。
ちょうどそのときヴェーラとリュドミールが入ってきたので、彼女は席をはずすことにした。
ある日、医師がヴェーラのもとへ来て、
「ヴェーラ様、若旦那様はもう大丈夫でございます。あと数日もすれば動けるようになるかと
存じます」
と述べた。
「そうですか・・・ありがとう、先生。リュドミールにも知らせてやらないと」
ヴェーラがリュドミールの部屋に行く途中、偶然ユリウスと行き会った。
「あ、ユリウス・・・お兄さまの容態が峠を越したの。あと少しで治るらしいわ」
「そう・・・よかった。これでヴェーラもリュドミールも一安心だね」
そう言って、彼女はリュドミールの部屋へ向かうヴェーラを見送った。
その日の夜、召使に、レオニードが眠っているということを確認してから、好奇心に
駆られてユリウスは彼の病室に入り込んだ。
椅子を引き寄せて、ベッドのそばに座ると、レオニードの寝顔をつくづくと眺めた。
ユリウスが彼の寝顔を眺める機会があったのは、彼が怪我で寝込んだこの数週間が
初めてだったのだ。
いつも毅然として、めったに笑い顔さえ見せないこの男が、無防備な様で横たわっているのを
見ていると、不思議な感覚に襲われた。
すると、不意に彼が眼を開けたので、びっくりして彼女は椅子から立ち上がった。
「ああ・・・おまえか・・・では、幻ではなかったのだな」
「なにが?」
「熱にうかされているとき、おまえがそばにいる夢を見た。幻覚だと思っていたが・・・」
そういいいながら、レオニードは腕を伸ばし、彼女の手をとった。そして、
「ユリウス・・・来てくれ」
と言い、突然彼女を引き寄せ、抵抗しがたい力で抱きしめた。ユリウスが驚き、
「ユスーポフ侯・・・なにを・・・!第一、あなたはまだ傷が・・・」
とうろたえて答えると、
「今、わたしの力になれるのは、おまえだけだ。傷のことなら心配はいらぬ」
といって、彼女の唇に接吻をした。
ユリウスは、なぜか彼を拒むことができなかった。心の中で、(はやくこの男から逃げ出せ)
と叫ぶもう一人の自分がいたが、なぜかさしたる抵抗もしないままベッドの上に
横たえられていた。
・・・そのとき、レオニードは、いま自分が生きているということを、ユリウスの肌の温もりで
確かめたかった。彼女を抱いている間、死から生還できたのだということを実感できた。
身体を動かすと、あちこちの傷が痛んだが、それよりも彼女を抱きたいという欲求のほうが
はるかに強かった。彼にとって、現在のこの場に、ユリウスの肉体しか存在しなかった。
女の肉体に対してこれほど燃えたのは、初めての経験だった。彼女の身体の隅々まで
味わい、やがて彼女の中で果てると、この上ない満足感を感じながら、体重を預けた。
二人ともしばらくの間、息をはずませて横たわっていたが、やがてユリウスはそっと
立ち上がり、衣服を身につけて部屋の外へ出て行った。
129 :
無題 16:2009/06/14(日) 16:28:37 ID:OdMnw7ZB
ユリウスは自分の部屋へ戻ると、長椅子にがっくりと背をもたせかけた。
自分は、なぜあの男に身を任せてしまったのだろう・・・傷ついている男が
かわいそうになったからか?いや、あの黒い眼には強い力がこもっていて、
圧倒されてしまった・・・突然引き寄せられたとき、拒むことができなかった・・・
(ぼくはこの国に来てから、なんとさまざまなことを体験したことだろう・・・
まだ3年しか経っていないのに、20年もの歳月が過ぎたように感じる・・・
でも、ぼくのなかでクラウスへの想いはいまだ消えていない・・・
彼と一緒になって、この国の大地に朽ちるのが、ぼくの夢だ・・・)
ユリウスは、心の奥で暗い絶望感と良心の呵責を感じていた。
傷が回復したレオニードは、以前と同じように軍務に復帰したが、ふと
ユリウスのことを考えることがあった。
(わたしは、なぜあのとき、あの娘に自分の弱みをさらけ出してしまったのだ?
第一、ユリウスは“敵の女”なのだ。あの娘の心からは、いまだアレクセイ・
ミハイロフへの想いが消えてはいない・・・)
おそらく、大怪我をしたせいで一種の種族維持本能が働いたのだろう、
そう思ったが、それでも彼女に対する感情について、完全に納得する
ことはできなかった。
ある日、レオニードは、ユリウスに、これからは新聞・雑誌・書物を自由に読んでいいし、
彼女が望むなら家庭教師もつけてやる、そして誰か護衛つきなら外出も許可すると
言い渡した。さすがにユリウスも驚き、
(どういう風の吹き回しだろう・・・)
と考えたが、ユスーポフ邸に幽閉されている毎日は退屈の一語に尽きたので、
ありがたくその許可のとおりにすることにした。
(ぼくはこの国について、ほとんど何も知らない・・・政治も、社会も、文化も、風俗習慣も・・・)
そして、ロシアに関するあらゆることについて、貪るように学び始めた。
「ユリウス!」
リュドミールの呼びかける声が聞こえたので、思わず振り返った。
「何?」
「レオニード兄さまがね、来週オペラ劇場に観劇に行くんだけど、そのときユリウスも
一緒に連れて行ってあげてと頼んだら、『よかろう』と言ってくださったんだよ」
「オペラ劇場・・・」
そんなところに行くのは、レーゲンスブルクにいたとき以来だった。レオニードが
一緒だということに少しためらう気持ちがあったが、それよりも久々にオペラを
楽しみたいという気持ちのほうが強かった。
当日のオペラ劇場には、着飾った貴顕淑女が集まっていた。今日上演されるのは、
アントニン・ドヴォルザークの『ルサルカ』だと、リュドミールが教えてくれた。
130 :
無題 17:2009/06/14(日) 16:29:06 ID:OdMnw7ZB
《水の精ルサルカは王子に恋をし、彼と一緒になるために人間になりたいと願う。
魔女のイェジババに頼んで人間に変えてもらうが、それは引き替えに声を失う
とともに、もし王子が彼女を裏切るようなことがあれば、その時は二人で水の底に
沈まねばならないという条件付きだった。
あえてその条件を飲んで人間の姿になったルサルカは、王子に連れられて城へ向かう。
しかし王子は一言も口を利かないルサルカに失望し、外国の王女に恋をし、結婚の約束
までしてしまう。
傷ついたルサルカは、森の湖に帰るが、魔女のイェジババは、
「王子の命を奪わなければ、おまえは救われない」
と告げてナイフを渡すが、いまだに王子を愛しているルサルカはそれを捨てる。
最後に王子がルサルカのもとへ来て許しを乞うが、裏切られたからには、
ルサルカは、王子に死の接吻をしなければならない。そして王子は、ルサルカの
死の接吻を受け入れて、彼女の腕に抱かれながら死んでゆく。王子は命と引き換えに
呪いから解き放たれるが、ルサルカもまた、運命から逃れることはできず、王子の亡骸と
ともに湖の底に沈んでいく・・・》
オペラを観終わった後、ユリウスは、
(命と引き換えに呪いから解き放たれるルサルカと王子か・・・まるで、オルフェウスの窓で
出会った恋人たちみたいだな。ぼくとクラウスも、運命から逃れることはできないのか・・・?)
と考えていた。
アレクセイたちの悩みの種の一つは、国家警察局が革命組織の中にスパイを浸透させて
くることだった。レーニンがつくった秘密組織(戦闘隊)について、ボリシェビキの一般党員は
何も知らなかったにもかかわらず、国家警察局の側は知っていた。
ボリシェビキのペテルスブルグ委員会や、ドゥーマ(国会)で選出されたボリシェビキの議員の
中にもスパイがいた。その議員は、あるとき議員を辞任し、国家警察局から与えられた
六千ルーブルの金を手にして、国外へ逃亡してしまった。
また、多くのボリシェビキたちはメンシェビキとの再統一を望んだが、レーニンは断固として
それに反対した。レーニンは、規律正しく教義の上でも純粋な一枚岩の、筋金入りの
革命家のエリートだけが、ロシア人民を約束の地に導くことができると考えていたのだった。
このころ、ストルイピン首相の政治的立場も微妙なものになりつつあった。
彼は左翼から憎まれていた。なぜなら、彼がドゥーマの野党を容赦なく弾圧していたからだった。
また彼は右翼からも憎まれていた。彼の土地改革は古い共同体にこだわる農民たちの反発を買った。
彼は反ユダヤ主義者たちを軽蔑し、ユダヤ人居住区を廃止しようと提案したが、(これはニコライ2世の
容れるところとはならなかった)そのせいで教会のタカ派の憎しみを買った。その上、彼が
バルカン紛争へのロシアの介入に断固反対したことで、ニコライ大公もストルイピンのことを
快く思っていなかった。
131 :
無題 18:2009/06/14(日) 16:29:38 ID:OdMnw7ZB
アレクセイは、
(ストルイピンにとっての敵がだんだん増えつつある・・・もしやつが失脚したら、やつの改革も
頓挫するだろう。ストルイピンが失脚すれば、あとは無能な連中ばかりだ。そうなれば、
皇帝の専制体制は糸の切れた凧のようになるはずだ)
と考えていた。
ときたま、ユリウスや聖ゼバスチアンで過ごした日々のことを思い出すこともあった。
(ユリウスはまだユスーポフ邸にいるのだろうか。イザーク・・・あいつはいまごろピアニスト
として成功しているだろうか?兄貴のストラディヴァリも、いまごろどうなっているのやら・・・
聖ゼバスチアンで過ごした数年はおれの青春の静かな安息の日々だった・・・忘れられない
佳き日々だった・・・)
アレクセイのまぶたに、いくつかの幻影が浮かんでは消えた。レーゲンスブルクに咲き乱れる
赤い薔薇。野外コンサートでベートーベンの“皇帝”を弾ききったあとのイザークの顔。
ユリウスの光り輝く金色の髪・・・
(おれの生きる道は革命にしかない。子供のころ、兄貴に連れられてあの丘に登り、誓った
ときから、おれの進むべき道は決まっていたのだ)
と決心し、過去の思い出を振り切った。
《第一章 終了》
結わずに肩に垂らした金髪の男装の女
新進気鋭のピアニストのリクエストはいつも同じ。
「ふふっ、わかりやすいお人だこと」
マダムは丁重に彼を特別室に通しながら密かに嗤った。
金髪の男装の女性が髭をつけて彼の前に立った時
イザークは無言で利用料を払って娼館を出て行ってしまい
マダムは詫びの印にと、今日は娼婦をイザークの好みそのままに
白い絹のブラウスにシスターリボン、黒い上着を着せてみた。
「ああ」とイザークは呟いた。わかっていることなのに、目の前にいる女は
彼の青春を支配して今も尚彼の心を占める彼女そのものではないのだ。
思い知ってはいたけれど、彼女を壊してしまうかもしれない恐怖に慄いた彼が
恐る恐る腕に捕らえた彼女は、その彼の恐怖を利用して
彼の魂を奪ったまま、彼の腕から飛び去ってしまってしまったのだ。
「なぜ僕は」彼の体の上で揺れる金髪を更に激しく揺らしながら
イザークは呟いた。
彼女の羽を切り、その美しい首に鎖をつけた首輪を通してでも
彼の魂を揺さぶった彼女を腕の中にとどめておくことを躊躇してしまったのだろう。
白い顔に赤い唇をして、英雄ジークフリートの面影を追って
彼の胸を締め付けたクリームヒルトは、レーゲンスブルグの彼の部屋のあの窓辺で
ほんの一瞬ではあったが、確かに彼のものだったのに。
あっという間に彼の腕から飛び去った彼女は、もう一人の運命のオルフェウスと
冥府で出会っているのだろう。ならば、とイザークは彼の上で更に激しく揺れる女の金髪を掴み
「君は必ず僕に会う。きっとだ」そう叫んだ。
END
○ユス家召使い
失礼しました、若様。
リュドミールぼっちゃまの犬が、私どもの部屋に来ておりましたが…
いかが致しましょう。
○レオニード
目を離せぬ奴だな・・・。
仕方ない、私が預かっておく。
(レオニードに引き取られるのが嫌そうなブラックスに)
誰の所へ行きたいと言うのだ。
それとも散歩か?
○ブラックス
タッタッタッタッタッ (5歩あるいて振り返り、レオ様を見る)タッタッタッタッタッ(また立ち止まり振り返ってレオ様を見る)
○レオニード
散歩か・・・・。
(自分とは如何にも不釣合いなダックスフント。
連れて歩いている自分の姿を思い浮かべて苦り切った表情になる)
では今回だけだぞ。ただし庭から外には一歩も出てはならぬ。
よいな?
(そう言いながらユリウスかリュドミール、あるいはヴェーラを見かけたらその場で押し付けようと考える)
○ブラックス
ユリウスの姿を発見し、尻尾を振ってダッシュする。
「オンオンオン〜♪」
(ユリウスの胸を目掛けて飛び掛かる。)
○レオニード
(ブラックスがユリウスの方へ行ったのを見て安堵の笑み)
では後は頼んだぞ。 ♪
○ユリウス
あはは・・・くすぐったいよ、ブラックス!
元気にしていたかい?
ふふ・・レオニードに構ってもらっていたんだね。
あの・・・・
ねえ、レオニード・・お願いがあるんだ。
この間寝室には連れて行かないって約束だったんだけど・・・
今夜はブラックスと一緒に寝てもいい・・?
け・・毛なら落ちないようにするよ・・!
だから・・・!!
○ブラックス
眠そうなブラックス
ふぁ〜〜〜と、大きなあくびをするとユリウスの腕の中でウトウトしだした。
○レオニード
(仕事を終えて深夜、寝室に入って来ると予想通りにユリウスがブラックスを抱いて寝ている)
『寂しい思いをさせてすまない』
(金色の髪にそっと手を触れる・・・)
ボクは夢の中でユリウスの声を聞いたんだワン。
「一緒に散歩に来て欲しかったのに」って、半分泣き声だったワン。
抱っこしてくれてたユリウスの腕がボクを離したみたいだけど、すごく眠くてボクはそのまま眠っていたんだワン。
そしたらユリウスの辛そうな「ああっ」っていう大きな声で目が覚めたんだワン。
びっくりして横を見たら、レオニードって呼ばれてる男がユリウスの両足を広げさせて、
お腹の下のほうについている大きくて長いものでユリウスの脚の間を突き刺していたんだワン。
ボクが時々ご褒美にもらう大きな骨よりもっと大きかったワン。
レオニードって呼ばれる男は何回もそれをユリウスに突き刺して、
その度にユリウスが苦しそうな声を上げるから、ボクは怖くなって全然動けなかったんだワン。
あんなに痛そうなのにユリウスが逃げないのは、両脚を捉まれているからなのかなと思っていたら、
ユリウスは逆に男にしがみ付いたんだワン。わけがわからないワン。
ベッドは無茶苦茶揺れて、ユリウスのおっぱいもおんなじように揺れてたワン。
怖いから、ボクがベッドから飛び降りようとしたその時、男はユリウスから離れたんだワン。
ボクがホッとして見てると、男は自分が突き刺して怪我をさせたユリウスのそこを舐め始めたんだワン。
そしたらユリウスが気持ち良さそうな声になって、ボクも嬉しくなったけど、
でもまただんだんと泣きそうな声になっていったんだワン。
「お願い」って言ってるのに男は「まだだ」って言ってちっともやめてあげないんだワン。
男がやっとそこを舐めるのをやめたのはユリウスが腰を持ち上げるようにビクビクって体を震わせた時だったワン。
ボクはユリウスの汗の匂いが変わったのがよくわかったワン。だってボクは犬だもん、鼻が利くのが自慢なんだワン。
その時、レオニードって呼ばれてる男がこっちを見てボクと目が合ったんだワン。
男がおかしそうに「見ているぞ」って言ったら、ユリウスがすごく恥ずかしそうな顔をしてボクを見たワン。
でも、ボクが見たのはそこまでなんだワン。
ボクはすぐに男に隣の本がいっぱいある部屋につまみ出されちゃったんだワン。
中から「だから言っただろう」っていう男の声と「ごめんなさい」っていうユリウスの小さい声が聞こえてきたワン。
ボクはユリウスがまた男にいじめられるのかと思って体を硬くしてたけど、中から笑い声とキスの音が聞こえてホッとしたんだワン。
だけど、しばらくしたら中からはまたユリウスの苦しそうな声と体どうしがぶつかるような音が聞こえ始めたんだワン。
ユリウスの声はだんだん大きく高くなっていって、「レオニード」って叫び声が聞こえたと思ったら急に静かになったんだワン。
そうしたらボクの敏感な鼻は、今まで嗅いだことの無い匂いを捉えたんだワン。
春真っ盛りの庭で遊んでて、クリの木がある方へ行ったときに感じた匂いによく似てたワン。
ボクは人間のことがよくわからないんだワン。
レオニードって呼ばれてる男はユリウスをいじめてるのか可愛がってるのかも、
男のお腹の下にあった上を向いてるあれは何だったのかも、ちっともわからないんだワン。
あ、そう言えばレーゲンスブルクにいた時にボクの飼い主さんが校長をやってる学校の学生ふたりが
ボクに食べさせようとしたものってあれと同じだったのかな、きっとそうだワン。
だったらあの男もユリウスにそれを食べさせようとしてるのかな、知りたいワン。
だからボクがいつか大きくなって人間の言葉が話せるようになったら、ユリウスに色んな事を聞いてみるんだワン。
はやく大きくなりたいワン。
〜おしまい〜
ボクはあのあと寂しくなって、扉を必死で引っ掻いて「入らせて」って叫んだんだワン。
そしたらやっと部屋に入れてもらえたんだワン。
ユリウスが抱っこして寝てくれると思ってたら
ユリウスはレオニードって呼ばれてる男に抱っこされて寝はじめたんだワン。
「ボクも一緒に抱っこして!」って言い続けたら、
男が「うるさい」って言って、また隣の部屋に放り出されたんだワン。
ひどいワン。
昨日は冷え冷えとした廊下で寂しく眠ったワン。
朝方、コツンというレオニードという名の男の硬質な靴音がしたかと思うと、
ボクの体は宙にふわっと浮いて、暖かいベッドの上に降ろされたのワン。
大好きなユリウスは布団をしっかりかぶって、犬が気を許したときに見せるように、仰向けになってスゥスゥ寝息を立てているのだワン。
でも、いつもと違う匂いにボクの嗅覚と興味は増していって、
目が覚めてしまったのだワン。
冷たい廊下で眠ったせいか、ボクの体は冷えていて、
思いきってユリウスの布団の中に潜り込んだワン。
するとどうだワン?
いつものユリウスの甘いいい匂いのほかに、
やっぱりあのレオニードっていう男の汗の匂いが混じっていて落ち着かないのだワン。
それでユリウスはやっぱりまだ裸で、
ユリウスの上にのっかって、男の匂いのない場所を嗅ぎまわってみたのだワン。
ユリウスのおっぱいは白くてプルプルしていて舐めるととても気持ちいいけれど、ボクの鼻は男の唾の匂いを捉え、
複雑な気持ちなのだワン。
でも先のピンクの場所を舐めると、寝ているユリウスの息が少し上がったみたいだったので、
もっと舐めるとさっきより硬くなってきて、
ユリウスの口から「ん・・・」と声が漏れたのワン。
でもそこからはさっきよりもっと男の唾の味がしたのだワン。
ボクははじめユリウスが痛いのかと思って顔を見ていたけれど、
起きる様子もなく、止める風でもなかったから調子にのってもうひとつのおっぱいの先もペロペロと舐めてしまったのだワン。
はじめはそっちも男の唾の味がして嫌だったけれど、
舐めてるうちにユリウスの肌の味に変わってきて、もう片方と同じようにピンクの突起が固く大きく突き出てきたから、
おもしろくなって夢中で舐めていると、また「んっ・・・」って言いはじめたので、
顔を見るとちょっと苦しそうだけど、手がボクのほうに来てなでなでしてくれたから安心したのだワン。
それで、気になっていた栗の花の匂いが、
どうやら近くでしているようだから探してみたら、ユリウスのの足の間がどうやら怪しいのだワン。
偶然にも、ユリウスは足を少し開いていたからボクの小さな体はちょうどすっぽりそこに収まっちゃったのだワン。
ボクはユリウスの足の間の場所をはじめて見たけれど、
やっぱりレオニードっていう男の大きくて長いもので刺して傷つけられたみたいで、
ユリウスの下や唇の色より赤っぽく少し腫れて、傷のようになっていて、深い穴まで開いているのだワン。
(舐めたら治るのワン・・・?)
こんなにも傷つけられたらユリウスもあんな苦しい声を出してしまうだろうし、
やめてって叫んでしまうに決まってるのだワン。レオニードという男はいじめていたにちがいないのだワン。
犬の世界ではたいていの傷は舐めたら治るのワン。
こんなに近くて強い栗の花の匂いは初めて嗅いだし、
ユリウスの穴の奥からは、その匂いの正体であるらしい白くドロドロしたものがどんどん流れてくるけれど、
がんばってボクが大好きなユリウスの手当てをするのだワン!
ペロ。クゥ・・ン・・美味しくないのだワン・・
しかもボクの舌にその白いものはまとわりついてうまく飲み込めないのだワン。
ボク達ホ乳類は傷を負ったら、血の中の成分が悪い菌と闘って、
白いウミというものが出るってレオニードっていう男の部屋の本に書いてあったけれど(←ほんまかいなw)、
深く激しく負傷した分、こんなにもたくさんの膿が出ているのかと、本気でユリウスのからだが心配になったのだワン。
こんなに深く穴が開いてしまっているのに、 血が出ていないことにはびっくりしたし、
ウミっていう白いものが栗の花の匂いだったなんて新しい発見だったけれど、
今はユリウスを治してあげるのが先だワン。
この嫌な味も、大好きなユリウスが負傷して出した「ウミ」だったら耐えられるのワン。
「ウミ」に混じって、そこはやっぱり男の唾の味もしたけれど、
がんばって舐めてるうちにだんだん味が消えたけど、今度は甘酸っぱいものが沢山出てきて、そこがじゅくじゅくしてきたのだワン。
開いた穴から何か出てきているのワン?
でもさっきのウミやレオニードの唾よりずっと美味しいし、何かわからないけど、
きっと治ってきているのかもしれないワン。
すると、舐めている穴のまわりが大きくなったり小さくなったりしはじめ、
ユリウスの足がもっと開いてきたのだワン。
おかげで舐めやすくなったけれど、開いた穴は一番奥が見えないぐらい深くて、
ボクの舌では届かないのだワン。
よくもユリウスをこんなにも傷つけて・・ってレオニードに腹が立つ一方で、
穴が小さく絞まる時にいっぱい出てくる透明の液も、さっきから鼻に当たるピンクのとがったものも、
足がピクピクしてるのも、ユリウスの「んっ・・・はぁ・・・」
っていう昨日聞いた苦しそうな声をまた今出しているのも全部気になってきたのだワン。
今思い出したけれど、傷が治るときには血を固めるケッショウっていう透明の液が、
染み出してくるということらしいのだワン。
ユリウスの深い傷から出ている甘酸っぱいものは、きっとケッショウなのだワン。
いくらベロを奥まで伸ばしても届かないけど、できるだけがんばって深いところを舐めると、
時々その傷口は、生き物みたいにぎゅっと小さくなって、
ボクのベロが時々抜けなくなるのだワン。
少し痛いワン・・!
すると、さっきから鼻に当たっていたピンク色のものが、
とんがって大きくなっていて驚いたのだワン。
そこは傷ではないと思うけれど、どうして大きくなったのかも分からないけれど、
おっぱいもそうだったし、ユリウスの体のピンクで突き出た場所は、触ったり舐めたりしたら大きくなるということらしいワン。
レオニードという男のお腹の下についていた濃いピンクの長い不気味な棒より、
ずっと小さくてかわいいのだワン。
さっきおっぱいを舐めた時もそこが固くなって、
ユリウスが声を出していたから、きっとそこを舐めたらまた同じように、
声を出してくれると思い、思いきって、脚の間のピンクの突起にも舌を伸ばしてみたのだワン。
やっぱりその突起や上のユリウスの髪の毛と同じ色の毛が生えている場所も、レオニードという男の唾液の味がして嫌な感じなのだワン。
どこに行ったらレオニードの汗や唾の味がしなくなるのかと、
ふとももやお腹も嗅いだり舐めたりしたけれど、ユリウスだけの匂いしかしない場所は無かったのだワン。
ユリウスの顔や腕や足には、まったく毛が無いのを知っていたけど、 犬とちがってお腹も足もツルツルで真っ白なのは驚いたワン。
お腹の真ん中にあるのは傷かと思ったけれど、これはきっと犬にもあるおへそだから心配ないのだワン。
そうしているうちに、ユリウスが「はやく・・・」と言ったので、
さっきのピンクの突起を舐めたらいいのかと、息がどんどん早くなって、
舐めれば舐めるほどその突起は硬くなって、下の傷口は小さく塞がってきたのだワン。
そこをがんばって舐めたらレオニードが開けた傷は完全に塞がると思ったボクは、もっとがんばったのだワン。
すごく小さくなった傷口からはケッショウがどんどん出て、もうすぐ治るんだとボクを勇気づけてくれているみたいで、
その時、はやくなってたユリウスの息が止まったかと思うと、ボクの頭はユリウスの太ももに何回か強く挟まれたワン。
ユリウスは大好きだけど、少し痛いワン・・!
ユリウスの早かった息が止まって、足で何度も挟んできた後は、はぁはぁと苦しそうに何か言ってるけど、鼻ほど耳はよくないから聞き取れなかったのだワン。
それで昨日、急に強く匂ってきたのと同じように、
ユリウスのケッショウの匂いが強くなっていて、なんだか分からないけどボクは幸せな気持ちになったのだワン。
さっき舐めた突起は最初に見たように小さくなってしまって、
舐めたらユリウスの足がさっきよりビクって大きく動いて、「っ・・めてっ・・・いじわ・・」って、さっきみたいに気持ちよさそうじゃなかったから、
傷もよくなったみたいだし、ボクはやめてユリウスのきれいな顔を近くで見ようと布団の上まで来たら、
まだ目をつぶっていて驚いたワン。よく一緒に寝るリュドミールも、たまに目をつぶったままおしゃべりしているけれど、舐めても触っても反応がないワン。
ユリウスは、レオニードにあんなに傷つけられていても昨日は眠っていたのかと混乱したワン。
ボクはユリウスの傷をよくすることができたのと、何だかわからないけど幸せな気持ちにさせてもらったので嬉しくて、
ユリウスの唇をペロッと舐めてしまったワン。
そうしたらユリウスの口が少し開いて、いつも嗅ぐより息がもっと甘くていい匂いがしたからまた幸せだなって思っていたら、
ボクの口にユリウスが唇をぎゅーーっと押しあててきて、ボクのベロとユリウスのベロが当たってくすぐったくてキャンと鳴いてしまった時、驚いてボクを見るユリウスの大きな目がすぐ近くにあったワン!
おしまい
モスクワ蜂起を鎮圧して帰ってきたレオニードは、アレクセイが官憲に捕らえられたことを
ユリウスに告げた。彼女は衝撃を受けて、レオニードに、
「ユ、ユスーポフ侯・・・彼はこれからどうなるんだ・・・?」
「おそらく、死刑は免れないだろうな」
「死刑・・・」
頭の中がぐらぐらした。
(ああ・・・クラウスが・・・ぼくがこの国まで彼を追ってきたことは、すべて無駄だったのか・・・)
そのまま気が遠くなって倒れ掛かったユリウスを、レオニードはあわてて支えた。
次の日、レオニードはユリウスを自分の部屋へ呼びつけた。何事かと思ってユリウスが
彼の部屋を訪れると、
「そこへかけろ」
と彼は言った。
「アレクセイ・ミハイロフのことだがな・・・わたしはやつを死刑から終身刑に減刑するよう、
上部に助命嘆願を出しておいた」
一瞬、ユリウスは何を言われたのかわからなかったが、やがて彼の言葉の意味がわかると、
喜びで涙があふれた。
(ああ・・・クラウス、君の命は助かったんだ・・・)
しばらくは感動で声も出なかったが、ふとわれに返ると、ひとつの疑問が湧いてきた。
「ユスーポフ侯・・・なぜあなたは、彼の助命嘆願をしてくれたんだ?」
「ふん・・・わたしは以前、おまえにアレクセイ・ミハイロフに会わせてやると約束したであろう」
数週間後、ユリウスとリュドミールは、レオニードに連れられて、“市民権剥奪の儀式”を
見に行った。
高い絞首台の上に、政治犯がひとりずつ登らされ、官憲が判決を読み上げていった。
「ニコライ・ペトロフ。ペトロパブロフスク要塞に監禁ののち死刑!」
次がアレクセイの番だった。
「アレクセイ・ミハイロフ。ペトロパブロフスク要塞に監禁ののち終身シベリア流刑!」
と判決が読み上げられた。群衆の中からざわめきが起こり、彼は階段をのぼって
絞首台にあがると、冬宮の方角をキッと見据えた。
彼の姿を見てリュドミールが騒ぎ出し、馬車の外へ出て行ったので、ユリウスも
続いて出て行こうとすると、レオニードに止められた。
「離してくれ・・・!」
「行ってどうする?それより今生の別れなのだ。あの男の姿をしっかり目に焼き付けておけ」
「・・・!」
亜麻色の髪をなびかせながら、階段を降りてくる彼の姿を見て、涙が止まらなかった。
ユスーポフ邸に帰ってから、レオニードは、シベリア流刑の制度についてユリウスに説明してやった。
「シベリア流刑者は、四つの種類がある。
まず、重罪を犯した懲役囚。そしてこれも重罪犯である強制入植者。この二つに属する者は、
市民権を剥奪され、死ぬまでシベリアに留まらなくてはならない。やつらは東シベリアの
鉱山や監獄で酷使される。
次に、追放刑というのがあるが、これはいくらか軽い処分だ。追放先は西シベリアで、
市民権は留保されており、刑期が終われば行動は自由になる。ペテルスブルクや
モスクワに戻ることも許される。
シベリアに行く者には、もうひとつ、流刑者に付き添って、自由意志で行く妻や子供たちがいる」
その言葉を聞いて、ユリウスは、
「ぼくも彼に付き添って、シベリアへ行きたい!」
と叫んだ。するとレオニードは、
「家族が付き添っていけるのは、三番目の追放刑になった者たちだけだ。アレクセイ・ミハイロフは
重罪を犯した懲役囚として監獄に入る。監獄では女囚は看守に暴行されることもあるぞ。
第一わたしは、皇帝陛下から正式におまえを保護するよう命令されている。ロシア皇室の
隠し財産についての秘密を握っているおまえを、この邸から出すことができると思うか?」
ユリウスはがっくりと膝をついた。
その日の夜、ベッドに入ってからも、一晩中泣き明かした。
(ペテルスブルク市内で偶然クラウスに再会できたときには突き放され、とうとう彼は
シベリアへ終身流刑になってしまった・・・いったいこれからぼくはどうすればいいのか・・・)
殺人を犯して逃げてきた以上、ドイツには帰れない。とすればロシアに留まるほかないのか。
(ロシアに留まるということは、このままこの邸に幽閉され続けるということだ・・・)
暗鬱な気持ちになりながら、
(ぼくは、生まれたときから父にさえ認めてもらえなかった人間だ・・・この世に生まれてきた
こと自体が間違いだったのか・・・ぼくの前には永久に光は現れないと・・・?)
アレクセイたちシベリア流刑者は、まず列車でモスクワまで護送される。政治犯も、
一般の犯罪者も、一様に灰色の囚人服を着せられ、庇の無い帽子をかぶせられた。
囚人服の背中には、菱形の黄色い布が目印に縫い付けられていた。足首とベルトを
つなぐ足枷の鎖が、しじゅう、音を立てた。
列車に詰め込まれる囚人は、100人あまりいた。女囚やいわゆる《自由意志で行動を
ともにする者たち》も少し混じっていた。
アレクセイはそれを見て、
(もしおれが追放刑になった囚人だったら、ユリウスはついてきてくれただろうか・・・?〉
とふと思い、
(何を考えているのだ未練がましい!〉
と考え直した。
列車がモスクワに到着すると、その先は、少し離れた駅から出るニジニ・ノヴゴロド行きの
列車に乗り継がねばならない。他の地区から来た囚人の集団とそれに同行する家族たちを
つめこんで、汽車はモスクワを離れた。
三日がかりでニジニ・ノヴゴロドに着いた。この街には、タタール人をはじめとするロシア人
以外の民族の姿が、ペテルスブルクよりはるかに多い。
ここから囚人たちは船に乗せられた。浮き桟橋の前に整列するよう、監視のコサック騎兵に
追い立てられた。桟橋の前に200人近い囚人が整列した。隊列を少しでも乱すと、監視兵の
怒号が飛ぶ。ようやく乗船開始の命令が降り、みなが桟橋を渡り始める。足枷の鉄鎖の音が
ひびく。
下甲板の獄房は、上下二段の寝板が、中央に頭をむけた形で両側に並ぶ。枕も毛布もない。
寝台とは呼べない代物だ。
4日目にペルミに着くと、山岳鉄道に乗り換え、ウラル山脈を越え、エカテリンブルクに向かう。
エカテリンブルクに着くと、エタープ(流刑者用中継宿)で一夜を過ごした。
ここからは徒歩である。担当官の「整列!進め!」の号令で、灰色の集団は歩き出した。
街道を鉄鎖を鳴らしながら囚人の隊列は進みむ。途中、馬車や隊商とすれちがうこともある。
十露里ほど歩くと、小休止を許される。3日目に、囚人たちの隊列は立ち止まった。
そこには大きな白い石柱が立っていた。
(ここがヨーロッパとアジアの境界か・・・)
アレクセイは思った。囚人たちが、すすり泣きながら、ヨーロッパ側の土を手ですくい、
布にくるんでいた。囚人たちの中には、石柱のそばに行き、別れの言葉や人の名前を
釘やナイフで刻み付けるものもいた。アレクも石柱に短い言葉を刻んだ。
〈さらばだ、ユリウス〉
THE END
147 :
思想 1:2009/06/14(日) 17:17:45 ID:OdMnw7ZB
第一次ロシア革命が終結し、ドゥーマ(国会)が開かれた後も、相変わらず政府要人の
暗殺は続いた。モスクワ蜂起の鎮圧者ミン将軍が銃撃され、アプカテル島の
ストルイピン首相の別荘には爆弾が投げ込まれた。
ある日、レオニードは、ユリウスに、これからは新聞・雑誌・書物を自由に読んでいいし、
彼女が望むなら家庭教師もつけてやると言い渡した。
ユリウスはレオニードに、
「政治というからには、革命家たちの思想について学んでもかまわないの?」
と尋ねてみた。レオニードは、
「かまわぬ。おまえもいつまでも子供のままでいるわけにはいかぬ。そろそろ政治について
学んでもいいころだろう」
と答えた。
(いったい、どういう心境の変化だろう・・・)
と思いながら、ユリウスは彼の顔を見つめていた。
レオニードの許可がおりてから、ユリウスはユスーポフ邸で、ロシアの政治や歴史について
貪るように学んでいた。
とくに彼女が知りたかったのは、クラウスを革命の道に進ませた思想についてだった。
それらを学べば、彼に少しでも近づけるような気がしたのだ。
フリードリヒ・エンゲルス、カール・マルクス、ミハイル・バクーニン、セルゲイ・ネチャーエフ、
ウラジーミル・レーニン、レフ・トロツキーなどの著作を片っ端から読んでみた。
思想家によって多少の違いはあるが、彼らの考えはおおむね次のようなものだった。
「プロレタリアは既存の大勢を破壊し、共産主義を建設する。一斉蜂起の後、労働者たちが
一体となって、私有財産のない明るい未来の建設を始める。所有という枷を失った
人々は自由になり、男女関係のかたちも変わる。共産主義が普及すれば階級闘争は
なくなり、世界から戦争も消滅する。革命を成功させるためには暴力手段や武力闘争も
辞さない。革命の後、世界はその咽喉をしめつけていたくびきから解放され、新しい時代の
夜明けが来る」
148 :
思想 2:2009/06/14(日) 17:18:06 ID:OdMnw7ZB
彼女は一度、家庭教師に質問してみた。
「先生、祖国を愛し、人々を苦しみから解放したいと願っている革命家たちが、なぜ
テロルに走ってしまうのでしょう?」
彼は次のように答えた。
「ユリウス様、『むかしから愛は独裁君主と言われている』というソクラテスの言葉を
ご存知ですかな?愛は善を欲するものですが、その愛がいつの間にか悪に奉仕する
こともあるのです。これらの思想は、彼らの虚栄心や野心に訴え、あるいは正義感や
専制を憎む気持ちにも訴えます。これらに取り憑かれた人間には、節度や懐疑主義への
訴えが、臆病さや気弱さに見えてしまうのです」
「ねえ先生、先生はドミートリィとアレクセイのミハイロフ兄弟をご存知ですか?
ドミートリィは皇帝への反逆が露見して処刑されたとか・・・」
「もちろん知っています。この国では有名な事件ですからな」
「名門貴族の家に生まれた彼らが、なぜ革命運動などに・・・」
「わたしの知り合いにきいた噂では、どうもドミートリィは、ミハイロフ家に出入り
していた家庭教師から革命思想を吹き込まれたらしい。だとしたら、その家庭教師も
罪なことをしたものです」
「彼はなぜそんなことを・・・」
「こういう類の知識人は、自分自身の情熱を制御できないのです。そして若者たちの
うちの聡明で勇気にあふれる者たちを発奮させ、政治活動に転じさせます。わたしの
知っているある事件をお話しましょう。
あるとき、革命家たちが、パヴロフスク軍学校で学ぶ一人の青年をオルグすることに
成功しました。
『パヴロフスク軍学校が、君に何を約束してくれるというのだ?提供されるのは、
地方から来た縁故もない若い士官が追いやられる遠方の部隊、日々の退屈な
軍事教練、トランプ賭博、放蕩、大酒といったところだろう。革命家の生活は
まったく別だ。そこには、地下のアジトや秘密の暗号といった危険に満ちた生活と、
未来の勝利への信仰がある。その未来の勝利が、きみを栄光の高みへと運んで
くれるのだ。民衆の解放というきわめて高潔な目的が、きみを学友たちより一段
高い存在にしてくれる。若者にとってこれより重要なことがありうるだろうか!?』
こうやって革命思想を説かれるうちに、彼は“同志”のひとりになりました。
そして軍でスパイ活動をしているうちにそれが露見して処刑されましたが。
若者というのは、往々にしてこういう情熱に取り憑かれやすいのです」
「・・・ぼくには、革命家たちの思考というのがいまだによく理解できません」
「・・・ユリウス様、愛は人を狂気に引きずりこむものなのです。恋人への愛だけではなく、
祖国への愛、人々への愛、知恵への愛。」
149 :
思想 3:2009/06/14(日) 17:18:33 ID:OdMnw7ZB
家庭教師が帰った後、レオニードが偶然、ユリウスの勉強部屋を訪れた。机の上に
積み重ねられた書物を見て、
「ふん・・・社会主義者や革命家どもの著作か・・・」
といった。ユリウスが、
「ユスーポフ侯、あなたはこれらの著作を読んだことがあるの?」
と聞いてみると、意外なことに、
「読んだ」
という返事が返ってきた。彼はしばらく葉巻を吸いながら部屋の中を歩き回っていたが、
やがて、誰に言い聞かせるともなく、次のようなことをつぶやいた。
「わたしとやつらとの間には隔たりがあるのに、わたしはこれらの思想家に心惹かれるのを
感じる・・・やつらは相互に異なっているから、惹かれかたはさまざまだが。だが心惹かれる
からといって、それがやがて愛に変わることだけは決してない。あたかもわたしは、
気高い精神をよりよい力のために用いてくれとやつらに懇願したいかのようなのだ。
偉大な精神が愛の対象となるのは、精神の中で働く力そのものに高貴な性格が
宿っている場合だけだ」
「・・・!」
レオニードが、こんなふうに心中を吐露するのはめったにないことだった。
ユリウスが呆然としていると、彼はさっさとドアを閉めて出て行った。
(※レオニードの最後のセリフは、カール・ヤスパースがハイデガーその他の
思想家たちについて述べていることのパクリです)
THE END
150 :
閲兵式 1:2009/06/14(日) 17:21:47 ID:OdMnw7ZB
(
>>147-149の続き )
ある日、ヴェーラが、
「ねえ、ユリウス、来週の日曜日に、練兵場で閲兵式が行われるのだけれど、わたしたちと
いっしょに見に行ってはどう?たまには外の空気を吸うのもいいでしょう。お兄さまだけでなく、
皇帝陛下やロシア陸軍の華やかなパレードを見ることができるわ」
と声をかけてきた。
ヴェーラとリュドミールとユリウスが、閲兵式の当日、皇帝の大テントの左手にある、
一般用の席に着いたとき、練兵場では全近衛兵が集まっていた。突然、
「陛下だ・・・!」
という叫びが聞こえ、馬に乗った皇帝が、練兵場の隅に現れた。彼を見ると、
音楽が鳴り響き、
「神よ、皇帝を守りたまえ」
という歌声が聞こえた。ニコライ2世は、連隊の前面へとギャロップで進んできた。
皇帝は、近衛騎兵の白い軍服を着て、双頭の鷲を頂いた兜をかぶっていた。
皇帝の後ろには儀仗兵が続き、どの連隊の前でも皇帝が挨拶し、連隊の側も
それに答えた。
後ろにアレクサンドラ皇后が6頭立ての無蓋の軽四輪馬車に乗って続いた。
一般席の前に到着したとき、群衆が彼女に敬意を表した。皇后は真ん中の
大テントの中に席をとった。彼女の周りには他の皇族、高官、大臣、廷臣たちがいた。
ニコライ2世の馬が止まると、祝砲が鳴り響き、閲兵式が始まった。
まず軍楽隊の後からコサックの護衛隊の赤い隊列が動き出した。次に歩兵が
密集隊形で続いた。最初にプレオブラジェンスキー連隊とセミョーノフスキー連隊、
それからパヴロフスキー連隊が来た。緑色のラシャを着た他の歩兵連隊が、
標兵の小さな旗で区切られて行進隊形で現れた。皇帝の前を通るときに、
彼らは行進の歩調を取るのだった。次に、砲兵隊が錬鉄の音を立てながらやってきた。
遠くで命令の声が響き渡ると、騎兵がやってきた。銀の胸甲の重騎兵、金の胸甲騎兵、
黄色の胸甲騎兵、青の胸甲騎兵、槍に連隊旗をつけた皇后の槍騎兵、飾り毛の
ついた兜の先が風に揺れている擲弾騎兵、金で刺繍した赤い上着に青い半ズボン、
肩には黒い毛皮のコートを引っかけた皇帝の軽騎兵、鶏頭色の上着を着、赤い槍を
手にした皇帝のコサック、明るい青い上着を着た皇位継承の大公のコサック・・・
151 :
閲兵式 2:2009/06/14(日) 17:22:08 ID:OdMnw7ZB
ヴェーラがこれらの連隊について、ユリウスに説明してくれた。
「髭を生やした背の高い男はプレオブラジェンスキー連隊に、背の高いブロンドは
セミョーノフスキー連隊に、獅子鼻の男はパヴロフスキー連隊に、そしてすらりとした
痩せた男は近衛重騎兵隊や近衛騎兵隊に、背の低い褐色の髪の男は驃騎兵隊に
入ることになっているの」
「あっ、姉さま、あそこにお兄さまがいるよ!」
リュドミールの誇らしげな声がしたので彼が指差す方向を見ると、皇帝の近衛連隊の
中にレオニードの姿があった。
彼のすらりとして背が高く、それでいて逞しい体格、端正な顔立ちは近衛連隊の
なかにあっても際立ち、ユリウスですら思わず見惚れてしまうほどだった。
ユリウスたちのいるところからずっと離れた席で、アデール夫人もこの閲兵式を
眺めていた。彼女はもともと皇帝の命令でレオニードと結婚したのだが、
政略結婚とはいえ、婚約した当時は自分の将来の夫が衆に優れた男である
ことに、いささかの喜びと誇らしさを感じないでもなかった。
(まだ結婚する前にも、わたしはこうして閲兵式であの人の姿を見たものだわ・・・
でもいまやあの人の心はわたしから離れている・・・)
アデールは昔のことをさびしく思い出していた。
152 :
閲兵式 3:2009/06/14(日) 17:22:29 ID:OdMnw7ZB
閲兵式が終わって、邸へ帰る馬車の中で、リュドミールが興奮した口調で
兄のことを自慢していた。ユリウスも、ロシア陸軍の閲兵式のあまりの
豪華さに圧倒されていた。レーゲンスブルクやフランクフルトのようなドイツの
地方都市しか知らない彼女には、ロシアの劇場や宮廷は非常に東洋的で、
豪奢に思えた。
その日の夕食の席で、リュドミールはやたらはしゃいで、兄に話しかけていた。
「ねえ、兄さま、今日の閲兵式の兄さまは素晴らしかったよ!ほかのどの軍人よりも!
ユリウスもそう思うでしょう?」
そう聞かれて、ユリウスは思わず、
「うん、そうだね、リュドミール」
と答えていた。レオニードはユリウスのほうをちらりと見たが、すぐにリュドミールの
ほうを向いて、
「ふん・・・近衛兵の軍服はほかの連隊より豪華だからな」
と言った。不思議なことに、ユリウスはこれまでレオニードを男性として意識した
ことはなかった。彼女にとって彼は、あくまで自分を軟禁している敵でしかなかったのだ。
しかし公平に見て、彼が男性としてかなりの魅力を持っていることは認めざるを得なかった。
レオニードの胸板や横顔を見たとき、なぜか顔が赤らむのを感じた。
THE END
153 :
白夜 1:2009/06/14(日) 17:24:19 ID:OdMnw7ZB
ある日、ユスーポフ邸に、ユスーポフ家の親戚筋に当たる貴族の青年たちが
集まった。レオニードとヴェーラは彼らと楽しそうに会食したが、ただひとつ、
ユスーポフ邸のある一角にだけは近づかないようにと申し渡しておいた。
その日は白夜で、ペテルスブルクの空はいつまでも薄明るかった。
キリルは手持ち無沙汰なまま、ユスーポフ邸の庭を散策していた。
ふと気がつくと、レオニードから禁止された一角にいつのまにか自分が
来てしまったことに気づいた。
(これはマズイ)
そう思って引き返そうとすると、こちらに面した部屋のフランス窓が開き、
中から一人の女性がバルコニーに出てきた。男装をしていたが、
彼女が女であることははっきりわかった。
彼女は庭を眺めていたが、キリルの姿は向こうからは樹木の陰になって
見えないので、彼はその女性の姿をじっくり観察することができた。
彼女は男装をした上に、髪は普通の女性のように結い上げたりせずに
自然に流していた。彼女の美貌にキリルが見とれていると、レオニードが
姿を現した。
そのうちレオニードが彼女に何か話しかけ、二人で室内に入っていった。
その後、自宅に戻って数日たった後も、彼はユスーポフ邸で見かけた
美女の面影が忘れられなかった。
(レオニードがぼくたちにあの一角に近づくことを禁じたのは、そういう
わけがあったのだな。若い男が彼女を見て、妙な気を起こさないようにと・・・)
彼女の姿ばかり瞼の裏に浮かぶので、
(何を考えているのだぼくは・・・だいたい、社交界にも、ダンサーにも、高級娼婦にも、
美しい女は大勢いるではないか。なにもレオニードの愛人に想いを寄せなくても・・・)
そう思ってペテルスブルクの夜の生活に繰り出し、レストランやナイトカフェや
ジプシーの店で楽しい夜を過ごした。バレリーナをはじめとする芸能人たちも
個室に招いて食事をした。
ペテルスブルク社交界の花形で、人気の高いサロンの女主人のところにも
顔を出した。
そうやって遊んでいながらも、いつか見た美女の面影がちらつく。
154 :
白夜 2:2009/06/14(日) 17:24:49 ID:OdMnw7ZB
それから半年ほど過ぎたあと、再びユスーポフ邸に招かれる機会があった。
食事の後、サロンでみんながお喋りに興じていたが、キリルは隙を見て
そっと抜け出した。
(何を馬鹿なことをしているんだ、ぼくは・・・)
と思いながらも、足を止めることができなかった。
以前、庭からみたときに、彼女の部屋はこの棟の2階の×番目の部屋
だろうと見当をつけていたので、その部屋の前で立ち止まった。
(今ならまだ引き返せる)
と思いながらも、その部屋の扉をノックしている自分がいた。
「どうぞ」
と女の声が返ってきたので、胸をときめかせながら部屋に入った。
「失礼」
と言いながら部屋に入ってきたキリルの姿を見て、彼女は驚いたらしかった。
「あなたを驚かせてしまって、申し訳ありません。でもご安心ください、怪しい者
ではありません。ぼくの名はキリル・ニコラエヴィチ。
レオニードやリュドミールの従兄弟に当たる者です」
ユスーポフ家の親戚と知って、彼女は少し安心したらしかった。
「この椅子に座ることをお許しいただけるでしょうか」
「かまいません、どうぞ」
キリルが彼女の座っている長椅子の一番端に座ると、
「何の御用で、こちらへ・・・?」
「ぶしつけだとは思いましたが、以前、リュドミールからあなたの噂を聞いて、
どうしてもお会いしたいと思いまして・・・」
「そう・・・」
会話を続けながらも、キリルは目の前の女を見て、
(自分がこれまで知っていた女たちとは、何と違っていることだろう)
と思っていた。
社交界の貴婦人や高級娼婦たちは、たいてい豪奢に着飾って化粧をし、
男のお世辞に笑い、ときには男に口説かれて媚態を示すものだが、
この女にはそういうところはほとんどなかった。
男装をし、コルセットもつけず、髪は自然に流し、化粧もまったくしていない。
男を意識したところもなく、彼女自身、男であるかのように振舞っている。
「ペテルスブルクの社交界にはお出にならないのですか?お目にかかれたら
嬉しいのですが」
「ときたま、ユスーポフ侯やリュドミールにオペラ劇場に連れて行ってもらう
ことはありますが・・・それ以外はとくに出歩くことも・・・」
「それは残念だ。一度、貴族の館で催される仮装舞踏会に出席なさると
いうのはいかがです?」
「そうですね・・・ユスーポフ侯の許可があれば・・・」
「リュドミールから聞いたのですが、あなたはピアノがご趣味だとか?」
「そうです」
「どのような曲がお好みですか?」
「ショパンを・・・」
「リムスキー=コルサコフ、スクリャービン、ラフマニノフといったわが国の
作曲家についてはご存知ですか?」
「名前だけは聞いています。でも、彼らの曲はまだ実際に聴いたり、弾いて
みたりしたことはありません」
「それならちょうどいい、今度、ぼくがこの邸に、彼らの作品の楽譜を持ってきて
さしあげますよ」
「・・・・・・」
一瞬、ユリウスは、レオニードやヴェーラの許可も得ずにそんなことをして
いいのかと思ったが、この邸にじっとしているのは退屈だし、なにより
音楽の話を一緒にできる人が現れたことが嬉しかった。
「ええ、それではお言葉に甘えて・・・お願いします」
155 :
白夜 3:2009/06/14(日) 17:25:28 ID:OdMnw7ZB
数週間後、キリルはいくつかの楽譜を携えて、ユスーポフ邸を訪れた。
「お約束の楽譜です。ぼくが気に入っているのは、スクリャービンの
ピアノ・ソナタですね」
ユリウスはそれを受け取ると、さっそくサロンのピアノに向かって弾き始めた。
弾いていくうちに、
(この音楽は、いままで弾きなれた曲とは違う・・・)
という思いにとらわれた。
妖しく激しい揺らめき。まるで木枯らしに葉を舞い落としていく樹木の、血の色に
染まった身もだえのよう。混淆された響きの美の極限で、情熱の妖しさが揺らめき、
人を夢と法悦に誘う音楽。
ユリウスがピアノを弾く姿を、キリルはじっと見つめていたが、そのうち、彼女が
一種の恍惚状態に誘われているように思えてきた。
普段は少年といっても通るくらい、中性的な容姿の彼女なのに、このときばかりは
奇妙なエロティシズムを感じさせた。
やっとのことで曲を弾き終わると、彼女はまだ音楽の余韻に浸っているようだったが、
やがてキリルのほうに向き直ると、
「ありがとう。こんなに音楽に陶酔したことは、ここ数年はなかったものです」
と言った。
「いえ、このぐらい、お安い御用ですよ。あなたがお望みなら、これからも御用を
務めましょう」
それからキリルは、ペテルスブルグ社交界のゴシップや催し物について、
面白おかしくユリウスに話して聞かせた。
ユリロフという名の億万長者がクラブの歌手にシャンパン入りの風呂を
つくってやったこと、バレリーナのマチルド・クシェシンスカはニコライ2世の甥である
アンドレイとセルゲイ・ミハイロヴィチ大公の恋人であること、ネフスキー大通りの
《プロスペクト・パレス》で開かれた美術品の品評会のこと・・・
キリルの話すゴシップが、まったく嫌味のない調子なので、ついユリウスも
話に引き込まれて笑ってしまった。これほど心の底から笑ったのは、聖ゼバスチアン
時代、イザークたちとつきあっていたとき以来、ほとんどなかったのだ。
(そういえば、彼は雰囲気もどことなくイザークに似ているな・・・純粋で、世間ずれ
した感じがあまりない・・・貴族の子弟なら、そうとう遊んでいるだろうに・・・)
ある日、邸に帰宅したレオニードに、女中頭が、
「あの・・・若旦那さま、折り入ってお話したいことが・・・」
「なんだ?」
「キリル様が、若旦那さまのお留守に、しょっちゅうこの邸を訪ねてきています。
あの方のところに・・・」
「・・・・・・」
“あの方”というのがユリウスのことだと気がついて、
「いったい、あいつはなにをしに来ているのだ?」
と尋ねると、
「一度、サロンであの方がピアノを弾き、その演奏にキリル様も耳を傾けていらっしゃいました」
「それだけか?」
「ときどき、あの方の部屋で二人っきりで話しています」
156 :
白夜 4:2009/06/14(日) 17:25:51 ID:OdMnw7ZB
「作曲家のスクリャービンですがね、彼は病気にかかって容貌が損なわれることを
ひどく気にしているんですよ。そのせいで、細菌感染への恐怖に取り憑かれ、
強迫神経症かと思えるほど身辺の衛生にこだわっているんです」
「男性なのに?そこまで気にする必要はないと思いますけどね」
「彼は稀代のスタイリストなんです」
ユリウスが声を立てて笑うと、キリルは、
「ペテルスブルグにはたくさんのクラブがありますが、貴族会(ブラゴロドノイエ・
ソブラニエ)というクラブには著名な音楽家を迎えることがあって、ここは女性も
入ることができます。そのほかに女性が入れるクラブには、サンクト・ペテルブルグ
芸術協会、ダンス協会などがあります」
「そのほかのクラブは女人禁制なのですか?」
「そうです。帝室ヨットクラブ、英国クラブ、新クラブ(ノーヴイ・クルプ)、河川ヨットクラブ
などは男だけの世界です」
「それはひどい。女性も入れてあげればいいのに」
「いわゆる“新しいタイプの女性たち”の中にはそういうことを主張している人も
いますね。でもまだ彼女たちの主張が社会に受け入れられるには時間がかかるでしょう」
キリルは、ふとユリウスが自分の顔を真正面から見つめていることに気づいた。
「どうなさいました?」
「いえ・・・あの・・・」
しばらくためらってから、
「あなたは昔、ぼくが知っていたある男性に似ています。顔かたちというより雰囲気が。
彼はピアニストだったのですが。もっとも、彼は貴族の出身ではなかったし、あなたほど
快活ではなかったけれど」
「それは光栄です。で、そのピアニストはあなたの恋人だったのですか?」
「いいえ、恋人ではなく友人です。でも、ぼくたちは素晴らしい青春時代をともにしました」
「・・・・・・」
しばらく沈黙が続いてから、キリルが、
「失礼な質問ですが、どうかお許しください。あなたは、レオニードの愛人なのですか?」
と尋ねてきた。ユリウスはびっくりして目を丸くし、
「いいえ、とんでもない!あなたはそんな誤解をしていたの?ぼくたちは恋人でも何でも
ありません!どちらかといえば敵・・・」
そこまで言いかけて、彼女ははっとして口を閉じた。
157 :
白夜 5:2009/06/14(日) 17:26:17 ID:OdMnw7ZB
レオニードは足音を立てないよう注意しながら廊下を歩き、ユリウスの部屋の前まで
たどり着くと、鍵穴からそっと中を覗いた。
二人は長椅子に腰かけ、キリルがなにか話しかけるたびに、ユリウスが笑う声が
聞こえた。彼女がこんなに明るい調子で笑うのを聞いたのはめったになかった。
自分でもなぜかわからないながら、二人に対して激しい怒りを感じた。
(あの二人はわたしの留守中に、この邸で何をしているのだ・・・?)
そう思った次の瞬間、大きな音を立ててドアを開けていた。
ユリウスとキリルの二人は、驚いて長椅子から立ち上がりそうになった。
レオニードの冷たく突き刺すような視線に怯え、言い訳の言葉すらも出てこなかった。
「キリル・・・わたしはおまえに、この一角には近づかないようにと申し渡しておいたはずだ。
なぜこの部屋に入り込んだ?」
「レ・・・レオニード・・・」
キリルが何と言っていいかわからずにうろたえていると、
「もうよい、さっさとこの部屋から出て行け。今後おまえにはこの邸への出入りを禁じる」
キリルが青ざめ、うなだれて部屋から出て行き、扉を閉めた。
レオニードはそれを見とどけてからユリウスに近づき、次の瞬間、彼女の頬を片手で打った。
ユリウスが悲鳴を上げて倒れかかり――そのとき、彼自身、自分の行動が信じられなかった。
自分が女を殴ることがあるなどと考えもしなかったのだ。アデールが彼を怒らせるようなことを
言ったときでも、いつも何も言わずにその場を立ち去るだけだった。
長椅子に寄りかかった彼女を見ながら、口では心にもないことを言っていた。
「おまえは、根っからの淫売なのだな。アレクセイ・ミハイロフを追いかけてきたといいながら、
わたしの従兄弟にまで手を出すのか?」
もちろん彼自身は本気でそんなことを考えていたわけではなかったが、ユリウスはびくりとして、
「そんな・・・そんないかがわしいことは何もしていないよ。ぼくたちはただ、話をしたり、
ピアノを弾いたりしていただけで・・・」
「そんな言い訳が通用すると思うか?ならばなぜ、あいつはわたしがいないときを見計らって
この邸に来ていたのだ?」
「・・・・・・」
しばらくして、彼女のそばに近寄ると、憤怒の感情を抑えてユリウスの顎に手をかけ、
上向かせた。彼女の目に涙があふれているのを見ると、内心でうめいた。
この少女は、どうにもならないほど美しいのだ。愛してならないときでも、愛さずには
いられないのだ。突然、レオニードは、彼女と従兄弟の間に何があったのか知りたくない、
知らないほうがいいと思った。ふいに疲労感を感じ、ユリウスに、
「よいか、もうあいつとは二度と会うな」
と言って部屋を後にした。
一方、ユリウスは、自分の部屋の長椅子にぐったりと横たわっていた。レオニードに
平手打ちされた頬に手を当てながら、
(確かに軽率だったかもしれない・・・いくらキリルがユスーポフ家の親類だといっても・・・)
彼女は自分がなぜ彼にあんなにあっさり心を開いてしまったのかを考えていたが、
結局、彼がイザークに似ていたからだということに思い当たった。
(イザーク・・・彼に対しては、クラウスのような熱い想いを抱くことはなかったけれど、
それでもぼくは彼の存在に癒されていたのだな・・・よく「聖イザーク」とか「清廉潔白居士」
とか言って彼のことをからかったっけ・・・)
158 :
白夜 6:2009/06/14(日) 17:26:59 ID:OdMnw7ZB
その日、レオニードはユリウスに、
「次の休暇には、私はおまえを連れて、ロシアのあちこちを見せてやる。ずっと
ペテルスブルクだけにいたら退屈するだろう」
と言い渡した。
「え・・・」
一瞬、ユリウスはとまどった。まさかレオニードがこんなことを言い出すとは予想
していなかったのだ。
「どうした、行きたくはないのか?」
「ううん、ペテルスブルク以外の街を見られるのは嬉しいけど・・・」
彼女がまだ戸惑っているのを見て取って、
「ペテルスブルクだけを見ていては、ロシアを本当に知ったことにはならんぞ。
ここはロシアの中でも最もヨーロッパ的な街だからな。・・・それに、おまえはアレクセイ・
ミハイロフが命がけで愛した祖国がどんなところか、知りたくはないのか?」
「・・・・・・」
(初雪はまだだ、初雪はまだだ、だのに行くのか・・・!?君を惜しむ人がこんなに
いても、それでもなおロシアは君を呼んでやまないのか!?)
そう思いながら必死で駅まで走ったあの日・・・いまでもはっきりと思い出すことが出来る。
君があの素晴らしい才能を犠牲にしてまで愛した祖国・・・
「行くよ」
そうレオニードに向かって答えた。
ユリウスは青の一等車に乗り、鉄道の窓の外に広がる景色を眺めていた、平坦な
風景が、どこまでも続く。時々遠くに、木造の家からなる村が現れる。白樺や樅の
木も見える。そろそろモスクワに近くなったのか、隣のコンパートメントでは人々が
動き出している。レオニードが彼女に、
「そろそろ降りる準備をしなさい」
と言った。
駅から出ると、レオニードとユリウスは辻馬車に乗った。
「どこへ行くの?」
と尋ねると、彼は、
「クレムリン宮殿だ」
と言った。
馬車はトヴェルスカーヤ通りを進み、城壁の中に入ると、ヴァシーリー・ブラジェンヌイ
聖堂が見えてきた。
(あれがそうか・・・!)
とユリウスは思った。旅行記の挿絵などで見たことはあったが、実物を見るのは
これが初めてだった。
(なんだか、パイナップル・カボチャ・タマネギで出来た屋根がちぐはぐに聳え立って
いるように見える・・・)
ドイツ人であるユリウスの目には、その聖堂は病的な夢想の産物のようにも見えた。
均整や調和といった古典主義的原理とは対極にある激情の乱舞。
「ここは赤の広場という。“赤”は、ロシア語では“美しい”と同義語だ」
レオニードが言った。
赤の広場を通り過ぎた後、市内の高級ホテルの前で馬車は止まった。
御者に料金を払い、ホテルに入ると、鏡やシャンデリアや赤い絨毯で飾られた
豪華なロビーが目の前に広がっていた。レオニードから、
「明日はウスペンスキー大聖堂とボリショイ劇場へ連れて行ってやる。疲れたであろう、
今夜は早く休みなさい」
と言われて、自分の部屋へ行き、早々に床に就いた。
159 :
訂正:2009/06/14(日) 17:28:36 ID:OdMnw7ZB
>>158は「白夜」の続きですが、題名は「旅行」でした。
160 :
旅行 2:2009/06/14(日) 17:29:03 ID:OdMnw7ZB
次の日、レオニードにつれられて、歴代皇帝の戴冠式が行われたウスペンスキー
聖堂に入ると、中が薄暗いことと、カトリック教会と違って彫刻がまったくないことに
驚いた。暗い堂内に蝋燭の炎がゆらめき、金色のイコンが灯りに照らし出されて
浮かび上がり、独特の神秘的な雰囲気を醸し出していた。
レオニードが正面を見て、
「あれをイコノスタス(聖障)というのだ」
といった。カトリック教会の場合、聖餐式が行われる祭壇があるはずのところが、
高い障壁で覆われていた。そしてイコノスタスにも聖人の画像が描かれている。
(同じキリスト教会でも、カトリックとロシア正教ではこうも違っているのか・・・)
それからいったんホテルに戻り、夕方になって劇場へ行く準備をした。
レオニードとユリウスが劇場に着くと、もうはや盛装した男女で埋まっていた。
ボリショイ劇場は、ペテルスブルクのオペラ劇場がヨーロッパ的で洗練されて
いるのに対し、ロシア的な豪華さと重厚さを漂わせていた。
ロシア帝国の黒い鷲のマークの付いた赤と金色の服を着た案内人が、二人を
先導して桟敷席まで案内した。
この日の演し物はバレエで、8時に始まった。レオニードは幕間に、シャンパンと
お菓子を持ってこさせた。彼はユリウスに、ペテルスブルクとモスクワの二都市は、
芸術の分野でも対抗意識を持っているのだと教えた。
「ペテルスブルクでは、モスクワの芸術家たちは安易な効果のために伝統を犠牲に
しているといわれているがな、モスクワではペテルスブルクの芸術家たちは優雅さと
感情を犠牲にして技巧に走りすぎているという非難を浴びている」
バレエの舞台を見ながら、
(イザークは、今頃ウィーンで音楽の勉強に励んでいるのだろうか。彼はもうデビュー
しただろうか?)
と考えていた。
(彼がピアニストとして成功すれば、そのうちロシアにまで名前が聞こえてくるかもしれない)
ホテルに戻ってから、レオニードは、
「明日は、ユスーポフ家が所有している、モスクワ郊外の領地へ連れて行ってやる。
おまえにロシアの農民がどういうものか見せてやろう」
と言った。
今度は馬車に乗り、モスクワ近郊にあるユスーポフ家の領地へ行った。
そこにはユスーポフ家伝来の館があるとのことだった。
館に着くと、荷物を降ろし、一晩泊まってから二人で遠出をした。
村は全部似通っていた――玉葱型の鐘楼のある小さな教会、井戸、ガチョウ、
ほこりを立てている雌鳥、生垣の背後で大きな黄色い頭を立てているヒマワリ、
あり継ぎで接合した、麻くずで隙間をふさいだ数軒の丸太小屋。
男たちは木綿のシャツに麻やウールのズボンを着て、ブーツを履いていた。
貧しい農民は、ブーツの代わりに樹皮で編んだサンダルを履いていた。
女たちは刺繍の施された服を着て、頭には簡単なスカーフを結んでいる
者もいた。
161 :
旅行 3:2009/06/14(日) 17:29:29 ID:OdMnw7ZB
館に戻ってから、レオニードが聞いてきた。
「おまえはロシアの農民を見てどう思った?」
「そう・・・とても善良で、素朴な人たちに見えたよ」
「ふっ、確かにな。しかしロシアの農民には、もうひとつ別な面がある。
おまえは私の邸に閉じ込められていたから知らなかっただろうが、
1905年には、地主の屋敷が次々に農民たちによって焼き討ちにあった。
これについて、“イルミネーション”という悪意に満ちた冗談が流行語に
なったほどだ。ロシアの暴動ほど恐ろしいものはないぞ。意味もないし、
容赦もない。ロシアの農民はふだんは温厚で従順なくせに、ときには
狂ったように凶暴になるのだ・・・」
「・・・・・・」
ユスーポフ家の領地にいて、のどかな田園風景を見ていると、ペテルスブルクの
喧騒や社交界が別の世界のことのように思えた。
「皇帝陛下はな、本当はペテルスブルクがお好きではないのだ。陛下がお好み
なのは、辺境のペンザの所領だ。国家評議会の議員であるオボレンスキー公も、
政界の権謀術数を嫌っておられる。昔気質の貴族の中には、ペテルスブルグの
政治生活より田舎の地主の生活のほうが合っているという人物がよくいる。
大臣職は一見有力なポストに見えるが、実際は幾多の計画、会議、議論の
積み重ねに過ぎない。
首都の最上層部で成功するには、権力を好み野心的でなければならない。
政治もこのレベルになると絶え間ない抗争だ。争いを好み、わざを会得して
他の人間や組織に自説を強要することに喜びを見出すような性格でなければ
とても務まらない」
「ユスーポフ侯・・・あなたはペテルスブルクの生活にうんざりすることはないの?」
ユリウスがそう質問すると、レオニードはふっと笑って、
「わたしは軍人だ。軍人としての責務を果たすまでのことだ」
と言った。
実のところ、レオニード自身も政界の野心、裏工作、嫉妬、瑣末さには反感を
抱いていたのだが。
「ユリウス、おまえにはなかなか理解しにくいことかもしれぬがな、専制君主の
地位というものもなかなか疲れるものなのだ。ロシアでは、君主は愛されるよりも
恐れられなければならない。さらに、君主や政治家の仕事はとても複雑で、
年々ますます量が増えていく。軍人や外交官も、今では巨大な官僚機構の
中の歯車とならざるを得ない」
その館に数日間滞在している間、ユリウスがある部屋に入ると、
その部屋の壁には300枚もの女性の肖像画がかかっていた。
あまりの数の多さに圧倒されてぼんやり見ていると、ちょうどそこに
レオニードが入ってきた。
「なんだおまえ、こんなところにいたのか」
「ユスーポフ侯、ここの肖像画は・・・?」
「これらはな、私の曽祖父ニコライ・ユスーポフの愛人たちの肖像画だ」
「・・・!!」
ユリウスが一枚一枚肖像画を見ていくと、その中に、ヴィーナスとアポロが
裸同然の姿で一緒にいる絵があった。
「この絵だけ古代の神々を描いたものだね」
と彼女が言うと、彼は、
「これはヴィーナスとアポロに扮したエカテリーナ女帝とニコライ・ユスーポフを
描いたものだ」
と言った。ユリウスが驚いて、
「じゃあ・・・あなたの曽祖父は、エカテリーナ女帝の愛人だったの?」
「さあな。今となっては誰にもわからぬ」
162 :
旅行 4:2009/06/14(日) 17:31:01 ID:OdMnw7ZB
ユスーポフ家の邸宅からいったんモスクワへ戻って、今度はニジニ・ノヴゴロドへ
行くと告げられた。
「モスクワから急行列車で11時間ほどのところにある街だ。ここの定期市は
東洋と西洋の商業が混じっている。」
列車が街に到着すると、ホテルに荷物を預けてから、辻馬車を雇って旧市街を
通り、丘の上に登ると、ヴォルガ川とオカ川が合流してくっきり浮かび上がった
三角形の土地の上に定期市が見えた。沖仲士の群れが沼地でうようよしていた。
レオニードは、御者に発進するように命じた。辻馬車は急な坂道を下り、市へ
入り込んだ。
定期市では茶、皮、毛皮、ペルシア絨毯、アラビア馬、ウラルの鉄、カシミヤ、
カスピ海の干した魚など、アジアから来た物産が並べられていた。
ホテルへ戻ってからレオニードは、ロシア帝国を形成している多様な民族
についてユリウスに説明してやった。
「大ロシア人、小ロシア人、白ロシア人、ポーランド人、リトアニア人、ラトビア人、
フィン人、エストニア人、アジア系のタタール人、トルキスタン人、トルクメン人、キルギス人、
バシキール人、ブリヤート人、ツングース人、カフカス系のチェルケス人、グルジア人、
ミングレル人、ヘヴズル人、カバルダ人、オセット人、チェチェン人、レズギン人、
アルメニア人・・・」
「ロシア帝国の中でフィンランド大公国だけは独自の憲法を持ち、自治を享受している。
コサックはロシア社会の中で法律、特権、そして自治を持った独自の階層を形成している。
帝国の北部や東部の遊牧民に対しては、ロシアの主権を認めさえすれば、他のことは
ステップの古い習慣に従って彼らの好きなようにさせている」
ここでふと、ユリウスは、
「ユダヤ人についてはどうなの・・・?」
と聞くと、一瞬、レオニードは表情を固くし、
「彼らは、特定の地域、つまりヨーロッパ・ロシアの西部および南西部の諸県にしか
住むことを許されていない。自由に住居を変えることもできない。しかし第一ギルドの
ユダヤ商人、高等教育施設で学業を終えたユダヤ人、そして『社会生活に必要な』
職業に就いているユダヤ人は例外だ。その上、ユダヤ人が土地を所有したり、
国家公務員になったり、市会議員の選挙に参加したり、公教育施設に入ったり
するのには厳しい制限が加えられている」
(やっぱり、ロシアでもユダヤ人問題は複雑なんだな・・・ドイツ帝国にもポーランド人や
ソルブ人やユダヤ人などの民族がいるが、ロシア帝国の諸民族はそれをはるかに
上回る多様さだ・・・)
ユリウスは頭が混乱しそうになりながら思った。
帰路につく列車の中で、レオニードが、
「今回の旅行ではおまえにモスクワと、その郊外にあるユスーポフ家伝来の領地、
ニジニ・ノヴゴロドを見せてやったが、これだけではロシア帝国の半分も知った
ことにはならぬぞ。たとえばシベリアだ。毛皮を求めて、ロシア人が東へ東へと
進んでいったものだが・・・どこまでも続く広大無辺の大地。森林と原野・・・・・・」
そう語りながら、レオニードの眼はどこか遠くを見ているような表情になった。
(クラウスも、ときどきこんな眼をしていたっけ・・・)
不意に、彼がユリウスからずっと遠く、手が届かない存在になったような
錯覚に襲われた。
するとなぜか、不安な気持ちになった。
163 :
旅行 5:2009/06/14(日) 17:31:31 ID:OdMnw7ZB
二人の乗った列車は、一路ペテルスブルクへ向かっていた。
ユリウスは恐る恐る、レオニードに対して質問してみた。
「あの・・・ユスーポフ侯・・・ぼくがこの国に来た最初の年に、ユダヤ人に対する大規模な
ポグロム(虐殺)があったそうだけど・・・それを扇動していたのが『黒百人組』と呼ばれる
組織だって・・・」
意外なことに、レオニードはあっさり答えてくれた。
「そうだ。ロシア帝国には多くの反動的組織があるが、彼らが組織したテロリスト集団が『黒百人組』だ。
ドゥーマ(国会)が開かれると、やつらはこれをユダヤ人の意のままに操られる道具だといいふらした」
そこでレオニードは一息つくと、
「心の底ではこれらの団体も愛国的なのだ・・・しかしやつらの愛国主義は幼児的なものでしかない。
その指導部を形成するのは政治的成り上がり者で、思慮浅く、心性はなはだ陋劣だ。
やつらは理性的な政治イデオロギーなどは持ち合わせておらず、その努力はもっぱら野卑な
大衆の陰湿な本能を解き放つことに向けられている。これらの団体には、いかなる建設的要素も、
いかなる未来のヴィジョンもない」
「・・・・・・」
ユリウスは勇気を出して、もう一つ、尋ねてみた。
「ユスーポフ侯・・・あなた自身は、政治についてどんな考えを持っているの?」
「1905年にドゥーマが開かれたが、これだけでは完全な立憲政治とはいえぬ・・・いずれは
ロシアも、真の立憲政治へと進むべきだろう。だが、その段階に到達するまでには、まだまだ
多くの障害を越えなければならぬだろうな。
たとえばイギリスでは、絶対王政の権力を弱めて立憲寡頭制になるのに1640年から1688年
までかかり、さらに国民に普通選挙権が与えられるようになるまでにはさらに長く、19世紀
いっぱいかかっている。
フランスでは絶対王政から普通選挙権のある安定した共和国になるのに1789年から
1875年までという長い歳月が必要だった。
ロシアが例外だと信じる理由はどこにもない」
「・・・・・・」
164 :
旅行 6:2009/06/14(日) 17:31:52 ID:OdMnw7ZB
旅行から帰ってくると、再びユリウスは家庭教師について、ロシア語やロシアの政治に
ついて学び始めた。
彼女が聞きたかったのは、1905年の革命についてだった。
「先生、1905年の革命は――ぼくはずっとこの邸にいて、ロシア語の新聞・雑誌も
読めなかったので、事態がさっぱりつかめなかったのですが――なぜ失敗に
終わったのですか?」
「それにはいくつかの理由がありますな。
ひとつは、政府側が革命運動に対して、断固とした弾圧手段をとったこと。
ソビエトの議長ノサーリを逮捕し、モスクワ蜂起を鎮圧し、全国で懲罰遠征が
行われました。
二つ目は、政府が譲歩して憲法を制定したので、上・中流階級の穏健派の中に
政府支持者が出てきたからです。自由主義者たちは立憲民主党(カデット)と10月党
(オクチャブリスト)を結成しましたが、彼らは10月宣言(皇帝が信教・思想・言論・集会・
結社の自由を認め、立法権を持つ国会の創設を宣言した)によって暴力的抵抗の
正当性は消滅したと考えていました。
三つ目は、民衆の革命が急進的・暴力的になり、彼らの目が上・中流階級の資産に
向けられるようになると、社会的エリートたちが、騒乱に恐怖と怒りを覚え始めるように
なったことです。
労働者が賃金引上げ、労働時間の短縮、職場の改善を要求すると、経営者は
工場封鎖(ロックアウト)と解雇で対抗しました。
邸が放火されると、地主階級はいっそう右傾し、ゼムストヴォ(地方自治機関)を
抱き込みました。
ゼムストヴォで働いていた急進的な官吏は罷免され、コサックや他の近衛兵が
所領の警備のために雇われました。
上・中流階級の中から自発的に郵便・電信のストライキ破りの参加者が出たことは、
世の中の空気が変わり始めた兆しでした。
1905年末ごろになると、ひとりの学生が虐待されたと激怒してわめいていた
人々が、今度は『逮捕などというのは甘い、過激派はすべて銃殺しろ』と叫ぶ
ようになりました。
人の心というのは変わりやすいものですな。自分たちの身の安全や財産が
危機にさらされるや否や、政府は断固たる主導権をとれと叫ぶようになったの
ですから。」
「・・・・・・」
(政治とは、人の心はそんなに移ろいやすいものなのか・・・)
彼女がそう考えていると、彼は、
「とにかく、ロシア帝国にとって1905年から1906年までは最大の危機でした。
この時期に君主制が崩壊したら、ドイツはバルト地方のドイツ人保護という名目で、
軍事介入を図ったでしょう。ロシアの政治が無秩序と社会主義のほうへ傾けば、
欧州諸国はロシア国内の外国資本を保護するために、大々的に介入してくるのは
確実でした。ロシアが列強の地位から転落すれば、ドイツはヨーロッパで決定的な
勢力を持つことになります。あの時期は、フランスやイギリスもドイツの軍事介入を
心配していました。結局それは杞憂に終わったのですが。」
「ロシアに対してドイツが・・・」
ユリウスは今まで、自分の母国であるドイツが、ロシアにそのような関わり方を
するなどと想像したことはなかった。あのころは、クラウスのことばかり考えていて、
政治や外交がどうなっているかなどと想像する余裕はなかったのだ。
165 :
旅行 7:2009/06/14(日) 17:32:14 ID:OdMnw7ZB
家庭教師が帰ってから、
(ぼくは、クラウスのことも、革命運動のことも、ロシアという国のことも、ほとんど
知らなかった・・・あのころは、なんて単純なものの考え方をしていたことだろう・・・)
すると、偶然レオニードが通りかかった。
「今日の授業は終わったのか?」
「うん・・・」
彼はしばらく彼女を見つめていたが、
「やつのことが気になるか?」
と聞いたので、素直に、
「ええ・・・そう・・・」
と答えた。
(彼は今ごろ、シベリアの監獄でどんな生活をしているのだろうか・・・)
すると突然レオニードは、
「おまえは、革命家どもの活動の内容がどんなものか、知っているのか?」
と聞いてきたので、
「え・・・」
ユリウスは戸惑ったが、しばらく考えてから、
「印刷所で新聞を発行したり、労働者の間にビラをまいたり、味方になりそうな
人間をオルグしたりしているのでは?」
と言った。
「ふっ、確かにな。しかし、そのほかにもあるのだ。たとえば、銀行や裕福な家を
襲って資金を得ることだ。やつらのあいだでは、殺害や収奪を実行する武装行動隊は
ロマンティックなロビン・フッドと考えられている」
「・・・・・・」
(革命家たちは・・・そんなこともやっているのか・・・)
「こんな事件が過去にあった。ロシア社会民主労働党に、クラーシンという名の
テロリストがいた。優秀な技師かつ美男子で、やつの最大の情熱は爆弾だった。
やつが爆弾の製造資金を手に入れるために使った手段というのは、何だと思うか?」
「・・・・・・」
「1905年5月、ニースの別荘にサッヴァ・モロゾフという富豪が滞在していた。モロゾフは
革命家たちに資金を援助していたパトロンだったのだ。彼は当時重いうつ病に悩まされていた。
クラーシンはモロゾフを見舞った。この訪問後、モロゾフは自分の保険証書をマリア・ユルコフスカヤ
という名の女優に遺贈している。実は彼女はただの女優ではなく、ボリシェビキの中央委員会の
エージェントだった。まもなく心臓に弾丸を撃ち込まれたモロゾフの遺体が発見された。彼は
自殺したのか?それとも誰かに撃たれたのか?真実を知っているのはクラーシンだけだ」
166 :
旅行 8:2009/06/14(日) 17:32:35 ID:OdMnw7ZB
その話を聞いて、ユリウスは、自分の父のアルフレートが無実のフォン・ベーリンガー伯一家を
射殺したことを思い出した。
「だがモロゾフの資金をめぐる事件はこれだけでは終わらなかったのだ。モロゾフの甥の
ニコライ・シュミットは大きな家具工場を所有しており、なおかつ、ロシア社会民主労働党の
秘密党員だった。そして1905年に労働者たちの蜂起を扇動した・・・自分の工場でだ。
そのために彼は投獄された。彼は何度か、公然と自分の莫大な財産を愛する党に
遺贈することを宣言した。1907年にシュミットは獄中で自殺した。不可解な死だった。
そして・・・遺書は見当たらなかった。
相続人になったのは彼の二人の姉妹だった。だがクラーシンには得意の方策があった。
まず姉のエカテリーナと結婚させるためにボリシェビキのニコライ・アンドリカニスが
送り込まれた。彼は彼女と結婚したが、思惑がはずれて金は党に渡らなかった。
そこで党は妹のエリザヴェータのところへ若い党員ワシーリィ・ロジンスキーを送り込んだ。
彼は彼女といい仲になり、裁判でボリシェビキに有利な証言を彼女にさせることを保証した。
結局、シュミットの遺産をめぐる裁判はボリシェビキが勝った。そして莫大な資金を手に入れた」
「ユスーポフ侯・・・あなたはなぜ、そんなことを知っているの?」
「やつらがこちらにスパイを送り込んでくるように、国家警察局(オフラナ)の側も革命家どもに
スパイを送り込んでいる。当然、それらのスパイからやつらの内情について報告がある」
「・・・アレクセイ・ミハイロフは・・・ボリシェビキがそんな活動をしていることを知って
いたんだろうか・・・?」
するとレオニードは皮肉っぽい口調で、
「こればっかりは、わたしにもわからぬな。直接やつに聞くしかあるまい」
と答えた。
「・・・・・・」
「ユリウス、反体制運動といえどもな、綺麗事だけではすまないのだ。甘い性格の
人間があのような運動に関わると、たいていは利用されるだけで終わることになる。」
レオニードが出て行った後、ユリウスはひとり物思いにふけっていた。
(クラウス・・・君はボリシェビキの実態を知りながら、彼らの運動に加わったのか?
それとも君はそんなことはまったく知らずに活動しているのか?)
ふいに、疲労感に襲われた。彼女にはロシアという国について、いくら学んでも学びきれない
のではないかと考えていた。
(ぼくは結局、この国についてもクラウスについても決して理解できないのだろうか・・・)
167 :
旅行 9:2009/06/14(日) 17:33:08 ID:OdMnw7ZB
1911年秋――
その日、アナスタシアは姉のアントニーナと一緒に、オペラ劇場に観劇に来ていた。
ひとしきり姉の自慢話を聞いた後で、ふと向こうに目をやると、リュドミール、レオニード、
ユリウスの三人がこちらに近づいてくるのが見えた。
「ほら・・・!」
「まあ!ユスーポフ侯の・・・」
「侯の弟君リュドミール様は今年、士官学校ですって。りりしく成長なすったこと!
どうでしょう」
ご婦人方の噂話が聞こえた。
(彼女だわ・・・!)
アナスタシアの胸の動悸が速くなった。
こっそり後ろから彼女に近づいて、
「あの・・・失礼!あ・・・あなた・・・」
ユリウスは後ろを振り返ると、
「あなたは・・・アナスタシア・クリコフスカヤ嬢・・・!」
「おひさしぶりね。オペラ劇場でお会いできるなんて!あなたにどうしてもお知らせしたい
ことがあるの・・・」
ユリウスを少し離れたところまで連れて行って、
「いつかわたくしがいったことおぼえていらっしゃる?いまこそ、わたしたちがアレクセイの
ために働かねばならない時なのよ。手を貸してちょうだい。アレクセイはいまシベリアの
アカトゥイ監獄にいるの!」
「アカトゥイに・・・」
「またあなたに何かの手段でご連絡するわ。それまで待っていてちょうだい」
そう言うと、アナスタシアは離れていった。
ユリウスは呆然と彼女の後姿を見送っていたが、やがてレオニードがこちらへ
やってきた。
「どうしたのだ、こんなところで。そろそろ開幕だぞ」
「あ・・・わかったよ、ユスーポフ侯」
彼につれられて、桟敷席へと向かった。
いつ見ても、ペテルスブルクのオペラ劇場は豪奢だと感じる。黄金と真紅の空間。
平土間を馬蹄型に取り囲む金色に縁取られた桟敷。天井から吊り下がるシャンデリア。
深紅のビロードのカーテン。そしてきらびやかな衣装と宝石で着飾った貴顕淑女たち。
オペラを観ながらも、さっきアナスタシアから言われた言葉が耳を離れなかった。
(アレクセイはいまシベリアのアカトゥイ監獄にいるの!)
(アカトゥイ・・・)
ユリウスには想像もつかないような、地の果てであった。
(クラウス・・・君は監獄でどんな生活をしているんだ?もし可能なら、シベリアまで
追いかけていって君を助けてあげたいのに)
クラウスがシベリア流刑になっているのに、ユスーポフ邸でぬくぬくと暮らしている
自分に、罪悪感を抱いた。
168 :
旅行 10:2009/06/14(日) 17:33:46 ID:OdMnw7ZB
オペラが終了して、皆が席を立ち、劇場の出口へ向かうと、一人の男がすれ違い様
軽くユリウスにぶつかった。
「おっと、これは失礼いたしました」
「いえ・・・」
レオニードとリュドミールと一緒に馬車に乗り、邸に帰り着くと、自分の部屋に引き取った。
上着を脱いで着替えをしていると、ポケットからはらりと一枚の紙が落ちた。
なんだろうと思って拾ってみると、紙に伝言が書いてあった。
《ユリウス、いずれユスーポフ邸に潜入させた私たちの同志が、あなたに接触しに
来ると思います。それまで怪しまれないように待機していてください。
アナスタシア・クリコフスカヤ》
(アナスタシアは・・・あの時言ったように、クラウスを救出するための活動を続けて
いたのか・・・なんて意志の強い女性なんだろう・・・)
レオニードが軍務で邸を留守にしていたある日、召使の一人が、
「ユリウス様、お部屋の掃除をしてもよろしいでしょうか」
と声をかけてきたので、
「どうぞ」
と答えると、彼女は部屋の中に入ってきた。
ドアを閉めてから彼女はユリウスのそばに近づいてきて、小声で、
「ユリウス様、あなたはアナスタシア・クリコフスカヤとお知り合いなのですか。
彼女からあなたのことをきいて会いに来たのです」
と言った。ユリウスが驚いていると、
「実は、わたしはアレクセイ・ミハイロフの同志で、召使に身をやつしてこの邸に
潜入している者です。」
「あ・・・あなたはクラウスを知っているのか?」
「ああ、やっぱりあなたは彼がドイツに亡命したとき使っていた名前を知っていらっしゃる。
あなたは彼の恋人だったのですか?」
ユリウスはしばらくためらってから、
「・・・そうです」
と答えた。
「実は、わたしたちはあなたに手伝っていただきたいことがあるのです」
「どんな・・・?」
「わたしたちは今、同志アレクセイをシベリアの監獄から脱獄させるための計画を練っています。
そしてあなたには、ユスーポフ侯を暗殺していただきたいのです」
「・・・!」
さすがのユリウスも驚いて、絶句した。そして、
「なぜ・・・なぜ・・・ユスーポフ侯を?」
と尋ねると、
「まず第一に、わたしたちにとってユスーポフ侯は、モスクワ蜂起のときに大勢の同志を
殺したという恨みがあります。
第二に、彼はこれから先も、同志アレクセイを含む革命家たちの強敵でありつづけるでしょう。
その彼を暗殺すれば、活動がやりやすくなります」
ユリウスは相手に何と答えていいのかわからなくなった。
(このぼくが・・・革命家たちの仲間になって暗殺を・・・)
ユリウスが戸惑っているのを見て取って、彼女は、
「もしあなたがユスーポフ侯暗殺を引き受けてくれるのであれば、わたしたちはあなたを
必ずこの邸から無事に脱走させます。そして同志アレクセイがシベリアの監獄から無事
脱獄できたあかつきには、あなたがたは晴れて一緒になれます」
「クラウスに・・・また会える・・・」
ユリウスの心は乱れたが、今はなんとも考えがまとまらなかった。
「しばらく考える時間をください・・・あなたのことは、誰にも言わないよ・・・」
169 :
旅行 11:2009/06/14(日) 17:34:11 ID:OdMnw7ZB
彼女が去ってからも、ユリウスはさっきの申し出について考え続けた。
(このぼくが・・・暗殺を・・・)
ヤーン先生殺害、アネロッテ殺害のときの記憶がよみがえった。
(どうせぼくは故郷で二件もの殺人を犯して逃げてきた身なのだ。クラウスに
再会できるなら、もう一件殺人を犯しても・・・)
とは思いつつも、あの屈強な男を殺害できるかどうか、自分でも自信がなかった。
そのとき、不意に、
(彼はこれから先も、同志アレクセイを含む革命家たちの強敵でありつづけるでしょう)
という言葉を思い出した。
(ユスーポフ侯を暗殺することは、クラウスのためにもなる・・・もしクラウスが脱獄した
ことを知ったら、彼はまたクラウスを付け狙うだろう)
ユリウスと彼女は、レオニードを暗殺する方法について相談した。
以前、彼を爆弾を使って暗殺するのに失敗したので、ほかの方法を考えることに
したということだった。ユリウスが、
「食事に毒を混ぜるという方法はないの?」
と聞くと、彼女は、
「毒見役がいるから、すぐにばれてしまうわ」
と言った。
「ユスーポフ侯に近づけるのは、いまのところあなたしかいないの。いっそのこと、
あなたが侯に気のあるそぶりをして近づいてくれれば、彼も油断するかも」
「そ、そんなの無理だよ!第一、彼はぼくがいまだにアレクセイを想っていて、彼に
敵意を抱いていると考えているし・・・」
「銃で暗殺するのは無理ね。音を聞いて邸の者が駆けつけてきてしまうわ。
とすれば、やっぱりナイフか何かの刃物しかないのかしら・・・」
「ナイフ・・・」
ユリウスの脳裏に、ペーパーナイフを使ってヤーン先生を殺害したときの記憶が
またも甦った。
(ぼくの前にあるのは、どこまで行っても罪と闇だ・・・)
その夜、真夜中になって邸の者が全員寝静まってから、部屋着姿のまま、ユリウスは
懐にナイフを忍ばせて、自分の部屋をそっと抜け出した。邸内の静寂は彼女に、
アーレンスマイヤ家を出てきた夜のことを思い出させた。
(あの夜も、あまりにも静まり返っているので、かえって物陰から皆にみつめられている
ようで不気味だと思ったものだ・・・)
彼女は足音を忍ばせて、暗い廊下をレオニードの部屋へ向かった。
(彼はもう眠っているだろうか・・・もし起きていれば、何か用があるとみせかけるか・・・)
彼の部屋の前にたどり着き、そっと扉を押すと、隙間から明かりが漏れてこないので、
(よかった、眠っているようだな)
と思って、そっと部屋の中にすべりこんだ。
暗闇の中で、レオニードが寝ているベッドに近づくと、ヤーン先生殺害のときの
記憶がまたしても甦った。
(あの雪の日も、こうしてペーパーナイフを取って・・・)
ユリウスがためらっていると、突然、
「どうした、なぜ刺さない?」
と声がしたので、思わず飛び上がりそうになった。カチリと音がして、ランプの灯りが
ついた。
「・・・なぜわかったの?」
「最近、おまえの様子が妙だったからな。えらくわたしに従順で、逆らわないように
していたり、何やらそわそわしていたり、こちらと目を合わせないようにしたり・・・
暗殺者になりたかったら、相手に不審を抱かせるような言動は避けるものだぞ」
(ああ、やっぱりぼくにはだめだ・・・)
170 :
旅行 12:2009/06/14(日) 17:34:35 ID:OdMnw7ZB
すると、彼は意外なことを口にした。
「よかろう、刺すがよい。しかしその前に聞かせてもらいたいことがある。なぜ突然、
わたしを殺そうと思い立った?」
「・・・ある人が、ぼくがあなたを殺せば、アレクセイ・ミハイロフと会わせてやると言ったんだ」
そのとき不意に、父のアルフレートに殺意を抱いたときのことを思い出した。
(あのときもぼくは、あなたさえ死ねばぼくは女の子に戻れると考えていた・・・)
「・・・なるほどな。あの男への愛か」
「このままこの邸に軟禁されていても、ぼくには何の希望もない。だとすれば、その申し出に
賭けるほかはないんだ」
「それだけか?そもそもおまえは、何のためにあの男をこの国まで追ってきた?単に
やつへの愛だけか?」
ユリウスはしばらくためらったが、やがて意を決して、
「実は、ぼくは故郷で二件もの殺人を犯してきたんだ。それは・・・」
そして、ユリウスは自分の出生、母による性別詐称、クラウス(アレクセイ)との出会い、ヤーン
先生殺害、父と母の死、アネロッテ殺害などの過去を洗いざらい告白した。
「・・・・・・」
レオニードもさすがに驚いたようだが、何も口には出さなかった。
「ぼくの手は血で汚れている。それから逃れたくてロシアまでやってきたが、結局、この国でも
ぼくは罪に手を染めることなしには生きられない・・・」
しばらく沈黙が続いたが、やがてユリウスは、
「でも・・・もうぼくはこれ以上罪を犯したくはないんだ・・・だから、自分自身で決着をつける
ことにした・・・」
そう言って、彼女はゆっくりとナイフを自分自身に向けた。
レオニードは一瞬息を呑み、次の瞬間、ユリウスに駆け寄ってナイフを手から叩き落した。
彼女は床に膝をついたまま、
「な・・・ぜ・・・?ぼくはそもそも、この世に生を受けたことそのものが神に背いていたというのに。
ぼくに近づいた人間は、みな悲惨な最期を遂げる・・・」
「おまえはアレクセイ・ミハイロフを追ってこの国に来たのだろう。やつに対する想いはもう
消えたというのか?」
「今になってはっきりとわかったんだ。ぼくが求めていたのは彼自身ではない。罪から
解き放ってくれる場所を求めていたんだ。でもそんな所はどこにもありはしない・・・
この地上には・・・」
171 :
旅行 13:2009/06/14(日) 17:34:59 ID:OdMnw7ZB
レオニードはしばらく沈黙していたが、やがて、
「自殺などと馬鹿なことを考えるでない。それよりも、生きて自分自身と向き合うことを
考えるようにしろ」
と言った。するとユリウスは、
「なぜ?ぼくは今でも、死んでいるも同然の人間だ。それにあなただって、ぼくが死ねば、
ロシア皇室の隠し財産の秘密が漏れる心配がなくなる」
「・・・・・・」
レオニードはかつて、冬宮からの帰りの馬車の中で、万が一事態が切迫して秘密が
漏れる恐れが生じた場合には彼女を射殺すると言ったことを思い出した。
あのときは決して本気でそんなことを考えていたわけではなく、ただ脅しただけ
だったのだが。どちらにしろ、皇帝から命令が下るまでは、レオニードはユリウスを
保護する役目だった。
やがて、ユリウスは顔を上げると、レオニードの顔を見据えて、
「ぼくは、今ほど死を甘美に感じたことはない・・・死ぬことによって、罪からも苦悩からも
解放される・・・“死”の抱擁に身をゆだねてしまえば・・・」
「・・・・・・」
彼女を見ながら、レオニードはユリウスが狂気にとらわれているのではないかと思った。
(この少女にとって、最大の祝福は狂気なのかもしれぬな・・・狂気は神によって死の世界から
人間に対して送り込まれるというが・・・超越的なものに触れることは、至福なのか、
破滅なのか・・・)
ふいに、ユリウスがぐらりと倒れそうになったので、あわてて抱きかかえると、彼女が
気を失っているのがわかった。おそらく精神的に耐え切れなくなったのだろう。
レオニードはそっとユリウスを抱いて、ベッドに横たえてやった。
172 :
旅行 14:2009/06/14(日) 17:35:24 ID:OdMnw7ZB
ユリウスの夢の中で、さまざまな映像が浮かんでは消えた。
聖ゼバスチアンの礼拝堂の聖母子像。
(わが親しき友われを憎み、わが愛したる人々ひるがえりてわが敵となれり、
わが骨は・・・わが友よなんじらわれをあわれめ、われをあわれめ、神の手
われをうてり・・・)
吹雪の夜、ユリウスと一緒に庭の土を掘り返し、ヤーン先生の遺体を埋める
母のレナーテ。
(夢みたものは・・・うたかたのきらめき、永遠へとつらなることのないのぞみ。
光を闇につなぎ、栄光を不信心につなぎ・・・)
誰かの歌声が聞こえる。
(神はそのあわれみ、その真実をおくりたまわん、わが魂はむれいる獅子の中にあり、
火のごとく燃ゆるもの、その歯は矛のごとく、矢のごとく・・・
そは、汝のあわれみは大いにして、天にまでいたり、汝の真実は雲にまでいたる)
ヨアヒム・シュワルツコッペンの死体。
あの雪の夜、犬に噛み殺されて外に転がっていたゲルトルートの遺体。
オルフェウスの窓から墜落死した母とヴィルクリヒ先生。
紅茶に毒を入れて服毒自殺した校長先生。
神に見放されたこの血の中に、人知れず毒々しい悪霊が流れ込み・・・
そのとき、ユリウスの身体が強く揺さぶられ、彼女は目を覚ました。
目の前に、レオニードの顔があった。
(あ・・・ぼくはもう少しで、狂気の世界へ行ってしまうところだったのを、
彼が引き戻してくれたんだな・・・)
やっと朦朧としていた意識がはっきりしたので、ユリウスはベッドの上に起き上がり、
(ユスーポフ侯は・・・ぼくをこれから警察に引き渡すだろうか?)
と考えていると、レオニードは、
「おまえは疲れている。今夜はこの部屋のベッドで寝るがよい。わたしは長椅子で寝る」
と言い出した。
あまりに意外な言葉にあっけにとられて、
「でもユスーポフ侯、ぼくはあなたを殺そうとした人間だよ!」
と言うと、
「ふん、わたしがおまえごときにやすやすと殺されると思うか。とにかく、わたしはもう
寝るぞ」
そう言って、長椅子の上に横になってしまった。
ユリウスは呆然としていたが、やがてここ数日の出来事からきた疲労感がどっと襲ってきて、
彼女も再びぐったりとベッドの上に身を横たえた。
173 :
旅行 15:2009/06/14(日) 17:35:55 ID:OdMnw7ZB
祖国よ・・・!!6年の歳月を閉ざされた牢獄の窓から想いこがれた大地よ。
凍土はかたくなに神の祝福を拒むとも、かぐわしき樺の木はやがて、やわらかに
芽吹き、このシベリアに忘れずに春は訪れるものを・・・!
「アナスタシアが・・・!?」
「もうすぐペテルスブルクを出発するはずだ。おまえの救出と入れちがいにな。
ひとまずヨーロッパへの演奏旅行という形で警察の嫌疑をそらすことになっている」
(アナスタシアか・・・)
「たのむ無電を!伝えてくれ!心からのありがとうを彼女に・・・」
「わかったわかった、体力が回復するまでまだじっと横になっているんだ、
アレクセイ」
「そしてもし・・・もしウィーンに立ち寄ったときイザーク。ヴァイスハイトという
ピアニストに会うことがあったなら、心からのおめでとうをおれからだと・・・!」
「イザーク・ヴァイスハイトだって!?それなら知っているぜ。若いが有名なピアニストだ」
「うん!?ちきしょう、電波妨害だ。ええい、くそっ!」
「なんだ、ラジオ放送か。優雅に音楽なんか流しやがって・・・」
「まてっ、そのままだ!!そのまま動かすな!」
(“皇帝”だ・・・こ・・・れは・・・あいつだ!イザークが弾いているんだ・・・あの野郎
以外にだれがこんなベートーベンを弾くものか!おれにはわかる・・・
これはイザーク・ヴァイスハイトの“皇帝”だ!!)
174 :
旅行 16:2009/06/14(日) 17:36:17 ID:OdMnw7ZB
アレクセイは同志たちに連れられて、まずトボリスクに向かうことにした。
道中、アレクセイが同志に聞きたがったのは、彼がアカトゥイ監獄にいた間、
革命運動がどうなっていたのかということだった。
「いやあ、俺たちにとってはまさに“冬の時代”だったよ。モスクワ武装蜂起の
失敗は、労働者階級に多量の血を流させる結果になって、レーニンは無益な
流血を招いたと非難されることになった。その後、ドゥーマ(国会)が開かれ、
土地改革が行われたおかげで、おれたちの運動に対する支持も徐々に
下火になっていったし・・・」
「党はどうなっている?」
「相変わらず、ボリシェビキとメンシェビキに分裂したままだ。政治方針だけでなく、
ニコライ・シュミットという実業家の遺産をめぐっても争っている。我々は、同志たちを
彼の二人の妹に近づけて、シュミットが寄贈した遺産をボリシェビキのものに
しようとした。ところがメンシェビキは、シュミットは遺産をロシア社会民主労働党
全体に遺贈したのだから、彼らにも分け与えられるべきだと主張しているんだ。
おまけに俺たちが行ってきた「接収」(強盗による資金獲得)には、メンシェビキ
だけでなく、ヨーロッパの他の社会主義政党も非難している。それともう一つ、
二重スパイ疑惑があるんだ」
「どんなことだ?」
「ペテルスブルクの金属労働組合の書記に、マリノフスキーという男がいた。
彼は当初、メンシェビキに属していたが、19010年に同志ともども逮捕されたが、
彼だけは釈放され、間もなくポリシェヴィキに加わった。それからしばらくして、
ブハーリンをはじめとするモスクワのボリシェビキが相次いで逮捕された。
同志の中からは、彼を国家警察局(オフラナ)の命令でボリシェビキの中に
送り込まれたのだと告発するものが大勢出た。
ロシア社会民主労働党内部にこの件を調査する委員会が設けられたが、
その議長のハネツキはマリノフスキーを誠実な活動家として擁護した。
しかし、今でも党員の中には彼に対して疑惑を抱いている者が大勢いる」
(おれがシベリア流刑になっている間に、ずいぶんいろいろなことが
あったんだな・・・)
175 :
旅行 17:2009/06/14(日) 17:36:42 ID:OdMnw7ZB
アレクセイたちがトボリスクに着くと、同志が、
「ここからチュメニまで行って鉄道に乗る。途中、ポクロフスコエという村を通る」
と言った。
(ポクロフスコエ・・・?そういえば、ラスプーチンはここの出身だと、誰かに
聞いたことがあるな)
とアレクセイは思った。
ポクロフスコエは、トゥラー河の岸辺に位置し、大きな街道筋にあった。
「この近くに、我々の秘密のアジトがある。今晩はそこに泊まろう」
同志たちと一緒に秘密のアジトにたどり着き、ベッドに入ってからも、なかなか
寝付かれなかった。
眠るのをあきらめて、いったんアジトの外に出ると、向こうに灯りが見えた。
(なんだ、あれは・・・?)
余計なことをするべきでないと思ったが、結局、好奇心を抑えきれず、灯りの
見える方角へ向かった。
森の中を少し歩くと、それは小さな小屋の窓から出る光だとわかった。
アレクセイは小屋の扉を叩いたが、返事はない。鍵はかかっていなかった
ので、思い切って扉を開けた。
そこには大勢の、白い亜麻のシャツを着た人々がいた。蝋燭の光の薄闇の
中で、彼らは宗教歌を歌っていた――「眺めつつ、我ら神々しい喜びに包まれる。
キリスト甦りたまえればなり」
次に、明るい色の瞳の小柄な老人が、祈りを唱えた。それから十字を切り、
絶え間なく自分の身体を打ち続けながら、一つの場所で激しくぐるぐる回り始めた。
合唱が祈りの歌を歌った。その声はどんどん激しく、祈りはどんどん熱烈で、
情熱的なものになっていき、そのためほとんど叫んだり泣き出したりする者もいた。
ところが老人は突然回るのをやめ、荒々しく叫んだ。
「兄弟たちよ!兄弟たちよ!聖霊を感じる!神がわしに宿った!」
そして彼は神託を伝え始め、なんだか不明瞭なことを大声で叫びだしたが、
その中から切れ切れに、
「おお、聖霊よ」「おお、神よ」「王なる聖霊よ!」
といった言葉が聞き取れた。それからその場にいる者全員による回転と舞踏が
始まった。
すべては疾風のように飛んでいく。そこにあるのはもはや、回転する人々ではなく、
ただ風に翻る髪と風に膨れ上がる服だけだ。そして金切り声、叫び声・・・
汗が小川のように流れ、彼らは自分の汗で風呂に入ったかのようだった。白い
ゆったりとした服が翻り、蝋燭の炎が揺らめいて消える。そしてすべては闇に
包まれた。するとすさまじい回転に酔った人々は、床に崩れ落ちた。
(これは噂に聞く鞭身派〔フルイスト派〕の集会だな・・・!)
そのときになって、やっとアレクセイは気づいた。
(おれは、とんでもない場所に足を踏み入れてしまった・・・)
176 :
旅行 18:2009/06/14(日) 17:37:03 ID:OdMnw7ZB
再び蝋燭の灯りが点くと、彼らは床の上で乱交をはじめた。
男たちの腰が猥雑に動き、脚と脚が絡み合い、中には鞭で
互いの身体を打つ者たちもいた。彼らは交わりながら歌っていた。
すると、一人の女が、アレクセイのほうに近づいてきて、彼に手を伸ばした。
女はアレクセイを抱き寄せ、自分の胸に顔を埋めさせた。そして、彼の衣服を
剥ぎ取ろうとした。
そこまできて、アレクセイは我に返り、あわてて小屋の外に出てほうほうの体で
アジトに逃げ帰った。
再びベッドに入ってからも、さっき見た薄気味悪い光景が眼から離れなかった。
次の朝、起きてから同志たちに、昨夜眼にした鞭身派の集会のことを話すと、
彼らはこともなげに、
「ああ、彼らのことなら我々もよく知っている」
と答えたので、アレクセイのほうが驚いてしまった。
「なぜボリシェビキは鞭身派なんぞに興味を抱くんだ・・・?」
「鞭身派は“権威”すなわち政府に由来するすべてのことを情熱的なまでに
忌み嫌っている。革命家の鞭身派への戦略的な接近を通じて、われわれは
非常に多くの友人たちを獲得できると、レーニンは確信しているんだ」
(革命のためならなんでも利用するということか・・・)
そう考えたものの、アレクセイは昨晩見た異様な光景に対する嫌悪感が
消えなかった。
(気が進まないが・・・おれはまだまだ甘いのか・・・)
春のシベリアで、アレクセイは森の中を散策したり、釣りをしたり、同志が
貸してくれた書物を読んだりした。
すずらんの花が咲いていたので、それを一つ摘み取って眺めながら、
(おれが追放刑だったらな・・・ユリウスを一緒に連れてくることもできたんだが。
レーニンは追放先のシュシェンスコエで、クループスカヤ夫人と結婚したし、
デカブリストの妻たちも夫についていった)
177 :
旅行 19:2009/06/14(日) 17:37:23 ID:OdMnw7ZB
ある日、ユリウスが自分の部屋で長椅子に座ってラジオをつけていると、
ベートーベンの『皇帝』が聞こえてきた。
(こ・・・れは・・・これはイザークの演奏だ!彼が『皇帝』を弾いているんだ!
ああイザーク、君はやっぱりピアニストとしてデビューしていたんだな・・・)
彼女はサロンに行き、そこのピアノを弾きはじめた。
「アカトゥイの監獄が・・・!!そ・・・それでは・・・」
レオニードは叫んだ。
「はい・・・政治囚たちは全員焼死です、ユスーポフ侯」
ロストフスキーの答えに、
「そんな!!」
(や・・・つが死ん・・・だ、やつが死んだ・・・?そんなことが・・・)
彼にはまだ、アレクセイ・ミハイロフが死んだのが本当のことだとは実感
できなかった。
ユリウスは“皇帝”を弾きながら、懐かしい思い出に浸っていた。
その後、彼女はヴェーラに頼んで、音楽雑誌を取り寄せてもらうと、
案の定、イザークが紹介されていた。
《年齢に似合わぬ深い楽曲への洞察力と厚みのある表現力》
《かのバックハウスに比肩するテクニックの確かさ》
《数少ない正統なドイツの音を再現するピアニスト》
(ロシアがこんなに政情不安定でなければ、イザークも演奏旅行で
この国にやってきただろうに・・・残念だな・・・)
178 :
旅行 20:2009/06/14(日) 17:38:12 ID:OdMnw7ZB
1912年4月、シベリアのレナ川沿岸の金鉱でストが始まり、非常に拡大したため、
権力が介入してストの代表者を逮捕し、その釈放を要求して工夫が押し寄せると、
軍を派遣して鎮圧に当たらせた。そして、警告抜きの発砲がなされ、死者約150人、
負傷者数百人という多数の犠牲者を出した。この事件はロシア全土を震撼させ、
国中に雪崩をうってストとデモが起きた。やがて労働者の騒擾はすべての工業都市に
及んだ。
その日、ユリウスは、ある著名な音楽のパトロンが自邸で催す予定の音楽会に
行きたいとレオニードに願い出た。彼は、
「護衛つきで行くのなら許そう」
と言ったので、彼女は喜んで仕度をした。
ユリウスの乗った馬車がネフスキー大通りを通っているとき、デモ隊に出くわした。
「なんなの?あれは?」
「はあ・・・ちょっと調べてきます」
護衛の兵士は馬車から降りてデモ隊の方向へ行ったが、やがて戻ってきて、
「この間起きた、レナ川の金鉱での虐殺事件に講義するデモのようです」
と報告した。
ユリウスも、一緒に馬車から降りて様子を見ていると、そのうち群衆が
興奮し始め、なかには虐殺に抗議するよう群衆を扇動する人間もいた。
「血まみれのニコライ」
「レナ金鉱の労働者たちの悲劇を忘れるな!」
そのうち、デモ隊を含む群衆があっという間にユリウスたちのいる方向へ
押し寄せてきて、彼女たちを飲み込んだ。
「ユリウス様!」
護衛の兵士が叫んだのに対して、彼女も、
「こ・・・こっち・・・!」
と叫び返したが、たちまち人の流れに押されて身動きがとれなくなった。
そのうち憲兵隊がやってきて群衆に発砲したので、通りは大混乱になった。
179 :
旅行 21:2009/06/14(日) 17:38:33 ID:OdMnw7ZB
護衛の兵士とはぐれて人の群れに流されていき、気がついたときには
まったく知らない場所にきていた。
(まいったな・・・完全に道に迷った。ネフスキー大通りにはどうしたら
戻れるんだろう?)
しばらく考えあぐねていたが、
(とにかく、どこかの通りに出て辻馬車を拾おう)
と決心して近くの路地に入った。
そのとき、誰かとぶつかったので、
「あ・・・失礼」
と言うと、相手が
「・・・!」と反応するのがわかった。ユリウスは顔を上げて相手を見、そして
わが目を疑った。
「クラウス・・・!」
お互いに相手の姿を見ながら、しばらく声も出なかったが、やがて彼女は、
「クラウス・・・!君はシベリア流刑になったはずなのでは・・・」
と絞り出すような声で言った。アレクセイのほうも、ユリウスが目の前にいることが
信じられない様子だったが、ふっとため息をついて、
「おれはシベリアの監獄から脱走してきたんだ・・・」
と言った。
「おまえこそ、まだロシアにいたのか・・・おれはてっきり、おまえがあの後
ドイツに帰ったのかと思っていたぞ」
ユリウスの脳裏に、遠い過去の記憶が甦った。死ぬような思いをして彼を追ってきて、
やっと再会したものの、残酷な言葉で突き放されたあの日。いくら追いかけても指の
間からすりぬけていったクラウス。
しばらく無言で突っ立っていたが、やがてアレクセイは、
「おれの住み家がこの近くにあるんだ・・・よかったら寄っていかないか?」
と言った。
180 :
旅行 22:2009/06/14(日) 17:38:58 ID:OdMnw7ZB
アレクセイの部屋に入ると、
「まあ、そこにかけろ」
と椅子をすすめられた。
ユリウスが座ると、
「久しぶりだな・・・ユリウス。おまえ、この国でどうやって生活していたんだ?」
と尋ねてきた。それはユリウスがもっとも恐れていた質問だった。とっさに、
「実は、実家のアーレンスマイヤ家から仕送りをしてもらっていたんだ」
と誤魔化した。レオニードの邸に軟禁されていたということは彼に知られたくなかった。
「そうか・・・おれは同志たちの助けで、アカトゥイ監獄から脱獄することができた」
「君は少し痩せたみたいだけど、長い間監獄で暮らしたわりにはあまり変わっていないね」
「おまえこそ、少しも変わっていないぞ。いまでも十代のときそのままだ。その瞳も、髪も・・・」
ユリウスはくすりと笑って、
「ぼくも、これからどんどん年をとっていくよ。そのうち老けてしまうだろう」
「いや、おまえはきっと三十代、四十代になっても、清らかに美しいままだろう」
(清らか・・・?この罪にまみれたぼくが・・・?)
「おれはな、ユリウス。シベリアの流刑地で、幾度もお前のことを思い出した。死を以外に
考えることとてない絶望の日々の中で、おまえの輝かしい姿を思い出して・・・」
そして彼はそっと彼女の手をとった。
(ああ、追いかけても追いかけても風のようにぼくの指の間をすり抜けていった君。
やっと君に追いつくことができた・・・)
そう思ったが、奇妙なことに、彼の手に触れられていても、かつてのような熱い恋慕の
情が湧いてこないのだった。今感じるのは暖かい友情のような感情だった。
クラウスは今でも彼女にとって、命がけで愛する恋人であるはずだった。
彼の亜麻色の髪も、まぶしい瞳も、少しも変わっていない・・・なのに、どうして・・・
そのうち、アレクセイが口を開いた。
「ユリウス・・・もし、おまえがまだ・・・」
彼の目を見て、ユリウスはあわてて言った。
「クラウス、実はぼくも君に聞きたいことがあるんだ」
「なんだ?」
「その・・・ボリシェビキが資金集めのために強盗をしているというのは本当なの?」
「そのとおりだ。政府の現金輸送車や銀行をひんぱんに襲って、奪った現金を革命運動の
資金に割り当てている」
「もうひとつ聞きたいんだけど・・・ボリシェビキが、モロゾフとシュミットという実業家から、
女衒まがいの手段で遺産を詐取したというのは事実なの?」
それを聞くと、彼は驚いた様子だったが、やがて、
「そうだ。彼らは遺産を、ロシア社会民主労働党全体、つまりボリシェビキとメンシェビキの
双方に寄贈していた。だが俺たちはメンシェビキにその金を渡すわけにはいかなかったんだ。
俺はこの目で、12時間以上の労働・罰金による労働規制・不規則で低い賃金など、
労働者たちの悲惨な生活を見てきた。メンシェビキの考え方は間違っている!彼らは
来るべき革命はブルジョア革命であるべきだと考えているんだ」
(ああ、やっぱり本当だったのか・・・)
もしクラウスが怒って、そんなことはボリシェビキに対する中傷だ、と否定してくれたら
嬉しかっただろう。だが今の彼の言葉で、残酷な真実を直視せざるを得なくなった。
「で、でも・・・いくら革命のためでも、そんな手段を使って・・・」
「俺たちがやったことは、革命が浄化する。重要なのはその行動が革命を助けるかどうかだ。
政治には感傷性を容れる余地はない。いずれ武装蜂起が起きれば、俺たちの理論の
正しさが証明される。そのときこそ、祖国の夜明けが来て、世界を救い人類を解放する
ことができるんだ・・・!」
彼は熱っぽく自分の思想を語った。
このとき、ユリウスははじめて、クラウスという男を心の底から理解したように思った。
彼の本質とは、「理想」「善意」そして「傲慢」なのだ。
ロシアにおける屈従の長い歴史の中にあって、この地上ではない、どこかへ、という
超越的な夢に狂おしいほど憧れている男なのだ。彼を含めた革命家たちは、人々を
救いたいと願いながら、革命とは人間の痛みや苦しみの犠牲の上にしか成り立たないと
考えていて、革命運動の遂行のためには冷酷になることが必要だという倒錯した論理を
抱いているのだ。
181 :
旅行 23:2009/06/14(日) 17:39:25 ID:OdMnw7ZB
アレクセイの気分が落ち着くのを待ってから、彼女は、
「クラウス・・・君はやっぱり、これからも革命家として生きる道を選ぶつもりなの?」
と聞いた。彼は、
「もちろんだ。おれは祖国の革命にこの人生を捧げようと誓ったときから、生き方を
変えようと思ったことはない。この世のあらゆる営みは政治活動と人民への奉仕に
捧げられるべきであり、すべての個人的な関係は皆の福祉のために犠牲にされて
当然であり、すべてのエネルギーは労働者が平和に幸福に暮らせる社会をもたらす
革命に捧げられなければならない」
「そう・・・」
クラウスの、祖国ロシアへの思いに情熱的に輝く瞳を見ながら、
(ああ、この人は少しも変わってはいない・・・19歳のあのころと・・・)
と考えていた。彼女は、かつてミュンヘンのフォン・ベーリンガー邸で、
「クラウス・・・!!つれていってくれ・・・どんなところへだってついていくよ。
どんなことだってするよ」
と懇願した日のことを思い出した。
(聖ゼバスチアン時代に夢みたもの・・・それはすべて叶わなかった。
みんなにすべてを告白して女としての人生をやり直すということも、
クラウスとともに生きるということも・・・)
そして、懐かしさと寂しさのこもった視線で、アレクセイを眺めた。
しばらく二人はお互いの顔を見つめ合っていたが、やがてユリウスは、
「クラウス・・・ありがとう。そろそろ行かなければ・・・」
と言った。
アレクセイは、ユリウスを辻馬車が拾えるところまで送ってやった。
やがて馬車がみつかると、
「じゃあな・・・ユリウス」
「うん・・・君も元気で、クラウス」
と言って、二人はしばらく見つめあった。それからユリウスは、なにかを決心
したかのように、不意にアレクセイに近づいて接吻した。馬車に乗りながら、
「さよなら・・・!」
と言い、やがて辻馬車はアレクセイを通りに残して遠ざかっていった。
彼女は、アレクセイが通りにいつまでも立ってこちらを見つめていることを
知っていたが、後ろは振り返らなかった。
(ありがとう・・・クラウス・・・きみは、二度とない、青春時代の素晴らしい思い出を
与えてくれた・・・きみと過ごした聖ゼバスチアンの日々は、なにものにも替えがたい
ものだった・・・)
馬車の中で、彼女は静かに涙を流し続けていた。
《人間と人間のふれあいというものは、あるいは一種の幻想なのかもしれない。
究極、ひとつの魂が自分のものでないもうひとつの魂を完全に理解するなどという
ことはありえないのだから・・・》
(おかしいな・・・なぜこんなときにダーヴィトの言葉を思い出すんだろう・・・)
182 :
旅行 24:2009/06/14(日) 17:39:46 ID:OdMnw7ZB
多くのボリシェビキの同志は、自由恋愛やフリー・セックスを擁護していたが、
アレクセイは恋愛に関しては、同志たちのような自由な考え方を持つことは
決してなかった。
実はそういう彼の態度が、多くの女性を惹きつける一因ともなっていたのだが。
アレクセイを秘かに恋い慕っている女性は何人かいたが、なぜか、彼は近寄り
がたい雰囲気を漂わせていた。
あるとき、女性の同志の一人が、ズボフスキーに、
「ねえフョードル、なぜ同志アレクセイには浮いた噂一つないの?他の同志には
自由恋愛を実践している人が結構いるのに。あれだけ女性に慕われる人が、
なぜ恋愛に関してはストイックな態度を取るのかしら」
「さあな・・・やつは貴族の出身だからな、子供のころに受けた教育が影響して
いるのかもしれん」
「そんなはずはないわ!彼がそんな旧弊な考え方を気にするとは思えない」
ズボフスキーは、ふーとため息をついて、
「これはあくまで噂だがな・・・やつはドイツに亡命していたとき、ある女性と
知り合ったらしい。その女性をいまだに想い続けていて、一生妻を娶らないと
誓いを立てたそうだ。彼にとってその女性は、"Meine unsterbliche Geliebte"
『わが不滅の恋人』なんだとさ」
女性の同志は吹き出して、
「なんだそれ、ベートーベンの恋文の中の台詞じゃない。それで他の女性には
一切手を出さないでいるの?同志アレクセイも、意外にロマンティックな面が
あるのねえ」
「ふふ・・・さあな、あくまで噂だ。他人の心の中はわからんさ」
183 :
旅行 25:2009/06/14(日) 17:40:25 ID:OdMnw7ZB
1912年の秋のある日、ユリウスはレオニードの部屋に呼ばれた。
何の用なのかと思いながら彼の部屋を訪れると、レオニードは、
「わたしはな、ユリウス。おまえをドイツに帰してやろうと思う」
と言い出したので、驚いてしまった。
「ユスーポフ侯!なにを突然・・・」
「わが国はいま内側にも外側にも重大な危機をかかえこんでいる。遠からず――
くすぶり続けている外交問題が悪化してドイツとの戦争に突入するのは目に見えている。
そうなれば、わたしもおまえに対して最後まで責任が持てるかどうかわからぬ」
「だっ・・・だってぼくは故郷で殺人を・・・」
「確かにそうだな。しかし以前おまえから聞いた話では、おまえの姉は寛大で肉親の情にも
あつい女性のように思えるが。ドイツへ帰り、姉にすべてを告白して許しを請うのも、罪を償う
一つの方法ではないのか・・・?」
「マリア・バルバラ姉さまにすべてを告白する・・・」
確かに、それが一番いいのかもしれなかった。すべてを告白した上で、マリア・バルバラが
どのような反応をするかはわからない、もしユリウスに対して罰を下すというのなら甘んじて
受ける・・・それが彼女にできる唯一のことかもしれない。
「ユスーポフ侯・・・しばらく考える時間をぼくに与えてくれ・・・」
そう言って立ち去るユリウスの背中を、レオニードは見つめていた。
自分の私室に戻ってから、さっきレオニードから聞いた言葉を何度も頭の中で反芻していた。
(ドイツへ帰る・・・)
たしかに、クラウスに別れを告げた以上、もうこの国に留まる理由はなくなったわけだった。
(マリア・バルバラ姉さまに、ぼくが犯した罪も、ロシア皇室の隠し財産のことも、すべてを告白
すれば・・・
一体、何をためらう?ぼくはもう、この世に失うものなど何もないというのに)
しばらく考え込んでいたが、やがて、
(ぼくは、このロシアという国に魅かれているのだ・・・では、ロシアのいったい何に?)
えんえんと何時間も考えた後、やっと答えが出た。
184 :
旅行 26:2009/06/14(日) 17:40:46 ID:OdMnw7ZB
彼女は、部屋着のうえに上着をまとって、廊下に走り出た。そのまま早足で進んで、
レオニードの部屋の扉をノックした。
中に入ると、彼が、
「なんだ、こんな時間に。もう遅いから、話は明日聞くことにする」
「あ・・・あの・・・」
「なんだ?」
「ぼくは・・・ドイツには帰らないことにしたよ・・・」
「やはり、殺人の記憶が恐ろしいのか?」
「そうじゃない・・・あの・・・」
レオニードが、ほっとため息をついて、
「それでは、とにかく話を聞こう」
と言うと、彼女は、
「あ・・・なたを愛してる・・・」
と言った。
「・・・・・・!」
この瞬間、二人とも悟った。以前から自分の気持ちにうすうす気づいていながら、それを
直視するのを避けていたのだということに。
レオニードは一瞬言葉を失ったが、やがて、理性を取り戻して、
「馬鹿なことをいうものではない・・・」
というと、ユリウスは伸び上がるようにして彼の肩に腕をかけ、
「拒まないで・・・ぼくを・・・」
と震えながら言った。
彼女の手が彼の身体に触れると、もはや理性で押しとどめることはできなかった。
彼は彼女に接吻し、いつまでも飽きることがないかのように彼女の唇を貪っていた。
ユリウスのほうも、レオニードの接吻の激しさに驚きながらも、自身の腕を彼の首に
回して必死にしがみついた。
突然、彼は彼女の身体を引き離し、苦悩に満ちた目をしながら、
「だめだ」
とささやいた。するとユリウスはレオニードの胸に顔を埋めて、
「お・・・願い・・・」
と懇願した。彼はそのまましばらく彼女を抱きしめていたが、やがて彼は、
彼女をそっと抱き上げてベッドのほうへ運んでいった。
185 :
旅行 27:2009/06/14(日) 17:41:08 ID:OdMnw7ZB
次の朝、ユリウスが目覚めたとき、レオニードはもう起きて部屋にいなかった。
昨夜の出来事は現実だったのだろうかと、思いは夢と現の間を漂っていた。
やがて自分の身体の芯の痛みと疼きとで、やっとあれが夢ではなかったのだと
気づいた。
昨日の夜、衝動的に彼の部屋に飛び込んできて、寝床の中でレオニードに
抱きしめられると、全身の力が抜けてしまい、死にたいほどの恥ずかしさと怖さ、
その上に歓びが入り混じって、自分でも何がどうなっているのかわからなくなり、
しまいには夢心地になってしまった。
彼は壊れやすいガラス細工でも扱うような優しい愛撫で、彼女のすべてを探っていった。
無限とも思えるような時間が過ぎた後、いつしか彼の腕の中で眠りに落ちていった。
ユリウスは、
(いったい、ぼくはいつから彼のことを愛していたのだろう・・・)
と考え、
(おそらく、樽の中で酒がゆっくりと熟成されていくように、少しずつ彼のことを
愛し始めていたのだ)
その日以降、二人は夜をともに過ごすようになった。
いつ果てるとも知れない愛の交歓を続けながら、お互いの無意識が渾然一体と
なって自他の区別が融解し、混じりあってしまったのではないかと思われた。
単なる粘膜の接触ではない、身体の有限から解放された、向こう側につきぬけた
愛の法悦――。
レオニードは若いころ、仲間の士官学校生徒とともに女との情事を経験していたが、
それはまったく愛のない肉体的なアバンチュールだった。(『愛』は士官学校生徒
たちの間では軽蔑されていた)。
女の身も心も愛するということが、こんなにも甘美で、熱く、激しいものだとは
知らなかったのだ。
一方ユリウスは、16歳まで男として生活していながら、男女間のことに
関してはさほどよく知ってはいなかった。
この時代のヨーロッパは、フローベールの『ボヴァリー夫人』が風俗紊乱の罪に
問われ裁判となり、ゾラの小説が好色文学とされ、トマス・ハーディの作品が
憤激を呼び起こす、そんな時代だった。
文学作品では、きわどい表現は避けられ、もっぱら昇華され、穏やかにされた
事件しか描かれなかった。
聖ゼバスチアンで上級生たちがこっそり猥談をしているところに出くわしたりすると、
彼女は自分が女であることがバレないかどうかびくびくして、話にじっくり耳を
傾ける余裕などなかったし、イザークは堅物だったから、そのような下品な話は
ほとんどしなかった。
この時代でも、飲食店などで行商人がこっそりモデル写真やヌード写真、
好色文学などを提供していたが、そういったものとも彼女は無縁だった。
女性たちはというと、良い家庭の未婚の娘は、男の身体がどんなふうに
形作られているか、子供がどういうふうにして生まれてくるのかということに
ついて、少しでも知っていてはいけないという建前だった。
それだけに、レオニードがベッドの中で彼女に加える行為には、思わず
羞恥心のあまり、抵抗しそうになった。すると彼は、すぐに絶え間なく
愛撫を繰り返し、それに対して彼女の肉体は溶けてしまいそうになり、
抗う気力も失せてしまうのだった。
186 :
旅行 28:2009/06/14(日) 17:41:30 ID:OdMnw7ZB
レオニードとユリウスが結ばれた次の日、ヴェーラは召使の告げ口で、
二人が男女の仲になったことを知った。
そのこと自体には驚きはしなかったものの、ユリウスの変貌ぶりには
思わず目を見張った。
かつては、不安感やおびえた表情がどうしてもつきまとって離れなかった
彼女だったが、今では、穏やかで明るく、幸福感に満ちた表情に変わっていた。
ヴェーラは、ユリウスの変化を喜びながらも、かつてのエフレムとの恋を
思い出さずにはいられなかった。
(あの頃は、わたしも幸福だった・・・彼がスパイであることを知るまでは・・・)
ロストフスキーはいつものように邸の警備に当たっていたが、ちょうどユリウスが
リュドミールと一緒にいるのが見えた。
彼には、ユリウスがこの邸に来てしばらくしてから、レオニードが彼女に惹かれて
いることに気が付いていた。
・・・確かに、変わった娘ではあった。男装をしていて、言動は男のようだし、
アナスタシア・クリコフスカヤ嬢を救出したとき、いきなり馬車を奪って逃走したの
には度肝をぬかれたものだ。
そして、彼女の美しさ。ユスーポフ邸の召使や警備兵たちが、しょっちゅう彼女の
美貌に見惚れているのを、ロストフスキーも目にしていた。
仮にレオニードが彼女を一時的な情事の相手にしても、ロストフスキーは
驚かなかっただろう。
彼自身、軍人であり、若い士官たちの間では女との情事や火遊びについて
自慢しあうのが常だったからだ。
レオニードからは、
「よいか、ロストフスキー。あの女は反逆者アレクセイ・ミハイロフを追ってこの国に
やってきたのだ。それともう一つ、おまえには今ここで詳しいことは言えぬが、
あれをこの邸に軟禁しておくのには別の政治的な理由もあるのだ」
と言い渡された。
そのうち、どうやらレオニードが本気で彼女に想いをかけているらしいと気づき、
さすがのロストフスキーも驚いた。
(まさか、侯が・・・あの娘に・・・)
もともとレオニードは女を軽蔑していた上に、帝国のエリート軍人にとっての理想は、
勇敢さによって人々の尊敬を勝ち得ること、最高の階級に到達すること、女を快楽の
道具として扱うことだったのだ。
だがレオニードと彼女との間にはいつまでたっても何もないのだった。
しかし、今年の秋、召使たちの噂話で、侯がついに彼女をものにしたことを知った。
ユリウスがこの邸に来てから、7年もの歳月が過ぎていた。
この7年間の間に、二人の間に何があったのか・・・それは当人たちにしか窺い知る
ことができない事柄ではあったが。ロストフスキーは、
(やめておこう、そんなことを穿鑿するのは。それに、わたしは過去に誓ったではないか。
どんなことがあっても侯についていくと・・・)
と考え、それ以上思いをめぐらすのをやめた。
187 :
旅行 29:2009/06/14(日) 17:41:52 ID:OdMnw7ZB
アレクセイのアパートに、一人の同志が駆け込んできた。
「大変だ!同志アレクセイ。ドゥーマ(国会)のボリシェビキ議員団の秘書で、アレクサンドル・
トロヤノフスキーの妻が、レーニンのメッセージを運んでいるときに逮捕された。」
「なんだって・・・!」
「それだけではない。シベリアを脱出してペテルスブルクに身を隠していた、同志
スヴェルドロフも逮捕されてしまったんだ」
「なぜそんなに立て続けに・・・」
「実はな、我々の中にスパイが数人潜り込んでいるのではないかと考えている。
俺が疑っている一人が、ドゥーマ(国会)のボリシェビキ議員団の団長であるローマン・
マリノフスキーだ」
その後、アレクセイはボリシェビキの会合場所でマリノフスキーに会う機会があった。
「初めてお会いする、同志アレクセイ。モスクワ蜂起のときのあなたの活躍ぶりは
みんなから聞いていますよ」
「こちらこそよろしく、同志ローマン」
マリノフスキーはもとは冶金工出身だということだが、一見して労働者階級の出
だということがわかる風貌とマナーだった。
(見たところ、とくに怪しげな様子はないが・・・いや、まだ結論を出すのは早いぞ・・・)
アレクセイは、他の同志にもマリノフスキーについて聞いてみた。
「彼はドゥーマ(国会)で、メンシェビキを罵倒し続けている。彼はドゥーマ内での
忠実なレーニンの代弁者だ。それから、彼は最近、深酒が過ぎるということで、
仲間からも心配されている」
「深酒・・・」
(それは、革命家として地下活動を行うストレスからきているのだろうか、
それとも二重スパイの生活が耐え難いものだからだろうか・・・?)
188 :
旅行 30:2009/06/14(日) 17:42:14 ID:OdMnw7ZB
そのころ、マリノフスキーは国家警察局(オフラナ)の職員と秘密裏に会っていた。
「状況はどうだ?」
「だんだんマズくなっている。党員の中には、おれを二重スパイではないかと
疑っている人間が大勢いる」
「ドゥーマ(国会)での仕事は?」
「成功している。おれがメンシェビキの連中を罵倒しているせいで、ロシア社会
民主労働党は相変わらず分裂したままだ。多くのボリシェビキはメンシェビキ
との再統一を望んでいるが、党が分裂したままでいれば、社会主義運動の
弱体化をもたらすだろう。それと、『プラウダ』主筆のチェルマノゾフも紙上で
メンシェビキを攻撃しているが、これに対してメンシェビキの側も彼らの機関紙
『ルーチ』紙上で応酬している。」
「そうか・・・ではこれからも、ロシア社会主義の統一を阻止するために努力
してくれ]
アレクセイはあるとき、『プラウダ』を読んでいて、その論調があまりにも過激
すぎるのではないかと感じ、主筆のチェルマノゾフに会いに行った。
「同志、最近の『プラウダ』の論調はあまりにも過激すぎるのではないか?
『ロマノフ王朝打倒』とか、「プロレタリアートの独裁」とかいう表現だ。
当局に目をつけられるとマズイぞ」
「何を言うんだ、同志アレクセイ。君がそんなことを言うとは思わなかったな。
俺たちの敵には妥協の余地なく攻撃し続けなければならない。」
1906年以降、政党がロシアで活動し、党の新聞を刊行するのは合法に
なっていた。しかし国家警察局(オフラナ)は、党機関紙の編集者が定められた
公的表現の限度を越えてしまったときにはその新聞を閉鎖することができた。
ふと、アレクセイの頭に、チェルマノゾフはスパイで、当局の目をボリシェビキに
向けさせるために、わざと過激な内容の記事を書き続けているのではないか
という疑惑が浮かんだ。
(疑い出せばきりがない。最近、言動が不審な者は他にもいないだろうか?)
189 :
旅行 31:2009/06/14(日) 17:42:54 ID:OdMnw7ZB
1913年が来た。今年はロマノフ王朝300年記念式典が催される年であった。
ヨーロッパ諸国はロシアの経済発展を驚きの目で見守っていた。
フランス政府は経済学者エドモン・テリーをロシアへ派遣した。
そして彼はその著書『1914年のロシア』に、「ヨーロッパのいかなる
民族もこのような成果を知らない。世紀の半ばにはロシアはヨーロッパを
支配することになるだろう」と書いた。
年平均5%という高い成長率は外国の投資家たちの魅力的な投資先となっていた。
フランスの年金生活者たちは、ロシア政府が発行する国債を大量に購入していた。
国内では、“銀の時代”と呼ばれる文化の全盛期を迎えていた。
トルストイ、チェーホフ、マレーヴィチ、カンディンスキー、シャガール、
フレーブニコフ、マヤコフスキー、ラフマニノフ、スクリャービン、ストラヴィンスキー、
スタニスラフスキー、メイエルホリド・・・
ユリウスもこの時期、観劇や絵画の展覧会など、ロシアの文化を楽しんでいた。
ある日、ヴェーラともに、ロシアとフランスで評判のバレエ・リュスの公演を
観に行った。
オーケストラボックスに楽団員が入り、音合わせを始め、観客席は暗くなって
幕が開いた。
ユリウスは舞台を見ているうちに、主役のバレエダンサーの跳躍に釘付けに
なった。彼は他のダンサーの頭ぐらいの高さまで跳び、しかもなかなか
降りてこないように見える。
休憩時間中に、一緒に観劇に来ていたヴェーラに、
「あのダンサーは誰?」
と聞くと、
「ヴァーツラフ・ニジンスキーよ。彼は最初、帝室舞踊学校を卒業して、
マリインスキー劇場バレエ団のソリストになったの。その後、プリマ・
バレリーナのマチルド・クシェシンスカに可愛がられて、人気を集める
ようになったわ。」
帰りの馬車の中で、ヴェーラはニジンスキーについて詳しい話を
してくれた。
「マチルド・クシェシンスカは、皇帝陛下の甥のアンドレイとセルゲイ・
ミハイロヴィチ大公の恋人で、大変な権力を持っていたの。彼女は
プレオブラジェンスカと並び称されたバレリーナで、32回の片足回転
(ロン・ド・ジャンブ・フェッテ)をロシア人としてはじめてやったことで
有名よ。ニジンスキーは彼女と知り合ってから、ペテルスブルクの
社交界の人々に可愛がられ、そしてディアギレフに出会ったの」
190 :
旅行 32:2009/06/14(日) 17:43:15 ID:OdMnw7ZB
20世紀初頭のペテルスブルクはパリに似ていた。パリの世紀末の
デカダンスの雰囲気はペテルスブルクにも持ち込まれ、貴族たちは
情事と美食と観劇に明け暮れていた。彼らは当時流行のロシアと
フランスの折衷様式のレストランなどで冬の長い夜を過ごすことが
多かった。
ロシアからフランスへキャビアやスモークド・サーモン、ジプシーの
オーケストラやポルカなどが輸出され、一方ネヴァ川沿いにある
賭場では、パリのラ・ペ街のタイやシャツを着け、エペルナイの
シャンペンを飲み、流暢なフランス語を操る男たちがたむろしていた。
パリのサンジェルマンの私邸で催されるような美術の品評会は
ネフスキー大通りの《プロスペクト・パレス》で開かれ、パリの
《マキシム》や《カフェ・ド・パリ》などでみられる社交界の集まりが
ペテルスブルクの《ドノン》や《クバト》で見受けられた。
この時期のユリウスは、レオニードと愛し合い、監視の目もなくなり、
自由に街を出歩いて、芸術を堪能することができて幸福だった。
一度、ヴェーラが、ユリウスをペテルスブルクの仮装舞踏会に
連れて行ってやったらどうかと提案したことがあったが、さすがに
これはレオニードが却下した。彼女に男どもが寄ってくるのを
恐れたからだ。
ある夜、バレエ・ダンサーたちの溜まり場になっているレストラン、
《クバト》へ連れて行ってもらった。
二人で食事をしていると、レオニードが右手をちらりと見て、
「あちらのテーブルにいるのがバレエ・ダンサーたちとその
パトロンたちだ」
と言った。ユリウスがそちらに目を向けると、テーブルの上に
銀の樽に入ったキャビアとワインのボトルが積み上げられて
いたので目を見張った。
テーブルに着いている客の中に、以前劇場で華麗な跳躍を
見せたダンサーもいた。
(彼だ・・・そう、確かニジンスキーといったな・・・)
レオニードが、
「彼と一緒にテーブルにいるのはL公爵、ポーランドのT伯爵、
実業家のY氏・・・」
と説明してくれた。頽廃と倦怠にむせかえりそうなペテルスブルクの
雰囲気の中、二人は愛の日々を楽しんでいた。
191 :
旅行 33:2009/06/14(日) 17:43:36 ID:OdMnw7ZB
2月21日、記念式典が始まった。300年前のこの日、全国会議はミハイル・
ロマノフを皇帝に選んだのだ。この朝、ロシア中のいたるところで鐘の音が
響き渡った。教会の周りでは火のついた蝋燭を持った人々が十字架行進を
開始した。
朝の8時、ペテルスブルクの人々はペトロパブロフスク要塞の大砲で目を
覚まされた。市街はすでに民衆であふれていた。とくに、皇帝一家が訪れる
ことになっているカザン大聖堂のそばには、多くの人々が群れをなしていた。
12時には、冬宮から大聖堂まで鎖のように連なって立っていた兵士たちの、
「ウラー」という叫び声が聞こえた。そして真紅のチェルケス外套を着た
100人もの警護隊が進み、その後を皇帝と皇太子を乗せた無蓋の四輪馬車が
続き、彼らの後に続く箱馬車にはマリア皇太后とアレクサンドラ皇后が乗り、
後部の立ち台にコサックたちが詰めていた。そして1台の箱馬車には、
皇女たちが乗っていた。
カザン大聖堂で祝賀の祈祷が始まった。そのとき、貴賓である帝国の第一級の
人々は、大聖堂の中にラスプーチンの姿を見た。
宗務院総裁付き事務局長ヤツケヴィチが、レオニードに、
「ユスーポフ侯、あの元老院議員たちのそばに立っている僧侶は何者ですかな?」
と尋ねると、彼は、
「あれがグレゴリー・ラスプーチンです」
と苦りきった表情で答えた。
ラスプーチンは、暗赤色の絹の立襟ルバシカに高いエナメルのブーツ、黒い
東方風の長ズボン、黒いコートという華麗ないでたちだった。
「皇帝夫妻が彼をこの祝典に招待したらしいぞ」
誰かが囁いた。
その後、皇帝の一行はコストロマやモスクワを回ったが、やはりそこにも
ラスプーチンの姿があった。
各地を回って民衆から熱烈な歓迎を受けたニコライ2世は、農民層の忠誠心は
まだロマノフ王朝に向いており、農民暴動は、インテリゲンツィアなど外部の
扇動者のせいで起きたのだと確信した。
しかしレオニードをはじめ、観察力の鋭い人々は、祝典の日々の民衆の熱狂に
目をくらまされはしなかった。
ココフツォフ首相は、前任者のストルイピン同様、ラスプーチン問題に頭を
痛めていた。大きな難題の一つは、各方面から要求があった、憲法制定の
問題だった。教育程度の高い、都市在住の西欧化されたロシア人は、人口の
割合では比較的少なかったが、年々増えつつあった。彼らの政治観は
自由主義的か急進的であり、ロシアには10万部以上の発行部数を持つ
新聞さえ出現した。また急激な産業発展の時代であり、管理業務あるいは
専門職を持つ中産階級が急激に拡大しつつあった。このような人々が
公民権と国政参加を要求していたのである。
あるとき、ココフツォフがラスプーチンから招待を受けると、こう切り出された。
「どうかな、貴殿もわしの聖なる力に帰依するつもりはないのか?」
その目は、あたかも何か催眠的な作用をこちらに生じさせようとしている
かのようだったが、彼は思い切って、
「あなたは宮廷を去られるべきでしょう。あなたがここにいることによって、
いろいろな連中に作り話や推測の種を与えて、皇帝陛下の迷惑になって
いるからです」
ラスプーチンからこの話を伝えられたアレクサンドラ皇后は、皇帝を動かして
ココフツォフを退陣させた。
首相はゴレムイキンに替わったが、彼は反動的な政治家で、このことは
ストルイピンとココフツォフが進めてきた改革の否定を意味した。
192 :
旅行 34:2009/06/14(日) 17:43:59 ID:OdMnw7ZB
アレクセイが心配したとおり、チェルマノゾフの過激な論説は、当局に
介入の口実を与えることになり、その結果『プラウダ』の発刊は何度も
中断されることになった。ペテルスブルクの労働者たちは『プラウダ』を
断続的にしか読めなくなった。
(やっぱり、あいつは怪しい・・・)
アレクセイはそう思いったが、確たる証拠があるわけではないので、
手を下しようがなかった。
ドゥーマ(国会)では、ボリシェビキとメンシェビキの合同議員団が解散した。
労働運動はますます戦闘的になりつつあったが、メンシェビキの新聞
『ルーチ』は、ストライキを支持する点では極めて消極的であった。
1914年、アレクセイの懸念は現実のものとなった。
マリノフスキーは、二重スパイの生活に耐えかねて精神的におかしくなり、
秘かにペテルブルクからガリシアへ逃亡した。ボリシェビキの間には
動揺が走った。
「だから俺たちが言ったとおりだっただろう!あいつはやはりスパイだったんだ!」
アレクセイはテーブルを叩いて怒鳴った。部屋には重苦しい空気が立ち込めていた。
「ううむ・・・あいつは有能な組織者で、議会でもボリシェビキの議員として雄弁を
ふるっていたからな・・・だからつい党幹部たちも油断したんだろう」
6月から7月にかけて、ペテルスブルクでは工場所有者だけでなく、政府に
反対するストライキが起こっていた。工場地帯には、一時的にバリケードが
築かれていた。しかし、国外にいるレーニンからは、何の指示も送られて
こなかった。アレクセイにとっては苦悩の日々が続いた。
193 :
旅行 35:2009/06/14(日) 17:54:35 ID:OdMnw7ZB
1917年8月、ユスーポフ邸――
「お呼びですか、おにいさま」
「ヴェーラ・・・おまえに頼みたいことがある。ユリウスを連れて、二人で
国外に亡命してもらいたいのだ。パスポートは二人分用意させた。
国境まではロストフスキーに送らせる」
「はい・・・」
「臨時政府はもはや国をまとめる力も、権力を保持する力も持たない。
コルニロフ将軍のクーデターが失敗に終わったことで、ボリシェビキが
再び浮上してきた。やつらはいずれ必ず勝利するだろう」
「・・・わかりました、おにいさま。今すぐ準備をいたします」
ユリウスの部屋まで行くと、
「ユリウス、おにいさまのご命令なの。私と二人で、この国を出て国外に
亡命しましょう」
「・・・レ・・・レオニードは?」
「おにいさまはこの国に残られるわ。最後まで祖国と皇帝ご一家のために
戦うおつもりなの」
ユリウスは、自分の部屋を走り出て、レオニードの書斎に向かった。
「レオニード!!」
大声を上げて駆け込んできた彼女を見て、彼は言った。
「なんだ・・・?」
「本当なの?あなたが、ヴェーラにぼくと一緒に亡命しろと命令した
というのは」
「本当だ。この国は、もうすぐボリシェビキが政権を握るだろう。
そうなれば、やつらは皇帝陛下や貴族を全員処刑しようとする」
「あなたは、この国に残って戦うの?」
「もちろんだ。わたしは物心ついたころから、皇帝陛下と祖国にこの
身を捧げるつもりで生きてきた。いまさら祖国を捨てて逃げるわけには
いかぬ。地方にはまだ帝国に忠実な軍隊が残っている。わたしは、
そこに馳せ参じる」
「ぼくも一緒に連れて行って!」
「だめだ」
レオニードは断固とした口調で言った。
「戦場に女を連れて行くわけにはいかぬ。おまえはヴェーラとともに行け」
「そんな・・・!だってぼくはあなたを・・・あなたは、ぼくを見捨てていくの?」
「おまえがわたしについてきても、足手まといになるだけだ。おとなしく
ヴェーラについていけ」
「・・・・・・」
冷たい口調で言い渡されて、ユリウスが呆然としていると、ヴェーラが
戸口に立っていて、
「ユリウス、お兄さまの言うとおりよ。あなたには辛いことでしょうけど。
いったん亡命して、お兄さまたちの軍が勝利するのを待ちましょう」
ヴェーラに促されて、一緒に荷造りをしながら、
(彼と離れて生きていくなんて・・・いつもそうだ、やっとつかんだと思った
幸福はみなぼくから逃げていく・・・)
194 :
旅行 36:2009/06/14(日) 17:55:47 ID:OdMnw7ZB
その夜、ヴェーラがリュドミールの部屋に入ると、彼の姿はなく、机の上に
置手紙だけが残っていた。彼女は引き出しを取り落とし、
「おにいさま、リュドミールが・・・!!」
と叫んだ。
(リュドミール・・・なぜ行ってしまうの・・・あなたの目は何を見ていたの・・・
あなたの若々しい命は新芽のように、光に向かってやまないのね)
次の日、荷造りができたヴェーラとユリウスは、馬車に乗って駅まで向かう
ことになった。
「おにいさま・・・お元気で」
「おまえも達者でな、ヴェーラ」
兄弟が抱擁しあうと、レオニードは次にユリウスに向かって、
「ユリウス・・・おまえも道中、身体に気をつけるようにな。」
「・・・・・・」
その青い瞳に涙を浮かべて彼の顔を見ている彼女を見ると、さすがの
レオニードも意志がくじけそうになったが、あえて突き放し、
「さあ、もう行け」
と無理やり馬車に乗せた。
ロストフスキーが馬にムチを当て、馬車は静かに走り出した。
馬車が去っていくのをレオニードはしばらく見つめていたが、やがて
踵を返して邸の中に入り、これからの計画を練り始めた。
(いまだに陛下に忠誠を誓っている軍隊がいるのは・・・ドン河流域、
カフカス、フィンランド、ウラル、極東地域・・・)
地図を眺めながら、政治情勢の分析に熱中した。
次の日、レオニードが相変わらず書斎にこもっていると、執事が、
「若様っ!大変でございます、あの方が・・・!」
と叫ぶ声が聞こえたので、部屋の外に出てみると、そこには
執事に連れられてユリウスが立っていた。
「ユ、ユリウス・・・!おまえ・・・!なぜこの国を出なかった?
わたしの心遣いがわからなかったのか?」
「ぼ、ぼくは・・・」
自分の心遣いを無視して戻ってきた彼女に対して激しい怒りを
感じたが、
「とにかく、中へ入れ」
といって書斎へ招じ入れた。
ドアを閉めると、
「いったいどういうつもりなのだ、おまえは!?」
と怒鳴ると、彼女は、
「ご・・・めんなさい・・・ぼくはどうしてもあなたから離れたくなくて・・・」
レオニードはため息をつき、
「そのようなわがままをいうものではない。今からでも遅くはないから、
駅へ向かえ。パスポートと荷物は持っているのだろう?」
すると彼女は、いきなり彼の胸に抱きついてきて、
「レオニード・・・!ぼくはもう、誰かに見捨てられるのが嫌なんだ・・・!
ぼくはまだかあさんのお腹の中にいるときから父に見捨てられ、
アレクセイは2度もぼくを突き放していった。そして今度はあなた・・・
自分がわがままを言っていることはよくわかっている、でもどうせ
死ぬならあなたの腕の中で死にたい・・・もうぼくを突き放さないで・・・」
「・・・・・・」
195 :
旅行 37:2009/06/14(日) 17:56:22 ID:OdMnw7ZB
レオニードは何か彼女に言い返そうと思ったが、何も言葉が出てこなかった。
同時に、彼女にとって彼との別れがいかに辛いことであるかも、身にしみるほど
理解できた。
「まったく、お前は・・・いつも衝動的に行動する女だな・・・あの夜もそうだった・・・」
彼は二人が初めて結ばれた日のことを思い出していた。あの夜も、彼女は
いきなり彼の書斎に駆け込んできて、突然愛を告白したのだった。
(あのとき、私はおまえを抱きながら誓ったのだった・・・何があってもこの女に
対して最後まで責任を取ると・・・)
やがてレオニードはユリウスの肩に手を置き、
「わかった、私はロシア南部へ行く。おまえもついてくるがよい。しかし、
その前にその格好を何とかしろ。まず髪は短く切り、服ももっと地味で質素な
ものに着替えるがよい」
ユリウスは、女中に命じて自分の髪を切らせたが、そのとき、不意に、この金髪を
レオニードも、クラウスも、どんなに愛してくれたかを思い出した。
衣装櫃のなかから、出来るだけ地味な色で飾りもついていない服を選んで着ると、
かなり男っぽくなった。
(これならなんとか青年として通るだろう・・・)
そう思いながら仕度を終え、レオニードのもとに行くと、
彼はユリウスの短く切られた髪を撫で、一瞬、哀しそうな表情をした。
「さて、では一緒に南へ向かうか。あそこにはまだ陛下に思いを寄せる
者たちがいる」
「どこへ向かうの?」
「クリミアだ」
一方、アレクセイは同志たちと激しい議論を繰り広げていた。
同志の一人がこう言った。
「おれは武装蜂起には反対する。行動はまだ時期尚早だ。蜂起など
決行したら、ボリシェビキは敗北する危険がある。それに対して
ソビエト大会と憲法制定会議選挙は、われわれに平和的に権力に
到達する手段を与えてくれるのだ」
それに対してアレクセイはこう答えた。
「権力は銃で奪い取るものだ!ボリシェビキはソビエトで過半数を
得ているのだから、国家権力を奪取することができるし、またそう
しなければならない。俺たちは一分たりとも無駄にすることなく、
直ちに蜂起部隊の司令部を組織し、味方の戦力を各地点に配置し、
信頼できる連隊を最重要拠点へ急派し、電信電話局を占拠し、
そこに司令部を設置し、すべての工場、すべての連隊と司令部を
電話で結びつける」
9月9日、ペトログラード・ソビエトにおいて初めてボリシェビキは多数派となり、
10月12日、首都に軍事革命委員会が設置された。
10月25日午前2時、軍事革命委員会の決定により、ついに武装蜂起が
開始され、発電所や駅や橋が、次々と革命軍の手によって占拠されていった。
その日、“武装蜂起に参加せよ”との命令を受けた巡洋艦“アウローラ”号は、
ネヴァ河を遡行し、ニコラエフ橋のたもとに錨をおろして待機していた。
「冬宮を攻撃せよ!」
夜8時・・・命令は出された。
「ペトロパブロフスク要塞から空砲が・・・!!攻撃の合図だ!!」
最後通牒が拒否されたために、速やかで激烈な行動が開始された。
ボリシェビキは夜中の12時前後に、ついに冬宮内に突入し、閣僚たちを
逮捕した。ケレンスキーはすでに逃亡しており、冬宮は興奮した群衆の
手に委ねられた。
196 :
旅行 38:2009/06/14(日) 17:57:21 ID:OdMnw7ZB
「ロシアの市民諸君へ!臨時政府は廃された。政府の権力は、ペトログラード労兵
ソビエトの機関であり、ペトログラードのプロレタリアートと守備隊の先頭に立つ
軍事革命委員会へ移った。人民がそのために闘ってきた諸課題――民主的講和の
即刻の提案、地主的土地所有の廃止、生産への労働者の統制、ソビエト政府の
形成――、これらの課題は確保された。労働者、兵士、そして農民の革命、ばんざい!」
十月革命が成功した日、アレクは街に立って、感動のあまり涙ぐんでいた。
(ああ、兄貴・・・おれたちの犠牲は無駄ではなかった。ようやくおれたちの
理想が実現したんだ。)
そばに仲間たちが来て、
「同志アレクセイ、おめでとう。苦難に耐えて戦い続けてきたかいがあったな」
「ありがとう、同志。これで祖国の人々の上に幸福がもたらされる」
ボリシェビキ本部は熱狂に包まれていた。
10月25日夜には、スモーリヌィで第二回全ロシア労働者・兵士ソビエト
大会が開催された。ここで、「平和に関する布告」と、地主による土地所有を
廃止する「土地に関する布告」が採択された。
その後におこなわれた憲法制定議会の選挙に敗北したボリシェビキは、
武力で議会を強制解散し、ソビエト政権を正式な政府であると宣言した。
この民意を無視した議会解散命令は、反対政党との敵対を決定的した
だけでなく、憲法制定議会で多数を占めていたエスエル(社会革命党)に
反乱の正当性を与えることとなった。
さらに12月20日には、チェーカー(KGBの前身)が設置された。
そのころレオニードはクリミアに着き、ヴラーンゲリ男爵と会談していた。
「ユスーポフ侯・・・久しぶりにお会いする。首都ペトログラードの状態は
どのようになっているのですかな」
「大変な混乱状態です。極度に治安が悪化していますが、コルニロフ
将軍のクーデターが失敗してからは、ソビエト、現役軍、後方守備隊、
これらがすべてボリシェビキの手に落ちていきました。やつらは“反革命”
とみなした者たちに対しては容赦いたしますまい」
レオニードは男装して、髪も短く切ったユリウスに、
「よいか、おまえは表向き、私の身の回りの世話をする従僕ということに
しておく。なるべく部屋からは出るな」
そして、彼女に一つの指輪を渡した。
「この中には毒薬が入っている。苦しまずに死ねる、致死性のものだ。
もし万が一わたしが戦死しておまえが残され、赤衛軍の捕虜になる
ようなことになったら・・・」
「うん、わかっているよ、レオニード。」
彼から言われずとも、そのつもりでいた。白衛軍側の者が赤衛軍に
捕らわれればどういうことになるか、だいたい見当がついていたからだ。
197 :
旅行 39:2009/06/14(日) 17:58:07 ID:OdMnw7ZB
ロストフスキーは、ヴェーラを無事国外に亡命させた後、ペトログラードに戻ってきた。
(これからクリミアにおられるユスーポフ侯のもとまでいかねばならぬ・・・だが、もう
あちこちにソビエトの手が回っているだろう。何とか奴らに見抜かれることなく、
たどりつければいいのだが・・・)
辻馬車で駅まで行くと、汽車に乗る予定の群衆でごったがえしていた。
「二列に並んで、二列に!出張証明書を見せないと列車には乗れないぞ!」
「押さないで!」
「はい、つぎ!証明書を見せて。はい!通っていいよ。つぎ!証明書は持っているか!」
ロストフスキーの番が来た。
「はい!次の方、証明書を見せて」
赤い腕章をつけた歩哨が証明書を確認し、ロストフスキーに向かって、
「よし、通っていい。向こうで荷物の点検を受けるように」
と言い渡した。ほっと安堵したロストフスキーがホームに入ると、そこに待っているのは
いつものように編成された旅客列車ではなくて、家畜用車輌が連なっているだけだった。
(なっ、どういうことだ、これは・・・?)
彼が近くの乗客に事情を尋ねると、
「今は各種列車の区別が廃止されて、どれも混成列車になっちまったんだよ。
軍用列車も囚人列車も一緒で、家畜用と人間用の区別もない。」
呼子が鳴り、駅員が車輌の引き戸を開けると、みんながどっと殺到したので、押し合い
へしあいしながら、どうにか立つ場所を見つけた。
この暗い板張りの車輌に、どうにか場所が取れただけでも幸運だった。
頭上で足音がやかましく響いていたが、どうやら車内に場所が取れなかった者たちが、
屋根の上に居所を定めたらしかった。足や汗や小便の臭いで、息が詰まりそうだった。
出発の鐘が鳴り、振動がして、車輌が震えた。きしみ音を上げながら、列車はのろのろと動き出した。
車輌の中央には用足しのための桶がおいてあったが、ほとんどの人間は使わなかった。
停車するのを待って、外でするほうがよかったからである。駅で新聞を買い、読み終わった後は
新聞紙を切って落とし紙をつくるという作業を繰り返した。
列車は何度も停止を繰り返しながら、ペトログラードから南へ向かって進んでいった。
10日も列車に乗っていると、体の節々が痛くなってきた。もちろん、服を着替えることも
体を洗うこともない。駅から遠く離れた場所で次にまた停車したとき、乗客たちは下車して
書類と荷物の検査を受けた。
(大丈夫だ、カバンの中には怪しまれるようなものは何も入っていない・・・)
そう思いつつも、緊張で体が固くなる。
一人の赤衛隊員がロストフスキーのもとへ近寄ってきて、検査を済ませると、
「結構。列車に戻ってよい」
と言った。ロストフスキーは、
「ありがとう、同志」
と言い返した。
すると突然、彼の後ろで騒ぎが起きた。どうやら一人の男の鞄の中に、皇帝の肖像が
見つかったらしかった。赤衛隊員たちは、この不運な男を引っ立てていった。彼は振り向いて、
「神と皇帝と祖国のために!」
と叫び、赤衛隊員が首筋に銃床でしたたかに一撃を加え、言葉がとぎれた。両脇を抱えて引きずられ、
さんざんに殴りつけられ、耳も壊れそうなほどの大声で罵られながら、彼は白樺林の中に姿を消した。
他の赤衛隊員たちも、数人の疑わしい人々を逮捕し、同じ場所に連れて行った。逮捕されたのは
農民に変装した将校たちで、白衛軍に参加しようとたくらんでいたということだった。旅客たちが
車輌に戻る間に、突然何発かの銃声が響いた。
「あの方々の霊の安らかならんことを!」
と誰かが言った。
列車は再び動き出した。
日を追うにつれて、食料はいっそう乏しくなっていった。列車が停止するたび、旅客たちは耕地に
散らばっていって食料を探した。
「キャベツの芯や、農民が取り忘れたカブでも残ってないかねえ」
「十月の末なので、畑には盗めるようなものは何もねえや」
「駅の構内食堂にも、もう何も残っていないよ」
198 :
旅行 40:2009/06/14(日) 17:58:39 ID:OdMnw7ZB
今やロストフスキーが持ってきた食料で残っているのは、イワシの缶詰が3つだけだった。
旅客たちにとっては、食糧不足のほかに、武装集団に列車が攻撃されはしないかという恐れがあった。
(騒然とした状態にあるロシアを、のろのろと横切っていく列車は格好の獲物だろう・・・ロシア南部では、
赤衛軍、白衛軍、コサックの首領たち、ペトリューラ〔ウクライナ独立主義者〕の支持者たちなど、
いくつもの勢力が跋扈している。もし列車が襲われるようなことにでもなれば、
侯のもとに行き着けるかどうか…)
列車が駅に止まったままなので、不審に思って、
「いったい、どうなってるんだ?」
と聞くと、
「機関士がこの近くの村の出身でね。自分の家に帰ってしまったんだ。もうこの
仕事は続けたくないといって」
「なんだって・・・」
やむをえず、近くの村に行くと、ちょうど農民が二輪馬車に乗っていて、5ルーブル
払うなら乗せていってやろうと言った。ロストフスキーは、他の数人の客ともに
馬車に乗り込んだ。
長い苦難に満ちた旅の末、ロストフスキーはやっと白衛軍の支配地域までたどり着くことができた。
ロストフスキーが白衛軍の司令部に行くと、レオニードが出迎えた。
「ユスーポフ侯・・・」
「ロストフスキー、よく無事でここまでたどり着いたな。途中、赤衛軍にみつかるのではないかと
心配していたぞ」
ボリシェビキによる政権奪取の直後からロシア南部で反乱が始まった。
1917年5月には、旧軍が徴用したチェコスロヴァキア軍団がシベリアで
反乱を起こし、二年半にわたる内戦の火蓋が切られた。
1917年11月7日には、ドン・コサックの首領、カレーディン将軍が起ち上がった。
同じ11月に南部ウラルでオレンブルグ・コサック軍団がドゥトフ将軍の指揮のもとに
決起した。
その上にイギリス・フランス・アメリカ・日本など、諸外国が、「チェコスロヴァキア軍団
の救出」を口実として干渉戦争を始めた。
1918年1月にカレーディンは革命軍に撃破され、続いてドゥトフも粉砕された。
1月29日にカレーディンは拳銃で自殺した。
しかし、このコサック反乱は幕開けに過ぎなかった。ドンとクバンにロシア全土から
士官たちが集まってきた。1917年11月2日のカレーディン軍の決起と同時に、
かつての皇帝の大本営司令官アレクセーエフ将軍が南部に志願兵による
反ボリシェビキ勢力の「義勇軍」の結成に着手した。
さらに1918年1月に、皇帝の将軍アントン・デニーキンが「ロシア南部武装兵団」の
結成を宣言した。これに義勇軍とドン軍団が参加した。デニーキンはこの兵団の総司令官になった。
白軍の集団はロシア北西部にも結成され始めた。ここで反ボリシェビキ運動を
指導していたのは帝政時代の勇将ニコライ・ユデーニチだった。彼は第一次
世界大戦での輝かしい功績により聖ゲオルギー二等勲章を授与されていた。
ユデーニチの軍には独立したエストニアに逃れた白軍の士官たちやエストニア人が入った。
199 :
旅行 41:2009/06/14(日) 18:00:06 ID:OdMnw7ZB
十月革命における武装蜂起の中心メンバーは、ペトログラードの労働者たちがつくった
4万人の「労働者赤衛隊」、守備隊兵士、バルト海艦隊兵士などで構成されていた。
だが反革命勢力と闘争を続けるにはそれだけでは不十分だった。
そこでボリシェビキは1918年はじめから「赤衛軍」を形成することにした。赤衛軍創設の
中心になった軍事人民委員トロツキーは、軍事専門家として旧軍将校を採用する
ことに決めた。これにより、2万人もの旧軍将校が赤衛軍に入ることになった。
ただし、政治的統制のために一人の将校につき二人のコミッサール(政治委員)がつけられた。
アレクセイはズボフスキーに、
「おれは赤衛軍に入って反革命軍と戦う。ズボフスキー、おまえはどうする?」
「おれも入隊するよ。今、祖国は深刻な危機を迎えている。やっとの思いで
成功させた革命の成果を水泡に帰してなるものか」
二人が戦場に向かう日、ガリーナがわざわざ見送りに来てくれた。
「フョードル・・・アレクセイ・・・気をつけてね」
「ガリーナ、きみも元気で」
「ガリーナ、おれはどんなに長い期間がかかっても、必ずおまえのところへ
戻ってくる。信じて待っていてくれ」
赤衛軍に参加してからというもの、アレクセイはその勇敢さと質素な生活ぶりで皆の
賛嘆の的になった。
彼は戦闘の時には、危険も顧みずにつねに部隊の先頭に立って敵に突っ込んでいった。
あるとき、同志の一人が、少しは彼にましなものを食べてもらおうと、特別な食事を
持っていった。すると、アレクセイは顔を上げて、
「今夜は、みんなこの食事を食べているのか?」
と聞いたので、戸惑いを隠しながら、
「そうです。みんな一緒です。同志アレクセイ」
と急いで答えた。
アレクセイは兵士たちの前で演説を行った。
「諸君!この内戦で、俺たちの敵を操っているのは英仏の株式仲買人の手先たちだ。
生まれたばかりのソビエト共和国に対して、国内の階級敵と帝国主義列強による
陰謀と攻撃がなされている。だが、すべての陣地を最後の一兵まで死守せよ。
撤退してはならない。背水の陣をしいて、俺たちの目的が正しいことを信じ、
それぞれが最後まで戦わなければならない」
「おおっーーー!」
「アレクセイ!」
「アレクセイ・ミハイロフ!」
アレクセイは同志たちと戦略について語り合った。
「俺たちよりも白衛軍のほうが、装備でも練度でも上だ。しかし、農民たちは白衛軍が
戻ってきて土地を取り上げられることは望まないだろう。」
「それから、行く先々で“民族自決”のスローガンを宣伝すれば、ロシア帝国内の各民族には
効果があるだろうぜ。白衛軍は諸民族の独立を認めていないからな」
200 :
旅行 42:2009/06/14(日) 18:00:46 ID:OdMnw7ZB
白衛軍には第一次世界大戦の戦火をくぐり、鍛え抜かれたロシア軍の優秀な士官や
将軍たちが集まった。しかし旧軍の卓越した士官や将軍たちは赤衛軍にも勤務していた。
ときには恐ろしいことに、肉親の兄弟が敵味方に分かれていることもあった。
Y・プリュシク・プリュシコフスキー将軍は白衛軍、その弟グリゴーリィ将軍は赤衛軍、
P・マフロフ将軍は義勇軍、その弟ニコライ少将は赤衛軍、M・ベレンスはウランゲリ
将軍の白衛軍提督、その弟のエフゲーニィ・ベレンスはボリシェビキ側の海軍の
総司令官といった具合にである。
兄が弟と戦う・・・捕虜になり、息子が父を、弟が兄を銃殺する。これが内戦の
日常となった。
ある日、レオニードは林の中で赤衛軍と遭遇し、互いに遮蔽物の陰から銃を
撃ち合っていたが、突然、ひとりの赤衛軍兵士が目に入った。相手もレオニードに
気づいたようであった。
(リュドミール・・・!)
(兄上・・・!)
二人は一瞬凍りついたが、やがて、二発の銃声が響いた。
一瞬の後、兄弟は、二人とも無事に生きていることを確認した。
互いにわざと的をはずして撃ったのだった。
次の瞬間、レオニードはふっと笑って、その場を立ち去った。
リュドミールはそれを見送りながら、
(兄上・・・なんて皮肉なことだ・・・ぼくたち二人が、戦場で相まみえるとは・・・)
と考えていた。
ユリウスは、レオニードが戦闘に出ている間、軍医や看護婦とともに負傷者の
治療や雑用を手伝った。砲弾で片脚を吹き飛ばされた兵士や、負傷者の凄惨な
傷口を見ると、思わず目を背けたくなったし、負傷した兵士のうめき声や悲鳴を
聞くと耳を塞ぎたくなった。悪臭のたちこめる病室で働きながら、
(この程度のことで倒れてはいけない・・・実際に戦場で戦っている人々の苦しみに
比べたら、ぼくの境遇はずっとましなのだから)
と、強いて気持ちを奮い立たせ、包帯を巻いたり、傷口から蛆を取り去ったり、
医師が腐肉を切り取るときにそばに金盥を持って立ち、手術を手伝っていた。
夜遅くまで負傷者の世話をする彼女に、軍医が、
「大丈夫かね?もう休んだらどうかな」
「いえ、けっこうです。こうして仕事をしているほうが気がまぎれるんです」
一人で部屋にこもっていると、もしレオニードが戦死するようなことがあったらと
気が気でないので、包帯やガーゼを洗ったり、負傷者に水を飲ませたりしていた。
数週間後、レオニードが白衛軍の司令部に帰ってきた。部屋でユリウスと一緒に
いながら、彼は、
「今回の戦闘で、リュドミールと会った」
と語った。
「・・・・・・・!」
「あいつはやはりボリシェビキに入党していたのだな。一介の赤衛軍兵士として
戦闘に参加していた」
「で・・・あなたがたは、互いに・・・?」
レオニードはふっと笑って、
「いや、我々二人とも、お互いに標的をはずして撃った。仲間に対する裏切りだな」
201 :
旅行 43:2009/06/14(日) 18:01:57 ID:OdMnw7ZB
レオニードは、エカテリンブルクに幽閉されている皇帝一家の救出を白衛軍の首脳たちに
打診してみた。しかしこれは拒否された。彼らは、
「我々には君主制を復活させる意図はないし、もし仮に復活させるとしても、ニコライ2世と
病弱なアレクセイ皇太子以外のロマノフ一族がよいと考えている」
との返答だった。また、反革命軍にとって、生きたニコライより殉教者ニコライのほうが
有益だった。この返答を聞いて、レオニードは心中で、
(皇帝陛下・・・)
とうめいた。
1918年7月17日、ニコライ2世とその家族はエカテリンブルクで全員が射殺された。
レオニードは神父に、
「皇帝陛下と御家族の冥福を願って、聖体礼儀を執り行ってもらいたい。」
と頼んだ。彼は他の白衛軍将校ともに、礼拝堂の中で蝋燭を上げ、殉教者となった皇帝に
天国を賜るよう神に祈った。
ユリウスも、ニコライ2世ばかりでなく、皇太子や皇女たちまでもが銃殺された
ことに強い衝撃を受けた。
(なんてむごたらしい・・・子供まで殺すとは・・・)
1918年はロシア中の人々が苦しみ、殺された。赤衛軍と白衛軍の双方が殺しまくった。
チェーカー(KGBの前身)の地下室でも、白衛軍防諜部の地下室でも、人々は有刺鉄線を
巻きつけられ、目をえぐりとられ、人間の皮膚で手袋がつくられ、杭の上に座らせられた。
プロの軍人であるレオニードも、野獣と化した白衛軍の兵士たちを見て慄然とした。
8月30日、レーニンがエスエル(社会革命党)の女性党員ドラ・カプランに左肩を狙撃された。
幸い命に別状はなかったが、9月にレーニンは、「赤色テロ」政令を発して、「白色テロ
には赤色テロで応じる」ことを宣言した。ペトログラードでは帝政側の政治家と軍人
512人が処刑された。
トロツキーは誕生したばかりの赤軍に、敵とみなされた者を情け容赦なく鎮圧し、
見せしめの処刑をどしどし執行せよとの指示を与えた。いたるところで銃殺が行われ、
戦闘で捕らえられた白衛軍兵士や農民ばかりか、赤衛軍の兵士や将校も、厳しい鎮圧を
遂行する能力に欠けたときには銃殺された。
ペトログラード・チェーカー議長のウリツキーがある士官候補生に暗殺されると、
報復として「打倒された階級の代表者たち」500人が銃殺刑に処された。
あるとき、アレクセイら赤衛軍が列車を止めて乗客の手荷物検査をしていると、
一人の兵士が女性にいたずらをしようとした。アレクセイはその兵士を殴りつけて、
「いいか、俺たちは革命の崇高な大義のために戦っているんだ。不埒な真似は許さないぞ!」
と叫んだ。すると殴られた兵士が、
「あれはブルジョワ女じゃないか!同志アレクセイ、あんただって皇帝に兄を処刑
されているだろう!“人民の敵”に対して何の遠慮がいる!?」
と怒鳴った。アレクセイは、
「たしかに、俺は皇帝に兄貴を殺されたし、シベリア流刑も経験した。だからこそ、
革命の正義を汚したくないんだ!俺たちは品位ある態度で人々に接すべきなんだ」
その兵士は不満そうな顔をしながらしぶしぶ引き下がった。
アレクセイには、戦闘のほかにも多くの悩みがあった。兵士たちは戦争での負傷
だけではなく、冬には発疹チフス、夏には赤痢といった病気で苦しんでいた。
アレクセイの所属する部隊が森のはずれにいたとき、突然敵の銃火をあびた。
「伏せろ!」
皆、ただちに身を伏せて応戦した。背後は森林で、前方には草地が開け、遮蔽物も
何もない空間を、白衛軍が攻撃してくる。
敵がだんだん間近に迫ってきた。アレクセイには、その一人ひとりの顔が見分けられる
ほどだった。中には、まだ頬のあたりに幼さを残した少年もいた。
赤衛軍の銃弾は、ばたばたと彼らを薙ぎ倒した。
「俺たちの弾薬には限りがあるので、無駄には使用できない!至近距離に来るまでは撃つな、
識別できる目標の数だけ発射しろ!」
アレクセイは草の上に腹ばいになって銃を撃っていたが、不意に、隣にいた兵士が、
「うっ」
と言ってもんどりうって倒れ、しばらく痙攣した後、動かなくなった。
彼はその兵士の遺体から弾薬盒をはずし、もう一度もとの場所へ戻って撃ち始めた。
やがて白衛軍の司令官は、状況の不利を悟って撤退命令を出し、敵は引き揚げていった。
202 :
旅行 44:2009/06/14(日) 18:02:29 ID:OdMnw7ZB
アレクセイはあちこちを転戦しているうち、焼き討ちにされた村を通りかかった。
台所用具、橇、ブリキ板などの破片が散らばり、垣根は倒れ、外囲いの丸太は
はずれて内側に突き出ていた。
どの家も黒焦げになり、雪も煤や煙で真っ黒に汚れていた。
「この村はいったい何があったんだ・・・?」
と、生き残った村人に尋ねると、
「村の貧農委員会を追放した上、赤衛軍に馬を提供するのを拒否したのさ。
その結果、赤衛軍がやってきて、装甲列車から砲撃を食らう羽目になっちまった」
という答えが返ってきた。
アレクセイは彼の部隊の政治委員に、
「あの村は、政府の命令に逆らったせいで焼き討ちされたそうだが、それが党の
方針なのか?」
と聞いてみた。
「そのとおりだ。党の方針に従わない村、あるいは反革命軍に協力した村は
すべて懲罰を受ける」
「そんな・・・!彼らは俺たちの同胞だぞ」
「我々の同胞は世界のプロレタリアートだ。我々は同胞とではなく、搾取者
たちと戦い、世界のすべての困窮している人々の幸福のために戦っているのだ」
「だが女子供まで殺さずとも・・・」
「同志アレクセイ、我々の部隊が戦闘を続けられるのも、農村から食糧を徴発
しているからだぞ。もし奴らに甘い態度を取れば、赤衛軍は彼らのサボタージュの
せいですぐに干上がるだろう」
「・・・・・・」
そこへズボフスキーが割って入った。
「アレクセイ、ちょっと俺のところへ来い」
誰もいないところへ行くと、
「アレクセイ、ああいうことを政治委員に言うのはよせ。お前まで反革命分子
と疑われるかもしれんぞ」
「ズボフスキー、おまえはあの焼き討ちされた村を見てなんとも思わないのか?
女子供や老人まで情け容赦なく殺されていたぞ」
「わかっている。しかし、今は内戦だ。内戦に勝つまでは我慢しろ」
「くっ・・・」
沈み込んでいるアレクセイの姿を見ながら、ズボフスキーは思った。
(もともと情に厚くて、正義感の強いアレクセイには耐え難いことだろうな・・・
俺自身、ここまで悲惨なことになるとは予測していなかったが・・・)
その夜、焚き火の前で暖を取りながら、アレクセイは考え続けていた。
(兄貴・・・俺たちが追い求めてきたのはこのようなものだったのか?今、祖国の
人々は苦しみにあえいでいる。この内戦が終わったら、俺たちが求めていた
理想の社会が到来するのか・・・?)
203 :
旅行 45:2009/06/14(日) 18:03:30 ID:OdMnw7ZB
レオニードは、内戦の血なまぐさい実態をなるべくユリウスの耳に入れないように
していたが、兵士たちの噂から、嫌でも耳に入ってくる。
その上、しょっちゅう響いてくる銃声は彼女に、かつて帝国警察の男に撃たれた
ときのことを思い出させた。
レオニードにとっての悩みは、白衛軍の司令官たちの嫉妬といがみあいだった。
ヴランゲリ将軍はデニーキン将軍をひどく嫌っていたし、デニーキン将軍も同じ
ことだった。コルチャークとユデーニチの陣営内でも将軍たちはいがみあいを
していた。レオニードが、
「コルチャーク将軍、デニーキン将軍、ユデーニチ将軍の3つの軍が連携して
ペトログラードとモスクワに猛攻撃をかければ、白衛軍の勝利に終わるでしょう」
と進言しても、白衛軍は分裂したままだった。白衛軍の司令官たちはそれぞれが
自分でソビエト政権を打倒しようとする功名心にはやったため、各軍はやがて
孤立することになった。
さらに農民たちは白衛軍が帝政時代の法律を復活させ、農民から土地を取り上げて
地主に返そうとしているのを見て反乱を起こした。
そのうえ、白衛軍の規律も乱れていた。デニーキン将軍がクルスクとハリコフ付近で
勝利を収めた後、白衛軍の後方は諸部隊が住民から掠奪した家財道具をびっしり
積み込んだ列車の編成で埋め尽くされていた。レオニードは、
(わたしはかつて、シベリアの反乱を鎮圧した際、規律違反を犯した兵士2人を死刑に
処したしたことがあったが、その程度ではとても追いつかないだろう・・・)
と考え、暗澹とした気分になった。
アレクセイは地図を前にして皆に説明した。
「白衛軍の各施設の位置について説明する。ここが兵器庫、ここが被服庫、ここが食糧庫、ここが
現金の保管所だ。明日、一気に攻勢をかける」
次の日の朝、赤衛軍は真正面から白衛軍に攻撃をかけた。アレクセイは部下たちに、
「行けーーーっ!」
と叫んだ。白衛軍側の反撃も激しかったが、兵士たちは味方の死体の山を遮蔽物として利用
しながら、なだれをうって白衛軍の陣地に突入した。機関銃が唸り、敵味方が入り混じって
大混乱になった。
レオニードは、馬に乗ってこちら側に突っ込んできた赤軍兵士を見て、
(アレクセイ・ミハイロフ・・・)
と気づいた。レオニードが狙いを定めて撃った弾がアレクセイの馬に命中し、彼は、
「うわっ!」
と叫んで落馬した。とどめを刺そうと狙ったとき、アレクセイのそばにもう一人の赤衛軍兵士が
現れた。
(リュドミール・・・!)
その一瞬が、レオニードにとって命取りになった。アレクセイの撃った弾が、彼の肩に
当たった。
「うっ!!」
傷口を押さえて膝を突いたレオニードに向かって、機関銃を発射したとき、一人の人間が
レオニードの前に立ちふさがって、血まみれになって倒れた。
「ユリウス!!」
レオニードが彼女を抱き起こし、一方アレクセイは、自分が撃った相手が誰であるかに
気づいて呆然となった。そのとき、
「侯をお助けしろ!」
とロストフスキーの声が響いて、白衛軍兵士たちがアレクセイたちのいる方向に向かって
一斉射撃を浴びせた。
「わああーーーっ!」
「同志アレクセイ!」
「アレクセイ!おい、しっかりしろ!やられたのか?」
「同志諸君!ここはひとまず退却だ!」
ズボフスキーはアレクセイの身体を抱えてうまに乗せた。リュドミールは、内心、兄の身を
案じながらも、アレクセイのあとについていった。
傷を負ったレオニードは、ユリウスを抱えて、なんとか白衛軍の兵器庫までたどりついた。
(ここにある武器を赤衛軍のやつらに渡すわけにはいかぬ・・・)
ユリウスがうめいて、意識を取り戻したので、彼女をそっと床に横たえてやった。
彼女の頬に手を当てながら、
「こんなことになるのなら、お前を無理にでも亡命させるのだった・・・愛しい者たちには
生きていて欲しかったから、おまえのこともわざと突き放して国外へ逃亡させようと
したのに・・・」
「いいや・・・レオニード・・・ぼくは幸せだったよ・・・この国であなたに出会えて・・・もう
自分を偽ることなく暮らせて・・・愛する者はみなぼくを通り過ぎていった・・・でも
あなただけはしっかりとぼくを抱きとめてくれた・・・」
やがて、ユリウスの言葉が途切れ、彼女は眠るように息をひきとった。その顔に
かすかに幸福そうな微笑が浮かんでいるのを眺めながら、レオニードはユリウスの
身体を抱きかかえて頬を撫でた。
しばらくして、彼女の身体を元に戻し、そっと接吻してやった後、
(我々の血の跡をたどって、赤衛軍がここにやってくるだろう・・・奴らが来る前に、
武器を処分せねば・・・)
重傷を負った体で、レオニードは弾薬を保管した場所へ歩いていった。
(我々の負けだな・・・白衛軍は結局団結することも、帝国内の各民族の独立を
認めることも、農民たちに土地を分配することもできなかった・・・だが、敗北すると
わかっていても、わたしにはこれ以外の生き方は存在しなかったのだ・・・さらば、
祖国ロシアよ・・・おまえを救えなかった不器用な男を許してくれ。)
赤衛軍兵士たちが戦闘後に負傷者の手当てをしていると、突然、遠くで爆発音が
響き、地平線の彼方で黒煙がもうもうと上がった。
「なんだ、あれは・・・?」
「おい、誰か偵察に行って来い!」
しばらくして、偵察に行った兵士が戻ってきて、
「どうやら、白衛軍が、武器を俺たちに渡さないように弾薬を爆破したらしい」
「なんだと・・・!畜生!」
赤衛軍の軍医がアレクセイの治療をしたが、彼は、
「残念ながら、この患者はあと少ししかもたんだろう」
と宣告した。それを聞きながらアレクセイは、レオニードの前に飛び出してきたユリウスの
ことを思い出して苦しんでいた。
(志半ばにして斃れるのが、おれの運命だったのか・・・?それも、かつて愛した女を・・・
故意ではないとはいえ・・・撃ってしまったあとに・・・)
アレクセイのそばにいたリュドミールが、
「同志アレクセイ、そんなに自分を責めないでください」
と言った。彼の顔を見て、アレクセイは、
「・・・そうだった、お前も自分の兄貴と敵対していたのだったな」
「ええ、そうです。ユスーポフ家を出てボリシェビキに入党したときから、覚悟はしていましたが」
「おまえは俺より若いのに、ずっとしっかりした考えを持っているな。同志リュドミール、おまえは
きっと立派な革命の闘士になるぞ」
そう言った後、アレクセイは疲れきってふっとため息をついた。
(できることなら、祖国の行く末を見届けたかったが・・・)
数日後、負傷してベッドに横たわっているアレクセイのもとに、ズボフスキーが
やってきた。
「喜べ、アレクセイ。白衛軍は敗走した。やつらはクリミア半島に逃げ込んだが、
もはや袋のネズミだ。あとはクリミアさえ陥落すれば、白衛軍は壊滅する」
「そうか・・・」
瀕死の状態でありながらも、内戦が赤衛軍の勝利に終わることがわかって、アレクセイは
満足感と幸福感に包まれていた。
「兄貴・・・アルラウネ・・・そして同志たち・・・おれはやっと、あんたたちの遺志を継いで
祖国を解放することができた・・・祖国と祖国の人民に永遠に栄光あれ・・・!!」
「アレクセイ・・・!」
「同志アレクセイ!」
「同志アレクセイ・・・!しっかり・・・!」
部屋の中に、驚きとすすり泣きの声が響いた。
1920年11月、クリミアは陥落し、白衛軍の残存勢力は英仏の軍艦でクリミア半島を脱出した。
ズボフスキーはアレクセイの遺体をペトログラードに持ち帰り、ドミートリィが埋葬されている
墓地に埋めてやった。
(アレクセイ・・・短い生涯だったが、おまえは存分に生命を燃焼しつくして生きた・・・
おまえの思い出は決して俺たちの記憶から消えることはない・・・)
ズボフスキーに続いてガリーナ、同志たち、リュドミールもアレクセイの棺の上に花を投げた。
そして葬儀が終わった後、ズボフスキーは、ガリーナと同志たちに、
「さあ、行こうか。」
と言って、皆と一緒に静かに去っていった。
THE END
206 :
保守代わりに:2009/06/24(水) 00:54:48 ID:Y3Vhp81z
207 :
無題 1:2009/07/04(土) 01:17:20 ID:Ws7JTp6D
どこにも居場所がないのに、誰もが、私の家だというあの屋敷に帰ったのは夏だった。
久しぶりに行って見れば、そこにあの陰気な義妹も、騒がしいだけの義弟もおらず
賓客でもないのに、邸内で暮らすあの娘もおらず、
予め知っていたこととはいえ、屋敷の私室に入った私は、ほっとした。
部屋着に着替えて、寛いでいると
「昨日から若様は奥様がお戻りになるということで、侯爵様が
屋敷の者たちに所持万端抜かりなく整えよとのご命令でして・・・」
「うるさいわね」
私には、夫のために熱弁をふるおうとする忠実な執事の口上をさえぎった
妻としてこの家に来た最初から、彼らは私を皇帝の驕慢な姪だとしか見なかった。
今更、悪口が一つ増えたところでなんだろう!
私がこの屋敷に戻ってきたのは、表向きは姪の夫婦仲がスキャンダルに発展
することを恐れた皇帝陛下のご配慮だったが、
実はその皇帝陛下さえご存じない密命を帯びていたのだ。
「どうしても」祖母のアンナ皇太后は言った。
「健康な男の子がロマノフ家には必要なのです」
祖母は、祖父の喪も明けぬ内に叔父ニコライの下に嫁いでいた
ドイツ生まれの義叔母を嫌っていた。
が、王女に生まれ望まれ皇后になった祖母は、感情だけでこのようなことを
言う人ではなかった。皇帝夫妻の待ち望んだただ一人の息子、皇太子アレクセイの疾患は
あのおぞましい破戒僧を呼び寄せ、彼への怨嗟は宮廷だけでなく市井にも満ち満ちて
ロシア全土を憎悪で覆おうとしていたのだ。
ピューリタニズムに満ちた英国宮廷で育てられた皇后アレクサンドラと違って
皇太后アンナは自分で馬車を駆り、軍艦の台所で将兵たちに手料理をふるまう闊達さで
老いたりといえど、宮廷はもちろん、軍部でも人気があった。
皇太后にないものは、ロマノフの血が流れていない、ということだけだった。
侯爵家とはいえ、ユスーポフ家はかのロシアの大帝ピョートルの寵姫を拝領した家で
レオニードの血のなかにはロマノフの血が流れている噂は半ば事実のようにして
宮廷では噂されていた。彼と、まごうことなきロマノフの私が健康な男の子を生めば
祖母はロマノフの血を引く健康な男の子、外孫とはいえ手にできるのだ。
「ますます美しくおなりだこと、アデール」私の顎に手をかけて微笑む祖母は
おそらく私たちロマノフの一族の中で誰よりも政治家だっただろう。
祖母は深く静かに行動し、息子である皇帝陛下に、姪の結婚生活の存続を懸念させ
今日、こうして私をユスーポフ家に帰宅させたのだった。
208 :
無題 2:2009/07/04(土) 01:17:42 ID:Ws7JTp6D
車寄せの音がして、私は居室のカーテンから外を見た
馬車から降り立ったあの人が、顔を上げ、灯のついている屋敷を眺めていた。
あの人だわ。少し痩せた?激務のせいかしら・・・
灯のついている部屋を探しているの?それともついていない部屋?
あなたの心は、レオニード・・・
「奥様、若様のご帰還です」控え目なノックの後そう告げた召使に
私は返事をしなかった。
今すぐ、階段を下りてあの人を向かえたりはしない。
夫を逆上させて支配欲をそそるか
夫の罪悪感を煽ってみるか
或いは「これは皇帝命令ですのよ、あなた」そう宣言して
(ここで私は嗤いだした。皇帝陛下の命令なら、あの人は従うだろう)
あの人と同じ寝室で過ごし、その夜の果実が実ったら・・・
武勇に優れたユスーポフ侯爵は激戦地に赴き、そこで名誉の戦死をするだろう。
残された皇帝の姪は、彼女を哀れむ皇帝の配慮で、従兄弟の誰かと再婚し
再び皇帝の一族に戻るのだ。
そして、ユスーポフ侯爵の忘れ肩身は、慈悲深い皇太后の養子となり、
ロマノフ家の皇位を継ぐ準正皇太子となる。
家系にロマノフの血を持つと言われる高潔な軍人貴族と皇帝の姪の子と
怪しい破戒僧を宮廷に呼び寄せた、ドイツ生まれの皇后から生まれた
血友病にかかった皇太子。
喝采を持って皇位に迎えられる存在なのはどちらかは自明の理だった。
私には、皇太后たる祖母の思惑がわかっていた
ロシアのため、ロマノフのため、ユスーポフ侯爵ならきっと名誉に思ってくれる
いいえ、いいえ、おばあさま
ユスーポフ侯爵夫人たる私は、同意できません。
レオニードの足音がゆっくりと私のいる部屋へ近づいてくるのを聞きながら
私は決意した。
国家に、軍務に、そしてあの娘に
あなたの心は妻たる私以外にあってもかまわない。
命だけは、誰にも奪わせない、と。
テーブルの上にあった香水瓶を今開こうとしてる扉に投げた。
レオニードの顔が怒りに青ざめる
さぁ、開戦よ、レオニード。
あなたの命を守るためにあなたと戦うわ。
209 :
無題 3:2009/07/04(土) 01:18:19 ID:Ws7JTp6D
「少し、休みたいわ」コンスタンチンにそう告げて
私はスツールに腰をかけた。
「アデール、ではあなたの喉を潤すなにかを」
芝居かかって跪き、私の機嫌を取ろうとする伊達男気取りにうんざりしていた私は
一刻も早く彼を追い払いたくて、
「そうね、先に私の居室を暖めてきてくださらない」と告げた。
彼は意味深い目配せを私に送り手に接吻をして、やっと私の目の前から消えてくれた。
従僕が差し出すボンボンをつまもうとした時
「犬のフリをする男につきあって、君まで愛犬家ごっこかい?」
背後から声がした。
聞きなれた声の持ち主に私は振り返らずに告げた
「ロシアの冬は寒いのよ、犬でも飼わないと凍えてしまう」
「抱き犬を抱えた老女にしては美しい」
老女と呼ばれてカッとして、ボンボンを投げつけた私の手を取った男
それは、私の従兄弟のドミートリィ大公だった。
陰気な皇后と、あの下賎な破戒僧が支配する宮廷は
彼がいなければもっと陰鬱なものになっていただろう。
どこか斜に構えたところはあるものの、美男な従兄弟は宮廷の人気者だった。
「従兄妹どの、踊ってもらえるかな」
「ええ」
彼が私をダンスに誘う時は、召使にも取り巻きにも聞かれたくない話を
私と二人だけでする時が常だった。
ユスーポフ侯爵家に嫁ぐことになるとお母様より先に私に最初に教えてくれたのも
こんな風に踊っている時だった。
「緑の迷路の森に囲まれた館に住む美女の物語を知っているかい?」
「中世フランスの伝説ね」
「その伝説が蘇ったんだよ。わが従兄妹殿のユスーポフの領地で!」
ここで、彼が何をほのめかしているのかがわかった。
誰よりも社交界に通じた彼が知ってしまったということは
皇太后の耳にも入っているだろう。
そして、早ければ明日の夜会はその話題で持ちきりだろう。
「知っていてよ、とっくに」
「ユスーポフの森の館に住む美女は氷の刃を溶かす奇跡を起こして
君を寡婦にして、僕の妻にするという奇跡は潰してしまった」
知っていたの、ドミートリィ!
従兄弟は真剣な目で私を見て言った
「皇太后のユスーポフ侯爵夫妻への保護は潰えた。
できるなら、生き残れ、アデール!」
あっと言う間に群舞になり、私と従兄弟は様々な色のドレス、軍服の中で
お互いを見失ってしまった。
END
210 :
無題 1:2009/07/04(土) 01:18:52 ID:Ws7JTp6D
ユリが記憶喪失にならず、最初のころのようにユリをネチネチ苛めるレオと
いうのもよかったかも。
レオがロシア帝国の対外諜報部とコネをつけて、アーレンスマイヤ家について調べさせる。
報告書を読んだレオは、アーレンスマイヤ家でどんなことが起こっていたのか、だいたい見当をつけ、
ある日、ユリを自分の部屋へ呼び出す。
レオ「お前は教会の住民登録でも、パスポートでも男ということになっているが、それはなぜだ?
女のお前がなぜ性別を偽っていた?財産目当てか?」
ユリ「・・・・・・・」
レオ「お前にはフランクフルトからヤーンという主治医がついてきたらしいが、特別な主治医が
必要なほどどこか体が悪いのか?」
ユリ「ぼ・・・ぼくは体が弱くて・・・それで小さいときからずっとヤーン先生に・・・」
レオ「そうか?私にはすこぶる丈夫にみえるがな」
レオ「このヤーンという医者、ある夜突然失踪したそうだが、なにか思い当たる理由でもあるか?」
ユリ「さあ・・・もともと身元も地位もそれほど確かな人ではなかったから、大方もっと割りのいい仕事
でも見つけたんだろう」
レオ「ひょっとして、お前がこの男を殺したのではないのか?」
ユリ「ち・・・違う・・・!ぼくは殺人なんて・・・!」
レオ(単にかまをかけてみただけだったが、ユリウスの表情と様子から、ドンピシャだったことを悟る)
211 :
無題 2:2009/07/04(土) 01:19:29 ID:Ws7JTp6D
レオ「もうひとり、お前の次姉のアネロッテも行方不明だな。この女もお前が殺したのか?」
ユリ「・・・・・・」
レオ「お前がアレクセイ・ミハイロフをこのロシアまで追ってきたのは何のためだ?単にあいつに
恋したためか?」
ユリ「そうだよ。彼を追ってここまで来た。彼に会えるのなら、このロシアの大地に朽ちても悔いは
ないと思った。」
レオ「違うな。お前がロシアまでやってきたのは、自分の犯した罪から逃れるためだ」
ユリ「違う!ぼくは彼への愛に殉ずるために・・・」
レオ「レーゲンスブルクのような小さな街では、暮らしにくかっただろうな。ロシアに来れば、
過去をすべてなかったことにして一からやり直せると思った」
ユリ「・・・・・・」
レオ「では、もうひとつ聞こう。アレクセイ・ミハイロフはお前の情熱に報いてくれたか?」
ユリ「・・・・・・」
レオ「革命の闘士に、おまえのような同志でない女など、足手まといでしかない。おそらくは
冷たく突き放されたのであろう」
ユリ(小さな悲鳴を上げて座り込む)
レオ「お前は自分が信じたいことだけを信じていたのだ」
レオ(絶望に打ちひしがれたユリウスを部屋に残して去る)
数日後、執事がレオニードのもとに来る。
執事「あの・・・若さま、どうもあの方の様子がおかしゅうございます」
レオ「どのようにだ?」
執事「部屋の中を歩き回って、なにやらわけのわからないことをしゃべっておいでです」
レオ(ユリウスの部屋へ向かう)
レオ「私だ、ユリウス。入るぞ」
(部屋の中に入ると、テーブルの上に酒瓶とグラスが置いてある。そのそばに、ユリウスがぼんやりと
突っ立っている)
レオ「どうしたのだ?」
ユリ「夢みたものは・・・うたかたのきらめき。永遠へと連なることのない望み。光を闇につなぎ、栄光を
不信心につなぎ・・・」
レオ「何を言っている?」
ユリ「はは・・・あなたの言ったとおりだ。ぼくは母に、財産目当てに性別詐称させられて、アーレンスマイヤ
家に入り込んだ。そして、レーゲンスブルクの音楽学校に入学した、そこでクラウス・ゾンマーシュミットと
いう名の上級生と知り合い、彼に恋をした。彼が本名をアレクセイ・ミハイロフという名のロシア人だと
知ったのは、もう少し後のことだった。でも、僕には彼が何者であろうと関係なかった。体中のすべてが
ちぎれて熱い想いとともに飛び散りそうなほど、彼を愛していた。でも、彼はぼくを騙して置いてきぼりに
した」
212 :
無題 3:2009/07/04(土) 01:21:10 ID:Ws7JTp6D
レオ「やつとはそこで知り合ったのか。で、おまえはなぜ殺人を犯した?」
ユリ「ヤーン先生が、僕の母を犯そうとしたから。カッとなって、ペーパーナイフで刺し殺した。アネロッテ
姉さまは、前アーレンスマイヤ夫人、僕の父、小間使いのゲルトルート、ヨアヒム・フォン・シュワルツコッペン
を殺した悪魔だった。その上に、僕の母とマリア・バルバラ姉さまも殺そうとした。だからロシアに逃げてくる
直前に毒殺した。アネロッテ姉さまの目的は、ロシア皇帝の隠し財産を自分が手に入れることだった」
レオ「・・・なるほどな」
ユリ「愛する者はみな僕を通り過ぎる・・・幸せは一瞬たりとも僕の上には留まらない・・・この世に生を
受けたことそのものが神に背いていたのだというのか・・・」
レオ「で、これからお前はどうするのだ?」
ユリ「わからない・・・でも、できればもう一度だけクラウスに会いたい・・・もう一度だけ、あの胸の中に
・・・あの腕の中に・・・」
レオ「現実を直視しろ。やつは今シベリアの監獄にいる。再会などできるわけがない」
ユリ「現実?現実がぼくにとって何の役に立つの?それにこの世にあるものが、幻想の中のものより
優れているとは限らないでしょう?」
レオ「・・・・・・」
ユリ「クラウス・・・!クラウス・・・!僕を連れて行け・・・もう一度だけでいい、クラウスのあのまぶしい
瞳を見たいんだ・・・!」
レオ(座っていた椅子から立ち上がり、ユリウスに近づくと、彼女の腕をぐいと握る)
ユリ「なっ・・・なにをするの、ユスーポフ侯!」
レオ「おまえに現実というものがどういうものか、教えてやろう」
ユリ「やめて!放して!」
レオ「今だけは私も感情のままに振舞う。お前と同じようにな」
レオ(ユリウスをベッドまで引きずっていって、彼女を押し倒す」
ユリ(悲鳴を上げる)
213 :
無題 4:2009/07/04(土) 01:21:53 ID:Ws7JTp6D
数日後、ユリウスの部屋に、精神科の医者が入ってくる。完全に発狂したユリウス。
医者「こんにちは、ご機嫌はいかがですか?」
ユリ「あ・・・なたは誰?クラウスはどこなの?」
医者「彼はペテルスブルクの別の場所であなたを待っています。さあ、私と一緒に行きましょう」
ユリ「彼があなたを迎えによこしたの?彼は無事なんだね?」
医者「そうです。表に馬車が待っています」
(二人は部屋を出て、玄関に向かう)
リュド「ヴェーラ姉さま、あの人をどこに連れて行くの?もうこの家には帰ってこないの?」
ヴェーラ「ユリウスはね、病気なのよ。だから別の場所で集中治療を受ける必要があるの」
(医者とユリウスは、外で待っていた馬車に乗り込む。出発した馬車は、ペテルスブルク市内の××地区に
あるユスーポフ家所有の館へ向かう)
医者「着きましたよ、さ、降りて」
ユリ(言われるまま、馬車を降りる)
医者「こちらへ。私の後についてきてください」
ユリ(医者の後について邸内に入り、部屋までついていく)
医者「ここがあなたの部屋です。彼は今夜、ここに来る予定なので、それまで待っていてください」
ユリ「クラウスは・・・今すぐ来てくれないの?」
医者「彼は危険を避けて地下に潜っているので、昼間は来ることができないのです。夜になれば必ず
来ます」
ユリ「そう・・・」
(夜になり、レオニードが館を訪れ、ユリウスの部屋に入ってくる)
ユリ(レオニードのほうに駆け寄る。発狂したユリウスは、もはやレオニードとクラウスの区別もつかない)
ユリ「クラウス・・・クラウス・・・本当にクラウスだね?幻じゃあないね?」
レオ「ああ・・・私は幻ではない」
ユリ「君をさがしたよ。連れて行ってくれると約束しただろう?」
レオ「ああ、わたしはこれから、しょっちゅうここを訪れるようにする」
ユリ「本当?もう僕を置いていかないね?」
レオ「ああ・・・」
ユリ(伸び上がって彼に口づけする)
レオ(ユリウスを強く抱きしめ、しばらくしてそっと彼女を抱き上げ、ベッドまで運んでいき、そっと横たえる)
レオ(ユリウスのブラウスのボタンを一つずつはずしていき、ズボンと下着をずり下げる)
ユリ(身体を固くしながらも、抵抗はせず、じっとされるがままになっている)
レオ(彼女にキスをしながら舌を絡め、口の中をなぞる)
ユリ(息苦しさを感じながらも、いつのまにか彼女のほうからも舌を絡めている)
レオ(ユリウスの全身をくまなく愛撫し、ゆっくり時間をかけて味わった後、彼女の膝を割って中に
入ってくる)
ユリ(初めてのときほどではないが、それでもわずかな痛みを感じる。しかしレオの抽送が続くうちに、
身体の奥底に不思議な感覚が芽生えてくる)
ユリ「ああ・・・クラウス、クラウス!」
レオ(ユリウスが他の男の名を呼んだことで、一瞬萎えるが、再び猛然と突き始める)
ユリ「あっ・・・あ・・・ああ・・・っ」
レオ(ついにユリウスの中で果てる)
ユリ(涙を浮かべながら)「愛してる・・・」
レオ「私もだ」
(二人は抱き合って眠りにつく)
THE END
この前、長いこといなくなってたユリウスが戻ってきたんだワン。
ボクもすごく嬉しかったし、ヴェーラもリュドミールも喜んでたワン。
でもあのレオニードっていう男だけは何故か嬉しそうじゃなかったのワン。
「よく帰って来たな」って言ったきりユリウスの顔を見ようとしないし、ゴハンの時も何だかよそよそしかったワン。
ケンカしてユリウスは家出をしてたワンか?
だったら今夜はボクを抱っこして一緒に寝てくれるに違いないって思ったから、
ボクは夜、いつも通り書斎でレオニードっていう男が仕事をしてる足元にいてユリウスが迎えに来てくれるのを待ってたのだワン。
足音が聞こえて扉をノックする音がして、ユリウスが部屋に入ってきたのワン。
「ハッハッハッハッ〜〜〜〜オンオンオンオン!!!!」(ユリウス!待ってたワン!ボクを連れてって!)
ボクは息をはずませて、寝巻き姿のユリウスに飛びついたんだワン。
抱っこしてくれたユリウスはお風呂上りのすごくいい匂いがして、ボクはうっとりしたのワン。
「ブラックス、レオニードはまだ仕事をしてるのかい?」
まだだワン、と答えるボクの声を遮って
「もう済んだ」って声と本を閉じる音が後ろから聞こえたのワン。
ユリウス、家出した事を謝りに来たのワンか?だけどレオニードっていう男の今日の様子だったら簡単に許してくれそうにないワン。
怖いからやめたほうがいいのワン〜〜!(怯)
だけど、ユリウスは怖がらずににっこりしてボクを床に降ろしたんだワン。
レオニードっていう男が机から離れて仕事をしてるときのままの顔でユリウスとボクのほうに近付いて来るから、
これからユリウスをひどく叱るのかなってボクは怖くて固まってしまったのワン。
ユリウスも怖くなったのか急に真面目な顔で
「ごめんなさい・・・。勝手なことをして邸を抜け出したりして・・・外の世界を見てみたかったんだ」
って謝ったんだワン。
そうしたらレオニードっていう男がユリウスのほっぺに手を近づけたワンから、きっと叩かれるんだと思ってボクは目をつぶってしまったワン。
「外の世界を見て貴重な経験をして来たのだろう。お前にはそうする事が必要だったに違いない。
だが、もう・・」
叩かれる音がしないのでボクが目をあけたらユリウスはレオニードって男に抱っこされてたのワン。
二人が仲直りしたのは嬉しかったけど、ボクはちょっとがっかりしたのワン。
だって、また二人だけで隣のベッドがある部屋に入っちゃって、ボクは置いてきぼりにされたんだワン。
それにあのレオニードっていう男は急にユリウスを苛めて泣かせたり叫ばせたりするからボクは安心できないのだワン。
何かあったらボクだって外から大きな声を出して助けることくらい出来るかもしれないから、
その部屋の扉の下の隙間から中の匂いを嗅ぎながら耳をそばだてたんだワン。
扉の向こうで「寂しかっただろう」って男の声が聞こえたのだワン。
「・・・あなたは寂しくなかったみたいだね。僕が帰ってきてもずっと知らん顔・・・・ん・・・」
ユリウスの声が途中で止まったからボクはユリウスが首を絞められたと思って緊張したのだワン。
「憎まれ口を叩いていると後悔するぞ」ってレオニードっていう男の声がしたからボクは体を硬くして中の気配をうかがったのだワン。
だけど聞こえてきたのは服を脱ぐ音とキスの音と、そのあとは時々ベッドが軋む音だけで、すごく静かだったのワン。
ユリウスはどうしてるワンか?って心配になってきた時に、ユリウスの溜め息のような息遣いが聞こえて来はじめたんだワン。
時々「あ・・・」っていう声が混じってたけど、すごくリラックスした嬉しそうな溜め息だったからボクはホッとしたのだワン。
でもボクはどこか落ち着かないのワン。家出の事をレオニードって男が蒸し返すかも知れないし、最初は優しくしてても
いつも途中からユリウスを苛め始めるんだワン。
少しして、ベッドがひどく軋んだ音がしたと思ったら、それまで聞こえていたユリウスの声が急に聞こえなくなってしまったのだワン。
どうしたワンか?
本当に何の音もしないのワン。二人とも眠ったワンか?と思い始めた時に「う・・・」っていう男の声の押し殺したような声が聞こえたんだワン。
変だワン、あの声はいつもユリウスが悲鳴みたいな声を上げた後でレオニードっていう男が出す声なのだワン。
でも、栗の花みたいな匂いはしてこないし、男の声は一回っきりじゃないし、ますますおかしいのだワン。
何をしてるワンか?
ボクが長いことやきもきしながら中の様子をうかがってると、またベッドが軋む音が一度して、
キスの音の後に「お返しだ」ってレオニードっていう男の声がした途端、ユリウスの小さい悲鳴が聞こえたんだワン。
ボクが緊張して耳を澄ましてると、いつも聞こえてくる何かを舐めているような音がし始めたのだワン。
ユリウスが辛そうな声を出しながら、時々、「いや」とか「やめて」って言ってるんだけど、その声、ちっとも嫌そうじゃないいんだワン。
何回目かの「やめて」の時に、本当に舐める音が止まったらユリウスが悲しそうな声で「やめないで」って言ってるのだワン。
ここがユリウスのわからないとこなのワン。
レオニードっていう男もボクと同じでわからないみたいで、ユリウスに「やめて欲しかったのだろう」と聞いてるのだワン。
ユリウスは何も答えなかったけど、レオニードっていう男の鼻で笑うような声のあと、濡れてるところを指で掻き混ぜるような音と
舐める音が一緒に聞こえてきて、ユリウスは前よりもっと辛そうな声に変わったのワン。
それなのに、なんで今度はやめてって言わないのワンか?
本当にわからないワン〜〜(混乱)
ボクがあれこれ考えてると、ユリウスの「あ・・・、も・・う・・・駄目・・・・・来て・・・・」って、途切れ途切れの苦しそうな声が聞こえたのだワン。
レオニードっていう男はユリウスを可愛がってるのか苛めてるのかわからないワンって前に言ったけど、
苛めて面白がってるに違いないのだワン。
扉の向こうから聞こえてくる音も殆ど無くて、ユリウスが何をされてるのかわからないけど、
時々もう我慢できない、っていうような声にならない声だけが聞こえてくるのだワン。
ユリウスは何故だかはわからないけど、きっとボクがゴハンやおやつをお預けされた時みたいな気持ちになってるのだワン。
でもこの後、いつもユリウスは脚の間にレオニードっていう男のお腹の下のほうに付いてる大きな長いものを突き立てられて
もっと苦しそうで痛そうな声を上げさせられるのに、何でそんな事をして欲しいのかボクにはさっぱりわからないのワン。
どうしてボクがそんな事を知ってるワンかって?一度だけ見てしまったのワン!すごく怖かったのワン〜〜(怯)
お預けされてかわいそうだったユリウスの声がとうとう涙声になって、すごく恥ずかしそうな小さい声で「中に入れて・・・」って言ったら、
やっとレオニードっていう男はユリウスがして欲しがってる事をしたらしいのワン。
そうしたら、ユリウスの苦しいのか嬉しいのかよくわからない叫び声が聞こえてきたのだワン。
ボクはいつもここで何がなんだかわからなくなるのだワン。
ユリウス、気持ちいいワンか?それとも痛いからやめて欲しいワンか?
「いい」って言ったり「もっと」って甘えた声を出したり、「やめて」って悲鳴をあげたりするから
レオニードっていう男もイライラして怒るワンか?
そういえば家出の事も本当は怒ってるのかも知れないワン・・・。
だっていつもよりユリウスの声が大きいし、さっきから何度も特に高い声を上げては静かになったり、ベッドが軋む音だってすごいのワン。
きっとレオニードっていう男はユリウスを壊してしまうくらいに何度もあの先が少し大きくて尖って反り返ってる棒みたいなもので
ユリウスを突き刺して苛めてるに違いないのだワン。
どのくらい経ったワンか、急に声と音が静かになって、終わったのかと思ってホッとしたら、今度はお尻が何かにぶつかるような音がし始めたのだワン。
ユリウスの声は小さくなったけど、それは何かに塞がれて聞こえにくくなってるみたいなのだワン。
やっぱり家出の事でお仕置きされながら手で口を塞がれてるのワンか?
ボクが心配してるとレオニードっていう男も、どうだ、なんてユリウスに聞いてるのワン。
手で口を塞がれてるらしいユリウスが返事の代わりにまた一回高い声を上げた後、音が止むと
今度はお尻を叩くような音はしなくなってベッドがゆっくりと軋む音とキスの音だけになったのだワン。
お仕置きは終わったのワン?
そうしたらユリウスの「僕ばかり何度も・・・・あなたも一緒に・・・」って、すごく恥ずかしそうに、ちょっと不満そうに言ってる声が聞こえたのだワン。
何の事なのワン?二人は一緒にいるのに、何でユリウスだけなのワン?本当にわけがわからないワン〜〜(悩)
ボクが一生懸命考えているうちに、また扉の向こうから聞こえてくるユリウスの声と男の息遣いと、
ベッドのギシギシいう音が大きくなっていたんだワン。
ユリウスは声も息も乱れてしまって、ボクはユリウスが今に死ぬんじゃないかと本当に怖くなったのワン。
レオニードっていう男も声を噛み殺してるみたいなんだけど、耳のいいボクにはちゃんと聞こえていたのだワン。
最後に聞こえた二人の声は、名前を呼び合ったように聞こえたんだけど、それはボクにだって聞き取り難いような声だったのワン。
扉の下の隙間からは男の汗の匂いとユリウスのいい匂い、それからいつもの栗の花みたいな匂いがしてきて
ボクはこの匂いを嗅ぐとホッとするようになっていたのだワン。
だってこれ以上ユリウスの苦しそうな声を聞かなくて済むし、静かになった後、
ボクに話しかける時よりももっと優しい声で二人が何か話してるのを聞くとボクも嬉しくなってくるのだワン。
だけど、ホッとしていられたのもほんの束の間だったのワン。
今夜はそれで終りじゃなくて、明け方近くまでユリウスは何度となく叫び声を上げさせられて、
ボクも寝るどころかその度に緊張させられてヘトヘトになったのだワン。
ユリウスが無事なのはもうわかっているけど、あの声にはちっとも慣れないのだワン。
ユリウスがレオニードっていう男の事を大好きなのは、あんな酷いことをされても平気だってことでよくわかるけど、
反対にレオニードがユリウスをどう思ってるのか、ボクは同じ男だけど全然解らないのワン。
ボクはまだこんなに小さいからユリウスは相手にしてくれないけど、
ボクだったらユリウスにもっと優しくしてあげて、絶対にあんなふうに苛めたりしないから、
いつかユリウスはボクの事をレオニードっていう男より好きになるに違いないのだワン。
それにボクはここの誰よりも昔からユリウスを知っているのだワン。
負けないワン!
アオオ〜〜〜〜ンオンオン アオオ〜〜〜〜ンオンオン!!!
「やかましい!!」
怒られちゃったのワン・・・・。
<おしまい>
このカプに嫌悪を感じる人はスルーお願いします。
《冬宮の中のラスプーチンの部屋》
ラスプ「久しぶりだな、ユリウス・レオンハルト・フォン・アーレンスマイヤ」
ユリ「お、おまえは・・・僕に一体何の用だ?」
ラスプ「そなたに確かめたいことがあってな・・・」(言うなり、いきなりユリウスのブラウスを引き裂いて
彼女の胸を露わにする)
ユリ「なっ、何をする!?」
ラスプ「ほう・・・お前は本当に女だったのか。ならばこちらはどうだ?」(そう言って、ユリウスを押し倒し、
ズボンと下着を脱がせる」
ユリ「やっ、やめろ!」
ラスプ(ユリウスの脚をM字形に開き、中をじっくり観察する。薄紅色の襞を両手で開き、指を中に差し込む。
ラスプ「わしとしたことが、そなたが女であることに気づかなかったとは・・・わしの聖なる術も、そろそろ
焼きが回ってきたのであろうか」
ユリ「もうやめて!離して!」
ラスプ「まあよい。そなたには、ついでにわしの聖なるよろこびを授けてやろう」
ユリ「聖なるよろこび?」
ラスプ「今からそなたはこの聖者ラスプーチンのものとなる。二人だけの聖なる儀式には堅苦しい衣服
などいらぬ!私の足元にひざまずく貴婦人たちはみな裸体のままでこのように喜びをわかちあうのじゃぞ」
ラスプ(そう言って、香炉で麻薬を炊く)
ユリ(全身を震わせているので、歯がカチカチと鳴る)
ラスプ「寒いのなら、このわしが暖かくしてやるぞ。今度は誰にも邪魔されずに、ゆっくりとそなたのことを
知ることができる」
ユリ(必死で首を振る)「そんなことになるぐらいだったら、死んだほうがましだ・・・」
ラスプ「そなたはわしに抱かれるのが、それほど嫌なのかな」
ユリ(うなずく)
ラスプ「しかしそなたは、レオニード・ユスーポフには何度も抱かれたのであろう」
ユリ「あなたには、関係のないことだ」
ラスプ「そなたは、レオニード・ユスーポフに本気で惚れたのか・・・?」
ユリ「もうやめて、そんな話は!」
ラスプ「この雌犬が!」(そう言ってユリウスの横っ面を引っぱたく)
ユリ「きゃあ!」(悲鳴を上げて床に倒れる)
ラスプ「抵抗しても無駄じゃぞ。ここは冬宮の奥深くのわしの部屋じゃ。叫び声を上げても誰も来ない」
ユリ「お願い、他のことだったら、何でもするから・・・」
ラスプ「そなたのような女に、他に何ができるというのじゃ?そなたはアレクセイ・ミハイロフを追って
きながら、レオニード・ユスーポフの愛人になった。そなたのような尻軽女には、このような扱いが
ふさわしいのじゃ」
ユリ「お願い・・・」
ラスプ「恐れることはない、そなたはわしに抱かれたら、今度はわしに夢中になるであろう」
(そう言って、ユリウスの身体の上にのしかかる)
ユリ「助けて!」(なんとかしてラスプーチンの身体をどけようとするが、びくともしない)
ラスプ(ユリウスの、小ぶりだが形のいい乳房をわしづかみにする。さらに、指の腹で彼女のバラ色の
乳頭を刺激する)
ラスプ「おお、乳首が固くなってきたようじゃぞ」
ユリ「あっ・・・」
ラスプ(指先で数回弾いた後、そのバラ色の乳頭を口にくわえ、さらに舌先で固くなった乳首を転がす)
ユリ「ひっ」
ラスプ(さらに乳房を揉みしだきながら、交互に乳首を吸う)
ユリ「いやっ、いやっ・・・」(ユリウスは頭をのけぞらせ、背中も反り返らせる)
ラスプ(ユリウスの脚の間に手を差し込んで)「ふっふっふっ・・・すっかり濡れておるではないか」
ユリ「そ、そんな・・・」
ラスプ(指を伸ばして割れ目に軽く突き入れる。蜜があふれる中で、指先をゆっくり上下させる)
ユリ「あっ・・・あああ」
ラスプ「おお、こんなに濡れておる。ピチャピチャと音を立てるほどじゃぞ」
ラスプ(さらに指を深く挿入し、ゆっくりと掻き混ぜる)
ユリ「ひいっ・・・ああっ・・・」
ラスプ「ほれ、ここもこんなに腫れておるぞ」(そう言って、ユリウスの秘豆の鞘を剥き始める)
ユリ「あああっ、あうっ・・・!」
ラスプ(ユリウスの両脚を持ち上げ、そのまま彼女の身体を丸めるように、脚を前へ押し倒す。ユリウスの
腰が浮き、両膝が胸につきそうになる)
ユリ「いやあ!レオニード、お願い、助けてよ!」
ラスプ「あの男はここには来られぬ」
ユリ「レオニード!助けて!レオニード・・・」
ラスプ(ラスプーチンの巨根が、ユリウスの濡れた裂け目に押し当てられる)
ユリ「ひいっ」
ラスプ(ラスプーチンのものが、強引にユリウスの中に押し込まれ、奥まで到達する)
ユリ「ああっ・・・!」(絶望し、身体から力が抜け、顔は苦痛と嫌悪感で歪んでいる)
ラスプ(そのまま、抽送を開始する。ラスプーチンの巨根が裂け目を割って抜き差しされ、ユリウスは
突かれるたびに衝撃で背中をビクンと反り返らせる。彼女の顔は嫌悪感で歪んでいるが、心とは
裏腹に膣は収縮と蠕動を繰り返し、彼に快楽を与える)
ラスプ「おお、おお、そなたの下の口は積極的じゃな。こんなにも絶妙な動きを示しておる」
ユリ「あああ・・・」
ラスプ(荒い息を吐きながら、律動を速める。ラスプーチンが突き上げるたびに、ユリウスの身体も揺れる。
不意に荒々しい動きになると、彼は呻き声を洩らし、彼女の中に自分の体液を注入し、全身の重みを
ユリウスにあずけてがっくりとなった)
ユリ「ああっ・・・!」(絶望的な声を上げる)
(しばらくの間、二人とも疲れて横たわる。ぜいぜい、はあはあという喘ぎ声が聞こえる)
ラスプ(ユリウスの身体を裏返してうつ伏せにし、髪をかきあげ、耳の後ろを舐める)
ユリ「ひっ」
ラスプ(さらに首筋、肩甲骨の下の窪み、脇腹、足の指などを丹念に愛撫し、舐める)
ユリ「ああ・・・」
ラスプ「このような場合、レオニード・ユスーポフはそなたにどうしてくれたのじゃ?」
ユリ「そんなこと、聞かないで・・・」
ラスプ「わしのほうが、不器用なあやつより良いであろう?」
ユリ「・・・・・・」(空気中の麻薬の香りを嗅いで、次第に意識がぼんやりとしてくるユリウス)
ラスプ(再びユリウスの身体を仰向けにし、ユリウスの顔と身体をじっくり眺める)
ラスプ「美しいのう・・・何度見ても美しい・・・レオニード・ユスーポフめ、女にはまったく興味がないような
顔をしながら、実は隠れてこのような美女を嬲っておったのか」
ユリ「レオニードを悪く言わないで!」
ラスプ「あの融通のきかない男がそんなによいのか?あの男はどのようにそなたを可愛がってくれた?
こうか?」(ラスプーチンの手がユリウスの陰核に伸びる)
ユリ「ひいぃぃっ」(ユリウスがビクンと腰を浮かせる)
ラスプ「少し指先がかすっただけで、こんなに敏感に反応するとは・・・さては毎晩のようにあの男に
可愛がってもらっていたのじゃな」
ユリ「ち、ちが・・・」
ラスプ(いきなりユリウスの臍を舌で舐め、次いで乳房の腋を舐め、頂上に到達すると、乳首を舌で弄ぶ)
ユリ「は・・・うっ・・・」(身体が上気して赤く染まり、全身に汗が噴き出してくる)
ラスプ「あの男なら、回数をこなすだけで、女を歓ばすことなどできまいと思うておったが・・・意外な
特技があったものじゃ。この女の身体を、ここまで開発するとは」
ユリ「お・・・お願い、やめて・・・」
ラスプ「やめてと言うが、そなたのこの部分はたっぷりと蜜で濡れておるではないか」
ラスプ(ユリウスの白く長い脚を開き、秘書に指を突っ込み、出し入れを始める。そのうち膣壁のある
箇所に指が触れる)
ユリ「あううぅっ!」
ラスプ「ふっふっふ・・・ここがそなたの弱点のようじゃな」
ユリ(身体をのたうたせ、美しい金髪を乱しながら顔を左右に振る。その顔は涙で濡れている)
ラスプ(己の肉棒に手を添え、ユリウスの秘所に突き当てる。潤みきった花弁は開ききり、簡単に亀頭が
入り込む。完全に挿入すると、一定のリズムで腰を動かし始める)
ユリ「あっ!はぁっ・・・!んっ!・・・んんっ、はぁんっ!」(彼女の声は、次第に艶やかな響きを帯び始める)
ラスプ「ふっふっふ・・・宮廷の貴婦人も、ペテルスブルクの娼婦も、女というものは皆同じじゃな。最初は
ためらっていても、わしに貫かれると、じきに心よりも腰のほうが先に動き出すようになる」
ラスプ「これではどうじゃ?」(いきなり、ユリウスの身体の最奥部を突く)
ユリ「あぁぁぁぁ!」
ラスプ「ふっふっ、このようなはしたない声を出すとは・・・そなたは根っからの好き者なのじゃな」
ユリ(永久にこのままの状態が続くのではないかと思い、ついにすすり泣き始める)
ラスプ(ラスプーチンの腰の動きが次第に速く、激しくなる。角度を変え、これでもかとばかり激しく
ユリウスの中を突く)
ユリ「あっ・・・!あっ・・・!ああっ!」
ラスプ「おおっ!」(ユリウスを貫いたまま全身を硬直させ、彼女の中でラスプーチンのものが、脈を
うつように膨張し、精を吐く)
ユリ「ああぁぁぁ!」(叫び声とともにユリウスも絶頂に達し、そのまま意識を失う)
ラスプ(ユリウスの中から自分のものを引き抜くと、彼女が失神していることに気づく。金髪をかきあげ、
頬の涙をぬぐってやりながら)
ラスプ「ふっふっふっ・・・そなたもあの男と別れて何かと寂しかろう。だが、これからは身も心も幸福に
満たされて日々を送れるのじゃ」
おしまい
221 :
無題 1:2009/07/04(土) 01:38:27 ID:Ws7JTp6D
《シベリア、アカトゥイ監獄1ヶ月目》
看守「若僧!出ろ!」(鍵を開ける)
アレク(看守の後をついていく)
看守「今日からここがお前の新しい部屋だ。入れ」
アレク(中に入ると、広々とした個室で、質素だが机・椅子・ベッドなどの家具も備え付けられている)
アレク「なぜおれはこの部屋に移されることになったんだ?」
看守「そんなことは俺は知らん。所長にでも聞け」
《シベリア、アカトゥイ監獄2ヶ月目》
看守「食事だ」
アレク(皿を見てみると、いつものような腐ったジャガイモではなく、やわらかい肉と酢漬けキャベツが
入っている)
アレク「今日からは、みんなこの食事に変わるのか?」
看守「いや、他の囚人たちは今まで通りの食事だ。お前の食事だけがこれに変わる」
アレク「なぜだ・・・?なぜ俺だけ?」
看守「俺が知るわけないだろう?」
《シベリア、アカトゥイ監獄3ヶ月目》
看守「お前には、監視付きで中庭を散歩する許可が出た」
アレク(扉の外に出、看守のあとについて庭へ出る)
アレク(中庭に出ると、久しぶりに見る木々の緑が眩しい。外の空気を吸い、深呼吸しながら歩き回ると、
生き返ったような気分になる)
222 :
無題 2:2009/07/04(土) 01:38:51 ID:Ws7JTp6D
《シベリア、アカトゥイ監獄4ヶ月目》
看守「お前に差し入れだ」
アレク(看守が大量の本を持ってきたのを見て驚く。『フペリョート』『ロシアにおける労働運動』などもある。
アレク「なぜ俺だけがこんな待遇を受けられるんだ・・・?」
看守「今夜、所長の部屋に来い。彼がお前に説明してくれるそうだ」
*****
看守「出ろ」
アレク(すっかり暗くなった監獄内を、看守のあとについて歩く)
看守「ここだ。入れ」
アレク(中に入ると、所長が彼を待っていた)
所長(机の上の書類を見て)「アレクセイ・ミハイロフか。確かに本人だな」
アレク「この監獄では、おれだけが特別待遇を受けている。なぜだ?」
所長「今からその理由を教えてやる」(そう言って、机の上の電話をかけ始める)
所長「おお、ユスーポフ侯爵ですか。はい、囚人はここにおります」
所長(アレクに受話器を渡して)「レオニード・ユスーポフ侯が、お前と直接話したいそうだ」
アレク(受話器を受け取る)
レオ「久しぶりだな・・・アレクセイ・ミハイロフ・・・」
アレク「レオニード・ユスーポフ侯、あんたが俺の待遇を?」
レオ「そうだ。所長に金を払って、お前の待遇を向上させてもらった」
アレク「なぜあんたがそんなことをする・・・?」
レオ「私はお前の恋人と取引をした。彼女がわたしに身体を差し出す代わりに、お前の監獄内での
生活が快適なものになるようにとな」
アレク「なっ・・・それは、ユリウスのことか?」
レオ「そうだ。ユリウス・レオンハルト・フォン・アーレンスマイヤと名乗る金髪のドイツ人女性。彼女は今、
ここにいる」
223 :
無題 3:2009/07/04(土) 01:39:16 ID:Ws7JTp6D
アレク「それが本当なら、ユリウスを電話に出せ!」
レオ「もう別れてしまった恋人でも、声が聞きたいのか?」
アレク「そんなの、デタラメだろう」
レオ(いきなり、ユリウスの脚を開かせ、花びらの奥のピンク色の突起を指で刺激する)
ユリ「ひぁぁっ!あ・・・あっ!」
アレク(ユリウスの声を聞いて呆然となる)
アレク「やめろ!俺の待遇をもとに戻せ!その代わり、ユリウスに触れるのを止めろ!」
レオ「おまえはペテルスブルクでユリウスに会ったとき、彼女を突き放してきたのであろう?お前が
捨てた女を私が拾うのが悪いのか?」
アレク「・・・・・・!」
レオ「それに、もうこの女の身体は私に馴染んでいる。まだ気持ちはついてきていないようだがな。
行為の最中に、何度も痙攣するし、ここはもうこんなに濡れている」
レオ(指先をユリウスの中に出し入れすると、ピチャピチャと音がする)
レオ(いきなり、ユリウスの両脚を抱え込むと、一気に奥まで貫く)
ユリ「あああぁぁ!」
レオ(最初はゆっくりと、次には激しく突き始める。そのたびにベッドがギシギシと軋み音を立てる。
結合部からは蜜が溢れ出、レオニードが抜き差しするたびに湿った音を立てる)
ユリ「あぁぁんっ・・・!はあっ・・!あぁっ・・・!」 (次第に声が甘い響きを帯び始める)
アレク(電話口から聞こえる声と音に、顔が青ざめる)
レオ「今後も、この女が私を満足させるたびに、お前の待遇を向上させるから、安心しろ」
レオ(そう言って、電話を切る)
所長「さあ、用は済んだ。おまえはもう部屋へ戻れ」
224 :
無題 4:2009/07/04(土) 01:39:37 ID:Ws7JTp6D
その夜、アレクセイは一晩中、ユリウスとレオニードの身体が絡み合った光景を頭の中に描き続けた。
抱かれているときの彼女の表情や身体の動きまで、彼は想像した。
アレクセイは自分の頭を壁にぶつけたくなるほど苦悩していた。一分が一時間ほどにも感じられた。
まんじりともせずに朝を迎えたとき、アレクセイは疲れ果て、こんなことならペテルスブルクで再会
したとき、二人そろって憲兵に射殺されていれば良かったとさえ思った。
その後も、アレクセイの待遇はどんどん良くなっていった。清潔なシャツや新しい靴が支給され、冬には
毛布や毛皮の外套などの防寒具が差し入れられ、夏には監視付きで、近くの川へ釣りに行くことも
許可された。入浴もしょっちゅうさせてもらえるし、書物も新しいものがどんどん加えられた。
しかし、そうして生活が快適になればなるほど、アレクセイの苦悩は深まっていくのだった。ユリウスが、
他の男に抱かれている姿が頭から離れない。
アレク(なんということだ、ユリウスがあの男に身を売り、そのおかげで所長が俺の待遇を変えていたとは
・・・)
すぐにも脱走したい思いに駆られたが、監視の目が厳しくて、とても抜けだせそうにない。
アレク(ユリウス、お前のことを思えばこそ、ペテルスブルクで再会したとき突き放してきたというのに・・・)
アレクセイの食事には、紅茶やお菓子も添えられるようになり、あるときなど、バイオリンが
差し入れられたこともあった。それを見ると、兄のドミートリィや聖ゼバスチアンでの日々を思い出す。
アレク(ユリウスはどうしているだろうか、あの男のもとで苦しんでいるだろうか、それとももう俺のことなど
忘れただろうか・・・)
225 :
無題 5:2009/07/04(土) 01:39:59 ID:Ws7JTp6D
《ユスーポフ邸、レオニードの寝室》
レオ(ベッドの上にユリウスを座らせ、彼も座った姿勢になる。いつもどおりゆっくりと時間をかけて彼女に
キスをし、唇を下へ滑らせ、ピンク色の突起を甘噛みし、舌で転がす)
ユリ「あ・・・ああ・・・っ」
レオ(ユリウスの背を反らさせ、腰を上げさせる。そして自分のものに指を添え、彼女の身体の中心に
押し当てる)
ユリ(爪先に力を込め、脚をさらに大きく開いてレオニードが突いてくるのを待つ)
レオ(ユリウスの腰をつかみ、一気に突く)
ユリ「あぁあぁんっ・・・!」
レオ(自分のものを根元まで入れると、ユリウスの腰を抱え上げ、上体を引き寄せて向かい合い、下から
突き始める)
ユリ「・・・はっ!・・・っん!・・・っぁんっ!」
レオ(上下に動くたびに荒い息を吐き、それがユリウスの喉元にかかる)
ユリ(身体が動くたびに彼女の輝く金髪も激しく揺れ、しまいには嗚咽を漏らす)
レオ「うっ・・・!」(そう言って、ユリウスを抱き寄せながら横たわる)
ユリ「あ・・・」(目に涙をにじませながら身体を震わせる)
レオ「清純な処女が、私に抱かれて淫らな娼婦になったかのようだな」
ユリ(思わず、何か反論しようとする)
レオ(ユリウスの口を手でふさいで)「お前が私を満足させればさせるほど、あの男の生活も良くなるのだ。
ベッドの上では、もっと淫らに振る舞うようにしろ」
・・・こうして、アレクセイは脱獄するまでの6年間を、快適にすごすことができたのであった。
おしまい
226 :
無題 1:2009/07/04(土) 01:42:04 ID:Ws7JTp6D
お互いの体にワインをかけて、それを舐め合うレオとユリ
レオニードはユリウスの脚を上げさせ、足の裏から爪先にまで舌を這わせていった。
「あん、レオニード、くすぐったい・・・」
ユリウスがもがき、彼の口の中でワインと唾液にまみれた指先を縮めた。
レオニードはユリウスの白い脚の形の美しさに見とれながら、左右のふくらはぎを
堪能し、膝裏を舐め、太腿に舌を這わせやすいように屈曲位をとらせた。
ユリウスの太腿を舐めながら、やがてレオニードの舌は真っ白な内腿のの間の
肉の果実に届いた。
湖のような状態になったその部分を舐めると、ワインとユリウス自身の愛液が
混ざり合った味がする。
ちゅぱ、ちゅぱ、ちゅぱ・・・
「あはっ、ふはああああっ」
ユリウスが腰をがくがくと揺する。
あたかも彼の舌先を歓待するように、膣口がとろみのある液を滴り落とす。
液体が窪みに溢れ出て、会陰部へと流れ出した。
「ふっ、おまえという女は…・・・もうここは湖のようになっているぞ」
その光景をじっくり眺めながらレオニードは、もう一度生唾をゴクリと飲み込んだ
あと、舌先を美しいバラ色をした秘肉に近づけていった。舌を入れ込み、舐め啜る。
「あっ、あっ、あーっ」
ユリウスが、ズルズルと啜る音に会わせるように喘ぎ声をあげ、腰をくねらせて
悶え始めた。
レオニードがたやすく敏感な小突起の位置を探り当てると、そこも彼女の体の
他の部位と同様、最初はワインの、ついで蜜の味がした。
根元から先端に向けて、あますところなく舌が這い回る。女体の神経がすべて
集まった蕾は、久方ぶりの刺激に嬉しそうに震え、ユリウスの体に電流のような
快感をまき散らし、レオニードの鼻腔にはオスの欲情をそそるメスの誘惑臭が
広がった。
「あーっ、レ・・・オニード・・・も、もっと・・・」
彼の舌がじらすように弱くする一方で、適当にアクセントを持たせて触れる。
彼女のピンク色の小さな真珠に磨きをかけるように、微妙な動きを続けていた。
「いやっ・・・レオニード、おかしくなっちゃいそう!」
そう口走りながら、ユリウスは両手につかんだシーツを引っ張っていた。
レオニードがやっと顔を上げ、腹部、臍、とのぼってきて乳房を舐めはじめた。
肌からにじみ出る汗とワインが混ざり合い、さらに体臭と酒の香りも混じり合って
男の官能を刺激する。
彼の舌は、美しい形にほどよく隆起した二つの丘陵に到達した。
レオニードの舌は、左側の丘陵の麓をゆっくりと回っている。その回転する位置が、
少しずつ上がっていくようだった。
ユリウスの神経は、乳首に集まっていた。早くそこまで到達してくれればいいのにと、
焦れったくなる。
しかし、彼の舌は容易に頂上まで上がってこないで、彼女を焦らす。
やっとのことでレオニードの舌が頂上まで到達すると、埋まっていたピンク色の
乳首は固くなって、丘陵の頂に置かれた丸い蕾になっていた。
彼の唇が吸い取るように、乳首を口の中へ迎え入れると、そこもやはり汗と
ワインの味がした。
「うっ・・・・・・」
うめき声を洩らして、ユリウスは両足を踏ん張るようにした。
片側を存分に舐めてから、反対側に移る。彼女はハァハァと息づかいを荒くし、
力なく彼に身を任せる。
227 :
無題 2:2009/07/04(土) 01:42:43 ID:Ws7JTp6D
反対側の丘陵も、同じように丹念に舐め回し、今度は腋に移った。
ユリウスの腋には甘酸っぱい匂いがこもっていた。舌を出して、そこを
ねっとりと舐める。
「きゃっ、やん、はあぁ、だめぇ」
舌を這わせるごとに、彼女はますます身悶える。けれど、こぼれる笑い声の
中にも、艶めかしい響きが感じ取れた。
さらに首筋とうなじを舐め、
「ここは・・・どうだ?」
そう言って、ユリウスの耳の内部に舌を差し入れて、耳の穴を舌先でくすぐり立てた。
「はうん・・・あふう・・・」
彼女は鼻にかかった喘ぎ声を口から漏らし、軽くかぶりを揺すり振った。
やっとレオニードが彼女の全身のワインを舐めとると、ユリウスが、
「レオニード・・・今度は、ぼくがあなたに・・・」
そう言って、ベッドの上に起き上がると、レオニードのものを両手に包んだ。
口に含むということにはほど遠く、頬張るのがやっとであった。その硬度は
彼女の口の中で、妥協することを拒むように、堅固になりきっていた。
彼のものに愛おしさを覚えて、ユリウスはそれに口の中で舌を触れる。
それはワインと先走りの混ざり合った味がした。
ユリウスの口の中でレオニードの巨大な鉄柱は、いっそう硬度と量感を増していた。
その素直さに、レオニードの興奮が感じられる。
彼女は思いつくままに動作と技巧を変え、動きが速さを増して、ユリウスの金色の
髪が揺れた。
彼女の舌の、繊細で柔らかい感触に、レオニードは息を止めた。
「うっ・・・くくく」
テクニックの巧拙よりも、ひたむきに彼に尽くそうとしているユリウスの姿に、
愛おしさを感じた。また、目をうっすらと閉じてバラ色に上気した彼女の頬は、
ユリウス自身も興奮に陶酔していることを示していた。
228 :
無題 3:2009/07/04(土) 01:43:15 ID:Ws7JTp6D
ユリウス自身は、レオニードの愛撫と舌技に報いるために、最後まで続けるつもりで
いたのだが、不意に、彼女の髪に彼の手が触れて、頭を押さえつけるようにした。
レオニードが行為を中止しろと指示していることがわかったので、ユリウスは口を外した。
彼の光るように充血したものに唇を寄せたまま、彼女はしばらく荒々しい息づかいを
続けていた。
「なぜ・・・・・・?」
ユリウスが聞くと、レオニードは笑いながら、
「お前を、満足させてやりたいからだ」
と言って、再び彼女を仰向けにさせ、脚を抱え込むと、唾液と蜜液でいっぱいになった
部分に先端を合わせると、ゆっくりと腰を沈めていった。レオニードの鉄柱が根元まで
入るのを待って、ユリウスの通路は強く締め付けてきた。その締め付ける力に逆らって、
鉄柱は滑らかな通路を出入りする。
「ああっ・・・、いいっ・・・」
ユリウスは全身をヒクヒクと痙攣させた。その痙攣に合わせて通路が収縮する。
その動きがレオニードには愛おしい。彼が腰を動かすたびに、彼女は艶めかしく
体をくねらせながら、リズムを合わせ、締めたり緩めたりを繰り返している。
肉襞の感触は、彼にこれまで経験したどんな女よりも強烈で甘美な刺激を与えていた。
「は・・・ん、すっごく、・・・いいっ!」
ユリウスの細い腰をつかみ、ずんずんと強く深く突いてやると、彼女は、
「は・・・恥ずかしいよ・・・こんなに・・・感じ・・・」
そう口では言っていても、蜜壺は恥じらいを抑えることができず、レオニード自身に
貫かれるたびに、くちゅくちゅと鳴りながら絡みついてくる。彼が何度も何度も
突き続けてやると、ついにユリウスは
「あ、あう、うーっ!」
と悲鳴を上げて体を弓なりにのけぞらせ、それと同時にレオニードも
「うっ!」
とうめいて頂点に達し、彼女の中に白濁を噴き出した。
いつの間にか二人とも汗がひき、呼吸も正常に戻っていたが、眠っているのか
目覚めているのか、よくわからないような気分であった。
まだ体のあちこちに余韻が痕跡をとどめ、全身の力が抜けきって、この快い
疲労感に、いつまでも浸っていたかった。
やがてレオニードがユリウスの肩を抱き、彼女も彼の胸に顔を寄せ、そこに
涙を垂らした。
「泣くことはないだろう」
「だって・・・幸福なんだもの・・・」
END
アレクセイが蜂の巣のように銃弾を浴びてネヴァ河に沈み、ユリウスが彼の子を死産して発狂した後、
レオニードは秘かに彼女を住まわせているアパートを訪れた。
料理女に、
「どうだ?彼女の様子は?」
と尋ねると、
「だめでございますよ。なにしろ赤ん坊を死産したときから全く一言も口をきいてくださらないんです」
と答えた。
「そうか・・・ならば、あれが飲む酒にこれを入れて欲しい」
と睡眠薬を差し出した。
ユリウスの夕食を用意する際、料理女はワイングラスに睡眠薬を入れた。
彼女が黙ってそれを飲むと、しだいに目がとろんとし、最後には持っていたワイングラスを床に
取り落とした。
彼女が椅子からぐらりと落っこちそうになったので、料理女が慌てて体を支えると、レオニードが
入ってきて、ユリウスを抱き上げて寝室まで連れて行った。
意識を失った彼女をベッドに横たえ、部屋着を脱がせると、
「ユリウス・・・」
と言いながら彼女の唇をふさいだ。ワインの匂いと甘やかな体臭が入り混じり、レオニードの欲望を
刺激した。
これまで何人もの女を知っているが、彼女の乳房に触れた彼の指先は、まるで初めて女に触れた
ときのように震えていた。
乳房を揉みしだきながら中心の乳首に触れると、たちまち固く尖りだした。乳首を啄ばみながら、
この白い形のいい胸を、あの男はしょっちゅう目にし、愛撫し、吸っていたのだと思った。
その後、膝を割って脚を開かせると、白い太腿の奥に女の部分が現れた。色素の薄いピンク色の
花びらが、ぴったりと口を閉じている。柔肉のあわいを広げると、ぬめぬめと光る薔薇色の器官が
あった。そこからかすかに女の匂いが漂ってきた。
レオニードはその部分を舐めまわし、花びらや陰核を吸い上げたり、舌先でつついたりした。
ついに我慢できなくなり、ユリウスの中に入ろうとしたが、レオニードの屹立はなかなか沈まなかった。
意識を失った彼女のそこは潤っていない。
彼はどうしたものかとしばらく考えたが、ふと、髪を整えるために用いる椿油のことが頭に浮かんだ。
ちょうど部屋の中にその瓶が置いてあったので、指に油をつけて花びらに塗りつけ、さらに肉壁の
内側にも塗りつけていった。さらにレオニードの男の部分にも塗りつけた。
再び挿入を試みると、ゆっくりと亀頭が沈み、やがて根元まで埋め込まれた。それから、ゆっくりと
腰を動かし始めた。抜き刺しするたびに、ユリウスの肉襞がレオニード自身にまとわりつく。
しだいにレオニードの抽送の速度が速くなり、彼女の金色の髪や乳房も揺れ動く。
(ああ、ユリウス!ユリウス!)
心の中で叫んだ後、最後に、苦しみにも似た快感が彼の体を駆け抜けていった。
ぐったりと彼女の体に体重をあずけたあと、そろそろと腰を離した。ユリウスの花弁から白濁が
こぼれおちた。
彼女と初めて出会った日から11年、やっと想いを遂げることができた感慨にふけっていた。
しばらくの間、彼女の顔を撫で、唇に優しくキスをした。
息づかいがおさまったあと、レオニードは衣服を身につけ、彼女にも部屋着を着せつけてやった。
そしてユリウスを抱き上げた後、階下にいた料理女に、
「お前は私の部下とともに残って後始末をしろ」
と言いつけ、馬車に乗り込んでユスーポフ邸へ向かった。
1819年、パリ郊外にあるユスーポフ家の館――
ロシアから亡命してきたユスーポフ家の人々は、この館に居をかまえていた。
ユリウスが揺りかごの中の赤ん坊を見て、
「誰・・・?この子・・・」
「お前が産んだ子ではないか」
レオニードが答える。
「そんな馬鹿な・・・ぼくは、死産したはず」
「あれはお前が見た夢だ。赤ん坊の死産も、ロストフスキーがスパイだったというのも、みんな悪夢
だったのだ」
「ああ、そうだったね。あんな場面は前にも一度、経験したことがあったよ。ぼくは苦しんで悪夢の
さめるのを待っていた。さめてしまえば苦しみはおしまいだ」
しばらく赤ん坊の顔をしげしげと見てから、
「でも、この子、髪が黒いよ」
「ヴァシリーサ・ミハイロヴナ夫人から聞かなかったのか?ミハイロフ家はもともと黒髪の血統なのだ」
「そうだ、思い出したよ。ミハイロフ家で生活しているとき、おばあさまから聞いた。アレクセイは母親の
血を継いで、亜麻色の髪なんだね」
「さあ、もう寝よう」
「赤ちゃんにお乳をやらないと・・・」
「乳母がついているから大丈夫だ」
ユリウスは、寝室でレオニードに抱きつきながら、
「あ・・・あ!アレクセイ、ぼくの・・・!」
と言った。ベッドの中で、レオニードに抱かれながら彼女は、
「ああ・・・こうしているとあなたの腕の中で、どんどんぼくが自分自身になっていくのがわかる・・・
どこかに長いこと閉じ込められていた本当のぼく・・・存在することを許されなかった本当のぼくが
もどってくる・・・」
「たぶんそれは思い出さないほうがいいことなのだろう」
「うん、そうだね・・・このままでいいんだ・・・」
こうして、発狂したユリウスは、レオニードとの間の子を、アレクセイの子供と思い込んで
暮らしましたとさ。
≪完≫
232 :
《媚薬》 1:2009/07/04(土) 01:46:53 ID:Ws7JTp6D
ペテルスブルクのアパートを引き払ったアレクセイは、ウスチノフが娘のシューラのために建ててやった
別荘に住んでいた。アルラウネに、しばらくペテルスブルクを離れていたほうが賢明だといわれたから
だった。
シューラが自分を慕っていることは知っていたが、ドイツからロシアに帰ってきてからのアレクセイは、
一度も女を抱いていなかった。祖国と革命運動に対する思いが深すぎて、女などに関わっている暇は
ないと思っていたし、彼が唯一、愛している女はユリウスだけだった。
一方、シューラはアレクセイを手に入れるために一計を案じた。
ある日の夕方、シューラが食事ののったトレーを持ってアレクセイの部屋に入ってきた。
「シューラ、なぜ君がそんなことを・・・?」
「通いの家政婦が突然具合が悪くなったの。だから、代わりに私が持ってきたわ」
「ありがとう。君にそんなことまでしてもらうなんて・・・」
「気にしないで。このくらい、大したことじゃないわ、アレクセイ」
彼が食事をしているのを眺めながら、シューラが、
「アレクセイ、この間は父があなたに不愉快な思いをさせてごめんなさい。侯爵家の高貴な血がうちの
家系に混じることを望んでいるだなんて・・・」
「もう済んだことだよ。それに、俺は君に対しては別に悪感情を抱いてはいない」
料理を食べ、ウォッカを飲んでいるうちに、アレクセイの頭はぐらぐら回り始めた。
(いったいどうしたことだ・・・?俺は、こんなに酒に弱いはずでは・・・)
頭を抑えながらふらふらと立ち上がると、目の前に、男装をした金髪の女がいた。
(お・・・まえ・・・ユ・・・ユ・・・リウス・・・)
女の頬に手を触れると、
(ユリウス・・・ユリウス・・・!なんということだ!いつ・・・どうやってここまで・・・いったい・・・なんという
ことだ、こんなところで・・・)
女が抱きついてきて、
「あなたを愛しています・・・あなたを愛しています・・・!」
と言った。
女と唇を合わせていると、もはや自分を抑えることができなくなった。これまでアレクセイが犠牲にして
きたものの記憶が走馬灯のように甦った。
「はなさない・・・!もう決して・・・!」
そういうと、女を抱き上げ、ゆっくりとベッドに押し倒した。
(ああ、ユリウス、ユリウス・・・!やっとお前と思いを遂げることができた・・・!)
アレクセイはこれ以上はないというほどの幸福感にひたっていた。
233 :
《媚薬》 2:2009/07/04(土) 01:47:14 ID:Ws7JTp6D
次の朝、アレクセイが目を覚ますと、もう外は明るくなっていた。隣に横たわっている女に、
「ユリウス・・・」
と声をかけると、その女が身体を起こした。その顔を見て、アレクセイは驚愕した。
「シューラ・・・!お、おれはいったい・・・」
アレクセイが驚きのあまり声も出せないでいると、そこに偶然アルラウネが入ってきた。
「アレクセイ、もう起きているの・・・?、まあ、いったいどういうことなの、これは!!」
ベッドの上にいる二人の姿を見て、アルラウネはそう叫んだ。
するとシューラが涙を浮かべながら、
「アルラウネさん、昨日の夕方、私がアレクセイの食事を持ってきたんです。それを食べ終わった後、
彼が突然私を押し倒して・・・」
部屋にシューラのすすり泣きの声が響いた。アルラウネは、
「とにかく、二人とも服を着なさい。アレクセイ、あなたはあとで私の部屋に来るのよ」
と言い残して出て行った。
アレクセイがアルラウネの部屋に来ると、彼女はいきなりバシッと彼の横面を張り飛ばした。
「なんてことをしたの!あなたは!アルコールで見境がつかなくなったの!?」
「そ、それが・・・俺は昨夜の記憶が全然ないんだ・・・」
「あなたのことだから、ウォッカを飲みすぎたんでしょう。本当になんてことをしてくれたの!これで
ウスチノフさんとの関係も終わりだわ!!」
反論することができず、アレクセイはうなだれていた。
アルラウネはため息をついたが、やがて、
「こうしていてもしようがないわ。これから私はシューラを連れて、ウスチノフさんのところへ行って来る。
いいこと、あなたはこの別荘から一歩も出てはだめよ」
そう言うと、呆然としているアレクセイを残し、シューラと一緒にペテルスブルクへ帰っていった。
234 :
《媚薬》 3:2009/07/04(土) 01:47:36 ID:Ws7JTp6D
一週間後、アレクセイが滞在している別荘へアルラウネが戻ってきた。
「シューラとウスチノフさんと私の3人で、じっくり話し合ったわ。ウスチノフさんは最初は怒ってらした
けれど、あなたが責任を取ってシューラと結婚するのなら、今回のことは不問に付してもいいと
おっしゃっているわ」
「で、でも俺は・・・」
「アレクセイ、あなたはあのお嬢さんを傷物にしておいて、責任を取らないつもりなの!?それは
男として、もっとも卑劣な行為よ!」
「・・・・・・」
こうして、アレクセイはシューラと結婚せざるをえなくなった。田舎の小さな教会で、人目をしのんで
結婚式を挙げたとき、シューラの顔は喜びに輝いていたが、アレクセイの頭の中は、不審と後悔と
疑問が渦巻いていた。
(あのとき、俺の前にいたのは、確かにユリウスだった・・・あれは俺が見た幻覚だったのか・・・?)
疑問を感じながらも、それからのアレクセイは、ウスチノフの婿として工場経営に携わることになった。
ユリウスがコンコンとレオニードの部屋のドアをノックすると、
「入れ」
と声がした。
「そこへかけたまえ、ユリウス」
彼女が椅子に腰かけると、
「アレクセイ・ミハイロフのことだがな、どうやらやつは結婚したようだぞ」
「え・・・・・・」
一瞬、レオニードの言った言葉の内容がつかめなかった。やがて彼の言葉の意味が飲み込めてくると、
「そ、そんなはずが・・・」
「本当だ。やつは、ウスチノフという裕福な実業家の娘と結婚したらしい。シュリッセリブルクに工場を
二つ経営している。その娘と結婚すれば、工場も邸宅も別荘も船も車も、すべて婿養子であるやつの
ものとなる」
「・・・・・・」
ユリウスはしばらく言葉も出なかったが、やがて、
(クラウス、クラウス、君は財産に惹かれてその女性と結婚したのか?それともその女性自身を
愛したのか?君がぼく以外の女に心を移すはずがないと思っていたのは、単にぼくがオルフェウスの
窓の伝説にとらわれていただけなのか・・・)
顔を真っ青にして、ユリウスはよろよろとレオニードの書斎を出て行った。
235 :
《媚薬》 4:2009/07/04(土) 01:48:00 ID:Ws7JTp6D
その後、レオニードは、ロシア中部にあるユスーポフ家の領地を視察に行った。
(ときどきは、管理がうまくいっているか見ておかねばな・・・)
彼が馬に乗って森の中を進んでいくと、道ばたに一人の薄気味悪い老婆がたたずんでいた。
「もし・・・そこのご領主様・・・」
「私に何の用だ?」
「わたしはこの辺で薬草売りをしている者ですが・・・媚薬をお買いにはなりませんか?」
「媚薬?くだらん」
さっさと通り過ぎようとすると、その老婆は、
「あなたさまの周囲に、心の悩みを抱えている女性はおりませぬか?この媚薬で、その女性の悩みを
解いてやることができましょうぞ」
「・・・・・・」
くだらないと思いつつも、彼はポケットに手を入れ、金貨を数枚取り出した。
「さあ、これを受け取れ」
「ありがとうございます。これが、私が処方した媚薬でございます」
レオニードはペテルスブルクの邸に帰り着くと、料理人に媚薬を渡して、
「これを毎日、ユリウスの夕食に混ぜろ」
と命令した。
一方ユリウスは、ずっとクラウスへの失恋の悲しみに浸っていたが、次第に自分の身体と心に異変が
起きているのに気づき始めた。
レオニードの逞しい腕や胸を見、あるいは彼の近くを通り過ぎて、かすかに男の体臭が漂ってくるとき、
一瞬、目がくらむような、何ともいえない気分になる。
(そんなはずはない、何かの錯覚だ・・・第一、ぼくはまだクラウスを・・・)
236 :
《媚薬》 5:2009/07/04(土) 01:49:19 ID:Ws7JTp6D
ある日、ユリウスは再びレオニードの書斎に呼び出された。
「アレクセイ・ミハイロフはもう他の女と結婚したのだから、そろそろお前が何者で、なんのためにやつを
このロシアまで追ってきたか、話してもいいのではないか?」
そう言われて、ユリウスは戸惑い、激しく迷った。クラウスに失恋した悲しみで、涙がにじみ出て来た。
彼女の頬を涙が伝い落ちるのを見ると、レオニードは椅子から立ち上がって、静かに抱きしめてやった。
彼の手が彼女の背中に触れると、そこから刺激が体中に広がり、ユリウスがおののいて身じろぎすると、
レオニードが彼女を押さえた。
「動くな」
そう言うと、静かに彼女を抱き上げて隣の寝室まで運んで行った。
寝台に横たえられ、唇をふさがれると、何とかして抵抗しなければならないと思ったが、身体にまったく
力が入らない。それどころか、身体の奥に奇妙な感覚が起こってくる。
レオニードがブラウスのボタンを上から下へと外していき、ズボンとショーツを脱がせても、ユリウスは
無抵抗のままだった。彼の前に裸身をさらしたことで、羞恥に震えそうだったが、薄桃色の乳首を舌で
触れられると、
「あ・・・」
と声を洩らした。
レオニードが彼女の体のあちこちを、強弱をつけてなめ回したり吸ったりすると、くすぐったさと、
身体の奥からむず痒さと疼きの伴った妖しい感覚が起こり、自分の身体に何が起こっているのか
わからないという恐怖心にとらわれた。
彼が膝を割って太腿を押し上げ、陰核を舐めると、ユリウスは声をあげ、中から蜜が流れ出した。
まだ17歳の彼女のその部分は、驚くほど初々しかった。それでも、男を刺激するメスの匂いが鼻腔に届く。
やがて屹立した己のものをユリウスの中に入れようとすると、彼女は怯えて、
「やめて・・・お願い・・・」
と言った。
恐怖を浮かべた彼女の顔を見ると、多少の憐憫を覚えたが、それでも行為を中断するつもりはなかった。
女は誰でも、一度は通らなければならない関門なのだ。
「痛いのは最初だけだ、我慢しろ」
レオニードは体重をかけて腰を沈め、そのとたん、
「ひっ」
という悲鳴があがった。それから一気に屹立を根元まで突き入れると、耳をつんざくような悲鳴が、
ユリウスの喉からほとばしった。
ゆっくりと抽送を開始すると、彼女は唇をぶるぶると震わせ、苦悶の声を上げ続けた。やがて、
「うっ!」
と声を発して、彼の精がユリウスの子宮に向かって迸っていった。
事が終わって、レオニードが彼女の股間を布でぬぐってやっている間、ユリウスはしゃくりあげるような
声をあげて泣いていた。
237 :
《媚薬》 6:2009/07/04(土) 01:49:41 ID:Ws7JTp6D
その日から、毎晩のようにレオニードは彼女を抱くようになった。ちょうど芸術作品に磨きをかけるように、
毎夜、ベッドの中で手取り足取りして何もかも教えてやり、性感を開発した。
一方ユリウスは、まだクラウスに未練を残していながらも、身体が彼を求めていることに衝撃を受けた。
彼の手が彼女の身体に触れるたびに、うずくような感覚が走り、熱を帯び、震えが走り、やがて目も
くらむような絶頂に行き着く。
彼女は必死にそれらの感覚を忘れようとしたが、やがて夢の中にまでレオニードが現れるようになった。
夢の中で、彼がユリウスの前に立ちふさがり、彼女は必死に逃げようとするが、ついに捕らえられ、
押さえつけられて、力ずくでものにされてしまうのだった。彼女はそれを恐れていたが、心の反面では、
そうされることを望んでいるのだった。夢の中で彼にねじ伏せられ、荒々しく扱われると、それが決して
嫌ではなく、むしろもっと手荒に扱って欲しいという気分にすらなるのだった。
びっしょり汗をかいて目を覚ますと悪夢を思い出し、十字を切って、心の中で自分の罪深さを神に懺悔した。
ひとりで毎日悩み続けていたが、やがて彼女の症状はもっとひどくなっていった。
彼が仕事で長い間邸を空けていると、明け方、一人寝のベッドで目が覚めたときに、抱き寄せてくれる
男の腕を欲している。
夜、ひとりでレオニードのことを考えていると、彼に抱かれたいと望み、彼の手で身体を開かれることを
夢みているのだった。彼と愛を交わせばどうなるかと想像すると、それだけで陶然とし、気がつくと、
自分で自分の身体を慰めているのだった。そんなときは、身を汚すまで止めることができない。
(ああ、ぼくはいったいどうなってしまったのか・・・クラウスに失恋したせいだろうか・・・いっそのこと、教会に
行って告解でもしたほうがいいのだろうか・・・
238 :
《媚薬》 7:2009/07/04(土) 01:50:09 ID:Ws7JTp6D
久々にレオニードが邸に帰ってくると、その晩、ユリウスを彼の寝室に呼び、彼女を全裸にしてから両手首を
布でベッドに縛り付けた。
彼はユリウスの白い乳房をつかみ、舌で乳首をなめまわしたり、耳朶を噛んだり、あちこちの敏感な部分を
刺激した。やがて、顔を上げると、
「脚を開け」
とユリウスに命令した。
彼女が、いやいやをするように首を振ると、
「いやなら、私はお前をこのままにして、部屋を出て行く。朝になって、掃除に来たメイドに自由にしてもらえ」
ユリウスの顔が青ざめ、
「やめて・・・」
と嘆願した。
「なら、言うとおりにしろ」
羞恥に顔を赤く染めながら、ユリウスはゆっくりと脚を開いていった。
「もっとだ」
その言葉に、観念したように彼女は自分の脚を最大限に広げた。
その眺めをレオニードがじっくりと楽しんでいるのを見て、
「あなたなんか嫌い・・・ぼくにこんな恥ずかしいことをさせて・・・」
「嫌いと言うわりには、ここはもう濡れているではないか」
彼はそう言うと、肉の土手を広げ、指で花びらをもてあそんだ。さらに、レオニードの指が肉芽の上で
円を描くように動き始めると、ユリウスの腰がびくっと跳ね、
「あうっ・・・」
という声が洩れた。
「ふふ、お前のこの部分はよく感じるからな」
そう言うと、彼女の股間に顔を埋め、ぬめぬめ光っている部分を割って舌を入れた。ユリウスはもはや
誰はばかることなく声をあげ、ついに、
「やめて・・・もうだめ・・・」
と喘ぎながら言った。
「そうか、やめてほしいのか」
レオニードが行為を中断すると、彼女は哀願するような表情で、
「レ・・・オニード・・・お願い・・・」
「何をしてほしい?あれを入れて欲しいのか?」
彼の言葉に、ユリウスの顔が赤くなった。
「意地悪・・・そんなこと・・・」
次の瞬間、レオニードはユリウスの膝の裏に手を入れて高く上げ、
「さあ、言わないといつまでもこのままだぞ」
と焦らすように言った。
「来て・・・来て・・・ここに・・・」
「よく言った」
そう言うと、ようやくいきり立ったものを彼女のぬらつく柔肉に突き刺してやった。
ユリウスが喉から押し出すように声をあげ、身体を痙攣させた。入り口とその近くの肉襞が収縮し、
彼のものを快く締め付ける。白い喉をのけぞらせ、恍惚とした彼女の表情が、いっそうレオニードの
欲望を刺激する。身体を前に倒してユリウスの唇をふさぎ、舌と舌を絡み合わせた。
彼の腰が微妙な動きを始め、奥深くを突いたり、亀頭で浅い襞の上部をひっかくように刺激した。
再びユリウスが声を洩らし、眉をしかめて切なそうな表情を見せた。
「これが・・・好きなのか?ここを擦られるのがよいのか?」
すすり泣くような彼女の声を聞きながら、レオニードは腰を動かし続けた。ユリウスは腰を淫猥に
くねらせ、もはや二人は単なる一対の獣と化していた。
239 :
《媚薬》 8:2009/07/04(土) 01:50:32 ID:Ws7JTp6D
レオニードは、ユリウスの身体を愛撫しながら、
「お前は、罪悪感を感じているのか?」
と聞いた。彼女が息をはずませながら頷くと、
「性行為は不浄なものではない。お前のここが濡れているのも、女として健全な身体をしている証拠だ」
そういって、彼女の蜜壺に指を突っ込んだ。
「もう、お前を裏切って他の女と結婚した男のことなど忘れろ。いまさらくよくよ考えても詮無いことだ」
ユリウスが、がっくりと諦めたような表情をすると、
「私が留守の間、寂しくはなかったか?身体が疼かなかったか?自分で自分を慰めていたのか?」
その言葉に、彼女が耳まで赤く染めたので、
「そうか、やっぱりしていたのだな」
そう言うと、彼女の両足をつかんで広げ、顔を押し込むと、会陰から花びら、肉豆に向かって舌を
滑らせていった。ユリウスの腰が浮き上がり、彼から逃れようとしたので、太腿をがっちりとつかみ、
そのまま肉豆が凝固するまで舌で優しく刺激し続けた。
「ああっ、だめっ!」
「どうだ?自分でするより、私のほうが良いであろう?」
「はっ・・・ああ・・・」
寝台の上でのたうち回る彼女を見ながら、レオニードは媚薬の効果に驚いていた。どうせインチキだろうと
思っていたが、これほどに効き目があるとは・・・
一方、夕食に毎日媚薬が混ぜられているなどとはつゆ知らないユリウスは、自分の肉体の淫乱さに
泣き出したくなった。
「ひどい・・・ひどい人・・・」
「なにがひどいのだ。お前は本当は、このように扱われて喜んでいるのであろう?」
そう言ってから、彼女の脚を高々とすくい上げ、一気に奥まで貫いた。ユリウスが声を上げて顔をしかめた。
彼の胸を押して止めさせようとしたが、びくともしない。
レオニードは彼女の体が壊れそうなほど激しく突きながら、
「こういう手荒な扱いはどうだ?ん?言ってみろ」
「・・・あっ!・・・ああっ!・・・ああっ!」
いつの間にかユリウスの腕が彼の背中に回され、彼女のほうから腰を激しく動かして彼を求めていた。
240 :
《媚薬》 8:2009/07/04(土) 01:50:54 ID:Ws7JTp6D
濃密な愛の営みを終えた後、疲れきってユリウスが眠ってしまうと、レオニードは彼女を抱きしめ、
「ユリウス、お前は私だけのものだ。お前は私が女にした。もう私から離れるな」
と囁いた。
「んっ・・・」
眠ったまま、ユリウスがかすかに身じろぎした。
アレクセイ・ミハイロフが実業家のウスチノフの娘と結婚したという報告を読んだとき、心のどこかにほっと
している自分がいた。
あの男が他の女と正式に結婚したとなれば、さすがにユリウスも諦めざるをえなくなるだろう、と考えた。
失恋したばかりの彼女には残酷だと思ったが、どうしても彼女を自分のものにせずにはいられなかった。
髪をかきあげ、ユリウスの顔を見た。もはや生娘ではなくなっているのに、眠っているときの彼女は、
天使のように無垢に見える。
この純粋な容貌の娘が、夜になると彼の下で驚くほど淫猥な動きを見せて乱れることなど、誰も想像が
つかないだろう。
このところ、彼女の身体はますます丸みを帯び、そこはかとない色香を漂わせるようになっていた。
抱けば抱くほど、ユリウスに対する執着が強くなり、渇いた人間のように彼女を求めずにはいられない。
実のところ、長いこと邸を留守にしている間、レオニードも彼女のことが恋しくてならなかったのだ。
彼女の喘ぐ声、切なげな表情、白く滑らかな肌、彼の下でくねくねと動く身体、彼のものを優しく締めつけ、
微妙にうごめく襞・・・それらのものを思い出しただけで、彼の体中の血は熱くなった。
レオニードは自嘲的にふっと笑って、
(まったく、これではどちらが媚薬を飲まされているのかわからぬな・・・)
彼はこれまでアデールを含めて数人の女を抱いた経験があったが、どの女を相手にしても、心は冴え冴えと
冷めていた。これほどまでに熱く燃え、愛おしさでいっぱいになり、絶対に手放したくないと思ったのは
初めてだった。
(あの媚薬がなくなったら、またロシア中部のユスーポフ家の領地に行かねばなるまい・・・)
≪完≫
その日、朝からダーヴィトは、ユリウスを動物の脂肪を溶かした水に浸からせ、全身をくまなくこすって
垢を取り除いた。
「さあ、全身の力を抜いて。体に歪みがないかチェックするからね」
(背中や肩を揉む)
「ダーヴィト・・・これ、何やってるの?」
「脊椎や骨盤にズレや歪みがあると、神経圧迫や血行障害を引き起こすからね。こうやって調べて
いるんだ」
(なおもマッサージを続ける)
「はい、大丈夫だ。今度はオイルを使ってマッサージするからね」
ダーヴィトがユリウスの体にオイルを塗ってマッサージを始めると、部屋の中に芳香が広がった。
「このオイル、いい香りだね」
「蘭から抽出したエキスで作ったオイルなんだ。美しい女性を磨くには美しいものから作ったオイルが
ふさわしいってわけさ。じゃあ、バストアップマッサージから始めるよ」
そう言って、ダーヴィトは両手を使って、乳房を優しく上に上げるように、弧を描くイメージでゆっくり
マッサージし始めた。
「ダーヴィト、やめて・・・そんなところ・・・」
「こうすると、乳房の血行がよくなり、乳腺を刺激する事でバストアップが促されるんだ。また、乳がんの
しこりを早期発見することにもつながる。恥ずかしいだろうけど、少しの間我慢して」
その後、乳房から腋下に彼の手が移動し、手ではさむようにもんだり、さすったり、おさえたりした。
「ダ、ダーヴィト!くすぐったい・・・!」
ユリウスが耐えかねて身体を動かすと、
「腋下にリンパ液が滞留すると、新陳代謝が悪くなるんだよ。脇下のリンパは特に、リンパの流れが
滞りやすい場所なんだ。はい、もう終わったよ。次はうつ伏せになって」
ユリウスが言われたとおりにすると、首筋から背中の中心線、ヒップにかけてマッサージを始めた。
彼女の大理石のような白い肌の上を、ダーヴィトの細く繊細な指が滑っていく。
「はあっ・・・」
彼に体をマッサージされているうちに、空気中の蘭の芳香とあいまって、頭が酔い心地でふらふら
し始めた。
(普通の男の、単調で荒っぽい愛撫とはまるで違う・・・)
そう考えながら彼に揉まれているうち、切ない快感が起こり、全身が火照り、体中の血が騒いだ。
(この愛撫が、少しでも長く続いてくれたらいいのに・・・)
そう思いながら、ぐったりと横たわっていた。
「次は、脚をマッサージするよ」
そう言ってから、彼は足の裏、くるぶし、ふくらはぎ、膝の裏、太腿を愛撫し始めた。くすぐったさが、
次第に快感に変わっていく。
「くうっ・・・」
「太腿は、こうやってマッサージしないと、セルライト(凸凹した脂肪の塊)ができてしまうんだよ」
両脚をじっくり撫で回した後、ダーヴィトは、
「じゃあ、次は髪を洗うよ。カミツレを水に溶かしたものを用意しておいた」
ユリウスの髪を洗いながら、
「相変わらず綺麗な髪だな・・・頭皮の汚れを落として、清潔にしておこうね」
ダーヴィトは、ゆっくりと髪を洗い、頭皮もマッサージした。
「ああ・・・気持ちいい・・・」
彼は髪を洗いながら、ユリウスの耳に、かすかに息を吹きかけ、首筋をそっと撫でまわした。
「あっ・・・」
肌がざわめいてくる。
「ほら、終わった。髪が乾くまで、少し待っているんだよ」
タオルで水気を取り、それをユリウスの頭に巻きつけた。
彼女が芳香とマッサージ効果でボーッとしながら横たわっていると、
「じゃあね、悪いけど、膝を立てて脚を開いてくれるかな」
「そ、そんな・・・いや・・・恥ずかし・・・」
「恥ずかしいだろうけどね、この部分も清潔にしておかないと、病気の原因になるんだよ」
ユリウスは、恥じらいながらもしぶしぶ脚を開いた。
ダーヴィトはユリウスの足もとに座ると、体を傾けて、脚の間をのぞきこんだ。
「いや、やめて」
至近距離から恥ずかしい部分を観察されて、彼女は泣きそうになった。
「ユリウス、君のこの部分はとても綺麗だよ・・・何も恥ずかしがる必要なんかないよ」
そう言って、水でユリウスの女陰を洗い始めた。
「あ・・・」
クリトリスに水が当たり、彼女の体の奥底から奇妙な感覚がじわじわと湧き上がってくる。
洗い終わると、ダーヴィトは指に催淫剤をつけ、それをユリウスの膣とクリトリスに塗り始めた。
「ダ・・・ダーヴィト・・・何をしているの?」
「これは女性ホルモンの分泌を活性化する薬だよ。肌がツヤツヤになる」
ダーヴィトの指が女性器に触れるたびに、早くも子宮のあたりが切なくなり、体が疼く。
「はい、塗り終わった。今度はもう一度全身マッサージをするね」
再び彼はユリウスの頭、肩、胸、腹、背中、脚などを揉みはじめた。その刺激に彼女の体は敏感に
反応した。
「はあっ・・・んんん・・・うう・・・」
体温が上昇し、汗が滲み出てくる。唇から切なげな喘ぎ声が漏れ、腰がくねくねと動きだす。
体のあちこちをダーヴィトの指で責められて昂奮し、ユリウスの女の器官からは透明な愛液が流れ出し、
会陰にまで滴り落ちた。
「ああ、可愛いよ、ユリウス・・・君の体が、女の歓びを十分に感じている証拠だ」
「やっ、やめ・・・」
せっかちな男は、すぐに女の中に自分のものを入れようとするが、じっくりと時間をかけて焦らせば、
女のほうから求めるようになるのだ。
ダーヴィトは山羊の毛でつくったフェイスブラシをとると、それを水に浸けて濡らし、彼女の体の上を滑らせた。
腋下のようなくすぐったいところ、乳首、臍の穴などをそれで愛撫する。
「くううっ・・・ううんっ・・・」
(本当は羽毛で愛撫してやりたかったが・・・ユリウスにはこれで十分だろう・・・)
「はあっ・・・はあっ・・・あっ・・・」
「どうしたんだ?ユリウス」
「体が・・・熱い・・・ダーヴィト、お水を・・・」
「水か、よしよし」
そう言ってミネラルウォーターが入ったグラスを渡してやった。ゴクリと冷たい水を飲み干すが、それでも
ユリウスの体の火照りはおさまらない。
「ダーヴィト・・・ぼく・・・どうなっちゃたんだろう・・・」
「さっき塗った薬が悪かったのかな?じゃあ、舐めとってあげよう」
ダーヴィトはユリウスの脚を抱え、ひくついているクレバスに舌を差し入れた。
「ひいっ!」
法悦が体中を駆け抜ける。さらに花びらを広げ、蜜でぬめぬめ光っている部分を舐められて、彼女は体を
大きく痙攣させ、我を忘れて声を上げ続けた。
「ユリウス、君の体はどこもかも綺麗だ・・・この手と指・・・とても毎日ピアノを弾いているとは思えない」
そう言って彼女の白くほっそりした手に接吻し、そのまま舐め続けた。
「ああっ・・・」
いまや体のどの部分に触れられても反応してしまう。全身が性感帯になったようだ。
「ああ、ダーヴィト・・・助けて・・・」
「もう限界なのか?しょうがない子だな、よしよし」
そういうと、ひくひくと収縮を繰り返しているユリウスの濡れた部分に己をあてがい、ゆっくりと沈めていった。
暖かく柔らかい襞が、ぐいぐいと締め付けてくる。
(すごい効き目だ・・・あれを塗っただけで、こんなに締まるとは・・・)
そう思いながら、出し入れを繰り返す。
「ああ・・・いい・・・ああ・・・おかし・・・くな・・・」
頬を上気させ、眉間に皺を寄せながら悶える美女の姿が美しい。
ダーヴィトは繋がったまま自分が下になり、ユリウスを上にした。
「ユリウス、自分で動いてごらん」
ダーヴィトの言葉に、彼女はゆっくりと腰を動かし始めた、最初は不器用だったが、しだいに体が
しなやかに動くようになっていく。
「はあっ・・・あああ・・・いい・・・ああ・・・もっと・・・」
ダーヴィトも下から腰を突き上げ、ユリウスも自分で動きながら快い刺激に恍惚とする。
「ああ、ユリウス・・・君の体は、尽きることのない蜜の壺のようだ・・・こんなに、僕の体の上にまで・・・」
「はあっ・・・ああん・・・ううん・・・」
体が火のように熱い。狂おしいまでの快感に、身も心も溶けてしまいそうだ。貪欲なまでに求め続けた後、
ユリウスの口から悲鳴に似た声が迸り、同時にダーヴィトも体内に白濁を迸らせた。
「どうだい、ユリウス?体の火照りはおさまったか?」
「はあっ・・・はあっ・・・はあっ・・・」
(今度は、ユリウスをバーデン・バーデンの浴場に連れて行ってやろうか・・・)
毎日、彼女のために美容法を考案するダーヴィトであった。
おわり
245 :
無題 1:2009/07/04(土) 02:02:03 ID:Ws7JTp6D
曉にはまだ早く
周りの輪郭も暗闇にとかされたように朧げな部屋にて
誰かに呼ばれたような感覚で、
眠りから引き戻されたユリウスは、
夢と現実が、急には区別がつきかね
ぼんやりと思案をめぐらす。
そして、ユリウスをその両腕に抱き寄せたままの状態で
眠りに落ちてしまった彼の腕の重みに気付き、
やっと、安心した彼女は
そっと愛しい男の名を呼んだ
「アレクセイ・・?」
規則的に聞こえてくる、安らかな呼吸の他には、
何の返答もなく・・
゛ふふ・・何だか、子供みたい・・″
艶やかな朱唇に微かな笑みを浮かばせる
それでも、少しばかりの寂しさを感じたユリウスは
今まで、これほどの至近では眺めた事がなかった彼の寝顔を、この際じっくりと観賞することにした。
柔らかく乱れた亜麻色の髪
精悍な輪郭、
利かん気の強そうな眉
不敵な、でもどこか人懐っこいひかりを湛えた瞳・・(今は閉じられているけど、)
意外と長い睫毛と
陰影がくっきりと浮き上がる、彫りの深い顔立ち
そして・・夕べ、何度も愛を囁いた唇・・・。
その刹那
昨夜の二人が脳裏に蘇って、
彼女は、その白い頬にだんだんと熱を溜めさせてゆく
゛あぁ・・夕べ、僕は・・″
言葉に尽きせぬ程の愛しさが、
彼女の胸に満ちてゆく
同時に、彼を愛した全ての時間を取り戻したいという切ない願いも込み上げて
彼を映した瞳から頬へと伝い落ちる涙
自然に零れ落ちる言葉
「・・愛してる・・」
そっと唇を重ねる
246 :
無題 2:2009/07/04(土) 02:02:30 ID:Ws7JTp6D
その時、眠っているはずのアレクセイにいきなり引き寄せられ、
今まで眠っていたとは思えない素早さで、あっという間にベッドに組み伏せられた。
そして、
アレクセイのいかにも悪戯めいた瞳が、ユリウスの瞳を覗き込み
再びゆっくりと重ねられていく唇。
゛!!″
驚いている間にも、アレクセイはユリウスの口咥を蹂躙し味わい続け、彼女の吐息が甘いものへとかわり初めた頃、漸く解放する。
いきなりの深いくちづけに、上気しているだろう貌を視られるのが、何となく気恥ずかしいユリウスは、アレクセイから視線を外し
「・・何か、飲む物でも持って来るね・・」
もっともらしい理由をつけて
シャツを羽織り、立ち上がろうとした。
だが、羞恥を隠そうとするユリウスの様子は、一層可愛らしく
アレクセイは立ち上がろうとする彼女を、背後から両腕で優しく拘束すると
僅かに笑みを浮かべた唇を彼女の耳朶に寄せ、いつもより艶を含んだ声をユリウスの耳に流し込む
「俺が味わいたいのは。。。」
「なっ・・に・・す・///」
247 :
無題 3:2009/07/04(土) 02:04:09 ID:Ws7JTp6D
咎めるような言葉は
あまりにも甘い響きで、全く効果はなく
かえって、密かに彼を悦ばせるだけだった
アレクセイは、ユリウスの透けて輝くような金髪にくちづけをし
聴き取れない程の声音で
「俺の、エウリディケ・・」
と呟く
゛え・・?″
彼から初めて聴く言葉にも拘わらず
何か、懐かしい雰囲気を感じる、
ユリウスはその感覚が何処からやって来たのか、確かめたくて
記憶に繋がる淡く輝く糸を、必死で手繰り寄せようとした。
彼女の半ば上の空な様子に、
アレクセイの眼に妬けるような暗い閃きが走った
ユリウスの意識を、自分に引き戻すように
彼はいきなりに、彼女の華奢な両腕をその腕にとらえた
そして、掌で彼女の繊細な手指を包むようにして絡め取り。
ユリウスの背を自分の胸へ引き寄せた後、
無防備になった項へと、唇を這わせる。
そうして、彼女の意識が完全に自分に向かった事を確認すると
白く肌理細やかな肌に、
薄紅い花びらのような痕を、
ひとつ落とす
最愛の女性と夕べ初めて褥を共にし
、此処にいるのは彼等二人だけなのに
アレクセイは、眼の前に居る彼女の意識を、彼から奪っているものが、気になっていた。
ユリウスの心の底に眠っている自分の幻に嫉妬しているのにも気付かず・・
248 :
無題 4:2009/07/04(土) 02:04:44 ID:Ws7JTp6D
二人の手を重ね合わせたまま
アレクセイはユリウスの白く滑らかな乳房を柔らかく揉み上げる、
もう一方は、夕べ彼に篭絡され溶かされた処へと導き
そして、わざと彼女の指を触れさせる
更に、潤み初めていたそこのぬめりを利用しながら
細い指を小さな芽に導いてゆく
「あっ・・そん・・な・・」
彼と自らの指によってもたらされた、些か強すぎる刺激から身を攀って逃れようとするが、
アレクセイはそんな彼女の様子に気が付かない素振りで
更に深く、彼女の指を弄んでゆく
ユリウスは、突然の事態に逼迫していく体と意識を、流されないよう何とか押し止めながら
些か悪戯が過ぎる彼の愛撫に
何故かいつもの彼らしくないものを感じたユリウスは
今のアレクセイに重なる、彼の表情と勘気に思い至る。
白皙の肌を薄い紅色に染めながら、
「ねえ・・アレクセイ・・・?今も過去も・・・僕の心の中にあなた以外にいったい誰がいると・・?」
白薔微の蕾が綻んでゆくような微笑を浮かべ
ユリウスにそう尋ねられると
アレクセイは、ちょっとばつが悪そうな表情を浮かべたあとで
ユリウスが羽織っていたシャツをそっと脱がせ
白い花が咲いたように床へと落とし
彼女をゆっくりとベッドへと押し倒していった。
ユリウスの金の滝のような髪がシーツの上に広がり、
アレクセイの髪が彼女の鎖骨を撫でる
互いの瞳に相手を映しながら、
彼が彼女に何事か囁いた後
何か言いかけた彼女の言葉を
その唇に引き取った。
それから・・・・
・・・それから先は・・・・
。。。。二人だけの秘密。。。
−了−
249 :
無題 5:
おまけ
いつもより早目に党本部に赴き、精力的に活動にいそしむアレクセイ
大真面目な顔で議論に熱中している時、
ズボフスキーが近付いてくる。
「なんだ、遅かったなズボフスキー!、ああそうだ、ガリーナに世話になった礼もそこそこにユリウスをつれてっちまったな・・、今度あいつと一緒に礼を・・・」
いつもよりテンションがたかいアレクセイの顔をじっと見ると
「まあ、その件は後って事で」
「・・何だ、妙な顔して・・」
「お前、酷い顔してるぞ?眼の下なんか凄い隈だ」
「なっ・・!?」
「今が、一番楽しい時期なのは解るが、何事も程々にな」
思いあたることに咄嗟に何も言い返せずにいると
「彼女にも、宜しく言っておいてくれ」
言いたい事は伝えた、という顔付きで去ってゆくズボフスキー
−おしまい−