「それじゃ、お茶ごちそうさま」
「いえ……」扉の影に隠れ、顔を半分以上隠したままの憂ちゃん。警戒されていると見るべきか。
「明日お姉さんの実力見て、まずかったらまた来るけど……大丈夫かな?」
「あ、はい! 大丈夫です! お願いします!」
何をどういう意図でお願いされているのかはさておき、俺は一礼して平沢邸から出た。すっかり外は暗くなっていた。
不意に視線を感じ、振り向けば、唯の部屋のカーテンが動いていた。
それだけだ。唯の姿はなかった。
「どうだ!」
俺はえへんと胸を張る。手には唯に今朝やらせた追試対策テスト。満点とまではいかないまでも、8割はいっていた。
「おおー」
凸が歓声をあげ、ぱちぱち。HAHAHA。褒めよ称えよ。
「これであとは微調整すれば満点も夢じゃないぜ」
「で、唯は?」
「あれ、そういえば来てないのか?」
「見てませんね」
どこいったんだ、あいつ。そういえばプリントやらせてるとき浮かない顔してたし……。
まさか過剰な勉強がやつを追い込んだとでもいうのか。
『わたしはつかれました』なんて書置きして失踪されたら俺もこの学校から失踪する破目になるじゃないか。
ピリリ。
「わるい、電話だ」
部室から出てケータイを見ると、知らない番号からだ。
「もしもし」
『…………』
「……唯か?」
あてずっぽうだった。死ぬ前に恨み言かお礼か、どちらにしろ言うかもしれないという勘にすぎない。
『……うん』
「今どこだ」
なんかいつもとは声の調子が違う。暗い。
『家』
「休むって伝えたいのか? だったら俺じゃなくて他の連中に」
『そうじゃないよ』
まどろっこしいな。
「じゃあ何だ」
『家に来て』
そこで切れた。何なんだ一体。ため息ついた後、
連中に唯がこないことを告げ(理由については知らんと答えた。実際知らないし)、とりあえず向かうことにした。
まあ、憂ちゃんいるから大丈夫だろうけど。
「こちらです」
平沢家に着き、呼び鈴を鳴らすと、すぐに憂ちゃんが迎え、『ゆいのへや』と書かれた部屋の前まで通された。
「様子が変なんです、今日のお姉ちゃん。ずっと黙ってて」
「わかってる」
眉をひそめる憂ちゃんの肩に手を置い、笑いかける。ひきつってないといいが。
「最大限の努力はする。でも、本当にお姉さんをわかってあげられるのは憂ちゃんだけだと思う。だから、ね?」
「はい」
少しだけ笑顔が戻ったのを確認し、憂ちゃんをさがらせる。