【うpろだ】専用スレのないSS その2【代わり】

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225名無しさん@ピンキー
二次創作投下します。

元ネタ:同人エロゲ「その花びらにくちづけを」
ジャンル:学園百合
エロ内容:最後の方に百合エロ(分量少し&ソフト)

百合レズ苦手な人はスルーしてください。
226その花びらにくちづけを 恋文ごよみ(1/8):2010/04/27(火) 22:47:59 ID:GHMNzZgS
 漫画のような出来事というのは漫画の中でしか起こりえない。
 織田七海は常々、特に自分に関してはそう思ってきた。
 だが最近の自分は、結構そういう「漫画みたいな出来事」に遭遇している気がする。
 まず、せいぜい並程度の学力だった自分が、名門お嬢様学校の聖ミカエル女学園に入学したこと。これはまあ、多分に運もあるだろうが、努力の結果であるからいいとして。
 驚いたのはそのミカ女で運命の人と出会い、その後その人と両思いだったということが判明し、あれよという間に人目を忍ぶ恋仲になってしまったということだ。
 そんな少女漫画みたいな境遇の中に、七海はいる。
 しかしそれ以外の点では、ごくごく普通の、平均的な女学生としての生活を送っている。

 そう思っていた。そんなある日のこと。

「……」
 朝の昇降口。自分の靴箱を開けた状態で、七海は固まっていた。目の前にある物体に、大いに戸惑っていた。
 封筒、である。薄いピンク色の小綺麗な。
 爆発物処理班のように慎重な手つきで、七海はそれを手に取った。
 七海は手に取った封筒をしばし見つめてから、大きく深呼吸する。
(落ち着け……これはただ私の靴箱に手紙とおぼしき物体が存在していたというだけで、別にそういうアレと決まったわけではない……)
 しばし瞑想し、波立つ精神を静めた七海は、それでも封をすぐに開けたりはせず、熟考する。
(考えられるパターンは……1:誰かのイタズラ、2:入れる靴箱を間違えた、3:ラの付くアレじゃなくてただの事務的な用件、4:あるいは果たし状、
 5:そもそもこの手紙自体幻覚、6:夢落ち、7:仮想世界落ち、8:この世界自体が胡蝶の見ている夢、9:実は現実の自分は病院のベッドで――)
 相当テンパっているのか、どんどん思考が変な方向に流れていく。考えている暇があればさっさと中身を見ればいいのだが、そんなセルフツッコミを入れる余裕もない。
「七海、ごきげんよう」
 旧ナチス軍の陰謀まで仮説を立てたところで、背後から挨拶の声がかかった。振り向くと同時に、七海は慌てて手紙を後ろ手に隠した。
 そこにいたのは他でもない、七海の運命の人――二年生の松原優菜だった。
 凛とした表情、華やかに整った眉目、気品ある物腰――その容姿は多くの生徒達の羨望の的。加えて学業成績はトップクラス。そしてミカ女の環境整備委員会(学生自治の中心組織)の委員長を任されている。まさしく非の打ち所のない存在である。
 ――が、「しかしてその実態は」とか言いたくなるほど、七海の前ではやたらとエッチだったり、もの凄い焼き餅焼きだったりと、普段とのギャップが激しい人物である。ちなみに七海も環境整備委員会の一員なのだが、そうなったのは優菜の職権濫用あってこそだったりする。
 それはさておき。
「ご、ごきげんよう……お姉様」
 そう呼ぶ前に、七海はさりげなく周囲に目を配った。まだ朝早く、他の生徒の数は少ない。七海達の会話を聞かれる心配は無さそうだから、「お姉様」で問題無い。
「きょ、今日も良い天気ですね」
 おそらく人類史上最もよく使われる当たり障りのない話題を振りながら、七海は優菜に気取られないよう注意して手紙を鞄の中にしまおうとする。
「七海、それって何?」
 しかし一瞬の間もなく見抜かれていた。
「いや、これは、その……手紙、みたいなんですけど、まだ内容の検討が終わっていなくて、自分でもなんなのか……」
「中を見ればいいじゃない」
「ちょっ、待っ……!」
 封筒をつまみ上げると、優菜はあっさり封を開けた。
「はいどうぞ」
 開けただけで、人宛ての手紙を断り無く見るような真似はしない。優菜は折りたたまれた便せんをそのまま七海に渡した。
 手に取った便せんは、なにやら良い匂いがした。文香が入っていたようだ。
 七海は何度目かの深呼吸をして、手紙の内容に目を通した。
227その花びらにくちづけを 恋文ごよみ(2/8):2010/04/27(火) 22:48:38 ID:GHMNzZgS
  〜 〜 〜 〜

 織田七海さんへ。
 突然このようなお手紙を出したことをお許し下さい。
 単刀直入に用件を書きます。
 私はあなたのことが好きです。
 話を聞いていただけるなら、今日のお昼休み、体育館裏に来て下さい。
 このように古風な呼び出しで戸惑われているかもしれませんが、決してイタズラなどではありません。
 待っています。

〜 〜 〜 〜
 
「うぎゃあ!?」
 白木の杭を突き刺された吸血鬼のような叫びを上げる七海に、優菜は何事かと目を丸くした。
「どうしたの七海?」
「い、いや、その……えと……」
 周章狼狽する七海に、優菜は何やら六感が働いたのか、目の奥をキラリと光らせた。
「まさか……ラブレター?」
「な、な、な……何で……!」
 正解。当たり。図星。
 七海のリアクションはあからさまにそれを示していた。
「だ……」
「だ……?」
「ダメ――っ!!」
 朝っぱらから大声を上げる優菜。昇降口にちらほら見えていた他の生徒達が、驚いて目を向ける。
「おおおお姉様落ち着いて……!」
 七海は慌てて優菜の口を押さえ、腕を引っ張っていく。まだ朝の予鈴まで間はあるので、話をする余裕ぐらいはありそうだった。

 普段ならお昼休みを二人で過ごす校舎裏。滅多に人が来ないので密会向けでもあるこの場所に、今日は朝からお邪魔している。
「う〜……七海ってば七海ってば、私というものがありながら〜……」
 多少は落ち着いたものの、優菜は涙をためて恨めしげな目つきで七海を見ている。
「いや、私が何かしたわけじゃないですし、そんなこと言われても……」
 優菜が焼き餅焼きなのは毎度のことだが、今回ばかりは七海も頭を抱えた。
 何と言っても優菜と七海は恋人同士なのだ。しかしそのことは二人以外には知られていない。
 つまりこの手紙の差出人は、その事実は知らず七海に恋文を送ったわけだ。当然、横恋慕・略奪愛どうこうの自覚は無いのだから、当人に非はない。
「う゛〜……」
 しかしそんな理屈はすっ飛ばして、優菜は嫉妬の炎に身を焦がさんばかりだ。七海は大きなため息をついた。
「安心してくださいお姉様。きちんとお断りします」
「……本当?」
「もちろんです。私はお姉様一筋です。他の人なんて考えられません」
 七海は優菜の目を強く見つめて、きっぱり言い放つ。
 その途端、優菜の表情は一転して雲一つ無い快晴となった。
「な・な・みぃ〜!」
「わきゃ!?」
 抱きしめられた。七海の顔に、優菜の胸の膨らみがダイレクトに押しつけられる。
「お姉様、苦しいです〜!」
「七海ぃ〜! 私も! 私も七海一筋よ〜!」
「むぐ……分かりましたから、放してください〜!」
228その花びらにくちづけを 恋文ごよみ(3/8):2010/04/27(火) 22:50:00 ID:GHMNzZgS
 ようやく解放された七海は、一息ついてから件の手紙にもう一度目を落とした。
「それにしても……どうしてよりによって私にラブレターなんでしょう?」
「それは、七海が可愛いからに決まってるわ」
「いや……仮にそうだとしてもですよ? 私なんかよりもっと可愛かったり綺麗だったりする人は、ミカ女にわんさかいるじゃないですか。お姉様もそうだし……他にも――」
 松原優菜を筆頭にして、二年生では沢口麻衣、それから最近になって人気が沸騰しているらしい北嶋楓、加えてマスコット的な人気では他の追随を許さない川村玲緒。
「――このあたりが現ミカ女二年生の四天王とも言うべき存在ですよね」
「まあ七海ってば、面白いこと言うのね」
「いや、事実ですから……」
 それから七海と同じ一年生では何と言っても現役のトップモデルである北嶋紗良がいる。これはもう次元が違うといっていい存在だ。
 三年生については七海もあまりよく知らないが、何でも大和撫子を絵に描いたような和風美人や、金髪碧眼の留学生など、これまたレベルの高そうな人材がいるそうな。
「――というわけでして」
「……何だか七海、校内の女の子の情報について妙に詳しくない?」
 再び不機嫌そうなジト目になる優菜に、七海は大慌てで弁解する。
「へ、変な誤解しないでください! クラスで友達と話してたら、自然と耳に入ってきた情報です!」
「ふ〜ん……」
「信じてくださいよぅ〜!」
 七海だって普通の女の子であるから、同級生とこの手の噂話に興じることもある。だからといって、優菜以外の女性に惹かれることなど断じてない! 多分。
「言い切ろうそこは!」
 誰にともなくツッコミを入れてから、七海は話を続ける。
「ですから、私よりもよっぽどラブレターを貰いそうな人、というより現に貰ってると思われる人が、この学園にはいっぱいいるわけですよ。なのに何でこの手紙は私なんかに送られたのか……」
「そうかしら? 七海だって、さっき名前の挙がった人達にひけは取っていないと思うけど」
「お姉様……本気で言ってます?」
「もちろん」
 自信たっぷりに頷く優菜。
 恋人の欲目とはいえ、そう言ってもらえて嬉しくないといえば嘘になる。しかし七海が自覚しているステータスは、容姿は平均程度、成績はそこそこ、運動もやや良止まり、それぐらいでしかない。
 優菜にここまでベタ惚れされているのを、自分でも時折不思議に思うぐらいなのだ。
 だがしかし、今ここに七海宛てのラブレターがあることは事実なのである。
「それじゃあお姉様。すみませんけど、今日のお昼はご一緒できないかもしれません」
「えええーっ!? どうしてなのーっ!?」
「うわわっ!?」
 七海の言葉に天地がひっくり返ったかのようなリアクションをする優菜。七海の方まで驚いていた。
「どうしてって……いや、だからこれの差出人にお断りの返事をしに行かないといけませんから」
「一人で行くつもりなの? 私は一緒に行っちゃダメなの?」
「そりゃあ……まさかラブレターの返事をしに行くのに恋人同伴だなんて、あんまりじゃないですか」
「む〜……そんなこと言って本当は私の見ていない隙に、自分に好意を寄せている純情な女の子をちょこっとつまみ食いしてみよっかなー……なんて邪なことを考えてるんじゃないの!?」
「何ですかつまみ食いって!? 考えてませんよそんなこと!」
「でもでも、七海が方が誠実だったとしても、相手が問答無用で襲いかかってきたら!? ああっ……私の七海が、七海が……毒牙にーっ!」
「かかりません! そんな肉食獣はこの学校じゃお姉様ぐらいです!」
「失礼な! 私が問答無用で襲うのは七海だけよ!」
「そこは問答してくださいていうか襲わないでください! とにかく! 今日のお昼は私一人でちゃんとお断りしてきます! それが終わったらお姉様の教室にすぐ顔を出しますから! それでいいですね!」
 有無を言わさぬ口調でまくし立てた七海。優菜は不満げな表情だったが、タイミング良く朝の予鈴が鳴り、その場はお開きとなった。
229その花びらにくちづけを 恋文ごよみ(4/8):2010/04/27(火) 22:51:19 ID:GHMNzZgS
 そんなこんなでお昼休み。優菜は自分の教室でお弁当の包みにも手を付けず、じっと七海を待っていた。
 ――のはせいぜい最初の五分ほどで、今はミカ女の淑女としてはしたなくないギリギリの早歩きでもって廊下を歩いていた。
 たとえ確率はゼロパーセントに等しくても、七海が他の誰かのものになるかもしれない状況など、優菜にとってとてものこと、耐えられるものではなかった。
(ごめんなさい七海……あなたを信じていないわけじゃないけど、どうしても心配なのよ……)
 七海に対して詫びる心内とは裏腹に、優菜の足は揺るぎなく歩を進めていく。いざゆかん! 敵は体育館裏にあり!
 などと気合いを入れて歩いていたら、廊下の曲がり角で走ってきた誰かとぶつかった。
「きゃっ!」
「わぷっ!?」
 小走り程度だったのか、ぶつかられた優菜は驚いただけだし、ぶつかってきた方も背丈が低いのが幸いして優菜の胸がクッション代わりになったようだ。
「あ、優菜先輩」
「あら、紗良ちゃん」
 衝突の相手は一年生の北嶋紗良だった。学年は違うが優菜とは話す機会も多く、結構仲が良い。
 紗良は優菜に頭を下げた。
「ごめんなさいっ! 急いでてつい……」
 健気に謝る紗良を、優菜は怒るはずもなく、微笑ましく思った。きっと、今日も今日とていつものように、彼女が大好きな人のところに向かっていたのだろう。
「いえ、こちらも少しボーッとしていたわ。ごめんなさい。それより怪我は無い?」
「はい。紗良は全然平気です」
「そう。それなら良かったわ」
 紗良はもう一度ペコリと頭を下げてから、小走りに駆けていった。優菜は笑顔でそんな紗良を見送り……一拍置いてからハッとする。
「いけない……私も急がなきゃ!」
 いっそ紗良のように駆け出したい衝動を必死で抑えながら、優菜は体育館裏へ早歩きで向かっていった。

 どうにか体育館裏が見渡せる場所に辿り着いた。優菜は物陰に身を隠し、七海の姿を探す。が、
「……いない?」
 体育館裏には七海はおろか、猫の子一匹見あたらなかった。
(もしかして、私がもたもたしているうちに終わっちゃったのかしら?)
 お昼休みが始まると同時に七海がすぐここへ来て、素早く交際をお断りして、その後すぐ優菜の教室へ向かったとしたら。
「ひょっとして、すれ違ったんじゃ……」
 そう推測するや、優菜は来た道を即座に引き返していた。

「……来てない?」
 優菜の教室にもその前の廊下にも、七海の姿は見えなかった。念のためクラスメイトに確認もしてみたが、やはり来てはいない。
「じゃあ……これから来るのかしら……?」
 しかし七海は、終わったらすぐ顔を出すと言っていたはずだ。
 腑に落ちない気持ちを抱えたまま、優菜は今度こそ自分の席で、じっと七海を待った。今すぐ探しに行きたい気持ちを堪えながら。
 五分――十分――たったそれだけの時間でも、優菜にとっては恐ろしく長く感じられた。

 しかし――

 結局、お昼休みが終わるまで、七海は姿を見せなかった。
230その花びらにくちづけを 恋文ごよみ(5/8):2010/04/27(火) 22:53:10 ID:GHMNzZgS
 終業のチャイムが鳴った。
 ホームルームを終えた生徒達は、めいめいが家へ帰るなり部活へ出るなりで散っていく。
 昇降口は帰路に付く生徒達で溢れている。一人の人もいれば、誰かと一緒の人もいる。今日一日の授業から解放されたばかりなので、一様にその表情は明るい。
 だがその中で一人、七海は唇を堅く引き結び、俯きがちに歩いていた。
 帰りの挨拶をしてくる学友には返事をしているが、その笑顔は端から見ても分かるほどぎこちない。
「あ……」
 昇降口を出たところで、七海は顔を上げた。
「……」
 ことさら表情を押し殺した顔で、優菜が立っていた。
「あの……優菜……先輩……」
 周りに生徒が多いので、七海はいつもの呼び方を控える。
「七海。何があったの?」
 しかし優菜はそんなことお構いなしだった。真っ直ぐに七海の目を見据え、問いかける。
「あの……その……っ……」
 七海は顔を俯かせ、言葉を詰まらせる。優菜はそんな七海の腕を、不意に掴んだ。
「えっ? あのっ、先輩?」
 数人の生徒達の奇異な視線を尻目に、優菜は七海をその場から引っ張っていった。

 いつもの校舎裏に着いて、ようやく優菜は七海の腕を放した。
「何があったの?」
 そして同じ質問をする。あくまで落ち着いた口調で。
 七海は大きく深呼吸をして、重い口を開いた。
「何も……何も無かったです。お姉様が心配していたようなことは、何も……」
「じゃあ……どうしてお昼休みに来てくれなかったの?」
「それは……」
「……」
 言い淀む七海に、優菜は急かすようなことはせず、じっとその言葉を待っている。
 やがて、七海は吶々と語り出した。


 昼休みになって、七海はすぐ、手紙に書かれていた場所――体育館裏に向かった。
 相手は既に待っていた。不安げな気色で、壁に寄り添うように立っている、七海の知らない一年生だった。
 七海の顔を見た途端、その子は喜びと緊張が綯い交ぜになった表情をしながら、まずは突然の呼び出しを詫びた。それから、自分がいかに七海のことを見てきたか、想っているかを、辿々しく、精一杯に語り出した。
 それらは七海の自覚・実像とは離れた部分も多い、羨望と希望が混じった目線ではあった。
 しかし、当人は途方もなく真剣だった。本気で七海に憧れていた。
 七海にはそれが分かった。何故なら、自分もまた、かつて――否。今でも、優菜に対して同じ思いを抱いているから。
 だから辛かった。
 かつての自分と同じだと分かったから、相手が真剣であればあるほど、その想いにどれだけの痛みが伴われているかが理解できた。
 だがしかし、七海は彼女の思いを受け入れるわけにはいかなかった。
 努めて感情を抑え、七海は伝えるべき事実だけを正直に伝えた。
 いざというとき、自分はここまで冷静になれるのかと、驚くほど簡単に言葉は出た。言葉だけは。
 相手の子は、しばしの沈黙の後、ただ頭を下げた。食いしばるように口を引き締めながら。恨みがましいことなど何一つ言わず。ただ、そのまま、目も合わさずに去っていった。
231その花びらにくちづけを 恋文ごよみ(6/8):2010/04/27(火) 22:55:09 ID:GHMNzZgS
「それから……七海はどうしたの?」
「……昼休みが終わるまで、ここにいました。ごめんなさい。本当ならすぐにお姉様の所へ行くべきだったのに……」
 振った直後の相手に感情移入してしまい、とてものこと、優菜に会えるような心境ではなかったのだ。
「真剣だったんです、あの子……私もお姉様のことを真剣に好きだったから……好きだから、分かったんです。私が拒絶すれば、どれだけ傷つくのかも……でも断るしかなくて……
 でも……でも、後になって、もっと何か、傷つけなくて済む方法があったんじゃないかって後悔して……」
 七海の目に、涙が浮かぶ。
 優菜は、ただ黙って、そんな七海を抱き寄せた。幼子を守る母のように、泣いている七海を両手で包み込む。
 七海は濡れた目をハッと見開いた。優しい暖かさが、痛む胸に染み渡る。いつも感じているはずのその温もりが、今は妙に懐かしい心地がした。
「っ……お、ねえ……さま」
「七海……」
「お姉様……私、嫌な子ですよね……お姉様のことを愛しているのに、他の子のことで、こんなに心をかき乱して……これじゃ、浮気者って言われてもしょうがないです……」
「違うわ七海。それはあなたが優しい子だからよ。そんなあなただから、私も好きになったのよ」
 耳朶に唇を寄せ、優菜は諭すように呟く。
 七海はか細い声を上げて、泣いた。
 優菜はそんな七海を、ずっと抱きしめ続けていた。

「……七海。少し落ち着いた?」
 すすり泣きもようやく治まった頃。優菜が尋ねると、七海はウサギのように真っ赤になった目を上げた。
「はい……ありがとうございます。でも……」
「?」
「もう少し、このまま……抱きしめて貰っていて、良いですか?」
 優菜は一瞬キョトンとしてから、優しく微笑んだ。
「もちろんよ」
 それを聞いて、ようやく七海の顔に、微かな笑みが浮かんだ。
「ありがとうございます……今日のお姉様は、何だかいつもとちょっと違いますね」
「あら、そうかしら?」
「はい。昇降口で会った時は、絶対大声で何か言われると思いましたもの」
「そういえばそうね。本当はあの時、思いっきり七海に向かって泣きわめこうと思ってたのよ」
「ええっ……!? あんなところで、ですか?」
「そうよ。なのに七海ってば、雨に濡れた子犬みたいにしょげちゃってるんだもの。毒気抜かれちゃったわ」
「そ……そんなに暗かったですか私?」
「ええ。そりゃあもう」
 うんうんと頷く優菜に、自覚の無かった七海は申し訳ない気持ちで一杯になった。そういえば午後の授業の合間にも、クラスメイト達から妙に気遣うような態度を取られていた気がする。
 上の空だったのでよく覚えていないが。
「……すみませんでした」
「謝るようなことじゃないわ。本当に辛かったんだものね」
「…………あの子も――」
「……七海を好きになった子?」
「はい……あの子も、今頃、泣いているんでしょうか」
「そうかもしれないわね……」
「…………私がもしお姉様に振られたら、多分、三日三晩ぐらいじゃ済まないぐらい泣いちゃいます」
「私だったら、七海に振られたら四半世紀は部屋に籠もって泣いて暮らすわね」
「お姉様……それはもはや引きこもりと呼ばれる領域です」
「それだけ想っているということよ」
「あ……」
 優菜はそっと、七海の唇に自分のそれを重ねた。
232その花びらにくちづけを 恋文ごよみ(7/8):2010/04/27(火) 22:56:35 ID:GHMNzZgS
「んっ……」
 最初は軽く、ついばむように。二度目は少し深く、誘うように舌を踊らせる。
 七海の口の中に、優菜の熱い舌が入り込んでくる。
「んぁ……お姉様、こんなとこで……あっ」
「割といつものことじゃない」
「そうかもしれませんけど……んんっ」
 唇と舌を繋いだまま、優菜は七海の胸に手を伸ばす。慣れた手つきで制服をはだけさせるや、下着の中に手のひらを滑り込ませる。
「ひゃぅ……ぁ」
 乳房を直接愛撫される感触に、七海の口から声が漏れるが、それもすぐ優菜の唇にふさがれてしまう。
「ん、ちゅ……七海の口の中……とっても甘いわ……んっ」
「ふぁ……ん……お姉様のも……っ」
 二人の舌が何度も絡み、口づけを繰り返し、銀の糸を引く。
 優菜の指先が乳首をつまむと、七海はビクリと体を震わせた。
「うふ……敏感ね」
「んっ、でも……お姉様だって……」
 七海も負けじと指を伸ばす。優菜のスカートの中、指の腹でそこをこする。下着ごしでも濡れているのがすぐ分かった。
「あっ……七海ぃ」
「キスしてるだけなのに……もうこんなに濡れて……」
 蜜に濡れた指先で、さらにそこを強くこする。
「あっあっ……いい……七海、もっと……」
「お姉様……」
 制服越しにもお互いの肌が熱くなっているのが分かった。瞳は熱に潤み、頬は真っ赤に火照っている。
 繰り返し唇を合わせ舌を絡ませながら、いつしか二人の手は互いの下腹部に伸び、濡れたそこに指を潜らせる。
「ふぁ……お姉、様……っ、も、う……」
「んっ……ダメよ、まだ……私も、一緒にイク、の……」
「は、い……」
 頷き、七海は優菜の敏感な部分を指先で刺激する。優菜も同じように。どこよりも熱くなったそこを、互いに音が立つほど激しくこすり合う。
「あっ、んっ、七海……七海ぃ」
「お姉様、お姉様っ……んん、っ、あ、ああああっ……!」
「んああ、ああっ……!」
 迫り上がった何かが弾けるような感覚。二人の体が動じに大きく震えた。
 七海と優菜は、お互いにもたれるように体を寄せ合った。
「お姉様……イっちゃいました……」
「私も……ふふ」
 熱く火照った頬をすり合わせた後、優菜は笑みを浮かべて七海にキスをする。
 激しい行為の余韻の中、柔らかい唇の感触が心地よかった。
233その花びらにくちづけを 恋文ごよみ(8/8):2010/04/27(火) 22:58:24 ID:GHMNzZgS
「ねえ七海……私、あなたのことが大好きよ」
「はい……私も、お姉様のことが大好きです」
「私が七海が会えたのは、きっと運命だったのよ。赤い糸で結ばれた恋人同士みたいに……」
「はい……」
「誰にだってそんな、運命の人がいる……だからね……七海を好きになったあの子も、きっといつか、素敵な人に巡り会えるはずよ」
「そう……でしょうか?」
「当たり前じゃない。何と言っても、私の七海に目を付ける慧眼っぷりだもの。きっと素晴らしい恋人を見つけるに決まっているわ」
 優菜は自信たっぷりな笑みを浮かべた。七海もつられて、笑みを浮かべた。

「さて……ある程度話がまとまったところで、続きをしましょうか」
「……はい?」
 さっきまでとは種類の違う、にんまり笑顔の優菜。七海にとってはある意味、慣れ親しんだ表情だった。
 七海は慌てて身を離す。乱れた制服を急いで整えようとする。
「あ、あのちょっと待ってくださいお姉様」
「あら、どうしたの?」
「その、場所と時間が問題ですから、ここまでに……」
 七海の言葉が終わらないうちに、優菜の目に涙がたまる。
「うるうる〜……七海ってば、この状況でそんな冷めた意見を言うだなんて、やっぱり私との関係に飽きてきたのね〜」
「いやいやいやいや! そんなんじゃありませんってば! ほらもう放課後で! あんまり、その……しすぎると遅くなるじゃないですか。長居してたら誰かこないとも限りませんしね」
「確かにその通りね」
「はい。ですから――」
「でも時には本能の赴くままに行動するのも大事だと思うの!」
「お姉様は私といる時いっつも本能全開じゃないですか!」
「何とでもお言いなさい。とにかく、私はもうスイッチが入ってしまったのよ……逃がさないわ七海ーっ!」
「お……」
 放課後の学舎の一隅で、
「お姉様のエロ乙女ーっ!」
 乙女のか細い悲鳴がこだました……。


〈おわり〉
234名無しさん@ピンキー:2010/04/27(火) 22:59:53 ID:GHMNzZgS
以上です。
読んでくれた方、ありがとうございました。