ビッチな娘が一途になったら第2章

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909<セーフティ・フレンド>:2009/12/05(土) 17:50:00 ID:63DKavEW
「おそーい、食後のコーヒー冷めちゃうよー?」
「ご、ごめんごめん」

どうやら昼飯後の一杯まで用意してくれていたようだ。
先輩が促すように資料館の中へと歩き出したので、僕もその後に続く。
資料館としての高級感を出すためか、本来はなかったのであろう赤い絨毯がしかれた廊下や階段は、
内装まで大正時代の館のようだった。
廊下には所々、聞いたこともない郷土出身の芸術家の絵や壺などが飾られている。
先輩は二階へと続く階段を上っていく。
その後ろを歩く僕には、学校の階段同様にそのミニスカートからセクシーな下着が丸見えだ。
先輩はそれを分かっているのか、軽く振り返ってチロリと紅い唇を舐めて微笑んだ。

「そういえば奈月先輩、この風景と先輩の格好、凄いマッチしますね」
「偶然なんだけどね、ここなら文化祭中でも人気ないから」

そんなことを話しながら、先輩は二階の奥にあるドアを開けた。
中を見ると、執務室とベッドルームを足して二で割ったような内装の部屋があった。
ベッドはダブルベッドほどもあり、しかも天蓋付きの本格的なものだ。

「あれ、なんでこんな場所にベッドが……」
「むかーしの商人さん家に置かれてた外国のベッドなんだって」

先輩は興味もなさげに部屋中央の瀟洒なテーブルに置かれたコーヒーを手に取ろうとする。
タイムスリップしたような洋風の内装に不釣り合いな安っぽい紙カップのコーヒーだった。
僕はふと背後のドアにちゃんと内カギがついているのに気付いた。
すかさずそれに手を伸ばし、カギをかける。

「え?」

カチャリという音に先輩も気付いたのが、カップを手に取る前に立ち止まる。
僕はきょとんとしている先輩におもむろに歩み寄ると、そのまま両手を拡げ、彼女を抱き寄せた。
910<セーフティ・フレンド>:2009/12/05(土) 17:50:43 ID:63DKavEW
「んっ……!?」

先輩の柔らかで淫らな唇を奪う。
舌を入れると、そこはさすがに先輩だけあってすんなりと受け入れて絡め取ってくれる。

「あむ……んふ……ちゅっ……くちゅっ……」

今日メイド姿の先輩を見たときから、一週間忙しさの中で忘れられ、押さえられていた欲望が渦を巻いていた。
それを増幅するかのような先輩の誘惑に、僕はもう我慢ができなくなっている。
あんなコーヒーなんかより、今は先輩が欲しくてたまらないのだ。

「ぁう……」

長いキスを終え、先輩が上気した顔で僕を見る。
その顔は一目見るだけで彼女が発情していることが理解できるほどに扇情的なものだった。
更に、心地よさとこそばゆい快感が股間からわき上がってくる。
先輩が痛いほどに勃起した僕のものを服の上からさすっているのだ。
シルク生地なのだろうか、繊細な刺繍の入った手袋越しに股間をさすられ、握られるのは焦らされるような快楽だった。

「ふふ……御主人様、ご奉仕するね」

彼女は僕の突然の行為に異を唱えることもなく、むしろそれを歓迎しているかのように笑って跪く。
僕の制服のベルトを外し、下半身を露出させる。
そして、屹立する男性器にうっとりとした視線を浴びせた。

「奈月先輩……」
「あん、メイド相手に先輩はないでしょ御主人様?」
「な、奈月……」
「はい、御主人様」

先輩は挑発的に媚びた表情を浮かべる。
僕は先輩が望んでいるであろうことを口走る。

「ご奉仕、して」
「はい……」

メイド服姿で男のペニスを前に跪き、その性的奉仕を行う先輩は、今までで一番非現実的で、そして淫らだった。
先輩も一週間という時間で性的欲求が溜まっているのだろうか。
そんなことを考えていると、彼女が紅い舌先を裏筋へと這わせた。

「くぉ……!?」
「ぇろん……ちゅっ……ちゅるる……」

彼女は念入りに裏筋から亀頭、そして再び根本、更には玉袋まで舌で愛撫していく。
その舌技は、人間の舌というより、まるで軟体生物に犯されているかのようでさえある。

「んっ……んっ……じゅる……御主人様、気持ちいいですか?」

いちもの先輩と違い、メイドという役を演じているのか、あるいはコスチュームとシチエーションで乗っているのか、
彼女の口調は性格と反対の丁寧なものだった。
そのギャップがよりそそる。男のツボの押さえ方を知り尽くしているのではないかと思うほどだった。

「ああ……気持ち良すぎて、もう出ちゃいそうだ」
「あはぁ……ありがとうございます……」
「こっちにおいで」

僕は彼女をベッドへと誘った。
隣の注意書きを書いた看板に『腰掛けるのは構いませんが横にならないでください』と書いてあるのを見つけたが、
そんなものは無視する。
自分が不道徳な行いをしているのは分かるが、ほとんど利用されないベッドなのだからそう気にはならない。
911<セーフティ・フレンド>:2009/12/05(土) 17:51:25 ID:63DKavEW
「ぁん……」

彼女がその火照った身体を横にする。
その姿に、むしろ、この淫らなメイドにはこの天蓋付きのベッドはお似合いだとさえ思う。

「奈月……綺麗だ」

僕は率直にそう彼女に覆い被さりながら耳元で囁く。
嘘でも世辞でもなかった。本当に綺麗だと思ったからだ。
このメイドを独占しているのは、今自分一人であることも興奮の原因だった。
メイド喫茶ではメイドを独占し、こうして行為に及ぶことなどできるはずもないのだから。

「冬間く……いえ、御主人様……嬉しいです」
「ちゅっ」

僕は再び先輩に口づけすると、彼女の秘部にそっと手を伸ばした。

「あっ……」

スカートの奥へ手を入れ、優しくパンティの上からなぞってやる。
ピクンと彼女の身体が跳ね、ベッドが軽く軋む。
自分の欲望も高まっていたが、今はとにかく彼女のことが愛しかった。

「あ……あん……ぁはぁ……」
「奈月……カワイイよ」
「御主人様ぁ……」

先輩は愛撫されている間、何度も僕にキスを求めてきた。
そのキスが性的な興奮だけではないものだと、今は思いたかった。
少しでも、僕は彼女にとって特別な存在でいたかった。
こんな姿を見せるのは自分一人だと。

「はぁっはぁっ、奈月……」
「やぁ……ダメぇ……」

十分に濡れてきたのを見計らい、下着を汚さないように一気に脱がしていく。
すると、股間から一筋の銀色の糸が伝った。
それが彼女の愛液が糸を引いたものであるのはすぐに理解できる。
彼女の身体はもう挿入準備を終え、僕のペニスを望んでいた。
そう自惚れても間違いではないように思える乱れ方だった。
912<セーフティ・フレンド>:2009/12/05(土) 17:52:09 ID:63DKavEW
「こんなエッチなメイドにはお仕置きが必要だね」
「は、はい……御主人様に、もっとお仕置きして欲しいですぅ……」

被虐的な快感を抱いているのか、彼女は潤んだ瞳で僕に哀願する。
その瞳さえ、僕には魅力的に見えた。
そっとキスをして、耳元で囁く。

「……じゃあ、いつものアレを」
「え?」

先輩が一瞬はっと息を飲んだ。
素に戻り、僕は先輩と顔を見合わせる。

「どうしたの?」
「……冬間くん、ひょっとしてゴム持ってきてない?」
「う、うん。文化祭でまさかするとは思ってなかったし……」
「あ、アタシもメイド服のまま抜けて来たから持ってないよ」
「え!?」

盛り上がるだけ盛り上がった所で、いきなり頭から冷や水を浴びせかけられた気分だった。
こんなギンギンにそそり立ち、先走りを滴らせている状態で、セックスに必須のものがないときた。
ぐるぐると頭の中で今この状況を打開し、先輩と本番まで漕ぎ着ける選択肢を必死になって考える。
男の悲しい性だった。

「……ここの最寄りコンビニってどこでしたっけ?」

僕は自分の不手際で先輩までも待たせてしまうことに焦り、そんなナンセンスな言葉をつい口にしてしまう。

「んー……あのさ」
「うん?」

先輩は僕の頬をそっと両手で撫でた。
口元には微笑が浮かんでいる。
913<セーフティ・フレンド>:2009/12/05(土) 17:52:52 ID:63DKavEW
「せっかく盛り上がってるんだし、ナマでしちゃおっか?」
「えぇっ!?」

僕は飛び上がりそうになった。
先輩が絶対に口にしないであろう言葉だったからだ。
初めて出会ってから今まで、かなりの回数を先輩と経験してきたが、
その最後の一線だけは越えないできていた。
先輩が最初に言った、セックスフレンドとしての節度だったからだ。
今日の先輩は一体どうしてしまったのだろう?

「だ、ダメですよそんなっ」
「どうして? アタシがいいって言ってるんだよ?」
「そ、そういう問題じゃ……」
「ビョーキが心配?」
「そんなことはないですけど、その……先輩の方が」
「一回くらい平気よぉ、それに……」

先輩はきゅっと僕のペニスを握り、その硬さを確かめるように軽く上下にしごいた。

「あぅっ!?」
「アタシも欲しいの、御主人様のを、ナ・マ・で!」
「や、やっぱりダメですよ……こ、恋人同士でもないのに」

僕が苦し紛れにそう言うと、先輩が目をはっと見開いた。
一瞬のことだったが、それが酷く悲しそうな顔に見えたのは気のせいだろうか。

「冬間くん、恋人同士ならナマでバンバンやっちゃうんだ?」
「そ、そういうわけじゃないですけど」
「じゃあさ、アタシが今だけ恋人になったげるから、ナマでちょうだい」
「は、はぁ!?」

先輩はどこかヤケになっているように頬を膨らませて僕に迫った。
まるで聞き分けのない子供のようだ。

「だってさ、セフレより彼女の方が安全度低いっておかしくなーい?」
「そ、それは言葉の綾というもので……ぼ、僕は奈月先輩のことを心配してるんですよ」

と、先輩が僕の腰にその美脚を絡め、首に腕を回して抱きついてきた。
914<セーフティ・フレンド>:2009/12/05(土) 17:55:08 ID:63DKavEW
「……普通、セフレにそこまで心配なんかしないよ」
「わ、ちょっと奈月先輩……」
「そんなアタシのこと心配してくれる人なんて今までいなかったもん」
「……先輩?」

今日の先輩は少し様子が変だ。その思いが確信へと変わる。

「一週間もほっといてこんなのないよ……アタシ、寂しかったんだから」
「奈月先輩……」
「街歩いててナンパされたりもしたんだよ?
でもアタシ、冬間くんとしかしたくなかったから全部断っちゃった。
ナマだって、元彼でも許したことなかったけど、冬間くんならいいやって思うし……」

先輩の耳元で聞こえる声は、心なしか震えていた。
僕はきゅっと控えめに抱きついてくる彼女をそっとこちらからも抱きしめる。

「アタシ、きっと冬間くんとだけ本気でエッチできるんだ。だから、対等で安全な友達ダメ……それじゃ気持ちよくない」

先輩が強引にキスしてくる。
僕は先輩の独白に頭がまともに機能せず、ただその行為を受け入れるしかない。

「冬間くん……好きだよ」

先輩は甘えるようにキスしてきた。

「……本当に、いいですか?」

僕は考えるのを諦め、それだけをなんとか口から絞り出す。
先輩はクスっと笑うと、目を伏せるように肯定した。

「うん……、ちょうだい」

今できること、今したいことだけを考えることにしよう。
僕はそう決め、先輩の膣口に自分のペニスをあてがった。
コンドームを着けるのが習慣化していたので、先輩のピンク色の膣肉に先端が触れるだけでも感触が違うのに気付く。
915<セーフティ・フレンド>:2009/12/05(土) 17:55:59 ID:63DKavEW
「ん……」

先輩は挿入の感覚に顔をそらし、恍惚とした表情で息を殺す。
僕はゆっくりと、そのまま熱く、そして無防備な彼女の膣内へとインサートしていく。
愛液と先走りの液が十分に円滑油の役割を果たし、なんの抵抗感もなく、彼女の中へと収まっていく。

「あ……あぁ……」
「緊張してる?」
「う、うん……だって、冬間くんとナマでするの、初めてだし」
「僕もだよ」

快楽だけでなく、自分を受け入れてくれている腕の中の一人の異性として、愛しさをもって唇を重ねる。
まるで童貞と処女の初体験のように、今の僕らの行為は初々しく思えた。

「凄い……奈月の中、ヌルヌルしてて、熱いよ」
「冬間くんのも、すごく固いよ」

僕はゆっくりと腰を動かし始めた。
互いに何も介さない、直に触れあう感覚を十分に味わうためだ。

「あ……あ……あ……」

先輩は淑女のように控えめな喘ぎ声を漏らす。
メイド服姿のままだから、その光景はとても可愛らしかった。
僕らはいつも裸で重なりあっていたが、今ははだけていながらも服を着た状態だ。
しかし、最も敏感な結合部には、何も身につけていない。
突き上げる度に、彼女の膣壁は男を逃がすまいと絡みついてくる。
その快楽を前に、一週間分の欲望が今か今かとその時を待ちかまえ始める。

「あ……あっ……ひぅ! あっ! あっ! アアッ!」

彼女の上着をたくし上げ、その豊かな乳房を揉みし抱き、乳首を舌先を転がす。
その間にも、徐々に腰の動きは早まっていく。
最初から暴発寸前の状態で耐えてきたのだから、ここまで保ったのが奇跡のようなものだ。
乱暴に腰を打ち付ける乾いた音が部屋に響く。
916<セーフティ・フレンド>:2009/12/05(土) 17:56:42 ID:63DKavEW
「おっ……おぉっ! もう出そうだ!」
「あひぃっ! 出ひてぇっ! どこでもいいからぁっ!」

彼女が乳房を自身で揉みながら、快感に素直に溺れてそう叫ぶ。
僕もそんな彼女の熱情に流されるように、最高潮へと達していく中で彼女に告げる。

「出すよ奈月、このまま中に出すからね!」
「んぁあ!? ナカ?! ナマで中に出すのぉ!? 御主人様ぁ!」
「そうだよ! エッチなメイドさんにはお仕置きが必要だからね!」
「んひぃぃ! お仕置きしてくださいぃぃ! エッチな奈月にお仕置き中出ししてくださいぃぃーっ!」
「くぉおっ! 奈月ぃー!」

最後の一突きを彼女の最奥へと打ち込み、僕はそのまま硬直した。

「あ……」

彼女が一瞬の静寂に舌を出しながら喘いだ次の瞬間

ドビュビュッ!!

「あはぁあああイックぅーーーーっ!?」

無防備な彼女の子宮口へ向けて、僕は一週間分の濃精が発射される。
目の前が真っ白になるような絶頂感と、今自分がしていることの背徳性に、
僕はまるで彼女を犯しているかのように覆い被さり、彼女の腰を固定して射精を続ける。

「あっああっ……出てるぅ……一週間分のせぇしぃ……」
「全部注ぎ込むからね」

ガクガクと腰を震わせながら、僕は今までの人生で一番長い射精を続けた。
今自分の遺伝子を異性が受け止めるという、僕にとって禁忌の行いをしているという感覚が、なぜかたまらなく興奮を誘う。
どれくらいの時間射精を続けていたか分からなくなるほど、僕は先輩の膣内へと注ぎ込んでいた。

<続く>
917名無しさん@ピンキー:2009/12/05(土) 17:58:36 ID:63DKavEW
次回最終回の予定
ちなみに郷土資料館エッチの元ネタは自分の友達だったりします
文化祭ではなくホテルに行く金がなかったんだとか……
918名無しさん@ピンキー:2009/12/05(土) 18:12:16 ID:c1N9a2i4
>>917
いつもいつも本当にGJです

次で最終回か・・・全裸待機だな
919名無しさん@ピンキー:2009/12/05(土) 18:18:34 ID:GljmMt+t
うおおおおお、GJすぎる!
最終回楽しみにしてます!

ニヤニヤ出来る展開を期待
920名無しさん@ピンキー:2009/12/05(土) 20:09:34 ID:vHAeFeYB
ご主人様に親子丼という16年後のオチが見えた俺は溜まっているんだろう…
921名無しさん@ピンキー:2009/12/07(月) 15:31:00 ID:fsuiv6t8
かわええなあ
922名無しさん@ピンキー:2009/12/08(火) 01:12:37 ID:lgyiBwAu
ええいっ続きはまだか!
923名無しさん@ピンキー:2009/12/08(火) 08:26:12 ID:VG559zSP
みんなはビッチ→一途な女の子をSSとして読む場合、ビッチ時代の描写(エロシーン)ってどのくらい欲しい?
例えば、全部で5話あったとして、
ビッチ→ビッチ→ビッチ→葛藤→一途
とか、
(ビッチ設定のみで描写無し)葛藤→葛藤→葛藤→一途→一途(超甘の後日談)みたいな。
参考程度に教えてよ。
924名無しさん@ピンキー:2009/12/08(火) 09:06:53 ID:7mc+3fgR
俺は
ビッチ→ビッチ→ビッチ→ビッチ→葛藤+一途
とか
ビッチ→葛藤→一途〜 とかみたいに
ビッチ成分が一滴でも入っていたら美味しくいただけるぜ
925名無しさん@ピンキー:2009/12/08(火) 14:35:47 ID:adXzK7gs
なんでも美味しくいただきます

というわけで腹黒さんの健康回復を祈る(-人-)
926名無しさん@ピンキー:2009/12/08(火) 20:28:00 ID:SjgIEJLZ
やっぱビッチが一途になるっていうギャップに萌えるわけだから
ビッチの描写が多い方が後のデレが映える
しかしあまりにビッチ描写が過ぎると引いてしまうから
ビッチ7、一途3ぐらいが丁度いいんじゃね
927腹黒の人:2009/12/10(木) 16:23:52 ID:jHuB5AQ7
お久しぶりです
風邪治らないと思ってたら、肺炎でした
一人暮らしって怖いですね

7レスほどお借りします
928腹黒ビッチ 3章(中) 1:2009/12/10(木) 16:27:44 ID:jHuB5AQ7
「ありがとうございましたぁー、またお待ちしてますねー」
 本日三人目の指名をこなし、お見送りまでしっかりにっこり。長い時間粘ってくれ
たもので、この客で今日は店じまいだ。というわけで、もう笑顔は作らなくていい。
 ひくっと笑顔が崩れ、脱力感そのままに控室に向かう。
「あ、おっつかれぇ、レイちゃあん」
「おつかれさまですーミリちゃーん」
 わざとらしく呼び合う佳奈子と私。レイが私でミリが佳奈子。にっこにっこして二
人で見つめあって、お互いはぁっとため息をつく。
「あー尾道さんうざかったぁー」
「湯浅社長、相変わらずのヘビースメル……」
「ちょーお尻触られたよあのエロ親父ー」
「尾道様いいじゃない。ちょっと手がおイタするだけで」
「そんなこと言ったら湯浅さんいいじゃん!紳士じゃん!」
「はいはいだらけてるところ悪いけどねー、他の嬢が待ってるからやめろよー」
 ぼわん。せっかく盛った髪を、上から叩かれる。見上げると、ヒゲ面の野崎チー
フ。
「ちょっ、チーフ!なにするんですか!」
「もう終わったからいいだろ。オラ、はよ着替えろ」
「はいはいー」
 疲れた体とさすがにぽわぽわと酔った脳みそをなんとか動かし、ロッカーに向か
う。佳奈子はしゃきしゃきと着替えを終わらせ、ばたばたと無駄に手を動かして私
を待っている。まったく、ザルは得だ。そんな佳奈子を見て、瑠奈さんがくすくすと
笑う。
「レイ、ミリ、今日ご飯行く?」
「どーする、りか」
「帰る」
「りかはいっつもそればっかだねぇ。たまには私と親交を深めようとは思わんのか」
「今更佳奈子と何を深めろと……」
「これ以上深めたらレズだね」
 そう言いつつ、私が帰る時はつまんないからと一緒に帰ってしまう。佳奈子こそ
他の嬢との親交を深めなくていいのか。
「レイ、来ない?たまに来てくれないと私も寂しいなぁ」
 癒し系の瑠奈さんにそう言われると、私でもついはい〜と言ってしまいそうにな
る。これで男を落としてきたのか!と問い詰めたくなるくらいの、強烈な癒しオーラ。
今や店のナンバー1だ。
「すいません、明日の予習するんで」
「大学生って大変ねー」
「大学生が全部りかみたいなのだと思われると、私の立場がないんだけど」
 瑠奈さんは、ものすごく残念そうにほほ笑む。申し訳ないとは思うんだけど、勉
強時間をこれ以上削るのは明日の負担になる。
「それじゃ、二人とも今度のお休み前は行こうね。約束」
「あ、はい」
「じゃあ、おやすみー」
 二人で手を振って瑠奈さんを見送る。ほわーんと振ってる手に、はっと我に返る。
「し、しまった!つい約束しちゃった!!」
「やられたねー、りか。さすが瑠奈さんパワー」
「だって瑠奈さん、ウサギのような目でお願いしてくるんだもん」
「そりゃ仕方ないよ、だって瑠奈さんさぁ……」
「おーいお前らー、さっさと帰るぞー」
 扉の向こうの野崎チーフの声に、佳奈子と二人で揃って声を返す。
「はーい!」
 カバンを持ち、立ち上がる。そして佳奈子と二人で視線を交わす。
「瑠奈さんに申し訳ないよねぇ」
「瑠奈さんのラブラブ光線は、あからさまだからねぇ」
 はぁっとため息をつきつつ、控室を出た。野崎チーフは私達の方面の送迎担当で、
瑠奈さんとは真反対なのだ。私達が食事に行くと大抵チーフも一緒に来るので、瑠
奈さんが私達を誘うのも仕方ない。野崎チーフに想いを寄せる瑠奈さんには悪いん
だけど、こっちも事情があるのでそう毎回食事に行くわけにはいかない。
929腹黒ビッチ 3章(中) 2:2009/12/10(木) 16:29:03 ID:jHuB5AQ7
 最初の方は五人ほど乗ってるけど、最終的には私と佳奈子と池内チーフの三人に
なるのが常。だけど、
「んじゃねー、ありがとございましたー」
「おう、またな」
「じゃあね、佳奈子」
 それも佳奈子を先に降ろすから、最後は私とチーフだけ。
「有華ー、どっか飯でも行くかー」
「やです」
「まあ、そう言うな」
「こっちは忙しいんです。明日遅刻しちゃう」
「ん、責任取って送ってってやる」
「い・ら・な・い。さっさと帰って。ママに言いつけますよ」
 信号待ちを見計らって、野崎チーフはミラー越しにこちらを見つめる。その視線の、
熱っぽさ。
「この時間までやってるカレーうどん屋が美味しいんだってよ」
「や、だ。てかマジで早くアパート送って」
「泊まらせてくれるんならいいぞ」
「だったら今すぐおります。ありがとうございました。じゃあまた明日」
「おいおいおいおい、信号青だから!待て、ちゃんと送る」
 これ見よがしにため息をついてやる。
「はー、有華は難攻不落だな」
 このうさんくさい軽い男の、一体どこがいいんだ。佳奈子は渋くてカッコイイよね
と言ってるけど、私にはこうアグレッシブで濃い人はもうお腹いっぱいだ。
「有華、大丈夫か」
「何がですか」
「体調とか」
「オカゲサマデ元気デス」
「これは真面目な話。心配してるんだよ」
「大丈夫です。もうすぐテスト終わりますから」
「そうか」
 ほっとするチーフに、居心地が悪い。大体、他の嬢には源氏名で呼ぶくせに、なん
で本名で呼ぶのか。チーフは「ミリのが移った」っていうけど、佳奈子が呼ぶのは
昔っから「りか」だ。中学の入学式で、私の名前と顔見て「あんたリカちゃん人形み
たいだね」と言ったのが由来で。
「本当に無理すんなよ。辛かったら俺頼ればいいんだからな」
「はいはい」
 ムートンコートを着ていても外は寒い。特に首筋。ワゴン車の扉を勢いよく閉める。
視界の端にひらひらと、チーフが手を振るのが見えるけど答えずにアパートの階段
を昇った。車のエンジン音は消えない。急いで鍵を開けて、部屋に逃げ込む。薄い扉
から、やっと車が遠ざかる音が聞こえた。
 受け入れるつもりなんてないから、冷たくしてるつもりだ。なのに、なんでこの人
は諦めないのか。もう一年半もこんな調子で、いい加減疲れてきてる。でもママは
私が心配なのと、野崎チーフを気に入ってるのとで、絶対に送迎のローテーション
を変えてくれない。
 さっさと瑠奈さんがチーフ落としてくれないかな。そしたらローテーションも変わる
し、一石二鳥なんだけどなー。
930腹黒ビッチ 3章(中) 3:2009/12/10(木) 16:30:20 ID:jHuB5AQ7
 テキトーに大学に行って合コンで男引っ掛けようなんて思ってたのに、今や司法試
験を受けようとしてるなんて。自分でも信じられない。
 動機は不純だ。何も関わりが無いより、ほんの少しでも克哉君との糸を繋げていた
いから。ただそれだけの理由。それをきっかけに、キャリアウーマン目指そうかなと
か、弁護士ってお金儲けてそうだしなとか、企業弁護士にでもなってやろうかなとか
色々考えたりもする。だけどそんなの全部、後付けの理由だ。
 諦めはついている。嫌われているし、復縁なんてありえない。
 でも、少しでも接点が欲しかった。遠くから少しだけでも見るだけで、胸がときめ
く。盗み見る自分にあきれるけど。
 苦しくて辛いのはどこに行っても変わらない。だったら離れるより何倍も苦しくて
も、近くでこっそり好きでいようと腹をくくった。
 幸い、勉強に打ち込んでいれば、何も考えずに済む。その時間だけが癒しだった。
二時に寝て、七時に起きる。一時間で支度して、大学へ。一コマ目の民法総則の授
業後、教室を出ていこうとすると、和田教授に呼び止められた。
「今日、所属ゼミ発表だろう。空いてる時にまた面接するから、伝達しといてくれ。
空いてる時間ならいつでも構わん」
 感情表現の乏しい和田教授が、いつものように淡々とした口調で言う。はあ、と言っ
ても、自分以外のメンバーは誰も知らない。
「じゃあ先生、私はいつにしますか」
「君の面接なんて今更やっても意味無いだろう」
「それもそうですね」
 用件だけ終わると、雑談をするような人でもないので、和田教授は講義室をさっさ
と出て行った。

 掲示板近くには、学生が溢れかえっている。そこをかき分けて入って行くのが嫌で、
しばらく人の波が消えるのを待つ。だけど午後の授業前で混み合う廊下は、人が減
るどころか増えるばかりだ。遠巻きにぼんやりと、すれ違う人たちを見ていると、見覚
えのある集団が外からやってきた。
 克哉君、だ。
 彼は私に気づいていないらしく、友達とわいわい言いながら掲示板を見ていた。
克哉君はどのゼミなんだろうな。一緒だったらいいのにな。まともに喋れることなん
て無いんだろうし、そんな資格ないけど。
 意を決して、掲示板に向かった。克哉君の近くに行くと思うと、胸がドキドキする。
でも隣に立つ勇気はないから、ちょっと後ろから掲示板を見ようとした。男ばかりで
壁になっていて、何も見えない。でもそんなことどうでもいい。ドキドキしながら、
克哉君の背中を見ていた。……我ながら気持ち悪い。
 そんなことしてたら、集団の一人がこちらに気づいて振り返った。細目の男とばっ
ちり視線が合った。
「あ、斎藤さん」
 あんたなんで私の名前知ってるのー!克哉君が気付いちゃうじゃないバカー!!
「掲示板、見てもいい?」
 ごめんなさい!今どきます!と、細目男はざざざっと大げさに場所をどいた。い
や、私こそ本当にごめんなさい。愛想なくてごめんなさい。がっちがちに緊張しなが
ら、掲示板を見る。えっと、何だっけ。そうそう、ゼミをちゃんと覚えとかなきゃい
けないんだった。だけど文字がきちんと頭に入らない。神田?村瀬?葉山?誰それ。
一宮。ああ、それは分かる。一宮。一宮。
 お な じ ゼ ミ !
 うわーどうしよー!!やったー!同じゼミだー!同じ大学受かったって分かった
時くらい嬉しいー!
 でも克哉君は、嫌なんだろうな。少しだけ克哉君を見ると、視線をそらして、苦り
切った顔をしていた。
 ああ、やっぱりな。ぎゅっとカバンを持つ手に力がこもる。分かってる。私が嫌わ
れてるってこと。私が近くにいるだけで迷惑だってこと。
 少しでも近寄りたいって思うのと同じくらい、これ以上嫌われるのは辛い。踵を返
して、掲示板から離れた。
931腹黒ビッチ 3章(中) 4:2009/12/10(木) 16:32:12 ID:jHuB5AQ7
 思っていた通り、というか思っていた以上に、新学期は辛いものになった。体力的
な意味じゃない。
 勘弁してよと思うのは、ゼミの時間。最近ではゼミ以外は図書館にしか行っていな
いのに、それでも大学に行くのが憂鬱になるくらい参っている。
 ゼミに行くと、必ずコの字型の席につかされる。おかげで、克哉君の姿が絶対に視
界に入ってしまう。それだけならむしろ嬉しい。だけど、克哉君の隣には、いつも同
じ人がいた。
 別所愛美。バラ色の頬と唇、栗色に染めた髪をくるくると遊ばせて、にっこりと砂
糖菓子のように笑う、フランス人形みたいな女の子。屈託がなくて、素直で、明るく
て。私みたいにガリガリ図書室で勉強してるようなのにも、物怖じせずに話しかけて
くるような、とっても「いい子」。しかも巨乳。
 別所さんが克哉君は、誰が見てもお似合いだった。背が高くて、顔もクセがなく
さっぱりしてて、嫌味が無く話題も豊富で、優しげな雰囲気を醸し出している克哉君
に、別所さんのような甘くてふわふわした空気はよく溶け込んだ。ゼミの誰もが、い
つくっつくのか、むしろなぜくっつかないのか、いつも注目しているようだった。
 ゼミに行く度に、悔しくてたまらない。このまま、いつか克哉君と別所さんは付き
合うだろう。だって克哉君、惚れっぽいし。女に免疫なかった分、話しかけられるだ
けで意識しちゃう人なのだ。それを利用した私が言ってるんだから間違いない。
 悔しいと思うと同時に、それが克哉君の為だとも思う。別所さんみたいな可愛い上
に、私と違って性格もいい子と付き合うのが、幸せに決まってる。
 克哉君は、私を見る度に眉を寄せる。私を嫌いだと言うように睨みつける。そして
、苦しい、と訴えかける。
 私のせいで克哉君についた傷を目の当たりにするたびに、謝りたくなる。だけど私
が謝っても、克哉君はあのことを思い出すだけだ。
 克哉君には、私のことを忘れてほしい。忘れて、幸せになってほしい。克哉君の辛
そうな顔を見るくらいなら、どれだけ私が辛くてもいい。
 その為なら、克哉君と別所さんが付き合ったっていい。私のことを忘れてくれるな
ら、なんでもいい。私が傷つけられてもいい。なんだってする。
 別所さんでも誰でもいいから、克哉君を幸せにしてほしい。
 私は遠くで見てるだけでいい。我慢するのは、昔から慣れてるから。

 拷問のような葛藤の時間を終え、去ろうとする私を、教授が呼びとめた。
「斎藤さん、ちょっと」
「あ、はい」
「君、今日発表だろう。どうだったんだ」
「……あ!」
 正直ゼミのことで精いっぱいで、忘れていた。大事な大事な、司法試験の短答式の
合格発表を。
「今から、確認してきます」
「どうせなら研究室のパソコンを使いなさい」
「あ、はい」
 正直、受かっている気がしない。数問さっぱり分からなかった所もあるし。今年は練
習とはいえ、自分の番号が載っていないのをわざわざ確認するのは憂鬱だ。教授の
後をついていこうとすると、ちょうど教室を出ていく克哉君と別所さんが目に入る。仲
よさげに、この後どこでデートしようかなんて言っている。
 これでいいんだ。そう自分に言い聞かせたけど、やっぱり辛い。
932腹黒ビッチ 3章(中) 5:2009/12/10(木) 16:33:01 ID:jHuB5AQ7
 正直このままパソコンの前で倒れこんでしまいたい位の気持ちだったけど、教授に
ちゃんと結果を言わなきゃいけない。のろのろと指を動かして、法務省のホームペー
ジへ。旧司法試験 短答式合格発表の表示を、暗い気持ちでクリックする。
 どうせ無いんだろうなー。いいんだよ、別に来年受かれば。ふんだ。いじけながら、
自分の番号のあたりを見る。
「―――あった」
 あんなに手ごたえ無いテストなんて、生まれて初めてだったのに。ゼミの上級生が
「何があったのー?」とか言いながら勝手にパソコンをのぞき込んでくる。
「あった、って、まさか短答式受かったの?」
「受かりました」
「うわーっ、おめでとー!すごいじゃん!」
「ありがとうございます」
 肩つかまれて揺さぶられてるけど、心ここにあらず。睡眠時間三時間に削ってがん
ばった甲斐があった。バイトを週一に減らした勇気は報われた。ハイリスク・ハイリ
ターンというのはまさにこのことだ。
 私より名前も知らない先輩の方が騒いでいて、その場にいた人たちがみんな騒ぎ
を聞きつけてパソコンの周りに集まり出した。
「三年で受かるなんて、何年振りだろうね」
「もうみんな院進前提だからなぁ。でも去年も和田ゼミから旧試の現役合格出たらし
いよ」
「いやー、でもさすが斎藤さん。やっぱ出来が違うわー」
 受験番号を見直しても、やっぱり自分の番号だ。ほっと密かに息をつく。和田教授
に報告しなきゃ。
「教授のとこ、行ってきます」
 人だかりを抜けて、向かいの和田教授の部屋をノックする。
「失礼します」
「斎藤さんか、待ってたよ」
 何か書きものをしている教授が、ちらりとこちらに視線を移す。
「受かってました」
「そうか」
 頷いて、一旦ペンを置く。まだ少し夢心地だった私は、和田教授の視線にぴしりと
背筋を正す。
「論文試験は一か月後だろう」
「はい」
「これから毎日、過去問を一問ずつ解いて私に見せなさい。メールでもいい」
「はい」
「それじゃあ、行っていい」
「はい、失礼します」
933腹黒ビッチ 3章(中) 6:2009/12/10(木) 16:34:03 ID:jHuB5AQ7
 数日後、ちょうど佳奈子と出勤が重なった。二人目の指名を終えて控室に戻ると、
佳奈子はメール営業に精を出している。いつものように隣に座って私も携帯を取り出
すと、佳奈子が思い出したように声をかけてきた。
「りかー、試験どうだったん?」
「は?なにが?」
「名前覚えてないんだけど、なんかベンゴシなるやつー」
「司法試験ね」
「受かったん?」
「受かったけど、短答式だけ。まだまだあるの」
「よくわかんないけど、とりあえずおめでとー」
「ありがと」
「今まで見たこと無いくらい勉強してたし、すっげームズいんでしょ?」
「うん、受かると思ってなかった」
「りかがそう言うくらいだから、超ムズいんだね。んじゃ、ちょーおめでとー」
 そう、超おめでたいはずなのだ。なのに、あまり現実味が無い。
「なんでりか嬉しそうじゃないの」
「はは、克哉君に彼女できたからかな」
 ぽつりと克哉君の名前を言うと、携帯の画面から顔を上げなくても佳奈子が顔を
歪めているのが想像できた。
「へー。それマジで?」
「うん、多分そうだと思う」
「……りかさ、一宮のことなんて忘れちゃえよ」
「無理、かな」
「努力してみろっつの」
「克哉君ほどの人いないよ」
 ははっと、自嘲の笑みがこぼれる。
「なんか、私ダメなまんまだね」
「……りかは、ダメじゃないよ」
 真面目に、諭すように佳奈子が語りかける。
「りかがそう思ってるだけだよ。一宮のことさえ忘れたら、楽になるんだよ」
「忘れられないよ」
「いい加減に目ぇ覚ましなよ、りかは何も悪いことしてないじゃん!」
 びりびりと、部屋全体が震えるくらいの大声だった。びっくりして顔を上げる。他
の嬢も何事かとこちらを見ていた。
「浮気した?金せびった?プレゼントねだった?そんなの一つもしてないじゃん!手
作りのマフラーまであげるんだよ。そんなマメなこと、私一つも彼氏にしてあげたこ
とないよ」
「でも、きっかけが最悪でしょ」
「それだって、りかは何も言わなかったのに!何にも言わないりかより、あいつは、
知らない女の一言を信じるんだよ。言い訳一つも聞かないなんて、サイテーだ!」
 佳奈子は延々と克哉君の非を連ねていく。克哉君にも、悪いとこはあったかもしれ
ない。だけど私が圧倒的に卑怯だということに変わりはない。
 結局、誰が私を許したって、克哉君が私を許してくれなければ意味がない。克哉君
の傷の深さを見れば、そんなの不可能なんだっていつも思い知らされる。
「ありがと、佳奈子」
「感謝するより、早く元気になれ」
「うん、佳奈子の声聞いてたら元気になってきた」
 それは決して嘘じゃない。笑ってみせると、佳奈子は顔を歪めつつ、はぁっとため
息をついた。
「今日もうピーク過ぎたし、りかんち行く?話聞くよ」
「んーん。課題たまってるから。勉強しなきゃ」
「無理すんなよ」
「分かってる」
「目の下のクマ、隠しきれてないっつーの」
 心配顔の佳奈子を、軽く笑ってごまかす。何度も同じことをループしてるのに、佳
奈子は毎回真剣に私の相談にもならないただの愚痴に乗ってくれる。その時、タイミ
ング良くノック音が部屋に響いた。すぐに扉が開いて、チーフが顔を出す。
934腹黒ビッチ 3章(中) 7:2009/12/10(木) 16:34:53 ID:jHuB5AQ7
「レイ、2番テーブル指名」
「はいはい」
 腰を上げると、少し立ちくらみがした。誰にも悟られないように机で体を支える。
佳奈子は幸い気がつかなかったようだ。が、チーフが渋い顔をした。
「……大丈夫か」
 ぼそりと、耳元に低い声。
「大丈夫です」
「これ終わったら帰れよ。送ってく」
「いりません。普通に帰ります」
 無表情はここまで。ホールに一歩入ってからは、男を喜ばせることだけ考える。そ
の為の笑顔が、磨き抜かれた柱に映る。少しやつれた顎のラインを、見ないふりした。





「りかー、起きなーりかー」
 揺すられて、はっと目を覚ます。ここがどこか分からない上に、周りは真っ暗で混
乱しかける。
「……ここ、どこ」
「私んちの前だっつの。もう起きとけよー」
 生ぬるい空気が首の周りにまとわりついて、佳奈子が苦笑しているのが見えた。あ
あ、送迎の車の中か。
「んじゃ、まったねー」
 佳奈子が手を振って、ワゴン車のドアを勢いよく閉めた。エアコンの空気が再度廻
り始める。車が走り出すのと一緒にまた眠りかけるけど、ずっと枕にしてた佳奈子の
肩が無いとどうにも安定が悪い。
「……車乗ってから記憶が無い」
「ずっと寝てた」
「やっぱそうですか」
「このまま寝てたら、俺のマンションに直行しようと思ってた」
「ふざけんな」
 軽口をたたく野崎チーフに、絶対零度の視線で返す。チーフはこっち見てないから
意味無いけど。
「疲れてるみたいだな」
「そーですね」
「でも試験終わったんだろ?」
「終わって無いです。まだ三個目あります」
「まだあんのかよ」
「二個目も受かったらね」
 そう、まだあるのだ。つい四日前に二つ目の論文式を終え、燃え尽きている暇はな
い。

「―――有華」
 妙に神妙な声で、名前を呼ばれる。
「今日ママに聞いたけど、お前辞めるんだって?」
「うん」
 つい二日前、ママに店を辞めたいと告げた。残念ね、とは言われたけど引きとめら
れなかったのは、私が切羽詰まっているとママが知っているから。ここ最近は週に一
回も店に出ていなかったから、なんとなく予想はしていたみたいだ。

「試験いつおわんの」
「二個目が受かってたら、十月の終わり」
「まだまだ、先だな」
 呟くように言って、チーフはそのまま黙りこむ。私は眠気と格闘しつつ、カバンの持
ち手をいじる。早く着かないかな。
「今言ったら、お前迷惑か?」
「はい?何が」
「だから、告白」
935腹黒ビッチ 3章(中) 7:2009/12/10(木) 16:38:12 ID:jHuB5AQ7
 告白するような口調じゃなく、さらりと言われた。
「迷惑なら、試験終わってからでいいけど」
 それってほとんど告白してんのと一緒じゃん。
「今で良いですよ。さっさと終わらせた方が楽」
「少しは考えろっての」
「考える必要もない。彼氏なんていらないし」
「忙しいからってわけじゃ無く?」
「いらない」
 アパートじゃないところに車が止められる。しまった。眠気に揺れる頭が、徐々に
危険を悟って覚醒していく。
「俺の何が足りない?収入か?年か?顔?それとも、こんな職だから?」
 はっきり言って、そんなのどうでもいい。本音を口にしたら付け入られるから言わ
ないけど。
「……忙しいんです。男の相手なんかしてられない」
 一番の理由じゃ無いにしても、これも真実だ。
「傍にいられるだけで良いよ。邪魔はしない。連絡が来なくても文句言わねーって、
……なんか情けないけど」
「そんなの付き合ってる意味無いですよねー」
「俺は、有華を支える人間になりたい」
 フロントガラスから入り込む街灯の光が、野崎チーフの輪郭を浮き上がらせる。闇
に慣れた目が、彼の真剣なまなざしをとらえる。ヤバい。後ずさろうにも、背もたれ
が邪魔をする。
「やめて」
 腕を掴まれて、声が震えた。
「有華が、安心して笑ってる顔が見たい」
「やめて」
「俺を好きじゃなくていい。利用してくれていい。他の男が好きでも」
 エアコンのよく効いた室内で、チーフの体温がとても熱い。掴まれた部分に、徐々
に血が通っていくのが分かる。頭が痛い。喉が引きつる。
「いやっ」
「お前は、もっと甘えていい」
「そんなの、いらない」
「いいんだよ。俺が許す」
「いらない!!」
 振り払おうとしても、チーフの手が離れようとしない。熱が体中に伝わっていく。
鳥肌が経つほどの嫌悪感。体の中のマイナスの感情の全てをこめて、睨みつけた。
「あんたの許しなんて必要じゃない」
「一人で我慢するな。俺が、半分引き受けるから」
 感動的なセリフ。渾身の口説き文句。だけど私の体が、心が、全てが拒否する。
「勘違いしないで。そんな権利、あんたには無い」

 男に真剣に愛を告げられて、改めて分かる。私を理解されてたまるものか。私の一
部分でも、他人に与えるものか。勝手に解釈して、干渉して、浸蝕して、私に受け入
れさせようとする。訳知り顔で私の範囲に入りこんで、優しい振りをして私を変えよ
うとする。思い通りにならないと、今度は屈服させようとする。私の世界を、土足で
踏みにじっていく。
 男なんてみんな同じだった。タカシも、ユウイチも、ケンジも、マモルも、ヤスハル
も、ナオトも。
 克哉君だけだ。支配されてもいいと思ったのは。克哉君だけが、私から奪うだけ
じゃなく、自分を差し出してくれた。
 私が許したのは克哉君だけだった。
 だから、私を許す権利があるのは克哉君だけ。
 でも、許されるはずがない。私は、狡猾で、打算的で、虚栄心の塊だから。それが
醜悪なものだと分かっていても、私は私を変えられない。
 だからもう、解放されたいなんて思わない。苦しくてもいい。このままでいい。克哉
君のことを好きでいたい。
 それ以上のことは望まない。私じゃ不釣り合いだから。でも、せめて、好きでいさ
せてほしい。

 別所さんに呼び出されたのは、その次の日だった。
936腹黒の人:2009/12/10(木) 16:42:28 ID:jHuB5AQ7
以上、投下終了

一週間以上見なおしてないから、変なところあるかも
さっそくだけど、よく見たら7が2個あった
8レスでしたすいません

次で完結予定だけど、投下は次スレ立ててからの方がいいかな
セーフティ・フレンドさんも終わりみたいだし
937名無しさん@ピンキー:2009/12/10(木) 21:05:51 ID:ctKkcILZ
>>936
うぉぉ!GJ!
有香が一途すぎて泣ける。
…でも、一人にだけ許しちゃったんだよなぁ。
克哉の不甲斐なさが原因ならば仕方がないのか。
それにしても有香が追い詰められて…だから、切なくなってきた。

というか、腹黒さん…肺炎って。(汗)
マジにお大事なさって下さい。
こちらも肺炎にならない範囲で、全裸待機に戻りますから。
938名無しさん@ピンキー:2009/12/10(木) 22:21:46 ID:N0dK3n+S
GJGJGJGJGJGJGJGJGJGJ!!!!!!
939名無しさん@ピンキー:2009/12/11(金) 07:19:46 ID:ZPGG+yUs
>>936
なんつーか、痛々しい。
分かっちゃいるけど有華に幸せを!
そしてお体には慈愛を!
940名無しさん@ピンキー:2009/12/13(日) 20:21:33 ID:knAn0VzA
次スレの季節
941名無しさん@ピンキー:2009/12/13(日) 23:15:20 ID:OEwCM7Qe
このチーフに抱かれるのかな?
まぁとにかく次スレだな
942名無しさん@ピンキー:2009/12/13(日) 23:16:25 ID:qDeg84Eg
建てようか?
943名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 02:54:24 ID:2uWPRfx5
立ててください。
944名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 13:08:01 ID:1UtXm6Qu
ビッチな娘が一途になったら第3章
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1260763640/l50
945名無しさん@ピンキー:2009/12/15(火) 18:22:28 ID:OX/tX3zu
>>944
946名無しさん@ピンキー:2009/12/19(土) 00:23:17 ID:TMtf+IFD
ビッチ分補給プリーズ
947名無しさん@ピンキー:2009/12/21(月) 20:45:02 ID:AyOR4GU4
果たして年内に腹黒さんとセーフティーさんの投下はあるのか…
948名無しさん@ピンキー:2009/12/24(木) 10:23:03 ID:7n5aXBbb
ないんじゃないかな
949名無しさん@ピンキー:2009/12/24(木) 19:35:40 ID:NOE3fA5g
今、2章3章と二つあるからなぁ。
950名無しさん@ピンキー:2009/12/25(金) 02:06:34 ID:8RmAAS0Z
950で落ちるんだっけ?
951名無しさん@ピンキー:2009/12/25(金) 09:38:54 ID:SiJSKdpZ
落ちてはないです…書いてあった?

埋めを兼ねて投下しようと思います。
途中までですが…
スレ的には大丈夫?容量とか。
952first love song:2009/12/25(金) 09:52:50 ID:SiJSKdpZ
今日はいつも一緒にいる江梨も優奈も休み。
つまんないな、私も休めばよかった。
クラスの中心とか自分で思ってそうな神田里菜が「一緒にご飯食べよ」とか言ってたけど、笑顔でやんわりと断った。
あの子本気で自分は可愛いとか思ってそうだし、ちょっとイタいんだよね。
もとの顔自体カバみたいで、メイクも下手だし…

ヒマを持て余した昼休み、誰も居ないところに行きたいって思って屋上へ行った。
梅雨に入る前の青空、遊びに行くのも夜ばっかりだし、久しぶりにお日さまを浴びた気がする。
もう三年生になったけど、屋上にのぼったのは初めて。
意外といい場所だと思う。誰もいないし、これからはたまに来ようかな。

『あ?ああ、ハヤトか。
どうしたん?』
…声が聞こえる。入り口の反対側かな?どこかで聞いたことのあるような声だけど誰だろう?
少し興味を持って覗いてみる。
ちょうど背中を向けているから後ろ姿しか見えないけど、背はそれなりに高くてスマート、軽くウェーブのかかった髪。
後ろ姿はかなりいい感じかな。
『ああ、わかった。
今週中に書いてメールするわ、つーか急だな、トシさんの無茶ぶりは勘弁してほしいよ。
じゃあまた後で。』
電話が終わったみたい。何の話だったんだろう?
「ふぅ、参ったなー。
まぁ、なんとかすっか。」
ん?煙?ああ、煙草吸ってるんだ。
「あっ!」
彼が振り向いたところで目が合った。
「えっと、同じクラスの…
宮…本さんだっけ?
ごめん、クラスの奴の名前あんま覚えてなくてさ。
君も吸いにきたの?」
「えっ…?」
「ああ、違うんだ。
ここは職員室からも用務員室からも死角の絶好の喫煙スポットだからさ。」
煙草を吸ってることも全く悪びれずに彼は話す。

同じクラスの佐野豊くん。
クラスの誰かと仲良くしてるところなんて見たことなくて、クラスから一歩引いた輪に入らない感じの男子だ。
それがクールとか大人っぽくてかっこいいって言ってた子もいたし、かっこつけって言ってる子もいたっけ。
「そうなんだ。
でも私は違うよ、江梨も優奈も休みでヒマだったから来ただけ。」
「ふーん。
そういえば宮本さんと松岡さんと三田村さんはいつも一緒だもんね。
やっぱり仲いい奴と一緒じゃないと学校はつまんないもんな。」
「佐野君はクラスのみんなと仲良くしたりしないもんね。
やっぱり楽しくないの?」
953first love song:2009/12/25(金) 09:53:43 ID:SiJSKdpZ
「学校は全く楽しいって思わないな。
クラスの奴らの話題もガキみたいなことばっかだし。
女子だって宮本さん達みたいな一部除いてイケてない子ばっかじゃん?
神田のメイクとかさ、あれはないよね。落書きみたいだもんな。
そんな中で付き合ったとか別れたとか、興味もわかないよ。」
ちょっと意外、私と同じようなことを思っている。
「俺、なんかまずいこと言ったかな?」
「ううん。クラスでの印象と違ってしゃべる人なんだって思っただけだよ。」
「別に無口なわけじゃないんだ。ただ話す相手がいないってか仲良くなりたい奴がいないだけだからさ。」
クラスでは女子は神田里菜達が、男子では望月正昭達のグループがうちのクラスの中心だけど、
私も江梨も優奈もクラスのみんなにはあんまり興味はないし、望月君達を見てもかっこいいとも思わない。
私達はそれでもみんなに合わせるけれど、佐野君はそれをしないからクラスで浮いてるんだと思った。
合わせる私達と自分を貫く佐野君、どっちが楽なのだろう?

少し長めのウェーブがかかった髪が風になびき、左耳のピアスが見える。
横から見る彼の顔は絵になる。
こんなに端正な顔をしていたんだと思い、少し見とれていた。

二人ともなにも喋らないけど、落ち着いた時間が流れる。まるで恋の始まりのように。
たまには同級生と付き合うのも悪くないかなって思った。
私は今まで自分からいって失敗したことはない。
相手が錯覚するようなタイミングや迫り方を心得ているから。
「ねえ、佐野君…」
「ん?」
「もしよかったら…」
…最悪、こんなタイミングで携帯が鳴るなんて。
せっかくのいいムードで彼を口説けたのに。
…しかも誠から、ホントに空気の読めない男。
「電話出なくていいの?
俺のことは気にしなくていいよ。」
「ごめんね。じゃあ少し電話するから。」
少し彼から離れる。
「はい、何の用?」
『あ、アキ?てか出るの遅くね?』
「今学校で友達と話してたの。
用がないならさっさと切るわよ。」
『そんな言い方なくね?
せっかく今週末遊びに誘ってやろうと思ったのによー。』
「誘ってやろう?
なに勘違いしてるの?あんたみたいなバカ男もう会わないって言ったでしょ?
ウザイし、電話ももうかけてくんな。」
『な、アキ、お前マジで言ってんの?』
「私そういう冗談は好きじゃないの。
じゃあね、もう二度と関わらないで。」
954first love song:2009/12/25(金) 09:54:35 ID:SiJSKdpZ
せっかくのいいムードが台無し。
あの男は優奈が開いた合コンで知り合った大学生だけど、あんなバカは初めて。
そのとき以来一回も会ってないけど、番号を教えたことすら後悔したのはあのバカしかいない。

「ごめんね、話の途中で。」
佐野君に向けて笑顔を見せる。
笑顔を作るのは得意だ。男を落とす最高の武器だと自信を持って言える。
「電話、男の人からでしょ?
しかも宮本さんはあまり好いてない人。」
「え?」
なんでわかるの…
聞こえないくらいには離れたし、表情も彼には見えないようにしたのに。
「なんでわかるのかって顔してるね。
宮本さんからそんなオーラが出てたんだ。
特に女性ってとことん嫌いな相手と喋るときにはそういうオーラが出るときがあるんだよ。」
確かに嫌いなヤツと話すときにはイヤだって気持ちが強くなるときはある、でもそれを悟られるほど私はウブじゃない。
「なんてね。
俺の彼女がそういう態度とったことあったから言ってみただけ。
やっぱいやな表情に一瞬なるもんだよね。
画面を見た瞬間に顔が引きつったからさ。」
か…の…じょ?
あぁ、いるんだ。そうだよね、これだけかっこいいんだからいても不思議じゃないもんね。
「まあ、最近の俺に対しての態度だから、もう彼女とは言えないかもしれないけど。
バンドとバイトばっかしてたら不満だらけになっちゃって、もう無理だと思うんだ。
俺も今はバンドの方が大事だし、彼女に時間も金も使えないから。
ひどい男だよね。俺って。」
「そんなことないよ。
理解できない彼女が悪いと思う。
私だったらきっと応援するよ、だって何かに打ち込む男の人ってかっこいいもん。」
自分で言いながら、なに子供みたいなことを言ってるのかと思う。
確かに何かに打ち込む人はかっこいい、でもその熱さを私は理解できない。
付き合うなら自分を第一にする男というのは最低条件なのだから。
私達三人で遊びに言った時にはよくナンパもされるけど、最近は相手にもしない。
自分の商品価値がわかってきたから安売りする必要はない。
彼氏は基本的に年上で車とお金を持っているのは必須。
一瞬勢いで彼に告りそうになったけど、言わなくてよかった。
彼は私の条件に当てはまらない。
今までに付き合ってきた男と比べても確かに彼の顔のつくりはかなりいいほうだけど、それだけだ。
955first love song:2009/12/25(金) 09:55:27 ID:SiJSKdpZ
私はそれだけで選ぶほど子供じゃない。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。
でも同年代の女の子だとやっぱり自分だけを見てほしいと思うのが当たり前だよね。
正直今は彼女を作ることすら面倒くさいよ。
なんか若さ感じないけどね。」
彼はそう言って二本目の煙草に火をつけた。
クラスの中とは違う彼の姿は私に少し錯覚をさせるほどにいい雰囲気を持っている。
「一緒にいて変な噂が立つのもイヤだし先に行くね。」
「確かにそうだね。
じゃあまた教室で。」
そう言って彼は笑顔を見せる。
佐野君の笑顔…
同級生相手にこんな気持ちになるなんて、今日は変な日だと、どうかしていたんだと自分に言い聞かせて私は教室へ向かった。
956first love song:2009/12/25(金) 09:56:12 ID:SiJSKdpZ
土曜日。

江梨に今日は空けておくように言われて、優奈と二人昼過ぎに出かける。
「ねぇ、亜希。」
「なに?」
「江梨からなんも聞いてないの?」
「うん、場所だけ。
優奈も聞いてない?」
「うちも聞いてない。
彼氏を紹介するって、それだけ。」

江梨と優奈がサボった日の夜、部屋でボケーッとしながら昼間の佐野君との会話を思い出していたときに江梨からメールが来た。
『土曜日に彼氏を紹介するから空けといて』
それ以上は学校で聞いてもニコニコ笑っているだけで答えてくれない。

駅に着いて江梨に電話をかける。
『あ、亜希?着いた?』
「うん、どこ行けばいいの?」
『待ってて、迎えにいくから。』
「う、うん、わかった。」
横で優奈が聞き耳をたてている。
「亜希、どこ行けばいいの?」
「江梨が迎えにくるって。」
「そうなんだ、てことはこの近くなんだよね?
でも何も無くない?」
優奈と話をしていたら、黒いワンボックスカーが目の前に止まった。
「亜希、優奈、お待たせ〜。」
「江梨?」
「なに〜?江梨?彼氏の車でお迎え?やるね〜。」
「こんにちは、江梨からいつも話は聞いてるよ。
江梨の彼氏の紘成です。」
「はじめまして〜優奈です。」
「亜希です。」
「あいさつがすんだことだし、ほら、乗って。」
さすが面食いの江梨だけある。
今までの彼氏とはちょっと違うタイプだけど、さわやかで少し甘いタイプの俳優みたいなかっこいい人だ。
「今日はありがとうね。
わざわざ手伝いにきてくれて。」
「え?」
「手伝いってなんのことですか?」
「うそ、江梨から聞いてないの?」
「はい、江梨からは彼氏を紹介するとしか聞いてないです。」
「え〜り〜?」
優奈と二人で江梨を見る。
「あれ〜?言ってなかったっけ〜?」
シレッとした態度で江梨は言う。
これをするときの江梨はまず間違いなく確信犯だ。
「今日はヒロくんのバンドのライブなの。で、私達がライブの受付をするってこと。
ライブが始まったらちゃんと見れるから心配しないで。」
「え〜そんなの聞いてないし、ねっ?亜希。」
江梨との付き合いは中学の頃からで、この強引さというか断れない状態にするやり方には免疫がある。
江梨の特技と言いたくなるくらいだ。
「私は構わないわ。
ライブも見れるって言ってるんだし。」
だから私に負担がかかること以外は受け入れるようにしている。
957first love song:2009/12/25(金) 09:57:04 ID:SiJSKdpZ
「え〜、亜希って物わかりよすぎじゃない?」
「だって別にそんなイヤなことじゃないし。
優奈は何が不満なの?」
「えっと、特にはないけど…」
「じゃあいいね!
二人ともありがと〜!やっぱ持つべきものは親友だね。」
それは江梨の台詞じゃないだろと心の中でつっこんだけれど、江梨にはかなわないなとも思う。
でもそれが江梨らしさで、それを私は嫌いじゃない。
物事をはっきり言う江梨のそんな性格がいつの間にか私にもうつったのかなと思う。

そして優奈も江梨に影響を受けた一人だ。
優奈は顔は幼い感じで胸が大きい。
だけどよく言えば天然。
悪く言えばちょっとおバカなとこがあって男にヤリ捨てをよくされていた。
二年のときに一緒のクラスになってすぐ、男に捨てられて泣いている優奈を見かねて江梨は話しかけた。
それから優奈は私達と一緒にいるようになって、少しずつ自分の価値をわかっていった。
今でも見ててあぶなかっしいところはあるけど、私たち二人で優奈を守っているという自負もある。



連れてこられたのは小さなライブハウス。
受付で何をするか、当日券、取り置きなんかの説明を受ける。
そこにボウズ頭にヒゲを生やした人が来た。
「おう、ヒロ。
この子達が受付してくれるのか。
三人ともかわいいなー、お前の彼女は?」
「おう、トシ。
この子が俺の彼女の江梨だよ。
江梨、こいつがうちのベーシストで、リーダーのトシ。
坊主にヒゲってガラは悪そうだけど、いい奴だよ。」
「ガラが悪そうってのは心外だな。
まあよろしく頼むよ、エリちゃん。
ヒロは顔だけはいいけど、結構世間知らずなとこがあったりするから大変かもしれないけど見捨てないでやってくれよ。」
「おい、トシ!」
「はい。
今日はお願いします。」
「あとエリちゃんの友達二人もよろしく。
今日出る他のバンドの奴らも置き券持ってくるから。」
「「他のバンド?」」
優奈と私の二人がほぼ一緒に声を出す。
「俺達じゃまだワンマンなんてなかなかできないから、何組か一緒でライブするんだ。
俺達の弟分みたいな奴らも今日は出るんだけど、
あっ、噂をすれば…
おーい!ユタカ、こっちだー!」
「ヒロさん、遅いですよ。
仕込みも場当たりも終わったんであとヒロさんの合わせだけですよ。」
聞き覚えのある声…ユタカ…?もしかして…
「あっ!佐野クン?」
優奈が驚いて声を出す。
958first love song
「三田村さんに松岡さん?宮本さんも…
なんでここにいるの?」
「どうしたユタカ?
何で江梨のこと知ってるんだ?」
「だって、一緒のクラスですから。」
確かに屋上で話したとき佐野君はバンドをしていると話していた。
だけどまさかそのすぐ後に彼のライブを見ることになるなんて。
「てか、ヒロさんの彼女が松岡さんだったことのほうが驚きですよ。
えっと、これが俺たちのチケット。
こっちに取り置きのリストがあるから、名前聞いたらチェックをしてくれれば。」



もうすぐ開演時間。
お客さんもだいぶ入ったし、私達ももうそろそろ中に入ろうと思う。
「でも驚いたね、まさかクラスメートがヒロ君たちのかわいがってるバンドメンバーなんて。」
「しかも佐野クンってクラスではみんなと関わらないし、そんなイメージなかったのに。
ねっ?亜希?」
「え?うん、そうだね。」
取り置きのリストの人はみんなチェックしたけど、佐野君のリストの一人だけきていない。
岡本瞳さん…
佐野君のリストで一人だけの女の人。
彼女なのかな?もう別れそうだと言っていたけど。
「ありがとう、三人とも。
もう一人で大丈夫だから見てきていいわよ。」
トシさんの彼女で受付のリーダーの美奈さんが声をかけてくれた。
「ありがとうございます。
これからもヒロ君のライブでお手伝いしますから、よろしくお願いします。」
「こちらこそ。
よろしくね、江梨ちゃん。」
江梨は美奈さんに笑顔を見せて中に入った。
江梨がヒロさんと本気で付き合っているんだと見てわかって、私も少し嬉しくなった。