あまりに露骨な視線に、実乃梨の顔も俯く。
恥ずかしがったら負けというのが、実乃梨のプリクラ哲学。
けれど、竜児の視線……世間一般で言う、セクハラの前には敵わないことを知る。
――パシャ。
「「へ?」」
『三枚目!ポーズを取ってね!』
フラッシュが光ったかと思えば、液晶にまた別のポーズが表示されている。
「……って、あんなんを撮られちまったってのか!?」
「てゆーか、私の方がハズイってばよ!一人であんなポーズ取らされて……
私、もうお嫁に行けないっ。くすん。」
手を目の下に添えて、泣きまねをする実乃梨。
ただ、乙女の純情を踏みにじられたらしく、実際に涙目だったりする。
「わ、悪い。つーか、本当にごめん!」
「い、いや、謝らなくていいんだけどさ。っつーか、最後の発言はスルーかよ。
……えぇい、次だ次!」
――この後、ヤケクソ気味の実乃梨に負けて、ワケの分からんポーズを取り続けた。
一昔前に流行ったポーズを取るのは、相当に恥ずかしい。
けど、何となく楽しいと感じ始めている自分もいる。
やっぱり実乃梨といると楽しい、心からそう思う。
それでも、これだけは言いたい。
……巷じゃ、こんなんが流行ってるのか?
『これでラスト!』
「はあはあ、次で最後だぜ……って、こ、こいつは――」
液晶には、お互いの両肩に手を置き、カメラ目線で決める美男美女……には程遠い二人組。
この顔とポーズ、最近のお笑い番組で見たような気がする。確か――
――って、実乃梨の肩に触れて、撮影しろって!?
「くっ、次から次へと。これが世界の選択か……?」
『3――』
頭を抱えてつぶやく実乃梨に対し、容赦なくカウントダウンを始める機械。
いや、そもそも、別にポーズの指示に従わなくても……
「えぇい、ナメんな!」
腹を括ったのか、竜児の肩を掴む実乃梨。
「さぁ竜児君、時間がない!君も掴むんだ!」
「お、おう!」
慌てて実乃梨の肩を掴む。
「よし、そいじゃ、せーの……!」
カメラに顔を向け、声を揃えて言う。
「「YES、フォーリンラブ。」」
――パシャ。
ま、間に合った……
感想なんか言うまでもないだろうが、あえて言いたい。
「死ぬほど恥ずかしい……」
「あ、あの竜児君……」
実乃梨の声に反応して正面を向くと、すぐ間近に実乃梨の顔。
一気に顔が熱くなるのが分かる。
「お、おう。」
「ちょ、ちょーっと、お顔が近いかなー、なんてさ……」
実乃梨の言葉と一緒に吐息まで伝わってくる。
まつげを数えられるくらいの距離。
実乃梨の眼には、自分以外の何も映っていない。
これは近い、近すぎる。
でも、動けない。
うるさいはずの周りの音が全く聞こえてこない。
静寂の空間の中で、どんどん実乃梨に吸い寄せられていく。
潤んだ眼、赤い頬、心地良い匂いのする髪……そして、唇。
実乃梨の全てに吸い寄せられていくような感覚。
たとえ動けたとしても、離れたくない。
もっともっと近づきたい、そんな衝動に駆られる。
「わ、悪い。何つーか、離れられないんだが……」
「そ、そりゃー奇遇だ。わ、私もなぜだか離れられねーよ……」
お互いの意志がシンクロしていることに微笑み合う。
そして、近い距離をさらに近づけて行く。
少しずつ近づくごとに、心臓がオーバーヒートで急停止しそうになる。
脳みそからは変な液がドバドバ出てきて、もう何が何だか分からなくなっている。
鼻と鼻がくっ付くような距離で、実乃梨の眼が閉じられる。
これはもう……抑えられねぇ。
実乃梨の唇に少しずつ近づいていく。
ピンク色の健康的な唇。
そこに、自分の存在を刻み込みたい。
――俺は、実乃梨が欲しい。
『――プリントする写真を選んでね!』
機械から聞こえてくる無機質な声に、思わず掴んだ肩を離す。
何度もアナウンスしてたみたいだが、今まで全く聞こえて来なかった。
どうせなら最後まで聞こえないままにして欲しかった。
それ以前に、この機械、空気が読めなすぎる。
「も、もう終わりなの、か?」
「お、おう。そ、そいじゃープリントする写真を選ぼうじゃねーか。
……こいつ、ミュートボタンを設けるべきだね、うん。」
「おう、激しく同意だ……」
――制限時間の関係から、ほぼ実乃梨の独断でプリントする写真が選ばれた。
ちなみに、2枚目、実乃梨の悩殺プリクラは真っ先に除かれていた。
……少し残念だが、仕方ない。
「これで終わりか。長いようで、意外にあっという間」
「――なに勘違いしてるんだ?」
へ?
「まだ俺たちのバトルフェイズは終了してないぜ!」
「な、何いってんだ?もう写真撮影は全部、終わったじゃねーか?」
「速攻魔法発動!落書きタイム!」
「――要するに、このペンで何か書けば良いんだな?」
「おうよ!さぁ竜児君、制限時間は一杯だ。たっぷりと書きたまえよ?」
撮影スペースから、落書き専用のブースに移って、ペンを持たされる。
俺は最初に撮った写真の落書きを担当することになった。
……それはいいんだが、いったい何を書けば良いんだ?
実乃梨の方はと言えば、何やら色々と書き込んでる。
顔にいたずら書きしたり、背景を書き足したり……
本当に器用なやつだ。
さて、それで俺は何を書き込めば良いんだ……?
「……竜児君はさ。やっぱ大河の方が可愛いって思う?」
何を書くか頭を捻っている最中、実乃梨が話を切り出してくる。
「時々思うんだよ。本当に私なんかで良いのかなーって。
実際、大河の方が可愛いし、あーみんの方が綺麗だし。」
「いや、そんなこと……」
「けど、恋する乙女としては、ウソでも自分の方が良いって言ってもらいたいわけよ。
ただ、そう言われたら言われたで、気遣われたーみたいなさ。」
落書きの手は休めず、こちらを見ることもなく、実乃梨は話を続ける。
「自分でもバカなこと言ってんなーって思うよ。
けど、一回頭の中をチラつき出したら、離れてくれねーんだ。これが。」
「実乃梨。俺は……」
「……ごめん、変なこと言っちった。今のは忘れてくれ。」
一応の作り笑顔で、その場をごまかそうとする実乃梨。
けど、分かっている。
実乃梨の不安はとてつもなく大きいものだって。
どんなに好きだとか可愛いだとか囁いたとしても、実乃梨が安心することはないって。
遠くから見れば、実乃梨はいつも太陽のように眩しい。
でも、そんな太陽の内面は結構危なっかしい。
繊細で、不安定で、自信がなくて……何よりも、それが見えにくい。
ずっと傍で見てないと全く分からないくらいに。
だからこそ、実乃梨の隣で支え続けたいって思う。
お前が俺なんかのお嫁さんになりたいって言うんだったら、俺は喜んでそれを受け入れる。
そのくらいの腹は括ったつもりだ。
だから、もっと自信を持って欲しい。
そんな想いを文字にする。
「……竜児君。」
実乃梨の見開かれた眼をまっすぐ見つめて、はっきり告げる。
「人と比べるのは好きじゃねーけど、俺はお前が一番、可愛くてキレイだと思う。
そんでもって、お前と結婚したいって思ってる。……それじゃ、ダメか?」
「……ダメ、なんかじゃねー。ありがとう、竜児君。」
実乃梨の顔が一瞬にして溶けきる。
目から流れてくる涙は嬉しさからくる暖かいもの。
ここ最近、流した冷たい涙とは正反対のもの。
文字も言葉もぶっきらぼうになっちまったが、気持ちはちゃんと伝わった。
太陽の奥底に引きこもって一人で怯えている女の子のところまで、ちゃんと届いた。
泣きじゃくる実乃梨の頭にポンと手を乗せて、竜児は微笑む。
「私も、書ぐ。」
涙を拭いながら、1枚目の写真に落書きする。
ピンク色で書かれた文字に、竜児の顔も綻ぶ。
柔らかくて暖かい笑顔、実乃梨にとって最高の笑顔。
つられて実乃梨も泣きながら笑う、曇りのない笑顔で。
「また、撮ろ。プリクラ。」
「おう!」
「それで、続き、しよ。」
「お、おう。しよう。」
実乃梨から搾り出される声。
続きってのは……で、間違いないんだよな?
来週にでもまたここに来よう、そう胸に刻み込んで二人は笑い合う。
竜児と実乃梨の初めてのプリクラ。
その1枚目、青とピンクの落書きにはそれぞれ、こう書かれていた。
「おれの嫁」
「大好き」
おしまい
以上です。長文・駄文にスレの流れを読めないなど、色々と申し訳ない。
なお、前回同様、みのりんスレに投稿された絵をモチーフに作文させて頂きました。
絵師様に大感謝であります。
それでは、失礼しました。
>>723 GJ
具体的だなぁ…つか春田省かれた気がするんだけど…まさかダブったんじゃ
ないよな?俺の見間違い!?
>>736 GJだよ!!
やっぱ俺みのりん派だわ…これで今日も安眠できるぜ
>>736 超GJ
2828っていうよりスゲーぬくい文章だった
文章に愛があるよ愛が
最近のプリクラはポーズ見本とかあるのか…
皆さんの文章内容だけじゃなく纏まり方が素敵ですね
自分大長編になっちゃったんで推敲&大幅カットだ
カットなんてもったいない
>>737 春田ごめん。お前だけは何になるか全然空想できんかったorz
何が言いたかったというと竜児と大河と亜美を同じ大学にしたかったということです。
>>723 GJっす
春田は親父の後継ぐか、専門らしいな、たしか
>>736 プリクラSSついにキター
GJ
可愛いよみのりん
>>736 こちらこそありがとうございます><
心が暖かくなるみのドラSS
やっぱりみのドラが好きです。
みのりん可愛すぎる
春田は美大だろ
>>736 もしこの組み合わせが実現してたら、あり得そうな暖かい話ですな。お見事です。
>>741 進路の想像は後日談系SSでは大事な要素だし、いい感じに仕上がってる。春田が浮いちゃったのが残念だけどね。
そういえば原作は本編と外伝の接続に気を遣っている印象があるけど、春田の進路話がやや微妙なんだよな。
具体的な日時は不明だけど『春になったら……』は秋から冬の時期、どう見積もっても9巻以前っぽいのに。あれか、意外とウソが上手いというフリだったのか。
>>736 GJ!同じみのりん派として嬉しく2828しっぱなしでした♪
俺も以前みのりんSSを書かせてもらったモンなんですが、2レス分に分けて投稿したいと思います。
タイトルは
『この先も、ずっと・・・』
です。
よろしくお願いしまっす!
私は誰かを好きになったことなんてない。愛するということがよく解らない。今までだって、これからだって、きっと変わらない。なのに・・・
-罪悪感は、なくなった?-
その言葉がまた頭の中で跳ね、胸に突き刺す様な痛みを走らせる。
いったいなんの事だい?
あっしにはまったく持ってなんの事やら、見当もつかねぇーな〜♪・・・・・なんて冗談、自分自身に通用するわけもなく、答えはすぐに返ってくる。
『高須竜児が・・・好き』
おちゃらけてもふざけても誤魔化す事のできない痛み。何度否定しても返ってくる答え。繰り返した分、痛みはより強さを増し、答えはより鮮やかさを増していく。
-だから私は誰も好きになんかなっていない!!-
そんな言葉が虚しく心を揺るがす。そしてまた痛みが走る。
そんな頑なな無限のループを描いた思考を遮るかのように、
カッキーン
鈍く響く音と白いボールが青い空と実乃梨の視界を切り裂いて行った・・・。
「気にしなくたって良いよ。練習試合だしさっ!」
「元気出してください、部長!」
口々に実乃梨を励ましてくれる部員逹。なんとか笑顔を作ってみるが多分うまく笑えていないのだろう。
部員逹の目がそれを如実に伝えてくれていた。
「私、ちょっとグラウンドを走ってくるね!!」
いたたまれなくなって、その場を逃げ出す。
「何をやってんだろう、私は!?このままじゃダメダメだ」
なんとかしなきゃと焦る気持ちとは裏腹に、思考のループはいまだ、頭と心の片隅で周り続ける。
「このままじゃもっときっと、取り返しのつかないような大きな失敗をしてしまいそうだよ・・・」
泣き言めいた口調で独りごちる。そして、後々思い知る。この時の予想は、きっと神憑り的なものだったのかも知れないと言うことを・・・。
ガチャーンっと大きな音をたて、打ち上げたボールはガラスと星を砕いた。
それは親友の大切な、とても大切なクリスタルの星。崩れ落ちたツリーの残骸の中にあっても一際その存在を主張するかの様な輝きは、実乃梨の眼を捕らえて離さず、罪悪感だけが頭と心を支配していった。
独りで直させてと強がり座り込むが、眼が霞んでよく見えない。指も震えてうまく機能しない。そんな実乃梨を見かねて横に座り、黙々と手伝ってくれる竜児の言葉が、暖かさが眼からついに涙を溢れさせた。 気付けば何度も何度も名前を呼んでいた。
『直るんだ、何度でも』
その言葉が実乃梨の中に染み込んでいく様な気がした。
「本当に、すみませんでした!」
実乃梨は深く頭を下げる。部員逹も一緒になって頭を下げてくれる。
「こんな部長で、ごめん・・・・・・!」と部員逹にも頭を下げる。
そんな実乃梨の肩を何人かが優しく叩いてくれた。
また泣き出しそうになる目頭を押さえて体育館を出て走り出そうとしたその時―
「明日、来てくれよ!パーティー!・・・・・・おまえと一緒に、過ごしたいから!」
心臓が鳴った。今まで聞いたこともないような大きな音で。暖かさが心に広がる。また名前を呼びたかった、でも―
「こんな迷惑かけちゃったんだもん。行けないよ、私は」
その思いを押し殺すように言葉と共に首を横に降る。それでも竜児は―
「でも待ってるから!」
力強く真剣に語りかけてくれる。一瞬頬が紅潮しかけ、あのループを思い出し青ざめる。そして、
-この人を好きになってはいけない-
明確なループの答えを導きだす。
「・・・・・・待たないで。行かないからさ」
と実乃梨はついに走り出す。何もかもを振り払うように。
「待ってる!!」
竜児の真っ直ぐな言葉が実乃梨の背中に突き刺ささった。
心がまた痛みを増していった・・・。
「櫛枝、もう今日はあがろうよ。」
「部長、今日は終わりにして、帰りにみんなでスドバ行きませんか?」
多分気を使ってくれているのだろう。だが実乃梨は部員逹の行為を無にするようにバットを振り続ける。
今はどうしても独りになりたかったから。
「先に上がっちゃってくんな♪後片付けは私が全部やるからさっ!」
いった言葉の明るさとは対照的な顔色に、誰もそれ以上、声はかけられなかった。
そのまま独りでバットを振り続ける。もうどのくらい経ったのだろうか?辺りも暗くなり、空には月が輝いていた。ふと月明かりに気がつき素振りをやめ、夜空を見上げる。
『おまえと一緒に、過ごしたいから!』
不意に竜児の事を思い出し、また視界が霞む。
「好きになっちゃいけないんだ・・・。だって高須くんは大河の大切な・・・」
思い、涙が流れる。
初めて人を好きになった。でもそれは絶対に叶わない恋。叶えてはいけない願い。
-人を好きになる事が、愛する事がこんなに辛いなら知らなければよかった。蚊帳の外でいた方がどれ程良かっただろう?
初恋も叶わず、夢も挫折する。私は今まで何を頑張ってきたのだろう?
これからどうすればいいのだろう?-
思考のループは混迷を極めていた。なんとかそれを振り払うようにもう一度バットを振る。
二度三度振るうちに嫌な痛みが手に走った。
豆がつぶれ血が流れる。
「あはっ♪こりゃもう、どん詰まりだな♪」
笑顔でそのまましゃがみこみ、顔を膝で抱える。
膝と膝の小さな隙間から嗚咽が漏れてきた。
声を出して泣いていた。
「痛いよ・・・。淋しいよ・・・。寒いよ・・・」
冬の夜風が身体と心を芯まで冷していった。
「高須、くん・・・」
堪えきれず、思い人の名を呼ぶ。
「高須くん・・・」
『おう』
先程の語らいを思い出す。
「高須くん、高須くん・・・」『聞いてるよ』
ずっと隣に居てくれた体温を。
「高須くん・・・」
『いるよ』
もう一度・・・
「高須くん・・・」
「『いるよ』」
身体と心が少し暖まった気がしてもう一度呟く・・・
「高須くん・・・」
「いるよ」
もう一度・・・
「高須くん・・・」
「たがらいるよっ!」
もういち・・・ど?
「高須くん・・・っふぇ?」
「たがらいるってばよっ!」
カバッと実乃梨は勢いよく顔をあげる。肩にかけられているコートに気付く。
そして目の前に立つ竜児に気付く。
「えっあっえ?何で高須くんがここにいるの?」
驚きのあまり動きが鈍り立ち上がった衝動で前に転びそうになり、竜児に肩を抱かれる形になる。
「おう!?あぶねぇなぁ〜。大丈夫か、櫛枝?」
頬が上気していくのが手に取るようにわかった。慌てて立ち直そうとするが、色々と噛み合ってどうもうまくいかない。
そんなあたふたしている実乃梨の身体を堪えきれずに竜児が抱き締める。
「・・・っ!?た、高須きゅん、な、何をするんだい!?」
「わ、悪い!つい・・・」
真っ赤になる実乃梨を見て竜児も顔を赤らめ手を離す。
暫しの沈黙。
先に口を開いたのは竜児だった。
「待ってるって言ったけど、待ってるだけじゃ何も変えられないと思ったから、自分から来たんだ。」
唐突な答えに実乃梨は困惑する。
「ど、どーいう事かな?」
しどろもどろになりそうな口を抑え、なんとか言葉を紡ぐ。
「お前が何でここにいるんだって聞いたからそれに答えたんだよ!」
「いや、そーじゃなくって、何で私に会いに来たのかってことを・・・」
言いかけて実乃梨は言葉を止めた。彼は好きになってはいけない相手なのだ。
冷静を装い、淡々と語る。
「私は待たないでって言ったよね?それは来てほしいって意味じゃなくて、会いたくないって意味なんだよ、高須くん。」
と静かに言って竜児に背を向ける。ぐっと涙を堪えて。
「早く帰って。大河が待ってるんでしょ?寂しい寂しいって泣いちゃってるかもよ?」
すこし意地悪く言い放つ。私は彼に嫌われなければならないのだ。そうじゃなければ、大河が不幸になるから・・・
「大河にはちゃんと言ってきた。これから櫛枝に会って気持ちを伝えてくるって。」
胸が痛んだ。それを逆に力に変え、怒気を孕んだ声で伝える。
「私は高須くんになんか会いたくなんてないの!!練習の邪魔になるから早く帰ってっ!!」
後ろを向いたまま叫ぶ。顔見ては到底言うことなんてできないから。もうすでに涙は溢れる寸前なのだから。それでもと、竜児も一歩も引かない。
「俺はお前に想いを伝えたい!お前が、お前の事が一年半以上も前から好きだったってことを、ずっとお前だけを好きだったんだってことを・・・お前に、櫛枝実乃梨にそう伝えたいだっ!!」
それはもうすでに、告白以外の何者でもない言霊であった。
「そ、そんなんじゃもう伝えちゃってるのと同じじゃないですか?高須くん・・・」
小声で独りごちる。実乃梨は後ろ向きのまま考えた。思考のループの行き着いた答えを、好きになってはいけないという答えを。考えて・・・・・・止めた。
すでに溢れている涙が、頭と心のなかに占める暖かい感情が、自分の本当の答えだと理解したから。理解できたから。
「高須くん・・・」
実乃梨は振り返り竜児を見つめる。涙でグシャグシャになった顔で真っ直ぐに竜児を見つめる。そして・・・・・・
「私も高須くんが・・・高須竜児が好き!」
最初は小さく、だが次第と感情の高まりに合わせ最後は大声で叫ぶ。
「櫛枝!!」
「高須くん!!」
2人は抱き合う。冷えた身体に熱を分け与えるように、優しく包み込むように。抱き締め合う。
しばらく体温を感じあった後、すこし冷静になり、恥ずかしさからズサッと実乃梨が身体を離す。
ほわんほわんとよくわからない形に手足を動かしながら、竜児と少し距離をとる。その間中も「あひゃひゃ、あひゃひゃ」と顔を赤らめながら笑っている。
しばらくして涙がやっと気になり出したのか掌で拭う。すると、
「おう!?お前、鼻、鼻血」
「ふぇっ?な、なんと〜」
好きな人の前でなんたる失態、焦り掌を見るがそれは鼻血ではなくつぶれた豆からの血で。
「なんだよも〜高須くん。鼻血だなんて言うからビックリしちゃったじゃないかい。このあわてんぼさんめっ!」
焦りと照れからさらに紅潮した顔を竜児に向けようとしたその時?-タラッ-っとたしかな擬音とぬめっとした生暖かい水滴が掌に落ちる。
「あれっ?」
「いや、ホントに出てるから!!とりあえずとめなきゃだろ、こっちこい!」
優しくも力強い手つきで、実乃梨は抗うことすらできず引き寄せられる。
モジモジとしながらも竜児に向け顔をあげる。
竜児が優しくティッシュを鼻に詰め、そして―
「櫛枝、お前って案外人の話を聞かないよな。どっか抜けてるし。そのくせ独りで悩み込んでる・・・
でも、これからは俺がいる。俺がお前を支えていく。夢もUFO探しも俺が隣で手伝ってやるからな!!・・・好きだ、櫛枝」
「高須くん・・・私も好き、大好き」
お互いの唇が重なる―
唇から伝わる熱が彼とならこれからの苦難を乗り越えられると教えてくれた。理由はわからないが、実感はある。だって―
私は誰かを好きになったことなんてない。愛するということがよく解らない。今までだって、これからだって、きっと変わらない・・・そんな頑なな思考のループ。その終わりを、今日私は知ったのだから。
彼が教えてくれたのだから。
だからきっとこの先も、ずっと・・・・・・2人で・・・・・・
END?
月明かりに照らされる2人を見つめる、これまた揃いの影2つ―
「本当に良いのちびトラ?」「良いの。2人が幸せなら。だって良いことでしょう?
親友と好きな人が結ばれるなんて、これ以上の幸せなんてないもの」
「まぁ〜アンタが良いなら別に良いけど〜」
「それにね」
「っん?」
「私にはアンタもいるもの」
「なっ!?な、なにバカなこと言ってんのよ、ちびトラ!!」
「さっ行くわよバカチー。ファミレスでなんか奢って!」
「はぁ〜!なんでこの亜美ちゃんさまがアンタなんかに奢んなくっちゃなんないのよ!!」
「つべこべ言わずにさっさと歩く!!」
「アンタねぇ!」
「失恋したもの同士仲良く行くわよ・・・」
「えっ!?ちょっとアンタそれどーいう意味よ、あみちゃんわかんなーい。って、おい!!ちょっ待ちなさいよ、ちびトラー!」
哀しみを乗り越えて立ち去る影も揃って2つ。でこぼこだけと、どこか似ている影2つ・・・・・・。
END
以上です。
すみません全然2レス分じゃ収まりませんでした。
始終シリアス、最後にちょこっとコメディにしてみました。
みのりんのHappy end、全く考えつかず自分で書いていて悲しい結末になりそうななって焦りました。
お目汚し失礼いたしました!
GJ
乙です
GJ
こういう展開いいよー!!
あれ何か視界がボヤけ…
リアルに泣いた俺は負けか?
>>761 なら俺も負け組だ…
原作とアニメが終わった今、みのりんSSはHappyENDでも泣ける…
三人娘どれも泣ける…
誰もいない深夜に、こっそりと投稿してみます
でも、長いので多分途中で切られるだろうな・・・
ふたりだけの(修学)旅行 【竜児×亜美 H未満】
年が明け新学期、大河に励まされ何とか登校した竜児を待っていたのは三泊四日のはずの沖縄修学旅行が、二泊三日の冬山に変更されたという知らせだった。
太陽輝く沖縄よりは、灰色の雪山が今の自分にこそお似合いかと自嘲気味になった竜児が、本屋をスルーし、立ち寄った病院で待っていたのは、年末の入院費用の請求書・・・
そこには、高須家の家計を根本から揺るがすような金額が記されていた。
「ありえねぇ・・・どうすんだよ、これ・・・」
翌日、少し早めに家を出た竜児は教室には立ち寄らず、まっすぐに職員室に向かった。
クラスメートたちが来る前に担任を捕まえて、話しておきたいことがあったのだ。
ところが・・・職員室のドアを開けると、独身の机の前には意外な先客がいた。
今年初めてその御尊顔を拝ませていただいた2−Cの、いや全校のアイドル・川島亜美が
何やら独身と揉めている様子。
考えてみれば、あのイブのクリパ以来の再会と言うことになるのか。
そして自分は、亜美の忠告に従わず大怪我をした上に大病を患ったわけで・・・
「だーかーらー、無理なんですってばー」
「でもね、川嶋さん・・・一生に一度の、高校二年の修学旅行なのよ?」
「それは分かっていますけど、旅行の出発時間が、普段の始業より早くなるなんて思ってなかったんです。ですから、無理なんです」
「それは、予定が急に変更になっちゃったから・・・あら? 高須君? 早いのね」
独身がようやく竜児に気がついたらしく、笑顔を向けてくる。
同時に亜美が、ギョッとした表情で振り向いた。
どうやら、竜児には聞かれたくない話をしていたようだ。
「おはようございます(結婚)むりちゃん先生。ちょっと先生にお話がありまして・・・」
「まさか高須君まで、修学旅行欠席します、なんて言わないわよね?」
担任のいきなりの一言に(何でいきなり言い当てられてるんだ? とうとう独身術に目覚
めたのか? それとも30歳までだと魔女になるというあれか?・・・)などと思いつつ
そんなことは、顔には決して出さないようにする竜児。
「あっ、そうだ! 高須君からも言ってあげてくれないかな?」
「・・・・・・何をですか?」
言ってることが意味不明、こういうところが三十路にして独身たるゆえんなのでは・・・
「川嶋さんが、修学旅行に行かないって言うのよ」
「えぇっ?」
あわてて亜美の顔を見返す竜児に、亜美はチッと小さく舌打ちして目をそらし、
「行かないんじゃありません、行けなくなったと言ったんです」
知られたくなかった・・・という表情で、竜児から顔をそむける亜美。
「川嶋、どういうことだよ」
亜美は答えず、代わりに独身が説明する。
「ほら、沖縄が雪山に変更になったでしょう。それでバスの出発時間が、沖縄に行く時の飛行機の予定より、ずっと早くなっちゃって・・・」
独身の話を受けて、渋々という感じで説明を始める亜美。
「あたしは、前の日に地方でグラビアの撮影があるの。飛行機に乗るバスの時間なら、
間に合うはずだったんだけど、雪山スキーのバスの出発時間には、始発で帰ってきても間に合わないの。だから修学旅行には、行けないの」
「そうなのか・・・」
川嶋も居残り組か・・・などと喜べるはずもないが、
「だから・・・電車で後から追いかければ、お昼過ぎにはゲレンデで合流出来るってば!」
「みんながバスで楽しく旅行してるのに、一人寂しく電車なんて嫌です! 高須君だってそれくらい、わかるでしょ?」
「おう・・・つうか、お前が一人旅って時点でダメダメだろうと思うが」
竜児としては、素直に自分の思ったままを言ってみたつもりだったのだが、
「・・・亜美ちゃんのこと、電車にも乗れないようなダメ人間だとか思ってるわけ?」
亜美の目つきがきつくなる、睨んでいる一方で拗ねてるような顔にも見える。
「そうじゃなくて・・・お前みたいな綺麗な女の子が、一人で電車旅なんかしてたら大変なんじゃないのか?ってことだよ。ナンパとかいろいろとさ?」
言った途端に、亜美の整った顔がマンガのように真っ赤になっていった。
これは極めて珍しい反応だと言える。
普段なら、『高須君ってば、何当たり前のこと言ってんの〜お・ば・か・さ・ん〜』
くらいの返事が帰って来ても、よさそうなものなのだが・・・。
「まぁ・・・た、た、確かにそういうのはウザいけどね」
何故かしどろもどろになっているし、こういう亜美も珍しい。
「うーん、川嶋さんの場合は確かにそういう心配があるか・・・いいわねぇ・・・若くて綺麗で、スタイル良くて、モテモテで・・・17歳で・・・将来が・・・(ブツブツ)」
担任が何やら暗黒面に落ちていきそうなので、慌てて止めに入ることにする。
「い・・・いや、先生もまだまだ全然若いじゃないですか!」
「・・・17歳の高校生に、三十路過ぎた独身女を“若い”と言われてもねぇ・・・」
マズイ・・・却って独身の心の何かに触れてしまったようだ。
「う゛・・・おい川嶋、何とか言ってやってくれよ」
亜美は未だ赤い顔のまま、ぼんやりと夢見心地のような感じだったが、
「え?何?・・・ああ、ゆりちゃん先生のこと?・・・大丈夫ですよう。先生だってまだ17歳と165カ月なだけじゃないですかっ」明るく笑う亜美、
「お前っ! よりによって、なんて危険な表現法を使うんだっ!」
「165ヵ月!・・・4950日!・・・118800時間!・・・分だと・・・」
「先生!分とか秒とかいいですから! 生命誕生30億年の歴史に比べれば13年なんてゼロと同じですからっ! しっかりして下さい、先生っ! (結婚)むり先生っ!」
いきなり名前を素で間違える竜児に、ゆりが突然正気に戻った。
「高須君・・・先生の名前は恋ヶ窪ゆりです。恋崖っぷち結婚むり、ではありません・・・」
(誰だ、それ?)という気持ちは押しとどめて、竜児は話を元に戻そうと試みる。
「先生(の結婚)がむりか、ゆりかは置いといて、今は川嶋の旅行の話じゃないんですか?」
担任としての使命感が独身三十路の絶望感を上回ったのか、(結婚)むり先生が正気に戻る。
「はっ、そうでした。川嶋さんが旅行行かないとクラスの皆・特に男子が寂しがるわよ?高須君も、川嶋さんが旅行に来なかったら寂しいわよね? つまらないわよね?」
いや、竜児一個人がどう思おうと亜美の旅行不参加の決定に何かの影響を与えられるとも
思えないのだが・・・と竜児が答えを探していると、
「えーっ?先生〜・・・高須君が『あたしが行かないと寂しい』なんて思うわけないじゃ
ないですか〜」
「そ、そんなことはないわよね、ね、ね? 高須君?」
「いや、おれは別に・・・」
「さ・び・し・い・わ・よ・ね!!!」
この野郎少しは空気読めよ、あんた北村君と並んで川嶋亜美と仲の良い男子の双璧じゃ
ねーのかよ!・・・などという担任(独身三十路)の心中など分かろうはずもなく
「まあ、みんなは寂しがるだろうなぁ・・・俺には、全く関係ないけどな」
竜児の、あまりと言えばあまりの暴言に担任の眦がカッと吊り上がる。
同時に、亜美の視線が凶悪にきらめいて、
「ほら先生、高須君は亜美ちゃんが旅行に行こうが行くまいが『関係ない』んですって〜」
亜美の口調は完全に、竜児を非難しているとしか思えないトーンに変わっている。
「・・・高須君、どうしてそこで『川嶋の行かない修学旅行なんて嫌だ!お前が行かないなら俺も行くのをやめる! やめゆうぅぅぅ』くらいのことが言えないの・・・」
独身が頭を抱えて溜息を漏らす。亜美が
「高須君がそんなこと言うわけないじゃん」と小さな声で呟いたが誰にも聞こえていない。
学園祭でもクリスマスパーティーでも、自分がどんなに頑張ってみせても竜児が見ている
のは、手乗りタイガーと実乃梨ちゃん。
そんなことは嫌というほど知っているし、自分が一番になれないのも分かっている。
そもそも竜児は「川嶋の周りには大勢いるんだし自分は特に必要ない」と考えている上に
「大河は一人きりなんだから、俺がいなくてはダメだ」と思っている節がある。
亜美が「竜児一人がいてくれればそれでいい」と思っても、そんなことは信じてくれない。
自業自得とは言え、竜児が亜美のために旅行に行かない、なんてことはありえない・・・。
だからなのか・・・少しずつ自分の内に内にと、潜って行きかけた亜美の耳に、その声は
錯覚としか思えなかった。
「先生、俺も、修学旅行、行きません!」
「そうそう、高須君、やれば出来るんじゃない・・・って、えぇっ!?」
独身の声にびっくりして、亜美も竜児の顔を見つめる。
今、なんて言ったのだ、この男は? 修学旅行に行かない?
「・・・と言うかですね。川嶋とは関係なく俺も、修学旅行には行けませんので」
「「はぁ?」」
独身と亜美の声が重なる。
「朝早くから先生を探していたのは、それを伝えるためだったんですけど・・・」
「「何で?」」
またしても二人同時。
竜児は亜美の方をちらりと見て、一瞬ためらった後、
「冬休みにインフルエンザで、何日か入院してしまいまして」
独身が首を傾げる・・・だから? と思っているのが明らかだ。
入院の件は、大河の「あんたが年末にでも死のうものなら、みんなの予定が滅茶苦茶に
なっちゃうでしょ!」との一言で、独身には連絡済みである。
亜美の方は、そもそも入院の事実自体を知らなかったはずで、目をぱちくりしている。
「その時の入院・検査・点滴なんかの費用請求が来たんですが・・・高須家の家系を圧迫するくらいの額になっているんです・・・」
「・・・・・・つまり、修学旅行の積立金を返還してもらって、それに当てようと?」
返事をせずに、竜児はうなづいた。
独身は一年生の時には副担任だったし、高須家が複雑な家庭環境なのも、理解してくれて
いるはずだ。
そもそもが、三泊四日の沖縄旅行なんて竜児には贅沢過ぎる話だった。
母親の泰子がどうしても、というから行くつもりになっていただけなのだ。
年末に突発事態が発生した今、しかもこの心理状態で冬山なんてはっきり言って行きたく
ないに決まっているし、行けるわけもない。
大河がなんと言おうと、これが最後のチャンス・イベントだろうが先立つ物がないのでは
如何ともし難いのが現実というものだ・・・実乃梨とも顔を合わせなくて済むし。
「そんな・・・川嶋さんだけじゃなくて、高須君まで。高須君が行かなかったら・・・
行かなかったら・・・」
独身の声が、だんだんと小さくなって行く。
きっと頭の中で、言葉をどう続ければ良いのか考えているのだろう。
「・・・そう!高須君が行かなかったら絶対に北村君が寂しがるわ! 春田君や春田君や春田君なんかもっ!」
・・・川嶋の時は「クラスのみんな」で、俺だと北村と春田なのかと思わず苦笑。
そう思いつつ、入学当初だったら、俺が休むと知ったら、クラスのほとんどが大喜びした
だろうなぁと思い直す・・・当時副担任だった、この独身も含めてなのだが。
今は数人とは言え、自分の不在を寂しがってくれる奴らがいるはずだ。
「そうそう、あと能登君もね!」独身が何やら続けているのをサラッと流して考える。
実乃梨はともかく、大河は自分が行かなければ、多分だが寂しがってくれるだろう。
・・・って、大河? 何かが引っ掛かったが、独身の声でそれも消えてしまった。
「ねえ、高須君・・・どうしても無理そうなの?」
「残念ですけど、家計の危機なので。それに・・・」
「それに?」
「いや何でもないです。それより遅れてなら行ける、川嶋の方を説得した方がいいんじゃないんですか?」
さりげなく話をそらして亜美の方を見ると・・・亜美は何かを考え込んでいた。
「川嶋?どうかしたか?」
竜児の声に、はっと我に返ったように、
「えっ?何?高須君?」
あわてた様子の亜美を、竜児は訝しく見つめる。
「高須君はご家庭の事情だから仕方ないとして、川嶋さんは出来るなら行った方がいいんじゃないか、ってことです」
「うーん・・・・・・」
顎に人差し指を当てる、というマンガでも最近は見かけないポーズで固まっている亜美は、
さすがにモデルというべきか、顎のラインも人差し指の細さも、そこらの女子高生が束に
なっても、足元にも及ばないだろう美しさ。
それも無意識のうちにだろうから、恐ろしいったらない。
真剣に考え込んでいるためか、表情はいつものぶりっ子仮面とも腹黒ちわわとも違って
年相応の少女のものになっていて、それが竜児には嬉しく映る。
(めったに見せないけど、こいつもこういう顔が出来るんだよな・・・)
こんな時間に……!
朝の光を浴びた亜美の姿につい見とれていると、少しして亜美が妙なことを言い出した。
「・・・先生? あたしが修学旅行に行けなかった・・・として、ですね」
「なあに? 川嶋さん」
「その三日間の扱いって、どうなるんですか? 修学旅行って授業の一環として行われているんですよね? お休みしたってことになっちゃうんですか?」
「え? え・・・えぇと、どうなるのかしらねぇ?」
おいおい、質問してるのは川嶋の方だろ、生徒に聞き返してどうする。
と心の中で突っ込みつつも、亜美の質問の意図は竜児にも分からない。
「他の先生方に確認しておいていただけませんか? 昼休みにでも聞きに行きますから」
「それはいいですけど・・・休み扱いなら行くけど、違うなら行かない、なんていうのは先生、認めませんからね」
「いえ、行けないことは決定なんですけど・・・ちょっと気になることがあるので」
独身は納得していない顔ながらも、必ず確認すると約束してくれた。
取りあえず要件は済んだので、職員室を出て亜美と並んで教室に向かうことにする。
それにしても、こいつが行けないと知ったらみんな(特に男子)はガッカリするだろうな、
たとえ沖縄じゃなくなったとしても・・・などと竜児が考えていると、
「ねぇ高須君、旅行に行けないことタイガーにはもう言ってあるの?」
亜美が痛いところを聞いてきた。
「まだ誰にも言ってねぇ・・・まず独身に言わなきゃな、と思ってたからな」
「ふーん・・・タイガーがっかりするだろうねぇ・・・もしかしたら実乃梨ちゃんも」
亜美の言葉に、とたんに脚が重くなるのを感じてしまった。
イブの夜、先に帰ってしまった亜美は、あの後に何があったのか知るはずもないのだ。
自分が実乃梨に振られた、などということは・・・。
「・・・櫛枝はがっかりしたりはしないと思う。大河も、今年からは俺離れをして一人で頑張る、みたいなこと言ってたから多分平気だろう」
会話に少し、間が空いた。
あー・・・人がいたとは・・・お恥ずかしい限りです(汗
「みのりちゃんと何かあったの?」
目を細めて竜児の顔を見つめる亜美の様子には、いつものからかう様子が見られず竜児は
意外に感じた。
好奇心でも厭味でもない気遣うような目に見え、ついつい腹黒魔女の前で本音を漏らして
しまう。
「イブにふられた・・・つうか、ふられる前に告白自体を拒否られた、以上」
「・・・それで、熱出して寝込んでたの?」
まただ。
今の言葉にもからかってやろうという響きがない、それどころか竜児のことを心配してる
かのような柔らかさ・暖かさが感じられる・・・間違いなく気のせいだろうが。
「熱が出たのはインフルエンザのせいだ、三日間入院して退院後も自宅療養してた」
「大変な年末年始だったんだね・・・」
まあな、と竜児は苦笑する。
「大河にクリスマスケーキ焼いてやれなかったし、年越しソバも、雑煮もおせちも作ってやれない年末年始だった・・・大掃除も出来なかったしな・・・川嶋は?」
「イブのパーティーの後、クリスマスから実家に帰って年末年始は海外・・パパとママが
日本に帰った後は、そのまま向こうでお仕事よ」
「羨ましがるべきなんだか、大変だなと同情するべきなんだか・・・微妙な年末だな」
亜美が、むっとしたような微妙に怒ったような顔を竜児に向ける。
「本当に大変だったのは高須君の方でしょう。日本にいたら、絶対お見舞いに行ったのに」
「店が休みで、泰子が面倒みてくれたからな。俺は横になって呻ってただけだし、川嶋が
来てくれても何も相手してやれなかったよ」
「それでも、お見舞いに行きたかったの! でもまあ、元気になって良かったね、って・・・」
亜美が急に言いよどむ。
竜児は首をかしげて亜美の方を見た。
「・・・元気になったのは、体の方だけだよね。まだ二週間しか経ってないんだもんね」
何が二週間なんだ? と聞き直しそうになって、竜児は自分で自分にあきれてしまった。
イブに実乃梨に振られてから、まだ二週間だと亜美は言っているのだ。
そんなことも忘れているのか、自分は。
インフルエンザの高熱で、記憶を無くしてしまったとしか思えない気がした。
「・・・まあ、さっき先生の前では言えなかったけど、正直なところ今の俺は、冬山に行きたいような心境でないのは確かだよ」
「そう・・・だよね・・・」
つぶやく亜美の声を始業のチャイムがさえぎった。
修学旅行の話題で浮かれまくっているクラスメートの中、竜児は『自分が行けなくなった』
ことを切り出せずに、そのまま何となく休み時間を過ごしてしまっていた。
大河も実乃梨も北村も、すごく旅行を楽しみにしているのが分かり、言えなかったのだ。
今日は午前授業をはさんで、午後はホームルームで旅行の班を決めれば終わり。
そこで言うしかないか・・・と教室を見まわしてみて、ふと気が付いた。
そう言えば亜美の姿が見えない・・・多分、旅行に行けない間の扱いがどうなるのかを
独身に確認しに行っているんだろう、と考えていたら当の川嶋亜美が教室に戻ってきた。
何だかよく分からないが、つかつかと竜児の席までやってきて、右手を差し伸べる。
「高須君、三日間よろしくね」
教室が一瞬しんとなった後、ざわめきだす。
(何で高須ばっかり・・・)
(亜美ちゃん、やっぱり高須君狙いかぁ)
(つうか、これフライングじゃね?)
(これでまるおくんとタイガー含めた四人は、同じ班確定っ?)
やかましい教室を置き去りに、竜児の頭の中は???で一杯だ。
三日間よろしくって・・・俺もお前も居残り組じゃねーかよ? 旅行行けないだろうが?
「はいはいはーい」
独身が両手を叩きながら教室に入ってくる。
「それでは、みんな席に着いて〜。これから修学旅行の班分けをします。今日は班分けが終わったら、自由解散です。班ごとに旅行の計画を練るもよし。取りあえず帰るもよし。
八人で男女混合の班を作って下さ〜い」
八人・・・うちのクラスは41人だから、行けない俺と川嶋を除くと39人、一つの班は
七人になるってことだな・・・などと竜児が考えている所で
「高須ぅ!」
「高っちゃん」
「高須〜」
男三人衆がやってくる。
「当然、俺たちの班の男子はこの四人だよな!」
はっはっはっと笑う親友には申し訳ないと思うのだが。
「あ、あのな北村・・・」
説明しようとしたところに、今度は大河の声が飛ぶ。
「竜児っ! あたしみのりんと組むけど、竜児も入れてやってもいいわよっ」
「おお、逢坂と櫛枝か。これも当然、俺たちと同じ班だよな、高須」
「いや・・・あのな、北村聞いてくれ」
言った瞬間、実乃梨が目をそらして俯いたのが分かった・・・
そう言う意味じゃねーんだよ、櫛枝! と竜児が言いかけた瞬間、
「高須君・・・あなた、まだ話してないの?」
独身の低い声が耳に届いた。
大河が何事?と竜児を見る。実乃梨も伏せていた目を上げる。
北村はきょとんとした顔で独身のことを見つめている。
「・・・みなさんにお知らせすることがあります・・・私から、言っていいのね?」
独身の視線に、竜児はうなずきで返す。
「高須君は・・・事情により、今回の修学旅行には参加しません」
一瞬、教室が静まり返った後、
「竜「えぇぇぇぇぇぇっ!」児、何で!」という大河の叫びを北村の絶叫がさえぎる。
ああ・・・俺は少なくとも男友達には恵まれたみたいだな、と思う竜児の意識の中・・・
「高須、何でだよ!」「高っちゃん!」「高須寂しいよぅ高須」という男子の声がするが、
独身がゆっくりと第二弾攻撃に移り・・・先制弾が単なる挨拶のような核爆弾を落とす。
「実はもう一人、修学旅行に参加出来なくなった人がいます・・・・・・」
教室中が静まり返った。
(高須が行かないってことは、タイガーか?)
(いや、タイガーは高須の不参加、知らなかったみたいだゾ)
(じゃあ、北村か?)
(北村は絶叫してただろーが!)
・・・クラスの雰囲気がどんどんと怪しくなっていく。
(まさか・・・)
(嘘だろ・・・)
(そんな・・・)
(やめてくれよ・・・)
「川嶋亜美さんが、仕事の都合で修学旅行に行けなくなりました」
独身の宣言に、2−C全体が悲鳴を上げた・・・主に男子の絶叫なのだが。
阿鼻叫喚というか地獄絵図というか・・・混乱の極みに陥った2−Cの中で、
「と・に・か・く! 高須君と川嶋さんを除いた39人で5つの班を作って下さい!」
独身の怒号に近い叫びが響き・・・大河の班は、櫛枝、木原、香椎、北村、能登、春田の
七人で決まったようだ。
普段なら自分と亜美が加わるだろうから、まあ不自然なことはないだろう。
その七人が取り囲んでいるのは、自分と亜美だ。
「竜児、何で?」
「・・・」
「高須! お前が行かないなら俺も行くのやめる、やめゆうぅぅ!」
「高っちゃん!」
「高須ぅ〜」
「亜美ちゃん、どうして? まるおは知ってたの?」
「仕事って・・・沖縄行こうねって言ってたじゃない」
一斉に騒ぎ立てるな、つうか櫛枝が勘違いしていると嫌だし、とっとと説明してしまおう。
「年末にインフルエンザで入院した。んで旅行に行く金がなくなった。以上」
う゛・・・と黙り込む男子軍団。
北村だけでなく能登も春田も、高須家が決して裕福な家庭ではないことぐらい知っている。
知っているから何も言えないのだろうし、それはむしろありがたいとも思う。
「でも・・・」
知っていても納得できないらしいのは大河か。
楽しみにしてたみたいだもんな、修学旅行。
「日程の変更で、集合時間に間に合わなくなっちゃったの」と一方の亜美。
「え〜・・・亜美ちゃんがいないなんてつまんないよ〜」
「仕方ないよ、麻耶。お仕事なんだから」
何となくしょんぼりする七人の中で、やはり空気を読めない約一名が、
「でもでも〜じゃあ、高っちゃんと亜美ちゃんは三日間、何してんの? 家でゴロゴロ?
それとも二人で、どっか別のとこ行くとか? あ、群馬がいいよ! 群馬っ!」
「なっ! なんですってーっ!」
大河が睨みつけるのは、理不尽な気はするが春田じゃなくて竜児だ。
「そう言えば、さっき三日間よろしくとか言ってたな。何のことだ、川嶋?」
「ん?あ〜そうそう。さっき、ゆりちゃんに聞いたんだけどぉ」
ニコニコと極上の天使スマイルを向けてくる亜美に、嫌な予感が広がって行く。
「修学旅行ってさぁ〜学校行事の一環なわけじゃない? つまり課外授業なわけ・・・
んでもって、それに参加できない可哀想な亜美ちゃんたち二人は〜」
いつの間にか教室中が静まり返って、亜美の話に注目しているのが竜児には恐ろしい。
「みんなが楽しくスキーしてる中、出された課題をこなさなきゃいけないんだって」
なるほど・・・居残り組は自由行動じゃなくて、プリントか何かで自習なのか。
何だ、そんなことか・・・と教室も普段の様子に戻るが、話はまだ続くようで、
「でもでも〜あたしと高須君が『二人っきりで』教室来ても仕方ないじゃない? 二年は
みんな修学旅行行っちゃってて、二階のフロアには誰もいないんだし、先生方も引率で
いないわけだし」
(誰もいないフロアに亜美ちゃんと高須が二人っきり!?)
(そんなの押し倒せって言ってるようなもんじゃないか!)
(うわ・・・亜美ちゃん、貞操の危機? まじでなのぉ?)
・・・教室内に不穏な空気が立ち込め始める、最大の瘴気は目の前の小さな少女からだ。
「・・・おい、ばかちー。何が言いたい」
亜美は余裕の目付きを大河に向けて言い放つ。
「だ・か・らぁ〜逢坂さんがスキーを楽しんでる三日間、代わりに亜美ちゃんが高須君の家に行って、二人で寂し〜くお勉強しなきゃならなくなっちゃったってこと。わかる?」
「「「「「「「なっ!!!!!!!」」」」」」」
大河だけじゃなく、実乃梨まで含めた七人が一斉に絶句する。
というかクラス全部が固まったのを見て、あわてた竜児は、
「ちょっと待て川嶋。学校に来ても仕方ないのは分かるが、何で俺んちでやるんだ?」
(俺んちで・・・犯る、だってよ!)
(高須君、犯るきまんまん?)
今やクラス全員が竜児と亜美の周りを取り囲んでいた。
もはや聞き耳を立てる気すらないらしい。
固唾を飲んで亜美の返事を待っていると、答は意外なところから返って来た。
「それはですね、高須君」
空気の嫁ない独身がいつのまにか、すぐ近くに来ていた。
つうかその存在感の薄さも、独身の理由の一つなんじゃないのか?
合コンとか行っても、ただの人数合わせだろアンタ・・・。
「川嶋さんのおうちは、修学旅行に合わせて、皆さんも旅行に出かけちゃうらしいの。
そうすると家には、川嶋さん一人だけになっちゃうでしょ?」
ここでいう「おうち」は亜美が世話になっているという叔父さん夫婦の家のことだろう。