サムライうさぎでエロパロ【新婚二夜目】

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234変化(へんげ) 十二:2010/05/26(水) 03:18:00 ID:TdEGj0dz
「ミツキちゃん、すごいね…」
さらさらした髪を撫でていると、ようやくミツキが顔を上げた。唾液で濡れた唇を舐める舌の動きが
やたら悩ましい。
「…気持ちいい?」
「すごくいいよ。またしたくなった」
「男の人はこうされるといいって、何かの本で読んだの」
染まった目元で微笑むミツキがゆらりと身を起こした。可愛い口で鍛えられた股間の一物は既に
限界に近いほど硬く張り詰めている。
「おいで、ミツキちゃん」
「うん」
腕を回して抱き合い、ひとしきり舌を絡ませ合う間にも互いの腹に揉まれて一物はますます硬く
なった。それを見遣ってミツキはまたぞっとするほど妖艶な笑みを浮かべる。指を添えて位置を
定めるなり、ゆっくりと腰を落としていく。
「あ、ん…」
この体勢は初めてだったせいもあって、簡単にはいかずに何度か身を捩りながらもようやく全て
を収めた。膣内は蕩けるほどに柔らかく、そしてひどく熱い。ミツキもまた感極まっていたことが
繋がる部分からも伝わってくる。
「気持ちいい…」
夢でも見ているような呟きが零れる。すっかり快感に支配されているのか、目の前で舞ってでも
いるように華奢な身体が揺れていた。それと共に、不規則に締め上げてくる内部の気紛れな動き
に不意を突かれて、危うく翻弄されそうになる。
「…すごすぎ」
「ね、アタシともっといっぱい気持ち良くなろ…」
手を取って乳房へと導かれ、頬と唇を挑発のように啄ばまれて、燻り続けていた欲望に突如と
して火がついた。
身体をずらして畳に寝転び、下から思い切り突き上げ始めると面白いようにミツキが身をくねらせ
ながら激しく喘ぎ始める。
「あぁ…すごい、熱いよおぉっ!」
その艶姿は見たこともない魅惑の図絵となって目の前で繰り広げられた。船の揺れも手伝って
いるせいで、いつも以上に感じているのが繋がっている膣内から生々しいほどに伝わってくる。
235変化(へんげ) 十三:2010/05/26(水) 03:19:04 ID:TdEGj0dz
あの普段は潔癖で気丈なミツキが今は快楽の虜となって淫らに腰を振り、髪を舞い上がらせて
いる。それが何とも扇情的で、もうどうなっても構わないとばかりに細腰をがっちりと掴んで突き
まくった。
「やぁあんっ!」
もう一切抑えることを忘れた声が船内に響き渡る。ミツキの内部を潤しているものが繋がった部分
から溢れ出して、腰が動く度に漏れる水音が外の果てなき波の音と混ざり合った。船の天井の灯
も遮るほどに激しく長い髪が揺れ動いている。
下から両手で乳房を捏ね上げてやれば、つられるように内部の熱が尚も激しく燃え盛った。この
華奢な身体の奥が異界そのものででもあるようだ。
「もっと、もっと感じて、ミツキちゃん」
「あ、あぁあっ!ああんっ!」
もうミツキには快感のあまり一片の正気も残っていないだろう。これほどまでに燃え狂う姿を目前
にしても、更にもっと追い詰めたいと思うほどに今のミツキは素晴らしく劣情をそそった。欲情の
あまり目が眩みそうになりながら、マサツネは身体を起こす。
「な、に?やぁああっ!」
快感に没頭していたミツキは、いきなりまた畳に押し倒されて浅ましいほどの声を上げた。反動で
内壁が激しく引き絞られ、危うく達してしまいそうになった。
「もうすぐだよ…」
「あんっ、はぁあんんっ!」
ぎりぎりまで抜いては一気に奥まで何度も突き立て、身体の中で黒く渦巻く快感にそろそろけり
をつけようときつく抱き締めながらミツキを攻めたてる。
「やぁ、アタシ、もうっ…」
壊れてしまうほど激しく攻められて、息も絶えだえにミツキが喘ぐ。次の瞬間に声すら失ったまま
身体が痙攣して膣内が驚くほど熱くなった。また達したのだ。
意思を持った生き物のように蠢く内部が、獲物を決して逃すまいと根元から貪欲に締め上がりに
かかる。
「うっあ…」
これが機と引き抜いた一物の矛先を傍らの畳に向けるなり、それはいともあっさりと精を放って
しまった。

「ミツキちゃん、大丈夫?」
後始末もそこそこに汗と涙にまみれたミツキの頬を撫でると、死んだように閉じられていた瞼が
ゆっくりと開いた。少しの間何も見えていないのか瞳が空間を彷徨っていたが、マサツネの姿を
確認すると涙が溢れる。
「…良かった、いてくれて」
放心していたうたかたの間に、何か怖い夢でも見たのだろうか。
「オレはどこにも行かないよ、それはミツキちゃんが一番分かってることだよね」
その言葉に、強張っていた表情が少しだけ和らいで笑顔がわずかに浮かんだ。
236変化(へんげ) 十四:2010/05/26(水) 03:20:01 ID:TdEGj0dz
微かな波の音だけが響いている。
さっきまで船の中に篭っていた異様なまでの熱気は開け放した窓から逃げて、今はただ静かな
時が流れている。
窓から見えるものは月も星もない黒い夜空と、時折灯を映して白く映える水面。
これまでのことが全て夢ででもあったように、二人は寄り添って何もない窓の外を眺めている。
「静かだね」
「うん」
大人しく抱き寄せられている襦袢姿のミツキはとても愛らしく、ずっとこのまま船で漂っていたいと
心底願った。けれどこの異界での夢の終わりは確実に近付いている。散り散りになっていた他の
船の灯が遠くにちらちらと見えているのだ。
「もうじき船着場に着く時刻だから、そろそろ支度しようか」
「…うん」
歓楽を極めてから、ミツキはまるで魂が抜けてしまったように物静かだ。疲れたのか、眠いのか
とも思ったのだが、思案する時間はもう残されていないようだ。

てんでの行き先で水上にいた屋形船は、再び船着場に集まってきていた。
「じゃ、降りようか。ミツキちゃん」
「うん」
乗り込んだ時と同様に、マサツネが先に船を降りてからミツキの手を取る。船から出たミツキは
夜風の肌寒さにふるりと身を震わせて無意識なのか身を寄せてきた。このままでいいから、と
言われたので結局結い直すことのなかった髪は、最初からそうだったようにさらさらと背で揺れ
ている。またいつかその髪を飾る時まで、懐の花簪はしまったままになりそうだ。
「寒い?」
「少し…」
手が冷たいのか、ミツキは白い指先を擦り合わせる。どこかで熱いお茶でも飲もうと言いかけた
が、後ろから唐突に肩を叩かれた。
龍造だった。
「たんと愉しんできたかい?」
今夜のことには確かに感謝してはいるが、馬鹿正直にはいそうですと言える訳もなく黙り込んで
いると、その代わりのようにミツキが頬を染めて口を開いた。
「…この世のこととも、思えませんでした…」
そのどこかまだ夢を見ているように甘い口調が、今夜の宴はまだ終わっていないと続きをせがむ
ように感じられて、収めた筈の淫心がまた湧き上がり出したのは無理もない。
237変化(へんげ) 十五:2010/05/26(水) 03:20:53 ID:TdEGj0dz
朝日に映える凛とした横顔が、木戸の隙間から見えた。
「今朝も早いなあ」
床の中でだらしなく寝返りを打ちながら、マサツネは大あくびをする。
ミツキは今日も元気にどこかの道場へ稽古をしに行く。腕を上げて師範となり、いずれは自らの
道場を持つ為に。父親の名に頼らず自らの力で生きていく為に。
そうしていつも頑張っているミツキが眩しく、側にいることすらも誇らしい。
マサツネもまた、今は必要に迫られて単なる仕立て直しで生計を立ててはいるが、近いうちに
再び一から好きな着物を仕立てることが出来次第、白狐屋という屋号を再開させる心積もりで
いる。江戸随一の仕立て屋になるのはそれからの話。
たとえどんなに遠回りでも、その先には目標がある。そんな大看板があれば心は決して揺らが
ない。それが現実というものだ。
今はただ出来ることだけを頑張るしか道はない。そう思っている。

あの夜の屋形船でのことは、ミツキとの会話の中でも話題に上ることもない。
あれほどに魅惑的で浮世離れしたひとときはどこか不思議な夢だったとでも思っているようだ。
確かにあの夜、二人は異界に連れて行かれたのだろう。
それでも構わなかった。まだ少女のミツキの中に信じられないほど莫大な隠微と妖艶を見たの
だから。そのうちに完全なる妖美艶麗の化身となった姿を見られるに違いない。

その日の夕方はやたら蒸し暑くなった。梅雨もいよいよ近いと見える。
窓も木戸も開け放して仕事に没頭していたマサツネの部屋に、道場帰りのミツキがやって来た。
手には何かが入った袋を持っている。
「そこに蜆売りがいたから買って来ちゃった。砂抜きしなきゃいけないから今夜は無理だけど、明日
は蜆汁なんてどう?」
ミツキの相変わらず元気な様子に、自然と笑みが漏れた。
「あー、いいね。楽しみにしてるよ」
「おかずは何がいいかな…」
煮物が、寄せ豆腐がと可愛らしく思案している姿につい悪戯心が起きて、困らせてみたくなった。
238変化(へんげ) 十六:2010/05/26(水) 03:21:56 ID:TdEGj0dz
「ミツキちゃん」
「え?」
「いつかオレがすごい仕立て屋になったら、また屋形船に乗ろうね」
しばらく禁忌のようになっていたことを不意に言われて、ミツキは少し怒ったような表情を浮かべ
ながらもほんのりと頬を染めた。
「…期待しててもいいならね」
手にしていた針をしまって戸口のミツキに近付くと、空いている右手を取って甲に口付ける。
「うん、きっとすぐに叶えるから待ってて」
いずれ互いに目指す夢を叶えて夫婦になったら、再びあのミツキの姿を拝める筈だ。その為ならば
どんな艱難すらも乗り越えられそうに思えた。
梅雨が近いとはいえ、明日もきっと晴れるのだろう。



終わり
239狆抱く娘 一:2010/05/26(水) 03:26:09 ID:TdEGj0dz
生まれたことを恨む気はさらさらない。
むしろ、低禄の御家人の家だからこそ、貧しかろうがそんなものだと餓鬼の頃から思っていた。
どのみち生まれた家の格で一生は既に決まるようになっている世の中、出世の見込みなどなくとも
良しと思う方が生きやすいと割り切るしかなかった男がいる。
それが阿倍定ノ丞。
実質上は飼い殺しの無役でしかない小普請組に配属されている。
てな訳で毎日阿呆のように空を眺めて年を取るのも馬鹿臭いから、手慰みとばかりに日がな竹刀を
振るって憂さを晴らす。
いかに貧しかろうともこれだけは武士の気概そのものと、道場に通わせ稽古を続けさせてきた両親
はもういない。
さて今更小普請奉行に媚を売り賄賂を使って推薦を望むのも面倒だし、それをやったとしたところで
万に一つも望みが叶う筈もないのは分かりきっている。
先の見えない閉塞の中、それでも活路はある筈と呑気な様子を装いながらも内心忸怩たる思いで
足掻いていた。

そんなある日のこと。
派手な振袖を着崩した娘が、往来を退屈そうにだらだらと歩いているのを見た。
何故か片足は裸足で、腕には狆を抱いている。
下手に関わったら面倒だとばかり、往来を往く通行人たちはあからさまに遠巻きにしているのが
妙に滑稽に見えた。とはいえ定ノ丞自身もそんな面倒そうな娘に関わり合うつもりもなく脇を通り
過ぎた。
それで終わる筈だった。
そう思っていたのに、過ぎるはざまにかすかに触れ合った袖に狆が噛み付いて唸った。
「アン、なぁによ団十郎」
娘がくりっと顔を向けて狆と定ノ丞をゆっくりと見比べた。
妙に空ろな、それでいて蔑むような瞳が心のない人形のようだと思った。
壊れたからくりがわずかな振動で動き出すように、そこから話は始まる。
240狆抱く娘 二:2010/05/26(水) 03:27:15 ID:TdEGj0dz
それから何度も見かけた娘は、いつも狆を連れていた。
野良犬などその辺にいるし珍しくもないところだが、狆ともなれば出所が違う。それだけでも普通
の家の娘ではないことなど容易に想像がついた。
まだほんの小娘のようだが、恐らくどこかの囲われ者なのだろう。

「ちょっとアンタ!」
とある日、関わるのは面倒だというのに娘の方から声をかけてきた。
「あぁ?何だよ」
「このアタシに挨拶なしぃ?」
知り合いでもない、義理もない。誰がそんな娘に挨拶などするものかと本気で娘の頭の中が気に
なったが、どう見ても可愛いげのない狆を抱いたまま睨みつけている娘の姿がやはりどうにも滑稽
で、思わず吹き出していた。
「…ぶぁははははっ!!」
「な、なに失礼ね、アンタ何様よ」
「問われて名乗るもおこがましいや。見ての通りの若輩者よ」
「……アンタなんか!」
顔を真っ赤にして怒り狂った娘が拳を振り上げた瞬間、腕にしていた狆がするりと飛び出して
往来を駆け出した。その時ふっと空ろな表情に魂が入ったように見えた。
「あ、こらっ」
地を這うほどに長い毛をした犬を必死で追う娘を見遣ってそのまま去る気でいた定ノ丞だったが、
どうした心変わりか手伝ってもみたくなった。
「どれ任せな、チンコロ一匹ぐれぇ造作もねえこった」
犬には何の興味もないがそれなりに人の多い往来のこと、下手に踏まれたり蹴られでもしたら
無関係の身でも胸は痛い。裾を気にして早く追えない娘の代わりに、束の間の自由を満喫して
いた狆をさっさと掻っ攫った。
「ホレ、しかと抱いてな」
「団十郎!」
狆を受け取った娘は一瞬嬉しそうに笑い、また魂が抜けたように無愛想になった。
241狆抱く娘 三:2010/05/26(水) 03:28:09 ID:TdEGj0dz
「へぇ、こんなブッ細工なチンコロ坊に随分二枚目な名前だねえ」
「そんなの、アンタに関係ない。バーカ!」
礼ひとつ言わずに踵を返す娘の後ろ姿に、不思議とそれほど気を悪くすることもなく定ノ丞は頭を
掻きながら仕方なく苦笑いをした。
「やれやれ…」
己の立場に満足していない人間などこの世にゴマンといる。
それをどうこうしたくともどうにもならないことばかりだ。
頑張れば何とかなる、などは所詮成功者のほざく閨の睦言でしかない。

無役ゆえに時間だけはあるのが小普請組の唯一良いところだ。
その気になれば口入屋に通い詰めてその日その日の糧を得ることも出来るし、向上心があれば
学を修める者もいる。
定ノ丞はといえば、時間のある限りは似たような者と一緒に餓鬼の頃から慣れ親しんだ剣を振るう
のみだ。幸い、そこそこに才はあったらしく、腕はかなりのものと自負するほどにはなっている。
これならばそのうち、自らの道場を得ることも可能とは思っていた。
「最近、機嫌がいいな」
同じ小普請組で、以前は同じ道場に通っていた甲斐が稽古の合間に話しかけてきた。
「まあな、いい暇潰しにはならぁな」
機嫌の良い原因は当然あの娘だ。
この頃は毎日この近辺で見かけている。住む屋敷が近いのだろう。見かければ茶化すし面白い
ことのひとつも口にする。娘は相変わらず無愛想なままだが、それほど嫌がってもいない様子
なのは態度からも見て取れた。
好意は今のところ特にない。ただ何も知らない小動物か何かをからかっているような心持ちが
あるだけだ。しかしそれだけのことも今までの定ノ丞にはなかった感情ではあったのだ。たとえ
女とはいえども他人に関心を持つことなどついぞなかったのだから。
その意味では、定ノ丞もまた魂のない人形と同じだったのだろう。
242狆抱く娘 四:2010/05/26(水) 03:28:57 ID:TdEGj0dz
その日の娘は団子屋にいた。
草団子を食べながら、子供のように足をぶらぶらさせている。その足元は草履ではなく真新しい
ぽっくり。どこをどう見ても不細工な落武者にしか見えない狆は、今日は大人しく腕に抱かれて
きょときょと目の前を過ぎる通行人たちを眺めていた。
「親父、団子一皿くんな」
断りもなくどっかりと隣の席に座った定ノ丞は、頬杖をついてまじまじと娘の仏頂面を見る。
「…ヘェ…」
娘は何の言葉も発しないまま睨んでいる。そこに少しばかりの人間らしさが見えていた。
「よっく見りゃ可愛い顔してんじゃねェか」
「…フン」
ほんのわずかに心を許しているのか、娘は照れたような表情になった。
「アンタなんかに言われたって、嬉しくない」
「そうかい」
憎まれ口にも特に何も気に留めることなく、ちょうどやって来た団子の皿から串を一本取ってもぐ
もぐと食べ始める。
「この御時世に金紗御召とは随分豪勢なこった。なのにお前ェは全然幸せそうでも嬉しそうでも
ねえな、面妖なこった」
金紗、とは御家人風情では手に入れることも叶わないほど高価な絹織物だ。薄い紗の地に織り
込まれた金糸の模様が何とも美しく優雅だ。そんなものを当たり前のように着ている娘がやはり
茫洋とした風情でいるのは定ノ丞ならずとも奇妙に思うのは無理もない。
しかし当の娘は狆の頭を撫でながらさらりと答える。
「アンタの目が悪いんじゃない?」
243狆抱く娘 五:2010/05/26(水) 03:29:43 ID:TdEGj0dz
小普請組に所属する者にとって、胡乱な事態となりつつある出来事が起こったのはそれから
数日後のこと。
小普請奉行藤田の引き立てによって今よりもましな役職に就ける機会が出てきた。そんな噂が
まことしやかに囁かれ始め、これは好機と舞い上がった者の中には争うように有り金掻き集めて
賄賂とする早合点な馬鹿もいたらしい。
それが噂に留まらなかったのは、財産はたいた挙句に結局どうともならず窮した挙句に賭場に
通い詰め、結局身を滅ぼす輩がこのところ一人二人と現れ始めたからだ。
「愚かな奴もいるものだ」
同じく小普請組の権田が、広がっていく噂に苦りきった顔をして空を見上げた。幸い、定ノ丞と
剣を交えた者たちは甲斐を始めとしてそのような浮き足立った振る舞いをすることもなく、ただ
相変わらずの日々を過ごすのみだ。
無役のまま馬齢を重ねるだけのこんな境遇に満足している者など無論皆無だろう。何とかして
上を目指したいという気持ちは分からないでもない。
しかし、これまで特に配下の者たちに対して何もしてこなかった小普請奉行が今になって、急に
うまい話を持ち出してくるのも妙なものだ。
そうこうしているうちに、新たな噂も伝播してきた。
藤田にはやたら金のかかる妾がいて、吸い上げた金をその女に注いでいるのだと。

「許せるか?」
日頃の鬱憤晴らしに仲間を集めて設けた酒席で、怒りのあまり酔いきれずにいる甲斐が今にも
飛び出して行きそうにぎりぎりと刀を握り締めている。それを権田が宥めていた。
「まあ落ち着け。噂は噂だ。何もお奉行が悪いとは言い切れまい」
「しかし、簀巻きにされて川に投げ込まれた奴もいる。噂は事実だろう!」
二人の遣り取りを眺めながら、定ノ丞はその妾とはあの狆を抱いた娘ではないかと何の根拠も
なく思い始めていた。
でなければ、この世知辛い御時世にあの格好は到底考えられない。
しかし、たとえそうであってもあの娘が奉行の後ろで巧みに糸を引き、金を吸い取るほどの毒婦
にも見えなかったのだが。
「ヘッ」
この場の雰囲気に呑まれることなく、一人で気ままに酔っ払っていた唐島が立ち上がる。
「なぁに鬱々としてんだよお前ら、このオレ様が確かめてきてやるよ。ちょうどいい酔い覚ましに
ならあ」
そのまま身軽に外へと駆け出して行った。
244狆抱く娘 六:2010/05/26(水) 03:30:37 ID:TdEGj0dz
一刻ほどして戻って来た唐島が持って来た情報は、薄々そんなものかと思っていた通りのもの
だった。
小普請奉行藤田は二年前から別宅に妾を囲っていて、名も年も知れぬが若い娘だという。
その女に夜も日も入れあげるあまり莫大な金が入用になり、このような事態と相成ったのだと。
「やはり許せん!」
話を聞いて甲斐はますます激昂するばかりだったが、それがもし事実だったとして、といつになく
醒めたまま定ノ丞は考える。
もしあの娘が噂の通りの女であれば、あんな顔をするものかと。

悪い噂が広がっていることに気付かないのか気にもしていないのか、翌日もぶらぶらと出歩いて
いる娘を見かけた。いつ誰に襲われるかも分からない状況でもある。あまりにも無防備でいる娘に
思わず近寄る。
「よお、奇遇だな。チンコロ娘」
「…変な名前つけないでよ、バカ」
今日も今日とて仏頂面ではあるが、その時だけどこか拗ねたような表情になったのが可愛いとも
言えなくもない。
「ま、カリカリすんなって。どうでェひとつ」
懐から飴玉を取り出して頬張り、娘にも勧める。てっきり断ると思っていたのだが、娘は躊躇する
こともなく名前も知らない男からの飴玉を受け取った。
「いいの?貰うね」
飴玉の微かな甘い匂いに気付いた狆が鼻の穴をふんふんと広げている。
「美味いぜ」
「…ホント…」
こんなものはただのありふれた駄菓子だが、飴玉を頬張った娘はふと子供のような無心な表情
になる。
「美味い」
「オイオイ、女なら『美味しい』と言うモンだぜ」
「…そう?」
245狆抱く娘 七:2010/05/26(水) 03:32:02 ID:TdEGj0dz
この娘は全くの子供だ。
これまでの遣り取りを通して感じてきたことは事実だったようだ。この娘にこれまでどんなことが
あったのか知る由もないが、関わってきた人間の誰一人としてまともに接してはいず、何も教え
てはいなかったのだと。
それは不幸でしかないことだ。
たとえどんなに贅沢に過ごして御蚕ぐるみであっても。そしてその不幸に娘は気付いてもいず、
ただ本能で不安を覚えているだけだ。
それがあの人形のような顔の理由だったのだろう。

事態は日を追うごとにますます重く不穏になってきていた。今朝方も川に浮いていた土左衛門が
一人引き上げられたばかりなのも物騒この上ない。こうなったら徒党を組んで藤田の屋敷に討ち
入ろうと騒ぐ血気逸った輩まで現れる始末となって、収拾がつかなくなっていた。
「お前はどうする?」
既に討ち入りに加勢する気でいる気色ばんだ男に問われて、定ノ丞は頭を掻いた。
「そういうの、面倒臭ェんだよなあ」
面倒なのはもちろんのことだが、事の真相がどこにあるのか分からないうちは加勢に加わる気
にはなれなかったのだ。もしあの娘が藤田の妾であるなら必ずや累が及ぶことも気にかかって
いる。
「余計な情けはかけるなよ」
思案している側で、顔を歪めた甲斐がぼそりと呟く。
「…何のことだい?」
「とぼけるな、お前が訳の分からない女と連れ立っているのを何度か見た」
「へえ、そうかい。人違いじゃねェか?」
「そんな筈はない。あの女が藤田の別宅に入るのも見た。あれは例の妾なんだろ?そんな奴と
関わっていたら間違いなくお前はおしまいだ。今更知らないでは済まされないんだぞ」
あくまでとぼけて誤魔化すつもりだったが、生真面目に過ぎるきらいのある甲斐は早々に娘の
正体を掴んでいたようだった。
「面倒臭ェなあ…」
思わず本音が声に出てしまう。確かに甲斐の言う通り、こうまで死人が出る事態となってはもう
穏便に決着がつくことはないのだろう。
246狆抱く娘 八:2010/05/26(水) 03:33:55 ID:TdEGj0dz
翌日、近くの寺の門前に所在なげな娘が座り込んでいた。
相変わらず狆を抱いているようだったが、様子がおかしい。
あまりふらふら出歩くと危ないから帰れと注意をしようとして、近付いてよく見てみると狆はとうに
死んでいる。
「おい、どうしたってんだ」
娘は魂が抜けてしまったようにぼんやりと座り込んだまま、それでも動かない狆を離さない。
「おい!」
「団十郎死んだのに、アタシ何していいのか分かんないの…。お寺じゃ犬のお葬式はやらない
って言われた」
泣き腫れた目をして、娘はそれだけを言った。
「そりゃ…気の毒だが当然だ」
「アタシの団十郎…」
面倒事に首を突っ込む性分ではない。だが声も出さずにはらはらと泣く娘をここで放っておくほど
非情にもなりきれず、定ノ丞は仕方なしに自分の屋敷に連れて行った。不精ゆえに大して手入れ
もしていないが、犬一匹ぐらいは埋められる庭がある。
「そら、ここを墓にしな」
庭の隅に穴を掘ってやると、狆をしばらく抱いたままだった娘が穴の中に腕を伸ばして小さな
亡骸を横たえさせた。
「サヨナラ」
すっかり土を盛ってしまうまでずっと泣き続けていた娘だったが、墓が出来上がったことで気が
済んだのかすぐに真顔になってまっすぐに定ノ丞を見た。
「ありがと、アンタいい人ね」
「よせやい、今更分かったってか」
「…そ、たった今」
涙を拭った娘は、初めて愛らしい笑顔を見せた。そういえば、今までこんな年相応にあどけない
顔など見たことがなかったと思った。
247狆抱く娘 九:2010/05/26(水) 03:35:11 ID:TdEGj0dz
話しかけようとしたその時、門の外が急に騒がしくなった。
何が起こったのか覗こうとしていた娘を止め、代わりに様子を伺った定ノ丞の目に映ったのは、
怖気を覚えるほどに殺気立って奉行藤田の屋敷へと繰り出さんとしている小普請組の連中の
姿だった。
「おい、お前ェ…」
娘は不安そうに佇んでいて、打ち捨てられた子犬のようだ。今、外に出しでもしたらどうなるか
分かったものではない。何度か顔を合わせただけの何の義理もない関係でしかないが、この
娘を何が何でも助けたい。不思議とそんな思いがあった。
「いいか、オレが戻るまでしばらく屋敷ン中に入ってな。生きていたきゃあな」
「…どういうこと?アタシ、何もしてないのに」
「まあ、なかなかの厄介事が起こったってことさね。ここでいい子にしてな、えーと…」
「…分かった」
実に素直に娘は従う。
「名前、聞いていいか」
「アタシ、サユキっていうの」
「んじゃ、サユキ。お前ェはなんも悪くねェんだよ、多分な」
子供にするように頭を撫でてやると、不安そうな顔が少しだけ緩んだ。その時初めて、この娘を
心から可愛いと思った。

奉行の屋敷へと向かう一団を追っている最中に、偶然見かけたのか甲斐と唐島が追って来た。
「丁度いい、今からお前の屋敷へ行こうとしていたところだ。ここから歩きがてら話すぞ」
「何でェ、こんなトコで」
「こんなところだから言えるのさ。藤田のやらかしたことと、金の流れが分かった」
「そりゃあ…どれ聞こうかい」
248狆抱く娘 十:2010/05/26(水) 03:35:47 ID:TdEGj0dz
日がな暇だからと唐島が退屈しのぎに藤田の周辺に探りを入れてみた結果、分かったことは
こうだった。
藤田は城の修理修繕しか担当することのない小普請奉行の地位にかねがね不満を持っており、
更に上の地位を目指さんと、こともあろうに直接の上司である若年寄を介して老中らと昵懇に
なろうと狙っていた。無論、老中ともあれば家格も立場も雲の上だ。たかが小普請奉行が無役の
連中から吸い上げた小金程度の賄賂などでびくともするものではないし、もとより相手にされる
筈もない。
さりとて、これまでに賄賂を吸い上げてきた連中の中には死人も出て騒ぎも大きくなっているので
秘密裏に全てを収めてこれまで通りに過ごすことも叶わなくなっている。さて、どうするか。
いよいよその段になって藤田が企んだのは、誰かに罪を被せて始末することだったと。
その誰かというのが、例の妾だったという訳だ。

「はて?」
そこまで聞いて、定ノ丞は首を捻った。
藤田の妾がサユキだというのはもう分かっている。だが、罪を被せられて斬られる女が、どうして
死んだ犬を抱えてあんな無防備に別宅を出られたのか。誰も見張りがいなかったというのは到底
考えられない状況だ。藤田とて罪をなすりつけたい相手をみすみす逃すほど馬鹿でもない。
サユキには、まだ誰も知らないことが山とありそうな気がした。
色々なものが頭の中を巡っているうちに、小普請組の連中に追いついた。見れば藤田の屋敷は
すぐそこに見えた。



続く
249名無しさん@ピンキー:2010/05/26(水) 03:37:28 ID:TdEGj0dz
今回は、ここまで。
250名無しさん@ピンキー:2010/05/31(月) 22:06:00 ID:s80gi8z/
規制でずっと感想書けなかったけど毎度毎度すごく萌えてるよありがとう!
マサミツがどんどんエロくなっててニヤニヤする!!
ジョーとサユキンのシリアスもずっと待ってたから嬉しい!
続き楽しみだー。
251名無しさん@ピンキー:2010/06/01(火) 12:38:50 ID:o6vNUxf2
  _  ∩
( ゚∀゚)彡 おっぱい!おっぱい! ←マサツネ
 ⊂彡

ガーン!Σ(゚Д゚ ) ←ミツキ
252名無しさん@ピンキー:2010/06/06(日) 09:00:11 ID:i9/AAj1n
ひさしぶりに来てみたら、なんだこの怒涛の更新。
マサツネとミツキのお初からだんだん馴染んでいくのがすげええよかった!
ジョーとサユキンのもがっつりしたものみたいだし、楽しみだ。
職人神さま、ありがとうございます。
253名無しさん@ピンキー:2010/06/27(日) 14:06:04 ID:EmPpvCg9
ジョー×サユキン書いている間に投下。
254其ノ覚書 一:2010/06/27(日) 14:06:54 ID:EmPpvCg9
私の人生は、一言で言えば波乱万丈なものでした。
しかしそれは決して悪いものではなく、私が関わることになった多くの方々に支えられてきた上
でのものでありましたので、大層充実した人生であったと思います。
既に老境に差し掛かりましたこの折、若かりし頃のことをよく思い出すようになりました。そこで
思いつくことをつれづれに書き綴っておきたいと思っております。もしもいつかこれを目に留められる
方がおられましたら、どこにでもいる愚にもつかぬ年寄りの駄文と笑い飛ばして欲しいものです。

私は○○××年、志奈乃藩七万五千石の大名本間家の後継ぎとして生を受けました。学問より
も武を重きに置く家風でありましたので、父も母も私には厳しく剣術を学ばせました。幸い、私には
それなりの才があったらしく、すぐに母を喜ばせられる結果は出せたと思います。父は依然として
厳しいままでしたが、それは更に私を剣への情熱に掻き立てました。
しかし嫡子という立場ゆえに自由というものがなく、また考えなしの些細な発言といえどもそれが
家臣たちへの勅令となってしまう現実に閉塞感を感じ、私は自由を欲し自分なりの剣の道を欲して
家を出ることにしたのです。
私には一人、良成という名の弟がおりました。幼少の頃から私を慕っていてくれた可愛い弟でした
が、私はそのたった一人の弟にすら理由も行方も知らせずに旅立ちました。

腕を磨くにはまず人の多いところです。
私の足の向く先には、当然江戸の町がありました。そこで出会ったのが生涯の師として今も尊敬
申し上げている宇田川伍助氏でした。身分は御家人と低いものでしたが、若いゆえに柔軟なもの
の考え方を持っており、そこにまず共感致しました。今現在は隆盛を誇っていると聞くうさぎ道場
も、当時はまだ始めたばかりでした。一切の理念を持たないというのもなかなかに面白く、ここで
あれば私は自分なりの道を見つけられるかも知れないと思い、入門に至った訳です。
心を空にして一切の邪念を払い、信ずるものに邁進する。そうして得たものにこそ価値がある。
それこそが理念がないという言葉の真実なのだと思います。
若くしてその境地に達していた我が師の慧眼には、全く感服するのみです。

私が出会った当時、師は確か十五歳でしたが既に奥様がおりました。
志乃という名の奥様は至って天真爛漫な方で、厳格ながらも懐の広い師とは対照的でしたが
夫婦仲はいつも円満でした。師がうさぎ道場を興そうとした発端も、奥様の為だったのだと聞き
及んだことがあります。
程なくして私には友人が出来ました。同時にうさぎ道場第一期に入門した千代吉という少年で、
農民の子ということでしたがいつも溌剌とした好ましい気性を持っておりました。年は五つほど
下でしたが私と何故か馬が合いました。千代吉と稽古をしている時などは、孤独のうちに過ぎ
去ってしまった子供時代が補完されてでもいるような、得も言われぬ懐かしい錯覚を覚えたほど
です。
255其ノ覚書 二:2010/06/27(日) 14:08:05 ID:EmPpvCg9
当時の師を語る上で忘れてはならないのが清木清左衛門の存在です。
江戸幕府御目付役にして講武館の師範として尋常ならざる武士道精神を持った男であり、この
男の支配下で所謂洗脳化された思考を持った門弟たちが行った残虐行為は蛮行と噂されこそ
すれ、誰も取り締まれないほどの権力を清木は持っておりました。
そんな何かと評判の良くない講武館側は、前々から自らの存在を脅かすものとしてうさぎ道場と
理念を持たない師の存在を疎んでおりました。師の奥様も清木によって斬られかけ、また門弟に
因縁をつけられて師共々斬られそうになったこともあります。
世の中が変わるきっかけとなったうさぎ道場と講武館の御前試合については、広く知られている
ことですのであえて特筆するべきことはありません。

ただ、それ以前に江戸市中にある道場に向けて開催された大天下御前試合というものがありま
した。
私はそこで一人の娘に出会ったのです。
連兵館との試合の際、先鋒として立ち向かってきた娘でした。実は他の四人と共に島から抜け
出してきた流人であり、世の中に不満を持っている様子で大層荒んだ目でしたが、試合が終わる
頃には何か思うところがあったのかすっかり様変わりをしておりました。他の四人とも、それぞれ
に感ずるものがあったのでしょう。
ただ、彼らは流人である上に島を抜け出した重罪を負っています。扱いによっては即座に処刑
もやむなしとなりかねないところでしたが、幸いにして大天下御前試合の発起人であり江戸幕府
大番頭でもある鰐淵様が彼らの事情を汲んで身柄を預かることにしたのです。
ひとまずそれですぐに処断が下されることはなくなったので、私は胸を撫で下ろしました。人は
望んで罪を犯す訳ではないのです。憶測ばかりの五人の流人たちの噂がその後しばらくまこと
しやかに流れましたが、それも何一つ新しい情報が出ないでいるうちに人々から忘れられていき
ました。

五人は鰐淵家の下屋敷で身を潜めるように暮らしていました。
私は密かに志奈乃藩嫡子という身分を利用して直に鰐淵様と掛け合い、短い時間ではありまし
たが娘と会うことに成功しました。このようなことでもなければ私はこの先もずっと市井の中に身を
置いて剣一筋に生きていたに違いありません。私が娘を、そして彼らを助ける手助けになることが
あるとするなら、それはきっとこの身分が役に立つと思ったからこそ姑息と知りながらも利用して
みたのです。
まさか、あれほど上手く事が進むとは私自身思ってもみませんでした。
256其ノ覚書 三:2010/06/27(日) 14:08:57 ID:EmPpvCg9
あの日の遣り取りは、今も鮮明に覚えております。
「…嘘、じゃないよな」
下屋敷の庭の片隅で、スズメという名の娘は私の姿を見て目を見張りました。私は嘘でも夢幻
でもないと頷きました。こんな時でも言葉が上手く出て来なかったのですが、そんなことは特に
スズメも気にかけることなく近付いてきて涙ぐんでおりました。
「アンタ馬鹿だよ…アタイなんかにわざわざ会いに来るなんて」
私が誰でどんな身分であるのか鰐淵様から話は聞いていたようで、スズメは最初に見た時より
随分しおらしい様子でした。身に纏う着物も年相応の娘らしく愛らしい姿をしておりました。
「いずれお殿様になる御方なんだってねえ…それだけで身に余るよ。でも、ありがとう」
私は懐から幾ばくかの金銭で買った饅頭を二つ取り出し、スズメに一つ与えました。そのまま
庭の隅に並んで、お互いに何も言わずに饅頭を食べました。口下手にも程がある私ですが、
その時は何となく余計なことは言わない方がいいような気がしました。許されたわずかな時間
共にこうして静かに過ごす以外に何が私たちにはあったでしょう。
やがて饅頭を食べ終わったスズメは、ちらちらと所在なげに私や庭の木々を眺めながら何かを
言いたげにしていましたが、やがて膝の上に投げ出していた私の手に自分の手を重ねてきました。
女の手は冷たいものだとばかり思っていましたが、その手はとても温かいものでした。
「美味かったよ、それに…会いに来てくれてありがとう」
私はその手にもう片方の手を置きました。スズメは急に泣き出しそうに顔を歪めてから、わずか
に顔を伏せ、それから切ないぐらい綺麗な笑顔を見せてくれました。
「アタイ、今日のことは忘れない」
「私も忘れぬ」
その言葉は、自分でも不思議なぐらいするりと口から零れました。その途端にスズメの頬に涙が
伝い落ちてきて、隠そうとでもするように一瞬だけ唇が重なりました。
「じゃ、さよならっ」
まるでスズメが大空に飛び立つように、その愛らしい姿はあっと言う間に屋敷の方に消えていき
ました。一人残された私は一口分食べ残していた饅頭を片付けた後、しばらくそこに座っている
しかありませんでした。

うさぎ道場が講武館に勝ってから程なくして、私は国に帰ることを決めました。私には望む道とは
別に、私にしか成し得ないことがあると悟ったからです。藩の嫡子として生まれたのであればその
運命の通りに滞りなく生きることもまた大切なことであると。
やがて世の中が目まぐるしく変わっていって藩体制そのものが廃止された時も、その思想は大変
に役に立ちました。私は常に補佐的立場にいた弟と共にしゃちほこ財閥を興し、家臣は全て社員
として登用することを選択しました。この莫大な人材がそれぞれに才を伸ばして結果的には事業を
助け、大きく躍進させることになったのも、根底にあったその思想ゆえでしょう。

うさぎ道場とは離れる結果になりましたが、師や千代吉、奥様の実兄であり同門の摂津正雪氏
との親交は今なお続いております。剣を捨てたとはいえ、師の思いをこうして受け継いでいける
私はつくづく幸せ者だと痛感している次第です。
257其ノ覚書 四:2010/06/27(日) 14:09:35 ID:EmPpvCg9
五人の流人のその後ですが、世の中が激動の時代を迎える頃に沙汰が下されました。
旧態依然とした侍社会の中に身よりもなく投げ出された子供たちにとって、獣のように生きること
しか選択の余地はなく、その結果として罪を重ねることになった。まだ若いことでもあるし、きちん
とした法の下でなら更生も可能であろうと判断されたようです。
鰐淵様の温情によって五人はそれぞれにしかるべき家の養子となり、常に保護観察者が付き
はしたものの普通の暮らしは送れるように最大限の配慮がなされました。

時代の波に乗って事業の多角的な経営にも成功し、それぞれの分野の経営体制が完全に整備
されて落ち着いた齢三十の時に私はようやく妻を迎えました。
みすずという名の、本間家の遠縁にあたる侯爵家の令嬢です。
妻はあの哀しい目をしたスズメに良く似ていましたが恐らく他人の空似でしょう。私たちはお互い
にあの日の再会のことを口に出すことは決してありませんでした。夫婦の仲は師を見習っており
ましたので円満であったと自負しております。
私たちの間に子は成せませんでしたが、弟夫婦の息子を一人養子に迎えました。いずれ私が
世を去る時に全ての事業を譲り渡すつもりであり、今は経営の現場で充分な経験を積ませている
ところです。

これは誰にも語ったことがありませんが、私が独りよがりな剣の道を捨てて本間家と事業の道を
選んだのは師を見習ったからに他なりません。ただし私は至って不器用でして師のように剣を
極め家も妻も守ることは出来ないと思いました。
ですから事業一本に絞ったのです。事業を拡大させて社員共々生活を安定させれば、迎えた妻
にも不自由をさせなくて済むからと。
それが自分の生きる道を模索して散々好き勝手をしてきた私の、最後のわがままでした。
侯爵家との縁組が相整った日、弟はしばらく奇妙な顔をしておりました。みすず嬢がどこかで見た
娘に似ていたからでしょう。しかし所詮は他人の空似です。

私のこの人生が他の方々にとって参考になるかどうかは定かではありません。ただ、このように
結果的には好き放題をして生きた者があの時代にもいたことを、こうして思い出すままに書き留め
ておく次第です。
さて、まだ書き尽くしたとはいえませんが、ひとまずはこの駄文の筆を置きたいと思います。

本間 魯山



終わり
258名無しさん@ピンキー:2010/06/27(日) 14:14:35 ID:EmPpvCg9
女流人スズメのその後が一切作中では語られなかったので、希望的観測を含めて
補完してみた。
多分鰐淵家預かりの身になったので、それほどの重罪は課されないとは思うけど
人を殺めているから何とも言えない部分はある。
ただ、マロが何もしないでいる訳はないよなあ、とも思ってる。
259名無しさん@ピンキー:2010/07/01(木) 09:10:35 ID:6P2QXqFR
マロかっけえ! すずm……みすず嬢には幸せになって欲しいぜGJ!
260名無しさん@ピンキー:2010/07/03(土) 01:39:06 ID:jjB0qdHf
>>259
ありがとう。
この二人も好きなので、機会があれば書いていきたい。
別人になったみすず嬢のマイ・フェア・レディー話も面白いかもとか思ってる。

とりあえず今回はマサミツ小品。エロはなし。
261文月に降る雨 一:2010/07/03(土) 01:39:56 ID:jjB0qdHf
ここ数日というもの、止まない雨が続いている。
梅雨時だから当然とはいえ、どこに行くにも傘を差さなければいけない日が何日も続くのは正直
煩わしい。それに洗濯物も乾きにくいから参っている。
そんな雨の日の夕方、夕餉の支度を始めたミツキの足元に一体どこから入って来たのか一匹の
雨蛙がいた。
「あ…」
うっかり踏んだら大変とばかりに摘まんで手に乗せると、緑色の雨蛙は置物のようにちんまりと
納まってしまった。
「ふふっ、かーわいい」
元々ミツキはどんな虫でも平気なたちだ。虫どころか蛇だって平気で触れる。小さい頃からよく
屋敷に迷い込んできた小さい蛇を、母親が掴み上げては逃がしていたのを覚えている。
最近あまり見ていなかったこともあって、ついしばらくの間見蕩れているうちに入り口の木戸が
叩かれた。
「ミツキちゃん、いるー?」
この時間に来るといえば、隣のマサツネぐらいしかいない。
「うん、いるよ」
うっかりいつものように返事をしてしまったが、雨蛙はどうしようと思っているうちに木戸が開け
られる。
「あのさ…うわっ」
すぐに入って来ようとしたらしいが、ミツキの手に乗っている雨蛙を真っ先に見つけて一瞬固まっ
てしまう。だが、珍しいものでも見るように目が釘付けになっていた。
「へえー、今年初めて見た」
「でしょ、アタシもびっくりしちゃった。でもこんなところにいたら危ないから逃がすね」
大人しく手に乗っている雨蛙は、裏の窓を開けて外に出してやった。まだ表よりは危険が少ない
ので幾らかましだろう。それに、あまり構っていると余計に雨が長引きそうな気もした。
「あ、もう支度してた?」
食材が置かれている台所の様子を見て、マサツネが声をかける。雨蛙を逃がし終えたミツキは
曖昧な笑いを浮かべた。
「うん…でもまだ何作るか決めてなかったの。一人で食べてるといい加減になっちゃってて」
このところ、マサツネには腕を見込まれて誂え物の仕事が少しずつ増えてきていた。客の寸法を
測っては一から身丈に合わせて仕上げていくだけに、傍目からも小口で数をこなしていた頃とは
違う大変さが伺えて、あまり一緒にいられなくなっていたのだ。
262文月に降る雨 二:2010/07/03(土) 01:40:29 ID:jjB0qdHf
「そっか…じゃ、ウチに来る理由が出来たね」
「え?」
「さっき仕事も一段落したし、ミツキちゃんのご飯、食べたいなーって思ったから」
マサツネは相変わらず屈託がない。仕事に没頭している時はミツキのことなどすっかり忘れて
しまったように声すらかけなくなるのに、終わった途端にこれだ。しかも寂しいと思っている頃を
見計らってでもいるようにこんなことを言ってくる。
そのあまりの呑気さに、怒りなのか悲しさなのか分からないものが一度に湧き出した。
「…バカッ!!」
もちろん、会いに来てくれたのは嬉しいし、ただの八つ当たりをしているだけなのは充分分かって
いる。だからこそ余計にマサツネや、勝手に怒っている自分にまで腹が立つのだ。
「え、ミツキちゃん…?」
当然、何でミツキが怒っているのかさっぱり分からないマサツネはおろおろしている。しかしそれ
なりに付き合いも長くなってきている上に、まだ口約束だけではあるが将来は夫婦になることを
決めているだけに、ある程度の把握は出来ているようだ。
「もしかして、放っておかれたって思ってる…?ごめんね」
「そんな…ことじゃないもんっ」
いきなり図星を突かれて、言葉に詰まるものの必死で否定する。今日もどうせ一人で食べること
になるのだろうと思っていただけに、まだ気持ちが落ち着いていないのだ。
「ごめん、ミツキちゃん」
「だから違うったら…」
まだ意地を張って誤魔化そうとしていたミツキは、肩を抱き寄せられて息を呑んだ。
「一緒にご飯食べようよ、ね?」
怒るでもなく、無意味に宥めるでもなく、そんなことを言われると妙な意地を張っているのも馬鹿
馬鹿しくなってしまう。それもまた、二人の間に確実に築かれつつある絆が成す力というものなの
だろうか。
「う…ん。いいよ…」
「よし、決まり」
承諾の返事を聞いた途端、弾けるように笑って唇を吸ってきた。突然のことで一切反応が出来な
かったことが悔しい。
「何すんのっ!」
真っ赤な顔をして拳を振り上げるミツキだったが、それほど怒りはなかった。
263文月に降る雨 三:2010/07/03(土) 01:41:50 ID:jjB0qdHf
雨はあまり好きじゃない。
何日も降り続く雨はもっと好きになれない。
ただ、一人で過ごさなくて住む雨の日なら話は別だ。
「嬉しいなあ、やっとミツキちゃんとしっぽ」
「余計なことは言わない!」
まだ暗くもなっていないうちからとんでもないことを言い出しそうなマサツネには、今日も大変な
思いをしそうだ。それでも、一人でいるよりは遥かにいい。
降り続ける雨の音を聞きながら、ミツキの心はほんのりと温もっていた。



終わり
264名無しさん@ピンキー:2010/07/03(土) 01:42:51 ID:jjB0qdHf
夜バージョンは明日投下予定。
265雨音の夜 一:2010/07/04(日) 03:12:02 ID:Uw0Z4x0y
止まない雨が続いている。
夕餉のひとときを終えて片付けも一段落した頃、ミツキは狭い部屋の片隅に一纏めにしてある
マサツネの仕事道具に目を奪われた。そういえば何度もこの部屋に来たにも関わらず、今まで
特に目を留めることなどなかった気がする。
散らかっている訳ではないが、とりあえず片隅に置いてある感じで雑然としていて、妙に存在感
を感じたので目を引かれたのだ。
「マサツネくん、これ…触ってもいいかな」
台所でまだ椀や膳をしまっていたマサツネは、特に頓着のない様子で言葉を返す。
「いいよ。でも針箱には気をつけて」
「分かった、散らかさないからね」
夜の暗がりの中で針など落としたら大変だ。それだけは気をつけて慎重に一つ一つ手に取って
いく。指抜きも定規も随分使い込まれたものばかりだったが手入れはいいようだ。それだけ愛着
があるのだろう。普段の仕事振りが伺えるようで何だか嬉しかった。
そして、一番奥に仕立てあがった着物が畳んであるのを見つける。
「あ、着物…これも見ていい?」
ようやく台所から戻って来たマサツネは、当たり前のように側に座ると悪戯っぽく笑う。
「ミツキちゃんなら、いいよ。いずれ仕立て屋の女房になるんだからさ」
「…うん」
愛着のある道具で一から仕立て上げた着物がどれだけ大事なものか、痛いほど分かるだけに
ますます扱いには慎重にならざるを得ない。決して汚さないようにそうっと取り上げて広げると、
新しい着物の匂いがふわりと漂った。
「うわ…」
几帳面な仕事振りそのままに細かく揃った縫い目にはどこにも一切の乱れがなく、細部に渡って
生地や糸の処理も完璧に仕上がっている。江戸随一の仕立て屋を目指すと言われた時は大層な
大言壮語をと思ったものだが、この分ではあと何年もしないうちにそうなるやも知れない。
「素敵ね」
「だろ?こういうの好きだからさ」
「…だと思う。好きな人じゃないと出来ない仕事だもの」
これもきっと誂え物なのだろう、総絞りの見事な振袖だ。これを身に纏うのは一体どこぞの大店の
お嬢様か。せめて大事に着て欲しいと願うばかりだ。
「こんなに細かく縫ってたら、確かに他のことなんて頭から飛んじゃうよね」
別にもう責めているつもりはなく、ただ改めてマサツネの真摯な態度に感嘆しただけだった。
266雨音の夜 二:2010/07/04(日) 03:12:40 ID:Uw0Z4x0y
「そりゃあ、仕事だからさ…」
「でもいいよ、こんなにすごいの見たらアタシ何も言えない」
着物を丁寧に畳んだ後、また隅にしまってからとびきりの笑顔を見せた。
「マサツネくんの本気もしっかり見たよ。だから気にしないでこれからもいい仕事して。アタシも
負けないように早く道場持つから」
「ミツキちゃん」
「ね?」
励ますつもりで手を握ると、更に握り返される。見つめてくる目が怖いほどに真剣で、少しでも
茶化すことなど出来ない雰囲気だった。しかし、次の言葉で調子が崩れる。
「うん、頑張っていい仕立て屋になる。んで、早く夫婦になろっ」
「…もう、頭の中結局それ?」
マサツネが考えていることはやっぱり変わらないけれど、それもミツキを思えばこそのものだと
解釈すれば再び嬉しさが湧いてくる。これまではあまり自覚がなかったものの、この人といつか
夫婦になるんだという思いが気恥ずかしくも感じてしまった。
「ホント、しょうがないんだから…」
「そ、ミツキちゃんの為なら頑張れるよ。俺」
口調こそ軽いが、マサツネが何に対しても真剣なのはもう分かっている。きっと一緒になったと
してもそれだけは変わることはない。
胸が熱くなった瞬間に、雨の音が消え失せた。

畳に投げ出された腕が震える。
あれから一度抱き合った後だというのに、まだ飽き足らないように肌を探っているマサツネの手の
温みが心地良い。思わず漏らした吐息をどう解釈したのか、嬉しそうに口を吸ってくる。
「今夜は帰らないよね?」
「…さあ」
「帰さないよ」
雨の音がまた耳に戻ってくる。元々今夜はもう戻る気もないけれど、それは言わないでおこうと
思った。
「どうしようかなあ…」
わざと焦らすように呟けば、投げ出していた手を取って指を軽く噛んでくる。跡も残らないほどの
ものだからこそ、そのわずかな感触がそのまま気持ちに直結しているようで面白いと思える。
いつの間にか、二人にはこんな戯事も普通になってしまっていた。
267雨音の夜 三:2010/07/04(日) 03:13:40 ID:Uw0Z4x0y
「なんか蒸し暑い…」
室内に篭った熱が身体にねっとりと纏わりつくようで、不快に感じた。
起き上がってぴったりと閉じられた雨戸を少しだけ開けると、額に浮いていた汗がすうっと引いて
いく。
襦袢を羽織るそばからまた抱き着かれて、溜息が出た。
「ねえ、またしようよ」
「アタシ、明日は早いの」
「そっか…」
明らかに残念そうな口調ではあったが、こんな時でもマサツネは決して無理を言わない。いつも
その気持ちにどことなく甘えているのは分かっているが、その場の感情に流されるばかりでは
きっとお互いに夢を掴めずにいるばかりだ。
いつでもどんな時でもある種の線引きをしておくのは必要なことなのだ。
とはいえ、マサツネと出会ってからは確実に何かが変わったし女にもなった。今はまさにあの
着物のように、好むところの女へと確実に仕立てられている最中なのだろう。
「アタシ、マサツネくんの手が好き。針や糸を持って、綺麗な縫い目を作り上げる手が好き」
「…そう?嬉しいよ」
頬を撫でてくる手の感触に、いつも以上にうっとりとしてしまう。
仕立て屋の女房になるのも悪くないなと思った。



268名無しさん@ピンキー:2010/07/04(日) 03:15:06 ID:Uw0Z4x0y
次の投下でジョー×サユキンの話は進めておきたい。
まだ終わりそうにないんだ。
269名無しさん@ピンキー:2010/07/16(金) 18:37:52 ID:GrxBkqtu
GJ!
そろそろあげるよ
270名無しさん@ピンキー:2010/08/07(土) 13:14:12 ID:sYM7zfTS
登場してないだけでごっちんの子供があと5人はいるような気がする
271名無しさん@ピンキー:2010/08/13(金) 05:21:29 ID:/cluUGYW
快感によがる志乃でご飯三杯はいける
272名無しさん@ピンキー:2010/09/14(火) 20:57:29 ID:Rszvxokh
志乃!
273名無しさん@ピンキー:2010/09/16(木) 18:17:09 ID:zH7ptKJm
ごっちんはあっちは相当強そうだ
274名無しさん@ピンキー:2010/10/21(木) 22:39:33 ID:9920a01V
む…
275名無しさん@ピンキー:2010/10/30(土) 18:19:07 ID:K+aM+e+j
バテるということが無さそうだもんなごっちん
276名無しさん@ピンキー:2010/11/08(月) 01:34:22 ID:uIHOrqBq
277名無しさん@ピンキー:2010/11/16(火) 18:42:41 ID:rZUhNkIq
すずめ……
278名無しさん@ピンキー:2010/11/16(火) 19:47:20 ID:76RtXL0s
てすと
279名無しさん@ピンキー:2010/12/20(月) 21:05:37 ID:wE8hiwgh
ごっ
280名無しさん@ピンキー:2011/01/16(日) 03:09:11 ID:cz6HJyCd
サムうさアンソロ発売決定記念保守
281名無しさん@ピンキー:2011/01/17(月) 01:35:45 ID:rSCAlbbO
夏だね、嬉しい
282名無しさん@ピンキー:2011/01/20(木) 01:47:36 ID:jiAnkSkS
明治時代初期だと、正月はまだ旧暦の筈だからこれからってところかな。
283名無しさん@ピンキー
自己解決。
元々日本で長く使われていた天保暦は明治5年12月2日(1872年12月31日)までで
公式に取りやめられた。
その翌日の12月3日 をもって明治6年(1873年)1月1日に改められ、グレゴリオ暦
(太陽暦)に改暦された。

なのでミツキが15歳になっていた頃には、現代の暦と同じものがとうに導入されて
いたということだね。浸透するにはかなり時間がかかったと思うけど。