スクールデイズの分岐ルートを考えるスレ part7
593 :
mark:2010/02/07(日) 21:33:49 ID:VqGiB39s
「ただいまー」
「お帰り。あら、どうしたのその汚れは?」
「ああこれ?帰りに友達とファミリーレストランに寄ってさ、そこで店員さんとぶつかっちゃってね」
「それは災難だったわね。後でクリーニングに出さないと」
「あ、クリーニング代ならお店から出してくれたよ」
そう言い、鞄からお札入りの封筒を取り出した。
「別にいいのよ。それくらいならお小遣い代わりにしても」
「明日は予備の制服着ていくから」
汚れた服を脱衣かごにまとめた後、部屋で着がえ、居間に下りて一息つく。
「それにしても、言成が寄り道して帰ってくるなんて珍しいわね」
「最初は行くつもりなかったけど、センターも終わったし、気晴らしにいいかなって。
ラディッシュっていうお店なんだけど、夜のお店みたいで恥ずかしかったよ」
「え… ラディッシュ?」
「? どしたの母さん?そのお店、知ってるの?」
「いえ、何でもないわ」
言葉が少し驚いたような表情をしたが、すぐにいつもの穏やかな顔に戻り、
夕飯の支度をする為にキッチンへ移動した。
594 :
mark:2010/02/07(日) 21:34:10 ID:VqGiB39s
二月下旬
言成は全ての受験を終え、卒業までの自由登校期間中、久しぶりに友人達と学校で顔を会わせていた。
授業らしい授業もなく下校となり、ほとんど暇つぶしだ。
あと数日で高校生活も終わる。過ぎてみるとあっという間だ。
みんなそれぞれ違う大学に進学し、今後は会う機会も少なくなるだろう。
言成はT大の結果発表を三月に控えており、気を抜くとこいつみたいに落ちるぞと
唯一浪人が決定しそうな友人を引き合いに出してからかい気味に発破を掛けられ、
相変わらずいつものようなやりとりが過ぎていく。
「じゃあな」
友人達と別れ、言成は家路に着こうとしたが、一つ気になっていた事を
思い浮かべた。
この前行ったラディッシュ。言成はそこへと足を向けていた。
卒業シーズンを見込んでか、店内はこの前来た時よりも客が多いように感じた。
適当な席に座り、飲み物を注文する。
時折、店員達が季節限定のデザートを宣伝していた。
(今日はあの店長さんは居ないのかな?)
自分の不注意で店員とぶつかって服を汚してしまい、その時は店長が応急で服の染み抜きをしてくれた。
それだけなら、別に気に留める事もない。
しかし、あのコトバが言成の頭の中から消えずにいた。
(あなた……誠君?)
何で自分の知らない人間が亡くなった父親の名前を知っているんだ?
父親の事を知っているのは自分の家族以外、殆どいないはず。
それとも、あの店長が知っていた人の名前がたまたま父のそれと同じというだけで、
亡くなった自分の父、『伊藤誠』とは別人なのか?単なる考えすぎなのか?
母はあまり父の事を話したがらない。幼い頃はそれを不思議に思い、
質問したが、そんな時は悲しそうな笑顔を浮かべていた。
そのうちにそれが母にとってとても残酷な問いである事がわかるようになり、
自分からそういう類の話はしなくなった。
それよりも、例え父が居なくても、今自分や家族が幸せなら充分だと思うようになっていった。
しかし……
しばらく店内に留まっても店長が出てくる気配はなく、無駄にドリンク代を費やしただけだった。
595 :
mark:2010/02/07(日) 21:34:34 ID:VqGiB39s
三月中旬
無事に本命であるT大の合格も決まり、家族全員で久しぶりに外食を楽しんだ。
入学手続きも終え、あとは大学生活を送る為の下宿先を探すだけだった。
幸い祖父の知り合いの不動産会社が、大学から近場にある学生向けの賃貸マンションを便宜してくれるそうで、
そちらの問題も解決しそうであった。
言成は入学までの何もない期間を友人達と遊んだり、家でネットをして過ごしていたが、
あの店長の発言がずっと気に掛かっていた。
ある日、ラディッシュに再び足を向けた。店内はこの前と変わらない様子だ。
今回もあの店長の姿は確認できず、空振りに終わった。しかし、
いくら訊きたい事があると言っても、自分はお店の関係者でもなく、しかも確信のもてない
事柄でわざわざ呼び出すのも憚られる。
このまま自分ひとりの胸にしまっておけば、きっと、入学まで大きな変化もなく
何事もなく時間が過ぎていくだろう。
あの名前さえ聞かなければ、こんな事で悩むこともなかったろうに。
しかしこのまま無かった事にするのも、何故か気がひけた。
どうしたものかと思いながら店を出て、振り返る。
ふと、入口の張り紙に目が留まった。
『学生アルバイト募集中』
応募の方は気軽にスタッフに声を掛けて下さい
電話での申し込みは※※※-※※-※※※※ 担当 西園寺
(本当はいけない事だけど、あの店長さんに会うとしたら……)
596 :
mark:2010/02/07(日) 21:34:57 ID:VqGiB39s
「アルバイトの応募ですか?今店長は外出中なので、暫くお待ちいただけないでしょうか?」
翌日、言成はラディッシュに面接を受けに行った。
空いてる隅の席に座り、待つ。
30分ほど経ち、店長が言成の席にやってきた。
「あら、あなたはこの前の学生さんね」
どうやら自分の事を覚えていたようだ。
「今日はバイトの応募に来たのかしら?待たせといて大変申し訳ないんですが、男性スタッフは
今足りていますので、またの機会にしていただけないかしら」
「そうですか。でも、僕が今日ここへ来たのはバイト目的じゃないんです。
どうしても、店長さんと話す機会が欲しかったので、嘘をつきました」
「あら、そうだったの?でも、嘘は感心しないわね」
「すみません。これしか思いつかなかったんです」
こんな返し方をする客は予想外だったのか、それとも言成の話し振りから
本当に自分に用があって来たのがわかったのか、
それ以上は責めず、あらためて彼に用件を訊いた。
「まあいいわ。どうやら冷やかしじゃなさそうだし。私に話したい事って
何かしら?こう見えても、結構トシなのよ」
「違いますよ。そういうのじゃないです」
「あら、それは残念」
からからと店長が笑い、少し拍子抜けした気分になる。
以前自分の不注意で招いたトラブルの際に見せた、きびきびした行動や態度とは異なり、
自分の母よりも年上のはずなのに、何だか可愛らしいような雰囲気を感じた。
やっぱり自分の勘違いかもと思いながら、店長に訊く予定だった事柄を訊く事にした。
「僕の父、伊藤誠について、何か知っているんですか?」
「えっ…」
「なぜ僕を見て、父さんの名前で呼んだんですか?」
きっと、頓珍漢な事聞くのね、人違いよと言われて
笑い話で終わる―――
597 :
mark:2010/02/07(日) 21:35:19 ID:VqGiB39s
「あなたの勘違いよ。昔付き合っていた男の人に似てたものだから」
店長が笑顔で応える。
言成が望んだはずの答え。なのに、間を感じた。
それ以上に、店長の顔が気にかかった。
笑顔で応える前に一瞬だけ見せた表情。
母とは全然似ていないのに、昔自分が母に父の事を訊いた時に見せた表情と
重なった気がした。
「おかしな事訊くのね。あなたの力になれなくて申し訳ないけど、仕事に戻らないと
いけないから」
何か注文したいならゆっくり寛いでちょうだいと言いかけて。
「あ、待ってください」
よすんだ。これ以上は訊かないほうがいい。
きっと、戻れなくなる。
これは自分の勘違いだ―――
「僕は真実を少しでも、知りたいんです」
口から出るコトバは心の中とは反対だった。
「本当の事、聞かせてくれませんか?あなたは僕の父の事、知っているんでしょ?」
「だから本当にあなたの勘違いよ。あなたのお父さんの伊藤誠さんなんて人は知らないわ」
これ以上余計なお話をする時間はないからと席を立とうとしたが、
言成にはそれが話を打ち切りたいが為の行動に見え、
思わず彼女の手を掴んでしまった。
「逃げないで下さい。ただの勘違いなら別に悲しい表情する事ないじゃないですか。
僕の知ってる人と同じ顔、してましたよ」
一瞬だけ。
「……本当に、良く見てるのね。やっぱり私は真顔で嘘つけないタイプなのかな。
しばらく外で待っててちょうだい」
598 :
mark:2010/02/07(日) 21:35:44 ID:VqGiB39s
そう言われ、言成はラディッシュの外で待つ。
遠目で店長が従業員の一人と話した後、関係者用の部屋へ消える様子が窺えた。
体よく追い払われたのかと一瞬考えたが、
10分ほどして、彼女が上着を羽織って店から出てきた。
「2時間だけ。秘密のデートというわけにはいかないわね」
互いに自己紹介し合い、店長の名前が西園寺踊子だとわかった。
軽い雑談をしながら歩いたが、先程と違い、ぎこちなさが消えなかった。
「ふうん、結構長い事ラディッシュに勤めていらっしゃるんですね」
「原巳浜店に戻ってきたのはここ最近よ。別に、ただしがみ付いてるだけで
何の取柄もないだけ」
そんな事ないですよと言おうとしたが、ことばの端に単純に仕事の悩みだけではない、
もっと深刻なものを抱えているように感じられ、
月並みな事を言うのは憚られた。
「言成君は今年卒業なんだ。4月からは大学生なのね」
「はい、一応。目処が着いたら留学したいと考えています」
「そう……」
それきり踊子は無言になる。
踊子と言成は、とある公園のベンチに座っていた。
「お父さんの顔はご存知かしら?」
「幼い頃父の実家に行った際に遺影を見た位であまり印象にないです。母は亡くなった父に良く似てると言ってますが」
「どうして亡くなったのかも?」
「家に帰る途中、交通事故に遭って死んだと」
「そう…」
踊子はバッグから小型の写真用ファイルを取り出し、静かにめくり出す。
彼女の若い頃や、言成の見覚えの無い少女が写っていた。
「これは、西園寺さんの娘さんですか?」
「ええ。世界っていうの」
599 :
mark:2010/02/07(日) 21:36:24 ID:VqGiB39s
そして、踊子は一番後ろに収められていた写真を取り出した。
彼女の娘である世界と、もう一人同じ年頃の、言成と瓜二つな男子の姿。
2人とも、自分と同じ高校生の頃だろうか。
「世界が誠君を家に連れてきた時に、撮った写真」
世界は嬉しそうな笑顔で、男の方は少し照れたような困ったような表情をしていた。
「世界には当時、好きな男の子がいたの。それが、あなたの亡くなったお父さん」
確かに、母が言ってた通り、自分とそっくりだ。
「これが、父さん……」
「あの子、誰に似たんだかとても臆病でね。自分から好きだと言い出せなかったみたい。
でも諦める事が出来なくて、強引に振り向かせようとした」
写真からはそんな印象は感じられないが、母親の踊子さんがそう言う以上、
間違いないのだろう。でも、世界さんと亡くなった父との間に一体何があったんだ?
それにその世界さんはどうしたのだろう?
言成のそんな疑問は顔に出ていたのか、踊子も複雑な表情を見せた。
「私も似たような事を経験したから、人の事は言えないのだけど、
結論を言えば、世界と誠君は三角関係でこじれてしまったの」
でも、それがわかったのは取り返しのつかない事になってから。
そう言う踊子の目は整った顔立ちに似合わない、深い憂いを帯びていく。
「結局、あなたのお父さんは言葉さん、つまりあなたのお母さんを選んだ」
「…………」
「違う女性を好きになる事は別に珍しくない。恋愛って中々互いの思い通りにはいかないものだもの。
ましてや誠君は元々言葉さんが好きだったみたいだから、彼女とよりを戻したくなったとしても不思議ではない。
誠君もきっと、悩んだと思う。でも、世界にはそれが耐えられなかった」
自分が捨てられたような気持ちにでも、なったのだろうか。
でも、元々は世界さんが最初から勇気を出していれば済んだ話じゃないのか?
いや、それが出来なかった為に……
「ある日突然学校を辞めて、家からも姿を消した。捜索願も出したけど見つからなかった」
「…………」
「そして半年位経って、原巳浜海岸で、ある高校生が刺殺される事件が起きた。…もう分かるわね?」
「…はい。父さんが死んだ」
言成もさすがに沈んだ表情になる。しかしそれほど動揺した様子は見せず、
踊子の話を静かに聴き続けた。
「よっぽど慌てていたのかしら、現場に凶器を落としていったみたいで、警察の調べで世界が誠君を刺したって
すぐにわかった。でも、その後の足取りが掴めなくて、結局行き詰まったまま終わってしまった」
きっかけは人が人を好きになるありふれた事。なのに、何でこうも捻じ曲がってしまったのだろう……
誰が悪いとか以上に、ただ哀しかった。
しかし、踊子の次の発言はそんな言成をさらに打ちのめしていった。
600 :
mark:2010/02/07(日) 21:37:08 ID:VqGiB39s
「そしてまた数ヶ月ほど経って、ラディッシュの裏口に、一人の赤ちゃんが捨てられていた。
身元が分からなかったけど、世界が産んだ子供だって私にはわかった」
「………!」
わかりたくない。いくら父が当時高校生で2人との関係に悩んでいたとしても、
それはあまりに無責任すぎる―――
「……つまり、父は当時付き合っていた母さんだけでなく世界さんも妊娠させていたと」
「ええ…」
「その、つまりは……浮気してた」
踊子は無言で頷いた。
「そうですか……」
「もちろん、これはあくまで勝手な想像に過ぎないわ。本当の所は世界や亡くなったあなたのお父さんにしか
わからない事だし。それに」
そこで区切り、小さな、しかしはっきりとした声で次のコトバを紡いだ。
「どんな事情があったって、世界は絶対にしてはいけない事をした」
親としては決して認めたくない、しかし絶対に覆せない事実。
そのはざまで、今も苦悩している現実を、淡々とした踊子の語り口が
かえって浮き彫りにしていた。
「そして、私も世界と同罪ね。娘の事に何も気付いてやれなかった。誠君と嬉しそうにしてる姿を見て、
それで安心してしまった。それが、言葉さんや、誠君のお母さん達の人生を大きく狂わせて、
人って、あんなにも冷たい目になるんだって……
本当に取り返しのつかない事をしてしまったって、思ったわ……
当時は責任をとってお店辞めるつもりだったんだけどね。結局ずるずるこうしている。
しばらくは系列のお店に異動してたから、昔の事を知ってる人はもうラディッシュには
居ないのだけど皮肉なものね…… 言葉さんと誠君の子供とこうして昔話をしてるなんて」
初めて知った父と母の過去。当時両親と同級生だった世界との複雑な関係と
その破局。そして、悲劇。
真相が穏やかなものではないだろうとは、話す前の踊子の表情からなんとなく察しがついたが、
その結果は言成の想像を超えるものだった。
601 :
mark:2010/02/07(日) 21:37:37 ID:VqGiB39s
「その世界さんが産んだらしい子供はどうしてるんですか?」
「私の娘として育てている。あの子は本当の事は知らない。デザインの勉強がしたいって家を出て専門学校に通うつもりだけど、
飽きっぽいからね、あの子も世界に似て」
どうなる事やらと付け加え、少しだけ笑顔を見せた。
踊子さんは真実を墓場まで持っていくつもりなのかもしれない。その人が幸せに生きる為に、
本当の親の事を知らせずに。でも、どうして自分には打ち明けたのだろう?
「私は、自分の罪悪感をただ吐き出したいだけなのかもしれない。あなたを巻き込んで
本当にずるい人間だわ」
「いえ、踊子さんはもう十分苦しみました。……世界さんもきっと、苦しんだと思います」
「言成君……」
「罪を償う為に自首してほしいというのはありますけど、それはもう、自分ではどうにもならない。
僕に出来る事は、父や世界さんが出来なかった、自分の人生を生きる事だけです。
それが、亡くなった父も望むことだと思います。
……教えてくれてありがとうございます」
個人的な感情だけなら、父を殺した世界にも複雑な思いはあったが、
良くも悪くも言成は部外者であり、比較的冷静に物事を見れる歳になっていた。
父も純粋な意味での被害者ではなく、世界を加害者にしてしまった面がある事を。
この場で踊子を責めても何にもならない事を。
それでも、最後に一つだけ訊かずにはいられなかった。
「…もし、世界さんが踊子さんのもとに姿を見せたら、どうするつもりですか?」
「思いっきりひっぱたくわ。……遅すぎるけど、謝りにいかせる」
踊子さんはこれからもずっと、生きてるかもわからない世界さんの帰りを待ち続けるのだろうか。
言成はそう思ったが、これ以上を問うのは憚られた。
ここから先はもう、自分が立ち入れる領域ではなく、自分には何も出来ないのだと。
踊子と別れた後も、言成は娘の世界を想う彼女のコトバが離れなかった。
いつかきっと、戻ってくる。
世界は私の娘だから。
602 :
mark:2010/02/07(日) 21:39:15 ID:VqGiB39s
三月下旬
萎れた花を替え、父、誠の墓の前で手を合わせる。
「久しぶりだね、父さん」
墓地には誰も居ない。
数珠を手に掛け、静かに祈る言成がいるのみだった。
「無事に大学受験も終わって、家を離れる事になったんだ。
初めての一人暮らしで不安もあるけど、何とかやっていくつもりだから」
これは、父親の記憶がない自分が憧れていた、伊藤誠の息子としての素直な気持ち。
そして。
「もう一つ、今日は父さんに言いたい事があるんだ」
別にこんな事したって、意味なんかないのに。
でも、なんかムカつくんだよな。
「さよなら」
言成は静かにそう呟き、墓地を後にした。
もうこの場所に来る事はないかもしれない。
誠の墓石には赤色のスプレーで大きく、『バカ』と落書きされていた。
603 :
mark:2010/02/07(日) 21:39:48 ID:VqGiB39s
出発前日
夕食を終え、特にする事もなく自分の部屋で休んでいたが、
気分は優れなかった。いつもなら勉強後一人でリラックスする為に、幼い頃はプールみたく無邪気に泳いでた広い風呂も
余計気分が滅入るような気がし、入りたくなかった。しかし、
変に心配されて自分の部屋に来られるのはもっと嫌だったので、
シャワーだけ浴びて浴室を出た。
なんだか、踊子さんに過去の話を聞いてから、自分の家なのに居心地の悪い、違和感を感じるようになった。
あれはもう、終わってしまった事なんだ。自分は自分。親だって人間、完璧なんかじゃない。
そんな常識を自分に言い聞かせていた。しかし、そうすればするほど
目に映るものが不愉快になり、苛立ちを感じた。
きっと疲れているんだ。
今日はもう寝よう。明日はなるべく早く家を出よう。
それがいい。多分、今の自分には。
少し乱暴にタオルで身体を拭き、寝巻きに着替えて二階に上がろうとした。
「言成、ちょっといいかしら?」
「…ん、なに?」
母の呼ぶ声が聞こえ、ついいつもの調子で反応してしまい、二階に行きそびれた。
「忘れるといけないから、明日の電車賃と食事代、渡しておくわ。はい」
そう言い、お金を渡された。
何も知らなければ何の疑問も持たず、ありがとうとか別に明日でもいいよと
言いつつ受け取っていただろう。
そんな何気ない事ですら、今の言成は違和感を感じていた。
「そろそろお墓のお手入れもしないといけないわね。お花も萎れているころだし」
「花なら、一昨日替えてきたよ。ついでに父さんに進路報告してきた」
「ありがとう言成。あの人もきっと喜んでいるわ」
いつものように優しい笑顔で応える言葉。
言成にとっては最愛の母。
604 :
mark:2010/02/07(日) 21:40:12 ID:VqGiB39s
「今日はもう寝るね、おやすみ」
「おやすみなさい」
言成はそのまま二階に上がり、自分の部屋で就寝する。
いつもなら。
「ねえ母さん」
「なに?」
言葉に背を向けたまま立ち止まり。
「僕の事、どう思ってるわけ?」
「どうって、どういう事?」
「その…… 好きだとかそういう意味で」
「え、何かしら突然。もちろん愛してるわ言成の事」
「そうなんだ」
言成も笑顔になる。
「変な言成ね。急に甘えん坊さんになっちゃって」
「へへ…」
再び背を向け、照れ笑いをし出す。初めはそう思った。
しかし、笑い声が途切れず、背を向けたままうな垂れる。
「どうしたの?…何か悪い事言ったかしら?」
いつもと違う様子の彼に、言葉は戸惑いを見せたが、
そのすぐ後に、言成にとっての聖域を自ら砕いてしまった事を
思い知らされるのであった。
「……やっぱり、母さんでも嘘つく事あるんだね。それに気付いたのは最近だけど」
「え…?それってどういう」
「西園寺踊子さんって人と最近知り合いになってさ。その人に聞いたんだ。昔の事」
言葉の顔が青ざめていく。言成は父親の「事故死」の真相を知ってしまった?!
「母さんとも昔、会った事があるんだってね」
言成の声色、そして顔は普段の穏やかな雰囲気とは異なる、冷たさを含んでいた。
「なんで母さんがラディッシュに行こうとしなかったのか、わかったよ。あそこは
父さんを殺した、西園寺世界さんのお母さんが働いているお店だからなんでしょ?」
気が遠くなりかけたが、自分が隠してきた事は紛れもない事実である。
それにきっとショックを受けてしまっている。
あんなに穏やかな言成が、こんな冷たい目をするなんて。
まるで昔の自分のよう……
605 :
mark:2010/02/07(日) 21:40:44 ID:VqGiB39s
「今まで本当の事を言わなかった事は、謝るわ。でも、もし言成があの人の死の真相について
知ってしまったら、きっと事件に関係する人を少なからず恨んでしまう。
言成にはそんな思いに囚われずに、普通の人生を送ってほしかったの」
「…それはわかるよ。僕が親の立場だったら同じ事すると思う。でもさ、僕が怒ってるのはそういう事じゃない」
言成が何を言ってるのかわからない。西園寺さんのお母さんから事実を知って
あの人を……殺した彼女を恨んでいるんじゃないのか?
「母さんが好きだった人を殺されて辛い思いをしたのはわかるよ。昔の話はあまりしたがらなかったし、
僕も母さんが悲しむ顔は見たくなかったから聞かなかった」
「だったら、何で今になって……」
「僕が信じていた幸せが、誰かの重い犠牲を支えに成り立っていた。それを、知ってしまったから」
「確かに私は当時、あの人の事で西園寺さんと色々あった。でも、その事で言成が気を病む必要はないのよ」
表情は困惑しながらも、言成を気遣うそぶりを見せたが、
息子の心情を推し量る余裕などなく、話を打ち切りたがっている様子が
明らかだった。
「もうやめましょう。昔の事は言成には何も関係ないわ。あなたは自分の進みたい道を
目指してくれたらそれでいいの。ね?」
これ以上母さんを追い詰めなくていいじゃないか、
もう過去を暴くような真似はやめるんだ。
何で今までの幸せを壊すような事するんだ――
言成の理性は警鐘を鳴らし続けていた。しかし、真実を隠してはいけないという感情に
駆られていた言成は、言葉にとって、決して触れられたくない真実を
突きつけてしまう。
「父さんが死んだ事は寂しいけど、それには父さん自身にも原因があったし、ひょっとしたら
母さんだって悪い所はなかったとは言えないかもしれない」
「あれは西園寺さんが勝手にあの人を刺したのよ。言成まで何を言い出すのよ!」
滅多な事では怒らない言葉が、声を荒らげた。思わず言成もたじろぎそうになり、
正直怖いとさえ感じた。
そして、それこそが母の図星を突いたものであり、誰にも触れられたくない深い傷痕であると。
言成はわかってしまった。
606 :
mark:2010/02/07(日) 21:41:20 ID:VqGiB39s
「……怒鳴ってごめんなさい。でも今のことばは取り消して。あの人の事、言成は誤解してるわ」
「母さん……」
なんで僕の事を見てくれないんだよ。間違った事は言ってないつもりなのに。
信じていたのに。
僕と同じ顔した、母さんや世界さんを苦しめた原因を作ったあの男の方がそんなに大事なのか!?
母さんがわからない。
こんなの、僕の知ってる母さんなんかじゃない……
言成の感情はぐちゃぐちゃになっていく。
それは母に対する怒りなのか、それさえ通り越した失望なのか、
他にもわけのわからない感情が渦巻き、眩暈がしそうになって、
しかし口から吐くコトバは辛辣であり、暴言同然だった。
「母さんさ、自分が傷ついた事に目が行き過ぎて、その西園寺さんも傷つけていた事には鈍感だったんじゃないの?
それとも、死んだ父さんと母さんさえよければ、誰がどうなっても何とも思わなかったの?」
「言成!」
「その結果、僕が生まれたわけ?そんなの愛の結晶でも何でもないや。エゴの塊だよ。
おまけに父さんは他所で別の女の人傷つけて孕ませてさ。そんな人間を母さんは愛してたの?
……死んで当然だよ。僕に父さんの記憶がなくてせいせいする」
乾いた音が響く。
「……私はいくら糾弾されても構わない。でも、
あの人の事を悪く言わないで……」
言葉の顔が悲しそうに歪む。自分は最愛の母親をいたく傷つけてしまった。
そして、気づきたくなかった。
母である言葉の愛情は言成へではなく、今もなお、亡き父、伊藤誠にしか
向けられていなかった事に。そしてそれを自分への愛情だと勝手に信じていた事を。
「……死んだ父さんを庇うのは勝手だけど、僕はもう、何も知らなかった頃には戻れないし、
なかったふりをする気もない」
僕の好きになれそうな居場所は、この家の外で見つけるしかないのかもしれない。
「用事がある時は帰省する事もあるだろうけど、しばらく一人になりたい」
言成は言葉に背を向け、自分の部屋へ去っていった。
607 :
mark:2010/02/07(日) 21:42:25 ID:VqGiB39s
深夜、言葉は独りでソファーに座り、頭を抱えていた。
私は、あの人の、誠君との間に授かった言成を立派に育てる事が、残された私の
生きがいだった。いや、そうだと信じていた。
でも、それは私の思い違いだった。
私達の清算できなかった十字架をあの子に押し付けただけだった。
私は言成に裏切られたんじゃない。私が言成を裏切っていた……
私はどうすればよかった?
誠君を好きになったのがいけなかったのか?
でも西園寺さんは、私の気持ちを知りながら、彼を奪おうとした。
では、大人しく自分が身を引けば良かったのか?
でも誠君は最終的に私を選んでくれた。
彼女への未練を断ち切る為に、心にもない悪口を言ってまで。
…そして、西園寺さんは誠君の命を奪い、姿を消した。当時は
この手で殺してやりたいほど憎んでいたし、今でも誠君を殺した事は許せない。
しかし、いくら呪ったところで誠君は帰らないし、彼がそんな事を望むとは思えない。
だから、誠君との間に授かった言成に愛情を一心に注いだつもりだった。
何もかもが初めてな上、多くの困難の中で言成を育てるのは大変だったけど、
成長するにつれ、在りし日の誠君を髣髴とさせる容姿や仕草を見て、
誠君が生まれ変わってくれたとさえ思え、嬉しかった。
言成の存在が凍てついた私の心を温かくしてくれた。
それなのに、どうして…?
608 :
mark:2010/02/07(日) 21:42:57 ID:VqGiB39s
出発の日、言成は一人、電車に揺られていた。
ほとんど一睡も出来ず、家族が目を覚ます前に家を出てしまった。
……まるで夜逃げでもした気分だ。
このまま下宿先に行くと時間が余りすぎるので、
途中の駅で降り、昼までネットカフェで時間を潰すことにした。
そろそろ出ても良い頃だろう。
時計を確認した言成はネットを切り上げ、個室を出た。
不意に、携帯の着信音が鳴る。
言成は近くの椅子に座り、新着メールを確認した。
FLOM 桂 心
このメールには返事しなくていいから(出来れば消さないでくれると
ありがたいんだけど、それは言成君に任せるね)
お姉ちゃんがとても落ち込んでいたので心配したんだけど、
言成君と喧嘩しちゃったんだってね。
なんでそうなっちゃったのかは聞かないし別に聞くつもりもないから。
家の事は心配しなくていいよ。
でも、これだけは言わせてください。
ごめんね言成君。今まで隠してて。
何を言っても言い訳にしかならないけど、でも
お姉ちゃんは言成君に幸せになってほしくて、何も言わなかった。
それだけはわかってほしいの。
大学生活、頑張ってね(^0^)/
苦い表情になる言成。
メニュー欄を開き、メールを削除しようとした。
「…………」
結局、心からのメールを消さず、そのまま
携帯をポケットにしまい、再び歩き出した。
連鎖―言成18歳 完
609 :
mark:2010/02/07(日) 21:53:47 ID:VqGiB39s
以上、投下終わり。疲れた……
話の大筋はすぐに決まりましたが、文章の手直しに時間掛けすぎました(苦笑)。
残しては切っての繰り返しで、30KBくらいいったかな?
結局過去に書いた長編や短編と構図がもろに被ってしまい進歩がないなあと(汗)。
ネタとして公式に出たとはいえ、殆どオリキャラに近い言成や推定50代半ばの
踊子、そして言葉の葛藤や苦悩はいかがばかりかと。ただ、超絶BADENDではなく、
身体は子供でも恐らくはこのワールドでは一番大人な心が救いでしょうか。
難しいけど、いつか言成が言葉の弱さを許せる時が来て欲しいです。
/' ! ━━┓┃┃
-‐'―ニ二二二二ニ>ヽ、 ┃ ━━━━━━━━
ァ /,,ィ=-;;,,, , ,,_ ト-、 ) ┃ ┃┃┃
' Y ー==j 〈,,二,゙ ! ) 。 ┛
ゝ. {、 - ,. ヾ "^ } } ゚ 。
) ,. ‘-,,' ≦ 三
ゞ, ∧ヾ ゝ'゚ ≦ 三 ゚。 ゚
'=-/ ヽ゚ 。≧ 三 ==-
/ |ヽ \-ァ, ≧=- 。
! \ イレ,、 >三 。゚ ・ ゚
| >≦`Vヾ ヾ ≧
〉 ,く 。゚ /。・イハ 、、 `ミ 。 ゚ 。
ショートネタ34
誠と一緒に、同じ大学に進学した言葉。
ある日の放課後、教室での出来事だった。
一人の男性が言葉に花束を差し出してきた。
見慣れない花だった。
「桂さん、華道部入部記念です。受け取ってください」
「いりません」
「いえ、せっかくですから」
「私はいらないと言ってるんです」
「……」
相手の男性は黙り込んで教室を出ていった。
「言葉、今のはいくらなんでも酷いんじゃないか?」
「そんなことありません」
「何が悪かったんだ?もしかして、俺がいたからか?だからって…」
「そうじゃないんです」
「え?」
この大学に華道部は存在しない。
END
612 :
名無しさん@ピンキー:2010/02/09(火) 11:23:53 ID:2DiVp8jq
プギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
613 :
イフ:2010/02/09(火) 16:46:47 ID:c09jChLh
>>609 GJで乙でした
やはり誠が殺されて互いの子供が産まれると必ず直面するだろうと…
子供も親も悲劇ですよね
前にアニメ版の後に刹那が妊娠して双子が産まれたifを書いた時も
やはり彼らには過去がついてきて苦しめるのを書きましたが
悲劇しか生まないですね〜バッドエンドは…
まあこれで言成くんが世界の娘と関係してきたらロミオとジュリエットだなw
とりあえずお疲れ様〜
614 :
名無しさん@ピンキー:2010/02/10(水) 21:54:28 ID:nLDiw0wX
>>609 GJです
日頃ここでいたるSSを書いてるものですが実は私も言成のショートネタを
考えていたので興味深く読ませていただきました
独特の世界観がとてもいいですね
また次の作品を楽しみにしています
七海エロイよ七海
SS職人さんGJ!
このスレのぞくの楽しみにしてるよ
617 :
名無しさん@ピンキー:2010/02/24(水) 10:57:06 ID:oO9F8Du1
ぷうw
新作こないかな?
619 :
SINGO:2010/02/28(日) 02:11:14 ID:pb4PRYbb
どうも。
今回のSSはオカルトです。
舞台は中学時代です。
【妖怪 蜘蛛女】
620 :
SINGO:2010/02/28(日) 02:12:24 ID:pb4PRYbb
【妖怪 蜘蛛女】
ある日の朝。
俺は原巳中学校に向けて自転車をこいでいた。全力で。
くそ、寝坊した!(←母子家庭で母さんが夜勤なため、起こしてくれる人がいない)
前方に原巳駅。この駅のすぐ横の踏切を、いつも通り渡るはずが、
カンカンカンカン…。
今日に限って遮断機に阻まれた。
俺はイライラしながら電車が通過するのを待った。
ここからだと駅のホームが見える。
通勤時間帯だけあって、榊野行きのホームにはサラリーマンの姿が目立つ。
(一方、反対方面行きのホームには誰もいない)
やがて電車は彼等を乗せ、俺の目の前を通過した。
何気なく、駅に視線を戻す。反対方面のホームの、その下に。
「!!」
見れば、いつの間にか線路の上に小学生くらいの男の子が倒れていた。転落したのか?
カンカンカンカン…。
再び警鐘。今度は反対方面の電車が来る。
男の子は脳震盪でも起こしたのか、避難する様子がない。このままだと電車に轢かれる。
駅員が即座に非常ボタンを押したけど、間に合うかどうか判らない。
助け出すにしても、俺だと距離的に間に合わない。
ホームに少女が一人いるけど、気が動転してるのか、ただ男の子を見下ろしてるだけだ。
「…?」
俺は異変に気付いた。
よく見ると、男の子の体にはロープが絡み付いていた。だから避難できないのだ。
しかも、そのロープの先は例の少女の元に延びていた。それは、つまり…
「う、嘘だろ?」
あの少女の仕業か!?
「やめろーッ!!」
その俺の叫びが聞こえたのか、少女がこちらを向いた。
少女は、人殺しとは思えない程の華奢な体をしていた。歳は俺と同じくらいだろうか。
平凡な容姿。薄幸そうな表情。
ウェーブ掛かった髪が背中まで伸びている。
驚くべき事に、その髪は例のロープと繋がっていた。そして蛇みたいに動めいて…。
「え?」
俺の目の錯覚か?
手足をいっさい使わず髪でロープを操る少女。いや違う。
あれはロープじゃない。髪そのものだ…。
少女の髪が、あさぎ色に変色していく。明らかに人間離れしている。
俺は息を呑んだ。
どうやら俺は妖怪と遭遇したみたいだ。
621 :
SINGO:2010/02/28(日) 02:13:45 ID:pb4PRYbb
《原巳中学校》
「伊藤、どうしたの?顔が真っ青」
「何かあったの?」
加藤と喜連川が声をかけてきた。
まさか妖怪が出たなんて言えない。
どうせ信じてくれないだろうし、俺の神経が疑われる。当事者の俺でも、おかしいと思うくらいだ。
「いや、大丈夫。何でもない」
あの後、あの男の子がどうなったのか、俺は見ていないし、知らない。
俺は怖くなって、ひたすら逃げて、気が付いたら学校に到着していたのだ。
よく考えたら俺、事件の目撃者なんだよな。警察に事情聴取されたら、どう答えりゃ良いんだ?
あれは男の子を見殺しにしたとか、殺人犯人を見逃したとか、そういう次元の問題じゃない。
俺じゃ電車を止められなかったし、殺人犯人は妖怪だ。どちらも人間じゃない。
俺に、どうしろって言うんだよ?
やがて放課後。
帰り道は、必然的に原巳駅を横切る事になる。
今は、あの少女の事は忘れよう。
それより、男の子がどうなったかが気になる。とはいえ、直接駅に入って確認する度胸は無い。
とりあえず近くの売店で聞いてみる事にした。
「え?何ですか、それ?」
なぜか店員はハテナ顔。
聞けば、事件など発生していないとの事。
それは変だ。あの状況で男の子が無事でいられるはずがない。
なのに実際には、警察や救急車が来た形跡が無い。
まるで最初から男の子(と少女)が居なかったかの様に。
「いや、あの時、確かに駅員が非常ボタンを押したはず…」
「朝の急ブレーキの事ですか。そのせいで数十分は運休しましたけど、それだけですよ」
だったら、あの時、俺が見たものは何だったんだ?
「おおかた猫でも飛び出したんでしょう」
家に帰って、新聞やテレビのニュースで確認してみたけど、何の情報も無かった。
原巳駅は相変わらず平穏そのものだった。
…訳が判らない。
あれは幻覚だったのか?おかしいは俺の頭か?
まあ、それならそれで良いさ。
うん。事件など起こらなかった。妖怪など、この世に存在しない。
俺の日常は平穏無事なまま。
あの店員が言う通り、猫が飛び出しただけなんだ。
…あれ?
確か鉄道運転手って、小動物相手にはブレーキをかけないんじゃ…?
まあ、どうでもいいか。
俺は、朝の出来事を全部忘れて寝る事にした。
622 :
SINGO:2010/02/28(日) 02:14:44 ID:pb4PRYbb
《翌日 原巳中学校》
ざわめく教室内。
「えー、みんな静かに。いきなりで突然ですが、転校生を紹介します」
「えと、山県愛といいます。よろしくお願いします」
…俺は、まだ幻覚を見続けてるのか?
昨日の朝、原巳駅にいたあの妖怪少女だ。眼鏡をかけ、髪を黒く染めてはいるが、間違いない。
転校生は俺と目が合うと、意味深に笑みを向けてきた。
この中途半端な時期に転校(しかもピンポイントで俺のクラス)というのが、何か変だ。
とにかく得体が知れない。なるべく関わらないようにしよう。
やがて昼休み。
「えと、初めまして。や、もしかして二回目かな?」
くそ。奴の方から関わってきた。
「ハジメマシテ。オレ、イトウ…」(←棒読み)
「伊藤君。良かったら、一緒にお弁当食べよ」
「山県さんだっけ?俺の事、知ってるの?」
「呼び捨てで良いよ。伊藤君こそ、私の『正体』を知ってるでしょ?」
ドクン。俺の心臓が跳ねた。
「お前、やっぱり昨日の妖怪か?」
「せめてスパイダーガールって呼んで」
山県は開き直ったのか、否定する様子が無い。
嫌な予感が最悪の形で的中した。そして理解。
山県は俺を追って来たのだ。俺が山県の正体を知ってしまったから。
その俺を、妖怪が生かしておくとは思えない。
俺は即座に逃走しようとして、
「!?」
足が動かない。
机の下を見ると、いつの間にか俺の足と机の脚が固定されていた。ロープみたいな物で。
いや違う。山県の髪だ!
「くそ。俺をどうする気だ?」
「別に何もしないよ。私の正体をバラさなかったら…の話だけど」
「もしバラしたら…?」
「え、ダメだよぅ。加藤さんの首に回した『糸』は、私じゃないと外せないよ」
くそ。親友を人質を取られた。
「わかった…喋らない」
よく考えたら、破格の条件だ。ただ俺が黙ってるだけで平穏な日常が戻ってくる。
口封じに俺を消せば手っ取り早いのに、それをしてこない。
こいつ、意外と甘いんだな。
いや待て。
「おい山県。あの子をどうした!?」
「あの子?」
「昨日の朝、駅のホームで男の子を…」
いや、事件は起こらなかった。という事は、この妖怪、
「まさか、あの子を喰ったのか?」
山県は一瞬キョトンとして、
「あはは。そこまで餓えてないよ。私の好みは、伊藤君みたいな中肉中背で…」
こいつ、悪趣味だ。人を怖がらせて楽しんでやがる…。
623 :
SINGO:2010/02/28(日) 02:17:27 ID:pb4PRYbb
《放課後 帰り道》
俺の横には山県。
原巳駅まで一緒に帰ろうという山県の提案だった。
あくまで俺を監視するつもりか。
やがて原巳駅が見えてきた。
「あ」
例の男の子が居た。
見たところ外傷は無く、ピンピンしている。良かった。無事だったのか。
しかしながら山県。人を怖がらせるのが妖怪の本文とはいえ、昨日のアレは度が過ぎてた。
一歩間違えたら大惨事になってたぞ。
「なあ山県。あんな危ないマネは二度とするなよ」
すると、
「あ。やまがたさん」
男の子が山県を見つけ、なんと、駆け寄って来て山県に抱き着いた!
なんて怖いもの知らずな子だ。この女は君を線路に落とした妖怪なんだぞ。
「きのうは、たすけてくれて、ありがとー」
…へ?
山県が、この子を助けた?
「どういう事だ?」
結局、俺の勘違いだった。
あの時、この子が線路に落ちて、それを山県がロープ(正確には髪技)で引き上げて助けた。
それを最後まで見てなかった俺が、アレを突き落とし行為だと思い込んでいた訳だ。
「あー。ゴメン、山県」
「…?何が?」
「俺、お前のこと誤解してた。お前、すごく良い奴なのに…」
「危ない!!!」
山県の叫びで、俺の台詞は掻き消された。
「え?」
一台のスクーターが猛スピードで突っ込んで来た。
運転手が携帯電話を片手に、信号無視してきたのだ。
早く避け……駄目だ!俺が避けたら、この子が轢かれる!
俺はとっさに男の子を庇った。
そして時は止まる。
「……え?」
俺達は、かすり傷ひとつ無い。
落ち着いて見てみると…俺達の目の前、空中にネットが張り巡らされていた。
何だコレは?
例えるなら、それは巨大な蜘蛛の巣。そこに先程のスクーターが運転手ごと引っ掛かっていた。
「大丈夫?」
山県の心配そうな顔。その髪は、あさぎ色に変色していた。あの時と同じだ。
この蜘蛛の巣、山県の髪なのか。妖術すげー。
「ああ大丈夫。ありがとう、助かった」
…じゃなくて!
「山県!髪、早く隠せ!バレるだろ!」
624 :
SINGO:2010/02/28(日) 02:18:43 ID:pb4PRYbb
「今の何?アンタ、何者?」
背後から聞き覚えのある声。
振り向くと加藤が居た。
何で加藤が?まさか山県を尾行してきたのか?
とにかく加藤に正体を見られた。しかもスクーターを運転手ごと捕らえた場面を。
「や、違うの。加藤さん。コレは…」
山県が歩み寄ろうとすると、加藤は脅えて後退りした。
加藤から見れば、山県は妖怪蜘蛛女だ。そして運転手は蜘蛛の巣に捕まった哀れな獲物。
「嫌、近寄らないで!バケモノ!」
絶叫する加藤。もはや恐慌状態にあった。
この状況はヤバイ。
確か、山県は言っていた。『加藤さんの首に回した糸は、私じゃないと外せない』と。
「待て加藤!下手に騒いだら…!」
「誰か助けてー!殺される!」
「……」
何も起こらなかった。
依然、加藤に何の外傷も無い。
「え?」
山県が加藤を見逃した?
いや違うだろ。馬鹿か俺は。
「山県が人を傷付けるわけ無いだろ!どれだけ疑えば気が済むんだ!」
俺は怒鳴った。自分自身に。
「そうだよ。やまがたさん、ぼくをたすけてくれたもん」と男の子も弁護。
山県はいたたまれなくなったのか、突然、俺達を置き去りにして走り去る。
「待ってくれ!」
山県を見失ってはいけない。もう二度と会えなくなる。そんな予感がした俺は、すぐさま後を追いかけた。
ほどなくして山県を捕まえた。
「なあ山県。転校してきた理由は、やっぱりアレが原因か?」
おそらく、以前住んでた町でもバケモノ扱いされ、町から追い出されたのだろう。
「うん。せっかく伊藤君と知り合えたのに、残念…」
「また転校する気か?認めないぞ、そんなの」
「伊藤君…?」
「俺は何があっても山県の味方だ。だから、いなくなるな」
山県の表情に笑顔が宿った。
俺は不覚にも赤面した。
どうやら俺の心は、この心優しい蜘蛛に捕われたようだ。
END
625 :
SINGO:2010/02/28(日) 03:06:07 ID:pb4PRYbb
終わりです。
企画段階では言葉がヒロインでした(髪が長いから)
が、
どちらかというと山県が適任(転校生で異様な髪色だから)って事で
山県に変更しました。
有朋いいよ!いいよ!
復旧&規制解除記念に感想でも・・・
>>619 投下乙です。
山県の転校を繰り返してた理由は妖怪だったからとはまたすごい
でも外見でいい奴か悪い奴かなんてわかんないし
誤解誠や加藤に誤解されているのはなんかかわいそうでした。
なんにせよGJこれからも期待したいです。
人類と猿との間を埋めるミッシング・リンク、生きた猿人が発見された。
科学者たちはこの大発見に狂喜し、猿人のメスと人間との交配実験をすることにした。
500万ドルで猿人と交尾してもいいという人間の男を募集する新聞広告が、ただちに出された。
募集に応じて来たのは日本人で、沢越止と名乗った。
彼は、猿人のメスとセックスすることは別に構わないが、3つだけ条件があると言った。
1.別れた女房たちには内緒にすること。
2.生まれた子供に俺を親だと教えないこと。
3.それと、500万ドルは分割払いにしてもらいたい。
なにしろ、今ちょっと持ち合わせがないもんで…
学園祭で澤長が、校門近くに立って大声をあげて客寄せをしている。
「このニュースを読もう。50人が詐欺にあった!50人が詐欺にあった!」
興味をもった誠が澤長に声をかけ、新聞を購入した。
さっそく一面を見てみたが、そのようなニュースは何も書かれていなかった。
誠は澤長に文句を言った。
「50人が詐欺にあったなんてニュースどこにも書いてないぞ」
澤長は誠の言葉を聞き流し、更に大声をあげ続けた。
「このニュースを読もう。51人が詐欺にあった!」
631 :
572 :2010/03/07(日) 03:32:02 ID:kwvGI3ZN
「お姉ちゃんまた本読んでるの?これからみんなで出かけるけど準備できたの」
「えっ、もうそんな時間、こころ、ちょっと待ってねすぐ支度しちゃうから」
「はーい」
今日は祝日、偶然にも家族全員そろっていたので家族みんなでこれから食事に
行くことになったのだ行き先は榊野ヒルズの展望レストランである。
今言葉は出かけるために着替えておりこころの目の前には1冊の本が置いてある。
さっきまで読んでいた学校で借りてきた本である。
(……お姉ちゃんどんな本読んでんだろ)
目の前の本を取ってタイトルを見てみる。
『愛と誠その崩壊の序曲』
「何、この本?」
横に置いてある本にも目を向けてみる。
『新撰組 愛と誠を掲げし者達の散りざま』
『愛と誠は繋がらない』
『誠の愛などありえない』
1冊だけならまだしもこんなにも数があると流石に何故こんなものが
何冊もあると不自然に見えてくるお姉ちゃんに何かあったのかと
心は勘ぐっていた。
すると着替えている言葉が何か呟いているのが聞こえてきた。
「誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君
誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君
誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君
誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君
待ってて下さい、山県さんからいつでも戻ってきていいんですよ。
いえ誠君なら必ず戻ってきてくれますよね
誠君の彼氏は私なのですからあの山県さんも分かってくれますよね
ふふふふふふふふふふふふ」
「お、お姉ちゃん?」
そういえば聞いた様な気がする、今、誠君は山県さんと付き合っていると
最初お姉ちゃんは振られたショックを隠そうとしてたのんだと思ったけど
それは違うのかも知れない、
自分の知っている姉はもういないのかもしれない
そう思い心はそっと言葉の部屋を後にした。
山県愛endの言葉を書いてみた、
632 :
名無しさん@ピンキー:2010/03/07(日) 09:12:15 ID:wTJbSD9q
山県逃げてー。
>>631 ニコニコで見た、アリプロの「愛と誠」をスクイズと組み合わせたMADを思い出したw
替え歌歌詞が神だったんだよ・・・「切るは肉 裂く鋸の血に匂う強さに」とかw
古典小説をプロットにしたシナリオ(基本設定などを使っている)考えたんですが、需要あります?
内容は世界ルートどれかの後日談(誠と世界が結婚済み)。ややグロあり、死亡あり。
635 :
SINGO:2010/03/10(水) 01:25:41 ID:sjwzhCkd
どうも。もうすぐクロイズ発売なんで、テンション上げて投稿します。
今回はNTRSSに挑戦してみました。
636 :
SINGO:2010/03/10(水) 01:26:51 ID:sjwzhCkd
【祭の後】
《秋》
『行為』が終わって、彼は満足感と共に違和感をも抱いていた。
(大丈夫なのか?この学園…)
学園祭の出し物の一つがオバケ屋敷というのは理解できる。
が、その暗闇に乗じて擬似ラブホテルが展開されているなど、誰が予想できただろうか?
彼自身、学園校内で性行為に誘われるとは予想外だった。
彼女に連れ込まれ、最初こそ面食らった彼だが、別段、支障がある訳ではない。
むしろ彼女からのサプライズプレゼントで、彼は存分にそのプレゼントを味わった。
誰かに覗かれているかも知れないスリリングな状況の中で。
《11月某日》
「すっかり遅くなったな…」
彼はアルバイトを終え、帰りの夜道を歩いていた。
バイト時間を増やしたため、そのぶん恋人と会える時間が少なくなった。
(彼のバイトには訳があって、その理由を恋人には伝えていない)
彼は恋人の淋しそうな顔を想像して…、
と、ベンチに座り込んでいる一人の男を発見した。男も彼に気付いたのか声をかけてきた。
「よお、どぉした?こんな所れ」
ろれつが回っていない。
男は彼の友達だ。
その男が今、目の前で一升酒瓶片手に酔っ払い、堕落している。
「な…!お前、何やってんだよ!?」
「なにも。おれには、もー何もない。なにも無いんだ」
男は泣いていた。
「何か哀しい事でもあったのか?」
「ああ。おれは本気だった。ほんきで惚れてたのに…」
どうやら女にフラれたらしい。
「よりを戻せないのか?」
「むりだよ。おれわ棄てられた」
聞けば、最近になって女の浮気&通姦が発覚。問い詰めた男に対し、女が別れを突き付けた。
直接的な表現をするならば、
「つまり、女を寝取られた訳か」
「ちくしょお…」
男の言葉の端端に『イトウ』という名前が出てきた。おそらく、そいつが女の浮気相手…寝取り魔なのだろう。
彼は男に何もしてやれなかった。ただ慰めの言葉をかけるだけだ。結局は他人事だから。
「たしか、サカキの学園だったか?なら、おまえの女もヤバイな。せいぜい気お付けろよ」
寝とられないようにな、と男は彼に忠告してきた。
男にとっては善意でも、彼にとっては無神経極まりない言葉だった。
「な!?お前…!!」
怒声が出かかったが、彼は何とか自制した。
637 :
SINGO:2010/03/10(水) 01:28:02 ID:sjwzhCkd
《後日》
彼は恋人との情事にふけっていた。
「ねえ。早く、ちょうだい」
恋人がねだってきた。すでに開脚状態だ。
やけに積極的だな、と彼は思いながら、
「じゃ、入れるから」
彼は恋人の中に欲棒を突き入れた。恋人の締め付けをじっくり味わう。
「もう。焦らさないで」
恋人の要望で、彼はすぐに前後運動を始めた。
「もっと強くぅ」
何度も何度も前後運動を繰り返す。
「あっ、あん!イイ」
やがて彼の欲棒にも限界がきた。
「俺、もうイクっ!」
「や、ダメぇ。もっと!」
どくん。
彼は恋人の腹で果てた。
恋人と肌を重ねるのは久しぶりだった。思い返せば、学園祭での校内シャセイ以来だ。
そのせいか、行為が終わっても恋人の表情は物足りないと言いたげだ。
実のところ、彼は不安だった。友達の忠告が現実のものになってしまう事が。
『榊野学園だったか?お前の女もヤバイな。イトウに寝取られないようにな』
恋人が浮気している可能性。
とはいえ、直接、恋人に確認する訳にもいかない。酔っ払いの戯言が発端だし、何より証拠が無い。
彼に出来る事は、雑談にみせかけた誘導尋問だけだった。
「そうそう。この前、俺の知り合いがヤケ酒してて。聞けば、恋人を寝取られたんだってさ」
「へ〜、かわいそ」
「その寝取り魔、イトウって名前なんだけど。そいつも榊野の生徒なんだ。心当たりある?」
「ううん、知らない」
恋人は即答。だが、恋人の顔に生じた僅かな緊張を、彼は見逃さなかった。
「噂じゃ、手当たり次第の浮気者らしい」
「へ〜。その男、最低」
おい待てよ、と彼は思った。
彼はイトウの性別を彼女に伝えていない。なのに彼女はイトウを男だと断定した。
(こいつはイトウを知ってる。その上で、知らないフリをしてる)
隠し事をしている。
恋人が浮気している可能性は、彼の頭の中で数百倍にも跳ね上がった。
不意に、恋人が口付けてきた。
「んも〜。こんな時に、そんな話しないでよ」
彼は恋人の瞳を凝視した。
無垢な瞳だった。
俺はなんて馬鹿なんだ、と彼は思った。
恋人を疑うなど、重大な裏切り行為だ。
(こいつが俺を裏切るはずが無い。俺は間違ってた。あの馬鹿のせいだ。戯言に乗せられてしまった)
638 :
SINGO:2010/03/10(水) 01:28:47 ID:sjwzhCkd
《12月某日》
彼は一人で榊野町の繁華街を歩いていた。
どこを見てもクリスマス用の飾り付けでいっぱいだった。
彼の手には、綺麗にラッピングされた小箱。今までのバイト代をはたいて買った、恋人へのプレゼント。
彼は恋人の笑顔を想像して、
「あ」
人ごみの中に偶然、恋人を見つけた。彼は慌ててプレゼントをポケットに隠した。イブの夜まで内緒だ。
恋人は携帯電話での会話に夢中なため、彼の存在に気付いていない。
彼は恋人に声をかけようとして、
「じゃあ、イトウの家にレッツゴー」
彼女の台詞を聞いた彼は絶句した。
「イトウ」「テクニシャン」「ベッド」「セックス」「三ピン」「今度産ム」
卑猥な言葉を拾いながら、彼は彼女に気付かれないように尾行した。まるで警察かスパイみたいに。
東原巳駅で下車して以降、どの道を辿ったのか、彼は覚えていない。
やがて彼女は、とあるマンションに入って行った。
彼女はエレベーターに乗り込んだようだ。
ドアが閉まるのを確認した彼は、その扉に駆け寄った。
表示パネルを見る。エレベーターの止まった階を確認し、彼は後を追った。
その階に辿り着くと、彼は玄関のネームプレートを確認して回った。
やがて『伊藤』宅の玄関を発見。中から恋人の楽しそうな声が聞こえてきた。
彼は携帯電話を取り出すと、恋人の携帯にかけた。
『もしもし。何?』
恋人はすぐに出た。
「今、どこ?」
『自宅』
嘘が返ってきた。
「今、お前ん家の近くまで来てるんだけどさ。出て来れる?」と彼は揺さ振りをかけた。
『え?今、無理。取り込み中ー』
「急に会いたくなってな。顔見せてくれるだけでいい」
『え?無理、無理』
「何で?俺のこと避けてるの?てか今、何してるの?他の男でも居るの?」
それでも恋人は頑なに拒否。
彼は最終手段に出た。
「もういいよ。俺達、別れよう」
そう言って彼は通話を切った。もちろん、ただのブラフだ。
普通なら、この直後、恋人から電話なりメールなりが返ってくるものだ。
もしくは、ただちに伊藤宅を出て彼に会いに行くかだろう。
だが、現実には彼の電話も伊藤宅玄関も沈黙を保ったままだった。
それでも彼は恋人を待ち続けた。
やがて伊藤宅の中から、あえぎ声が聞こえてきた。その中には、彼のよく知る声も混じっていた。
彼の体から、全ての力が抜け落ちていった。幸せも希望も、心さえも。
639 :
SINGO:2010/03/10(水) 01:30:02 ID:sjwzhCkd
あれ以来、彼のもとに電話やメールは来なかった。どころか、彼女自身も来なかった。
彼女は、彼の『別れよう』発言を冗談だと判断したのか、能天気にも彼を放置。
彼自身も自分からの接触を諦めていた。
最終的に、先に動いたのは彼女だった。なぜなら…
彼は、ある噂を友達から聞いた。例の伊藤が誰かを妊娠させたという噂。
ここにきて、ようやく彼女は彼に電話した。遅すぎるくらいだ。内容は復縁。
このタイミングの良さ、変わり身の早さに、さすがの彼も頭にきた。
仮に彼女が伊藤に孕まされていたとしても、彼は同情しない。もう愛想が尽きた。
「お前には伊藤がいるだろ。さんざん俺を放置しといて、今さら俺にどうしろって?」
『伊藤って誰よ!変な言い掛かり付けないでよ』
「しらばっくれんな!俺、知ってんだよ。お前が伊藤とセックスした事」
そして彼は全てを彼女に伝えた。
あの日に彼女を尾行した事。その時の彼女のエロ通話。伊藤宅内から聞こえてきた、あえぎ声。
「浮気相手が危険な男と判ったら、即モトサヤかよ?ふざけんな!」
全てをぶちまけた彼は通話を切り、着信拒否モードにした。
《聖夜》
彼女は彼の家にまで押しかけて来た。一人では不安なのか女友達二人を同伴して。
彼女は弁解してきた。そして女友達二人は彼女を弁護。
聞けば、この女友達二人は無理に彼女を伊藤宅に呼び出し、行為に及ばせたらしい。
あくまで悪ふざけで、彼女はただ巻き込まれただけだ、と。
そこへ、
「よう。いっしょに飲もうぜ〜」
彼の友達がやって来た。かつて伊藤に女を寝取られ呑んだくれていた(今でも酔っている)男。
「…って、あれ?そいつら、たしか東はらみで…」
「ん?お前、知ってんの?」
「ああ。みおぼえがあるろ。そのシャギーの子にボブのこ。そっちのヘアバンドの子は確か…」
男は順番に指さして彼女達を確認した。
ちなみにヘアバンドの子が恋人だ。もっとも、これから恋人ではなくなるわけだが。
「んん、まちがい無い。伊藤のマンションに入っていったろ」
なぜか男は伊藤の住所を知っていた。おそらく調べたのだろう。女を寝取られた報復のためか。
「さんにんそろって」
640 :
SINGO:2010/03/10(水) 01:30:56 ID:sjwzhCkd
「…え?今なんて?」
彼は自分の耳を疑った。
「だからー。三人そろって」
いや。あの日、彼が見たのは、彼女が単独でマンションに入って行く場面だった。
それが、三人そろって?
「おい待て。それ、いつの話だ?」
「いっかげつくらい前かなあ」
彼が彼女を尾行した日よりも、さらに前だ。
♪ピリリリリ…。
不意に、彼女の携帯電話が鳴った。
彼は彼女の手から携帯電話を奪い、ディスプレイを見た。
『着信あり:伊藤 誠』
「なあ、メールボックス見ても良いか?」
おそらく伊藤とのエロトークでいっぱいだろう。
彼女は首を横に振った。
確定。もう見る必要は無い。
彼は携帯電話を投げ、憎悪の瞳で彼女を睨みつけた。
「よくも騙してくれたな。このビッチ糞が…」
すると彼女の女友達の一人が、彼女を庇うように割って入ってきた。
「ちょっと!その言い方、非道過ぎない?大体、ボンヤリしてたアンタが悪いのよ」
「部外者は黙ってろよ。いや、共犯者だったか。腐れヤリマン」
「うっさい、負け犬」
「なんだと?」
話が違う方向にズレてきた。
「ちょ、やめてよ。ナツミちゃんも」
彼女が女友達を止める。が、ナツミと呼ばれた女友達は構わず暴言を続ける。
「女を満足させるテクも無いくせに。だから飽きられるのよ。その点、伊藤は凄く上手くて…」
その言葉は彼の心を深く傷付けた。絶望。彼の目から涙がこぼれ落ちた。
「うわ。何コイツ、泣いてるの?男のくせに」
「どうせ俺は負け犬だよ。でも負けるならセックスじゃなくて、優しさとか誠実さとかで負けたかった」
これが彼と恋人の決定的な違い。
恋人は自由奔放だった。目先の快楽を求めて。
一方、彼は今まで自分の自由を犠牲にしてきた。自分と恋人の将来を見据えて。
自由よりも遥かに尊い不自由がある。そういって自分を納得させてきた。
その結末に、彼が手に入れたものは……。
彼はポケットの中身を取り出すと、彼女の足元に叩き付けた。
それは綺麗にラッピングされた小箱。今までのバイト代をはたいて買った、恋人へのプレゼント。
中身は、彼女の薬指に合うサイズのプラチナアクセサリー。
「メリークリスマス、来実。さようなら」
今度こそ、本当に。
彼は、酔っぱらいの友達を自宅に引き入れると、内側から鍵をかけた。
しばらくして外から彼女の声が聞こえてきた。玄関の扉を叩く音も。
だが、彼は何も聞かなかった。何も聞こえなかった。
Bad End
641 :
SINGO:2010/03/10(水) 01:57:29 ID:sjwzhCkd
終わりです。
このSSはアニメスクイズとリンクしてます。
「いらっしゃいませ・・・って足利?」
「げ・・・黒田」
明後日はホワイトデー、バレンタインのお返しになるお菓子を買おうとしてスイーツおおはらに
入っていったのだがそこで待っていたのは同じ中学出身で路夏との仲を取り持ってくれた黒田光の
姿があった。
「まあ、丁度よかったのかな?、ほら明後日ホワイトデーだろ、だから路夏に何か買ってあげようと思ってさ」
「ほー、おあついねぇ」
一時は誤解もあったものの黒田の協力により今では無事路夏と付き合う事になった、
それで路夏へのバレンタインのお返しにクッキーでも買っていこうと店に寄ったのであった。
「じゃあ、このクッキーセットを一つ、あと・・・姉ちゃんたちの分も買っといたほうがいいかな」
「そうそう、恋人以外からももらったんだったらちゃんとお返しした方がいいわよ、って私もあげたんだっけ?」
「黒田からもらったチョコは金払っただろ、バレンタインにってよりかは単に商売根性丸出しにしてただけじゃないか」
「はははは、でも買っていくんでしょ?」
「たくっ、この商売上手め」
そういって、黒田の口八丁に騙されたのか、結局路夏の分以外にもいくつか多いクッキーを買い込んでしまった。
まあ、もらって悪い気はしないだろうしまあいいかと納得して家路に着く。
「じゃあ、黒田もありがとな、なんだかんだ黒田のおかげでこういう時の女の子の気持ちがわかった気がする。
せっかくだし明日は田中あたりを連れてくる、じゃあな」
「さんきゅ足利、どんどんお客さん連れてきてね」
「たくっ、俺はサクラじゃないっての」
そういって勇気は店を後にした、相変わらず背はちっこいながらも昔と比べて随分大きくなったようにみえた。
別に足利に恋愛感情を持ってるわけではないがやはり心は成長しているのだろうか
翌日
「うっす、田中は部活だったから代わりに澤永連れてきた」
「おーす、」
「さっさささっ澤永ぁ!!?」
「どうしたんだ、変な声出して」
「なっななな何でもないーー」
「そうか、でも足利、俺バレンタインの時1つもチョコもらってないんだぜ
返す相手なんかいないのにこんなとこ連れてきやがって」
「そうなのか?」
前言撤回、やっぱり足利は女の子の気持ちなんかわかっていないし
心も体格どおり子どものままだ。黒田は心の中でそう確信していた。
続かない。バレンタインの時は規制で投下できなかったのでホワイトデーの前日談ネタで
リベンジしてみました。
>>634 個人的に見てみたいので楽しみにしています。
>>641 投下乙です。
そういえば加藤の取り巻きに彼氏持ちがいたっけ、すっかり忘れてた。
スクイズらしい誤解や不安が面白かったです。
それと長編を書く場合ってできた所から投下するのと
全部完成してから投下するのってどっちがいいですか?
もうすぐ4話が終わるってところまで書き終わってるんですけど…
(問題点は多いけど)