あながち誤爆でもない
ってなりそうだなw
凄い誤爆だ
たぶん長編『ワイヤード』
投下します。
第一話『コントラクター・再会』
ある意味では予知夢というものだろうか。
鷹野 千歳(たかの ちとせ)は、何の超能力も持たない普通の高校生だったが、この夜、確実に彼の夢は過去と現在を、そして未来を繋いでいた。
「ねぇちーちゃん、ちーちゃんのゆめはなに?」
「おれのゆめか……まだ、ないなぁ。そういういっちゃんはどうなのさ」
「え〜。おしえてほしい?」
「いや、いいたくないならいい」
「ま、まってよぅ! いうからおいてかないで!」
「べつにおいていこうとしてるわけじゃない。いっちゃんがもったいぶるから、きかないほうがいいかとおもった」
「ぅ……ううん……。いいたくないわけじゃないよ。でも、ちーちゃんのこたえがこわかったの」
「おれがか? おれにかんけいすることなのか?」
「うん……。あたしね、あたしのゆめはね――」
――ちーちゃんの……に。ちーちゃんと一生……に。
それは、過去の記憶。幼い日々の記憶。夢になってよみがえっても、起きたらもう、消えているだろう。
そして、夢の情景は不定形になり、また別の過去を映し出した。
「うぐっ……ひっく……ちーちゃん……ちーちゃん……やだよあたし……」
「なくなよ、いっちゃん」
「だっでぇ……ちーちゃんとの……やぐそく……まもれな……」
「なにいってんだよ、いっちゃんらしくないぞ。ひっこしくらいなんだよ。そんなもんでやくそくはきえない」
「でも……ぐすっ……でも……りょうってところにいれられて……きびしくて……それに……とおすぎて……ちーちゃんにあえないよぅ……」
「とうきょうからきょうとにいくくらいでおおげさだよ。いつでもあえるよ、おなじせかいにいるんだから。おなじにほんだから、なおさらだ」
「ほんと……? また、あえるかな……」
「ああ、またあえる。やくそくってのはことばじゃない。こころがうみだすんだ。おれたちがわすれなければ、みらいのおれたちがきっと……」
「きっと……あえるんだよね……」
「ああ、しんじろよ。おれをしんじろ、おれはおまえをしんじる。だから……」
「あたしも、あたしをしんじるちーちゃんをしんじるよ!」
「お、おい! いきなりだきつくな!」
「やだね〜、ちーちゃんはぜったいはなさないってちかうよ! こうやってあたしがつかまえる! はなれても、きっとこころがつながる! だから!」
「だから……?」
「だから……そのときは、やくそくまもってね」
「……ああ。……やっと、えがおになったな。いっちゃんはそれがいいよ」
「うん……いままでありがとう、ちーちゃん……それと、さきにいっとくね。みらいのちーちゃんに……よろしくね」
そうして約束を交わした二人は別離した。十年以上たった今もまだ再会は一度も無い。
もはや、幼稚園の頃の記憶など千歳には遠い遠い、外国の事のように思われた。
時折、夢魔のように床に顔を出し、約束を歌う。それだけの虚構と化した。
それが、今まで。
そして、これからは……。
また、よろしくね。
ああ、よろしく。
……お兄ちゃん。
……お兄ちゃん?
目が覚めた。
「お兄ちゃん、ねぇ起きてよお兄ちゃん!」
「百歌(ももか)……なんで」
「なんでって、もう朝だよ。学校だよ?」
「ああ……そりゃあ、そうだな。すまん、すぐ起きる」
妹に起こされるなんて情けない兄だ。千歳は起きて早くも自己嫌悪した。まあ、そうはいっても朝弱いのはどうしようもない。諦めよう。
そう思って掛け布団を押しのけ、上体を起こした。
「お……お兄ちゃん……」
百歌が顔を赤くして後ずさる。顔を手で覆い隠しているが、指の間からある一点をバッチリ凝視している。
千歳も視線を追って見た。
「……」
そこには、『男の生理現象』が猛々しくそびえ立っていた。
「も……百歌。これはな……」
「お兄ちゃん……」
「なんだよ」
「『いっちゃん』って、誰?」
「いきなり何を……」
「いいから答えて!」
百歌は今までに無い剣幕で千歳を睨みつけ、怒鳴った。
兄である千歳も知らない。こんなことは初めてだった。
「いや、まてよ。なんのことやらさっぱり」
「そう……お兄ちゃん寝言で『いっちゃん』って言ってたんだよ。覚えてないの?」
「寝言……?」
千歳には、寝言の自覚は勿論、夢の内容の記憶すらない。答えようがない。
が、妹の激しい追求は続いた。
「いっちゃんって、誰?」
「だから、わからないって……がっ!?」
激痛が走る。
「百歌……! やめっ……」
千歳が兄の股間を掴み、凄まじい力で圧迫していた。
「じゃあなんでこんなにおっきくしてるの……? いっちゃんって人のこと考えてたんじゃないの……?」
「う……が……」
「ねぇ、べつにその女が誰だっていいけど、隠し事はいやだよ、お兄ちゃん! お兄ちゃん! 私たち兄妹だもん、嘘ついたらだめでしょ、お兄ちゃん!!」
「やめっ……ろぉ!!」
痛みが限界に近くなったところで、やっと身体が動いた。百歌の軽い身体は簡単に吹っ飛ぶ。
「はぁ……はぁ……百歌、お前一体……」
「ごめんね、お兄ちゃん……いたかった?」
急に普段通りの大人しい態度に戻った百歌は、優しい手つきでさっきまで握りつぶすつもりだっただろう股間のモノを、優しく撫でた。
千歳の身体が若干震えた。
「(妹にさわられてこんな……やばい)」
できるだけ乱暴にしないように気を付けながら、百歌の手を掴み、やめさせた。
これ以上触られたらいけない、そんな予感がした。
「お兄ちゃん、いいの……? いたくない?」
「いや、いたいけど」
「手はだめ……? じゃあ舌で、舌で舐めたら痛くなくなるかな……」
「いや、それはもっとだめだ。ってか、痛かっただけで傷なんてないんだからそんな心配しなくていい」
「うん……ごめんね……」
「ああ、わかったら、さっさと下に行っててくれ。着替えるから」
「うん。あさご飯用意するね」
百歌が出て行ったのを見送ったあと、千歳は服を抜いた。
股間のフレンドも確認する。傷付いてはいなかったが、締め上げられて赤くなっていた。
「いてぇ……こんな状態でなんかにぶつけたら……いや、考えないほうがいいな」
それにしても……。千歳は考える。
それにしても、妹のあんなに起こった姿は珍しい。いや、始めてかも知れない。温厚で従順で優しいあの百歌が。
寝言で女の名前をいっただけで。
「いやまて。女なのか、そもそも『いっちゃん』って……」
なんだか、こころあたりがあるような、ないような。そんな微妙な状態。
「ま、いいか」
百歌ももう元通りなんだし、夢は夢ででたらめってこともある。そう千歳は見切りをつけ、制服に着替えた。
「お兄ちゃん、はいお弁当」
「ああ。ありがとな」
「お兄ちゃん、さっきは……」
「もういいって。怒ってないし、もういたくなくなった」
「うん、ごめんね……男のひとが朝ああなるって、しってたのに……ちょっと混乱しちゃって」
弁当を受け取り、妹とともに家をでた。まだ七時過ぎ。学校の近さとそぐわない早さだ。
「今日も、ナギちゃんの所にいくの?」
「ああ、お前は?」
「……今日は、いいや」
そういうと、百歌は自分の中学の方向に走っていった。
千歳は方向を変える。高校へではない。幼なじみの、ナギの家にである。
「あら、千歳くん。今日はちょっと遅かったのね」
ナギの母、頼(より)さんが出迎えてくれた。あいも変わらずの爽やか美人である。
「今日はちょっと……妹と一悶着ありまして」
「あら大変。百歌ちゃんとケンカしちゃったの? いつも仲が良いのに」
「いえ、もう大丈夫なんで」
「そう……なら、いいのだけど」
「で、今日はナギ、起きてます?」
「いつもどおりよ」
「ああ、いつもどおりですか」
「頼むわね」
「おまかせください」
二回のナギの部屋に向かう。
「おい起きろー」
どんどんと扉を叩く。まれに。ごくまれに起きているときは、開くはずだ。そんなに都合の良いことは一年に一回くらいだが。
もちろん、今日も反応は無かった。
無言で蹴破る。
「……」
いつもどおり、見慣れた地獄絵図。
「今日はどこだ? 本棚か? それとも天井裏か?」
物の山。パソコン、本、ガラクタ、倒れたタンス、ベッドのようなものの残骸、各種ゴミ。それらが部屋の中で自由奔放に山積みされていた。
この中のどこかにナギは埋まっている。いつものパターンだ。
「今日は……そうだな、ここだ!」
本の山におもむろに手を突っ込む。
「捉えた!」
そして、引いた。
ゴミの海から全裸の女が釣れた。
「よう、ナギ。おはよーさん」
全裸の女こと、ナギ半分目を開け、うつろなまま答えた。
「誰だ……」
「千歳だっての」
「ああ……そんなやつもいたな。なんのようだ……」
ナギの朝のボケかたは半端ではない。わりと朝に弱いほうである千歳ですら比較対象にもならない。
「学校だろうが。ってか、服きろよ」
「……全裸じゃないと寝れんのだ。察しろ……」
そんなことまで察することができるほど千歳は大人ではなかった。いや、ナギとの付き合いはもう何年にもなるのだが、それでもだ。
というより、ガラクタの中で全裸睡眠する女を起こす風景を普通だと認識しろと言っているのだろうか。できるわけがない。
「おい千歳……服をよこせ。タンスの中にパンツがあるだろう」
ぐったりと床に倒れながらナギが千歳に命令した。依然全裸。もはや色気のカケラすらない全裸。
しかし慣れっこだ。千歳は素直にナギの言うとおりにパンツをゴミ山のなかのタンスから引きずり出し、ナギに渡した。
「穿かせろ」
「はいはい……」
「(しかしこれ……まるみえなんだよなぁ……毎回見すぎて、興奮すらしねぇ)」
ナギはもはや、妹である百歌よりもディープに妹っぽい。それほどに世話をした覚えがある。
そのまま手際よく制服を着せた。ブラは必要なかった。ナギの胸の大きさ的に考えて全く必要がないし、それに……。
「(傷、まだ治ってねえんだな)」
背中の傷を締め付けて痛いだろう。
「どうした、千歳。なにを考えている」
「俺、ボーっとしてたか?」
「ああ、ひどいマヌケ面だった」
傷のことを考えると、しかたがないのかもしれない。この傷は……。
「おい、千歳。お前まさかまだ……」
「い、いや、大丈夫だ。大丈夫」
「そうか? 私にはそうは見えんがな」
「大丈夫だっての。さっさと朝飯食え。下で頼さんが待ってんぞ」
「母さんが……ああ、そうか。まだ生きてるんだな」
「おいおい……母親を勝手に殺すな」
「……何を言っているんだお前。昨日生きていたやつが、今日まで生きているという保証があるのか? 現在と過去と未来の世界が、同じだと思っているのか? 自分の手の中にあると思っているのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……信じろよ。大切なもんだろ。家族なんだから」
「それもそうか……。なら、母の存在くらいは信じるとしよう」
「俺はどうなんだ?」
「お前もだよ、千歳」
ナギはやっとはっきり目が覚めたようで、千歳の顔を見上げ、イジワルそうな笑みを浮かべた。
「いってらっしゃい。千歳くん、今日もナギをよろしく頼むわね」
「はい、確かに」
頼さんが笑顔で送り出してくれた。俺も釣られて笑顔になる。
「……さっさと行くぞ、千歳」
「お、おいおいいきなりっ」
すると、ナギが急に千歳をにらみつけ、肩を掴んで歩き始めた。
「……ふふっ、仲が良いのね」
頼さんは、そんな二人を見て微笑む。――娘と同じ、意地の悪い笑みで。
「よー! 千歳にナギちゃん!」
「彦馬(ひこま)か。今日は遅刻しないんだな」
教室に入ると、珍しく早く登校していた彦馬が二人を出迎えた。
「いや、今日は張り切っちゃってさあ」
「張り切るって、何をだ」
「いや、それがさ……って、ナギちゃんは聞かないの?」
ナギは彦馬を華麗にスルーし、自分の席に座ってだらりとしていた。
「興味ない」
「そ、そっか……まあ話半分に聞いてよ。そこからでいいから」
「BGM程度にはな……」
ナギは手入れのされていないぼさぼさの真っ赤な長髪をくしゃくしゃと掻いた。ゴミ山の埃がぱらぱらと落ちる。不潔だ。
「で、なんなんだよお前の張り切りの原因ってのは」
「それがさ……このクラスに転校生が来るんだ」
「へぇ。こんな時期に珍しいな。……で、それがどうしたんだ? っていうか、なんで知ってんだよ」
「僕、転校の手続きをしに来たその人を案内したんだよ。そのとき事情とかいろいろ聞いちまって」
「ふーん」
「でさ! その転校生って、すげー美少女なんだよ! まさに天使! 案内した俺に女神のように微笑んでくれたんだぜぇ〜! どうよ、うらやましいか!?」
「いや、見たこと無いし、どんなもんかわかんないから」
「さめてんなぁ……三次元の女に絶望して二次元に走った僕が言うんだから間違いない、あれは2,5次元の存在!」
興奮した彦馬はいろいろとその転校生の魅力を語りだす。うざったいので、千歳は右から左へ受け流した。
「田村ゆかりですら2,5次元だろうが……」
ナギは、あまりテンションの上がらない様子で彦馬にツッコミを入れた。
あんまゆかりんをバカにしないほうがいい。と、作者は怒りを覚えた。
「おーし、お前ら席につけやー」
柄の悪い女性教師が入ってきて、皆を席につかせた。
「おでましだな」
ナギは口ではああいっていても、なんだか興味を持ったようだ。小声で千歳に語りかけてきた。
彦馬はというと、目を輝かせて椅子の上で正座していた。
「今日は転校生を紹介する……君、入って」
女性教師の呼び声に、扉を開ける人影。それを目の当たりにして。
全員が、息を呑んだ。
言葉を失う。
「転校生の西又 囲炉裏(にしまた イロリ)さんだ、お前ら仲良くしろよー」
「よろしくお願いします。西又イロリです」
教卓の隣に立った転校生。その姿は、女神と語るのももはや仕方が無い。おそらく熱心な宗教家でさえ、女神と認めるかもしれない。
艶のある黒髪ロングヘア。制服の上からでも分かるバランスの良いスタイル。目が大きくくりくりと丸い瞳は、黒曜石のように黒光りしている。
安い電灯で照らされた教室のなか、唯一ひだまりの中にいるように輝いていた。おそらく、その背中に翼の幻覚を見たものもいただろう。
西又イロリは、第一印象だけで教室全員の心を奪った。いや、二人を除き。
「(あんな感じのフィギュア持ってたな……どこになおしたっけか)」
ナギは、真面目に見てもいなかったし、他人の容姿にも、そもそも自分の容姿にも無関心だった。
目に見えるものなんて大体まやかしだったと知っているからだ。
そして、二人目は千歳。
「いっ……ちゃん……」
小声で呟く。すると――
「うん、久しぶり」
――声は出していない。ただ、目が合った。イロリがこちらをむいた。
それだけで、分かってしまった。
「えっと、みなさん、簡単に自己紹介をさせてもらいますと……」
イロリは少し恥ずかしそうに、しかし幸福そうに頬を赤く染め、顔を上げて宣言した。
「私、西又イロリは、このクラスの鷹野千歳のお嫁さんです!」
――ちーちゃんのお嫁さんに。ちーちゃんと一生幸せに。
一話終了です。もうちょっとしたら二話も投下します。
第二話『ナイトメア・侵食』
授業が終わった瞬間、イロリは千歳の席までダッシュし、腕を掴んで千歳を連れて教室を出た。
されるがままに、男子更衣室に連れ込まれる。体育の時は男子は大体教室で着替えるため、部活の時間に使用されていない。
なぜその事情をイロリが知っていたかは不明だが、とにかく邪魔者はいない。
あのまま教室に残れば、二人はクラス全員の好奇心の的として質問攻めに会っていただろう。
「イロリ……」
「どうしたの、ちーちゃん?」
「お前なんで……」
「そんなことより、他に言うべきことがあるでしょ?」
「あ、ああ……おかえり」
「ただいま、ちーちゃん。会いたかったよ。もう十三年になるね……」
「そうか、お前が京都の学校にいってから、もう十三年か……長かったな」
「でも、その分はこれから取り戻せるよ。だって私は……ちーちゃんの」
――およめさんだから。
声には出さなかったが、やはり千歳には伝わる。
無言のままイロリは千歳の両頬に手を添え、顔を近づける。唇と唇が触れ合う――
「おまえ達、何をやっているんだ」
――声。イロリが静止した。
「誰?」
イロリが聞くと、声の主は物陰から姿をあらわした。ナギだった。ただでさえ赤い髪の色が、いつもより深い、血のように染まっている。
これは、ナギが怒っていると気の特徴だ。千歳だけはそれを見分けることができる。
「……野々村ナギ。お前と同じクラスだぞ、一応な」
「そう……よろしくね、野々村さん」
「ナギでいい」
「ナギさん、ね、よろしく」
イロリは千歳から手を離し、ナギに近づく。手を出し、にっこりと微笑んだ。
「なんだ、この手は」
「何って、握手よ?」
「なぜ、お前と握手するんだ」
「え、仲良くして欲しいから……せっかく同じクラスになった人なんだから、仲良くしないと損でしょう?」
「……お前、それは本気で言っているのか?」
ナギはイロリをにらみつける。普段の力のない半目とは違う。視線だけで大型動物ですら殺せそうな眼光。
イロリはそれに対し全く表情を変える事無く、ナギに微笑み返した。
「そうだけど……気に障ったらごめんなさいね」
「ふん、まあいいだろう。それで、最初の質問に答えろよ西又イロリ」
「なにかしら?」
「何をしているんだ、ここで、千歳と」
「何って、久々に夫にあったのよ? することがあるでしょう」
「まどろっこしいぞお前。私は『質問』をしている。私自身を考えさせようなんて言う妙なクイズ精神はいらないんだよ」
「そう……なら、答えるわ。さっきも言ったように、私はちーちゃんのお嫁さんだから、キスしようとしてたんだよ。ただいまのキス」
「キス……だと?」
「そうだけど、なにか問題があるかしら?」
「お前、自分を客観的に見れないらしいな」
「どういうことかしら」
「お前の『質問』に答える義理はない。それより、だ。千歳、お前、なに固まっているんだ」
ナギはイロリを無視して千歳に歩み寄り、すねを蹴った。
「いてっ……なんだよ」
「なんだよじゃない。お前、唐突に現れた電波女に何いいようにされているんだ」
「(そうだ、なんで俺は……イロリのされるがままに……)」
千歳は、完全にイロリを受け入れようとしていた自分に戸惑っていた。
しかし何故か、イロリに迫られると断れなかった。まるで、何らかの『拘束力』があるみたいに、身体が動かなかった。
「まあ、事情は後でじっくりと聞こう。とにかく、千歳に無闇に手を出すなよ、西又イロリ」
「なぜかしら」
「お前、自己紹介で千歳と幼稚園の時結婚の約束をしたと言っていたな……」
「そうよ。その約束が、私たちを結んでいるのよ。あなたには分からないわ、私たちの約束なのよ」
「お前の知っている千歳はもういないんだ。人間は変わる。過去なんで、存在しないんだよ、それを理解しろ」
「な……なにを……」
ナギはイロリの質問には答えず、千歳のを引っ張って更衣室を出た。
チャイムが鳴る。次の授業が始まるのだ。イロリも引き下がらざるを得なかった。
しかし、ナギは授業には戻らなかった。身体に力の入っていない千歳を保健室にぶちこむためだ。
「おい、来たぞ」
「あら、ナギちゃん、どうしたの?」
保険医は慣れた口調で対応する。ナギの乱暴な口調にももはやなんの意見も無いようだ。
「今日は私じゃない。こいつだ」
ナギは乱暴に力のない千歳の身体を保健室に放り込んだ。
「あら大変、ベッドに寝かせるから手伝って」
ナギはコクリと頷き、千歳の足を持った。保険医は千歳の上半身を抱え、ベッドに運ぶ。
「ナギちゃん、鷹野くん、どうしたの?」
「知らん。軟弱だからこうなったのだろう」
「そっか、原因不明か……なら、これは真面目な話だから、聞いてね」
「なんだ」
「コントラクターって、知ってる?」
「なんだ、それ」
「知らないなら、いいけど……もし、その言葉があなたと鷹野くんの間に立ちはだかったら、私に相談してね」
「ああ」
「まあ、一応身体自体に重大なダメージとかはなさそうね。疲労みらいなものだから、昼休みまで寝かせていれば大丈夫だと思うわ」
「……」
ナギは、保険医の目をじっと見詰めている。
「わかった、あなたも付き添いしてていいわよ。担任には私が言っておくから。大野先生ね」
「……感謝する」
「別に良いわよ。そういうの、応援したくなるじゃない」
「おい、千歳。いつまでくたばっているつもりだ、この軟弱者」
「すまん、意識ははっきりしているんだが……体が重い」
「保険医は心配ないと言っていた。さっさと治れ。気合いで治れ」
「無茶言うなっつーの。ってか、先生はどこいったんだ?」
「しばらく職員室に行くらしい。鍵をかけていった。だから保健室はしばらくお前の貸しきりだ」
「そうか。お前は、授業サボっていいのかよ」
「……」
「どうした?」
「イロリという女、お前の何だ」
「あいつは、俺の最初の友達だよ。幼稚園の頃、兄妹みたいに仲良くて、いつも一緒にいた。で、幼稚園の終わりごろにわかれちまった。それだけ」
「本当に、それだけか? 結婚の約束とやらは、本当なのか?」
「ああ……子供ごころながらに、結婚の約束までしたな。それを、あいつは律儀に覚えていたみたいだ。俺は今日まで忘れてたよ」
「それが自然だ。人は変わる。それが子供ならなおさらだ。それを……あいつは執着で動いている」
ナギの言葉には、表情には、髪には、怒りが明らかににじみ出ていた。
「お前、なんで怒ってんだよ。イロリはいいやつだぞ。最初からケンカ腰になるなよ」
「お前も過去の情報からそう言っているだろう。……私は昔の西又イロリは知らないが、少なくとも客観的にアイツを見ていると、吐き気がするな」
「なに言ってんだよ。そんなこと全然」
「お前は目に頼りすぎなんだよ。千歳」
「どういう意味だよ」
「お前、あの更衣室のなかでレイプされるところだったぞ」
「は……?」
「分からないのか? あの更衣室、放課後まで誰もこない。それに、鍵がかかっていたぞ。お前が拒んだ場合、お前が逃げないようにだ。約束だのなんだの言っていたが、アイツの拘束力は執着から生まれている」
つまり、ナギは鍵を破ってイロリの手から千歳を救出したと言うことになる。
「お前の嫁であることは、あいつにとってはさっさと肉体関係を結ぶと言うことなんだよ。短絡的だな、全く」
「お、おいおい。でも、それはお前の推測だろ。だいたいレイプなんて犯罪だ。誰も好き好んで……」
「それは男の場合だろう。女なら、レイプだって有利に運べる。例えばお前の携帯電話を奪い、ハメ撮りでもするとする。どうなるかわかるか?」
もし人を呼んだり、抵抗したりしたら、この画像を出して「レイプされた」と言う、と、脅迫する。そんなビジョンが千歳の頭に浮かんだ。
「アイツほど男受けする見た目なら、レイプされても不思議じゃない。誰もお前の言い分なんか聞かんぞ」
「でも、そんな無茶苦茶な」
「まあそうだな。確証などどこにもない」
「なら、信じろよ。イロリを」
「あいにく、私はお前のようにお人よしじゃないんでね。私が信じるのは、母さんと、お前だけだ」
「お前……」
「とにかく、お前は今日はそこで寝てろ。昼休みくらいまで休めば大丈夫だと保険医も言っていた」
そう言うと、ナギは千歳の頭を撫でた。不器用でぎこちない手つきだったが、優しさがこもっていた。
「(気持ちいいな……)」
今は亡き母に頭を撫でられた時のことを思い出す。こんな時は、母は……。
「(こもり……うた……ナギが……?)」
母の歌っていた子守唄が聞こえる。そしてそれは、他でもないナギの声だった。
誰よりも優しい声。いつも粗暴な言葉遣いをするナギのイメージとは違っていた。
しかし、千歳は知っていた。
これがナギの本当の姿なのだと。
夢を見ていた。
「千歳。お前は未来を信じているのか?」
「なんで、そんなことを聞くんだ?」
「幸せは、未来にしかないんだよ。それを知って、絶望したんだ。未来には、永遠にたどり着かないんだ」
「ナギ、それは違うんじゃないのか?」
「何がだ」
「希望とか、確かにこの現実では信じにくいし、怖いもんだ。未来もそう。だけどな、それでも幸せになるために、俺らは『信じる』ってことをするんだろ」
「……そうだな、私は、それを言って欲しかっただけかもしれないな。感謝するよ、千歳」
夢を見ていた。
「……なんで、あんな夢を」
最近、過去のことを夢に見ることが多い。イロリに会ってやっと思い出したが、朝見ていたのはイロリとの約束と別れ。
今見ていたのは……。
「ナギ……」
「呼んだか?」
「おわっ!」
「結局、放課後まで寝ていたんだな」
「まじでか……なんか、最近寝起き悪いんだよな。お前のがうつったか?」
「知らん」
「だよなぁ……あーあ。なんか一日中ねてると、損した気分だよな」
「昼飯のことなら、私がお前の分も食ってやったから安心しろ」
「そういう話じゃねぇよ」
「じゃあどういうことだ」
「俺も『今の時間』が大切なんだって思い始めたんだよ……お前が言っていたようにな」
「何を言っているのやら、さっぱりだな」
ナギは特徴的な意地の悪い笑みを浮かべた。
「ってか、ナギお前、放課後までずっとここで……?」
「別に、授業をサボる口実ができたから盛大にサボっていただけだ。お前が心配だったとかじゃない」
「そうかい」
千歳はなんとなく嬉しくなる。長い付き合いだから、分かるのだ。口は悪いが、ナギは心優しい。たぶん心配してくれたのだろう。
「なあ、ナギ……おれさ、やっぱり」
「ちーちゃん!!」
凄まじい勢いで進入者が現れた。鍵は、昼休み以降は開く寸法だったようだ。
「またお前か」
ナギは鋭い目付きでにらみつける。強烈な威圧。先ほどよりもかなり力を増している。
千歳の過労の原因を、イロリに押し付けようとしているように見える。
「イロリ……さっきは……」
「ごめんなさい!」
「え……?」
言葉を遮られ、あっけに取られる。ナギも少し動揺しているようだ。
「やっぱりさっき、強引すぎたというか、焦りすぎだったって言うか……。私、ちーちゃんに会えて、その……興奮しちゃって、わけわからなくなって……
。やっぱり、いきなり結婚とかそういうのは、ダメだよね」
イロリはもじもじと顔を赤くさせながら、しどろもどろになりつつもしっかりと謝罪をしていた。
「(やっぱり、イロリは悪い奴じゃないよな。さっきのナギとの衝突も、いろいろ急いじゃった結果なんだ)」
千歳は『最初の親友』の変わらなさに安心した。それに、結婚とか妻うんぬんについても、考え直してくれると言うのだ。
大丈夫、もうトラブルは起こらない。
「ちーちゃんとは十年以上会ってなかったし、戸惑いとか、ギャップとか、行き違いもあると思うの……。だから、ちょっと距離を置いて、ゆっくりね……」
「ああ、そうだn――」
「だから、結婚を前提に、まずはお付き合いからにしよう! いいよね、ちーちゃん!」
「は……?」
驚きのあまり、言葉を出せない。単純な声しか絞り出せなかった。
隣にいるナギも同様のようだ。目を見開いて口をぽっかりとあけていた。
「ちーちゃん、私頑張るから……ちーちゃんにちゃんと愛されるように、がんばるから。だから、恋人から始めよう」
「な……」
「大丈夫、昔と同じに戻るだけだから。簡単でしょう?」
「(いつ、俺はイロリの恋人になってたんだ……?)」
どうしようもない理不尽と戸惑いが千歳を襲う。もはや、イロリの思い込みは抑制不可能ではないのか?
そんな諦めすら頭に浮かぶ。
「ふっ……ふはっ、ははははははははははははははははははは!!!!」
ナギが、唐突に笑い始めた。
「な、なによぅ、ナギさん、また私の邪魔を……」
「いや、失礼。お前は面白いやつなんだな。気に入った。第一印象を改めないとな」
千歳すら、ナギがこれほどに楽しそうな所を見るのは珍しい。いや、そもそもナギが母以外を褒めることなど、完全に初めてかもしれない。
「おい、イロリ。いろいろと邪推してすまなんだな。お前は本物みたいだ。逆に、応援してみたくなったよ」
「あ……ありがと、う?」
今度はイロリが戸惑う番だった。今まで敵対心丸出しだったナギが、いきなり友好的になったのだ。
「だが、千歳はそうは思っていないらしい。千歳、お前はイロリと付き合うのがいやか?」
「俺……?」
千歳はやっと気付く。周りに引っ張られっぱなしでなんだかついていけていないが、これはもともと自分の問題だと。
「俺は……」
「ちーちゃん……」
「俺は、友達からくらいがちょうどいいと思う。イロリがキライになったとかじゃなくて、やっぱり、人間関係とかさ。いろいろ急ぎすぎると、擦り切れることがあったり、壊れることがあったりするだろ? だから、ちょっとずつ、な」
「それは、結婚を前提に友達になるってこと?」
「いやいやいや、そんなのねーよ。どこの世界の友達だっての」
わざとやっているのかと疑わざるを得ない。
が、思い出してみると昔のイロリもこんな感じだった気がする。思い込みが激しく、天然ボケの自覚もなく間違った認識を押し通す。
そんなタイプ。決して頭自体は悪くないのだが、性格の問題かもしれない。
「でも……ちーちゃんがいいと思う関係で、いいよ。今はそれで我慢する」
「(よかった……一時はどうなることかと)」
「でも……」
「?」
「さっきも言ったけど、いつかちーちゃんから『愛してる』って言わせるよ。それは『約束』。私たちの二つ目の約束。ね?」
イロリはにっこりと笑った。ナギとは違う。なんの含みもない。思い込んだこと、決意したこと、すなわち『未来』に真っ直ぐ向いた、純粋な希望。
「――っ」
ドキリ。一瞬、心臓が跳ねた。不覚にも、こんな簡単にイロリを女として認識しなおすことになるとは。思いも寄らなかった。
「まあ、そんなもんだろうな。今は。だが……」
ナギは、イロリに近づき、肩をぽんぽんと叩いた。
「悪かったな。分かっていなかったのは私のほうだ。お前は、いい女らしい」
ナギはそう言うと、保健室を出ていった。珍しく、軽快な歩調だった。
「……ナギさんって、ぱっと見よりいい子だね、ちーちゃん」
「ああ、そうだな」
「ねえちーちゃん。ナギさんって、ちーちゃんとどういう関係なの?」
「どういうって……お前と同じだな」
「え……浮気?」
「ちがうっつーの。っていうか俺らは『友達』だからな。浮気とかそういう人聞きの悪い単語を出すな」
「あはっ、ごめんごめん。つい、ね」
「お前と同じ、昔からの友達だよ。小学校の……二年くらいかな」
「そっか……ねえ、聞かせて、私が引っ越した後の、ちーちゃんのこと。私の知らないちーちゃん……。知れば、今よりもっと近くにいられると思うから」
「近くに……か。悪かったな」
「なにが?」
「俺も、ちょっとお前を避けてるみたいに動いちまった。なんか、久しぶりだし……お前が昔のお前か自信なくて、その……遠慮した」
「ううん。悪いのは私。ちーちゃんの気持ちも考えずにお嫁さん宣言して、そのままキスしようとしちゃった……今考えると、あんまりいい子のすぐことじゃないね」
「でも、そういうのがお前だったって、なんか安心したかもしれない。案外、そう遠くないかもしれないな」
「え、なにが?」
――約束を果たす日。
そんなこと、言える分けないか。恥ずい。
「それより、昔の話だったな……」
「うん」
「あの……」
急に声がして、見ると大人しそうな少女が保健室の扉を開けた向こうに立っていた。
「もう下校時間ですから……鍵、閉めます」
いかにも内気そうな、長い前髪のショートヘアと眼鏡の少女は、消え入りそうな声で二人に呼びかけた。
「あなたは確か……私たちのクラスの委員長さんだよね? えっと……井上 深紅(いのうえ ミク)さんだっけ?」
イロリは早くもクラスメイトの名前と顔を一致させたようだ。
「はい……気軽に、ミクと呼んで下さい」
「なら、私もイロリって呼んでいいよ。よろしくねっ」
「はい……こちらこそ、よろしくおねがいしますね。イロリさん」
イロリとの対話を終え、ミクは千歳の方をむいた。
「鷹野君、先生が用事があるから来てって……」
「あ、ああ。わかった」
「あの……イロリさんは、先に帰っておいたほうがいいと思います。……長くなるそうですし、本来なら下校時間ですから」
「そっか……じゃあちーちゃん、また明日ね」
「ああ、また明日」
そうしてイロリは保健室を出た。
残されたのは、ミクと千歳のみ。――と、突然ミクが保健室の鍵を閉めた。
「……? どうしたんだよ、委員長。職員室に行くんじゃ……」
「鷹野君……見せたいものがあるんです」
「……なんだ?」
「これ……」
ミクは千歳に封筒を差し出す。中身は……写真のようだった。
「これは……!?」
「どうですか? よく取れていると思いません?」
「お前……何故……これは、ナギ、だと……」
写真は……全てにナギが写っていた。とは言ってもスナップ写真などという域ではない。
トイレ、着替え……そして、自慰行為に至るまで、あらゆるナギの痴態が克明に写されていた。
「これは……一体だれが」
「さあ、誰でしょうね」
「……お前じゃ、ないよな? お前、盗撮事件があったのを発見して、先生とか俺だけに知らせてるとか、そういうのだよな……?」
「……」
「なあ、なんとかいえよ委員長!」
「あはっ、鷹野君おもしろい顔してる♪」
「なんだよお前……こんな時にのんきな……盗撮があったんだろ!? 犯人はどうなってんだ。掴まったのか!?」
「必死に現実逃避して……かわいいですねぇ」
「な……」
「私ですよ。鷹野くん。この私が全て撮ったものです」
「……なにが。なにが望みだ」
委員長は、ナギと同じく小学校時代から同じクラス。そしてずっと委員長の女。
ナギの写真を持ち出したということは、ナギか妹の百歌を人質にとられるとなにも抵抗できないという千歳の性質を知っているということなのだ。
「同じですよ」
「なにがだ!?」
「イロリさんと同じ……あなたが、欲しいです」
がしゃんと盛大な音を上げて、皿が割れた。
「……お兄ちゃん?」
百歌は、なんらかの違和感を覚え、料理の手を止めた。
「……今日は、なんだか、おかしいよ……お兄ちゃん、早く帰ってきて……」
二話終了です。
三話は今夜にでも
イイヨイイヨー
構わん
もっとやれ
すみません調子に乗りました
もっともっとやって下さい
GJ!!
>>832 お仕置きが必要みたいね・・・フフフフフフ。
>>830 GJ!!登場人物(女子)がみんなヤンデレなんですね。これは、主人公に死亡フラグが……。
次話も楽しみに待っています。
何かセリフに兄貴がいてふいたw
GJ!続きまってます。
wktk wktk
全裸で待機するとしよう
ゆっくりめにですが、第三話投下していきます
第三話『深紅・猛攻』
「とりあえず、ここじゃなんなのでトイレにでも」
「何をするつもりだ……」
「すぐわかりますよ」
ミクは千歳を連れて保健室を出た。ミクは下校時間の生徒の追い出しと、施錠を役割としている。
これは本来教師や用務員の仕事なのだが、ミクは自らその役がしたいと買って出た。
学級委員長、風紀委員、生徒会などなど、他人の上位に立つのが好きな人間である。
「(最初からおかしいと思うべきだった……)」
わざわざそんな役を買って出るなど、常人のすることではない。真面目な委員長と言う印象でごまかしていて分からなかったが、今なら分かる。
井上ミクは……。
「お前ここ、女子トイレ」
「つべこべ言わずに、入ってくださいよ。拒否権はありません」
――そもそも、女子トイレじゃなかったら、私が男子トイレに入らないといけないじゃないですか。私は変態じゃないんでそんなのしませんよ。
くすくすと笑いながらミクは小声で言った。
千歳は、盗撮をしている人間がなにをほざくのかと不快に思うが、今は言わないことにした。
「……わかった」
ナギの写真をばら撒かれるくらいなら、と、千歳は素直に従う。
「その個室にしましょうか」
一番奥の個室。ぐずぐずとしていたら、ミクが強引に押し込んできた。鍵をかけ、そのまま千歳を壁まで押し付ける。
「おいっ! お前一体……うぐっ」
口がふさがれる。ミクの唇によってだった。
「んっ……ふぅぁ……」
ミクは興奮したように口の端から吐息を漏らす。千歳には振り払えなかった。ミクの腕力が異常に高い。
ミクの身長は、ほとんど小学生のナギと比べると大きいほうだが、150センチと少しくらいで大きいとは少なくともいえない。
それが、男としては標準的な体格と運動能力を持つ千歳を完全に封じ込めている。信じがたいことだった。
「ぷはぁ……。鷹野君、『どう』ですか?」
ミクは唇を離すと、依然千歳を押さえ込み、したから覗きこむ視線で聞いた。それはもはや真面目な委員長の姿ではない。
――雌。ただの発情気の雌。
しかしこの雌は、人間なんかよりずっと性質が悪い。知恵をつけた野獣。
「黙りこくって……。この状況、わかりませんか?」
千歳はもはや状況に脳がついていっていなかった。話すことも、動くこともできない。
「簡単なお話です。鷹野君の大切な幼なじみであるナギさんがですね、ある日の放課後、教室でオナニーしてたんです」
「オナ……ナギが?」
なんとか搾り出した言葉も、ただの反射。内容は無かった。
「そうですよ。はしたないですよね。教室でオナニーだなんて……。いつも巡回している私に見つかる可能性を考えなかったのでしょうか。それとも、誰かに見つかるかもしれないという状況に興奮したのか……」
楽しそうにミクは語り続ける。
「誰かさんの机に必死でおまたをこすりつけて、その人の名前を呼ぶんです。汚いなぁって、ちょっと私も人事ながら怒りを覚えました。本人にはもっと苦痛でしょうかね。あんな臭そうなおまんこ汁をぐちゃぐちゃにして、よだれたらして、馬鹿みたいな顔して」
「な……一体、ナギはなんで……」
「さあ。その人のことが好きなのか、それともただ性欲が強いのか。――おそらくは後者ですがね。とにかく、それを気に私はナギさんという人間に興味を持ちまして、いろいろと調べてみたんですよ」
千歳の手の中にある、ナギの盗撮写真。いたるところから撮影されている。
ミクはそれを奪い返し、ぱらぱらと中身を確認する。
「簡単でした。だって、私はほとんどこの学校の部屋の支配権全てを握っているみたいなものですから。いわば、放課後の王様。カメラを仕掛ける時間なんて腐るほどありますし、回収する時間もあります。鍵を締めれば自由に作業できるんですから」
「そんな、めちゃくちゃな……」
「そうですよね。確かにこの作戦には不備があります。発見もされやすいし、不確定要素も多いですが……。なんにでも、用意周到な人間は切り札を隠し持つものです」
ミクの特徴的なくすくす笑いは加速する。
「まあ、説明はこんなところでしょう。ナギさんの写真、私が持っていたら不安じゃないですか?」
そりゃあ、そうだ。
千歳は一瞬その物言いに。当たり前のことをわざわざぬけぬけと言ってくるミクに対し怒りをあらわにしかけたが、直前で押さえた。
「千歳君、この写真は、合計で20枚あります。ネガや元データも既に処分しました」
――そんなわけありませんけど。
「これ、全部千歳君にあげようと思っています」
「ほ、ほんとうか……!」
手を出す。ミクはさっと手を引いてかわした。
「もちろん、ただじゃありません」
「どうすればいい……?」
「これ一枚につき一回、私の言うことを聞いてください」
「わかった」
千歳は全く迷わずに答えた。その速さは若干以外だったが、ミクは動揺を表に出さない。
迷ったら負ける。犯罪を犯しているのは、こちらのほうなのだ。そんな覚悟と自覚がミクにはあった。
――それに、これで切り札をとっておいたまま計画が進行しますしね……。
どんなものにでも切り札は必要。当たり前の話だ。この『脅し』だって、千歳の冷静さとナギへの思い次第。正直不確定。
だから、必要な情報はもっとたくさんそろえた。
例えば。あくまで例だが。
――ナギが昔殺人を犯していたり、とか。
――千歳が昔、親に暴行を働いた、だとか。
そんな、過去の傷をえぐるような、そんな『甘い知識のリンゴ』。すばらしいじゃないか。
「じゃあ、今日は報酬は一枚です。よろしくお願いしますね」
「……何時までかかる?」
「そうですね、今が六時半くらいですから……。だいたい一時間くらいいただきます。七時半まで、この写真で買いますね、いいですか?」
「……交渉できるたちばじゃないみたいだな。それでいい……」
「さすが、ものわかりが良いですね」
がちゃり。ミクはどこからともなく手錠を取り出すと、千歳の両手後ろに拘束した。
「おまっ、なにを……」
「さっきから思ってたんですけど、鷹野君って鈍いんですか? それとも、これから起こるであろう未来のことも予測できないほどに馬鹿なんですか? おそらくは前者でしょうけど」
「鈍い……だと?」
「歴然としているでしょう。男女逆の立場だとわかりやすいですかね。そう、強姦ですよ。わかりますか?」
ミクはくすくすと笑い、手錠をされ無抵抗の千歳を押し倒した。この女子トイレ、個室がわりと広い。十分に千歳が座り込み、その上にミクが覆い被さることができるほどのスペースがあった。
「くっ……」
「あはっ、やっとくやしそうな顔になりましたね。今ごろになって状況が完全に飲み込めたようですけど、ご感想は?」
「この……」
「この、何です? 怒らないから言ってみてくださいよ」
「(……だめだ、不利になることは避けないと)」
ナギのため、ここは個人的感情は押さえる。千歳は抵抗も何もしないと、内面的に超然主義を取り入れることにした。
「だんまりですか。まあいいでしょう。こういう素直じゃない子を調教するのが、強姦の醍醐味ですから」
「――っ!」
「だから、ちょっとずつ、声ださせてあげますね」
ミクの小さく華奢な手が千歳の股間を掴んでいた。
「あれ……? 鷹野君、なんでこんなにおっきくしてるんですかぁ〜?」
「……」
「答えないでいいですけど、これはちょっと面白いことだってこと、わかりますよね。さっきキスしたとき、鷹野君も興奮したんですね」
そう言うと、ミクはスカートを穿いたまま下着だけに手をかけ、脱ぎ去った。飾り気のない、真面目っぽいものだ。
そう、ミクは家族にも完全に本来の凶暴性を隠して生きてきたのだ。やましい要素など、よほどの粗探しをしないと見つかりはしない。
「ほら、鷹野君、みてください」
座り込む千歳の眼前に立ち、スカートを上げる。
「……!」
「こんなに、濡れちゃったんですよ。鷹野君とキスしたとき……。私、処女なのに。こんな……」
千歳の目の前に現れたミクのそこは既に洪水状態で、脚を伝って液が流れていた。毛が薄く、割れ目が見えている。
なんとも、艶やかな光景だった。
びくん。
「ふふっ、鷹野君が興奮してる。……じゃあ、鷹野君、舐めてください」
「うぶっ!?」
ミクがおもむろに千歳を床に叩きつけ、その顔にまたがった。千歳の鼻に甘い匂いが飛び込む。あまり良い匂いではないという印象があったのだが、ミクのものはそうでもないようだ。
むしろ、確実に千歳の性欲を刺激していた。
「舐めてください」
最初はためらっていた千歳だが、よく考えると、屈辱的ではあるがたいした被害はない。この程度でナギが救えるならと、従うことにした。
ぺろりとミクの秘所を舐め上げる。処女らしく、まったくと言って良いほどに清潔なピンク色をしているその場所は、千歳がひとなめした瞬間にびくりと跳ねた。
「んぁ!」
ミクの体全体もびくりと跳ねる。秘所からはさらに液体が流れ出、千歳の顔にだらだらとかかった。
千歳はさらに舐め上げる。ちろちろと、牛乳の皿に慣れない子犬のように、ゆっくりと優しくだ。
「んふっ……あ……あぁ……ん、いい……いいです、よぉ……」
ミクの感度は非常に高いらしい。なら、このままさっさと終わらせることができるかもしれない。
一気にスピードを上げる。刺激しまくって疲労させれば、早いうちに消耗して今日は見逃してくれるかもしれない。
くちゃくちゃと、激しく舐め上げる。割れ目を舌でこじ開けて舌を挿入する。
「ふぁ……あぁん……んんぁあ!」
ミクが身体を逸らし、痙攣した。
「(まさか……イッたのか? こんなに早く?)」
そう考えていると、頬を赤く染めたミクが息を整え、声を絞り出した。
「……はぁ……はぁ……お上手ですね、鷹野君。私、実は自慰行為というものを実行したことがなくて……今初めて、軽くイッてしまうという経験をしました」
「(ならさっさと解放してくれ。満足だろ……)」
そうは思えど、独裁者は下僕の要求や感情など受け入れない。「支配されている気持ちの側が気持ちが分かってない」と、弱者はいつも主張する。
しかし、違う。狡猾なまでの『弱者の感情への理解』こそが、支配者を支配者たらしめる。
労働者は、支配される側は常に冷静さを奪われ、感情に生かされる。ミクも千歳の冷静さを奪いコントロールするため、あえて強引さを保っていた。
深紅は他人の気持ちを誰よりも深く理解できる頭脳を持つ。それゆえに、千歳の要求など、聞かないのだ。
「でも、まだ軽いです。もっと……もっと気持ちよく……!」
ミクの口調が荒くなる。興奮が加速している。
ミクは乱暴に千歳の頭を掴み、自らの秘所に押し付ける。
「うぐっ……」
「鷹野君……もっと、舌……ください……」
何がなんだかわからないほどに乱暴に顔に擦り付けられている。混乱状態のまま、千歳も要求通りに舌を出すしかなかった。
「はあぁん! ……いい、いいよぉ……舌、あったかい……ぬるぬるしてて……」
大洪水どころか、もうダム決壊レベルか。わけのわからない汁やら液やらが千歳の顔をどろどろにぬらしていく。
なめあげるたびにミクの股から溢れ出す。
「奥に……舌、奥に……これ、命令……です」
言われた通り、再び差し込んだ。こんどはミクが千歳の頭に押し付けてくるため、さっきより深くまで舌が入る。
「ひぁ……」
ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ。リズミカルに水音を立たせ、ミクの膣内を舌でかき混ぜる。
「あっ、あああっん……んんぁ……ふぅっ、ふあ……これ! ……いいですぅ!!」
再び加速させる。これだけ感じやすければ、簡単に終わらせることが出来るだろう。
「くはっ、うん……は、ぁあああ!!! きちゃいます!!! なんか……なんかでちゃうぅう!!!!」
「っ!?」
ミクのひときわ大きな叫びと共に、秘部から液体が勢いよく噴出され、千歳の顔にかかった。
それだけではない、第二波。
「ふあぁああ……鷹野くぅん……すみません、全部……」
「……?」
「全部、飲んでくださいぃ……これ、命令……ですぅ!!!」
言葉と共に、ミクの尿道から暖かい液体が流出する。独特なアンモニア臭に、千歳は明らかな嫌悪感を覚えた。
が、飲み干さなければ。千歳はあくまで冷静だった。これもミクが千歳を屈服させるための示威行為だが、千歳は図らずも無効化していた。
「うぷっ……ごくっ、こくっ……」
のどを鳴らし飲み込む。その献身的な姿は、その献身の対象が例えナギであれ、ミクを喜ばせた。
「鷹野君、かわいい……♪ 必死に私のおしっこ飲んじゃって。そんなにおいしかったんですか?」
「うぐっ……」
言葉に詰まる。興奮してなど居ない、ミクに対して好意を抱くなどありえない。そう千歳は自分に言い聞かせた。
だが――
「ここ、おっきくなってますよ?」
――身体は嘘をつかない。どうしようもなく自己主張して、ズボンの上からでもはっきりと形状が分かるほどである。
さっきからすでにそうだったのだが、もはや言い逃れはできないレベルにまで成長していた。
「このままじゃ苦しいでしょうから、脱がしますね」
「や、やめっ……!」
「あ、そうですか。じゃあやめます」
「……!?」
正直、苦しい。脱がして欲しいという本音があったことを千歳は自覚した。
どうしようもなくくやしい。ミクはことごとく千歳を上回っていた。
「上から、ちょっとだけ触りますね」
ミクは下着を履いて立ち上がると、今度は靴下を脱ぎ始めた。
「おま、何を……」
「そんなこと言っちゃって、びくびくさせて、本当は期待しているんですよね。素直じゃないんですから」
くすくすと笑い、ミクは足を千歳の股間に乗せた。
そして、自己主張しているモノを足の指で挟み、上下に扱き始める。
「うくっ! ……委員長、おまっ……」
「ミクって呼んでくださいね。これも命令です♪」
「そんなの今関係な……う、うああ!!!」
「関係ないことなんてありません。それを決めるのは私であって、鷹野くんじゃないんですから……いや、千歳君って呼びますね。これから。これでおあいこじゃないですか?」
ミクの足は器用だった。自分の手で慰めるよりはるかに大きな快感を与えてくる。
それは千歳の心を少しずつ削っていった。蝕んでいった。
「くぁ……が……」
「声をだすほど気持ちいいんですか……。足でされてこんなに喜んじゃって、千歳君、とんだ変態さんです」
「(だめだ……もう……)」
限界が近い。
「……ふふっ」
ミクが足を止めた。
「今日はここまでにしましょうか」
「な……」
「あれぇ〜? 千歳君、やっぱり名残おしいんですかぁ?」
「そんなこと……!」
「大丈夫ですよ。明日もありますから」
さらりと明日も同じことをするのだと告げ、ミクは千歳を起こし、手錠を鮮やかにはずして見せた。
「『おあずけ』というやつです。明日までに自分で慰めてきたら……わかってますよ、ね?」
「……!」
下方から覗き込むミクの形相はすさまじかった。ナギにも劣らない威圧感。
しかも、ナギのように純粋な敵意などではない。その感情はあらゆる悪意――善意までもが入り混じった複雑で、不可解なものだ。
それに底知れぬ恐怖を覚え、千歳の足が硬直した。直立不動して動けない。
それを見たミクはふっと優しく微笑んで、千歳の手をつかんでトイレを出た。
「あと十九回、短い付き合いですが、よろしくお願いしますね。千歳君」
そんなミクの声も、まともに脳に入らないほどに千歳は放心していた。
第三話終了です。第四話は未定です。
早ければ明日(今日)にでも。
いいんだけど
スカ系が入ってくるときは、いやがる人もいるだろうから、事前に通知ヨロ
>>847 普通に忘れてました。すみません。
というか、自分の基準って言うのは客観的には見れないものなんですね……orz
反省します。
イロリィィー!!
愛してるーー!!
>>846 GJ
果たして1000行くだろうか
行かないだろこれは次スレの季節だしな
854 :
名無しさん@ピンキー:2008/10/11(土) 07:18:11 ID:FbXNmGBJ
行くんじゃない?
というか次スレにはまだ早いだろ