☆魔法少女リリカルなのは総合エロ小説_第75話☆

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ギシ… ギシ…

「んっ……!んんっ、んんんっ……!」

 とある一室のベッドの上で、一組の男女が激しくもつれ合っていた。
見た感じ十代半ばであろうその女性の上に覆い被さり、乱暴にベッドに押し付けているのは、
同じ年頃であろう優男風の青年。その青年は、嫌がっている女性の唇を激しく貪っていた。

「っぷぁ!ユーノ君やめて!」

 解放された唇から、女性の悲痛な叫び声が漏れる。
だが、ユーノと呼ばれた青年は、女性の懇願に全く耳を貸すことなく、ただひたすら自分を押し付けた。

「好きなんだ、なのはのこと。好きで好きでたまらないんだ!」
「……っ!」

 なのはと呼ばれた女性は、ユーノの勢いに怯み、言葉を発することができない。
そんななのはに畳み掛けるようにして、ユーノはもう一度なのはの唇にむしゃぶりついた。

「なのはぁっ!」
「いやっ!っぷ、んんんっ、んん……っ」

 再び部屋の中に響き渡る、ベッドの軋む音と唾液の水音――。



 その青年・ユーノ・スクライアと、女性・高町なのはが出会ったのは、二人がまだ少年少女であった7年前のことである。
二人が出会うことなど、本来はありえないはずだった。
というのは、二人がそれぞれ住んでいた世界は、いわゆる『次元』が違っていたからだ。
特に、なのはが住む世界――第97管理外世界・地球と呼ばれている――に、
異次元からの来訪者が来ることなど、極めて稀なことであった。
だが、二人は運命的としか言えない出会い――陳腐な表現かもしれないが――を果たすことになる。

 きっかけは、『ジュエルシード』という古代の危険な遺産。
とある事情から、これを追ってなのはの住む世界にやってきたユーノ。
だが、彼は大怪我をしてしまう。そのユーノを発見し、助けたのがなのはだった。
人気のない場所で倒れていたユーノをなのはが発見できたのは、偶然に偶然が重なったからとしか言いようがない。
負傷したユーノは『魔法の声』を電波のように周辺一帯に流し、助けを求めた。
だが、この声は誰にでも聞こえるというものではない。いわゆる『魔力』を持った者にしか聞き取れないのだ。
そしてユーノにとっては不幸なことに、その世界で魔力を持つ者は極めて、本当に極めて少なかった。
しかも、仮に魔力を持つ者がいたとしても、その人物がユーノの近くにいなければ、
彼の助けを求める声が聞こえることはないのである。
 しかし、いた。「偶然」魔力を持ち、「偶然」ユーノの近くにいた人物が。それが、なのはだったのだ。
まさに天文学的な確率の下で、ユーノとなのはは出会ったのである。これを運命的と言わずして何と言うのだろうか。
ユーノにとってさらに幸運だったのは、なのはが非常によくできた人物だったことである。
彼がジュエルシードのことを話すと、なのはは快くジュエルシード集めに協力してくれた。
その一連の出来事の中で、なのはは秘められていた天才的な魔法の才能を開花させていく。

――いろいろなことがあったけど、ジュエルシードを巡る騒動はとりあえず一段落した。
その時からだ。ユーノがなのはに、ほのかな淡い恋心を抱くようになったのは。
誰にでも、特に困っている人には親切。何事にもひたむきで一生懸命な、真っ直ぐの心。
太陽のように明るい、可愛らしい笑顔。なのはのそんなところに、ユーノは惹かれた。
だが、この時点ではあくまで「ほのかな」「淡い」恋心でしかなかった。少年にありがちな、『初恋』というやつだ。

 なのはに対するユーノの想いが決定的になったのは、今から5年前のことである。

 ジュエルシードを巡る事件で魔法の才能を開花させたなのはは、その後、『闇の書事件』と呼ばれる出来事を経て、
『時空管理局』なる組織に入局することになる。
時空管理局とは、あらゆる次元を統括し、大雑把に言えば、警察・軍隊と裁判所が一緒になったような組織である。
類稀なる魔法の才能を生かし、なのはは管理局で様々な事件の解決に尽力していた。

 だが、なのはは無理をしすぎた。彼女が使用していた魔法の形式――専門用語では『カートリッジ・システム』と言う――は、
当時まだ安全性が確立されていない代物だった。これは、術者の身体に少なからず負担をかける。
しかも、なのはが手掛けた事件は大掛かりなものも多く、その度になのはは、
自分の力を100%引き出すような無茶を繰り返していた。
真面目な性格も災いし、また、困っている人達の力になりたいとの強い思いから、手抜きは一切しなかった。

 そのツケは、しっかりとまわってきた。
 その日は、雪の降る寒い日だった。とある任務からの帰還中、なのは達一行は正体不明の機械兵に襲撃された。
といっても、敵の力量はたいしたものではない。いつものように軽やかに空を舞い、あっさりと機械兵数機を葬り去る。
だが、最後の一機にトドメを刺そうとした瞬間――

「うぐ……っ?!」

 なのはの身体が、軋んだ。

 溜まりに溜まった疲労と、魔法の反動。身体に抱えていた「爆弾」が破裂したのだ。
突然何かの大きな手で体内を鷲掴みにされたようなその痛みに、なのはは声も上げられなかった。
そして――

 ザクッ!ザシュッ!!

「―――ッッッ???!!!!うあっ!!いぎゃあああぁぁっっッッ!!??」

 気が付けば身体を切り裂かれ、刺し貫かれ。なのはは血しぶきを上げながら、冷たい地面に叩き付けられていた。



「な、なのはっ?!」

 身体中を朱に染め、虫の息で運ばれてきたなのはに、ユーノは目を疑い、そして悲鳴を上げた。
ありえない。こんなの、夢だ。ユーノはそう思った。だが、目の前の光景は間違いなく現実で。

「そんな……嘘だ……嘘だ……」

 怒号と悲鳴の飛び交う医務室の片隅で、ユーノはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

 瀕死の重傷を負い、生死の境を三日三晩彷徨ったなのはだったが、なんとか一命は取り留める。
だが、身体に残ったダメージは非常に大きかった。
それも厄介なことに、怪我よりも魔法の反動のほうが彼女の身体を深く蝕んでいたのである。
彼女の身体はボロボロだったのだ。もう、なのはは飛ぶどころか、普通に歩くことすらできない可能性が極めて高い。
看護師がそう話しているのを、ユーノは聞いた。ショックだった。だが、ユーノは同時に一つの決意を固めることになる。

 それなら、自分が彼女をずっと支えていってみせる、と。
「ぐ、うっ……うう……」

 今、なのはとユーノは二人きりでリハビリ室にいる。
一ヵ月後、怪我が回復した後になのはを待っていたのは、長くて辛いリハビリだった。
常時、身体を襲う激しい痛み。全身の感覚は鈍く、歩くことも一苦労。まさに、地獄の苦しみ。

 だが、そんななのはを支えようと、ユーノは毎日時間を見つけてはリハビリ室に顔を出し、彼女を励まし続けた。
時空管理局は慢性的に人手不足だ。医務室も例外ではなく、医療スタッフは常時忙しい。
そういうわけで、ユーノが来てくれる時間帯には、医療スタッフはユーノになのはをお任せしていた。

「痛っ!……うぅ…もう、ダメ、だよぉ……」

 今、なのはがしていたのは歩行訓練。ただし、さっきからほとんど動いたようには見えないのだが。
はあはあと荒い息を吐き、身体中を珠の汗で濡らしているなのはは、その場にへたり込んでしまった。
ユーノはなのはに駆け寄り身体を抱え、タオルで汗を拭いてあげる。

「なのは、もう少し頑張ろうよ。そしたら、今日は終わりにしよう?」

 あまり無神経に頑張れ、頑張れという言葉をかけてはいけないのはわかってはいるのだが、
それでもユーノとしてはとにかくそう言うしかない。

「……もう、やだよ……こんなことやったって、無駄だよ……」

 その言葉は、ユーノの心にグサリときた。
確かに――なのはが昔のように普通に歩けるように回復する可能性は低い。
が、周囲の人がそんな態度を表に出してなのはのやる気を削いだら、その少ない可能性すら失われてしまう。
ユーノは、投げやりになりかけているなのはに向かって必死に訴えかけた。

「そんな……無駄じゃないよ。リハビリ頑張ったら、その内よくなるって言われ――」
「その内っていつ!?こんなんじゃ、いつまで経っても元の身体になんか戻りっこないよ!!」

 この時、彼女はまだ11歳の子供。毎日味わわされる地獄の苦しみ。
その割には思うように動いてくれない身体に対する苛立ち。
なのはは基本的に穏やかな性格だが、聖人君子ではない。怒るときは怒るし、イライラすることだって当然あるのだ。
――そして、泣くことも。

「もう、いいよ……ユーノ君、帰って……」
「え?」

 両目一杯に涙を浮かべながら、気が立っていたなのはは、ついつい尖った言葉を吐いてしまった。
「ユーノ君、ホントは無限書庫のお仕事で忙しいんでしょ……?
わたしなんかのところに来てる暇なんて、ないはずだよね……だから、帰っていいよ……」

 これには温厚なユーノもさすがにムッとした。
ユーノは今、時空管理局内にある『無限書庫』という場所で仕事をしている。
なのはが今言った通り、そこでの仕事は確かに忙しく、ここには仕事の合間を見つけて通う日々なのだ。
とても大変だったが、なのはを励ましてあげたい一心で、ユーノは頑張っていた。
それなのに、なのはは「帰っていい」、否、「帰れ」と言う。今度は、ユーノが声を荒げる番だ。

「な、なんで……そういうこと言うんだよ……」
「…………」
「僕は、なのはに少しでも早く元気になってもらいたいだけなのに……」

 なのはは内心、しまったと思った。ユーノがここへ来ているのは、義務でもなんでもない。
自分を励ましてくれようという温かい心の表れなのだ。なのに、そんな彼に八つ当たりをしてしまうなんて……。
先ほどまでのイライラ気分が一気に吹き飛び、代わって押し寄せるのは罪悪感の波。
早く謝らなくては。だが、どうしても「ごめんね」の一言が出てこない。

「……わかったよ。僕、帰るよ……」

 そうこうしているうちに、気分を害したユーノは本当に立ち去ってしまった。
後に残されたのは、さっきとは別の理由で泣き出したなのはの弱々しい姿だけだった。

――その夜。なのはに向けてしまった言葉と態度に、ユーノも激しく後悔していた。

(なぜ僕はあんな酷いことを言ってしまったんだ……)

 一番辛いのは、なのはだ。そう理解していたつもりだったのに、実は全然わかっていなかった。
なぜ、もっと優しい心で彼女に接してあげられなかったのだろう。自分は、なんて心の小さい人間なんだ。

「最低だ、僕は……」

 ユーノは頭を抱え、自分の浅はかさを呪いながら一晩を過ごした。

 どちらが悪い…というわけではない。どちらかに悪意があったわけでもない。それでも仲がこじれてしまうことは、ある。

(なのはに、謝らなきゃ……)

 ユーノはそう思ったが、怖かった。あんな態度をとっておいて、今更どの面下げてなのはに会いに行けばいいのか、
まだ人生経験の浅いこの少年にはわからない。ユーノにとって苦悶の時間が、ただただ流れていくだけだった。
 この手の出来事は、時間が経てば経つほど謝るきっかけが掴みにくくなるものだ。
事実、ユーノが重い足取りでリハビリ室に向かったのは、三日も後のことだった。

(今日こそ、なのはに会わなくちゃ……)

 そう決心して出てきたはずなのに、リハビリ室の前に着いた途端、ユーノは逃げ出したい衝動に駆られた。
それでも、逃げちゃダメだと自分に言い聞かせる。

(ダメだ!今日逃げたら、明日はもっと会いにくくなる……)

 とりあえず、扉の陰からそっと部屋の中を覗いてみると……

「ん、くぅっ!ぐっ!……はあ、はあ……」

 そこには、汗水を垂らしながら必死にリハビリに打ち込むなのはの姿があった。

「なのは、大丈夫……?」

 なのはの傍らに立って心配そうに彼女を見守っている長い金髪の少女は、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。
彼女はジュエルシードを巡る事件でなのはと敵対した少女だが、戦いを通じてなのはと友情を結び、今では親友だ。
そんなフェイトは、なのは同様、時空管理局に入局し、局内の一役職である『執務官』になるための試験勉強中である。
しかし、親友のなのはが大怪我をし、その後のリハビリでも苦労しているのを見て、放ってはおけなかった。
勉強の合間を見ては、ユーノと同じようにリハビリ室に顔を出していたのである。

「んっ、大丈夫……大丈夫だよ、フェイトちゃん……」

 苦しそうな色を浮かべながらも、それでも懸命に身体に鞭打って歩くなのは。
だが、やがてパタッと止まってしまったかと思うと、表情がふっと曇り、なのはは黙り込んでしまった。

「……?なのは、どうしたの?」

 今まで見たことのない親友の表情に、フェイトが訝しげに声を掛けるが、なのはは口を閉ざしたままだ。
しばらく沈黙が続いた後、彼女は低い声で、ポツリポツリと喋り出した。

「あのね、フェイトちゃん……」

「わたし、ユーノ君と喧嘩しちゃったんだ……」

 いきなり自分の名前を出され、陰で見ていたユーノはドキッとした。

「…え、え……?どうして……」

 フェイトは俄かにはその言葉を信じられなかった。
なのはとユーノが喧嘩をしたなんて、今まで聞いたことがなかったからだ。
フェイトから見て――なのはとユーノはとても仲がよかった。
そして実は、ユーノがなのはに対して抱いている恋心に、フェイトは気が付いていた。
ユーノはなのはのことが好きなんだな、と。だが、なのはは自分に向けられている想いに全く気が付いていない。
……こういう状況は、見ているほうはかなりもどかしい思いをする。
自分の尻を拭けない奴ほど他人の世話をしたがる……というわけではないが、フェイトは自分の恋愛そっちのけで、
なのはとユーノの仲を密かに応援するようになっていた。
――そういうわけだから、喧嘩をしてしまったというなのはの言葉に驚愕し、フェイトは咄嗟には口を開けなかった。

「あ、あの……」

 確かにここ数日、ユーノはリハビリ室に顔を出していない。が、フェイトはてっきり彼が単に忙しいだけだと思っていた。

「なのは――」

 どうして、ともう一度フェイトが尋ねる前に、なのはが口を開いた。

「わたしが、いけなかったんだ……」
「――……」
「ユーノ君、忙しいのに毎日来てくれてたでしょ?それなのにわたし、あの時イライラしてて……」

 次第に震えだし、涙が混じり始める声。

「つい、言っちゃった……帰ってって……ユーノ君、帰ってって、そう言っちゃったの……」
「なのは……」

 細かい部分はわからなかったが、なのはの言葉と態度から、フェイトは大筋は理解した。
イライラしていたなのはが、ユーノを怒らせるようなことを言ってしまったということだろう

「酷いよね、わたし。ユーノ君、いつも優しくしてくれたのに……いつも、やさしく……わたし…っ……」

 最後の方はもう、言葉にならなかった。なのはの身体がプルプルと小さく震え始める。
次にはその場に崩れるようにへたり込み、目尻に盛り上がった涙がとうとう堰を切った。

「なのは!」

 フェイトが思わず駆け寄り身体を抱くと、まるで縋るかのように、なのははフェイトにしがみついた。

「どうしよう、フェイトちゃん……どうしよう……」

 初めて目にする親友のあまりにも弱々しい姿に、フェイトは慌てた。
わからない。こういう時、どうすればいいのか、全くわからなかった。

「あ、う、その……だ、大丈夫だよ!なのは、大丈夫!落ち着いて……」

 とにかく、なのはを落ち着かせなきゃと、フェイトはなのはを抱き締め、頭を撫でながら懸命に声を掛ける。

「ね?大丈夫。だから泣かないで、なのは……後で一緒にユーノのところに行こう?」
「……ごめんフェイトちゃん、ありがとう……」

 ぐす、ぐすと泣いているなのはと、それを懸命になだめるフェイト。
……もう、これ以上見ていられなかった。気が付いたときには、ユーノは扉の陰から飛び出して叫んでいた。

「ち……違うんだなのは!!違うよ!!」
 背後から突然投げかけられた叫び声に、なのはとフェイトは弾かれたように後ろを振り返った。

「ユーノ君……?」
「あ、ユーノ……」

 ユーノの突然の登場に、ぽかんとするなのはとフェイト。そんな二人の傍まで行くと、ユーノは深く頭を下げた。

「ごめんなのは!僕が悪かったよ……悪いのは僕の方だよ……」
「…………」
「一番辛いのはなのはなのに、僕、全然わかってなかった……あんな態度とって、本当にごめん!」

 心の中に溜め込んでいた思いを一気に吐き出し、ユーノはもう一度頭を下げる。
しばらくの間――ユーノにとっては尋常ではなく長いと思えるほど――場に沈黙が流れた。
なのはは、頬に涙を伝わせたまま俯いていた。
フェイトは事情をよく知らないから、とりあえずは黙って見守るしかない。

 やがて、ユーノが場の沈黙と重い空気に耐えられそうもなくなった頃、なのはの口が開いた。

「……ごめんねユーノ君」
「……なのは……」
「ユーノ君、ここに来てお手伝いしてくれるのは義務でも何でもないんだよね……」
「……」
「なのに、酷いこと言っちゃって……わたし、甘えてた……」

 ここまで言うと、なのはは顔を上げてユーノをしっかりと見据えた。気持ちの整理ができたのだろう。

「ごめんなさい、ユーノ君……許してくれる……?」
「あ、ああ!僕の方こそ……その……」

 ユーノの言葉に、なのははコクリと頷いた。
なのはが、許してくれた――。それがわかった途端、ユーノはホッとして力が抜けていくのを感じた。
が、同時に安心感から笑顔も浮かぶ。なのはの顔にも安堵の笑顔が咲いた。

 ユーノとなのは。二人の顔に、この日初めて笑顔が浮かんだ瞬間だった。

「え、と……なんだかよくわからないけど、なのはとユーノ、仲直りできたんだね。よかった」

 なのはを抱きかかえるフェイトも、にっこりと微笑んだ。
 それからまた毎日、ユーノはなのはのリハビリに付き合うようになった。
なのはの方もこの一件以来、相変わらず辛くて長いリハビリは続くものの、弱音は一切吐かなくなった。
そして、リハビリを開始してからおよそ二ヶ月半後、まだ以前のようにとまではいかないが、
それでも何にも掴まらずに自力歩行ができるようになるまで、なのはの身体は回復した。
もう普通に歩くことはできない可能性が高いといわれていたときから考えれば、たいしたものである。

 冬の寒さも和らいできたある日、ユーノは先生に一つの許可を取った。

「なのは、今日は外を歩いてみようよ」
「えっ、外に出るの?」

 当然といえば当然なのだが、リハビリは今まで室内のみで行っていた。
だが、室内に閉じこもりっぱなしでは精神衛生上もよくないだろう。たまには、外の空気も吸ったほうがいい。
なのはがそこそこ歩けるようになったら外に連れ出そうと、ユーノは前々から考えていたのだ。
ユーノに付き添われ、なのはは自力歩行で――とてもゆっくりだったが――病棟の入り口を出た。

「わぁ……」

 春の柔らかい陽射しの眩しさに、なのはが目を細めた。外に出るのは久しぶりだ。
時々、天気のいい日には車椅子に乗っけられて外に連れて行ってもらっていたが、如何せん季節は冬〜早春。
寒い日も多いので、そうそう外に出る機会はなく、事実、前回外に出たのは10日前ほどである。

「もう、春なんだ……」

 思わず、なのはの口からそんな言葉が出た。大怪我をした『あの日』は確か、雪の降る冷たい日だった。
あれから三ヶ月半――季節は既に、新たな息吹が芽生える時期まで進んでいた。
頬を撫でる風の感触にうっとりするなのはに、ユーノが話し掛ける。

「なのはに見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの?なに?」
「いいから、ついて来て」

 なのはのペースを考慮して、ユーノはゆっくりと歩き出した。
ユーノに遅れまいと、なのはは一生懸命ついていく。二人は、病棟の裏側へ向かって歩いて行く。
病棟の裏側に近づいた頃には、なのはは相当に疲れ、額には汗が滲んでいた。
「なのは!もう少し、頑張って!」

 ユーノが10mほど向こうから呼んでいる。疲れた身体に鞭打って、なのはは懸命に足を動かした。
最後はユーノに向かって倒れ込むようにして、なのははユーノのところまで完走(完歩?)した。
ユーノの腕の中で、はあはあと荒い息を吐いていたが、その表情には清々しさがあった。

「なのは、大丈夫?」
「はあっ、はあ…はあ……んっ、もう、大丈夫……」

 なのはの呼吸が適当に治まったのを見計らって、ユーノはなぜ彼女をここに連れてきたのか、
その理由を明かすことにする。

「なのは。あっち、見てごらん」
「え……?」

 ユーノの指差した方向へなのはが顔を上げると、そこには――

「あ――」

 そこには見事な桜が花開き、なのはの視界を美しいピンク色に塗り潰した。
まだ満開とまではいかないが、八分咲きから九分咲き、観賞には不満のないタイミングだ。

「うわぁ……」

 このように、ミッドチルダにも桜という植物はあるわけだが、それほど観賞価値が認められていない。
しかし、なのはの出身世界では、その地域を代表する植物だということをユーノは知っていた。

「すごい、綺麗……」

 なのはは目を奪われ、故郷を思い浮かべながら、しばしうっとりとした。

「なのはの世界ではこの花、すごくポピュラーなものだって聞いたから……」
「そっか……だからここに連れて来てくれたんだ……ありがとう、ユーノ君」

 ユーノにとっては、桜の花より今目の前で弾けた笑顔の方が数倍眩しくて、ドキッとする。
胸の高鳴りを悟られないよう、ユーノは冷静を装って呟いた。

「また明日も、見に来ようか……」
「うん……」
 それから毎日、外に出て散歩をするのが二人の日課になった。

 外に出て、とりあえず歩く。歩くといっても、それなりに段差や坂もあったから、今のなのはには楽ではない。
身体が思うように進まず、イライラすることもあったが、ユーノに支えられて、なのはは歩いた。
疲れたら、その辺りのベンチや芝生に座って休憩する。
ユーノが持ってくるお菓子や飲み物を二人で分けながら、たわいもない雑談で笑う。
昔のように、なのはの顔に太陽のような明るい笑顔が戻ってきた。

 毎日毎日なのはを支えながら、ユーノは彼女の存在が自分の中でどんどん大きくなるのを感じていた。
この時期こそ、なのはに対するユーノの想いが膨れ上がり、漠然としたものから確かなものへと昇華した時期である。

 そして、いつしかユーノは「なのはの身体が完全に治ったら――……」と、思い始めていた。

 外に出るようになってから、なのはの身体の回復が加速度的に増した。
気が付いたときには、なのはは怪我をする前と同じように、普通に身体を動かせるようにまで回復していた。
医師も驚く、まさに奇跡の復活である。半年近く離れていた魔法の訓練もボチボチ始めた。

 『あの日』から約半年後――高町なのはの現場復帰が決まった。

 なのはが、現場に復帰する日がとうとうやってきた。
といっても、半年ほどのブランクがある魔導師をいきなり前線に出すわけにはいかない。
そういうわけで、しばらくの間、なのはは実戦カンを取り戻すための訓練等を中心にやることになっていた。

 その日の朝、ユーノはなのはのもとを訪れた。『なのはに、好きだって告白しよう』という確固たる意志を持って。
いつか告白しなければ、と思っていたが、それは今日だと思った。
ユーノが訪ねて来たのを見ると、なのはは快く部屋に入れてくれた。

 しかし、いざなのはを目の前にすると、なかなか踏ん切りがつかない。
しばらくの間は、当たり障りのない会話をしていたが、そろそろ時間もない。
いい加減、ここらで自分の気持ちにけじめをつける時だ。
大きく深呼吸をし、ユーノはなのはの目を真っ直ぐ見て話を切り出した。

「なのはに言いたいことが、あるんだ……」
「言いたいこと?わたしに?」

 女の子なら普通、こういうシチュエーションになったら告白とわかりそうなものなのだが、
この手のことに鈍いなのはには、まだユーノが何を言うつもりなのかわかっていないらしい。
自分の気持ちに勢いをつけるため、ユーノはなのはの両手を取り、グッと握り締めた。

(よし!!言うぞ!!)

「ぼっ僕、なのはのことがs「おはようなのは。いるー?」



――その瞬間、ユーノの頭の中が、真っ白に固まった…………


 ユーノに両手を握られたまま、なのはは声の主の方に目を向ける。
そこにいたのは――親友であるフェイトだった。

「あ、フェイトちゃん。どうしたの?」
「なのは、久々に仕事だから、様子を見に来たん…だけど…………えっ?!」

 フェイトはそこまで言い掛けて、あっと思った。頬を赤く染めたユーノがなのはの手を握っている。
フェイトはなのはほど鈍くない。目の前の光景が何を意味しているのか、一瞬で理解した。

(え……と、この場面はひょっとして――……?)

 視線をユーノに向けて目で問いかけると、ユーノの顔がみるみる歪んでいく。
その様子を、フェイトは当分忘れることはできないだろう。
自分がやらかしてしまった事の重大さを認識した途端、フェイトは足元が崩れたような気がした。

(…しまっ……た……)

 ユーノとフェイトを気まずい沈黙が支配する。そんな中、なのはだけが平然として「?」という表情をしていた。

「……ご、ごめんなのは。何でも……なかった……」

 今にも消え入りそうな乾いた声でそれだけ言うと、フェイトは脱兎の如く部屋から逃げ出した。
いきなり態度がおかしくなったフェイトを見て、なのはが怪訝そうな表情になる。

「……?変なフェイトちゃん……で、ユーノ君、わたしのことが何なの?」
「えと、その……」
「うん」

 ユーノにしてみれば、今のはミサイルが目標地点に到達する直前で軌道が突如ズレたようなものだ。
そして、この手のミサイルは一発撃つのにとてつもない覚悟と労力がいる。
今のユーノにはもう――二発目を撃つような気力は残されていなかった。

「えーと、あの……」

「なのはのことが、その……心配だから……無茶なことはしないでほしいかな、と……」

 その言葉に、やっぱりユーノ君は優しいね、という表情を浮かべるなのは。

「ありがとう、ユーノ君。わかってるよ。わたし、もう無茶なことは絶対しないから」
「そ、そうだね。気を付けて……は、はは……あはははは……」



……結局、告白できないまま、ユーノはなのはと別れてしまった。

「あああああああぁぁ!!フェイトの馬鹿!!僕も馬鹿!!なんでもう一回言えなかったんだあ!!なのはあぁぁっ!」

 その夜、自分の部屋で額を壁にガンガン打ち付け、自己嫌悪しているユーノがいた。