【これぞ】ハーレムな小説を書くスレ【至福】16P

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96電波受信者 ◆mbnEkPfnIk
.1 前菜

「いらっしゃ──まあ(はぁと)」
 暖簾間際、久しぶりに店を訪れると、奥さんがポッと頬を赤らめながら出迎えてくれた。
「いつもの」
「はい……春菜(はるな)ぃ、ご案内さしあげてぇ」
「……いらっしゃい」
 テーブルを拭いてた文学少女の長女・春菜ちゃんが無表情に言ってきた。ショートカッ
トに眼鏡で無愛想、全体的にスラリとしているため、和服にエプロンというこの店の制服
が驚くほどよくにあっている。もうK校N年生になっているせいか、最近はどんどん奥さ
んに似てきたように感じられる。
「久しぶり。元気だったか」
 頭に手をのせ、くしゃくしゃとなで回す。
 ムッとした表情になるが、すねた感じが相変わらず可愛らしい。
「……こっち」
 春菜ちゃんはクルッと背を向け、奥座敷へと俺を案内した。文字通り、廊下の奥にある
鍵付きの和室だ。普段の営業では絶対に使われることがなく、事実上の俺専用の場所と化
しているのは公然の秘密である。
「ふぅ」
 俺はネクタイをゆるめながら座敷にあがり、春菜ちゃんが用意してくれた座布団に腰を
下ろした。すると春菜ちゃんは、無言で俺の上着を脱がそうとしてくる。
「ああ、ありがとう」
 リクルートスーツなんて着慣れていないおかげで、上着を脱ぎ、Yシャツのボタンを適
当に外しただけでひとごこちついた。まったく、就職活動ってやつが、こうもたいへんだ
とは思いもしなかった。まあ、これから先のことを考えれば、バカなりにやれることを
やっておくべきであって……。
 と思ってると。
 春菜ちゃんが、あぐらをかいている俺の太ももに正座するかのように向き合ってきた。
 そして──口づけ。
 薄く、ひんやりとした唇が触れてくる。
 少し驚いたが、俺は彼女の背に腕を回すと、ギュッと抱きしめながら舌をねじ込んだ。
「んっ……」
 小さなうめきは悦びの証し。
 顔にあたる眼鏡が少し気になったが、春菜ちゃんは賢明に俺と舌を絡め合おうとしてく
る。その健気さにはグッとくるものがあった。それと同時に、就活が忙しいからといって、
1週間近く、ご無沙汰していたことに罪悪感を覚えた。
「ごめんな……あまりかまってやれなくて」
「……うん」
 額をコツンと押しつけあいつつ、小声でささやきあう。
 実は俺、大学を卒業したら春菜ちゃんと結婚する予定なのだ。婿入りという形になるた
め、実家の両親は大いに驚いたが、春菜ちゃんは物静かで礼儀正しい大和撫子そのものだ
から、今では両親もすっかり春菜ちゃんのことを気に入っている。
「じゃあ、今日は──」
「待って」
「んっ?」
「……注文はあと。今は……前菜」
 ああ、そういうことね。
 俺は春菜ちゃんの眼鏡を外し、テーブルに置いた。そのうえで、彼女の頬に左手を添え
る。現役K校生の婚約者は、少しゴツゴツしている俺の手に頬をすり寄せ、唇にあたって
いた親指を、はむっ、と甘噛みしてきた。
 本当に可愛い。普段はクールを気取っているが、実はけっこう甘えん坊なのだ。
「春菜ちゃん。最近、どうだった?」
「……ふぁうふぁ」
 親指をしゃぶったまま、じとー、と恨めしそうに見つめてくる。
 俺は苦笑した。
「春菜……寂しかった?」
 彼女は目を潤ませ、うなずいた。そして両目を閉ざし、少しだけ顎を突き出してくる。
 せがまれたんじゃ、仕方がない。
 俺は未来の嫁さんと甘いキスをした。
 なんかもう、ラブラブな感じで、就活の疲れなんてすべて吹き飛んだ気がした。