>920
ありがとー!(´▽`*)
出来、不出来は大目に見てもらえると嬉しいです。
その時は宜しくお願いしますm(_ _)m
922 :
名無し:2010/11/03(水) 12:48:09 ID:nWuMGzaE
>>902さん
GJ!!癒されました!!
次も楽しみです^^
智ぴょんおめでとう!
智ぴょん誕生日おめでとうございます!
くそっ遅れたけど
智兄おめでとう!
926 :
航の勇気:2010/11/13(土) 15:57:33 ID:zpNZMFZP
本編のラストも大好きなのですが、ちょっと別のも妄想してみました。
エロなしです。
しばらく彼女に会っていない。それもそうだ、もう花園ゆり子の担当者ではないのだから。智に聞いたところ、既に新しい作家の担当になって、毎日忙しくしているらしい。
…もう彼女とは関係がなくなってしまったのだ。
この事実をなかなか受け入れられない。自分が決めたことなのに。
インターホンが鳴ると、胸が高鳴る。
コーヒーを入れにキッチンに入ると、彼女がカップを洗っている姿を思い起こす。
彼女が渡してくれるミカンが食べたい。
街に出ると無意識に彼女を探している。
着信音が鳴ると、期待する。
これは恋だ。わかっている。
こちらからメールや電話をすればいいのだろうが…
勇気がない。
927 :
航の勇気:2010/11/13(土) 15:58:18 ID:zpNZMFZP
中学生かよ、とひとりごちて、航はスケッチブックを抱えた。
今日は天気もいいことだし、気分転換にいつもとは違うところで描いてこよう。
航は部屋を出ると、留学準備をしている陽に「ちょっと出てくる」と声をかけた。
「今日は外で食事してくるよ」
「へ〜。航兄が外食なんて珍しいね。あの人と?」
「…なんだよそれ。一人でだよ」
「違うのか。そろそろはっきりして欲しいんだけどなあ…」
陽の最後の言葉は聞こえなかったふりをして、航は外に出た。
しばらく歩いてから、携帯を忘れたことに気が付いた。引き返そうかと思ったが、やめる。
なんだか、悶々とする日々から今日だけは解放されたい。そう思ったのだ。
「それぞれ、新しい道を歩かなきゃな」
そう言って、少し早足で歩きだした。
久しぶりに遠出をし、少しだけ酒を飲んで10時過ぎに帰宅した。
玄関に入ると、あの人の香がした。
急いでリビングに入ると、どうやら鍋パーティーがあったようだ。
928 :
航の勇気:2010/11/13(土) 15:58:58 ID:zpNZMFZP
「あ、航兄。遅かったね。何度も電話したんだけど、出なかったからさ」
「ああ、それが携帯忘れてさ。何の用だったんだ?」
(月山さんが来てたのか?と聞きたいのに、なぜか声に出ない。)
「お兄さま!今日は久しぶりにあの小娘が挨拶に来たんですよ!
ったく、忙しいのかなんなのか知らないけど、もう少し顔出して我々のお世話もしろっと言ってやりました!」
「…修。酒臭いぞ。で、あの人はいつ帰ったの?」
「少し前。智兄が駅まで送って行ったよ。もうすぐ戻ると思うけど」
智が。そうか。
胸の中が苦いもので満たされる。嫉妬だ。
「あの人、最近相当忙しいんだって。今日も、久しぶりに一日お休みが取れたので来ましたって言ってた。航兄が帰ってくるの待ってたけど、明日朝早く仕事があるって言うから帰ったよ」
「そうか」
「うん。で、今の航兄とおんなじような寂しげな顔してた」
「…そうか」
929 :
航の勇気:2010/11/13(土) 16:00:03 ID:zpNZMFZP
まとわりつく修を適当にあしらい、陽の意味深な眼差しを避けながら自分の部屋に戻る。
がっくりと椅子に腰かけた。
携帯を置いていったことが、相当痛い。
ピカピカと光る携帯を開ける。陽が掛けたであろう自宅からの着信が6件。
陽からのメールが4件。
「航兄、どこにいるの?あの人が来たよ」
「航兄、連絡ください」
「航兄、何時頃帰る?あの人うちでご飯食べて帰るって」
「航兄、早く帰って!」
兄の気持ちを知っている弟からの必死の伝言だ。
「そろそろはっきりさせて欲しい」そう言った弟の言葉を思い出した。
…あの人に。彼女に電話しよう。
そう決意したとき、メールが届いた。
月山さんからだ。一瞬息がとまる。
急いで見てみると、件名もなく、本文も一言だけだった。
「会いたかったです」
930 :
航の勇気:2010/11/13(土) 16:01:18 ID:zpNZMFZP
すぐに返信をし、コートを片手に部屋を出ると、帰ってきた智とぶつかった。
「あ、航兄。今日はどこ行ってたの」
「いや、ちょっとな。月山さんは?」
「ああ、駅前まで送ったけど、全然、話が弾まなかったぜ。
他の男のことで頭がいっぱいな女を送るのも一苦労だ。
送り狼にもなれなかったよ(笑)今から会いに行くの?」
さすがは女の扱いに慣れた弟だ。全部お見通しか。
「そうするつもりだ」
「ふーん。携帯持った?」
「持った」
「女の部屋に行く時は、ちゃんと連絡してから言ったほうがいいぜ。
片づけとかいろいろあるからな。」
「ああ。携帯の重要性を今日は思い知ったよ」
「お兄様、もちろんキスくらいぶちかまして来るんでしょうね??」
振り返ると、酔っぱらっていたはずの修が、陽と一緒にリビングから顔をのぞかせてニヤニヤしている。
「うるさいぞ!」
嬉しそうな弟たちの顔を直視できずに、航は急いで扉を開けた。弟たちの冷やかす声が、扉を閉めると同時に消える。浮き立つ気持ちを自覚しながら、足を踏み出した。
一方そのころ、夏世の部屋では、片付けに大わらわな夏世の姿があった。
テーブルには、開いたままの携帯。ディスプレイに光る文字。
「僕も会いたい。
今からそちらに行きます」
Fin
わーーーーー兄ちゃん素敵!!!!
キスだけじゃなくてもいいのよ!!!
GJ!
航兄恋してるねー(*´∀`)
弟達も和む
ヒミツの花園の雰囲気出てて素晴らしかった!
そしてすみません、私も投下させて下さいませ。
・航×夏世で、902〜910の後日譚みたいな感じです。
・エロなしで長めかもです。本当に申し訳ないです。
こないだはタイトルについての注意書きをすっかり失念してたので、今度こそはという感じでひとつ…
(最近まずいんだよなぁ)
会うとどうしてもなぁ。航は黙考していた。自分の恋人についてだ。
彼女、月山夏世と交際するようになってから、どのくらいの期間が経っただろうか。
彼女とは今も円満に、仲むつまじく過ごしている。そこは全く問題ない。
この頃は、双方の予定が合う休日は往々にして彼女と共にいる。近場ではあるが、度々出かけもする。
そう数は重ねていないものの、例えば外出するとしたら美術館、博物館の類だろうか。
二人のうちどちらかでも行き先の希望がうまく出ればいいのだが、この間はお互い譲り合いに譲り合いを重ねた結果、ただ街を散策するだけの一日となった。
二人で見慣れた街を練り歩いたわけだが、知っているつもりでいた場所の違う顔を発見をしたりして、これはこれで乙な旅だった。
あとは公園などで、または室内で夏世をモデルにして航がスケッチをする事もある。
室内で航が彼女を描く時は十分な広さを誇る彼の家で行われるために、彼の兄弟がふらりと進捗状況を見にきたりもする。
人数が増えれば増えるほど賑やかになる彼らのことなので、結局はそのまま宴会のような体になることもしばしばだ。
そもそも、室内で過ごすとなると必ず片岡兄弟の家だった。航は未だに一人で彼女の部屋へ足を踏み入れたことがない。
こんな風だから、休日に二人で過ごすといっても実際には二人きりになる時間は僅かしかない。
しかしその僅かな時間が、航にとってはこの上ない喜びであり脅威でもあった。
航と夏世は自他共に認めるスローペースの恋人達だ。
デートといえば先に挙げたようなおよそ色事とはかけ離れた過ごし方ばかりだし、連絡もそれほど頻繁にするわけではない。
暢気なものだと自分でも思う。周りからも牛歩だのなんだのと小言めいたことを聞かされるが、暖簾に腕押しで聞き流している。
人と人との関係なんて急いで築きあげれば良いというものでもないのだから、のんびり構えていればいいと航は思っていた。
それが自分達に合った速度ならそれで構わない。
そう思っていた。はずだった。
ところが最近の航は、自分の中で穏やかに保たれていた均衡がぐらついているのを感じていた。
欲しくなるのだ。彼女といると、どうしても。
顔を合わせるとその柔らかそうな頬に、華奢な肩に触れたくなる衝動が込み上げてくる。
外出している時、同伴者が他にいる時はやり過ごせる。心ばかりに残った二人きりの時間が航にとっては命取りだった。
修が仕事をしている時に、視界に入ると集中できないからと言われてリビングを追い出され、航の部屋で過ごした事があった。
自分の理性が砂上の楼閣だということを、航はその時に知った。
彼女がイーゼルに立てかけてある絵を見るために屈み込んだ時の、少し反った腰のラインさえ艶めかしく見え、動揺した。
恐る恐るながら触れてしまうと、自分の腕にすっぽりと収まってしまう体、細くくびれた腰、控え目に回された両手、彼女の全てが航の脳髄を刺激した。
口付けると頬は真っ赤に染まり、息も荒く乱れる。にも拘わらずふっくらした彼女の唇が懸命にキスを返そうとするから、航はたまらなくなった。
たまらなくなって、より深く口付けて、その後自分がどう動いたのか、航は覚えていない。
ふと我に返った時には夏世はくったりと航に寄りかかっていた。
自分はといえば力一杯彼女を自分の体に押しつけ、腰や背を撫でていたらしい感触が手の平に残っている。
たった今の一瞬、自分の行動の記憶がない。そのことに航は戸惑った。
ほんの一瞬だったから良かったものの、もしこのまま継続していたらと思うと、背筋がひやりと凍った。
彼女の了承を得ないまま先に進みたくはない。それに、この家には今、修もいる。
人は意識が無くても動けるんだな、と妙に感心しながら、航は安堵と恐怖を同時に味わった。
以降は用心して夏世と向き合うよう心掛けているが、突き上げるような衝動がなくなったわけではない。
この日のように、抱きしめて、キスをして、その先へ進みたくなる気持ちはどうしても付きまとう。
しかし、進みたくても毎回決まって場所や環境がそれを許さないので、踏み留まらざるを得ないのが常である。
そんな欲望の鬱積した心境の中、キスの後に無邪気にはにかむ彼女を見ていると、自分が犯罪者にでもなったような気になる。
(参るよなぁ)
思春期の少年じゃあるまいし。いい年してどうしようもないなと航は溜息を吐く。
今、こうして夏世の事を考えているのだって、彼女が目の前にいるから、というわけではない。
ましてや彼女の絵を描いているからでもない。
航は現在、自分と修の夕飯のための買い出し中であり、近所のスーパーでカゴをぶら下げていた。
にも拘わらず彼女の事が突如頭に過ぎったのは、生鮮食品コーナーでしゃぶしゃぶ用の薄切り肉を見かけたからだ。本当にどうしようもない。
(まあ贅沢と言えば、贅沢かな)
しゃぶしゃぶのことではない。
こんな情けない想いも、彼女と恋人として過ごせるからこその悩みだとすれば、幸せなことなのかもしれない、と航は溜息混じりに思い直す。
(…ああ、もうこんな時間か)
早く買って帰らないと。悩みに耽る前に現実を見つめ直すことにした航は、とりあえず昨日は肉だったから今日は魚だな、と、精肉コーナーを後にした。
「ただいまー」
「おお、おかえり」
航が買い物袋を抱えて帰ってくると、リビングのソファで智と修が寛いでいた。廊下側の手前の椅子に修が、その斜め前に智が座っている。
「智、来てたのか」
「ん、ちょっとね」
智は今、近所の賃貸マンションで一人暮らしをしている。近場なので度々この家へ帰って来ては兄のために食事を作ったり、修の描く漫画を読んだりしている。
用事もないのにひょっこり顔を出しては世話を焼いてくれる智に、そんな事をする必要はもうないと口では言ってみるものの、航は内心嬉しく思っていた。
陽も無事渡英を済ませ、この家に住むのは航と修の二人だけである。
陽からも、彼にしては頻繁に連絡をくれるし、全員が納得した上で選んだ道とはいえ、毎日顔を合わせていた人間が一人、また一人と離れてゆくのはやはり寂しいものだ。
「今日はどうしたんだ」
「それがさ、聞いたー?」
智が修に向けて指を差す。
「こいつ。失恋五十回達成だって」
「知らない、そうなのか。いつの間に…」
智のまっすぐに伸びた指を、うるせえと毒づきながら修が叩き落とそうとしている。
「五十回か。もうそんなにいったのか」
美那絵に振られてからしばらくそんな話を聞かなかったが、もう一人に振られたのか、と航はしみじみ頷く。
「ということで明日はこいつの失恋五十回記念パーティーだから」
「明日!?急だなぁ」
「まあまあ。そんな大げさなもんじゃないから」
修と智は、双方でお互いの手を叩き落としにかかっている。
「それに明日週末でしょ、ついでにあの人も呼んどいてよ。あの脳天気な顔みたら失恋の痛みもばかばかしくなるだろ」
なー修兄、と智は拳で修の肩を小突く。
「でもなあ、今日の明日だろ」
「ダメだったらダメでいいじゃん。その時は俺たちだけでやればさ」
なー修兄、ともう一度小突こうとしたところを、修がバシリとはたいた。
「というわけなんです。明日の夜なんですが、大丈夫そうですか?」
電話越しに夏世に尋ねる。少し遅い時間になってしまったが、電話に出た時の夏世の声はしっかりしていた。
聞けば、つい先ほど家に着いたばかりだという。
「…はあ。大丈夫です。そうですか、修さんそんなに…」
「うち四十八回は告白もせずに勝手に失恋してるんですけどね」
「あれ、それって…?」
「ええ。被…なんとか妄想です」
「ですよねぇ。…ふふ、修さんらしいなぁ。わかりました!不肖このわたくし、精一杯励まさせて頂きます」
「よろしくお願いします」
受話器越しにくすりと笑い合う。ただ声が聞きたいから、といって電話をするにはまだ照れくさく、用事がない限りはあまり彼女と電話で会話したことがない。
その分こうした口実が出来るのは満更でもない。しんとした自分の部屋で一人彼女の声を聞くのも良いものだ、と思う。
「そしたら、田中さんも来ますよね?じゃあ編集長も…」
「あ、いえ、田中ちゃんは予定があってダメだったらしいです。川村さんは、ええと、今来られると惚気話が止まらないだろうから止めといた方がいい、とかなんとか」
そのような事を智が言っていた気がする。
「あぁなるほど、そうかも?うん、わかりました、じゃ今回は内緒にしておきますね」
「ええ、お願いします」
「はい」
「…」
この用件はこれで終わりだ。電話越しにしばしの沈黙が流れる。
別件で話すこともあるにはある。明後日のことだ。
もともと明後日は彼女と会う約束を取り付けていて、すでに行く場所も決まっている。
話題に取り上げたところで何の問題もないはずなのだが、なんとなく気恥ずかしさに負けて言い出せずにいる。
電話を切るのは名残惜しい。もう少し彼女の声を聞いていたいとも思う。
でも今日は夜も遅いし、明日会うことも決まったのだから、話したいことがあれば明日会ってからにすればいいだろう。
次々と脳裏に浮かんでくる、会話を続けるための文句を振り払い、数秒間の沈黙を破って、航がそれじゃ、と言う。
「あ、待って!」
夏世が慌てた様子で口を挟んだ。
「はい?何でしょう」
「あ…と……いえ、やっぱなんでもないです」
「…。そうですか」
夏世の歯切れが悪い。何でもないと言われると、気になるのが人の性だ。
…もしかしたら、向こうも電話を切り難く思ってくれているのかもしれない。
そう自惚れてもいいものだろうか。半信半疑ながら、航の心がくすぐったい嬉しさにじん、と暖まる。
「ええ、おやすみなさい。……また、明日」
「あ……はい!また、明日」
航がぽつんと加えた明日、という言葉をさも嬉しそうに繰り返す夏世に、航はいよいよ頬が緩んだ。
当日、智は随分速くに家に到着し、黙々と家事をこなし、パーティーに出すという代物を調理していた。
航が鍋を覗き込もうとしても見せてはくれない。本番までのお楽しみだという。
修は今日も仕事部屋で漫画を描いている。ジェスチャーや効果音を交えながらの作業なので、一人でも大変賑やかだ。
この日は彼が失恋したから、という理由で航も仕事を手伝った。修と二人、並んで仕事をしていると、花園ゆり子が生まれる前のことを思い出す。
そうこうしているうちに日も暮れて、智からお呼びがかかった。そろそろ時間らしい。
程よく肩も凝り、首筋に手を当てて解しながらリビングの方へ向かうと、玄関口に夏世が立っていた。手にはケーキの箱のようなものを持っている。
「あ…」
はたと目が合う。
「どうも」
「…どうも」
軽く会釈をして挨拶をする。
その間に智が夏世の持つケーキの箱を受け取り、上着を脱ぐのを促す。
「じゃあようやく揃った事だし、準備しますか。じゃ修兄、あれよろしくね」
「おし、まかせとけ。おいそこの小娘」
「はい?」
上着を掛け終えた夏世が振り向く。
「あんたどうせ手伝いもせずにぼーっと座ってるだけでしょ」
「て…手伝いますよ!」
「いや。むしろ手間が増えるから。智を困らせる気なの」
「く…!」
「それよりね、ちょっと倉庫行って、えーとフタが黄色で?こう、このぐらいの大きさで、中に、なんか青っぽい感じの人形が入ってる箱、持ってきてくれない」
「人形?なんですかそれ」
「いいからさっさと行く!」
修はしっし、と追い払う仕草をしながら、奥へ向かう夏世の背にモップの入ってるとこね、と呼びかける。
「あーあ。彼女、お客さんなのに」
腕を組んで成り行きを見守っていた航が口を開いた。
「立ってるものはゴミでも使えってね!」
「親、な」
「さ!これでばっちりだ。さーとしくーん」
修は両手を腰に当てて力強く頷くと、いそいそとリビングへ入っていった。
奥へと続く廊下をちらりと見て、航も後に続く。
「お、上手くいった?」
「当たり前だろ。もうバッチリ」
智と修のそんな会話を耳にしながらリビングへ足を踏み入れた航は、弟たちの姿を見て少しの間固まった。
「…お前達、は…その格好はどうしたんだ?」
「いやどうって、見りゃわかんだろ」
なー、と智と修が目配せし合う。リビングは先ほどから変わっていなかった。
何かしらの食事の支度がされた形跡もない。まして彼らは、それを始めようとする気もなさそうだ。
智はいかにも外出先で使いそうな上着を着用し、修もジャンパーに袖を通している。
「その鞄はいったいどこから出てきたんだよ。あ!おい!」
「じゃあ兄ちゃん、そういう事だから」
仕事道具や玩具でも入っているのだろうか、大振りの鞄を抱えた修は、綺麗に揃えた指先で敬礼さながらの挨拶をする。
すっかり身支度を調えた修と智は航の横を通り抜け、玄関へと向かった。
「そういう事ってどういう事だよ」
「こいつたぶん泊まりだから、俺ん家に」
「はぁ?」
「おう、じゃ行ってくるよ兄ちゃん」
「じゃ。あとよろしくー」
「え、おい!」
「あ、兄ちゃん明日昼飯いらねぇから!」
智の手料理食うんだー、という声は、玄関扉の向こうから聞こえた。重そうな荷物を抱えているとは思えない身軽さで颯爽と去って行く。
一人取り残された航はガチャンと扉の閉まる音を耳にしながら呆然と佇み、
「昼飯いらないって…もともと出かけるって言っておいただろ…」
もはやどうでもいいようなことを呟いた。
(まったく、どこにあるんだっての)
夏世はパタパタとスリッパを踏みならしながら廊下を歩いていた。
修のいう黄色い蓋の箱は、いくら探しても見当たらなかった。
探るうちに倉庫も入り乱れ始め、仕舞いにはモップの柄が倒れてくるわ、掃除機はハードルよろしく行く手を阻むわで散々な目に遭ったので、潔く諦めた。
これは十中八九からかわれたと、夏世の今までの経験が囁く。
一言文句でも言ってやろうと思い、肩を怒らせてリビングへと向かったが、角を曲がった所で航を見付けた。彼は玄関扉に体を向けて立ちつくしている。
「あれ?どうしたんですか」
夏世は小首を傾げて航に話しかけた。
誰か来訪者でもいたのだろうか。パーティーの支度とやらはどうしたのだろう。
「あ、ああ。それが……あいつらが出て行きました」
「…はい?」
「修と智。今日はもう、帰って来ないって」
「ええ!?」
どういうこと、と夏世は心の中で声を上げた。航は腕を組み、考え込むように下を向いている。
その顔に動揺の色が見え隠れしているから、航も知らされていなかったらしいと分かる。
「それじゃ、修さんの失恋慰安パーティーは?」
「たぶん、嘘だったんでしょうねぇ。失恋したなんて」
「嘘…」
「ええ。変だとは思ったんだよな、あいつずっと元気だったし」
「はあ…」
いつも通り奇声を発しながらペンを持つ修が容易に想像出来る。そして、こんな子供の悪戯のような話を楽しそうに計画する兄弟達も。
暇なのだろうか、と夏世は溜息をつきそうになる。
「美那絵さんの後に好きな人が出来た、なんて聞かなかったしなぁ」
「ですよねぇ」
俯き気味だった視線を航に戻すと、彼もちょうど顔を上げたところだった。彼の目と再び出会う。
あ、と声には出なかったものの、口がその形に開く。
航も同じような表情で、咄嗟に声を発するタイミングを失った二人は、彫像にでもなった有り様で立ち尽くし、そのまま数秒間の時が流れた。
ややあって、我に返った航がようやく居住まいを正した。
夏世に向き直り、奥歯にものが挟まったような物言いで言葉を紡ぐ。
「…あの、夕飯、は、智が作っていったので。とりあえず、食べていって下さい」
「…あ、は、はい!いただきます!」
じゃあちょっと、支度してくるので。そう言い残して足早にその場を去った航の背中を、夏世は未だ混乱気味な面持ちで見送った。
(…あれ?これは、そういうこと…なの?)
夏世は先ほど置き去りにした自分の鞄をぼんやりと見詰めながら考え込む。
翌日まで誰も帰って来ない家。二人きりの室内。そして今日は週末。
条件は徹底的と言っていいほど整っている。まんまと嵌められた。というより、お膳立てされた。
どうしよう。どうなるのだろうか。航も戸惑っている様子だった。
慌てたようにこの場を去った航は、この状況化で何を思い、どう行動するのだろう。
私は、と夏世は自らを振り返る。彼の心境の心配をする前に、はたして自分はどうしたいのだろうか。
答えはすぐに出た。そんなの決まっている、二人きりで嫌なはずがない。
彼が自分を想ってくれていると知った時、あまりに幸福感が強く襲ってきたので、もうこんなに舞い上がるようなことはないのではないか、ここを頂点に航とは落ち着いて向き合えるようになるのではないかと思ったことがあった。
実際に彼と恋人として過ごしてみれば、顔を合わせると心が躍るという現象は、引き続き備わったままなのだということがすぐにわかった。
自分のどこに仕舞い込んであったものか、忘れていたときめきとやらが相変わらず胸をくすぐる。
ひとまず平らかになると思われた自分の胸中は、恋にのぼせ上がったままだったのだ。
更に悪いことに、彼と会えば会うほど事態は深刻化するようだった。
彼の姿を見ればずっと眺めていたいと思い、彼の声を聞けば、もっと長い時間聞いていたいと思う。
またひとつ彼のことを知ったと感じるたび、より多くを知りたいと願う。
想いは募る一方で、気が付けば、彼女自身尋常ではないと困惑するほど、彼のことを想うと胸が苦しくなっていた。
身を焦がすとはこのことだと、彼女は掻きむしられるような痛みの中で知る。
彼の側にいると万力で捻られるようにぎゅっと胸が締め付けられ、鼓動は跳ね上がり、そうして彼と触れあえば涙が出そうになるほど心が喜びに打ち震えた。
キスを受ける瞬間やその最中などは、自分でもわかるほど陶然としているし、同時に、密かに渇望していた。
唇を重ねればもっと奥へと、首筋を撫でられればもっと別の場所をと、彼が触れた箇所から熱が広がり、喉の渇きにも似た飢えを感じる。
彼と比較的長く触れあった日などは、自宅に帰ってからも彼に触れて欲しくて体が震えを起こし、どうしたらいいのかわからなくなる時さえあった。
そう、夏世は航に触れて欲しくてたまらなかった。
彼の心も、彼の唇や手、体のどこもかしこも、全てが欲しかった。
ふいに、亮子の溌剌とした声と自分との会話が脳裏を過ぎる。
「何。あなた達まぁだそんな所で足踏みしてんの?」
先日自分と航の現況について話したら、呆れながら言われた言葉だ。
「そんなひたすらまったりしてるだけなんて、ねえ、お爺さんお婆さんかっていうのよ」
「いやそこまで言わなくても…」
「いーや。だってそうでしょ?会ってもキス止まりだなんて、何もしてないのと同じじゃない!」
「はあ」
「はぁって何、はぁって。あなた…ほんと、相変わらずねぇ」
亮子は額に手を当て、呆れたような溜息を吐く。
「いや、そんな月山でもよ?もっと先進みたい、とか進んで欲しい、とか思うでしょ?思わないわけないわよねぇ」
ね、と亮子が念を押す。夏世の返答を待たずに亮子は続ける。
「欲しいものを欲しいって言ってもバチ当たんないって、前にもあなたに言ったじゃない?航さんがダメなら月山、あなたが自分からどーんと行かなきゃ」
どーんと、と繰り返し、肘をぺし、とはたかれたのを夏世は覚えている。
この会話の後に、勇気を振り絞って携帯電話を手に取ったことも、あるにはある。
しかし奥手な夏世は自らを奮い立たせても、人に背を押されたって、今一歩のところで持てる闘志を切らしてしまうのだ。
そうして今まで悶々としていたのだけれど、まさかお膳立てされるとは思っていなかった。
確かに、この状況は嫌ではない。しかし、
(どーんと、と言われましても…)
夏世は途方に暮れた。こんな時、どうすればいいかなんて皆目見当が付かない。
二人きりになれて嬉しくもあり、気まずくもある。どんな顔をして彼と話せばいいのか分からないというのに、積極的に行動するなど到底不可能に思えた。
あとは、航だ。彼は今、何を考えているのだろう。
(…あ!)
夏世はハッと頭を上げた。航は今、自分達のために食事の支度をしているのだった。
ついぼうっと物思いに耽ってしまった。こんなことをしている場合ではない、彼の手伝いをしなければ。
台所の方を見れば、すでに皿をテーブルへ運んでいる。
夏世は急いで鞄をさらい、ぱたぱたと航の元へ駆け寄った。
「なんかすみません、手伝ってもらっちゃって」
航が、夏世のグラスにワインを注ぎながら言う。
「い、いえ!何のお役にも立てませんで」
夏世は会釈をした後すぐに首を振った。
二人はテーブル席に向かい合わせに座り、食卓についている。ともかくも食事に集中することに
したのだ。
彼らの目の前には智の手の込んだ料理がずらりと並べられた。緑に赤に、と野菜の色も鮮やかに皿に盛られている。
フォークやスプーンでそれらをつつきながら、他愛ない会話を交わす。
「ビーフシチュー、ですか」
夏世は深皿に盛られたそれをスプーンで掬い、口に運ぶ。美味しい。
「そうみたいですね」
航も深皿をちらりと見て頷く。
「あいつ鍋の中隠してるみたいだったんで、変なのが入ってたらどうしようかと思ったけど……まともでしたね」
この状況になるのを見越した智が、悪戯心に何かしてはいないかと心配したのだろう。
見たところ大丈夫そうだ。色もピンク色ではないし、人参がハート型にくり貫かれてもいない。
「やっぱり、食べる時までのお楽しみって事だったんですかね?」
「いや…」
航は渋い顔をして台所の方を見やる。夏世もつられて、同じ方向に目を向ける。
「全部、きっちり二人分の量で作られてました」
流しの中から鍋の頭とお玉が顔を覗かせていた。
なるほど、片付いている。大振りの、両手で抱え上げるような鍋にも関わらず、だ。
なんとなく、再び気まずい空気が垂れ込めてきそうに感じて、夏世は慌てて言葉を探した。
「お、食事は智さんが作られてるんですか?」
「い、いえ、今は僕が作ってます」
「ええ!?航さんがお料理作られるんですか!?」
夏世ががたりと椅子を揺らした。
驚いた。確かに、それでは智に負荷が掛かりすぎではないかとも思ったが、智以外の誰かが家事をするところも想像出来なかった。
智が失踪した時の惨状はまだ記憶に新しい。
「そんなに意外ですか」
航がくすりと笑う。
「すいません…」
航は微笑み、一つ瞬きすると、手元のサラダに目線を向けた。フォークで、一口大に切られたトマトをつつきながら言う。
「以前は、家事全般は僕の担当だったんです。本当に最低限、でしたけど。智に頼るようになってからは任せっきりになってしまって…」
ご存知の通り、と航は苦笑する。
「今は、あいつにいろいろ教えてもらいながら、なんとかやってます」
「…そっか」
夏世は部屋を目だけで見渡した。
いつも通り綺麗に片付いていて、目立った汚れも見当たらない。もちろんゴミの袋もない。
最後に台所を流し見て、手元に視線を落とす。
「ちょっと、悔しいな。これだけは航さんより出来ると思ってたのに」
「え?」
「家事、というか、お料理」
夏世は恨めしそうに航を見る。
「航さんきっと、すぐ上達しちゃうじゃないですか。私を差し置いて」
「そうかなぁ」
「そうですよ、絶対」
夏世は何度か大きく頷いた。航は怪訝そうに首を傾げる。
が、悪戯を思い付いた表情で頷いた。含み笑いをしている。
「そうですねぇ、月山さんはキッチンを破壊しますからね」
「い、いつもじゃないですよ!あの時はたまたまですね……もう!忘れて下さい!」
身振り手振りで夏世は航に訴えかける。
見ていた航はぷっと吹き出し、最後には声に出して笑っていた。
和やかに食事は進んだ。
会話も途切れることはなく、気付けば皿をすっかり空けていた。
智には申し訳ないことに、細かい味の違いを夏世は覚えていない。ただ、美味しかったという記憶だけは残っている。
心の中でごちそうさま、と手を合わせ、箸を置いた後もしばらく談笑は続いた。
ワインを片手に、とりとめのない話にも花が咲く。
しかし、時計が時報を鳴らした。ボーン、という低めの音が二人の耳に入る。
どちらともなく会話が止み、どちらともなく時計の示す現在の時刻を目にした。
やがて航が、そろそろ片付けましょうか、と皿を手に立ち上がる。
夏世の皿にも手を伸ばしていた航を慌てて制し、私も手伝います、と夏世も流しまで同行した。
かちゃかちゃと硬い音と、蛇口からの流水音がシンクに響く。
ひと足先に水に浸かっていた鍋類はすでに小綺麗になっていて、もといた場所に戻されている。
航が洗い物を担当していた。長袖を肘まで捲り上げてスポンジを持っている。
夏世はそこで、さっぱりと泡の落とされた食器を拭きにかかっていた。
航が置いた洗い終えた器を、丁寧に水気を拭って脇に積み上げていく。
サラダの入っていた器を拭き終えて、夏世はちらりと航を見た。黙々と皿を洗っている。
「なんか、手慣れてますね?」
航はきょとんとして振り向いた。夏世の目線の先を見て、ああ、と納得する。
「まぁ最近は毎日やるようになりましたからね。ようやく慣れてきたかな」
「前はゴミの分別も出来なかったのに」
夏世がからかうように言う。
「ほとんど未知の領域だったね」
ふふ、と笑みを交わす。
航が手元へ意識を向けたのを見届けて、夏世もこっそりと航の手元に目を向ける。
本当に手際が良い。航は器用だから、ある程度の諸事は苦もなくこなしてしまうのだろう。
長い指先が、しぶきを受けながらひらひらと踊っている。
自分のものより一回り大きくて筋張っているその手には、動く度に筋や血管が浮き出てくるのが見える。
突如として、夏世の鼓動がどくんと跳ねた。
この手の平で頬に触れてもらいたい。今すぐに。
彼の手で頬が覆われる感触、首筋を擽られ、髪を梳られる感触が出し抜けに蘇った。背筋がぞくりとする。
思わずつきそうになった溜息は押し殺したが、彼から目線を外すことはなかった。手首から腕へと視線が伝う。
やはり曲げ伸ばしする度に筋が浮き出て、綺麗な線を描いている。
肘。腰、少し見上げて肩。夏世は航より一歩下がった位置に立っているため、背中を仰ぐ形になる。
気候も暖かくなり、薄手のものを着ているから、肩胛骨が少し浮き上がっている。
そこに手を触れたい、という内からの声に狼狽え、目を泳がせる。目線が背中から肩先へとずれ、航の顎先が視界に入った。
「……っあ」
夏世は固まった。航と視線がぶつかった。
夏世は咄嗟に顔を背けた。血液が音を立てて頭へと上り、カッと頬が熱くなる。
恥ずかしい。恐らく自分は今、欲も露わな顔で航を眺め回していた。そしてそれを当の本人に見られたに違いなかった。
たまらず、踵を返してその場を離れようとする。しかし、体の向きが変わろうというところで、
「…待って!」
航が慌てて夏世の腕を掴んだ。
ぐい、と引っ張り、夏世の遠ざかりかけた体を元の位置へ戻す。夏世はよろめきながらも航の前へ躍り出た。
航はそれを支えながら、自分の両手を夏世の肘に添えて、彼女の体の向きを自分の正面へと向ける。
むき出しの夏世の腕に、湿り気を帯びた航の手のひやりとした感触が走る。
冷たさで指先のひとつひとつがわかる程だったが、次第に夏世の肌に溶け、手の平の温もりだけが残った。
隣の部屋から、秒針の規則的な音が届いてくる。針がいくらか時を刻んだ後、こん、とシンクに水滴の落ちる音が響いた。
その音に反応したのか、航の手の力がふいにきゅ、と強まった。
夏世もぴくりと身を震わせ、恐る恐る航を見上げる。
航は躊躇うように瞳を揺らして夏世を見詰めていた。何かを言葉にしようと口を開こうとするも、閉じてしまう。
彼は一度夏世から目線をずらし、長めの瞬きをした。それから改めて夏世へと視線を移すと、はっきり聞き取れる声で切り出す。
「…月山さん」
やっとのことで夏世が答える。
「……はい」
「こう言うと不謹慎かもしれませんが、僕は正直、今のこの状況を歓迎してます」
夏世が僅かに瞳を見開いた。再び、ざあ、と顔に熱が集まるのを感じる。
「あいつらの思惑通りになるのはちょっと、癪だけど。でも折角得た機会を逃すつもりもありません」
航はまっすぐに夏世を見ている。
彼は今、なんと言った。静止気味の脳を必死に働かせて夏世は考えようとしたが、空しい試みだった。
脳裏には航の言葉が繰り返し再生されるばかりで、言葉を交わそうにもそこまで思考が追い付かない。
航がまた、思い切った様子で言葉を繋げる。
「だから…月山さん。…その。今日、もらってもいいですか」
何を、とは聞かなくてもわかっていた。
恥ずかしさで彼の目を見ていられない。口元を引き結びながら少し俯く。頬が燃えるように熱い。
でも、嬉しい。浮き足立って、その場で手足をばたつかせたくなるほど嬉しかった。
夏世は俯いたまま航に一歩近付き、彼の脇腹辺りの布地をきゅ、と掴んだ。
目の前にある彼の肩口に額を当ててこくりと一度頷く。返事はそれが精一杯だった。
航がそっと夏世を抱き寄せた。背に彼の腕の感触が伝わる。
夏世は擦りつけるように、彼の首筋に頬を寄せた。襟足を僅かに唇が掠めた。瞼を閉じる。
彼の温もりがじんわりと肌に浸透し、包み込むような暖かさに安心感を覚えた。
幸せだな、と夏世は噛みしめるように思う。彼のことが大好きだ。
この人に抱かれるんだ、ということを意識したら、子宮の辺りがきゅう、と疼いた。
とたんに鼓動がどくりと大きく跳ね、高鳴りだす。どくどくと忙しない音が耳元で鳴り響く。目元がじんと熱い。
自分は今どんな顔をしているのだろう、と夏世は思う。
また物欲しげな表情をしているに違いない。そう思うとたまらなく恥ずかしいが、高鳴る一方の鼓動も、頬の火照りも隠しようがない。
なによりも、航に触れたい、触れて欲しいという欲求が込み上げてくるのを感じた。
沸々と、解放しようのない熱が体のあちこちに点り始めた時、航の腕の感触が消えた。
航は手を再び夏世の肩へと戻し、ゆっくりと身を離しす。改めて顔を見合わせる形になる。
夏世と目が合った航は、あ…、と呟いてどこか呆けたように夏世を見詰めた。
夏世はもはや、自分の顔を伏せようとはしなかった。熱を帯びた表情で航を見詰め返す。
物欲しそうな顔をしているならそれでもいい、それに航が気付いて、彼に近付けるのならいいとさえ思った。
(…これが私なりの”どーんと”なのかも)
遠い意識の片隅でぼんやりとそんなことを考えていたら、彼が身動いだ。夏世の肩に置かれた手を移動させている。
夏世は布地を掴んでいた自分の手に、知らず力が込められていたことにこの時初めて気付た。
「…すみません、月山さん」
彼の口から掠れた音が出る。彼の手は今、夏世の二の腕の辺りにある。
「俺、ちょっともう駄目みたいです」
夏世は咄嗟に顔を背けた。血液が音を立てて頭へと上り、カッと頬が熱くなる。
恥ずかしい。恐らく自分は今、欲も露わな顔で航を眺め回していた。そしてそれを当の本人に見られたに違いなかった。
たまらず、踵を返してその場を離れようとする。しかし、体の向きが変わろうというところで、
「…待って!」
航が慌てて夏世の腕を掴んだ。
ぐい、と引っ張り、夏世の遠ざかりかけた体を元の位置へ戻す。夏世はよろめきながらも航の前へ躍り出た。
航はそれを支えながら、自分の両手を夏世の肘に添えて、彼女の体の向きを自分の正面へと向ける。
むき出しの夏世の腕に、湿り気を帯びた航の手のひやりとした感触が走る。
冷たさで指先のひとつひとつがわかる程だったが、次第に夏世の肌に溶け、手の平の温もりだけが残った。
隣の部屋から、秒針の規則的な音が届いてくる。針がいくらか時を刻んだ後、こん、とシンクに水滴の落ちる音が響いた。
その音に反応したのか、航の手の力がふいにきゅ、と強まった。
夏世もぴくりと身を震わせ、恐る恐る航を見上げる。
航は躊躇うように瞳を揺らして夏世を見詰めていた。何かを言葉にしようと口を開こうとするも、閉じてしまう。
彼は一度夏世から目線をずらし、長めの瞬きをした。それから改めて夏世へと視線を移すと、はっきり聞き取れる声で切り出す。
「…月山さん」
やっとのことで夏世が答える。
「……はい」
「こう言うと不謹慎かもしれませんが、僕は正直、今のこの状況を歓迎してます」
夏世が僅かに瞳を見開いた。再び、ざあ、と顔に熱が集まるのを感じる。
「あいつらの思惑通りになるのはちょっと、癪だけど。でも折角得た機会を逃すつもりもありません」
航はまっすぐに夏世を見ている。
彼は今、なんと言った。静止気味の脳を必死に働かせて夏世は考えようとしたが、空しい試みだった。
脳裏には航の言葉が繰り返し再生されるばかりで、言葉を交わそうにもそこまで思考が追い付かない。
航がまた、思い切った様子で言葉を繋げる。
「だから…月山さん。…その。今日、もらってもいいですか」
何を、とは聞かなくてもわかっていた。
恥ずかしさで彼の目を見ていられない。口元を引き結びながら少し俯く。頬が燃えるように熱い。
でも、嬉しい。浮き足立って、その場で手足をばたつかせたくなるほど嬉しかった。
夏世は俯いたまま航に一歩近付き、彼の脇腹辺りの布地をきゅ、と掴んだ。
目の前にある彼の肩口に額を当ててこくりと一度頷く。返事はそれが精一杯だった。
航がそっと夏世を抱き寄せた。背に彼の腕の感触が伝わる。
夏世は擦りつけるように、彼の首筋に頬を寄せた。襟足を僅かに唇が掠めた。瞼を閉じる。
彼の温もりがじんわりと肌に浸透し、包み込むような暖かさに安心感を覚えた。
幸せだな、と夏世は噛みしめるように思う。彼のことが大好きだ。
この人に抱かれるんだ、ということを意識したら、子宮の辺りがきゅう、と疼いた。
とたんに鼓動がどくりと大きく跳ね、高鳴りだす。どくどくと忙しない音が耳元で鳴り響く。目元がじんと熱い。
自分は今どんな顔をしているのだろう、と夏世は思う。
また物欲しげな表情をしているに違いない。そう思うとたまらなく恥ずかしいが、高鳴る一方の鼓動も、頬の火照りも隠しようがない。
なによりも、航に触れたい、触れて欲しいという欲求が込み上げてくるのを感じた。
沸々と、解放しようのない熱が体のあちこちに点り始めた時、航の腕の感触が消えた。
航は手を再び夏世の肩へと戻し、ゆっくりと身を離しす。改めて顔を見合わせる形になる。
夏世と目が合った航は、あ…、と呟いてどこか呆けたように夏世を見詰めた。
夏世はもはや、自分の顔を伏せようとはしなかった。熱を帯びた表情で航を見詰め返す。
物欲しそうな顔をしているならそれでもいい、それに航が気付いて、彼に近付けるのならいいとさえ思った。
(…これが私なりの”どーんと”なのかも)
遠い意識の片隅でぼんやりとそんなことを考えていたら、彼が身動いだ。夏世の肩に置かれた手を移動させている。
夏世は布地を掴んでいた自分の手に、知らず力が込められていたことにこの時初めて気付た。
「…すみません、月山さん」
彼の口から掠れた音が出る。彼の手は今、夏世の二の腕の辺りにある。
「俺、ちょっともう駄目みたいです」
航は腕を、夏世の腰と首の裏へと回すと、素早く彼女を抱き寄せた。そのまま屈み込む。
夏世が瞼を閉じる暇はなかった。突然幕が下ろされたように目の前が陰る。す、とアルコールの香りが鼻腔をかすめ、熱を持った彼の唇が重ねられた。
軽く押しつけるようにして触れ、僅かに離れる。航は閉じていた口元を少し開き、夏世の唇を食べるように再び口付けた。
夏世の唇の全体を覆ったり、片方だけを挟み込むようにして味わう。夏世のぷっくりとした唇が航の唾液で濡れそぼり、真っ赤に熟れる。
瞳を閉じるきっかけを失った夏世は、その間も半ば呆然と航を見つめ続けた。
キスの感触へと神経が集中していたから、目を開いてはいてもほとんど何も見えていないのも同然だ。
それでもふと視界へ意識が向くと、航と至近距離で視線が通った。
いつもは感情の読みにくい航の瞳が艶めいている。唇が触れ合ったままだったけれど、夏世は金縛りにでも遭ったようにそこから動けず、目を逸らすことも出来なかった。
航は夏世を見詰めたまま、彼女の上唇を吸った。彼女の頭を支えている手を少し動かし、首筋を撫でる。これまでの唇への愛撫で、航を見上げる夏世の瞳はすっかり潤み、熱を帯びている。
航はそれを尚も見据えながら、舌先をつう、と夏世の唇に這わせ、うなじをくすぐるように指先で辿った。
「っ…は…」
背筋がぞくりと震えて瞼が閉ざされ、夏世は息を漏らす。
吐息を吐き出す拍子に薄く開かれた夏世の唇へ、航は素早く舌を差し入れた。ぬるりと暖かいものが歯列を割って入り、夏世が小さく身を震わせる。
航は下顎と歯の裏側の付け根に沿って舌先をちろちろと這わせた。
表へ回って歯茎を辿り、また裏側へ戻ると、夏世の舌の側面をかすめて今度は上顎の歯列をなぞる。
舌先を尖らせて何度か往復すると、歯列の付け根から上顎にかけてを擦り上げた。
触れるか、触れないかという位置で舌先を伝わせ、一度舌を引き抜く。
こくん、と夏世が唾液を嚥下する音を聞き届け、航は再び夏世の口腔へ押し入った。
航の舌が夏世のそれを小突く。舌先を遊ぶように触れ合わせてから横へと滑り、夏世の舌をなぞり上げる。
「…んぅ……ん…」
夏世がふと浮かせたところを絡め取られた。擦り付けるようにして両脇に、表面にと扱かれる。
時に強く吸われて、夏世は閉じた目の裏がチカチカと明滅しているように感じた。
航が動く度、手足に痺れが走った。全身が戦慄くような快感に、夏世の膣がきゅ、と窄まる。
鼓動は破裂しそうなほど高まっていたが、航の支えがあってようやく立っているような夏世に、それを意識する余裕はなかった。
「んっ…ふ…」
しんとした室内に、ぴちゃ、という水音がこだまする。
頬は上気し、苦悶ともとれる、恍惚とした表情で夏世は航の愛撫を受け入れ、時折息を漏らした。
吸い付いてくる航の舌に、夏世が控え目ながら反応を返すと、航は夏世の頭部をがっしりと固定し、貪るように口腔内を蹂躙する。
夏世がくず折れてしまいそうになるまで急くような愛撫は続いた。
名残を惜しむように夏世の唇をひとつ食んでから、航がゆっくり身を離した時には、二人とも息を荒げていた。
焦点の定まらない夏世の口元に伝う、どちらのものかわからない唾液を、航はそっと親指で拭う。
両腕を夏世の背と肩に回し、すり切れた理性で精一杯やわらかく抱き寄せた。
鼓動の響きを耳にしながら息を整え、僅かに身を屈めて夏世に頬を寄せた。掠れた声で呟く。
「愛してます」
ああ、それは反則だ。航の言葉に夏世は気が遠くなる心地がして、ふ、と力が抜ける。
それを支えながら、部屋、行きますよ、と耳元で告げる彼の言葉を、夏世は夢現つの境で聞いていた。
ヒエェ途中の二重投稿ホント失礼しました。
gdgdってますが細かい所は目を瞑ってもらえると嬉しいです。
ではでは。
ぐぐぐъ(゚Д゚)グッジョブ!!
GJ!
弟達のお節介さとか夏世っぺと航兄のうぶいいちゃいちゃがたまらないです
自分以外にもまだヒミツを好きな人が居ることを実感できてほんと嬉しい
GJ!続きが読みたいです!!
素晴らしすぎます!!!
GJありがとうございます…!
>>947 恐縮です!そう言ってもらえるのホントに嬉しいのですが…。
なんかえらい面白いことになりそうで、まだ本番書くのに挑戦したことないんです(´`;)
なのですみません、ご想像におまかせします。じゃなかったら誰か書いてくれたら嬉しいw
945、946、948もありがと、ホント嬉しいです。このスレこれからも長く続くといいな。
また再放送とかして新たなファンが増えたら良いな〜
遂にボックス買っちゃいました。
本当にいいドラマだよね。
キャストがみんなハマってて良かったよね
ファンになった人いっぱい
時々見返したくなるドラマだなぁ
また夏世っぺの誕生日がやってくるね
その前に姫始めですね
夏世っぺ誕生日おめでとう!
夏世っぺ誕生日おめでとう!
もう四年になるんだねぇ…
1日遅れたけどおめでとう!
もう4年か…
今年も航兄とかな(笑)
4年も経ったんだから、航兄と夏世っぺには結婚していてほしい。
でも、あのまんまのまったりカポーのままでもいいかな……
修兄はそろそろ魔法使いになれるかしら?
修兄は案外超かわいい女の子とくっつきそうな気がする。
妖怪マニアでちょっと妖怪に似てる修兄に一目惚れとか。
なんにせよ修兄には幸せになって欲しい。
いや、幸せになるべき。
航兄も何気に魔法使いだったんじゃ…w
もててただろうけど家族大事で相手にしてなかったイメージ
関西再放送してるらしい
新作待ってます!
まじですか!イヤッホーウ!
新たにファンが増えてくれると良いな
放送当日も好きで関西再放送見てまたいいなって思ったんだけど
なにこの良スレもっと早く出会いたかった
1から全部読んでしまった投下された全ての作品GJ
965 :
ウェディング・プランニング:2011/02/24(木) 03:55:10 ID:3ljkvjof
再放送で久々に見て興奮のあまりネタが浮かんでしまいました(w
初投下です。お目汚しお許し下さいませ。
*今年は放送から4年。と言う訳で、陽君は留学を終え帰国。航さんも大学を卒業を機に夏世と結婚準備中と言う設定です。
*白航×夏世です。
*エロ無しです。ごめんなさい。
夏世「う〜ん……食器?」
片岡家のリビングでギフトショップで貰ってきた分厚いカタログをめくりながら夏世がつぶやくと、背後から小気味よく叩かれた。
修「こら小娘っ!!!壊れる物は結婚にはご法度ザンショ!!!」
陽「最近は割れる=幸せを分かつって定番になってるみたいだケド……重いのヤダ。」
智「俺もパス。引き出物の食器って、好みじゃなくてまず使わないね。」
航さんとの結婚式の引き出物を選びなのに、何で3人にダメ出しされなきゃなんないのよっ!!!
と夏世が隣に座ってる航をカタログ越しに見やると、航は幸せそうに微笑んでいる。
夏世「タオル……とか?」
修「粗品?」
夏世「じゃぁ……選べるギフト?」
智「安直。」
夏世「あ、二 人のプロフィールが入った時計可愛い……」
陽「それは迷惑でしょ。」
3人に突っ込まれて小さくなる夏世の隣で、航の肩が小刻みに震える。
智「あんたさぁ。もっとセンスのいいアイデアは無いわけ?航兄ぃも何か言えよ!」
航「いや。月山さんが選んだ物ならいいと思ったんだが。」
修「在学中に数々の賞をとって画壇で大注目中の航お兄様の関係とか来る訳でしょ。ハイセンスでアグレッシブな物じゃないとお兄様が恥をかくでしょが!!」
夏世「……うっ…確かに。」
修、智の容赦無い突っ込みと、航の悪意の無いプレッシャーに言葉をつまらせる夏世。
そんな夏世に陽は上目遣いに尋ねる。
陽「ギフトって貰う人の事を考えて選ぶ物でしょ?夏世姉は無いわけ?自分が貰ったら嬉しい物 とか。」
貰って嬉しい物…………
航さん?……………って違う違う。
つい考えている事を漏らしながら思い巡らしてしまう夏世だった。
966 :
ウェディング・プランニング:2011/02/24(木) 04:01:40 ID:3ljkvjof
夏世「あっ……でもなぁ……」
航「ん?何?言ってみて下さい。」
何かを思い付き、口籠もる夏世を航は優しく促す。
夏世「花園ゆり子先生の新作……とか?………なぁ〜んて……ダメですよね?」
航・智・陽「!?」
修「新作だぁ!?俺を殺す気?このオ・ニ・ム・ス・メっ!!あんた担当でしょ!?今この俺様が何本抱えてるか知ってるよね!?…………って俺じゃなくて花園ゆり子!?」
航「………花園ゆり子は解散した。その理由もわかってくれてますよね?」
夏世「もちろんそれはわかってます………ただ……。」
航「ただ?」
夏世は少年誌に移って以来疎遠になっていたチャーミー編集部に結婚の報告に行った事、そこで思わぬ人と再会したことを話した。
「あの………」
夏世が振り向くと、はつらつとした笑顔の少女が立っていた。
「あ。覚えて無いですよね?」
心当たりがなく、きょとんとする夏世に少女は、4年前の花園町祭りで夏世からサイン貰ったのだと言った。
「まさかあの時、似顔絵を描いてくれた方が本物の花園先生だとは思いませんでしたケドね。あの後、猛勉強して、投稿して、もうすぐデビューなんです。」
キラキラした瞳の彼女の目標は今でも花園ゆり子であり、新作が読めなくなったのが残念だ。と語ったという。
夏世「彼女と話してたら、花園先生のファンはまだまだ沢山の作品 を読みたかったんだな?って思っちゃって………」
夏世の話を、腕を組み拳を顎にあてながら聞いていた航が言った。
航「いいんじゃないですか?1度だけなら……もちろん修達が良ければだけど。」
陽「僕も賛成。幻の作品って感じで面白いと思うよ。」
智「だな。修兄ぃも今や少年漫画大賞受賞作家だし、陽は英国で発表した小説が日本逆輸入でブレークしたしな。プレミア物だぜ。発行はウチの社でしてやるよ。」
陽「うん。智兄ぃのトコなら安心だし。」
智は漫画雑誌編集として独立し、大手ではないが、趣味のいい作品が多いと人気の出版社を経営している。
修「…幻の?……プレミア?……………いやっ無理ムリ無理ムリ無理っ。…まぁ、夏世っぺが、蛍潮出版の締切のばしてくれるって言うなら別だけど?」ジワリと夏世に擦り寄る修。
夏世「近っ……それはダメです。」
修「この鬼嫁っ!!」
陽「僕、いい事考えちゃった。修兄ぃ。ごにょごにょごにょ」
子供の様に駄々をこねる修に陽がそっと耳打ちすると、次男の顔が輝く。
修「すばらしいぃっ!!!」
陽は夏世にニッコリ笑いかけた。
陽「作品タイトルは『恋愛テスト〜ハッピーウェディング』なんてどう?胸キュンって結婚式っぽくない?」
夏世「ありがとうございます。」
そして花婿と花嫁はそれはそれは幸せそうに微笑むのであった。
かくして引き出物と内祝いとして部数限定で花園ゆり子の作品が発行のはこびとなった。
弟達の企みで、航と夏世の馴れ初めのあんな事やこんな事を胸キュンに描かれた漫画が同時掲載されていた事を2人が知るのはまだ先のお話。
もちろん表題作より頁数をたっぷりとったそのタイトルは『ヒミツの花園』だったり……するのかなぁ。
fin
967 :
名無しさん@ピンキー:2011/02/24(木) 04:19:21 ID:3ljkvjof
2人の馴れ初めコミックと言うのがあると聞いて、4兄弟ならとんでもない良作を作るに違いないと思い、描いてしまいました。
夏世っぺがあげた進物は、ネタとしてけなしましたが、新作につなげる為の物で悪意はありません。
裏設定でプチギフト(披露宴の最後に出口で新郎新婦が手渡すやつ)が航さんの書き下ろしポストカードを額装したものをって思ってたんですが出せませんでした。
文章もつい説明っぽくなってしまった事に反省しきりです。
お付き合い下さりありがとうございました。
再放送ではまりました
>>965 ダメもとでのぞいたら…新作キテター!!
夏代っぺのトボけっぷりも兄弟の息の合い方もすごくよかったよ〜
新作GJ!
ポストカードの件は、また次を期待してもいーでしょーか?
再放送ウラヤマシス
このドラマ、DVDで一気に見るより、再放送とかで、
一話一話区切って見る方がいいみたいだしねw