腹黒女が純真な男に惚れてしまうSS

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693由梨と上原先生:2010/08/03(火) 01:21:55 ID:L1G8XTku
 
「にしては室内で聞こえてきたような…」
「もう〜、恋人の僕の事が信じられないんですか?」

 奥の手、必殺キーワードを口にした途端、歩美先生の疑いの表情が一変した。
「まさか!隆さんの言う事を疑うなんて!歩美がそんな事する訳ないじゃないですかっっ」
「ハハハハありがとう、じゃあちょっと僕はトイレに」
「どうぞどうぞ!」
 誤魔化せたのか?
 僕はいてもたっても居られず、リビングを飛び出した。

 リビングの入り口のすぐ側に、2階へ通じる階段がある。
 その奥に洗面所と脱衣場が。
 僕はトイレの明かりを点け、扉を閉める。
 これで数分は凌げる筈だ。
 僕は足音を立てないように細心の注意を払い、階段を登りだした。

 1段、
 2段、
 3段…

 ギシリ、と階段が軋む音がした。
 うっかり強く踏んでしまったのか。
 気を付けないと…。
 ………
 ……いや?

 繰り返す。
 僕は細心の注意を払って階段を登っている。

「 」
 自然に呼吸が止まった。
 電気の点けられていない階段は真っ暗で、足を闇に浸けているようだ。
 どこかで雷の音が聞こえた。
 ゴロ…と猛獣のような低い唸り声。
 そう。
 嵐が来るのだ。

「 あ  」
 歩美先生は頭がおかしい。
 しかし同時に。
 頭がよく回る。

 閃光の様に雷鳴が、階段の闇を切り裂いた。


「隆さん、どこへ行くんですか?」
 僕の後ろにピタリと、歩美先生が張り付いていた。


「―――」
 躊躇いもなく、僕は中島歩美を階段から突き落とした。


694541:2010/08/03(火) 01:24:04 ID:L1G8XTku
今日は以上です
次も早めに出しにきます
では
695名無しさん@ピンキー:2010/08/03(火) 11:50:30 ID:xTKt0wrG
乙です
歩美センセ怖ぇww
696名無しさん@ピンキー:2010/08/04(水) 01:22:14 ID:nWRPmPMx
容量ヤバいか?
697名無しさん@ピンキー:2010/08/06(金) 01:12:10 ID:M6iVL5b6
取り合えず次スレ立てといた。

腹黒女が純真な男に惚れてしまうSS 第2章
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1281024655/l50
698由梨と上原先生:2010/08/06(金) 01:40:47 ID:fd07vpkh
17

 ゴッゴッゴッ
 背後から、人間が頭と体を強打しながら滑り落ちる音がした。
 それでも僕は振り返らずに、階段を駆け上がる。

 バリバリッ
「テメェ!」

 後ろで硝子の割れる音が聞こえ、罵声が耳をつんざくが、それをも無視して2階へ到達する。

 2階にはドアが4つあり、そのうちの1つが僅かに開いていた。
 そしてすぐ、異変に気が付く。
「ウッ」
 何か、強烈な臭いがする。
「ッ高坂!!」
 僕は胃から湧き上がる嘔吐感を抑え、僅かに開いたドアを開け放った。

 そして。
 僕は、一生忘れることの出来ない光景を見る事となる。


 強烈な腐臭で、一瞬にして鼻が麻痺する。
「げほっ…うっ…ヒクッ」
 高坂みるりはベッドの側で四つん這いになって、嘔吐していた。
「…ッ」
 僕自身も一気に胃がせり上がって来るが、歯を食いしばり目の前にあるモノを直視する。

 ベッドの下の収納棚の中に、死体が入っていた。

 が、髪が短い事から辛うじて男である事が判断出来るだけで、
男の体は部位という部位から肉が削げ落ち、目に見えて骨格が浮き上がっていた。
 僅かに残った黒く変色した肉の中からは、白い蛆が湧きかえり、
辺りには羽化した蠅が縦横無尽に飛び回る。
 とりどりの虫達の蠢く音色が細波の様に重なり、
生命誕生の「歓喜の歌」を、絶望的な様相で奏でる。

 正に地獄絵図が、そこにあった。

 何故この臭いに気が付かなかったのか。
 陳列された芳香剤が頭をよぎる。

 気の狂うような恐怖に駆られながらも、僕は高坂に手を掛ける。
 高坂の吐瀉物が足に触れるが、構わずに呼び掛ける。

「高坂!大丈夫か!」
「せっせんせ…ひぅっ…げぼっ…」
 高坂は目に涙を溜め、必死で僕の背広を掴む。
「コレっ…青柳…」
「喋るな!」
 僕は高坂の背中をさすりながら、目を背けたくなるのを堪え、死体を見つめる。

699由梨と上原先生:2010/08/06(金) 01:45:31 ID:fd07vpkh
 
 この死体は男だ。
 が、本当に青柳なのか。
 青柳に決まってる、早くこの場から出て行きたい。
 そんな気持ちを抑して、目を皿のようにして死体を観察する。

 目立った特徴などはない。
 服も肉と共に腐り落ちたのか、辛うじて背広を着ていると判断出来る位だ。
 背広…やはり青柳なのか。
 にしては、ここまで白骨化するなんて腐敗が早過ぎる気もする。
 夏だったからか?
 その時僕は、死体の側で、微かに光る小さなプラスチックを見つけた。
「…」
 恐る恐る拾い上げ、電球に透かして見る。
「…あ」

 ネームプレートには『桜井』と書かれていた。

「青柳じゃない」
「え?」
 初めて高坂が顔を上げた。



「高坂、部屋は全部見たのか?」
「みっみたよ…沢山あったから時間が掛かったけど…その分キチンと調べた筈だよ」
 漸く吐き気が治まったのか、もう吐くモノも無いのか、
高坂は涙を流しながらも的確に僕の質問に答える。

「でも…これがあった」
 高坂は吐瀉物の側に散らばる、ファイルや紙を指さす。
「これは…」
 それは、僕が探していた青柳先生の資料だった。
「歩美先生が盗んでいたのか…」
 という事は、やはり青柳先生も歩美先生の手に…。

「他に死体はなかったんだな」
「ない!ない!!」
 絶叫するように高坂は否定する。
「じゃあ出るぞ!」
 僕は高坂を抱き上げ小脇に抱え、階段を下った。


 ダッダッダ!
 階段を下りるとそこでは、同じく地獄絵図が繰り広げられていた。

「テメェぶっ殺すぞ!!」
「何で邪魔すんの?ねえ何で藤本圭君と糞女がココに居るの?」

 藤本が腕から血を流しながら、中島歩美の腕を掴んで背中に乗り上げていた。
 二人は、窓を破って侵入して来たのだ。
 襟沢は恐怖で涙をこぼしながらも、暴れる歩美先生の足を押さえていた。

700由梨と上原先生:2010/08/06(金) 01:50:00 ID:fd07vpkh
 
「先生!」
 振り絞るような弱々しい声で、襟沢が呼び掛けた。

「どうしたの!?何があったの!」
「二人ともそのまま押さえとけ!」
 藤本と目が合う。
 殺気立った目で藤本は、端的に問う。
「…青柳か?」
「居ない。桜井先生の死体があった」
 ヒッ、と襟沢が息を飲む。
 鼻がやられて匂いが分からないが、扉を盛大に開けて出て来た事で
腐臭が階下にも広がっているようだった。

「青柳は何処なんだ?オイ!!」
 ガンッ!
 最後の罵声と共に、藤本は思い切り歩美先生の頭をフローリングに打ち付ける。
「はぐぅっ!」
 奇声を上げ、歩美先生は体を仰け反らせるが、気を失った様子は無い。

「やめろ藤原!そんな事をしても歩美先生は話さない」
「隆さん…」
 僕の声に反応して、ズルリと歩美先生の頭が起き上がる。
 歩美先生は鼻血を垂れ流し、やはり幸せそうに微笑んでいた。

「歩美先生、青柳先生は何処ですか?」
 僕は怒りを殺し、必要な言葉だけを歩美先生の前に並べた。
「話の…続きでしたね」
 それに対し、歩美先生はよくわからない返答をする。

「話?」
「ほら、秋桜の話ですよ…」
「話を逸らさないで下さい!」
「さっきも『ちゃんと話してる』って言ったじゃないですか」
 歩美先生は、やはり真顔で僕に訴えた。

「あ」
「え?」

 出し抜けに発した間抜けな声に、藤本達が不審げにこちらを見やる。
 不意に僕の中で、彼女の言葉と言葉が繋がった。

 青柳と秋桜は関係が
 秋桜が綺麗だと彼女は

「秋桜、よく育ってましたね」
 歩美先生は歌うように、うっとりと呟く。

「きっと栄養が良いからですよ」

 僕は、握り締めていたネームプレートを取り落とした。

 歓喜に満ちた中島歩美の嬌声が、階下に響き渡った。


701由梨と上原先生:2010/08/06(金) 02:00:31 ID:fd07vpkh
 
 中島歩美を手持ちのロープで縛り上げると、僕は一目散に玄関へ駆け出した。

「高坂、とにかく警察に通報しろ!」
「あ、はい!」
「藤本は歩美先生を見張っとけ!」
「おい何処に行くんだよ!」
 藤本の問い掛けに、僕は簡潔に叫び返す。
「確かめにいく!」「私も!」
 思いもよらない所で襟沢が立ち上がった。
 
「襟沢、君は」
「お願い先生!」
 襟沢は混乱し、恐怖しながらも真摯な瞳を僕に向けていた。
 一瞬の逡巡の後、僕は無言で家を飛び出し、その後を襟沢が追った。

 ゴッ!!
 ザアアアアッ
 闇天の下、土砂降りの豪雨が僕を襲う。
 風に叩き付けられよろめく、が、それでも僕は走り続ける。
 
「っ!」
 後ろから手が伸びてくる。
「せんっ…せい!」
 それは白い白い、襟沢の手だった。
 打ち付ける雨の中、苦しそうな襟沢の手を取り、僕らはまた走り出した。
 一つの目的地に向かって。
 

 
 見上げた時、それはまるで巨大な墓石のように思えた。
 雨に晒され、闇が落ちる。
「学校…」

 呟く襟沢の手を引き、僕は裏門に回った。
 打ち付ける雨は激しさを増し、痛みさえ伴う。
 濡れそぼった髪をかきあげ、僕は鉄柵を握り締め、勢いを付けて門を乗り越えた。
「ほら」
 僕は内側から手を伸ばし、襟沢に足を乗せて踏み台にするよう指示する。
「うんっ」
 襟沢は小さな足を乗せ、飛び上がった。

「先生、どこに行くの!」
 襟沢の問い掛けに答えず、僕は一直線に用具倉庫へ向かう。
 ガラガラ…ッ
 偶然開いていた倉庫の中を、携帯のバックライトを頼りに物色する。
「あった」
 僕は土がこびり付いたシャベルを2本、取り出した。


 ザクッ、ザクッ、ザクッ…、ザクッ、ジャリッ

 規則正しいようで不規則な、土を掘り返す音。
 それに合わせ、荒い息遣いが耳に纏わりつく。
 咲いた秋桜はとうに、掘り返した土の下に埋まっている。

702541:2010/08/06(金) 02:05:26 ID:fd07vpkh
次スレ行きますねー
703541:2010/08/09(月) 23:43:33 ID:OmsDkxxX
541です
次スレに移るのが早過ぎてすいません

今回は、昔書いた「めいこと高坂」の短編を出します
短編というか、当時忙しくて続き書けなかっただけですが…w

一部の人しか知らないと思いますが、良ければどうぞ
704めいこの受難:2010/08/09(月) 23:48:53 ID:OmsDkxxX

「きゃっ?!」
「あっごめん!」

 手が不意に胸にぶつかった。
 それだけだった。
 しかしそれはソレを、決定的に感じさせる出来事だった。
「あ、うん大丈夫だよ」
「わっ悪い、痛くなかった?」
「だ、…大丈夫」
「良かった〜、ごめんな」
「…あー……うん」
「ん?どうしたの」
「えっ…いや」

 そう言う手は未だに私の右胸に置かれていて。
 その無意識の仕草に高坂本人が気が付いたのは、ひとしきり彼が謝った後だった。



「いやもう…無意識って、素直って、本当に怖い」
「めいちゃん独り言乙…」

 今日は中間試験の最終日。
 やっと地獄のような試験漬けの日々から抜け出した私は、久々に香織の家にお邪魔していた。
「今日高坂君と遊ぶ約束じゃなかったの…?」
「何かバイトが急に入ったみたい」
 話もホドホドに、お昼ご飯にと出された高級ステーキに必死で食らいつく私。
 そんな光景をよそに、「そう」と香織は涼しげな顔でダージリンを飲み干した。
 そこへ絶妙なタイミングで、お付きのメイドが追加の紅茶を注ぐ。

「それでめいちゃん…相談って何…?」
「………まあ、香織ごときには聞くまでもないような事なんだけどまあ一応参考に聞いてやってもいいかんじで聞くけど」
「高坂君奥手だから、Cまで行くのは難しいと思うよ…」
「う゛ぐっ?!」
 最後の一切れに思いっ切り喉を詰まらせる。
 散々咳き込み苦しみを味わった後、なかば腹いせに睨み付ける。

「お前は超能力者か!!」
「違う、観察力と情報量の勝利…」

 香織は相変わらずの様子でティーカップを机に戻し、言葉を重ねる。
「急にどうしたの…?やっぱり襲われ」「ち、が、う!!」
 それが無いから困ってるんじゃないか!!と口まで出掛かるが、堪える。
 そんな事言ったらそれこそ香織の思うつぼだ。
「それが無いから困ってるんだろうね…」
「もう何も突っ込まない…突っ込まないから」
 相談に乗って下さい。
 そう言った時、香織の目がキラリと輝いたのは、多分気のせいじゃないだろう。

705めいこの受難:2010/08/09(月) 23:51:52 ID:OmsDkxxX

 要するに、私は高坂の無意識アピールに死ぬ程当てられていたのだ。

 付き合って何だかんだで早半年を越え、それなりに手とかぎゅっとか…キ、キスとかも嗜んできた訳だ。
 でも私達はそこでピタリと止まってしまっていた。
 原因は多分私よりも高坂にあり、そしてそこへ彼が至る理由は至極簡単だ。

 『高校生にはまだ早い』

 恐るべき正論。最早論理の暴力と言っても良いだろう。
 いや、まだそれだけならいい。
 高坂がきっぱりパッキリバッサリ主張するなら私も進展への諦めがつくし、
そもそも私自身急いではないから、逆に安心出来た筈だった。
 しかし。
 純粋過ぎる、素直過ぎる高坂の本能は、本人が気付かない所で遺憾なく主張し始めていたのだ。

「…で?」
「む、胸…」
「もまれたの…?」
「ちがっ…触られてちょっとぷにょって!それだけ!」
「…それが無意識なの?」
「………うん……」

 とにかくタチが悪い。
 今回の事は流石に極端だとは言え、似たような事はここ暫く続いていたのだ。
「他は…?」
「…キスの時なんかえろかったり…たまに何とも言えない目で物欲しそーにこっち見てる」
「…」

 視線をふと逸らし、香織は考え込むように首を傾げた。
 と思いきや、具体的な質問が飛んできた。
「…めーちゃんはどうしたいの?」
「どうって」
「やりたいの、やりたくないの」
「ぶっ」
 アッサムを盛大に吹くが、香織の表情はピクリとも動かず、私を見つめている。

 ああ…アレはハッキリした答え以外は受け付けない顔だ。
 盛大に恥ずかしかったが、背に腹は代えられぬと、私は腹をくくる。
「…いよ」
「え…?」
「したい…かな」
「かな?」
「したいです!!」
 怒りと恥ずかしさから顔が熱くなるのを感じつつ、怒鳴りつけた。
 怖いけど、したい。………めちゃくちゃ怖いけど。
 高坂が求めてくれて、私がそれを差し出せるなら…答えてあげたい。
 何より私自身も、それを願ってるんだ。

706めいこの受難:2010/08/09(月) 23:54:15 ID:OmsDkxxX
 

「その心意気やよし」
 数秒後、香織は時代がかった奇妙な言葉を吐いた。

「…へ?」
 お前は今どの立場から物を喋ってんだ…?
 私の困惑をよそに、香織はおもむろに片手を挙げ、パチン!と指を鳴らした。
 途端に銀の盆と共にやってくるメイドの群。
「そんな迷える子羊にこれを授けます…」
「いやお前、何様?」
「折角画期的打開策を用意したのに要らないの…?」
「はいなんですか香織様」
 香織は無表情のまま、とんでもない提案をして来た。

「…じゃあね、めーちゃんは高坂君に襲われるように仕向けたらいいの」
「…」

 …その提案に一瞬考え込み、すぐに回答を出す。
「色仕掛けしたってアイツは絶対理性で抑えるし、そもそも私色気なんか無いよ」
 そう。大体からして、そもそも私自身に色気が不足している。
 私は今でも自分の事は超絶可愛いと思ってるが…いわゆるセクシーなタイプではないのは分かっていた。
 胸は大きいけど逆に童顔を強調されてる気がするし、小さな背は子供っぽさに輪をかけている。
 私が何をしようと、発情期でもあの高坂が何かしてくるなんて考えられない。
「私じゃ限界があるよ」
「『いつもの』めーちゃんならね…」
 香織は妙に含みを持たせ、メイドの一人に手招きをした。

「これ、何か分かる…?」
 メイドが持つ盆に乗っていたのは、ピンク色をした、2つの小さなプラスチックだった。
 一つはスライド式の調節ボタンが付いていて、もう一つは丸みを帯びた何の付属品も付いていない、シンプルな形をしている。
 何だろう?
 全く予想がつかず、素直に降参する。
「分かんない」
「じゃあめーちゃん、自慰って知ってる?」
「へあっ?」

「………………」
「何その声…」
 ………。
 ………………思わず変な声を出してしまった。
 …なんだって?
「よ…よく聞き取れなかったんだけど今なんて」
「だから自慰、通称オ」「わかった!!わかったから!!」
 聞き間違いではないらしい…。

707めいこの受難:2010/08/10(火) 00:00:16 ID:z/jkz/Fu
 
 聞き間違いではないらしい…。
 怒涛の勢いで疑問と困惑が噴出する。

「それが何の関係があるのよ!!」
「セクシーな要素が足りないなら補えばいい…」
「それがじっ…いと何の関係が」
「…セクシーに見えるのは、性的な欲求を高める要素を持っているから」

 めーちゃんが自分の外面である容姿や体が子供っぽいって言うなら、内面を魅力的にして行けばいい。
 自慰は女性フェロモン、つまり女の色気が最大に表れる時。
 表情を官能的にさせ、内面から女が溢れる。
「これを利用しない手は無い…」
「じゃっじゃあまさかこれは…」
「相田コーポレーションの最新技術を駆使して開発したローターだよ…」
 何やってんだ相田コーポレーション。

 胸中での突っ込みも虚しく、香織はおもむろにソレを私に手渡そうとする。
「ちょっ、こんなの要らないって!」
「明日はこれ付けて学校に来ること…」
「はぁ?!」
「だって高坂君がその様子を見てないと意味がない…」
 こいつ真顔でラリってる、絶対何かがおかしい。
 香織は考え込むように、ふっと宙に視線を逸らし、再度真顔で提案した。

「そんなに怖いなら今日は練習すればいいよ…」
「わ、私がそんなもん怖い訳ないじゃない!」
「じゃあどうぞ」
 ポン、と無情にも手渡されるローター。
「めーちゃんなら…全然怖くないよね?」
「…っ!」
 挑発に乗ってしまったと感じつつも。

 「使わなければいい」と心の中で弁解しながら、
とうとう私はソレを受け取ってしまったのだった…。

708めいこの受難:2010/08/10(火) 00:03:39 ID:z/jkz/Fu
 
「アイスクリームあるわよー」
「後で食べる…」

 お風呂からあがり、今日も今日とて色気も愛想もないトレーナーを着て息をつく。
「はあ…」
 今日は最低な1日だった。
 高坂とは遊べないし香織には変なもん渡されるし。
 チラリと例の物が入った紙袋を見やる。
 何故か保証書まで貰ってしまった…。

「…絶対使わないからな」
 そうだ、何もそこまでする必要なんてない。高坂だって必要以上に色気を求めている筈がないし、何だかんだできっと私みたいなのがタイプ(な筈)だ!

 ピロリロ。
「ん」

 不意に携帯がメール受信を知らせる。丁度バイトが終わる頃だから、相手は十中八九高坂だろう。
 案の定、開くと高坂からだった。
 今日も大変だったけど勉強になっただとか
次も頑張るだとか、生真面目な文章が並んでいる。
「そうだ…」
 文章を眺めていて、名案を思い付いた。
 もやもや考えてる位なら、この際高坂の好みのタイプを聞けばいいんだ。
 パチパチと携帯を操り、気負いなく送信してみる。

―――――――――
おつかれ〜。
急でなんなんだけど
、高坂君って好きな
女優さんとか女のタ
レントさんって居る

―――――――――

 よし、これで完璧。
 ちょっと遠回しだけど、これなら何を聞かれても誤魔化しがきく。
 高坂はなんて答えるんだろう…やっぱアッ○ーナとかしょ〇たんとか可愛い感じかな。
 もしかしたら「南さんだよ」なんて言ってくれたりして…。

 ピロリロ。
 数分後、意外と早く返信が来た。
 少しドキドキしながら画面を開く。
 果たしてメールにはこう書かれていた。

――――――――
安めぐみ
なんで??
――――――――

「………」
 絶句。した。
「…安…?」

「セクシーじゃん!!タイプ違うじゃん!!」
「おねえうっさい!」

709めいこの受難:2010/08/10(火) 00:07:47 ID:z/jkz/Fu

 妹の声も虚しく耳を突き抜け、愕然と事実に打ち震える。
 ………え?
 じゃあもしかして…無意識に我慢してるんじゃなくて…萎えてるのかな。
 ………。
 それって女としてマズくないだろうか…?

『セクシーになりたいなら努力すべき』

 香織の言葉が追い討ちのように頭をよぎる。
 私は、選択を迫られていた。



「んっ」

 自分でした事は…あるといえばあるけど、ちゃんとした事なんて怖くて一度も無かった。
 でも高坂の為なら…。
 思い切って下着の中に手を入れ、人差し指でそこを上下にさわさわと撫でてみる。

「ひあっ」
 緊張で更に敏感になっているそこは、指で触れただけでピクリと反応した。
「…っ」
 目を瞑って指を少し差し入れながら、触っていく。

 すり、すり。
「ふ…んん」
 段々とそこは熱を帯び、じわりと快感が生まれ始めている。

「あ…ふぁ」
 ちゅく、ぴちゃ。
 少しずつだが、とろとろと愛液がそこから溢れだし、指に絡み付き始めていた。
「ッ」
 そこで不意に高坂の顔が頭をよぎり、羞恥と興奮できゅうっとそこが締まって、更に指をくわえ込んでいってしまう。
「んん!…あっ」
 いつの間にかそこはくちゅくちゅと愛液にまみれ、音を立て。全体が痺れるような快感に包まれていた。
 下着は既に足首までズレ落ち、涙がうっすらと瞳に膜を張っているのを感じた。
「ふあ…もう…大丈夫かな」
 した事があるのはここまでで、ここから未知の領域だった。

 気持ちよさでボーっとする頭を何とか起こし、紙袋に手を突っ込み、ローターを取り出す。
 プラスチックの丸みを帯びた部分がピカリと輝き、一瞬躊躇が生まれる。

710めいこの受難:2010/08/10(火) 00:16:08 ID:z/jkz/Fu
 
 でも、これを入れたらもっと気持ちいいんだろうか…。

 高坂の為なのは確かだが、今の私はそれを忘れんばかりの快楽に捕らわれていた。
 呆然と指でそれをつまみ、ズプリと溶けたそこへと沈めていく…。
 ズブズブと異物が侵入していく感覚と、鈍い快感が体を突く。

「ひぅ…あ」
 中に埋め込んで、スイッチを手探りで引き寄せ、オンのボタンを押した。
 微かな振動音と共に、それは来た。

「ひああああっ!?」

 目の前が真っ白になる感覚と共に、強い快感が体を突き抜けた。
 ブブ、ブブブ…。
 振動は体の中心で小刻みに震えたり、うねるように動いたり、私の中を傍若無人に動き回る。
「そんなかき回したら…あふっ、ああっ!」

711めいこの受難:2010/08/10(火) 00:21:03 ID:z/jkz/Fu

 最早そこは痛い程熱を持ち、どろどろと幾筋もの愛液が糸を引いてベッドを汚していた。

「あっ…ああっ、こっ高坂君っ」
 絶え間ない快感が駆け上がるように登りつめる。

 気持ちいい、気持ちいい、気持ちいい…!!
「あああああっ!」

 そして私は。
 そのまま頭が真っ白になった。



 むくり。
 暫くしてから、激しい脱力感をおして、私はベッドから起き上がった。
 ばたばたと手を無作為に伸ばしてみるが、何も掴めない。
 それ以前に私は何を取りたいんだったか。

「………鏡」
 そう、鏡だ。
 ずるりと布団から抜け出し、大きな鏡がある化粧台の前に立つ。
 そこには自分とは思えない乱れた姿があった。
 髪はくしゃくしゃで、目はぼんやりと潤んでいる。
 頬は上気し、肌や唇はつやつやと艶めいていた。
 これは…。

「これいける!」

 これはどう考えても安っぽい!いやむしろ超越してる!
 うん、セクシー。完璧!明日はこれで学校に決定だろ常識的に考えて!

 …なんて妙なハイテンションで一夜を明かした私だったが…。
 我に返った翌日。

「………」
「おねえ遅刻するよ」
「…………」
「おねえ〜」
「あああああもう!」

 結局ローターを前にして、後悔と疑念に苛まれながら悩んでいるのだった。

712541:2010/08/10(火) 00:28:10 ID:z/jkz/Fu
以上です
文体で分かるかなと思ってたら誰にも突っ込まれないので…w
ずっと言いそびれてたんですが541=281です
その節はお世話になりました

由梨と上原先生も、またそのうち出しにきますね
では
713541:2010/08/10(火) 00:35:17 ID:z/jkz/Fu
あーまだ471KB…足りないですね
適当に埋めた方がいいですかね…
714名無しさん@ピンキー:2010/08/10(火) 01:05:02 ID:vhF+miKt
>>712
お疲れさん!
めいこと高坂はやっぱりいいな!
715名無しさん@ピンキー:2010/08/10(火) 12:41:31 ID:ik8BDZPO
おお待ってました!どんどんいってください
716名無しさん@ピンキー:2010/08/10(火) 22:22:19 ID:Csd/sI0+
以前突っ込んだら他人だったので、作者に迷惑をかけたので、自重してました。

GJ
717名無しさん@ピンキー:2010/09/20(月) 00:48:36 ID:+PyZKSH+
まだ埋まってない
718名無しさん@ピンキー:2010/09/20(月) 01:22:03 ID:1XKq1K/n
書いてみたいけど、題材として結構難しいよな。
腹黒だけど魅力のあるキャラ立てとか
719スレ埋め人:2010/10/24(日) 04:13:08 ID:YF4Ad702

【令嬢助手と長沢教授】


カツリカツリと響くヒール。
それは、ソファで昼寝をする僕の前でピタリと止む。
「…教授」
滑らかで、柔らかな囁きが耳朶をくすぐる。
あーうん、やっぱり彼女の声は癒されるなぁ。
うんうん、ずっとこうしていたい。この幸せな時をもう少し…あともう1限位。
「教授」
再度、彼女の声が耳元で囁かれる。
その調子でもう少し、子守歌なんかでも。
「ん」
「長沢教授」
顔に乗せた本が優しく取り払われる。
日光が瞼を突き抜けて意識を呼び覚ます。
闇に慣れた目が開かれ、眼前の彼女を捉える。

「うわっ!?」
彼女は鼻先の距離まで僕に顔を近付けて、ニッコリと微笑んでいた。
「近っ近いよ!!」
「教授、今日の1限の授業の件ですが」
目の端に栗色のウェーブが揺れている。
彼女は驚くべき近距離に完璧な微苦笑を浮かべ、同じ事をもう一度繰り返した。
「長沢嘉人教授、今日の、1限の、授業の件、ですが」
「あ、ああ。ちょっと昨日頑張り過ぎたせいでウッカリ寝過ごしちゃってねー
途中で起きたんだけどもう始まっちゃってるしもういいかってうああああああ!!!?」
突如頭に強烈な刺激が走る。
頭が追い付かず、何が何だか分からないまま悲鳴を上げ飛び起き、
一拍置いて自分が熱湯をダバダバ浴びせられている事に気が付く。

「ぎやあああ熱ッアッ、ちょ、あっつ!!!!!!!」
ダボダボダボダボ
「あら、ちょっと温め過ぎましたかね」
ダバダバダバダバ
「止めっ!!ちょっ!!マジで!!香奈子嬢ッ!」
チョロチョロ…

彼女、香奈子嬢は困ったような微笑みを浮かべたまま、
研究室の錆びたヤカンから熱湯を僕の頭に浴びせかけていた。

720下げるの忘れてごめん…:2010/10/24(日) 04:15:36 ID:YF4Ad702

「分かりました」
僕の必死の懇願に、ようやく彼女の手が止まる。
「なっなんで!!君ィ!熱湯て!!」
ビッショビショの白衣をバサバサしながら、僕は香奈子嬢に噛みつく。
「いや、昨日は研究室で徹夜されてお風呂にも入っていないだろうと思いまして…」
お風呂代わりに、カップ麺に使ったお湯の残りを少々。
と、全く当たり前の事のように香奈子嬢は頬に手をあてる。
「なんだそれ!!そんな風呂の入れ方何処で習ったんだよ!!」
「でも…お父様が『庶民にはこの様にして風呂に入る者が居るのだ』と」
「……」
「あの、もしかして、その様な方は居られないのでしょうか?」
「いや」
確かに居るっちゃ…居るなぁ。
『お父様』か…うーん成程、彼ならそう教えかねないなぁ。
一瞬の躊躇いの後、僕は言った。

「確かに居るね」
「ですよね!!」

パァッと香奈子嬢の顔が華やぐ。
笑顔を見てボンヤリ思う。
やっぱり香奈子嬢は可愛らしい子だなぁ。
「居るけど一部の人だけだし、僕はしないから。今後は止めてね」
「はい教授」
素直な彼女は、幸せそうにニコニコ微笑みながら言葉を続ける。
「それじゃあ、そろそろ2限の授業へ向かっていただけますか?」
「え?」

721名無しさん@ピンキー:2010/10/24(日) 04:19:27 ID:YF4Ad702

「お風呂も入った事ですし、準備もしておきましたから」
いや僕寝起きだし。
ていうかビッショビショのビッチャビチャだし。
今ちょっと歩いただけでバチャバチャいってたし。
「という訳だからせめてタオルを」
「ほらほら急いで教授、教授の素晴らしいお話を聞きたがってる
生徒さんがいらっしゃってますよ」
ガラガラ、ピシャッ
僕の抵抗もどこ吹く風、香奈子嬢は僕に資料を渡すや
研究室から僕を追い出し、扉を閉めてしまった。

意味が分からない。
「ちょっと香奈子嬢!!」
ドンドンと締め切られた扉を叩くと、僅かな隙間が生まれ
そこから香奈子嬢が少しばかり顔を出す。
「長沢教授…」
「おお香奈子嬢ようやく世間の常識を分かって」
「今日もお仕事頑張って下さいね、私…頑張ってる教授が大好きです」
ピシャリ
「」

今の行動に…思いを馳せてみる。
可愛い。
やっぱり香奈子嬢は…可愛いなぁ。
うん、もしかして今の台詞を言うのが恥ずかしかったから、僕を追い出したのかなぁ。
いや…天然でいじらしくて、可愛いなあ。
僕は何だか独りで納得してしまって、言われるがまま教室へと歩き出した。




教室に入ると何故か悲鳴を上げられた。
どうやらびしょ濡れだったせいで、不審者と間違えられてしまったようだ。
おまけにそのまま大学事務局に通報され、しこたま説教されてしまった。
香奈子嬢のとりなしがなかったらどうなっていたか分からない。
いやー、香奈子嬢には頭が上がらないなあ。


722:2010/10/24(日) 04:23:30 ID:YF4Ad702


ズルズルズルズル。
「ふむー」
ズルッ、ずばばば、
「うーん」
ゴクッゴクゴクッゴク
「香奈子嬢、カップ麺の汁が資料に…」
「ああっごめんなさい教授!!」


【令嬢助手と長沢教授2】


今や、僕の資料はドット柄状態になっていた。
味噌ラーメンだから、もろ茶色の。
「いや、いいんだよ。しかし香奈子嬢、君はカップ麺がやけに好きだね」
「長沢教授にこの庶民の食べ物を教えていただいて以来、すっかり虜なんですよ」
ちゅるちゅる麺を吸いながら、香奈子嬢は極上の笑みを浮かべる。

木々が風に揺れる、風が生徒達の喧噪を運ぶ。
秋晴れの空はポカポカした陽気に反し、からっ乾いた空寒い気温。
窓ガラス越しの日差しにウツラウツラしていると、ふと思い付いた事があった。
「そういえば香奈子嬢」
「はい」
「君のお父様は何の社長をしてたんだったかな?」
「商社です。海外で何だか怪しい兵器を販売しているんです」
聞かなきゃ良かった。

そうか…、彼はそんな職を生業としていたんだね。
今更にして、何の詳細も聞かずに君を助手にしてしまった自分の迂闊さを責めているよ。
いや、職業に貴賤は無いけどね。
…法律にも貴賤が無いからね。
「…ちなみにお父さん、外国人?」
「お母様はハーフですね」
「あっだからちょっとロリっぽくてハーフっぽい顔なんだ」
「……」
「……」
 大 失 言 。


「長沢教授」
長い長い沈黙の後。
慈母のような…妙に曖昧な笑顔を浮かべ、香奈子嬢がカップ麺から顔を上げた。
「そういえば私も聞きたかったのですが」
「あ、うんうん何だい?」
己の失言を挽回するべく、僕は3限を休講にする覚悟で彼女の質問に挑む。
「教授って何を研究されてるんですか?」
「」
想像の斜め上を行く質問が僕の脳にぶっ刺さった。

723名無しさん@ピンキー:2010/10/24(日) 04:27:10 ID:YF4Ad702

「香奈子嬢、君、僕の所に来てどの位経つっけ」
「半年と21日です」
「君にはどんな仕事を任せてるかな」
「授業に使う資料の整理・印刷。稀に研究のお手伝いもします。
スケジュール管理やお仕事のメールなども丸投げされています」
「ん?今何か言わな」「それがどうかされましたか?」
麗しい香奈子嬢は、マイセンのティーカップで食後の紅茶をすする。
どうかも何も、香奈子嬢よ。
「君、何も分からないまま仕事してたのかい?」
「はあ」
再び沈黙が降りる。
沈黙の隙間に風が吹き込む。
冷たい冷たい、冬の気配だ。
……。
いやいやいやいやいや。
「いやそんな訳ないだろう香奈子嬢。よく考えたら、自己紹介の時に説明したよ」
「そうでしたでしょうか、でも分からないものは分からないので説明していただけますか?」
一見傲慢な科白と裏腹に。
香奈子嬢は言葉と共にソッと僕の肩に触れ、朗らかに微笑んだ。
口元から白い八重歯が零れた。
「よし、答えましょう」
「どうせなので、当て物クイズにして良いですか?」
「…い、いいでしょう」


「教授は白衣を来てらっしゃいますね」
「うん」
「白衣は研究と関係がありますね?」
「いや、無い」
香奈子嬢は心底不思議そうに首を傾げた。
「…何故着てらっしゃるのですか?」
「普通に生活しているだけなのに、よく服を汚すからだよ」
何も無い所で転んだり、泥に塗れたり、この前は熱湯を浴びたしね。

「ならば、理系でなく文系ですね」
「そうだね」
香奈子嬢はクルリクルリと自身の髪を指で遊ぶ。
螺旋状にそれは回り、一瞬でほどけていく。

724名無しさん@ピンキー:2010/10/24(日) 04:29:28 ID:YF4Ad702

「ああ、分かりました。教授は哲学者なのですね」
「何処から哲学が出て来た」

「考え深くていらっしゃいますし…いつも何処か一点を見つめて深慮なさっている様じゃありませんか」
………。
それはね香奈子嬢、ボーッとしてるだけだよ。
今日のご飯何にしよーとか考えているだけなんだ。
そう僕が丁寧に説明すると、香奈子嬢は口に手を当て、ショックを受けたように箸を取り落とした。
(まだ食べていたのか)

「そういえば教授は文学部でしたね」
「何故そこまで分かっておきながら…」
「いえ、消去法で考えても文学部に辿り着きますわ」
「何故だい?」
「社会学者にしては社会性が無いようですし、経済学者にしてはお金に縁も興味も無いようですし…」
「そっそれで!!何だと思うんだい?」
もう何だかいたたまれなくなってしまって、僕は香奈子嬢の解答を促した。
「うふふ、私分かりました」
愛嬌たっぷりに香奈子嬢は僕を見つめる。
「文学者ですわ」
「違うね」
「語学者」
「違う」
「歴史学者」
「ブーッ」
「何だか面倒になってきましたわ」
「君が言い出したんだよ!!!!」

僕はいつの間にか両の目から、ハラハラと涙を流していた。
僕の心血を捧げた研究は何一つ、香奈子嬢の心を捉える事が出来なかったのだ。
その事が、何故か僕はとても悲しかった。

725埋まるまで書きに来ます。また次回:2010/10/24(日) 04:31:50 ID:YF4Ad702

「あらそういえば」
香奈子嬢はカップ麺の残り汁に白米をぶっこみながら、僕に報告する。
「次の日本人類学会、8月に変更になったそうですよ」
「何だって?急な話だな」
「あの南アフリカの少数民族の研究を発表なさるのですか?」
「そうだな…」
って。
「君、人類学者って分かってるじゃないか」
「当たり前ではないですか」
香奈子嬢は味噌汁ご飯みたいになった米を口の端に付けたまま、怪訝な顔で答える。
「なっ何で分からないなんて」
気色ばんで僕が声を荒げると、香奈子嬢は今日一番の麗しい微笑を投げかける。

「先程のお返しです」

そう言って、ちろりと真っ赤な舌を出した彼女。
「うん、それは仕方ないな」
その愛らしさに、僕は全てを一瞬で水に流した。



「しかし教授。私が教授が何を研究しているか知っていて、良かったですね」
「?」
だってあのままでしたら教授、
『理系でも無いのに白衣を着て、毎日ボーッとしてる、社会性も金もない大学にただ居る人』
になっている所でしょう?
「……」
僕はもう一度泣いた。

726:2010/10/30(土) 14:52:18 ID:j1s0Aaf4

「香奈子嬢、さっきから何をしているんだい?」
「教授宛のラブレターを燃しています」
「え?」


【令嬢助手と長沢教授3】


ジャングルの夜闇は深く、妖しい。
僕達はそんな帳の端っこにテントを張り、僅かな炎で虎口を凌いでいた。
ちろりちろりと燃ゆ焚き火。
焚き火の上にハラハラと舞う、
「…僕のラブレター?」
「ええ、それも熱烈な」
その繊細な指先を駆使して紙が裁断されていく、香奈子嬢はニッコリ微笑んだ。

獣の鳴き声が不意に空気を揺らす。
ザワザワと森一体が、生命体の様に蠢く。
「香奈子嬢。今一度、僕達の状況を説明してくれないか?」
「はい。私達は教授の研究で、ジャングルにやって参りました」
「うん」
「が、しかし教授の独創性のある方向感覚により、私達はジャングルの中で迷ってしまいました」
「うん…」
「幸いにも、この様な事があろうかと私がアウトドア用品一式を携帯していた為、
こうして火を炊きカップ麺のお湯を沸かしているのが現在です」
香奈子嬢の横顔が、柔らかな光に照らされる。
その瞳がレンズのように炎を反射して、ピカリと光を放った。
こんな時でも彼女は綺麗だな、と何となく思った。

ビリリ、ビリリ
紙の破れる音で我に返る。
「そうだ。それで何でこの事態に、こんな場所で、僕宛のラブレターを」
「燃やす物が要ると思いまして」
キョトンとした顔で香奈子嬢は、容赦なく2枚目も破り捨てる。
ああ…天然だなあ。
「そもそも何で君が僕のラブレターを持ってるんだ。
人の物を。それに一体それは誰からの」
「これは火曜2限の生徒さんのものです」
香奈子嬢はフッと僕の顔を見つめ。
「教授はロリコンなんですか?」
「なっ!そっそんな訳がないだろう!」
「なら、読まずともよろしいのでは」
「かと言って無視するわけにも行かないだろう!」
「大丈夫です。今までラブレターをしたためて来られた生徒さんには、私が対応致しましたので」
「ああそれなら…って何で君が!」
と、納得しかけて僕は慌てて首を振る。
「大丈夫です。皆さん、納得していただけましたから」
何が大丈夫なのか、香奈子嬢は鷹揚に頷き、ハラハラと紙片を撒き散らす。
「まあ皆さんには、少しばかり痛い目に逢ったり、社会的に地位を脅かせたりしましたが…」
「ん?何か言ったかな?」
「いえいえ…独り言ですわ」

727名無しさん@ピンキー:2010/10/30(土) 14:54:10 ID:j1s0Aaf4

「しかし何で君がそんな事を…」
呆れて僕は紙片を手に取る。
紙片には辛うじて、軽薄なハートマークが見て取れた。
「それは、私が教授の事が大好きだからですわ」
「えええええええ!???そっそれはまさか、こっ告は」
「…なんちゃって☆」
テヘッと赤い舌を出す香奈子嬢。
ま、全く心臓に悪い…。


「寒いですね。何か毛布はありましたっけ」
不意に、香奈子嬢が呟いた。
毛布…そんな物はさすがに無かったよな。
じゃあ仕方ないという訳にもいくまい。
僕の大切な香奈子嬢が風邪を引くなんて、許されるはずがない。
「ああ、ならおいで」
「えっ」
僕が両手を広げると、香奈子嬢はポトリと箸を取り落とした。

「あっえ、それは、あの」
常の静かで穏やかな姿は何処へやら、香奈子嬢はあわあわと手をばたつかせる。
「こんな時は人肌が一番なんだ。さあ」
「ああ…あの、はい…」
呆然と、といった様子で、僕の手に触れる香奈子嬢。
すべすべした、柔らかな肌が僕の肌に触れた。
とすっ
手を引くと、香奈子嬢はバランスを崩し、ストンと僕の膝に腰を落とした。
思ったより随分軽い。
「あ……」
僕はバランスを整えようと、香奈子嬢の腰に手を回し、すっぽりと僕の体の中に彼女を収めた。
「どう?」
じんわり、温かさが伝わる。

728また次回:2010/10/30(土) 14:55:44 ID:j1s0Aaf4

「……」
香奈子嬢は微動だにしなかった。
しかし暫くすると状況に慣れたのか、キュッと僕の白衣を掴み、顔をそっと胸に押し当てた。
甘えられているようで、何だか気恥ずかしかった。
「温まったかい?」
「…人肌は遭難時には有効ですからね」
「そうだな」
香奈子嬢は安心しきった子供の様に、僕の中で体を丸める。
何となく、本当に何となく。
僕は、彼女の小さな頭を撫でた。


闇は深く、得体が知れない。
ちっぽけな僕達は身を寄せ合って、只、其処に居る。
「嫌がらせで遭難させて良かった…」
「ん?今何か」
「いえ…」
ちろちろと炎が燃える。
ジャングルの夜が更けていく。


729名無しさん@ピンキー:2010/10/31(日) 14:27:34 ID:lqBnjdRW
うおおおおおめちゃ投下されてるじゃないか!
前スレだったから今まで気付きませんでした。
>>719-728 GJっ過ぎる!続き待ってますよ!!
730:2010/11/01(月) 23:59:56 ID:Hnb+FfGl

【令嬢助手と長沢教授4】

「……」
「まあつまりアレだ。確かにお前の研究は素晴らしいよ、その凡庸さ、無害さがお前という人格を表してるよな」
「…ああ」
「おっとソコに居るのは麗しの安斎香奈子嬢じゃないか?お久しぶりですどうぞどうぞ」
「どうぞって、此処は長沢教授の研究室ですが…」
香奈子嬢は何とも微妙に絶妙な顔をして、虎ノ門影雪教授の前に緑茶を置いた。


今日は珍しく、研究室に来客があった。
客は全く珍しくもない、腐れ縁の虎ノ門影雪教授。
僕の様にしみったれた大学の教授でなく、某国立大で若くして教授に成り上がった遣り手研究者。
虎ノ門は月に2・3度、突如やって来ては壮絶な無駄話をして、竜巻の様に去っていく。
それもこれも、僕と虎ノ門が大学時代の友人であるからなのだが……
「香奈子ちゃん、こんなダサ男の研究室なんて辞めて、俺の所へ来なよ」
白衣を雄孔雀のようにバサバサさせて、軽口を叩く虎ノ門。
「何を仰っているのか。ここを紹介して下さったのは虎ノ門教授ですよ?」
もう一つ、彼はこの研究室に縁を持っている。
何を隠そう、香奈子嬢を僕に紹介したのは彼なのだ。

「そりゃー俺だって手放したくは無かったよ。こんな可愛くて性格が極悪うぎゃ」
ゴン!
「ああっ!大丈夫ですか!?つい手が滑って!!」
「……」
香奈子嬢がウッカリ手を滑らせたお陰で、虎ノ門教授は緑茶塗れになっていた。
「すぐお拭きしますわ!」
そう言って、真っ黒な雑巾で虎ノ門教授の顔をゴシゴシ拭き出す香奈子嬢。
「いやー…良い性格だよ」
「だろ?良く気の付く本当に良い子だよ」
僕の言葉に、何故か虎ノ門はビーカーを投げつけてきた。

731名無しさん@ピンキー:2010/11/02(火) 00:01:34 ID:rdkfp6OW

「で、今日は何の用なんだ。生物学のカリスマ教授様」
「ふむ。まあいつも通りお知恵を拝借ってトコだな」
「あらそうだったのですか。余りに悩みのなさそうな面構えでしたので、
また世間話でもされに来たのかと思いました」
香奈子嬢の何気ない一言に、やはり苦笑いを浮かべる虎ノ門。
「研究室にな、またキナ臭い奴が入り込んでるみたいなんだよ」
その言葉に僕は思わず顔を歪める。
「何だ…。またいかがわしい仕事に首突っ込んでるのか」
「金になるからね。金の為なら何でもござれ」
「キナ臭い方でなければ、お父様とご縁は作れません」
香奈子嬢は蔑んだような視線を虎ノ門に向ける。

「資料を複製した跡や、夜間侵入した形跡もある」
「どうやら、研究室内部の人間みたいですね」
香奈子嬢の言葉に、虎ノ門の片眉が上がった。
「何で分かる?」
「そこまでされたら普通、警察に通報しますよ。身近に心当たりがあるから教授の所に来られたんですわ」
「まあ、余り深くサツの世話になりたくないのもあるがな」
カラカラと虎ノ門は快活に笑った。

助手の吉岡ナオ、事務員の重田寛、助教授の江村昌幸。
「この3人が怪しいと思ってる」
「理由は?」
「この3人位しか俺の部屋と研究を把握していないし、研究室の合鍵を持っている。それぞれ俺に不満を持っている」
むしろ君に不満を持っていない人間を探す方が困難じゃないのか?
「そう言うなよ」
虎ノ門は香奈子嬢の煎れた緑茶を飲み干し、甘ったるそうな饅頭にかぶりついた。
「俺の勘だが、何となく最近あいつらの様子がおかしい」

732名無しさん@ピンキー:2010/11/02(火) 00:03:07 ID:rdkfp6OW


2つ目の饅頭に手を伸ばす虎ノ門。
「まず、助手の吉岡は曲がった事が嫌いな堅物女だ」
若くて割と可愛い癖にブスッとしてて、俺が引き受けるヤバ目な仕事にイチャモン付けて、毎回喧嘩になる。
「事務員の重田とは、20年来の犬猿の仲だ」
大学在籍時代から目を付けられて、備品の管理や光熱費やら、毎回喧嘩になる。
「助教授の江村は、俺が失脚するのを虎視眈々と狙っている」
この前も喧嘩したばかりだ。
「喧嘩をせずには居られないのですね…」
憐憫の眼差しを向ける香奈子嬢…。

僕は早々に視界進行役に回り、話を促す。
「つまりその3人の誰かが、情報を流してるんじゃないかと?」
「どいつもこいつもきな臭い上、3人共喧嘩したばかりだ」
「どんな喧嘩を?」
香奈子嬢はコポコポと、虎ノ門の湯のみに茶を継ぎ足す。
「最近吉岡の顔色が悪い。寝てないようだったから聞いてみたら
『料理にハマってて、遅くまで作ってる』
なんてぬかしやがって。説教してやった」
「事務員は最近やたらと俺のタバコの注意をしてきやがって、禁煙だの病気の元だの。それでだ」
「助教授とは酒の事で喧嘩になった。アイツ下戸だからって俺の事『能なし酔っ払い』とか言いやがったからコレだよ」
と、拳骨を見せ付ける虎ノ門。
「ふぅん」
と、麗しい唇を尖らせる香奈子嬢。

「ちなみに、今やっている研究はどんなモノですか?」
「今は国からの頼まれ事で、ちょっとしたサンプルを糞程作ってる。気の遠くなるような単純作業だ」
あと1ヶ月は掛かるな、と虎ノ門は顔を歪める。
「ふぅん」
と、香奈子嬢。
「あ」
その時僕は気付いた。
僕は鈍感で頭が悪いから、誰が裏切り者なのかなんて全く検討がつかない。
だけど、全く話の違う事に僕は気が付いた。
「虎ノ門、そういや君」
「そういえば虎ノ門教授。今日は何日でしたかしら」
僕の質問を遮り、香奈子嬢が質問をする。
「今日?11月2日だろ?」
「それが分かっているなら早く研究室にお帰り下さい」
「帰れ…だと?」
その言葉にプチプチ…と虎ノ門の頭の血管が千切れていくが、
香奈子嬢は全く動じず、注ぎ直した湯呑みを掲げると。

ジャバジャバジャバ
「っっあっっっっっつ!!!!!!!!」
虎ノ門教授の頭にぶっかけた。


733名無しさん@ピンキー:2010/11/02(火) 00:04:51 ID:rdkfp6OW


………そして。

『二度と来るかこんな研究室!』
という言葉を残し、虎ノ門影雪教授はやはり疾風の様に立ち去っていった。
僕は呆然と、香奈子嬢を見つめる。
「か、香奈子嬢…何故」
「手がまた滑ったんです」
申し訳なさそうに顔を伏せる香奈子嬢。
泣いているのだろうか、肩がピクピク震えている。
嗚咽をかみ殺しているらしく、時折「クッ…笑え…フフッ」と切ない泣き声が聞こえてくる。
そうか、本当にウッカリだったのか。虎ノ門には後でフォローしておかないと。
僕の独り言は兎も角。
僕は香奈子嬢に聞いた。
「香奈子嬢、もしかして真相分かった?」


香奈子嬢はニコリと微笑み、断言した。
「分かりますよ。どう考えても虎ノ門教授は皆さんに好かれていますから」
好かれてる?彼が?
「しかし君も聞いただろう。彼はあの3人とは喧嘩ばかりだと」
「喧嘩する程、仲が良いんです」
香奈子嬢は会議の進行役の様に、理路整然と言葉を述べる。

「まず虎ノ門教授と3人は、そもそも嫌い合ってはいません。むしろ気に掛け合っています」
「しかし今の話には」
「大体3人の喧嘩の内容を思い返して下さい」
「……」
「教授は吉岡さんの顔色が悪いと『心配して』声を掛け、重田さんは禁煙しろと体を『気遣い』、
助教授は生意気な口が聞ける程、『気安い』仲です」
「…成程」
「お互い不器用だから、言葉と気持ちが行き違うのでしょうが」
香奈子嬢は呆れたように肩をすくめ、ふと口調を変える。
「そんな3人が不審な行動を取り出す。知らない間に研究室に変化が起き、
助手は寝不足に、助教授はいきなり自分は飲めない酒の話を持ち出す」

「そして来る11月2日」
今日は何の日ですか?
女神のように微笑む香奈子嬢を前に、僕は自然と、先程言いそびれた言葉を口にしていた。
「今日は…」

734名無しさん@ピンキー:2010/11/02(火) 00:07:40 ID:rdkfp6OW

後日。
真っ赤なリボンが掛けられた一升瓶とニコレットガムを両手に持って、
バースデーケーキを食べさせて貰っている笑顔の虎ノ門の写真が、携帯から送りつけられてきた。
すぐ側には、1ヶ月は掛かると思われていた数百のサンプル資料が、整然と置かれている。
何だか羨ましくなるような光景だった。

余程意気投合したのか、冬には4人で温泉旅行に行くらしい。
僕らも行ってみるかい?と水を向けると、
何故か香奈子嬢は顔を真っ赤にして、湯呑みを取り落とした。


735名無しさん@ピンキー:2010/11/02(火) 13:12:23 ID:nJgoKGoS
GJ
736名無しさん@ピンキー:2010/11/03(水) 22:44:56 ID:kUV8TTqd
イイヨーイイヨー
737名無しさん@ピンキー:2010/11/03(水) 22:49:30 ID:sb9QinUl
>>734
なんで湯呑み落としちゃったのかなぁ〜?w
ニヤニヤしてしまいますなw
738名無しさん@ピンキー:2010/11/04(木) 21:56:49 ID:uYDp8QW+
温泉旅行、ぜひ行ってくれ!
739名無しさん@ピンキー:2010/11/05(金) 13:44:06 ID:vjRSR5Po

夜光虫が張り付いている日本に居ると忘れがちな事。
夜空というものは本領を発揮すると、手の施しようが無く美しい。
ダイヤモンドを砕いて一面に散りばめたような、闇に燦々と輝く夜空。
僕は眼前の美しさに、ただ圧倒されていた。


【御令嬢と長沢青年】


同級生達が寝静まった頃、目が冴えてしまった僕は、懐中電灯片手に1人テントを抜け出した。
案の定夜は静かに最高潮を迎えていて、僕は興奮を抑えながら、慎重に歩を進める。
空を見上げながら歩いていると、光の粒が目にどんどんと飛び込んでくる。
生乾きの緑、異国の風の匂いが闇に溶け込む。
すると、まるで自分がこの情景の一部として溶け込んでしまっている様な、奇妙な感覚に襲われた。

僕は状況に酔い、更に歩を進めていく。
すると、何やら光の灯っている箇所があった。
そしてその輝きの中に、人影のようなものが見て取れた。
…原住民だろうか?
僕は気持ちの赴くまま、光の元へ向かっていく。
ガサリ、ガサリ。
そして、その距離が縮まるにつれ、僕は次第に先程とは違う高揚を感じていた。

ガサリ。
人影が振り返る。
其処に立っていたのは、世にも綺麗な少女だった。

少女はランプ型の電灯を地面に置いて、星を観賞していたようだった。
「き、君は」
「……」
僕は驚愕すると共に、胸の躍動が押さえられなかった。
顔付きから見て、どうやらアジア圏の人間のようだった。
こんな海外の森の果てで、同じ人種に出会う事自体驚くべき事である。
「うわ」
なのに彼女と来たら東洋一、いや世界一と断言してよい位の美しさを持ち合わせていたのだ。
肩で切りそろえられた黒髪が風に揺れる。
少女の大きな黒い瞳が僕を射抜く。
「……」
彼女は僕を見つめるばかりで、何も言おうとしない。
僕が、話しかけなければ。
この計算し尽くされたかのような、幻想的シチュエーションに相応な言葉。
僕は口を開けたまま必死で頭を働かせ、今掛けられる最上級の美辞麗句を投げかけた。
「こ、こんばんは。今日は良い夜ですね」
「貴方は一体どなたですか?人を呼びますよ?」
そして玉砕した。

740名無しさん@ピンキー:2010/11/05(金) 13:47:11 ID:vjRSR5Po

「すいませんでした」
「何故、謝るのですか?」
一瞬にして幻想的なムードが霧散する。
後に残ったのは少女の疑いの眼差しと、22歳の青二才。
というか彼女、日本人だったのか。

「…貴方の身分と5W1Hを述べて下さい」
そして少女は無表情のまま、ピシリと指を突きつけた。
「えっ?え、と」
僕は挙動不審になりながらも、言われるがままに質問に答えていく。
「長沢嘉人22歳、大学生です。昨日からこの地域に、
ゼミの仲間と、研究を兼ねた卒業旅行を、フラフラとやっております」
答えた。
愚直なまでに忠実に要望に応えたが、彼女の反応は今一つだった。
「ふぅん」
「あの、君は?」
「私はカナコ」
カナコ。やはり日本人のようだ。
「今年で11歳です。お父様と一緒に来ました」
「お父さん?お父さんはどうしたの?」
「近くの施設に居ます。私は夜空が見たくて、コッソリ」
成程。父親の単身赴任か何かで一緒に付いてきたんだな。
少女は僕の間抜けな所作に毒気を抜かれたのか、
小さく溜息を吐くと徐に地面に寝転がった。

「服が、君汚れて」
「良いのです。長沢さんもどうぞ」
カナコの奇妙な薦めに僕は言われるがまま、彼女の隣に寝そべった。
「わあ」
「星が綺麗でしょう」
夜闇がトロリと流れ込み、チカチカと光の砂粒が眼球で弾ける。
「うん」
僕らは暫く黙って空を眺めていた。


「…しかしこんな密林の側に施設なんて、あるのかい?」
「はい。内外には極秘で立てられた軍事兵器開発研究所ですから。この様な場所になってしまったようです」
「ん?ぐんじかいは…?」
「いえ、忘れて下さい」
カナコは強張った顔で呟くと、視線を夜空に戻す。
僕は何の気なしに、質問を投げかける。
「何故君は、僕を誘ってくれたんだい?」
「ハイ。私は長沢さんがロリコンの変質者と見込んで、貴方に変態行為をされるのを待っているからです」
「へぇそうなんだ…ってえええええええええええええ!!!!!??」
余りにも衝撃的な言葉に、僕は静寂をぶち破り奇声を上げた。
ああ言われて見ればカナコさん、
只寝そべっているというより、まな板の鯉のような決意溢れる眼差しをしている!

741名無しさん@ピンキー:2010/11/05(金) 13:49:20 ID:vjRSR5Po

「なっ、ななななっ」
「大丈夫です。貴方が手を出した瞬間。此方の『犯殺ブザー』が火を噴き、
貴方は駆けつけたセキュリティーに捕縛されますから」
「全然大丈夫じゃないよ!何だって襲われる為に居るんだい!」
「……私の性格が悪いからです」
ぷい、とカナコは僕から視線を逸らす。
「性格なんて。君は素敵な子じゃないか」
「性的な意味で、ですか?」
「誰が君にそんな言葉を教えたんだ」

カナコは妙に大人ぶった仕草で、髪をかきあげた。
その表情は強ばっている。
「私は性格が悪いから、お父様はこんな事でもしない限り…構ってくれません」
「……何で君は、自分の性格が悪いと思うんだい?」
「見ず知らずの他人を利用して自分の目的を達成しようとしている時点で、腹黒くはありませんか?」
「いやそれは君がお父さんを思う一心で」
「自らの明晰さを誇り、周りのクラスメイトを小馬鹿にしていてもですか?」
「いやいや」
「この前ボディーガードのジェリーに悪戯を仕掛けて、熱々のお汁粉まみれにさせていても?」
「…う、…うん」
何ちゅう事をしているんだ彼女は。


不意に風が吹いた。
草木がざわめき、うねる。
「思うのです。何故私にはこんな醜い感情があるのだろう。人に優しくなれないのだろう、と」
いつの間にかカナコは、星空を見つめながら涙を零していた。
それを見て僕は思った。
「君は良い子だね」
「……ロリコン変質者さん。今の私の話を聞いていましたか?」
「まずその不名誉な称号を取り去ってもらいたい所だが、カナコちゃん。
はっきり言ってお父さんは君のことが大好きだ」

742名無しさん@ピンキー

僕の言葉に、カナコは余程ビックリしたのか、目をしばたかせた。
「何も知らない癖に、何を根拠に」
余裕なくカナコは、矢継ぎ早に発言の意図を追及してくる。
「うん、君を見ていたら分かるよ。きっと良いお父さんなんだろう」
「そんな非科学的な…」
「一度自分から言ってみなよ。『休みを取って、遊んで』って」
「……」
僕の言葉に彼女は黙り込む。
「言った事がないんだろう?」
「でも性格は」
「君は良い奴だよ。現に『犯殺ブザー』も押されていない」
「でも私は悪い人間だから…」
カナコは小さな己の体をぎゅっと抱き締める。
「あのさ」
僕は、そっとカナコの頭を撫でた。
「物事の善し悪しは、他人や社会が決める事じゃない」
「じゃあ」
「自分で決める事だ」

「……っ」
「自分に対して抱いている嫌悪感が、君を『悪人』にしている訳だろ?」
星が巡る。光が瞬く。
「自分の中に『理想』があるのなら、それを実践してみればいい。
それがダメだったら、自分の本当の気持ちを塞がずに、理想に沿う自分なりの方法を見つけ出せばいい」
カナコは口を開けて、まじまじと僕を見つめる。
僕もそれに負けじと見つめ返す。
「自分の『正しさ』に納得がいくように生きるだけだ。それだけなんだよ」



話終えると、カナコは静かに立ち上がった。
「…超ロリコン変質者さん。ありがとうございました」
「君、頼むから名称に改良の余地を」
「変質者さんが言ってくれた言葉、実践してみます」
カナコの顔は心なしか明るかった。
「健闘を祈る」
僕が笑って答えると、不意にカナコはニコリと微笑んだ。
「じゃあ、早速実践してみますね」
その笑みは本当に魅力的で、僕はうっかり見とれて。

ちゅ
その間隙を突いて、カナコは僕の頬にキスをした。