嫉妬・三角関係・修羅場系総合SSスレ 講和(50)条約
俺と沙羅は、エロ猿になった。
「ん……んふ……」
もちろん、沙羅に無軌道に欲望をぶつけたりしないよう自重をしているつもりだったが。
「浩介……、どうした? さわらないのか?」
「う……、そのさ、なんか沙羅に悪いような気がしてさ。エロいことばっかりしてるからさ」
昼休み。人気のないクラブ棟の予備室。沙羅は大胆にも俺の膝の上に座って、そして俺は沙羅に口移しで昼飯を食べさせられていた。
沙羅が言っているのは、俺が沙羅の胸を触らないのかということだ。
……誰がなんと言おうと、俺たちが爛れきっているのは間違いなかった。
「私は、浩介に触ってもらえるのがうれしいんだ。浩介がおそるおそる私に触ってこようとするときなんて、抱きしめたくなるんだぞ」
「いや、まあ、そのさ、エロイことばかりしていると、女の子が「私の体だけが目当てなの!」って怒るって聞くからさ。
俺は、エロイことばかりじゃなくて、ほんとに沙羅が好きだから……」
そこまで言うと、またもや俺の顔は胸の谷間に挟まった。というか押しつけられて、息が苦しくなる。
「……浩介っ! うん、わかってる。わかってるから。……ね、浩介。今日はだいぶん痛まないから、私の中に……」
どうにもまた沙羅が「いってしまった」らしい。沙羅は何かの拍子にスイッチが入ると俺をすごい勢いで抱きしめる。
なんでも精神的に「いってしまう」らしい。
いつもは絶対零度のクールさなのに、俺といるときはこんな風に暴走することが多かった。
しかも動かすとまだ痛いらしいのに、その……入れることを……求めた。かえって俺が心配になるほどである。
けれども彼女自身は痛くても入っているとなにか満足するらしい。
そこのところは、俺にはよくわからない。
それはともかく、だ。俺は最大限の精神力をふるって、魅力的な柔らかいふくらみから頭を引きはがした。
「いや、沙羅、それって学校でSEXだろ。まずいって」
「うん、でも、浩介が苦しそうだし、私の中で出してほしいし」
「さすがにさ、見つかったらまずすぎるからさ、沙羅。 今はいっぱいキスしてあげるから我慢してくれ」
「ん。でも帰ったら……ね」
その唇に軽くキス。残念だが彼女の期待に添える言葉が言えないからだ。
「……ほんとに悪いんだけど、今日は実行委員会の日なんだ」
「じゃあ、待ってる。浩介の部屋で待ってるから。……そうだ、今日のお母様の勤務は?」
「えと、夜勤だったかな?」
けなげなことを言う沙羅が、思いついたようにお袋の事に話を飛ばした。俺のお袋は看護師をしている。
「じゃあ、私が夕食も作る。一緒に食べよう?」
沙羅のお袋への紹介は、あの後次の日にした。お袋も沙羅をわりと気に入ってくれたようで、沙羅はちょくちょくうちにくるようになった。
「それはありがたいけど、あんまり遅くまで待ってちゃだめだぞ。沙羅のおばさんに、申し訳ないから」
「母さんにはちゃんといっておくから、ね」
「わかった」
そして欲情抜きで100%の愛情を込めた口づけを沙羅にした。沙羅の顔がうれしそうに輝くのをみて、俺も心が温かくなる。
その途端、そんな俺たちを引きはがすかのように携帯電話が鳴った。
「浩介! いったい、どこにいるのよ!」
「み、美那?」
「実行委員の事前打ち合わせしたいのに、休み時間になればどこかいっちゃうんだから! とにかく、実行委員会室まですぐ来て!」
耳を電話から十五センチ話しても、ゆうに聞こえるキンキン声が響く。
沙羅が音を立てずに俺の頬にキスをした。
「わかった、わかった。すぐに行くよ」
「ほんとにもう。三分で来て!」
「三分は無理だけど、すぐ行く」
通話を終了し、肩をすくめる。
「というわけだ。ごめんな」
「だいじょうぶ。……でも浮気はだめだぞ」
「おいおい。そもそも美那が相手にしてくれないよ。俺を男としてさえみてくれてるかどうか」
軽口を叩いただけなのに、沙羅は目に少し屈託の色を浮かべた。まだ気にしているらしい。
「沙羅はほんとうに心配性だな。少女漫画じゃあるまいし、三角関係なんかそうそうないさ」
俺はそういうと沙羅を促して、クラブ棟を出た。そして沙羅は別れるときまで笑顔を浮かべなかった。
「おそーい!」
実行委員会室、という名になっている使用されていなかった教室にたどり着くと、その声で出迎えられた。
「俺にだって大事な用事はある。三分でいけないって言った」
「どうせ、宇崎さんといちゃいちゃしてたんでしょ」
美那のあまりに図星な指摘に、たぶん、俺はぎくりとした顔をしていたに違いない。
俺の表情を読んだ美那が、さらに不機嫌になった。「沙羅で」不機嫌になったかも知れない
「と、ともかく必要品の計算とかからやろう」
あの衝撃のロングホームルーム、その次の日、コスプレ喫茶は、割とあっさりと実施が決まった。
たぶん他の奴はその他の案を持っていなかったに違いなかった。
なんといっても、仮装をする以外は喫茶店である。手軽と言えば手軽だった。
とんとん拍子にスタッフが決まり、必要物品の手配と予算の申請が急務だった。
上級生に頭を下げて借り出した、前年や一昨年の喫茶店をやった時のデータをみながら、買い出すものなどをピックアップしていく。
すぐに時間が経ち、午後の授業開始が迫った。
「ねぇ?」
ぽつりと美那が声を掛ける。
俺は顔をあげた。美那は視線を合わせず、窓の外を見ながら呟いた。
「浩介はさ、私のこと、好き?」
少しだけ心がざわめく。だがすぐに落ち着かせた。
「好きさ。幼なじみとして」
それきり沈黙が落ち、俺はノートに視線を戻す。
「浩介は、私のことを見てくれなくなったんだね。前はもっと私のことを見てくれたのに」
はっとして再び顔をあげる。美那は相変わらず外を見ていた
「どういう意味?」
「言葉通りだよ」
俺の質問に間髪入れず答が返る。
「美那は喜多口と付き合うようになったから、人の彼女、あんまりじろじろみてちゃ悪いと思ってさ」
「嘘」
少し考えて口に出した答は、即座に否定され、俺は言葉に詰まった。
チャイムが鳴り始め、美那が俺に顔を向ける。
「泥棒猫が浩介をとったから、だよ」
その言葉で俺は息が止まった。
「美那っ!」
「浩介が好きだったのは、私だったのに」
美那の目が、光を吸い込むかのように、暗く輝く。
「今なら、許してあげる。私も、浩介にいっぱい悪いことしたから」
「なんのことだよ」
「今、私にキスをして、泥棒猫と別れるって誓ってくれたら、私、浩介の浮気を忘れる。そして今度こそ浩介の良い恋人になる」
「う、浮気って、なにがだよ? いや、いい恋人ってなんだよ、それ!」
「せっかくやり直すチャンスを作ったんだよ? 私も浩介が好きだってやっとわかったから、だから二人は今からやり直すんだよ?」
「……うそ……だろ?」
「嘘? 何を言ってるの、浩介?」
美那が重力を感じさせないような仕草で起ち上がる。
「浩介は悪い女にたぶらかされたの。あれほど別れなさいって言ったのに」
「悪い女って、沙羅は、そんなんじゃない!」
ゆらりと美那が近づく。
「まだ、たぶらかされてるんだね。でもしょうがないか。浩介は初めて優しくされたからね」
さらに近づいた美那が、一枚の折りたたんだ紙を取り出し、俺の手に落とした。
無意識にそれを広げて、俺は目を剥いた。それは全裸で寝ている俺と沙羅だった。
驚愕のあまり、紙と美那を交互に見ることしか出来なくなった俺に、美那が笑いかける。
その笑みは、目が全く笑わず、ただ口だけが三日月のように赤く割れただけ。
「泥棒猫の公開処刑ってどう思う?」
「美那っ!」
「……浩介。私はね、女の子にひどいことをしたくないの。だからね……」
浩介がほんとうに好きなのは私だよね
禍々しく赤い三日月は、そんな音を出し、俺は視界が歪むのを感じて、机に突っ伏した。
吐きそうなほどの不快感と焦燥感が俺の中を駆けめぐった。
そんな俺の首にするりと白い腕がまきつく。
「ごめんね、浩介。……大丈夫だよ、そんなひどいことしないから。私だって浩介にきらわれたくないもん」
俺の背後から聞こえる声は、いつもの美那の声だった。
「……美那」
「今はキスで我慢してあげる。でもそのうち泥棒猫にしたことは、全部私にもしてもらうから」
「美那っ!」
「浩介はね、今まで我慢してきたことをいっぱい私で楽しめばいいの。私もね、浩介とならなんでも楽しいと思うよ。
そうしていけば、浩介はきっと本当の気持ちを思い出すよ」
背後から抱きついた美那が、俺の耳をひとなめした
「そして本当の気持ちを思い出したら、あの女に私も一緒に謝ってあげる」
その言葉で俺の混乱は、限界に達した。訳のわからない衝動に突き動かされて起ち上がり、美那に振り返った。
「……どうして、……どうして今頃になってなんだ! 俺は美那が喜多口と付き合うから、……あきらめたのに、……なんでなんだ!」
わめく俺に、驚いた顔をしていた美那が、やがて顔を歪め、大粒の涙を落とし始める。
「なんでってこっちが聞きたいよ。好きだったら、どうして告白してくれないの! どうして勝手に諦めるの!
私の気持ちをちっとも聞いてくれなくて、どうして勝手に他の女の子を好きになっちゃうの!」
その言葉で俺は自分の犯した間違いの大きさに気付いた。
「あ、うあ……」
「ひどいよ! 好きな癖して、他の男の子を紹介して! 嫉妬もしてくれないで、勝手に悲しい目をして、勝手に遠ざかって!
やり直してよ! もう一度好きになってよ! 私を愛してよ」
そのまま美那は、背を向け、走り去っていき、紙を持った俺だけが部屋に一人取り残された。
そして曇り空だった空のどこかで、遠雷が響き始める。空にも俺にも嵐が訪れようとしていた。
放課後、ついに空は崩れ始める。
雨音が激しくなる中、実行委員会全体会議が行われ、部屋の割り振りと、予算申請の確認が行われる。
窓ガラスに雨粒がたたきつけられ、教室は蛍光灯がともっているにもかかわらず、寒々とした暗灰色に塗りつぶされた。
俺はともかく、美那も涙の後を見せずに会議に出た。
退屈な議題をこなして、会は散会となり、荒れた天候にぶつぶつと文句を漏らす者達を傍目に、俺は無言で自分の教室に向かう。
その後を、美那がやはり無言で歩いていた。
人気の絶えた教室は、天候もあいまって、より寒々とした印象を与えた。
俺は自分の机に戻り、鞄に資料を押し込む。
強い風が窓ガラスを鳴らし、たたきつける雨が時折波のような音を立てた。
帰ろうと振り向いたとき、美那がそこにいた。
驚きはしなかったが、彫像のごとく動かず俺を見つめる美那に言うべきことも無かった。
無言で退治する俺達を煽るように、風と雨が勝手にダンスを踊り、とりとめのない音楽を鳴らした
やがて、意を決したように、美那が口を開く。
「浩介、あの女が帰ったら、私の部屋に来て」
その言葉が終わると共に、稲光が光り、教室を一瞬照らした。
「来ないと、……わかるでしょう?」
「……どうしてもなのか?」
「全てを今日から、やり直すの。……今のまま、浩介に避けられて、終わるわけにはいかないの」
美那が、まるで沙羅のように、全く感情を見せずに、淡々と語った。
「どうして俺なんだ? 美那なら、誰だって愛してもらえるだろう?」
きっとこのとき、俺の顔は悲しみと苦しみで歪んでいただろう。
「誰も、私の表面しか見てなかった。明るくて美人で優しくて人気者で。勝手なイメージを押しつけるだけ。
わがままだったり、愚痴ったり、ジャージで寝転がって本を読んだり、そういうところを受け入れてくれたのは、浩介だけだった」
「美那……」
「あの女に取られて、浩介に無視されて、それでわかったの。私が私で居られるのは、浩介の側だけなの」
「でも、俺は幼なじみとしてなら……」
「ダメ! あの女にメールを打ってたときも、その前も、浩介は私を構ってくれなかった。それに、浩介は、あの窓に鍵を掛けた」
轟音が教室をつんざいた。雷が鳴ったのだ。
「私の居場所だったの。私だけの居場所だったの。だから、浩介も私の居場所も返してもらうの」
美那が何かを抱くように、手を胸の前で組み合わせた。
「そして、今夜、私は私を、浩介に捧げるの。私の居場所のために。私のやり直しのために」
今度こそ、ずしんと腹に響くような音が駆け抜け、重々しい雷鳴がそれに続く。
蛍光灯が、光を失い、学校が闇に落ちる。
そして光が戻ったとき、
俺の唇に、
美那の唇が
重ねられていた。