嫉妬・三角関係・修羅場系総合SSスレ 講和(50)条約
「浩介、デートのキャンセルの話だが、実行委員が忙しいなら、別の日でも良いぞ?」
「はい?」
朝、いつものように通学路で俺達はおちあった。開口一番、一見わからないが実はやや沈んだ顔をした沙羅が、俺に意味不明なことを言ってきた。
それぞれの話を確認した上で、沙羅が彼女の携帯電話を俺に見せた。
忙しいからデートは中止。そんなメールが受信BOXにあった。送信は、俺になっている。
「……やられた」
俺は額を手で押さえた。
「おはよー、浩介」
その声は問題の主、美那だった。彼女はなんら悪びれずに俺達に声を掛けてきていた。
「美那! おまえなぁ!」
「その日は実行委員の仕事の予定よ。どうせ浩介は断るのに時間が掛かるから私がやっといてあげたわ。宇崎さんもそういうわけだから」
その言葉と共に俺の携帯電話が、俺に向かって放り投げられる。両手でおたつきながら受け止めたときには、美那は既に学校の方に去っていっていた。
「……どういう顛末なのか、聞きたい」
「わかってる。ちゃんと話すよ。……話すから、俺の腕をそんなに握りしめるのはやめてくれ」
彼女は俺の腕を放さなかった。むしろ抱き込んで、そして俺にぴったりと寄り添い、後ろ姿が小さくなる美那を睨んだ。
「及川が、浩介の部屋に来るなんて初耳だ」
「今まではそんなに多くなかったから、別に話すほどのことも無いと思ってた……喜多口とつきあってると思ってたし」
「思ってた? 付き合ってないのか?」
「別れたって美那が昨日言ってた」
顔を寄せ合っていきさつを話している、その相手、沙羅の眉が、寄せられる。
「……浩介っ!」
「は、はい! 」
突然、顔をあげた沙羅が、恐ろしい勢いで迫ってきた。
「今日は浩介のうちに行く」
黒瞳から刺さりそうな視線が発せられ、俺の首の筋肉を自動的に動かした。
「ど、どうぞ」
機械人形のごとく首を振っていた俺は、さらなる変化に戸惑った。
睨んでいた沙羅が突然頬を染めて呆けたのだ。そして、さらにいきなり顔を青ざめさせる
「浩介の……うち。……浩介のうち? ま、まずい! まずいぞ!」
「あ、あの沙羅?」
「浩介! 私は用事があって家に帰る。女として一生の大事な用事なんだ。だが、浩介のうちには必ず行く。だから学校で待っててくれ!」
それだけを言うと、彼女は今来た道を走って戻っていく。俺はわけのわからなさに、途方に暮れた。
その日のロングホームルーム。
「文化祭、うちのクラスの出し物は、コスプレ喫茶よ。文句があったら聞くけど?」
開口一番、美那はそう言いはなった。もちろん、事前の打ち合わせとは全然違う。
だれもが、担任すら口を馬鹿みたいに開けて、静止していた。
「チョット待て! 喫茶店じゃなかったのか?」
あまりにあまりでつっこめないクラスメートに代わり、さすがに俺が反射的につっこむこととなった。
「だから喫茶店じゃない。ついでにコスプレして浩介の望みをかなえてあげるから感謝してよね」
だが俺の抗議は、美那のいたずらっぽい笑顔に跳ね返されて、あえなくたち消える。
「藤沢ぁ! いいぞぉ!」
「ナイス、藤沢!」
「藤沢くんってエロいよねー」
「もっと真面目かと思ってたよー」
どっと教室が沸いた。主に男子が歓声を、女子が不平を漏らしたのだ。
「どうしてなんだよ……」
俺が頭を抱えているところに、突然音をたてて教室のドアが開いた。
「遅くなりました」
どよめいていた教室が、再びあっけにとられた静寂に変わる。
その静寂の中を、沙羅は全く表情を変えずに、絶対零度のクールさを維持したまま着席する。
「……遅くなりましたって、もう授業おわりじゃない」
誰かがひそひそとささやいたが、沙羅はまるで聞こえないように振る舞った。
「それで、浩介のコスプレ喫茶店だけど、反対の人は? 宇崎さんはどう? コスプレ喫茶?」
美那が、笑顔で沙羅に話しかける。
あくまでも美那は笑顔で、沙羅は無表情。なのに、そこはかとなく、緊張が走るのは、俺の気のせいだろうか?
「こ……藤沢……くんが、コスプレ喫茶を提案したのか?」
「そうよ。宇崎さんのメイド姿とか見たいって」
「ちょっと、美那!」
「浩介は黙ってて!」
再度の俺の抗議は、斬りつけるような美那の声に封じられる。
「……藤沢くんが、言うならそれで構わない」
「ほんとに? 恥ずかしい格好させられちゃうかもよ? 浩介は結構ムッツリスケベだから」
美那の言葉でクラスが爆笑の渦に飲み込まれた。
笑っていないのは、美那と、苦り切った顔の俺、そして沙羅だけだった。
やがて笑い声がゆっくりと潮がひくように下がり、全員の興味が沙羅に集まり始めた。
沙羅は笑いの中でもまったく動じず、澄んだ泉のように、平静を保っていた。
その幾分低い、しかし艶やかな声がゆっくりと流れ始める。
「……愛する人のためなら、コスプレぐらいなんでもない。浩介がそれを望むなら、私に出来ることをするだけだ」
美那の言葉が花火だとするなら、沙羅の言葉は爆弾だった。
クラス全員の心を吹き飛ばして真空にしたあげく、吹き戻しの風のようにクラス全てを狂乱にたたき込んだ。
俺も、そして美那ですら驚きのあまり、絶句していた。
ただ爆心地の沙羅のみ、いつものごとく平静だった。
「私は不適切な対応をしてしまっただろうか?」
「……俺個人としてはすごく嬉しかったけど、きっと卒業まで……卒業してもネタにされるだろうなぁ」
「そうか」
少し沙羅の顔が曇る。こういうとき、沙羅は結構落ち込んでいるらしいというのが最近わかるようになってきた。
だから俺はそっと沙羅の手を握った。
ホームルームは収拾が付かなくなったあげく、時間切れで終わった。コスプレ喫茶で行くのか、俺ですらわからない。
唯一決まったのは明日の朝のミニホームルームで決をとることだけだ。そう言うわけで俺達は一緒に下校していた。
「気にするなよ。個人としては嬉しかったって言っただろ?」
「うん。でもその、浩介も、その、私のコスプレを見たい?」
沙羅の顔が元に戻り、目がかすかに揺れる。
「いや、俺そういう属性ないし。だいたい、沙羅ってメイドよりも、……なんというかなぁ、もっときりっとしたのというか」
俺は頭をひねった。沙羅にメイドとかそういうのは似合わないと思う。
ご主人さまぁって媚びた声を出す沙羅は、不自然なことこの上ない。
「……どっちかというと、女神とか天使とか……そういう感じだよな」
「て、天使?」
「うん、地獄にいた俺を救う、清らかで、でも威厳があって、そして優しい天使」
どこか超然としているくせに、結構熱い心をもっているのも似合っていると思う。
そして彼女が俺にとっての天使であるのは、紛れもない真実。
ふと黙り込んだ沙羅を見た。
彼女は、顔を真っ赤にしていた。首から上を赤一色に染めて、瞳すら潤ませていた。
その姿が、不条理にも、俺のなにか急所を射抜いた。
「て、天使は、か、過剰な、け、形容だと、思う。……ひ、人を、ほ、褒めるのも、や、やりすぎると、し、真実みが……」
俺は答えなかった。答えることが出来なかった。俺の目に映っていたのは、ただ恥じらう乙女と、その可憐な唇のみ。
欲しいとしか思わなかった。獣と言われればそうだろう。獣はただむさぼることしか考えないのだから。
手を掛けた肩は、とても華奢だった。そして柔らかかった。沙羅が驚いたように俺を見つめていた。
引き寄せて、そして何らためらわず、唇を奪った。そして腕の中の彼女をしっかりと抱いた。
彼女は少しだけ驚いたように体をこわばらせて、やがてその熱い体から力が抜けた。沙羅の臭いはかすかに甘く爽やかだった。
唇は、思ったよりも柔らかく、そしてその柔らかさが何かを心に満たしていくのがわかった。……それは、どうしようもない愛おしさだった
二人の鼓動が一つになってしばらくして、ようやく唇が離れる。
「……道の真ん中で、いきなりだなんて……浩介は……ムッツリスケベどころじゃなくて……ケダモノだ」
「あう……ごめん」
そう言いながら沙羅は、頬を染めたまま、俺の腕から逃げようとしなかった。むしろ、俺の胸に顔を埋めて、体を寄りかからせる。
「うれしい」
やがてぽつっと彼女が呟いた。
「私が、私だけが、浩介の恋人だ」
「……当たり前だろ」
「浩介は優しすぎる。……だから浩介が及川のことを、まだ好きなんじゃないかって、つい、心配になる」
「俺は沙羅が好きだ。……沙羅が愛おしい。……美那は好きだったけど、でもきっと、……それは俺が勝手に作り上げた幻の美那だった……今ならそう思う。
俺は本当の彼女を……、いや、沙羅も美那も誰も、ちゃんと見ていなかったんじゃないかと思う」
「浩介?」
「自分で独り相撲をしていたんだよ。……馬鹿なことに。あの時沙羅に言われたとおりだよ。
勝手に好きになって、でも勝手に怖がって告白もせず、わざわざ他の男に美那を紹介して、勝手に落ち込んで泣いて……」
「それは仕方がないと思う。私も浩介になかなか思いを伝えられなかった……」
「でも沙羅はちゃんと思いを言えたから。沙羅こそ本当に強くて優しい。……俺のは、ただ無難に生きているだけ」
「そんなことない。私だって浩介の優しさに救われた。あんなに悲しいときだったのに浩介は私を拒まなかった。だから……だから、私は浩介が大好きだ」
もう言葉は要らなかった。ただ俺達はお互いを溶け合わせるかのように、抱きしめた。
「……でも視線が痛いな」
俺の胸で沙羅は呟いた。
「……考えて見れば、道の真ん中だったような」
沙羅の肩で俺は答える。
十分はゆうに過ぎると、さすがに二人とも理性が回復してきたらしい。
作業服の中年男性や、買い物帰りの老女、子連れの主婦たちが、露骨に俺達を避けていた。ただし目つきは興味津々だったが。
「ところで沙羅、俺のうちに来るとか来ないとか?」
「!? 突発的大イベントが、あまりにもあまりだったので、大事なことを忘れていた」
するりと沙羅が俺の腕から抜け出た。沙羅の居たところに冷たい空気が入り、それがひどく寂しい感じを俺に与えた。
だが沙羅は俺の左腕をとり、腕を絡ませた。
「では、彼女としての重要イベント、彼氏の自宅訪問に出発!」
沙羅が、心からの笑顔を浮かべていた。俺はまた抱きしめたくなって、自分を抑えるのにすこし苦労した。
「……まあ、見ても面白い部屋ってわけじゃないけど、沙羅のご希望なら、ご招待させていただきますよ」
「安心して欲しい。私が見るとまずいものを、片付ける時間はちゃんととるから」
そういうと彼女はすこしからかうような目つきをした。それもまた魅力的だった。
「……美那が勝手に出入りするのに、俺がそういうものを放り出しておくとでも?」
俺は顔だけ憮然としたふりをして、抗議を試みる。
「……では、彼女チェックに耐えられる部屋というわけだ。……ふふ、実に楽しみだ」
「あ、沙羅さん、そこのところは、是非お手柔らかに。……頼むから、ね? ね?」
俺の言葉に彼女が笑う。それがとても愛おしかった。
「どう? 別に普通だろ?」
興味深げに俺の部屋を眺め回す沙羅の姿に、俺はどこかくすぐったいものを感じていた。
しかし沙羅は、相変わらずわかりにくいが、その目にどこか楽しげでそして安らいだ光を浮かべている。
「そうでもない。やはり男性の部屋というのは、やはり独特の雰囲気がある。少し乱れているところとか、隙みたいなものがあるんだ」
「隙?」
彼女はストンと床に座り込むと、俺の出したマグカップに両手を添えた。そして何かを考えるようにすこし首をかしげた。
「そう。……別に他人の部屋に詳しいってわけじゃないけど、女性の部屋は、もっとこう、部屋の主の意識が隅々まで行き届いているんだ。
カーテンや壁紙や小物で部屋を自分の支配下に置くというか……。それが客にとっては少し落ち着かない感じにさせる」
「ふーん」
理解が追いつかない俺の中途半端な相づちを聞いて、彼女はカップを傾けた。細い喉がコクコクと上下するのがやけに色っぽかった。
「男性の部屋は、違う。例えば私が自分のものをここにおいても、頓着せず、ずっと置いてあって、そういう入り込める隙や乱れがあって、それが心地良い」
カップを戻して口を開いた沙羅は、手を伸ばして側にあったベッドをなでた。
「ふーむ。わかるような、わからんような」
「別にたいした話じゃないからわからなくていい。それよりもこの窓……」
柔らかな光を放っていた彼女の目が、一つの窓のところで止まり、きらりと光った。
「うん? ああ、そこから美那の家のベランダに入れる。建築基準とかが古いから、子供でも渡れるほど接近してるんだ」
俺がカーテンを開けると、家のベランダが見え、そしてそこからわずか20cmもないところにほぼ同じ高さで美那の家のベランダがあった。
沙羅が立ち上がって俺の側に来ると、部屋のベランダとその先の美那の家を見つめた。
互いの家は狭い敷地の上に古い建築基準でぎりぎりのところまで建てられている。
今建て直せば、建築容積とかで家の敷地として使える面積は大幅に減ってしまうから、俺の家も美那の家も、せいぜいリフォームでお茶を濁している。
ゆえに、この接近しすぎたベランダは、建築されて以来手はつけられていない。
「こういうのは、なんというか、渡ってくださいって言うようなものだな」
複雑そうな光を目に漂わせる沙羅に、俺は肩をすくめて、親父達の言ってた事をそのまま話した。
「業者が、出来るだけ広い家を建てようとして、ぎりぎりまで頑張ったんだって。美那のうちも同じ業者が建てたから、こんなことになったんだってさ」
「なるほど」
そういうと沙羅は、窓に鍵を掛けて、カーテンを閉めた。
「なあ、浩介。これからも私、部屋に来ていいか?」
「当たり前だろ」
カーテンを閉めた姿勢のまま、沙羅は俺を見つめた。
「毎日でも?」
「いいよ。……何を気にしてるんだ?」
「……仕方がないとはいえ、これはさすがに近すぎると思う。及川と浩介に、なにか特別な絆があるような気がして……」
沙羅が、どこか不安そうな光を目に浮かべた。
「沙羅が思うほど、美那は来ないよ。それに来ても漫画読んだりゲームしたりしてただけだし」
「……それが特別だと思う」
「気にしすぎだと思うが……、んと、ちょっと待って」
そういうと、俺は机に向かう。引き出しの奥をさぐった。目当てのものはあっさりと出てきた。
それは小さな巾着だった。じゃらりと金属音が鳴る。
「確かここの中に一本あったはずだけど」
机の上に中身をぶちまける。
自転車の鍵、チェーンの鍵、おもちゃ箱の鍵、親父の昔の車のキーホルダー、鞄の鍵に机の鍵。何の鍵かわからないものもある。
その中に目当ての鍵はあった。
「あった。これこれ」
そういうと俺は変哲のない鍵をつまみ上げ、沙羅にかざした。
「これは?」
「この家の鍵。沙羅に渡しておくよ」
その言葉で沙羅の瞳孔が、急に縮んだ。かなり驚いたみたいだった。
「し、しかし、そんなもの私が……」
「うん、その鍵、使うのは数日後に沙羅を、お袋に紹介してからにして欲しいんだけど……でも、沙羅なら俺の部屋に自由に入っていいから」
「……!!」
沙羅の目が、ますます見開かれた。
「美那は勝手に入ってくるだけ。だけど沙羅は俺が入っていいって認めるから。……これが俺の沙羅に示せる絆。
……なんかしょぼくて悪いんだけどこんなのしか今は出来なく……」
言葉を続けることは出来なかった。ひっくりがえりそうな勢いで、沙羅が俺に飛びついたからだ
「さ、沙羅?」
沙羅は応えなかった。ただ体を震わせ、沙羅が顔を押しつけているところが熱く濡れて、回された細い手が強く俺を抱きしめただけだった。
「……あり……がとう……」
「あー、うん、……その泣くほどことかな?」
思わず頭を掻いてしまう。女の子に泣かれるのが、こんなに始末にわるいものだと、今、まさに思い知らされていた。
とにかく居心地が悪く、焦ってしまうのだが、だからといって出来るのは、背中をなでるだけ。
こんな時でも余裕を持って対処できるのが大人の男なのだろうが、あいにく俺はもてない方に属する冴えない普通の高校生だ。
長い時間が過ぎたように思ったが、時計をみると十五分程度だった。
ようやく沙羅は泣くのを止めて、真っ赤に目を腫らしながら、しかし心からの優しい笑顔を浮かべて、俺が渡した鍵を両手で握り込んだ
そして俺は沙羅に手を引かれてベッドに並んで座っていた。
会話はなかった。ただ沙羅が俺の手を握りしめ、俺にもたれかかっているだけだった。
かなりたった頃ただ一言、沙羅が俺の名を呼び、瞳を閉じて、顎を心持ちあげた。
何をやるかは明らかだった
はやる心を抑えて、丁寧に慎重に唇を重ね、空いた手も沙羅の手を握った。
初めは、ただ唇を重ねるだけのキスだった。
だが沙羅は唇を離さなかった。それどころかわずかに舌が差し込まれ、俺の唇をなぞった。
驚きながらも、俺も同じように返していると、沙羅の舌が俺の舌に絡まった。
そして沙羅が俺の唾液を飲み始める。
「さ、沙羅っ!」
「浩介……好きだ」
思わず唇を離して叫んだが、沙羅がすぐに俺の唇をふさいだ。
いつしか沙羅は俺の膝にのり、俺達は一心不乱に抱きしめ合いながら相手の口をむさぼっていた。
唇が唇に挟まれてなぞられ、差し入れた舌が絡み取られて吸われ、声を漏らしながら唾液を飲み下し、涌いた唾液が即座にすすられた。
やがて、銀色に光る唾液の糸を引きながら、唇が離れる。俺の膝にのって、沙羅は至近距離から俺を見つめた。
「浩介、私は浩介にあげられるものが一つしかない」
「別に沙羅に何かもらいたくて、鍵を渡した訳じゃないよ」
「うん、わかってる。でも、今日は私がもらってばっかり」
沙羅の穏やかな顔がやけにまぶしくて、俺はなぜかすごく照れた。
「そ、そんなことないよ。俺、沙羅の唇、奪っちゃったし」
それは照れ隠しの冗談のつもりだった。
「唇だけで満足なのか?」
「え?」
「浩介のものが、私を欲しいって、突っついてる。ずっと我慢させられて、……その、苦しいんじゃないか?」
沙羅が微妙に腰を動かす。いつの間にか屹立したものが沙羅の……股間に当たっていた。
「い、いや、 これは、その、生理的反応で、はは、あの、その」
俺は「息子」のしでかした事に思わず逆上して混乱した。顔が熱くなって、頭が煮え立ち、言ってることは支離滅裂になった。
「浩介は、私を欲しくないのか?」
その問いかける沙羅が、異様に蠱惑的で、俺の口から唾液を瞬時に奪い、砂漠にした。
沙羅の瞳から得体の知れない磁力がでて、俺をとらえて放さなかった。
「さ、沙羅?」
制服の上着がするっと落ちた。
「好きな男に部屋に行くと言う意味、わかっているつもりだ」
襟元のリボンが外される。
「お、俺はそんなつもりでは……」
一つずつ一つずつゆっくりとシャツのボタンが外されていく。
「これが、私が浩介に示すことのできる絆」
素肌の肩が見え、きれいな白い下着に包まれた見事な上半身が現れる。
「……その太ってて、及川みたいにスタイルはよくないけど」
そういうと沙羅は少し自嘲の笑いをもらした。
「はぁ? どこが?」
さらに釘付けとなっていた脳と目が、その仕草で我に返った。
胸は豊かで大きいのに肩から腰は見事に絞り込まれていて、どうみても誰が見ても太っているなんて言えない体だった。
美那には悪いが、美那は少しボリュームが足りないと思う。
「……腰も細くないし……胸もかわいくないし」
なぜか沙羅は落ち込んでうなだれた。
「…… なあ、沙羅」
「な、なんだろうか?」
「俺に美那と沙羅を比べてほしいの? 俺は沙羅を、沙羅だけを愛してるんだけど?」
途端に、俺の顔が柔らかいものに埋まる。胸の間に抱き込まれたとわかったのは数秒後だ。
「沙羅、ちょ、ちょっと!」
「浩介ぇぇぇぇ」
俺の頭を強く抱き込んだせいで、ブラがずれ始め、当たる素肌が増え始める。
熱いしずくを頭のてっぺんに感じながら、口元に小さな固まりが当たり出した。
少しは我慢したと思う。なし崩しはよくないとか、もう少しわかり合ってからとかきれい事が脳裏のどこか遠いところでぐるぐるしていた。
だけど、俺も男であるわけで、好きな女のかわいい乳首と胸が目の前にさらされていれば……。
食べたくなるのは、……本能な訳で……我慢はすぐにつきて、……俺は乳首を口に含んで吸い始め、余った手で反対側の沙羅の胸をつかんだ。
沙羅はただ体を震わせただけだった。
沙羅の胸は、どこか懐かしくて、でもいつまでも吸い付いていたくて、何も考えたくなくて、ひたすら吸って転がした。
「浩介、は、反対側も……」
「うん」
かわいそうだと思った。沙羅の体で左右に差をつけるなんてかわいそうだった。そう思って沙羅の胸を一生懸命可愛がった。
気がついたとき、沙羅が体を離していた。
「あ、い、痛かった?」
沙羅は首を振って、俺の膝からよたよたと降りた。
そして、スカートを脱ぎ、靴下を脱いで、ショーツだけになると、彼女の鞄を探り箱を差し出す。
「浩介……ゴムをつけて、……」
「え? あ、うん」
顔を赤らめて言う彼女の言葉に逆らうはずがなかった。
説明書をみながら、コンドームをなんとかつけた。……沙羅がベッドに寝転びながらそれをじっと見ていた。
「さ、沙羅?」
「うん」
コンドームをつけた肉棒を沙羅の股間にあてがう。だけど、どこが膣なのか全くわからなかった。
「そ、その、ど、どこなんだろう?」
沙羅のひんやりとした手が伸びて、俺の肉棒に添えられた。
「そのまま、入ってきて」
いきなり入れるとすごく痛いと聞いたことがあった。だから、できるだけゆっくりと入れるようにした。
二三度滑って、逸れた。けれども、沙羅は根気よく俺の肉棒を導いた。
やがて先端が熱く狭い肉に飲み込まれる。
「は、入った」
「うん」
沙羅が唇を噛みしめていたのに気づき、少しだけ興奮が収まった。
腰をゆっくりと進めていく。沙羅の足の指が震えて曲げられていた。
「い、痛い? こ、ここでやめる?」
「……いい、から……」
目をつぶり口を引き締めていた沙羅が首を横に振った。
さらに進めるとかすかな抵抗を感じた。
すこしためらいはあった。しかしここまできて止められるはずもなかった。
意を決して腰を進めると抵抗はなくなった。そのままゆっくりと進み、やがて肉棒がすべて埋まった。
「沙羅、全部入った。……大丈夫?」
涙をにじませながらも、沙羅はほほえんだ。それがいとおしくて、もう一度唇を重ねる。
沙羅の舌を吸い、唾液をすすっていると、肉棒をがちがちに包んでいたものが少し和らいだ。
「う、動くよ?」
沙羅が嫌などと言うはずもない。唇を交わしながらうなずく沙羅をみて、少しずつ腰を動かす。
限界はすぐに来た。
沙羅じゃなきゃ早漏だって絶対に言われそうだと思いながら、俺はのけぞって、沙羅の一番深いところで放った。
「浩介」
「うん?」
そして事が終わって、俺たちは裸のまま寄り添っていた。
「コンドームまで用意してエロい女だと思わなかった?」
「へ? いや。むしろ、その用意しておかない自分のうかつさのほうがね」
けだるい疲れの中、物語でも語るように、沙羅がとりとめもないおしゃべりを続ける。
「……こんな風になるなんて思っても見なかった。あのコンドーム、お母さんたちのなの」
「え? あ、そうか、そうだよな」
つながらない会話、間抜けな相づち。それでも俺たちは満ち足りていた。
「私、浩介の赤ちゃんなら欲しいと思う」
「いい? そ、それはちょっと」
「うん、わかってる。いきなり赤ちゃんはきついし、変に妊娠したら浩介とのこと、終わってしまいそうだから」
「……ごめん、沙羅。……俺、自分のことしか考えてなかった」
赤ちゃんと聞いて、恐れてしまうのはなぜだろうかと思ってしまう。
そしてそんなことまで考えていた沙羅に対し、目先の事に振り回されている自分が情けなくなった。
「わかってる。浩介はこんなこと考えてなくて……でも私は……及川にいつも嫉妬して、不安だった。
あんなに近いから、とられてしまいそうで、怖かった。だから……証が欲しかった」
俺は無言で沙羅を抱き寄せた。美那を意識しすぎる沙羅の心がとてもかわいそうに感じたからだった。
「浩介?」
「この窓、鍵を掛けるよ」
沙羅が息を呑んだ。
「けじめをつけなかった俺がいけないんだよな。……もう沙羅に心配はかけないから、だから、こんな証がなくても俺は……」
「うん、うん。でもね……」
沙羅がまた泣きながらうなずいた。でも彼女は続けた。
「こうなりたかったのも本当」
そういうと彼女は俺の裸の胸に顔を満足そうにこすりつけた。
このとき、なぜ美那が来ないと決めつけていたのか、今の俺にはわからない。
翌日、ベランダに残った、雨でも洗濯物でもないはずの濡れたしずくの跡に気付きながら、何も意味を見いださなかった自分の迂闊さには呪うしかない。
幸せは、俺の目を確実に塞いでいたのだ。