※※※
あてがわれた寝室のドアに鍵を掛ける。
一つ。二つ。大きく深呼吸して高鳴る動悸を鎮めようとする。
ダメだ。やっぱりダメだ。
いくら胸の鼓動を抑えようとしても、呼吸を整えようとしても。心臓は早鐘を打ち、吐
息は乱れに乱れてしまう。
ならば。
なるようになればいいではないか。乱れるに任せてしまえばいいではないか。
ベール=ゼファーはそう思いを見極める。
この部屋から、壁一枚隔てた隣は柊蓮司の寝室。まだ部屋の主は、リビングでくつ
ろいでいるのだろうか。
あと十分 ? それとも二十分 ?
それまでに、ベル自身の準備を終えてしまわなければいけない。
彼女の目的はたったひとつ。宿敵、柊蓮司の篭絡。
端的に言ってしまえば、「柊蓮司に自分を抱かせる」。ただその一事に尽きる。
しゅる、しゅる、と衣擦れの音。男物のパジャマが、ベルの身体を滑るようにずり落
ち、上着が、ズボンが、床に脱ぎ捨てられていく。
どこか妖精を思わせる細身の身体。少女らしい華奢な体躯を覆うのは、幼さを残し
た胸元と、女性の神秘を秘めた「その箇所」を隠す、上下二枚の下着のみ。
細い腕を器用に背中へ回し、ブラのホックに指を掛ける。細微な刺繍が施された、
目にも鮮やかな白。
ぱちんっ。
はらり・・・・・とふっ。
胸元を拘束していた余計な布地が、ベルの白い陶器を思わせる肌を露にしながら、
柔らかな音を微かに立てて床に落ちる。ベルが身をかがめた。腰に手を当てる。
人差し指がパンティに差し掛かり、ずり、ずりり、と少しずつ布地がよじれる。
引き締まった、小さな丸い臀部が大気にさらされて。太腿にひっかかって紐のように
なったパンティを、ベルはもどかしげにずり下ろした。
つうううっ・・・・・・。
「・・・・・っあ・・・・・」
小さく、とても小さく溜息のような声が漏れてしまう。
下着と、自身の股間の間を、半透明の粘液の糸が引いていた。寝室に入ったときか
ら、こんなにも、こんなにも待ち遠しくて、私は濡れてしまっていたの・・・ ?
興奮と羞恥に頬がほんのりと染め上げられ。呼吸はますます激しく乱れてしまい。
いまや一糸纏わぬ姿となった偉大なる蠅の女王は、よろり、よろり、とおぼつかない
足取りで、寝室の中央まで歩みだし、ゆっくりとその場に膝をついた。
「・・・はぁー・・・っ、はああぁー・・・っ・・・」
血液が逆流しそうな興奮に、苦しげに喘ぐ。内心の湧き上がるものに翻弄されなが
ら、ぺたん、とベルは尻餅をついてしまった。まるで倒れるようにして、仰向けに寝そ
べる。少しずつ膝頭が上に持ち上げられた。
ほっそりとした二本の脚を、大きく、はしたなく開く。可愛らしく、ぷっくりと盛り上がっ
た「ソコ」は、まったくの無毛の丘である。まるで子供のように余計な体毛の一切ない
恥丘なのに、完全に女としての形と機能を持ったアンバランスな美しさ。
開脚しきった中央部で、てらり、ぬらり、と妖しいぬめりに輝くそこが、なにかを期待
するかのように、小刻みにわなないていた。
まだ。まだよ。まだ早いんだから。
自分を抑えるように、ベルは心の中で呟く。
指がふるふると震え、仰向けの腹をなぞり、小さく微かな乳房のふくらみへとずり上
がっていき、ちょうど上向いた乳首に到達したところで動きを止めた。
親指と。人差し指と。こわごわと、薄桃色の美しい二つの突起を、壊れ物を扱うような
繊細さでつまむ。
「・・・・っ、はうっ、んっ、んうぅっ・・・」
眉根を寄せて、声を殺す。敏感すぎる乳首の感覚に、驚いたように目を見開いて。
「・・・っふーっ・・・っふうぅーっ・・・な・・・なに・・・なんなの・・・こんな・・・感じ方・・・し
ちゃうの・・・ ? うそ・・・・・・」
やわやわと、両手で乳首を弄びながら、自慰がもたらす快楽の波の大きさに、ベル
は微かな驚嘆を覚えている。始めてなんかじゃないのに。セックスの快楽を知らない
小娘なんかじゃないのに。どうして、今夜の私はこんなにも、快楽への耐性がなくなっ
てしまっているの・・・・・・?
ベルの指は、彼女の内心の困惑とは裏腹に、プロのマジシャンのような滑らかさと
巧みさで、ピンクの膨らみを弄び続けている。
ごし、ごしっ、ごしぃっ。
愛撫はいつしか、強烈なしごく動きに変化していた。慎ましやかな乳房には不似合
いなほどに、乳首がむくむくと隆起し、勃起していく。人差し指の第一関節から先ほど
の大きさに肥大した突起物が、痛いくらいに天を衝き、
「・・・め・・・だめぇ・・・」
ベルは力なく首を左右にゆるゆると振りながらも、その動きを止めることができない
でいた。呼吸の乱れとともに、左右二本の手がそれぞれもたらす愛撫のスピードが、
異様なまでに加速していく。開かれた脚は、さらに極限まで拡げられ、その中央部で
くっぱりと奥深い暗黒を覗かせる女陰の洞が、荒々しい呼吸に同調するように、ぱく
ぱくと開閉を繰り返す。
幼女のごときすべらかな恥穴からは、とめどなくしたたる愛液。半透明に白く泡立ち
ながらこぼれ落ちるそれは、あまりに濃密なためにもはや液体とは呼べず、むしろ、
ゼリー状に近い。
こぽん、ごぽん、ごぼん・・・・・・
分泌する量が増えるほどに粘質を増し、ベルの股間をどろどろに汚していく彼女自身
の愛液。こぼれた蜜汁を指ですくおうと伸ばした指が、薄皮に包まれた自身の陰核に
触れた瞬間、「それ」は訪れた。
「・・・・・・っ、っ ! っんっひっ、ぃんんんんんっっ !! 」
常軌を逸して敏感になり過ぎた身体が、陰核への接触でバネのように跳ね上がる。
(・・・っ、そうだ、まだ二人とも起きてるんじゃない・・・ !? )
飛び出そうになる悲鳴をふさごうと、汗と愛液に濡れたままの両手で、口元を押さえ
る。鼻腔にをツンと突く、発情した雌の匂い。
その途端、吊り上がり気味のその瞳が、トロン、と垂れた。
自分の体液の放つ濃厚すぎる雌の匂いが、さながら、マタタビに酔った猫のように、
ベルをしこたま酔わせたのである。
それでも、尋常ならざる精神力を総動員して、ベルはなんとか正常な意識を持ちこ
たえた。
(だ、だめよ・・・もっと、もっと、もっと昂ぶらせなきゃ・・・柊蓮司を私の女の匂いだけで
発情させることができるくらいに、いやらしく、もっといやらしく、私の身体を女そのもの
に昂ぶらせなきゃ・・・柊・・・蓮司・・・は・・・堕ちない・・・も・・・の・・・)
これが、ベルの考える作戦の総仕上げだった。
ただの男が相手ではない。柊蓮司がその相手なのだ。
普通の男なら、ベルがその肌を見せ、小悪魔のように媚びた視線を送るだけで、赤
子の手を捻るように陥落せしめることが出来るだろう。
だが、ベルは柊蓮司という男が、そんな手管でどうにかできる相手だとは思ってい
ないし、その認識はまったく正鵠を得たものである。
柊蓮司を堕落させるためには、ベル自身も堕ちなければ。
彼女の声を聞いただけで、男は股間に怒張をみなぎらせるほどに。
彼女の体臭を嗅いだだけで、男は射精をうながされるほどに。
彼女の濡れた裸身を見ただけで、男は淫行の罪で地獄に叩き落されるほどに。
そこまで彼女自身の心身が淫らに乱れなければ、柊蓮司を誘惑することなどできる
はずもなかった。
そのためにはもっと感じなければ。そして、彼女の内に暴発寸前の情欲を溜め込ま
なければ。そして、そのためには・・・極限まで感じながらも、決して絶頂を味わうこと
の許されない、拷問のような自慰を自らに課さなければならなかった。
いつしか、ベルの手が左右ともに股間の蜜壷に埋没し、さらなる快楽を求めて狂っ
たように動き回っている。その動きのたびに、ぱしゃっ、ぱたたっ、と淫水がはねを飛
ばし、悲鳴をこらえようと歯を食いしばった口元から、だらだらと唾液がこぼれ出す。
「・・・・っ、・・・・っ、・・・・っ、・・・・・・っ」
気持ちいい。達してしまう。でもダメ。イッてはダメ。イキたい。イッてはいけない。
感じる。感じすぎる。耐えなければ。耐えられない。でも耐える。耐え続ける。
来た。また来た。スゴイのが来る。押し寄せてくる。でも跳ね返す。快楽を拒む。
「・・・っ、っ、っ、〜〜〜〜〜っ !! 」
ベルの裸体には全身べっとりと脂汗がにじみ、眼球が飛び出るのではないかという
くらいに見開かれた瞳からは、巨大すぎる快楽とそれに抗わねばならない責め苦の
苦痛に、滝のような涙が溢れ出している。
ぎし、ぎ、ぎし、きぃーーーー・・・ぱたん。
(・・・っ ! 柊蓮司が・・・寝室に入った・・・っ ! )
ゲームの終着はもうそこだ ! いま、隣の部屋に柊蓮司が一人きりでいる !
ベルの両手が加速する。陰核をつまむ。しごく。こすり、ねじり、押し潰し、引っ張りあ
げる。肉襞を指で挟み、上下にさすり、突き出した指を奥深くまで突き刺す。内壁を刺
激し続ける。穴をえぐり、ほじくり、貫き通す !!
「・・・・・・〜〜〜〜〜っ !? 」
ベルの身体が凄まじい速度でのけぞり、次の瞬間、胎児のように丸まったかと思う
とまたのけぞる。その動きを七、八回と繰り替えすと、ついにベルの身体は、弓なりの
状態で硬直したまま、ひくひくと痙攣し始めた。
がちがちと歯を鳴らし、ぼろぼろと涙をこぼし。
「・・・た、えた・・・耐えきった・・・わ・・・たし・・・一度も・・・イかなかっ・・・た・・・」
唾液まみれの口元が、会心の笑みを浮かべる。
準備が完全に整ったことへの充足の笑み。
よろり、とベルが立ち上がる。足元は酔いどれたようにふらついて、頼りなく。
「待っていなさい・・・柊・・・蓮司・・・」
むしろ彼女の方が堕ちきった表情で・・・ベルは寝室の扉をゆっくりと押し開けた・・・
※※※
私はゆっくりと、寝室のドアを押し開ける。
音・・・立てて、ないわよね・・・ ? なんてびくびくしながら。
なんだか、人の家でこそこそと泥棒みたいに、裏界の大魔王ともあろうこの私がな
んてざまかしら、って思うけどしょうがないわね。
音を立てちゃうとかいう以前に、私はいま、ゆっくりと、そろそろとしか動けないでい
るんですもの・・・。
敏感になりすぎてしまった身体は、いまは動かすのも辛い。
風がそよいでさえも、甘い吐息が漏れてしまいそうになってしまっている。
廊下を歩いているだけなのに、足の裏から膝を通じて届く振動が、交差するたびに
こすれる脚の間が、私の感覚を過剰に刺激してしまう。
ほんの七、八歩の距離を、たっぷり三分もかけて、私は歩ききる。
たどり着いた柊蓮司の寝室の前で。
私は深呼吸する。
もうすぐ。私は。柊蓮司に。抱かれる。
一息ごとに、区切るように内心で呟きながら。
扉の向こうの柊蓮司の気配を、痛いくらいに感じながら・・・。
私は自身の月匣を展開した・・・・・・ !!
戸外では当然、夜空の闇に冴え渡る紅い月が昇っているに違いなく。
私の生み出した膨大な魔力が、現実世界を侵食しながら堅牢な結界を造り出す。
私の背後から産み出されたものは、紅く彩られたラビリンス。
マンションを包み込み、私と柊蓮司の営みに不要なもの全てを、この月匣の外へと
追いやっていく。廊下も、壁をも、なにもかもを飲み込んで、私の真っ赤な世界には、
いま、私が欲しいものだけが存在していた。
柊・・・蓮司・・・。
さすが・・・歴戦の魔剣使いだわ。
私の魔力の奔流に以上を察知したのは、きっとすぐその瞬間のことだったのね。
月衣からすでに抜き放たれた愛用の魔剣を構え、腰を落とした姿勢のままで、いつ
でも戦いに備えられる体勢を取っている。・・・ま、パジャマ姿のままなのはご愛嬌、っ
てところかしら ?
「・・・大丈夫よ、柊蓮司・・・なにも危険なことなんてないから・・・魔剣なんて・・・いら
ないのよ・・・ ? 」
背後から、私は優しく声をかける。
振り返った柊蓮司が、
「・・・お前か、ベル ! この月匣を造った・・・の・・・は・・・っっ !!?? 」
言葉の途中で驚愕に顔を引きつらせたのが可笑しくて。
でも、驚くのも当然よね。振り返って視界に飛び込んできた私の姿をみたら。
だって私・・・生まれたままの姿で柊蓮司の前に立っているんですもの。
「うおっ !? ば、馬鹿、お前、なんてカッコしてんだ !? な、なんか着ろよっ !? 」
あらあら。まるで童貞の男の子みたいな反応するのね。なによ、顔赤くしちゃって、
イイ子ぶっちゃって。女の子の裸なんて初めて見るわけじゃないんでしょ ? 知ってる
んだから。赤羽くれはとはもう何度も交わっているくせに。聞いているこっちが赤面し
ちゃうような凄い悲鳴を上げさせてるくせに・・・。
「・・・服なんかいらないわよ。だって・・・柊蓮司に・・・抱かれたくて来たんだもの・・・」
じわり、じわりと距離を詰めながら、私は熱っぽい口調でそう言った。
「・・・・・・なんだと ? 」
柊蓮司の声のトーンが低く変わる。
ただ、その時の私はそれに気づく余裕がなかったわけで。
「ねえ・・・私が大魔王を休んで遊びに来た本当の理由・・・それなのよ・・・貴方に・・・
柊蓮司に抱かれるためなのよ・・・」
「・・・・・・・・・」
「気づかなかったでしょう・・・ ? 貴方が寝室に入る直前まで、私が部屋でなにをして
たと思う・・・ ? 貴方に抱かれる準備をしてたのよ・・・いつでも柊蓮司を受け入れられ
るように・・・貴方がすぐにでも私を抱けるように・・・身体をね・・・うんと火照らせておい
たの・・・前置きなんかいらないように・・・貴方のモノを、奥の、奥の、奥までくわえこ
めるように・・・あそこを熱く、ほぐしておいたのよ・・・」
うわごとの様に、私は柊蓮司に囁き続ける。吐息が熱を帯びて、喉が焼け付くぐらい
にひりひり痛い。
目前にぶら下がったゲームの終わり・・・もちろんそれは私の勝利で終わる・・・に、
思考も理性もがたがたに崩れ始めている。尖った乳首が、クリトリスが痛い。
じゅくじゅくと音を立ててしたたる愛液が、股を濡らし、膝をつたい、足の裏をひたす。
「柊蓮司・・・ねえ・・・いいのよ・・・はやく・・・」
・・・うふふふっ。そっぽ向いちゃって。なんか可愛い。わかるわよ、柊蓮司。こっち
を向いたら負けるって気づいてるのよね ? 裸の私を見たら、欲情して自分を誘う私
を見たら、歯止めが利かなくなるものね? でも、いいのよ。堕ちてもいいの。
むしろ、私と一緒に堕ちましょう ? 今夜のことは二人だけの秘密。赤羽くれはには
未来永劫黙っていてあげる。だから、仮初めの一夜を二人で愉しむのよ。
ね、柊蓮司 ?
「・・・いま、お前は大魔王じゃなくて普通の女の子なんだよな・・・」
かすれた声で柊蓮司がようやく言った。
「そう。そうよ。だから、エミュレイターとウィザードの間の確執とか敵意とか、そんなも
のは気にしなくていいの」
勢い込んで、私は声を上げる。
「柊蓮司は普通の男。私は大魔王ベール=ゼファーじゃなくて、普通の、輝明学園の
女生徒ベル=フライ。ね、普通の女の子が貴方に全てをあげるって、抱いて欲しいっ
て言っているの・・・ ! 」
興奮で自分が何を口走っていたのか・・・実は私、よく覚えていなかった。
でも、私がゲームに勝つんだ、柊蓮司が私を抱くんだ、ってそれを考えているだけで、
それ以外のことなんか全部もうどうでもよくなっていたわ !
「普通の・・・女の子・・・ベル・・・」
柊蓮司がこちらを向く。
見た ! 私を見た !
「柊・・・蓮司・・・・・・ !! 」
叫ぶように彼の名前を呼ぶ。彼の胸に倒れこむまであと四十センチ、三十センチ、
ああ、私の勝ち・・・・・・
ッ、パアァァァァンッ !!
「・・・・・・・・・・、っ、ふぇ・・・・・・・ ? 」
・・・柊蓮司が・・・消えた・・・。
・・・・・・なにが・・・おきた・・・の・・・ ?
いまの音ってなに・・・ ? すごく・・・私の近くで・・・鳴った気がした・・・
痛い・・・じんじん痛い・・・ほっぺ・・・灼けるように・・・いたい・・・いたい・・・
自分の身の上に起きたことが理解できなくて。次の瞬間、理解はしてもその事実が
今度は信じられなくて。私は・・・力任せに左に向かされた顔を・・・スローモーションで
柊蓮司の正面に戻した。
厳しい顔の柊蓮司が・・・目をそらすことなく私を見据え。
「いまのお前が普通の女の子だっつーんなら・・・こんなことをする女の子には、俺なら
こうするぞ !」
表情以上に厳しい声で、そう言った。
パジャマの上着を脱ぎ、ふわり、私の剥き出しの肩に羽織らせて。
「これがお前の言ういつものゲームだって言うならなおさらだぜ・・・もし、ゲームじゃな
くて、本気だって言うんなら・・・・・・・もう一発ビンタ食らわしてるところだ」
・・・・・・・・・。
叩かれた・・・の・・・ ? ほっぺ・・・平手打ち・・・されたの・・・ ?
唇がわなわなと震える。胸の内からふつふつと煮えたぎるものが、私の中心から外
へのはけ口を求めて荒れ狂う !!
「なによ ! なによなによなによっ !! 馬鹿にしないでっ ! ゲームだから怒るの !? 本気だ
としても怒るの !? わ、私がいつもどんなに、どんなに・・・ !! 」
奔流のように言葉が口をついて出る。
「わ・・・わたし・・・わたしは・・・いつだってどんなときだって、」
言葉に怒りと嘆きがこもる。
「・・・っ、本っ気でゲームしてるんだからぁっ !!!! 」
わかってると思ってたっ ! 柊蓮司は私がいつもどんな思いでゲームに興じているか
気づいてくれてると思ってた ! 本気だけどゲーム、ゲームだけど本気 ! お互いの命と
世界の命運をかけた、この世で一番スリリングで、全身全霊をかけるに値する行為 !!
なのになんで怒るのよっ !? なんでわからないのよっ !?
私を、私を抱くことを拒絶するのは、ホントはかまうけどかまわないわ !
でも、私のゲームを、私の本気のゲームを侮辱されたようで、私は・・・・・・ !!
「いいわ ! もういいわ ! 大魔王休業なんて止めよ ! 殺すんだから ! 殺してやるんだか
ら、柊蓮司 !! 」
声の限りにそう、叫んでいた。
※※※
怒りに任せて月匣内の瘴気を集める・・・・・・ !!
見えない力が渦を巻き、私を中心として凝り固まっていく。
飛び退り、魔剣を構える柊蓮司に向けて、私は殺気を込めた視線を送った。
「・・・っ、なによ、こんなもの !! 」
肩に羽織らされたパジャマが邪魔で、それを柊蓮司へ投げ返す。
それは力なく、柊蓮司の足元に落ちた。
赤い霧のような大気が、私の剥き出しの裸の身体にまとわりつき、それは瞬く間に
形を成し、いつもの輝明学園の制服へと変貌する。
「いくわよ ! 柊蓮司 ! 」
「・・・っこの馬鹿っ・・・ !! 」
湧き上がる私の殺気。噴き上げる柊蓮司の闘気。
それはもはや質量を有しているかのような、濃密な「気」の応酬 !!
戦いの開始からほどなく、私たちの二つの闘気が紅い世界に満ち充ちていき、それ
が絡み合ったその瞬間・・・私の身体に異変が起きた。
「・・・っふ、あァん・・・ !? 」
私の放つ殺気を絡め取るように、柊蓮司の生命のプラーナの輝きを帯びた闘気が
私を突き刺した瞬間・・・忘れかけていた情欲が、いままで以上の強烈さで私の子宮
を鷲掴みにした・・・ !!
過剰な敏感さのいまだ消えない私の身体を、柊蓮司の闘気が打ちのめす。
なに・・・なに・・・これ・・・戦いの最中だっていうのに・・・
私の変化に、柊蓮司が気づいた様子はない。裂帛の気合を声に乗せ、魔剣を横に
一閃する。
「どりゃあぁぁぁぁっ !! 」
びくん。びくん、びくん。
声が耳に届けば、それは耳元を愛撫されているかのようで。魔剣の刃風が胸元を
かすめれば、それは冷たい手のひらで乳房をもみくちゃにされたようで。
なんとかバックステップでそれをかわした私は、数メートル後方に着地した瞬間、
それに気づかされる。
ぐちゅん・・・。
新たに瘴気で創造したばかりの制服の下・・・真新しい下着の、アソコの部分が、も
うぐしょぐしょに濡れ始めている・・・。
(ああ・・・そう・・・そうなの・・・そうだったのね・・・)
気づいてしまった。
いつものゲームの真っ只中・・・命をかけた戦いの真っ只中・・・いつも私が感じてい
たあの興奮は、遊びに熱中していたせいじゃなかったんだ・・・
命をかける興奮は、性的な興奮と一緒で。女が絶頂のときに叫ぶ「死ぬ」という叫び
は、あれは私にとっては本当にリアルなもので・・・。
ああ・・・私はいつも・・・命がけで・・・・・・柊蓮司と・・・交わっていたんだ・・・。
※※※
絶頂に耐えに耐え抜き、極限まで昂ぶった身体のままで戦いに突入して、初めて
気づいたこと。さっきまでの怒りが嘘のように消え、私は、実はあんな作戦を立てる
必要なんかなかったことを知った。
だって、私、いつだって柊蓮司に抱かれていたんだもの。私だって、柊蓮司のこと、
いつだって抱きしめていたんだもの。命を削る交わりは一方通行だったかもしれない
けれど、ここまで深く、ここまで真剣に、ここまで愉しく、こんなにも命がけで、柊蓮司
に抱かれることが、貴女にできる !? 赤羽くれは !!
「あははははっ ! そうよ、柊蓮司 !! この私を仕留めてみなさい !! 」
手をかざし魔方陣を展開する。幾つもの魔力弾を柊蓮司に向けて放つ。それを続け
ざまにかわす柊蓮司は、私の投げたキスをたくみにかわす、つれない男のよう。
地を蹴り上げ、私に向かって突進してくる姿がたまらなく愛おしい。
横薙ぎの一閃が胸元をかすめ・・・・・・あうっ、んんうっ・・・・・旋回して攻撃を避ける
私の背中を刃の軌跡が風で薙ぎ・・・や、あんんっ・・・よろけつつ、かろうじてすかした
斬撃が、空を切って・・・ッ・・・くぅ・・・あぁあぁうぅぅぅっ・・・
「・・・っはっ !? 」
気づいたときにはもう遅く。柊蓮司の魔剣の切っ先が私のお腹に突き刺さり。
その瞬間私に訪れたものは・・・
(・・・・・・貫かれた・・・柊蓮司の魔剣で・・・あぁぁぁっ・・・だ・・・だめ・・・い・・・く・・・)
たとえようもない・・・絶頂感だった。
「・・・・・はーっ・・・・はーっ・・・・」
私を貫きながら、肩で息をしている柊蓮司。
それはまるで、行為の後に息を荒げる男のように、私の目には映っている。
ぽたり。ぽたりと。私の脚をつたって滴り落ちるものは、血だけではなかった。
「・・・くふ・・・ふふふ・・・本調子じゃないとはいえ・・・一対一で私を・・・いつの間に、
こんなに強くなっちゃったのかしら・・・柊蓮司・・・」
柊蓮司は顔を上げない。うつむいた顔が、なんとなく悲しそうな、後悔をしているよう
な、そんな表情を形作っている。あーあー・・・もう・・・ホント・・・お人よし・・・。
「ねえ・・・ちょっと・・・柊蓮司・・・遠いわよ・・・手が、とどかな・・・い・・」
腹部から突き抜け、私の背中からは魔剣の切っ先が覗いているに違いなく。
それでも私は、かまわず柊蓮司に近づいていく。
ず、ずずずっ・・・と、私の歩みに従って、深く、より深く、魔剣は私の身体に埋没して
いき。あ・・・やっぱり・・・痛い・・・わ・・・ね・・・。
「・・・・っくあっ・・・あは・・・つかまえた・・・」
ようやく柊蓮司の至近距離に到達したとき、私のお腹は魔剣の柄にまで触れそうに
なっていた。汗だくで、まだ呼吸の整わない柊蓮司の頬を、私は血まみれの手ではさ
みこんで。顔を、そっと近づけて。
ちゅっ、ちゅっ。
ソフトな口付けを一回、二回。
どういうわけか、柊蓮司は、私に唇を許してくれた。
「・・・ゲーム・・・・・・オーヴァー・・・・・・・うふふ・・・・」
気取って、そんな風に言って見る。
「・・・じゃあね、柊蓮司」
いつもの台詞、これだけはいつもの口調で。私に言える、最後の言葉。
それだけ残して・・・・・・私の身体はファー・ジ・アースから消え去った・・・。
(エピローグへ続く)