スレから追い出されたSSを投下するスレPart2

このエントリーをはてなブックマークに追加
13馬【ばかきょうだい】
「おいネウロ! 仕事取ってきやがれ!」
 魔界結婚相談所に弥子(老け顔ver)の野太い声が響いた!
「といっても先生! このご時世、純愛に生きる奴なんていませんよ! 女性はみーんな身の
程知らずな高待遇を求めてます! 男性は負け組なら生きるだけで精いっぱいで、勝ち組なら
適当においしそうなのをとっかえひっかえ! 参りましたねーこの格差社会! ハハハ!」
 鬱陶しい子安声(ペルソナ音頭で「夢開きましたかー?」とかいってるトーンね)でネウロが
応答するやいなやその顎にダイヤ製二十万カラットの灰皿が直撃しタバコの灰が舞い散った。
「ガタガタ抜かすとウブ毛までしゃぶってやるぜこの魔人野郎! ゲヴァヴァヴァヴァヴァ!」
 弥子(老け顔ver)は一升瓶になみなみと入った鬼殺しをぐびりと豪儀に煽ると、酒臭いげっ
ぷをまき散らしながらネウロに投げつけた。命中。割れた。
「やめてくださいよー先生」
 ネウロは頭から血をだくだく流しながら困ったように微笑んだ。
「るせー! 俺が好き勝手に競馬やパチンコ行けなくなったのは、テメーが魔界から上京して
きて『一緒に愛のキューピッドやらなきゃ僕ちんドブに生首さらすでちゅー!』って俺に懇願し
てきたからだろうが! あああ!? なんだこの仕事! 何が月収十六万円でやる気次第で
稼げますだ! ちっとも潤わねーよ! うぉ! おおお! ニンキナシシックス号トップに躍り出
た! おじさん、財布の前に秘所が潤っちゃうね! 粘れ粘れ、粘れ粘れ、そう、愛液のように
粘れ粘……チッ! ハイセンスオーツカなんぞに抜かれてんじゃねー! こっちゃ抜けねェ!」」
 後半はラジオ中継の競馬に対する感想だ。弥子は耳からイヤホンを引き抜くとラジオをネウ
ロにブツけて千億の破片へと砕いた。
「てめ、グダグダだべってねーで駅前でビラ巻いてこい! 俺らに任せりゃ好きなだけ女にカマ
せるなってなぁ!」
「そんな! 僕は精神的な純愛を成就させる天使なのに!」
「純愛だぁ!? ハッ、俺ぁ小学生時分、マジックマッシュルームをキめてたらテレビからリリカ
ルなのはが出てきてレイプされたんだ! 以来純愛なんざいっさい信じてねえ! この世で確
かなのは金と己の熱情だ! わかったら行ってこい!」
 やにわに冷たい声が響いたのは正にその時である。
「オイ。ここ営業中だよな?」
 いつの間にか相談所に一人の男が入ってきていた。
 背はそこそこに高くやせ型、髪は雪をまぶしたような白いショートウルフで色眼鏡をかけている。
 胸を軽く開いた黒の半袖カットソーと薄いオリーブドラブのパラシュートパンツはいかにもラフ
な印象を弥子に抱かせたらしく、彼女は出て行けとばかりに苦い顔をした。ついでにツバも溜めた。
「俺は早坂幸宜。通称ユキ。ちょっとした会社をアニキと経営している。依頼さえ完遂すれば報
酬は弾むぜ」
「らっしゃいませこんにちはー!!」
 弥子の威勢のいい声が結婚相談所に木霊した。
 転瞬! やにわに弥子と距離をつめたユキの右掌からばぁっと銀の光が閃いた!
「失せな」
 弥子が驚く暇(いとま)もあらばこそ。喉仏の下、なめし皮のように干からびた首筋に横一文
字の線が左から右へ過ぎ去ったかと思うと、ドス黒い血しぶきが冗談のように噴出した!
 線と描いたがすでに立体的な浸食をしている! 首の半ばまでをも切り裂いているのだ!
「アニキにいわせれば、十代半ばで膝回りが既に黒ずんでるような物体は女じゃない。ゴミだ。
クソだ。死に絶えろってな……アニキが喜ぶなら俺はいくらでも泥を被ってやるぜ」
「ブンゲベラベラボギャバァァァァ!!!」
 かつてここの主だったものはこうして断末した。瞳孔を見開かせ口へ気泡混じりの喀血と叫
びを焼けつけたまま……
「名刺だ! とっとけ!」
 ネウロが人差し指と中指で名刺をキャッチする頃、弥子の頭が首に蝶番があるかのように
背中へとダラリと垂れ下がり、重心移動の関係でそのまま後のめりに床へ叩きつけられた。
 そして床に広がるドス黒い血だまり。いつも通りの風景だ。
14馬【ばかきょうだい】 :2008/04/14(月) 16:40:58 ID:daTwwqk9
「で、ご依頼というのは?」
 ネウロはソファーに腰掛けテーブルを挟んでユキと向かいながら訪ねた。
 ニコニコと木魚を叩いているところからも、ヤコの仇を討とうという気が満載だ。
「この二人を結んでやって欲しい」
 ユキが二枚の写真を黒いテーブルに乗せると、ネウロの木魚を叩く手が止まった。
 結ぶ、という依頼からすれば当然写真の二人は男女である。
 だがネウロは一瞬その二人が親子ではないかと想像したほど二人の年齢は離れていた。
「こっちが早坂久宜。オレのアニキだ」
 ユキがまず指差した男性の写真はパンフレットに載っても遜色ないほど画質がいい。
 どこかの階段に肘からもたれかかる全身像がローアングルから映されている。話の筋から
すると彼もユキと同じく会社経営者だ。ならば何かの広告用に取られた写真かも知れない。
 年は三十代前半だろうか。背はすらりと高く、黒いスーツの下に紫色のカッターシャツを着て
いる所からして既に普通の会社経営者らしからぬ雰囲気があり、背骨の意匠があしらわれた
黒いネクタイが物騒さを決定づけている。
 髪は少しラフで短い七三分けだ。顎には芝生のような髭。口元に浮かべた笑みはひどく手慣
れており、写真撮影時のみならず日常の中、寝食すみずみまでずっと微笑しているのではな
いかと思われた。
「で、こちらのお嬢さんがお兄さんの想い人というワケですね」
 ネウロは透き通るような笑みを浮かべてもう一枚の写真を指差した。
「……ああ」
 ユキの雰囲気が少し重くなったのは、写真の人物が「お譲さん」であるからだろう。
 もしくはこの写真を撮る苦労を思い出し表情が曇ったのではないかとネウロが勘ぐるほど、
写真は色々な意味で映りが良くない。手ブレやピンボケが散見でき、四隅には木の葉が映っ
ている。
「つまり、こういう場所から密かに撮影せねばならぬ事情があるのですね? おっと失礼」
 ユキの色眼鏡の奥で激しい光が灯ったのを見て、ネウロは写真観察に戻った。
 彼は魔人なので人の価値判断に「美醜」という物差しを用いるコトはないが、用いないだけ
で一応は(人間社会で生活するための知識として)持っている。
 それに照らし合わせると写真に映っているのは、なかなか人間社会では稀な美少女でない
かと思われた。人間とは違う冷静な目線で観察してなおそういう結論がでるほどの、だ。
 ネウロの知る、「芸能プロダクションとやらに入って経営戦略通り歌ったりドラマに出たりして
二年ぐらい持てはやされた後どっかに消えて、また似たような新しいのが出てきてまた消えて、
そのサイクルが早くなるにつれ質が段々低下して写真集を四十万円分ばかり買わせようとす
る」人種でも、そうはいない美少女のように思われた。むしろ戦略を以て石を玉として売りさば
き年々テレビをつまらなくするしか能のない芸能プロダクションの馬鹿げた活動と無縁である
からこそ、少女の少女らしい可憐さが野に咲く花のようにすくすくと伸びやかに外見へ滲出
(しんしゅつ)しているようにさえ思われた。
 写真の中で遠巻きにうつされる彼女には実に余分な装飾がない。
 ふんわりとウェーブのかかったセミロングの髪のてっぺんに黒く大きなカチューシャをつけて、
何を道端に見つけたのか、屈託ない笑みを浮かべている。着衣はフリルのついたピンク色の
ワンピースで、肩には白ジャケットを羽織っている。楚々とした白いジャケットは少女を一層甘
やかに演出しており、今はこの世にいない弥子が見ればクリームの甘さを想起するだろうとネ
ウロは往時を思って涙を流した。そして鳥になって見下ろす心持ち続けながらリアルな日々に
負けないよう口から火球を吐いて弥子の死体を燃やした。
「宮迫睦月……ってんだ。あんた、狸屋って玩具メーカー知ってるか?」
「ええ。先生は生前、大麻とハッピターンの粉を吸いながらまた裂きゲームをするのが好きで
した。なのになのに一体どうしてこんなコトに。うぅ、しくしく」
 いつの間にかネウロは燃えさかる弥子の死骸の前に立ち、げっげっげとマグマを吐きかけ
ていた。蛭とかぶっているが気にしない。むしろ強い酸を含んだ魔界のマグマなのでキルバー
ンだ。最近のジャンプにはああいう鬼畜な外道がいないので物足りぬとネウロは思った。
 火勢はマグマにその本性の何事かを誘引されたらしく、いよいよその勢いを増し事務所全体
を恐ろしい光で照らした。しかるに火はそれ以上範囲を広げる気配がない! おお、なんと端
倪(たんげい)すべからざる魔人のわざ!
15馬【ばかきょうだい】 :2008/04/14(月) 16:42:01 ID:daTwwqk9
 ユキは一切合切を無視した。付き合っても仕方ないと思ったのだろう。
「写真のガキは狸屋の社長の孫だ。少し前、ちょっと依頼を受けてな……」

 ユキの話すところではこうらしい。
 以前、社長の身辺に異変が起こった。
 行く先々で鉄骨や植木鉢やシータが頭上から落ちてくるようになったのだ。
 流石に誰かに狙われていると思った社長は警察に相談したが、取り合って貰えなかったので
ユキとその兄の経営する会社に警護を頼んだという。シータは温泉旅館へバイトしに行った。

「警護? おや、先ほど頂いた名刺には香辛料の輸入や卸販売とありますが?
「あぁ、それは表向きの名目。うちは裏じゃ色々あるんだ」

 要するに最初はユキたちが昔務めていた総合信用調査会社に話が行ったのだが、担当者
がドラマCD版からアニメ版へ移行する際まるで別人になったような声変わりをきたし咽頭部
爆裂により急逝したため、かつてのツテでユキの会社に御鉢が回ってきたらしい。

「ま、そこは俺達兄弟。ちゃんと警護は成功させたさ」
「ほほう。それはお見事。世の中には依頼を受けておきながら殺人を阻止できない無能な探
偵やエサ欲しさに敢えて阻止をしないひどい助手もいるというのに!」

 社長を殺そうとしていたのは息子だったらしく、それがバレるとなんかアンコウみたいな姿で
七光どうこうを喚いて、愛刀の和泉守兼定二尺八寸をバットのような持ち方の示現流で「チェス
トー!」と猿叫立てつつ社長に迫ったが、久宜が抜く手も見せぬ拳銃さばきで即座に膝と掌を
撃ち抜き犯行を阻止したという。薩摩なのに土方の愛刀? と思う方は翔ぶが如くの最終巻を
読むがよろし。人斬り半次郎こと桐野利秋も持ってたのが分かる。

「で、問題はココからだ
「ほほう」

 ベタだけど回想スタート。パトやらポリやらがごったがえする狸屋本社前。

「ご依頼の件、完了しました」
「おお、ありがとうじゃ! これでわしは世界中の子供に向かって這って歩ける! それに比
べれば醍醐の逮捕なぞ……逮捕なぞ……」
 宮迫社長は警察に連行される醍醐を見ながら拳を震わせた。
「馬鹿者が……! このわしの血を受けた息子ならば七光なぞなくとも狸屋を発展させられる
と信じていたのに……!!」
 苦渋に満面を染める宮迫社長の目には耐えがたい涙が浮かんでいたというがそれは本題と
は関係ないし、早坂兄弟にも関係ない。
「では報酬は指定の口座まで……」
 久宜はサングラスのノーズパッドをくいっと引き上げながら立ち去ろうとした。
 するとである。野次馬かきわけキープアウトのテープをくぐり抜け、宮迫社長に飛びついてき
た影があった。早坂兄弟が警護の任を引き受けながらそれを見逃したのは、影が少女だったの
と顔見知りの太い葉巻を加えた巡査がテープの前で影に行くよう指示するのを見ていたからだ。
「おお、睦月」
 祖父の危機や叔父の逮捕を聞きつけ駆け付けたのだろう。睦月は宮迫社長にすがって無
事を喜び声を上げて泣きだした。
 久宜はどうかわからないが、ユキは兄を慕ってやまないのでさほどそういう光景は嫌いでは
ない。立場を鑑みながら「たまにはいいか」と今回の任務も満足を覚えかけたその時である。

 睦月が宮迫社長から離れて、手近にいた久宜にペコリと大きく頭を下げた。

「あの、おじいちゃんを助けてくれてありがとう!」

 睦月は頭を上げると、まだまなじりににうっすらと涙をうかべながら、飛びきりの笑みを久宜に
向けた。
 ユキは確かにその時、異様な音が久宜から響くのを聞いた。

 ドッキーン☆
16馬【ばかきょうだい】 :2008/04/14(月) 16:42:46 ID:daTwwqk9
(なんだよアニキその音!)
 ユキはかつて兄が捨て猫どもを拾ったのを覚えている。覚えているというか今でも自宅には
その猫らが居て、もうすぐ室内用のアスレチック器具すら届くから、兄との関係に対する死活
問題として扱っている。
 最初こそ久宜は、「猫どもから三毛猫のオスを見つけた。金になるから拾った」と弁明してい
た癖に、それ以外の無価値な子猫どもにデレデレと頬を緩めてレモン石鹸で洗ったり温めた
ミルクをふうふうしてから与えたり、牛乳は腹壊すのかー! と焦ったり、四種混合ワクチンは
いつ打てばいいかと真剣に悩んだりしている。
 要するに、可愛い物好きな側面を有しているのだ。久宜は。
 その事実を脳裏に描き兄の変調とそれをもたらした少女を見比べたユキは更に驚くべき光景
を目の当たりにした。

「い、いや、おじさんたちはお仕事だからね。もし道端で君のおじいさんが襲われているのを見
ても助けなかったかも知れないよ……?」

 久宜はトレードマークともいえる笑顔を物凄く困ったようにすぼめて、汗すらかいてあたふた
と睦月に弁明した。

「ううん。おじさん笑顔がかわいいから、きっとおじいちゃんと知り合いじゃなくても助けてくれるよ。
本当にありがとー。そっちの人もありがとー」

 ユキは頭のてっぺんで手を振る睦月をどこか意識の外に置きながら、兄が耳まで真赤にし
ているのを見た。

(可愛い……? この、私が? この笑顔が…………?)
(アニキィィィィィー!)
 
「とまぁ、コレで終わればまだ良かったんだ」
「ほほう。まだ続きが」
 ユキは心底嫌そうに頬杖をつきつつ睦月の写真を人差し指でとんとんと叩いた。
「アニキの奴……いつの間にかこのガキとメル友になってやがった」
「なんと」
 ネウロは口を無邪気に半開きにして身を乗り出した。どうでもいいがこの悪鬼羅刹を純真無
垢に描いていると物凄く疲れる。
「つまりあなたはお兄さんのケータイを盗み見したのですね。分かります」
「……なぁ、愚痴っていいか?」
「どうぞ! お客様の愚痴を聞くのも僕の仕事です!」
「あのガキがアニキのメルアド知ったのは仕方ねー。あのロリコンジジイがせがまれて仕方なく
バラしたっていうからな。ちゃんと報酬払った客に手を出すほど俺も馬鹿じゃないさ。けどよ……」
 久宜の写真を物凄く悲しそうに一瞥すると、ユキはどこからともなく取りだしたコートを着こんで
もふもふが縁についたフードをかぶり、ぶるぶる震え始めた。
「あぁ畜生。久々に寒くなってきた! なんでアニキの奴、返信して仲良くなってんだよ! 俺
が寒いのはそこだぜ!!」
 読者のほとんどが忘れている特徴すら引っ張り出すところを見るとよほどユキの悩みは深刻
らしい。
 ユキの周囲でびきびきと堅い音がして空気が氷結し始めた。やがてあたりの水蒸気は某牛乳
メーカーのシンボルの元ネタたる樹枝状六花結晶と化し、暴風に乗って事務所のあちこちを蹂
躙し始めた。弥子を燃やしていた炎も寒風にいつか消され本棚や机に雪が積っていく……
 萌えマンガ、とりわけToLOVEる読者にとってコレは周知の事実であると思うが、人間の体
温は、脊髄中の吻側延髄腹外側野(ふんそくえんずいふくがいそくや)に存在する交感神経
プレモーターニューロンによって調節される。ユキは恐らくそれに欠陥があるのだろう。
「しかもあの女に子猫の画像見せて可愛いだろ可愛いだろって必ず書いてやがる。クソッ!
俺にはそういうメールちっともよこさないクセになんであの女にだけ!! あァ!! 寒ィ!!
久々に物凄く寒いぜ!! なんでこんなに寒いんだよ!!!」
17馬【ばかきょうだい】 :2008/04/14(月) 16:43:45 ID:daTwwqk9
「ケータイ覗くのは良くないですよ。”あ”と入力した時の予測変換機能で、”あいしてる”になる
かどうか試すのも」
「ふざけんな! メール消されてても予測変換機能使ったらだいたいの内容が推理できるんだ
ぜ! それすらできなくなったら俺はこの寒気をどうすりゃいい!」
 もはや事務所の床には三十センチばかりの雪の層が分厚く積っている。なのにますます吹雪
を強めるユキに、ネウロは引きつった笑みを浮かべた。
「僕はあなたのお兄さんへの思いとストーカー行為に寒気がしますね。でも先ほどからのお話
ではむしろ縁結びより縁切りの方があなたにとって良いのでは?」
 ユキの震えが止まった。
「……寂しいだろうが」
ぷいと顔を背けてぶっきらぼうに呟くユキにネウロは首を傾げた。
「はい?」
「だから! アニキはずっと俺と馬鹿やってたせいで結婚する機会を失ったんだ! 今だって
恋人の一人もいやしねえ! いいや、多分ずっとだ! そんなアニキがようやくいい人と巡り
逢えたのに俺が邪魔するとか筋違いだろうが! いま破談したらアニキはずっと寂しいまま
……だったらあのガキがでかくなって適当な結婚する前に結びつけるのさ!」
 寒い寒いといいながら頬を赤らめ凄まじく熱い声を出すユキにネウロは目を丸くした。
「でも年の差は親子ほどありますよ? 性犯罪ですよ?」
 ユキは色眼鏡の奥で目を細めてニヤリと笑った。
「その辺りは構わねェ。何せ俺達ゃ兄弟はワルだからな」
 カッコ良くいってはいるが結局ロリコン犯罪の正当化ではないか、とネウロは思ったが別の
言葉で相手の真剣さを図るコトとした。相手は飯のタネなのだ。説諭より選別が肝要。
「でもお兄さんが結婚したら、貴方は蚊帳の外ですよね」
 ユキは額に手を当てて沈み込んだ。
「わーってるさ……いうな。俺は……アニキが幸せならそれでいいんだ」
「わかりました。お兄さんと、あなたの純粋な思い、気に入りました! ではご依頼の方、受け
ましょう!」
「……ありがとよ。せいぜい、アニキを幸せにしてやってくれ」
「それからですね。雪が融けたら何になると思います?」
「ハ? 水になるに決まってんだろ」
「違います。HALになるんです。あなたにもいつかHALが訪れるでしょう。」
 ユキの顔がぱぁっと明るくなると事務所の雪が融け、変わりに電人がいっぱい出てきた。

 というコトで作戦が始まった。
 一方その頃! (少年頭脳カトリに出てきたおじさん風に)

「あ」
「あ」

 街中で睦月と久宜は同時に間の抜けた声を上げた。特に示し合わせたワケでもないのに
遭遇したのだ。
「あー、ひさのりさんだー! おしごとの帰り?」
 久宜はユキの写真とほぼ同じ衣装で、睦月も大体同じ。ただ小さな体に不釣り合いな大きな
鞄を肩にかけている所が少々違う。夕刻だから学校帰りだから教材でも入っているのだろう。
 そうやってだぼだぼしたものを少女が一生懸命抱えていると非常に愛らしい。
「あ、ああ。ちょっと野暮用があってね」
 久宜は困った。実はさきほど社の利益を守るために五十人からなる外人傭兵部隊を殲滅し
てきたばかりなのだ。背広の内ポケットにはまだ硝煙くすぶる拳銃だってしまわれている。
 そんなコトは知る由もなく、睦月は無防備に久宜にすりよって、袖をひきつつキラキラした瞳
で見上げてくるからたまらない。
「ね、ね? 子猫さんたちげんき?」
「ああ、元気だとも。フフフ。昨日ついにうちにアスレチック施設が到着してね、よじ登ったり飛
び降りたりかじったりしてるよ」
「あはは、たべものじゃないのに。変なの〜」
「まったくだよ。子猫というのは手間がかかって困るね。いや、困っているといっても今さらよそ
にはやるつもりはないよ。ま、まぁ、うちには空き部屋もあるし繊維製の家具はないからそれ
ほど困ってはいないから欲しいといってもあげないよ」
「ひさのりさん、本当に子猫さんたち好きなんだね」
18馬【ばかきょうだい】 :2008/04/14(月) 16:45:06 ID:daTwwqk9
 お腹に手を当ててクスクス笑う睦月はどうも可愛い。
(……しかし私は何をしているんだ。い、いや。この子は狸屋の社長の孫だから先々のために
コネを作っているに過ぎない。コネは金のため、金を儲けるため……そうじゃないのかね早坂
久宜。そうじゃないのかね……)
 またも汗だらだらで自問自答する久宜をよそに、睦月は鞄に手を突っ込んでしばらくがさごそ
やっていたが、やがて何かの包みを引っ張り出し久宜に差し出した。
「あのね、きょう家庭科のじゅぎょーでクッキー焼いたからひさのりさんにあげるね! ほんとは
ママのぶんだけど、まあ、外交カードっていったらなっとくしてくれるから」
 香ばしい匂いが久宜の鼻をついた。あるいはこの少女の匂いかも知れず、久宜は柄にもなく
どぎまぎと受け取った。
「あ、ありがとう。おいしくいただくよ」
「じゃあねー。またメールちょーだいねー」
 弾けるような笑顔で手を振りながら睦月は走り去って行った。
「……ユキにもあげるべきだろうか。しかし」
 しかし、の後の言葉が「自分だけが食べたい」か「ユキはアイスクリームのような冷たくてとろ
とろした物しか受け付けないかしな……」のどっちか。久宜は我が事なのに分からず困った。
 睦月への好ましさとユキへの気遣いに困惑した時、久宜の耳に大きな声が突き刺さった。
「ひさのりさーん! ネクタイにさかなのほね書くのはやめた方がいいよおー!」
 振り向けば道の向こうで睦月が口に手を当て大声で叫んでいる。それで道行く者は久宜の
胸をちらちら見て、ニヤニヤしながら立ち去っていくのが分かった。
「魚の骨じゃないよ。だいたい、それぐらいは私の好きにさせてくれたまえ……」
 小声だったので睦月には届かなかったが、落胆は伝わったらしく睦月は「うふふ」と笑いなが
ら雑踏に消えた。
(どうもよくない)
 久宜は自分の睦月に対する感情を処理しがたくなってきた。
 ふぅ、とため息をついて視線を落とすと、彼は首をかしげた。
 何かが落ちている。目を凝らすと財布のようだ。今どき珍しいガマ口で生地はピンクの布製。
 ところどころに何かのロボットの刺繍が施してある。それが「殺人兵器丸ロボ」なるゲームキャ
ラと久宜に知れたのは、かつて勤めていた会社の社長がよくそのゲームの攻略を押し付けて
きた経験による。
「フン。財布など落とす方が悪い。ネコババさせてもらうよ。そうでなければワルたる私自身の
バランスというものが取れないからね……フフフ。こうして軽犯罪を働いているとユキとの少
年時代を思い出す」
 くいっとサングラスのノーズパッドを押し上げながら、久宜は器用に片手で財布を開き……
 この場に鏡がなくて良かったと心底から思った。驚くあまり、微笑しつつも顎が外れんばかり
に開いているのだから。
「先ほど鞄からクッキーの包みを出す時に落としたのか」
 「みやさこむつき」と内側に青ペンで書かれたガマ口を前に、しばし久宜は立ち尽くしていた。

 所変わって魔界結婚相談所。電話をするネウロの姿があった。
「もしもし。お忙しい中すみません。私、魔界結婚相談所の脳噛ネウロと申します。本日は有限
会社笑顔様から御用を賜りお電話差し上げた次第です。ええ。はい。そうです。ええ。ええっ。
分かります。可愛いお孫さんが実の孫である事、重ね重ね残念ですよね。はい、はいっ。……
そう! 流石は鋭い! そうなのです。実のお孫さんでさえなければ見られるあれやこれやを
ご覧できる、いい機会がありますよ!」
 電話を置くとネウロは輝くような笑みをユキに向けた。
「まず一名、話をつけました」
「お、おう」
「ではもう一名に話をつけましょう!」

 久宜はもう色々な意味で泣きたくなった。泣きたくなりながらもやっぱり微笑は浮かべている
からますます自分が滑稽に思えてくる。
(なんで私は彼女の家でハンバーグをごちそうになっているんだ)
 宮迫家の食卓で睦月とその母・葉月とテーブルを囲みつつ久宜は途方に暮れていた。
 財布を届けに来たらこうなった。ちょうど食事の用意をしているとか何とかで睦月が久宜を半
ば強引に部屋へ引きずり込んだのだ。
19馬【ばかきょうだい】 :2008/04/14(月) 16:46:00 ID:daTwwqk9
 いい聞かせるように思いながらも久宜はどうも睦月を邪険にできない。
「でもね、大人の中じゃいつだってひとりぼっち。この前ねらわれたときだって、大人はだぁれも
助けてくれなくて、わたしがほかの人にたのもうかなーっておもってたの」
 睦月は久宜の葛藤など知らない。ただただ自分の思いをすらすら口に乗せて、まるで子猫の
ような澄んだ瞳を下から向けてくるだけである。
「でもひさのりさんともう一人の人が助けてくれてね、うれしかったよ。あとでママにも話したら、
とろさんやならしかさんも、実はおじいちゃんをすごく心配してくれてたんだってー。うん。おじい
ちゃんは大人の中でもひとりぼっちじゃないんだなって。それが分かったのはひさのりさんた
ちのおかげだよ。ありがとう」
 そして笑う。この少女は言葉の後に笑うコトを宿命づけられている生物じゃないかと思えるほ
どよく笑う。
 あぁ、と久宜は思った。もしかすると三つ目の共通項は笑顔かも知れない。人工と天然の違
いはあるが、それはいずれも両者の原則を世界に示してはいる。
(ならばせいぜい君を観察させてもらうよ。私の鎧の質を高めるために)
 培った物が意外な所で活き、思わぬ収入をもたらすのが仕事である。そういう可能性を常々
信じている久宜だから、睦月という少女にも可能性を感じた。同時に戸惑いは少し消えた。
「そうだね」
 スっとしゃがんで久宜は睦月と同じ視点になった。
「君のおじいさんは色々な人に慕われているから、できれば私も末長くお付き合いしたいよ」
 もちろんビジネス的な意味だが、睦月との関係性の継続も少し考慮にある。
「うん。私も。じゃあねー」
 睦月は振り返りてててと駆け去って行った。
(フ。実にあっさりしている。要件を告げるだけ告げて即帰る……案外、いいビジネスマンにな
れるかもな)
 笑みを浮かべて睦月を見送っていた久宜だが、しばらく考えるとそーっと睦月の後を追った。
(時間も時間だ。お嬢さんの一人歩きは危ない。フフ。私がせっかく見つけた可能性だ。もし危
害を加える者が現れたら撃ち殺すとしよう。そうでもせねば私のワルとしてバランスが保てない)
 もちろん大人と子供だ。走って先行していた睦月だが、すぐ距離は縮まった。
 そうして見つからないよう見つからないよう尾行しながら、周囲を注意深く見渡す。
 もちろん睦月を狙う影などいない。敢えていえば久宜こそ怪しいだろう。
(やれやれ。ハンバーグが報酬のボディーガードなど初めてだがね。私が始めた以上、矜持に
かけてミスは絶対に許されないのだよ)
 睦月がマンションの入口に差しかかった時、久宜は宮迫家に電話を入れてマンションの出口
に睦月がいる旨を告げた。しばらくすると葉月が玄関口で睦月を迎えるのを見た。
(……ふふっ。ずいぶんらしくない真似をするじゃないか早坂久宜。狸屋とのコネはそんなに
重要かね? まぁそれはともかく頂いたクッキーはおいしく頂こう)
 携帯電話の電源を切ると久宜はタバコをふかしつつ、夜の街へと溶け込むように姿を消した。

 同じころネウロたちが出向いたのは河川敷だ。
 そこでリポーターはハエを周囲に飛ばしながら空き缶をゴミ袋に入れている第一血族はっけー
ん! 早速お話を伺うコトに。
「ホームレスではないよ。私はシックス。たぶん一作品ぐらいしかエロパロネタに使われてな
い男。誰か描けよ私で。断末魔の叫びからでも、哀惜の慟哭からでもなく、静かなる言葉で誰
か私で純愛物を描いてくれ」
「……いきなり出てきて何いってるんだこのホームレス。無理難題は単行本の余白だけにしろ」
 ユキが鼻をつまみながら呆れると、シックスは黄ばんだ歯をむき出しにして笑った。
「私はホームレスじゃないよ。私はシックス。健康保険が効かないので病気になっても病院へ
はいけない男。だから家もなくアルミ缶を拾い集める方面に定向進化した新しい血族だ。私の
人生は大勝利。大勝利と思わないと密閉空間で武藤と散歩する羽目になる」
「みんな早くエロが読みたいのに不人気キャラごときが無駄な行数使わないでください」
 とりあえずネウロはシックスの顎に蹴りを叩きこんで宇宙に向けて二千メートルばかり吹き
飛ばした。
20馬【ばかきょうだい】 :2008/04/14(月) 16:47:09 ID:daTwwqk9
 五時間後。
 もうすぐ日が昇るという頃、肉体を用いた阿鼻谷ゼミ流の民主主義的話し合いがついに決着
した。
「仕事を引き受けたらガストで目玉焼きハンバーグを奢ります」
 シックスはボロボロでネウロは無傷。にも拘わらずシックスは目を煌かせた。
「なんだと。ハンバーグ……! ファミレスで目玉焼きの乗ったハンバーグをちゃんと暖かくて
カビとか変な虫のついてないご飯と一緒に食べられるのは最高の考古学とは思わないかね」
「……い、いや、最低限度の栄養学じゃねーかそれは」
「私は乗らせていただくよ! イヤッホウ!」
 シックスはバンザイをしてから橋の下のビニールテントに突っ込むと、事情を報告したのだろ
う。新しい血族の面々──ゆうしろうと半魚人クルセイダーズとコアラ抜刀斉──をぞろぞろ
率いて河原の広い所で胴上げをしてもらい、輝く笑顔を太陽に向けた。
翌日死ぬとも知らずに。

以上ココまで。
お付き合い下さりありがとうございました。
また非エロが長引いたらお世話になります。