ゆりかご最深部に位置するクアットロが、パネルに指を走らせる。
すると、玉座の間の部屋隅8箇所がパカッと開き、その中からガジェットが吐き出され、なのはに攻撃を開始した。
ラウンドシールドで防御し、もう一度アクセルシューターで8機全てを叩き落とすが、
爆煙が収まらないうちに、その煙の中から後続のガジェットが次々と飛び出してくる。
『8、16、24……The number has increased fast!!』
ものすごい勢いで増えていくガジェット。それに比例して、なのはへの攻撃がどんどん強まっていく。
レイジングハートのサポートで辛うじて防御し、反撃に転ずるが、一向に数が減らない。
アクセルシューターは一回で12発が限界だ。
アクセルシューター一回よりも、ガジェットが二回吐き出されるほうが早い。
すなわち、アクセルシューターで応戦している限り、ガジェットの数が増えることはあっても、減ることはない。
ようやく、なのはは悟った。
物量作戦――
本来、なのはにとって、ガジェットなどそれほど驚異的な敵ではない――はずだった。
しかし、今回は数が尋常ではない。塵も積もれば山となる、だ。
玉座の間に来るまでも大量のガジェットによる迎撃はあったが、
なのはは進むのに必要最低限のガジェットだけを破壊して突き進んできた。
それは、そこがただの通過点に過ぎず、ガジェットから逃げるような真似をしてもなんら問題はなかったからだ。
だが、現在は最終目的地。ここから、ヴィヴィオを助け出さなければならない。
故に、さっきまでのようにガジェットをスルーすることはできない。
「ぐうぅぅ……!」
これはまずい。こんな勢いでアクセルシューターを撃ち続けていたら、あっという間に干上がってしまう。
「レイジングハート!」
『All right』
臭いは元から絶て、という。それと同じように、続々と吐き出されるガジェットを破壊するのではなく、
射出口自体を破壊してしまわないと、いつまでもガジェットを相手にする羽目になる。
自分に攻撃してくるガジェットにアクセルシューターを向けながらも、その内の数発を射出口目掛けて放つ。
が、なのはの意図を悟ったのか、数機のガジェットが射線上に割り込み、その身を犠牲にして射出口への攻撃を阻止した。
「……っ!」
二度、三度繰り返したが、結果は同じ。なんとかガジェットをかわしそうと砲弾を細かくコントロールするのだが、
どうしても射出口に届くまでに邪魔されてしまう。
ディバインバスターなら、立ち塞がるガジェットごと貫通して射出口を破壊できるだろうが、
如何せん、今の激しく攻め立てられた状況ではディバインバスターを放つ余裕などない。
『そうそう、その調子。その悪魔、一秒たりとも休ませちゃダメよ〜』
「このっ……!」
このままではまずい――
そう理解しながらも、とりあえず今は目の前のガジェットを撃ち落とし続けるしかないなのは。
何か作戦を考えようとしても、間断なく続く攻撃の前に、そんな余裕などありはしない。
次第に追い詰められるなのはを眺めながら、クアットロは次の手を打つ。
「ゲホッ!はあっ、はあっ」
どのくらいガジェットを撃破したかわからない。
あたりには煙が立ち込め、床には壊れたガジェットの残骸が山のように散らばっている。
煙で視界も随分と悪くなってきた。徐々になのはの息が上がってくる。
そんな彼女の後頭部を、鋭いビームが掠めた。
「うっ?!」
あと数cmずれていれば、バリアジャケットで守られていないなのはの頭は、アイスのように溶けていただろう。
ブラウンの髪の毛を束ねるリボンが蒸発し、ツインテールの右側が解けた。
振り返ったなのはが目にしたのは、黒いガジェット。
アクセルシューターをひょいひょいとかわし、なのはに迫ってくるそのスピードは、今までのガジェットとは全く違う。
(速い!)
撃ち掛けられたビームをシールドで防御したが、攻撃力も今までより上がっているようだ。
下手に妥協して適当なパワーのシールドで防ごうとすれば、貫通されてしまう。
『Master!!』
「はあっ、はあっ、くっ……」
なのははついに完全防御に徹さざるを得なくなった。
ドーム型の全方位型シールドを形成し、その中に身体をすっぽり収める。一度守勢に回ってしまったら、もはやそれまで。
満天の星の如きガジェットの大群にガンガン砲撃を浴びせられ、シールドを解除できなくなった。
シールドの中にいる限りは安全だが、しかし、それはこちらからの攻撃もできなくなるという意味だ。
「あとは時間が経つのを待つだけね」
黒いガジェットは、スカリエッティ側がこの日のために用意していたカスタマイズ・ガジェットで、
今までに比べて能力が数段上がっている。防戦一方になったなのはをモニター越しに眺め、
クアットロは残虐な笑みを浮かべる。
もちろん、ヴィヴィオを今すぐレリックウェポンとして覚醒させ、なのはと戦わせることはできた。
だが――正直、あの悪魔の力は底が知れない。慎重になるに越したことはないのだ。
なのはを倒すのに急ぐ必要は全くない。
地上及びスカリエッティのラボに侵入した機動六課メンバーは、ほとんど片付けた、との報告が入っている。
戦闘機人とガジェットによる都市制圧も成功し、地上は壊滅状態。
ゆりかごに突入してきたもう一人は重傷を負い、自分のことで手一杯、放っておけばそのうち死ぬだろう。
この状態では、なのはに救援がある可能性は極めて低い。
ならば、長時間をかけてでも確実になのはの体力と魔力を削り、そうしてからヴィヴィオをぶつけて確実に詰ませばよい。
それに――もうすぐゆりかごは衛星軌道上に到達する。多少無理気味でも、攻めなければならないのは管理局側だ。
そんな奴らと正面から戦っては、戦局に紛れの生じる余地がある。
時間が経てば経つほど、自分達が有利になるのだから、焦る必要はない。
クアットロは、自分達の陣営が優勢だという余裕は持っているが、しかし、決して油断はしていないのだ。
そんなクアットロの策略に、なのははまんまと嵌ってしまった。
(一体、どうすれば……)
なのはは焦った。ゆりかごが衛星軌道上に到達するまで、あまり時間はない。
この攻撃を何とかして、早くヴィヴィオを取り戻さないと――。
だが、今シールドを解除すれば、100%蜂の巣になる。
なのははここに来る前に、一つだけ伏線を張っておいた。
だが、それは集中砲撃に晒されている現状を打破できるものではない。つまり、打つ手がない。
嫌な汗が、背中を流れた。
「ママぁ!なのはママぁっ!!ケホッ」
苦痛に喘ぎ、煙にむせながら、ヴィヴィオは目の前で繰り広げられる『管理局の悪魔殲滅大作戦』を、
ただただ見つめることしかできなかった。
【絶体絶命に思われたヴィータだったが、防衛システムをなんとか撃破。ヴィータはついに駆動炉に到達した。
満身創痍の身体でグラーフアイゼンを駆動炉に叩きつけて破壊を試みる。
が、鉄槌の騎士の力を以てしても、ヒビ一本入らない強固な駆動炉――】
「はあっ、はあっ、はあっ、ちく、しょ……」
何回やっても何回やっても傷一つつかない。
そんな駆動炉とは対照的に、ヴィータの身体は傷だらけで、あちこちから血が噴出している。
もういい加減、限界だった。足元の魔法陣がフッと消える。
浮力を失ったヴィータの軽い身体が落下していき、床に激突した。
「ぐぇっ!う、はあっ、はあ……」
もう、ダメかもしれない。一瞬、ヴィータはそう思った。
だが同時に、もし、自分がこれを壊せなかったらどうなるのか、ということも考える。
ゆりかごは衛星軌道上に到達したら、ミッドチルダをいつでも砲撃することができる、とんでもないシロモノだ。
地上は阿鼻叫喚、地獄絵図と化すだろう。
はやても、なのはも、自分の守りたい大切な人達や世界も全て、理不尽な暴力の支配下に置かれ、
常に死の恐怖に晒されることになってしまう。
「…………だよ……」
そんなこと、絶対に許さない。許すわけにはいかない。
「これを壊さなきゃ、はやても、なのはも、みんな、困るんだよ……」
心に再度燃え上がった決意の炎を源に、ユラユラと立ち上がり、ゆっくりとグラーフアイゼンを振り上げる。
「だから、さ……」
「あきらめるわけには、いかねーんだ!!」
「うぉあああぁぁあぁぁぁあっっっっっっ!!!!ああぁっぁぁあぁっっっ!!!!!
ぐぉあああぁぁああぁ―――――――――――っっっっっっ!!!!!!」
凄まじい叫び声を上げ、グラーフアイゼンを打ち付けるヴィータ。
跳ね返ってきた攻撃の余波が、ヴィータの身体を蝕む。
塞がりかけた傷口は開き、新たな血が身体を濡らす。だが、そんなことは全く気にならない。
ピシ
今までいくら叩いてもヒビ一本入らなかった駆動炉。
ヴィータの気迫に押されたかのように、その駆動炉にわずかなヒビが入った。
それは、霞み始めたヴィータの視界にもハッキリと映って。
これが最初で最後のチャンスとばかりに、残っていた魔力も気力も体力も想いも――
今の自分が持っている全てをグラーフアイゼンに注ぎ込み、鉄槌の騎士は吼えた。
「ぶちぬけええええええええええええぇぇぇぇえぇっっっっっっっっっ!!!!!!!」
ピギッ ビキィッ
表面に走ったヒビが、宝石のように美しく透き通っていた駆動炉を濁らせる。
その濁りは加速度的に拡がっていき、中心で猛っていた光が驚いたかのように乱れ始めた。
そして――
ガリンッ バキバキバキッ
綺麗なダイヤモンド状をしていた駆動炉が、ついにその形を崩壊させる。
全体の4分の1ほどが、ヴィータの命を燃やした攻撃によって削り取られた。
(これで……どうだっ……?)
ヴィータがそう思った途端、削り取られた部分から火を噴き出し、駆動炉が爆発を起こした。
「…………っぐ!」
目の前の爆発にモロに巻き込まれ、派手に吹き飛ばされるヴィータ。
空中に浮遊していた駆動炉が、爆発を起こした箇所からもうもうと黒煙を吹き上げ、
ゆっくりと床に向かって墜落していく。
その中心部には、先ほどまでのような強い輝きは見られず、今にも消えそうな弱い灯火が残っているだけだった。
吹き飛ばされて視界を著しく回転させながらも、その様子を辛うじて捉え、
ヴィータは駆動炉がその機能を失ったことを理解した。
(やっ、た……これで、駆動炉は……)
そう思った途端、張り詰めていた糸が切れ、身体中から力が抜けるのを感じた。
どしゃぁ
力なく床を転がるヴィータ。その身体には、飛散した駆動炉の破片がザックリと突き刺さっている。
ボロボロになった身体。大量の出血。今、目の前で崩れ落ちた駆動炉同様、
ヴィータの命の灯火も消えかけていることは誰の目にも明らかだった。
(だめだ……立てねえ……次は、なのはを助けに行かねーといけねーのに……)
身体に残っていた魔力は、一滴残らず駆動炉に叩き込んだ。指一本動かす体力も、残っていない。
全て、さっきの一撃で出し尽くした。
(はは……よく考えたら……今のあたしが行ったって、足手纏いにしかならねー)
カートリッジも一発残らず、全て使い果たした。
グラーフアイゼンには亀裂が入り、これ以上振るえば確実に壊れてしまう。
もう、今の自分にできることは何もなく、そして、何かをする力も残っていない。
(……もう、いいよな……?)
これでゆりかごが止まるかどうかはわからないが、とりあえず、駆動炉は停止させた。
自分は……おそらくここで力尽きて死ぬだろう。でも、最低限の仕事はやり遂げた。
残るもう一方――ヴィヴィオはきっと、なのはが助け出してくれる。
そうなれば、地上はゆりかごの恐怖から解放されるのだ。そう、アイツなら絶対やってくれる。高町なのはなら――
『……約束、しよう?生き残るって。絶対、生き残るって!』
「……っ……!!」
朦朧としていた頭に甦る、なのはとの約束。数秒前までの自分は、一体何を考えていたのだろうか。
――約束は守ってこそ意味があるものなのに、もう、いいよな、なんて自分で勝手に決め付け、約束を破ろうとして……
「……そうだ。約束、したんだ……絶対、生き残るって……」
そう、今のヴィータに課せられた最後の仕事。
それは、なのはと交わした約束――生きて帰ること――を達成させることだった。
指一本、動かす体力も残っていないはずだったのに。
なのはとの約束が心に浮かんだ途端、まだ動けるような気がした。
「まだ……死ぬわけには、いか、ねぇ……」
そして事実、身体はまだ動いてくれた。
グラーフアイゼンを引きずり、カメが進むよりもノロノロとしたスピードではあったが、
立ち上がって歩き始めるヴィータ。
血がボタボタと落ち、動力炉の破片が身体中に突き刺さったまま、それでも、「生き残る」――
その気持ちが、唯一の原動力となってヴィータを動かした。
だが、そんなヴィータにも、いよいよ限界の中の限界が訪れた。
「は、ぐ……っ」
駆動炉の設置してあった空間から通路へと出たところで、ヴィータはよろめいた。
霞んでいた視界が、さらにぐにゃんぐにゃんと歪む。フラフラと身体は流れ、通路の壁に当たる。
それでも、壁に身体を預けるようにして先に進もうとするヴィータだったが、いよいよ足に全く力が入らなくなった。
そのまま、ずるずると壁に寄りかかるようにして崩れ落ちるヴィータ。
……少し、休もう。そうすれば、また動けるようになる。
「……わりぃ、アイゼン……少し、休ませ……くれ……」
力の入らない手で、それでもしっかりと相棒を握り締めながら、ヴィータはスッと目を閉じた。
「いい、だろ……?少し、休んだら……ここ……脱出……」
そう、ここを脱出したら、もう全ては終わっている頃だろう。
熱い泥に吸い込まれるかのように落ちていく意識の中で、ヴィータはそんなことを思った。
なのははヴィヴィオを助け出し、ゆりかごは完全に停止しているはず。
はやても、ゆりかごの外で待っているはず。
フェイトは、スカリエッティを逮捕しているはず。
都市防衛の任務に就いているアイツらも無事なはず。
帰ったらまず、シャマルに怪我を治してもらわないと。
シグナムとザフィーラには、駆動炉を破壊した自分とグラーフアイゼンの武勇伝でも語ってやろう。
はやてには思いっきり抱きついて、「よう頑張ったね」と、頭を撫でてもらおう。
それで、それから、それから――
どぉん!!どがああああん!!!
ヴィータの今にも消えそうな細い息遣いだけが響いていた静寂な通路に、耳をつんざく爆音が割り込んだ。
駆動炉の残り火が爆発を引き起こしたのだ。
それは次々に誘爆し、駆動炉全体から焔を噴き出してゆりかご全体を大きく揺らす大爆発に発展した。
灼熱の奔流が、通路にまで勢いよく流れ込んでくる。
――その奔流は無情にも、あっという間にヴィータの身体を舐め尽くした。