【空に舞い上がった古代ベルカのロストロギア『聖王のゆりかご』停止のため、
内部に突入した高町なのはとヴィータは、立ち塞がるガジェットを破壊しながら突き進む。
そこに通信が入り、ゆりかごの駆動炉と、ヴィヴィオのいる玉座の間の位置が判明した。
だが、二箇所は真逆方向。そこで、ここから分散してそれぞれ駆動炉と玉座の間に向かおうというヴィータの提案により、
なのはとヴィータは別れることになった】
「ヴィータちゃん…」
別行動で行こう、というヴィータの提案に、なのはは不安だった。
別に、ヴィータの力を信用できないとか、自分の力に自信がないとか、そういうことではない。
ヴィータの力量はよくわかっているし、自分もそう滅多な事ではやられたりしない、となのはは自信を持っている。
だが、ゆりかご内部に突入してから、立ち塞がるガジェットをヴィータがほとんど一人で破壊しており、
彼女は相当に魔力と体力を消耗していた。
単独行動になったとき、今の疲れたヴィータの身に危険が降りかかったら……。それが怖かった。
だが同時に、ヴィータの言うように、分断するしかないこともわかっていた。
彼女達の目標は、ゆりかごの停止。ゆりかごの駆動炉の破壊、玉座の間のヴィヴィオの救出……。
最悪のケース、すなわち、この両方の条件を満たさなければ、ゆりかごが停止しないという場合、
二人揃って一箇所ずつを回るのは、安全ではあるがタイムロスが大きい。
この戦いは、時間との勝負だ。一分たりとも無駄にはできない。
「一瞬でぶっ壊してお前の援護に行ってやる。さっさと上昇を止めて、表のはやてに合流だ」
すたすたとヴィータが駆動炉の方向へ歩き始めた。その後ろ姿から何か、悲壮な決意というか、覚悟というか……。
このまま別れたら、もう二度とヴィータに会えないような、そんな気がして、なのはは思わず叫んでいた。
「待ってヴィータちゃん!」
その声に、ヴィータの足が止まる。
「……約束、しよう?生き残るって。絶対、生き残るって!」
おそらく、いや、間違いなく、今からなのはとヴィータは命を落とす危険のある戦いに突入することになる。
そのような状況で生き残るために何より必要なのは、あきらめない気持ち、生きたいと願う気持ちであることを、
数々の修羅場をくぐり抜けてきた二人は知っていた。そのことを、なのはは言いたかった。
「ああ、わかってる」
「……約束だよ?」
「ベルカの騎士は嘘はつかねー。……お前も、約束しろよ?」
「うん、わかってる。必ずヴィヴィオを助け出してみせるから……」
「よし……これで安心だな」
ピリピリしていた空気が、ふっと和らぐ。
やはり、なのはとヴィータの間には他とは違う、なにか通じ合えるものがあった。
「……じゃ、行くね?」
「気を付けろよ!」
「うん!」
なのはは、覚悟を決めて飛び立った。
――これが、二人の永遠の別れになるとも知らずに……。
「でやあああああぁぁっっ!」
立ち塞がるガジェットを、グラーフアイゼンで叩きのめす。
破損した箇所から火を噴き出し、爆散するガジェット。とりあえず、今目の前にいるガジェットは、全て破壊した。
「はあっ、はあっ、はあっ、はあ……」
ヴィータは相当に疲れていた。思わず膝をついてしまう。無理もない。
かつて経験したことがないほど、大量の敵を撃破してきたのだ。
だが、立ち塞がるガジェットは確かに数が多いものの、強さ的にはたいしたものではない。
手間はかかるが、一機ずつ確実に墜としていけば大丈夫だ。大きく深呼吸をして乱れた息を整える。
「はっ、ふー……ここまで来りゃ、もうちょっとだな」
通信で受け取った動力炉のある箇所までは、あと少し。懐からカートリッジを取り出し、数を確認する。
カートリッジは、あと4発。十分足りる。
(カートリッジもまだある。……大丈夫、楽勝だ)
もう一度大きく深呼吸して息を整え、立ち上がるヴィータ。
だが、次の瞬間――ヴィータの身体を、衝撃が襲った。
びちゃっ
嫌な水音がした。
「あっ!……う……」
その瞬間、何が起こったのか、ヴィータにはわからなかった。ふと顔を下げる。
何かが、後ろから自分の胸を貫いている。信じられないといった表情でそれを見つめるヴィータ。
床に飛び散り、さっきの水音を立てたのが自分の血だとわかるまで、少しかかった。
一瞬遅れてやってくる、焼けつくような痛み。視界が、ぐにゃりと歪んだ。
(なに、が……?)
歯を食いしばり、後ろを振り返ると、そこには――
「…あ……」
「それ」を目にした途端、ヴィータの頭に鮮明に甦った、「あの日」の記憶――
「あ、あ……」
「アンノウン」に襲われ、「あの」なのはが血しぶきを上げながら地面に吸い込まれていく。
いくら揺すっても、呼びかけても反応しない、血まみれになってグッタリとしているなのは。
医療班がなかなか到着せず、腕の中で冷たくなっていくなのはに、半狂乱になって叫ぶ自分。
「!!あ、ああっ?!」
忘れるはずもない。――そう、ヴィータが目にしたのは、8年前、自分達を襲撃し、
そして高町なのはに瀕死の重傷を負わせた「あいつ」だった。
「あ、うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あっっ!!」
ヤツの攻撃が、胸に突き刺さっていることすら忘れた。迸る激情に任せ、グラーフアイゼンを振り回す。
その一撃をまともに受けて爆散する因縁の敵。爆散の衝撃で、ヴィータの身体が吹き飛んだ。
「ぎゃうっ」
床に叩きつけられ、貫通された胸から大量の血が飛び散った。
普通の人間なら即死だが、夜天の書の守護騎士プログラムの産物であるヴィータは、このくらいでは死にはしない。
しかし、それは不死身という意味ではない。今の攻撃は、確実にヴィータの命を削った。
「ぐ、は……っ」
よろよろと立ち上がりかけたヴィータの喉の奥から、生温かいものがせり上がる。
げぶっ
口から飛び出した「それ」は、味噌汁がこぼれたときのような嫌な音を立て、床に真っ赤な花を咲かせた。
口一杯に広がる独特の鉄臭い味。身体から、力が抜けていく。それでも、しっかりしろと自分を叱咤し、顔を上げる。
その視線の先から、ヴィータ目掛けて突き進んでくる物体があった。
ゾゾゾゾゾゾゾゾ……
ヴィータが向かおうとしていた先から、まるで蟲をイメージさせるような機械兵が現れる。
その姿は、先ほど自分を襲った「あいつ」とよく似ていて――それが編隊を成しながら、自分のほうに突き進んでくる。
実はこれ、ゆりかご防衛システムのひとつであり、ガジェットW型とでも言うべきものなのだが、
そんなこと、ヴィータには知ったことではない。
ヴィータにとってこいつらは、なのはを負傷させた憎き敵の同胞以外の何者でもない。
「あの時なのはを落としたのは、てめぇらの同類かっ……!」
グラーフアイゼンを手に取り、ユラユラと立ち上がるヴィータ。血が、ボタボタと落ちる。
大怪我をした上に、向かう先には大量のゆりかご防衛システム。客観的に見て、絶体絶命といっていい。
それでも、ヴィータは恐怖など一欠けらも感じなかった。
「……ざけんなよ」
吐き捨てるように呟いて顔を上げる。その目には、青い怒りの炎がメラメラと燃え盛っていた。
「一機残らずぶっ壊してやらああああ゛あ゛あ゛あぁぁ――――っ!」
狂ったように吼えながら突進するヴィータ。
グラーフアイゼンが振り下ろされる度に爆発が起こり、防衛システムは数を減らしていく。
だが、それに比例して、ヴィータの命も確実に削られていった……。
【ヴィータと別れて玉座の間に向かうなのはは、途中、戦闘機人10・ディエチとの戦いに突入する。
砲撃戦となり、互いの放った力は一瞬拮抗しているように見えた。
だが、なのはは「ブラスターシステム」のリミット第1段階を解除、これによって形勢は一気になのはに傾き、
ディエチは倒された。ディエチをバインドで拘束した後、再び玉座の間に向かうなのは。
そしてついに、ヴィヴィオの待つ玉座の間に到達した】
ドォンッ!
玉座の間の扉が粉砕され、爆煙があがる。その煙の中から、勢いよくなのはが躍り出た。
「いらっしゃ〜い。お待ちしてましたぁ」
甘ったるく、そして嫌みったらしい口調。裏に残虐な思考を見え隠れさせる、ねちっこい笑顔。
今、なのはの眼前に現れた眼鏡の女性は、戦闘機人bSのクアットロだ。
「それにしても〜、随分乱暴な登場ですねぇ。頭の悪いお猿さんじゃあるまいし、
ノックぐらいして入ってこれないのかしら」
ヴィヴィオは、玉座に座る格好で拘束されており、その傍にクアットロが控える形で立っていた。
今すぐクアットロを叩きのめし、そしてヴィヴィオを助け出したい衝動に駆られながら、
それでもなのはは努めて冷静に言った。
「大規模騒乱罪の現行犯で、あなたを逮捕します。すぐに騒乱の停止と、武装の解j――」
「自分の子供のピンチにも表情一つ変えずにお仕事ですかぁ。いいですねぇ〜、その悪魔じみた正義感――」
「馬鹿じゃないの」とでも言わんばかりの態度と口調でなのはを見下ろすクアットロ。
思わず、声を荒げてなのはは叫んだ。
「ふざけないで!もう一度言うわ。すぐに武装を解除しなさい!」
「『はい、そうします』なんて言うとでも思ってるの?……陛下ぁ、あなたのママは本当に頭の悪いお猿さんですね〜」
苦痛に目を堅く閉じ、うっ、うっと、呻き声を漏らすヴィヴィオの顎に、クアットロが手をかける。
カッとなり、ヴィヴィオに触るな!と言わんばかりの勢いでクアットロに砲撃を浴びせかけるなのは。
だが、砲撃が直撃する寸前、クアットロの姿がフッと消える。
幻影――これがクアットロの能力、『シルバーカーテン』だ。次いでモニターが宙に現れ、
そこにクアットロの顔が映し出される。やはりというか、予想通りというか、
クアットロ本人はどこか安全な場所にでも隠れているのだろう。
「こんな汚らわしい馬鹿猿が私達の夢の船に乗っているなんて、不愉快極まりないわ。
というわけでぇ〜、管理局の悪魔殲滅大作戦――」
「ヴィヴィオ!」
ごちゃごちゃと五月蝿いクアットロを無視し、なのははヴィヴィオのところへ飛ぼうとした。
クアットロがこの場にいないのは、逆に考えれば大きなチャンスだ。
「ママ!なのはママぁ!」
なのはは、もとより無駄な戦闘をする気はない。
クアットロが今この場にいないのをいいことに、ヴィヴィオを奪還してさっさとトンズラしてしまうのがベストだ。
ゆりかごの『鍵』となるヴィヴィオを取り戻してしまえば
――戦闘機人の逮捕も重要だが、今はヴィヴィオ奪還が最優先事項である――、
とりあえずはそれでOKである。クアットロが今言った『なんとか作戦』とやらに付き合ってやる気など、毛頭ない。
「待ってて、今――」
そう言いかけたなのはの目の前を、数条の光が薙いだ。
すんでのところで踏み止まり、光の発射された方向をキッと睨みつける。そこに浮いていたのはガジェットT型。
なのはとヴィヴィオの間に、10機のガジェットが立ち塞がり、なのはに向かって一斉砲撃を浴びせかけた。
「くっ」
『Round Shield』
どぅおん!
どどどどぉん!!ずがああぁ!!
「お馬鹿さん。子供だけ奪い返して逃げようとでも?そんなこと、させるわけないでしょ」
「あーっ!なのはママぁっ!!ふああぁ!」
クアットロの嘲笑が響く中で、なのはの周辺に、爆煙がもうもうと立ち込めた。
その光景にヴィヴィオは悲鳴を上げ、次いで煙を浴びて顔を背ける。
(なのはママが……)
だが、次の瞬間――
『Accel Shooter』
煙の中から踊り出した10発の桜色の光弾が、次々にガジェットに襲い掛かる。
射線を読めずにまともに直撃を受けて爆散するもの、辛うじて直撃は免れたが、
一部を削り取られて浮力を失い、床に墜落するもの。
様態は様々だったが、とにかく、数秒後には10機全てが戦闘不能に追い込まれた。
「あーらお見事。でも……悪魔殲滅大作戦はこれからよ。ぽちっと」