☆魔法少女リリカルなのは総合エロ小説_第58話☆

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「ラッキー!貸しきり状態じゃん」

 幸運なことに、風呂にも他の客は誰一人としていない。
反響して大きく響き渡ったアリサの言葉が、全員の心中をそのまま代弁していた。

「お風呂がこんなに大きい……これが『おんせん』なんだ」

 初体験のフェイトは、家の風呂とは比べ物にならない大きさに、たいそう驚いた。

 公共浴場の湯船に浸かる前には、身体を洗っておくのが基本というか、マナーだ。
時々、風呂場に入るや否や、いきなり湯船に入る馬鹿者がいるが、あれは勘弁してもらいたい。
 洗い場の椅子にはやてを落ち着けると、各人、髪の毛を洗い出した。はやても、髪の毛は自分で洗うことができる。
フェイト、アリサ、すずかの三人は、なのはとはやてに比べて髪の毛が断然長い。
必然的に時間がかかってしまうので、なのはとはやては先に身体を洗うことになる。

「はやてちゃん、身体はわたしが洗ってあげるよ」
「うん。お願いするわ、なのはちゃん」

 スポンジに水を含ませると、それまでぺったんこだったスポンジが大きく膨れ上がった。
ボディーソープを含ませ、はやての身体をゴシゴシとこする。

「じゃ、流すよー」

 はやての身体についていた泡が、たちまち流れていく。旅の汗とも、これでおさらばだ。
身体洗いまで終えたアリサとすずかが、はやてを脇から抱えて湯船に入っていった。

「なのは、その……背中洗ってあげるよ」

 フェイトがちょっと恥ずかしそうに、スポンジを持って待ってくれていた。

「えーホント?じゃ、お願いしようかな」

 やはり、温泉の王道は流しっこだろう。
フェイトはスポンジにボディーソープを含ませ、なのはの背中をやさしくこすった。
心地よさに目を細め、ニッコリするなのは。嬉しそうにスポンジを動かすフェイト。
その光景を、湯船に浸かった三人は、ニコニコしながら眺めていた。

「もうちょっとしたら、外の露天風呂も行きましょ」
「うん、いいね」
 温泉の後は、いよいよお待ちかねの夕食の時間だ。
昼食で結構満腹になったのだが、もう7時間経っており、お腹の中は空っぽだった。

 ここ浅虫温泉は海に近いということもあり、海の幸が豊富だ。自然、料理も海産物を使ったものが多く出てきた。
やはり、北の海の魚は神奈川で食べるものとは違う。たとえば、今目の前に出されたホタテ。
スーパーで買い物をすることが多く、ホタテをちょくちょく目にするはやても、驚いた。
自分の知っているホタテとは、一回りも二回りも違うその凶悪的な大きさ。
ホタテ初体験でこんな大きいのを見たフェイトは、今後日常生活で目にするホタテを全て小さいと思うように
なってしまうのではないだろうか。
ちなみに、ホタテは7月・8月にグリコーゲンといううまみ成分が増え、しかも肉厚になって美味しくなるんだとか。
 そんな中、いいものを食べ慣れているアリサとすずかもわからない食材が一つ出てきた。

「これは、なんだろ……?」

 アリサがまじまじと眺めるそれは、貝みたいに見える。形はまるで、富士山みたいだ。
噴火口の部分から、ドリルみたいになった灰色の身が見えている。食材としては、こんなもの見たことない。
発想を転換して海洋生物の視点から考えたとき、すずかの頭にひらめくものがあった。

「これ、フジツボじゃないかなあ……」
「ええっ?!フジツボって、あの?……言われてみれば、うーん確かに……」
「船の底とか岩場にくっついてる、あれ?」
「そうみたいやね……」

 驚愕の声を上げるアリサ、なのは、はやて。そう、その通り。これはフジツボである。
なのはが言ったように、船の底とか、岩場にこびりついている、「あれ」だ。

「…………」

 驚愕の声が上がった後、場に沈黙が流れた。フジツボにいいイメージを持っている人は少ないだろう。
ところかまわず繁殖し、水の汚い湾内の岩壁にもビッシリとくっついている。
人体内にフジツボの卵が入り込んで繁殖してしまうという都市伝説。
むしろ、悪いイメージを持つ人が多いのではないか。
少なくとも、なのは、はやて、アリサ、すずかはそうだった。

「これ、食べれるのかなあ……」

 なのはがポツンと言った。食べられるから、今目の前に存在しているのではあるが。
「え、え、え?何なの?これ、美味しくないの?」

 フェイトは、フジツボを知らない。なので、なぜ他の四人が沈黙しているのか、わけがわからない。
さっきから、フェイトは何度も初めて目にする食べ物を食べてきた。全部、美味しかった。
目の前にある山みたいなやつも初めてだが、きっと美味しいんだろう。
それなのに、他の四人が沈黙してしまったので、これは美味しくないのかと動揺してしまう。

「あ、いや、そういうわけや、ないんやけど……これ、初めて……」
「うん、初めてだよねー。ちょっと抵抗あるなー……」

 はやてとアリサの言葉に、フェイトは少し驚いた。と同時に、初めて、初めてと驚いてばかりいる自分が、
まだみんなが食べたことのないものを一番に食べたらおもしろいんじゃないか……という好奇心も湧き、
フェイトは思わずこう言っていた。

「私、食べてみるよ」

 スプーンみたいなのがセットになっている。これで、中身をほじくり出せということだろう。
それを器用に使って中身をするりとつまみ出す。外から見えている部分は灰色っぽかったが、
中身は卵の黄身がちょっと薄くなったような色をしていた。
四人は、ごくり、と息を呑んでフェイトがフジツボを食べるのを見守っている。

「ん……」

……どこかで食べたことがあるような味だ。
記憶の糸を手繰り寄せていると、今年の正月、なのはの家にお呼ばれした時の記憶が蘇った。

『フェイトちゃん、これは蟹っていうんだよ』
『へぇ、かに、かぁ。美味しいんだね』

 そうだ、あの時食べた「蟹」という食べ物の味に似ている。もう一個、食べてみた。
やっぱりそうだ。蟹に近い味がする。

「なのは、『かに』の味がするよ、これ。美味しい」
「え?えええぇぇっ!?」

 実はフジツボは、貝の仲間ではなく、甲殻類。つまり、海老や蟹に近い生き物である。
以前は捨てられていたのだが、最近になって食べ方が研究されるようになり、養殖まで行われている。
1kg数千円する高級食材であり、青森県の珍味だ。
 その後、他の四人も恐る恐るフジツボに手をつけ、そして飲み込んだ後には、その美味しさを認めていた。
「ふにゃ〜、もう食べれない……」
「あたしもお腹いっぱ〜い」
「フジツボは珍味やったなぁ〜」

 談笑しながらなのは達が部屋に戻ると、そこにはすでに五人分の布団が敷かれていた。
エアコンもスイッチが入っており、この涼しさなら8月でも快適に眠れそうだ。
 思わず布団にダイブ。ふっかふかの布団は、なのはの身体を柔らかく受け止めてくれた。
なんだかもう、起き上がりたくない。このまま布団に吸い込まれて寝てしまいたい。
だが、そんななのはを、ツンツンと指で突きながらフェイトが言った。

「ダメだよなのは。ちゃんと、歯磨きしてから寝ないと」
「んー……」

 そうだった。そのまま吸い込まれそうになる身体を、なのはは超人的な意志で布団から引き剥がす。
歯を磨くと、再び布団にダイブした。

「それじゃみんな、明日は6時起き!寝坊しないでよ」

 アリサの言葉に、各人、それぞれ携帯のアラームを6時にセットした。
6時起きとは随分早いように思うかもしれないが、実はこれも計画のうちなのだ。

「はやてちゃん。トイレに行きたくなったら、遠慮なく起こしてくれていいからね」
「うん、ありがとうな」

 すずかは気遣いが細かい。
はやては、今日一日代わりばんこに、しかも嫌な顔一つせず車椅子を押してくれた四人に感謝した。
旅行が終わったら、みんなにキチンとお礼を言わなければいけない。
アリサがぱっちん、ぱっちんと二回電気の紐を引っ張ると、部屋は薄暗いオレンジ色になり、静かになった。

 女の子が五人で寝る。
こういうシチュエーションなら、暗がりの中で好きな男の子についてやら何やらのヒソヒソ話でも起こりそうだが、
五人とも旅の興奮で疲れていた。エアコンの効いた部屋で布団をかぶるのは実に気持ちいい。
ほどよく冷んやりした空気と、ふかふかの感触。
程なくして、少女達の意識は、熱い泥に吸い込まれるかの如く、闇に沈んでいった。
 翌朝。携帯のアラームが鳴り響き、五人は6時に起床した。
眠い目をこすりながら身支度を整えると、フロントに荷物を預けて旅館をチェックアウトした。
預けた荷物は、今日の夜に宿泊する宿へ送られるのだ。これは、アリサの手配だった。
前述したように、彼女は他人の旅費まで出すといったことはしない。
しかし、旅を快適にするために、実業家の娘たる立場をうまく使い、こういうことは引き受けてくれた。
おかげで、なのは達は快適な旅を楽しむことができる。

 浅虫温泉駅のプラットホームに、この日最初の下り列車が滑り込んできた。
普通列車で約20分揺られ、なのは達一行は青森駅に到着。
夏休みなので学生の姿は見当たらなかったが、サラリーマンの姿は多く見受けられた。
改札を通り、駅を出て朝の青森の街を歩く。

「あっ、あったあった!ここよ!」

 ガイドブック『ぶるる』を手に、先頭を歩いていたアリサがくるっと振り返った。
青森駅から大体100mくらい。朝日を受けてキラキラと輝く赤いデパートのような建物は、アウガ(AUGA)という。
各種商業施設や青森市民図書館が入っている複合施設で、地上8階、地下1階の建物だ。
地下1階には鮮魚や野菜の市場(なんと朝5時から開いている!)とともに、飲食店がいくつかある。
その中に、あの『大間のマグロ』を提供する店があるらしいので、朝食はここで食べることにしていた。
旅館で朝食を食べなかったのはそのためだ。

「それにしても、朝からマグロかあ……」
「ちょっと重い気もするなあ……」

 なのはとすずかが苦笑しながらそう言うが、アリサいわく、

「なに言ってんのよ。日本人なら、朝に魚を食べるのは普通じゃない」

 さほど時間もかからず、目的の店を見つけることができた。普通の食堂みたいな雰囲気だ。
店の前にはメニューと値段が書かれている紙がペタペタ貼られていた。もっと高級そうな店かと思っていたが、これは意外だ。
一行は入店し、カウンター席に陣取った。

「やっぱり、無難に鉄火丼あたりかな」
「それがええやろね。マグロをしっかり食べれそうやし」
「じゃ、『本鮪鉄火丼』五つと、それから……」

 他に何か五人で食べられるようなものはないかとメニューに目を走らせる五人。
そんな中、こういう場面ではほとんど自分からモノを言わないはずのフェイトが口を開いた。

「ねえ、これも頼んでみようよ」

 フェイトが指差した文字は、

 『マグロの目玉の煮付け』
「え゛……」
「ふぇ、フェイトちゃん……?」

 「あの」大人しいフェイトが『目玉の煮付け』という、
一見とんでもなくヤバそうな爆弾を注文しようとさらっと言ってのけたのだ。
あまりのイメージギャップの大きさに、フェイト以外の四人は固まってしまった。

「え……?美味しくないのかな」

 なのは達も、知識としてマグロの目玉が美味しいらしいということは知っていた。
が、頭ではわかっていても、さすがにアレを食べるのはちょっと……、と本能的に引いてしまう。
だが、フェイトは引かない。それどころか、昨夜のフジツボの一件が、彼女を前へ前へと押し出した。

「物は試しだよね、アリサ」
「えっ?!あっ!?……そう、よね……」

 もはやそこには、無難な駅弁を選んだ昨日のフェイトはいなかった。
結局、鉄火丼と一緒に、『爆弾』も頼むことに(みんなで食べるのでこの一品はワリカン)。
程なくして、本鮪鉄火丼五つとセットのカニ味噌汁、それに『マグロの目玉の煮付け』が出てきた。

「うわぁ〜」

 この旅行で一番の歓声だったかもしれない。出された本鮪鉄火丼は、見た目からしてすごい、というかヤバイ。
分厚く切ったマグロが大量に敷き詰められ、下のご飯が見えないほどだ。横にはちょこんとガリとわさびが添えられている。
いただきまーす、という声とともに割り箸をパチンと割り、一口、口に運ぶと、

「美味しいぃ〜……」

 なのはの顔に、満面の笑みが浮かんだ。
衝撃だった。なんというかこう、今まで食べてきたマグロは本当にマグロだったのだろうか。
スーパーで売っているマグロにありがちな水っぽさは全くない。ぎゅっと詰まっている感じで、味が非常に濃い。
柔らかくてとろとろだ。食べているのは赤身のはずなのだが、中トロでも食べているような気分がする。
 他の四人も同様だ。口々に美味しい、美味しいと言い、満面の笑みを浮かべている。
人間というものは、三大欲求の一つ・食欲が満たされることを求めてやまない、ということがよくわかる図だ。
 そして、とりあえずいくらか鉄火丼を食べたところで――フェイトがいよいよ『爆弾』に手をつける。

「とろとろ、プルプルしてて美味しいよ」

 コラーゲンがたっぷり含まれたプルプルのゼラチン質の部分が大変美味だった。
マグロの鮮度管理は胴体部分がどうしても重視されるので、それ以外の部分は産地に近いところでないと、
なかなか美味しく食べられない。昨晩のフジツボ同様、他の四人も思い切って食べてみる。
店内に再び、美味しい〜、という声が響き渡った。
「ぐー……」
「すーすー……」

 今、なのは達五人はバスの中で眠っている。青森駅から出発したこのバスが向かっている先は、「十和田湖」だ。
今日はこの十和田湖を回り、夜は湖付近の宿に泊まることになっていた。
青森駅から十和田湖まで、JRバスみずうみ号でなんと3時間!もかかる。
なのは達が早起きしなければならなかった理由が、これだ。
 朝が早かったのとお腹がいっぱいになったこともあり、バスに乗った途端、五人は例外なく睡魔に襲われた。
終点まで行くので、寝過ごすことはない。

 本当は、十和田湖へ行くまでの途中にある『奥入瀬渓流』(おいらせけいりゅう)も行ってみたかったのだが、
さすがに車椅子のはやてを連れて散策するのは無理に思われたので、あきらめた。

――3時間後。十和田湖に到着したときには、12時になっていた。
お腹的に、まだ昼食という感じではなかったので、先に十和田湖遊覧船に乗り、それから昼食にすることにした。

「わぁ……」

 遊覧船上で、風に髪を靡かせ、真紅の瞳に映し出される景色にうっとりするフェイト。
雲一つない澄み切ったブルースカイ。湖を囲う山々には、燃えるような鮮やかな緑色。
まことに鮮やかなコントラストに目を奪われた。

「十和田湖って、明治時代までは魚がいなかったんだってさ!」

 船のエンジン音と風を切る音、それに波しぶきの音に掻き消されまいと、
叫ぶようにしてアリサが『ぶるる』で得た情報を披露する。

「え?なーに、アリサちゃん!」

 フェイト同様、美しい湖畔の景色に目を奪われていたなのはが、
風で小さなツインテールをゆらゆらさせながら、叫ぶようにして聞き返す。

「だからー、この湖は昔、魚がいなかったのよ!」
「その話なら、私も知っとるわぁ!」

 100年前まで十和田湖は、魚のいない死の湖だったこと。
明治時代、和井内貞行という人が、ヒメマスの卵を放流し、その後20年かけてヒメマスを湖に定着させたこと。
そして現在では、ヒメマスは十和田湖特産の味覚として知られていること。
 ちなみに和井内氏の偉業、昔は小学校の国語の教科書にも載っていたほどの話だ(十和田のヒメマス、という題名らしい)。
読書家のはやてなら、知っていても不思議ではなかった。

「じゃあきっと、今晩のお夕食はヒメマス料理ね!」

 今晩は、湖の近くにある宿に泊まることになっている。
すずかの言う通り、十中八九、ヒメマス料理が出てくることになるだろう。
そんなこんなで景色を見ながらいろいろ話をしていると、遊覧船が発着場に戻ってきた。
 そろそろお腹も減ってきた。適当に食事ができる場所を探して昼食を取る。
よくよく考えれば、昨日の昼食の駅弁から、魚系のものばっかりだ。
夜も魚かもしれないし、そろそろ違うものが食べたい……と思っていたところ、
『きりたんぽ鍋セット』がメニューにあったので、五人ともそれを選んだ。
十和田湖は青森県と秋田県の両方にまたがっているが、境界が不明確で、湖の帰属がはっきりしていない。
そのため、青森と秋田の両方のものが売られていることが多いのだ。

 遅めの昼食の後は、湖畔を散策だ。

「とりあえず、『乙女の像』を見に行きましょうよ」

 アリサがはやての車椅子を押しながら言う。
『乙女の像』とは、十和田湖のシンボルともいえるもので、国立公園指定15周年を記念して作られたブロンズ像。
彫刻家・高村光太郎の最後の作品として有名である。大体、ここから徒歩15分だ。

 湖畔を歩きながら、フェイトは少しだけ胸が痛くなる。
彼女の胸には、幼い頃の記憶――厳密には、それは彼女自身の記憶ではない――が甦っていた。
確か母親と、こんな風に湖畔を散歩したことがあった。

『ほら、湖がとっても綺麗ね。アリシア』
『うん!』

 フェイトは、複雑な事情で「生み出された」子供だ。
その特殊な出自ゆえに、母親に愛された記憶を持ちながら、実際には母親に愛されたことはない。
そのことが、今でもフェイトの心の傷だ。

「フェイトちゃーん、どうしたのー?」

 一瞬、封印したはずの心の闇に飲まれそうになったフェイトを呼び戻してくれたのは、
あの時 ――友達に、なりたいんだ―― そう言ってくれた、なのはの声。
フェイトは、ハッとした。

――そうだ。もう、過去には捉われないと決めた。過去なんて関係ない。私は私。
新しい未来を自分の手で創り出していくんだ。

――今、ここにいる素晴らしい友達と一緒に。

「ううん、なんでもないよ!なのは!」

 笑顔を取り戻し、仲間達のもとへ駆けていくフェイト。もう振り返らない、と改めて決意を固めながら。
自分の出自や過去、それらを全部知った上で、それでも笑顔で自分を受け入れてくれる四人
――なのは、はやて、アリサ、すずか――のことが、本当に嬉しかった。