☆魔法少女リリカルなのは総合エロ小説_第58話☆

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 7月31日。夏の季節もいよいよ本格化し、日本列島は毎日毎日ギラギラ照りつける太陽に晒されている。
夕方のニュースでは「今日は○○県△△市で40℃に到達しますた」なんてことが毎日報道されていた。
そんな中、ここ神奈川県鳴海市も例外ではなく、今夜も熱帯夜となって人々を暑い暑いと苦悶させていた。

(……眠れない。早く寝なきゃいけないのに……)

 鳴海市の某高級マンションの一室。窓を全開にし、扇風機をフル稼働させているにも関わらず、
ベッドの中で眠れない、眠れないと苦悶しているこの少女の名前はフェイト・テスタロッサ・ハラオウンという。
私立聖祥大附属小学校に通う小学4年生だ。といっても、彼女はその辺りにいるただの小学4年生ではない。
実は、「この世界」では馴染みのない、魔法使いなのである。

 彼女は元々この世界、すなわち地球の生まれではない。彼女はこの世界とは次元の違う、
ミッドチルダというところの出身だ。その彼女がなぜ次元の違うこの世界にやってきたのかというと
(……大幅に中略……)そういうわけで、フェイトは今、留学生という形で聖祥大附属小学校に通っている。

 フェイトは一度ベッドから出た。端整で利発そうな、それでいて愛らしさを十分に備えた顔。
その表情は、どことなく陰のあった少し前に比べれば、だいぶ柔らかくなっていた。
腰まで伸びた長い金髪に、ルビーのような真紅の綺麗な瞳。これから数年も経てば、
類まれな美人に成長することを予感させる。

 暗がりの中で時計に目をやると、緑の蛍光塗料が塗られた針は、日付が変わって8月1日・午前1時を指していた。
明日、いや今日は6時に起きなくてはならない。あと5時間しかないが、とりあえずは眠っておかないとまずいだろう。
フェイトはちょっと躊躇したが、窓を閉め、エアコンをつけることにした。

 義母のリンディ・ハラオウンには「エアコンをつけたまま寝ちゃダメよ」と言われているのだが、
熱帯夜の最中、興奮で火照った身体を寝かしつけるには、こうするしかなさそうだった。
無理もない。なにせ、明日はフェイトが楽しみにしていたイベントがあるからだ。
 2週間ほど前。梅雨も明け、小学校はまもなく夏休み。
小学生にとって、夏休みというのは最も楽しみな期間であるといっていい。そういうわけで、
まだ休みに入っていないにも関わらず、生徒達がどことなく浮いた感じになっているのは仕方ないだろう。

「ねえ、夏休みに入ったらさ、どこか旅行でも行こうよ」

 休み時間、談笑をしていた時に、いきなりこう切り出したのは、フェイトと同様、
長いブロンドヘアーを持つ勝気そうな少女、アリサ・バニングスだった。
彼女は実業家の両親を持つお嬢様で、見た目どおり気が強く、それでいて頭も良い。
女の子の「仲良しグループ」ではリーダーを務めるタイプだろう。
そして事実、アリサは女の子のグループのリーダー的存在だった。

「旅行?」

 おっとりとした口調でアリサに尋ね返す、紫色のロングヘアーに白いヘアバンドをつけた少女は、月村すずかという。
見た感じ、大人しく温厚そうで、いかにも「お嬢様」な雰囲気のこの少女は、事実お嬢様であり、資産家の娘である。
ちなみに、大人しそうな外見や雰囲気からは全くもって想像もつかないのだが、彼女は運動神経が非常によく、
魔導師訓練を受けて高い身体能力を持つフェイトも驚くほどである。人は見かけによらない、とはよく言ったものだ。

「せっかくの夏休みよ。普段は行けないような遠くに旅行してみたいじゃない?
なのはとフェイトもそう思うでしょ?」
「え、あ、うーんと……」

 アリサに話を振られて一瞬言い淀んだ少女は、高町なのは。艶々とした茶色の髪を、
頭の後ろ左右で小さなツインテールに結っており、胸元には赤い玉をペンダントのように下げている。

「んー、行きたいけど……『お仕事』もあるだろうしなぁ……」
 この高町なのはという少女、フェイト同様、ただの小学4年生ではない。
彼女は、「この世界」の出身者としては極めて珍しい、魔法使いの才能・資質を持つ人物だった。
その秘められた才能は「プレシア・テスタロッサ事件」「闇の書事件」という二つの事件を経て完璧に花開き、
今では一流の魔導師として、次元世界を統括する「時空管理局」なる組織でフェイトと共に、
様々な事件の解決に尽力していた。

 なのはが言った『お仕事』というのは、この時空管理局から委託された仕事のことである。
魔導師といっても、なのはは小学校に通う学生なので、時空管理局の仕事をするために
学校をたびたび欠席するわけにはいかない。
必然的に、管理局の仕事をすることになるのは、基本的に学校が長期の休みの時だけだ。

 なのはの言葉を聞いてアリサは、そっかー、という顔をした。
一般人には馴染みのない「魔法」やら「時空管理局」という単語だが、
実はアリサ、そしてすずかは、「闇の書事件」の際、なのはとフェイトが魔法使いであるという事実を知った。
自分の友達がそういうことをしていたとは……と随分驚かされはしたが、友人としての関係は全く変わらなかった。
そして現在、彼女達が時空管理局で魔導師として仕事をしていることも知っている。

「う〜ん、でも……夏休みの間、ずーっとお仕事があるわけじゃないんだよね?」

 すずかがそう言うと、なのはは、まあ…ね、と返した。

「そのあたりは聞いてみないとわかんないかな。それと、旅行に行くなら、お母さんにも聞いてみないといけないし」

 実業家や資産家の家ならいざ知らず、経済的には一般的な家庭の域を出ない高町家の娘であるなのはは、
旅費の心配もしなくてはならない。といっても、小学校から私立に通わせられるぐらいだから、
高町家は一般的な家庭に比べれば幾分裕福ではある。
 ちなみに、アリサやすずかは「旅費はあたし達が出すよ」なんてことは言わない。
「本当の友人関係」を続けていくには、そのようなことはマイナスにしかならないことを、
小学4年生ながら彼女達はちゃんとわかっていた。

「私も、なのはと一緒。義母さんに聞いてみるよ」

 状況としては、フェイトもなのはと同じだ。とりあえずそう返答した。
「あ、それから――はやてちゃんも一緒に」

 そう言い出したのは、すずかである。
はやて、というのは、すずかが図書館で知り合った車椅子の少女で、フルネームは八神はやてという。
車椅子、ということからわかるように、彼女は「とある理由」で足が動かない。
そのため、彼女は学校を休学して治療に専念している。
 実はこの少女もフェイトやなのは同様、「魔法少女」であり、彼女こそが「闇の書事件」の中心人物であった。
ただ、事件の中心人物といっても、その裏にははやてが知らなかった事情がいろいろあっただけで、
彼女自身は知らず知らずのうちに事件の中心に祭り上げられていたに過ぎない。
故に、管理局の裁判でも彼女の罪は問われなかった。なお、足が動かない「とある理由」は、
「闇の書事件」の終結を以って解消したため、はやての足は回復し始めていた。

「もちろん!すずか、はやてに聞いてみてくれる?」
「うん。それじゃ、聞いておくね」

 すずかを介し、はやては今やアリサ、なのは、フェイトとも親友である。
話がそこまで進んだところで、休み時間終了を告げるチャイムが鳴った。



 結論から言ってしまえば、なのはもフェイトも「OK」だった。
いくら管理局の魔導師とはいえ、なのはとフェイトは小学生。
その小学生に夏休みの間、仕事をさせっ放しにするほど管理局は鬼ではないし、
また、二人の小学生を欠いたからといって支障が出るような組織でもない。
 また、なのはの両親、高町士郎と高町桃子も旅行の許可をしてくれた。
二人は喫茶店を経営しており、職業柄、長期の休みは取れない。
だからこれまで、なのはを旅行に連れて行ってやったことなど、ほとんどなかった。
そのことを心苦しく思っている両親は、快く許可してくれ、お金もガツンと出してくれることになった。
 フェイトの義母、リンディも快諾した。
魔導師としてはすでに一流だが、人見知りで引っ込み思案な性格は未だに健在なフェイト。
もうちょっと積極的になってもらいたいな、と常々思っていたので、こういうイベントは大歓迎だ。
「はやてちゃんも、大丈夫だって」

 そうなると次の課題は、「どこへ旅行に行くか」ということだ。これは、はやても交えて相談したほうがいい。
放課後、アリサの執事・鮫島が運転する車で八神家に向かうなのは、フェイト、アリサ、すずか。

 家の呼び鈴を押すと、ややあってゆっくりとドアが開いた。
ショートヘアーに×印の髪飾り。どこかふわふわとした雰囲気。
それでいて、幼い頃から一人暮らしをしていて芯はしっかりしている車椅子の少女・八神はやてが、よう来たね、
という柔らかい関西弁で四人を迎えた。綺麗に掃除されていて清潔感が保たれている部屋。
そこにエアコンの冷たい風が流れ込むと、清涼感すら感じられた。

「えっと。今日、シグナムさん達は?」
「四人とも今日は出かけとる。夜まで戻らへんよ」

 はやてと共に「闇の書事件」に関わった、四人の守護騎士――シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ――は、
今日は全員不在だ。五人の少女はおやつを食べながら、どこに旅行に行くか、ガヤガヤと検討し始めた。
――1時間経った。話はまとまりそうにもない。一度考え出すと、あっちもいい、こっちもいいとなってしまい、
このままでは、いくつかの候補地を絞り込む段階にすらたどり着けそうにない。
手詰まりになったアリサは、ほとんどしゃべっていないフェイトに話を振ってみた。

「ね、フェイトはどういうところに行きたい?」

 そう言われても、フェイトはこの世界に来て一年経っていない。
日本の観光情報どころか、日本地理だって未だにチンプンカンプンだ。
故に、他の四人の話す内容を、よくわからないまま、へぇ、そんなところがあるんだ、
という感じで聞いていただけなので、いきなり自分に話を振られてビックリした。

「えっ?あ、うーんと……」

 ちょっと考えて、とりあえずフェイトは無難な意見を言った。

「今の時期暑いから、北の方に行きたいかな……それから――」
「うん、それから?」

 いつの間にか他の四人の視線が自分に集中しているのを感じ、フェイトはちょっと恥ずかしい気もしたが、
せっかくなので内に秘めていた自分の意見を包み隠さず言うことにした。

「私、『しんかんせん』に乗ってみたい……」

 ミッドチルダの世界にも、もちろん乗り物はあった。飛行機とかヘリコプター、バイクに自動車。
基本的に、あまり「この世界」と変わらない。ただ、フェイトはそういったものとは縁がないまま育てられたので、
鳴海市に来た時は、いろいろと驚いたり、戸惑ったりしたものだ。
ちなみに、そんなフェイトも後年、自動車を所有することになるのだが、それはまた別の話。

「そっかぁ……フェイトちゃん、新幹線に乗ったことないもんね」

 以前、フェイトに新幹線の話をしたのは、なのはである。
この世界には、新幹線っていう、ものすっごい速いスピードで走る乗り物があるんだよ、と。
『スピード』を武器とするフェイトは、『速い』という単語に反応し、大いに興味を抱いた。
自分のソニックフォームとどちらが速いのか、勝負してみたいな、なんて思ったりもした。

「新幹線で北の方となると……東北新幹線かぁ」
「一番遠くまで行けば、青森県やね」

 この日、初めて「青森」という単語が出てきた瞬間だった。
 青森県にお住まいの方々には大変大変大変失礼なのだが、「旅行に行こう」となったときに、
「青森に行こう」という人がどれだけいるだろうか。別にアンケート調査を行ったわけではないが、
多分、あんまりいないはずだ。読者の諸君、ちょっと「青森県」という言葉から連想されるモノを挙げてみてほしい。

………………

………………

 これも別にアンケート調査を行ったわけではないが、おおかた、↓こんなものではないだろうか。

 りんご、弘前ねぷた、青森ねぶた、最近テレビに取り上げられることの多い大間のマグロ、
高校野球強豪の青森山田高校、弘前城、三内丸山遺跡。
ねぶたとねぷた、どっちがどっちなのか、一体何が違うのか、わけのわからない人も多いだろう。
かく言う筆者も、実はよくわからんのだが。

 とにかく、なのは達五人にとっても、青森県は全くのノーマークだった。
そして――なんやかんやで旅行先は青森県に決まってしまった。
なのは、フェイト、はやて、アリサ、すずかの五人。出発日は8月1日。3泊4日の旅だ。
しかしまあ、車椅子のはやてを連れて小学4年生の子供達だけで旅をするとはなんとも無謀、
なぜ周りの大人達は止めたり付き添いをしようとしないのかと思うかもしれないが、そこには突っ込まないで欲しい。

 通信簿に一喜一憂しながら小学生達は夏休みを迎える。そして、夏休みに入ってから10日。
明日はいよいよ、出発日だ。フェイトは、ドキドキしていた。
なにせ、友達と一緒に旅行なんてしたことがないからだ。それはもう、楽しみで楽しみで仕方がなかった。
エアコンをつけてからしばらくし、ようやくフェイトは眠りについた。楽しい夢を見ながら。
 翌朝、鳴海駅。時刻は7時40分だ。

「それじゃ、はやてちゃんをよろしくお願いしますね」
「はい!まかせてください」

 はやての乗る、旅行用の折り畳み式車椅子をここまで押してきたシグナムとシャマルはみんなに挨拶をし、
特にシャマルは改札を通るなのは達を手を振って見送ってくれた。
 プラットホームのなのは達は、3泊4日の旅行というのに、大きい荷物は一切持っていない身軽な格好である。
実は、宅配便で今日宿泊する宿に荷物を送ってしまったのだ。
だから、今彼女達が持っているのは、携帯電話や財布を入れる最低限のバッグやポーチだけである。

 東京行の電車が鳴海駅のホームに滑り込む。最近の鉄道はバリアフリー化が進んでおり、
車両には車椅子対応のスペースが設けられている。そこにはやてを納めると、一同はホッと息をついた。
 8月1日、小学生は夏休みといっても、働く大人たちにとっては平日だ。
8時代、東京方面に向かう電車とあって、車内は結構混んでいた。

(すごいな……朝はこんなに人が一杯なんだ)

 フェイトは、近場に遊びに行くために、なのは達と電車に乗ったことは数回あるが、
その時は混雑とは程遠く、こんなに人がたくさんの電車に乗ったのは初めてだった。
ここでフェイトが痴漢にでも遭えば、読者の諸君は大喜びだろうが、あいにく、そういう事態は起こらなかった。

 東京まで約40分。
 開いたドアから次々と吐き出されていく人、人、人。ホームはたちまちごった返し、
車椅子のはやてを連れたなのは一行の動きは困難を極めた。
といっても、これは予想の範疇だ。なので、東京駅では乗り換えのための時間を相当取っており、慌てる必要はない。
それにしても、朝の東京駅は凄まじい。他のホームにも次々と電車が到着し、例外なく大量の人を吐き出している。
一体どこから、こんなにたくさんの人が湧いてくるのだろうか。

「うわっ、すごい人」
「むぎゅぅっ」
「みんな、離れたらだめよ!」

 一同は、人の波にもみくちゃにされながらも、なんとかはぐれることなく東北新幹線の乗り場に着くことができた。
重ねて言うが、最近の鉄道はバリアフリー化が進んでおり、階段を使わずに進もうと思えば、
いくらでも進むことができる。車椅子でも大丈夫だ。
「へぇ……これが『しんかんせん』……」

 東京駅の22番ホームに到着した車体を、フェイトは感嘆の眼差しで眺めていた。
白い車体に青と赤のカラーリング。窓から中を覗いてみると、さっきまで乗っていた電車とは座席の格好が違う。
随分広々とした感じだ。

「フェイトちゃん、これは『はやて』っていう新幹線なんだよ」
「ふーん、はやてと同じ名前なんだ……」

 なのはの説明にそう呟くと、はやてがちょっと照れくさそうに笑った。
なのは達が乗るのは9号車。グリーン車で、車椅子対応座席・トイレが付いている車両だ。
アナウンスが響き、ぷしゅーっ、という音と共に、ドアが開く。

「フェイトちゃん、窓際のほうに座っていいよ」
「え、いいの!?ありがと、なのは!」

 新幹線は初めてというフェイトに、なのはは気を利かせて窓際の席を譲った。
嬉しそうにニッコリと微笑むフェイト。はやても、車椅子対応座席に身を落ち着けた。
『はやて』は東海道新幹線などと違い、全車指定席だ。
一般指定席は常時満席に近いのだが、グリーン車には空席がポツポツあった。

 8時56分。東京発八戸行・はやて9号は定刻通りに東京駅を発車した。
「……なのは」
「……うん」
「その……あんまり速くないね」
「……ぁぅ……ぁぅ……」

 最初はどのくらいのスピードで走るか、すごくワクワクしながら窓の外を眺めていたのだが、
いざ走り出してみると、フェイトはあれっと思った。もっとこう、ビュンビュンとぶっ飛ばす感じなのかと思ったが、
スピード的にさっきまで乗っていた電車とそんなに変わらないような気がする。
一つ目の駅を過ぎ、これから飛ばすのかと思ったが、相変わらずスピードが上がる気配はない。

(んー、おかしいなぁ。なんでこんなに遅いんだろ……)

 なのはも、実は東北新幹線は初めてだった。だから、なんでこの新幹線がのたのた走っているのか、わからなかった。
が、そんな二人にはやてが説明してくれた。

 実は東北新幹線、東京−大宮間では最高速度が100km/hちょっとしかないこと。
東京−大宮間には新幹線の近くに学校やら会社やら住宅やらが結構あるため、あんまり飛ばすと騒音が問題になること。
また、東京−大宮間は東北新幹線だけではなく、上越・長野新幹線も走っている過密区間なので、
前の列車と十分な距離を開けるために、スピードは押さえられていること。
それらを、はやてはわかりやすく説明してくれた。
 そしてはやての説明通り、はやて号は大宮駅を出ると(えーい紛らわしい)、
ヴーンとモーター音を唸らせ、一気に速度を上げ始めた。
さっきまでと違い、あっという間に景色が後方に流れていくのを見て、フェイトが、わぁ、すごい……と瞳を輝かせた。
大宮駅を出て最初の駅を通過する。フェイトは、動体視力には自信がある。
駅名の看板を見ると、「おやま」と書いてあるのが見えた。

 すごい、すごいと連発するフェイトを、なのは達はニコニコしながら見ていた。
二つ目の駅――駅名の看板には「うつのみや」と書いてあった――を通過すると、
またさらにスピードが上がったようだ。

「ねえなのは。このしんかんせんはどのくらいのスピードで走ってるのかな」
「スピード?どうなんだろ……はやてちゃん、知ってる?」

 先ほど鮮やかな説明をしてくれたはやてに聞いてみたが、彼女もちょっと首を傾げた。

「スピード、どのくらいやったかなぁ……」

 現在、国内最速を誇る新幹線は300km/hで走るということは知っていたが、
はやて号がどのくらいの速度で走るかは知らなかった。
筆者的には、はやてだけにはやての最高速度くらい知っておいてもらいたいとも思うのだが。

「たぶん、270km/hくらいじゃないかなあ……」

 おずおずとすずかが口を挟む。自信なさげな感じだったが、大体正解だ。厳密には、275km/hである。
すずかはもう一言付け加えた。

「将来は360km/hになるって何かで読んだよ」

 360km/h……今のままでも十分速いのに、まだスピードが上がるのか。
フェイトは改めて、なのは達の住むこの世界の文化レベルの高さに感心した。そしてふと思う。
360km/hって、1秒間にどれぐらい進むんだろう。自分のソニックフォームと、どちらが速いのだろうか。
「360km/hって、1秒間に何m進むんだろ」

 フェイトの言葉に、他の四人も考え込んだ。読者の諸君も、ちょっと計算してみて欲しい。
 なのはは、この前、学校の算数の授業で習った「み・は・じ」を頭の中から引っ張り出してきた。

(えーと、1秒間に何m進むかだから、秒速、つまり『速さ』を求める問題だよね。
『は』を求める問題だから、『み』を『じ』で割れば……)

(『み』は360km……。あっ、でもmに直さないといけないんだ。1kmは1000mだから、……『み』は360000……)

(『じ』は1時間。ん?1時間って何秒だっけ……?)

 なんかもう、わけがわからなくなってきたなのは。終いには、何を何で割ればよかったのか、頭がごっちゃになる。
フェイト、はやて、すずかも同様だ。

「なに、みんな降参?100mよ」

 苦戦する四人を尻目に、とっくの昔に間に答えを出していたアリサがさらっと答えた。
感嘆の声が上がる。さすが、「学校のテストなんて100点で当たり前よ」と豪語する少女だ。
なのはも、理数系の科目は得意なほうなのだが、とてもアリサには敵わない。

(1秒間に、100mかあ……)

 フェイトは、この前の体育の授業で、100m走のタイムを計ったことを思い出した。
運動場の端から端までを使って計測したのだが、いくらソニックフォームでも、
あの距離を1秒で移動するのは無理だ。

(ちょっと、勝てそうにないな……)

――東京駅出発から約3時間、12時03分、はやて9号は無事に青森県の八戸駅に到着した。
「んーっ、疲れたぁ」

 新幹線を降り、凝り固まった身体をうーんと伸ばすアリサ。

「どうだった?フェイトちゃん」
「うん、魔法も使わずにあんなに速く走れるなんてすごかったな……
それより、アリサと同じ。身体、疲れちゃった」

 3時間も座っていたのだから、無理もない。
ホームを歩きながらフェイトも、んーっ、と両手を前に伸ばすストレッチをして身体をほぐした。

「それより、おなか減ったね」

 はやての車椅子を押しているすずかが、言う。

「もう12時過ぎとるし、お昼にしよか」

はやてがそう言いながら、車椅子用に広く横幅をとってある自動改札に切符を入れる。
うぃーん、という音を立てて、乗車券と特急券が吸い込まれた。

「あたし思うんだけどさ、せっかく旅行に来たんだから、ご当地のものを食べるべきじゃない?」

 アリサがちょいちょいと指さした先には、KIOSKの文字。そこには駅弁が並んでいた。
最近は、コンビニエンスストアなどに押され、駅弁に昔ほどの勢いはない。
そんな駅弁は生き残りをかけ、「ご当地」的なものを詰め込むパターンが多くなっている。
これで、コンビニなどとの差別化を図ろうというわけだ。

「うん、わたしはいーよ。みんなもいい?」

 なのはの問いかけに、フェイト、はやて、すずかも賛成した。種類はかなりあるようだ。
八戸駅は、新幹線延伸に伴って、駅弁業者が複数入ってくるようになったため、種類が多いらしい。
あれもいいな、これもいいなとさんざん迷った末、他の駅弁に多少の未練を残しながらも、
各人、一番気に入った駅弁とお茶を購入した。

なのは  八戸小唄寿司 1,100円
フェイト 幕の内弁当海弁 1,000円
はやて  菊ずし 1,000円
アリサ  うに釜めし 840円
すずか  港はちのへ名物いかめし 680円
 駅の待合室に入る。エアコンがきいていて、涼しい。
次の八戸発東京行新幹線まで40分ちょっとあるので、待合室はまだ比較的空いていた。
いただきまーす、とともにお弁当のフタをはがすと、色とりどりの食材が目の前に現れ、
わぁ、とか、美味しそうという歓声が上がる。
そんな中、ふとなのはがフェイトの弁当を見ると、それはそれはずいぶん普通の弁当だった。

「フェイトちゃん、ずいぶん普通のお弁当選んだんだね」
「あ、うん。珍しいもの買って食べられなかったら困るから」

 ミッドチルダと日本では、食文化も違う。
だいぶ慣れてはきたが、しかしなのは達が買った駅弁は、フェイトが普段見ないような食べ物ばかり。
フェイトは偏食があるわけではないが、下手に手を出して食べられなかったら困る。
そういうわけで、彼女は一番無難なものを選んだ。中身は、いわゆる普通の幕の内弁当だ。

「ふーん。でもせっかくの機会なのに勿体無いよ。あたしの、ちょっとあげる」
「え、でも……」
「物は試しってやつよ、ほら」

 アリサが、「うに釜めし」の蒸しウニがのったご飯の部分と、山菜の部分をフェイトの弁当に乗っけた。
フェイトも、アリサの厚意をありがたく受け取ることにした。

「ありがとう。じゃあ、交換で……」

 一度こうなると、弁当トレードの波は止まらない。
フェイトは結局、他の四人の弁当を一口ずつ貰ったが、どれも美味しかった。
普通の弁当を選んでしまってちょっと後悔もしたが。少女五人の笑顔と笑い声がはじける。なんとも微笑ましい光景だ。

 なのは達が弁当を食べ終わる頃には、待合室にもだいぶ人が集まり始めていた。
なんだかんだで弁当の量は結構多かったので、みんな満腹になった。
待合室の人達が新幹線ホームにぞろぞろ移動し始めるのを見て、あたし達も行こ、と立ち上がった。

 なお、余談だが、フェイトがこの世界で暮らすようになって一番うわっと思った食べ物は、納豆だ。
あのネバネバとにおいが嫌だった。なのはは好きらしいが、ちょっと自分には食べられそうもない。