らき☆すたの女の子でエロパロ37

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480気付かなかった分岐点
 晴れ渡る青空と、そこに浮かぶ太陽が私達を祝福しているような天気の日だった。特にこれと言った悩みなんて無
い私はその恩恵を素直に喜んで、一日のスタートを切って、そしてやはり太陽は私達を見守っているんだな、って思
えるほどに良い事が重なった。
 会社では、上司がいきなりお昼を奢ってくれる、と言い出して遠慮なく美味しいと評判の、最寄りの豚カツ屋にてご
馳走になったし、社内に居る時に喉が渇いたから自販機でコーヒーを買ったら何故だかお釣りが五百円出て来たし、
帰りの電車は難無く座れる席を確保出来た。
 そんな嬉しい出来事が立て続けに起こったのは、朝見たニュース番組の占いコーナーで私の星座が一位だっただ
けではなく、やはり、素晴らしいほどいい天気を私達にもたらしてくれた、あの太陽のお陰だと思う。日が暮れてからも
、爛々と輝く星達は楽しそうに瞬いていたし、その大海の中に堂々と浮かぶお月様は神々しい光を降ろしながら、太陽
に代わって私達を見守ってくれていた。
 そんな素晴らしき一日に、私が不機嫌になるはずもなく、私はその対極の上機嫌で自宅に帰宅して、喜色を眼に見
えて示しながら「ただいま」と言った。時刻は七時くらい、私以外の家族は全員帰宅している時間帯だった。
 けれど、私の素晴らしい一日の締めくくりとも言える、帰宅してからの自宅でのんびりと過ごす時間は素晴らしいま
までは終わってくれなかった。私の三人居る妹の中の、双子でもある妹達二人の様子が眼に見えて変だった事は、
一目見ても明らかだったから。
 何やら訳ありの妹達を差し置いて、私だけ上機嫌でなんていられない。
 今日を素晴らしい一日のままで終わらせる為に、私が一肌脱がないと。





気付かなかった分岐点




「ねえ、まつり?」
 食卓の準備をお母さんとつかさが進めている中、私は手持無沙汰な様子でテレビを見ていたまつりを声を忍ばせな
がら呼んだ。手に持っていたポッキーを口に咥えたままのまつりは、私が小声で呼んだからか、眼を丸くしながらこち
らに首を回す。そして、一気にポッキーを完食すると、炬燵に収まったままの体を動かそうともせずに言った。
「どしたの、姉さん」
 はあ、妹があんな状態だって言うのにまつりは心配もしないのかな、と嘆息しつつも、私はまつりの隣に腰掛けて、
耳に顔を近づけた。
 眼だけで辺りを見回しながら、事の真相についてを聞いてみる。
「つかさとかがみ、どうしたの? 何か変な感じじゃない?」
 私が帰って来てから、かがみには会ってないけど、つかさの様子は明らかにおかしかった。普通に話していたけれ
ど、何処か寂しそうにしていたし、かがみは? と聞いた途端に表情を曇らせた。これではかがみとの間で何かあっ
たとしか思えない。
 滅多に喧嘩なんかしない二人だから、まさかとは思うけど。
「うーん、かがみは何となく具合悪そうだったけど」
「やっぱりね……これは、何かありそうね」
 人差し指を顎に当てて、暫しの間黙考。最近あの子達が喧嘩するような事はあったか。
 ……ない。昨日まで、何時も通りに仲良くしてたし、不自然な個所も見受けられなかった。と言う事は、学校で何か
があった、そう考えるのが妥当だろう。それしか思い付かない。
481気付かなかった分岐点:2008/02/17(日) 16:00:06 ID:FiczcdWz
「本人が大丈夫って言ってたし、大丈夫なんじゃないの?」
「まつりがどんな様子のかがみを見たか知らないけど、多分大丈夫じゃないよ、それ」
 まつりの見た感じ、って言うのはあまり信用ならないし、此処は私もかがみと話をするべきだろうか。いや、何かあっ
たなら、あの子はあまり人と関わろうとしなくなるし、今行っても逆効果になりそう。なら、つかさに事情を聞いてみるの
が吉かな。
「よし、まつり、私達が一肌脱ぐよ」
 私が握り拳を作って、力強く言うと、まつりはさも面倒臭そうに顔を歪めて見せた。一人の姉として、その反応はない
んじゃないか、と思う。まつりも少しはつかさの面倒をよく見ているかがみを見習って欲しい。姉としてなら、かがみの
方が良く出来てるし。
「まつり、昨日お風呂から上がった後、体重計に乗ってたじゃない?」
「……そ、それがどうかしたの?」
「私、偶然見ちゃったのよ。そしたら……」
「ストーップ!! ダメ、それ以上言ったら絶対ダメ!」
 作戦大成功。昨日体重計に乗って蒼い顔をしてたからもしやと思ったんだけど、私が思っていた通り、ヤバめの体
重だったらしい。本当は詳細なんて知らなかったけど、上手く行って良かった。私は心の中でほくそ笑むと、まつりの
眼を見つめて、諭すように笑って見せた。
「……分かった、協力するよ。その代り、絶対言わないって約束してよね」
「それで良し。体重の事は心の中に留めといてあげる」
「姉さん、何か悪女みたい」
「気のせい気のせい。さ、作戦でも考えよ」
 まつりの聞き捨てならない言葉は今の所はスルーしておいて、私も炬燵の中に身を入れた。人類の至福の時、下半
身に感じる暖かさに心地よさを覚えると、何だか眠気が襲ってくるようだった。でも、此処で寝る訳には行かない。
 私はまつりのポッキーを一本貰うと、取り敢えず現時点で最善の策だと思える作戦をまつりに提示した。
「取り敢えず、つかさの話を聞いてみると良いと思うの。かがみは今は誰とも話したがらないと思うし、つかさならお母
さんを手伝ってるくらいだから、多分平気」
 私の提案に、まつりはそうねー、と間延びした声でやる気無く同意した。
 ……体重を本当に突き止めてあげようか。
「じゃあ、つかさ呼んでくる。少しぐらいなら平気だろうし」
 そう言い残して、私は台所へと向かった。炬燵に入ってた所為か、妙に寒い気がするのを我慢して更に寒い台所に
入る。そこには並んで料理をしているお母さんと、つかさの姿があった。
 トントン、と心地良いリズムで鳴る包丁の音、コトコトと揺れている鍋の蓋。今日の晩御飯はなんだろう、と思いつつ
呼びかけてみる。
「つかさ? ちょっといい?」
 つかさに近寄って、声を掛けるとつかさは驚いたように振り返った。どうやら私が此処に来ていた事に気付かなか
ったらしい。
「な、何? お姉ちゃん」
「んー、ちょっと話があって。お母さん、つかさ借りてっていい?」
 お母さんは特に何も言わずに頷いた。お母さんとしてもつかさとかがみの様子のおかしさには気付いていたのかも
しれない。眼が合った時、そう感じた。子を心配する、優しい目。私が大好きな眼が"頼んだ"と言っているような気が
した。
 私は一度微笑んでから、つかさをまつりが居る部屋へと連れて行った。戸惑っていたようだけど、素直に付いて来
てくれた。
「えと……お姉ちゃん達、どうしたの? なんだかすごく難しい顔してるよ」
482気付かなかった分岐点:2008/02/17(日) 16:01:22 ID:FiczcdWz
 つかさが炬燵に身を入れた時に発した言葉はそれだった。無理もないと思う。いきなり連れて来られたら、思い当た
る節があったとしても戸惑うとだろう。
 私とまつりはお互いに顔を見合わせてから、同時につかさを見つめた。揺れる視線が私とまつりを捉えた後、虚空
を彷徨った。
「かがみと、何かあった?」
 回りくどい言い方はせず、ストレートに、とはまつりとの間で生まれた自然な流れだった。つかさは正直だから、そう
言われれば話してくれるから。それに、自分ではどうしようもない、と考えているに違いない。私が帰って来た時のつ
かさの顔はそれを物語っていた。
「え、と、」
 いきなりの事に驚いたのか、つかさの呂律が回っていない。私はつかさが落ち着くのをじっくり待つつもりだったん
だけど、まつりはせっかちだから、そんな事は考えていないようだった。
「別に全部話せって訳じゃないよ。少しで良いから、何があったのか話して欲しいだけ。姉としても、つかさ達が仲良く
してない所は見たくないから」
 意外だった。なんだかんだ言って、ちゃんと気にしてたんじゃない。真剣な眼差しをつかさに向けて言ったまつりの
言葉は優しさに満ちていた気がした。
 普段はそういう所をあまり見せない子だから、つかさも多少驚いているようだった。
「私達も手伝える事があったら手伝いたいから……ね?」
 私がそう言うと、つかさは深く息を吐いてから、ぽつりぽつりと話し始めた。そして、その内容は私とまつりを驚愕さ
せるには充分過ぎる内容を持っていた。凡そ、"普通"で括れる内容ではなかった事は確かだったから。
「……告白したの」
「え?」
「は?」
 暫し、時が止まった。私とまつりは揃って間の抜けた声を出して固まって、つかさはそんあ私達を交互に見比べると
恥ずかしそうな、気まずそうな顔をしてから俯いた。
 私達が聞いたのは、かがみとつかさの間で何が起こったのか、という事。そしてつかさは言った。"告白"した。それ
は、かがみに? この状況で考えられる相手は、それ以外に無かった。
「それは、かがみに?」
 先に沈黙を破ったのはまつりだった。私も確認したかった事をストレートに聞いてくれるまつりのこういう性格には正
直助けられる。私はどちらかと言うと石橋を叩いて渡るタイプだから、まつりみたいには出来ない。姉妹って言うのは
似てる所と似てない所が際立つものだ、と思った。
「……うん」
 頷いた時のつかさの表情は翳っている所為で見えない。でも、普段とは違う、深刻そうな重みを持った声は、その悩
みの大きさを否応なしに私達に痛感させた。
 だって、それは"駄目"な事だから。私達がつかさの行為を応援しても、それは無責任な答えにしかならない。世間
は許していないのだ。姉妹の間の恋愛など、世間は決して認めていない。近親相姦の関係の方よりはマシかもしれ
ない。それでも、同姓で同性の二人が結ばれるなんて、あってはならない事だ。私達を取り巻く世界が、それを肯定
している。
 つかさは何も言わない。自分がやった事の大きさに押し潰されそうになっているのかもしれない。理屈ではなく、感
情の問題なのだから、そう易々と抑えられるものではない。だからこそ、愛情の炎が身を焼く苦しさを今まさに肌で感
じ取っているのだろう。
 私には、何も言う事が出来なかった。そしてそれは、まつりもまた同様に。
「やっぱり、駄目だよね。家族だし、女の子同士なのに」
 そう言ったつかさの言葉には自嘲気味な響きが混ざっていた。こんなつかさの姿、見たくない。何時も優しそうに
笑っていて、私達に心配を掛けて、花のような振る舞いをするつかさの表情が暗くなる所なんて見たくなかった。
 ……なのに。それなのに、私は言葉を紡ぎ出す事が出来なかった。
483気付かなかった分岐点:2008/02/17(日) 16:02:14 ID:FiczcdWz
「それに、きっとお姉ちゃんも嫌だったんだと思う。私、その場だけで喜んで……結局落ち込んでる。当り前の事なの
に、拒絶されたからって」
 きっと、かがみは告白された時にそれを受け入れたんだと思う。不器用ではあるけれど、かがみは優しいから。つか
さの想いを拒絶して、つかさを悲しめる事なんて出来なかったんだと、私は思った。そして、暫く考えた結果、つかさを
拒絶して今に至った。
 どうやって声を掛けたら良いのか、そんな事は全く分からない。どんな言葉を使っても、この悩みを解決する事なん
て出来ないと思った。
「かがみ、はっきりとは言わなかったでしょ」
 唐突に、まつりが言った。重い空気を感じさせない、軽い口調で。
「え?」
 つかさが戸惑ったように聞き返す。私はそのやり取りを目で追いながら眺めているだけで、この会話に入り込む余
地なんて自分には無いような気がした。
「あいつ、例えば『やっぱり無理だった』とか『ごめん』とか、言ってなかったでしょ?」
 つかさは暫くの間考え込んで、やがて頷いた。かがみが明確に拒絶の意を示した訳ではない。けど、それが分かっ
た所で何の解決になるだろう。何も解決出来ない。仮につかさとかがみが結ばれたとしても、その先に待ち構える未
来は幸せだけではないはず。それどころか辛い事の方が多いだろう。そんな未来に妹達を放り出すなんて、私には
出来ない。
「じゃあ、かがみも悩んでるんじゃない? だったら、思い切っちゃいなよ」
 まつりの言葉は、私が言えなかった言葉。妹達を、先の分からない未来に放り出す言葉だった。何でそんな事が言
えるのか、とまつりと目を合わせた。まつりは、当然の事を言った、とばかりに平然とした顔をしている。自分が無責任
なだとは思っていない、そんな顔だった。
「だって、かがみの事を好きな気持ちを消せないなら、それこそ辛いよ。目先の事なんて考えないで、今を楽しく生き
た方が私は幸せだと思うけど」
「でも、その今が辛くなる時だって必ず来るじゃない。そんな事、無責任だと思う」
 私の意見に、まつりは何を言ってるの、と言わんばかりに顔を顰めた。
「つかさ、かがみの事、本当に好きなんでしょ?」
 まつりの問いに、つかさは遠慮がちに頷いた。紅潮している頬が、それがつかさの本心である事を肯定している。
「だってさ、姉さん。本当に好きなのに、それを伝えられないまま過ごして行くのって、幸せだと思う?」
「思わない……けど、それでも良い人がこの先見つかるかもしれない。だったら、その時まで耐えてそれから幸せに
なった方が」
「それこそ間違ってる」
 私の言葉を遮って、まつりは言った。分かっていた。私が今言っている事なんて、正しいはずがないと。だから、こ
の後まつりから言われる事も、必然的に理解出来ていた。
「その方が、無責任だよ」
 良い人が現れるのを待つなんて、なんて確率的な問題が浮かぶ希望だろう。それこそ、未来など全く分かりはしな
い。それどころか、届けたい想いを胸にしまい続けて、ずっと苦しむ人生だって有り得る。私は可愛い妹を暗い未来
に放り込みたくなんて、微塵も思ってない。
「……分かった。まつりの方が、正しいよ」
 私が言うと、ありがと、とまつりは言った。普段は姉らしくないのに、こんな時にこんなに良い姉になるなんて。体裁
ばかり考えてつかさの感情を無視してる私よりも、まつりの方が姉らしい。何だか自分が小さく思えて、それから私は
口を噤んだ。
「姉さんの言い分も分かるけど、ね」
 そう言って、まつりはつかさを見据えた。戸惑いに揺れる眼が、何かを決意したように止まる。まつりが優しく微笑み
ながら頷くと、つかさも同じように頷いた。
「うん、よし。頑張りなよ」
 まつりが一言そう言うと、つかさは先ほどまでの暗い表情から一転、決意に溢れた光を眼に宿し、勢い良く立ち上が
った。この後の展開を、私達は見守るしかない。出来れば良い方向に向かって下さい、と私は此処からじゃ見えない
月に向かって祈った。
 今日を最高の一日に終わらせる為に、そう願った。
「ありがとう、まつりお姉ちゃん!」
484気付かなかった分岐点:2008/02/17(日) 16:03:51 ID:FiczcdWz
 何時ものつかさ。けれどその表情は力強さが溢れている。何も力になれなくて、結局良い所を全部まつりに取られ
てしまった私は苦笑しながらつかさの姿を眺めていた。いざとなった時に、頼れないなんて、私は姉失格かもしれな
い。
 そんな事を思いながら、人知れず落ち込んでいると、つかさの顔が今度はこちらに向いた。まつりに向けていたのと
同じ、花のように綺麗なつかさの笑顔。家族みんなが、このつかさの笑顔が大好きだ。でも、今の私にはそれを向け
られる資格なんて無い。何の力にもなれなかった私が。
「いのりお姉ちゃんも、ありがとう。心配掛けるかもだけど、今度は大丈夫だから」
 その言葉が、つかさの笑顔が、私の鬱積を一気に吹き飛ばしてしまったかのようだった。
 つかさも成長しているんだ。前のように、心配ばかりを掛ける子だったつかさの面影は霧のように霞んで見える。曇
りかけていた私の心中も、一陣の風が吹いただけで晴れ渡ってしまった。
「うん、どういたしまして。頑張ってね」
 姉妹間の恋愛事を応援する日が来るなんて、考えもしなかった。それだけに不安だったけど、今は安心さえ出来る。
一層やる気を出したつかさが台所に向かって行くのを見て、そう思う。
 これで私の仕事も終わり、か。結果は天命に任せるのみとなった。
「んじゃ、本格的な作戦を練りますか」
 ――そう思ったのも束の間。まつりの中ではこの件は完結していないらしい。つかさが部屋から出て行った時、まつ
りはそう言って姿勢を正した。最初の面倒くさそうな態度は何処へやら、こちらもやる気に満ちた表情。思わず、笑み
が唇から零れた。
「何で笑うの?」
 怪訝な視線を私に遣って、まつりは尋ねて来る。
 最初の態度と比べたら、やる気まんまんだったから。そう答えると、まつりは照れたような笑いを零し、頬を人差し指
で掻きながら言った。
「どんな形であれ、妹の恋は応援したいでしょ? それに、同じだし」
 やっぱり、まつりも姉で、そして女の子なんだな、と私は思った。最後の言葉はよく分からなかったけど、考えていて
も仕方がないので気にしなかった。
 つかさとお母さんが二人でやっているのだろう料理の音が小気味よく私の耳に届く。時間ももう無さそうだし、作戦を
考える時間は少なそうだ。私は、まつりが話す作戦の内容に耳を傾ける事にした。その内容に、驚愕するのは、もう
少し先になる。


 夕食、かがみがやっと下に降りて来て、みんなに顔を見せた。まつりが言う通り、あまりいい状態ではないみたいで、
具合の悪そうな顔をしている。口々に心配の声を掛けていたけど、かがみは大丈夫の一点張りだった。終始、つかさ
も黙ったまま。何となく気まずい雰囲気だった。
 そんな中、夕食に出された味噌汁を啜りながら私は考える。まつりが提案した作戦の内容はかなり異端なもので、
私は承諾を渋ったけど、丁度その時に夕食が完成していて、押されるがままに承諾してしまった。大体、私には出来
るかどうか分からないのに。
 この先に自分がやらないとならない事を考えると、自然と溜息が出る。夕食は美味しかったけれど、この気まずさとこれからの事について考えるだけで途端に味気ない物に感じられた。ふと、作戦の提案者であるまつりに視線を向けてみる。何時もと同じように食を進めていた。
「ごちそうさま」

 それから暫くして、かがみは席を立った。随分と時間を掛けて食べていたみたいで、かがみ以外の家族は全員食べ
終わっている。今はみんなでテレビに集中しているけど、頭の中はかがみへの心配で埋まっているに違いない。事実
、私がそうだ。
 台所に自分が使った食器を持って行ったっきり、かがみは帰って来なかった。程なくしてお風呂場から物音が聞こえ
た所から、もうお風呂に入るらしい。シャワーの音が聞こえて来た時、それは確信に変わった。もう、テレビの音は耳
に入って来ない。シャワーの音がやけに耳に付いた。
「さて、私もお風呂、入って来ようかな」
 まつりが腰を上げた。お風呂場からは未だに続くシャワーの音。お母さんとお父さん、勿論つかさも、驚いたように視
線をまつりに集中させた。それも当然の反応と言える。この年になって、姉妹と一緒にお風呂に入るなんて、誰もが
思っていなかっただろうから。
「今、お姉ちゃんが入ってるけど……」
485気付かなかった分岐点:2008/02/17(日) 16:05:09 ID:FiczcdWz
「ちょっと、姉妹間での団欒を図ろうかと思って」
 つかさが慌てながら尋ねた問いを、軽くあしらうまつり。そりゃあ、好きな人が他の人とお風呂に入るなんて、少しは
反感を持ってもおかしくない。
「たまには良いかもしれないねぇ」
「でしょ? さすがお父さん話が分かる!」
 お父さんは何時も通りの柔和な笑みで。一緒にお風呂に入って何をするのかを聞いたら、きっと困るのだろうけど、
知らぬが仏って所かしら。
 お母さんは全部悟っているのか、何も言わずに微笑んでいた。まつりは全員の顔を見てから、それじゃ、と言ってお
風呂場に向かった、作戦開始、私達は最後に眼が合った時、確かに心の中で同じ事を呟いていたと思う。同時に、私
はテレビのリモコンを取って、音量を少しだけ上げた。
「どうしたの?」
 お母さんの問いには、少し聞きづらくて、と答えておいた。その時の私の顔は、とてつもなく動揺していた事だろう、
誰だって、これから私がやらないといけないことを考えたら同じようになるはず。それを平気で行えるまつりがどれだ
け凄いか、私は痛感した。



 丁度良いぐらいの頃合いを見計らって、私はそれとなく洗面所の方に行ってみた。此処からでは見えないけど、何
やら聞こえる話し声。かがみとまつりは、もうお風呂から上がって洗面所に居るみたいだった。耳を澄ませると、会話
の内容が少しだけ聞こえて来た。
「なんであんな事したのよ……」
「お姉さんなりの慰め。喜びなさいよ?」
「迷惑だっての。しかもこんな……」
「気にしない気にしない。言ったでしょ、なるようになるって」
「それが意味分かんないんだけど」
「すぐに分かるわよ。じゃ、私はお先に失礼するから」
 そんな会話が聞こえて来た後、洗面所からまつりがバスタオルを胸まで巻いた格好で出て来た。幾ら姉妹だからっ
て、もう少し気を使おうとか思わないのかしら。このままデリカシーを持てないような女にだけはなって欲しくない。
「どうだった?」
 髪の毛を拭いているまつりに、尋ねてみる。丁度その時にかがみが出て来たので、軽い会釈をして、かがみが去る
までの間、私とまつりは余計な話をしなかった。作戦の事が知られたらかがみは余計な御世話と言うに決まっている。
もしかしたら、想像以上の怒りを表すかもしれない。
「んー、作戦は成功、この分だと問題ないね」
 バスタオル姿のまま牛乳を飲むまつり。かがみの肌はお風呂に入ったから、と言うそれだけじゃない理由で赤くなっ
ていたし、まつりの言っている事も真実味を帯びていた。
 早く着替えないと湯冷めするよ、と言おうと思ったけど、まつりの報告が何だか意味深だったので、私はそちらを尋
ねる事にした。
「具体的には?」
「あー、ほら、何て言うか、二人してすれ違ってる感じなのよ。かがみはつかさに振られたって言ってて、つかさは一
度は受け入れてくれたって言ってる。言ってる事が食い違ってるみたい」
 だから、後一押し! そう言ってまつりは私に向かって親指を立てた。そんな事を聞かされたら、私が怖気づく訳に
はいかないじゃない。かがみもつかさが好きで、つかさもかがみが好きで、それなのに二人は互いの気持ちに気付か
ないまますれ違ってる。
 まるで、二人しか居ない交差点なのに、お互いに気付かないまま歩を進めてしまっているような、そんな関係になっ
てしまっている。だから、私達が誘導してあげないと。このまま終わるなんて、私達だって後味が悪い。
 次は私の番だ。私のキャラには似合わないと思うんだけど。
486気付かなかった分岐点:2008/02/17(日) 16:06:15 ID:FiczcdWz
「お姉ちゃん、私、先にお風呂入っても良い?」
 私がまつりに親指を立て返した時、つかさが丁度良いタイミングで入って来た。つかさはやる気を出しているみたい
だからそんなに心配するほどでは無いと思っていたんだけど、まつりが『念には念を』と言うので私もする事になった。
「良いよ」
 私がそう言うと、つかさはありがとう、と言って洗面所の向こうに消えた。私の緊張も次第に高まる。まつりはどうやっ
てあんな事をしたのだろう。
「ま、まつりはどうやって……その、したの?」
「悪戯っぽくやっただけだよ。かがみの反応、中々面白かった」
 平然と言ってのける妹。何処でそんな度胸が芽生えたのか。取り敢えず、これはまつりだから悪戯で済んだ訳で、
姉妹の中で一番の年長者である私がそんな事をしたら下手をすれば家族会議に発展してしまうかもしれない。よって
、まつりの言葉は私の参考にはならない。
「まあ、頑張ってね、姉さん」
 それを最後に、まつりは二階の方へと去って行った。急に心細くなる私。けど、何時までも此処で呆けている訳には
いかない。私は一人で頷くと、椅子から立ち上がり、前もって用意して置いた着替えを手に持って洗面所へと向かっ
た。
 お風呂場の中からはシャワーの音が響いていて、曇り硝子越しにつかさの小さな後ろ姿を見る事が出来る。シャワ
ーの音も手伝ってか、私が此処に居る事に気付いていないようだった。
 私は手早く身に付けていた衣服を脱ぐと、バスタオルを素早い動作で体に巻いて、深く息を吸った。
「この年になって、妹と一緒にお風呂なんてね」
 ふっと微笑んで、たまには良いのかも知れない、と私は思う。そして、その思いが消えない内に、洗面所とお風呂場
を隔てる扉に手を掛けて、開いた。
「……ふぇ?」
 何処か抜けた声が、浴場に小さく響いた。
「たまには一緒も、良いでしょ?」
 未だに眼をパチクリさせて状況を把握できないでいる可愛い妹に向かって微笑んであげると、つかさはみるみる内
に眼を大きくさせて、おまけに顔を熟れた林檎みたいに赤くした。そして、次には驚愕と困惑が入り混じった声。私は
それを苦笑しながら眺めるしかなかった。
「な、なな、何でお姉ちゃんがいるの?」
「んー、ほら、一緒に入ろうかと思って」
「だ、だってもう高校生だし、恥ずかしいよ……」
 徐々に下がる声のトーン。そんなつかさの可愛らしい仕草を見て、私は腰を屈めるとつかさの頭をな撫でた。濡れ
た髪の毛が私の指に絡みつく。私とは違う、薄い紫色の髪の毛。けれど、かがみとは全く同じ色をした髪の毛。
 辛い恋愛を選んだな、と今更ながらに思う。この子は純粋で、無垢で、綺麗な子だから、もしもかがみと結ばれたと
しても辛い出来事に直面するだろう。 純粋なほどに歪むのは容易くなる。
 無垢だから、全てが綺麗に見える。
 綺麗だから、汚れ易くなる。
 そんなこの子が強く生きて行けるだろうか。かがみの助けがあったとしても、この子が強くなれるだろうか。
 心配事は絶えず私の頭の中に浮かんでは消えて、その全てをすっきり解決する方法など輪郭すら思い浮かばな
かった。私は自然と暗い表情になっていたと思う。
 断続的に響き続けるシャワーの音の中に聞こえたつかさの声は、私を心配してる声だったから。
「……お姉ちゃん?」
 どうしたの、と水晶のように透き通って輝く眼が私を見つめている。自分の方が大変な状況なのに、私を心配してい
る。この子は何処まで優しいんだろう。その優しさは、どんな言葉を使っても言い表せそうになかった。それほど、途
方も無い優しさに思えたから。
「ううん、何でもない。ほら、今日は私が背中流してあげるから、ね?」
 私がありったけの親愛を込めてそう言うと、つかさは天使のような微笑みを咲かせて、うんと言った。今なら分かる
気がした、かがみがつかさを好きになったその理由。

 ――つかさは、こんなにも沢山の魅力を持っている女性だった。
487気付かなかった分岐点:2008/02/17(日) 16:07:24 ID:FiczcdWz
 湯船の中、私とつかさが二人で浸かっている。立ち上る湯気が天井に張り付く水滴の重さを増やして、私達の元へ
と落とした。つかさの表情は全く窺う事が出来ない。見えるのは、何処か淫靡な印象を持たせる濡れた髪が掛かるう
なじ、真っ赤になった耳たぶくらい。そして、つかさが私を私だと認識する手段は触覚くらいのものだろう。
「や、やっぱり恥ずかしいね……」
 そう言われると、私まで恥ずかしくなる。私達の体制は私がつかさを抱っこしているような感じで、浮力のお陰で多少
軽くなっているからなのか、私に体重を預けるつかさの姿は何だか赤ちゃんのようで、私はつかさが少しで楽になるよ
うに、と腕をお腹の辺りに回していた。
 直に触れあう肌の感触が懐かしいような、もどかしいような。そんな妙な感覚は、やはりもどかしい、の方に寄ってい
る気がする。母親って、こんな感じなのだろうか。湯気が上って行く天井を眺めながら私は感慨に耽っていた。
「私、お姉ちゃんと上手く出来るかな……」
 私が何か言う前に、つかさが不安げな声を漏らした。頭を垂れているので、水面と睨めっこをしているのだろう。
 私はもう知っていたから。つかさとかがみの想いが通じれば必ず結ばれる事を。だから、通じるように、その言葉を
言い易くする為に、まつりはこの作戦を思いついた。
 その時は知らなくても、薄々気付いていたのだと思う。かがみがつかさに寄せる思い――そして、つかさがかがみに
寄せる思いも。
 私だって何時からか二人の中で何かが変わっているように思った時がある。
 何も、不思議な事ではなかった。
「大丈夫。お姉ちゃん達が手伝ってあげるから……ね」
 自分でも驚くほどに甘ったるい声が出た。耳元で囁かれたからか、つかさが小さく身を震わせたのが肌に直に伝
わってくる。
 つかさは何も言わなかった。これが"手伝い"だと、そう理解しているのかもしれない。そして、私もこれが手伝いだ
と思ってる。問題なんて、無い。
 つかさのお腹に回していた手を、肌を伝いながら上らせると、つかさが甘い吐息を漏らした。こんなに顕著な反応を
してくれると、私も止まらなくなってしまう。
 何だか、自分でも分からないけれど手が止まらなくなっていた。いや、手だけじゃないか。
「……んっ……」
 私がつかさの耳たぶを甘噛みすると、つかさは胸に感じている快感も相まって、小さな声を出した。熱っぽく、他人
の情欲を煽るような声。それを懸命に抑えているつかさの姿はやはり、綺麗と言うよりも可愛い、と形容する方が似合
っている。
 次いで、後ろからつかさを抱き締めながら、鎖骨に舌を這わせると、今度は首を逸らして、更に甘い嬌声を上げた。
狭いお風呂場に、つかさの声が響く。ピチャ、とお湯が揺れる度、つかさの体が反応してくれる。私には、それが力に
なってあげられてるみたいに思えて、嬉しかった。
 時間の経過が分からない。天井から滴る水滴が砂時計のように時を刻んでいるようだった。私の頭の中に、作戦の
事が残っていたのかどうか、それもあやふやだったけど、確かにつかさの力になれている、そう思うとそんな事はどう
でも良くなって。
 時間と言う概念を忘却の彼方に置いてしまった私が漸くお風呂から上がった時、時刻は十時半をしめしていて、我
ながら長湯をしたと、呆れるほどだった。
 けれど、私が風呂から出る間際、つかさが言った"ありがとう"と言う言葉が、何時までも私の頭の中に反響し続け、
何時までも満足感を与えてくれていた。
 あとは、つかさとかがみ次第。頑張ってね。



「色んな意味で疲れた……」
 洗面所で着替えを済ませて、適当に髪の毛を拭きながらまつりの部屋に行って、開口一番にその言葉を投げ出し
た。ベッドでは、漫画本を片手に寝転がっているまつりの姿。
 私の姿を見ると、みるみる内に口元を歪めて見せた。
488気付かなかった分岐点:2008/02/17(日) 16:08:28 ID:FiczcdWz
「あれ、姉さん、随分と長い時間お風呂に居たみたいだけど」
「分かってて言わないで。思い出すと恥ずかしくなるんだから」
「で、どうでした? つかさは」
「後は本人次第かな。多分、大丈夫だと思うけど」
「へえ……っと、つかさが上がって来たね」
 部屋の外から階段が軋む音が聞こえて来る。時計を見ると、もう十一時に近い。
 唐突に、まつりが部屋の電気を消した。視界が暗闇に包まれる。まつりが居る場所すら、全く見えなかった。
「なんで消すの?」
「邪魔しちゃ悪いからねー。私達はもう寝たって事で」
 ああ、なるほど。そう言う事か。
 まつりの言葉が私に全てを悟らせた。
 あの作戦は、ただ想いが通じ易くなるように、と言う名目以外にももう一つの意味が込められていたらしい。
有効じゃない、とは言わないけど、他にもやりようがあったと思う。まつりが提案した時点で気付くべきだったのだろう
か。
「さて、耳を澄ましてみますか」
 私は呆れたように嘆息して、明るみに出ればその眼を好奇の光に輝かせているであろう妹の姿を想像した。まった
く、この子はやはり自分が楽しくならなければいけないらしい。立派な事も言っていたのに、何だか興醒めした気分
だ。
「そう言えば、姉さん、体どう?」
 まだ、何の音沙汰も無い。暗闇と静寂の二重奏が世界を包み込んでいるようなこの空間で、何かを思い出したよう
にまつりが聞いて来た。
「ちょっと熱いかな。あんな事した後だし」
「あはは、実はあたしも」
 からからと笑う声。表情は分からない。完全な暗闇。何も見えず、見ようと頑張れば頑張る程にその闇は色を濃くし
ていくようだった。
「それが」
489気付かなかった分岐点:2008/02/17(日) 16:09:01 ID:FiczcdWz
 それがどうしたの、答えた後に続けるはずの二の句が、詰まった。
 床に座っている私。まつりはベッドに座っていると思っていたけど、それはとんだ思い違いだった。私の手の上に、
暖かい感触があった。言うまでもない、この空間に居るのはまつりと私の一人だけ。他に私の手に更に手を重ねる事
が出来る人なんて、透明人間くらいしか有り得ない。
『あっ……ん』
 心臓が飛び跳ねた。遠くから、こんな声が聞こえて来ては、驚いてしまうのも道理だ。
 紛れも無く、この声はかがみの部屋から聞こえたもの。そしてそれが何を意味するのか分からないほど私はお子
様ではなかった。
「鎮めてもらおうと思って」
 右に何があるか、左に何があるか、何も分からない世界で囁かれる。
 何を、なんて陳腐な事は聞く事が出来ない。ただ、BGMになっている嬌声が、私を意味の分からない気持に高ぶら
せている。かがみの部屋では何が行われているのだろう、それを考える度に、何かが疼くのを感じた。知ってしまった
のだ、お風呂につかさと一緒に入った時に。
 私が動揺してまつりに対する返答に固まっていると、途端に手から温もりが離れた。簡単に、本当に自然に、離れ
てしまった。次いで、ベッドに人が飛び込む音。
 まつりが私から離れたんだと、そこで初めて理解していた。
「ジョーダン、よ。冗談」
 けらけらと笑うまつりの声が聞こえた。
「あいつら、凄い事になってるみたいだねー」
 何処か感心したように笑う、まつりの声が聞こえた。
「そう、ね」
 歯切れの悪い、私の声が闇に響いた。
 遠くから、淫靡な声が聞こえて来ている。
 私は知ってしまっている。
 まつりは熱くなっている、私と同じに。
 まつりは子供みたいにはしゃいでいた。
 私がこのBGMに耐えられなくなるまで、後何分?
 カウントダウンが、始まる音がした。

 今日が最高の一日で終わってくれるのかは、未だに分からずじまいのまま。
『どんな形であれ、妹の恋は応援したいでしょ? それに、“同じ”だし』
 まつりが言った言葉に期待している私が、暗闇の中で揺れていた。







――end.