366 :
寸止め刑事:
【アイ×P】その5 1/7
「あはははは。あービックリした」
そう高らかに笑いながらアイコちゃんは自分のTシャツの胸元を摘んで
はたはたと扇ぐ様に風を送っている。
私も同じ様に汗で張り付いたシャツを摘んでいるが、
動かす度に張り付き剥がされを繰り返し、冷たくて気持ち悪い。
お会計を済ませてラーメン屋さんから出るまでの間、ずっとシャツを摘んで肌から浮かせて誤摩化していたが
胸から引き剥がせば背中が張り付くし、背中を剥がせば胸に張り付く状態で生きた心地がしなかった。
「気が付いてた? 隣の席のオジさんビックリした顔で見てたわよ」
「えぇー!?」
「大丈夫、わたしがちゃんと睨み返しといたから」
そう言って再びからからと笑う。
スカートの中身ばかり気にしてすっかり胸の警戒を怠っていた。
アイコちゃんは大丈夫と言うけれど、見ず知らずのオジさんにしっかり見られていたと思うと
急に恥ずかしさが増して、バタバタと無茶苦茶にシャツを扇いだ。
「ゴメンゴメン。わたしがもっと早く気付けば良かったわね…」
そんな私の様子を見てアイコちゃんは謝ってくれる。
「ううん、下着忘れた私が悪いんだし、汗は止められないから」
「冷やし中華にしとけば良かったかな?」
「あ、その手があったのか…でもラーメン本当に美味しかった」
私がそう言うとアイコちゃんはニカーっと笑って
「ちょっと涼んで行かない?」と、駄菓子屋に毛が生えた様な小さな商店を指差す。
アイコちゃんは罪滅ぼしのつもりなのかラムネを奢ってくれた。
お店の前のベンチに並んで腰掛け仲良くラムネを飲んだ。ちょうど日陰になっていて風が心地よい。
瓶を傾ける度に中のビー玉が涼しげな音をたてて転がる。
あぁこんな単純な飲み物がなんでこんなに美味しいんだろう。
汗をいっぱいかいたから? 大好きな人が隣に居るから?
ラムネを飲み終えた後も、しばらく惚けた様に真っ青な空に雲が流れて行くのを眺めていた。
気が付くとシャツが張り付きも透けもしない程度にまで乾いていたので
だいぶ元気を取り戻して歩き始める。
アイコちゃんのお家はそこから歩いてすぐの所にあった。
367 :
寸止め刑事:2008/07/09(水) 07:18:30 ID:taaJWJ//
【アイ×P】その5 2/7
「え…ここがアイコちゃんのお家?」
想像していた感じとちょっと違った。
なんとなくオシャレなマンションの高層階に住んでる様なイメージを抱いていたが
木造の平屋、それもかなり古そうに見えたので少し驚いた。
ただし古いと言ってもボロボロな訳ではなく、しっかり手入れが行き届いていて趣がある感じ。
一言で言い表すならば「立派」そしてなにより、デカい。
門に使われている柱は太くて高く、時代劇にでも出てきそうな分厚い木戸がはまっていて
それに連なる漆喰塗りの外塀は次の区画まで途切れずに続いている。
この一区画全部アイコちゃんのお家!? 広いなんてもんじゃない。
「古めかしいでしょー?」
なんてアイコちゃんは気軽に言うけれど、これはお家と言うよりはお屋敷。そう、お屋敷だ。
大きな木戸の横にある小さな戸から中に入ると更に異世界が広がっていた。
門から玄関まで玉砂利が敷かれた上に飛び石が続いていて、それを取り巻く様に庭木が梢を伸ばしている。
その緑のアーチの中を進むと広い庭の中央に池があるのが見えた。あの池には絶対に錦鯉がうようよ居るに違いない。
日本庭園なんて生まれて初めて見た。
本当にこんな家に住んでる人が居るんだーと妙に感心してしまう。
「誰も居ないから遠慮しないで上がって」
アイコちゃんが玄関の引き戸をカラカラと開けながら招き入れてくれる。
中は外観から想像した通り、鏡の様に磨き上げられた板張りの廊下が最奥まで続いていた。
これは…とんでもない所に来てしまったのかも知れない。そう思ったがもう遅い。
意を決して一歩足を踏み入れる。
「お邪魔します」
大好きな人のお家に招かれたのだ無様な姿は見せられない。
他に家族の方が居ないとしても、この立派なお家に対して失礼の無い様振る舞わなければ。
なかば圧倒されながらも気を奮い立たせて、誰も居ない家の中心あたりに向けてぺこりと頭を下げた。
368 :
寸止め刑事:2008/07/09(水) 07:19:52 ID:taaJWJ//
【アイ×P】その5 3/7
「はい、ようこそいらっしゃいました」
背後からアイコちゃんのにこやかな声が応えてくれた。
アイコちゃんが先に上がり框に上がってスリッパを出してくれる。
私は慌てて着替えの詰まったバッグから紙包みを取り出す。
「これ、つまらないものですが」
「え?何これ?」
「母が手土産もなしにお邪魔するのは失礼だからって持たせてくれたの
中身はフルーツゼリーの詰め合わせ」
「そんな気を使わなくてもいいのにー!」
「いやでも泊めてもらう訳だし、ここのゼリー美味しいし」
「つまらないものじゃないじゃん!」
アイコちゃんはそこで爆笑して受け取ってくれた。
これでやっと私は安心してお邪魔することが出来る。
手土産なんてそんな大げさな、と思っていたが母が無理矢理持たせてくれた事に感謝した。
このお屋敷を見たら大げさどころかまだ全然足りないぐらいだよ。
ぺたぺたとスリッパの音を廊下に響かせながらアイコちゃんはずんずん歩いて行く。
私は遅れない様に急ぎ足で後を追いかける。
厨房と呼ぶのが相応しい広い台所に着くと、これまたでっかい外国製らしき冷蔵庫にゼリーを納めた。
「これは冷やしておいて夕飯のデザートにしまーす」
「はーい」
「さて、じゃあ私の部屋に荷物置いてきましょ。やる事いっぱいあるわよー」
「え?やる事?」
「そう、まずは夕食の準備かな? 誰も居ないから2人で作るの」
「あ…その前にお手洗い借りてもいい? 買った下着履いて来るわ」
私がそう言うとアイコちゃんは「あぁそう言えば」という顔になって
しばらく何か考えているようだった。
369 :
寸止め刑事:2008/07/09(水) 07:21:59 ID:taaJWJ//
【アイ×P】その5 4/7
「どうしたの? アイコちゃん」
「うん。下着履いちゃ駄目」
「え!? な、何で?」
「だって1枚しか買ってないんでしょ? お風呂入ってまた同じの履く気?」
「あ…」
「だーかーらー。今日は1日このままで過ごすの。あ、大丈夫よあたしも付き合うから」
そういう問題なのだろうか?とも思ったが、今まで平気で外を出歩いてたクセに
人目の無い室内で慌てて下着を履くというのも変な話だ。
でもやっぱり他所様のお宅でお尻丸出しというのも気が引ける。
そんな事を考えながらもじもじしていると、アイコちゃんの手が伸びて私のお尻をぺろりと撫でた。
「きゃぁあ!?」
「たまにはこんな変な過ごし方も良いんじゃない?」
「お、お尻撫でた!お尻!」
「うん。柔らかかった。わたしのも撫でてみる?」
「え!」
一瞬自分の手が伸びそうになるのを寸での所で堪えた。
何その気になってるのよ私の右腕!
私が一人でドキドキしている様子をアイコちゃんはニヤニヤしながら眺めている。
「もう、アイコちゃんのエッチ!」
「えー? エッチって言ったらこんなもんじゃ済まないわよ?」
「ななな、何を言ってるの!?アイコちゃん!?」
結局下着は履かせてもらえず、アイコちゃんは笑いながら自分の部屋へ案内してくれた。
やっぱりと言うか当然と言うかアイコちゃんの個室もまた広かった。
元々畳敷きの上にフローリング風のカーペットが敷かれ、インテリアも和洋折衷だがセンス良くまとめられている。
アイコちゃんの好きな色であるピンクが多用された可愛らしい部屋だった。
「Pちゃんが来るっていうんで慌てて片付けたのよ」
というアイコちゃんの言葉が信じられないぐらいにキチンと整理整頓されている。
広くて収納が多くないと出来ない芸当だ。
とりあえず部屋の隅に荷物を置かせてもらうと、濡れたままの水着とタオルの洗濯に取り掛かった。
一息ついてのんびりしたい所だったが放っとくとあっという間に水着がカビ臭くなる。
洗濯機に放り込んだ水着その他が渦を巻いている間、台所に戻って夕食の下ごしらえをした。
材料はあらかじめ用意してあったようだ。
ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、牛肉等々… ひょっとしてこの食材は…
370 :
寸止め刑事:2008/07/09(水) 07:24:01 ID:taaJWJ//
【アイ×P】その5 5/7
「合宿と言ったらカレーでしょ?」
さも当然そうにアイコちゃんが言うので、なるほど。と納得してしまったが
普段料理なんかした事無い私にとっては簡単で失敗無く作れる無難な選択だった。
「うちではこの二つのルーをブレンドします」
そう言ってアイコちゃんが取り出した2つのカレールーのうち1箱は私の家でも使っている銘柄だった。
箱の裏に印刷されたタグをメガネ越しに見ると可愛らしいコックさんのキャラクターが現れ
調理手順を解説してくれる。ふむふむとそれを聞きながら2人で手分けして野菜の皮を剥き、適当な大きさに刻んだ。
「わたしがお肉炒めるからPちゃんはサラダ用にレタスちぎって氷水に浸けといて」
「了解しました!」
初めてとは思えぬ素晴らしいコンビネーションで次々と難関をクリアして行く。
「ジャガイモは下茹でしてルーを混ぜた後に加えると粉っぽくならないのじゃ」と言うコックさんのアドバイスに
「えー? 粉っぽいのが好きな人はどうするのよ?」とアイコちゃんが尋ねると
「最初から煮込めばいいのじゃ」と当たり前の答えが返って来て2人で爆笑した。
一通りの材料が鍋に投入され、私がアクを取りながら煮ている横でアイコちゃんが何やら野菜を切っている。
「Pちゃん。ピーマン好き?」
「え? それってもしかして…洒落?」
振り向くと細切りにした黄色いピーマンを1本摘んだアイコちゃんが笑っていた。
「はい、あーん」
「アイコちゃん、これパプリカって言うんじゃむぐっ…」
好きとも嫌いとも言わぬうちに無理矢理口に放り込まれる。
幸いパプリカは嫌いじゃない。ビタミンPなるモノが含まれていると聞いた時はなんだか親近感が湧いたものだ。
噛むとしゃくしゃくと瑞々しくて甘かった。なるほど、サラダに使うのか。
アイコちゃんはガラスのボールに盛ったレタスの上に今切ったばかりのパプリカを散らしてラップを掛けた。
あとは食べる直前まで冷蔵庫で冷やすだけだ。
私の方は鍋の中にルーを投入してダマにならない様に丁寧にかき混ぜる。
最後にアイコちゃんがガスの火を消して鍋をキッチンテーブルの上の保温容器へと押し込んだ。
「後はこの中でじっくりコトコト煮込まれて完成ー!」
「なんだか思てったより簡単ね」
「まーねー。合宿じゃこんな便利な鍋使えないから。さ、洗濯終わってるから水着干しましょ!」
371 :
寸止め刑事:2008/07/09(水) 07:26:07 ID:taaJWJ//
【アイ×P】その5 6/7
本当にやる事がいっぱいだ。私たちはパタパタと洗濯機のある洗面所へと急いだ。
スカートが翻ったけれどそんなのもう気にしていられない。あぁ忙しい。
なんだか意味も無く可笑しくて。廊下を走りながら2人して声を上げて笑った。
綺麗さっぱり塩素臭が洗われた水着達を洗濯かごに押し込んで、再びパタパタと物干し台へと駈けて行く。
池があったのとはまた別の庭に物干し台はあった。
さんさんと陽の降り注ぐ明るい庭に、2人の水着が仲良く並んで風にはためいている。
日陰になった縁側に腰掛けてやっと一息つく。緑の多い庭を通る風が心地良かった。
「うあー疲れた。毎日家事やってるお母さんの苦労が初めて分かったわ」
「え! アイコちゃんのお母様が掃除とか洗濯してるの?」
「うん。普通そうでしょ?」
「こんな大きなお屋敷だからてっきりお手伝いさんとか雇ってるんだと思ってた…」
「そんな大層なもんじゃないわよ。古くてただ広いだけなんだから」
「でも掃除だけでも大変そう…」
「家事が趣味だから平気みたいだけどねー」
そんなもんなのか。なんだかスケールが大き過ぎて掃除している様子すら想像出来ない。
そうこうするうちにアイコちゃんは板張りの縁側にごろんと横になった。
いくらショートパンツ姿とはいえ、その下には下着を履いていない。
投げ出された両足の付け根は今、とんでもなく無防備な状態なはずだがアイコちゃんは気に留める様子も無い。
「今日は色々あって疲れたわ…Pちゃん、一緒にお昼寝しよ…」
なんだかもう眠たそうな声でそう言うとアイコちゃんは私の腕を引っぱる。
私は限られた時間をもっと大事に使いたかった。もっと色々お話したかった。
だけど水泳に加えて洗濯、炊事と慣れない事をやってくたびれていたのか
あぁそれも良いわねぇ。と、ふらふら引き込まれる様にしてアイコちゃんの側に横になった。
庭からの風がスカート持ち上げて剥き出しのお尻をくすぐる。
外から丸見えになってやしないかと心配になって頭だけ持ち上げて見渡してみた。
庭木の向こうに高い漆喰の塀が見え、その上はくっきりと青い空。あぁ大丈夫、全然見えないや。
そう安心したとたん体の力が抜け、まぶたが重くなった。
372 :
寸止め刑事:2008/07/09(水) 07:27:58 ID:taaJWJ//
【アイ×P】その5 7/7
とろんとした眼でアイコちゃんを見ると、もう既に眠ってしまったのか眼を閉じて静かな寝息を立てている。
穏やかな横顔を眺めていると一緒にお昼寝するのもそんなに無駄な事じゃないなと思えて来た。
誰にも邪魔されず二人っきりで夢の世界に遊びに行くなんて、むしろ素敵な事じゃない?
もうちょっとアイコちゃんの側に近寄りたくて体をよじっていると、投げ出されたアイコちゃんの腕を見付けた。
「ちょっと借りるね」
そう呟いてアイコちゃんに腕枕してもらう。なるべく体重が掛からない様に横向きに寝て、肩と首の隙間に腕を敷いた。
アイコちゃんの横顔を眺めながら眠りにつくなんて、こんな幸せあっていいのかしら?
「あ」
急にむくりとアイコちゃんが首をもたげた。やっぱり重たかったのかな?と思った瞬間
頭の下に敷かれていた腕に引き寄せられてアイコちゃんの顔が目の前に迫る。
柔らかくて温かいものが唇に押し付けられた。えーと…これは…何?
ちゅっと音を立ててアイコちゃんの唇が私の唇から離れた。
「おやすみ…うふふ。Pちゃん、ピーマンの味がするよ…」
そう言ってアイコちゃんはまたパタリと眠りに落ちて行った。
もう、ピーマンじゃなくてパプリカだってば。
何だか凄くビックリする様な事が起きた気もするけれど、眠くて上手く驚けそうにない。
起きたらちゃんと驚くから、今はこのまま眠らせて…
多分、今までで一番上手に驚いてあげられるハズだから。
「おやすみ…アイコちゃん…」
━つづく━