何年かいてんだ すげーな 保守
540 :
名無しさん@ピンキー:2011/12/21(水) 18:54:06.98 ID:EhOXcR+j
続きを楽しみに待ってるぜ・・・
読み返すたびに終わってしまって惜しかった漫画だなと思うぜ・・・
それにしてもちょっと出てきただけのハインリヒでここまでできるのスゲーよな。
保守
保守
保守
保守
保守
保守
保守
「……棄権しなさい。死にたくなければ」
「それは、聞けないよ。エリス」
まったく躊躇いなく答えたヒロムの目線は、……こんなにも、高かっただろうか。
「お兄さんは、僕との戦いに何かを賭けている。
彼は昔、僕に指輪を預けると言った」
ずきり、と身体のその場所が疼く。
「それが何なのかは結局わからなかったけど、彼にとって大切なものを僕は預かっているんだと思う」
わかっていなかったの。と思わず口にしそうになったのを辛うじて堪える。
「僕が逃げたら、彼を裏切ることになる。
彼との約束を違えることになる。
それは、できないよ、エリス」
あきれた。こいつは、このお人好しは、かつては怒りをもって戦った相手だというのに、
あの兄に対して、誠心誠意ともいうべき姿勢で臨もうとしていたんだ。
「死ぬわよ」
「そうかもね」
「怖くないの」
「怖いよ」
「なんで逃げないのよ」
「男だから」
「………………………………」
その答えは、あまりにも予想外で。そしてあまりにも、雄弁だった。
目の前にいるヒロムが、とてつもなく大きく見えた。
私のために戦う、なんて言いだしたら、はっ倒してでも止めることができただろうに、
ヒロムが見ていた世界はもっともっと澄んでいた。
きっと、かつて私の嘆きをくみ取って戦ってくれたことも、
善意とか、愛情とか、憐憫とか、恋慕とか、そんなものじゃなくて、
お姉様が育て上げたヒロムという人間の真っ直ぐな有り様そのままだったのだ。
眩しい。
眩しくて、まっすぐに見ていられない。
「だから、僕は戦うよ。エリス。
そうすれば、何か、ずっと昔からあったような倒さなきゃいけないものが、終わる。
そんな予感がするんだ」
「……」
止められなかったことが悔しくて、
「あんたが……」
ヒロムが私へ向いていなかったことが悲しくて、
「あんたなんかが……」
それなのに全てを察していることが嬉しくて、
もう、これ以上涙を堪えることなんてできそうになくて、
私は逃げる様に部屋から出て行くしかなかった。
「あんたなんかが、お兄様に勝てるはずがないのよ!」
多分私はきっと、その言葉をヒロムに否定して欲しかった。
駆ける私の背中に、ヒロムが何かを語りかけたような気がしたけど、
私は自分の足音でそれをかき消して、聞かなかった。
ホテルの外まで駆けてから、荒れる息をなんとか抑える。
もっと言い様がなかったのか。
もっと素直になればよかったのか。
抱きついて泣きついて、私の処女をあげるから棄権してとでも懇願していたら、ヒロムはどう答えていただろう。
私が処女でなくなっていたら、あの兄は私をどうするだろう。
――お前が俺の子を孕む日がようやく訪れる――
それが兄の目的だとしたら、ヒロムの子を孕んでしまえば、兄の目的は達成できなくなる。
だけど、ヒロムのあの目を見た後では、試合を前にそんなことをさせることはできなかった。
でも、試合が終わった後ならば。
……決心がついた。
もしヒロムが兄に勝てたなら、私は、ヒロムに貸し出されたものではなく、ヒロムのものになろう。
それで、終わる。今度こそ終わる。
だがそれは、最愛のお姉様を、裏切るということだった。
更新ktkr!
気長に待ってるんで次も期待してます
保守
保守
保守
保守
保守
お姉様はこの大会が始まる前から留学している。
ヒロムの傍にいないのですかとお聞きしたら、躊躇いなく微笑んで、それでいいと仰った。
この三年間、お姉様の態度を見てきたからそれはそれでわかる。
お姉様は、ヒロムを過保護に扱ったりはしない。
育てるには、見守ることも、あるいは時には見放すことさえ必要だとわかっていらっしゃる。
時には傍にいないことが必要であるということも。
それでいて、ヒロムの日々の思考や行動は常にお姉様の育てられた延長にある。
お姉様がいなくても、ヒロムの態度のそこかしこに、私は常にお姉様の息吹を感じ取っていた。
今先ほどの姿にさえ、お姉様を感じずにはいられないくらいに。
ただ、この大会が始まってから、おそらくお姉様はヒロムに連絡を取ってはいないのだろうと思う。
少なくともそんな形跡はなかった。
もちろん、この大会のことを把握していないはずはない。
今のヒロムが最大の敵を前にしているということも、きっとわかっていらっしゃるはずだ。
その敵が、私にゆかりの者であるということも。
連絡先の携帯番号は教えて頂いていた。
ヒロムには番号を伝えるな、という念を押された上で。
それは、私からは連絡を取ってもいいということだろうか。
お姉様に電話して何を話せばいいのか。
この胸の中にあるどす黒い思いを吐露して許しを請うのか。
それとも、お姉様に……
お姉様の電話番号を携帯に表示させたまま、
私は自分がどれくらい止まっていたのかよくわかっていなかった。
長い、ながい、永い、逡巡の後、自分でもよくわからない衝動が、
私の指を動かして、発信していた。
国際電話特有の間がしばしあって、……お姉様は寝ていらっしゃるかもしれない、
そんな風に思ったとき、
「……エリス?」
もう、懐かしいとすら思えてしまうお姉様の声が手の中から聞こえてきて、
慌てて私は携帯を左耳に当てた。
「あ……」
だけど、何を話していいのか何も考えていなかった私は、そこで言葉が出てこなかった。
お姉様は悪戯か、間違って発信しただけだと思われただろうか。
それならお姉様が切って下されば、それでこれは終わる。
だけど、お姉様は通話を切るでもなく、私の言葉を待っているかのようだった。
「……お、お姉様……」
辛うじて、神の前で最後の審判を待つ罪人の心境で、それだけを言うのがやっとだった。
それを、お姉様はどうお聞きになっただろうか。
「エリス」
私の名前を呼ぶその声は、いつかのように慈愛に溢れていて。
「あなたの好きにしなさい」
「……っ!」
息を呑んだ。
「私から、ヒロムを取れると思っているのなら、やってみなさい。
戦う前から逃げるなんて私は許さないからね」
それはまるで、ヒロムに向けて差し伸べられる愛情と同じように。
その場にいて、抱き締めて下さるような言葉が、私の心を揺さぶった。
「お姉様……」
「返事は?」
「……………………はい」
「よろしい」
それだけで、気持ちよいくらいにすっぱりと、お姉様は通話を打ち切った。
ツーツーという信号音をしばし呆然となりながら聞き続けていた。
謝ることができなかった。
ああ、ごめんなさいお姉様。
本当の私は、あなたが思い描いているよりも、もっとずっと、
汚くて、淫らで、下賤で、はしたない女なのです。
でも、でも、お姉様の言いつけには従います。
お姉様から、一時、ただ一時でいいです……。
ヒロムを、頂きます。
六回戦とは思えないほどの報道陣が集まった。
ここまで不戦勝続きだった兄の試合が行われるというだけで一つのニュースなのだ。
暴君改め暴帝ハインリヒの前に立ちはだかるのはサシャ・クリングパイルであると思われていたが
そのサシャを破った日本人が、棄権することなくハインリヒと対決する。
これはこれで関係者が喜びそうなニュースになるらしい。
まだ世界四カ所に分かれている各会場を結んでいるリアルタイム実況回線を見ても、
この対決を前に各会場の試合が無い空白時間に設定されていた。
各会場の注目が、ここに集まっている。
観客席は既にほぼ満員の状態だ。
かつての久瀬北生の姿や、他にも知っている顔がちらほら見える。
……ということを、私は席に座らずに、観客席の最高段、最後方から眺めていた。
さすがにこの対決を最前列で眺める勇気は無かった。
歓声が上がる。
まず兄が、執事や護衛すら伴わずに入ってきた。
堂々たる王者の歩みから立ち上る風格や王気は、見る者に歓声を上げさせずにはいられないのか。
観客を慰撫するかのように、わずかに手を挙げて応える様は確かに皇帝だった。
だが兄がわざわざ先に入ったということは、ヒロムを待ち受けるという意志の現れだろう。
それからしばらくしてヒロムが入城、いや、入場してきた。
土壇場での試合放棄もあり得るとのおそれがついに取り払われて、歓声が一際大きくなる。
兄の戦いが見られるというだけで、期待が高まったということもあるだろう。
その会場の騒音のために聴き取れないが、二人は二言三言交わし、
一瞬、私の方を見てから、兄が満足そうに笑みを浮かべたのが見えた。
試合前のラリーは、拍子抜けするくらい穏やかに終わった。
そして、大歓声とともに、試合が始まった。
……それから、何十分経ったのか。
場内は、静まりかえっていた。
ただ、ほとんど一定の周期で球が往復する音だけが、あらゆる歓声を封じるようにたて続く。
点の表示は0−0のまま。
最初の1ポイントが、未だに入らない。
ひたすらに、ひたすらにラリーが続く。
ヒロムが打ち込んだあらゆる球を、兄はことごとく拾い、ヒロムに絶好球として打ち返す。
その絶好球を打ち込んだスマッシュを、当然のように打ち返す。
兄はまったく攻めるつもりがないかのようだった。
だが、ヒロムの攻撃の一切が、まるで通じていない。
終わらないのだ。ただただ、最初の1ポイントが入らない。
もちろん、ヒロムがミスをすればそこで最初の1ポイントは入る。
だが、それは陥落を意味することくらい、場内の誰もがわかっていた。
1ポイント入ってラリーが終わったとしても、それに続くのはまた同じラリーなのだ。
ここでヒロムがミスをすれば、それはそのまま敗北へと一直線へ繋がる坂道を転げ落ちることになる。
方向を変え、回転を変え、フェイントを入れ、
ヒロムが何をやっても、兄はそれらのことごとくを受け止めた。
どちらも恐るべき技巧であることは間違い無い。
ヒロムだってこの過酷な大会を六回戦まで勝ち抜いてきているのだ。
そのあらゆる技術を駆使した戦いは確かに見事とさえ言えるもので、
いかに兄が絶好球を返しているからといって、ここまでノーミスで続けているのは絶賛されていい。
だが、それ以上に兄はもう、人間の領域を越えているとしか思えない。
まるで金剛石で出来た嘆きの壁のごとく、暴帝はヒロムの前にとてつもない壁として立ちはだかっていた。
何十、いや、何百回の交錯を繰り返したことだろう。
ヒロムの顔にはどうにも隠しきれない焦燥感が募っていた。
ありとあらゆる攻撃が通じないのだ。
兄の意図が私にもようやくわかってきた。
兄は以前、ヒロムと対戦している。
ヒロムの強さの源泉が、その超人的な視力にあるとわかっているのだ。
技巧を凝らし、打ち込もうとしたところで、その手を見破られる可能性が高い。
なにしろサシャの疾風すら見切ったヒロムなのだ。
兄はヒロムを一切過小評価しなかったということなのだろう。
何をしても見破られるのであれば、最初から全て手を見せる。
ヒロムにあらゆる手を打たせ、その手の全てを撃ち返す。
それも、ヒロムの技巧だけでなく、心まで征圧する圧倒的な形で。
ヒロムに全てを使い尽くさせた上で、勝利する。
ことごとくヒロムへの絶好球を返すその様は、猫が鼠をいたぶるように見えたかもしれない。
だけど私にはわかる。
兄はまったく笑っていない。
これが、兄にとってヒロムを完全に打ち倒すための全力なのだ。
君臨する静かなる暴帝。
それは、ヒロムをこの上なく認めていると言うことでもあった。
点は0−0のまま。しかし徐々に、確実に、ヒロムは追い詰められていった。
何百度目かの球を返そうとしたとき、滑ったのか、ヒロムの体勢がぐらりと泳いだ。
「!!」
私を含めて会場中が息を呑む。声にならない悲鳴のようなものが観客席を駆け抜けた。
その時、ヒロムの身体が、一瞬、二重にぶれたように見えた。
「!?」
乾いた音が台を叩き、そして、続く音は、兄の背後から聞こえた。
何秒か、時が止まったような空白の後、悲鳴なのか歓声なのかわからない声が一斉に爆発した。
ヒロムがとったわずか1ポイント。
だが、その1ポイントがどれほどに重いものか、誰もがわかっていた。
不滅の壁たらんとした暴帝の壁を突破した。
それは、ヒロムに勝機があることを、明確に知らしめるものだった。
でも、両者、様子がおかしかった。
絶対の行軍を阻まれた兄が、怒りより先にとまどっている。
会心の一撃を入れたはずのヒロムも、自分が何をしたのかまるでわかっていないように
自分の手とラケットを繰り返し見つめ直している。
今の一撃が偶然の産物だったことは間違い無い。
でも、何をどう偶発させたら、あの兄の壁を打ち破ったというのだろう。
ヒロムの最大の武器はその視力であることくらいよくわかっている。
腕の長さが絶望的に足りない彼に、いきなり倍速のスマッシュが打てるようになるはずもない。
一体何が起きたというのか。
歓声が収まった後の会場は、先ほどの奇跡を検討するざわめきに満ちていた。
その当事者たちは、どちらからともなく試合を再開する。
お互いを量り直すかのように、試合前のラリーのように静かな打ち合いがしばし続く。
それから不意に、兄の姿勢が変わった。
意識的に大振りに転じたその顔は、微かに微笑んでるようにさえ見えた。
ヒロムを誘っている。
打ってこいと。貴様の全てを見せてみろと、
応じるように、ヒロムは何度かスマッシュを打つ際に体勢を崩してみた。
しっくりこないのか、何度かヒロムの体勢が泳ぐ。
その隙に点を取れるのに、兄は、しない。
六度目か七度目だったか、ヒロムの体勢が一瞬後ろに傾いた直後、
再び、白球が一閃した。
「…………」
兄が何をヒロムに言ったのか、歓声の中で聴き取れなかった。
ただ、剣を突きつけるかのようにラケットを突きつけるその顔は、確かに、笑っていた。
そして、ここからが両者の対決の本当の始まりだった。
おお!続編きてる!
完結までもう少しかな?楽しみにしてます。
互角。
信じがたいけれども、そうとしか見えない。
打ち合いも、入るポイントも。
先ほどまでのような永劫感は無くなったが、1ポイントが入るまでは長い。
しかし兄の打ち方は、ヒロムの心を折るための絶好球ではなくなった。
一切の容赦なくヒロムからポイントを奪い取ることを目的とした
台上のギリギリ縁を狙った正確無比な打撃に
物理法則を無視したようなバウンドをする凶悪無比なスピンが掛けられた
全力で勝ちを奪いに行く攻め方に変わった。
ヒロムの目は、そのコースと、打球の回転を全て読み切っているのか、
ありえない方向への打球のほとんどをすくい取る。
だけどさすがに全ては無理だ。じりじりとポイントが入っていく。
一方で、ヒロムの新必殺技が、その分のポイントをじりじりと取り返す。
必殺技、……そうとしか言い様がない。
あの兄をして反応しきれない、超超高速のスマッシュ。
だけど、わからない。ヒロムが最初からあんな技を持っていたとは思えない。
持っていたらここまで追い込まれる前に、最初から使っているはずだ。
この土壇場で開眼したとしか考えられないけど、そんなものが簡単に思いつくはずがない。
それに、思いついたからといって、そんなものを簡単に実践できるはずもない。
何が起こっているのか、ヒロムのあの必殺技は一体何なのか。
報道陣がざわついているのは、私と同じ混乱に陥っているからだろう。
「あれは……、一体……?」
「秀鳳の高槻の技、鳳翼天翔だ」
「!?」
背後から聞いた声に驚いて振り返ると、そこにはあのサシャ・クリングパイルがいた。
「二回戦で戦った彼が、あれと同種の技を使った」
秀鳳の高槻、と言われてしばし考え込んでからようやく思い出した。
私が初めてヒロムと会ったあの日の会場で、ヒロムが激闘の末に破った相手だ。
確か、学校メンバーが一人を除いてぽんぽん跳ぶように動いていた連中の主将ハゲ。
「あまがけ、だっけ?」
三年も前のことなのに、妙にあの日のことははっきりと覚えている。
ヒロムの対決中に草が教えてくれた。
秀鳳独特の一歩動フットワーク、つまりは跳んで打つことで、あらゆる打球に追いつくという。
当時のヒロムが散々に苦戦した戦いを思い出す。
そして、思い出した。
本来は左右移動に使うその天翔だが、そのハゲは前後への動きにも使っていた。
一旦後方への移動に使って距離を確保し、直後に卓ギリギリまで前方跳躍しながら打つスマッシュ。
通常のスマッシュよりも勢いが付くだけでなく、前方移動中のどこかの瞬間でヒットするかが、
常人には読み切れないために恐るべき幻惑技ともなったその技の名前が、確か鳳翼天翔と言った。
それも、ヒロムの目の前に見切られたのだけど。
ということは、ヒロムの目にはその鳳翼天翔も焼き付いていたはずだ。
この土壇場で万策尽きたヒロムが、かつて戦った強敵の技を模倣したというのはわからなくはない。
「でも、そんなの実践できるものなの?それに、そんな付け焼き刃がアイツに通用するはずが……」
思わずわめくようにドイツ語で口走っていた。
「付け焼き刃ではない。そうではないから、暴帝に通用している」
「ヒロムがあんな技の練習をしているところ、見たことがないわよ」
「し続けていたはずだ。常に、意識せずにな」
「どういうことよ」
こいつのもったいぶった態度はどうにも気に入らないが、
一応説明してくれるつもりらしいのでこの際遠慮せずに聞くことにする。
「俺が奴と初めて会ったとき、奴は俺の動きを見切ったようだが、動くことも追いつくこともできなかった」
奴、というのが高槻ではなくヒロムのことを指すというのはすぐにわかった。
そんな因縁があったとは初耳だ。道理で四回戦でこいつがヒロムを気にしていたわけだ。
かつては歯牙にも掛けなかったヒロムが、自分に匹敵する存在になったその違いをよくわかっていたんだろう。
「そのとき、奴はまだほんの初心者だった。
それからの三年、奴が常人よりも遙かに鍛えなければならなかった要素がある」
「目じゃないの?」
ヒロムが常人より優れているところと言えばそこしかない。
それこそが最大の武器であり、それによってこのサシャすら倒したのだ。
何しろ身体的には、あの頃より少しは成長したとはいえ、ヒロムの身長は今大会で一番小さい。
身体のどこかを特異的に鍛えたというわけでもない。
「わからんのか。見えただけでは追いつけるはずがない」
言われて、あっと、声が出そうになった。
「反射神経と、……瞬発力?」
「そうだ。あの身体だぞ。
いかに前陣型とはいえ、普通にやっていては手も届かないし、足が短くては追いつくこともできない。
並のプレイヤーに数倍する瞬発力が無ければ左右への動きに対応できない」
「この三年間、ヒロムはずっと、無意識に瞬発力を鍛え続けていたってこと……?」
「でなくば俺が負けるはずがない。
今の奴の動きは高槻の天翔を上回る驚異的な瞬発力で成り立っている。
それに特化していると言っても良い。
おそらく奴は、50メートル走では全選手中最も遅い部類に入るだろうが、
もし仮に、5メートル走などという競技があるのなら、奴は間違い無くこの会場にいる誰よりも速い」
それは、あの暴帝よりも、ということを意図した断言であることが明白だった。
体躯で遙かに勝る暴帝と互角に渡り合うヒロムの動きは、言われてみれば確かに異様とも言える初速だった。
「その足の瞬発力で、スマッシュを加速しているのね」
「いいや、いかに奴の両脚の瞬発力が優れていても、手の振りに比べればそこまでの速さにはならん」
この男のもったいつけるのはどうにかならないものか。
でも、言われてみれば確かにそうだ。
スマッシュは腕の振りが最高速になるところが打点になると最も速くなる。
その速さは時速120キロにもなるのだ。
それに比べて、いかにヒロムの初速が速くても、スタートダッシュは出せて時速20キロといったところか。
約二割もの加速は大したものだけど、それだけでは、あの兄を出し抜けるとは思えない。
事実、ヒロムが試しにやってみた程度の失敗打では兄に通用しなかった。
「……一瞬、後ろに下がってる?」
ヒロムが兄からポイントを取った瞬間の動きをよく見ていると、
僅かにヒロムが後ろに下がったように見えた。一歩、どころか半歩程度だろうか。
実質的には前陣のラインからほとんど下がっていない。
「そこが、高槻の鳳翼天翔を越えているところだ。
半歩後ろに下がり、踏みとどまった瞬間にその勢いを反動に変えて、前方へ高速で踏み出している。
打点はまさにその瞬間。奴の瞬発力が身体ではなく、球に集中する」
それを、あの兄の打球に対して行うことがどれほど無茶なことか、想像に難くない。
ヒロムが同時に鍛え上げた反射神経が方向を捉え、目がその動体視力で軌道を読み切り、
無意識で頭が手元に到達する瞬間を算出しきり、その瞬間に、全身の瞬発力を乗せた一撃が炸裂する。
もしかしたら、打点の瞬間には時速150キロ、あるいはそれ以上出ているんじゃないか。
兄はバトミントンも戯れにやっていたことがある。確かあれの最高速度は時速180キロだ。
もしかしたら、それ以上に。
それが、ヒロムの位置する前陣から繰り出される。
ただし、卓球の球は減速しやすい。
後方に下がればそのスピードに追いつくことは辛うじてできるだろう。
だけどもちろん、そんなことをして引き下がる暴帝じゃない。
「……意地を張っている場合か、ハインリヒ」
冷ややかなサシャのその言葉が、兄に向けられたものであることが、一瞬、信じられなかった。
直後に炸裂する白い一閃。
接戦ではあったが、第1セットを取ったのは、ヒロムだった。
保守
保守
歓声というよりも、どよめきと言った方が適切だろう。
突然に訪れた事態ではなく、じわじわと訪れた結果であるというのに、
その事実を受け入れることにかなりの葛藤を覚えた人間がほとんどだったと見える。
私でさえそうなのだから無理もない。
よもやの大善戦に、写真を撮ることを忘れていたらしいマスコミが
思い出したのかのようにシャッター音を集中させている。
その中で、兄は、屈辱に顔を歪め……てはいなかった。
笑っていた。
さきほどまでよりもずっと。心底、楽しそうに。
ああ。その笑顔は、私の身体を弄んでいたときにしか見せなかったはず。
今、兄は、ヒロムとの対決を、心底楽しんでいる。
ついに自分に比肩しうるまで到達してくれた、宿敵とすら呼べる相手の出現に。
その事実が、よく知る笑顔のあまりの邪気の無さが、私には信じられなかった。
だからなおのこと恐ろしい。
兄は今初めて、おそらく生まれて初めて、全力で試合というものに挑もうとしている。
ゆえに、その笑顔が私には恐ろしい。
ヒロムは、どう思っているのだろう。
ただ、私は不思議と確信していた。
ヒロムは決して、兄の笑顔に臆してなどいないということを。
第2セットは、兄の猛攻で幕を開けた。
動きが圧倒的に軽い。そして、圧倒的に速い。
王者として構えていた第1セットとはまるで別人のように、
……信じがたいことだけど、のびのびと、プレイしている。
立て続けにヒロムが失点し、しかしそこで持ち直すのが今のヒロムの恐るべきところだ。
兄の凄まじい動きを見切り始め、隙を突いて鳳翼天翔を繰り出す。
だけどそれに対する動きも第1セットと違っている。
反射神経というよりも、もはや予知能力に近い勘なのだろう。
兄はヒロムが打った瞬間か、もしかすると打つ前から打つ方向に反応している。
その兄をもってしても、ヒロムの鳳翼天翔は食らいつくのがやっとだが、
それが、徐々に正確性を増していく。
ヒロムとしてはこの第2セットで勝ちきってしまいたいはずだ。
長引きに長引いた第1セットのせいで、双方とも体力を消耗しているはずだが、
体力という点でいえば、ヒロムは兄の足元にも及ばない。
ヒロムの動きに時折ミスが混じる。
じわりと、点差が生じる。
その点差が縮まらない。
兄の正確な動きをヒロムもまた十二分に見切っているのだろう。
そう簡単にポイントを取らせはしないが、それでも追いつけない。
鳳翼天翔で入る点は仕方がないと割り切っているのか、
点を取られても兄は激昂もせず、次を存分にプレイする。
冷静なのに、兄は楽しんでいる。
それがために、ヒロムとしても容易には鳳翼天翔が繰り出せない。
それを叩き込める隙が、第1セットよりも少なくなっている。
これは、……取れない。
第2セットは、兄が取った。
1対1。
だけどこの状態は、ヒロムにとって背水の陣から既にたたき落とされた様なものだった。
第2セット終了とともに、ヒロムの身体が今度こそはっきりと揺らいだ。
「……あ!」
前のめりに、あやうく卓で頭を打ちそうになり、思わず私は声が出た。
この歓声の中でヒロムに聞こえたはずもないけれど、まるで私の声が聞こえたようなタイミングで、
ヒロムは危ういところで、辛うじて右足を前に出して踏みとどまった。
倒れたらそこでドクターストップが掛かるとわかっているんだろう。
それでも、激しく肩で息をしているその顔が上がらない。
既にヒロムが限界近い、いや、もう限界を超えていることは明らかだった。
第1セットで膨大な時間を費やされ、第2セットでは縦横無尽に走らされた。
しかも兄からポイントを取るために、習得したばかりの鳳翼天翔を多用した両脚は、
痙攣を起こしていても不思議はない。
足だけじゃない。
遠目から見ても、ヒロムの足元にこぼれ落ちる汗がはっきりとわかる。
全身をどれほど酷使したのか。
動かない。動けない。僅かでも休むべきなんだろうけど、休んだらそこで終わるんだと
ヒロム自身がよくわかっているんだと思う。
もういい。
もう、十分に戦った。
この地上で、人類全てを見渡して、他の誰にここまでの戦いが出来たっていうの。
もう、休んで。
あなたは私の事情なんか知らないんだから、もう、休んでいい。
そこまで戦ったら、兄だってきっと満足しただろう。
あとは、私が兄の餌食になればそれで……
そこで、兄を見た私は慄然となった。
兄は、少しも終わったなどと思っていない。
急かすこともなく、油断することもなく、ヒロムが顔を上げるのを待っている。
本来ならルール違反になるほどの時間、暴帝がただただ静かに待っているがために、
誰もそれに異論を挟まない。
それでも、いくらなんでも限度がある。
その身体が回復しきるほどの時間は与えられないだろう。
そもそもこのインターバルでさえ、立っているだけで事態は悪化して、
決して良くなるわけじゃなはずなのに……
それなのに、ヒロムは、顔を上げようとする。
前に動かそうとする足が震えているのがここからでもわかるくらいなのに。
その直後に、ヒロムが前のめりに倒れて終わる幻影を想起した。
頭の中で、何かが外れる音がした。
「ヒロムーーーーーーーーーーーー!!!」
ありったけの声で、叫んでいた。
無我夢中で、二階席の際まで走って身を乗り出しながら。
私は、何をやっているのか。
応援ですらない。
諦めろと言いたかったのか。
戦ってと言いたかったのか。
もう、自分が何をしているのかわからない。
ただ、ヒロムが戦っているときに、こうして声を掛けたのは、初めてだった。
会場中の、そしておそらくは有象無象のマスコミのカメラの視線が集まるけど、知ったことじゃない。
ローゼンベルクの誇りにではなく、私自身の誇りに賭けて、そんな視線など歯牙にも掛けるつもりはない。
私にとって意味があるのは、そのうちのたった二つだけ。
一つは、兄のもの。
あの兄は、私の奇行に驚いたように瞳を見開いて、そしてすぐにその口元が笑みを浮かべる。
非難するつもりはないのだろう。
仮にあったとしても言わせるつもりはない。
何故なら、もう一つの視線もまた、私に向けられていたからだ。
どこにそんな力があったのか。
そんな状況を強いた罪深い女へ向かって、ヒロムは真っ直ぐな瞳を向けてくれていた。
瀕死の逆境から立ち上がる神話の英雄のように。
その復活を、暴帝龍は陶然とした笑みで歓迎する。
英雄譚の最終章のように、もはや人智を越えた最後の闘いが、歪んだ私の視界の中で始まった。
保守
一球が交錯するごとに会場が揺れる。
誰も、私でさえ、そして、兄本人でさえ、ここまでの戦いを繰り広げたことはない。
その前に対戦相手を完璧に破壊していたからだ。
こんな戦いができる相手に、ここまで巡り会うことがなかった。
兄が、ここまでの実力を見せた試合は今まで一度たりとも無かった。
テクニック、スピード、パワー、そのいずれでも、
兄が今まで出し切ったことのない世界へ到達しているのがわかる。
飛び交う卓上の重力はもはやこの世の物とも思えない。
時に変幻自在に、時に音速のように、飛び交う白球が交錯して描いていく軌跡は
一つ一つが目にも留まらないのに、合わせていけば美しい模様を描いていて
それを作り出している暴帝龍と指輪を手にしている勇者の動きとともに
会場中の視線を引き付けて止まない。
一進一退のまま、積み上がるポイントによってどちらもが追い込まれていく。
この攻防を見終わるのが惜しいと思っている者が多いのだろう。
囲む観客席からの歓声も声援も惜しみなく、声を上げてその名を呼べば
まるでその戦場で肩を並べて戦っているように思っているのだろうか。
その、自分の背後から二人へ降り注ぐ声の嵐の中で、
「兄を、応援しないのだな」
私は、さっきの叫びの続きを口に出せずにいた。
「……」
薄々感じてはいたけど、こいつはどうも兄と交流がある。
私の、絶対にヒロムに知られてはならない事情を、知っている……
今の質問は、その事情を確認するものだったのだとわかる。
否定も肯定もするつもりはなく、私はその問いを積極的に無視した。
そうするしか無かった。
そのために、気づくのが一瞬遅れた。
一際激しい歓声とともに、何かが炸裂した。
慌てて意識を卓へと向けると、全力でラケットを振り切った兄の姿と、
呆然とした表情で倒れているヒロムの姿と、離れたところを転々とする球が見えた。
そして、小さな、有り得ない異常が一つ。
ヒロムの側の、卓の左隅角。
そこが、抉られて、木の地肌が露出していた。
兄のことだ、当然それを、狙ってやったのだ。
一瞬呆然となりながら、ヒロムはそれでも立ち上がったら気を切り替えて
先ほどまでと変わらない動きで兄と応酬を繰り返す。
そして、今度ははっきりと見た。
振り切る動き。そこから打ち出されるレーザーのような直線が、
卓の角スレスレを通り、跳ねることなく、直線のまま、床に突き刺さった。
卓を外していないことを雄弁に物語る、龍の炎に焼け焦げたような痕を残して。
本来ならば跳ねるはずのその球を、角のスレスレを、それこそ針の穴をも通す精密さで、
恐るべき回転を掛けて全力で撃ち込むことで、確実に卓を捕らえながら、
そして、重力方向上空から兄の身長を最大限に利用して撃ち込む一撃ながら、
跳ねずに直線的に刺さるフィニッシュブローとして成り立っているのだ。
卓球というルールの範疇で、その限界を非常識に打ち砕く邪龍の炎。
優れた卓球選手ならばこそ、これに反応できるはずがない。
これは、卓球というルールの範疇のくせに、その範疇を飛び越えた、ありえない軌跡を通るのだから。
その、邪竜の暴虐を前に、今度は、呆然とする間もなくヒロムは動き出した。
この終盤に来て、最後の最後まで兄が秘していた奥義を見せられて、
それでも戦意を失っていなかった。
ヒロムの狙いはすぐにわかった。
兄のあのフィニッシュブローは打ち下ろしのために、ある程度跳ねる球でないと打ちにくいのだ。
ヒロムは球の回転を絶妙に操作して、極力低い弾道での戦いを仕掛けることで
兄の必殺技を封じにかかった。
そうしてでも兄と戦えるほどに、今のヒロムは成長していたことを
私は今頃になって気づかされていた。
兄は、手を焦りすぎた。
あらゆる物を見通すヒロムの目を前にして、この必殺技とて何度も見せるべきではなかった。
この必殺技は、ギリギリのトドメの一撃にまで温存しておくべきだったのだ。
そう、それほどまでに、兄は追い詰められていた。
兄は、全力で戦ったことが無かった。
全力で戦う喜びを兄が感じているこの戦場は、兄にとって初めてのもので、
そして、兄の脳も、兄の身体も、そんな戦場での戦い方を知らなかったのだ。
自分の体力配分などというものを考えながら戦わねばならない、
そんな、まともな戦いを、一度たりともしたことがなかった。
常に自分よりも遙かに格上の相手と、小さな身体で戦ってきたヒロムと、
常に相手が格下であり続けた兄の対決は、
本来ならばはるかに有利であるはずの兄が、
自分の限界というものを知らなかった兄が、
序盤から自分のあらゆる能力を使い、注ぎ、費やし、使い尽くした結果、
ここに来て、追い込まれていたのだ。
ヒロムと同じように、いや、もしかすると、ヒロムよりも激しく、
兄の全身から膨大な汗が滴り落ちていた。
ここからでも、兄が肩で息をしているのがわかる。
あれは本当に、ハインリヒ・フォン・ローゼンベルクなのか。
そんなにも疲れ果てていながら、あんなにも楽しそうにラケットを振るっている、あの姿は。
暴帝の意地か、それとも、一人の男としての意地か、まずは兄が勝利に王手を掛けた。
それでも、逆境をはね除けてきた数など、文字通り数え切れないヒロムだ。
意地に意地を返すかのように、こちらも王手を掛ける。
これが、最後だ。
次のポイントを取った方が、勝つ。
これまで大歓声を続けて来た観衆の声がピタリと止んだ。
張り詰めた緊張感を、おそらく世界中が感じているだろう。
最後の最後の攻防が始まる。
この長い戦いの最初がそうであったように、
交錯は果てしなく続くかのように思われた。
観衆だけでなく、両者ともにこの戦いが終わるのを惜しんでいるのだろうか。
まさか兄に限ってそんなことがあるわけもなく、
ましてヒロムに限ってそんな余裕があるわけでもないけど、
そんな感傷すら抱きたくなるほどに、この土壇場に来てなお二人の動きは壮絶なものだった。
でももう、そこには暴帝龍も勇者も見えなかった。
互角の戦いを繰り広げ、自分の能力、技量、経験の限りを尽くして、
卓球というスポーツの場で、自らの誇りを賭けて戦っている二人の選手がいるだけだった。
それでも、いつか戦いは終わる。
さすがに、一度限界へ追い込まれていたヒロムの方が、力尽きるのは早かったか。
やってはいけないミスを、兄への返球を、高く跳ねさせるというミスをした。
それを待ち構えていたように、兄は卓球に有らざる動きで跳躍する。
これ以上ないというくらい、あの打ち下ろされる流星のようなフィニッシュブローを繰り出す
絶好球になってしまった。
終わりだ。
でも、その終わりならばもう納得出来る。
その結果を、受け入れていいと、思えた。
これほどの戦いを見せられた後ならば、もう、ヒロムの物になれなくても、
何を恨むことができるだろうか。
諦めがつくというものだ。
でも、一瞬で、そんな思考に至った私を咎めるように、
ヒロムは体勢を崩していなかった。
どういうこと?
いや、いっそ、あの動きはまるで兄の動きを誘っているようで……
意図的に、高く跳ねる、兄の秘技を誘うかのような返球を繰り出していた?
あれを、防ぐことができるとでも……?
あれを、打ち返すことができるとでも……?
その疑問が頭をよぎったとき、一つの、当たり前のことが閃いた。
光速で地上へと落ちる流星の軌道を、ヒロムは三度目で既に把握していた。
それを、完璧に捉える動き。
そうだ。普通のプレイヤーならば対処できなかっただろうその軌跡は、
並のプレイヤーよりはるかに身長の低いヒロムにとっては、
卓を経過した後でも十分に手を伸ばすことができる、絶好球でもあった。
打ち返す。
フィニッシュブローを放った直後の兄には、さすがにそれを返すことができなかった。
エリスの昔語りが終わった。
ヒロムは、呆然としたまま二の句が継げなかった。
今し方まで激闘を繰り広げていたハインリヒが
妹エリスを拘束するような気配を漂わせていたことは察していたし、
ならばこそ、勝てば何かが解決するという予感くらいはあった。
ただ、二度に亘る戦いで、ハインリヒという人物に対して尊敬にも似た念を抱きつつあっただけに
その彼が妹に対して行っていた数々の所業には、
信じられないという思いが先に募っていた。
その数々の所業は、少年の想像を遙かに凌駕していて、
驚愕でありながらも、その光景を想像させられては自分の分身をなお固くせずにはいられなかった。
何しろ今ヒロムはシャワー室の床に倒れたままだったが
その男性器は、そのハインリヒが破ることを念願にしていた妹の処女を散らしただけでなく
大量の精子をその膣内に注ぎ込んでなお、食い込まれたままでいたのだから。
ヒロムは、自分に跨っているエリスの肢体を改めて見上げた。
美しかった。
ハインリヒが磨き上げた、歪んだ愛とは言え最愛の妹の身体だった。
ハインリヒの指や舌が、あの膨らみをなぞり、握り、舐め回して、存分に味わっただろう光景が
エリスの語りとともに否応なく想像させられた。
その身体に、たっぷりと浴びせられた精液の量を想像しても
エリスのことを汚いとは思えなかった。
ただ、ひどく、動物的な闘争心をそそられた。
ハインリヒが我が物としていたものは、今、ヒロムの身体で女になったのだ。
自分の物が、他人に使われたような、暴力的な怒りがこみ上げてきて、ヒロムはとまどった。
今、自分は何をしようとしていたのか。
「ねえ……、本当に僕の子供を産むつもりだったんじゃないよね」
誤魔化すように、非難するような言葉がヒロムの口からついてでた。
エリスがヒロムを押し倒して犯す前に、ローゼンベルク家の誇りを取り返すために
兄を倒したヒロムの子供を産むと宣言していた。
でも、その言葉は嘘だと今ならよくわかる。
ローゼンベルク家の誇りなんか、エリスが最も嫌うものだ。
「……」
「あんな嘘まで言って、なんで、こんなことしたのさ……」
その問いに、素直に答えられるはずもない。
あなたのものになりたかった、などと。
ヒロムの子を孕んでしまえば、兄の目的も念願もぶち壊すことができると。
だけど、それだけだろうか。
エリスは改めて問われて、とっさに嘘が出てこなかった。
こうして、ヒロムに純潔を捧げて、兄の最大の念願をぶち壊すことができて、
それでなお、満足していない自分がいた。
その思いが何か、お姉様たる乙女によってとっくに指摘されていたことに、思い至った。
……兄のことなど二の次で、自分のことを幾度も救ってくれたこの男の子に、恋していたと。
それが、恋であることに、逆レイプしてから気づくなんて愚の骨頂だ。
自分の隠していた念願が叶ったというのに、エリスは激しく後悔していた。
こんな風にしかできなかったのかと。
この期に及んで、自分は結局ローゼンベルク家の誇りというものに縛られていたのかと。
そんな言葉など使わずに、ヒロムに抱きついて、感謝して、あなたが好きだと告白して、
抱いてと言えばよかったと、ヒロムの童貞を奪ってから気づくなんて。
自分のバカさに、自分の滑稽さに、道化ぶりに、痛みとは違う涙がこぼれ落ちてきた。
「……ご褒美よ。あいつを、倒してくれたことへの。
これでも、感謝はしてるんだから……」
「僕のこと、嫌いなんじゃなかったの?」
いつになく素直なエリスの回答に戸惑いながら、ヒロムは未だに事態を計りかねていた。
微かに、淡く、憧れさえ抱いていたような気がする自分が戦ったのは、
それなりにはこの少女のためだという自覚くらいはあった。
でも、きっと嫌われていて、それでもいいと思っていた。
女の子のために戦うのが、男の役目だと、教えてくれた人がいたからだ。
「わかってたわよ……あんたのおかげってことくらい……。あのときだって……」
初めて会ったあの時も、ヒロムがかばってくれなければ、裸の男子中学生に囲まれて輪姦されていたに違いないことくらいわかっていた。
でも、男に感謝することなど、できなかったのだ。
そのときは。
今は、違う。それでも、全てを告白することなんか、できるはずもないエリスだった。
「嘘よ。どれも、これも。
だから、大丈夫よ。兄にいじくられてたせいで、元々私は生理不順で妊娠しにくいだろうから、気にしなくて」
本当は、これも嘘だった。
それでも、無我夢中の中から我に返ったエリスは、言わずにはいられなかった。
子供を孕むなんてことを、あの兄ならばまだしも、ヒロムに背負わせるわけにはいかないと思い直したのだ。
「勝者には栄光と褒美を。あんたには正当な権利があるから」
名残惜しかったが、エリスはその場を取り繕うように、腰を浮かせた。
処女穴に無理やりにねじ込んだヒロムの男性器はまだ硬く天を突いていて、
エリスの動きに逆らうように、エリスの膣内を逆向きに掻き分けながらゆっくりと抜けていく。
「ああっ!」
「うわ……!エリス……気持ち、よすぎ……!」
エリスとしてはまだ痛みの方が勝っていたが、
突き刺した方のヒロムは、射精した後で敏感になったままな亀頭の雁首を肉襞で扱き上げられることで
肉の棒を伝った快感が根本にある精子の巣を脈動させた。
先ほどまでハインリヒと戦っている中で雄としての闘争心を限りなく高められたヒロムの衝動が
あれだけ出した後でもまだ足りないとばかりに、マグマのように燃え上がってしまった。
傷ついたままの処女膜をさらに広げながら空気中にさらけ出された太い幹は
少女の鮮血と、自分が溢れ出させた白濁液と、二人分の潤滑液をかき混ぜて泡立たせて彩られながら屹立していた。
「……」
兄の男根を見慣れたエリスにとっても、それは、思わず見入るほどの威圧感があった。
ヒロムの小さな身体に隠された闘争心や執念を象徴するかのようで、
こんなものが、自分の中に入ったことが信じられない一方で
それを受け入れることができた自分が、エリスには誇らしくさえあった。
だからそれが愛おしくて、さっきまで自分の中にあったそれに、おずおずと唇を近付け、
泡立った液をデコレーションケーキのように舐め取り、綺麗にしようとした。
何故か、美味しいとさえ思えてしまって、エリスはしばらく夢中でそれを舐めた。
その、ヒロムの中のエリスのイメージに似つかわしくない甲斐甲斐しい仕草に
その口元に溢れて白く唇が彩られていく様に、
蕩けるような喜びに濡れていく瞳に、
エリスが舐め取っても舐め取っても収まらないとばかりに、先端から新たな液をしみ出させていった。ヒロム自身も、自分の下半身がこんなにも大きくなるものだと初めて知った。
そして、それを、今一度自分の手で確かめてみたくなった。
これが嫌いな女の子が相手だったら、それこそ日頃の仕返しとばかりにやり捨てるという思考になったかもしれない。
だけどヒロムとしては、好きかと問われれば難しいけど、少なくともエリスのことが嫌いではなかった。
エリスのことが好きなのか、自分でもわからない。少なくとも嫌いではないし、綺麗で可愛いとは思ってた。
それ以上に、無理矢理とはいえ、初めてをくれた女の子だ。自分を男にしてくれた女だ。
その初めてのときを、泣いたままで終わらせていいはずがない。
「ねえ、あのとき襲わなかった分、今襲っていい?
エリスは目を瞬かせたが、あのとき、が初対面のことを意味するのはすぐわかった。
しかし、驚いたのはその話が今更出たからではない。
目の前にあるヒロムの顔から受ける印象が、あのときとは、そして、つい先ほどまでと比べても、あまりに違っていたからだ。
欲望にぎらついているはずなのに、眼差しは真剣かつ真摯だった。
彼女を玩具としか見ていなかった暴君の幼稚な眼差しではなく、女として抱こうとしている大人の男の眼差しだった。
コイツ……いつからこんな目をするようになったのよ。
最後の一押しをしたのが自分だと知らぬままに、エリスは戸惑った。
それでも、断る理由などあるはずもなかった。
自分が襲うのではなく、ヒロムの方から、抱いて欲しかった。
「……バカね。尋ねたら、襲ううちに入らないわよ」
そう告げるエリスの笑顔で、ヒロムの中の留め金が外れた。
エリスの両肩を掴み、床に押し倒して、獣のように組み敷いた。
とはいったものの、成り行きで童貞を卒業してしまっただけで、ヒロムにはとにかく知識も経験も無い。
辛うじて記憶にあるのは保健体育の授業と山雀先輩が部に持ち込んだ洋モノの裏ビデオくらいだ。
男子一同わいわいと叫びながら食い入るように見たその内容をなんとか思い出そうとする。
そのビデオがアブノーマルだったら、ヒロムは大間違いを犯していたところだった。
その意味では山雀先輩は影の功労者といえる。
その山雀先輩がよく、あー一度でいいからエリ公と一発やってみてえなー、と言ってたことが思い出された。
確かに、今ヒロムが組み敷いているエリスは、擦り切れた裏ビデオの女優などがゴミとしか思えないほどの美しさだった。
かつてはそんなつぶやきを公言する山雀先輩に反発していたが、今のヒロムにはその気持ちも理解できる。
ごめんなさい、山雀先輩。
なぜか泥棒めいたことをやっているような心境になってしまい、ヒロムは心の中で謝った。
それから、意を決して、組み敷いているエリスの身体に目を向けた。
下から見ていたときは威圧感さえ覚えるほどに重力に逆らっていた胸の膨らみが、
倒れていることで少しなだらかになったように見えた。
ただヒロムの目には、単にそれだけではなく、ずいぶんとエリスの身体が細く儚いものに見えた。
最初に裸で出会ったときに、守ってやらなければと思った印象よりも強く。
そう思っていたエリスの身体を、今度は自ら犯そうとしている自分の意識がヒロムには不思議だった。
しかし、今すぐにでももう一度自分を中に入れたかったが、さすがにそれはなんとか自重した。
まず、見たビデオではどうしていたかを思い出してみると、そういえば最初にキスをしていたことを思い出した。
信じて良い教科書であるかどうかは不安なままだったが、とにかくヒロムはエリスの瞳を覗き込むくらいの位置に顔を持ってきた。
「ヒロム……あの、それは……んっ」
何をされるか寸前で察したエリスは、わずかに顔を傾けて、鼻と鼻がぶつかる間抜けな事態を回避した。
ぎこちない動きながら、先ほどエリスが無理やり押しつけたキスとは違う、
お互いに甘ささえ覚えるようなキスだった。
互いの吐息を吸い込もうとして本能的な動きで唇を互いに貪っていた。
ヒロムが襲っているはずの構図だったが、されているエリスとしては、抱かれているという意識にミタされていた。
しかし、衝動に火が付いていたヒロムはそれだけで満足しなかった。
肩を押さえつけていた両手を離し、エリスの両胸の膨らみを正面から掴んだ。
ヒロムの手に余る豊かな双丘はその柔らかさで指の間からはみ出るほどだった。
ヒロムには元々、乙女に様々に教育されたゆえの影響が多々あり、
豊かな乳房を間近で見せられていたからこそ、それを手にしたいという欲求も強かった。
エリスの胸は、そんなヒロムに植え付けられた性癖を十二分に満足する大きさと弾力と感触だった。
エリスとしては、乳房を揉みしだかれるよりも、欲求に尖った乳首の先を弄んで欲しかったが、
欲望に突き動かされてるはずのヒロムの手つきがやさしく自分の身体の女としての部分をまさぐっているのは
心の方から満たされるものを感じていた。
「ヒロム……、いいの?」
「うん。柔らかくて、なんだか、揉んでいて安心する」
ヒロムとしてはすぐにでも再度入れてしまいそうだった衝動が、エリスの乳を弄んでいることで少し和らいだ。
よくマシュマロに喩えられるエロ本を見たことがあったが、
こんな大きいマシュマロがあるわけがないので、その表現はどうも違うと思っていた。
やわらかいのに、確かな重みと質感があって、押し込むと柔らかい感触のあとにぐっと自己主張するように押し返してくる。
指に伝わる肌触りは汗とシャワーの湯気で湿っているのになめらかで、しっかりと握らないと滑ってしまいそうだ。
それらがなぜか、しょっちゅう口げんかをしていたエリスの態度そのものをヒロムに連想させた。
両手にぎゅっと力を込めると、白い膨らみが淫らな形に歪み、先端にある紅い蕾がなおさら尖ってきた。
にぎにぎとしているうちに、ヒロムの指先がその蕾を弾いてしまった。
「あ……」
合わせたままの唇から、そんな甘い声が漏れたことに、ヒロムはめざとく気づいた。
ここをいじれば、エリスが声を上げるとわかったら、その声をまた聞きたくなった。
今ようやくにして、ハインリヒの気持ちの一部が理解できたような機が強いた。
唇を離して、ぎゅっと力を込めて尖らせた蕾の先端を舐め上げると、
「ああっ!」
エリスの口から甘い悲鳴が漏れた。
571 :
名無しさん@ピンキー:2013/01/25(金) 20:13:38.10 ID:84cmymY7
GJです!!
それを上げたエリス自身、自分がそんな声を上げることが信じられなかった。
兄に舐められたときは、おぞましい嫌悪感から来る悲鳴を押し殺さなければならなかったのに、
今、こうしてヒロムに味わわれている、身体を震わせるこの快感は、とても我慢できそうにない。
幸福感や快感は、痛みよりも耐えることが難しいということを、エリスは初めて知った。
そのままヒロムは、本能に任せて蕾を口に含んで吸い上げる。
エリスは、ヒロムの歯が当たって軽く噛まれる感触と、雌の本能を刺激される乳首を吸われる快感とでのけぞるくらいに身体を跳ねさせられた。
元より腰が細く胸と尻が十分に育ったエリスだけに、そこまで身体を反らせるとその豊かな部位がこれでもかと官能的に強調されて、ヒロムの情欲を煽った。
「エリス……エリス……エリス……」
わけもなくエリスの名を呼びながら、その豊かな双丘の狭間に顔を埋めてむしゃぶりついた。
柔らかい感触が顔一杯に広がって、鼻や口からエリスの身体が放つ芳香がヒロムの頭をとろけさせてくる。
ヒロムはもっと味わいたくなって、やわらかい膨らみを舐め廻した。
その蹂躙される感覚は、エリスには不思議な充足感となっていた。
ヒロムが、自分に溺れている。
お姉様ではなく、今は、自分だけに劣情を滾らせている。
その感触は、悪くなかった。
膨らみを弄ばれているときは精神的な充足感を覚え、その舌と唇が時折、敏感な乳首を嬲った瞬間には肉体的な快感が身体を駆け巡る。
快感の大波と凪ぎとが無秩序に繰り返されて、エリスの頭もだんだんおかしくなってくる。
そして、それに浸るヒロムの頭もまた、おかしくなっていった。
たっぷりと味わっているエリスの身体と芳香は途方もなく美味なのに、それにまったく満足できなくなっていた。
下半身が獰猛な獣になったみたいに自分の身体を動かそうとしているのをヒロムはもうもてあましていた。
ハインリヒとの戦いの時よりも、動物的な感覚が研ぎ澄まされている。
それは確かに極めて動物的な衝動だった。
他の雄から戦い奪った雌と交尾し、自分の精を注ぎ込みたいという衝動は。
あまりに抑えきれなくなったヒロムは、けだものめいたその衝動のまま四つん這いになり、突き入れようとする雄の身体をこれまでに無いほどに大きく固く研ぎ澄ませていた。
その先からは、先逸る精子を含んだ腺液が涎のように滴り落ちていた。
なによりヒロムはまったく気づいていなかったが、その全身から強烈極まりない雄の匂いを立ち上らせていて、
その匂いを吸い込んだだけでエリスは危うく気が遠くなって全身を震わせていた。
この雄に抱かれたいと。
この雄に貫かれたいと。
この雄に孕まされたいと。
この身体が、ヒロムと離れているなんてことが、我慢できそうにない。
身体の奥から溢れてくる愛液が、貫かれるための穴をはしたなく開かせて道を開く。
「入れて……!入れて!早く!いっぱい!私の中に、入ってきてええええ!!」
最後はもう悲鳴じみたその懇願を、ヒロムは歓喜さえ覚えながら耳にして、その衝動を解き放った。
「うわあああああああ!!エリス!エリス!エリス!」
本能で腰ごと押し込んだヒロムの身体の先端は、その繰り出す打球よりも正確にエリスが開いた穴へと跳躍するように突入し、
その勢いのまま、蜜液だらけで辛うじて滑りやすくしたとはいえ、まだ狭く可憐な肉壺を叩き割るように駆け抜け、
エリスの身体の最奥まで一気に埋め込まれて、それでもなお全てが埋まりきらずに
ここを開けろとばかりにしたたかにエリスの子宮口を強かに打擲した。
「あっはああああああああ!!いいいいいいいいい!!!」
壺から溢れた二つの液が、差し込まれた男根の質量に押し出され飛沫となって飛び散る中、
エリスは快感と歓喜で頭がどうにかなりそうだった。
エリスが自分で犯したときの泣きたい思いと比べて、ヒロムが自らの意志でエリスの身体に襲いかかってきてくれている今この状態が、エリスには途方もない念願が叶ったようだった。
そうしてやっと、兄のことがなくても、ずっとこの男の子を見つめ続けて来た自分の心を受け入れることができた。
その男の子は、性行為を知ってすぐの若い衝動に任せて、貪るように腰をがくがくと律動させ始めた。
573 :
名無しさん@ピンキー:2013/02/23(土) 05:18:03.55 ID:zd6nmM8y
超GJです!
保守
575 :
名無しさん@ピンキー:2013/05/11(土) 03:45:16.13 ID:yD1yzfis
保守!
ヒロムはかけらほど残った理性で感嘆していた。
世の中にはこれほどの快感があるのかと。
埋もれているのは自分の身体のごく一部なのに、
脳よりも心臓よりも血の巡りが集中して膨れあがった雄としての根幹が味わう感覚が、
焼けるように全身を駆け巡っていて、まるで全身がエリスの中に埋もれているようだった。
絡みついて、飛沫を上げて、すがるようにヒロムを受け入れて飲み込もうとするエリスの身体に
ヒロムはもう溺れているような息苦しさを味わっていた。
飢えや渇きに似た欲望が止まらない。
貪りたくて、もっと奥まで入り込みたくて、それができないから、
これほどの快感の中でも欲求不満が果てしない。
獣のようにひたすら前後するだけの動きでは飽き足らなくなったヒロムは、
誰に教わったわけでもなく、雌を味わうという衝動のままに
鍛え上げられた足腰を最大限に使って、自分の分身でエリスの中をかき回し始めた。
「ひっ……いいっぃぃぃぃぃ!!」
それは彼女の兄を打ち倒したヒロムの驚異的な全身体能力が、
エリスの身体の小さな部分に叩きつけられるということであり、
裂けたまま未だ癒えてなどいない処女喪失の傷を抉る容赦の無い蹂躙だった。
征服者が、倒した王の妹を強姦するときでさえもう少し手心を加えたことだろう。
にもかかわらず、エリスの脳髄を直撃したのは叫びたくなる痛みだけではなく、
その痛みを圧倒的に塗りつぶす膨大な悦楽感だった。
「いいい!!あああ!あああああああああ!」
皮肉なことにそれは、彼女の兄がエリスの身体を弄び、処女を失う前の身体に
快感の種をありったけ植え付けておいたが故だった。
兄に植え付けられた快感は、しかし種でしかなく、
それが処女を失った今、兄ではなく、エリスが心から恋い焦がれる征服者による蹂躙によって
全身で爆発するように花開いていた。
ヒロムはエリスの細くくびれた腰を掴んで引き寄せたり振り回したりして分身をねじ込んでいたが、
そのためにヒロムに掴まれている腰や尻の肉さえも、貫かれている穴とは別種の快感を生じていた。
そのエリスの身体の反応を本能で察するかのように、ヒロムは分身だけでなく全身でエリスを味わおうとした。
先ほどはまるで抱かれるようにやさしく掴んで舐めていた乳房が、
今は目の前で扇情的に激しく揺れていることに耐えられなくなり、
手に余るほどの大きさのそれを、握力に任せてぞんざいに掴むと、
弾力のある肉はエリス自身には少女のまだ小さな母性本能にも似た神経をなで上げさせ、
一方でその弾力によって逃げようとする力が生じて、その先端で尖っていた蕾を
より強く強くヒロムの掌に押しつけさせることになった。
その圧力が蕾を歪ませて、授乳のための快感を火花のように脳裏まで走らせる。
エリスの兄を打ち倒す剣を握っていた手が、繰り返し揉みしだくその力は
生殖本能に駆られてリミットが外れているのか疲れを感じさせることなく
何度も何度も繰り返されて、そのたびにエリスは身悶えた。
快感とともに全身から吹き出す汗は乳房全体を淫らに濡らしていて
そのぬめりがヒロムの手の位置を少しずつずらしていき、やがてヒロムの指と指の間に
エリスの右乳首が丁度はまり込んだ状態で握り締めることとなった。
上半身から皮膚の表を走る快感が、一気に激流となる。
ヒロムもまるで原初の赤子の衝動のように、両手で乳首を蹂躙する喜びを覚えながら
下半身は性的に猛る雄としてより一層激しくエリスの中をかき回した。
「エリス……エリス……エリス……!」
「ひい……ああああああああ!!」
下半身からの身体の中をかき回される快感と、上半身から身体を震わせる快感とが
脳髄と脊髄とでぶつかり合ってエリスを身悶えさせた。
その声と吐息を間近で吸い込みたくなったヒロムは、無理やり顔を押しつけるようにして
その唇を、こぼれる唾液ごと貪った。
さっきはエリスが鼻と鼻とが当たらないように工夫したが、エリスにはもうそんな余裕はなく
悦楽の声を上げながら自分もヒロムの唾液を貪ろうとしていた。
互いが互いを欲しくて欲しくて、身体の中に相手の液を入れて蕩けさせたくて、
当然、その衝動は下半身の中心で最も激しく盛っていた。
男根でかき回された蜜の壺は、どちらのものとも分からぬほどに混ざり合った液が
ぐちゃぐちゃにかき回されて泡立って、身体の間で汗と混ざって濃密な淫香を放ち
それがなおさら二人の頭を互いに没頭させた。
そして、ヒロムの中で最後の衝動がはっきりと形を取り始めていた。
半ば無意識のうちにヒロムはエリスの腰後に手を回し、その身体をぐいと引き寄せた。
何をされているかエリスが把握するには、既に頭の芯まで蕩けていて、される方も半ば無意識だった。
ヒロムは腰を激しく抜き差ししながらエリスの身体をくるりと半回転させていた。
その間、前後する動きに捻るような打ち込みを加えながら、それでも躍動する男根をエリスの身体は捉えて離さなかった。
そうして、いつの間にかエリスは四つん這いにされていて、ヒロムはそのエリスの背後から
白く愛らしい尻の曲線の間に、別の白に泡立つ壺の中へと猛り狂っていた。
エリスの豊かな乳房が重力に引かれながら、汗を滴らせながら、躍動する。
白い背が、腰がうねり、跳ねて、のけぞるその様へ、ヒロムは己を注ぎ込むように何度も身体を打ち付ける。
前頭葉を完全に放棄して本能で没頭する動物的な雄と雌との交尾の体勢が、二人を最後の高みへと登らせていった。
到達するのはエリスの方が速かった。
「ひい…………ああっああああああああああ!!」
もはや言葉など忘却してかのように、愛する男に貫かれている歓喜をそのまま叫びにして
エリスは倒れ込みながら最後の愛撫を膣内の男に与えた。
それが、ヒロムにとってのとどめとなった。
女体の奥の奥、届かさせるべき最後の最奥に自分自身の最先端を深く深く打ち付けて食い込ませて、
そこに穿たれた細い穴へ、遺伝子を蓄えた己の集合体から駆け抜ける
滾りに滾った自分の生きている衝動と存在意義との全てを、
「ああああああああああああああああああ!!!」
我がものになれとばかりにありったけ注ぎ込んだ。
エリスは注ぎ込まれたそれを感じることができなかった。
注ぎ込まれる寸前に砲門を開くヒロムの先端が大きく脈動したのを感じたところで
脳裏で炸裂するあまりの快感に耐えきれず、意識が吹っ飛んでいた。
そんな母体の意識を無視するかのように、注ぎ込まれた遺伝子の塊はエリスの子宮の中で跳ね回り、
先に到達していた先駆隊とともに卵管を蹂躙していった。
そんな自分の遺伝子が込められた精虫たちの侵略をヒロムは知ってか知らずか、
達成感と多幸感とで忘我の境地に至って、一瞬その場に立ち尽くした。
エリスのように気を失わなかったのは、三年間鍛えに鍛え上げた戦闘本能のたまものだった。
意識を呼び戻したそのときには、倒れ込むエリスの姫洞から抜き身の砲身が露わになっていた。
あれほど出したのに、まるで衰えていない自分の分身が我慢できずに、
ヒロムはそのまま自らの手でさらにそれを扱き上げた。
信じられないことに、すぐに二度目の射精感がこみ上げてきて、そのまま砲身を
倒れたままのエリスの背中に向けて叩きつけるように射精した。
それでもまだ足りない。四度の脈動をして一旦途切れても、まだ放ち足りない衝動に駆られて
さらにまた扱き上げて、またほとんど間髪入れずにエリスに叩きつける。
尻の、腰に、首に、足に、髪の毛に。
「僕の……エリス、僕の、もの……僕の……もの……」
徐々に獣の衝動から頭が冷えてきて、人間の言葉を紡げるようになった中、
そんなことを呟いている自分にヒロムはようやくにして気づいた。
そこまでに何度射精したのかは覚えていないが、気がついたときには、
目の前に倒れているエリスの身体は、それこそ全身隈無くという言葉が相応しいほどに
全身がぶちまけられた精液で白く染まりきっていた。
その中で、赤い肉の下唇がひどく鮮やかに、そこもまた、飲み込みきれなかったヒロムの精液を
こぽりとかすかに吐き出していた。
「僕の……エリス……」
中も、外も、自分の精液で染めきった女の身体を前に、
ヒロムはここにいない誰かに向かって告げるようにそう呟いていた。
完結近そうだな、乙
どれくらいそうしていたものか。
荒い息を何度もつくごとに、お互いの身体から少しずつ熱が冷めていき、
獣のように荒ぶっていたヒロムの瞳が、ようやく正気を取り戻した。
「エリス……ごめ」
謝りかけたそのバカが言い切る前にその唇を塞いでやった。
「……私が仕掛けたことよ。謝るんじゃないわ」
童貞卒業したのだから、もう少し自信を持ってくれてもいいのに。
「……わかったよ。じゃあ、せめて、洗わせて」
言われて、自分の身体を見た。
客観的に見ればかなり酷い姿だろう。全身くまなく精液だらけだ。
だけど私には、兄に何度もデコレーションされた経験もあるし、
塗りたくられた精液が全てヒロムの男根から放たれたものだと思うと
いっそ洗い落とさずにそのままでいたいくらいだった。
だけど、ようやく頭が冷えてきて思い出す。ここは、体育館の男子シャワー室だ。
自室かホテルかで襲えばよかったと思っても後の祭りだ。
このまま外に出たら、私はともかく、ヒロムにとって大スキャンダルになってしまう。
下手をすれば失格だ。
せっかく兄を倒したヒロムを失格にしてしまっては、お姉様にも申し訳が立たない。
既に、お姉様に対して取り返しの付かない泥棒猫を演じてしまっていても、
お姉様を敬愛する気持ちが消え失せたわけではないのだ。
そうなると、せめて外見上は何も無かったように取り繕わなくては。
「そうね。洗って……」
精液はシャワーで温まると案外落としにくい。
ヒロムがタオルで私の身体を擦ると、洗い落としているにも関わらず、
肌に擦り込まれているような錯覚を覚えた。
これが最後だ。
こんなことはもう二度と無い。
ヒロムの手つきを、肌に残る愛する男の精液の感触を忘れまいと心に刻みながら、私は洗われていた。
つくづく、よくばれなかったものだと思う。
先にヒロムがシャワー室を出て、誰もいないことを確認してから私がシャワー室を出た。
手早く服を着ながら、いつぞやのことを思い出す。
そのまま、同行するとまた疑われるおそれがあるので、ヒロムとは更衣室を出たところで別れた。
あとで考えると、ヒロムにインタビューしたがる報道陣が一人も待ち構えていなかったことが
不思議でならなかったが、
どうやら草が気を利かせて、ヒロムは既に帰ったと周りをだましてくれたらしい。
時計を見れば、ヒロムに襲いかかってから二時間ほども経過していた。
わずか二時間。
夢であったかのような二時間。
だけど、夢でなかったことは私の身体が覚えている。
ありったけ注ぎ込まれた胎内が覚えている。
ヒロムに貰った精液をこぼすまいと下腹部に力を込めながら歩いてる。
漠然とした、確信があった。
保守
再保守
保守
保守
保守
保守
準決勝の会場が日本だと聞いたので、それを最後にしようと思った。
ここ数年、二日以上遅れたことのないあれが、五日も来ていない。
検査薬で調べるまでもない。
その前に、私には最後の決着を付ける必要があった。
この居城に来たのは、日本に逃げたあの日以来か。
愛した故郷というわけではないけど、こうして覚悟を決めて見上げると、
大仰な正門も、尖塔の数々も、ホールを飾る彫刻も、回廊を飾る名画も、
それなりに、愛しかったと言えなくもない。
それと比較にならないくらい愛しいものができて、初めて見下ろすことができた。
まるっきり立場こそ違え、兄もこうして数々の芸術を睥睨していたのか。
呼ばれることなく自らこの部屋に入ろうなどと、かつての私が見たら正気ではないというだろう。
ローゼンベルク家当主に相応しい威圧感を漂わせる寝室の扉だが、
かつてその中から放たれる威圧感は扉の比ではなかった。
今は、その威圧感が、うっすらと枯れたように感じられる。
息を一つ吸い込んで、召使いに任せずに自分で扉を開ける。
右肩から右肘にかけてだけとはいえ、包帯を巻いて寝台に座る兄など生まれてこの方初めて見た。
似合っていない。あまりにも似合っていない。
その屈辱の衣装に落ち込んでいるかと思いきや、妙に清々しい顔をしていた。
だが、その顔がこちらを向き、私を捉えた途端に驚愕が浮かんだ。
それすらも、ありえない。
私が近づいて来たことに、そこまで気づかなかったということ事態が。そもそも。
「エリス……」
その視線に捉えられても、私はもう怯まなかった。
身体の中にあるものが、今の私を支えてくれている。
「お兄様、お別れを申し上げに参りました」
兄に対してこんな口調がよくもできたものだ。
学校で、お姉様やヒロムたちと暮らしていた頃の私を、今ここで奮い立たせる。
お姉様以外の誰にも私はもう怯まない。
「別れ……?
エリス、おまえ……その身体は、どうした……?」
恐るべき妄執といったところか。
私自身でさえやっと気づいたような私自身の変化に、兄は触れもせずに気づいたのだ。
多分、この男は、私を愛していたつもりだったのだろう。
どれほどにねじくれて、どれほどに凶悪であっても。
それを断ち切る言葉を放つ。ヒロムが兄を断ち切った姿を思い浮かべながら。
「ええ。孕みました」
その言葉を耳にした瞬間の兄の顔を、私は生涯忘れない。
その絶望に満ちた表情が、私の中の堰を切って、とどめのような言葉を紡ぐ。
「だって、ヒロムはお兄様に勝ったんですもの。指輪は二度と返さなくてもいいでしょう」
きっと、私はこのとき笑っていた。
暗い、暗い、果てしない地獄から抜け出て、太陽を見上げたときのように。
地べたを這いずる敗北者を見下ろしながら、私は自らの所有権を宣誓した。
「だからもう、私のここは、ヒロムのもの」
勝ち誇った笑みを浮かべている自覚とともに、私は自らの下腹をこれ見よがしに撫でて見せつける。
まだ外から膨らみはわからないけど、いずれ膨らむその様が、兄の目には見えたに違いない。
「う……」
あの兄の顔に、絶望という傷を刻みつけて叩き潰すその爽快感は、
ヒロムに貫かれたときの快感とはまた違った、
十年分の途方もない絶頂となって私の身体を、魂を、揺さぶるように震わせた。
「ああああああああ!!!」
かつて私が味わった絶望を埋めるには足りなくても、
少しとは言え、溜飲を下げてくれる絶叫を上げながら兄はその場に突っ伏して髪をかき乱して
顔を掻き毟って悶え苦しみながらその場で痙攣して嘔吐した。
見るに堪えないはずのその様をしかと私は目に焼き付けて、もはや聞こえてもいないだろう
その様に言い告げる。
「さようなら。お兄様。永遠に」
久しぶりの日本だった。
成田に降り立って、この地の湿気に満ちた大気を吸い込むと、自分の身体が馴染んでいることに気づいた。
わずか三年の生活が、私の身体をこんなにも変えていた。
いや、単にこの国に来るまでの私が死んでいただけかもしれない。
もう私にとっての故郷は、ドイツではなくこの国になったのだと実感する。
そうして、決意を固めた。
やはり私が生きていくのはこの国しかない。
さて、最後の挨拶に行くとしよう。
準決勝の会場は、少しばかり小さくなった。
仕方がないとはいえ、準決勝に残ったのが何の因果か全員日本人では、海外メディアの数も減る。
最大の見どころと言われていた者たちもほとんどが姿を消した。
彼らを倒した者たちが四人、こうして集っているという事実は、あまり大衆には響かない。
おかげで、気楽に会場に入ることが出来た。
今日はもう、ローゼンベルクの娘ではなく、一介の女子高校生としてセーラー服姿で来た。
この姿だと部活関係者として認識されて、警備もザルになるのはさすが平和ぼけ日本。
「まずは、準決勝進出おめでとう、と言っておくわ」
軽々とヒロムの控え室に入ることが出来た。
ぽかんと口を開けたヒロムの顔は、相変わらず、懐かしいほどに、緊張感がない。
「安心しなさい。もう襲ったりしないから」
ええ、もう、二度と。
その覚悟が、ずいぶんと私を気軽にさせていた。
これで最後なのだから、いままで通りヒロムと接しよう。
「……エリス、大丈夫?」
色々な意味が込められた言葉が掛けられた。
多分ヒロムとしては、私が兄にどうにかされなかったのかと心配してくれているのだろうと思う。
「ええ。あんたに負けてからもう牙の抜けた虎みたいなものよ。
もうあんたの身辺を騒がすこともないわ」
「じゃあ、この大会は」
「これが最初で最後になるかもね。あんたを付け狙っていた情熱も無くしちゃったみたいだし」
大会運営費の大半を兄が出していたのだからそうなる。
「そうか。じゃあ、なおさら、勝たないとね」
さらりと、一瞬だけ闘志がほとばしった。
ああ、本当に、あなたは強くなった。
眩しいくらいに。
いけない。泣いちゃいけない。そうしたらヒロムは何か気づいてしまうかもしれない。
「そういえばあんた、まだ着替えてないの?」
慌てて取り繕うように、そんな憎まれ口が口を突いて出た。
何しろヒロムときたら、未だに学校の制服なのだ。
私と同じ学校の制服を、最後のひとときでも着ていてくれたことへの喜びは押し隠す。
そろそろウェアに着替えておかねばならない時間のはずだ。
「そうだね。じゃあちょっと着替えてくるよ」
「行ってらっしゃい。荷物は私が見てるわ」
パイプ椅子に腰掛けてそう言うと、
「うん、じゃあよろしく」
ヒロムは躊躇いもせずに出かけていった。
一人になった部屋で、今の膝を抱えながら今の会話を思い出す。
うん、何もおかしいところはない。何も。
ヒロムは心置きなく、これから戦えるはずだ。
「おーい!ヒロム!」
と、懐かしいがさつな声とともにドアが開いた。
「あら、お久し振りです、山雀先輩」
相変わらず身長の伸びないこの人の顔を、ずいぶん久々に見た気がする。
向こうもしばらくぽかーんとしていた。
「……?どうかしましたか?」
大方、私が誰だか一瞬わからなかったのではあるまいか。
私は、そんなに変わった気はしていないのだけど。
「いやー、これがあのチビのエリ公かと思うと、女は変わるもんだな」
そうでしょうね。色々、ありましたから。
でも、本当に変わったのはつい先日のことなのだけど。
そんなことを語るつもりもなかったけど、少しだけ悪戯に言い返してみたくなった。
「先輩こそ、ますます縮まれまして」
この人らしいというか、私の目線だと本当に縮んだように見えるのだ。
「……!お前らがデかくなり過ぎなんだよ!」
狙い通りの反応をしてくれるこの人に、妙に安心してしまった。
「うふ、冗談です」
ああ。笑えている。
私、笑えている。
こんな風に笑えるなんて、思いもしなかった。
私を救ってくれたのはヒロムだけど、
私をここにいるように馴染ませてくれた功労者の一人が山雀先輩だということは間違い無い。
お礼をいうのも何か違う気がするので口にはしないけど。
「……で、何でお前がここにいんだ?」
鈍い山雀先輩のことだから深い意味はなく、兄の付き添いは終わったのに、というくらいのことだろう。
まさか、ヒロムに今生の別れを告げに来たとは言えないし……
いや、山雀先輩だけでなく梟宇先輩たちも来ているんだし、
私だって元久瀬北の人間なのだから、いていいじゃないかと言い返そうとしたとき
「失礼します」
……ものすごく、聞きたくない声がした。
「あ、エリス」
よりによって、よりによって!よりによって!!
「何何何何の用よアキラ!」
せっかくここまで猫を被っていたのに、こいつの顔を見た瞬間にそんなことを全部忘れて
思わず椅子から立ち上がって絶叫してしまった。
「いや、ヒロム君に……」
至って冷静なのがまた腹が立つ。
こいつこそ、シスコン兄の子供を孕めば幸せになれるだろうに。
そんな思いが口を突いて出そうになるのを必死で堪えた。
間違っても、今の私を悟られるようなことを口にしてはいけない。
「だめだよ、二人共。喧嘩しちゃ」
不意に、外からヒロムの声がして、私はなんとか冷静になることができた。
それも、二人共、と言ってくれた。
私だけをたしなめるのではなく、アキラにもだ。
その配慮がどれほど私の心を救ってくれたことか。
「あ、山雀さん。また背伸びたんですね」
着替えが終わって帰ってきたヒロムが言った言葉を聞いた山雀先輩は……
あ、ダメだこの人。それだけで泣いてる。
「藍川、おめーはいい奴だぜ!」
そう叫ぶとヒロムに抱きついて号泣してしまった。
……、羨ましくない、と言えば、嘘になる。
あんな風に人前でヒロムに抱きつくことができたら。
それもアキラの前で、堂々と。
よそう。私はもう、過ぎたものをもらったのだ。
誰に言うわけでもないけど、それ以上のものを望んではいけない。
それにしても……、山雀先輩より背、低かったんだ。ヒロム。
兄と対戦したとき、あの兄をも上回る勇者に見えた私には、ヒロムの身長がもっと高いものだと思っていた。
振り返って見ると、
「結局、背は伸びなかったのよねー」
信じられないことに、中学時代からあんまり変わっていない。
その小さな身体で、私を守ってくれたのだ。