アリサ・バニングスは孤独だった。
就学前から利発な子と言われ、大人達の評判こそ良かったものの、元々日本人ではない
という事もあって、同年代の子供の輪には馴染めず、孤立しがちだった。
結局、両親は彼女を公立ではなく、私立の聖祥大附属小に入学させる事になる。だが、
ここでアリサの持ち前の積極さと、我の強さは悪い方向に吹き出してしまう。
自らが排斥の対象とならない為に、周囲に対して攻撃対象を選んで行く。いじめられっ
子はいじめっ子になりやすいという論理である。
その最たる標的となったのが、月村すずかだった。
下手をすれば、今頃は女ジャ○アンとして、すずかと言うの○゙太を伴いつつ、聖祥大
附属小第3学年に君臨していただろう。
────でもそれって、結局1人だってことには変わらないのよね。
夕暮れのバニングス家。アリサは自室に閉じこもり、膝を抱えて、思いにふけていた。
今日は塾も習い事もない曜日。……アリサの両親は立場上、ほとんど家にはいない。使用
人の中には親しい人間もいるが、アリサの暇つぶしに恒常的に付き合わせたのでは、彼ら
に迷惑である。
……閑話休題、悪ガキいじめっ子街道まっしぐらだったアリサに、その転機を与えたの
が、高町なのはである。
それは同時に、アリサの孤独からの救出だった。
────なのはがいるから、今の私がある……
殊更思い出さなくても、常に心のどこかで意識している気持ち。
────でも。
アリサは時々思う。特に、レイジングハートをなのはに譲り渡してからしょっちゅう考
えるようになった。
────なのはは誰がいるから、今のなのはがある……?
アリサとすずかは、なのはと出会ってから、それまでの自分ががらりと変わった。けれ
ど、なのは自身はどうだろう? 少なくとも、自分たちと出会う前から今のなのはだった
に違いない。
────かなわないなあ。
自嘲気味に笑う。
────なのはなら、あの子だって……
黒衣の少女。一般的にブロンドと呼ばれるアリサのそれより、さらに輝く金色の髪の持
ち主。赤い、澄んだ、けれど寂しそうな瞳。小学生が振るうには余りに強大な力を持って
いるのに、何も出来ないかのような顔。
────そっか。
アリサはハッと思い出したように、目を見開いた。
────誰かに似てると思ったら、あれは、なのはと出会う前のあたしだ……
「ねぇちょっと、なのは」
月村家での出来事から、数日後。
アリサは、登校直後から自分の机に突っ伏しているなのはに、心配そうに声をかけた。
「なんか、朝からずいぶん疲れてない?」
「なのはちゃん、大丈夫?」
すずかも、アリサの傍らで、不安げな顔をしている。
「あー、うん、ちょっと夜更かししちゃって……」
なのはは、顔を上げつつ、困惑げな、やや自嘲混じりの苦笑になる。
『ひょっとして、黒い服の女の子、出た?』
すずかに聞こえないよう、アリサは念話でなのはに問いかける。
『ううん。あれからまだ、会ってないよ』
『ジュエルシード、いくつ見つかったの?』
なのはが答えると、アリサはさらに問いかけた。
『2つ』
『そんなもんか……』
アリサは視線を天井に向けた。
「?」
2人のやり取りが聞こえていないすずかは、アリサが体勢を動かしたのを、小首を傾げ
るようにして見る。
『気になるの?』
『んー、まぁ、ちょっとは』
少し照れたように頬を紅くしつつ、アリサは答える。
『心配なんだね、ユーノ君の事』
『バ・バ・バ、バカ言ってんじゃないわよ、どーしてあたしがあいつのことなんか!』
慌てて言い返しつつも、ぼっ、と顔が紅くなる。
『そうかな、ユーノ君はアリサちゃんのこと、だいぶ気にしてたみたいだけど』
『わーっ、なのは、なんて事』
2人の念話に、第三者が割り込んできた。
もちろん、少なくともこの近辺でそんなことが出来るのは1人……いや、1匹しかいな
い。高町家にいるだろうユーノ・スクライアだ。
『えっと、アリサ?』
おどおどしたような、ユーノの声が、念話として、頭の中に聞こえてくる。
『アンタはあたしの心配は良いから、はやくなのはと一緒にジュエルシード集めちゃいな
さい』
無意識に、わざわざ突き離すような口調になってしまう。
『う、うん』
ユーノはそれ以上言い返すこともなく、おずおずと返事をした。
「アリサちゃんも大丈夫? 熱あるんじゃない? 顔、赤いけど……」
事情を把握していないすずかにそう言われ、アリサはさらに顔を紅くする。
「そ・そ・そ、そんなことないわよ! あ、あたしはこれ以上ないってぐらい元気なんだ
から!」
アリサは、慌てて取り繕うように言い、わざわざ腕をぶんぶんと回して見せる。
その様子を見て、なのははクスクスと笑っていた。
『ええい、笑うなっ』
『あはは、ごめんごめん』
アリサは荒い声を念話越しに伝えるが、なのはの笑いは止まらない。
『でも、魔法ってずいぶんイメージ違うね』
『え?』
話題を切り替えようと、なのはがかけてきた言葉に、アリサは反応する。
『マンガやテレビだと、みんな簡単にホイホイってやっちゃう感じだけど、自分で使うの
は、凄く、疲れるよ』
『え、そ、そうかな?』
アリサは腕組みをし、考え込んでしまう。
『あたし、そんなに疲れた覚えないけど』
少しいぶかしげに思うアリサだったが、
「あ、ところでなのはちゃん、今度の連休の事なんだけど」
間近に迫った連休の、小旅行の話題が、すずかから切り出される。その為、ここでそれ
までの話題は打ち切られた。
海鳴温泉は海鳴市内に存在する。とは言っても、市中心部からすると、それなりの距離
が開いている。
また、海鳴市の主要部が海岸沿いの平野であるのに対し、この一体はやや起伏の激しい
地形になり、交通の便も良くはない。
生活圏も、市街地とは異なる。
拠って、ここを訪れる観光客の大半が自家用車によるものだった。
という訳で、高町家・月村家+αの御一行様も、高町家所有のミニバンと、月村家のセ
ダンの2両を連ねて山道を行くところだった。
ミニバンには高町夫妻と恭也、忍、ファリン。セダンにはノエル、美由希、それにアリ
サ、なのは、すずかの3人組。……に、高町家の扶養家族、ユーノが加わる。
「アリサちゃんはうちの車に乗ったほうが良かったんじゃないかな?」
山道を走る中、なのはが唐突に切り出した。
「はぁ? 何でよ」
素でわからないといった表情で、アリサはなのはに問い返す。
「だってアリサちゃん、うちのお」
「それ以上言ったら殺ス」
電光石火の如く反応し、アリサのスリーパーホールドがなのはに決まる。
「うわぁアリサちゃん、落としちゃだめっ」
声で事態に気付いた美由希が、フロントのシートの合間から後ろを覗き込み、慌てて声
をかけた。
そんなやりとりをしつつ、一行は2泊3日を予定している旅館に着いた。
海鳴温泉に温泉宿は少ないが、ここは例外中の例外で、旧くから続く純和風の温泉宿だ。
なまじ海鳴市という地方自治体が、商業都市、あるいは都心のベッドタウンとして成立
してしまっている為、自治体の予算を割いてまで観光産業を積極的に切り拓こうという意
識がないのである。
この日も、大型連休の真っ最中だというのに、旅館はほとんど彼女らご一行の貸切のよ
うな雰囲気さえ漂わせていた。
『あ、あのなのは、アリサ、僕やっぱり士郎さん達と一緒の方に……』
なので、対外的にはどう見てもペットであるユーノを持ち込んでも、ほとんど旅館側か
らのお咎めは無しだったのだが、本人(?)がここへ来て妙に抵抗を続けている。
『だーめ、そう言って、ユーノ君、ホントはお風呂嫌いなんでしょ?』
なのはが、より小さい子供を、めっ、と叱るように、言う。
『いや、別にそんなん、ブハッ!?』
なのは達も既に全裸当然の姿だったが、問題はその後ろ。
月村家長女の忍は、抜群のプロポーションの持ち主だし、そのメイド、ノエルも神の造
形の如きスタイルの持ち主である。
翻って高町家、桃子はとても人妻、それも3児の母(正確には、実子はなのは1人なの
だが)とは思えない若さと美貌の持ち主であり、なのはの姉、美由希も平均以上と言って
差し支えない。
ファリンも、行動お子様の割りに出るべきところは無闇矢鱈に出ている。むしろ、無防
備な分たちが悪い。
5対、10もの刺激的な膨らみに囲まれ、ユーノの意識は沸騰状態になる。これが松本零
士のマンガなら、彼の目はハート型がぐるぐる回転しているところだ。
なのはもアリサも、後に『淫獣』などと、本人の意に反する二つ名を与えられる、彼の
正体をまだ知らない。
『ほーら、観念しなさい、今日は特別にあたしが洗ってあげるから』
ぐったりとしてしまったユーノを、髪を挙げてタオルで包んだアリサが、脇に抱えて、
浴室内に“連行”していく。
『あ、あぅぅ……せ、せめてなのはか、すずかって子に』
『んぁ? あたしじゃ不満だっての?』
そう言いつつ、いきなりユーノの全身に、洗面器でお湯をかけた。
『ぷはっ…………む、むしろ逆……』
『は?』
すずかとなのははネィティブジャパニーズの9歳らしい体型、大してアリサはアングロ
サクスンらしく、2人に比べるとやや早熟。
ついでに言うと、アリサは後が怖い、とはさすがに即時報復を恐れて言えない。
床にべったりと、這いつくばる、と言うよりは敷物にされたようにのっぺりと広がった
ところを、石鹸でアリサの手ずから洗われていく。
「はぁ……言いお湯ですねぇ」
「はい……」
きゃあきゃあ騒ぐ小学生3人+メイド1名+フェレット1匹に対し、歳の割に妙に落ち
着いた様子で、湯船に使っている桃子と忍。
「美由希さーん」
すずかが美由希の背中に飛びつく。
「あんっ、すずかちゃん、どこ触ってるのっ」
美由希が困惑したような声を上げる。
「なのはちゃん、待ってくださいー」
ファリンの声が響く。
「はぅー!?」
ファリンの悲鳴と共に、どこからともなく石鹸が飛んできて、ユーノの後頭部に直撃し
た。
「あ」
アリサが驚いて短く声を上げるが、ユーノは最早悲鳴すら上げない。
『弄ばれた……』
廊下を歩くアリサの肩に担がれながら、ぐったりとしたユーノが漏らす。
『何、大げさなこと言ってるのよ』
『はは……』
アリサが呆れたように言い、なのはが苦笑の声を出す。
「ん……?」
3人の目前に、浴衣をやや着崩した、女性が歩いてくる。
年の頃は美由希と同じぐらいか。グラマラスな体つき。
「ハァーイ、おチビちゃんたち」
気さくに、と言うより、妙に馴れ馴れしく、女性は声をかけてきた。
「ふむふむ……」
そして、値踏みするかのように3人を、高い位置からジロジロと見回す。
やがて、なのはに視線を固定する。
「君かね、うちの子にアレしてくれちゃってるのは」
「!」
「!!」
なのはと、アリサの表情がぴくん、と反応した。
「あんまし強そうにも、あんまし賢そうにも見えないけどね」
しげしげとなのはを見ながら、女性は言う。
『なのは、こいつと会った事あるの?』
『ううん。アリサちゃんは?』
『あたしも無い』
答えつつ、なのはからの答えを聞いたアリサは、ずっ、となのはと女性の間に割って入
る。
「この子、あなたを知らないそうですが!?」
アリサの棘のある言葉に、女性はしかし、ニヤニヤと面白そうに笑いながら、訪ね返し
てくる。
「へぇ、何でわかるのかしら?」
────あ、しまった。
はっと我に返るが、遅い。
ジロっとアリサの顔を睨むように見てくる女性に、アリサはだらりと脂汗を流す。
数十秒──アリサとなのはに取っては、数十分くらいに感じた──が経った後。
「あーっはっはっはっ」
突然、女性は声を上げて笑いです。
「ごめんごめん、人違いだったかぁ、あたしの知ってる子によく似てたから」
一転、あっけらかんとした態度に、なのはとアリサは呆気に取られて、軽く顔を見合わ
せる。
アリサはまだ怪訝そうにしていたが、なのはは警戒を解いて表情を崩す。
「あはは、かわいいフェレットだねぇ。よしよし、いい子いい子」
女性は手を伸ばして、ユーノの頭を撫でた。
アリサは、むーっと不機嫌そうな顔をしたまま。
だから、見逃さなかった。
女性の視線がギラっと光り、なのはの表情が驚いたようなものに変わる。
『ちょっと』
アリサは、目の前の女性に、念話で呼びかけた。
『やっぱアンタも魔導師。でもま、三流、いや四流どころもいいところだねぇ』
『なっ!?』
女性の言葉に、アリサは顔を真っ赤に紅潮させる。
『そう言うアンタは、この前の黒い奴のお仲間?』
アリサが問い質すと、女性は得意そうな笑顔のまま、答える。
『へぇ、アンタも知ってるんだ?』
『当然よ、あの時あの子とやりあったのはあたしの方なんだから』
『は?』
念話で、驚いたような声を出したかと思うと、
「あーっはっはっは、あはは、あはははははははははっ、あーっはっはっはっはっ、ひー
っひっひっひっひっ」
実際に声を上げ、腹を抱えて悶絶する。
『ちょっ、それ、どういう意味よ!』
『そのままの意味に決まってるじゃない。そっちの子ならともかく、アンタみたいな四流
どころがフェイトの相手になるわけないじゃんか』
感情のままに言い返しかけて、アリサは重箱の隅に気付く。
『ほー、あの子の名前、フェイトって言うんだ』
『うっ……』
女性の顔色が変わる。
『でも、悪いけど事実。あの時そのフェイトって奴とやりあったのは、あたしの方』
『ふ、ふん、まぁ、どっちだって言いさね。あまりおいたがすぎるようなら……』
女性は体裁を整えるようにしつつ、アリサを睨みつける。
『ガブッ、どころじゃすまなくなるからね』
そう言うと、女性はわざとアリサとなのはの間を通り抜けて、アリサたちが来た方に歩
いて行った。
「さて、もうひとっ風呂浴びてくるか〜」
『なのは、あー言うのに負けたらあたしが承知しないんだからね』
『う、うん……』
アリサは強い調子で言うが、なのはは戸惑いがちに言っただけだった。
『こちらアルフ、フェイトどーぞ』
女性は、大浴場の湯船につかりながら、自らの主人に呼びかける。
『アルフ?』
『ちょっと見てきたよ、例の白い奴』
『どうだった?』
アルフ、は上機嫌な様子で、ニコニコと笑顔で答える。
『全然、フェイトの敵じゃないよ』
『そう』
主人の答えを聞いてから、アルフは顔を、いくらか険しくする。
『ただ、妙なオマケがくっついててさ』
『オマケ?』
怪訝そうに、主人は聞き返してくる。
『妙に態度ラージな奴がいてさ。フェイトから見れば吹けば飛ぶような奴だったけど、そ
れなのに以前邪魔してくれたのはあたしだ、とか言っててね。笑っちゃうの』
『……どっちが、どっち?』
主人は急に、声を険しくする。
『多分、白い奴が、髪の毛茶色でちょっとちんちくりんの奴で、オマケってのが、フェイ
トよりちょっとくすんだ感じの髪の毛の、眼の碧い奴』
『……アルフ、その子の言った事、本当だ』
主人の答えに、アルフは驚愕に目を見張る。
『冗談っ、あいつの出力、3人の中で一番小さかった……っ、どんなにがんばってもC-、
いやDがやっとって感じのやつだよ!?』
『うん、でも動きは凄く良かった、それに……私のマルチショット見て、いきなり真似し
てきた』
『…………信じられない』
アルフは1人で、呆然とする。
『それで、バルディッシュが、“殺せ”って言ったぐらい……』
『バルディッシュが……ちっ、もうちょっと脅かしとけばよかったかね』
アルフは、自らの失策にギリ、と奥歯を鳴らした。
「それでは、お休みなさーい……」
ファリンは、そう声を抑えて言いながら、後退りで部屋を出て、ふすまを閉める。
「子供達、寝ちゃった?」
「ええ」
桃子と、ファリンの話し声が聞こえてくる。
「ふっ、相変わらず単純」
寝たふりをしつつ、アリサは邪悪な笑みを浮かべる。
しばらくすると、ごそごそと、自分の背後で、なのはが動いているのが解った。
ユーノと念話で会話しているのか、その内容まで窺い知る事は出来ない。
だが、しばらくすると、なのはが突き飛ばされたように飛び起きた。
「!」
アリサはびくっと、肩を竦めかける。
ごそごそと着替えたかと思うと、こっそりと部屋を抜け出していく。
────ジュエルシード、この近くにあるのかな。
アリサは、寝返りを打つのを装って、なのはの布団を振り返る。
当然、そこに彼女の姿はない。
────あの子ならうまくやるはず。
アリサはそう、自分に言い聞かせるようにして、そっと眼を閉じる。
しばらくして、アリサは睡眠に落ちかけたが……
カッ!
赤色と緑色、ピンク色と金色の閃光が、窓の外を一瞬満たし、そしていきなり消えた。
「今の……」
見覚えのないのはなのはの魔力光か。しかし消えたと言う事は、誰かが結界を張ったか
な?
「何でだろ、イヤな予感がびんびんにするのよね」
そう言って、アリサは身を起こす。
────見に行くだけならいいわよね、そう、邪魔しなければいいのよ。
アリサは布団から手を伸ばして、自らの服を手繰り寄せると、コタツの様に布団を盛り
上げてゴソゴソとやった後、同じようにしてポシェットを掴み、布団から、そして部屋か
ら飛び出した。
旅館のすぐ脇を流れる川を、遡上するように、アリサは駆けていく。
「何も見えない……何が起こってる……?」
アリサは駆けながら、辺りを見回す。何も見えない────
「!」
見覚えのある緑の魔力光が、紅い魔力光ともつれ合ってるのが見えた。
「あれは……」
ビリビリビリビリっ……
閃光、大気の振動。アリサを揺さぶる。
「なのはっ!?」
そこに、アリサはとんでもないものを見た。
『Devine Buster』
聖祥大附属小の制服に似た白い服を着た少女が、錫杖状のデバイスから、とんでもない
出力の魔力弾を発射した。
「なのは!? 凄い……」
一瞬、呆気に取られた。
とすれば、あの杖がレイジングハート?
────確かに、あたしのときよりはそれっぽい形してるわよね。
魔法のステッキ、と言うなら、などと思い、アリサは微妙に惨めになる。
「うわぁっ」
ビリビリビリビリッ
感傷に浸るのも僅か。なのはのピンク色の魔力光が、あたりを満たす。
「あたしとは桁違い……これなら……」
手に汗握りつつ、アリサはなのはを見る。砲撃の魔力弾に限るなら、フェイトも凌いで
いる。
だが。
「はっ」
砲撃の閃光が視界から消えたとき、なのはの背後にフェイトの姿。
『Protection』
レイジングハートがシールドを張る。火花が散り、バルディッシュの魔力光の刀身と凌
ぎあう。
『Axel Fin』
なのはの靴から生えた、ピンクの光の翼が、いっそう輝きを増す。
瞬間的なダッシュで間合いを取る。なのはが振り向き、レイジングハートを構えなおす。
『Devine Buster』
強力な砲撃魔法。だが、放たれたときには、既にフェイトは照準から外れている。
「っ、あの子、自分の力に振り回されてるっ」
離脱、接近、防御、離脱、接近、防御、また離脱……
バラ撒かれる魔力の量はとんでもないが、明らかにフェイトがなのはを追い詰めている。
そして、遂に────
『Photon Lancer』
「っあ!」
フェイトの周囲に、無数の魔力弾が発生する。
『Multi Shot』
「なのは! シールド重ねて!」
アリサは、思わず叫んでいた。
「ふぇっ!?」
ピンク色の魔力光の盾は、それだけでフェイトの魔力弾を全て凌いだ。
「バカ! 貫(ぬ)かれるってば!」
アリサが叫ぶが、遅い。
「ごめんなさい」
魔力光の刀身が、光の盾を凪ぐ。
「あぁああぁぁぁぁぁっ……」
バリアジャケットは辛うじてバルディッシュの魔力の刀身を凌ぐが、反発するエネルギ
ーが運動エネルギーに変わり、なのはは吹っ飛ばされる。
あたりに茂る樹に叩きつけられ、なのはは、低層の茂みの中に落下する。
その正面に、フェイトは降り立った。
「ごめんなさい、でも約束だから」
フェイトは言い、なのはの落下した茂みに近付いてくる。
「そっちの持ってるジュエルシード、貰う」
────このバカ! なんて約束してんのよ!
アリサは毒つきつつ、すばやく、脇からなのはの元に転がり込んだ。
「ごめん、なのは。レイジングハート、もう一度力を貸して」
『All right. Data is Loaded』
アリサが錫杖のレイジングハートを握るがはやいか、その形はチップ状になって分解し、
西洋剣の形に再構成されていく。
『Standby, Set up』
レイジングハートから漏れていた魔力光は、優しげなピンク色から、燃えるようなオレ
ンジ色に変わる。なのはのバリアジャケットが解除され、変わりにアリサの身をバリアジ
ャケットが包む。
「!」
フェイトがその異変に気付くが早いか。
『Defencer』
『Ray Lance, Crasher, Tri』
3発の魔力弾が、フェイトめがけて撃ち込まれる。
金色の光の盾に、ヒビが入った。
「ごめん、ルール違反だってわかってる。そもそもあたしの身勝手でこんな事になっちゃ
ってる、でも」
レイジングハートを構え、アリサは表情を険しくする。
「もともとあたしが引いた“Joker”だから────」
アリサの声に、フェイトはバルディッシュを握りなおした。