お姫様でエロなスレ7

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1名無しさん@ピンキー
やんごとないお姫様をテーマにした総合スレです。
エロな小説(オリジナルでもパロでも)投下の他、姫に関する萌え話などでマターリ楽しみましょう。

■前スレ■
お姫様でエロなスレ6
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1178961024/

■過去スレ■
囚われのお姫様って
http://pie.bbspink.com/test/read.cgi/sm/1073571845/
お姫様でエロなスレ2
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1133193721/
お姫様でエロなスレ3
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1148836416/
お姫様でエロなスレ4
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1157393191/
お姫様でエロなスレ5
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1166529179/

■関連スレ■
【従者】主従でエロ小説【お嬢様】 第四章
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1174644437/
◆◆ファンタジー世界の女兵士総合スレpart4◆◆
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1173497991/
妄想的時代小説part2
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1155751291/
世界の神話でエロパロ創世
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1160406187/
逸話や童話世界でエロパロ
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1162899865/

■保管庫■
http://vs8.f-t-s.com/~pinkprincess/princess/index.html

気位の高い姫への強姦・陵辱SS、囚われの姫への調教SSなど以外にも、
エロ姫が権力のまま他者を蹂躙するSS、民衆の為に剣振るう英雄姫の敗北SS、
姫と身分違いの男とが愛を貫くような和姦・純愛SSも可。基本的に何でもあり。

ただし幅広く同居する為に、ハードグロほか荒れかねない極端な属性は
SS投下時にスルー用警告よろ。スカ程度なら大丈夫っぽい。逆に住人も、
警告があり姫さえ出れば、他スレで放逐されがちな属性も受け入れヨロ。

姫のタイプも、高貴で繊細な姫、武闘派姫から、親近感ある庶民派お姫様。
中世西洋風な姫、和風な姫から、砂漠や辺境や南海の国の姫。王女、皇女、
貴族令嬢、または王妃や女王まで、姫っぽいなら何でもあり。
ライトファンタジー、重厚ファンタジー、歴史モノと、背景も職人の自由で。
2名無しさん@ピンキー:2007/11/26(月) 02:47:18 ID:lyeWG7+u
ちょっと関連スレを変えてみました。
不要だったら次スレを立てる時に削除してくださいな。
3名無しさん@ピンキー:2007/11/26(月) 04:11:18 ID:BowBu7Uw
前スレに書き込もうとしたら埋まってた。

>>前スレ413
投下にリアルタイム遭遇したの初めてだ。
続き気になるよ。楽しみだ。
ただ気になったんだがエルドがところどころシリルになってるのは書き間違いか?
4名無しさん@ピンキー:2007/11/26(月) 04:24:44 ID:a6W2pXPF
>>3
すいません、完璧な書き間違いですorz
シリルでは、セシリアと似ているなぁと思い変えたのでした
感想ありがとうございやす
5名無しさん@ピンキー:2007/11/26(月) 04:44:15 ID:WQ3DU7+E
前スレ >>433
自分もリアルタイム遭遇しました。
GJ! 続きが楽しみです。
6名無しさん@ピンキー:2007/11/26(月) 04:45:01 ID:WQ3DU7+E
× 433
○ 413

だった …
7名無しさん@ピンキー:2007/11/26(月) 10:23:05 ID:DhuVKvOc
前スレ>>413
GJ!続きが気になるよー楽しみに待ってます
8名無しさん@ピンキー:2007/11/26(月) 18:24:25 ID:ndA6Z8Wx
前スレはちょうど500KBになったようだね
9名無しさん@ピンキー:2007/11/26(月) 20:38:32 ID:bjJP61Ao
白いリボンの作者さんグッショブ!
続き待ってます。
10名無しさん@ピンキー:2007/11/26(月) 22:12:28 ID:qBBS8ocG
同じく、白いリボンの作者さんgjですたい
  _  ∩
(*´∀`)彡 続き!続き!
 ⊂彡
11名無しさん@ピンキー:2007/11/26(月) 22:36:41 ID:2PQbFQeL
このスレって>>1にあるとおり、>貴族令嬢、または王妃や女王まで、姫っぽいなら何でもあり

だから公爵令嬢は充分範疇に入るね。
極端な話、豪族の姫だろうと、武家の姫だろうとOKてことだろう。

白いリボン、続きが気になる。楽しみだ

12名無しさん@ピンキー:2007/11/27(火) 01:01:21 ID:oDtx0GFU
俺はお嬢様言葉ならなんでもおk
13緋色の勲章(又はただの赤い血)1:2007/11/27(火) 01:05:21 ID:vFcC6m+s
タイトルは違いますが『白いリボン』の続きです。

*****

温石を浴槽の底に沈めると、セシリアはひどい有様になった服を脱ぎ、
リボンと一緒に脱衣室にある籠に入れた。
それから洗面台の上に置いてあった濃い緑色の石鹸を手に取り、
時間をかけて丹念に身体の隅々を磨いた。
あの男が触った部分を、すべて洗い流さなければ気が済まなかったのだ。
しまいには石鹸はほんの欠片しか残らなかった。
そこで、セシリアはエルドの石鹸をこんなに使ってしまったことを後ろめたく思った。
けれど、自分がエルドの浴室にいるなんて本当に不思議だ。
私だったら、自分の浴室を誰か他の人に使わせるなんて御免だわ、とセシリアは考え、
認めるのは癪だがエルドの寛容さを思い知った。

湯船の中に、身を沈めて暖めると、セシリアはようやく安心した。
そして、先ほどまでのメソメソしていた自分を恥ずかしく思った。
仕方ないわ、たった一日で、あまりもたくさんの出来事が起こり過ぎたのだから。
刺繍が完成し、結婚話を盗み聞きしてしまい、悪漢が不法侵入し、危うく襲われかけた。

のぼせたせいなのか、セシリアの身体は熱くなり、次第に怒りがこみ上げてきた。
それは自身の利益ばかりに目がくらみ、
考えなしに娘の結婚相手を決めようとしている父親に対してなのか、
それとも壮大なる未来予想図を胸に秘め、
祖国の風習を娘に教え込んだ母親に対してなのか、
はたまた己の快楽のためにセシリアの身体を蹂躙しようとした男に対してなのか、
わからなかった。
まだ見ぬ婚約者に対しても、不当だと思うが憤りが沸いてくる。
皆、私の意思などこれっぽっちも尊重しないで、まるで物のように扱っているのだ。
しかし、いちばん憎らしいのは、
感情を割り切ることができない自分自身だった。
14緋色の勲章(又はただの赤い血)2:2007/11/27(火) 01:09:41 ID:vFcC6m+s
いつのまにか、脱衣室にはバスタオルと替えの着替えが置いてあった。
まったくエルドは用意周到すぎて、
文句の付けようがないのだから、とセシリアは苦々しく思った。

タオルで身体を拭きながら、
どちらにしろ、自分がいくら拒んでも、
いつかは結婚しなくてはいけないんだわ、と思った。
セシリアは、結婚した自分を想像してみた。
どこかの男性の妻として従順に仕え、子どもを産み育て、
そして夜はベッドの上で―――。
そこで、さきほどの強姦魔の下品な笑い声がよぎり、セシリアは想像をするのを止めた。
あの男の圧倒的な力に比べ、自分はあまりにも無力だった。
もし結婚したら、あんな風にいつも夫に、押さえつけられ従わされ支配されるのだろうか。
そんなの地獄だわ。
マリアンヌや他の少女たちのように無条件に結婚生活を夢見ることは不可能だ。

エルドが用意した服は、飾り気のない質素な服だった。
これは、侍女か女官の私服だろうか。
エルドにも懇意にしている女性の使用人がいるのね、とセシリアは考えた。
王子を始め、名のある貴族の子弟の中には、
使用人を愛妾として扱う輩が多々いるという噂を聞き及んだことがあるが、エルドもそうなのだろうか。

セシリアは、首を振り、どうも、思考が変な方向へ偏っている自分を戒めた。
しかし、セシリアは、自分が結婚生活に恐怖と不安しか抱けないのは、
具体的な性知識と経験がないせいだというような気がしてならなかった。
15緋色の勲章(又はただの赤い血)3:2007/11/27(火) 01:13:55 ID:vFcC6m+s
脱衣室から寝室を覗くと、エルドはベッドの上に寝そべり、本を夢中で読んでいた。
予想通りだ。一度、読み出すと止まらないのだから。
「エルド、今出たわ」
「ああ」
上の空でエルドは相槌を打った。こちらの方を見ようともしない。

「図書室の後始末は済んだのかしら?」
セシリアは寝室に足を踏み入れ、エルドのもとへ歩み寄った。
「とっくに終わったよ。リアが風呂に入っている間に。
 全く一日中、入っているのかと思ったよ」
どうせ、エルドはカラスの行水に決まっているわ、とセシリアは心の中で毒づいた。
しかし、できるだけ可愛らしい声を出すように努めた。

「そうだったの。ありがとう、エルド。
 私、あなたにはとても、とても感謝しているわ」
「やけに殊勝だね」
そう言いながら、エルドは本のページをめくった。
「君が、いつもそうだといいんだけどね、リア」
「私、あなたにお礼がしたいのよ」
「お礼? そんなの必要ないよ」
相変わらず、本に顔をうずめて、エルドは生返事をした。
「いいえ。どうしてもお礼がしたいのよ」

「リア?」
そこでようやくエルドは異変に気づき、顔を上げて振り返った。
彼は、セシリアを見て、驚愕の表情のまま固まった。

エルドの目の前にいたのは、用意された服に袖を通さずに、
裸にバスタオルを纏っただけのセシリアだった。
タオルの隙間からのぞく素肌からは、まだ湯気が上がっていた。

あんなに驚いたエルドの顔を見るのは、初めてだ。
常日頃から、エルドを出し抜くことに骨身を削っているセシリアは、
ついほくそ笑んでしまうのを止められなかった。

「あなたに、私を差し上げるわ」
厳かに告げると、エルドの顔は微かに引きつったように見えた。
16緋色の勲章(又はただの赤い血)4:2007/11/27(火) 01:17:29 ID:vFcC6m+s
「差し上げるって……リア、お前、気でも狂ったのか」
「まあ、失礼ね。私、正常だわ」
「じゃあ、言っている意味を本当にわかっているのか?」
「ええ、つまり私と婚前交渉をしてくれないかしら、と言っているのよ」
「はあ?」
その頃には、エルドは手にしていた本を放り出して、上半身を起こしていた。
「何が何だかまったく理解できない。説明してくれないか。
 リアの行動には矛盾がありすぎだ」

「おそらく、説明すれば理に適うことが、よくわかってよ」
セシリアはため息をついて、エルドのベッドの右端に腰を下ろした。
警戒したエルドはベッドの反対側まで下がり、セシリアから用心深く距離を置いた。

「今日、偶然、お父様たちの話を聞いて、知ったのだけど、
 私、一年後に結婚するんですって」
「結婚?!」
エルドは再び驚きの表情を作ったが、何だかセシリアは白けてしまった。
「お相手は、ノリス国の王族ですって、おまけに年が二十九も上らしいのよ」
「それはまた…」
もっと気の利いたことが言えないのだろうか。

「ね? 私の気持ちもわかるでしょう」
「いや、全くもって理解できない。
 他の男とベッドを共にすることが結婚前の女が取る行動なのか?」
「それは…普通だったら、愛する夫に純潔を捧げるでしょうね」
セシリアは純潔という言葉を口にしたとき、ほん少し顔が赤らんだ。
ああ、どうかエルドが気づいていませんように。
「でも、私の場合は違うわ。これは、完全なる政略結婚なのよ。
 これから、彼が死ぬまで、奉仕しなくてはならないのよ」
「奉仕……」
「そんな知りもしないおじさんだけが私の唯一の相手なんて耐えられないわ。
 ねえ、エルド、わかるでしょう?」
「―――ああ、ものすごく腑に落ちないのに、何となく理解できる。
 疑問が二つほど残るけどね」
「あら、なあに」

「まず、第一に、図書室であんな目に遭っておいて、怖がっていたはずなのに、
 どうして、急にそんな気になれるのか」
「だから、あれこそが契機だったのよ。
 あれで気づいてしまったんだわ。
 どちらにしろ、合法か非合法かの違いだけで、
 女性はいつか男性に侵食されてしまうのよ」
「侵食……」
「性交渉は、圧倒的に男性側が優位な立場なのよ。
 それにうまく耐性を付けるには、どうしても実践的な知識と訓練が必要だわ」
「訓練……」
「あら、どうかしたの?」
いつのまにか演説に熱が入りすぎて、
セシリアはどれが口にするのに恥すべき言葉なのかわからなくなっていた。
さっきからエルドをセシリアの言葉尻を捕らえるだけだ。
「いや、もういい。
 で、最後の質問なんだが、
 どうして俺がリアとそういうことをしなくちゃならないんだ?」
17緋色の勲章(又はただの赤い血)5:2007/11/27(火) 01:21:50 ID:vFcC6m+s
セシリアは、瞬きを繰り返した。
どうしてエルドが、相手でなくてはならないのか!
―――そんなこと考えもしなかった。
ただ、思いついたとき、いちばん近くにいた男がエルドだったのだ。
加えて言えば、セシリアは、エルドが生物学上、男性に分類されることを、
今日まで、気づいてなかったのだが。
しかし、さすがにそのことを正直に話すのは賢くないのはわかった。

「それはね―――
 そう、つまり、私たちが、お互い、好意を抱いている同士ではないからだわ。
 相手に何の幻想も抱いていなければ、
 ややこしい情愛関係に発展することもないでしょう。
 私たちは、後腐れのない理想的な関係を築けるに違いないわ。
 いわば、教師と生徒だわ」

「教師と生徒……」
エルドは呆然と呟いた。
「その論理で行くと、俺が教師側をやらなくてはならないのか」

「もちろんよ。でも、安心して。
 エルドの教え方が上手いとは誰も期待していなくってよ。
 あなたに教わったせいで、いまだに算数は苦手科目なのだから」
そこまで喋り終えると、セシリアは、
どうも自分は要らぬことを言い過ぎると思い、口を噤んだ。

エルドは、はぁと重いため息をついた。
「お前は、生徒の資質を考慮するのを忘れている。
 だが、どちらにしろ、俺たちは教師と生徒になれっこないんだ」
「あら、どうして?」
「生憎と、俺は女性経験が一度もないのでね」
「何ですって!」
18緋色の勲章(又はただの赤い血)6:2007/11/27(火) 01:24:58 ID:vFcC6m+s
セシリアはエルドをまじまじと見つめた。
「信じられないわ。
 あなた、十六歳でしょう」
「ああ、確かリアと同じ年齢だったはずだよ」

「成人の儀も済ませて、十六歳にもなって、女性と肌を合わせたことがないなんて。
 ―――あなた、もしかして…女嫌いなの?」
セシリアは、危うく同性愛者なのと尋ねそうになって、すんでのところで押し止めた。

エルドは不愉快そうに、胡坐を組んでいた脚を伸ばした。
「違う。でも、そろそろ女性不信になりそうだ。
 誰かさんのせいでね」
エルドの疲れたきった目を眺め、
ようやくセシリアは自分がひどくデリケートな問題に干渉していることに思い当たった。

「まあ、ごめんなさい。私、少し無作法だったわ。
 でも、マリアンヌたちの話では、たいていは王子というのは、
 権力を笠に着て、女性をなぶり者にすると聞いたものだから」
「なぶり者……
 まあいいけど。
 女は、こうやって耳年増になっていくのか」
エルドは気が抜けたように、ベッドの上に仰け反った。

「でもね、エルド、あなた今までにそういう機会はなかったの?
 つまり、貴族のお嬢さんとか、身近に仕えている侍女や女官とか」

「あいにく、俺の周りは男の従者や小姓ばかりなんだ。
 兄上たちの前例があるから、父上がたいそう心配してね」
そうだった。彼は父王から溺愛され、甘やかされた傍若無人な息子だった。
自然と周りの環境も、他の王子たちと一線を画するのだろう。

「あと、そういう火遊びを進んでやりたがる貴族のお嬢さんには、
 今までのところ一人しか会ったことがないな」

「まあ、それって、どなた?」
驚いて尋ねてみると、エルドは黙って背中を向けた。
19緋色の勲章(又はただの赤い血)7:2007/11/27(火) 01:29:12 ID:vFcC6m+s
何だか雲行きが怪しくなってきたわ。
セシリアは自分の計画が不発に終わるのを感じ取ると、
ベッドの片隅に倒れこみ、シーツに頬をよせた。
慣れないことをしたせいか、疲れていたのだ。
それに、湯冷めもして寒くなってきた。

「ねえ、エルド」
「……………」
「ねえ、エルドったら!
 ごめんなさい。考えてみたら、
 私、少し先走り過ぎていたのかもしれないわ」

「……今度から、せいぜい、よく考えることだな、リア。
 一つ忠告しておくが、女が積極的になるに比例して 
 男の気持ちは萎えていくことが多いんだ」
セシリアは新しい情報に驚いた。

「あなた萎えているの?」
エルドは身体を反転させて、セシリアの方を向いた。
「何だか、とてつもなく、疲れているよ」
「実は私もなのよ。おまけに少し眠くなってきたわ」
「頼むから、ここで、そんな格好で寝ないでくれ」
「大丈夫よ」

セシリアは必死で、欠伸をかみ殺した。
その間にエルドは起き上がって、随分近くまで寄ってきた。

「ところで、リア、さっきの話はまだ有効か?」
「何の話かしら?」
「もちろん、君と俺が。婚前交渉をする話さ」
「何ですって!」

一気に目が覚め、跳ね起きようとしたセシリアの左肩を、
有無を言わさぬ雰囲気でエルドが押さえこんだ。

「だって―――あなた、したことがないんでしょう」
「そうだけどさ、よく考えてみたら、教師役になる必要なんかないし
 少なくとも、リアよりは、知識があると思うな」
エルドが肩肘を突いてセシリアに真横に寝そべると、不敵に笑った。
慌ててはいけないわ、とセシリアは考え始めた。
おそらくエルドはさっき驚かされた分だけ、反撃しようと試みているのだ。
「あなたは女性に興味があるの?」
「ああ、生物学の本で女性の裸体を何度も見たが、
 本物は一度も見たことがないからな。
 今の今まで、リアが女だということも忘れていたよ」

まるで今、気づいたとでもいうように、
エルドはセシリアの胸から下肢にかけて視線を往復させた。
そうなると、急に、バスタオル一枚しか纏っていない自分の姿が
恥ずかしく思えてくるのだった。
20緋色の勲章(又はただの赤い血)8:2007/11/27(火) 01:33:05 ID:vFcC6m+s
「前に、何かの本で読んだんだけどさ。
 お互いの相性を調べるのに、楽な方法があるんだ。
 それを試してみないか」
そうセシリアに誘いかける口調は、いつもより、
ぐっとくだけていて、それだけ彼が本気だという証だった。

「相性って、占いのことかしら?」
「バカ、どうして、ここで占いをするんだよ。
 身体の相性だよ。
 いいか、まず俺がリアの臀部を触る」

そう言うと、エルドは右手を伸ばし、シーツとセシリアの太腿の隙間に入り込んだ。
そして、太腿の付け根から膝の後ろにかけて、何度もまさぐった。
「エルド、止めて」
セシリアは堪らず笑い声をもらした。
「くすぐったいわ。お願いだから止めてちょうだい」
「わかったよ」
エルドが手を引っ込めても、セシリアはしばらくクスクスと笑い続けていた。

「ああ、面白かったわ。それから、どうするの?」
「それから、リアの胸を触るから、
 どちらの方が触られて、気持ちいいかを選択するんだ。
 俺もどっちかを選ぶから」

そう言うと、エルドはバスタオルの上から、セシリアの胸を撫でた。
今度は、セシリアは身を固くして、愛撫が終わるのを待っていた。
「どうだ、気持ちいいか?」
「わからないわ」
セシリアは緊張しながら考えた。

「でも、やっぱり、さっきの方が、楽しい気持ちになったと思うわ。
 ねえ、もう触るのを止めてちょうだい。
 あなたは、どうだったの?」
エルドは、なおもしつこくセシリアの胸を弄った。
「俺は、どちらかというと胸の方がいいや。
 リアの脚はガリガリで、触り心地が悪かったからな」
そう言いながらエルドの長い指は、タオルの奥の隙間に侵入しようとしていた。
慌てて、セシリアは飛び起きる。

「それじゃあ、私たちって気が合わないってことじゃないかしら?」
「その通り」
「でも、そんなこと、わかりきっていたわよね」
「まあね。しかし、リア。
 お前の未来の夫君は、もしかしたら胸の方が好きかも知れないだろ
 身体の相性が合えば運がいいが、いつも最悪の場合を考えた方がいい。
 つまり、相性が悪いときは、双方の努力により、乗り越えるものなんだよ」
「わかったわ。道は険しそうね
 でも、もう仰向けに寝たままは御免だわ。
 さっきの…図書室でも、ずっと仰向けにされて、
 何度もしつこいくらいに胸を揉まれたのよ」

するとエルドも起き上がり、考え込むような表情をした。
「そうか。悪かったな。
 あの色ボケ馬鹿のことは早く忘れたほうがいい」
そしてセシリアの長い髪を手で優しく梳いた。
助けてもらったせいなのか、
エルドの側にいると、あの男のことを思い返しても不思議と怖さは半減した。

21緋色の勲章(又はただの赤い血)9:2007/11/27(火) 01:37:54 ID:vFcC6m+s
「あの男は、結局、何が目的だったのかしら?」
「―――そうだな。
 結局のところ、ただの強姦魔だったんじゃないのか」
「いいえ、最初に襲われたのは、エルドよ。
 あなたが目的だったのではないかしら。
 でも何のために……
 ―――きゃっ!」
セシリアが考え込んでいる間に、エルドは彼女のバスタオルを奪い去った。

「エルド、返してよ」
胸元を手で覆いながら、セシリアがにらみつけると、エルドは愉快そうに笑った。
「こんなもの邪魔なだけだろう」
そして、セシリアの両手を取り、自身の膝の上に乗るように促した。
エルドは、あの男についての情報を、ごまかそうとしているわ。
しかし、自分の胸や腰を往復するエルドのいやらしい手を捕まえるのに精一杯で、
深く考える暇は与えられなかった。

エルドの手は、決して不快というわけではなかった。
むしろ、暖かい手が肌に触れるたびに、セシリアの身体は熱くなり、
奇妙なことに、もっと触って欲しくなるのだ。
これは、もしかすると双方の努力が実を結んだのではないだろうか。

「ねえ、エルド」
セシリアは夢心地で言った。
「あなたって、想像していたより、傍若無人ではないのね」
「…それは、光栄の至り。
 リアは思っていた倍以上に、無鉄砲で向こう見ずだな」
 エルドは、セシリアの手を自分の頬に当てた。
「ハーブの香りがする。あの石鹸を使ったのか」
「そうなの。ごめんなさい。
 かなり、たくさん使ってしまったわ」
「別に構わない。
 そこまでケチじゃないから」

 ふとセシリアは、図書室で言ったことを思い出した。
「ねえ、エルド。
 私って、そんなにプライドが高いように見えたのかしら」
「まあな、二言目には、
 ノイスの伝統がああだ、リヴァーの風習がこうだ騒ぎ立てるんだからな。
 俺からみたら、王家の伝統なんかどうでもいいことだよ」
「ほら、あなたって、そうやってすぐに人を見下した目をするわ。
 だからとても冷たい人間に見えるのよ。
 ―――ねえ、ところで、私はもう処女じゃなくなったのかしら?」

エルドの愛撫はピタリと止まり、水色の瞳がこちらを真剣に見ていた。
「本気で言っているのか?」
セシリアは冗談ではないことを示すため、大きく頷いた。
「リア。……残念ながら、まだ半分も終わっていない」
どうやら道は険しくて、果てしなく遠いらしい。


22緋色の勲章(又はただの赤い血)10:2007/11/27(火) 01:40:57 ID:vFcC6m+s
「ええと、リア。まず、整理しよう。
 何故、自分は処女ではないと思ったんだ?」
「だって、エルドに身体中、触れられて、とても気持ちよいと思ったんですもの。
 双方の心が努力によって繋がったんだわ」

「―――まあ、それはいい徴候かもな
 だが心が繋がるだけじゃ駄目なんだ」
ぶつぶつと呟くエルドにセシリアは苛々し始めた。
「ねえ、それなら早く正しい方法を教えてちょうだい」

エルドは何を話すべきなのか迷っているように見えた。
「そうだ。
 リアにとっては辛いかもしれないけど、
 あの男に何されたのか覚えていることを
 全部、話してくれないか」
セシリアはエルドの手を握りしめ、図書室での記憶を掘り起こした。

「あの男は―――私を両手を縛って、仰向けに押さえつけて、首筋を撫でて、
 私の服を破いて、―――信じられないわ。気に入っていたのに―――
 胸をしつこく揉んで、段々、お腹のあたりを触ってきたの」

冷静に振り返ると、セシリアはもうあまり怖くなかった。
ただ腹立たしいばかりである。

「それから、どんどんあの男がどんどん下の方に行くから、
 私はずーっと上の天井を見つめていたの」
「天井を…」
「ええ、天井のあの模様は何なのかしら、花模様なのかしら。
 それとも幾何学模様なのかしら。それとも老朽化に伴う染みなのかしら、
 とずっと考えていたのよ」
「それはまた…」
「その内にこのまま死んだ方がマシかもしれないと考え出したら、
 あなたが助けてくれたのよ。
 どうして、もっと早く助けてくれなかったのかしら、と思ったわ」
「わかった。もういいよ。
 つまり、肝心なところは、何も見ていなかったんだな」
「肝心なところ?」

「だから―――あの男は下半身だけむき出しだっただろう」
「そうだったかしら。そちらの方はできるだけ見ないようにしていたから」
「それで、リアの脚には、あいつの―――精液がついていただろう」
「ええ」
セシリアは自分の脚に日に纏わりついていた汚らわしい液体を思い出し、顔をしかめた。
「あれが何だか知っているのか」
「知っているわ。男性が、性的興奮により分泌する体液でしょう」
「―――それが、どこから分泌されるのかは?」
「さあ? でも、あなたの話し振りによると、下半身のどこからしいわね」

エルドはセシリアを膝に乗せたまま、そっくり返り、上半身をシーツに預けた。
「エルド?」
「俺は、教師に向いてないし、なりたくもないな」
それが彼の出した結論だった。
23緋色の勲章(又はただの赤い血)11:2007/11/27(火) 01:44:27 ID:vFcC6m+s
「まさか、ここまで、温度差があるとは……」
「ねえ、エルド」
セシリアは心配そうに彼の顔を覗き込んだ。
「私はあなたに純潔を捧げられるのかしら?」

エルドの何とも形容しがたい表情を見た限りでは、
セシリアの言葉は彼を余計に追い詰めたらしい。
今日一日だけで、エルドの印象はどんどん変化しているとセシリアは感じた。

「つまり、性交渉について、リアは何も知らないということか」
「最初から、そう言っているわ。
 だから教えてちょうだい、って」

「わかった。教えるよ。ただし、条件がある」
エルドはのろのろと起き上がった。
「なあに?」
「どんなに疑問に思うことがあっても、絶対に口を挟むな。
 お前が質問すると、すごく萎える」
「固く約束するわ」
「それから、俺も初めてだということを忘れるな」

セシリアはそれまで、その事実をすっかり忘れていた。
考えてみれば、女性はただ男性がすることを待っていればいいのだ。
それは案外、楽なのかもしれない。
そして男性は男性で大変なのだということを、セシリアは遅まきながら悟った。

「まあ、でもエルドって、本当に初体験なのしら?
 とても慣れているように見えたのだけれど―――」
そこで、セシリアはエルドの鬼のような形相を見て、すぐに口を閉ざした。
しかしながら、自分の饒舌さを反省しつつ、
エルドのペースを精一杯乱してやったことに、罪深い勝利を感じてしまうのだった。


24緋色の勲章(又はただの赤い血)12:2007/11/27(火) 01:49:26 ID:vFcC6m+s
エルドはセシリアを膝から下ろすと、服を脱ぎ始めた。
セシリアはどうしてエルドがそんなことをしているのか、
聞きたくてうずうずしたのだが、約束を思い出し、固く口を結んでいた。
多分、エルドは正しいわ、私たちが喋り合うと、ちっとも前に進まない。
それでも、セシリアはエルドが服を着たままだったらよかったのに、と考えた。
おかげで彼を直視できなくなってしまった。

エルドは全ての衣類を脱ぐと、セシリアに向き直り、彼女に立て膝をつかせた。
その間、セシリアはエルドの顔だけを見続けて、首から下には決して視線を落とさなかった。
口をきかないと約束したことを、セシリアは早くも後悔し始めていた。
なにしろ彼が次に何をするのか見当も付かないのだから。

そして次の瞬間、エルドはセシリアの胸に顔をうずめた。
セシリアは息を呑んだ。
エルドはセシリアの右胸をキスし、右手で反対の乳房を揉みほぐした。
彼の左手はセシリアの太腿の付け根を執拗になぞっているが、、
先ほどのように、笑うことはできなかった。
セシリアは所在無い自分の手を、エルドの頭に置き、彼の栗色の髪を撫でた。
とにかく声を出してはいけない。
それでも、彼が乳首を吸い上げ、指の腹でもう片方の乳首を弄ばれたときは
全身を電流が駆け巡ったような気がした。
身体は不思議なくらい火照っていて、立っているのがやっとだった。
必死で声を殺し、エルドにしがみつくと、腿の辺りに異物が当たった。

思わず彼の下半身に視線をすべらせると、股間に隆々としたペニスが見えた。
セシリアは、今までそんなふうに大きくなった男性器を見たことがなかった。
まるで生き物みたいだわ、と思った。

エルドはやがて腰を屈め、セシリアの恥骨に口をつけた。
「ううっ」
たまらずセシリアは声を漏らした。
エルドが顔を上げ、セシリアを見上げた。
「声を出してもいいよ、リア」

「エルド―――」
セシリアは喘いだ。いつのまにか普通の声が出せなくなっていたのだ。
「お願いだから、もうそこには触らないでちょうだい」
しかし股間を隠そうとするセシリアの手を取り、
エルドは茂みの奥の割れ目に舌を這わせた。
とうとうセシリアは立て膝をついていられず、エルドの胸に崩れこんだ。
25緋色の勲章(又はただの赤い血)13:2007/11/27(火) 01:53:55 ID:vFcC6m+s
エルドの唇で何度も首筋をなぞられたあと、
セシリアは仰向けに寝かせられた。
「大丈夫か?」
と尋ねられたが、よくわからないまま、セシリアは頷いていた。
実際、何が起こっているのか、わからなくなっていた。
エルドはセシリアの両膝を立たせて足を開き、
奥のいちばん敏感な部分を、指を使い丹念に撫で回した。
止めて、とセシリアが涙声で呟いても、エルドは手を休めることはなかった。
彼は指と舌を使い、秘所を何とか湿らせようとしていた。

「もっと、濡れないと、入らないな」
エルドの呟きを、セシリアは聞きつけた。
「何を入れるの?」
しかし、エルドは答えなかった。

「リア、今から入れるから言うけど、かなりの激痛だと思う」
「――まあ、…痛いの?」
「とにかく俺のせいではない。
 初めての時は、痛いものなんだ」

了承したわ、とセシリアは頷いた。自分から進んで、ここまで来たのだ。
少々の痛みは我慢しなくてはならないだろう。
しかし、この段階にきても、セシリアは何が入るのかよくわかっていなかった。

エルドはセシリアの腕を自分の背中に回させると、彼女の膣口に自身の先端をあてがった。
セシリアは先ほどよりさらに膨張し、尖らせたそれを見て、目を丸くした。
「エルド、それは入らな…」
セシリアが言い終わる前に、ペニスが膣を貫いた。
あまりの痛さに声も出なかった。
もしかしたら死んでしまうかもしれない、とセシリアは思い、涙が頬を伝った。
エルドは彼女の涙を優しく拭ってくれたが、
膣の中でどんなに押し返しても、容赦なく奥底まで突き上げた。

やがて、エルドはゆっくりと腰を動かし始めた。
「…エルド?」
痛み自体には慣れてきたセシリアだったが、
出したり入れたりするエルドの行動はよくわからなかった。
しかし、エルドの瞳を覗きこんで驚いた。
それはいつもの冷たい目ではなく、燃えるように輝く獣のような目だった。
エルドは快感を得ている、とセシリアは察知した。
自分は、こんなに苦しんでいるというのに!
せめてもの仕返しに、セシリアはエルドの背中に思い切り爪を立てた。
しばらくすると自分の中に、熱い何かが注ぎ込まれるのを感じ、意識が途切れた。

26名無しさん@ピンキー:2007/11/27(火) 01:58:54 ID:m0325P1p
支援
27緋色の勲章(又はただの赤い血)14:2007/11/27(火) 02:07:54 ID:vFcC6m+s
「―――終わったよ、…リア」
エルドはセシリアの耳元で囁いてから、その隣に倒れこんだ。
セシリアは安堵のため息をついた。
股間はどうしようもなくヒリヒリして痛んだが、達成感が身体中を覆っていた。

しばらくの間、二人はベッドに沈み込み、静かな時間を味わっていた。
しかし、部屋の中が暗くなっていくのに気づいたセシリアは起き上がった。
何時間ここにいたのだろう、帰らなくては。

「エルド、お風呂をまた借りてもいいかしら?」
「ああ、もちろん」
エルドの横を通り、ベッドから降りようとしたとき、
セシリアは先ほどの情事の余韻を残す白いシーツに、
赤黒い染みが付着しているのを見つけた。
「まあ、何かしら?これは」
セシリアの呟きにエルドは顔を上げてシーツの汚れを見た。

「ああ、血だよ」
「あら、どこか、怪我したの?」
「いいや、これはリアの血だよ。
 初めてのときは、血が出るものなんだ」

「まあ、じゃあ、もしかして、これが『緋色の勲章』なのかしら」
「は?」
訳がわからないという顔をしたエルドに、セシリアはにっこりと笑いかけた。
「マリアンヌが教えてくれたのよ。
 乙女が純潔を殿方に捧げたとき、彼女は『緋色の勲章』を得るんですって」
「それはまた…
 いかにもマリアンヌが考えそうなことだな。
 ただの赤い血じゃないか」
「それもそうね」

でも、血が出るほど痛かったということなんだわ、とセシリアはしみじみと思った。
それから、隣で欠伸をしているエルドをにらみつけた。
「―――何だよ、リア」
「ねえ、エルドは、やっぱり初めてではなかったんでしょう」

エルドはがっくりしたように、肩を下げた。
「何で、そう思うんだよ。
 ―――認めたくないけど、本当に初めてだったよ」
「だって、あなた痛がってなかったじゃない。
 それどころか、とても気持ちよさそうだったわ」
「ああ、それはさ……
 つまり、最初に痛いのは女だけなんだ。
 男は別に痛くならないんだ」
28緋色の勲章(又はただの赤い血)15:2007/11/27(火) 02:12:02 ID:vFcC6m+s
「まあ、本当?」
セシリアは大いに憤慨した。
「それって不公平じゃないかしら。だいたい、エルドはいつも―――」

セシリアの抗議が始まろうとしたとき、
エルドはセシリアを引き寄せ、彼女の唇をふさいだ。
それは、初めてのキスだった。
セシリアは微かに抵抗を示したが、やがてエルドの腕の中で大人しくなった。
しばらくの間、二人はお互いの唇を貪った。
どちらともなく唇が離れると、
セシリアは、先ほどの憤りが消えていることに気づき、
エルドの計略にまんまと引っかかってしまったことを知ったのだった。

エルドはにやりと笑った。
「つまり、あの痛みに、我慢強く耐えることにより、
 女は、栄誉ある『緋色の勲章』を得るんだな。
 それは男では、どうしたって、手に入れられないものだよ」






***********
以上です
感想、ありがとうございました
とても励みになりました
29名無しさん@ピンキー:2007/11/27(火) 02:19:12 ID:O9R0ZvTM
>>28
ひたすらGJ!

これ以後二人の関係がどう変化するのかそれともしないのか、気になるw

30名無しさん@ピンキー:2007/11/27(火) 10:00:38 ID:dldPaOyh
GJGJ!!
31名無しさん@ピンキー:2007/11/27(火) 18:32:21 ID:xxY16SKT
続きある?楽しみにしてる!
32名無しさん@ピンキー:2007/11/27(火) 22:15:10 ID:Y4K7U/u7
お姫様の心情描写が上手だなあ。
面白かったよ。続きを楽しみにしてる。
33名無しさん@ピンキー:2007/11/27(火) 22:43:23 ID:RQxx/2kn
続き待ってました!
リアとても可愛いですねwチョットずれてるところがまた
なんとも言えず
この二人がどうなるのか楽しみです
34名無しさん@ピンキー:2007/11/27(火) 23:37:47 ID:vFcC6m+s
グッジョブ!!
続きがあるなら待ってます

ところであの相性チェック本当にあるの?
自分初めて聞いたよ
35名無しさん@ピンキー:2007/11/27(火) 23:43:52 ID:vFcC6m+s
作者なのに誤爆しました…(恥)
続きは考えてないので
自分で自分を褒めて終了させようと思っていましたが
失敗…

あの相性チェックはどこかで聞いたのですが…
出典を探してます

それでは、逝ってきます☆
36名無しさん@ピンキー:2007/11/28(水) 00:03:49 ID:0jOPPxtv
なんとわかりやすい
自作自演wwww
37名無しさん@ピンキー:2007/11/28(水) 01:22:47 ID:psKu+C+P
ワロタw
まあドンマイw
38名無しさん@ピンキー:2007/11/29(木) 18:37:44 ID:Lt4xJNcH
可愛いから許すwwwwwwwwwwwwww

作品面白かったよ。
気が向いたら続き考えてね。
39名無しさん@ピンキー:2007/11/29(木) 19:35:31 ID:/owcWMbH
何と言う自作自演www
名誉挽回のためには続きを書くしかないwwwww
ていうか書いてくれたら嬉しい
40名無しさん@ピンキー:2007/11/29(木) 19:55:25 ID:mSsdNWBG
自作マンセーレスwww
可愛い奴めwwwww
41名無しさん@ピンキー:2007/11/29(木) 21:18:50 ID:nBQ/RaRO
ワロタw
これは、続きを書くしかないだろw
楽しみに待ってるぜ!
42名無しさん@ピンキー:2007/11/29(木) 23:07:53 ID:NBlX7Hcs
大人ですなあ
43名無しさん@ピンキー:2007/11/30(金) 01:48:21 ID:V+rXynC0
荒れるどころかなんという微笑ましい流れ
44緑の苑1:2007/12/01(土) 21:44:33 ID:Kiu4JqnG

皆さんのあまりの優しさに涙が… ・゚・(つ∀`)・゚・
前作は一年前くらいに書いたものなので、
もう違和感があるかもしれませんが
嬉しくなり続きを書いてみました。
あまりエロくないですが、よろしかったらどうぞ

********

空が青く澄み渡った日は、乗馬の日と決めていた。
この日も、エルドは、愛馬レディ・シャルロッテにまたがり、
王領内の乗馬コースをさっそうと駆けていた。
父王からは外出するときは必ず従者を付けろと口うるさく言われているのだが、
エルドは誰かに付き回されるのは好まなかった。
この前、襲われたときのことを考えれば、確かに一人で出歩くのが危険なのはわかっている。
それでも馬に乗っているときだけは、思うがまま、無敵だった。

だいたい最近では、家臣を手放しでは信用できなくなっていた。
鋭い監視の目は、父王が用意したお目付け役なのか、
それとも、何かと文句の多い宰相にしっぽを振る犬なのか。
確信こそなかったが、あの色情魔―――図書室に忍びこんできた大男―――も、
ごく近しい者による刺客に違いないという予感があった。
あの男自身は、窃盗の前科を持った、単なるならず者であることが判明していたが、
「裏で誰かが手を回している可能性がある」と警備隊隊長は報告を寄こしてきたのだ。
そうでなかったら、あんなにもちゃちな犯罪を繰り返してばかりいた男が、
大胆にも王城に忍び込もうとするはずがない、と。

『しかし愚かな男でしたね。色欲に惑わされるなんて』
警備隊隊長は、その屈強な身体に似合わない、涼やかな声で言った。
『あの男はもとから姦淫に耽り、
 売春宿などでも、たびたび問題を起こしていたそうです。
 でも、まあ、そのときの相手は女性だったんですけどね』

捕らえられたとき、下半身を露出させ、見苦しいものをむき出しにしていた男のせいで、
仕方なく、エルドは、彼が自分に対して性的興奮を示したと説明するほかなかったのだ。
それだけでも遣りきれないのに、腹立たしいことには、事件を取り扱った者たちは、
その説明で簡単に納得してしまったのだ。
傍にいた副隊長に、「まあエルド様ならね」と含み笑いをされたときは、
いっそ真相を明かしてやりたい衝動をやっとの思いで抑えたこんだ。
最近では、身長も伸び、筋肉もだいぶ付いて、がっしりしてきたと思っていたのに。
それでも母親似のこの容姿は、ある種の男性たちにはとても魅惑的なのだという。

エルドが副隊長たちとの会話を思い返していると、
レディ・シャルロッテがすすりないて、急に歩を緩めた。
エルドはハッとして手綱を引いたが、野うさぎが横切っただけだった。
45緑の苑2:2007/12/01(土) 21:45:52 ID:Kiu4JqnG
いつのまにか、乗馬コースをはずれて、ずいぶん遠くの方まで来てしまった。
迷わない内に、戻ろうとは考えたのだが、
以前に来たことがある道のような気がして、歩は止められなかった。
春から初夏にかけて、いちばん木々が青々しく美しい時期である。
道は森の奥まで続いていた。

やっぱり、そうだ、昔この道を辿ったことがある。
あのときは幼くて、まだ馬に乗ることもできなかった。
この季節にしか咲かないウィグノリアの花を探していたのだ。
ウィグノリアは、この地方にだけ生息する可憐な野生の花で、希少価値が非常に高いものだった。
その花が見つかるかどうかは、ウィグノリアの妖精のご機嫌しだいだと伝えられている。
伝説によると、ウィグノリアの花の精は、長い髪の妖女で、いつもこちらに、背を向けている。
振り返らせるためには、彼女の真の名を言い当てなくてはならない。
真の名を呼べば、彼女は振り返り、
自身の分身であるウィグノリアが密かに咲き乱れる場所へと導いてくれるというのだ。

エルドは幼くとも、その伝説を信じることはなかったのだが、
ウィグノリアが見つかりにくい花であることは痛感した。
あのときは、確かどこまで森の奥を踏み入っても見つからず、足が痛くなって諦めたのだった。

いつの間にか、太陽が隠れ、森に陰りが訪れていた。
そろそろ戻ろうと考えたとき、視界に何かが留まり、エルドは目を凝らした。
―――誰かいる。

大きな石の上に腰を据え、長い髪を垂らし、白い麻を纏った背中が見えた。
木々が落とす陰をたたえた褐色の髪と白い裾は、気まぐれなそよ風に揺れている。
エルドは一瞬、彼らしくないことを考えていた。
ウィグノリアの精が舞い降りたのだ、と。
エルドは瞬きを繰り返したが、妖精は消えることはなかった。
しかし、そのとき雲間から再び太陽が覗き、枝の隙間から漏れこむ陽の光が、
髪の上を滑り落ち、白金に輝かせた。
彼女を見つめていたエルドは、思わず叫んでいた。

「―――セシリア!」

彼女はゆっくりと振り向くと、驚いたように彼を見上げた。
石の上に座っていたのは、
白いドレスを身につけた公爵令嬢セシリア=フィールドだったのだ。
46緑の苑3:2007/12/01(土) 21:46:40 ID:Kiu4JqnG
内心では仰天していたが、エルドはできるだけ平静に振舞おうと決め、鞍から降りた。
そばへ近づくとセシリアは不思議そうに首をかしげていた。

「ごきげんよう、エルド。
 どうして、ここにいらっしゃるの?」
「レディ・シャルロッテに乗っていたら、ここまで来てしまったんだ。
 ―――最初は、乗馬コースにいたんだが」
「まあ、こんなところまで。ここは我が家の領地よ」
「そうだったのか。ここらへんに来たことがあったような気がしたんだが」
「あら、来たことあるかもしれなくてよ。
 ここは、私とその友達たちが、よく遊んでいた場所ですもの」
そう言いながら手にしていた刺繍の道具を片付け、セシリアは勢いよく立ち上がった。
「こちらに、いらして」
セシリアは、白く長い裾をたなびかせ、さらに森の奥へ進んでいった。
エルドは、レディ・シャルロッテを木につなぎ、不服そうな愛馬をなだめてから、彼女の後を追った。

ユキヤナギの茂みを分け入ると、球状の空間が広がっていた。
頭上では、木々が伸びやかに天を仰ぎながら手をつなぎ、垂れ下がる緑葉のカーテンが外界を遮断している。
そこは天然のあずま屋だった。
柔らかな濃い緑のコケの絨毯に座ると、セシリアは満足そうに言った。

「ここが、昔、私の秘密基地だったのよ。
 毎日のように、いろんな子たちを連れて、遊んでいたわ。
 何か覚えていない?」
エルドは、深く考えずに、首を振った。
小さい頃から、セシリアたちと遊んだことはほとんどないはずだ。
どうしてなのか、彼女とは、寄ると触ると、口喧嘩ばかりしていた。
その関係は、現在でも変わっていない。―――二週間前のあの日までは。
47緑の苑4:2007/12/01(土) 21:47:14 ID:Kiu4JqnG
エルドは、緊張しながらセシリアの隣に座った。
実は、彼女にどうしても尋ねたいことがあったのだ。
―――しかし、どう切り出したら、いいものか。
しばらく逡巡していたエルドだったが、
セシリアに婉曲の美徳は通じないだろうと判断し、結局はストレートに聞くことにした。

「―――リア、
 お前、……あれから月経はあったのか?」
「え、どうして?」
セシリアが戸惑った顔をしても、エルドはひるまなかった。
「つまり、妊娠していないかを確認しているんだ
 妊娠したら、月経は来なくなるから」

「まあ、そうだったの」
セシリアの間の抜けた声に、さすがにエルドは苛々してきた。
「どうして、そういう基本的なことを知らないんだ?
 確かマリアンヌと一緒に、婦人医学の授業を受けていたんだろう」
「だって―――マリアンヌがつまらないから、と言ってさぼってばかりいたのだもの。
 彼女のせいにするわけではないけど」
「それがお前の中途半端な知識の原因といわけか」
知らずに、知らずにため息が出た。
しかし、エルドに劣らず、セシリアも憂鬱そうだった。
「もし、妊娠して―――未婚の母になっていたら、私の婚約も解消になるかしら…」

「軽々しく、そんなこと言うな」
つい声が険しくなると、セシリアはしゅんとなり、うつむいた。
「ごめんなさい」
素直に謝られると、調子が狂う。
実際のところ、あれはエルドの方にこそ非があったのだ。
避けることはできたはずなのに、あの煮えたぎるような欲望をどうしても抑えることができずに、
セシリアの中に精を放ったのは自分なのだ。

「とにかく、リア。お前は正しい知識を積んでくれ。
 無知は己の身を滅ぼすぞ。」
48緑の苑5:2007/12/01(土) 21:47:59 ID:Kiu4JqnG
そう、自分の母親のように―――。
彼女は、何も知らずに、何も知ろうとしなかった。
最期まで泣き濡れた顔しか覚えていない。
エルドは、私生児であり、三歳になるまで、母親の生家で暮らしていたが、
彼女が病気で亡くなった年、父に王の子だと認知され、後宮で暮らすこととなった。
生母がリヴァー王国経済復興の立役者として名高いイースキン=ラルフの娘だったこともあり、
エルドはすぐに第三王子の地位を得ることができたのだが、
口さがない者たちが、「誰の子だかもわからないのに」と噂し合っていることは知っていた。

ぼんやりと過去を思い出すエルドになど気づきもせず、
セシリアは、さっきと打って変わり、急に明るい声を出した。
「そうね、一つ学んだわ。妊娠中は、月の花嫁になれないのね」
「月の花嫁?」
また奇妙なことを言い出すな、とエルドが思っていると、セシリアが物知り顔で答えた。
「お母様の国では、月経のことをそう呼ぶんですって」
「へえ、俺も一つ学んだよ。
 これから役に立つことはないだろうがな」
エルドは、気の抜けた声で言った。

セシリアは身を乗り出して、エルドに微笑みかけた。
「さっきの質問だけど。安心してちょうだい。私、今、ちょうど月の花嫁なの。」
セシリアの肩から、ゆるやかに流れた金髪は木漏れ日を受けてきらきらと輝いた。
何かがひらめき、エルドは記憶の糸を引き当てた。

「リア、今、思い出した。
 俺はこの場所に来たことがあるよ」
「あら、やっぱり、そうでしょう」
そうだ、ウィグノリアの花を探しに来ていたエルドは、迷いこみ、セシリアたちと出会ったのだ。
久しぶりに会った同年代の友人が嬉しかったのを覚えている。
「確か、リアとブリューム姉妹がいたな」
「ふふ、何して遊んだのかしらね」
エルドはよく覚えていた。
彼は、秘密基地へ招き入れられ、和やかに茶会の真似事が開かれたのだ。
主人役のセシリアは、ふちの欠けた陶器のティーカップへ、架空の紅茶を注ぎ、身を乗り出して、
客であるエルドに「どうぞ」と差し出したのだ。
あのときも、セシリアの肩で、けぶるような金髪が揺らめいていた。
エルドは思わず、その髪に触れたのだ。「綺麗だね」と呟きながら。
褒められて、にっこり笑おうとしたセシリアの顔はすぐに引きつった。
エルドが、金の毛を一本、むりやり引き抜いたせいで。
途端に、セシリアは憎々しげにエルドをにらみつけた。
あのとき、自分とセシリアの関係が決まったのかもしれない。

目の前にある、セシリアの髪を一房つかむと、セシリアはハッとした表情を作った。
「私も、思い出したわ。エルドは私の髪を引っ張ったでしょう」
「そうだったっけ?」
わざと、とぼけると、セシリアはより一層、身を乗り出した。
「忘れてしまったの? とても痛い思いをしたのに!」
自分の顔を覗き込む十六歳のセシリアは、あのときのまま無垢で無邪気だった。
それは裏を返せば、無知で無力ということなのだが。
エルドはセシリアの頭を引き寄せると、思わずその口元にキスを落とした。
それは、ほとんど本能といってもよかった。
セシリアはぴくりと小さく身を震わせたが、すぐに目を閉じ、素直にエルドを受け入れた。
49緑の苑6:2007/12/01(土) 21:48:55 ID:Kiu4JqnG
『―――愚かな男でしたね。色欲に惑わされるなんて』
隊長の声が木霊する。
あの色情魔と自分にどれだけの差があるというのだろう。
止めろ、という警告が頭の片隅で鳴り響いていた。
それなのに、セシリアの唇は柔らかく濡れていて、まるで麻薬のようなのだ。
息が続かなくなり、ようやく唇が離すと、セシリアの茶色い瞳が見返して来た。

「…どうして、抵抗しないんだ」
自分のことは棚に上げ、エルドは苦々しげに問うと、セシリアは口に手を当てて笑った。
「だって気持ちよかったんですもの。
 口付けは好きよ。
 性行為よりも、ずっと素敵だと思うわ」
あまりにも屈託のないセシリアに、エルドは眩暈がする思いだったが、彼女はそこで顔を伏せた。
「でも、あなた、またごまかしたでしょう」
セシリアの声は鋭く低くなった。
「え?」
「いつもいつも、都合が悪くなると、ごまかすのだから。
 騙されてばかりでは遣りきれないわ」
「リア?」
セシリアは突然、エルドの膝の間に押し入り、そのままエルドの胸に顔を埋めた。
「―――どういうつもりだ。リア?」
訳がわからず、彼女の肩に手を置いた。

「とても痛かったのに、
 きっと、あなたは何もかもすぐに忘れてしまうのよ
 だから今、どうしても、あなたに仕返ししなくてはならないわ」
「は? 執念深い奴だな。
 何年前の話をしているんだよ―――リア!」
エルドに抱きかかえられながら、彼女の手はエルドの股間に手を伸ばし、触れていた。
「二週間前の話をしているのよ」
彼女がひどく真面目な顔でそう言った。
50緑の苑7:2007/12/01(土) 21:49:47 ID:Kiu4JqnG
エルドはたじろいだ。脳裏に、あの石鹸の香りと身体の熱がよみがえってくる。

「――だが、あれはお前が、自分から言い出したことだろう。
 後悔したとしても、自業自得だ」
努めて、平静を装い、冷酷無比な言葉を紡ぎ出そうとするが、
長年エルドと丁々発止の議論を積み重ねてきたセシリアは物ともしなかった。
「あら、後悔なんかしていないわ。ただ、どうしてもあなたを辱めたいだけよ」
「………」
何を持ってセシリアが自分を辱めるつもりでいるのか、いまいち理解できなかったが、
いやに冷めた気分になったエルドはセシリアの行為を見守った。

「あら、駄目ね。少しも反応しないわ」
何度も執拗にエルドの股間を弄っていたセシリアだったが、がっかりしたようにため息をつく。
「―――リア」
エルドもため息をついた。
「忠告したはずだ、基本的に俺はお前が策略を張り巡らしていると、気力が失せるんだよ」
それは厳密には嘘だった。
先ほどのキスの余韻もあってか、セシリアが気づかないだけで、エルドの下腹部は固くなりつつあった。
「まあ、じゃあ、どうしたらいいのかしら、教えてくださらない?」
「だから、なんで俺がこんなことしなくてはならないんだ」
エルドはようやくこの退っ引きならぬ状況を察知し、セシリアを引き剥がそうとするが、
彼女は強固にしがみついた。
「だって―――」
数秒間、沈黙したのちに、セシリアはお得意の屁理屈を披露した。
「だって結局、私は処女ではなくなったのかもしれないけれど、
 十分な性知識があるとは言えないわ。
 だから、もっと正しい知識を積む必要があると思うの。
 あなたが言ったのよ、無知は己の身を滅ぼすって」

「…なるほどな」
相も変わらずセシリアの論理には凄まじい破壊力がある、とエルドは思った。
しかし、もうすでに手遅れだ。セシリアの手の下で、自分のものは熱を持ち始めていた。
さすがに悔しくなってくる、いつもいつもセシリアのめちゃくちゃな術中に嵌ってしまうのだから。
「わかった。教えてやるよ」
エルドは開き直り、自身の腰紐を解き始めた。
51緑の苑8:2007/12/01(土) 21:50:46 ID:Kiu4JqnG
「エルド…、あの、別に脱がなくても、よろしくてよ」
セシリアが遠慮がちだが、明らかな抗議の声を上げた。
「脱がないで、どうしろというんだよ」
苛々しながら、エルドはセシリアの右手を掴み、自分の股間にあてがい握らせた。
「あ…」
「いいか、目をそらさずに、よく見ておけ」
自分が変態のような言動をしていることに気づき、エルドは何だか情けなくなってきたが、
セシリアの手を、自分のそれで包みこんだ。
それから、彼女の手を使い、裏側の付け根から先端をゆっくりと滑らせた。
自然に熱い息がもれ、高揚していく。
セシリアが握っているという事実にエルドは信じられないくらい興奮を募らせていた。
「―――苦しいの?」
顔を切なげに、ゆがめたエルドに、セシリアは恐る恐るといった感じで尋ねる。
「…ああ、そうだよ」
「エルドは、嘘つきね。本当は気持ちいいんでしょう」
セシリアが不服そうに、口を尖らせたが、手を離さそうとはしなかった。
次第に己の欲望を高めることのみに、
身体中が支配されていき、エルドは機械的にセシリアの手を動かし続けた。

やがて、セシリアが握っている先端から透明な液体が出て来ると、
そろそろ達してしまいそうだと感じた。
「……リア、横に行け」
なおもセシリアの手を動かし続けながら、彼女を正面から右端へと移動させる。
セシリアは不思議そうな顔をしながらも、逆らわなかった。
それから腹部が熱くなり、あっという間に、絶頂は訪れた。
「まあ」
セシリアが、呆然としたように、緑の地にほとばしる白い液体を見つめていた。

「―――今のが射精だよ。ここから精液が出たんだ」
しばし恍惚に酔いしれたあと、エルドは解説を入れた。
何故、自分が講義をしなくてはならないのか、わからなかったが、もうセシリアに文句は言われたくない。
彼女は目を見開き、大人しく聞いていた。
52緑の苑9:2007/12/01(土) 21:55:56 ID:Kiu4JqnG
自分のものをしまうと、とてつもなく恥ずかしさと憤りがこみあげてきた。
「全く、何が仕返しだったんだよ」
ついつい憎まれ口を叩くと、セシリアが「おかしいわね」と首をひねった。
「あの部位が、あなたの弱点だと思ったんですもの。
 でも……違ったようね
 またエルドに快感を与えてしまうなんて、自分が馬鹿みたいだわ」
まあ、確かに弱点かもしれないな、とエルドは脱力しながら考える。
「―――しかし、俺は十分辱められたよ」
エルドの言葉に、「あら、本当に?」とすこぶる満足そうな笑顔が返ってきた。
そんなセシリアにむかむかしながらも、密かに安堵している自分がいた。
結局、どんな事態が巻き起ころうとも、
自分とセシリアの関係は、変わらなくてもいいのかもしれない。

「…リアの馬鹿」
密かにもらしたエルドの呟きを、セシリアは耳さとく聞きつけた。
「何よ、リアって呼ばないでちょうだい。
 だいたいね、エルドが髪を引っ張ったときも、本当に痛かったのよ」
「また、その話か」
「それなのに、エルドったら悪びれず『母上のためだ』って主張するものだから―――」

「―――母上のため?」
「そうよ。『母上の墓前に置きたいのだから、仕方ないだろう』って。
 そうしたら、キャロルもルイーゼもあなたをかばって、私の立つ瀬がなかったわ。
 全くあなたって、昔から偉そうだったんだから」

エルドは、覚えていない事実に戸惑いを隠せなかった。
「母上の墓前に……何で髪の毛を?」
「さあ? お花の変わりだって、言っていたような気がするけれど―――」
53緑の苑10:2007/12/01(土) 21:59:06 ID:Kiu4JqnG
そのとき、エルドは再び亡き母の記憶を拾い上げた。
ウィグノリアの花を愛していた母。
色とりどりの絹糸に囲まれ、刺繍を好んだ母。
彼女の人生は辛く悲しく、最期はあまりにも呆気なかったかもしれない
しかし、好きなものに囲まれていたときの彼女は本当に幸せそうだった。
だからエルドは彼女の墓前に好きなものを捧げたかったのだ。

「……そうだったのか」
記憶はまるで重ね箱だ。
開いても、開いても、想像もしていなかった色合いの小さな箱が飛び出てくる。
どうして、いつの間に、母を悲劇のヒロインに仕立て上げていたのだろう。
あの頃のエルドにとって、母はまだ記憶の中のおぼろげな肖像ではなく、ただ愛しい母だった。

黙り込んでしまった彼を尻目に、セシリアは急に神妙な面持ちになり、言葉を続けた。
「私はあなたのお母様にお会いしたことはないけれど、
 ユーリ陛下によると、あなたに生き写しで、とても美しい方らしいわね」
「父上が?」
「マリアンヌと一緒に、よくそういうお話を伺うわ。
 小さい頃のあなたは本当にかわいかった―――とかね
 ほとんど息子の自慢話ばかりよ。
 全くあなたって本当に愛されていたのね」
セシリアは懸命に言葉を紡いだあとで、大げさに顔をしかめてみせた。

彼女はエルドの亡き母の名が、セシリア=アン=ラルフだということを知っているのだろうか?
薄幸で短い生涯を終えた女性と、彼女の名前が同じだという事実を。

それでも、セシリアはそんなこと気にも留めないような気がした。
それに彼女が、母のような道を辿ることはないだろう。
彼女は知ることを恐れないし、自分の運命にただ翻弄されるばかりの無力な少女ではないのだから。

森の奥には初夏の花々が満ち、そこにいつまでも変わらず在る緑の苑は、
ときに涼しげな陰をつくり、ときに記憶の葉を落とし、悩める者たちにしばしの憩いをもたらすのだった。

(終)


**********
以上です。
本当にありがとうございましたm(_ _)m
54名無しさん@ピンキー:2007/12/02(日) 10:38:11 ID:oyXRVUqK
お疲れ様ー。
2人の微妙な関係が良いですね。
55名無しさん@ピンキー:2007/12/02(日) 17:24:19 ID:d3e6nxUl
GJ!
krkrしておいて何だか、本当に続きを書いてくれるとは思ってなかったので嬉しい
エルドの葛藤と相変わらずなリアに萌えた
56名無しさん@ピンキー:2007/12/02(日) 19:12:50 ID:pcldd5oK
GJ
自演GJしなくても大丈夫だぜ
お前の話好きだから安心しろ!
57名無しさん@ピンキー:2007/12/02(日) 21:35:23 ID:F4KeVuAi
GJGJ!ボケとつっこみが面白いです。もし続きがあるのなら
読んでみたいです。
58名無しさん@ピンキー:2007/12/06(木) 00:59:16 ID:NAGORADI
新作まち
59姫君と見習い魔術師その5:2007/12/08(土) 01:44:45 ID:pZYXNbpC
時間があいてしまい申し訳ありません。
前の話なんて覚えてねぇよ!って人は
前の投稿が過去ログになってしまったので
ttp://vs8.f-t-s.com/~pinkprincess/princess/06-2.html
にあります。読んでいただければ把握できると思います。
それでは投下します。
60姫君と見習い魔術師その5:2007/12/08(土) 01:46:13 ID:pZYXNbpC
今日は王城で舞踏会がある。
俺には舞踏会そのものには何のかかわりも無い。
俺は自分の仕事をするだけだな。
「さて、と」
俺は王城の周りに結界を張り終えた。
これで王城に招待状を持たない外部の者が侵入したらすぐ分かる。
万一侵入者がいたら、騎士たちに出動願えば良い訳だ。
俺は王城の一室で侵入者の反応が出るのを待っていれば良い。
何も出ないに越したことはないが。
後、結界が壊れてないか適当に見回れば良い。
その間は読書に勤しもう。


ある程度時間が経ったか。
「本なんて読んでいて良いの?」
セリアの声が聞こえた。
俺は本から顔を離す。
「ああ、セリア様ですか。それと、イルマ…様。」
目の前にセリアとイルマがいた。
セリアについては昔から”様”をつけていたが、イルマに対してはいささか不自然になったかもしれない。
「基本的に侵入者がいなければ俺は暇なんですよ」
俺は質問に答える。
もっとも、侵入者に気づいた後も俺は忙しくないが。
「…こんばんは、クリフさん」
イルマは青いドレスを着ている。
宝石が嵌め込まれた銀色の髪飾りをしている。
まあ、俺には良く分からんが似合っているのではないか。
「イルマ様、似合っていますね」
「…ありがとうございます」
俺のお世辞にぺこりと頭を下げるイルマ。
思わず良い子良い子と撫でたくなるな。
「ねえクリフ、私は?」
セリアが聞いてくる。
俺の首を締め上げながら。
苦しい…
「う、うぐ」
俺が喋れないと判断したのか、セリアの力が微かに緩む。
彼女を見る余裕が出る。
彼女のドレスは純白で宝石が散りばめれている。
何て贅沢な。
髪飾りも黄金の物が銀色の髪に似合っている。
だが、そんなことよりも俺には彼女がいつもより遠くに思えた。
いつも、俺を引きずりまわしたり、どついたりしているセリアとは別の人のようだった。
そのことが少しだけ、寂しかった。
61姫君と見習い魔術師その5:2007/12/08(土) 01:47:13 ID:pZYXNbpC
「似合っていると、思いますよ」
思っていることをそのまま言えずに俺はそう言った。
なるべく、不自然にならないように言った。
だが、彼女はそこそこ嬉しそうだった。
「そう、ありがとうね。でも、これじゃ剣が振るえないのよね」
こんな所でも剣を振るうのか。
「剣を持ってた方が落ち着くのよ」
恐ろしいことを言う。
俺のことをそんなに剣で脅したいのか?
やっぱり彼女はセリアだ。
「ところで、お2人はなぜこんな所に?」
俺は質問する。
「私たちは舞踏会って窮屈なんで逃げてきたの。もちろん、クリフに服を見てもらうためもあるけど」
良いのかそれで?2人とも王女だろ。
「私たちは具合が悪くなったのよ、平気よ。必要な分は出たし」
仮病を使ったのか?
セリアは「着替えてくるわ」と言って部屋を出て行った。
イルマも頭を下げて出て行った。
部屋には俺1人。
イルマは何しにいったんだろう。
「ふむ」
そんなことより、そろそろ結界の調子を見て回るか。


とりあえず、城の周りを回って確認をしていく。
警備の兵には話が通っているので、すれ違う時に会釈している。
あまり目立たない所に結界を張っているので、夜は1人で行くのが怖かったりする。
俺も臆病者だが、まあ、それで良い。
変に勇気を持ちすぎて無謀と区別がつかなくなるよりは良いだろう。
とりあえず身を守る小道具はいくつかあるが、大して期待できない。
結界を回っている途中で、なんだか暗がりから物音が聞こえる。
侵入者…じゃないよな?
城の中で道に迷ったとか、か。
国内の貴族を集めた舞踏会だそうだが、あまり慣れていない者もいるだろう。
きっと、そうだ。
俺は恐る恐る物音に近づいていく。
「…あっ……ああ……」
何だ?
顔をこっそり覗かせる。
「ふふっ……坊や……上手になってきたわね……あん……可愛いわよ…」
「ああっ……いいっ、いいです」
どうやら、あまり見てはいけないものだったようだ。
男が女の上に跨り腰を振っている。
男というより、少年か?
まだ、声変わりの途中で俺よりも年下か。
62姫君と見習い魔術師その5:2007/12/08(土) 01:49:13 ID:pZYXNbpC
俺の知った顔ではないな。
騎士団にいる若者か?
しかし、女の声はどこかで聞いたような。
そして、次に聞こえてくる喘ぎ声で驚愕する。
「殿下、殿下、ああっ」
「ドロシアって呼んで…はぁん」
ドロシア!?
セリアの姉…か?
そう言えば女は聞き覚えのある声で話しているし、赤い髪を淫らに振り乱している。
病室で会った時と印象が全然違うな。
少年は腰の動きを激しくし、殿下の胸をがむしゃらに揉んでいる。
2人ともこちらには気づかない。
俺の足は根が張ったように動かない。
夢中になって腰を振り続ける少年。
「ドロシア、ドロシア、ドロシア、うぁ!」
少年は達したようだ。
ドロシア殿下はあんな少年と恋人なのか?
一体どうなっている?
少年と違い、ドロシア殿下にはまだ余裕があった。
快楽の余韻に浸っているらしき少年に話しかける。
「坊や、初めてはどうだった?」
「はい…とっても…良かったです」
少年は心から満足したように言う。
殿下は引き抜かれたペニスを優しく愛撫する。
「どう?」
「あっ、うう」
少年がまた、欲望を主張しだす。
それを楽しそうに見つめる殿下。
少年も殿下の豊かな胸に顔を埋める。
「あん…元気になった、坊や?」
「はい…殿下…」
快楽に酔った2人の声。
周りなどは目に入らないのだろうか。
「もう、私はドロシアよ」
可笑しそうに笑っていうドロシア殿下。
殿下の方はまだ余裕があるようだが。
殿下は少年の欲望をうっとりと見つめ、舌を這わせる。
「うぁ…」
少年は敏感に反応する。
63姫君と見習い魔術師その5:2007/12/08(土) 01:50:28 ID:pZYXNbpC
「可愛い…」
そう言って淫らに微笑む殿下。
愛おしそうに少年の欲望を見つめる。
敏感な部分に舌が這うごとに少年は「あっ」「うっ」と快楽に呻く。
「ふふっ」
やがて殿下が少年の欲望を口に咥える。
少年は期待と欲望で満ちた表情でそれを受け入れている。
殿下の口の中に少年の欲望が収まる。
「んん……んぐ……」
「ドロシア、もっと、もっとして」
小さな子供のように少年はおねだりする。
その言葉に殿下は笑みを深めさらに行為を続ける。
「んぐっ、んん、んぐっ…んんむ、んぅ……んん」
「ああっ」
少年は殿下の口の中で達したようだ。
殿下の咽喉が動き、少年の放った欲望を飲み干す。
少年はそれを畏れに満ちた顔で見つめる。
王女の口を己の欲望で汚したことに興奮と畏怖を抱いたのかもしれない。
やがて、殿下は口を離す。
「これで、あなたは私の2つの口の中に出したのね」
「はい…」
少年の萎えたものを舌で舐めながらドロシア殿下は言葉を続ける。
「もっと、したい?」
誘うように少年の萎えたものを触りながら言う。
「はい!」
嬉しそうに率直に頷く少年。
少年の欲望はすでに復活している。
殿下は少年をゆっくりと押し倒す。
彼女が少年の上に跨る。
「じゃあ…2回戦をしましょう」
「はい、ドロシア…」
少年の欲望がドロシア殿下の中に入っていく。
淫らな目つきで視線を交わす2人。
「あっ」
「あぁん」
64姫君と見習い魔術師その5:2007/12/08(土) 01:52:12 ID:pZYXNbpC
少年とドロシア殿下が声を出す。
少年を見下ろすように笑みを浮かべる。
欲望に染まった女王の笑みを。
少年にキスをする。
そして、彼女はゆっくりと自分の中に少年の欲望をおさめる。
「あっ、ドロシア…僕のが入ってる」
少年が嬉しそうな口調で言う。
「そうよ、あなたのが私の中に入ったの…うふふ、今日は2人仲良くしましょうね…」
そう言いながら腰を動かす殿下。
少年は夢中で尻などを撫で回す。
「あっ、ドロシア、いいですっ」
「そう…私も…あん……気持ち…いいわ……ぁん…いいわぁ」
だんだんと腰の動きを早くする殿下。
2人の息遣いが荒くなる。
「うん、あぁん、あん、あぁぁん!」
「ドロシアッ、ドロシアッ」
殿下が首を振り赤い髪を乱す。
少年は彼女の肉体に夢中になっている。
「あっ、あん、あぁん、はぁん、あぁあああぁぁぁあああああああ!」
彼女がようやく達したようだ。
少年も再び達したようだ。
その後、2人はいやらしく互いの体をまさぐっている。
ポンと背中を叩かれた。
「!」
危うく声を出しそうになるのを堪えて振り返る。
(どうしたの?)
セリアだった。
小声で俺に話しかける。
着替えを終えたらしい彼女は黄色いワンピースだった。
(いえ、それが)
どう答えれば良い?
彼女が俺に構わず顔をだす。
(まあ)
微かに驚いた声を出す。
あの2人は未だに互いの体を撫で回していた。
あまり、彼女に見せたいものではない。
俺自身は魅入られた様に見ていたけど。
これは、エゴだな。
(とりあえず、行きましょう)
そう言ってセリアを連れこの場から離れる。
65姫君と見習い魔術師その5:2007/12/08(土) 01:54:33 ID:pZYXNbpC
「あの2人は恋人なんですか?」
「う〜ん、あの2人が、その、しているのは初めて見たわ」
2人の喘ぎ声などが聞こえないくらい離れた場所で俺は聞く。
あの2人は、初めて?
何だかやけに引っ掛かる物言いだな。
セリアはやや言いづらそうに話す。
「しかし、相手の男は少し、若すぎるような…」
俺がドロシア殿下の男関係に口出しするのはどうかな、と思いながらも言ってしまった。
セリアは驚くべきことを言った。
「ドロシア姉様はね、いろんな男の人と、ああいうことをしているの…」
いろんな男とああいうこと。
「はぁ?」
間抜けな声を俺は出した。
どういうことだ?
「つまりね、いつも別の人と、してるの」
いつも別の人としてる、だと。
それってつまりは…
「片っ端から、男の人を、えー、誘っているんですか?」
「そうね、恋人や奥さんのいる人には声をかけないわ。誘われたら、応じるみたいだけど…」
何だ、それ。
俺の両親も、そういうところがあった。
父はいつも家に居らず、母は知らない男を連れてきていた。
夜、母の部屋から変な声が聞こえてきて怖かった。
恐る恐る母の部屋に入ってみると、母が知らない男と素っ裸で何かしていた。
そんな時いつも母は俺をすごい顔で叱った。
その後、両親は別れ、俺は捨てられた。
師匠に拾われなければ俺はどうなっていたことか。
だから、そんな考えは俺には理解できない。
「だから最初ね、ドロシア姉様がクリフにも誘惑しないかなって、少し不安になって」
「俺はあんな奴ら認めない、大っ嫌いだ!」
思わず、声を高める俺。
声に出した後、不敬に当たるかなと思った。
しかしセリアは俺のことを驚いたように見つめた後、微笑んだ。
「私もドロシア姉様の考えは理解できないわ」
だって、私にはずっとクリフがいるんだもの。
そう言って彼女は俺を優しく抱きしめた。
俺はその言葉と彼女の温もりが無性に嬉しかった。
彼女は優しく俺を見つめて言う。
「愛してるわ…クリフ」
いつもと違う彼女。
この前、夢で聞いた台詞。
でも、今の俺は幻惑されていない。
俺は自らの意思で言葉を紡ぐ。
「俺もあなたを愛しています……セリア」
どちらからだったろうか。
俺たちは、口付けした。
とても、甘やかで素晴らしいものだった。
66姫君と見習い魔術師その5:2007/12/08(土) 01:56:17 ID:pZYXNbpC
…ここは人がいないよな。
俺の中に邪まな思いが宿る。
だって俺たち、恋人同士だし、良いよな、良いんだよな、うん。
そして、俺は彼女がもっと欲しくなり、その身を衝動に任せ、
「ごめんなさいね、クリフ」
セリアが突然身を離して謝る。
何を?なぜ?どうして謝るんだ?
俺の中に疑問が渦巻く。
「お仕事中なのに、邪魔しちゃったわ…」
仕事中。
そう、仕事中なのだ、俺は。
だけど、ああ。
「…そうですね、セリア」
俺は彼女を呼び捨てにした。
彼女は、嬉しそうに笑う。
「やっと、セリアって言ってくれたじゃない、クリフ!」
いつも通りのセリアに戻って言う。
いつも通り…?
嫌な予感がしてくる。
「ところでね、クリフ」
セリアが笑顔で俺を優しく抱きしめ腰に腕を回す。
彼女の柔らかい体や細い腕の感触を感じる。
しかし、青い瞳は俺を射殺すのではないかと思うほど強い光を放つ。
これは逃げられないのではないか。
セリア、俺に何をするんだ。
やっぱりいつもの通り…ではないか?
「何…でしょう、セリア」
俺はなるべく落ち着いた口調で話そうとして、失敗する。
彼女は瞳以外で笑みを浮かべながら話す。
「あのね、ドロシア姉様たちのことずっと見てたのかしら?私が来た時も、あなた夢中だったわよね?」
徐々に彼女の腕に力が込められていく。
あー、はい。夢中だったような…そうでないような…
何て答えれば良いんだよ?
「それはまあ、あまりのことに呆然としてしまい…それに、今は仕事中ですし…」
何とか言い逃れようとする俺。
段々と増していく痛み。
笑みを深くしていくセリア。
「時間は、取らせないわ。大丈夫よ?」
もはや、締め付けると言って良いほどに彼女は力を加えている。
時間よりも俺の身の安全は保障して欲しい。
俺が見惚れてしまう笑顔をセリアは浮かべて言う。
「ねぇ、答えて?」


とりあえず、医師のアルフ先生の世話にはならなかった。
セリア曰く「今日はとっても機嫌が良かったの」だそうだ。
…勘弁してくれ。


以上でその5は終わりです。
67名無しさん@ピンキー:2007/12/08(土) 09:50:55 ID:v5NsrhLg
ピーピングエロスと搦め手できたかあ
68名無しさん@ピンキー :2007/12/12(水) 22:27:16 ID:1q3YMe7s
保守
69名無しさん@ピンキー:2007/12/14(金) 21:54:32 ID:GWjgD2pj
昔話で怪物が人間の若者に化けて求婚する話があるけど、
私より強い男じゃないと結婚しないといってる男勝りのお姫様に人間に化けた怪物が
求婚してお姫様に勝っちゃう話ってあるのかな。
このままだと触手・怪物スレ向きになるのでお姫様に憧れる少年が
怪物の正体をしって知恵と勇気で打ち倒すんだろうけど。
70名無しさん@ピンキー:2007/12/15(土) 11:50:37 ID:+cgOJpCZ
それに似ていないでもない話を同人で読んだな
随分昔のTRPG系だったけど
71名無しさん@ピンキー:2007/12/20(木) 01:15:24 ID:tH9Ey37C
暴れん坊プリンセスはないのか!
72名無しさん@ピンキー:2007/12/20(木) 18:01:59 ID:SMKrRSsc
女兵士スレのシャフルナーズ姫はどう?
73名無しさん@ピンキー:2007/12/20(木) 18:51:03 ID:tBbM4G0o
ちょっと上のセリア姫が立派な暴れん坊姫じゃないか。
つーことで続編キボン。
74名無しさん@ピンキー:2007/12/22(土) 16:45:40 ID:RAhCUSTg
多分>>71はアルファシステムの暴プリの事を言ってるんじゃまいか
75漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/24(月) 23:42:34 ID:Z3M/f2Pn
『白いリボン』のシリーズの続きを書いてみました。
『姫君と見習い魔術師』のお話と同じく舞踏会が出てくるのであらかじめご了承下さい。
(そもそもお姫様の名前も似通っているので作者さんには大変申し訳ないのですが)
わりと長いので、お暇なときにでもどうぞ。
76漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/24(月) 23:43:46 ID:Z3M/f2Pn
リヴァー王国第四王女、「社交界の女王」として名高いマリアンヌ姫の応接室は、
王女たちが住まう秋の宮の中でも、ひときわ華やかだと評判だった。
ベルベット張りの柔らかい長椅子に、ふわふわの毛織の絨毯。
磨きこまれた樫の卓上には、旬の果物に焼き菓子に香りのよい紅茶。
そして彩りを添えるのは、淑女たちの引きもきらないお喋りだ。
本日の話題の中心は、来るべきユーリ二世の生誕記念祝賀祭について、
―――さらに正確にいうと、その期間に王宮で催される舞踏会についてだった。

「どんなドレスにしたらいいのか、まだ決めていないのよ。
 絹にするか、それとも光沢を考えて、繻子でもいいし―――、ああ迷いどころだわ」
マリアンヌ王女が悩ましげなため息をつくと、
ブリューム侯爵家の双子姉妹キャロルとルイーゼは熱心に相槌を打った。
「色も重要よ。私たちは、赤毛だから、どうしても似合う色が限られてしまうのよね」
「何しろ、今回は外国からも大勢お客様がいらっしゃるのだから、完璧なドレスにしたいものだわ」

夜会にどんな衣装を着ていくかは、彼女たちの永遠のテーマだった。
ドレスやアクセサリーだけでなく、手袋や靴、扇子に至るまで、細心の注意で選ばなくてはならない。

「大丈夫。どんな衣装を着ようとも、あなたたちは舞踏会の華よ」

マリアンヌは「あら」と声の主を見遣る。
盛り上がる三人を尻目に、先ほどからフィールド公爵令嬢セシリアは、黙々と木苺の焼き菓子を頬張っていたのだ。

「どうしたの? セシィ。やけに元気がないじゃないの。
 それとも、あなたこそが満開の華だと言ってもらいたいのかしら」
「まあ、違うのよ。ただどうしても、舞踏会に乗り気になれなくて―――
 実はね、今回の舞踏会では、どの殿方ともダンスをするなとお父様から厳命されているのよ」
「まあ!!」
双子姉妹は、そろって驚嘆の声を上げ、マリアンヌは目をしばたかせた。
「とても信じられないわ! フィールド公爵は何をお考えでいらっしゃるの?」
マリアンヌの質問に、セシリアは「見当も付かないわ」と首を振る。
その実、父親の考えは透けて見渡せた。
遅まきながら、彼はセシリアの身辺にやたらと気を配っている。
要するに、ノイス王族との正式な婚約が決まる前に、
娘に悪い虫が付いたらたまったものではない、と余計な気を回しているのだ。
今回の舞踏会にしても、侍女のトルテが、お目付け役としてばっちり同行させられることとなっていた。

「でも、別にかまわなくってよ。私はダンスがそんなに得意じゃないんですもの。
 喜んで、壁の花役を引き受けさせてもらうわ」
深い同情の視線を寄せる友人たちに、セシリアはせいいっぱいの強がりをみせた。

「そんなのいけないわ!
 記念祭のメインイベントは、やはり夜の舞踏会よ!
 舞踏会を楽しまずして、祭典を語ることなかれ、と先人もおっしゃっているわ」
マリアンヌは真剣な表情で、滔々と語り、双子姉妹も「そうよ、そうよ」と騒ぎ立てた。

いいえ、先人曰く「祭典の要は、ただ王を祝う心のみ」であるし、最重要行事は、最終日に行われる記念式典のはずだわ。
――――――などと口を挟めるような雰囲気ではとてもない。
セシリアは父親の影響下、式典や祭儀のしきたりを重んじる方だが、
大半の令嬢たちにとって、そんなものよりも、それに合わせて催される社交の場の方が重要なのは世の常なのだ。
77漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/24(月) 23:44:40 ID:Z3M/f2Pn
やがて、ブリューム姉妹は、新しいドレスの採寸を取る予定があるのでと応接室を辞去した。
すると、マリアンヌは急にそわそわとセシリアの表情を伺い出した。
「ねえ、セシリア、あなたにお話したいことがあるのよ」
「あら、何かしら? マリアンヌ」
「こんなこと、舞踏会のお楽しみを奪われたあなたに話すべきではないのだけれど……」
「まあ、そんなこと。いいから話してちょうだい。私は、あなたがたと違って、そこまで舞踏会に重きを置いていないのよ」
興味津々の顔を作り、マリアンヌを促すと、待っていましたとばかりに彼女は打ち明け話を始めた。
「ええ、実はね。私、恋文をもらったのよ」
「まあ!」
なんて大胆なのかしら、とセシリアは驚いた。畏れ多くも、王女に懸想するなんて。

マリアンヌは当年とって十八歳。十二分に結婚適齢期の美姫である。
しかし、姉姫たちが諸外国の目ぼしい王や王子の元へと嫁いでしまい、
現状では夫候補を選出するのは、困難を極めている。
セシリアには政治的背景はよくわからないのだが、国内の貴族と結婚するのも難しいらしい。
とはいえ、近年では晩婚率も上がり、二十歳を過ぎてから嫁ぐ令嬢も決して珍しくない。
むしろ、「さっさと結婚、たっぷり後悔」するよりも、
「たっぷりと独身を謳歌し、しっかりと相手を吟味する」という風潮まで生まれ、古参の貴族たちは頭を抱えている。
もちろんセシリアのように両家の利害関係のみで結婚を急かされる事例もあるにはあるが。
つまり、マリアンヌは社交界の頂点に燦然と君臨し、思う存分優雅で気楽な独身生活を味わっていたのである。

親友の反応に気をよくしたマリアンヌは、隣室から白い封筒を持って来た。
「これなのよ。読んでみてちょうだい」
セシリアは、マリアンヌに渡された便箋に、好奇の色で顔をうずめたが、
びっしりと書き込まれた文字に面食らってしまった。

『貴女を見るたび柔らかな春の日差しを思い出し切なさに身は震える
 春の女神に愛された輝かしい貴女に近づくことは許されるのだろうか
 この身は夜の闇のように目立たず罪深い存在なのだ
 ああそれなのに眩しい至上の宝石を抱く貴女を攫いたくて仕方がない―――――――――』

延々と並ぶ美辞麗句を拾い読みしながら、セシリアが的確な要約が行ったところによると、
「―――つまり、記念祭の舞踏会の折に、あなたにお会いしたいと願い出ているのね」
「そうなのよ、どうしましょう」
ちっとも困っていない声で、マリアンヌは大げさにため息を漏らす。
どうりで、あんなにも舞踏会を楽しみにしていたはずだわ、と合点が行った。
便箋三枚にも渡る情熱の句を少々うんざりしながら読み終えたあと、セシリアは最後に記された署名に目を丸めた。

『あなたの漆黒の騎士より』
78漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/24(月) 23:45:24 ID:Z3M/f2Pn
「―――『漆黒の騎士』ですって? 
 まあ、この方は、一体どなたなのかしら」
「それが、わからないのよ」
うっとりしながら、マリアンヌは続けた。
「でも、騎士とあるからには、軍部の方だとは思うの」
「名乗らないなんて怪しいわ。軍部といえども不埒な傭兵かもしれないじゃないの」
「いいえ、とても下賎な輩とは思えないわ」
「―――そうね。
 確かにこの紙は上質だし、香が焚きこめられているから、かなりの風流人ね。
 何より、こんな(回りくどい)文章は、ある程度の教養を積まれた方にしか書けないわ」
セシリアは、親友のために必死で拙い推理力を発揮させた。
ふとマリアンヌを見遣ると、翡翠色の瞳の中にきらめく星を宿らせ、
頬を薔薇色に染めた彼女は、筆舌しがたいほどの美しさだった。

「マリアンヌ、あなたったら、お手紙だけで、『漆黒の騎士』様に心を奪われてしまったの?」
「まあ、まさか。お逢いしてみないことには」
未だ醒めきらない夢の中にいる乙女のように見えながら、マリアンヌは一時のアバンチュールに大人の構えを見せた。
「ただこの手紙は合格よ。『漆黒の騎士』様は、私と逢って、二人だけでお話しする資格を得たというわけ」
余裕なマリアンヌに、セシリアは二歳の年の差を噛みしめ、なんだか胸の奥が針で刺されたように痛んだ。

「ねえ、セシリア、このことは誰にも秘密よ。カリューンの恋愛神の名にかけて誓ってちょうだい」
「ええ、もちろん誓うわ」
セシリアは力強く頷いた。自分だけに、このことを打ち明けてくれたのだと思えば少しは慰められる。
あとで、その誓いを後悔するはめになるとは、このときのセシリアには思いもよらなかったのだ。
79漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/24(月) 23:46:14 ID:Z3M/f2Pn
記念祭の初日は、軍部の華やかなパレードで幕を開けた。
この期間、各地から集まった民衆で王都の人口は膨れ上がる。商人にとっては稼ぎ時だ。

自邸の窓から漏れ聞こえる喧騒に耳を傾けながら、セシリアはのんびりと夜会の準備を進めていた。
フィールド公爵夫妻は、式典やら園遊会やらに出席するため、早朝から不在だったが、
その一人娘であるセシリアの本日の予定は、夕刻から始まる舞踏会に出席することだけだった。

「まあ、セシリア様、とても綺麗ですわ」
侍女のトルテが感嘆の声を上げると、セシリアは「そうかしら」と謙虚に応じた。内心では満更でもなかった。
深青色の最高級のサテンは、明るい色の髪と絶妙なコントラストを示している。
陽の光の中でも見事だが、夜の灯りの中でより一層映えるだろう。
一粒真珠のネックレスは飾り気のないものだったが、首筋を優美に見せるのに最適だった。
このドレスを担当した仕立屋は、 フィールド公爵から、
とにかく明るい色のドレスと華美な装飾品は避けるようにと言い含められていた。
それでも、王国随一と名高い彼は、派手にせずとも淑女の魅力を最大限に引き出す術をわきまえていたのである。

「やはり、髪は後ろで高く結い上げましょう。より大人っぽく見えますわ」
トルテは、主人の長い金髪を高い位置でまとめると、粒真珠のピンを散りばめさせた。
仕上げに彼女のうなじにスミレの香水を吹きかける。
「随分な力の入れようね、トルテ。お父様から言われているでしょうに、私を目立たせるな、と」
セシリアが不思議そうに首をかしげると、トルテは急に口ごもった。

「―――わたしが申す立場ではないのは承知ですが、旦那様はひどすぎると思います。
 せっかくの舞踏会で、なるべく目立たないようにさせろ、だなんて」
「出席できただけでも有難いことなのよ。ただの夜会だったら、おそらく行くことさえ叶わなかったでしょう」
「そんなの……何だかセシリア様らしくありませんわ。いつもなら、旦那様に食って掛かるのに」
「あんな頑固者のお父様と丸腰で言い争いをしても、疲れるだけということが、最近になってようやくわかってきたのよ」
だから近いうちに、何か秘策を練らなくては、と心に決める。

「そうですか……」
トルテの口調は、いつもの従順な侍女らしからぬ色合いが含まれていた。
そこで、ようやくセシリアは「あら」と思い、鏡越しに彼女の顔を観察した。
「何か秘め事があるみたいね、トルテ。隠さずに言っておしまい」
80漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/24(月) 23:47:01 ID:Z3M/f2Pn
途端にトルテは慌てて、「いいえ、そんな」「畏れ多いです」と言いよどむ。
宥めすかして、ようやく白状させたところによると、
彼女は今晩、同郷の青年と一緒に城下の夜祭へと繰り出す計画を立てていたらしい。

「それを、私のお目付け役の任により、ぶち壊されたというわけね」
「まあ、そんなこと。わたしのことなんかどうでもいいです」
トルテは必死になって、「セシリア様のせいではないのだから」と言い張る。
それでも、セシリアは彼女の奥底に眠る未練を嗅ぎ取った。

「それでは、こうしましょう。
 トルテは私と共に、王宮へ向かうけれど、会場まで着いたら別れるのよ。
 あなたは好きなところへ行っていいわ」
「まあ、セシリア様」トルテは驚いて首を振る。
「旦那様たちにばれたらどうするんですの」
「ばれっこないわ。お父様たちは舞踏会ではなくて、晩餐会に出席するのだから。
 そうだ、私は王宮に居室を取らせて、泊まることにするわ。
 そうすれば、あなたはたっぷりと遊ぶことができるし、私は遅くまで夜会を楽しむことができるわ」
「そんな、わたしのために、何もそこまで……」
「いいえ、私も心ゆくまで舞踏会を楽しみたいだけなのよ」
それに、これは父親に向けたささやかな反抗でもある。
切なげな顔を装おうと、トルテはそれ以上、主人の好意を跳ねつける真似はしなかった。
そんなトルテを満足げに眺め、セシリアは「それにしても」と言葉を続ける。
「あなたに恋人がいたなんて、全く知らなかったわ」
「こっ、恋人なんかではありません。ただの昔馴染みです」
トルテの頬は、みるみるうちに薔薇色に染まった。
男女の機微に疎いセシリアは「あら、そうなの」と単純に受け止めたが、
それでも、今まで知らなかった侍女の意外な一面に、何故だか胸の奥がちくりと痛んだ。



馬車に乗る前に、御者のドルーエに声をかけた。
「今日は正門から回ってちょうだいね」
ドルーエは、「ええ、もちろん」と快諾する。彼にはセシリアの目的がわかっていた。
ちょうど王城の正門側に位置する高見台に、ユーリ二世とマリアンヌが上がっている頃なのだ。
慣例に従い、ユーリ二世は沸き立つ観衆を前にして感謝の意を伝える演説を行い、
その隣で第四王女マリアンヌは彼らに悠然と微笑みかけて手を振る。

通常なら、マリアンヌの役目は、王妃か王太子妃がしなくてはならない。
しかしながら王妃は数年前に病没し、王太子の座は未だに空席であるから王太子妃も存在しない。
姉姫たちはすでに嫁いでいる現在では、必然的に、
最年長の王女であるマリアンヌが公式の場で国王の相手役を務めることが多い。
そういうわけで、第四王女マリアンヌは「社交界の女王」どころか、
「リヴァー王国のファーストレディ」の称号をほしいままにしている無敵の姫だった。

「今日はマリアンヌ様とお会いになられるんですか」
セシリアのあとから、馬車に乗り込んだトルテは、クッションを膨らまし、主人の背中にあてがった。
「ええ、舞踏会で顔を合わすと思うわ。でも、深い話はできないでしょうね。
 マリアンヌはきっと殿方との交流で忙しいでしょうから」
それに、彼女は『漆黒の騎士』との密会が控えているのだ。
正体不明の謎の騎士のことは、少し不安だったが、自分が干渉をするべきではないだろう。
泰然自若としていたマリアンヌを思い返しながら、セシリアは目を閉じ、揺れる馬車の震動に身を委ねた。
81漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/24(月) 23:47:49 ID:Z3M/f2Pn
しばらくすると、蹄の音が止み、心地よい馬車の揺れが止んだ。
もう着いたのかしら、と目を開けると、馬車の扉をコンコンと叩く音がして、ドルーエが顔を出した。
「申し訳ないのですが、しばらく動けませんよ。えらく混み合っていますから」
「あら」
止めようとするトルテを中に残して、セシリアは馬車から飛び降りた。
前方を確認すると、貴族たちの馬車の列が王宮の正門へと一直線に伸びている。

「まあ、すごい行列ね」
「どうせ、王宮に上がるなら、国王陛下が高見台に上がる時間帯を狙おうというわけだ。
 みんな考えることは一緒ですね」
「気長に待ちましょう。舞踏会は夕刻からなんだから。
 ねえ、ところでドルーエ」
セシリアはドルーエの前でくるりと回ってみせた。
「どうかしら、このドレス」
「お似合いですよ、お嬢様。王女様も霞んでしまうほどだ」
「あら、そういうお愛想は要らないわよ。マリアンヌの美しさに適うはずないもの」
セシリアは拗ねた振りをして、マリアンヌが居る高見台を見上げた。
ここからでは、国王もマリアンヌも豆粒ほどの大きさである。
しかし、どんなに遠くとも、悠然と、民に手を振っているはずのマリアンヌは想像がついた。
きっと咲き誇る蘭の花ように気品とあでやかさに満ち溢れているだろう。
そんなマリアンヌと自分が親友と呼び合える間柄にいるのが不思議なくらいだ。

「美しさの種類が違うんですよ。
 わたしの好みで言わせてもらえば、お嬢様はマリアンヌ様以上に魅力的だ」
長らく公爵家に仕える御者は、年齢を重ねた者だけができる深い眼差しを年若い主に向けた。
「まあ、ドルーエは紳士なのね」
セシリアは少し照れくさくなり、胸元の一粒真珠のネックレスをいじくった。
「ドレスの色も地味だし、装身具も、この真珠の首飾りだけなのに」
「しかし、どえらく大きい真珠じゃないですか。
 今にも<黒い狼>に狙われそうだ」
「黒い狼? 何のことかしら?」
「おや、ご存知ありませんか。いま都では、そいつらの噂で賑わっていますよ」
「まあ、全く知らなかったわ。何者なの?」
セシリアは興味津々でドルーエに尋ねた。
「新手の窃盗団ですよ。いや、実のところ単独犯かもしれないんですがね。
 いつも高価で貴重な宝石ばかりに狙いを定めて、謎かけのような犯行予告状を送りつけてくるんです。
 その予告状にはいつも真っ黒い狼の紋章が入っているので、<黒い狼>とあだ名されるようになった次第ですよ」
「すごいわ、なんだか小説みたい」
「その通り。どうにも芝居がかった悪党ですよ。民衆には人気があるみたいですが。
 何しろ、いつも、あっぱれといっていいほど、鮮やかな手口で犯行を完遂させるんです。
 お嬢様も気をつけて下さいよ」
わかったわ、と頷きながら、心の片隅で何か引っかかるものを感じた。

高価で貴重な宝石ばかりを狙う悪党。
謎かけのような予告状。
思いもよらない鮮やかな手口。
そして、真っ黒い狼の紋章―――。

セシリアは、再び高見台の親友を仰ぎ見た。
「漆黒の騎士」から恋文をもらい、逢うことを楽しみにしている第四王女。
その彼女の頭上で、遠くからでも眩しいほど輝いているのは、リヴァー王家の至宝、
またの名を「女帝の金剛石(ダイアモンド)」、つまりは最高級のダイアモンドを散りばめた銀のティアラだった。
82漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/24(月) 23:48:49 ID:Z3M/f2Pn
セシリアの居室は北の宮の一角に用意された。
気心が知れている女官長は、「あまりいい部屋ではないですが」と申し訳なさそうだったが、セシリアは別に構わなかった。
たくさんの来賓が王宮に宿泊している最中、突然の申し出を受けてくれただけでも有難いというものだ。
部屋付きの女官も、自分の侍女がいるからと断った。
その侍女のトルテは、謝罪と感謝を何度も繰り返したあと、部屋から去って行ったのだが。

舞踏会が始まるまで間があるが、手持ち無沙汰なセシリアは会場である中央宮へと向かうことにした。
顔なじみの令嬢たちと、衣装の褒め合いをするのも一興だ。
どうせ彼女たちは舞踏会が始まったら、目当ての殿方との交流に忙しくて、それどころではないのだ。

「それにしてもだわ―――」
歩廊を渡りながら、ついつい独り言が出てしまった。
「よりにもよって『黒い』狼だなんて……」

頭の中を占拠しているのは、先ほど聞き及んだ<黒い狼>と、マリアンヌの「漆黒の騎士」との奇妙な符号の一致についてだった。

『―――至上の宝石を抱く貴女を攫いたくて仕方がない』

あの恋文を読んだときは、ただの自己陶酔的な句にしか思えなかったが、
今、考えると「至上の宝石が欲しい」と言っているようにも受け取れる。
そして、マリアンヌは確かに、最高級の宝石を所有しているのだ。
リヴァー王家の代々のファーストレディに引き継がれる輝かしいダイアモンドのティアラは、
普段は宮殿の宝物庫に、何重もの警備を敷いて保管されている。
マリアンヌがそのティアラを手にすることができるのは、重要な式典や祭儀のときのみ。
しかし、裏を返せば、記念祭の期間中は、ずっと彼女の手元にあるわけだ。
もしかしたら、由緒正しき「女帝の金剛石」の危機なのかもしれない。

考えれば考えるほど、「漆黒の騎士」が怪しく思え、セシリアの頭は痛くなってきた。
同時に、不謹慎だが、密かな興奮も沸き上がる。
わくわくするではないか。
正体不明の求愛者、「漆黒の騎士」と、都を揺るがす窃盗団、<黒い狼>が実は同一人物かもしれないなんて。
こうなったら、ひとりで煮詰まっているよりも、誰かに一緒に考えてもらった方が、絶対に有益だ。
下ろしたてのドレスを着ていることも忘れ、セシリアは妙に浮ついた気分で、歩廊を足早に歩き始めた。
83漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/24(月) 23:49:25 ID:Z3M/f2Pn
残念なことに、やや閑散とした大広間には、顔見知りの令嬢は見当たらなかった。
セシリアは諦めきれずに、きょろきょろと周囲を見回していると、第三王子の姿が目に入って来た。
政務長官の礼服を着た者と何やら熱心に話し込んでいる。
ちょうど良かった、と嬉しくなり、セシリアは彼の背後ににじり寄った。

「まず、陛下がお許しになってからでないと……」
「父上では、埒があかないから、お前らにこうして頼んでいるんだ」
「とにかくわたしどもの一存では、そのようなことは了承しかねます」

持っていた扇子の端で、彼の肩を軽く叩くと、 第三王子は驚いたように振り向いた。
今日の彼は正装姿だ。認めたくないが、いかにも貴公子然とした出立ちがとても様になっている。

「ごきげんよう、エルド殿下」
気取ったセシリアは、ドレスのドレープを持ち上げ、深々と膝を折った。
しかし、わざわざ淑女らしく挨拶したというのに、
エルドはセシリアを認めても「ああ」と面倒くさそうに頷いただけだった。
もっとも、はなからエルドに礼節を期待していたわけではないのだが。
「ご歓談中のところ申し訳ないんですけれど、ちょっと、よろしいかしら」
にっこりと笑いながら有無を言わさぬ口調で尋ねると、あからさまに嫌そうな顔をされた。
「いや、今は大事な話をしているから―――」
「殿下、それでは、わたしは、これにて失礼させて頂きます。」
エルドの後ろにいた政務長官は一礼すると、脱兎の勢いでその場から消え去った。
気を利かせたというよりも、まるで逃げたみたいだわ、とセシリアは少し変に思う。

「ああ、ったく、何だよ、リア」
エルドが盛大に舌打ちした。王子らしかぬ行動だ。
「ちょっと、あなたに相談したいことがあるのよ。それも内密にね」
「だったら早く聞かせろよ」
今日のエルドは語調が荒い。
「こんなところでは、だめよ。誰かが耳を澄ましているかもしれないわ
 何しろ、これからお話しすることは、場合によっては、軍部の最高機密に匹敵する内容なのよ」
「はぁ? いったいお前は、何の本に影響されたんだ」

エルドは苦虫をつぶしたような顔しているが―――それはどちらかというと、いつものことだったし、
セシリアの方は、持論を披露できそうなので小躍りしたいくらいだった。
それに、舞踏会が始まるまでの暇つぶしもできるだろう。
84漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/24(月) 23:50:02 ID:Z3M/f2Pn
さて、どうしよう、とセシリアは唸った。
数十分前の浅慮な自分が少々恨めしいくらいだ。
セシリアとエルドの二人は、中央宮の最上階のいちばん奥の部屋にまで来ていた。
それは、セシリアが、「ここでは、だめよ。もっともっと人気のない場所がいいわ」と主張し続けた結果だった。
初めのうちは、本気でそう言っていたのだが、
ある事実に思い至り、しまいには時間延ばしのために、こんな僻地までやってきてしまった。

そう、よく考えてみれば、このことは誰にも相談できなかった。
というのも、元を辿れば、マリアンヌのもとに来た恋文についてから説明する必要があったからだ。
だが、セシリアは、マリアンヌが「漆黒の騎士」から手紙をもらい、
舞踏会の夜に密かに逢い引きすることを誰にも言わないと誓った。カリューンの恋愛神の名において。
むろん、神の名を借りずとも、親友の秘め事を暴露するつもりなど、さらさらない。

「さあ、リア。話したいことがあるなら、さっさと話せ」
それなのに、目の前のエルドは、思いやりの欠片もない態度でセシリアを促してくる。
マリアンヌだって、このふてぶてしい弟に自分の恋路を知られたら、たまったものではないだろう。

セシリアは「ええと」と口ごもり、きょろきょろと部屋を見回した。
とにかく落ち着いて、何か発言しなくては。
しかし、部屋に備え付けてある小さな寝台が目に留まり、顔がほのかに赤らむのを感じた。
こんな人気のないところに連れ込んだのでは、まるで自分が密事に誘ったようではないか。
何しろ自分には前科があるのだ。ああ、どうかエルドが誤解していませんように。

しかして、そのとき、セシリアは起死回生の妙案を思いついた。
もしかしたら、親友思いのセシリアに、カリューンの神が天啓を授けてくれたのかもれない。
85漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/24(月) 23:50:30 ID:Z3M/f2Pn
「あのね、実は」
セシリアは生き生きとした声で、仏頂面のエルドに話し始めた。
「わたくしは、ある方から、お手紙をもらったのよ。それが、どなたからなのか、わからなくて――」
そして、セシリアは自分がもらった手紙の内容、『漆黒の騎士』の署名、
さらには、<黒い狼>との共通項を発見し、疑いの念を抱いたことなどを長々と訴えた。
自身をマリアンヌの立場に入れ替えて。
ダイアモンドのティアラを、自分の一粒真珠のネックレスと置き換えたところは、かなり苦しかったのだが、
この真珠もなかなかに大きな粒であり、それなりに高価なものなのだ。
全体としては筋が通っているだろう。

エルドは、途中で話の腰を折ることなく、じっと聞いていたが、
セシリアが語り終えると、 明らかに不快そうに眉をひそめた。
「ふーん、『漆黒の騎士』か。
 全くお前らときたら、どうしてそんなに暗喩を好むのか。俺には、さっぱり理解不能なんだが」
「問題は、そんなことではなくてよ、エルド。その騎士が純粋な崇拝者に思える?」
「――――まあ、確かに<黒い狼>と共通する部分はあるな」
エルドが自分の意見に同意を示してくれたので、セシリアは大いに気をよくした。
「でしょう? 万が一のことを考えると、『漆黒の騎士』に逢うのはとてつもなく危険なことなのよ」
「お前が、そいつに会わなければいいだけの話だろ。証拠がなくとも警備隊は動いてくれるぞ」
エルドはにべもない。
セシリアは「それは、そうなのだけれども」と口ごもるしか他なかった。
しかし、そんなことマリアンヌにどうやって説明すればいいのだろう。

「でも、もしかしたら<黒い狼>とは何の関係もない可能性もあるのだし……」
「どっちにしろ、無視した方がいい。お前は、もうすぐ婚約する身の上だろう」
エルドが切り捨てるように言い放つ。
そう言われると元も子もない。ああ、やっぱり、私とマリアンヌを入れ替えるのには無理があるのだわ。
破れかぶれのセシリアは、とにかく何か言い返そうとした。

「あら、あなたは、私が恋をしたらいけないというの?」
86漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/24(月) 23:52:14 ID:Z3M/f2Pn
エルドはわずかに目を見開き、セシリアは自分の顔が赤く染まるのを感じた。
「恋」という言葉を口にするのが、これほど恥ずかしいことだなんて思いもよらなかった。
今まで、エルドの前で深窓の令嬢が口にすべきでない赤裸々な言葉を散々口にしておきながら、
幼子でさえ易々と口に出せる言葉が、どうしてこんなにも恥ずかしいのだろうか。
しかし、エルドはセシリアのうろたえを別の方向に解釈したようだった。

「お前は、手紙だけで、会ったこともない奴を好きになったのか」
「まあ、そ、そんなことなくてよ」
なんとか軌道修正を試みようと、頭を猛回転させるが、どうしてか思考と言動は一致してくれなかった。
「つまり、……そう、あの手紙は合格だと感じたの。
 危険な方でも構わないわ。
 彼は、私と二人きりでお話しする資格を得たのよ」

言いながら、セシリアは、エルドの冷ややかな瞳に見つめられていることをひしひしと感じた。
彼が何を考えているか想像するのも恐ろしいが、
自分が何を考えて、こんな間抜けな台詞を口走っているのかも、さっぱりわからなくなっていた。

エルドが口を開きかける。
最後の審判でも受けるかのように緊張しながら待っていると、
廊下側の部屋の扉が開き、何者かがこちらに向かってくる足音が響いた。

あら誰かしら、と呑気に考えたセシリアだったが、エルドはやや乱暴に彼女の腕を引っ張り、
あっという間に、彼女の身を、造りつけの衣装戸棚の中に押し込んだ。
抗議の声を上げようとすると、静かにしていろ、と耳元で囁かれる。
エルド自身も衣装戸棚の中にさっと入り込み、後ろ手で戸を閉めた。
真っ暗な中で呆気に取られていると、
衣装戸棚の外――先ほどセシリアたちがいた部屋から、何やら話し声が聞こえて来た。
己を取り戻したセシリアの耳に、最初に飛び込んできたのは、甘美な期待を含んだ淑女の声だった。

  「「さあ、大丈夫よ。ここだったら、ゆっくりお話できますわ。……漆黒の騎士様」」
87漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/24(月) 23:53:14 ID:Z3M/f2Pn
マリアンヌ!!

セシリアは驚愕する。
まさか、まさかマリアンヌと「漆黒の騎士」の密事に居合わせるなんて。
  「「ふふ、私も、とても楽しみにしていましたのよ」」
しかし、これは、チャンスかもしれない。二人の会話を聞いていたら、「漆黒の騎士」の狙いが自ずとわかるはずだ。
  「「ええ、運がよかったわ。舞踏会が始まる前に、お会いできて」」
もちろん盗み聞きなんて、淑女がすることではないけれど。
  「「あら経験豊富のようにお見受けしたけれど」」
しかし、親友の安否が心配なのだし、ここは是非とも自分が頑張らなくては。
  「「まあ、そんな調子のいいことってあるのかしら」」

セシリアは、必死で愛の語らいに耳を澄ませることにした。
しかし、マリアンヌの高い声に比べ、男のぼそぼそとした声は聞き取りづらく、何を言っているかよくわからなかった。
せめて、「漆黒の騎士」の顔さえわかればいいのに。
  「「そうね、そんなに興味があるなら、考えてあげてもよくってよ」」
エルドは戸に背を向けているが、セシリアは彼を挟んで、戸の正面にいた。
そこで、セシリアはつま先を伸ばし、エルドの肩越しから顔を突き出した。
  「「でもそのかわり、私の言うことも聞いてくれなくては」」

エルドの息遣いが耳をかすめ、バランスをくずしかけた自分の腰を彼の手が支えたとき、
セシリアはようやく自分とエルドがこれ以上ないくらい密着していることに気がついた。
狭い衣装戸棚の中では、仕方がないのかもしれないが、抱き合っているようなものだ。
おまけにセシリアが隙間から外を覗こうとするならば、よりぴたりと彼にくっつかなくてはならない。
  「「いいえ、そんなわけじゃあないのよ」」
まあ、でも、とセシリアは安易に考えた。
触れ合うのも、抱き合うのも、初めてではないわけだし。
  「「そうね、まず、あなたの忠誠心がどれほどのものなのか確かめなくては」」
セシリアはエルドの肩に両手を回し、自分の両脚を彼の身体に絡ませた。
  「「ここを舐めて」」
エルドが微かに身じろぎ、小さなうめき声をあげた。
  「「脱がないでもいいでしょう? 着けたままでよ」」
もう、静かにしてなきゃ駄目じゃない。
  「「もちろんこれは命令よ」」
心の中でエルドに文句を言いつつ、セシリアは自分より頭一つ分背の高い彼の身体をよじ登る。まるで木登りでもするように。
  「「こっち側よ。そう、いいわ」」
やがて、エルドと頬を寄せ合うようにして、ようやくセシリアは戸の隙間を覗き込むことができた。
  「「じゃあ、舐めてちょうだい」」
セシリアは外の異様な光景に目を瞬かせた。

マリアンヌは寝台に座り、エナメルの靴をはいた自身の足を男の前に突き出している。
彼女の前に膝をついていた人物は、さらに低く腰を屈めたところだった。
そして、二人の会話は止み、代わりに何かを舐めるような音だけが室内に響いた。
88漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/24(月) 23:54:17 ID:Z3M/f2Pn
いったい、どういうことなのだろう。
自分には男女の睦みごとにおける知識が圧倒的に不足しているのは重々承知の上だが、
靴磨きは、恋人いうよりは、むしろ使用人にやらせる行為なのではないだろうか。
そもそも、靴を舐めても、あまり綺麗にならないような気がするし。
ああ、それにしても「漆黒の騎士」の顔がわからない。
謎の人物は、後ろ姿の上に紺色のケープで身を覆っていたので、
どんな衣装を着ているかすら把握できずにいた。
唯一わかるのは、ぬばたまのような黒い髪の持ち主だということだけ。

セシリアがもどかしくなり、さらに身を乗り出そうとしたとき、
ようやく自分の下半身がおかしな状態に陥っていることに気がついた。
ふくらんだドレスのスカートは、壁との軋轢でペチコートもろともめくれ、 レースの下着が露になっている。
おまけに、エルドの右手は、ドレスの中に入り込み、大胆にもセシリアの太腿のあいだに差し込まれていた。
もちろん、彼が自分の意思で、そんなところに触れているはずはないわ、とセシリアは公平に判断した。
狭い戸棚の中で、自分があまりにも身をよじるので、偶然この位置に手が伸びてしまったのだろう。
それにしても、はしたなかったかしら。
今更ながら、セシリアはこの体勢が恥ずかしくなってきた。
  
  「「ふふ、面白いわね、あなたは合格よ」」

しかし、もし降りようとしたら、エルドの手は、セシリアのいちばん敏感な部分に触れてしまうだろう。
そのことを想像するだけで、セシリアの鼓動は速くなる。
  
  「「では、あなたの希望通りに、私の居室にいらしてちょうだい」」

いけない、いけない。マリアンヌたちの会話を聞いていなかった。
仕方なく、セシリアは現状を維持するために、エルドの肩にぎゅっとしがみつく。
抱き合うのも触れ合うのも初めてではない。
それでも、自分の胸を彼の胸に押し当てて、こんなにもひしと身を寄せたのは初めてではないだろうか。
自分の心臓の鼓動は、次第にエルドの心臓の鼓動と混ざり合っていく。
暗闇につくづく感謝した。今のセシリアにとっては、彼の表情がわからないのが、せめてもの救いだ。

  「「ええ、もう行かなくては。それでは、また後で」」

ようやく外の会話に集中しようとしたのに、
マリアンヌは寝台から下り、あっという間にセシリアの視界から消えてしまった。 扉が閉まる音がする。
セシリアは身じろぎもせずに、残された「漆黒の騎士」の後ろ姿を見つめていたが、
約一分後、彼も寝台の側から離れていった。
視界から消える寸前、群青色の袖と真鍮のカフスが微かに見えた。
89漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/24(月) 23:55:11 ID:Z3M/f2Pn
それから、数十秒後。
ふたりはもつれ合うようにして、衣装戸棚から脱出した。
「きゃあ!」
セシリアは大きく叫んで床に尻餅をついた。エルドが無理やり彼女を引き剥がしたのだ。

「ひどいわ、何するのよ!」
「何がひどいだ!お前のほうが、よっぽど……」
そこまで言いかけて、後は言葉にならなかったらしく、エルドは弱々しく彼女の隣にしゃがみこんだ。
「エルド……?」
そんなに重かったのかしら、と心配になり、エルドの顔を覗き込む。 それがよくなかったのかもしれない。
一瞬にして、セシリアの唇は塞がれていた。

セシリアは思わず目をつぶり、こぶしを握った。
彼のキスは、いつもより激しかった。―――といっても、今日でまだ三回目なのだが。
まるで食べられてしまいそうなほど、下唇を舐めては、入念に吸い上げてくる。
おまけに彼の左手は、いつの間にか、自分の胸に触れている。これはどう公平に判断しても偶然ではない。
なんだか、くらくらと眩暈がして、下腹部がぎゅうと締め付けられた。
どうして自分は抵抗しないのだろう。
それどころか、どうしてこんなに大人しくエルドの来襲を受け入れているのだろう。

しかし、実際のところ、それはとても気持ちのいい感覚だったのだ。
身体は、あの日を覚えていた。エルドがあますことなく自分を撫で回した、あの日の感触を。
ひんやりとした手がセシリアの頬から首筋をなぞっている。
そうだ、と気づいた。自分はこの冷たい手が欲しくて、欲しくてたまらなかったのだ。

しかし、突然、嵐のようなキスも小波のような愛撫も止んだ。
不思議に思い、目を開けて彼の様子を伺うと、淡青色の瞳は深い思案の色を浮かばせていた。

「―――あの声は、マリアンヌだったよな」
ようやくエルドが呟くと、セシリアはハッと我に返った。
そうだ、自分のことより、マリアンヌのことを考えなくては。
それに、もうすぐ舞踏会も始まってしまう。

エルドは、衣服の乱れを直して立ち上がると、
まるで先ほどの戯れが幻だったかのように、鋭い追求の眼差しを彼女に向けた。
「――どういうことだ、リア。どうしてマリアンヌが『漆黒の騎士』と密会しているんだ」
90漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/24(月) 23:56:16 ID:Z3M/f2Pn
「それは、それは……ああエルド、言えないわ。
 だって、私はカリューンの神の名にかけて秘密にすると、マリアンヌと誓いを立てたんですもの」
「つまり『漆黒の騎士』は――」
おろおろとするセシリアに代わり、エルドは事の真相を素早く言い当てた。
「お前ではなく、マリアンヌに手紙を送ったというわけだな。
 そして、お前は、<黒い狼>の噂を聞きつけ、マリアンヌのために無駄な心配をしている、と」
「…そうよ。そして『女帝の金剛石』の心配もしているのよ」
セシリアは力なく頷き、心の中で、神の名前を何度も唱えた。
もはや、カリューンの恋愛神の許しを請うしかない。

エルドは額に手をやり、ため息をついた。心の奥底から湧きだしたような深い深いため息だった。
セシリアが身なりを直しているあいだに、彼は早足に部屋を横切り、廊下へと消えてしまった。
彼女は慌てて後を追いかける。

「ねえ、エルド!
 マリアンヌの相手に心当たりはない? 
 結局、先ほどは顔が見えなかったのよ。
 何だか、声を意識的に変えていたような気がするし―――ねえエルドってば!」

セシリアがいくら喋りかけても、エルドは取り付く島もなかった。
大広間が近づいてくると、警備の衛兵が気になり、迂闊に声を出すこともはばかられる。

いちばん端の扉から、エルドに続くように大広間に入ると、ユーリ二世が開会の辞を述べているところだった。
その隣で微笑んでいるのは、先ほどまで「漆黒の騎士」と密会していた第四王女マリアンヌだ。
幸運なことに、招待客たちの視線は、玉座に集まっていたので遅刻者のセシリアたちが注目を浴びることはなかった。

「ねえ、エルド」
なおもセシリアは小声で話そうとしたが、エルドはセシリアから離れようとしていた。
「リア、俺はこの後、父上と話す約束があるんだ。お前に付き合っている暇はない」
「まあ、じゃあ、『漆黒の騎士』のことはどうするつもりなの」
「俺には関係ない」
いつもと同じ冷徹な声だ。
それなのに、いつもと違う気がしてセシリアは彼の瞳を覗き込んだ。
「あなた、もしかして……」
怒っているの、と続けようとした言葉は、周囲の歓声に呑みこまれた。
ちょうど国王のスピーチが終わり、招待客が一斉に祝杯を挙げたところだった。
鼓膜が割れそうな熱狂の中、エルドは沸き返る人々の群れに消えていこうとした。
不意を衝かれたセシリアの耳に、彼の最後の台詞がかろうじて届いた。

「もう、リアに振り回されるのはご免だよ」
91漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/24(月) 23:56:54 ID:Z3M/f2Pn
セシリアは、呆然とエルドの後ろ姿を見送った。
別に、珍しいことではないわ、喧嘩なんて昔からしょっちゅうじゃない。
何度も自分に言い聞かせてみる。
しかし、何故だか泣きたい気持ちになった。

自分の気持ちとは裏腹に、周囲は歓喜の渦だ。
その雰囲気に染まることができない自分が悔しくて、セシリアは俯いて唇をかみ締めた。
気がつけば、王宮付きの楽団がワルツを奏でている。

「お嬢さん、どうか、一曲お相手願えますか」
セシリアの視界に、白い手袋と磨きこまれた黒革のブーツが飛び込んできた。
顔を上げると、そこには伊達男の笑顔があった。
「まあ、ベイリアル様」
「どうかランスとお呼び下さい、麗しい姫君。そして、身に余る光栄をわたしに与え下さいませんか」
仰々しく膝をつくランスロット=ベイリアルに、セシリアは思わずくすりと笑う。
しかし、あいにくだが、どの殿方とも踊ってはいけないという父親の厳命がある。
丁重に断ろうとしたセシリアだったが、群青色のフロックコートからのぞくシャツの袖に目に留め、息を呑んだ。
袖に付いている真鍮のカフスは、先ほどの『漆黒の騎士』のそれとよく似ていたのだ。

彼の美しい黒髪をまじまじと確認したあと、
セシリアは、頭の中で、父親の厳めしい顔をくしゃくしゃにして放り捨てた。
「喜んでお受けいたしますわ」
セシリアが、彼の前に手を差し出すと、ランスロットはキスを送り、恭しく彼女をダンスの輪の中に導いた。

「私はセシリア=フィールドです。どうかセシリアとお呼びになって」
「とすると、フィールド公爵のご令嬢ですか」
「まあ、ひどい。私のことを知らずに声をかけたというのね」
言外に、私はあなたのことを知っていたのに、という意味を含ませる。
しかし、彼のことを知らない女性はいないだろう。
何といっても、目の前にいるのは、リヴァー王国軍少佐、王宮警備隊副隊長、ランスロット=ベイリアルなのだ。
若干二十六歳にして、輝かしい肩書きを持つこの美男子は、同時に名うての女たらしと評判だった。
いかにも、マリアンヌが好みそうな騎士である。

「ねえ、マリアンヌ姫をご覧になってみて。今日の彼女は一段と美しくなくって? 特にあのダイアモンド!」
さりげなくカマをかけてみると、好男子は鷹揚に賛成した。
「ええ、本当に、華やかな方ですね。あのティアラも素晴らしいし」
そこで彼は魅惑的な視線を投げかけ、如才なく付け加えた。
「けれど、清楚な真珠にも心惹かれるものがある」
さすがに女たらしというだけあるわ、とセシリアは舌を巻いた。
さらなる質問を考えていると、ランスロットの方から口を開いてきた。
「ところで、セシリア様はエルド殿下と仲がよろしいんですか?」
92漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/24(月) 23:58:05 ID:Z3M/f2Pn
それは、ただ単に会話を弾ませるための糸口だったのかもしれない。
しかし、セシリアは大いに動揺して、ランスロットの端正な顔を凝視した。
「先ほどは何やら、秘密裏に会話なさっているなと気になりまして」
見られていたなんて。これは何かの罠か。それとも他意はないのか。
セシリアは逡巡したが、正直に答えることにした。
「いいえ、実際のところ、仲がよいとはいえませんわね。先ほども、喧嘩していましたのよ」
氷のようなエルドの声を思い出すと心は沈む。
本当はわかっていた。あれは喧嘩でない。一方的な拒絶だ。
もとから友好的な関係とは言い難かったが、彼があそこまで拒絶の色を示したのは初めてではないだろうか。
悲しみより憤りより先に湧き出るのは、純粋な疑問だった。

「――――どうして、あんなに怒ったのかしら」
「え? 殿下はお怒りだったのですか。そんな風には見えませんでしたが」
「そうね、いつも通り冷静沈着でしたわね。でも……」
セシリアはうまく言い表すことができなくて押し黙る。
彼女の戸惑いを見抜いたランスは優しく微笑んだ。
「それにしても、あの方に、こんなに可愛らしい喧嘩相手がいらっしゃるとは思いもしませんでしたよ。
 何しろ、あまり感情を表に出すことのない『氷晶の君』ですからね」
「……氷晶」
そうだったかしら、とセシリアは考え込む。
氷晶とは、寒い真冬に現れる綺麗な結晶のことだ。
確かに、エルドのイメージと重なる部分もあるが、自分の前の彼はそこそこ感情的だと思う。
「殿下の置かれている環境を考えたら、喧嘩友達がいらっしゃるのは結構なことだと思いますよ」
「エルドの置かれている環境?」
「おやおや、ご存知ないのですか」
ランスロットは、おどけてみせる。
「ええと」
セシリアは考えてみるが、彼の言わんとしていることはよくわからなかった。
「――それは、陛下に溺愛されていて、周囲の家臣にも甘やかされているってことかしら」
「おや、そんな風に見えますか。」
ランスロットは虚を衝かれたようにセシリアの顔を見た。
ちょうどそのとき、軽やかなワルツは終わった。
広間を縦横無尽に舞っていた華々たちは、新たなパートナーを探そうと動き始める。
ステップを踏むのを止めたセシリアとランスロットは顔を見合わせた。

「セシリア様、続きはあちらでお話しませんか?」
ランスロットはバルコニーの方角を示した。
それとなくマリアンヌの方を確認すると、彼女はたくさんの殿方に囲まれ、ダンスの申し込みを裁くのに忙しそうである。
「ええ、喜んで」
話し足りないセシリアは導かれるまま、大広間を後にした。
93漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/24(月) 23:59:00 ID:Z3M/f2Pn
冷たい夜風に吹かれると、それまで落ち込み気味だった気分も、少しずつ持ち直して来た。
ランスロット=ベイリアルの働きも大きい。
理知的で気遣いのできる美男子は、話し相手としては最高だった。

「フィールド公爵は、もともと王族の方でしたよね。先々代のフィッリプ陛下のご子息で、ユーリ陛下の弟君だったはずだ」
「まあ、お若いのに、王室のことをよくご存知なのね」
「とすると、エルド殿下やマリアンヌ王女と、あなたはいとこ同士にあたるわけだ。
世が世なら、あなたは王女だったかもしれない」
セシリアはにっこりと笑った。聞き飽きたお世辞だった。
幼い頃から、宮中に入り浸り、ユーリ陛下に娘のように可愛がられ、マリアンヌと姉妹のように育ってきて。
自分が王女だと錯覚しそうになったことは何度もある。
しかし、成長するにつれてセシリアは思い知らされた。自分とマリアンヌの違いに。
「その可能性はなかったでしょうね。父は爵位を得ることで、自ら王位継承権を放棄しましたから」
「なるほど。王位継承の問題は、いつの治世でもお家騒動を引き起こしますからね」
賢明なランスロットは、そう言うだけに留め、それ以上深入りはしなかった。

「それでは、エルド殿下とは、幼少のみぎりからのお付き合いなのですか」
「そうね、三、四歳からだから、幼馴染になりますかしら。昔から、喧嘩ばかりよ」
本当に、取っ組み合いの喧嘩だって珍しくなかった。
成長するにつれて、それは丁々発止の口喧嘩へと変わっていったわけだが。
「そんなときは、どうやって仲直りしていたんですか?」
「まあ、仲直りなんて、そんなこと。したら、負けだと思っていましたわ」
双方とも、折れることも謝ることも一度もなかった。
どんなに険悪になってそっぽを向き合っても、その翌々日くらいにはころっと忘れて、また違うことで喧嘩する。
――――その繰り返しで、現在に至るわけだ。
「しかし、セシリア様から折れてみたら、案外異なった風景が見えてくるやもわかりませんよ。
古くから、負けるが勝ちとはよくいったものだ」
「あら、その手には乗りませんわよ」
私が悪いわけではないのだから、と主張するセシリアに、
やはり聡明なランスロットは「そうですか」とだけ言い、それ以上深入りすることはなかった。

「―――ねえ、ランス様にはエルドがどんな風に見えるんですの」
「そうですね。少なくとも、わたしには、エルド殿下が周囲に甘やかされているようには見えません」
「なるほど、あなたもエルドの味方というわけね」
「いえ、そういう意味では。―――つまり、みんなあの方を守ろうとしているだけなのですよ。
彼の場合は、生い立ちが複雑ですからね。何しろ殿下のお祖父様は――――」
「民の英雄、イースキン=ラルフですものね」
セシリアは彼の言葉を引き取ったが、その意味について深く考えたことはなかった。
「そう。リヴァーきっての大商人。今日のリヴァーの繁栄が彼にあると言っても過言ではない。
 国民はみなイースキン=ラルフの恩恵を受けています。
 それゆえ、大衆はラルフの孫息子である『氷晶の君』をもてはやす」
「王も家臣も国民も、みんな、みんなエルドを可愛がっているというわけなのね」
うんざりしたようにセシリアは口を挟む。
「しかし、なかには口さがないことを言う連中もいますよ」
そこで、ランスロットは声をぐっと潜めた。
「しょせんは平民出身、庶子の王子に過ぎない、とかね」
94漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/24(月) 23:59:45 ID:Z3M/f2Pn
「まあ、そんなこと」
セシリアは驚いて目を瞬かせた。二つの王家の血を引く公爵令嬢は、
陰口や蔑みというような人間関係の負の部分とは、あまりにも無縁な場所にいた。
「そんな悪口を誰がおっしゃるというの?」
「主に、王侯貴族の連中ですよ。といっても彼らは、イースキン=ラルフが怖いだけなんです。
何しろラルフの影響力は計り知れないものがある。彼の鶴の一声で、どれだけの金と民衆が動くか。
だから飾りだけの役にも立たない高貴な血筋を引き合いに出して、溜飲を下げようとする」
セシリアは何も言うことができずに黙りこんだ。
王家の血筋を誇りに思っていた自分に何が言えようか。

『―――俺からみたら、王家の伝統なんかどうでもいいことだよ』
『ほら、あなたって、そうやってすぐに人を見下した目をするわ。
 だからとても冷たい人間に見えるのよ』

たぶん、とセシリアは冷めた気持ちで思った。
エルドからしてみれば、自分は、本当に無神経な愚か者に映っていただろう。

「イースキン=ラルフ自身は、とっくに爵位を与えられてもいいくらいの功績を持っているんですよ。
 なのに、彼はあえて平民でいる。民の英雄であり続けるためにね。
 その一方で、ちゃっかりと自分の後胤を王室構成員にまでに仕立て上げた。
 民衆にとって、エルド殿下の存在は、イースキン=ラルフのこれ以上ない成功の証であり、隆盛の象徴でもある」
「もういいわ」
セシリアは首を振った。これ以上、聞きたくない。
「平民出身とか成功の証とか、本当に馬鹿みたい。
 みんな色眼鏡でエルドを見て、勝手に高いところに祀り上げたり、貶めたりしているだけでしょう」
「あるいは、そうなのかもしれませんね。
 しかし、だからこそわたしはエルド殿下に、喧嘩ができる相手がいらっしゃることを嬉しく思ったんですよ。
 あの方の背景や地位を気にしないで、あの方自身を見てくれるご友人がいらっしゃることをね」

違う。 自分は偏見に満ちた尺度で彼を計っていたに過ぎない。
エルドのことをしっかり見ようとしなかったのは、セシリアだって同じなのだ。
自分はエルドの喧嘩「友達」などではなかった。

しかして、にっこりと笑うランスロットに、無言の圧力を感じ取り、セシリアは居たたまれなくなった。
「……あなたは、結局のところ、仲直りしろとおっしゃりたいだけなんでしょう」
降参のため息を漏らすと、ランスロットは暖かく思いやりのこもった視線を投げかける。
そんな瞳で見つめられたら、どんな女性だって彼の言いなりになってしまうだろう。
しかし、セシリアにはよくわかっていた。
ランスロットの思いやりの眼差しは、自分ではなくて、ここには居ないエルドに注がれていることに。
やはり、エルドはずるいのだ。ランスロット=ベイリアルに、こんなにも思われているのだから。
95漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/25(火) 00:00:39 ID:Z3M/f2Pn
「いいわ。それなら、挑戦してみましょう。でもうまくいくかどうかはわからなくてよ」
「進言させて頂くなら、セシリア様、仲直りするなら、今晩中が得策かと」
「あら、どうして?」
「昔からいうでしょう。早ければ早いに越したことはない、と。
 それに、夜の闇は、いがみ合っていた二人を素直にしてくれますよ」
「まあ、それは心理学の一種か何か?」
「ただの一般論です。夜はめくるめく魔法の時間ですよ。
 日中どんなに激しい喧嘩をしても、月の魔力は厳かに二人の心を包み込むのです。
 ―――ことに男女の場合はね」
「そうでしたの? 存じ上げませんでしたわ」
セシリアは博識なランスロットに感心しつつ、頑固者の自分の父親のことを思い返していた。
「それでいうならば―――殿方は、夜におねだりされると弱いものなのかしら」
「それはもう。特にあなたのように愛らしい方に、切なげに迫られたら一溜まりもありませんね」
なるほど、とセシリアは感慨深げに頷いた。
今度、お父様に試してみよう。もしかしたら、あの婚約話を打破できるかもしれない。

一筋の光明が差し込み、セシリアの心は一気に軽くなっていた。
ランスロット=ベイリアルは、なんと素晴らしいのだろう。
この教養あふれる紳士が、「漆黒の騎士」であっても、<黒い狼>であるはずがないわ。

「まあ、ランス様、あなたとマリアンヌだったらお似合いだわ」
「は?」
「わたくし、マリアンヌから『漆黒の騎士』様のことを聞いていましたのよ。
それにね、ごめんなさい―――
実は、あなたがあの部屋で、マリアンヌの靴磨きをしていたところを見てしまったの」
「靴磨き? わたしがマリアンヌ王女の靴を?」
「ええ、でも覗くつもりはなかったんですのよ。ただ、どんな人物かわからなかったから、心配で―――」
「セシリア様」
「でも、あなただったなら―――」
「何か思い違いをなされているようですよ」
「え?」
「わたしはそのお捜しの人物ではありません」
「まあ、でも、そのカフスは……」
「これですか? これは知り合いの店で仕立てたものですが。
これと同じボタンをしている男をあと三十人以上は、知っていますよ」
「なんですって!」

セシリアは慌てて、にぎやかな大広間の中に舞い戻った。
しかし、いくらマリアンヌ王女の姿を捜しても、影も形も見当たらなかった。
96漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/25(火) 00:01:41 ID:Z3M/f2Pn

        ***

「実にもったいない」 漆黒の騎士は嘆息した。
「畏れ多くも、マリアンヌ王女から紅茶を賜るなんて」
「そんなことおっしゃらずに、どうぞ召し上がって。あなたが召し上がらないと、私も頂けないわ。
 私が紅茶を与えたということは、あなたにそれだけの資格があるという証よ」
肘掛け椅子に奥深く座り、マリアンヌ姫は、気高い笑みを浮かべた。

「それでは、頂きます。それにしても、今日はお疲れだったことでしょう」
「ええ、そうね。でも、仕方がないわ。公務ですもの」
漆黒の騎士は王女の前にすかさず跪いた。
「痛み入ります。お御足をお揉みしましょうか」
「結構よ」王女はぴしゃりと言い放つ。
「さっきは悪いことしたわね。あんな風に振舞えば、あなたがどんな反応をするか見てみたかったのよ」
「わたしの対応はお気に召しましたか?」
「ええ、だから私の居室に入る権利を与えたのよ」
「『社交界の女王』の応接室に足を踏み入れることができたなんて至極恐悦の至りです。
 あなたに愛を語る権利をも許されたと思ってよろしいでしょうか?」

「さあ、どうかしら」王女は紅茶をすすりながら、首をかしげる。
「私は常々、男女の愛に対して懐疑的なのよ」
「ああ、あなたはわたしの恋心を疑っているのですね」
大げさに首を振り、嘆いてみせると、王女はくすくすと笑った。
「つまり、慎重にならないといけないという意味よ。
 恋なんてものは、大いなる錯覚と誤解から生まれ出ずるんだわ。
 それなのに、一度それに絡め取られてしまうと、抜け出すのに苦労するものだから」
「では、愛は? 誰かを心の底から愛することにも慎重を要さなくてはならないのですか」
「そうね、どうなのかしら」
マリアンヌ王女は、また紅茶をすすり、欠伸をこらえる仕草をする。
「本当のところ、恋や愛の違いなんて、よくわかりませんわ。
 私、俗世を離れて、神殿の尼僧になろうかと考えることもしばしばですのよ
 そうすれば、恋や結婚についてしっかり考えなくてもすむでしょう」
「それはそれは」
漆黒の騎士は冷静な声で、しかし内心は驚いて、第四王女の顔を見つめた。
「ご冗談でしょう。そんなことをしたら、多くの国民が嘆きますよ」
マリアンヌ王女は、どこか遠い目で「そうね」と呟く。
「だから、誤解でも錯覚でもいいから、 恋という魅惑の魔法をかけてくれる騎士が、
 私の元に訪れてくれないかといつも夢見ているのよ」
王女は挑発的な視線を向け、彼の目の前に手を差し出す。
「あなたにそれだけの資格があるかしら」
しかし、漆黒の騎士はその手にキスしたあと、彼女から一二歩離れた。
「やめときましょう。わたしはあなたの想う方の代わりになれそうもない」

「まあ、どうして」
マリアンヌ王女はカップを卓に置き、姿勢を正して、まじまじと漆黒の騎士を見下ろした。
「どうして、私の気持ちがわかったの?」
「勘でしょうか。あなたは、あなたの心を絡め取った誰かを本当は忘れたくないのでしょう?」
「そんなことないわ」
マリアンヌは、震える声で反駁する。しかし、その目は虚ろであった。
「忘れる必要があるのよ。早く忘れたいの。だって、私の想いは――――」
そこで彼女は立ち上がろうとして、ふらふらとよろけた。漆黒の騎士が彼女を支える。

「一生叶うことがないんですもの」

そう呟くと、マリアンヌ王女は、漆黒の騎士の腕の中で動かなくなった。
97漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/25(火) 00:02:47 ID:Z3M/f2Pn
実にもったいないことだ、と漆黒の騎士は考える。彼女はとても魅力的なのに。
栄華を極めたかに見える「社交界の女王」にも、手の届かないものはあるのだ。

漆黒の騎士は、マリアンヌ王女を抱きかかえながら、
二つのティーカップの中味を、手際よく花瓶の中に流し込んだ。
そのあとで、隣の寝室に向かい寝台の上にマリアンヌ王女を寝かせる。
彼女が目覚めるのは、おそらく明日の朝になるだろう。

それから、彼は、化粧台の上に置かれていた宝石箱に手をかけ、中を探り始めた。
果たして、さまざま装身具の下に、黒檀の鞘が忘れ去られたように置かれていた。
やはり睨んでいたとおりだった、と漆黒の騎士は満足する。

「探し物は見つかったのか」
冷ややかな声が室内に響いた。
漆黒の騎士が振り返ると、栗色の髪の少年が腕を組み、扉に寄りかかっていた。
「エルド様でしたか」
漆黒の騎士にやりと笑うと、恭しく一礼した。
しかし、第三王子は憮然とした表情を崩さない。
「まさか『漆黒の騎士』の正体がお前だったとはな」

「ほう、どこで情報が漏れたのでしょうか。
 まさかマリアンヌ様があなたにお話したのですか?」
第三王子は「いいや」と首を振る。
「舞踏会が始まる前の中央宮で、お前たちの会話を聞いたのさ。
 すぐにマリアンヌとお前の声だとわかったぞ」
「おやおや、立ち聞きされていたとは、エルド様もお人が悪い」
「そんなことはどうでもいい。どうして、マリアンヌを狙ったんだ」
「大丈夫。彼女は眠っているだけです。
 明日の朝には、目覚めて、おそらく今晩に関する記憶も無くなっているでしょう」
「そういう問題ではないだろう。
 これは、祖父さんの差し金なのか? それともルーカス叔父さんか?」
「さて、わたしの独断ということにしときましょうか」
からかうような彼の言葉に、第三王子は「ふざけるな」と叫ぶ。
「どうせ、<黒い狼>だって、あの祖父さんが黒幕なんだろう?」

おや、まさか<黒い狼>のことまで持ち出されるとは。
漆黒の騎士は、エルドの情報収集能力に舌を巻いた。
「さすがエルド様。察しが鋭い」
「……少し調べれば、簡単にわかることだ。
 『一匹狼のラルフ』、それが若い頃の祖父さんの二つ名だったんだろう?
いったい全体お前たちは、何を企んでいるんだ」

射抜くようなエルドの眼光を、漆黒の騎士は、さらりとかわした。
「今は、答えないでおきましょう」
いずれ、わかることですから、と心の中で呟きながら、彼は大きな出窓に手をかけた。
「それでは、わたしは失礼します」
エルドに挨拶を済ませると、漆黒の騎士は、
まるで夜空を舞う鳥のように、出窓から飛び立ったのだった。
98漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/25(火) 00:04:22 ID:PXsY8NFy
地面に着地すると、植え込みの影から心配そうな声が聞こえて来た。
「アークなの?」
途端に、大胆不敵な漆黒の騎士は、ごく普通の二十歳の青年に早替わりした。
「俺だよ、トルテ」
そう言って、隠れていた幼馴染の少女のところまで行くと、懐の黒い鞘を見せる。
小さく縮こまっていた彼女は安心したように口角を上げた。

本当は彼女を巻き込まずに単独で済ませるつもりだった。
しかし、彼女の方から持ちかけてきたのだ。「わたしも何かの力になりたい」と。
女がいると夜の城内を歩き回るときに、何かと重宝するのも事実だ。
途中で巡回してくる衛兵に出くわしても、彼女を抱き寄せ、情熱的な接吻でも交わせば、
祭の興に乗って、羽目をはずしている恋人たちにしか映らない。
だから、「しょうがないな」と文句を言いつつ、彼女をこんな危険なところまで連れてきてしまったのだ。
実際のところは、彼女に触れる機会を逃したくなかっただけなのかもしれない。

王城を抜け出そうとする途中で、アークたちは何度も抱き合い恋人同士の振りをした。
何回目かの接吻で、アークは、幼馴染の彼女がたまらなく愛しくなり、大胆にも舌を割り込ませた。
けれど、衛兵が立ち去ると、彼女はアークの身体を冷淡に突き放す。
「調子に乗らないで」
アークはめげずに、トルテの腕を取り上げ、幼馴染のご機嫌を取ろうとする。
「これから夜祭に行こうぜ」
「誰が、あんたなんかと行くもんですか」
「でも、お前はセシリア様に言ったんだろう。俺と夜祭に行くって。嘘はよくない」
公爵令嬢のことを口に出せば、トルテが反応するのはわかっていた。
そもそも、セシリア嬢を通してマリアンヌ王女に近づけば、もっと簡単にあれを手にすることだってできたのだ。
それなのに、トルテは自分の主人を利用することを断固として拒否した。
そのくせ、アークのこともひどく心配して、片棒を担ぐことまでしたのだ。

「そうね……」
トルテは少しの躊躇いを見せたあと、アークの腕に寄り添った。
「行くことにするわ。せっかくセシリア様が気遣って、わたしにお与え下さった時間なんですもの」
そう、時間はたっぷりある。夜はまだこれからなのだ。
アークはトルテの胸の感触を楽しみながら、今宵、騎士から狼に変身できる好機が訪れることを密かに祈った。

        ***
99漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/25(火) 00:05:15 ID:PXsY8NFy
セシリアは慌しく秋の宮へと駆け込み、マリアンヌの居室へと急いだ。
動きにくい夜会服を着ているとは思えないほどの速度で突っ走る公爵令嬢を
各所に位置していた警備兵たちは、驚愕の目で眺めていたが、そんなことは、このさいどうでもいいことだ。

控えの間には、マリアンヌの侍女たちの姿は見当たらず、奥の応接室もひっそりと静まり返っていた。
しかし、卓上では、蝋燭の炎が揺らめき、二つの空のティーカップが並んで置かれていた。
ということは、マリアンヌたちは寝室にいるのかしら。
セシリアは寝室の扉に手をかけようとして躊躇する。
もし、「漆黒の騎士」がマリアンヌの靴磨きをしていている場面に出くわしたら、どうしましょう。
何より、自分は無粋な出歯亀をしているだけなのかもしれない。

いいや、ここまで来たならば、
乗りかかった船、毒を食らわば皿まで、騎虎の勢い下りるを得ず、すべては親友を思うが故だ。
勝手な大義名分を言い聞かせ、セシリアはおそるおそる寝室の扉を押した。

覗いてみると、室内は真っ暗で人の気配は、全くしなかった。
誰もいないのだろうか。
微かに開かれた出窓から降り注がれた月の光は、天蓋付きの大きな寝台まで伸びている。
その寝台の上では、銀色の光が蝶のようにきらきらと舞っていた。
その輝きに心を奪われているうちに、徐々に目は暗闇に慣れてきた。

「マリアンヌ!」
ふと気づけば、寝台の上には、ダイアモンドのティアラをかぶった「社交界の女王」が横たわっていた。
セシリアは驚いて、すぐさま彼女に駆け寄る。
「どうしたの? マリアンヌってば」
ショールを纏った肩をそっと揺さぶり、何度も声をかけてみるが、その瞳が開かれることはなかった。

「眠っているだけだ」

突然、背後から発せられた声に、セシリアは「きゃっ」と小さく悲鳴を上げた。
涙目で振り返ると、扉の後ろに、見慣れた人影が佇んでいた。
「エルド?」
セシリアの潤んだ瞳は一気に乾く。  
「あ、あなた、どうして、ここにいるの?
 ま、まさかあなたが『漆黒の騎士』だったの?」
セシリアの気はすっかり動転していた。
エルドは呆れたような冷たい瞳でそっけなく「馬鹿」と言い放つ。

「父上との話し合いが、割合すぐに終わったから、ちょっと寄ってみただけだ。
どうやら、『漆黒の騎士』と入れ違いだったらしいな」
そう言って、マリアンヌの化粧台を指し示すと、エルドは首を振り振り、隣の部屋へと消えて行った。

「……自分には関係ないと言っていたくせに」
釈然としないまま、象牙の化粧台に近づくと、そこには、四角に切った小さい厚紙が置かれていた。
セシリアは、その厚紙を手に取り、月明かりの下で目を凝らした。

『漆黒の騎士、今宵参上』

そう書かれた文字の右下に、黒馬を従えた黒い甲冑の騎士が小さく描かれていた。
セシリアは、すやすや眠っているマリアンヌと白いカードを交互に見つめ、首をかしげた。
「――――――どういうことなのかしら?」

「漆黒の騎士」の意図がよくつかめない。
しかし、ティアラが無事だったということは、泥棒ではなかったのだろう。
念のため、マリアンヌが目覚めたならば、何か無くなっている物がないか尋ねなければ。

「でも、まあ、『女帝の金剛石』が無事だったなら、最悪の事態は免れたといっていいわよね」
セシリアは胸をなで下ろした。
100漆黒の騎士(又は黒い狼):2007/12/25(火) 00:07:20 ID:PXsY8NFy
依然として謎は多かったのだが、
とりあえず一応の終結を見たと判断したセシリアは、エルドの後を追いかけることにした。
何しろ、こちらの問題は、未だ暗礁に乗り上げて、陸地が見えない状態なのだ。

「エルド、待ってちょうだい!」
応接室を去ろうとしていた彼は立ち止まり、こちらを向いた。
それは惰性のような緩慢な動作だったが、無視されなかったことに安堵しつつセシリアは一気に畳み掛けた。
「私、あなたに、どうしても伝えたいことがあるのよ」

きっぱりと宣言したあとで、迷いと焦燥が生まれてくる。
何から話せばいいのだろう。 どうやって伝えればいいのだろう。
エルドの表情は、「氷晶の君」さながら、何の感情も読み取れず、セシリアは少しひるんだ。
しかし、ランスロット=ベイリアルがいうように、夜の魔法を信じてみよう。
月の不思議な魔力が、今宵ふたりの心をつなぎとめてくれることを切に祈ろう。
まだ夜は、始まったばかりなのだから。

戦いに挑む騎士のように、勇気を鼓舞したセシリアは、ふと自分が例の厚紙をまだ持っていることに気づいた。
「あら」
マリアンヌの元に返しておかなくては、と思いつつ、
蝋燭の灯りの下で何ともなしに厚紙をかざすと、飾り文字の下にある、騎士の絵ははっきりとした輪郭を帯びた。
セシリアは、それをしげしげと見直してから「うそ!」と小さく叫んだ。
エルドが訝しげにこちらを見ているが、それどころではない。


黒い甲冑を着た騎士の傍らにいたのは、黒馬ではなく、痩身な黒い狼で、
しかも、騎士は、まるで主を信奉するかのように、その黒い狼に敬礼していたのだった。




******
『漆黒の騎士』は以上です。
最後まで読んで下さった方、ありがとうございました。
101名無しさん@ピンキー:2007/12/25(火) 03:42:59 ID:9tK3YoaI
GJ!

セシリアとエルドは今後どうなるんだろう。ドキドキ
102名無しさん@ピンキー:2007/12/25(火) 18:51:00 ID:9WTzz0CB
続きを読むためにはわっふるわっふると
書き込めばいいのですね?(*´Д`)
103名無しさん@ピンキー:2007/12/25(火) 23:55:14 ID:IQgwdPs2
相変わらず読ませるなぁ…素晴らしい!
漆黒の騎士もこれからどう絡んでくるのか楽しみです
104名無しさん@ピンキー:2007/12/26(水) 14:39:07 ID:vo+kelNZ
何とか
105名無しさん@ピンキー:2007/12/26(水) 17:04:14 ID:speAIuqM
ho
106名無しさん@ピンキー:2007/12/26(水) 18:12:51 ID:jbWMVlgS
107名無しさん@ピンキー:2007/12/26(水) 18:13:16 ID:qhhH1/Yk
しえん
108名無しさん@ピンキー:2007/12/26(水) 19:59:19 ID:ULmPnnRb
しっこく!しっこく!支援
109名無しさん@ピンキー:2007/12/26(水) 22:09:33 ID:ZuzhvgFc
>>108
ダイナマイト四国自重しるw
110姫君と見習い魔術師その6:2007/12/26(水) 23:13:01 ID:wDRkvF7y
その日、厄介事を運んで来たのはセリアではなかった。
俺は、セリアと師匠の家に来たセリアとのんびりとお茶を飲んでいた。
晴れた空の下、テーブルを挟んでお茶を飲む俺とセリア。
「おいしいお茶ね、クリフ」
満足そうな表情を浮かべてセリアが言う。
お茶の香りを楽しみながら過ごす、ささやかな午後。
最後に、セリアに暴力を振るわれたのは舞踏会の時か。
平和なものだ。
「そうですね、セリア」
俺は心から同意する。
何が嬉しいのかセリアがフフッと笑う。
「どうしましたか?」
「クリフに『セリア』って呼ばれるとね、深い愛を感じるのよ」
目を閉じて幸福を噛み締めるようにそんなことを言う。
幸せで仕方ないという感じだ。
「そういうものですか」
”様”を外すだけでそんなに変わるものなのか。
まあ、セリアの笑顔が見られるのなら俺に異存は無い。
だがセリアは俺の答えに不満があったようだ。
「本当にクリフって無神経ね」
不満と呆れをこめて俺に眼差しを送る。


そんなことを他愛ないことを話していると、何やら話し声が聞こえてきた。
「アルフ先輩…僕、今日は約束があるのですが…」
「そんなに時間はとらせないと言ってるだろう」
声はこっちに向かって来ているようだ。
どこかで聞いたような声な気もするが。
はて、誰だったか?
「あら、アルフにエリック」
セリアが2人に声をかける。
そう言われて思い出した。
人食い植物を退治した時に一緒にいたな、たしか。
「セリア先輩、こんにちは」
年下のエリックがセリアに挨拶すると彼女も挨拶を返した。
しかし、アルフのほうはセリアに会釈をして、俺の方に向き直る。
「貴殿はクリフ殿だったな、話がある」
一体、何の用だろうか。
「今わが師は留守にしておりますが…」
111姫君と見習い魔術師その6:2007/12/26(水) 23:15:13 ID:wDRkvF7y
師匠に用事があるように思えないが一応そう聞いておく。
「貴殿に用事があるのだ」
「どのような御用で…?」
この男と俺に話さなければならない用事があるのだろうか。
「セリア殿と別れて欲しい」
唐突にアルフはそう言った。
「はぁ…?」
なぜ、この男はそんなことを言うのだろうか。
「なぜ私があなたのそのような指図を受けなければならないのでしょう?」
「貴殿とセリア殿では釣り合わないからだ」
断言する騎士殿。
セリアがむっとした表情を浮かべた。
最近はそれほど俺に暴力を振るわなくなっているんだから、機嫌を損ねるようなことを言わないで欲しい。
俺はアルフの顔をじっと見つめる。
言葉に迷いはなく、心から信じている様子である。
…思い込みが激しいだけかもしれない。
「釣り合わないというと…?」
「セリア殿には、彼女を心から愛する人間が必要なのだ」
どうやら、俺はセリアを心から愛していないらしい。
セリアはさらに不快そうな表情を浮かべる。
そんなセリアの様子にエリック少年は気づいているが、アルフは全く気づかない。
自分に酔ったように続ける。
「貴殿のような軽薄な魔術師などセリア殿には似合わない」
そして、自分こそがお似合いの相手だと?
…ある意味、まっすぐすぎる所はセリアと似ているかもしれない。
「私と騎士殿はそれほど互いを良く知らないのに、そのような決め付けは…」
「決め付けではない!」
俺の言葉をさえぎるように騎士殿は叫ぶ。
「貴殿はどうせセリア殿を誑かしのだろう!私には分かる!」
なぜ分かる?
どうやら、この男は俺とは全く違った世界を見て生きているようだ。
こんな男を騎士にしてこの国の将来は大丈夫なのだろうか?
救いを求めるようにエリック少年とセリアを見る。
エリック少年は困った表情を浮かべているし、セリアはというと。
「そうなのよぉ」
もの凄く甘ったるい声を出して俺の腕に抱きついてくる。
セリアの薄い胸が俺の腕に当たる。
薄いといっても、しっかりと密着しているので柔らかく心地よい感触が伝わってくる。
そして、彼女の髪の甘い匂いも。
少しだけ、騎士殿に感謝してもいいかもしれない。
「私、クリフに誑かされちゃったの」
112姫君と見習い魔術師その6:2007/12/26(水) 23:17:24 ID:wDRkvF7y
悪戯っぽくセリアは言う。
明らかにふざけている。
俺にはわかるし、エリック少年もわかっているだろう。
しかし、アルフにはわからない。
「き、貴様…!」
俺をもの凄い目で睨みつけるアルフ。
セリアが俺から体を離した後も変わらない殺意。
どうやら、俺は貴殿から貴様になったようだ。
「決闘だ!」
アルフはそうわめいて、俺に手袋を投げる。
俺はそれをひょいとかわす。
アルフはその動作に怒りを強める。
手袋は避けちゃだめなのか?
ここ、一応街中じゃないからいいけど、そんなに喚いていると頭のおかしい人と思われるぞ。
「決闘、ですか?」
「そうだ、決闘も知らんのか?」
馬鹿にした表情を浮かべるアルフ。
別に決闘など知らなくても人生は送れるしな。
「ええと、剣を持って一対一で命をかけて闘うという…?」
「別に剣でなくてもいい」
そうか。だが、武器など使えない俺にはどうでもいい話だ。
護身術はセリアに習わされたが。
「しかし、私にはあなたと闘う理由が…」
「セリア殿をかけて決闘するのだ!」
なおも言い募るアルフ。
その言葉にセリアが微かに驚いた表情を浮かべる。
俺はテーブルをトントンと叩きながら、アルフをじっと見つめる。
武器を使って正面から闘って騎士殿に勝てるだろうか?
…無理だな。
アルフも俺を睨みつける。
友愛や親愛といったものが欠片も見出せない視線からは、当然和解という言葉は見出せなかった。
「落ち着いて下さい、アルフ殿」
「落ち着けるか!」
「まあ、待って下さい。決闘と言っても私は平民。貴族であるアルフ殿が平民を決闘で倒しても自慢にはならないでしょう」
騎士団に入るということは貴族様だろう。
まあ、王族で騎士団に入る人間もいるが。
平民が決闘をするなど聞いたことも無い。
決闘なんてお偉い貴族様の娯楽を平民がする必要など、どこにあるだろう?
それに俺、武器使えないし。
113姫君と見習い魔術師その6:2007/12/26(水) 23:19:34 ID:wDRkvF7y
ところが俺の言葉にアルフはさらに怒り狂った。
「へ、平民がセリア殿を誑かしたのだというのか…!」
そして、何やらぶつぶつと呟く。
傍から見ると怪しい人にしか見えない。
エリック少年もちょっとひいている。
「…あの、アルフ先輩…?」
「黙れ!」
せっかくの忠告を無視して、いきなり剣を抜き振り下ろす。
…決闘はどうした。
そして剣は俺を真っ二つに…したら俺は死んでいるので、しなかった。
代わりに、俺の座っていた椅子を破壊した。
呆然とするアルフ。
殺す気だったな…
俺は魔術を使って奴に幻を見せていたので、悠々と背後に回れた。
俺は背後からアルフに瓶に入った眠り薬を吹き付ける。
プシュっと。
「き、きさ…ま…」
そのまま、ゆっくりと倒れこむアルフ。
いやあ、よく効く薬だ。
怪我をされてはなんなので、一応支えてから寝かす。
「あの…クリフ…さん」
「何でしょう、エリック殿」
エリック少年に応える。
「一体、今のは…?」
「幻を見せていたのですよ」
「幻…」
テーブルを指で叩く音と視線を合わせることで、相手に幻を見せたのだ。
アルフは俺と思い込んで、虚空を切り裂いたということだ。
ちなみに俺の力ではアルフ1人を欺くのがやっとだった。
エリック少年達にすれば、アルフが途中から俺ではなく、誰もいないところを見て喚いていたように見えただろう。
…そんなこと抜きにしても危ない奴だったけどな…
「ところで、エリック殿はどうしてここに…?」
「あ…その、決闘の証人にって」
気の毒なことだ。
そんなくだらないことで一日を潰すなんて。
「えと、アルフ先輩は…」
「眠ってるだけですよ、安心してください」
起きたらひどい頭痛がするだろうけど。
相手を無理やり眠らせる薬だからな。
そこまでエリック少年に言う必要もないが。
114姫君と見習い魔術師その6:2007/12/26(水) 23:21:54 ID:wDRkvF7y
「そ、それじゃあ、失礼します」
何とか、アルフを運ぼうとするエリック少年。
体格が違うし、意識の無い相手は意外と重い。
さすがに、無理があるだろう。
俺はアルフに魔術をかける。
「軽い…」
羽毛のようにとはいかないが、少しはましになっただろう。
「それで、大丈夫ですね」
「はい、では失礼します」
軽くなったアルフを背負ってエリック少年は去っていった。
「ねえ、クリフ」
「何ですか、セリア」
というか今日のこと、助けてくれても良かったろうに。
「今日はお爺様は帰ってくるの?」
セリアはそんなことを聞いてきた。
師匠は今日は帰ってこないな。
「いいえ、今日は師匠は帰ってきませんね」
その言葉にセリアは考え込む。
そして嬉しそうな顔をする。
「そう…あなた、私を賭けてアルフと闘ったのよね?」
セリアが俺を見つめて言う。
心なしか、弾んだ声だ。
「あのですね、先ほどは助けてくれても良かったのでは?」
そうすれば、セリアがあっさりとけりをつけてくれただろう。
「大丈夫、本当に危険なら助けたわよ。クリフは私のものだから、ちゃんと守ってみせるわ」
俺は、いつセリアのものになったのだろう。
それに、十分危険だっただろう。
昔から俺を虐待しているから、そういった感覚が鈍ってしまっているのか?
「それよりもね…」
「あれは闘いではなくて、興奮した来客に帰って頂いただけですよ」
セリアを遮り俺は言った。
あれは、興奮という状態をはるかに飛び越えていたが。
「もう、屁理屈を捏ねるのね」
屁理屈なのか?
頬を膨らませたセリアだが、一転笑顔になって俺に抱きついた。
「あなたがどう思ってようと、私を賭けて闘ったのよ」
「いえ、ですから…」
俺の言葉は続かなかった。
セリアが俺の口をキスでふさいだからだ。
柔らかく甘いセリアの唇。
115姫君と見習い魔術師その6:2007/12/26(水) 23:24:12 ID:wDRkvF7y
「んん…」
こうなってしまったら俺も折角だし彼女を抱きしめる。
彼女の温もりを感じる。
ああ俺、流されてるよ…
唇を離した後、セリアは顔を赤らめていった。
「…私を賭けて闘って、勝ったんだから…私をあげるわ…」
「いえ、セリアはものなどではないので、賭けるとかは…」
言外に俺もまた、ものではないと言おうとしたのだが…
「クリフって鈍感だけど変なところで誠実よね」
嬉しそうに、でもどこか不満げに言うセリア。
「ねえ、クリフ。私、あなたを愛してるわ、あなたは?」
「…俺もあなたを、愛していますよ、セリア」
改めて言うと気恥ずかしいものがあるが、それでも俺は言った。
俺の返事に今度は純粋に嬉しそうな表情を浮かべて笑う。
「じゃあ、何も問題ないじゃない」
まあ、そうか。
俺は呆けた顔をした後、頷いた。


「この前はクリフ、ここで縛られてたのよね」
俺の部屋でセリアはそう言った。
縛ったのはお前だ。
「セリアがしたのでしょうに…」
「クリフは縛られてするのが好き?」
俺にそんなことを聞いてくる。
馬鹿な、そんなはずないだろう。
「何で、そんなことを聞くんですか?」
「だって…あんなに大きくしてたから…」
セリアは恥ずかしそうに言う。
大きくするというと…
あの時は確かに、まあ。
だけど、あれはセリアを見て…
「そんな訳ないでしょう…」
俺は呆れたように言う。
セリアはほっとしたような表情を浮かべる。
「そう…良かったわ…私はあなたを愛してるけど、そんな趣味はないから」
俺に縛られる趣味があったらどうしたのだろうか。
というか、だったらそんなことするな。
「じゃあ、服を脱ぐからそっち向いてて」
セリアはそんなことを言う。
116姫君と見習い魔術師その6:2007/12/26(水) 23:26:25 ID:wDRkvF7y
「どうせ、裸を見るのではウゲッ」
セリアの拳が俺の腹部に容赦なく入る。
崩れ落ちる俺。
「脱ぐのを見られるのは恥ずかしいのよ…お願い」
可愛らしい声で懇願するが、俺に拒否権はない。
「うう…分かりました…」
うずくまったまま、俺はセリアに背を向けた。
そして、衣擦れの音が聞こえる。
期待に俺の胸が高鳴る。
殴られたばかりだというのに、俺はなんて愚かなんだ。
今、振り向いたら血の雨が降るから俺は振り向かない。
そして。
「いいわよ…」
セリアの声に従い俺はゆっくりと振り向く。
彼女の裸体は美しかった。
引き締まったしなやかな手足には躍動感と生命力がある
普段は生き生きとしている表情はいまは羞恥に染められている。
そして、胸は…薄い。
「今失礼なこと考えなかった?」
セリアの声に不穏なものが混じる。
「いえ…そんな」
「男の人って、胸が大きい方がいいの?」
不安そうな声を出すセリア。
やはり気になるのか。
「まあ、大きい方がいい場合もありますが…」
「誰?どこの女!?」
俺に詰め寄るセリア。
どうしてこいつはそう思考が飛躍するんだ。
このままでは、俺達が愛を交わす前に俺が死んでしまう。
俺はセリアを抱きしめる。
抱きしめると彼女の2つの淡い膨らみが押しつぶされるのを感じる。
小さくても感じる確かな感触。
彼女の匂いをいっぱいに吸い込む。
「胸も大切かもしれませんが、俺にはセリアが一番大切です」
「もう…」
そして俺達は、キスをする。
お互いをじっくりと味わうように。
舌を入れてみるとセリアは驚いた表情を浮かべたが、彼女も舌を絡めてきた。
「ん…んん……んん」
そして、唇を離し、見つめ合う。
117姫君と見習い魔術師その6:2007/12/26(水) 23:28:41 ID:wDRkvF7y
「なんだか、今のキス…いやらしかったわ…」
ぼんやりとセリアは言った。
「でも、良かった…ねえ、クリフも脱いでよ」
「そうですね…」
以前はセリアに素っ裸にされたので自分から彼女の前で服を脱ぐのは初めてになる。
セリアは俺をじっと見つめている。
確かに少し恥ずかしいかもしれない。
俺はなるべく気にしないように服を脱いでいく。
そして、服の中に抑圧されていた自身の欲望を開放する。
「やっぱり…おっきいわね…」
俺の屹立したペニスを見て感心したようにセリアが言う。
ふと、俺は彼女の胸に手を置きたくなった。
そして、実行した。
手のひらが柔らかい膨らみを押すと、弾力を持って優しく押し返してくる。
「きゃっ」
セリアが驚いた声を出すが、俺は止めない。
幸いセリアも暴力をふるって止めようとはしないので安心して彼女の胸を堪能できる。
薄いだの小さいだの思っていたが、柔らかいそこは確かに女性を感じさせる。
「ちょっと…クリフ……何、するの…」
「とても…素晴らしいですよ、セリア」
耳元で囁きながら、今度は乳首を摘む。
「んっ!」
セリアの体がビクッと震える。
「痛かったですか?」
心配になって聞いてみる。
セリアを傷つけるようなことはなるべくしたくない。
「ううん、ちょっと変な気分になって…」
潤んだ瞳を俺に向けた様子はいつもと違い色香のあるものだった。
俺は調子付いてさらに彼女の胸を責める。
「ん……恥ずか…しい…ああっ……クリフ……やあっ……んっ……あっ」
「気持ち良いですか、セリア?」
セリアはものでないと俺は言った。
それでも俺の手によっていつもと違う彼女にしていると思うと、セリアを自分のものにしたような気になる。
独占欲が生まれ、さらに彼女を味わいたいという欲求もまた生まれる。
「あん……ん…わからないわ……ああっ……でも、やっ……ん…嫌、じゃない……んっ」
彼女と俺の息遣いは荒いものとなっていく。
いつもと違った乱れたセリアも良い。
そう思いながら、散々に胸を弄ぶ。
…セリア本人を弄んで捨てたら、俺の命はないな…
そんなことする気には死んでもならないだろうが。
118姫君と見習い魔術師その6:2007/12/26(水) 23:31:06 ID:wDRkvF7y
俺はセリアに夢中なのだから。
彼女の胸から手を離す。
「クリフ……あなた……いやらしいわ…」
「でも、良かったでしょう…?」
薄く笑みを浮かべて問いかけた俺にセリアは真っ赤になりながらも頷く。
そして、彼女は言う。
「クリフ、私の初めてを、あげる…」
そう言って微笑むセリアが愛しくて抱きしめる。
幸せをかみ締める俺。
「セリア…愛してます」
俺は自分のベッドにセリアを押し倒す。
そして、セリアと口付けを交わし――
「…セリア姉様、クリフさん」
ん?
俺とセリアの動きがピタリと止まる。
「きゃああああああああああああっ!」
「ぐふっ」
セリアが悲鳴と共に俺を突き飛ばす、というよりもふっ飛ばす、の方が正しいだろう。
痛い、痛すぎるぞ。
「…こんにちは」
倒れこむ俺にペコリと挨拶するのはイルマ。
何でこんな所に来るんだ?
とりあえず、俺は素っ裸なので、何とか服を腰に巻いて
「ああっと、こんにちは」
挨拶を返す。
「…姉様、クリフさん。エリック君…どこにいるか知りませんか」
俺たちが何も着ていないことなど、全く気にもかけずにイルマが聞いてくる。
エリック君、だと?
「先ほどまでは居ましたが、帰りましたよ」
俺は脱力しそうになるのをこらえ、何とか答える。
「…そうですか」
「何で、エリックを探してるの?」
これはシーツを体に巻いたセリア。
「…今日は約束をしていたのですが…破られてしまったのです」
淡々とイルマが言った。
何の約束だろう。
イルマはうっすらと笑う。
「…お仕置きを、しないと…」
一体何をするんだ?
そして何故笑う?
「彼はアルフ殿に無理矢理つき合わされていたんですよ」
119姫君と見習い魔術師その6:2007/12/26(水) 23:33:45 ID:wDRkvF7y
一応、エリック少年を弁護する。
そうしないと、彼の未来に暗雲が立ち込めるように感じたからだ。
アルフは…まあいいや。
「…そうですか」
頷くイルマ。
「…お取り込み中失礼しました。さようなら、セリア姉様、クリフさん」
そう言ってイルマはお辞儀をして去っていった。
イルマが去った後、残された俺たちはというと。
何とも言えない気まずい雰囲気が漂っていた。
さっきまであったいやらしい空気は消し飛んでいる。
だってな、あんな子供に見られた後じゃなあ…
「えー、セリア、その」
何と言えば良いものか。
「ねえ、クリフ」
俺が言葉を探している間にセリアが話し出す。
「やっぱり、こういうことはお日様が出てる時にはしない方が良いのかもしれないわ」
「そうですね…」
その日はそれでお開きとなった。
何ということだろう。
しかし、こんなところを見てしまってイルマの教育には良いのだろうか。


「私もイルマもドロシア姉様がしてるのを見て育ったから」
だから、これ以上悪くはならないだろう。
後日、俺がイルマに見られた時のことを話題に出した時にセリアがそう言った。
セリアがあんな女みたいにならなくて本当に良かった。
そんな思いをかみ締めた。
だが、それなら別にイルマに見られても良かったのではとも思ったが。
それに対してセリア曰く「でも見られるのは別なのよ」と恥ずかしそうに言った。
…今度は誰もいないところで2人きりになりたいものだ。


以上でその6は終わりです。
120名無しさん@ピンキー:2007/12/27(木) 00:49:46 ID:LpMAMqKl
支援
121名無しさん@ピンキー:2007/12/27(木) 01:40:21 ID:yYFdjHq1
GJ!
いいところまで行って邪魔が入る、王道だねえ。
楽しませてもらったよ。次回も宜しく。
122名無しさん@ピンキー:2007/12/27(木) 02:37:48 ID:8+abDSGH
生殺しツラス
123名無しさん@ピンキー:2007/12/28(金) 00:22:49 ID:0Knn4NfF
>>100
GJ!
この二人が今後どうなるか気になってたまらない
続きキボン
124保管庫の中のエロい人:2007/12/29(土) 14:30:21 ID:S2kher7c
保管庫の鯖が飛んでいるみたいですが、
今から帰省しないといけないので年明けに対処します。
落ちっぱなしの場合はご迷惑をおかけしますが
よろしくおねがいします。

それでは良いお年を。
125名無しさん@ピンキー:2007/12/29(土) 16:06:19 ID:MpLnkeLG
お疲れ様です。
126名無しさん@ピンキー:2007/12/29(土) 21:50:52 ID:87HBB2M9
いつもありがとうございます。
127名無しさん@ピンキー:2007/12/31(月) 19:52:45 ID:oSC1vify
セシリアシリーズ好きだー。
作者さん戻ってきてくれるとは思わなかったから嬉しい。
128十日物語:2007/12/31(月) 21:40:43 ID:+4JfdIhq

「あれに、ルース公の息女を娶わせようと思うのだが」
アランは恭しく視線を上げて父王を仰ぎ見た。
赤みがかった金髪と褐色の瞳は父方から継いだものながら、亡き王妃に生き写しのその瓏たけた面立ちには、
平素の理知的な冷淡さとはうらはらに非難と不服と困惑の色がかわるがわる浮かんでいく。
国王は王太子のそんな反応を見越していたかのように、淡々と、しかしやや弱気な調子でつづけた。

「実は昨年以来、先方から内々に打診があってのう。
 国交を樹立したばかりではあるし、気候風俗も我等とはずいぶん異なる国柄ゆえ、
朕も当初は躊躇したのだが、先だって内務大臣のユペール卿より強く勧められてな。
 近日中にルース公使に承諾の意を伝えるつもりなのだが、アラン、そなたはどう考える」
「畏れながら、父上」
アランは静かに口を開いた。

「わたくしは賛同いたしかねます。
 申し上げるまでもないことですが、ルース公国は北辺の地に在りてわが国とは国境を接しておらず、
 かといって間に位置する国々を牽制するための同盟国としては人口、軍事技術ともに貧弱で頼みにできません。
 民びとの大半が字を識らず、宮廷人でさえ読み書きのおぼつかぬ者がいると申しますから、
文化の水準についてはいうまでもないことです。
 交易という点から見ても、かの国にしてみればわが国から輸入したいものは書籍をはじめ山とありましょうが、
貧しい小国ゆえ銀貨の流入はさほど望めません。
 そしてわが国がルースからあえて買い求めるものといえば、毛皮や琥珀などのなくても困らぬ奢侈品に限られます。
 有り体に申せば、いつ国交が断絶してもさほどの痛痒もおぼえぬ相手でございます。
 かような国の姫をわざわざオーギュストのために求めようとおっしゃるのですか」

「まあまあ、聞くがよい」
アランの態度はあくまで丁重で冷静だが、口調はじつに強硬だった。
長子からの隙のない反駁に内心では尻込みつつも、父王はゆっくりとあとをつづけた。
若き日は剛毅果断で知られ、洗練された政治手腕によって中央集権体制の強化、
平和的な領地拡大に成功してきた英主ではあったが、
近年は王妃に先立たれた悲嘆の深さゆえか、ご気性もずいぶん丸くなられたというのが廷臣たちの目するところであった。

「朕もオーギュストのことは常々不憫に思っておるのだ。
 六歳で母を亡くしたばかりか、そのうえ末子であるから、王室法典の定めるところに従えば授封してやれる領地も限られてくる。
 それゆえ近隣諸国の王室も国内の名門貴族もあれに娘を嫁がせることにはやや渋っておる・・・・・・
・・・・・・まあ、あるいはあれの資質も関わってくるのかもしれんが・・・・・・(国王はここで口をもごもごさせた)
・・・・・・まあ、それでだな、ルース公は我が室と姻戚になれるのであれば娘婿の経済力は問題にしないようなのだ。
ゆえに資産の面であれが軽んじられるようなことはあるまい。これがひとつだ。
もうひとつは、使節の話を聞く限りではルース人は貴賎を問わず気性が純朴で、
公の息女もたいそう愛情深い気立てだというから、
オーギュストのようにまあその、ややのんびりした者の配偶としては不安が少なかろう。
そしてだな、これが肝要なのだが」

父王が意味ありげにことばを切ったので、眉根を寄せていたアランも少しだけ気を張り詰めた。
「くだんの公女は寡婦なのだ。
 サクスン公の夭折された子息―――ほれ、かの公子とはそなたも面識があったであろう、その妃だった娘だ。
不幸にしてたった一ヶ月の結婚生活だがな。
 が、一ヶ月でも人妻は人妻だ。
つまり生娘と違い、そちらの面でもオーギュストをうまく補佐し導いてくれると期待できよう。
あれは今年十五だが、どうもその、従僕たちの口からも、男子の証を得たという話をいまだ聞かぬ。
ならばいっそう、先方に経験があるのが望ましかろうて。そうではあるまいか」

寡婦、と聞いた瞬間、アランは思わず露骨に眉をしかめた。
諮問のために王太子を召し出し、疑問形でしめくくったにもかかわらず、
国王は次に怒涛の反論が押し寄せることを予期し恐れるかのように立ち上がり、早々と退席した。
アランはそれを制することも忘れ、硬直した褐色のまなざしで玉座を見つめていた。
129十日物語:2007/12/31(月) 21:45:20 ID:+4JfdIhq

「寡婦なのだそうだ」
無感動な夫の声に黙ってうなずきながら、エレノールは彼の杯に醸造酒を注いでやった。
食事や宴席でたしなむ葡萄酒とは別に、就寝前に一杯だけあおるのが王太子の習慣だった。

「あれは―――オーギュストはまだ男になってもおらんというのに。
 生涯の伴侶として迎えるのが、すでに余人によって手のついた夷狄の娘とは。
 父上はあれのために良かれと思ってお取り計らいになったとはいえ、つくづく不憫な話だ。
 それにしても腹立たしいのはユペールの奴ばらだ。
臣下の身で王族の婚姻にことこまかに容喙してくる。

それも先の前任者のように国益を常に念慮して縁談をとりつけてくるならばよいが、奴の場合、
 今回は相手方の工作に丸めこられたとしか考えられん。
 ルース公の使節からどれほどの金品を贈られたか知らんが、あの口上で父上までたぶらかすとは」

度の強い酒を一息に干してしまうと、アランはクリスタル製の杯を妻の前に差し出した。
エレノールは黒い瞳を伏せ、静かに諌めた。
「これ以上はお控えくださいませ。
 寝酒はお体に障ります」
「かまわん」
「よくはございません。
 一時の気晴らしのためにご自分のご健康をおろそかになさってはなりません」
「そなたはずいぶんと平静だな。
 平素はオーギュストのことをあれほど、実の弟のようにかわいがっているというのに。
 ままならぬ婚儀などは王族に生まれた者の運命ゆえ諦観しろ、とばかりに」
「そんなことは申しておりません。
 あなたが弟君の幸福を願い、権臣の専横を憤っていらっしゃるのはよく分かります。
 人の子として、国政の安定に責任を負う御立場として当然の思し召しかと存じます」
「そのわりには熱のこもらぬことばよな」

揶揄するような口調に対し、エレノールはゆっくりと瞳を上げて夫の顔を見た。
アランもやや酔いがまわった目で平然とそれを受け止める。
「ならば申し上げますが、わたくしもうかがいたいことがございます」
「ほう」
「かの姫君は最初の結婚後一ヶ月で夫君に先立たれたというのに、あなたはお気の毒だとも思われませんのね。
 まして、遠い北国から嫁いできた先の外国の宮廷で、
夫の親族に夷狄呼ばわりされながらお暮らしにならねばならぬ境遇がどういうものなのか、ご想像になれませんの?
 でもそれも仕方ありませんわね。
あなたにとって女の価値で最も重要なのは、他人の手がついているかいないか、ということですものね」

「そういうことではない。
単に俺の嗜好の問題ではなくてだな、まあそれもあるが、いやそれはとにかく、
わが王室に嫁いでくる女に純潔を求めるのは、血の正統性を確保するためだ」
「さようでございますか。では、あなたもさぞお心をくだかれたことでしょうね。
 神前で誓約を交わした『正しき妻』以外の娘との間に『正統でない』子をもうけぬようにと。
噂されているお相手の数を考えますに、多大なご苦労が偲ばれますこと」
「あれらは単に若気のいたりだ。
 エレノール、そなたとて―――婚前に肌を許した相手はいたではないか」

口にした直後、アランは己の無思慮を悔やんだ。
婚約時代、そして婚礼後も事実上夫婦関係が成立していなかった時期の女遊びについて、
結婚九年目の今でも妻から時折非難されるのには慣れていたが―――嫉妬は愛情の反映だと思えばそれも可愛いと思えた―――
今回はあまりに彼女らしからぬ、容赦のない皮肉だったので、アランもついカッと来て応戦してしまったのだ。
130十日物語:2007/12/31(月) 21:49:31 ID:+4JfdIhq

しかしそのやり方がまずかった。
エレノールの大きな漆黒の瞳から徐々に感情が消えていくのが彼には分かった。
けれど、内心の動揺と己の矜持にどう折り合いをつければいいかは分からず、ただ黙って彼女と相対しているほかなかった。

「たしかにそのとおりですわ」
抑揚のない声でエレノールは言った。
「ですが、わたくしの不貞、つまりあのかたひとりを愛しすぎたことと、
いまやお相手の正確な数や顔や名前すら分からないあなたのご放蕩とを
同列に論じられるとは思いもよりませんでした。
お休みなさいませ」

「待て」
エレノールは彼の手を振り払って立ち上がろうとした。
それでもアランはもういちど細い手首をつかんだ。
扉に向かって急ごうとしたとたん強い力に引き寄せられたエレノールは均衡を崩し、
そのまま床に倒れこみそうになったが、その前に夫の両腕で支えられて事なきを得た。
ただしむりやり膝に乗せられた格好になってしまい、肩を支えられつつも居心地悪そうに顔をそむけた。

「エレノール」
彼女は答えない。アランは憮然としたが、それでも彼にしては画期的な低姿勢を保つことに成功した。
「こちらを向いてくれ」
「・・・・・・」
「俺が悪かった。あの言いかたはなかったな」
「本当に、そう思っておいでですの」
「ああ」
エレノールはようやく顔を上げて夫を見た。まじめな顔をしていた。
「―――わたくしも、皮肉が度を過ぎておりました。申し訳ありません」
「そうだ、あれは少しひどい」
「これからはもっと直截に腹蔵なく申し上げます」
「・・・・・・いや、それもほどほどが望ましいが。
 さて」

アランが何気ない顔で唇を重ねようとするので、エレノールはあわてて顔を離した。
「なんだ、いやなのか」
とたんに不機嫌そうな顔になる。
「くちづけがいやなのではありません。
 いつもこんなふうに強引に持ち込もうとなさるのがいけないのですわ」
エレノールはやや頬を染めながら答えた。
夫との接吻が嫌いなはずはなかった。むしろ大好きだった。
だからこそこういうときの都合のいい手段にしてほしくはないのだ。
今夜の本来の話題はなんだったかしら、と記憶をさかのぼって、大事なことを思い出した。
131十日物語:2007/12/31(月) 21:52:09 ID:+4JfdIhq

「ところで結局、オーギュストのご婚約についてはどう対処なされますの。
陛下にあくまで反駁申し上げて破談に持ち込まれたいというご意向ですか」
「不服か」
「わたくしにはなんとも申し上げかねます。でも―――」
エレノールは視線を落とした。
その声には、夜遅くに子どもの帰りを待つ母親のような不安がかすかににじんでいた。

妻の言わんとするところがアランにはなんとなく分かった。
末弟には幼少時からこれまでも何度か外国の王室や国内の有力貴族から縁談がもちあがってきたが、
父王の言うとおり相続資産の寡少とその他資質上の問題によって―――アランの見るところ後者が大きいわけであるが―――
結局いずれの名家とも、文書を交わして成約するところまではいたらなかった。

末子とはいえ彼も王族である以上、やはり相応の家格の令嬢でなければ法制上婚姻はみとめられない。
しかしこの大陸広しといえど、同一の宗教に帰依している王侯貴族の血筋には限りがある。
つまるところエレノールは、今回の縁談を逃したらオーギュストにはもう、
正当な配偶者を得て家庭を築く機会がなくなってしまうのではないかと危惧しているのだろう。

(つくづく心配性な女だ。
 血もつながっていない弟の身の上をよくここまで案じるものだ)
アランは心中でつぶやきつつも、その表情は呆れてはいなかった。
妻の細い腰に手を回してそっと抱き寄せる。
いつものくせで髪に顔をうずめると、香油のために乾ききっていない漆黒の繊維は肌にひんやりと心地よかった。

「心配するな。手は打っておいた」
「手、とは」
「父上は要は、あれがいまだに子どもであることを案じておられるのだ。
 だからあえてあれのために、ろくに文物もない北国から寡婦を求めようとする。
 ならば早急に男にしてしまえばいいのだ。われながらこれまで思いつかなかったのが不思議なくらいだ。
あいつを目覚めさせるには一晩の添い寝では足りん気がするから、十日ほど期間を設けることにした」
「アラン、それはつまり、」

「やや元手はかかったが仕方あるまい。
添い臥し選びを命じたのは侍医団でもっとも頼みにできる男だ。
医学的知識から言っても人品・容姿から言っても申し分ない女を、必ずや連れてくるにちがいない。
 とにかくもいったん男になってしまえば、オーギュストとて日ごろの言動や物腰も改まり、
女に対峙するときの態度も世間並みになるだろう」

「アラン、あなた何を考えてらっしゃるの!
 気に入らない縁談を阻止したいがためにあの子を、そ、その・・・・・・」
「筆下ろしというんだ」
「む、無駄な語彙ですわ」
「聞くんだ。あいつがともかくも一人前の男になってしまえば、
さすがに今後は宮中舞踏会や晩餐会で隣り合った令嬢に
『このブローチは蝶の形ですか。僕はオニヤンマが好きなんです。宮廷でオニヤンマが流行らないかなあ』やら
『そんなに髪を高く結ったら燕の親子が住めそうですね。楽しそうだなあ。巣立ちのときは僕も呼んでください』
やら言わなくなるにちがいない。
そうなれば、たとえ今回の話を白紙に戻しても、別のもっとあいつに相応な名家と縁談が成立する可能性は十分ある」
「そう・・・・・・かしらね・・・・・・」
そううまくいくかしら、と疑いつつも、エレノールには夫の焦燥を理解できる部分もあった。
132十日物語:2007/12/31(月) 21:53:53 ID:+4JfdIhq

彼女の母国スパニヤは地理的な関係もあり、北辺のルース公国とは正式な国交を結んでいない。
エレノール自身、ルースの出身者を身近で見たことは数えるほどしかないのだが、
その限られた機会というのが、母国の宮廷で催された晩餐会の席上だった。
諸国の使節達がスパニヤの煩雑な礼儀作法をふまえて饗応にあずかっているなか、
髭を伸ばし放題のルースの外交官たちは酒が入るにつれて目に見えて粗暴に振舞いだし、
まさに外国人がルース人を揶揄して称するところの「熊」そのものの酔態をさらけだした。
それがあまりに見苦しく聞き苦しいため、
エレノールの父つまりスパニヤ国王はふだんの温厚さも捨てて彼らの頭を冷やさせるよう近衛に命じたほどである。

エレノールはその一件をよく覚えていた。
結婚して一ヶ月で寡婦になったというルース公女の身の上はたしかに不憫だが、
もしその姫君の立ち居振る舞いが、あの外交官たち
―――あれでもルースではもっとも洗練され教育のある人々にちがいない―――に類するものだったとしたら。
さすがに彼らほど毛むくじゃらではないとしても、北国では女でも髭が生えるという噂が本当だったとしたら。
王侯貴族は具えていることが当然とされている基礎教養を身につけていなかったとしたら。

ましてオーギュストは、この大陸の文化芸術のパトロンを自任するガルィア王室のなかでも学問好きで知られた王子である。
もしその姫君が、知的な話題というものに全く関心をもたず、日夜狩猟や乗馬に明け暮れるだけだったとしたら、
この婚約は双方にとって悲劇というほかない。
義弟の将来を真剣に案じれば案じるほど、今回の縁談については夫の見解にも一理あるような気がしてくるのだった。

「反対か」
「―――分かりません。わたくしはただ、あの子が幸せになれるのならば」
「ならば俺に賛同だな。今度父上からご下問があったときにそなたの同意も得られたと申し上げておく」
「待ってください。それはそれでいいのですが、でも、
 ―――あの、わたくし何も、その『筆下ろし』というものにまで賛同しておりません。
 そんなのは不潔です。ほかにやりかたもありましょうに。
 こんなかたちであの子の心身の純潔が失われてしまうなんて―――」
「そんなたいしたことじゃない。深く考えるな」
「たいしたことですわ。人ひとりの純潔ですもの。
 ―――そう、あなたには、たいしたことではありませんでしたのね」
133十日物語:2007/12/31(月) 21:55:40 ID:+4JfdIhq

ふとエレノールが視線を上げた。いつのまにか眼光が鋭くなっている。
一瞬にして風向きが変わったことを感じ、アランは墓穴を掘った自分自身を軽く呪った。
「わたくし、かねてからずっと気になっておりましたの。
 あなたはどんなふうにしてご自分の純潔と決別されたのかと」
「ずいぶん昔のことだ。覚えていない」
「そんなにどうでもよいお相手に純潔を差し出されたのですか?」
十四歳当時のアランおよび世間一般の青少年の意識で言えばどう考えても「差し出した」のではなく「捨てた」のだが、
エレノールにはそういう心情は理解しがたいらしい。

(面倒なことになった)
アランはやれやれ、と肩をすくめた。
初めての女が今でも忘れられない、といえば怒り出すに決まっているくせに、
記憶にも残らない女だった、とうやむやに流そうとすればそれはそれで咎めだててくる。
一体俺にどうしろというのだ、と問い返したくもなるが、妻の求めていることはむろん分かっていた。
世の花嫁たちが義務づけられているのと同様に、男の側とて自分の純潔を重んじ、
神聖な結婚の誓いまでは堅く身を持するべきだといいたいのだろう。

まあたしかに不公平な話ではある。
エレノールとて、母国の宮廷であれほど激しく真摯な恋に落ちることさえなければ、
十八年間誰にも肌をさらさない清く正しい生活を守りぬいたあと、アランの寝台にその身を投げ出すはずだったし、
彼女の潔癖な気質から考えればそれはまちがいなく履行されたことであろう。

(初めての女、か)
山ほど問い詰めたいことがありげな妻の肩を抱き寄せなだめるように撫でながら、
アランは漠然と遠い日のことを思い出していた。
いま思うとあれは、彼が精通を迎えたことを知った侍医団が送り込んだ添い臥しであり、
いわば代々の王太子にとっての通過儀礼のようなものだったのだが、
当時の彼はただ圧倒されるようにして一夜を過ごしたものだった。

自分の寝台に見知らぬ美女が薄絹一枚で横になっていることを発見したとき、
アランはことばをなくして立ちすくむほか為す術を知らなかった。
そんな彼をいたわるかのように、その女は年若い王太子の服を丁重に脱がしていき、敏感な部位をそれとなく愛撫した。
そして彼の肌にすみずみまでくちづけながら、挿入前に女に対してなすべきこと、とか
子どもを確実につくるには、とかつくらないためには、とかいったことを囁いてくれたのだが、
頭の中が真っ白になりかけていたアランにはそれどころではなかった。
生身の女というものの質感にあまりに圧倒されてしまっていたので、細かい推移はほとんど記憶に残っていない。

ただ今でもときどき、自分の頭上でたわわに揺れる豊かな乳房と波打つ金髪、
そして彼を果てさせたあとにくれた長いくちづけの感触だけは、
明け方の夢のなかで思い出すことがあった。年のころは二十台なかば過ぎ、いまのエレノールと同じくらいだったろうか。
秋の麦穂のように豪奢な金髪の巻き毛と青味がかった緑色の大きな瞳が印象的な女だった。
やや華やかすぎるほどの麗容のわりに、どことなく寂しげに微笑む女だった。
名前や身元を明かすことは禁じられていると察したので、アランもあえて尋ねはしなかった。
あれ以降、宮中で出会ったことはない。

そして王太子も、自分がもう女たちの前で不用意に緊張しなくてもいいことを知っていた。自分がもはや子供ではないことを知っていた。
そしてその後は、強気ではなく余裕を持って誘えば、
宮廷内外のたいていの女は自分の寝台にやってくることを身をもって知った。
134十日物語:2007/12/31(月) 21:58:39 ID:+4JfdIhq

(まあ、応じなかった最初の女がこれなわけだが)
流れるような黒髪を指で梳きながら、アランは妃の細い肩をさらに近く引き寄せた。
こんな抱擁でまるめこまれませんわ、と言いたげな顔がほのかに紅潮した。
かたく結ばれている紅唇を指でなぞると、ためらいがちに力が抜けていくのが分かる。
顔を近づけて舌でこじあけ、秘所と同じくらい敏感な部分を奥まで味わってやると、
腕のなかでせつなげに吐息が漏らされるのが聞こえた。

(―――生涯最後の女になっても、悔いはないな)
エレノールは少し顔を上げてアランを見た。その瞳はすでに潤みを帯びていた。
「何かおっしゃいまして」
「いや」
言いかけて、アランは少し黙った。
「最初の女になる気は、あるか」
「え?」
「俺の最初の女だ」
「何をおっしゃって―――」
「気になるのだろう」
「―――それは、もちろん」

伏目がちにエレノールは小さくつぶやいた。自分の矜持との兼ね合いもあるのだろう。
「なら簡単だ。俺の記憶を再現してなぞればいい。
 そうすればそなたは俺の最初の女の座を占める」
「わ、わけの分からないことをおっしゃらないでくださいませ」
夫が寝室で突然思いつくからにはろくでもないことに違いないと思い、エレノールは警戒心を張り巡らせた。
しかしその一方で、「最初の女」ということばに惹かれているのは否めなかった。
「さ、再現なんて、一体どうすれば・・・・・」
乗ってきたな、とアランは察した。かなり気分がよくなってきた。

「そなたは経験のある女で、俺は女を知らないとする。ふたりとも寝台の上にいる。こういうとき、女はどうする」
「どうするって、そんな」
相手をさっさと退室させますわ、と妻が大真面目で答えようとするのをアランは制した。
いつのまにか真剣な―――エレノールの目にはそう見えた―――まなざしになっていた。
「男の人生の浮沈は、いわば最初の女にかかっているといっても過言ではない。
 この夜を逃せば俺は一生男として目覚めることができないかもしれない。
自尊心の拠って立つところを得られないかもしれない。ならばどうする」

「そんな、そんなことを言われても」
困惑がちに言いつつも、エレノールは握られた手を振り払いはしなかった。
絶対わたくしの性格を利用されているのだ、と思いつつも、彼女はいつも夫を拒みきることはできないのだった。
その手はアランの腰帯に運ばれていき、そこで止まった。
ここまで膳立てしてやったのだからあとは分かるな、と言いたげに彼は妻を一瞥した。
135十日物語:2007/12/31(月) 22:00:25 ID:+4JfdIhq

「―――アラン」
「さあ。それともやはり、童男の相手は荷が重いゆえ、他の女に任せるか」
戯れと分かっていたとはいえ、このひとことはエレノールの矜持を傷つけた。
「そ、そんなことは、みとめません」
勢いで口走ってしまう自分に腹が立ちながらも、彼女は動いた。動かざるを得なかった。
しかし新鮮な経験である。
これまでの結婚生活において、情事のあとや朝方夫に服を着せかけてやることはあっても、
自分から脱がせたことなど一度もなかったのだ。
こうしてみると、筋骨隆々とはいえないが、すみずみまで筋肉のついているお体なのだ、と今さらながら発見した。
たどたどしい手つきで恥じらいがちに自分の寝衣を脱がせかかる妻の姿に満足しながら、
アランは彼女の服を一息に剥ぎ取りたい衝動を抑えていた。

あとは下肢の肌着だけという段階になって、エレノールは手を止めた。
そして懇願するようにこちらを見る。
「あの、―――全部?」
「着たままでできるならそれでもいいが。ひとえにそなたの技量にかかってるな」
「もう」
憤慨を新たにしながら、エレノールは恐る恐る最後の肌着に手をかけた。
ゆっくり下ろしていくと、すでに硬直したそれが顔を出した。よく見知っているはずのものなのに
―――それどころかしばしば握らされたり咥えさせられたりしているものなのに―――
こんな手順でそれと対面させられると、エレノールの羞恥はいつにもまして強まった。

「あー、・・・・・・いつまでそうしているつもりだ」
その場に固まっている彼女の耳に心なしか恥ずかしそうな声が届いた。
それ自身もどうやら怒張の度合いを強めてきたようである。
「見られると、硬くなるのですね」
初めて知りました、と言いたげな他意のないつぶやきに、
アランの下腹部はいっそう硬くなってきたが、それを悟らせまいと彼はエレノールを促した。

「それで、次は」
「次、って・・・・・・やっぱり・・・・・・」
「そうだ。脱いで見せてくれんことには、教えるも何も始まらん」
「わたくしが、自分で・・・・・・?」
アランはうなずいて答えた。やはり妻が恥じらう姿はいい。
これからどんなふうに彼女の羞恥心をあおりたててやろうかと考えると、下腹部は限界近くまで隆起してきた。

エレノールはしばらくうつむいていたが、やがて意を決したように自分の帯に手をかけた。
夫の服を脱がせるのも初めてなら、夫の目の前で自分から服を脱ぐのも初めてである。
帯を解いて落としたあと、襟元に手をかけたが、細い指先はそこで止まった。
「そ、そんなにじっと見ないでください」
「見せるために脱いでいるのだろう」
エレノールは何も言えずに、勇気を鼓して襟をはだけ、袖から腕を抜き、肩から寝衣をすべり落とした。
恐る恐る肌着に手をかけると、夫の視線が絡みつくように自分の恥ずかしい曲線を這っているのが分かる。
そういう羞恥に耐えている表情が夫の加虐趣味をますますあおりたてるのだということに気がつかぬまま、
彼女はついに一糸まとわぬ姿になった。
136十日物語:2007/12/31(月) 22:02:30 ID:+4JfdIhq

「で、できました」
「隠したら見えんではないか」
乳房を隠す右手と下腹部を隠す左手をかわるがわる見やりながら、アランは妻の自発的な行動をうながした。
「だって」
「童男が女の裸を初めて拝むんだ。不憫だと思わんのか」
エレノールは白々しく言い放つ夫を真っ赤な顔で睨んだ。
彼女は寝台の上に立っており、夫は服を脱がされたあと座ったままである。
たいへんふてぶてしい男ながら、上目遣いで愉快げにつぶやかれるとエレノールはいつも、
なぜだか抗しがたい気分になってしまうのだった。

「―――これで、よろしいですか」
彼女は目を伏せてとうとう両手を身体の脇に追いやった。
アランはようやく満足したように、小ぶりだが上向きの乳房と足の付け根の黒い茂みを不躾なほど凝視した。
夜陰のなかで、滑らかな小麦色の肌は銅像のように灯火に照り映えていた。
「もっと、近くで見たい」
エレノールはおずおずと一歩踏み出した。漆黒の髪が肩や乳房の上で光を躍らせた。
「綺麗だ」
何年も見ていらっしゃるくせに、とエレノールは思ったが、その簡潔なことばに相も変わらず胸が熱くなるのも事実だった。

「女の身体は男に比べよほど美しかろうと思っていたが、これほどとは思わなかった」
「何を、おっしゃるのです」
すっかり赤くなったエレノールの目元と、吸い付くように凝視しているうちに自然と尖ってきた桃色の乳首を見交わしながら、
アランは黙って微笑をしていた。
そしてようやく下腹部の抑制を解き始めた。

「では、ようやく本題だな。
 どこに挿れるんだ?」
「え?」
エレノールは最初、何を言われたのか分からなさそうに夫を見返した。
それから彼の意図に気がつくと、全身が朱に染まった。
その反応がうれしくて仕方ないといいたげに、アランは形のいい唇の端を上げた。
「なあ、どこだ」
「あ、―――足の付け根ですわ」
「足の付け根といっても広かろう。どのあたりだ?」
「で、ですから」
「実地で見せてくれんと分からん」

そういうとアランは妻の腰を両手でつかんで引き寄せ、自分と向かい合うような形で寝台の上に座らせた。
むろんこのまま力ずくで膝を割れば話は簡単なのだが、それではここまで辱めた甲斐がない。
「さあ、どこだ」
エレノールは顔をそむけたまま答えない。
いくらなんでもこれは耐えられない、と言いたいのだろう。
涙を浮かべんばかりの端麗な横顔に、アランもつい抱き寄せて詫び優しいことばをかけてしまいそうになる。
だがそれはするまい、と彼は自分に言い聞かせた。

「教える気はないのか?」
「・・・・・・」
「ならば、俺の記憶は従来どおりだな」
このひとことでエレノールはカッとしたように彼に向き合った。
「そ、その女のかたはそんなことまでされたのですか」
「いや、していない。布団の下で、その場所を指で確認させてはくれたが、見せてはくれなかったな」

「で、ではどうしてこんな卑しい行為をご所望なされますの」
エレノールの声には涙がにじんでいる。
「わたくしにはそんな行為が似つかわしいと」
「いや、その反対だ。全く似つかわしくないからこそ、そなたにそうさせたい。
 そなたが娼婦のようにふるまう姿が見たい」
「―――あなたというかたは、そんな、支離滅裂なことばかり」
珍しく真摯な夫の声に、涙で揺らめく漆黒の瞳と同様、エレノールの心は静かに揺れ始めた。
137十日物語:2007/12/31(月) 22:05:02 ID:+4JfdIhq

妻がもごもごと何事かつぶやくのが聞こえた。
「なんだ」
「―――これきりです、と申し上げたのです」
怒ったような、しかし羞恥をみなぎらせたような小さな声だった。
「もちろんだ。筆下ろしは一度でいい」

(よくも、抜け抜けと)
真剣に腹を立てながらも、エレノールはぴったりと合わせていた両足をおずおずと開き始めた。
伏せている目を一瞬上げて正面を見やると、アランは今にも露わになろうとする秘所をじっと眺めている。
「お願いだから、そんなに見ないで」
「綺麗なものを見たいと思って何が悪い。つづけてくれ」
「き、綺麗だなんて・・・・・・」

わたくしのいちばん恥ずかしいところですのに、ということばを呑み込みながら、エレノールはゆっくりと脚を開き続けた。
夫のペースに乗せられている自分が全くもって腹立たしいが、
しかしこれは―――アランから羞恥心を限界まで試すような痴態を強要されて、結局はそれを受け入れてしまうというのは―――
もはや自分たち夫婦の黙契なのだということも分かっていた。

「本当に綺麗だ」
エレノールが脚をすっかり開ききってしまったとき、アランがひとりごとのようにつぶやいた。
もちろん彼女は顔も上げられない。
「紅がかった桃色で、襞があって・・・・・まさに薔薇の花冠だな。
 濡れているのは夜露にでも喩えるべきか。
 陳腐で悪いな。俺には詩才がない」

なくてかまいません、と思いながらエレノールはますます顔をうつむけた。
こんなに恥ずかしいことを強いられながら、すでに濡れていることを見取られてしまったのが死ぬほど恥ずかしい。
「さて、じゃあ、指で示してくれ。どこに挿れたらいい?」
エレノールの黒い瞳にまた涙が浮かんできた。
その涙を唇で拭ってやりたい衝動を抑えつけながら、アランはごく平静な声でつづけた。
「暗いとよく分からなくてな」
「・・・・・・ここ、です」
細い指先は敏感すぎるつぼみに触れないよう気をつけながら、花弁の中央にある花芯、小さな裂け目を示していた。

「こんなに小さなところか。本当に入るのか?」
「・・・・・・は、入ります・・・・・・」
「ちゃんと広がるのか?」
「・・・・・はい・・・・・・」
「じゃあ、ためしに広げてみせてくれ。
 実際の挿入に及んで痛かったら困るだろう」
「・・・・・・ひ、広げるだなんて、そんな・・・・・・」
「指で、左右にだ。一度だけなら、くまなく見せてくれるのではなかったか」
そこまで約束してはおりません、とエレノールは抗議しかけながらも、一度だけ、ということばを思い出した。
そして何より、アランの真摯な願望を思い出した。

ついに右手の人差し指と中指が、そろそろと花弁の上を這いはじめた。
そして一瞬臆したように立ち止まったあとで、くちゅっという音を立てて花芯を左右に開いて見せた。
(こんなに、ぬるぬるしてる・・・・・・わたくしったら、こんなに濡らしていたなんて・・・・・・恥ずかしい・・・・・・)
むろんここが蜜で照り光っているさまはさっきからずっと夫に視姦されていたわけだが、
実際に濡れ具合を確かめてみると、羞恥心はひとかたならず燃え上がった。

(自分から脚を開いて、じっと見つめられて、濡らして・・・・・・・
 ・・・・・・きっと、本物の娼婦だって、こんな恥ずかしい身体はしていないわ・・・・・・)
そう思えば思うほど、エレノールの華奢な肢体は火照りつづけ、無意識に愛撫を希求してやまなかった。
138十日物語:2007/12/31(月) 22:06:02 ID:+4JfdIhq

「なるほど。これなら入りそうだな。きつそうだが」
ようやくアランが口を開いた。
下腹部のものはもはや別の生き物のように怒張しているが、彼は平静を装ってつづけた。
「次に言うことは?」
「つ、次?」
「仕上げだ。正しい場所を示したら、その次は―――」
アランはことばを切って妻のあごを持ち上げた。
濃く長いまつげにふちどられた黒い瞳は、潤んだ虹彩のなかに愛する男の姿をとらえながら、
ほとんど自失しているかのようにこちらを見つめ返してきた。
そして紅唇が開いた。

「・・・・・・ここに、わたくしのここに、挿れてください・・・・・・」
「何を?」
「あなたを、―――あなたのものを、奥まで」
ほとんど吐息と化したその返事を合図に、彼はようやく自分から動き出した。
エレノールの身体を膝の上に抱き上げると、彼女が指で開いたまさにその場所へ、
己の先端をしっかりとあてがった。ため息のような喘ぎが腕の中から漏れ聞こえた。

ゆっくりとその喘ぎを高ぶらせ、そして大きく水音を立てながら、アランは温かい花園の中へ自らを沈みこませていく。
しかし、ようやくそこに居を定めたと感じた瞬間、先ほどまでの余裕の反動であるかのように、
彼は柔らかい襞のなかを猛然と突き上げ始めた。
それはもはや止めがたい衝動だった。

「ああっ、アラン・・・・・・だめ・・・・・そんなに・・・・・・激しく・・・・・・」
叫ぶことさえままならぬまま、エレノールは彼の腕の中で身をそらし、息も絶え絶えに懇願しつづけた。
「だめぇっ・・・・・・・わたくし、壊れ、壊れてしまう・・・・・・」
「悪いな」
呼吸を大きく乱しながら、アランもささやき返した。

「我慢できないんだ。下を向いて気をそらしてくれ」
「し、下?・・・・・・いや、いやぁっ!」
「ほら、目を閉じないで、よく見てみろ。そなたが教えてくれたとおり、
ここは見た目は小さいが、しっかり根元まで咥えこんでくれている。健気なことだ」
「いっ、いやっ」
「自分の恥ずかしい身体をよく見ておくんだ。
ほら、出入りするたびにうれしそうな音を立てているのがわかるだろう。
小さくてきついくせに、本当に貪欲だな」
「・・・・・・・ち、ちがいま・・・・・・・・」

次々と押し寄せる快楽と羞恥の波の前にあって、もはや抗弁をあきらめたかのように、
エレノールはアランの肩に首をもたせかけて自らをゆだねた。
彼の両腕が強く背中を抱きしめたのが分かった。
「好きと言うんだ」
アランが耳元でささやいた。

好き、大好き、と彼女はとぎれとぎれに答えた。
これが、夫が自分で愛を告げる代わりの儀式なのだということを、彼女も今では了解していた。
抽送がふたたび小刻みになった。
エレノールは強く彼にしがみついた。
もうどこに連れて行かれてもいいと思った。
どこに導かれても、このかたと一緒ならいいと思った。
139十日物語:2007/12/31(月) 22:07:14 ID:+4JfdIhq

寝室に足を踏み入れると、オーギュストは不思議な音を耳にした。
それは断続的に部屋の奥の寝台のほうから響いてくる。
寄る辺のない仔猫が鳴き声を押し殺しているような、ひどく哀切な調べだった。
(―――なんだろう)

少し恐ろしくなり、従僕たちを呼ぼうかとも考えたが、最終的には好奇心のほうが勝った。
寝台に足を忍ばせて近づいていくと、誰かが枕元に腰掛けていた。
壁に据え付けられた燭台の明かりは弱々しいが、その人影が女性だということは徐々に明らかになってきた。
髪の色や輪郭からすると姉姫ではなく、乳母でもなく、顔見知りの女官たちでもなさそうだった。

(どうしよう)
自分の寝室で見知らぬ女性が泣いているのに出くわしたらどうすればいいのか、オーギュストは困ってしまった。
先生たちは幾何方程式を解く上での疑問や神学論争上の矛盾点については細かく教えてくれるが、
こういう場合の対処方法を教えてくれた人はだれもいなかった。

とりあえずもう少し近づいてみると、両手で顔を覆いながらうつむいていた人影はふと肩を震わせるのをやめ、
おずおずと面を上げてこちらを見た。
歳は十九、二十くらいだろうか。
明かりが乏しいので正確な色彩ではないかもしれないが、豊かな褐色の髪と灰色がかった青い瞳が白皙の肌によく映えている。

優しげな面立ちの美しい娘だった。
彼女が顔を上げた瞬間、猫のように丸く大きな瞳に正面から見つめられて、オーギュストは胸がどきどきするのを感じた。
同時に足の付け根あたりがなんだか妙な具合になった。
最近、何かの拍子にこういう感じをおぼえることが多くなった。
けれど、その潤んだ瞳がこのうえなく深い悲嘆を押し隠そうとしているのを認めると、
下腹部の火照りはすぐに収まり、代わりに心配が沸き起こった。

(かわいそうに。なにか助けになってあげられるかな)
相手の立場が分からないためオーギュストはまず呼びかけからして苦慮したが、
ご婦人相手には常に丁重であれという行儀作法の先生のことばを思い出し、
また相手は明らかに年上でもあるので敬語で話しかけることにした。
「あの、お姉さんはここでどうされたのですか」
140十日物語:2007/12/31(月) 22:08:40 ID:+4JfdIhq

娘は潤んだ瞳を瞬かせると、じっとオーギュストの顔を見つめた。
栗色の髪、栗色の瞳、そして首からつま先まで眺めると、彼女はひとつの結論を得た。
(使用人の男の子なのね)
年恰好からいうとこの寝室の主人に近いようだが、十五歳にしては小柄だし、着ている服は簡素だし、
こんな冬眠明けの仔熊のようにぼんやりした顔の子どもが王家の血筋であるはずがないと思われた。

彼女は宮廷人ではないのでむろん王族たちと面識があるわけではないが、
王太子を始め、今上の王子王女がたはそろって亡き王妃に似た美貌を謳われている。
数年前、第三王子のルネが修道院に赴くため都城を出立する際、
彼女も群集に混じって沿道から見送ったことがあったが、
十六やそこらで僧籍に入るのが惜しまれるほどの端整な貴公子であったことはいまでもよくおぼえていた。
それと引き合わせて考えれば、この少年はどう見ても第五王子というタマではない。
村人その5あたりが妥当な線である。

「あなたは―――ここの、宮中の住み込みの子?」
住み込みといえば住み込みかな、と思いオーギュストはうなずいた。
「このお部屋に何か御用が?」
寝に来たのも用件といえば言えなくもないのでオーギュストはまたうなずいた。
「そう。―――私は、今夜こちらで、その、お勤めをすることになっているの」
「そうなんだ。夜遅くに大変ですね」

毎日十時間眠っている彼からすると、こんな時間に仕事をしなければならないとは実に深刻な身の上だと思われた。
それが辛いあまりに泣いていたのだろうか。無理もないことだと思った。
「でも、部屋を間違えたんじゃないでしょうか。
ここには、お姉さんに用事のある人は来ないと思います」
「え?そうかしら。ここだと言われて案内されたのよ。
 でもそういわれれば、だいぶ前からお待ちしているのにちっともいらっしゃらないわ・・・・・・」

オーギュストも彼女のために首をひねった。
言葉遣いや挙措からして、この女性は明らかに下働きの人間ではない。
教育を受けているという感じがする。
こんな夜間にこういうひとに用事を申し付ける者がいるとすれば誰だろう。筆耕でも依頼したいのだろうか。

「お姉さんはどんなお勤めを命じられているのですか」
無邪気な声で尋ねられて、娘はぱっと顔を赤らめた。
この男の子は本当に何も察していないのだろうか。
仲間内で猥談を披露しては興がるのが当然の年恰好だというのに。
からかわれているのではないにしても、さすがに人前であえて口にできることではない。
彼女はうつむいて口を固く結んだ。オーギュストは困ってしまった。

「お節介かもしれないけど、お勤めの内容が分かれば相手を探してあげられるかもしれません」
そう言われて、娘は自分の本来の義務を思い出した。
そうだ、あの男はもう、金貨は受け取ったのだと言っていた。
然るべきおかたに然るべき務めを果たさなければ、屋敷に戻ってからミシェルの立場が困ったことになるのだ。
彼女はようやく口を開いた。小さな声でつぶやくように答える。
「子どものつくりかたを、教えてさしあげるようにと」
「えっ、それはおもしろそうだ。僕も聴講していいですか」
141十日物語:2007/12/31(月) 22:12:24 ID:+4JfdIhq

娘が顔をひきつらせたそのとき、寝室の外から大きな物音が聞こえた。
ふたりとも思わず息を呑み込む。
重々しい金属音とともに、数人の足音がひとところに集まっていく。
男たちの荒々しい声が廊下に低く響きわたる。
オーギュストはいぶかしがりながら扉のほうに歩いていった。
娘は宮中での勝手が分からないので身を硬くしたまま寝台から動けなかったが、
騒音のなかに自分の名を呼ぶ声が聞こえた瞬間、跳ねるように立ち上がった。

オーギュストを押しのけんばかりにして扉に駆けつけ、息を荒くして廊下を見ると、
暗がりの中に数本の松明が寄り集まり、甲冑を着た大男たちが平服の若い男を大理石の床に押さえつけ、縄をかけようとしている。
「ミシェル!」
長い廊下の端まで伝わらんばかりの大声で叫ぶと、娘は捕縛された男に駆け寄って跪いた。
衛兵に反抗したせいなのか、すでに殴られたあとが見える。
泣きそうになりながら抱きしめようとすると、娘は衛兵に腕をつかまれて阻止された。

「テレーズ」
うめくように男がつぶやいた。
このきれいなひとの名前はテレーズというのか、とオーギュストは初めて了解した。
「テレーズさん、この男の人とお知り合いなんですか」
「え、ええ」
ミシェルという男の顔だけを呆然と見つめながら娘は言った。
宮廷に侵入するなどという大罪を犯して、このかたはこれからどんな目にあわされるのだろう。
監獄行き、流刑、それとも死罪だろうか。涙があふれて止まらない。何も考えられなかった。

「強盗じゃないですよね」
「え、ええ」
「悪い人じゃない」
「ええ」
「あなたに会いに来たのですか」
ええ、と答える代わりに彼女は嗚咽を呑み込むようにして小さくうなずいた。
ミシェルの気持ちは分かっていた。でもまさか、こんなことをするなんて。
「じゃあ大丈夫だ。
―――そのひとを離してあげてくれないか。
もし明朝、禁軍隊長から叱責があったら僕が対応するから」

オーギュストの一言に、衛兵たちはしばらく顔を見合わせたが、
この若くおとなしそうな男が大して膂力のない一般人であることは、職業柄彼らの目には明らかであった。
闖入者が凶器を所持していないことをたしかめると、オーギュストの言うとおり縄を解いて立ち上がらせた。
そして彼に言われるまま、各人もとの持ち場に戻っていった。

「ミシェル」
三人だけになると、テレーズは夢中で青年に抱きついた。
使用人の少年が衛兵たちを引き下がらせたという事実の不自然さに気がつく余裕もないほどだった。
「あなたが、ここまでなさるなんて」
「すまない。でも、どうしても我慢できなくて。君が王子の寝台にはべるのを黙って見送るなんて。
 ―――夜伽は、もう・・・・・・?」
絞り出すような重苦しい声でミシェルは尋ねた。
「いいえ、まだいらっしゃらないの。オーギュスト殿下は」
「ここにいますよ」
142十日物語:2007/12/31(月) 22:14:04 ID:+4JfdIhq

ぎょっと飛びのくようにして、若い男女は少年のほうを振り向いた。
青年は一瞬冗談だろうという顔をしたが、娘のほうはやがて了解した。
たしかにこれで辻褄が合うのだ。
寝室で出くわしたのも、衛兵たちをひとことで下がらせたのも。
それにしてもそのへんの農夫の倅のような王族もいたものである。

「―――あなたが、第五王子殿下だったのですね」
ためらいがちにテレーズは言った。
大切な存在を助けてもらったのはありがたいが、顔をあわせた以上は勤めを果たさなくてはならないのだ。
「ええ。用件があるのは僕だったんですね。ちっとも知らなかった。
 あなたたちはどういう人なんですか。宮中勤めではないようだけど」

「―――私は、城下町の薬師の娘です。
父母を亡くしたあと、父のギルド仲間が後見人として私を引き取ったのですが、
こちらのミシェルは、私の後見人の弟子にあたります」
「じゃあ、ミシェルさんも薬師なんですね」
「ええ、まだ見習い中ですが」
この国では医師や薬師の免許は高等学府で取得することができるが、実際に開業するには数年の徒弟奉公が必要である。
オーギュストもその制度については耳にしたことがあった。

「そうか、でも免許はもう取ったんですよね」
「ええ」
「じゃあ知識は十分なんだ。それでテレーズさんは薬師の娘さんで、ご両親が亡くなったあともずっと薬屋さんにいる」
「え、ええ」
「いいですね。では、どうかふたりで僕に子どものつくりかたを伝授してください」
「―――は」

テレーズの猫のような瞳がいっそう大きく見開かれ、ミシェルの聡明そうな口元は彫刻のように凍りついた。
「廊下では暗いし、寒いから、どうかおふたりともこちらへ」
オーギュストは先に歩き出して手招きした。
「生物学の先生が、南方の湖水地帯へ標本採集に行ったままなかなか帰ってこないんです。
 この科目だけ教科書が進まなくて。
 じゃあ、最初は胞子植物の殖え方から」
143十日物語:2007/12/31(月) 22:15:06 ID:+4JfdIhq

アランの人選は正しかった。
正しかったが、時機がよくなかった。
王太子が直接召し出して依頼した侍医は、彼が見込んだとおり実直で有能きわまる男だったが、
有能な男の常として仕事を多く抱えすぎていた。
篤い信頼に応えようとありがたく命を受けたはいいが、王太子の言うような
「医学的な知識があって臨機応変で母親のように寛容な」美しい婦人というのを短期間で見つけるのは想像以上に難しかった。
それに何より、彼に強調されたように、
「経済的に余裕のある家のそこそこ欲求不満な寡婦あたりが望ましく、貧困につけこんで強要してはならない」
となるとかなり狭められてくる。
しかも通常の業務―――肺炎の流行りやすいこの時期は通常の倍くらいに膨らんでいたが―――もこなさなければならない。

根をつめやすい性格なだけに侍医はつい、城下町に足を運んだおり、宮中御用達の羽振りのいい薬問屋に苦境を漏らしてしまった。
すると見るからに福々としたその男は、自分なら心当たりがあるという。
侍医は、この薬師とは私的な交際はほとんどもたなかったが、
業務の上では付き合いが長く、信頼するに足る人物だと思っていた。
事実、この薬師はどこから見ても疎漏のない男だった。
ほっとした侍医は、「医師団でもっとも誠実な人物」の評判にたがわず、
王太子から預かった金貨の袋を中間搾取すらせずにそのまま薬師に渡し、後事を託した。

歩くたびに揺れる金貨の音色を楽しみながら、薬師は店舗の裏手にある自宅に戻った。
屋敷の奥にある一室へ足を運ぶと、彼の脂ぎった肥満体にはおよそにつかわしくない、
野に咲く鈴蘭のように儚げな娘がおずおずと出迎えた。
「まだ夜でもないのにやって来るとはどういうわけだ、と思っておるのだろう、テレーズ」
いやらしく笑いかけながら、薬師は言った。
「喜べ。高貴なおかたにご奉仕する機会だぞ。宮中に上がれるのだ」
「宮中?」
「他言は無用だぞ。末の王子殿下がお添い臥しを必要とされておられるのだ。
宮廷の人間に詳細を聞いたところ、どうやらおまえは御眼鏡にかないそうだ。十日間だがしっかり励めよ」
「そ、添い臥し・・・・・・?私が、ですか・・・・・・?」
「なんだ、生娘でもあるまいに、呆然として」
そう言うと男はいっそういやらしく笑い、細い肩を抱き寄せてあごを持ち上げた。
灰色がかった青い瞳は徐々に恐怖に支配されていった。

「同業者の誼で身寄りのないおまえを引き取って以来、十三のころからだったか、たっぷりかわいがって仕込んでやっただろう?
そのままお教えしてさしあげればいいんだ。
うまくすれば寵姫になれるかもしれんぞ」
それでも俺のほうは元はとれるから案じることはない、といいたげに彼は金貨の袋を鳴らして見せた。
「私、私はいやです・・・・・・!」
「ほう、いやか。俺への操立てというなら聞き入れてやらんこともないがな、そうではあるまい。なあ、ミシェル」

薬師は振り向くと、扉の向こうに待機させていた弟子を呼び入れた。
青年は青ざめた顔でゆっくりとふたりの前に現れた。
「すべて聞こえただろう。おまえの慕うこの娘は尊いおかたにお仕えするんだ」
「し、慕うなどと・・・・・・」
「はん、少しでも目を離せばおまえたちが今にも密通しそうな仲だということは分かっている。だがいいかげん観念しろ。
その日が着たらおまえが馬車を出してテレーズを宮廷まで連れて行け」

「それだけはお許しください!」
心の底で恋焦がれる男の手で他の男の寝台に連れて行かれるなど、とても耐えられそうになかった。
テレーズは文字通り跪いて哀願した。
「往生際の悪い娘だ。誰のおかげでこれまで飢え死にしなかったと思っている。
宮中に上がってから、勤めを放棄しようなどと考えるなよ。
ましてふたりで逃げるなど論外だ。こいつのギルド加入資格を守ってやりたいならな。
ギルドを捨てる気ならどこへでも去れ。さっさと行き倒れるがいい」

そういい捨てると、薬師は足音と金貨の音も荒々しく部屋を出て行った。
金庫へ向かったのだろう。
残されたふたりは青ざめたまま、沈黙のなかで見つめ合っていた。
144十日物語:2007/12/31(月) 22:23:46 ID:+4JfdIhq

そして彼らはいまも顔を見合わせていた。
ただし青ざめてはいない。けれど困惑と若干の不安を浮かべている。
胞子生殖で始まり、種子生殖に移り、なぜか花粉を運ぶ昆虫の生態学に話が飛び、
そして医薬品に用いられる動植物の養殖・栽培方法を解説しているうちに、十日間の講義がようやく終了した。
これから自分たちはいったいどうなるのか。
たしかに王子の要求は満たしたし、「子どものつくりかた」を教授したと言っても詐欺にはならないのだが、
このまま帰宅してどこかからお咎めは出ないのだろうか。
何しろ親方の薬師は大枚を受け取っているのだ。

「十日間どうもありがとう。とてもおもしろかったです」
オーギュストはふたりの顔をかわるがわる見てうれしそうに言った。
「お礼をしないと」
「あ、いえ、それはもう、いただいているのです」
テレーズが正直に答えた。
「そうなんだ。いくらぐらいですか」
薬師の娘と薬師の卵は顔を見合わせた。
「分かりません。たくさん、だと思いますが」
「もらったのに不明なのですか?」
「受け取ったのは我々ではないので」
「えっ、じゃあ、テレーズさんたちはもらえないの?」
「―――ええ、たぶん」
「お金をもらったのは?」
「私の後見人です」
「そうなんだ。えーと、じゃあ、どういうことだろう」

彼の実生活においては非常に珍しいことに、オーギュストは論理的な思考をがんばって働かせようとした。
「テレーズさんの後見人さんは自分だけお金をもらって、テレーズさんにただで子づくりをさせようとして、
それがかわいそうだからミシェルさんが追いかけてきて子づくりに加わって、僕のためにふたりで講義をしてくれた、
つまりこういうことですか?」

そこには大いに飛躍と省略があるような気がしたが、本質からはまあずれてはいないので、ふたりは消極的ながらもこくりとうなずいた。
「それはひどい」
オーギュストは本気で立腹して言った。
そのことばはありがたかったが、どうしようもないのです、と言いたげに若い男女は一瞬目を合わせ、また離した。
たとえこの王子が自身で謝礼を払ってくれるといっても、結局あの強欲な保護者に没収されるのは目に見えている。

「それで、テレーズさんとミシェルさんは早く独立して、ふたりで一緒にいたいんですね。
そうでしょう」
珍しく人並みの観察眼をはたらかせて―――それでも八日目にようやく気がついたのだが―――、オーギュストは付け加えた。
ふたりは答えなかったが、そろって紅潮した頬がすべてを物語っていた。

オーギュストはしばらく黙って宙を見ていた。
やがて何かを思い出したような顔になり、急いで立ち上がると、部屋の隅にある小卓の引き出しを開けて、
羊皮紙のような頑丈な紙と何か小さな立方体のようなものを取り出した。
羽ペンを取り出しすらすらと一筆書いて最後に署名をすると、封蝋をして上から立方体を押し付ける。
そしてテレーズたちに差し出した。
「ノルマディアは好きですか」
ノルマディアとはこの国の北部に位置する寒冷地帯である。
行ったこともないのでふたりには好きも嫌いもなく、なんとも答えようがない。

「寒いところだけど、ニシンもたくさんいるし、たぶんそんなに悪いところじゃないと思います。
 このあいだの誕生日で十五歳になって法律上成人したので、
父上から封爵地としてあそこをいただいたんです。忘れていました。
今僕の代理で治めている長官はちょっと強面だけど、とてもいいひとなんです。
もし後見人さんと別れて都を引き払う気持ちが固まったら、ちょっと遠いけどあそこに行って長官に会ってみてください。
薬師の免許と一緒にこの手紙を見せれば、あの土地のギルドに入れるし、
新しい親方さんを見つけて奉公期間を終えれば、必ず開業許可を出してもらえますから。
略式だけど王家の印章が封蝋に押してあるから、街道の関所はこれを見せれば通れるはずです」
145十日物語:2007/12/31(月) 22:24:50 ID:+4JfdIhq

言いながらオーギュストは小卓の引き出しをひとつずつ開けていった。
「あれ?ここだと思ったんだけどな。ここかな。ちがう。
あ、ここだ」
取り出したのはびろうど張りの美しい小箱だった。
「これ、講義のお礼です。
 僕は現金って持たせてもらったことがないので、こういうのしかなくてごめんなさい。
 たぶん売れば金貨何枚かにはなるんじゃないかな」
差し出された小箱をテレーズが恐る恐る開けてみると、黄金の台座に驚くほど大きなエメラルドがはまった指輪だった。
彼女もミシェルも鑑定眼はもたないが、この夜陰を切り裂く刃のような煌きを見れば、
そして王族の所持品であることを考えれば、何もかも本物であることは疑いなかった。

「―――いえ、こんな身に余るものはいただけません。
この御文だけで我々には十分です。感謝のことばもありません」
唖然として固まってしまったテレーズの代わりに、ミシェルが深々と礼をして言った。
「でも、子づくりのお礼をしなくっちゃ」
「いえ、子づくりって・・・・・いやそれはもう、本当に。
そもそも、こんな高価なものは市井ではそうそう売買できないのです。
だからお気持ちだけをありがたく」
「売れなかったら、持っていてくれるだけでもいいんです。婚約指輪の代わりに。
これはこのあいだの試験で優等をとったご褒美に父上からいただいたものだから、そういうと変かも知れないけど」
「いいえ、そんな恐れ多いことは・・・・・
もし殿下がご自分でご着用されないのであれば、やはり未来の奥方様にお贈りになるべきかと」

「僕、まだ婚約者がいないんです。
このあいだ『このぶんだとおまえは一生嫁が見つからんかもしれん』ってアラン兄上がぼやいてました。
兄上のいうことは大体いつも正しいので、僕は一生独身な気がします。
だから、これはテレーズさんのために、あなたの未来のお嫁さんのために持っていてください。
この手紙を身分証明書がわりにすれば、
戸籍がなくてもあちらの教会と役所で結婚登記を受け付けてくれるはずだから、心配しないでください」

王子はどうしても譲ろうとしなかった。
やがてふたりは恐る恐る跪いた。
オーギュストの手をとって長い接吻をしたあと、彼らはようやくのことで立ち上がり、
手紙と小箱を丁重にふところにしまうと、何度も礼を述べて辞去していった。
互いをいたわるように寄り添いつつ夜陰に消えていくふたりの背中を見ながら、オーギュストはふとためいきをついた。
僕にも一生の苦楽を分かち合う誰かが、お嫁さんがいるといいなあ、と初めて思った。
146十日物語:2007/12/31(月) 22:28:24 ID:+4JfdIhq

午前の光が差し込む執務室で書類の束に囲まれながら、アランはいつになく軽やかな気分で仕事を進めていた。
今日ようやく、末弟が成長を遂げたという最終報告を聞けるのだ。
これでもう彼の人生の先行きと縁談の結果について気を揉むことはなくなるのだ。
長きにわたる懊悩案件のひとつがこれで解消されたのだと思えば、気分が軽くならないはずがない。
ついでにいうと、ここ数日来妻の身体がますます敏感な方向に目覚めていくのをはっきりと感じる。
こんな朝っぱらから我ながらどうかとは思いつつも、
何かにつけて彼女の夜毎の痴態と羞恥に染まる表情を思い出さずにはいられないのだった。

来訪者を告げる衛兵の声が聞こえた。
急いで口元を引き締めて入室を許可すると、待ちわびた人影がとことこと入ってきた。
「兄上、おはようございます。お呼びでしょうか」
「おはよう。―――気分はどうだ」
「とてもいいです。ありがとうございます」
「そうか、それはよかった」
そこでふたりは沈黙した。アランは咳払いをした。

「―――で、昨日までの十日間はどうだった」
「えっ、兄上はなぜご存知なのですか」
驚いたような声を上げる末弟をアランは手で制した。
「ひょっとして、兄上が何もかもお取り計らいくださったのですか」
「んん、まあ、そうだ」
やや照れたように言いづらそうに彼は答えた。
「ありがとうございます。とてもためになりました」

「そうだろうとも。
で、どの程度教えてもらったんだ。ちゃんと十日間全部活用できたか?
オニヤンマとかギンヤンマの話にはそれなかっただろうな」
「ええ、トンボ目の話はなかったです。ぜんぶで五十種類くらいかな」
「・・・・・五十種類?」
アランは思わず手にしていた羽ペンを落としそうになった。
「五十種類とは、いや、そんなはずは」
(俺だって実用として五、六種類、知識として二十種類くらいしか知らんというのに)

長兄の声が珍しく動揺しているのがオーギュストには不思議だった。
十日間で教わるものとしてはそんなに不自然な数だっただろうか。
「一晩に五種類ですから、そんなに大変ではありませんでしたよ」
「・・・・・・そうか・・・・・・」
俺はこいつをみくびっていたのかもしれん、とアランは思った。

「それなら、まあ、いいんだ。レパートリーが少なすぎるよりはな。
 あー、相手の女はその、行き届いていたか?
 医学的な面からも、ちゃんと体系的な知識を授けてくれたか?」
「ええ、それはもう。そういうお家に育ったひとだったので。
 それにもうひとり本職の男のひとも参加してくれましたし」
「なんと、三人だったのか。複数で絡むのは上級者向けという気もするが・・・・・・」
「そうですね、途中からやや高等になって難しくなりました」
「だが、もうひとりが男なのはかえってよかったかも知れんな。
 実地でいろいろと見せてもらえる」
「ええ、ためになりました。
 三日目ぐらいから商売道具ももってきてくれて。いろいろな種類があるんですね。
同じ棒状のものでも太さが何種類もあるんです」
調薬に使うすりこぎのことを思い浮かべながら、オーギュストは言った。
ただすりこぎという名称だけが思い出せなかった。

「道具か・・・・・まさかおまえがそこまで知悉するようになるとは・・・・・・」
たった十日間だというのに弟のめざましい成長を目の当たりにして、
アランは彼にしては珍しく目頭が熱くなる思いだった。
これで父上も、天国の母上も、末子の先行き不透明な人生に心を痛められることはあるまい。
147十日物語:2007/12/31(月) 22:29:45 ID:+4JfdIhq

「ああ、そうだった。病気予防の知識もちゃんと授けてもらったか」
(複数だったり道具を使ったりするとなるとその点は肝要だからな)
昔のことを思い出しつつ、アランは慎重に尋ねた。
「ええ、しっかりと。いったん病気にかかると大変なんですね。
僕これまで考えたことがなかった。経済的にも被害が甚大だし」
「そうだとも。まあ、我々の場合は経済面よりも名誉の問題だがな」
「あとは害虫の駆除方法ですね。
薬草を栽培して採取して保存するまでには、薬師や山里のひとたちの多大な手間ひまがかかっているんですね。
初めて知りました」
「そうだ、最初のうちはぎこちなくても手間ひまをかけてだな―――ああ゛?」

アランは書類から目を上げて末弟のほうを見た。
「おまえいまなんと言った」
「害虫の駆除です」
「害虫」
「そのあとは株の分け方を。これも繁殖ですよね」
「―――オーギュスト、おまえ、この十日間何を教わっていた。
 いや、何を教えてくれと頼んだんだ」
「ですから、子づくりを」
「草花の、か?」
「正確には薬効のある植物を主体に」

このとき長兄の端整な顔に浮かんだ変化を何かに例えようと思っても、
オーギュストにはなかなか適当なことばが見つからなかった。
ひとことでいえば朱に染まったというべきだが、そこに現れた凄まじい気迫はあらゆる形容を寄せ付けなかった。
日常生活において事態の転変を即座に把握することに慣れていないオーギュストでさえ、
これはどうやら兄の身に何か起こったらしい、ということはすぐに分かった。

「兄上、大丈夫ですか」
「決まりだ、おまえの命運は」
「え?」
「ルースの姫をおまえに娶らせる。せいぜい鍛えてもらうがいい」
そのあとは手振りだけで無言で追い返された。
あと数日は口を聞いてくれなさそうな兄の剣幕を思うとオーギュストは悲しくなったが、
ひとつだけ彼の心を明るくしてくれる事実があった。

(僕にもお嫁さんができるんだなあ)
どんなひとだろう、と思いながら彼は静かに扉を閉めた。
各所に点在する衛兵の姿を除けば、広い廊下は見渡しても誰もいない。
朝の清涼な空気はまだそこかしこに残っているように感じられ、
オーギュストにはなぜか、それが幸福の予兆のような気がした。
そして深く息を吸い込むと歩き始めた。
飾り窓から降り注ぐ午前の淡い光は、栗色の髪や瞳に陽だまりをつくりつつ、
足取り軽やかな影を大理石の床に投げかけていた。

(終)
148十日物語:2007/12/31(月) 22:33:36 ID:+4JfdIhq

これまで読んでくださった方々、ご感想をくださった方々、
ご多忙のなかメンテナンスをしてくださっている保管庫の管理人様、
いつも本当にありがとうございます。
時系列が滅茶苦茶なシリーズにもかかわらず、
読んでいただけていると思うと本当にうれしいです。

非常にどうでもいい情報ですが、
そろそろ(いや、三話目ぐらいからすでに)きつくなってきたので
次回からは題名に数字を入れなくなると思います。
ひょっとしてシリーズとして読んでいただく際の
目安になっているかもしれないと思ったので、ご参考までに申し上げます。
それでは皆様よいお年をお迎えください。

年内に区切りをつけたかったばかりに、
他作者様のシリーズ要望コメントのすぐ後に投下してしまい
申し訳ありませんでした。
149名無しさん@ピンキー:2007/12/31(月) 22:55:12 ID:tf3Wsrdb
うわあ、大晦日に初めてのリアルタイム! しかも大好きなシリーズ!
乙、乙、乙です!

オーギュストのボケっぷりが周囲に伝染して行くあたり、何時も読んでいて愉しくなって来ます。
彼は本当に良いキャラですね。
何だかこちらまで幸せの予感をお裾分けして戴いたようで、嬉しいです。

又来年も、ご登場を心よりお待ちしております。良いお年をお迎え下さい。
150名無しさん@ピンキー:2008/01/01(火) 14:05:23 ID:+CKB0VeG
GJ!GJ!
お年玉いただきました〜。
このシリーズとっても楽しみにしています。
151名無しさん@ピンキー:2008/01/01(火) 17:36:52 ID:lUhrvtVZ
エロくて+いいお話ですね。
時系列ではなくても、
キャラクターや話の骨子がしっかりしているので読んでいて大変面白いです。
今回のお話も、ああこうやって第一話につながっていくのだなと
まるでパズルのピースがはまるように全体像が見えてきたように感じました。
152名無しさん@ピンキー:2008/01/01(火) 20:09:51 ID:g/gAuA7g
作者さんthx!このシリーズ、大好きですー。

(分っていたことですが、)ラストでオーギュストがマリーと
結婚することに決まってホッとしました。

今回の話を読んだら、第1話を無性に読み返したくなりました。
保管庫へ行ってきます。(保管庫管理人さんもいつもthxです。)
153名無しさん@ピンキー:2008/01/01(火) 20:59:17 ID:g77ZBB5q
このスレを愛する皆様、あけおめ&ことよろです。
>>148
年明け早々お気にシリーズの新作が読めて嬉しい!
王太子夫妻の絶妙な機微とエロスの描写はいつもながらお見事。
オーギュの天然っぷりから生じる誤解が今回は思わぬ人助けに
なる辺りがとってもツボでした。
メインであるマリー&オーギュはもちろん好きですが
『ガルィア王室顛末記』として残る兄王子や王女のエピソードも
読んでみたいです。(特に前衛詩人の第二王子にwktk)
154名無しさん@ピンキー:2008/01/02(水) 02:19:41 ID:/R6baFkL
政略結婚で顔も知らない相手に嫁ぐってシチュエーションが好きなんで一本書いてみた。
エロ薄めだが投下します。
155シャルル×アデーレ 1:2008/01/02(水) 02:20:51 ID:/R6baFkL
 視界を覆う薄いヴェール。これを外すことが出来るのは夫一人だけ。しかし、夫のことをアデーレはよく知らない。知っているのはシャルルという名前と伝え聞く人柄だけ。
 船に乗って海を越え、生まれた土地から遥か遠い異国の地へと嫁いできたのだ。港へ着いて王城へ向かうまでの道中、窓の外を眺めていたアデーレは驚きの連続だった。道行く人々は何もかもが違った、肌の色や髪の色までも。
 アデーレは自身の手を見つめた。公国の人々は皆白い肌をしていた。日に焼けてはいたが、それでも白い。アデーレの肌は褐色だ。
「疎ましく、思われるかしら」
 アデーレは知らずぽつりと呟いた。
 黙って傍らに控えていた侍女がそれを聞いて不愉快に片眉を上げる。
「姿形であなたを判断するような朴念仁は捨て置けばよろしいのです。閨へ足を運ばぬというなら寧ろ諸手をあげて喜びます。あなたを汚らわしい男の毒牙にかけずにすみますから」
「まだ何も言われていないのよ、マリーア」
 歯に衣着せぬ物言いにアデーレは困ったように、けれど決して不快ではない様子でマリーアを見上げた。
「いいえ。男とは外見ばかりに気を取られる馬鹿な生き物です。顔の造形だの胸の大きさだのとくだらないことばかり気にして。特に身分の高い男ほど女をせいよ……言いすぎました。とにかく、あまり期待はなされないことです」
 アデーレの視線に気づき、マリーアは咳払いをして話を終わらせる。
 国を出る前からマリーアは何度もそう言っていた。アデーレの結婚は、国と国との結びつきを強めるための政略結婚だ。愛を期待してはいけないとマリーアは言う。
「でも、シャルル様がそうとは限らないでしょう」
「必要とあらば身内すら手にかける非情な人間。政治手腕に優れ、武芸に秀で、浮いた噂は一つもない。私が耳にしました公子殿下の噂は簡潔に言うとこうですが」
 マリーアは意地悪だとアデーレは思う。
「人間味溢れるとは思えませんね。愛を語るあなたを鼻で笑う類の人間でしょう」
 確かに感情のない人間だの冷血漢だのとあまり好ましくない噂ばかりが耳に入る。
「ねえ、マリーア。噂はあくまでも噂よ。シャルル様に直接お会いするまで本当のあの方は私にはわからないわ」
 それでも、アデーレは努力しようと思っている。諦めるのは簡単なのだからやるだけやってから諦めたい。
 そうして、アデーレはシャルル公子に捧げるべき愛情を胸に抱いて式の刻限を待つのであった。


156シャルル×アデーレ 2:2008/01/02(水) 02:21:53 ID:/R6baFkL
 遥か南方に位置するアデーレの国と比べ公国は豊かだ。更に大きく豊かな王国の属国であるとはいえ、国力は倍以上。そもそもアデーレの国が小さいのだ。つまり、立場からいってアデーレは公子に対して強い態度には出られない。
「姫様、どうぞ毅然となさって下さいませ」
 憤懣やるかたないマリーアの様子を眺め、アデーレはそのことをようやく理解した。緊張のままに式に臨み、気がつけば一人で離宮にいた。
「小国の姫とアデーレ様を軽んじておられるのかもしれません。ですが」
「マリーア。私はかまわないから、そう怒らないで。シャルル様もお忙しいのでしょう」
 式が終わり、宮殿で宴が催された。シャルルは花嫁には目もくれず賓客に一通り挨拶をしたと思えば、早々に立ち去ってしまった。取り残されたアデーレは義妹に促されて新しい住まいとなる宮殿の西に位置する離宮へと向かったのだ。
 そして、用意された部屋で待機すること数時間。日も暮れてだいぶ経つがシャルルは現れない。
 マリーアの言うようにアデーレを軽んじているのかもしれない。しかし、去り際に義妹が口にした言葉がアデーレの胸に残っている。
 ――口には出さないけれど、兄はあなたの到着をとても楽しみにしていたのだと思います。今日は朝からそわそわとしていましたから。
 ――どうか、眠らずに待っていて下さい。こんなに愛らしい花嫁と一言も話せなかったなんて、兄が拗ねてしまうかもしれませんから。
 ふわふわと柔らかな雰囲気の義妹は笑顔でそう言った。兄への愛情に満ち溢れた素敵な笑顔だった。
 だからアデーレは待つことに決めたのだ。義妹にあんな顔をさせるのだからシャルルは良い兄なのだろう。それならば、良き夫にもなれるかもしれない。
「マリーア。あなたは下がってもかまわないのよ。今日は疲れたでしょう? 明日からも私のために頑張ってもらわなければならないのだから、もう休みなさい」
 やんわりと、けれど後半は紛れもない命令だ。マリーアは深々と溜め息をつき、何か言いたげに口を開いたが諦めたように首を振る。
「姫様も無理をせずにお休みなさいませ」
「ありがとう。もうしばらく待ってもいらっしゃらなければ休むわ」
 頷き、マリーアは名残惜しそうに退室する。
 一人になったマリーアは深く息をついて体の力を抜いた。
「確かに、少し疲れたわ」
157シャルル×アデーレ 3:2008/01/02(水) 02:22:55 ID:/R6baFkL
 マリーアが出ていった側とは反対にある扉をちらりと見る。扉の向こうには夫婦の寝室がある。本当なら今頃は二人で休んでいるところだろう。
 アデーレは式の最中に見たシャルルの姿を思い出す。
 淡い金の髪は短すぎず長すぎず、切れ長の目は深い紫。均整のとれた体つきをしており、背は高い。見た目は整っている方だろうが、アデーレはなぜか怜悧な印象を受けた。
そして、それが整った外見のすべてを殺してしまっている気がした。いや、むしろ整った顔立ちのせいで受ける冷たさが増している気もする。
「でも……」
 声は素敵だったとアデーレは思う。よく通る低めの声は心地良く響いた。シャルルの声だけはアデーレに好印象抱かせた。
 ゆったりとした長椅子に深くもたれていると強烈な眠気が襲ってくる。無理もない。昨日公国へ到着したばかりであり、昨晩は緊張のあまりよく眠れなかったのだから。
 眠ってはいけないと思うが、体は貪欲に睡眠を求める。うつらうつらしながらもアデーレは必死に目を開けてシャルルを待った。



 まるで宙に浮いているかのように体が不安定に揺れる。不思議に思ったアデーレが目を開けるのと体が柔らかな場所に沈むのはほとんど同時だった。
「すまない。起こしたな」
 ぼんやりと虚ろな視界を定めようと苦心していると、靴を脱がされ、髪を解かれる。
 薄明かりの中で金糸が揺れた。
 それを目の端でとらえ、アデーレはそちらへ視線を向ける。視界に映ったのは眠らずに待っていたシャルル公子であった。
 シャルルはアデーレを寝台に横たわらせ、自らも傍らに腰を下ろす。
「シャルル……さま?」
 シャルルはアデーレの顔にかかる髪を避けてやる。
「疲れているなら眠っていていい」
「起きて……お待ちするつもり、でしたのに」
「いや、私が悪い。あなたが気にやむ必要はない。昨日も会いに行けず……すまなかった。気を悪くしてはいないか?」
 夢から覚めきらないアデーレは頬に触れるひんやりとした手に自分から頬をすりよせる。
「少し淋しかったわ。でも、いいのです。今、側にいて下さるのだから」
 シャルルは僅かに目を細め、アデーレをまじまじと見下ろす。
 微かに寝台が軋む。そして、シャルルがアデーレに覆い被さるようにして額に口づけを落とした。
「今日はゆっくり休むといい。明日は早めにあなたとの時間を作ると約束する」
「はい、ありがとうございます」
158シャルル×アデーレ 4:2008/01/02(水) 02:23:48 ID:/R6baFkL
 とうに瞼が落ちているアデーレは夢への入り口を彷徨いているようだ。それでも、シャルルの言葉に返事を返す。
 シャルルは頷いて、アデーレが寝付くまでずっと頬や髪を撫でていた。



 ブリジットの部屋は白を基調に品良くまとめられており好感が持てた。一見質素に見えるが、よくよく見れば家具調度品のすべてが価値あるものだとわかる。
 アデーレはブリジットの部屋で彼女とともに紅茶を飲んでいた。
 式から一夜明け、公子妃としてこなさねばならない年中行事など様々なことをアデーレはブリジットから教わっている。
 彼女が自分の教育係を自ら買って出たと聞き、アデーレは少し気が楽になった。ブリジットは年も近く、気さくで優しく話しやすい。今日一日でずいぶんと打ち解けることができた。
 休憩だと言われて連れられた彼女の部屋はアデーレの好みに合い、ますますブリジットへの好感が高まる。
「昨夜は兄を待っていらして?」
 他愛ない話を少しした後、ブリジットは興味津々な様子で切り出した。これを話したくてアデーレをお茶に誘ったらしい。
 アデーレは何といったものかと難しい顔をする。待っていたは待っていたがいつの間にか眠ってしまっていた。
「お待ちしていたのだけれど、気がついたら朝だったわ」
「あら。待ちくたびれて眠ってしまったのかしら」
 ブリジットにずばり言われてアデーレは不本意ながら頷いた。
「そう。兄様との初夜はどうだったか、私、とても興味があったのに」
 思わず紅茶を吹き出しかけ、アデーレは我が耳を疑った。
「だって、兄様ったら男色家かと疑うほどに浮いた話の一つもないのよ」
 まじまじと見つめるが、ブリジットはさして気にした様子もなく話を続ける。
「何度かそういう機会を作って差し上げたのに一度も手をつけないし。きちんと初夜を迎えられるか妹として心配でたまらなかったわ。ああ、大丈夫かしら」
 高貴な女性がそんな下世話なと思い、アデーレはそわそわと落ち着かない。マリーアが聞いていたらこれでもかというほどに眉間に皺をよせたに違いない。
「し、シャルル様には恋人はいらっしゃらなかったの?」
 けれど、夫の過去の女性関係に興味がないわけではない。マリーアに心の中で密かに謝罪し、アデーレはブリジットに問いかける。
159シャルル×アデーレ 5:2008/01/02(水) 02:24:42 ID:/R6baFkL
「私が見る限り、そういう相手がいたことはなくてよ。兄様のことだから誰にも気づかれずにうまくやっていた可能性はあるけれど。あの歳になるまで愛人の一人もいなかったとは思えないもの」
 歳と地位に見合うだけの経験はあるのだろうとはアデーレも思っていた。年頃になれば周りが世話をするものだ。
「でも、心配はいらないわ。あなたを妻に迎えたのだから、兄様にはあなただけ。妻は一人と昔から言っていたもの」
 からかうような表情を見せられ、自分がどんな顔をしていたか気づいてアデーレは頬を染める。妬いたわけではないが複雑な気持ちになったのは確かだ。
「今日はまだお会いしていないの」
 もじもじしながらアデーレは言う。
「昨晩お会いした気もするけれど、夢を見ていたような気もするわ。でも、誰かが寝台に運んで下さったのだから、あれはやはりシャルル様だったのかしら」
 目が覚めた時には一人だった。いつ寝台に入ったかもわからず、記憶をたどれば朧気だがシャルルと会話した気もする。アデーレはあれが夢か現実かわからずにいた。
 ブリジットはアデーレの様子をしばらく眺め、にやりと笑う。
「よかったわ。あなたなら兄様を幸せにできそう」
「え?」
「兄様、昔から小動物に弱いのよ。昔は怖い顔してリスなんかをじっと見つめていたりしたわ。あなたは小さいし、ふわふわしてるし、兄様が好きそう。それに、兄様を愛してくれるのでしょう?」
 ブリジットの笑みは語るにつれて穏やかなものに変わりいく。
 頷くに頷けず、アデーレは躊躇いがちに口を開いた。まだ愛しているといえるほど接してはいないのだ。
「愛情を互いに抱ければいいとは思うわ。そのための努力は惜しまないつもりよ」
「それで十分。よくって? 心ない者が何と言おうと兄様は情に篤い方よ。あなたが愛情深く接すれば兄様も同じかそれ以上に愛して下さる。それを覚えていて」
 アデーレは深く頷いた。
 シャルルはブリジットにとても愛されている。噂通りの冷血漢ならばブリジットがこんなことを言うはずはない。アデーレはそれを嬉しく思う。
「あなたはお兄様がとても好きなのね」
 曖昧に言葉を濁しながら照れたように笑うブリジットを見て、アデーレはますます気を良くするのだった。



 湯浴みを終え、マリーアを伴ってアデーレは自室へ戻った。寝室へ赴く前に身支度をすませるためだ。
「遅かったな」
160シャルル×アデーレ 6:2008/01/02(水) 02:25:28 ID:/R6baFkL
 扉の前に立っていた警護の武官が何か言いたげな顔をしていた理由をアデーレは悟った。
「女は風呂が長いものと知ってはいたが、あなたも例に違わぬようだ」
 振り返ればマリーアが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
 長椅子に掛け、アデーレの読みかけていた書物を膝上に広げ、シャルルがアデーレを待っていたからだ。
「夫とはいえ、姫様の私室に無断で居座るなど礼を失するのではありませんか」
 シャルルが部屋にいることに驚き、こういう時の対応が何一つ思いつかないアデーレを守るように、マリーアが一歩足を踏み出した。
「君の大切な姫君と昨夜約束を交わしてね。今日は昨日の分まで二人きりの時間を作る、と」
「それとこれとは関係」
「あるんだよ。私は一刻も早く会いたかったのだ。それは理由にならないか?」
 椅子から立ち上がらないシャルルを、マリーアは必然的に見下ろす形になる。静かに、けれど確実にマリーアの怒りが沸点に近づきつつあることにアデーレは気づく。
 こほんと小さく咳を払い、アデーレはマリーアの手をそっと握る。
「マリーア。もう下がって。シャルル様は私を迎えにきて下さったのだから、大丈夫よ」
 宥めるように握った手に力を込める。マリーアは昔から過保護であったが、他国に嫁いだアデーレを守ろうと肩に力が入りすぎているように見えた。一人でも大丈夫だと安心させてあげたい。
「ですが、姫様」
「私を気にかけて下さるならば、それは喜ばしいことだわ。ね、マリーア」
 精一杯微笑めば、まだ不満げではあるがマリーアは頷いた。
「無理をなさる必要はないのですから。どうか、ご自身を大切に」
 最後にちらりとシャルルを見やり、マリーアは部屋を後にした。
「あなたの侍女に嫌われているとは思わなかった」
 閉じた扉に向かってシャルルがしみじみと呟く。
「マリーアは、私のことをとても大切にしてくれます」
「そのようだな。私はまるで獣にでもなった気分だ」
 気を悪くしただろうかと表情をうかがうが、そこには何の感慨も浮かんではいなかった。
 アデーレは躊躇いがちにシャルルへ近づき、長椅子の端に腰掛けた。
「本当に、迎えにきて下さったのですか」
 問えば、シャルルは片眉を上げる。
「他に何をしにきたと? あなたに早く会いたかったと言っただろう」
 疑われるのは心外だとシャルルの口調が伝える。
161シャルル×アデーレ 7:2008/01/02(水) 02:26:52 ID:/R6baFkL
 アデーレは感情の薄いシャルルの表情をまじまじと眺めた。昨日も思ったが顔の造形はかなり整っている。派手な華やかさはないが美形だと思う。
「まさか迎えにいらして下さるとは思いませんでしたから。ほっとしています」
 ちゃんと人を愛せる人なのだと安堵した。
 二人の間にあいた隙間をシャルルが狭める。
「ほっとした?」
「あなたはご自身がどのような評価を得ているかご存知かしら」
「……政略結婚の相手など捨て置くと思ったのか」
「そうでないといいと思っていましたわ」
 シャルルの手が頬に触れる。ひんやりと冷たい感触にアデーレは思わず目を閉じた。
 羽根が触れるように唇を何かが掠める。目を開いたアデーレはシャルルの顔の近さに驚き、さっきの感触は唇だと気づく。
 手のひらは背に回され、腰までをなぞりながら下ろされる。腰に手を添えられ、左手をとられて引き寄せられる。
 シャルルはアデーレの左手のひらに唇を当て、それから頬に当てた。
「血の通わぬ男だと言われているのは知っている。否定はしない。必要に差し迫られれば私はあなたすら手にかけるだろう」
 真摯な眼差しで愛の言葉とは正反対の言葉を口にする。
「父はもう、あまり長くない。子を得るまでが長かったのだ。順当にいけば次の大公は私だ。
私が第一に考えねばならないのはあなたではない。私自身でもなければ、血を分けた肉親でもない。私は、民を第一に考えねばならない」
 アデーレはますます安堵の気持ちを強くする。シャルルはアデーレと真摯に向き合うためにこんな話をするのだと思えば素直に嬉しい。
「冷たい男と厭わしく思われても仕方がないのはわかっている。政務にかまけてあなたを蔑ろにすることもあるかもしれない。だが、それでもあなたのことは大切にしたいと思っている」
 アデーレの手のひらに頬を押し付け、シャルルは目を閉じた。
「だから、一つだけ我儘を言う。命令でないからきくきかないはあなたの自由だ」
 深く呼吸し、シャルルは低く囁くように呟いた。
「できるなら、嫌わないでいてほしい。好きになってもらえると……嬉しい」
 拗ねてしまうと言ったブリジットの言葉を思い出し、目の前のシャルルを眺め、合点がいったとアデーレは微笑む。
 たぶん、きっと、公子殿下は寂しがり屋なのだ。
「私、あなたのこと好きになれそうですわ」
162シャルル×アデーレ 8:2008/01/02(水) 02:27:44 ID:/R6baFkL
 目を開き、シャルルはアデーレを見つめる。双眸に射抜かれ、アデーレは心を見透かされるような感覚を覚える。しかし、嘘はついていないのだと真正面から見返した。
「あなたを愛してもいいだろうか」
 左手を掴んでいた手が背へ回され、シャルルが更に近づく。吐息のかかる距離に緊張しつつ、アデーレは肯定の意味を込めて小さく頷いた。
 唇が重なる。
 濡れた感触とともに舌が入り込み、柔らかく刺激を与えてくる。これが男女の口づけなのだと思いながら、アデーレはシャルルの舌に自らの舌もおずおずと絡めた。
 唇が離れるとシャルルはアデーレを長椅子に押し倒し、覆い被さってきた。
「シャルル、様」
 さすがにここでは困る。はしたないのではないだろうか。
 意外に逞しい胸板を軽く手で押し、アデーレは項に唇を押し付けるシャルルに抵抗をみせた。
「ここでは、だめです」
 シャルルの手は優しく、触れられた場所から溶けていきそうになる。もっと触れてほしいと願いはじめた自身を戒め、アデーレはシャルルを止める。
 少しだけ体を起こしたシャルルが緩慢な仕草で髪をかきあげる。
「あの……」
 身を起こし、シャルルはアデーレを抱きかかえて迷いない足取りで歩む。
 廊下とは逆に進み、扉を開くとアデーレの為の寝台が現れる。夫婦のためのものより一回り小さいものだが、二人で横になるのに支障はない。
 寝台にゆっくりと下ろされ、アデーレは思わず唾を飲み込んだ。
「寝室まで待てない私を許してほしい」
 そうして、シャルルは再び唇を重ねる。先ほどよりも長く情熱的な口づけにアデーレは眩暈を感じた。
 口づけを続けながらも、シャルルの動きには迷いがない。アデーレの衣装を簡単に取り払い、一糸纏わぬ姿にしてしまうと今度は自身の衣装に手をかける。
 何度も繰り返された口づけが止み、ようやく唇が離された時には二人とも肌を晒しており、アデーレは少しだけ慌てた。こんなに簡単に肌を晒されてしまうとは思わず、戸惑いは隠せない。
「綺麗だ」
 けれど、肌をシャルルの手がなぞり、うっとりとした調子で囁かれれば抵抗する気は失せてしまう。
 アデーレはシャルルの表情をうかがう。相変わらず表情は薄いが、綺麗だと本心から思ってくれているのはわかる。
 シャルルがたわわな乳房を包むように触れ、鎖骨の辺りに唇をよせた。
163シャルル×アデーレ 9:2008/01/02(水) 02:28:53 ID:/R6baFkL
 アデーレは安堵した。褐色の肌、薄い色の瞳と髪。公国の人間とは違う外見をシャルルは嫌わずにいてくれた。綺麗だと囁いてくれるのが嬉しくてたまらない。
「ん、あ……」
 鎖骨から乳房を伝い、シャルルの舌が頂を舐る。そっと優しく、舌で転がされてアデーレは喘いだ。
 ぞわぞわと背筋をかけるものがある。初めての感覚に僅かながら恐れはあるが、決して嫌ではない。
 いつの間にか太股を撫でられていたことも、そのまま付け根へ手を滑らされたことも嫌ではなかった。
 シャルルの行為はすべてが初めてのことばかりで、アデーレはただただ受け入れることしかできない。
 しかし、シャルルが膝を割って体を滑り込ませたときはさすがに羞恥から足を閉じようと試みた。こんなに大きく足を開いたことは未だかつてない。
「アデーレ?」
 初めてみせた抵抗らしい抵抗にシャルルが訝しげにアデーレの顔を覗き込む。
「恥ずかしい、です」
 おそるおそる口を開くとシャルルが難しい顔をした。
 その間もアデーレは足を閉じようとしていたのだが、シャルルは体をどけようとはしない。
「恥ずかしいことなどない」
「でも、足を……こんなに、開いたりして…………は、はしたない、ですわ」
 身を屈めてシャルルはアデーレの耳朶を噛む。そして、耳に唇をよせるようにして囁いた。
「私の前では、いくらでもはしたなくなってかまわない。私は多少はしたないくらいのあなたが好きだ」
 低い声は下腹部に直に響き、とろりと何かが溢れ出すのがアデーレにもわかった。
「それに、心配せずともはしたなくなどないから大丈夫だ」
 手でも足でもない何かが溢れ出たものをこすりつけるように触れた。
 アデーレは緊張に身を強ばらせる。国を出る前に聞いた殿方だけが持つ道具に違いない。あれを受け入れることで夫婦は真に夫婦足り得るのだ。
 ぎゅっと目を閉じたアデーレの髪を梳き、シャルルは背に手を滑りこませる。
「初めては痛いと聞く。無理はせずに、我慢できないときはそう言ってくれ」
 宥めるように数度撫でてから、シャルルは両手をアデーレの腰に添える。
 アデーレが頷いたのを合図に、何かがアデーレの中へ侵入を開始する。それは思ったよりも大きく熱く、アデーレは息をするのも忘れてただ耐えた。
164シャルル×アデーレ 10:2008/01/02(水) 02:30:07 ID:/R6baFkL
 すべてが埋め込まれるまでに途方もない時間が経過した気がする。
上部へ逃れようとすれば肩を押さえ込まれて動くことを許されず、腰をくねらせて逃れようとすれば腰を掴まれ逃げられない。無意識の逃避をすべて阻まれ、アデーレはシャルルのすべてをその身に埋められた。
 侵入が止まったところでようやく深く息をつく。
「つらいか?」
 問われて改めて考える。泣き叫びたいほど痛くはない。確かに痛いし苦しいが我慢できないほどではない。
 アデーレは首を振り、大丈夫だと答えた。
「あなたは優しいな。その優しさに甘えさせてもらおう」
 髪を弄びながらアデーレの呼吸が整うのを待っていたシャルルがおもむろに腰を揺らした。
 びくりとアデーレの体が跳ねる。
 どうして動くのかわからず困惑する。けれど、シャルルがそうしたいなら受け入れようと決意して、アデーレは躊躇いがちにシャルルの腕に手を添えた。
 何かを堪えるような顔をしてシャルルは腰を引いては打ち付ける。緩やかだが確かな動きはアデーレを奇妙な感覚に陥らせる。
 痛いし苦しい。苦しいのだがそれだけではないのも事実だった。挿入前に感じた甘さに似た感覚が、シャルルが腰を打ち付ける度に僅かだがわきあがる。
 次第にシャルルの動きに遠慮がなくなっていく。アデーレが大げさに痛がらないせいかもしれない。
 はしたないと声を堪えていたアデーレも動きの変化に伴ってそうも言っていられなくなる。
 奥深い場所で粘膜が擦れあう。
 突き上げられる度にアデーレの口からは甘い喘ぎが漏れ、それに気をよくしたシャルルが更に激しく掻き回す。
 何かが迫ってきているのをアデーレは感じていた。どことも知れぬ場所へぐいぐい押しやられる。最早後戻りもできず、押されるままに進むしかない。
「あっ……いや、っ……こわい、ああッ……シャルルさまぁ」
 そこへたどり着いてしまうのが怖くてアデーレは必死にシャルルへしがみつく。しかし、シャルルは腰を動かすのをやめないし、気づけばアデーレの腰も無意識に蠢いている。
 逃れられはしないのだと気づいた瞬間、アデーレの体は泡が弾けるように弾けた。
 耳に響く甘く淫らな叫びが自分のものだとは到底信じられないまま、アデーレは体を弛緩させる。
 そして、それからいくらも経たないうちにシャルルが低く呻いてアデーレの中へ精を放った。



165シャルル×アデーレ 11:2008/01/02(水) 02:33:04 ID:/R6baFkL
 シャルルの手が髪を弄ぶ。愛おしさすら感じる感触が嬉しくてアデーレは頬が緩むのを止められない。
「こちらを向いてはくれないか」
 シャルルが体を離した途端にアデーレは敷布を手繰りよせて体に巻き付けた。しばらくそのままにして様子を見ていたシャルルだったが、いつまでも顔を見せないアデーレに業を煮やしてついに声をかけた。
「嫌ですわ。恥ずかしいもの」
 どう考えても自分は淫らだった。そう思い、アデーレはシャルルに顔が見せられない。どんな顔をすればいいのかわからないのだ。
 シャルルが淫らなアデーレを嫌わずにいてくれたのは触れてくる優しさでわかるが、だからといって恥ずかしさが消えるわけではない。
「あなたが可愛らしいから我慢できなかった。もっと労るべきだったな。反省している」
 のろのろとアデーレは顔を出す。シャルルの声にあまりに元気がないから心配になった。
「あなたは悪くないわ」
 顔の半分だけを出して、シャルルを見上げる。
「私に怒っているのだろう?」
「違います! 私、あの、淫ら……でしたでしょう」
 気持ちよくなってしまったのだ。もっと欲しいと思ってしまった自分が恥ずかしい。
 シャルルは不思議そうに目を瞬き、くすりと笑った。
「あなたが淫らなら私もそうだろう。淫らなあなたが素晴らしくてとても好きになったのだから」
 とろけそうに甘い声で囁かれ、アデーレは耳まで赤く染めた。
「あ、あなたも素晴らしかったわ」
 そうして、顔をすべて出して、もごもごと呟く。
「アデーレ」
 シャルルが身をよせ、くるまった敷布ごとアデーレを抱きしめる。
「素晴らしかったなら、いいだろうか? 夜はまだ長い」
 艶めかしく背を這う指にシャルルが何の許可を得たがっているかを察し、アデーレは俯きながらも頷いた。
 シャルルの長い指が敷布をはがしとるのを眺め、アデーレはこれから訪れる恍惚の時を思い、期待に胸をときめかせるのであった。


おわり


拙い話を最後まで読んで下さった方に感謝を。


>>保管庫管理人さま
時間が経ってから改めて読み返すと恥ずかしいので保管庫保存は遠慮させて下さい。
166名無しさん@ピンキー:2008/01/02(水) 03:35:47 ID:ujXMjI1I
>>165
GJ!
おいしく頂きました。

年明けからスレが盛況で何よりです。
今年も皆様のいい話をwktkしてます!
167名無しさん@ピンキー:2008/01/02(水) 09:50:23 ID:3U5/Bei9
>>148
新年早々良い物を見せて頂きました!いつもありがとうございます
このシリーズに登場するキャラ達はみんな好きだ〜
それにいつも思うんだけど文章が本当に王家の生活を見ているようで本当に上手い
十作目までお疲れ様でした。次回も楽しみに待ってます

>>165
GJ!
読んでいく内に顔がニヤニヤしてしまったw
幸せで仲が良い(これからそうなる)夫婦って好きだ
168名無しさん@ピンキー:2008/01/04(金) 02:45:28 ID:Dqgqc5Iq
 
169名無しさん@ピンキー:2008/01/04(金) 14:31:14 ID:MPZhuZrf
やはりこのスレの王家のイメージとしてはフランス・イギリス・オーストリア辺りか?
170( ̄□ ̄;):2008/01/04(金) 19:19:53 ID:MPZhuZrf
このスレをみてるとロマンティックとwktkが止まりません!
誰か止めて!!ついでにカウパーも止まらない!
171青い月:2008/01/05(土) 02:11:42 ID:VGzSpTA6
『漆黒の騎士』の続きです。
エルドとセシリアの仲直りの顛末を書いてみました。
よろしかったらどうぞ。
172青い月:2008/01/05(土) 02:12:14 ID:VGzSpTA6
ふと夜空を仰ぐと、青みがかった満月が妖しく輝いていた。
古来、青い月は、珍しい現象として知られ、
その稀少なる晩の神秘は、多くの吟遊詩人たちによって歌い継がれてきた。

しかし、夜会で賑わう王城において、夜祭りで騒がしい城下において、
今宵の空をじっくりと眺め、月の変化に気づけた者はどのくらいいたのだろう。
第三王子のエルドがそれに気づいたのは、春の宮に行くために外廊を渡っている最中だった。

青い月の晩には、滅多に起こらない出来事が起こるものだと伝え聞く。
なるほど、それは真実だったらしいな、とエルドは視線を横に向けた。
隣を歩いているのは、公爵令嬢セシリア=フィールドであり、
こんな時刻に、彼女と歩いているなんて、通常ならそれこそありえなかった。
セシリアに限らずとも、清廉潔白で知られる第三王子が、
夜に女性と二人きりでいるところを目撃されれば、たちどころに不名誉な噂が立つだろう。

しかし、セシリアに、真剣な顔で話があると持ちかけられたとき、
エルドは非常に悪い予感して、今晩中に話を聞くのが賢明だと判断したのだった。
セシリアは、世事に疎い令嬢の割には、妙な部分で勘が働く。
実際のところ、その独自の論理展開で、もしや自分と「漆黒の騎士」、
または<黒い狼>との関係性まで見抜いているのではないか、
と内心ひやひやしていたのだ。

春の宮にたどり着くまで、エルドは頭の中に王宮内の警備網を描き、
巡回してくる警備兵と鉢合わせしないルートを慎重に選択していた。
春の宮にさえ入ってしまえば、王の子息が住まう宮の割には人気が少ないし、
何しろ、自分の領域なので、安全地帯だといってよかった。

それにしてもセシリアの様子はおかしい。
先ほどから、やけに静かだし、その横顔は、何やら緊張しているようにも見える。
いつもと違う髪形なこともあいまって、まるで別の誰かと一緒に歩いているような奇妙な気分だった。
173青い月:2008/01/05(土) 02:12:50 ID:VGzSpTA6
エルドの応接室に辿り着くと、それまで黙りこくっていたセシリアは、
すぐさまエルドに向き合い、子供に接する母親のような口振りで「そこに座ってちょうだい」と命令した。
セシリアの迫力に飲まれて、エルドは大人しく傍の長椅子に腰掛ける。

「そうしたら、目を閉じてちょうだい」
「どうしてさ?」
さすがに抵抗すると、セシリアは思いつめたような声を張り上げた。
「いいから、目を閉じて。お願いよ」
セシリアに懇願されたからというよりは、事態を早く終わらせたくて、
エルドは目を閉じ、何が起こるのかを待ちわびた。

花の香りが嗅覚をくすぐり、エルドは左頬に羽のように柔らかいものを感じた。
目を開けると、セシリアの口がさっと離れたところだった。
「………リア?」
エルドは自分の頬を触った。セシリアの触れたところだけが熱くて、
そのとき、ようやくセシリアが自分の頬にキスしたのだと理解した。
「どうかしら、エルド?」
「どうって……」

唖然としているエルドに業を煮やしたのか、セシリアは忌々しそうに口を開いた。
「だから……な、仲直りしてあげると申しているのよ!」
「なかなおり?」
きょとんとしたエルドに、セシリアは益々、不満そうな顔をする。

「えーと、ちょっと待て。
 確か『仲直り』というのは、仲違いしていた者たちが、互いに謝り、もとの交流を復活させることだよな?」
「あなた、わたくしをからかっているの?」
セシリアがきっとエルドをにらみつけた。
「いや、てっきり俺のあずかり知らない暗喩があるのかな、と」

「もう、わかったわ。エルドは私と仲直りしてくれる気はないというわけなのね。
 せっかく私から譲歩して仲直りしようと申し上げているのに」
「おい、少し落ち着けよ」
それが、譲歩している態度なのかよ、と思いながら、エルドはセシリアを宥めにかかった。
エルドは本当に純粋に驚いていたのだ。
何しろ、未だかつてセシリアから「仲直りしよう」なんて言葉を聞いたことがない。

「だいたい、仲直りするって、どういうことなんだ。俺とリアって仲違いしていたのか?」
もちろん間違っても友好的な仲ではないことは確かだが。

「だってエルドったら、舞踏会のとき、私にものすごく怒っていたではないの!」
「ものすごく、って」
エルドは首をひねった。
確かに、舞踏会が始まったときに、セシリアに対し、素っ気なかった自覚はある。
しかし、エルドにとって、セシリアとのそういうやり取りはいわば日常茶飯であり、
彼女が今回のことを特別、騒ぎ立て「仲直りしよう」とまで言ってくる理由がわからなかった。
174青い月:2008/01/05(土) 02:13:19 ID:VGzSpTA6
「そんなふうに、とぼけても無駄よ。
あなたが、普段よりも激しく怒っていたことくらいお見通しなんだから」
「なんで、そんなことがわかるんだよ」
思わず、声を荒げると、セシリアは一瞬黙り込む。

「―――たぶん、あなたって本気で怒ると」
喋りながら考えるように、セシリアの声はどこか不安定だ。
「周囲に冷たい氷の壁を張り巡らして、何もかもを拒絶してしまうんだわ」
言い終えたあとで、セシリアは自分の発言を後悔しているように口に掌を当てた。

「ずいぶんとわかったふうな口を利くんだな」
エルドは無性に苛々してきた。セシリアが苦しそうに顔を歪める。
「ほらね、普段なら、あなたはそういう風に、感情的に皮肉るのよ」
「そんなことない。だいたい俺は、普段から―――」

普段からそこまで感情的な性質ではない、という言葉を呑み込んだ。
何故なのか、こんなときに、衝動にまかせてセシリアにしてしまった行為の数々を思い出してしまったのだ。
あのときの自分はどう考えても、理性的とは言い難かった。

「―――まあ、終わったことを蒸し返すのは止めにしよう。
とにかく、俺はもうリアに腹を立ててなんかいないよ」
言い返したい言葉は山ほどあったのだが、
後ろめたくなったエルドは穏便に事態の解決を試みることにした。

「本当に?」セシリアが疑り深い視線を投げかけてくる。
「ああ、仲直りでもなんでもしてやるよ」
「じゃあ、仲直りの返事をくださらないかしら」
「え?」
セシリアは瞳を閉じて、自身の右耳を指で示した。

そこで、ようやくエルドは先ほどのキスの意味を理解した。
リヴァーには一般に「小鳥の挨拶」と呼ばれる仲直りの儀式がある。
仲違いした相手に、左頬についばむようなキスするのは仲直りの提案であり、
もし許す気があるなら、相手の右耳の後ろにキスを返す。
それが、承諾のしるしとなり、晴れて仲直りは成立するのだ。

しかしながら、エルドがすぐに気づかなかったのも無理はない。
「小鳥の挨拶」とは、ささいな喧嘩をした幼児同士が、
大人に促されてやるような、いわば遊戯の一種みたいなものだったのだから。
しかし、「そんな子供じみたことやっていられるか」と突っぱねたらどうなるか。
セシリアが誤解して、非常に疲れる口論が再発するのは目に見えていた。

「………わかったよ」
エルドはため息を漏らすと、半ば開き直った気分で、セシリアの右耳の後ろに唇を寄せた。
175青い月:2008/01/05(土) 02:13:54 ID:VGzSpTA6
「ふふっ、くすぐったいわ」
触れると、セシリアは小刻みに震え、彼女の吐息は揺れた。

本来なら、こんなこと成人した男女がやるようなことではないのだ。
セシリアの精神年齢はともすると六歳やそこらの幼女のときから全く成長していないのでは、と疑うこともしばしばだが、
自分自身はすこぶる普通の十六歳であるからして、つまり――――――――。

気づいたら、エルドは彼女を横から抱きしめ、その耳を甘く咬んでいた。
エルドの指は、なめらかなサテンの上を滑っていく。
触れてみた身体の曲線は、まごうことなく十六歳の乙女のものであった。

「エルド?」
茶色い瞳がこちらをじっと見つめている。しかし動こうとはせず、エルドの腕の中におさまったままだ。
「リア、舌を出して」
呪文の言葉のように囁くと、セシリアは首をかしげて、条件反射のように真っ赤なそれをちらりと見せた。

瞬時に、自分の口で捕らえ、その舌を優しく吸い上げる。
セシリアは、身をねじらせ、エルドの胸をひっかくように叩いた。
その手を自分の掌で押さえ込み、もう一方の手で、セシリアの肩を強く抱き寄せた。
掌と掌が重なり、指と指が絡み合う。唇と唇が擦れ、舌と舌が戯れ合う。
エルドは全神経を集中させて、彼女の感覚を味わった。

やがて、キスが途切れると、セシリアは澄んだ瞳をエルドに向けた。
「……エルド、今のは何だったの?」
無邪気な顔で心底不思議そうに質問されると冷や汗が流れた。
本当に自分はどうかしている、セシリアにこんなことをするなんて。

「これも仲直りの儀式の一つなの?」
「ええと、今のは、仲直りの儀式というか―――」
仮にそんな仲直りの方法が存在しているとしたら、
子供の遊戯の範疇を超えている。むしろ大人の遊戯と解するべきだろう。

「舌を使うなんて、まるで蛇の挨拶のようね」
「そうなんだ! これは積年、蛇のように互いを威嚇しあっていた者たちが
 誤解を解いて、許し合い、認め合うことを示す手段の一つなんだ」

何とかこの場を乗り切ろうと、エルドの口から雪崩のように言葉が押し寄せてきた。
焦ると片言になる人間もいるだろうが、どうやら自分はことさら雄弁になるらしい。

「もっともこれは、ごく一部の地域のみに浸透しているやり方で、
 世間的には、えーと……『不和の雪解け』と称されているんだ」
「まあ、なんて素敵な名前なのかしら。私、そんなことちっとも知らなかったわ
 それじゃあ、これで仲直りは成立したのね」

だからどうして、そんなに簡単に信じるんだよ!
そう突っ込みたい気持ちを必死で抑え、
エルドは、素直すぎるセシリアの思考回路に感謝した。
しかし、彼が、セシリア=フィールドの手ごわさを思い知らされるのは、
この直後のことであった。
176青い月:2008/01/05(土) 02:14:20 ID:VGzSpTA6
「ねえ、ところで、エルド。私はさっきから不思議に思っていたのだけれど」
「え?」
セシリアはつながったままになっていたエルドの手を、自分の下腹部へと導いた。

「ね?ここがすごく熱いのよ」
「熱いって……」
エルドの全身は硬直する。
もし自分が猫だったなら、身体中の毛が逆立っていたことだろう。
「どうしてなの?」
自分に質問すれば、何でも答えてくれると思っているのだろうか。たちが悪い奴だ。
だいたいドレスの布越しでは、その熱が伝わるはずもなかった。

まあ確かに、自分はそれが何であるかを知っているかもしれない。
エルドは軽い気持ちから、下腹部に置かれた手を股間に移動させ、
ひだがたっぷりあるドレスの上から、そこをそっと撫でてみた。
「あっ」
セシリアが驚いたようにびくんと跳ねる。

「どうしたのかしら。何だかものすごくピリピリするわ」
「―――もしかして、感じているのか?」
「感じているのかしら?」
恥じらいを知らない公爵令嬢は、口に手を当て、首をかしげた。
おそらくエルドの言った意味を全くわかっていないのだろう。

「どうなのかな」
エルドは慎重に返すと、彼女の前で立膝をついた。
しかし、ドレスを通してセシリアの股間を凝視したところで、真相が究明できるはずもなかった。

「ねえ、確認してちょうだい」
気遣わしげに眉をひそめたセシリアは、藍色のドレスの裾を、エルドに握らせる。
促されるまま、彼女のドレスをめくると、レースのペチコートで何層にも覆われていて、面食らった。

「まるで、成人女性の正装だな」
「当たり前でしょう。私は成人しているのよ」
「へえ、そうだったっけ」
「もう、ふざけないでちょうだい。エルドの方こそ、
貴婦人のドレスの中にもぐりこむなんて、年端も行かない悪戯っ子みたいだわ」

いいや成人男性こそ、貴婦人のドレスの中に入り込むものだよ。
そう言い返したい気持ちを抑えて、今の状況を俯瞰するなら―――――どう見ても、情事に臨む愛人たちである。

「……もう、やめておくか?」
自分は理不尽なことを強要されているのだという口調を強めつつ、
一応ことの進退を確認すると、予想通り、厚顔無恥な公爵令嬢は、「だめよ」とすぐに異を唱えた。
そこでエルドは、レースのペチコートを分け入り、覆い隠された中心部へと果敢に近づいて行った。
177青い月:2008/01/05(土) 02:14:56 ID:VGzSpTA6
下着越しに触ったセシリアの恥部はしっとりと湿っていた。
エルドは少し驚いて、そのまま丹念に指を動かし続ける。まるで未踏の山野から湧き水を発見したような気分だった。

「エルド、やだ、なあに、これは……」
セシリアが甲高い声を張り上げる。そこには不安と微かな羞恥の色が入り混じっていた。
しかし、行為に没頭していたエルドは、セシリアに応えずに独り言を呟いた。
「そうか、あのときは濡れていなかったのか」
とすると、前回はずいぶん強引にセシリアの内部に侵入してしまったことになる。

「エルド、聞いているの? 私は大丈夫なのかしら」
「ああ、心配しなくていい。これは膣分泌液だよ」
「ちつぶんぴつえき?」
「つまり、膣から分泌された体液だよ」
「体液? 私も体内から体液を分泌するの?」
「お願いだから、それくらい知っていてくれ」
少々うんざりしたが、セシリアの無知蒙昧は今に始まったことではないので、
エルドは彼女の後学のために丁寧な説明を講じてやることに決めた。

「女性の身体というのは、主に局部を弄られたり、性的興奮を感じたりすると、
 この部位が、湿って濡れてくるものなんだ。
 それが性行為に臨むさい、潤滑液になり衝撃を緩和してくれる」
「まあ、女性の身体というのは、とても奥深いものなのね」
セシリアは何やら感動したように唸った。
それにしても、どうして男である自分が、仮にも女であるセシリアに、こんなことを説いているのだろう。
おそらく深く考えたら負けだ、とエルドは自分自身に言い聞かせた。
だいたいセシリアのドレスの中に入っているこの状況からして すでに間違っているのだから。

「ねえ、その潤滑液や衝撃を緩和する作用って、
 つまり例の『接続』のときの痛みを和らげるという意味かしら?」
「接続って……まあ、でもその通りだよ」
どうして自分たちの会話は、内容の割に無味乾燥として少しの色気もないのだろう。
そう思いつつセシリアの反応を待っていたが、奇妙な静寂が漂ってくるだけだった。

「……じゃあ、もしかして」
しばらくしてから、やっとセシリアの低い声が耳に届いた。
「あのときはもっと痛みを和らげることもできたのね」

しまった!
そこで、エルドはようやく自分の失言に気づき、彼女のドレスの中から抜け出した。
おそるおそる顔を上げてみると、射るような瞳がこちらをにらみつけていた。
178青い月:2008/01/05(土) 02:15:33 ID:VGzSpTA6
「いや、だからさ、俺も余裕がなかったんだよ。初めてだったから」
エルドは心なしか後ずさり、迫り来るセシリアに必死で言い募った。それにしても何とも情けない台詞だ。

「ふーん。初めてでも、エルドは気持ちよかったのにねぇ?」
セシリアは鬼の首でも取ったかのような、したり顔でエルドをねちねちと締め上げる。
「いや別にそこまで……」
処女の身体を開かせるというのも、なかなかに骨の折れる作業だということを説明したとして、
彼女に通じるはずもない。明らかに形成は不利である。

「私が最初に申したことを覚えていらっしゃるかしら? 近い未来に訪れるかもしれない
 然るべき夫婦の営みを完璧に遂行させるために、房事の訓練を受けたいと申し出たのよ」
「まあ、確かにそのようなことを言っていたな」
しかしセシリアの物言いだと、まるで軍事訓練でも受けるかのようである。
「エルドったら、よくもまあ抜け抜けとしていられたものね。
 私はせめてあの激痛を緩和する技法を習得したかったわ」
「技法というか……ああいうのは、二回目以降から、徐々に痛みが和らぐものだというし」
「あら、本当に?」

セシリアは突然、エルドの胸元に飛び込んできた。
「リア?」
予想外の――先が読めないという点では予想通りともいえる――行動を取ったセシリアは、
エルドの肩口に顔を預け、目線を合わすことなく反撃の言葉を続けた。
「あなたも一度引き受けたからには、最後まで教導する責任があるのではなくって?」
「それは………どういう意味だ」
そう尋ねつつも、察しのよいエルドは、ある程度その先の内容を予測することができた。

「つまり、もう一度、『接続』して欲しいと申しているのよ」
率直で、あけすけなその誘い文句を耳にしたとき、エルドは確かに脱力を覚えた。
しかし、ここで詭弁を有するセシリアに論破されてはならない。

「なんというか、お前はもう少し自分を大切にしたほうがいいんじゃ……」
「大切にしているからこそ、性行為に伴う恐怖を乗り越えたいと思っているのよ」

そう言って、セシリアは自分の胸のふくらみを一部の隙もなくエルドに押し当てた。
少なくとも、どうすればエルドの気持ちが揺さぶられるのか、彼女はしっかりと学習したらしい。

エルドの中で、筆舌しがたい葛藤が去来する。
しかし、結局のところ、自分の身体にぴたりとくっついてくるセシリアは、
真綿のように柔らかく、どうにも気持ちのいい感覚だと認めないわけにはいかなかった。
しなやかな肢体までもを武器にする少女に、どうやったら抗えるというのだろう。
もしかしたら、最初から自分に勝ち目などなかったのかもしれない。

「――――全くたいした貴婦人だよ」
そう呟くと、エルドはセシリアの腰に手を回して抱き上げた。それはエルドが白旗を揚げた合図だった。
「ふふっ、光栄だわ」
セシリアはエルドの首に手を回し、勝ち誇った微笑みを浮かべる。
そんなセシリアを目の当たりにすると、どうにかして一矢報いる手段はないものかと考えてしまうのだった。
179青い月:2008/01/05(土) 02:16:04 ID:VGzSpTA6
寝室の窓から差し込む満月の明るい光は、二人を優しく迎え入れた。
セシリアを寝台の上に乗せ、改めて、彼女のドレスを検分してみるが、
腰紐やら、ボタンやらが多く付いていて、どこから手をかけていいのかわかったものではなかった。

「これは、どうやって脱がせればいいんだ」
「ええと。おそらく背中のボタンを外せばいいのではないかしら
 私もいつもトルテに任せているから、よくわからないのよ」

そこで、エルドが背後に回り、小さなボタンを一つ一つ外していくと、
ドレスの上衣は緩み、オーガンジーの肌着とコルセットが現れた。
さらにセシリアの助言に従い、
編みこまれていたコルセットの紐を解くと、セシリアの白い背中がようやく見えてきた。

「へえ、こうなっているんだ」
エルドは、複雑な婦人服の構造に感心しつつ、出来心で背後から手を回し、
コルセットの中のセシリアの胸をそっと触ってみた。
素肌の感触はとてもなまめかしく、否応なくこれから起こることへの期待は高まっていく。
そんなとき、セシリアが「そうだわ!」と声を張り上げた。

「――お前さ、もう少し雰囲気というものを考えてくれても……」
「だって髪のことを忘れていたのですもの」
「髪の毛か。こちらの方が複雑そうだな」
「そうでもないわよ。たぶんこのピンを全て外してもらえれば、自然とほどけると思うの」
「俺はお前の小間使いかよ」
「もう、文句を言っても仕方がないでしょう。トルテがいないのだから。
 ここまでやってもらえば、私はひとりで衣服を脱げるわ。
 だからあなたは私の髪を下ろしてちょうだい。そうしたら、とても効率的な分担作業になるわよ」
「ああ、もうわかったよ」

こうして、エルドはセシリアの頭の上に屈みこみ、
夜空を彩る星のように飾られていた小粒の真珠のピンを一本一本抜いていった。
セシリアはというと、腰紐を解いたサテンのドレスを足元から脱ぎ捨てて、
何枚も重ねてあったペチコートに取り組んでいる。

「―――ねえ、エルド。マリアンヌは大丈夫かしら?」
「なにが?」
「だって、目が覚めたら、『漆黒の騎士』はいなくなっているし、
 謎のカードは残っているし、何がなんだかわからなくて、きっと衝撃を受けると思うのよ」
「そうだな」
エルドは曖昧に答えたが、姉の心配をする必要がないのはわかっていた。
どんな処置を施したのかは知らないが、漆黒の騎士」によると、朝方になればマリアンヌの記憶は消えているのだ。

「もし、マリアンヌが思い悩んでいるようならば、お前が励ましてやればいいんじゃないか。
こういうときこそ友達の面目躍如だろう」
エルドは白々しくそう言って、セシリアの髪から最後のピンを抜き取った。
「そうね」
セシリアは天啓を受けたかのようにはっとした。下ろした髪がふわりと揺れる。
金色の髪は、妖しげな影をたたえた褐色に変化し、セシリアの素肌に纏わりついた。
話の中心が「漆黒の騎士」に移らないように、エルドは裸になった彼女を抱き寄せ、会話を中断させた。
180青い月:2008/01/05(土) 02:16:44 ID:VGzSpTA6
枕で埋もれている寝台の背もたれに寄りかからせると、
セシリアはこの期に及んで、不安そうにエルドを見つめた。
「本当に痛くしない?」
ようやくエルドは罪悪感が沸きあがってきて、セシリアの頭をゆっくりと撫でた。

「……悪かったよ。あのときは」
するすると謝罪の言葉がついて出る。
セシリア=フィールドに対して、謝ることなど生涯ありえないと思っていたのに。
「もう少し、リアのことを考えるべきだった」
セシリアは驚いたように目を見開いた。そのあとで、欲しい玩具を手に入れた子供のような顔で笑うのだ。

笑い続ける彼女が癪で、エルドは黙って彼女の乳房に触れた。
昔、セシリアとつかみ合いの喧嘩をしたときは、どこもかしこも平坦だったのに、
今や、二つのふくらみはしっかりとその存在を誇示し、悩ましげな谷間まで作っている。
記憶を書き換えるように、エルドが彼女の身体を愛撫していくと、セシリアの力が徐々に抜けていく。
しかし、エルドが太腿の内側を撫でると、彼女は下肢をこわばらせ、
腿をしっかりと閉じることで、エルドの侵入を拒んだ。

「リア、駄目なのか?」
腰の曲線を撫でながら、エルドは彼女の気持ちがわからなくて確かめてみる。
「え……?」 どこか朦朧とした声でセシリアは反応する。
「何を考えていたんだ?」
「ええと、――――異なった風景とはこういうことなのかしら、と」
「異なった風景?」
「素直に折れて仲直りすれば、いつもと違う風景が見えてくるんですって」

セシリアが何を言いたいのかつかめなかったが、
喋らせていた方がリラックスするのかもしれないと考え、エルドは会話を促した。
「もっと詳しく説明してくれ」
「ええ…だからね、つまりいつもと違った角度から、物事が見えてくるということで―――いやよ!エルド」

エルドはセシリアの太腿を割って、開かせようとしたところだった。
はっきりと否定の言葉を聞いて少し驚く。先ほどまで、あんなにも無防備だったのに。

「―――で、いつもと違った角度から見える風景は、いったい、どんな眺めなんだ?」
挑発するように囁きながら、今度はセシリアの細い足首に手をかけてみる。

「そうね、とっても素敵な眺めだわ。例えていうなら――――きゃああ!!」
セシリアの温和な声は、悲鳴に変わった。
彼女が油断しているうちに、足首から一気に下肢を開かせのだ。
月明かりの中で見る秘部は、まるでリンゴの花びらのようなひだを描き、その窪みからは蜜が溢れていた。
181青い月:2008/01/05(土) 02:17:46 ID:VGzSpTA6
「なるほど、素敵な眺めだな」
ちゃかすつもりはなかったのに、エルドの口からは思わずそんな言葉が出てしまった。

「ひどいっ、ひどいわ、エルドなんかと仲直りしなければよかったわ!」
枕が頭に降ってきたが、エルドは物ともしないで、彼女の股間に顔を寄せた。
「それなのにどうして自分から折れようと思ったんだ」
核心に迫ると、セシリアの罵倒はピタリと止み、代わりに躊躇うような息遣いが聞こえてきた。

「……それは、その、色々あって、エルドのことを何も知らないんだと気づいて―――いやああぁぁ!!」
突起した部分を指でなぞり、したたる蜜を舐め取ると、セシリアは上半身を仰け反らせた。
明らかに、前回のときより反応がいい。さしずめ人形から生身の人間に変わったとでもいうべきか。

「俺も、リアがこんな声を出すなんて知らなかったよ」
「ああ、もう、エルドなんか大きらい! 私は真剣に話しているのよ!」

セシリアが泣き声まじりの怒声を上げる。しかし、こちらだって真剣勝負なのだ。
言い返す余裕がなくなり、そのまま執拗に愛撫を続けると、
やがて彼女は喋らなくなり、代わりにあえぐような声が耳に届いた。
その声音が頭の中で鳴り響くと、麻痺したように身体の芯が熱くなっていった。
182青い月:2008/01/05(土) 02:18:48 ID:VGzSpTA6
彼女の膣は十分潤っていて、エルドを受け入れる準備ができているように見えた。
エルドはというと、まだ堅苦しい礼装服を身につけたままだった。はやる心のままに、荒々しく衣服を脱ぎ捨ていく。

セシリアは脚を開いたまま、エルドの動作を静観していたが、
彼の下腹部が露になると、隆起したその部位に手を伸ばし、裏側の付け根から先端にかけて絶妙に指を這わせた。
エルドに向けられた表情が童女のようにあどけないだけに、その行為の卑猥さが際立つばかりだった。
押し寄せてくる快感に酔いしれながら、その一方でそんな自分が恥ずかしくなり、セシリアに話しかけてみる。
「今度は何を考えているんだ?」
セシリアは視線を彷徨わせたあと、透き通るような声でぽつりと呟いた。
「―――あなたは、どうしてあんなに怒っていたのかしら、と」
虚を衝かれたエルドは、言葉を失ってしまった。自分が肉欲の塊と化しているときに、
彼女は頭の片隅で、まだそんなことにこだわり、疑問を膨らましていたというのだろうか。

「でもあなたが怒るのも無理はないのよね。
 私はいつも自分のことばかりで、あなたのことをちっとも見ていなかったわ。
 それなのに、あなたのこと、『冷たい瞳をしている』とか『氷の壁を張り巡らして』なんて言って………」
セシリアが声を震わせる。どうして彼女がこんな風に思い詰めるのか、ちっともわからなかった。
「リア、もういい」
ただセシリアを宥めたくて、言葉が口をついて出る。
「俺は確かに冷たい人間だよ。リアが言ったように、氷の壁を作って周囲を遮断しているのかもしれない」

実際のところ、自分の瞳が冷たく見えたとしても、氷の壁を築いているように見えたとしても、
そんな形のない目に見えないことなど、エルドにとっては、どうでもよかった。
ただ、セシリアの手の中にある、燃えるように熱い欲望だけは、確かに存在しているのだから。

彼女の額にかかった髪を払ってやると、セシリアはどこか夢見るような瞳でエルドを見返してきた。
何を言えば、セシリアを納得させることができるのだろう。
エルドは、無言のまま彼女の腰を捕まえると自分の膝に引き寄せた。
魅入られたようにエルドの目を見続けていたセシリアは何の抵抗も示さなかった。

何度かセシリアの腰を浮かせたあとで、彼女の膣に自分の先端部を挿入した。
セシリアは小さく叫び、エルドの身体に跨ったまま、しがみついてくる。
褐色の髪が妖艶に蠢く。重なり合った部分から淫らな水音が篭る。
そっと唇を合わせると、セシリアはその瞼を閉じた。

彼女の唇からも、内壁からも信じられないほどの熱が伝わる。
飼い馴らすことができない全ての感情が、渦を巻くように収束され一つになっていった。
彼女と対峙すると、ありとあらゆる強い感情が自分に襲いかかってくる。
苛立ち、焦り、困惑、脅威、葛藤、そして何よりも強い渇望だ。
その激流の出口を求め、ひたすら彼女を突き上げる。何もかも解き放された浮遊感の中で、
ただ締め付けてくる唯一の束縛だけが自分の拠りどころであるかのように。

それでも、絶頂になる寸前に、彼女の内部から離れるだけの理性は残っていた。
支えを失ったセシリアの上体は枕とシーツの海に沈み込む。
その太腿と下腹部は、白濁液で淫猥に汚れていた。
183青い月:2008/01/05(土) 02:19:18 ID:VGzSpTA6
疲れてぐったりしているセシリアの身体を綿の織物で拭いたあと、エルドは彼女を掛布でくるんでやった。
その傍らで仰向けになり、四肢を伸ばしたエルドは、天蓋に映る陰影を目で追いかけた。

冷静に考えてみれば、二回目だって処女のときとそんなに大差があるわけがない。
しかも、エルドは、セシリアを労わってやるどころか、激しく攻め立ててしまったのだ。
性行為に伴う恐怖を軽減させるどころか、逆に増幅させてしまったのではないかと思うと、
ときおり隣から聞こえてくる吐息にも、押し殺した嗚咽が交じっているような気がしてならなかった。

いくら知識で武装したところで、例えば、行為後の女性に対して、
どういう労いの言葉をかけてやればいいのかという実際的でひどく切実な問題に、エルドは対処することができない。
自分の未熟さを痛感しながら、ふと先ほどのセシリアの疑問に答えていなかったことに気づいた。

「……リア」
「なあに」
想像していたよりも、しっかりしたセシリアの声が返ってきたので、エルドは若干安堵した。
「俺はお前に対して怒ってなんかいなかったよ」
「え?」
セシリアの身体がこちらを向いたが、エルドは彼女と視線を合わせなかった。

「―――俺がもし怒っていたなら、それは、自分に対して怒っていたんだ」
実際に口に出してみると、その真実味は増していく。
そう。本当に、腹立たしくて我慢できないのはセシリアではなくて、
彼女の前で、ままならない感情を持て余す自分自身なのだ。
「ふうん」
セシリアが不思議そうにこちらの様子を伺っている。
こんな煙に巻いたような答えでは、まるでセシリアを慰めているみたいだった。
けれども、これでいいのだ。
彼女の存在がエルドの心を乱すほどの影響力があるとは、思われたくなかったのだから。

「ねえ、エルド。さっきから思っていたのだけれど、あの……」
セシリアはもぞもぞと上体を起こした。やはり想像していたよりも明るく元気な声だった。
「何だ?」
言いよどみ、躊躇うセシリアの気配に、エルドはいたずらに不安を募らせていく。
「私……あなたと、その、と、友達になりたいと思っているのよ」
184青い月:2008/01/05(土) 02:21:05 ID:VGzSpTA6
「―――はあ?」
エルドの驚愕は、先ほどの「仲直り」発言の比ではなかった。
今までの行為と会話の流れから、どこをどう捻ったら、「友達になりたい」という台詞が出てくるのだろう。
自分の右上にあるセシリアの表情を確かめようとしたが、彼女の顔は影に隠れていた。

「……お前にとって、友情とは、どういうものなんだ?」
彼女の意図を探るため、用心深く尋ねると、セシリアは考え込むように俯いた。
さあ今度はどんな爆弾が襲ってくるやらとエルドは身構える。

「あのね、友達同士は対等であるべきだと思うの」
それはセシリアにしては、しごく真っ当な言い分であった。
「ねえ、だから、エルド」
月明かりに照らされて、こちらに身を乗り出してきたセシリアの眼差しは真剣そのものだった。
「あなたは、私が気に入らないことをすれば、怒って突き放してもいいのよ。
 私だって、あなたに我慢できなかったらいつだって怒るわ。
 例え、冷え冷えとするような氷の壁を張り巡らせたとしても、それを乗り越えて、あなたを怒鳴りつけてやるわ。
 あなたが王子だからって、遠慮なんかしないわよ。」

セシリアは堰を切ったようにまくし立てた。
あまりにも勝手で脈絡のない言葉の数々だ。
それなのに、自分に巣くっていた靄がすっと晴れていくような気がした。
セシリアを前にして沸き上がる感情は、何も激しくて醜いものばかりではないのだ。
不思議なことに、奔流のあいまに、風が凪ぐように優しくて穏やかな瞬間が訪れる。

「――だいたいのところ」
セシリアの言葉が途切れたあと、エルドはすかさず口を挟んだ。
「お前が俺に遠慮したためしなんかないだろう」
「ええ、もちろん。遠慮していたら、喧嘩なんて、できないですもの」
セシリアは何故だか胸を張る。
「それにしても、リアの話し振りだと、友達っていうのは、
 今までの俺たちと何の変わりもないような気がするんだけれど」

彼女を小馬鹿にしたつもりのエルドの言葉は、不覚にも優しく響いていた。
それを敏感に感じ取ったセシリアは、満足そうにくすりと笑うと、エルドに擦り寄ってきた。
「今までと違うわ。だって、友達同士ならば、
 どんなに激しい喧嘩をしても、ちゃんと仲直りができるんですもの」

セシリアの歌うような声色は、耳に心地よく響き、エルドはこのまま眠りたい気持ちに誘われた。
もしかしたら、とエルドは思う。あやふやで曖昧なセシリアとの関係に、
「友達」という確かで揺るぎのない枠をはめるのは、よいことなのもしれない。
そうすることで、この幸福なまどろみの瞬間を留めておくことができるなら。

「―――まあ、友情の在り方はさまざまだからな」
エルドはかみ締めるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。それは彼なりに、セシリアの提案を受け入れたしるしだった。
「エルド」
幼馴染の少女は、その存在を確認するかのように彼の名前をそっと呟くと、
エルドの脇の隙間に潜り込んだ。まるで、そうすることが友情の証であるかのように。
柔らかい温もりを感じながら、目を閉じたエルドは、絹のように滑らかな髪を撫で、芳しい花の香りに包まれた。


玲瓏たる青い月が輝く晩は、滅多に起こり得ないことが起こると伝えられているが、
確かに、仔犬が戯れたかのように契りを交わしたあとで、朋友の仲を約束しあう男女など、滅多に存在しなかっただろう。
185青い月:2008/01/05(土) 02:21:40 ID:VGzSpTA6
窓の外から初夏の陽光が差し込み、小鳥たちが目覚めの時を歌う。
清涼なる朝の訪れを感じ、ゆっくりと瞼を開けたエルドは、息を呑んだ。
眼前には、まばゆい金の滝が広がっている。

けれど、すぐにその中から、金色の髪でふちどられたセシリアの顔を認めた。
彼女はすやすやと寝息を立てている。
そうか、あのまま寝てしまったのだ、とエルドは自分の失態に気づいた。
少し休むだけのつもりだったのに、いつの間に熟睡してしまったのだろう。
エルドの右腕は、彼女の頭の枕代わりになっており、すでに痺れを通り越した状態になっていた。

太陽の光のもとで、月光に惑わされたかのような昨夜の出来事を思い返すと、どうにも居たたまれなかった。
罪悪感に苛まされるというか、むしろ、自責の念に駆られるというか、
つまりはただ単に、ものすごく恥ずかしかったのである。
敷布と彼女のあいだから、そっと腕を引き抜こうとすると、セシリアは小さく身じろぎし、ぱちりと目を開けた。

「おはよう、エルド」
寝ぼけているのか、気だるげに身を起こすと、セシリアは大きく伸びをした。
朝陽に照らされた彼女の胸のふくらみは、まるで瑞々しい白桃のようだった。
昨晩、あの二つの果実を揉みほぐし、その頂を吸い尽くしたのだと思うと、どうにも妙な気分に駆られる。

「おはよう、リア」
その思いを断ち切るように、爽やかな挨拶の言葉を返し、
身を起こそうとしたかけたとき、突然、金色の洪水に巻き込まれた。

きらめく金の流水が彼の視界を遮断し、唇に生暖かい刺激が落ちてくる。
口の中に、濡れそぼった柔らかい舌が割り込んできたとき、
エルドはようやくセシリアにキスされていることに気づいたのだが、
不測の事態に、ただ彼女のされるままになっていた。

しばらくして、唇を離したセシリアは、荒い呼吸を整えながら、エルドに笑いかける。
やっとのことで平常心を装うと、エルドは上体を起こした。
「何の真似だ、リア」
自分の声は情けないくらい、裏返っていた。
「『不和の雪解け』よ」
途端に昨夜の苦しい言い訳を思い出し、背筋が凍りつくような思いだった。

「リア、実のところ、あれは……」
ただの冗談だったのだと言おうとする前に、彼の胸中などわかりもしないセシリアは、
太陽の光に負けないくらい眩しい満面の笑みを浮かべた。
「エルド。私、あなたと友達になれて、とても嬉しいわ」
「………そうか」

彼女の友情の定義は、絶対に、どこかが間違っている。例え、いかなる変則的な友情がこの世に存在していたとしても。
しかし、エルドにはもう、友情の何たるかを語る気力も、「不和の雪解け」について訂正する勇気も残されていなかった。
186青い月:2008/01/05(土) 02:22:42 ID:VGzSpTA6
これは余談になるのだが。

記念祭二日目、王領内のなだらかな丘陵地で園遊会が開かれていた。
警備の総指揮を任されていたランスロット=ベイリアルは、真面目に警護に当たるふりをして、
その実、通りがかる貴婦人たちと浮ついた会話を楽しんでいた。
ふと、果物が並べられた円卓の向こう側に目を向けてみると、フィールド公爵令嬢と第四王女が楽しそうにお喋りしていた。
これはいい目の保養だと麗しい乙女たちを見守っていると、
シフォンのドレスを纏った公爵令嬢は、彼の視線に気づき、レースの日傘をくるくると回しながら、こちらへやって来た。

「ランス様」
「これは、セシリア姫、ご機嫌麗しゅう」
ランスロットは、恭しく一礼する。そんな彼を面白そうに眺めながら、セシリアは丁重に昨晩の礼を言った。
「私、あなたに、とても感謝しておりますのよ。おかげさまで、あのあとエルドと仲直りすることができましたの」
「ああ、それは、よかった」

そこで、気取った相好を崩し、セシリアはほころぶ蕾のように初々しく頬を染めた。
「それだけではないの。二人の関係は劇的に進歩したのよ。
これもあなたの教えてくれた夜闇の魔法のおかげね」

「へえ、それは、それは」
ランスロットは驚いて目を丸くした。舞踏会でセシリアと会話したときに、
さりげなく男女のいろはを説いたが、それが本当に功を奏するとは予想だにしていなかったのだ。
「どれほど深い仲になったのか、是非お聞かせ願いたいものだな」
下世話な伊達男は、女性たちを虜にさせる、あのとろけるような笑みを浮かべる。
セシリアも嬉しそうに微笑みを返した。どうやら、ランスロットに打ち明けたくて堪らないらしい。

「友達よ」
「はあ?」
セシリアの口から不可解な言葉が漏れたとき、ランスロットは彼らしからぬ、すっとんきょうな声を上げた。
それを気に留めることもなく、セシリアは意気揚々と先を続けた。
「きのうの夜、私たちは、長年、降り積もっていた不和の雪を解かし、ついには友達同士になれたのよ」


たいそう満ち足りた表情で言い切るセシリアを眺めながら、
ランスロット=ベイリアルは、ようやくこの目の前にいる少女と第三王子の間柄が、
綾織り模様のように複雑怪奇で、同時に一本の糸のように単純明快であったことを悟ったのだった。



******
『青い月』は以上です。
ありがとうございました。
187名無しさん@ピンキー:2008/01/05(土) 09:09:38 ID:tEWy+9tQ
力作乙です!GJ!
セシリア天然過ぎてワロスw
エルドの気苦労は尽きないなw
188名無しさん@ピンキー:2008/01/05(土) 12:35:07 ID:mzID0Jvf
相変わらずのセシリアwww
189名無しさん@ピンキー:2008/01/05(土) 17:51:26 ID:KylHKz09
セシリアかわいすぐる
王子ガンガレww
190名無しさん@ピンキー:2008/01/05(土) 20:39:24 ID:3u7tJESE
セシリアの可愛さには参ったw
191名無しさん@ピンキー:2008/01/05(土) 22:58:29 ID:0oBrcbJs
乙!GJ!
こちらこそありがとうございます!
青い月の続編も期待してます
192名無しさん@ピンキー:2008/01/07(月) 01:22:52 ID:cCYMe9um
>>186
つ……続きはいつ投下されるのですかっ!

ていうかいつ単行本になるの?
193名無しさん@ピンキー:2008/01/09(水) 22:10:54 ID:jYyKrV0r
ロウィーナたんの作者さんは元気かなあ
194名無しさん@ピンキー:2008/01/10(木) 02:48:43 ID:MkJx6b9K
このスレ定期的にくる
姫大好き
195名無しさん@ピンキー:2008/01/10(木) 18:31:04 ID:+/KIZ/5b
ロウィーナたん
誰から逃げてるのか気になる。

名前は出てたけど詳細は出てないよね。
196名無しさん@ピンキー:2008/01/11(金) 00:06:09 ID:o3dMyPZV
ああ、久しぶりにロウィたんに会いたいねえ。
197名無しさん@ピンキー:2008/01/13(日) 02:00:03 ID:awcLSrBO
まだ?
全裸で待ってたから風邪ひいちゃう。
198名無しさん@ピンキー:2008/01/13(日) 12:24:15 ID:LRPzeh8l
非常に馬鹿ネタで、エロ薄めですが投下させていただきます。
199名無しさん@ピンキー:2008/01/13(日) 12:24:45 ID:LRPzeh8l
    【取り調べ調書】

アルエイラの月、23日   午後2時〜5時

尋問者:ルーセス・アル・ラエイアス将軍
対象者:リ・ディア・アルアナ
使用道具:なし

尋問内容
・アルアナ国の砦の構造、抜け穴等の存在
・王族の逃走経路

成果:なし

詳細:
アルアナ国の第一王女、ディア姫を虜囚の塔・第一賓客用牢獄にて尋問。
王族の逃走経路など、知っている素振りはあるが口を開かず。
多少疲労しているが健康状態は良好。
薔薇の花水とスコーンを所望。
200名無しさん@ピンキー:2008/01/13(日) 12:25:26 ID:LRPzeh8l
    【取り調べ調書】

アルエイラの月、24日   午後2時〜2時30分

尋問者:グラディ・ローザス神官長
対象者:リ・ディア・アルアナ
使用道具:聖書

尋問内容
・アルアナ国の砦の構造、抜け穴等の存在
・王族の逃走経路

成果:ラーセス砦・抜け道(別紙添付)
   クルガス要塞・内部構造(別紙添付)

詳細:
アルアナ国の第一王女、ディア姫を虜囚の塔・第一賓客用牢獄にて尋問。
砦の抜け穴、隠し通路などをすらすらと話す。
尋問内容に偽りがないことを宣誓させようと聖書を取り出すと抵抗。
拘束しようとすると噛み付くのでそのまま尋問終了。
尋問内容に偽りがある可能性濃厚。
健康すぎる。
自分で割った手鏡の換えと、どこだかで作っている何とやらの櫛を所望。
201名無しさん@ピンキー:2008/01/13(日) 12:26:05 ID:LRPzeh8l
    【取り調べ調書】
アルエイラの月、24日   午後9時〜25日午前10時

尋問者:ディ・ライセス・アル・ラグディスタ王子
対象者:リ・ディア・アルアナ
使用道具:ディ・ライセス・アル・ラグディスタ王子

尋問内容
・アルアナ国の砦の構造、抜け穴等の存在
・王族の逃走経路

成果:姫はとても柔らかかった

詳細:
アルアナ国の第一王女、ディア姫を虜囚の塔・第一賓客用牢獄にて尋問。
最初はうんともすんとも言わなかったのだが、こちらがラグディスタ国の第一王子だというと態度が軟化。
姫は非常に可愛らしくいとけない方で、こちらが酷い野蛮人のような心地すらした。
上目遣いで猥らな拷問はしないでと訴えていた。
神秘の秘宝のような両の胸が悩ましげに震えるのを見ると哀れさを催したが、別な感情も催してしまった。
哀れだが、拷問を強行。
姫の身体はどこも真っ白なのに、桃色な部分がいかにも拷問を求めているように固く尖っていたので、たっぷりと尋問。
姫のそこが固くなるのは、私の尋問が巧みだからだそうだ。
姫の胸が私の手からこぼれ落ちるほどたわわなことを、尋問内容から発見した。
何やら秘密が忍ばせてありそうな茂みがあったので、そこもくまなく尋問。
姫の茂みを探ると、姫の口が緩くなり、恥ずかしいようなことまで何でも喋ってしまう状態になることを発見。
赤面して言いたがらないような恥ずかしい言葉を沢山引き出すことに成功。
けれど、肝心のことをはんともすんとも言わないので、つい焦って、所持している棒で姫を突いてしまった。
姫からは出血少量。
患部は棒から出た白い液体で覆っておいたので、手当をする必要なし。
ただし、姫の所持していた世にも希なる宝を奪ってしまった責任として、損害賠償責任が発生。
姫を第一賓客用牢獄からディ・ライセス・アル・ラグディスタ王子の寝室へと移送。
今後すべての尋問はディ・ライセス・アル・ラグディスタ王子が行う。
202名無しさん@ピンキー:2008/01/13(日) 12:28:09 ID:LRPzeh8l
以上です。
ありがちなので被ったらスマン。
ほしゅ代わりとでも思ってくれ。
203名無しさん@ピンキー:2008/01/13(日) 13:29:45 ID:oEvcJypW
面白かったw
GJ!
204名無しさん@ピンキー:2008/01/13(日) 13:35:41 ID:MrNUvPtF
GJw
205名無しさん@ピンキー:2008/01/13(日) 16:04:57 ID:c4S28AHR
ワロタwww
なんつーかお幸せにwwwww
206名無しさん@ピンキー:2008/01/18(金) 06:15:42 ID:/XPE64s/
保守
207名無しさん@ピンキー:2008/01/20(日) 10:43:42 ID:JBLtoRMp
マリーたん、セシリアたん、セリアたん、続きお待ちしてます
208名無しさん@ピンキー:2008/01/22(火) 22:43:43 ID:J/PYHNfs
書き手さん家紋
209名無しさん@ピンキー:2008/01/23(水) 10:56:50 ID:9m7yRcxB
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210名無しさん@ピンキー:2008/01/27(日) 09:29:17 ID:p/DvsB0W
保守
211黄色いカナリヤ、栗色の仔猫:2008/01/28(月) 01:04:11 ID:F8/WrWwh

『青い月』以後の話ですが、
すぐ次の話ではありません。
ちょっと、番外編っぽい話です。
*****



黄色いカナリヤ、栗色の仔猫。
おしゃべりといじっぱりには、ごようじん。
大きな大きな落とし穴に、いつか足もとすくわれる。
     
      ***


やはり、エルドは、図書室にいた。
行儀悪く長椅子に寝そべり、本を読んでいる。
物音を立てないように、こっそりと忍び込もうとしたが、
すぐに来訪者の気配を察したようで、彼はぱっと身を起こした。

「リア。また来たのか」
「ごきげんよう」

にっこり笑って、エルドの隣に座り、柔らかいクッションに身を沈めた。

エルドが読んでいる本をちらりと確認すると、『伝承文学』という題名だった。
彼の嗜好に一貫性はない。手当たりしだいに、いろんな本を読んでいるという印象だ。

以前は、『戦術学と政治学』とかいう小難しい本を読んでいたので、
その横で大人しく刺繍をしていたのだが、
装丁の美しいこの本は面白そうだったので、横から覗いてみた。
図々しい行為だったが、エルドは特に異論はなさそうだった。

『伝承文学』とは、リヴァー由来の伝説や昔話、慣習をまとめた本であった。
「ウィグノリアの花の妖女」や「小鳥の挨拶」などなど、
セシリアにとっては、馴染み深い話ばかりだったが、
綺麗な挿絵ともに、詳細な解説も付いていて、とても興味深かった。

二人は、本に頭を埋めて、顔を寄せ合い、
リヴァーに伝わる物語の数々を読んでいった。
セシリアが読み終えると、目で合図し、
エルドが次のページをめくるといった按配だ。
そのリズムは心地よく、気持ちは童心に帰っていく。

もし、自分とエルドがあんなにも仲が悪くなければ、
こんな風に、一冊の本を読み合うことだって、当然あったのかもしれない。
自分たちは友達になるのが、あまりにも遅すぎたのだ。
堅固な友情を築き上げるのに必要な時間の積み重ねというものを、
セシリアは、あっさりと反故にしてきた。

だからこそ今、その埋め合わせをしようと躍起になっている。
エルドは、そんな彼女を不思議そうに見つめるばかりなのだが。
212黄色いカナリヤ、栗色の仔猫:2008/01/28(月) 01:07:42 ID:F8/WrWwh
「あら、なつかしい」
本の新たな章題に、セシリアは思わず目を細めた。
それは、『カナリヤと仔猫』という昔話だった。

「ねえ、ねえ。エルドって、この話に出てくる
 栗色の毛並みの仔猫にそっくりじゃなくって?」
「髪の色が同じだからか?」
「まあ、それもあるけれど」
ちょっと生意気そうな仔猫の挿絵を見ながら、セシリアは先を続けた。
「エルドは、『カナリヤを食べた仔猫』のような
 表情を作るのがとてもうまいと思うのよ」

エルドは、腑に落ちないようだが、セシリアは自信満々だ。
「カナリヤを食べた仔猫」とは、慣用句であり、
意味は、「無表情なのに、とても満足そうな顔」といったところだろうか。

「あなたって、本当に嬉しくて満足しているときは、
 それと悟られないように、心の中で笑っているタイプよ」

「へえ。じゃあ、リアは」
そこで、エルドは本をぱたんと閉じた。

「まさしくお喋りで知ったかぶりの黄色いカナリヤだな。
 うるさくキィキィ鳴くところが、驚くくらいによく似ているよ」
「まあ」
 反論しようとして勇むセシリアの肩を、エルドは突然引き寄せた。

「気をつけろよ。
 黄色いカナリヤは、あんまりにもうるさかったから、
 しまいには、栗色の仔猫に食べられてしまったんだぞ」
213黄色いカナリヤ、栗色の仔猫:2008/01/28(月) 01:10:23 ID:F8/WrWwh
耳元で、そっと囁かれて、ぞくりとした。
その戦慄の理由は、恐怖だったのか、それとも期待だったのか。
考えようとする前に、セシリアの"くちばし"は奪われていた。

いつものように唇を貪られて、セシリアの胸は熱くなる。
エルドの行為は、いつも不意打ちで、
心の準備ができない内に、あっという間に、あちらのペースだ。

このままでは、本当に食べられてしまいそう。
心配になったセシリアが、"翼"をパタパタと震わせると、
エルドはようやく自分を解放してくれた。

ほら、やっぱり「カナリヤを食べた仔猫」のような顔をしている。
とすると、自分は本当にカナリヤになってしまうのかもしない。

「もう、エルドったら」
こちらが口を尖らし、にらみつけても、
あちらは、飄々としているのだから憎らしい。
でも、自分も、それほど怒っているわけではないのだ。

もしかしたら、とセシリアは考える。
自分がエルドに会いに来ている理由は、友情を構築するためではなくて、
ただ単に、キスしてもらいたいからだけなのかもしれない。

しかし、セシリアは、その難しい問題についても、深く考えることができなかった。
自分の胸元に、エルドの右手が、さりげなく、いやらしく伸びてきて、
途端に、セシリアの頭の中は、今朝の謎のことで一杯になったからだ。

「ねえ、エルド。私の胸は、大きくなったんですって」
「は?」

行き場を失ったエルドの手は、そのまま宙に浮いていた。
214黄色いカナリヤ、栗色の仔猫:2008/01/28(月) 01:12:50 ID:F8/WrWwh
それは、今日の朝のこと。
侍女のトルテに手伝ってもらいながら、服を着替えているときだった。
セシリアは、自分のドレスの胸元が、どうも、きつくなっていることに気づいたのだ。

『成長期には、よくあることですよ』 トルテは笑ってそう言った。
『新しいドレスをたくさん作らなくてはなりませんね』


「―――で、私としては、成長期というよりは、
 エルドが、あんなも私の胸を触りすぎるから、
 大きくなったのではないかしら、と思いついたわけなのよ」

まったく世界は謎で溢れかえっている。
その謎全てに答えを見つけることは難しいだろうが、
せめて身近な疑問だけは解消していきたい思うのだ。
 
「どうかしら、この仮説は?」
「いや、それは生理学な知見からすれば、その……」
「なあに?」
「俺に、そんなことわかるわけないだろ!」

ぷいっとそっぽを向くと、エルドは、また本を開き始めた。
何でもない風を装っているが、その首筋は、真っ赤であった。

おや珍しい、彼がここまで動揺するなんて。
セシリアは目を丸くした。
同時に、昔からのよくない癖で、ついつい嬉しくなってしまう。
215黄色いカナリヤ、栗色の仔猫:2008/01/28(月) 01:14:48 ID:F8/WrWwh
「……お前さ」 エルドは、どこか定まらない視点のまま口を開いた。
「何かしら?」
「まさか、お前の侍女に、その仮説のこと喋ってないだろうな」

「エルドが、私の胸を何回も触ったから大きくなったかもしれない、と?」
「だから、何回も口に出して言うなよ!」
「トルテには、話してないわ。
 確証がないのだから、まずエルドの判断を仰ごうと思ったの」

まあ、どちらにしろ、エルドとのことは言えないだろう。
いくらセシリアだって、ただの友人に胸を触られることが、
一般の範疇から外れていることくらいわかっている。

「ねえ、どう思って、エルド。
 何かあなたなりの考えがあるかしら」

「ああ。考えていたんだけど、決めたよ」 エルドは再び本を閉じた。
「俺は、もう絶対に、金輪際、リアの胸を触らないからな」

唐突なエルドの宣言に、セシリアは首をかしげた。

「エルドってば、論点がずれているわよ。
 私が質問したことは、つまりあなたが――――」
「君に論点なんて言葉は、似合わないから止めたほうがいいよ」
「何ですって!」
「論理の跳躍と超解釈は、リアの専売特許じゃないか」
「あなたって、本当に失礼ね。私の話は
 いつでも、ちゃんと整合性があるわよ」
「いいや。だいたいリアは、いつもいつも――――」


その日は、お決まりの口喧嘩に発展してしまい、
結局、二人は『カナリヤと仔猫』の続きを読むことはなかった。
216黄色いカナリヤ、栗色の仔猫:2008/01/28(月) 01:15:28 ID:F8/WrWwh
    ***

――――――――このように、
お喋りなカナリヤと捻くれた仔猫は、
自分たちの欠点を認めることも、
直すこともなく、その関係を破綻させてしまう。

「カナリヤを食べた仔猫」
という慣用句を生み出したことでもお馴染みの
この話は、研究者たちのあいだでは、長年、
子供たちを躾ける目的で、作られたものだと考えられてきた。

実際、幼い読者たちは、この話の教訓から、
自他ともに欠点があることを認識し、
互いに、補い合う必要性を学んでいく。
それは人間関係を構築するための重要な要素であろう。

しかし、別の説によると、この話は、明らかに、
厄介な男女関係の理を暗示していて――――――――――
        


*****
目ぼしい色が少なくなってきたので、
このタイトルはまた使うかもしれませんが、
とりあえず、この話は以上です。ありがとうございました。
217名無しさん@ピンキー:2008/01/28(月) 02:12:33 ID:5PWBqpcB
可愛らしい2人に乙
218名無しさん@ピンキー:2008/01/28(月) 02:35:03 ID:fFu4sHdJ
GJ
萌えた
219名無しさん@ピンキー:2008/01/28(月) 03:49:36 ID:Af6j0bSC
GJ!
この2人大好きです
220名無しさん@ピンキー:2008/01/28(月) 13:38:33 ID:k5GksLOV
ぐっぢょぶ
221名無しさん@ピンキー:2008/01/28(月) 21:00:57 ID:HcxJrs+1
GJ!話も良かったが最後の締めがさらに良かったです。
222名無しさん@ピンキー:2008/01/28(月) 23:55:13 ID:IoWY209a
待ってたよ
GJ!
223名無しさん@ピンキー:2008/01/29(火) 02:45:01 ID:AEXQs+OW
    ___
   ./ _  \
    ;| ´・ .〈・リ:
   :|ヽ .r、_); 
.   :| |`ニニ |;   エルドはわしにそっくりじゃ
    :h   /;
     :|  /; '
    / く、     \
   ;| \\_    \
   ;|ミ |`ー=っ    \
224名無しさん@ピンキー:2008/01/29(火) 10:51:09 ID:q8mZqUPT
どのあたりがでしょうか?
教えて、おじいさまww
225名無しさん@ピンキー:2008/01/29(火) 19:08:55 ID:phVROkvw
>>223
おじいさま、エルドは育てたんじゃないんですねww
226名無しさん@ピンキー:2008/02/02(土) 22:41:53 ID:sDwxzp4c
(西洋っぽい世界の)姫様と日本人との会話は、どう表現すればいいですか?
227名無しさん@ピンキー:2008/02/05(火) 15:45:39 ID:qljqEryJ
何が?
228名無しさん@ピンキー:2008/02/05(火) 21:20:54 ID:UpH+ko47
「拙者は〜」
とか言わせればいいんじゃね?
229名無しさん@ピンキー:2008/02/05(火) 23:06:16 ID:uteuwApr
時代設定が現代で姫様(とその周りの人)が、日本人と話すとき日本語を話してもいいのかと
普段着は一般国民と変わらない(17〜18世紀風のドレスは特別な日に着る)
230名無しさん@ピンキー:2008/02/05(火) 23:19:29 ID:UpH+ko47
お姫様なら数ヶ国語話せても不思議はないよ。
もしくは日本人♂が英語しゃべれるって設定にすりゃいい。
片言なら片言でストーリーに織り込めば面白くなるかもよ。

異国の話でもこの場に書き込むときは日本語なんだから、
そのへんは気にスンナ。
231名無しさん@ピンキー:2008/02/06(水) 14:23:21 ID:VFhAGHwe
日本人の身分も重要じゃないかな。外交官とかだったら普通に会話してて違和感ないし。
232名無しさん@ピンキー:2008/02/06(水) 14:33:53 ID:Kf4N2ArA
(西洋っぽい世界の)とは言ってるけど、ファンタジー異世界じゃなくて、現実世界の話?

1、その国と日本との関係次第で、先方が日本語を話せてもおかしくない
たとえば、日本に多大な援助を受けている、日本との貿易や産業、観光客などが大きな収入になっている、あるいは将来そうしたくて外交努力をしている国なんかなら、その国の姫が日本語を勉強するのも自然だろう
2、英語等の主要な言語なら、まず間違いなくお姫様側は話せるので、日本人キャラがそれらの言語を話せれば会話可能
3、通訳の出番
4、お互いにちょっとずつ、相手の国の言葉を覚えていく

なんてのが考えられるけど、これって人に聞く部分じゃなくて、まさにストーリーの根幹に関わる部分じゃない?
233名無しさん@ピンキー:2008/02/06(水) 22:48:37 ID:0q3jYwFF
現実世界の話の方向です。(架空の王国でいいでしょうか?)
>>232の言うファンタジー異世界ってどんなのですか?
234名無しさん@ピンキー:2008/02/06(水) 23:14:56 ID:jVmsP4bE
>>233
>>226の質問では表記のことか言語のことか話題のことかさえ分からないし
いずれにせよ設定次第でしょう

ここで聞くより該当スレに行くか
似たような小説を読んで参考にしてみたら?
235名無しさん@ピンキー:2008/02/06(水) 23:41:02 ID:x58A/1Bn
>>233が天然過ぎて、何をどう説明してあげたらいいのか、戸惑うw
236名無しさん@ピンキー:2008/02/06(水) 23:54:08 ID:b5THFbQO
自分の中の設定を明らかにしないまま、いきなり>>226じゃ判らないさ。

どうしたらいいかを聞くのではなく、どうやったら話に説得力が生まれるかをまず自分で考えてみるといい。
実際にSS創ってみて、ここはどうでしょうか?おかしくないでしょうか?と批評してもらった方が早いかも。
237名無しさん@ピンキー:2008/02/07(木) 02:46:57 ID:bjDWW+x0
日本語で話してる部分は「  」でくくって、
外国語で話してる部分は『  』でくくるといいかもね。


 姫『そなた、何を口に当てておるのじゃ?』
  ♂「えっ?何?わかんねーよ」
通訳「姫様はお前の持っている筒に興味があるようだ」
  ♂「コレ?缶コーヒーだよ。見りゃ分かるじゃん」
通訳『姫さま、あの筒型のものは金属の容器で、中にコーヒーが入っているそうです』
 姫『なんと!コーヒーはカップで頂くものではないのか?』

っつー感じで。これじゃ通訳が物知らなすぎだけど。
238詩興夜話(前書き):2008/02/07(木) 20:37:55 ID:2xGRVL4q
お話に割り込む形になってしまい申し訳ありません。
マリーとオーギュストのシリーズ第十一話です。(そういいつつ今回は不在ですが)
長くなったため前後半に分けました。
前半は非エロなので興味のない方はスルーしてください。
(後半投下までできるだけ間を置かないつもりですが、
 他の作者様の投下や雑談はどうぞお続けください)

ただいま保管庫を見たら一度に更新していただいており、
毎回素敵な要約までつけていただき、管理人様本当にありがとうございます。
前回まで読んでいただいた方々、ご感想をくださった方々も本当にありがとうございました。
いつもとても励まされます。
(もはや旧正月ですが)今年もよろしくおねがいいたします。
239詩興夜話:2008/02/07(木) 20:40:36 ID:2xGRVL4q
「起きろ」
短いことばとともに重々しい衣擦れのような音が聞こえ、日光が顔の上に落ちてくるのを感じた。
今日は久しぶりにいい天気なんだな、と瞼を閉じたままマテューはぼんやり思った。
できればずっとぼんやりしていたかったが、彼が身動きしないままでいると、いきなり鼻を強くつままれた。
離してくれそうな気配はない。
しぶしぶながらマテューは目を開けた。
自分と同じ褐色の双眸が冷ややかにこちらを覗き込んでいる。

「ひろいらないれすか、はにふえ」
「何がひどいか。聞こえているなら起きろ」
まなざしと同じくらいの冷淡さでそう言い放つと、来訪者はようやく鼻を解放してくれた。
しかし痛みはなかなか引かず、マテューは鼻柱を恐る恐るさすった。
「あんまり強くつかまないでください、兄上。
 これが変形したらいろんなご婦人が悲しみます」
「鼻を力点におまえの全身を持ち上げようと試みなかっただけありがたいと思え」
そういうとアランは枕元に腰を下ろした。
珍しいな、とマテューは思った。

城下町で飲み歩いた次の日、二日酔いで昼まで眠りこけているところを兄に叩き起こされた経験は一度や二度ではないが、
それはたいてい緊急の用事があるときだけだった。
今日の兄は何かちがう。あわてている様子はない。
ただ枕元に腰掛けて黙りこみ、こちらが体勢を整えるのを待っている。
あるいは壁の一点を見つめながら何か適切なことばを探しているようにも見える。
いつものように寝台から蹴り落とさんばかりにしてこちらの身支度を促したりしないのはありがたいが、マテューはやや気になった。

(どうされたんだろう)
二日酔いの頭の中はどうしようもなく淀んでいる。
けれどマテューはなんとか己の気力を奮い起こしつつ、ゆっくりと上体を起こした。
こちらの姿を目の端でとらえると、兄はとうとう口を開いた。
240詩興夜話:2008/02/07(木) 20:41:33 ID:2xGRVL4q
「昨夜はどこへ行っていた」
平凡な質問なのでマテューは拍子抜けしてしまった。
どこだったかな、と寝癖のついた髪を掻きながらなんとか思い出そうとする。
「ええと、ええとですね………………………………………そうだ、『瑠璃の鳩』亭です」
「なぜ数時間前のことを思い出すのにそんなに苦労するんだおまえは」
「いろんな店に通ってるもんだから」
「酒場か?娼館か?」
「たいていの店はそのふたつを兼ねてますね」
「かねがね思っていたがおまえ金はどうしてるんだ。
 領地収入は現地に保管されているままだろう。
 管理人とろくに連絡をとってないせいで」
「飲み仲間のおかげでなんとかなってます」

「―――おまえというやつは、平民にたかっているのか」
平板だった兄の声音が急激に変わった。
「いや、おごってもらってるんです」
「なお悪いわ。王室の名誉をなんだと思っている」
寝台から引きずりおろされそうな剣幕になってきたので、
マテューは壁に向かってやや後ずさりしつつ、一応の補足を試みた。

「いや、身元は隠してますよ。ほんとです。大丈夫大丈夫。
それにですね、実際のところもちつもたれつなんです。
城下町に通い始めたころ、無銭飲食っていう概念と罪状を知らなくて捕まえられそうになったことがあっ
・・・・・・いや兄上痛いじゃないですか、最後まで聞いてくださいってば。
それでですね、一応楽器が弾けるっていったらじゃあ働いて返せっていうので、
それからは流しの芸人たちに混ざって飲み屋や広場の隅で弾いたり歌ったりなんかして、
あと道端で詩を書いては売ったりして、それで結構酒代になるんですよ。
素人玄人問わず女の子たちともなかよくなれるし」

ものを言う気力も尽きたような顔でアランは弟の襟首を離すと、また寝台に腰掛けた。
心なしか背中が丸まっているようだ。
「元気出してください、兄上」
「おまえが言うな。
大体おまえというやつは、才能の無駄遣いの典型だ。
 詩歌を披露するならなぜ宮中でやらんのだ。
宮廷専属の吟遊詩人たちとておまえの才能はみとめている。
王族に対する阿諛を割り引いたとしてもな」

「うーん・・・・・・宮中で詩作しても、なんかつまんないじゃないですか。
 貴婦人がたの反応ってみんな似たような感じで。
 『詩情に打たれるあまり気を失うかと思いましたわ』とか『あの一聯を反芻して昨夜は一睡もできませんでした』とか。
彼女たちは共通の教科書でも使ってるんじゃないのかな。『文学鑑賞の際の応答例』みたいなやつ」
「民間なら面白おかしいと?」
「駄作なら駄作って言ってくれるのがいいですね。
 どんな題材で歌っても、出来がよければ褒めて口ずさんでくれるし。
 そのへんに転がってる空き瓶のことを歌っても、蛙の卵のことを歌っても」
「―――それでだな」
241詩興夜話:2008/02/07(木) 20:42:30 ID:2xGRVL4q
兄はそろそろ話題を変えようとしている。やはりこれは前振りだったらしい。
「おまえは今現在、宮廷の貴婦人や令嬢たちとは接点がないな」
「ええ、あんまり」
「町娘のほうはどうだ。素人だろうが玄人だろうがちゃんと清算しているか」
「清算ってそんな。そもそも特定の関係が成立したことはないですよ」

これは本当だった。相手が未婚の娘だろうと人妻だろうと未亡人だろうと娼婦だろうと、
彼はふらっと知り合いになりふらっと訪れるといった交遊しかもったことがない。
この言動ちゃらんぽらんな青年には金がないということはどの女も知っているのだが、
彼が気の赴くままに弾き散らす即興のロマンスなどを聴いているうちに、
たいていの女は気づいたら自分から寝台に誘っているのだった。
マテューの側としては、相手にその気があれば楽しませてもらうが、
なければないで特に不服も覚えず、聴衆を得られたことに満足して帰っていく。
こういう執着のない男だからこそ、女は自分から積極的に動きたくなるのだともいえる。

「囲い者はいないだろうな」
「囲いたいって言ってくれるご婦人はいます」
さる大店の未亡人のことを思い出しながらマテューは言った。
端正な口元を引きつらせながら、それでもアランはなんとか罵声をこらえた。
「ならばいい。相手がいないことを確認しておきたかった。
 おまえの身辺が潔白かどうかをな」
「灰色ってとこですかね」
「白だと自分に言い聞かせろ」
そして少しだけ目を伏せて何か考えるような横顔になった。
ここからが本題だな、とマテューは思った。

「リュゼ公爵家から使いが来た」
どこの家だっけ、とマテューは思った。
だがそういう原初的な疑問を口にするとさらなる兄の怒りを呼びそうなので、ただうなずくだけにした。
「あそこにはずいぶん前から我が室との縁組を打診していたが、先日とうとう承諾の内意を伝えてきた。
今現在の当主は十六歳の娘だ。年恰好はちょうどおまえに釣り合う」
そこまで聞くと、マテューはようやくリュゼという家の素性に思い当たった。
242詩興夜話:2008/02/07(木) 20:44:12 ID:2xGRVL4q
ガルィア王室はこの大陸の中枢に位置する文化国家の統治者として、諸外国の王室公室からの縁談は引きも切らない名門である。
まして一般貴族の家にしてみれば、王族と通婚できるなど望外の光栄といってよく、
相当無理をしてでも持参金を積んで縁組を実現しようと試みる例が後を絶たない。
そんな王室からの申し出を断り続けてきた貴族といえば、この国には一家系しか考えられなかった。
前代の王朝の分家筋にあたる名門リュゼである。

数百年前の政権交代期にあたり、本家の人々はみな処刑か国外追放されてしまったが、
この家だけはガルィア国内で細々と命脈を保ってきた。
この大陸ではいわゆる系譜学や紋章学がさかんだが、リュゼ家はどの点から検証しても、
大陸屈指の古雅にして高貴な血筋を伝える一族であることは疑問の余地がない。
つまり純粋な家格からすれば、比較的新興の伯爵家を出自とするガルィア王室よりも数段高いのである。

そのような門地上の関係、そして自らが転覆させた前王朝の残党であるという事実を考慮して、
ガルィア王家はその創始者から現国王にいたるまで、絶えずかの名家との縁組を申し入れてきたが、
歴代の当主たちは古式ゆかしく礼をふまえつつも丁重に断り続けてきた。
彼らにしてみれば現王室など本家を滅ぼした仇敵にはちがいなく、
また、現実世界での力関係はさておいて家柄の違いを思い知らせてやることで代々矜持を保ってきたのだろう。

その孤高の公爵家が、今回とうとう王室との通婚を承諾したという。
この事実の重さは、さすがに第二王子の目を覚まさせるに十分だった。
「一体何があったんでしょうね。
 あの家との縁組は、爺様もひい爺様もその前のご先祖たちもみんな企てては失敗してきたじゃないですか。
やたら慇懃に断られて」

「先代のリュゼ公爵が三年前に亡くなったのは覚えているか。
 一族に男子はおらず、娘ひとりが残された。
 もともとあの家は分家ということで実際の所領は中堅貴族程度だったのだが、ここ数代、享楽的な当主がつづいてな。
領地はみるみるうちに債務のかたとして売却されていった。
公爵が亡くなった時点で遺産はかろうじて負債を上回っていたようだが、一年前、令嬢が十五歳になって成人する直前に、
それまで遺産を信託管理していた母方の親族が合法的に大半を横領したらしい。合法なのに横領というのも妙だが」

「ひどい話ですね」
「まあな」
アランはことばを切った。
配下に調査をさせてここまで明るみに出たとはいえ、
王室は下からの申し立てがない限り自ら貴族たちの相続問題に介入していくべきではない。
ましてそれが通婚を申し込んでいる相手の家庭内のことであれば、
ここで容喙などすれば「王室に有利なようにことを運んでいる」と国内の貴族たちに目されかねない。
それは避けたいところだった。

「その後、父公爵の代からの忠実な領地管理人がもろもろを差配することでなんとか令嬢の生活は回っていたようだが、
数ヶ月前亡くなったらしい。その後のなりゆきは、―――まあ分かるな」
ええ、と答える代わりにマテューは小さくうなずいた。
気が重いなあ、と肩の筋肉をほぐしながら思った。
243詩興夜話:2008/02/07(木) 20:45:45 ID:2xGRVL4q
つまりこの縁談は、相手方の苦境につけこんで成立したものであるということは疑いの余地がない。
ガルィアでは基本的に爵位相続は男子にしか認められていないが、女児だけが遺された場合、
結婚して息子をもうけるまでの間暫定的に当主として爵位を保有することはできる。
ただその場合彼女はあくまでも公爵令嬢であり、公爵家当主ではあっても新公爵ではない。

そしてガルィア王家にとって何より肝要なのは、王室の成員が彼女との間に男子をもうければ、
そのときからリュゼ公爵位は王室と同姓の者によって継承されるということである。
むろん相手方の内情を考えれば、爵位にともなう資産相続などほとんど期待できないのだが、
王室が欲しているのはとにかく実利よりも名分と門地であった。
それは初代国王以来の宿願ともいえ、兄および父王がこの機を逃さずになんとしても婚約を成立させたいという熱意は、
ろくに宮廷に出入りしていないマテューにも理解できた。

「たしかに公爵令嬢の身の上は不憫だ。不憫だが、―――急がねばならんのだ」
アランが静かに言いふくめるようにつぶやいた。
「今にも世をはかなんで出家しそうなんですか」
「公爵家の財政破綻ぶりはすでに広く知られている。
リュゼの血筋を渇望する者は国外にさえ少なくないのだ。
いまここにきて、とうとう当主がどうにも身動きできなくなったと知れば、
経済力にものをいわせて通婚を申し込む者があとを絶つまい。
いや、すでに現れているはずだ。
それが国内の有力貴族だけならまだいいが、外国の王室とでも結びついてみろ。ややこしいことになりかねない」
たしかに、前代の王朝の後裔と通婚したことを名目に他国の王がガルィアの領土割譲を要求し、
場合によっては軍事衝突さえ引き起こしかねないという筋書きは、マテューにも容易に思い描くことができた。

「避けられる紛争は避けねばならん。
 そして我々はリュゼの血脈をとりこみたい。
 ―――というわけでだ。
 おまえはかの公爵令嬢と婚約することになった。
身辺が清潔だと聞いて安心したぞ。
相手はなにしろ古式ゆかしい名門だ。潔癖さでも人後に落ちぬことだろう」
「清潔っていうか、ちょっと待ってくださいよ。
 早過ぎないですか」
「早過ぎない。俺など生後数ヶ月で婚約したんだ。
おまえはもう十八だろう。俺が結婚したのと同じ年だ」
「いや、でも、婚約かあ・・・・・・」
244詩興夜話:2008/02/07(木) 20:47:43 ID:2xGRVL4q
「安心しろ。正式に成約文書を交わす前に、あちらは面会を望んでいる。
 どんな女だか分からないままに婚礼を迎えるわけではない。俺よりはよほど恵まれていると思え。
 容姿についてはとくに話をきかんが、礼儀作法や教養の点から言えば、
たとえ貧窮の身であるとはいえ当代一流の婦人であることはまちがいあるまい」
「うー・・・・・・」

兄にしてみればそのような義妹をもつことは光栄かもしれないが、このときマテューの脳裏に浮かんだのは、
異常なまでに誇り高く格式ばった旧家の娘の姿であった。
そういう家の子女がもれなくそうであるように、背筋を傘の骨のようにぴんと伸ばして髪は保守的にきつく結い上げているのだ。
第二王子は首筋を掻きながら嘆息した。
「堅苦しそうだなあ・・・・・・」
「だからこそおまえに相応だというのだ。せいぜい生活態度を矯正してもらえ」

大体年恰好からいえばルネが婚約しても―――と口に出しかけてマテューは黙った。
すぐ下の弟王子ルネは現在十五歳であるが、謹厳実直で敬虔な人柄が宮廷でも高く評価されている。
その信仰心篤さは聖職者さえ瞠目させるものであり、将来的には僧籍に入ることを望んでいるのではないか、
という噂が一部では囁かれているが、本人はまだ言明したことはない。
ただ王室内において、当の婦人を除き誰の目にも明らかなのは、彼は長兄の妃をひそかに恋い慕っているという事実であった。
夫であるアラン自身が最初に気がついたのだが、かといってルネをきつく戒めようとするわけでもないので、
ほかの王族たちもみな「気づかないふり」に倣っているのだった。

兄にしてみれば、今回舞い込んだ公爵家との縁談こそある意味で三弟を平穏に遠ざけるのに絶好の機会であるわけだが、
それをあえてしないという選択をすでに取っているのだ、ということがマテューにもなんとなく分かった。
むろん弟と妃との密通を許すわけにはいかないが、かといって自分の一存で弟の恋慕を絶つのも忍びない、ということなのだろう。
生殺しにはちがいないが、それでもやはり、
恋焦がれる女性に祝福されながら別の女性の手をとって永遠の誓いを交わさなければならない、
という境遇へ実の弟を追い込むことにも踏み切れないのだ。

そしてアランはついに、取り立てて相手がいないらしいマテューに
―――王子たちの中で最も結婚生活に向いてなさそうだと周囲に目されている男だが―――
照準を固定し、父王に意見してそれが通ったというわけだ。
245詩興夜話:2008/02/07(木) 20:48:18 ID:2xGRVL4q
(こういうところが兄上らしいといえば兄上らしいが)
ほとんど表情らしい表情を浮かべていない彫刻のような横顔を見ながら、マテューはやれやれ、とため息をついた。
さきほどよりはやや軽やかな息だった。
(―――まあ、どうせいつかは避けられなくなることだしな)
結婚生活が退屈になってきたら随時側妾を置くか、また町に繰り出せばいいのだ。
妻が望めば愛人をもたせよう。そのほうが何かと煩わしくない。

彼の未来設計はこの国の上流階級男性としてはごく標準的なものであった。
それゆえ、結婚して二年もたつのに妾妃を置く気配のない兄の結婚生活はマテューからするとやや尋常ではない。
とくに結婚前の放蕩ぶりをわりと詳しく知っている身からするとその感はいっそう強まる。
(義姉上がそんなに厳しいのかねえ。あの国は信仰心篤いひとが多いというしな)
髪をまとめる紐を弄びながらそんなことをぼんやり考えていると、弟の心の動きを見越したか否か、アランが口を開いた。

「そういうわけだ。
 面会は十日後に予定されている。公爵家の居城だ。
都からだと馬車で三昼夜の距離だな。騎兵隊をつけてやる」
「あれ、宮中じゃないんですか」
「おまえが出向くんだ。これぐらいは相手方の体面を慮ってやらねばなるまい。
面会といってもたいしたことではない。
顔を合わせて挨拶したら、主に互いの財産目録を書記に読み上げさせて確認するだけだ。
問題がなければそれがそのまま婚約文書の草稿になる。
くれぐれも旅程中は飲むなよ」
あい、と恭しくうなずきながらも、
この兄はそもそも自分を信用するどころか絶対厳しい監視役をつけて送り出すにちがいない、とマテューはすでに確信していた。
246詩興夜話:2008/02/07(木) 20:49:51 ID:2xGRVL4q
陰気な城だな、というのが最初の印象だった。
数百年の時を経てそびえる重厚な外壁の色も暗ければ、左方をめぐるように流れる小川もひどく濁っている。
重々しい音ともに開けられた門をくぐれば、内庭自体は広々としているものの、
もはや庭師を置くことさえままならないのか、草木は地上に伸び放題である。
主翼の城壁は古城らしく優雅に蔦を這わせているというよりも、蔦に包まれ侵食されているといったほうが正しい。
正直、人間が生活しているという気配が感じられない空間ではあったが、
これはこれでそれなりに味わいがあるな、と単なる来訪者のマテューは呑気に思った。
この幽独とした城を主題に一篇書けそうな気がする。

「お嬢様はこちらでございます」
面積だけはやたら広い城内をひたすら歩き続けて、案内役の男は大きな両開きの扉の前でようやく立ち止まった。
本来なら、たとえ上流貴族でも王族の来訪とあれば城外まで出迎えに出るのが習いであるが、
今回はその義務を免除する、とアランが前もって公爵家に伝達したらしい。
長兄はたしかに気位が高すぎるほど高い男だが、そのぶん他者の矜持を保つことに対しての気配りは行き届いているといえた。

しかしそれはそれとして、王族を出迎えに出て主人のもとまで導く役といえば大任であり、
ふつうなら家臣団でもっとも見目よく風格ある青年が選ばれるはずだが、
この案内役はやや足元のおぼつかない白髪の老人であった。
加うるに、これまで通過してきた人気のない廊下や家具のない部屋、剥がれかけた内装、
ろくに使われずに埃をかぶっている燭台の様子などを見る限り、
この城には家臣団どころか必要最低限の召使さえそろっているか疑わしい、と結論付けざるをえなかった。

ゆっくりと扉が開かれた。よほど長い間修繕していないのか、これほど耳障りな音を立てる扉も珍しかった。
大貴族の応接間だけあって、さすがになかは広々としていた。
これまで見てきた空漠な部屋の数々とはちがって、由緒ありげな調度がそこここに配置されている。
重厚な煉瓦づくりの暖炉が奥に据えられ、左右の壁には絹張りのゆったりした寝椅子が据え付けられている。
これだけの面積にもかかわらず、床には厚手の絨毯がくまなく敷き詰められ、天井は大聖堂を思わせるほど高いようだ。
ようだ、というのは室内の広さに対して照明が圧倒的に乏しいからである。
これだけはほかの部屋と変わりがなかった。

城内の配置上、この一室は屋外に面していないらしく、
窓らしい窓といえば高い天井の一角に設けられた小さな採光窓だけだった。
しかしこれはあまり実用的ではなく、本来この部屋は、
四方の壁面に据えられた無数の燭台を贅沢に灯すことを想定して設計されたものなのだろう。
往時、公爵家が繁栄のさなかにあった頃には、
光の渦があふれんばかりのこの場所であまたの紳士淑女が酒香に包まれながら歓談を交わしていたことだろう。
しかしいまはその影も形もない。
この部屋で光源と呼べるものはただ、中央の卓上に揺れる小さな火と、その下で鈍く光る銀製の燭台、
そしてその奥に腰掛ける人影―――公爵令嬢のつつましい首飾りのみであった。
247詩興夜話:2008/02/07(木) 20:56:19 ID:2xGRVL4q
小柄なんだな、とマテューは思った。しかしそれ以上のことは何も見えなかった。
侍従や書記官たちを従えて中に入ると、令嬢のようすは次第に明らかになってきた。
髪は赤みがかった褐色で、瞳は灰色らしい。それ以上のことはなんとも形容しようがなかった。
あえて形容しようとすれば、「陰鬱」というほかないからだ。もはや顔立ちの美醜以前の暗さだった。
ただし、椅子から立ち上がって下衣の端を少し上げ、優雅に頭を下げる仕草、
そして王子の接吻を受けるため手を差し出す作法は宮廷侍従の目から見ても完璧といえた。

侍従たちを背後に、書記官たちを左右に侍立させて着席すると、マテューは口をひらこうとしたが、しばらく固まった。
これほど沈み込んでいる婚約者候補を前にして、一体どんなふうに快活な挨拶を交わせばよいのだろう。
「―――はじめまして。第二王子のマテューです」
令嬢はつつましく目を伏せて挨拶に応えた。

「たいそう広壮で歴史の重みを感じさせるお住まいですね。
築三百年ほどとうかがいましたが」
公爵家の由緒正しい血統に花をもたせようとしてそう言ったのだが、令嬢の表情はさして変わらなかった。
発せられた声も顔と同じくらい暗く沈んでいる。
「ご来訪いただいたというのに、設備が行き届かぬことばかりで、ご不自由をおかけしております」

「いや、そういう意味では・・・・・・
えーと、この地方に来るのは初めてなんだけど、いいところですね。
 耕地は広いし、農民たちの身なりは悪くないし、この近辺の農村は裕福で治安もよさそうだ」
「ええ、―――いまはわたくしどもの領地ではございませんが」
「そ、そうでしたね。まあでも、温暖でいいところですよね。
 初夏になれば、きっと都より薔薇の咲くのが早いでしょう」
「ええ、
―――ですが、詩人であられる殿下の霊感を掻き立てるには、我が城の荒れ果てた庭園ではあまりに不足かと」

皮肉でも卑下でもない、ただただ消え入るような声だった。
どうしたもんか、とマテューは困ってしまった。
いつものくせで髪を掻きあげたいところだが、今日はしっかり櫛を入れられ後ろで堅く縛られているのでできそうにない。
慣れない礼装のせいで肩が凝ってしょうがないが、まさか椅子に背を投げ出して肩をぶんぶん回すわけにもいかない。

(あー・・・・・・早く済ませたいな・・・・・・)
ちらっと右手の書記官のほうを見ると、準備はできております、という顔でうなずいてくれた。
本題に入るか、とマテューは気持ちを固めた。
「そろそろ、双方の財産目録の確認と契約書の点検に入りましょうか。えーと、」

マテューの口元は言いかけたまま固まった。
呼びかけるべき令嬢の名前が出てこない。
出発前にむろん兄から教えられているはずだが、リュゼの令嬢という印象だけが先にたって、ろくに記憶に残っていない。
往路の馬車のなかで、侍従たちが
「王族がたのご成婚におかれましては、お二方のイニシャルを組み合わせた意匠の家具をご寝所にしつらえる慣わしですから、
殿下の場合はMとMですな」
と話していたのは覚えている。
だからこの娘のイニシャルもMなのだ。マルグリット?マドレーヌ?マリアンヌ?
(あーもう、仕方ない)
自分自身に呆れつつ、マテューはいちばん無難な策をとった。
「えーと、リュゼ公爵令嬢、では」

その瞬間、向かい合って座る娘の目に初めて生気らしきものが宿った。
公爵令嬢という称号に対する異議ではない。
王子が自分の名前を失念していたことに―――あるいはそもそも自分に対して関心がなかったことに、
今はっきりと気がついたのだ。
ほんの一瞬、時間が硬直したかのようだった。
248詩興夜話:2008/02/07(木) 20:57:51 ID:2xGRVL4q
「―――その必要はありませんわ」
「え?」
「改めて確認させていただく必要などありません。
わたくしがもちあわせているものはここに記載されているもので全部です。
そのままお納めください」
令嬢の語気はいつのまにか別人のように強くなっている。

「いえ、ちょっと待っ」
「どうかお持ちになってください。
 わたくしにはもう保持したいものなどありません。
 すべてお持ちになってください。
どうか、―――何もかもお持ちください!
 リュゼの姓も公爵位も紋章も遺産もこの城も、将来あなたとわたくしのあいだに生まれる男児も、
何もかもお手元にお引取りになればよろしいのです!
 でもそのかわり、その後はどうかわたくしを放って置いてくださいませ・・・・・・!!」

見開かれた灰色の瞳には、最後に残った気力を糧に小さな炎が宿っていた。
けれど奔流のように始まった叫びとはうらはらに、その語尾はゆっくりと地中に呑み込まれていくかのようだった。
嗚咽をこらえているのだ、とマテューにも分かった。

(ああ、こんなにも、―――――心細かったのか)
そして、父公爵が亡くなって以来、彼女という個人がどういう人間であるかということに関心を示す人間も、
向かい合って慰めようとする人間も、
彼女の周囲にただひとりとして現れなかったのだ、ということにようやく気がついた。
群がってきたのはただ、資産を狙う親族を除けば、その光輝ある姓を渇望し彼女の足元を見て求婚する他家の貴人ばかりであり、
第二王子との対面がその仕上げとなったのだ。

細い肩を小刻みに震わせながら、公爵令嬢はしばらく唇をかみしめていたが、
やがて両手で顔を覆い、堰を切ったように泣き出した。
王子に向かって絶叫するなどというこのうえない非礼を犯してしまった以上、
もはやどれほど取り乱しても同じだと思っているのだろう。
マテューは黙って書記官と侍従たちに目配せした。
あまりの事態に硬直し立ち尽くしていた彼らは、ようやくのことで顔を見合わせると、無言で退室していった。

マテューは立ち上がり、机の向かい側に歩いていった。
公爵令嬢の椅子に近づくと、かすかだが花の香りがした。
宮廷の貴婦人たちが年中つけているような極上の薔薇の香水ではない。
野の花の香りだな、と王子は思った。
そして彼女の足元に跪いた。
249詩興夜話:2008/02/07(木) 20:59:15 ID:2xGRVL4q
「・・・・・・お立ちください、殿下」
嗚咽を止めることはできないながらも、公爵令嬢は手で顔を覆ったまま、マテューに小さな声で呼びかけた。
彼はそのままでいた。
「あなたのお名前を失念してしまいました。まことに申し訳ありません。
 ですが、再度ご芳名をうかがう栄に浴することは叶いましょうか」
公爵令嬢は少しだけ手を下ろし、真っ赤な瞳で彼を見下ろした。
(なんだ、生気をとりもどせば、大きくてきれいな目をしてるじゃないか)
思わず微笑みかけそうになったが、なんとかまじめな顔をたもつことに成功した。
ふだんやり慣れていないのでこれも一苦労である。

「―――ミュリエルと申します」
小さな手が首の辺りまで下がった。
唇はわずかに動いただけだが、それでもさきほどよりは血の気が通っているように見えた。
小さいが実に上品な形をした唇だった。
「美しい名だ」
「―――どなたにでもそうおっしゃってるんでしょう」
「ご明察です」
公爵令嬢の口元がほんの少しゆるんだ。
マテューも初めて表情を崩し、彼女に自然に微笑みかけた。
ここで怒鳴りつけられたらどうしようかと思っていたところだ。

「では、ミュリエルとお呼びしていいですか。僕のことはマテューと」
「いえ殿下、そんな非礼なまねは」
「いいんです、僕と婚約する気があろうとなかろうと、そう呼んでください。
 僕っていうのもなんかわざとらしいな、我ながら」
王子の口調が急に砕けてきたことに、ミュリエルは戸惑いを隠せないようだった。
本当に育ちがいいんだな、とマテューは自分のことも棚に上げて
―――彼の場合、棚に上げる根拠もないではないが―――思った。

「もうひとつ、謝らないといけないことがある。
契約云々を言い出す前に、あなたともっと話をするべきだった。
いや、そもそもここへ来る前にあなたに手紙を書くべきだった。
あなたのことを知る努力をするべきだった。
それを怠っていたのが申し訳ない」
「―――いいえ、そんな」
ミュリエルの声はあいかわらず小さかったが、徐々に生きた人間らしい温度を取り戻してきていた。
「わたくしのほうとて、殿下のために何もしてさしあげることができませんでした。
 ―――何より先ほどは、せっかく話しかけていただいたのにあんな、あんなつまらない応答をしてしまって。
 どうかお許しください」

「君の世界にはもう、執着すべきほどのものはない?」
問いかけともつぶやきともつかない唐突なことばに、ミュリエルは驚いたように目を上げて王子を見た。
その褐色の瞳はあいかわらず柔らかい光を帯びていたが、少しだけ、こちらを深くのぞきこんだかのようだった。

「すべての美しいものは去ってしまった?」
「―――分かりません。
 いいえ、去ってしまうという前に、きっと最初から何もなかったのですわ。
 この世は美しいもので満たされていると教えられ、
 それを幼いころから信じ込んでいたのがいけなかったのでしょう。
 十三で父を亡くすまで、貧しいのは今と同じだったけれど、
 それでもやはり守られていて、何も見ずに済ませて来られたのだと今では思います」
250詩興夜話:2008/02/07(木) 20:59:57 ID:2xGRVL4q
「人の悪意を?」
「悪意というか、欲望でしょうか」
「君には欲望の持ち合わせはないの?」
ミュリエルはわずかに灰色の瞳を見開いた。
澄んだ色だ、とマテューはいまさらながら感心した。
「あると、思います。
こんなことを申し上げるのはお恥ずかしいのですが、―――新しい綺麗な服を着たいし、
そのドレスを着て舞踏会に行き、たくさんの人からほめられたりすることを、よく夢に見ます。
でも、そのために人を傷つけたり、自分の尊厳を損なうことはしたくありません」
「そうだね。君はそんなことはしないと思う」

「―――あなたは?」
今度はマテューが瞬きする番だった。
「あなたは、欲望がありますか?」
やれやれ、と王子は思った。
一体この娘はどれだけ箱入りなのだ。

「生々しいのがたくさん」
「どのように生々しいのですか?」
嫁入り前の娘にそのへんの詳細を語るのは法に触れるような気がして、マテューは少し黙った。
「まあ、いろいろあるんだ、男には。
 話し始めると日が暮れてしまう」

「わたくしはかまいません。どうか、お話ください。
 ―――あなたのことを、知りたいのです」
最後のほうは消え入りそうな声だったが、表情はむしろ生気を増し、頬はかすかに火照って血色がよくなってきた。
(弱ったな)
可愛いじゃないか、と心中でつぶやきながら、マテューは頭を掻きそうになった。
251名無しさん@ピンキー:2008/02/07(木) 21:04:12 ID:hXDyzXkL
支援
252詩興夜話:2008/02/07(木) 21:04:47 ID:2xGRVL4q
「あなたの欲望とは、どんなものなのですか?」
ようやく嗚咽の収まった声が、本来の清澄さをとりもどして可憐に響いた。
「少なくとも、君を傷つけようとは思わない」
「ええ、それは分かります」
「大事な部分を挙げると、そうだな、美しいものを見たいという欲望だ。
 君にもそれはあるだろう」
「ええ」
「そしてそれを表現したいという欲望」
「―――ええ」

「そのためならほかのことをすべてあきらめてもいい。
 人間って本来そういうものじゃないか?」
ミュリエルは唇を開きかけたがふたたび目を伏せて、結局何もいわなかった。
「どうした?」
「―――でも、それでは満たされませんわ」
「何が?」
「屋敷も、衣装箪笥も、―――お腹も」
公爵令嬢の声はふたたび消え入るように小さくなった。
一瞬後、広大な部屋に王子の弾けるような明るい笑い声が響いた。
さきほどの怒りがミュリエルの胸に突如としてよみがえってきた。

「殿下にはお分かりにならないのです!
着古した礼服の修繕に苦労なさったこともなければ、ひもじい思いなどなさったこともないのでしょう!
 わたくしのような生活を送ってみれば、世に名高い殿下の詩才も何の足しにもならないことがすぐにお分かりになりますわ!
 華やかな調度に囲まれ美しい庭園を維持できるだけの財力があってこそ、詩情というものが初めて生まれるのではありませんか。
詩才というものを涵養できるのではありませんか。
 そう、そのとおりだわ。殿下も貧窮の何たるかを一日くらいお試しあればよろしいのです。
国庫を食いつぶさないうちに。こののらくら次男坊!
そのほうが民生の向上にも役立ちますわ!」

「いや、悪かった、悪かった」
笑顔で詫びながら、マテューは立ち上がった。
ミュリエルの細い肩に手を置くと、憤りに染まっているはずの華奢な身体が初々しくすくむ。
同じ怒号を浴びせられたとはいえ、彼はもはやさきほどのような重苦しさを感じてはいなかった。
この腕の中の小柄な娘、紅唇を噛みしめこぶしを振り上げんばかりの公爵令嬢のことが身近な人間に思えてきた。
隔てのない感情をぶつけられたことが何とはなしにうれしかった。
253詩興夜話:2008/02/07(木) 21:06:21 ID:2xGRVL4q
「そうだな、たしかにそうだ。衣食足りてこそ人は学芸に打ち込むことができるんだ。
独善的なことを言ってすまなかった」
「その通りですわ」
本気でとげとげしい声だ。顔も思い切りそらしたままである。
マテューはなぜか、この怒りっぽい娘のことが着実に気になってきた。
ふだん他者に恋着しない彼にして珍しく、たしかに俺たちは分かりあう必要があるな、とそんな気分になった。

「君は詩を書かないの?」
「か、―――書きませんわ。そんな浮ついた慰みごとで糊口はしのげませんもの」
「言うねえ」
「それにこの城にいる限りは、何も謳いあげるものなどありません」
「そう?」
「そうですわ。庭園も城内もごらんになったでしょう」

マテューはふと公爵令嬢の肩から手を下ろした。
広すぎる空間にふたたび沈黙が下りる。
やがて彼は椅子から離れ、部屋の一隅に向かってゆっくりと歩き出した。
「君はさきほども、この城の庭園は霊感をかき立てない、と言っていたけど」
歩きながら静かに話し続ける。
「霊感をかき立てるもの、詩を書きたいと思わせるもの―――美しいものは、
何も綺麗に手入れが行き届いた薔薇園ばかりじゃないはずだ。たとえば」

マテューは立ち止まった。彼の足元には陽だまりがあった。いまは正午近くなのだろう。
真上に空けられた小さな採光窓によって、部屋のその一角だけが照らし出されている。
「この光の筋が見える?」
「ええ」
「俺は昔からこれがすごく好きだった。
これを見るためだけに、小さいころは何度も暗い書庫や物置部屋に忍び込んだりした。
 そして、この中に舞う光の粒が、世界で一番美しいものだと思っていた」

「―――でも、それは」
「そうだ、埃だ。それを教えられたときは悲しかった。
埃であることが悲しかったんじゃなくて、埃は美しくないものだ、と教えられたのが悲しかった。
 だから詩を書くようになったのかな。うん、たぶんそうだ」
ほとんどひとりごとのように、マテューは光の筋を眺めながらつぶやいた。
254詩興夜話:2008/02/07(木) 21:07:40 ID:2xGRVL4q
「自分が美しいと思っているもののことをみんなに知ってもらいたくて、みんなと共有したくて、なんとなく書き始めたんだな。
 世の中の詩人の多くがきっとそうであるように。
それから過去の詩聖と呼ばれる人々の作品を大量に読み漁った。
誰か俺と同じことを感じている人間がいないかと思ったんだ。
でもいなかった。まあ古典詩っていうのはどうしても題材が限られてくるからな。
そんなわけでしょうがないから、自分ひとりで光の筋と埃についての詩を何首も書いた。

そのうち世の中にはほかにも美しいものがいろいろあることに気がついて、
いろいろ書いてるうちにそのうちいくつかは宮廷の吟遊詩人たちにもほめられるようになった。
どうもそのころから俺は有名になったみたいだけど、宮廷で流行る詩歌っていうのはなんだか合わないんだな。
古典詩とさほど変わらない。
『美しいもの』『そうでないもの』の分類がすでに確立されていて、
まるで目に付くものにかたっぱしから詩情を感じていてはいかんといわれてるみたいだ。
それでなんとなく城下町に足を運んで、飲んだり歌ったり書いたりしていたら、
平民の感性はけっこうなんでも受け入れてくれるもんだから、
下町通いがやめられなくなってきた」

「お噂は本当だったのですね」
ミュリエルは目を丸くしていった。
「うん、どんな噂か知らないけど、まあそうなんだ」
「―――でも、美しいものはさまざまだといっても、この城に、わたくしが持参できるもののなかに、どれほどありましょうか」
また声が弱々しくなった。

「俺が言いたかったのはつまり、美しいものは最初からあるんじゃない。
見出すんだ」
相変わらず光の筋をぼんやりと眺めながら、マテューはつぶやくように答えた。
「あと、俺は君のことを美しいと思っている」
沈黙が降りた。
なんとなく振り向くと、公爵令嬢は耳まで赤くなっていた。
「わ、わたくしのような者でも、―――詩人の霊感の助けとなりえましょうか」
「もちろん。
笑ってくれるともっといい」

ミュリエルはとうとう首まで赤くなった。
そして小さくつぶやいた。
「そのように、こころがけます」
(まいったな)
マテューはまた髪を掻きたくなった。
(本当に可愛いじゃないか)


(続)
255名無しさん@ピンキー:2008/02/07(木) 21:12:18 ID:Dfrj1ac3
この兄弟は皆個性的ですねGJ!
256名無しさん@ピンキー:2008/02/07(木) 22:42:44 ID:OYqta2eX
このシリーズ大好きです
エロなしでも十分おもしろいので
エロパロにしておくのは勿体ないと思ってしまうw
257名無しさん@ピンキー:2008/02/07(木) 23:09:21 ID:vm0s/Cm5
ミュリエルかわぇ〜
258名無しさん@ピンキー:2008/02/08(金) 00:11:02 ID:zn9qbBkh
うわあ新作キテタ―――!!!
ミュリエルたん可愛いよミュリエルたんとか言っちゃうほど可愛い
これでエロがあるとかもうスター並の感激もんです…GJ! 続きが楽しみでたまらない!
259名無しさん@ピンキー:2008/02/08(金) 08:51:37 ID:Z+6pXOKp
アランは何だかんだで弟たちのことを考えているなぁ
続きもお待ちしております
260名無しさん@ピンキー:2008/02/08(金) 19:02:16 ID:M2Y6LRHf
次兄話キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!!

今まで登場した王子たちの中でも、庶民的な明るさ…というか
軽妙な言動が好みです。
「美しいものは最初からあるんじゃない。見出すんだ」の台詞がイイ!
ミュリエルもマリーや長兄妃とは違った愛らしさと矜持のあり方が
窺えて魅力的。マテューとどんなカップルになるか楽しみです。wktk
261名無しさん@ピンキー:2008/02/08(金) 20:53:58 ID:8gpSO9Br
俺の大好きなシリーズキタ━━━ヽ(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)ノ━━━ !!!
262名無しさん@ピンキー:2008/02/08(金) 21:58:47 ID:cSAlbd4n
このシリーズ、本になってもいいくらい出来が良いよな。
263名無しさん@ピンキー:2008/02/08(金) 22:36:57 ID:OjemPnhB
それにしてもこの兄弟軽い、軽すぎる
俺が国民なら革命起こす
また作者が軽さの描写上手いもんだから
264名無しさん@ピンキー:2008/02/08(金) 23:22:18 ID:nuPyIqUW
アラン兄さん、驕慢だの横暴だのいわれるけど、配慮や情愛が深いね。
一見何も考えてなさそうで、感覚の鋭いマテューも良い!

ところで「オーギュスト」って突飛な言動で周りを笑わせる道化役のことを
指すらしいですね。作者さんのネーミングセンスの妙に感心しきり。
ttp://homepage2.nifty.com/deracine/circus/circus/clowns01.htm
265名無しさん@ピンキー:2008/02/08(金) 23:26:39 ID:tKC2XMfs
>>264
>ベルリン方言で「愚か者」を意昧する

ちょ、オーギュストw
266名無しさん@ピンキー:2008/02/08(金) 23:57:04 ID:0BmINSNV
「愚か者」でもオーギュストがこのシリーズで一番好きだw

続きを楽しみにしております!!
267名無しさん@ピンキー:2008/02/09(土) 00:29:53 ID:gKdYH8Si
>>264
オーギュストってフランス名かと思ってたけど独語でも使うのか
辞書引いたけど方言だからかアウグスト読みしか載ってなかった・・・
勉強になるなあ
268名無しさん@ピンキー:2008/02/09(土) 01:09:11 ID:GvKlP96/
マリーとオーギュストだからルイ・オーギュストとマリー・アントワネットからとったのかと思ってた
269名無しさん@ピンキー:2008/02/09(土) 01:12:48 ID:GvKlP96/
マリーとオーギュストだからルイ・オーギュストとマリー・アントワネットからとったのかと思ってた。アランもマテューもルネもフランス姓であるから。
でも、オーギュストにぴったりだな。愚か者。
270名無しさん@ピンキー:2008/02/09(土) 01:13:42 ID:GvKlP96/
途中送信してたorz
271名無しさん@ピンキー:2008/02/09(土) 09:58:52 ID:MWtKpAbN
ちょいと長文史実話になります

オーギュストは、ラテン語の「アウグストゥス」のフランス語読み。
これは「尊厳者」って意味で、ローマ帝国の初代皇帝に元老院から送られた称号。
ヨーロッパの言語での8月の名称…例えば英語のAugustはこれが語源(更に言うと2月が基本28日で8月が31日なのもこいつのせい)
これに倣って後のローマ皇帝は「アウグストゥス」を称号(のうち最も重要なもの)として名乗ってる

で、フランスにフィリップ2世って名君が居て(詳しくはググってくれ。実質的なフランスの建国王)
「尊厳王(オーギュスト)フィリップ2世」と呼ばれた。偉大な王にあやかる形でフランスにはオーギュストが溢れかえる事になってる

恐らくだが、フランス人とドイツ人の仲の悪さは尋常なものじゃないので上にちなんで
オーギュスト=愚か者って事になったんじゃないかなあ、と
とりあえず「オーギュスト」自体は由緒ある名前です。王侯貴族についてて何ら変では無い

>267
ドイツ語だとアウグストで合ってる。わざとフランス風に読んでるんだと思われ。
ベルリン(というかブランデンブルク=プロイセン)はフランスからの宗教難民を膨大な数受け入れたという史実があるので、
そっちの影響かもしれない
272名無しさん@ピンキー:2008/02/09(土) 17:50:02 ID:/mpgspCE
>>271
わかりやすい解説d!
本当にここは面白くて為になる良スレだ。
273名無しさん@ピンキー:2008/02/09(土) 22:12:45 ID:CQCQO7+9
つ へぇへぇへぇへぇへぇ〜。
274名無しさん@ピンキー:2008/02/09(土) 22:54:23 ID:qxVrMHIi
衣食住に関する資料はどこから調達しているのですか?
275名無しさん@ピンキー:2008/02/10(日) 00:39:17 ID:cmtpbXod
自分は該当する時代に書かれた本(和訳)を借りてきて、
流し読みして人名や風俗を拾ってくる。
あと、実家に百科事典があるのでたまに帰って読んでくる。
ちょっとしたことだとwikiで調べれば分かることも多いよ。

でもヨーロッパの中世だと、メシもあまり美味くないし
入浴も少なくて非衛生的だから、そのへんは適当に補完して
読んでて気持ちよく見えるような世界を作ってるつもり。
276名無しさん@ピンキー:2008/02/10(日) 00:57:23 ID:KdpyYFeD
学術文庫、筑摩文庫、岩波文庫あたりはそう言う系の本が揃ってるよ。
「ハーメルンの笛吹男」とかは中世の空気が味わえてマジでお薦め
277名無しさん@ピンキー:2008/02/10(日) 10:35:48 ID:HOM8nHFz
こののらくらモードのマテューが
>「昨今は領地経営に日夜お心を砕かれているようで、抒情詩が途中から森林伐採権の話になっていました」
とオーギュストに語られるようになるまでの、豹変・・・いや成長ぶりが楽しみだ。
278名無しさん@ピンキー:2008/02/10(日) 13:44:44 ID:N/sLIvo2
>>275>>276ありがとうございます。
名前を考えるのは難しくないですか?
279名無しさん@ピンキー:2008/02/10(日) 15:55:07 ID:cmtpbXod
楽しいよ。
難しいとか思ってるうちは書けないんじゃないかな。
280名無しさん@ピンキー:2008/02/10(日) 16:10:04 ID:N/sLIvo2
王侯貴族の名前には何かルールのようなものってあるんですか?
(姓・称号等)そういった縛りが気になって。
281名無しさん@ピンキー:2008/02/10(日) 16:23:23 ID:rGQEfc4D
>>280
日本なら皇族には姓がないしフランスなら貴族はdeがつくように
実在の国を舞台にしているならそれを調べればいい

架空の国なら自分でそういう設定を作ってもいい


自分は名前を決めるときは舞台のイメージにした国の
名前を使ったり改造したりする
282名無しさん@ピンキー:2008/02/10(日) 16:31:02 ID:IDrL+OYC
読み手の立場としては、名前は結構こだわってほしいと思う。
英語風なら英語風、仏語風なら仏語風とそれで統一してほしい、
たとえばキャサリンとカトリーヌとカタリナが家族といわれたら萎える。
それは王侯貴族に限った話じゃないけど。

姓や称号が気になるなら、歴史の本を適当にあたっていけばそのうち
パターンもわかってくると思う。
架空の国の話なら、架空の設定でおkなんだから、それこそ作者の
設定の腕のみせどころ。てか架空話作りはそれが楽しいw
283名無しさん@ピンキー:2008/02/10(日) 18:50:17 ID:GDAHekTB
ここ…エロパロ板…ですか?
284名無しさん@ピンキー:2008/02/10(日) 19:17:53 ID:WASAxa+w
ネット上でも人名辞典系のサイトはあるからあさってみたら? ゲームのキャラメイクにべんりだよ。
とRPGで主人公の最終装備の出展が頭はギリシャ神話武器は北欧神話鎧が日本……
でも一向に気にしない人間が言ってみる。
285名無しさん@ピンキー:2008/02/10(日) 23:58:02 ID:yBdw72jI
>>283
題材がエロゆえに読み手は設定に拘るのさ!
286名無しさん@ピンキー:2008/02/11(月) 00:05:27 ID:kVGz9owV
ずっと質問してるのって226?
一から十まで人に聞かないと書けないのかと。
287名無しさん@ピンキー:2008/02/11(月) 00:30:38 ID:O+V4cuNP
まああれだ、ここで探して来い(ちょっと古いけど)
http://aica-punch.hp.infoseek.co.jp/index.htm
288名無しさん@ピンキー:2008/02/11(月) 15:33:25 ID:m34C8OTc
肝心なところがみられない。
289名無しさん@ピンキー:2008/02/12(火) 19:16:06 ID:EgLZBNb4
日本人は世界で一番名付けにこだわり、
漢字と平仮名、カタカナのせいか名前の種類もとっても豊富。

一方、英国人は、あまりこだわらない。
昔の男性の大半は
ヘンリー、ウィリアム、ジョン、リチャード、ロバート、エドワードだったらしい。
女性ならば、アン、エリザベス、メアリー(マリア、マリー)、キャサリン、ビクトリア。

え、そんなの常識?
290名無しさん@ピンキー:2008/02/12(火) 21:12:02 ID:1gdufSx9
英国人に限らん
世界にはポピュラーネームという概念がある
291名無しさん@ピンキー:2008/02/12(火) 21:38:15 ID:bO17Mx99
こだわり過ぎて最近の日本はDQNネームの天国だから困る
292名無しさん@ピンキー:2008/02/12(火) 21:51:20 ID:FlZEM9hW
王様でも村人Aでも使える名前って便利だよね。
293名無しさん@ピンキー:2008/02/12(火) 22:41:14 ID:4afpKVUp
>>289
ビクトリアは同名の女王が即位するまではそんなポピュラーネームじゃなかったはず。
英国名ですらないし。
294名無しさん@ピンキー:2008/02/12(火) 23:43:49 ID:EgLZBNb4
>>293
スマン、中途半端な知識で書いていた。
英国というか欧米とか西洋とかいうべきだったし。
訂正ありがたし。
295名無しさん@ピンキー:2008/02/12(火) 23:46:56 ID:pWXqFiXb
蘊蓄はわかったから続きプリーズ
296名無しさん@ピンキー:2008/02/13(水) 11:39:12 ID:4KIROWKO
これは?携帯だけだけど
ttp://courseagain.com
297名無しさん@ピンキー:2008/02/13(水) 21:55:46 ID:bLGjrYfg
>>296
こいつはコピペでマルチだから絶対にアクセスすんなよ!
298詩興夜話(後編):2008/02/14(木) 01:09:59 ID:r9JzW6Gi
*前回投下分のタイトルは正確には「詩興夜話(前編)」でした。失礼いたしました。





(どうしたもんか)
マテューはまた髪を掻きあげていた。
あまり褒められた癖ではないが、小さいころからの習いでどうしても抜けない。
窓から差し込む夕刻の光が滑らかな金髪の上をすべり、微妙な翳りと光沢をつくりだしては散っていく。
膝の上に置いた本は彼の陰になっているため、宵闇さしせまるこの部屋では文字はほとんど読み取れない。
マテューはぼんやりと頁をくくった。
惰性のような動作であり、内容は頭に入っていない。
新しい頁の章題は「国文学における頭韻法の発生と変遷」とかろうじて読み取ることができた。
マテューはふと本を閉じ、彼らしくもない深いためいきをついた。

あの日の午後、彼はふたたび書記官らを広間に招きいれ、ミュリエルと共に双方の財産目録の確認と検討を地道におこない、
実質的に資産配分の契約書である婚約文書の草稿を筆頭書記官にまとめさせた。
あとはこれを宮廷に持ち帰り、しかるべき審議機関を経てから清書されるのを待つばかりである。
そのうえでふたりが署名しそれぞれの家の印章を押せば、第二王子の婚約は正式に発効し、
国内の貴族や諸外国の王室に向けて公告され、婚礼の招待状が各地に向けて発送されることになる。
先方からは礼法にのっとって祝辞が送られてくる。今度は答礼を発送する。

マテューにとっては考えただけで頭が痛くなるような煩雑な作業であるが、
王侯貴族と形式主義とは切っても切れないものであるからいたしかたない。
つまるところ、彼は今回の公爵家訪問の目的を無事に果たしたのであり、
もはや都に帰っても兄に迫害されない身分であった。
しかしマテューは帰らなかった。すでに来訪日からひとつきが経とうとしている。
299詩興夜話(後編):2008/02/14(木) 01:12:07 ID:r9JzW6Gi
「よろしければ、しばらくご逗留くださいませ」
あの日の午後、双方が署名を終えたとき、ミュリエルは少し恥じらいがちに、また遠慮がちにそういった。
「このような陋屋ですが。
―――もし我が館の蔵書に興味がおありでしたら」
喜んで、とマテューは言いたかったが、彼女の真意がどこにあるのか計りかねた。
いずれにしても結婚すれば―――今後の手続きを考えれば、おそらく一年以上先になるであろうが―――、
書庫は実質共有することになるのだ。
が、彼は誘いをありがたく受けた。
書記官と侍従たちには文書の草稿をもたせて先に都に帰らせ、リュゼ公爵邸には彼と御者、そして若干の護衛だけが残った。

初日の印象どおり、たしかにこの城の大部分はほとんど手入れもされていない廃室だが、
実際に暮らしてみると、寝室や書斎などの令嬢の生活空間および
二、三の客間を整えるだけの召使は足りていることが分かった。
そして彼らは、これほど落魄した公爵令嬢のもとにあえて残るだけあって、もれなく忠実な働きを示してくれた。
城下町で泥酔するたびそのへんの商店の庇の下で寝ることにも慣れてしまったマテューにしてみれば、
これは申し分ない歓待というべきであった。

ミュリエルがわざわざ言及するだけあって、公爵家の蔵書はすばらしい品揃えだった。
大陸中に誇るいにしえよりの血脈は伊達ではない。
これでも負債のかたとして貴重な写本や版本はたいがい売り払ったというのだから、
本来の書庫の威容はいかばかりであったかと、マテューは感心することしきりであった。

城に滞在するうち、ミュリエルの思うところは分かってきた。
彼女は別に、蔵書を単なる口実としたわけではない。
詩人であるマテューが文学好きなのは自明のことなので、約束どおりに彼を城内の書庫に案内し、毎日好きなだけ閲覧させている。
ただしミュリエルも常にかたわらにいて、別の本を読んでいた。

彼女も読書家である。ただし法学やら農学やら実務の本ばかり好んで読んでいる。
十三歳で父公爵を亡くして以来、家庭教師を雇う金を捻出することにも苦労してきたらしいとはいえ、
名家の常として幼少時から基礎教養を徹底的に叩き込まれているため、
独学でも専門書を読み込んだり、外国語の文献を読解したりすることはできるようだ。
マテューはそれに感心した。
けれど、読書というのはきわめて個人的な行為であるにもかかわらずあえて共にいたがるのは、
やはりそこに意味があるのだと、彼としても気づかざるを得なかった。

ふたりで終日書庫の長椅子に腰掛け、黙々と読書に没頭しているさなか、
マテューがふと顔を上げると、隣に座っているミュリエルがこちらを見ていることがある。
どうした、とマテューが訊く。
たいていはごく落ち着いた声で、なんでもありません、と返ってくる。
だが今日はこう言われた。

「あなたはどんな殿方なのだろう、と考えておりましたの」
「どんな殿方だと思う?」
「わたくしはかねてから、
詩人と呼ばれる方々はみな情熱がほとばしるままに人生を疾駆するものだとばかり思っておりましたが、
あなたはそうではないようです」
「うん、俺は燃焼するほうじゃない」
「いつも肩の力が抜けていらっしゃる」
「抜けすぎだとよくいわれる。とくに兄に」
「これまでどなたかに、情熱を傾けられたことは」

そういいかけて、マテューが返事を考える前に彼女はあわてたように立ち上がった。
ちょうど午後の日が傾きかけていたところで、その足元に落ちる影は少しだけ長くなっていた。
「―――今のことはお忘れください。
わたくし、居室におりますので、御用があったら従僕にお伝えください」
そのとき、彼女の顔は初めて赤くなっていた。
300詩興夜話(後編):2008/02/14(木) 01:17:03 ID:r9JzW6Gi
詩学の本を閉じてしまうとマテューは立ち上がった。
もとの棚に戻しにいこうと思ったが、夕焼けの匂いをわずかに漂わせる書庫のなかはすっかり暗くなっていたので、
彼はまず燭台に火を灯して携え、果てしなくつづくかに思われる書棚の列の間を静かに歩いていった。

ミュリエルが口にしたことは、ある意味、彼がずっと考えていたことでもあった。
マテューは彼女のことを好ましいと思っている。
そしてミュリエルもおそらく彼のことをそう思っている。
婚約が成立した男女にとって、これはたいへん望ましいことである。
だが、相手を想う温度には本質的なちがいがあることも、彼にはなんとなく分かっていた。

ミュリエルはよい娘だ。
一度見たら忘れがたい漆黒の瞳の美女を妃にもつ兄などにいわせると、
彼女の容姿は、おそらく「思ったより地味だな」といったあたりになるだろう。
世間の基準で見れば、ミュリエルはたしかに「美しい」というほどではなく、
「可憐」あたりが適切だということはマテューも分かっていた。
ただ、本物の美貌と違い、「可憐」とか「可愛い」という雰囲気はその人柄を知るにつれて増減の幅が出てくるものであるが、
品位と素直さに裏打ちされたミュリエルの可憐さは持続するたちのものであった。

たしかに短気なところもあるが、腹を立てるときにはまっとうな理由があり、
なおかつ、貴婦人特有の陰湿な裏表の使い分けはしない。
そして長い血脈とともに着実に受け継がれた教養があり、
どんな暮らしに身を置いても崩れない毅然とした物腰がある。
王族の配偶者としてまず言うべきことはない娘だった。
マテューのように気の多い男でも、日々接すれば接するほど彼女を大事に想う気持ちが募ってくる。

だがそれは、おそらく彼女が自分を想う気持ちとはちがうのだ、と彼は思う。
そして彼女が自分に期待している想いともちがう。
彼女は俺に恋をしている。が、俺はしていない。たぶんこれからもしない。
俺にはそういうことができない。
相手がミュリエルだからではなくて、おそらくどんな女であろうと、
ただひとりのことだけを終日想って考えて懊悩して歓喜して、などということはこの先も俺の身には起こりそうにない、と思う。

べつにそのように恋に没頭する人間を見下しているのではなく、生まれ持った性情として、ただ単にできないのだ。
あるいは能力の欠如とでもいうべきか。
詩作のような一生を打ち込む価値のある学問芸術はともかく、
生身の人間にのめりこむのは自由が奪われることだ。
それは自分の世界を狭め限定するような気がする。
自分でもそれを恐れる根拠はよく分からないが、マテューは本能的にそういう状況を避けてきた。
そして今に至る。
301詩興夜話(後編):2008/02/14(木) 01:18:12 ID:r9JzW6Gi
どうしたものか、と書棚の間で彼はまたぼんやりとする。
問題なのは、自分が嘘をつけないということだ。
己が節操のない軽薄才子であるという自覚はもっている。
だが、実人生でも、詩作でも、嘘をつかないという矜持だけは保ってきた。
だからミュリエルにも嘘をつきたくはない。
俺は君のことが好きだけど、恋はしていない。これからも誰にも恋はしないと思う。
でも今後、別の女性を近づけることはあるかもしれない。それは了承しておいてほしい。
そもそも婚礼を挙げるまで一年以上はかかるはずだし、その間王宮で独り寝を忍ぶなんていうのは全く現実的じゃない。
それは分かってほしい。

貴族社会の常識からいえば、これを告げるのは非常識でもなんでもなかった。
というより、王侯貴族の夫婦の間ではあまりに自明な常識であるため、あえて告知するほうがおかしいのである。
だがマテューにはためらいがあった。
ミュリエルは十三歳のときの父の死を境に実質世間から隔離されて生きてきたため、いまだ社交界に足を運んだこともない。
彼女自身は己を現実主義者と位置づけ、
人情の酷薄を知り尽くした身には甘美な詩文など必要ないのだ、というふうに振舞っているが、
ふとした瞬間に、危ういまでに純粋な表情を見せることがある。
その透明感と脆さは、無難に社交界デビューを果たし日々噂話に興じている温室育ちの令嬢たちの比ではない。
マテューの目にはそう映った。

だからこそ彼は恐れるのだ。
自分が正直であることは、彼女を取り返しがつかないほど損なってしまうのではないかと。
302詩興夜話(後編):2008/02/14(木) 01:23:50 ID:r9JzW6Gi
ようやく目当ての書棚を見つけ、彼は立ち止まった。
ろくに内容が頭に入らなかった専門書を上から二段目の棚に戻すと、踵を返して扉に向かう。
そろそろ従僕が晩餐を告げに来るころあいである。
右手の棚を横目に眺めながらその一列を通り抜けようとしたとき、マテューはふと立ち止まった。
ほかの書棚と同じようにその棚の前面も、古めかしくも美しい装丁の背表紙に満たされていた。
けれど最上段だけは空だった。
―――空だと思ったが、よく見ると薄い冊子が何冊か横たえられていた。

一番上のものをなんとなく手にとり、燭台を近づけて見ると、
これまで閲覧してきたほかの蔵書とはちがい、手で綴じられた帳簿のようなものだった。
子どもが綴り字を練習するときに使うたぐいのものだ。
表紙の隅に流麗な字でミュリエルと署名されている。
その横に記された日付からすると彼女が五歳のときだ。
男らしく力強い達筆である。父公爵が書いてやったものなのだろう。

開いてみると、子どもらしい金釘流でのたくるような文章が縦横無尽に躍っていた。
(あの娘がこんな字を書いていたとは)
苦笑しながら、マテューはぱらぱらとめくっていった。
一冊まるごと、ほとんど判読できない。
二冊目はどうかと思って手に取ったら、たしかに進歩があり、解読可能な域に達していた。
内容は日記のようでもあり、物語のようでもある。
誰かの子ども時代の雑記帳を読む機会などそうあるものではない。
興が沸いてきて、マテューは次々に冊子を手にとっていった。

五冊目になると、内容に変化が生じた。ミュリエル十三歳のころである。
これまでもたびたび散文の中に詩が混ざっていたが、この巻からは詩ばかりになった。
前半三分の二ほどは父を主題とするもので占められている。
ちょうどこのころ公爵が亡くなったんだな、とマテューは察した。

それからまた空想や日常を取り上げる詩に戻ってきた。
館の軒先から巣立っていった燕や、千切れ雲の形や、まだ見たことのない海やら、
そんな他愛もないことばかりであり、技術的にもきわめて稚拙である。
そもそも押韻形式を無視しているものが多い。

女の子というのは本当に純真なんだな、とマテューはつくづく感心する。
とくに十三歳当時の自分の脳内がどれだけ生々しい妄想で満たされていたかを思い出すと、その感慨はいっそう深くなる。
ただ、気づくことがあった。
どんな題材を取り上げても、彼女は結局、何かひとつのことを歌おうとしている。
去っていく燕に、千切れていく雲に、引いていく潮に、何かの想いを託そうとしている。

頁をめくった。
最後の薔薇が散ってしまった、とその詩は始まっていた。

おまえはふたたび咲くだろうか
父様もいない、庭師もいない、誰も踏み入らなくなった庭に
また咲くことがあるだろうか
来年もどうか息づいておくれ
次の年も、その次の年も変わらずに
いつか誰かのかたわらで
おまえを愛でる初夏が来るまでは
ただひとりのそのかたと、ただ一輪のおまえと
他には何も望むまい
303詩興夜話(後編):2008/02/14(木) 01:26:03 ID:r9JzW6Gi
「殿下、―――いえ、マテュー」
最後の行を読みかけて、マテューはいきなり現実に引き戻された。
冊子から目を上げると、燭台を捧げもったミュリエルが正面に立っていた。
今日は従僕に命じずに自分で晩餐に呼びに来たのかもしれない。
だが、ひどくこわばった表情を浮かべている。
燭台の明かりは暖色系だというのに、それでも分かるほど蒼白な顔だ。

「こ、これをごらんになっていたのですか」
「目に付いたもんだから」
「流し読み、ですわよね」
「おもしろかったよ。君も詩を書くとは知らなかっ」
言い終わらないうちにミュリエルはわあっと叫びださんばかりの勢いでこちらに飛び出してきて、
マテューの口をふさぎ、その手から冊子を奪った。

「ど、どうしたんだ」
「この件はお忘れください。決して口外してはなりません」
真っ赤な顔で息を切らしながら言う。
「口外って……いや、君がいやならもちろん言わないけど。
 でも誰でも詩ぐらい書くだろう。思春期はとくに。
 別に何も恥ずかしくはない」

「いいえ、わたくしは詩を書いたりいたしません。そういう人間ではないのです。
 わたくしは常に現実を見据えております。
そんな、―――そんな地に足の着かないことはしないんだから」
文字通り地団太を踏まんばかりにして、公爵令嬢は必死に抗弁を試みた。
ふだんの抑制された挙措も忘れたかのように、身振り手振りが異様に激しくなっている。
マテューは思わず微笑んだ。

「な、何がおかしいのです」
「可愛いもんだから」
ミュリエルは何かを言いかけて、そのまま固まった。
彼女の中で何かがいろいろせめぎあっている表情にも見える。

ふと彼は一歩踏み出した。ミュリエルは身をすくめた。
何かに怯えるような、一方で焦がれるようなその表情にマテューはとうとう耐えがたくなり、
燭台を傍らに置き、彼女の頬に手を当てた。
もう片方の手で腰を抱き寄せる。
マテュー、という消え入るような囁きが一瞬聞こえたような気がした。
だが空耳だったかもしれない。

彼の腕の中で、公爵令嬢は驚くほど従順だった。
何も知らない紅唇は最初はかたく閉ざされていたが、マテューの舌先で促されると一瞬驚愕し、
そしてためらいがちながらも彼を迎えいれた。
もちろん彼女の小さな舌は自分からは動かないが、物馴れた男の舌に絡めとられるたび、ごく素直に身を任せるようになった。

だが何よりマテューの情動を揺さぶったのは彼女の声だった。
吐息とも喘ぎともつかない切れ切れの声、甘えとも抵抗とも判じかねる無防備な声は、
その根底にある無垢さとあいまって、彼の心身を揺り動かした。
何より、都を出てからもう一月以上も女体に触れていないのだ。
我ながら奇跡的な忍耐だと思っていた。

自制心の限界値を考えると、そろそろやめておいたほうがいいかもしれない。
ゆっくり顔を離すと、ミュリエルは耳まで赤くしたままうつむき、けれど彼の腕の中から逃れようとはしなかった。
なんとなくすまないことをした気がして、マテューが何か言いかけようとしたそのとき、彼女はためらいがちに顔を上げた。
頬はまだ上気したままだが、心なしか心配そうな表情を浮かべている。
304詩興夜話(後編):2008/02/14(木) 01:27:55 ID:r9JzW6Gi
「マテュー」
「ごめん、急に」
「あの、なんと申し上げたらいいのか」
「つい、衝動的になってしまって」
「あなたはなんだか異状があるようですわ」
「我慢できなかった」
「我慢なさることはありませんわ。こんなにも腫れていらっしゃるなんて」
そういってミュリエルは彼の下腹部をそっとつかんだ。
今度はマテューが顔をこわばらせる番だった。

「おっしゃってくだされば、もっと早く近隣の町から医師をお呼びしましたのに」
「いや、ミュリエル、それは」
「こんなところがこんなに腫れ上がるだなんて、尋常ではありませんわ。
 きっとこの城の朽ちた欄干にでもおぶつかりになったのでしょう。
 まことに申し訳ないことを」
「いや、ぜんぜん大丈夫、痛くない。だから手を離し」
「今から医師を呼んでもこちらに着くのは深夜になってしまうわ。
 何か塗り薬で応急処置ができないかしら。
 拝見させてくださいませ」

そういってミュリエルは彼のベルトを外し、下衣と肌着の前を開け、その部位を丁重に取り出した。
ふだんのおっとりした物腰からは想像できない迅速な仕業だった。よほど彼を案じているのだろう。
燭台をかざして見つめる目も真剣そのものである。

「まあ、こんなに痛々しく腫れていらっしゃるなんて……!」
「いや、ここはね、えーと、こういうものなんだ、男の場合」
「そんな、とてもふつうとは思えませんわ」
「たしかに、通常はもっと縮んでる」
「色だって、赤黒くて血色が悪そうだわ。
 平気でいらっしゃるはずがありません」
「いや、これはもともとこういう器官なんだ」
「まあ、何に用いられるのでしょう」
心底不可解そうな顔でミュリエルは夫に尋ねた。

ああそうか、とマテューは腑に落ちた気がした。
大陸屈指の貴顕に生まれたこの娘は、ごく小さいころ母親と死別し、
十三で父親を亡くしてからは十分な教育係も雇えなかったために、
男というものに対する知識と心構えが、おそらくいまだ成人前の躾レベルで止まっているのだ。
だからこんな―――おそろしく無防備な、そして誘惑的なことを平然とおこなうことができる。

しかし用途を聞かれても困る。
「あー、なんていうかな」
マテューは考えあぐねた。
この一ヶ月、ただでさえ彼は我慢してきたのだ。
こんな状況に追い込まれて、一体どう耐え忍べというのか。

天は自分を裁くだろうか。
否。ミュリエルはすでに許嫁だ。俺の妃になることが決まっている。
ただ彼女の名誉を保つために、婚礼までは俺も極力死なないようにしよう。
再度の縁談が来たときに彼女が困ったことになるといけない。
305詩興夜話(後編):2008/02/14(木) 01:30:51 ID:r9JzW6Gi
「これはだね」
マテューは深く息を吸った。
「詩人の霊感の源なんだ」
「まあ!」
ミュリエルの顔に本物の驚愕が走った。
嘘は言ってないよな、とマテューは自分に言い聞かせた。
少なくとも恋愛詩に関してはほぼ真実だ。

「古来から、著名な詩人が男性ばかりなのはそういうわけでしたのね」
「うんまあ、識字率とか高等教育の普及率とかもあるけれども」
「まあ、これが・・・・・」
ミュリエルはこの世界に隠された七不思議のひとつでも見つけたような顔でじっとそれを眺めていた。

「でも、あの、恐れながら」
「ん?」
「色といい形状といい、あまり詩的ではない気がいたします」
「俺もかねてからそう思っていた」
「でもきっと、あなたがおっしゃったように、この世界の美は自分で見出してゆかねばならぬものですものね。
 そう思うと、なんだか―――なんとなく、可愛らしい気がしてきましたわ」
「いや、無理はしないでいい」
「いいえ、この先端の形とか、秋の森で見つける茸のようだわ。
 そうだわ、名前をつけましょう」

「な、名前?」
「ごめんなさい、ご不快でしたかしら。
 愛称をつけたらきっともっと愛らしく、慕わしいものに見えると思いましたの」
「いや、まあ、―――−君がつけたかったら別に―――っと」
愛玩犬か何かのように何気なく撫で回されて、マテューの息は思わず荒くなった。
ミュリエルは彼の手を握るのと同じ感覚でそれをつかみ、いろんな角度から遠慮なく眺めている。

「まあ、どんどん硬くなってきたわ。
 これが生き物だったら、とても丈夫で、猛々しいのね・・・・・・
 そうだわ、『竜の坊や』というのはどうかしら。
 小さいころ、絵本の中で見た竜の挿絵はみな首がこんなふうに長かったわ」

いつかかの聖獣が地上に降臨する日が来たら自分たち夫婦は真っ先に食い殺されるのではないか、
よくても王立裁判所で訴訟を起こされるのではないかとマテューは危惧したが、
彼女の笑顔があまりにうれしそうなので、無下に却下する気にはなれなかった。
「う、うん、竜ね、まあそれでもいい
―――いや、それがいいな。正しい名称だ」

マテューはこのとき初めて自分から動いた。
ミュリエルの手をとり、燭台を床に置かせる。
そして肩を抱き、灰色の瞳をのぞきこんだ。
「竜の本来の棲家はどこだか知ってる?」
「遠い天空の果て、もしくは人里離れた湖水のなかでしょうか」
「うん、そういうふうに伝えられてもいる。でも、本当は深い淵の底だ」
「そうなのですか」
「俺のも深い淵に帰りたがっている」
「まあ、どちらへ行かれますの?」
「どこへも行かなくていいんだ。君の中にあるから」
「まあ、わたくしの?・・・・・・だめですわ!」
306詩興夜話(後編):2008/02/14(木) 01:33:42 ID:r9JzW6Gi
胸元に伸びてきたマテューの手を、彼女は即座に払おうとした。
「何をなさいます」
「脱がせるんだ」
「いけませんわ」
「君だって俺を脱がせたじゃないか」
「それは必要があったからです。
女の素肌など見苦しいものにすぎません」
「どうして?」
「そのように教えられました」
「でも、美しいもの、そうでないものの境界線は本来ないはずだっていう考えに、君だって共感してくれただろう」
「それは、そうですが・・・・・・どうして、わたくしの裸などに執着なされますの」
非常に根源的な問いを提出されて、マテューは一瞬動きを止めざるを得なかった。

「見たことがないからだ。
 初めてのものはいつも心を震わせる。そうしたら新しい詩が書ける」
「まあ」
ミュリエルの顔は一気に赤く染まった。
いやはやまったく、とマテューは呆れつつも安心した。
この娘はふだん努めて詩歌全般を軽んじる態度を装いながら、
己が詩作の題材に選ばれたと知るや、傍目にも分かるほど体温が上昇する。

これまでの滞在期間中、彼女について二、三篇書き上げたことがあったが、
それらはいずれもマテューの内面から沸き起こったやむにやまれぬ衝動によるものというよりは、
(いつ書いてくださるのかしらわたくしのことをいつ書いてくださるのかしら)
というミュリエルの無言のオーラというか眼光というかそんなものに促されて書いた習作である。

そして書きあがると、わたくし別に興味などないのですけどせっかく下さったのですから、という澄ました顔で受け取り、自室に籠もったままかなり長いこと出てこない。
おそらく天寿を全うして死ぬまで隠れ文学少女なのだろう。

が、そんな先のことに思いを馳せている場合ではない。
ことは時宜を逃さずに運ばねばならないのである。
「というわけで、霊感を提供してくれないか」
「わ、わたくしなどでもよろしいのですか」
「君だからいいんだ」
「まあ、マテュー」

手放しで喜ぶまいと自分を律しているかのような、はにかむようなためらうような微笑が小さな顔に徐々に広がっていき、
初めて自分から彼を抱擁する。
それがあまりに長いので、マテューはやや焦り始めた。
(まいったな。こんなにずっと密着してると先走りそうだ)
そして柔らかい感触を心から惜しみつつも、いったん身体を離した。
「じゃあ、脱がせるから」
「・・・・・ええ・・・・・」
307詩興夜話(後編):2008/02/14(木) 01:34:47 ID:r9JzW6Gi
ミュリエルはこくんと小さくうなずいた。
感激していたのもつかのま、さすがにこの場に及ぶと表情は羞恥に満たされている。
紅潮した頬や目元を見ているとますます下半身の抑制が緩んできそうなので、
マテューはそっと目をそらした。
そして彼女の胸元を締める紐を上からゆっくりと解き、ワンピース状の室内着を肩からすべり落とし、上下の肌着に手をかけていく。

「あの、どうか」
「ん?」
「わたくしがあなたの前で肌を露わにいたしましたこと、決して口外なさらないでくださいませね。
婚礼ののちもですわ。
もし人に知られるようなことがあれば、わたくし、父母に顔向けできません」
むしろ結婚後も妻の裸を見ていないなどと周囲に知らせるほうがはるかに問題なのだが、マテューは重々しくうなずいた。
「約束する」

ミュリエルはまだどことなく悲壮な顔つきだったが、それでもほっとしたように息をついた。
そのようすがあまりにいじらしいので、肌着の止め具を外すマテューの手つきも思わず荒々しくなる。
最後の衣擦れと金具の音とともに、とうとうミュリエルは生まれたままの姿になった。
困窮した生活のため全体として痩せているが、肌は乳脂のようになめらかでしっとりとして、手入れのよさを感じさせた。
首筋から肩にかけてはやや骨ばっていながらも優美な曲線が描かれ、
どことなく緊張を伝える手足は小鹿のようにほっそりと伸びている。
乳房だけは標準的な大きさのためか、かえって人目をひくほど豊かに見えた。
明るい桃色の乳暈は完璧な円を描き、その頂点は外気に震えるように縮こまり、誰かの優しい庇護を求めているかのようだ。

「きれいだ」
うつむく許嫁の耳元でささやきながら、マテューはその柔らかい耳朶をそっと噛んだ。
熱い吐息をこぼしながら、ミュリエルが小さくつぶやく。
「冒頭は……」
「え?」
「一行目はどうなさいますの」
おずおずと顔を上げる彼女の瞳は夢見るように潤み、もはや文学少女として開き直ったかのようでもある。
「……そうだな。えーと」
「お急ぎにならなくてもよろしゅうございますわ」
彼としては急ぎたい心境であった。
308詩興夜話(後編):2008/02/14(木) 01:36:21 ID:r9JzW6Gi
「こういうのはどうだろう。
『深海の真珠に勝る白がいずこにあろう、と人は言う』」
「素敵……」
「『されど彼らは知らず、わが花嫁が地上の月にして、その肌は東洋の磁器の価値をなからしめることを』」
「まあ」

ミュリエルがますます可憐に赤くなるので、マテューの集中力はますますつづかなくなる。
我ながら粗製濫造の見本のような出来だな、と思いつつ、
かといって下半身のほうに気が散ってしまうのだからしょうがないじゃないか、と詩人としての自尊心をなだめようとする。
そして次の詩句を考えながら自分も服を脱いでしまうと、厚手の上着を床に敷き、ミュリエルをその上に横たわらせた。

ふたたび唇を重ねながら、彼の手は乳房を優しくまさぐりはじめる。
想像以上に柔らかく滑らかで、ごく力を抜いて揉みしだいても跡が残ってしまいそうだ。
やがて乳首が手のひらを突くのが分かる。
指先でなぞってみると、ミュリエルははっとして全身をこわばらせた。

その敏感さと初々しさにたまらなくなり、マテューは片方の乳首を指先でこすりあげつつ、
首筋から胸元にかけて唇を這わせ、やがてもう片方の乳首を優しく咥えた。
ミュリエルが大きく背中をそらす。
「あっ……はあぁっ!」

あられもない喘ぎのせいで彼の理性はますます歯止めが効かなくなり、
初めてだというのに感度のよすぎるふたつの丘をひたすらに嬲った。
舌先で乳首を転がされては唇で吸い上げられるたびに公爵令嬢はいとも素直に身をよじり、
マテューにしがみつく腕に力を込め、無意識に腰をくねらせた。
それだけに何か、得体の知れない巨大な快感に怯えているようでもある。

「あ、はぁっ……マテュー……これはなんだか、いけないことのような気がしますわ」
「『禁じられた果実ほど美味なるは世の常
 乙女の穹窿を覆う花弁ならばなおのこと』」
「そ、そうなのかしら……はあぁんっ!」
ひときわ大きな喘ぎとともに、ミュリエルは必死で脚を閉じようとした。
忍び込もうとしたマテューの指はもう少しというところでくじかれた。

「そ、そこは……本当に、いけませんわ」
「でもここなんだ」
「何がですの」
「竜の棲家というのは」
「まあ」
「迎え入れてもらえないと、帰る場所がなくなってしまう」
「まあ……」

悪いことをしてしまったわ、と言うかのようにミュリエルは王子のそれを手に取り、
慰めの意味をこめてか頭の部分をなでさすった。
「ちょっ、ミュリエル、そこは」
「拒んでごめんなさいね」
マテューに対してというよりはその部位に対して呼びかけながら、ミュリエルはおずおずと脚を開いた。
そして三十度くらい開いたところでその先端を自らの花園に押し当てようとする。

そこまで積極的な動作はマテューもまったく予期していなかった。
もはや先走りの汁をこらえられない。
「いや、つまり、君のほうも準備ができていないといけないんだ」
かろうじてそう語りかける。
「準備?準備というのは」
「竜が身を潜める淵は潤っていないといけない」
「潤う……?潤うにはどうすればよろしいのでしょう」
「つまりだな、―――ああそうだ」
309詩興夜話(後編):2008/02/14(木) 01:37:38 ID:r9JzW6Gi
ミュリエルがまだ己のものを握っていることに気がついて、彼はふと思いついた。
果たしてそんなことをしていいのだろうかというためらいはある。
けれど、彼女の濡れた上目遣いに触れたとたん、心は決まった。
「それを、その先端を、君のそこに押し当てて」
「えっ……こう、こうでしょうか」
「そうだね、もう少し上、そう、そのあたりだ。
 そのつぼみは竜の好物なんだ。もちろん食べはしない。鼻面を押し当てるだけで満足だ」

「で、でもマテュー、なんだかここ、ここ、と、とても、いけない気がいたしますわ」
「大丈夫、ゆっくりこすりつけてみるんだ。君が気持ちのいいように」
「そ、そんな……あっ、あぁんっ、ふぁ、はあぅ……あぁっ……」
「ほら、もうふくらんできた。君はすごく自分に素直で、上手だ」
「あっ、あっ、ありがとうございま……ああんっ」

なぜ自分が礼を述べているのかも分からないまま、快感の虜になった令嬢は無心にそれを秘芽にこすりつけ、
ついには自ら腰をくねらすまでになった。
(まずいな)
マテューは焦った。
こんな痴態をいつまでも見せつけられていたら、挿入前に俺は果ててしまう。

「ミュリエル」
「は、はい」
「君の淵はもう十分濡れたみたいだ。―――いいかな」
「はい……」
今度はマテューが自分から動く番だった。
先走り汁滴る先端をつぼみから離したとたん、ミュリエルが名残惜しそうなため息をつく。

(これでも処女なんだよな)
ふと自分の許嫁のことが空恐ろしくなりつつも、彼はゆっくり己の先端を柔らかい秘裂に押し当てた。
想像以上に濡れそぼっている。
ほんの少しだけ押し入ろうとすると、くちゅっという猥音が書庫の床の上に大きく響く。

「マ、マテュー、わたくし、なんだか、怖い」
突如として悦楽から目が覚めたかのように、ミュリエルはいっそう彼に強くしがみついてきた。
「すまない。痛いと思うけど、できるだけ力を抜いて」
「は、はい―――あっ!」
秀でた眉宇が苦痛にゆがむ。マテューは胸を突かれる思いがした。
自分としてはそろそろ限界にもかかわらず、これ以上進入するのがためらわれる。
310詩興夜話(後編):2008/02/14(木) 01:39:30 ID:r9JzW6Gi
「ミュリエル、大丈夫か」
「はい。―――あの、次の連を」
「え?」
「詩のつづきですわ。痛みが、まぎれるかも」
「そ、そうか。えーと。
 『路果てしなくも今ここに帰参す
  彼方より焦がれし君の淵は潤滑にして深遠
とわなる豊穣を約束するもの』」

ミュリエルの耳元でささやきながら、マテューはほんの少しずつ、奥へと進み始めた。
彼女の痛みも薄らいできたかと思ったそのとき、小さな叫び声が上がった。
「あっ、―――お待ちください」
「ごめん、痛かったか」
「いまの連、脚韻を忘れておいでです」
「新しい押韻形式なんだ。俺が提唱した」
「まあ。
でもあの、なんだか徐々に非定型詩に移行しておいでですわ」
「保守主義とは一線を画そうと思って」
「まあ、マテュー」

ミュリエルは彼の顔をじっと見つめた。
いつにもまして澄んだ灰色の瞳には尊敬と憧憬の色が宿っている。
さすがにどうにもいたたまれなくなり、マテューは動くほうに専念しはじめた。
ゆっくりと、ゆっくりと突き上げるたび、小さな紅唇から苦悶の声が漏れる。
彼もひどくつらかった。けれど、ここで退くこともできない。

「ほんとにすまない」
「どうして……?」
「君を痛い目に合わせてる」
「でも、幸せです」
呟きながら、ミュリエルは微笑んだ。
心の底から満たされている笑みだった。

「愛されているのですもの。わたくしの、ただひとりのかたに」
高みが近づいてきていた。
マテューはことばを探せないまま、うねるような情動に身を任せざるをえなかった。
絶頂の寸前に身を離そうとすると、ミュリエルが怯えたように驚くほど強い力でしがみついてきた。
振り払うことは許さないかのように、ただ切実にマテューの体温を求めている。
そして彼は、いまだ誰にも汚されたことのない淵の深奥で迸るように果てた。
311詩興夜話(後編):2008/02/14(木) 01:40:53 ID:r9JzW6Gi
「あの、うかがっても、よろしいでしょうか」
「ん?」
書庫の床にはまだ気だるさが漂っていた。
マテューはゆっくりと首だけを動かしてミュリエルのほうを見る。
腕の中に抱いている彼女の肩は本来の陶器のような白さをとりもどしていたが、
頬はまだ紅潮が抜けていなかった。

「竜は、棲家をいくつも持つものでしょうか」
質問の意図がよく分からずにミュリエルの瞳を見つめると、実に真摯な色を浮かべていた。
マテューの場合、年に三回くらいしかこういう目はしない。
「つまり、いくつもの深き淵を訪ね歩くものでしょうか」
ああ、とマテューは得心した。

「そういうのもいる」
「あなたの竜は?」
「俺?」
マテューは珍しくことばに詰まった。

こういう質問、そう、まさしくこの質問に対する回答―――正直な回答をかねてから用意していたはずなのだが、
なぜが喉を通ってくれない。
単にこの、初めて結ばれたあとの親密な空気を壊したくないからだろうか。

だが、一時の雰囲気に乗じた迎合など意味をもたない。
彼女を尊ぶというなら、まず正直でなくてはならない。
世の貴婦人はみな夫の蓄妾には慣れている。そして自身も積極的に愛人をつくる。
ミュリエルとて徐々に慣れてくれるはずだ。最初の嵐をこらえさえすればいいのだ。
だが何もいえなかった。

(―――ああ、そうだ)
マテューはいまさらながら思った。
俺は、この娘がいつか他の男に抱かれるという未来に耐えられないんだな、と思った。
肌を重ねた女に対してそんなことを思う日が来るとは、彼は考えてもみなかった。

ミュリエルが自分から顔を近づけてきた。初めてのことだ。
マテューは少しだけ視線をそらした。
「わたくしの父も、よそに二人ほど囲っている女性がおりました。
母に尋ねましたら、そんなことをわざわざ咎めるのは公爵夫人としての品位にかかわると叱られました。
ですから、たぶんわたくし、とても非常識なことを申し上げているのだと思いますが、
あの、―――わたくしひとりを、終の棲家にしてはいただけないでしょうか」
312詩興夜話(後編):2008/02/14(木) 01:41:41 ID:r9JzW6Gi
腕の中の華奢な生き物は、ほんのわずかに震えていた。
マテューの首筋を撫でる吐息が熱い。
彼はゆっくりと視線を上げた。
瞬間、揺れるように潤む瞳にとらえられる。
なかなか離してくれそうにない。
いや、こちらから離れたら、二度と捕まえられないかもしれない。

「―――ああ。そうなるよう、努力する」
何度か言いかけては押し黙った後、マテューはついにそう答えた。

これがどこまでも誇り高く潔癖な義姉のエレノールだったりしたら彼を張り飛ばした挙句実家に帰りかねないところだが、
ミュリエルはほっとしたように、しかしかすかな不安もにじませながら、おずおずと夫に微笑みかけた。
たったいまの長い沈黙は、マテューがこれまでの人生最高といえるほど真摯に誠実に考えた結果なのだと、
彼女にはたしかに伝わったのだ。

「よかった」
消え入るように小さな声でつぶやくと、マテューの鎖骨のあたりにそっと顔を押し付けてきた。
柔らかな頬はいまだ火照っているのが分かった。
かすかな吐息は体温に劣らぬほど熱かった。
滑らかな肩や背中に散らばる赤みがかった褐色の髪は、彼女が小さく呼吸をするたび、
それぞれの毛先までほのかな熱をいきわたらせるかのようにさやかに優しく揺れていた。

(まいったな)
マテューはこの城に来て以来何度目かのため息をついた。
(約束を履行せざるをえないじゃないか)

ふと書棚の尽きた先にある窓を見上げると、月が小さな枠の中に佇んでいた。
曇りがちな空だとはいえ、優雅にたなびく雲たちは今夜の女王に対しては足元に接吻してそのまま去っていくだけだった。
今夜は風が強いんだな、とマテューは思った。

燭台の灯火はすでにふたつとも消えていた。
この深い夜陰の中で、石膏像のようなミュリエルの肌を見つめることができるのは、
かの遥けき天体の恩寵なのだといまさらながら思い至った。
ゆっくりとまどろみに落ちながら、彼の脳裏はこのひとときをあの懐かしき情景、
光の中を舞う埃のすぐ隣に、人知れずしまいこもうとしていた。





313詩興夜話(後編):2008/02/14(木) 01:43:49 ID:r9JzW6Gi
「というわけで、できちゃったんですよ」
「そうか、できたのか。おまえにしては上首尾だ。
 ――――――ああ!?」
王太子は眼を見開いて次弟の顔を見た。
朝議においては常に理知的な弁舌で知られる彼は、廷臣たちがいる前では決してこんな声を上げたことがない。
できれば誰の前でも一生上げたくなかったところであろうが、
残念ながら、彼はこの後も何度かそのような失態を強いられることになる。
原因はもれなく弟妹たちの行動に帰せられる。

兄はものも言わずにただこちらを眺めている。
穴が開くほどというのはこういうことなんだろうな、とマテューは得心が行く気がした。
「説明しろ」
ようやくのことでアランはことばを発した。
独力では立っていられないかのように、壁に手を置いている。

「まあその、ついうっかり。人類の普遍的な過ちとでもいうのかな。
兄上もそんなことないですか?」
「黙れ。ルイーズは計画的に生まれたんだ。
 いや、そんな話じゃない。
 おまえ、自分のしでかしたことが分かってるのか」
「責任は取りますよ。明るい家庭を築きます」
「婚約者があたりまえのことをいうな。
 俺がいうのはだな、婚礼の日取りだ。
 ほかの公式行事をすべてさしおいてでも組みなおさねばならなくなるだろうが」

「そんな、悪いなあ。俺たちふたりのためだけに」
「わが王室の威信のためだ。
 聖職者にも廷臣にも、各国の大使にも、参道の平民たちにも示しがつかんだろうが。
 神の前で誓約をあげるそのときに新婦の腹が膨らんでなどいたら」
「生まれてから、という手も」
言いかけて、マテューは慌てて手近な柱の影に身を隠した。

振り上げた執務用の椅子をいまいましそうに下ろすと、
アランは顔も見たくないと言いたげに弟に背を向けて窓のほうを眺めた。
ふと深いためいきが漏れいで、静かな室内に低く響く。
それが何もかもに疲労しきった人間の呼吸であることは、背後のマテューにも感じ取ることができた。
彼はゆっくりと柱の影から出てきた。

「―――兄上、本当に申し訳なく思っています。
 式の日取り再調整や、公式文書の再発行や、大使への贈答品の手配などは俺が指揮を取って必ず全うします」
「当然だ」
短く言い捨てたまま、アランはこちらを向こうとしない。

王太子の執務室の窓は大きい。
ガラスにほどこされた葡萄蔓の紋様と彼自身の輪郭を滑りぬけるようにして、午前の光はとめどなく押し寄せ、
文書に占領された広い机をあまさず照らし出している。
退去したほうがいいのかな、とマテューが思ったそのとき、アランがぽつりと呟いた。

「まだ言ってなかったな」
「え?」
「おめでとう。健やかな子が授かるように祈ろう。
 公爵令嬢にも祝辞を伝えてくれ」
「兄上」
「それと、出産祝いだな。少し早くなるが、おまえたちの新居に贈り届けよう」

「兄上……なんと申し上げたらいいか」
「俺の心の広さに感涙しろ」
「ああ兄上、ご逝去のおりには、善政を称える追悼詩を十篇ほど書き上げます。
 後世に残るように全力で推敲します」
「今から不吉なことを言うな。いいからさがれ」
314詩興夜話(後編):2008/02/14(木) 01:45:14 ID:r9JzW6Gi
婚約から約二ヵ月後、ガルィア王国第七代国王の第二王子マテューと
第十五代傍系リュゼ公爵の長女ミュリエルの婚儀はつつがなくおこなわれた。
二年前の王太子夫妻の成婚時には及ばぬとはいえ、
前王朝の後裔との通婚ということもあり、盛大をきわめた式典だったと伝えられている。

王太子以外の諸王子の慣例として、第二王子は婚礼後妃を連れて自分の領地に移り住み、約七ヵ月後に第一子を授かった。
王室の公式記録によれば、侍医の署名入りで早産であるということが何度も強調されている。

また第二王子の家臣が遺した備忘録によると、第一子の出産に先立つこと数ヶ月、王太子より数々の祝賀品が贈られた。
それらを第二王子夫妻のもとに携えてきた三人の優秀な行政官は第二王子の補佐となることを命じられており、
以後は彼の領地にて勤めに励んだという。

王太子から三人に発せられた私信として、以下のような文言が同備忘録に転写されている。
「日が暮れるまでは断じて執務室から出さないこと。
 領主館の裏口は封鎖しておくように。
どうしても逃げ出すそぶりを見せたら奴の愛蔵詩文集を火にかけると脅迫しても可。
 一日一食でも人間は死なない」



(終)
315名無しさん@ピンキー:2008/02/14(木) 01:52:55 ID:Pj99Cw/w
乙!

味のある兄弟で今回もニヤニヤさせられました。次回作も心待ちにしています。
316名無しさん@ピンキー:2008/02/14(木) 02:00:56 ID:TE3s5XW2
GJ!!

無知な故に大胆な姫が最高!
オーギュストと会わせたらいい勝負しそう。
機会がありましたら書いてくださいませ。
317名無しさん@ピンキー:2008/02/14(木) 02:03:43 ID:cC56sm2f
続きキテタ――!!!
詩を即興で作ったり一発でできちゃったり、どこまでもお馬鹿だけど健気で可愛い二人ですな。だがそれがいい!
他の兄弟の話も見たい反面既存兄弟の話ももっと読みたいと思わされてしまいます
とても楽しませていただきました。超GJ!!!
318名無しさん@ピンキー:2008/02/14(木) 02:08:37 ID:5sAZWutX
続きktkr!
GJであります!!
雰囲気からは一発っていうかそれから毎晩やってそうなw
319名無しさん@ピンキー:2008/02/14(木) 02:09:52 ID:jqHzEy1A
おお初のリアルタイム遭遇!
イヴァンにしろアランにしろ長兄って横暴なイメージwだけど
アランは弟たちの面倒見がいいねー
マテューは行政官の監視もとい薫陶をうけて
オーギュストへの手紙にあるような変貌をとげるのかw
320名無しさん@ピンキー:2008/02/14(木) 09:25:21 ID:VJALqzR0
>>319
オーギュストへの手紙にあるような変貌
どの、話で出てきたか教えてくれ〜!見付からん!
321名無しさん@ピンキー:2008/02/14(木) 10:41:55 ID:cC56sm2f
>>320
九番目の話だったと思う
確かオーギュが処女はお好きですかと兄弟に手紙出したんだっけかw
322名無しさん@ピンキー:2008/02/14(木) 15:30:17 ID:/fY4s6Xs
よく覚えてますな、自分も忘れてた。
というか何人兄弟いたっけ、妹とかも。
323名無しさん@ピンキー:2008/02/14(木) 18:05:26 ID:3+E98sXX
>>314 GJ!! すごい!
詩を練りながら致すなんて正に
やんごとなきお姫様スレにふさわしき作品

貴人の雅かな趣味を生かして自分も何か作れないかな
歌を歌いながらやるとか、ワルツを踊りながらやるとか
カードゲームやチェスの片手間にやるとか……

orz
324名無しさん@ピンキー:2008/02/14(木) 20:20:28 ID:EEM+c3Sc
後編も楽しませていただきましたG━(゚∀゚)━J!!
隠れ文学少女なミュリエル萌え。出来た場所が場所だけに
生まれた子もきっと本好きになるんでしょうね。

作者さんの地の文の描写の巧さには毎回感心してしまいます。
格調高く、詩的であると同時にユーモアに溢れていて
特にマテューのミュリエルと事に及びながらの押韻問答や
アランとのセリフの応酬が笑いのツボに嵌りました。

しかし自分の妻を『宿屋の女将並みに世話好きで情愛が深い』と
評しておきながら、自身もたいがい面倒見がいいぞアラン…(身内限定?)
325名無しさん@ピンキー:2008/02/14(木) 22:01:31 ID:xXDohVt0
驕慢無礼・尊大無比で冷淡・無機質と語られるも、不肖の弟たちに振り回されっぱなしの
アランこそ、作中最強の「苦労しょわされキャラ」だと思う・・・。身内のみならず、国家の
ことを常に考えているのもさすが長兄。
キャラの性格が多重構造になっているのも魅力ですね。

女性陣も皆、性格が強く自己主張がはっきりしているのは共通だけど、それぞれ
タイプは違うし・・・ホントに人間描写がうまいなあ。
トマ王子の登場も楽しみです。
326名無しさん@ピンキー:2008/02/15(金) 00:22:15 ID:45Khm5jL
女オーギュストww
「一日一食でも」にくすりときました
ありがとう
327名無しさん@ピンキー:2008/02/15(金) 20:37:04 ID:ql5Cythx
男のツンデレに初めて萌えた。
GJ!
328名無しさん@ピンキー:2008/02/20(水) 00:33:24 ID:FeB1iWZx
ほしゅ
329名無しさん@ピンキー:2008/02/20(水) 03:42:06 ID:bfqHTJiT
>おそらく天寿を全うして死ぬまで隠れ文学少女なのだろう。

これがなんかよかった
330名無しさん@ピンキー:2008/02/20(水) 16:53:28 ID:AxzYD6vx
豪華で贅沢な食事
331名無しさん@ピンキー:2008/02/20(水) 23:30:10 ID:m+epF/IA
全てが”豪華”これ以上の単語が見当たらない程、豪華であった。
332名無しさん@ピンキー:2008/02/21(木) 01:25:30 ID:D8aNuV63
エルドとセシリアの新作がみたい
333名無しさん@ピンキー:2008/02/21(木) 22:27:25 ID:OS+R7T9l
マリー、セシリア、ナタリー、ロウィーナ、エレノール、ミュリエル、アグレイア・・・・
「ラ行」の入った姫君の名前って確かに多いね。
音感が滑らかな感じがするからかな。
334名無しさん@ピンキー:2008/02/21(木) 22:39:31 ID:wVeMafMx
普通にラ行の外国人は多いんだぜ
外人は音感重視だからな
335名無しさん@ピンキー:2008/02/21(木) 23:44:57 ID:O5N3qDXn
ロウィーナたん…

すごく…会いたいです…
336名無しさん@ピンキー:2008/02/22(金) 01:21:53 ID:Q5r9N55/
セシリアもナタリーもエレノールも皆、良嬪だが

長姉と盗賊にもう一度会いたいんだぜ・・・
337名無しさん@ピンキー:2008/02/22(金) 01:48:36 ID:D69tfWZg
あの二人は、もう会わないからいいんじゃないか
と思いつつそれでも会いたいな
338名無しさん@ピンキー:2008/02/22(金) 04:33:06 ID:k/N8Q6xM
>>336
長姉と盗賊とは何のことですか?
339名無しさん@ピンキー:2008/02/22(金) 07:29:54 ID:M3MnBEFV
お姫様じゃなくて主従スレでなかったっけ>長姉と盗賊
コリーヌとアルディにはもう一回出てきてほしいものだってのは激しく同意する
あの二人のストイックな感じがたまらん
340名無しさん@ピンキー:2008/02/22(金) 10:07:18 ID:Q5r9N55/
>>339
そうそれ、でも主従スレだったか
ナタリーも男装スレだった。スレ違いすまん

エレノールとセシリアの話を楽しみにしてますよ
341名無しさん@ピンキー:2008/02/22(金) 20:30:13 ID:5LTDymNA
>>340
でも妹姫たちの話はこのスレだから無関係な訳じゃない。
あのシリーズは三女の話だけ無くてカワイソス
342名無しさん@ピンキー:2008/02/22(金) 21:19:05 ID:f4wD1UwY
今後の逢瀬をコリーヌがきっぱり否定し、それをジャンが尊重しているところや
互いの最後の願い「お元気で」「いつまでも捕まらないで」が終生叶っているところが何とも味わいがあるよね。

三女リュシー姫は超気弱だということしか描かれていないけど、登場してほしいな。
343名無しさん@ピンキー:2008/02/23(土) 02:05:14 ID:N+tzTvmM
姫と怪盗タマラン
344名無しさん@ピンキー:2008/02/23(土) 22:53:59 ID:AqhkpK+/
最近のシリーズの続きもお待ちしてますよ

セリア姫もセシリア嬢もかもーん

もちろん完全新作もかもーん
345名無しさん@ピンキー:2008/03/01(土) 16:58:55 ID:jtvj8m5t
アーデルハイト様にお会いしたいのです。
次で完結って聞いたので期待してるのです。
346名無しさん@ピンキー:2008/03/03(月) 15:13:33 ID:HOLa6zMy
保管庫で読み返したら、アーデルハイトものって完結してないんだな。
夫婦円満???て所で終ってるね、続きがあれば読みたいなぁ…
347名無しさん@ピンキー:2008/03/04(火) 21:47:55 ID:y3shtWxK
女とヤってお金が貰える♪
まさに男の夢の仕事!
出張ホストっておいしくない?
ttp://neets.net/2ch/01_info.html
348名無しさん@ピンキー:2008/03/08(土) 23:20:03 ID:CkDHXPzA
女兵士スレで蛇姫が終わったから、
新たな姫成分の補充がこのスレに委ねられている。
349落花春宵(前書き):2008/03/13(木) 01:22:14 ID:dGWEU8LD
マリーとオーギュストシリーズ第四話の対になるような話です。
前回まで読んでくださった方々、ご感想を下さった方々、そして保管庫の管理人様、
いつも本当にありがとうございます。

自己満足的な設定でアレなのですが、今回はエレノールの婚前の話なので呼び方が母国風になっています
(第四話ではエレオノーラEleonoraと書きましたが、モデルにした国の綴りではレオノールLeonorが一般的らしいので
 他の人名と整合させるためにそちらに改めました)
モデルといいつつ制度などの設定はストーリー展開にあわせてこしらえているようなものですが……

例によってエロ(本番なし)までの前振りが長く、かつ微妙に季節外れの話ですがご容赦ください。
時系列的には寝取られになるのか分かりませんが、いちおう旦那以外との話ということでご留意ください。
350落花春宵:2008/03/13(木) 01:24:00 ID:dGWEU8LD
晩春の夕刻はいつも緩やかに訪れる。
書物から顔を上げて、クレメンテはふと窓の外を見遣った。
朱と紺が少しずつ滲みあい重なりあった境目が、そろそろ休息の時を告げるかのようだ。
宵闇迫る吹き抜けの廊下に足を運び、やわらかい春風に包まれながらの散策など、気分転換には最適である。
だが彼は部屋を出たくなかった。

今日予定していた分の学習はまだ八割方しか消化できていない。
最近はずっとそうだ。最初のころはもっと余裕をもって取り組むことができた。
それは何も章の進行とともに内容が高度になったためではない。
すべては集中力の問題だった。
今日のような非番の日にこそ心おきなく勉学に励むべきだというのに、
誰とも会わず部屋に閉じこもっていると、思考は自然と同じところに停滞してしまう。
我ながら不可解だと思った。

第二王女レオノールがまもなく隣国の王室に嫁ぐ。
婚約自体は幼少時に成立していたものだが、
先日婚礼の日取りが布告されたことで、内廷では諸々の準備が本格的に進められていた。
十七歳の第二王女は、次の誕生日の翌月にはガルィア王国王太子妃の称号を得ることになる。
大陸の中枢を担う国家の未来の国母として、臣民の歓呼とともに迎え入れられるのだ。
すべては国際政治の均衡と調和のために万全を期して設定された婚姻である。
何もいうべきことはなかった。
そう、いうべきことは何もないのだ。

そもそも俺は、とクレメンテは思う。
あのかたについて何も知らないに等しいのだ。
どんな色のドレスが好きだとか、どんな香水が苦手だとか、愛馬の名前だとか。
そしてなぜ自分のような者に会いに来るのか。
だが、最後の問いをあえて口にすれば彼女をひどく傷つけるであろうことだけは、彼にも理解できていた。
351落花春宵:2008/03/13(木) 01:27:37 ID:dGWEU8LD
最初にことばを交わしたのは国王夫妻の結婚記念日に開かれた宮中舞踏会の宵だっただろうか。
今から約二年前のことになる。
末の王子エルネストに専属する侍従のひとりとして、クレメンテはその日も幼い主人に手を焼かされていた。
兄様姉様にするみたいに葡萄酒をグラス一杯に注いでくれなきゃいやだ、
と貴人たちの前で泣き喚く五歳の末息子に国王もとうとう温顔を消し、
罰として自室に連れ帰りひとりきりで謹慎させるよう、すぐ後ろにかしずいていたクレメンテに申し渡したのだ。

大広間の出口をくぐるころには王子もおとなしくなっていた。
「とうさま、明日になっても許してくれないと思う?」
さきほどの癇癪は嘘かと思えるほど小さな声だった。
日ごろ苦労ばかりさせられている主人だとはいえ、こんな心細げな声で問いかけられると、
クレメンテも憐憫の情を掻き立てられざるを得なかった。

「ぼく、わるい子だったね。とうさま、ぼくのこときらいになったかな」
「ご心配なさいますな、殿下」
クレメンテは答えた。
「お父上がお言いつけになったことを今夜しっかりお守りになれば、
明日の朝にでもお目通りすることが許されましょう」
「そうだといいな。
 ―――でもぼく、おへやにひとりでいるのはさびしいんだ」
寂しさを味わっていただくための処置ですからとも言えず、クレメンテは黙った。
彼の足はいつのまにか方向を転じていた。

(俺のこういうところが結局、殿下のご癇気を容認し助長してしまうんだ)
と心中自省しつつも、小さな手を引いて歩みつづける。
「こっち、ぼくのへやじゃないよ」
廊下の風通しがずいぶんよくなってきたころ、王子はいぶかるように言った。
「ええ、お部屋に戻る前に少しだけ寄り道をしましょう。
 私たちだけの秘密です」

ふたりは南御苑の門をくぐった。
すでに日が落ちていることでもあり、広大すぎる敷地で位置感覚を失わないよう気を配りながら、
クレメンテは開けたところに出てようやく足を止めた。
王子がわあっと歓声を上げる。
そこは古代神話に語られる有名な情景を模した人工池だった。
周囲には異教の神々の石膏像がさまざまな姿態でそびえ立ち、大理石で縁取られた池に荘重さを加えている。
しかし王子の目を引いたのはそんな見慣れた風景ではない。

水辺の夜陰には小さな灯が無数に散りばめられていた。
夏もそろそろ終わろうというころだった。
逃げ惑う蛍たちを追いかける王子が池に落ちないように目を配りながら、
クレメンテは何匹か捕らえて薄手のハンカチの中に包み込み、彼に向かって振って見せた。
「これ、ずっと明るい?おへやでも明るいかな?」
池から帰る道のりでエルネストははしゃぐように尋ねつづけた。先ほどの沈鬱がこれまた嘘のようだ。
「燭台に火を点さずにおけば明るく見えますよ。
 園丁の詰め所に寄って虫籠をもらってきましょう」

そのとき、前方から人影が近づいてきた。
石畳に足音はほとんど響かず、衣擦れの音に消されるほどかすかだった。
「ねえさま」
侍従の手をほどき、幼い王子は飛び出していった。
「まあ、エルネスト。どうしてこんなところに?」
「ひかる虫がたくさんいたんだ。ほた……なんだっけ、クレメンテ」
「蛍です」

平静を装って答えながら、彼は背中に冷や汗をかいていた。
ごくささいな任務だとはいえ、国王直々の命をすぐさま実行しなかったことがほかの王族に知られてしまった。
しかもうら若い婦人だ。絶対に周囲にしゃべり散らす。
立ち尽くしているうちに人影が近づいてきた。
352落花春宵:2008/03/13(木) 01:28:28 ID:dGWEU8LD
二番目の王女だった。
豊かな黒髪を後ろに結い上げ、肩や腕を惜しみなく露出した夜会服をまとったままだ。
いまひとつ色は判別しがたいが、
明るい室内で見たならば髪や瞳の黒さをいっそう引き立てるような、淡い水色のドレスだろうか。
つい最近侍従に取り立てられたばかりのクレメンテにとっては、これまで一対一で顔をあわせることもなかった相手である。
これを見てよ、と言いたげにエルネストが傍らで袋状のハンカチをかざしている。
ほんのりとした明かりに浮かび上がるその姿は、先ほど目にしたばかりの古代神話の光景とあいまって、
月の処女神を髣髴とさせる気品に満ちていた。

このかたは美しいひとなのだ、とクレメンテはいまさらのように気がついた。
姉姫がずいぶん早く嫁いでしまったこともあり、実質上の長女として弟妹たちの面倒をよくみるという評判はあったが、
廷臣たちのあいだでその容姿が噂にのぼることはほとんどなかった。
愛する者たちを日々気にかけるあまり、このかたは自分の美しさを自覚する暇もないのだろう、
もしくは美貌を誇示するための労力をほかのところで使っているのだろう。
そんなふうに思われた。

「あなたは―――」
「クレメンテと申します、レオノール様」
跪こうとしたが制止され、立ったままで手に接吻することを許された。
目を上げると、吸い込まれそうなほど深く大きな漆黒の瞳がこちらを優しく見ていた。
「恐れながら、こちらに殿下をお連れしたことはできれば御内密に」
レオノールは微笑を浮かべた。夜陰に薔薇が開いたようだ、と彼は思った。

「あなたは優しいかたね。
 エルネストが珍しくなついたと聞いて、どんなひとだろうと思っていたのだけれど。
 この子のわがままにはわたくしだって手を焼くのに」
「ねえさまだって、ぬけだしてきたんでしょう」
「夜風に当たりたくなったのよ」
そういって結い上げた髪に手をやった。
「やっぱり花飾りがずれてしまってる。クレメンテ、挿しなおしていただけますか」

彼は王女の後ろに立った。
なめらかな背中が腰のすぐ上まで剥き出しになっている。
貴婦人の夜会服としては当然のつくりだとはいえ、公式行事の場ではもっぱら王子の守役を務めるクレメンテには、
同年輩の少女の素肌をこれほど近く見る機会はめったにない。
うなじに手を近づけたとき、指先が少し震えた。
その直後に髪留めでもある花飾りを地に落としそうになった。

「いちど抜き取っていただいたほうがいいかもしれません。
 髪はもう編みこまれてあるから、束ねて結い上げて留めていただくだけでいいの」
そんな高等技術を俺に要求されても、とクレメンテは思ったが、王女自身はそれを遂行できないにちがいない。
というより、自分で身だしなみを整えるという習慣がないのだ。
彼はしかたなく、慣れない作業に慎重に取りかかった。

ふいにレオノールが口をひらいた。
「わたくし、あなたとお話してみたかったのよ」
「身に余る光栄に存じます」
クレメンテは誇張でなくそう言った。
たとえ王女でなくてもこれほど美しい娘からそのように告げられれば悪い気はしない。
「侍従長から聞いたの。あなたはアンダルセのほうからいらしたのでしょう。
 都暮らしには慣れて?」
心が急に冷えた。
ああそうか、と彼は自嘲的に内心でつぶやく。
353落花春宵:2008/03/13(木) 01:30:11 ID:dGWEU8LD
スパニヤ宮廷の慣例では、侍従の職はふつう名門貴族の次男以下の子弟が就くことになっている。
学府を卒業した後、出仕先の官庁を求めあぐねているクレメンテに侍従長が声をかけたのは、全くの僥倖というべきだった。
あるいは学府時代の彼の秀才ぶりと素行の正しさが侍従長の耳に伝わったことを僥倖と呼ぶべきか。
クレメンテの家は下級貴族にすぎない子爵、それもまだ一代である。
本来騎士階級であったのが、先だっての飢饉の際に近隣の農民に穀物庫を開放して食料を支給し
無利子で貸付を行った事業をみとめられ、父親が授爵されたばかりなのである。
さらにいえば、あと三代さかのぼればただの土豪でしかない。

国内各地に広大な荘園を領有している「本物の」貴族たちの子弟はふつう都の本宅で養育され、
貴族のみに開放された中央学府で学び、その後は宮廷に出仕、もしくは領地経営に専念する。
後者の場合でも、現地に赴いて自ら治める者は珍しかった。
父親の期待を一身に受けて十三歳のクレメンテは都に送り出され、学府に籍を置いたが、周囲との溝はあまりに深かった。
彼にとって、いきなり眼前に現れた貴族社会は巨大にして閉鎖的な姻戚組織図のようなものであった。
僻地の騎士階級出身の身には遠い親戚と呼べる者さえいない。
そもそも地方から来た生徒など誰もいないのだ。

彼が学問で頭角を現し始めると、あれの父親は金で爵位を買ったのだ、という噂がまことしやかに囁かれた。
実際のところ、彼の家の領地、より正確に言えば若干の地所など都周辺の豪農と変わるところがなく、
息子を都で学ばせるために彼の父親はわが身にたいへんな倹約を課していた。
それを思えばこそ、孤立や噂などに負けられない、とクレメンテは思ったのだ。
学業では常に優秀な成績をおさめ、飛び級を重ねて十八歳で卒業した時には準首席の栄誉を得た。
けれど、それと出仕先の獲得とは別の問題だった。

中央官庁の人事は網の目のような縁故で閉ざされているということを、彼はそのときまで知らなかった。
順調な出世が約束された華やかなポストはみな、折り目正しい貴族の子弟にのみ開かれたものなのだ。
だからこそ侍従職をもちかけられたときは考える間もなく承諾した。
実際のところ、王族の身の回りの世話など彼が望んでいたものとはまるで違っていたが、
これを機に宮廷に足を踏み入れ、官界のきざはしの下に立つことができるのだと思えば数年の辛抱はできようというものだった。
だが、宮廷とて貴族社会の一部である以上、事情は同じだった。
主人である五歳の王子は偏見を持たずになついてくれたとはいえ、
同僚の侍従たちからは、これは何かの手違いで迷い込んだ卑賤の者だという眼を向けられつづけている。


この王女も同じだ、とクレメンテは思った。
田舎からはるばる出てきた下級貴族の倅がそれほど珍しいというのか。
彼の心中など全く気づかぬかのように、レオノールは髪飾りを直させるがまま屈託なく話しつづけた。
「そうね、もう慣れておられるわよね。
 でも恋しくはならない?」
「家の者とは文を繁くやり取りしておりますので」
「ご家族はお元気なのね。よかったわ。
 でも、風景は?」
「風景……」
「馴染んだ眺めが恋しくはならない?
 わたくしかねてから聞いているの。
 我が国は三方を海に囲まれているけれど、アンダルセ地方の海岸が最も美しいって。
 そんな場所で生まれ育つのって、とても素敵でしょうね」

「ありがとう存じます」
呑気なものだ、と思いながらクレメンテは静かに答えた。
実際のところ、アンダルセは土壌が貧しく、地勢の関係上漁港や貿易港を発展させることもできず、
国内で最も窮乏した地域のひとつだった。
(為政者の娘がこれではな)
そう内心でつぶやきながら、同時に、少しだけ温かい感情が芽生えてもいた。
故郷の風光を賞賛されれば誰だって悪い気はしない。
それが、都から遠く離れた草莱の土地、名門貴族たちには僻遠の蛮地と蔑まれる故郷であればなおのことである。
354落花春宵:2008/03/13(木) 01:31:23 ID:dGWEU8LD
「どんな色なのかしら」
「え?」
「あなたの故郷の海はどんな色?エメラルドのようだ、という比喩をよく聞くけれど」
「まちがってはおりませんが、時によりけりです。
 アンダルセの海はあまりに表情豊かなので、『恋に落ちた乙女』と地元では呼び習わしております」
「まあ、素敵」
王女の声が少しだけ高まった。あまり頭を動かされませんよう、とクレメンテは注意しなければならなかった。

「あなたはどんな色の海が好きなの?」
「ひとつには絞りかねますが、そうですね、夏の早朝などが好きです。
 藍色の上に緑が浮かび、その上に少しずつ光の粒が躍りはじめて
 ―――新しい一日というより新しい生命が始まるかのような、そんな色です」
「あなたは本当に、その海が好きなのね。
 まるで瑞々しい恋人に捧げる形容のようだわ」
「恋人に捧げるとしたら、もう少し地に足の着いた詩句を考えます」
「変わった方ね。世の中では、歌う内容が大仰であればあるほどもてはやされるのに」
「実を伴わぬことばはかえって愛を貶めます」
レオノールは黙った。
そして振り向きかけたが、作業の最中だと思い直してやめた。

「海が恋しくなりますか?」
「ときおりは」
「そんな色の瞳のお嬢さんを探してみてはどうかしら」
王女は悪戯っぽく言った。
たわむれにはたわむれで返すのが上流社会の礼儀である。
ここに機知を閃かせられるかどうかで貴公子としての格が決まるといっても過言ではない。
けれどクレメンテの口からはなぜか芸のないことばが出てきた。自分で止める暇もなかった。

「べつに、緑がかった青ばかりが好きなわけではありません」
「そうなの?」
クレメンテは一歩後ろに下がった。
ようやく王女の髪を整えることに成功した。
すでにしっかりと編みこんである髪をまとめるのがこれほど難しいとは思いもよらぬことであった。
花飾りはまたずれてしまいそうな気もするが、
女官でもない身にこれ以上の手際を要求するのは無理というものだ、と彼は思った。
レオノールも察したのだろう。
振り向いて長身の侍従の顔を仰ぐと、ありがとうと微笑んだ。そして問いをつづける。

「ほかにはどんな色が?」
「夜の海も好きです。とくに真冬の」
「暗い色なのかしら」
「夜空に劣らぬほど、深く美しい黒です。レオノール様の瞳を見て思い出しました」

何を言ったんだ俺は、とクレメンテは思った。
社交的な賛辞としてならば、この国の男は誰でもこれしきのことは口にするが、
今の自分の言い方はあまりにも気負いがなく、あまりにも自然だった。
まるで、太陽は東に出でて西に沈むという普遍の真理を語るかのように。
王女は大きな眼を瞬いた。
ここで笑い出してくれればいい、とクレメンテは思った。
だがそうはならなかった。
彼女は今称えられたばかりの漆黒の瞳を伏せ、そう、とだけつぶやいた。

「ねえ、ほたるが」
足元から声が聞こえてきた。
ほたるがにげちゃった、と王子が彼の袖をつかむ。
クレメンテが腰を折って幼い主人と目線を等しくしたとき、
王女はものも言わずにふたりの前から去っていった。
355落花春宵:2008/03/13(木) 01:34:53 ID:dGWEU8LD
それからのち、第二王女は折に触れてクレメンテを訪ねてくるようになった。
正確には末弟のもとを訪れるのだが、たまに非番のときなど彼の私室へ足を運ぶことさえあった。
通常、貴族官僚は都の街区に構えた自宅から毎朝登庁するものであるが、
王族の公私にわたる側用人である侍従官に限っては王宮内に部屋が用意されていた。
それゆえに侍従は個々の王族と私的な関係を深めやすく、それをいいことに利権拡張や栄達を図る者も少なくなかった。
クレメンテはもとより王族との個人的な癒着など考えてもいない。
彼が目指すのは実力での転官である。

前述のように、中央官庁の出世コースは名門貴族の子弟たちによりほぼ世襲的に占められているのが現状だが、
一部には試験を実施して優秀者を登用する部署も存在した。
クレメンテはその機会を逃すまいと思った。
今の身分でこんなことを口にすれば周囲の失笑を買うだけだが、彼の夢は国政の根幹に携わることだった。
そのためにはまず法務職の末端にありつかねばならない。

彼の見るところ、中央政府の要職を占める貴族たちはそろって大土地所有制に胡坐をかき、
自家の利殖につとめるばかりで、地方の窮状など何も聞こえていない。聞こうともしない。
誰かがなさなければならないことだ、と彼は思った。
故郷にいたころからの固い決意をますます胸にふくらませながら、
クレメンテは勤務時以外は自室に籠もりひたすら勉学に励んでいた。
この年頃の貴族の青年としてはきわめて異様な生活態度である。

ふつうなら閑暇のおりは―――宮仕えをしていない貴公子ならばつねに閑暇ともいえるが―――
乗馬や狩猟を楽しんだり、近隣の令嬢たちと親交を結んで恋愛遊戯に精を出したりするものだ。
ときどき彼の部屋に遊びに来るレオノールもまさにそんなことを言った。
あなたは貴婦人の知己を持たないのですか、と。
必要がないので、と彼は淡々と答えるほかなかった。
356落花春宵:2008/03/13(木) 01:39:19 ID:dGWEU8LD
尋ねるのはいつもレオノールの側だった。
クレメンテの故郷のこと、家族のこと、好きな文学作品、好きな楽器、苦手な女性
―――すでにあらゆることを訊かれた気がする。
将来の設計について尋ねられたとき、彼はややためらったが、秘めた大志を結局は口にしてしまった。
本当になんでこんなことを言ってしまったのか、とつくづく自分に呆れる気がした。

一方で王女は大きな瞳を長いまつげで覆ってしまわんばかりに細め、
「すばらしいことだわ」
と微笑んだ。
官僚人事の現実さえご存知ではないだろうに、とクレメンテは思いながらも、
(きっと、応援してくださることが分かっていたから、俺は申し上げたのだ)
と気がついた。

「だからあなたは女性にかまっている暇がないのね、ほかのひとたちみたいに」
「暇がないというか、能くするところではないのです」
そういえば、この王女は最近とみに美しくなられた気がする、と思った。
もとからそこにあった美貌が、ようやく存在を主張し始めたとでもいうべきか。
宮中舞踏会のときなど、遠目に見ているだけでも名だたる名門の貴公子たちが休む間も与えずに彼女を誘っている。

「ほかの殿方はどうしてみんなああなのかしら」
「ああとは?」
「少し気に入った女性には誰にでも神かけて永遠の愛と尊敬を誓うし、
 何かきっかけがあればすぐに身体を触りたがるわ。そうではなくて?」
王女が相手であれば触るといってもさすがに手か腕か肩か腰ぐらいであろうが、
それを親愛の表明として許容することはこの潔癖な乙女にはできないのであろう。
彼女の愛顧を得たいと思って日夜心を砕いている貴公子たちのことが少しだけ気の毒になった。

「まあその、みな情熱をもてあましてつい動いてしまうのでしょう」
「あなたはそうじゃないみたいだわ」
「自制しておりますので」
毎晩のようにあなた様を種に自己処理しておりますとは言えない。
「自制できるのなら、みんな自制すればいいのに」
国の発展が阻害されますとも言えない。
「みながみな達成できることでもないのです」
「そう。
 あなたはがんばりやさんなのね、やっぱり」
そういってレオノールはまた微笑んだ。


自分の部屋を訪ねてきた王女のために椅子を引いてやるたびに、
こんな見た目も平凡な田舎貴族の倅の何がそれほど興味をかきたてるのだろう、
とクレメンテはつくづく不思議な気がした。
けれど、自分の鄙びた話にうれしそうに耳を傾けるレオノールの顔を見るたびに、
そんな不可解さは徐々にどうでもよくなってくるのだった。

一方、彼は自分から王女に個人的な質問を投げかけたことはなかった。
本当は彼女についていろんなことを訊きたい気がした。知りたいと思った。
だが彼の理性は強固にそれを避けさせた。
俺のような身分の者がそれを望めば、結局は破滅に向かうのだと。

けれど、半時間ほどの談笑ののちにレオノールが立ち上がって部屋を去ろうとするとき、
クレメンテはいつも何かを口にしたい気持ちに駆られた。
彼女のために扉を開けてやりながら、何かもっと大事なことを告げたいと思った。
ふと見れば、すでに廊下に出た王女は黙ってこちらを見ていた。
あの晩と同じ黒い瞳が、瞬きもせずに彼の顔を見ている。
先に目をそらすのはいつも、クレメンテのほうだった。
ふたりのあいだには扉の枠と敷居があった。
そしてそのまま、現在に至っていた。
357落花春宵:2008/03/13(木) 01:40:22 ID:dGWEU8LD
部屋の空気を入れ替えるために窓を開けてみた。
夕刻の春風は疲れた頭をいつものように優しく撫ぜ、室内に旋回したかと思うとまた去っていった。
大気は日々少しずつ温もりを増している。
時は着実に流れているということであった。

第二王女の婚約者である隣国ガルィアの王太子アランには、クレメンテはむろん会ったことはない。
外交筋から話を漏れ聞くところでは、まだ若いながらも政治には意欲を示し、
使節との引見の場においても理知的な英主の片鱗をすでに覗かせているということであった。
だが、それは公の顔である。
アランの私的な素顔に関する噂をやや悪意を持って解釈すれば、
己の有能さと美貌を自覚しているがゆえの驕りに満ちた青年であるということになる。

なお悪いのは、かの国の男だということだ。
隣国同士は犬猿の仲であるという例にもれず、
スパニヤとガルィアの民びとも古来より互いの国風をなじりあってきたものだが、
ことにガルィア人の貞操観念の希薄さは信仰心篤いスパニヤ人の罵倒の対象になって久しい。
クレメンテ自身はガルィア出身の知人をもたないが、
彼らの性的放埓ぶりについての小話を宮中いたるところで聞かされるものだから、
これにはそれなりの根拠があると信じないわけにはいかなかった。
アランはレオノールより数ヶ月早く生まれたということだから、今現在十七か十八である。
当然もう女を知っているだろう。
ガルィア人で、しかも退廃の頂点たる王室の人間なのだから、十代で愛人を何人も抱えていようとおかしくない。

(だが、若くて眉目秀麗なら、それはいいことじゃないか)
クレメンテは努めてそう思おうとした。
王侯貴族の政略結婚においては十五、六の姫君が三十も四十も年上の中年、老人に嫁ぐことさえ珍しくはないのだ。
そんな悲惨な境遇に比べれば、レオノールの婚約者の条件は完璧といってよい。
何も俺が案ずるようなことはない。そう、何も。
だが春風の中に目を閉じれば、浮かび上がるのはいつも同じ情景だった。

荒々しくヴェールを剥がれ、花嫁衣裳を剥ぎとられたレオノールが広い寝台の上に転がされる。
豊かな黒髪が枕を覆うように広がる。
王女の小麦色の肌をまさぐるのは貴人らしい滑らかな手だ。すでに女に触れることに慣れきった手だ。
無垢な身体をもてあそぶように捻転させ、獣のように浅ましい姿態を強要した挙句、なんの感動もなく彼女の純潔を奪う。
いたわるような抱擁もなく彼は眠りにつく。
花嫁に残されるのは破瓜の血と生温かい種子だけだ。
それを幾夜も繰り返し、彼女は身ごもり、彼の子を生む。
男児が数人生まれてしまえば正妃の寝台での需要は薄れてくる。
レオノールの若さと美貌に翳りが見え始めれば、王太子はもはや寝室の扉をくぐることもなくなる。
夫の公式寵妃たちの嬌声を傍らに聞きながら、彼女は夜ごと空閨に戻り、静寂の中で黒い瞳を閉じる。
358落花春宵:2008/03/13(木) 01:42:44 ID:dGWEU8LD
「ねえ、クレメンテ」
はっとして振り返ると、すぐ後ろに第二王女が立っていた。
薄暗い部屋のなかでは、足首まである薄紅色のふんわりしたドレスは霧に包まれた大きな花束のようにも見える。
「レオノール様」
「勝手に入ってしまってごめんなさい。
扉を叩いても返事がなかったものだから、不在なのかと思って押してみたの。
でもあなたが気がつかないから」
「失礼いたしました」

ご用件は、とは彼は訊かない。いつものように王女が気ままに雑談を始めるだろうと思っている。
だが彼女は黙っている。クレメンテの隣に立ち、開けたままの窓の外を眺める。
「お勉強の邪魔かしら」
誰に問うともなくレオノールがつぶやく。
いつもの明朗な声音とはずいぶん違っていた。
何もかもに倦んだような、あきらめたような、―――あるいは誰にもいえない決心を糊塗しているような、そんな声だった。

いいえ、と彼は答える。
「休憩を取っておりましたので」
「よかった。
 ―――杏の花はもうほとんど散ってしまったのね」
中庭に植えられた木々を眺めながらレオノールは言った。
「まもなく薔薇が色づき始めましょう」
「薔薇は見飽きてしまったわ。それに、すぐに役を終えてしまう」

四季咲きの―――と問いかけたところで、花嫁衣裳のことをおっしゃっているのだ、と彼は察した。
国内最高の仕立師たちの手により数ヶ月かけて製作された純白のドレスおよびヴェールなどの小道具は、
王侯貴族の婚礼の常として、薔薇をモチーフにしたものだった。
それも何種類も用意されている。
最も似合うものを選ぶためにレオノールはたびたび試着させられているという話を以前弟王子の口から聞いた。

「ですが、―――薔薇は散ってもよいものではありませんか。
 貴婦人がたは花弁を集めて乾燥させ、香りのもとにするのだとうかがいました」
「そうね。薔薇の、花びら。
 わたくし、聞いたことがあるの。人の肌にも、花びらが浮かぶのですって」
「肌?」
「唇を触れたあとに」

侍従は黙っていた。
「あなたは、ごらんになったことがあって?」
「姫様―――」
「わたくし試してみたの。自分の腕に。でも花びらは見えなかったわ。
 腕ではだめなのかしら。それとも、自分の唇だからだめなのかしら」
「姫様」
「今ここで、あなたにお願いしたら、花びらを浮かべてくださるかしら。わたくしの肌に」

クレメンテは機械的に手を動かして窓を閉めた。
「答えて」
「姫様、―――姫様はお疲れのようです。ご婚礼のご準備で」
「わたくしは疲れていません。疲れてなどいません。
 だからここに来たのです」

王女の声にはすでに涙がにじんでいる。
俺は怯懦だ、とクレメンテは思った。
この誇り高いひとが自尊心と羞恥心を限界まで忍んで口にした挑戦に、向き合うこともできない。
正面から拒むことさえできない。
359落花春宵:2008/03/13(木) 01:43:44 ID:dGWEU8LD
「わたくしに立ち去ってほしければそう言いなさい。
 ―――そうすれば、何もかもあきらめます」
嗚咽をこらえているさなかだというのに、最後のことばだけはひどく乾いていた。
クレメンテは黙って王女の身体を抱き寄せた。
ふたりきりのときでさえ、これまでは一度もそんなふうに振る舞ったことはなかった。
華奢に見える割にこのかたはやはりやわらかいのだ、と思った。
背中に垂らしたままの黒髪には香油のなめらかさがあった。

「あなたが好き」
肩の震えが収まってきたころ王女がかすれた声で言った。頭は彼の胸に押し付けたままだ。
「わたくしも、お慕い申し上げております」
「知らない人になど嫁ぎたくない。ほかの誰にも触れられたくないのです。
 あなただけに、触れてほしいの」
レオノールは初めて顔を上げた。
辺りはそろそろ宵闇が迫ってきていたが、大きな漆黒の瞳は潤いを帯びてますます豊かに光を宿していた。

「そうできればどんなにか、と思います」
言いながら、クレメンテは初めて自分の心願を知った思いだった。
「ほんとう?それはあなたの本当の気持ち?」
「まことです」
「もし、わたくしを連れて逃げてと言ったら」
レオノールは息を止めたように彼を見つめた。
吸い込まれそうな黒、故郷の真夜中の海と同じ、すべてを包み込むような黒だった。

そうできればどんなにか、と彼は同じことを思った。
だが、俺にはできない。
宿望も家族の命運も犠牲にして、このひとを幸せにするためだけに生きることは、俺にはできない。
恋愛を人生の目的に据えそれを善しとすることは、俺にはできない。
今必死で追い続けているものを失えば、俺はきっと―――じきに駄目になる。

「申し訳ございません」
目を伏せて、クレメンテは言った。
そう、とだけ答えるのが聞こえた。感情の抜き取られた声だった。
彼は心臓に縄がかけられ、ゆっくり締め付けられているような気がした。
臆病者だと思われたかどうかなど問題ではない。
俺はこのひとの最後の希望を、乙女らしいひたむきな夢を一瞬にして打ち砕いてしまったのだと思った。

王女の口にしたことはたしかに無思慮だった。
それを実行すれば母国にどれほどの混乱と損害と不名誉をもたらすかを正確に把握していれば
易々とこんなことは言えないはずだし、
把握したうえで言ったのだとすれば彼女の中では利己心が克ったのだというほかない。

だが、とクレメンテは思う。
生まれてから何ひとつ不自由なく育ってこられたこのひと、
何もかも与えられてきたこのひとは、
生き方の選択をこれまで何ひとつ許されなかった御身でもあるのだ、と思った。

レオノールがようやく彼の胸から顔を上げた。
この薄暗さでは表情はよく分からなかった。
「そろそろ戻ります。邪魔をしました」
クレメンテは腕を広げて彼女を解放しかけた。だが、途中で動きをとめた。
「人肌に花びらが浮かぶとは、わたくしも伝聞したことがございます。
 もう、たしかめるには暗すぎるかもしれませんが」
王女は黙ったまま彼を見つめた。
試して、とその唇は静かにつぶやいた。
360落花春宵:2008/03/13(木) 01:44:54 ID:dGWEU8LD
クレメンテは文机の前の椅子に腰掛け、王女を膝の上に横向きに座らせた。
彼女の片頬に手をあて、顔を引き寄せて唇を重ねた。
ふたりの初めての、本当の接吻だった。
レオノールは緊張しきっている。抱き寄せた肩は驚くほどこわばっていた。
彼はいったん顔を離して、唇を閉じないでください、と囁かねばならなかった。

また接吻を再開すると、今度はすんなりと舌を入れることができた。
彼を待ち受けていた小さなやわらかい舌は小動物のように弄ばれるままになり、
濡れた粘膜は侵入者の愛撫を惜しみなく受け取った。
従順すぎる王女の口腔内を堪能すると、クレメンテはようやく顔を離した。
彼女の頬が上気しているのは明かりを点けるまでもなく分かった。
乱れた呼吸が静かな室内に響いていた。

「な、なんだかとても、罪深いことをしてしまったような気がします」
「世人はみな嗜んでいることでございます」
「みな、こういうことをしているのでしょうか」
「世の恋人たち、世の夫婦は」
「夫婦、―――今夜だけは、妻として扱ってくださる?」
「恐れ多いことです」
「そんなふうに言うのはやめて。わたくしのことはレオノールと。―――お願い」

そういって彼女はクレメンテの肩に頭を乗せた。
ふたたび顔を寄せてくちづけたまま、彼はレオノールの胸元を締める紐に手をかけた。
姫君の装束としては比較的簡素な室内着だとはいえ、上も下も全部脱がせきることは彼の知識ではできそうにない。
だからこそ、露わにできる部分にはくまなくくちづけたいと思った。
胸当てをとり、絹の肌着を下ろしてしまうと、王女の上半身はほぼ裸になった。
彼女は無意識に胸元を腕で隠そうとしたが、クレメンテはそれを制した。
接吻を中断して改めてレオノールの姿を眺めると、この薄闇の中でさえ素晴らしい輪郭を浮かび上がらせていた。

「美しい」
ごく自然に賛辞がこぼれでた。王女はいたたまれなげに顔を伏せるばかりだった。
もはやこらえきれず、彼女の上体を強く引き寄せる。
小ぶりだが上向きでとても形のいい乳房が眼前で揺れる。呼吸が平らかではないのだ。
明るいところで見ればどんな花よりも愛らしい薄紅色をたたえているであろう乳首は、
夕刻の肌寒さのためなのか、ほんのすこしだけ尖っているように見えた。
指先で触れてみると、やはり硬かった。華奢な全身がびくっとする。

「ク、クレメンテ、わたくし、やっぱり―――あぁっ」
熱い吐息混じりの声が宙に飛んだ。
誰にも触れられたことのない、おそらく彼女自身の指でいじられたことさえないであろう乳首は
男の唇に挟まれるとさらに硬くなり、感覚がより鋭くなった。
舌先で丹念になぞればなぞるほど、呼吸の乱れは隠しようもなくなっていく。

「いや、そこは、なんだか、だめっ……ゆるし、て……いやぁっ」
もう片方の乳首を指でこね回されて、王女は軽く背をそらした。形のいいあごの下が上向きになる。
クレメンテはそこにも細い首筋にもくちづけたいと思ったが、服で覆いきれない部位はやはりこらえねばならなかった。
代わりに小ぶりな乳房に接吻の雨を降らせた。
許して、という息も絶え絶えな声が聞こえてももう止めようがなかった。
唇を押し当てるとそれだけで少し沈んでしまうようなやわらかさである。
一回一回に時間をかけ、ひたすら強く吸った。
この暗さでは分からなかったが、花びらは、刻印はたしかに浮かんでいるはずだと思った。
361落花春宵:2008/03/13(木) 01:46:09 ID:dGWEU8LD
クレメンテがようやく乳房から顔を離すと、レオノールの瞳はまたも濡れていた。
だがそれが罪深い愉悦によるものであるということは疑うまでもなかった。
「夫婦というものは、このように愛を交わすのですね」
いまだ上気したような声で問いかけられて、彼は苦笑しそうになる。

「これは夫婦の営みには入りません。恋人たちのたわむれのようなものです。
 夫婦というのは―――」
言いながら、彼は王女の身体を抱き上げ、目の前の文机の上に座らせた。
どうも高さが理想的ではない。
クレメンテは机の奥に並べた大判の辞書類を何冊かとりだし、積み重ねてレオノールをその上に座らせた。
これでちょうど膝が彼の目線に来たはずである。
ドレスの裾は机をほぼ占拠し、余った分は彼女の膝下に沿って滑り落ちている。

「本の上に座るのは申し訳ないわ」
「いいことではありません。でも、これはもっと大事なことなのです」
そう言って眼下に広がるドレスの裾に手をかける。皺にならないように丁重に扱わなければならない。
レオノールは息を止めたように身をこわばらせたまま、彼のなすがままになっている。

レースの下生地とともにスカートを腰までまくりあげ、ペチコートを脱がせ、最後に肌着を両足からゆっくりと抜き取る。
一度も日にさらしたことがないであろう太腿の奥には小さな黒い茂みがぼんやりと確認できた。
視線を少し上に転じれば先ほど愛撫の限りを尽くした乳房がかすかに揺れている。
あとは膝上まである絹の靴下と靴下止めを残すのみだが、これだけはそのままでもいいかと思った。
目を凝らすと靴下には王室の紋章にも使われる百合の意匠がほどこされており、
一線を踏み越えた臣下の背徳的な気分をますます煽り立てた。

着衣のまま、けれど肝心な恥部はすべて露わにされたまま、無垢な王女は放心したように座っていた。
ただしクレメンテが荒ぶる息をなだめながら膝を開かせようとすると、レオノールは初めて止めようとした。
「クレメンテ、あの、何を」
「これが夫婦の証です。妻は夫の前に脚を開かなければなりません」
「でも、そんなはしたない」
「ここにこそ、花びらを散らさなければならないのです」
王女の脚からこわばりが抜けた。
それを直角の手前になるぐらいまで開かせ、彼はまず太腿の内側に唇を這わせた。

「あぁっ」
頭上から温かいため息が降りかかる。きれぎれのそれは嬌声を交えて部屋中に広がる。
もっと熱くさせたい、と彼は思う。
なめらかな太腿をくまなく吸われながら、王女の下肢からはどんどん力が抜け、心なしか震えている。
思い切って顔を脚の付け根に近づけると、どこか甘酸っぱい、生々しい匂いが鼻腔にまとわりついた。

雌の匂いだ、とクレメンテは思った。
至尊の家に生を受けた姫君でありながら、穢れなき乙女の身でありながら、
秘すべき花芯はすでに雌として目覚めつつあるのだ。
(なんと淫蕩な)
こんな感じやすい肉体では、初夜の床でさえ、花婿の胸の下であられもない嬌声をあげつづけるのかもしれない。
破瓜の痛みを凌ぐほどの悦楽に身を任せて夫の愛撫を求めつづけるのかもしれない。
(そんなのは許せない)
自分に身体をひらききっている王女の耳元で辱めのことばを囁きたい思いにかられながらも、
クレメンテはもう我慢できなかった。
362落花春宵:2008/03/13(木) 01:47:40 ID:dGWEU8LD
「ああぁっ!!」
レオノールは大きく背をそらしたらしい。だが顔を上げてそれをたしかめるつもりはなかった。
くちづけた花園は想像以上に濡れていた。まず割れ目の左右の襞に舌を這わせると、それだけで粘っこい水音がたつ。
「い、いや、いやぁっ!」
迫りくる快感におびえたような声をあげ、王女が彼の頭に手をかけて引き剥がそうとする。
が、その手には全く力がこもっていない。
むろん彼は意に介さず、一重一重の花弁を愛でるように舌を動かしつづける。

「やっ、やめ、だめ、いやっ、そこは……っ、あぁんっ!だめぇっ!!」
小さな割れ目に舌を入れ、できる限り奥まで自在に舐めまわすと、王女はまた大きくのけぞる。
頭上からこぼれ落ちる声はほとんど悲鳴になっている。
もちろん彼は容赦はしない。
乙女の蜜にたっぷりと唾液を絡ませて秘裂の入り口を行きつ戻りつしながら、このうえなく卑猥な音を立ててやる。
この無垢な花園が見知らぬ男の指を、唇を、男性自身を受け入れる前に、白く濁った欲望を放たれる前に、
汚しきれるだけ汚したいという衝動に突き動かされる。

王女はすでに腰を浮かせている。
それどころか、口では拒みながらも無意識のうちに自ら彼のほうに秘所を押し付けてきている。
「や、もう、だめ、いけな、わたくし、もう、こわれちゃう……っ」
壊したい、と思った。
この淫らな身体には奥の奥まで俺の体温をおぼえこませて、
ほかの男の愛撫など決して受け付けないようにさせたい。
二度と消えない花びらを残したい。
このひとを最初に愛したのは俺だ、という刻印を残したい。

「いっ、いやぁっ!!そこは、ほ、ほんとうに、いけな……っ」
とうとう舌を割れ目から抜くと、すぐ上の突起を唇で挟んだ。
すでに鼻梁を押し当てられていたためか、そこはもうふくらみ始めていた。
「はあぁっ!」
強く吸えば吸うほど、レオノールの声は高く激しくなっていった。
その素直さをいとおしみながら舌先で皮を剥いてやる。
びくんびくんと全身が震えるが、王女はもはや拒絶のことばさえ発さず、ただ獣のように喘ぎを漏らすばかりだった。

「あぁ……いいっ、あっ、はぁっ……すごい……すごく、素敵……あぁっ、あ……」
彼の頭に載せられた小さな手はいまや引き剥がそうとするどころか彼を自らに押し付けていたが、
その手にこめられた力が徐々に弱まっていくのが分かった。
彼の頭を挟み込んで離さない太腿はすでに痙攣を始めている。絶頂が近いのだと知る。
舌になぶられつづけて限界まで大きくなった秘芽をまた唇で挟み、吸ってやる。
優しく吸い、強く吸う。王女の痙攣はもう止まりそうにない。

「あ、ああああぁっ!!」
断末魔さえ思わせるほどの長い長い叫びとともに、しなやかな身体は半月のように反り返った。
やがて全身から力が抜け、レオノールはクレメンテの頭を抱え込むように上体を丸くし、両腕を彼のうなじのうえで組んだ。
363落花春宵:2008/03/13(木) 01:48:32 ID:dGWEU8LD
「レオノール?」
ようやく花園から唇を離し、彼は頭上に向かって囁いた。
「大好きよ、クレメンテ」
「わたくしもです」
「そう言って。好きだと」
「好きです。―――愛しています」

再び、思いもよらないことばがこぼれ出た。
だがこれこそが本心なのだと、今ならば己を信じられる。
婚約者がいながら自分にすべてを許し、道ならぬ愉悦に身を反らしてはさらに深い歓びを求めたこの可憐な姫、
清純にして淫奔なこの姫が数ヵ月後には他の男のものになるのだと思うと、
彼女の体温を誰よりも近く感じている今でさえ、身が切られるかのような痛みを感じる。
そうだ。儀式は終わってしまった。俺たちはもう、これより先にはいけないのだ。
自分たち自身でそう決めたのだから。

「クレメンテ」
「はい」
「花びらは、浮かんだかしらね?」
「そのように努めました」
「あなたはいつもそんな話し方をするのね」
レオノールは少し笑った。

364落花春宵:2008/03/13(木) 01:50:58 ID:dGWEU8LD
外から扉を叩く音が聞こえた。
ふたりともはっとして身体を離し、互いの服や髪の乱れに呆然とする。
なお悪いことには、明かりを点けていないので手際よく整えることも難しい。
「レオノール、―――あちらへ」
王女の身体を持ち上げて机の上から下ろすと、クレメンテは窓の脇に寄せたままのカーテンを指差した。
臣下にあてがわれた部屋だとはいえ王宮の一部であるからにはそれなりの調度がしつらえられており、
南向きの窓のために用意されたカーテンにはほぼ天井から床までの丈があった。
ドレスの裾をからげながらレオノールがその裏に走りこんだのと同時に扉が開いた。
廊下の明かりが少しだけ漏れ入る。

「なんだ、暗いや。クレメンテ、いないの?」
幼い主人の声だった。そのまま部屋に入ってくる。
「こちらにはべっております。御用でしょうか、殿下」
「あそびに来たんだ。どうして明かりをつけないの?」
「ああ、その、―――勉強の途中で居眠りをしてしまいましたので」
「だめだよ。先生がいたらおこられてるよ」
「まことに」
「ほたるがいるといいのにね」
「え?」
「ひかる虫だよ。このへやにいたら明るいのに。
 夏になったら、またあの池のちかくでつかまえられるかな」
「そうですね」
「レオノールねえさまは、そのときはもういないのかな」

常と変わらぬ元気な口調でエルネストは問いかけた。
彼が姉姫を愛していないはずはないが、
五歳の身には永劫の別れというものの実態がつかめないのだろう。
都の郊外へ避暑に行くのも、人質という任務も兼ねて外国の王室へ嫁ぐのも、彼にとっては同じようなものなのだ。

「おそらくは」
「あの国にもほたるはいるの?」
「ええ、きっと。
 ガルィアの国土はわが国より湖沼や河川に恵まれていると聞きますから、夏には蛍を見かける機会も多いでしょう」
「そっか、よかった」
エルネストはぼんやりと部屋の奥の窓を見た。珍しく春霞がかかっているような空だった。

「あっちにいっても、知ってるものがあるとねえさまうれしいよね。
 ガルィアにはきいちごがある?」
窓の外に蝶らしき白い影が躍ったのをみとめて、王子は思わずそちらに近づく。
高まる焦燥を押し隠しながら、クレメンテもあとにつづく。

「リラは咲く?白ぶどうはある?」
「ございましょう。わが国ほどではありませんが、温暖な気候ですから。
 ことに葡萄の産地は多いと聞いております」
「よかった。あっちにも好きなものがいっぱいあって、ねえさまよかったね。
 およめさまになるし、うれしいこといっぱいだね」
小さな手が窓を半分開けた。
蝶の影はもうなかった。
365落花春宵:2008/03/13(木) 01:53:37 ID:dGWEU8LD
「ねえ、なにかきこえる」
エルネストは首だけ振り返って部屋中を見渡した。
「わたくしには、何も」
「なにかないてるみたい。きこえない?」
「鳥でしょう」
「外から?」
「春告げ鳥かと。あのあたりの梢に」
クレメンテは中庭に繁る木の群れを手で示した。
もちろん夕闇の中ではおおまかな輪郭しか分からない。

「でも、もう初夏だよ」
「春を惜しんでいるのです」
そう言ってクレメンテは王子の身体をそっと抱き上げた。
小さな両腕が驚いたようにしがみついてくる。
彼はそのまま扉に向かった。
カーテンがかすかに揺れていることは振り返らずとも分かっていた。




366落花春宵:2008/03/13(木) 01:54:31 ID:dGWEU8LD
「クレメンテ」
王宮を退出し廷臣用の停車場に向かう途上でふいに呼び止められ、彼は振り返った。
途端にやわらかく破顔し、法官身分を示す黒ビロードの帽子を取って頭を下げる。
「お久しゅうございます」
「まことに久しいことだ。たまには遊びに来いというに」

十六歳になったばかりのエルネストは不服そうな声を出してみせる。
けれど同時に、今の立場では王族の私的な居室に足を運ぶことはしにくかろう、
ということもなんとなく察してはいる。
三年目で侍従を辞したあと、このかつての守役は立法府に職を得、
審議官の子飼いとして八年のうちに着々と頭角を現しているという。

「忙しいか」
「近頃同僚に汚職で弾劾された者がおりまして、人手のほうが、なかなか」
「ならば世事にも疎遠であろう。
 レオノール姉上に三番目の子が生まれたそうだ。女の子だ。
 洗礼名を決めるまでにいろんな経緯があったとかで、えらく長い手紙が来た」

そういって懐から封筒をとりだした。
「難産だったせいか、あちらの王太子は大変な喜びようらしい。
 姉上のために小離宮をあらたに建造するそうだ」
「ご同慶の至りに存じます」

淡々と答える臣下に、凛々しく成長した少年王子は黙って黒い瞳を向ける。
ずっと前に訊きたかったことを今訊こうかとふと思う。
「そなたは、姉上のことを好きだったのではないか」
クレメンテは微笑んだだけで答えなかった。
貴族にしては遅い結婚をした彼も、いまでは二児の父である。
そういえばこの男は、誰の干渉を受けたくないときにもこういう表情をするのだった、と
エルネストはぼんやりと思い出した。

「つまらぬことを言った。すまん」
「いいえ、―――殿下は臣を安心させてくださいました」
「安心?」
「愛したかたが愛されていることを知るのは、とても心強いことです」
王子はまた彼を見た。
穏やかな微笑みは変わらなかった。
そして、かつて主従だったときのように、ふたりは並んで歩き始めた。



(終)
367落花春宵:2008/03/13(木) 01:55:50 ID:dGWEU8LD
よく考えたら、この話を先行させると第四話は真冬の話になるのか。
本当にいきあたりばったりですみませんorz
368名無しさん@ピンキー:2008/03/13(木) 01:57:39 ID:cNUcb6Dc
リアル遭遇キタ――!!
瞳の誉め方や愛の問答にセンスを感じました
エレノールが世話焼きなのってオーギュがエルネストを彷彿とさせたからなんだろうなw
369名無しさん@ピンキー:2008/03/13(木) 03:06:56 ID:D9ZtsgXj
とても素敵な純愛でした。
エレノールの昔話はもっと悲壮なのかと思ってたけど、
少し温かみのある話でとても良かったです。
370名無しさん@ピンキー:2008/03/13(木) 03:28:55 ID:s0ZNoKhz
なんか泣けたわ〜良いお話でした
371名無しさん@ピンキー:2008/03/13(木) 13:01:59 ID:y0VqYLA7
切ないけど良いお話でした
いつも素敵な物語をありがとうございます
372名無しさん@ピンキー:2008/03/13(木) 21:37:00 ID:DADKahpw
互いに、現在の幸せを見つけているところが心温まりました。
王室の背景の描き方が丁寧で、会話も洒脱で、いつもながら感嘆ものです。
373名無しさん@ピンキー:2008/03/14(金) 21:50:50 ID:xsBO4d67
エレノールの甘くもほろ苦い初恋秘話。泣けました。
新作が来る度に保管庫の作品を全部読み直してますが
貴方の本があったらマジで欲しいです。

次回作、第4王子登場なるか? wktkしてお待ちします。
374名無しさん@ピンキー:2008/03/20(木) 02:14:08 ID:gn/izz1d
保守揚げ
375名無しさん@ピンキー:2008/03/24(月) 22:50:35 ID:xLec73QE
何方様も御投下お待ち申し上げております。
376名無しさん@ピンキー:2008/03/27(木) 17:45:04 ID:dGz/NcA8
○○家唯一の生き残りとか言う枕詞が付いて、
「みんなの無念を晴らすまで死ぬわけには行かない……」
と内心の嫌悪感を押し殺してあれこれする姫燃え。
とっつかまって護送中に見張りの兵士をたぶらかして脱走とか、亡命先の有力者の
好色親父に女の武器で接近とか。
377名無しさん@ピンキー:2008/04/01(火) 05:03:12 ID:VOH8F1O7
ほす&あげ
378名無しさん@ピンキー:2008/04/02(水) 22:43:03 ID:NuS/1dKV
保管庫更新されてないね・・・
379名無しさん@ピンキー:2008/04/03(木) 23:27:10 ID:RxGTRkCo
>>367
遅いですがすごく良かったです
エレノールの告白の台詞で泣きました
本当に本当に好きだったんだなぁと思って切なかったです
そんなエレノールの心を溶かしたアランと幸せになれて良かった
次回も楽しみにしてます
380名無しさん@ピンキー:2008/04/11(金) 10:18:13 ID:0mHSqlUD
保守
381名無しさん@ピンキー:2008/04/14(月) 19:07:48 ID:7O+k0lF4
ほしゅ
382名無しさん@ピンキー:2008/04/15(火) 22:05:57 ID:SAD0YClA
国の名前ってどこから捻出されるのですか?
383名無しさん@ピンキー:2008/04/16(水) 07:06:18 ID:5l5qrYes
地図帳とか
384名無しさん@ピンキー:2008/04/16(水) 11:08:21 ID:YqDY/SNP
辞典とか
385名無しさん@ピンキー:2008/04/16(水) 15:03:16 ID:NwEDkEnG
脳内とか
386名無しさん@ピンキー:2008/04/16(水) 15:07:18 ID:65Pz4tUt
>>382
また来たかwww
地図帳とか辞典とか脳内とか歴史の本なんかを参考にアレンジすれば?
387名無しさん@ピンキー:2008/04/18(金) 00:55:25 ID:wLuDJNKJ
そのうち
セリフはどこから思いつくんですか?
地の文はどこから捻り出すんですかですか?
話ってどこから降って来るんですか?
だな
388名無しさん@ピンキー:2008/04/20(日) 23:24:34 ID:/koBXVDL
>>387
でも正直気になる
SSが素晴らしすぎて
389名無しさん@ピンキー:2008/04/21(月) 01:38:58 ID:F+/fmw+E
理想のお姫様を理想的にエロエロさせたかったらSSは自然に沸いてくる。
あとは人に読んで貰いやすくするために文章を磨けばおk。

勝手な想像なんだけど、
上手な書き手さんは想像力が豊かで、分析力が高くて、
読書量が豊富な人なんじゃないかと思う。
390名無しさん@ピンキー:2008/04/22(火) 20:36:47 ID:YFLtIBIX
>>389
なるほどね
ここのSS読んでて職人さんは知識豊富で文章能力が高いんだなって思った
かなり本読んだりしてるんだろうな
391名無しさん@ピンキー:2008/04/22(火) 22:41:20 ID:8V2uzfrB
ひと月以上投下がないし、保守代わりに小ネタ投下します。
エロなし。どっちかというと悲恋もの。
392保守小ネタ 1/4:2008/04/22(火) 22:42:39 ID:8V2uzfrB
「またお前か」
 これが年頃の娘なら褥に侍らせてやるものを尻も胸もあったもんじゃない子どもでは話にならない。はだけた夜着を正しもせず、ユベールは不機嫌に愚痴を漏らす。
「お前だなんて失礼だわ。訂正なさい。わたくしの名はライラです。お前などではありません」
 扉の前で仁王立ちになり、少女は僅かに頬を染めた。肌の色が白いから少し興奮しただけですぐ赤くなる。ひらひら飾られた薄桃色の夜着と相まってそれは愛らしく見えた。
 後四年早く生まれていたら寝台に連れ込んでいたなと考え、けれどああ口やかましくては萎えるかもしれないと考え直す。黙っていれば可愛いのにとは思っても言わずにおくのが賢い手だ。
「部屋を間違ってるぞ。シャルルの部屋はこっちじゃない」
「存じていますわ。わたくしは、あなたに用があるのだもの」
「生憎だが俺はお前に用などないし、今夜は先約もある。人が訪ねてくる前に帰れ」
 猫の子でも追い払うようにユベールは手を振ってライラを追い出そうとする。しかしライラは動じない。
「あなたの部屋の前でご婦人とお会いしたのだけれどわたくしを見るなり帰ってしまわれたわ。あのご婦人が先約だったのかしら」
 苦虫を噛み潰したかのような顔をしてユベールは深く溜め息をついた。
「追い返したのか」
「違います。わたくしを見るなり逃げ出したのよ」
「お前が用もないのに俺の部屋に来るから逃げなきゃならなくなったんだ。お前が悪い」
 不機嫌極まりないユベールの様子にライラが僅かにたじろぐ。
「そんなに大切なお客様だったの」
「ある意味ではすごくな」
「そう。悪いことをしたのね。ごめんなさい」
 しゅんとうなだれ、ライラは素直に頭を下げる。この娘のこういうところがユベールはとても苦手だった。いつも生意気にしていればいいのに、意外に素直なのだから調子が狂う。
「まあ、そう大事な用でもない。気にするな」
 ライラが安堵して胸を撫で下ろす姿に体がざわめく。子ども相手に一瞬でもやましい思いを抱きかけた自分にユベールは嫌悪する。
「それで、何の用だ」
 とっとと話を聞いて追い返そう。それから、別の女を呼びつければいい。餓えているから子どもに反応するのだ。
 ユベールは気を取り直してライラに問いかけた。
「本を読んでいたのだけれどよくわからないところがあって」
393保守小ネタ 2/4:2008/04/22(火) 22:44:19 ID:8V2uzfrB
 やっと本題に入れるのが嬉しいのか、ライラは微笑みながらユベールに近づき、躊躇いもせずに寝台に上がってくる。
「あなたに教えてもらおうと思ったの」
 ユベールの隣に座り込み、後ろ手に隠していた本を出す。栞を挟んだページを開けようとした手をユベールが阻む。
「待て。その役目は俺でなくともかまわないだろう」
「あなたが勧めてくれた本だもの。あなたに教わりたいわ」
「それならば昼間に来い」
「昼間は忙しくしているじゃない。わたくしの相手をしている暇がないことくらい知っています」
 だったら尚更他の者に聞くべきだと口にしかけ、ユベールはライラの目が潤んできていることに気がついた。このまま追い出せば自室でこっそり泣くのだろうと思えばユベールはそれ以上言うことができずに掴んでいたライラの手を離した。
「教えてやるからすぐに帰れよ」
 頷き、ライラは本を開いた。子ども向けというには少々難しいものを選んだせいか、ライラはわからない言葉が出てくる度に辞書を引いているのだと言う。それでも、意味の通らない文章がいくつかあり、それをユベールに問うてくる。
「あなたの教え方が一番上手よ。わかりやすいわ」
 嬉しそうに笑い、ライラはユベールの腕に頭をもたせた。腰まで伸びた柔らかな髪が露わな手の甲に触れる。
 ふわり立ち上る香りは女のものとも赤子のものとも違うはずなのにその二つが混じりあったようなユベールには馴染みのない香りだ。ライラからはいつもこの香りがしており、気がつく度にユベールは落ち着かない気分にさせられる。
「重い」
 小さく呟くとライラがはっとして体を離す。
「眠いなら帰れ」
「まだ大丈夫よ。眠くはないわ」
「子どもはとうに寝る時間だ。シャルルは大人しく寝ているぞ」
 無意識にユベールの手はライラの髪を撫で、指で弄ぶ。絹糸に似た感触を心地よく思いながら、それを認めることができない。
「シャルルさまは子どもだもの」
「お前とそう変わらんだろう」
「変わります! わたくしの方が四つも年上だわ」
 きゅっと唇を噛みしめるライラの横顔を見下ろし、ユベールはふと思い至る。ライラは寂しいのかもしれない。
 他国の王室に嫁ぐことが決まり、他国の習慣に慣れるためにと婚姻前から自国を離れることを強要され、頼みの綱の婚約者は年下の子ども。知らぬ国で一人ではさぞや心細かろう。夜毎ユベールを訪ねてくるのは父兄の代わりに甘えているのかもしれない。
394保守小ネタ 3/4:2008/04/22(火) 22:46:10 ID:8V2uzfrB
 俺のどこがそんなに気に入ったんだかとユベールは独り言ちる。好かれるようなことをした覚えは欠片もないのだから不思議だ。
「四つなんてもう少し年をとれば大した差でもなくなる」
「でも、殿方は年若い女性を好むとききます。シャルルさまも、今は女性に興味など示されないけれど、でも、いつかはあなたのように女性と浮き名を流すようになるもの。そうなった時にはわたくしはもう若くはないからシャルルさまに見向きもしてもらえないんだわ」
 ぐずぐず鼻を啜り始めたライラをユベールは呆れた顔で見下ろした。一体どこでそんな知識を得てくるんだろうか、侍女の噂話にでも聞き耳を立てているようなら止めさせねば。
「若い娘を好む男は確かに多いが、だからといって年上の女が嫌いなわけでもないだろう」
「そう、なのかしら?」
「そうだ。俺だって若い頃は年上の方が好きだった」
「今は違うの?」
「今も嫌いではないが。それは、あれだ、相手になる女が俺より年上より年下の方が多くなったから仕方がない」
 潤んだ目で見上げられ、一つ鼓動が大きく跳ねた。
「とにかく、お前がいつまでも魅力的でいられるように努力すれば年上か年下かなど関係ないはずだ」
「そうかしら?」
「そうだ。今の内からシャルルの心を掴んでおけば他に目移りもすまい。他を知らんのだからな」
 言いながらだんだん心に暗いものが満ちてくるのがわかる。
 シャルルもライラも無垢なまま、互い以外の相手を知らずに生きていくのか。シャルルは別としても、ライラはシャルル以外の男を知らずに死ぬに違いない。柔らかな髪も、育ち始めたばかりのしなやかな肢体も、艶のある唇も、全部シャルルのものだ。
 数年後すっかり女らしくなったであろうライラの体をシャルルが貪る姿を想像すると激情が胸を焼く。
「あなたの話を聞いているとわたくしはいつも安心します」
 か細い腕を強く引き寄せそうになったところで声がかかり、ユベールははっとして息を吐いた。
 相手は異母弟の婚約者でまだ子どもだ。恋の駆け引きも知らない相手に自分はなぜこんなに心かき乱されるのか。ここのところずっと頭を離れない疑問が、気づけば脳裏を駆け巡る。
「わたくしの不安な気持ちをあなたはいつも解してくれる。少しも優しくないはずなのになぜなのかしら」
 ライラは体を動かしてユベールに向き直り、ぎゅっとユベールの手を掴む。
395保守小ネタ 4/4:2008/04/22(火) 22:48:43 ID:8V2uzfrB
「本当はわかっているのよ。こうして日が落ちてからあなたの部屋に来るのがいけないことだって。今はわたくしが子どもだから許されているだけで、その内許されなくなることも」
 泣きそうなのを隠すようにライラは笑う。その表情が子どもとは思えないほど大人びて美しく、ユベールは思わず息を飲む。
「これはあなたとわたくしだけの秘密にして下さいませね」
 そっと身を乗り出し、ライラがユベールの胸に手を添える。
「……ユベール」
 柔らかな感触が唇の端に触れ、一瞬の後に離れた。
「わたくしの夫になるのがあなただったらよかったと思ったことがあるのよ」
 呟かれた言葉と唇の感触が理解できず呆然としている間にライラは猫のように軽やかに寝台から下りて扉をすり抜けていってしまった。
 ライラが後少しだけ早く生まれてきていたら。シャルルが後少しだけ遅く生まれついていたら。そうしたら婚約者はシャルルではなく自分だったかもしれない。
そう考えたことは一度ならずある。シャルルの母も自分の母も後ろ盾はさほど変わらない。違うのは歳だけだ。ライラに釣り合う未婚の王子がシャルルであった。それだけのこと。
 それだけのことがなぜこんなにも口惜しいのか。あれがそこらの貴族の娘なら抱いて手込めにしてしまえばすむ話。それができないのは他国の王女だから。
 生まれと出逢いが悪かったと頭では理解できるが感情がついていかない。だからといって、何ができるわけでもない。既に婚約はすんでいるのだ。
「俺だって、シャルルではなく俺ならばと思ったことがあるよ」
 今頃泣いているのだろうかと考え、そう言ってやればよかったなと今更遅い呟きをユベールはもらした。




以上。
エロなし保守でした。
保管庫保存は辞退しますので管理人様よろしくお願いします。
396名無しさん@ピンキー:2008/04/23(水) 00:33:08 ID:DdzREEpx
ぐはああっ!!
萌える、萌えるよ、続き読みたい!
GJ!
397名無しさん@ピンキー:2008/04/23(水) 00:50:11 ID:9NbTCJST
これは・・・大変萌え萌えでした。
2,3年後に思いがけず情熱に流される展開希望。
398名無しさん@ピンキー:2008/04/28(月) 22:48:50 ID:PS8ZeyEl
>>391
GJ。小ネタを更に倍プッシュしてくださらんか
399残夜余香:2008/04/29(火) 04:25:27 ID:bawRC6f7
月の明るい晩だった。
王宮の後門と内廷を結ぶ長い歩廊を、ひとつの影が流れるように進んでいた。
この先は御苑の一角を迂回して王太子夫妻の宮室へとつづいている。
その人影が一分の乱れもない間隔で残していく低い靴音を除けば、
大理石の廊下は天蓋をもつ墓地かと思われるほど静まり返っていた。
むろん局所局所に衛兵がいかめしく槍を構えているが、
影が無言で前を通り過ぎるたび、彼らはばね人形のように居ずまいを正して敬礼の姿勢をとった。

最後の曲がり角に来て影はようやく立ち止まった。
よく櫛の入れられた金髪に背後から月光が降りかかり、まだらな白銀色へと染めてゆく。
彼はふだんならごく無造作に扉に手をかけているところだが、
今夜だけは狼の気配を察した羊のように注意深く音を立てないようにしてなかに身を忍ばせた。
扉と向かい合う廊下側の壁には大きな丸窓がうがたれ、そこから覗く月の位置はすでに夜が深まったことを示していた。

入室してみるとアランはやや面食らった。
彼ら夫妻の主寝室はこの次の間で、ここはまだ宿直の侍女たちの控えの間にすぎないが、誰一人詰めている者がいないのだ。
宮中の規則では王族の寝所には最低でも四人が不測の事態に備えて待機するよう定められているというのに、
今夜に限っては影も形もなかった。
(どういうことだ)
アランは秀でた眉を軽くしかめた。

彼は本来なら今夜はまだ王宮に帰還していないはずであった。
都の南西に位置する歴史ある小都市にて、
妻の生国でもある隣国スパニヤとの境界線の修正および領民の帰属をめぐり国際会談が開かれたのは今月初めのことである。
彼は国王の名代として開会時から臨席していたが、長い討議を経てまずまず満足のゆく条約締結に漕ぎ着けたのち、
相手国の外交団を送り出したのが三日前のことであった。
そして諸々の後処理を済ませたのち、外務官僚および直属の騎士団とともに町を出立したのが昨日のことである。

通常の帰京行程であれば父王の御前に帰参するのは明日の昼ごろになるはずであり、
アランとしても当初そのつもりで先触れの伝令を走らせていた。
しかしながら帰路にて、街道沿いの王族用宿舎が火災により一部損壊した模様との報告を受け、
(もともと一泊せねばならないほどの距離ではないしな)
と考えを改めた。
そしてそのまま休息せずに都へと急ぎ、今ここに帰館という運びになったのである。
400残夜余香:2008/04/29(火) 04:27:03 ID:bawRC6f7
本来待機しているべき宿直の姿がないというのはどういうことか。
それもひとりやふたり欠けるのならともかく、全員が持ち場を離れているとは。
考えられるのは、妃のエレノールが独断で、
彼が帰館する日まで侍女たちを夜通しの宿直奉公から解放してやったということぐらいである。
(まったく)
アランは唇の端をかすかに曲げた。
身辺に仕える者たちへの温情ゆえのことであろうが、
それはそれとして、宮中の規律には規律として定められているだけの必然性があるのだから、
上に立つ者が随意に曲げてくれたりしては困るのである。
遵法精神の点からも問題だが、現実に災害などの不測の事態が生じたとき主従もろとも大きな困難に陥ることこそ危惧すべきなのだ。

月明かりだけが差し込む無人の控えの間を通り抜けながら、アランは苦い表情を保とうとしていた。
が、やはり徹底することは難しかった。
なにしろ約一ヶ月ぶりの帰館である。
もちろんエレノールはすでに眠りについているだろうから、
いくら溜まりに溜まった情欲に駆り立てられようと今夜は迫ったりはしないつもりだが、
たとえ手を出せなくても自分のすぐ隣に愛しい妃のやわらかな肢体が横たわっているというのは
やはり気分を浮き立たせるものがあった。

それに、半年前に第一子を出産してからというもの、彼女は何かといえば赤子のことばかりで、
「夫婦の義務」を後回しにしたがる傾向があった。
アランもある程度理解は示してきたつもりだが、今回ばかりは一ヶ月も離別していたのであるから、
(これからしばらくは、やや強引に迫ってもあれは否とはいうまい)
と虫よく見積もりひとりで悦に入っているのであった。
彼自身は旅疲れの身とはいえ、できれば明朝すぐにでも妻に覆いかぶさりたいところだった。

朝の用具一式を侍女たちが運んでくる前に、
淡い日差しのなかで豊かな黒髪を乱し羞恥に頬を染める彼女をどんな体位で何度至らしめてやれるかと想像すれば、
それだけで下肢が熱を帯びてきてしまい、ひとまず休息するために夫婦の寝台に向かう身としては困ったものだった。
ともかくもアランは寝室へ向かう扉に手をかけ、妻の安眠を乱さないようにごくゆっくりと手前へ引いた。
金細工がほどこされた重厚な扉と敷居とのあいだにほんの少しすきまができたそのとき、妙な音声が彼の耳に届いた。
401残夜余香:2008/04/29(火) 04:29:28 ID:bawRC6f7
(―――なんだ?)
くぐもったような、途切れ途切れのような、意味の判別しづらい音だった。
一瞬、妻の可愛がっている白猫が入り口付近の寝椅子に置かれたクッションの下にでももぐりこんで唸っているのかと思ったが、
よくよく耳を澄ますとその音は広大な寝室の最奥部、寝台の据えられている一角から響いてくるのだった。
エレノールには寝言をいう癖はない。
たとえあるにしてもこんな動物的な音声を漏らすはずがない。
そしてふと、彼は寝室から漂ってくるかすかな香りに気がついた。
妻がふだん髪にたきしめる白檀ではない。
たまに用いるジャスミンやラヴェンダーでもない。
もっと言えば婦人たちが一般に好む草花の類ではなく、何かもっと男性的な、抑えた香りだ。

アランは扉を小さく開けたままそこに立ち止まった。
身じろぎもできなかった。
足元から少しずつ体温が失われていくような気がした。
まちがいない。「誰か」が寝台の上にいるのだ。妻とともに。
そして彼女に覆いかぶさり、獣のようによがらせている。

アランは目を閉じた。
額に汗が浮かんでくるのが分かる。
いや、―――だがまず、冷静に、事態を検討し把握しなくてはならない。
そうだ、たしかにあらゆる点が符合するのだ。
自分は今夜中に帰ってくるはずではなかった。
王宮の誰もがそれを知らなかった。もちろんエレノールも。
彼女は自分がいない間に、空閨にて何かを実行しようとしていた。
それゆえに侍女たちを休ませるためではなく、遠ざけんがために宿直を免除してやったのではないか。
「その男」との密通を誰ひとり妨げないように。

「その男」とは誰か。
愚問だった。
自分以外でエレノールの心を占めたことがある
―――あるいは今も部分的であれ占めているかもしれない―――男といえば、ひとりしかいない。
彼女がただひとり、自ら望んで肌を許した男。
貴族といってもごく下流の出で、おのが才覚を頼みに運命を切り開くほかなかった男。
それゆえに彼女を選べなかった男。
アランは妻の性格をよく知っている。
彼女はこの国の一般的な貴婦人たちと違い、一時の慰みのために手ごろな愛人をみつくろって寝台に招くような女ではない。
灰になるまで真摯に想いを燃焼させることしか知らないのだ。
遊び相手などを立ち入らせるすきはあるまい。

だがなぜ、エレノールの同国人であるその男がガルィア宮廷にいるのか。
彼は二年前のエレノールの輿入れに前後してしばらく謹慎を被ったらしいが、その後は宮仕えを継続しているらしい。
宮仕え、官僚、―――とつぶやいてアランはふと思い至った。
そうだ。外交団は三日前にあの町をあとにしている。
そして彼らは本国へ帰還する前に都へ寄り、しばし領事館に滞在する予定だと言上した。
そのときはそのときで聞き流したが、考えてみればあの一団の中にくだんの男が加わっていてもおかしくはないのだ。
なにぶん若すぎるため、また官位の関係で表の折衝に出る機会はなかったことであろうが。

三日前にあの町を発ったのならとうに都には着いているはずである。
王太子妃の同国人であり旧臣である旨を強調して謁見を願えば、宮中に上がることは難しくあるまい。
しかし当然ながら、人妻として艶やかに花開いたエレノールと数歩の距離を隔てて再会するだけでは
想いが満たされるはずもなかっただろう。
むしろ、決着をつけようとした旧情を煽り立てられるばかりだったはずだ。
おそらくはエレノールの側も。何しろ過剰なほど情のこまやかな娘だ。
そして男は彼女を押し切って夜まで宮室に身を潜め、厚顔にも王太子の寝台を乗っ取ったというわけだ。
402残夜余香:2008/04/29(火) 04:30:41 ID:bawRC6f7
アランは唇をきつく噛んだ。
目の前に鏡があったなら自分の顔がどれほど陰惨に変貌しているかを見て驚愕したにちがいない。
彼の心の中ではそれほど暗い怒りが業火のように渦巻いていた。
その炎を制御できなくなるのを恐れるかのように、アランはあえて先ほどと同様にゆっくりと、
音も立てずに扉を半分まで開き身をすべりこませた。
毛足の長い豪奢な絨毯に靴音を吸い込ませるように踵から踏み込みながら、彼は一歩ずつ寝台に近づいていった。
奥側の壁の中央には大きな飾り窓が穿たれ、降り注ぐ白い月光がシーツに刻まれた皺のひとつひとつを克明に浮かび上がらせている。
そして、シーツの下で妖しくうごめく塊を。

アランはもはやその輪郭を直視できなかった。
寝台まではあと数歩である。
ここまでくると獣の呻きにも似たあの音は、布団の下で愉悦に耐えている妻の喘ぎなのだということは疑いようもなかった。
なつかしいあの声、彼の耳元でだけ聞かせてくれたあの吐息。
アランは月明かりのなかにしばし静止していた。
本来の秀麗な眉目に加え、瞬きすらしない凍りついた表情は名工の手になる彫刻を思わせるほどだったが、
その顔色は月光のためにいっそう蒼白となり、もはや死者の領域に踏み込んだかのようだった。

夜の静謐を切り裂くように、喘ぎがひときわ高くなった。
それにいざなわれるようにして彼はとうとう前に踏み込み、機械的な手つきで掛け布団を取り払った。
「何をしている」
403残夜余香:2008/04/29(火) 04:31:47 ID:bawRC6f7
乾ききった声を発したところで、アランは目を丸くした。
踏み込まれた側はいっそう目を丸くしていた。
一瞬の静寂と硬直ののち、憤怒の声を上げたのはエレノールのほうだった。
「あなたこそ何をなさるのです!なんと無作法な!!」
言いながら彼女は慌てて夫に背を向け、乱れた黒髪を直しつつ手早く寝衣の前を掻きあわせていた。
アランは念のために広い寝台全体を見渡したが、ほかの人影は見当たらなかった。

ただし枕元に、シーツとは光沢の異なる何かが放り出されていた。
手にとって見れば、彼自身が愛用している絹の寝衣だった。
袖や裾のあたりが心なしか湿っているようだ。
「お戻りになるなら、わたくしを起こしてでも事前にお知らせくださればよろしかったのです。
こんな、盗人のように忍んでいらっしゃるなんて」
終始難詰するような口調を装いながらも、その実エレノールの語気には勢いがなかった。
そのわけはアランにも歴然としていた。
妻としてうしろめたいのだ。
ただし、彼が予期していたのとは違う理由で。

「なにゆえこのような挙に及ばれました」
「それはだな」
アランは自分の優位を感じとりつつも、間男かと思ってわれを忘れたのだ、とは言いたくなかった。
それはいわば男の沽券にかかわる話だ。
「なにやら胸騒ぎがしたから、そなたの身に大事無いかと思って」
「わたくしが姦通を犯したとでも?」
女というのはなぜこうも勘が鋭いのか。アランはまた苦い顔になった。
「それでかように前後の見境をなくされましたの?」
「見境はあった。少しばかり前方に勢いがあまっただけだ」

「あなたは常々わたくしを嫉妬深いとおっしゃるけれど、ご自分のことも省みられるべきですわ」
「俺はいいんだ」
「何がですの」
「俺にはたいていのことが許される」
「………」
正直どこから突っ込めばいいか分からず、エレノールは一瞬黙りこんだ。
そのあとで彼の口調がふいに変わった。

「だがまあ、たしかに無作法だった。すまぬことをした」
珍しく自分の非をみとめるようすだったが、その殊勝ぶりに彼女はむしろ違和感と不信感をおぼえざるをえなかった。
そしてそれを裏付けるかのように、夫はおもむろに靴を脱ぐと寝台に上がり、
逃げ場のなくなった小鹿を追い詰めるかのように、壁際で身を硬くする彼女の背後に迫ってきたのだった。
「だが、そなた自身のふるまいは礼法にかなっていたというのか。
 空閨を守る妻として」
404残夜余香:2008/04/29(火) 04:32:45 ID:bawRC6f7
ふいに夫の唇が首筋を這い、長い指が胸元に差し込まれた。
エレノールは驚いて振り払おうとするが、すでに十分すぎるほど熱くなっていた肉体のほうは彼女の意思に従わなかった。
「アラン、何を……い、いやっ」
「乳首をこんなにも硬くしていたのか。ますます敏感になったようだ。
自分で自分を可愛がるのはよほど具合がいいのだろうな。欲するままに撫で上げればいいのだから」
「ち、ちがいます!何ということをおっしゃるの。
急に布団の外に出て寒くなっただけですわ」
「肌がこんなに火照っているのはどういうわけだ?」
「そ、それは、つまり……あ、あんっ、だめっ」

アランの手が唐突に彼女の下腹部に動き、急いで合わせられたばかりの裾を掻き分けて花園に至った。
エレノールは息を熱くしながらその手を払おうとするが、もちろん応ずるはずがない。
「肌着もつけていないうえに、ここはこんなに潤っている。
指を一本出し挿れするだけで音がたつな。俺が可愛がるときより濡らしているようだ」
最後のことばは純粋な嬲りというよりも不服が混じっていたが、エレノールには同じことだった。
あごを引き寄せて目を覗き込んでこようとする夫の手から逃れ、顔をうつむけることしかできない。

「ちがい……ちがい、ます。それは、たまたま……あぁ、はあぁっ!」
「強情はよくないが、嘘はもっとよくないな。
もっと奥までかきまぜてやろうか。それとも襞をなぶってほしいか」
付け根まで入り込んだ中指が、半年前に子を産んだばかりながら緊密に締まった花芯のなかで荒々しく円を描いた。
無情なほど大きな蜜音が寝台の上にひびきわたる。
一方で親指は、すでにふくらんでいる薔薇色のつぼみにとりかかり、触れるか触れないかの愛撫を繰り返していた。

「い、いや、いやぁ……っ、嘘だなんて……」
「信心深いそなたがあえて虚偽の罪を犯そうとするのは不思議なものだな。
 すでに自涜の禁を犯しているのだから、これ以上罪を重ねることはあるまいに」
「そ、そんな罪深い営みなど、わたくし、決して……あぁっ……耽っては、おりません……っ」
「嘘は罪を上塗りするばかりだぞ。いいかげん正直になったらどうだ。このつぼみのように」
「やぁんっ!そこは、だめ、だめなの……っ!い、弄らないで……っ」
「身体のほうはこれほど正直なのに、どうしてそなたは糊塗したがるのだろうな。
 矜持というのは厄介なものだ」
「あ、あなたに言われたくは……あぁんっ」
とうとうつぼみをすっかり剥かれてしまい、エレノールの腰は傍目に分かるほど浮き始めた。

快楽の前に肉体を屈しながらもなおひとすじの精神力にすがってそれを否定しようとする妻の姿はあまりにいじらしく、
(いっそこのままいかせてやろうか)
と彼は慈悲心を出しかけたが、いや、それではつまらん、と思い直した。
(夫を欺こうとした罪は、相応に罰するべきだ)

今にも絶頂に赴かんとする寸前にふとアランの指がとまり、エレノールは放心したように頭を上げた。
彼の指使いによってつぼみに与えられた悦楽は雷電のように全身をかけめぐり、
今にも彼女を自失の状態へ追い込もうとしていたところだったのだ。
「アラン……?」
小さく問いたずねるその声の奥に、彼はごくかすかだが非難を感じ取る。
それを指摘すればたちどころに否定するだろうが、けれどもたしかに存在するのだ。
(相変わらず、妙なところで正直な女だ)
内心苦笑しながら、アランは黙ってエレノールの華奢な身体を抱え上げ、そのまま寝台の下に降りた。
405残夜余香:2008/04/29(火) 04:34:15 ID:bawRC6f7
「アラン、何を……?」
ぼんやりと問いかける妻には答えずに、彼は鏡台のほうへ歩いていった。
もちろん王太子妃の身だしなみのためには独立した化粧室が存在するが、
夫妻の寝室の隅に据えられた鏡もなかなか見事なものだった。
丈は床から三メートルほどで、オリーブの葉と鳩文様をかたどった黄金の額縁に収められている。
鏡台の脇の壁に突き出ている燭台に火を灯そうかと彼は一瞬立ち止まったが、
遠くの空が明るみ始めていることを知ってやはりやめた。
じきに部屋の暗闇は青い闇となり、やがて白くなるだろう。
そしてエレノールが強情を張れば張るほど朝日のなかで鏡像は明確になり、彼女の羞恥をいっそう深めてやれるだろう。

アランは鏡台の前の椅子に腰掛け、妻を膝の上に座らせて鏡に向かい合わせた。
「あの、これは……」
不安に駆られて夫のほうを振り向こうとしたとき、エレノールは自分の襟に手がかけられ乳房がむき出しにされるのを感じた。
「何をなさるの!」
「自分が今どんな状態にあるのか、分からせてやろうと思っただけだ。前を見ろ」
「見ません。放してください」
「そんなに可愛がってほしいのか」
ふたたび彼の指先で円を描くように乳首を撫でさすられ、
絶頂間近から引き戻されたばかりのエレノールの身体は過敏といえるほど激しく反応した。
指が一巡するたびに、びくっ、びくっと上体が大きくそれる。

「だめ、いやぁっ!」
「いやなら聞くがいい。鏡を見るんだ」
あまりの屈辱に唇を強く噛み締めながら、エレノールはとうとう前を見据えた。
室内はまだ黎明以上に薄暗いとはいえ、彼女自身の涙ぐんだ漆黒の瞳と小ぶりな乳房、
そして触らずとも硬いと分かる上向きの乳首をたしかめるには十分な明るさだった。
「どんな気分だ?」
「は、恥ずかしいだけですわ。早く服を」
「胸をむき出しにされたことが恥ずかしいのか。それとも乳首がこれほど歴然と硬くなっているからか」
「知りません!わたくし、そんな」
「まあいい。どちらかというとここからが本題だ」
「え?―――いやっ!」

エレノールは反射的に両脚を閉じようとしたが、力及ばず、屈強な両腕によってしっかりと開かれてしまった。
そして無造作に寝衣の裾を払いのけられる。
「見えるか」
「な、何を」
「決まっているだろう。そなたのいちばん恥ずかしいところだ。
 今はどうなっている。申してみよ」
「あなたというかたは、よくもそんな、ひとを嬲りものに」
「分かっていないな。これは俺の善意だ」
「善意ですって?」
たとえこういう状況下でなくても彼の口から発せられるにはあまりに異質な単語である。
エレノールは思わず訊き返した。
406残夜余香:2008/04/29(火) 04:35:30 ID:bawRC6f7
「つまりだ、伴侶の前で嘘を重ねたそなたに真実を直視させ、悔い改める機会を与えてやろうとしている」
「―――アラン、あなたは」
よくもそんなに傲然とした物言いができるものですね、と抗議する前に、エレノールはまたも身を反らさなければならなくなった。
「あっ、あ、あ、……あぁっ、いや……っ」
いつのまにか夫は帯を解いて肌着の下から自分のものをとりだしており、彼女の花園の入り口に先端をあてがったのだった。
そして蜜で照り光る花びらをよりわけて、少しずつだが奥へ進もうとしている。

(やはり、いい)
一ヶ月ぶりに味わう妻の花芯のやわらかさと温もりと潤いに圧倒され、アランはもはや身も世も忘れて一突きに貫きたくなった。
だがそれでは意味がないのだ。
自制心を最大値まで動員しながら、彼は無理に呼吸を静めつつ、エレノールの赤く染まった耳元にささやきかけた。

「己がすんなりと咥えこんでいるようすが見えるか」
「み、見えません、何も」
「うつむくんじゃない。目を閉じるな」
ささやきつづけながら、アランはゆっくりと動き始めた。
花園の奥へと前進するたびにあふれんばかりの蜜が彼自身にまとわりついてはあられもない音をたて、
よく締まった肉襞は吸い付くように行く手を阻もうとする。
正直に言ってこれ以上本能を抑制したら気が狂いそうだったが、
山のように高い自尊心と対になっている鋼の自制心でもってなんとか衝動をのりこえることができた。

鏡を見れば、エレノールは黒い瞳を閉じたまま、唇をきつく噛んで喘ぎをこらえている。
何ひとつ意に従おうとしてはいないが、屈服はもうすぐだ、というのが彼には分かっていたのでひとまず見逃してやる。
その代わり、今度は勢いをつけて花芯を突き始めた。
エレノールははっとしたように目を開けるがまた慌てて閉じ、新たな呵責に耐えようとする。
けれど今度はいちばん感じる一点を集中して攻められているため、喘ぎはもはやこらえようもなくなる。

「許して、許して……っ」
涙声になりながら懇願するも、その実は今度こそ達することができるという悦びに四肢が震えている。
彼女が思わず知らず腰を浮かせかけた瞬間、アランは動きを止めた。
「あっ……、アラン……」
どうしてですの、とは訊けないのでエレノールはうつむいている。
しかし一度高ぶった吐息はそう簡単には静まろうとしなかった。
頬はすっかり紅潮している。
もういい頃だな、とアランは腹を決めた。
407残夜余香:2008/04/29(火) 04:37:02 ID:bawRC6f7
「そろそろ夜が明ける。この辺りにしておいたほうがいいかもな」
「え……?アラン、それは……」
「すぐに明るくなる」
「で、でも……」
「なんだ。惜しいか」
「そ、そんなことは」
「抜くぞ」
「だ、だめっ」
エレノールは反射的に両脚を閉じて彼を放すまいとした。
締め付けがひときわきつくなりアランは息を吐いた。
一瞬後、彼女は自分のしたことに気がついて首まで赤くなり、彼は小さく笑った。
愛しさがどうしようもなく募っていく。

「ようやく正直になってきたな。重畳だ」
「しょ、正直だなんて」
「つづきがほしいのだろう?」
エレノールはうつむいたままだったが、しばらくの静止ののち、ついに小さくうなずいた。
「いい子だ」
アランは妻の細い首筋に接吻した。
もはや全身が性感帯と化しているかのように、エレノールは肩を震わせた。

「だが、その前に清算をしておかねばな。
 先ほどは自慰をしていたとみとめるか?」
今度偽ったら本当にやめるぞ、という言外の脅しがそこには含まれていた。
もはやこれは取引ですらない。
わたくしはこのかたの意のままになるしかないのだ、と彼女ははっきり悟った。
だがそれは単なる玩弄ではないことも彼女は知っていた。
(このかたは、こうするほかご存じないのだもの)
やや呆れるような腹立たしいような思いを抱えながらも、エレノールはそれを受け入れるしかなかった。
少女時代にはちゃんと乙女らしい夢をもっていた身からすれば
このような苛虐を愛情の吐露と呼ぶのはあんまりな気がしたが、
それ以外に呼びようがないのも彼女にとっては事実であった。

 ためらいがちながらも、エレノールはとうとう唇を開いた。
「―――はい。自慰に、耽っておりました」
「何を思って?」
淡々としながらも愉しげな夫の声がエレノールの羞恥と憤慨を煽り立てる。
けれど、枕元に投げ出した証拠をすでに握られてしまっているので、抗弁らしきことはできなかった。
「―――あなたの、ことを」
「どんなふうに?」
「どんなふうにとは、その、―――ふつうにですわ」
「正常位だけか。それだと、太腿はあまり濡れない気がするがな」
「―――そ、その、つまり、―――ときおりは、あなたがお好みになるやりかたを」
彼女の声はもはや消え入りそうなほどか細かったが、アランは手を緩めるつもりはなかった。

「後ろから責められるのを想像していたのか?
寝台の上に肘と膝をついて腰を高く宙に突き出し、両脚の間に手を伸ばしていたのか。
 そんな牝犬のような姿態で自分の恥部を弄り、音がたつほど蜜をあふれさせ、太腿を伝わらせて膝まで汚したのだろう?
翌朝侍女にシーツを取り替えられるのが恐ろしくはなかったか」
「わ、わたくし、そんな」
「それとも、俺の上にまたがるところを想像したりしたのか。
 さしずめ脚を大きく開いて枕の上にでも乗り、指でかき混ぜるだけでは満足できず、何度も腰をこすりつけたりしたのか」
「そんな、―――そんなことは」
「素直になったがよい」
408残夜余香:2008/04/29(火) 04:38:08 ID:bawRC6f7
はぁっ、とエレノールはひときわ切なげな息をもらした。
少しだけ深いところまで突き上げられたのだ。
正直になりさえすればこれ以上のものを与えてやる、といわんばかりの動きだった。
彼女の理性と自尊心は、とうとう肉体の疼きの前に屈服した。
「―――はい。おおせの、とおりです。
じ、自分を慰めるとき、四つ這いになって後ろから愛していただいたり、
あなたの上になって腰を動かしご奉仕したりすることを、思い浮かべておりました」
「そなたは仮にも一国の王女で、いまや母親で、のちのちは国母となる身だろう?
 そんな浅ましい所業に身をゆだねて恥ずかしくないのか」
「も、もちろん、―――お恥ずかしゅうございます」
「だがやめられなかったのだな。それも毎晩。そうだろう」
「―――はい」
「生来の、淫乱だからだな」
エレノールの身体がひくっと震えた。
最も恐れ、かつ密かに待ち望んでいたことばを聞かされたかのような、そんな反応だった。

「―――はい、わたくしは、淫乱です。―――淫婦です」
全身を焼きこがす羞恥と悔悟のために、彼女の声はすでに吐息も同然になっている。
鏡の中に見える黒い瞳はすっかり濡れて夜の湖面のように煌いている。
その表情に見入れば見入るほど、妻への愛しさがどうしようもなく高ぶってくる。
そろそろ限界だな、とアランは思ったが、ここからの締めくくりが肝心だった。
あくまで衝動に流されないように、余裕を見せつけるかのように彼女の耳朶を優しく噛んでやると、
小さな紅唇からは仔猫のように素直な喜びが漏らされた。

「アラン……」
「折檻だ」
「え……?」
「正直に告白したのは褒めてやるが、仮にも王太子妃が淫乱などであっては困る。
業の深さをしっかり自覚してもらわねばな。鏡をよく見ておくんだ」
「え、そ、そんな……はあぁっ!」
エレノールは大きく身を反り返した。
とうとう彼が前進を再開したのだ。
けれど、彼女にはしたない悲鳴を上げさせたのはそのためだけではなかった。

「見えるか。俺とそなたがつながっている部分は、いまどうなっている」
「あ、あなたの、ものが、根元まで」
「どこに?」
「わ、わたくしの、恥ずかしいところに、根元まで、入って」
「そなた自身が咥えこんでいる、だろう。自分から欲しがっているのだから」
「―――く、咥えこんで、おります……あっ、い、いやぁっ」
「ほら、出入りするところもちゃんと見ておけ」
「いや、いやぁぁっ」
「襞がひくひくしているのが分かるか。つぼみまでこんなに充血させて」
「いっ、いや!そんな、いやらしい……っ」
「卑猥なのはそなたの身体だろう。
ここは嫌がるどころかうれしそうに呑み込んでいるぞ、そうだな?」
「い、いやぁっ……あ、あぁっ、……はあぁんっ
……は、はい……欲して、おります……」
409残夜余香:2008/04/29(火) 04:39:04 ID:bawRC6f7
「ところでこの、水音のようなものは、これはなんの音だ」
「……これ、は、わたくしの、蜜の、音です……」
「どうしてこんなに滴っているんだ?」
「……感じて、いるからです……」
「こんなふうに、鏡で接合部を見せ付けられながら感じているのか。
 自分のなかに出たり入ったりするのを見ながら。
よもや市井の娼婦でもこれほど無恥ではあるまいに」
「……どうか、どうか、お許しください……あぁっ、はぁんっ
 だめっ、そんな、奥まで……わたくし、もう……
……どうか、許して……心から恥じております……」
「恥じているなら、なおのこと折檻が必要だろう。甘んじて受け入れよ。
 鏡から目をそらすなよ」
「い、いやっ、許して……あ、あぁっ!いやぁっ!!」

本格的に始まった律動に、エレノールの身体は激しく揺れた。
もはや自分で自分を支えることもできなくなったその細腰をしっかりつかみながら、
アランは吸い付くような花園のなかを激しく突き続けた。
妻の肩越しに鏡を見れば、彼女はなかば意識を手放しながらも言われたとおりに接合部を見つめているようだ。
瑞々しい果実のように照り光る蜜まみれの花園を赤黒い牡が容赦なく出入りする、
そのあまりに卑猥で獣的な眺めをこの信心深く清らかな妻に強要しているのだと思うと、
彼の加虐嗜好は倒錯的なほどに満たされ、絶頂にのぼりつめるのにもはや時間はかかるまいと思われた。

「そろそろだ。中に出すぞ。
 これで少しは、淫蕩な疼きも鎮まるだろう」
「……は、はい……出して、ください……淫らな、わたくしのなかに……
 あなたのものを、たくさん、溢れさせて……あ、あぁっ……ああああぁんっ」
もはや身も世もなく叫び続ける妻を後ろから抱きしめながら、アランはできるだけ射精を遅らせようと努力していた。
が、その努力もついには潰えた。
熱く濁った白い欲望を無抵抗な花園の奥へ心ゆくまで注ぎ込んでしまうと、
彼は妻を抱いたままがくりと背もたれに身を預けた。
410残夜余香:2008/04/29(火) 04:42:18 ID:bawRC6f7
※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※





「そういえば、香を焚いていたのだったな」
寝台脇の窓辺に置かれた鉢に目をやりながら、アランはぼんやりとつぶやいた。
心地よく疲労した身体に体温の抜けた冷ややかなシーツは心地よかった。
朝日はすでに蜘蛛の糸のように差し込み始め、これまで室内を支配していた青い薄闇は片隅に追いやられようとしていた。
「没薬か」
「好んで、つけていらっしゃるから」
傍らに横たわるエレノールが恥ずかしそうにつぶやいた。

つまりこれも、彼女にとっては彼の寝衣と同じ意味合いをもっているということなのだ。
彼の香り、彼の存在を明確に呼び起こすもの、彼の体温をすぐそこに思い出させるもの。
アランは窓辺のほうを眺めたまま黙っていた。
てっきり勝ち誇ったように鼻で笑われるかと思っていたので
―――だからこそ彼の自負心を満足させてやるのはいちいち腹立たしいのだが―――、エレノールは意外だった。

「そうだな。好きな香りだ」
ようやく口を開いてつぶやくと、アランはまた仰向けになって天井を見上げ、無造作に妻の肩を抱きよせた。
エレノールは安心したように身をゆだね、彼のたくましい胸元に頬を寄せて目を閉じた。
めったに乱れることのない心臓の音。懐かしい規則的な音だった。
彼だけの鼓動、彼だけの体温、彼だけの香り。
これだけそろえば、久方の情熱に燃焼しきった肉体を安らかな眠りにいざなうには十分というべきだった。

「俺の、好きな香りか」
妻がまどろみに落ちてゆくのを見守りながら、アランはまたつぶやいた。
忘れてしまったのだろうか、と思った。
最初は彼女が用いていたのだ。
結婚して半年後、すなわち約二年前、ようやく事実上の夫婦になってみて彼は妃の愛用の品を徐々に知るようになった。
一国の王女の身であれば、嫁入りとともに携えてきた化粧品や香料の種類も膨大だったが、
エレノールがとくに好んで用いていたのは白檀であった。
いかにも南海貿易がさかんな国の貴婦人らしかった。

ただし自分の髪に香油として塗りこめるそれとは別に、彼女はときおり、自室に香を焚いていた。
それが没薬だった。
この国で入手できないこともないが、あまり馴染みのない香料である。
礼拝堂のようなことをするものだ、とアランは思ったが、たしかに心地よい香りではあった。

好きなのか、とある日なんとなく訊いてみたとき、エレノールは一瞬目を見開き、かすかに目を伏せて、ええ、と言った。
「心が落ち着きますの。
 ほんのりと甘くて、香ばしい深みがあって、―――晩春の宵のような」
411残夜余香:2008/04/29(火) 04:43:27 ID:bawRC6f7
そうか、とアランは思った。
そして自分でも取り寄せてみた。
この大陸の貴人は男女問わず日常的に香料を愛好するものであるから、彼がそれを用いるようになったのは何も不自然なことではなかった。
洗練された趣味において名高い王太子がご愛用召されているというので、一時期宮中でも流行をみせたほどである。
エレノールは当初少し戸惑っていたが、次第に彼がそれを身につけることに慣れはじめた。
今日は焚き染めてらっしゃいませんのね、などと言うようになった。
そして「彼の」香りだと思うようになった。

彼女自身に由来する香りでないのだとしたら、彼女のなかでは誰の香りだったのだろう。
誰を偲ぶための香りだったのだろう。
香りによって記憶が塗り替えられたのか。
それとも忘れたふりをしているだけなのか。
それは「彼」を偲ぶよすがではないと、エレノールは誓えるだろうか。
突然問いただしたい気持ちに駆られた。
だが隣に息づく聖女のような寝顔を眺めると、とてもできそうになかった。

(やれやれ)
アランはゆっくりと目を閉じた。
(俺はなんと寛大であることか)
指先でまさぐるエレノールの髪はしなやかで優しかった。
毛先までもがしっとりと密に絡みついてくる。
眠りに安らぐ今でさえ、彼の愛撫をひたむきに求めているかのようだった。
朝日はもはや寝台全体に射しかかっていたが、とくに気になる熱さでもない。
彼は妻の裸の肩を抱いたまま、ゆっくりと眠りに落ちていった。



(終)
412名無しさん@ピンキー:2008/04/29(火) 11:45:35 ID:rf3l5hA2
アランとエレノールキテタ━━(゚∀゚)━━!!
この夫妻はいつ見ても艶めかしくて好きだ。
背徳感たっぷりでなおかつラブラブって辺りがツボにはまる。

ところで…このお話の時期ってルネが悶々としてる真っ最中なんだな
413名無しさん@ピンキー:2008/04/29(火) 15:57:28 ID:cNgHdbMa
そろそろ新作がきてるのじゃないかと思ってました。
オレ様キャラは苦手だがエレノールへの深い愛ゆえ
アランだけは憎めない・・
たまにはエレノールの逆襲?なんてエピソードがあればいいのにと思います。
どの兄弟の話も本当に面白く深みがありますね。
414名無しさん@ピンキー:2008/04/29(火) 20:32:56 ID:KK1PNJYT
この人の書く話は、最後すごく余韻が残るんだよね。
良いわ〜。
415名無しさん@ピンキー:2008/04/30(水) 01:49:32 ID:buHFD82M
待ってましたーーーー!!
アランのサディストぶりにエレノールが可哀相になったw
でも恥ずかしがるエレノールが可愛い
普段とギャップがあるが故に。アランがエレノール苛めたくなる気持ちがわかる気がした
今回も時間かけて丁寧に読ませて頂きました
いつも素敵な話ありがとうございます
416名無しさん@ピンキー:2008/04/30(水) 20:27:57 ID:psK0KhGy
エレノール様、お待ちしておりました
417名無しさん@ピンキー:2008/04/30(水) 20:31:00 ID:QFWFIQnm
>彼は二年前のエレノールの輿入れに前後してしばらく謹慎を被ったらしいが

輿入れ時にエレノールに付き添っていた美女たちも、薄々事情を知っていたようだし、
当時クレメンテへの周囲の評価や反応が気になります。
それでも後に頭角をあらわすのだから凄いですね。
418名無しさん@ピンキー:2008/04/30(水) 22:56:22 ID:gZuGlO02
文章も勿論だけど毎回タイトルが趣あったすごく良い
贅沢を言わせてもらえればそろそろマリーとオーギュストに会いたいです
419名無しさん@ピンキー:2008/05/01(木) 04:16:39 ID:aQcclDXA
私はクレメンテが好きだ!
もっとアランをやきもきさせてほしい。
揺れ動くエレノールが見たい。
420名無しさん@ピンキー:2008/05/01(木) 07:39:07 ID:p82aMzPb
>>419
同意
421名無しさん@ピンキー:2008/05/01(木) 08:36:27 ID:sLBS5n8V
トマ王子登場キボンヌ
422名無しさん@ピンキー:2008/05/02(金) 22:43:18 ID:RXsCpGRN
唐突なマリアンヌの提案に、コートニーは目をしばたかせた。
「まあ、マリアンヌ。ありがたいけれど……そんなことは不可能なのよ」
「どうして不可能なのよ。身分の上では、何の問題もないわ」
「確かに、そうね。
でも、どう考えても、私の国より、リヴァーの国力の方が勝っているわ」
さきほど夢の世界を漂っていた少女は、急に真剣な一国の王女の顔へ変身する。
「そして、私のお父様は、フォレストが、属国扱いされるような真似をすることだけはしないわ」
大国の貴族令嬢には、新興国おける外交政策の危うさは、ぴんと来なかったが、
コートニーの背負っているものの大きさは推し量ることができた。

ああ、とセシリアは息を詰める。国政の事情により、引き裂かれてしまう恋のなんと切ないことだろう。

他方、マリアンヌはひるむ様子もなかった。
「でも、それは、政略結婚は不可能ということなのでしょう。
 あなたとエルドのあいだに既成事実さえあれば、いくらあなたのお父様だって反対できっこないわ」
「既成事実ですって?」
またもや唐突な言葉に、コートニーは目をぱちくりさせた。
「マリアンヌったら、本気でおっしゃっているの?」

セシリアも不安に思い、マリアンヌの自信満々の顔を見つめた。
何だか雲行きが怪しくなってきたわ。

「まあ大船に乗った気分でいてちょうだい。
私の手にかかれば、エルドなんて一網打尽、袋の中の鼠よ」
マリアンヌは上機嫌で、おほほと笑い声を立てた。
423名無しさん@ピンキー:2008/05/02(金) 22:46:49 ID:RXsCpGRN
うわー。
テスターに投下するはずが誤爆してしまった。
仕切り直しますので、しばしお待ちを。
424名無しさん@ピンキー:2008/05/02(金) 22:54:47 ID:oeZPfc2C
ぎゃー待ってた!待ってる!
425名無しさん@ピンキー:2008/05/03(土) 00:00:17 ID:KhTdZZFI
正座してお待ちしていますwktk
426名無しさん@ピンキー:2008/05/03(土) 00:15:17 ID:vy1v/xoD
全裸で待ってます!
427名無しさん@ピンキー:2008/05/03(土) 00:18:23 ID:x6eL3YfA
大好きな作品の予告が来たーっっ!!
428桃色の鞠(前編) :2008/05/03(土) 00:58:29 ID:YNf4REKH
久しぶりに、セシリアの話を投下させて頂きます。
『青い月』の直後の話で、前・中・後編となります。

     ***

鞠が弾んだ。
セシリアは、縦横無尽に跳ねるそれを夢中で追いかけた。
力いっぱい壁に投げつければ、鞠は弾んで、思いもよらないところへ飛んでいく。
追いかけて捕まえて、また投げる。
その繰り返しだけで、日が暮れてしまいそうだった。

桃色の鞠を撫でながら、セシリアは考える。
マリアンヌが帰ってくる日は、いつだろう。

一人っ子の彼女にとって、一人遊びは得意とするところだ。
それでも、壁に向かって鞠を投げるより、
投げたらちゃんと返してくれる遊び相手が恋しかった。

セシリアは、額にかかった髪の毛を払うと、また鞠を放り投げた。
桃色の鞠は弾んで、彼方まで飛んでいった。

     ***
429桃色の鞠(前編) :2008/05/03(土) 01:01:13 ID:YNf4REKH
記念祭二日目に催された園遊会では、
宮廷管弦楽団による野外音楽鑑賞会が行われていた。
集まった人々は、軽やかな演奏に聞き惚れ、
拍手の合間に批評家を気取り、各々の感想を口に乗せる。

けれども、中には不真面目な聴衆もいて、
例えば公爵令嬢セシリア=フィールドは、
扇子の内側で、こっそりと大きな欠伸をもらしていた。

「セシリアったら、ずいぶん眠そうね。昨日の夜は、はしゃぎすぎたのかしら」
隣に座っていた第四王女マリアンヌは、寝ぼけ眼の親友を面白そうに眺めた。
「え?」 
見透かされたような瞳に見つめられて、素直なセシリアはぎくりとする。

「おおかた夜遅くまでと殿方たちと踊っていたのでしょう」
「……ええ、そんなところよ」
神妙な表情で頷きつつ、セシリアは背筋を正した。
柔らかい背もたれに寄りかかっていたら、管弦楽曲を子守唄に熟睡してしまいそうである。

「そろそろ演奏も終わるから、そうしたら私の居室にいらっしゃい。ゆっくり休憩できるわよ」
そう言って、マリアンヌは目尻を細める。
セシリアは、その思いやりのこもった微笑が大好きだった。

「賛成だわ。でも、この後は、武芸競技大会が控えているけれど、よろしいの?」
そう指摘すると、マリアンヌは「あら、そうだったわね」と呟いた。
軍部主催の武芸競技大会は、数ある華やかな記念祭行事の中でも、人気の筆頭株だったのだ。

しかし、マリアンヌは少しの思案顔を作ったあとで、肩をすくめた。
「まあ、いいわ。どうせ、王族は賭け事もできないのだし」
「あら、つれないのね」
「だって、優秀な成績を修める騎士たちも、だいたい見当がつくのだから、つまらないわよ」
「それでも、今年は何人の騎士が、あなたのために戦おうとするのかしら」

そう言いながら、セシリアはマリアンヌの濃いまつげを眺めた。
軍部に所属する騎士たちの多くは、美しく気高いマリアンヌ王女の崇拝者である。
けれども、王女の側に近寄れる好機なんて、滅多にない。
だからこそ、彼らは、マリアンヌ王女のために戦い、
優勝者のみが得る勝利の聖杯を捧げようとするのだ。
ただ、ほんの一言、姫に労いの言葉をかけてもらう瞬間を夢見て。
430桃色の鞠(前編) :2008/05/03(土) 01:02:34 ID:YNf4REKH
「勝利の聖杯なんて、うんざりだわ」
マリアンヌは、くすりと笑って受け流した。
「殿方はわかっていないのね。ただ一言、
 『あなたが好きです』と想いのたけを告白してくれた方が、何千倍も心に響くのに」

素っ気ないマリアンヌに、セシリアは苦笑して、「そうね」と答える。
その実、もどかしい気持ちをやっとのことで抑えていた。
――それでは、あなたに愛の手紙を送った騎士様とは、一体、どうなっているのよ?
本当は、そう訊きたくてむずむずしていたのだ。

「漆黒の騎士」について、マリアンヌはまだ何も語っていない。
昨晩は、不可解な置き手紙だけが残り、
マリアンヌは魔法にかけられた姫君のように深い眠りについていた。
今朝方、彼女と顔を合わせたとき、いつも通りの様子だったので、
セシリアは、ほっと胸をなで下ろしたのだが、 昨夜の真相については謎のままだった。

けれども、自分の側からせっついて聞き出すような真似はできなかった。
「社交界の女王」を自負するマリアンヌは、
親友のセシリアでも関知しない、幅広い交際の輪を広げている。
その交際関係の内実を、彼女の側から打ち明けてくれれば、耳を傾けるし、
仲間の輪に誘ってくれるならば、喜んで加わる。
しかし、マリアンヌがあえて話し出そうとしない事柄には、首を突っ込まないし干渉しない。
それがセシリアの基本的な姿勢だった。

ともかく、二人は麗らかな午後を、マリアンヌの居室でくつろぐことに決めたのだった。
431桃色の鞠(前編) :2008/05/03(土) 01:03:59 ID:YNf4REKH
夕闇が迫ってきた頃、マリアンヌの侍女は、訪問客の到来を告げた。
セシリアとのお喋りに夢中になっていたマリアンヌは、
来訪者の名前を確認せず、応接室へ通すことを命じた。
しかし扉が開かれ、訪問者の頭が現れた途端に、
マリアンヌは歓声を上げ、椅子から立ち上がった。

「まあ、コートニーではないの!」
「お久しぶりね、マリアンヌ」

セシリアが、マリアンヌの背中越しから覗いてみると、
鮮やかな檸檬色のドレスをまとった令嬢が笑っていた。

「本当にご無沙汰していたわね。リヴァーには、いつから居らしていたの?」
「ちょうど昨晩、到着したのよ。ユーリ陛下には、昨日の内に挨拶を済ましていたのよ」
「あら、それならもっと早くに私のところに、いらしてくれてもよかったじゃない」 
「ごめんなさい。見物するところが、そりゃあたくさんあったから、すっかり遅くなってしまって」
「ああ、懐かしいわ。こうして直にお会いするのは、本当にお久しぶりね」

二人の少女は抱き合いながら、ひとしきり近況を報告しあう。
セシリアにとっては、いささか退屈な時間だった。
そのあとで、ようやくマリアンヌは、セシリアの方へ向き直った。

「セシリア。こちらは、フォレスト王国の第一王女、コートニーよ」
紹介されたコートニー王女は、にっこり笑って会釈した。
結い上げた髪の毛の先が子馬の尻尾のように揺れている。

「フォレスト……」
そう呟きながら、セシリアは昔の記憶を引っ張り出した。
「あら、それじゃあ、八年前に、あなたが避暑に行ったところではないかしら」

「その通りよ。よく覚えているわね」
マリアンヌが感心したように頷いた。
忘れたくとも、忘れられないわ、とセシリアは苦笑する。
432桃色の鞠(前編) :2008/05/03(土) 01:07:19 ID:YNf4REKH
フォレスト王国は、リヴァーの北方に位置する小国であり、
大陸最大と称される深い森と美しい湖を有する国として有名だった。
―――意地悪く言えば、それ以外に名を馳せる物や場所がないのだが―――。

その湖のほとりにある由緒正しき古城で、
当時十歳だったマリアンヌ王女は、夏の休暇を過ごしたのだ。
もちろん、その頃、八歳だったセシリアも、
親友がフォレストに行くことを聞きつけると、「一緒に行きたい」と両親にせがんだ。
しかし、何だかんだと理由をつけられて、あえなく却下され、
親友のいない孤独な二ヶ月あまりを過ごすはめになったのだった。

大好きな親友がいないだけでも、やりきれないのに、
その親友はバカンスを思う存分楽しんでいるようだった。
彼女から定期的に送られてくる手紙には、
毎回、フォレスト王国の貴族の子女の名前がびっしり書き込まれていた。
「今日は、コニーたちとピクニックに行きました」やら、
「ウィロビー家のボートに乗せてもらい、素晴らしい夕焼けを眺めました」などなど。

そんな手紙を読んでは、
楽しんでいるマリアンヌを羨み、旅行の許可をくれなかった両親を恨んだものだった。
マリアンヌやその友人たちと仲良く遊んでいる自分の姿を空想したこともあったくらいだ。

八年前のことなのに、あのときの気持ちが瞬時に蘇ってくる自分に驚きながら、
セシリアは、ぎこちなく彼女に笑いかけた。
「はじめまして。セシリア=フィールドです」
するとコートニー王女は、にっこり笑って親しげに手を握り締めてくれた。
「どうか仲良くしてちょうだいね」
「ええ喜んで」
はにかみながらも、セシリアは嬉しくてたまらなかった。
フォレスト国の王侯貴族の子女と友達になる、という自分の空想が、
歳月を経て実現したことに、純粋に感動していたのだ。
433桃色の鞠(前編) :2008/05/03(土) 01:11:55 ID:YNf4REKH
コートニーは、大いに喋った。
どうやら、長い伝統に裏打ちされた祭りの華麗さは、新興国の王女の心をがっちりと捕えたらしい。

あんまり次から次へと話題が出てくるので、口を挟む暇すらなく、セシリアは相槌を打つばかりだった。
けれども、自国に対する手放しの賞賛は嬉しかったので、自然、コートニーへの好感は募っていく。
とうとう、話題は、マリアンヌとセシリアが意図的にすっぽかした行事に移った。

「先ほどまで、武芸競技大会を見学させてもらっていたのよ」
「あら、どうだった? 初めて観覧するのだったら、とても珍しかったでしょう」
「ええ。最初は見るのが怖かったのだけれど、気付いたら、夢中になってしまったわ」
コートニーは興奮に目を輝かせる。
武芸を競うといっても、記念祭で行われるような試合は、
適度に荒々しく、適度に華やかで、観覧者の好奇心を満足させる範疇を逸脱することはないのだ。

「おまけに、どの出場者の方々も、見目麗しくて男らしい方々ばかりなのね。
 観覧席は歓声の嵐だったのよ」
「そうでしょうとも」
セシリアは物知り顔で頷いた。武芸競技大会が年々華やかさを増していくのは、
ひとえに莫大な出資者たち――そのほとんどが器量好みな有閑階級の婦人たちである―が存在するからだった。
それゆえ、軍部側は、進んで容姿のよい若者を集めているという噂まであった。

「もしかして、あなたにも、お気に入りの騎士ができたのではないかしら?」
「まあ、マリアンヌったら。そんなこと―――」
そこでコートニーは唐突に言葉を切り、わかりやすく頬を赤く染めた。
自分の世界に浸りがちな乙女の表情だ。
「―――実は、そのこともお話したいと思っていたのよ」

マリアンヌは笑い声を立て、身を乗り出した。
「やっぱり、お気に入りの騎士様ができたのね。それで、そのお方に、すっかり夢中というわけなのかしら」
「ええ、認めるわ」
「さあ、その幸運な方は、一体どなたなのかしら。
 お名前はご存知なのでしょう?」
「―――あなたもよくご存知の方よ」
「もちろん、そうでしょうね」
マリアンヌが自信ありげに、口角の両端を上げた。
リヴァーの社交界を牛耳る王女が、
武芸大会で活躍するような花形騎士のことを知らないはずがないのだ。
マリアンヌは、上位入賞の常連である騎士の名前を次々と挙げていった。

しかし、コートニー王女は、意味ありげに首を振るばかりだった。
「いいえ。みんな違うわ」
堪えきれなくなったマリアンヌは、降参のポーズを作る。
「コートニーったら、じらさないで教えなさいよ」
横で聞いていたセシリアも、知りたくてたまらなかったので、頷いた。

そこで、コートニーは、意味ありげに大きく深呼吸した。
「あなたの弟よ」
「え?」
「第三王子エルド殿下よ」
そう言い切って、コートニーは頬をよりいっそう赤らめたのだった。
434桃色の鞠(前編) :2008/05/03(土) 01:16:33 ID:YNf4REKH
「……エルド?」
訳がわからないという風に、マリアンヌはぼんやりとその名前を呟いた。
それから見る見るうちに、眉を吊り上げ、目を三角形にさせた。
「コートニー。あなたは、まさか……まさか、我が弟君が、武芸競技大会に出場していた、とそうおっしゃるの?」
「ええ、もちろん。エルド様は、馬上槍試合の個人戦に出場していたのよ。」

セシリアは、目の前にいるコートニーの顔を穴の空くほど見つめてみる。
彼女の瞳は、どこか夢の世界を漂っているような不安定さはあったが、
少なくとも冗談を言っているようには見えなかった。

王子が競技大会に出場すること自体は、決して珍しいことではなかった。
王族は剣や弓、馬術などの武芸を一通り習得するのだし、
大会の長い歴史を紐解いてみても、過去に、多くの王子たちが参加している。
それでも、本の虫で、体力よりも知力を重んじる傾向のあるエルドが、武芸競技大会に出場するなんて信じられなかった。

「あなたはもしかしたら」 セシリアは動揺を押さえながら言ってみた。
「別の誰かと第三王子を勘違いしているのではないかしら」

「いいえ、間違いないわ。
審判が、ちゃんと公表していたもの。 エルド殿下の名前が発表された途端、客席は拍手喝采だったのよ」
「ええ。そりゃあ、大騒ぎだったでしょうね」
マリアンヌは、息も絶え絶えというふうに呻いた。

苦虫をつぶしたようなマリアンヌの表情には気付かずに、
コートニーは、意気揚々と語りだした。

彼女は、リヴァーの第三王子を興味津々で眺めたのだ。
第四王女マリアンヌとは頻繁に手紙を交わす関係だったが、
その弟のエルドとは面識はなかったし、彼にまつわる噂すら耳にすることはなかった。
しかし、観客のこのはしゃぎぶりから判断するに、とても人気のある王子なのだろう。

でも大丈夫かしら、とコートニーは心配になった。
第三王子は、いかめしい鎧兜の上からでも、細身であることが伺えたし、
一方、対戦相手は彼よりも背が高く屈強な騎士だった。

けれども、コートニーの心配は杞憂だった。
相手選手の槍が届く前に、エルドはさっと身をかわし、突撃した。
目にもとまらぬ速さとは、こういうことを言うのだろう。
相手は方向転換する間もなく、槍を落とし、試合は終わったのだ。

「そして、そのあとで、挨拶をするために、エルド様が兜を脱いだのよ」
コートニーは熱に浮かされたように、喋った。
彼女の眼前では、その光景が上映されているに違いない。
「まるで地上に天使が舞い降りて来たのではないかと思ったわ。
 あの方の凛々しい顔を拝見した瞬間、私は何も考えられなくなってしまったの」
435桃色の鞠(前編) :2008/05/03(土) 01:18:54 ID:YNf4REKH
そのあとも、勝ち進んで行くエルドがいかに勇ましかったか、
何回戦かで、運悪く敗れてしまったのだが、それが手に汗握る接戦であり、
本当に惜しかったのだ、などと、コートニーは、延々と語り続けたのだが、
セシリアは、混乱していたので、真面目に聴くことはできなかった。
マリアンヌも同様らしく、小声でセシリアに耳打ちする。

「あなた、知っていた? エルドが試合に出場するなんて」
「いいえ、まさか!」 セシリアは何度も首を横に振った。
「あなたが知らなかったというのに」
「そうよ、そうなのよ。出場者のリストは事前に公開されているはずだから、
 まさかエルドが出場するなんて大事件が起きれば、この私の耳に届かないはずがないのに」

マリアンヌは、扇子の内側で歯をくいしばった。
宮廷内の情報と流行の発信源を自負している彼女にとっては、
滅多に公衆の面前に現れない弟王子の晴れ舞台を見逃したことは、
まさしく一生の不覚であっただろう。

セシリアは自分の扇子を仰ごうとして、膝に手を伸ばしたが、
床に落としていることに気づき、屈んで扇子を拾い上げた。

「あら、そういえば」 
「どうしたの、セシリア?」
「いえ、実は……昨日、舞踏会が始まる前に、エルドと政務長官の二人が熱心に話しこんでいるのを見かけたのよ。
 今から思うと、あれは……」
「政務長官ですって!」 マリアンヌはわなわなと震えた。
「彼らと何を話していたというのかしら」

もちろんマリアンヌはわかっていたはずだ。
セシリアでさえ見当が付いたくらいなのだから。
武芸競技大会の出場者の履歴書類を確認し、
最終的な許可を下ろすのは、政務官の任である。
エルドは、王族という特権階級を有効活用し、
武芸競技会の飛び入り参加を打診していたに違いない。

「してやられたわね。すでに宮廷中に、いいえ国中に、このことが広まっているでしょうに」
マリアンヌは、憎々しげに吐き捨てた。

「それにしても―――飛び入り参加だなんて、エルドらしくないやり方だわ」
セシリアが一番腑に落ちないのは、その点だった。
エルドの性格からして、突発的に行動することも、
王家の威光を振りかざすことも、必要以上に注目を浴びることも、嫌うはずだ。
436桃色の鞠(前編) :2008/05/03(土) 01:24:34 ID:YNf4REKH
セシリアがぶつぶつと呟きはじめると、
コートニー王女は夢の世界から舞い戻ったようで、じろりと彼女を注視した。
「あなたは―――エルド様と仲がよろしいの?」
「……え?」
「セシリアとエルドの仲の悪さは昔から折り紙つきよ」
コートニーの気迫に押され、二の句が告げないでいるセシリアの代わりに、マリアンヌがさらりと答えた。

「成人してからは、顔を付き合わせる機会も少なくなったし。そうでしょう、セシリア?」
セシリアはぎこちなく賛同した。
まさか、つい昨晩も、同じ寝台で睦まじく寝ていました、と言えるはずがない。

「だから、あなたは恋敵の出現を心配しなくてもいいのよ、コートニー」
「恋敵?」
聞き慣れない言葉にセシリアは面食らったが、
コートニーは違和感なくその言葉を受け入れたようで、そっと目を伏せた。
「まあ、変なことを尋ねてごめんなさいね。
 何しろ観覧席にいた女性は、みんなエルド様に心を奪われていたのよ」
それはコートニーの思い込みなのではないかしら、とセシリアは思う。

「だから、あの方に、その……勝利を捧げたご婦人がいるかどうかが、どうしても、気になってしまって……」
「まあ、そんなに思い詰める必要なんて、ないのに」
マリアンヌは、自分の弟にそれほどまでの価値があるのかしら、と言いたげである。
セシリアも全く同感であった。

「でも、記念祭が終われば、私は帰国しなくてはならないし、
 そうしたら、次にいつエルド様にお会いできるかわからないわ。
 だから、記念祭が終わるまでに、どうしても私は、エルド様とお話してみたいの」
「まあ」
ため息をつくコートニーの様子に、セシリアまで切なくなってしまう。
一目惚れに心を悩ますなんて、まるで恋愛小説のようではないか!

一方、マリアンヌは、口元を手で覆い、なにやら考え込んでいた。
「コートニー。あなたはお話しするだけで満足なのかしら? 
 その先のことを想像したことはないの?」
「それは、もちろん。
できれば、私の燃えるような想いを伝えたいわ」
「そうでしょうとも。そして、その先は?」
「―――それは……恋人同士になることかしら」 コートニーは、ため息を漏らした。
「でもそんなこと夢のまた夢ね」
「あら、どうして? 夢に終わらせる必要はないわ」
マリアンヌは悠然と微笑んだ。
「相手がエルドというところが、ちょっと引っかかるけれど、私に任せてちょうだい。
 必ずや、あなたの恋を叶えてみせるから」
437桃色の鞠(前編) :2008/05/03(土) 01:27:23 ID:YNf4REKH
唐突な提案に、コートニーは目をしばたかせた。
「まあ、マリアンヌ。ありがたいけれど……そんなことは不可能なのよ」
「どうして不可能なのよ。身分の上では、何の問題もないわ」
「確かに、そうね。でも、どう考えても、私の国より、リヴァーの国力の方が勝っているわ」
さきほど夢の世界を漂っていた少女は、急に真剣な一国の王女の顔へ変身する。

「そして、私のお父様は、フォレストが、属国扱いされるような真似をすることだけはしないわ」
大国の貴族令嬢には、新興国おける外交政策の危うさは、ぴんと来なかったが、
コートニーの背負っているものの大きさは推し量ることができた。

ああ、とセシリアは息を詰める。国政の事情により、引き裂かれてしまう恋のなんと切ないことだろう。

他方、マリアンヌはひるむ様子もなかった。
「でも、それは、政略結婚は不可能ということなのでしょう。
 あなたとエルドのあいだに既成事実さえあれば、いくらあなたのお父様だって反対できっこないわ」
「既成事実ですって?」
またもや唐突な言葉に、コートニーは目をぱちくりさせた。
「マリアンヌったら、本気でおっしゃっているの?」

セシリアも不安に思い、マリアンヌの自信満々の顔を見つめた。
何だか雲行きが怪しくなってきたわ。

「まあ大船に乗った気分でいてちょうだい。
私の手にかかれば、エルドなんて一網打尽、袋の中の鼠よ」
マリアンヌは上機嫌で、おほほと笑い声を立てた。
438名無しさん@ピンキー:2008/05/03(土) 01:30:00 ID:vy1v/xoD
鼻息荒く支援
439桃色の鞠(前編) :2008/05/03(土) 01:31:59 ID:YNf4REKH
その晩、セシリアは、フィールド邸の自室で、頭を抱えていた。
さっさと眠ってしまった方がいいのはわかっているが、
頭は危険に冴えていて眠れそうになかった。

どうして、こんな気持ちになるのだろう、とセシリアは、マリアンヌの言葉を思い返してみた。

『――そもそも』と、マリアンヌは勿体をつけて話し始めた。
『女性が自分の側から思いを告白するのは良くないわ。
 むしろ、相手からの求愛を待っているべきなのよ』

コートニーは引き込まれるように聴いていた。
『もちろん、ただ首をこまねいて待っているのは愚かだわ。
 きちんと餌をまいて、男性が罠にかかるのをじっと待つことが必要ね』
そこで、マリアンヌは、コートニーが自分の話を熱心に聴いているのを確認し、満足そうに笑った。

『それに、正攻法で――つまり告白したところで、
 あの堅物の弟を落とせる可能性は極めて薄いわ』
『まあ、そうなの?』
とすかさずコートニーが反応する。
恋焦がれている相手について少しでも情報を得たいのだろう。

『ええ。何しろ、あいつは十六にもなって、どのご令嬢とも浮いた噂を聞かないのだから』
マリアンヌは遺憾だと言いたげに首を振った。
『―――まず間違いなく童貞でしょうね』
『まあ』
率直な物言いに、コートニーは少々恥じらいを見せる。
マリアンヌはそんな彼女に目もくれずに自説を繰り広げる。
『私も、常々、弟のことは心配だったのよ。
 童貞なんて、世の男性にとっては大切に守るものでもないでしょう。
 むしろ童貞を捨ててこそ、男性は一人前になるのだわ』

いかにも弟思いの優しい姉を装ったところで、
マリアンヌが、エルドに対して立腹し、
彼よりも優位に立ちたいだけであることは明らかだった。
440桃色の鞠(前編) :2008/05/03(土) 01:32:49 ID:YNf4REKH
その間、セシリアは、黙って紅茶をすすっていた。
そうするしかなかったのだ。
セシリアには、マリアンヌが何を話しているのか半分も理解できなかったのだから。

「童貞」とはどういう意味なのだろう?
それに、既成事実を作る、とは?
どうやらエルドを罠に嵌める作戦を提案していることだけはわかったが、
それがコートニーの恋路の成就とどのように関連しているのは、さっぱりだった。

素直に尋ねればよかったのかもしれない。
しかし、コートニーはマリアンヌの意図を理解しているようだったし、
ここで自分が質問をすれば、盛り上がっている空気に水を差しかねない。
二人は、何にも知らないセシリアを馬鹿にしたりはしないだろうが、
いかにも理解しているように装っている方が、セシリアのプライドは守られたのだ。

でも、訊いておけばよかったわ、とセシリアは今更ながら後悔する。
マリアンヌとコートニーだけで、仲良く楽しそうに話しているときに、
自分だけで蚊帳の外にいるなんて、嫌な気分だ。

一人で悶々としていると、躊躇いがちに扉を叩く音が聞こえ、侍女のトルテが入ってきた。

「セシリア様。失礼致します」
「あら、どうしたの、トルテ」
トルテは、主人の乱れた髪の毛を見て、驚いたようだったが、淡々と用件を告げた。
「旦那様がお呼びですわ。至急、書斎までいらっしゃるように、とのことです」
「お父様が?」
悪い予感に取り付かれながら、セシリアは重い腰を上げた。
441桃色の鞠(前編) :2008/05/03(土) 01:41:24 ID:YNf4REKH
いよいよ、婚約の事実を宣告される時が来たに違いない。
セシリアは心を奮い立たせた。
何も、記念祭の期間中に、そんな重要な話をしなくてもいいのにと思わなくもないが、
いかにも間の悪いあの父親らしいではないか!

両親の話し合いを盗み聞きしてから、すでに一ヶ月が経過していた。
その間に、セシリアは、いかに両親たちに反抗するかを考え抜き、入念に牙を研いできたのだ。
怒りに我を忘れて「結婚なんてしません」と叫ぶのは愚かだ。
むしろ、涙ながらにしおらしく「お父様たちと離れるなんて嫌です」と訴えた方が得策だろう。
頭の中で、台本を練りながら、セシリアは父親の書斎へと向った。

「やあ、セシリア。元気かい」
扉を開けると、不自然な笑みを貼り付けた父親が立っていた。
「こんばんは、お父様」
セシリアは、彼の腕の中に飛び込み、甘えるような鼻声を出した。
彼の衣服からは、いつも薬草の渋い香りがした。

「おや、セシリア。なんだい、まるで子供みたいではないか」
「だって、リアはまだ子供だわ」
「いいや。お前は立派な淑女だよ。だから、自分のことを『リア』と呼ぶのはやめるんだ」
フィールド公爵は、すがりつくセシリアを無情にも引き剥がしながら、感慨深げに頷いた。

「どうだい。この夏、ノイスへ避暑に行ってみる気はないかな」
「―――避暑ですって」
セシリアはぽかんと口を開いた。
「そうだ、お前も成人したのだから、遠方へ旅行に行くのもいいだろう。ノイスの夏は涼しくていいぞ」
「そんなこと突然、おっしゃられても……」
「何を迷う必要があるんだ?
お前は、以前から避暑旅行をしたがっていただろう」
「だって、それは―――」
セシリアは、絶句した。
そもそも、親友が行くから、自分も一緒に行きたいと騒ぎ立てたのであって、
何も外国で夏を過ごしたかったわけではないのだ。

フィールド公爵は、夏をノイス王国で過ごすことが、どれくらい素晴らしいか、
あちらの文化がどれくらい興味深いか、などを事細かに語ったが、
すっかり毒気が抜かれたセシリアは、満足に耳を傾けることができなかった。
最後には、「考えておきますわ」と言葉を濁し、よろよろと父親の書斎を退出した。

用意していた反撃の言葉は何一つ使えなかった。
まさか結婚以外の話が飛び出てくるなんて思いもしなかった。
よりにもよって「避暑」だなんて、寝耳に水だ。あの父親は何を考えているのだろう。
興奮冷めやらない頭で考え込むが、納得できる答えは見つからなかった。


続く
442名無しさん@ピンキー:2008/05/03(土) 04:02:16 ID:iozx6jy5
久しぶりのセシリアたんの登場にwktkが止まらんです
続き楽しみに待ってます
443名無しさん@ピンキー:2008/05/03(土) 07:57:11 ID:YWlV/Nbz
続きを悶々としながら待ってます全裸で
444名無しさん@ピンキー:2008/05/03(土) 15:19:10 ID:HEi0ZQ4O
マリアンヌって情報早そうだけどじつは疎かったんですね
ふたりのことに気づいて知らないフリしてるかとおもったw

しかしこの場合、ふたりの仲がばれたらセシリアの結婚なくなるんだろうか?
それとも父親激怒で緘口令強いて結婚か、修道院なんだろうか・・・

ともあれ続きが楽しみです。
445名無しさん@ピンキー:2008/05/03(土) 23:25:49 ID:KBqPGONo
エルドとセシリアにはくっついてほしいな
と言ってもラブラブになるんじゃなくて
天然セシリアとそれに振り回されるエルドという関係のままで

既成事実がバレてw、婚約や結婚したとしても
セシリアは親友と義妹になれることを喜んで
エルドは俺は一生こいつに振り回されるのか…みたいな
446名無しさん@ピンキー:2008/05/04(日) 02:16:28 ID:5kOjk7mW
あわわわこのシリーズ大好きだから更新されててすごく嬉しいです
447名無しさん@ピンキー:2008/05/04(日) 10:51:34 ID:10PoNNSb
お2人ともGJ!

久しぶりに読めてうれしいです。

それにしても、セシリアとエルドの続きが気になる〜。
448名無しさん@ピンキー:2008/05/04(日) 20:42:29 ID:eQaim/ka
484……残り16じゃねーか!
次スレ誰かお頼み申し上げます
449名無しさん@ピンキー:2008/05/04(日) 23:54:38 ID:su7+7hHX
よし、すれたてイッテクルー
450名無しさん@ピンキー:2008/05/04(日) 23:59:10 ID:su7+7hHX
ほいっお姫様でエロなスレ8
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1209913078/

451名無しさん@ピンキー:2008/05/05(月) 04:58:00 ID:jG3FniIF
次スレも立ったし埋めに協力する。
お姫さまというかお妃さまものだけど。
452国王と王妃 1/10:2008/05/05(月) 04:58:44 ID:jG3FniIF
「そなたらが泣いて頼むから娶ったのだぞ。それを今更あれこれ口を挟むな」
 うんざりした顔でユージーンは口を開いた。
「確かに。あちらの姫君を娶ること、進言いたしましたのは我ら。ですが、陛下。もうじきに二年が経つというのに未だに懐妊の兆しが見えぬばかりか、聞くところによりますと寝所に渡られても小一時間で自室へ戻られるそうではありませぬか」
「余は嫌いではないのだが、妃が好まぬのだから仕方がなかろう。話をするだけで嬉しいと言われてはな、それでもよいかと思ってしまう。余も妃も若いのだからそう急がずとも良かろう」
 玉座の肘掛けに肘をついて頬を当て、ユージーンはうんざりとして臣下を見た。まだまだ食いついてきそうな剣幕で鼻息荒いユージーンを見ている。
「それとも何か、ベンジャミン。そなたは余に嫌がる妃を無理矢理褥に押し倒せと申すか。そのような野蛮な行為を余に行えと?」
 切れ長の瞳に怒りがこもる。ユージーンが本気で苛立ち始めていることに気付いたベンジャミンは押し黙る。
 しかし、国の繁栄のためにもユージーンに暢気に構えていてもらっては困るのだとベンジャミンは意を決して口を開いた。
「そうは申しておりません。レティシア様が陛下の閨に侍ること拒まれるのであれば……陛下の寵を得たいと望む姫はそれこそ星の数ほど」
 乾いた音を立てグラスが割れる。ユージーンの傍らにあったグラスがベンジャミンの傍らをすり抜けるようにして壁にぶつかったのだ。
「妃は一人だ。寵姫も要らぬ」
 主の逆鱗に触れたことはわかっていたが、それでもベンジャミンは諦めなかった。
「では、陛下。せめて子を成す努力はしていただけませぬか?」
「くどいぞ、ベンジャミン。妃に無理強いはせぬ」
「無理にとは申しません。レティシア様が嫌がるから閨を共にせぬと陛下は仰いましたね。それならばベンジャミンにお任せ下さいませ」
 胡散臭いものでも見るようにユージーンは臣下を見た。不敵な笑みを浮かべたベンジャミンはがさごそと懐を探り、もったいぶって何かを握った拳をユージーンの前に差し出した。
「レティシア様がその気にさえなれば良いのです。そのために、このベンジャミン、苦心いたしましたぞ、陛下」
 ベンジャミンの拳の中には中指ほどの長さの小瓶が握られていた。
453国王と王妃 2/10:2008/05/05(月) 04:59:52 ID:jG3FniIF
 これで万事上手くいくのだと自信たっぷりに語り出すベンジャミンの口上に耳を傾けながら、ユージーンは受け取った小瓶を日に透かしてみる。
「ふむ」
 透明な小瓶に入った薄紫の液体はとろみを帯びており、蓋を開けると仄かに甘い香りがした。
「……して、ベンジャミンよ。そなたの言いたいことはわかったが、この薬は何なのだ」
 素朴な疑問を口にするユージーンに向かい、ベンジャミンはにんまりと笑ってみせる。その笑顔の裏に薄気味悪いものを感じ、ユージーンは溜め息混じりに瓶の蓋を閉じた。


* * * *


 妃の膝に頭を預け、ユージーンは寝台に転がっていた。
 焚きしめられた香は控えめな中に嫌みのない甘さを持ち、おっとりとしたレティシアによく合っているとユージーンは思う。この香りを好んでいるようで、レティシアからこれ以外の香りがする日はあまりない。
 葡萄の皮を剥き、レティシアがユージーンの口元へ運ぶ。素直にそれを口にして、ユージーンは下からレティシアを眺めた。
 肌は雪の白さを持ち、瞳は氷の蒼、髪は月明かりの銀。レティシアの姿はまるで妖精のようだ。
ここより北の国にはレティシアのような容姿の娘が多いと聞くが、それでもレティシアの美しさは飛び抜けているはずだとユージーンは思っている。もっともユージーンより幾らか年が下な分、レティシアは美しいというよりは愛らしいのだが。
「あなたのお口に合うかしら? 昼間にジネットと散歩をした時に分けていただいたのです」
 城の中を歩き回り、兵や侍女達に声をかけて回るのをレティシアは好む。初めは面食らっていた侍女達も今はレティシアと会話を交わせるほどに慣れてしまった。果実や菓子を分けてもらったと嬉しそうに語られたのは今日が初めてのことではない。
「甘い。だが、こちらの方がいい」
 指についた汁を拭おうとしていたレティシアの手を取り、ユージーンはそっと口に含む。汁のついた指をねっとりと舐り、体を起こしながら汁の伝った手のひらへ舌を這わせる。
「あ……ユージーン、さま……んっ」
 見る間に肌を朱に染めるレティシアを片目にとらえながら、ユージーンは執拗にレティシアの手に舌を這わせていく。指の一本一本を丹念に愛撫する。
「だめ、いけませんっ」
 か細い声でなき、レティシアが小さく頭を振る。ユージーンはレティシアの手を離し、背に手を回して抱き寄せる。
454国王と王妃 3/10:2008/05/05(月) 05:00:33 ID:jG3FniIF
 震えるレティシアを宥めるために背を撫でつつ、艶やかな髪に頬を寄せる。
「そなたの指が汚れてしまってはいけないと思ったのだが」
「布で、拭いますから」
「甘い果汁が勿体無い」
 拗ねた顔で見上げてくる妃の唇に啄む口づけを落とす。
「ユージーンさまの意地悪」
 ぷいっとそっぽを向く様が愛らしく、ユージーンはくつくつと笑う。
「今宵はここで休もうか」
 腕の中の小さな体が跳ねる。
「嫌か?」
 あたふたし始めたレティシアが逃げられないようやんわりととらえ、ユージーンは肩に額を当てる。
「レティシア」
 顔を横に向けると真っ赤になった首筋が目に入る。項に舌を這わせた途端にレティシアが間抜けな声を上げて仰け反った。
「今日はいけません」
 ユージーンの胸をぐいぐい押し返しながらレティシアは言う。
「なぜ?」
「朝から今夜はそうなさると伝えて下さらなければ心の準備ができません」
「朝はその気でなくとも夜になって急にその気になることもある」
「で、でも、朝にお伝え下さる約束です」
 今にも泣き出しそうなレティシアの頬に口づけ、ユージーンは妃を抱く手を緩める。
「わかっている。そなたの困った顔が見たかっただけだ。許せ」
 あからさまに安堵した顔でレティシアはユージーンを見上げた。
 レティシアの嫌がることはしたくないが本当はもう少し抱ける日を増やしたいとユージーンは思っていた。十日に一度、下手をすれば月に一度程しかレティシアを抱けないのはやはり寂しい。今夜はどうかと朝に打診しても必ず承諾が得られるわけでないのだ。
 しかし、初めの頃に抱くときはレティシアの許可を得てからにすると約束したからには仕方がない。約束は約束だ。守らねばならない。
「ユージーンさまが嫌いなわけではないのです」
 寂しく思う気持ちが顔に出ていたのか、レティシアがユージーンの胸に頭を預けて呟いた。
「好きです。とても好き。でも」
 言いにくそうにレティシアが言葉をつかえる。ユージーンはそっと髪を撫でてやりながら言葉を繋いだ。
「抱かれるのは嫌?」
 少しだけ迷い、レティシアは首を振った。
「嫌ではないの。嫌ではないのです。ただ、怖くて」
 何度も聞かされた言葉だ。ユージーンは苦笑してレティシアを抱き締める。
「よい。そう沈むな。怖くなくなるまで待つと余は申した。それを忘れてはおらぬな」
「はい」
455国王と王妃 4/10:2008/05/05(月) 05:01:20 ID:jG3FniIF
「ならばよい。唐突に言い出した余が悪いのだ。そなたが気に病むことではない」
 頬に手を添え、そっと唇を重ねる。拒むことなく受け入れ、レティシアは稚拙ながらもユージーンの舌に自らの舌を絡めて口づけを深めた。
 深い口づけを堪能し、ユージーンが唇を離す。二人の間に銀の橋が架かり、すぐに落ちた。
 濡れた唇を指で拭ってやりながら、ユージーンはふと思い起こして懐に手を入れた。
 ベンジャミンから受け取った小瓶を取り出すとレティシアが興味をひかれたようでまじまじとそれを見た。
「それは何ですの」
 素直に答えかけ、ユージーンはすぐに口を閉じた。これは絶好の機会かもしれない。
「薬だ」
「薬? 不思議な色をしていますのね」
 レティシアに瓶を渡してやると彼女はそれを興味深そうに回し見る。
「何の薬ですか」
 だがしかし、ここで嘘をついてレティシアを丸め込めば後々嫌われてしまうかもしれない。
 ユージーンは迷った。目先の快楽をとるか、今後の愛情をとるか。答えはすぐに出た。
 残念に思う気持ちがないわけではない。ユージーンは力なく肩を竦め、小さく息を吐く。
「ベンジャミンが手に入れてきた。男を知らぬうぶな娘も娼婦の如く振る舞うという」
 はたり、と音がするのではないかというほどゆっくり確かにレティシアは目を瞬いた。
「有り体に言うと媚薬だ」
 それでもよくわからないようでレティシアは首を傾げた。
「びやく……?」
 男女のことに疎い娘だとわかってはいたが、レティシアが媚薬も知らないことに驚き、ユージーンは頬を指で掻く。
「その、なんだろう。……それを飲むと男に抱かれたくてたまらなくなると言えばわかるか」
 なんとなく理解したようでレティシアは頬を染めて頷いた。
「そのような薬があるのですね。何のために必要なのでしょう」
 不思議そうにレティシアは言う。
「それは……世の中には欲した娘を手に入れる為には手段を選ばぬ男もいるということだ」
 ユージーンの言葉にレティシアは眉を顰めた。
「まあ。恐ろしいものなのですね」
「もっと刺激的な夜を過ごしたいと望む夫婦や恋人も使うのだから一概に悪いものとは言えない」
 やはり見せるのではなかったと後悔を始めたユージーンであったが、レティシアは瓶を返そうとせず、思い詰めたようにそれを眺めていた。
「媚薬……」
456国王と王妃 5/10:2008/05/05(月) 05:02:26 ID:jG3FniIF
 おそるおそるといった様子でレティシアが瓶の蓋を開ける。ユージーンはぎょっとしてその手を掴んだ。
「レティシア?」
 縋るようにユージーンを見上げ、レティシアは瓶を自分に引き寄せる。
「これは私に飲ませるために手に入れたのでしょう」
「いや、それは……」
「違うのですか?」
 答えに窮し、ユージーンはうろたえる。そうだと言えばレティシアは自分を嫌ってしまうかもしれない。それだけは避けたかった。
「違う。そなたに飲ませたいわけで、は……レティシア!」
 違うと言った途端にレティシアは薬を呷ろうとし、ユージーンは慌てて瓶を払い落とす。レティシアの夜着に液がこぼれ、布を紫に染めた。
「何をしている? そなたに飲ませたいわけではないと」
 ぼろぼろとレティシアの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。わけがわからずユージーンは眉を寄せた。
「あなたには欲する娘があるのですか」
「何の話だ?」
「どちらの姫君か存じません。でも、欲しいと願う姫があるのでしょう? こんな薬を使ってまで手にしたい姫が」
 拭っても拭ってもこぼれる涙を止められず、ユージーンはレティシアを膝に抱き上げて頭を自分の胸に押しつける。
 レティシアの言っていることがユージーンにはさっぱりわからなかった。何をどうすればそんな結論にたどり着くのか全く理解できない。
「あなたが仰ったのです。どんな手段を使ってでも手に入れたい娘がいる時に使う薬だと」
「いや、確かにそうだが」
「私に使う気がないのなら、他の使い道はそれしかありません」
 失敗した。いよいよユージーンは落ち込む。媚薬なんぞを使ってみようと考えたから罰が当たったのだ。
 ぽかぽか胸を拳で叩き始めたレティシアの腕を掴もうとしながら、ユージーンは自身の浅はかさを呪った。
「すまぬ」
 両手首を掴み、顔をのぞき込もうとするが、レティシアが無理に顔を背けるせいでなかなか目が合わない。
「謝って欲しいわけではありません」
「だが、余はそなたに謝ることしかできない」
「謝らないで……そのような、私が惨めな気持ちになります」
「なぜだ? 惨めな気持ちになっているのは余の方だ」
 ようやく目を合わせるとレティシアが勢いよく唇を重ねてきた。勢いづいたおかげで歯がぶつかり、けれどそれでもレティシアは唇を押しつけてくる。
「れ、レティシ……っは、待て……落ち着け」
457国王と王妃 6/10:2008/05/05(月) 05:03:56 ID:jG3FniIF
 がむしゃらに唇を押しつけて舌を絡めようとするレティシアを無理矢理引き剥がしてユージーンは深く息を吐く。
「嫌です」
 肩を掴んで体を引き離されたレティシアが泣きながら呟く。
「ユージーンさまが好きです。あ、愛してます。好きなの」
 困惑しながらも妃からの愛の告白は素直に嬉しい。わけがわからないなりにユージーンはレティシアに応えた。
「余もそなたを愛している。そなたより余の方が愛情は深いと自負しているが、そんなことは知っているだろう?」
 レティシアが首を横に振る。
「愛していても、あなたは私以外の姫を求めています」
「レティシア。それは誤解だ」
「あなたに寵姫が出来ても黙認しなければならない立場なのはわかっています。でも、嫌です。ユージーンさま……私の、私だけのユージーンさま」
 どこにこんな力があったのかというほどの力で押され、ユージーンは寝台に倒される。その上に馬乗りになり、レティシアは夜着を脱ぎ始めた。
 思わぬ展開に呆気に取られていたユージーンだったが、レティシアの夜着を染める紫が目に入り低く呻いた。
「そなた、あれを飲んだのか」
 ほとんどこぼれてしまったはずだが、唇をつけていたのだから少し飲んでしまったのかもしれない。
「ほんの、少しだけ」
 夜着の前をはだけたレティシアはユージーンの夜着に手をかける。身を屈めるとはだけた夜着の間からたわわな乳房が見える。
「そうか、飲んだのか」
 ユージーンは手を伸ばし、夜着の間から乳房に触れる。
「きゃ、っ……あっ、んんッ」
 すくい上げるように手を添えただけでレティシアは敏感に反応を示す。
「ふむ。ほんの少しでこれか」
 すべて飲んでしまえば相当淫らに振る舞ったのだろうとユージーンは媚薬の効き目に感心する。ベンジャミンが苦心したと言うだけはある。
 親指で乳首を撫でるとレティシアが甘い声でなく。
「や、あっ……ン、はぁっ」
 くたりと力なくユージーンの胸に倒れ込んできたレティシアの背に手を当てて撫でる。それだけでも感じるらしく、レティシアはびくびくと体を震わせている。
「ユージーンさまぁ」
 すがりつくレティシアの額に口づけ、ユージーンは体を起こそうとする。けれど、それを阻もうとレティシアが肩を押さえつけた。
「こ、今宵は、私がします」
 露わになったユージーンの鎖骨を撫で、胸を伝って臍まで一直線に指を這わせる。
458国王と王妃 7/10:2008/05/05(月) 05:04:52 ID:jG3FniIF
「いつも、あなたが、して下さること、今宵は……私がします」
 整わぬ呼吸の合間にレティシアが宣言し、拒絶は聞かぬとばかりに再び唇を寄せた。先ほどよりは落ち着いているのか、今度は歯もぶつからず上手に舌を差し込んでくる。
 そうしながらレティシアはユージーンの胸に手を這わせ、乳首を指で弾く。ころころと指で転がされ、ユージーンは快感よりもくすぐったさを覚えた。
 しかし、妃がこのように積極的に求めてくることなど初めてでどんなに稚拙であろうともレティシアの愛撫はユージーンの感覚を高めた。愛おしいと思う気持ちが彼の男を奮い立たせていた。
「きもち、いいですか?」
 唇を離し、レティシアが問う。妃を喜ばせたい一心でユージーンは気持ちいいと呟いた。
 ユージーンを悦ばせていることが嬉しいらしく、レティシアは今度は唇を胸に押しつけた。ぴちゃぴちゃと音を立ててユージーンの肌を舐め、時折啄むように軽く吸う。
 すっかり堅く盛り上がりを見せているユージーンの腰回りにレティシアは無意識にだろうが腰を押しつけてくる。胸への愛撫よりもそちらの方が気持ちいいのだが、ユージーンはそうとは口にしないで黙ってレティシアの腰を導いた。
 濡れた部分が当たるように誘導するとレティシアが艶めいた吐息をこぼす。
「だめです……私が、ひゃっ、あん……あっ、ああッ」
 布越しにもレティシアがひどく濡れていることがわかる。谷間に沿わせるようにしてユージーンはレティシアの腰を揺らした。
 口では駄目だと言いながらレティシアはユージーンの行為をやめさせようとはしない。ユージーンへの愛撫も忘れ、恍惚として胸に頬をすり寄せる。
「いけないひと」
 吐息混じりにレティシアが囁いた。
「わたくしが、ン……だめっ、いけないひとね、ユージーン。わたくしがしますから、あなたは、大人しくなさっていて」
 ぴしゃりとユージーンの腕を打ち、レティシアがのろのろ体を起こした。
 ゆっくりと夜着を脱ぎ捨て、レティシアは白い肌を露わにする。焦らすつもりはないのだろうがレティシアの動きが鈍いものだからユージーンはもどかしさを覚えた。さっさと剥ぎ取って押し倒してしまいたくなる。
 けれど、妃がどういう風に責めてくれるのかと期待する気持ちも強く、ユージーンはレティシアがすべてを脱ぎ去るのを辛抱強く待った。
「あなたも……」
459国王と王妃 8/10
 肌を覆うものすべてを取り去ったレティシアがユージーンの夜着も剥ぎ取りにかかる。それも同じようにゆっくりとした動きではあったがユージーンは耐えた。
「まあ」
 現れた屹立をまじまじと眺め、レティシアは目を見張った。
 明かりをつけたまま交わるのは初めてであるし、ユージーンはそれを触らせたこともなければ見せたこともない。初めて見るものに興味を引かれたレティシアはおそるおそる指を這わせた。
「これが、そうなのですね」
 既に先端から透明な液を漏らし始めているそれをレティシアは指で弾いたり握ったりと思うままに遊んでいる。
 ユージーンは眉間に皺を寄せながら、生殺しのようなレティシアの行為に耐えた。
「レティシア」
 しかし、最後に肌を重ねたのは十日以上も前のこと。妃の温かな内部へ包まれたいと切望する気持ちがユージーンに切ない声を出させる。
「これ以上は余も自信がない」
「自信?」
「早くそなたの内へ迎え入れてもらわねば、余はそなたの希望に添えぬかもしれない」
 我慢できずに押し倒してしまいそうなのだとユージーンは遠回しに伝える。はっきり言えば逃げられてしまいかねないと思ったからだ。
 ユージーンは体を起こし、レティシアに向かって手を広げる。
「おいで」
 レティシアは素直にユージーンに従い、彼の太股を跨いで膝を突く。
 腰を落とせば天を向いた屹立が触れるようにしながらもレティシアは腰を落としはしない。彼の肩に手を置き、苦しげな顔をじっと見ている。
「レティシア。余はもう限界だ」
 たまらずに呻いたユージーンの頬にレティシアは手を添える。
「約束してくださいますか」
「余にできることなら。そなたの為なら余は何でもする」
「私以外の方と、このようなことはなさらないで」
 今にも泣き出しそうな顔でレティシアは言う。まだ誤解しているのかと半ば呆れつつ、ユージーンは微笑んでみせる。
「余が愛する妻はそなた一人だ、レティシア。それは、そなたを娶った日から今まで、そしてこれから先も変わらない。なぜ余がそなたを泣かせるような真似をする? 余はこんなにもそなたを愛しているのに」
 レティシアがぎゅっと首に腕を回してしがみつく。それを愛おしく思いながら受け止め、ユージーンは露わな耳朶に唇を寄せた。
「愛しているから、余はそなたが欲しくてたまらぬのだ」