都内の某所にあるイタリアンレストラン。雑誌などで取り上げられるような有名店などには及ばないものの、
味もよくて落ち着いた内装による品のいい雰囲気と、こじんまりとした店舗のためによるアットホーム的なところが
受けているとのことらしい。
いわゆる、隠れた名店というやつだ。
榛名は涼音と予定通りに球場近くの駅前にて合流すると、彼女にこの店へと連れてこられて個室の席へと入った。
メニューへと目を通すことはなく――というか、涼音から制されてしまっていた。
「今夜は前もってコース料理を予約しているから、選ばなくていいよ」
「そうなんですか。わかりました」
二人が席に着くなりにすぐ女性店員が持ってきたグラスへと、ミネラルウォーターを注いでいく。一礼して去っていく
ウェイトレスに軽く会釈をして、それを手に持ち合わせて乾杯する。
「今日も大活躍だったね。最近は大崩れすることもなく試合を作れる投手だって評価で、存在感が急上昇している
らしいし……」
にこにこと笑顔が眩しい涼音。榛名も努めてその調子へと合わせて明るく振舞おうとするのだが、例の飲み会のことを
考えてしまい、どうしても表情が曇りがちとなってしまっていた。
(ん、どう話したもんかな……)
「……って、元希聞いてる?」
続々と配膳されてくる料理へと手をつけていきつつも、榛名と涼音は会話を続けていた。しかし、榛名の様子が
どこかしらおかしいことに涼音は気付いたようだ。
「えっ、はい……」
「どこか具合でも悪いの?」
涼音はフォークとナイフをそっと置いて、心配げに榛名の顔を覗き込む。そのままに身を乗り出していき、自らの右手を
榛名の額に、左手は自分の額へともっていく。
「――んっ、熱はないみたいだけど。でも、ちょっと顔が赤いかな?」
「……っ」
それが自分がした行為によってのことなのだということを、涼音はわかっていない。
ふわっといい匂いが漂ってくる。リンスの香りであろうか。それによりにやけつきそうな顔を、榛名は引き締める。
心配してもらっているのに失礼だからだ。
そして慌てて否定の台詞を口にしていく。
「あっ、いや、そうじゃないです。疲れは少しだけありますけど」
「そっか、そうだよね。完投じゃないけど、えっと……136球だったかな。もうだいぶ暑くなってきてるし、
球数も結構多かったから疲れてるよね」
せっかくプロの試合を生で観戦するのだからと、涼音は毎回スコアブックをつけている。榛名は試合後に涼音と
会うときは、その場でそれをもらい、関東以外での登板日だと二、三日遅れで榛名が住む選手寮へと郵送してもらっている。
去年、榛名がプロ入りしてから涼音は家でCS放送と契約して、関東以外でも榛名が投げる日は欠かさずにチェック
している。一年目の昨年は、ほとんどが中継ぎでの登板であったので出番がいつかわからないため、最初から最後まで
観戦していたとのことだが、今年から榛名が先発へと配置転換されたことで楽になったと話していた。
もちろん、球団のスコアラーからもっと詳しく分析したデータ集がもらえる。ではあるものの、二人の明確な絆の証
ともいえるものなので、榛名は専用のファイルを作って大切に保管している。
「やっぱり、たいしたことないです。えっと、その……」
どうしたものかと榛名は悩む。だが、これはどうしても言わなければならないことだ。
(ずるずる明日まで引っ張って、ドタキャンよりはマシだよな?)
「明日のことなんですけど……」
「あっ、うん。明日だよね、元希の誕生会の本番。そうだ、久しぶりにテーマパークにでも行く? つい最近に
新しいアトラクションを始めたってテレビでCMやってて、それかなり面白そうだったよ。学校の友達からも
めちゃくちゃいいって評判を聞いてるんだよねー」
「…………」
とてもご機嫌な様子の涼音に、背中に冷や汗が伝うのを感じる榛名。丸一日オフなのだから、まったりと過ごす
のもいいかと、二人はまだ具体的な計画は立てずにいた。
複雑な思いの榛名とは対照的に、涼音は遊び倒す気満々のようだ。
「えっとですね、実は明日……」
「うん?」
涼音は小首を傾げ、微笑をつけて榛名を見詰めていく。これを目にして榛名は思わずくらりときて、たじろぎそうになる。
しかしながら、今日ばかりは屈するわけにはいかない。
「明日って、うちのチームはデイゲームなんですよ。それで、試合を終えた夕方からは皆オフになるわけで……」
「うん、知ってるよ。元希のチームの日程はチェックしているから」
「単刀直入に言います。明日の予定、キャンセルさせてください」
「……えっ?」
榛名からの台詞に涼音は声を失い絶句してしまっていた。榛名はそのままに頭を下げて詫びていく。
「実は明日、先輩たちとメシを食う約束になっていまして……。個人的な誘いだったら断ろうかとも考えたんですけど、
投手会の一軍メンバーは全員参加ってことになってて……」
「…………」
榛名は下げていた頭を少しだけ上げて、ちらっと上目遣いに彼女の端正な顔へと視線を向ける。
大きな瞳は潤み、今にも決壊して大粒の涙を零しそうな様子だった。榛名は、自分がこれを引き起こしてしまったのか
と思うと、気分が沈みうろたえてしまう。
「そ、そうなんだ、しょ、しょうがないよね……。全員参加ってことなら、仕方ないよね……」
涼音の明らかに憔悴して落胆の色を隠せていないその姿。
榛名は心苦しさを感じていた。ここしばらくの涼音との電話での会話やメールの内容は、今晩の食事のことや、
明日になにをするかといったことばかりだった。
四月と五月は、たまたま榛名の登板日が関東での試合ばかりだったため、思っていたよりも会うことができた。
しかし、榛名と涼音の関係は遠距離恋愛である。普段からそうそう会うことができない不便な関係なのだ。それにより、
榛名と涼音は二人で過ごせる時間は可能な限りひねり出して共にするようにしていた。
だが、さすがに今回ばかりはどうしようもない。アマチュアではもちろんであるが、プロも当然ながらに体育会系
特有の縦社会であるため、先輩からの命令を突っぱねることなど不可能だ。
「…………」
「…………」
俯いて沈黙している涼音。それに付き合う形で榛名も言葉を失ってしまっていた。気まずい空気が個室のなかを
満たしていく。
この空気に耐えかねたのだろうか。先に口を開いたのは榛名であった。
「その、午前中から夕方前までだったら遊べますけど……」
「……いいの?」
榛名は妥協案を提示していた。目に見えて落ち込んで憔悴した涼音の姿を見ていて、そう言わずにはいられなかった
ようだ。
涼音同様に、榛名も彼女との時間を大切にしたいことに変わりはないわけだ。
「オレも涼音さんと一緒にいたいですから」
「あ、ありがと……」
先ほどまでのどんよりとした空気は、いつの間にか霧散してしまっていた。あたたかくそして甘い空気が、それに
変わって室内を満たしていく。
榛名と涼音の視線が絡み合う。ほんの数分前の悲しげな顔から、上気して赤く染まっていくそれへと一変した。榛名は
そっと涼音の頬へと手のひらを寄せ、そっと優しげに撫でていく。
うっとりとした面持ちにて榛名の手を、涼音は自らのもので重ねては包み込んだ。
涼音へと口付けをするべく、向かい側の涼音へと身を乗り出そうとしたところで、
「――お待たせしました。こちらが本日のメインディッシュとなります。ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ
〜フィレンツェの気品と矜持〜でございます」
二人が気付かないうちに来訪した女性店員が、カートに載せてきたステーキをそれぞれのもとへと配膳していく。
いつの間にかに個室の扉は開けられていたらしい。ノックもなしに入ってくるとは考えられないので、単純に榛名と
涼音が気付かなかっただけということなのだろう。
榛名は慌てて涼音から手を離すと、グラスに入ったミネラルウォーターをあおっていく。涼音は涼音で、彼氏からキス
されそうになっていたさっきよりも顔を赤くしていた。ほんの少しだけぎこちない笑みを浮かべて、ウエイトレスへと頭を
下げていっていた。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
女性店員はそっとドアを閉めて出て行った。カートが遠ざかる音を聞き届けて、榛名は肩の力を抜いて脱力した。
ウエイトレスがくすっと小さく笑っていたのは、はたして榛名の気のせいであっただろうか。
「全然、気付かなかったね」
「はい。焦りましたね」
二人して顔を見合わせて笑いあう。このあとは特に怪しい雰囲気になることはなくて、いつもの調子を取り戻した
涼音と榛名は楽しい夕食のときを過ごしていった。
『今夜はわたしの奢りよ』とのことで、榛名は涼音からご馳走となった。誕生祝だからということらしい。
榛名は家へと帰る涼音を途中まで送るべく、最寄の駅までついていくことにした。駅までの道をのんびりゆっくりと
別れを惜しむようにして歩きながら、榛名と涼音はなんでもない会話を重ねていた。
榛名が明日の予定の変更を願い出たことにより、一時は落ち込んだ様子を見せていた涼音であったが、いつもの元気な
ところを取り戻したらしく、にこやかな笑顔を終始見せていた。
どれだけゆっくり歩いたとしても目的地へとたどり着かないということはない。
週末のために、多くの人でごった返している駅へと二人はついた。
「今夜はご馳走してもらってありがとうございました。本当に美味かったです」
「そう。いろいろと調べてみてあそこにしてみたんだけど、喜んでもらえてよかった」
榛名は手元の腕時計へと目をやり、時間を確認していく。短針・長針ともに頂点まであと僅かのところ――
午後十一時前を指していた。
(このぶんだと門限にはちょっとギリギリだな)
そう思いつつも自然と涼音へとついていき、なんだかんだでホームまで足を運んでしまった榛名。
金曜日、週末ということもあってか、結構な人数が電車がホームへと滑り込んでくるのを今か今かと待ちかねている。
それらのなかには、榛名と涼音と同じ年頃と思われるカップルの姿も多く目に付いた。これから二人きりでの甘い時間
を過ごそうというところであろうか。
榛名はちょっとだけ……いや、正直かなり羨ましく思えてならなかった。しかしながら、涼音を伴ってどこぞのホテル
へと消えるなどという暴挙――無断外泊なんぞをかまそうものなら、厳しいペナルティーが待っているためにできようが
ないのだが。
「……ねえ」
榛名のすぐ傍にて彼へと寄り添っていた涼音が、彼氏の上着の袖をくいくいと引っ張っていた。おそらく、榛名の
門限のことを心配しているのだろうか。
「あっ、はい。そうですね、ターミナルに戻ってタクシー拾って帰ります。それじゃ、また明日」
「そ、そうじゃなくて……」
「はい?」
若干、頬を染めてもじもじとしている涼音は、少し離れたベンチに座っているカップルへとちらちらと視線を送って
いた。
そこでは、涼音と同じ大学生風の男女が口付けを交わしていた。それも濃厚なやつ、唇を重ねるだけでは飽き足らずに
舌を思いっきり絡ませあっているディープなやつをだ。
「…………」
「…………」
(うわっ、こんなとこでするか、普通? 酒でも入ってんのか? もう夜も遅い時間帯だけど、人多いんだぞ……)
呆れてしまうというかなんというか。完全に自分たちの世界へと入ってしまっているその二人と姿を見ていると、
榛名はある意味で感動のような感情を抱いていた。
そのままにかぶりを振って、頬を染めていた赤らみを飛ばした。そして榛名は、わずかばかりのぎこちなさを感じさせる
笑みを浮かべつつ、袖を握ってきている恋人へと向く。
「なんつーか、よくやりますよね。ホームにいるほとんどの人が見てるってのに。……っと、そろそろヤバいな。
涼音さん、それじゃまた明日に」
「…………」
彼氏が別れを告げてきても、彼女は恋人の腕を掴んだまま離そうとしなかった。その姿はなにかを訴えてきている
ようにも見えるものの、門限が気になってきている榛名はそれを察してあげることができずにいた。
「……もう。元希、鈍いよ」
頬を膨らませるのとため息のコンボで不満を露にする涼音。涼音はそのままに上目遣いに榛名を睨んでいく。
もっとも、その怒っている表情でさえも補正の掛かっている榛名の目には可愛く映っていた。
「鈍い、ですか?」
「今に始まったことじゃないけどね。まあ、今大事なことはこれじゃないか。……んっ」
「はい?」
双眸を閉じて踵を上げ、唇を差し出していく涼音。鈍いと怒られてしまった榛名であるが、さすがにここまでされては
涼音がなにを求めてきているのか理解できた。
「んっ!」
「……っ」
なにぶん、頭一つ分はある身長差のために、涼音は手にしていたバッグを後ろ手に持ち直して、彼氏へとキスをねだる。
(やっぱ、可愛いよなぁ……)
榛名は涼音の華奢な肩を掴んで引き寄せ、自らを誘惑してくるそれへと重ねていく。その柔らかい感触にただひたすら
に酔いしれる。
そのままに続けていたい――人がいなければ、榛名もディープなものへと持ち込んでしまったかもしれない。
だが、電車の到着を知らせるアナウンスがスピーカーからホーム全体へと流れてきて、現実へと引き戻されてしまった。
「……ふぅ」
キスを終えて二人はそれぞれに新鮮な空気を吸い込んでいく。都会特有の汚いというか重い空気ではあるものの、
さきほどまでの行為のために清涼感のようなものを感じていた。
「ありがと……きゃっ」
頬を染めて上気させている涼音を榛名は再び抱き寄せた。
風とともに電車がホームへと入ってくる。榛名はそれを横目で確かめて、もう一度、今度はほんの少しばかり強引に唇を
重ねていった。
「んんっ、ちゅっんんっ」
「それじゃあ、また明日ですね。家に着いたら電話してください。待ってますから」
「あっ、うん……」
別れ際に頬を軽く撫でて足早に階段へと向かっていった。駆け下りて階下へと急ぎつつ、手元を確認する。時間が結構
ヤバいことになっていた。
涼音は涼音で、しばらく呆然と榛名が去った階段へと視線を送っていた。
「ホントにスイッチ入るの遅いんだから。もっとぎゅってしてほしかったな……」
そっと唇を指でなぞる。口では文句を言いつつも、その顔色からは明らかに嬉しいという感情が浮かんでいた。
以上で完了です。お付き合いいただいた方、お疲れ様でした。
一応、今月中の完結を予定しております。
あと2回ですが、今回もお付き合いいただけると幸いです。
それでは失礼します。
303氏乙!続き期待してるよ
イズチヨの続きも全裸で待ってるんだぜ
うっすら思いついたんで西浦小ネタを。
えろくないですすいません。
定期テストが終了し、今回も全員が赤点を免れた。
テスト勉強から逃れて水を得た魚のように生き生きと白球を追う野球部は、
今日も応援団長・浜田が連れてきた数人を仮想ランナーとして守備練習を行っていた。
ベンチ脇に転がっているスポーツバッグの中の1つから着うたが流れてきて、
先ほどアウトになって1塁からてれてれと歩いていた浜田が慌ててバッグに走り寄り電話を取った。
「はい。あ、おつかれさまでーす。えっと、えー、マジっすかー。んー、まあ、はい、大丈夫です。
今からなら、んー、1時間後には入れるかと。はい、じゃあまた」
ふー、と応援中にはつくことのないため息をついた浜田は百枝監督の下に走っていった。
「カントク、すいません急にバイトに穴空いちゃったらしいんで入らなきゃいけなくなりました。
ここで上がらせてください」
頭を下げる浜田に百枝は他人事じゃないとでも言いたげな表情で苦笑する。
「オッケー、おつかれさま。働くのもいいけど身体壊さない程度にねー」
「カントクほどじゃないっすよ。じゃ、失礼しまっす。っと、田島」
浜田がなにやら田島に向かって手振り口ぶりで何かを伝える。
田島の表情がパアッと明るくなり、浜田に向かって満面の笑みで親指を立てた。
「ほぉらよそ見しない!サード強襲!」
監督のノックに瞬時に反応した田島はいつも通りの危なげなさで打球を拾い、
ランナーが1塁に着く前にボールはファーストミットに吸い込まれた。
その日の練習が終わり、篠岡とモモカンが先に帰った後は部室に残るは野球部10人だけ。
「にしし、しばらくオカズに困んねー」
田島がテーブルの上に積んだのは、結構な量のエロ本とDVD。
「え、ちょっとなに、なにこれ」
沖の問いに田島が誇らしげに答える。
「浜田のコレクション!前から貸してって言ってたんだよねー」
「んだよ浜田のやつ、中学の時はそんなもん回してくれなかったのによー」
そう言いながらも何冊も手に取る泉の顔は少々にやけ気味だ。
「みんなに回してもいいってさー。返す時には浜田に返せよー」
田島の声でみんなが山に手を伸ばして品定めを始める。
「いやー、数もあるけどジャンルも色々だねー」
「そりゃー一人暮らしなら隠す気遣いもねえしな」
「センズリ大王浜田様ありがとう!」
西広と巣山が次々に手にとってチェックを始め、
何人かが今頃は仕事に精を出しているであろう浜田に感謝を叫ぶ。
「なんだ三橋、さっきからナースものばっか見てて」
本を中心にピックアップしていた栄口の問いに、三橋はしまりなくにやけながら答えた。
「う、ウヒ。オレ、看護師さん、スキ、だ」
「ねーねーなんで阿部はオムニバスDVDばっかなのー?」
水谷の問いに無表情のまま答える阿部。
「雑誌は肌の部分修正してるのが多くて萎えるしな。
DVDはどうせドラマ部分なんか早送りするんだから少ないに越したことねえだろ」
「えー、台詞棒読みなところがかえってそそるのにー」
「水谷、おまえ意外とマニアックなのな」
「あ、花井ー、こっちに花井の分ちゃんと分けといたから」
田島の声に花井がそちらを見やると、見事なまでに年上巨乳もの一色だった。
「なんだよこれ……」
「何も言わなくてもお前の好みはわかってるって。なあ?」
阿部の言葉に花井以外の全員が含み笑いを隠さない。
『お前の好み』が指す対象は誰もが口には出さないが決まりきっていた。
「お、おまえらなあっ!」
真っ赤になって怒る花井だが、積まれたものに時折目を奪われているのはやむを得ないところ。
しょうがないさ人間だもの。
「みんな自分の分持ったー?持ったー?じゃあ残りオレのー!」
田島が残った山をまとめて自分のバッグに入れた。
全員のスポーツバッグが増えた荷物の分だけ重くなり、いろんな意味で凶器と化した。
「つか、田島はジャンルにこだわりなさ過ぎじゃないか?」
「オレはどんなネタでもカくよ!」
「田島くんは、スゴイ、な!」
巣山の問いに胸を張る田島を尊敬するかのように三橋が見つめ、その様子を阿部がギロリと睨む。
「おい、マスのカキ過ぎで投球できません、なんてことになったら承知しねえからな」
「うおっ、ほっ、ほわっ、はいぃ」
「おーい、もういい加減帰るぞー」
既に部室の外に出ていた花井と栄口の声に、残っていた一同はわらわらと荷物を持って
ようやく部室を後にしようとしていた。
翌日付けの篠岡の部誌にはこう記されていた。
『なんだか今日はいつにも増してみんながひとつにまとまっていたように感じます。
理由はわからないんですがみんな何かあったのでしょうか。
浜田さんがみんなから大王様って呼ばれてたけど関係あるんでしょうか。
とにかくチームがひとつになるのはいいことだと思います。
ちょっと気になったのは、花井くんがピッチャー位置での守備練習の時に
妙にエラーが多かったことです。
マウンドに慣れてないわけじゃないはずだと思いますが、
送球は全然悪くないので打球が追えていなかったのかと思います。
監督の方をちゃんと見ていたら取れる球だと思うんですがどうしちゃったんでしょう。
がんばれ花井くん!』
おわりです。おそまつさまでした。
「センズリ大王浜田様」というフレーズが書きたくてこんなことに。
花井はなんだかんだ言いつつきっちり使ったものだと思われます。
303さんもイズチヨの人も続き待ってます。
浜ちゃん バイト代つぎこんじゃらめえwww
GJ!
303さんGJ!!!!!
この後エロが来るかと思うともう全裸待機しかww
420さん流石の一言に尽きます。原作の雰囲気そのまんまw
あま〜いSS待ってますw
>>255-265の「相性占い」(アベチヨ)と、
>>511-521「正義の味方」(タジチヨ)の続きです。
今回もタジチヨで、視点がコロコロ変わります。ただひたすらやってます。
性格、設定等、かなり捏造しましたので、合わない方はスルー願います。
長いので、途中で容量フルになりませんように。
――side阿部――
最近、田島が「捕手会談」と称して俺を呼び出しては泣きついてくる。
知るか。一生お預けくらってろ、と思う。
最初田島は、
「しのーかにキスしたらぶっ飛ばされた」
と、しょげていた。それも翌日の朝練までで、むしろ充電時間だったのかもしれない。
すぐに持ち直して、篠岡にちょっかい出していた。……まあそれはいつものことか。
それにしても、ここまでバカだとは思わなかった。
俺と篠岡は短期間ながらも付き合っていた。篠岡は、すぐ別の男に乗り換えられる女じゃねーと
忠告しといたのに、速攻で篠岡に言い寄りやがって。
初めて付き合う女だったから、篠岡には思い入れがかなりある。篠岡は田島を選んだのに、
遊びの誘いすら断るのは、まだ自分に気があるからだという期待もあった。
が、「3年間は三橋を最優先」と決めている俺には篠岡に甘えさせる余裕はなく、もし寄りを
戻すにしても同じ過ちを繰り返すのが目に見えていた。
篠岡は、俺の時はぶっ飛ばすどころか、最初からほぼ言いなりだった。
ここまで来ると、篠岡はわざとやってんだろう。田島が不憫過ぎて笑える。
「しのーか〜〜」
ジャングルジムの上で、田島がだらだらしている。まったくうっとおしい。
一応田島に、「俺に篠岡のこと話すのがどんだけ残酷か判ってんのか?」と聞いたことがある。
田島の返事は、
「だって阿部、本命はしのーかじゃねーだろ?」
対抗も大穴もあるか。どーも聞いてると、俺が以前告白した(ことになってる)女を、ずっと
引きずっていると勘違いしているらしい。いる訳ねーのに。
もっとも、告った相手が三橋だなんて口が裂けても言わねーけど。
「田島の方が、手ェ早いと思ってた」
優越感よりも、純粋な疑問だった。狙った場所に打ち返す器用さがあり、打席に立てば
鬼みたいに集中する田島が、篠岡にここまで苦戦しているのは意外だった。
あんまり考えたくねーけど、俺より上手く篠岡を喜ばせるんじゃねーかと思ったり。
なんせ、篠岡と同じAB型の三橋と、バッテリーを組む俺よりも会話が成立するし懐かれてるし。
もし田島の後だったら、篠岡と付き合うのは……かなり勇気が要ると思う。
「……イロイロ、あんだよ。俺は阿部とは違うからさ」
田島は1人、情けない顔をして唸っていた。
あいかわらず、田島は俺が野球しか認めてないよーに感じてるみたいだ。
泉の話では、篠岡が他の女と一緒でも、田島は篠岡しか見てないらしい。
あれだけ目が良い、下ネタ野郎の田島が。かなり本気なんだと思う。
「オナニーのしすぎとか、過激なAVに慣れると、いざって時にダメらしーぞ」
「うぉ、ソレマジか?あ、でも俺の場合はさぁ――」
「テメーのオカズなんか知るか!」
いつ来るか判らないその日のために控えとけ、とアドバイスしたのは意地悪ではない。
でも、俺に報告に来るその日は、出来るだけ遠い日が良いと思った。
――side田島――
台風が来る。シャレにならないんで、部活は途中から中止になった。
早目に自転車で帰るか、止まる前に電車で帰るかをみんなが相談してる。
家族が車で迎えに来るとか、ついでに送って貰うヤツは自然に9組の教室に集まった。
予報では台風は夜には通過することになっていて、「それまで学校で遊んでよーぜ」と言ったら、
阿部に「オメーはどーせ近所だからだろ」と怒られた。
じーちゃんの畑も気になるけど、それよりも明日はしのーかと遊びに行く約束をしていたから、
もし今日の代わりにミーティングを止めて練習になったらと思うと心配だった。
まあ、しのーかが俺の誘いにやっと、「うん」って言ってくれただけでもラッキーか?
いっぱい一緒にいたいけど、しのーかを拘束出来ないから、あまり遠くまで行けねーし。
台風の後は川がにごるからそっちはパスだな、でも、そういう方がしのーか面白がるかな、とか
既に明日のことで頭がぐるぐるしていた。
「田島は残んのか?すぐ近くだろ。なんなら乗せてって、途中で下ろすけど?」
家の人を待っていた花井が声をかけてきた。
「わざとだよ。台風ってワクワクしねぇ?みんな集まってんのに帰るなんてヤだよ!」
「テスト近いし、三橋と田島は勉強したらどーよ?」
阿部が余計なことを言い出した。勉強なんか今からやったって、テストまで覚えてないって!
そこに水谷が、
「西広は俺らと一緒だから、もうすぐ迎え来るよー」
「そーかぁ!残念だなっ!」
「でも、田島がやる気あるなら俺、残ろうか?遅くには止むんだよね?」
「え?イヤイヤイヤっ」
勉強する気になってる西広と、拒否したい必死な俺の顔を三橋が見比べてキョロキョロしていた。
「三橋は、帰るだろ?」
「ウ、ヒ?」
三橋と一緒の方が効率いーよ、とムリヤリ理由を作って西広には諦めさせた。ゴメン三橋。
だらだらと無駄話をしてるうちに女の話になって、「恋愛は男はフォルダ保存、女は上書き保存」
と泉が言い出した。テレビで芸人が言ってたらしい。
しのーかはそうじゃないんだよなぁ。がっちりプロテクトして消去不可だもん、と阿部をチラ見する。
調度ケータイが鳴って、阿部が立ち上がった。弟のついでに拾って貰うらしい。
しばらくすると、他の残ってた連中にもそれぞれ迎えに来て帰っていった。
窓の外は大きな音を立てて、雨と風でかき回されている。
練習出来ないのはイヤだけど、台風は好きだ!
傘なんか差さない。思いっきり濡れて帰って、服はそのまま洗濯機に直行。台風バンザイ!
廊下に出たところで、見るはずの無いモノを見た。しのーかだった。
モモカンに送って貰うとかで、最初に帰ったと思ってたのに。
「しのーかー!なんでいんのー?」
嬉しくなって、叫んでいた。
ラッキー。また、しのーかの顔が見れた!
だけど、しのーかは飛び上がりそうになって、恐る恐る俺を振り返った。
「田島くん。あ、明日のミーティング用にデータ集計やってたの……」
「ふーん?帰んのか?今、雨凄いぞ。俺は濡れて帰る気だからいーけど」
「う、うん……」
「ウチ来るにしても、濡れちゃうだろーし。な、一緒に、通過すんの待たねぇ?
明日ドコ行くか相談したかったし」
しのーかがびくりとした。迷惑だったみたいだ。
泣いたらしのーかがもっと困るから、俺は頑張って笑う。
「あ……。しのーかがイヤなら、もー誘わねーから」
しのーかを1人で残すのは心配だったけど、俺と一緒にいるよりはマシだと思う。
あと何時間かすれば、雨は小降りになるし。
「じゃー、俺帰る」って言って、踏み出そうとした俺の腕を、しのーかが掴んだ。
「田島くん、帰らないで」
しのーかが震えていた。
女の子だから、台風の中に1人で暗い校舎にいるのは恐いんだ、と思った。
「いーよ。ゴメンな。阿部じゃなくて」
「そんなことないよ。それに阿部くんは帰ったし」
なにげなく、しのーかが答えた。
途中で阿部の姿が消えたの、家族が来たからじゃなくて、そーいうことだったんだ。
がっくりした俺を見て、なぜかしのーかが慌てた。
「わ、私が7組にいて、阿部くんは忘れ物取りに寄って。ちょっと話しただけ」
「別に俺、気にしねーよ」
しのーかの隣が辛くて、廊下の窓に寄って外の雨を確認した。
まだ強い。ホントに止むのかな。
今、外に出たらムシャクシャした気持ちも吹き飛ばされてスッキリしそうだった。
「電話、しようと思ってたの」
「阿部に?俺、どっか消えてよーか?」
「田島くんにだよ」
思わずしのーかに振り向いた。しのーかは緊張気味に続けた。
「もうお家に帰ったと思ってて。一応、下駄箱を確認しに行く所だったの」
「俺に話って、なに?」
しのーかは黙ってしまった。雨音が強くなる。
しばらくして、雨音にかき消えそうなしのーかの声がした。
「阿部くん、に、『一緒に台風が通り過ぎるのを待とうか』って、言われて……」
なんだ。もうしのーかとは何でもないって言ってたけど、阿部もフォルダ保存かぁ。
聞きたくなかった。けど、しのーかが話したいと思ってるから、我慢して俺は頷く。
「『家族の迎えを断れば、夜まで一緒にいられるけど』って。でも、私が一緒にいたいのは
田島くんだったから」
「えぇ?」
俺?阿部じゃなくて?
「教室で作業してて、田島くんはきっと台風でも私が『会いたい』って言ったら、来てくれるん
だろうなって思いついて、1人で笑ってたの。田島くんだと、私はお母さんか保母さんみたいに
我慢するんだと思ってたけど、甘えてるのは私の方だって……やっと、気づいて」
「そりゃぁ行くよ?近いからそう思ったんだろーけど、遠くてもしのーかが言うなら俺行く!」
「田島くんが風邪引いたら困るでしょ。『今、声が聞きたいって思うのは田島くんなんだよ』って
言ったら、阿部くん判ってくれた」
しのーかは、阿部にちゃんと言ったんだ。あれだけ好きで、もしかしたら忘れられないかも
しれないって言ってたのに。
しのーかは顔を赤らめながら続ける。
「阿部くん、『アイツなんでとっとと襲わねーんだろ』って田島くんのこと不思議がってたよ。
『そーいう場合はチンコ蹴って逃げろって、田島くんに教えて貰った』って答えたら、阿部くん、
『既にオメー、田島に感化されてんな』って呆れてた」
「はあぁー?」
たしかに言ったけど、なにも阿部に言わなくたって!
それじゃ俺、いつも下ネタ言ってるバカみたいじゃん。
あ。言ってるから、自分が蹴られそうで、我慢してたんだっけ。
俺はしのーかが好きだから、甘えてくれるなら嬉しいけど。甘えられてたのかな。
判ったよーな判らないよーな顔の俺を見て、しのーかがクスリと笑った。
「こんなんでいーなら、いつでも甘えていーからなっ」
「うん。でも、田島くん、私で良いの?」
暴れたくなってきた。俺が悪いの?何百回言ったか、覚えてないくらい好きだって言ったのに。
「怒るぞ。俺、ずっとしのーかを待つって言ってたのに」
「だって、イヤじゃないの?私、今まで……」
しのーかが言いかけて止めた、その表情で意味が判った。
「……あ、そーか。俺、阿部と比べられるんだ!」
「く、比べるなんてそんなっ」
しのーかは真っ赤になって否定する。手をバタバタさせて、
「考えないようにするから」
「うん!俺も負けないよーにがんばっからな!」
ニカッと笑って言うと、「がんばるって……」としのーかが苦笑いした。
「ちゃんと気持ちの整理ついたの。待たせてゴメンね。……好きにして、良いから」
恥ずかしそうに、囁くような声。俺は嬉しすぎて泣きそうだった。
えーと、どうしよう。教室でもいーけど、出来れば……。
「場所、変えよーぜ」
「え?い、今から?」
「好きにしていーんだろ?」
――side篠岡――
田島くんに連れて行かれたのは、先生が帰って無人の保健室だった。なんで?
鍵が掛かってて入れないと思ってたら、ドアから少し離れた上の小窓に田島くんが飛びついて、
スライドさせて開けてしまった。
「ラッキー、締め忘れ」
「……薬品あるのに、物騒だね……」
器用に田島くんが乗り越えて、向こう側に消える。運動神経の良さに改めて感心してしまう。
さっきの田島くんの目。キラキラでおもちゃを目の前にした子供みたいだった。
早くても、明日かと思ってたのに。何をされるんだろう?とちょっと不安になったけど、
初めてじゃないし。多分、大丈夫……と思う。
ロックを外す音がして、ドアが開いた。
中に足を踏み入れると、あのギョロリとした田島くんの目が、私を捕らえていた。
田島くんは鍵をかけると、私の手を引いてベッドに連れて行った。
外はうす暗くて、電気をつける訳にもいかないから、目が慣れるまで手探りになった。
「私が寒そうだったから、保健室に?」
思わず聞いていた。あれだけ待たせた上に気を使わせてしまって、申し訳なくなる。
「うんにゃ、俺のシュミ!」
「シュミ?」
ベッドの上に座らせられて、興奮気味の田島くんが私の胸のリボンをほどき始めた。
自分でやる、と言うのを無視して、ブラウスのボタンも外される。
そのまま押し倒されそうになったので、慌てて靴を脱がせて貰ってベッドに横になった。
田島くんは馬乗りになると、手早く自分で服を脱ぎ始めた。ちょっと鼻息が荒い。
私のブラを取り上げてしまうと、田島くんの目が輝いた。ペロリと舌が上唇をなぞる。
ロコツな下心は苦手だけど、田島くんは自然すぎて、私もつられて笑顔になる。
「田島くん、初めて?」
「うん!キス以上に進もうとすると『怖い』って女の子に泣かれてちゃってさぁ。
俺がスケベだって知ってても、オスな俺はイヤだって」
もし、阿部くんと付き合ってなかったら、私もそうだったかも。明るくて面白い田島くんと、
これからすることを考えると変な気分。今までもあまり想像出来なかったし。
田島くんは両手ですくったり指で胸をプニっと押したり、揉んでみたりに熱中して、
まるで実験をするように私の反応を見ていた。くすぐったくて一緒に笑った。
突起をカプっと咥えられ、ため息が出てしまう。私は田島くんの頭を撫でて、両手を背中に回した。
「時間、あるからゆっくりでいいよ」
「うん。すっげー柔らけー。ふにふにして気持ちいー」
そう言うと、田島くんが胸を持ち上げるように揉みしだきながら、唇を重ねてきた。
舌が入ってきて、優しく弄る。久しぶりだった。夢中で田島くんにしがみついていた。
ふいに唇を離されたので目を開けると、糸を引くのが見えた。
おでこ同士をごつんとつけて、田島くんは真っ直ぐ私を見た。
「しのーか、好きだ!」
判ってる。何度も言ってくれた。「待ってて」と言ったのに。落ち込んでいる暇もないくらい頻繁に。
「私ね、怖かったの……」
「ゴメン。俺、しつこいから」
違うよ、と答えたかったのに、さらに押し付けるような激しいキスをされて、遮られてしまった。
田島くんが上に乗り、赤ちゃんみたいにチュウチュウと音を立てて胸を吸っている。
突然それを止めると、
「なぁ、縛っていい?」
「えっ?」
どこを?どうしてそんなことするの?
私の顔を見て、田島くんがちょっと口を尖らせた。
「しのーか、好きにして良いって言った」
「良いけど……。ちょっと、イヤかも……」
って、聞いてない。田島くんはさっきほどいた私のリボンを手にして、パシンと鳴らした。
手早く私の両手首を結んでしまう。田島くんはとても楽しそうだった。
そうして、手を頭の上にして、ベッドの手すりに縛り付ける。
「た、じま、くん?これ、なに?」
「イチバン最初に見たのが、こーいうのでさ」
「な、なにが?」
ああ、エッチなDVDとか?田島くん、それの真似するつもりなの?
少女漫画でこんなのあったかも。美人主人公じゃない私は、カッコイイ先輩が悪者から助け出して
くれることはないし、ホラー映画なら最初に殺されてる。あ、田島くんが正義の味方だった。
なぜかその田島くんによって、暗い部屋で自由が利かず、外は嵐で不安で涙が出そうになっている。
「すげードキドキして、大人になったらぜってーやるんだって決めてた!」
まだ子供だから無茶しないでって言いたいのに、怖くて声が出なかった。
「ソレが、未だにイミ判んねーんだけど花瓶と花をさ……。ココにねーから、まあいーかぁ」
お花、無くて良かった!でも、お花でなにされるとこだったんだろう……???
田島くんがニカッと笑う。首筋に舌が這い、耳元で言われた。
「心配すんなって。痛いことしねーから」
「ん……」
や。息が止まった。ゾクゾクして、身体の中心が熱くなってきゅうっと力が入る。
胸の先端をれろっと舐め上げられた。
「ゃぅっ!」
ゾワリと快感が走り、声を上げてしまった。ニシシ、と田島くんが笑う。
さっきと同じことをされてるのに、田島くんの舌の動きに反応して、
ガクガクと身体が震えだした。動きたくても、縛られて身動きが取れない。
こんなの、イヤ!
「ほどいて……」
涙声になっていた。自分が自分でないみたいで、怖かった。
気持ち良くて混乱してることを、田島くんに知られたくない。でも……。
「こんなに硬くなってんのに。嫌い……?」
胸の突起を押しつぶすように刺激される。
「あッ、んぁ…」
ヒクヒクと反応して、変な声が漏れてしまう。
ほらねー、と田島くんが嬉しそうに言って、私のスカートを捲り上げた。
田島くんが何を見ているのかは判った。阿部くんに付けられた痣はもう消えている。
その、あった箇所を田島くんが撫でた。身体に緊張が走る。
ゆっくりスカートを下ろされて、震える手で下着も取り払われた。
思わず目を閉じた。触られる、と覚悟していたのに、田島くんは動かなかった。
目を開けると、じっと、光る目で私を見ている田島くんがいた。
「よく見えねぇ。電気、つけちゃダメ?」
きゃー、なに悔しそうに言ってんのーっ!
全力で首を振る。こんな姿の自分をさらけ出すなんてイヤ。絶対イヤ。
むー、と田島くんは子供みたいに拗ねた。
「しのーかがいっぱい見たいのにー」
もう、判って。無言で訴える。
田島くんは「ま、今度でいっかぁ」と、どうにか諦めてくれた。
痣のあった場所をもう1度撫で回すと、おずおずと足を広げていく。
田島くんは1つ息を吐き出して、指で割れ目をなぞり、差し入れてきた。
「や、やだっ」
そんな風に広げないで。見ないで。差しこまないで!
「へー」とか「こんななんだー」とか、田島くんのリアクションが恥ずかしい。
最初は身をよじって抵抗して嫌がってたのに、身体はいいなりになってしまう。
私の反応を確かめているのが判った。いやらしい音をたてて、ヌルヌルとお腹側の
感じる場所をかき乱され、熱に浮かされたように体中が熱くなる。
「んッ、はぁ、ヤ、ヤメ……」
もう、限界だった。
ふいに腕が自由になった。
心配そうに、だけど高揚した田島くんが顔を覗きこんでいる。
「ゴメン」
「なん、で?」
こんなことするの?私のこと、好きじゃなかったの?ヒドイよ田島くん……。
涙で田島くんが歪んで見えた。鼻の頭がツンとなる。
「しのーか、今まで振り向いてくれなかったから、ちょっとイジメたかった」
ほどいたリボンを手に、田島くんが指で涙を拭ってくれた。
「怖かったの……」
「ゴメン、もうしねーから」
私は首を振った。
「違うの。気持ち良すぎて、怖かった……」
前に田島くんにされたキスは、身体の中からトロリとして、頭がおかしくなりそうだった。
自分が変になるのが怖くて、好きだって言ってくれる田島くんから逃げ続けた。
謝るのは、田島くんに甘えてた私の方。
「俺、嫌われてなかったの?」
素直に頷いた。今度は田島くんが泣きそうになる。
野球の時はあんなに強気な田島くんが、ちょっと弱気になってたのが意外な気がした。
「俺、判んねーけど、がんばっからな!」
十分がんばってるから、これ以上張り切らないで欲しいな、と少しだけ私は思った。
田島くんの手がお腹に触れた。
おへその下をキスされる。
足の間に田島くんが顔をうずめて、舌を使って優しく舐め取られる。
信じられないような声が出てしまい、思わず自分で口を塞いだ。
「しのーか、感じてる?」
「しのーか、好きだ」
いっぱい、話しかけてくれる。何度でも言ってくれる。言ってくれなかったあの人とは違って……。
比べちゃダメ――。
笑ってる田島くんも好きだけど、真面目な顔はカッコイイ。言わないけど、野球の時の真剣な男の子は、
凄みが増して独特の色気がある。今の田島くんは、別の意味で色っぽかった。
舌、長いのかな。凄い。こんなトコまで……。
田島くんだけでいっぱいになる。
「もーダメ!挿れさせて……」
そう言うと、田島くんはゴソゴソとやり出した。私は朦朧とした意識の中、保健室の天井を見ていた。
ゴムの、判るかな。手伝って上げたいけど、私も判らないや……。
私は未熟で、教えてあげられることなんてたいしてない。そう思ってた矢先、私の疼くソコに、
田島くんの熱いモノが押し付けられた。腰を浮かせて、正しい場所にそれを導く。
ぐちゅっぐちゅっと音を響かせて、田島くんが激しく腰を揺らした。
「んはぁ、すっげ……ッ、しのーか!しのーか!はッ、やべ、よすぎ……!」
田島くんの高ぶった声と動きに合わせて、ギシギシとベッドが揺れる。
私の身体が反応してガクガク痙攣する。
涙が出てきた。
なんでもっと早く私、こうしなかったんだろう……。
私は薄れゆく意識の中で後悔していた。
気が付くと、田島くんがぎゅっと私を抱きしめていた。頭を撫でてくれる。
「俺、良かった?」
「うん……」
「しのーか、すげぇエロい声出すんだな」
精いっぱい、我慢したつもりだったのに。多分、顔が赤くなったと思う。部屋が暗くて良かった。
「でもさ……。うーん」
そう言って、私を抱き抱えたまま、ぐるんと転がる。私が田島くんの上に圧し掛かる体勢になった。
「今度は、しのーかがやって」
「……え?」
「上になってもう1回戦。ダブルヘッダー。ニシシ」
きゃー、なんてこと言うのーっ!
「も、もう帰らなきゃ……」
「時間、たっぷりあるだろ。俺はダブルでもトリプルでもクアドラブルでも……」
アイススケートのジャンプじゃないんだから、そんなに出来ないよ!
「た、田島くんっ、アスリートは身体が資本だよ。休もうね」
「ダイジョーブ!俺、持久力には自信あっから!」
田島くんの瞳が輝いている。あああ。そうでした。田島くんの運動神経は学校で1番……。
眩暈がした。
「え、えーと……私は自信ないから……」
逃げよう、と決めた。もちろん体力には自信があるけど、壊されそうな気がする。
それを察したのか、田島くんはすかざす私を捕まえた。
「しのーか、ソフトやってたんだろ?な、身体やーらかい?」
「あ?」
「あーもう、やっぱ電気つけてい?見てーよ俺!」
「やめてやめて!」
田島くんは私の言うことも聞かずに、ベッドから跳ね起きた。
しばらくして、部屋の電気がついて明るくなった。軽い足取りで田島くんが引き返してくる。
この間に、私は逃げれば良かったのに。私は田島くんの裸は見慣れてる(?)けど、田島くんは
私を見るのは初めてで。明るさに目を慣らすほんのわずかな隙に、田島くんが飛びついてきた。
「や、やらしいことしたら怒るよ」
「はぁ?この状況で、なに言ってんだよ」
言いながら、私の身体を遠慮なしに見ている。
私は目のやり場に困って、そんな田島くんの表情を見ていた。意外に、真面目な顔。
「しのーかの身体、キレーだな」
「そんなことないよ。変な日焼けしてるし」
「そりゃ、俺の方が凄いって。もっと、見ていい?」
お世辞でも褒められるのは嬉しくて、私はうん、と頷いていた。
田島くんは私を抱きかかえると、胸を隠していた腕をどかして、なぜか右足を持ち上げた。
「た、田島くん?」
なんだか、観察する目じゃない。何かを企んでる目だ。
田島くんは私の足を自分の肩に乗せると……いきなりあてがった。
自分の体勢も信じられないけど、硬くなったものが擦り付けられる感触に悲鳴も掠れてしまう。
「たしかコレ、すっげー奥まで挿れられる体位!」
ちょ、ちょっと待って!なにしてんのっ!
やっていい?と、無邪気に聞いてくる田島くん。ギブギブ、と真っ青になって首を振る私。
絶対無理。回数をこなすより、ゆっくり愛されるのが好きなのに。こんなのイヤ。
一生懸命、田島くんに「怒るよ」と訴える。無理です。許して。お願い。なのに――。
「くはー、我慢できねぇーっ!」
田島くんは叫んで、パンパンに熱くなったものを私に押し当てると、身体をぶつけてきた。
奥深く、ズブズブと呑み込まされ、私には初めての領域に踏み込まれてしまいパニックになる。
「ゃ、あ!なにすん、あッ、んぁ!」
「…かぁ!しのーか!ハァ……クソッ」
グリグリと私の奥を刺激して、激しく突き動かす。今まで感じた事のない快感が身体中に浸透してゆく。
その激しさに翻弄され、私の頭の中は真っ白になった。
私はぼーっとして、ベッドに横になっていた。身体はドクドクと痛みで脈打っていた。
田島くんに背を向けて拒絶する。
見せる顔がなかった。あんなに嫌がってたのに、私……。
田島くんが覆いかぶさるように耳元で話しかけてきた。
「しのーか、イッた?」
「知らない」
さすがにちょっと頭に来たので、田島くんから顔を逸らして別のことを考える。
時間大丈夫かな。もう帰ろう。小雨になってる筈だから。そう思ったけど、だるくて身体が動かない。
「しのーか、ギュウギュウ締め付けて、俺のこと離してくれなかったじゃんー」
その時のことを思い出してしまって、顔が熱くなった。恥ずかしくて消えてしまいたくなる。
「しのーか、俺のこと嫌い?」
心配そうに、田島くんが聞いた。
「――大好き……」
「ホントか?」
うん。今まで言ってくれた「好き」を全部足しても足りないくらい、田島くんが好き。
でも、同じくらい憎たらしくて、枕に顔を押し付けて顔を隠した。
今日はおしまい。少し休んだら、服を着てベッドを整えて、帰らなきゃ。
改めて決意した私は、裸の肩にキスをされて身震いした。
「んん……」
こういうの、好き。終った後に優しくされると、すごく満たされた気持ちになる。
耳たぶを甘噛みされて、背中や腰の周りを唇が這い、頬ずりされる。
余分な力が抜け、くったりと身体がほどけていく。
「しのーか、なんか言ってよ」
わざと逆らうように枕に顔をうずめると、田島くんが「むー」と拗ねた。
ベッドから田島くんが下りる気配があり、すぐ戻ってきた。擦るような音がして、太股が
ティッシュで拭われる。おしりを高く持ち上げられ、膝をつくことになり、足を開かされていた。
田島くんはそこをきれいにすると、この恥ずかしい体勢のまま、指と湿らせた熱い舌を挿し入れた。
「……じま、くん、もう無理……」
一体、なにを田島くんはムキになってるんだろう、と少し不安になった。
田島くんは私の弱いところを完全に把握していて、執拗に固く絞った舌で愛撫する。
変な気持ちになってしまい。これ以上続くなら言おうと口を開きかけたその時。
「……阿部の方が良かった?」
予想外の田島くんの言葉に、耳を疑った。今、なんて?今まで、私を見ててなんでそう感じたの?
「しのーか、俺じゃ気持ち良くなんねーんだ……」
「え?」
「俺、悔しい」
反論しようと顔を上げた。私がやったことがないだけで、こういうやり方もあるんだ、と
気づいた頃には手遅れだった。
「ゴメン……最後だから」
田島くんが分け入ってくる。熱い息を吐きながら、田島くんは私を後ろから何度も突き上げた。
私は、枕に顔を押し付けて声を押し殺し、その新たな快感に耐えた。
私が、田島くんの抱える不満に気づいたのは、全てが終ってからだった。
田島くんは落ち込んでいた。私は怒る気にもなれず、田島くんと向き合う。
「電車の時間もあるから、私、もう帰らないと」
「送ってく……」
本当は、このまま眠ってしまいたいくらい疲れ果てていた。
末っ子の田島くんと、長女の私は相性が良いらしい。でも、歯車が食い違ってたみたい。
私がもっと、素直に甘えられる可愛い性格だったら良かったのに。
なぜ、阿部くんの名前が出たのかを、聞く勇気があれば良かったのに。
気持ち良さや、好きだって気持ちを上手く伝えられない自分がもどかしかった。
くりかえされた質問に、どう答えれば正解だったんだろう、と考えてある可能性に思い当たった。
もしかして、田島くんの見るAVみたいに、私に声を出して欲しくて何度も……?
機会がないからまだ見たことはないけど、友達が「彼氏に『AV女優みたいに喘がれると冷める』って
言われる」と自虐していた。控えめの方が、男の子が喜ぶんだと思ってた。
「あ、あの、私、恥ずかしくて、声出せなくて……」
「へ?」
「気持ち良いから……。ちゃんと『イク』とか?言った方が田島くん嬉しいなら、がんばるけど」
出来れば、はしたないことはしたくない。でも、田島くんが喜んでくれるなら、私が変わらないと。
チラリと田島くんの顔を見上げると、顔をクシャクシャにして田島くんが笑っていた。
まさに、そのことを気にしてたんだ、と判った。
「しのーか、可愛いすぎー!」
私は引き寄せられ、ぎゅうう、と力いっぱい抱きしめられた。苦しくて息が出来ない。
押し倒されて、足の間に割り入れられて、もう1度足を開くことになった。
「た、田島くん、明日!もう、今日は終わり!壊れちゃうからっ」
泣きが入る私の顔を見下ろして、田島くんはニシシ、と笑った。
「わーってるって!」
私の太股の内側に顔を寄せると、ちぅーっと強く吸う。
「上書き!」
こんなことしなくても、もう大丈夫なのに、と呆れつつも嬉しかった。
雨は止んでいた。今なら自転車に乗れる。……辛そうだけど。
手を伸ばす私より先に、田島くんが服を取り上げて後ろ手に隠してしまった。
「な、このまま保健室、泊まっちゃおか」
「は?帰りますって!」
「じゃ、ウチに泊まんなよ!そしたらずーっと一緒にいられるし」
「田島くん……蹴っていい?」
「ひぃっ」
田島くんが真っ青になって飛び退いた。
脱がされたものを身に付けたあと、私はリボンを手にした。
これからは、洋服も気をつけなくちゃと思った。
――side阿部――
教室に向かう廊下で篠岡と一緒になった。
昨日のことを謝るのも、無視も気まずいから、自然に午後のミーティングの話を振った。
篠岡から、昨日教室でまとめてたノートを手渡された時、その異常に気づいた。
「篠岡、手首どーした」
赤くなっている。しかも両手。擦りむいている箇所まであった。
「あ、こ、これはその……」
篠岡は一瞬で耳まで赤くなり、腕を隠してしまった。昨日の返事と、この異様な慌てっぷり。
「……田島か?」
篠岡は縦と横、どっちに首を振って良いか迷って怪しいヤツなっていた。
図星かよ。なんとも残念だが、断ち切るしかない。
固まってる篠岡には、答えなくてもいーよ、と言った。言わなくても判るし。
「アイツ、小道具好きだって自分で言ってたけど」
「な、な、なん……」
「聞かれてもねーのに、他人の性癖教えるヤツがいるか。彼女出来たらいっぱい試すとか
言ってたから、初めての彼女はすげー苦労しそーだなとか、みんなで話してたけど」
田島の妄想語りは度々あった。まさかすべてが本気だとは思ってないが。
篠岡は今度は青くなった。思い当たる節があるらしい。気のせいか、珍しく疲れて見える。
見える場所に痣作らせてんじゃねーよ、とムカついたが、さすがに可哀想になってきた。
「ひと通りやりゃ、満足すんじゃね?小道具ったってなんか塗って舐めるとか突っ込むとかだろ。
コスプレはどーせ脱がすからキョーミねーって……」
言いながら、我ながらなんの慰めにもなってねーな、と思った。
そりゃ、好きなオナニー控えてたんだから、彼女が出来たらその反動は相当なモンだろう。
篠岡が力なく呟いた。
「ひと通りって……7、8個くらいかな」
「んなの本人に聞けよ。あー、ちょっと違うけど48手って聞いたことねーか」
「知ってるよ。相撲でしょ」
「いや、あるんだって。……悪かったな芸がなくて」
俺はそーいう勉強は野球に回して、良く言えばノーマル。悪く言えば……単調、か?
身体の相性は良かったからこそ冒険はあまりせず、少しでも篠岡が不快感を持ったことは避けた。
だいたい、こんな内容の会話自体、篠岡とするのは俺に抵抗があって、今になって
「下ネタ大丈夫な人なんだ」と自分が余計な気を使っていたことに気づいた。
俺とは違い研究熱心であろう田島は、今後もフロンティアスピリッツで嬉々として篠岡を
開拓しそうな気がする。
俺の言葉に篠岡が絶句して、どんどん暗くなっていくのが謎だった。
ココは喜ぶトコなんじゃねーのか?
パタパタと軽い足音がして、噂をすれば、の田島が走って来るのが見えた。
キラキラ目を輝かせて、一直線に篠岡に向かってくる。
「しーのぉかぁーっ!」
人目もはばからず、篠岡に抱きつく田島。当然、避けた俺は視界に入っちゃいない。
「今日、ミーティング終ったら俺ん家な。昨日の続き!出かけんの、今度でいーから」
「た、田島くん、ちょっと!」
「な、約束。ニシシ」
周りの視線を気にして、必死で引き剥がそうとする篠岡に、性欲に支配され舞い上がる田島。
ストレート過ぎて見てるこっちが恥ずかしい。いや、この迷いの無さは清々しくて尊敬に値する。
持て余した篠岡が「蹴るよ」と物騒なことを言い、田島が慌てて手を離した。
すかさず篠岡は鞄に手を伸ばして、
「あ、田島くん、グミ!おいしいよ、食べる?」
「うぉ、くれくれ!」
田島はあっさりとお菓子に意識を奪われていた。単純すぎる。
そこに、食意地の張ったウチのエースが通りかかって、篠岡の取り出した袋に釘付けになる。
母親でも保母さんでもなく、餌付けに成功した調教師の篠岡がそこにいた。
篠岡は田島を、本気では嫌がってなかった。なら、俺が心配するのは余計なお世話になるんだろう。
それにしても、才能があって努力も惜しまない田島には、見習うべき部分が多い。篠岡にも。
篠岡の顔色が冴えない不安はあるが、田島だって珍しがるのは最初だけだろーし。
せめて、篠岡を壊さない程度に励んでくれりゃいーけど。
不思議に、喪失感は殆どなかった。本当の痛みは時間を置いてジワジワ襲って来るのかもしれないが。
それよりも、俺にとって最優先すべき問題はこっちだ、と言い聞かせることにする。
俺もたまには食いモンで釣ってみっか?
ほくほくと変な顔でグミを頬張っている、3年間尽くすと決めた標的を見ながら、俺は思った。
終わりです。
阿部を「単調な人」にしたのは、田島と区別するためです。すみません。
前回レスいただいて(ありがとうございました)「田島救済」のつもりで
書いてたのですが、逆に陥れたような……。
>>607 リアルタイム乙&GJです
途中で支援に入ったほうがいいかなと思ったけど、大丈夫でしたね
容量は500KBちょいまで大丈夫なんで、まだ余裕です
480KB前後までいったら次スレの季節ですな
職人さんたちいつも本当に乙です
おおいっぱい来てる!
今からまとめて読むよ
職人さん達お疲れです!
投下あっても過疎ってんだね・・
これぐらいで過疎っていってたら本当の過去スレ住人に怒られるぞ。
一週間以上経ってやっとGJや感想がつくようなところだってあるんだからさ。
あったかくなるまで待ってくれ
原作一巻の好きだよ!を絶対言わない阿部と勘違いしてる田島と篠岡がおもしろいw
615 :
名無しさん@ピンキー:2008/03/06(木) 08:34:07 ID:gkK3H59u
今晩は。303です。
前回の続きを投下にやってきました。
注意事項は
・長文注意
・榛名の先輩と涼音の友人にモブキャラが登場
・3回の2回目
こんな感じです。容量的にヤバいかもしれませんが、いけるとこまでいってみます。
それでは投下します。
翌日の土曜日。
関東地方は雲一つのない晴天に恵まれていた。もちろん、東京都もだ。
絶好のデート日和であるといえよう。榛名は昨夜の門限になんとかギリギリで間に合うことができた。部屋に戻ると、
涼音からの電話を待っていて、結局のところ長電話へと興じてしまった。
そのためなのか、少しばかり眠そうで起きるのが辛いようだった。睡眠不足とはまた別に昨日のピッチングのために、
左肩にほどよい張りと疲労感を感じつつも、肩をぐるぐるとゆっくり回して筋肉をほぐしながら起床した。
手早く身支度を済ませていく。
ホテルの階下にあるレストランにて朝食を済ませると、その場でチームのマネージャーをつかまえて今日のオフは
自由行動をとりますのでと、しっかりと伝えた。
デートかとからかい混じりながらに了承をもらって、榛名は宿舎を出た。
電車を乗り継いで待ち合わせの場所へと出向く。そこにはすでに涼音の姿があった。榛名に気付くと軽く手を振って
笑顔を見せてきている。
時刻は午前九時半前。二人が交わした約束の時間の三十分前だった。それにも関わらず、涼音はなにごともないかの
ようにしてその場にいた。
榛名は待たせるのは悪いからと、いつも待ち合わせ時間に対して余裕を持って行くようにとしている。だが、涼音より
も先に到着したことはなかった。これは二人の初デートのとき以来変わっていないことだった。
挨拶もそこそこに駐車場へと向かい、涼音の運転で昨日話したとおりにテーマパークへと行くこととなった。
実は自動車免許を取得したばかりの涼音。教習時のエピソードを聞かされていたため、榛名は涼音の運転技術が心配で
ならなかった。
しかしながら、思いのほかに安全運転であったというか。取り立てて気になるようなことはなく、上手にさえ感じられ
ていた。
榛名も昨年のオフに地元へと帰省した際に取る予定だった。だけれども、秋季キャンプにて首脳陣から今年の先発転向
を告げられていたため、念入りに自主トレへと励まなければならなくなった。
そのため、まだ免許は取得できずにいる。
それにより車の運転のことはよくわからない。ではあるものの、安全運転だなということは感じられていた。
榛名はこのことよりも、朝に会ってから涼音の顔色がいまいち優れていないように見えることが気がかりだった。
目的地のテーマパークへと到着すると、早々にフリーパスを購入してアトラクションを次々と制覇していった。榛名が
あまり得意ではない……というか、むしろ遠慮したい絶叫マシン系を主に。
こういうスリルを楽しむ乗り物は及び腰になってしまう榛名なのだが、満面の笑顔で腕を引っ張ってきてリードして
くる涼音にはなにも言えなかった。
なんとか気合でついていき乗り切ることとしたのだった。
園内のレストランにて昼食をとったはいいものの、榛名はさすがに気分が悪くなってきた様子を隠し続けることは
できなかった。
それに気付いた涼音から心配され、それと強引に引っ張りまわしすぎたのかもしれないということを謝られた。
どこか休める場所をと考えていた涼音は、案内板から近くに芝生の広場があるということを知った。そこへと榛名を
連れて行き、芝生へと腰を下ろして足を崩すと自らの太ももをぽんぽんと叩きつつ、
「ほら、膝枕してあげる」
ということで二人は木陰の下で休憩を取っていた。
午前中に乗った乗り物のことや、榛名は自分の生活のなかで受けそうな裏話的なことを話す。涼音は微笑を浮かべて
相槌を打ちつつ、大学でのことやアルバイト先でのことなどを話していた。
六月もまだ始まったばかりにも関わらず、気の早いセミの鳴き声が聞こえてきていた。気温も結構高めであるが、
大きな木の下にいることもあってか暑さはさほど感じられなかった。
「ぁふ……」
「眠くなっちゃった? 眠ってもいいよ」
「でも……」
「昨日は試合で投げたあとなのに、ご飯だけでなくて長電話にまで付き合わせちゃって悪いなって思ってたの。
ごめんね。だからお詫びに膝枕でお昼寝させてあげます。元希、膝枕好きでしょ?」
にまっと笑みを浮かべる涼音に、バツが悪そうな榛名。
結局、恋人からの申し出に榛名は甘えることにした。
夢を見ていた。あのときの夢を。
高校三年の九月。涼音に誘われて遊びに行って、ダメもとで告白したときのことを。
夢のなかでの涼音は変わらずに榛名へと微笑んでくれている。そして彼女からも付き合いたいと告げてくる。
それは、榛名が時折――昨年に涼音と離れ離れとなってから見るようになった夢だった。
「……んっ」
「あっ、目が覚めた?」
夢のなかと変わらずに榛名へと涼音は優しい笑顔を向ける。身も心もなにもかも全てを許してくれている、そういう
雰囲気を榛名は感じ取っていた。
「どれぐらい眠ってましたか?」
「あともうちょっとで一時間ってとこかな。もう少しのんびりしてよっか? ううん、また眠っていいよ」
その言葉に榛名は面食らってしまった。すぐにでも遊びに行こうと言ってくると思っていたのだ。
「えっと、どうして?」
「んー、寝顔が可愛いから」
「……っ」
すっと目を細めて彼氏の顔を見詰めつつ、涼音は自らの膝に乗せた頭を撫でて髪を指で梳いていく。彼氏が顔を完熟
トマトのようにしている姿は目に入っていないらしい。というか、それすらも楽しんでいるという風情だった。
「え、えっと、前から聞きたいことがあったんですけど……。いいですか?」
相も変わらず頬を赤くしつつ榛名が口を開いた。
「うん、なに?」
「涼音さんって、なんでオレのこと好きになってくれたんですか?」
「うーん、そうだね。ちょっと長くなるかもだけど、いい?」
無言でそっと肯定してきた榛名の頭へと両手を寄せつつ、涼音は顔を上げて遠くを見詰めていった。
「最初はね、可愛い後輩だなってぐらいの認識だったかな。あのころは付き合っていた人がいたわけだけど、でも
年下の可愛い男の子から寄せられる純粋な好意には悪い気はしなかったわね」
「……ちょっと待ってください。オレが好きだってこと始めから気付いてたんですか?」
「もちろんだよ。女の子はね、自分に向けられてくる視線には敏感なんだから。というよりも、このことで野球部で
知らないというか気付いてなかったのって、元希ぐらいじゃなかったかな」
「…………」
過去の自分の隠していたというふうに考えていたことが、実は周知の事実だった。そのことを知らされて榛名は、
顔を赤くしたり青くしたりと忙しなかった。
「最初に意識したのは、わたしが三年の夏の最後の試合のあとだったかな。元希、すごい泣いちゃったでしょ。三年の
わたしたち以上に。自分が泣いたことよりも、号泣し続ける元希を慰めて励ましてたって記憶のほうが強いんだよね」
「あの試合に負けたのはオレのせいでしたから……。オレが八十球でマウンドから降りなければ、続投してれば勝負は
まだわからなかったのに」
榛名にとって二度目の夏。
その試合、いつもどおりに先発したのは先輩の加具山だった。予定の三回をなんとか投げきったものの、優勝候補筆頭
と称された対戦相手校の前になんとか土俵際で踏ん張れたという具合であった。
四回からマウンドを引き継いだ榛名は、嫌な予感がするのを拭いきれなかった。相手のエースはプロ注目の好投手。
武蔵野にとっては荷の重すぎる存在だった。事実、試合になっているのは懸命になって投げ込む榛名の孤軍奮闘のおかげ
であった。
そしてそのときは訪れた。
九回表の相手校の攻撃。前の回にて八十球に達していた榛名は迷っていた。自分がまだ投げるべきじゃないのかと。
そんな球数制限とか関係なしに投げなければならない。三年のこの先輩たちと一緒にまだ野球をしていたい。
自分に野球の面白さと楽しさを思い出させてくれた――あたたかい居場所を作ってくれた先輩たちに、自分はまだ
恩返しができていない。
だが、怖い。どうしようもなく怖かったのだ。
怪我が、また故障してしまうのではないか。そう、慎重に慎重を重ねて積み上げてきたものが、今度こそ全てを一気に
崩れ去って、台無しになってしまうような再起不能な怪我を負ってしまうのではないかと。
『オレの出番だな。大丈夫だよ、そんな顔すんなって。おまえのおかげでライトにフライ飛んでこなくて守備機会は
なかったし、十分に休めたから』
青い顔で逡巡する榛名へと、そう気丈に話して再びマウンドへと上った加具山。しかし、三回を終えた時点ですでに消耗
しきっていた。彼の限界はあっというまに訪れて、相手校の猛攻が始まった。その攻撃は止まらなかった。
どう中立的に見ても、形勢逆転は不可能なまでに追い込まれてしまった武蔵野の九回裏の攻撃は、あっさりと三者凡退に
終わった。
こうして、榛名の二度目の、涼音にとっては最後の夏は幕を閉じた。
「何度も何度も謝り続ける元希を見ていて、こう言っちゃったんだよね。あと二回あるチャンスをものにして、甲子園に
絶対行ってってね」
「そうでしたね。スゲー痛いビンタ食らって驚いて涙が止まったんでしたっけ」
「うっ……、覚えてたの?」
涼音は片頬をひきつらせて視線を泳がせる。
「『いい加減にしなさいよっ!? 辛いのはあんただけじゃないんだからね! わたしたちに申し訳ないって思うなら、
あんたがしっかりして新チームを甲子園に連れて行きなさいッ!!』 ……って、胸倉掴まれて豪快に引っ叩かれたん
だから、そりゃ覚えてますよ」
「だ、だっていつまでもメソメソしてるとこなんて見たくなかったし……。頭に血が上ってなにがなんだかわからなく
なってたっていうか……」
当時のことを思い出してしまった涼音が紡いでいく言葉は、尻すぼみに小さくなってしまった。
「でも、あれで目が覚めたんですよ。オレがチームの中心になるんだから、ちゃんとしなきゃって。秋からは球数制限も
取っ払って投げ込んでいって、練習量ももっと増やしていって」
「ときどき様子を見に行っていて、それで思ったんだよね。元希変わったなって。実はかなり前からは大河とは上手く
いかなくなってて、いろいろと考え込んじゃってたんだけど、練習に没頭している元希を見ていて自分も頑張らなきゃ
って思って、受験に集中して乗り切れたんだよ」
ほんのすぐそばでは彼らと同じ客たちによって喧騒が続いている。だがしかし、広場にて休んでいる榛名と涼音の耳には
入ってこなかった。
まるでこの空間が隔絶されてさえいるようでもあった。
「元希のその頑張る姿を目にしているうちに意識しちゃってたんだと思う。大河から別れ話を切り出されてもそんなに
ショックじゃなかった。あんなに好きだったはずなのに。でも、わたしの目は自然と一生懸命に頑張っている後輩へと
向いちゃってたんだよね」
涼音は微笑みながら自分を見上げてくる榛名の頭を優しく撫でていく。
「卒業して大学に進学して、なにか物足りないなって感じてた。高校で野球部のマネジやってるときが一番楽しかった
なとか、元希の練習している姿を見たいなとかそんなことばかり考えちゃってた。
夏になって、家で新聞を見ているときに高校野球の特集記事があってね。そうか、夏がまた来たんだなって思った。
それから組み合わせ表を見て武蔵野の試合日程を確認して、初戦から見に行ってみることにしたの」
「えっ、最初から……ですか?」
「うわっ、なにそれ? 暇人かって思ったでしょ。……まあ、否定できないんだけどね。大学生って基本的に時間が
有り余ってるし」
ジロっと上から睨まれて榛名は体をすくめていた。
「元希の投げている姿を見て素直にカッコいいって思った。それと胸がドキドキするのをはっきりと自覚したよ。
ああ、わたしはこの人が好きなんだってね」
「……っ」
「それで順調に勝ち進んでいって、準決勝ではわたしたちが完膚なきまでに負けちゃったARCも見事に倒しちゃって。
スタンドで応援してて、最後は涙が止まらなかったよ」
「三年になってからはプロ入りも大事だけど、甲子園に行きたいって思いのほうが強かったかもしれません。ARCが
一番の強敵だから、あの夏以来ばりばり意識してましたよ」
「決勝も勝って甲子園行きを決めて、うちの学校って初出場だったから大騒ぎだったでしょ」
涼音の言葉に榛名は黙って首肯した。
甲子園常連校であるARC学園に勝っただけでも一騒動だったのに、甲子園大会に出場できるということで、学校関係者
はおろか近隣の住民をも巻き込んで空前の野球部フィーバーが巻き起こったのだ。
「応援ツアーのお知らせがハガキで来てね、迷わず申し込んだよ。甲子園に行けてホントに感動した。それだけでも感激
させてもらったのに、優勝候補を立て続けに撃破してベスト8まで入っちゃってね。勝つたびにOBの皆で勝利の校歌を
熱唱できて……。ホントに嬉しかった」
にこにこと笑顔を湛えていた涼音の顔が、何故か次第に強張っていく。
それを目にして榛名は戸惑ってしまう。
「それからいろいろ考えてね。ダメだったとしても勇気を出して、この気持ちを伝えなきゃって緊張しながらメールを
送ってはみたはいいけど。どこかのだれかさんは半月以上っていうか一ヶ月近くも無視してくれたのよね……?」
「い、いや、あのときは同じような内容のメールばっかで、返信するのが面倒で……。で、携帯を放っておくことにして。
だから気付けなくて……」
「わたしがその間どんな気持ちで過ごしてたかわかる? メールの着信があるたびに緊張して、でもそれは待っている人
からのものではなくて。一日に何度も携帯を開いたり、新着メールがないかセンター問い合わせをしたり……。
わたしのことなんて忘れちゃったのかなって思ってたんだから」
「本当にすみません」
非があるのは明らかに榛名だった。そのために謝罪の言葉を口にしてお許しを願い出る。
「初めて一緒に遊びにいって、それで告白されて……。もうすっごく嬉しくて、心臓がおかしくなるんじゃないかって
ぐらいに激しくばくばくしてた。それから今まで本当に幸せだったよ。大事にしてもらっている、愛されているなって
何度も感じてきたからね。
でもね、元希のプロ入りが決まってからは不安だった」
「えっ……」
「埼玉を出て遠く離れた場所に行っちゃうから。だからそれが心配で不安で……。いつ別れを切り出されるのかって
怯えちゃってたの。わたしはこんなに好きなのに、元希はどう思ってるのかとか悩んじゃったりしてね」
「…………」
「そんな顔しないで。さっきも言ったけど、今でも幸せだし愛されているってわかってるから。だから、これからも
仲良くしてくれると嬉しいな……ダメかな?」
瞳を潤ませて涼音は榛名の顔を覗き込んでいく。榛名はその端正な顔を手で優しく抱き寄せて口付けていった。
自分の純粋な想いを伝えようと、その行為に全てを託して。
「――ん。もちろんですよ」
「えへへ、ありがと。大好きだよ」
そしてお互い共に笑顔を浮かべていた。晴れ渡った天気に負けないほどに榛名と涼音の笑みは輝いていた。
穏やかな時間を過ごしていた榛名と涼音。穏やかな時間であったはずなのだが……。
彼氏の顔へと注がれていた彼女の視線は、移動したさきのモノへと釘付けとなった。その、立派に勃起してしまって
いる分身へと。
涼音からの熱い視線を感じて、榛名はようやくのことで自らの状態に気付いた。昼寝とはいえ、寝起きである。
つまり、起き上がってしまうものが起き出してきてしまったということだ。二十歳と若い男だし、心底惚れ込んでいる
彼女と甘いトークを展開して最後はキスで仕上げ。これでは勃起しないほうがおかしいというものだろう。
「……ねえ」
沈黙を先に破ったのは涼音だった。視線は変わらずにそちらへと固定されている。
「その、エッチしたいの……?」
「…………」
彼女から放たれた剛速球に彼氏は見事に空振り三振を喫してしまった。榛名はどうしたものかと考えを巡らせていく。
「したいの? それともしたくないの?」
いつにもまして積極的な涼音であった。余計なことを考える時間を与えるつもりはないらしい。
「したい、です……」
「そう。でも、ごめんね」
正直に答えた榛名を待っていたのは、まさかのお断りであった。これには思わず榛名は消沈してしまった。
「あっ、そのイヤとかじゃないのっ。その今朝、あの日が来ちゃって……、それで出来ないっていうか……」
「ああ、はい」
合点がいった。理由もなくイヤだからと拒否されてしまったのかとショックを受けていたものの、そうではなくてほっと
胸を撫で下ろす。
それと、今朝方に会ったときの顔色が悪かったことも納得がいった。女性の月のものは個人差があるという。
以前に涼音から聞いた話では、彼女の場合は結構重たいらしくていつも憂鬱だということだった。
「その、大丈夫ですか? 今日はだいぶはしゃいじゃってましたけど」
「うん。お薬飲んできたから大丈夫だよ。せっかくのデートなんだからたっぷり遊ばないと。それに本格的なのは明日
からだしね。まあ、お薬飲んでればだいぶマシにはなるから心配ないよ。ありがとね。それより……」
「はい?」
「いいことしてあげよっか? エッチはできないけど、その代わりにね」
「……?」
「いいからいいから。ほら立って。膝枕はもうお終い」
上半身をぐいっと起こされて榛名は立ち上がることになった。続いて涼音もそうすると、バッグを持って榛名の手を
引いて歩き出していった。
なにがどうなるのかわからないものの、榛名は淡い期待を抱いて涼音へとついていくことになった。
涼音と榛名の二人は園内を十分ほど歩いていた。決して行き当たりばったりということではなくて、先導していく涼音
はなにかを見極めながら進む方向を決めているようだった。
そのため、榛名はなにも言わずにただ黙って涼音のあとをついていっていたのだが。
「うん。ここなら大丈夫っぽいね」
「……はあ?」
ようやくのことで足を止めた涼音。それにより榛名も当然彼女の横にて立ち止まる。落ち着き払っている涼音とは
対照的に、榛名は戸惑いを隠せなかった。
テーマパーク内の外れに位置するトイレ――。二人がいるのはその施設の前だった。この近場にはアトラクションなど
がないため、二人以外には人気がまったくなく、実に閑散としたものであった。
アメリカに本店を置く外資企業による遊園地ではあるものの、日本を代表する遊園地でもあるここ。
土曜日、つまり週末であるため、たくさんのお客の姿で実にすごいことになっていた。今日も榛名と涼音のように若い
カップルから、小さな子供を連れた家族まで幅広い層の人々が訪れていた。
だが、榛名たちが現在いる地点は人っ子一人として見当たらず、遠くからはちょうど始まったらしいパレードの音楽と、
それに対する見物客たちから沸き起こる歓声が聞こえてくるばかりだった。
「元希、こっち来て」
呆然としている榛名を置いて女子トイレに入っていた涼音が、入り口から顔だけひょっこり出して手招きする。
「…………」
(ちょっと待ってくれよ。女子トイレに入って来いってことだよな? 女子トイレだぞ、女子トイレ……!?
こんなとこ入るなんて変態そのものじゃねーかよッ!!)
うだうだまごまごとしている彼氏を見ていて彼女は苛立ったらしい。ツカツカと榛名へと歩み寄ってくると、有無を
言わせずにそこへと引き込んでいってしまった。
二十年間生きてきて初めて入った女子トイレ――。そこはいつも出入りしている男性用のものとは明らかになにかが
違っていた。
トイレ自体は当然ながら個室だけ。嫌な臭気は一切漂ってこず、鼻腔には良い香りのようなものさえ感じられた。
さすがに世界を股にかけるテーマパークに存在するトイレだけあり、離れた場所に位置するにも関わらず掃除が細かい
ところまでしっかりと行き届いている。不潔だと感じることは一切なかった。
「…………」
図らずも声が出てこずに絶句している榛名の手を引っ張り、涼音は一番奥にある個室へと引っ張っていって、そこへと
彼氏を押し込むと自らも入って鍵を掛けた。
二人だけの空間だった。辺りからは物音一つとして聞こえてこない。まだまだ困惑している様子を隠せていない榛名へと
涼音はにっこりする。
「もう時間も時間だし、今からホテルに行くわけにはいかないでしょ?」
ちらっと手元の腕時計へと目をやる。午後二時過ぎだった。夕方には二人は別れることになっているので、涼音が言う
ように確かに時間に余裕があるとは言いがたい。
「えっと、なにを……?」
誰も入ってくる可能性はほとんどないとはいえ、やっぱり気になるため榛名は声を抑える。
「だから、いいことしてあげるって言ったでしょ。……んっ」
便座へと榛名を座らせると涼音は膝の上へと腰を下ろして唇を重ねていく。榛名の頭を両手で抱え込んでキスしていく。
(誰も来ないだろうし、それなら楽しまなきゃ損か)
腹を括った榛名は、涼音の背中へと腕を回して抱きしめていった。そのままに舌を涼音の口腔内へと入れて熱心に
舐めまわしていく。白い歯、歯茎、そして涼音の舌と絡めあって淫らな音を個室内へと響かせていく。
(んっ、そうそう。やっと火が点いてくれたかな……。もうちょっとわたしのこと可愛がって。さすがに気分が出ないと
恥ずかしいからね)
「んっ、ちゅっ、くちゅン。ふぅっううあぁ」
うっとりと恋人との口付けを楽しむ。榛名からもたらされる快楽で嫌いなものはない。そのなかでもやっぱり一番好きなの
がキスだった。唇を舐めて舐められて、お互いの口内をまさぐりあい、唾液を交換しあってそれをコクンと嚥下していく。
ただそれだけのことなのに、どうしても夢中になってしまう。
(んっんんっ! そう、もっと奥の奥までぺろぺろしてっ。ああン、もうおっぱいなの?)
榛名はキスを続行しつつも、背中へと回していた手でブラのホックをプチッと難なく外した。それにより、涼音の豊かな
乳房が拘束から解放されて自由となった。重力に負けない、関係ないとばかりにツンと上を向く若さに溢れているそれ。
服越しにゆっくりと愛撫されていく。キスのために双眸を閉じていた涼音は、そっと開けると榛名の顔色を窺ってみる。
鼻息荒く、血走った目で揉んできている。相変わらずな彼氏の反応だった。
(ホントにおっぱい好きだよね。もう、子供みたいなんだから)
「んっ、あっああ、おっぱいぞくぞくしちゃうよ……っ」
「本当に感度いいですよね、涼音さんのここ。大きすぎると悪いとかって聞くけど、そんなことないですよね」
「ばっ、ばか。元希がエッチのときにいっつもしつこく揉んでくるからだよ……。んンっ!? ダメ、乳首ぐりぐりしちゃ
だめぇ……ッ」
これ以上好き放題に弄られていると、はしたない声をどれだけ出してしまうかわからない。そのため涼音は榛名の首元へと
腕を伸ばして抱きついて唇を重ねていった。
「んっ、あふぅん、くちゅンっ、ああっ」
自分の太ももへと押し付けられてくる固い感触に満足して、涼音はさらに深い口付けを求めていった。
どれぐらい唇を重ねあっていただろうか。頭のなかにもやがかかってしまったように感じてはっきりしないが、十分
過ぎるほどに感じることができたし、これで大胆なことをする気にもなれた。
涼音は榛名の膝から腰を上げると、便座の奥深くへと腰掛けている榛名をもう少し手前へとくるようにと頼んだ。顔を
赤らめつつも涼音の要求通りに従ってくる。
それを確認して涼音はタイルの床へとペタンと両足を崩して座り込んだ。そう、トイレの床へと。いくら清潔な状態が
キープされているとはいえ、公衆トイレの床へと腰を下ろすのは抵抗があった。
「す、涼音さん。汚いですよ」
「気にしないで。わたしがやりたくてやるんだから」
それでも榛名を悦ばせてあげたくて、涼音は便座へと座っている彼氏の腰元へと手を向ける。カチャカチャと弄るとベルト
を外して、次いでジッパーに手を掛けて引き下ろしていく。
そしてこんもりと盛り上がったボクサーブリーフが現れた。早く解放して空気を吸わせろとでも急かしてきてさえいるよう
でもある。
口のなかに唾が溜まっていくのを涼音は感じた。
下着もジーンズと同じように足首まで追いやる。その結果、早くもいきり立ってきている榛名の分身が涼音の目の前へと
出てきた。
なんとも愛しいモノ。自分を女にしてくれた愛しい男の性器。幾度となくこれに貫かれて、甘美なる快楽を味わわせて
もらったことだろうか。甘く甘く下腹部が疼くのを涼音は感じていた。
「涼音さん……?」
顔面を紅潮させつつ榛名は涼音へと声を掛けた。やや遅れて反応をする。
「あっ、ごめんね。えっと、もうわかっていると思うけど、お口でしてあげる」
「えっ。は、はい」
戸惑いのような表情を榛名は浮かべていた。涼音にはそれがなぜなのかわかっているつもりだ。
榛名はあまりこのような行為――すなわちフェラチオを好んではいない。しかし、これには語弊のようなものがある。
自らのモノを涼音の唇と口内で愛される行為。もちろん、とても気持ちのいいものだ。だけれども、榛名はこう考えて
しまう。
自分の快楽のためだけに相手にそれを強いているように思えてならないと。
肯定的に見ればパートナーに気を使った紳士的な人間ということになるだろうか。もっとも涼音からしてみれば、これ
には不満に近いようなものを感じていた。
涼音は、榛名と肌を合わせるときの前戯においてたっぷりと全身を愛撫されている。二本の手と舌を使われて、それこそ
丁寧にくまなくへと。
この行為のなかには女性器へと愛撫――クンニリングスを含まれる。
丹念にそこへと指で刺激され舌を這わされて、何度も悦楽へと浸ってきた。
涼音はこう考える。自分だけ気持ちよくさせてもらっているのは不公平。お返しに榛名を気持ちよくさせてあげなきゃと。
そう数こそ多くないが、この奉仕自体はしてきた。気持ちよくないわけではないはずだと思う。事実、榛名のモノを舐め
ている最中にちらりと上目遣いに見れば喜悦の表情が確かに浮かんでいるのだから。
(今日こそはイカせてみせるんだから。覚悟しなさいよ?)
可愛い顔をして実は負けず嫌いなところがある涼音は、そそり立つ肉棒へと挑みかかっていった。
「はむ……んっ。ちゅっ、れろン」
口内にたっぷりと溜め込んで準備していた唾液を、ちょっとずつ亀頭から落としてトロトロにさせていく。そのままに
舌で周辺を舐める。赤黒く充血をした分身はピクッと跳ねた。
涼音はこの素直な反応がたまらなく可愛く見える。垂れてきた髪を右手ですくって耳へとかけて、榛名の表情を窺う。
「く……ぅっ」
「ぴちゅ、るるる、アム……ンっ」
(ふふ、可愛い顔しちゃって。いつもわたしばっかりがはしたない声を上げさせられているんだから。もっといい声を
聞かせてよね。あっ、敏感なとこばっか刺激してるとすぐ射精ちゃうよね。じゃあ、今度はこっち)
裏筋を舐めしゃぶっていたところを、今度はちろちろと棒の部分へ舌をゆっくりと上下させていく。先端からは、涼音の
唾液とは異なる薄い白く濁った液が溢れ出てきた。
「す、すずね……さん」
「くちゅ、んレロ……ん」
口からだらしなく声を上げて奉仕してくれている恋人を呼ぶ榛名。あまりの気持ちよさに頭が白くなってきている。
そのためにそれはごく小さいものであった。
(ここも感じるって話だったっけ。こりこりしてて面白い……)
肉棒へは舌で責め続けて、睾丸を揉みこんでいく。腰を浮かせそうになったり、拳をぎゅっと握って腹筋にも力を入れて
なんとか堪えようとしている。
「もう、もう出そう……、出る」
「あむ、んっ……んふ」
口を精一杯大きく開けて涼音は亀頭を飲み込んでいく。そして限界までもっていくと激しく舐めしゃぶっていった。収め
きれなかった下部には右手で上下させて、残った左手は急所の袋へともって行きそのなかで転がせる。
(いいよ、出しなさい……!)
僅かに残せた理性のかけらをかき集めると、榛名は涼音の顔を掴んで股間から引き剥がすことを試みた。さすがに口の
なかに射精してしまうのは憚られたらしい。
しかし、頑強に抵抗する涼音から簡単に振り払われてしまい、そして――。
「あ……っ!?」
「んンっ、……んく、んくっ」
榛名のペニスから放たれてくる欲望の奔流を腰へと抱きついて受け止めていく。口のなかに濃いドロドロとしたゼリー状
の精液が溜まっていく。
やがて射精が止まると涼音は榛名の股間から離れて、頬張っていたものを喉の奥深くへと流し込んだ。
「…………」
「うぅっ、苦い……」
脱力して様子を見守っている榛名を尻目に、涼音は頭に思い浮かんだ感想をそのまま口にした。初めて呑んだ精液は
本当に苦いものであった。話に聞いたことのある、喉に絡み付いてくる独特な感触というのも理解できた。
これには慣れが必要だろう。
若干、涙目になっている涼音を目にして、はっとする。
「すみません。口に出しただけじゃなくて呑ませてしまって……」
「……もう。そんなこと気にしないでよ。わたしがやりたくてやったことなんだから」
トイレの床に座り込んだままだった涼音を引っ張り上げて抱き寄せる。勢いそのままに抱きしめていく。
榛名の胸へと顔を埋めた涼音は視線を上げて顔を見た。
「前も言ったと思うけど、あまりにも気を遣われるのって逆に疲れちゃうんだよ。わたしはしてあげたかったからしたの。
それとも気持ちよくなかった?」
「そ、そんなわけないですよ。すごくよかったです」
「うん。それならいいじゃない。……練習してきたかいがあったな……」
「えっ?」
最後にぼそっと呟かれた台詞を聞き取れなかった榛名は首を捻る。慌ててなんでもないと涼音はごまかしていた。
実は、涼音は以前から自分の部屋でバナナなどを使ってフェラチオの練習をしていた。雑誌を買ってきてみたり、または
成人指定のコミックを購入して(さすがに恥ずかしいので、人の少ない時間帯に他の本と合わせて買った。もちろん、
コミックは一番下にして)研究に研究を重ねてきたのだ。
「わたしは元希だけのものなんだから遠慮しないで……って、あら?」
「……っ」
艶のある笑みで人差し指にてで胸元をすーっとなぞられた榛名は息を呑んだ。下半身に再び血液が集まっていく。そして
力強くまたそれは立ち上がってしまった。
「ああ、さっきの言葉に興奮したの? わたしが元希のものって」
先ほどとは異なる――意地悪げな笑顔を浮かべて見詰めていく。
「……は、はい」
「正直でよろしい。でもね、一つだけ覚えておいて」
「なにをですか?」
「わたしは元希のものだけど、元希はわたしのものでいて。要するに浮気しないでってこと。ちゃんと守れる?」
真剣な表情を作っての涼音の言葉を聞いて、榛名も同様の顔を作ると黙って首肯した。
今までもそのようなことをしたことはない。これからもしない。自分は涼音が好きだから。榛名ははっきりそう誓える。
二人の関係は遠距離恋愛。お互いのことをどれだけ想っていても、どうしても気になってしまうこともある。
涼音は改めて榛名の気持ちを確かめて満足した。これでまた自分は彼のことだけを考えて、信じていけばいいのだと。
それを再確認できた。そう、これでいい。
「ごめん。ちょっと白けちゃったよね。お詫びにもう一回オチ○チン舐めてあげる」
「えっ」
榛名の返答を待つことはなく、また足元へと跪いて愛しい人の分身へと涼音は奉仕を再開していった。
結局、コツを掴んだ涼音から三回も抜いてもらって、榛名は腰に疲労感を感じることとなってしまったのだった。
夕方五時前。
榛名と涼音の二人は朝に待ち合わせていた駅まで戻ってきた。これから榛名は先輩たちとの食事会の席へ。涼音は
自宅へと帰ることになる。
多くの人々で溢れている駅構内。言葉にはしないが、二人の思いは同じだった。
別れたくない、もっと一緒にいたい、と。
ジーンズのポケットへと適当にして突っ込んでおいた携帯が着信を知らせてくる。マナーモードに設定していたため、
バイブレーションでのものだった。
榛名は取り出して開き、確認する。先輩からのものだった。内容はこれからの食事会の細かいことと、今日の試合は
終盤に逆転して連勝を飾ったことなどが書かれていた。
軽く嘆息する。行かなければならない。
「今日は楽しかったです」
「うん。わたしもだよ」
視線が重なる。涼音からのものが痛い。行かないで――。口にして言葉にこそしていないが、そう言いたいということが
はっきりと手に取るようにわかる。
「夜に、何時になるかわからないけど、電話してもいいですか?」
「えっ……、いいの?」
「はい。涼音さんがよければですけど」
涼音は榛名との距離を詰めて抱きついていった。そして逞しい胸板へと頬を寄せていく。
「わかった。待ってるから。絶対してね?」
ぎゅっと抱擁を交わしていく。時折、足を止めて見てくる人もいたが、そんなことは関係なかった。
こうしていつもよりも早いデートを切り上げて、榛名は次の目的地へと向かっていった。正に後ろ髪を引かれる思い
ということを体感しながらも。
チームの投手陣で贔屓にしている行きつけの店……ではなく、メールで指定されてきた場所は、洒落た雰囲気が漂い
洗練された品が感じられる。そんな店だった。
榛名は店に入り応対してきた店員へと告げると、丁寧な物腰のその人から奥の座敷席へと案内された。靴を脱いで
扉を開ける。そこには既に先輩投手たちが勢ぞろいしていた。
二時間前に試合が終わったばかりなのに、いつもはゲームを終えるとのんびりしている人まで来ている。最後に到着した
榛名は、そのことを詫びて末席へと座る。
いつものラフな格好ではなく、どことなく気合の入った服装に見える先輩が多いのは気のせいだろうか。それも独身の
人だけ。既婚の投手はどこか困惑気味に見えるのはなぜなのだろうか。
続いて気付いたのは、席が半分以上空いているということだった。榛名を含めてこの場に来ている投手会の面子は全員で
十四人。この倍以上の席がまだある。グラスも箸もおしぼりも置いてある。空席というわけではないようだ。
(うちの野手陣が来るのか? それともよその球団の人が来るのか?)
榛名は、隣の席に腰を下ろしている今夜の飲み会の幹事を務める先輩へと声を掛けようとした。したところで――。
扉が開いた。そこには涼音と同じ年頃の若い女の子たちがいた。それぞれ満面の笑みを浮かべつつ、遅れてきてしまった
ことを口々に詫びていきながら彼女らは空いている席へとついていった。
(まさか……)
さっと顔を青くした榛名は、テーブルへと置いていた携帯とキシリトールガムを上着のポケットへと突っ込んで立ち上が
った。
いや、正確には立ち上がろうとした。
「……どこへ行く気だ?」
隣にいる幹事の先輩より左腕をがしっと掴まれてしまった。。
「そ、その……、宿舎に忘れ物を」
「おまえ目当てで来てる子も結構いるんだからな。絶対に逃がさないぜ」
顔は笑っているのだが目が笑っていない。その勢いに呑まれて腰を下ろしてしまった。
「ちょっ、これなんなんスか!? 飲み会って話で……」
「ああ、飲み会だよ。合コンという名のな。現役女子大生との合コン! セッティングに苦労したぜ。一ヶ月前から準備
していてな。もう皆して食いついてくるし、二軍の連中も羨ましがってて」
そのまま話を続けていく先輩の口から状況が少しずつ確認できてくる。
「…………」
榛名はようやく理解した。自分はこの合コンを開くためのダシに使われた挙句に、騙されてのこのこと来てしまった。
既婚の先輩たちも榛名と同じようにして騙されていたのだろう。
そうでないと、このテンションの違いに説明がつかない。既婚の先輩と同じように、榛名のテンションも恐ろしく低い。
昼間に、涼音へとこういう裏切る行為はしないと誓ったばかりなのに。それなのに、数時間後にはこういう場へと図らず
ながらも来てしまった。
「お、オレは……」
「なに、彼女には黙っておけば大丈夫だろ。ただ酒を呑むだけ。これなら浮気にはならないだろ? つーか、今から
帰るなんて言い出して場を白けさせるようなバカな真似はするなよ……?」
「…………」
榛名の肩をぽんと叩いてその先輩は席を立つ。視線を感じる。顔を上げて確かめる。そこには気味が悪いまでの笑顔を
した女子大生たちが榛名を見詰めていた。
背中には冷や汗が伝い、顔面は蒼白になっていくのを榛名は自覚した。
一方、涼音は自宅へと帰るべく車を走らせていた。笑顔でカーオーディオから流れてくるお気に入りのアーティストの曲へ
と合わせて歌っている。
機嫌は良いようだ。それも随分。
本当なら今日のデートはキャンセルのはずだった。だが、大好きな彼氏は時間を作ってくれて一緒に遊んでくれた。それに
榛名の気持ちを再確認することもできた。これにより涼音の心は大いに満たされていた。
「〜〜♪ 〜〜♪♪ 〜〜♪♪♪ ……ん?」
助手席に置いてある携帯が着信を告げてきた。メールではなくて電話のほうだった。それに出るべく、ウィンカーを出して
路肩へと寄せて一時停止。続いてハザードランプを点灯させた。
開いて確認する。相手は大学のクラスメイトだった。取り立ててなにも感想を持つことはなく、通話ボタンを押して耳へと
当てる。
『……あっ、涼音?』
「うん。どうしたの?」
『いやね、涼音にいい話があってさ。ぶっちゃけると合コンのお誘いなんだけど』
心のなかで涼音は嘆息を漏らす。この友人は断っても断っても諦めることなくこういう話を持ちかけてくる。
合コン。大学に入りたてのころに一度だけ行ってみたことがある。話に聞いていたその世界どんなものだろうと、興味本位
でのことだった。しかし、想像を絶した場であった。
男たちのギラギラとした下心を隠しきれていない視線。特に自分の胸へとそれが注がれていくのを強く感じた。さりげなさ
を装いつつ、こちらが距離をとっても擦り寄ってくる。挙句の果てには、肩を抱いてこようとさえしてくる。
嫌悪感が胸に充満して、途中で退席をした。それなのに心配だから送るよと、あからさまに嘘だとわかる台詞を吐いて
ついてこようとしてくる。
結果的になんとか撒くことができて事なきを得たのだが、この一件で完全に懲りてしまった。自分には合わないと。
そういうことだと割り切って楽しむのもありだと思うし、真面目に出会いを求めて来ている人間もいるのかもしれない。
でも、自分の肌には合わない。この件以来、毎回誘いを受けても理由をつけて断るようにしている。
『……ねえ、涼音。聞いてる?』
「……あっ、うん。悪いけど……」
そして涼音は、榛名と付き合うようになってからの断り文句である『彼氏がいるから行かない』と告げようとしたのだが。
『だからね、今日の相手はすごいんだって。プロ野球選手だよ、プロ野球選手! 上手くやってけば玉の輿も夢じゃない
んだから!』
テンションが一気に最高潮へと上がった友人。それに対して涼音は、いつか痛い目にあってからじゃ遅いのにと思う。
『それも、涼音がファンのチームの人たちなんだよ』
「……えっ?」
意識せずに眉間に皺が寄っていく。以前の涼音は地元の球団を応援していた。しかし榛名が、彼が所属する球団に指名
されてからはそこへと鞍替えをした。
『ほら、今売り出し中で評判のイケメンエースも来てるんだよ。えっと、なんて言ったかな……左投手のは、は……』
「榛名、元希……?」
『そうそう、ハルナさん! もう一番人気ですごいんだって。それに今日は相手方の奢り……』
「ねえ、その合コン……どこでやってるの?」
『おっ、お堅い涼音もその気になった?』
「――いいから早く教えなさい」
冷淡な涼音の声を聞いて友人はそれに恐れつつも、会場である店の住所をメールで送ると話した。電話を切ってほどなく
して、そのメールが届いた。
さっとチェックすると、来た道を引き返すことにする。
なにかの冗談だ。きっと友人が勘違いしているだけなのだ。榛名は先輩たちと呑んでいるはずだと言い聞かせながらに、
涼音は車をさっきよりも速いスピードで走らせていった。
件の店に着くと出迎えてくれた友人から案内されて奥の座敷席へと向かった。お手洗いに行ってくるからと言い、友人に
先にそこへと入らせた。
(そんなはずないよね? うん、いるはずがないよ。だってお昼に約束してくれたもん。浮気はしないって……)
扉をほんの少しだけ開けて室内を見る。榛名がいないことを祈って、胸の動悸が激しくなるのを感じながら。
「……ぁっ」
宴席のなかに涼音の彼氏はいた。それも顔を紅潮させて両脇に女子大生を侍らせて――。
どうやって家に帰ってきたのか、涼音は思い出せない。気付いたら自分の部屋でベッドに上がって天井を見詰めていた。
「なにかの間違いだよね、うん……わたしの見間違いかな……」
力なく呟く。涼音の視力は小さい頃から少しも落ちたことはない。両目ともに2.0だ。だから見間違いなどではない。
それに、彼氏の姿を見間違えるわけがない。
わたしたちは付き合っているのではなかったか。
わたしは榛名元希の彼女ではないのか。
わたしは、なんなのだろう? 彼女ではないのか。もしかして、彼が付き合っている大勢の女のなかの一人なのか?
一人目の彼女? それとも二人目の彼女? 三人目の彼女? それともそれとも……。
「そうだ。今夜、電話してくれるって……。なにかの間違いだったんだよ。ううん。もし浮気でも正直に話してくれれば、
一回だけなら……」
ようやく室内灯を点して部屋が明るくなった。身体を起こして携帯を持つと、涼音は榛名からの電話を待った。
しかし、夜中になっても日付が変わっても明け方近くになっても、携帯が着信メロディーを奏でることはなかった。
初めての飲酒は散々なものに終わった。群がってくる女子大生を相手にするにはアルコールの力を借りるしかなく、
結果的に過剰に摂取したことにより、強烈な二日酔い特有の頭痛を感じての目覚めであった。
日付が変わる前に先輩に肩を貸してもらって宿舎の部屋へと戻ると、ベッドにダウン。そして、すさまじい痛みを
感じて飛び起きたのが先ほどのことだった。
痛む頭を抱えて階下のレストランに行くと、居合わせたマネージャーに呼び止められた。榛名が理由を話すと、ため息
ながらに二日酔いの薬を差し出してくれた。
これを服用してどうにかマシになってきたと思う。それでも頭は断続的に痛むし、胃がムカムカしてきて食事を受け付け
ることを拒否してくる。
だが、朝食は大事だ。それに、今日から練習は再開となっており次回の登板日に備えなければならない。箸を苦労して
つけていき、なんとか食事を進めていった。
練習に出てきた顔色が悪い榛名に気付いた上司――投手コーチは、呆れつつも酒を呑みすぎた翌日はとにかく走り込むこと。
そうすればアルコールは抜けると助言してくれた。
その言葉に榛名は素直に従って、球場近くにある陸上競技場のトラックで普段の倍となる距離を精力的に走り込んだ。
それが終わると、いつもは打撃投手をしている裏方さん相手に遠投をしていく。フォームを意識しながらのものだ。
仕上げに短距離ダッシュ――三十メートルダッシュを三十本こなして、陸上トレは終了となった。
そして仕上げに室内練習場でウエートトレを軽く行う。
全てを終えると昼が近くなっていた。ほんの少しだが二日酔いもマシになってきたように思う。
榛名は宿舎に帰ると大浴場へと行き汗を流して部屋へと戻った。ベッドに腰掛けて寝そべっていく。
「酒ってきついな……。でもこれからも付き合わされるだろうし、どうなるんだよ。オレ……」
睡眠不足であったため、瞼が重くなってくるのを感じる。昼食はパスして昼寝でもしようかと考えていく。やがてほど
なくして訪れてきた心地よい眠気へと身を委ねようとしたところ。
「ん……電話か?」
脇に放っておかれていた携帯が着信を知らせてきた。専用のメロディーのため、相手が誰だかすぐにわかった。
涼音だ。
そういえば、昨晩は電話をすると言っていたのにしなかった。そのことを謝らなければと思いつつ、榛名は電話へと出る。
『…………』
「もしもし、涼音さん? 昨夜はすみませんでした。宿舎に戻るとそのまま寝ちゃって……」
『…………』
先手必勝と謝罪の言葉を舌に乗せていったのだが、涼音から反応はない。
「涼音さん?」
『……ねえ。昨夜はどこに行っていたの?』
それは感情のない、抑揚がない言葉だった。思わず榛名は戸惑ってしまう。
榛名は一瞬迷った。迷った。迷ってごまかすことにした。合コンに行っていましたなどと馬鹿正直に言えるはずがない
のだから。
「先輩たちと呑んでましたよ。昨日話したましたよね? 酒は呑んでも呑まれるなって話が身に染みてますよ。
今、二日酔いでスゲーきついです」
『……そう。ねえ、本当に先輩たちと呑みに行っていたの?』
「えっ、はい」
『……き』
聞き取れなかった榛名は、携帯を耳から離して電波を確認した。ここは都心にあるホテルだ。当然ながら三本とも
しっかりと立っている。
「涼音さん。今なんて」
『嘘つきって言ったのよ……ッ! ねえ、なんで嘘つくの? どうして嘘をつくの?』
「……えっ」
言葉にならなかった。涼音が合コンに行っていたことを知っている。状況はまだ把握しきれないが、これは間違いない。
『わたし、知ってるんだから。昨夜に元希たちが女子大生と合コンやってたってことを。ねえ、わたしは元希の彼女
じゃなかったの? わたしたちは付き合っているんじゃなかったの?』
「…………」
なにを話せばいいのかわからなくて、榛名は言葉に詰まってしまっていた。それが涼音の神経を逆撫でていく。
『そういえば、電話してくれなかったよね。元希から約束してくれたのに……』
「そ、それは宿舎で寝てて……。本当に」
『それも嘘なんでしょ? 女の子たちの誰かをお持ち帰りってやつをして、いやらしいことしていたんじゃないの?
一人? それとも二人相手に?」
「一人で宿舎で寝てました……。本当です!」
『最低だよ、元希。わたし、信じてたのに。離れていてもずっと仲良くやっていけるって思ってたのに。昨日のお昼に
浮気しないでって言って約束してくれたのに。それなのに、わたしを裏切るの? ほんのちょっとだけしか時間は経って
いないのに。ああ、そう。そうなんだ。わかったよ。わたしは元希にとって都合のいい女ってことなんだね……』
「えっ……」
『こっちに戻ってきたときのセックスフレンドってやつ? それも、大勢いるなかの一人にしか過ぎないってこと
なんでしょ? わたしは真剣に付き合っていると思っていたけど、心のなかでは笑ってバカにしてたんでしょ?
セフレのくせにって』
「…………」
取り返しのつかないことになってしまった。ベッドから飛び降りて、床へと額を擦りつけて土下座をして許しを請う。
「すみませんでした! 確かに昨夜は合コンに行ってました。でも、涼音さんの言うようなことはなにも……」
『遅い、遅いよ……元希。嘘をつかないで最初からちゃんと正直に話してくれれば、水に流してあげるつもりだった
のにね……。平気で嘘をついて裏切るような人は、わたしはもう信じられない」
「すずね、さん……」
『わたしのことは、もういいでしょ? 昨日の合コンで新しいセックスフレンドができたんじゃないの? わたしは、
もうそういうことはしたくない。身体だけを目当てにされる――弄ばれるだけの付き合いなんてできない』
「だから、それは……っ」
『わたしはもう騙されないから。さようなら……』
そして、電話は切れてしまった。
さっさとリダイヤルして釈明しなければならない。いや、涼音の家に出向いて土下座でもなんでもして許しを請わな
ければならない。
だけれども、なにがなんだかわからなくなってしまっていた。
榛名はふと窓へと目を向ける。昨日までの快晴はまるでなかったかのようにして、激しい土砂降りの雨粒がアスファルト
へとぶつかっていっていた。
突然の大雨。それは榛名の今の心情を表現しているかのようでもあった。