778 :
743:2009/12/04(金) 00:23:24 ID:+1glKGLG
まともに顔が見れず、明後日の方を向いて、言うしかなかった。
「……カート、返してくるわ」
「えっ?」
「ほら、片手運転は危険だから。カゴだけ持ってりゃいいだろ。あとは
肉だけだしな」
「そ、そうだね……」
「すぐ、戻ってくるから」
「待って。私もいく」
カラカラカラ。
少し寂しい音のする、買い物カートを押していく。
隣には、美香が並んで歩いていた。なにを話せばいいのか、思いつか
ない。
「……今日の夕飯、カレーだったよな?」
「そうだよ。お昼に食べるお惣菜も、買っていこうね」
「忘れてた。そういえば、昼飯まだだったな」
「ねぇ、りゅーくん」
「なに?」
「どこかで……食べてく?」
「いいね、奢るよ」
「ダメ。ちゃんと半分にしなきゃ、行かない」
「了解」
一つ、一つ、何かを確認するように、歩いていく。
不意に、これでいいんだと思えた。
彼女の掌は、温かい。
「……久しぶりだね」
「だな」
言葉少なくとも、言いたいことが分かってしまう。それが嬉しい。
手を繋いだのは、夢に見る、あの頃以来だ。
(ここまで)
779 :
757:2009/12/04(金) 04:51:40 ID:Z5hMqjOy
>>772-778 え、ネタバレだったの?
おじさん期待しちゃうよ?
まぁ、それはともあれ投下乙です!
乙です。
続き期待っす。
781 :
名無しさん@ピンキー:2009/12/05(土) 00:38:50 ID:yyaNuwdY
昔ながらの男尊女卑家庭で育った気弱っ子
鈍感とヘタレの違いについてご教授願いたい
相手の想いに気付かないのが鈍感
好きなのにモーションかけられないのがヘタレ
でないの?
>>777 昔の罰ゲームでMが開花してる美香に期待
ドSで鬼畜な変態野郎であるりゅーくんの今後の奮起にも期待
美香ちゃんが可愛い
勇気を出して、誰かに見られてないかとびくびくしながら傘を隠し、
勇気を出して、傘が無くて困ってる男に傘を差し出し「一緒に、かえろ?」。
そんな策士系気弱っ子。
「…………なあ、それ俺の傘なんだが」
(まちがえたっ!?)
恋に一途な腹黒い気弱美少女ですね
気が弱いから謀略に走らないと安心できない、と解釈すれば萌えなくもない
普段は普通なのに策略が1つ、また1つと破られる毎に気弱な本性がジワジワと
謀略系気弱娘と言えば、
主人公の弱みを握った気弱娘がそれをネタに脅迫して
一緒にお弁当したり一緒に登校したりするって漫画があったな・・・
>>743 です。
続き書けましたので、投下いたします。
これ含めて、あと二回で終わる予定です。
最後の方にえちぃシーン入ります。エロ薄くてごめんなさい。
買い物の荷物が邪魔になるので、家に帰って片づけてから、もう一度
外にでることにした。
「やっぱ、十二月にもなると、さみぃよな」
部屋に戻って、普段から着ているジャケットを羽織る。下はジーンズ
に履き替え、首元にはマフラーを巻いておく。財布を持ったのを確認し
たところで、部屋をでた。
「美香。玄関先で待ってるからな」
「あ、うん。すぐいくね」
返事を聞いた後で、階段を降りて外にでた。
今日は快晴で、十二月にすれば暖かい。むしろマフラーを巻いている
と、暑いぐらいだ。
しばらくぼんやりしていると、玄関の扉が開いた。
「お、おまたせ……」
「……?」
美香が顔をだした時、返事が出来なかった。その姿に目を奪われたか
らだ。
黒のロングブーツと、膝上までしかない黒コート。襟元が大きく開か
れているうえに、コートの裾が異様に短い。着やせする美香のボディラ
インを、艶めかしく強調していた。
(……胸、でけぇ)
ゴクリと、生唾を一つ。慌てて弁明する。
「め、めずらしいなっ! お前が、そんな服着るのってさ!」
「こ、これね……前の日曜日に、買ったの……」
身を捻って、恥ずかしそうに俯いた。「コツ、コツ」と、履いた黒ブ
ーツの爪先で、庭の飛び石を軽く叩く。
やめろ、脚動かすんじゃねぇ!
後ろに回りこみたくなるだろうがっ!
「お、お母さんがね……これぐらいの方が、いいよって……」
彩華さん!
失礼なことは承知だが、今だけは「グッジョブ!」と、叫ばせて頂き
たい。その衝動を必死に抑え、脳内だけで親指を立てておく。
「……や、やっぱり似合わない……よね、着替えてくるねっ!」
「まて、待つんだ!」
「……えっ?」
「似合ってるから」
「ほ、ほんとう……?」
深く頷いた。そして思わず言いかけた。
でも寒くないのか、その格好は。
「……いや……」
言ったら、男として失格だろう。黒ブーツとコートの間には、男子連
中から『女子の本気』と称されている、素のふとももが見えているのだ。
健康的な肌の色が、眩しいのだよ。
これは隠すべきではない! 異論は認めん!
「美香」
「ふぇ?」
普段から控え目の格好が多いのに、美香の『絶対領域』を拝める日が
やってくるとは。彩華さん。本当にグッジョブです。今だけは「お義母
様」と呼ばせて頂きたい。
「好きだ」
「……えっ!」
「大好きだよ。君の、その服が。とても素敵だ」
「……あ、ありが……と……ぅ……」
「うん」
俺はもう一度、深く頷いた。
小物を入れたバッグや、ネックレスなどの貴金属。美香を飾り立てて
いる物もまた、それなりの値段がするのだろう。
二人で出掛ける時のため、そんな格好をしているのであれば。
(死ねる……っ!!)
天罰が下されても、空からメテオが四回降り注いできても、今なら後
悔はしない。
そのせいか、ヘタレな俺が、前にでた。
「り、りゅーくん……?」
「寒いだろ、その格好」
「え……?」
「貸してやるよ」
「はわわっ!?」
美香の声を無視して、自分のマフラーを解いた。彼女の首元へと巻き
つけてやる。相当にキザったらしいことをしているのが分かったが、一
度動いた手は、止まらなかった。
「あ、あの、えと、その……っ!」
「苦しくないか?」
「へ、へいきっ!」
「お前さ、そんなに身体強くないんだし、無茶すんなよ」
「うん……ありがと……」
「っ!」
マフラーに手を添えて、上目遣いに覗きこまれた。
自我が壊れていくのが分かる。よろしくない妄想が、頭の中を駆け巡
る。理性が叫ぶ。『落ちつけ、落ちつけ、落ちつけっ!』
「りゅーくん……」
「なに?」
「お願い……クリスマスも近いから……その……」
「うんうん。もうすぐだよな、クリスマス」
「よかったら……」
「うんうん」
「……ク、クリスマスケーキ……予約、していい……?」
「いいよ」
「それから、お父さんとお母さんへのプレゼントを、ね?」
「うん」
「探すの……手伝って……くれません、か……?」
「〜〜〜〜ッ!!」
あぁ、畜生。この天然娘っ!
世の野郎どもが望む解答と、微妙にズレ過ぎているっ!
いっそ、強引に奪ってやろうか。
「ダメ……?」
「あ―――」
よせ、やめろ。そんな綺麗な眼差しで見ないでくれっ!
最後の一言に、行動に、踏みきれねぇーーーっ!
「美香っ!」
「うん」
「俺でよければ、付き合うよ……その……プレゼント、買いにいくの」
「ありがとうっ!」
「……ふっ……」
はいはい。どうせ俺はヘタレですよ。ヘタレキングですよ。でも、こ
の幼馴染みの天然さも罪だろう。可愛さと同居しているのだから、本当
に性質が悪い。
「プレゼント買うなら、いくらか持ってた方がいいよな」
「うーん、そんなに……」
「一応、カード持ってくるわ」
「……えっ? だ、大丈夫っ! そんなに高いもの買わないよっ!」
「気にすんな。食費は固定で、光熱費も支払ってもらってるんだしさ。
こんな時じゃねーと、お礼かえせないし」
「そんなことない。お父さんもお母さんも、りゅーくんがいるの、むし
ろ楽しんでるもの」
「でもなぁ……」
「それに、りゅーくん。普段から遠慮してるんだから、ダメだよ」
「へ?」
美香が、じっと顔を覗き込んでくる。逸らせなかった。
「りゅーくんって、娯楽になるような私物を、ほとんど買ってないでし
ょ? 部屋、物がほとんど増えてないもん」
「いや、べつに……」
「息苦しかったり、するよね? 私がこんなこと言っちゃダメなのかも
しれない。でもね、りゅーくんにはね、もっと、自由にして欲しいなっ
て、思ってるんだ」
「平気だよ」
「そんなはずない。りゅーくんの幼馴染だから、わかるもん」
「……」
目が空を泳ぐ。耐えきれず、認めてしまった。
居候を初めて九ヶ月。模範的な「いい子」を演じることに、気苦労を
感じていた。だけどそれは、勝手な思い込みと行動による結果に過ぎな
い。それも分かっていた。
「りゅーくんはね。もっと自由に、好きな物買って、食べて、散らかし
てくれていいんだよ。自分で許せないなら、私が許してあげる」
「ありがとな……」
「うぅん。ねぇ、りゅーくん」
「なに?」
「私、生意気なこと言ったから……罰ゲーム、して?」
「勘弁しろ」
「えへへ……」
美香が笑う。その顔を見て、思った。
やっぱり自由になんて、できないじゃないか。
「―――それじゃ、飯食いに行こうぜ」
「うんっ!」
嬉しそうに、腕を掴まれた。外してしまうわけにもいかず、彼女の歩
みに合わせて歩く。心の中で、何度も、何度も、繰り返した。
『手ぇ、だすなよ』
抑えておかないと、簡単に、一線を越えてしまう自信だけが、ある。
幼馴染みとか、居候とか、そんなの関係ない。
好きだった。ずっと、好きだった。
はやく、壊してしまいたい。
家に帰ってきてから、しばらくは居間のソファーで、ぐったりしてい
た。緊張の糸が解けたら、頭が上手く回らん。
「あー……」
幼馴染みと昼飯食って、クリスマスケーキを予約して、ご両親へのプ
レゼント(美香はセーターとネクタイ、俺は小さな置き時計にした)を
買っただけなのに。
「……ぁー」
失敗はなかったか。次の機会があれば、反省点はあるか。
そんなことばかり、一人でうだうだ考えていた。
本当ならここで、「彼女」に電話の一本でもすればいいのだろうか。
「りゅーくん、今日は本当に、ありがとう」
「いいって。俺も楽しかった」
「よかった。それじゃあ、ご飯の支度するね」
「手伝うよ」
「お願い」
ただ、彼女は、同じ屋根の下にいる。
いつもの私服に着替えた美香に続いて、台所に立つ。緊張した。
「なにすればいいかな?」
「ちょっと待ってねー」
花びらが描かれた、薄いピンクのエプロンだ。昼間の艶っぽい気配は
もう、完全に消えていた。『女は怖い』と告げた、先人たちの言葉が今
なら分かる。
「りゅーくん、お野菜だしてもらえる?」
「おぅ」
言われた通り、食材を冷蔵庫から取りだす。ジャガイモ、ニンジン、
タマネギ。ついでに肉もだしとくか。今日の夕飯は予定通りカレーだ。
「じゃあ、まずは皮剥きしよっか」
「ういっす」
美香からピーラーを受けとって、流しに二人並ぶ。野菜を水洗いして
、ジャガイモやらニンジンの皮を剥いていく間、お互い無言だった。
(あー、地味に難しいんだよな……これ)
手慣れてない俺は、ちまちまと細かいクズを積もらせていく。対して
美香は、実に手際が良い。
「やっぱ、上手いよなぁ」
「これぐらいなら、すぐできるよ」
「そんなことねぇよ。見ろよ、俺のなんか、こんなだぞ」
「りゅーくんって、昔から不器用だよね」
「ほっとけ」
眉をひそめた振りをして、再び手元に集中した。楽しそうな顔が可愛
くて、気をつけていないと、指の皮まで剥きかねない。
シュル、シュル、シュル。
ある程度の数をこなすと、慣れてきた。
美香がまな板と包丁をとりだして、今度は野菜を切っていく。タン、
タン、タン、と、その音が不思議と心地良い。心地良くて、つい声をか
けてしまう。
「美香」
「なぁに?」
「カレーってさ、野菜切って、軽く炒めて、水沸かした鍋に突っ込んで
、次に肉入れて、最後にルーを溶かしてやったらいいんだよな?」
「……うーん、とね」
美香の手が止まり、音も止む。
困ったように小首を傾げて、俺を見た。
「間違ってはないよ。でもね、料理は大体じゃおいしくならないの。愛
情と努力だけでもダメ。料理は知識だよ。どれだけ勉強したかで、すっ
ごく味が変わってくるんだからね」
「ほ、ほう……?」
「隠し味なんかも大事だよ。でもね、なんでもかんでも入れていいわけ
じゃないの。多すぎても、少なすぎても、ダメ。さじ加減が少し変わっ
ちゃうだけで、全然、味が違ってくるんだよ」
「なるほど、奥が深いな」
「うん」
にっこり笑って、また野菜を刻んでいく。天然の癖に、妙なところで
細かいやつだった。勉強も理数系の方が得意だったりする。まな板の上
の食材は、彼女の計算によって刻まれているのかも。
「これ切ったら、材料炒めるからね。その間に、お米洗ってもらえるか
な?」
「よっしゃ、任せろ」
米櫃の前で屈み、ざざーっと、米をだす。
「カレーだから、量あった方がいいよな。えーと……五合ぐらい?」
「そうだね〜。えへへ」
「どした、なんか楽しそうじゃん?」
振りかえると、口元に手を添えて笑っていた。正直、その仕草だけで
も、かなりやばい。なにがやばいって、ほら、今、俺は屈んでるわけで
すよ。角度的に、見上げるしかないじゃないですか。
美香は、スカートを履いておりましてね。エプロンが邪魔なんですが
、その横から見える脹脛が、実に艶めかしいわけですよ。
スカートと、ソックスの間にある、絶対領域、再びですよ。
パンツが見えそうで見えない。
「りゅーくん?」
「―――い、いやっ! 米の量、間違えてたかなと思ってっ!?」
「ううん、それでいいよ。あのね、りゅーくんが来てから、ご飯が沢山
減るのも、慣れっこになってきたなって、思ったの」
「……えっ、俺、もしかしなくとも、食い過ぎ?」
「ごめん、そうじゃなくって。ほら、お父さんも、お母さんも、基本的
に小食でしょ。だから―――」
「おかわり、一杯までにした方がいい?」
「うぅん、もっと食べてもいいよ。……えぇと、あの、お買いものの時
にも言ったけど、りゅーくんがおいしいって食べてくれるから、嬉しく
て……だから……その、ね?」
美香の顔が、どんどん赤くなっていく。
夕暮れの日差しが窓から入ってきて、とても綺麗に写った。
目が離せない。
「気がつけば、側にいてくれる。それを当たり前みたいに思ってた。幼
稚園に通ってた時は、ずっと、一緒にいたよね」
「……あー、うん」
たまらん。ふとももたまらん―――じゃなくて。
美香が楽しそうに紡いだ過去は、俺にとって、唾棄すべきもの。
思い起こせば、美香の泣きじゃくる顔が浮かぶ。
その隣でせせら笑うクソガキ。嬉しそうに、彼女の頭を撫でている。
『よしよし』
『……ひどいよ、りゅーくん。どうして、イジワルするの……?』
『だって、お前の泣き顔が、見たいんだもん』
最低だ。胸が、抉られるように痛い。
ガキでありながら、美香の泣きべそを見るのに、快感を覚えていたん
だ。こいつは一生、俺が泣かせてやらなきゃ気が済まないって、本気で
思っていた。
「りゅーくんと一緒だった。ずっとずっと、一緒だったよね」
「うるさい」
「えっ?」
「……いや、ごめん。なんでもない」
俺は、昔から、どこか、歪んでる。
ガキの時に自覚できたのは、本当に幸運だった。思いだしたくないの
に、過去を蔑む限り、忘れられない。フラッシュバックするように、目
の前に広がっていく。
『――――にゃあお』
うるさい。
黙れよ。クソが。
タン、タン、タン。
シュル、シュル、シュル。
『にゃあお』
記憶の中から、一匹の黒猫が現れる。
野良の、汚い黒猫だ。ガリガリに痩せていて、いつも後ろ脚を引き摺
っていた。美香の家のブロック塀にさえ飛び移れない。じたばたと足掻
いては、無様にアスファルトの上に転がり落ちるような、まぬけだ。
『にゃあお……』
当時、その声が、心底憎かった。
美香の家で遊んでいると、庭先から、彼女を呼ぶのだから。
『りゅーくん。ねこさん、またきてるー』
『ずうずうしい奴だな。ここ、美香の家なのに』
俺は、自分だけが例外のように言う。
『あのね、おかーさんがね。かってもいいって。だから――』
『やめろよ、あんな、汚いの』
『えー、でもでも、かわいいよ?』
『可愛くねーよ。お前、俺の言う事、きけねーの?』
『……あぅ』
『罰ゲーム、一つ残ってたよな。美香、絶対あの猫と喋るなよ。それか
ら俺の前で、猫のこと話すな。話したら、絶好だ』
『やだっ!』
『嫌だろ? 俺の言う事、聞けるよな?』
『…………は、い……』
女の子の顔が曇っていく。偉そうな俺の言葉に、返事ができない。そ
れを見て、満足げに頷いた。
『よしよし』
小さく揺れる頭を、撫でていた。
数日後だった。
幼稚園からの帰りだった。
運送しているバスが、道の途中で止まった。
一匹の黒猫が、死骸となって道を塞いでいた。
すぐに、あの猫だと分かった。
気持ちが、良かった。最高だった。
『あぁ、よかった。ウザいのが消えた。
美香は、これで、俺のだ』
愉快でたまらなく、笑っているクソガキ。
猫が相手でも嫉妬してしまうぐらい、大好きな女の子がいた。
その子が、本当に悲しむ顔を見て、心の底から喜んでいた。
始めて、自分が、歪んでいることに気がついた。
『―――――――――!!』
美香は綺麗だ。泣きじゃくっている、その顔が良い。
大粒の涙が、ぽろぽろ、零れ落ちる。夕日によく映えた。
心に焼きついたんだ。大人でさえ怯むような、血に塗れた野良猫を、
愛しそうに抱きしめる少女の姿が。
夕焼け空の下、何度も、繰り返し、叫んでいた。
『おいしゃさんを、よんでください。
たすけて。ねこさんを、たすけて。
しんじゃう、しんじゃう、しんじゃう……』
タン、タン、タン。
シュル、シュル、シュル。
針が巻き戻るように、視界はまた、元の世界へ戻っていく。
あの時から変わらず、さらに綺麗になった彼女が、見ている。
私は君のこと、ぜんぶ知っているよ。そんな風に微笑んでいた。
「楽しかったよね、あの頃。今も楽しいけど」
「……そんなに、いいことなんざねぇよ」
「えっ?」
「確かにさぁ、ガキの頃はよく一緒にいたけど。お前、いつも俺に酷い
ことされて、泣いてばっかりだったろ?」
「それは、そうだけど……」
「だろ? お前はちょっと、過去を美化しすぎなんだよ」
「……そんなこと……」
やめろ、やめろ、やめろよ。
ガキみたいに不貞腐れて、格好悪ぃ。
愛想よく笑って、流しておけばいいものを。
「……でも、イジメられたのだって、大切な……」
「忘れとけ。俺は後悔してるんだから」
「……りゅーくんは、優しいよね……」
「は?」
美香の言う事が、理解できなかった。
「小学生になってから、りゅーくん、私にも、他の誰にも意地悪しなく
なった。誰かが困ってる時には、こっそり手を貸してあげてた。私、知
ってるよ」
「誰だってするだろ。そんなこと」
「中学生の時だって、いじめられてた子を庇ってた。代わりにいっぱい
殴られたのに、仕返ししないで、じっと耐えてた」
「……それは、俺がヘタレだから……」
やめろ、やめろ。
お願いだから、もう、やめてくれ。
「うぅん、違うよ。りゅーくんはヘタレじゃない。そういう風に自分を
作って、周りに見せてるだけだよ。りゅーくんは、ヘタレじゃなくて、
怖いんだよ。誰かを傷つけるのを、すごく怖がってる」
「あのなぁ……」
「見てたから。先生呼びにいって、戻ってきた時。りゅーくん、相手を
思いっきり睨んでた。手を握り締めてた。だけど、相手のこと絶対殴ら
ないって顔してた。殴れなかったんじゃ、ないよね?」
胸が痛い。
頭がチリチリ痒い。恥ずかしさと、後悔と。
美香は本当に天然すぎる。恥ずかしい台詞が、よくもまぁ、スラスラ
でてくる、でてくる。
「あの時、私ね……」
「もういいよ、カレー作ろうぜ」
「……りゅーくん」
「んだよ」
いつもならこの辺りで「そうだね」とか「ごめんね」とか言って、会
話打ち切りだろ? それなのに今日は、なんでそこまで踏みこんでくる
んだよ。俺達、ただの幼馴染みだろ。
「りゅーくんは、格好いいよ」
「……へ?」
「誰よりも、格好いい」
「ねーよ。俺は、ただのヘタレだって」
「違うもん。りゅーくんは、ヘタレじゃないもん」
「あぁ、そうかよ。ありがと」
「どういたしまして」
「――――ッ!」
やば。「線」が、一本切れた音がした。
腹の底から、感情が迫りだしてくる。
立ち上がって、正面から彼女を睨みつけた。
「お前さぁっ! さっきから、なにが言いたいわけっ!」
「えっ!?」
「なんか言いたいことがあるんだろ。遠まわしにネチネチと、正直、ウ
ゼェ!」
「…………あ、ごめ―――」
「謝るなよ。それより言いたいことがあるなら、ハッキリ言えよ」
「……わかった、言うね」
「おう」
息を、一つ吸い込んで。
唇が、動いた。
「私は、りゅーくんのことが、好き」
すっと、熱が冷めた。
声がでなかった。間の抜けた返事すら、できなかった。
これ以上ないぐらい冷静に、真っ赤に染まった顔を前にした。
柏木美香が、エプロンの裾を強く握りしめて、俯いている。眼元には
微かな涙が浮かんで、揺れていた。
「りゅーくんのこと、ずっと、ずっと、好き……です……!」
伏し目がちな瞳が、少しだけ持ちあがる。
今すぐに、抱きしめてやりたいと思った。
「返事を、くれませんか……」
身体が熱い。血が滾るように燃えてる。喉がひどく渇く。
まっすぐな瞳。ようやく心臓が動きだす。
「……あのね、今日のテストが終わった時ね。りゅーくんの教室での話
、聞こえてたの……」
「法隆寺たちに絡まれてたやつか」
「うん。りゅーくん……私のこと、好きか、嫌いか、分からないって、
言った……」
「言ったよ」
「あれ、本当……?」
「本当だ」
「……他に、好きな子いるの?」
「いねーよ」
「じゃあ……」
目の前の女の子が、懸命に言葉をだしているのが分かる。痛いほどに
通じてくる。それなのに、俺は今すぐこの場を逃げだして、耳を塞いで
しまいたかった。
「じゃあ……私じゃ、ダメ?」
身体が震えている。今にも倒れてしまいそうだ。
「私、りゅーくんのこと、好きだよ。ずっと、ずっと、好き」
「そっか」
おい、なんだそれ。
いかにも「わかってましたよ」的な、口ぶりは。
お前だって、ずっと好きだったくせに。
これはチャンスだぞ。なんつーか、勝利確定みたいなもんだろ。人生
に一度訪れるか否かの、千載一遇のチャンスだろーが。
「りゅーくん……私ね、結構、告白とかされるの」
「知ってるよ」
「とっても嫌な言い方するとね。本当は、煩わしいよ。だって、私、好
きな人いるもん。りゅーくんが好きなんだもん。でもね、りゅーくんの
気持ちが分かんないから、言えないの」
「……」
「これから、男の人に告白されたら、私、言いたい。りゅーくんの彼女
だから、貴方とはお付き合い出来ませんって。そう言いたい」
「……うん」
アホか。なにが「うん」だ。「はい」って、答えろよ。
本当、俺はどこまでヘタレなんだ。
「岡野竜一さん。私を、貴方の……彼女にしてくださいっ!」
「ごめん」
―――あれ? なんでだよ。なに言ってんの。
一瞬、なにもかも、止まってしまった気がした。
「!!」
びくりと震えた美香の両肩。
俺まで、同じ挙動をしてしまいそうになる。
なんでだ。なんで。本当に、なんでだよ。
「いや……」
心臓が、早く謝れと叫んでる。
まだ間に合うって。「今の間違い」とか「照れちゃって」とか言えよ。
最悪、時間もらって、覚悟決め直せってば!
ヘタレなら、ヘタレらしく、言い訳の言葉があるだろう!?
「りゅーくんは……私のこと、今でも、キライ……?」
「違う。そんなことない。絶対にない」
「返事、あとからでも、いいからっ!」
美香の顔が持ち上がる。縋るような眼差しが向けられる。
それだけで背筋が震えた。気持ちがいい、と思った。
この目が、これからも真っ直ぐに向けられたら、どれだけ最高なんだ
ろう。俺だけが、彼女を壊してやれる。ずっとずっと。だから、
「―――ごめん、無理だ」
「どうして……?」
「俺は、自分のこと嫌いだから」
「え?」
「美香は綺麗だからさ。俺なんかより、いい相手がいるよ」
「……それ、本気で言ってる?」
「本気だよ」
言ってしまった時だ。美香の眉尻が、思いっきり釣り上がった。
彼女に睨まれている。初めてだった。
「バカッ!!」
怒鳴られた。当然だった。
目から、涙が散った。いたたまれず、同時に気持ちいい。
彼女を泣かせたのだという快感に、溺れそうになる。
「バカッ! りゅーくんの――――ごめん、通してっっ!!」
「あっ」
押し退けるようにして、俺の側を通って台所を後にする。
「ダン、ダダンッ!」と、普段は絶対に立てない険しい音を以て、階段
を上っていく。続けてすぐ、部屋の扉が荒々しく閉められた音が、耳に
届いた。
それから、彼女の嗚咽が、微かに聞こえた。
泣いているんだ。また、泣かせてしまったんだ。
俺はあの時から、全然変わってない。
『楽しいよなぁ。やっぱ。美香の泣き顔は、いいよなぁ』
「違うっ!!」
握り締めた手を、横に薙ぎ払う。払ったところに冷蔵庫があって、中
でなにかが潰れた。
「……げ」
自分の手も痛いが、それどころじゃない。
冷蔵庫の扉をゆっくりと開けると、卵が落ちて、黄身がぶちまけられ
ていた。黄色い液体が、冷蔵庫の表面を滴り落ちていく。
「……アホか。なに、やってんだよ」
振り返って、流しにかかっていた布巾を、手に取る。
割れてしまった卵を、生ゴミ入れに捨てておく。
「あーあ……」
卵、買いにいかないとな。
まぁ、一パックぐらいなら、コンビニでいいだろ。
そんな、たいした出費じゃねーし。うん。
「……財布、どこにしまったっけ……?」
独り言でも言わなきゃ、落ち着かない。
なんでもいい。原型を留めないぐらい、ブチ壊してやりたい。取り返
しのつかないところまで。でも、自分が痛いのは嫌だ。だから、好きな
ものを壊したかった。一番大切なものを、壊してやりたかった。
「―――財布、みっけ……」
あぁ、意味わからん。
なんか、ダメだ。
とにかく、もう、なにもかも、ダメだ。ダメダメだ。
玄関の扉を開けて、ポケットから家の鍵を取りだした。
今では当然のように入っている、柏木さん家の鍵だ。
「大丈夫、いつかは他人だ。今だって、他人なんだから」
少し、距離が近かっただけ。
美香の告白を断ってしまった、ついさっきまで。
これからは、今まで以上に距離が開く。それでいい。
「いってきます」
小さく告げて、玄関の扉を開いた。鍵をかける。
庭の片隅には、墓がある。小さな花が、揺れていた。
『ねこさんの、おはか』
美香は優しい。あの時から変わらない。
だから、ここは、俺の家じゃない。
(ここまで)
(前回、前々回、GJレスくれた方、ありがとうございます)m(_ _)m
投下乙です!!!
しかしりゅーくんが予想以上に歪んでて吹いたw
ヘタレの擬装を解除したら凄そう
これは・・・本気のりゅー君に期待w
美香たんはドMだから大丈夫だと思ってたら
それを圧倒しそうなりゅーくんの鬼畜っぷり、マジパネェっすw
807 :
名無しさん@ピンキー:2009/12/14(月) 03:59:04 ID:CZKjxFSC
美香ちゃんがその暗く歪んだ性癖も私の魂が引き受ける!って勇気を出して告白するんですね。
貴様のその歪み、この私が断ち斬る!
810 :
名無しさん@ピンキー:2009/12/16(水) 00:44:13 ID:5r9UrFZP
祝新スレ
さよなら現行スレ
「もう行ってしまうのですか・・・?」
彼女はそう言いながら、スカートの裾をきゅっと掴み俯いてしまう。
ああ――そんな顔をしないでおくれ
「大丈夫、次スレでもきっと会えるさ」
「でも、絶対会えるって保証は無いじゃないですか!
それに最近は私に会いに来てくれる機会も少なくなっているし・・・」
今にも泣き出しそうなそうな顔で叫ぶ。
いつもは気が弱く後ろで控えてるようなこの娘が、これほどまでに感情を露わにしたことがあっただろうか?
押し黙り、小刻みに震える彼女を抱きしめながら僕は呟く。
「きっと――いや、絶対に会いに行くからそれまで次のスレで待っていてくれないかい?」
そして彼女に優しくキスをした。
キスをした後のことを新スレでkwsk
埋めのつもりが保守
814 :
名無しさん@ピンキー:2009/12/19(土) 23:46:05 ID:sxFo0J+S
埋め立て
815 :
名無しさん@ピンキー:2009/12/20(日) 11:50:10 ID:nCjql/tf
続きマダー?
817 :
名無しさん@ピンキー:2009/12/20(日) 20:28:26 ID:4gOISV0q
次いこ、次。埋め
梅
ウメーィ
820 :
名無しさん@ピンキー:2009/12/20(日) 22:23:05 ID:tbKr54zz
埋まった
821 :
名無しさん@ピンキー:2009/12/20(日) 22:36:01 ID:exx170Fs
ume
822 :
名無しさん@ピンキー:2009/12/21(月) 00:35:34 ID:tt+Jt1R9
ここってまとめありますか?
Unlimited
Mental
Energy
眠い
・・−
−−
・
初めて会った時のこと、覚えてますか?
私は覚えてます。
多分、ずっと忘れられません。
あんまり物覚えのいい方じゃないけど、そのことだけは忘れません。
急な雨に襲われて困っていた時、あなたは見ず知らずの私に傘を貸してくれました。
あなたにとってはきっと何でもない、当たり前の行動だったのかもしれません。あなたは
困っている人を見掛けたら放っておけない性格ですから。
でも私にとっては大きなことだったんですよ?
あなたが私と同じ学校の制服を着ていたから、すぐに私はあなたと再会できて、傘を
返せました。あなたは私を律儀な性格だと思ったのかもしれませんけど、本当にそれだけの
ことだと思いますか?
なかなか勇気を出せなくて結局傘を返せたのは二週間も後のことだったけど、その間
あなたのことばかり考えていたのは本当に律儀なだけですか?
傘を返してそれで終わりにならなかったのは、とても運がよかったと思います。
友達になれたことがすごく嬉しかったのを覚えています。
でも、本当はそれだけで終わりたくない。
私はもっとあなたに近付きたい。
だから、勇気を出して言います。
あなたが、好きです──
「ん、どうしたの? ぼーっとして」
かけられた声に私ははっと我に返りました。
「えっ!? あ、その……何でもない、ですっ!」
力いっぱい叫んでしまってから、存外大きな声が出てしまったことが恥ずかしくて、
私は小さくなりました。
「ご、ごめんなさい……大きな声出して」
「いや、いいよ。こっちもごめんね。急に声かけて驚かせてしまったみたいで」
「う、ううん。違うんです。本当にちょっとぼーっとしてただけだから」
気遣わしげな彼の様子を嬉しく思いながら、私は答えます。
彼は、小首を傾げました。
「考え事? 悩みでもあるの?」
「えっ!? いや、えっと、あの……」
悩みというか、その、
「もし困ってることがあったらいつでも言ってね。できるかぎりのことはするよ」
そう言って、彼は優しい笑顔を浮かべました。
ああ、優しいな。本当に彼は優しい。
でもその優しさが、今はちょっぴり憎らしいです。
「う、ん……ありがとう。でも大丈夫です」
「本当に?」
「うん。これは、私が頑張らないといけないことですから」
「──そっか。何のことかはわからないけど、頑張ってね」
「うん」
離れていく彼の後ろ姿を見送りながら、私は溜め息をつきました。
鈍すぎです。本当に。
そんな彼だからこそ、私は好きになったのかもしれませんけど。
でもこのままではダメです。あの人が私の想いに気付くなんてどう考えても有り得ません。
ならば私から告白するしかありません。
未だにそれは果たせてませんけど……臆病な己の性格が恨めしいです。
さっきもずっと頭の中で想像していたのです。いつか彼に想いを伝えるために。
とりあえず中断したシミュレーションを再開しましょう。
さっきのだとちょっと台詞回しが長たらしくて回りくどいような気がします。
もっとシンプルに想いを伝えた方がいいですよね、きっと。
ああ、頭の中ならいくらでも告白できるのになあ……。
誰か私に勇気をください!