「いやいや、食った食った………それにしても良い食いっぷりだったぞ、光喜。
お前の食いっぷりを見ていると、此方としても奢り甲斐があったと思えるよ」
暫く後、食事を食い終わり料理店を後にした俺は、熊谷さんに食いっぷりについて笑顔で誉められる。
だが、俺は笑顔の彼女をジト目で見て、腹を擦りながら、
「良い食いっぷりって……義姉さんが食え食えって次々に料理を注文しなけりゃ、
あんなに食う必要無かったと思うんだけど?………お陰で胃がかなり苦しいし………」
「フ、そうは言うが、お前が残した分は私が全部食ってやったのだ、
それに今回の食事は私の奢りなのだから、本来はお前が文句を言う筋合いは無いのだぞ?」
「………うー………」
はぁ………如何も俺の周りの人間は、こう言う強引な人が多いみたいだな………
虎姐といい、獅子沢さんといい、どうしてこんな―――
「あーっ! 光喜、おまっ、その女誰だっ!」
「ひょ、ひょっとして、光喜さんの浮気発覚!?」
―――って………をいをい、噂すれば曹操の影あり、ですか………?
激烈に嫌な予感を感じつつ、首を軋ませながら声の方へ顔を向けると、
俺の思った通り、其処には熊谷さんを指差す虎姐と、驚愕の表情を浮べる獅子沢さんの姿があった。
「光喜っ、これは一体如何言う事なんだっ! その女は一体誰なんだ!?」
「あー、いや、その………この人はだな………」
尻尾を不機嫌に振りまわし、俺に向けてまくし立てながらずかずかずかと歩み寄ってきた虎姐へ、
俺が疲れた調子で説明しようとした矢先、
「フ、私がこいつの婚約者といったら如何する?」
…………………………………………
「あの…………いきなりナニを言い出しているんですか…………?」
とーとつな一言に、俺は暫し唖然とした後。
引きつった声で熊谷さんへ問うのだが、彼女は口元に笑みを浮べるばかり。
そして恐る恐る虎姐達の方へ視線を向ければ………
「―――――っっ!?」
「な、何だってーっ!?」
熊谷さんの言葉をまともに信じたらしく、
虎姐は言葉にならぬ声を上げて驚愕し、獅子沢さんに至っては何処ぞの編集部員の様に驚いていた。
………をいをい、なんでこうなるの………?
「あ、えーとえとえとっ!ううううう浮気はいけませんよ、光喜さんっ!」
「いや、あの………なんて言うかそのー………」
「ここここ言葉をどもらせるって事はううう浮気と見ていいい良いんですねっ!」
「いや、だから………」
「あああ、なんて事でしょうなんて事でしょう、はわわわわわわ!!」
「………………」
完全にパニクってどこぞのメイドロボみたく声を上擦らせる獅子沢さんにまくし立てられ。
助けを求めるように熊谷さんの方へ目をやると、彼女は腕組みをしながらにやにやと笑みを浮べていたりする。
………ひょっとしてこの義姉(ひと)この状況を楽しんでませんか!?
「……あ、あたしは信じないぞっ! 光喜があたしを裏切るなんて事する筈ないっ!
どーせ、人の良い光喜を騙して無理やり結婚を取りつけたんだろっ! そーだろっ!
そーじゃなきゃ、そんな恐い顔の女に、光喜がくっ付く訳が無い!!」
………虎姐、なんだかんだ言って、俺の事信じてくれてるんだな………。
「フ、如何とでも好きに取れば良いさ。
まあ、私と光喜の関係を、ケツの青い子猫に理解できる筈も無いだろうがな?」
「……∞♯〒※‰≒%&っっ!?」
食って掛かる虎姐に対し、全く動じない熊谷さんに挑発的に返され。
虎姐は声にならぬ声で悶絶し、獣耳と尻尾の毛を逆立て怒りを顕わにする。
「て、て、て、テメェっ!! ず、随分と挑発的じゃないかっ!! こうなりゃここで勝負だっ、決闘だっ!」
「ほう………決闘か、面白いな? 腹ごなしには丁度良いかも知れん、受けて立とう」
ちょwww なんで決闘の話に縺れ込んでるんですかっ!?
あー、止めないと止めないと!
「と、虎姐も義姉さんも落ち着いて―――」
『光喜は黙ってろ(るんだ)!』
「―――………………はい」
仲裁に入ろうと俺が声を掛けようとしたのだが、
無論のこと、頭に血が昇りまくってる虎姐と、完全に状況を楽しんでいる熊谷さんが聞き入れてくれる筈も無く。
結局、臨戦態勢に入った二人を前に、俺は黙るしか他が無かった。
と言うか、虎姐はそうとう頭にキているみたいだな………
俺が熊谷さんの事を『義姉さん』と呼んだ事に全く気付いてないし。
獅子沢さんは「え? 義姉さん?、と言う事は……あれ?」と誤解に気付き始めていると言うのに………ハァ
「さて、勝負の形式はレスリングで行こうと思う、それでも良いか?」
「ああ、上等だ! レスリングはあたしの十八番だからな!」
十数分後、通りはストリートファイトが始まると見て取った観衆が何時の間にやら集まり、
対峙する彼女等を中心に、10メートル程の間を取って固唾を飲んで見守っていた。
―――なんと言うか、お祭り好きな人が多いんだなー、この街って。
「では、私の名は熊谷 佳子。私がクマの獣人だと言う事を先に言っておく」
「あたしは虎山 妙だ! 見りゃ分かるけど虎の獣人だ!」
お互いに睨み合いながら、名乗りをあげる二人。
気の所為だろうか、二人の間で視線がぶつかり合って火花を散らすのが見えたような気がする。
「あ、あのー………光喜さん?」
「………んあ? 如何した?」
対峙する二人をよそに、俺は『この事態の収拾を如何しようかな―?』なんて考えている所で。
ようやく我に返ったらしい獅子沢さんに声を掛けられ、何気に聞き返す。
「………あの人、さっき熊谷 佳子って名乗ってましたけど………私の聞き間違いでしょうか?」
「あ?―――いや、聞き間違いじゃないけど? それが如何したんだ?」
「え? ちょ、ちょっと待ってください? それって本当なんですかっ!? 本当にあの人、熊谷 佳子なんですかっ!?」
「あ? ああ………そうだけど?」
驚き問い掛ける獅子沢さんに、俺は意味が分からずなんと気なしに答える。
「そうだとしたら………先輩は、確実に勝てません!」
「え?………って、はぁ!? 如何言う事だよ、それ!?」
彼女の一言に、俺は思わず声を荒げる。
「私の知る限りでは、熊谷 佳子と言うと……えーっと、確か数年ほど前に引退した。
不敗の小さき巨人と呼ばれた女子レスリングの金メダリストですよっ!! 知らなかったんですか!?」
「………え゛? ………マジ?」
そして驚愕の事実を知らされ、俺は掠れた声で問う。
「ええ。TVで見た時より印象は大分変わってますけど………多分、間違い無いかと。
私が聞いた話ですと、彼女は自分より二周りも大きな相手でも余裕でフォールに持ち越せるとか………。
まあ、とにかく、彼女は滅茶苦茶強いんです!
だから……幾ら先輩が強くとも、彼女相手じゃ、それこそヒグマに子猫が挑むような物なのです………」
「そうなのか………」
何時もの軽いノリの彼女とは思えないくらいに、真面目な表情で熊谷さんについて語る様子を見て。
俺は、獅子沢さんの言っている事は事実だと信じざる得なかった。
そーいや、以前、熊谷さんが兄貴と婚約する前はスポーツに傾倒していたとか、良く言ってたが。
まさか金メダリストとは思ってもいなかった………つくづく情報に疎いんだな、俺………
「しかし、彼女の引退した理由が少し解せないんですよ………
一般のメディアでは、婚約が契機に、とか言ってますけど。
実は、彼女がその婚約者と同じ職業に就いたのが、引退の理由と言う話があるんですよ。
……で、確か、その職業が何かの、開発関係で……―――」
「アキラっ、お前が審判をやってくれ! ボヤっとするな!」
「―――え!? あ、はいっ!」
言いかけた所で虎姐に呼ばれ、慌てて審判として二人の間に立つ獅子沢さん。
俺は敢えて何も言わず、3人の様子を眺める。
「ルールは、フリースタイル………と、女子レスリングはこれしかないから当然か。
で、勝敗を決めるのは、オリンピックのルールで2分間ずつの計6分間3試合を行い。
先に2ピリオド先取すれば勝ちとする、これで良いな?」
「ああ、それでも良いぜ。 後で変えろと言ったって無しだからな!」
俺と獅子沢さんが話している間に、
虎姐と熊谷さんはレスリングの邪魔となるジャンパー上着を脱ぎ捨て、
お互いにズボンとタンクトップだけの姿となって戦闘準備を完了していた。
………と言うか、もう雪が降ってもおかしくない季節だと言うのに、二人とも良くやるなぁ………
「先輩……無理しないでくださいよ? 彼女は………」
「アキラは黙ってろ! あたしは相手が何だろうがぶちのめすって決めたんだ! だから止めんじゃねぇ!」
「あ、あう〜………」
無謀な戦いを始めようとする虎姐を止めようと、獅子沢さんが言いかけた所で一喝され。
一喝された彼女は尻尾を下げて、助けを求めるような眼差しを此方に向ける。こっち見んな。
「さぁ、話はここまでにして―――始めるぞっ!」
「フ、来い!子猫ちゃん」
「あたしは子猫じゃねぇっ!!」
掛け声と共に、虎姐と熊谷さんが構えを取り―――同時に動いた。
虎姐は咆哮を上げながら低い体勢での猛烈なタックルを仕掛け、
それを熊谷さんは低い体勢のまま両手を大きく広げ迎え撃つ。
ガッ
ぶつかり合う身体と身体。
誰もが、虎姐のタックルによって、小柄な熊谷さんが押し倒されるかと思ったが―――
「フ、良いタックルだ………これが同世代の相手だったら、成す術無くマットに倒されている所だな………」
「………っ!?」
だが、その予想を裏切り。
熊谷さんは自分よりも一回りも大きな身体の虎姐のタックルを、
地にしっかりと根を張った巨木が受け止めるかのようにして、押し止めていた。
ざわ
ざわ
どよめく観衆、ここからでは良く見えないが、恐らく虎姐は驚愕の表情を浮かべている事だろう。
「………くっ、このっ!」
「ふむ、スジは良いな………だが、まだ青い………」
あっさりとタックルを抑えられた虎姐は、今度は熊谷さんを倒すべく、足を取ろうと動くのだが、
幾ら虎姐が仕掛けようとも、熊谷さんの両足はまるで地面に張り付いているかのようにビクともせず。
何時まで経っても倒す事が出来ない事に、次第に虎姐の表情に焦りの色が深まって行く。
そして組み合ったそのまま、1分が経ったその時。
「さて………時間がもう無いのでな、今度は此方から仕掛けさせてもらう」
その一言と共に―――熊谷さんが動いた。
ば ん っ !
―――そう、動いたと思った次の瞬間には、
虎姐は瞬く間に股関節をロックされた上で後方に投げられ。
そのまま熊谷さんによってフォール技に持込まれていた。
「――――っ????」
「あれはっ、レッグホールド!!………ってそれより!」
その早業に観衆は更にどよめきの声を上げ。
フォールされた虎姐は何が起きたか理解できず、地面に倒されながら呆然としていた。
審判の獅子沢さんも驚きの声を上げていたが、直ぐに我に返って判定を下した。
むろん、熊谷さんのフォール勝ちで。
「さて、これで私が1ピリオド先取、だな?」
「………くっ、たまたまだ、たまたま隙を突かれただけだ………次は、負けない!」
「フ、その意気は良し、だな」
余裕綽々な笑みを浮かべる熊谷さんに、虎姐は身を起こしながら悔しげに呟いて睨み付ける。
その様子に、熊谷さんは口の端に不敵な笑みを見せる。
「……さっきのは様子見だ、一本先取したからと言って、勝ったと思うな!」
「ふむ、様子見、か………その様子見が、今回にいかせられると良いな?」
そして30秒間のインターバルを経て、二人は再び対峙し、構えを取って睨み合う。
「………………」
「ほう? 今度は敢えて動かない訳か………成る程、賢明な判断だ」
そして2ピリオド目。今回は虎姐は先ほどの失敗を踏まえ、
自ら動かず、低い体勢で構えて相手の動きを見る作戦に出た様だ。
その行動に対して熊谷さんは感嘆の言葉をもらす。
「なら、今度は―――私が動くとしよう」
そして、再び熊谷さんが動いた。
ど っ !
「――――っ!?」
強烈、の一言に尽きる熊谷さんのタックルを受け、
熊谷さんよりも一回り大きな虎姐の身体が一瞬だけ浮き上がり、虎姐の目が驚きで見開かれる。
………俺と同じ身長なのに何ちゅう威力だ………獅子沢さんが言ってた事は真実と見て間違い無い、か。
「なっ……こ、こいつ!………このっ!」
尚も虎姐を圧し続ける熊谷さんの凄まじい膂力を前に、
虎姐は驚きを隠す事が出来ないまま、熊谷さんに倒されない様に必死に足を踏ん張らせる。
「如何した、こんな物か?………言っておくが、私の力はこんな物じゃないぞ?」
「ぐっ………な、なんて、力だっ!」
だが、熊谷さんによって圧される力を抑える事が出来ず、虎姐は驚きと困惑の入り混じらせた呻きを漏らす。
………虎姐がああも一方的に、それも力で圧倒されるのを初めて見た………
「ああ、そうだ、一つだけ子猫ちゃんに言っておく事がある」
「あ、あたしは子猫じゃねえと言ってるだろっ!」
「まあ、聞け。 とても重要な事だ」
「………な、なんだよっ! さっさと言え!」
そして圧し圧される体勢のまま、1分が過ぎた頃。
唐突に熊谷さんに話し掛けられ、額に汗を浮かべ始めた虎姐は焦りを混じらせた声で答える。
「私が、自分の事を光喜の婚約者だと言った話………実はアレは冗談だ。
正確に言えば、私は光喜の兄の婚約者だったのだ。騙して悪かったな」
「………なっ!?」
「―――隙あり!」
熊谷さんのカミングアウトに、虎姐が間抜けな声を上げ、一瞬力が抜ける。
―――その一瞬を熊谷さんは見逃す事無く、全身に力を込めた。
「だっ―――うあぁぁっ!?」
そして、虎姐の驚愕の悲鳴が周囲に響いた。
―――ああ、俺は一瞬、我が眼を疑ったよ。
それは戦いを見守る周囲の観衆も、そして審判をしている獅子沢さんも同じ事だろうな。
何せ身長190cm、体重は80キロ近い虎姐の身体を、熊谷さんは文字通りのベアハッグで容易く抱え上げたんだ。
多分、持ち上げられている虎姐が一番驚いていた筈だ。
何せ、一瞬の隙を突かれたとは言え、自分よりも一回り小さな女性に持ち上げられたからな。
「さ、フィニッシュだ。少々痛いが我慢しろよ?」
「ちょwwwまて、おまっ!?」
俺や獅子沢さん、そして観衆が驚きに固まっている間も無く。
投げの体勢に入った熊谷さんに、虎姐が慌てて止める様に叫ぶが………。
「これが………ビックポイント技だっ!」
「――――ど、どわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
必死の叫びも虚しく、熊谷さんの咆哮と共にブン投げられる虎姐。
―――って、投げられた虎姐がこっちに向かって飛んで、やば―――
ど ぐ わ し ゃ ぁ ぁ っ ! !
俺が避ける間も無く虎姐がぶつかる衝撃が全身を走り、
そしてそのまま俺は虎姐の身体に押し潰され………
『………あ゛』
俺と虎姐以外の全員が上げた声を耳に―――俺は意識を遠くへ旅立たせたのだった。
前半はここまで
女子レスリングに付いて調べたけど、間違っている所があるかもしれません………(汗
後半はひょっとすると来年になるかもしれませんので悪しからず。
紺田さんより一週間前に虎姉さんを負かした相手ですね(´∀`)
紺田さん好きだなー
熊にやられ、アナコンダにやられ、虎姐がボッコボコに(ノToT)ノ
マーキングと称して聖水をぶっかけられたい!
まとめ更新マダー?
>>795マダー?って言った奴が更新出来るのがwikiの強みだよな。
スレと直接関係無いけど
ヤングチャンピオン烈で新連載の鬼脚のイロハに期待
798 :
名無しさん@ピンキー:2007/12/30(日) 08:43:59 ID:hd9EA2CB
>>798 797じゃないが確か競走馬の擬人化漫画だったはず。
一応一般紙なんで局部描写とかはないけど中々良さげだった。
てかヤングチャンピオン烈エロ漫画家多すぎだろjk
私は一向に構わんッッ
>>799 一瞬マキバオーを想像して、「あの作者はエロ漫画家だったんか!」などと思った俺。
チャンピオン烈といや人頭の竜とねずみの話が結構よかった
しかしあの雑誌は思いっきり成年誌方面だな
804 :
名無しさん@ピンキー:2007/12/31(月) 20:11:05 ID:ljPsxPVK
>799 亀レスで悪いが ありがと
今年は存分に逆レ分を堪能出来た……!
年明けはネズミ算式に投下が溢れるに違いないw
誰がうまいこと言えと
あけおめことよろ
ネズミがかぷっと噛んでちゅうちゅう吸って・・・
「ハァ………やれやれ、気が付いたら何時の間にか年を越していたのか………?」
ふと、腕時計を見て、時刻が零時を過ぎた事に気付き、俺は独り言を漏らした。
テレビに視線を移すと、その画面には看護師姿に扮装したお笑い芸人が騒いでいる場面を写している所だった。
………なんか変だと思ったら、この番組ではカウントダウンをしない事をすっかり忘れてた。
なんて迂闊…………もし、他の番組を見ていたのだったらカウントダウンを見ながら年越し蕎麦を食べていたと言うのに!
まあ、その分、多いに笑わしてもらったけど。
まさか250を超える大台を、文字通り叩き出すとは思っても見なかったぜ!
………にしても、アレだけ叩かれてお尻大丈夫なのかなぁ?
閑話休題
それにしても、今年は寂しい年越しとなってしまったなぁ………
………そういや、去年は家族と年を越したんだっけな?
って、馬鹿か俺は?
自分から家を飛び出しておいて、今更寂しがるなんて…………ハァ…………
くだらない事考えてるより、とっとと寝てしまおう………
そう、思いつつ、俺は敷きっぱなしの布団に横になろうとした………その矢先。
バーンッ!ガターン!
いきなりドアが乱暴に開け放たれ、その所為で蝶番が壊れたのかドアが倒れる。
その凄まじい音で俺は驚き、思わず飛び起きた。
「あけおめだっ!光喜っ!」
「光喜さん、あけましておめでと……って、先輩! ドアが壊れちゃってますよ!?」
「げっ、やべっ!?………どうしよ?」
聞こえた声に、俺は恐る恐るドアの無くなった玄関の方を見れば、
其処には、困った表情を浮かべる獅子沢さんと、倒れたドアを見てうろたえる虎姐の姿があった。
大方、虎姐は獅子沢さんと一緒に新年の挨拶をしに来て、ドアを何の気無しに開けたつもりだろうけど、
こやつ、その力の加減を間違えやがったな?………
アレほど「ドアを開ける時は優しく」と言ってるのに………ここのボロアパートのボロさ加減を甘く見てたみたいだな………
「………一体何の用だ?」
「い、いやな、光喜の事だから一人寂しく過ごしている事だろうなと思ってな!
あたしとアキラがその寂しさを紛らわしてやろうかなーって?」
ジト目を二人に向けて聞く俺に対し、
虎姐がやや焦った調子で答えつつ、俺の視線を倒れたドアの方に向けさせない様に必死に身体で遮る。
………今更隠しても、もう既にバレバレです、どうもありが(ry
「まあ、倒れたドアの事に関しては後で追求するとしてだ。
虎姐、そして獅子沢さん、俺の寂しさを紛らわすって、一体何するつもりだよ?」
「ん〜、そうだな………」
「そうですねぇ〜………」
何やらニヤニヤと笑みを浮かべながら、顔を見合わせる虎姐と獅子沢さん。
…………何やらすっごくヤな予感が…………?
『やっぱり、姫始め?』
やっぱりか、やっぱりそうきましたか、
口を揃えて言うって事は二人ともそのつもりでここに来たんだな!?
「まあ、取り合えず光喜は大人しくしてるだけで良いから」
「全部、私と先輩がやってあげますし」
「良くないわっ!!」
服を脱ぎながらじりじりと俺に迫る虎姐と獅子沢さん。
無論のこと、俺はダッシュで逃亡を選択した。
が
「おーっと、逃がさないぜ光喜!」
「光喜さん、獣人相手に逃亡を選択しても無駄ですよ」
脱出する事はおろか、立とうとする間すらも与えられず
獣人特有の機敏さで飛び掛って来た二人に身体を押さえつけられ、俺は逃げるチャンスを永遠に失った。
「ちょ、やめろって、虎姐、幾ら何でも冗談きついぞ!?」
「あのなぁ、光喜。あたしは冗談でこんな事しないって、だから大人しくしてろ」
とかにこやかな笑顔で言いつつ、俺の服を爪で引き裂き始める虎姐、
どうやら説得を聞く気は無い様だ。
「し、獅子沢さんもこんな事止めろよ!」
「光喜さん、残念ですけどこれも運命と思って諦めてください」
言いながら俺のズボンを一気にずり下ろす獅子沢さん。
どうやら彼女もまた、俺の説得を聞く気は無い様だ。
やっぱりこのパターンか、どちくしょう。
「光喜ぃー。口じゃあ色々と言ってるけど、お前の身体は大歓迎みたいだぜ?」
「あ、本当ですねー?、これじゃあ説得力ゼロどころかマイナスですよ?」
うるせえ。説得力マイナスとか言うな!
女二人に圧し掛かられて乳房押しつけられて、その上さんざ愚息を弄繰り回されれば誰だって反応するわ!
「んじゃ、早速………んっ」
「う゛ぁっ!?」
「あ! 先輩、ずるいですよっ!」
俺が止める間も無く、虎姐が騎上位の形となり、
既に濡れている秘所へ俺の愚息をあてがうと、獅子沢さんの抗議を余所に一気に腰を下ろし根元まで挿入する。
愚息全体を熱く包みこんで締め付ける虎姐の膣壁の感触に、俺が打ち震える間も無く
「もう………だったら、私は光喜さんに舐めてもらいますよ」
「うぶぅっ!?」
獅子沢さんが俺の頭にまたがり、腰を下ろすと秘所を俺の口に押し付け、更にぐいぐいと擦り付ける。
鼻腔と口に広がる獅子沢さんの秘所の匂いと愛液の味に、俺の意識は朦朧とし始める。
「いいぞ!いいぞぉっ!光喜っ!」
「あっ、光喜さんっ! そこっ、気持ちいいですっ!」
二人の猫科獣人に犯され、朦朧とする意識の中、
俺は、2匹の猫に捕まって舐りまわされる哀れな鼠の姿を思い浮かんだのだった。
そして、同時に思った。寂しくはなくなったけど、年の初めからこれでは、先が思いやられるなぁ、と
その後、散々犯された所為でしっかりと初日の出を見逃した俺は、
申し訳なさそうな虎姐と、同じく申し訳なさそうな獅子沢さんと共に初詣に行ったのだった。
ちなみに、御神籤を引いて見たら、何故か獣吉だった………なんだよ、これ………
――――――――――――――了――――――――――――――――――
熊のSS後半で苦戦中の俺が通りましたよ………
それとあけましておめでとう。
新年となったので即興で書いたSSをお年玉として投下しました。
後半はもう少し掛かる見込みです、期待しないでまっててください。
あけましておめでとう、そして通りすがりさんGJです。
年明け早々のお年玉ありがとうございます。
後半の方も帰省中の実家でゆっくりしながら待たせていただきます。
一番乗りかな?
とにかくGJ!!!!新年早々いいもん読ませてもらった。
獅子沢さん可愛いなぁ
GJ!! ラストの獣吉に吹いたけど。しかし虎に獅子に熊ってかなり大型肉食獣に好かれてますね。
ねえ、知ってる?
ネズミって、多産の象徴なんだよ
多産ってことは、それだけ回数もこなすってこと
だから、姫始めは朝から頑張ってね
あたし、あなたの子供をたっくさん産むからね
元旦から そんな電波を受信したw
実家に帰ったらメス犬に押し倒され、腰を振られ、股間をなめられた。
びっくり。
犬なんかは異性の飼い主に恋してしまう事がよくあるらしい。
ちなみに生理中の女性の体臭はフェロモンに似ているらしく
男性の飼い主に近づくと雌犬がやきもちを焼く事もあるとか
拳精の精を獣人化したら萌えるなと見ててオモタ
<ナイルなティティス>3
「……」
気がつくと、見えたのは、古ぼけた木の天井だった。
「ここは……」
身を起こそうとして、ものすごい虚脱感に身体を襲われた俺は、
そのまま布団の上に沈みこんだ。
布団?
「お、気がついたみたいだぞ」
「あっ! よかったー!」
声がする。
男の人の声がふたつ。
片方は年上に思え、もう片方は同い年か下くらいのものに聞こえる。
身を捩ってそっちのほうを見ようとしたが、やっぱり身体は動かなかった。
「あ、動かナい方が良イでス。あなたの身体、弱ってマす」
三人目の声。
微妙にイントネーションがおかしいけど、びっくりするくらい綺麗な声が降ってきた。
俺をのぞきこむ顔が三つ。
「よかったー。意識が戻らないんじゃないかとハラハラしましたよ」
同年代の学生の、ほっとしたような表情
「大丈夫だ、ここで治せない毒はないぞ」
サラリーマンが、元気付けるように話しかけてくる。
「正確ニは、あノ娘の牙、毒ではアりまセん。敗血症を起コすバクテリアです。
でモ、私、そちラのほうも、トても研究しテます。さっキ打ッた注射で、菌、全部退治でキましタ」
純血種と違う瞳の、どきりとするくらい美しい女性。
俺は、三人のことばを働きの鈍い頭で反芻した。
……助かった、ということか。
「あ、デモ、体力をとテも消費しまシたかラ、まダ動いてハ駄目です。
こレを飲んでからジャないと……」
女の人が、立ち上がり、壺を持って戻ってきた。
「これ…は……?」
思わず質問して、自分の声がびっくりするくらいしゃがれていることに気がつく。
「まだ、喋らナいで。水分と栄養ヲ、随分消耗してイます。これデ補充するノでス」
女の人は、壺の中にペットボトルの水をあけた。
500mlを、二本?
「あとハ、果糖ヲ、400ml」
今度は、何か液体が入った瓶をあけた。
「ちょ……」
声にならない声をあげたのは、その美女が、
それをかき混ぜるために自分の尻尾の先を、壺に突っ込んだからだ。
神妙な顔で壺を見つめる美女は、やがてにっこり笑ってそれを終了した。
壺を、俺に差し出す。
「1.4キロの砂糖水。あなタに必要な最低限のものです。
……ほンとは、この十倍が望ましいのですが……」
そんなもの14キロも飲んだら死ぬんじゃ……というより、1.4リットルだって相当なものだ。
だが、俺は、抗議する力もなくそれを受け取った。
頭はともかく、身体がそれを欲していた。
水分と、吸収しやすい栄養。
大きなペットボトル一本分に近い分量のそれは、あっと言う間に俺の喉を通っていった。
「うぷっ」
飲み終えると、さすがにむせかえったが、吐き出すこともなかった。
自分でもちょっと信じられないが、これが追い詰められたときに
生物が発揮する力というものだろうか。
俺は、喉の渇きが癒えると同時に、全身が楽になったのを感じた。
急速に熱が取れて行く感覚。
「どうヤら峠は越えタようですね」
爬虫類の瞳を持つ美女が微笑んだ。
「ここは……」
起き上がってあたりを見渡したとき、ドアが開いて答えが返ってきた。
「私のアパート……の隣室、百歩蛇さんの部屋だ」
「……鰐淵……先輩?」
俺は、外から入ってきた学生服姿の長身をぼんやりと眺めた。
「うむ。下校の途中、君を担いだ龍那に出くわしてな。
バクテリアが…予想以上に利きすぎたことに焦っていた彼女から、……君を任された」
「それは――ありがとうございます」
「礼なら、そっちに……」
鰐淵先輩は、俺の周りに視線を向けた。
「私のつがいは……君を担いで、運んでくれたし、
治療してくれたのは、……こちらの…百歩蛇さん夫妻だ」
「あ、ありがとうございます」
俺は、布団のまわりに座っている三人に頭を下げた。
百歩蛇さん、というのは、多分、砂糖水をくれた女の人のことだろう。
サラリーマンの人は、その旦那。
じゃあ、この学生服が、鰐淵先輩の「つがい」か。
たしかに――俺より年下っぽい。
「<学園>の保健室、とも考えたんですが、距離的にこちらのほうが近かったんです」
鰐淵先輩のつがいが、頭をかきながら捕捉した。
「賢明な判断だ。毒とそれの近いものの治療にかけては、うちの女房は天下一品だぞ」
サラリーマン氏が笑う。
「そンな……」
あぐらをかいた旦那の横にきちんと正座している百歩蛇さんが、
顔を真っ赤にしながら、尻尾の先で夫の背中を軽くはたく。
サラリーマン氏は豪快に突っ伏して咳き込んだ。
「事実だ。……百歩蛇さんは<学園>の保険医に、勝るとも劣らない」
鰐淵先輩がぽつりとそう言い、俺は戦慄した。
純血種のもつテクノロジーの粋を集めても解き明かせない謎が多い獣人の集う<学園>。
その命を預かる<保健室>は、世界最高の病院機能を備えているはずだ。
ここの保険医が生徒の治療の片手間に書き記した論文が、
世界の医術を左右されると言われるようになって久しい。
だが、俺は鰐淵先輩が嘘や冗談を言っているようには思えなかった。
「さて――立てるか?」
俺が、密かに混乱しているのを知ってか知らずか、
イリエワニの獣人は、唐突にそう言った。
「い、あ、はい」
実際、目覚めたときとは別人のように身体が軽い。
龍那と間接キスをする前より、と言ったら言いすぎだけど、
一回地獄の淵を覗いて帰ってきた身体は、普通に動けるだけでも、
奇跡的で、そしてものすごいことのように思えた。
「ジャンプしたら、あの天井に届きそうな気分ですよ」
「うチ、天井低いデす」
「うん、僕でも届きそう」
……俺より10センチは背が低そうな後輩に頷かれ、俺はちょっとばつが悪かった。
「では、行くか」
鰐淵先輩は、靴を脱いでいない。
外へ、ということだろうが、
「――どこへ?」
思わずそう聞いた。
「ティティスと龍那が戦っている。さっき見てきたが、そろそろ決着がつく頃合だ」
鰐淵先輩は腕時計をちらりと見ながら答える。
「へ……あっ!」
不意に、俺は、龍那が俺に毒を盛ったのが、ティティスを挑発するためだったことを思い出した。
「ちょっ! 先ぱ……戦うって、ティティス!?」
俺は、自分でもおかしくなるくらいに混乱した。
「うむ」
鰐淵先輩は、少しずれてきた眼鏡を指で押さえて直しながら頷いた。
「だって、龍那、毒っ……」
「大丈夫」
「大丈夫って……!」
「毒で決着がつくような……女たちではない。行ってみるかね?」
鰐淵先輩は、冷ややかなほどに涼しい瞳でそう言い、俺は絶句した。
「これは……」
目の前に広がるのは、荒野だった。
プールの西にある、<裏山連峰>。
そのふもと、数時間前まで、松や桜の若い木が植えられていた一角は、
見事なまでにそれらが押し倒されていた。
局地的なハリケーンが発生したらしい。
「……」
鰐淵先輩は、この惨状にも興味がなさそうな感じで、黙々と坂道を登る。
どちらかというと、隣を歩いているつがいの様子のほうに興味と関心があるらしい。
もれ聞こえる会話は、今日の夕飯はどうしようか、とかそういう話だ。
だが、俺は気が気じゃねえ。
(何が起こっているんだ、ここで?)
俺の記憶が確かなら、それは、ティティスと龍那の喧嘩のはずだった。
だが、これは――まるで災害か戦争の跡じゃないか。
小山の一つを登りきる。
「〜〜〜!」
俺は、目の前に広がる光景に、絶句した。
そこに「いる」のは、二人の、小さな女の子だけだ。
そして、同時に、世の中で最も獰猛で凶暴な獣が二匹でもある。
ティティスが、尻尾を振るう。
重金属に匹敵するほどに硬い、丸太のような一撃を食らって、
龍那は、軽く十メートルは吹き飛ばされる。
イチョウの若木をぶつかった背中でへし折ったコモドドラゴンは、
あきれるほどのタフネスを発揮して、すばやく立ち上がる。
駆け寄って、お返しとばかりに尻尾を振るう。
ムチと言うよりはしなやかな棍棒のような一撃。
ティティスは地べたに叩きつけられた。
その黒髪に守られた頭を、龍那が思いっきり踏みつける。
それだけで、野性の牛を踏み殺せるパワーで。
「!!」
がつん、とも、ごつん、とも聞こえた音。
「ティティス!」
思わず叫ぶ。
この距離からでも分かる。
今のは、致命傷だ。
頭蓋骨陥没──どころか、脳漿を噴き出してもおかしくない死の一撃。
今、わかった。
あの娘たちが、純血種相手にどれだけ「手加減」して応じていたのかを。
ティティスが俺に簡単に突き飛ばされたり、走って追いつけないのは、
あいつが、そう演じているから。
いや、演じているとか、そう振舞っているとかじゃなく、
獣人は純血種相手に、体力や戦闘力の部門で「本当の本気」になることはない。
それは、俺だって知っていたけど、俺よりも30センチも小さい女の子の、
「本当の本気」が、これほどのものだとは夢にも思わなかった。
そして、その「本当の本気」がぶつかり合って、
ティティスは──、
ティティスは──。
「……芸のない奴じゃの。今の攻撃、何度目じゃ……」
……けろりとした顔で起き上がった。
「何度も食らうほうが恥ずかしいと思わないかしら?」
龍那が悔しげに、だが立ち上がって当然、という表情でののしり返す。
「どうでもよいわ」
ゆらりと立ち上がったティティスの黒い直(すぐ)い髪が、風になびく。
龍那の漆黒の髪も。
俺は、戦慄した。
この二人の、幼い、小さな、だが、強力で残虐な女神の争いの前で。
心臓が鷲づかみになるような恐怖と畏怖。
だが、このドキドキは、それだけじゃない。
俺は、今、何を感じているんだ?
「そろそろケリをつけるかえ?」
ティティスが、別人のような声で静かにつぶやいた。
小さな声にこめられた威厳。
それは、数十メートルはなれている俺の耳にもはっきりと聞こえた。
女王は、廷臣相手に大声を出す必要はない。
支配者の声は、誰の耳にもよく聞こえるのだ。
「はっ、うざいのよ、貴女は!」
龍那が身構えながら答えた。
「貴女といい、鰐淵といい、それだけ強いくせに、男を見つけたとたん、
まだ「つがい」にもなってないうちからデレデレして!
こっちは貴女と喧嘩するのを楽しみに待ってたのに!」
トカゲ族最強の少女は、鰐族最強の少女との対決を望んでいたのか。
鰐淵先輩も、ティティスも、今日までそれに応じずにいた。
だが──。
「龍那。わが背に危害を加えたこと、地獄の底で後悔せよ」
ティティスは、俺を危険な目に合わせたことで、それまでの自制を投げ捨てた。
あいつの本来の、強力で凶悪なナイルワニ獣人の女王の姿を呼び覚ましたのだ。
「――っ!」
龍那が走る。
双腕の連撃は、空中で受けた。
ナイルワニの女王の両腕が、コモドドラゴンの支配者の両手で封じられる。
無防備な喉もとへ龍那が噛み付く。
毒よりも危険な、致死性のバクテリアを宿した牙が。
「ティティス!」
俺は叫んだ。
「……!!」
龍那が噛み付いたのは、ティティスが自分の顔の前に横から割り込ませた尻尾。
だが、尻尾と言えど、あの毒では──。
「勝負……あり」
鰐淵先輩がつぶやいた。
「ティ、ティティスっ!!」
俺はもう一度叫んだ。
いや、もうそれは、悲鳴に近かった。
だが、ティティスは、何事もなかったように、龍那が噛み付いた尻尾を振り回した。
高く高く持ち上げて──地面に叩きつける。
砂埃を巻き上げ、龍那の身体がボールのようにバウンドする。
体重30キロ台の少女とは言え、人間を一人そんなに扱う筋力はどれほどのものなのか。
もう一度大地にキスをしたコモドドラゴンの支配者に、
ナイルワニの女王は、硬く重い尻尾を上から叩き付けた。
龍那は、──起き上がってこなかった。
「ちょ……ちょっと……」
俺は、呆然としてその様子を眺めることしか出来なかった。
頭は混乱しきっている。
動かない龍那。
先ほどからの超人ぶりを見て死んでいるとは思えないが、
その確信が持てないほどのティティスの打撃。
そのティティスは、猛毒バクテリアの牙を受けたはずだ。
「い、医者──。さっきの、百歩蛇さん!!」
俺は、口から漏れた自分の言葉で、何をすべきか気がついた。
きびすを返して戻ろうとする。
その背中に。
「こりゃ、待ちゃれ。わが背──」
振り向くと、ティティスがそこにいた。
「ちょ、お前、さっきまで、山の下に……」
俺の前でのろまに行動していたこいつなら何分かかるかわからないが、
<ナイルワニの女王>の本気なら、あっと言う間だろう。
俺は、それを理解した。
俺が見たこともないティティスを目の前にして。
そう、俺は、今日、はじめてナイルで女神と恐れられる、
鰐獣人の支配者と「出会った」のだ。
ティティスは、何も変わっていないように見えた。
小さな身体。
薄い胴体と華奢な手足。
脂を塗ったようにつややかな黒い直い髪。
肌理のこまやかな小麦色の肌。
だけど。
上気した美貌は、
濡れたように輝く瞳は。
何より、見にまとう血と暴力の匂いは。
俺の知るティティスじゃ、なかった。
「ど、毒、毒っ……!」
動転のあまり、何を言っているのかわからなかったが、
尻尾を指さしたことで意味は通じたのだろうか、ティティスは快活に笑った。
「大丈夫じゃ。わらわの尻尾、あんなやわな歯の通るものではない」
龍那の歯型が付いたそれは、文字通り、鰐皮の塊だ。
松の老木よりも硬く分厚いそれは、どんな鎧よりも頑丈そうに見えた。
「じゃ、救急車! 龍那を……」
振り返ってみると、コモドドラゴンの支配者は、もう立ち上がっていた。
「……」
忌々しげにティティスを睨み、気品に溢れる動作で地面に唾を吐き、無言で歩み去る。
一メートルもバウンドするくらいに地べたに叩きつけられ、
それをさらに上回る一撃を食らった少女に残ったのは、
ちょっとよろめく程度のダメージだけだった。
「信じられねー……」
俺は、嘆息した。
同時に戦慄も。
背中に流れる汗。
ティティスが、視線をそらしてうつむいた。
「そなたらには、こういうのを……見せたくなかったのでのう」
人外の能力を持つ獣人──俺はそれに恐怖した。
「……」
「……」
沈黙。
昨日まで、からかって遊んでいた女の子が、
自分が百人集まっても叶わない暴力の化身だったという事実。
いろんなアイデンティティが崩れ去った瞬間。
ティティスが、俺と「仲良くなるために」、
そういう態度で接していたということを、今の俺は痛いほどに理解していた。
こいつは、その気になれば、鰐淵先輩や獅子尾のように、
露骨な実力行使を行わなくても、周りから「強い」と認知されることなど簡単だった。
それをしなかったのは、インドア倶楽部に通う、本質的には内気で消極的な男への配慮。
「ティティス……」
目を伏せた<ナイルワニの女王>は答えなかった。
「……」
それきり、沈黙が続き、やがて──。
「では、私たちは帰る」
鰐淵先輩の一言でそれは破られた。
「あ……」
今まで忘れていたが、先輩は、つがいの少年と一緒にそこにいたらしい。
「あ、ちょ、ちょっと……」
「……同族の交尾を見る趣味は、ない」
先輩は、すたすたと坂道を下りながら、振り向きもせずに言った。
「……え?」
一瞬、何を言われたかわからない。
「血の匂いで、私も、昂ぶった。……私のつがいに、頑張ってもらうことにする」
手をつないだ少年が、ぼぉっと言う音が聞こえるくらいに顔を真っ赤にしたのが、
背中から見るだけでも分かったが、こちらはそれどころではなかった。
「こ、交尾って……」
「……!!」
ティティスが、何かに気が付いたように俺のほうを振り向いた。
「……」
「……な、何だよ」
俺は、こちらをまじまじと見つめる同級生に戸惑った。
「そうかえ……そうだったのかえ……」
ティティスがくすくすと笑い始めた。
「な、ど、どうした」
凶暴な女王の様子の変化に、俺は動揺する。
こんな怪物じみた娘が、理解不能の反応をしたら誰だって──。
だが、俺は、動揺していたわけじゃなかった。
「そなたは、こういう女に欲情する性質(たち)じゃったのか」
下からねっとりと見つめるティティスの視線。
ぞくりとした。
身体の真ん中が。
血の匂いと、力の匂いが、俺の鼻腔をつく。
それは、ティティスの体臭。
俺は、ズボンの前がはち切れんばかりに盛り上がっているのに気が付いた。
「うかつじゃった。鰐淵に聞いて知ってはおったが、とんと気が付かなんだ。
自分より強い獣に魅せられる獣がおることを。
──自分より強い女に惹かれる男もいるということを」
それは、サドとか、マゾとかそういうものじゃ、ない。
より強い子孫を残すために備わった本能。
純血種は歴史の中でそれを薄れさせていった。
だが、俺は、それを強く受け継いで産まれた。
だから──ナイルワニの獣人と交尾が出来る<因子>を持っているのだ。
だから──ティティスのつがいに選ばれたのだ。
そして、俺はもうそのことに反発しなかった。いや、できなかった。
ティティスの力を知ってしまったから。
この娘が、どれだけ強いか目の前で見てしまったから。
ティティスが、俺の手をつかんだ。
俺は、抵抗もせずに引き寄せられた。
「向こうへ──あの林でまぐわおうぞ。
いや──犯してつかわす。わらわの愛しい夫よ。
おぬしの望みどおりの方法で、のう」
全てを悟ったクラスメイトは、別人のように妖艶な瞳で俺をからみとり、
全てを悟った俺は、つがいの導くまま、林の中に連れ去られた。
ここまで