770 :
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「……怖かったあ!」
薫はそう言うと、わっ、と盛大に泣き出した。
縋り付いた、湯川の胸で。
自分が置かれていた危険な状況を、改めて理解した――とでも言うのか。
とにかく彼女は、込み上げてきたものを一切我慢しなかった。
「そんなに泣くな、みっともない」
「だって、本当に怖かったんだからー!」
湯川のベストが濡れるのもお構いなしに、薫はひたすら泣く。
こんな風に、子供のように泣かれてしまっては、湯川の手は更に行き場を失う。
どうしたら良いものやら、さっぱり分からない。
「泣くな」
「うう……」
「聞いているか、内海君」
「……聞いてますー」
くぐもった声が、返ってきた。
多少は落ち着いたのだろうか、目立った泣き声は少なくなった。
「泣くんじゃない」
「う、わかりました」
「そして、僕のベストを濡らすな」
「はい……って、うわ!す、すみません!」
ばっ、と薫は素早く、湯川から離れた。
そして焦った彼女が取り出すのは、ピンク色のハンカチ。
「なるほど」
「え?」
「君の好きな色だ。ピンクと言っていただろう」
「ああ……そう、ですね」
そう言うと何故か俯き加減になりながら、薫は申し訳なさそうに、自分の作った染みを拭う。
薫の、好きな色。
そして、二人と皆の未来を救った色。
「感謝しなければならないな。君に、君の勘に。君の好きな色にも」
湯川はハンカチを眺めながら、しみじみと言った。
そのうち、彼の眼前で、ハンカチが震えだす。
正確に言えば、震えだしたのはそれの持ち主だ。
「どうした」
「だ、って先生……何かしみじみと、おかしな事言うから……」
薫が、震えている。
ただそれは涙や憤り、恐怖ではなく、堪えきれない笑いからだ。
「っ……だめ、我慢出来な……!あはは!」
とうとう、彼女は声を上げて笑った。
今まで流していた涙を拭いながら、楽しそうに。
「……それは良かった」
「へ?」
「君が笑えたのなら」
「せ、先生?」
これまでに見たことのない、湯川の優しい眼差しが、そこにあった。
不思議と、薫の顔が火照っていく。
771 :
2/2:2007/12/18(火) 22:38:10 ID:BcPlvr2h
――何、その表情。湯川先生は、狡い。
最高のクリスマスプレゼントだ、とか思っちゃだめ。私――
薫は一人、心の中で葛藤していた。
それを知ってか知らずか、この眼前の変人物理学者は――。
「内海君。今、最高のクリスマスプレゼントだ、等と思っていただろう」
「なっ!ひ、人の心まで読まないでください!」
言ってから、しまった、と薫は思った。
だが時既に遅し、湯川は満足げな笑みを浮かべて、彼女を見つめている。
「思っていたのか」
薫は、何も言えなかった。
出来ることといえば、恥ずかしそうに湯川から目を逸らし、顔を真っ赤にすることだけ。
「実にくだらない」
「……くだらないとか、言わないでください」
「違う、内海君」
次の瞬間、薫は強い力に引き付けられた。
何、何?と混乱する、彼女の頭。
冷静になってみると、再び湯川の胸に身を委ねている自分に気付く。
「ゆ、湯川、先生?」
「くだらない、と言ったのは」
す、と湯川の手が、薫の頬に伸びてきた。
それは頬を撫で、顎まで伝い、彼女の顔を上げさせる。
「もっと良い、クリスマスプレゼントがあるからだ」
湯川がそう言ってから、薫の視界が暗闇になるまでに、あまり時間はかからなかった。
ほぼ同時、と言ってもおかしくはない。
湯川の唇と薫のそれは、重なっていた。
事態の飲み込めない薫は、暫く目を閉じられないでいたが。
もっと良い、クリスマスプレゼント。
それが、湯川からのキスだとは。
772 :
3/3:2007/12/18(火) 22:42:43 ID:BcPlvr2h
「内海君。今の君は、実に面白い表情をしている」
「……!」
唇が離れても、薫はただ、口をぱくぱくさせるだけ。
耳まで赤くなった彼女には、到底言葉が発せそうになかった。
「さて、僕も君からプレゼントが欲しいところだが」
「な、せ、に、を……」
「何を貰おうか」
薫に構わず、湯川は真剣に考えているようだった。
言葉になっていない声は、やはり彼に届かないらしい。
「……内海君」
暫くの間の後、何やら考えついたらしい湯川が、薫を真っ直ぐに見据えた。
薫の思考回路、というより処理能力は、次々に起こる事の収拾に追い付けていない。
「君が欲しい」
その言葉を聞いた途端、薫はとうとうフリーズした。
意識の続くぎりぎり、最後に彼女の視界が捉えたのは、反転する研究室の天井。
倒れた薫を抱き上げ、湯川はやれやれ、と溜息をついた。
同時に、彼は決心する。
彼女が目覚めたら、開口一番に言ってやるのだ。
キスして、と。
終
途中、改行規制に引っ掛かったんで、使用レス数が変更にorz
色々と読みにくくて申し訳ない。
それでも読んでくださった方、有難うございました。
うおっ神が!!
これで最終回だったらよかったのに。
うおおおおおおお
超乙超神超GJ!!!!
これで納得だ(゚∀゚*)キスシテ