【高津カリノ】WORKING!!エロパロNo.5

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584衝動ごと抱きしめて
「いらっしゃいませー! お客様3名様でよろしいですか? ご案内いたします」

ファミリーレストラン、ワグナリアでウェイトレスとしてアルバイトに励んでいる
伊波まひるが愛想のいい笑顔で客を席へと先導する。

「ご注文がお決まりの頃にまたお伺いしますね」

にこやかにそう言ってから、裏へと戻っていく彼女。
その働きぶりは傍から見て、完璧そのもので同僚で小さい種島ぽぷらはすごいねーと褒めちぎる。
言われた側の伊波は少し頬を染めて、そんなことないよ、と手を振って否定する。

「えー、でも伊波ちゃんの接客って丁寧で、ホントにいらっしゃいませーって感じがするよー」
「あ、ありがとう。でも種島さんだってすごいと思うな、私」
「え、どこが?」

問われて自然と小さくてかわいいもん、と返しそうになって踏みとどまる伊波。
これを言ってしまうと、自分の背の小さいことを痛く気にしているぽぷらの機嫌を損ねてしまうのだ。
さて、何と言い換えたものかと少々考えてから、

「だって、種島さんの笑顔って人を癒すパワーがあるって思うもん。
お客様もみんなきっと種島さんのおかげで元気になるよっ」
「そう? だったらうれしいなぁ、えへへ…」

告げると、ぽぷらはうれしそうに笑う。
それを見て伊波はほっとする。
若干の後ろめたさはあるもののウソは言っていない。
事実彼女の笑顔にはその力は間違いなく宿っているのだ。
幾分か体の小ささから来る気もしないではないが。

「ちょっと照れてる先輩かわいいっ!」
「ひぃっ!」

どこから現れたのか、同じくフロアの接客をしている小鳥遊宗太が声を大にして訴える。
普通なら突然のことでびっくりした、で済むのだが、今小さく悲鳴を上げた伊波まひるには
少しばかり問題があるため、それだけでこの場は収まらないのである
その結果、和やかなファミリーレストランに鈍い音がこだました。
585衝動ごと抱きしめて2:2010/05/09(日) 05:31:24 ID:qysl0q4q
「ご、ごめんね、さっきは。いきなりで驚いちゃって」

背後から現れた男、小鳥遊の顔面にめいっぱいに拳を振りぬいてしまった伊波がしゅんとして謝る。
休憩室で救急箱で自ら治療していた小鳥遊はいえいえと首を振る。

「あれは完全に俺の不注意でしたよ。伊波さんが男嫌いなことをつい失念していたんですから」
「でも……」
「いいんですよ、これくらい。もう慣れましたし」

言われて伊波はため息をつく。
彼女は男性恐怖症の気があり、男性が近づくと防衛本能が働くのか、
とにかくその反動で男性を殴り飛ばしてしまうのだ。
そして、このワグナリアでのバイトでそれを克服しろということになり、
その相手として選ばれたのが彼、小鳥遊宗太なのであった。

「殴っちゃったのに手当てもしてあげられないし、本当にごめんなさい…」
「手当てしようとしても間違いなくケガが増えますからね」
「うっ…、小鳥遊くんは容赦ないよね…」
「伊波さんの拳ほどじゃありませんよ」
「うぅ……」

返す言葉がなかった。
実際小鳥遊とシフトが一緒になった日、彼を殴らなかったことは一度たりともない。
原因を作ったのは何も伊波だけではなく、小鳥遊が伊波を挑発するような態度や発言も
いくらか影響はしているのだが、結局のところ殴ってしまえばそれは伊波の責になる。
殴られる側がいくら大丈夫と言ったところで、伊波自身はその事実で落ち込んでしまう。

その様子にやれやれと小鳥遊が伊波にまっすぐに向き直る。

「伊波さん、さっきのは俺のミスなんで本当に気にしないでください。
つい、先輩のかわいさに釣られて、のこのこ伊波さんの背後に出てしまったんですから」
「そうだけど…」
「だから、伊波さんは悪くないんですよ」
「……」

わかってないな、と今度は別の意味で伊波は嘆息する。
目の前にいる男子も男子で少し特殊な性癖を持っており、
異様なまでに小さなものに執着を持っており、それを心から愛でて、大切にしている。
正直その時の小鳥遊には引いてしまうのだが、伊波はとりあえずそれには目をつぶることにしている。
今この場においては彼の人の心の機微、特に乙女心というものへの鈍さが問題なのだ。

それは小鳥遊の家族が姉3人、妹1人という女性ばかりの環境で、
しかも姉たちに基本的に虐げられてきた(恐らく悪意はない)ために、
その辺の感情に対しての考えを放棄するようになったためなのだろう。
586衝動ごと抱きしめて3:2010/05/09(日) 05:32:40 ID:qysl0q4q
伊波はそんな少年に恋をしてしまった。
好きになったのは、自分の父が娘に悪い虫がついてないかを見に来たその日。
小鳥遊は伊波の頼みで女装し、彼女の父に会いその時、娘がかわいそうだ、謝れと激昂した。
彼からすればそれはどこか家族に翻弄されてきた自分と通ずる部分があったために
勢いで言ってしまったことなのであろうが、伊波にしてみれば、恐怖の対象である男性が
自分のことを思ってしてくれたことで、そんなことを言ってくれた初めての人を意識せずにはいられなかったのだ。

ただ、前述のように彼は何故か伊波の想いには気づかずに、いつもと変わらない態度を取っている。
それが嫌だとは思いはしないが、自分ばかりがやきもきしているのが少しだけ癪だった。
といっても、関係を前に進めようにも小鳥遊を含む男を殴るという病気にも似た症状を治さないことには
そんな関係を築くなど、夢のまた夢だと伊波は思う。

なおも深い息を漏らす伊波に小鳥遊は業を煮やして、語気を強める。

「何なんですか、さっきから。今日の伊波さんはいつも以上に変ですよ?」
「……何でもないわよ」

小鳥遊の言い方に呼応して、伊波の返事も憮然としたものになってしまい、休憩室の空気が一段と重くなる。

「どうしたんですか、お二人とも」
「ひゃあっ!」
「山田か…」

伊波が声を上げた後に小鳥遊が声のした方を見ると、同じくこのワグナリアの
ウェイトレスの山田葵が不思議そうな顔で二人を見ていた。
伊波は今日はよく背後に立たれる日だなと思いつつ、椅子に座りなおす。

「べ、別にどうもしてないよ、私がまた小鳥遊くんを殴っちゃっただけ」
「それにしては険悪なムードですが」

人を殴っておいて、険悪な状態にならない方がおかしいと言おうか小鳥遊が一瞬迷ったが、
そんな常識はこの空間にはあるわけがないかと言葉を選びなおす。

「単に伊波さんの様子がいつもよりもおかしいってだけだよ」
「何それ、私のせいって言いたいの?」
「違うんですか?」
「ひっどーい!」
「人殴るのと比べたらマシですよ!」
「さっきは謝らなくてもいいとか言ったくせに!」
「そもそも伊波さんの男嫌いが一番の原因でしょう!」
「そうだけど、そうだけど、もーー!」

2人の様子を眺めていた山田は、これは何やら面白いことになりそうです、
と腹に一物を抱いて、その場を後にした。
587衝動ごと抱きしめて4:2010/05/09(日) 05:34:09 ID:qysl0q4q
「なるほどねー。伊波さんの様子がねー」

山田に連れられて休憩室にやってきたワグナリアのキッチン担当の相馬博臣が話を聞き終えてから、ニコニコと笑う。
その笑顔を見て、小鳥遊は失敗したな、と肩を落とす。

(伊波さんの挙動不審なんて今に始まったことではないのに、ムキになって付き合ってしまったせいで、
ただでさえ弱みを握られて苦手な相馬さん、プラスうっとうしい代表の山田に捕まる羽目になるとは…)

「小鳥遊くんは伊波さんが変っていうか、様子が違うのは何でなのかわかんないの?」
「わかったらこんな風にもめたりしないですよ」
「だよねえ(本当に自分のことには鈍いなぁ。だからいじり甲斐があるんだけど)」

よし、と一つ声を出すと相馬は伊波に視線を移す。
びくりと一瞬肩を震わせる伊波に微笑みかけて提案する。

「伊波さん、テストをしよう」
「て、テスト…?」

首を傾げるだけの伊波の代わりに、山田がわくわくと相馬に質問する。

「どういうテストをするんですか?」

聞かれた相馬の笑みが邪まな形に歪む。
小鳥遊は逃げ出したい衝動に駆られるが、相手が悪いと判断して様子を見るしかなかった。

「伊波さんが果たして男の人をどこまで耐えられるのかのテスト」
「ええっ! そそそそんなのムリ!」

堪らずと言った様子で伊波が前に出てくるので、さすがの相馬もびくりと後ずさる。
今でこそ、このように距離をあければ話すくらいはできるようになったものだが、
小鳥遊が来る以前は散々殴られて辛酸を舐めてきたのだ。
彼の伊波への警戒はそう易々と解けるものではない。
それでも何故かいつも気配がない伊波にばったり出くわすことは度々あるのだが。

「お、落ち着いて伊波さん。そんな大したことをしようってわけじゃないから」
「ほ、ほんとですか…?」

顔を真っ赤にして涙目で問う伊波。
これを見たらかわいいと思うのが普通なのだろうが、それよりも相馬の中には
しめしめ食いついたというどこか腹黒さの方が先立つ喜びで満ち満ちていた。
588衝動ごと抱きしめて5:2010/05/09(日) 05:35:42 ID:qysl0q4q
「それでまずは何をするんですか?」

腹をくくった小鳥遊が尋ねると、どこか笑いを堪えているような相馬が答える。

「まずはちょっとした質問をしてみようかなと」
「ほほう…」

楽しそうにする山田と相馬を尻目に、伊波は背筋が寒いやら顔が熱いやらで既にいっぱいいっぱいだった。

「じゃあ一つ目。男の人を殴っちゃうのは何で?」
「お、お父さんに男は怖いものなんだって教え込まれて、身を守らなきゃって思っちゃって、それでつい…」
「二つ目。男の人は今でも怖い?」
「こ、怖いは怖いです…けど、最近はそうでもなくなってきたかも…」
「それはどうして?」
「えっと、その…た、小鳥遊くんが面倒みてくれて、それで慣れてきたからだと思います…」
「じゃあ次、男の人って嫌い?」
「気持ちの上ではそんなことはないんですけど、体が嫌ってるっていうか」
「なるほど、頭ではわかってるけど半分反射的に体が動いちゃうんだね」
「伊波さんのパンチはいつだって迷いがないですもんねー」
「あぅ…」

ずいぶんと今更な質問をするな、と小鳥遊は状況を静観する。
(もしかして真面目に伊波さんの男嫌いを治そうとしているのだろうか…)

「気持ちの上では男の人は嫌いじゃないなら、俺のことはどう思う?」
「そ、相馬さんですか…」
「そうそう、好きか嫌いかでもいいし、どんな人かでも何でもいいから」
「山田はお兄さんだと思っていますよ?」
「あ、ありがと…」
「何でも知っていて、ちょっと話していて不安になります…。すみません…。
あ、でも、困った時にはアドバイスくれたりして助かってます! 決して嫌いじゃないです!」
「いいよいいよ、正直に答えてくれてありがとう」

相馬さんのことをいい人だとさらりと言えるのはそうはいないだろうに、律儀にフォローする辺り、
伊波さんもお人好しだなぁ、と小鳥遊が思っていると、一瞬だけ相馬が自分を見た気がして背筋が凍った。
何か嫌な予感がするが、今更この質問を止めるのもおかしいかと思い、小鳥遊は諦めて事態を見守ることにする。

「それなら佐藤君はどうかな? 佐藤君には黙っとくから大丈夫だよ」
「さ、佐藤さんは…、あの、かわいそうっていうか、何というか…」
「もしかして轟さんとのこと?」
「は、はい…」
「あはは、佐藤君はそうだよねー、いい加減はっきりしちゃえばいいのにねー」

キッチン担当の佐藤潤がフロアチーフの轟八千代に恋愛感情を抱いていることが
伊波には同情を引いており、ある種自身に似た状況であることが仲間意識を持たせたのか
そういう意見を口にしていた。
589衝動ごと抱きしめて6:2010/05/09(日) 05:36:57 ID:qysl0q4q
相馬は彼女に同調して場を少しでも和ませると、今までと何ら変わらない調子で
聞きたかった本題を投げかける。

「じゃあ小鳥遊君のことはどう思う?」
「へっ? た、小鳥遊くん?」

明らかに今までと違い、大きく取り乱す伊波。
小鳥遊はあまりに前者二人との反応の違いにむっとしてしまうが、
ついさっきケンカしたことを思い出して、ぐっと我慢した。
その様子を相馬と山田は目ざとく見ており、更に伊波に追いうちをかける。

「どうなんですか、伊波さん! 小鳥遊さんのこと好きですか? 嫌いですか?」
「たた小鳥遊くんは、そのえっと、あの、なんといえばいいか、その…」
「どういうとこがいいの?」
「ど、どこって、あの、何だかんだで面倒見がいいと言いますかですね…」
「いつ頃からですか?」
「そ、それは、お、お父さんにお説教してくれた時に…」
「最近はどんな感じ?」
「あぅ、わ、ちょ、ちょっとは自然に笑えるようになったかなって…」
「あの!」

わたわたしながらも真面目に答えていた伊波を制するように小鳥遊が声を上げる。
さすがに質問が変な方向に行っていると判断したのだ。
というか、そもそもこういうことを聞くためにわざわざあんな基礎的な質問をしていたのだと気づいた。

「一体、何を聞きたいんですか? 伊波さんの男嫌いのためのテストですよね?
俺との関係ばかりそんなに掘り下げても意味なんてないと思うんですけど」
「あー、そうだった?」
「ええ」

ばれちゃったか、と残念に思うが、一応さっきの小鳥遊をどう思うかの質問で
伊波の恋心が小鳥遊本人に知れれば、二人の関係の進展、ひいては男嫌いの解消につながると考えてはいた。
無論、相馬にとっては小鳥遊が伊波をどうするかを見たい方が気持ちとしては大きかったが。

「それにあんなにどんどん質問してあげないでくださいよ。
伊波さんはそういうのは苦手なんですから、もうちょっと伊波さんのペースで」
「へえ…」

小鳥遊がそう諭していると、相馬が何やらニヤついている。
590衝動ごと抱きしめて7:2010/05/09(日) 05:38:20 ID:qysl0q4q
何ですか、と聞こうとする前に、相馬の方からぽつりと言ってくる。

「小鳥遊君、ずいぶん伊波さんのことわかってるようなこと言うんだねー」
「? そりゃわかりますよ。相馬さんだってそれぐらい」
「いやぁ、俺は全然そんなのわかんなかったよ。ねえ、山田さん?」
「はい。山田、伊波さんがそんな風になるだなんて、全くこれっぽっちもご存知ありませんでした」
「何か白々しい…」
「そんなことないってー。いやーすごいね、伊波さん。
小鳥遊君は伊波さんのことをこんなに理解してたなんてねえ」
「えっ、あ、はぃ…///」

相馬がわざわざ繰り返し言ってやると、伊波は元々赤くしていた顔を更に紅潮させて俯いてしまう。
小鳥遊が怪訝そうな顔で伊波を見ると、ぷるぷると体が震えだしていた。
相馬は、あ、このままだとやばいと感じ取ると、話を一旦逸らして伊波を落ち着かせることにした。

「じゃあ、次ー。小鳥遊君もテストしてみようか」
「は? 何で俺までそんなことするんですか?」
「小鳥遊君だって病気持ちじゃない。伊波さんだけテストなんて不公平でしょ?」
「別に俺は病気なんて持ってないですよ」
「小鳥遊さん、ダンゴ虫と山田どっちがかわいいですか?」
「ダンゴ虫」
「!! 相馬さん、やっぱり小鳥遊さんはまだ病気です!」
「おい! 失礼なことを言うな、ダンゴ虫に!」
「自分はいいんだ…」
「それは今はどうでもいいんですよ! 山田、ダンゴ虫に謝れ! 詫びろ! すぐに!」
「山田は別にダンゴ虫のことを悪く言ってないんですけど」
「同列に並べたことがそもそも失礼だ」
「山田に失礼とは思えないんですかね、あの人」
「まあまあ」

全く、と言いつつカッとなって立ち上がっていた小鳥遊は椅子に座りなおす。
その小鳥遊に山田がはっとしたように一つ問いかける。

「山田、この間小鳥遊さんにはぐらかされたことをもう一度聞いておきたいです」
「はぐらかしたこと?」
「山田さん、小鳥遊君に何て聞いたの?」
「小鳥遊さん」
「何だよ」
「伊波さんの胸ってものすごく小さいですよね?」
591衝動ごと抱きしめて8:2010/05/09(日) 05:39:46 ID:qysl0q4q
相馬は山田の素朴な疑問を聞いて、何だそんなことかと思うが、
これが意外と伊波だけではなく小鳥遊も狼狽させているのに気づいた。

「お、お前は何を言い出して…っ!」
「……あわわゎ…」

それを見て、山田が口を閉じられないように相馬が先に口火を切る。

「俺は胸は大きい方がいいと思うけど、小鳥遊君としてはもちろん
 小 さ い 方 が 『 好 き 』 な ん だ よ ね ?」
「え゛」
(おー、これはすごい。小鳥遊君、一応そういう目もあったんだなー)

相馬が心の中でひとりごちると、当の小鳥遊と伊波が固まるやら口をぱくぱくさせるやらで
反論も肯定も怒りだしもしないのをいいことに、山田が目をきらきらさせて小鳥遊に近づく。

「つまり小鳥遊さんは胸に限定すれば、『伊波さんが一番好き』ということなんですね!」
「すっ…って、へぇっ…!!??」
「山田…お前…!」

珍しく手も足も口も出せない小鳥遊を前に山田は楽しそうに動き回る。
それに小鳥遊はイライラと募らせていき、ついに耐え切れず

「ああ、そうだよ! 胸というパーツだけに限って言えば、周りでは伊波さんが一番好きだよ!
しょうがないだろ、小さいものが好きなんだからどうしたってそうなるだろ! これで満足か!?」

狂ったように叫びを上げる。
さすがにその勢いに気圧されたのか山田は相馬の後ろに隠れてしまう。
しばらくその場を沈黙が支配するが、不意にもう一つ大きな気配が生まれつつあることに
小鳥遊、相馬、山田が気がついた。

もはや顔だけではなく全身を赤くして、どこか遠い目をしてうわ言のように
何かをぶつぶつと呟く伊波が立ち上がっていた。
湯気の出ている体をわなわなと震わせ、拳をこれ以上ないほど固く握るその様に
3人は誰からともなく自然と覚悟を決めていた。
具体的に自分たちがどんな目に遭うのかは想像はできないが、
トラウマになるかもしれないほどの恐怖は味わう、そんな予感が全員によぎっていた。

そして、外観だけは至ってフツーなファミレスに轟音が鳴り響いた。
592衝動ごと抱きしめて9:2010/05/09(日) 05:41:19 ID:qysl0q4q
「大丈夫、ですか、伊波さん…?」
「う、うん、ちょっと頭痛いだけだから、だいじょうぶ…」
「氷持ってきたので乗せますね」
「ありがと…」

結果としては伊波は意外な行為に出て、その場を収めた。
意外と言っても、雄雄しさというか荒々しさは予想の通りだったのだが。

伊波は目の前にあったテーブルに思い切り頭突きをかましたのだ。
その後、彼女は力なくその場に倒れて、今しがた気を取り戻したのだ。

「頭をぶつけたんですから、落ち着いたら病院に行きましょう。歩けなければ、タクシー呼びますし」
「うん…」

伊波をからかったことがバレた3名はお叱りを受け、真っ二つに割れたテーブルの弁償代も払う羽目になった。
小鳥遊本人はからかってなどいないのだが、伊波がこうなった要因の一つに自分の不注意があったのは
間違いないことだからと、その罰を負うことにした。

「本当にムリだったら先輩かチーフに頼みますから、言ってください」
「うん…ありがとう」

マジックハンドで氷水を伊波の額に乗せている小鳥遊。
一見するとシリアスさは微塵もないのだが、二人の空気は真剣そのものというか
本気で沈み込んでいた、主に小鳥遊の方が。

伊波の自虐的な頭突きで気づかされたのだ。
今日、殴ってしまったことを伊波が謝った理由を。
あれと先ほどの頭突きの根っこの部分は同じで、伊波は自分の男嫌いで
小鳥遊に迷惑をかけていることに責任を感じていて、それをどうにかしたいと心から願っていたのだ。
そんなことは前提条件として当たり前のことじゃないか、彼はそう思っていた。
そう思っていたからこそ忘れてしまっていた。
こんな奇妙極まりない状況に慣れ、伊波の拳骨の原因への対処をどこか怠っていた。
殴られてやるから、さっさと治せと、お前本人だけで何とかしろと無言の圧力をかけていたとさえ思えた。
そんな自分が情けないと歯噛みしていると、伊波が小鳥遊に呼びかける。

「何ですか、どこか痛みます?」
「ううん、そうじゃなくてね」
「?」
「ごめんね…」
「……」

呆然とした。
こんなことになっても、この目の前の少女は自分を労わってくれるのかと。
そもそも伊波を傷つけて、動揺させたのは自分だというのに、
彼女はそんな自分に涙をこぼして謝罪するのだ。

小鳥遊はその少女の健気な心の前に何も答えることができず、そばにいることしかできなかった。
593衝動ごと抱きしめて10:2010/05/09(日) 05:42:39 ID:qysl0q4q
病院に行き、軽く診てもらったところ伊波の体に問題はないだろうという説明を受けた。
とはいえ、ちゃんと検査は受けた方がいいということで、一晩入院することに決まった。
付き添いで来ていた小鳥遊は店に連絡して、その旨を伝えると、携帯をしまいこんで伊波の病室へと戻った。

「あ、おかえり」

ぎこちなく笑って出迎える伊波に小鳥遊もできる限り最大限にこやかな表情で返す。

「店の方にはちゃんと伝えておきました。
今日も大して忙しくなかったみたいで、暇だーって先輩が言ってました」
「そっか…。不謹慎だけど今日は助かったね」
「ええ。……お母さん来るの遅いですね」
「うちのお母さん、のんびりしてるから」

苦笑いして伊波が言うと、小鳥遊は二の句を継げなくなってしまう。
言いたいことはある。謝らないといけないとわかっているのに、言葉が浮かばない。声にならない。
何を言っても、きっと目の前の少女は優しく受け止めるだろう。
体は男を拒んでも、心が拒んでいるのではない。
だから、何を言ってもそれは詰まるところ自分の心の傷を塞ぐためにしかなっていない。
言った方が伊波も気まずさが紛れていいだろうに、
小鳥遊はぐるぐるとそんなことを考えてしまい、つい黙り込んでしまう。

「私が壊しちゃったテーブルっていくらなのかな?」
「い、いくらでしょう、ちょっとわからないですね」
「私が壊したのに代金は小鳥遊くん、山田さん、相馬さん持ちなんだっけ」
「伊波さんにそうさせたのは俺たちですから、仕方ないですよ」
「…ごめんね、迷惑かけて」
「……っ」

また謝られた。
こっちがそうすべきなのに、そうしたいと思っているのに、何故彼女が。

「男嫌い治さないといけないのに、失敗してばっかりね、私」

そんなことない。
確かに上手くいっていないかもしれないけど、それは努力している証だ。

「それどころか何か小鳥遊くんに慣れちゃったせいか、
気楽に殴ったりするようになっちゃって、悪化しちゃったかも」

前は歩み寄ることすらできなかったのに、今はこんなにちゃんとしゃべれるじゃないか。
それは前に進んでるんだ。

「私もっとがんばる。もう殴らないなんて宣言はできないけど、できるだけ我慢する」

今だって頑張ってるじゃないか。
体全身で耐えたじゃないか、自分を傷つけてまで俺を守ったじゃないか。

「だから、申し訳ないんだけど」
「やめてくれ!」
594衝動ごと抱きしめて11:2010/05/09(日) 05:44:31 ID:qysl0q4q
「え…」
「伊波さんは悪くない! 悪いのは俺です! 真っ先に謝らないといけなかったのに」
「た、小鳥遊くん?」

急に声を荒げて立ち上がった小鳥遊に、伊波は困惑するばかり。
小鳥遊はそんな彼女に構わず自分の思いの丈をぶつける。

「それなのに伊波さんに嫌な思いさせて、怒らせて、果てはケガまでさせて!」
「小鳥遊くん…」
「俺、ほんとは伊波さんの近くにいる資格なんてなかったんです…」
「えっ…」
「もう伊波さんのそばには近づかないようにします。バイトももう辞めます」
「待って、待ってよ! そんなの変だよ!」

彼は少女の言葉も聞かずにその場にひざまずき、頭を下げる。

「すいませんでした。俺の方こそ伊波さんの気持ちを考えずに無神経なことばかり言って」
「やめてよ…」
「許してくれなんて言いません。ただ俺が謝りたいだけの自己満足です」
「やめてってば…!」
「俺のことは忘れてください。今まで本当にすいませんでした」
「やめてよ!」

小鳥遊はそれだけ言ってから、立ち上がって病室から足早に離れていく。
伊波がいくら制止しても、立ち止まらず彼はまっすぐに彼女から去っていく。

そのはずだった。
だが急に体が重くなって、足が動かなくなった。
その原因を探るのは一瞬で済んだ。
伊波が小鳥遊に抱きついていたからだ。

「バカ…」
「い、なみさん…」
「小鳥遊くんのバカ!」

追いつけるはずがないと高をくくっていた。
仮に追いかけてきたとして、彼女には何もできないと思い込んでいた。
彼女から男に、まして抱きついてまで止めるだなんて不可能だと思っていたから。

けれど、現実は違った。
伊波は迷わずに行ってしまおうとする彼を全力で引き止めた。
何があっても離れたくないという一心で。
595衝動ごと抱きしめて12:2010/05/09(日) 05:45:44 ID:qysl0q4q
「男の人が嫌いとかもういいの」
「な、何を…」
「治った方がいいのはもちろんよ。でもね、それよりも大事なことがあるの…」
「大事なこと…?」
「好きな人と一緒にいること」
「好きな人って?」

伊波は深呼吸する。
しがみついた手を離さないままで、小鳥遊の前に移動して、視線を合わせる。
目を逸らしたくなかった。まっすぐに伝えたかった。
誰にも抱いたことのない初めての気持ちを。

「わ、わた、しは、あなたが…、た、小鳥遊くんが、好き…」
「え…」
「伊波まひるは、小鳥遊宗太くんが好きなの!」

小鳥遊は開いた口が塞がらなかった。
頭を何かで思い切り叩かれて、中身が全て吹っ飛んだような不思議な気分だった。
目の前に広がるのは一人の女の子だけ、伊波まひる、それだけだった。

「いなみさんが、おれをすき?」
「うん…好き…」
「な…えぇ…、おかしくないですか?」
「じ、自分でもおかしいと思うけど、でも好きになっちゃったんだもん!」

熱のこもった視線で見つめられて、いまいち思考能力が戻らないままだったが
首を振って何とか考えをまとめられるように努力して、もう一度確認する。

「ほ、本当に…ですか?」
「わ、私がこんなウソつけると思う?」
「いや、ええ、ありえません」
「夢でもないからね…。っていうか、これ夢じゃないわよね…」

今更になって自分が夢を見ているのではと不安がる伊波にようやく小鳥遊は落ち着きを取り戻す。

「ど、どうしよう。これ夢だったら、わたわたし…」

あたふたと困り顔でそう自分に訴えてくる少女に小鳥遊は初めての感情を抱いた。
今までどんな小さくて可愛いものを見ても持ったことのなかった初めての感情を。

愛しい

そう思った。
何よりも誰よりも、大事にしたい、大切にしてほしい、そばにいたい、離れたくない。
596衝動ごと抱きしめて13:2010/05/09(日) 05:47:04 ID:qysl0q4q
「伊波さん」
「ふぇ?」

夢ではないと自分も感じたかった。
これは確かな現実だとかみしめたかった。

「夢なんかじゃありません。俺はここにいます」
「ふぅぇええおうあいえうあ!?」

優しく抱きしめられた伊波は何とも形容しがたい声を漏らす。
けれど、しばしの間そのままじっとしていると、小鳥遊の鼓動が感じられた。
それから包まれている体に彼の温かさが伝わってくる。

「どうですか? 夢じゃないってわかりました?」
「……うん」

こっくりと頷くのを確認すると、胸の中から伊波を解放してから、じっと自分の瞳の中に少女を映す。

「不思議ですね…」
「……何が?」
「ついさっきまで一緒にいられないって思ってたのに、今はそんなことは頭にないんです」
「うん…」
「可愛いよりも上の気持ちってあったんですね」
「それって…?」
「愛してます、伊波さん」
「あい!?」

さすがにそこまでは飛躍しすぎではと伊波は驚くが、小鳥遊の目は本気そのものであり、
熱いような優しいようなその目を見ていられずに、伊波は目を別のところに移す。
彼女にそういう態度を取られてから小鳥遊もようやく自分の発言の過激さに気づく。
597衝動ごと抱きしめて14:2010/05/09(日) 05:48:45 ID:qysl0q4q
「す、すみません、言い過ぎました」
「言い過ぎだったの!? ウソなの!?」
「あ、いやウソじゃないです。ただこういうのって、いきなり愛してるとは言わないのかなって」
「…小鳥遊くん的にはそれで一番しっくりきたんでしょ?」
「まあ…、そうなんですけど」
「じゃあ、それでいい」
「心臓にはよくないですよ?」
「でもうれしいんだもん」

そう言って、伊波がまっすぐに笑いかけると、小鳥遊の心臓がどくんと跳ねる。
そして、衝動的に伊波を抱きしめる。

「た、小鳥遊くん…」
「す、すみません。可愛すぎてつい…」

苦笑しつつ謝る小鳥遊を見上げて、伊波はうれしそうに頬を染め上げる。

「初めて、私に可愛いって言ったね」

実際そう感じたのは初めてですからね、とはさすがに口には出せずにニコリと笑うだけにとどめる。
再び伊波が小鳥遊の胸に顔をしばらく埋めてから、ぱっと顔を上げる。
どうかしましたか、と問われると伊波がはにかみながら言う。

「小鳥遊くん、お願いがあるの」
「何ですか?」
「気を抜いたら私、また殴っちゃいそうだから、目一杯私のこと抱きしめて」
「はい」
「男の人はやっぱり怖いから、手が出ると思うの」
「そうですね。まあ、俺はそれでもいいですけど」
「だ、ダメだよ、何でそんなこと言うかな…」
「そうすれば誰も伊波さんに近づかないから」
「もー、恥ずかしいことを…」
「俺も言ってから恥ずかしくなってきました」
「でね、男嫌いはやっぱり治したいから、これからもずっと私と一緒にいてください」
「はい、もちろんです」

伊波はぎゅっと小鳥遊の背中に込める力を強める。
小鳥遊も伊波をよりいっそう強く抱きしめた。
目の前の彼女を幸せで一杯にして、殴るなんて選択肢が生まれないように。

「小鳥遊くん、大好き…」