エリックが「日本語でおk」とかなんなの?意味が分からない
まったくキャラ壊してんじゃねーよもっとやれ
572 :
1/11:2010/09/04(土) 23:55:30 ID:SDujHC5G
原作の皆さんが「新・オペラ座の怪人(仮)」を考えてみた。
カルロッタ編
・エロ無し
・キャラ崩壊
・我先にとギャグ方向へ突っ走る皆さん
台本の決定稿も上がり、練習も佳境を迎え、それぞれが自分の役を固め始めた頃。
エリックは今日も今日とて練習の様子を遥か高みから眺めていた。
盗み見と言われればそれまでだが、堂々と見に行くほどの勇気は生憎持ち合わせていない。
「ご苦労様です。今日こそは舞台装置の点検をさせていただきたいのですが?」
大道具主任のジョゼフ・ビュケが謙った態度で腰を折る。
エリックが手を振ると、彼は途端に青ざめて見えない尻尾を巻いて逃げて行ってしまった。
以前にや さ し く絞めたのが相当効いているらしい。
邪魔者がいなくなった静かな舞台の梁の上でエリックはそっと覗き込むように身を乗り出した。
舞台上では台詞と立ち回りの確認が続いている。
クリスティーヌが台詞を読み上げようと息を吸い込むと、遮るような甲高い声が被さった。
「どうして私が端役なの!しかもこの小娘がヒロインですって?許せないわ!」
劇場中を揺らすカルロッタのきゃんきゃん声に、クリスティーヌが怯えた小鹿のように頭を垂れた。
「ごめんなさい」
その仕草さえ気に食わないのか、カルロッタは床を踏み抜きそうな勢いで地団太を踏む。
「私を誰だと思ってるの!?プリマドンナよ!!」
また始まったよと、周りの役者達は肩を竦める。
だが誰一人としてクリスティーヌを庇う者はいなかった。
カルロッタの癇癪はちょっとやそっとでは治らないということ皆知っているのだ。
しかしメグだけは違った。彼女は物怖じせず、カルロッタを睨みつけると早口で捲し立てた。
「決まったことを蒸し返さないでください!ヒロインはクリスティーヌ。これは決定事項です!」
「あんたは引っ込んでなさい!」
「引っ込まない!」
何故メグがそこまでクリスティーヌを庇うのかというと、それはひとえに舞台のためであった。
親友同士という役柄を貰った二人は、舞台上だけでなく
普段からも仲良くなるようにと言われ、寄宿舎で共同生活を送っている。
同年代の同性の友達が出来たのがよほど嬉しかったのだろう。
クリスティーヌは何をするにもいつもメグと一緒だった。
彼女はまるで彼女に恋する男達のことなど忘れたかのように振舞ったので、
エリックは(勿論ラウルも)打ち捨てられた玩具のように切ない気分を味わったのである。
573 :
2/11:2010/09/04(土) 23:57:04 ID:SDujHC5G
「ヒロインはクリスティーヌに決まってるわ!だってこれは怪人さんが彼女のために書き上げたんだもの!」
「やめて、メグ。カルロッタさんが怒るのは当然だわ」
「言われっぱなしでいいの?」
クリスティーヌは大きな瞳を揺らし、視線を落とした。
「いいのよ、悪口を言われるのは慣れてるもの」
「悲劇のヒロイン気取りがムカつくって言ってるのよ!……まあいいわ。やはり主役は私ね。
だいたいよくわからないオペラ・ゴーストに推薦された小娘が主演なんて土台無理な話だったのよ!」
「ええその通りです。我が劇場のプリマドンナ、歌の女神カルロッタ!」
「私達も主演はあなたが良いと思っていましたが、怪人に押し切られたのです!」
どこからか湧いて現れた両支配人が打てば響く太鼓のようによいしょした。
この裏切り者が!エリックは二人の支配人を焼き殺さんばかりに頭上から睨みつけた。
何が我が儘なカルロッタには辟易している――だ。
「そうよねぇ。だってあの子を推してるのは不愉快なオペラ座のゴキブリと
芸術の崇高なる精神すら理解してないのにパトロンやってる坊やくらいだものねー」
カルロッタはどこにいるともわからない怪人と、不在のパトロンを罵った。
おとなしく脇に控えていたクリスティーヌがムッと眉を吊り上げる。
「天使様は黒くて、こそこそしてて、暗くてじめじめした所が好きですけど、ゴキブリではありません!」
「そういうのをゴキブリって言うのよ」
「それにラウルは頭悪いし、ボンボンですけど、芸術を全く理解していないわけではありません!たぶん」
「あんた可愛い顔して酷いこと平気で言うのね……」
「私のことは構いませんが、二人のことは悪く言わないでください」
「私は事実を言ったまでよ。というかあんたの方が酷いこと言ってるでしょ」
「謝ってください!」
「うるさい小娘ねっ!」
カルロッタの金切り声に一同は耳を塞いだ。
「私こそが主演に相応しいというのに!ほら、あんた達のために歌ってやるから心して聞くがいいわ!
――思い出して、優しく私を想って さよならを……ゲコッ」
『身の程を知らぬようだな、醜いヒキガエルめ!』
響き渡る低い声に、その場にいた全員が不安そうに天を仰いだ。
しかしカルロッタは気後れせずに声を張り上げる。
「言いたいことがあるのなら出てきなさい!どうせこの声もあんたの仕業ゲコッゲコッ」
『ほう、最近のヒキガエルは歌も歌えるのか』
574 :
3/11:2010/09/04(土) 23:58:35 ID:SDujHC5G
エリックは梁の上から勢いよく飛び降りた。
着地するか否かのタイミングでカルロッタの抗議が耳を劈く。
「私を端役にするだなんていい度胸してるじゃない!」
「そっくりお返ししますよ、カルロッタお嬢さん。私に歯向かおうだなんていい度胸だ。
端役で舞台に立てるだけありがたいと思え!」
「馬鹿にしないで!もういいわ、こんなところやめてやる!
わけのわからない幽霊がいる劇場なんて真っ平だわ!」
カルロッタは顔を真っ赤にして踵を返した。
「カルロッタ!」
モンシャルマンが彼女の背を追いかけ、リシャールがエリックを睨んで舌打ちをする。
彼女が出入り口の重厚な扉に手を伸ばし触れようとした瞬間、扉が突然に開いた。
「キャアッ!」
「あ、失礼!」
仰け反り倒れそうになったカルロッタの腰を、扉の向こうから伸びてきた腕が支えた。
細く開いた扉の隙間からにゅうっと青年が入ってくる。
エリックはめんどくさい奴がきたと肩を竦めたが、クリスティーヌは歓迎に頬を緩ませた。
「ラウル!」
クリスティーヌの呼びかけに彼はにっこりと微笑を返した。
そしてその微笑をそのままそっくりカルロッタにも向けた。
「こんにちは、カルロッタさん」
カルロッタは整った形のいい眉を顰めてあからさまに嫌そうな顔をする。
「いつまで触ってるのよ」
「ああ、すまない」
「子爵、ちょうどいいところに」
「何かトラブルでも?」
モンシャルマンから不可思議な歓迎を受けたラウルは目を丸くする。
彼の問いかけには誰も答えなかった。代わりにカルロッタが金切り声を上げる。
「聞いてくださる?みんなして私を馬鹿にするのよ!あなたから私を主演にするように言って!」
「そんなことより」
「そんなことよりぃ!?」
ラウルは酷く鈍感な耳をしているのか、カルロッタの超音波を間近で受けてもケロッとしていた。
彼は育ち故の怖いもの知らずなマイペースさと船乗りの持つ勇敢さで
強引に舵を切ると話を全く別の方向へ持っていく。
「クリスティーヌ、君のために庭の花を摘んできたんだ。受け取っていただけますか、お嬢さん」
「まあありがとう。嬉しいわ。綺麗なお花ね」
「君の方が綺麗だよ」
「真顔で言われたら照れちゃうわ」
同じくマイペースなクリスティーヌは小ぶりな花束を受け取り、はにかんだ。
「あはっ」
「うふっ」
「キャッキャウフフうるさいのよ!お黙りなさい!」
カルロッタが怒鳴ると笑い声がぴたりとやんだ。
575 :
4/11:2010/09/04(土) 23:59:44 ID:SDujHC5G
ゼンマイを巻き忘れた玩具のように動かなくなってしまった二人に、
カルロッタが気を良くしてしたり顔で頷く。
「そうよ、黙って私の話を聞けばいいの」
しかしそれもつかの間、二人は会話を再開させた。
「気に入ってくれて良かった」
「でもね私、本当は甘いものが良かったの」
「じゃ、おやつに取っておいたチョコレートをあげるね」
「ありがとう!」
「あはっ、ロッテの食いしん坊さん」
「もうっ、ラウルはいじわるさんね」
「だから私の話を聞けえええっ!!」
さすが人の話を聞かないことで有名な子爵。華麗なる完全無視である。
見習わないと、という表情でモンシャルマンが彼を見ていた。
あれは見習わない方がいいと思うのだが……。
カルロッタがゼイゼイ言っていると、今度は彼女の背後の扉が開いた。
大きな花束を抱きしめた女性が上機嫌にくるくると舞いながらやってくる。
その様子が気に食わないカルロッタが彼女の前に立ち塞がったが、彼女はそれを無視した。
無視どころか、体当たりでカルロッタを押しのけた。
「きゃあっ!」
「みて、この花束!綺麗でしょう」
女性は花束を恭しく頭の上に掲げて、メグに同意を求める。メグはこくこくと頷いた。
「綺麗ですね。どなたからの贈り物ですか」
待ってましたと言わんばかりに女性が捲し立てるように説明を始める。
「フィリップ……シャニー伯爵が私のために手ずから摘んできてくださったの!」
ついさっきどこかで聞いたような話である。
メグは咄嗟にクリスティーヌ達を背後に隠しながら相槌を打った。
「素敵ですね」
「伯爵ったら、今日はお忙しいのに私にこれを贈りたいからってわざわざ来てくださったの。
帰りにまた顔を見に来てくださるんですって。うふふっ」
花束の女性――ソレリはエリックも知っている通り、この劇場のプリマ・バレリーナだ。
そしてそのプリマ・バレリーナと大変親しいのは……。
エリックはなんとなく察してソレリとラウルを見比べた。
その視線に気づいたソレリがエリックを見上げる。
意志の強そうな目に見つめられ、エリックは思わずうろたえた。
「あ、いや、私は決して怪しいものではなく……怪人とは言われているが、幽霊ではなく、
ただの人間で、えっと、台本を書いたので演技指導に来たというか」
ソレリは顔色一つ変えずに、長身のエリックを押しのけた。
メグの機転も虚しく、彼女の目には彼女が愛しいと思う男性が愛しいと思う弟が映っていた。
576 :
5/11:2010/09/05(日) 00:01:20 ID:SDujHC5G
「ラウルさん?あなたがフィリップの……」
呼びかけられたラウルはきょとんと目を瞠った。
「フィリップは僕の兄ですが、どちら様ですか?」
「今日は気分が良いの。私のことはお義姉様と呼んでくれて構わないのよ」
「どうしてですか?」
「私のことをお兄様からお聞きになってないの?」
「はい」
ソレリは複雑そうに唇を噛んだ。
「兄はあまりお喋りな方でないので、一緒にいるときはもっぱら僕の方から話しかけてます」
「それはおまえがあまりにお喋りすぎるので聞き手に回らざるを得ないだけでは……」
エリックはうんざりと肩を竦めた。心当たりがありすぎる。
彼は他人のことなどお構いなしに自分の話を延々としだすし、他人の話などこれっぽっちも聞いてない。
もしかするとそういう彼の性格は、彼の兄自身が作り出したものかもしれない。
何度か見かけただけではあるが、伯爵は弟をひどく甘やかしているようだった。
「そうなの?フィリップは私にはよくお話ししてくださるけど……」
それは彼女が聞き上手で、伯爵が彼女を信頼しているという証だろう。
不思議そうに小首を傾げるソレリが抱いている花束を認めたラウルが目を和ませる。
「その花、僕が摘んだんです。クリスティーヌのために摘んでいたんですけど」
知らない方が幸せなこともある。
黙らせようとエリックとメグが腕を伸ばしたが、ラウルは身を捩ってその腕を払った。
「兄が自分も親しい友人に贈りたいからって。なのでそれを譲ったんです。
本当はクリスティーヌにも大きい花束を贈りたかったんですけど、
残った花ではこの程度の大きさにしかならなくて」
「あーあ」
「KY」
エリックとメグは頭を抱えた。ソレリがゆらりと花束を振り上げる。
「そう伯爵ではなくて、あなたが!手ずから!摘んだのね!」
「ちょっ、花束で叩かないでください!」
「伯爵が私のために花を手折るはずないわね……」
しゅんとしおれた花のようなソレリをメグが必死で励ます。
「伯爵は自然を愛していらっしゃるから。子爵は考え無しに摘んでしまったんだと思います」
「僕が悪者みたいじゃないか」
「どこをどう見ても女性を落ち込ませた悪者だが?」
「子爵も怪人さんも少し黙っててください」
「私も大きな花束がほしかった」
「クリスティーヌもお願いだから黙ってて」
「私の話!」
「カルロッタさんも黙っててください!」
「……ハイ」
メグの一喝にカルロッタまでもが押し黙った。
577 :
6/11:2010/09/05(日) 00:02:33 ID:2QHyz595
「伯爵が会いに来たのは弟を送ったついで。帰りに来るのも弟を迎えに来るついで。
私のことなんてどうでもいいのだわ。だっていつも弟の話ばかりだもの。
例えば子供の頃はどれほどおとなしくて内気だったとか、泣き虫で怖がりだったとか。
幾つまでおねしょしてたとか、一人で眠れなかったとか、今も好き嫌いが激しいとか。」
「お嬢さん、おねしょの話kwsk」
「怪人さん、嬉々としてそんなこと聞かないでください」
「弱みを握るチャンスだ!」
「聞きたくないです」
メグが凛と頑なな態度を取るので、エリックは仕方ないと諦めた。
この少女はおとなしいように見えて、ジュール夫人の娘らしく意志はしっかりしている。
ちょっとばかりやっかいなタイプかもしれない。
「他にも何歳頃に精通したとか、初恋はいつとか、好みのタイプとか、何度失恋したかとか」
「へー、私の前にも女がいーたーのーねー」
「ど、どうして君に過去のことで責められなきゃならないのさ」
「女の子は嫉妬深いの」
クリスティーヌはぷくっと頬を膨らませてそっぽを向いた。
「その点、私は潔白。我が人生云十年、女性の影など全くなかった」
と言い切ってからエリックの身にとてつもない悲しみが襲った。言うんじゃなかったと後悔しつつも、
よくよく思い返してみると放浪していた時期にそういうチャンスがあったような気もした。
しかし過ぎたことであり、それを知ればクリスティーヌが嫉妬するに違いないので言わないでおく。
「へー、今度ダロガさんに聞いてみよっと」
「勘弁してくださいお願いします」
ダロガのことだから退屈しのぎに面白おかしく適当な脚色を入れて話すに決まってる。
クリスティーヌに嫌われてしまう!エリックは光の速さで頭を下げていた。
「でもとてもうぶでシャイだったからいつも好きな子に話しかけられなくって、気づいたら失恋してる。
なのにクリスティーヌにはやけに積極的なのね。幼馴染というアドバンテージのおかげかしら」
「な、なんでそんなことまで」
「クリスティーヌとの件は有名なお話ですけどね」
ソレリがニッコリと笑みを浮かべた。目は笑っていなかった。
彼女の言うとおり、それは有名な話だった。ゴシップ紙があることないこと書き立てたのだから。
そのことを知らないのは当事者であるクリスティーヌくらいなもので、
ラウルも意に介していなかった――もしかしなくとも彼の方も失踪後の騒動は知らないかもしれなかった。
578 :
7/11:2010/09/05(日) 00:04:53 ID:2QHyz595
ちくちくとラウルといじめていたソレリが急に虚しそうな表情になる。
いくら彼をいじめたところで無意味だとわかったのだろう。ついには自分の話を始める。
「去年の暮れ頃――寒い冬の日だったわ。その日は久しぶりのデートで、とても楽しみにしていたの。
でもね、当日になって手紙が届いて……なんて書いてあったと思う?
『弟が熱を出して寝込んでいるから今日は会えない』ですって!
小さな可愛い弟さんならわからないでもないけど、こんな大きな弟のために?
心細いだろうから?付いていてあげたい?笑ってしまうわ!」
恐らく例の凍死しかかった事件の後日談であろう。
エリックは自分には関係のない話と高を括っていたばかりに、少々居心地が悪くなる。
私があんなところに彼を放置して帰らなければ彼女は楽しみだったデートに行けたのだろうか。
しかしもう済んでしまったことである。ここは彼女にそれを悟られぬよう知らぬ存ぜぬを通して……。
「それはきっとぺロスから帰ってきた日のことですね。元々の原因は彼ですよ」
「話をこっちに振るな。それを言うならクリスティーヌが」
「私のせいですか?」
「いややはり私のせいだったかもしれない」
「どう考えても君のせいだし」
「あれしきのことで凍死しかかる方が悪い」
「あの寒さじゃ誰だってああなるよ」
「そもそもクリスティーヌの後をつけたストーカーが悪い」
「君自身のことを言ってるのか?」
「私がストーカーだと?」
「そんなことどうだって良いのよ……」
ソレリの声があまりにも絶望に満ち満ちていたため、それ以上の口論を続けることは出来なかった。
「せっかく三人で行ったのだから三人でパパにご挨拶すれば良かったのにね」
クリスティーヌが話を混ぜっ返そうとするので、エリックは「今度機会があったらね」と聞き流す。
「本当に笑い話ね。そんな男を一途に思ってるだなんて、哀れで笑ってしまうわ。
嫌いになれたらいいのに……いえ、もうあんな人知らないんだから!」
ソレリは小さな手で顔を覆った。嗚咽が漏れ聞こえる。
(もしかしてこの人は兄のことが嫌いなのかな。話を合わせておくか)
ラウルがぼんやりと呟いた。
――本当に彼のことを嫌いになったわけではあるまい。嫌よ嫌よも好きのうちである。
しかし複雑な乙女心を理解できるほどラウルは経験豊かではなかったし、空気も読めなかった。
「そうなんです。兄は少し過保護すぎるんですよ。うっとうしいですよね」
579 :
8/11:2010/09/05(日) 00:06:20 ID:2QHyz595
静まり返る劇場。どこからともなく「あーあ」といった嘆きが聞こえた。
ソレリが再び花束を振り上げ、ラウルに向かって勢いよく振り下ろした。
「ああ悔しい!血の繋がりがあるからって余裕ぶっこいてんじゃないわよ!
所詮踊り子風情がって思っていらっしゃるでしょう?許さない……絶対に許さない!」
「思ってないし……ってイタッ、叩かないでください!ちょっとメグ、君も止めてよ」
「今のは子爵が悪いと思います」
「どうして」
「ソレリさんは子爵が無自覚で愛されてるのが気に食わないんですよ」
エリックは彼らの間に割って入った。
「お嬢さん、あなたが手を煩わすことはない。ここは私に任せなさい」
「あなた誰?」
エリックはソレリの質問に答えなかった。というか答える暇がなかった。
マントを翻してラウルの細い首筋を引っ掴んだ。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているので、エリックは優しく言い聞かせてやる。
「私もおまえのそういうところが気に食わない。
無条件で愛されて、愛されることに慣れすぎていて、それを価値のあることだと思わない」
「誤解だよ――うぐっ」
黙らせる代わりにエリックは彼を持ち上げた。
彼とは到底分かり合えないのだと思った。
彼はきっと誰からも愛され、大切にされ、穢れも悪意も何一つ知らぬまま育ったから。
そうして出来上がったのが眩しいほどまっすぐで純真な彼で、私とは何もかも違う。
最初から決まりきっていたこと。分かり合えるなんて期待した私が愚かだった。
「願っても祈っても愛されない人間もいるのに……」
「ち、がう……降ろしてくれ……!」
宙に浮いたラウルがエリックの手首に爪を立てて抵抗する。
鋭い爪先がついに柔らかな皮膚を切り裂き、手首から血が滲む。
鮮やかな血の色に躊躇したのか、爪の間に入り込んだ皮膚を気持ち悪いと感じたのか、
はたまた死臭のする手に恐怖を覚えたのか、ラウルはサッと青ざめて手の力を緩めた。
彼の指先を見やると右手の中指の爪が剥がれ落ちていた。彼はその痛みで青ざめたのだ。
「だから私は貴様が大嫌いだ!殺してやりたいほど憎い!」
「!」
剥がれ落ちた爪はそのまま手首に刺さっている。
エリックは痛みなど気にも留めなかった。痛みの意味など考えもしなかった。
細い喉をへし折ってやりたいという激情が胸を揺さぶり、それに身を委ねる。
だからエリックは気づきもしなかった。大きく見開かれた瞳から零れ落ちた涙の意味など。
580 :
9/11:2010/09/05(日) 00:07:59 ID:2QHyz595
――
「私もおまえのそういうところが気に食わない。
無条件で愛されて、愛されることに慣れすぎていて、それを価値のあることだと思わない」
怪人さんの声はそれはもう甘く優しく、子供をあやすような恋人に甘えるようなそんな声色。
けれどもそうでないことは発言の内容からわかったし、怪人さんの行動からも理解できた。
「誤解だよ――うぐっ」
怪人さんは子爵の言葉を最後まで聞かず、白い喉元を引っ掴んでそのまま持ち上げる。
いとも簡単に浮かび上がる体。子爵の爪先が床から離れた。
失礼な話だが、彼は私――メグよりずっと大きかったが、怪人さんよりかは小さかった。
「願っても祈っても愛されない人間もいるのに……」
「ち、がう……降ろしてくれ……!」
宙に浮いた子爵が最後の抵抗とばかりに怪人さんの手首に強く爪を立て、足をばたつかせる。
「だから私は貴様が大嫌いだ!殺してやりたいほど憎い!」
「!」
子爵は信じられないと言った表情をして顔を伏せた。
同時にその無意味な抵抗をやめる。怪人さんの手首を掴んでいた手が力無く落ちた。
「二人を止めないと!ねぇ、クリスティーヌ」
「どうして?」
のほほんとクリスティーヌが振り向いた。きょとんと目をまんまるにしている。
メグは困惑しながらも続けた。
「どうしてって……見るからに危ないでしょ。止めなきゃ!」
「どうして?」
メグはめまいを感じ、こめかみを揉んだ。
「クリスティーヌは子爵が死んでもいいの?怪人さんが殺人犯になってもいいの?」
「そんなのいや」
「なら二人を止めないと」
「どうして?」
また最初から。メグは早口で捲し立てた。
「だからクリス(ry子爵が死(ry怪人さんが殺(ryいいの?」
「そんなのいや」
「なら二人を止めないと」
「どうして?」
「だーかーらー!」
いい加減付き合ってられない。
メグが声を張り上げるとクリスティーヌが怯えたように小さくなった。
少し強く言い過ぎたかも。メグは反省し、彼女の背に腕を回し、やんわりと撫でた。
「ごめんなさい。でも二人を止めないと大変なことになっちゃう」
「どうして?」
どうしてってそんなの決まってる。練習中に死人が出た舞台など誰が見に来るものか。
第一、この劇場で死人だなんて後味悪いじゃない。
「どうして?二人はあんなに仲良しさんなのに……止めるだなんて酷いわ」
「……」
メグは言葉を失った。
駄目だこいつ……、早くなんとかしないと。
581 :
10/11:2010/09/05(日) 00:09:05 ID:2QHyz595
私がしっかりしないと、私がしっかりしないと、私がしっかりしないと。
メグは心の中で必死に三回唱えた。
だいぶ落ちついてきたので、クリスティーヌをじっと見つめて復唱する。
「仲良しさん?」
「ええ、とっても仲良しさんだわ。ほらじゃれあって遊んでる」
「私にはそうは見えないけど」
どこをどう見ても仲良しには見えない。
怪人さんの目は本気と書いてマジだし、完全に殺しに掛かってる。
喉元を掴まれ、持ち上げられてる子爵は諦めの境地って感じだ。今は平気そうだが、長くは持つまい。
「あんなに仲良しさんなのに」
クリスティーヌはさぞ残念そうに口を窄めた。理解して貰えなかったのが悔しいみたい。
「ねぇメグ、好きの反対は何か知ってる?」
「へ?」
あまりに突拍子もない質問だったので、メグは思わずマヌケな声を出してしまった。
それとこれとどう関係があるのだろう。そんなことを思いながら、でも答える。
「好きの反対は……嫌い?」
「ううん、違うわ」
クリスティーヌがふるふると首を横に振った。
「好きの反対はね、無関心よ」
「無関心?」
メグは思いがけない答えに首を捻る。好きの反対は無関心?
「本当にどうでもいいって思っているのなら、好きでも嫌いでもなく無関心なはずだわ。
だって興味無いんだもの。好きにも嫌いにもなりっこないわ」
「そういうものかな」
「そうよ。相手をいっぱい意識してるから好きにもなるし、嫌いにもなるの。好きと嫌いは同じなのよ」
そういうものかもしれない。クリスティーヌの言葉には妙に説得力があった。
身近に参考物件があるからかも。メグはちらりとカルロッタとソレリを見やった。
二人は目の前で繰り広げられている生死を賭けたじゃれあいに困惑し、怯えていた。
本人達は気づいていないだろうが二人は無意識にお互いを庇い合っている。
「じゃカルロッタさんとソレリさんもお互い意識し合ってるから喧嘩するのね。
仲がいいから喧嘩するとはよく言ったものね」
きっとプリマ同士にしかわからないこともあるのだろう。
だからこそ二人はいがみ合いながらもお互いを認めている。
「エリックはラウルのことを大嫌いって言ったでしょう?」
「あ、うん」
クリスティーヌは話をじゃれあっている二人に戻した。
「好きと嫌いは同じなの。だからね、エリックは本当はラウルのことが大好きなのよ!」
「ブッ!」
背後で怪人さんが吹き出した。終いには咳き込んでいる。
582 :
11/11:2010/09/05(日) 00:10:13 ID:2QHyz595
「……そういうものかな」
「そういうものなのよ、メグ」
ちょっと納得がいかない。好きと嫌いが似たもの同士なのはわかった。
ならどうして怪人さんは子爵を殺しに掛かるだろう。好きな相手なら殺したくないはずだけど。
「あっそうか!好きだから殺したくなっちゃうヤンデレなあれね!」
「メグ・ジリー!覚悟しておけ!」
「ごめんなさい!」
雷鳴のような声にメグはバレリーナとしての条件反射でしゃんと背筋を伸ばした。
怪人さんが超絶睨んでいる。
仮面越しだというのに焼き殺された気分になって、メグは咄嗟にクリスティーヌの背中に隠れた。
怪人さんの視線が追ってくる。怪人さんはクリスティーヌを見ると、張りのある声を響かせた。
「クリスティーヌもでたらめなことを!」
「あら天使様、図星だから焦ってらっしゃるの?」
くすくすとクリスティーヌがおかしそうに笑う。
怪人さんに睨まれても笑っていられるのはクリスティーヌくらいだと思う。
図星と言われた怪人さんがプルプル震える。天に向かって叫んだ。
「絶対に、絶対に、絶対に、違あぁーーーーうっ!」
絶叫した瞬間に力んでしまったのだろう。
子爵の白い喉がビクンとはねて、やがて糸の切れたマリオネットのように動かなくなってしまった。
これにはさすがの怪人さんも動揺したようであわあわと子爵を丁寧に床に寝かせた。
「まずい、どうしよう」
と言いながらも怪人さんは的確に彼の手首を取って脈を測り、同時に口元に手を当てて呼吸を調べる。
メグは恐る恐る彼らに近づいた。
メグ以外の面々も(ただしクリスティーヌ以外)ガクブルしている。
「し、死んじゃった?」
「……」
怪人さんはふっと俯いた。
「そんな……」
「もー、ラウルったらそんなところで寝たら風邪引いちゃうわよ」
クリスティーヌは相変わらず能天気なことを言っていた。
支配人さん達は早速子爵の兄に何と説明するかを相談し合っている。
「毛布持ってくるわねー」
クリスティーヌの天然さが今は羨ましい。
「怪人さん……」
メグが震える声で呼びかけると怪人さんはゆっくりと顔を上げた。
彼が何か言い始めるより先に、クリスティーヌが引き返してきた。
毛布を持って来たにしては随分と早い帰りだ。
それもそのはず、彼女は毛布を取りに行っていたわけではなかった。
「ラウルー、お兄さんが来てるわよー。天使様にも会いたいってー」
万事休す。メグは十字を切ると天に祈りを捧げた。
カルロッタ編、改めソレリ編。
今回は以上です。
↓ここから下ラウルへのお悔やみの言葉↓
保守
586 :
1/12:2010/09/23(木) 23:18:20 ID:WC+vmlNt
原作の皆さんが「新・オペラ座の怪人(仮)」を考えてみた。
今度こそカルロッタ編
・エロ無し
・キャラ崩壊
・我先にとギャグ方向へ突っ走る皆さん
「やっぱりアレって本当だったんですよ!」
まるでこの世の栄華をぎゅっと凝縮したような聖堂に少女の声が響く。
少女は目の前に置かれたテーブルを、板を抜かんばかりに叩いた。
まさに芸術作品と言える家具など少女にとってはただのガラクタにすぎない。
それもそのはず。その全ては本物と見紛うような模倣品であり、よく見るとやはりガラクタだった。
彼女達がいるのは聖堂でなく劇場の舞台で、そこにある数々の物は全て作り物。背景は美しい書き割り。
多くの人間が知恵を絞り、血と汗と涙を流しながら作り上げた仮初の世界。
「アレって何よ」
ワイングラスを傾けていたカルロッタが眉を顰める。
彼女達は只今練習の合間の休憩真っ最中であった。
ちなみに舞台上の道具や書き割りなどは今回の劇とは何ら関わりの無いものだ。
休憩に使う為だけに、持ち出されたのである。そんな我が儘が許されるのもスターの特権。
「クリスティーヌが言ってた「寝てるときに聞こえる天使の声」です」
「真に受けてるの?子供ね」
「本当なんですってば!」
メグがもう一度テーブルを叩く。
同席していた数名が各自のカップと皿を持ち上げ、被害を回避する。
「私も信じられなかったけど……でも私の頭の中にも聞こえてきたんですもん!」
「はあ?」
「眠っていると男の人の声がするんです。声は私の歌うパートを歌っていて、練習しようと。
それで私は夢の中で歌って……途中で眠ってしまってよく覚えていないんですけど」
「そりゃあいいや。メグ、今度は僕のところに美しい女性の天使を派遣するように言ってくれよ。
音楽だけでなく他のことも手取り足取り教えてほしいとね!」
食卓についていた男性のうちの一人がけたたましく笑い始める。
彼は一般男性としては細みのすらりと引き締まった体に燕尾服を纏っていた。
小柄な体格と言えるが、彼が演じるラウル自身はさらに華奢な体つきをしているので、
ラウルはこれでもかなり我が儘を言って体格のいい役者を選んだのである。
見栄を張りたい気持ちはわかるが、あまり違いすぎると恥をかくことになるぞ――エリックは思う。
「もー、冗談じゃないんですってば」
メグは黒のつぶらな瞳で彼を睨みつけた。
587 :
2/12:2010/09/23(木) 23:19:03 ID:WC+vmlNt
「勘弁してくれ。君がそれ以上うまくなったら、私の立場はどうなる」
もう一人の男性が両手を天秤のようにしておどけてみせた。
彼も先述の男性よりずっと体躯の良い体に燕尾服を纏っている。
違うのは眉目麗しい顔の半面を仮面で覆っているところ。
そう彼が――あまり認めたくないが――この舞台の主役・怪人役の役者である。
背がだいぶ低いのが許せないが、それは仕方あるまい。
エリックがずば抜けて長身でそれに見合う役者がいなかったのだから。
さて、歌のレッスンのことに話を戻す。
本当のことを言うとメグよりも彼に歌を教えたかったが、
如何せん成人男性と会話する機会など殆ど無かった為、億劫に思えた。
まあ彼も自信が無いだけで主演を張れるくらいの実力はあるのだから、レッスンなど必要ないかもしれない。
「しかしその天使とやらは……やはり」
仮面をつけた男が意味ありげにこちらに視線を寄こした。
彼の言わんとすることがわかったのでエリックは完全に無視する。
変に言い訳をして取り返しのつかないことになってはたまらない。
「軽く聞き流して貰って構わないのだが、夜分に女性の部屋に押し入るのは天使だとしてもちょっと」
「そうだよねえ」
女性の天使を派遣するよう言っていた男もニヤニヤとこっちを見ている。
だが断言しよう!私は決して変な気は起こしたことはないし、これからも起こさない!
「でもね、不思議なことに部屋には私とクリスティーヌ以外誰もいないんです。
いくら調べてもいないから、最初はとても怖かった」
「天井からあなた方を覗いてるんじゃなくて?」
カルロッタが目を細め、女の敵!といった顔でこちらを睨んでくる。
そんなことは断じてない!私はただメグにも歌を教えているだけである。
時々は寝相の悪い二人のためにブランケットを掛け直してやったりもしたが、
それ以上は何もないし、これからも何もない。
「やっぱり才能がある人の元には天使が来るんですねー」
メグがうっとりと言うものだから、その場にいた全員(クリスティーヌを除く)が凍りついた。
天使が来ないということは才能が無いという意味になる。
話も終わったところで……聞き耳を立てていたエリックの注意は眼前のものに向けられた。
真っ白な顔をしたラウルが長椅子に横たわっている。
彼の体には毛布が掛かっており、これはクリスティーヌが先ほど持ってきたものだ。
エリックは彼の顔をまじまじと見つめ、ぼんやりと思った。
こうして目を閉じているとこれはまるで彫刻のようだ。
不老不死の代償として永遠の眠りに落ちたエンデュミオン。
糸車に指を刺されて約束のときまで永い眠りについた茨姫。
そのどちらもこの彫刻には負けるだろう。
彼はすぐにでも目覚めるから。
588 :
3/12:2010/09/23(木) 23:19:35 ID:WC+vmlNt
エリックはふと先ほどの件を思い返す。
しんみりお悔やみムードになったはいいが、彼の兄が納得するわけもなく。
パニックを起こしかけた伯爵を、皆で(クリスティーヌを除く)宥めていた。
ちょうどそのとき安らかな寝息が聞こえてきたのである。
安堵したのも確かだが、同時にそこはかとない殺意も覚えた。
「うーん……」
「おはよう、坊や。痛いところは?」
「大丈夫……ってぎゃあっ!」
長椅子に横たわっていたラウルが起き上がる。
彼は覗き込んでいるエリックの姿を認めると、飛び上がり仰け反りかえって椅子から転がり落ちた。
頭を勢いよく床にぶつけ、うめき声をあげる。エリックは思わず失笑した。
「随分なお目覚めだな。私が怖いか?」
「ち、違う。起き抜けに顔があったら誰だってビックリする」
「それも仮面の顔が?」
「……」
ラウルは何も答えなかった。
揺れる視線。動揺を隠そうと、ブラウスの合わせ目をギュッと掴んでいる。
エリックはその態度を見たことがあった。
彼が地下の屋敷で初めて目を覚ましたときのことだ。
あのときの彼は警戒心の塊で、私に決して心を許すまいと頑なであった。
では今は心を許しているのか?と聞かれればそうではない。
今も群れからはぐれた羊のように怯えている。私を恐れている。
(こちらが本気でないにせよ)何度も殺されかけて、信頼しろというのは無理な相談だ。
けれどわかっていながら、胸に僅かな痛みを覚えた。慣れたと思っていたはずの拒絶される痛み。
エリックが黙りこむと、二人の間に奇妙な沈黙が訪れた。
クリスティーヌは私達のことを仲が良いと言っていたが、全然仲良くない。
彼はきっと私のことを嫌っている。そして私は彼の心が読めずにいる。
人の心を読むことに長けたエリックにとって、本心が読めない相手といることはとても苦痛だった。
苦痛だったので、彼を突き放した。
傷つけられないように心に鎧を着こんで、逆に傷つけてやる位の態度を取った。
されど幾度となく突き放しても、彼は何度でも起き上がってまた向かってくる。
それは少しだけ恐ろしく思えることであり、ほんの少しだけ嬉しくも思えた。
「クリスティーヌ達は?」
ラウルの掠れた声が長く感じられた沈黙を破った。
「向こうでケーキを食べているはずだが」
「ケーキ?それを早く言ってよ!」
「ああ悪い。先ほど君の兄上が来て陣中見舞いを……って人の話は最後まで聞けー!」
589 :
4/12:2010/09/23(木) 23:20:43 ID:WC+vmlNt
「僕の分は?」
「もぐもぐ……」
食べるのに一生懸命で答えられないクリスティーヌに代わって、メグが答えた。
「ごめんなさい、クリスティーヌが食べてるのが最後の一個なんです」
「あのね、誰もいらないっていうから二個貰ったの」
「へー」
「スポンジはふわふわでね、クリームもふわふわでね、イチゴおいしいの」
クリスティーヌはケーキがどれだけ美味しいのかを拙い言葉で説明し始めた。
神経を逆撫でされたラウルが仏頂面で相槌を打つ。
「でね、一口食べるとイチゴの甘さがふわって」
「そういえば彼女は?」
「ソレリさんなら伯爵に同伴を頼まれて行っちゃいましたよ」
メグはちらりとクリスティーヌを見やると、自身のカップに視線を落とした。
先ほどのことに思いを巡らせているのだろうとエリックは察する。
伯爵は弟が伸びているのをクリスティーヌのせいだと勘違いしたらしく
――その大半はエリックの「クリスティーヌが余計なことを言ってこうなりました」という
わかったようなわからないような曖昧な説明のせいなのだが……
ラウルために毛布を持ってきたクリスティーヌに対して
「悪魔のような小娘め!」と騒ぎ立てたのだった。兄弟揃って失礼な奴らである。
暴言を投げかけられたクリスティーヌはケロッとしていたが(正確に言うとケーキに心を奪われていたが)
それを聞いていたメグの方はと言うと今にも噛みつかんばかり。
エリックは彼女を宥めると、伯爵に対して「弟さんのことは私にお任せください」と言い、
またしても感謝されたのだった。
「怪人さんが変なこと言うから誤解されたんですよ」
メグがムッと口を窄めて抗議の顔を作る。
「勝手に勘違いした方が悪い。いやもっと言えばあれしきのことで気絶した方が悪い」
「おいおい。……で、二人はどこへ?帰りは遅くなるのかな、迎えに来てくれるのかな」
「一人では家にも帰れんのか」
「なんかガラスの会社がどうとか言ってましたから、まさか朝帰りはないと思いますけど」
話を横で聞いていたカルロッタが身を乗り出した。
「クリスタルよ。誰かさんが落としたシャンデリアを買い替えるために頭下げに行ったんでしょ」
「一体誰が落としたのだろうな」
エリックはもっともらしく言った。カルロッタが眉を吊り上げる。
「白々しい。あんたがやったんでしょ」
「あれは凄惨な事故だった。ああ、事故だったとも」
「胡散臭い」
590 :
5/12:2010/09/23(木) 23:21:36 ID:WC+vmlNt
「あ、お兄さんがあなたにこれを」
ケーキを食べ終えたクリスティーヌが今思い出したというように、
テーブルの上にあったカードをラウルに手渡した。
「ありがとう。なになに〈怪人さんに迷惑をかけないように〉?」
「日々迷惑千万被ってるからな」
「私も迷惑被ってまーす」
「メグにまで言われたくないよ。でもどうして……兄さんに何かした?」
「おまえがダロガと私の屋敷に忍び込んだその日、地下の湖で溺れていたところを偶然助けた。
命の恩人だと大変感謝された。危ないから帰りなさいと忠告したら、彼は弟を探しに来たと。
なので私は「弟さんは私が助け出して、無事送り届けましょう」と言って、彼を地上に返した」
「助け出して?送り届けましょう?」
ラウルがジト目でこちらを見てくるのでエリックは胸を張って頷いた。
「全くもってその通りであろう」
「助け出す所か殺しかけたよね?」
「あれは勝手に我が屋敷に忍び込んだおまえらが悪い。
というかその後、しっかり介抱してやったのだからチャラだ」
「今日だって」
「今日もその後、しっかり介抱してやったのだからチャラだ」
釈然としなさそうなラウルにクリスティーヌが耳打ちする。
「エリックはずっとあなたについて看病していたのよ。ちゃんとお礼は言った?」
「そっか、ありがとう。ケーキ食べられなくて悪かったね」
「気にしてない」
ケーキが食べられなくて不平を言うのは彼くらいなので、エリックとしてはどうでもよかった。
が、感謝されることはあまり慣れていないので、つい声が強張ってしまう。
それをラウルは怒っていると解釈したのだろう。指を組み、こちらを見上げる。
「今度ケーキを持ってくるから許してほしい」
「気にしてない」
また奇妙な沈黙が訪れる。やはりこの男は苦手だ。憎き恋敵だし、だいたいこいつがいなければ……。
そんなことを考えているとカルロッタがはたと顔をあげた。何やら余計なことを思い出したようだ。
ずっと忘れていてくれた方が良かったのだが。
「さっきはソレリやらあなた方のせいでお話がおじゃんになってしまったけど」
「何のお話でしたっけ?」
先ほどカルロッタの話を強引に明後日の方向へ投げやった張本人であるラウルが首を傾げた。
「私とこの小娘、どちらが主演に相応しいかというお話ですわ」
「ふーん」
ラウルは心底どうでもよさそうだった。
591 :
6/12:2010/09/23(木) 23:22:27 ID:WC+vmlNt
「もっと真剣に考えなさい!」
どうでもよさげな態度が気に障ったのか、カルロッタがテーブルを引っ繰り返さんばかりに叩いた。
「私かこの小娘か、二つに一つ。勿論、子爵様は私を推薦してくださいますよねえ?」
「何言ってるんですか。子爵は最初からクリスティーヌ押しじゃないですか」
「いいのよ、メグ。私は天使様のお役にたてるだけでいいの」
「おお、クリスティーヌはなんと清らかな天使のような娘であろうか!
それに比べてヒキガエルは身も心もなんと醜い」
「うるさいわね、あんたは黙ってなさい!」
「ダブルキャストにすればいいのに……」
ざわめいていた劇場が静まり返った。
エリックは口をあんぐり開けて(といっても仮面がある為、誰にも見えないのだが)ラウルを見た。
他の面々も同じような顔をして彼を見ている。
ここまで注目を集めるとは思ってもみなかったのだろう。ラウルがたどたどしく続ける。
「もしかして変なこと言ったかな。この間、兄と見てきた劇場では……」
「おまえには兄の他に出掛ける相手はいないのか」
エリックには何の他意もなかったのだが、心を酷く抉ったようで彼はハッとして俯く。
クリスティーヌがフォローのつもりかこんなことを言った。
「エリックったら、ラウルに友達がいないだなんて言わないであげて。
私も友達少ないのよ。エリックに、ラウルに、メグに、それとネズミさん」
またわけのわからんことを……。
だがおとぎ話の可憐なヒロイン達は普通に動物と意思疎通出来たりするし、
クリスティーヌもまた物語のヒロインなのだからネズミと意思疎通出来たり……しない。
エリックはふと我が身を振り返り、思った――少ないと言ってもそれだけ友達がいれば十分だろう。
「失礼なこと言うな。ちゃんといるに決まってるじゃないか。た、例えば、エリザベト二世とか」
「ほう女性か。それはれっきとした人間なので?」
「エリザベトとは今朝もブローニュの森を遊びまわったんだ」
「彼女に跨って?」
「女の子に跨るとか不潔……」
「違うんだクリスティーヌ。エリザベトというのは馬で」
「でも女の子なんでしょ?」
「そうだけど」
「女の子に跨るとか鞭打つとか最低……」
「そうだけど、なんか違うよね?」
いの一番に馬の名前が出てくる辺りラウルも――お察しください。
「友達は馬だけ……哀れな」
「そういう君は?」
「さあ話を戻そうか!」
エリックも――お察しください。
592 :
7/12:2010/09/23(木) 23:23:11 ID:WC+vmlNt
「この間、行った劇場ではヒロインと相手役がそれぞれ三人ずついて、
当日まで誰が演じるのかわからないトリプルキャストでしたよ。
様々な組み合わせが楽しめるので概ね好評のようでした、けど……」
自信が無いのか、声がだんだん小さくなっていく。
モンシャルマンとリシャールが顔を見合わせた。
「なるほど!」とどこからともなく納得の声が上がる。
確かに毎回となると疲れてしまうだろうし、怪我をすることもあるかもしれない。
クリスティーヌが怪我をしては大変だ。そう考えるとダブルキャストもアリか。
待て、冷静になるんだエリック!――エリックは激しく首を振り、カルロッタを見やる。
カルロッタはクリスティーヌのイメージからかけ離れすぎている。
「まあ子爵様ったら頭が良くていらっしゃるのね。ちょっと支配人さん、メモはおとりになった?」
「ええ、まあハイ」
このままカルロッタがその気になっては困る。
エリックはそっとラウルに耳打ちする。
「子爵はカルロッタがクリスティーヌでいいので?」
「それはどういう意味だい。特に問題はないと思うけど?僕には関係ないし」
僕は舞台には立たないからと彼は言った。そう、彼も私も舞台には立たない。しかし。
「カルロッタがクリスティーヌを演じるなどありえない。言語道断!」
「でもこういうのは丸く収めないと後が怖いよ」
ラウルの言うことはもっともだった。
空気を読む能力は欠けているが、対人関係をバランス良く捌く能力は多少なりともあるらしい。
だからなんだ?対人関係など ど う だ っ て い い 。
「ほら、子爵より背が高くて大人っぽくてイケメンで遥かに歌もうまい子爵役の彼が困惑している」
「もしかしなくとも喧嘩売ってる?」
「私は真実を言ったまでだが?」
ラウルはうんざりと肩を竦め、暫くして納得したのか、何度か頷く。
「そうだね。君よりイケメンでワイルドで女性受けする容姿で歌もうまい怪人役の彼も嫌がってる」
「子爵はこの私に喧嘩をお売りになっていらっしゃる……」
「僕は真実を言ってただけだけど?……って殴らないで!顔だけはやめて!」
エリックが拳を掲げてにじり寄るとラウルは顔を庇うようにして後ずさった。
彼の金と身分以外の価値は容姿端麗な外見だけなので賢明な判断と言える。
593 :
8/12:2010/09/23(木) 23:24:00 ID:WC+vmlNt
エリックが拳を見せびらかせながらさらににじり寄ると、ラウルが喘ぐように言った。
「訂正する、訂正させてください!えっと君より多少歌唱力は落ちるけど
君よりちょびっとだけ舞台映えする見た目の怪人役の彼も嫌がっているみたいです!」
「気に食わないが許す。ま、ダブルキャストについては、子爵自身がカルロッタを抱き上げて
ぐるぐるチューしても良いと言うのなら、私は口出しするまい」
「それは勘弁」
「ならきちんと撤回しておけ」
「やはりダブルキャストはやめましょう」
「はあぁぁあああ?」
カルロッタが盛大に眉を顰める。彼女にに凄まれて、ラウルが首を竦めた。
「もう決まったことなんだから蒸し返さないでください!」
二人の間にメグが割って入った。カルロッタに睨みを利かせ、ラウルに檄を飛ばす。
「やっぱり撤回を撤回とか言ったら怒りますからね!」
「あらどうかしら?子爵様は私の味方よね?さっさと撤回なさい!」
「いやあの……」
「ヒキガエルの肩を持つようなら私は貴様の首を絞めなければならない」
「……」
青ざめた顔をしてラウルが黙りこくる。これで暫くは大丈夫そうだ。
さて問題は完全にその気になってしまったカルロッタである。
エリックはどうしたものかと思いあぐね、なるべく彼女を怒らせないようにと下手に出てみた。
「おいヒキガエル……で、なくてカルロッタお嬢さん」
「お嬢さんですって?馬鹿にしないで頂戴!だいたい誰よ、彼をここに呼んだのは!」
逆に怒りを買ってしまった。エリックにしてみればカルロッタなんぞ小娘に等しいが、
彼女にしてみれば得体も知れない人物に小娘呼ばわりは許せないのだろう。
クリスティーヌが小さくなってエリックの大きな背中の影に隠れた。
マントを頭から被り、時折その端から顔を覗かせてカルロッタの様子を窺っている。
「誰も呼んでないけど」
数々の睨みから解放されたためか、のんびりとラウルが薄情なことを言った。
「そうよねぇ。困ったものだわー」
カルロッタが猫なで声でラウルに近づく。
「追い払ってくださらない?」
「……」
ラウルがさり気無くカルロッタから距離を取る。しかし彼女はさらに近づいてくる。
ぎこちない愛想笑いを浮かべてラウルが文字通り尻尾を巻いて逃げだした。
こちらに逃げてくるのでエリックは犬猫にやるように「しっしっ」と追っ払う。
逃げ場を失ったラウルが頭を抱えてぐるぐる回りだした。目障りである。
594 :
9/12:2010/09/23(木) 23:24:32 ID:WC+vmlNt
「ねえ子爵様!」
カルロッタは彼のことをそれなりに気に入っているようである。
少なくともゴキブリ呼ばわりのエリックよりはかなり。
彼の話なら、カルロッタも素直に聞くかもしれない。
エリックは先ほどとは打って変わって、ラウルに対して「おいでおいで」と手招きした。
ラウルは犬猫のように尻尾を振って、すぐにこちらにやってきた。
「私に協力しろ」
「僕を助けてくれるなら」
「よかろう」
「で、何をすれば?」
「歌え、私の音楽の天使、私のために!」
「は?」
「おっと違った。とにかく歌え、私のために!」
ラウルは困惑げに笑みを作り「でも」と躊躇した。
「でも僕、歌は自信ないから」
「この際、壊滅的……いや殺人的音痴でも構わない。というかそれは大した問題ではない」
「音痴じゃない!ただ自信がないだけ!」
「では私の後に続けて歌いなさい」
「はあ……」
何を歌おうか……エリックは現状にぴったりな歌を思いつき、にやりと笑みを浮かべた。
すうっと息を吸い込む。
「かーえーるーのーうーたーがー」
「!?」
周囲がさざめき立つ。カルロッタの顔色が変わったが気にしない。
合図を送るとラウルもおずおずと息を吸い込んだ。
「きーこーえーてーくーるーよー」
「かーえーるーのーうーたーがー」
緊張で震えたとてもお上手とは言えない細めの歌声が続いた。
時折裏返る歌声を耳で聞きながら、エリックは自分の声色を調整していく。
それはピアノの調律と同じようなもので、いやむしろピアノの調律よりも楽かもしれなかった。
「ぐわ〜ぐわ〜ぐわ〜ぐわ〜」
「きーこーえーてーくーるーよー」
「げろげろげろげろ、ぐわっぐわっぐわっ」
「ぐわ〜ぐわ〜ぐわ〜?」
歌い終わるまでにはエリックの声は完全にラウルと同じ声色になっていた。
ラウル自身も勘違いするほどで、彼はエリックの歌が終わると自分も歌うのをやめてしまった。
彼は自分の歌声が最後まで歌い終わったので、自分自身が一曲歌いきったと勘違いしたのだ。
しかしさすがに違和感を覚えたようでしきりに首を捻っている。
「あれ?今、音声多重放送になってなかった?」
「さあ?」
エリックはしれっと答えた。
「まさか僕にホーミーの才能が……」
「無い」
595 :
10/12:2010/09/23(木) 23:25:20 ID:WC+vmlNt
「あーんーたーたーちー」
カルロッタが怒りに満ちた低い声でこちらにやってくる。
エリックは素早く後方に退いた。反応が遅れたラウルが一人で彼女の怒声を受ける。
「わざとやってるでしょ!?私のことを馬鹿にしてくれちゃって……!」
「うーん……」
しかしラウルはというと先ほどの輪唱がまだ気になるようで、怒声など全く届いていないようだった。
その態度にカルロッタは逆上し、腕を振り上げた。勢いよく平手打ちする。
ぶたれたラウルはそれによって初めて事態に気づいたという顔をして、赤くなった頬を押さえる。
数秒して、何が起こったのかを漸く理解したらしく痛みに顔を歪めて口を開いた。
「うっ、殴ったね」
「殴って何が悪いのよ!」
「整った顔が歪んだらどうしてくれるんだ!」
この台詞にはさすがのエリックも怒りより呆れが先行した。
そのキレイな顔をフッ飛ばしてやろうかと拳を握るが、カルロッタの方が早かった。
彼女は手をひらりと返し、反対の頬を打つ。
「二度もぶった。兄さんにもぶたれたことないのにー!」
「もう付き合ってらんない。帰る!もう二度と舞台に上がってやんないから!」
カルロッタが取り巻き達を引き連れて出ていこうとする。
彼女がいなくなったところで、エリックとしては痛くも痒くもなかったが、役が空いては困る。
エリックはラウルの声色で呼びとめた。
「――止まれ、ヒキガエル!」
「……はあ?今、なんて言った!?」
まずい。ついいつもの調子で話しかけてしまった。
「違う、僕は何も!」
「あんたが言ったんでしょ?私がヒキガエルですって!?」
「Of course not!僕じゃない!」
「あんたじゃなかったら誰だっていうのよ!」
「……でも僕は何も」
「――失礼、カルロッタさん。場を和ませようと思って」
エリックは今度こそ、ラウルが使うであろう言葉を使って呼びとめた。
カルロッタは怪訝そうにエリックとラウルを見比べ、話を続けなさいと頷く。
「――歌ってみてわかったことがあるんです」
「何が?」
「――歌うのって難しいですよね」
「……」
「――カルロッタさん?」
「いいわ、もう少しだけ付き合ったげる」
何がおかしいのか、カルロッタがけたたましく笑いだした。なんて不愉快な女。
普段だったら間違いなく罵っているところだが、今はラウルを演じているので我慢する。
「――歌声を自由自在に操るあなたを尊敬します」
596 :
11/12:2010/09/23(木) 23:26:10 ID:WC+vmlNt
「――さすがプリマドンナ。あなたの代わりはどこにもいません」
「待って!」
ラウル本人が喉を押さえて、声をあげた。
さすがの彼も自分の意思に反して自分の声が出ている異変に気づいたのだろう。
「今、僕何か言ってた?」
「は?」
何言ってんだこいつはとメグを始めとした面々が呆れ顔になる。
「だって僕は喋ってないのに、僕の口から声が出ていて」
「――失礼。先ほど頭を打ったので少しおかしくなってるのかも。で、先ほどの続きですが」
「あ、そうか!」
ラウルがぱたんと手を打ち合わせる。
余計なことを言いだしそうだったのでエリックは彼の首筋に手刀を打って黙らせた。
「うっ」
前のめりに倒れこみそうになるラウルの襟首を掴んで直立させる。
暫くしてラウルは漸く事態を把握したらしく、後頭部を押さえながらこちらをチラチラ見てくる。
「――カルロッタさんはこの劇場の歌手になって何年ですか?」
「忘れてしまったわ」
「――そう、忘れてしまうほど長く舞台に立ち続けている。それは素晴らしいことです」
「そんなにお褒めにならないで、恥ずかしいわ」
話は順調に進んでいくかに思えた。が、そこに邪魔が入る。
クリスティーヌが怪訝そうな顔をしてこちらにやってきたのだ。
彼女はエリックとラウルの周りをくるくると回って、小首を傾げる。
「天使様がカルロッタさんのことを褒めてる。嫉妬」
「――やっ、何を言っているんだい。えっと……ロッテだっけ、グリコ?メージ?モリナガ?
いやとにかくチロルちゃん、今お喋りしているのは僕だよ」
「……」
「……」
さすがにチロルちゃんはまずっただろうか。
クリスティーヌが疑惑の目で、ラウルが呆然とした目でこちらを見てくる。
「私のラウルはそんなこと言わない」
「ごめん。場を和ませようと思ってさ、チロルちゃん」
フォローをしてくれるのか、ラウルが答える。けれども声は緊張で強張っていた。
「クリスティーヌはチョコレートが大好きだからぴったりだと思うんだ」
「もー、私の「ロッテ」はチョコレートの「ロッテ」じゃないのにー」
「わかってるよ。ロッテが好きなものは沢山あって選びきれないくらい。お人形、妖精のお話、赤い靴」
ラウルが唱えだした幼い二人だけの秘密の合言葉に、
ふくれっ面だったクリスティーヌが花のような笑顔を咲かせた。
「なぞなぞ、ドレス、パパのヴァイオリンを聞くのも好き!」
「屋根裏部屋でのピクニック、甘いチョコレート」
597 :
12/12:2010/09/23(木) 23:26:57 ID:WC+vmlNt
「でも何よりも好きなのは眠りにつくとき音楽の天使の歌声を聞くこと!
ああよかった、やっぱりラウルなのね!私、てっきり誰かに操られているのかと」
「僕はずっと僕だよ。今お喋りしているのも僕だし、さっきお喋りしていたのも僕だ」
ラウルはクリスティーヌに微笑みかけ、そしてエリックに対して目配せをした。
エリックは感謝の意味を込めて小さく頷くと二人の合言葉をメモした手帳を閉じた。
――これは使える。役者も揃っていることだしこの場で台本を修正しよう。
そしてクリスティーヌはというと、納得してくれたようでニコニコとエリック達を見ている。
またのほほんと「二人は仲良しさん」とかくだらないことを考えているのだろう。
「――さてと。どこまでお話ししましたっけ、カルロッタさん」
「私が長く舞台に立ち続けているというお話までですわ、怪人さん」
「――!」
「な、何を言ってるんです?最初から最後まで僕があなたにお話ししているんですけど」
エリックはどうにか動揺を押し隠した(つもり)が、ラウルの方は激しく動揺しているらしく
救いようがないくらい声が裏返っている。もういいから黙っていてほしい……。
「――お話を戻しましょう。あなたは長く舞台に立ち続けている。
でもこの物語の中のクリスティーヌは新人の歌姫ですよね」
エリックが話し始めるとラウルがアドリブで身振り手振りを加え始めた。
なんだかどこかの見た目は子供、頭脳は大人になった気分でエリックは続ける。
「――カルロッタさんの歌は貫禄がつきすぎていて、いえ悪いことではありませんよ」
「そうねぇ、私の華麗なる歌声は新人の小娘には向かないかもしれないわ」
「――ですからね、歌のお上手なカルロッタさんにぴったりな役があるんです」
「まあお聞きしたいわ。私にぴったりな役とはどのような役かしら?」
カルロッタはわざとらしく目を瞠り、大仰な仕草で口元を扇で隠した。
「――長年オペラ座の舞台に立ち続けた、えらくプライドの高いプリマドンナの役です」
「うふふっ。まあいいわ。楽しませてもらったし、主演の座は譲ってあげる」
「――何を仰りたいのか、よくわかりません」
「だから」
扇をパチンと閉じて、それの先端をエリックとラウルに向ける。
「あなた方の猿芝居に免じて主演の座は譲って差し上げてもよくてよ!」
「――何を仰っているのか」
「さ、猿芝居……」
エリックはあわあわと手足をばたつかせてうろたえた。同じようにラウルもあわあわとうろたえる。
「うふっ。怪人さんが私のことをここまで買っていてくださったなんて嬉しいわ」
「げふんっ。この私がヒキガエルを褒めるわけ無かろう!自惚れるな!」
咳一つで元の声色に戻すとエリックはいつも通りの唯我独尊な態度でそっぽを向いた。
誰がカルロッタのことを認めただと?私は彼女を歌手だと認めない!
長年舞台に立ち続けられるだけの実力があることは認めるが……。
取りとめないことを考えているとエリックの耳に、カルロッタの高笑いがこだました。
「オペラ座の怪人が私をプリマドンナだと認めたわ!今更取り繕ってもざまあないわね!」
「私は認めない、認めたくなーーい!!」
598 :
1/2:2010/09/23(木) 23:36:37 ID:WC+vmlNt
今回は以上です。
以下、今回と前回で使おうと思って書いたけど使えなかったネタ。
書きかけなので台本形式。
その1・りんごを分かち合う歌
ラウルが持ってきたのは花束でなく、大量のりんご。
表にいた行商から籠ごと買ったので手持ち以外の残りは馬車に積んである。
皆に配り終えたのはいいけど、なんと自分の取り分が無くなっていた!
というわけで歌ってみた。
ラウル 「言ってほしい 僕と分かち合うと
たったひとつのりんごを たったひとつのケーキを
そう言ってくれるなら 僕は君についていく
クリスティーヌ 君こそが全て」
クリス 「ねえ言って 全て私のをものだと
たったひとつのりんごも たったひとつのケーキも
そう言ってくれないなら 私はあなたについて行けない」
ラウル 「えー」
クリス 「あなたが私にってくれたのに、分けてくれだなんて都合が良すぎなくて?
だいたいどこにケーキがあるというの?」
ラウル 「だって僕の分が無くなっちゃったから」
クリス 「とにかくイヤなものはイヤなの。このりんごは私のなの!」
ラウル 「歌にあるじゃないか。ひとつのりんごを分かち合うと」
クリス 「ブー。違いますぅ」
ラウル 「ひとつを二人で分かち合えば幸せって歌だから間違ってない」
エリック「変な替え歌するな!」
クリス 「ラウル、あなたの素敵な馬車にりんごを取りに行ったら?」
ラウル 「そして君は僕の隣に座る(キリッ」
クリス 「座りません」
ラウル 「クリスティーヌ〜」
エリック「たかがりんごで喧嘩しない。ほら、私のをやるから。さて、ごほん
言ってくれ 私が必要だと
たったひとつの愛を たったひとつのりんごを
そう言ってくれるなら 私は君についていく
クリスティーヌ 君こそが……」
クリス 「仮面剥ぎますよ」
エリック「おぅ、クリスティーヌ……」
クリス 「二人して同じ歌を歌って。とっても仲良しさんなのね。私とでなくお二人でデュエットなさったら?
たったひとつのりんごを、ケーキを、愛を、一度きりの人生を分かち合ったら?」
エリック「何が悲しくてこの男とりんごを、愛を、人生を分かち合わねばならん」
ラウル 「彼についていくとしたら命がいくつあっても足りない」
本筋に関係なかったのでカット。
599 :
2/2:2010/09/23(木) 23:38:09 ID:WC+vmlNt
その2・いつまでたっても練習が始まらない
クリスティーヌが主演ということに決まったものの一向に進まない練習。
2は役者さんの台詞。
クリス 「思い出して、私を優しく想って、さよならを言ったあの日を……♪」
ラウル2「ブラ」
ラウル 「ブラボー!可愛いよー、クリスティーヌ!」
クリス 「みなさぁーん、応援ありがとーぅ!続きましてぇ、私のデビュー曲を歌いまーす!」
ラウル 「ひゅーひゅー!」
エリック「クリスティーヌ、客席と会話するな!いいから稽古を続けろ!」
ラウル2「もうやだこんな生活」
怪人2 「いつになったら通し稽古が終わることやら」
カーラ 「何度繰り返せばいいのよ」
メグ 「私、二桁の時点で数えるのやめた」
カーラ 「ほんといい加減にしなさいよね、あんたたち!」
ラウル2「どうせならラウルさんが舞台に立ったらどうです?よっ、期待の大型新人!」
ラウル 「あーそれいいねー」
エリック「嫌みを言われていることに気づけ」
その3・べたべたする度に中断する練習
エリック「近い、近すぎる。私のクリスティーヌに近づくなああぁぁぁああ!」
ラウル 「自分で台本書いたんでしょ」
エリック「なら子爵殿はクリスティーヌに他の男が近づいてもいいのか」
私の宝物に手を出すとは許せない!社交界に傅く奴隷め!
恋敵は一人で十分!いや一人でも余分!全員パンジャブの餌食にしてくれる!」
ラウル 「でも演技だし」
エリック「演技ならキスしてもいいと?」
ラウル 「そりゃ嫌だけど、嫌だけど、嫌だけど……刺していい?」
エリック「駄目」
クリス 「二人ともやめて。私は近づかれたって触られたってキスされたって平気よ」
エリック「……」
ラウル 「……」
怪人2 「身の危険を感じる……」
ラウル2「生きてるうちに稽古が終わるといいんだけど」
おわり。
GJ
原作は腹話術出来るんだったか
というかてっきり舞台には本人が立つんだと思ってたのにw
腹話術スキルを有効活用して役者が演技、裏でエリックが吹き替えれば歌ウマ怪人になるよ!
GJ
GJ!!
クリスの幼児化というか天然化というか
電波化が加速してきているwww
604 :
名無しさん@ピンキー:2010/10/01(金) 00:31:55 ID:Ng2fCmV8
605 :
名無しさん@ピンキー:2010/10/01(金) 06:12:59 ID:1CsVnmyV
>604
乳腺ファントム
超音波ファントム
弾性評価用ファントム・・・
従来のファントムは使い捨てなんだw
> 60: 小説家(広西チワン族自治区)
> 2010/10/01(金) 21:39:34.18 ID:pOI5DzagO
> ちょっと前にフランスで、生まれてからずっと純潔でいた二人がついに結婚したのはいいけれど、なかなか子供を授からないので医者に行ったら
> 医者「セックスしてる?」
> 二人「なにそれおいしいの?」
> ってニュースがあったな
>
> この件とは何の関係もないけど
このレスでふとクリスとラウルが思い浮かんだ
庭でキャベツ栽培しつつコウノトリがやってくるのを待ち続ける二人
607 :
名無しさん@ピンキー:2010/10/08(金) 00:11:17 ID:wTHuE4Nu
アリプロの汚れなき悪意という歌の歌詞が、ファントムにくりそつでビックリ
厨二っぽいというところを除けば
608 :
1/9:2010/10/15(金) 23:43:22 ID:wgx1MqMX
原作の皆さんが「新・オペラ座の怪人(仮)」を考えてみた。
エリック編
・エロ無し
・キャラ崩壊
・酷く三角関係
・でもオチるよ
・基本的にはギャグ
木漏れ日の下で純白のドレスを着たクリスティーヌが笑っている。
彼女はドレスの裾を翻して、駆け出した。
その光景はさながら夢のように美しく、夢のように優しかった。
「はやく私をつかまえて!」
何故このような場所にいるのか。太陽の下で、こうしてクリスティーヌと笑い合っているのか。
エリックはそのことを特に疑問には思わなかった。
今までは恐ろしくさえ思えた太陽の突き刺すような陽射しも、明るさももう怖くない。
隠れることも逃げることも許されない昼の光の世界。
全てを優しく守って覆い隠してくれる夜の闇の世界。
自分には夜の闇が似合いだと思っていた。けれど。
「こっちよ、こっち!」
白い影が視線の隅で揺れる。振り返るとクリスティーヌが手招きしている。
なんだか幸せな気分になって、彼女の方へ向かう。
いつも夢見ていた。こうして太陽の下で大好きな人と笑い合えたらと。
ああ、こうして広がる光景は夢の続きか、現実か。
逃げるクリスティーヌを殊更ゆっくりと追う。少しでもこんな時間が長く続けばと思った。
やがて追いついてしまうとエリックは腕を伸ばした。
しかしどうしたことだろう。指先は宙を切るばかり。
怪訝に思っているとクリスティーヌの影が揺らぎ、そして消えた!
たった一人、太陽の下に取り残されたエリックの胸に大きな感情の波が飛来する。
「クリスティーヌ!」
名前を呼べど、返事は無い。不安という名の大きな波に胸が押し潰されそうになる。
また一人になってしまった。
いや一人は平気だ。いつも一人だったのだから……何度も言い聞かせる。
しかし胸には不安だけが降り積もってゆく。いつから私はこんなにも弱くなってしまったのだろう。
彼女と出会ったから?彼女と出会って、誰かと共にいる喜びを知ったから。
「天使様!」
優しい声に慌てて振り返るとそこには先ほどの純白のドレスに加え、
真っ白なベールを被ったクリスティーヌが佇んでいた。
「ここにいたのか。心配したよ」
「うふふ」
はにかんで頬を赤らめたクリスティーヌの手にはブーケが握られていて、まるで小さな花嫁さん。
ああ、美しいクリスティーヌ。天使のように清らかな心を持った乙女。
彼女が自分のためだけに微笑んでくれているなんて夢のようだ。
609 :
2/9:2010/10/15(金) 23:45:04 ID:wgx1MqMX
クリスティーヌが手を差し伸べてくる。エリックはその手におずおずと触れ、握り締めた。
その瞬間、精霊達が歌いだしたかのように一陣の風が二人を包みこむ。
エリックは咄嗟に目をつぶった。そして再び目を見開くと小さな教会の前。
その突然の変化にクリスティーヌは何とも思わなかったようで無反応だった。
なのでエリックも何とも思わなかった。
小さなお嫁さんと平凡な家庭を築くこと。私のささやかな夢。夢が現実になろうとしている。
クリスティーヌの手を引くが、彼女はためらいがちに立ち止まったまま。
「クリスティーヌ?」
「私、幸せです」
「可愛いことを言う。私も幸せだよ、クリスティーヌ」
「ええ。だって天使様とこの道を歩けるんだもの。ずっと夢に見てきたの」
クリスティーヌも私と同じ夢を?
「私ね、天使様のことをパパみたいだって思うんです。だから嬉しい」
クリスティーヌが満面の笑みを浮かべて、道の先を見やった。
赤い絨毯のバージンロードの先を。
エリックはどう答えたら良いものか言い淀んだ。胸がざわめく。その先の言葉を聞きたくない。
けれど彼女は無情にもこういうのだ。
「今までありがとう天使様。私は幸せになります」
折り目正しくお辞儀をして、彼女は再びバージンロードの先を見やった。
しかし道の先にはまだ誰もいない。そう、いるはずがない。
安堵するもつかの間、まばゆい光の粒子が人の形を作り出した。
そしてそこに真っ白のタキシードを着たラウルが文字通り「出現」する。
彼はこの世界を見渡し、小さな花嫁を見つけると柔らかく笑んだ。
小さな花嫁――クリスティーヌは彼の手を取ってはにかむ。
二人はエリックのことなど意に介さない。神々の前での誓いの儀式が続く。
エリックは目を背けることも、叫ぶことも出来ずにそれをじっと見つめていた。
「さよなら、私はラウルと一緒に行きます」
クリスティーヌはうっとりと彼にしなだれかかり、彼もそれに応じた。
「もう邪魔してほしくないの。二度と私の前に現れないで」
彼女はいつもと寸分変わらぬ笑みを浮かべて、別れの言葉を落とした。
「だからさよなら天使様」
忘れないでいてほしい。心の片隅に留め置いてほしい。しかしそれさえも叶わないというのか。
たった一人で取り残された世界。抜けるように真っ青な空。突き刺すような陽射し。
太陽は私を守ってはくれない。隠してはくれない。
一際強い風に吹かれて、エリックは目を閉じた。
610 :
3/9:2010/10/15(金) 23:45:38 ID:wgx1MqMX
目をあけて最初に飛び込んできたのは見慣れた天井。ここは棺の中。
ぼんやりとまだ目覚めぬ頭で考える。ああそうかあれは夢。
「夢でよかった」
エリックは起き上がると寝汗をぬぐった。
「おままごとではあるまいし、結婚なんてありえない」
二人はまだ子供で、まだおままごとで遊ぶような幼さだというのに。
ほんの数ヶ月前にだって、地下のここでワインとビスケットを使った本物のおままごとをしていた。
勿論そんな子供じみた遊びにエリックが加わることはなかったが、
少し目を離した隙に貴重なビンテージワインを7本も空けられ、悔しい思いをした。
だいたいあんなヘタレのどこに魅力があるのか……。いや、ヘタレだからいいのかもしれない。
古今東西、ヘタレに惹かれる女性の多いこと。
例えば某国民的青狸アニメのヒロインだって頭も性格もいいイケメンを棒に振って
優しいだけが取り得のうだつの上がらない男の子と結ばれる予定だし、
誰がどう見ても明らかに駄目男なのに何故か女の子からモテまくりのハーレム物だってある。
少し抜けているくらいが程よく母性本能をくすぐられるのかもしれない。
「ま、夢の中だけでなら結婚するなりアツアツするなり勝手にしてくれ」
軽く肩を回して、身支度を整えるとマントを羽織った。ふと視線を部屋の隅へ送る。
「もし現実のものとなったら拷問部屋送りどころの騒ぎではないがな」
だがクリスティーヌが望むのであれば。私は彼女を快く送り出さなくてはならない。
私に彼女を引き止める権利は無いのだから。
「おままごとではあるまいし、結婚なんてありえない話だがね」
最初の言葉を繰り返し唱えていると玄関の扉を叩く音が聞こえてきた。
誰だろうか。まさかクリスティーヌ?
普段なら喜び勇んで扉を開けに行くところだが、今はどんな顔をして会えばいいのかわからなかった。
強張る体を少しずつ前に押し進め、玄関までやってくる。
扉を叩く音は尚も続いていた。諦めてはくれないようだ。
深呼吸をして扉の向こうに呼びかける。
「誰だ?」
扉を叩く音が止まる。沈黙の一瞬が永遠のように思えた。
「私だ。中に入れてはもらえないか」
聞き間違うことのない声。エリックは慌てて鍵を外し、扉を開け放った。
「やあダロガ、久しぶりだねぇ」
「ああ、それはそうとチケットをありがとう」
エリックはその辺に座っているように言うと、彼を歓迎するために奥へと引っ込んだ。
611 :
4/9:2010/10/15(金) 23:46:23 ID:wgx1MqMX
彼のために用意したワイン――うち7本はクリスティーヌ達に空けられてしまった。
コンテチーズを数切れと薄くスライスしたパン。それらを持ってリビングに戻る。
「ありがとうだなんてよしてくれ。私と君との仲じゃないか」
「随分と奮発していい席を取ってくれたので嬉しくてね。高かっただろう?」
「支払いは子爵の財布からだがね」
「そうだろうと思っていたよ」
静かにガラスを触れ合わせる。
芳醇な香りが鼻をくすぐるがエリックはどうも飲む気にはなれなかった。
「飲まないのか?」
「ああ、うん……」
客人に失礼だと思いながら、しかし先ほどの夢が頭から離れない。
〈ペルシャ人〉が何かを話している。たぶん舞台のことだ。だが耳には届かない。
気にしないようにと思えば思うほど、夢は色鮮やかによみがえり見せ付ける。
「エリック?」
〈ペルシャ人〉が怪訝そうにこちらを覗き込んでくる。もう誤魔化せそうになかった。
彼はすぐにでも私を訝しみだすだろう。そして低い声で訊ねるのだ「何があった?」と。
「何があった?」
ほらきた。彼はいつも言っていた。おまえが悪さをしないように監視するのが私の仕事と。
彼は私がまた何かしでかしたのではと思っている。
答えることが出来ずにいると彼は不安げな瞳で私を捕まえた。
「体調が悪いのか?私は時々本当に心配になるよ。全て身の内に抱え込んでいてはつらいだろう?」
〈ペルシャ人〉の瞳は嘘を言っているようには見えなかった。
私を心配してくれている。監視されているだなんて彼を疎ましく思った自分が少し恥ずかしくなった。
「舞台のことで悩み事か。それとも私には言えない話か」
「悪い夢を見ただけ。なんてことのない夢さ。聞いたら君は笑いだすだろう」
「笑ったりするものか。私も夢見が悪くてね」
〈ペルシャ人〉は「昨日は二時間サスペンスの探偵役だったね。私の華麗なる名推理と思いきや
途中であっけなく殺されたけど」と複雑そうな顔をした。
エリックは思わず吹きだしてしまい、大慌てで謝る。
彼は気にしてないと手を振り、淡々と言葉を紡ぐ。
「夢とはそういうものさ。暑かろうが寒かろうが、辻褄が合わなかろうが続いていく。
それがうなされるほどの残酷な悪夢だろうと、正視に堪えない事実だろうと、
つらい現実から目を逸らそうとした逃避であろうと、本人の意思とは関係なく夢は続く。
夢の内容なんぞ気にしない方が良い。ただの夢なのだから」
612 :
5/9:2010/10/15(金) 23:47:10 ID:wgx1MqMX
エリックもわかっていた。夢の内容を気にしすぎだと。
「わかってはいるがあまりにリアルだったから」
現実の続きかと紛うほどの出来だった。いや実際に現実の続きなのかもしれない。
あの二人がいつ結婚すると言いだすか、私は恐れている。
結婚でなくとも離れていく機会などごまんとある。別れとはいつも唐突であっけないもの。
「夢の中で私はクリスティーヌと一緒に教会にいて、彼女の願いで共に歩いていた」
誰にも話すまいと心に決めていたはずなのに気がつけば話しだしていた。
彼は笑ったりしないと思ったし、彼は信頼出来る友人だ。
「しかし道の先には子爵がいて、私は祝福しなければと思った。けれど誓いの儀式が終わると
『二度と私の前に現れないで』と彼女は言った。私は耳を疑ったね。
彼女は、彼女達は私を邪魔者だとそう言ったんだ。そこで目が覚めた」
〈ペルシャ人〉は目を細めて頷く。
「それは夢だろう。現実の彼らがそう言ったのか?」
「しかしそれに近いことは思っているに違いない」
「何を根拠に」
「根拠など必要ない。嫌われることには慣れてる」
「いやだから」
何か言いかけた〈ペルシャ人〉を無視してエリックは熱弁を振るった。
「何も死ぬまで付きまとおうとは思わない。時々思い出して、時々おうちに招待してくれればいい。
毎日とは言わないがこっそり覗きに行ったりして、子供が生まれたらその子に音楽を教え、
出来ることなら屋根裏に住みつき……いやいやそんなことは決して思っていない。
それなのに『二度と私の前に現れないで』とは酷いと思わないか」
「……で、現実の彼らがそう言ったのか?」
「しかしそれに近いことは思っているに違いない」
先ほどと同じ答えに〈ペルシャ人〉がうんざりと肩を竦める。
彼が何と言おうと考えを改めるつもりはない。彼女達は私を嫌ってしまった。
――嫌ってしまった?
それではまるでついさっきまでは好いていたかのような言い方ではないか。
違う。二人は最初から私を嫌っていた。そうに違いない。
「彼らがおまえを邪魔者に思っているわけがないだろう。
もし仮にそうだとしたら彼らはここには遊びに来たりしないし、親しげに話しかけたりしない。
本当に嫌だったら二人は地上に帰ったっきり、遠くへ逃げてしまうのではないかね?」
〈ペルシャ人〉の言う通りだった。
わざわざこんな薄暗い地下に、ご丁寧におみやげまで引っ提げては来ない。
なら彼女達は私を好いている?
613 :
6/9:2010/10/15(金) 23:47:50 ID:wgx1MqMX
「クリスティーヌがこんな私を好いてくれているのなら嬉しい。
だがならばどうして子爵はここに?彼女を守るために?」
「初めのうちはそうだったのかもしれないが、今はおまえを好いているのだと思うよ」
「まさか。彼は私を嫌っている。この間も怯えた双眸で私を見ていた」
声が震える。平静を装うとエリックはワイングラスに口をつけた。
しかし〈ペルシャ人〉はそれを見逃してはくれなかった。
「拒絶されておまえは傷ついた」
的確に痛いところを突いてくる。だがそういうところも嫌いじゃない。
心情を吐露するのはいつになっても苦手だったが、心配してくれる彼に報いるためにも答えた。
「まるでこの胸から心臓を抉り取られて、握り潰されたようだった」
今まで幾度となく経験してきたはずの、慣れていたはずの、鋭い痛みがこの胸を襲う。
「彼を好きになりかけているんだよ。だから深く傷つく」
「与太話はやめてくれ。あの青二才とは何もかもが違いすぎる。いつもへらへら笑っていて、
何の不自由もなく、何の悩み事もなさそうな顔をして。好きどころか、存在も認めたくない」
嫌い。嫌い。すき。嫌い。好き。嫌い。きらい。キライ。
気持ちが行ったり来たり。
でももう感情の振り子は動かない。
嫌いの極限まで達して止まってしまった。
「おまえが彼を好きでいるように、彼もおまえを好きでいると思うよ」
「どうかな?」
「少しは他人を信頼した方が良い」
「君のことは信頼しているつもりだがね。君は二人がいなくなっても私の傍にいてくれるだろう?」
「どうかな?」
〈ペルシャ人〉は同じ言葉で応じた。
けれども彼は優しい笑みを浮かべていて、それが肯定であることが窺い知れた。
その後、お互いの近状を報告し終えると〈ペルシャ人〉は席を立った。
「そろそろお暇するよ」
エリックはもう帰るのかと残念に思ったが引き留めては悪いと玄関まで見送る。
帰る直前〈ペルシャ人〉が思いだしたように言った。
「明日のことは話したのか?」
「話さないつもりだ」
「きちんと話しておくべきだと思うが」
「どちらにせよこれからクリスティーヌに会いに行くつもりだ」
エリックはふと背後のトランクを見やる。あとは黙って旅立つだけ。邪魔が入らないように祈ろう。
「次に会うのはどこだろうねぇ、ダロガ。海上かな?」
「ああ、会場で会えることを楽しみにしているよ、エリック」
意味深な笑みを浮かべて〈ペルシャ人〉は去って行った。
614 :
7/9:2010/10/15(金) 23:48:31 ID:wgx1MqMX
・
・
・
事情を話さないと言っても彼女の姿を目に焼き付けるくらいはしたい。
鏡の裏から楽屋を覗くとやはりというか、当然クリスティーヌがいた。
小さな机に向かって何か熱心に作業している。
ここからでは彼女の手元は見えないがどうも書き物をしているらしかった。
時折手元の辞書や資料と思われる紙と便箋を見比べている。
邪魔をするのは申し訳ないが、これ以上ここから覗いているのも悪趣味だ。
鏡の仕掛けを作動させようと手探りをしていると、ラウルがやってきた。
「こちらの準備は終わったよ。クリスティーヌは?」
「これで完成」
クリスティーヌは最後の一文を書き終えると達成感に満ち溢れた表情で顔をあげた。
ラウルの姿を認めると表情を和らげる。ラウルも表情を和らげ、向かいの椅子に座った。
「招待状ってこんな感じかしら」
「見せて」
「おかしくない?」
「良いと思うよ」
「良かった!」
クリスティーヌは非常に大切そうに便箋を抱きしめ、暫くしてそれを封筒にしまった。
その様子を見るともなしに眺めていたラウルがはたとこちら――正確には大きな姿鏡を見る。
エリックは思わず飛び上がりかけたが、寸で留まった。
こちらからは楽屋の様子が手に取るように分かるが、楽屋からはこちらの様子は見えない。
これは夢の続きだろうか。夢と同じ冷たい目で彼がこちらを見ている。
「天使様は喜んでくださるかしら」
「……そうだね」
鏡を見つめる瞳が伏せられ、何事かに思いを巡らすように揺れた。
そして意を決したようにクリスティーヌを見据える。
「あのことを知らせなくても良いのかい?」
ラウルのまっすぐな視線に射抜かれたクリスティーヌは途端に視線をさまよわせた。
慎重に言葉を選んでいるようにも見える。
「だって話したらエリックは恥ずかしがって来てくれないもの」
二人が私のいないところで、私の話をしている。
声のトーンが落とされたのをみるにエリックには聞かせられない類の話題らしい。
だが皮肉なことに当のエリックは鏡の裏にいて、二人の話を聞いていた。
「だからこれは秘密なの。当日までの秘密」
「どうして?話してしまおうよ」
「お願い、内緒にしていて。明日になれば全て終わるのだから」
クリスティーヌが懇願するようにラウルの手をギュッと握り締める。
ラウルは頬を赤らめ、少しして丸めこまれた!と顔を顰めた。
しかし彼女の手から自分の手を抜き去ろうとはしなかった。
615 :
8/9:2010/10/15(金) 23:49:07 ID:wgx1MqMX
あの夢は正夢だったのだ。
二人は私には秘密で婚約をしていて、あの便箋は結婚式に私を誘い出すための招待状。
(俄かに信じがたいことだが彼らは「明日」と話していた!)
私の前では子供のように振舞い、油断させておいてこの仕打ちとは。
筆舌に尽くしがたい感情が胸を襲う。
きっと彼らは夢で言っていたように私の前から永遠に消えてしまう。
いや私が彼らの前から永遠に消えることになる。
もう今まで通りの関係ではいられない。心の片隅にも留め置いてもらえない。
「明日になれば……そうだね、うまくいけばいいね」
ラウルはそう言って、またこちらを見た。
今度こそ確信する。彼は私がこちらにいることを知っているのだ。
しかし彼の顔に優越感のそれが浮かぶことはなかった。
「でもまずは明日の舞台を成功させて喜んでもらわないとね?」
「あ、すっかり忘れてた」
えへっとクリスティーヌが軽く握った拳を自分の額にコツンと当てる。
おいおいしっかりしてくれ……。
「でも大丈夫よ。天使様と一緒にしっかり練習したもの」
「そうだね。ねぇ耳貸して」
「うん」
二人が身を寄せ合う。声が聞こえずとも唇を読めばいい。しかし口元を隠されてはそれさえ出来ない。
クリスティーヌが首を傾げる。
「なあに、ちゃんと喋ってくれないとわからないわ」
僅かに声が聞こえる……気がする。
良く声が聞き取れるようにと身を乗り出し、鏡に耳を押し付ける。
それでも聞こえない。
もっと……と体重を掛けると、鏡が突然回り出した!
エリックはそのままぐるんと鏡と一緒に回転して、楽屋の床に叩きつけられる。
「キャッ!え、エリック!?」
クリスティーヌが駆け寄ってきて、床に屈みこんで抱き起こしてくれた。
「心配無い」と仮面にずれが無いのを確認しながらエリックは起き上がる。
立ち上がろうと足に力を入れたとき、ちょうど頭上から声が降ってきた。
「やっぱりね。隠れてないでこっちくればいいのに」
ラウルはやはり鏡の裏にエリックがいることに気づいていたらしい。
するとあの耳打ちもなんてことはないおびき出すための作戦ということだ。
「えっ、えっ、隠れてって……もしかしてお話聞いてました?」
「何のことだね。私は今し方ここについたばかりだ。そこで足を滑らせてしまってね、ハハハ。
それよりも何かね、私に聞かれては困るようなことでも?」
「な、なんでもありません」
明らかに目が泳いでいる。怪しい……。
616 :
9/9:2010/10/15(金) 23:49:43 ID:wgx1MqMX
エリックが訝しんでいるとその視線に耐えきれなくなったのか、
クリスティーヌはパタパタと机まで戻り、封筒を手に取った。
「今から天使様のところに行こうってお話してたの。ねっ、ラウル」
「そうだっけ?」
ラウルがけろっと答えた。
エリックには敢えて空気を読まなかったようにしか見えなかった。
「もう、話し合わせてよ!」
「じゃあそうだった気がする」
クリスティーヌに小声で訴えられ、ラウルは投げやりに頷いた。
「というわけなんです。招待状をお渡ししたくて。受け取っていただけますか?」
「……」
差し出された封筒を凝視し、エリックは躊躇した。
受け取りたくない。けれど受け取らなくてはいけない。
先ほども考えた通り、私にはクリスティーヌを引き留める資格はないし、
何よりも私はクリスティーヌに幸せになってもらいたかった。
それが彼女の望みで、彼女の幸せなら……。
「エリック?」
クリスティーヌの大きな瞳の中に自分が映っている。
不思議な気持ちでそれを眺めていると、瞳の中の自分が揺らいだ。
クリスティーヌが不安そうに瞳を揺らしている。
「どこへ招待してくれるというのだね」
動揺を悟られたくなくて、エリックはクリスティーヌから視線を逸らした。
「えっと何だっけ。完全?完成?」
クリスティーヌが小首を傾げてラウルに助けを求める。彼も同じように小首を傾げる。
「披露、会?」
「ほうパパラッチ完全シャットアウトの披露宴?それはめでたい」
小癪な、この期に及んでまだ私を騙し通せると思っているようだな。
しかも披露宴の招待状だと?挙式には招かないつもりか。
クリスティーヌの願いならバージンロードを一緒に歩いてやるくらいと思っていたが、
それすら願い下げですか。そうですか。わかります。
「私は披露宴になんて出ないからな!仲人も死んでもごめんだ!
よもや私の海より深く、山よりも高く、空の青さにも負けぬほどの恩情を忘れたわけではあるまいな。
一流の歌手になれたのは誰のおかげだ?息も絶え絶えなおまえを介抱してやったのは誰だ?
恩を仇で返すとは無礼者!これほどの辱めを!決して許しはしないぞ!
一生付きまとってやる……屋根裏の怪人になってやる〜〜!!」
と捨て台詞を吐いて鏡の中へと走り去る自分を想像すると心底情けなかったが、
エリックはそうせざるを得なかった。
ぽっかりとあいた穴のような丸い瞳から今にも涙が零れ落ちそうだったから。
今回は以上です。
当初の終わり方は書いててつらかったので、別の終わり方を模索したらこういう方向性になりました。
予定していた方も半分ほど書き上がってるので、終わったらぼちぼち書こうと思います。
GJ
泣けばいいのやら笑えばいいのやら
思い込み激しい+人の話を聞かないの
魔のコンボw原作準拠w
ダロガがいないと話が進まないところも
原作準拠だ…。
もうすっかりこのシリーズのファンだ
素晴らしい
>>ダロガがいないと〜
確かにそうだ・・・